資生堂児童福祉海外研修報告書 - 公益財団法人 資生堂社会福祉事業

2012 年度 第38回
資生堂児童福祉海外研修報告書
∼ドイツ・イギリス児童福祉レポート∼
公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団
第38回(2012 年度)
資生堂児童福祉海外研修報告書
(ドイツ:デュッセルドルフ・ケルン、イギリス:ロンドン・ケント・オックスフォード)
第38回 資生堂児童福祉海外研修結団式 2012 年 8 月 2 日・於資生堂パーラー
望 月
春 田
澤
宮 崎
森
松 原
松 本
資生堂財団
田 中
黒 澤
神 麻
髙 野
中 澤
山 口
藤 江
子どもの虹
情報研修センター
南 山
資生堂財団
吉田副事務局長
資生堂財団
吉井事務局長︵前任︶
社会福祉法人三光事業団
側垣団長
資生堂社会福祉事業財団
大矢理事長
全国児童養護施設協議会
加賀美会長
全国社会福祉協議会
松島児童福祉部 部長
厚生労働省
田中社会的養護専門官
CONTENTS
実施要領・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
あいさつ 全国児童養護施設協議会 加賀美 尤祥 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
団員紹介 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
団長報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5
事務局報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
研修スケジュール ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
Ⅰ ドイツ・イギリスの児童福祉
子どもの虹情報研修センター 南山 今日子(第 38 回研修研究生)
第 1 章 ドイツの児童福祉
1.ドイツの概況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
2.ドイツが抱える大きな課題
(1)東西統一後の福祉制度と経済発展の両立 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
(2)移民受け入れにより生じている課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11
(3)家族政策 −出生率上昇のための家族支援と子どもの早期教育− ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
3.ドイツの児童福祉システム ∼家庭から社会へ
(1)児童の概念 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
(2)青少年援助・家族支援・虐待対応のシステム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
(3)地域における家族支援 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
(4)児童保護の流れ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
(5)社会的養護(家庭外措置)について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
(6)妊娠・周産期の支援:ベビークラッペ(赤ちゃんポスト)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
第 2 章 イギリスの児童福祉
1.イギリスの概況 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
2.児童虐待死亡事例と施策の歴史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
3.児童虐待介入システム
(1)ベースとなる法律・ガイドライン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31
(2)子どものケアシステムの考え方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
(3)児童保護までの流れ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32
(4)児童虐待の現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
(5)地域機関協働による児童虐待対応 ∼ LSCB ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
4.地域におけるハイリスク家庭への支援・虐待予防 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35
5.社会的養護(家庭外措置)について
(1)現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
(2)里親 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
(3)治療施設 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37
6.第三者による評価システム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
資料「ニーズのある子どもと家族への対応フローチャート」1 − 5 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
参考引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
Ⅱ 視察報告
■ ドイツ
・ノルトライン・ヴェストファーレン州 家族・子ども・青少年・文化・スポーツ省 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
・デュッセルドルフ市少年局 市立キッズヘルプセンター ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52
・ファミリエンティッシュ「家族のための地域同盟」デュッセルドルフ版(家族政策提言会議)・・・・・・・・・・・・ 56
・A JS NRW(ノルトライン・ヴェストファーレン州青少年健全育成保護協会)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58
・PAN NRW(里親養子縁組家族支援協会)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 61
NRW 州の里親制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63
ドイツの里親制度概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64
ドイツの養子縁組制度概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 65
・SOS 子ども青少年支援センター デュッセルドルフ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66
・SKF ハウス・アーデルハイト(母子入所施設)、モーゼの赤ちゃんウィンドウ(赤ちゃんポスト)・・・・・・・・・・ 70
コラム ∼ドイツの日常から垣間見える性意識∼ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73
・ディアコニー デュッセルドルフ(キリスト教系社会福祉団体児童福祉サービス部門)・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 74
・KiD デュッセルドルフの子(児童アセスメント施設)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77
・EVK デュッセルドルフ福音派病院付属通所型治療機関 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81
コラム ∼ドイツにおける心理治療∼ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 83
コラム ∼英独の教育制度比較∼ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84
コラム ∼施設作り、空間演出∼ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 87
■ イングランド
・ロンドン大学 デビッド・ゴフ教授 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 89
・ヒリンドン区地域児童保護委員会(LSCB)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91
コラム ∼海外研修のテーマのひとつである里親支援∼ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94
・ファミリー・ライツ・グループ(家族の権利擁護・相談支援団体)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95
・コインストリート・ファミリー・チルドレンズ・センター ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 98
シュアスタートとチルドレンズ・センター ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 101
・フォスター・ケア・アソシエーション(FCA)ロンドン(里親支援団体)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 102
・Ofsted(教育とソーシャルケアの第三者評価機関)について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 107
・カルデコット・ファウンデーション(入所型治療教育施設)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 108
コラム ∼子どもに関わる仕事に必要な無犯罪証明(DBS チェック)∼ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 114
・マルベリーブッシュ・スクール(入所型治療教育施設)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 115
団員名簿 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 120
資生堂児童福祉海外研修の実績一覧 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 121
編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 123
付表 1 イギリス Common Assessment Framework ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 125
付表 2 ロンドン ヒリンドン区 CAFフローチャート ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 130
実施要領
1. 目的
児童福祉施設の中堅職員を対象に、福祉先進国の福祉情報、専門知識、支援技術、施
設の運営形態などの研修に加え、広く訪問国における人々との交流を通して、参加者
の幅広い人間形成と資質の向上を図り、将来の児童福祉界を担う人材の育成を目ざす。
2. 主催
公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団
3. 後援
厚生労働省、全国社会福祉協議会
4. 研修意図
イギリスとドイツにおける児童福祉と社会的養護の歴史と実情を学びながら、日本の
「今後の児童福祉施設の機能と特長」や、
「里親とその支援を行なう施設とのパートナー
シップ」を探り、日本のあるべき児童福祉の将来像について考える。
5. 研修内容
(1)主な研修内容
①児童福祉施設・団体(親子入所施設)
、里親支援機関、治療教育施設、病院(精神
科部門)
、アセスメント施設、家庭支援施設、赤ちゃんポスト、家族政策提言会議、
青少年育成保護団体、権利擁護団体等での視察研修
②大学教授、行政(子ども・家族政策部門、児童保護機関連携委員会)による講義
(2)研修のポイント
①子どもの権利擁護の考え方、児童虐待対応・予防のシステム
②児童福祉の歴史と制度、具体的政策、地域支援の概要
③社会的養護の実情:制度、しくみ、虐待ケースへの対応、里親と施設の役割と協力
体制、専門的ケア、自立への支援
④里親支援のシステムと実際
⑤児童福祉施設における支援の実際(支援環境、治療的支援、関係機関との協働)
ドイツ:デュッセルドルフ・ケルン
イギリス:ロンドン・ケント・オックスフォード
6. 研修先
7. 実施期間
2012 年 9 月 9 日(日)∼ 9 月 23 日(日)
(14 日間)
8. 研修団人数
16 名(団長:1 名 団員:12 名 研究生:1 名 事務局 2 名)
9. 推薦要件
(1)過去に他財団、団体の主催する同種の海外研修に参加していない方
(2)職務経験年数が 5 年以上で、2012 年 4 月 1 日現在年齢が 45 歳以下の方
(3)日常中心的に被虐待児童への対応に携わり、本テーマの研修について高い関心を持ち、
強い意欲と責任感のある方
(4)長期にわたって児童福祉に貢献できる方
(5)心身ともに健康で、長時間にわたる移動、団体行動に耐えられる方
10. 選考方法
全国児童養護施設協議会、全国乳児福祉協議会、全国母子生活支援施設協議会、全国児
童自立支援施設協議会、全国情緒障害児短期治療施設協議会、全国児童家庭支援センター
協議会など関連団体の推薦にもとづき、資生堂児童福祉海外研修選考委員会の審査により
決定する。
11. 研修報告書の作成及び発表
①研修団は、2013 年 3 月末までに報告書を作成し、2013 年 4 月厚生労働省において研
修報告の発表を行なう。 ②それぞれの施設協議会などが主催する研修会などにおいて研修結果の報告を行なう。
1
あいさつ
子ども家庭福祉の未来を見据えて
社会福祉法人全国社会福祉協議会
全国児童養護施設協議会
会長 加賀美 尤祥
第 38 回資生堂児童福祉海外研修の成果がここ
ら大きな社会問題となった児童虐待への取り組み
に研修報告書として発出されるにあたり、多くの研
は、日本の学ぶべきところは大きいと思います。
修生を派遣して頂いた施設、機関を代表して一言
里親制度についても、サッチャー政権時代に家
ごあいさつをさせて頂きます。
庭外措置を施設中心から里親へと大きくパラダイム
今回の研修先の一つは、あの第二次世界大戦
転換したイギリスと、施設と里親が併存した社会的
でわが国と同様、敗戦国として 20 世紀の後半をそ
養護システムとして展開されているドイツは、今回
の復興と、加えて東西に分断された国の統合とい
意図して選別されたと思量されます。
う二重苦を乗り越え、今やユーロ圏の中でも屈指
また、施設運営の質向上をテーマとして、全て
の経済大国として発展してきたドイツが選ばれまし
の社会福祉施設の中で児童養護施設等が初めて
た。一方で、同じ大戦の戦勝国として国際社会の
受審義務化された第三者評価制度などもこの二国
中で米国と強い絆をもって国際政治に強い影響力
に学ぶものがあったでしょう。
を持ち続けているイギリスという二つの福祉先進
加えて、今般の「課題と将来像」に色濃く反映
国が選ばれたことは、その歴史的背景の中でそれ
されたのは、全国児童養護施設協議会が平成 14
ぞれに特色ある制度施策を構築してきた国である
年 4 月に提起した「児童養護施設近未来像Ⅱ」で
ことから、本研修報告には強い関心がもたれると
すが、その中の大きな課題として掲げられている今
ころです。
後予測されるわが国の増大する家庭内子ども虐待
38 回と回数を重ねてきた本研修ですが、その都
への対応について、親子分離保護できない子ども
度、直近の国内外の政治的、社会的動向を見据え
たちの養育支援をも視野に入れた新たな社会的養
つつ福祉潮流を踏まえ、特に児童福祉のニーズを
護システム構築へのパラダイム転換が必要と提起し
的確に捉えた研修テーマと、それに相応しい研修
ています。
「課題と将来像」では、この点にはまだ
先が良く吟味され実施されてきたと感じています。
踏み込んだ提起はされていないのですが、今般の
本年の研修の焦点のひとつは云うまでもなく、
研修ではこうした観点から、虐待問題に一歩先ん
タイガーマスク現象を契機として取り上げられた社
じてきた二つの国の地域支援策、とりわけ子ども
会的養護の課題検討の末に取りまとめられた「社
家庭施策としての分離保護(家庭外措置)から在
会的養護の課題と将来像」でありましょう。その
宅支援のための包括的な制度施策には学ぶものも
中では、虐待問題を背景とするわが国の社会的養
たくさんあると思われます。
護の今後を見据えて、
「家庭的養護の推進」をテー
本年の二ヵ国への研修に参加した若き研修生た
マに掲げ、施設の小規模化と共に、特に里 親制
ちが、その全身全霊をもって体験し学んだ全ては、
度の拡大推進が大きく取り上げられています。そこ
それぞれの実践現場はもとより、その活動を通じ
では、社会的養護の総必要量を向こう十数年で現
てやがてはわが国の子ども家庭福祉の方略や制度
状の約 1 割増とした上で、そのうち 2 / 3 を施設、
の変革に必ずや反映して行くであろうと念じており
残る 1 / 3 を里親やファミリーホームにしていくとま
ます。
とめられています。イギリスでは、大戦後の「ゆり
最後になりましたが、この意義ある研修を企画
かごから墓場まで」で有名なベヴァリッジ報告に始
実践して頂いた資生堂社会福祉財団にあらためて
まる法制度改革が、その後の社会変動の都度様々
深甚なる感謝の意を表してごあいさつに代えさせて
にその施策を転換してきました。特に 1970 年代か
頂きます。
2
gggggggggggggggggggggggggggggg
団員紹介
団長
【兵庫県】
児童養護施設
社会福祉法人 三光事業団
総合施設長
側垣 一也
【群馬県】
児童養護施設
地行園
児童指導員
宮崎 佳恵
【広島県】
児童養護施設
救世軍愛光園
ファミリーソーシャルワーカー
森澤 のぞみ
【静岡県】
児童養護施設
誠信少年少女の家
児童指導員
望月 克仁
【福岡県】
児童養護施設
報恩母の家
里親支援専門相談員
藤江 恵
【滋賀県】
児童養護施設
鹿深の家
副施設長
春田 真樹
【山梨県】
乳児院
山梨立正光生園 乳児院
家庭支援相談員
黒澤 朋子
3
【京都府】
児童養護施設
京都聖嬰会
保育士
髙野 まり子
【千葉県】
母子生活支援施設
FAHこすもす
少年指導員
松原 恵之
gggggggggggggggggggggggggggggg
(ドイツ:デュッセルドルフ・ケルン、イギリス:ロンドン・ケント・オックスフォード)
【神奈川県】
母子生活支援施設
アーサマ總持寺
母子支援員
中澤 三和子
【静岡県】
児童自立支援施設
静岡県立三方原学園
児童指導員
神麻 裕子
【熊本県】
情緒障害児短期治療施設
こどもL.E.C.センター
副主任児童指導員
【愛知県】
児童家庭支援センター
子ども家庭支援センターさくら
支援相談員
事務局
【東京都】
公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団
副事務局長
事務局
【東京都】
公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団
松本 祐一郎
研究生
【神奈川県】
子どもの虹情報研修センター
心理職
南山 今日子
吉田 康則
4
山口 由美
田中 恵子
団長報告
児童養護施設 社会福祉法人 三光事業団
総合施設長 側垣 一也
第 38 回資生堂児童福祉海外研修団は、2012 年
後の対応だけではなく予防・早期支援を進めるため
9 月 8 日から 9 月 23 日までの 2 週 間、 ドイツ連 邦
に、医療・保健・教育・司法・行政・相談機関など
共和国ノルトライン・ヴェストファーレン州デュッセル
が情報を共有し協働して取り組むための制度の見直
ドルフ市・ケルン市、およびイングランドロンドン市・
しなどが行なわれている。要保護児童への対応にお
ケント・オックスフォード市を中心に「今後の児童福
いても賛否両論のある「赤ちゃんポスト」の設置に見
祉施設の機能と特長」を考え「里親とその支援を行
られるように、
「目の前の子どもの命を守るために必
なう施設とのパートナーシップ」を学ぶことを目的に
要」という子ども中心の視点があり、同時に親の思
17 ヵ所の機関、団体、施設を訪問した。児童養護
いや意見を尊重し子どもの養育に関する配慮権を保
施 設 6 名・乳 児 院 1 名・母 子生活支 援 施 設 2 名・
障するための法律も整備している。また、施設養育
児童自立支援施設 1 名・情緒障害児短期治療施設
や里親養育、地域の子育て支援サービスなどについ
1 名・児童家庭支援センター 1 名の計 12 名の団員と、
ても行政機関が責任を持ちつつ、実際の運営やサー
子どもの虹情報研修センター 1 名、資生堂社会福祉
ビス提供の多くは民間社会福祉法人や NPO あるい
事業財団事務局 2 名の総勢 16 名の研修団となった。
は教会の組織に委託・連携し、地域や利用者の特
この報告書において総括的な両国の社会福祉制
性に応じて工夫された細かいサービスの提供が可能
度の現状については第Ⅰ章の子どもの虹情報研修セ
になっている。 ンター研究員南山今日子さんの報告、訪問先の具体
現代のドイツ社会が「家庭の子育て責任」から「社
的な内容は第Ⅱ章の団員の視察報告に任せて、ここ
会の子育て責任」が重要であるとの考え方へ大きく
では、研修全体で印象に残ったことを書きたい。
変化し、社会全体で「家族に優しい国」をつくろうと
1.
「家族に優しい国」をめざして
いう目標に向かって進もうとする強い意志を感じた。
最初の訪問地デュッセルドルフ市では 9 月 10 日か
2.
「ワーキングトゥギャザー」と「ハーム」
ら 14 日にかけて 10 ヵ所の機関・団体・施設を訪問
イングランドへの移動日と日曜日をはさみ、9 月 17
した。ハードな日程だったが、いずれの訪問先でも
日から 21 日まで、ロンドン市を中心に研修をした。
丁寧に対応していただき、多くの資料の提供もあり
イギリスは人口や国土面積は日本よりもやや少ない。
充実した研修になった。ドイツ連邦共和国は、第 2
合計特殊出生率は日本より高く、GDP の数字も先
次大戦後冷戦時代の東西の分裂、1990 年の統合な
進国の中では上位に位置する裕福な国だが、歴史的
ど、社会・経済・文化などで多くの困難な経験を重
な身分制度が残り、移民も多く、貧富の格差が大き
ねてきた。現在も、少子化・家族形態の多様化、経
い国であるといわれている。社会保障制度について
済不況の克服など日本と同様の課題や、移民の増
は、第 2 次世界大戦後「ゆりかごから墓場まで」の
加から生じる欧州特有の課題もある。しかし、これ
言葉に象徴されるように、各国からモデルとされる
らの課題を放置することなく、連邦や州、市行政が
ような取り組みが進められてきたが、政治体制や経
調査・考察・評価を行ない、具体的な施策を企画実
済状況により変化している。ドイツと同様に移民施
行してゆく積極的な姿勢は見習うべきものがあった。
策も重要な課題となっている。児童福祉においては、
少子化や女性の就労に伴う保育需要の増加に対応
基本的にはすべての子どもを対象としつつ、過去の
するためにも数値目標を明示し、保育施設の整備や
虐待死事件の検証で、保護の必要な子どもに対して
その予算裏付けのための法改正も行なわれ、子育て
のアセスメント体制や保護のプロセスなどの制度は、
のしやすい社会環境を整えるための施策を推進して
近年積極的に整備されてきた。
いる。
ロンドンでの研修初日、ロンドン大学教育学部社
また、虐待死事件などの深刻な課題から、発生
会科学ユニットのデビッド・ゴフ教授の研究室で、イ
5
ギリスの児童虐待対応の歴史と現状について講義を
だと思う。午後にはフォスターケアラー(里親)とケ
受けた。ゴフ教授は、日本子ども虐待防止学会の顧
アリーバー(里親養育から離れた青年)の二人から
問でもあり、達者な日本語をまじえて、19 世紀末の
具体的な事例を聞いた。フォスターケアラーからは自
NSPCC の設立と児童虐待防止保護法の制定時代か
分のこれまでの経験や子どもに対する思い、ケアリー
ら現在に至る児童保護制度の概要や、虐待死亡事例
バーからは里親委託されるまでの非常に厳しい経験
の検証と制度の改定のもたらす意味などを解説してく
を聞き、一同胸が締めつけられる思いを抱いて、最
ださった。ゴフ教授研究室の日本人大学院生で、講
後の訪問先を後にした。
義の通訳もしていただいた小川紫保子さんから伺った
今回の研修参加に当たり、団員に対しては、事前
「イギリスでは、10 歳以下の子どもたちを守らない社
に日本の児童福祉制度の現状、ドイツとイギリスの
会は、将来 10 歳以上の子どもから社会を守らなけれ
児童福祉の歴史や法制度の学習、研修訪問先に関
ばならなくなるだろう、といわれている」という言葉
する情報収集、質問事項の整理など多くの課題が与
は日本の現状と重ね合わせて非常に印象に残った。
えられた。帰国後の報告書の作成においても、施設
翌日から 6 ヵ所の機関・団体・施設を訪問した。
での日常業務の傍ら、研修内容を整理検討し情報
イギリスの児童保護施策の共通のキーワードは「ワー
交換をして、推敲を重ねた結果であること加えて報
キングトゥギャザー」と「シグニフィカント・ハーム(重
告したい。私は、団員に対して「研修中に、今後の
大な害):以下ハーム」である。
「ワーキングトゥギャ
自分自身の仕事の方向性を示すキーワードを見つけ
ザー」は、過去の多くの虐待死事件の検証から課題
てほしい」とお願いした。第 38 期の研修団員が自
が提 起され改訂された 1989 年の児童法に基づく、
分の見つけたキーワードを大切にして、今後の日本の
児童保護・児童福祉に関わる機関や組織が効果的
児童福祉・社会的養護を担ってくれる存在になって
に連携し協働して活動するための「ガイドライン」で
もらえるよう願っている。
あり、すべての施策や活動、施設の運営に共通す
最後になったが、素晴らしい研修の機会を提供し
る「理念」として大 切にされ定期的に見直しも行な
ていただいた、
(公財)資生堂社会福 祉事 業財団、
われている。自治体は LSCB(Local Safeguarding
研修に同行し温かい助言を頂いた副事務局長吉田
Children Board)の設置を義務づけられ、子どもの
康則さん、研修企画・進行すべてを担ってくださっ
成長に関わるすべての「ハーム」に関して情報共有と
た田中恵子さん、研修に同行し専門的な解説や質問
検証を行なうことを求めている。
「ハーム」の概念に
を適切にしていただき、報告書の作成にも大きな部
ついては、
「アビューズ(虐待)」より幅広い概念とし
分を担っていただいた研究員の南山今日子さん、事
て考えられ、大人の意図の有無にかかわらず子ども
前研修の講義をして頂いた、子どもの虹情報研修セ
にとっての「ハーム」であればすべて報告され対応す
ンター増沢高さん、帝京大学教授髙橋由紀子さんに
ることになる。要保護児童だけではなくすべての子
心から感謝申し上げたい。また 2 週間にわたる研修
どもに関わる概念であり、日本での今後の取り組み
中、素晴らしいツアーコンダクトをして頂いたトップツ
において非常に参考になった。
アーの添乗員四十栄麻美さん、訪問先とのアポイン
里親支援については、最終日に民間支援団体であ
ト・打ち合わせを担当していただいた星野景子さん
る FCA を訪問し、里親希望者の開拓から里親委託、
と三上佳博さん、ドイツ研修の通訳横江実さん、イ
委託後のレビューまでの流れなど充実したサービス
ギリス研修の通訳坂本教子さん、小川紫保子さん、
内容の説明を受けた。利用決定における保護者や子
林真澄美さんなどのおかげで、研修が無事終了した
どもの意見表明の保障など当事者参加の体制は日本
ことにも感謝し、団長報告の結びとしたい。
の里親支援サービスにおいても今後重要になること
6
事務局報告
公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団
事務局 副事務局長 吉田 康則
若者は、母を訪ねて渡英した地で、謂われなき暴力を
奮われました。そんな若者が漸く理解ある里親と巡り合
い、ささやかな幸せを手にすることができました。同じよ
うな体験をする子どもが一人でも少なくなるように・・・。
そんな願いを込めて、若者は自らが歩んできた道を、静
かに、ありのまま語ってくれました。一人にできることは
限られている。しかし一人ひとりが連帯すれば、それは
驚く程の力になり、拡がりを見せることができる。行動
を起こすことに遅すぎることはない。児童福祉に関わる
活動する団員たちの想いが一つになった瞬間でもありま
した。
さまざまな種別の施設から集まった 12 人は、施設の代
表としての誇りと責任を胸に、刺激と興奮の連続の中で
懸命な努力を続けました。研修出発に際し“学ぶ者たち
の集団”であることを誓い、研修期間中、お互いを「先
生」ではなく
「さん」付けで呼び合うことを約束しました。
その日に学んだことは、その日に総括し、持ち越さない
完結型研修を貫いたのも38 期生の特長でした。研修終
了後、バスの中で、ホテルのロビーで一日分の総括をす
る姿は、2 週間の研修を一瞬たりとも無駄にしない緊張
感を生みました。それでも認識の違いや確認の時間が足
りず、宿泊するホテルの灯が消えるのは日付が変わって
から・・・という日が続きました。研修で見聞した新た
な知識や技能の修得は勿論、寝食を共にした 2 週間の
間に施設の実状や将来像を語り合い、施設で活動する
ことの夢や希望や悩みを語り合ったことで確かな絆を結
び合うことができたようです。研修合間の休日にはデュッ
セルドルフの街中を歩き、ロンドンの繁華街に繰り出して
ヨーロッパの“今”を存分に体験することもできました。
研 修 先から提 供された資 料や買い求めた土 産で重
量 制 限に触れんばかりのバゲージを抱え、9 月 23 日、
BA007 便で羽田空港に全員、無事に帰国し現業に復帰
しました。報告書取り纏めの作業は例年どおり時間に追
われる厳しい作業となりました。見聞きした事実の報告
に止まらず、38 期団員としての視点も盛り込んだ報告書
として上梓することが出来ました。ご一読頂ければ幸い
です。
これからは資生堂社会福祉事業財団の海外研修修了
者として児童福祉業界のため貢献をしてくれることを確信
しています。団員の今後にご期待頂くと共に、引き続き
のご指導・ご鞭撻をお願いいたします。
最後になりましたが、選考段階から団員を励まし、温
かなお言葉を頂戴した厚生労働省、種別協議会執行部
の皆さま、団長として第 38 期団員を率いてくださっただ
けでなく、日々の研修について着眼点や学習ポイントを
助言してくださった側垣一也先生(兵庫・三光事業団総
合施設長)や団員の研修内容に的確な助言を続けてくだ
さった研究生の南山今日子氏(神奈川・子どもの虹情報
研修センター)、団員を送り出してくださった施設長各位、
留守中のサポートを頂いた多くの仲間の皆さまをはじめ、
数多くの方々のお力添えにより、実り多い研修となった
ことは間違いありません。ご尽力とご支援に、この場を
お借りして厚くお礼申し上げる次第です。
2012 年 9月 9 日、千葉県成田市は快晴微風。第 38 期
資生堂児童福祉海外研修団一行16 名が BA(ブリティッ
シュエアウェイズ)006 便で研修前半の目的地であるドイ
ツ・デュッセルドルフ空港へ向け、出発しました。ロンドン・
ヒースロー空港経由で 13 時間を超えるフライト。乗り継
いだBA0944便がフラップをいっぱいに伸ばしながらバウ
ンドするようだった着陸も、研修本番を迎え、気持ちが
高揚した団員には少しも不安ではなかったようでした。
無事研修地へ到着したことを祝ったビールの味に漸く
ドイツを実感した団員たちは、プラタナスが色づき始めた
ドイツの秋を楽しむ間もなく、デュッセルドルフ市少年局
の児童福祉対応状況の視察から研修に入りました。施
設養護に力点を置くドイツですが、行政が関与する育児
支援施設は言うに及ばず、民間宗教団体などが運営する
児童福祉サービス施設や入所・通所型治療施設が州政
府や行政機関と密接に連携を取り合う体制が確立されて
いるあたりに児童福祉先進国の一端を垣間見た気がしま
した。活発な民間団体の活動は人口構造や宗教観の違
いに起因するとも考えられますが、子どもの幸福を願う
気持ちに彼我の差はありません。緑豊かな敷地の中に点
在する什器・備品が機能的に整備された施設。自助・自
立、共助、公助を論ずるまでもなく、次代を担う子ども
たちが安心して安全に育つ環境整備を社会のミッション
と捉え、予防・対応両面から策を講じているドイツの児
童福祉政策は、大いに学ぶものがありました。事前研修
でドイツの少年援助法制度に関わる福祉事情について講
義頂いた髙橋由起子先生(帝京大学法学部)の基礎講
座の受講が役立ちました。事前研修・現地研修の繋がり
を改めて実感しました。
ドイツでの濃密な一週間の研修を終了し、9月16 日、
後半の研修地・イギリス・ロンドンへ向かいました。デュッ
セルドルフからロンドンへは僅か 2 時間のフライト。オリン
ピック、パラリンピックが終了した直後のロンドンには、
まだ世界的イベントの熱気が残っているようでした。ロン
ドンでの研修は、ゴフ・ロンドン大学教授による「イギリ
ス福祉に関する導入講義」から始まりました。僅か半日
でしたが、イギリスの児童福祉の歴史と現状や課題にま
で言及された内容は、事前研修で増沢高先生(神奈川・
子どもの虹情報研修センター研修部長)から受けた講義
と合わせ、イギリスの児童福祉事情の全貌を知る貴重な
機会となりました。ドイツと異なり、イギリスは社会的養
護の基本を里親に置いています。力点の置き方こそ異な
りますが、行政組織とは別の民間団体が育児支援、治
療施設等を活発に展開し、社会全体の育児に関するセー
フティネットが整備されていることは注目すべき共通点と
言えました。19 世紀からの 200 年を振返ると、イギリス
にも種々の痛ましい児童虐待の歴史があり、法的対応や
現状改善に向けた取り組みがすすめられてきました。理
想を求めて弛まざる努力を継続することの重要さを強く
印象づけられたイギリスでの研修でした。
ロンドンでの研 修の最 終日、里 親支援団体(Foster
Care Associates)で聴いたアフリカ生まれの里子との出
会いに触れない訳にはいきません。
7
研修スケジュール
月/日(曜)
時間
9/8(土)
15:00
成田ビューホテル(前泊ホテル) 集合
10:55
15:10
17:00
19:20
ホテル出発 ⇒ 成田空港へ移動
成田空港発(BA006便)
ヒースロー空港着、乗り換え
ヒースロー空港発(BA0944便)
デュッセルドルフ空港着 ⇒ 専用バスでホテルへ
夕食 (デュッセルドルフ、ホテル ニッコー泊)
9/9(日)
9/10(月)
10:30
14:00
16:00
10:00
日程と研修概要
●デュッセルドルフ市少年局 市立キッズヘルプセンター
●ファミリエンティッシュ「家族のための地域同盟」デュッセルドルフ版
(家族政策提言会議)
●PAN NRW(里親養子縁組家族支援協会)
14:00
●SKF ハウス・アーデルハイト(母子入所施設)、
モーゼの赤ちゃんウィンドウ(赤ちゃんポスト)
●AJS NRW(ノルトライン・ヴェストファーレン州青少年健全育成保護協会)
9/12(水)
14:00
専用バスで移動
●ノルトライン・ヴェストファーレン州家族・子ども・青少年・文化・スポーツ省
9/13(木)
10:30
14:00
●SOS 子ども青少年支援センター デュッセルドルフ
●ディアコニー デュッセルドルフ(キリスト教系社会福祉団体)
9/14(金)
10:00
13:00
●KiD デュッセルドルフの子(児童アセスメント施設)
●EVK デュッセルドルフ福音派病院付属通所型治療機関
9/15(土)
10:45
11:15
専用バスでデュッセルドルフ空港へ
デュッセルドルフ空港発(BA937便)
ヒースロー空港着 ⇒ 専用バスで市内観光の後ホテルへ
夕食 (ロンドン、ミレニアム・グロースター・ロンドン・ケンジントン泊)
9/11(火)
【休 日】
観光
9/16(日)
10:00
9/17(月)
14:30
●シェイマス・ジェニングス氏(FCA)
「Ofsted(教育とソーシャルケアの第三者評価機関)について」
●ロンドン大学デビッド・ゴフ教授講義
「イングランド児童福祉における変化、5つの側面」
小川紫保子氏、林真澄美氏による講義
9/18(火)
9:30
15:00
●ヒリンドン区地域児童保護委員会(LSCB)
●コインストリート・ファミリー・チルドレンズ・センター
10:30
14:30
●カルデコット・ファウンデーション(入所型治療教育施設)
●ファミリー・ライツ・グループ(家族の権利擁護・相談支援団体)
9/19(水)
9/20(木)
9/21(金)
9/22(土)
9/23(日)
14:00
10:30
終日
専用バスで移動
●マルベリーブッシュ・スクール(入所型治療教育施設)
●フォスター・ケア・アソシエーション(FCA)ロンドン(里親支援団体)
9:05
専用バスでヒースロー空港へ
ヒースロー空港発(BA007便) 機中泊
4:55
羽田空港着 解散
8
Ⅰ ドイツ・イギリスの児童福祉
子どもの虹情報研修センター
南山 今日子 (第 38 回研修研究生)
第 1 章 ドイツの児童福祉
1. ドイツの概況
業、化学薬品、家電、太陽電池(世界一のシェア)
ドイツ連邦共和国は、ヨーロッパ中部に位置し、
などの産業でも名高い。また、環境国家として位
北はデンマーク、東はポーランド、チェコ、南はオー
置づけられることも多く、脱原発を目指し、自然エ
ストリア、スイス、西はフランス、ルクセンブルク、
ネルギーの開発に力を入れている。日常生活の中
ベルギー、オランダの9ヵ国と国境を接する。面積
では、エコバックの使用、ゴミの分別などが徹底
は35.7万km 2と、日本
(37.8km 2)とほぼ同じである。
されており、ドイツ人のきっちりした性格も相まって
人口は約8,175万人、首都のベルリンに約346万人
か、家の中や職場は整然と片付いているという。
が住む。日本は首都・東京に人口の約1割が集まっ
歴史を振り返ると、かつては小さな国が寄り集
ているが、ドイツではいくつかの大きな都市に分散
まって構成され、戦争が繰り返されていた。1871
している。
年、統一国家としてのドイツ帝国が成立し、ビスマ
ルク憲法(正式名称;ドイツ帝国憲法)が制定され
■ドイツの16州
た。1918年に第一次世界大戦が終了し、革命によ
り民主主義であるワイマール共和国が成立したが、
1933年にはヒトラーによるナチス政権の独裁政治
にとって代わった。第二次世界大戦後、1949年に
東西ドイツに分断され、東ドイツは社会主義国家、
ベルリン
西ドイツは資本主義国家となった。その後約40年
研修地
ノルトライン・
ヴェストファーレン州
(州都:
デュッセルドルフ)
間、
まったく違う政治・経済体制が敷かれていたが、
1990年に東西ドイツの統一がなされ、現在の形で
あるドイツ連邦共和国が成立した。
東西ドイツ統一後は連邦共和制をとり、旧西ドイ
旧東西ドイツ
境界線
ツ10州、旧東ドイツ5州及びベルリン州 1 の16州か
らなる。連邦法が最高法であるが、それぞれの州
独自の州憲法、州政府、州議会、州裁判所を持っ
ている。2005年にはメルケル首相がドイツ史上初
の女性かつ旧東ドイツ出身の首相とし就任した。
IMF(国際通貨基金)調査によると、2011年の
ドイツといえば、文学、哲学、音楽で歴史が深
ドイツのGDPは36,070億US $と、 日 本(58,660
く、ゲーテ、ヘルマン・ヘッセ、カント、バッハ、
億US $)に次いで186ヵ国中4位であり(1位はアメ
ベートーベンなど多くの偉人が育った国である。ま
リカ、2位は中国)、経済大国である。しかし、一
た、ポルシェやメルセデス・ベンツなどの自動車産
人当たりのGDPとなると、ドイツは44,110US $と
1
ベルリンは、旧東ドイツ地域に位置していたが、旧東ドイツの首都となった東ベルリンと旧西ドイツに統治された西ベルリンに分断されて
いた。
9
183ヵ国中18位(日本は45,869US $で17位)と下が
ドイツから旧西ドイツへの人口流出も重なり、旧
り、一人当たりの生産量は高いとは言えない。
東西ドイツの間で大きな経済格差が生まれた。
近 年、日本でも問題となっている格 差や貧困
旧東ドイツへの援助コストの増大、社会保障費
であるが、ドイツの所得間格 差を表すジニ係数 2
の増大、失業率の上昇(図1)などが予想以上の
(OECD,2008)は、0.298と30ヵ国中15位であり、
財政負担となり、1990年代に悪化したドイツの
日本(0.321、20位)よりも格差が少ないことを示
経済状況は「ドイツ病」
(熊谷,2005)と名付けら
している。相対的貧困率(mid2000)は11.0%と
れたほど深刻であった。特に旧東ドイツでは失
日本(14.9%)より低かったが、子どもの貧困率は
業率が19.2%(1998年)に達するなど、失業手当
16.0%と日本(14.0%)より高い。移民 家 族の増
や生活保護をはじめ、社会保障制度に依存せざ
加が背景にあると考えられ、この点については後
るを得ない人々が大勢おり、ドイツ経済を逼迫さ
述する。先進国共通の悩みである出生率の低下
せていたのである。
はドイツも同じであり、2011年の合計特殊出生率
この状況を打破しようと、2003年には、シュ
(女性が一生の間に産む子どもの数の平均)は1.3
レーダー首相が「アジェンダ2010」を提唱し、社
と日本と同じであった。ドイツの家族政策は出生
会保障制度改革が行なわれた。これは、福祉制
率と大きく関係しており、この点については2(3)で
度が充実した国とも言われる一方 3、ドイツ経済
扱う。
の重い負担となっていた社会保障サービスの見直
しと、失業者数の大幅削減を目的とするもので
2. ドイツが抱える大きな課題
あり、①失業保険制度の改革、②公的年金保険
(1)東西統一後の福祉制度と経済発展の両立
制度の改革、③公的健康保険制度の改革、④
1990年、過去約40年間、まったく違う政治、
補助金廃止と減税の4つの柱からなる。こうした
経済体制にあった東西ドイツが統一された。実
さまざまな政策により2010年の失業率は8.6%に
際は、旧東ドイツが旧西ドイツに吸収される形に
まで下がり、一定の効果が得られたと評価され
なり、旧東ドイツの社会主義国家は崩壊した。
ている。
統一後、旧東ドイツの国営企業の多くは倒産し、
ドイツが現在抱えている課題のひとつが、経
民営化された企業も経営状況は改善せず、旧東
済発展と福祉制度の両立である。付加価値税、
(%)
ドイツ
西ドイツ
東ドイツ
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
22
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
■図1 東西ドイツ統合後の失業率
Analytikreport der Statistik Arbeitsmarkt in Deutschland Zeitreihen bis 2011より作成
2
3
0 に近いほど格差はない。
1871年のビスマルク憲法以降、特色のある福祉政策をとってきたことから「福祉国家」と言われることが多い。ビスマルクは1883年に
労働者のための公的保険を導入し、1884年には労働者向けの傷害・労災保険、1889年には公的年金保険、1927年には失業保険も導
入し、今日の社会保険制度の基盤が作られた。1995年には世界で初めて国民全員に介護保険の加入を義務付けた介護先進国でもある。
10
日本で言う消費税は、17%である(物によって
に加入しているという。ドイツはこうした改革を
異なる)。国民負担率(租税負担の国民所得に
重ねながら医療制度を維持している。
対する比 率である租税負担率と、社会保障負
また、ドイツでは、1956年に徴兵制度が制定
担率との合計)は53.2%(2009)である。日本は
されたが、同時に、良心的兵役拒否も認められ、
39.9%(2012)であり、ドイツが資本主義国家で
この場合、代替義務として13 ヵ月間、病院や老
ありながら福祉制度が充実している国と言われ
人介護施設などの社会福祉施設で奉仕活動す
る所以がここにある。政府の歳出の約半分が社
ることが義務付けられていた。2003年には、良
会保障に充てられており、国民負担率の高さか
心的兵役拒否者の数が兵役につく者の数を上ま
らもわかるように市民や企業の負担は大きく、
わり、2009年には、約9万人の男子が非軍事役
経済グローバル化の時代に適していないという
務を行ない、こうした労働力が福祉現場を支え
批判もあるが、2008年のリーマンショック後の不
るひとつの要因となっていた。2011年に徴兵制
況の中では、手厚い社会保障制度によって守ら
の中止が発表され、2014年までに職業軍人と志
れた市民も少なくない。例えば、ドイツでは教
願兵による部隊に再編することとなり、これによ
育費は5歳∼大学まで無料であり、親が失業し
り徴兵制は事実上の廃止とみなされた。しかし、
ても子どもは学校に通い続けることができる。ま
同時に徴兵の代替義務も無くなることとなり、
た、いったん職業につくと、法律や労働組合で
これまで労働力を活用してきた社会福祉施設に
守られることが多く、雇用主は簡単に解雇でき
影響を与えないよう、また、今後も若者が社会
ない。有給休暇も消化率は100%という企業が
的な活動の機会を得られるようにするために、
多く、残業も少ない。
連邦ボランティア制度 4 が新しく導入された。し
こうした高い社会保険料や労働者の保護は手
かし、この制度は任意のため、徴兵制度と結び
厚い福祉につながっている一方、少子化や若い
ついた奉仕義務で成り立っていた社会福祉事業
労働者の減少などにより、若い世代が高齢者を
に携わる人材の獲得を、今後どのように行なって
支える世代間契約が成り立たなくなってきてい
いくかが課題のひとつとなっている。
る。失業率の改善や経済発展と、社会保障制
(2)移民受け入れにより生じている課題
度の維持が今なお大きな課題となっている。
医療制度をみると、もともと外来診療は無料
第二次世界大戦後、1950年代に始まった旧西
であったが、国の医療費負担が増大したため、
ドイツでの「奇跡的経済復興」は、深刻な労働
アジェンダ2010をもとに、2004年に公的医療保
力不足を起こした。労働力補充のため、1955年
険近代化法が施行された。受診の抑制をかける
よりイタリアやトルコ、ギリシャ、スペイン等周辺
ために、同一疾病について4半期ごとに10ユーロ
国から、
「ガストアルバイター Gastarbeiter 5 」とい
の診察料、入院では1日10ユーロ(年28日限度)
う期間限定の出稼ぎ労働者を受け入れた。その
負担となった。2009年、全国民が公・民いずれ
後、1973年のオイルショックによる経済の低迷
かの医療保険に加入することを義務付ける法律
を機に受け入れを停止したが、すでに旧西ドイツ
が施行された。人口の約9割は、公的な医療保
で経済的に自立していた外国人労働者は自国に
険に、残りの約1割は民間医療保険に加入して
戻るのではなく6 、家族を呼び寄せ、ドイツに定
おり、ほぼ全国民が公・民どちらかの医療保険
住する者が多かった。1990年代に入り、旧ユー
4
18 歳以上で義務教育を終了した人を対象とし、週 20 時間以上、半年∼ 2 年間、社会奉仕活動を行なう。組織によって額は異なるが、
月額 336 ユーロまでの手当がもらえる。ボランティア活動中は、社会保険料が支払われ、生活保護などの社会保障を受けている人も参
加可能である。
5 Gast =ゲスト(長期滞在をしない)
、Arbeiter =労働者
6 1973 年の停止の際、外国人労働者は、いったん帰国すると二度とドイツでは働くことができないルールが設けられていた。
11
ゴスラビアの内戦による難民の受け入れ、東西
護を受けながらも何もできない父親の姿に、将
ドイツ統一による旧東ドイツからの移住者、旧ソ
来への希望や夢を見出すことができない子ども
連などからの帰還者などで、ドイツはさらに多く
の問題なども重なっていた(柳原,2009)。第2,3
の移民を受け入れる国となっていった(図2)。
世代の移民の子どもが教育を十分に受けずに義
しかし、1990年の東西ドイツ統一以降の経済
務教育を終え、その後進学したとしてもドロップ
悪化により失業率は上昇した。ドイツ人の失業
アウトし、仕事に就くことも難しい状況が特に都
者も増えたが、外国人にいたってはその2倍とも
市部で起きていた。その結果、ドイツ社会と遊
3倍ともいわれた。ただでも困窮する経済状況
離した「並行社会」が生まれ、社会の不安定化
の中、失 業手当や生活保護などの社会保障制
を招くのではないかという懸念が起きていた(丸
度に依存する状況が拡大し、さらに失業した外
尾,2007)。
国人が路上にあふれる状況などが起きたのであ
もはやこうした状況を看過することはできず、
る(小林,2009)。1992∼93年にかけては外国人
2001年、移民政策のありかたを検討する諮問委
への襲撃事件が頻発するなど外国人への排斥も
員会が「ドイツへの移住ではなく統合を」という
強まっていった。そのような中、連邦政府は、
考え方を示し、他国からの移住者がドイツ社会
1993年に難民の流入を止める法律を制定し、こ
に溶け込むための政策を提言した(ジュースムー
れによりドイツへの難民申請者は激減した。外
ト委員会 報告書 9 )。これに基づき、2005年に
国人を排斥する機運があった一方、賃金が低い
は移民法を制定し、公式に移民を受け入れる国
サービス業(特に看護、介護、清掃業)には外国
と表明し、総合的な政策を打ち出していくことと
人の就業が多く、特定業種においては外国人労
なった。この中で、ドイツに一年以上在住する移
働力を必要としていた現状もあった。
民は、630時間の社会統合コースを受けることが
子どもに視点を移すと、OECDが行なっている
義務付けられ、ドイツ語、文化、法律、価値観
学力を測るPISA 7(国際学力比較調査)の2000
に関する講習を受けることとなった。子どもにお
年の結果で、ドイツは先進国にも関わらず20位
いては、就学前にドイツ語検定を受け、基準に
前後と全3分野で下位であっただけでなく、社会
満たない場合はドイツ語訓練を受けたり、保育
階層による学力格差が先進国中で群を抜いて大
所を増やし就学前教育に力を入れたりするなど、
きいという結果であった。ドイツ語が話せない
社会全体で早期教育に取り組むようになった。
家庭の教育水準の低下や、非ドイツ語圏出身の
しかし、2006年のOECD調査では、移民が多い
生徒数の増加(ベルリンでは公立・私立学校全
国17カ国を対象に移民の子どもたちの学力を調
体の28.5%)が起きていた 8(柳原,2009)。こうし
べたところ、ドイツで生まれた移民の子どもは、
た家庭ではドイツ語を使わないため、ドイツ語
母国で一時期育った後にドイツにきた子どもより
教育である学校で、語学力だけでなく基礎的な
も学力が大幅に劣るという結果がでており、現
学力も身につけることが難しい状況にあった。
在も大きな課題となっている。
また移民に多いトルコ人やアラブ系の家庭での
暴力的な父権の影響、あるいは失業して生活保
7
PISA(Programme for International Student Assessment)とは、OECD(経済協力開発機構)による15歳児を対象とした国際的な
生徒の学習到達度調査。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について調査。2000年に第1回目調査が行なわれ、
以降3年ごとに実施。2009年には65カ国・地域(OECD加盟国34、非加盟国・地域31)、約47万人の生徒を対象に調査を実施。
8 ベルリンにあるリュトリ基幹学校では、移民の子どもが過去10年で40%から80%に倍増し、2006年には校内暴力により学校崩壊が起
き、ドイツ全体に波紋を広げた。
9 正式名称「移民の受け入れを設計し、統合を促進する Zuwanderung gestalten-Integration fördern」
12
(%)
10.0
9.0
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
0.0
1951
1961
1967
1968
1969
1970
1971
1972
1973
1974
1975
1976
1977
1978
1979
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
1.0
■図2 ドイツにおける外国人割合(1951∼2010)
丸尾(2007)、Statistisches Bundesbank2012「Population based only on data from current population statistics」より作成
事 イ
事 ツ
事 の
事 学
事 校
事 制
事 度
事
ド
ドイツにおける学校の制度は日本とは大きく異なる。まず、教育に関しての連邦法はなく州法が最高法と
なり、州の管轄となる。このため、旧東西ドイツをはじめ、州ごとの格差が生じているという。義務教育の始
まりは日本と同じ6歳、小学校1年生である。ドイツでは小1∼小4の4年間が初等教育となる。デュッセルドル
フ市では約半分の学校にソーシャルワーカーが出入りし、ケースによっては家族支援もできる体制にある。
小5から中等教育となり、次の3コースに分かれる。
①基幹学校(7分の1の子ども)
:職業訓練が付随しており(例;パン屋、販売員)、5年制である。ドイツの
伝統的な職人制度(マイスター)は衰退しており、さまざまな課題を抱えている。一般的に成績が振るわ
ず劣等感が強い子どもたちが集まっている。親のサポートが受けられなかった子ども、外国人労働者の
