Sodium Nitroprusside 麻酔関連薬物の持続静注法 Sodium Nitroprusside 桜橋渡辺病院 副院長 安部 和夫 Kazuo Abe ニトロプルシドナトリウムは古くから使用されている血管拡張薬であるが,この薬物について の臨床使用に関する総説は少ない.ニトロプルシドナトリウムは構造式に酸化窒素を持つニトロ 系血管拡張薬で,古くから使用されている.ニトロプルシドナトリウムの半減期は短く,効果発 現も速やかで,作用持続時間も最大で10 分と短いが,この薬物が直接的に細動脈および静脈を 拡張させ,作用は強烈である. ニトロプルシドナトリウムは総投与量が 500μg/kg/min を超えた場合はシアン中毒の危険があ る.低酸素性肺血管収縮(hypoxic pulmonary vasoconstriction:HPV)抑制による低酸 素血症,中止後のリバウンドによる高血圧等の副作用発現に留意し,投与中の血圧変動に十分注 意して投与量を調節しながら使用すれば,周術期管理において非常に有用な降圧薬である.ここ ではニトロプルシドナトリウムの薬力学,作用機序や,心臓,体血管系,脳,肺血管系への影響 および本邦での治験結果,多施設オープン投与試験の結果を示し,その使用法について解説する. ニトロプルシドナトリウム(sodium nitroprusside)は, 化学構造に一酸化窒素を持つニトロ系血管拡張薬の 1 つ 化学構造と薬力学 である.ニトロプルシドナトリウムが高血圧の治療に初 めて用いられたのは1929年であり1),米国FDAに製剤認 化学構造:ニトロプルシドナトリウムの構造式を図 1 可されたのは1974年である.それ以後,うっ血性心不全, に示す.ニトロプルシドナトリウムの化学名はペンタシ 虚血性心疾患,高血圧の治療に用いられ,現在まで多く アノニトロシル鉄酸( 2 −)ナトリウム二水和物,構造式 の報告がなされている2, 3).また,ニトロプルシドナトリ ・2 H2Oで,分子量297.95である3). はNa2[Fe(CN) 5 NO] ウムは血圧低下作用の強さと速さから周術期の血行動態 薬効はニトロプルシドにあり,ナトリウムにはない.ニ 3) のコントロールにも用いられる .ニトロプルシド製剤 トロプルシドは 2 価の陰イオンである.鉄原子にシアン の欠点は,光に対して不安定なことであったが,本邦で 基 5 個とニトロソ基 1 個が結合したものであり,化学物 開発されたニトプロ® 持続静注液は光分解に対して抵抗 質としては1850年代から知られていた 5). 4) 性であるという利点を持っている . 薬力学:ニトロプルシドの除去半減期は 3 ∼ 4 分と短 い.30∼40秒で効果発現がみられ 1 ∼ 4 分で最大効果が Anesthesia 21 Century Vol.10 No.2-31 2008 (1891) 41 脳血管への影響:ニトロプルシドは脳血管を拡張さ せ,脳血流量および頭蓋内血流量を増加させる.このた 2− O め頭蓋内コンプライアンスが低下した患者では,頭蓋内 N N 2Na+ N C C Fe C C 圧亢進症を起こす可能性がある.頭蓋内圧に対する影響 N は,ニトロプルシドの急速投与で起こりうる.したがっ N 図 1 ニトロプルシド ナトリウムの 構造式 て,頭蓋内圧が上昇していたり頭蓋内コンプライアンス 得られる.作用持続時間は 1 ∼10分である.ニトロプル 拡張,肺動脈圧低下が起こるので,肺高血圧症の治療に C N が低下している患者では,ニトロプルシド投与は時間を かけて緩除に行うべきである. 肺血管系への影響:ニトロプルシド投与により肺動脈 シドは血中のSH化合物などの還元物質により非酵素的 は有用である.ニトロプルシドにより低酸素肺血管収縮 に代謝され,シアンを遊離する.