印象派美術を追って

印象派美術を追って
印象派美術を追って
東京の博報堂本社で会議がはじまった。
出席者は博報堂の営業部長,課長,理研映画社から鈴木さん,東京大学名誉教授高科秀
弥さん(国立現代美術館館長)に私の 5 人, リストが配られ題名と作者名,作品を書い
た場所がフランスだけでもフランス国内を一周しなければならないほどの数だ。
その他にもイギリス,オランダ,タヒチなどもあった。
この会議とは,倉敷にアイビー・スクエアーという印象派美術を扱う美術館を作ること
になり,印象派画家が描いた絵の場所に行って,ここで描いたであろうというところから
現在の写真を撮るという会議であった。
締め切りは年内で 1 月 15 日には,理研映画社に届いていなければならない,という大変
な日程の会議だ,今は 9 月の終わり 3 ヶ月しかないのだ,とりあえずやるだけやってみる
けど,フランス以外の国までは手が回りそうも無いし難しそう,最終決定はフランス国内
だけは必ずやり遂げる,時間が取れたら他国も出来るだけ取材することできまった。
エトルタの海岸に来た。ドーバー海峡に面し,ノルマンディ地方の,のどかな田舎町
だ。11 月はじめだと言うのに天気はよく,風も無い暖かい秋日和
絵画の興味のある人だったら,誰でも一度は見たことがあるモネ,セザンヌ等のエト
ルタの海に飛び出した岩のアーチを描いた一枚の絵。
モーバッサンが(象が海に体を沈めているように見える)といってたそうだ、その見
えるアヴァル(Falaise
d Aval)の高台からスライド映画の始まりのシャ
ッターを押す。
2 時過ぎ薄暗くなってきた,撮影を終え昼飯も食べていなかったので,エトルタ駅に近
い参道にあるシーフード店に入った,この時間どこも店が閉まっていたのだが,この店に
入ったのだが食べ物,飲み物うますぎる,魚貝スープのうまいこと 30 年たった今でも忘れ
られない,生牡蠣も 5 種類,ハマグリと海老それに白ワインうますぎて,白ワイン 2 本空
けてしまった。
ロンドンからパリに遊びに来ていた安藤君と知り合う,パリに 3 ヶ月ぐらいいたいし,
その後ミラノやマドリッドにも行ってみたいということで,話しがすすむ。一ヶ月間付き
合ってくれることになり,レンタカーでシトロエンを借りすぐに出発,最初の目的地ルー
アンに向かう。
パリから 140 キロ,ノルマンディの首都ルーアンはジャンヌ・ダルクが大聖堂の前の
広場で,火あぶりの刑にされたところ,モネはこの大聖堂を 30 枚ぐらい描いている。ゴッ
ホもブヂィックの 2 階から描いた四季の絵もある。
ゴシック様式の建物,チューダー調の建物すばらしい町並みだ。
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参道にあるレストランに入り,シーフードスープと鴨料理を食べたが,スープがうま
い,ノルマンディはスープがうまいのだ。
オンフルールに来た,ノルマンディ様式の建物,石畳の坂道のどかな港町にモネやセ
ザンヌが長期滞在したのも分かる気がする,
モネやセザンヌの描いたと思われる場所に
行ったがよく分からない,港から坂の上から探したが分からず美術館で聞くと,モネやセ
ザンヌのいた時代とずいぶん変わっているからといって地図を持ってきてくれて,多分こ
の辺だろうと何箇所か印を付けてくれた,地図を頼りにいってみるとさっき探していた場
所と同じところだった。
ル・アーヴルの朝は雨だった,車はセーヌ川を渡り再びオンフルールの町に,海岸通
りを走りドーヴィルの荒れた海を見ながらカーンの町に到着,古い街だ何か特徴のあるも
のを探したが,ただの古い田舎町にしか見れなかった。
モン・サン・ミッシェルに到着,ノルマンディからブルターニュに入りました,フラ
ンスに来たら一度はこなければと思っていたところです,ここは仕事ではなく観光です,
英仏海峡島いっぱいにそびえ立つ大きな修道院,満潮時になると島全体が海に囲まれ孤島
になってしまう,島に行く道の入り口付近にあるパーキングに車を止め,歩いて島へメイ
ンストリートのグランド・リュの両側にはお土産やレストランが並んでいる,江ノ島みた
