センター研究紀要 No.18 2013 全体(pdf)

ISSN 1881-6169
教育実践学研究
山梨大学教育人間科学部
附属教育実践総合センター
研 究 紀 要
No. 18 2013
学校に批判的な保護者への対応
-経験豊富な教師の語りの質的分析-
矢崎 克洋,芦澤 稔也,窪田 昌彦,谷口 明子………………………………………………………1
障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
鳥海 順子………………………………………………………………………………………………………11
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
-山梨大学教職大学院の事例-
酒井 厚,東海林麗香,進藤 聡彦,谷口 明子,寺﨑 弘昭,長瀬 慶來,中村 享史,
平井貴美代,堀 哲夫,雨宮 亘,川村 直廣,嶋田 一彦,仙洞田篤男,瀧田二三雄,
蘒原 桂,早川 健,藤森 顕治……………………………………………………………………………20
不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
渡邉 雅俊………………………………………………………………………………………………………40
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
-作業学習の支援経過を中心とした検討-
渡邉 雅俊,松本 晃…………………………………………………………………………………………48
小学生はどのように「論理的に」考えるのか
-「理由づけ」を省略した論理構造に対する児童の意識-
保坂 修男,岩永 正史………………………………………………………………………………………57
フランスにおける映画教育(2)
森田 秀二………………………………………………………………………………………………………66
戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
-教授法の担当者と授業内容を中心として-
古家 貴雄………………………………………………………………………………………………………85
公民的教科目における租税政策検討力の育成
-ドイツにおける事例-
服部 一秀………………………………………………………………………………………………………93
色材の三原色と光の三原色についての調査
-工学部大学生を対象にして-
佐藤 博,別保 大志……………………………………………………………………………………… 110
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
佐藤 博,山主 公彦,別保 大志……………………………………………………………………… 118
音楽の諸要素を識別するための音源の有効性と活用法
-視覚的イメージの検討を通して-
小島 千か…………………………………………………………………………………………………… 126
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
-思考や認知過程の内化・内省・外化をうながす教師の働きかけを中心にして-
芦澤 稔也,仙洞田篤男,堀 哲夫……………………………………………………………………… 133
小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
- OPPAを活用したカリキュラム評価を中心にして-
市川 英貴,堀 哲夫……………………………………………………………………………………… 149
OPPシートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
-高等学校生物Ⅰ「生殖と発生」を事例にして-
渡邉 萌,神澤 恒治,堀 哲夫………………………………………………………………………… 164
OPPAを活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
谷戸 聡子,堀 哲夫……………………………………………………………………………………… 175
日本におけるディベート教育 第二部
ポール・クラウジア,長瀬 慶來………………………………………………………………………… 187
通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
村井敬太郎…………………………………………………………………………………………………… 191
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター研究紀要刊行規程
(平成 22 年7月 20 日制定)
(平成 24 年6月 13 日改正)
第1条 山梨大学教育人問科学部附属教育実践総合センター(以下「センター」という。)は、紀要編集
委員会を構成し、毎年、年度末にその年度の研究の成果を研究紀要にまとめ、これを『教育実
践学研究』(以下『センター紀要』という。)として刊行する。
第2条 『センター紀要』は、本学部・本学教育学研究科及び附属学校園の教員等の教育実践研究の推進
に資する研究論文等を掲載し、教育実践研究の推進に貢献することを目的とする。
第3条 本誌に執筆に投稿できる者は、次に掲げるとおりとする。
(1)本学教育学研究科教員・本学部教員(附属学校園教員・非常勤講師を含む)及び退職者(ただし、
本学等に在職時の研究に関する発表のみ可)。
(2)本学教育学研究科・本センター客員教授・本センター研究員及び本センター研究協力者。
(3)本学教育学研究科所属の大学院生。
(4)その他、センター研究紀要編集委員会が認めた者。
第4条 『センター紀要』の内容は、教育実践研究を直接の対象とする「教育実践研究編」と、これを支
える諸科学の研究を対象とする「基礎研究編」、及びセンターの諸活動報告を中心とする研究情
報等の提示を柱として構成する。
第5条 論文・報告は未発表のものに限る。ただし、口頭発表等の場合はこの限りではない。
第6条 原稿の採択・体裁の決定、発行は、紀要編集委員会が行う。
第7条 執筆要項は、別に定める。
第8条 原稿提出締切日は毎年 10 月最終木曜日を原則とし、センターで受け付ける。
第9条 投稿原稿の中で引用する文章や図表の著作権に関する間題は、著者の責任において処理する。
第10条 掲載された論文等の著作権は、原則としてセンターに帰属する。センターは、印刷媒体以外に
CD-ROM、Web 等を通じて論文等を公表することができる。特別な事情により著作権をセンター
に帰属させることが困難な場合には、申し出により著者とセンターとの間で協議の上措置する。
第11条 掲載された論文等の著者は、出典を明記することにより、掲載論文等をセンターの許諾無しに、
印刷媒体・Web 等を通じて、複製・転載・公開することができる。
(雑則)
第12条 この規程を改正しようとするときは、センター運営委員会の議を経なければならない。
附 則
1.この規程は、平成22年7月20日から施行する。
2.山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター研究紀要刊行規程(平成17年7月27日制定)
は、廃止する。
3.この規程は、平成 24 年6月 13 日から施行する。
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター研究紀要執筆要項
(平成 22 年7月 27 日制定)
1.原稿(論文題名、著者名、要約、キーワード、本文、参考文献、注記、図表・写真等掲載する内容の
すべてを含む。)は電子媒体及びそのプリントアウト1部を提出する。
(1) 原稿作成にあたり、別途定める原稿作成要領に従う。
(2) 和文原稿は、常用漢字、現代仮名遣いにより、横書きとし、44 字× 42 行を1頁の目安とする。
(3) 欧文原稿は、横書きとし、半角 88 字× 42 行を1頁の目安とする。
(4) 図表・写真は、1枚毎に別々のファイルにして提出し、本文中での割付位置を提出物において示す。
(5) 提出するすべてのファイルの名前は、半角英数記号文字のみを用いる。
2.原稿の頁数は原則として制限しないが、電子媒体による公開・配信上の観点から頁数等の縮小を要請
する場合がある。
3.図表・写真で使用する色は問わないが、コンピュータ処理の関係で元の色が正確に再現できない場合
があることに留意する。図表・写真以外では白黒を原則とする。
4.和文、欧文原稿ともに冒頭に表題(副題を含む。)、著者名、所属名、要約(日本語 400 字、または欧
文 200 語以内)及び、キーワード(3~5語)を記載する。表題と著者名は日・英両語で記載する。
5.参考文献は執筆者所属学会誌の記述形式に準じて、本文末尾に一括して記載する。
6.本文の見出しの番号の打ち方は {I,II,III} → { 1, 2, 3} → {(1),(2),(3)} とし、参照する際には、
章、節、項と称することを原則とする。
7.校正は再校まで著者が朱書きで行い、期日までに提出する。校正は誤植の訂正のみにとどめる。
附 則
1.この要項は、平成22年7月20日から施行する。
2.山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター研究紀要執筆要項(平成17年7月27日)は、
廃止する。
教育実践学研究 18,2013
1
学校に批判的な保護者への対応
-経験豊富な教師の語りの質的分析-
How Do Teachers Deal with Difficult Parents?
-Qualitative analysis of expert teachers’ narrative 矢 崎 克 洋 * 芦 澤 稔 也 ** 窪 田 昌 彦 *** 谷 口 明 子 ****
YAZAKI Katsuhiro ASHIZAWA Toshiya KUBOTA Masahiko TANIGUCHI Akiko
要約:本研究は,学校に批判的な保護者に対してどのような配慮をすることが効果的
な対応となるのかを明らかにすることを目的とした探索的研究である。学校と家庭と
の連携強化が謳われる中で,学校に批判的な保護者への対応は,教師のストレス源と
して看過できない問題となっている。そこで,経験豊富な教師たちがどのような配慮
を行っているのか,その対応のポイントを関東圏の公立学校教師へのインタビュー結
果の質的分析により抽出した。結果として,学校に批判的な保護者への対応として,
<保護者の話を傾聴する><学校の指導方針を伝える・説明する><感謝を伝える>
<保護者の心情・立場を理解する><校内で組織的に対応する><学校は子どもの味
方であることを伝える><専門的知識の提供を受ける>の7つのカテゴリーが得られ
た。
キーワード:保護者対応,学校批判,質的分析
Ⅰ 問題と目的
教師のストレスの深刻化が懸念されて久しく,平成 22 年度に精神疾患を理由として病気休職を
取得した教師は 5400 名を超え,在職者の約 0.6%にも達することが報告されている(文部科学省,
2011)。近年,その要因のひとつに,いわゆる「モンスター・ペアレント」「困った保護者」の存在
が指摘されている(市橋・黒河内・冨永・古川,2008 他)。
Benesse 教育研究開発センター(2010)の調査によれば,「学校にクレームを言う保護者」が「増
えた」と回答した教師の比率は,2007 年調査時の 78.4%から減少しているとは言え,依然 66.3%に
も上っており,「変わらない」と合わせると約 95%の教師が保護者からのクレームに苦慮しているこ
とが窺われる。現場教師の実感としても,学校に対するクレームが近年増加しており,学校側の働
きかけに対し,極めて非協力的だったり敵対的だったりするような態度を示されることも珍しくは
ないと感じられる。
こうした保護者のクレームの背景としては,保護者が抱く不確実性の高い社会に対するやり場の
ない怒りがあり,その矛先が身近な教師に向けられているとの指摘がある(小野田,2006;2008)。
また,保護者自身の学校経験に基づく教師への不信感の存在や(松田,2008),教育の自由化がも
たらした教育実践の商品化による保護者の顧客化と権利意識の増大が教師への不満や過剰な要求と
なって表出しているのではないかとも言われる(尾木,2008)。2010 年8月現在において,18 の都
道府県教育委員会,8の市教育委員会が保護者や地域等からの要望・苦情対応マニュアルを作成し
*
山梨県立韮崎工業高等学校 ・ 教育実践創成専攻大学院生 ** 富士川町立増穂中学校・教育実践創成専攻大学院生
甲斐市立双葉中学校・教育実践創成専攻大学院生 **** 教育支援科学講座
***
学校に批判的な保護者への対応
ていることからも(小坂・佐藤・末内・山下,2011),行政レベルでの対応が不可欠との認識が共有
されていると言える。教師と保護者の関係は,学校を舞台とするマイクロな人間関係の問題から,
時代の波の中で難しい社会問題となってしまったと言っても過言ではないだろう。
一方で,平成 18 年改正の教育基本法第 13 条においては「学校,家庭及び地域住民等の相互の連
携協力」が新たに規定され,学校と家庭の連携強化が法的根拠をもつに至った。教師にとって,保
護者と向き合い,協力関係構築のために努力することは,重要な職務のひとつと位置づけられたの
である。
では,対応が難しいと感じられる批判的な保護者にどのように向き合えばよいのだろうか。上述
したような教育現場を巡る状況の中で,効果的な保護者対応のポイントを知ることは,教師の職務
遂行上大変有益なことである。しかし一方で,こうした対応のコツは,経験知として長年の教師経
験を積む中で体得される場合が多く,形式知として言語化されて教師間で伝達されることは極めて
少ない。少子化の影響で教員数減少が見込まれる中,経験豊富な教師の経験知を教師全体で共有で
きるよう形式知化していくことは,重要な研究課題と言える。保護者からのクレームを学校と家庭
とのよりよい協働関係構築の機会に転換するためにも,経験豊富な教師たちがどのような対応を心
がけているのかについての,現場教師の生の声から立ち上げた知見は貴重な示唆を与えてくれるだ
ろう。そこで,本研究では,学校に批判的な保護者に対して経験豊富な教師たちがどのような配慮
を心がけて対応したのか,半構造化インタビュー・データの質的分析を通して明らかにすることを
目的とする。
Ⅱ 方 法
本研究では,学校に批判的な保護者に対応する際の効果的なポイントを明らかにするために,
「保
護者対応がうまい」と教師仲間から評価される教師3名を対象として半構造化インタビューを行い,
保護者と向き合う際にどのようなことを心がけているのかを,具体的な事例に則して検討した。
1.研究協力者
現職教師である著者3名が,自らの教師経験の中で保護者対応がうまいと感じている教師を選び,
インタビュー調査への協力を依頼した。いずれの教師もインタビュー実施者の現勤務校とは異なる
所属である。 A教諭(中学校):40 代男性。教職歴 20 年以上。
B教諭(中学校):40 代女性。教職歴 20 年以上。
C教諭(高等学校):50 代女性。教職歴 30 年以上。
2.調査時期・時間・場所
2011 年 11 ~ 12 月,各協力者の所属校にて行った。所要時間は,1人 40 分~ 70 分程度であった。
3.調査手続き
1対1の半構造化インタビューを行った。インタビュー・ガイドは,表1の通りである。なお,
インタビュー・ガイドのうち,①~③は必ず行う質問とし,それ以外はインタビューの流れによっ
て臨機応変に行うよう,インタビュー実施者3名の間であらかじめ取り決めてインタビューを実施
した。インタビューは,研究協力者の許可を得て録音し,作成した逐語録を分析資料とした。
-2-
学校に批判的な保護者への対応
表1.インタビュー・ガイド
①学校に批判的な保護者への対応として,一番印象に残っている事例はどのようなことで
しょうか(どのような出来事だったのか)。
②その事例に対してどんなふうに対応したのですか。
③その保護者はどんな人でしたか(年齢,職業,学校との関係など)。また,その人の様
子はどのようなものでしたか。
④その人をどう理解しようとしましたか。
⑤クレームに対して,どのようなスタンスで対応するように考えていらっしゃいますか。
⑥クレームに対して対応する際のご自分の心境について教えてください。
(また,そのように思ったのは,なぜでしょう。)
⑦その人がどのように考えてこの行動に及んだと考えますか。
⑧この件に関する対応について,主に対応にあたっているのは誰ですか。
⑨この件があってから,その人の子どもに対する印象は変化しましたか。変わったとすれ
ばどのように変化しましたか。(保護者でない場合は除く)
4.倫理的配慮
本研究の目的及び今回の研究以外にはデータを使用しないことを口頭で説明し,研究協力の同意
を得た。また,プライバシー保護への配慮のため,個人や所属が特定されるような固有名詞は伏せ
て匿名化し,記述の内容も本研究の趣旨とかかわりがない箇所に関しては一部変更を加えた。論文
発表にあたっては,事前に研究協力者から発表の了解を得た。
5.分析方法
探索的に教師自身の内的世界を探る研究であることから,分析方法として Bogdan & Biklen(2003)
の質的分析法を援用した。具体的な分析手続きは,①協力者への半構造化インタビューから逐語録
をおこし,②データを何度も読み返し,「学校に批判的な保護者対応のポイント」に関わると思われ
る語りの部分を特定してコード名をつけ,③コードの比較検討から,内容の類似性によって統合し
て,カテゴリーを生成し,④導き出されたカテゴリーについて個々に考察したうえで,最終的な結
論を導いた。
Ⅲ 結果と考察
1.協力者3名の語りの要約
(1)A教諭:学校の指導に不満を持つ父親への対応事例について語られた。同級生から嫌がらせを
受けた長女の言葉を信じた父親が,学校にクレームを言ってきた(しかし,クレーム内容は事
実ではなかった )。この後,父親は学校のアドバイスには耳を貸さず,長女を学校に通わせな
かった。のちに入学した次女も生徒間のトラブルののち,学校に通わせなくなった。
(2)B教諭:学級内で経験した2事例について語られた。1事例は,提出物が遅れた生徒への教師
の一言に対して母親からクレームが寄せられた。クレームはそこからスタートし,提出物や期
限,さらには1学期の担任の言動にまで,とどまるところを知らず拡大した。もう1事例は,
担任による学級通信の表現に関するクレームが寄せられたというものであった。
(3)C教諭:学年主任だったころに,ある生徒が入学後間もなく髪を茶色に染めたため,担任や学
年職員で指導したことに対して保護者からクレームがあり,対応した経験が語られた。当該生
-3-
学校に批判的な保護者への対応
徒は,頭髪以外にも服装や行動面で目立つ点があった。しかし,生徒が学校の指導に従わない
だけでなく,保護者も学校の指導を理解せず,逆に身勝手な要求を繰り返すことが卒業まで続
いたという事例であった。
2.学校へ批判的な保護者対応のポイント:「クレーム対応カテゴリー」の生成
語りを分析した結果,学校に批判的な保護者対応のポイントとして,<保護者の話を傾聴する>
<学校の指導方針を伝える・説明する><感謝を伝える><保護者の心情・立場を理解する><校
内で組織的に対応する><学校は子どもの味方であることを伝える><専門的知識の提供を受け
る>という7つのカテゴリーが生成された。本研究ではこれを「クレーム対応カテゴリー」と名づ
けた。以下では,それぞれのカテゴリーについて,それらが表れる思われる語りを引用しながら,
考察していく。尚,以下において< >内はカテゴリー名を,文中の『 』は語りからの引用を表
すものとする。
(1)<保護者の話を傾聴する>
[教師の語りNo.1:B教諭]
まー聞くっていう姿勢はね,とにかく全部こう聞いてから。じゃーこうしますかっていうよ
うな説明は,そのあとさせてもらってたんですけどね。…(中略)…とりあえず一回はね。聞
くというか。聞こうって。聞いたうえで反逆するぞって,負けないぞっていうのは,あります
けどね。その上で,聞きますけどね。まずは,聞かなきゃと思ってとりあえず1回は聞きます
けどね。
[教師の語りNo.2:B教諭]
もし電話じゃあれだから,お時間とるじゃーいくらでもとるので,直接お顔見て言った方が
よければ,お会いする時間もとれますよなんていう話は一応して,そしたら最後には「じゃー
いいですよ」みたいな感じになってきて…,っていう感じですね。
[教師の語りNo.3:C教諭]
まず学校に保護者がモノを言ってくるときに,それがすべてクレームかどうかっていうのは,
そうとも,そうではない部分もあるんじゃないかと思いますね。あの例えば 30 言ってきたとす
れば,クレームに相当するようなものはそのうちのわずかな部分かなっていうふうに思います。
三つか四つかなって。それ以外のものは,まあ,自分の子どものその学校生活が思うようにい
かないっていうことに対しての SOS っていうんでしょうかね。ですからまずは聞く耳を持って,
子どもさんの状況,学校での状況,家庭の状況っていうことを双方で情報共有するっていうん
ですかねえ,よく見ながら話をして,そして大体親っていうのは子どもがうまくいけばすぐそ
ういうことは引っ込めますよね,ふふふ…かえって雨降って地固まるじゃないですけれどもだ
からそれでお互いに理解が深まってうまくいくっていう例もあると思うんです,そういう例も
ありますので。
[教師の語りNo.4:C教諭]
父親が「気に入らない」ってような形で電話してきましたのでね,とにかく時間が結構かか
りましたけども十分話を聞きました。父親はずっとしゃべっていましたけれども。
これらの語りに見られるように,最も多く語られたのが保護者の話を十分「聞く」ということで
あった。保護者の話を傾聴することを重視する経験豊富な教師たちの基本スタンスが窺われる。ま
ずは保護者面談のために時間を作る意思を示し,寄せられた学校批判が必ずしも妥当なものではな
-4-
学校に批判的な保護者への対応
いとの判断はあっても,教師の側の意見を保護者に伝えることはまず抑え,ひたすら「聞く」とい
う姿勢がみられる。保護者に向き合い,十分に話を聞くことで,[教師の語りNo.3] に『雨降って地
固まる』とあるように,トラブルが転じて相互理解へとつながっていくことも期待されている。
(2)<学校の指導方針を伝える・説明する>
[教師の語りNo.5:C教諭]
まあ,自分の娘も茶色いけれども,ほかにも茶髪の生徒がいるではないかというようなこと
で,あの時の話で公正に平等に指導してもらいたいというようなことも最初は言われました。
で,公平に指導をしていて同じような茶色い生徒に関しては同じような指導もしていますとい
う話もこちらではしています。
[教師の語りNo.5] では,事実として行っている学校の指導や指導方針が保護者に伝えられてい
る。「不公平な指導ではないか」との保護者の判断に対して,学校側の指導内容が伝えられ,「不公
平」ということが保護者の誤解であることが説明されている。『誤解があればやっぱりそこは解い
ていって。あくまでも誤解は誤解で,それは誤解が解ければいいわけで。』とのB教諭の語りにも,
まず保護者の話を聞いたうえで,誤解を解くべく教師が行った指導について保護者に説明すること
の重要性が示されている。そして,これらの<学校の指導方針を伝える・説明する>という行為は
(1)の<保護者の話を傾聴する>ことを踏まえてのステップであると協力者が考えていることが察
せられる。
また,先の [教師の語りNo.1] にみられる「反逆するぞ」「負けないぞ」の発言には,「まずは聞
かなきゃ」という姿勢の裏側にある,教師として自分の指導方針を保護者に伝える固い決意を垣間
見ることができる。
(3)<感謝を伝える>
[教師の語りNo.6:B教諭]
どれだけカチンと来ても,一応(電話を)切るときには,「今日はありがとうございました」っ
て言って切りますけどね。うーん,そういう(保護者からの)意見もいただいてね,参考にし
ますとか。一応下手には(筆者補注:出るようにしています)ー,言いたいことは言いますけど。
[教師の語りNo.7:B教諭]
具合悪いなんていう(連絡をもらった)時も「この前お母さんありがとうございましたね」
みたいなね,「ご意見をいただいて」っていうような話をこっちからももちかけたんです。
一般企業においても「クレーム対応」については多くの時間をかけ,社員研修も行われている。
営利目的である企業の場合,顧客をつなぎとめることを目的として,通常最後は「クレームに対す
る感謝」で対応を終えることがマニュアルには記されている(日本経済新聞,2010)。しかし,教育
現場では,保護者からの批判に対して教師が保護者に謝罪をすることはあっても,感謝の気持ちを
伝えることは極めて少ないのではないだろうか。上の2つの語りにみられるように,「感謝の意」を
伝えることは,対応を後味の悪いものにしない意味で有効であると考えられる。ただ,それが必ず
しも教師の本心からの感謝ではないこともあり,それが大きなストレスとなる可能性も否定できな
い。昨今の教師は 24 時間「教師役」を演じることを要求されるが,「教師である自分」と「一個人
である自分」との一線を画するという意味も含め,「仕事上のスキル」として「感謝の意を伝える」
ことを身につけておくという構えも必要な時代なのかもしれない。
-5-
学校に批判的な保護者への対応
(4)<保護者の心情・立場を理解する>
[教師の語りNo.8:A教諭]
おまえたちに,こういう娘を持った俺の気持ちがわかるか,って言ってたんだ。その時ね,
ああ,やっぱ,親なんだよな,と思ったね。一瞬。がんがん言われているときは,この野郎,っ
て感じになってるんだけど,…中略…あー,まー,わからんでもないわな,と一瞬,思った。(子
どもかわいいのかな,っていう…)って思ったんだけどもね。
[教師の語りNo.9:C教諭]
まあ,あの自分の子どもが非常にかわいいという気持ちは親として私もわかりますので,…
中略…母親も自分の子どもも良くしたいという気持ちはあるんですね,一生懸命。良くしたい
んだけれども子どもも母親の言うことをあまり聞いてくれない。で,母親もどうしていいかわ
からない。そういうものも一番もとのところにはあったと思います。で,あと自分の子どもが
学校で悪く思われたくない。叱られるようなことはさせたくない,ということですね。ですから,
学校で言われたとおりできないとなると学校の方に特別こういうふうな状況なのでそれを許し
てほしいとこういうふうに言っていくしかなかったということだと思いますけれどもね。
学校に批判的な意見を持ってくる人々に対するとき,教師は決して快く対応しているわけではな
いが,その対応の中でも,保護者の心情や立場を理解しようと努力している。上の語りには,教師
としての立場をいったん離れ,保護者・子どもの立場に立ち,なぜこのような批判的な意見を持つ
ようになっているのかを考え,対応に生かそうとしている姿がある。
先の<保護者の話を傾聴する>ことと関連するところであるが,保護者を受容し,共感すること
から信頼関係を構築していく,いわゆるカウンセリング・マインドをもつことの重要性が示された
と言えるだろう。
(5)<校内で組織的に対応する>
[教師の語りNo.10 :C教諭]
自分一人で抱え込んでいると追い詰められますからねえ,やっぱり学年の先生たちと話をし
て,こうこう,こういうことがあって困るじゃないですかねえという話をしていくっていうこ
とでしょうかねえ,理解してくれる,あるいはまあ学校の中で分かってくれる先生にちょっと
相談をするとか,こんな状況でどうしようかとか,まあ生徒指導主事なんかにも一緒になって
例えばあの生徒指導の方で強く注意をしてもらって,そして学年の方がそれに対してその子と
一緒になって,すみません,直しますというふうにやるとか,そういう形でその子のサイドに
立つということも考えました。
学校に寄せられた批判的な意見に対して,担任ひとりが対応するのではなく,校長・教諭といっ
た管理職,生徒指導主任,学年主任他,学校内の協力体制のもと組織的に対応していこうという姿
勢が見られる。複数でものごとに取り組み,また,役割分担もなされている。『全校の先生もご理解
をいただくのには、「あの学年のあの生徒は何だ、あれは」ということになりますから、あの、職員
会議でお願いをして状況を話したこともありますし、そんなことで、学校の中でも理解してもらわ
なければならない』とのC教諭の語りにも,職員会議での意思疎通を図り,学校内にて統一した見
解をもつようにする姿勢が見られる。
東京都教育委員会が作成した「学校問題解決のための手引き~保護者との対話を活かすために~」
(東京都教育庁指導部指導企画課,2010)においても,教職員間の連携と役割分担の重要性が記され
-6-
学校に批判的な保護者への対応
ている。学校に批判的な保護者への対応のみならず,不登校やいじめ等学校にかかわる問題すべて
についても言われることではあるが,校内の連携協力体制を築き,教師集団としての機能的なチー
ムワークがここでも効果をもつと言える。
(6)<学校は子どもの味方であることを伝える>
[教師の語りNo.11 :B教諭]
最初会ったときに,二人の時に,お母さんどれだけ批判してもねいいけど,子どもの前では
批判しないでくださいね,学校の。…中略…最初に言いました。三面の時だったか,とにかく
お兄ちゃんがねとかそういういろんな話をした時に,向こうがしゃべった時に,んーその話を
一番先にして,でどんだけ言ってもらってもいいけど生徒本人の前で言うのは,決してね本人
のプラスにならないから…,で,色々言いたいときはもう大人同士で話をしてね。
[教師の語りNo.12 :C教諭]
学年の方はその子と同じサイドに立って注意を受けて,あのう,これからそういうことで指
導に従うように努力しますっていうことで生徒指導の方に一緒に頭を下げて,そしてそれをま
た家庭にも連絡をして,そして一緒に頑張りましょうってことで言うんですが…中略…同じサ
イドに立って,母親と学校の方で同じサイドに立って子どもに対するような状況にもっていき
たかったんですけれども…。
保護者を学校の味方にできれば,生徒指導上その効果は大きい。学校に批判的な保護者を味方に
するのは本来的には困難なことではあるが,学校 vs 家庭という対立図式を作らないように,子ども
の目の前で学校を非難することは問題解決になんら役立たず,むしろ悪影響を及ぼすことを理解し
てもらうだけでも効果があるだろう。学校は常に子どものプラスになるよう考えていること,子ど
もとの信頼関係を大切にしたいことを保護者に伝えることは重要であろう。
また,更に一歩進んで,教員が叱り役(生徒指導係)と謝り役(担任や当該学年所属の教師)に
分かれることで,謝り役が子どもと保護者の立場で一緒に謝る機会をもつことが,関係を改善する
糸口となった事例も語られた。組織としての学校に対峙する一人の保護者という孤軍奮闘状況を作
らず,学校は子どもの味方であり,ひいては保護者の味方でもあることを保護者に理解してもらう
機会を設定することも有効な対応となりうる。
(7)<専門的知識の提供を受ける>
[教師の語りNo.13 :C教諭]
(茶髪について)いろいろ言うんだったら美容師に聞いてみてくれというようなことを言いま
すので,こちらもそれじゃ一度お話をさせてくださいって美容師さんの電話番号まで聞きまし
てそして実際に美容師さんとお話をしたこともあります。
問題に関わる専門知識を持った人や中立的立場の人から意見をもらうことで,学校と保護者との
対立関係を客観視できたり,学校側の主張を補強できたりする可能性がある。語りNo.13は髪の毛の
ことであるので美容師の知識を借りているが,外部のカウンセラー等のこともあるだろう。ただし,
常にこれが応用できるわけではなく,事例や状況に制約される。また,スクールカウンセラー等,
保護者から見て「学校サイドの人」と思われる専門家の場合は,保護者の意に沿わない意見が出た
ときに「皆,学校とグルである」のようにかえって,問題が大きくなる場合もあることには留意す
べきと思われる。
-7-
学校に批判的な保護者への対応
Ⅳ 総合考察
1.本研究の意義と独自性
本論では,保護者対応の経験豊富なと評される3名の教師の語りから,学校に批判的な保護者に
どのように対応したらよいのかについて,具体的な対応事例に基づき検討した。結果として,7つ
の保護者対応のポイントを得ることができた。
保護者からのクレーム対応については近年いくつかの研究が発表されている。河村(2007)は,
①保護者の怒りと不信の感情を受け止める,②教師の行った対応を説明する,③どのような対応を
教師に期待していたかを質問する,④教師と保護者が連携して対応していくことを確認する,の4
つ対応のコツを挙げ,市橋ら(2008)は,スクールカウンセラーから見た好転事例における教師の
対応として,①保護者の思いを受容的に聴く,②スクールカウンセラーとの連携,③対応への努力
の姿勢を具体的な形で示す(子どものいいところを学校が認めていることを伝える,関係機関を紹
介する,学校の対応について具体的な形で示す等),④対応への姿勢(毅然とした態度,粘り強く対
