カオスとは何か ver.1.2

カオスとは何か ver.1.2
原田浩充
2012 年 12 月 8 日
目次
第 1 章 カオスとは何か
1.1 決定論的自然観
1.2 カオスと偶然性
ラプラスの言葉 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ポアンカレの言葉 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
2
3
3
第2章
2.1
2.2
2.3
カオスの発見と歴史
物理の分野のカオス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
数学の分野のカオス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
生物でのカオス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
4
6
6
第3章
3.1
3.2
3.3
カオスの数理モデル
ローレンツプロット . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
テント写像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
リー・ヨークの定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
10
10
12
13
第4章
4.1
4.2
4.3
4.4
4.5
カオスの定義
リー・ヨークの定義 (1973)
大野・押川の定義 (1980) .
オットの定義 (1981) . . .
デバニーの定義 (1986) . .
シュースターの定義 (1989)
.
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14
14
14
14
15
15
第5章
5.1
5.2
5.3
カオスと複雑性、ランダムとの関係
ベルヌーイ過程 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
カオスとは何か . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
サロゲート法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
16
16
16
17
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参考文献
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17
1
第1章
カオスとは何か
この文章は、読む人を混沌に落とし込み、光を与えない。書き手の力不足の面も大いにあるが、
対象が「混沌」であるからでもあると思う。ここでは、現在知られている ”カオス ”というもの
を紹介するとともに、カオスとはいったい何が問題なのかを議論するための材料を提供する。
ここには、カオスの歴史的経緯から、人々がどのようにカオスを理解してきたのかという事を纏
められている。また、現在知られているカオスの ”定義 ”をいくつか紹介した。本当なら、ハミ
ルトン系のカオスについての方が、系の性質が良く、可積分から少し壊れた程度のカオスについ
て、KAM の定理やアーノルドの定理、ポアンカレ・バーコフの定理など強力無比な定理が数多
く存在し1 、議論しやすいのかもしれない。
複雑な運動は自然界に数多く存在する。我々の脳の働きや政治家の発言などの複雑な物事は、
そもそも多くの要素が複雑に絡み合っているので、複雑であるのは当たり前であろう。対して振
り子の運動などはニュートン力学で理解できる「可解」で単純な運動である。カオスが知られる
までは、そう思われてきた。この信念を覆したのは、決定論的カオスである。
ニュートン力学では、運動方程式と初期条件から物の運動は一意的に定まる。それゆえ、ニュー
トン力学は決定論的であると言われる。ニュートン力学によって、運動の予測が可能となること
がある。法則をたてる事こそ出来ても、その法則の解の振る舞いが予測不可能なほどに不規則に
なる現象を「カオス運動」といい、特に決定論的法則に従う場合、「決定論的カオスである」と
いう。
一般に決定論的カオスでは、法則は決定しているが、初期値を正確に決定できない人2 にとって
は、気づかない誤差が有限に大きくなってみられ、予想だにしない運動となる。人はそれを、ラ
ンダムだとか、不規則だとか言って驚く。
今回の主題は「カオスとは何か」であるが、それと同時に、「では、ランダムな運動、不規則
な運動とはどう異なるか」も議論したい。また、「不規則な運動と複雑な運動の違いは何か」も
議論したい。具体的には、ある不規則な点列のデータを与えられた時、それがランダムなのかカ
オスなのかをどうやって判定するのか、が私は疑問である。これについて纏める方が”カオス”を
良く理解できるのではないか、と思う。これは世界を理解する上で欠かしてはならない物である
と思う。
カオスの完全な定義は現在知られていない。今までに知られている不規則な現象には、一応の
数理的起源が存在しているので、それらの「カオス的性質」は理解されるだろう。しかし、中途
半端な現象3 は「カオス」と呼ぶべき物なのか、「弱いカオス」などと呼ばれているが、何だそれ
は!という定義をはっきりさせたい。
1
ポアンカレの再帰定理:保測かつ可測な写像による力学系の軌道は、初期値のいくらでも近くに、何回でも回帰
する。
2
正確に決定できる人を、悪魔と呼ぶ。
3
非線形研究室では、部分的に可積分である混合系という中途半端な現象を扱っているが、混合系の運動はカオス
的なのか?
