能登ヒバの機能性成分を利用した新商品開発

能登ヒバの機能性成分を利用した新商品開発
−県の木アテの林地残材及び製材廃材等の資源有効活用−
志甫雅人*
江頭俊郎*
梶井紀孝*
木 村 保 典 **
能登ヒバは,有用な成分としてヒバ油を含んでいるが,伐採や製材に伴い多量の木くずを排出し,その
ほとんどが山に捨てられたり焼却されたりで,資源が十分に活用されていない。そこで,林業試験場との共
同研究で,木くずに含まれるヒバ油を分離抽出し,抗菌性,芳香性等の機能性を活かした用途開発について
検討し,ヒバ油のマイクロカプセルを利用した具体的な製品試作と提案を行った。その結果,次のような成
果を得た。
(1) 能 登 ヒ バ の 林 地 残 材 , 製 材 廃 材 か ら ヒ バ 油 を 抽 出 す る 技 術 が 確 立 し , 企 業 化 の 検 討 が 可 能 と な っ た 。
(2) ヒ バ 油 の マ イ ク ロ カ プ セ ル を 用 い た 紙 製 品 , 布 製 品 等 の 提 案 を 行 い , 商 品 化 の 検 討 が 可 能 と な っ た 。
(3) 共 同 研 究 に よ り , 林 業 , 製 材 業 , 製 品 製 造 業 と い っ た 一 貫 し た 流 れ で の 新 商 品 の 開 発 研 究 が 行 え た 。
キーワード:能登ヒバ,ヒバ油,マイクロカプセル,抗菌性,芳香性
Development of New Products by Using the Useful Ingredient of Thujopsis Dolabrata Var.hindai Makino, Noto-Hiba
− Practical Use of the Remnants of Ate, the Wood of Ishikawa Prefecture, in the Forest and Lumber mill−
Masahito SHIHO, Toshiro EGASHIRA, Noritaka KAJII and Yasunori KIMURA
Noto-Hiba contains the useful ingredient, Hiba-oil. But in the course of the cutting down and lumbering, a lot of wood tips
is discharged and most of these wood tips is dumped or burned, the natural resource is not used practically. So Industrial Research
Institute of Ishikawa and Ishikawa Forest Experiment Station in a joint research collaboration studied about this possibility. We
extracted Hiba-oil from wood tips, examined practical use of Hiba-oil which had antibacterial activity and aromatic facility, and
developed new products by using the microcapsule of Hiba-oil. As the result,
(1) We could establish the method extracting Hiba-oil from the remnants in the forest and lumber mill.
(2) We could develop the paper products and the flatworks by using the microcapsule of Hiba-oil.
(3) In cooperation research we could study on the development of the new products with consistent process.