応する等)の4点を挙げている。さらに,上村・石隈(2007)は,クレーム対応に限らず保護者面
談一般を想定したロールプレイにおける教師の発話分析を行い,教師が保護者との連携を構築する
プロセスが,「援助具体化」と「保護者との関係構築」の2つの下位プロセスから成ることを明らか
にした。
本研究で得られた7つのクレーム対応カテゴリーは,先行研究の知見と基本的には整合している
が,クレームを言ってきた保護者に教師から<感謝を伝える>ことが重視されていることは本研究
独自の知見と言える。また,<学校は子どもの味方であることを伝える>カテゴリーにおける「子
どもの側にたって一緒に生徒指導主任に謝る」のように,具体的な行動レベルでの対応法に関する
知見が呈示できたことは,質的研究法を採用したことの賜物であり,本研究の意義のひとつと言える。
2.企業の顧客クレーム対策との比較
昨今は,「クレーム社会」と言われ,企業はクレームへの対応に力を入れるようになってきており
数々の対応マニュアル本も出版されている(関根,2006;2010 他)。具体的なクレーム対応法とし
て,渋谷(2012)は,一般企業管理職向け雑誌においてアメリカの経営学者シュトルツが提唱した
LEAD 法を紹介している。LEAD 法とは,Listen(先方の言い分を聞く)・Explore(問題の所在を探
る)
・Analyze(原因分析と対処法の検討)
・Do(できる対応を実践する)の頭文字をとったもので,問
題発生時の効果的な謝罪法として知られるものである。また,日本経済新聞(2010)は,クレーム
対応のコツとして,「STEP1:すぐに全面謝罪しない(限定的謝罪),STEP2:相手の立場で考える(聴
く・理解・共感),STEP3:興奮が収まったら質問(事実関係・状況把握),STEP4:丁寧な対応がカ
ギ(具体的対応),STEP5:リピーターとしてつなぎとめる(感謝)」5つのステップを挙げている。
これらは営利目的の一般企業の顧客対策ではあるが,学校現場にも応用可能性は高く,教師たちが
知識として持っていることは有益であると思われる。
しかし,教育現場と企業の厳然たる相違点がある。教育現場は営利目的の場ではなく,児童生徒
を育てる場であるということである。本研究のインタビューにおいても,保護者対応について聞い
ているにもかかわらず,
『担任はとにかく子どもに寄り添って』『その子を丸ごと,こう,理解しようっ
てそういう姿勢』『そんなこと(筆者注:家庭の事情)がわかるようになってから,まあ,子どもも
可哀想なのかなあなんて』『その子のサイドに立つということも考えました』等々,子ども本人を理
解し,支援することが頻繁に語られた。『だいたい,親っていうのは子どもがうまくいけば,すぐ,
そういうこと(筆者注:クレーム的なこと)は引っ込めますよね』とのC教諭の語りに見られるよ
-8-
学校に批判的な保護者への対応
うに,学校側が子どもをきちんと理解・支援していることは,保護者の信頼を得るための必要条件
である(十分条件ではないが)との認識が教師にはある。だからこそ,子どもの状態を良い方向に
もっていくよう支援するという視点が,批判的な保護者への対応としても重要になってくるのであ
る。子どもの問題が解決されたり,子どもが良くなったりすれば,学校に文句を言う原因も減少す
るからである。批判的な姿勢が強い保護者であるほど,学校は保護者との直接的な対応に神経をす
り減らしがちだが,学校が一番目を向け,エネルギーを注ぐべきは子どもであり,しっかりと子ど
もと向き合うことが保護者対応という観点からも基本であることがあらためて示された。
3.まとめと今後の課題
「ハインリッヒの法則」というものがある。「1件の重大事故の背後には 29 件の軽微な事故があり,
さらに 300 件の無傷の事故がある」というものである(Albrecht & Zemke,2001;畑村,2005)。こ
れをクレーム問題に置き換えると,1件のクレームの背後には 29 件の重大問題があり,さらに 300
件の日常クレームがあるということになる。教師にとっては,学校に寄せられた批判は予期はして
いても防げない自然災害のようなものであり,面倒くさいものや煩わしいものとして受け止められ
がちである。しかし,1件のクレームの背景にある 300 もの潜在クレームのことにも考えを及ばせ
ながら,真摯な態度で受け止めることが必要であろう。その際,本研究によって得られた7つのクレー
ム対応カテゴリーを念頭に置きつつ行動していくことは,効果的なのではないだろうか。
まずは,学校への批判を「クレーム」として一括りにしない方がよいだろう。「クレーム」とラベ
ルづけをした途端に,個々の問題の背後にある複雑な事情に向き合おうという気持ちが薄れ,問題
を解決しようとする姿勢も弱まってしまう。学校に寄せられた批判的な意見から,その問題の根本
をみつめ,解決していき,小野田(2008)が主張するように,学校批判を保護者とつながるチャン
スに転換していこうという姿勢こそが求められる。
そして,保護者の批判は何に対して向けられているのか,<保護者の話を傾聴>し,<保護者の
心情・立場を理解>しながら正確に把握することが肝要である。批判の対象が教師個人なのか,学
校組織なのかを分類することで,対処策が見えてきたり,精神的な余裕が生まれたりすることもあ
るだろう。その上で,複数の教師による<組織的対応>や,学校外の<専門的知識の提供を受ける
>等の対応を,<学校の指導方針>や<学校は子どもの味方であることを伝え>ながら実践してい
くのである。そして,折に触れ,<感謝を伝える>ことも忘れてはならないだろう。
学校に対する批判の内容は類型化できる面もあるが,学校に批判的な保護者にとっては,それぞ
れのケースが唯一無二のものである。本研究の知見を援用しながら,最終的に子どものためになる
ようにするにはどうすること,どうなることが必要かを考え,一つ一つの事例に対して真摯に対応
することで,批判的な人々との意思疎通を図ることが肝要であろう。
本研究の知見は3人の経験豊富な教師の経験した事例のみから得られたものであり,他の全てケー
スにもそのままあてはまるとは限らない。つまり,厳しい一般化可能性の限界がある。今後はより
多数の研究協力者からデータを収集し,知見を修正・精緻化していくことが課題である。
【引用文献】
Albrecht, K. & Zemke, R. 2001 Service America in the New Economy. Mcgraw-Hill(和田正春訳,2003
サービス・マネジメント.ダイヤモンド社)
Benesse 教育研究開発センター 2010 第5回学習指導基本調査(小学校・中学校版).
Bogdan, R. & Biklen, S. 2003 Qualitative Research For Education : An Introduction to Theories and Methods.
-9-
学校に批判的な保護者への対応
Allyn & Bacon
畑村洋太郎 2005 失敗学のすすめ.講談社
市橋真奈美・黒河内雅典・冨永良喜・古川雅文 2008 教員の「保護者対応」に関する研究 (1) スクー
ルカウンセラーを対象とした調査結果をもとに.発達心理臨床研究,14,1-8
上村恵津子・石隈利紀 2007 保護者面談における教師の連携構築プロセスに関する研究 : グラウ
ンデッド・セオリー・アプローチによる教師の発話分析を通して.教育心理学研究,55(4),560-572
河村茂雄 2007 教師のための失敗しない保護者対応の鉄則.学陽書房
小坂浩嗣・佐藤亨・末内佳代・山下一夫 2011 教師と保護者との連携に関する学校臨床心理学的
考察:いわゆる「モンスターペアレント」との対応.鳴門教育大学研究紀要,26,160-170
松田智子 2008 公立義務教育学校における保護者対応の現在 : 保護者の要望・講義・クレームの
分析を中心に.京都光華女子大学短期大学部研究紀要,46,167-194
文部科学省 2011 平成 22 年度教育職員に係る懲戒処分等の状況について.文部科学省 HP
日本経済新聞 2010 「クレーム対応」のコツ:5ステップ対処法でこじらせない (2010年6月10日
新聞記事 )
尾木直樹 2008 アンケート調査報告 「モンスターペアレント」の実相.法政大学キャリアデザイ
ン学部紀要,5,99-113
小野田正利 2006 悲鳴をあげる学校-親の“イチャモン”から“結びあい”へ.旬報社
小野田正利 2008 親はモンスターじゃない ! -イチャモンはつながるチャンスだ 学事出版
渋谷昌三 2006 相手の怒りを静める「洞察作用」と「浄化作用」.PRESIDENT 2006 年 5.1 号,
プレジデント社
関根眞一 2006 苦情学―クレームは顧客からの大切なプレゼント.恒文社
関根眞一 2010 苦情学 <2>-クレームの対応力が企業を救う.恒文社
東京都教育委員会 2010 学校問題解決のための手引き~保護者との対話を活かすために.東京都
教育庁指導部指導企画課
- 10 -
教育実践学研究 18,2013
11
障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
The Role of Japanese Self-Help Groups for Japanese Parents
and Their Children with Developmental Disabilities in the World(Part1)
鳥 海 順 子 *
TORIUMI Junko
要約:海外子女の数は年々増加しており、その中には障害のある子どもたちも当然存
在する。しかし、日本人学校入学前の障害のある海外子女に対する支援の実態につい
てはほとんど明らかにされていない。本研究では、北米を中心に、障害のある海外子
女とその保護者が早期に適切な専門的な支援につながる要因として、現地の日本人専
門職や邦人サポートグループの存在が大きな役割を果たしていることを指摘してきた。
北米以外の地域において海外子女が多くなった現在、世界各地における邦人サポート
グループの実態について調べることは、障害のある海外子女の早期支援を推進してい
く上で重要である。本報告では、現在、海外子女に対して支援を行っている世界各地
の邦人サポートグループについての実態を調べ、さらに、米国の事例について査定前
後における邦人サポートグループの役割を明らかにした。その結果、ネット上で公開
されている海外の邦人サポートグループは 10 件、国内から海外子女と保護者などに向
けて支援を行っている邦人サポートグループが3件あり、それらが国際的なサポート
ネットワークを形成し始めていた。また、米国における事例を通して、邦人サポート
グループが、査定前には困惑状態にある保護者の精神的なケア、査定後には日本語環
境での指導や集団での育ち合いの場の確保、適切な助言や援助を求める保護者の希望
に応じる重要な役割を果たしていたことがわかった。
キーワード:障害のある海外子女・邦人サポートグループ・乳幼児期
Ⅰ.はじめに
本研究では、主として米国ニューヨーク周辺に在住する障害のある邦人幼児に対する支援につい
て研究を行ってきた(磯貝, 2003-2012 ; 鳥海, 2005-2012)。海外では、保護者自身が生活に慣れる
までに時間を要すること、ことばの不自由さもあり、地域から孤立しやすいこと、現地の障害児教
育に関する情報が入りにくいことから、障害児を育てることは容易ではない。早期介入が進んでい
る米国では「乳幼児からの包括的なサービス」が整い、家族支援を含む障害児支援に必要な項目が
就学前から成人期まで整備されている(磯貝, 2006;鳥海, 2005,2007)。しかし、適切な情報が得ら
れなかったために、支援が遅れたケースもあった(磯貝, 2007)。米国で障害のある子どもやその家
族に適切な情報や支援の場を提供していたのは、現地在住の医学領域などの日本人専門職や邦人系
保育機関、自助グループとして活動している邦人サポートグループであった。前報では、海外子女
に対して支援を行っている邦人サポートグループに着目し、ニューヨーク州にある3団体の実態と
役割について検討した。さらに、米国で誕生した永住者、非永住者それぞれ2事例の準備期間の過
ごし方を比較するとともに、サポートグループとの関わりについても検討を行った。その結果、永
*
教育支援科学講座
障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
住者の場合には、非永住者に比べて情報を自ら入手でき、現地の早期療育にスムースにつながって
いたが、さらに、邦人サポートグループにも積極的に参加していた。サポートグループの役割は、
子どもにとって日本語環境下での指導や集団での育ち合い、日本の教育の疑似体験、保護者にとっ
て子育てに対して助言、障害に対する意識改革、保護者自身の精神的安定、現地や帰国後の情報の
入手など、その役割は多岐にわたっていることが明らかになった(鳥海, 2012)。
文部科学省の調査によれば、義務教育段階の海外子女は 2010 年現在、約6万7千人であり、特に
アジア(約2万5千人)、北米(約2万3千人)、欧州(約1万4千人)の順に多い。また、日本人
学校に対する実態調査によれば、約 50%の小学校に配慮や支援を必要とする児童が在籍していると
の報告がある(後上他,2009)。しかし、日本人学校に所属していない邦人乳幼児の実態については
ほとんど明らかにされていない。筆者の研究によれば、障害児に対する早期介入が進んでいる米国
においても、保護者の障害の気づきから早期介入に至るタイムラグが長期の場合には 22 ヶ月の事例
があった。現地の情報が駐在員家族には伝わりにくい中で、保護者が邦人系の保育機関や医療機関
に相談したり、健診で相談したりする事例が多く、これらの機関における適切な情報提供が重要と
思われた(磯貝, 2007;鳥海, 2008a)。さらに、筆者は早期に専門機関につなぐ条件として、支援
者の存在、適切な情報提供、関係機関に至るまでの移行支援の必要性を指摘した(磯貝, 2009;鳥
海, 2011)。ニューヨーク州の場合には、支援のキーパーソンとなる教育・保育や心理、医学領域な
どの日本人専門職が存在していた。さらに、海外生活に慣れない家族にとって、邦人サポートグルー
プが日本語環境の中で子育てを支援してもらえる場、現地や日本の教育情報が得られる場、同じ悩
みを抱える家族と出会える場として機能していた。
以上、筆者は障害のある海外子女とその保護者が早期に適切な専門的な支援につながる要因とし
て、現地の日本人専門職や邦人サポートグループの存在が大きな役割を果たしていると考えている。
前述したように、北米以外の地域において海外子女が増加するようになった現在、北米以外の地域
においても日本人専門職や邦人サポートグループの存在について調べることは、障害のある海外子
女の早期支援を推進していく上で重要である。今回は、地域を限定せず、世界各地で障害のある海
外子女に支援を行っている邦人サポートグループの実態を調べること、および邦人サポートグルー
プが充実している米国での活用事例から、査定前後の邦人サポートグループの役割について明らか
にすることを目的とする。
Ⅱ.研究方法
1.研究対象
(1)障害のある海外子女および家族を支援している邦人サポートグループ
(2)米国の邦人サポートグループの活用事例
2.研究方法
(1)「障害のある海外子女・サポートグループ」をキーワードとして検索し、該当した邦人サポー
トグループのホームページから、設立経過や活動内容などの情報を分析した。
(2)北米の邦人事例については、筆者の訪問資料から査定前後で邦人サポートグループを活用し
た2事例を抽出し、分析を行った。
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障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
Ⅲ.結果と考察
1.障害のある海外子女および保護者を支援している邦人サポートグループ
(1)ネット上に公開されている邦人サポートグループの件数
全体で 10 件あり、国別では北米が6件(西側2件、東側4件)、英国、シンガポール、インド
ネシア、タイがそれぞれ1件ずつであった。なお、北米の東側にある邦人サポートグループは、
筆者が訪問した事例であった。
(2)邦人サポートグループの設置者
1)保護者が設立したもの
北米の3件、シンガポールの1件であった。
2)専門家が設立したもの
北米2件、インドネシア1件であった。専門領域は医学、福祉、心理、教育(保育)であった。
なお、専門家で保護者である場合には、専門家の設立とした。
3)不明
ホームページからは特定できず、不明となったのは3件であった。
(3)対象年齢と障害種
対象を「子ども」としているグループもあるが、多くのグループは0歳から成人まで、あるいは
年齢の制限がなかった。年齢によって相談の曜日を指定しているグループがあった。障害について
は障害種に制限を設けていないグループがほとんどであり、障害の有無に関わらず参加できるグルー
プもあった。
(4)設立時期
最も古いサポートグループは北米の1事例であり、1982 年に設立されていた。この事例を含めて
80 年代が2件、90 年代が3件、2000 年代が2件、2010 年代が1件、不明が北米、英国の各1件で
あった。
(5)活動の頻度
月1回が5件、週1回が2件、不明3件であった。不明の中には、相談を活動の中心におき、随
時相談を受け付けているグループも含まれていた。
(6)活動内容
多くのサポートグループが以下のように多様な活動を行っていた。すべてのグループで共通して
配慮されていた点は、日本語環境下で悩みを相談できること、現地および日本の最新情報を提供す
ることであった。日本人小児科医による健康診断は、特に、現地で開業している日本人医師が少な
い地域で実施されていた。また、ボランティア活動は、主に現地の日本人学校に設置された特別支
援学級で行われていた。
1)現地の情報交換(教育、療育、法律、制度、生活などに関する多様な情報)
2)学習会、講演会、ワークショップ、セミナーなど
3)支援や相談(子ども、保護者、家族全体)
4)定例ミーティング
5)行事(パーティ、ピクニックなどの親睦会)
6)趣味の講座
7)プレイ(親子で参加、子どものみの参加)
8)日本人小児科医による健康診断
9)図書、おもちゃの貸し出し
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障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
10)機関紙の発行
11)ボランティア活動
12)帰国後の日本の教育に関する情報
13)海外赴任予定者の日本からの相談
(7)運営
会員制をとっているところが9件、不明が1件で、会員主体で運営されていた。なお、活動を行
う上で、助言も含めて現地の日本人専門職や日本人ボランティアの力を借りているグループが多く、
8件あった。
2.帰国後に設立された邦人サポートグループ
以上のグループは海外で活動している邦人サポートグループであるが、日本から海外駐在の邦人
家族に向けて支援を行っている邦人サポートグループがあった。これらのグループは、以前、海外
で邦人サポートグループを主宰していた人たちや、海外駐在経験者が帰国後、日本で邦人サポート
グループを設立したりしたものである。日本を拠点として障害のある海外子女および家族、邦人サ
ポートグループなど支援者に対する支援をしているサポートグループで、合計3件あった。そのう
ちの2件は医学や心理の専門家によって構成されたグループであった。前述した海外の邦人サポー
トグループなどともリンクしていることが多く、国内外の関係団体とのネットワークが形成されて
いた。これにより、今後支援を求めている海外子女や家族が、これらのネットワークにアクセスす
ることができれば、どの国に在住していても必要な情報を得たり、相談をしたりすることが可能と
なり、今後その役割が大いに期待される。
3.アジアにおける邦人サポートグループ
アジア地域の邦人サポートグループ (a)、(b) について、前報の米国の邦人サポートグループで使
用した視点に即して実態をまとめた。
(1)邦人サポートグループ (a)
(運営主体)創設者と協力者数名(保育士など)
(目 的)子どもの発達に不安を抱える乳幼児から小中学生をもつ日本人(主として母親)を支
援する。
(参 加 者)乳幼児から小中学生とその保護者(主として母親)
。いつでも誰でも参加できる。会費制
ではなく、その都度参加費を支払う。
(活 動 日)月 1 回の会合。月2回のプレイ
(活動場所)不明
(活動内容)情報交換をしたり、育児について気楽に相談する会合、講師を招いた学習会を実施し
たりしている。未就学児を対象にしたプレイを保育士(日本人)が中心になって行う。
七夕会など行事で家族同士の交流を行っている。情報収集のために、現地のサポート
体制や療育機関などの実態調査を行っている。日本人学校の特別支援学級でお手伝い
やその他のボランティアを行っている。また、会員で時々食事会をしながら交流を深
めている。
(指 導 者)日本人ボランティア(保育士、養護教諭などの有資格者)
(ま と め)邦人サポートグループ (a) は、90 年代後半に駐在員妻の一人が、子どもの発達の遅れを心配
している日本人母親を支援するために、定期的に始めた学習会が母体となっている。
現地では日本人学校の小学校に特別支援学級や現地の療育機関はあるが、邦人系の療
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障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
育機関はなく、また日本人小児科医が少ない地域である。したがって、発達の遅れに
気づいても、療育をすぐに開始できない状況にあるという。首都には邦人系の幼稚園
がいくつかあるものの、障害児の受け入れは難しいようである(後上他, 2009)。また、
現地では障害を告知された後のケアの場が用意されていないこと、海外ではすぐに相
談できる家族や友人も少なく、保護者の精神的な動揺は極めて大きいと考えられる。
そのような中で、障害児やその家族に特化されたこのグループの存在は、保護者にとっ
て大きな拠り所になっていると思われる。
(2)邦人サポートグループ (b)
(運営主体)日本人ボランティア(臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、言語聴覚士、教師など
の有資格者)
(目 的)現地で暮らす日本人の精神面の健康を支える。
(参 加 者)いつでも誰でも利用できる。会費制ではなく、その都度、相談料、研修費、健診の費用を
支払う。
(活 動 日)相談は随時受け付けている(初回相談は電話で無料、2回目以降は有料)。
(活動場所)日本人会の建物を無料で借用
(活動内容)有資格者による個別相談(発達面、いじめ、友人関係、学業不振、不安感、孤独感、生
活全般など)
幼児健診(1歳6カ月から3歳6カ月を対象として実施)
研修会や勉強会
プレイ
(指 導 者)日本人の有資格者数名。
(ま と め)邦人サポートグループ (b) は 90 年代後半に、現地で暮らす日本人が精神的健康を保ち、
快適な現地生活を過ごせるようになることを目的に、駐在員妻である有資格者が立ち
上げた会である。現地の医療機関や日本の関係機関、大使館とも連携している。また、
利用者の中には日本人学校の特別支援学級に通う子どもたちもいるため、特別支援学
級にボランティアとして協力している。邦人グループ (b) は、障害のある子どもに特
化したグループではないが、父親も含めて邦人家族の相談に広く対応してもらえるこ
と、日本と同じ内容で幼児健診を受けられること、現地に慣れず、子育てに悩んでい
る保護者が地域で孤立せず、情報交換をし、日本語で専門家に相談できることが大き
な安心につながっていると思われる。
4.米国の邦人サポートグループの活用事例
(1)事例A:査定前における邦人サポートグループの役割
①出産から渡米の時期
日本で出産(正常分娩)し、母親はA児が泣くのが空腹のときだけで、育てやすいと感じていた。
父親の転勤に伴い、生後 10 ヶ月で米国に転居した。運動発達や興味など生後 12 ヶ月までは順調に
発育していると思っていた。移動できるようになった頃も、兄弟でふざけあって走り回り、疲れる
と一人で寝てしまい、手がかからなかった。たまに、かんしゃくをおこして、号泣することはあっ
た。米国に来たばかりのため、上の子どもの学校のことが心配で、Aの発達についてあまり気にし
ていなかったが、話しことばは「バイバイ」くらいしか出ていなかったと思う。1歳半ばに高いと
ころから転倒し、病院で検査を受けた結果、脳に異常はなかったが、身体を拘束された経験が怖かっ
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障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
たのか、その後少しのことで泣くようになった。
②子育てに悩み始めた頃
米国内で転居した1歳後半頃、突然人見知りが激しくなり、友達と遊ばず、母親から離れられな
くなった。買い物で出かけたり、夕食を作っていたりする時に大泣きすることが多くなった。神経
質で声をかけても、おもちゃを見せても泣き止まなかったが、ビデオを見せると静かなのでビデオ
に頼る生活だった。人を怖がり、車から降りるのも嫌がった。泣くと1時間くらいは泣いたり、床
に頭を打ち付けたりしたため、周囲が本人の機嫌をそこねないように対応するようになった。今は
大変だが、3歳頃になれば落ち着くだろうと思った。また、寒くなっても、ズボンやコートを着る
ことを嫌がった。
③集団参加
2歳8ヶ月頃から現地のデイケアセンターに週3日通うようになり、本人なりに楽しんでいた。
意味は不明だが、ことばのような音で会話するようなことが見られるようになったり、話しかける
と耳を傾けたりするようになった。親子で邦人系プレナーサリーにも通うようになった時、「集団の
遊びに参加しない」、「感情のコントロールができず、嫌なことにパニックを起こす」、「クレーン現
象がみられる」などを先生から指摘され、査定を勧められた。遅れを自覚し、対応について悩みは
じめた。
④邦人サポートグループへの入会
プレナーサリーで指摘された翌月に、知人の紹介で邦人サポートグループに入会した。母子分離
でプレイに参加したが、親がついていない方が積極的に参加できているようだった。語彙数が増え、
感情のコントロールも以前よりできるようになった。
⑤査定
プレナーサリーでの指摘から4カ月後(3歳)に1回目の査定を受けた。本人は別室で遊び、母
がソーシャルワーカーおよび心理士から面接を受けた。6日後に2回目の査定があり、本人が認知
面の発達に関する検査を受けた。査定結果はまだ出ていない。それほどひどい遅れではないが、こ
とばの指導を中心に“Special Education”を受けること、日本人の教育相談を行っている日本人の心
理士の紹介もあるように聞いている。
⑥まとめ(査定前の邦人サポートグループの役割)
2歳後半の集団参加で査定を勧められて初めて、保護者がA児の遅れについて自覚した事例であ
るが、翌月には邦人サポートグループに入会しており、保護者の戸惑いや不安の大きさが推察され
る。邦人サポートグループで保護者の思い、疑問、悩みなどを日本語で語り、同じ悩みをもつ他の
保護者に聞いてもらえること、査定そのものや、査定後の手順など現地の情報を、経験者から具体
的に提供してもらえ、相談にのってもらえたことは、困惑状況におかれたこの保護者にとって何よ
りも大きな力になったと言えるだろう。
(2)事例B:査定後における邦人サポートグループの役割
①出産から渡米まで
正常分娩にて出産し、4カ月後に国内で転居したが、風呂場に入ると泣く、訪問者が来ると泣く
など神経質な面がみられた。父親の転勤で、同年夏、生後半年で渡米したが、渡米直後もよく泣き、
大変だった。
②子育てに悩み始めた頃
生後8,9カ月頃、米国の自動車免許をとるためや、英会話に通うために、人に預けたが、ずっと
泣いていて、途中で預けるのをあきらめざるをえなかった。1歳を過ぎると恐怖心をもつものが増
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障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
えたようで、テレビを見ている最中に突然泣き出すなどが始まった。1歳半で一時帰国した際、B
児の祖母から心配され、スキンシップや読み聞かせなどをするように言われた。やってみたが、あ
まり変化が見られなかった。自分流のことばしかしゃべらず、視線も以前より合いにくくなったよ
うに思った。
③集団参加
2歳半で現地校クラスに入園したが、他の子どもと比べて違っていると感じた。ドアの開閉をずっ
と繰り返していたり、人が近づくと奇声をあげて逃げたりした。B児に日本人の友人ができるよう
に知人に協力を頼んだが、うまくいかなかった。3歳9カ月でプレスクールに入学した。
④査定
3歳 11 カ月の時、プレスクールの先生からの勧めに応じて、通訳 (日本人のソーシャルワーカー)
を交えて査定を受けた。4歳9カ月で“early childhood program class”に入学した。混乱することが
減り、簡単な指示であれば伝わるようになった。5歳で一時帰国した際、療育センターに相談に行っ
たところ、言語発達が2歳半と言われた。
⑤邦人サポートグループへの入会
5歳2ヶ月の時、邦人サポートグループのプレイと学びの会にそれぞれ週1回通った。プレイは
健常児と遊ぶことができ、学びの会では少人数で数や色などを学ぶことができた。5歳4カ月で邦
人サポートグループの支援を受けて補習校に仮入学させてもらうことができた。語彙も増えて、二
語文を話せるようになった。5歳の夏には、邦人サポートグループ主催のサマーキャンプに参加し
た。B児が5歳 10 カ月の時、米国内で転居したが、そこでも現地の邦人サポートグループの支援を
受けることができた。
⑥まとめ(査定後の邦人グループの役割)
0歳から米国に暮らしている海外子女の場合、B児のように現地の教育機関を利用する経過の中
で、査定に至り支援を受ける場合がある。早期に支援を受けられることは子どもの発達にとって有
効であるが、海外子女の場合には帰国後の適応に対する心配もある。B児は一時帰国の際、日本で
も言語発達の遅れが指摘されており、保護者は日本語環境下での療育の必要性を強く感じたと思わ
れる。海外では、個々の発達ニーズに応じた支援体制に恵まれた事例であっても、言語獲得期にあ
る乳幼児にとって、日本語による子育て環境を提供できる邦人サポートグループの役割は大きいと
思われる。また、この事例のように、補習校への仮入学の実現など同じ悩みを抱えた保護者ならで
はの助言や協力が得られたことも、孤立しやすい海外の保護者にとって大きな精神的支えになって
いるであろう。
Ⅳ.結論と今後の課題
本報告では、障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの実態について調べた。岡(1999)
はセルフヘルプグループの役割として、「わかちあい」を基本とした「ひとりだち」「ときはなち」
を挙げている。外国語や慣れない海外生活の中で、海外に暮らす日本人家族の精神的負担は想像以
上に大きい。日本語環境下で、自分の感情や考え方、必要な情報を対等な立場で安心して「わかち
あう」ことを通して、自分自身で解決に向かって「ひとりだち」し、さらには自ら主体的に環境を
より良く変えていく「ときはなち」の力を育むことは重要であり、邦人サポートグループの役割は
重大である。帰国後に設立されたサポートグループは、海外の邦人サポートグループとリンクする
状況がみられ、オンラインで海外にいる日本人家族を支援する広域のネットワーク形成が始まって
- 17 -
障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
いた。医療や心理などの専門職によるサポートグループが国境を超えて結ばれていく状況は、大木
他 (2010) の述べたサポートネットワークシステムの国際化とも言うべきものであり、特に、支援を
受けることの難しい地域に居住する障害のある海外子女や保護者への貢献が期待される。
今回は、ネット上に公開された情報を手がかりに分析を行ったが、海外のサポートグループの実
態を詳細に把握するためには、現地からの情報を直接入手することが欠かせない。特に、アジア圏
の邦人サポートグループについては駐在家族のさらなる増加が予想されるため、今後さらに詳細な
現況を調査する方法について検討していきたい。
(本研究は磯貝 (2012)を修正加筆したものである。なお、磯貝順子は鳥海順子の学会ネームである。)
参考文献
1) 後上鐵夫・藤井茂樹・小林倫代・横尾俊・植木田潤・大崎博史・小澤至賢・伊藤由美:日本人
学校および補習授業校における特別支援教育の推進状況に関する調査研究(平成 19 年度~20 年
度)研究成果報告書, 国立特別支援教育総合研究所,2009.
