金融資本市場の法・制度面での高質化がマクロ経済に及ぼす影響*1 本

NIRA プロジェクト
『法と市場と市民社会のありかたに関する研究』中間報告
金融資本市場の法・制度面での高質化がマクロ経済に及ぼす影響*1
亀田 啓悟*2
中田 真佐男*3
Ⅰ.はじめに
本分析の目的は、証券発行にかかるコストの低下がマクロ的な資金供給を増加させ、
設備投資の促進を通じて生産を向上させる効果を理論的・実証的に示すことにある。
証券発行にかかるコストを押し上げる要因の一つとして、法制度の不備をあげること
ができる。例えば、企業にとって大きなメリットのある資金調達スキームが開発された
としよう。しかし、このスキームに関連する法律が十分に整備されない限りは、実際の
企業の資金調達に活用されることは期待できない。なぜなら、法律で規定されていない
金融仲介を行った場合、違法行為として罰せられる可能性が否定できないからである。
もっとも、既存の法制を十分に分析し、複数の法律を組み合わせて解釈するなどして当
該資金調達スキームを「合法化」する途もあるかもしれない。しかし、こうしたリサー
チ活動は多大な人的、金銭的なコストを伴う。すなわち、このケースでは、リーガル・
コストやリサーチ・コストが非常に高いことによって、新たな資金調達スキームの普及
が妨げられてしまう。
他方、根拠法が整備された金融仲介活動のもとでも、規制体系が非効率であることに
よってコストが高くなってしまうケースがある。例として、金融機関に対する検査の重
複が挙げられる。金融仲介機関に対して検査が実施される場合、当該金融機関は一定の
期間にわたり、一定の人員を割いてそれに対応することになる。仮に、金融監督当局と
業界の自主規制機関がそれぞれ別日程で検査を実施している場合には、当然ながら各々
に対処する必要が生じる。しかし、もし両検査の内容に重複が多いとすれば、監督権限
が集中した1つの主体が検査を実施したほうが金融仲介機関のみならず、経済全体にと
っても望ましい。なぜなら、検査に投入する経営資源を本来の金融仲介活動に投入する、
あるいは単に利潤の拡大が可能になるからである。現状を外国と比較した場合、イギリ
*1 本論文の内容は全て執筆者の個人的見解であり、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示す
ものではない。また、本稿における誤謬は全て筆者に帰するものである。
経済学部 助教授
*3 財務省 財務総合政策研究所 主任研究官
*2 新潟大学
1
スでは FSA(Financial Services Authority)が統合的に金融監督を担っているのに対
し、日本では監督機関の一元化は未だ実現されていない。こうした規制の重複にかかる
コストは企業が支払う手数料へと転嫁され、結果として、資本市場での資金調達の魅力
を損ねていると考えられる。
このことに関連して、いわゆる「縦割り法制」が金融仲介コストを高めているという
指摘もある。資本市場において新たな金融商品(資金調達手段)が創造された場合、こ
れまでのわが国では原則として、既存の法制を修正するかたちで対処してきた。結果と
して、非常に似た性格をもつ複数の資金調達スキームが、異なる法体系のもとで異なる
省庁によって監督されるケースが生じた。しかし、規制体系が異なれば事務コストも余
計にかかることになり、やはり結果的に企業の資金調達コストが高止まりしてしまう。
以上の議論を踏まえると、本分析の目的は、資本市場における法・制度面での高質化が
マクロ経済に及ぼす影響の検証にあると言い換えることができよう。
本稿は、2004 年 9 月に予定される最終報告の中間発表としての位置づけをもつ。本
稿の内容は以下のとおりである。 第Ⅱ節では、シンプルな一般均衡モデルを構築し、
証券発行コストの低下が経済に及ぼす影響を理論分析する。第Ⅲ節では、資産担保証券
市場を具体例として、法整備の進展ないしは規制緩和によって企業の資金調達にどのよ
うな影響が及んだかをデータを用いて概観する。第Ⅳ節では、現時点における分析の結
論が要約される。
Ⅱ.理論分析
本節では、証券発行コストの低下が企業の資金調達額を増やし、生産の増加を通じて
家計の経済厚生を高めることをシンプルな小国 2 期 4 資産モデルによって説明する。モ
デルにおいて考慮される経済主体は、家計、企業、金融仲介機関(銀行、証券発行仲介
機関)である。また、金融資産については、預金、貸出、証券、外国債券を明示的に考
慮する。単純化のためここでは資産価格等の不確実性や経済主体間の情報の非対称性は
考慮しない。理論分析の概要は以下のとおりである。第 1 に、国内での資金仲介に関す
る制約が何ら存在しない理想的な経済を想定し、このもとで経済厚生を示す(Ⅱ-1 節)
。
第 2 に、BIS 規制等によって銀行貸出が制約され、かつ、企業が資本市場にアクセスす
ることもできない経済を想定し、このもとでは経済厚生の損失が発生することを説明す
る(Ⅱ-2 節)
。最後に、コストを支払うことによって証券発行による資金調達が可能に
2
なる経済をモデル化し、証券発行コストが削減されればされるほど経済厚生が改善され
ることを明らかにする(Ⅱ-3 節)
。
Ⅱ−1.国内での資金仲介にかかる制約が何も存在しないケース
Ⅱ-1-1.各経済主体の行動
1)銀行
ベンチマークとして、伝統的な相対的な間接金融システムによって金融仲介が行われ
ている経済において、国内での資金仲介にかかる制約が何も存在しないケースを想定し
よう。このケースでは、銀行が唯一の金融仲介機関となる。このモデルでは、銀行は以
下のような行動をとる経済主体として定式化される。
① 第 0 期に、家計から預金を受け入れる。
② 第 0 期に、原資を企業への貸出か外国債券によって運用する。
③ 第 1 期に、運用資金の元利を回収し、同時に家計に預金の元利払いを行う。
④ 預金の受入額および貸出や外国債券での運用額は利潤最大化行動から決定する。
自国債の購入をモデル化することも可能であるが、結論に影響しないのでここでは割
