「電通ワンダーマン20年史」を発行。

WUNDERMAN DENTSU 1985-2005
電通ワンダーマンの 20 周年
ヤング&ルビカムと電通の共同出資会社として、電通ワンダーマンは 1985 年 5 月からビジネス
をスタートさせました。会社設立当時、日本の広告ビジネス界では異色であった「ダイレクトマ
ーケティング」をビジネスにしていくことをミッションとして活動してきた当社も、2005 年 3 月
で創立 20 周年を迎えることとなりました。
市場環境や消費者の価値観などの変化により、当社のビジネスモデルや社内体制もこの 20 年の間
に都度変遷してきました。オフィスを開業当時の電通恒産第三ビル(銀座)から、汐留に隣接す
る東新橋に移転したことも、社会や経済の要求である情報保護上の課題に応えるための「変化」
の一つでありました。
IT の普及によるマーケティングとテクノロジーの融合により、ダイレクトマーケティングはリレ
ーションシップマーケティングとも呼ばれるようになりました。顧客を資産と捉え、その関係性
(リレーションシップ)を重視するマーケティングサービスを提供してきた我々が、さらに皆様
のお役に立てる様、自社を見つめ直し今後の方向性を確実に把握するためにも、当社が歩んでき
た決して短くはない 20 年間を振り返る意義は重要と確信します。
2005 年 3 月
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CONTENTS
電通ワンダーマンの 20 周年
Chapter 1. 電通ワンダーマンダイレクト 1985-1996
(1)ダイレクトマーケティングの幕開け
(2)ダイレクトマーケティングの広告主
(3)大量DMの時代
(4)新たな胎動
Chapter 2. 電通ワンダーマンケイトージョンソン 1996-2000
(1)アクション・マーケティング登場
(2)業務の多様化と業容の拡大
Chapter 3. インピリック電通 2000-2002
(1)CRM を柱にした業務再編
(2)創業以来の好業績
Chapter 4. 電通ワンダーマン 2002-2005
(1)Back to the Basics
(2)統合されたサービス
(3)フロントエージェンシーとして
(4)創業 20 周年
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Chapter 1. 電通ワンダーマンダイレクト 1985-1996
(1)ダイレクトマーケティングの幕開け
・セグメントマーケティングの進展
1980 年代は、米国経済の退潮と世界市場における我が国製造業の躍進を背景に、日本的経営の
成功が声高に語られた時代。その一方、我が国の経済は高度成長から低成長へと移行し、それま
での市場拡大を前提としたマーケティングマネジメントへの見直しが行なわれた時代でもあった。
女性の社会進出による家計経済の複合化と消費行動の個人化などを背景に、
「個」へのフォーカス
と「差別化」をキーワードとした、新たなマーケティングチャンスの創出が産業界において求め
られていた。
それは製造業における多品種少量生産へのチャレンジであり、また従来のマスマーケティング手
法に替わる、より細分化されたマーケットに対するセグメントマーケティングへのチャレンジで
あった。
広告会社にとっては「マス広告」のみならずセールスプロモーション、CI、PRなどのより幅
広いサービスの提供が求められ、1980 年代に入って活発化した外資系広告主や外資系広告エー
ジェンシーの日本進出への対応からも、新しい広告手法の開発が進められた。
・新時代のコミュニケーション
1983 年、当時の電通の提携先であったヤング&ルビカムの子会社、ワンダーマン・ワールドワ
イドの社長レスター・ワンダーマン氏が電通本社を訪れ、日本でのダイレクトマーケティングの
導入について協議を行なった。これを受けて電通ではダイレクトマーケティングに関する米国調
査を実施し、ダイレクトマーケティング専門会社設立の準備を開始した。
1984 年にはワンダーマン氏が電通社員に対して、
「ダイレクトマーケティングの理論と実践」を
テーマにプレゼンテーションを行なった。
消費者全体にマスメディアを通じて一方的に一律のメッセージを告知するのではなく、消費者
個々人に対してタイミングよくパーソナルな広告を行なう「ダイレクトマーケティング」の思想
と双方向コミュニケーション手法の開陳は、広告人に「これぞ新しい時代のコミュニケーション」
との印象を与えた。あわせてマスプロダクト、マスセールスの将来に疑問を持つ、潜在的な取引
先としての諸企業に受け入れられる広告手法であると考えられた。
しかし当時のパーソナルメディアといえばダイレクトメールのみであり、テレマーケティングの
萌芽はあったものの、インターネットはまだ影も形もない状況であった。
・ダイレクトマーケティングのフルサービス広告会社
1985 年 3 月 2 日、電通とヤング&ルビカムはダイレクトマーケティング専門広告会社である、
株式会社 電通ワンダーマンダイレクトを設立した。ヤング&ルビカムの子会社であり、ダイレク
トマーケティングの分野で米国最大のワンダーマン・ワールドワイドの、長年の経験と豊富な実
績に基づく最新のノウハウを導入し、日本で活発化し始めていたダイレクトマーケティングに
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対するニーズに応えることが使命であった。資本金は 4 億円、電通、ヤング&ルビカムそれぞれ
50%の出資比率で会社が設立された。
社長には電通パリ支局長として海外でのマネジメント経験のある桂雄一が、また副社長には、
1983 年の米国調査ならびに設立準備タスクフォースのリーダーとして活動してきた、藤田浩二
が就任した。
5 月 1 日、新会社はマーケティング、クリエーティブ、媒体作業のみならず、データベース構築、
商品の受注・発送、消費者の反応収集・測定など、ダイレクトマーケティングのフルサービス広
告会社として、総勢 17 名の規模で業務を開始した。
・サービスコンセプト
1985 年 5 月 20 日の『電通報』で、桂雄一社長はダイレクトマーケティングについて、またダ
イレクトマーケティングと従来の広告との相違点について次のように述べている。
私たちが理解するダイレクトマーケティングとは、
“あなたとダイレクトに”通じあおうとするコ
ミュニケーション活動のすべて、である。
それはまず顧客および見込み客のリストをもつこと、マスコミやメールによって特定な個人へア
プローチすること、そしてクリエーティブは即行動(レスポンス)を起こさせるものであること。
だが、何よりも大きな特徴は、広告そのものが営業行為になり、その効果が反応の数値によって
計測できることだ。
近ごろのアメリカの広告を観察した人間には自明のことだが、今日、彼地ではほとんど『ダイレ
クトマーケティングの時代』と呼べるほどの活況を見せている。
同じように物があふれ、人が多忙なこの日本でも、コミュニケーションはより個別化、対話化せ
ざるをえないだろう。
・フィービジネスへの挑戦
1984 年にレスター・ワンダーマン氏が示した収益モデルについての方向は、「アメリカの広
告業では、特にメディアの扱いを多く持たないダイレクトマーケティング広告業では、マ
ンパワー・フィーがごく当たり前に成立している」ということであった。
広告会社におけるフィーシステムとは、広告会社の社員が広告主のために費やす時間をベースに
料金を算定し取引きを行なうビジネス方法であり、日本ではほとんど実施されていなかった。当
時の広告会社は媒体社経由の「コミッション」にもとづく広告主との取引きが基本であり、マー
ケティング、セールスプロモーション、クリエーティブなどの業務は単独では利益の得られない