2
1.1
決定論的自然観
ラプラスの言葉
Pierre-Simon Laplace(ラプラス)
:1749∼1827
宇宙の現在の状態は、過去の状態の結果であり、未来の状態の原因である。もしも自然の中の
全ての力を理解し、自然を構成する全ての物体のある瞬間における状況を完全に知り、これを数
学的に処理する広大な知性が存在すれば、この知性にとって宇宙の巨大な物体の運動も微小な原
子の運動もすべてを知る事が出来るであろう。この知性にとって何も不確かなものはないし、未
来は過去と同様に明白である。
ある瞬間における宇宙のすべての物体の運動状態(初期条件)を ”いくらでも ”詳しく知って、
たちどころに数学的処理をする事が出来る仮想的な存在をラプラスの魔4 という。
1.2
カオスと偶然性
ポアンカレの言葉
Henri Poincare(ポアンカレ)
:1854∼1912
吾々の眼にとまらないほどのごく小さい原因が、 吾々の認めざるを得ないような重大な結果を
ひきおこすことがあると、 かかるとき吾々はその結果は偶然に起こったという。吾々が自然の法
則と、 最初の瞬間に於ける宇宙の状態とを、正確に知っていたならば、 その後の瞬間に於ける
同じ宇宙の状態を正確に予言できるはずである。 しかしながら、たとえ自然の法則にもはや秘
密がなくなったとしても、 吾々は最初の状態をただ近似的に知りうるに過ぎない。 もし、それ
によってその後の状態を同じ近似の度を以て予見し得るならば、 吾々にとってはこれで充分な
のであって、 このとき現象は予見された、その現象は法則に支配される、という言葉を用いる。
しかしながら、いつもかくなるとはかぎらない。 最初の状態に於ける小さな差違が、最後の現象
に於いて非常に大きな差違を生ずることもあり得よう。また、最初に於ける小さな誤差が、のち
に莫大な誤差となって現れるでもあろう。かくて予言は不可能となって、ここに偶然現象が得ら
れるのである。
ポアンカレ著:吉田洋一訳「科学と方法」(岩波文庫)p.73
4
「SF アニメ「機動戦艦ナデシコ」にはラプラスの魔と似たような箱が存在し、その箱は量子計算を瞬時に行うと
いう。
3
第2章
2.1
カオスの発見と歴史
物理の分野のカオス
1889 年:ポアンカレによる複雑な運動の発見
問題:三体問題(太陽と地球と木星の三つの星の運動の様子を示せ)
1887 年にスウェーデン王オスカー 2 世は、太陽系は安定か?という課題をだした。フランスの数
学者ポアンカレはこの課題に対し、三つの星が万有引力で引き合って運動するという ”簡単な ”
1 場合を考えた。しかし、三体問題では運動方程式は解けなくなってしまう。ポアンカレは、こ
の三体問題を詳しく研究して、軽い星(地球)の軌道が思いがけないほど複雑に動く事を発見し
た [1]。その複雑さにポアンカレは、「その複雑さは驚くべき物で、私自身もこの図形を引いてみ
せようとは思わない」と言っている。彼はこの複雑な軌道をどうにか解析しようとして、トポロ
ジーの概念や、次元の高い運動をある平面をきった時に作る点列に置き換えてその特徴を調べる
方法、ポアンカレ写像2 を考案した。
1957 年:カルマンによる複雑な挙動の発見
問題:非線形サンプル値制御(微分方程式のパラメータに対する振る舞いの違いを調べよ)
ẋ(t) + bx(t) = u
(2.1)
という微分方程式において、u の値をさまざまに変えた時の解の振る舞いの調査を、非線形サン
プル値制御という。カルマンはこれを、時間 T で”離散化した”方程式を考えていた。カルマン
は、解があるパラメータ u で複雑な動きをする事を発見し、「一般的にはサンプル値系はもとの
線形系とは全く異なる、ランダム系と考えてもよいような動きをする。この系を記述するために
は確率論の言葉が必要だ!」といっている。このころはカオスはあまり知られておらず、これが
カオスだとは言われていない3 。
1
簡単になっているのか?
