国家公務員制度改革の経緯と今後の課題

2016 法と経済学会提出論文
国家公務員制度改革の経緯と今後の課題
日本経済大学
戸田宏治
0.はじめに
日本の行政改革については、これまで数多く議論され、国民の関心も集めてきた。改革が
論じられるとき、その都度、時代のニーズに合致したものにせよとか、抜本的な改革を推し
進めよといった主張が数多くなされてきた。では、行政改革がなぜこれほど多くの注目を集
めるのかといえば、日本の景気や社会問題まで多岐にわたって行政に大きな期待が寄せられ
るからであり、行政への不満や改革への要求は社会に対する不満や不安の反映となっている
場合が多いことがあると思われる。
だが、さまざまな批判があるものの、中央省庁等改革は大きな成果をもたらした。これら
の改革では、省庁再編だけでなく独立行政法人の創設、特殊法人の改革、政策評価制度の導
入などで大きな改革が実行されてきた。にもかかわらず、依然として多くの人々が十分な成
果を挙げていないのではないかと感じているのではないか。
また、行政改革に対する国民の期待のなかで、公務員の定数削減には関心が強い。だが、
日本の国家公務員は他の先進諸国と比較すると人口当たりの職員数が少なく、これ以上の行
政改革(行政のスリム化)には留意すべきだという指摘もある。しかし、たとえば、天下り
の受け入れ先に対する規制や補助金等の利益供与が行われるのはなぜか、各種の外郭団体が
つくられ「みなし公務員」と呼ばれるような職員が数多く存在することに国益の観点からど
のような合理性があるのか、といった問題に明確に答えることはできない。
官僚の行動が公益志向的であるか国益志向的であるかを判断するときは、単に予算規模の
大きさを測ることではなく、権限を有する部署に対してどのような規制を行っているか、そ
うした規制にどのような合理性があるのかが問われなければならない。この点が曖昧なまま
だと行政権が肥大化し、
結果として予算獲得や人員確保への要求が継続的に行われるという
自己強化のメカニズムが動き出すと考えられる。
2014 年 5 月、
政府は幹部職員人事の一元管理を目的とした内閣人事局を発足させた。
また、官民人事交流に関する規制を緩和し、国家公務員が出向できる対象企業を拡大し
た。これらは官民の労働市場を接近させるという国家公務員制度改革の目的に沿うもの
であるが、本報告はこれまでの諸改革に対する評価を行ったうえで、国益最大化のため
に必要な国家公務員の法的地位とは何か、という観点で今後考察すべき論点を整理する
ことを目的とする。具体的には、キャリアシステム、公募制、身分保障、労働基本権等
である。
1.日本の官僚制
日本の官僚制度は 19 世紀のプロイセンをモデルに構築された。プロイセンでは、国家元
首の僕として忠実に任務を果たすことが期待され、支配層の一部に組み込まれることになっ
た。このため政党政治から一定の距離を保ち、官僚の採用も政党政治の利害関係から離れた
方法によって行われることになった。具体的には、選抜試験による客観的な能力を基準(メ
リット・システム)とし、広く社会全般から優秀な人材を集めることを目的とされた。
戦後日本の官僚制は新憲法の下で三権分立に基づく制度となった。すなわち、行政府は主
として立法府によって統制され、立法府の統制を超える行政府の機能は否定された。そして、
官僚は厳しい選抜試験を勝ち抜いた者だけが採用され、安定した身分保障が与えられること
になった。
行政学者辻清明氏は、官僚の役割は民意に振り回されかねない政治過程に対し、首尾一貫
した政策プロセスを提示し、必要に応じて修正を促していくことだという。1
「専門的で
中立的な官僚/利害関係にとらわれやすい政治家」という図式はメディアでも取り上げられ
ることがあるが、そこには少なからず誇張が含まれていることは留意しなければならないだ
ろう。しかし、このような見解は日本の官僚制を語るときにしばしば接するものであり、真
実の一部が含まれていることは間違いないだろう。だが「優秀な官僚」が事実としても、制
度の問題はこれとは別の議論が必要である。
日本の官僚制の問題点としてよく指摘されるのが「天下り」であるが、官僚の優秀性と区
別して論じない場合は次のような見解を容認することになる。つまり、国民に対して公平に
開かれた厳しい選抜試験によって採用された官僚は、高い社会的地位と安定した身分が保障
されることから国益に対する高い使命感を持ち、政治家のような特定の利害関係に政策が左
右されることのない専門的技術者集団である。
彼らには省庁単位で長期的に能力を育成して
いく仕組みが用意されており、数年ごとに人事異動を繰り返しながら知識と経験を積み重ね
ていく。ただし、勤続年数とともに上位のポストに上がっていくものの、組織の上位になる
と職員の数に比べてポストが少なくなるため、
組織の新陳代謝の観点からも上位ポストに就
けない職員は組織を離れていくことが望ましい。むろん、組織を離れる場合には十分な補償
が必要であり、天下り先での厚い待遇は当然である。したがって、霞が関とコネクションを
維持したい民間企業やさまざまな外郭団体に官僚が再就職していくことは、企業のニーズお
よび行政組織の効率性と官僚の身分保障の観点からして合理的である、と。
これに対し、ラムザイヤーとローゼンブルースは、官僚が作成する政策案は政権与党であ
る自民党の意向に沿うものでしかなく、政治過程から独立して自分たちの利害を追及するこ
とはできないとして近年の官僚批判の代名詞である「官僚主導型政治」を否定する。2
1
2
辻清明『新版 日本官僚制の研究』
(東京大学出版会、1969 年)を参照。
J.M.Ramseyer, F.M.Rosenbluth ‘ Japan’s Political Marketplace’ , Cambridge, Mass:
Harvard University Press, 1993. (加藤寛監訳『日本政治の経済学―政権政党の合理的
選択』弘文堂、1995 年)を参照。
なぜなら、大臣が官僚の人事権を持っていること、省益を目的とした機会主義的な政策を
実施しようとしても、立法によって阻止することが可能で、大臣へのサボタージュに対して
も省庁間の競争を利用することなどで対抗できるからである。彼らはプリンシパル・エージ
ェンシー理論を用いて研究を行っているため、官僚は内生変数として扱われる。このため、
官僚の行動に問題がある場合は外生変数に着目することになり、国益優先の政策が不十分な
場合、三権分立の原則に従えば、行政府ではなく立法府に問題があると考えざるを得ない。
むろん、司法府にも行政府を統制する権限があるが、司法判断は事後的な対応が中心である
ため、ルーチンな統制は立法府と考えざるを得ない。ただ、このなかで彼らが選挙制度のあ
り方に焦点を当てていることは重要である。つまり、選挙制度の改正によって政権交代の可
能性が高まった場合、いわゆる 55 年体制でできあがった自民党との暗黙のルールは相対化
され、より明示的なルールを求めるようになると考えられるからである。3
このように、日本の官僚が公益志向的であるか否かについて、伝統的な研究と近年の研究
では全く異なった見解となるが、これらの議論では「国益/公益」が比較的明瞭に区別され
ている点は一致している。ところが、実際に何が国益で何が公益なのかを論じようとすると、
容易ではない。一般的には、官僚が公益志向的に振る舞う場合、自らが属する組織の予算を
できるだけ多く獲得すること、つまり「支出最大化」となる。アメリカ中央情報局(CIA)
の年次刊行書 “ The World Fact Book “ によると、2012 年の日本の予算規模(一般会計+
特別会計+政府関係機関)はアメリカに次いで世界 2 位であるが、景気が低迷するなかで
少子高齢化が進んでいる現状を考えると、今後も各省庁が継続的に支出を増加させていくこ
とは容易ではない。さらに、人的規模で見た場合、日本の官僚は人口との比率でいえば、先
進国中で最も少ない部類に入る。4
しかしながら、これらの代表的な見解には事実の一面があるとはいえ、たとえば、天下り
の受け入れ先に対する規制や補助金等の利益供与が行われるのはなぜか、各種の外郭団体が
つくられ、「みなし公務員」と呼ばれるような職員が数多く存在し、毎年多額の予算が計上
されていることに国益の観点からどのような合理性があるというのか、といった問題に明確
に答えることはできない。
官僚の行動が公益志向的であるか国益志向的であるかを判断するときは、単に予算規模の
大きさを測ることではなく、権限を有する部署に対してどのような規制を行っているか、い
わば「権力最大化」のほうがより重要ではないか。このことが結果として予算獲得や人員確
保への要求につながり、
自己強化のメカニズムを作り出しているのではないかと考えられる。
2.行政改革~誰がどのように統制するか
3
とはいえ、2009 年に誕生した民主党政権は「政治主導」をスローガンとしながらも、官
4
僚に対して明示的なルールを重視した統制を強化したとはいえない。
詳細な分析については、黒川和美『官僚行動の公共選択分析』
(勁草書房、2013 年)特に
第 7 章を参照。
行政改革の課題は、官僚の省益優先行動をいかにして統制するかがポイントとなる。三権
分立の原則からすると、これには司法府と立法府による外部統制、そして行政府自らが行う
内部統制に分けられる。
2―1.司法府、立法府による統制
いわゆる「行政国家」の下では、高度化・複雑化した社会経済においては、立法府による
統制には限界があるため行政府に広範な裁量権が与えられることが正当化される。ただし、
行政府が市場に介入することが正当化されるのは、市場に委ねていると「市場の失敗」が不
可避なときである。ところが、行政府(ときには立法府も)が自己組織の維持・拡大をめざ
した行動を選択した場合、過度の財政支出や合理性を欠く規制が行われ「政府の失敗」が生
じることがある。
憲法に規定されている「経済活動の自由」は「公共の福祉」による制約を否定しない。だ
が、これは行政の裁量によって「なにが公共の福祉なのか」を決めさせることにつながる。
むろん、行政の判断に誤りがあると司法が認定することもある。たとえば、2013 年 1 月に
インターネットを使った医薬品の販売を禁止していた厚生労働省の省令を「法的根拠がない」
として違法無効としたことは記憶に新しい。ただ、その後、コンビニやネット販売に関して
薬事法が改正され、司法判断の主旨を無にする動きが立法府にあった。一般の国民や民間企
業がその都度司法判断を求めることは社会費用の増大につながり、合理的とはいえない。ま
た、司法判断には長時間を必要とする案件もあり、社会情勢の変化に対応しにくい。 この
ため、三権分立の原則にしたがえば、立法府が行政裁量権の過度な介入を阻止する役割を果
たさなければならない。ところが、現実には立法のほとんどが内閣提出法案であり、利害関
係のある省庁の合意を得たうえで国会に提出されている。しかも、国会で可決成立させるた
めにはさまざまな利害集団の支持を考慮しなければならない。このため、既存の規制立法に
よって行政による権力最大化は防止できないだろう。
こうした日本独特の立法府と行政府の関係について、村松岐夫氏は内閣法と国家行政組織
法では、国の一般事務は府省庁が「分担管理」するとしており、ここでいう府省庁とは大臣
ではなく官僚である、と官僚たちは認識したという。5
そして、この分担管理論が日本の
独特の政策形成過程を作り上げていったと指摘される。
学界における多くの官僚優位論の積極的主張者にも、この分担管理論が、意識の底に
あったと思われる。この分担管理の原則に基づき、官僚が準備した政策案が政治家(政