2) 磯貝順子:発達障害幼児における家庭学習~ニューヨーク州駐在員家族への支援事例~, 日本特
殊教育学会第 41 回大会発表論文集 P4-11, 2003.
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第 42 回大会発表論文集, P1-44, 2004.
4) 磯貝順子:米国の邦人発達障害幼児への早期介入の状況-障害の気づきから査定までのタイム
ラグ-, 日本特殊教育学会第 43 回大会発表論文集, P2-67, 2005.
5) 磯貝順子:ニューヨーク州における早期介入と個別指導, 日本特殊教育学会第 44 回大会発表論
文集, 486, 2006
6) 磯貝順子:障害の気づきから早期介入までのタイムラグ-ニューヨーク州の邦人発達障害児の
状況-, 日本特殊教育学会第 45 回大会発表論文集, 315, 2007.
7) 磯貝順子:ニューヨーク州における障害幼児の教育(早期介入), 日本特殊教育学会第 46 回大会
発表論文集, 315, 2008
8) 磯貝順子:障害の気づきから相談機関へのプロセス-ニューヨーク州の邦人障害幼児事例を通
して-, 日本特殊教育学会第 47 回大会発表論文集, 418, 2009.
9) 磯貝順子:障害の気づきから相談機関に至る準備期間-ニューヨーク州の邦人障害幼児事例を
通して-, 日本特殊教育学会第 48 回大会発表論文集, 751, 2010.
10) 磯貝順子:第一相談者から「査定」に至る準備期間-米国で誕生した邦人障害幼児事例を通し
て-, 日本特殊教育学会第 49 回大会発表論文集, 364, 2011.
11) 磯貝順子:障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割, 日本特殊教育学会第 50
回大会発表論文集, P1-02, 2012.
12) 事例 (a):http://www.groupwith.info/htdocs/index.php?action=pages_v,2012.4.30 取得.
13) 事例 (b):http://jakarta-mothers-club.org./indonesia/jakarta_counseling.html,2012.4.30. 取得.
14) 文部科学省:海外の子ども(義務教育段階)の数の地域別推移, http://www.mext.go.jp/a menu/
shotou/clarinet/004/001/001/004.pdf., 2012.11.7取得.
15) 岡知史 (1999) セルフヘルプグループ:わかちあい・ひとりだち・ときはなち, 星和書店.
16) 大木秀一・谷本千恵 (2010) コミュニティにおけるセルフヘルプグループを基盤としたサポート
ネットワークシステム研究の今日的課題と展望.石川看護雑誌,Vol7,1-12.
17) 鳥海順子:米国ニューヨーク州における邦人発達障害幼児への早期介入サービス, 山梨大学教育
- 18 -
障害のある海外子女に対する邦人サポートグループの役割(その1)
人間科学部教育実践学研究, 10, 87-94, 2005.
18) 鳥海順子:米国ニューヨーク州周辺における邦人発達障害幼児の査定までのタイムラグ, 山梨大
学教育人間科学部教育実践学研究, 11, 90-97, 2006.
19) 鳥海順子:ニューヨーク州における障害幼児への早期介入と個別指導, 山梨大学教育人間科学部
教育実践学研究, 12, 99-105, 2007.
20) 鳥海順子:障害の気づきから早期介入までのタイムラグ-ニューヨーク州における事例を通し
て-, 山梨大学教育人間科学部教育実践学研究, 13, 140-145, 2008a.
21) 鳥海順子:障害児保育における乳幼児期の発達支援, 山梨障害児教育学研究紀要, 2, 56-69, 2008b.
22) 鳥海順子:ニューヨーク州における障害幼児のためのレディネスプログラム, 山梨大学教育人間
科学部教育実践学研究, 14, 118-127, 2009.
23) 鳥海順子:発達障害事例における関係機関との連携, 山梨大学教育人間科学部教育実践学研
究, 15, 1-8, 2010.
24) 鳥海順子:障害の気づきから相談機関に至る準備期間-ニューヨーク周辺の邦人障害幼児事例を
通して-, 山梨大学教育人間科学部教育実践学研究, 第 16 号, 38-43, 2011.
25) 鳥海順子:米国で誕生した邦人障害事例に対する邦人サポートグループの役割, 山梨大学教育人
間科学部教育実践学研究, 第 17 号, 66-74, 2012.
- 19 -
教育実践学研究 18,2013
20
学修履歴を中心にしたOPPAによる実践的力量形成
-山梨大学教職大学院の事例-
The Formation of Teachers’ Practical Skills and Abilities by OPPA Focusing on Students’ Learning Records:
The Case of School of Professional Development for Education of Yamanashi University
(研究者教員) 酒 井 厚 * 東海林 麗 香 ** 進 藤 聡 彦 **
SAKAI Atushi SYOJI Reica SHINDO Toshihiko
谷 口 明 子 *** 寺 﨑 弘 昭 * 長 瀬 慶 來 **
TANIGUCHI Akiko TERASAKI Hiroaki NAGASE Yoshiki
中 村 享 史 ** 平 井 貴美代 ** 堀 哲 夫 **
NAKAMURA Takashi HIRAI Kimiyo HORI Tetsuo
(実務家教員) 雨 宮 亘 ***** 川 村 直 廣 **** 嶋 田 一 彦 *****
AMEMIYA Wataru KAWAMURA Naohiro SHIMADA Kazuhiko
仙洞田 篤 男 **** 瀧 田 二三雄 ***** 蘒 原 桂 **
SENDOUDA Tokuo TAKITA Fumio HAGIHARA Katsura
早 川 健 ** 藤 森 顕 治 *****
HAYAKAWA Ken FUJIMORI Kenji
要約:教職大学院の目的は教師としての実践的力量形成にある。まず、実践的力量形
成の課題を、学修の変容と成長の把握、指導と評価の一体化、自己評価能力の育成の
三点に絞って明確にした。それを踏まえて本教職大学院で実践的力量形成のために用
いられている OPPA(One Page Portfolio Assessment:一枚ポートフォリオ評価法)の概
要を考察した。また、その中で行われる三種類の評価、ポートフォリオ評価、パフォー
マンス評価、自己評価について検討するとともに OPPA の基本的コンセプトについて
詳述した。また、学修者のメタ認知の能力を高める思考や認知過程の内化・内省・外
化と OPPA の関わりについても検討を加えた。最後に本教職大学院で用いられている
三種類の OPPA、二年間を通して用いる形式、全授業科目の中で用いる形式、教育実習
の中で用いる形式の具体的実践事例を示すとともに考察を加えた。
はじめに
わが国において最初の教職大学院が設置されて5年が経過した。周知のように、教職大学院は、
これからのスクールリーダーを育成することを目的としている。そこでは、大別しすぎるきらいは
あるが、学校経営面および授業研究に関する面の指導的役割を果たすことが求められている。
指導的役割を果たすために必要とされるのは、抽象的であるが実践的力量、言い換えるとスクー
ルマネジメント、カリキュラムマネジメント、テイーチングマネジメントに関わる資質・能力とい
うことができる。教職大学院に在学しているストレートマスターおよび現職教員のどちらにも求め
られているのは、それぞれの経験に応じた実践的力量の形成と向上である。
本学教職大学院も設置後3年目を迎えている。設立当初から、実践的力量形成と向上のために、
大学院担当教員が院生に意図的に働きかける独自のシステムをカリキュラムに位置付けてきている。
*
教育支援科学講座 ** 教育実践創成講座 *** 附属教育実践総合センター **** 教育実践創成講座客員教授
元教育実践創成講座客員教授
*****
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
そこで、本稿はそのシステムの背景にある考え方および具体的内容を紹介し、教師としての実践的
力量形成のための一助としたい。
Ⅰ.教職大学院における実践的力量形成の課題
多くの教職大学院で、教師としての力量形成のために日々さまざまな取組が行われている。そこ
では、多くの場合、実践や活動を振り返って見直しを行うという省察(本稿では内省)という言葉
が多用された取組が行われている。しかし、そのような取組が行われていたとしても、院生に具体
的にどのように働きかけているのか、院生の何がどのように変容したのか、またそれらを具体的に
どのように把握しようとしているのかに関しては課題が多いと考えられる。
ここでは、それらの課題全てについて検討することはできないが、以下の三点に限って簡単に検
討してみたい。
1.学修の変容と成長をどう把握しようとしているかに関わる課題
一つめは、院生の学修や活動に対してその変容と成長をどのように見取っていくかという課題で
ある。いくら省察が大事であるといっても、学修や活動のあとでただ振り返りをさせてレポートを
書かせているだけでは、何がどのようになぜ変わったのか、またそれがどのような意味をもってい
るのかを自覚させることは難しい。さらにまた、院生の実態に対して何をどう働きかけたらよいの
か明確になっていない。
学びや活動の変容や成長を自覚するためには、その前提となる状態、過程、到達点などの状態が
明確になっている必要がある。このような必要性から、多くの場合、ポートフォリオ評価が導入さ
れている。しかし、周知のように、この評価では情報量が多すぎて全体像が見えにくいという欠点
がある。
こうした課題を解決できる具体的な方法は、未だ提案されてきていない。
2.授業における指導と評価の一体化による実践的力量形成に関わる課題
二つめは、実践的力量の形成のためには、院生の現在の状態を把握し、それに対して適切な働き
かけを具体的に行う必要がある。これは授業科目、教育実習の双方においてそれが求められている。
簡単にいえば、指導と評価の一体化ということになる。
そのためには、院生の出発点はもちろん、学修や活動の過程において教師の働きかけとその成果
を確認することが重要になってくる。何に対してどう働きかけるのかが明確になる具体的な方法が
求められているのだが、これに対しても適切な提案はほとんど見受けられない。
また、実践的力量形成の程度を把握するためにはパフォーマンス課題などにより、院生が具体的
に取り組んでみた結果から判断することが望ましい。この点についても課題の解決には至っていな
いと考えられる。
3.実践的力量形成に必要とされる自己評価の能力の育成に関わる課題
上の1で省察のことにふれたが、これには院生自身の自己評価が重要な役割を果たしていると考
えられる。つまり、学修や行動の改善には、自己の何が不適切であり、何をどう変えることが必要
なのか、それは時間を要するか否か、目的達成の方法に不備はないか等々を適切に把握するために
は自己評価の能力が必要不可欠になってくるのである。こうした、自己評価能力を育成するための
適切な方法に関しても具体的な提案がなされてきていない。
- 21 -
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
本稿では、主として上記三点を意識しながら、課題の解決に迫っていこうとする取組の一端を紹
介したい。
Ⅱ.教師の実践的力量形成のためのOPPAのコンセプト
上であげた課題を克服するために本大学院で用いている一つの方法が OPPA(One Page Portfolio
である。日本語に訳すと一枚ポートフォリオ評価法になる。OPPA は、
Assessment:堀、2009 ; Hori, 2011)
院生が受講する科目を例にとれば、学修する科目ごとに一枚の用紙を用いて、授業前の本質的な問
い、学修履歴、授業後の本質的な問い、学修全体の自己評価を書かせるよう設計されたものである。
2002 年に著者の一人である堀が開発し、これまで校種および教科・科目を問わず用いられてきて
いる。この名前からすると、OPPA は評価だけを対象にしている印象を与えるが、後に詳しく検討す
るように、決して評価だけを対象にしているのではない。
OPPA は、まず OPP シートを作成することから始まる。そこで、本章では、OPP シートの基本的
構造について説明し、その後、具体的な機能について検討する。
1.OPPシートの基本的構造
本大学院において教師としての力量形成において重視しているのは、以下の考え方である。その
考え方とは、受講生の既有の知識や考え方を明示化し、学修によって何を学んだのかパフォーマン
ス課題により確認するとともに、かつそれを受講者にフィードバックすることによって熟考させる、
さらにそれらの変容をポートフォリオとして確認し、最後に既有の知識や考え方が学修によりどう
変容したのか全体をふり返り自己評価するというものである。
こうした一連の考え方をカリキュラムの中心に位置付け、入学時および1、2年終了時、各科目
の授業時、教育実習時の中で、それぞれシートを作成し活用している。このことに関しては、後に
Ⅲで詳しく述べる。
OPP シートの基本的構造は、表1に示したように学修前・後の本質的な問い、学修履歴、自己評
価から構成されている(表1左欄参照)。なお、表1の構成要素を実際の授業科目に使用したシート
は図3を参照されたい。
表1 OPPシートの構成要素とその内容
構成要素
OPP シート構成要素の内容
学修前の
授業科目全体を通して、学修前・後の変容を押さえるために、教師が最も押さえ
本質的な問い たい要点を学修前に問う。学修後と同じ問い。
授業の最重要点を学修者が毎回記入
学修履歴
感想・質問
月 日 授業回数分の学修履歴を学習者が記入し、教師がコメ 授業の感想や質
ントを加える。学修者の内省を促す。普通は 15 回記入 問があれば記入。
学修後の
授業科目全体通して、学修前・後の変容を押さえるために、教師が最も押さえた
本質的な問い い要点を学修後に問う。学習前と同じ問い。
自己評価
学習前・中・後を比較し、何がどう変わったのか、変わったことに対してどう思
うのかなどを自由に記述。学修者のメタ認知能力の育成を促す。
OPP シートの学習前・後の本質的な問いは、大学院の当該科目において教師が一番押さえたいこ
とを問いの形にし、その変容から理解状況と指導の適否を判断したりする。次に、学修履歴は文字
通り学修の履歴を記録するものである。しかし、学んだこと全てを記録するのではなく、当該科目
などで学んだ中で「一番大切なこと」を記録する。また、感想や疑問があればそれに関して書く欄
- 22 -
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
も設けている。
最後に、学修全体を通して何がどう変わりそれに対して自分はどう考えているのかを自己評価さ
せる。このことにより学ぶ意味や必然性、自己効力感を引きだすことをねらっている。また、学修
による具体的変容を可視的に振り返らせることによって何がどう変わり、今後どのようにすればさ
らに適切になるかなど、自己を的確に見取り、方向付けを考えていくという能力を育成する働きか
けを行っている。
OPP シートは、大学院の講義や実習を受けている受講生がそのシートの中に記録した内容を教師
が確認しつつ、コメントなどを通して資質・能力を高める働きかけを行うとともに、受講生がそれ
について自分の学修を再考するなどの活動を促すとともに、教師はそれを指導や評価に活用するた
めに作成されている。それを一枚のシートの中で行おうとしているところに特徴がある。
つまり、OPPA は、学修者の実態把握を基にして教師の指導目標の達成状況を把握するとともに、
次の学修に働きかける形成的評価を行うことはもちろん、教育内容の改善、学習者の資質・能力の
育成に資することを目的にしている。
2.OPPシートの中で行う三種類の評価
上で述べたことを評価の枠組みで説明してみると、OPPA では、一枚の用紙を用いてその中で三種
類の評価を行っている。
一つめはポートフォリオ評価である
二つめはパフォーマンス評価である。
三つめは院生自身が行う自己評価である。
以下、それぞれについて具体的に説明する。
(1)学修の過程や変容を明確にするポートフォリオ評価
ポートフォリオ評価は、すでに多くの教職大学院で取り入れられている。大学院では、ふつう二
年間をかけ多くのことを学ぶ。その過程や変容を適切に評価するためには、ポートフォリオ評価が
適している。
しかし、学修の過程にはきわめて多くの情報が満ちあふれており、何でもかんでも集めてそれを
有効に活用しようとすると、これが結構むずかしい。もちろん、院生にはその中から何が重要な情
報であるのか取捨選択する能力が求められているのだが、多忙を極めるわれわれ院生の指導にあた
る教師には院生が取捨選択した内容の適否を判断することが困難であるといえる。
そこで、OPPA では、これ以上簡単なものはなく、しかも学修後にその全体像を構造的に把握でき
る究極のポートフォリオ評価をねらったのである。繰り返しになるが、一枚の用紙を用いて学習前・
後の状態および変容を明確にする「本質的な問い」、学修過程では「授業における一番大切なこと」
のみを学修履歴として表現させ、それらの総体を自己評価させるのである。
(2)学修者の獲得した資質・能力を可視化するパフォーマンス評価
院生は、カリキュラムの科目や実習を通してさまざまな力を付けていくことになる。そこで求め
られているのは、さらなる力量形成のために、どんな力が獲得されたのか確認し、必要に応じて教
師が適切な働きかけを促すことである。たとえば、授業の科目において、それを受講した院生の何
がどうなっているのかを知るためには、学修内容を適切な形で可視的に外に出させ(外化)、教師が
それを確認する必要がある。つまりパフォーマンス課題とその評価の必要性である。
教職大学院においてきわめて重要な課題になっている一つに、ストレートマスターと現職教員の
- 23 -
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
質の違いに対して授業をどう構成するかということがある。つまり、両者には最初から力量の差が
あり、同一内容の授業ではさらなる力量形成は難しいのではないかという指摘である。われわれは
このような指摘に対して、OPPA により、十分ではないにしてもある意味でそれを克服することがで
きると考えている。それは、たとえ同じ授業を行ったとしても、OPP シートに書かれている院生の
学習履歴に対して一人一人に教員がコメントを書くことにより個に応じた指導が可能になっている
からである。
OPPA は、たとえば学修履歴において「授業の一番大切なこと」を書かせるようになっている。こ
れは、一種のパフォーマンス課題といえる。つまり、教師が授業の中で一番伝えたかったことが学
修履歴として適切に表現されているかどうかをみることになる。この内容は、適宜、以降の授業に
も活用されていく。
ここで、パフォーマンス評価に求められているのは、学修者が書いた内容に対する指針や基準、
いわゆるルーブリックの必要性である。この点についてはシラバスの作成段階において授業実施者
間で十分に討議を重ね、ストレートマスターおよび現職教員双方の到達基準を明確にしている。ま
た、授業実施者は、授業を行う場合に、これだけは押さえたい、わかってもらいたい等々の目標を
必ずもっている。つまり、学習者に書いてもらいたい学修履歴の「授業の一番大切なこと」は、す
でに教師には明確になっているのである。われわれは、それがルーブリックに匹敵していると考え
ている。
(3)学修の見通しと振り返りを行う自己評価
ストレートマスターおよび現職教員の双方に求められているのは、自分自身の教員としての力量
を適切に見取り、現状認識に立脚し考え判断するとともに、計画を立て、行動し、軌道修正を行い
ながら適切な結果を導いていく能力である。そのために必要になってくるのが学修者自身による自
己評価の能力である。
多くの教職大学院において、学修者に学修や実習のふり返りを行わせ、自己評価を行っている。
それ自体は重要な働きかけに違いないが、そこには注意しなければならない二つの問題がある。
一つめは、学修の前提が何であり、またどこにあったのかということである。振り返りを行うと
いうことは、とりわけ学修の場合はその根拠や前提が必要であると考えられる。それがないままに
行われる振り返りは、以後の学修に活きるようにはならない。OPP シートにおいて、受講前の本質
的な問いにおいて知識や考えを明確にするのはそのためである。
二つめは、上記の前提を踏まえない単なる振り返りは、学修による変容が明確にならない点であ
る。学修により自身の何がどう変わったのかということを可視的に把握することは、院生といえども、
もちろん重要であり、われわれ教師自身も押さえていなければならない。
これまでに行われてきた自己評価は、多くの場合、単なる振り返りにすぎないので、自己を適切
に評価することが不可能になっていた。つまり、適切な自己評価が行われるためには、学修の前提
がどうなっているのかを学習者自身が把握し目的意識をもって学修に臨むことが重要である。これ
までに行われてきた自己評価は、その点が不十分であったと考えられる。
ところで、OPPA には、その基本的構造の中に三つの自己評価が内在している。
第一は、学修前 ・ 後の本質的な問いに対する回答の変容に対するものである。OPP シートの本質
的な問いは、学修前・後において同一であることを原則としている。それは、学修による変容およ
び成果を明確にするためであり、またそのことに気付かせるためでもある。