いだ。僧院内に入りロマネスク様式の教会を見る,僧たちが食事をとった大食堂や大理石
の列柱に木造の屋根の回廊などみてまわった。外に出て名物の特大オムレツをたべ今日の
宿泊地レンヌに向かった。
レンヌはシトロエンの自動車工場があり,人口 20 万の工業都市です,学生4万5千人
もおり大学都市でもあり,日本からの留学生も多いらしい。
ピカソやコローの絵を見に美術館に,予定の時間を大幅に過ぎてしまい城壁の町サ
ン・マロにいけなくなってしまった,とても残念だが次回にしよう。
レンヌを午後出発,走り始めて 1 時間もしないうちに雨が降ってきた,雨の中を車を
走らせた,夕方 5 時頃真っ暗な道を走り,ホテルを探すがホテルらしきものが見つからな
い,探しながら走っていたらいつの間にか,ブレストに来てしまった,カフェの 2 階がホ
テル目に付いたので泊まることになった。ブレストは大西洋からイギリスとフランスの間
にラマンシュ海峡があり,スペインの上からフランスにかけてガスコーニュ湾がある,ブ
ルターニュ半島の最先端にあるのがブレストの街です。
朝いまにも雨が降ってきそ
うな天候です,ブレストの街も見学することなく出発,次の目的地はベル・イルという島
にゴーギャンの黄色いキリストがあるらしい,はっきりしたことが分からないので探さね
ばならないのだ。
雨が降ったりやんだりの中をシトロエンは走る。
カンペールの街に着く,昼飯を食べようとカフェレストランに入ると,牡蠣があるで
はないですか,ブルターニュの牡蠣は小さく丸みをおびた高級な牡蠣なんです,牡蠣とワ
インを注文一人 10 個食べてご機嫌で雨の中を走る。
しばらく走ると小さな町,村を通る時氣がついたのだがカフェやホテルが全部閉まっ
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ているのです,雨がやんだのですが薄暗い道路を走りキブロンの町に到着,ベル・イルの
船着場に行くと今日の船は終わっていた,この町でもホテルを探すのが大変だった,小さ
いホテルはほとんど閉まっているのだ,やっと見つけたホテル一人 8,000 円もとられた。
今日は朝から天気がいい,8 時に船着場に行くと誰もいない,30 分たった頃カーフェ
リーが来た,車を船に乗せるとすぐに出港役 1 時間かかってベル・イルに着く,観光案内
所で黄色いキリストを聞くが分からない,車を走らせる,道路脇には十字架のキリストが
そこいらじゅうにある,のに,なぜ黄色のキリストが分からないのだ,島には何軒かの民
家があるがみな窓が閉まっていて誰もいないみたいだ,走っていても人にも会えず,民家
も閉まっていてこの先に行ってもこんなものだろう,一度パリに戻ろうということになり
船着場に戻る,船は 13 時出港でまだ時間があるので,この辺で一軒しかないレストランに
入る,生牡蠣,ワイン,スープ,サラダ,パンセットで 12 フランと書いた張り紙が目に付
いた,早速注文,出てきました すごいこのままパリで食べたら 100 フラン以上する,生
牡蠣 4 種類にえびとハマグリ,うまいのです,かにスープこれもうまかった,食べ終わっ
て勘定してもらうとき 2 人分払おうとしたらこれは 1 人分だからといって 12 フランしかと
らなかった。安い,うまい,感激
カンペールに戻りナンシーの町を通過ル・マンのコースの一部分を走りパリに戻って
きた。
英仏 100 年戦争でイギリス軍を破った救世主ジャンヌ・ダルク像の前にいた,
オルレアンの街には何回も来ているが,通り過ぎることが多かった,今回はジャンヌ・
ダルクに挨拶をして出発したかった。
オルレアンを後にしてロワール川に沿って走る,シャンポール,アンポワーズの街を
過ぎてトゥールの待ちについた,トゥールはロワールの古城巡りの拠点だ,そして 19 世紀
の文豪バルザックの生地でもある。 遅い昼食をして,お城も見ずに次の目的地リモージ
ュに車を走らせる。
ポアチエの近くになると暗くなってしまった,まだ 4 時だというのに・・
ポアチエは 2 回目だ,前回来たときはフレスコ修復画家高橋さんにつれてきてもらって
教会の壁画の修復工事を見せてもらったことがあります,この高橋さんはフランス政府か
