福岡高速5号線における合成床版の耐久性確保に向けた取り組み

福岡高速5号線における合成床版の耐久性確保に向けた取り組み
福岡北九州高速道路公社 福岡事務所工事課:龍 貴浩
工事課:永野 克基・堤 健志,設計調整課:片山 英資
1.はじめに
福岡北九州高速道路公社では,地域高規格道路網の形成と福岡市西南部の慢性的な交通渋滞の
緩和を目的とした福岡高速5号線の建設を進めている.この福岡高速5号線は,全延長18.1
kmのうち約8割において鋼橋を採用している.その橋梁形式は,鋼・コンクリート合成床版(以
下,合成床版)を用いた鋼開断面箱桁橋と鋼細幅箱桁橋を主として採用した.鋼細幅箱桁橋では,
荷重分配機能を床版が担うことでの中間横桁の省略や,連続合成桁とすることでの主桁鋼材量の
低減,床版支間を6m程度とすることでの主桁本数の低減など,大幅な合理化を図っている.
この福岡高速5号線の供用後まもない合成床版において,床版張り出し部や鋼製型枠の隙間,
モニタリング孔より,エフロレッセンス(以下エフロ)の流出が確認された.このことは,床版端
部付近に水が浸入していることを示唆している.
そもそも,合成床版は既往の輪荷重載荷試験の結果から,高い疲労耐久性を有しているといわ
れている.しかし,この高い疲労耐久性は,鋼材とコンクリートが長期的に健全な状態にある前
提で成立する.ところが,合成床版は構造上,外側を鋼板で覆われていることから,床版内部に
水が滞水しやすいことに加えて,内部で発生した損傷を目視により把握・評価しがたい構造とい
える.
そこで本稿では,このエフロの発生原因の究明と,その対策として実施した試験施工の内容お
よび,今後の合成床版の維持管理における健全度評価手法の確立に向けた取組状況を報告する.
2.現在まで施工してきた耐久性向上策
合成床版は,床版としての機能に加えて橋梁の主構造としての機能も併せ持つ床版形式である.
そのため,床版に損傷が発生した場合,橋梁全体の性能低下に繋がるリスクが高い床版形式とも
いえる.このことを踏まえ,合成床版の耐久性を確保する目的で,設計および施工方法について
様々な配慮を行なってきた.以下に,その事例を示す.
①コンクリート品質の向上策
合成床版の内部には鋼とコンクリートの一体化を図るずれ止めや,補剛材,鉄筋などが存在し,
狭隘な箇所が多数発生する.これは,コンクリートの充填性低下と,それに伴う空隙を招く危険
性がある.そこで,使用するコンクリートは高性能AE減水剤を使用し,単位水量を増加させる
ことなくワーカビリティの向上を図った
3)
.また,乾燥収縮における初期クラックを抑制する目
的で,膨張材の使用を標準仕様とした.さらに,水の浸入経路となり得る地覆・壁高欄部におい
ても同様の仕様とし,施工品質の向上を図った.
②排水機能・防水機能の向上策
福岡高速5号線は,縦断勾配が小さく,また市街地に建設されている.そのため,橋面排水の
処理については通常の排水桝方式ではなく,橋面排水機能の向上と多数の排水管露出による景観
1
面の煩雑さを緩和する目的で鋼製排水溝を採用した.
また,床版内部への水の浸入を防ぎ,床版の耐久性低下を抑制するためには,床版防水は非常
に重要な機能である.そこで,防水工に加えて,舗装の基層部分に水密性の高い砕石マスチック
アスファルト(SMA)を採用することで,一体的な防水機能の向上を図った.
③維持管理性の向上策
合成床版は,高さが低い床版張り出し部と桁上のハンチ部分に,モニタリング孔を設置するこ
とで,床版内部への水の浸入を,橋梁下面からの目視により確認できるよう配慮した.