第二は、学修者と教師のやりとりである思考や認知過程の内化 ・ 内省 ・ 外化を適切に機能させる
ことによるものである。これは、OPP シートの学修履歴を通して行われる。この思考や認知過程の
- 24 -
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
内化 ・ 内省 ・ 外化は、学修や授業により、刻々と変化していく自己を見取り、それに対して学修の
意味付けを促す自己評価といえる。
第三は、上記二点を含めた学修全体を通した自己評価である。学修全体を振り返り、何がどう変わっ
たのか、変わったことについて自分はどう思うのかなど、学修をモニタリングし意味付けを促すこ
とにより、自己評価能力を高め、さらに学修者自身のレベルに応じたメタ認知能力の育成につなげ
ていく自己評価である。
この三者を通して、教育目標およびその達成における学修者と教師の異同をなくし、学修者の自
己評価能力を高めるとともに学修者の可能性を高めていくのである。そのことがメタ認知の能力の
育成につながっていく。
3.思考や認知過程の内化・内省・外化
本大学院で使用している三種類の OPP シートは、ワークシートやノートとは異なっている。その
大きな違いの一つが、シートを通して学修者の思考および認知過程の内化、内省、外化を適切に機
能させる点である。
(1)思考や認知過程の内化・内省・外化とは何か
学修者の物事を認識する枠組みである認知構造と思考や認知過程の内化・内省・外化の関係を示
せば図1のようになる。
思考や認知過程の内化とは、外にあ
るものを自分自身の思考や認知過程内
に取り入れることである。内省とは、
自分自身の考え方ややり方について意
図的に吟味するプロセスをいう。ここ
で、内化と内省はきわめて密接な関係
にあるのだが、内省を経て内化が行わ
れるのかその逆なのか、あるいは同時
に起こっているのか判然としていない。
図1 思考や認知過程の内化・内省・外化と学修者の認知構造
ここでは、図1に示したように、内化
の後で内省が起こると考えておきたい。
ところで、外化は、簡単に言えば、学習者の内部で生じる思考や認知過程を外部に表すことである。
外部に現すことは、思考や認知過程の明示化に他ならない。こうした明示化は、外界に認知結果や
過程が固定化されることで記憶が保持されると同時にそれ自体を操作の対象とすることができるの
で、情報処理の負荷が軽減できる。
さらに、人は一般に自らの認知活動の中途結果を確認するために外化を行うが、それによって自
身の認知活動の再吟味や他者との共有、新たな視点の獲得などのメリットが生まれることにつなが
りやすくなる。その利点を OPPA は生かそうとしている。
こうした思考や認知過程の内化 ・ 内省 ・ 外化は、学修者一人一人異なっているので、OPP シート
の学修履歴に学修内容を具現化させ、それに対して教師が働きかけを行うという方法により可能に
なっている。
(2)思考や認知過程の内化・内省・外化と学修および授業
思考や認知過程が外化されていると内省の対象として比較、対照、編集などの操作がしやすくな
- 25 -
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
り、内省が促進されるといわれている。また、協調的な認知活動の場では、互いに自身の認知プロ
セスを外化し、相互のプロセスを比較吟味することが自然に要請されるため、内省が起こりやすく
なると考えられる。
このように見てくると、認知過程の外化は、自分自身の認知過程を具体的に観察可能な形にする
という点において内省および内化の促進にきわめて重要な役割を果たすことになり、両者を切り離
して考えることはできないといえよう。さらに、内省および内化は、自己の認知過程の吟味、調節、
修正、再編成などを含んでいるので、自分の思考についての思考であるメタ認知の育成にとって避
けて通ることができない。
(3)思考や認知過程の内化・内省・外化と OPPA の関係
学修者の思考や認知過程の内化・内省・外化を適切に機能させるためには、教師の彼らに対する
働きかけが重要になってくる。それを可能にするのが OPP シートである。とりわけ、OPP シートの
本質的な問い、学修履歴および学習全体を振り返る自己評価は、内化・内省・外化を適切に機能させ、
かつ働きかける要素であるといえる。
OPP シートは、院生自身が「授業で一番大切だと考えたこと」を外化させている。次に、それに
対して教師が適切なコメントを書き入れ、院生の内化と内省を促す。さらに、それが次の外化につ
ながっていくというスパイラルな効果を生み出すことができる。この過程は、指導に活かす形成的
評価を行っているのである。
これまで、たった一枚の用紙の中で、このように思考や認知過程の内化・内省・外化を働きかけ、
院生の資質・能力を伸ばす方法は存在しなかった。
(4)学修における三つの内省
教員の資質・向上という視点から考えると思考や認知過程における内化・内省・外化の中で、と
りわけ重要な役割を果たすのが内省である。内省については、これまで Schön(1983)、van Manen
(1995)らの提案がある。これらを踏まえて、本大学院では、学修前・中・後の内省を予見的内省、
学修中の内省、遡及的内省の三種類に分けて考えている(表2参照)。この内省には、本大学院で用
いている三種類の OPP シートのいずれもが対応している。
表2 思考および認知過程の内化・内省・外化と目的・方法・時期
内 省
内 化
外 化
予見的内省
学修中の内省
遡及的内省
目 的
および
機 能
学修や実習によ 既有知識や考え 学修や実習から 学修や実習から 学修や実習から
る外部情報の吸 と対比し学修の 得た内容を熟考 得た内容を振り 得た内容を表現
し自己評価する
返り熟考する
する
見通しをもつ
収
方 法
二年間、各科目、教育実習で用いる三種類の OPP シート
時 期
科目、実習およ 科目、実習開始 科目履修および 科目、実習修了 科目、実習およ
時および大学院 び大学院修了時
び大学院開始時 時および大学院 実習実施時
修了時
入学時
- 26 -
学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
本教職大学院で用いている OPPA は、表2にあげた三つの内省を基本としているので、それにつ
いて説明してみる。
(1)予見的内省 (anticipatory reflection)
この内省は、これからの実践に対して見通しをもち、計画を吟味する、修正するなどを意味して
いる。
(2)学修中の内省 (reflection in action)
実践や活動の中で行われる内省である。途中の段階で見直しを図ったり、軌道修正したり今後の
見通しを行ったりして行動を調整する働きをもっている。
(3)遡及的内省 (retrospective reflection)
実践や活動のあと、学修全体を振り返り適切な外化を行うための内省である。
上記の三つの省察のレベルは、教育実践における複雑な場面に柔軟に対応できるように便宜的に
考えており、必ずしもこれに固執する必要はない。
Ⅲ.山梨大学教職大学院カリキュラムの骨格としてのOPPA
本大学院におけるカリキュラム全体を貫く OPPA は、以下の三つの形式のものを活用している。
まず、一つめは、大学院2年間を通して用いられる形式である。これは、入学時、1年終了時、
2年修了時の三回記入し、教職大学院全体の学びを振り返り全体を自己評価するものである。
二つめは、全授業科目通して用いられる形式である。具体的事例については後に示すが、各授業
科目における学びの前提を明らかにし、毎時間ごとの学修の最重要事項を受講者にまとめさせ、そ
れに対して担当教師がコメントを加え内化と内省を促し、次時の外化につなげ、学修全体を振り返
り自己評価を行うという形式である。
三つめは、教育実習の中で用いられる形式である。本学の教職大学院では、年間 200 時間余の実
習をストレートマスター、現職教員双方に課している。そのとき、実習当日に何を行ったのかとい
うような、ありきたりの事実を残していく実習録では、各自が持っている研究課題を広げかつ深め
ていくことは不可能である。
そこで、毎実習日ごとに自分の研究課題と関わって何がもっとも大切であったのかを書かせると
ともに、疑問点や感想があればあげ、それに対して大学院の指導教員がコメントを加えるという形
式を採っている。
上記、一つめと二つめの形式では一枚の用紙を用いている。三つめだけは、実習日ごとに一枚の
用紙を用い一人一人の研修や学修前の実態を明確にし、それが大学院における学びによりどのよう
に変容し、各科目や実習の履修後どこまで変容と成長をとげたのかを明らかにすることを目的とし
て用いられている。
また、いずれの形式においても、院生が書いた内容に対して、指導に当たっている大学院の教師
が毎回適切なコメントを与え、内化と内省を働きかけるようになっている。
以下、三つの OPPA の具体例をあげ詳細に検討してみたい。
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
図2-1 ストレートマスター(K.T.:男子)の記入例、二つ折りにして利用する表面
教員のコメントは未記入
図2-2 ストレートマスター(K.T.:男子)の記入例、二つ折りにして利用する裏面
大学院修了時以降の教員のコメントは未記入
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
1.2年間全体を通して用いるOPPA(学修の記録)
この形式では、A3版の一枚の用紙の表裏両面を利用している(図2参照)。教職大学院2年間を
通して、入学した時の意気込み(図2-2右側の一番左欄)、1年修了時の成果と課題(図2-2右
側の真ん中の欄)、および2年修了時の成果(図2-2右側の一番右欄)と課題を書く。さらに2年
間全体を振り返って何がどう変わり、それに対して自分がどう思っているかの自己評価(図2-2
右側の一番下の欄)する構成になっている。
図2からわかるように、院生が記入した内容に対して、教職大学院に関わっている全教員がコメ
ントを記入し、院生の内省を深め、力量形成につなげていこうとするものである。
ここであげたストレートマスターは、大学院入学時の記述を見てもわかるように、書いている文
字が大きくかつ内容も少ないし、とても院生が書いたとは思われないという印象が強い。しかし、
1年修了時には劇的に変容している。本人の努力と教師の適切な指導が相俟って、こうした結果を
生み出してきたと考えられる。余談ではあるが、この院生は教員採用試験にも、もちろん合格して
いる。院生といえども、自己の変容に対して具体的内容を伴って可視的にすることの効果は大きい
と考えられる。
ところで、この OPPA は、あくまでも2年間全体の展望と振り返りが主目的であるので、日常的
な働きかけが難しい。そこで必要になってくるのは、毎授業時間毎に用いる OPP シートが必要になっ
てくる。
2.全授業科目を通して用いるOPPA(学修履歴の記録)
三種類の OPPA の中で、院生の資質・能力の育成にもっとも重要な役割を果たしているものである。
この OPPA は、全授業科目を通して毎時間用いられ、教職大学院の科目を担当している全教員が院
生の書いた内容に毎回コメントを付して返却し、先に述べた思考や認知過程の内化・内省・外化を
はかり、資質・能力を育成しようとする意図をもっている。図3に院生が書いた具体例を示す。
院生の書いた学習履歴に対して、緑や赤および黒の文字の書き込みは、この授業科目を担当する
研究者および実務家教員のコメントである。本大学院では、開講全科目が研究者および実務家教員
のTT方式で授業が行われているので、手厚い指導を行うことができる。
ここで用いられる OPP シートは、教師の授業内容が院生にどのように受け止め理解されているの
か、授業を担当した教師が確認する評価の機能ももっている。つまり、学修履歴として院生が表現
した「授業の一番大切なこと」が教師の意図した内容と相違があるかないかを判断する材料を提供
してくれるからである。もし、両者が大きくかけ離れていれば、授業は適切でなかったということ
になる。ほとんどズレがなければ、授業の所期の目標は達成されていると考えてよい。
さらに、院生の書いた学習履歴を基に、理解が適切でなかったり、教師の意図が十分に伝わって
いないと判断されるときなどは、次の授業の始めに内容を補足したり、再度内容を取り上げたりす
ることが行われる。それ以外にも、必ずしも次の時間でなくても、院生が以前に書いていた内容を
以後の授業の中で取り上げたりするのに活用している。
このような用い方をすることによって、院生と教師の双方向性を高め、それによってお互いの内
化・内省・外化が促され、学習内容の理解を深め、教師の指導における課題を克服することにつな
がっていく。少なくとも、授業結果を院生がどう受け止めたのかを毎時間の終了後即座に確認でき
ることは、教師自身にとって内省を行う材料が得られ、それを次に院生に対して外化として働きか
けるという効果をもたらすことができる。
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
図3-1 「理数学力評価論」ストレートマスター(K.Y.:女子)の記入例、三つ折りにして用いた表面
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
図3-2 「理数学力評価論」ストレートマスター ( K.Y.:女子 ) の記入例、三つ折りにして用いた裏面
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
3.教育実習において用いるOPPA(実習履歴の記録)
本学教職大学院では、教育実習にも OPPA の考えを導入している。厳密に言えば、教育実習で用
いる OPP シートは、これまで述べてきた2年間を通してあるいは授業科目の中で用いるシートとは
若干異なっている(別添資料1、35~39 頁参照)。教育実習で用いるそれは、実習日毎に図4に示し
た一枚の用紙を用いている。
これをみれば明らかなように、実習生がもっている研究課題と関わって、その日の実習の中で実
習生が最も重要だと考えたことを書かせるようになっている。それに加えて、実習の中で疑問に思っ
たことや質問事項などを書く欄を設けるとともに、大学院の指導教員の所見を書く欄がある。実習
が終わった当日に、実習校や大学院に戻ってからの指導はもちろん行われる。それだけでなく、上
のシートに見られるように院生の疑問点や質問事項を大学院担当の教員(図4の例は研究者教員と
実務家教員)が回答するようになっている。
図4に示したように、実習で用いる OPP シートは三つの欄から構成されているので、他の二つの
シートと異なっているのは、全実習が終わっても一枚の用紙にならず実習に行った日数分の枚数に
なる(学修中の内省)こと、実習前・後は実習に対する心構え(予見的内省)と実習から学んだこ
と(遡及的内省)というように、書く内容が多少違うことである。最後に全体を振り返って自己評価(遡
及的内省)も行わせている。したがって、このシートは、いわゆるふつうのポートフォリオ評価と
いえる。
教育実習で用いるシートも OPP シートであると考えたのは、以下の二つの理由による。
一つは、実習生がもっている研究課題と関わってもっとも重要だと考えた実習履歴を書かせてい
るからである。学習者が書いた実習履歴に対して、大学の指導教師が適切なコメントなどを与える
ことによって実習生の抱えている研究課題に迫ろうとしているのは、OPPA の基本的な考え方に他な
らない。
もう一つは、毎回一枚の用紙を用いているからである。
教育実習では、これ以外にも、もちろん実習生が各自記録を残しているのだが、その形態は特に
指導していない。要は、あくまで実習生自身の研究課題と関わって、それをどう深め、考察してい
くのかという点を重視しているのである。
おわりに
本稿では、OPPA を中心にして教職大学院生の実践的力量形成の取組の一端を検討してきた。紙数
の関係から意を尽くし切れておらず、取組の概要について説明したにすぎない。二年間にわたって、
三種類の OPP シートを資料として蓄積できたので、それらを分析し、課題が適切に解決できている
のかどうか、あるいは新たな課題は何かという考察は今後の課題としたい。
(附記)本稿で紹介した三種類の OPP シートおよび原稿のたたき台は、OPPA の開発者である堀が作
成した。本稿は、堀が作成した原稿を共同執筆者の加筆修正のもとに作成している。
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
平成23年6月20日(月)
【あなたの研究テーマと関わって、今日の実習で最も大切だと考えたことを書いて下さい。
】
14 日にアナウンスしておいた「自主学習ノート」のいよいよ開始の日となりました。記念すべき初日。本日の始業
前活動はグランドでの「外すく」だったわけですが、おはようハイタッチ(児童総会で決定したあさのあいさつ運動
の一環)をする児童の口々から自主学習のことが話題に出されました。
「先生!俺
やってきたよ」
「先生!私全然書
けなかった」
「先生!おれのノー
ト大丈夫かな?」
「先生!俺のノー
トの表紙みて。( 左写真 )」等々、
児童の反応は上々でした。一つの
活動に対するこういった前向きな
姿勢にやはり感心します。
(中学
校ではこうはうまく動き出しませ
ん)それでもチェックをすると6
人の忘れがありました。担任の指
導が入ります。右の 2 人のノート
が印象的です。彼らのこのノート
の背景(彼らの言語活動に問題が
あるのか、はたまたそれぞれの授業のポイントが焦点化されていな
いのか等)を探るとともに、このノートが 1 冊終了するときに彼ら
の学びにどんな変化が起きるのか、また授業や学習そのものに対す
る意欲は喚起されたのか、そしてノートにはどのように表れるのか。そんなことを楽しみにしながら、クラスの児童
に関わっていきたいと思います。とかく、○○ページの□□をやりなさいという選択や自由度のない宿題をだすこと
が我々教員の通常なのですが、この自主学習はそんな「宿題」というものに対する 1 つの問題提起でもあります。児
童が嫌にならないように、しかし継続していけるような指導をと心がけていきたいです。
【疑問点、質問などがあれば書いて下さい。
】
「とりあえず 1 ページにまとめましょう」ということで始めたわけですが、
「先生、2 ページとかやってもいいの?」
という質問も出ています。どのように展開していくことが望ましいでしょうか。ご示唆いただければと思います。
【指導教員の所見】
学校の教師は、とかく具体的な指示を出しがちなのですが、これが結構子どもたちの可能性を摘み取っているのか
もしれません。大きな枠はありながらも自主性がかなり出せる、こういう指示が求められているのだと思います。自
立するためには、学習目標を持てるようにすることと自己評価を適切に行えることがとても重要であると考えられま
す。ページ数にしても、出来ればどんどん書いて良いけれども、決して無理をしないようにすることが大事でしょう。
とにかく、短くてもよいから長く、楽しく続けられることが一番大切なのではないでしょうか。
(堀)
振り返って見ますと、担任が出来た終盤の8年ほど、
「復習ノート」と名付けて同様な実践をしてきました。スター
トは、高学年を担当した時、どうしても学習の成果が見えてこない児童への対応としての手立てとしたのです。日常
的な活動では能力が不足しているようには見えません。では、なぜ?どうしたら、良いのか?まず、取り組んだのが、
数名の児童の母親に、一日の学習の内容を聞き、ノートに記録して届けていただくことにしました。児童には、家で
話すようにと伝えました。このときのルールが大切です。基本的には、問い詰め型の対応は厳禁です。この結果、学
習成果が上がらない理由がすぐわかりました。それは、授業終了と同時に学習内容は、頭の中から完全に消えてしまっ
ていたのです。児童が、全く学習の必要性を感じずに過ごしてきたのです。このほか、児童の学習結果と、その定着
について、いろいろの事が解明できました。
やがて、1ヶ月ほどで、次第にノートの記述量が増えてきました。授業への参加態度も一変してきました。話の聞
き方が良くなり、積極的に参加するようになってきたのです。学習量が少ない小学校では、すぐに成果となって現れ
てきました。
児童は、さらに、自分なりの学習の方法を会得できたのです。自ら学ぶ方法もわかってきたのです。次第に自分で
書くようになってきました。当然意欲も向上します。これを見ていた、他の児童が、書いてくれば見てくれるか?と
いうことになり、学級全体のものりになりました。そのことによって、宿題は特別の時以外は、
「無し」にしました。
この実践から、思わぬ成果がたくさん得られました。実習の時、提示します。ノートは資料としていくつか手元に残
してあります。
(仙洞田)
図4 現職教員(T.A.:男子)の教育実習におけるOPPシート記入例
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
(引用・参考文献)
堀 哲夫, 2009.「学習履歴を中心にした大学の授業改善に関する研究- OPPA を中心にして-」
『教育実践学研究』14、64-71.
Hori Tetsuo, 2011. The Concept and Effectiveness of Teaching Practices Using OPPA, Educational Studies in
Japan: International Yearbook, 6, December,47-67.
Van Manen, M. 1995. On the epistemology of reflective practice. Teacher and Teaching : Theory and
Practice,1:33-50.
Schön, D. A.(佐藤 学・秋田喜代美訳),2001.『専門家の知恵』東京:ゆみる出版.