Keywords:Noto-Hiba, Hiba-oil, microcapsule, antibacterial activity, aromatic facility
1.緒
言
能登ヒバは,ヒノキ科アスナロ属の針葉樹で,ア
て検討し,具体的な製品試作を行った。以下にその
内 容 及 び 経 過 に つ い て 報 告 す る 2 )。
テの地方名で石川県の県の木として親しまれ,建築
2.ヒバ油の抽出
材 や 輪 島 漆 器 の 木 地 と し て 利 用 さ れ て き た 1 )。 こ の 能
登ヒバは,抗菌性,芳香性,防虫性などの有用な機
2.1
能性成分としてヒバ油を含んでいるが,伐採や製材
ヒバ油の抽出は,林業試験場が担当した。林業試
の過程で多量の木くずを排出し,そのほとんどが山
験場で行ったヒバ油生産量の見込み試算について次
に捨てられたり焼却されたりで,資源が十分に活用
に示す。
・ 能 登 ヒ バ の 伐 採 量 は 年 間 約 32000m 3 で あ り 3 ), こ
されていない現状である。
そこで石川県工業試験場と石川県林業試験場との
れを基準にヒバ油生産量を試算した。
共同研究により,排出された木くずに含まれるヒバ
・原料を林地残材と製材工場からのオガ粉,端材
油を抽出し,その機能性を活かした用途開発につい
*
製品科学部
**
ヒバ油生産量の試算
から得るとする。
・ 林 地 残 材 (枝 葉 )率 を 15%と す る と ,
石川県林業試験場
- 25 -
32000m 3 × 0.15 = 4800m 3
4800m 3 × 0.8t/m 3 = 3840t
①
・ 製 材 工 場 か ら の オ ガ 粉 を 5% , そ の 他 端 材 を 15%
と し , 20% が 利 用 で き る と す る と ,
32000m 3 × 0.85 × 0.8t/m 3 = 21760t
21760t × 0.2 = 4352t
②
① + ② = 8192t
・ 100kg の 原 料 か ら 約 1kg の ヒ バ 油 が 回 収 で き る 見
込みであるので,
8192t× 0.01 = 81.92t
約 82tの ヒ バ 油 が 生 産 で き る 原 料 が あ る と 言 え る 。
こ こ で 仮 に , 残 材 及 び 廃 材 の 利 用 率 を 20% と す る
と , 82t × 0.2 = 16.4tの ヒ バ 油 生 産 量 が 見 込 め る こ
とになる。
2.2
ヒバ油の抽出
図1 抽出装置の外観
ヒバ油の抽出方法としては,熱水抽出法と水蒸気
蒸留法が考えられた。装置及びエネルギーコストは,
両者共に同等と見込まれたが,実作業上簡便な水蒸
気蒸留法を採用した。
抽出装置は,電気式ボイラーを蒸気発生源とし,
蒸 気 以 降 の 配 管 は SUS304を 使 用 し , 約 30 リ ッ ト ル 容
量の抽出槽と冷却器を備えるものとして,それらを
一つにまとめた抽出装置を県内企業で委託製作した
(図 1)。
水蒸気蒸留法では,ボイラーにより発生した水蒸
気を抽出槽に導入し,槽内を通過してヒバ油を含ん
だ水蒸気が,冷却器を通って液体となり滴下される。
1サ イ ク ル 終 了 の 後 , 抽 出 水 と ヒ バ 油 を 分 離 し て ヒ バ
油 を 採 取 す る 仕 組 み で あ る (図 2)。
現 在 の と こ ろ 収 率 は , ヒ バ 油 / 原 料 で 1.5∼ 2.0%と
高い率で一定しているが,抽出を繰り返し行うと,
抽出槽とそれ以降の配管,冷却装置のコーティング
が剥がれ,ヒバ油が錯体化する問題が起きており,
改良が必要であることが分かった。
図2 水蒸気蒸留法による抽出の仕組み
性であること,③分子内にアルコール,フェノール,
3.ヒバ油の成分分析
能登ヒバには,マアテ,クサアテ,カナアテ,ス
アルデヒド,エーテル,カルボキシル基などの官能
ズ ア テ の 4種 類 が あ り , ビ バ 油 の 含 有 量 は , 工 業 試 験
基及び不飽和結合を有すること,が必要である。従
場 で エ ー テ ル に よ る ソ ッ ク ス レ ー 抽 出 を 行 っ た 結 果 , っ て , 木 の 香 り 成 分 の 大 部 分 は モ ノ テ ル ペ ン 類 (イ ソ