愛する。銀行のバランスシート制約は(1)式のように表される。
D = L+B
L:企業への貸出額
(1)
B:外国債券での運用額
D:預金受入額
また、銀行の利潤は以下のように定式化される。
π B = rL ⋅ L + rB B − rD D
rL:貸出金利
(2)
−
rB:外国債利回り
rD:預金金利
ここで小国の仮定により、外国債の利回りは外生変数とみなされる。1 (1)式のバ
ランスシート制約のもとで銀行の利潤が最大化されるための 1 階の条件は、
rL = rD = rB
(3)
1
小国の仮定とは「本国の経済活動は外国金利の決定に何ら影響を及ぼさない。
(つまり、世界経済におけ
る当該国の経済規模は非常に小さい。
)
」という想定を意味する。したがって、外国債券利回りは経済モデ
ルの外部から与えられる「外生変数」とみなされる。これに対し、本モデルにおいて、貸出金利と預金金
利は需給均衡から決定される「内生変数」である。
3
となる。すなわちこのケースでは、外債利回りと等しくなる金利水準で家計から預金を
集め、かつ企業に貸出を行うことが銀行の最適行動となる。以下では便宜上、
(3)式を
金融仲介関数とよぶ。
2)企業
企業は、まず第 0 期に銀行借入(L)によって資金調達を行う。そして、続く第 1 期
には、調達した全ての資金で生産要素を購入し、財を生産・販売したうえで銀行借入(L)
の元利払いを行うとする。よって、企業の利潤(πF)は以下のように定式化される。
π = F (L ) − (1 + r ) ⋅ L
(4)
F
L
なお、ここで物価は一般性を失うことなく価格は1(p=1)で基準化している。また、
生産関数 F(L)は以下の性質を満たすものとする。
Y = F (⋅)
⇒ F ′ > 0 , F ′′ < 0
(5)
これは「限界生産力逓減の法則」を示しており、経済学のフレームワークでは一般的
に用いられる生産技術の仮定である。限界生産力とは、生産要素を追加的に 1 単位増加
させることによって実現される生産の増加量を意味する。
(5)式では、この限界生産力
が生産要素投入の増加関数であるものの、その増加幅が次第に縮小していくことが定式
化されている。 企業の銀行借入に関する利潤最大化の 1 階の条件は以下のように導出
される。
(1 + rL ) = F ′(L )
(6)
限界生産力逓減の法則(F’>0,F”<0)を前提とした場合、(3)式の条件のもとでは、
企業の借入額(L)は銀行貸出金利(rL)の減少関数となることは明らかである。以下
では、この(6)式を企業の資金需要関数とみなす。
3)家計
家計は、第 0 期に所与の資産(A0)の一部を消費(X0)にあて、貯蓄を銀行預金(D)
で運用する。続く第 1 期には、①返済を受けた預金の元本、②預金からの利子収入、③
(配当として受け取る)企業と銀行の利潤 で消費(X1)を行う。すなわち、このモデ
ルでは、企業と銀行は、株式会社制度のもとで自国家計によって所有されると想定して
4
いる。 単純化のために財価格は、第 0 期と第 1 期で不変であると仮定し、その水準を
p=1に基準化する。
家計の第 0 期および第 1 期の予算制約は以下のようになる。
第 0 期: X 0 = A0 − D
(7-1)
第 1 期: X 1 = (1 + rD ) ⋅ D + π F + π B
(7-2)
ここで、家計の効用関数を準線形に特定化する。
U = log X 0 + X 1
(8)
予算制約(7-1)および(7-2)式のもとで(8)式の効用関数を最大化すると、第 0
期の消費(X0)に関する 1 階の条件は以下のようになる。
1
= 1 + rD
X0
(9)
1 階の条件(9)式に第 0 期の予算制約式(7-1)を代入したうえで変形すると、家計
の預金額に関する最適化条件が導出される。
1+ r
D
=
1
A0 − D
(10)
(10)式のもとでは、家計の預金額(D)は預金金利(rD)の増加関数となる。家計は
金融市場における本源的な資金供給主体であることをふまえ、以下ではこの(10)式を
家計の資金供給関数とみなす。
Ⅱ-1-2.経済の均衡
各経済主体がⅡ-1-1 節で示された行動をとった場合、経済の均衡は以下の図 1 のよう
−
。
に実現される。最初に、小国の仮定により外国債券の利回りが外生的に与えられる(rB)
ここでは図 1 における F の水準で外債利回りが与えられると仮定しよう。
したがって、
銀行の資金仲介関数は直線 FG のように図示できる。次に、預金市場の均衡が家計の資
金供給関数(曲線 TJ)と銀行の資金仲介関数(直線 FG)の交点 X として決まる。し
たがって、家計の 0 期における消費(X0*)は線分 LQ の長さに等しくなり、期初の資
産総額(A0)から 0 期の消費(X0*)を引いたもの(すなわち線分 OL の長さ)が預金
額(D*)となる。さらに、貸出市場の均衡が企業の資金需要関数(曲線 SK)と銀行の
5
資金仲介関数(直線 FG)の交点 V として決定される。この結果、均衡における銀行貸
出額(L*)は線分 OM の長さに等しくなる。また、銀行のバランスシート制約より、
均衡における銀行の外債保有額(B*)が線分 ML の長さ(=OL−OM)として決まる。
以上が、国内での資金仲介にかかる制約が何も存在しないケースにおける経済の均衡で
ある。
図 1.国内での資金仲介にかかる制約が何も存在しないケースにおける均衡
1+r
T
家計の資金供給関数
企業の資金需要関数
S
銀行の資金仲介関数
X
V
F
1+rL* = 1+rD*
G
―
= 1+rB
K
J
M
O
銀行貸出(L*)
Q
L
銀行 外債(B*)
0 期の家計消費(X0*)
家計の預金(D*)
期初の家計資産総額(A0)
Ⅱ-1-3.社会厚生
均衡状態における社会厚生は、家計の効用関数(8)式に均衡解を代入することによ
って求められる。すなわち、
U * = log X 0* + X 1*
= log X 0* + (1 + rD* ) ⋅ D * + π F * + π B* (11)