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
(資料1)
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
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学修履歴を中心にした OPPA による実践的力量形成
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教育実践学研究 18,2013
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不本意入学に至った発達障害のある中学生における
進路決定過程に関する事例研究
Career Choice Process of Junior High School Students with Developmental Disabilities : Focused on the
Unwilling Admission
渡 邉 雅 俊 *
WATANABE Masatoshi
要約:志望校とは異なる学校へやむを得ず進学する不本意入学は、学校不適応感を高
めたり、中途退学のリスクになったりする可能性が指摘されている。本研究は、発達
障害のある中学生3事例の進路決定過程を通して、不本意入学の要因を検討し、進路
支援のあり方について考察した。事例の検討から、
「不十分な自己理解」と「職業イメー
ジに方向づけられていない進学動機」が不本意入学に至らせる要因として見出された。
この結果をふまえ、自己理解の支援としては、発達障害による能力的特性の理解とそ
の受容を促すために、失敗や未達成に対する省察を行わせること、また、職業イメー
ジに方向づけられた進学動機を形成するためには、高等学校の学習と職業との関連性
を伝える支援が重要であると考えられた。
キーワード:発達障害 進路決定過程 不本意入学
はじめに
発達障害のある中学生の少なくとも 60% 以上が、通常の高等学校1) に進学している可能性が報告
されている(古川・内藤・松嶋,2009;全国 LD 親の会,2008)。受け入れ側の高等学校については、
特別支援教育の導入を中心とした施策が拡充しつつある(田部,2011;高橋・田部,2009)。その一
方、送り出す側の中学校における進路支援は、多くの課題に直面している。親と本人は、高等学校
に関する情報の不足と進路支援の不十分さに苦慮しながらも、数少ない進学選択肢のなかから、学
力や適性、興味を勘案して進学先を選択している実情が示唆されている(Tabe & Takahashi,2011;全
国 LD 親の会, 2008)。また、担任や進路指導担当、特別支援コーディネーターといった教師も、高
等学校の支援内容の情報が不足していることや、生徒の自己理解の不足、能力面の問題等、多くの
困難を抱えている(内野,2009;相川,2009)。
中学校から高等学校への移行は、学校不適応の契機になることを指摘した研究は数多い(例えば、
古川他,2001;Isakson & Jarvis,1999)
。我が国における学校不適応の主要な問題に中途退学がある。
高校生の中途退学率は、現在2%を下回っており、2000 年代半ばから現在まで減少傾向にあるが(文
部科学省,2009)、中途退学者の社会的自立への道は険しく、退学後の就学、就労ともに多大な困難
を伴うことが明らかにされている(内閣府,2011; 那須,1991)。このような現状に対し、平成 22 年
4月に「子ども・若者育成支援推進法」が施行され、具体的な支援策が展開され始めている。しか
し、学歴が社会参入への通行手形のように機能する我が国においては、固定的序列化が必然的に生じ、
その下位層に位置づけられた彼らを救済することは容易ではない。従って、中学校から高等学校へ
の移行期を通して、中途退学を引き起こす問題を未然に防ぐアプローチが重要である。
*
教育支援科学講座
不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
高校生の中途退学に対する予防策としては、志望する高等学校とは異なる学校へやむを得ず入学
する不本意入学を避けることが望まれる。中途退学者に対する面接調査では、退学理由として、
「生
活習慣の乱れ(58.5%)」といった本人側の問題に次いで、「学力に起因する不本意入学(36.6%)」
が多くなっている(内閣府,2012)。また、この調査結果を精査すると、学校生活や学業の不適応に
よる進路変更に関連する理由が大半を占め、これについても、不本意入学が誘因と推察される。
不本意入学は、中学校の進路支援を通して防ぐことが可能である。しかしながら、高等学校の中
途退学者が注目され始めた 1990 年代以降、中学校の進路支援が、偏差値による進学先への振り分け
に過ぎず、それが不本意入学の原因であると、度々批判されてきた(例えば,文部科学省,1994;
宮崎・西川,2004;飯田,2007)。成績が上位の中学生は、それでも問題はないが、中途退学者の多
くは成績が下位であったことが示されている(内閣府,2011;那須,1991)。彼らは、適切な進路支
援を受けられず、不本意入学に至り、学校生活に対して無気力、無目的で学習動機も低く、対人関
係や学習における些細な壁を乗り越えることができない。そのような体験が累積した結果、退学に
至ってしまうと推測される。
発達障害のある中学生は、成績が下位に止まるばかりでなく、周囲が理解し難い個性を有する者
も多い。従って、十分な進路支援によって、適切な進学先を選択しないと、高等学校生活において、
早晩、学校不適応感を強めて中途退学に至る可能性が高まるのではないかと考える。この点を検証
した研究は見あたらないが、例えば、内野(2009)の中学校教師に対する調査では、進路選択の際
に困った内容や本人と保護者の進学先の選択理由において、「生徒の特性、希望にあった高校がな
い」、「学力に見合う学校が少なく選択の余地がない」、「やむを得ず選択」といった不本意入学に関
与すると考えられる項目に2~4割程度の回答が示されている。このことから、発達障害のある中
学生に、一定数の不本意入学者が存在することが伺われる。従って、その内実を明らかにし、中学
校の進路支援を通した予防策を検討することは重要な課題であると考える。
以上から、本研究は発達障害のある中学生の不本意入学の要因について、3事例の進路決定過程
を通して検討することを目的とする。そして、発達障害のある中学生に対し、不本意入学を防ぐ進
路支援のあり方について言及したい。
事 例
Ⅰ.事例の情報収集について
事例は、公立中学校に在籍する発達障害のある中学生3名(女子1名,男子2名)であった。全
員が、発達障害の診断を受けていた。進路に関する情報収集は、彼らの家庭教師を務める大学生が、
著者の指導に基づいて、本人と保護者から面接によって聴取した。各事例とも面接者は異なるが、
事例の中学生たちと8ヶ月から1年7ヶ月の関わりがあり、受験勉強の支援や学校生活の相談など
を通して十分な信頼関係を築いていた。面接の時期は、中学2年生3学期から中学3年生3学期の
間で、適宜、面接者が空き時間を利用して実施した。倫理的配慮として、本人と保護者に対し、研
究内容の説明を行い、個人情報の保護、面接の中断や研究参加の途中辞退が可能なこと、録音や逐
語録といった調査データを研究目的以外で使用しないことを誓約し、了承を得た。また、個人情報
保護を目的に、事例内容の一部に若干の変更を施した。
Ⅱ. 事例 1:公立高等学校普通科を志望したが服飾専門学校へ進学したAさん(女子)
1.Aさんの概要:小学校、中学校とも通常学級に在籍した。小学4年生の頃から、授業内容が
- 41 -
不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
理解できなくなり、成績が低下し始めた。児童相談所で知能は平均的範囲にあるが、プロフィール
に偏りが見られ、言語性学習障害と診断された。同時期から、視力が悪く眼鏡を常用していたこと
や、運動が苦手で動作が緩慢であったこと等を理由に、同級生から嫌がらせを受けるようになった。
さらに、てんかんを発症したことで、体調が不安定になり欠席が増えた。中学生になると、数名の
親友が存在したことや、理解のある担任教師の支援もあり、安定した学校生活を送るようになった。
学業成績は、全ての科目で常に最下位に近い状態であったが、本人の努力や家庭教師の援助があり、
授業内容を一定度は理解できている。WISC- Ⅳによる全検査 IQ(中学3年生時)は、82(VCI=80,
PRI=102,WMI=79,PSI=78)であった。性格は内向的で、学習面だけでなく、全般的に自己評価が低
かった。度々、自分のことを「目が悪くて青白い顔」、「可愛くない」、「何やってもダメ」と表現す
ることがあった。また、新奇な事象に対して臆病な傾向が見られた。
2.進路決定までの経過:中学3年1学期の進路相談では、親友たちが受験するという理由で、
公立高等学校普通科を志望した。Aさんの成績では、合格は困難と予想されたが、受験勉強に励む
姿を見て、担任と保護者は、合格可能性のある私立高等学校との併願を前提に了承した。しかし、
夏休み中に電車で痴漢に遭ってしまったことに、体調不良が頻繁に起こるようになったことが重な
り、受験に対する不安が強くなった。これには、志望高等学校が自宅から遠く、電車で通学する必
要があったことも影響しており、この点の不安も度々、家庭教師に話していた。2学期になると、
志望高等学校の受験動機が低下し、受験勉強に集中して取り組めない様子であった。この時期に、
高等学校へ入学して教科の勉強を続けることは、自分の能力や体調面を考えると厳しいといった主
旨の発言が示されるようになった。また、自分の好きなことに関係する仕事に就くには、どうした
らよいか家庭教師にアドバイスを求めることもあった。そして、2学期末頃、衣料品関係の仕事に
興味があったことと、自転車通学が可能な距離にあることを理由に、服飾関係の専門学校へ進学す
ることに決めた。しかし、Aさんは、この進学に納得できたわけではなく、入学決定後、「本音を言
えば、親友と一緒の学校がよかった、(進学先で)みんなとうまくやっていけるか不安です」と述べ
ていた。
Ⅲ. 事例2:私立高等学校普通科を志望したが特別支援学校高等部へ進学したB君(男子)
1.B君の概要:小学校は通常学級、中学校では特別支援学級に在籍した。3歳時検診で言語発
達の遅れを指摘されたが、就学前の知能検査は正常範囲であったため、小学校通常学級へ入学した。
1年生の時から、ことばの教室で個別指導を受けた。3年生時に児童相談所から言語性学習障害(特
異的読字障害)と診断された。高学年になると、授業内容がほとんど理解できなかったが、ことば
の教室の支援と野球を介した仲間が存在したことで適応的な小学校生活を送ることができた。中学
生になると数学や国語、理科、社会の授業は特別支援学級で受け、他は交流学習等に参加している。
授業内容を理解することは難しいが、仲間と一緒に勉強することは楽しいと感じている。野球部に
所属しており、真面目に練習に取り組んでいる。休日は家で漫画を読んだり、DVD やインターネッ
トを見たりして過ごすことが多い。WISC- Ⅲによる全検査 IQ(中学2年生時)は、79(VIQ=70,
PIQ=94)であった。勤勉性の高い性格で、自他とも認める真面目な努力家である。一方、学業成績
の低さに対する劣等感が強く、口癖のように「自分はバカだから」と発言し、この点に対する自己
評価が低いことを伺わせた。
2.進路決定までの経過:母親の進路に対する意識が高く、B君が中学1年生の頃から、進学先
を独自に調べていた。中学3年の夏休みに、オープンスクールで行った地元の私立高等学校の宗教
信仰に基づいた校風が気に入り、進学を志望するようになった。しかし、母親が進学説明会におい
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不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
て、読字障害への配慮として受験時間の延長や、進学後の授業における援助を相談したところ、後日、
特別な配慮は難しいとの回答が志望高等学校側からあった。そこで、他校のオープンスクールや進
学説明会にも参加し、特別な配慮について相談したが、納得いく返答が得られず、通常の高等学校
受験を断念した。夏休みに特別支援学校高等部へ進学相談に行ったが、今度は障害者手帳を持って
いないことや、知能指数が高すぎること等を理由に進学について難色を示された。これらの学校の
対応に、母親は「行き先がなくなった」と困惑、B君は「自分の努力不足のせい」と自責の念を強
めた。このような状況にも関わらず、B君は、毎日、自分ができる水準の受験勉強や宿題、担任や
母親と面接の練習に取り組む勤勉さを見せた。2学期になり、母親と担任教師が発達障害者支援セ
ンターに相談して協力を求めた。そして、B君の学習面の特性に適した進学先が地域にないこと等
を理由に、特別支援学校に対して進学の再検討を要請した。その結果、10 月頃に特別支援学校から
進学の内諾を得た。進路決定について、母親は、「こういう子どもの能力を伸ばしてくれる進学先が
ないので仕方がない、(息子は)力があるのにもったいないと思う」と半ば諦め気味で語り、B君も
「受け入れてくれるのが特別支援学校しかなかった、もっと勉強すればよかった、自分が悪いんです」
と述べていた。
Ⅳ. 事例3:公立工業高等学校を志望したが公立高等学校普通科へ進学したC君(男子)
1.C君の概要:小学校、中学校とも通常学級に在籍した。小学生の時は、忘れ物が多いことを
除けば、特に問題はなかった。成績も中位で、苦手な科目はなかった。仲間関係は良好で、常に行
動を伴にする数名の親友が存在した。中学生になると、次第に授業を集中して聞くことが難しくなっ
た。学習内容の理解が困難になり、時間内に課題を終えられなかったり、宿題を提出できなかった
りすることが目立つようになった。また、注意散漫な時に爪を弄る行為が頻出し、そのことで一部
の同級生から嫌がらせを受けた。中学2年生の時に、児童相談所で、注意欠陥・多動性障害の診断
を受け、服薬が始まった。そうすると、集中できる時間が長くなり、授業内容が理解できるように
なった。再び、学習意欲も戻り、成績が上がってきた。部活は野球部に所属し、休日も練習に励ん
でいる。少数の同級生や部活の先輩に苦手意識を持つものの、親友も存在し、対人関係面で大きな
問題は生じていない。WISC- Ⅲによる全検査 IQ(中学2年生時)は 91(VIQ=82,PIQ=103)であった。
内向的であるが穏和な性格であり、家族との関係も良好である。しかし、一部の同級生の嫌がらせや、
勉強や部活に対する努力が報われないことに葛藤がある。また、うまく行かない理由を「障害のせ
いでバカにされてしまう」と語ることもあった。言動に多く現れないが、自分の障害に対する根強
い否定感情を持っており、自己評価が過剰に低いことを伺わせた。
2.進路決定までの経過:C君は、関係の良い父親の職業である電気工に興味を持っていた。そ
こに、夏休みに参加したオープンスクールでの好印象も加わり、都心部の公立工業高等学校を志望
した。この志望高等学校は倍率と偏差値が比較的高く、成績が中位以上でないと合格が難しい。C
君は、3年生1学期の時点で、下位の成績に止まっていた。この状況に対し、「(合格は)難しいと
思うけど、やるだけやってみる」と決意して、放課後に中学校で実施していた学習会に参加したり、
家庭教師に指導を受けたりと、努力を惜しまなかった。服薬後は、授業に集中できるため、受験勉
強に安定して取り組めるようになっていた。しかし、成績は次第に上昇したものの、定期試験や模
試の結果は、志望高等学校の合格圏内に遠く及ばなかった。2学期の進路相談時に、担任教師から
志望高等学校を変え、工業科のある地元の私立高等学校の受験を勧められた。そこは、偏差値が低
く、C君が合格する可能性も高かった。しかし、苦手な部活の先輩が在籍していることや、学校の
雰囲気が自分に合わないと感じることを理由に受験を拒否した。そして、地元の普通科だけの公立
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不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
高等学校を受験し、合格した。進路決定後に、C君は、理科の実験が好きなことや電気関係の仕事
の興味から志望高等学校に未練が残り、「もっと頭が良かったら」、「薬を早く飲めばよかった」等、
障害に対する否定的な見方を強める傾向が見られた。その一方、「決まったことだから、あとは高校
で頑張るしかない」と進路決定に対して受容する態度も示した。
考 察
Ⅰ. 不本意入学の要因
3事例は、志望高等学校へ入学することを目標に、成績は及ばないものの受験勉強に真面目に取
り組んだ。しかしながら、入学は叶わず、未練を残しながら、やむを得ず他校へ進学していった。
こうした不本意入学に至る進路決定過程は、多様な背景が影響すると思われる。従って、本事例を
通した検討には制限があるが、本人側に内在する要因として、以下の2点を指摘する。
その1つは、「不十分な自己理解」である。3事例に共通することは、自己評価が低いことであっ
た。これによって、不全感を強め、自分の得意なことや長所に目を向けることが阻害されてしまっ
たと考えられる。特に、AさんとB君は、自己理解が不十分で適性について考慮することなく、進
路決定期に入ってしまったと推測される。Aさんは、不幸な出来事や受験勉強の躓きを通して、自
分の体調や就きたい職業について考え、進学先を変更した。本人にとって辛い経験であったが、こ
のような進路決定を経て、自己理解を深め、適性を見出すことができた。しかし、Aさんが不本意
だと感じてしまったのは、先に、適性に合わない高等学校を志望してしまったからであろう。より
早期に十分な自己理解の支援があり、適性を把握することができていれば、進学した専門学校を志
望校としていた可能性がある。C君は、対人関係では良好なものの、学習面の状況を考えれば、学
業を主体とした通常の高等学校は適性に見合っていないと思われる。その結果、志望高等学校に受
け入れられないという母子ともに辛い経験を重ね、自責の念を強めてしまっている。このことも、
学習以外の領域に焦点を置いた自己理解を促す機会があれば、進学先を再考する余地があったので
はないだろうか。
2つ目として、「職業イメージに方向づけられていない進学動機」を挙げることができる。Aさん
とC君の進路決定には、対人関係が大きな影響を及ぼしていたと考えられる。内向的で不安の強い
Aさんにとって、中学校の親友たちの存在は大切であり、彼女らの支えが学校適応に不可欠であった。
しかし、そのことが、直接的な志望高等学校の選択理由になってしまったことが、進路決定を遅ら
せた原因になっている。また、C君の場合、部活の先輩との関係が、適性と学力に見合った私立高
等学校工業科の受験を拒否させる主な理由になっていた。このことによって、さしたる進学動機も
ない高等学校の普通科に入学してしまった。このような状態で高等学校に入学すると、学校不適応
感が高まる可能性が示唆されており(永作・新井,2005)、彼の入学後が心配される2)。友だちと一
緒の学校に進学したい、あるいは進学したくないという理由は、対人関係面の不安からの回避に動
機づけられており、適切な進学動機とは言い難い。本来、志望する高等学校は、自分で適性に見合
うと予測した職業イメージに方向づけられた進学動機によって選択されるべきである。発達障害の
ある中学生が嫌がらせやいじめを受けている可能性を示唆する研究が散見され(水野,2008;渡邉,
2010)、彼らにとって、対人関係は重大な問題であるかもしれない。しかし、対人関係を優先した志
望高等学校の選択は、不本意入学の誘因となるので注意が必要である。
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不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
Ⅱ. 発達障害のある中学生への進路支援
本事例の進路決定過程から示唆された「不十分な自己理解」と「職業イメージに方向付けられて
いない進学動機」は、互いに関連し合う要因である。なぜなら、自己理解が不十分で適性が把握で
きなければ、職業イメージを見通すことが困難だからである。このように想定すると、まずは「不
十分な自己理解」に対する支援を行い、適性の把握を促しながら、続いて「職業イメージ」を形成
するような進路支援が望まれる。
発達障害のある人たちの自己理解の根幹は、発達障害による能力的特性を理解し、それを受容す
ることであると考える。従って、その支援は、達成感を経験させる以上に、失敗や未達成に対する
省察が重要である。教師は、生徒ができなかった時に、自分自身の行いをふり返らせながら、その
原因と対策を十分な共感と伴に一緒に考えるような活動を仕掛けた支援を行うとよいのではないだ
ろうか。なぜできなかったのか、失敗してしまったのかといったことを考えることは、生徒が自分
の能力的特性を熟考する契機になる。また、対策の検討は、苦手なこと、不得意なことを補う方法
を習得する機会になり、自助能力の向上を促す。さらには、このような支援を保護者にも説明し、
協同で取り組む必要があると考えられる。相川(2009)は、本人の自己理解を支えるためには、保
護者の障害受容が必要であると指摘している。我が子の能力的特性を受け入れられない保護者は、
失敗や未達成に対する省察を一緒に経験することによって、発達障害に対する捉え方を見直す可能
性があるだろう。
発達障害のある中学生の職業イメージは、職務内容に止まらず、それが高等学校の学習と関連づ
けられている必要がある。最近は、大学進学者も少なくないと予測されるが、高等学校卒業後に就
労する者が大多数を占めると考えられる。高等学校の学習が、就労前の最後の学ぶ機会である可能
性は高いと思われる。従って、職業と高等学校の学習を切り離して教えるのではなく、関連性を伝
えて職業イメージに方向づけられた進学動機を高めることが重要である。学校見学では、高校生が
何を学び、それがどのような職業に結びついているのか、職場見学では、その仕事に就くためには、
どのような高等学校で何を学習する必要があるのかといった学習内容による支援が有効であると推
察する。学習障害のある中学生の進路決定過程を検討した研究(渡邉,2005)では、工業高校が実施
している福祉ボランティアを目の当たりにし、その学校で学ぶことが社会に貢献する技術だと理解
することで進学動機を強め、受験に成功した事例を報告している。このように、職業とその社会的
意義に方向付けられた進学動機を進路支援によって高めることが、発達障害のある中学生には大切
であると考える。
Ⅲ. まとめ
志望した高等学校とは異なる学校へやむを得ず進学する不本意入学は、学校不適応感を高めたり、
中途退学のリスクになったりするので、回避することが望ましい。本研究は、発達障害のある中学
生3事例の進路決定過程を通して、不本意入学の要因を検討し、進路支援のあり方について考察し
た。本事例の進路決定過程の検討から、「不十分な自己理解」と「職業イメージに方向づけられてい
ない進学動機」が不本意入学に至らせる要因ではないかと推察した。そして、自己理解の支援とし
ては、発達障害による能力的特性の理解とその受容を、失敗や未達成に対する省察を行わせること
によって促進することが有効であると指摘した。また、職業イメージに方向づけられた進学動機を
形成するためには、高等学校の学習と職業との関連性を伝える支援が重要であると述べた。
進路決定過程には、保護者と教師、地域の高等学校の実情など、多くの背景が影響し合うと考え
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不本意入学に至った発達障害のある中学生における進路決定過程に関する事例研究
られる。しかし、これらが事例の不本意入学にどのような影響をもたらしたかについては、言及で
きなかった。この点までに踏み込んだ分析を行えば、彼らの進路支援のあり方に、より具体的な示
唆を与えることが可能であろう。また、不本意入学後の経過についても明らかにすることは、中学
校から高等学校までの包括的な移行支援に寄与する知見となり得る。今後は、これらの点を検討し
ていくことが課題である。
1)通常の高等学校とは、特別支援学校高等部と高等専修学校、不登校対応のフリースクールを除
く普通科、専門学科、総合学科等を有する学校を指す。
2)C君の高校1年生1学期の状況は、目立つほどではないが、遅刻や欠席が中学校在籍時よりも
多くなっており、「授業がつまらない」と話しているという。
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48
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
-作業学習の支援経過を中心とした検討-
An Analysis on the Acquisition Process of Communication Skills in Work-Learning : A Case Study on Support
of a Student with Intellectual Disabilities in High-School Special Needs Education Programs
渡 邉 雅 俊 * 松 本 晃 **
WATANABE Masatoshi MATSUMOTO Akira
要約:本研究の目的は、発話に困難を示した知的障害のある高等部生徒の事例につい
て、作業学習中の伝達行動の変化とその支援経過を検討し、伝達スキルの習得過程を
明らかにすることであった。伝達スキルに関連する3種の行動カテゴリーについて、
3年間の縦断的分析を行った結果、伝達行動が大幅に増加し、他者注視行動と試行錯
誤行動が減少した。試行錯誤行動は作業遂行の習得とそれに対する自尊心、他者注視
行動は、教師が発話のモデリングや、教師自らのコミュニケーションを調整し、A君
が自発的に話すこと、相手に伝えることの大切さを学ぶ体験を積み重ねる支援を行う
ことにより、それぞれ抑制されたと推察した。
キーワード:知的障害 伝達スキル 作業学習
はじめに
特別支援学校高等部における3年間は、生徒の将来を見据えながら、学校生活から職業生活への
移行に焦点を置いた学習が行われる。大谷(2009)は、スムーズな移行の鍵となるのは、関係する
専門機関や移行先との連携と、職場の上司や同僚によるナチュラルサポートの形成であると指摘し
ている。特に、移行先において、周囲の人たちに無理のない範囲で自然に手助けしてもらえるナチュ
ラルサポートを早期から受けられるか否かは、職場適応に不可欠であると考えられる。
ナチュラルサポートを引き出すために、実践的にはジョブコーチのような就労支援の専門家によ
る職場の人々に対する働きかけ(若林,2006)や、教育的には若年健常者の障害理解を促し、ナチュ
ラルサポーターとしての素養を習得させるアプローチ(滝吉・田中,2011)といった健常者に対す
る支援が重要である。しかし、専門的な知識を持たない健常者が、知的障害者の様子を伺いながら、
必要性を感じ取って適切な援助を行うことは、けして容易なことではない。また、一般的に従業員
の多い事業所になると、人事異動が頻繁に行われ、同僚が次々に変わることも珍しくない。従って、
知的障害者にも、誰とでも臆することなく、状況に相応しい会話ができる能力が求められる。特に、
移行を目前にした高等部生徒に対しては、健常者とのコミュニケーションスキルを習得させること
が、移行をスムーズにするうえで重要な教育課題であると考える。
職場におけるコミュケーションスキルでは、知的障害者の場合でも挨拶を事業主が重視している
ことが報告されているが(例えば、真謝・平田,2000)、ナチュラルサポートを形成するためには、
加えて、報告や連絡、相談といった基本的な伝達スキルを身につけたうえで、職場に参入すること
が望まれる。なぜなら、健常者が援助の必要性を判断するためには、どのような問題が生じている
のかを、その状況や背景と伴に把握する必要があり、その際、知的障害者が自発的に仕事の進捗状
*
教育支援科学講座 ** 東京学芸大学附属特別支援学校
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
況や質問、意見を伝えることを欠かすことはできないからである。
特別支援学校における職業教育の中心は、作業学習と現場実習である。作業学習では、就労のた
めに必要な基礎知識とスキルの習得、そして、その教育成果の応用と実践が現場実習で求められる(佐
久間・大根田,2008)。伝達スキルの支援は、これらの職業教育を中心として、生徒の実態に応じて
行われていると考えられる。これまでのところ、伝達スキルを学校教育のなかで、知的障害者がど
のように習得するのか、また、有効な支援は何かといった点が十分に検証されていない。特に、長
期間に渡る縦断的分析に基づいた研究がないために、伝達スキルの変化にどのような要因や支援が
関わっているかが不明である。また、その般化を検討することも職業教育において、重要な課題で
あろう。
以上をふまえ、本研究は、知的障害のある高等部生徒1事例の伝達スキルについて、3年間の縦
断的変化とその支援経過を検討し、習得過程を明らかにすることを目的とする。事例は、発話に困
難を有し、高等部入学当初は、通常の会話でさえ質量に乏しく、伝達スキルは全く習得していない
状態であった。従って、高等部に在籍した3年間の縦断的変化とそれに関わる要因や教育支援の影
響を明らかにすることによって、有効な支援方法の手がかりを得られると考えた。また、現場実習
や他の学校生活におけるコミュニケーションの状態も併せて検討し、伝達スキルの般化について検
討を行う。
方 法
Ⅰ.事例の経過
対象は、特別支援学校高等部に在籍する男子生徒A君であった。小学校と中学校は特別支援学級
に在籍し、現在の特別支援学校高等部へ進学した。田中ビネー知能検査Ⅴでは、MA が5歳8ヶ月
であった(高等部2年3月実施)。穏やかで素直な性格であり、対人関係が良好で学校生活に適応し
ている。しかし、自発的に話すことはほとんどなく、声量が小さいために、意志が周囲に伝わらな
いといった顕著な発話の困難を有していた。例えば、検査場面においても、田中ビネー知能検査 V「絵
の不合理(6歳級第 49 問)」課題は全問不正解であったが、A君の検査中の様子から、絵のおかし
なところに対する気づきはあったと思われた。しかし、説明するための語彙が不足していることに
加え、発話の動機が低く、反応がほとんど示されなかった。また、検査を通して、言語が不明瞭で、
聞き難い反応が多かった。
1.発達歴:A君は、1700 グラムで出生し、ミルクをあまり飲まないこともあって身体発育が遅
れた。そのため、歩行訓練を7~8か月頃から始め、1歳半で歩き始めた。また、単語の表出は、