存在であった。そのようななかで広告主の要望が「マス広告」以外のより幅広いマーケティング・
コミュニケーション領域に拡大するに従って、広告会社でのフィービジネスに対する関心の高ま
りは必然であった。
電通ワンダーマンダイレクトもフィーシステムの日本への導入を当然のこととし、以来ダイレク
トマーケティングによる広告手法の革新以上に、フィーによる広告ビジネスそのものの革新とい
う大きなチャレンジに取り組むことになる。ワンダーマン氏の述べる「広告主は広告会社のマン
パワーの時間を基にした価格表を用いてフィーを支払う」という言葉は、コミッションとフィー
の並存という形で電通ワンダーマンダイレクトの大きな課題となった。
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●創立時の記録
電通ワンダーマンダイレクト「会社案内」
レスター・ワンダーマン氏と創立メンバー(
「電通鎌倉研修所」にて)
創立披露パーティにて
左から藤田浩二副社長、1人おいて桂雄一社長、1 人おいてレスター・ワンダーマン氏。
創立披露パーティ会場
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(2)ダイレクトマーケティングの広告主
・当初の見込広告主
電通ワンダーマンダイレクト発足当初は、ワンダーマン・ワールドワイドが米国で展開している
広告主から見込広告主の業種を想定し、電通の営業力を活用して取引先を開拓する計画であった。
当時の米国ではダイレクトマーケティングが隆盛を極めていたが、それはコンピューターの普及
によりデータベースをマーケティングに活用することを可能にした、情報技術革新の賜物に他な
らなかった。
自動車メーカー、レンタカー会社、金融保険会社、航空旅行サービス会社、電話会社、食品会社、
タバコ会社、カメラフィルムメーカーなどなど、あらゆる産業でデータベースの導入が進みダイ
レクトマーケティングが実践されて成果を上げつつあった。
しかし日本の産業界では、マーケティングにおける大規模なデータベースの導入は限定的であっ
た。金融業界においてもいわゆる勘定系のコンピュータシステムは整備されてはいたものの、マ
ーケティングへのデータ活用を可能とする情報系システムの構築が本格化するには、まだ数年を
待たねばならなかった。また自動車メーカー、化粧品メーカー、家電メーカーなど、顧客データ
を有効に活用できるはずの産業では、直接顧客と接触する販売会社や販売店がそれらを保有して
おり、メーカー側で顧客データを統合し一元管理することは現実の課題とはなり得なかった。
・通信販売企業を中心に
ダイレクトマーケティングそのものは、米国で長い歴史を持つ通信販売から派生し進化したコミ
ュニケーション手法であった。個人に対してメディアを使用して直接アプローチを行い、購買や
カタログ請求を生み出すために考案され蓄積された様々なアイディアや経験が、ダイレクトマー
ケティングの基礎になっている。
しかし当初の電通ワンダーマンダイレクトの計画では、通信販売専業各社は、想定する見込広告
主の中心ではなかった。我が国の通信販売各社では、一般に公開された消費者データベースが整
備されていないという事情から、まずマスメディアを使用して商品を販売したりカタログ請求を
募り、続いてカタログから商品を購入した顧客をデータベースに収録して、ダイレクトメール等
によりその後の購入促進を行なうことがビジネスの基本プロセスであった。したがって広告会社
はコンサルテーションやクリエーティブよりも、いかに安くメディアのスペースやタイムを購入
するかが第一に求められる機能であった。
電通ワンダーマンダイレクトでは、例えばIBM、AT&T、ゼネラルフーズなどの、米国のワ
ンダーマン・ワールドワイドがダイレクトマーケティングスタッフとして評価を得ていた業界と
同様の業界について、日本での広告主を想定していたが、マーケティングのためのデータベース
整備の遅れなどから、十分なサービスを提供することができなかった。
ワンダーマン・ワールドワイドが米国で成果をあげていた、ジョンソン&ジョンソンの幼児向け
知育玩具の日本市場導入などの試みも行なわれたが、あくまでも電通のメディア購入力をベース
にして、クリエーティブ開発やテストプログラムの実施と結果分析の能力に価値を見出していた
だいた、フランクリン・ミントなどの通信販売専業企業を主要な取引先として実質的な業務が始
まった。
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・OAセクターと金融
通信販売企業以外では、コンピュータ業界と金融業が初期の広告主であった。
コンピュータ業界でのダイレクトマーケティングの実践としては、いわゆるビジネス・ツゥー・
ビジネス(B-to-B)と呼ばれる法人対象ビジネスでの、見込客発見(リードジェネレーション)
プログラムが受け入れられた。
マスメディアの広告を見て資料を請求した興味関心者リストや、一般法人リストに対してアンケ
ート同封のDMを発送し、アンケート回答データからニーズのレベルや対象を判定し、セールス
マンの訪問、ショーや展示会への招待などの商談機会を生み出すアプローチ方法である。また
B-to-B で販売する商品は一般的に高額であるため、コンシューマー対象のアプローチに較べて見
込客を発見するために要するコストに余裕があり、ダイレクトマーケティングの手法が受け入れ
られやすく、またセールスアプローチ全体での効率化への貢献が把握しやすいという事情も作用
した。
金融業界では 1985 年に市場金利連動型預金(MMC)が登場し、また大口定期預金金利の自由
化が始まるなど、金融の自由化が新たな局面を迎えていた。金融業界でのリーテール分野への関
心の高まり、顧客基盤の安定化ニーズの高まりなどから、まず店舗の少ない長期信用銀行と信託
銀行で、顧客とのコミュニケーションにダイレクトマーケティング手法を取り入れる試みが始ま
りつつあった。ひとつは、既存のお客様に対してダイレクトメールで来店を促し、貯蓄資金の移
動や各種取引の複合化を行なう顧客関係の維持強化であり、もうひとつは、当時は利用すること
ができた各種消費者リストを使用して新規顧客獲得を行なう、ダイレクトメールによる来店促進
アプローチであった。
本来金融業は、消費者としての人間の誕生から死亡までの生涯に渉って、
「お金」を通じた関係が
続く産業であり、顧客を個人として識別したサービスの提供で成り立つ産業でもあるため、ダイ
レクトマーケティングはなくてはならない手法といえた。
個人をお客様とするすべての金融業・・・、都市銀行、信託銀行、長期信用銀行、証券会社、保
険業、クレジットカード会社などは、創業以来今日にいたるまで重要な広告主となっている。
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●通信販売広告事例
ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社「雑誌広告」
オルビス株式会社「折込チラシ」
株式会社ビクターファミリークラブ「新聞広告」
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●B-to-B 事例
日本アイ・ビー・エム株式会社「IBM情報ボックPC/55ディスケットメール」
(1988 年日本DM大賞 郵便局長賞)
日本アイ・ビー・エム株式会社 箱型DM
(3)大量DMの時代
・個人富裕層へのアプローチ
1980 年代後半のバブル経済末期から 1990 年のバブル崩壊後の数年間は、ダイレクトメールが
大量に実施された時期であった。
当社でも、資産家層、高所得者層などの富裕層に対する、外部リストを使用したダイレクトメー
ルプロモーションが活発化した。