―
ただし、このケースでは金融機関の利潤最大化の条件が「rL* =rD* =rB 」となる
ため、均衡において銀行の利潤はゼロになる。他方、均衡における企業の利潤は、
6
π F * = F (L* ) − (1 + rL* ) ⋅ L*
(12)
となる。(11)式と(12)式より、社会厚生は以下のように表すことができる。
社会厚生 =
領域 TXLQ + 長方形 FOXL + 領域 SFV
(13)
(13)式を図示したものが以下の図2であり、これが資金仲介にかかる制約が何も存在
しない理想的な経済における社会厚生となる2。
図 2.国内での資金仲介にかかる制約が何も存在しないケースにおける社会厚生
1+r
T
S
1+rL* = 1+rD*
X
V
F
G
―
= 1+rB
K
J
M
O
銀行貸出(L*)
Q
L
銀行 外債(B*)
0 期の家計消費(X0*)
家計の預金(D*)
期初の家計資産総額(A0)
2
本来ならば効用関数を目的関数、他の諸式を制約式とする制約付最適化問題を解き、その解を使って経
済の最適な状態(パレート最適均衡)を導出する必要がある。しかし、厚生経済学の第 1 基本定理より、
市場に何の Distortion も存在しない下での完全競争均衡はパレート最適均衡と一致することが知られてい
るので、ここでは完全競争均衡における社会厚生を説明している。
7
Ⅱ−2.銀行貸出が制約され、かつ、企業が資本市場にアクセスできないケース
次に、銀行貸出が制約されているケースについて検討する。現状の BIS 規制では、
企業向け貸出には一律に 100%のリスクウェイトが適用される。3 したがって、たとえ
企業の投資プロジェクトの成功確率に関して不確実性が存在しなかったとしても、十分
な自己資本をもたない銀行は貸出を抑制してしまう。もちろん、信用リスクが高まる不
況期においては銀行の貸出態度はさらに慎重になる。
(いわゆるクレジット・クランチ)
もっとも銀行貸出が制約されている状況でも、企業が資本市場にアクセスすることが
容易であれば、企業は不足資金を証券発行によって調達できる。しかし、証券発行コス
トが禁止的に高い場合には、企業は資本市場での資金調達をあきらめざるをえない。わ
が国の中小企業をとりまく資金調達の現状はこのケースに近いといえよう。そこで、本
節では、銀行貸出に制約が存在し、かつ、企業が資本市場にアクセスすることもできな
い経済を想定し、このもとでの社会厚生について分析する。
Ⅱ-2-1.各経済主体の行動
1)銀行
−
ここでは BIS 規制の存在等によって貸出額が(L)に制約されていると仮定する。こ
のとき(1)式の銀行のバランスシート制約は以下のように変更される。
D=L+B
(14)
銀行の貸出額が固定されるこのケースでは、預金受入額(D)が決まるとバランスシ
ート制約から外債保有額(B)も決定される。したがって、預金受入額に関してのみ、
利潤最大化の 1 階の条件が導出される。
rD = rB
(15)
2)企業
このケースでは、証券発行コストが禁止的に高いために企業は資本市場にアクセスす
ることができない。したがって、企業の資金調達および生産活動の定式化はⅡ−1 節の
(4)式∼(6)式と同様である。
3
ただし、現在検討中の新しい BIS 自己資本規制の枠組み(いわゆる「バーゼル II」
)においては、企業
向け貸出のリスクウェイトがデフォルトリスクに応じて細分化される予定である。
8
3)家計
金融市場において、家計は預金額を決定するだけである。ゆえに家計の行動は銀行貸
出の制約に何ら影響を受けない。すなわち、家計の効用最大化行動の定式化もⅡ−1 節
の(7)式∼(10)式と同様である。
Ⅱ-2-2.経済の均衡
銀行貸出が制約され、かつ、企業が資本市場にアクセスできないケースにおける経済
の均衡は以下の図 3 のように実現される。
図 3.銀行貸出が制約され、かつ、企業が資本市場にアクセスできないケースでの均衡
1+r
I
1+rL◇
F
―
1+rD = 1+rB
*
家計の資金供給関数
企業の資金需要関数
S
銀行の資金仲介関数
W
X
E
R
T
G
K
J
H
O
−
銀行貸出(L)
Q
L
銀行 外債(B◇)
0 期の家計消費(X0*)
家計の預金(D*)
期初の家計資産総額(A0)
小国の仮定はここでも有効としている。よって、外国債券の利回りが外生的に与えら
−
れる(rB)。Ⅱ-1 節と同様に、外債利回りが図 3 における F の水準で与えられると仮定
しよう。これにより、銀行の資金仲介関数は直線 FG として図示される。
9
預金市場の均衡は、図 1 で示された「資金仲介に制約が存在しないケース」と変わら
ない。すなわち、家計の資金供給関数(曲線 TJ)と銀行の資金仲介関数(直線 FG)
の交点 X が均衡となり、家計の 0 期における消費(X0*)は線分 LQ の長さ、預金額(D*)
は線分 OL の長さに等しくなる。他方、貸出市場の均衡は、図 1 とは大きく異なってい
−
る。銀行貸出に制約があるために、貸出額はL(線分 OH)で固定され、均衡は企業の
資金需要関数(曲線 SK)上の W 点として実現される。よって、均衡貸出金利は rL◇と
なる。また、均衡における銀行の外債保有額(B◇)は、銀行のバランスシート制約か
ら線分 HL の長さ(=OL−OH)として決まる。以上が、銀行貸出が制約され、かつ、
企業が資本市場にアクセスできないケースでの均衡である。
Ⅱ-2-3.社会厚生
図 3 に示された均衡における社会厚生は以下のように算出される。
U * = log X 0* + X 1◇
= log X 0* + (1 + rD* ) ⋅ D * + π F ◇ + π B ◇
(16)
既に見たように、家計の第 0 期の消費水準と預金額は「資金仲介に制約が存在しない
―
ケース」と変わらない。しかし、金融機関の利潤最大化の条件を見ると「rD* =rB 」
は維持されるものの、図 3 に示されたケースでは「rL◇>rD*」となっている。よっ
て、ここでは銀行の利潤は正値をとる。すなわち、