権党や内閣)との調整を経て内閣提出法案となることが多く、自民党による一党優位性
の時代、そのすべてが国会に上程される。象徴的に言えば、事務次官会議を通ったもの
が、閣議決定の内容であり、法律として国会も通過したと言えよう。これは、一見たし
かに官僚優位の実態である。そこには、戦前とかなり類似した手続きの流れがある。し
5
村松岐夫『最新
公務員制度改革』
(学陽書房、2012 年)第 3 章を参照。
かし、この手続きの流れが、戦後の歴史の中で、少しずつ政権党の支配の下におかれて
いったことを指摘する研究は、戦後しばらくの間、極めて少なかった。しかし、結局に
おいて、政権党の自民党政調部会や国会対策委員会、そして族議員が決めるという事実
関係の認識は深くなる。しかし、かなり多くの識者には、官僚が公共を担っているかの
ように見えたようである。
戦後日本の政策過程における実態が分かりにくかったのは、この分担管理という行政
スタイルの手続きを自民党が受け入れ、その手続きにのって政治運営したためであるよ
うに思われる。つまり、自民党が官僚の所管する手続きを奪う形でなくそこに浸透する
形で、自己の主張を次第に官僚に承認させ、両者のあいだには密接提携の関係ができた
のである。自民党は官僚と密接な提携を組むという方式を採用した。1962(昭和 37)
年の赤城書簡と 1972(昭和 47)年の国会対策委員長の省庁官房長宛通知は、官僚に主
張の機会を与えると同時に、政治家が官僚を国会に巻き込む方式であった。官僚は、国
会説明に振り回され、政治化されると同時に、体力を消耗した。6
ラムザイヤーとローゼンブルースにしたがえば、行政改革は行政にとどまらず、政治過程
での改革も不可欠ということになる。ただこれは当然の帰結として、誰が国民の代表を立法
府に送り込むかという問題に直面する。つまり、「国民→国会→行政」となるわけで、一部
メディアに見受けられるような官僚バッシングでは解決にならない。まして、メディアを利
用して官僚バッシングを行う政治家についても留意が必要である。
2-2.行政府による自己統制
内閣人事局を設置する目的は、省庁ごとに行われてきた人事管理に対し、人事評価の基
準を明確にしたうえで、内閣が幹部職員の人事を一元的に扱うことにある。これは裁量権
の大きな幹部職員について、省益優先の選択行動を廃し、内閣が国民に対して説明責任を
果たすためである。
1996 年、当時の橋本内閣が発足させた行政改革会議では行政の効率化を目的とした省庁
再編成が主要な論点であったが、同時に審議会である公務員制度調査会によって公務員制度
の改革も検討されることとなり、企画立案部門と実施部門の分離、内閣機能の強化をめざし
て総理大臣秘書官の増員と総理大臣補佐官を創設すること、さらに、それまで閣議了解事項
であった局長級以上の幹部人事が閣議決定事項とされた。その後、2000 年に森内閣が「行
政改革大綱」を閣議決定し、
「能力・実績主義」の人事評価制度が盛り込まれ、2001 年の小
泉内閣では「公務員制度改革大綱」が閣議決定された。これにより、能力・実績主義や官民
人事交流が実行に移されることになった。また、このとき新たな論点となったのが公務員に
対する労働基本権付与問題である。能力・実績に基づく給与体系は、それまでの人事院によ
る勧告とは異質の制度であり、労使協議が不可避であると考えられるからである。
ところが、
6
同上書、88 ページ。
これについては自民党内部からも反対意見が多く、また人事院の抵抗も強く、大綱に沿って
国家公務員法を改正する目途が付かない状況となった。小泉内閣は 2005 年に「行政改革の
重要方針」を閣議決定し、能力・実績主義の徹底、再就職管理の適正化等の実現をめざした
が、これらは次の安倍内閣に引き継がれることになった。
第 1 次安倍内閣は、2007 年に国家公務員法を改正し、能力・実績主義の導入、再就職規
制の明確化が実現した。さらに「公務員制度改革について」閣議決定を行い、国家公務員制
度改革基本法を国会に提出することが決まった。
その後、相次ぐ政権交代による紆余曲折を経て、2014 年 5 月 30 日、第 2 次安倍内閣は
内閣人事局を設置した。内閣人事局を設置する最大の目的は、縦割り行政の弊害を除き、
国益優先の業務を強化することにある。内閣人事局は内閣官房の下に置かれ、人事評価の
基準を明確にしたうえで、内閣が各省庁の幹部職員(約 600 名)の人事を一元的に扱うこ
ととされている。これにより、幹部職員に対して省益優先の選択行動を廃し、国益優先の
業務を行わせるための省庁横断的な人事を実施しようというわけである。さらに、官民の
人事交流を活発にしていくことも盛り込まれている。これは民間企業の現状を把握し、民
間で培われた高度な専門知識を吸収し、その効率的な業務を経験させること、そして、行
政職員が民間の労働市場でも通用するスキルを身に付けることによって所属省庁ではなく、
市場から高い評価を得ることを目的とされた。
この内閣人事局には新たな事務が 3 つ設置された上、幹部職員を対象とした広範な権限
が人事院や総務省等から移管されることになったが、人事院は存続されることになった。7
麻生内閣当時の国家公務員制度改革推進本部顧問会議が内閣人事局への人事機能移管案
を決めたとき、強く抵抗したのが人事院だった。8
人事院が機能移管に反対する理由は、
内閣人事局では「中立・公平な人事」を損なう可能性があるからである。9
人事院は「第三者機関」と位置づけられ、その業務は1.給与等の勤務条件・人事行政の
改善の勧告、2.試験、任免、給与、研修、分限、懲戒、苦情処理、倫理保持、その他人事
行政の公正確保・職員の利益保護等とされている。人事院の主張は、人事院がこれらの権限
