第 4 章 食品産業

第4章
食品産業
1.はじめに
(1) 企業の紹介
私は、東京にある本社からタイ赴任を命ぜられ約 20 年前にバンコクに着任した。
当初は現地企業に資本参加して、農畜産水産原料を OEM で一次加工し、冷凍して日
本の本社工場に原料として輸出していた。その後、OEM 工場を買取る形で自社工場に
して、加工食品の生産に踏み切り、最終製品としての冷凍食品を日本に輸出するように
なった。次第に現地スタッフが育って技術力も向上してくると、生産量や生産アイテム
が増加し、日本の本社だけではなく、商社を通じて、大手量販店の商品を共同開発しな
がら OEM 生産するようになった。同時に日本だけではなく、韓国やシンガポールへの輸
出も行われている。又、ここ数年は EU 諸国にも出荷していると聞いている。
冷凍食品の生産・輸出が軌道に乗ってきたところで、資本参加や OEM の形で、冷凍
食品以外の缶詰・レトルト・インスタントヌードル・飲料・液体調味料などの分野に多
角化すると同時に、タイ国内販売に踏み切ったのである。
タイ国内販売は、代理店方式を取らず、卸店・量販店・一般小売店・飲食店に直接販売
方式をとっている。
当初は生産のみの会社であったので、私は、人事・労務・総務・財務などを担当して
いた。資本参加と OEM が増えると共に、関連企業の経営と生産にもかかわるようにな
った。更に、国内販売が開始されると、私は、販売組織の整備(採用、教育、営業グル
ープの組織化、国内販売品目の絞込みと開発、価格体系、物流体制の整備など)、販売
チャネルの構築(販売店制度、テリトリー制度の検討、割戻金制度の可否、代金回収制
度の整備など)に取り組んできた。現在は、私は、現職を離れ、タッチすることは無い
が、国内販売は順調に推移していると聞いている。
(2) タイ国内の食品流通産業
タイの食品流通業界は、日本のそれとは全く異なっている。タイ国における、この業
界の成長過程が異なっているからである。タイ国内の流通業界は、製造部門と小売部門
の間に挟まれて、成長のチャンスには恵まれてこなかった。
製造部門は日本を始め、先進国のタイ進出により、製造技術・コスト管理・経営規模・
人材のどれを取って見ても、世界に通用するレベルまで成長している。
一方、小売店も外資を含む大手資本の参入により、スーパーマーケット・コンビニ共に、
売上げ規模も、内容も日本と肩を並べるほどに巨大化している。その中にあって日系デ
パートやスーパーも健闘している。それに対し、その中間の物流機能を担う卸売業務は、
一部の外資系国内販売・卸売り商社を除いて、未成熟の状態が続いている。
卸店と言っても、日本のように 300 年の歴史と 1.3 兆円を越える売上げを誇る国分の
ような大手食品流通業者は存在しない。「そうは問屋が卸さない」と言われたほど、流
通の支配権を持っていた日本のような、卸売業の歴史がタイ国には無かったこと、その
ために資本の蓄積が不十分であったこと、経営者が家業から企業に脱却する意欲をもた
なかったこと、外資が卸売業界に参入する興味を示さなかったこと、などが考えられる。
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メーカーと小売部門が強大化した結果、物流・商流共に、卸店を通すことなく、メーカ
ーと小売店が直接取引を行うようになったのである。
タイ国において食品を含む物品は一般小売店を経由して、消費者に届けようとするな
ら、直接、独自で販売網を構築するか、外資系の国内流通業者に頼らなくてはならない
であろう。
(3) 世界の中におけるタイ国の食品産業について
タイ国は、前後左右が地平線という広大な平地、それに雨季ですら、スコールの合間
に降り注ぐ太陽、更に豊富な水量に恵まれ、農業生産に最適な国といえる。現国王であ
るプミポン国王も常々「タイは農業をもっと大切にしなければいけない」とおっしゃっ
て、タイ国にとって歴史的に重要な産物である農産物の重要性を強調されておられる。
このような恵まれた条件のもとで、長い間、農業はタイ国産業の柱であった。
当初は米やタピオカのような 1 次産業の農産物を主産業としてきたが、資本の蓄積と
共に、大規模経営の畜産物も発展してきた。更に日系企業を中心とする海外企業との提
携に伴って、技術も移転され、生産・保管・輸送技術や缶詰・レトルト・冷凍食品技術
の向上と共に、付加価値の高い加工食品にシフトするようになった。
さらには、豊富な資金力を活かし、周辺国への投資が加速されている。タイ国の投資
先は、中国・ベトナム・カンボジア・ラオス・ミャンマーなどアジア地域の多数の国に
広がっている。
(4) タイの畜産業と日本との関係
タイ国の主要輸出品目であるチキン製品を例に、産業構造を見てみたい。
2002 年の統計資料では、世界の家禽類総生産量の内、85%は鶏肉である。成長率は年
平均 30%以上と高い。全世界のチキン生産量は年間約 49 百万トンで、タイ国はその内