プ レ ン 単 位 / C 5 H 8 が 2個 ), セ ス キ テ ル ペ ン 類 (イ ソ プ
カナアテが最も多かった。
人が香りを感じるのには,①香り成分が低分子量
で揮発性であること,②水及び脂質にある程度可溶
レ ン 単 位 / C 5 H 8 が 3個 )で あ る 。 木 の 香 り は 鎮 静 効 果
が あ り , リ ラ ッ ク ス し た 状 態 を も た ら す 4 )。
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ヒバ油は独特の芳香性と優れた抗菌性,防虫性を
は,紙製品用マイクロカプセルと布製品用マイクロ
有する。能登ヒバ油の有効利用のために,香り成分
カ プ セ ル の 2種 類 を , 県 外 企 業 で 委 託 加 工 し た 。 い ず
の分析を工業試験場で行った。分析には,ヘッドス
れもメラミン樹脂を膜材とした感圧性タイプのもの
ペ ー ス ・ ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー (島 津 製 作 所 GS-17A, で あ る 。
HSS-4S)及 び TCT(熱 脱 着 冷 却 捕 集 法 ), GC/MS(ガ ス
6.製品試作
ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー 質 量 分 析 計 )を 用 い た 。 そ の 結 果 ,
主 な 香 り 成 分 は ツ ヨ プ セ ン , 4− テ ル ピ ネ ノ ー ル , ク
6.1
パレン,α−ロンギピネン,酢酸,カリオフィレン
工業試験場と県内企業との共同で,和紙にヒバ油
であった。
紙製品
のマイクロカプセルを塗布した抗菌性,芳香性を有
する紙製品を開発した。試作を行った製品は次のと
4.ヒバ油の抗菌性評価
おりである。
ヒ バ油の 機 能性の 中 で,抗 菌 性につ い ての試 験 は, ・和紙マウスパッド
財団法人石川県予防医学協会に委託して行った。
検査試料としては,林業試験場で抽出したヒバ油
県内手漉き和紙のマウスパッド
・和紙収納ボックス
と次章で述べるヒバ油マイクロカプセルを用い,大
掛け軸入れ,賞状入れ,色紙入れ,短冊入れ,
腸菌,黄色ブドウ球菌,サルモネラ菌,枯草菌,黒
文庫,ジュエリーボックス
コ ウ ジ カ ビ の 5種 類 の 菌 に 対 し て の 最 小 発 育 阻 止 濃 度
図 3に 作 製 し た マ ウ ス パ ッ ド を 示 す 。 マ ウ ス の 操 作
と 抗 菌 性 持 続 期 間 に つ い て 調 べ た 。 結 果 は 表 1の と お
により感圧性のマイクロカプセルが壊れ,抗菌性の
りである。
効果を発揮し,且つヒバの香りを楽しむことができ
製品試作では,この試験結果を目安として,ヒバ
る。また和紙収納ボックスも,掛け軸や色紙などの
出し入れに伴い,同じ効果を狙ったものである。
油及びマイクロカプセルを使用した。
5.ヒバ油のマイクロカプセル化
6.2
製品試作では,紙製品と布製品の開発を主に試み
布製品
紙製品と同様に工業試験場と県内企業との共同で,
たが,その際,抽出したヒバ油をマイクロカプセル
ポリエステルと綿の混紡生地に感圧性のマイクロカ
に加工して製品に用いた。マイクロカプセル化処理
プセルを付着させた,抗菌性,芳香性を有する部屋
着 , シ ー ツ , 枕 カ バ ー を 開 発 し た 。 図 4に 試 作 し た 抗
表1 最小発育阻止濃度と抗菌性持続期間
菌性部屋着を示す。使用中の摩擦によって,抗菌性
最小発育阻止濃度
の効果とともにヒバの香りによるリラックス効果も
ヒバ油
マイクロカプセル
期待したものである。これらの布製品は,繊維製品
大腸菌
0.6%≦
8%≦
新 機 能 評 価 協 議 会 (JAFET)の 抗 菌 性 試 験 に も 合 格 し て
黄色ブドウ球菌
0.5%≦
7%≦
いる。
サルモネラ菌
0.4%≦
8%≦
枯草菌
0.8%≦
9%≦
6.3
黒コウジカビ
0.7%≦
10%≦
紙製品や布製品の他に,次に示す製品開発を試み