ポアンカレ写像とは、ある周期ごとに運動を記録し、その点列を追う写像の事である。定性的な性質を失わずに
運動を調べる事が出来る。
3
しかし、ランダムとカオスの違いはどこにあるのだろうか。これは議題の一つである。ランダムを見てカオスか
どうかを判定するにはどうすれば良いか?
2
4
1963 年:ローレンツによる奇妙な運動の発見
問題:気象のモデル(気圧、湿度、温度などの情報から、空気の流れをシミュレートせよ)
ローレンツは地球物理学者で、空気の流れを数値実験する事を試みた4 。シミュレートしていた
実験を確かめるため、長い時間掛かる計算機を再度動かしてコーヒーを入れ一服していたとこ
ろ、とんでもない数値が返ってきてびっくりしたそうな。原因は入れた数値の誤差で、一度目は
0.506127 であったが、再実験の時は 0.506 で打ち切った。1/5000 くらいはいいだろうと思うのは
ニュートン力学の決定論的側面を信じていた人は普通だろう5 。この結果に興味を持ったローレ
ンツは、空気の流れの話はひとまず置いて於いて、簡単なモデルでの初期値依存性を調べた。こ
のときのモデルが、良く知られている 3 変数のローレンツモデルである。そしてローレンツアト
ラクターを発見する。ローレンツは「私はすぐに真空管が弱ったか何かの、よくあるコンピュー
タトラブルを疑ったが、修理を頼む前に、どこで間違いが起ったかだけでも調べてみることにし
た」と言っている。
1961 年:京都大学工学部、上田よしすけ6 先生による、ストレインジアトラクターの発見
問題:非線形振動(周期外力による非線形振動の微分方程式の解の振る舞いを調べよ)
上田先生は当時大学院生で、ダフィン方程式の解を数値的に調べていた。ダフィン方程式は
ẍ(t) + k ẋ(t) + x(t)3 = Bcos(t)
(2.2)
とかかれ、Bcos(t) の項があるせいで解く事が困難である。そこで数値計算によって解の振る舞
いを研究していたのだが、その結果を見ると、全ての軌道がある部分に集まっていく様子が見て
取れた。これはアトラクター(惹き付けるもの)とよばれ、一つの不変集合である。このアトラ
クター上の点はとても奇妙複雑な動きをするため、これはストレインジアトラクターと呼ばれて
いる。上田先生は「最初はアナログコンピュータが故障したのかと思った。しかしすぐに、いや
そんなことはないと悟った」と言っている。
4
お湯を沸かす時、下から加熱すると下の方が先に温められ、温かくなった水は上昇し、やがて上下の対流を起こ
す。さらに温度を上げると、不規則非対称な状態変化が起こるようになり、これを沸騰という。
5
初期値が多少の違う程度では、運動に大した違いは生じないという信念。カオス時代に生きる我々は、そんな事
は思うまい。
6
目篇に完、亮
5
2.2
数学の分野のカオス
1973 年:リー・ヨークによる複雑な動きをする集合の存在の証明
問題:一次元連続写像が 3 周期点を持つ時、その写像による点の動きの観察
リーとヨークは、三周期点をもつ一次元連続写像は、任意の周期の周期点を持つ事、いかなる周
期も持たない軌道が非可算無限個存在する事などを示した。彼らの研究は、彼ら自身、あまり研
究する意味を見いだせなかったようであるが、1971 年に生物学者ロバート・メイと研究会で出会
い、ロバートの研究結果を見て驚き、かつ重要性を見いだして、1973 年に論文に纏めたようであ
る。彼らが見つけた、いかなる周期も持たない軌道の初期点の集合は、スクランブル集合(攪拌
集合)という名前で知られている [7]。彼らの論文で初めて、”Chaos”という言葉の定義がなされ
た。
1975∼77 年:マンデルブローによる自己相似形の提唱、フラクタルの命名
1979 年:ジュリアによる自己相似形を成す集合の調査
問題:複素離散力学系に於ける自己相似形を成す集合はいかなる性質を持つか。
マンデルブローとその弟子ジュリアは複素写像系の性質を調べていた。そこで発見された集合は
自己相似形を成しており、マンデルブローは 1975 から 1977 年にフラクタルという図形の表現を
発表した。また、少し異なる見方からジュリアはジュリア集合を発見した7 。ジュリア集合とは、
複素離散力学系において写像の繰り返しによって発散してしまう点の集合(発散点集合)の境界
である。もしくは、反発周期点の閉包である [6] 。齋藤氏によれば、結局はジュリア集合がカオ
スの元凶である。
2.3