2.7%にあたる 130 万トンを生産している。世界で 7 番目の生産国である。世界の鶏肉輸
出量は 530 万トンと推定され、タイの輸出量は 45 万トンと 10%弱を占めている。輸出
ランキングとしては世界で 5 番目の輸出国であるが、2003 年は中国を抜いて 4 番目の
輸出国になっている。
タイの畜産物の総輸出量は 48 万トンで、その内チキンは 94%を占めている。従って、
現在のタイのチキンはタイ国農産物の主要輸出アイテムであると言える。同じく 2002
年のデータでは、タイ国の輸出総額は約 3 兆バーツであり、その内、食品の輸出は 4,400
億バーツに達している。つまりタイ国の総輸出額の約 15%を食品が占めているのである。
その内、畜産物は 430 億バーツで、食品輸出額の 10%を占めている。畜産物輸出の内、
鶏肉は 400 億バーツである。この内、未加工(生肉)の冷凍鶏肉が 31 万トン(タイ前年比
97%)227 億バーツ、加工済(加熱済)冷凍鶏肉が 14 万トン(対前年比 119%)177 億バーツ
である。現在、調理加工済みの鶏肉は、タイ国の重要な輸出品目として急成長している
のである。
タイの鶏肉輸出先としては、日本が 26 万トン(前年比 121%)と輸出全体の 58%を占め
ている。 輸出市場におけるタイ産鶏肉の評価は、軟らかくジューシーで美味しいと好
評である。伝染病の感染を防ぐために、空気さえ外部と遮断し、温度管理をしているた
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めに、猛暑でも飼料効率は落ちることなく、更に孵化後約 42 日∼45 日の若鶏の段階で
処理するからである。平均体重も約 2.2Kg と比較的小型である。(日本・中国・ブラジル
は約 2.5Kg)。日本の消費者は鶏肉を牛肉や豚肉と同種の畜肉ととらえ、脂肪分が多くて
赤身の腿肉を好む。一方、欧米では鶏肉を魚肉の延長に置いて、脂肪分の少ない白身の
胸肉を嗜好する。
従って、タイ国からの輸出も、主に腿肉は日本へ、胸肉は EU に出荷されている。
日本とタイの間は、生鮮野菜や水産物などの生食品だけてなく、加工食品の取引は急増
している。特に、従来主要輸出国であった中国の製品が、残留農薬・化学物質の検出な
どで輸入差し止めになって以降、日本のタイに対する食料品の需要は一段と加速されて
いる。
2.タイに於ける人材育成(人事・労務と能力開発)
(1) 採用
タイの労務問題を考える際は、常に、管理職や製造現場の主任以上であるスタッフと、
製造現場の生産部門を担当するワーカーとを明確に分ける必要がある。採用から待遇(宿
舎などの福利厚生を含めて)にいたるまで、相当な条件差がある。
日本では、不当な差別と見なされるような実態が、ここタイ国では、日常行われている。
日本から来る駐在員は、この待遇差にびっくりして、何とか平等に扱おうとするが、待
遇差が縮小すればするほど、高学歴のスタッフは「ワーカーと一緒に扱われた、自分を
軽く見ている」と感じて、会社を辞めて行ってしまう。
タイにおいては、優秀な人材を確保し離職を防止するには、学歴・職種・職位などを
考慮して、待遇を明確に分けていくことが重要である。食品製造・開発現場のスタッフ
としては、チュラロンコン大学・マヒドン大学、カセサート大学、チェンマイ大学、コ
ンケン大学、それに各地域の技術専門学校出身者が、一定の基礎的学力を有しており、
安心出来る。特に工務系は地元出身の工業専門学校卒業生の定着性が比較的高い。
事務系や営業職としては、チュラロンコン大学、タマサート大学、それに職業訓練校
で学んだ学生が良い。採用の時に気をつけなくてはならないのは、語学が堪能であって
も、基礎知識があるかというと必ずしもそうではない。アメリカの大学を卒業し、学位
をとってはいるが、経済学の基礎ですらほとんど理解できていない応募者もいる。日本
語をしゃべる学生の中にも同様な学生が多い。我々日本人は、採用面接の際に、日本語
をしゃべる学生に対して、つい良い点数を与えがちであるが、語学力に偏らず、学力・
人柄を、客観的に良く見極めなくてはならないのである。
タイ国での日系企業で、学卒の可否が良く問われているが、学卒には、国を背負って
立つような意識の高い人間が多く、将来の柱になりうる人材が多いことと、タイ国は、
学歴社会であって、学卒に対するヒエラルキーとでも言うべき階級意識がまだまだ強く、
現場での統率力にも良い影響力を発揮することが多いので、日系企業としては、大いに
活用すべきと考えている。
事務系の採用で特に配慮すべきは、労務担当者と経理担当者である。労務担当者は、
自称「労務のベテラン」が多く、「政治家や知事などの著名人と懇意」などと言う触れ
込みで来ることが多いが、当てにならない。有名大学卒も玉石混淆であるので、十分見