(
)
π B ◇ = rL◇ ⋅ L + rB B ◇ − rD* D * = rL◇ − rD* ⋅ L
(17)
他方、貸出市場の均衡 W における企業の利潤は以下のようになる。
π F ◇ = F (L ) − (1 + rL◇ ) ⋅ L
(18)
(16)式∼(18)式をふまえると、このケースでの社会厚生は(19)式のように表す
ことができる。
社会厚生 = 領域 TXLQ + 長方形 FOXL
+ 領域 SFV
+ 領域 IFRW
(19)
(19)式を図示したものが以下の図 4 である。図 2(資金仲介にかかる制約がないケー
ス)と比較すると、領域 WRE の分だけ厚生損失が発生していることが明らかになる。
10
これは企業の資金調達額が減少したために生産要素の購入量(例:設備投資)が減少し、
第 1 期の生産が減少した影響である。
図 4.銀行貸出が制約され、かつ、企業が資本市場にアクセスできないケースでの社会厚生
1+r
T
S
1+rL◇
I
厚生損失=第1期の生産減少
W
X
E
―
1+rD* = 1+rB
G
R
F
K
J
L
H
O
−
銀行貸出(L)
Q
銀行 外債(B◇)
0 期の家計消費(X0※)
家計の預金(D※)
期初の家計資産総額(A0)
Ⅱ−3.資本市場における証券発行が可能になるケース
最後に、銀行貸出が制約されているものの、企業が資本市場において証券発行できる
ケースにおける社会厚生について検討する。議論の単純化のため、ここでは証券は家計
によって購入され、銀行が保有することはないと仮定する。また、新たな経済主体とし
て、証券発行を仲介する金融機関(証券会社等)を明示的に考慮する。
Ⅱ-3-1.各経済主体の行動
1)銀行
11
このモデルにおいては、銀行は証券発行に関与しない。したがって、銀行の行動の定
式化は前節の「銀行貸出が制約され、かつ、企業が資本市場にアクセスできないケース」
と同様である。
2)証券発行を仲介する金融機関(証券会社等)
証券会社等のアレンジャーは証券発行に伴う事務処理を担う。こうした証券発行コス
ト(C)は禁止的に高額ではないものの、証券発行額(S)とともに逓増すると仮定す
る。
C = θ (S )
θ '> 0 , θ ''> 0
(20)
証券 1 単位当たりη の手数料収入を得ると考えると、アレンジャーの利潤は以下のように
記述できる。
π A = µS − θ ( S )
(21)
よって、利潤最大化条件は、
µ = θ '(S )
(22)
となる。
3)企業
企業は銀行からの借入金利と証券発行コスト(金利+手数料)を比較しながら資金調
達を行う。証券を発行できる場合、企業の利潤は以下のように定式化される。
π F = F (L + S ) − (1 + rL ) ⋅ L − (1 + rS ) ⋅ S − µS
S:証券発行額
rS:証券利回り
(23)
C:証券発行コスト(総額)
よって、資金調達額に関する利潤最大化の 1 階の条件は、
(1 + rL ) = F ′(L + S )
(24-1)
(1 + rS ) + µ = F ′(L + S )
(24-2)
(22)式を用いると、企業の借入需要と証券需要は以下の図のように示される。
12
1 + rL = 1 + rS + µ
θ ' (S )
1 + rS
L
S
4)家計
家計は、第 0 期に所与の資産(A0)の一部を消費(X0)にあて、貯蓄を銀行預金(D)
と証券(S)とで運用する。続く第 1 期には、これらの元利返済と(配当として受け取
る)企業と銀行の利潤で消費(X1)を行う。以上の設定の変更により、家計の第 0 期お
よび第 1 期の予算制約は以下のようになる。
第 0 期: X 0 = A0 − (D + S )
(23-1)
第 1 期: X 1 = (1 + rB ) ⋅ D + (1 + rS ) ⋅ S + π F + π B + π A
(23-2)
これらの制約の下で、家計の効用を最大化すると、第 0 期の消費(X0)に関する 1
階の条件は以下のようになる。
1
= 1 + rD = 1 + rS
X0
(24)
1 階の条件(24)式に第 0 期の予算制約式(23-1)を代入したうえで変形すると、
1+ r S= 1+ r
D
=
1
A 0 − (D + S )
(25)
資金量の増加関数となる(25)式は、家計の資金供給関数とみなすことができる。
13
Ⅱ-3-2.経済の均衡
銀行貸出が制約されているもとで、企業が資本市場で証券を発行できるケースにおけ
る経済の均衡は以下の図 5 のように実現される。
これまでの 2 つのケースと同様、小国の仮定により外国債券の利回りが F の水準で
外生的に与えられる。したがって、銀行の資金仲介関数はやはり直線 FG で表される。
このケースでは、家計は預金だけでなく証券も保有する。よって、家計の資金供給関数
(曲線 TJ)と銀行の資金仲介関数(直線 FG)の交点 X では、預金額と証券保有額の
合計が線分 OL の長さに等しく決定される。他方、資金調達市場においては、貸出制約
−
によって貸出額がL(線分 OH)で固定されている。この点については、Ⅱ-2 節の「銀
行貸出が制約され、かつ、企業が証券を発行できないケース」と同じである。したがっ
て、均衡貸出金利は rL◇で不変である。
図 5.銀行貸出が制約されているもとで、企業が証券を発行できるケースでの均衡
1+r
企業の資金需要関数
家計の資金供給関数
S
I
1+rL◆= 1+rS◆+μ
1+rD* = 1+rS◆
F
W
銀行の資金仲介関数
θ ' (S )
X
R
G
Z
―
= 1+rB
T
J
O
H
−
銀行貸出(L)
U
Q
L
銀行 外債(B◆)
0 期の家計消費(X0*)
家計 証券(S◆)
期初の家計資産総額(A0)
しかし、企業は貸出だけでなく証券発行によっても資金を調達できる。証券市場の均
14
衡は、企業の資金需要関数と直線 FG の交点 Z となる。このとき証券発行額(S◆)が
線分 HU の長さに決まる。証券発行額が決まることによって家計の預金額(D◆)も決