シアンの大部分は,肝 (肺胞が低酸素状態になると肺胞ガス交換に関与する肺 臓のロダネーゼ(rhodanese)により硫黄供与体と反応 動脈を収縮させ,結果的にシャント血流量を減少させる し,毒性の低いチオシアンになる.シアンの一部は赤血球 代償反応)を抑制するので,シャント血流が増加して血 内に移行し,毒性の低いシアノメトヘモグロビンになる. 液酸素化の障害をきたすことがある.しかしこの低酸素 肺血管収縮の抑制は,ニトロプルシドだけでなくニトロ グリセリン,プロスタグランディンE 1 等の他の血管拡 作用機序と生体への影響 張薬でも起こることが知られている8). 血液への影響:ニトロプルシドは血小板凝集を抑制 作用機序:ニトロプルシド分子から一酸化窒素ラジカ し,出血時間を延長させる.しかしこの血小板凝集抑制 ル(NO)が遊離される.一酸化窒素ラジカルは細胞内 作用は用量依存性であり,実際には臨床的に問題になる 可溶性グアニルシクラーゼを活性化し,細胞内サイク ことはない. リックGMP(cGMP)を増加させる.cGMPは筋小胞体 のCa 2+ 2+ ATP ポンプを活性化して細胞内Ca を減少させ ニトロプルシドの効果:ニトロプルシドの特徴は,即 効性,短時間作用性と強力な降圧効果である.ニトログ ることで,血管平滑筋の弛緩を起こすと考えられている. リセリンと比較して,ニトロプルシドはより短時間で強 体血管系への作用:ニトロプルシドは直接的に細動脈 力な降圧効果が得られ,しかも低血圧から投与前の血圧 6) および静脈を拡張させる .動脈系の拡張は,血行動態 にまで戻る回復時間が短い. 的には血圧低下,体血管抵抗減少につながる.また静脈 の拡張によって静脈還流量が減少する.血行動態的には 中心静脈圧,肺動脈拡張期圧,肺動脈楔入圧などの前負 本邦における治験結果 荷の指標が低下する.主として静脈還流量が減少するこ とにより,1 回拍出量が減少する. 清水ら9)は,ASA分類 1 ∼ 2 の22∼69歳のニューロレ 心臓への影響:ニトロプルシドは冠動脈拡張を起こ プト麻酔(neurolepto anesthesia:NLA)下で手術を受 す.ニトログリセリンは冠動脈でも太い冠動脈を拡張す けた患者を対象として,ニトロプルシドナトリウムと異 るが,ニトロプルシドは末梢の冠動脈をも拡張させ,冠 常高血圧に対する有効性が確立されているニトログリセ 血管抵抗を減少させることで冠血流量を増加させる.し リンを比較検討した.高血圧の指標は,収縮期圧が 160 かし病態によっては,ニトロプルシドにより冠動脈盗血 ㎜Hg以上あるいは拡張期圧が 115 ㎜Hg以上とした.ニト 現象を引き起こすことがある.虚血が存在すると,ニト ロプルシドナトリウムもニトログリセリンも0.5μg/kg/min ロプルシドにより虚血部位の拡大を起こす可能性がある. で投与を開始している.目標血圧に達するまでの時間は ニトロプルシドは圧受容体の感受性を亢進させて心拍数 ニトロプルシド投与群で 19.4±10.6 分,ニトログリセリ を増加させる7).このような反射性の頻脈は,ニトログ ン投与群で 18.3±14 分で有意差は見られなかった.血圧 リセリン,ニカルジピン,ニフェジピンでも起こりうる. 維持に必要であったニトロプルシドナトリウム投与量は 42 (1892) Feature Articles Sodium Nitroprusside 1.8±0.8μg/kg/min,ニトログリセリン投与量は1.7±1.3 は減少している.ニトロプルシドは子宮胎盤循環を通過 μg/kg/minであった.10分以内に目標血圧に達したのは して胎児に移行する.ニトロプルシドは胎児の低血圧やシ ニトロプルシドナトリウム群で 27%,ニトログリセリン アン中毒を起こす危険がある.