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極めたほうが良い。タイ人に限らず、日本人を現地採用する場合も同様である。当面の
便利さだけで採用しても、全ての日本人社員が幹部社員として期待できるとは限らない
のである。
労務担当をキーマンの一人として敢えて挙げたのは、タイ国では、企業内労働組合が
未成熟で、健全な集団的労使関係は未だ長い時間を要すると思われる。そこに至るまで
には、未だ紆余曲折を経ていかなければならないだろう。そんな背景から、有能なタイ
人労務担当スタッフを配置して不要な労使トラブルを未然に防ぐことが肝要であると
思われる。
経理担当もタイでは重要である。タイ国の中国系個人会社では、ほとんどの会社が経
理担当は、奥さんか娘などの身内に任せている。それは、当国ではお金にからむ不祥事
が常に多発しているからである。金銭管理の厳しい中国系企業ですらそうであるから、
ましてや外国企業である日系企業は更に多いことであろう。経理担当者による金銭トラ
ブルは、私の知る限りでも 10 指に及ぶほどである。
そこで、経理部長としては、地元の名家のお嬢さんをお勧めする。タイ人はプライド
が高い上に、家名を大切にするので、地元で面子を壊すようなことはしない。したがっ
て安心して金銭管理をまかせられるのである。勿論、日本人管理者が、毎月末の残高を
チェックすべきであることは当然である。
(2) 転職対策
タイ国においては、企業の離職率が非常に高い、タイ企業でも外国企業でもスタッフ
でもワーカーでも変わりは無い。統計的な数字は無いが、スタッフで、年 10~20%、ワ
ーカーで 20%以上と考えて良い。
退職の理由としては、待遇、居心地(気楽で楽しい:サヌックサバーイ)、人間関係(友
達の有無)、会社食堂の中身、信頼できる上司、などである。
退職する当事者は退職理由として、「親の家業を手伝う」とか「学業を続けたい」とい
う理由を挙げるが、本心は、上記の理由が多かれ少なかれ関係している。日本のような、
「会社の将来性」とか「仕事の充足感」は全く意識の中には無い。場合によっては、ラ
イバル会社に再就職することも多い。そのような場合でも、採用するほうも、行く本人
も、退職される元会社も、あまり気にしていない。「その内に、相手会社のノウハウを
持って、帰って来るさ」と屈託がない。事実そのようなケースも非常に多い。これも、
我々日本人には、全く考えられないことである。
タイ国内のタイ企業は、同業会社間での話し合いの場があり、人事を含めて、業務上
の交渉チャネルがある。その点、日系企業はタイ企業との合弁企業を除いては、そのよ
うなチャネルは期待できない。ましてや、ライバル会社から人を引き抜くことなど、罪
悪感が許さないのである。従って、従業員の退職は、会社の技術の流出そのものとなっ
てしまうのである。
スタッフは、今の仕事を継続することが個人として得かどうか(ポジション・給与など
の見通し)が大きい。又、上司から習得する技術が期待できるか、日本人及びタイ人上司
が、習得すべき技術を身につけているか、人間性にすぐれているかどうか(チャイディー
かどうか)、などの理由も見逃せない。要するに、企業としての将来性よりも、個人とし
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ての損得か、上司であるべき日本人駐在員の能力と資質がためされているのである。
又、スタッフの退職は、大学教授と大学同級生のネットワークが大きく左右している。
会社で、業務上の不満があるとか、人間関係で苦労しているとか、職場で浮いている
ような場合、教授と同級生たちが、たちどころに情報をキャッチして、救済の手をさし
のべる。つまり、欠員のある優良会社の情報を集め、友人をそこに紹介することが多い
のである。
日本人駐在員の現場責任者や採用責任者は主要大学の教授、特に食品科学の教授とは、
パイプを作って交流を深めておくことが大切である。
日系企業は、技術習得や、日本の理解を深めるために、優秀な現地社員を日本研修に
送り込む企業が多い。日本の親会社工場であるから,日本企業の衛生管理などを見てく
れば、食品製造業としては、相当大切なポイントである。しかし残念ながら、研修から
帰国するとしばらくして、日本研修を勲章にして、より高い給料を求めて転職する社員
が多い。日本研修の期間が長ければ長いほど、より高い待遇を期待できる。研修実施に
先駆けて、「研修後は一定期間、会社を退職しない」という誓約書を書かせるところが
多いが、法律的な拘束力は無いと考えて良い。
○ワーカーの場合はどうであろうか。
ワーカーの場合は、もっと現実的で、給料をメインとする待遇、同僚との楽しい関係
が挙げられる。待遇は、近隣企業とほとんど変わらないはずであるから、職場が気楽で
楽しいか(サヌックサバーイ)が大きな要因である。工場給食の中身にもこだわるワーカ
ーも多い。多少の自己負担をさせても、中身の良い給食を心がけるべきであろう。