3歳前後であった。3歳の時に、障害児通園施設へ入園した。5歳頃には、発音の異常に親が気付
き、診察を受けた結果、粘膜下口蓋裂と診断されて手術を受けた。本来は、発話が始まる以前に、
口蓋裂の手術を受けるべきであったが、発達全般が遅れていたため、後回しになってしまったとい
う。幼稚園に入ると、他の園児がA君の世話をしてくれた。文字も幼稚園の友だちから教わってく
ることがあった。遊びは、積み木など、自分のペースで取り組めるものを好んだ。教師に促されて、
他の園児と園庭で遊ぶこともあったが、消極的であった。仲間関係は、大人しいA君に周囲の園児
が何かと世話をしたがり、よく面倒を見てもらっていた。幼稚園教師は、A君を特別視せず、他の
園児と同じように関わっていた。
小学校では、特別支援学級で学んだ。国語、算数、社会、理科、道徳以外の授業は交流学級で学
習していた。在籍した特別支援学級は、A君と一学年上の児童の計2名であった。入学当初、環境
の変化が大きかったが、A君は、特に変わった様子はなかった。担任教師は、個別的な指導を中心
- 49 -
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
に行い、段階的、継続的に関わっていた。そのため、ひらがなやカタカナ、時間、金銭に関する基
礎的スキルは速やかに習得できた。その一方、計数や数量概念の形成は難しかった。仲間関係は良
好であり、同級生だけでなく、上級生や下級生にも友だちが存在した。いつも、4~5人の友だち
を自分の家に招待したり、友だちの家に遊びに行ったりしてテレビゲームで遊ぶことが多かった。
中学校は、引き続き特別支援学級に進学し、国語、数学、英語、社会、理科、道徳以外の授業は
交流学級で学習した。授業は、小学校時代のように個別指導を受けることができたが、担当教師が
教科毎に変わることもあって、内容を十分に習得できないことが多かった。担任教師との関係は問
題なく、指示されたことを素直に受け入れる生徒であった。また、他に話し相手になる教師も存在
した。仲間関係は、小学校時と同様に良好であり、3年間バスケットボール部に所属し、部員のな
かに友だちが存在した。部活の練習は、A君の身体能力には厳しく、ゲームに出場する機会はほと
んどなかった。しかし、シュートやドリブルなどの基礎練習を地道にやり遂げ、3年生の最後の試
合に出場することができた。中学校卒業後の進路について、当初、A君は友だちと離れたくない理
由で、普通高校を希望していた。しかし、担任教師と保護者の説得や、3年生の夏期に見学した特
別支援学校が繁華街の近くにあり、好きな電車で通学できるため、そこへの進学を決めた。
2.現在の状態:特別支援学校高等部に入学後は、いつも落ち着いた態度で学校生活を過ごして
いる。同級生との関わりにおいて、笑顔がよく見られ、背中を押して活動を促すような場面もある。
その一方、A君が自分から仲間や教師と会話するところは、ほとんど見られない。授業中は、困っ
たことが生じると活動を止め、ただ教師を見つめていたり、同じことを繰り返しながら、教師がそ
れに気づいて助けてくれるのを待っている。発話があっても声量が小さく、聞き取れないことが多い。
加えて、内容が必要最少限に止まる傾向がある。従って、学校適応や仲間関係は良好であるが、言
語的コミュニケーションは質量とも不十分な状態であった。
Ⅱ.調査手続き
調査は、作業学習中の行動観察と教師(担任教師、作業学習担当教師)へのインタビューから構
成された。
1.作業学習中の行動観察:A君が在籍する特別支援学校高等部の作業学習は、陶芸班、織物班、
リサイクル班(ペットボトルの再利用作業)、木工班があり、生徒の実態や希望などを勘案して配属
を決めている。A君は1年生が陶芸班、2年生と3年生では織物班に配属された。作業学習は、週
3日、午前 10:00 から 11:50 に授業が設定されており、その全ての授業時間(約2時間)を観察の
対象とした。観察期間は、高等部1年生7月から3年生の7月までの間であった。学年毎の観察回
数と時間を均一に設定し(観察回数5×2時間)、高等部1年生7月~ 10 月を1年生期、2年生 10
月~ 11 月を2年生期、3年生6月~7月を3年生期とした。記録は教室の隅にビデオカメラ1台を
設置し、行動を録画すると伴に、関連情報を中心に観察者が適宜メモを取った。
2.担任教師と作業学習担当教師へのインタビュー:A君の作業学習中の行動と教師の教育支援
及びその背景、他の学校生活におけるコミュニケーションの状態を分析するために、2年生期と3
年生期の観察終了後に、担任教師と作業学習担当教師へインタビューを実施した。主要な質問内容
は、①作業学習の動機と作業遂行の状況や、それらに対する教育支援について、②A君と他の生徒
との関係について、③伝達行動の般化(現場実習や他の学校生活におけるのコミュニケーション等)
であった。
- 50 -
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
結果と考察
Ⅰ.伝達スキルに関連する行動の分類
作業学習中の行動観察記録の分析と教師によるA君の行動理由の推測を基準として、3種の伝達
スキルに関連する行動カテゴリーを定めた。各行動カテゴリーの分類基準と典型例を Table1 に示す。
Table1 伝達スキルに関連する行動カテゴリーの分類基準と典型例
行動カテゴリー
分類基準
典型例
伝達行動
教師や他の生徒へ作業内容に関 【場面】機織作業の開始直後、自分の
することを自発的に発話によっ 織機に着席するが、すでに製品が完成
していたので教師に確認を求める。
【行
て伝える。
動】A君:織機に座り、自分の製品の
状態を見て、すぐに立ち上がり、教師
のところへ行き、「織り終わりを見て
ください。」と言う。自分の織機に座り、
作成途中の製品を触りながら教師を待
つ。教師:しばらくして、A君のとこ
ろへ行き、織り終わりの部分を確認し
て、新しい製品を作るように促す。A
君:指示に従って、作業を進める。
他者注視行動
相手に何かを伝える必要性が明 【場面】A君が片付けている時、他の
らかに生じている状況において 生徒が道具箱をしまい忘れていること
教師や他の生徒を見つめるが、 に気付くが、自分自身の道具箱を片付
暫く発話できない。状況によっ けていなかったため、それをしまうよ
【行動】A君:
ては、伝えられないまま終結し うに教師から指摘される。
他の生徒が道具箱をしまっていないこ
てしまう。
とに気付き、その道具箱を持ったまま、
持ち主の生徒を見つめる。しかし、そ
の生徒は気付かず、A君は、その道具
を置いてうろうろし始める。教師:A
君が自分の道具箱を棚にしまっていな
いことに気付き、「これは、誰のです
か。」と言う。A君:手を挙げ、自分
の道具箱を受け取り、棚へ戻しに行く。
試行錯誤行動
作業を止め、周囲を歩き回った 【場面】機織作業の終了時間になる。
り同じ作業を繰り返す。
織機の縦糸を緩めるために、青と黄色
のレバーを下げて、縦糸を緩めて後片
付けに入る。【行動】A君:他の生徒
たちは、縦糸をゆるめ、掃除に入る。
その時、A君は黄色いレバーを下げて
は上げ、上げては下げることを繰り返
す。教師:「わかりますか、終わりは
こうします。」と言い、縦糸の緩め方
を教える。A君:指示通りに操作し、
掃除に入る。
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発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
伝達行動は、教師や他の生徒へ作業内容に関係することを自発的に発話で伝えることと定義した。
教師に対して、作業状況を報告したり、製品の確認を要求したり、作業仲間に対する連絡や依頼な
どが含まれた。他者注視行動は、相手に対してA君が何かを伝える必要性が明らかに生じている状
況において、教師や他の生徒を見つめるが、暫く発話できなかったり、状況によっては、伝えるこ
とができないまま終結してしまったりする行動が該当した。担任教師によれば、伝える意志はある
が、そのタイミングを図れないことや躊躇して諦めてしまうこと等が背景にあると推測している。
試行錯誤行動は、A君が作業を止め、周囲を歩き回ったり、同じ作業を繰り返すといった行動を示
す。これは、作業内容が十分に理解できていなかったり、次の作業に進んでよいのか判断できなかっ
たりすることが主な理由であると、担任教師は考えている。
Ⅱ.行動カテゴリーの縦断的変化
Figure1 に1年生期から3年生期を通して、伝達スキルに関連する各行動カテゴリーの出現数がど
のように変化したかについて示した。各学年期の出現数は、約 10 時間(観察回数5×2時間)の総
計とした。出現数の内訳は、伝達行動が1年生期4、2年生期 20、3年生期 49、他者注視行動が1
年生期 22、2年生期 13、3年生期8、試行錯誤行動が1年生期 15、2年生期 11、3年生期4であっ
た。このことから、1年生期から3年生期にかけて、伝達行動が大幅に増加し、それに伴い他者注
視行動と試行錯誤行動が減少していったことが認められた。
Figure1 伝達スキルに関連する各行動カテゴリーにおける出現数の変化
A君は、1年生の時に比べて、3年生時の各行動カテゴリーに大きな変化が見られた。伝達行動
の漸次的な増加は、教師や他の生徒との授業中におけるコミュニケーションが次第に安定していっ
たことを示すといえる。その一方、他者注視行動と試行錯誤行動は、3年生になると、あまり目立
たなくなった。このことは、それらの行動が抑制された結果、伝達行動が促されたことを示唆する。
- 52 -
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
Ⅲ.教育支援による影響
2年生期と3年生期の観察終了時点に実施した教師へのインタビューに基づき、作業学習におけ
るA君の学習動機と作業遂行及び伝達行動への支援方法の2点から、各行動カテゴリーの変化の背
景を明らかにする。また、伝達行動が作業学習とは異なる状況で、どのように出現しているかに関
する質問から、その般化について検討する。
1.学習動機と作業遂行:作業学習担当教師は、学習動機に関して、「作業学習は、他の授業より
も発話する言葉(機織作業の例:「糸巻きをお願いします」、「みなさん聞いてください○○が1枚で
きました」等)が決まっているので、話す不安が軽減され、安心して授業に取り組めている(2年
生期観察終了後)」、「織物作業は2年連続のため、作業内容に見通しが持てている。これに加えて、
最上級生なので、誰よりも作業について知っているという自尊心を言動から感じる(3年生期観察
終了後)」、また、作業遂行について、「作業のスピードが速くなり、それに応じてミスが少なくなっ
て、正確さが向上している(2年生期観察終了後)」、「3年生からより扱いが難しい機器を使用して
いる。最初は操作のミスが多く、作業が進まなかったが、次第に少なくなっている。A君自身は、
良い製品を作りたいという意欲を持っているが、まだ、作業スピードが伴っていない」と述べた。
A君は、作業遂行に若干の課題を残しつつも、3年間に渡って、高い動機を保ちながら安定的に
作業学習に取り組んでいたことが伺われる。コミュニケーションに必要な表現が少なく、いくつか
の定型表現を覚えればよいといった学習環境が、彼の発話に対する不安の強さを軽減したために、
作業に集中できるようになったと考えられる。このことが、着実な作業遂行の習得とそれに対する
自尊心を高めたため、試行錯誤行動が減少していったと推察できる。
2.伝達行動への支援方法:作業学習担当教師は、「作業学習で使う言葉は限られているので、そ
れらをいつ使えばよいか根気強く教えた。作業学習の始めの会で、特に覚えて欲しい言葉を復唱さ
せたり、作業機器に使用する言葉を記したカードを貼付し、いつでも見られるように工夫した(2
年生期観察終了後)」、「A君が自発的に話してくるまで待つことを意識した。伝達すべき状況になっ
た時は、近くまで行って、発話しやすいようにしながらも、こちらから声をかけることはしなかっ
た(3年生期観察終了後)」、とのことであった。また、他の学校生活における伝達行動を促す支援
について、担任教師は、「1年生の時は、発表する場面では、モデルとなる生徒が必要だろうと、授
業中の発表順番を後ろから2番目くらいにしていた。2年生からは、A君が手を挙げるまで待って、
なるべく指して発言する機会を設けた。また、なるべく発問をクローズド・クエスチョンからオー
プン・クエスチョンにして、はい、いいえの反応だけでなく、多様な内容を話すように配慮した(2
年生期観察終了後)」、「A君の話しが聞き取れる大きさになるまで発話を直すようにしているので、
次第に大きな声が出るようになっている。このような場面では、他の生徒が聞き取れるように話さ
なければならないので、程よい緊張感があり、声量が出るのではないかと思った。そして、実際に
声が大きくなってきた。また、学級委員長になったために、他者の前で話す機会が増えた(3年生
期観察終了後)」と述べた。
以上のインタビューの結果から、教師による支援方法として、発話の手本を提示すること、話し
やすい環境を整えながら発話するまで待つこと、質問をオープンクエスチョンにすること、周囲に
聞き取れるように話す状況を設けること等が実践されていた。Figure2 に手本提示の支援例として、
機織り作業の機器に貼り付けたカードを示した。A君は、発話する意図がありながら、タイミング
が計れなかったり、躊躇して諦めてしまったりする傾向があり、これが他者注視行動として顕在化
していた。加えて、発話したとしても相手が聞き取れない程の声量であった。このような実態を作
業学習担当教師と担任教師が共有しており、それぞれの指導場面に応じて、発話のモデリングや、
- 53 -
発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
Figure2 機織り作業における伝達スキルの支援例
(黒枠内:作業機器に貼付された発話の手本カード)
教師が自らのコミュニケーションを調整し、A君が自発的に話すこと、相手に伝えることの大切さ
を学ぶ体験を意図的に積み重ねさせたことが伺われる。単一の特別な支援を施すよりも、こういっ
た複数のアプローチによるコミュニケーションの支援が、相乗効果をもたらし、A君の他者注視行
動を軽減し、伝達行動を促進したものと考えられる。
Ⅳ.伝達行動の般化
担任教師に対して、現場実習と学校生活場面におけるコミュニケーションの様子を尋ねたところ、
「2年次の現場実習では、農業の作業所に行った。そこでA君は言われた作業を遂行することはでき
た。しかし、実習指導者に報告したり、支援を求めたりする場面では、自分から話すことができな
かった。そういう場面では、実習指導員の方を見つめるものの、すぐ下を向いてしまっていた。学
校生活では、入学当初、担任教師が挨拶をするとそれに応えるように挨拶していた。他の教師とす
れ違ってもA君自身から挨拶することはなかった。現在では、担任以外の教師にも、授業を通して
関わる機会が増え、担任教師はもちろん、他の教師にも自発的に挨拶する場面が見られる(2年生
期観察終了後)」、「3年次の現場実習では、作業で分からないことがあると、近くにいる実習指導者
に質問している姿が見られた。作業内容の指示を理解し、丁寧に取り組んでいた。特に実習の後半
になると、挨拶や質問などを積極的に行おうとする態度を示していた。学校生活では、3年生になっ
て、前年度以上に挨拶する意欲が感じられるが、躊躇していることも多いので、待てずに教師から
声をかけてしまうことがある。その時の返事は小さな声になっている。他の教師に自分から挨拶で
きることが確かに増えているが、年齢的な恥ずかしさもあるようだ(3年生期観察終了後)」と述べ
ていた。
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発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
インタビューの結果から、A君が、2年生期よりも3年生期において、コミュニケーションに対
する態度やスキルを向上させていることが伺える。特に、作業学習の教育成果の応用や実践という
役割を持つ現場実習(佐久間・大根田,2008)において、3年生になると、実習指導者に積極的に
挨拶や質問を行っていた変化から、作業学習中の伝達行動が一定度の般化を示しているものと推察
できる。
総合考察
本研究は、発話に困難を示した知的障害のある高等部生徒の事例について、作業学習中の伝達行
動の変化とその支援経過を検討した。伝達スキルに関連する3種の行動カテゴリーを抽出し、その
縦断的変化を分析したところ、高等部の3年間において、伝達行動が大幅に増加し、他者注視行動
と試行錯誤行動が減少した。試行錯誤行動は作業遂行の習得とそれに対する自尊心、他者注視行動
は、教師が発話のモデリングや、教師自らのコミュニケーションを調整し、A君が自発的に話すこ
と、相手に伝えることの大切さを学ぶ体験を積み重ねる支援を行うことにより、それぞれ抑制され
たのであろう。その結果、A君の伝達行動が促進され、安定的に作業学習に取り組めたのではない
かと考えられる。また、現場実習や他の学校生活においても、挨拶や質問を自発的に行うようになっ
たことから、伝達行動が般化しつつあることが伺われた。
本研究の目的である知的障害のある高等部生徒の伝達スキルの習得過程について整理する。発話
に顕著な困難を有していたA君にとって、自発的に作業状況を他者に伝えることを習得することは、
1年生の時点では大きな負担であった。このような実態を作業学習担当教師と担任教師が共有し、
それぞれの授業場面で、発話を促す様々な「仕掛け」が施されたことによって、「他者へ伝えさせら
れた体験」を繰り返しながら、次第に「他者へ伝わったという実感を持てる体験」が増えていった
のではないかと考える。この契機となったのは、おそらく、発話に対する他者の反応によって、伝
えることの良さを目の当たりにしたからではないだろうか。つまり、
「他者へ伝えた」ことによって、
理解が十分でない部分が分かったり、次に何をすれば良いかのか判断できたりするといった伝達ス
キルの効力を経験的に理解できたのである。
伝達スキルは、知的障害者が健常者にナチュラルサポートを受け、安定した職業生活を維持する
うえで欠かせないと考える。伝達スキルを含めたコミュニケーションの支援は、職場定着における
重要な要因である(鈴木・八重田・菊池,2009)。比較的短期間のトレーニングやプログラムによる
効果も示されているが(例えば、藤井・松岡,2002)、その習得は、特別支援学校高等部の3年間に
渡る教育実践においても、十分に可能であることを本事例は示唆した。教師と同級生、あるいは先
輩と後輩といった多様な関係性を通して、伝えることの基本的技能とその効力を丁寧に教えること
で、知的障害のある高等部生徒のコミュニケーション能力は醸成されていくと考える。
本研究の課題として、伝達スキルの般化について、詳細な分析が行えなかった点が挙げられる。
そのため、般化に及ぼす要因が、十分に検証できていない。学校生活を通して習得できたことが、
社会生活で活用できるか否かは、最も重要な実践課題である。今後は、現場実習や家庭生活におけ
る伝達スキルの変化とその教育支援との関連性まで踏み込んだ分析を行う必要がある。
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発話に困難を示す知的障害のある高等部生徒における伝達スキルの習得過程
文 献
藤井 薫・松岡秀子.(2002).知的障害者への就労支援-コミュニケーション・スキル・トレーニ
ングの実践から-.発達人間学論叢 ,5,75-83.
真謝 孝・平田永哲.(2000).知的障害養護学校卒業生の就労状況と課題に関する一考察-雇用 企業調査を通して-.琉球大学教育学部障害児教育実践センター紀要 ,2,139-148.
大谷博俊.(2009).特別支援学校高等部における知的障害児の進路指導に関する考察-A児に対 する企業就労のための移行支援の分析を通して-.職業リハビリテーション ,23(1),10-16.
佐久間 宏・大根田充男.(2008).知的障害児の進路指導をめぐる課題(III):現場実習の意義と
役割の分析.宇都宮大学教育学部紀要第 1 部 ,58,21-53.
鈴木良子・八重田淳・菊池恵美子.(2009).知的障害者の職場定着のための支援要因.職業リハビ
リテーション ,22(2),13-20.
滝吉美知香・田中真理.(2011)発達障害児とともに生きる「ナチュラルサポーター」の育成をめ ざして-思春期・青年期の定型発達者における発達障害および自己に対する理解の変化-.東北
大学大学院教育学研究科研究年報第 59 集 ,2,167-192.
若林 功.(2006).ナチュラルサポートに関する文献を概観する.職リハネットワーク ,59,43-49.
付記
3年間に渡って本調査にご協力頂きましたA君とご父兄、並びに担任、作業学習担当の先生方に
深く感謝申し上げます。
- 56 -
教育実践学研究 18,2013
57
小学生はどのように「論理的に」考えるのか
-「理由づけ」を省略した論理構造に対する児童の意識-
How do schoolchildren think about “logically”?
保 坂 修 男 * 岩 永 正 史 **
HOSAKA Nobuo IWANAGA Masafumi
要約:本稿では,
「主張」と「根拠(データ)」のみが示された場合,児童がどのような「理
由づけ」をし,筋道を立てて考えるのか(論理的思考)を,実態調査をふまえてその
傾向を明らかにする。まず,「論理的に思考し表現する能力」を「『主張』『根拠(デー
タ)』『理由づけ』を意識し,そのつながりを考え,表現する力」とした。そして,「理
由づけ」を省略した論理構造に対する児童の意識を明らかにするために実態調査を実
施した。その結果,全体的には,資料を「根拠」にした場合には,「納得」しやすい傾
向があり,自分なりの「理由づけ」もできることが明らかになった。しかし,資料か
ら読み取ったことをもとに「理由づけ」を考えることに課題があることも明らかになっ
た。さらに,学校間の比較から,「論理構造」自体に注目する児童の現れ方が、学校に
よって異なることも明らかになった。
キーワード:論理的思考力,小学生,「主張」「根拠(データ)」「理由づけ」
Ⅰ.問 題
OECD(経済協力開発機構)が実施した PISA 調査(2000 年~ 2009 年)の結果から,日本の子ど
もの読解力に関して,次のような課題が指摘されている。それは,日本の子どもは,必要な情報を
見つけ出し取り出す「情報へのアクセス・取り出し」は得意であるが,取り出した情報の関係性を
理解して解釈する「統合・解釈」や,自らの知識や経験と結びつけたりする「熟考・評価」が苦手
だということである。(国立教育政策研究所 2010)
また,文部科学省が実施した全国学力・学習状況調査(2007 年度~ 2009 年度は,悉皆調査。2010
年度は,抽出調査および希望利用方式。2011 年度は,震災のため実施見送り,問題を公開)の結果
から,次のような課題が指摘されている。それは,「調べてわかった事実や理由を明確にして,自分
の考えを効果的に書くこと」「目的に応じて必要となる情報を取り出し,それらを関係付けること」
である。(樺山 2011)
これらの課題を改善するために,学習指導要領が改訂され,小学校では 2011 年度から完全実施さ
れている。改訂された学習指導要領では,思考力・判断力・表現力等の育成や,各教科等における
言語活動の充実が求められている。そして,「2国語科改訂の趣旨」では,「特に,言葉を通して的
確に理解し,論理的に思考し表現する能力,互いの立場や考え方を尊重して言葉で伝え合う能力を
育成することや,我が国の言語文化に触れて感性や情緒をはぐくむことを重視する。」(傍線筆者)
と述べられている。(文部科学省 2008)
このように,各種の調査結果の課題を改善するために,学習指導要領で重視されることになった
「論理的に思考し表現する能力」とは,どのような能力なのだろうか。「論理的思考力」の定義につ
*
甲斐市立竜王小学校 ** 言語文化教育講座
小学生はどのように「論理的に」考えるのか
いては,次のようなものがある。井上(1989)は,「論理学的な狭義の定義」「論証の形式という定
義」「概念的思考一般という広義の定義」という3つに分類している。難波(2006)は,論理力とし
て「論理的読解力・論理的思考力・論理的表現力」の3つを捉えている。その中で,論理的思考力
を「適切な論理を考える力」とし,論理的表現力を「適切な論理を表現する力」としている。野矢
(2006)は,論理力を「コミュニケーションのための技術であり,言語能力の一つ『読み書き』の力」
としている。そして,「言葉と言葉の関係―ある言葉と他の言葉がどういう仕方でつながりあってい
るのか―をとらえる力」と定義している。道田(2003)は,「批判的思考を中核にもち,論理性とい
う目標をもつ思考」と定義している。これらの先行研究における定義をふまえ,本研究における「論
理的思考力・表現力」を次のように定義した。
論理的思考力:「主張」「根拠(データ)」「理由づけ」を意識し,そのつながりを考える力
論理的表現力:「主張」「根拠(データ)」「理由づけ」のつながりを考え,表現する力
では,「主張」と「根拠(データ)」をつなげる「理由づけ」を考え,表現する能力を育成するた
めには,どのような指導方法が有効なのだろうか。それを探るためには,まず,児童が「主張」
「根
拠(データ)」をどのように意識し,そのつながりをどのように考えているかを明らかにすることが
必要である。
そこで,本研究では,「主張」と「根拠(データ)」のみが示された場合,児童がどのような「理
由づけ」をし,筋道を立てて考えるのか(論理的思考)を,実態調査をふまえてその傾向を明らか
にすることをねらいとする。
Ⅱ.方 法
「主張」と「根拠(データ)」のみが示された場合,児童がどのような「理由づけ」をし,筋道を
立てて考えているのか(論理的思考)を,明らかにするために次のような実態調査を実施した。
1 調査対象
山梨県内2つの小学校の,4年生 167 名,5年生 158 名,6年生 164 名
A校:4年生 76 名,5年生 69 名,6年生 69 名
B校:4年生 91 名,5年生 89 名,6年生 95 名
2 調査時期
2011 年(平成 23 年)7月,9月
3 調査概要
調査は,図1に示した調査問題を使用して,学級担任が各学級において実施した。調査問題では,
「根拠」として「携帯電話を持っている人の割合」を表す折れ線グラフを示した。そして,それを「根
拠」に「暮らしやすくなった」とするAさんの「主張」を示した。しかし,なぜそう考えたのかと
いう「理由づけ」は,示さなかった。
本調査の目的は,資料を「根拠」としているが,「理由づけ」がない「主張」に対して,児童がど
のように判断し,どのような「理由づけ」を考えるかを明らかにすることである。具体的には,A
さんの「主張」に対して,「納得する」「納得しない」のどちらかを選択させ,自分の立場を明確に
させた。そして,自分の立場について,なぜそう考えたかという「理由づけ」を記述させた。
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小学生はどのように「論理的に」考えるのか
Aさんは,下の資料をもとに次のような考えを発表しました。
なっとく
あなたは,Aさんの考えをどう思いますか。(納得する・納得しない)のどちらかに
○を付け,その理由を四角の中に書きましょう。
持っている人
が多い。
持っている人
が少ない。
Aさんの考え
けいたい
私は,折れ線グラフを見て,携帯電話を持っている人が増えていることがわかりました。
携帯電話を持つ人が増えたので,暮らしやすくなったと思います。
(納得する・納得しない)
理由
図1:調査問題
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小学生はどのように「論理的に」考えるのか
Ⅲ.結果と考察
1 学年ごとの比較
まず,両校を合計し,学年ごとを比較した。Aさんの考えに対する判断は,図2のような結果で
あった。(グラフ内数値は,人数)
*5年生3名,6年生7名は,態度保留
図2:Aさんの考えに対する判断(2校合計,学年ごとの比較)
図2の結果について統計的な検定(カイ二乗検定)を行った。その結果,学年間に有意差はなかっ
た。つまり,どの学年も同様に,「納得する」と判断する児童が半数を超えており多数であった。
次に,どのような「理由づけ」をしているのかに注目した。河野順子(2011)の「理由づけ」の
分類方法を参考に,次の3つに分類した。①「理由づけあり(関連あり)」:「根拠」(資料から読み
取ったこと)をもとにして「理由づけ」している。②「理由づけあり(関連なし)」:理由づけして
いるが,「根拠」(資料から読み取ったこと)をもとにしていない。③「理由づけなし」:根拠をその
まま理由づけにしている。自分なりの理由づけを書いていない。結果は,表1のとおりである。学
年ごとの判断の違いについて,有意差はなかった。
表1:「 理由づけ」
の分類結果
図2で確認したとおり,全学年において「納得する」と判断した児童が半数以上であったが,
「理
由づけ」については,「納得する」「納得しない」に関わらず,「理由づけ」をしている児童が多い。
では,それぞれどのような「理由づけ」をしているのだろうか。
まず,全ての学年で最も人数が多い「納得する」と判断した中で,「理由づけあり(関連なし)」
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小学生はどのように「論理的に」考えるのか
であった児童の回答例を示す。(傍線筆者)
携帯電話があれば,いつでも,どこでも電話ができるし,調べたいことがあれば調べられる。
事故があった時,すぐに救急車をよんだり警察に連絡できる。
このように,「納得する」と判断した児童の「理由づけ」には,携帯電話を持つことの便利さを挙げ
るものが多かった。
一方,
「納得しない」と判断した中で,
「理由づけあり(関連なし)」であった児童の回答例を示す。
(傍線筆者)
けいたい電話があって,くらしやすくなったことはあまりないと思う。いたずらやチェー
ンメールというメールのいたずらが最近多いので,くらしやすくはない。私はけいたいで
んわをもっているけど,チェーンメールというので,とてもめいわくなのでなやんでいる。
そのメールの内容がこわかったりなんだか変な内容だったりする。
このように,「納得しない」と判断した児童の「理由づけ」には,携帯電話を持つことによる弊害を
挙げるものが多かった。しかし,「納得する」「納得しない」に関わらず「理由づけ」はあるが,
「根
拠」である資料から読み取ったことを明確に記述する児童は少なかった。
次に,「納得する」と判断し,資料から読み取ったことをもとに「理由づけ」を記述した児童の回
答例を示す。(傍線筆者)