ただし通常の投与量では 群で 37%であった.降圧時の心拍数の増加はニトロプル 胎児のシアン中毒は起きない.またニトロプルシドは乳 シドナトリウム群では投与時を通して,ニトログリセリ 汁移行が認められるので,妊婦においてはニトロプルシド ン群では投与開始15 分後まで心拍数の増加をみたと報告 ナトリウムの使用時間はできるだけ短くするべきである. している.副作用としてPaO2 低下がニトロプルシドナト ニトロプルシドナトリウムの使用法:通常の投与速度 リウム群で15例,ニトログリセリン群で16例認められた. は 0.25∼0.5μg/kg/min である.ニトロプルシドナトリウ 多施設オープン投与試験 10)では,ASA分類 1 ∼ 2 の18∼ ムの除去半減期は 3 ∼ 4 分と短い.30∼60 秒で効果の発 76 歳の患者を対象としたニトロプルシドの効果が報告さ 現がみられ,1 ∼ 4 分で最大効果が得られる.投与開始 れている.麻酔法として,NLAの他イソフルラン,セボ 前の血圧や年齢,基礎疾患などを考慮して開始速度を決 フルランが用いられている.ニトロプルシドナトリウム 定する.その後,血圧変化に応じて投与量を調節する.通 の投与開始量は 0.3∼2.0μg/kg/min,維持期の平均投与 常は 0.5∼2.5μg/kg/min の投与速度で血圧調節は可能で 速度は 0.77±0.66μg/kg/minであった.目標血圧に達す ある.シアン中毒の危険もあり,最高投与速度は 3μg/ るまでのニトロプルシドナトリウム投与量は年齢により kg/minとする.作用持続時間は 1 ∼10 分である.した 異なり,65歳以上の維持投与量は0.60±0.54μg/kg/min, がってニトロプルシドナトリウム投与中止後には,速や 65 歳未満では0.89±0.72μg/kg/min であり,高齢者では かな血圧回復が期待できる.しかしながら,ニトロプル 少ない投与量で維持できる傾向がみられた.また目標血 シドナトリウム投与中止後に投与前よりも血圧が上昇す 圧到達に必要なニトロプルシドナトリウムの投与量は, るリバウンド現象をきたすことがある. NLA麻酔では1.03±0.54μg/kg/min であったのに比べて, 持続投与における留意点:ニトロプルシドの持続投与 イソフルラン,セボフルラン麻酔ではそれぞれ 0.59± における副作用で問題になるのは,過度の低血圧である. 0.62μg/kg/min ,0.77±0.71μg/kg/min と少ない投与量 確実に注入するため,シリンジポンプを用い,投与ルー で維持できた.これは吸入麻酔薬使用下では圧受容器の トは短くし,中枢ルートからの投与が望ましい.通常 機能が抑制されるので必要とされるニトロプルシドナト 0.5μg/kg/minでの開始が推奨されるが,過度の低血圧 リウムの量は減少すると報告したBedfordらの報告 11)と の危険を考慮すれば,手術時の低血圧の持続維持目的で 一致している.このように年齢,麻酔法によりニトロプ も,異常高血圧の救急処置の場合でも,持続投与開始速 ルシドナトリウムの投与量は異なることに注意する必要 度は0.25μg/kg/minがより安全と思われる. がある.また副作用として,PaO2 は投与前値の180 ㎜Hg 高齢者や薬物服用中の患者では,降圧作用が強くあら から投与終了時には144 ㎜Hgまで低下したが重篤なもの われることがあるので,さらに低用量から投与開始するな はなかったと報告している.ニトロプルシドナトリウム ど,患者状態を観察しながら慎重に投与する必要がある. 投与中止後のリバウンドは 1 例にみられたがニトロプル 持続投与量を調節する際は,増量時に過度の血圧低下 シドの半減期が 1 ∼ 3 分と短いこと,ニトロプルシドナ の出現、減量時にリバウンドに血圧上昇に注意する必要 トリウム投与中に生じる血漿レニン活性の上昇によるた がある.