通常の会社給食は、ご飯は会社支給で食べ放題、おかずは、市価の半額∼7 割程度の
価格で、個人負担で提供としている所が多い。
(3) タイ国における食品製造面の技術レベル
では、スタッフとワーカーはどのような能力が求められて、それに対しての充足度は
どうであろうか。食品加工の面から考察してみたい。
スタッフについては、大学・高校で習得した技術・知識を一応は有していると考えて
良いだろう。又、ワーカーを管理する立場であるから、若くても、日本の工場現場で言
えば、主任・係長・課長の役割期待がある。その為には、見て見ぬ振りをしない、責任
感の強い人間が必要である。「タイ人は他人を傷つけることを好まない」ので、他人の
前で、ワーカーを注意するのは、なかなか難しいことであるが、それを敢えてやっても
らわなくてはならない。
タイでは、スタッフが高学歴であると、例えそのスタッフがワーカーよりずっと年下
の若い人であっても、意外に素直にその指示に従っているのを、製造現場ではよく目に
するのである。学歴社会であるといえよう。
タイの製造現場では、スタッフがワーカーに指示を出しているので、その上司である
日本人が、タイ人スタッフに、明確な指示や方向性を示す必要がある。日本では、ア・
ウンの呼吸で、上司と部下が理解しあう場面が多いが、タイではそうは行かない。特に
食品製造は人様の口に入る食べ物を製造する訳であるから、製造ミスは人の命にもかか
わってくるのである。
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日本人上司がタイ人部下に指示を出す場合は、もし、タイ語・英語に自信が無ければ、
通訳を同席させるかして、内容の徹底を図るべきである。同時に、黒板なり、議事録に
指示内容を明記して、共有し、記録を残しておくべきと考えている。社内の通常業務で
も、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)はほとんど期待できない。
基本的には、スタッフであっても、個人としての社員であり、組織人としての意識は
非常に弱いからである。いや、世界の中では、それが一般的なのであって、個人が組織
の一部になりきっている日本が、異常な現象と言えるかも知れない。とにかくホウレン
ソウは、5Sと共に、その重要性と必要性を、タイ人スタッフの行動基準の中に、無意
識に組み込まれるまで、常に社内で繰り返して、明確にしておく必要がある。又、指示
と同様に、タイ人スタッフに対しては、業務の責任分担を常に明確にしておく必要があ
る。理由は、組織に対する考え方、他人を傷つけない、他人の仕事に口出ししない、自
分の仕事の範囲に拘るという、上記に述べてきたようなタイの国民性を考えると当然の
ことである。これも、書き物にしっかり残しておくことが、後顧の憂いを失くすことに
なるであろう。
○ワーカーに対する期待はどうであろうか。
食品製造現場においては、永年勤務者(希少価値であるが)は、年配女性が圧倒的に多
く、そのほとんどは家庭の主婦であるので、食品製造の一応の技術レベルには達してい
ると考えてよい。
スタッフと違って、複雑な業務を期待せず、基本的な、食品取扱いの加工技術と知識
を吸収してもらえばよい。特に、菌の管理にたいする基本的な衛生知識をしっかり理解
してもらうことが、食品製造の現場では、不可欠である。食品の加工技術(手際)は、経
験と共に上達するであろうし、個人差にもよるので、「慌てず・焦らず・ゆっくり」と
成長を期待したほうが良いと思われる。
(4) 能力開発
能力開発についても、スタッフとワーカーとは全く異なった方法が求められている。
スタッフの能力開発は、日本での指導とは全く異なってくる。組織への意識が希薄で、
転職しやすく、プライドが高いタイスタッフを指導する方法が日本とは違って当然であ
ろう。
私の 20 年近い技術スタッフ育成の経験から言わせて貰うならば、スタッフ全員に対
する平等な能力開発は無理があるように思える。そこで、生産・商品開発・品質管理・
工務関係と言うような各部門毎に一人だけ、自分の片腕になるような人間を育てるつも
りで育成して行けば、スタッフも成長するし定着性も高まると思われる。タイ人工場長
又は、タイマネージャー経由で指導していくことも有効である。エコひいきやセクハラ
の誤解を避けるために、常に部門の異なる 2 人以上のスタッフを一緒に育てるように心
がけると良いだろう。その場合、日本語をしゃべるタイ人スタッフを通して意思を伝え
ることは、極力さけるべきで、いっそのこと、スタッフとしてではなく、通訳として割
り切って使うほうが良いのではないかと思う。同一部門の他のスタッフには、常に声か
けを忘れないようにすることも大切である。そのためには、各個人の情報を自分の頭に
インプットしておくことと、日常タイ語は必須であると考えている。人間として部下の