昔は携帯電話などあまりなかったので暮らしが不便だったけれど,今になってくると携帯
電話を持っている人が約 90%ぐらいになっているので,しゃべりたい相手がいれば多くの
人が携帯電話を持っているので便利になったと思います。
このように,ただ単に携帯電話の便利さを述べるのではなく,「携帯電話を持っている人が約 90% ぐ
らいになっている」から,たくさんの相手と通話ができることを「理由づけ」としている。
一方,「納得しない」と判断し,資料から読み取ったことをもとに「理由づけ」を記述した児童の
回答例を示す。(傍線筆者)
けいたい電話をもつ人がふえると,マナーをまもらない人が出てくるから。また,けいた
いをもつ人が多くなると,電気をおおはばに消もうしてしまうから。また悪質なサイトが
ふえているから。変な人から電話がくるから。
このように,ただ単に携帯電話の弊害を述べるのではなく,「けいたい電話をもつ人がふえると」マ
ナー違反や電気使用量,悪質サイト,不審者が増加することを「理由づけ」としている。
以上の結果をまとめると,資料を「根拠」とした「主張」に対して,どの学年の児童も,「納得す
る」傾向がある。また,「納得する」「納得しない」に関わらず,自分なりの「理由づけ」を考える
ことはできることも明らかになった。しかし,「根拠」である資料から読み取ったことをもとにして
「理由づけ」ができる児童は少ないことも明らかになった。このことから,今後の指導の課題として,
「根拠」をもとにした「理由づけ」を考えさせる指導が必要であるといえる。
そこで,今回の調査において5年生3名と6年生7名に見られた「態度保留」の児童の回答例に
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小学生はどのように「論理的に」考えるのか
注目してみることにより,今後の指導の可能性について考えてみる。以下に「態度保留」の児童の
回答例を示す。(傍線筆者)
たしかに持つ人がふえていつでも電話ができるし,もしものときにもとても役にたってく
らしやすくなったと思うが,電話をもつことで知らない人からの電話やチェーンメールが
届いたり個人情報がもれたりしてふつうに使えばとてもべんりだが,少しまちがえるとと
てもあぶない物になってしまうと思う。
このように,
「態度保留」とした児童は,
「納得する」「納得しない」という結論には達していないが,
「根拠」をもとに携帯電話を持つ人がふえることによるメリットとデメリットの両方を挙げて「理由
づけ」している。今回の調査では,結論を出すことはできなかったが,「態度保留」とした児童は,
「携帯電話を持つ人が増える」ことによる「良い点」と「悪い点」について多面的に考えている。こ
のような多面的に考えることをとおして,「良い点」「悪い点」として挙げたことは,本当に「携帯
電話を持つ人が増えた」からといえるかについて考え直すことにつながる。つまり,「根拠」の意味
を考え直し,「根拠」をもとにした「理由づけ」を考えることになる。一方的に自分の考えを,自分
の論理だけで主張するのではなく,逆の立場からの「理由づけ」を意識することで,「根拠」を見直
すことになる。そして,多面的な「理由づけ」を考えることにより,説得力のある「主張」をする
力(論理的に思考し表現する力)を育てることにつながると考えられる。
2 学校間の比較
調査結果について,学年ごとに両校を比較した。結果は,表2のとおりであり,統計的な検定(カ
イ二乗検定)の結果,各学年で有意差があった。(表の数値は,人数)
表2:学校間の比較
(+ p<.10 ,** p<.01)
表2の結果から,A校とB校を比較すると,4・5年生では,A校は「納得しない」が多く,B
校は,
「納得する」が多い。しかし,6年生では,A校は「納得する」が多く,B校は「納得しない」
が多い。学校ごとの違いを整理すると,A校は,4・5年生では判断が分かれているが,6年生は,
84% が「納得する」と判断している。B校は,4・5年生では「納得する」が多いが,6年生では判
断が分かれる。また,学年が上がるにつれて徐々に「納得しない」が増えている。
学校間において,このような違いがある要因について検討するために,「理由づけ」の記述内容に
注目した。すると,両校とも「携帯電話のメリット・デメリットなど」を挙げて「自分なりの理由
づけ」をしている児童が多いことは共通していた。
しかし,「理由づけ」の記述に,「携帯電話を持つ人が増えるとなぜ暮らしやすくなるのかも書い
た方が良いと思う。」のような「論理構造の不備」
(Aさんの意見には「理由づけ」が書かれていない)
を指摘する児童が,Aにはいないが,B校には 20 名いた。しかも,4年生(2名),5年生(8名),
6年生(10 名)と,学年が上がるにつれて増えていた。
このように,「論理構造」自体に注目する児童が現れる要因としてどのようなことが考えられるの
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小学生はどのように「論理的に」考えるのか
だろうか。渡辺(2004)は,修辞法や討論の比較から,日本とアメリカではものごとを述べる順番
に違いがあることに注目し,日米の小学校5・6年生を対象に4コマ漫画の説明のしかたを比較す
る実験を行った。結果は,日本の児童の 93%が,出来事を起こった順番で説明する「時系列」で記
述した。一方,アメリカの児童の 34%が,総括から書き始め,その原因を説明する「因果律」で記
述した。渡辺雅子は,日米児童の説明スタイルの違いと,小学校の授業との関係を探るため,国語
科「書くこと」と社会科「歴史」の授業観察を行った。その結果から,日米指導法の特徴として,
日本では,「時系列」を重視し,アメリカでは「因果律」を重視していることを指摘している。そ
して,このように各国で強調する技能の種類が,児童の説明スタイルに影響していると述べている。
つまり,授業において,どのような説明スタイルを重視するかということが,児童の説明スタイル
に影響するということである。したがって,今回の調査結果の比較で見られた「論理構造」に注目
する児童が現れる要因としては,B校の授業において「論理構造」に注目する説明スタイルが重視
されていた可能性が考えられる。
では,「論理構造」に注目させるためには,どのような授業を行う必要があるのだろうか。間瀬ら
(2007)は,Mercer(1996)が提示した話し合いの類型(論争的会話・累積的会話・探索的会話)*1
をもとに,小学校3年生から6年生を対象に話し合い能力の発達を調査した。その結果,中学年か
ら高学年にかけて,論争的会話から累積的会話へ変化することが明らかになった。そして,4年生
で探索的会話が現れ始めるが,5・6年生では,あまり見られなくなるという実態があった。この
原因として,間瀬らは,探索的会話を成立させるための要因である,自分と他者で立場を明らかに
して対立する形式をとることが,高学年では難しいからだと指摘している。この調査は,教師が話
し合いに関与しない,児童の自主的な話し合い能力の発達を明らかにする目的で行われた。つまり,
児童の自主的な話し合いにおいて,4年生段階から批判的思考による話し合い能力が現れ始めると
いうことである。しかし,教師の関与なしでは,高学年になると対立関係を意識するあまり,批判
的志向を使わなくなってしまう。したがって,児童の批判的思考を育むためには,授業における教
師の働きかけが重要になってくるのである。
また,松尾ら(2011)は,小学校3年生の国語科の授業実践過程における相互作用を通じて,ど
のように批判的思考が育まれるのかを検討している。観察を行った授業は,詩を教材とした4回の
授業①全体のめあてを設定する②児童が各自で教材文に書き込みを行う③学級全体で考えを交流す
る④振り返りの作文を書くである。そして,①児童の発言②教師の発言③授業の振り返り④発言の
連鎖の4点に注目し分析を行った。その結果,児童の発言を全体で共有し,さらに検討を促すよう
な教師の働きかけや,議論を可視化する板書の重要性を指摘している。また,児童が授業を重ねる
ごとに新しい推論(詩の読み方・考え方)を学んでいく実態を明らかにした。その要因として,教
師が児童の発言のポイントを復唱・確認することを挙げている。つまり,教師の応答的発言が児童
の精緻化された論証を引き出した可能性を示している。さらに,話し合いで他者の意見の根拠を問
う質問が出ると,教師は児童の根拠や理由づけを引き出すように積極的に関わり,その後,質問さ
Mercer(1996)は,話し合いの類型を次のように示している。
論争的会話:意見の決裂と個人的な意思決定によって特徴づけられる。情報が共有される事や,建設的な批判や提
案がなされる事はほとんどない。主張と反論によって構成される顕著に短いやりとり。
累積的会話:会話の参加者は積極的にお互いが言ったことを積み重ねていくが,それは批判的なものではない。参
加者は蓄積によって共通の理解を構成しようとして会話を行う。繰り返しと,確認と,精緻化によっ
て特徴づけられる。
探索的会話:会話の参加者が批判的で,しかし建設的にお互いの考えに関わりあっているときに生じる。発言や提
案は共同で検討を行うために提示される。彼らは,反論を述べられる事も,その反論に対して,さら
に反論を受けることもあるだろうが,その反論は十分な根拠に基づくものであるし,代替の仮説も提
示される。そして,進歩は最終的な全員の賛同によって生じる。
*1
- 63 -
小学生はどのように「論理的に」考えるのか
れた児童が精緻化された論証をする実態を明らかにした。このようなやりとりが,周りで参加して
いる児童にとって,どのような点に注目して質問・意見をすればよいのかという具体的なモデルと,
論理構造に注目した質問・意見の重要性を認識させることになると指摘している。このような授業
のスタイルと合わせて,授業を振り返る活動が思考過程を省察する機会になり,児童は,自分の思
考過程をモニターすることができるようになると分析している。
本調査問題では,「主張」「根拠」「理由づけ」という「論理構造」のうち,「理由づけ」を省いた
形で示した。そして,児童が「根拠」をもとに,どのような「理由づけ」をして「主張」を導き出
すのかという視点で調査を行った。したがって,全体の分析では,自分なりの理由づけを書いてい
るものを「理由づけあり」とし,それ以外は「理由づけなし」と分類した。しかし,両校の結果を
比較してみると,「理由づけなし」と分類した児童の中にも,「根拠をそのまま理由づけにしている」
ものや,「論理構造の不備を指摘する(理由づけがない)」ものに分けられることが明らかになった。
また,
「論理構造」自体に注目する児童の現れ方が,学校ごとに異なっていることも明らかになった。
このような違いが見られた原因を,先行研究の知見から推論すると,授業における教師の「論理構
造」に対する意識が影響していると考えられる。つまり,授業において「根拠」をもとに「理由づ
け」をし,「主張」することや,相手の「主張」の「根拠」や「理由づけ」は何かに注目することを
意識して指導することが重要であるといえる。
Ⅳ.まとめ
本研究の目的は,「主張」と「根拠(データ)」のみが示された場合,児童がどのような「理由づ
け」をし,筋道を立てて考えているのか(論理的思考)を,明らかにすることであった。その結果,
全体的には,資料を「根拠」にした場合には,
「納得」しやすい傾向があり,自分なりの「理由づけ」
もできることが明らかになった。しかし,
「根拠」である資料から読み取ったことをもとにした「理
由づけ」を考えることに課題があることも明らかになった。さらに,学校間の比較から,
「論理構造」
自体に注目する児童の現れ方が,学校ごとに異なることも明らかになった。
このような児童の実態を踏まえ,論理的に思考し,表現する能力を育成するためには,どのよう
な指導が有効なのだろうか。岩永(2000)は,言語論理教育の基本的な進め方として次のように指
摘している。
トゥルミンの論証モデルを反映した文章に対する児童・生徒の反応を調査することによって,
各学年に見られる特徴,発達の過程を窺うことができた。(中略)彼らは,一つの主張に対し,
それぞれの学年で,不十分な面はあるものの,彼らなりの論理的な思考を行い,判断を下して
いた。このような発達の過程に基づくなら,まず,言語論理教育の基本的な進め方として,「一
まとまりの議論に触れる体験をさせ,次第にそれを精緻なものにしていく」ということが考え
られよう。とかく,知識や技術の体系を重視する立場からは,語句や文,文の連接関係などの
明晰さを基礎的な教育内容として求めがちになる。しかし,6年生から中学2年生への変化が
示すように,学習者の実態は,むしろ逆の方向を示している。議論に触れる体験を精緻化する
ために,「事実」と「理由づけ」の区別は重要である。彼らは,「事実」をもとに「主張」され
ると納得しやすいものの,「理由づけ」の有無には反応しなかった。これは,彼らの論理的思考
がもつ弱点である。現実には,一つの「事実」から異なる「主張」が導き出されることがしば
しばある。そのうちの一つにしか触れていないとき,彼らがそれをどう判断するか,と考えれ
ば,この弱点の問題性が明らかになる。
- 64 -
小学生はどのように「論理的に」考えるのか
岩永が指摘する「一まとまりの議論に触れる体験」として,今回の調査で使用した設問が利用で
きるのではないだろうか。つまり,一見すると「論証する必要のないもの」のように感じられるが,
一つの「事実」(「根拠」)から多様な「理由づけ」が考えられる「議論」について取り上げる学習活
動を体験させることである。そして,各自の考えを交流する活動をすることにより,自分とは違う
考えに触れ,多様なものの見方や考え方ができるようになる。こうした学習を繰り返すことにより,
「理由づけ」を意識して「根拠」と「主張」のつながりを考えることができるようになる。つまり,
「論理的に思考し,表現する能力」の育成につながるのである。
文 献
国立教育政策研究所 2010「PISA2009 年調査 国際結果の分析・資料集 上巻-分析編」 1-161
樺山敏郎 2011「全国学力・学習状況調査の結果から見えてきた成果と課題-4年間を振り返って
-国語科における成果と課題」『初等教育資料』12 月号 東洋館出版社 84-89
文部科学省 2008『小学校学習指導要領解説国語編』東洋館出版社 1-133
井上尚美 1989『言語論理教育入門』明治図書 1-237
難波博孝
2006『楽しく論理力が育つ国語科授業づくり』明治図書 1-148
野矢茂樹 2006『新版論理トレーニング』産業図書 1-224
道田泰司 2003「論理的思考とは何か?」『琉球大学教育学部紀要』(63)181-193
河野順子 2011「論証能力を支える論理的思考力の発達に関する調査」第 120 回全国大学国語教育
学会京都大会 発表要項集 75-78
渡辺雅子 2004『納得の構造~日米初等教育に見る思考表現スタイルの違い~』東洋館出版社 1-259
間瀬茂夫,守田庸一,松友一雄,田中俊弥 2007 「小学生の話し合い能力の発達に関する研究-同
一課題による調査を通した考察-」『国語科教育』第 62 集 全国大学国語教育学会 67-74
Mercer,N. 1996 The quality of talk in children’s collaborative activity in the classroom.
Learning and Instruction,4, 359-377 引用は,松尾剛,富田英司,丸野俊一(2005)「対話の場と
しての教室づくりに関する研究の現状と課題:グラウンド・ルールとリヴォイシングを中心にし
て」『教師の“ディスカッション教育”技能の開発と教育支援システム作り』平成 14~16 年度科
研報告書
松尾剛,丸野俊一,山本俊輔 2011 「日常の授業実践を通じて児童の批判的思考はいかに育まれる
か」『福岡教育大学紀要』第 60 号第4分冊 91-101
岩永正史 2000 「説明文教材の論理構造と読み手の理解-彼らはどのように「論理的に」考えるの
か-」井上尚美編集代表『言語論理教育の探究』東京書籍 212-224
- 65 -
教育実践学研究 18,2013
66
フランスにおける映画教育(2)
L’enseignement du cinéma en France (2)
森 田 秀 二 *
MORITA Shuji
Résumé : Dans cette partie de notre travail, nous nous limitons à montrer comment en
France l'éducation au cinéma est organisée et dispensée à l'école élémentaire et au
collège (dans la prochaine publication de la revue, nous en rendrons compte au niveau
supérieur). Cette éducation originale est le fruit de la longue tradition de l'amateurisme
appelé "cinéphilie" ainsi que des recherches scientifiques menées depuis la fin de la
Guerre ("filmologie" et puis "sémiologie du cinéma"). Voici les principes qu'elle se fixe
: le cinéma étant enseigné comme art (et non pas comme outil didactique), la culture
cinématographique devant être partagée démocratiquement par tous les élèves au
moyen des cours les plus divers (pratique artistique, histoire des arts) et des activités
facultatives (atelier artistique, classe à projet artistique et culturel [PAC]) soit dans
l'école soit en dehors de l'école. Il nous reste à examiner comment ces principes basés
sur la passion cinéphilique se concrétisent dans les classes artistiques.
mots-clé : France, filmologie, sémiologie, enseignement artistique et culturel, éducation
au cinéma,
キーワード:フランス、映画学、記号論、芸術文化教育、映画教育
3.戦後の映画教育:日本とフランス
日本の学校教育では伝統的に音楽、美術などの芸術教育は極めて活発である。一方、すでにみた
ように、映画については教材としての利用はあっても映画教育は存在しない。戦前の教育状況につ
いての関野嘉雄の批判はある程度は今日の日本の現状にも当てはまるであろう。
「性急過剰な「教育的」要求が常に提出されがちであり、映画の「内容」についての近視眼的論
難が絶えずくりかへされる一方に、その構成・表現に関しては驚くべき無関心さが表明されるだ
1
けであった。」
「映画による、映画のための学習の場」として講堂映画会に夢を託した戦前の映画教育の中心人物
関野の願いは虚しく、戦後教育においても映画は教材代わりの「動く掛図」の位置にとどまってい
る感は否めない。この点は文部科学省特別選定映画、および選定映画の現状をみても一目瞭然であ
る2。
以下では平成 23 年度下半期~24 年上半期の特別選定映画のみを挙げておく。
*
言語文化教育講座
フランスにおける映画教育(2)
特別選定映画
平成 23 年度 10 月 該当なし
学校教育用『鉄釉陶器-原清のわざ』:小学校(高学年)・中学校・高等学校[図
平成 23 年度 11 月 画工作、美術、美術・工芸]
社会教育用『鉄釉陶器-原清のわざ』:少年向き・青年向き・成人向き
平成 23 年度 12 月
社会教育用『ちきゅうをみつめて』:少年向き
一般劇映画『わが母の記』:青年向き・成人向き・家庭向き
学校教育用『真剣に考えよう 自転車のこと』:小学校(中学年)・小学校(高学
年)・中学校[特別活動]
平成 23 年度1月 社会教育用『真剣に考えよう 自転車のこと』:少年向き・成人向き
一般劇映画『はやぶさ 遙かなる帰還』:青年向き
一般劇映画『少年と自転車』:青年向き・成人向き・家庭向き
平成 23 年度2月 該当なし
学校教育用『ぶどう酒びんのふしぎな旅』(藤城清治):小学校(高学年)中学校
[国語]
平成 23 年度3月
社会教育用『ぶどう酒びんのふしぎな旅』(藤城清治):青年向き・成人向き
一般劇映画『ぼくたちのムッシュ・ラザール』:青年向き・成人向き
平成 24 年度4月
社会教育用『いつもの幼稚園に戻ること~ 2011 年 岩手県大槌町~』:成人向き
一般劇映画『グスコーブドリの伝記』:青年向き
平成 24 年度5月 該当なし
平成 24 年度6月 社会教育用『流 ながれ』:青年向き・成人向き
平成 24 年度7月 該当なし
平成 24 年度8月 該当なし
このリストを見ると学校教育用で選ばれるのは学科目に対応したものであり、あくまでも教材とし
て映画が選ばれていることがわかる。それからしばしば学校教育用と社会教育用の映画が同一映画
であることにも驚かされるが、映画を教育的内容を伝えるための媒体ととらえていることの証左で
あろう。また、該当作品のない月もある。そもそも毎月新作から選ぶ必要があるのだろうか。年毎
に選ぶこともできるだろうし、フランスのように映画史のなかから優れた作品を選んで推薦すると
いう考え方もあろう。映画館上映とは別にビデオ、DVD という種別枠も新たに加えられているから、
封切りの新作以外も鑑賞対象として推薦することも今日ならば可能なはずである。ただ、規定に「教
育に利用される映像作品等の質的向上に寄与する」とあり、過去の文化遺産への関心よりは映像制
作現場への波及効果に重心がおかれている。基本的なスタンスは発足時(昭和 29 年)から大きくは
変わっていないのである。また、実際上の問題として新作映画ならば推薦しても鑑賞の機会がある
程度確保されるが、古典的名作を推薦した場合は上映あるいは DVD の確保など鑑賞機会をいかに担
保するかという問題が派生する可能性がある。このあたりは映画事業者との連携も厭わないフラン
スとはいかんともしがたい文化伝統の違いである。
新しい時代のメディアである映画は現代を映し出す表象機能をもつ一方で、通常の言語とは異な
る新しい視覚言語として独自の文法をもつ。関野嘉雄にすでに見られた映画に対するこうした見方
とそれを教育にも取りいれようとする姿勢が戦後日本においても決定的に欠落していた。これに対
してフランスの映画教育状況は大きく異なる。関野の言う「映画による、映画のための学習」が義
- 67 -
フランスにおける映画教育(2)
務教育から大学教育に至るまできちんと担保されているのである。
フランス教育省(L'Education Nationale)のホームページ(2012 年3月版)には映画教育の主旨が
次のように述べられている。
「フランスの学校教育では映像教育として映画(le cinéma)や視聴覚教育(l'audiovisuel)を重要
視している。子供たちが最初に身につける文化的習慣(pratique culturelle)は、映画 ・ 写真 ・ テレ
ビ・ビデオゲーム・インターネット等、いずれも映像にまつわるものである。映像はコードや技
術が日進月歩する複雑な言語だが、学校教育では 20 年以上にわたってこの言語の理論的かつ実践
的教育を行ってきた。初等教育から始まる映像・映画・視聴覚教育により生徒は文化を学び、芸
3
術的実践を行い、新しい職業を発見する。」
短い文章だが、フランスの映像教育に対する覚悟が社会学的分析やこれまでの映像教育実践を踏
まえて述べられているので少し敷衍して説明を加えておこう。
文化的習慣(pratique culturelle)という表現は文化資源を消費する行動一般(具体的には読書、音
楽・映像・美術作品などの鑑賞、アマチュア文化活動など)を指すが、ここでは特に映像文化の多
様化、大衆化により映像資源の消費行動が極めて活発になっているとする社会学的分析を踏まえて
いる。こうした現状に対して学校教育はどう取り組んできたか。伝統的な教育は書き言葉が中心で
他の文化資源は等閑にされがちだが、フランスでは 20 年来映像教育にも力を注いできた。その際、
映像を一種の言語ととらえる映画記号論の成果を取りいれてきたという自負が「映像はコードや技
術が日進月歩する複雑な言語」「この言語の理論的かつ実践的教育」といった言い方に感じとること
ができる。キャリア形成との関連も考えているという締めくくりには教育のアウトプットも確認す
べきだとする新しい社会的要請へのレスポンスも聞き取れるだろう。
映像教育は別にフランスの専売特許というわけではなく、英国やカナダをはじめとする英語圏で
も盛んである。ただ、こうした国はいわゆるメディア・リテラシーの教育が中心である。つまり、
我々が意識しないうちに我々の考え方や感じ方までをも支配しうるメディアクラシー(メディア専
制)に対して批判的な視点を教育しようとするものだ。フランスの映像教育はこれとは似て非なる
もので、最も発達した映像媒介として映画を特権化するのである4。そのために教育プログラムには
映画関係のプロ(監督、裏方、配給者、映画館経営者、研究者、批評家など)を動員している。20
年来の実績というのはフランス国立映画センター(Centre national de la cinématographie、2009 年の
改組後は Centre national du cinéma et de l’image animée、以後 CNC と略す)という組織が中心となり、
1994 年以降行ってきた小中高での映画鑑賞教育を指す。これについては後で詳しく触れる。
フランスで映画教育が制度化されるに至った歴史的背景として戦前から戦後にかけてのシネフィ
ルの存在についてはすでに触れたが、戦後の高等教育研究レベルでの状況も見ておく必要がある。
学校教育への導入に先立つアカデミズムでの歩みがあったからである。
終戦後の 1947 年にはパリ映画学研究所(l'Institut de Filmologie à Paris)がソルボンヌ内に設立され
る5。これは「映画」について学際的な研究を行うセンターであり、実験心理学(アンドレ・ミショッ
ト、アンリ・ワロン)、芸術史(ピエール ・ フランカステル)、社会学(エドガー ・ モラン)、映画史
(ジョルジュ・サドゥール)、哲学(ジルベール・コアン・セア)、美学(エティエンヌ・スーリオ)
といった各分野を代表する錚々たる学者たちを擁していた6。それまで映画批評や映画史に限られて
いた映画研究の幅を拡げ、心理学・社会学・神話学・音楽などの各分野の専門家たちがそれぞれの
知見を映画的事実 fait filmique という豊饒で優れて現代的な対象に適用することで、映画研究を豊か
- 68 -
フランスにおける映画教育(2)
にすると同時にそれぞれの専門的知見との相乗効果をねらったものと言える。研究成果は研究誌『国
際映画学誌』Revue internationale de filmologie(1947 年~1962 年)に発表され、さらに単行本として
も出版された7。
フィルモロジーは映画を対象とする初めての学問分野として後の映画記号論 la sémiologie du
cinéma を準備するものだが、創立者コアン・セアの政治的手腕により生まれたパリ映画学研究所の
短い命運とともに消え去ることになる8。学問分野として確立する前に消滅したのである。本来学際
的なはずのパリ映画学研究所の研究が次第に心理学色を強めるなかで、言語学と映画との対話が欠
けていることを指摘し、これを新たに提案したのが後に映画記号論の雄となるクリスチャン・メッ
ツだが、パリ映画学研究所に対する国家援助が打ち切られるとともに、映画学の中心はクリスチャ
ン・メッツが教鞭をとる社会科学高等研究院(l'École des hautes études en sciences sociales EHESS)に
移ることになる。
1960~1970 年代に人文科学の「科学的」方法として大流行する記号論は、元々言語学から派生し
た学問分野である。ところが、ソシュールは言語学を一般記号論の一分野にすぎないとした。これ
に対し、言語があまりにも複雑で特権的な記号なので、言語を説明できればその他の記号も説明で
きるはずであるとする言語中心主義的な考え方が出てくる。記号論を映画研究に体系的に取りいれ
ようとしたクリスチャン・メッツの映画記号論も似たような逆説を抱えることになる。つまり、映
画記号は一般的な映像記号(テレビ、CM,アニメ、今日ならばコンピュータゲームやインターネッ
トを加えることもできる)などの一種にすぎないが、あまりにも高度に磨きあげられた記号なので
映像記号の雄として、これを特権的に研究すれば他の映像記号分析にも応用できるはずだとする映
画中心主義的な考え方である。フランスの映画教育は文化実践面でシネフィルの伝統を受け継ぎつ
つ、理論面でもそれを補強するかのようにこのような映画中心主義の影響が強いと考えられる。
記号論の波を受けて、1970 年代には欧米の数多くの大学で記号論を取りいれた映画研究を専門と
する学部が生まれた。フランスでは元々ある文化省管轄の高等映画学院(IDHEC、1986 年に改組
して la Fémis[国立映像音響芸術学院]となる)、教育省管轄のルイ・リュミエール国立学校(ENS
Louis-Lumière)などの映画専門学校に加え、多くの大学で映画研究課程が創設された。パリだけ
を例にとっても現在、パリ第1大学、第3大学、第7大学、第8大学、パリ東大学(L'Université
Paris-Est Marne-la-Vallée)で映画を学ぶことができる9。小・中の義務教育で映画に親しんだ子ども
たちが高校の選択科目、バカロレア試験と勉強を続け、さらには大学の学士、修士、博士課程で専
門的な勉強を続けることができる仕組みができているのである。大学生向けの出版も極めて盛んで
ある。教育関係の代表的な出版社だけを取り上げるなら、ナタン社(Nathan)は大学生向けの「映
画("cinéma")」シリーズで Le Récit cinématographique(André Gaudreault, François Jost 共著)をはじ
め 19 点、「シノプシス("synopsis")」シリーズで 30 点出版している。アルマン・コラン社(Armand
Colin) の「 映 画("cinéma")」 シ リ ー ズ で も Esthétique du film(Michel Marie, Jacques Aumont, Alain