生物でのカオス
1941 年:京都大学農学部、内田俊郎先生によるマメゾウムシの個体数に不思議発見
問題:マメゾウムシはどのように個体数を増減させるか
豆につくマメゾウムシを直径 5cm くらいのガラス容器の中で、豆と一緒に数匹のオスメスのつが
いのマメゾウムシを入れておく。当然マメゾウムシは産卵し、個体数がどんどん増えていく。こ
の昆虫は、卵を産むと 20 日ほどで死に絶えてしまい、世代が重なる事はない。一世代は 25 日く
らいでサイクルし、この周期で個体数の調査をすることができる。この個体数に於いて、内田先
生は、個体数が振動しながらある値に収束する事を発見した。これは微分方程式のロジスティッ
ク方程式では説明できないこと8 である。1953 年に内田先生によって微分方程式ではなく”差分方
程式をもちいて”この現象を説明された。同じ結果をニコルソンという昆虫学者も Lucilia という
生物について得ている。
7
故におそらくリーとヨークはジュリア集合という言葉を知らず、攪拌集合と名付けたのではなかろうか。攪拌集
合とジュリア集合の関係は詳しく知らないので何とも言えないが。
8
生物の個体数調査の基本方程式はロジスティック微分方程式である。
6
1973 年:ロバート・メイによる漸近二周期軌道の数理モデルの開発
問題:生物の個体数に関するモデルをたてよ
ロバート・メイは物理学から数理生態学へ転向した学者で、内田先生やニコルソンの結果のよう
な、振動収束する軌道を起こす数理モデルを調査した人である。連続時間のロジスティク微分方
程式を”離散方程式に書き換えて”、その差分方程式の数値計算を行った。メイは離散度 ∆t を変
えて、解がどう変化するかを調べた。少し変形すれば、その方程式は
Xn+1 = a(1 − Xn )Xn
(2.3)
であり、a を変えて調べていることになる。a=2∼3 では内田先生の結果のような、振動しながら
1 − 1/a に収束する解を発現し、a=0∼1 では単調減少し、a=1∼2 では 1 − 1/a に単調収束する。
√
√
a = 3∼1 + 6 では漸近 2 期軌道が存在し、不動点は不安定になる。a = 1 + 6∼ac までは、漸
近 2n 周期の軌道がどんどん増えていき、4 > a > ac では軌道の種類は一変し、あらゆる数の周
期をもつ軌道もあらわれると同時に、いかなる周期も持たないような軌道も表われる。また初期
値を少しでも変えると、極めてセンシティブに軌道の様子は変化する。
図 2.1: ローレンツアトラクター
7
図 2.2: ジャパニーズアトラクター (ポアンカレ写像)
図 2.3: マメゾウムシ
8
図 2.4: この境界がジュリア集合である。
9
第3章
3.1
カオスの数理モデル
ローレンツプロット
ローレンツは気象の予測のために微分方程式を解いていたが、初期値のずれに対する敏感性を
調査するため、その現象を起こすもっと簡単な系を考え出した。その系は X, Y, Z はいずれも時
間の関数として、X, Y, Z はそれぞれ各時刻の流れの変化の様子を表すパラメータである。X(t)
は対流の強さに比例する量であり、0 だと対流は起こっていない事になる。Y (t) は対流で上下す
る二つの流れの温度差に比例する量である。これも 0 であれば対流は起こっていない。Z(t) は上
下方向の温度分布の差がどの程度、空間的に線形関数から離れているかを示す量である。またこ
れも 0 であれば対流は起こっていない。この X, Y, Z を用いて
dX
dt
dY
dt
dZ
dt
= −aX + aY
(3.1)
= −XZ + rX − Y
(3.2)
= XY − bZ
(3.3)
(3.4)
ここの a, b, r は、a がプラントル数とよばれ、流体の拡散の係数と熱伝導係数との比、r, b は容器
の形や流体の性質に関するパラメータである。例えば具体的に a = 10, b = 8/3, r = 28 の時を考
える。平衡点は
−10X + 10Y
= 0
(3.5)
−XZ + 28X − Y = 0
8
XY − Z = 0
3
(3.6)
(3.7)
(3.8)
√ √
√
√
から求まる。(0,0,0)、(6 2,6 2,27)、(−6 2,−6 2,27) である。原点から少しずらしたところか
ら始めた軌道 (X(t), Y (t), Z(t)) は、なんとこの平衡点のまわりを行き来しながら回るのである!