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一人ひとりに心くばりをする大切さは、日本での人間管理方法と何ら変わることはない。
ワーカーに対する能力開発は、意思の疎通・人数・感情問題を避けるなどの点で、日
本人が直接タッチするより、製造現場の主任か係長に相当するフォアマンに任せたほう
が良いと思われる。
特に、食品製造の現場では、衛生管理のために、つい声を荒くしてその場で注意した
くなる場面があるが、よほどの場合を除いては、ぐっとこらえて、タイ人のしかるべき
管理者経由で注意したほうが、感情的なトラブルを避けるためにおすすめしたい。
(5) 評価基準
スタッフの評価で、最も大切なことは、その評価が私情に惑わさずに評価されている
ことを、当事者が認識することである。そのためには、日常業務の中で、評価すべき点
や反省すべき点を、その都度フィードバックしてあげることが必要だと考えている。
タイでは、本人が納得できない評価を受けた場合、人によっては、猛然とクレームを
つけてくるスタッフがいる。業務に自信があるからである。特に、同期の同僚とボーナ
スの評点を比較しあって納得がいかない場合は、はっきりと「何故、私は、同期の彼女
より評定が悪かったのか説明して欲しい」と泣きながらクレームをつけてくる。そこで
はっきりと、記録を見せながら「あの時、こういうポイントを説明してあげただろう?」
と言えば、本人は納得するだろう。従って、フィードバックした時の反省会の記録を、
その時本人が納得したことも含めて、はっきり書き残すことも大切である。
もう一つ、評価の上で配慮すべきことは、タイでは地域によって偏見・差別があること
である。
特に、貧しい東北地方から来た人間は、能力が低いという先入感を持たれているので、
タイ人上司による1次評定だけに任さず、上司として正しい評価をしてあげることも大
切である。又、バンコクを中心とした中部出身者は、南部の人に対して偏見を持つ人が
多い。能力の有無よりも、「信用出来ない人間が多い」と言う先入感を持っているから
であろう。これは、宗教も少なからず影響しているものと思われる。
(6) 食品の商品開発
商品開発をする場合、日本人管理職は、日本での知見を生かして、早く商品化したい
と考えている。しかしプライドの高いタイ人スタッフは、上から押し付けられた仕事は
好まない。そこで、イライラせずにヒントを与えながら、じっくり構えて、タイ人スタ
ッフのアイデアであるような形で商品開発を実現させることが重要である。少々時間が
かかっても、タイ人スタッフの自信に結びつくし、商品化に際しては気合の入れ方が全
く違ってくるので、実現可能性ははるかに高いといえる。「手柄は全て部下の成果にし
てあげる」ことの重要性は、日本もタイも全く同じである。又、プライドの高いタイ人
と仕事をする場合は「日本では」「自分の経験では」「親会社としては」のせりふは避け
た方が賢明であろう。
収率アップについても、同様である。
チキン製品を例にたとえれば、チキンのフライを生産する場合、製品スペックが 1 個
200gで原料肉が 280g だったとすると、スペック以上の 80g の部分は、カットせざる
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を得ない。そのカットされた端肉をどう生かすかがコストダウンに重要である。ツクネ
団子にするのもよし、鶏そぼろにするのもよし、市場に合わせた活用方法があると思わ
れるが、求められた時以外は、日本での知見をひけらかすことなく、タイ人スタッフに
任せて、試行錯誤させることも、OJT(On the Job Training=実務を通して経験させて
教えていく能力開発の方法)の大切な実践である。
3.担当業務から見た分野の技術レベル(異物除去とスペック管理の成功例)
(1) 異物に対する認識
異物に対するタイ人の考え方は、日本人消費者とずいぶん異なっている。
タイ人は、
「髪の毛とか虫は、本来、自然の中に存在する物である」から、あまり神経
質 に は な ら な い 。 又 、 原 料 由 来 の 物 質 、 例 え ば 果 菜 の 茎 や 葉 っ ぱ な ど は 、 EVM
(Extraneous Vegetable Material=野菜由来の夾雑物)と称して、他の異物とは一線を画
し、ある程度の混入は止むを得ない、と比較的おおらかに考えている。
しかし、日本の消費者から見れば、口に入れて食べられるもの以外は全て異物であると
考えており、クレームの対象になってくる。従って、タイの人に「異物とは何か」「日
本の消費者はどこまで容認するか」を徹底的に理解させる必要がある。異物除去は、コ
ストにも影響するので、OEM や合弁会社の場合は、工場長や QC マネージャーだけでな
く、相手側のトップ、少なくとも、利益管理者である、副社長クラスまで、認知しても
らう必要がある。