家庭が多い。学ぶことへの意欲は乏しく、学校は荒れ、ドロップアウトする子どもも多い。デュッセルド
ルフ市ではソーシャルワーカーが配置されている。
②実科学校
(7分の3の子ども)
:事務職や専門職
(警官、看護師、公務員、銀行員)を目指す子どもが進学する。
6年制。向学心が強い生徒とやる気のない生徒が二分しており、デュッセルドルフ市の学校には基幹学
校と同じくソーシャルワーカーが配置されている。
③ギムナジウム
(7分の2の子ども)
:大学進学を目指す9年制の学校。「論理を構築する力」
「主張する力」
「妥
協点を見つける力」を養い、
「アビトゥーア(国家試験)」合格を目指す。進学校であり、無理して進学し(さ
せられ)、留年する子どもが最近増えているという。留年すると、実科学校へ移ることができるが、子ど
もにしてみれば屈辱的な体験になる。
その他、3つを統合した総合制学校や、私立のシュタイナー教育を行なう学校に通う子どももいる。公立校
は教育費が無料であり、基本的に多くの家庭は公立校に進学するが、ここ近年、お金はかかってもエリート校
に進学させる傾向があり、徐々に私立校に進学する子どもも増えてきているという(川口, 2011)
。
初等、中等教育を終えると、続いて日本の大学に当たる高等教育に進む。高等教育には、大学入学資格
である「アビトゥーア」を取得すれば入学でき、進学率は37.1%(2005)とOECDの平均(50∼54%)よ
りも低かった。高等教育は専門的に学ぶ場所として存在し、卒業も難しいという。
ある州では、ナチス政権時代の影響から、「全員で同じことを練習する」ことへのアレルギーがあり、小
学校で集団教育をはじめ、運動会などの行事や部活がない州もある。また、先生はビジネスライクで、日
本のような先生-生徒の関係性の中での教育はなく、成績のみで評価となるという。生活指導もなく、日本
人がドイツで教育を受けると、先生との関係は希薄で冷たく感じるという(川口,2011)。
かつて、初等教育・中等教育を統合して小学校を6年制にする芽もあったようだが、伝統的な制度を重視
する政党によって反対され立ち消えになっている。 (84∼86ページ参照)
13
(3)家族政策
宅の安価な提供などの施策が導入された。特に、
−出生率上昇のための家族支援と子どもの早期教育
1歳以上の子どもの保育所・全日制学校・週末・
ドイツの家族政策は、出生率と大きく関連し
休日のキャンプなど、公共育児体制を手厚くした
ている。1919年、ワイマール共和国憲法において、
ことで、出生率は1980年には1.9まで一時的に
ヨーロッパで初めて「婚姻と家族の保護」を国
回復した。しかしその後再び低下してしまう。さ
家義務として定め、家族は国によって守られる
らに、未婚の母親に手厚い家族政策を実施した
存在であることが明文化された。この背景には、
ため、非嫡出子の割合が急速に高まり、家族形
当時からすでに出生率低下の懸念があったとい
態も変化していった。
う
(原,2000 10 )。ナチス政権独裁政治時代
(1933
●表1 旧東西ドイツの比較表
∼1945)には、人種による出生制限・促進とい
う強権的な人口政策が行なわれ、一時的に出
生率は上昇したが、この人口政策はその後特に
旧西ドイツに影響を与えた。1949年、東西ドイ
ツが成立したのちは、両者は異なる家族政策を
打ち出していく。
旧西ドイツにおいては、ナチス政権時代の優
性人口政策の教訓から、国家は私的領域、つま
旧西ドイツ
テーマ
旧東ドイツ
資本主義
経済体制
社会主義
家庭で専業主婦
女性
労働力
結婚または出産まで
女性の就業
半ば義務
不十分
保育施設
整備
出生率の上昇
家族政策の目的
国力増強
個人のもの
家族
国家のもの
少ない
婚姻外のこども
多い
り家族の意思決定には直接関与しない立場をと
り、出産促進政策をタブー視した。戦後、1953
1990年の東西ドイツ統一後、出生率はさらに
年にようやく連邦家族省が創設され、戦後の家
下がり、1995年 には1.25( 同 年 の日本 は1.42)
族政策が打たれることとなった。1954年の児童
となった。出生率の低下の要因として、旧西ド
手当と児童控除の導入をはじめ、家族政策に多
イツでは女性が働くための環境が整っていない
くの予算を充てたが、政策の中心は経済的支援
点(託児所が少ない、小学校は半日で終わるが
であった。戦後∼60年代半ばはベビーブームで
子どもが過ごす場がない)があった。フルタイム
あり、母親が専業主婦となり子育てを行なう家
で働く女性が多かった旧東ドイツでも、統一後、
庭が一般的なイメージとなるが、1960年代後半
公営の無料保育所が閉鎖された上に、多くの女
になると出生率は低下し、1972年には自然動態
性が失業したこと、旧西ドイツへの移住などが
11 がマイナスとなった。連邦政府は、児童手当
重なり、旧西ドイツと比較して著しく出生率が低
や税制控除の手を打つが、あまり効果はなかっ
下し、結果、ドイツ全体の出生率が低下した。
たようである。1980年には女性の就業増加によ
低出生率が継続する中補強された主な家族政策
り母親休暇制度と母親手当(出産後6カ月)が
は、経済的支援とともに育児休暇である。育児
導入され(1985年には1年間の育児休暇と育児
休暇は1992年に3年間へと延長され、両親時間
手当に変わる)、徐々に経済的支援以外の手も
(Elternzeit)と改称された。政府は両親が交代
打たれるようになった。
10
11
で取得できる点を強調し、
「お父さんの時間」キャ
一方、旧東ドイツでは、社会主義による社会
ンペーンによって父親の育児休暇の一部取得を
の存続と発展のために、雇用政策及び社会政
奨励した。しかし、所得保障はなく、父親の取
策の一部として家族政策が打ち出され、経済的
得率は2%に満たなかった。さらに、両親時間
支援、労働時間の短縮、保育制度の充実、住
の取得中は解雇から守られたが、多くの母親が
戦前∼東西ドイツ統合までの家族政策については、原(2000)に詳しい。
自然動態=出生児数−死亡者数
14
復帰後の仕事と家庭の両立が困難であり、時に
なり(上限1,800ユーロ)、手当は最長で12 ヵ月
解雇されることもあり、仕事の継続が難しかっ
間支払われるほか、父親が取得すれば2 ヵ月間
た。女性の就 業は増 加しているが、保育サー
延長できる仕組みが盛り込まれている。さらに、
ビスなど子育てを支える体制は立ち遅れており、
行政、企 業、労働組合、地域団体などが一緒
結局、子育ては家庭で行なうものという価値観
に家族政策を考える地域単位の「家族のための
を下支えすることになり出生率の上昇につながら
地域同盟」
(56ページ参照)が各地に設置され、
なかった。
地域の事情に応じたファミリーフレンドリーな施
策の検討・実施がなされている。
2000年以降、少子化に加え、経済悪化によ
る失業率の増加、女性の就労増加、ひとり親
このように、就学前の子どもの居場所を家庭
家庭の増加、ドイツ語が話せない家庭における
だけでなく保育所などにも作ることにより、家庭
教育水準の低下など、家族の形態の変化・機能
と仕事の両立だけでなく、子どもの早期教育に
の低下が著しい状況となった(髙橋,2007)。旧
もつなげ、その体制を社会全体で作っていこうと
西ドイツでは子どもは家庭で育てるべきという信
いう方向性が打ち出された。まさに「家庭で養
念が強く、特に3歳までは、家庭で養育・教育
育・教育」から「社会で養育・教育」への移行
する“三歳児神話”が根強くあったが、もはや
である。このような取り組みが実を結んでいるの
家庭や近隣では子どもの教育・社会化が十分に
か、2007年以降出生率は徐々に回復し、2010
行なえなくなっていた。それゆえ、国全体として、
年は1.32となった(同年の日本は1.27)
(図3)。
さらに、2012年3月には、
「 第8次 家 族 政 策
出生率の上昇だけでなく、家族機能の向上も含
報告書Zeit für Familie∼Familienzeitpolitik als
めた家族政策に取り組む必要がでてきた。
Chance einer nachhaltigen Familienpolitik:
2005年には保育所設 置促 進 法が実 施され、
政府から地方自治体への補助を強化し、2010年
Achter Familienbericht」が公表された。この
を目標に保育所の拡大が図られていた。この頃、
報告書には「家族のための時間」というタイト
ひとり親家庭を想定した児童手当に対する育児
ルがついている。この中では、
“家事・育児は母
手当の上乗せも実施された。
親、父親は稼ぎ手”という古典的な家族形態は
すでになく、結婚していない親と子ども、ひとり
2006年、 政 府 は「 第7次 家 族 政 策 報 告 書
Siebter Familienbericht: Familie zwischen
親家庭、同性カップルと子ども、共稼ぎ家族など、
Flexibilität und Verlässlichkeit: Perspectiven
家族の形態は大きく変化していることを前提に、
für eine lebenslaufbezogene Familienpolitik」
仕事、家庭、子育て、介護などが両立できるよ
を公表した 。この中では、
「持続可能な家族政
うな「時間政策」に焦点をあてた提言が行なわ
策」つまり、
「(父母の)仕事と家庭(子育て)
れている。例えば、企業は育児のために勤務時
の両立」を目標に、単一の政策ではなく、経済
間を柔軟にすることや、祖父母が孫育てをする
的支援(再分配政策)と、保育所などのインフ
ための休暇制度の設立、学校や保育所の利用
ラ整備(保育政策)、および子どもや家族と過ご
時間の変更、手ごろな価格でサービスを提供す
す時間の確保(時間政策)という3つの点を総
ることなどが盛り込まれている。子どもをもつと
合した政策が重要であると強調されている(25
いうことが社会的不利にならないように、社会
ページ参照)。この家族政策に基づき、同年9月
全体で取り組むことの必要性が述べられている。
には、育児休業中の所得保障の充実と男性の取
以上のように、ドイツでは、過去において家
得促進を狙いとして、両親手当を新設する法律
族の形態に国が介入することがタブー視されてい
が制定された(施行は2007年)。産後1年間、政
たが、少子化が続いたり、学力低下などの課題
府により手取り給料の67%が支払われることに
が見過ごせない状況となり、国としてこれらの
15
課題に取り組むことが求められた。方向転換し
ど、社会全体で「家族に優しい国」作りに向け
たドイツは、経済的支援だけでなく、保育所な
て取り組むようになっている。
どのインフラ整備、企業への時間政策の提言な
(%)
ドイツ
西ドイツ
東ドイツ
1950
1960
1970
1975
1980
1981
1982
1983
1984
1985
1986
1987
1988
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1996
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2.6
2.4
2.2
2
1.8
1.6
1.4
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
■図3 合計特殊出生率の推移表
1950∼1989はヒョーン(1997)より、1990∼2011はStatistisches Bundesamt 2012「Total fertility rate」より作成
d 就学前保育 d
ドイツでは、3歳未満の子どものために、年少保育所(Krippen)が用意されているが、数も定員も少ない。
そのため、シングルマザーや共働きの家庭の子どもが対象となることが大半である。現在、3歳未満の子ど
もを受け入れる施設整備が急ピッチで行なわれており、年少保育所に通う子どもは2011年は514,000人(対
象児の25.2%)だったのが、2012年には558,000人(27.6%)に 増えている。法 改 正により、2013年
には3歳未満への公的教育が義務付けられることにより、750,000人の子どもの受け入れ施設の確保が必
要となり、さらに220,000ヵ所の施設が必要であると政府は試算している(Statistisches Bundesamt,
Wiesbaden, 2012)。
3∼5歳児の場合、年長保育所(Kindergar ten)に通う。3歳になると大半の子どもは年長保育所に通
い、デュッセルドルフ市では、約99%の子どもが通園しているという。しかし、午前保育が大半であり、午
後は家庭で過ごす。ゆえに、どちらかの親が家庭にいる場合に利用される。午後までの保育が行なわれて
いる施設もあり(Kindertagesstaette)、ここには基本的に共働きやひとり親家庭で保護者が日中働きに
出ていることが入園の条件になることが多い。
その他、0∼5歳まで統合されたコンビ施設という、年少・年長保育所が一体になった施設もある。
ドイツでは、保育所と並び、保育ママ(Tagesmutter)制度が浸透している。家庭で数名の子どもを一
定時間預かるサービスであり、人数や時間帯、対象などは保育ママによって異なる。保育ママは、家があ
ること、無犯罪証明書の提出が基本的条件であり、実習や講習を受けることでなることができる(NRW州
では160時間を基本としている)。NRW州では、近所で気軽に預けられる利点もあり、保育ママを増やす
方向にある。
就学前保育においては保育料を家庭で負担する必要があるが(所得や必要性に応じて段階あり)、就学
前の1年間はほとんどの州で無償で提供されている(齋藤,2011)。なお、ドイツでは、就学前の保育施設
は児童福祉施設に位置付けられている。
16
3. ドイツの児童福祉システム ∼家庭から社会へ
ハイリスク家庭への支援、離婚や移民などに関
(1)児童の概念
連した相談事業、虐待対応、児童保護に関する
連邦法である児童・少年 援助法(K JHG)で
裁判の手続き、社会的養護(里親・施設)など
の認識は、14歳未満が児童、14∼18歳未満が青
が含まれる。さらに、②として、社会的養護施
少年となり、18∼27歳未満は若者である。保護
設の設置許可や管理、親が配慮(監護)権13(日
対象は18歳未満であり、18歳で成人とみなされ
本でいう親権)を制限・剥奪された際の保護人
るが、教育を受けている間は児童手当も支給さ
/後見人になること、養子縁組の手続きなどが挙
れるなど、児童の考え方は柔軟である。選挙権、
げられる。養子縁組14 の斡旋に関しては、民間
運転免許(普通自動車)は18歳より、喫煙、飲酒、
機関に委託することもできるが 15(落,2008)、私
結婚 12 は16歳より可能となる。近年のドイツに
的斡旋は原則禁止であり、少年局が調査、マッ
おける青少年の問題としては、子どもの暴力、性
チング、養子縁組の調整、アフターフォローまで
的被害、メディアの害、いじめ、新興宗教、ドラッ
一連を担う。
グなどがあり、A J S(58ページ参照)では、これ
今回視察で訪問したデュッセルドルフ市(人口
らに関する情報収集・発信事業を行なっている。
約59万)には、市の子ども・青少年サービスを
統括する機関としてデュッセルドルフ市少年局が
(2)青少年援助・家族支援・虐待対応のシステム
あり(52ページ参照)、職員は総勢約3,000人に
ドイツの青少年援助・家族支援・虐待対応の
のぼる。一般の子育て支援から、リスクを抱え
システムは、市(郡)・州・連邦という、大きく3
た家族への支援、虐待対応、緊急対応、里親
つのレベルに分かれている。ドイツは基本的に
委託、養子縁組まで、子ども・家族に関わるこ
地方分権であり、実際の家族支援・青少年援助・
とを一括して所管している。
虐待対応を担うのは、市や郡の行政機関である
(3)地域における家族支援
「少年局Jugendamt」となる。市(郡)少年局の
上級機関として、州レベルの少年局があり、市
親が支援を希望した際、少年局はサービスを
(郡)少年局への支援(助成も含)や助言、また
提供しなければならない。その際、少年局や各
各少年局間の調整を行なう。その上が連邦とな
区の相談室がサービスを直接提供する場合もあ
り、法律の制定やドイツ全体の調査・施策など
れば、契約している民間団体が提 供する場合
を策定する。ベースとなる法律は、
「児童・少年
もある。今回訪問したデュッセルドルフ市では、
援 助 法K JHG、社会 法 典第8編SGBⅧ」
「民法
少年局の他、地域の相談は、10区に分かれて各
BGB」の2つであり、虐待対応となると、
「刑法
地区で相談体制を敷いている。市の人口が約59
StGB」なども加わってくる。
万人であり、各区の人口は2万5000人から13万人
と規模は異なるが、平均すると5∼6万人となる。
少年局の役割として、大きく2つあり、①支援
サービスの提 供と、②行政機関としての規制・
各区の相談室では、教育相談、シングルマザー
監督機能である(髙橋,2012)。①の支援サービ
相談、移民への対応、子育て広場の開設など、
スには、保育所などでの日中保育の提 供、青
地域に密着したサービスが用意されている。ま
少年対象のサービス(スポーツ、休暇施設の提
た、出産時から乳児期、幼児期、学童期、青
供など)、一般の家庭を対象とした子育て支援、
年期まで連続した支援を目指しており、こうした
12
配偶者となる者が成人であれば後見裁判所の同意を得て結婚が可能である。
髙橋(2007)によると、ドイツでは 1979 年の親権法改正により、親権概念(elterliche Gewalt =権力、支配権)が廃止され、
「親
の配慮(elterliche Sorge =世話、配慮)」という概念が導入された。親子関係の本質は親による子どもの支配ではなく、子どもの成長
を保障するために養育することが親の義務であることが明確に示された。
14 養子縁組については、1976年、西ドイツ改正養子法により「子どもの福祉」のための養子縁組制度が確立し、現行のドイツ民法典に
も受け継がれている。落(2008)によると、特徴としては、原則として夫婦共同縁組であり、裁判所の決定が必要である。養子は未成
年(18歳未満)が原則、実父母およびその親族との法律関係が終了することなど、日本の特別養子縁組と類似しているという。
15 落(2008)によると、2008年時点で14 ヵ所あり全て国際養子縁組を取り扱う団体である。
13
17
切れ目ない支援が虐待予防にもつながると考え
ワーク(子ども・親・学校・少年局の連携コーディ
られている。日本でも行なわれている新生児全
ネート)、④相談援助(若年妊娠、ハイリスク家
戸家庭訪問制度と類似の制度もあり、赤ちゃん
庭への支援)の4事業が展開されている。デュッ
の玩具などと一緒に、地域に合わせた子育て
セルドルフ市内の2地域(人口約26,000人)を主
情報の冊子も渡しているという。また、市内に
に対象としており、身近なところにこうした総合
320ヵ所ある保育所のうち、80ヵ所にはファミリー
サービス提供機関があることで、何か問題が起
センターが併設されており、専門職が配置され
きてから利用を開始するのではなく、日頃から利
ている。3歳になると、ほとんどの子どもが保育
用することで、虐待予防・早期支援にもつながる。
所に通うようになり、ハイリスクの家庭への支援
(4)児童保護の流れ
がこうしたファミリーセンターで行なわれている。
ドイツでは、児童虐待に特化した法律は存在
今後、2013年には連邦法の改正により、1歳か
せず、虐待を含め、より広義の「子どもの福祉
ら保育所(保育ママ含む)に在籍できるように
に危険が及ぶ場合」への対応という枠組みとなっ
保育施設や制度の整 備が進められる予定であ
ている(岩志,2011)。
り、母親の就労支援、子どもの早期教育など、
“家
支援から保護まで、ソーシャルワークを担う
庭で子育て”から
“社会で子育て”の方向にある。
のは少年局であり、日本での児童相談所にあた
また、 福 祉と教 育 の 連 携も重 視しており、
る。ミュンヘン市の少年局では、ソーシャルワー
デュッセルドルフ市では、中等教育のうち、基
カー一人あたり約70人の子どもの補佐/後見を
幹学校や実科学校にはソーシャルワーカーが配
担当しており(西谷,2009)、決して少ない数では
置されており、教育と福祉が一体となった支援
ない。ソーシャルワーカーへの責任は重く、かつ
が行なわれている。家庭の次に過ごす時間が長
て、1994年にはオスナブリュック死亡事件16 が起
い学校でのケア、学校で把握された家庭状況の
こった際に、ソーシャルワーカーの責任が問われ、
共有などが重視され、市としては、できるだけ
刑事罰が求められたこともあった(丸岡,2009)。
早期に相談につなげることで、虐待を予防する
2006年、メルケル首 相率いる大連立政権で
ことを狙っている。
推 進された家族政策(第7次家族政策報告書)
ドイツでは、こうした福祉サービスの提供は、
の中で、虐待・ネグレクトにある子どもへの早
民間団体が担うことも多い。今回訪問したSOS
期支援も重要視された。子どもを守るとともに、
青少年支援センターデュッセルドルフ(66ページ
両親の子育て能力の向上を重視し、医療的支援
参照)もそうした民間団体のひとつである。サー
と青少年援助の役割分担・連携を再検討し、社
ビスを提供するにあたっては少年局と契約し、こ
会的な早期対応システム(早期発見・通報・介入・
こでは、①青少年クラブ(思春期の子どもが家
支援)を発展させ、公的保護の強化を図る方針
庭外で過ごせる場の提供)、②地域住民の集い
が打ち出された。このような中、ブレーメンで2
の場(0∼3歳児のプレイグループと母親のための
歳半の男児ケビンの死体が父親の住居の冷蔵
オープンキッチンの提供)、③スクールソーシャル
庫の中で見つかった事件 17 が起こった。少年局
16
1994年5月7日、6 ヵ月の女児が餓死している姿が発見された。1993年から市の少年局が、女児、若年のシングルマザー、18 ヵ月の長男
を担当していた。ソーシャルワーカーは、母親の養育能力の欠如について祖母や同居男性など周囲から情報を得ており、また犬の糞やお
むつ、汚れた食器が散乱している不衛生な部屋など、適切な養育が行なわれていない状況を把握していた。皮膚病で入院していた先の医
師との話し合いでも不適切な養育が指摘されていたが、退院後、この家庭への支援は、新人ソーシャルワーカーが担当となり、民間団体へ
引き継がれた。退院後、新人ソーシャルワーカーは本児の様子を確認することができずにいた。ソーシャルワーカーが長期休暇中に本児は
死亡した。この事件では、ソーシャルワーカーは適切な措置をしなかったことに対して刑事責任が問われた。
(詳しくは丸岡,2009)
17 ケビンは結婚していない両親と暮らしており、二人とも薬物依存があった。ケビンへの虐待もあり、少年局はすでにケビンの福祉に危険
があると判断し、支援をしていた。母親の配慮権は剥奪され、少年局が後見人となっていたが、ケビンは両親と同居していた。ドイツでは、
配慮権が剥奪されたからといって自動的に親子分離が行なわれるとは限らず、在宅可能性があるのならば、親への支援を行ないながら
問題解決していく方向性をとることもあり、ケビンの場合にも在宅で支援がなされていた。その後、2005年11月に配慮権者である母親
が死亡した後も少年局が引き続き後見人となっていた。父親は母親の殺害容疑で捜査中だったにも関わらず、ケビンは父親のもとで暮
らしており、継続的に虐待を受けていたという。検証の中で、ソーシャルワーカーは両親の薬物依存に焦点をあてた支援を行なっており、
ケビンの福祉が後回しになっていたと指摘された。
18
少年局と家庭裁判所に共同責任があるとされ
(丸
がすでに関与していたケースであり、世間の注目
とともに少年局への批判が相次いだ。ケビンの
岡,2009)、 民 法(BGB1666条 )において、 家
死亡事例後、少年局への通報は2倍になったと
庭裁判所は、職権で子どもの福祉を守るための
もいわれている。
処置を取ることが規定されている。
なお、ドイツでは、子どもの保護については、
通告
関係者、市民、子ども
通告
民間TEL相談
警 察
少 年 局
調 査
一時保護
支援委託
支援計画
民間機関
里 親
児童保護
センター
等
(支援実施)
(支援拒否)
在宅支援
非在宅支援
子ども、家族
刑事手続
家庭裁判所
危険除去のための
必要な措置決定
配慮権停止
配慮権剥奪
養子縁組
■図4 ドイツにおける児童保護システム(平湯,2004)
ドイツにおける一般的な児童保護の流れにつ
慮の制限に関して家庭裁判所に手続きを喚起し
いて、岩志(2011)
が4段階に分けて説明している。
たり(手続き自体は、少年局が依頼して行なうと
いう流れではなく、裁判所の職権で開始される)
、
第 1段階:アセスメント・危険性(リスク)の評価
緊急保護が必要な場合には一時保護もこの時点
少年局が、通告やなんらかの子どもの福祉に
で行なわれる。一時保護の時間制限に関する法
危険が及ぶ情報や手がかり18 を得た際、複数の
的規定はないが、子どもを拘束する処置に関して
専門職で子ども・家族のアセスメント、また危険
は、自傷他害の恐れがある際、48時間に限り、
性(リスク)を評価する。家庭訪問をして直接子
家庭裁判所の許可なしに行なうことができる。
どもと親から話を聞いたり、関係機関から情報
第 2 段階:支援計画の作成と支援
を入手しなければならないことが、法律で定めら
18
れている。通告は、本人・教師・近隣住民・警
ドイツでは、基本的に親が支援を求め、それ
察などから少年局に入るが、約9割の家庭は、す
に少年局が応じるという構図となっている。少
でに少年局が何らかの関与をしているケースとい
年局の複数の専門職が、親や子どもと協力し、
う。日本の場合、大都市になるほど通報ケースは
支援を実施する機関などとも協議して支援計画
新規の場合が多い。いかに日頃から支援が行き
を作成する。その後、実際の支援を行なうのだ
とどいているかを表している。さまざまな情報を
が、ドイツでは、少年局だけでなく、民間団体
集めて行なわれたアセスメントに基づき、親の配
が担うことが多い。支援にあたる民間団体には
子どもの福祉が危険にさらされる場合のカテゴリー①ネグレクト②精神的(心理的)虐待③性的虐待④身体的虐待⑤自己決定をめぐる
衝突⑥子どもをめぐる大人同士の争い⑦その他
19
専門職が配置されることが義務付けられ、少年
それまで裁判所の判断では、深刻な状況になっ
局と契約がなされている。ドイツでは、
「教育支
てからの最終処置というべき“親の配慮権の剥
援Hilfe zur Erziehung」と呼ばれ、相談、子ど
奪”が多かった。しかし、2008年の改正により、
ものグループワークの提供、集中的家族支援、
より早期の段階での介入の判断を促し、より軽
日中保育の提供、里親養育、入所型施設での
度の介入で効果的に子どもの危険を回避できる
養育などがある。
ようにした。2つ目は、家庭裁判所が決定する前
子ども・家庭への支援の内訳について、ドイ
に、子どもの福祉の危険に関して親と話し合い
ツ全 体の統 計を示 す(表2)。在宅 支 援(Non-
を行なう規定を設けたことである。これも、最
residential assistance)においては、養育アド
終措置に至る前に、家庭裁判所からの働きかけ
バイス件数が139,610件と一番多い。入所型支援
により親が少年局に支援を請求するようになる
(Full-time or part-time residential assistance ;
ことを目的としており、より早期・軽度での介入
につなげていく方向性に適っている。
終日・一部含めて)においては、別の家庭での
養育(里親家庭が主)と、入所型ホーム養育の
第 4 段階:親の配慮権への介入実行
割合が1:1となっている。
親の配慮権が一部剥奪される場合には保護
●表2 子ども・家庭への支援の内訳
人が、全部剥奪の場合には後見人が必要となり、
在宅支援
支援内容
2011
法SGBⅧの27条(article)に基づく
支援ケース数
37,360
の配慮権が剥奪された場合、少年局は保護人ま
養育アドバイス
139,610
たは後見人と協力し支援計画を作成し、実際の
グループワーク
8,596
支援にあたる。再統合や親の配慮権の回復が
個別支援(社会教育アドバイザーによる) 27,395
見込まれる場合、親も支援計画に参加すること
家族支援(ケース数)
家族支援(子どもの人数)
63,559
が望ましいとされている。
129,046
入所型支援
日中集団教育(保育所など)
17,327
別の家庭での養育(里親など)
61,894
入所型ホーム養育
65,367
集中的な個別支援(治療施設など)
多くは少年局が選任され、担当者が決まる。親
配慮権剥奪の上、里 親や施設で養育される
場合には、その期間的見込みが支援計画に示
され、その間、家族への支援は継続され、子ど
もと家族の交流も必要であれば行なわれる。そ
3,477
して、親の配慮権への介入措置がとられた場合
Statistisches Bundesamt, Wiesbaden 2012
「Children and youth welfare in Germany Educational assistance,
other services」より作成(2011年12月31日時点)
には、適当な周期をもって(2年が多い)再審理
することが義務付けられている。しかし実際に
第 3 段階:家庭裁判所の手続きを喚起し、
は担当人数が多いため十分に職務が遂行でき
審理、決定
ず、虐待事件が発生したこともあった。そのため、
2011年には法改正(「後見法および世話法の改
子どもの福祉が守られていないにも関わらず、
配慮権者(養育者)が少年局による支援を拒否
正に関する法律」)が行なわれ、原則月1回被保
した場合、少年局は配慮権 の制限などに関して
護/後見人(子ども)を訪問し、担当件数を50件
家庭裁判所の手続きを喚起し、決定を待たなけ
までにする規定が設けられた。
ればならない。2006年に起きたケビンの虐待事
連邦政府が公表している統計のうち、司法が
件などを受け、2008年には法的対応を簡略化す
関与する公的な青少年サービスの統計(Other
る法改正(「子の福祉に危険が及ぶ場合におい
service of public youth welfare)を示す(表3)。
て家庭裁判所の処置を簡易化するための法律」)
参考までに、日本における数値も合わせて示す。
が行なわれた。ポイントは2つあり、まず1つ目は、
法律や制度などが異なるため、単純に比較する
20
ことはできないが、すべての数値において、ドイ
少年局と裁判所は子どもの福祉に対して共同責
ツの方が多いといえるだろう。全人口比における
任があることから、裁判所が関与するケースが多
子ども人口の割合は、日本とドイツでほとんど同
く、早期に配慮権の制限などの介入を行なうこ
じであることを考えると、ドイツでは、公的サー
とにより、虐待などの問題が深刻化するのを防
ビスを受けている家庭の割合が多いといえよう。
ぐことにもつながる。
●表3 司法が関与する公的な青少年サービスの統計(2011)
ドイツ
養子
少年局による補佐&後見人
日 本
4,060
425
41,300
7
児相における後見人選任承認件数
特別養子縁組
615,456
−
−
親権の剥奪(部分的も含む)
12,723
6
児相における親権喪失承認件数
緊急保護措置
38,456
20,302
ひとり親への支援
一時保護件数(2010年度)
Statistisches Bundesamt, Wiesbaden 2012「Children and youth welfare in Germany Educational assistance,
other services」より作成(2011年12月31日時点)
(5)社会的養護(家庭外措置)について
<最近の法律改正>
児童虐待の未然防止のために、妊婦や乳幼
ドイツにおいても家庭で暮らすことが難しい
児の親に対する支援(早期支援)の強化が必
と判断された場合、日本でいう児童養護施設
要であるという認 識 から、2012年1月に、
「児
への入所または里親委託となる。家庭外での養
童及び青少年の積極的な保護を強化する法律
育においては、ドイツ全体の統計では、入所
(BGB1.I2011S.2975)」が新たに制定され、関
型施設1:1里親となっている(表4)。訪問した
連法も改正された。内容は大きく3つにわかれ、
NRW州では約20∼30%が施設措置となってい
①ネットワークの整備:州または地域において、
るという。
連邦政府が公表している統計によると、終日、
保健所、学校、警察、労働局、病院、相談所
などによる早期支援のためのネットワークの設
社会的養護にいる子どもたちは、約13万人とな
置の義務、②助産師の活用:心理学などの追
り、日本の約4万人と比べると3倍以上である。
加教育を受けた助産師の活用が定められ、連
年齢別にみると、0∼3歳の乳幼児は大半が家
邦は2012年に3,000万ユーロ、2013年に4,500
庭養育(里親)となり、12歳を超えると、家庭
万ユーロ、2014年以降5,100万ユーロの予算を
養育よりも入所型養育の方が多くなる。
施設養育は、統計でも“ホーム養育”
(ドイツ
確保、③情報提供:医師、助産師、教師など
が職 務上、虐 待の可能 性を認めた場 合には、
語ではハイム)という名称がつかわれているよ
児童や親などと話し合い、親に対して支援を
うに、基本的に小舎制である。今回訪問した
受けることを促す。しかし、養育が適切でない
施設(デュッセルドルフ市少年局内;52ページ、
場 合には、少年局に対して情 報を提 供する。
ディアコニーデュッセルドルフ;74ページ)は各
日本では2004年の児童福祉法改正により、要
ホーム7∼9名の定員となっていた。3∼18歳の
保護児童対策地域協議会の設置が法定化され
子どもが入所しており、入所理由は、親からの
たが、ドイツでも多分野協働で取り組むことが
虐待、親の薬物・アルコール依存、精神疾患な
義務付けられた。
どからくる養育困難が多く、入所期間はそれぞ
れであるが、長期入所が多いという。あるホー
ムでは、子ども9人に対し、スタッフ4人(教育者・
21
●表4 入所型支援の内訳×年齢
入所型支援:年齢別
合 計
日中集団教育 別の家庭での
入所型ホーム
(保育所など) 養育(里親など)
養育
集中的な
個別支援
(治療施設など)
148,065
17,327
61,894
65,367
3,477
1,387
20
1,116
251
−
1∼3
5,568
166
4,634
768
−
3∼6
13,151
420
10,317
2,414
−
6∼9
19,085
3,680
10,521
4,884
−
9∼12
27,806
7,789
10,937
8,980
100
12∼15
30,510
4,181
10,868
14,959
502
15∼18
36,217
1,071
9,943
23,719
1,484
18∼21
13,232
−
3,294
8,672
1,266
1,109
−
264
720
125
少なくとも片親が外国出身ケース
36,282
5,174
12,481
17,414
1,213
ドイツ語が家庭内でメインでない
ケース
16,179
2,414
4,390
8,696
679
日本(2011)
38,679
32,077
2,726
乳児院+
児童養護
施設入所
情短+
児童自立入所
総数
∼1
21∼
3,876
合 計
里親委託
Statistisches Bundesamt, Wiesbaden 2012
「Children and youth welfare in Germany Educational assistance Outside the parents’
home」より作成(2011年12月31日時点)
SW)と家事担当者やボランティアがおり、日本
での入所を受け入れているホームも設けられてい
の基準より手厚い。ホームでは、日本の児童養
た。若年で妊娠したケースを、妊娠中から受け
護施設と同じく安定した生活を送れるように支
入れ、出産後もそのまま母子で入所できるよう
援することが基本であり、子どもたちは地域の
になっている。心の準備ができないまま母親に
学校に通う。部屋は幼児以外は基本的に個室と
なるケースも多く、母親へのケアを行ないながら、
なっており、キッチンやリビングは子どもたちが
出産後には母子関係の構築も行なえるように手
くつろげるようになっていた。子どもたちは、18
厚い支援が講じられるようになっている。
歳になると自立するため退所となり、本人が希
<里親支援>
望すれば、退所後の家賃の一部分は市が支援
するサービスもある。また、少年局内のホームに
SKFハウス・アーデルハイトや ディアコニー
は、緊急対応のために、青少年用/女性用の2
デュッセルドルフのように、民間団体が里 親開
つのホームがある。数時間から数ヵ月の利用が
拓から委託、委託後の支援まで担うことも多い。
なされており、中には一晩で帰宅するケースもあ
里親委託を決定し、契約するのは少年局である
るという。
が、実際に里親に関わるのはそれぞれの機関の
担当者である。自分たちの機関で里親研修も行
<母子での入所>
ない、委託候補の子どもがいた場合にはマッチ
ングも行なう。里親・子ども双方をよく知ってい
母子入所施設であるSKFハウス・アーデルハイ
ト(70ページ参照)ではもちろん、ディアコニー
るからこそ、丁寧なかかわりができ、委託後も、
デュッセルドルフでも、子どもだけでなく、母子
何か困ったことがある時には、まず里親から相
22
(6)妊娠・周産期の支援:ベビークラッペ(赤ちゃん
談がくるという。SKFハウス・アーデルハイトの
ポスト)
ホルスト氏の話によると、委託された子どもが青
ドイツでは、2000年4月、ハンブルグ州で、ド
年期を迎えた今でもつながりがあるという。委
託後も手厚い支援が一貫して受けられることは、
イツで初めての「ベビークラッペ Babyklappe ;
子どもにとっても、里親にとっても心強いであろ
赤ちゃんポスト」が設置された。当時、ハンブ
う。しかし、イギリスや北欧で認められている二
ルグで赤ちゃんの遺棄事件が相次いで起きてお
重措置はドイツでは認められておらず、KiD(77
り、1999年には病院のゴミ箱で5人の新生児が
ページ参照)などの専門機関に入所する際には
発見され2人が死亡した事件が起きた。これらの
もといた施設や里親は解除となるという。
事件を受け、1999年、民間非営利団体シュテル
ニ・バルクが「捨てられた赤ちゃん・プロジェクト
Projekt Findel-baby」を開始した。①妊娠や出
<入所型アセスメント施設>
ドイツ国内には、2 ヵ所ほど、入所型のアセス
産相談の無料電話相談、②ベビークラッペの設
メント施設があるという。今回はその1つ、K iD
置(2000年)、③匿名出産制度などの、出産支
を訪問したが、高度な専門性を備えた施 設で
援及び出産後の母子を保護する支援施設の運
あった。入所対象は、これまで治療やケアを受
営を主とする。ハンブルグの冬の寒さは厳しく、
けたけれど改善が見られなかったケースであり、
乳児が凍死していたことから、暖かく安全な場
対象年齢も4∼12歳と思春期前に深刻な問題が
所で乳児を保護することができる設備の必要性
表れた子どもたちである。定員13名に対し、スタッ
からベビークラッペの設置にいたった。それ以
フはその約2倍の28名とかなり手厚く、組 織内
降、ドイツ国内で92カ所設置され、第1施設で
でのSV体制やミーティング体制が整備されてい
は32人(2001∼07年)、ドイツ国内全体では143
るなどチーム援助体制もしっかりとられている。
人の利用が把 握されている。基 本的には、扉
少年局から措置され、入所前には事前説明、見
を開けるとベッドがあり、子どもが預けられると
学などが丁寧に行なわれ、入所となる。そして、
アラームが鳴り、スタッフが駆けつけるという流
生活をベースに、約半年間できめ細やかなアセ
れになっている。今回、視察で訪問したSKFハ
スメントを行なう。KiDの治療・アセスメントプ
ウス・アーデルハイトに設置されていたベビーク
ロセス(80ページ参照)を見ると、社会診断に
ラッペは、
「モーゼの赤ちゃんの窓 Moses Baby
おいて、家族についての基本的情報はもちろん、
Fenster」と呼ばれ、子どもを安全に保護するシ
子どもの遊びを丁寧に捉え、トラウマ、つまり喪
ンプルで小さな部屋が設けられていた。ここは
失体験についてもしっかりと把握するようになっ
2001年に開設され、現在までに17名の子どもが
ている。また、行動観察においても、子どもの
預けられたという。移民が多い国であることから、
関係性を捉える視点を細かく分け、課題だけで
預け口の横には5 ヵ国語で相談のパンフレットが
なくストレングスも把握できるように項目立てら
置かれていた。預けられた後、まず子どもは命
れている。こうした細かく、かつ総合的な視点
名され、病院で身体検査を受けると同時に、警
から、問題行動の背景やメカニズムなども捉え
察・裁判所・少年局へ報告される。そして保護
たダイナミックなアセスメントを行なっていること
された機関で8週間養育される。その間、親は
がうかがえる。総合的アセスメント結果を少年
引き取りが可能であり、8週間経過後は、養子
局に提供するのがKiDの役割であり、実際に次
縁組が可能になる。
日本では、熊本の慈恵病院における「こうの
の措置先を決定するのは少年局の役割となって
とりのゆりかご」の設置を機にベビークラッペに
いる。
注目が集まるが、その存在意義は、ドイツ国内
23
でも、そして設置機関においても論議が分かれ
娠葛藤相談所による相談が行なわれている(鈴
ている。ハンブルグ州政府は、当初2年間、財
木,2011)。全国に約2,000 ヵ所あり、匿名で相
政的に支 援したが、2003年からは、無料の電
談でき、妊娠だけでなく母子施設への入所や職
話相談や少年局での相談体制を整えるなど、望
業訓練の継続についても支援を受けられるよう
まない妊娠により困難な状況にある母親を支援
になっている。ベビークラッペはあくまでも最終
することで、新生児の遺棄を防ぐプログラムに
手段であり、できる限り防ぐ試みがなされてい
方向転換をした。このプログラムには母子での
るのである。また、今回訪問したSKFハウス・アー
入所施設や母親が同意した上での一時預かりな
デルハイトでは、里親委託・里親支援もなされ
ども含まれ、あくまでも出自がわかることに焦点
ており、預けられた乳児のその後のケアも併せ
を置いている。国としては設置を認容しておらず、
て行なうことができる機関となっていた。
ガイドライン(子どもが預けられたら身分登録所
に登録すること、健康チェック終了後すぐに少年
局に引き渡すことなど)は定めているが強制力
はなく、関連法令も整備されていない。落
(2008)
によると、①身分登録法上の問題(法律では出
生後1週間以内に届けなければならないが、ベ
ビークラッペは生後8週間経過後出生登録が行
なわれている)、②養子法上の問題(実親の同
意を重視する諸規定があるが、ベビークラッペ
に預けたことを母親の黙示の同意と捉えていい
のか)、③刑法上の問題(扶養義務違反の罪な
ど)、④自己の出自を知る権利の問題(基本法
で人間の尊厳、人格の自由な発展の保証が定め
られているが、ベビークラッペや匿名出産の承
認は、母親の身元不明を国家が積極的に承認
することから、子どもが自己の出自を知る権利
を侵害することにならないか)、という問題があ
るという。しかし、世論は賛成派が多く、実際
に命が救われている実態もあり、連邦政府は黙
認している状況にある。
熊本の「こうのとりのゆりかご」は、病院に併
設されているが、今回、訪問したベビークラッ
ペは、母子入所施設の横に設置されていた。そ
の上で病院とも連携がとられている。ドイツで
は、何らかの事情を抱え一般の出産が難しい場
合、出産時の安全を第一とする目的から、匿名
で出産できる制度があり、出産後に匿名で受け
入れ機関に引き渡すこともできる。また、公的・
民間双方の機関で、妊娠や妊娠したことから発
生する葛 藤について、妊娠葛 藤法に基づき妊
24
i 魚住(2007)が第7次家族政策報告書(連邦家族省 , 2006)について詳しく述べている。
1. 再配分政策:有子家庭への経済的支援
1955年に旧西ドイツで第3子への児童手当Kindergeld支給開始され、1975年以降全ての子どもへ対象拡大した。2007年時点で第1
∼3子が月額154ユーロ、第4子以降が179ユーロが18歳まで、子どもが教育や職業訓練を受けていれば27歳まで支給される。児童手
当に加え、1986年に育児休暇制度の導入とともに支給が始まった育児手当Erziehungsgeldは、子どもが満2歳になるまで就業の有無
にこだわらず親に月額300ユーロが支給されたが、2007年より両親手当Elterngeldに改正。これまで育児休暇中の所得保障がなかっ
たが、改正以降、親の税抜き所得総額の67%を両親手当として保証。月額最高支給は1,800ユーロ、最低保証額もしくは非就業の親
への支給額は一律300ユーロ。これは、共働き家庭が増え、育児に専念すると収入が激減することを避けるために経済的な補てんが
不可欠と第7次家族政策報告書で指摘されたためであった。
2. 時間政策
育児休暇期間中の手当は重要であり、両親手当は14 ヵ月間、両親が分けて受給できる仕組みになっている。片方の親が最長12 ヵ月(ひ
とり親世帯では14 ヵ月)、もう片方の親が残りを受給することができる。例えば、母親が12 ヵ月受給し、父親が受給する残りの2 ヵ月
は「パパの月」とも呼ばれ、父親の育児休暇取得を促進するべく北欧で導入された「パパクォーター」のドイツ版とした。
3. インフラ政策:保育制度の整備
政府は、1991年の児童・少年援助法改正施行(社会法典第Ⅷ編)により3歳以上の就学前児童に保育所に通所する権利を保障し、各
州に保育所の整備を義務付けた。1996年には3歳以上就学前の児童について保育所への入所申請権を保障する規定が導入された。そ
れにより1998年末には、全国平均で約9割の供給が達成されたが、2002年時点で3歳未満児については対象年齢全児童の約9%しか
保育所定員がなく、特に旧西ドイツでは2.7%(旧東ドイツは37%)という状況であった(原,2007)。さらに、2005年の保育整備法
の施行により、両親が共働き、ひとり親、職業訓練中もしくは教育期間中である場合、3歳未満児のために保育の質に配慮した柔軟な
保育整備が州および地方自治体の責務とされた。保育所だけでなく保育ママ、保育パパも同等の選択肢として保育制度を拡充すること
となったが、その際、専門教育を受けた保育者の養成が課題となっている。さまざまな出自の子どもに幼少期から質の高い教育を受け
ることができ(ドイツ語の訓練も含め)、また、両親が仕事と家庭の両立ができるようにすることが大きな目的となる。
4. 地域における包括的な子育て支援モデル事業の代表的な取り組み(アクションプログラム)
「多世代の家」と「家族のための地域同盟」が中心的な取り組みである。「多世代の家」は、子どもから老人までの多世代が世代間交流
できる場所である。ドイツでも核家族化しており、大家族のメリットを現代的な形に再構築し提供できる場の設定を目的としている。多
世代が居住するだけでなく、食事の提供や保育、カウンセリング、PC講習コースなどの機能も備えている。2007年時点で200の多世
代の家が作られており、2010年までに439ヵ所を目標としていた。
また、
「家族のための地域同盟」は、地方行政、企業、商工会議所、労働組合、財団、学会、政界、ボランティア、福祉組織、教会
など幅広い機関が協力、連携し「家族に優しい地域」つくりを目的に設立された。家族に関する多様な支援を無料提供する地域のサー
ビスセンターの創設、ボランティアの掘り起し、学校制度の改革、電話相談の解説などさまざまな取り組みが行なわれている。
25
第 2 章 イギリスの児童福祉
本原稿は、2012年9月17日、ロンドン大学のDavid Gough, PhD(デビッド・ゴフ教授*)によるイギリスの児童福祉
施策に関する講義を参考に執筆した。
*
University of London, Institute of Education, Social Science Research Unit 所長、日本子ども虐待防止学会顧問
一人あたりのGDPとなると、38,811 US$、183ヵ国
■イギリス
中22位と下がり、所得間 格 差を示 すジニ係 数は
1.335とかなり高く、大きな格差の存在を示してい
る。失業率(2010)も8.0%と高く、不法就労などの
問題も深刻である。地区によっても、荘厳な建物
が並ぶ裕福な地区と、壊れた家や廃棄物が転がっ
ている貧困地区との差も激しく、イギリスでは特に
富裕層と貧困層の格差が大きな問題となっている。
こうした状況ゆえに、日本やドイツの子育て支援・
家族政策は、少子化対策を軸に展開しているのに
研修地
大ロンドン
対して、イギリスは貧困対策を中心に展開してい
る。しかし、日本のような戸籍はなく、だれがどこ
大ロンドン:
シティ・オブ・ロンドンと
32行政区
シティ・オブ・ロンドン
に住んでいるのか国が一括して把握することは難
しい。イギリスでは医療費は原則自己負担がなく、
近所の家庭医(GP)に登録する制度となっている。
テムズ川
この登録制度により、地区の住民を把握すること
ヒリンドン区
はできるが、税金を支払うことが前提となっている
ため、貧困などのために払えない家族も少なくな
く、こうした家庭には支援サービスを届けることも
1. イギリスの概況 難しく、児童虐待の予防や早期発見・早期介入を
イギリスの正式な国名は、グレートブリテン及び
難しくさせている(増沢,2007)。
北アイルランド連合王国であり、イングランド、ス
コットランド、ウェールズ、北アイルランドからなる。
2. 児童虐待死亡事例と施策の歴史 人 口 は 約6,180万人で、0∼14歳 の 子ども人 口 は
イギリスの児童保護施策は、過去の虐待事件と
2
1,070万人である。面積は24.3万km で、日本の約
その検証を繰り返しながら作られてきた。その歴
3分の2にあたる。首都のロンドンには約758万が生
史を振り返る。
活し、日本と同じく都市に集中している。
<NSPCC(全国児童虐待防止協会)の設立>
合計特殊出生率は、1.9(2011)と、同年の日本
19世 紀 初め、 イギリスでは親が子どもを懲 戒
(1.3)より高い。 相 対 的 貧 困 率(mid2000)は、
することが法律で認められており、死に至るほど
8.3%と、日本(14.9%)やドイツ(11.0%)と比べる
の重症でなければ虐待は懲戒権の範囲内であっ
と低い。子どもの貧困率も10.0%と、日本
(14.0%)
た(田邉,2006)。その時 代の中、一 部の篤 志 家
やドイツ(16.0%)よりも低い。GDP(2011)は、約
が子どもの利益を守る社会的システムが必要であ
24,310億US$と186ヵ国中7位と高位であり、一見
ると訴え、リバプール(1883年)やロンドン(1884
イギリスは先進国の中でも裕福な国である。しかし、
年)で民間団体である児童虐待防止協会(Society
26
for Prevention of Cruelty to Children;SPCC)
子どもに関する制度や施策について公式の調査が
を設立した。当時は、遺棄された子どもや重度の
行なわれ、1946年に報告書(カーティス報告The
暴力を受けた子どもなどをシェルターで預かる活
Care of Children Committee Report)が出された。
動や、虐待事例を報告する冊子「子どもの保護者
報告書の中では、親から分離された子どもが劣悪な
Children’
s Guardian」を作成し、虐待防止の啓発
環境下で生活している実態が明示され、児童保護
活動も行なっていた。こうした活動がイギリス各地
の責任が複数の部署に分散されているなど制度上
に少しずつ広がったこともあり、1889年にロンドン
の問題も指摘された。この報告を受け、1948年に
SPCCは各地で設立された協会をまとめ、全国児
児童法が改正された。この法では、児童を「貧困か
童虐待防止協会(National Society for Prevention
ら救う」
だけではなく、
「家族を支援する」
ことの重要
of Cruelty to Children;NSPCC)を組織した。こ
性が明確にされ、自治体では児童保護に関する部
のNSPCCの活動は、1889年の児童虐待防止保護
局や委員会が新設され、ソーシャルワークの専門家
法の制定に大きな影響を与えたと言われている。
が任用された。また、親子を分離する場合には裁
この法律は、当時、家族は社会が踏み込むべきで
判所の決定を前提とし、以降、児童保護施策は福
はない私的領域であった中、イギリスで初めて親
祉だけでなく司法も関与する形で展開されていく。
の養育に国が介入できる法律となった。さらに、
1908年にはすでに制定されていた子どもに関する
<児童虐待の社会的発見:マリア・コーウェル事件>
法律を統合した「児童法(The Children’
s Act)」
1973年、虐待で保護されていた7歳の少女マリ
が制定された。この法は、乳幼児の生命保護、児
アが家 庭に帰った後、継 父からの虐 待で死亡し
童虐待、少年犯罪、少年の喫煙、矯正、雑則の6
た事件が起きた。この事件はイギリスに大きな衝
編からなり、
「児童憲章」とも呼ばれている(田邉,
撃を与え、児童虐待が社会問題として認知される
2006)。こうして少しずつ国が子どもの利益を守る
きっかけとなった。翌年には検証報告書(Report
体制が作られ始めたが、実際には子どもの利益よ
of the Committee of Inquiry into the Care and
りも親権が優先されたり、虐待対応の中心となっ
S uper v ision P rov ided i n Relat ion to Ma r ia
ていたのは民間団体であるなど、心ある人が児童
Colwell,1974)が出され、公的支援が入り、複数の
福祉を担っていたというのが実情であった。
専門家が関わっていたにもかかわらず連携がとれ
第一次・第二次世界大戦中になると、疎開する
ていなかった点が指摘され、
「地域見直し調査委員
子どもや家族を失った子どもが増加し、そうした子
会(Area Review Committee)」
(LSCBの前身)が
どもたちは施設や里親のもとに行くこととなったが、
設立されるなど、虐待に対する協働体制の基礎が
劣悪な環境を強いられることが多かった。第二次
作られた。また、この事件をきっかけに子どもの利
世界大戦も終わりに近づいていた1945年、親から
益が重視されるようになり、1975年の児童法改正
の虐待により保護され、里親委託されていたデニ
では「親子分離による子どもの保護」が優先され、
ス(13歳)がネグレクトと身体的虐待で死亡したデ
「予防より介入・分離」の流れが作られた。しかし、
ニス・オニール事件が起きた。この事件はイギリス
1980年には児童ケア法で「親子分離による子ども
社会に大きな波紋を呼び、戦時中にも関わらずイギ