まり、さらに銀行のバランスシート制約から外債の保有額(B◆)も決定される。以上
が、銀行貸出が制約されているもとで、企業が証券発行可能なケースでの均衡である。
Ⅱ-3-3.社会厚生
これまでと同様の方法により、図 5 に示された均衡における社会厚生を図示すること
ができる。
図 6.銀行貸出が制約されているもとで、企業が証券を発行できるケースでの社会厚生
1+r
T
S
I
1+rL◆= 1+rS◆+η
1+rD* = 1+rS◆
F
W
厚生損失
E
R
X
G
Z
―
= 1+rB
J
O
H
−
銀行貸出(L)
U
L
Q
銀行 外債(B◆)
0 期の家計消費(X0*)
家計 証券(S◆)
期初の家計資産総額(A0)
図 4(企業が証券を発行できないケース)と比較すると、図 6 においては領域 WRZ
の面積だけ厚生損失が小さくなっていることがわかる。これは証券発行によって資金調
15
達額が増加し、第 1 期の生産が増加するためである。また、図 6 を見ると、曲線 WZ
が右方にシフトするほど領域 WZE の面積が縮小し、最も社会厚生が大きくなる「金融
仲介にかかる制約が存在しないケース」
(図 2)に近づいていくことがわかる。曲線 WZ
の右方シフトは、限界的な証券発行コストの削減に対応する。すなわち、第 1 節のイン
トロダクションで述べたような「資本市場における法制の不備」や「非効率な規制体系」
といった問題が改善されていくことにより、わが国経済の厚生水準が向上していくこと
が確認される。
Ⅱ-4.若干の補足
本論ではマクロ経済レベルで金融資本市場の法整備を考察したため、規制のネガティ
ヴな側面に注目した分析になっている。しかし金融資本市場での規制の目的は情報の非
対称性による市場の失敗の回避にある。
例えば、証券発行時に企業の優劣が投資家に明らかにされず、証券の発行利子率が平
均値になってしまうような状況を考える。この場合、優良企業にとっては割高な、劣後
企業にとっては割安なコストで資金を調達することになる。このような状況が続けば優
良企業はこの市場から資金を調達することを避けるようになり、劣後企業のみで市場が
形成される。このような状況は「逆選択」と呼ばれるが、これを回避するためには、市
場に参加する企業を規制によって制限しなくてはならない。また、企業の優劣がわかっ
たとしても、もし企業が複数のプロジェクトをもっていて、その選択について投資家が
情報を得ることが出来ない場合も考えられる。この場合、企業がハイリスクハイリター
ンプロジェクトに投資してしまう「モラルハザード」が発生する可能性があり、投資家
の資金供給は最適水準より過小になる。よって投資対象や情報公開に関する規制、第 3
者によるモニタリングなどが必要となるのである。
本来ならば情報の非対称性も考慮した分析が望まれる。しかし、ここでの目的は金融
資本市場の法整備とマクロ経済の関係にあるため、これらについては今後の課題とした
い。
16
Ⅲ.データによる現状の概観
本節では、資本市場における法制備の進展が企業の資金調達に及ぼす影響を分析する。
中間報告にあたる本稿では、比較的新しい資金調達スキームである資産担保証券市場に
焦点を当て、市場の深化に伴う証券発行額、手数料の推移をデータを用いて概観し、理
論モデルとの整合性を確認する。
Ⅲ-1.資産担保証券
1)概要
(広義の)資産担保証券は、資金調達者が保有する特定の資産から発生するキャッシ
ュフローを裏づけとして発行される。この意味において、資金調達者全体としてのキャ
ッシュフローが重視される通常の社債とは異なる。 売掛金やリース債権、自動車ロー
ン、消費者ローンを裏づけ資産として発行される証券は(狭義の)資産担保証券(ABS:
Asset Backed Security)
、住宅貸付債権を裏づけ資産として発行されるものはモーゲー
ジ担保証券(MBS:Mortgage Backed Security)
、貸付・債券を裏づけ資産としたもの
はそれぞれ貸付担保証券(CLO:Collateralized Loan Obligation)・社債担保証券
(CBO:Collateralized Bond Obligation)と呼ばれる。この他にも、商業ビルから発
生するキャッシュフロー(すなわちテナント料)を裏づけ資産とした商業用不動産担保
証券(CMBS)などがある。4
企業にとって、資産担保証券の最大の魅力は、その格付けが純粋に担保資産の収益性
のみに基づいて決定されることである。換言すれば、資産担保証券の格付けは、企業全
体としての信用力からは独立となる。したがって、普通社債を発行するほどの信用力を
持たない企業であっても、保有資産の一部に(安定的にキャッシュフローを生み出すと
いう意味で)優良なものがあれば、それを裏づけとする高格付けの資産担保証券を発行
して資金調達する途が開かれる。もちろん、このスキームが機能するためには、仮に資
金調達者が倒産しても証券化の対象となる資産が法的に保護され、投資家に支払うキャ
ッシュフローが確保されることが前提となる(いわゆる「倒産隔離」)
。このため企業が
資産担保証券を発行するときには特別目的事業体(SPV)を設立し、証券化の対象資産
を SPV に譲渡することによって、企業本体のバランスシートから分離させている。5
4
これらの証券化商品は、
「有価証券」として発行される以外に「信託受益権証書」として組成されるもの
もある。
5 英米法が適用される外国(例:ケイマン諸島)に SPC(特別目的会社:一般的な SPV の形態)を設立し、
17
資産担保証券のなかには、全ての証券に同一の発行条件を適用せず、異なるリスクと
リターンの構造をもつ複数の金融商品にわけて投資家に販売するものもある。こうした
優先劣後構造を導入した資産担保証券では、利払いの優先度が高いものを「優先証券」
、
中間のものを「メザニン証券」、利払いの優先度が低いものを「劣後証券」と呼ぶ。6 優
先劣後構造の導入には一定のコストを要するが、投資家に対して多様なキャッシュフロ