目視チェックによる異物の除去は、ベルトによる連続式チェックの場合は、チェック
要員・ベルトスピード・原料の流入量などが物理的に可能かどうかを十分試算して決定
する必要がある。ベルトによる連続式では、どうしても改善がなされない場合は、目視
チェック台を準備して、一定量毎に作業を進めていくバッチ式で異物をチェックする方
法も考えられる。
(2) 異物除去の改善例
実際に OEM 工場で異物混入率を大幅に低下させた例をご報告しよう。
商品はタイの代表的農産物であるスイートコーンである。この会社はタイでは最大手
の缶詰メーカーで、総生産量の 4 分の1を日本に輸出している。勿論弊社の分だけでは
なく、日本の他企業にも大量のスイートコーンを輸出している。輸出先はヨーロッパ・
アジア各地に及ぶタイ国最大の農産物の缶詰・レトルト・冷凍食品メーカーである。弊
社との取引は 3 年以上に及び、安定した品質のスイートコーンを供給してくれるのであ
るが、夾雑物の発生率があまり改善されない。タイ国内では群を抜く低発生率ではある
が、日本国内メーカーのレベルには至っていない。
そこで、まず、そのメーカーの輸出担当副社長に会い、日本市場の異物に対する強い
拒否反応をじっくり説明した。日本への輸入を担当する商社や日本国内の大手卸店、さ
らには弁当チェーンの品質管理部長に、タイ出張の機会に必ず工場に足を運んで頂き、
日本の顧客の声を直接伝えるように心がけた。「日本への輸出を拡大するには、異物混
入率を半減する必要がある。又、異物が発見されたときは、誠意をもって速やかに対応
することが重要である」ことを説明し、要請したのである。幸い輸出担当副社長はこち
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らの趣旨を十分理解し、具体的に大幅な改善がなされたのである。つまり、目視チェッ
クラインを中心とした抜本的な改善である。
先ず、改善前の異物除去ラインの写真を見ていただきたい。大量のコーンの原料が流
入してくると、コンベイヤーの上に原料の山のようになって流れている。山の下の方は、
眼が届きにくい。もし下のほうに異物があった場合、見逃してしまう可能性は十分にあ
る。照明も片側に寄っていて、一方からは不十分のように思える。
(改善前の異物チェックラインの写真)
原料は前方から手前に流れてくる。
○改善の内容は、
1)
流入量のコントロール、つまり最盛期であっても、ベルトへの投入量を制限している。
2)
同時に、ベルトの速さを 25%低下して、見やすくしている。
3)
目視チェック用のベルトを 1 本から 2 本にして、生産量の低下を防止している。
4)
コンベイヤーの上にヘラの様なアームを取り付けて、原料の山がなだらかに平らにな
るようにしている。
5)
ヘラに角度をつけて、原料がベルトの上を蛇行するようにして、見やすくしている。
6)
2 本のコンベイヤーの幅を従来から 20%広げて、原料を広げられるようにしている。
7)
照明器具の位置をベルトの真上に移動するとともに、照度を 30%アップしている。
8)
チェック要員を 12 人体制からから通常 14 人、最盛期には 17 人に増員している。
以上の結果が次の写真である。
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(改善後の異物チェックラインの写真)
原料は、手前から前方へ流れていく。
(同じく改善後のチェックラインの上方からの俯瞰写真)
原料は右から左へ流れる。
以上の改善が行われた結果、異物の発生率は、従来の 3 分の 1 以下となり、現在では、
日本のユーザーから、
「日本国内のメーカーより、異物混入率が低い」とお褒めの言葉を頂
いているほどである。この改善は、OEM 工場の責任者に、重要性を認識してもらい、動
機づけに成功した例といえるだろう。
(3) スペック管理
異物混入以外にも、揚げ物の形や色合い、焼き鳥の串の打ち方や、焦げ目の付き具合
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など、商品スペックを明確に指示しておかなければならない。そのスペックは文書で残
すことは勿論であるが、スペックの許容範囲を写真に撮り、製造現場に掲示して、ワー
カーが見て判断基準の参考になるようにしている。日本の親会社が食品製造メーカーの
場合は、このような写真式徹底方法を多用しているが、食品系以外のメーカーや国内流
通系・商社系のタイ合弁会社は、日本に原型を持たないせいか、そこまで徹底していな
い日系企業が時々見られる。揚げ物を製造する場合、その揚げ色を固定しておく必要が
ある。油で揚げる製品は、日本では「狐色」「黄金色」「金色」「茶色」「黄色」などと表
現している。これを日本語から英語やタイ語に直訳してもタイの人には正確に理解でき
ない。
「狐色」とは何色か?タイの人は恐らく狐を見た人はいないであろう。
「黄金色」?