高級乗用車、スポーツクラブ、不動産を担保とするローンなどの、新規顧客獲得をめざした見込
客発見プログラムが主たるテーマであった。
・金融自由化とダイレクトマーケティングの活発化
1989 年には、それまでの銀行、信託、証券等の各業務分野規制に関する改革論議が進展するな
かで、小口MMCの登場、また大口定期預金の預け入れ単位の引き下げが行なわれ、金融機関各
行・各社には顧客との関係強化が直面する重要課題となっていた。
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自行の個人顧客が他行へ流出することを阻止するために、新たに登場した自行のより有利な金融
商品への預け換えや自行口座への取りまとめを促すダイレクトメールが、各行・各社より大量に
発送され、当社もその一端を担わせていただくことになった。
また 1990 年代に入って経済の停滞が顕著になるに従って、クレジットカードやカードローンの
販売促進が活発化し、また決済に伴う振り替え、引き落としなどの各種サービスの集約と併せて、
個人顧客との取引きの複合化による関係強化を目的としたダイレクトメールの実施に、当社のサ
ービスをご利用いただいた。
現在も社のロビーの一角に古い郵便ポストが設置されているが、オフィス拡張を機に当時の桂雄
一社長の発案により、ダイレクトマーケティングがもたらす顧客との「対話」のシンボルとして、
円筒型の真っ赤な郵便ポストが受付に設置されたのは 1989 年のことである。
●日本DM大賞受賞事例(1990 年代前半の受賞事例抜粋)
株式会社資生堂ウェルネス「<ホロニックスタジアム・金沢>会員募集メール」
(1990 年日本DM大賞 日本DM協会会長賞 会長賞)
日本長期信用銀行「フィナンシャル・ダイジェスト・シリーズDM」
(1992 年日本DM大賞 金融・保険不動産部門 金賞)
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アメリカン・エキスプレス・インターナショナル Inc.「法人カード会員募集メール」
(1993 年日本DM大賞 地方ブロック賞 東京)
メルセデス・ベンツ日本株式会社「Cクラスローンチメール」
(1994 年日本DM大賞 卸・小売部門 金賞)
●ロビーに設置されている「対話のシンボル」郵便ポスト
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(4)新たな胎動
・ワンダーマンケイトージョンソンの誕生
1992 年、米国のワンダーマン・ワールドワイドは、同じヤング&ルビカム傘下のセールスプロ
モーション専門広告会社である、ケイトージョンソン・ワールドワイドと合併した。
社名をワンダーマンケイトージョンソンに変更するとともに、ダイレクトマーケティングとセー
ルスプロモーションを統合し、戦略的でかつ行動させることを目的としたコミュニケーション領
域を「アクション・マーケティング」と命名し、広告会社としての新しいポジションの提示と新
しい価値提案を行なった。
1993 年、ワンダーマンケイトージョンソンの会長レスター・ワンダーマン氏は、米国ダイレク
トマーケティング協会の年次総会にて「ダイレクトマーケティングのニューフロンティア」と題
した講演で次のように述べている。
小売業と製造業は消費者のデータベースの持つ大きな可能性に気付きはじめた。我々はこの両者
を支援し、ともに働く方法を学ぶために、ワンダーマン・ワールドワイドとケイトー・ジョンソ
ンの合併を実施した。使命は、購買方法や購買場所を問わず消費者の行動に影響を与え、あらゆ
るカテゴリーの製品やサービスの販売を創造することにある。
あらゆる企業あるいはブランドにとって利益への最も確実な近道は、ロイヤリティの高いリピー
ト顧客を獲得し維持することにある。そのためには「パーレートの法則」が教える、価値が集中
している 20%の個人、家族を特定し、ひとりひとりの継続的なニーズと態度に訴えかけることが
必要であり、ダイレクトマーケターがこの仕事を効果的に行なうことができる。
・セールスプロモーションへの取り組みと業務の多様化
1990 年のバブル崩壊後、景気の急速な減速と不況の深刻化が進行するのに従い、これまでの社
の経営を支えていただいてきた、通信販売、金融、OAなどの広告主に加えて、自動車、住宅、
流通などの新たな業種との取引きが始まった。
それはまた、ワンダーマンケイトージョンソンの提唱する、ダイレクトマーケティングとセール
スプロモーションを統合した「アクション・マーケティング」の実践を目指した結果でもあった。
1990 年代になって、それまで一貫して右肩上がりの成長を続けてきた我が国経済が停滞期を迎
え、従来のマスマーケティング手法の限界が広く認識され始めた。新たに顧客を獲得することよ
りも、既存の顧客から販売を生み出すアプローチの重要性と必要性が注目されるとともに、顧客
関係そのものが利益を生み出す源泉であるとの認識から、リレーションシップ・マーケティング
が関心を呼ぶところとなった。あわせて情報技術の進歩は、大量に顧客を擁するパッケージグッ
ズメーカーに対しても、顧客との関係の維持構築を目的としたマーケティングアプローチを可能
とする環境を提供し、実践が始まっていた。
一方ダイレクトマーケティングにおいては、情報技術の進歩はダイレクトメールのパーソナライ
ゼーションに現実的な成果をもたらした。コミュニケーションを通じて顧客との関係強化を達成
する手法として、顧客データベースによる顧客の個別認識と顧客データに基づく個別情報の提供
を、ダイレクトプリント技術を活用したダイレクトメールを通じて行なうことを実現した。
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我が社では早くからダイレクトプリントの活用に着目し、パーソナルコンピューター普及黎明期
から、マッキントッシュを使用して社内でダイレクトメールのレター出力を行なうなどの取り組
みを行なっていた。その結果、1990 年には原子力施設に関する政府広報にご採用いただくとと
もに、一般消費財メーカー、流通企業でのトレードマーケティングの一環として、パートナー企
業・商店との継続的な関係強化を目的とする新しいプログラム事例も登場した。並行して、広告
主企業でのお客様との継続的な関係作りを支援する施策として、顧客データベースの構築とデー
タベースマネジメントをコアとした顧客対応事務局業務の受託運営に注力した結果、米国ダイレ
クトマーケティング協会エコー賞における “1991 Leader Echo Award”と“1993 Silver Echo
Award”の受賞を始めとする、ダイレクトプリントを活用した多くの成果を実現することができ
た。
・創業 10 年を迎えて
1995 年、創業 10 年の節目を迎えた電通ワンダーマンダイレクトは、創業当初の 17 名から 70 名
の組織体制に成長していた。15 名がクリエーティブ、35 名が企画営業としてのプランナー、15
名がリサーチならびにデータベースなどのスペシャリスト、その他管理部門という構成であった。
当時の藤田浩二副社長はマーケティング専門誌(『マーケティングホライズン』1995 年 2 月」)
のインタビューに対して、次のように抱負を語っている。
(すべての社員は)当社がダイレクトマーケティングを日本で推し進めるフロンティアだという
気概で商売をしていくという考え方なのです。…(中略)…僕らの夢としては、これからは新規
の見込客を獲得するよりも、顧客をどう維持していくかも主要テーマになる時代ですし、それを
支えるデータベースやデータベースが可能にするコミュニケーション・コントロールが始まって
いくことを考えると、これは前途洋々たる会社であると、僕らは思っています。
また同じインタビューで、氏は経営方針について以下の 4 点をあげている。ダイレクトマーケテ