ら頼まれて修復工事をしている人で日本人では高橋さんしかいません,すごい人なのです。
ポアチエの朝は 7 時だというのにまだ暗かった,今日は山道を走らねばならない,走
り始めて 2 時間マルシュ高原の入り口ラベックの村に入ると雪がちらほら降り始めた,山
道を走る。
リモージュに昼過ぎに着くと雪がやんでくれた,リムーザンの丘陵地帯に
ヴィエンヌ川がありリモージュの街がある,街中を歩くと結構寒い,川沿いにあるリモー
ジュ焼きの店に入りコーヒーカップとシュガーポットを買う,ゴシック様式の大聖堂ステ
ンドグラスがすばらしい,
朝,薄暗い外に出ると降ってはいなかったが真っ白に積もっていた,車道は地が見え
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るので車は走れそうだ,今日の予定地トゥールーズまで山岳地帯だ,この車で山道を走れ
るのか心配だ。
走り始めて 4 時間ぐらいでヴぇゼール川に,ドルドーニュー地方だ。ここには,ラス
コー洞窟があるのを思い出しだ,30 年ぐらい前に発見された洞窟の壁画,先史時代に描か
れた雄牛,馬,鹿等の壁画が鮮明に残っているという。狩猟の祭りの儀式が行われた跡だ
ろうと,絶対に見たい。
ところが洞窟へ行く道路が閉鎖されていた。
後で聞いて分かったのですが,1963
年に一般の見学は出来なくなってしまったと,1983 年に少しはなれた場所にラスコー洞窟
の複製が作られラスコー2 と呼ばれ見ることが出来るようになったらしい。
アンリ・ドゥ・トゥールーズ・ロートレックが生まれたトゥールーズに来ました,ム
ーラン・ルージュの踊り子のポスター大好きなんです,ゴッホや藤田嗣治とも親交があっ
たようだ,ロートレックが少年期を過ごしたボスク館,ベルビー宮を見てまわった,ゴウ
ギャンやゴッホも日本画に興味を持っていたようだが,ロートレックも日本画に興味を持
っていたように見受けられた。
トゥールーズからカルカソンヌに向かう,途中小さな村の坂道にさしかかったとき急
な坂道で道路が凍っていた,100 メートルぐらいの坂道で下りられるか心配していた,両側
に駐車している車,人は誰もいない,広い道幅,安藤君から運転を変わろうとしていたら,
後ろから若い女性の運転するルノー4 が坂道をおり始めた,見ていると坂道の半分ぐらいで
斜めになり下についたときには真横になっで滑り落ち止まっていた車と衝突,車から降り
てきた若い女性は肩を上げて怒鳴っていた,ギアをセカンドにいれ下り始めたがなんとも
無く下りられた。
ヨーロッパ最大の中世城塞の都市カルカッソンヌ,旧市内に二重の城壁を巡らした城
下町だ,街中のカフェでラングドック・ルシヨン(地元の)ワインを飲み城門を見ながら地元
の人たちと話をしていた,歴史を感じさせる街でした。
カルカッソンヌからナルボンヌまでそんなにとうくない,山岳地帯から地中海まで下
るだけ 20,30キロぐらいの道のりだ,
ナルボンヌの街に入る気温も上がり 10 度もあった,
ナルボンヌの街を通り過ぎ地中海に海の匂いをかぎに砂浜をはしった。山岳地帯は 0 度以
下マイナス 10 度の時もあったが,地中海の砂浜は風もあるが15度もあって暑く感じだ。
モンペリエのファーブル美術館に行ってみた,ドガ,クールベ,モリゾ,ドロネーの
絵画がたくさんあった,モンペリエを描いたデュフィの作品も揃っていた,
八角形の集
水場があるというのて行って見た,サン・クレマン水道橋がまっすぐにどこまでものびて
いた。
ゴッホとゴウギャン,やって来ましたアルルの街に,地図をもらいにアルルの駅に行
きました,びっくりしました改札口の横に黄色い 2 階建ての建物がありたて看板に(ホテ
ル
ヴァン・ゴッホ)と書かれていたのです,ホテルに入り泊まることにして,地図をも
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らい情報を仕入れた。
跳ね橋にいってみた,小さな川にきれいな跳ね橋があった,何年か前に架け替えたら
しい,まわりの風景はひまわりだらけだった,
ホテルに戻り車を置いて街中を歩くこと
に下,駅前の広場にマルシェ(市場)があった,珍しいものがありました,柿ですヨーロ