揚げ物の表現で「黄金(こがね)色」という表現を我々はよく使うが、揚げ物の美味しい
色は、あの純金のまばゆい黄色ではない。そこで弊社では、日本のユーザーの開発担当
者にタイの OEM 工場までご出張をお願いし、揚げ色とその濃さについて上限と下限の
サンプルを作成して、その中間の揚げ色を OK にする方法を取ったのである。下記に示
すのは上の方に揚げ色の薄い限度を、下の方に揚げ色の濃い限度のサンプルを作成し、
写真撮影したものである。工場現場には、この写真を使ったスペック・ボードを作成し、
形の基準も合わせて掲示している。この結果、鶏肉のフライ製品の不良品率は 40%以下
に減少させることが出来たのである。
「手羽中の揚げ色見本
IMG2205」
焼き鳥製造ラインも同様に写真を利用したスペック・ボードを掲示している。特に日
本人消費者が嫌うオコゲと生焼きの限度を明確にするためである。
基準を明確にしたら、後は実践である。そこで更に、
「常に抜き取り再検査がある」こ
とを現場ワ−カーに徹底する。再検査の結果、スペックをクリア出来なかった製品が発
見された場合は、パスしなかった製品の現物を担当ワーカーと管理者に見せて、理解さ
せなくてはならない。そうしないと、いつまでたっても収率の改善にはつながらないか
らである。
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このようなダブルチェック方式とフィードバック方式を実施することにより、異物混
入の大幅低下と収率向上が可能となる。
つまり、タイ人ワーカーに指示する前に、先ず、日本人管理職が、プロセス管理なり、
スペック管理をしっかり理解すること。次に現場ワーカーとその上司に、言葉ではなく、
眼で判別出来る方法を実施することが大切である。
4. おわりに
日本人派遣者が知っておくべきタイの独特な事情
日本人管理職に求められる要件
以上、タイ国における食品販売の営業業務の実態を述べてきたが、それでは、そのよ
うな状況下で、日本人営業責任者として、又は、日本人営業管理職として、どのような
要件が求められているのだろうか。思いつくままに列挙するので、ご参考にしていただ
きたい。ここでいわれる要件は、食品業界や販売業務に限らず、タイにおける駐在員の
業務全体に言えることであろう。
(1) タイ人を好きになれる人。価値観の違いを理解する包容力
タイ人は非常に自尊心が高く、相手が自分に興味を持ち、好意を抱いているかに敏感
な民族である。タイ人を好きになると、タイ人は、本能的にそれを察知して、こちらに
好意をもってくれる。タイ人の友人がたくさん出来れば、多分あなたの業務も遂行しや
すくなることは間違いないであろう。
「愛情」の反対「憎しみ」ではない。愛情の反対は「無関心」であると認識すべきなの
だ。タイ人を好きになるには、タイ人の価値観に理解を持たなくてはならない。つまり
清濁併せ呑むゆとりと包容力が必要だ。
タイでは、お金持ちが貧乏の人にご馳走することが多い。これはお金持ち自身のため
であって、貧しい人への同情からしている行為ではない。したがって貧乏人がご馳走の
お礼を言うことは無い。この貧乏な人は、「お金持ちが功徳をする機会を作って上げた」
のだから胸をはっている。
日本では、上司が飲み屋で部下をご馳走すると、翌朝顔を合わせたときに、部下が「夕
べはご馳走様でした」と必ずお礼を言う。しかしタイでは、部下はケロッとしてお礼は
言わない。食事が終わった時に「ご馳走様」とは言うが、翌日は知らん顔である。ここ
で頭に来てはいけないのである。昨夜のことはもう済んでしまったこと。彼のお陰で貴
方は天国に一歩近づくことができたのであるから、その部下に感謝しなくてはならない。
パーティーや結婚式などでも、呼ばれた人だけでなく、家族や友達を連れて現れること
がある。全く同じ考え方であって、彼らが礼儀を知らない訳では決して無い。
日本人の価値観でタイの人を見ることは禁物である。
(2) タイ国の歴史・文化・習慣・食生活などに強い興味を持つ好奇心の強い人
好奇心の強い人は、人生の中で大変得をしている。海外生活や環境の変わった所での
仕事が面白いからだ。タイの歴史を知れば、何故タイ人がミャンマー人に敵愾心を持つ
のか、何故自尊心が高いのか、よく理解できる。
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あなた方は大変幸せである。何故なら美味しいタイ料理に囲まれて生活できるからで
ある。食品業界に身をおく者としては、是非、タイの食品に興味をもっていただきたい。
きっと、いろいろなタイ料理を食べる内に、自分にぴったりの美味しいタイ料理にいく
つかめぐり会えることになる。そうするとタイでの生活が一段と楽しくなるはずである。
私の家族は、長いタイ生活を経て、現在、横浜に住んでいるが、タイで食べたタイ料
理の味が忘れられず、今でも年に数回はタイ料理を食べるためにタイに来ている。
又、バンコクを出て地方に行くと、その土地にしかない美味しい料理にめぐり会える。
東北の鶏の炭火焼や中部の山野に自生するキノコ、南の海でとれるフナ虫のから揚げ.