ィング専門広告会社としてのポジションの確立、そしてその経済的基盤としてのフィーとコミッ
ションの並存が引き続き大きな課題であった。
① 電通グループ内でのサービス以外に直接取引きしていただく業務を 35%以上に引き上げる。
② 我々の仕事はプラン、実施、反応キャッチ、データベース入力、分析、時期プラン提案まで
がワンセットの仕事であるため、お得意様を固定化し長くお付き合いいただくことを目指す。
③ マスメディアの扱いを増やす。
④ 外資系クライアントとの取引きを強化する。
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●米国ダイレクトマーケティング協会(DMA)エコー賞受賞事例
三井ホーム株式会社「引渡し客コミュニケーションシステム」
(1991 年DMA“1991 Leader Echo Award”受賞)
メルセデス・ベンツ日本株式会社「データベース・マーケティング・プログラム」
(1993 年DMA“1993 Silver Echo Award”受賞)
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Chapter2.電通ワンダ-マンケイト-ジョンソン 1996-2000
(1) アクション・マーケティング登場
・環境の変化
1990 年以降の平成不況の進行は、産業界にこれまでの経営の見直しを迫ることとなった。1990
年代半ばを迎えると、電通ワンダーマンの創業以来の主要広告主であった金融業界、IT 業界、通
信販売業界などにおいても、当社にとって重要な変化が現れていた。
都市銀行を中心とする金融業界では、情報系システムやコールセンターなどのインフラ整備とと
もに、ダイレクトマーケティング推進体制の内部化が進展していた。バブル期からバブル崩壊後
に行なわれた本部主導のダイレクトメールの大量発送は終焉し、支店レベルでの地域に密着した
きめ細かい施策が主流となっていた。
IT 業界では PC とインターネットの急速な普及と市場拡大に対する、マスマーケティングの実
践が主要課題となり、創業当初の大型汎用機の見込み客をダイレクトメールで発見する手法は既
に省みられるところではなかった。
通信販売業界での我々の得意先では、業容の拡大にともなうノウハウの蓄積と内製化の進展、或
いは不況を反映した規模の縮小や日本市場からの撤退などが顕著となっていた。
このような状況の下で、創業以来 10 年間に渉ってダイレクトマーケティングを日本に紹介しそ
の普及に取組んできた電通ワンダーマンは、新たな成長へのチャレンジが求められた。
・再出発
1996 年 4 月、電通ワンダーマンダイレクトは社名を電通ワンダーマンケイトージョンソンに変
更した。あわせて、創業以来経営の舵を取ってきた桂社長に代わって、電通アメリカの社長を務
めていた松島恵之が社長に就任した。
その一方、4 年前に社名を変更していた米国のワンダーマンケイトージョンソンは、世界最大の
専門広告エージェンシーに成長したのみならず、一般の広告エージェンシーを含む世界ランキン
グにおいても 20 位内に入る躍進を遂げていた。
このワンダーマンケイトージョンソンの成功を背景に、日本においてもダイレクトマーケティン
グを中心に、マスメディア、セールスプロモーションからインタラクティブ領域にいたるすべて
のコミュニケーションチャネルを統合して購買を作り出す、
「アクション・マーケティング」を正
式に打ち出すこととなった。
1996 年の電通ワンダーマンケイトージョンソンの新たな出発は、マスメディアやキャンペーン
関連業務の取り扱いの拡大をもたらし、創業以来の好業績を達成している。
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・広告会社の新しい役割
ワンダーマンケイトージョンソンのワールドワイドでの成功は、同社が掲げるミッション、
「消費
者、販売戦力、流通などマーケティングの成否に関与する人々に積極的な行動を誘発させるコミ
ュニケーションの創造領域での世界的なリーダーとなる。」を、実現したものであった。
成熟し細分化が進んだ消費市場において、イメージとアクションという従来は異なる領域として
とらえられていたコミュニケーションの課題を、より短期的に同時に解決することを求めるとい
うクライアントニーズの変化に対して、同社が提示した「アクション・マーケティング」が応え
ることが出来た証左でもあった。
アクション・マーケティングとはブランド評価の強化とともに、顧客、見込み客、販売力、流通
などのターゲット・グループの行動に、結果が測定でき、すぐに影響を与えることができるコミ
ュニケーションのプラニングと創造である。
アクション・マーケティングの約束は、売り手と買い手の両方をともに販売へと向かわせること
である。
消費者、営業、流通業などのすべてに係わる諸問題の全体を一括して解決する、問題解決志向の
包括的アプローチは、旧来の方法論の束縛を打破する。広告でも、ダイレクトマーケティングで
も、セールスプロモーションでもない、はっきりと定められた目的に到達するためのトータル・
コミュニケーション・アプローチである。
(WCJ「1992 年 プレゼンテーション・ライブラリー」)
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WCJ「1992 年 プレゼンテーション・ライブラリー」
(2) 業務の多様化と業容の拡大
・新たな成長に向けて
電通入社以来一貫して営業畑を歩んできた松島新社長のもと、社の急務の課題としてマスメディ
アの扱いの拡大、セールスプロモーション業務の拡大、インターネットを中心としたニュービジ
ネスへの取り組み、そしてこれまで培ってきたダイレクトマーケティングの経験とノウハウが活
かせる新たな広告主の獲得が開始された。
活動方針は、ワンダーマンケイトージョンソンのネットワークにおけるグローバルクライアント
の獲得、電通で手がけていない新しい産業分野の広告主の獲得、冬の時代を迎えていた金融業と、
これまで社を支えてきていただいた通信販売企業に替わる新たな広告主の獲得であった。
その結果、これまでの OA セクター、金融に加えて、通信、耐久消費財、一般消費財、流通業な
どの新しい産業分野での取引先が増加するとともに、従来のダイレクトメール(DM)やダイレ
クトレスポンス広告(DRAd)に加えて、セールスツール制作、キャンペーン対応事務局、テレ
マーケティング、テレプロモーション、web サイト構築など、業務の多様化が進展した。
また併せて、TV コマーシャルから印刷物まですべてのメディアを統合したトータルコミュニケ
ーションの推進をはじめ、キャンペーンの応募受付から抽選、賞品の調達・管理・発送までを一
貫して実施するなど、従来のダイレクトマーケティング領域にとどまらない業務の総合化を実現
した。
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業務の多様化と総合化が進む中で、当時の当社が実現した新しい取り組みとしては、次の事例が
あげられる。
●都市銀行での全支店対応パーソナライズ DM 制作・発送システム全支店での営業をサポートす
る DM 施策を、本部一括コントロールの下で、各支店の顧客リストを使用したパーソナライズ
DM として実施する、制作・発送インフラを構築した。それまでは支店ごとに顧客に対する DM
を企画し実施していたが、全社的に統一されたトーン&マナーとマーケティング支援施策を踏ま
えつつ、各支店の個別ニーズにタイムリーに応えるきめ細かな DM コミュニケーションを実現し、
効率化に貢献した。
●購入資金プレゼントキャンペーン(オープン懸賞の新手法)
自社の乗用車を購入する際に使用できる数十万円の割引クーポンを賞品とすることで、乗用車の