ッパに柿があるとは,ひとつ買って食べたのですがこれはいけません,渋柿だったのです
あわてて Café には入りビールを流し込み二度と柿は買うことがないと思った。
朝食をとりながらホテルのオーナーとゴウギャンとゴッホの話を聞く,ゴッホの入院
していた病院は,アルルから 30 分位のところにあると聞き,いってみることにした,民家
がなくなると岩場を切り開いた道路を走る,日本では見られない色の岩だ,そして病院に
つくと門が閉まっていて中を見ることが出来ない,ブザーを押したが誰も出てこない,外
観を写真に撮って引き上げる,
黄色い部屋,ゴウギャンと一緒に過ごした部屋,ワインを飲みながら語り明かした Café
は無かった,復元した Café でワインを飲む。
アルルを出発,道なりに行けばサロンド・プロバンスに出るはずだった,ベール湖に
出てしまったがこっちからでもいけるのではないかどベール湖を左に見て走った,しばら
く走るとベール湖からはずれ雑木林の中を走っていると,バンガロウがいくつもある建物
の入り口の前に出た,リゾートホテルかなと思ったのだが,ホテルの看板が出ていない,
入り口の門は開いているしレセプションらしい小さな建物が見える,遠くの方で素っ裸な
人が見えた,俄然興味がわきだしだ,しばらくなかの様子を伺っているとベンツのリムジ
ンが我々の車の横に来て,車の中から何か用かと声をかけられた,ここにすごく興味を持
っていると答えると,ついて来いという,ベンツの後をついていくと,レセプションの前
で止まり皆車から降りた,ベンツに乗っていた紳士が受付の人と話をしてもとっで来ると,
ここはプライドピーチでヌーディストクラブということが分かった,1 泊 2000 フラン(1
4万円ぐらい)といわれ断って帰ろうとした時ベンツの紳士が,あなただちは日本人か,
私も日本に 10 年いたことがある日本が好きだからあなただちにも協力したい,私のメンバ
ーのお客さんということで体験コースというのがあるからどうか,500 フランだよと。
二人分 1000 フラン払うとロッカールームに案内され上から下まで脱がされ,持ち物す
べてロッカーに,ロッカーのキーだけ持ってバンガロウに案内された。
青空の下で素っ裸で歩く,なんども落ち着かない。
バンガロウから地中海の海が見え,砂浜に行くと裸,裸、カップルや若い女性,老人,
みな素っ裸,歩くのがとってもつらい,砂浜にあるバーに入るとカウンターにいる女性は
おっぱいをぶるんぶるん左右に振りながらカクテルを作っていた。
18 時から食事,
レストランに行くとテーブルに名前が書いてあった,ベンツの紳士の隣に席だ,名前はミ
ッシェル・アンジュ・・・ドイツとフランス人の血が混ざっている,ドイツの製薬会社の重
役との事,カメラマンなのに写真撮れなくて可哀想だといっておおわらいしていた。
こ
のレストランのすごいところは,バイキングスタイルになっていて,その場で肉でも魚で
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も料理してくれることだ,そしてブルンブルンの女性が席まで運んでくれることだ,ワイ
ンを飲みながら食事をしているとショウーが始まった,芸人も素っ裸,バンドも素っ裸,
ビン棒ダンスが始まったらすごい盛り上がりだった。
昼すぎマルセイユの港の市場に来ていた,昨日の余韻がまだ残っている,ソフトクリ
ームとオレンジを買って頭の切り替えをと思っていたが,だめ,そのためニースまで行く
事にした,トゥーロン,カンヌ,穏やかな地中海を見ながらニースに到着,正装してカジ
ノニースに,ルーレットの台に 17、と 23 に賭けると 23 が来ました,次も 17 と 23 に,再
び 23 が来たのです,その後は負けが込み最後に 5,7,17,23,30,36 を賭けたら 36 が
来てとんとんで帰ることに,明日からまた忙しそう。
ニースの朝は 11 月の終わりだというのに日差しが強い,マルク・シャガール美術館に
行ってみた,見覚えのある絵があった,ステントグラスも美しい,うれしいね・・・・
マチス美術館にも寄ってみた,デッサン,ブロンズ,絵画などすばらしい