ーの選択肢を提供することで、資本市場への資金流入を促進する効果が期待される。
2)市場整備の経緯
アメリカでは、1970 年代に GNMA(Government National Mortgage Association:
連邦政府抵当金庫)による公的 MBS の発行がはじまり、しだいに厚みのある発行・流
通市場が形成されていった。1990 年代に入ると、このスキームをさまざまな債権に応
用する動きが本格化し、金融工学の発展とあいまって現在では多様な資産担保証券が発
行されている。これに対し、日本では、1973 年に MBS と似たしくみをもつ住宅ロー
ン債権信託が認可されたものの、規制の多さから活発な取引は起らなかった。1970∼
1980 年代にかけても資産担保証券の発行は進まなかった。これは既存の法体系のもと
では、SPV への債権譲渡を実現するうえで満たすべきハードルが高く7、資産担保証券
の組成が困難だったためである。
わが国において資産担保証券市場の整備が本格化したのは 1990 年代以降である。以
下では、主要な制度改正について簡単に説明する。1993 年 6 月に「特定債権等に係る
事業の規制に関する法律(特定債権法)」が制定され、リースやクレジット債権につい
ては公告のみで債務者(および第三者)へ対抗できるようになった。これにより SPC
への債権譲渡が容易になり、わが国でも(狭義の)ABS の発行市場が整備されはじめ
た。しかし、当時は国内で SPC(特別目的会社:SPV の一形態)を設立するコストが
非常に高かった。既存の法制で SPC は商法上の会社とみなされ、組織面・資本面等で
様々な条件を満たす必要があったためである。SPC は実態をもたない組織であり、元
これを議決権行使できない慈善信託(チャリタブル・トラスト)の保有としたうえで、その子会社として
国内 SPC を設立して厳密に「倒産隔離」を確保する手法が一般的である。なお、2000 年の SPC 法改正に
より、国内で倒産隔離を確保することができる「特定持分信託制度」が導入された。
6 1つの企業が同じ資産を裏づけとして優先劣後構造を持つ資産担保証券を発行した場合、優先証券とメ
ザニンないし劣後証券では当然ながら格付け評価も異なりうる。
7 既存の法制では、債務者全員に他者への債権譲渡を認めてもらうことによってはじめて債権譲渡の対抗
要件が具備された。特にリース債権のような小口債権をまとめて証券化する場合、この要件を満たすこと
は非常に困難である。
18
利償還後は解散されることをふまえると、既存の法制は非効率といえた。そこで、1998
年 9 月には「特定目的会社による特定債権の流動化に関する法律(SPC 法)
」が施行さ
れ、より簡便な手続きによって SPC が設立できるようになった。加えて、法律適用の
対象となる「特定債権」の範囲に、不動産や銀行の貸付債権、企業の売掛債権なども含
まれるようになった。さらに、2000 年 11 月末には SPC 法が改正された「資産の流動
化に関する法律(資産流動化法)」が施行され、流動化の対象が全ての財産権に拡大さ
れた。また、SPC の設立に必要な最低資本金額も大幅に減額される(300 万円→10 万
円)など、多様な資産担保証券が発行される条件がほぼ整った。この他の関連法改正を
含め、1990 年代以降の証券化市場の制度整備の進展をまとめたものが表 1 である。
表 1.資産担保証券市場をめぐる法整備の進展
1993 年 6 月
定債権法(特定債権等に係る事業の規制に関する法律)の施行
目的:リース料・クレジット債権の流動化を促進
1996 年 1 月
4月
1998 年 9 月
適債基準の撤廃
ABS、ABCPの国内発行を可能とする法令整備
SPC法(特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律)の施行
目的:不動産・指名金銭債権・これらを信託した信託受益権の証券化スキームを整備
10 月
債権譲渡特例法(債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律)の施行
1999 年 2 月
サービサー法(債権管理回収業に関する特別措置法)の施行
2000 年 11 月
資産流動化法(資産の流動化に関する法律)の施行(SPC法の改正)
内容: ①対象資産を原則としてすべての財産権に拡大、
②SPC 設立時の最低資本金の減額(300 万円→10 万円)、
③資産流動化計画を特定目的会社の定款記載事項から除外
④特定目的信託、特定持分信託の導入
2001 年 9 月
サービサー法の改正
2002 年 12 月
資産流動化法施行規則の改正
2003 年 1 月
社債等登録法施行令、同施行規則の改正
など
内容:月次で元利払いが行われる債券の登録停止期間を、原則として 3 週間から 2 週
間に短縮
1月
社債等振替法の施行 (社債ペーパーレス化の法整備)
※『証券化フォーラム・報告書』
(日本銀行金融市場局、2004)をもとに作成
19
Ⅲ-2.マクロデータによる概観
日本銀行は 1999 年に『資金循環勘定』の作成方法を大幅に見直した。この見直しに
よって「有価証券」の内訳として新たに「債権流動化関連商品」が取引項目に加わり、
かつ「債権流動化に係る特別目的会社・信託」を独立した金融機関として扱うことにな
った。
『資金循環統計の解説』
(日本銀行)によると「債権流動化関連商品」に分類され
る金融商品は、①資産担保証券(含:サムライ債として発行された ABS、資産担保 CP)
、
②金銭債権信託の受益権、③特定債権法上の小口債権(リース、クレジット債権)のう
ち①と②に含まれないものである。以下では、この「債権流動化関連商品」の発行残高
の推移をもとに、資産担保市場における法整備の進展と企業の資金調達の関係をマクロ
レベルで概観する。
図 7 には、特別目的会社・信託の貸借対照表の負債サイドに計上された「債権流動化
関連商品」の残高の推移が示されている。8
図7 .債権流動化関連商品の発行残高の推移
[兆円]