購入を予定している応募者のリストをオープン懸賞で大量に集めることができるという、見込み
客リストの収集を目的とした全く新しいキャンペーン手法であった。
自社のホットな見込み客を確実に発見して販売に結びつけることができる仕組みであるところか
ら、類似のキャンペーンを実施する企業も登場した。
●音声自動応答システム(IVR)によるキャンペーン応募受付の自動化
プレゼントキャンペーンの電話による応募受付対応を、音声認識システムを活用した応答システ
ムにより自動化して効率化を計った。同システムのサービス開発にいち早く取組み、キャンペー
ン応募受付の自動化の先鞭となった。
・インターネットの急成長と新展開
1997 年にインターネット普及率が 9.2%とほぼ 1 割に迫ってから 2000 年までの 4 年間に、イ
ンターネット利用者数は 4 倍に急拡大していた。
当社の web サイト業務も同じ時期に急拡大を遂げ、1999 年には web サイトの扱いだけで社内
ランクのトップ 10 に入る広告主も現れるなど、インタラクティブ関連業務を成長分野として位
置づけた取り組みが始まっていた。特にインターネットの持つ優れた個人特定機能と双方向性機
能が、ダイレクトマーケティングの方法論を活かす新たなコミュニケーションインフラとして認
識され、ダイレクトマーケティングの将来に向けての可能性に大きな期待が寄せられることとな
った。
1996 年の電通ワンダーマンケイトージョンソン(DWCJ)としての再出発から 4 年目を迎えた
2000 年 4 月、インターネットが 21 世紀の産業社会のインフラとなる予測と絶大な期待の下で、
急転直下、我が社はまた新たな展開を迎えることになる。
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●日本DM大賞受賞事例(1998 年の受賞事例)
1998 年 日本 DM 協会 会長賞
1998 年 公共機関等部門 金賞
エールフランス国営航空
日本ユニセフ協会
フリークエンス・プラス会員アンケート
ユニセフ「世界の子供援助募金」DM
1998 年 製造業、卸売業部門 金賞
メルセデス・ベンツ日本
A クラス見込み客向けシリーズメール
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Chapter3. インピリック電通 2000-2002
(1)CRM を柱にした業務再編
・IT 革命
我が国の 2000 年は IT 革命始まりの年であった。2000 年春、小泉首相主催により IT 普及促進
に必要な規制緩和や情報基盤整備の施策実行をめざして「IT 戦略会議」が設けられ、同年の秋に
は「IT 基本法案」と関連法規が制定された。また 2001 年には、4年後(2005 年)
までに世界最先端の IT 国家の実現を目指す国家戦略として、
「e-Japan 構想」が提唱された。そ
して 2000 年から 2001 年にかけて、DSL(Digital Subscriber Line:デジタル加入者線)やケーブ
ルインターネットによる常時接続サービスが急速に普及し、本格的な「ブロードバンド時代」を
迎えていた。
このような背景のもとで、広告業界でも「IT 革命」に応える取り組みが活発化していた。
例えば電通の「2000 年日本の広告費」では、インターネット広告費は 590 億円、前年比 244.8%
であり、前年(241 億円)の 2 倍を超える規模となっている。これは総広告費 6 兆 1102 億の
1%の規模ではあるものの、パソコンの急速な普及、インターネットユーザーの順調な増加に伴
い、広告費も急速に増加し、広告の形態もバナー広告、メールマガジンの埋め込み広告、テキス
ト広告など多様化が進み、本サービス開始から間もないモバイル広告を含めて今後も順調な拡大
が見込まれた。
・インピリック
2000 年 4 月、ワンダーマンケイトージョンソンは世界規模でのインタラクティブ業務の拡大を
背景に、CRM(カスタマーリレーションシップマネージメント)を新しいビジネスの柱とするグ
ループの再編と改革を実施した。これに伴い、社名をラテン語で「高い技術」「豊かな経験」「創
造性」などの意味を持つ impiric(インピリック)に変更し、日本ではインピリック電通となった。
これは、創業者レスター・ワンダーマンの名を冠したこれまでの
社名を一新し、DRM(ダイレクトマーケティング)に変って CRM をビジネス領域とした新会社
インピリックとして、新しい時代における新たな成長を期した新たな広告エージェンシーとして
のブランドの創造であった。
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・CRM
CRM は、IT 技術を活用して顧客を個人として特定し、顧客と企業との間で行なわれる対話を通
じて自社にとって適切な顧客を識別し、自社顧客として定着させることを目的とした、顧客中心
主義のマネジメント手法として登場した。
日本の CRM 市場は 1990 年代半ば以降、営業支援のための SFA(Sales Force Automation)や
コールセンター支援システムである CTI(Computer Telephony Integration)などのツールの導
入からスタートし、2000 年以降は、顧客データを活用した解析/モデリングやキャンペーンマネ
ジメントなどの分析系 CRM ツールの導入が活発化していた。
CRM 分野への主な参入者は、コンサルティング・ファーム、IT ソリューション・プロバイダー、
テレマーケティング・エージェンシー、インタラクティブ・エージェンシーなどであった。
しかし、顧客の個別認識と個別対応を通じた顧客価値の最大化という CRM が主張する手法は、
まさしくダイレクトマーケティングがその発生時点からいち早く取組み、かつ実質的な成果とと
もに開拓し築き上げてきた業務領域に他ならなかった。
インピリック電通では、マーケティングコミュニケーションの最適化こそが CRM 実現の鍵であ
るとの認識から、“The art + science of customer relationships(顧客リレーションにおけるア
ートとサイエンスの融合)”をキーワードに、顧客コミュニケーションの実施、顧客とのコンタク
ト対応、コンタクトデータを収録した顧客データベース構築・運用というすべての業務領域に対
して、戦略プラニングから実行、結果検証に至るエンド・トゥ・エンドでの「トータルソリュー
ション」を提供する、真の CRM エージェンシーとして
のポジションを打ち出した。
それはまた、CRM を真のソリューションへと進化させるためには、顧客インサイトに基づき顧
客とのリレーションシップを実現する、コミュニケーション・メソッドが不可欠であるとして電
通グループが提唱した、“Integrated CRM”の一環でもあった。
(2)創業以来の好業績
・クリック&モルタル
インピリック電通は、ダイレクトマーケティングの伝統的なダイレクトメール(DM)、ダイレク
トレスポンス広告(DRAd)などの業務領域をコア・サービスとし、データベース構築・運営、
インタラクティブ、テレマーケティング、コンサルティングなどの成長分野をニュー・サービス
として、2005 年までにその構成比を 50:50 にすることを目標として活動を開始した。
活動は順調に推移し、マスメディアの扱いが拡大するとともに、Web サイト構築プロジェクトの
大型化と高度化にともなうコンサルティングと実行管理業務によって、収益の拡大が実現した。
その結果 2000 年は創業以来の売上高を、また 2001 年には過去最高の売上総利益高をもたらし
た。