の保護」は否定され、1948年児童法で重視された
リス最初の公式検証が行なわれた。検証報告(モ
家族への予防的支援が優先される内容が制定さ
ンクトン報告Monckton Report, 1945)では、里親
れた。
適正を検討しないまま委託した点や、機関連携の
1984年、親の言動に振り回され子どもの保護を
不備、児童保護に携わる職員の専門性の低さ、行
躊躇した結果、4歳の少女ジャスミンが全身傷だら
政組織の混乱(2つの部署が里親委託を管轄して
けで死亡する事件(ジャスミン・ベックフォード事
いた)などが指摘された。さらに、親と暮らせない
件)が起きた。検証報告書ではソーシャルサービス
27
局(日本で言う児童相談所)の第一課題は子どもの
を持つ子どもへの対応、つまり、子育て支援を充
保護であることが強調され(松本,2002)、同時に
実させることで虐待を予防し、緊急介入による分
ソーシャルワーカーの専門性向上の必要性が述べ
離や保護は最小限にする。②親とのパートナーシッ
られた。この事件は、予防的支援の重要性が唱え
プの確立 1:行政機関などが家族に介入する場合に
られる中、実際は介入による子どもの保護を重視
は、家族や子どもと充分な交渉を行ない、保護手
する傾向を後押しした。
続きや支援計画の作成に親も参加する。③ワーキ
ングトゥギャザーの作成:
「ワーキングトゥギャザー:
<クリーブランド事件から1989年児童法制定、
Working Together Under the Children Act 1989 2
ワーキングトゥギャザーの刊行>
(1991)」児童保護における機関連携のガイドライ
虐待対応として親子分離が主流となっていた中、
ンの作成である。しかし、この1989年児童法を施
その流れを見直す 契 機となった事件が起きた。
行するための財源は十分ではなく、子育て支援や
1987年、クリーブランド州で121人の子どもが性的
予防的支援の充実よりも、虐待調査によるハイリ
虐待を受けたとして親子分離されたが、その後の
スクの子どもの選別とその対応が中心となってい
調査や裁判の結果、多くのケースで診断が間違い
た(田邉,2006)。1995年に「児童保護:研究から
だったと判定された事件である。この事件では、2
のメッ セ ージChild Protection; Messages From
人の小児科医の判断により親子分離が進められた
Research(1995)」が 刊 行された。 これ は、1989
ことから、
「システム虐待(専門家による虐待)
」
とい
年児童法、1991年ワーキングトゥギャザーによる児
う用語が使われる契機となり、検証報告書では、
童保護制度の運用について調査した20の研究報告
専門家同士の誤解と連携不足が強調された
(増沢,
をまとめたものである。この中で、虐待の調査や
2007)
。また、この事件では親も子どもも突然分離
介入が適切に行なわれておらず、かつアセスメント
させられたことなどから権利侵害を受けたことへの
に基づいた支援も提供されておらず、このままでは
批判や、虐待の事実を法的枠組みに沿った
「証拠」
20年後に弊害がでると指摘され、専門性を持った
を持って同定する必要性が指摘された。マリア・コー
多職種多機関で子ども中心の総合的アセスメント・
ウェル事件や、ジャスミン・ベックフォード事件では
支援を行なうことの重要性が提言された。
消極的介入が、クリーブランド事件では積極的介入
さらに、1997年には労働党のブレア首相が政権
が批判され、ソーシャルワーカーは、子どもの保護
に就き、福祉改革を推進した。その1つとして、施
を最優先しながら、親と子どもが持つ権利のバラン
設や里親など社会的養護にいる子どもたちが抱え
スにどう配慮するか、難しい課題に直面していた。
ている教育・健康・社会的問題の解決を目的とし
いずれの事件の検証においても、アセスメント
た「サービスの質向上計画(クオリティ・プロテク
の不備が共通して指摘された。これを受け、1988
ツ;The Quality Protects)
,1998 3 」が実施された。
年には「児童虐待防止:ソーシャルワークによる包
この計画は、社会的養護にいる子どものケア水準
括的アセスメントの実施の手引き」が作成された。
の向上が中心に据えられたが、それだけでなく、
このような流れの中、1989年児童法の施行は、
児童保護施策全体の見直しにまで及んだ。その1
児童保護施策の大きな転換となった。内容として
つとして、1999年には「ワーキングトゥギャザー:
は、大きく3点挙げられる。①予防的支援(子育て
Working Together to Safeguard Children 4 」
支援)の重視:ハイリスクの子どもだけでなくニーズ
の改訂版が刊行された。この改訂においては2つ
1
イギリスでは、家族の権利擁護活動を行なう民間団体が古くから存在し、その 1 つにファミリー・ライツ・グループ(95 ページ参照)があり、
1974 年に立ち上げられた。
2 正式名称は、
「Working Together Under the Children Act1989: A Guide to Arrangements to Inter-agency Co-operation for the
Protection of Children from Abuse」
3 Department of Health(1998)The Quality Protects: Transforming Children’
s Services
4 正式名称は「Working Together to Safeguard Children: A Guide to Inter-agency Working to Safeguard and Promote the Welfare
of Children」
28
の転 換が図られた。1つ目は、児 童 虐 待 の捉え
よる虐待、DVによる子どもへの影響、買売春に巻
方が、
「abuse(意図的な、悪意がある行為)」から
き込まれている子どもの保護が新たに加えられた。
「significant harm(重大な害)」へ転 換されたこ
この 改 訂とともに、1999年 に は 児 童 保 護 法
とである。harmという考え方には、①不適切養
(The Children Protect Act)が施行され、子ども
育、②健康の阻害、③健全な発達の阻害の3点が
に関連する仕事に就く際には無犯罪証明を行なう
採用されている。これは、行為者の意図の有無に
義 務が課された。また、2000年にはニーズを適
関わらず、子どもに害があれば対応するという考え
切にアセスメントするために、
「ニーズを持った子ど
方であり、子どもを中心としたものとなっている。
もと家族のアセスメントの枠 組みFramework for
2つ目に、子どもの「protection(保護)」という介
the Assessment of Children in Need and their
入路線から、
「safeguarding(安全策を講じる)」と
Families」が刊行された。この中で、子どもに携わる
いう予防のスタンスへの転換であり、ニーズを幅広
人が共通した指標をもって子ども理解ができるよう、
くアセスメントし、支援を提供することの重要性を
子ども、親、家族と環境の3側面から、課題だけで
述べたものである。さらに、改訂版は、子どもの害
なくwell-beingも含まれた総合的なアセスメントの
(harm)をより広く捉え、専門職やボランティアに
枠組み(図1)
が提示され、今日も用いられている。
健康
ー
ニ
情緒的な暖かさ
達
テ
上
ン
の
レ
の
も
ど
能
グ
権利擁護と
力
福祉の推進
子
適切な刺激
ン
発
子どもの
ィ
社会参加
ア
同一性
家族・社会
との関わり
安全性の保障
ペ
情緒・行動
の発達
基本的ケア
ズ
教育
ガイダンスと
境界設定
セルフケアのスキル
安定性
家族歴と
家族機能
拡大家族
住居
就労
収入
家族の
社会的統合
社会的資源
家族・環境要因
■図 1 The Assessment Framework(Department of Health, 2000)
(子どもの虹情報研修センター 2007 より引用)
<ビクトリア・クリンビエ事件と
12回以上あったにも関わらず死に至ったことで、イ
「どの子も大事Every Child Matters」>
ギリス社会に衝撃を与えた。政府はレーミング卿に
2000年2月、ロンドンのハーリンゲイ区で8歳の少
事件の検証を依頼し、2003年、ビクトリアの写真
女、ビクトリア・クリンビエが父方伯母と同居男性
で始まる400ページを超えた検証報告書(レーミン
に虐待され死亡する事件が起きた。ガーナから連
グ 報 告 書 THE VICTORIA CLIMBIÉ INQUIRY
れてこられたビクトリアは毎日のように殴られ、犬
Report of an Inquiry by Lord Laming)が提出さ
以下の扱いを受けていた。死亡時、ビクトリアの身
れた。報告書の中では4つの点(櫻 谷,2009)が指
体は内臓も含めて損傷がひどく、128 ヵ所以上の傷
摘され、①法的枠組みは健全であり、問題はその
があったと言い、検死官は「これまで扱った事件
運用、実践である、②子どもと家族のための効果
の中で最悪である」と述べたほどであった。この事
的な支援は単一の機関のみによっては達成できな
件は、虐待が凄惨なものであっただけでなく、さま
い、③協働は大切であるが、責任が曖昧になるリ
ざまな機関が関わり、ビクトリアの命を救う機会が
スクも生じる、④家族への総合的支援が不可欠で
29
<BabyP事件と専門性の見直し>
児童保護システムのみ分離して実行することはでき
ない、と述べられ、ソーシャルワーク教育や連携
2006年には児童ケア法
(The Childcare Act)
の制
強化の必要性が提言された。機関連携の不備は、
定や、ワーキングトゥギャザーの改正が行なわれた。
マリア・コーウェル事件以来繰り返し指摘されてき
2007年、ブラウン首相は児童・学校・家族省
(Depart-
たが、なかなか解決できない大きな課題であった。
ment for Children, Schools and Families 5)を
また、このケースでは重篤な虐待ではないと判断
新設し、
「子どもの計画:明るい未来のためにThe
されたため支援が極端に少なくなったことが指摘
Children’
s Plan: Building brighter futures」を発
され、虐待対策だけでなく、子ども・家族のニー
表した。これは、基礎学力の向上、反社会的行為
ズを広く把握し、総合的な子育て支援が必要であ
の予防、子どもの貧困の克服を目的とし、学校を
ると提言された。この事件を契機にブレア政権は
拠点にさまざまなプログラムを行なうプランである。
子育て支援施策を見直し、2003年、
「どの子も大事
子どもの教育格差をなくすとともに、子ども虐待の
Every Child Matters;ECM」という政策方針を発
早期発見・予防を狙っている。こうした改革が重
表した。全ての子どもが幸せであるために、①健
ねられている中、2007年8月、1歳2 ヵ月の男児が
康であることbeing healthy、②安全に暮らすこと
母親と同居男性に虐待され死亡する事件が起き、
staying safe、③楽しんで成長できることenjoying
再びイギリスに衝撃を与えた。男児のイニシャルを
and achieving、④社会に貢献できることmaking
とってBabyP事件と呼ばれたが、全身外傷におわ
a positive contribution、⑤(経済的に)自立できる
れ、多数の骨折、爪ははがれ、耳には犬に噛みち
ことeconomic well-being、という5つの目標を示し
ぎられたような裂傷、腸から折れた歯も見つかり、
た。これは、虐待に注目するだけではなく、傷つ
凄惨な姿であったという。関係機関は78回も家族
きやすい、ニーズのある子どもや家族に対して早期
と接触をもち、BabyPは入退院も繰り返し、母親
介入・早期支援を行なうことで、深刻な虐待を防ぐ
は虐待の疑いで2度も逮捕されたにも関わらず命を
ことの重要性を強調したものである。また、2004年、
救うことができず、さらにビクトリア・クリンビエ事
児童法を改正し、それまで別々であった教育と福
件と同じハーリンゲイ区で起きたことから大きな波
祉が「児童サービス局」として統合され、子ども大
紋を呼んだ。国会答弁でも事件が取り上げられ、
臣の誕生という構造改革にいたった(増沢,2007)。
また、機関協働を強化するため、1989年に設置さ
当時の児童大臣は、2004年児童法の権限を初め
れたACPC(Area Child Protection Committee)
て行使し、ハーリンゲイ区における児童保護・虐待
をLSCB(Local Safeguarding Children Board)
防止に関する緊急の合同査察調査を命じるととも
に再編し、地方自治体に設置を義務付けた。それ
に、LSCB委員長を更迭した(田邉,2011)。また、
までのACPCは民間組織が中心となっていたことか
この事件については、4つの調査・検証 6 が行なわ
ら地域差も見られていたが、LSCBは行政組織が
れたことからも社会的影響の大きさがわかる。事
中心となることで強い権限も与えられるようになっ
件そのもの検証は、ハーリンゲイ区のLSCBがSCR 7
た(増沢,2007)。これらは、数々の虐待死亡事例
(Baby Peter Serious Case Review,2009)として
の検証のたびに繰り返された連携の問題克服に向
提出された報告に詳しい 8 。SCRでは、初期対応
けた大きな改革であった。
の失敗(家族情報の収集やアセスメントの甘さ、他
5
2010年5月に児童・学校・家族省は教育省(Department for Education)に改編され、現在に至る。
①LSCBによる事件の検証報告書(SCR)
、②イギリス全体の児童サービス状況に関する調査報告書(レーミング報告書)
、③ハーリンゲイ区
の児童安全保障に関する調査報告書(地域合同児童サービス査察委員会調査報告書)
、④ハーリンゲイ区のLSCBの現状調査報告書、である。
7 ワーキングトゥギャザー(2010)の8章に、
『児童が死亡(自殺を含む)した際に児童虐待及びネグレクトがあったと認識、もしくは一因と
疑われた場合は、重大事例検討(SCR)を常に行なうこと。保護下(警察での保護、拘留、もしくは受刑中)、少年刑務所、少年院、措
置入院中の児童が死亡した場合も同様』と記載されている。
8 LSCBは一度検証報告書を提出していたが、当時の児童大臣がLSCB委員長の更迭、新委員長の任命をした上でやり直しを命じていた。
要約報告書は2009年5月に公開された。
6
30
のきょうだいへの対応プランが立てられていなかっ
ついて基本的なことのみを記すように改訂する。
たこと)や、機関協働の不備などが指摘された。
②ケースマネージメントの向上:ケースに沿って考
SCRの中では、児童虐待に携わる職員の専門性、
えるという専門性のもとアセスメント、ソーシャル
特にアセスメント力向上と、適切な情報伝達など協
ワークができるように「ニーズのある子どもと家族
働のためのコミュニケーションの取り方の改善が課
のため のアセスメントの 枠 組 み Framework for
題として挙げられた。さらに、政府はビクトリア・
the Assessment of Children in Need and their
クリンビエ事件の検証を行なったレーミング卿に、
Families」を柔軟に使えるように改訂する。
2003年に提出された政策方針ECMの進捗状況に
③ SCR(重大事例 検証報告)の向上:L S CB に
関する調査・検証を依頼し、2009年にレーミング
よって行なわれている SCR について、責任の所在
報告書(The Protection of Children in England:
を追及するのではなく、何が起き、その背景にど
A Progress Report)が提出された。田邉(2011)に
んなことがあったのを認識することで、今後の改善
よると、報告書の主張は大きく3点にわかれ、①政
につなげていけるような報告にするためのシステム
府各省庁は協力して、児童保護/虐待予防に対す
を構築する。
る優先順位を明確にし、それが実現可能となるよ
視察初日にロンドン大学ゴフ教授研究室で受け
うに十分な資源を確保/保証すること、②その達成
たイギリスの児童福祉制度についての講座によれ
評価は、現場で提 供されるサービスの質/量で評
ば、このムンロー報告書はイギリスの児童保護シ
価されること、③これらの改革を実施するために、
ステムへの重要な提言であり、ガイドラインの手順
内閣府に全国児童保護/虐待防止対策部を設置す
を踏むことに集中するのではなく、ソーシャルワー
ることという。そして、ソーシャルワーカー、保健師、
カーをはじめ専 門 職が“考えてconsider”実 践 で
虐待担当警察官の地位/身分、教育研修/専門性、
きるようにすることが強調されているという。さら
職員数/欠員補充が不十分であり、その対策を早
に、ヒリンドン区LSCBに訪問した際には、このム
急に講じるように要請し、そのために、児童保護
ンロー報告書をもとに、SCRの方法論を検討した
/虐待予防に関する特定財源の明確化が主張され
という話を聞いた。イギリスでは、事件が起こるた
た。このレーミング報告書を受け、ワーキングトゥ
びに詳細な検証を重ね、こうした報告書や提言は、
ギャザーも改訂されている。
国だけでなく地方自治体の児童保護システムに着
さらに、2010年、政府はムンロー博士にイギリ
実に反映されているのである。
スの児童保護システムの検証を依 頼し、2011年5
3. 児童虐待介入システム
月、
「ムンロー報告書 The Munro Review of child
Protection」が刊行された。報告書の中では、児
(1)ベースとなる法律・ガイドライン
童保護システムは、
「子ども中心child-centered」で
基本的施策は1989年に制定され2004年に改
なければならないことが改めて強調され、現在の
正された児 童 法Children’
s Actが基 盤となって
児童保護システムは
「官僚的bureaucratic」であり、
おり、日本でいう「児童虐待防止法」のような虐
専門的な意思決定を「窒息stifle」させていると指
待に特 化された法 律はない。また、1989年児
摘した。ムンロー博士は、報告書の中で次の3つを
童法を受け、児童虐待対応のガイドラインとして
含んだ新しいシステムの構築を提言している。
「ワーキングトゥギャザー Working Together to
①ワーキングトゥギャザーのスリム化:これまで、事
Safeguard Children: A guide to inter-agency
件が起きるたびに詳細な検証・提言がなされ、そ
working to safeguard and promote the welfare
れらをもとに「手続きprocedures」が増えすぎ、ソー
of children」が刊行されている。ワーキングトゥ
シャルワークが振り回されている。子どもの福祉の
ギャザーはその後改定を続け、現在は2010年版
安全そして促進のために、機関が何をすべきかに
(HM Government, 2010)が出されている。そ
31
の他、虐待対応に関するさまざまなガイドライン
ども(Children Looked After)
が53,000人、児童
が出されているが、これらは全てワーキングトゥ
保護計画ケースの子ども(Child Protection Plan
ギャザーに集約されていく。
Case)が32,000人いることを示している。図を見
て明らかなように、児童保護計画ケースは、支
(2)子どものケアシステムの考え方
援を必要とする子どもと家庭から離れて生活して
図2は、イギリスにおける子どものケアシステム
いるケースをまたがるものであることに留意が必
の位置づけと人数を示したものである。ある一時
要である。分離されれば必ずしも安全と健やかな
点で考えたとき、18歳未満の全ての子どもが1,100
生活が保障されるわけではなく、里親や施設に
万人おり、そのうち支援は受けていないが傷つき
おいても危機状況が生じる場合があり、そうした
やすい子ども(Vulnerable Children)
は400万人、
ケースもまた児童保護計画ケースとして、集中的
支 援を必 要とする子ども(Children in Need)
に支援を行なうことになる(増沢,2007)。
は30∼40万人、家庭から離れて暮らしている子
全ての子ども(1,100万人)
All children
傷つきやすい子ども(400万人)
Vulnerable Children
支援を必要とする子ども(3∼40万人)
Children in Need
家庭から離れて生活している子ども(53,000人)
Children Looked After
児童保護計画ケース(32,000人)
On Child Protection Register *
*:作成時はChild Protection Registerとなっているが、2008年、Child Protection Planと改称されている。
■図 2 Representation of Extent of Children in Need in England at any one time
(Department of Health, 2000)
(3)児童保護までの流れ
ント、プランニング、介入、振り返り」の4つのプ
イギリスにおける児童虐待対応のシステムは、
ロセスをもとに、フローチャートが示されている
子どものおかれたリスク状況によってレベル1∼
(資料40∼44ページ)。これは、もともと2003
4(33ページ)に分かれ対応がなされている(増
年に政府からだされた「虐待が疑われる場合の
沢,2007)。児 童 虐 待 の通 報を受け、介入の中
対応(What To Do If You’
re Worried a Child is
心 と なる の はCSC(Children’
s Social Care)
being Abused)
(
」現在は2006年版)
という実践ガ
で、日本の児 童 相 談 所にあたる。2005年まで
イドがベースとなっている。また、具体的なアセ
ソーシャル サービス局(SSD:Social Services
スメントのプロセスや内容などについては、
「ニー
Department)と呼ばれていた機関である。分離
ズのある子どもや家族ためのアセスメントの枠組
保護の権限は警察と裁判所にあり、警察は72時
み Framework for the Assessment of Children
間のみ分離する権限が与えられており、72時間
in Need and their Families(2000)」に詳しい。
を超える保護については裁判所の判断が必要と
各機関は、図1のアセスメントの枠組みをもとに
なる。
作られた共通のアセスメントフォーム(Common
Assessment Framework form;付表125ページ)
ワーキングトゥギャザー(2010)では、ニーズ
を使い、子ども・家族のアセスメントを行なう。
のある子どもと家族への対応について、
「アセスメ
32
■レベル1:支援を必要とするケース(Child in Need):非行児童や障がいを持つ子どもまで、支援
を必要とする多くのケースが含まれる。
■レベル2:児童虐待の状況について調査を行なう段階のケース:児童虐待が疑われ、CSCを中心に
児童虐待の有無や状況について調査が行なわれるケースである。サービスが必要かどうかを判断す
る初期アセスメントが10日間で実施され、さらに複雑なニーズを持っている場合や、保護の検討が
必要となる場合、35日以内でコアアセスメントが実施される。
■レベル3:児童保護計画ケース(Child Protection Plan Case;CPPケース):調査の結果、児
童虐待の状況が明らかで、緊急性や問題の深刻さが認められるケースである。リストに登録され支
援プランの作成が義務付けられる。CSCを中心に、関係諸機関が集まり、ケースのアセスメントをし、
具体的な支援プランが立てられる。
■レベル4:裁判所の判断を要するケース:分離か在宅かの判断が必要となる重篤なケースである。
(4)児童虐待の現状
初期アセスメントの結果さらに調査が必要と判断
CSCへ の 通 報 件 数 は、2010年4月から2011
されたケースに対し、児童法第47条に基づいて
年の3月末までの1年間で615,000件であった。
行なわれる調査をいう。コアアセスメントでは、
2007∼2009年 の 間 は540,000件 前 後であった
子どもの健康や発達の状態、親の養育能力、家
が、2010年 に600,000件 を 超 え た。 この 内、
族機能などが詳細に検討される。
439,800件に対して、初期アセスメントが行なわ
日本での虐 待対応の指標となっている児 童
れた。初期アセスメントとは、通告を受理した後、
相 談 所における相 談 対 応 件 数(2011年 度)は
サービスが必要かどうか、さらに詳しい調査が
59,919件であった。制度が異なるため単純に比
必要かどうかについて、10日以内に行なわれる
較できないが、人口比を考慮し、通報件数と比
評価をいう。また、185,400件に対してはコアア
較すると約20倍、初期アセスメント数と比較する
セスメントが行なわれた。コアアセスメントとは、
と約15倍にもなる。
●表1 2007∼2011年の通報件数、初期アセスメント件数、コアアセスメント件数
2007
2008
2009
2010
2011
通報件数 referrals
545,000
538,500
547,000
603,700
615,000
初期アセスメント件数
305,000
319,900
349,000
395,300
439,800
コアアセスメント件数
73,300
105,100
120,600
142,100
185,400
出典:Department for Education ※各年数は前年4月からその年の3月末日までをさす。
次に、児童保護計画(CPP)ケース数につい
42,700件のケースがあり、2007年以降増加の一
て表2に示す。アセスメントの結果、子どもが虐
途をたどっている。中でも、ネグレクトケースが
待を受けており、引き続き危険性があると判断
多く、この数値からも貧困が背景にあることが
された場合、CPPケースとなり、より手厚いか
浮かび上がってくる。
かわりが行なわれる。2011年3月31日時点で、
33
●表2 2007∼2011年の児童保護計画(CPP)ケース数と虐待種別
内訳
2007
2008
2009
2010
2011
CPPケース数
27,900
29,200
34,100
39,100
42,700
ネグレクト
12,500
13,400
15,800
17,200
18,700
身体的虐待
3,500
3,400
4,400
4,700
4,500
性的虐待
2,000
2,000
2,000
2,200
2,300
情緒的虐待
7,100
7,900
9,100
11,400
12,100
混合/不特定
2,700
2,500
2,900
3,400
5,000
出典:Department for Education ※各年数は前年4月からその年の3月末日までをさす。
(5)地域機関協働による児童虐待対応 ∼LSCB
LSCBにはいくつかの委員会があり、関係する職
2004年の児童法改 正により、2006年、自治
種の専門性向上に向けた研修の企画と実施(職
体にLSCBの設置が義務 付けられた。LSCBの
種ごとの研修と合同研修)、地域の子どもへの
役割や活動内容については、ワーキングトゥギャ
サービス事業の立案、死亡事例に対する調査と
ザー(2010)の3章にまとめられている。
評価など、それぞれ担っている。
LSCBの役割は、全ての子どもの福祉を守り、
ロンドンではシティ・オブ・ロンドンと32の行
不適切な養育を予防し【予防】、ニーズのある子
政区それぞれにLSCBが設置され、そのネット
どもたちへの支援を行ない【早期発見・早期介
ワークもあるという。各区のLSCBは地域の特徴
入】、重大な害(significant harm)を被ってい
を生かしたものとなっており、ヒリンドン区LSCB
る子どもへの対応【虐待対応】を行なうために、
ではヒースロー空港があることから、人身売買
地域における機関連携のシステムを作ることであ
の子どもへの対応について強化しているという。
る(図3)。LSCBは子どもや家族に関わる多くの
(92ページ参照)
機関で構成され、各機関との連携については、
3層から成り立つ
(Picken,2007)。第1層は、議会、
警察署長、NHSトラスト(医療)、CAFCASS(家
庭裁判所)、コネクションズ(青少年支援部署)
などからなり、これらは協働する義務が課せら
れている。第2層は、子どもの安 全に関する事
柄を担うためのパートナー機関で成り立ち、ここ
には、チルドレンズ・センター、家庭医(GP)、
NSPCC、学校、移民局、施設などが含まれる。
第3層はニーズに合わせて組むパートナー機関な
どであり、薬物・アルコール乱用に関する部署、
住宅・文化・レジャーサービス局、裁判所、DV
関連部 署、セクシャルヘルスサービスなどがあ
る。LSCBはこれらの機関連携がスムーズにいく
ようにコーディネートする他、各機関が子どもを
安全に守るという責任を全うしているか、定めら
れた手続きを踏んでいるか確認する役割もある。
34
目的
LSCBの機能を通して実行
結果
全体的な結果
子どもの福祉を守り
促進するために地域
の仕事をコーディ
ネートするために…
子どもの福祉を守り促進するために政策や手続きを開発(以下を含めて)
‐子どもの安全や福祉について懸念が生じた際の介入
‐子どもに関わる人材の育成・研修
‐雇用とスーパービジョン
‐子どもに関わる仕事をしている人に疑惑が生じた際の調査
‐私的な里親のもとにいる子どもの安全と福祉の保証
‐他自治体との協働
子どもの福祉
を守り促進す
るために効果
的
子どものウェ
ルビーイング
特に"安全に
いられる"
自治体の子どものためのサービス企画
子どもの福祉を守り促進する必要性を伝える(啓発)
予期しない子どもの死亡に対して対応する手続きを確保
仕事の効果を確実に
するために…
施策やプログラムの効果のモニター
効果測定し、
改善方法の
助言
Serious Case Reviewの実行
子どもの死亡に関する情報の収集と分析
(2008年より18歳以下の子ども全員について義務化)
年次報告の刊行
■図3 LSCBの役割の全体図 Working Together to Safeguard Children(2010)98ページより作成
4. 地域におけるハイリスク家庭への支援・虐待予防
つの特徴となっている。開始当初は260ヵ所であっ
1997年、イギリスでは保守党政権からブレア首
たのが、2003年には524ヵ所でシュアスタートが実
相率いる労働党に政権が交代した。交代後、政
施されるまでに広がったことを受け、政府は2003
府は総合的財政見直しを行ない、その中で就学前
年、シュアスタート・チルドレンズ・センター(Sure
の子どもと家族へのサービスにおいて地域差が大
Start Children’
s Centre;以降チルドレンズ・セン
きく、体制が整っていないという見解を示した(埋
ター)に移行した。移行にあたり、シュアスタートを
橋,2009)。また、貧困がベースとなって起こる不
イギリス全土で展開するために、2010年までにチル
適切養育の世代間連鎖や子どもの貧困率の高さを
ドレンズ・センターを3,500ヵ所とすることが目標と
問題視し、1999年にシュアスタート地域プログラム
された。2011年時点で約3,600ヵ所となっている
(原
(Sure Start Local Programmes;以 降シュアス
田,2011)。2004年に政府が出した「どの子も大事
タート)
(101ページ参照)を開始した。シュアスター
ECM」は“全ての子ども”を対象としており、この政
トは健康問題、失業率、学業不振、犯罪の発生
策を具体化する1つとしても位置づけられている。
率、公的扶助受給率の全てが全国平均を大きく上
2006年には児童ケア法(Childcare Act)もできた
回っている地域を指定し、その指定された地域に
ことから、実践ガイダンス「Sure Start Children’
s
住む5歳未満の全ての子どもと家族を対象としてい
Centres Practice Guidance」も示され、より質の
る(原田,2011)。サービス内容としては、0∼4歳
高い、そして地域格差のないセンターにするための
児を対象とした就学前保育・教育をはじめとし、
指針や方法が提示された。今回視察で訪れたコイ
妊婦宅への全戸訪問、出生前の母親クラス、出
ンストリート・ファミリー・チルドレンズ・センター(98
生後の訪問、10代の母親のグループ、職業指導な
ページ参照)では、主に次の4つの事業を展開して
ど、子どもの保育・教育だけでなく、家族支援も
いた。①保育所(Child care)、②家族支援・アウ
含んだ総合的サービスとなっている。これらのサー
トリーチでの支援、③親への職業訓練、④妊娠期
ビスは、画一的なものではなく、家族や地域のニー
の支援である。これら4つの事業を組み合わせな
ズに応じ企画・実施されることがシュアスタートの1
がら家族全体への支援を行なっており、支援を必
35
5. 社会的養護(家庭外措置)について
要とする子ども(Children in Need)や、CPPケース
(1)現状
も抱えている。そういったケースには、CAFを用い
てのアセスメント、頻繁な家庭訪問、職業訓練や
家族から離れて、里親や施設で暮らすいわゆ
治療プログラムなど多様なサービスの提供、多機
る社会 的養護の子どもたち(Children Looked
関協働のもと支援を集中的に行なうことで在宅の
After)の状況について、2007年から2011年まで
家族を支えている。視察したセンターのディークス
の各年総数の推移を表3に示す。
氏は、
「ケア・支援の質向上や、機関協働を行なう
2011年 の 統 計では、年 間で約27,000人の子
ためには、徹底的なトレーニングが必要」と述べ、
どもたちが新 規で家 族 分離となり、総 数で約
センターではスタッフ一人ひとりに対して年間研修
65,000人の 子どもたちが 社会 的 養 護 のもと生
計画が立てられるなど、育成体系や研修機会も充
活を送っている。内、裁判所のケア命令(care
実している。しかし、2010年に労働党から保守党
order)で強制的に保護している児童は約4万人
に再び政権が移行すると、予算が削減となり、閉
弱である。約74%の子どもが里親で暮らしており、
鎖したり統合合併したりするチルドレンズ・センター
施設措置は約10%と、施設措置の多い日本の現
も出てきたという。ヒリンドン区でも予算削減によ
状とは大きく異なる。イギリスでは原則里親措置
り虐待予防施策を縮小したところ、CPPケースのカ
となっており、高齢児や重篤な心的課題を抱え
ンファレンス回数が大幅に増加したとの報告があっ
た子どもについては、治療や矯正を目的とした
た。不況によりイギリス全体の経済がひっ迫されて
施設措置となっている。
いる中、子ども・家族サービスにかける予算も削減
しており、その影響が懸念されているところである。
●表3 Children Looked Afterケースの推移
2007
2008
2009
2010
2011
児童総数
59,970
59,630
60,890
64,410
65,520
新規児童
23,960
23,250
25,700
28,090
27,310
男
33,390
33,380
34,580
36,150
26,470
女
26,580
25,990
26,310
28,260
29,050
虐待
性別
主訴
37,270
36,750
37,160
39,290
40,410
子どもの障害
2,330
2,290
2,210
2,180
2,150
親の病気/障害
2,970
2,750
2,700
2,820
2,720
家族の急性ストレス
4,730
4,910
5,320
5,800
5,880
家族機能不全
6,320
6,330
6,840
8,020
8,930
反社会的行動
1,270
1,170
1,220
1,290
1,230
110
130
140
170
160
4,970
5,040
5,310
4,830
4,050
里親措置
42,030
41,930
43,870
46,840
48,530
養子縁組
2,720
2,860
2,690
2,500
2,450
親と一緒
5,110
4,580
4,170
4,230
3,970
地域の中で他の場所
1,720
1,910
2,060
2,430
2,460
施設(治療施設など)
6,460
6,220
6,090
6,170
5,890
590
570
740
1,000
1,050
1,090
1,080
1,040
1,030
970
150
130
120
110
110
低収入
養育者の不在
措置先
他の施設
寄宿舎学校
不明
その他
ケア命令による児童数
90
70
100
90
90
38,550
36,910
36,310
38,280
39,330
出典:Department for Education ※各年数は前年4月からその年の3月末日までをさす。
36
(2)里親
くる暴力や関係の築きにくさなどにより、里親と
訪問したヒリンドン区役所のロビーでは、里親
の関係が不調になりやすいことがあげられる(増
啓発のポスターやパンフレットが他の一般的な
沢,2007)。2004年政府は、16歳以下で、2年以
パンフレットと同列に置かれており、一般市民
上同じ委託先で生活する児童を80%以上にする
が身近なところで手に触れられるようになってい
目標を掲げた(Department for Education and
た。パンフレットには、里親の役割について“家
Skills,2004)。2011年は69 %の児 童が2年以 上
族と暮らせない子どもに家庭生活を提供する”
委託先を変更しなかったという結果(FCAでは
と示され、養子縁組とは明確に区別している。
92%が達成)であり、大きな課題となっている。
さらに、
“子どもが里親のもとにいても、実親をは
じめ家族は子どもに対して責任を持ち関与するこ
(3)治療施設
ともある”、また、
“子どもが家族のもとに帰るま
虐 待を受けた子どもたちは治療や治療的教
で、もしくは養子に行くまでの一時的な養育で
育を必要とする場合が多く、地域のさまざまな
ある”ことが書かれており、里親の社会的役割が
治療機関を中心としたサービスを受けることにな
はっきりと示されている。
る。被 虐待児への治療的支援は、子どもの重
イギリスでは、委託そのものの決定は行政機
症度によってレベル1からレベル4の4段階に分か
関であるCSCが 行なうが、 里 親 の開 拓・登 録
れて展開される(山下,2007)。レベル1は予防的
からマッチング、委託後のフォローについては、
治療 の段 階で、保育所・学 校、家 庭医(GP)
FCA(102ページ参照)のような民間機関が担う
などで行なわれる。レベル2は学校カウンセリン
ことが多い。こうした機関は、里 親“ 支 援”機
グや 家 族 資 源プロジェクト(Family Resource
関ではなく、里 親養育“提 供”機関(Fostering
Project)などが提 供される段階である。さらに
Providers)という位置づけにある。里親は子ど
専門的な治療が必要な子どもがレベル3に入る。
もを取り巻く全体の養育システムの中の一部であ
そこでは児童青年メンタルヘルスサービス(Child
り、子どもの成長に効果的な方法として里親養
& Adolescent Mental Health Services)が関わ
育が選択・提供されるという考えが基本にある。
ることとなる。ここでも治療困難な場合、レベ
ゆえに、機関が里親を“支援”するのではなく、
ル4として、入院型の治療や後述する入所型の
里親と機関はパートナーシップで結ばれている。
治療が必要となる。
今回訪問したFCAでは里 親のアセスメントを
イギリスにおいて家庭外での養育となると里親
自機関だけでなく外部のアセスメント機関に委託
が中心となる。しかし、被虐待児に特徴的な暴
したり、認定の際には外部委員会を設け複数の
力の問題や性化行動が激しく、里親に対するケ
目で検討したり、委託直後には頻回に訪問し、
ア体制をとってもなお里親では難しい場合が生
里親研修をきっちり設けるなど、手厚い関わりが
ずる。その場合は治療施設を利用し、それでも
行なわれていた。また、子どもは委託先につい
難しい場合はセキュアユニットを利用することと
て意見を言うことができ、委託された後もニーズ
なる(増沢,2007)。ここでは視察で訪れた「カ
を伝える機会が頻回に設定されているなど子ど
ルデコット・ファウンデーション The Caldecott
もの声を大切にしている。しかし、イギリス全体
Foundation(108ページ)」と「マルベリーブッシュ
・
をみると、里親を転々とする子どもも多く、中に
スクールThe Mulberry Bush School(115ペー
は十数回里親が替わったケースもあり、里親家
ジ)
」を中心に、治療施設について述べる。
庭への定着率の低さは大きな問題となっている。
治 療 施 設 は、 治 療 的 生 活、 心 理 治 療、 学
この背景には、里親へのトレーニング不足など
校 教 育からなる総合 的 治 療 環 境(Integration
だけでなく、人生早期の被虐待体験の影響から
Model Practice)を子どもに提 供する施 設であ
37
る。カルデコットは1911年、マルベリーブッシュ
好きなようにアレンジし、自分らしさを表現して
は1948年に開設され、歴史は長い。戦時中に
いる。学校では3∼4段階にクラスを設定し、子
は疎開してきた子どもの養育を担う機関として
どもの学力や状態に沿って進めることができる。
存 在していたが、単に衣食住を提 供するだけ
少人数で進められ、教室を学習エリアやプレイエ
では 不十 分として、 当時 から精 神 分析を中心
リアなどさらに分け、その時々の子どもの状態に
とする治療的理論をベースに展開、発展してき
応じて授業を行なうなど、少しでも子どもたちが
た民間 治 療 教 育 機 関である(増 沢,2007)。こ
教室にいられるような工夫がされている。さらに、
うした治療施設はイギリス全 土で13∼14ヵ所ほ
カルデコットにはタイムアウト棟、マルベリーブッ
どあり、小 学 校年 齢から思 春 期の子どもたち
シュには緊急対応チームがあるなど、子どもたち
が入 所している。 もともと被 虐 待児の治 療 機
が不穏な状況になった時にはすぐに対応できる
関として誕生したわけではないが、被虐待児の
ような体制が施設全体でとられている。マルベ
入所が多くを占める状況になっている。中心と
リーブッシュでは、7∼9歳での入所が多く、退所
なる問題は暴力と性化行動であり、マルベリー
後は地域の学校に通うことが目標とされている
ブッシュにおいては100%の子どもが行為障がい
が、カルデコットでは、高齢児の子どもも多いこ
(conduct disorders)、96%の子どもが愛着障
とから、職業訓練棟を新設し、子どもたちが手
がい(attachment disorders)の診断を受けてい
に職をつけられるような教育も行なっている。
るという。これまで家庭や里親で何らかのケア・
治療 効果について、マルベリーブッシュの資
治療を受けてきたがうまくいかなかったケースが
料を参考にすると、治療により、暴力によるトラ
ほとんどであり、多くの傷つき・喪失体験を抱え
ブルが減少した子どもは95%、反社会的行動が
た子どもたちである。
改善した子どもは60%と大きな効果が表れてい
こうした治療 機 関では、暴力や 性化行動も
る。さらに、92%の親、養育者、専門家が、入
含めた問題行動の修正と獲 得できなかった発
所によって子どもと健康的で親密的で信頼でき
達上の課題を治療的コミュニティ(Therapeutic
る関係が構築できるようになったといい、93%
Community)の中で再獲得することが治療のね
の子どもたちが退所時点で家族や里 親と長期
らいとなる。治療期間は概ね3年で、最初の1年
的な生活を営むことができるようになり、97%
間は治療的生活に慣れること、2年目が本格的な
の子どもたちが退所時には学校に適応できるよ
治療、3年目が地域社会に参加し、地域に復帰
うになり、学力面でも全ての科目で「Good」か
するための準備をする段階である(増沢,2007)。
「Outstanding」を修めることができるなど、退
年間52週または38週の入所となり、週末や長期
所後、家庭・里親・学校をはじめ地域での生活
休暇時には家庭や里親に帰省する(イギリスでは
に適応する力がついていることが大きな治療効
二重措置が認められている)
。資金は子どもが居
果であろう。
住していた自治体から提供される他、各施設が
両施設ともにスタッフ体制が充実しているだけ
得た寄付金で賄われる。施設により異なるが、
でなく、施設にスタッフ育成担当が専任でいた
カルデコットでは入所児童のケア費用として、一
り、研究者と協働してトレーニング効果を測定す
£/週(約486,000円 9 )が組まれて
るなど、スタッフの育成にも力をいれている。両
いる。両施設ともに各ホームでは約8名の子ども
施設が共通して大事にしていることが、スタッフ
たちが生活し、スタッフは常時3∼4名いるとい
が子どもと関わる際の自身の感情を内省できる
う。個室体制となっており、子どもたちは部屋を
ようにトレーニングを積むことである。カルデコッ
人当たり3,600
9
1£=135円で計算
38
トでは
「メンタライゼーション」の視点を取り入れ、
は、この報告書も評価対象となっており、ヒリンド
マルベリーブッシュではSV体制を整え、
「リフレク
ン区で2010∼11年にかけて作成された報告書に対
ティブグループ」を設けている。これらは、治療・
しては、
‘Good’の評価であった。レーミング報告書
養育の質を上げるだけでなく、スタッフのメンタ
(2009)の中では教育や児童保護・虐待予防部門
ルヘルスのケアにもなるという。さらに、マルベ
の専門性向上のためにオフステッドによる評価の重
リーブッシュでは大学と協働してトレーニングプロ
要性が指摘された。同時に、評価者の専門性確
グラムを開発し、学校などの機関に提供するな
保の必要性も述べられた。
ど社会事業も行なっている(マルベリーブッシュ
オフステッドの評価により人事更迭に至ったり、
年次報告より)。こうして広く社会貢献も行なう
今回、視察で訪れた機関でもオフステッドの評価
ことで、寄付金も得やすいという。
をパンフレットや室内に掲示しているなど、強い影
響があることがうかがえた。
日本においても虐待を受けた子どもの入所が
ますます増え、施設内での養育、学校適応が困
難な状況も少なくない。こうした治療施設を参考
にした見直しと整備は、喫緊の課題といえよう。
6. 第三者による評価システム
∼オフステッド(Office for Standards in Education,
Children’
s Services and Skills;Ofsted
教育とソーシャルケアの第三者評価機関 107ページ
参照)
イギリスにおいて、第三者評価システムは、1992
年の教育法
(Education Schools Act)で設立され、
2006年の教育評価法(Education and Inspections
Act)でオフステッド(Ofstead)の名称となった。オ
フステッドは、イングランド全土の教育機関・保育
所・児童の入所施設・里親/養子縁組サービス機
関・地方自治体の児童保護部門を対象とした第三
者評価機関である。政府機関であるが独立した機
関となっており、サービスの質的向上と費用対効
果改善の促進を目的とし、評価には中立性が重ん
じられる。結果は議会へ報告され、WEBでも公開
される。評価は、機関・施設の運営指針や記録の
確認、スタッフだけでなく、子どもや親、里親など
実際にサービスを利用している人へのヒアリングを
もとに、
「1.Outstanding、2.Good、3.Adequate、
4.Inadequate」の4段階で行なわれる。2007年には、
全自治体の児童保護部門が、2009年にはLCSBな
ども加わり児童保護に関する全ての機関が対象と
なり、3年ごとに評価が行なわれている。虐待重大
事例が起き、検証報告書(SCR)が作成された際に
39
資料:ニーズのある子どもと家族への対応フローチャート
子どもの虹情報研修センター(2007)、Working Together to Safeguard Children(2010)をもとに作成
●フローチャート1:通告
Common Assessment
Framework(CAF)を用いる。
CAFは子どものニーズを
早期に把握し、多機関と
情報共有できるシートと
なっており、チルドレンズ・
センターなどでも用いら
れている。
子どもに関わる専門職が子どもの福祉について懸念を抱く
子どもに関わる専門職は、管理職や、適切と思われる上司
と話し合う。
懸念がまだある
懸念された事柄が、もはや存在しない
専門職は、CSC に通告する。その後
48時間以内に書類を送付する。
児童保護の対応はしないが、その他の
サービスが提供されることを保障す
る必要があるかもしれない
ソーシャルワーカーと管理職は通告を
受理し、次の段階への対応を始めるかど
うか、1日以内に決める。
通告者に、決定した対応の内容を知ら
せる
この段階では、CSC がこれ以上関与
する必要はないが、さらに通告がある
ときなどには他の対応をとる必要が
あるかもしれない
初期アセスメントが必要である
初期アセスメントについてのフロー
チャート2へ
子どもの目下の安全について懸念
される
緊急対応についてのフローチャート3へ
40
●フローチャート2:初期アセスメントの後何が起こるか
CSCへの通告後、10日以内に初期
アセスメントを完了する
通告者へのフィードバック
支援が必要な子ども(Child in Need)
CSCの支援は必要となさ
ないが、再通告があった場
合などほかの対応が必要
となるかもしれない
実際あるいはおそらく深刻
な被害を受けていない
ソーシャルワーカーは子ども、家
族、他のソーシャルワーカーと次の
段階について話し合う
実際あるいはおそらく深刻
な被害を受けている
戦略会議:CSC、警察、保健機関、
関連機関と47条の調査に着手す
るかどうかを決める
子どもの安全についての懸
念がさらに強くなる
どのようなサービスが必要か決める
より詳細なアセスメントが必要
ソーシャルワーカーはコア
アセスメントをリードする
:他の専門職が協働する
更なるサービスの必要性を
検討する
ソーシャルワーカーは適切なサービ
スの提供について調整し、決定事項の
記録を残す
フローチャート 4へ
子どもにとっての効果をレビュー
し、適切であればケースを終了する
41
●フローチャート3:子どもの保護のための緊急対応
子どもの保護のための緊急対応が必要と判断
CSCと警察や他の機関との間でその適切性について
緊急戦略会議を行なう
関連する機関は法的なアドバイスを求め、その結果を
記録する
緊急戦略会議では以下について決定する
・緊急保護対応
・情報提供、特に両親への情報提供
関係機関は子どもを観察し、その結果を記録する
緊急対応は必要ない
適切な緊急対応を行なう
支援を必要とする子ども
戦略会議と47条の調査開始
フローチャート2へ
フローチャート4へ
子どもの将来の安全と福祉を保障するための援助計画
について、家族や専門家の同意を得、決定を記録する
42
●フローチャート4:戦略会議の後、何が起こるか
47条の調査を行なうかどうかを決める戦略会議を開き、結果を記録する
この段階では、CSCがこれ以上関与すること
はないが、他のサービスが必要かもしれない
1989年児童法17条に基づくコアアセスメ
47条の調査に着手する決定
犯罪の可能性について警察が捜査する
ントを開始する決定
ソーシャルワーカーは1989年児童法47条に基づくコアアセスメントを
リードし、他の専門家はこれに協力する
懸念は実証されたが、現在では、子どもへの深
刻な害(significant harm)のリスクがない
侵害についての懸念は実証されないが、子ど
もは支援を必要とする(Child in Needで
ある)
児童保護会議の必要性を検討し、その決定につ
いて記録をとる
子どもの将来の安全と福祉を保障するための
支援計画について、家族や専門家の同意を得、
決定を記録する
必要と決定
懸念が実証され、侵害のリスクは続いている
必要ないと決定
ソーシャルワーカーはコアアセスメントを
完全なものにするようリードする
ソーシャルワーカーのマネージャーは、戦略会議後
15日以内に児童保護カンファレンスを開催する
子どもの将来の安全と福祉を保障するための
支援計画について、家族や専門家の同意を得、
決定を記録する
児童保護カンファレンスの開催について決定し、記録を残す
深刻な害のリスクが続いている
深刻な害のリスクが現在はない
子どもは児童保護計画の対象となる;児童保
護計画の概要が用意される;支援のための
コアグループができるフローチャート5へ
コアアセスメントの完了と同意された計画に
基づいたサービス提供について決定する
43
●フローチャート5:児童保護カンファレンス何が起きるか(レビューの過程を含む)
子どもが児童保護計画の対象となる
キーワーカーは35日以内にコアアセ
スメントを完成するようリードする
コアグループは児童保護カンファレン
スの10日以内に会議を行なう
コアグループのメンバーは必要であれば
さらに専門家のアセスメントを依頼する
児童保護計画はキーワーカーが他のコアグループのメンバー
とともに作成され、実施される
コアグループのメンバーは子どもや家族に対しての必要な
調査を提供あるいは委託する
最初のカンファレンスから3ヵ月以内に児童保護レビュー
カンファレンスを開催する
レビューカンファレンスが開かれる
深刻な害の懸念はもはや存在しない
深刻な害の懸念がいくつか残っている
子どもは児童保護計画の対象から外し、
その理由を記録する
子どもは児童保護計画の対象として残り、
計画は再検討され実施される
サービスを今後も継続するか決定する
最初の児童保護レビューカンファレンスから
6ヵ月以内にレビューカンファレンスが開催
される
44
〈第 1 章 ドイツの児童福祉〉
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f髙橋由紀子 2012 ドイツ・NWR州児童福祉視察のための事前研修 第38回資生堂社会福祉事業
財団事前研修資料
f田中信世 2001 ドイツの人口問題と移民政策 ITI 季報 No.46 18-21.