しかし周期的ではない。なんて動きをするのか!
10
図 3.1: 離れたところから吸引されていく様子
ここでローレンツは、ローレンツプロットという手法で、驚くべき真実を見つけ出した。一見
でたらめに見える、数値が極大になる点 Z(t) の値を、周期的に取り出して(Zn , Zn+1 )として書
くと、なんとある規則がみえるのである。この規則は
図 3.2: パラメータ Zn の極大値のリターンマップ
Zn+1 = f (Zn )
というような時間発展の方程式なのである。
11
(3.9)
3.2
テント写像
これと全く同じような数理モデルは、テント写像として知られている。
テント写像:
Zn+1 = 2Zn
Zn+1 = 2 − 2Zn
1
(0 ≤ Zn < )
2
1
( ≤ Zn ≤ 1)
2
(3.10)
(3.11)
この変換は、二次元の区間 [0, 1] × [0, 1] のパイこね変換(baker map)としても知られている。
パイこね変換:
Yn
)
2
1
(0 ≤ Xn < )
2
1
Yn 1
+ ) ( ≤ Xn ≤ 1)
(Xn+1 , Yn+1 ) = (2Xn − 1,
2
2
2
(Xn+1 , Yn+1 ) = (2Xn ,
(3.12)
(3.13)
(3.14)
Zn を二進法で表す事にすると、例えば初期値を
Zn = 0.10111001・
・
・
(3.15)
とすると、このテント写像は、この初期値の最初の 0 を取っ払って、全体の位を上げ、一の位が 1
であればそれも取っ払うという作業を表す1 。この写像の軌道 {Zn }n=∞
n=0 をたどるためには、初期
値(特に無理数)の情報が ”全て ”必要である。逆に、初期値をたどっていくには、捨てられた
2n 個の情報が必要になる。これが、カオスが「予想不可能」となる直接的な原因であると思う。
(→ 計算圧縮性との関わりは?)
よって、初期値の情報が指数関数的に失われる事が、カオスの最大の問題点である!
1
[証明問題] この変換がコインなげのランダム性を持つ事を説明する。
12
3.3
リー・ヨークの定理
一次元連続写像 f:I → I に於いて、以下の条件を満たすとする。
ある a ∈ I があって b = f (a)、c = f (b) = f 2 (a)、d = f (c) = f 3 (a) とした時、
d ≤ a < b < c (or
d ≥ a > b > c)
(3.16)
が成り立つ。この時、次が成立する。
1:任意の k に対して、素周期 k の周期点が区間 I の中に存在する。
2:非可算集合 S ∈ I があって、(S は周期点を要素に持たない)S の要素は次の条件を満足する。
(A) 任意の p, q ∈ S について(p 6= q )
(2.1) lim sup |f n (p) − f n (q)| > 0
n→∞
(3.17)
(つまり、異なる S の点からスタートした軌道は漸近しない)
(2.2) lim inf |f n (p) − f n (q)| = 0
n→∞
(3.18)
(途中ではいくらでも近づき得る)
(B) 任意の p ∈ S と任意の周期点 q ∈ I に対して
lim sup |f n (p) − f n (q)| > 0
n→∞
(3.19)
これは、S の点を初期点とした軌道がいかなる周期軌道にも漸近しないことを示している。[5]
13
第4章
4.1
カオスの定義
リー・ヨークの定義 (1973)
写像 f が非可算の攪拌集合を持つ時、f はリー・ヨークの意味でカオス的である。
三周期点を持つ事は十分条件で、実は「f が周期 2n (2m + 1),(n ≥ 0, m ≥ 1) を持てば、f はリー・
ヨークのカオスになる(Period 6= 2n implies chaos)。すなわち、非可算の攪拌集合 S が存在して、
S が (3.17)(3.18)(3.19) を満たす [5]。」ようである。かつ、2n の無限個の周期を持つが、22m+1
型の周期を持たない写像でも、リー・ヨークのカオスになるものがある事がわかっている。(J.