3.供用後初期の不具合発生事例と原因究明
3−1
発生した不具合と想定されるリスク
福岡高速5号線では,前項に示す耐久性向上に向けた取り組みを行ってきたものの,供用後の
目視点検で床版端部及びモニタリング孔より,図 3−1−1 に示すようなエフロの流出が発見され
た.これは,床版端部付近に水が浸入していることを示唆している.
床版内部への水の浸入は以下の事態を
招く危険性がある.
①滞水した水による床版コンクリートの
疲労耐久性低下
②床版内部の鋼部材・鉄筋などの腐食
③水が舗装下面に浸入した場合の舗装剥
離(ブリスタリング)
④ツララ状になったエフロが落下するな
どの第三者被害
そこで,以下に示す原因究明に向けた
調査を実施した.
3−2
原因の究明
図 3−1−1
エフロの発生状況
図 3−2−1
鋼製排水溝の下面状況
その後の調査で,供用後1年にも満たない建設後
初期段階の橋梁においてもエフロの発生が確認され
た.このようにエフロがツララ状に成長するまでの
期間がとても短いこともわかった.
また,このエフロは発生箇所が鋼製排水溝を設置
している床版張り出し部に集中していることから,
鋼製排水溝を設置する際に空練りで使用する敷きモ
ルタルのセメント分がエフロの発生源ではないかと
考えた.
以上の推測を確認する目的で,エフロの発生箇所
付近において鋼製排水溝の剥ぎ取り調査を実施した.
その結果,図 3−2−1 に示すように敷きモルタルで施工された部分には,常時滞水が発生してお
り,セメント分はほとんど流出して,砂だけが残留している状況が確認できた.
2
さらに図 3−2−2 に示すような壁高欄コンクリ
ートと鋼製排水溝裏面の床版との打ち継ぎ目に付
近にジャンカを確認した.
この調査から,水は鋼製排水溝前面や壁高欄際
の隙間等から鋼製排水溝下面に浸入し,敷きモル
タルと反応しながら,床版と壁高欄の打ち継ぎ目
を通過して,床版端部付近へ浸入していると想定
した.この経路のイメージ図を図 3−2−3 に示す.
この時,水の浸入は,壁高欄天端の鋼製型枠と
図 3−2−2
ジャンカの発生
コンクリートの隙間であるとも考えられる.しか
し,当該箇所は図 3−2−4 のように防水シールを
浸入水の動き
施工している.また,供用区間では,遮音壁の笠
木で覆われているため,防水シールの短期紫外線
劣化は発生し難い.よって,当該箇所からの水の
浸入の可能性は低いといえる.
現在の壁高欄コンクリートは幅 250 ㎜,高さ
1,000 ㎜の構造であり,その施工はこの断面を一
度に打設する.この壁高欄内には鉄筋,電気施設
コンクリートの打ち継ぎ目
のケーブル,鋼製排水溝の固定用アングル等が多
数存在している.そのため,著しく狭隘な箇所と
図 3−2−3
浸入水の経路図
なっている事に加え,完全な固定が困難な鋼製排
水溝を型枠として打設を行う必要がある.つまり,
床版との打ち継ぎ目付近は施工上ジャンカが発生
しやすい構造といえる.
また,従来,図 3ー2ー5 に示す手順で施工を行
ってきたため,床版コンクリートと壁高欄部分の
打ち継ぎ目位置が床版上面に存在する以上,壁高
欄前面で床版防水層を立ち上げて,水の浸入を防
ぐことは不可能であった.そこで,床版コンクリ
ート打設時に数センチでも壁高欄を立ち上げ,鋼
図 3−2−4
防水シールの施工
製排水溝を据付ける前に
防水層を床版端部に立ち
上げる事ができれば,こ
の水の浸入経路を遮断す
ることができると考えた.
打ち継ぎ目
⇒
次項にその実施に向け
た取り組み状況を示す.