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2001 年はコア・サービスが 55%、ニュー・サービスが 45%という構成であり、ニュー・サービ
スの中でもコンサルティングとインタラクティブが実績を伸ばし、特にコンサルティングは収益
の 4 分の1近くを占めるまでに成長した。それは、web サイトをコミュニケーションのベースと
して One-on-One で顧客関係を最適化する、e-CRM サイトの構築と運営がもたらしたものであ
った。
当時の先進的な取り組みとして、次の事例があげられる。
●e-CRM サイト
顧客から継続して購買を作り出し、ブランドに対するロイヤリティを高めていくリテンション(顧
客維持)フェイズにおいて、顧客とブランドの関係を最適化する手法としてワンダーマンケイト
ージョンソン時代に考案されたロイヤリティプログラムを、web サイトでのコミュニケーション
に適応した。ロイヤル顧客創出による顧客生涯価値の最大化をゴールとし、インターネット上で
の One-on-One コミュニケーションを柱とした、オンラインで完結する CRM の取り組みを実現
した。
●導線設計
Web サイトで実施するコミュニケーションのマーケティング・ゴールを明確化し、このゴールに
向かって web サイト訪問者を効率的かつ的確に誘導する、コミュニケーションプロセスとコンテ
ンツの開発を行なう web サイトの設計手法。ダイレクトマーケティングにおいて、アクイジショ
ン(顧客獲得)とリテンション(顧客維持)で構成する顧客進化プロセスの考え方を、インタラ
クティブマーケティングに適応した結果、得意先企業からの支持を得るとともに、web サイト構
築の標準手法となった。
●impirix(インピリックス)
e メール・マーケティングのエンジンである「impirix(インピリックス)
」をリリースさせ、e-CRM
サイトと連動するコミュニケーションインフラとして成果をあげた。
・個人商店からプロジェクトチームへ
業務の大型化と高度化・複雑化はこれまで築いてきた、専門能力の高い特定の個人を中心にチー
ムを作り、いわば個人商店として広告主にサービスを提供する「モール型組織文化」から、多様
な専門分野を統括して複合的に業務を進める「プロジェクトチーム型組織文化」へと、行動様式
の改変を迫るものとなった。
インターネット関連業務の拡大は新たな人材の増加をもたらし、伝統的なダイレクトマーケティ
ングを担う人材との効率的な協働を実現するための、新たな知識インフラの整備が課題となった。
それはダイレクトマーケティングの方法論と実践知識の共有、インタラクティブマーケティング
に関する新知識の共有、そしてそれらの多様な専門能力をつなぐベースとなるコアスキルの共有
という課題であった。
また業務の IT 化が進むに従って、競合関係にも変化が現れた。いちはやく CRM の啓蒙と普及
に取組み市場をリードしていた、コンサルティング・ファームや IT ソリューション・プロバイ
ダー等に伍して競争していくためには、社員個々人に対するより組織的な知識支援体制が求めら
れた。
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・ナレッジマネジメントの推進
当社はいち早く社内業務へのパーソナルコンピュータの導入に取り組み、2000 年を待たずに全
社員にマッキントッシュ PC を配備していたが、折からのウインドウズの急速な普及にともなう
全社的なパーソナルコンピュータの再導入によって、文書管理へのシステム対応が課題となって
いた。
既に 1999 年 11 月に実施していたシステム監査の結果を受けて、2000 年 11 月に情報管理規定
を制定するとともに組織的な推進体制が整うなど、ルールに則りかつ先進的な文書管理ならびに
知識共有を行なうための環境整備を行なった。
社内の情報システムの再構築を進める一方で、社員の専門能力の底上げと各専門分野間の協働を
円滑化するための知識プラットフォーム整備の観点から、社内研修への注力が開始された。同時
に、まずは社内研修資料をイントラネット上で共有することを目的とした、社内ポータルサイト
の構築と運用への取り組みが始まった。この社内ポータルサイトは、人と組織に求める能力を「知
識」の観点から構造化し、経営再編への視点を提供するナレッジマネジメントツールとしての位
置付けから、ナレッジポータル「[email protected]」(ブレインポート)と名付けられた。
・急展開
我が国で IT 革命が始まった 2000 年はまた、ハイテク株式市場での世界的な株価暴落をともな
う IT バブル崩壊の年でもあった。
2001 年 6 月、インピリックが所属するヤングアンドルビカムグループは、世界有数の広告会社
グループ WPP の傘下に編入された。これに伴いインピリックは、創業者でありまたダイレクト
マーティングの創始者でもあるレスター・ワンダーマンにちなみワンダーマン・カンパニーに社
名を変更し、CRM の旗を降ろす事態となった。一方新生インピリックとして業務拡大を進めて
いたアジアパシフィック地域では、引き続きインピリックの社名を使用していたが、2002 年 10
月にインピリック電通は電通ワンダーマンに社名を変更した。
2002 年 6 月、カンヌ国際広告フェスティバルにダイレクト部門が設けられたことを記念して行
なわれた講演で、レスター・ワンダーマンは次のように述べている。
ダイレクトマーケティングの使命は変化してきている。新しい顧客を惹きつける手段としての使
われ方から、ロイヤルな顧客を創造する機能に変わりつつある。ロイヤルな顧客とはそのブラン
ドを継続して、繰り返し購買するようになった消費者のことである。このような顧客だけが企業
の利益を創造してくれるのである。・・・
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CRM のために双方向の対話を行う接続機器はすでに存在しており、さらに多くが具体化の途上
にある。例えばそれぞれの視聴者メンバーのメッセージを送受信する機能を持ち、かつ送信対象
者を特定できるパーソナライズテレビの実用化はもうすぐそこに来ている。・・・
もし、実際に我々がより一層顧客リレーションシップの管理を優先する時代で生き、仕事をする
のなら、我々の時代にふさわしい「4 つの R」は Relevance(レリバンス=最適性)、Relationship(リ
レーションシップ=関係性)、Repurchase(リパーチェス=再購入)、そして Retention(リテンショ
ン=維持)である。それらは広告の新世界のキーワードとキーコンセプトであり、すでに我々が盛
んに探求し、修得を試みているものである。しかし我々の多くがそこにたどり着くまでには時間
がかかるだろう。顧客にフォーカスするという理論とそれを実践することは別のものなのであ
る。・・・
レリバンス(最適性)が求められる時代を迎えるとともに、ポスト現代はパーソナルマーケティ
ングの時代にもなるであろう。それはこれまでの、名前も顔も知らない不特定多数を対象とする
ものではなく、何らかの情報を得ることで特定した個人に対するマーケティングである。そして
我々は情報スーパーハイウェイと名付けられた道の上で、パーソナルマーケティングをますます
実行し続けて行くことになる。それは急速に成長する道であり、我々はその道のルールを学び続
けなければならないであろう。
・・・
(レスター・ワンダーマン「かつての、そしてこれからのダイレクトマーケティング」より)
●カンヌ国際広告賞受賞
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シュウウエムラ化粧品 WEB サイト“heart of makeup”
2002 年カンヌ国際広告賞受賞