を有するのは公務員の労働基本権が制約されていることに対する代償措置であり、これを政
治任用も可能な内閣人事局に移管した場合、公務員の中立・公平を謳った日本国憲法第 15
条に抵触するおそれがあるという。人事院がいうように、内閣人事局への移管がただちに憲
法問題になるかどうかは具体的な訴訟がないため明確にはいえないが、少なくとも、内閣人
事局を設置しても中立・公平性を確保するためにはいかなる制度設計が必要なのかについて
人事院が積極的に提案したという事実はない。
3.キャリアシステムと公募制
7
8
9
詳しくは、拙著「内閣人事局に関する研究」(日本経大論集第 45 巻第 1 号、2015 年)を
参照。
詳しくは、塙和也『自民党と公務員制度改革』(白水社、2013 年)第 6 章を参照。
前掲書、村松岐夫『最新 公務員制度改革』第 3 章では人事院の設立・機能付与に関す
る歴史的な経緯が述べられている。
人事院は 2007 年の「年次報告書」のなかで、キャリアシステムについて、幹部要員の確
保・育成に寄与してきた側面があるとの評価を示す一方、採用時の一回限りの選抜で生涯に
わたる昇進コースまで決定されるのは不合理であり、閉鎖的なキャリアシステムが特権的な
意識を生じさせていると指摘した。ここで注目すべきは、このシステムを「幹部要員の確保・
育成に寄与してきた側面がある」として評価したために、人事管理が能力実績主義と大きく
異なってしまった点である。能力実績主義は国家公務員法の根本原則である。なぜなら、こ
れまでの国家公務員法ではキャリアシステムそのものが明確に定義されたことはなく、当初
から能力実績に基づく人事管理が前提されてきたからである。その実現を妨げてきた要因に
人事院自らがプラスの評価をするのは本末転倒である。さらに、このシステムは典型的な年
功序列であるため、ピラミッド型の行政組織において中堅以上の職員の早期退職を促す必要
が生じ、これが天下りの温床となってきたことはすでに多くの論者によって指摘されてきた。
また、このようなシステムが各省独立人事の中核として機能することから、省庁割拠主義の
原因にもなっている。
2008 年 6 月 6 日に成立した「国家公務員制度改革基本法」(第 2 条)には、次のような
改革の基本理念が明記された。これらの基本理念は、議院内閣制であるにもかかわらず、事
実上、官僚内閣制となっており、省益優先や縦割り組織による弊害、閉鎖的な人事、非効率
な業務に対する批判等に応えようとするものである。
1
議院内閣制の下、国家公務員がその役割を適切に果たすこと。
2
多様な能力及び経験を持つ人材を登用し、及び育成すること。
3
官民の人材交流を推進するとともに、官民の人材の流動性を高めること。
4
国際社会の中で国益を全うし得る高い能力を有する人材を確保し、及び育成すること。
5
国民全体の奉仕者としての職業倫理を確立するとともに、能力及び実績に基づく適正
な評価を行うこと。
6
能力及び実績に応じた処遇を徹底するとともに、仕事と生活の調和を図ることができ
る環境を整備し、及び男女共同参画社会の形成に資すること。
7
政府全体を通ずる国家公務員の人事管理について、国民に説明する責任を負う体制を
確立すること。
これらのうち、キャリアシステムと公募制に関するポイントをいくつか挙げておきたい。
(1) 内閣の人事管理機能強化
現在の採用試験は、外務省専門職員を除いて人事院が統一して行い、合格者が決定さ
れている。しかし、採用者を決定するのは任命権を有している各省大臣、及び外局の
長であり(国家公務員法 55 条の 1)、実際には各省庁の人事担当者に権限が与えられ
ている(同法、55 条の 2)。今後は、多様な人材を確保するため、事務次官、局長、
部長その他の幹部職員を対象とした新たな制度を設ける。また、課長、室長、企画官
その他の管理職員を対象とした新たな制度を設ける(基本法、第 5 条の 2)。これら
は「幹部公務員」のあり方を再構築することになる。
「論点整理に関する報告」では、
幹部職員の任用プロセスとして「職員の中立性・専門性等を人事評価に基づく能力・
業績主義の徹底で担保したうえで、内閣への応答性も確保するという枠組み」とすべ
きだとし、適格性審査だけでなく候補者名簿作成を含めて外部有識者を中心とする第
三者委員会を設けるべきであると述べられている。また、幹部候補者名簿はポスト毎
に作成する。各ポストに対して 2~3 倍程度の候補者が掲載されるようにし、各人は
複数のポストに候補者として掲載される方向で検討すべきであると主張されている。
(2) 公務員の採用や人事管理
これは「科学的人事行政」と呼ばれている。例えば、国家公務員法では「昇進は競争
試験を原則とする」と明記されている(第 37 条)。しかし、実際には採用試験の種
類、採用年次、そして仲間うちの評価といったインフォーマルな要因によって人事管
理が行われてきた。専門能力の向上、セクショナリズムの是正、そして天下りへの批
判に応えるため、2001 年の「大綱」からキャリアシステムの見直しが論議されてき
た。基本法では「多様な能力及び経験を持つ人材」を登用し、育成するため、従来の
キャリアシステム(Ⅰ種~Ⅲ種)を廃止して「一般職試験~的確な事務処理に係る能
力を有するかどうかを重視」
(院卒、大卒、高卒」)
、
「専門職試験~特定の行政分野に
係る専門的な知識を有するかどうかを重視」(院卒、大卒、高卒)、「総合職試験~政
策の企画立案に係る高い能力を有するかどうかを重視」
(院卒、大卒)に分類する(第
6 条の 1)。これらに加えて、
「院卒者試験~大学院の課程を修了した者又はこれと同
程度の学識及び能力を有する者を対象」、
「中途採用者試験~係長以上の職への採用を
目的」も実施する(第 6 条の 2)となっており、実現すると大幅な制度変更となる。
(3)能力及び実績に応じた処遇を徹底