図 3−2−5 鋼製排水溝の設置手順
3
4.是正に向けた取り組み状況
4−1
新設橋での取り組み
床版打設時に壁高欄の一部を立ち上げるためには,浮き型枠を使用することとなる.その際,
その型枠の固定方法や施工精度,工程,経済性を含めた検証が必要と考えた.そこで,表 4−1−
1 に示す2種類の施工方法について試験施工を実施した.また,試験施工結果に基づく,両案の
比較表を表 4−1−2 に整理した.
なお,先行して立ち上げる壁高欄高さは,防水効果の観点からは高いほど望ましい.しかし,
立ち上げ高が高くなるほど,床版コンクリート打設時に設置する浮き型枠前面で盛り上がりが発
生し,床版の出来形管理が難しくなる.そこで,立ち上げ高さを,空練りの敷きモルタル高10
㎜に横断勾配の影響を最大20㎜,床版出来形誤差を最大20㎜,施工誤差10㎜加えて最低6
0㎜と設定した.
表 4−1−1
浮き型枠の施工案
1案:分割施工
ステップ1
2案:一体施工
木材(25×60)
木材(40×100)
施
全ねじボルト・ナット
工
ステップ2
図
打ち継ぎ目
打ち継ぎ目
:溶接で固定する箇所
※床版の応力部材ではない箇所
無収縮モルタル
施
工
手
順
ステップ1:床版打設時(部分立ち上げ)
①浮き型枠をL型フックボルトを使用し
壁高欄鉛直鉄筋に固定
②立ち上がり部まで床版コンクリートの
打設
③浮き型枠の脱枠後,Lフックボルトをコ
ンクリート面にて切断
ステップ 2:壁高欄厚の整形
①無収縮モルタル用型枠の位置の出し
②無収縮モルタル用の型枠を設置
③無収縮モルタルの打設
④型枠解体後,仕上げ作業
4
ステップ1:床版打設時(立ち上げ部完成)
①浮き型枠を全ねじボルトを使用し溶接にて 3
箇所を固定
また全ねじボルトは浮型枠のねじれ防止の
ため千鳥配置とする
②立ち上がり部まで床版コンクリートを打設
③浮き型枠の解体,全ねじボルトの切断後,仕
上げ作業
表 4−1−2
施工方法比較表
1案:分割施工
2案:一体施工
・壁高欄の出来形に関しては,無収縮モルタ
ルにより調整ができるため,施工難易度が
特
低い.
・型枠を2回設置する必要があり,さらに無
徴
収縮モルタルを充填する工程が増えるた
め,施工日数が長い.
・縦断勾配が大きいランプ橋などは,無収縮
モルタルの打設は精度管理が困難となる.
・浮き型枠の固定精度が,壁高欄厚の出来形
に直結するため,施工難易度が高い.
・床版打設時に壁高欄の立ち上げ部が完成す
るため,施工日数が短い.
・縦断勾配が大きいランプ橋でも,コンクリ
ート打設のみであるため精度の確保が可能
と思われる.
工 程
浮 き 型 枠 固 定:約 4.5 日
無収縮モルタル打設・仕上げ:約 10.5 日
浮き型枠解体・仕上げ:約 4.5 日
合計:約16日
合計:約9日
(施工延長284m, 5.6 日/100m)
(施工延長186m,4.8 日/100m)
約3,800円/m
約4,500円/m
(材料・手間含む)
(材料・手間含む)
概算施工費
浮 き 型 枠 設 置 解 体:約 5.5 日
完成後の施工精度については両案,大差はなく図 4−1−1,図 4−1−2 に示すとおり仕上がり
面も良好であった.また立ち上げ部の防水層の施工も図 4−1−3 のように良好な施工が可能であ
った.
2案は,浮き型枠固定の際に精度を要求される溶接作業を伴うことから,施工手間が若干増加
し,やや不経済となるものの,1案に比べて工程は短縮が可能となる事がわかった.