“CIBER LION AWARD BRAND PROMOTION CATEGORY BRONZE AWARD”
●知識共有ポータルサイト
ナレッジポータル「[email protected]」
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Chapter4. 電通ワンダーマン 2002-2005
(1)Back to the Basics
・ワンダーマン・ブランドの復活
2002 年 10 月、インピリック電通は誕生後 2 年 7 ヶ月をもって電通ワンダーマンに変った。IT
エージェンシーを志向して CRM に傾斜した結果、産業界における IT 投資への熱狂的な期待の
高まりが沈静化するとともに、インターネットがビジネスにもたらす偶有性を身をもって経験す
ることとなった。
そしてこれはまた、ダイレクトマーケティングエージェンシーとして世界のビジネス界に築かれ
たワンダーマン・ブランドが、日本ならびにアジアパシフィック地域で復活する時でもあった。
2003 年 4 月には松島社長が退任し、ニューヨークのレネゲード・マーケティング・グループの
経営に携わっていた須川薫雄が新社長に就任した。
・ダイレクトマーケティングの実践
本来ダイレクトマーケティングは、マーケティングコミュニケーション領域の一専門分野として、
広告業界から生まれ発展してきた。いかに IT 技術がこれからのダイレクトマーケティングにと
って重要であるとはいえ、消費者や顧客のパーセプションに影響を与え適切な行動を生み出すと
いう、我々が保有するコミュニケーション領域における能力の根幹に立脚した取り組みは不可欠
であった。
ダイレクトマーケティングの実践、それは電通ワンダーマンが広告エージェンシーとしての基本
に返ることを意味していた。
(2)統合されたサービス
・進む IT 技術の発展と普及
2003 年を迎えて日本の広告費は年央から拡大傾向に転じたものの、年間を通じては 3 年連続の
減少となっていた。一方、インターネット広告は前年対比 140%の伸びを示すとともに、ダイレ
クトマーケティングのインフラであるテレマーケティングならびにコンタクトセンター関連市場
は、着実に拡大を続けていた。これは、IT 技術の発展と普及が広告ならびにセールスプロモーシ
ョン全体に双方向性をもたらし、企業のコミュニケーション活動そのものが、個人を特定して
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対話を行なうダイレクトマーケティングの方法に、限りなく近づきつつある状況を表わしていた。
これはまた、ダイレクトマーケティングはもはや専門エージェンシーのみが、独占的に取り扱う
手法ではなくなるという現実を示すとともに、IT 技術を活用して高度化されたダイレクトマーケ
ティングこそが、これからの広告コミュニケーションのコア技術となることを明確に示すもので
もあった。
・変るダイレクトマーケティング
かつてのマスマーケティングに対比してダイレクトマーケティングを語る時代は確実に過ぎ去っ
ていた。また、個人を特定し行動を促すというマスマーケティングとの違いを強調し過ぎる余り、
本来的にマスマーケットに対して大量に展開せざるを得ないパッケージグッズに代表される消費
財や、ブランディング領域などへのダイレクトマーケティングの適応が遅れていた。マスかダイ
レクトかと二者択一を迫るものではなく、相互に補完することを通じてより高いパフォーマンス
を達成する取り組みが求められるようになった。
一方消費経済の成熟は、コミュニケーション施策における投資効率の明確化を求めるとともに、
かつての成長経済のもとで築いてきた顧客基盤の疲弊という足枷から脱却し、ブランドを再構築
しながら新たな顧客基盤を作り出していくという、新たな成長のための方法論を要請しつつあっ
た。
またインターネットの発展と普及から予測されるユビキタス環境の出現は、精細なターゲティン
グによる複合的なアプローチを、投資としてのスタンスでより迅速にマネジメントサイクルを回
しながら推進する、新しいマーケティング手法を求め始めていた。
個人の識別に基礎を置くダイレクトマーケティングにとってそれは、ブランド認知と販売促進の
最適化、オンラインとオフラインを統合したコンタクトポイントの最適化、アクイジション(顧
客獲得)とリテンション(顧客維持)の最適化など、より包括的で統合された高度な専門性とい
う新ステージに向かう、チャンスでありまたチャレンジであった。
(3)フロントエージェンシーとして
・インフラの整備
情報テクノロジーの発展・普及はまた、情報セキュリティ体制の構築という経営上の重要課題を
もたらした。2004 年 1 月電通ワンダーマンでは、個人情報保護に関するマネジメントシステム
であるプライバシーマーク認証取得、ならびに情報システムおよびネットワークのセキュリティ
に関するマネジメントシステムである国際基準 BS7799 の認証取得に向けて、それぞれ取り組み
を開始した。1967 年にレスター・ワンダーマンによって生み出されて以来、情報テクノロジー
と個人情報に依拠して発展を遂げてきたダイレクトマーケティングを本業とする当社では、自ら
の確立された情報セキュリティ体制をいち早く内外に明示し、認知を得ることが肝要との認識か
らであった。
2005 年 3 月、プライバシーマークは当社単独で、BS7799 については電通および電通グループ
会社 42 社との共同作業により認証取得を果たしている。
2005 年 1 月には、創業以来オフィスを置いていた銀座から汐留へ活動拠点を移転し、情報
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セキュリティ体制のより一層の洗練を図る一方、社員が快適にかつ能率的に創造性あふれる活動
を推進するために、オフィス空間デザインと施設・設備を一新した。
さらに、2004 年の下請法(下請代金支払遅延等防止法)の改正を受けて、広告取引における協
力会社各社との適切かつ良好な関係維持を目的にプロキュアメント体制を整備し、2005 年 4 月
より社内制度の運用を開始している。
電通ワンダーマンは、ダイレクトマーケティングに基礎を置くリレーションシップマーケティン
グの高度な専門性を発揮し、広告主の課題に対して包括性な解決策で応えるフロントエージェン
シーとしての発展に向かって、様々な改革に取組んでいる。
●プライバシーマーク認証
●BS7799/ISMS 認証
●汐留新オフィス
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(4)創業 20 周年
・ワンダーマンフォーラム
2005 年 3 月に電通ワンダーマンは創業 20 周年を迎えた。これを記念して、3 月 23 日電通本
社内の「電通ホール」にて、<創立 20 周年記念フォーラム「“Fusion Marketing Power”-リ
レーションシップマーケティングとテクノロジーの融合-」>を開催した。これは、情報テクノ
ロジーがもたらす変化への認識を踏まえて、ダイレクトマーケティングの未来像とともに、電通
ワンダーマンが進むべき方向性を内外に示すものであった。
ワンダーマンの創立者であり名誉会長である、
「ダイレクトマーケティングの父」レスター・ワン
ダーマンをはじめ、ワンダーマンワールドワイド会長兼 CEO ダニエル・モレル、ならびにワン
ダーマン欧州・中東・アフリカ副会長兼社長デイヴィッド・セーべルを招き、3 氏の講演を中心
にダイレクトマーケティングの未来について問題提議と意見交換が行なわれた。フォーラムでの
講演は以下の構成で行なわれ、招待客などの参加者からも意見をいただきながら進行した。最後
に電通ワンダーマンの代表取締役社長 須川薫雄が、講演内容ならびに参加者の意見を踏まえて当
