乳児と養育者-それぞれの応答性

乳児と養育者-それぞれの応答性
嶋田容子
京都大学アジア・アフリカ地域研究科
1. コミュニケーションへの乳児の応答性
2. 乳児音声に対する養育者の聴覚的な調整
乳児が対面コミュニケーションの随伴性を検知する
乳児の音声は成人の聴覚にとって異質な音を多く含
ことはよく知られている。このときの乳児の心的変
んでいる。養育者は慣れない乳児音声に対して、そ
化を連続的に捉えるには、生理指標が有効である。
の変化を検知しようと試みることが予想される。本
その一つとして顔面皮膚温が挙げられる。先行研究
研究は、コミュニケーションの媒体となる乳児音声
で、母子分離状況での皮膚温低下 (Mizukami, 1987)、
に対して、養育者が聴覚的な感受性の変容によって
笑い表出時の鼻部皮膚温低下(松村ら, 2003; 2007)が
適応している可能性を示した。
示されている。また Zajonc (1989) によると、額の温
方法:乳児の養育者・養育経験の無い女性・小学生
度変化は視床下部への血流の温度と関係し、情動を
の養育者に対し、聴感実験をおこなった。乳児(5
左右する。本研究では、スティル・フェイス場面に
ヶ月男児)の自由遊び音声を 1 秒程度の 10 種類の音
おける乳児の額の皮膚温度変化を計測した。
声クリップに切り出したものをテスト刺激とした。
方法: 5 ヶ月児 20 人が参加し、still face 群と
これらを動物の音声・弦楽器音などとランダム順序
normal 群にランダムに分けられた。母親が乳児に対
で、ヘッドフォンから提示した。参加者は各刺激が
面し、身体接触はおこなわずに自由に話しかけた。
提示されるごとに、その音の「うるささ」
「気持ち悪
Stillface 群の手続きは、
話しかけ 2 分→stillface1
さ」を 5 段階で評定した。
39.9
℃
38.4
36.9
35.4
33.9
32.4
30.9
29.4
27.9
図 1. 撮影画像サンプル
分→話しかけ2 分の計5
結果と考察:図 3 は、2 質問の平均値を「親和性」
分間、Normal 群は 5 分
の値として表記したグラフである(高い値は高い
間続けて話しかけた。日
親和性を示す)
。
刺激を母音様のものとそうでない
本アビオニクス(株)の
ものに分けて分析した結果、母音様の音声に対し
サーモメーターTVS-200
てのみ養育者の評定が有意に高かった。乳児の養
により顔面を撮影した。
育者の乳児音声に対する親和性の高さは、乳児音
撮影した動画から1秒 30frame で画像を切り出し、
声への聴取を含む養育経験による、聴覚的な調整
額の位置マーカー部の温度を算出した。
と考えられる。
結果と考察:Still Face 群で Still Face 中の有意
な温度低下がみられた。コミュニケーションにおけ
る乳児の内的な反応を計測する可能性が示された。
養育経験無し
Still Face 群
36.0
5
Normal 群
乳児の養育者
評定値
額の平均温度(℃)
小学生の養育者
4
35.5
3
2
35.0
First
Still/Second
Last
1
母音に似た音声
図 2. 時間フェイズ別の額の皮膚温度
非言語的な音声
図 3. 乳児音声に対する「親和性」評定値