これは 2001 年の「大綱」以来、制度改革の目玉とされており、「能力」と「業績」
による「能力等級制度」が導入される。制度のポイントは、評価者が批評価者と話し
合って目標の設定とその結果の評価を行い、それに基づき成績上位の者から選抜、昇
給を実施する点にある。
したがって、
これまでの年功序列型の賃金制度は改められる。
また、能力等級制度が導入されることによって、これまで長い間休眠状態だった、
1950 年に制定された「国家公務員の職階制に関する法律」いわゆる「職階制」は廃
止される。
(4)政府全体を通ずる国家公務員の人事管理
人事院、総務省、その他の行政機関が担ってきた人事行政を、新たに内閣官房に設置
する「内閣人事局」に移管し、内閣による一元的な管理を実現する(第 11 条)
。こ
れは、縦割り行政の弊害をなくすことを目的としている。内閣人事局は採用者の適性
を判断し、適材適所の人事を行わなければならない。ただ、職員によっては自分の希
望する省庁で働けない者も出てくるため、公務労働へのインセンティブが低下するの
ではないか、また、幹部・管理職は合計数千人にも及ぶため、人事局が一元的にマネ
ジメントできるのかといった反対意見もあったが、2014 年にようやく設立し、内閣
による幹部職員の一元管理がはじまった。職員の適格性審査や名簿の作成には、客観
的な基準で人事評価が行われる必要がある。さらに、こうした評価がどのくらいの期
間を通じて行われるかが重要である。短期的な評価では誤差が修正されないことがあ
り、場合によってはインセンティブを損ねてしまう。しかも、チームによる業務は、
先輩の職員から後輩へ業務に関する技能や知識が伝授されていくが、
これには短期的
な成果が出にくいものもある。これまでの公務員の人事制度は年功序列式の賃金形態
だったため、
「給与」と「能力・業績」が直結していなかった。その代わりに、長期
的な評価による「昇任」
がインセンティブとして機能していたと考えられる。加えて、
今後は財政上の制約と効率的な行政の実現という視点から、組織がフラット化されて
いくため、長期間の成果と昇任が結びつかなくなることが予想される。今回の公務員
制度改革で能力等級制度が導入されるようになったのは、
ポスト減少に対する代替イ
ンセンティブ付与という側面もあると考えられる。
(5)幹部職員の職務と職責
組織改革は「上から」が原則であろうが、今回の制度改革で不明確なのが官僚として
のトップである事務次官の位置づけである。イギリスの場合、課長級から事務次官ま
でが「上級公務員」(Senior Civil Service : SCS)として採用され、ポストに空席が
生じると公募によって補充される。10
事務次官は組織マネジメントの最高責任者、
つまり、プリンシパルと位置づけられている。採用の方法を含め、幹部職員をどのよ
うに位置づけるのかについては議論が分かれていた。例えば、日本経済団体連合会が
2005 年に発表した「さらなる行政改革の推進に向けて」という提言書では、これま
でのⅠ種・Ⅱ種・Ⅲ種の区分は残すものの、Ⅰ種については内閣による一元管理を行
い、Ⅱ種については「近年、優秀な人材が多く採用されている状況を踏まえると、能
力・実績が優れた者については、積極的に上級幹部への任用の道を開いていくべき」
と主張している。11 一方、日本労働組合総連合会は「同一学歴者を入口選別するこ
とは不合理で弊害が大きいことから、現行のⅠ種・Ⅱ種の試験区分を廃止し、学歴区
分(高卒、大卒、大学院卒)に限定する」としている。ただ、幹部職員が不要なのか
10
11
村松岐夫編著『公務員制度改革』
、学陽書房、2008 年、第 3 章。
(社)日本経済団体連合会「さらなる行政改革に向けて-国家公務員制度改革を中心
に-」2005 年、11~12 ページ。
といえばそうではなく「国民の目線で国の行政をリードできる新たな幹部職員養成制
度を構築する」という。12 連合が既存のキャリアシステムを否定するのは、それが
「縦割り行政・省庁割拠主義と国民から遊離した特権官僚制の温床」だと見なしてい
るためである。そこで彼らは、審議官級以上の幹部職員は内閣一括管理とし、外部か
らの登用を含む自由任用とする。ただし、新たな幹部職員全体が党派化することを避
けるため、その身分は一般職公務員で、政権が交替したときでも定年までの身分は保
障すべきであると提案している。 問題なのは、総合職が内閣人事局によって一括採
用され、各府省に配置されることになっていたにもかかわらず、各府省別の採用に修
正された点である。内閣人事局による総合職の一括採用については、2008 年 2 月 5
日に「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」がまとめた報告書に記載され、政
府案にも盛り込まれていた。そこで総合職は新規学卒採用だけでなく、「計画的に職
位毎に中途採用者を採用する」と明記され、今回の改革では、総合職が新たなキャリ
ア、ただし、開放型のキャリアとなる予定だった。13
しかし、「幹部職員・管理職
員・幹部候補育成課程対象者・総合職試験採用者」となっていた政府案のなかから、
成立した基本法では、「総合職試験採用者」の部分が削除されていた(第 5 条の 4)。
14
これは結果として、従来どおり各府省が個別に採用できることを意味している。つま
り、内閣一元管理は「無用」と断言するに等しい。多数の職員を一元的にマネジメン
12
13
14
日本労働組合総連合会「公共サービス・公務員制度のあり方に関する連合の考え方」
2006 年、8 ページ。
公務員制度の総合的な改革に関する懇談会、報告書、4 ページ。
これについて、国会では次のような答弁があった。
「政府原案には総合職試験というものがあったわけでありますが、総合職試験の中