出所:『資金循環勘定』(日本銀行)
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
[年度]
SPC 法が施行される前の 1997 年度に「債権流動化関連商品」の発行残高が顕著に増
加していることがわかる。この理由として BIS による自己資本比率規制(2 次規制)の
影響が挙げられる。9 すなわち、銀行が自らの金銭貸付債権を信託して受益権を証券化
し、リスク資産の圧縮を図ったと考えられる。図 8 には「債権流動化関連商品」の担保
8
住宅金融公庫が発行する公的 MBS は含まれない(以下同じ)
日本銀行は四半期系列については 1997 年第 4 四半期までしか遡及系列を作成していない。他方、年度
系列については 1989 年度末まで遡及系列を公表しているが、1989 年度末から 1996 年度末にかけては、
1997 年度末以降とは発行残高が推計方法が完全には一致していないと考えられる。このことも 1996 年度
と 1997 年度の残高に顕著な差が生じる要因になっているかもしれない。
9
20
別シェアが示されているが、1997 年度に「企業・政府向け貸出」のシェアが急激に高
まっている。
図 7 に戻って 1998 年度以降の残高の推移についてみると、SPC 法が施行された 1998
年度、資産流動化法施行後の 2001 年度のいずれにおいても前年度より残高が増加して
いる。標本数の制約があるために統計学的な手法を用いた検証はできないものの、1つ
の可能性として、法制備の進展が資産担保証券の発行を促したことが示唆される。
図8.債権流動化関連商品(民間のみ)の裏づけ資産別シェア
出所:『資金循環勘定』(日本銀行)
100%
90%
80%
70%
60%
その他
企業間・貿易信用
割賦債権
企業・政府等向け貸出
消費者信用
住宅貸付
50%
40%
30%
20%
10%
0%
1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
図 9 では、非金融法人企業部門の他の負債性資金調達手段の残高の推移と、債権流動
化関連商品の残高の推移が比較されている。
図9.非金融法人企業部門 資金調達手段別負債残高の推移
出所:『資金循環勘定』(日本銀行)
[兆円]
600
500
1998
2000
2002
400
300
1998 2000 2002
200
1998 2000 2002
100
1998 2000 2002
0
金融機関借入金
企業間信用
事業債(含:外債)
債権流動化商品
債権流動化関連商品の発行残高は、金融機関貸出や企業間信用と比較してかなり小さ
21
い。しかしながら、他の資金調達手段の残高が減少する(ないしは伸び悩む)なか、債
権流動化関連商品だけは発行残高が時系列的に増加している。この現状は、理論分析の
第Ⅱ-3 節における「銀行貸出が制約されているもとで、企業が証券を発行できるケース」
と整合的である。
Ⅲ-3.ミクロデータによる分析
理論分析の結論では、社会厚生が改善されるためには証券発行コストの下落が不可欠
であるという結論が得られた。しかし、マクロデータでは証券発行残高の推移しかみる
ことができない。 以下では、ミクロデータを用いた分析を行い、法整備の進展にとも
なって資産担保証券の市場規模、発行条件にどのような影響が及んだかを検証する。分
析に利用するデータは、アイ・エヌ情報センターが提供している債券市場データベース
のうち、資産担保証券(ABS)、社債担保証券(CBO)、信託受益権に関する統計であ
る。なお、このデータベースがカバーしている資産担保証券は、国内公募 ABS、サム
ライ公募 ABS、サムライ私募 ABS であり、実際の発行において多くの割合を占めてい
る国内私募 ABS は含まれていない。また、資産担保 CP(ABCP)のような短期の資産
担保証券も含まれていない。
1)SPC 法施行の影響
表 2 には、1998 年 6 月 1 日に SPC 法が施行される前後のそれぞれ 6 ヶ月間につい
て、資産担保証券の発行額や発行条件が比較されている。ただし、SPC 法施行の直前
15 日間と直後の 15 日間は分析対象から除いた。
1 行目に示される「発行回数」は、当該期間中に資産担保証券が発行された回数であ
る。資金調達主体は単一の企業(ないし金融機関)であることが多いが、金融機関等の
アレンジのもとで複数の企業が共同で資産担保証券を発行することもある。SPC 法施
行前の 6 ヶ月間には、国内私募を除く資産担保証券の発行は 3 回しかなかったが、SPC
法施行後の 6 ヶ月間には 4 倍以上も増えていることがわかる。
Ⅲ-1 節でも述べたように、資産担保証券のなかには、1つの資産を裏付けとして満
期・利回りの異なる複数の金融商品が発行されるケースも少なくない。こうした優先劣
後構造を導入した場合、個別の金融商品には「A 号、B 号」といった号数が付される。
資産担保証券の格付けは号毎に与えられることから、表 2 の 2 行目には、期中に発行さ
22
れた各号証券数の合計を示した。SPC 法施行前後の 6 ヶ月間を比較するとやはり 3 倍
程度の差がある。これを反映し、3 行目に示される「証券発行残高」は各年限ともに
SPC 法施行後に大きく増加していることがわかる。
表 2.SPC 法施行前後 6 ヶ月間の資産担保証券市場の比較
SPC法施行前の6ヶ月
1998/2/15
∼ 1998/8/15
発行回数
発行号数(合計)
発行総額[100万円]
1年
年
限
2年
3年
4年
5年以上
引受手数料(平均)[銭 /100円]
SPC法施行後の6ヶ月
1998/9/15
∼ 1999/3/15
3
25
62000
18000
15100
13500
5100
10300
34.9
13
78
441400
81700
75100
187800
43300
53500
36.1
0.39
0.0026
0.43
0.0051
0.35
0.0057
0.53
0.0318
0.56
0.0035
0.36