観光をかねて撮影をしていた,プロムナード・デザングレ(英国人の散歩道)でコーヒ
ーとサラダド・ニソア−ズを食べていると,見たことのある人が入ってきた,マイケル川
上たっだ,パリで何回かあったぐらいで話もそんなにしたことが無かったマイケルが同じ
席に着く,メリディアンホテルのフロントで仕事をしていると,部屋代は安くできるから
いつでも来てくださいと名刺をくれた。
翌朝今日も天気がいい,安藤君がモナコに行
ってモナコグランプリのコースを走ってみたいというので行って見る事になった,途中に
エズという岩山の頂に造られた鷲ノ巣村に寄ることにして,
エズの入り口着くとここか
らは車ではいけない,駐車場も見当たらないので 2 車線通行の狭い車道においていく事に
なった、狭い坂道を登り始めるとお土産やの屋台が何軒も見えてきた,熱帯庭園に着くと
すぐに冷たいビールを飲み地中海の海を見下ろしてみていた。
モナコグランプリは一般道だ,普段誰でも走っている道だ,その道を2回も走って安
藤君満足そうだった。
ニースからカンヌに行く途中にカニューという街があり,ここにはセザンヌの石碑が
あるので行って見たら県道のロータリーにありびっくり,
カニューからグラスへ山道を
走る,山の上に城壁が見えてきた,城壁の中に入ると香水とかお土産屋さんの店だらけ,
香水店に入ってみた,メーカー品は置いてなく自分好みのにおいを造ってくれるという,
エジプトのカイロでも同じ様な店を見たことがあった。
カンヌの海の見える Café でビールとサラダド・ニソアーズを食べる。
マルセイユ港の地中海に面した岩場から巌窟王の舞台になったイフ島を見ていた,夜
ブイヤベースとワインで地元の人と一緒に飲み明かす。
サント・ヴィクトワール山をたくさん描いていたセザンヌの故郷,エクス・アン・プロ
ヴァンスに来た,ちょうと昼飯時セザンヌもよく行ったという店,カフエ・ドウー・ギャ
ルソンに寄って昼食をとる,その後オペラ通りにあるセザンヌの生家,ヴィクトワール山
を見に行く。
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今回の取材も終わりにちかく後はパリに戻ってからということになった。
今夜はセザンヌと一緒に呑むぞう・・・・
二日酔いで目が覚め昼過ぎにエクスを出発,走り出した車の中でお土産の話になり,
ワインは大変だしマスタードにしようということになりディジョンに立ち寄る,街に入り
マスタード専門店に,大変な種類だ,3種類探して陶器の器に入れてもらう。
夜遅くパリに着く,久しぶりの我が部屋は変わりなくゆっくり寝ることができた。
12月の終わり東京に帰ってきた,正月をのんびり過ごし10日に理研映画社の鈴木
さんに会い写真を渡す,3日後鈴木さんから電話で明日博報堂に来てくれと、博報堂でミ
ーティングがありタヒチに行ってくれと頼まれたが,タヒチのことが何も分かっていない,
ゴーギャンが住んだこともあった島ぐらいしか,博報堂を出てから鈴木さんと旅行会社に
行ってみた,6泊7日エール・フランス航空16万円,会社に請求できるから申し込んだら,
と,簡単にきめてしまった。
パペーテ空港は暑かった,タラップを降りると貝殻のレイと花のレイを首から掛けて
くれた,パペーテシェラトンホテルは段々畑みたいに上階が狭くなっていた,添乗員に今
日はフリーにしてくれといって,街中の観光局に行ってゴウーギャンについて聞くが,ゴ
ウーギャンは船で2日かかる島にいたのでタヒチとあんまり関係が無い,しかしゴウーギ
ャン博物館ができたばかりだけといってみたらとそっけなくいわれてしまった。
東京に電話を入れると博物館だけ写真を撮ってきてくれ,後は帰るまでのんびりして
来いと,翌日,ボラボラ島へ船を降りて歩くとカラットしていて30度以上あるのに気持
ちがいい,ホテルに着くと椰子の実を呑んだら結構うまかった,
もう30年以上のことなので忘れていることが多く、印象派美術の絵描きさんたちど
こで描いていたか忘れているものの方が多かった、でもこのコースは皆関係しているとこ
ろです。
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