から採用された者だけに他の採用者とは異なるルールを適用するというのは、採用
試験に基づいて幹部候補を事実上固定化する、
いわゆるキャリアシステムの維持に
つながるおそれがあるというようなことから、
このようなルールを維持したままで
はキャリア制の廃止とならず、総合職がスーパーキャリアとなってしまうおそれが
あるので削除をしたものであります。」
(2008 年、5 月 28 日、衆議院・内閣委員会
佐々木隆博議員の答弁)
「例えば、昨年であっても、いわゆるⅠ種の合格者が 1600 名近い一方で、その中
で、各省で採用された方が 600 名という、逆に言えば 1000 名の方は試験には合格
するけれども採用に至っていないといったような状況がある中で、内閣一元でそれ
だけの方をある意味じゃ評価するといったことが果たしてどの程度できるのか、
逆
に言えば極めて平均的な人材だけが採用される可能性もないではないといったよ
うなことを考えて削除ということで修正案ができ上がったわけであります。」
(2008 年、6 月 3 日、参議院・内閣委員会
宮澤洋一議員の答弁)
トするのが困難で、内閣人事局にその能力がないというのであれば、それこそ公募に
よってプロの人事担当者を民間から採用すればいいのではないか。そもそも何のため
に内閣人事局を立ち上げるのだろうか。この問題は、採用時に行われる試験だけがス
クリーニングで、それによって以後の人事が決められていた点にある。実際に「能力
と実績」が評価基準となれば、総合職といえども将来が約束されることにはならない。
総合職をつくる目的は「企画立案に係わる高い能力」を養成すること、つまり、マネ
ジメントの責任者になるための訓練を、早い段階から施そうという点にあったはずで
ある。幹部候補を制度化することに関しては、政府案、経団連案、連合案ともに一致
していたことを踏まえると、この修正は理解しがたい。
(6)厳格な採用試験の実施と正確な能力評価
この問題は、いかにして専門性を高めるかにあるだろう。国家公務員Ⅰ種採用試験は、
「幹部候補」の採用試験となっていたが、ひとたび採用されると、昇進がノンキャリア
よりもかなり速く、実際には「幹部採用試験」となっており、Ⅰ種として採用(毎年約
600 人)されると、短期間で部署を異動していくため、民間でも通用する専門性を身に
付けることが難しかった。しかも、こうした職員が与党内部の意見調整に走り回る仕事
も多いなど、職務自体が専門性を高めるものとはいいがたいものであった。この点にお
いても、民間からの中途採用にとっての障壁となっているのではないだろうか。課題は、
どのようにしてスペシャリストを育成・配置し、能力と業績に基づく評価を実現するか
にある。当然、組織の目的に照らして、各職員の職務と職責を明確に規定しなければな
らない。特に、官民の人材交流を促進するという目的があるのならば、外部の民間人に
も、職務内容が現在の職場と比較できる体制を整えておかなければならないだろう。今
回の改革では、公募制を導入し、外部から有能な人材を入れることで、各府省内部で行
われてきた閉鎖的な人事に刺激を加えようとするものであるが、本気で官民の競争を促
すのであれば、いわゆる「霞ヶ関文化」を大きく変更しなければならない。例えば、
「国
益」に見合った本省課長級の業務とは何か、局長の責任と権限は何かが明確にならなけ
れば、行政で働いてみたいというインセンティブは生じないだろう。
4.労働基本権と身分保障
現内閣では国家公務員の労働基本権問題は先送りしたかたちとなっているが、民主党が政
権を担っていたときに提出された法案には「自律的労使関係」の構築と
「人事院勧告の廃止」
が明記されていた。
2011 年、鳩山内閣を引き継いだ菅内閣は幹部人事の一元管理、退職管理の適正化、自律
的労使関係制度の構築を目的とした「国家公務員制度改革関連四法案」を国会に提出した。
国家公務員制度改革が実のあるものになるためには、幹部職員、管理職員さらに一般職員に
至るすべての職員が制度改革についての認識を共有し、行政全体の責任として改革を進めて
いく体制を構築しなければならない。そこで「関連四法案」の提出に先立ち、同年 4 月 5
日、国家公務員制度改革推進本部は「国家公務員制度改革基本法等に基づく改革の『全体像』
について」を発表した。15
そこで示された総論は以下の通り。
1. 勤務条件の決定を第三者機関に依存する現行制度を見直し、労使で自律的かつ積極的
に人事・給与制度の見直しに取り組むことのできる自律的労使関係制度を構築するとと
もに、人事・給与制度全体に責任を持ち、使用者として職員との交渉にも当たる新たな
機関である「公務員庁」を設置する。
2.複雑多様化する行政課題に迅速かつ果断に取り組み、省益を超えた国民本位の行政を実
現するため、内閣による人事管理機能の強化を図り、内閣主導で適材適所の人材を登用
することができるよう、幹部職員人事の一元管理に関する制度を創設し、これを担う体
制として「内閣人事局」を設置する。
3.天下りのあっせんの根絶に対応し、国家公務員の退職管理の一層の適正化を図るため、
再就職等規制に係る監視機能の強化等を図る。
4.これらのほか、基本法に基づき、縦割り行政の弊害を排除し、多様な人材の登用、府省
横断的な人材の育成・活用を行えるようにするため、採用試験の見直し、幹部候補者育
成課程の整備、官民人材交流の更なる推進を図るとともに、職員が職務に邁進できるよ
うな環境の整備等を図る。
これらの改革を実行に移すため、2011 年 6 月 3 日、政府は第 177 通常国会に「国家公務
員法等の一部を改正する法律案」をはじめとする国家公務員制度改革関連四法案を提出した。
16
主な内容は以下の通り。
(1) 国家公務員等の一部を改正する法律案
① 国家公務員制度改革基本法に基づき、内閣による人事管理機能の強化等を図るため、