0.0074
0.41
0.0083
0.59
0.0709
0.78
0.0258
0.84
0.0256
擬似スプレッド[%]
1年
加重平均
(分散)
2年
加重平均
(分散)
年 3年
限
加重平均
(分散)
4年
加重平均
5年以上
加重平均
(分散)
(分散)
注 1)擬似スプレッドは、当該債券の発行年限に近い満期をもつ自由金利定期預金金利
(預入額 1000 万円以上)との金利差を示す
注 2)加重平均のウェイトづけは、各号証券の発行額による。
4 行目の証券発行の引受手数料についてみると、SPC 法施行後のほうがわずかに上昇
している。 これは一見すると理論モデルの含意と異なる結果を示している。しかし、
最終行に示された「擬似スプレッド」
(= 資産担保証券の各号における利回り−当該証
券に満期が近い自由金利定期預金の金利)をみると、満期 3 年超の市場では、SPC 法
施行後のほうが平均的なリスク・プレミアムがより高くなっている。リスクが高い証券
の発行引受手数料が高くなるのは、ある意味で当然といえる。したがって、平均にして
100 円分の発行あたり 1 銭強のコスト上昇だけで、信用力が相対的に低い ABS も発行
できるようになったことをむしろ評価するべきかもしれない。法整備の進展にともなう
23
証券発行コストの「実質的」なコストの変化をより厳密に検証することは今後の課題と
したい。
2)資産流動化法施行の影響
表 3 には、2000 年 11 月 30 日に資産流動化法が施行される前後のそれぞれ 6 ヶ月間
について、資産担保証券の発行額や発行条件が比較されている。ただし、法施行の直前
15 日間と直後の 15 日間は分析対象から除いてある。
表 3.資産流動化法施行前後 6 ヶ月間の資産担保証券市場の比較
法施行前の6ヶ月
2000/5/15
∼ 2000/11/15
発行回数
発行号数(合計)
発行総額[100万円]
1年
年
限
2年
3年
4年
5年以上
引受手数料(平均)[銭 /100円]
法施行後の6ヶ月
2000/12/15
∼ 2001/6/15
12
59
318600
28700
45700
29700
19500
195000
39.2
11
104
219784
31800
25900
53800
41584
66700
39.1
0.09
0.0055
0.21
0.0107
0.33
0.0077
0.29
0.0198
0.73
0.2654
0.21
0.0046
0.17
0.0054
0.14
0.0251
0.31
0.0113
0.49
0.025
擬似スプレッド[%]
1年
加重平均
(分散)
2年
加重平均
(分散)
年 3年
限
4年
加重平均
(分散)
加重平均
(分散)
5年以上
加重平均
(分散)
注 1)擬似スプレッドは、当該債券の発行年限に近い満期をもつ自由金利定期預金金利
(預入額 1000 万円以上)との金利差を示す
注 2)加重平均のウェイトづけは、各号証券の発行額による。
法施行後に債券発行残高が増加する効果は認められなかった。また、発行引受手数料
はほぼ不変であり、スプレッドの変化にも決まった傾向は認められなかった。したがっ
て、少なくともアイ・エヌ情報センターの公社債データベースでカバーされた国内公募
24
ABS、サムライ公募 ABS、サムライ私募 ABS に関しては、資産流動化法の施行によっ
て発行残高が増加し、かつ、証券発行コストが低下したという結論は得られなかった。
Ⅳ.まとめ
本稿では、証券発行にかかるコストが GDP の増加を阻害していることを簡単な理論
モデルによって示すとともに、証券化法制の整備が企業部門への資金供給に及ぼす影響
を実証的に論じた。
まず、理論分析においては預金・貸出・外国債券・民間企業が発行する証券の4資産
を明示的に取り扱った 2 期小国モデルを構築した。そして、民間生産部門の証券発行コ
ストが禁止的に高い下では、BIS 規制などにより銀行貸出が制限されている状況が非効
率であることを論じた。また、証券発行コストが低下し、民間生産部門が証券発行を通
じて投資家から直接資金を調達できるようになれば、例え銀行貸出が制限されていると
しても経済厚生が上昇することを示した。よって、法規制整備によるリーガル・コスト
の低下や、過剰な規制や検査の排除による証券発行コストの低下は、マクロ経済にプラ
スに作用すると考えられる。
ただし、諸規制の重大な目的の一つとして、情報の非対称性の解消が含まれることに
留意しなくてはならない。経済主体間の情報の非対称性の存在は、モラルハザードや逆
選択を引き起こすことによって経済にマイナスの影響を与える。よって、実際に法規制
を再構築する際にはこれらの点に対する十分な配慮すべきである。
次に実証分析においては、1989 年度以降のマクロデータの変遷から、1998 年の SPC
法や 2001 年の資産流動化法の施行後に「債券流動化関連商品」の発行残高が増加して
いることが示された。また、金融機関貸出や企業間信用の残高が減少する中、債権流動
化関連商品の発行は、規模は小さいながら時系列的に増加していることが確認された。
これらの事実と先の理論分析と合わせて考えると、昨今の証券化市場整備の取り組みは、
わが国の総生産の増大に寄与し、経済厚生を増大させたと解釈できよう。
さらに本分析では、アイ・エヌ情報センターが提供している債券データベースを利用
し、二つの法改正が資産担保証券市場に及ぼした影響をより厳密に検証しようと試みた。
しかし、現実には大きなシェアを占める国内私募債の個表データが得られない限界から
か、理論分析の結論を強く支持する結果は得られなかった。
1990 年代後半から実施されてきた金融資産市場での法・制度面の整備は、近年およ
び将来の経済の活性化(経済厚生の増加)に有益であったと考えられる。情報の非対称
25
性を拡大しないように注意しながら、規制当局による重複検査の排除や類似金融商品に
対する統一法制の整備など、民間生産部門の証券発行コストの低下を目指す工夫が必要
があるといえよう。
26