f魚住明代 2007 ドイツの新しい家族政策 海外社会保障研究 vol.160 22-32.
f柳原初樹 2009 転機に立つ教育 最新ドイツ事情を知るための50章 浜本隆志・柳原初樹著 101-134. 明石書店 46
〈第 2 章 イギリスの児童福祉〉
■参考引用文献
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fDepartment for Children, Schools and Families 2003 Every Child Matters(ブレア政権による「全
ての子どもに大切なこと」)
fDepartment for Children, Schools and Families 2007 The Children's Plan:Building brighter
futures(ブラウン政権による子どもプラン)
fDepartment for Children, Schools and Families 2010 Working Together to Safeguard
Children:A guide to inter-agency working to safeguard and promote the welfare of children
(ワーキングトゥギャザー)
fDepartment for Education 2010 Sure Start Children’
s Centres Statutory guidance(シュアスター
トチルドレンズセンターの法的ガイダンス)
fDepartment for Education 2006 Sure Start Children’
s Centres Practice Guidance(シュアスター
トチルドレンズセンター実践ガイダンス)
fDepartment for Education and Skills 2004 Autumn Performance Report 2004 Achievement
against Public Service Agreement Targets, 2000-2004(イギリスにおける政策実行報告書)
fDepartment of Health and Social Security 1974 Report of the Committee of Inquiry into the Care
and Supervision Provided in Relation to Maria Colwell(マリア・コーウェル検証報告書)
fDepartment of Health 2000 Framework for the assessment of children in need and their families
(ニーズを持った子どもとその家族のためのアセスメントフレームワーク)
f藤田弘之 2004 イギリスにおける児童虐待防止システムの問題とその改善策−ビクトリア・クリンビ
ー調査報告書とその後の対応ー 滋賀大学教育学部紀要 教育科学 No.54 43-58.
f原田恒恵 2011 チルドレンズ・センターにおける子どもと家族への支援 北海道大学教育福祉研究
No.17 109-121.
fイギリス保健省・内務省・教育雇用省著 松本伊智朗・屋代通子訳 2002 子ども保護のためのワー
キング・トゥギャザー児童虐待対応のイギリス政府ガイドライン 医学書院
f子どもの虹情報研修センター 2007 平成19年度研究報告書「イギリスにおける児童虐待の対応視察
報告書」
fLaming,L. 2003 THE VICTORIA CLIMBI − INQUIRY Report of an Inquiry by Lord Laming(ビク
トリアクリンビエ事件に関するレーミング報告書)
fLaming,L. 2009 The Protection of Children in England: A Progress Report(BabyP事件後に出さ
れたレーミング報告書)
f埋橋玲子 2009 イギリスのシュア・スタート −貧困の連鎖を断ち切るための未来への投資・地域
プログラムから子どもセンターへ− 四天王寺大学紀要 No.48 377-388.
f増沢 高 2007 イギリスにおける児童虐待 子どもの虹情報研修センター 平成19年度研究報告書
「イギリスにおける児童虐待の対応視察報告書」
2-10.
f増沢 高 2007 児童虐待対策における新しい取り組み 子どもの虹情報研修センター 平成19年度
研究報告書「イギリスにおける児童虐待の対応視察報告書」 11-14.
47
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Boarding Out of Dennis and Terence O'Neill at Bank Farm, Ministry and the Steps Taken to
Supervise their Welfare(デニス・オニール検証報告書;モンクトン報告).
fMunro,I. 2011 The Munro Review of Child Protection:Final Report - A child-centred system
fPicken J. 2007 イギリスから学ぶ児童虐待対応 子どもの虹情報研修センター H19年度公開講座資料
f田邉泰美 2006 イギリスの児童虐待防止とソーシャルワーク 明石出版
f田邉泰美 2011 ベビー P虐待死亡事件とラミング報告書 −繰り返される第二のクリンビエ事件− 園田学園女子大学論文集 第45号 215-241.
fThe Mulberry Bush Organisation Annual Review2011(マルベリーブッシュスクール年次報告)
fThe Mulberry Bush School Prospectus Learning to live, living to learn.(マルベリーブッシュスクー
ルのパンフレット)
f山下 洋 2007 被虐待児の援助と治療 子どもの虹情報研修センター平成19年度研究報告書
「イギリスにおける児童虐待の対応視察報告書」15-33.
※なお、本章で示した統計は、全てDepartment for Educationを出典としている。
48
Ⅱ 視察報告
●ド イ ツ
ノルトライン・ヴェストファーレン州家族・子ども・青少年・文化・スポーツ省
訪 問 日 時:2012 年 9 月 12 日 PM
住 所:Haroldstr. 4, 40213 Düsseldorf
取材担当者:アンドレア・グルーバー(保育課リーダー)
(敬称略) ハイナー・ニーエンフイズ
(児童保護課リーダー)
フランク・ロニー
(暴力にあった子どもの保護課リーダー)
サンドラ・パヴェック
(暴力にあった子どもの保護課)
1. 概要
ノルトライン・ヴェストファーレン州(以下NRW
(2)予算
州)において、家族と子ども・青少年に関する政策
州全体予算:500億ユーロ(51,500億円)
策定、予算管理、各自治体における行政サービス
うち青少年関連予算:1億ユーロ(103億円)
の監督を行なう。
保育・教育関連予算:15億ユーロ(1,545億円)
(1)NRW州の概略
州都
デュッセルドルフ
面積
34,083km 2(国土の約10%。16州中4番目
の大きさ)
構成
5つの行政区と23の郡 人口
17,836,512人(独人口の約22%を占め最大
の人口規模)
(2011年12月末現在)
18歳以下人口は約300万人
36.9%が移民の背景を持ち、低年齢ほどその割
合が多い。3歳未満では42.4%(2010年)
特徴
(視察時レート 1€=¥103で計算 以下同じ)
2. 児童・青少年政策の概要 NRW州家族・子ども・青少年・文化・スポーツ省
は、①セントラルサービス(総務)
、②家庭、③児童・
青少年、④文化、⑤スポーツの5部門に分かれてい
る。今回は、③児童・青少年部門の担当者に政策
の概要と現状を伺った。
(1)保育所政策
・国内最 大の 経 済 規模(GDPの22%を占め
る)
・教育・研究機関が多い
・ケルン大聖堂をはじめ4つの世界文化遺産が
ある
・州都デュッセルドルフ市及び近郊には、欧州
最 大 級の日本人コミュニティが 形成されて
いる
現在、3歳未満の子どもは、約117,000人。そ
のうち約85,000人が保育所(州内に9,500ヵ所)
へ、約32,000人が保育ママ※(10,000人)のもと
へ通う。
子どもと家族に
関する課題
①低年齢向け施策の強化
・3歳未満児の保育所の不足
・移民の子どもにおけるドイツ語教育
・一人親の増加
・10代の妊娠の増加
・貧困率:18歳未満(19.9%)、18歳以上25
歳未満(22.5%)。特に一人親家庭や多産家
庭 で職 業 資 格(P 85※2 参 照 )が 低い 移民
の背景をもつ家庭の貧困率が高い。
NRW 州のある旧西ドイツ地域では、3 歳にな
るまでは母親が家庭で子どもを育てるべきと
いう保守的な家族観念が強かった。そのため、
年長 保育所(Kindergarten)の対象は 3 ∼ 6
歳までだった。
しかし、2000 年の経済協力開発機構(OECD)
49
GERMANY
の学習到達度調査(PISA)において社会階
数は 10,617 件であった。そのうち 64.3%は年
層による学力格差が最も大きい国であること
齢の高い14 ∼18 歳の子どもの保護で、6 歳未
が示されたことを契機に、早期教育の場を作
満の子どもの保護は 12.8%と少なかった。
②早期支援強化
る必要性が高まった。2007 年からは 1 歳から
の教育(保育・養育)が必要という方向で進
児童虐待防止を目的として、妊婦や乳幼児の
んでいる。
親に対する早期支援の強化を定めた「児童及
2008 年12月に制定された児童助成法により、
び青少年の積極的な保護を強化する法律」
2013 年 8 月から1 歳以上 3 歳未満の児童に保
が 2012 年1月1日に施行された。NRW州では
育施設または在宅保育への助成に対する請求
186 ヵ所ある市と郡の少年局に対し、国の予
権を認めることが定められた。そのため現在、
算 1,000 万ユーロをもとに、以下の 3 点の促進
年少保育所(Krippen)の設置が急がれてい
を図っている。
・ソーシャルワーカーの専門性の向上
る(16 ページ参照)。
・心理領域の教育などを受けた子ども専門の
②保育所の運営費
主に公費で賄われるが、教会などからの寄付
看 護 師、 助 産 師(Familienhebamme)の
金や利用料金(月謝)による収入もある。
活用
・関係機関協働の強化
月謝は両親の収入と保育所に通う子どもの数
によって決定される。NRW 州では 5 ∼ 6 歳の
◎ドイツにおける助産師の役割◎
子どもの月謝は免除される。
③保育所の先生の基準
ドイツでは産婦人科医のみで出産はできず、助
産師が必ず出産に立ち会う。
助産師は出産後も家庭訪問を通じて家庭へのケ
アを続ける。
昔の家庭における祖母のような役割も果たして
いるとのことだった。
配置基準は 0 ∼ 2 歳では 1:5 人、3 ∼ 6 歳では
1:12.5人だが、実際はそれぞれ1:3.6人、1:8.2
人程度だろうとのことだった。
職員の 70%は教育者(Erzieher)
、27%が子ど
も養育にかかわる職業コース(2 年間)の修了
者、その他 3%が大卒である。教育者になるに
(3)里親制度
は少なくとも講習 2 年と実技 1年の専門教育が
①概要
里親の認定、支援は各自治体が行なう。特別
必要である。
なケアが必要な子どもたちは、専門研修を受け
※保育ママ(Tagesmutter)について
3歳未満の児童は、保育ママのもとで保育を受
けることができる。保育ママは、自宅で5人まで
の保育を行なう一般の女性である。無犯罪証明書
の提出、160時間の実習と講義によって資格を得
られる。資格取得の要件は、教員などの経験があ
れば免除される領域もある。最近は保育パパもあ
るという。収入は子ども一人当たり一時間4.5ユー
ロ(464円)ほどで、これに社会保険料が加わる。
た里親に委託される。さらに自治体は、継続
的な教育と研修を里親に提供し、相談対応に
よる支援も行なう。里親、里子、少年局は援
助計画を作成し、定期的に面談を行なうことが
児童・少年援助法の第36条に規定されている。
②費用
委託費 0 ∼ 7 歳 690 ユーロ/月(71,700 円)
7∼14 歳 758 ユーロ/月(78,100 円)
(2)児童保護政策
14∼18 歳 874 ユーロ/月(90,000 円)
①現状
警察・少年局が子どもを保護するケースが過
何人養育しても一人あたりの養育費は同じだ
去 3 年で 3 倍になっている。ドイツの連邦統計
が、障がいなど子どものニーズによって変わる
局によると、NRW 州の 2011 年の一時保護件
こともある。その判断は医師の診断などの情
50
報をもとに少年局が行なう。
入学費用や余暇活動への参加費用などは別途
支給される。
3.所感 ドイツでは、虐待に特化した統計がなく、具体
的な数値は明らかではないが、NRW州では虐待が
左からニーエンフイズさん、ロニーさん
3年で3倍になり、増加傾向であることが分かった。
その中で少年局を中心とした多機関連携や早期支
援の重要性を強調されていた。
旧西ドイツ地域では、教育の基本は親であると
いう考えが一般的だった。そのため以前は、3歳
未満の子どもは家庭で育てることが基本だったが、
昨今は女性の社会進出が著しい。またドイツ語の
習得、学力の低さ、貧困などが課題とされる移民
左からパヴェックさん、グルーバーさん
問題などの解決を図るためにも、3歳未満の幼児
に対しても教育の場を作ることが急がれている。し
かし、6歳未満の一時保護の少なさから察すると、
依然として幼児は家庭で見るという考え方が強いよ
うに感じる。早期支援の促進により今後6歳未満
の一時保護件数がどう推移していくか注目したい。
NRW州で印象に残ったのが「生活教育」
である。
生活教育とは、家族だけでなく、学校、クラブ活
動など公式でも非公式でもさまざまな社会と関わり
ながら学ぶことである。NRW州では、そのための
場所と機会の提供を通し、子どもが家族や社会の
中で成長していけるように支援しているように感じ
られた。子育ては、幼稚園まで、小学校までとい
う就学などの単位ではなく、子どもが自立するまで
を切れ目なく援助することが必要である。その点で、
NRW州の生活教育という考え方は参考になると感
じた。 (神麻 裕子)
●参考資料●
・ 齋藤純子 2011 ドイツの保育制度−拡充の歩み
と展望 レファレンスNo.721
・ドイツ連邦統計局 https://www.destatis.de/
・ NRW 州 IT 局 http://www.it.nrw.de/
・ NRW 州 2012 社会報告書
http://www.mags.nrw.de/
・ NRW.INVEST GERMANY http://www.nrwinvest.com/
省が発行するパンフレット。家族・子ども・青少年・
文化・スポーツ各分野のサービスを紹介している。
51
GERMANY
●ド イ ツ
デュッセルドルフ市少年局 市立キッズヘルプセンター
訪 問 日 時:2012年9月10日 AM
住 所:Städtisches Kinderhilfezentrum
Eulerstr. 46, 40477 Düsseldorf
取材担当者:ヨハネス・ホーン(少年局代表)
(敬称略) クラウス・コルテ(局長)
フェルドマン(ソーシャルワーカー)
1. デュッセルドルフ市少年局の概要
(1)市の全体像
デュッセルドルフ市は、面積216.64km2、人口
■デュッセルドルフ市少年局 サービスフロー図
590,667人(2011年12月31日現在)、NRW州の州
都である。
デュッセルドルフ市少年局『家族に優しい市』
少年支援サービスの4分類
18才 未 満 人 口は89,938人。6歳 未 満 人 口 は
①少年事業、少年社会事業、教育的な児童
ならびに少年保穫のサービス提供
②家庭内における教育の助成のためのサー
ビス提供
③昼間の保育サービス
④教育援助給付ならびに心的課題を有する
児童・少年に対する援助給付
33,210人でここ数年横ばいである。75歳以上人
口および外国人が増加傾向にある。
(2)少年局の業務概要
緊急一時保護、児童の配慮に関する
手続き、裁判手続きへの協力
(養子縁
組手続きで専門機関として意見を述べ
る)、児童の保育や養育を引き受ける
家庭や施設の立ち入り調査と認可、認
可の取り消し、官庁後見や官庁保護の
引き受け・
・
・など
※養子縁組斡旋はKJHGに規定されて
いないが重要な業務である。
選択・申請
自己決定
利用料
各種イベントへの参加
サービス給付
サービスの現況調査・計画
少年局は児 童・少年 援 助 法(K JHG)により
設置が規定されており、その任務は、児童・少
サービスの対象者(家族・子ども・若者)
∼出生から自立までサポート∼
年とその家族のために支援サービスを提供する
乳児期
0-2歳
・年少保育所
(4ヵ月∼3歳未満)
・6週目からの
ベビークラブ
妊娠期∼出生
ことと、行政機関としてその他責任を負うことで
・新生児訪問
(ウェルカム
ベビー事業)
ある。また、サービスの給付にあたってはボラ
学童期
幼児期
6-14歳未満
3-5歳
・年長保育所
・小学校、中学校
(3∼6歳未満) ・児童館(地区に
よって対象とする
・就学前健診
年齢が異なる)
(4歳)
青少年
14-18歳未満
青年
18-27歳未満
・虐待、
ドラッグ、 ・就労支援
アルコール依存、 ・失業カウンセ
若年妊娠などに
リング
関する相談支援、
キータアクティブ
施設入所(14∼17歳) ・
(Kita aktiv)
の開催
保護対象
子どものための緊急カード
(すべての保育所・学校・官公庁などで配布)
デイケアセンター・ファミリーセンター(4ヵ月∼14歳)
余暇活動の機会と場所の提供(6∼21歳)
文化・芸術活動場所の提供(6∼13歳、青年)
青少年サービスのための情報提供zeTT(12∼27歳)
ンティアや民間団体と連携することとされている
(K JHG第2節第73条∼第78条)。
少年局の管轄は、市全体と行政区別に分かれ
ている。デュッセルドルフ市は10の行政区に分か
家族
養子縁組の斡旋、一人親家庭への支援、未婚家庭に対する共同親権の行使、
子育て全般に対する相談支援、保育所の登録、障がい児支援、子どもの非行
に対する相談支援、介護支援相談など
れており、その下に49の地区を持つ。各行政区
には1ヵ所ずつ相談室が置かれており、おおむ
ね6万人に1ヵ所設置されていることになる。
提供
市の少年支 援サービスは4つに分類されてお
教会や認定された6つの慈善団体など
家庭教育支援・保育所・入所施設(ハイム)
・就労支援など
幅広いサービスを提供している。
Arbeiterwohlfahrt
(労働者福祉事業団)
、Caritas
(カトリック
教会カリタス連盟)
、Deutsches Rotes Kreuz
(ドイツ赤十
字)
、Diakonisches Werk
(プロテスタント教会ディアコニー
連盟)
、Paritätischer Wohlfahrtsverband
(ドイツ諸宗派福
祉事業連盟)
、Zentrale Wohlfahrtsstelle der Juden in
Deutschland
(ドイツユダヤ人福祉事業団)
り、これ以外にも、緊急一時保護や児童の配慮
(監護)に関する手続き、養子縁組の斡旋など
も行なう(右図参照)。
相談室(Bezirkssozialdienst)の役割
(3)予算
日常家庭生活に関する相談に応じ、情報提供などを行
なう。主な相談内容は以下のとおり。
・児童の教育に関すること(不登校、非行、子育て全般
に関することなど)
・権利と保護に関すること
・家族の問題に関すること(結婚、離婚、共同親権、
老人介護など)
・移民の問題に関すること
市少年局の予算は3億3千万ユーロ(約339.9億円)
(主な内訳)
保育所人件費 : 2億ユーロ(206億円)
教育関係費:7,500万ユーロ(77.25億円)
環境整備費:3,000万ユーロ(30.9億円)
52
(4)組織
なっている。例えば、母親に何らかのリスクが
少年局は6つの部門で構成されている。
ある場合、少年局は母親の養育能力をアセス
メントし、母親が希望すれば支援を提供する。
①セントラルサービス
(Zentrale Dienste)
総務(人事、財務、予算編成など)
セラピーや母親教育、住宅の提供、経済支援
などの支援を通じ、親子関係の安定化を図る。
②子どものためのデイケアセンター
(Tageseinrichtungen fur kinder)
育児支援・異文化間教育言語サポートなど
少年局
(Jugendamt)
少年局のサポートプログラムにおいては、毎年
200人程度の母子を支援し、生後 4 ヵ月から保
育所に入所できるよう支援を進めている。
③青少年育成
(Jugendförderung)
情報提供・若者ジョブセンターなど
その他、助産師の派遣、産後の育児を支援す
るウェルカムベビー事業、さらに、就学前の児
④キッズヘルプセンターデュッセルドルフ
(Kinderhilfezentrum Düsseldorf)
虐待対応(児童保護)、養子縁組斡旋など
青少年サービス委員会
(Jugendhilfeausschuss)
童に対して発達状態チェックを行なったり、代
理養育者を派遣したりする制度がある。
⑤社会サービス
(Soziale Disenste)
虐待予防、相談室の配置など
dウェルカムベビー事業d
⑥家族支援
(Familienförderung)
訪問・カウンセリングサービスなど
子どもが産まれると必ず保健師や市の職員が家庭訪問を行
ない、プレゼントと冊子を渡す。ここには子育て家庭に役
立つ情報(薬局、小児科クリニック、保育所情報、市のサ
ービス一覧など)が記載されている。
(5)スタッフ
少年局のスタッフは約3,000名おり、市内の施
設スタッフは約6,000名にのぼる。
(6)サービス対象と特徴
幼児期の教育がその後の人生の基盤になり、
かつ、出生∼保育所∼学校∼社会へという4つ
の段階の連携を密にすることが青少年の虐待防
止につながるとし、0∼27歳までを対象として取
d就学前の発達状態チェックd
り組みを行なっている。市は『子どもを一人にし
就学 2 年前の 4 歳児を対象とし、ドイツ語のテストを行なう。
結果によっては入学までに教育を受ける場合もある。発達
状態チェックには医師による身体検査も含まれ、拒否する
と、医師から少年局に連絡が入る。虐待の発見や、児童の
保護につながる重要な機会となっている。
ない 子どもを置いていかない どこに行くにも
連れて行く』というスローガンを掲げている。ま
た、3∼6歳までの子どもがいる保護者から、保
育所の利用料を徴収していない。このような実
践などで、連邦政府から「家族に優しい市」とし
②保育所
て表彰されている。
デュッセルドルフ市内には 320 ヵ所の保育所が
なお、児童助成法(2008年12月)に基づき、
あり、そのうち 80 ヵ所でファミリーセンターを
市では2013年8月1日から教育の対象年齢を1歳
併設して家庭支援を行なっている。利用児童
に下げる予定である。そのため、とり急ぎ保育所
の 80%は週 35 時間ほどを保育所で過ごし、
の整備を行なっているところである。
昼食の提供も受ける。
①早期支援(出産・乳児支援、教育・健康相談)
市では保育所 100 ヵ所の増設を目標としてお
少年局は、小児科や産婦人科などと連携を密
り、2012 年 12 月現在、16 ヵ所の計画につい
にし、リスクを抱えている家族への支援を行
て広報している。
53
GERMANY
③ 児童保護
JBH との連携事業
職業訓練を受けられなか
った青少年が職業訓練
の「練習」をするレストラ
ン。少年局の方々と昼食
をとったが、料理もサー
ビスも一般のレストラン
と比べて遜色ないもの
だった。
毎 年、保育 所、学 校、警察、医 師などから
1,000 件近い通報が寄せられる。近年、3 歳
未満の子どもに関する通報が増えてきていると
いう。例えば、保育所の職員が家庭内の問題
を発見すると、少年局に通報がなされ、少年
局は家庭訪問を実施する。このシステムにより
(2)<見学>児童入所ユニット
これまで 2,500 件ほどの問題を把握すること
キッズヘルプセンターには5つのユニットがあ
ができた。また、ファミリーセンターでは、職
る。センター内の至る所に児童の描いた絵が飾
員向けに性的虐待などに関する講習会を実施
られており、生活空間には色とりどりの食器や
している。
家具が配置されていた。児童の居室はきれいに
整理整頓され、一人ひとりの個性と、ここでの
2. 市立キッズヘルプセンターの概要
暮らしを大切にしている様子がうかがえた。
見学したセンターは、児童保護・家族・青少年
支援機関である。かつての修道院を1971年に改築
し、少年局となった。
(1)事業概要
敷地には8つの建物があり、①児童入所ユニッ
ト、②保育所、③乳幼児保護グループ、④家族
のための生活支援ホーム、⑤芸術棟、⑥キッズ
エイドセンター、⑦診療所などが設置されている。
子どもの居室
また、公園、フットサルコートもある。
ダイニングキッチン
①入所児童
見学したユニットでは 5 ∼15 歳までの児童 9 名
芸術棟と名づけられた
建物には専門の職員を
配置し、芸術活動を通
した治 療を行なってい
るとのことだった。
が入所していた(施設全体では、3 ∼18 歳ま
での児童が生活している)。入所理由は虐待、
養育困難、親の薬物・アルコール依存と精神
疾患などで、子ども自身もさまざまな課題を抱
えており、外部の機関と連携しながらケアして
建物の一角では、若者の職業訓練や就労支
いる。
援を行なうJBH という民間支援団体が少年局と
②退所(自立)
連携して活動をしており、ここでは、社会適応
数は少ないが、18 歳になる前に退所する児童
できなかった若者に対して調理関係業務の訓練
もいる。18 歳を越えると自立のため退所する。
を実施している。
希望すれば、退所後も家賃や生活費の補助を
さらに、お祭りのためにキッズヘルプセンター
受けることができる。
の敷地を開放し、市民が集う機会と場所を積極
③職員体制
的に作り出している。
1ユニットにつき4 名の職員が配置されている。
職員以外には、職業訓練生やハウスキーパー
がいる。12時から翌日13時までの25時間勤務。
4 人の交代制で、基本的に職員 1 名で対応を
54
する。職員交代の際は勤務時間を重ね、申し
局長の言葉からは、自分たちの取り組みが虐待
送りや子どもの通院などを行なう。職員は親
防止につながっているという確かな自信を感じ、ま
と同じ役割を果たし、養育全般を行なう。
た、必要なところにはお金を投資するという明確な
④職員の資格
実行力も見て取れた。
社会教育などの専門教育を受けた者、もしく
ドイツも日本同様、急速な社会の変化により、
はソーシャルワークの経験者。ただし各種専
子どもや若者、家族に関するさまざまな課題に直面
門家の配置も認められている。
しているが、必要性に応じて柔軟かつ速やかに制
度改革を行なっている印象を受けた。そして結果と
3. 所感
して、家族という最小単位の社会が持つ力を大切
人生の初期に受けた教育がその後の人生の基盤
にしながらの、早期教育と若者に対する手厚い支
になるという考え方のもと、出生から自立、そして
援及び活躍の場の提供ということにつながってい
社会参加に至るまで、幅広い年齢層に対してサー
るのではないかと感じた。将来の人材に対する積
ビスが用意されている。サービス給付に際しては、
極的な投資という点からすると、虐待対応に追わ
家族の意向と子どもの意見、参加の権利を大切に
れている日本は、現場も行政も学ぶべき点が多い
し、選択肢を与えている。これは、もともとの価
のではないだろうか。 (春田 真樹)
値観や社会・家族の変化、さらには法改正による
ところが大きい。また改正により、虐待防止という
●参考資 料●
命題に対して、その事象が起こっている部分だけを
・ 髙 橋 由 紀子 2012 ドイツ・NRW 州 児 童 福
祉視察のための事前研修(第 38 期資生堂海外
研修事前研修レジュメ)
・ 子どもの虹情報研修センター 2004 ドイツ・
フランスの児童虐待防止制度の視察報告書(平
成15 年度報告書)
・ 岩志和一郎、鈴木博人、髙橋由紀子 2002 ドイツ『児童ならびに少年援助法』全訳(1)
(3)
早稲田大学比較法研究所 36(1)
・ 齋藤純子 2011 ドイツの保育制度̶拡充の
歩みと展望̶ 国立国会図書館調査及び立法
考査局 レファレンス No.721
・ Bambusgarten Düsseldorf HP
http://bambusgarten-duesseldorf.de/
抽出し、対応を強化するだけでなく、予防的観点
を社会全体の枠組みとして定着させ、家庭・青少
年支援のための相談・サービスの充実を図ってい
る。特筆すべきは、若者の社会参画の機会があら
ゆる場所に用意されており、これが行政と民間団
体の協力関係によって成り立っている点である。
側垣団長とホーン局長
アーバンキッズヘルプセンターが発行しているパンフレットの
セット。センターの役割やサービス内容が紹介されている。
フェルドマンさん(中央左)、コルテさん(右)
55
GERMANY
●ド イ ツ
ファミリエンティッシュ「家族のための地域同盟」デュッセルドルフ版
(家族政策提言会議)
講 義 日 時:2012年9月10日 PM
場 所:市立キッズヘルプセンター
取材担当者:ハイケ・ミオシュカ(主宰者)
(敬称略) 1.「家族のための地域同盟」
(家族政策提言会議)
地域の企業、市民、学識者など、さまざまな団
体と個人が対等な立場でネットワークを構築し、家
族に関するあらゆる問題について議論し、提言す
講義風景
る会議である。
「家族のための地域同盟イニシアチブ」から発展し
ドイツでは1953年に連邦家族省が設置され、家
たものである。
族の問題が重要政策課題として取りあげられてき
地方行政、企 業、商工会議所、労働組合、一
た歴史がある。現在まで専門家による「家族政策
般市民、社会福祉団体、教会など官民が連携し、
報告書」が8回刊行され、家族の現状及び社会的
支援施策の効果を分析し、家族政策の方向性へ
独自の計画に基づいて家庭と仕事の両立に取り組
の考察と、それについての政府の見解が示されて
むことで家族に優しい地域社会の形成を目指す。
活動の開始にあたっては、家族省所管の団体で
いる。
ある「家族のための地域同盟サービスビューロー」
2005年に公 表された第7次 家 族 政 策 報告書の
がコンサルティングを行なう。
提案を受けて出された指針「持続力のある家族政
策」では、これまでの手厚い児童手当の支給を中
現在ドイツでは、約670のグループが設立されて
心とする育児支援から、家庭と仕事の両立支援を
おり、約5,200ものプロジェクトが進行中であるが、
中心とする包括的な家族政策への転換が示され、
既存の活動をネットワーク化し、独自に人材・財源・
新たな社会・経済システム作りの必要性が認識され
時間を活用しているため、形態は多様である。連
た。この政策により、地域や企業の子育て支援参
邦政府は、企業を巻きこんだ地域づくりとして、
画の促進と、家族に優しい社会の構築を目指した。
家族の日の設定やキャンペーンなどを開催し、企業
の参加促進と地域同盟の結束化を図っている。
地域の包括的な子育て支援の代表的事業が、
「多世代の家」と
「家族のための地域同盟」である。
2. ファミリエンティッシュ(Familientisch)
「多世代の家」は、核家族化した社会のもとでは
困難な世代間交流を地域で行なうための場所とし
(1)概要
て、連邦政府の主導によって設置が進められてい
1998年、ミオシュカさんが「一般市民、政治
る。親にとっては子育て支援を受ける場、子どもに
家など、さまざまな立場の人が家族のことにつ
とっては親以外の大人との関係を築く場、高齢者
いて話し、問題を解決する」ことを目的に、約40
にとっては雇用の機会や生きがいが得られる場に
近い機関と連携してデュッセルドルフ市に設立し
なるといったように、最終的には、公的支援への
た。
依存を軽減し、相互支援が進んだ地域社会へ移
スタッフは、ミオシュカさん、アシスタント1名、
行することを目的としている。
サポーター 3名の合計5名で、アシスタント以外
「 家 族 のための 地 域 同 盟 」は、2004年当時 の
はボランティアである。
家 族 大 臣がドイツ産 業・商 工会とともに始めた
「Familientisch」という名前は、
「家族のテーブ
56
上げている。
ル」という意味である。かつてドイツでは、家族
ファミリエンティッシュのこうした活動は、2010年、
のことは家族が食卓を囲んで解決していたこと
から、家族の問題を解決する場を象徴する言葉
デュッセルドルフ市が国から「家族に優しい市」とし
として選ばれた。
て表彰を受けるのに貢献している。
3.所感
(2)活動概要
活動にルールや規制はない。家族に関するテー
「家族のための地域同盟」とは、個別に存在して
マについて独立した立場で自由に議論し、提言
いた活動組 織をネットワーク化し、家族に関する
する場であり、具体的な家族支援は行なってい
社会問題を協働で解決しようという取組みである。
ない。
「家族に優しい」をキーワードに、自治体、企業、
①活動内容
家族が一体となって行なう包括的な活動全般をさ
年に 4 回、その年ごとに定められたテーマに
し、ワークライフバランス推進の参考例として注目
そって会議を実施し、報告書の公表、研究な
されている。
日本においては、自治体と一定規模以上の事業
どを行なっている。議事録は HP でも公開さ
主に「次世代育成行動計画」
の策定が義務付けられ
れている。
ているが、その印象は全く違うものであると感じた。
②参加団体
企業、警察、プロテスタント教会、カトリック教
ひな型にそったものが多く、実情に即していないた
会、社会福祉協会(ディアコニー、カリタス、
めと考えられる。小さな地域の単位で、既存のネッ
赤十字など)
、市議会、商工会議所、ボランティ
トワークを活用し、実効性と実行性を兼ね備えた計
ア団体、大学、教育機関、少年局をはじめと
画を策定してこそ意味がある。その前提にはワーク
する行政機関など。
ライフバランスの推進がお互いの利益につながると
一般市民も個人で参加できる。
いう共通認識が必要であろう。 (中澤 三和子)
③提言による成果
・家族のための緊急電話ラインの設置
●参考資 料●
・家族のための緊急時の対応手引書の発行
・ 本 澤巳代子 ベルント・フォン・マイデル 編 2007 家族のための総合政策 日独国際比較の
視点から 信山社
・ 魚住明代 2007 ドイツの新しい家族政策 海外社会保障研究 vol.160 22-32
・ 山田千秀 2010 フランス及びドイツにおける家
族政策∼海外調査報告∼立法と調査 No.310
・シングルマザーに対するサポート強化
・公立の一日学校の整備
ドイツでは、家族の問題は家族で決定するもの、
子どもは家族でみるものという考えが根強いが、共
働き世帯や一人親家庭の増加により、家族形態が
少しずつ変化してきている。その変化に応じて保
育時間についてのニーズ分析を行ない、企業や行
政、保育所などと協力し、共働き世帯に必要な保
育時間と労働時間のモデルを提示するなどワーク
ライフバランスの推進を行なってきた。
現在は、
「生活する」というテーマのもと、年配者
も若者も可能な範囲でアパートに共同出資し、互
いに協力しながら生活していけるコミュニティーの
ミオシュカさん
形成を目的としたプロジェクト(多世代の家)を立ち
57
GERMANY
●ド イ ツ
AJS NRW(ノルトライン・ヴェストファーレン州青少年健全育成保護協会)
講 義 日 時:2012年9月11日 PM
場 所:ケルン市内リントナー・ホテル・シティ・
プラザホテル
取材担当者:セバスチャン・グートクネヒト
(代表・弁護士)
(敬称略) ヤン・リーベン
カルメン・トレンツ(調停役)
1. 概要
1953年、青少年の健全育成の促進と青少年保
A JSは、会議の開催、印刷物による情報発信、
護を目的とし、ケルンで設立されたNGOである。
セミナー・イベントでの発言、相談窓口でのア
(正 式 名称は、Arbeitsgemeinschaft Kinder-und
ドバイスなどを通し、青少年が情報を正しく識
Jugendschutz NRW)。NRW州の少年局や学校・
別し、利用する能力を身につけるメディアリテ
保育所などの子どもと青少年に関わる機関や一般
ラシー(メディア教育)を推進している。
市民を対象に、情報提 供、専門職員教育、機関
③いじめ
連携の強化・促進などを行なう。スタッフは9名お
いじめの 予 防 法 や 対 策 法を教 育 関 係 者に
り、教育者を中心に、医師、弁護士などから構成
指 導している。加 害 者と被 害 者を非難 せず
されている。年間予算は60万ユーロ(6,180万円)。
に問題解決へ 導く、
「No Blame Approach」
NRW州に年度計画書を提出し、予算を請求する。
「Mediation」といった方法を用いているとの
その他、寄付金、ゼミや講座などによる収入がある。
ことだった。
④子どもへの性的虐待の防止
2. 事業内容
性的虐待の防止は、教育機関・教育関係者に
(1)情報収集、活用
与えられた責務である。A JS は、加害者の行
①少年非行・暴力の防止
動パターンや性的虐待の背景を探り、教育関
青少年の健全育成のための環境整備を目指し
係者を対象に、子どもを守り、虐待を防ぐ方
た犯罪防止プログラムやプロジェクトに関する
法についての研修や講演会を行なう。
情報を収集し、パンフレット、研修、実用的な
また、被害児童の親を対象とした集まりなど
アドバイスに反映し、専門機関や相談窓口に
の開催や性的虐待に関する小冊子の発行をし
フィードバックする。非行や暴力に対する一般
ている。被害児童の保護者やソーシャルワー
市民からの相談・質問については、地域の相
カーから電 話相談や問い合わせが来た場合
談機関を紹介する。
は、相談機関窓口の案内を行なう。特に性的
②メディアリテラシーの推進
虐待に関する相談の場合には、少年局に連絡
インターネットの急速な普及により、青少年が
をするように勧める。
ポルノや戦争ゲーム、暴力シーンにさらされた
⑤新興宗教
り、出会い系サイトによって犯罪に巻き込まれ
ドイツ政府は、ヨーロッパの中では比較的寛
ること、不特定多数による個人への誹謗中傷
容な態度と中立的な立場をとり、新興宗教団
やネット上のいじめ(サイバーモビング)の被
体が引き起こす対立やトラブルの解決は市民
害にあうことが深刻な社会問題となっている。
や民間団体の活動に委ね、国や自治体は基
58
本的に干渉すべきでないとの見解を示してい
また、深刻な問題として挙がった児童への性的
る。そのため、青少年が何らかのトラブルに巻
虐待についてだが、ドイツの家族支援においては、
き込まれた場合は、A JS のような民間団体が
家族機能の維持・強化・再生を目指す傾向が強く
相談や対応の受け皿となっている。
あり、法律的観点上、子どもの養育については親
の優越的権 利と責任が重 視され、国家は“監 視
(2)専門職の教育と育成
役”である。問題はなかなか表面化し難く、日本同
様、把握できている数は一部に過ぎず、今後引き
①少年局職員を対象に、専門性の向上を目指し
続き取り組むべき課題であると感じた。
た半年間の研修コース(定員 20 名)を実施し
(髙野 まり子)
ている。受講者数の年間目標は100名で、年々
受講希望者が増加しているという。
研修は講義と実習が中心となる。受講者は既
●参考資 料●
に実務に就いており、研修を通して他地域の
・ 安 部 哲夫 2008 ドイツにおけるケータイ・
インターネットの規制と教育
・ モバイル社会シンポジウム 2008 No.11
職員との意見交換や情報収集も図っている。
②専門職の活動をサポートし、研修会の開催、
講師の派遣、コーディネートを行なう。
(3)他の専門機関との連携
人 口103万人 弱 の ケルン 市 内 だけ でも50∼
60 ヵ所の相談室がある。専門機関やNRW州か
ら集約した情報をもとに他機関との連携を図っ
ている。専門機関から相談を受けた場合は、そ
のケースに見合った他の専門機関を紹介する。
3.所感 左から通訳の横江さん、グートクネヒトさん、トレンツさん、
リーベンさん
近年、ドイツにおいて、有害メディアの弊害から、
青少年におけるいじめや性的問題行動などが深刻
化し、社会問題となっている。青少年保護のため
の表現規制のあり方が改めて大きな注目を集めて
いるが、誰でも利用することができるインターネッ
トの場合、その取り締まりは簡単ではない。しか
しドイツでは世界に先駆け、連邦と州が協力してイ
ンターネット利用についての包括的な法整備を進め
た。ドイツのメディア問題への毅然とした姿勢は、
同様の問題が起こっている日本において見習うべ
き点やヒントが多々あると感じた。
今回、視察をしたA JSでは親に向けた啓発キャ
ンペーンの実施や相談サイトの充実などにより、メ
ディア教育の促進と支援体制の強化を図っている。
特筆すべき点は、同種の団体や組織がドイツの各
州にある点である。
59
GERMANY
■両親向けの少年少女の性的虐待に関する
ブックレット
AJS ではさまざまな 小冊 子を発 行し、
青 少 年 保 護 に 関 する 情 報 の 周 知 を 図っ
性的暴力に立ち向かう両親のため
の小冊子。被害の具体的な例や予
防と対応方法が詳しく記されてい
る。1992 年 以 来、約 30 万 部が
発 行 さ れて い る、AJS を 代 表 す
る出版物である。
(2 €)
ている。
■サイバーアタックに関するブックレット
「インターネットの危険性」
インターネットによる児 童 ポ ルノ
の 被害や、チャットに潜 む 危険 性
を具体的に記している。問題 解決
のための参 考資料、子どもにとっ
て優 良なサイトなども紹介されて
いる。
(1€)
女性(母親)が子どもへの性的暴
力の加害者になった場合の対応を
教 えるパンフレット。その 他さま
ざまな性的嗜好性の種類などが、
具体的に紹介されている。
(1.9 €)
■青少年保護に関するブックレット
「ネット上のいじめ」
ネットでいじめが子どもに与えるダ
メージ、いじめは触 法 行為にあた
るかなどについての説 明や、いじ
めの予防法、相談窓口などが記載
されている。
(1.5 €)
青少年保護に関するQ& A 集
主に両親や経験の浅い専門
家向けで、アルコール 提 供
の際の年齢確認の目安など
身近な例から青少年保護法
が説明されている。飲食店
などにも置いてある。
(1€)
青少年保護 法についてを 6
つ の 言 語(ド イツ 語・トル
コ語・ロシア語・ポーランド
語・フランス・英 語 )で 分
かりやすく記したパンフレッ
ト。欧州最大の移民受け入
れ国であるドイツの現 状を
うかがい知ることができる。
(1.5€)
(髙野)
60
●ド イ ツ
PAN NRW 里親養子縁組家族支援協会
訪 問 日 時:2012年9月10日 PM
住 所:Walzwerkstr. 14, 40599 Düsseldorf
取材担当者:ズサンネ・シューマンケスナー(代表)
(敬称略) ウルズラ・ヴィルムズ(会長)
1. 概要
里親・養子縁組家族への研修、サロン、情報提
供、自助グループ活動の支援を行なっているNPO
団体。
(正式名称は、Pflege-und Adoptivfamilien
NRW)
。
1982年の設立当初は養親と養子のマッチングを
主な業務として、養子縁組後のサポートを行なって
いた。当時約40名だった会員は、現在900名を超
え、連携する自助グループの数もドイツの同種団体
の中で最も多い。主な活動地域はNRW州である
が、会員同士の横のつながりなどから州外からの
相談も受ける。
事務局スタッフは3名で、会長、教育者、会計担
当者がおり、シューマンケスナーさんの財団の資金
補助と、会費により運営している。
②自助グループへの支援
・自助グループ設立の支援
2. 活動内容
・取り組みへの助言
(1)活動方針
③啓発活動
・ 里 親養子縁組家族に必要な手続きなどの
・雑誌「paten」の発行(年4回)
情報を提供する。
・各種パンフレットの発行
・ 里親、養親を探す。
・里親について学ぶ大学生への支援
・ 里親養子縁組家族についての社会的偏見
を減らすため、啓発活動を行なう。
・ 子どものケアシステム、政策に里親、養親
力を入れている活動∼政府への提言∼
の意見が反映され、課題解決が図られるよ
①予算②政策・制度についての提言、③里親の
代弁機能の役割が紹介された。
①養子縁組の仲介とその後の見守りに予算が確
保されておらず、支援が行き届いていない現
状を政府に訴えている。
②例えば子どもが家庭内で死亡した場合、それ
までの少年局のかかわりについて検証する必
要があること、また検証を行なうための法的
ガイドラインを提言している。
③子どもの気持ちや里親の要望を少年局に伝え
る役割を担っている。
う、さまざまな働きかけを行なう。
・ 里親・養親の自助グループの取り組みを支
援する。
(2)基本的な活動
①里親養子縁組家族への支援
・セミナーや会議の開催
・情報提供
・グループミーティング
・危機介入とその後の支援
61
GERMANY
(3)今後の展望
少年局や政府、医師や心理士などが里親や養
親についての“専門家”となること、これら専門
家と里親・養親が協働してネットワークを構築す
ることを目指している。さらにメディアへの出演
などを通し、里親・養親とその問題に関する社
会的関心を高めることを目標にしている。
ヴィルムズさんとシューマンケスナーさん
3. 所感 ●設立当初から発行されている季刊誌「paten」
里親支援協会という名前から、里親へ直接的な
patenとは、Pflegeeltern( 里 親 )、Adoptiveltern( 養 子
サポートを行なう組織を想像していた。実際は、当
縁組による父母)、Tagesmutter(保育ママ)、Eltern( 両親)、
NRW(ノルトライン・ヴェストファーレン州)の頭文字
事者の最善の利益を守るため、社会的な活動に取
り組む団体であった。
現在、当事者の声に耳を傾け、里親・養子縁組
家族に関わる制度と政策を改善することに注力し
ている様子がうかがえた。また、直接的な支援は
少年局の仕事であると明言していた場面から、自
分たちの専門性とその働きへの確信のようなものを
感じた。自分たちの仕事を誇りに思い、自信をもっ
て活動している様子は見習うべきであろう。
日本 では、 平 成24年 度 から里 親 支 援 専 門 相
談員が配置されるようになったことで、児童養護
施 設・乳 児 院が里 親 支 援 の 拠 点となろうとして
いる。これまで児 童 相 談 所などが 担ってきた里
親支援窓口を増やし、地域に密着した専門的活
動で支えることが目的であろう。施設養護のもつ
専門性と里 親支援の専門性が結びつくのかどう
2012年2月発行(写真左上)では、子どもにかか
か、効果が表れるのはこれからだと思われる。た
るお金について特集で取りあげられている。毎号、
だ、日本と比較すると、これは里親支援に限った
特集の他に、読者からの手紙、活動予定や関連イ
ことではないが、より細分化された専門性を求め
ベント、養子縁組や里親委託に関するニュースなど
ている姿がドイツの特 徴であったように感じる。
が掲載されている。
(松原 恵之)
62
望ましいが、日中子どもの安全が図られれば仕事
◎ NRW 州の里親制度
に就くことができる。住居について、子どもは他の
子どもと部屋を共有することも認められるが、個室
が用意できることが望ましい。
(PAN 発行小冊子
『BASISWISSEN PFLEGEKIND
(里子に関する基礎知識)』より)
マッチングでは、子どもの実親の信仰、年齢(親
子として自然にみえるか)、既に子ども
(実子、養子、
PAN が発行する小冊子をもとに、NRW
州の里親制度の概要を整理する。
里子)がいる場合は、考慮がなされる。
4. 里親になる動機
1. 里子とは
子どもの委託先を決定する際、考慮されること
親と暮らせない子どもが里子となるが、中にはネ
もある。
グレクトや虐待を受け深刻なトラウマを抱えている
・ 実子以外の子どもを育ててもよいという意思が
子どももいる。
ある。
・ 宗教的・倫理的信条、または社会的貢献として。