ニトロプルシドナトリウムの効果発現に 30∼60 めと報告されている12). 秒,最大効果まで 1 ∼ 4 分かかるので,投与量を少し変 更した後,数分待ち血圧が安定してからまた変更すると いうような段階的変更がより安全である. 使用方法と留意点 また,ニトロプルシドナトリウムの作用発現にはcGMP の産生促進が関係するので,cGMPの分解抑制作用を有 β遮断薬との併用:ニトロプルシドにより反射性頻脈 するホスホジエステラーゼⅤ阻害薬〔シルデナフィルク が起きたり,血圧低下が不十分な場合,β遮断薬を用いる. エン酸塩(バイアグラ® ),バルデナフィル塩酸塩(レビ 妊婦における使用:妊娠誘発性高血圧患者では高血圧 トラ® ),タグラフィル(シアリス® )〕の併用で,降圧作 がみられる.強い血管収縮によるものであり,循環血液量 用が増強して過度の低血圧があらわれることがあるので Anesthesia 21 Century Vol.10 No.2-31 2008 (1893) 43 Sodium Nitroprusside 注意が必要である. 内呼吸が障害される.そのために嫌気性代謝が起こり, シアン中毒:前述したように,ニトロプルシドは血中 代謝性アシドーシスが起こる.細胞での酸素消費が障害 のSH化合物などの還元物質により酵素的に代謝されて され酸素が消費されないために,混合静脈血酸素飽和度 シアンを遊離する.シアンの大部分は肝臓のロダネーゼ は上昇する.シアン中毒が疑われる場合は,ニトロプル により硫黄供与体と反応して,毒性の低いチオシアンに シドナトリウムの投与を中止し,100%酸素による人工 なる.シアンの一部は赤血球内に移行して,毒性の低い 呼吸を施行する.亜硝酸アミルの吸入を行う.チオ硫酸 シアノメトヘモグロビンとなる.チオシアンは主として ナトリウム150∼200mg/kgを15分かけて静注する. 尿中に排泄されるが,一部は胆汁中に排泄される.ニト 禁忌:Leber 視神経萎縮症やたばこ弱視患者ではロダ ロプルシドの総投与量が多くなれば,シアン中毒を起こ ネーゼが欠損していることがあるので,ニトロプルシド す可能性がある13). ナトリウムの使用は禁忌である17).また肝不全,腎不全 一般にニトロプルシドナトリウムは 8μg/kg/min 以上の 投与量 14)あるいは総投与量が 500μg/kgを超えた場合 15) 患者ではシアン中毒を起こす危険が大きいことに留意す る必要がある. にはシアン中毒を起こす可能性が示唆される.シアンが チオシアンになるためには硫黄が必要である.低栄養,利 尿薬の使用,手術などで硫黄の体内蓄積量が少なくなって まとめ いる場合には,シアン中毒が起こりやすいと考えられる16). ニトロプルシドナトリウムの投与速度が速く短時間の ニトロプルシドナトリウムは古くから使用されている うちに総投与量が増えた場合には,常にシアン中毒の可 血管拡張薬であるが,この薬物に関する臨床使用につい 能性を考慮しておく必要がある.ニトロプルシドナトリ ての総説は少ない18).ニトロプルシドナトリウムは効果 ウムで十分な血圧低下が起きていたのに血圧が下がりに 発現に要する時間が短く,その作用は強力である.血圧 くくなった場合(タキフィラキシィ)にはシアン中毒を 変動に十分留意し,投与量を調節しながら使用すれば, 疑う.シアン中毒が起こると,ミトコンドリアにおける 周術期管理において非常に有用な降圧薬となる. ■ 参考文献 1)Johnson CC:Mechanism of actions and toxicity of nitroprusside. 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