幹部人事の一元管理等に係る所要の措置を講ずる。
② 国家公務員の退職管理の一層の適正化を図るため、再就職等規制違反行為の監視機
能を強化する等の措置を講ずる。
③ 自律的労使関係制度の措置等に伴う人事院及び人事院勧告制度の廃止、人事行政の
公正の確保を図るための人事公正委員会の設置等の所要の措置を講ずる。
(2) 国家公務員の労働関係に関する法律案
自律的労使関係制度を措置するため、非現業国家公務員の労働基本権を拡大し、団
15
16
以下、国家公務員制度改革推進本部 HP(http://www.gyoukaku.go.jp)を参照。
これらのうち、廃案となった公務員庁設置法案は現時点では復活される可能性はない。
また、民主党政権が廃止すると決めた官民人材交流センターは存続となった。
体交渉の対象事項、当事者及び手続、団体協約の効力、不当労働行為事件の審査、
あっせん、調停及び仲裁等について定める。
(3) 公務員庁設置法案
国家公務員の任免、勤務条件等に関する制度並びに団体交渉及び団体協約に関する
事務その他の国家公務員の人事行政に関する事務等を担う公務員庁を新たに設置す
る。
(4) 国家公務員法等の一部を改正する法律等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法
律案
上記三法案の施行に伴う関係法律の規定の整備等。
これらの法案の施行時期は、幹部職員の一元管理、現行の再就職等監視委員会の監視機能
の強化に関する措置が「公布の日」に行われ、自律的労使関係制度の措置、内閣人事局、公
務員庁、人事公正委員会、再就職等監視・適正化委員会の設置、人事院の廃止が「公布の日
から起算して 1 年と 6 月を超えない範囲内において政令で定める日(本体施行日)」とされ
た。また、各府省における団体協約の締結は「本体施行日から 2 年を超えない範囲内にお
いて政令で定める日」となった。
しかし、この法案ではいわゆる争議権(スト権)は想定されておらず、1980 年代に中曽
根内閣が断行した 3 公社の民営化と結果としてほぼ同じ内容となった。3 公社の賃金交渉は
仲裁裁定で行われるため、自律的労使関係とはいいがたい。ただし、公務労働にストライキ
を認めてよいかどうかは公益の面からも重要な問題であるため、国民の強い関心と議論が必
要である。そもそも、基本法の 12 条に「政府は、協約締結権を付与する職員の範囲の拡大
に伴う便益及び費用を含む全体像を国民に提示し、その理解のもとに、国民に開かれた自律
的労使関係制度を措置するものとする」と明記されているにもかかわらず、これに関して政
府が全体像を正確に提示したことはない。
これら四法案は政権交代によって廃案となり、
改革は現内閣に引き継がれることになった
が、橋本内閣にはじまった公務員制度改革は自民党、民主党、そして再び自民党へと紆余曲
折を経たものの、内閣が幹部職員を一元的に管理し、省益追及へのインセンティブを国益追
求へと変更させようとしたことは一貫していた。また、人事に関する機能のほとんどが人事
局に移管されるため、人事院の廃止が予定されていた。これらについては特筆すべき点であ
るといってよい。
では、なぜ労働基本権の問題を先送りしたのか。公務員にスト権も含めた労働基本権を付
与した場合、
公共サービスに多大な影響が出ることから基本権は制約すべきだという意見は
少なからずある。しかし、交通や財・サービスの供給等、民間企業のストライキも人々の日
常生活に大きな影響があることを考えれば、公共サービスを特別重視することに合理性はな
い。つまり、これは公務員労組を支持基盤の 1 つとする民進党に対する警戒であろう。労
働基本権は国家公務員 30 万人のみならず、地方公務員 300 万人にも関連する問題であるこ
とから、自民党内では慎重な意見が多い。また、基本権を付与しない代替として存在する人
事院が温存されることから、利害関係のある官僚にとっても現状のままのほうが都合がよい。
さらに、地方の公務労組のなかには旧態依然としたイデオロギーを保持しているところもあ
り、このような労組に基本権を与えることに慎重意見が出ることは予測できる。しかし、今
回の制度改革は官民のイコールフッティングが目的の 1 つであり、公務労働と民間の労働
を接近させる狙いがあることを考慮すれば、この問題は不可避である。基本権を制約するの
ではなく、付与し、人事院勧告を廃止して自分たちの処遇は自分たちで考える方向に改革し
ていったほうが、むしろ旧態依然としたイデオロギー労組の改革にもつながるのではないか
と筆者は考える。
官と民の労働市場が接近するとき、
公務員の任用は「開放型任用制」になると考えられる。
その1つのモデルがアメリカ型の公務員制度であろう。アメリカの特徴は、行政組織の任務
遂行に必要な業務を「職責」と「職種」、さらに職務の難易度によって細かく分類する「職
種職務分析」を行い、それにふさわしい人材(スペシャリスト)を登用するところにある。
この制度のメリットはディスクリプションが明確であり、
インフォーマルな形で職務が割り
当てられることが少なく、職員にとって業務の目標を立てることが比較的容易である点にあ
る。
ところが、官民の間で労働力の水平移動がスムーズに行われなければ、この制度は機能し
ない。また、社会情勢の変化に合わせて柔軟に職階を変更しなければ、制度と運用にギャッ
プが生じてしまう。このため、高度経済成長期の日本では、制度改革が頻繁に必要となる可
能性が高かった。その一方で、戦後の日本では、民間企業においても新規学卒一括採用と終
身雇用制が定着したこと、職場内部での OJT によって職員を育成していくという従来の方
法が職階制度では通用しないことなどの理由によって、行政機関のみが開放型任用制を採用