2. 委託制度について
・ 実子がいない、養子が見つからない。
里親は、少年局や仲介人から委託を受ける。
・ 教育学や心理学を専攻し、職業として課題のあ
委託の取り決めは、子どもと実親の同意のうえ
る子どもを預かる。
で行なう。里親と子どもが親戚や姻族関係ではな
い場合、少年局は8週以内に里親に子どもの養育
5. 里親の種類
の許可を与えなければならない。里子のための法
(1)短期里親
律は児童・少年援助法及び民法に含まれる。
家庭復帰を前提にした短期間の委託。親の入
院などにより子どもの養育ができない場合など
里親になるためのステップ
で、期間はおおむね3∼6 ヵ月である。
少年局へ問い合わせを行なう。
(2)緊急里親
H
子どもが緊急一時保護された場合など、家庭
里親希望者は、担当者と面接し、基本的情報の
や子どもの状況を確認する期間の委託。
提供と自助グループの案内を受ける(グループイベン
(3)週日里親
トには希望者も参加できる)。
平日・日中のみ、または一定日数のみの委託。
H
里親希望者は1日半の研修に参加する。
親のほとんどは非正規雇用や研修期間にある、
少年局や自宅で面接が6回行なわれ、家族への説
または自宅から離れた地域での仕事をしている
明とアセスメントがなされる。最終面接ではアセスメ
などである。
ント結果をもとに承認と同意がなされる。
(4)養育里親
H
①家庭復帰の見通しをもって、暫定的に里親に
候補者名簿に載る。初めて子どもを預かる家族に
は、毎月、子どもの養育に関する助言が行なわれる。
委託される。里親は実親と密接な関係を保つ。
助言期間は1年だが、必要に応じて延長される。
②里親家庭が長期的な養育の場となる。子ども
は成人するか独立するまでそこで生活する。
3. 里親の要件とマッチング
(5)治療的里親
婚姻の有無は問わず、また同性愛でも独身でも
高齢児や、重い発達障がいなど特別なニーズ
よい。健康であることを示す医師の証明書と、警
を持った子どもが委託される。里親は、養育に
察の無犯罪証明書が必要である。仕事をしていな
関する専門教育を受けていたり、長期の教育経
い、もしくは就労時間の調整が可能であることが
験を持っていたりする。
63
GERMANY
∼ドイツの里親制度概要∼
親が援助を拒否した場合、
公的機関
州
裁判所の決定により児童を親から引き離すことができる。
〈少年局〉
複雑な事例の支援・州全体にまたがる問題の調整
緊急一時保護(少年援助法42条)が行なわれることが多い。
職員の研修や継続教育など
郡・都市
裁判所
〈少年局〉
できるだけ親元にいられるよう援助
親の配慮権制限手続き
(民法1666条)
里親委託の説明・里親の選定・里親委託
実親の居所指定権や教育援助請求権を制限→保護人を選定
裁判所への手続き申請・緊急一時保護
包括的に配慮権を剥奪 → 後見人を選定
官庁後見、官庁保護
里親、児童、実親への里親養育中の支援
地域
〈総合福祉サービス(相談室)〉
地域の相談窓口
民間福祉機関が設置する
教育相談所や家庭相談所
地域に問題のある家庭があれば、少年局へつなぐ
できるだけ親元に
いられるように援助
家庭で児童及び少年の福祉が保証されない場合で、援助が彼らの発達に適切かつ必要な場合、
配慮権者(親や後見人)の請求によって援助が開始される。(少年援助法27条)
里親の選定には配慮権者も参加する。その選択や希望は可能な限り叶えられなければならない。
里親養育の開始
里親養育の形での教育援助は、児童もしくは少年の年齢と発達状況、個人的なつながりならびに出生家庭における教育条件改良の可能性に応じ
て、児童
もしくは少年に、ほかの家庭で、期間を定めた教育援助もしくは永続的に設定された生活形態を提供するものとする。特に発達が妨げられている児童
(少年援助法33条)
もしくは少年に対しては、適切な形での家庭養育が行なわれ、かつ強化されなければならない。
里親委託が開始されるときには、実親(後見人)と里親との間で民法上の契約が交わされる。
契約書には里親や里子、実親の権利などが記載される
里親:
・児童を受け入れる前、養育中は助言と支援を求める権利をもつ(少年援助法37条2項)
・児童が長期間生活する場合は、日常生活での決定事項について配慮権者を代理する権利をもつ(民法1688条1項)
・長期間養育されている場合(2年が目安)、親が引取りを希望する時、裁判所に子どもがとどまる命令をだすように
求めることができる(民法1632条4項)
・長期間養育されていた場合、委託終了後にも児童と交流する権利をもつ(民法1685条2項)
里子:
・教育と発達について、少年局に相談する権利をもつ(少年援助法8条2項)
・親との交流の権利をもつ(民法1684条1項)
配慮権者(実親):
・児童が家庭復帰できるように親の教育(養育)能力を改善する働きが行なわれなければならない(少年援助法37条1項)
・意思表示によって里親の権利・権限を制限することができる(民法1688条3項)
・子どもとの交流の権利をもつ(民法1684条1項)
●参考文献
マシュー・コルトン、
マーガレット・ウィリアムズ編 2008 世界のフォスターケア− 21の国と地域における里親制度 明石書店
湯沢雍彦編著 2004 里親制度の国際比較 ミネルヴァ書房
養子と里親を考える会編 湯沢雍彦監修 2001 養子と里親 −日本・外国の未成年養子縁組制度と斡旋問題−
日本加除出版株式会社
岩志和一郎、鈴木博人、髙橋由紀子 2002 ドイツ「児童ならびに少年援助法」全訳(1)∼(3) 早稲田大学比較法研究所 36(1)
64
∼ドイツの養子縁組制度概要∼
公的機関
州
民間養子縁組サービス機関
少年局
養親希望者、子ども、出生家庭の調査
養子縁組の説明
斡旋機関として認可
中央養子縁組機関
養子養育中の経過観察
子どもに障がいがある、親の同意が得られ
ないなどで斡旋が特に困難
外国籍や無国籍、海外に居住している場合
関係者の同意確保のためのかかわり
申し立ての助言と裁判所への鑑定書の提出
斡旋機関への専門的助言
困難なケースを中央養子縁組機関へ報告
国際養子縁組
斡旋機関
への
専門的助言
郡・都市
少年局
斡旋機関
個人による斡旋は原則禁止
養子縁組の説明
認可のない団体による斡旋は禁止
養親希望者、子ども、出生家庭の調査
養子養育中の経過観察
関係者の同意確保のためのかかわり
申し立ての助言と裁判所への鑑定書の提出
困難なケースを中央養子縁組機関へ報告
国際養子縁組
養子縁組の斡旋
調査
・養親
・子ども
・出生家庭
子どもと
養親の
顔合わせ
裁判所に養子
縁組申し立て
をするよう助言
養子養育
(養子縁組
斡旋法8条)
裁判所への
国家(裁判所)
申し立て
による宣言
鑑定書の提出
養子縁組の原則:
未成年養子・完全養子・匿名養子・国家(裁判所)による宣言
匿名養子とは:
実親は、養親が誰か知らなくても同意ができる。
養子縁組の事実とそれに関することを公開したり、調べたりすることは禁止されている。
→子どもの福祉の観点から、一部、実親との関係を残しつつ行なわれるオープンアダプションを推進する動きもある。
完全養子とは:
養子は養親の子どもとしての法的地位を得る。実親との親族関係は原則として終了。
養子縁組の廃棄(離縁)は、必要な同意がなかったか、子どもの福祉に合致する時のみ特別に認められる。
○養子縁組のための同意(意思確認)とその効果
すべての同意と同意の撤回は公証され、公証された同意は裁判所に到達した時点から有効となる。
同意(意思の確認)
:
養親:裁判所への申し立てをもって同意とする。
養子:行為無能力者または14才未満の場合は法定代理人の同意が必要。14歳以上の場合は本人が法定代理人の同意を得て、
同意を行なうことができる。
実親:父母の同意も必要。婚姻関係は問題とされない。
実親の同意は撤回できない。
※子どもが生後8週に達して初めて同意を与えることができる。それ以前の同意は無効。
※子どもの福祉に相当の不利益が生じると判断される場合には、裁判所が子どもの申し立てに基づいて親の同意を行なわなけ
ならない。
同意の効果:
実親により同意がされると、その時から実親の配慮権は停止。子どもとの面接交渉権も行使できない。
実親の同意が得られて養子養育が始まると、養親は子の扶養義務を負う。
(P.63∼65まとめと表作成 松原)
65
GERMANY
●ド イ ツ
SOS 子ども青少年支援センター デュッセルドルフ
訪 問 日 時:2012年9月13日 AM
住 所:Matthias-Erzberger-Str.9
40595 Düsseldorf
取材担当者:ヘルベルト・シュタウバー(運営管理者)
(敬称略) スベン・コーベル(プロジェクトリーダー)
1. 概要
家庭に問題を抱える子どもや青少年、その家族
のために、相談援助や親支援プログラム、異文化
を持つ家族や青少年が集まる場の提供などさまざ
まなサービスを提供する通所施設。
②スタッフ
(1)SOS キンダードルフ(子どもの村)
運営管理者 3 名、スクールソーシャルワーカー
1949年、ヘルマン・グマイナー氏が、戦災 孤
5 名、地域住民のつどいの場スタッフ8 名、青
児に家庭養育を保障するためにオーストリアに
少年クラブスタッフ5名、相談援助スタッフ7名、
設立した民間組織。現在、世界133ヵ国、各国
その他スタッフ5 名の合計 33 名。
116の加盟協会で組織されている。
③スタッフ研修
ミュンヘンに拠点を置くドイツSOS子どもの村
ドイツ SOS 子どもの村協会には、人材育成部
協会は1955年に設立された。現在、ドイツには
門がある。管理職教育、精神疾患の理解、性
85ヵ所の支所(子どもの村、子ども・青少年セン
教育、バーンアウト予防、定年後のボランティ
ター、職業訓練センター、母親センター、SOSの
ア移行など充実した研修プログラムがあり、セ
村、多世代の家、カウンセリングセンター)があり、
ンターのスタッフも研修に参加している。
その運営費は、約2億4千万ユーロ(約247億円)。
内訳は、寄付金などが56%、公的資金は44%で
2.事業内容
ある。デュッセルドルフでは、2009年から活動
(1)相談援助
を始めた。
市少年局と協働し、家族で問題を解決できる
よう支援している。
(2)SOS 青少年支援センター
例えば、教師が、生徒の顔の青あざ、委縮し
(SOS-Kinder-und Jugendhilfen Düsseldorf)
た態度を不審に思い、市少年局に通告すると、
①活動地区
デュッセルドルフ南西部のはずれにあるこのガ
少年局はセンターに家庭状況の調査を依頼する。
ラタ地区とヘラホフ地区には、約 26,000人が
SOS相談援助スタッフは、家庭訪問を行なって
生活している。両地区は、60 年ほど前に家族
家族の相談にのり、父親がアルコール中毒で子
向けの住宅地として開発され、公営の集合住
どもを暴行すること、母親は周囲に相談せず、
宅には移民が多く移り住んだ。現在もその 2
家族で解決しようとしていたことがわかる。この
世や 3 世が暮らしている。失業率が高く、青
情報をもとに、少年局と、保護の必要性などの
少年犯罪なども多い地区で、SOS 子どもの村
リスクアセスメントを行ない、センターは必要に
はこうした社会サービスを必要とする地域を活
応じてカウンセリングや親教育プログラムなどを
動拠点とすることが多い。
無料で実施する。
66
(2)スクールソーシャルワーク
は子どもだけで参加できるプレイグループがあり、
学校生活の中で起こる課題解決のため、子ど
約35m 2(約21畳 )のスペースに、 保育 士 が、0
もと保護者、教師を支援している。現在、近隣
∼3歳の子ども6∼8名を預かっている。登録をし
5 ヵ所の小学校にスクールソーシャルワーカーを
て予約をすれば、週に何回でも無料で利用でき、
派遣している。子どもたちに対しては、子ども同
年間200名くらいの子どもが利用している。現在、
士の争いごとを仲裁するスキルや摂食障がいの
2 ヵ所のみだが、周辺のアパートの空き部屋を順
予防のためのプログラムを提供し、保護者に対
次借りて、プレイルームを増やそうとしている。
しては、ネットワークを作るため“親カフェ”を開
また、キッチンやリビングのあるフリースペース
催している。また、虐待などの家庭の課題に対
もあり、母親らは、おしゃべりをしたり、食材を
し、学校と少年局、家庭をつなぐことで、家族
持ちよって一緒に料理をしたりする。スタッフが
関係や状況の悪化を防ぐ役割も果たす。
そこで母親からの相談を受けることもある。
(3)青少年クラブ
毎日15時半∼21時半の間に、主に14∼21歳の
青少年60名ほどが利用している。決められたプ
ログラムはなく、活動内容は、利用する子どもた
ちが主体的に決めている。
インテリアはカラフルな色づ
かいの明るい雰囲気で、こ
の日も利用者たちが楽しそ
うに談笑していた。奥には
キッチンがある
以前は公営の青少年センターだったが、管理
が行き届かず、建物は落書きだらけで、窓など
も壊され、室内は利用できる状態ではなかった。
2008年に閉鎖が決まったが、SOSが運営を引き
継ぎ、少年たちの協力を得て修繕をしている。
3.現状と今後
例えば、外壁は子どもたちがペインティングをし
たが、こうした活動には少年たちの自主性を尊
2013年8月には保育所をオープンさせる予定があ
重している。以来、この施設が壊されることは
る。2016年までに、既存のさまざまなサービス提
なくなった。
供機関とつながり、子どもから成人、高齢者まで、
地域住民全体がサービスを受けやすくなるよう、
思春期の子どもが家庭外に居場所を見つけ、
サービスの充実を図る計画がある。
そこで仲間と過ごすことが自立心の発達を促す
と考えており、その機会と場所の提供を通した
4.所感 地域の青少年育成を目指している。子どもたち
は、曲作りやレコーディングのためにスタジオを
「行政はパートナーであり、自分たちにしかでき
利用したり、キッチンで夕食作りを楽しんだりと、
ない仕事に誇りと自信をもっている」という言葉が
友人たちと自由に過ごしている。
印象に残っている。スタッフは、自分たちの役割
を理解し、異なる職種や立場を尊重している。充
(4)地域住民の「つどいの場」
実した研修体系も、専門性の高さを誇る自信の裏
付けとなっているのだろう。
2011年初めにオープンして以来、住民たちの
「つどいの場」となっている。この地区では、移
SOS子ども青少年支援センターが、行政などと連
民やシングルマザーが多く、孤立したり、子ども
携しながら、虐待などの早期発見、予防の観点を
を預ける場所がないために就職ができず困って
もち、身近な場所で、住民目線でのサービスを提
いる母親が多い。このセンターには、親子もしく
供している点では、日本における「児童家庭支援
67
GERMANY
センター」と同じような機能を持っていると考える。
支援が必要な地域に、必要な資源を、必要なだ
け提供する実行力には、大変刺激を受けた。
必要なことは、その地域が家族を支え、家族が
地域を支えられるような関係機関とのネットワーク
を生かした「地域づくり」の視点であり、
「児童家庭
支援センター」の役割は、地域の実状把握、柔軟
な発想と地域の主体性を尊重したサービス提供だ
と考える。今後の業務に生かしていきたい。
(山口 由美)
部門別のパンフレット。写真が多く取り入れられている。
(左から)シュタウバーさんと通訳の横江さん
シュタウバーさんとコーベルさん
68
dSOS キンダードルフ d
◉全体の配置図
近隣は公営住宅に囲まれている
●施設見学
地域住民の「つどいの場」
●施設見学
青少年クラブ
プレイルームで子どもを
預かる
●施設見学
自転車修理・貸出スペース
やわらかな雰囲気で、
居心地のよさそうなつどいの場
◉少年クラブのレイアウト
思春期の少年にとって、仲間と
過ごす時間は、とても大 切な
こと。
清潔感があり、使いやす
そうなキッチン
壁にはアーティストと少年たちが
一緒に描いた絵が飾ってある。
PCルーム
フリースペース
ここは少年たちがくつろげる
スペース。自宅に居場所のない
子たちも多い。
使いやすいようレイアウトも
少年たちが考えた。
事務所
台所
防音室があり、
レコーディング
もできる。
音響
スタジオ
ソファー
セット
出入り口
テーブルゲーム
ジム
大ホール
69
壁一面のアートは、少年たちが
描いた。
GERMANY
●ド イ ツ
SKF(女性の保護・支援団体)
ハウス・アーデルハイト(母子入所施設)、モーゼの赤ちゃんウィンドウ(赤ちゃんポスト)
訪 問 日 時:2012年9月11日 AM
住 所:Am Haus Adelheid Escher Str.158,
50739 Köln
取材担当者:カリン・ホルスト(グループ責任者)
(敬称略) アンナ・ローゼンバッハ
1. 運営母体の SKF
(Sozialdienst Katholischer Frauen)
特別なニーズを抱えた女性と家族のために多様
平均的な入所期間は 1∼ 2 年。利用者の費用
なサービスを提供する女性の保護・支援団体である。
負担はなく、少年局から親子一世帯あたり1日
(1)設立
140 ユーロ(14,420 円)の費用が出る。
1899年、女性とその家族を支援する慈善団体
②自立を目指した支援
として設立された。本部はドルトムントにあり、
利用者は、中途 退学、10 代の妊娠、貧困、
地域支部が150 ヵ所ある。全支部をあわせると
薬物、売春、受刑、パートナーとの不和など
職員が約5,500名、会員が14,000名おり、ボラン
の問題を抱え、1/3 は外国人でドイツ語の教育
ティアも多い。
が必要である。
入所後まずは生活環境を整え、子どもへの養
(2)事業概要
・女性と家族への支援
育や教育が行き届くようにサポートする。家事
・赤ちゃんポスト、匿名出産の支援
や金銭管理の指導、職業訓練、親子関係調
・里親・養子縁組支援
整(時には父親も一緒に)、外国人にはドイツ
・妊娠中の相談センター(約120 ヵ所)
語学習指導などを行ない、自分自身の課題に
・シングルマザーへの支援施設(約31 ヵ所)
向き合えるように支援する。
・女性のシェルター(約35 ヵ所)
退所後も最低 2 回は家庭訪問を行ない、勤務
・児童と青少年のためのサービスセンター
中の託児サービスなど、必要に応じて支援を
(約40 ヵ所) 継続する。
2. ハウス・アーデルハイト
今回、訪問したハウス・アーデルハイトは、ケルン
市内に40 ヵ所ある支部の1つである。
(1)母子入所施設
①概要
未成年者や妊娠中の若い女性、子どもを持つ
母親の自立を支援する入所施設である(DV 被
害者のための「フラウエンハウス(女性の家)」
という別の専門施設もある)。
定員は、34 世帯。18 歳以下の母親とその子ど
もの世帯は10世帯まで受け入れる。視察時は、
母親と子ども2 人が 5 世帯、母親と子ども1 人
居室は 34 部屋あり、家具付きと家具なしがある。
が 27 世帯、計 32 世帯が利用していた。
70
③スタッフ体制
利があるため、可能な限り情報を集める努力
ハウス・アーデルハイトには、11 名のソーシャ
をしている。
ルワーカーと6名の社会教育者がいる。その他、
ハウス・アーデルハイトでは、里親に預けられ
管理人、料理や家計簿のつけ方を教えたり子
ている子どもへの告知は早めに行なうことが
どもと遊ぶボランティア、助産師などがいる。
大切だと考えている。告知のタイミングは、少
夜は 2 名のスタッフで対応する。
年局と里親が相談して決めるが、委託後も子
④少年局との連携
どもと里親とかかわりをもち、フォローを続け
利用者の支援プログラムの作成は、SKF ソー
ている。
シャルワーカー、少年局、利用者の三者間で
その後、実親が子どもの様子を尋ねるなど連
行なう。半年に一度、同じ三者で面接を行な
絡をとってきた場合には、まず養親(里親)
い、利用者の抱える課題などについて意見交
に連絡をする。子どもが成年に達している場
換をし、それをもとに少年局が支援の継続/
合は本人と直接やりとりをすることもある。
終了を判断する。 ④設置の工夫
母親は複雑な悩みを抱えている場合が多い。
(2)モーゼの赤ちゃんウィンドウ(赤ちゃんポスト)
子どもを預けた後、振り返り、立ち止まり、戻っ
①目的
て来て相談して欲しいという期待を込めて、
2001 年、ケルン市で最初に作られた赤ちゃん
曲がり角のないまっすぐな道に面した場所に
ポストである。捨て子をめぐる問題が社会的
設置している。また、赤ちゃんポストの横には
にも注目を集めていたこともあり(23 ページ参
5 ヵ国語のパンフレットが置いてある。
照)、
「女性と子どもを守る」ためケルン市が協
力し、少年局、警察署、連邦裁判所などと協
働して設置した。
②対応の流れ
1、赤ちゃんポストに赤ちゃんが預けられる。
入口
入口
左上:入口付近には目隠しの壁
右上、下:入口の前はまっすぐの一本道
朝方が多い。
2、サインを見たスタッフがすぐに確認する。
角を曲がりきれずに戻り、
名乗り出てくれた母親もい
る。1 ヵ月ほどハウス・アー
デルハイトで生活し、自立し
た。現在、母子は一緒に暮
らせているとのこと。
3、最初に見つけたスタッフが命名し、病院で
身体検査を行なう。
警察、裁判所、少年局に連絡する。
4、身体検査で問題があれば入院となり、問
入口
題がなければ里親に委託される。
5、8週間たっても親が名乗り出ず、その他条
ドイツ語で赤ちゃんポストを示す「Babyklappe」
件が整えば、養子縁組の申請手続きがと
の「Klappe」には「ゴミ箱」の意味があり赤ちゃん
れる。
をすてるというイメージを抱きやすいため、ハウ
③預けられた子どもとのかかわり
ス・アーデルハイトでは、
「窓を開く」という意味を
これまでに 17 名の子どもが預けられ、7 名が
こめ「Moses Baby Fenster(モーゼの赤ちゃん
養子縁組されている。また、8 名は母親が名
ウィンドウ)」と呼ぶ。
乗り出ており、残りの 9 名の母親は不明であ
る。病院で産まれていないことが多く、出自
の判明は難しい。しかし、子どもには知る権
71
GERMANY
の増加に対する懸念は消えないだろう。しかし、
困難な課題を抱えた母親にとって解決へのきっか
けになったり、遺棄ではなく子どもの「生をつなぐ」
という最後の砦となるなど、
「母と子を守る」という
広義な観点で両極への判断が求められる取り組み
赤ちゃんポスト内部。
いつも暖かくしている。
である。
赤ん坊が預けられたサイン
が出たら、小窓を開けて
確認する。
曲がり角のないまっすぐな道に面して設置され、
母親の心変わりを期待するなど、どこか深い部分
(3)里親研修
で母親の子どもに対する愛情やつながりを信じた
里親希望者には、約1年間の研修を行なって
支援の在り方の印象を受けた。それは、
「環境が変
いる。里 親希望者は実 親の情報を知りたがる
われば解決も見えてくる」と人を追及しないスタッフ
が、情報がないケースもあることを研修を通して
の受け入れにも通じているように思う。
「複雑な問
学ぶ。また、ハウス・アーデルハイトも里親希望
題を抱えた母親と子どもの命を守るシステムとして、
者について知ることができ、子どもとのマッチン
単純で簡単な解決方法である」というスタッフの言
グにつなげている。
葉は、効果的な援助としての使命感や、活動して
いる自信が感じられた。
(藤江 恵)
3. 所感
ハウス・アーデルハイトでは、出産前の「匿名出
産」
(24ページ参照)、出産後の「赤ちゃんポスト」、
母子の「生活の保護」という支援が、
「自立」という
目標に向けて一貫して行なわれていた。
「モーゼの
赤ちゃんウィンドウ」は、そうした母子支援の一環
である。預けられる赤ん坊をいつでも温かく迎え
られる準備がなされており、また母親に対しても、
最大限の配慮があった。赤ん坊を匿名で預ける行
為が議論されているのは、ドイツでも変わらない。
ホルストさん、ローゼンバッハさん、通訳の横江さん
育児放棄であるという考え方や、安易な預け入れ
ドイツ語、英語、トル
コ語で 表 記された
パンフレット。
72
∼ドイツの日常から垣間見える性意識 ∼
ドイツは性描写に関して、比較的寛容な国という印象
をもちました。デュッセルドルフの書店や雑貨店では大
変刺激的な表紙のポルノ雑誌を見ましたし、22時を過ぎ
るとテレビできわどいシーンが放送されることもあるそう
です。また、車体に風俗産業の広告を描いたバスが日中
に市内を走行していることもあるとのことでした。
ドイツでは2002年1月1日に売春が合法化されました。
売春を職業とする女性たちは納税し、年金・医療保険制
度への加入も認められ、
「サービス産業統一労働組合」に
加入することもできます。21歳からこの職業に就けるそう
です。なお、合法化によって、ドイツでは性病が減った
とされています。
一方で、10代の予期せぬ妊娠・出産・中絶といった問
題を、ドイツは抱えています。
性の低年齢 化に拍車をかけている要因として、イン
ドイツではアウトバーンのサービスエリア、街
中のレストラン、空港などのトイレには避妊具
の自販機が設置してあります(写真はデュッセ
ルドルフ空港内の自販機)。
ターネットの急激な普及による性情報の氾濫が考えられ
ています。そのため、政府は青少年保護の観点からインターネット規制の法整備を早急に行なうと共に、
性教育を重視して、避妊に関する広範な情報を提供するなどの取り組みを行なっています。トイレに設
置されている避妊具の自販機もそのひとつかもしれません。その結果、未成年者の中絶の減少などの
成果をあげていますが、若年妊娠はいまだ少なくないようです。
日本産婦人科医会が行なった10代の人工妊娠中絶についてのアンケート調査の結果では、15∼19歳
の女子人口1,000人に対して、ドイツの対妊娠人数は16.1人、出産は12.5人、中絶は3.6人、出産割合
は77.6%でした。同調査において日本の対妊娠人数は10.2人、出産は3.9人、中絶は6.3人、出産割合
は38.2%だったので、中絶者は日本の半分、出産割合は日本のおよそ倍でした。これは、宗教上の観
点から人工妊娠中絶に対して否定的であることに加え、ドイツ刑法218条において人工妊娠中絶手術
は「カウンセリング後早くても4日目以降」であり、妊娠12週目以降は「刑事犯罪上の理由(強姦被害な
ど)」「医学上の理由(子宮外妊娠など“妊婦の健康”に重大な危険がある場合。胎児の障がいの有無
は要件ではない。)」のいずれかの理由でないと認められていないといった背景が影響していると思わ
れます。
ドイツでは性的描写や性産業を隠さないという点で、性に対する意識はある意味、寛容であるよう
に感じられましたが、青少年保護という観点においては法整備や施策などの適切な対応をとるなど、
「守るべきところはしっかりおさえる」といったバランスを保っている国であると感じました。 (髙野)
●日本産婦人科医会 2002 10代の人口妊娠中絶についてのアンケート調査報告書
●北村邦夫 2009 望まない妊娠、その効果的な防止対策への提言 母子保健情報 Vol.60(48)
●ドイツのニュース「人口妊娠中絶件数、2011年も減少」 http://www.obasan.de/2012.04.25/news-2012.4.25.htm
73
GERMANY
●ド イ ツ
ディアコニー デュッセルドルフ(キリスト教系社会福祉団体児童福祉サービス部門)
訪 問 日 時:2012年9月13日 PM
住 所:Platz Der Diakonie 3, 40233
Düsseldorf
取材担当者:ルエッティング・ウルリッヒ(ハイム責任者)
(敬称略) ズザンネ・シュヴェンケ(広報・マーケ
ティングリーダー)
1. 概要
ディアコニー デュッセルドルフは、国・州・地方
自治体の委託を受け、子どもから高齢者までを対
研修棟(奥)と総務部門が入っている建物(手前)。
象に福祉サービスを提供する多機能複合福祉協会
(2)ディアコニー デュッセルドルフ事業概要
である。
①保育所
(1)運営母体ディアコニーについて
②学童保育(ドイツには全日制の学校が少ない
ディアコニーは、ドイツに6つある国家認定の
ため、下校後に子どもたちのケアを行なう)。
連邦任意社会福祉協会(カトリック教会カリタス
連盟、労働者福祉事業団、ドイツ赤十字、ドイ
③ホームレスの家族へのケア
ツユダヤ人福祉事業団、ドイツ諸宗派福祉事業
④移民へのケア
連盟、プロテスタント教会ディアコニー連盟)の
⑤失業者へのケア
一つで、キリスト教的人道主義のもと活動してい
⑥アルコール依存症、その家族へのケア
る組織である。
⑦高齢者へのケア
1916年、キリスト教プロテスタント派のヨハン・
⑧児童入所施設(ハイム)
フリードリッヒ・オーバーリン牧師が「子どもは愛
⑨里親支援
情を持って育てられるべき」として小さな子どもの
全 体で2,000名のスタッフ、1,300名のボラン
学校を設立したのがその始まりである。
ティアがいる。施設は160 ヵ所あり、そのほとん
どが子どもを対象にしている。
子ども対象施 設のスタッフは、教育 者が280
名、学童保育担当が170名。54 ヵ所ある保育所
には500名のスタッフがいる。
多機能複合施設
●ディアコニー デュッセルドルフ
設立者を記念する「オーバーリン広場」を
囲んで多種多様な施設と設備がある。
■子どもと家族を支援する主な施設
研修棟、教育とコンサルティング
の部門
研究所、ファミリーセンター、
学童保育、
総務部門
保育所
青少年センター、
難民センター
74
グループホーム、
ファミリーケア
②発達段階に沿った基本養育プランがあり、社
スタッフ研修を重視し、研修棟が完備され研
会 性、情緒、認知、言 語、学習、攻撃 性、
究や研修を行なっている。
集中力、記憶力、忍耐力などの面について年
年間予算は1億ユーロ(103億円)で、その98%
齢ごとに達成すべき目標が示されている。目
が公費である。
標に達していなければ、セラピストと教育者が
支援プランをたて、それに従って養育を行なう。
2.ハイム
③子どもの課題に応じてセラピーが行なわれてい
児童の入所施設はドイツでは通常「ハイム」と呼
る。情緒的、行動的問題を抱えた子どもたち
ばれる。ディアコニーには3種のハイムがある。
に対しては、通所型セラピーや 6 週間の滞在
入所児の8割はデュッセルドルフ市から、その他は
型セラピーなどの治療的ケアを行なう。
デュッセルドルフ市隣接地域から入所している。
④入所児童間の性的問題が起きた際にハイム内
グループハイム
高齢児ハイム
(16歳以上)
里親ハイム
(3歳以下)
異年齢、男女混合で6∼8名の子ど
もが生活する。
(概要は下に記載)
若 年 の 母 親(13 ∼14 歳 が 多 い)
とそ の 子どもを 受け入れることも
ある。
のセキュリティを強化し、防止に努めている。
自分たちで 掃 除 や 料理 を行ない 、
自立に向けた準備をする。16歳に
達したグル ープハイムの入 所 児 が
ここで暮らすこともある。
⑤ 2 ヵ月に一度、子どもたちが生活やケアに対す
対応に限界がある場合は、ドイツ国内に 5 ヵ
所ある、専門の治療 施 設に入所変更をする
ケースもある。
る要望をスタッフに伝え、話し合う場を設けてい
る。小遣いの使い方やインターネットの使用方
法などが話題にのぼることが多いそうである。
40∼50代の夫婦スタッフが専門的
な職員里親として養育を行なう。
(3)少年局との連携
半年に一度、経過をまとめた報告書を少年局へ
グループハイムの概要
提出する。問題があれば、その都度、個別に報
(1)入所児
告する。また年2回、少年局と子どもとの面接が
主な入所理由には、ネグレクト、虐待、死別、
行なわれる。ハイムのスタッフは面接前に子どもと
里親家庭での関係不調などがあり、近年愛着障
話し合い、現状や子どもの抱える課題の整理を行
がいを持つ子どもが増えてきているとのことだった。
なう。
2∼3週間の短期入所(両親の離婚調停期間な
ど)
もある。家族の問題(アルコール・薬物依存、
(4)スタッフ体制
精神疾患など)
が解決されて家庭復帰するケースも
定員8名のグループハイムには社会教育者4名
あるが、入所が長期にわたり、ハイムから自立す
とハウスキーパー 1名、6名のグループハイムには
るケースもある。入所は28歳までできる。
社会 教育者3名と職業 訓練生1名が配置されて
いる。
(2)生活と養育
1日3交代制が基本だが、子どもの日課によっ
①子どもたちは一般の家庭と同じような生活を
て柔軟なシフトが組まれている。スタッフは夜勤、
送り、近隣の保育所や学校へ通う。進学校へ
日勤、研修、休日と分けて就業管理をしている。
通う子どももいる。1 人で通学ができない子ど
もはスクールバスで通う。
(5)スタッフの育成と研修
学校との調整や連携は、専門職スタッフが行
現在約70名いるスタッフは、年齢層が幅広く、
ない、半年に一度、子どもの状態について学
在職期間は長いとのことだった。スタッフが長く
校と話し合い、結果を少年局へ報告する。
勤務し、質のよい仕事を続けられるために、研修
75
GERMANY
などのサポートに力を入れている。
る部分もあった。しかし、日本のように措置費の
①スーパービジョン
中でどうやりくりするかを考えるだけではなく、必
各グループハイムは、1 年に 10 回 1.5 ∼ 2 時間
要な人員や予算の獲得のため、根拠を挙げて少年
のスーパービジョンを受けている。要望があれ
局に訴えていくというスタッフの姿勢は、私たちに
ば、マンツーマンのスーパービジョンを受けるこ
も必要な部分であると改めて感じさせられた。
ともできる。スーパーバイザーは外部に依頼し、
職員の専門職としての質の向上・子どもへのケア
2 ∼3 年でスタッフ自身が次のスーパーバイザー
基準の向上にも力をいれているとのことだった。
短時間の視察の中では、その具体的な取り組み
を探す。
一つひとつについてまで詳しく伺うには至らなかっ
②研修
スタッフは 1年に10 日間の研修を受ける。
たが、各ホームでのミーティング、学校との連絡調
現在の研修テーマは、
「児童保護」
「子どもと家
整にもきちんと整備された書式が用いられているこ
族の福祉の促進」
「愛着障がい」
「暴力的な子ど
とからも、スタッフの方の思いが伝わってきた。
社会的背景は違えど、講師の方々が、自身の仕
もとの向きあい方」など。
事に誇りを持ち、子どもにとっての「最善は何か」
を常に模索しながら、子どもと向き合っている姿に
勇気をもらい、自身の立場で「発信していくことの
必要性」をさらに深めた研修となった。
(森澤 のぞみ)
敷地内にある遊び場
3.里親支援
ウルリッヒさん(左)とシュヴェンケさん(右)
ドイツでは、3歳以下の子どもは里 親への委託
が基本とされ、ベビーハイム(日本でいう乳児院)
は存在しない。ディアコニーには里親支援スタッフ
がおり、常時、里親とコンタクトを取り合っている。
また、救命救急講習の開催、健康発達に関する相
談対応、里親への定期的な研修などを実施し、支
援をしている。
4.所感
子どもがハイムへ入所してきた時から、自立へ向
けての取り組みが始まる。年々、子どもへの対応
ディアコニー発行の季刊誌
写真の号では、州省と共同で家族、子ども、
若者、文化とスポーツをテーマにして開催し
たフォーラムの内容が特集されていた。
の難しさや、親へのアプローチの難しさが増してい
く点など、日本と共通する課題がある反面、潤沢
な予算や手厚い人員配置など、驚くような差を感じ
76
●ド イ ツ
KiD デュッセルドルフの子(児童アセスメント施設)
訪 問 日 時:2012年9月14日 AM
住 所:Kronenstr. 38, 40217 Düsseldorf
取材担当者:ウルフェルト・ベーム(心理部門リーダー)
(敬称略) 1. 概要
少年局から委託された子どもたちのアセスメント
を半年間かけて行ない、心理状況や生活支援・親
支援についての提言を行なう入所施設である。
(正
式名称は、Kind in Düsseldorf)。
(1)設立の背景
(3)予算
近隣のプロテスタント系の病院・医学(治療)
子ども1人あたり1日240ユーロ(24,700円)の費
相談所で、子どもたちは自分の生育歴や体験を
用が支給される。その他、寄付金収入もある。
医師やセラピストではなく、自分たちの日常の世
話をしてくれる看護師に打ち明けるという傾向が
(4)入所児
見られた。適切なアセスメントを行なうためには、
子どもが生活の中で自然に話ができる環境が必
定員は13名。対象年齢は4∼12歳である。入
要ではないかと看護師が提案し、1994年に設立
所児は、今までに何らかの治療を受けたが効果
された。
が見られなかったり、不適応を起こしてしまった
子どもなどで、特に性的虐待、心理的虐待を受
ドイツ国内ではハノーバーにもう1ヵ所同様の
けた子どもが多い。
アセスメント施設がある。
視察時は11名の子どもが入所しており、実親
家庭から入所した子どもが7名、ハイムからが2
(2)スタッフ体制
管理職4名(総責任者、事務責任者、心理部
名、里 親からが2名であった。過去18年間で約
門責任者、教育責任者)、事務員1名、セラピス
100名の入所があり、現在、入所待ちの子どもも
ト7名、教育者18名がいる。
多いとのことだった。
大学でソーシャルワークや心理学などを学んだ
里親やハイムからはいったん措置解除となって
スタッフが、それぞれの専門を生かし、多角的な
入所し、KiDでアセスメントを終了するとその結
アセスメントを行なっている。
果をもとに少年局が子どもの行き先を決定する。
スーパービジョン体制が整えられているほか、
例えば、ハイム入所中に性的虐待を受けてい
スタッフは半年に1度、外部で研修を受けるなど、
たことが分かり、集団生活の維持が困難となっ
人材育成にも力を入れている。
てKiDに入所したケースでは、KiDのアセスメン
トの結果を受け、少年局は特別なニーズに対応
するハイム(性的な課題を抱えている子どもが生
活し、治療する施設)への入所を決定した。
77
GERMANY
(3)チームによるアセスメントと支援
2.生活の中でのかかわりとアセスメント
スタッフは子どもの見たてをあらかじめ共有し
(1)入所前のかかわり
たうえで、それぞれの専門性を生かしたかかわり
入所前に子ども、両親、少年局と打ち合わせ
をする。
を行なっている。子どもが抱えている問題を事前
にしっかりと聞き、KiDでの生活について丁寧に
スタッフが意識しているのは「あなたは悪くな
説明することで子どもの入所への動機付けを図
い」というメッセージを送ることである。これまで
る。また、事前見学も行ない、その際には他の
の生活の中で「自分は守られていない」
「大切に
子どもへの紹介も行なっている。入所直前には
されていない」と感じてきた子どもが多いため、
医師による健康診断を行なう。
子どもが安心できる環境をチーム全体で作ること
を心掛けている。子どもが安心感を得ると、自
分の体験談を語るようにもなり、アセスメントに
(2)子どもたちの生活空間
も反映できる。
1階はリビング、キッチン、学習スペースなどで、
スタッフは週に2∼3回のミーティングを行ない、
2階に子どもたちの居室がある。居室はすべて個
室で、広さはドイツの一般的な子ども部屋と同
子どもたちの状況を確認し合いながら丁寧なア
程度とのことだった。居室は子どもが好きなよう
セスメントを行なっている。なお、子ども一人ひ
にアレンジできる。子どもたちが遊べるような広
とりに担当がつくが、それぞれの子どもについて
い庭がないため、遊ぶ時は職員と一緒に近くの
の報告書のとりまとめが主な仕事で、子どもたち
公園へ行く。
の生活は全スタッフで見守る体制をとっている。
日課は決まっており、子どもはKiDから地域の
心理面接などを行なう部屋は、子どもたちの
学校に登校している。子どもによっては学校場面
生活空間と分ける工夫がなされている。
とKiDでの生活場面とで異なる行動を示すため、
学校とも緊密な連携・情報交換を行なう。
(4)アセスメント結果の報告
アセスメントをまとめ、支援方針への提言も含
めた報告書を作成し、少年局に提出する。
報 告書の項目は 以下のとおりで、全 部で30
ページ以上に及ぶ。
・入所時の症状
食堂
・既往歴(家族構成、小児期の発達)
・診断と治療経過(生活状況、精神療法)
・総合判断
・調査結果と精神力動的理解への提言
3.親とのかかわり
面会は、子どもの様子や行動、親との距離感な
どをみるうえで貴重な機会として、定期的に行なう。
虐待の場合、自分たちの行為が子どもに与えた
影響を理解してもらうことに努めている。また、子
リビング
どもへの対応や治療法について親と話し合うこと
78
る役割を担う必要を感じた。
も大切にしている。
不適切な養育を行なっている親は自分自身も子
ベームさんの「この仕事のやりがいは子どもが良
ども時代に同じような経験をしている場合が多く、
くも悪くも感情を出すこと」という言葉に、子どもに
変化を求めるのは難しい時もあるが、親子の再統
対する共通の思いを感じた。 (松本 祐一郎)
合を目指すケースもある。再統合が難しい場合で
も、スタッフは、両親を嫌っていない、両親の支
援も行なっていくというメッセージを親と子どもの
両方に伝えていく。こうした姿勢がスタッフに対す
る信頼に、ひいては、子どもたちが自分のことを語
るきっかけにつながる。
4.医療機関との連携
入所前の健康診断において、性的あるいは身体
的虐待の疑いや証拠が発見されれば、少年局に提
出するレポートに記載される。入所以前に精神科
の薬を服用している子どもの場合は、服薬を継続
ベームさん
するための受診を行なっているが、KiDではできる
だけ服用を減らすように努めている。また、震えた
り集中力がないなどの症状が特定の状況で表れる
などといった子どもたちの様子を、医師に報告する
ことで、連携を図っている。
5.所感
視察時、3歳ぐらいの体格の子どもたちが生活を
していた。子どもたちの実年齢は5歳であり、虐待
の影響で成長が停滞していること、また廊下には
遺糞のようなものもあるなど、子どもが抱えている
課題は深刻であると感じた。
生活に根 差したアセスメントが、高い専門性に
裏付けられて実践されていた。日本の場合、子ど
もの行動アセスメントは、児童相談所の一時保護
所での行動観察などを中心に行われている。しか
し、職員配置が不十分で、アセスメント期間は基
本的に2 ヵ月以内となるため、子どもの支援の具体
的な方法についての助言などが乏しい状況である。
日本における情緒障害児短 期治療施設でも、
KiDのように里親・児童養護施設から短期間利用
してもらい、行動分析や集中的な心理アセスメント
を行ない、子どもの理解を共有し、対応法を伝え
79
GERMANY
■KiDにおけるアセスメント・治療プロセス
(http://www.KID-facheinrichtung.de/のHPから引用) 精神医学的診断
社会的診断
行動観察
治療過程
●危機的グループの日常生活
●治療/子どもと家族に対する
1. 背景
の中での相互作用的観察
面接
・家族状況の記録
特別な配慮の下で診断に関する
1. 子どもや家族への治療や
・以前受けていた治療への
転移の観察/転移に対する現象
カウンセリングから得られ
2. 病歴
1 . 関係性のレベル
・子どもへの精神力動的
・両親の既往歴
両親、教育関係者、児童
精神療法
・身体、精神と社会性
の関係性
・運動療法・表現療法
・子どもの発達
2. 結合レベル
2. 集団芸術療法
3. 家族システムの診断
両親、教育関係者、児童
3. 個人、夫婦、家族の治療/
・家族構造
の結びつき
面接
・家族間の関係性
3. コンタクトレベル
4. 親グループ
・社会的地位及び環境
両親、教育関係者、児童
・家族の戦略的な対処法、
のコンタクト
リソース
4. 症状のレベル
4. 症状について
症状の観察、恐怖、力、
・KiD入所前
怒り、攻撃性、悲しみ、
・KiD入所中の様子
気分状態
5. 診断検査
5. 社会行動的レベル
・機能診断
両親、教育関係者、児童
・性格診断
への社会行動
・投影診断
6. 資源(リソース)レベル
・家族の診断
子どもを強化するスキル
6. 遊びと会話によるチェック
家族を強化するスキル
●特有の相互作用的診断
提案
た結果
・外傷体験の有無
7. トラウマ固有の診断
・防衛
8. 医学的状態
・小児科の調査
・子ども婦人科の調査
・児童精神科の調査
心理社会的ダイナミックス 診断評価 提言
最終報告 退所・アフターフォロー
80
(翻訳 松本)
●ド イ ツ
EVK デュッセルドルフ福音派病院付属通所型治療機関
訪 問 日 時:2012年9月14日 PM
住 所:Kronenstr. 38, 40217, Düsseldorf
取材担当者:ジェシカ・キューン・フェルテン
(敬称略) (心理療法士・副主任)
1. 概要
プロテスタント教会組 織 の経 営 する総合 病 院
デュッセルドルフ福音派病院の分院(分室)として
(2)対象
1990年に設立。心理的治療や子ども家庭問題の
希望者は誰でも受診可能だが、一般の専門病
相談を希望する、市民誰もが自由に受診できる医
院受診時と同様、家庭医の紹介状が必要である。
療機関として位置づけられる。
年間の受診者は200家族程度。親子の場合も
本体病院(写真左下)から徒歩5分程度に位置す
あれば、父親、母親、祖父母だけで受診するこ
る。1階は会議室やスタッフの事務スペース、その
ともある。また、里親や教師、少年局の職員も
上階は、プレイルーム、複数の面接室の他、キッ
受診・相談することができる。青少年の受診も
チン(写真右下)やリビングスペースが設けられてい
あるが、受診者の約50%が8歳以下の子ども。
る。すべてのスペースが、部屋ごとのテーマカラー
乳幼児を持つ若い母親の相談も多い。
でコーディネートされて、玩具などが自然に配置さ
れており、病院の分室であるということを感じさせ
(3)スタッフ体制
ないような暖かい雰囲気のつくりになっている。
医師、心理士、教育者、治療教育者、ソーシャ
ルワーカーら7名の専門職スタッフがいる。
2. 事業及び支援の内容
(1)相談・治療の流れ
①インテーク(初回面接)
(1)運営
相談の受付に関しては、クライエントの自主的
NRW州やデュッセルドルフ市の児童保護シス
な受診が原則だが、他機関からの紹介もある。
テムの一環として助成金を得ている他、母体が
しかし、初回面接の後に来なくなるケースもあ
規模の大きいプロテスタント教会であるため、多
り、そうした場合はスタッフが家庭訪問を実施
くの寄付金収入で運営されている。
し、相談の継続を促すこともある。
ドイツにおいては心理療法も健康保険が適用
②アセスメント
されるので、利用者にとっては自己負担が無く、
この事業所の主たる業務は、アセスメントと治
医療組織としては安定的に診療費収入が得られ
るという仕組みになっている。当該施設ではさ
療である。家族の中で父親や母親がどうして
らに、保険への加入ができないため社会的援助
子どもを守ることができないのか、誰と協力す
を受けている人についても、自己負担無しの受
れば子どもを守ることができるようになるのか
診を可能としており、一般の民間病院とは異な
検討する。子どものみを対象とするのではなく、
る公益性の高い事業運営になっている。
家族全体をアセスメントし、治療する。
81
GERMANY
を見渡せる所に、ビデオカメラがセットされている。
③心理療法
相談内容は虐待ケースが多いため、子どもが
(3)地域との連携
話しにくくなることを避ける目的で、親子別々
①関係機関との連携
の面接と並行面接を臨機応変に組み合わせて
実施することもある。虐待などの事実を話した
本体病院の精神科や小児科の医師が非常勤
ことで、親に対する罪悪感を抱くことが多いの
で勤務しており、医学的な診断をする場合が
で、子どもに対しては、困っていることをスタッ
ある。ここでは薬物治療は行なわないが、必
フが第三者的立場・中立的立場で聞き、子ど
要に応じて専門病院や小児科へ紹介を行な
もにわかりやすく説明する。
う。在宅の子どもを支援するために、少年局
プレイセラピーの中で人形
や児童保護機関、学校をはじめとする関係機
をつかってロールプレイを
関と連携しながら活動している。
したり、遊 びの中で悪い
また、学校や保育所などに対してセミナーを開
体 験を再現したり思考の
いたり、教育者や助産師など子どもや家庭に
パターンを汲み取ったりす
関わる職業の人たちへの助言などを行なって
ることで、子どもの状況や
いる。
②家族への心理教育的アプローチ
虐待の事実を把 握してい
「Starke Eltern-Starke Kinder( 強い両 親と
くこともある。
ドッグセラピーも行なわれており、ネグレクト
強い子ども)」というプログラムを使い、家族
や虐待の結果、人に対して安心感を持てない
機能強化のコースを開催。また、本体病院と