Smital,1986)
4.2
大野・押川の定義 (1980)
詳しくは [8]
連続写像 f に対する写像系 xn+1 = f (xn ) の区間力学系で生じるカオスの物理的かつ直感的性質
(OO-1)f は混合的である。
(解の自己相関関数は遅れ時間を大きくすると共に 0 に収束する。従っ
1
て、パワースペクトル には線スペクトルを含まない。)
(OO-2) ホモクリニック点が存在する。(1 つの周囲不安定周期点からのびる安定多様体と不安定
多様体の交差点。)
(OO-3) 任意の長い周期の周期解が存在しかつ自分自身や他の周期解を訪ねる非周期解が(非可
算)無限個存在する。
(OO-4) ある(片側)ベルヌイ系との自然な対応が存在する。
(OO-5) コルモゴロフ−シナイ−エントロピー(通称 KS エントロピー)は正である。
(OO-1)、(OO-2)、(OO-4)、(OO-5) は等価である事が示されている。リー・ヨークの定義の (OO3) はこれらから導かれることも示されている。(OO-4) で示されるカオスを ”形式カオス ”とよ
ぶ。”形式カオス ”は、観測可能でない!
(つまり、”形式カオス ”の初期点の集合『攪拌集合』の
ルベーグ測度は 0 である事が示されている。)これに対して、”可観測カオス ”の概念を導入す
る。”可観測カオス ”の例としては、雑音などがある。
4.3
オットの定義 (1981)
詳しくは [9]
(OT-1) 写像 f は初期値に関する鋭敏な依存性を有する。
(OT-2) 自己相関関数は遅れ時間の増大と共に 0 に収束する。
(OT-3) 解は非周期的である。
1
パワースペクトルとは軌道の周波数成分である。
14
4.4
デバニーの定義 (1986)
詳しくは [6]
連続写像 f に対する写像系 xn+1 = f (xn ) の区間力学系で生じるカオスの物理的かつ直感的性質
(D-1) 写像 f は初期値に関する鋭敏な依存性を有する。
(近接した二つの初期値に対する解軌道は
時間の経過とともに指数関数的に離れる。)
(D-2)f は ”位相的に推移的である ”。(カオス的系は部分系に分割できない。カオス的系であれ
ば、1本のカオス軌道でその部分空間を稠密に埋め尽くす事が出来る。)
(D-3) 周期解は区間 I 上で稠密である。
(D-3) は大野の (OO-3) と等価である。
4.5
シュースターの定義 (1989)
詳しくは [10]
(S-1) 解の時間的振る舞いがカオス的である。(定義としては意味不。)
(S-2) パワースペクトルに広帯域の雑音成分を含む。
(S-3) 自己相関関数が急速に減衰する。
(S-4) ポアンカレ写像の空間が点で塗りつぶされる。(つまり位相推移性。位相混合性?)