社のこれからの方向性についてスピーチを行い、終了した。
●講演の構成
Ⅰ:レスター・ワンダーマン 「ダイレクトマーケティング“かつての姿と将来”
」
Ⅱ:デイヴィッド・セーべル 「クリエイティビティーとテクノロジー」
Ⅲ:ダニエル・モレル
「サイバー時代のナレッジとスピード」
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●講演抄録ならびに須川薫雄のスピーチ
レスター・ワンダーマン 「ダイレクトマーケティング“かつての姿と将来”」
・ かつて私が 1967 年に作り出し、命名したダイレクトマーケティングはその後一大グロ
ーバル産業として発展した。しかし、その道のりは平坦なものではなかった。レスポンスを
引き出さなければならないという目的があるため、そのクリエーティブは優雅さを
欠いた
ものにならざるを得ず、事情のよくわからない批評家たちからは決して高く評価される
ことはなかった。
・ 今日マーケティングの分野において、ダイレクトマーケティングはいわばシンデレラと
して台頭してきた。そして、最近私は彼女を「パーソナルアドバタイジング」という名で呼
んでいる。
・ 「パーソナルアドバタイジング」は、「売り手と買い手の間の関係性の創造と強化」という、
企業活動において、一段と重要性が増している分野でどんどん役割を広げている。
・ 「パーソナルアドバタイジング」の持つほかのものにはない現代的な特徴というのは、それ
が 1 回きりの購買ではなく、継続的なリレーションシップを情報に基づいて生産者と消費者
の対話の中から構築できるという能力にある。
・ 「パーソナルアドバタイジング」を可能にしたものは「新しい今日の技術」である。今までマ
スプロダクト・マスマーケティングを中心に「売り手と買い手の顔の見えないコミュニケー
ション」に重心を置いてきたマーケティングの世界が、IT によって「本来あるべきコミュニ
ケーション」を復活させた。
デイヴィッド・セーべル 「クリエイティビティーとテクノロジー」
・ クリエイティビティーとテクノロジーは永遠の対立・葛藤の関係にあるようだが、テクノロ
ジーとは「伝達する」ということであり、クリエイティビティーとは「創造力」である。こ
の二つを組み合わせることで魅力あるコミュニケーションが生まれる。
・ 私たち広告人は、自分たちの持っている能力を放棄してはいけない。テクノロジーが何であ
れ、一番重要なのは「ストーリーテリング」だ。
・ アイディアや発想はストーリーの中にこそ具現化され、そのストーリーを実現するのが
テクノロジーだ。
・ 「ストーリーテリング」と「チャネル」があれば経験を生み出すことができる。
・
ワンダーマンには多くの情報があり、その情報を理解することで、よいストーリーを完成す
ることができる。よりグローバルに、よりよいストーリーを作り、それと同時に、よりパー
ソナルなストーリーを提供することが重要になった。
・ 常にアイディアが大切である、そして「ストーリー」を伝えなくてはならない。いま我々が
見ているものを超えて考え、そしてテクノロジーがそれを「伝達する」。
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ダニエル・モレル 「サイバー時代のナレッジとスピード」
・ コンピュータとコミュニケーションの「結婚」によって二人の子供が生まれた。それは、
「ナレッジ」と「スピード」だ。
・ 顧客についてのデータが収集可能であるということは、誰もが知っている。しかし、データ
だけでは冷たい、没個性的な情報しか得られない。もう一段上位の「真のナレッジの蓄積」、
即ち「intimacy(顧客との緊密な関係性)
」を作らなくてはならない。「intimacy」
の構築
には、企業と顧客が「情報を交換する」ことが原則だ。これを継続すると「intimacy」
がどんどん積み上がっていく。
・ 次に「スピード」について話したい。インターネットは、高速で移動するということは
周知の事実だ。全て瞬時にアクセスでき、リアルタイムで誰が誰とでも常時接続できる。
しかし、「スピード」はサイバー時代では複数の形態を取る。
・ 現在、ビジネスにおけるパイオニアは高度なマーケティングオートメーションのソフト
ウェアと複雑な E コマースのプラットフォームを開発している。このテクノロジーによ
って将来オンライン、オフラインで新種のマーケティングコミュニケーションが可能に
なる。
・ ビジネスにおいて重要なことは、「intimacy」、つまり顧客に関してどのくらい知っているの
かということと、「スピード」
、ナレッジに基づいて企業がどれくらい素早く行動を起こせる
かということだ。この二つの次元をうまく組み合わせることができれば、クライアン トとそ
の顧客がよいパートナーになり、よいビジネスにつながる。
須川薫雄 「フォーラムのまとめ」(全文)
本日私は、ワンダーマンの業務領域としてのリレーションシップマーケティングには、二つの重
要なファクターがあることを感じました。
その一つとして、現在のクライアントニーズにおける、
「マーケティングの効率」を追求するとい
うことがあげられると思います。「Measure of result at the End of the day. 」、つまり「その日
のうちに結果を出して欲しい」というような要望が非常に多いわけですが、そういう要望に対し、
レスター・ワンダーマンは一つのセオリーを確立しました。それに従って私たちはビジネスを推
進しています。従って、マーケティングに新しく出てくる様々なテクノロジーを取り入れて、先
ほどダニエル・モレルが述べたとおり、クライアントと顧客のコミュニケーションの「スピード」
と「intimacy」
(内容の濃さと言い換えてもよいかもしれませんが)を図ることが必要だと考えま
す。それから二つ目は「テクノロジーとコミュニケーションの変化」についてです。以前はダイ
レクトマーケティングと呼び、今日、リレーションシップマーケティングと呼んでいる手法、呼
び方は色々ありますが、
「効率的にクライアントのために顧客を選び、コミュニケーションしてい
く」ということでしょう。電通ワンダーマンは 20 年間これを実践してきた。その 20 年間の中
で最大の変化はインターネットの発達です。これによって手法が非常に変わってきました。
.
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私は、先ほど電通の杉山役員のコメントにあった「リレーションシップマーケティングは広告の
一部である」ということが、非常に重要なポイントではないかと考えています。Y&R、電通など
の一般広告会社が行っている「エージェンシー業務」の横に、
「リレーションシップマーケティン
グ」は立っているものではない。むしろ「リレーションシップマーケティング」はより広い広告
一般の中に立つべきものであり、広告全体の効果を最大化するために、役立つものでなければな
らないものです。
わかりやすく言うならば、100 億円の広告費を使っているクライアントを想定した場合、
「そのう
ち 10 億円をリレーションシップマーケティングに使ってみませんか?」と提案をする。そして
その 100 億円の広告予算が、リレーションシップマーケティングを使うことによって、150 億円
にも 200 億円にも相当するほどの効果が上がる。そういうモデルをこれから作っていかなければ
ならないと考えているということです。
以上をもって、本日皆様と話しを進めさせていただいた内容の、まとめにさせていただきます。
●創立 20 周年記念フォーラム
レスター・ワンダーマン
ダニエル・モレル
デイヴィッド・セーべル
須川 薫雄
.
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