その他の製品
た。
(1) 香 り 製 品
抗菌性持続期間
ヒバ油
マイクロカプセル
大腸菌
4週間
6週間
黄色ブドウ球菌
4週間
6週間
サルモネラ菌
4週間
6週間
枯草菌
4週間
4週間
黒コウジカビ
3週間
3週間
約 2∼ 3mmの 多 孔 性 セ ル ロ ー ス 粒 子 や 能 登 特 産 の 珪
藻土粒子に,ヒバ油を担持させたもので,匂い袋や
ア ロ マ テ ラ ピ ー の 用 途 を 想 定 し た 。 図 5は , ヒ バ 油 入
り珪藻土粒子を能登島ガラス工房で作製した卓上ラ
イトで温めることによって,ヒバの香りが楽しめる
アロマライトである。
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図6 ペーパーショウでの展示
図3 県内手漉き和紙のマウスパッド
図7 能登ヒバの恵み展
図4 抗菌性部屋着
(2) 入 浴 剤
ヒバ油を香料として利用したもので,ヒバの香り
が楽しめる。
(3) イ ン テ リ ア 内 装 部 材
ヒバ油でなくヒバの木粉を利用したもので,木粉
と樹脂の混合材料を用いて押し出し成形法で製造し
た。製品としては,抗菌性の手摺りや腰板を考えた
が,成形温度が高温のため,ヒバ油が揮発してしま
う問題があることが分かった。
7.成果普及
作製した試作品については,展示会を通じて製品
提 案 の 形 で 成 果 普 及 に 務 め た 。 図 6は , 試 作 し た 紙 製
図5 能登島ガラスのアロマライト
品 を 第 29回 金 沢 ペ ー パ ー シ ョ ウ ( 会 期 : 平 成 12年 6月
24 日 ∼ 26 日 , 会 場 : 石 川 県 地 場 産 業 振 興 セ ン タ ー )
に出品した時のもので,来場者の関心を集めた。
ま た 図 7は , 試 作 し た 布 製 品 と 紙 製 品 を 一 同 に 集 め
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た 「 能 登 ヒ バ の 恵 み 展 」 ( 会 期 : 平 成 13 年 5 月 10 日 ∼
24日 , 会 場 : 金 沢 ス テ ー シ ョ ン ギ ャ ラ リ ー )の 展 示 会
の様子を示すものである。新聞,テレビの報道によ
り,ヒバ油や試作品に関する工業試験場や林業試験
場への問い合わせも多かった。
このような成果普及活動により,現在,県内の繊
維関連企業や住宅・インテリア関連企業で,ヒバ油
を利用した商品開発が進行中である。
8.結
言
能登ヒバに関する本研究は,県内公設試験研究機
関の共同研究として,今回はじめて取り組んだもの
である。
工業試験場と林業試験場との共同研究による今回
の成果をまとめると次のとおりである。
(1) 林 業 試 験 場 で , 能 登 ヒ バ の 林 地 残 材 , 製 材 廃 材
からヒバ油を抽出する技術が確立し,企業化の検
討が可能となった。
(2) 工 業 試 験 場 で , 能 登 ヒ バ 油 の マ イ ク ロ カ プ セ ル
を利用した紙製品,布製品等の製品提案を行い,
商品化の検討が可能となった。
(3) 共 同 研 究 に よ り , 林 業 , 製 材 業 , 製 品 製 造 業 と
いった一貫した流れの中で,新商品の開発研究が
行えた。
参考文献
1) 石 川 県 農 林 水 産 部 編 :能 登 の あ て (1997)
2) 志 甫 雅 人 :能 登 ヒ バ 機 能 性 成 分 を 利 用 し た 新 商 の 開
発 ,第 13回 石 川 サ イ エ ン ス ・ ア ン ド ・ テ ク ノ ロ ジ ー
フ ォ ー ラ ム 発 表 要 旨 集 ,p.92-95(2000)
3) 石 川 県 農 林 水 産 部 編 :平 成 7 年 度 石 川 県 に お け る 木
材 需 給 と 製 材 工 業 の 動 向 (1996)
4) 森 孝 博 : フ ィ ト ン チ ッ ド と 森 林 浴 に つ い て ,岐 阜 県
の 林 業 ,542号 (1998)
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