子どもが、犬とのかかわりを通して、自己感を
連携しながら「家族カフェ」という未熟児など
取り戻していくという効果が見られている。
周産期に課題を抱えた親子をフォローする親
子サロン活動も実施している。
(2)トラウマセラピー
3. 所感
ここでは虐待の心的外傷に由来するフラッシュ
バックや侵入的想起、感情や行動の制御困難、
相談内容の内訳としては、ネグレクトよりも家庭
解離や健忘を取り扱い、子どもたちが生活の中
内暴力から派生している虐待問題が多く、保護者
で安定感や安心感をもてるようにトラウマセラ
の依存症など、世代間連鎖につながる重篤な家族
ピーを行なっている。
問題の増加、また少年犯罪などの問題とも併せて、
虐待による支配・被支配の関係が、トラウマ
EUの中では比較的経済的に安定しているドイツに
セラピーにおいて治療者と治療される者との間に
おいても、これらは先進諸国に共通した子ども家
再現されることを防ぐために、セラピー室にはひ
庭問題である。
な壇による段差が設けられ、そこに大人が腰掛
当該施設の被虐待児へのトラウマセラピーの重
けたり、子どもが立ったりして、大人と子どもの
視は、合理性や論理性を重視する国民性や社会風
目線を揃えられるように工夫している。また、裁
土を持つドイツにおいて、心理治療の位置づけや
判所などで子どもが虐待体験を証言することは、
その方向性も当然の帰結なのかもしれない。日本
虐待体験の再現とな
でも重視されるようになった愛着理論は、もともと
り二次被害になりか
は生物学的論理構造を有するが、わが国ではその
ねないので、裁判で
情緒性が注目されやすい。合理性や論理性を基盤
の証拠などでも活用
とする欧州諸国の文化背景をもとに愛着理論が醸
できるようにと部屋
成されたということを、今一度斟酌しながら実践に
82
生かしていくことの重要性を改めて感じた。
今回、ドイツにおける心理療法の特徴やその実
践については理解が深まったが、こうした心理療
法を一つの社会資源としてどう活用しているかとい
うソーシャルワーク的視点に関しては今後の課題と
していく必要性を感じている。いずれにしても、子
ども虐待問題や健全な家族機能の課題を社会保
険の中で取り扱っていくということは、虐待問題
が、ある特殊な脆弱な家族や個人の問題なのでは
フェルテンさん(右)
なく、社会全体が取り組むべき問題として捉えられ
●参考資 料●
ている証であろうと推察する。ここに日本社会が虐
・ Barbro Andersson och Birgitta grane 2006
“Mina föräldrar är skilda”BRIS
“Erfahrungs-und Arbeitsbericht”2011/2012
Arztliche Kinderschutzambulanz
・ 戸田典子 2008 ドイツの医療費抑制施策
−保険医を中心に− 国立国会図書館調査及び
立法考査局社会労働調査室
待や社会的養護に取り組む姿勢との差異があり、
経済状況や人口などの社会構造が似通っていると
いわれるドイツに学ぶべき点だと感じられた。
(黒澤 朋子)
∼ドイツにおける心理治療∼
クレペリンやフロイトを輩出したドイツは、臨床心理学を生んだ国と言われている。1896 年にドイツの精
神科医であったエミール・クレペリンが初の臨床心理学の書物を著したいわば臨床心理学の創生期において
は、臨床心理学は精神医学の補助科学という医学主導の位置づけにあり、その後精神分析の影響を受けな
がら、第二次世界大戦時に亡命したユダヤ系心理学者たちにより、アメリカにおいてより発展したという歴
史を持つ。
本国ドイツにおいては、1960 年代に主要大学で臨床心理教育が始まり、1970 年代の行動療法の興隆、そ
の後の専門職としての実践活動に関心が集まり、1998 年に心理療法士が国家資格となるという経緯をたどる。
ドイツにおける「心理療法士(Psychologische Psychotherapeuten)」は、心理学者としての専門性
に基づく国家資格として、業務独占になっている。教育学や社会福祉をバックグラウンドに持つ同じく国家
資格の「青少年心理療法士(Kinder-und Jugedlichen Psychotherapeuten:21 歳までの患者のみを治療)」
と併せて、医師免許と同様な専門家資格となっていて、心理療法を受診する際には医療保険が適用される。
そのため、先進諸各国が抱える人口構造の変化に伴う社会保障費の増大という問題を背景に、医師や心理
療法士は定員制になっており、また定額診療報酬制度の導入によって医療費の削減を国家がコントロールし
ている。
また、臨床心理の専門職の捉え方の根底に、医学モデルが確固として存在しているのもドイツの心理療法
の特徴であり、心理療法の対象となる人を「患者(Patient)」と呼ぶ。
心理療法の学問的ベースとしては精神分析、精神力動心理学、行動療法のみが保険適用され、2004 年
になって初めてクライエント中心療法が資格認定として認められるようになったが、保険適用にはまだ制限が
あり、専門職間でもその専門性についてはまだ懐疑的な状態である。さらに学校臨床における「学校心理士
(Schulpsychologe)」や「治療教育家(Heilpädagoge)」は、いわゆる心理療法士とはまったく別の職種
としてみなされており、専門性としてはドイツ特有の汎用性の高い
「教育」のカテゴリーに属している。 (黒澤)
●参考文献:小林亮 2008 ドイツにおける心理療法士 ∼資格制度とその活動状況 立命館大学 人間科学研究所 オープン
リサーチセンター整備事業「臨床人間科学の構築」ヒューマンサービスリサーチ 10
83
GERMANY
∼英独の教育制度比較∼
事前研修の際、
「ドイツの教育は理解が難しい。日本と考え方が違って、学力のみをさすものではな
く、全人格的な形成を目指すもの」といったご説明が帝京大学の髙橋由紀子先生からあったにも関わ
らず、視察初日は、ドイツにおける学校のあり方、教育に関する考え方の違いから貴重な時間が制度
理解への時間に費やされてしまいました。
同じ年齢を対象にした学校でもさまざまな種類と呼び名があること、「一日学校」というのは異なっ
た種類の学校を一つにまとめることで授業数を延ばして1日にしたようなものであること…など。はじ
めは内容より言葉の意味に関する質問ばかりをしていたように思います。ようやく「とりあえず、与え
られた情報はすべてインプット」してあとで整理しようと気持ちを切り替えることができました。
児童保護の対象年齢にあっては、学校教育との関係は切り離せません。その後の視察先でも、学力
としての教育問題や、職業教育に関する問題、早期教育と保育の関係など、福祉と教育の関係性につ
いても、改めて捉え直す必要を感じました。
ここでは、ドイツでの研修の理解を深めるために、英独両国の教育制度の概要をまとめました。社会
階層の学力格差をなくすため早期教育に力を入れ始めたドイツと、後期中等教育以降の職業訓練が印
象的だったイギリスの双方から、日本における「教育を含めた子どもへの支援」の重要性を学んだと感
じています。
(※詳細は85∼86ページの表1及び図1参照)
イギリスの概要
5歳という早期からの義務教育と、2∼3学年をひとまとめにした「Key Stage」と呼ばれる段階別に
達成度が示されている点が特徴的である。日本の学習指導要綱にあたるナショナルカリキュラムによ
って必修科目とその内容が定められている。公立学校は原則無料で、通学区域の指定がないため親が
学校を選ぶ。そのせいもあって、オフステッド(107ページ参照)による学校の評価が学校、保護者とも
に重要となっている。
また、義務教育終了にあたって実施されるGCSE試験と教育課程における評価が、その後の進学や就
職の際の選考基準になる。後期中等教育以降は職業準備と高等教育への進学準備の課程へと分かれる。
ドイツの概要
学校教育制度の基本的な権限は16の各州にあるため、制度的な統一が図られているものの、各州
によって年限などが異なっている。昔ながらのマイスター制度が教育制度の土台となっており、職業訓
練を重視した特色が制度に色濃く反映されている。初等教育を終える時点で、職業か進学かで3つの
学校に分かれ中等教育へ進学する分岐型が大きな特徴であるが、10歳という早い時期での選別に対し
批判も多く、全国規模ではないが、2年間のオリエンテーション期間の設置や、基礎学校から連続して
3つの形態を一つにまとめた総合制学校も設けられるようになっている。もう一つの大きな特徴は二元
制度である。この制度は、職業学校に通いながら現場での実務に直結した訓練ができるため、すぐに
即戦力となる人材を育成でき、企業と就職を希望する職業訓練生相互にメリットがある。一方で、近
年、実習の受け入れ先である企業が減少し、二元制度が有効に機能しないという問題への解決や職業
訓練参加に至らない若者への訓練コースの提供など政府の今後の対策に期待が寄せられる。
また、子どもの教育は親が責任を持つという伝統的な考え方があるため、初等教育では学校は朝8
時から午後1時までである。国の社会構造(親の学歴・収入、移民)が子どもの教育に反映されている
実態がある。ひとり親家庭、共働きの増加など、社会の変化や、学力の低下(PISAショック)などか
ら、午後も授業を行なう全日制学校の設置と、早期教育の重要性が求められている。
84
表 1 英独義務教育制度の概要
イギリス
根拠法
就学期間
初
等
教
育
前
期
中
等
教
育
後
期
中
等
教
育
義
務
教
育
ドイツ
・1996年教育法
・連邦憲法
(基本法)
・各州の憲法、
教育関係法など
・義務教育年限は5 ∼ 16歳の11年間。
・義務教育年限は16州のうち11州は6 ∼ 15歳の9年
・初等教育6年
(5 ∼11歳)、中等教育5年
(11∼16歳)
間、5州が6 ∼ 16歳の10年間。
・法令上、義務教育は5歳に達した後の最初の学期に ・一般に初等教育は基礎学校で4年(6 ∼ 9歳)、中等教
始まるが、通常5歳になる年度(4歳の間)にレセプ
育は基幹学校が5 年(10∼14歳)、実 科 学 校 が 6 年
ションクラスに入学する。
(10 ∼ 15歳)
、ギムナジウムが9年(10 ∼ 18歳)また
は8年。
・義務教育後、フルタイムの普通または職業教育学校に
就学しないものは、
通常3年間、
満18歳まで、
定時制(週
1 ∼ 2日)
の職業学校に就学することが義務付けられて
いる。
・5∼10歳までの間にKey Stage1・2を修了する。
・Year6(10歳)修了近くになったら、希望する学 校
に出願する。
・毎年自動的に進級する。
原級留置はまれである。
・6歳∼ 10歳までの4年間を基礎学校で学ぶ。
・授業には、討論形式が取り入れられている。卒業試験で
は、
筆記試験・口頭試問がある。
・基礎学校1年生を除き原級留置がある。飛び級もある
が、実際は1%程度でほとんどない。
・11∼15歳(卒業時は16歳)までの5年間をセカンダ
リースクールで学び、Key Stage3・4を修了する。
・レベル分けされることなく入学できるコンプリヘン
シブスクール(総合制中等学校)
が多い。
・Year10・11(14 ∼16歳)の2年間はGCSE課程と
なり、試験に向けての科目選択をする。約20科目の
中から10科目程度を選択。採点方法は、2年間の平
常点と修了の年に受けるGCSE試 験の点 数との総
合評価。1科目ごとにA ∼ Gまでの評価が付き、その
評価が義務教育修了の証となると同時に、その後の
進学や就職の際の選考基準となる。
・初等教育を終えると3つの異なる学校に分かれる。
・10歳にして早期選別を行なうことには国民の批判が
多く、最初の2年間をオリエンテーション期間とし、
能力・適性などで学校間での横断的移行が可能。
①基幹学校(ハウプトシューレ)−5年制(14歳まで)
で、卒業後、職人や販売員を目指すための学校。修了
後は、実務経験を積みつつ、18歳まで職業学校に義
務として通学し、卒業後に職業訓練/見習いとして就
職する。
−6年制(15歳まで)
で、
卒業
②実科学校(レアルシューレ)
後は、上級専門学校で学び、民間企業の中堅サラリー
マンや地方公務員、中小企業経営者などを目指すコース。
③ギムナジウム−8年または9年制(17 ∼ 18歳まで)の
伝統的な大学進学コース。
・Year12・13(16 ∼ 18歳)は、GCE・A課程となる。 ①ギムナジウム上級段階−アビトゥーア試験(※1)により
進学準備校
(6th form)と職業専門学校
(College 終了する。
大学進学率は、36%である。
of Further Education)に分かれる。
②職業教育の学校
①6th form−大学で専攻したい科目の関連分野(3 ・ 18歳未満でギムナジウムなど他の全日制学校に通っ
科目)を専門的に学び、履修した科目でGCE・Aレベ
ていない者は職業学校通学の義務がある。
(職業教育訓
ルの試験を受け、Aレベルを取得する。評価はA ∼
練法BBiG 1969年)
Eの5段階とFの不合格。GCEは、高等教育の終了 ・全日制の学 校−全日制職業専門学 校、職業上構学校、
ではなく、選択科目に与えられる「レベル」で、日本の
専門上級学校、職業専門学校、専門学校
高校卒業資格には当たらない。
・定時制の学校−職業学校があり、週1 ∼ 2回の学校で
②College of Further Education−就 職に直 結す
の授業と並行して職業訓練が行われるシステムは二元
る専門コースで学ぶ。コースの種類は、多様で、ビジ
制度
(※2)と呼ばれる。
ネス、IT、
トラベル、アート・デザイン、ケータリング、
フラワーアレジメント、庭園デザイン、音楽、映画製
作、農業関係など。フルタイム・パートタイムの選択
も可能なため、社会人も多く学んでいる。
(※1)アビトゥーア:ギムナジウムを卒業後に受ける国家資格で、一度合格すれば生涯にわたり有効な資格である。
ただし、2回落ちると受験資格がなく
なる。また、行きたい学部に点数が足りない場合でも再受験ができないため、
一度合格すると一生ついて回る点数となる。
(※2)二元制度:デュアルシステム。職業学校に通いながら、主に企業内で職業訓練を受けるシステム。マイスター教育の根幹を形成している。実践的な
ことを職場で、理論的なことを職業学校で習うことで、実践と理論との統一を図る。職業訓練の期間は、2 ∼ 4年。訓練を終えると職能団体(商工
会議所や手工業会議所)が実施する修了試験を受け、合格すると職業資格を得られる。修了試験は、二度まで受験可能。
85
GERMANY
図1 日英独の学校系統図(概要)
日本
高
等
教
育
21
20
19
24
23
22
21
大
学
18
短期大学、
専修学校
専門課程等
17
20
高
等
教
育
19
18
16
中
等
教
育
15
14
13
高等学校
16
15
14
中学校
12
11
中
等
教
育
初
等
教
育
9
8
7
6
4
3
2
1
0
年齢
就
学
前
教
育
9
8
7
6
︵保育所︶
5
10
小学校
幼
稚
園
継続教育
カレッジ
高等
教育
カレッジ
year11
総合制中等学校
大学院
22
21
大学
20
シックスフォーム
year12
13
year10
year9
Ks.4
Ks.3
year8
12
11
10
24
23
シックスフォ ーム・
カ レッジ
17
ドイツ
初等学校
初
等
教
育
year7
year6
下級部
year5
year4
year3
5
year2
year1
4
保育学級(学校)
就
教
3 育学
前
Ks.2
幼児部
19
18
16
15 中
14 等
教
13 育 前
期
12
11
2
1
0
年齢
専門 職業学校
学校 (職業基礎教育年)
10
9
8
6
5
実
科
学
校
基幹学校
ギ
ム
ナ
ジ
ウ
ム
観察指導段階
初
等
教
育
教
大学
ナ専
ジ門
ウギ
ムム
後
職業
期
17
7
ks.1
高
等
教
育
高等
専門学校
24
23
22
イギリス
就
4 育学
前
3
2
1
0
年齢
総
合
制
学
校
基礎学校
年長保育所
年少
保育所
※ 網かけ部分は義務教育期間を示す。
※「教育指標の国際比較 平成24(2012)年3月 文部科学省生涯学習政策局調査企画課」の国別の学校系統図に基づき作成
(P.84∼86 まとめと図表作成 中澤、春田、望月、宮崎)
b 参考文献 b
文部科学省 資料 2012 http://www.mext.go.jp/
文部科学省 各国の義務教育制度の概要 http://www.mext.go.jp/
浜本 隆志 柳原 初樹 2009 最新ドイツ事情を知るための50章 明石書店
森栗 恭子 ドイツの教育制度 出典不明
木戸 裕 2009 現代ドイツ教育の課題 −教育格差の現状を中心に− レファレンス No.703 1-29
山形県上山市 ドイツと日本の教育制度の違い http://www.city.kaminoyama.yamagata.jp/
ドイツの職業教育とマイスター制度 http://www.geocities.jp/monomegu/2.html
86
∼ 施 設 作 り、 空 間 演 出 ∼
訪問した施設や機関は、さまざまな色に溢れていました。暮らしをより豊かに演出するために、色や光は
とても重要な意味を持っていると思いますが、訪れた場所はどこも素敵な生活空間を作りあげていました。
「こんな場所で仕事してみたい」
「ここだったら毎日が楽しいかも」そんな場所を紹介します。
■ SOS子ども青少年支援センター
青少年が集う場を、自分たちでグループを作り
ペインティングを行なっている。
■ KiD
柔らかい光の下で
くつろげる空間作
りを行なっている。
カラフルな食器が、
食卓を豊かに彩る。
■ EVKセラピストの面談室
一人ひとりに個 室 が用 意
され、好みのカラーで室内
が飾られている。
■ デュッセルドルフ市少年局
市のシンボル、側転する子どもの
モニュメント。
■ デュッセルドルフ市少年局ハイム
子ども達の居室。それぞれの個性が
尊重された部屋作りが行なわれている。
カーテンの色も違います!
87
GERMANY
■カルデコット・ファウンデーション
レンガ造りの建物は、重厚感に溢れ、
思わずため息がもれる。
左:本館正面入口、下:ハウス(児童棟)
右:緊急時の対応を子どもたちが
手作りした掲示物
下:思わず順に踏んで行きたくなる
アルファベットの絵
■コインストリート・ファミリー・チルドレンズ・センター
一見すると商 業 施 設のようなカラフルで窓の 多い
建物は、太陽熱を利用した自然換気システムを導入
している。人にも環境にも優しい施設である。
■マルベリーブッシュ・スクール
施設のカリキュラムや理念が、目で見て分かるように掲示されている。
とても色彩が豊かで、見てすぐに分かるし、何より楽しい!
(春田)
88
● イギリス
ロンドン大学 デビッド・ゴフ教授
訪 問 日 時:2012年9月17日 PM
住 所:18 Woburn Square, London WC1H 0NR
取材担当者:デビッド・ゴフ(ロンドン大学教授、
(敬称略)
University of London, Institute of
Education, Social Science Research
Unit〈 教育学部社会科学研究所〉所長、
日本子ども虐待防止学会顧問)
小川紫保子(ロンドン大学教育学部
社会科学研究所)
林 真澄美(同上)
地域に根差しニーズに即した子育て支援が行なわ
講義内容はⅠ第 1 章に反映されているため、ここ
れている。そのネットワークと活動が虐待予防につ
では講義の要旨を紹介する。
ながっている。
1. 児童福祉概要 デビッド・ゴフ教授
3. 心理的虐待 林真澄美氏
「イングランド児童福祉における変化、5 つの側面」
心理的虐待の定義、件数、影 響について講義
ゴフ教授は、現在、研究データを収集してまと
を受けた。
め、研究成果が政策にどう生かされているかを検
ポイント:心理的虐待は1980年頃から認識され
証する「Systematic Review」の研究を行なってい
始めたが、子どもの健康、発達、権利に与えるそ
る。今回は、虐待事件と施策の歴史を中心にイン
の深刻な影響については、身体的虐待や性的虐
グランドの虐待対応についての考え方とシステムに
待に比べて関心が低かった。しかし近年、ネグレ
ついて、講義を受けた。
クトとともに心理的虐待の件数は増加傾向にある。
ポイント:イギリスではこれまで重大事例が起こ
心理的虐待は目に見えにくく、具体的な影響につ
る度に詳細な検証を行ない、新たな施策を展開し
いても把握することが難しいため、大人は常にその
てきた。虐待対応システムの不備が指摘されると
リスクを意識すべきである。
ガイドラインは整備されるが、増加した「手続き」の
処理が中心になり、専門性を生かし「考える」とい
4. 所感
う働きの衰えにつながっている。現場のパフォーマ
イギリスの児童福祉の特徴は、徹底的な事件検
ンスの質を高めるため、専門性と手続きのバランス
証を通して導き出された提言を政策に生かし、時
が課題になっている。
代や状況に応じて制度を修正し磨いてきたことであ
ると思われた。また、虐待の有無にこだわるので
2. 児童福祉概要 小川紫保子氏
はなく、すべての子ども、家族が幸福に生きること
児童虐待の歴史、重大事件に伴う法律と施策の
ができる環境をもっているかという視点が大切なこ
変遷と、コミュニティーとチャリティー(NPO)の働
とも分かった。
きについて講義を受けた。
日本は、まだ虐待の問題を特化して国民に啓発
ポイント:英国では古くから市民団体による活動
するのが重要な段階なのだろうが、虐待だけでは
が盛んであり、コミュニティーとチャリティーによる、
なく、いじめ、不登校、貧困など子どもたちが抱え
89
ENGLAND
る問題は幅広く存在することも忘れてはいけない。
そして、それらの問題の背景には、家庭、友人関
係、周囲の環境などさまざまな要因が絡み合って
いる。
今回の講義で「significant harm(重大な害)」と
いう言葉に触れ、行為者(大人も子どもも)の意図
の有無にかかわらず、子どもがその行為によって傷
ゴフ教授、小川さん、林さん
ついた時はそれがharm(害)になるということを学
んだ。その中で、私たちが守るべき子どもの幸福と
は何か、また子どもの幸福を実現するため一人ひと
りの子どものニーズに私たちはきちんと向き合えて
いるのか改めて考える機会となった。施設で子ども
を援助する立場として、職員同士の関係、大人と
子どもの関係、子ども同士の関係などそれぞれの
視点から子どもの幸福につながるような環境を考
え、作り出していきたいと思う。それに加え、子ど
も一人ひとりのニーズに応えるためにはその子ども
に関わる人たち、コミュニティー、さまざまな専門
機関の連携が必要だと強く感じた。(神麻 裕子)
90
● イギリス
ヒリンドン区地域児童保護委員会(LSCB)
訪 問 日 時:2012年9月18日 AM
住 所:4S/07, CIVIC Center, high Street,
Uxbridge, Middx UB88 1UW
取材担当者:ワイナンド・マクドナルド
(敬称略) (LSCB の研修担当)
1. 概要
ヒリンドン 区の 地 域 児 童 保 護 委 員 会(Local
Safeguarding Children Board:以下LSCB)
。LSCB
は、子どもの安全のために地域の機関協働システ
(2)事業・活動
ムを構築し、その運用を確認し、児童保護の質を
11の専門的なサブグループ(93ページ参照)が
保証する組織である。
(34ページ参照)。
あり、それぞれ4∼6週ごとに会議を開催してい
(1)ヒリンドン区の概略
る。各構成員の会議への出席率はLSCB内で公
大ロンドン内33行政区のひとつで、一番西に
表される。会議の内容は、年4回の委員会全体
位置する。人口は約273,900人。19歳以下の子
会議に報告される。
ども人口は約68,900人。
ヒースロー空港の所在地で、移民が多く、白
3. ヒリンドン区における児童保護の現状
人系は68%、その他アフリカ系、インド系、アラ
2012年(視 察 時)は前年に比べ、通告 件 数が
ブ系、中国系など民族の構成が多様である。
17%、イニシャルアセスメントケースが20%、コア
アセスメントケースが69%、保護照会に至るケース
(2)LSCB設立の背景
従 来、 民 間 組 織 のACPC(Area Child Prote-
が78%増加している。また、前年には約400件だっ
ction Committee)が地域児童保護の機関連携
た 児 童 保 護 計 画(Child Protection Plan:以 下
の役割を担っていたが、2000年のビクトリア・ク
CPP)のためのケース会議が、2012年には約700件
リンビエ事件を機に組織の再編が提言された。
に増加していた。理由のひとつに、経済状況の悪
その提言を受けて、2004年児童法に各地域へ
化による予算削減が挙げられていた。
ヒリンドン区では独自のコモンアセスメントフレー
のLSCBの設置が明記されることとなった。
ムワークや保護のフロー(付表130ページ)に沿っ
2. 構成機関
てニーズの把握と子どもと家族のアセスメントを行
なっている。
(1)構成員
ヒリンドン区のLSCBメンバーは35名。自治体
子どもの 保 護が必 要となると、学 校の 先 生や
などに属さない独立した理事、区役所、ソーシャ
医師、看護師や保 健師、場合によっては当事者
ルサービス、ボランティア組織、小学校や保育
親 子 が 参 加してケース会 議(Multi-agency child
所、家庭医(GP)や総合病院などの地域医療機
protection conferences)が実施される。コーディ
関、Youth Offending Services(反社会的行動
ネートは親子とかかわりのないソーシャルワーカー
を起こした子どもの支援組織)、精神科病院、
が行なう。
事態が深刻であると懸念される場合にはCPPが
警察、Adult Safeguarding Board(大人の安全
作成され、毎週家庭訪問を行ない、子どもの安全
を守る委員会)などの代表によって構成される。
91
ENGLAND
を確認する、毎日の通学を確認するなどの計画が
援内容の協議を行なうこと、児童の保護について
示される。医師が子どもの診察結果から心配され
は児童相談所が措置権限をもっていることから、
る事項を盛り込むこともあるし、親にペアレンティ
要対協と児童相談所との連携が必要不可欠である
ングの研修を受けるよう勧めることもある。
ことは言うまでもない。
CPPには、各項目の責任者とその実行期限、プ
つまり、
“要保護児童”を守り支えるための専門家
ランが守られなかった場合のことも記されている。
の会議という要対協に対して、徹底した原因追求
この計画書はすべての参加者の合意のもとで作成
と責任の明確化、地域児童保護のシステム化を図
される。
るLSCBという違いが感じられた。ヒリンドン区に
3 ヵ月後に再検討をし、計画の推進が順調であ
おいてもケース会議の数が増加しているということ
れば次回の確認の日程を決める。状況に改善が見
なので、現実的には簡単ではないのであろうが、
られない場合は、親子分離も検討する。
LSCBには“すべての子ども”を守ろう、虐待を未
然に防ごうとする強い意志が感じられた。
4. 人身取引への取り組み
(松原 恵之)
区内にヒースロー空港があることから、児童の人
身取引対応に力を入れている。国や地域の関係機
●参考資 料●
関とともに熱心に取り組んできたとのことで、国内
・ Children Act 2004
・ Hillingdon Local Safeguarding Children
Board Annual report 2010-2011
・ Trafficking in Persons Report 2012
はもとより海外からもモデルとされる。
※日本の人身取引の取り組み
米国政府発表の2012年人身取引年次報告書による
と、日本の取り組みは第2階層(基準は満たさないが努
力中)で先進国のなかで非常に遅れているといえる。イギ
リスは第1階層
(基準を満たす)という評価を受けている。
5. 所感
LSCBの活動は、
「ワーキングトゥギャザー」を地
域レベルで実践するための方法であり、
“システム”
であると感じた。地域の特性によって形を変えられ
る柔軟性が、2004年児童法に基づく普遍的な概
念に支えられているようにみえる。
LSCBはあくまでも“協同”体。そのため、その
マクドナルドさん
システム化された取り組みの中で、各機関・各人の
専門性を生かしつつ、児童保護機能を発揮させて
いるのではないかと感じた。
一方、日本における類似した取り組みとして、要
保護児童対策地域協議会(以下、要対協)がある。
今回の視察においても、要対協との比較という視
点を中心に据えていた。
要対協の基本的な考え方は、要保護児童や要支
援ケースの早期発見と保護・支援のための関係機
関の連携・協力である。個々のケースの把握と支
92
ヒリンドン区 LSCBのサブグループ
Policy & Procedures
政策と手続き
Community Engagement,
Education and Prevention
地域の関与、教育と予防
Performance & Quality
統計管理
Health Advisory Panel
医療助言
Serious Case Review
重大事例検証
Chair
会長
E-safety
Eセーフティー
Training and Workforce
研修と雇用
Human resources and
safer working practice
f関係機関の代表者が全員参加して政策と手続きの見直しを
行なう。
f教育と予防。地域の教会などとの協働も行なう。
f各関係機関の統計の分析・管理を行なう。ここでは、スコア
カードと呼ばれる報告書をもとに、数字の変化を分析し政
策に活かす。データはサービスの質の向上を目指すために
も使われる。
f医療・保健関係者によって構成される。医療機関を利用す
る子どもの見守りや、必 要に応じて司法的医 療 検 査も行
なう。
f2004年児童法に基づき、重大な傷害、死亡事例があった
場合、そのケース対応などを検証する。ロンドン大学のムン
ロー教授、フィッシュ教授によって開発された検証方法を
用いる。この検証方法は、飛行機事故検証など、産業界で
も使われている。
fインターネットの危険から子どもを守るため、啓発活動を
実施している。
f職種は問わず、子どもに関わる人を対象とし、さまざまな研
修を企画・実施している。その中には、子ども・親に対応す
る時に必要な基本的知識に関する研修もあり、図書館の司
書、社会保障領域のスタッフ、母親の精神分析医など間接
的に子どもに関わる人も参加している。
f子どもに関係する仕事に就く人に対し、無犯罪証明の提出
や以前の雇用主などからの確認を行なうように指導する。
人的資源と安全な職場
Trafficking and
Exploitation
人身取引と搾取
fヒリンドン区の特徴的な支援のひとつ。ヒースロー空港に
は、人身取引により低年齢の子どもが、単身で到着するこ
とがある。こういう子どもたちはリスクの高い子どもたちと
される。
Child Death Overview Panel
fどんな理由であれ、子どもが死亡した場合には詳しい記録
を残す必要がある。
子どもの死因究明
Domestic Violence forum
家庭内暴力
f子どもが虐待にあうリスクが高い家庭には、DV、親の薬物
依存、親の精神的な疾患といった問題がある。LSCBに関
わるすべての関係機関がこれらの問題を抱える家族の危険
性を認識している。
93
ENGLAND
名誉区長による招待
THE WORSHIPFUL MAYOR 2012/2013
COUNCILLOR MICHAEL MARKHAM
講義の後、ヒリンドン名誉区長マーカム氏から歓迎を受けた。
区の歴史や儀式に関する史料のご案内とティータイムのおもてなしをいただいた。
∼ 海外研修のテーマのひとつである里親支援 ∼
ドイツの PAN とイギリスの FCA は民間の里親支援団体で、社会的影響力もある力強い取り組みをし
ていた。しかし、公的機関の取り組みも負けてはいない。ヒリンドン区区役所では、ロビーには目をひく
ようなポスターと分かりやすいパンフレットがあり、里親募集を呼びかけていた。ロンドンには里親支援
団体が官民あわせて 130 余りあるという。激しい競争のなかで、実績をあげるべく努力している様子をう
かがい知ることができた。
(松原)
94
● イギリス
ファミリー・ライツ・グループ(家族の権利擁護・相談支援団体)
講 義 日 時:2012年9月19日 PM
場 所:ロンドン市内コロンビアホテル
取材担当者:キャシー・アシュレイ
(敬称略) (最高経営責任者・経済学者)
1. 概要
1974年にソーシャルワーカー、弁護士が中心に
なって立ち上げた「子どもと家族の権利を守る」た
めのNGO。当時は、家族が納得のいかないまま
親子分離を進められるケースが多く、当事者の意
②電話やメール、または、HP のディスカッション
見を反映させる目的で設立された。これまで親権
ボードにおいてスタッフの弁護士やソーシャル
をめぐる問題やケースカンファレンスへの親参加な
ワーカーが無料でアドバイスを行なうサービス
ど子どもたちと家族のサービスの発展に多大な影響
を提供している。年間、7000 以上の家庭に対
を及ぼしてきた。
して支援を行なっている。
子どもと親だけでなく、養育者となっている祖
父母、兄や姉、親族、また、知人や近隣の人など、
(3)代弁機能
幅広い意味での「家族」に対して支援を行なって
家族が意見を発信できるように「ファミリーグ
いる。
ループ・カンファレンス(以下FGC)」を活用して
事務所はロンドンにあるのみだが、活動はイング
いる。FGCでは家族の意見を代弁したり、子ど
ランド・ウェールズに及ぶ。
もの声を反映させている。
2. スタッフ
(4)広報活動
スタッフは、24名
(うち3名が常勤)。職種は、ソー
①イベントやスポーツ活動を通して寄 付金を募
シャルワーカー、弁護士。地方在住で、在宅で活
り、当団体の活動資金に充てている。
動をしているスタッフもいる。また、ボランティア、
②季刊誌を発行している。
寄付金で活動に参画している人もいる。
③研究結果や調査、FGC に関連した書籍の出
版、DVD の作成を行ない、販売している。
3. 主な業務内容
(1)相談業務
(5)ソーシャルワーカー研修
①子どもが情緒的課題や障がいを抱えていたり、
主な研修項目
行政機関が養育権を持っている場合、家族がリ
①法的知識の習得
スクに直面している場合に助言を行なう。また、
②家族へのアセスメント力の向上(専門職・管理
行政介入に関する説明を家族に対して行なう。
職向け)
その他、HP上で児童福祉・行政サービスに関
③ FGC コーディネート技術の向上
するさまざまな情報を提供している。
④自治体の介入や児童福祉機関の責任、親の権
利擁護の支援方法について
95
ENGLAND
4. イギリスにおけるFGCについて
5. 所感
FGCは、子どもや親の意見や要望を支援計画に
イギリスでは、1989年児童法で「親との共同」が
反映させるためのシステムである。独立したコーディ
理念として掲げられ、児童法成立以降は、先進的
ネーターが介在して、家族と行政間の調整を行な
な取り組みの一つとして「当事者参画型システム」
う。先住民マオリ族の問題を背景にしてニュージー
が広まった経緯がある。国としての方針が確立され
ランドで開発された。現在は、欧米諸国を中心に
ているため、FGCのような家族の意見を反映する
約20 ヵ国で活用されている。
支援方法も浸透したといえる。
近年、イギリスでは、多くの地域で子どもと家族
現在、日本でも一部機関でFGCを取り入れ、試
の支援策を考える場として導入されているという。
行錯誤しながら広めようとする動きが見られる。も
子どもを含む広い意味での「家族」や「地域資源」
ともと当事者参画という考え方にあまり馴染みがな
の潜在能力を引き出し、子どもの問題(障がい、
く、文化や国民性の違いからイギリスにおける実践
非行)、親の問題(アルコール・薬物依存、精神疾
をそのまますべて取り込むのは難しいだろうが、導
患)、あるいは家族関係の修復(虐待、DV)などさ
入の仕方次第で十分効果は期待できると思われる。
まざまな課題を持つ家族が、自ら意思決定するの
また、日本では、児童相談所が親子分離、家
を助けることができるのが、その特徴といえる。
族再統合という矛盾する役割を担っているうえに、
基本的には、親子や親族だけでなく、知人や近
スタッフの専門性や配置などの問題もあり、当事者
隣の人を含む子どもの生活に関わるすべての人、
である子どもや家族の声に耳を傾けることが難しい
ソーシャルワーカー、コーディネーターが参加する。
という課題がある。
必要に応じて医師や弁護士などの専門家が参加す
専門職によるアセスメントや措置決定、援助方
ることもある。
針の策定はもちろん重要ではあるが、今回の視察
コーディネーターは、当事者の権利を守る重要な
で、当事者(特に親)へのケアに目を向ける必要性
役割を担っており、中立な立場で、当事者が自由
を改めて感じ、もう一度自分自身の役割やかかわ
に意見表明できるように話し合いを進める。
り方を考えさせられた。
FGCの流れは、以下の通りである。
子どもたちの最善の利益と安全な生活を守るため
①家族の問題について理解し、情報を共有する。
には、当事者の立場に立ったかかわりが大切であろ
家族が意見を言いやすいような準備(代弁者
う。さまざまな機関やコミュニティー、専門家が協力
の必要性などを検討する)をする。
し、家庭を中心としたサポート体制を整えていく必
②家族会議を開く。行政のソーシャルワーカーや
要があると考える。 (宮崎 佳恵)
コーディネーターは同席せず、家族のみで話し
合い、計画を立てる。家族が意見を出し合い、
解決策を決定する。
③ソーシャルワーカー、コーディネーターが計画
に問題ないと判断すれば、合意となる。
96
●参考資料●
・ イギリス保健省・内務省・教育雇用省著/
松本伊智朗 屋代通子訳 2002 子ども保護
のためのワーキンング・トゥギャザー 児童虐待
対応のイギリス政府ガイドライン 医学書院
●季刊誌「家族支援について」
(左)
相談サービスのチラシ(右)
アシュレイさんと通訳の坂本さん
〈 さまざまなテーマの発行物 〉
●虐待する父親との
取り組みについての
研究調査結果
£14.99
●FGCツールキット
FGCを準備・運営するためのガイド
£ 25
●家族分離ケースの研究調査結果
£12.99
●FGCシチュエーション別手引書 £14(左)と
DVD £15
97
ENGLAND
● イギリス
コインストリート・ファミリー・チルドレンズ・センター
訪 問 日 時:2012年9月18日 PM
住 所:108 Stamford Street London SE1 9NH
取材担当者:ジェニー・ディークス(センター長、
(敬称略)
ナショナル・チルドレンズ・センター・
リーダー会議ロンドン代表)
1. 概要
妊娠中から出産、子育て中の家 族に対して、
早期教育・保育・保健・家族支援のサービスなど
を一貫して、かつ総合的に行なう地域 拠 点施 設
である。
2. シュアスタート・コインストリート・ファミリー・
チルドレンズ・センター
(1)設立
(1)提供サービス
親団体であるコイ
①保育所:早期教育と保育の統合サービス
ンストリート・コミュニ
②家族支援・アウトリーチ支援:親教育プログラ
ティービルダー(以下
ム、訪問サービス、出張講座など
C S CB)は、1984 年
③親の就労支援:職業安定所との連携、職業
にロンドンのサウス
訓練資格取得のためのトレーニングなど バンクにあるウォー
④妊娠 期の支 援:授 乳のサポート、健 康診 断
など
タールー地区の地元
住民による共同体を
(2)対象地区
基礎とする事業体と CSCB のジオラマ
して設立された。2007年に子団体としてシュアス
ランベス特別区とサザーク特別区にまたがる
タートプログラムを引き継ぐ形で、コインストリー
ウォータールー地区の住民が対象。5歳未満の子
ト・ファミリー・チルドレンズ・センターを開所した。
どもを持つ世帯が約1,100あるが、地区内に住む
60%の子どもたちへのサービスの提供を目標とし
ている。
(2)CSCB の活動
コミュニティー主導で地域再生、土地開発、
(3)スタッフ
運営管理を行なっている。具体的には、公共共
同賃貸住宅管理、コインストリート・ネイバーフッ
センター長、副センター長、職業訓練アドバイ
ドセンター、ファミリー・チルドレンズ・センター、
ザー、事務長、経理、家族支援部長(ソーシャ
レストラン、スポーツ・レジャー施設、不動産管
ルワーカー)、保育所の保育士(主任、アシスタ
理などの事業を展開している。
ント、早期教育専門員など)23名、保育実習生
など2名、調理員、清掃員、託児サービス部長、
家族支援主任(ソーシャルワーカー)、ソーシャル
ワーカー実習生など4名、家族支援短期スタッフ
など5名、合計44名。
98
(4)スタッフ研修
用意している。栄養士のサポートを受け、加工
子どもと家族支援に関わるスタッフは、ランベ
食品は使用せず、新鮮な食材を使い、園内の調
ス・サザーク特別区が行なうコモンアセスメント
理室で調理している。また、宗教上の理由やア
フレームワークの研修に参加し、フォローアップ
レルギーなどに配慮している。
も受けている。
【保育料週謝】
保育所の早期教育スタッフは、SENCO(特別
利用日数
年齢
な教育的ニーズに対するコーディネーター)の資
格を取得しなければならない。また、年間の研
修計画に従い、研修を受講している。
(円)
2日
3日
4日
5日
∼2歳
13,770 20,790 27,675 29,700
2∼3歳
12,150 18,225 24,300 27,000
3∼5歳
11,610 23,220 23,200 25,650
(2012.12 現在)
(5)予算
2012年度の予算は、約101万ポンド(約1億4
千万円)。収入の67.5%が保育料など利用料金
で、32.5%がランベス・サザーク特別区、その他
からの補助金である。
3. 施設内見学
(1)保育所
↑親子遊びプログラムやグループセッションなどを行なう多目的室
3ヵ月∼5歳までの子どもが80名程在籍してい
る。年齢別の3クラスに分かれ、各クラスに担当
保育士が配置されている。障がいなどの特別な
ニーズを持つ子どもにはキーワーカーがつく。
障がい児やCPPケースにある子どもは優 先的
に利用できる。レスパイトや緊急時には一時保
育も実施し、各種サービスを利用する保護者に
は「Crèche(クレシェ)」という託児サービスが用
意されている。
↑ 多目的室の壁には、
「アーリーイヤーズファウンデーション
( 幼児教育指針)」や「ECM」
(30 ページ 参照)のポスター
などが、人目につくように掲示してある。
●クラスのレイアウト
0歳∼
ベランダ
︵園庭︶
0歳∼
2歳
5歳∼
もうすぐ
小学校
2歳∼
3歳
3歳∼
5歳
(2)家族支援
家族の課題は、住宅問題、貧困・経済問題、
子どもの健康・発達、孤立、薬物依存などさま
調理室
ざまだが、両親が精神的情緒的課題を併せて抱
託児室
えているケースが多い。この地区は、文化的民
族的なバックグラウンドの異なる住民が多く混在
しており、母国語すら学んでいない親も多い。
保育士は、親や親子間のコミュニケーションを
大切にし、親が自由に閲覧できる保育日誌を毎
誰もが利用しやすい親教育プログラムを提供す
日つけている。
「親には、子どもが保育所でどう
ることで、困難な課題を抱える家族の参加を促し、
過ごし、成長しているのか知ってもらい、親子
課題解決のためのスキル向上を図る。プログラム
がコミュニケーションを図る材料にしてもらいた
の多くは無料である。必要に応じて家庭訪問も行
い」とのことで、子どもの発達を意識した内容に
なう。また、図書館やスポーツクラブなどの地域
なっている。食事は、朝昼晩3食とおやつを2回
機関に出向いて子育て講座なども開催している。
99
ENGLAND
(3)職業訓練
【プログラム例】
仕事がない親のための職業訓練を行なう。読
① 一般講座:子どもの遊ば
せ方、 発 達、 本の読み
聞かせ、ペアレンティン
グ、メンタルヘルス、イ
ンターネット安全講座、
み書きや計算などの基本的なスキルトレーニング
から、英語の授業まである。育児分野で仕事を
したい人のために保育士(Child Care Worker)
性教育など16コース
の資格を取得するコースもある。この2年間で、
② 特別講座:料理、妊娠中
の講座、 同 性 愛の親、
多民族カウンセリング、
障がい児の家族のための
集まりなど8コース
179名が仕事を見つけて巣立っていった。また、
31名がボランティアを始めるなど社会的活動を行
なうようになり、188名がトレーニングを続けて
いる。きちんとした学習環境になかった親が多
く、修了証を渡すと、大変喜び、親の自信につ
ながるという。
4. 所感
子どもと家族支援に充てられる政府予算が削ら
れている現状の中、他のセンター同様資金不足の
問題を抱えていた。また、その負担は、利用者の
家計も圧迫している。貧困の連鎖を生まないよう、
きめ細やかな子どものサポートが必要であり、地域
住民のどんな少数のニーズにも応じプログラムを作
4 ヵ月に1度発行される家族支援プログラムの案内
る姿勢が、このセンターだけでなく子どもに関わる
ソーシャルサービスとは常に連携をし、常時、
機関全般への信頼につながっているように感じた。
40∼70の困難な問題を抱える家庭と関わってい
日本においても、子どもの貧困は社会問題となっ
る。コモンアセスメントフレームワークを用いたア
ているが、その背景にどのような原因があり、どの
セスメントのもと、必要に応じて面会の場を設
ような支援をすれば貧困が減るのか、まだまだ研
け、関わっている保育士や助産師、ソーシャル
究の余地がある。イギリスにおいて印象的だったこ
ワーカーは関係機関とのケース会議にも参加する。
とは、どの機関においても政府の政策がきちんと
同じ建物内には病院があり、妊婦が健診のた
反映されていたことだ。子どもに関わる機関が、同
めに来所する。妊婦のグループを担当する助産
様の研修を受けて、共通認識を形成している点は、
師がおり、家族支援チームがその活動をサポー
日本においても必要だと感じた。 (山口 由美)
トしている。
↑ 5 歳以下の子どものための
食に関する掲示物
←グループセッション参加を
呼び掛ける掲示物
ディークスさん(左)と通訳の小川さん
100
シュアスタートとチルドレンズ・センター
aシュアスタート
(Sure Start Local Programmes)
とは
イギリス政府における、貧困問題、社会的排除問題による長期的な影響を止めるための政策の基礎となるプログラム。妊娠期、乳幼児期
から予防と早期介入の視点で、早期教育、保育、保健、家族支援が統合されたサービス提供を行なう。対象は、両親、保育者、地域、0∼14 歳
(障がい児などは 16 歳)
の子どもである。
現在、このプログラムは、シュアスタート・チルドレンズ・センターにおいて実施されている。いわば、幼稚園・保育所・保健所・児童
家庭支援センターのサービスの一部を 1ヵ所で受けることのできる総合保育施設である。
aシュアスタート立ち上げの歴史的背景
以前
○
「支援の必要な子ども(Child in Need)」つまり貧困・社会的不利・障がいのある子どもたちに対
しては保護や措置のため、スティグマが生じていた。
○乳幼児期の支援は政策対象とはならず、地域の実情に応じて、地方自治体、民間団体が保育などを提供
していた。統一された保育従事者の資格はなかった。
1970 年代
○地方自治体では教育局と福祉局が合同で、貧困地域にコンバインド・センターと呼ばれる幼児教育、
保育および家族支援を一体化させた多機能保育所を設置した。
○女性の労働市場進出が顕著となり保育に対する需要が高まった。
○社会的格差の進行、子どもの貧困が大きな問題となり、幼児教育の重要性に注目が集まった。
1997 年
○政権交代、保守党から労働党になり、子どもとその家族に対するサービス、提供のあり方、4 歳以下
の子どもへのサービスを見直した。
○シュアスタート開始:最初は英国全土で 600ヵ所の貧困地域を特定し、周産期から就学前の子
どもとその家族に対して、継続的なサービスを提供した。
aシュアスタートの目的