以上により,両案とも一長一短はあるが,同様の施工方法で本線橋の施工が可能となり,工程
の短縮が見込まれる第2案を標準施工方法とし,今後の施工で適用するものとした.しかしまだ,
縦断・平面曲線半径が厳しい橋梁については未施工であるため,更なる検討が必要である.
今後,本施工方法を採用した工区でエフロの発生が無いことが確認できれば,原因の推定が正
しかったと判断できる.よって,引き続き経過観察を行う予定である.
図 4−1−1
1 案による施工
図 4−1−2
2 案による施工
5
図 4−1−3
防水層立ち上げ施工完了
4−2
既設橋での対応
表 4−2−1
現在供用中の既設橋で発生した損傷に対し補修を行
なう場合は,大規模な交通規制等が発生するため,工
非破壊検査手法の一覧
工
法
名
1
赤外線サーモグラフィー法
2
打
床版内部に今後発生する可能性がある損傷の進行を経
3
弾性スイープ波法
時的かつ定量的に評価しながら効果的な補修を行なっ
4
打
ていく必要がある.そのためには合成床版の非破壊検
5
アコースティック・エミッション法
6
超 音 波 探 傷 法
7
反
8
超 音 波 板 厚 測 定
9
た
事費に加えて社会的損失も大きくなる.したがって,
これらの影響を最小限にとどめるには,見えない合成
査に基づく健全度評価手法を早急に確立することが重
要である.
そこで,現在当公社においては,合成床版の維持管
理に関するワーキンググループを設置し,点検および
診断方法に関する検討を行なっている.また,(社)日
音
振
動
音
発
わ
硬
み
法
法
度
測
法
定
本橋梁建設協会でも,同様の点を合成床版の今後の課題としてとらえており,参考文献1)に表
4−2−1 に示す非破壊検査手法が,紹介されている.また参考文献2)では首都高速道路9号深
川線枝川ランプ出路において表 4−2−1 の3・4・6の非破壊検査の報告がなされている.
今後,当公社では産学官の連携を更に強化しながら,福岡高速5号線を実橋の検証フィールド
として提供しつつ,維持管理技術の確立をめざす所存である.
5.おわりに
本稿では,合成床版の供用後初期段階で発生した,床版内部への水の浸入に関して,その原因
の究明と,その是正に向けて実施した試験施工の報告を行なった.本報告の妥当性は今後の追跡
調査なしには,確信を得ることはできない.しかし,現状では浸入経路が特定できたこと,また,
対策に向けた試験施工で良好な施工を実施できたことから,ある一定の成果は得ることができた
と判断している.今後,合成床版と鋼製排水溝という組み合わせを採用して施工を行う橋梁に対
して,この報告が参考となり,合成床版の長所ともいえる疲労耐久性を最大限に引き出すことに
寄与できればと切望する.
福岡高速5号線ほどの施工規模で合成床版を採用した管理者は全国的に前例がない.今後は,
合成床版維持管理の先駆者として,また,管理者の責務として追跡調査の実施と非破壊検査手法
を始めとした維持管理技術の確立に向けた検討を行なうとともに,調査検討内容に関して広く情
報発信を行なうことで,更なる橋梁維持管理技術の発展に寄与して行く所存である.
最後に,本稿の執筆にあたり資料提供並びに御指導・御協力を頂いた福岡高速5号線に関連す
る施工業者の皆様並びに関係各位に深く感謝の意を表します.
【参考文献】
1)社団法人日本橋梁建設協会:鋼・コンクリート合成床版 維持管理の計画資料 平成 19 年 3 月
2)林 暢彦,野呂 直以,吉良 浩二:供用 27 年を経た鋼・コンクリート合成床版の経年調査結果 出典
3)永野 克基,片山英資:福岡高速 5 号線 503 工区における合成床版の施工報告 平成 19 年土木学会西部支部発表
6