北の竹虫のフライなども捨てがたい。バンコクでは食べられない美味しい自然食を味わ
えるのも、タイの田舎に行く楽しみの一つである。食べ方にしても、日本とは異なるマ
ナーが多い。タイの人たちの食事や食べ方の習慣を垣間見ることによって、タイ人の衛
生管理意識の向上に何らかのヒントを思いつくことであろう。
(3) 強い責任感と目標達成意識を有する人
タイ国勤務でタイに来ると、仕事の責任は一段と重くなってくるはずである。日本で
係長の人は、タイでは課長クラスのポストを、日本で課長の人は、タイでは部長か時に
は、役員の重責を担うことになる。これは自分の職域を広げる良いチャンスであり、新
しい役職への試金石でもある。サラリーマンとしてこのチャンスを逃すべきではない。
但し、このチャンスに、広い知識を吸収し、新しい職務を広げていく意欲と重責を受け
て立つ強い責任感が求められている。
子供が親父の背中を見て育つように、タイ人の部下は、上司の貴方の生き様を見て尊敬
し、言うことを聞き、成長していくのである。
タイ国における食品販売業務を職務とするには、販売不振の諸要件を跳ね除けて、目
標にまい進する強い意思が求められている。
(4) タイ語への順応性
タイで仕事をする以上は、タイ語は必須と考えるべきである。
それはそれなりの理由があるからだ。言葉はその国の文化である。その国の文化を尊
重して一生懸命にタイ語を覚えている駐在員の姿にタイ人は好意を持つだろう。
労務対策は、集団の労使としての集団的労使関係と、個人と個人の信頼関係をベース
とする個別的労使関係がある。この個別的労使関係が確立されないで、健全な集団的労
使関係は成り立たない。部下の悩みを聞くときに、そこに通訳が同席していると、タイ
人は、絶対本音を言わない。そこで話したことが、翌日には外部にばれてしまうからで
ある。タイ人は他人の感情に敏感なだけに、常に相手を喜ばせようとしており、
「ここだ
けの話だが・・・」と言う形で秘密はほとんど外部に漏れていくと考えて間違いない。
貴方が気がつかない内に、貴方が昨夜どの店に行って何をしたのか、翌日会社中に知れ
渡っていると思うべきである。何故なら貴方のドライバーは仲間との良好な関係をいつ
も維持していきたいと考えているだろうから。
話が横道にそれてしまったが、部下の悩みを貴方の部屋で直接聞いてあげ、直接答え
てやることが、その部下との信頼関係をどれほど強めていくか言うまでもないことだ。
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こうすることによって、貴方はあなたの優秀な部下の転職を防止することができるかも
しれないのである。
タイ語を覚えるに際し、タイ語を語学と考えないほうが良い。勉強がきらいな私など
は、タイ語が語学という学問だと思うと、それだけて億劫になる。カラオケの延長で、
耳に入るままにそのまま発音すると、不思議に相手に通ずるものである。そして、「こ
の気持を伝えたい」といつも心に念じながら話すと良い。強い願いは必ず相手の心に響
くはずである。
バンコクに居ると、英語が通ずる所が多いし、日本人発音のタイ語を理解してくれる
店は多い。しかし、バンコクを一歩離れると、覚えたてのタイ語は全く通じなくなって
しまう。「今まで覚えてきたのは、何語だったのか」と自問自答することも多いだろう。
言葉の壁にぶつかることは、多ければ多いほど上達につながると思えば、それも楽しい
ものである。
(5) 精神的・肉体的にタフな人
海外での勤務は、人間関係だけてなく、日本と違って厳しい暑さや、デング熱・マラ
リヤなどの風土病や狂犬病、そして強烈な下痢など、本人だけでなく、家族の安全も含
めて健康管理は非常に大切である。特に小さいお子さんが居られるご家庭では、人一倍
の気苦労があることであろう。
本人の仕事の上でのストレスはかなり強いと思われるので、多いに気分転換をしたら
良い。それも、日本では出来ないような贅沢な方法が身近にある。例えば、ゴルフにし
てもそうだ。日本のゴルフ場は、予約も取りにくく、高い上に、遠くて一日がかりであ
る。キャデーさんのいる一流ゴルフ場でも 4 人の客に一人か二人。
「お客さん、クラブを
3 本持って急いでください」などと言われて走らされる。午前にハーフが終わって昼食
をとると、その後がものすごく眠くなる。午後にハーフをプレイして家に帰ると、もう
暗くなっている。タイでは、その点、比較的恵まれている。
こんな好条件を見逃す手はない。最近はタイ人の課長クラスになると、ゴルフを楽し
む人が結構増えているので、ゴルフをとおして、部下とのコミュニケイションを図るこ
とも出来るのである。ゴルフでも、旅行でも、食べ歩きでも、博物館回りでも、出来る
ことはどんどんやって、決してストレスを溜めないことが大切である。
辛いタイ料理でお腹をやられると、しばらくはタイ料理恐怖症に陥る人が多い。タイ
に長く住んでいる日本人駐在員は、「タイでは、猛烈な下痢と、大洪水と、クーデター
を経験しないと、一人前ではない」と言う人がいる。もし、あなたが、強い下痢に見舞
われたら、「自分は今、一人前になりつつあるんだ」と前向きに、楽観的に考えたほう
が人生は楽しい。
更に大切なことは、本人だけではなく、常に奥様の気分転換を心がけてほしい。これ
は、妻がノイローゼで半年の間、日本で療養生活を送った、私の経験から申し上げたい。
奥様がノイローゼになって、業務半ばで、帰国の止む無きに至った例は多い。自分の
職務を全うするためにも、家族の安全と健康をおろそかにしてはならない。肉体の健康
管理は、諸先輩の話を良く聴いて、自己管理して行けば良いので、割愛させていただく。
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