①すべての子どもが児童ケア(保育サービス)を利用する機会を増やす ②子どもの健康と情緒発達を促進する
③親になることや就労に対する意欲を持つことを支援する ④子ども、親及びコミュニティーによりよい成果をもたらす
aチルドレンズ・センターの目的
①恵まれない家族とその子どもを発見する ②提供されるサービスの一貫性を強める ③チルドレンズ・センターの実践を根拠に基づい
たものとする ④多機能機関としての業務を推進する ⑤乳幼児の保育の質を向上させる ⑥高度な訓練を受けた有資格スタッフを雇
用する ∼「Sure Start Children’
s Centers Practice Guidance(子どもセンター実践の手引き)」
(DfEE 2006)∼
aサービス内容
保育と早期教育、子育てに関する相談
地域の保育施設・保育サービスに関する相談
求職、
職業訓練に関する相談
独自の
プログラム例
共通の
サービス
家族の健康面のサポート
親を対象とした読み書きや算数のクラス、IT のクラス、
英語以外の言語を母国語とする親への英語のクラス、
ベビーマッサージ、親子で遊ぶプログラム、父親の育児サポート、
公衆衛生情報と健康に関する情報提供と助言(禁煙、肥満、母乳育児)
(特徴)
・多職種協働
(ソーシャルワーカー・保育士・保健師・看護師・助産師などの専門職が関わる)で行なっている。
・共通のサービスはあるが、地域のニーズに合わせ、親や地域を巻き込みながら独自のサービスを作り運営している。
・イギリスに 6ヵ月以上暮らす人はすべて家庭医
(GP)
に登録することになっているが、
受診しなければサービスは受けることができない。
日本のように 1 歳半健診や 3 歳健診などの集団健診はない。このプログラムが始まり、保健師が出生前、出生後、2 ヵ月、9 ヵ月、18 ヵ月
に全戸訪問を行ない、ハイリスク家庭の発見をするとともに、シュア・スタートで行なわれているサービスを伝えている。また、ハイリス
ク家庭については、
地域のチルドレンズ・センターと情報共有し、効果的なサービス提供を行なっている。
aシュアスタートの効果
2008 年 150 のシュアスタート地域プログラムの 9,000 家族(3 歳児とその家族)を対象としたプログラムの効果について評価した
NESS の報告書が 2008 年 3 月に公開され、以下の点でサービスを受けていない家族よりも効果が出ていることが報告された。
○親が子どもへ肯定的な接し方をする ○子どもの社会性の発達が良好である
○予防接種率が高く、
事故発生率が低い ○子ども・家族関係のサービスを多く受ける
aシュアスタートのいま
2010 年の総選挙の結果、保守党に政権を奪還され、チルドレンズ・センターへの補助金は「アーリーインターベンショングラント」
(地方交付税)に移行した。地域福祉の実情によっては、センターの主要事業費用を削減せざる得ない状況となっている。また「アーリー
イヤーズファウンデーションステージ(幼児教育指針)」の改正に伴い、早期教育にさらに力を入れるべく、スタッフ研修が積極的に実
施されている。
(山口、神麻)
101
ENGLAND
● イギリス
フォスター・ケア・アソシエーション(FCA)ロンドン 里親支援団体
訪 問 日 時:2012年9月21日 AM
住 所:Unit4, Greenwich Quay,Clarence
Road Deptford SE8 3EY
取材担当者:レシュマ・ランダーリ(マネージャー)
(敬称略) ルクレシア・ルイスキング(マネージャー)
シェイマス・ジェニングス
(ソーシャルワーカー)
ロリーナ・メーア(フォスターケアラー)
ビンタ・バー(ケアリーバー)
【フォスターケアラーとケアリーバー】
イギリスでは、里親を「Foster Parent(育ての親)」
でなく、
「Foster Carer(里子のケアを行なう人)」または
「Carer」と呼ぶのが一般的である。また、里親家庭や
施設から家庭復帰をした、あるいは、自立した子どもを
「Care Leaver」と呼ぶ。
1. 概要
左から通訳の坂本さん、ランダーリさん、ジェニングスさん、
バーさん、メーアさん、ルイスキングさん
1994年、 イングランド中部で里 親 支 援と里子
の生活の質向上のためソーシャルワーカー(以下
SW)によって設立されたイギリス最大の里親支援
団体。現在は80以上の地方支部を持ち、国際的
にも組織とネットワークを拡大している。
里親家庭が安全で安心な場所であるよう、
『すべ
ての子育て、すべての里親家族のための里親ケア
サービス』を標榜し、里 親の開拓・委託・支援の
一連のサービスを行ない、政策提言、出版などを
通じた情報発信なども行なっている。
ロンドンには同種の団体が官民あわせて133あ
り、競争が激しく、子どもの年齢や抱えた課題な
どに対応できる専門性を備えた団体もある。
FCAロンドンでは、これまで主に10∼15歳の子
どもたち約3,000名の里親委託をしてきた。若年母
親とその子どもを一緒に委託することもある。
発足当初は、学校で謹慎・退学処分などになっ
た子どもたちが多かったため、独自に教育を行なう
学校を運営していた。しかし、地域の学校に通うこ
とが望ましいと考え、方向転換を図った。
里親養育の理念をうたったポエム。
102
2. 里親支援の流れ
FCAでは、アセスメントや支援においてナショナル・ミニマム・スタンダード(国の最低基準)より厳しい基
準を独自に設定している。
∼里親支援の流れ∼
①電話相談
CALL センター
FCA のコールセンターが里 親希望者との最初のコンタクトに
なる。電話による聞き取りフォーム(A4 シート 3 枚)もある。
聞き取りフォームの質問項目:民族、宗教、国籍、居住歴、家庭内の言
語、実子、仕事、里親歴、
動機、
住居の間取り、健康状態、犯罪歴など
居室など一定条件を満たしていれば、FCA の里親アドバイザー
が家庭訪問し、家庭状況と里親自身の調査を行なう。申請者は
②訪 問
アセスメントシート(9 枚)に記入をし、経 歴、学歴、健 康診断の
証明書を提出する。
家庭訪問では FCAの紹介も行なう。アセスメントシートの項目は、住所
の履歴、海外居住の有無、職歴、健康状態、別れたパートナーについて、
就学中の子どもの有無(学校の証明書も提出)、在宅保育経歴(登録書
類も)など。家族全員の身元調査も細かく行なう。問題が無ければ家庭
訪問の結果をアセスメント担当官(アセッサー)に引き継ぐ。
FCAでは外 部 機 関に委 託して行なっている。国の 基 準ではア
セスメント期間は 8 ヵ月以内とされているが、FCAでは 4 ヵ月
以 内としてい る。アセス メントとチェックに係 るフォームは、
③アセス
メント
27 枚に及ぶ。最終段階の行政チェックで犯罪歴や警察からの
厳重注意の記録など適切でない項目があった場合は、リスクア
セスメントが行なわれ、申請者は、申請の再 希望か取り下げを
選択する。問題が無ければ、パネルにアセスメント結果(36 ペ
ージのフォームにまとめられる)が提出される。
③-1
申請
再希望
④パネル
③-2
申請
取り下げ
アセスメントの外部委託は規定ではなく、里親支援団体内で行なうこ
ともある。
FCA がアセスメントを委託する
「インディペンデント・アセッ
サー」はフリーランスの SW である。家庭訪問の結果をもとに、別のアセ
スメントフォームを用いて、経歴、教育歴、ジェノグラム、エコマップ、家
庭医(GP)
、養育能力、里子の支援計画や必要な技能などを細かく確認
する。健康状態、地域のソーシャルサービス、別れたパートナー、家族以
外の同居人など申請者を取り巻く状況もアセスメントする。
住環境の衛
生面と安全性のチェックは義務化されており、
電気、
ガスの安全性、
火災
時の対応計画、
保険会社への里親申請に関する連絡の有無などを確認
し、
不備があれば改善させる。
また申請者に子どもがいれば面談する。
パネルがアセスメント結果(36 枚のフォーム)をもとに審議し、
里親承認の勧告をする。審議の議事録は FCA に提出される。
パネル審査のメンバーは、
議長
(SW)
、
副議長、
委員
(教員、
ケアリーバー、
ケアラー、メディカルアドバイザー)。委員自身も、犯罪歴や身元の調査
を受けている。申請者もパネル審査に出席し、意見を求められる。審
議結果の承認勧告が議事録とともに FCA に伝えられ、議長が申請者
に勧告を伝える。
103
ENGLAND
⑤登 録
パネルの 勧告により、申請 者と FCA は「ケア・アグリーメント
(合意書)」を交わし、里親が FCA の里親として登録される。
合意書には17ページにわたる里親ガイドラインがセットされる。FCA
の支援内容も記されている。
里 親 には FCA の SW が スーパーバイザーとして つく。ま た、
⑥里親育成研修
里親は専門職や経験豊富な里親による「Skill to foster」トレー
ニングに参加する。
自治体と協働で行なう。里子候補の情報は里親に隠さずに伝え
⑦マッチング
られる(性的虐 待、性化行動、アルコールや薬物の使用、触 法の
有無など)。子どもも里親も、それぞれ意思表示ができる。
マッチングで考慮される点
・ 地理的要素:子どもの学校、実親、
きょうだいや祖父母など親族との距離。
・人種、宗教、文化:同じ信教でなくても、例えば回教徒の子どもをモス
クに連れて行けるなどの対応ができる里親を探すこともある。
その他、経験がない里親には、難しい子ども(保護観察中で行動制限
があるなど)を委託しない。里親候補宅に生活中の里子がいれば相性
をみる。
委託を受ける際は、CSC(行政)、FCA、里親、子ども本人(13、4
⑧委 託
歳 以 上)の四者間で教育、健康管理、小遣い、貯金、手当、実親と
のかかわりなどについて話し合う。
養育計画に関する四者間の話し合いは、
委託後も適宜行なわれる。
また、1年に一度抜き打ちでの家庭訪問を実施し、子どもの状況や、住
環境の安全性チェックなどを行なう。
1年後、里親研修、子どもの活動、計画目標の達成について、自治
体 SWと里子からのフィードバックも得て振り返りを行ない、里
親もパネルに参加し評価を受ける。その後は 3 年ごとにパネル
での評価が行なわれる(必要があればその都度)。里親は年次報
⑨委託後の支援
告を毎年 FCA に提出する。
里親には、24 時間の電話でのヘルプラインや、FCA の SW によ
る家庭訪問や電話連絡による支援体制が整えられているほか、
包括的な支援サービスが用意されている。
委託後不調になっても、
提供情報と支援の不足として里親を責め
ず、里親を含むチームで振り返り、反省を生かす努力をしている。
FCA の支援サービス例
・研修:「安全な養育」
「愛着と子どもの発達」
「緊急対応」など9 項目は
必ず受講しなければいけない。
・里親サロン:定期的に開催している。里親の自主的な集まりもある。
・セラピストによるコンサルテーションや特別研修:必要に応じ、マン
ツーマンのセラピーを子どもにも行なう。
その他、1 年に21 泊のレスパイトケア、子どもの学校との交渉や調整を行な
う教育担当官の派遣、
サッカー大会やクリスマスディナーなどの行事もある。
104
3. ジュニア・プロジェクト・オフィスの活動
をしていく雰囲気、里親をしているマイネさんの純
粋な想いを感じた。自分の考えに偏らず、人にも非
里親家庭から巣立った「ケア・リーバー」たちは
を求めない姿に大変、感銘を受けた。
全国組織を作り、里子たちのメンター(指導役)と
(藤江 恵)
なっている。また、FCAに企画の提案ができ、承
認されれば予算化され実現できる。
イングランドにおける里 親制度とその支援制度
さらに月に1回、子どもの要望を代弁するロビー
について、具体的かつ詳細な説明を受けることが
活動を行なっている。毎回15∼20名ほどが参加し、
できた。日本では行政機関が里親の募集からマッ
これまで小遣いの問題、自立準備に入る16歳以降
チング、委託に至るまでを行なっているが(研修は
の住宅問題などを訴えた。
施設が担当している)、イングランドでは数多くの
機関が行なうことによって、より積極的な新規里
4. 所感
親開拓と徹底したケアが実現し、それがオフステッ
里子として育ったバーさんが、自分の経験を力強
ドでの評価に反映されるという相乗効果にもつな
く話される姿が、とても印象的だった。過去の経
がっている。
験を自分自身がしっかり整理をし、
「今」を生きてい
宗教観、社会的、文化的背景も異なるため、優
ることを感じた。そして、マイネさんに寄り添うスタッ
劣をつけることはできないが、里親申請から登録
フからは、支援というよりも、立場を超えて、人
後までのシステムが確立していることや、当事者の
と人が向き合う中で想いを共有している空気が伝
意見が大切にされる点など、家庭(的)養護を目指
わってきた。支援機関としての支援プログラムが充
す観点から非常に意義の深い訪問となった。
実しているだけでなく、子どもの心に伝えたい「温
(望月 克仁)
かく受け入れられる安心感」「人を信じること」を、
ケアしていく大人自身も感じながら、一緒に子育て
105
ENGLAND
∼ 当事者インタビュー ∼
◎フォスターケアラー ロリーナ・マイネさんの話
私は 37 年里親をしています。以前は看護師の仕事をしていました。
大学でカウンセリングコースを学んでいた時、イングランドでは里親が足りず、里親家庭で不適切な養育をされている
子どもたちがいることを知りました。白人の里親家族と同じようになるため肌にブリーチ(漂白剤)を使った黒人の里子
の話も聞いた時は、ショックで食事もできませんでした。その時、夫の勧めで里親になりました。
「子どもの話を聞く」
「時には子ども時代の自分に立ち返る」
「無条件の愛で接する」
「自分の基準で子どもを判断してはい
けない」…私は自分の心の中にあるこうした思いやスキルを無くしてはいけないと考えています。人としてできることを、
していかなければいけません。
今まで140 人以上の子どもの養育をしました。私の役目は、子どもたちが自立した生活を送ることができるまで養育
することです。
子どもと信頼関係を育むには時間がかかります。子どもたちは、皆それぞれ課題を抱えています。助けてほしい、愛し
てほしい、今そこにいてほしいと子どもが思う時、そばにいてあげることが大事です。
ある子どものために私は仕事を辞めることになりましたが後悔していません。子どもとともに課題に取り組まなければ
ならないという信念を持っています。だから私は子どもには厳しくもしています。彼らが人生を無駄にすることは許したく
ないからです。私も決してギブアップはしません。
私の話が皆さんのお役にたてれば幸せです。これが皆さんのインスピレーションになればと願っています。
Q:子どもが実親と暮らせない事実を知った時、マイネさんはどんな風に子どもに
接しますか?
A:まず子どもの親について批判的なことは口にしません。なぜ家で育てられなかっ
たのかをわかっている子どももいます。「あなたの親が望んでしていることでは
ない」「育てられない事情があって仕方なく預けた」と伝えます。子どもの中に
ある親への想いを壊す人間に、私はなりたくありません。愛情と理解が必要な
だけだと思います。
(右から)マイネさん、通訳の坂本さん、
側垣団長
◎ケアリーバー ビンタ・バーさんの話
ケアを受け始めたのは 2002 年で、私は 8 歳でした。その頃、既に渡英をしていた母をたずねて、西アフリカからやっ
てきました。それまでは父と一緒で、母と暮らしたことはありません。ロンドンで母と姉と住み始めると、虐待されました。
暴力をふるわれ、物を投げつけられたりしました。姉が、公衆電話を使ってチャイルドラインに相談すると、ソーシャルサー
ビス(現在の CSC)は姉だけを保護しました。母は姉に対する怒りの矛先を私に向けました。縛られて殴られました。ト
ウガラシを目に擦り込まれました。棒で殴られて 2 回骨折しました。
11歳の時、母にスペルを教えてほしいと言ったら、思いきり罵られました。罰は 500 回のスクワットでした。回数をご
まかしたら母に知られて、尖っている靴で殴られました。コードで殴られました。そして、熱湯をかけられて気を失いました。
意識が戻ると、
「なんてひどい恰好をしているんだ。トイレに行け」と罵られ、一晩トイレで寝ました。翌朝、ひどい状態
の私を病院に連れて行ってくれましたが、病院で事情を聞かれると、母は私の顔を机に押さえつけて「言うな」と口止めし
ました。この時話したウソは辻褄があわず、結局、里親に預けられました。
火傷は 6 ヵ月経っても治らず酷い状態でしたが、里親は私に触れようとせず、食事も1人で食べました。私には家にも
居場所が無かったので、外に飛び出しました。そして公園にいるところを警察に保護され、里親宅へ連れ戻されました。
里親は私を出すつもりで荷物をまとめていました。
そして一時保護の予定で委託されたのが、今の家族です。当時、私は全身を包帯で巻かれていましたが、里母はきれい
に体を拭いてくれました。自分の身体が汚いと思わずにすみました。
里母は 4 人の娘と1人の里子と私を全く分け隔てなく育ててくれました。私はカウンセリン
グが嫌で拒否し続けましたが、母がカウンセラーのようなものでした。話をしたくない時は無
理に聞かれることはありませんでした。でもこれだけは言われました。「あなたのことは諦め
ない」と。
最初は「おばさん」でしたが、いつの間にか「マム」と呼んでいました。
今 21歳です。本当に、ハートがちゃんとしたところにあります。子どもが笑える日が 1日あ
れば、満たされる日も増えます。マイネさんが 140 人も育てたこと、すごいと思います。
(団員の)皆さんもこのような仕事をしてくれてありがとう。
※バ−さんは、現在、ジュニア・プロジェクト・オフィスで活動をしています。
106
バーさんとマイネさん
Ofsted 教育とソーシャルケアの第三者評価機関について
−Office for Standards in Education, Children’
s Services and Skills
● FCA のシェイマス・ジェニングスさんに聞く
Foster Care Associates(FCA)で長年ソーシャル
ワーカーを勤めているシェイマス・ジェニングスさんから、
Ofsted(以下、オフステッド)について話を伺った。
1. オフステッドについて
設 立は1992年。教 育と福 祉サービス機関・施 設の 査
察を行なう第三者評価機関である。査察結果は議会に報
告されるとともにHPでも一般公開されている。
イギ リス で は 古 く か ら 地 方 の 教 育 当 局 に よ る 学 校
の 査 察 が 行 な わ れてきた。社 会 ケア 監 査 委 員 会CSCI
(Commission for Social Care Inspection)
を吸収す
るなどの経緯を持って設立されたオフステッドにより、評
価基準の全国統一が図られたといえる。オフステッドは、
日本では「教育水準局」などの呼び名で紹介され、学校な
どに対する評価の取り組みが知られている。
福祉の分野の査察では、児童施設や里親・養子縁組支
援機関、地方自治体などへの調査を実施する。2004年の
児童法制定以降、地域児童保護委員会 LSCB(91ページ
参照)などの児童保護機関に対して、手続きの円滑さのほ
か、家族と子どもの変化や子ども自身の声なども判断材
料としてサービスの効果と質を問う査察に変わり、その機
能が向上した。
(1)4 段階の評価基準
Ⅰ . Outstanding(傑出している) Ⅱ . Good(良い)
Ⅲ . Adequate(普通) Ⅳ . Inadequate(不十分)
(2)意義
オフステッドは 政 府 から 独 立した機 関であり、福 祉・
教 育 機 関が 提 供 するサービスの 質と費 用 対 効 果 の向 上
(Effective, Efficient, Economical)
を目指している。
その最大の目的は、サービス受給者の生活向上であり、
これを達成するため、オフステッドには強い権限が与えら
れている。
時には事業所の登録取り消しや管理者の更迭にも至る
とのことだが、事業所 側にとっては、よい評価を得れば
効果的な宣伝材料になる。実際に私たちが取材した先で
も、オフステッドのOutstandingの結果が掲示されてい
るのを目にした。
オフステッドの評価は、サービス利用者が学校や福祉
サービスを選ぶ代表的な指標になっている。徹 底した情
報公開によってオフステッドの査察の公平性・妥当性が信
頼を得ている証であろう。
なお、以前は査察の事前告知を行なっていたようだが、
近頃は突然訪問し、リアルタイムの状況を査察していると
も伺った。オフステッド側にしてみれば、できていて当た
り前ということであり、周到に準備された査察では事業所
の実態が見えにくいということだと思われた。
2. よい児童施設とは? ∼最近の事例から∼
3年連続でOutstandingを取得した12の児童施設に共
通する要素について、ジェニングスさんの考えを伺った。
(1)管理職が、執務室に閉じこもらず、子どもたちと直
接ふれあっている。
(2)管理職が、スタッフや子どもに対して、施設の目的
や期待を明確に示している。
(3)管理職が、スタッフの意見を聞き、意思決定に取り
込む。オープンで正直であり、そこから生まれた決定
をスタッフにフィードバックしている。
(4)管理職は、スタッフのつらさを理解し、精神的、身
体的な支 援を怠らないと同時に、パフォーマンスに
対する妥協は許さない。
(5)人のせいにしない、誰のせいだと言わない。失敗や
トラブルをポジティブに学べる機会と捉えている。
(6) 中間管 理職同士がリーダーシップをシェアしてい
る。そして権力を独り占めにしていない。
このような施設では、スタッフをはじめ子どもたちも、
失敗=人生の経験と前向きに捉えている。
3. 所感 虐待などにより親と離れて暮らさざるを得ない子どもた
ちにとって、措置される施設(里親)の暮らしのあり方によ
っては、彼らのその後の人生は大きく変わる。全国585
ヵ所(平成24年9月現在)ある児童養護施設では、それぞ
れが独自の歴史や文化や風土を持っており、理念に基づい
た取り組みがなされている一方、ケアの質は施設によって
さまざまである。その意味でいうと、社会的養護における
サービス提 供は、非常に可能性に富んでいるが、反面、
不安定であり一律のものではない。
すでに国は運営指針の策定や第三者評価制度の導入を
決め、施設や里親が果たす役割を明確にし、社会に対す
る説明責任と養育の質の確保と向上を示しているところで
あるが、制度 定 着までにはこれから大小さまざまな課題
に向き合うことになるだろう。
大切なのは、サービス対象者の目線に立って事業展開
を考えていくことと、目標達成のために事業所側に何が必
要なのかを明示することであり、ジェニングス氏の言う「自
分たちで問題点に気づくこと」
「自分たちで解決に導くこ
と」
この点に、第三者評価制度の本質があると感じている。
(春田 真樹)
<参考資料> ,
・
“Ofsted s corporate governance framework”2012
,
・The Annual Report of Her Majesty s chief Inspector
,
of Education, Children s Services and Skills 2010/11
← マルベリーブッシュスクールパンフレット
では“Outstanding”の評価を大きく
アピール。
側垣団長とジェニングスさん
107
ENGLAND
● イギリス
カルデコット・ファウンデーション(入所型治療教育施設)
訪 問 日 時:2012年9月19日 AM
住 所:Smeeth Ashford Kent TN25 6SP
取材担当者:アンガス・フレーザー(代表理事)
(敬称略) クライブ・リー(総合責任者)
シャロン・マクダーモット(運営部長)
ヘレン・ジョーンズ(渉外及び品質管理部長)
アリソン・ランズ(財務部長)
ダミアン・ネピア(ケア担当部長)
ジョー・フェレル(心理部長)
ロジャー・シルク(教育担当部長)
ホームにはスタッフが約17名、セラピストが7名、
1. 概要
施設のメンテナンススタッフが7∼8名、財務スタッ
施設や里親、学校などで不適応を起こした児童、
フが4名いる。
ケア命令により入所となった児童に対し、治療と教
育を提供し、実親や里親のもとで再び暮らせるよ
(4)予算
うになることを目指す入所型の治療教育施設であ
施設ケアの費用は一人あたり3,600ポンド(48.6
る。高学齢児が多いのが特徴である。
万円)/週、アセスメントの際は3,975ポンド(53.7
(1)設立と歴史
万円)/週、緊急時は4,500ポンド(60.8万円)
/週
1911年、ライラ・リンデル氏によってロンドン
が、児童の前の居住地の地方自治体から支払わ
に創立された。
「カルデコット」という名は、児童
れる。いずれの場合も650ポンド(8.8万円)を教
書の挿絵家ランドルフ・カルデコットにちなんで
育費に充てる。予算 総 額は780万ポンド(10億
つけられた。第2次世界大戦中の疎開を機に、
5,300万円)。そのうち440万ポンド(5億9,400万
現在地(ケント州)の近くに移った。2011年、創
立100周年を記念して職業訓練棟などの新しい
円)を養育、130万ポンド(1億7,550万円)を教育、
設備を整えた。
100万ポンド(1億3,500万円)を里 親関連事業、
110万ポンド(1億4,850万円)を事務費、建 物の
(2)事業概要 維持管理、敷地の設備の更新に充てる。
入所児の多くは、身体的、心理的、性的虐待
2. 治療教育の概要
やネグレクトを受け、男女ともに身体的な暴力は
もちろん、言葉の暴力という問題も抱えている。
(1)生活(レジデンシャルケア)
暴力や性化行動などの問題を改善し、再び地域
で生活できるようになることを目指す。
イギリス全土から児童を受け入れているが、13
∼16歳の思春期男子が多いのが特徴で、約2年
間(年間52週間または学校の休暇期間を除く38
週間)治療的環境において自らの課題に向き合
い、改善しながら生活していく施設である。アセ
スメントセンター及び緊急時の受け入れ、退所児
5∼18歳までの児童を6つのハウス(ガーデンハ
支援、里親事業も展開している。
ウス、ホーンビーム、オークリー、サマーハウス、
(3)スタッフ体制
ウィローツリーズ、ラクトンロッジ)で最大46名ま
で受け入れる。基本的に個室のため、ハウスは男
約200名。学 校関係スタッフが40名おり、各
108
女混合である。入居ハウスについてはリスクやニー
◎料理と買い物の担当表:
ズ分析をして決定する。このうち、ウィローツリー
いずれは自分で家事をすること
ズとラクトンロッジは、少人数による共同生活で
を意識し、皆で予算を決め、
生活スキルの獲得訓練を行ない、家庭に戻る前
買い物から調理、食事まで行
なうこともある。
や自立する前の中間的段階の支援を担っている。
①見学 ホーンビームハウス(2001年建設)
定員は 9 名で、常時 3 ∼ 4 名のスタッフ体制で
ケアにあたっている。
最初に、
「信頼及び尊重によって良い関係を築
くことを第一に、ケアをしている。毎日規則正
しい生活を送ることの意味を子どもたちに納
得してもらうことを大切にしている」という説
◎ハウス内の
キッチン
明があった。
プライバシー尊重のため、居室は中から鍵を閉
められる。男女混合のため、夜中にドアが開
くとアラームが鳴るようになっており、出入り
を確認することができる。かつては窓から逃げ
出す児童もいたというが、現在、窓は全開で
◎献立表 : 栄養士がいるケータリング会社に委託を
し、個別の食事制限などもふまえて献立を作る。好
き嫌いもある程度考慮している。
きないようになっている。
入所の際、内装の色などはできるだけ本人の
希望を聞き入れる。これまでの劣悪な生活環
◎アクティビティルーム:
境からきれいな部屋が耐えられない子どももい
児童が自由に
くつろぐ場であ
る。 イン テリ
アは自分たち
の好みに応じ
て変えている。
テレビやゲー
ムがある。ゲームの使用ルールについては、年齢
制限がある場合は守らせており、時間は 30 分と決
められているとのことだった。ご褒美として、特別
にゲームを許可することもあるが、面会に来た親か
ら年齢や内容がふさわしくないゲームの差し入れが
あれば預かることもある。
るという。
◎居間:週に1回児童が集まってミーティングをする。
職員のミーティングをする場所でもある。
②情報の共有 スタッフは 1日3 回のミーティングにより情報の
共有化を図り、ケアにあたっている。
・1 回目
毎朝、特定の子どもに焦点をあて
話し合う。
◎食堂:食卓につき、カトラリーを使って食事をした経
験がない、ジャンクフードしか食べたことがなく新鮮
な食物が食べられない、家族と一緒に食事をしたこと
がない児童もいる。ここでは全員で食事をすることを
大切にしている。
・2 回目
セラピストとチームがその日1日の
方針を確認する。
109
ENGLAND
・3 回目
医 師、 歯 科 医、 検 眼 師など専 門
学習はナショナルカリキュラムに従い、卒業時
職や外部関係者との話し合いを行
にGCSE(85 ページ参照)を受けることも可能
なう。
であるが、外国語は教えていない。国語、数
学といった教科で問題があれば、一対一で指
③キーパーソンとのかかわり 各ハウスにはマネージャーが配置され、実親な
導をしていくこともあり、必要に応じて言語聴
どのキーパーソンとの連絡係になり、セラピー
覚士の指導を受けることも可能である。
などの支援も行なっている。
児童は制服を着用しているが、これは、地域
の学校と同じように制服が欲しいという児童
(2)教育(学校について)
の希望により、作ることになったという。
学校には入所児童の他に、里 親や実親のも
また、新設のタイムアウト棟へは、教室にいら
とから通学する児童もいる。また、各ハウスから
れなくなった児童をスタッフが連れて行くが、
近隣の学校やカレッジなどに通っている子どもも
いずれは、自分で状況を判断し、そこに行け
いる。
るようにするのが目標だという。
教育を十分に受けてこなかった児童が多いた
め、習熟度別最大8名の少人数クラスの編成に
校舎の壁には、さまざまなスポーツ行事の写
なっている。基本的には自分のクラスで授業を
真が貼ってあった。今年はオリンピック開催年で
受けるが、理科など教科によっては、専用の教
あったことから、オリンピックをテーマにした種
室がある。
目で競ったそうである。
退所するまでに、本来の年齢に応じた教育が
受けられるようになることを目指している。
①見学
まず、低学年(キーステージ第 2 段階の 7∼11
歳児のクラス)の教室を見学した。
教室のレイアウトは活動内容によって、デジタ
ル黒板のある学習エリア、美術、工作などを行
◎理科室:実験中の衛生安全については注意喚起を
徹底している。
なうエリア、プレイエリア、読み聞かせなどを
行なうエリアの 4 つのセクションに分けられて
いる。壁に貼ってあるディスプレイなどは定期
的に変える。また、低学年教室については、
すぐ近くにトイレがある。
各授業を受け持つのは、教員 1 名(場合によっ
ては 2 名)とティーチングアシスタント1∼2 名。
低学年では増員の必要性が高まる。授業時に
は教育ケアワーカーも手伝う。技術室での授
◎調理室:フードテクノロジー(家庭科、調理)
現在は中学生男子も必修科目になっている。刃物
も取り扱う。
業を例にとると、学科教員 1 名に加え、クラス
担任と教育ケアワーカーの補助もあるため、通
常の大規模な学校に比べても事故が少ないそ
うである。さらに、リスクアセスメントに基づき、
必要があれば一対一での指導体制もとるとの
ことだった。
110
◎職業訓練室 ヘア・アンド・ビューティー: 義務教育後 2 ヵ年の教育課程では、美容や建設内
装工事に関連する科目を学ぶことができる。近隣
の学校で退学になるリスクのある児童を支援してい
くことも考えている。
◎技術室 デザインテクノロジー(技術)
:
木工やプラスチックを扱う。どの教室にも、児童自
身によって描かれた衛生安全、目の保護、飲食禁
止などの掲示がある。
◎職業訓練室
シティ・アンド・ギルド:
れんが積み、配管、大工仕
事などの授業を受けている。
児童一人ひとりの道具箱が
あり、防具、防護靴、工具
などが入っている。
:
◎タイムアウト棟(左の建物)
興奮状態の児童が過ごす室内には、けが予防のた
め、写真右上のようなウレタンクッションやマット
などが置いてある。 棟内には自習するスペースも
ある。
◎体育館兼講堂:昼食時は食堂になる。建物の横の
厨房で調理されたものが提供される。ステージがあ
るので、体育の授業以外に学校集会やパフォーマン
スの場としても使われる。
◎グラウンド:広大な敷地内にはサッカーコートや、
植物や野菜の栽培を学ぶ園芸指導の建物がある。
111
ENGLAND
(3)相談サービス
(3)セラピー
24時間対応可能な電話相談サービス体制を構
現在スタッフは7名(アートセラピスト3名、プレ
築中である。
イセラピスト、チャイルドセラピスト、カウンセリ
ングセラピスト、言語聴覚士各1名)いる。
(4)セラピーの提供
セラピーは、自治体のソーシャルワーカーや、
セラピー部門のスタッフによるメンタライゼーショ
学校、ハウスのスタッフとも相談しながら実施し
ンのトレーニングが1ヵ月に1度、提供されている。
ている。
セラピー部門では、職員、里親、実親、退所
(5)レスパイト 児にも「メンタライゼーション」のトレーニングを実
里親、里子両方が対象となる。
施している。このトレーニングでは子どもたちの
行動の背景や感情を理解することを目指している。
4. 緊急時の一時保護受け入れとアセスメント
また、ポートマン&タビストッククリニックなど
医療機関と連携し、実親への支援も行なっている。
緊急時の受け入れとアセスメントを専門に行なう
パインロッジでは、3 ヵ月または6 ヵ月の入所による
(4)退所児支援
アセスメントを行なっている。定員は7名である。
長期の親子分離などによる潜在的な家族の課
時には、警察から直接入所するような危機にあ
題があるため、自治体と協働し、セラピーやファ
る児童を受け入れるため、専門トレーニングを受
ミリーワークなどを通じ、再統合に向けた支援を
けたスタッフが配置されている。日常生活を通し
行なっている。また、退所児の自立援助施設「セ
て、入所児のニーズ、能力、強みと弱みなどを観
ミインディペンデンス」が敷地内にあるとのこと
察し、毎週、セラピスト、教育心理学者、住宅や
だった。
学校の担当スタッフ間で会議を行ない、包括的な
評価が行なわれている。結果は自治体に報告さ
3. 里親事業
れ、カルデコット内のハウスに入所する場合もあ
2008年、自治体の要請に応じ、他団体と協力し
れば、里親家庭に行く場合もある。
て里親事業を行なう有限会社を設立した。柔軟な
パインロッジは数年前に改装され、家族面談室
対応を行なうため、カルデコットの事業として位置
や会議室、レジャールームなどができた。子ども中
付けている。
心という理念のもと、退所時には、潜在能力を生
現在20名の児童の里親委託を行なっているが、
かした社会的・教育的なスキルを身につけ、希望
その多くはカルデコットの退所児童である。最近、
を持って次のステップに移れるよう支援をしている。
周辺自治体を中心に、カルデコット以外からの子ど
もの利用が増える傾向にある。
5. 人材育成、スタッフの専門性について
(1)里親の募集、開拓
人材育成や研修については担当の専門部署があ
里親の確保は、他の団体との競争があること、
り、タビストッククリニックによるサポートを受けな
広告費に費用がかかることなどから、一番の課
がら、必要なトレーニングを提供している。
題となっている。
さらに、外部のトレーニングなども活用してスタッ
フの資質と専門性の向上を図っている。施設の中
(2)専門里親の教育
でキャリアアップする機会が与えられているため、
里親や施設で不適応を繰り返す児童や、障が
離職率も低い。
いなど特別な配慮が必要な児童の養育を行なう
ため、専門的な教育を提供している。
112
6. 所感 「子ども一人ひとりの、確実なアセスメントを行な
い、自立に向けた支援を、組織化されたスタッフ
が共通認識のもとで取り組んでいる。子どもとス
タッフとの間に必要なことは、信頼し合い、尊重し
合える良い関係をいかにして作り、子どもに納得し
てもらうことである」と自信をもって語られる姿が大
変印象深かった。
セラピーやホームによる役割の違いなど、支援
メニューの細かさから、一つの理論や方法論にと
講義と案内をしてくださったスタッフの方々と
らわれず、一人ひとりの必要なニーズに合わせて、
最適な支援を常に求めているということなのだと感
じた。
豊富な資金とスタッフ体制に恵まれているという
印象が強い。新しい施設の増設にあたっては寄付
を募ったというが、ニーズに応じて設備を整えてい
く積極的な姿勢は、直接ケアにあたる職員だけで
なく、財務、運営といった各専門職の尊重が根底
にあるように感じる。全体としてのチームワークが
支援の質の向上、職員のやりがいにもつながって
いるのではないかと感じた。
見学をするまで、
「治療教育」というキーワードか
ら、情緒障害児童短期治療施設のイメージを重ね
ていたが、実際には児童自立支援施設や自立援助
ホームの機能に近いと感じた。高学齢児が多いこ
とは、年齢によりケアを離れる児童が多いことを
指し、おのずと自立支援や退所後支援に重点を置
くことになるのだろう。職業訓練の充実や、ウィロー
ツリーズやラクトンロッジでの共同生活による生活
スキルの獲得は地域社会へのよりスムーズな移行
を目指すために欠かせないものである。また、ソー
シャルネットワークなどを活用した積極的な発信や
さまざまなイベントの開催は資金集めという意味だ
けでなく、地域に根 差した活動をすることで、地
域生活との連続性を持たせるという意味もあるの
だろうと感じる。
(中澤 三和子)
113
ENGLAND
∼子どもに関わる仕事に必要な、無犯罪証明∼
(DBSチェック)
イギリスでは、正規非正規を問わず、子どもや医療・保健に関わる領域で仕事に就く場合、または里親
や養親の申請をする場合、無犯罪証明書(DBSチェック※)の提出が必要である。申請費用は26ポンドか
らで、ボランティアの場合はDBS当局の定義する条件を満たせば無料で入手できる。
DBSチェックの導入は、2002年ケンブリッジシャー州ソーハムという町で、10歳の女児2人が、学校の
男性職員に誘拐され、殺された事件がきっかけになっている。この男性職員には、就職前に、強姦や強制
わいせつ、強盗の嫌疑がかけられたことがあった。しかし、犯罪歴としては、無保険・無認可のオートバ
イ運転があるのみで、強盗の嫌疑に関する記録が残っていただけであったという。リスクが事前に把握で
きていれば事件は回避できたという反省に基づき、子どもと社会的弱者に関わる仕事をするすべての人、
学校や福祉施設スタッフ、病院スタッフ、支援団体などで働こうとする人たちに犯罪歴がないことを確かめ
る無犯罪証明の義務付けが始まった。同時に、犯罪の記録管理も厳しいものとなり、スタッフが子どもや
弱者に危害を加えている、またはその恐れがあると判断した場合は、雇用主や団体代表がDBSへ照会を
行なうことを求めている。
イギリスでは、就職面接で犯罪歴を聞くことは禁じられており、これはあくまで、子どもや社会的に弱
い立場にある人々を守るためにできた制度であるが、自営業者や専業主婦は申請ができない。無犯罪証明
を入手できない母親がイベントの手伝いなどを申し出ても学校が受け付けないといった事態も起きている
そうである。問題が生じれば学校は責任を追求されるため、過剰とも見えるリスク回避措置につながるの
だろう。またDBSは個人情報に関わるため、扱いは慎重であるべきであり、更正した人々への配慮も必要
である。しかし、事件が起きるとマスメディアなどにより注目を集めるが、時間の経過と共に忘れ去られて
しまう。日本でも福祉、教育、医療など特定の領域において、子どもや弱い立場の人々を取り巻く環境を
守るシステムの強化を、施設スタッフであると同時に、母親として、願うところである。
ちなみにドイツでも「Fuehrungszeugnis」といわれる無犯罪証明書が、保育ママや里親など子どもに
携わる職業に就く時だけでなく、進学や就職などで広く必要となると聞く。申請は市役所の市民課で、13
ユーロ程度で発行できるという。
(森澤)
※もとCRBチェック。2012年12月、情 報公開法の改 正により、犯 罪記 録を管理し無犯 罪証明書を発行していた
Criminal Records Bureau(犯罪記録局)
(CRB)が独立安全保護局と統合しDisclosure and Barring Service
(DBS)となったことで、現在は「DBSチェック」と呼ばれる。
参考資料:http://www.ddc.uk.net/
114
●イギリス
マルベリーブッシュ・スクール(入所型治療教育施設)
訪 問 日 時:2012年9月20日 PM
住 所:Standlake Witney OX29 7RW
取材担当者:ジョン・ダイヤモンド
(最高経営責任者)
(敬称略) デイブ・ロバーツ
(トレーニング・コンサルティング部門
責任者)
1. 概要
心身共に集中的なケアが必要な比較的低年齢
の子どものための入所型治療教育施設である。施
という3段階の目標を設定し、子どもが抱えるさ
設全体が治療的機能の役割を果たし、治療者で
まざまな課題を解決し、地域社会で再び生活で
ある大人と子どもが治療生活共同体(therapeutic
きるようになることを最終目標としている。
community)を形成して治療や教育を行なう。愛
着の再形成を目指し、行動面・心理面での課題を
(3)スタッフ
克服することを目的としている。近年は、マルベリー
・ 管理職 8 名
ブッシュの実践で積み重ねられたエビデンスを社会
・ 生活部門 ケアワーカー 40 名
に還元する取り組みも積極的に行なっている。
・ 教育部門 教師 5 名、
(1)設立の歴史
ティーチングアシスタント 10 名
バーバラ・ダッカー・ドリステ女史が1948年
・ 心理部門 セラピスト、ファミリーサポート7名
に設立。第二次世界大戦中、ロンドンから疎開
・ トレーニング部門 研修の企画運営担当 4 名
していた子どもたちの養育をしていたことから始
・ 事務 事務員 4 名 広報 1 名
まった。戦後、ウィニコットのスーパーバイズを受
・ その他 ハウスキーパー 6 名、用務員 2 名、
けながら、トラウマを抱えた子どもたちの養育を
調理員 3 名 合計 90 名
実践し、1950年にセラピューティック・チャイルド・
ケアを開発した。このモデルを治療のベースとし
(4)予算
て改良を加え、子どもへのケアを実践している。
2011年 度 の 予 算 総 額 は、453万ポンド(6億
1,155万円)であった。
(2)事業概要
収入の内訳は、地方公共団体からの養育費な
定員は30名。5∼12歳の比較的低年齢の子ど
ど439万ポンド(5億9,265万円)、寄 付金、その
もを対象としている。
他14万ポンド(1,890万円)。
入所児童はすべて行為障がい、96%が愛着
主な支出は、人件費・子どもたちの生活費で
障がいの診断を受け、15%が性的虐待を受けて
402万ポンド(5億4,270万円)。
いる(性的虐待の実数はこれを上回る可能性が
ある)。
2. 治療的アプローチ
入所期間は3年で、
「環境に慣れ、安定した生
施設全体が治療の場であり、子どもたちが安心・
活を送る」
「信頼関係を築き、関係を継続する」
安全を実感できるような環境で、大人と子どもの
「将来の方向性を定め、地域社会に復帰する」
愛着を再形成するため一緒に生活をし、共に学ん
115
ENGLAND
でいくという理念に基づいている。
ソフト面だけでなく、建物のデザインや構造など
のハード面においても細かい配慮がなされ、子ど
もが物を壊してもすぐに修繕して「この建物は大丈
夫。あなたを守っている」というメッセージを送る取
り組みを行なっている。
子どもとのかかわりのうえで必要な専門性を養う
ため、職員へのスーパーバイズや研修制度などの
充実が図られている。
広い庭には遊具も設置されている。以前、屋根に乗って遊
ぶ子どももいたため、ピラミッドの遊具(写真中央)などを設
置し、安全に遊べるような考慮がなされている。
3. 治療教育の概要
(1)生活
②子どもの日課
①ハード面の工夫
子どもの状況に応じた日課を設定している。
1970 年、設立当時の建物を大舎制の建物に
朝夕、子どもの間でグループミーティングを行
作り変え、集団生活を通して、互いに「共有」
なっている。他者とつながることを苦手とする
しあうことを学ぶことを一つの治療目標とし
子どもがグループの一員となること、グループ
た。1999 年に再びすべての建物の建て替えを
で学び合えるようになることを目指している。
行ない、4 つの居住ハウス(定員 8 名・全部屋
食事は、すべてセントラルキッチンで作られて
個室)、5つの教室、4つのセラピールームを造っ
いるが、ハウスで子どもと職員が軽食やおや
た。なお、建て替えのための公的援助はなく、
つを作る機会もあり、調理を通じたかかわりも
全て自己資金で賄った。
大切にしている。
ハウスは、子どもが好きなように自室をアレン
③職員配置
ジしたり、庭に植える花なども子どもたちが話
1 つのハウスにつき職員 10 名が配置され、常
し合って決めるなど、
「自分たちの生活の場」
時 3 名の職員が勤務している。就寝時と起床
であることを意識できるようにしている。ある
時は同じ職員が対応し、生活の連続性が保た
ハウスでは、退所後、訪問した際も自分が育っ
れるよう工夫している。
た場所だと感じられるように、玄関に子どもた
子どもたち一人ひとりに退所するまで同じ担当
ちの手形が飾られていた。
職員がつくが、チームによる治療を基本として
いる。
(2)学校教育
子どもたちは、施設内に設置された学校で教
育を受けている。学習は国のカリキュラムに基づ
いて行なわれるが、クラスは情緒的年齢や学力
などに応じて次の3つのステージに分かれ、段階
的な支援が行なわれている。
①ファウンデーションステージ
入所児童はすべてこのステージから始める。
行動面・学力面・社会性などのアセスメントを
116
行ない、教室にどこまで適応できるかを確認
【セラピー例】∼ドラムセラピー∼
する。このステージの目的は「教室で過ごすこ
ドラムセラピーとは、母親の心音に近いドラムのような
一定のリズムの音を聞くことで脳の発達を促し、人間関
係を構築する力を獲得することを目的としている。
と」であり、勉強よりも遊びの機会を多く設定
し、情緒的な安定を図っている。
②ミドルステージ
「教室で過ごす」ことから「ある程度学習に取
(4)里親との二重措置
り組む」ことを目標にしている。
マルベリーブッシュを利用できるのは年間38週
③トップステージ
で、長期休暇期間は家庭や里親のもとに帰る。
週に1 回地域の学校へ登校を始める段階。退
イギリスでは、施設に入所しながら里親も利用
所後、地域の学校にスムーズに登校できるよう
できる二重措置が認められている。子どもへの
に支援を行なっている。
治療とともに里親へのサポートも行ない、里親
のもとで生活する期間を長くしていく。入所中か
ステージ移行は、丁寧なアセスメントをもとに
ら手厚い支援を行なうことで退所後の定着率も
行なっている。そのため、次の段階に進んだ時
高いものとなる。
に子どもが失敗体験を重ねることはほとんどな
く、次のステージで安定した学校生活を送ること
(5)治療効果
ができている。
両親や保護者、専門家の92%が、マルベリー
子どもが不穏になったり、パニックを起こした
ブッシュを利用したことにより子どもが健康でお
時には、近くに待機している緊急対応チーム(シ
互いに信頼関係を構築することができると実感
フォードチーム)が介入し、落ち着くように促した
しており、93%の子どもが、家族と長期的に生
り、一時的にハウスに帰るなどの対応をとってい
活することが困難であったが、退所する時点で
る。その後、気持ちが切り換えられたらクラスへ
長期的な生活を営むことができるようになってい
戻り、授業を受けることを徹底させている。
学校では「Working and playing together」
る。97%の子どもたちは退所するまでに学校に
を合言葉に、学習と遊びのバランスを大切にし、
適応することができるようになり、学力面では全
できる限り集団で過ごせるように工夫をしている。
ての科目で
「良い」か
「優秀」の成績を修めている。
また、95%の子どもの攻撃性が低下し、60%の