することが無意味となり、休眠化していた。17 ただし、職階法と同時に制定された「一般
職の職員の給与等に関する法律」いわゆる「給与法」は、職階制度に合致した給与準則が実
現するまでの暫定措置として導入された。この給与法上の職種と等級が職階制度の代替的な
機能を担ってきたといえる。
しかし、責任と権限を明確にして能力と実績によって待遇を決め、セクショナリズムを廃
し、そのために官民の人材交流を盛んにすることをめざすのであれば、論理的には開放型任
用制、つまり職階制度がふさわしいことになる。
ところが、政府案、連合案、経団連案のすべてが「職階制度廃止」を主張している。これ
らに共通しているのは、①職階制度の前提となる官民イコールの労働市場が存在しない、②
17
職階制度が導入されなかった理由は他にもある。人事制度の基準から「人の属性」を
排除することに対して各省庁から不満があったこと、職階を具体化し、官職を格付けす
る作業が煩雑であったことなど。これらの詳細については、以下を参照。
岡田真理子「国家公務員の職階制」
、立教経済学研究、第 56 巻、第 4 号、2003 年。
公募制によって外部から有能な人材を入れることはするものの、基本は内部昇進型の人事制
度を継続する、③従来のキャリアシステムを見直すものの、入り口採用は継続する、という
認識である。
また、アメリカでは連邦政府の分類法にしたがって基準書を作成すると膨大なコストと人
手がかかり、行政環境の変化に対応して管理・監督者が職務の役割や割り当て、個々の給与
等級を変えるときには、職の再分類が必要となり、膨大な資料と業務の遅延とに辟易すると
いう。さらに、職員数が 23 万人のニューヨーク市の場合、3300 の職種があり、公開の競
争試験は年間 400 回にも及んで、それ以上の試験は財政上困難になったという。しかも、
繁雑な手続きで受付から採用までに時間がかかるため、上位合格者はすでに他の組織に就職
していることも多いという。18
今日、高度化・複雑化していく行政環境に対し、改革のスピードが求められていることを
踏まえると、職階制度は不適当と考えざるを得ないだろう。しかし、職階制度のすべてを否
定してもよいと筆者は考えない。なぜなら、職務や権限を明確にすることは、官民の人材交
流促進と能力等級制度の実施に不可欠であるからだ。さらに、職務と職責を明確にすること
は、現場で働く職員にとって「何をすればよいのか」がわかるため、インセンティブ効果が
期待できる。
では、どうすればよいか。例えば上級公務員の場合、内閣と職員が個別に「労働契約」を
交わし、その契約書のなかに職務と職責、さらに、どの程度の成果を期待するのか、といっ
た内容を可能な限り明記するというのはどうであろうか。それによって、「責任の所在=人
事評価の基準=インセンティブ」が実現されるのではないかと筆者は考える。加えて、他の
職員にとっては、上級公務員のそうした働き振りが、コンピテンシーの役割を果たすのでは
ないかと思われる。
5.国家公務員の「働き方改革」
今年 3 月 23 日、内閣人事局は「平成 28 年度における人事管理運営方針」を決定し、公
表した。19 これに先立つ 3 月 14 日には「霞が関の働き方改革を加速するための懇談会」
(座長:小室淑恵、株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長)が開かれ、国家公務
員が個々の能力を最大限引き出すための環境等について議論がなされた。民間企業であれば
「企業価値の最大化のための働き方」が問われることになるが、公務労働の場合、これが「国
益最大化のための働き方」を問うことになる。
この懇談会に出席した公務員メンバーの見解として、現状では膨大な業務量の中、時間や
コストをかけて取り組むべきと言えない仕事も多いとして、その結果、①育児中・介護中な
ど、時間制約を抱える人材を必ずしも活かし切れていない、②長時間労働を前提とする勤務
環境や変化の見えない仕事にストレス・疲労・膠着感が溜まり、労働生産性が高いとはいえ
18
19
稲継裕昭『日本の官僚人事システム』、東洋経済新報社、1996 年、90~91 ページ。
以下、内閣人事局 HP(http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/)を参照。
ない状況にある人も相当数いる、③メンタル不調に伴う休業・離職や働き方を転換するため
の民間への転職などの例もみられる、といった意見が提出された。この点については前出の
村松氏が「卑近な一例であるが、官僚の超・超過勤務について、筆者は異常であると思って
いた。国会の答弁資料の準備に忙殺され、家庭の時間の持てないような勤務では、公務員の
読み、考える時間は犠牲になるし、彼らの健康は害される。省庁幹部による、ジェネラリス
トを基準としローテーションでトップをつくっていく人事行政にも専門性の軽視という問
題があった。」と指摘されていた。20
国会の答弁資料準備というのは、本来は議員の秘書
がおこなうべき業務であるが、こうして政権政治の利害調整過程に官僚が引き込まれるかた
ちになった結果、政治的な利害調整能力、予算折衝能力が重視されることとなり、官僚とし
ての専門的スキルが相対的に軽視されてしまったのではないか。
懇談会メンバーの見解として、現場(上司)が労働時間をコストと自覚すること、構造的
な課題として政府全体の戦略が乱立しており、プライオリティが不明瞭であること、意思決
定階層が多すぎること、インプット、アウトプット、労働生産性の評価がなされていないこ
と等が挙げられている。官僚の業務が国益最大化に向かうことができるかどうかは、最終的
にはこうした働き方の改革が実現できるかどうかにかかっているのではないだろうか。
20
前掲書、村松岐夫『公務員制度改革』89 ページ。