15
第5章
カオスと複雑性、ランダムとの関係
パイこね変換はランダムであり、カオスであった。このランダム性は、パイこね変換が(広義)
ベルヌーイ系でありエントロピーが S = (1/2)n log((1/2)n ) であるため、”最もランダムである ”
という。本当だろうか。
完全カオス系では、エルゴード性が成り立っている。この場合のみ、統計力学や確率論は多粒
子の古典力学からの相転移を果たす。しかし、混合系では完全カオスではないので、エルゴード
性は持っていない。はたしてこれは何を意味するのだろうか。
ランダムと言っても、コインとさいころは違うかもしれない。コインは裏か表 1/2 であるから、そ
のエントロピー S = (1/2)n log((1/2)n ) であるが、さいころは 6 面あるので S = (1/6)n log((1/6)n )
なのである。ローレンツのモデルを簡単化したパイこね変換はマルコフ分割が出来る。
5.1
ベルヌーイ過程
2 つの値をとる独立な確率変数の列からなる離散時間の確率過程をベルヌーイ過程という。確
率変数が 3 つ以上の値を持つ時、その確率過程を持つ系をベルヌーイ系という。
具体的にベルヌーイ過程は、有限または無限の独立な確率変数の列 X1 , X2 , X3 ,・
・
・からなり、
各 Xn は例えば 0 か 1 の値をとるとすると、全ての試行 n で Xn = 1 となる確率 p は一貫して同
じである。
ちなみに、ベルヌーイ写像:Xn+1 = 2Xn − [2Xn ] は決定論的カオスの正確な可解モデルのよう
だ。ベルヌーイ写像の変換演算(transfer operator)は可解である。その固有値は 1/2 の倍数で
あり、固有関数はベルヌーイ多項式である。
5.2
カオスとは何か
現在(2012 年 12 月 8 日)では、カオスの必要十分条件は存在していない。
「これはカオスです
か?」という質問に対する応え方は、カオス(であるだろうと思われている)の共通の性質1 を持
つ運動なのかどうかで判定する外ない。しかし、ただのランダムノイズであってもリアプノフ指
数が正になることや、何を以てストレンジアトラクターと認定するかなど、問題は尽きない。
1
パワースペクトルの連続性、ストレンジアトラクタの存在、リアプノフ指数 > 0、分岐など
16
5.3
サロゲート法
1992 年に、与えられたデータがノイズなのか、決定論的システムから作成された不規則に見え
るだけなのか、を検定する「サロゲート法」が提案された。サロゲート法は基本的には統計学に
おける仮説検定にもとづく手法であるため、与えられたデータが検定にパスした場合でも、その
データについて「仮定したノイズであるとは言いがたい」という主張はできるが、「カオスであ
る」という断定をすることはできず、その意味で決定的な検定方法ではない。以下サロゲート法
の概要について説明する。
サロゲート法には様々な方法がある。代表的な「フーリエ変換型サロゲート法」について述べる。
帰無仮説:元時系列は、(予め仮定する)ノイズである
有意水準を α とする
1, 元時系列のパワースペクトルを計算
2, パワースペクトルを元時系列とし、位相をランダムに設定した新スペクトルを N 個作成
3, 新スペクトルをフーリエ逆変換して、新時系列を N 個作成(これらをサロゲートデータと呼
ぶ)
4,元の時系列の統計値 < N 個の新時系列の統計値の下α/2 を与える値または N 個の新時系列の
統計値の上α/2 を与える値 < 元の時系列の統計値 → 帰無仮説棄却(ノイズとは言えない)
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参考文献
[1] J. H. Poincare, Sur le probleme des trois corps et les equations de la dynamique. Divergence
des series de M. Lindstedt Acta Mathematica, vol. 13,page 1-270(1890).
[2] 戸田 盛和, カオス−混沌のなかの法則, 岩波書店 (1991).
[3] 山口 昌哉, カオスとフラクタル−非線形の不思議, BLUE BACKS (1986).
[4] 合原 一幸(編), カオス−カオス理論の基礎と応用−, サイエンス社. (1990).
[5] 長島 弘幸, 馬場良和, カオス入門−現象の解析と数理−, 培風館 (1992).
[6] R. L. Devaney, カオス力学系入門 第 2 版,(後藤 憲一訳), 共立出版 (1990).(第 1 版は 1986 年)
[7] T. Li and A. York, Period Three Implies Chaos, The American Mathematical Monthly,
Vol. 82, No. 10, pp. 985-992(1975).
[8] Y. Oono and M. Osikawa, Chaos in nonlinear difference equations. I-Qualitative study of
(formal) chaos, Progr. Theo. phys. 64,54-67(1980).
[9] E. Ott, Strange attrators and chaotic motions of dynamical systems, Rev. Modern phys.
53-4/1,655-671,(1981).
[10] H. G. Schuster, Deterministic chaos - An introduction (2nd, ed.), VCH Verlagsgesellschaft,
Weinheim, (1989).
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