子どもの反社会的行動が低下するなどの高い治
療効果を上げている。
4. 職員の人材育成
経 験の浅い職員に対しての研 修を重点的に行
なっている。研修のテーマは「コミュニケーションと
しての子どもの行動を理解する」
「精神力動論を用
Working and playing together(左)
一日の見通しを持たせるため、時間割を視覚化して
示している(右)
いて仕事を理解する」
「子どもとのかかわりの中でど
う感じているか、その感受性を高める」などである。
(3)セラピー
日頃の実践と理論が結びつくことで職員が自信を
アセスメントの結果に応じて必要な子どもに個
深め、治療計画書やケース会議資料の質向上にも
別のセラピーを行なっている。マルベリーブッシュ
つながっている。また、次のようなサポート体制を
では、最新の研究結果を取り入れた心理療法も
とっている。
実施している。
117
ENGLAND
しく思った。
①週一回のスタッフ全員によるミーティング
私が出会う子どもの中で、
「もう少し早い段階で
②マネージャーによるスーパービジョン
治療を受けることができたら」と感じる子どもたちは
③リフレクティブグループ(感情に焦点をあてた
少なくない。児童養護施設の生活で不適応を起こ
グループ)
し、情緒障害児短期治療施設(以下、情短)に移
④コンサルテーション(セラピストによるミーティ
る子どももいる。しかし、本来なら、情短で短期
ング)
間の集中した治療を受け、愛着の形成など、健康
⑤マネジメントグループ(管理職が 6 週間に 1 度
に人生を歩む基盤を再構築した上で、児童養護施
セラピストと行なうカンファレンス)
安定した職員チームの構築を重視し、職員チー
設や地域社会で再び生活をすることが子どもの幸
ムで起きていることが子どもに影響を与えていない
せにつながるのではないか。早期発見、早期治療、
か常に考えている。これらのサポート体制は、職
そのためのアセスメントの力を貪欲に磨かなければ
員同士の理解を深めるだけでなく、メンタルヘルス
ならないと感じた。また、私たちの日々の実践や治
のケアにもつながる。
療上のエビデンスを社会全体に積極的に還元する
体制や方法を考え実践し、子どもの治療機関として
5. 社会貢献活動
高い専門性を発揮しなければならないことを痛切
マルベリーブッシュでの実 践をもとにした研 修
に感じ、社会全体に対して貢献するためにも専門
プログラムを提 供し、 社会 的にも高い評 価を得
性向上を目指し、日々精進し続ける必要があると感
て い る。 プログラムの 例としては、SUCCE S S
じた。 (松本 祐一郎)
(Sha r ing Underst a nding of Children’
s
Communication for Emotionally Successf ul
Schooling)やMBOX(Mulberry Bush Oxfordshire)
が挙げられる。
さらに、西イングランド大学(UWM)と協力して
「子どもと若者に対する治療的な活動」というカリ
キュラムを開発している。2年間の学習内容であり、
実践面で活用される理論に基づいて、有意義な治
療関係に従事するための能力を身につけることを目
的としている。
この 取り組 み は、 子どもの 労 働 力 開 発 協 議
ロバーツさん(右から2 人目)、
通訳の林さん(中央)、ダイヤモンドさん
会(CWDC(Children Workforce Development
Council)
)
から表彰されるなど評価を得ている。政
府の子ども・若者の労働政策に沿った人材開発に
おける一例となっている。
6. 所感
設立当時からの伝統に基づく確固たる理念のも
と、最先端のエビデンスを取り入れながら、子ども
を包み込みむようなケアの実践や、職員もしっかり
と守られている体制、そして「子どもも職員も生活
を共にしながら成長できている」という環境を羨ま
118
マルベリーブッシュ・スクール・ケーススタディー
∼パンフレットより
ルーシーは3歳の時、薬物や売春などの取引のあった家で保護されました。母親からのネグレクトに加え、
母親と母親のパートナーからの激しい身体的、性的虐待を受け、飼われていた犬と一緒に床で食事をするなど
の乱れた環境と不適切な養育のもとで育ちました。
マルベリーブッシュ入所以前、ルーシーは里親家庭で生活をしていましたが、最初の1週間で、おもらし、汚
れを好む、自傷、不適切な愛情表現、極端な支配行動、動物虐待など、さまざまな問題行動が見られました。
不眠症で夜も問題が起きるため、里親は一晩中起きて対応をしなければなりませんでした。また、行動が攻撃
的で自制がきかないため、学校生活もうまくいかず、学習面でも問題を抱えました。
プレイセラピーを受けることになると、セラピストは、ルーシーは「深刻な情緒的問題を抱えている」と言いま
した。セッション中、彼女は過度に興奮と緊張をしており、これは身体的・性的虐待の影響によるものと考え
られました。セラピストは「彼女の行なうすべてが混乱と破壊をもたらす」とコメントしています。
ルーシーは7歳の時、マルベリーブッシュに入所し、小学校低学年の子どもたちと生活を始めました。スタッ
フチームが日課を作成し、一緒に生活を送りました。食事、遊び、就寝、登校などを通し、支援が行なわれま
した。チームは、頻繁に起こる問題行動(口論、ケンカ、反社会的な行動など)に関してアセスメントを行ない、
問題の発生を予防したり、一緒に解決していきました。
ルーシーは再教育に応え、規則正しい生活を送ること、他人と仲良くすること、助け合うことを理解し始めま
した。日常生活を通してスタッフは、ルーシーが自ら抱える混乱、裏切られた思い、怒りについて考え、話しあ
う機会を持ちました。彼女は、人とのやりとりにこれまでと違う方法があることを知り始め、自分の過去を受け
入れるようになっていきました。
学習はナショナルカリキュラムに応じてなされ、彼女には、就学前教材での遊び、物語の読み聞かせ、歌を
歌うこと、服装を整えること、友だちと協力して遊ぶことが奨励されました。そして1年後、ミドル・ステージで
授業を受けることができるようになりました。
マルベリーブッシュでの治療過程において、ルーシーは里親のもとでの生活もしました。入所前同様の問題
行動が続くなど困難はありましたが、ルーシーのマルベリーブッシュ入所中、里親はリフレッシュをしてエネル
ギーを補充することができました。入所期間が長くなるにつれて、里親もルーシーの行動が改善していることが
実感できるようになりました。そして、ルーシーのニーズが明確になることで里親も必要に応じた対応をとるこ
とが可能になり、ルーシーも里親に対してより優しくなって豊かな愛情を表し始めました。里親は、ルーシーと
ともに生活をすることが楽しみになりました。個別の支援を受けながら里親のもとから地元の学校へ通うことも
できました。
マルベリーブッシュでの3年の生活を経て、ルーシーは里親のもとに帰ることができました。現在、里親との
生活は順調で、関係も安定しています。学力面ではまだ問題を抱えていますが、里親が養育できないと思うよ
うな行動や、学校や社会で容認できないほどの破壊的な行動は見られなくなっています。(翻訳と要約 松本)
119
団員名簿
氏 名
〒
勤務先住所
種 別
団 長
側垣 一也
663−8125
兵庫県西宮市小松西町2丁目6−30
社会福祉法人 三光事業団
TEL:0798−52−9081 FAX:0798−52−9083
児童養護/
総合施設長
団 員
宮崎 佳恵
371−0002
群馬県前橋市江木町1304
地行園
TEL:027−269−0241 FAX:027−269−0251
児童養護/
児童指導員
団 員
望月 克仁
417−0847
静岡県富士市比奈1354
誠信少年少女の家
TEL:0545−34−0497 FAX:0545−34−4416
児童養護/
児童指導員
団 員
春田 真樹
520−3402
滋賀県甲賀市甲賀町小佐治3571
鹿深の家
TEL:0748−88−2015 FAX:0748−88−2016
児童養護/
副施設長
団 員
髙野まり子
603−8456
京都府京都市北区衣笠西尊上院町22
京都聖嬰会
TEL:075−462−9268 FAX:075−462−8195
児童養護/
保育士
団 員
森澤のぞみ
737−0023
広島県呉市青山町1−3
救世軍愛光園
TEL:0823−21−6374 FAX:0823−22−4387
児童養護/
ファミリーソーシャルワーカー
団 員
藤江 恵
811−4231
福岡県遠賀郡岡垣町海老津3−8−1
報恩母の家
TEL:093−282−0001 FAX:093−282−0016
児童養護/
里親支援専門相談員
団 員
黒澤 朋子
400−0856
山梨県甲府市伊勢2−1−19
山梨立正光生園 乳児院
TEL:055−235−1790 FAX:055−235−1783
乳児院/
家庭支援相談員
団 員
松原 恵之
292−0201
千葉県木更津市真里谷1880−12
FAHこすもす
TEL:0438−53−5105 FAX:0438−53−5105
母子生活支援/
少年指導員
団 員
中澤三和子
230−0063
神奈川県横浜市鶴見区鶴見2−3−29
アーサマ總持寺
TEL:045−571−8254 FAX:045−571−4008
母子生活支援/
母子支援員
団 員
神麻 裕子
431−3123
静岡県浜松市東区有玉西町816
静岡県立三方原学園
TEL:053−472−2281 FAX:053−474−4025
児童自立支援/
児童指導員
団 員
松本祐一郎
861−2234
熊本県上益城郡益城町古閑73
こどもL.E.C.センター
TEL:096−331−0210 FAX:096−331−0215
情緒障害児短期治療施設/
副主任児童指導員
団 員
山口 由美
457−0014
愛知県名古屋市南区呼続4−26−37
子ども家庭支援センターさくら
TEL:052−821−7867 FAX:052−821−7869
児童家庭支援センター/
支援相談員
研究生
南山今日子
245−0062
神奈川県横浜市戸塚区汲沢町983
子どもの虹情報研修センター
TEL:045−871−8011 FAX:045−871−8091
心理職
事務局
吉田 康則
104−0061
東京都中央区銀座7−5−5
(公財)資生堂社会福祉事業財団
TEL:03−3574−7408 FAX:03−3289−0314
事務局
副事務局長
事務局
田中 恵子
104−0061
東京都中央区銀座7−5−5
(公財)資生堂社会福祉事業財団
TEL:03−3574−7408 FAX:03−3289−0314
事務局
120
資生堂児童福祉海外研修の実績一覧
開催年度
研修先
研修内容
団員種別(人数) 期間(日数)
第1回
(含北欧)
養・保・児
(5)
(1972) ヨーロッパ
第2回
アメリカ・カナダ
精・重・肢
(29)
(1973)
第3回
(含北欧)
養
(23)
(1974) ヨーロッパ
第4回
(含北欧)
養・教
(25)
(1975) ヨーロッパ
第5回
アメリカ・メキシコ
乳・虚
(25)
(1976)
第6回
アメリカ
養・母
(26)
(1977)
第7回
養・子どもの国
ヨーロッパ
(1978)
(25)
第8回
アメリカ
養・母・乳
(25)
(1980)
第9回
オーストラリア
養
(18)
(1981)
第10回
アメリカ・カナダ
養
(18)
(1982)
第11回
養
(15)
(1984) オーストラリア(含タスマニア)
第12回
(3カ国)
養
(15)
(1985) ヨーロッパ
第13回
アメリカ
養
(15)
(1986)
第14回
アメリカ
養・教
(17)
(1987)
第15回
アメリカ
養・教
(17)
(1988)
第16回
養・教・情・母・
オーストラリア
(1989)
精
(17)
第17回
養・教・情・母・
オーストラリア
(1990)
精
(17)
第18回
養・教・情・母・
ヨーロッパ
(1991)
精
(23)
第19回
養・教・情・母・
ヨーロッパ
(1992)
精
(25)
第20回
養・教・情・母・
アメリカ・カナダ
(1993)
乳・精・肢
(25)
第21回
養・教・情・母・
アメリカ
(1994)
肢
(13)
第22回
養・教・情・母・
(含北欧)
(1995) ヨーロッパ
乳
(12)
第23回
オーストラリア・
養・教・情・母・
(1996)
乳
(17)
ニュージーランド
第24回
養・教・情・母・
イギリス
(1997)
乳
(14)
第25回
養・自立・情・
アメリカ
(1998)
母・乳
(13)
28
海外福祉事情視察
29
大学・病院及び付属研究所各種施設の視察
22
ヨーロッパ6カ国での児童福祉事情視察
22
ヨーロッパ5カ国での児童福祉事情視察
26
地域ぐるみの子育てと里親制度、
アメリカ・メキシコの児童処遇
24
養護施設及び母親制度、母子福祉の視察研修
16
児童健全育成に関する民間施設活動
15
児童処遇における施設と地域社会・児童の
特性に応じた生活指導方法
14
分散小舎制の運営、地域社会関係
17
アメリカ・カナダの要養護児童に対する居住型
施設の形態及び機能についての調査研究
15
児童養護のネットワークづくり
15
家庭の病理からくる情緒障害児・家族への指導
15
施設養護と家庭養護
14
非行傾向を示す児童の処遇問題
15
非行傾向を示す児童の処遇問題
∼ファミリープログラムを含めて∼
15
児童福祉施設と地域社会とのかかわり方について
15
地域社会での児童福祉の在り方を探る
15
児童の権利と児童養護活動
15
児童の権利と家庭機能支援活動を探る
15
家庭と子どもの権利を考える
15
子どもの権利と家庭への支援について
14
児童の最善の利益について
11
日本の児童福祉施設の将来の在り方を探る
12
地域社会が求める福祉サービスのあり方
14
アメリカの児童虐待の実態について
121
開催年度
第26回
(1999)
第27回
(2000)
第28回
(2002)
第29回
(2003)
第30回
(2004)
第31回
(2005)
第32回
(2006)
第33回
(2007)
第34回
(2008)
第35回
(2009)
研修先
カナダ
カナダ
アメリカ
オーストラリア・
ニュージーランド
カナダ
カナダ
アメリカ
フランス・イギリス
ニュージーランド
団員種別(人数) 期間(日数)
養・自立・情・
母・乳
(15)
養・母・児家・
自援・情・知
(13)
養・母・自立・情
(13)
養・乳・自立・情
(15)
養・母・乳・自立・
情・自援・里親(19)
養・乳・自立・情・
児家セン
(14)
養・母・乳・自立・情・
児家セン
(15)
養・母・乳・自立・情・
児家セン・自援(14)
養・母・乳・自立・情・
児家セン・里親(15)
13
子どもの権利擁護と福祉と福祉サービス
14
自助、共助、公助による自立支援教育など
15
里親制度と被虐待児への対応
14
地域社会を巻き込んだ家族支援
15
15
15
15
15
家族の重要性を重視し、コミュニティをベースにした
より柔軟なサービス
カナダ東部地区における児童虐待予防策の
研修と児童福祉現場の実態研修
「愛着の絆∼その結び方と修復について」及び
虐待予防策「ヘルシースタートプログラム」の研修
「フランス・イギリスにおける児童養護の考え方と
被虐待児及びその保護者への対応について」
「ニュージーランドが推進する
地域支援型被虐待児への対応について」
15
「アメリカで推進されている児童虐待防止活動及び
虐待を受けた子どもたちの心の傷を癒す最新知識と
その実践方法を学ぶ」
アメリカ
養・母・乳・自立・情・
児家セン
(12)
15
「トラウマの癒しの様々な治療形態と、それらの
施設における応用」
「愛着を深める家庭訪問事業を支える、
ラップアラウンドプログラムの見学と研修」
スウェーデン・
デンマーク
養・母・乳・自立・情・
児家セン
(12)
15
「北欧の子ども虐待対応及び、社会的養護の
あり方を学び、日本の実状に照らし合わせ、
将来の児童福祉の姿を探る」
ドイツ・イギリス
養・母・乳・自立・情・
児家セン
(12)
アメリカ
養・母・乳・自立・情・
児家セン
(15)
第36回
(2010)
第37回
(2011)
第38回
(2012)
研修内容
15
122
「ドイツとイギリスの児童福祉と社会的養護の歴史
と実情を学びながら、
『今後の児童福祉施設の 機能と特長』や『里親と施設とのパートナーシップ』
を探り、日本のあるべき将来像について考える」
////////////
編 集 後 記
////////////
事前研修、日本の現状確認、海外研修、事後研修と怒涛の日々でした。言葉、文化の違いから戸惑う
点も多々ありましたが、38 期の仲間と毎日意見を出し合い、各自の福祉に対する思いを共有し合えたこと
がかけがえのない経験になりました。本研修を通して、ドイツ・イギリスの人々の専門性に対する誇り、必
要なものを作り出そうとする実行力を強く感じ、その思いを込めてこの報告書を作成させていただきました。
ご一読いただければ幸いです。この素敵な出会い、機会を与えていただけた資生堂財団及び関係機関の
皆様に深く感謝いたします。 (神麻 裕子)
今回、編集作業を進めるにあたり、各メンバーの執筆した原稿を何度も読み返すこととなりましたが、
どの原稿からもその人のもつ「想い」がひしひしと伝わってきました。この想いは、研修中どの訪問先でも
語られた「仕事への誇り」と同様のものだろうと思います。そういう意味において、この編集作業は改めて
自分の仕事への想いを省みる作業でもあったと感じています。
今回の海 外 研 修は、知見を広めるだけではなく、自身の仕事を振り返る貴 重な機 会となりました。
これまでの仕事への確信と想いを胸に、今後研修の成果を出せるようさらに努力を続けていきたいとと思
います。 (松原 恵之)
念願かなって資生堂の海外研修へ参加させて頂き、大変有意義な時間を過ごすことができました。言
語だけでなく、文化や制度も日本とは異なる為、戸惑うこともありましたが、刺激も多く、充実したものと
なりました。また、編集委員として編集作業を進める中で、さらに視察先の理解を深められ、貴重な経験
をさせて頂き、感謝しております。
2 週間、研修の苦楽を共にした私たち団員は、それぞれの立場で学んだことを還元していくという使命
があります。38 期の「絆」を胸に、日本の子どもたちとその未来の為に微力ながら貢献していきたいです。
(宮崎 佳恵)
この海外研修において、見るもの、聞くことすべてが興味深く、どんな情報も逃すまい、と必死に“五
感”すべてで感じました。子どもの福祉に関わる人たちの「実践に基づいたプライド」と「向上心」を持っ
た姿勢に大変刺激を受けました。また、編集に携わり、事実を正確にとらえ、伝えることの難しさに苦戦
しながらも、改めて振り返ることができました。これらの貴重な経験を、子どもの福祉に関わるすべてへ
発信していく重責を感じています。そして何より、このような機会を与えて下さった資生堂社会福祉事業財
団、関係各位、団員の皆様に感謝しています。 (山口 由美)
研修から帰国すると、12 名の団員の皆さんは課された責任の重さを痛感しながら報告書作成に向け、
ひたすらに努力を重ねてくれました。有効な提言や活動への糸口を見出すため、事実を咀嚼し、認識の差
を埋めるべく議論を重ね、38 期としての方向性を見出すため呻吟する様子を見続けてきました。研修は、
新たな児童福祉のかたちとの出会いに止まらず、仲間との絆の確かめ合い、試練や困難を乗り越えていく
ため信念や気概、誇りを持つことの大切さ、限られた時間で成果を生み出す術を学ぶ機会となりました。
新たな知識や技能を修得され、見違える程に成長された皆さんに最大限の賛辞を呈します。強烈なリーダ
ーシップが印象に残る側垣先生、気鋭の研究者の雰囲気を漂わせた南山先生、研修にご協力を頂いた多
くの方々が、皆さんの今後に注目しています。報告書上梓の喜びをひと時かみしめたら、一人でも多くの子
どもたちが健やかに育っていく社会を実現するため、ご活躍をされますことを祈念いたします。
(財団事務局 田中 恵子)
表紙イラスト:藤江恵、髙野まり子
123
付 表
124
125
Any other
Black
backgroundŸ
Traveller of
Irish Heritage
Parent’s first language
Details of any special requirements
(for child and/or their parent) e.g. signing,
interpretation or access needs
If ‘yes’ give details
Is the child or young person
disabled?
Immigration status
Not given
Any other
ethnic groupŸ
Chinese
Chinese & Other
It is recommended that practitioners complete all fields marked with an asterisk(*) to obtain basic identifying date when completing the CAF form
‘Also known as’
Expected date of delivery
1
3
2
1
Any other Mixed
backgroundŸ
White & Asian
White & Black
African
White & Black
Caribbean
If other, please specify
No
Any other Asian
backgroundŸ
Bangladeshi
Pakistani
Indian
Mixed/Dual Background
Version no.
Unique ref. no.
Contact tel. no.*
Date of birth or EDD3*
AKA2/previous names
Asian or Asian British
Unknown
Family name*
Child’s first language
Ÿ
Any other
White
backgroundŸ
African
White Irish
Yes
Caribbean
White British
Gypsy/Roma
Black or Black British
Female
White
Ethnicity*
Postcode*
Address*
*Male
Given name(s)*
Record details of unborn baby, infant, child or young person being assessed. If unborn, state name as ‘unborn baby’ and
mother’s name, e.g. unborn baby of Ann Smith.
Identifying details
Notes for use: If you are completing form electronically, text boxes will expand to fit your text
Where check boxes appear, insert an ‘X’ in those that apply.
Date assessment started*1
http://www.education.gov.uk/より
Postcode:
Postcode:
Contact tel. no.
Contact tel. no.
No
Yes
No
Parental responsibility?
Yes
Parental responsibility?
(e.g. family structure including siblings, other significant adults etc; who lives with the child and who does not live
with the child)
Current family and home situation
Address
Relationship to unborn baby, infant, child or young person
Name
Address
Relationship to unborn baby, infant, child or young person
Name
Details of parents/carers
What has led to this unborn baby, infant, child or young person being assessed?*
People present
at assessment*
Assessment information
イギリス Commom Assessment Framework(共通のアセスメントフォーム)
2
126
3
Details
Details
Service
Service
Details
Service
Details
Details
Service
Service
Details
Details
Details
Service
Early years/education/FE
training provision
GP
Services working with this infant, child or young person Lead professional’s email address
Lead professional’s contact number
Tel.
Tel.
Tel.
Tel.
Tel.
Tel.
Tel.
Tel.
Behavioural development
Lifestyle, self-control, reckless or impulsive
activity; behaviour with peers; substance
misuse; anti-social behaviour; sexual behaviour;
offending; violence and aggression; restless and
overactive; easily distracted, attention
span/concentration
Emotional and social development
Feeling special; early attachments;
risking/actual self-harm; phobias; psychological
difficulties; coping with stress; motivation,
positive attitudes; confidence; relationships with
peers; feeling isolated and solitary; fears; often
unhappy
Speech, language and communication
Preferred communication, language,
conversation, expression, questioning; games;
stories and songs; listening; responding;
understanding
Physical development
Nourishment; activity; relaxation; vision and
hearing; fine motor skills (drawing etc.); gross
motor skills (mobility, playing games and sport
etc.)
General health
Conditions and impairments; access to and use
of dentist, GP, optician; immunisations,
developmental checks, hospital admissions,
accidents, health advice and information
Health
Organisation
Name of lead professional (where applicable)
1. Development of unborn baby, infant, child or young person
Role
Address
Postcode:
Consider each of the elements to the extent they are appropriate in the circumstances. You do not need to comment on
every element. Wherever possible, base comments on evidence, not just opinion, and indicate what your evidence is.
However, if there are any major differences of view, these should be recorded too.
CAF assessment summary: strengths and needs
Contact tel. no.*
Name*
Details of person(s) undertaking assessment
Universal
Other services
4
127
5
Aspirations
Ambition; pupil’s confidence and view of
progress; motivation, perseverance
Progress and achievement in learning
Progress in basic and key skills; available
opportunities; support with disruption to
education; level of adult interest
Participation in learning, education
and employment
Access and engagement; attendance,
participation; adult support; access to
appropriate resources
Understanding, reasoning and
problem solving
Organising, making connections; being creative,
exploring, experimenting; imaginative play and
interaction
Learning
Self-care skills and independence
Becoming independent; boundaries, rules,
asking for help, decision-making; changes to
body; washing, dressing, feeding; positive
separation from family
Social and community elements
and resources, including education
Day care; places of worship; transport; shops;
leisure facilities; crime, unemployment, antisocial behaviour in area; peer groups, social
networks and relationships; religion
Housing, employment and
financial considerations
Water/heating/sanitation facilities, sleeping
arrangements; reason for homelessness; work
and shifts; employment; income/benefits;
effects of hardship
Wider family
Formal and informal support networks from
extended family and others; wider caring and
employment roles and responsibilities
Family history, functioning and well-being
Illness, bereavement, violence, parental
substance misuse, criminality, anti-social
behaviour; culture, size and composition of
household; absent parents, relationship
breakdown; physical disability and mental
health; abusive behaviour
3. Family and environmental
Guidance, boundaries
and stimulation
Encouraging self-control; modelling positive
behaviour; effective and appropriate discipline;
avoiding over-protection; support for positive
activities
Emotional warmth and stability
Stable, affectionate, stimulating family
environment; praise and encouragement;
secure attachments; frequency of house,
school, employment moves
Basic care, ensuring safety
and protection
Provision of food, drink, warmth, shelter,
appropriate clothing; personal, dental hygiene;
engagement with services; safe and healthy
environment
Identity, self-esteem, self-image
and social presentation
Perceptions of self; knowledge of
personal/family history; sense of belonging;
experiences of discrimination due to race,
religion, age, gender, sexuality and disability
Family and social relationships
Building stable relationships with family, peers
and wider community; helping others;
friendships; levels of association for negative
relationships
2. Parents and carers
1. Development of unborn baby, infant, child or young person (continued)
6
128
7
How can change happen?* (Include the child/young person’s, parent/carer’s and practitioner’s views)
What changes are wanted?* (Include the child/young person’s, parent/carer’s and practitioner’s views)
Needs/ worries:
Strengths & Resources:
needs – e.g. no additional needs, additional needs, complex needs, risk of harm to self or others?)
What are your conclusions?* (What are the child/young person’s/families strengths and resources, what are their
(What are the key aims the child, young person and/or family would like to address?)
What are your aims?*
Now the assessment is completed you need to record conclusions, solutions and actions. Work with the baby, child or
young person and/or parent or carer, and take account of their ideas, solutions and goals.
Conclusions, solutions and actions
Action
Who will do this?
By when?
Goals(e.g. How will you know that things have improved? What will things look like at review?)
Agreed review date*
(as agreed with child, young
person and/or family)
Desired Outcomes
(in order of priority list the actions agreed for the people present at the assessment)
Agreed Actions* (At least one action must be entered)
8
129
9
Name
Name
Date
Date
Yes
No
If you think the child may be a child in need (under section 17 of the Children Act 1989) then you should also consider
referring the child to children's social care. These referral processes will be included in your local safeguarding children
procedures and are set out in Chapter 5 of Working Together to Safeguard Children (2006)
(www.ecm.gov.uk/workingtogether). You should seek the agreement of the child and family before making such a referral
unless to do so would place the child at increased risk of significant harm.
Exceptional circumstances: concerns about significant harm to infant, child or young person
If at any time during the course of this assessment you are concerned that an infant, child or young person has
been harmed or abused or is at risk of being harmed or abused, you must follow your Local Safeguarding
Children Board (LSCB) safeguarding children procedures. The practice guidance What to do If you’re worried a
child is being abused (HM Government, 2006) sets out the processes to be followed by all practitioners.
Signed
Assessor’s signature
Signed
I agree to the sharing of information, as agreed, between the services listed below
I have had the reasons for information sharing and information storage explained to me and I understand those
reasons.
Yes
No
This infant, child or young person for whom I am a carer
This infant, child or young person for whom I am a parent
Me
I understand the information that is recorded on this form and that it will be stored and used for the purpose of
providing services to:
“We need to collect the information in this CAF form so that we can understand what help you may need. If we
cannot cover all of your needs we may need to share some of this information with the other organisations
specified below, so that they can help us to provide the services you need. If we need to share information with
any other organisation(s) later to offer you more help we will ask you about this before we do it.”
“We will treat your information as confidential and we will not share it with any other organisation unless we are
required by law to share it or unless you or any other person will come to some harm if we do not share it. In any
case we will only ever share the minimum information we need to share”
Consent statement for information storage and information sharing*
Parent or carer’s comment on the assessment and actions identified*
Child or young person’s comment on the assessment and actions identified*
4
Action
Who will do this?
By when?
Progress & Comment
Date
Closed
10
Contributing
to ECM Aim4
Unknown
FOR COMPLETION AT REVIEW STAGE
Email*
Female
DOB or EDD*
*Male
These outcomes should be linked to the ‘Every Child Matters’ aims where appropriate. Please see the CAF Practitioners Guide Annex B for a full list of the ECM aims which sit below the five ECM outcomes.
action must be entered)(as agreed
with child, young person, family)
Desired outcome (at least one
Contact Number*
Agency/Relationship*
LP Details
Name*
Address*
Postcode*
Family name*
Address*
Personal Details
Given name(s) *
response is required and/or used to review progress)
Delivery Plan & Review (Actions from the assessment should be brought forward into the delivery plan and added to where a multi-agency team around the child
130
Agreed review date:
Reason for closure:
Date*:
© Copyright The Children’s Workforce Development Council, 2009. Originally produced by The Department for
Children, Schools and Families, 2006
http://www.dcsf.gov.uk/everychildmatters/strategy/deliveringservices1/caf/cafframework/
Parent or carer’s comment on the assessment and actions identified*
11 No
Yes
Child or young person’s comment on the review and actions identified*
Review Notes*
Can the CAF be closed?*
Next Steps*
(Review delivery plan and update with any agreed further action)
People present*
Review
http://www.hillingdon.gov.uk/cafより
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ヒリンドン区にはA4シート12枚に及ぶ独自のCAFもある。
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7KH&RPPRQ$VVHVVPHQW)UDPHZRUNLQ+LOOLQJGRQ
ロンドン ヒリンドン区CAFフローチャート
$1<FKLOGSURWHFWLRQ
FRQFHUQDW$1<WLPH
$1<FKLOGSURWHFWLRQ
FRQFHUQDW$1<WLPH
第 38 回(2012 年度)資生堂児童福祉海外研修報告書
発 行 2013 年3月31日
公益財団法人 資生堂社会福祉事業財団
〒104-0061 東京都中央区銀座 7-5-5
印 刷 NSコーポレーション株式会社
〒105-0004 東京都港区新橋 5-13-1
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この報告書は環境にやさしい「大豆インキ」を使用しています