Bergala, Marc Vernet 共著)をはじめ 18 点出版している。
以上は研究および大学教育レベルの話だが、初等 ・ 中等教育レベルにおける映画教育はどのよう
な軌跡を描いてきたのだろうか10。
まず指摘しておかなければならないのは、芸術の国フランスでは映画はもとより音楽、美術など
の芸術教育ですら、幼稚園を別にすれば実はそれほど重要視されてこなかったという事実である11。状
況が変わるのは 70 年代である。1969 年には小学校で学校時間の 1/3 を目覚め教科と体育に充てる
ことになり、1973 年には学校時間の 10%を生徒と先生が決める活動に充てることになるなどゆとり
化が進み、1975 年には初等・中等教育における芸術教育の充実が法制化される。また、同時期に音
楽を中心に文化政策も進み、 1971 年の第5次計画(Vème Plan)では機会均等の民主主義社会の発
- 69 -
フランスにおける映画教育(2)
展には学校教育を通じた文化教育が必要であるという考え方がはじめて打ち出される。この考え方
が今日の芸術文化教育にも引き継がれている。さらに、1971 年の文化活動基金(Fonds d'intervention
culturelle [FIC])で先鞭をつけられた文化政策における教育省と文化省の連携もリエゾン組織である
文化行動ミッション(Mission d'action culturelle)の設立(1977 年)により具体化され、1983 年には
教育相と文化相との合意プロトコルが結ばれ、これをもってフランスにおける本格的な文化教育政
策がスタートすることになる。
やがて、ここまで音楽が中心に動いてきた文化教育政策が次第に映画にも適用されるようにな
る。まず、1984 年には学校での芸術教育が造形芸術(arts plastiques)にも拡大され、1985 年には
あらゆる創造的 ・ 文化的活動に開かれた文化クラス(classes culturelles)、中学には「芸術実践アト
リエ(ateliers de pratiques artistiques)」が設けられる。映画という名前がはじめて教育に登場するの
は 1985/86 年度に高校の人文系科目オプションに「映画と演劇(A3 cinéma et théâtre)」が加わった
ときである。その結果 1989 年には映画がバカロレア試験L(人文)のオプションに加えられるこ
とになるのである12。1988 年には学外のアーティストやプロフェッショナルの芸術教育への参加も
認められ、1991 年には映画鑑賞プログラム「映画館の中学生(collège au cinéma)」がスタートする。
映画鑑賞プログラムは教育省が国立映画センター(Centre National de la Cinématographie [CNC])と
協同で行う学校と映画館をつなげるプログラムだが、1994 年には小学校(「小学校と映画(école et
cinéma)」)、1998 年には高校(「映画館の高校生・見習い(Lycéens et apprentis au cinéma)」)にも拡大
される。映画は映画館でみるべきだとするシネフィルの精神がこのシネクラブの学校版とも言える
プログラムにも息づいているように思われる。なお、文化政策の地方分権化の流れを受けて、映画
鑑賞プログラムなど映画教育を各地方でコーディネートするのが文化コミュニケーション省の出先
機関である地方文化事業局(Direction régionale des Affaires culturelles [DRAC])である。
その後、1999 年には高校に「芸術表現アトリエ(ateliers d'expression artistique)」が設けられ、表
現・制作活動が強化される。中学の「芸術実践アトリエ」と高校の「芸術表現アトリエ」は 2001 年
に「芸術アトリエ ateliers artistiques」に一本化されるが、これは教師のイニシアティブにより、アー
ティストやプロフェッショナルの参加を含む企画を提出し、審査を受けて予算化される仕組みになっ
ている。2000 年に当時の教育大臣ジャック ・ ラング(Jacques Lang)が提出した五カ年計画(Plan de
5 ans)では学校での芸術文化教育の強化のために「芸術文化プロジェクト・クラス(classe à projet
13
」が導入された。このなかでは教員とコーディネータなど関係者の養成
artistique et culturel[PAC])
にも触れているが、予算化はされなかった。
最後に、最近の動きとして「芸術史(histoire des arts)14」の追加を挙げておこう。この新科目は
2008 年に小学校に導入後、2012 年から中学に新たに必修科目として導入された横断科目で、音楽、
造形芸術、歴史、地理などの先生を中心に全教員が参加することになっている。芸術6領域について、
歴史で習う年代に合わせて学ぶ、知的な芸術文化鑑賞力の素地を作る試みと言える。
このようにフランスでは芸術教育が遅ればせながらも独特の進歩を遂げ、それが映画教育にも適
用されるようになったのである。その特長は以下のようにまとめることができるだろう。
1) 映画を(教材としてではなく)芸術として扱う。
2) 映画的教養を誰にでも(民主的に)身につけさせる[必修]
・
「芸術実践」により芸術的感性 ・ 表現力を伸ばす。
・
「芸術史」の文化的知により映画的教養を充実させる。
・教員チームによる複数教科横断科目
3) 芸術実践(映像制作)プロジェクト(芸術アトリエ、PAC)[選択:クラス単位の参加]
- 70 -
フランスにおける映画教育(2)
・教師のイニシアティブによる
・教育へのアーティスト、プロフェッショナルの参加[本物志向、外部との連携]
4) 芸術文化の場へ直接赴く(映画館での映画鑑賞)[選択:学校単位の参加]
・CNC、DRAC との連携[国と地方の連携、文化政策の地方分権化]
・映画館、プロフェッショナルとの連携[本物志向、外部との連携]
5) 教育省と文化省の連携[文化大国としての威信]
6) 教員とコーディネータの養成
4.フランスにおける義務教育の現在15
フランスでは幼稚園でも映像教育が行われ、子どもたちはスクリーンやパソコン画面に映る映像
をよく見て、それを使った遊びをしたり映像を作ったり加工したりする。幼稚園から始まる映像・
映画・視聴覚教育は以降学年進行に合わせ多様な形態をとり、義務教育を終える段階では生徒たち
に必要な知識と技能を身につけさせるという目的をもつことが教育省のホームページで明示されて
いる。
それでは映画・視聴覚教育が位置づけられるそもそもの大枠の教育プログラム全体は現時点でど
のようになっているのだろうか。少し寄り道をすることになるが、フランスは教育システムが目ま
ぐるしく変わる国である。最新状況を見ておくことにも意味があろう。
近年の動きとして、教育および成績評価のプロセスを透明化・システム化して、教育効果を高め
ようとする傾向が見られる。そのために、2005 年の法律では義務教育終了時(14~16 才)に生徒が
身につけていなければならない知識、技能、態度(開放性、好奇心、創造性、自己 ・ 他者への敬意)
などを「知識 ・ 能力共通基盤(socle commun de connaissances et de compétences)」として設けている。
共通基盤は学業成績のみならず、将来にわたる個人・市民としての円滑な生活をも想定する長いス
パンでの人間教育を目指すものだが、これに基づき 2011 年度より7領域の基盤を修得することが、
国家中等教育修了証書(diplôme national du brevet [D.N.B.])を得る条件となった。
共通基盤の7領域は以下の通りである。
①フランス語習得(最重要。読む[多様なテキストの読解力]、書く、話す、つづりと文法、語彙力)
②外国語[一カ国語](平易な表現の聞き取り、平易なテキストの読解。日常的表現で話し、書くこ
とができる)
③数学基礎、科学的 ・ 技術的教養(計算、幾何による解法。地球 ・ 宇宙の仕組み、物質とその物理
化学的性質、エネルギー、生命の特長[細胞・生物多様性・種の進化]。技術設計・製作・運転。
知識獲得と研究方法。持続的発展の大切さ)
④情報伝達技術の習得(情報伝達テクノロジーの責任ある使用→小中学校で情報 ・ インターネット
16
免状[B2i]
取得)
⑤人文的教養(判断力・趣味・感受性を育てる。歴史[歴史的出来事]、地理[風景と領土、世界の人々]、
文学 ・ 芸術[名作]、鑑賞による芸術史入門、作品制作)
⑥社会・公民の学習(個人・公民として社会生活の基本ルールを学校内で適用。公民の権利と義務、
責任と自由、法治国家の原則、制度 ・ 国家・EU の仕組み)
⑦自立と自発性(各教科、各活動を通して修得。作業での自立性、計画・実行プロセス[研究発表
の構想、インターンシップ先の開拓、クラブ加入、グループ活動]、進路設計。個人、社会人・職
業人として人生の各ステップ[学業、進路]に適用できるようにする)
- 71 -
フランスにおける映画教育(2)
以上が中等教育最終段階での到達目標ということになる。持続的発展、情報伝達テクノロジー、
公民といった現代世界を把握し、生きる上で重要なキーワードが散りばめられている。また、単に
知識を学ばせるだけではなく、情報 ・ インターネット免状、作品制作、自立と自発性など、具体的
なノウハウを身につけさせようとする意気込みが感じられる。中等教育最終段階に至る川上にある
幼小中の仕組みについても触れておこう。
オリエンテーション法(Loi d'orientation,1989 年)により、1990 年以降幼小教育の学習領域及び目
標は、以下の表のように3年を1サイクルとしてサイクル毎に設定されている。
幼稚園
(école maternelle)
サイクル
対応学年
学習領域 ・ 目標
①言語活動を身につける、書き言葉を発見する
②生徒になる
③身体を使って行動し、表現する
④世界を発見する
⑤知覚し、感じ、想像し、創造する18
第1サイクル
年少(PS)
初期学習期
年中(MS)
17
cycle des apprentissages 年長(GS)
premiers
小学校
(école élementaire)
:
[ ]
内は年間学習時間
サイクル
対応学年
学習領域 ・ 目標
第2サイクル
年長(GS)
基礎学習
小1(CP) 第 11 学級
cycle des apprentissages 小2(CE1)第 10 学級
fondamentaux
①フランス語[360 時間/年]
②数学[180 時間/年]
③体育 ・ スポーツ[108 時間/年]
④外国語[54 時間/年]
⑤芸術実践と芸術史[81 時間/年]
⑥世界の発見[81 時間/年]
⑦公民 ・ 道徳19
第3サイクル
小3(CE2) 第9学級
発展学習期
小4(CM1)第8学級
cycle des approfondisse- 小5(CM2)第7学級
ments
①フランス語[288 時間/年]
②数学[180 時間/年]
③体育 ・ スポーツ[108 時間/年]
④外国語[54 時間/年]
⑤実験科学とテクノロジー[78 時間/年]
⑥情報伝達技術[81 時間/年]
⑦人文教養:歴史 ・ 地理
⑧公民 ・ 道徳[歴史 ・ 地理と合わせて 78 時間/年]
⑨芸術実践と芸術史[78 時間/年:内 20 時間は芸
術史(横断科目)]20
中学(collège)からは3年1サイクルではなくなり、中1、中4は各1年で1サイクル、中2、中
3の2年間が1サイクルとしてまとめられる。
- 72 -
フランスにおける映画教育(2)
適応期
cycle d'adaptation
中 1:第 6 学級
中間期
cycle central
中 2:第 5 学級
中 3:第 4 学級
進路計画期
cycle d'orientation
中 4:第 3 学級
①フランス語
②数学
③外国語
④古代の言語・文化
⑤歴史・地理・公民
⑥生命科学 ・ 地球科学
⑦物理・化学
⑧テクノロジー
⑨音楽・造形芸術
⑩体育・スポーツ教育
⑪芸術史
⑫情報科学・インターネット21
適応期は小学校で学んだ基礎を固めるとともに、中等教育の科目や学習方法へ慣れさせる入門段階
に当たり、小5(CM2)時点での各生徒の成績評価に応じたクラス編成や個別指導が行われる。中
間期は学習発展期で、外国語を例にとれば、中2(第5学級)からラテン語が選択できるようになり、
中3(第4学級)からは第2外国語または地方語22 の学習が始まる。中4(第3学級)の進路計画期
は中等教育の完成期であるとともに、職業教育も選択できるようになる。
5.フランスの義務教育における映画教育23
フランスにおける映画教育は、前章で挙げた義務教育の目標「知識 ・ 能力共通基盤(socle commun
de connaissances et de compétences)」を踏まえていることをまずおさえておく必要がある。具体的に
は共通基盤の5番目の柱である「人文的教養」のさらに下位区分である「文学 ・ 芸術[名作]、鑑賞
による芸術史入門、作品制作」に対応する。これを川下の学校別に見ていこう。
前章でみたように、一番の川下にある幼稚園が設定する5領域の最後は「知覚し、感じ、想像
し、創造する」であり、芸術的感性を養う第1歩がここに始まる。なかでも視覚的活動(activités
visuelles)と呼ばれる項目は、先にも触れたように多様な映像をスクリーン上やコンピュータ上で眺
め、自らも描き、これと遊び、さらに操作しながら作品を制作するという活動が設定され、小学校
以降の映画教育を準備している。
小学校の1,2年(第2サイクル)で、映像・映画・視聴覚教育(l’éducation à l’image, au cinéma et
à l’audiovisuel)と呼ばれる教育がいよいよ始まる。大枠の必修科目視覚芸術(arts visuels)では伝統
的技術(デッサン、造形芸術)に加え、映画など現代技術も対象としているからである。2年では
DVD 鑑賞が始まるが、生徒たちは鑑賞するだけでなく批評や解釈も学ぶ。さらに、制作計画をたて
て作品制作も行うなど実践的な教育が求められている。小学校の3~5年(第3サイクル)では映
像の創作・分析を通じて映像についていろいろな角度から考える。そのために映画(フィクション、
ドキュメンタリー)、アニメ、ビデオクリップ、テレビ番組など鑑賞作品も複雑なものになる。
以上のような基本を学ぶ必修授業を補完するものとして、教師のイニシアティブによって成立す
る体験型授業の芸術文化プロジェクト・クラス(classe à projet artistique et culturel[PAC])がある。
これは小中学生(職業リセも含む)を対象とした体験型授業である。従来の必修科目(音楽、造形
芸術)よりも広い領域を対象とし、建築、映画・視聴覚、ダンス、デザイン、文学、文化遺産、写
真、演劇もこれに含まれる。教師のイニシアティブにより、プロフェッショナルの参加(8~15 時
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フランスにおける映画教育(2)
間/年)を含む企画を地方教育委員会(rectorat)ならびに文化活動地方理事会(Direction régionale
des affaires culturelles [DRAC])に提出し、審査を受けて予算化される。
中学ではフランス語、歴史 ・ 地理、外国語、生命 ・ 地球科学などの科目で写真資料やアニメなど
の映像教材を使う。また、中2、中3では発見学習(IDD)のテーマ系のうち「芸術と人文」「創造
と技術」「言語と文名」「自然と人体」などが映画や視聴覚を取りいれた個人研究の対象になる。
映像を芸術表現として扱うのは芸術科目の一つである「造形芸術(arts plastiques)」、および「芸術
史(histoire des arts)」の時間である。
映画を含む必修科目として、ここでは 2012 年より新しく加わった「芸術史(histoire des arts)」を
見ておこう。これは以下の芸術6領域を対象とする。
1. 空間芸術(arts de l'espace):建築、造園
2. 言語芸術(arts du langage):文学(物語、詩)
3. 日常芸術(arts du quotidien):デザイン、工芸品
4. 音声芸術(arts du son):音楽(器楽、声楽)
5. スペクタクル芸術(arts du spectacle vivant):演劇、ダンス、サーカス、マリオネット
6. 視覚芸術(arts du visuel):造形芸術、映画、写真
芸術史は各芸術、各時代、各文明の偉大な作品を鑑賞することで生徒各自が文化遺産の後継者で
あることを自覚し、感性を磨くことを目的としている。学外での芸術鑑賞(美術館見学、音楽作品
鑑賞、映画を含むスペクタクル観劇など)や映像分析などにより鑑賞力の涵養に力を注ぐ一方で、
芸術を科学技術文化あるいは観念 ・ 社会・文化・宗教などの歴史と関連づける横断的アプローチも
求められている。例えば、芸術作品を神話や宗教、国家や権力、時間と空間との関係でとらえたり、
表現形式を技術との関わりでとらえるという具合である。映画についてどのようなアプローチが可
能かについて、恐らく教育現場でこれから悪戦苦闘が続くと思われる24。
芸術史で映画の占める位置は限られているが、芸術史の導入をあえて映画研究史の観点から見直
すと映画記号論の後に歴史的アプローチが加わったことは構造から歴史への流れを感じさせる。他
方で、映画記号論の影響下にあれだけ多くの研究書、大学レベルの啓蒙書・解説書が出ているにも
拘わらず、映画教育を担当できる教員の養成が不十分であったという事実も考えざるをえない。映
画記号論の教育利用に現場で十分に対応できなかった部分を、現場教員のチームによるいわばブリ
コラージュ的実践でカバーさせようとする極めて現実的な要請があったのではないか。
最後に映画館での映画鑑賞プログラムに触れないわけにはいかない。フランスの映像教育の特長
は正に映画の鑑賞教育に特に力を入れている点にあるからである。しかもそれを実際の映画館で行
うという点には映画産業を保護しようとするフランスの文化政策の反映も見てとれるが、他方で映
画と映画館を不可分の体験と考えるシネフィルの熱き伝統も感じられる。このプログラムはフラン
ス国立映画センター(CNC)が中心となり作成され、1994 年以降、小中高ともに地方の映画館で
推薦映画を見に行けるようになった。しかも、それを全国規模で実行に移す「映画の子供」協会
(L’association Les enfants de cinéma)は上映を組織するだけではなく、各映画毎に充実した学習用資
料を提供し、さらに指導者養成プログラムも用意するなど、学校教育へのスムーズな導入を図って
いる。
小学生を対象としたプログラムは「小学校と映画」"école et cinéma" と呼ばれ、幼稚園年長 GS(5
-6歳)から小学校最終年 CM2(10-11 歳)までを対象とし、推薦映画リストには世界中の名作が
含まれている。この中から地方の教育委員会(académie)が毎年数本選んで子どもたちに見せるので
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フランスにおける映画教育(2)
ある。以下は 2009/2010 年度の実績である(巻末には CNC が選定した 2009/2010 年度の長編映画カ
タログを載せた)。
県数:(101 県中)93、学校数:8241、クラス数:27303、登録生徒数:645258(全生徒の 11,6%)、
参加映画館数:1043(全国映画館の 50,5%、巡回上映含む)、入場数:1667342、上映作品:74 本
長編映画のリストをみると数の多さにも驚くがそれ以上に選ばれた映画の質に舌を巻く。正に世界
映画史に冠たる名作揃いなのだ。ジャンルはアニメ、ミュージカル、コメディ、フィルム・ノワー
ル、SF に及び、時代的にも 1910 年代後半の無声映画から 1990 年代に及ぶ。コクトーの『美女と野
獣』やドゥミーの『ロバの皮』はともに童話を題材にしているとはいえ、子供を対象に作られたも
のではない。ミュージカルというジャンルの選択自体がおもしろいが、『オズの魔法使い』はまだし
も『ロシュフォールの恋人たち』はジーン・ケリーがゲスト出演するアメリカ・ミュージカルへの
オマージュである。タチのコメディが2本入っているが、コメディとはいえタチのパントマイム風
演技が微妙な超脱性を醸し出す玄人好みの喜劇である。相手が小学生とはいえ、本物(本当に良い
もの)を見せるという妥協のない意気込みが感じられる。
さらに 2009/2010 年度の長編映画カタログにある 69 本を国別にみるとフランスが 22 本、アメリ
カが 19 本で二カ国だけで半分近くを占めるにしても、その他に英国が5本、日本、中国、イラン
といったアジアの国からそれぞれ3本ずつ、イタリア、ドイツが2本、韓国、チェコスロバキア、
ニュージーランド、セネガルが1本ずつといった具合に世界中から選りすぐりの映画を集めつつも、
同時に異文化教育も考慮した配分もうかがえる。
中学生を対象にしたプログラムは 1989 制定の最初の鑑賞プログラムで、「映画館の中学」"collège
au cinéma" と呼ばれ、第6学級(11-12 歳)から第3学級(14-15 歳)までが対象となる。1学期
に最低1本の鑑賞が勧められている。試行段階の 1989/90 年度では参加県が7県、参加生徒が 8502
名であった。その後、1993/94 年度には 300,000 人に達し、その後徐々に増加してきた。以下は
2004/2005 年度の実績である25。
県数:(101 県中)88、学校数:3380(全中学校の半数)、参加教員数:17724(全教員の 7,2%)、登
録生徒数:518330(全生徒の 16,5%)、参加映画館数:1066(全国映画館の 50,1%)、上映回数:
8500、入場数:1269607(同年度総入場者数の1%)、上映作品:37 本
鑑賞映画の内容については巻末に CNC が選定した 2011/2012 年度の推薦長編映画リスト(全 60 本)
を載せた。これを見ると国別割合は、フランス 42%(25 本)、アメリカ 20%(12 本)、ヨーロッパ
21%(13 本)、その他 11 本(日本2本を含む)となっている。これを 2004-2005 年度のものと比較
すると、全本数が 37 本から 60 本に増えているが、国別割合でみるとフランス映画の増加(35%=
13 本→ 42%= 25)とアメリカ映画の減少(32%= 12 本→ 20% 12 本)が目につく。欧米圏以外の
割合は変わらないが数は二倍になっている。フランス映画の保護と欧米圏以外(アジア、中東、南
米など)への関心の高まりが読み取れるだろう。
ジャンルの多様性(アニメ、西部劇、ミュージカル、サスペンスなど)については「小学校と映画」
と同様だが、一方で新作映画が多い(2000 年以降のものが 41%、25 本)。なお、「映画館の中学生」
の上映映画はすべてオリジナル版で吹き替え版はない。
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フランスにおける映画教育(2)
参考資料
1.「小学校と映画」"école et cinéma" 2010/2011 年度の推薦長編映画リスト(『 』内は邦題、ゴチッ
クは米仏以外の国名)
略号:VF:仏語版、VOST:原語(仏語字幕)、N&B:白黒、C1:幼稚園年少(PS)+年中(MS)、
C2:幼稚園年長(GS)+小学校 11 学級(CP)+10 学級(CE1)、C3:小学校9学級(CE2)+8学
級(CM1)+7学級(CM2)
1.1, 2, 3… Léon ! : 4 films, divers, 45’, VF. (C2)、短編アニメ4作品
2.L'Argent de poche : François Truffaut, France-1976, 104' VF (C2)『トリュフォーの思春期』
3.Les Aventures de Pinocchio : Luigi Comencini, Italie-1972, 135' VOST/VF (C2, 3)、テレビシリーズ
4.Les Aventures de Robin des bois : W. Keighley, Michael Curtiz, USA-1938, 102' VOST/VF (C2, 3)『ロビ
ンフッドの冒険』
5.Azur et Asmar : Michel Ocelot, France-2006, 99' VF (C2, 3)『アズールとアスマール』アニメ
6.La Belle et la Bête : Jean Cocteau, France-1945, N&B, 100' VF (C2, 3)『美女と野獣』
7.Le Bonhomme de neige, Diane Jackson, GB 1982, 30' sonore –musical (C1)『スノーマン』アニメ・ミュー
ジカル
8.Bonjour, Yasujiro Ozu, Japon-1959, 94', VOST (C3)『お早よう』小津安二郎監督
9.Boudu sauvé des eaux : Jean Renoir, France-1932, N&B, 83 ' VF (C3)『素晴らしき放浪者』
10.Les 5 Burlesques[短編喜劇集]
1-Charlot fait une cure (the cure), Charlie Chaplin, USA-1917, N&B, 17 '『チャップリンの霊泉』
2-Charlot s'évade (The adventurer), Charlie Chaplin, USA-1917, N&B, 20 '『チャップリンの冒険』
3-Malec forgeron (The blacksmith), Buster Keaton, USA-1922, N&B, 20 '『キートンの鍛冶屋』
4-Non, tu exagères ! (Now you tell one !), Charley Bowers, USA-1926, N&B
5-Pour épater les poules (Egged on), Charley Bowers, USA-1925, N&B
11.Le Cerf-volant du bout du monde : Roger Pigaut, France-1958, 82' VF+VO chinoise (C2, 3)、仏中合作映
画
12.Chang, drame de la vie sauvage (Chang, a drama of the wildness) : Merian C. Cooper et Ernest B.
Schoesack, USA-1927, N&B, muet, cartons, VF, 70 ' (C2, 3)、シャム農民を描いたドキュメンタリー無
声映画
13.Chantons sous la pluie, Stanley DONEN et Gene KELLY, USA-1952, 1h42, VOST/VF (C3)『雨に唄えば』
ミュージカル
14.Le Cheval venu de la mer (Into the West) : Mike Newell, GB-USA-1994, 100 ', VOST/VF (C3)『白馬の伝
説』
15.Le chien jaune de Mongolie, Byambasuren Davaa, Allemagne-2006, 93', VOST/VF (C2, 3)『天空の草原
のナンサ』
16.Le Cirque (The Circus) : Charles Chaplin, USA-1928, N&B, muet (sonorisé en 1969), 70' VF. (C2, 3)『サー
カス』
17.Contes Chinois, Cycle II : H. Jinqing, Z. Keqin Te Wei, Ah Da Chine-1980/88, 35' (C1, 2)、短編アニメ3
作品
18.Contes Chinois, Cycle III : H. Jinqing, Z. Keqin Te Wei, Ah Da Chine-1980/88, 49' (C3)、短編アニメ3
作品
19.Les Contes de la mère poule : 3 films, Iran-2000, 46', sonore - musical (C1, 2)、短編アニメ3作品
20.Les Contrebandiers de Moonfleet (Moonfleet) : Fritz Lang, USA, 1955, 90', VOST『ムーンフリート』
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フランスにおける映画教育(2)
21.Courts-métrages, Cycle II, 4 films, divers, 42', VF (C2)、短編4作品(実写2本、アニメ4本)
22.Courts-métrages, Cycle III, 5 films, divers, 55', VF (C3)、短編 5 作品(実写2本、アニメ3本)
23.La croisière du Navigator : Buster Keaton, USA, 1924, N&B, 65' (C2, 3)『海底王キートン』
24.Les Demoiselles de Rochefort : Jacques Demy, France-1967, 120' (C2, 3)『ロシュフォールの恋人たち』
ミュージカル
25.Edward aux mains d'argent :Tim Burton, USA-1990, 103 ' VOST/VF (C3)『シザーハンズ』
26.L'Etrange Noël de M. Jack (Nightmare before Chrismas) : Henry Selick et Tim Burton, USA-1994,
animation, 75', VOST/VF (C2, 3)『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』ミュージカル・アニメ
27.Le Garçon aux cheveux verts (The Boy With Green Hair) : Joseph Losey, USA-1948, 82 ', VOST (C3)『緑
の髪の少年』
28.Goshu et le violocenlliste : Isao Takahata, Japon-1981, 63' (C2, 3)『セロ弾きのゴーシュ』高畑勲監督、
アニメ
29.Gosses de Tokyo (Umarete wa Mita Keredo) : Yasujiro Ozu, Japon-1932, N&B, 90' (C2, 3)『生まれてはみ
たけれど』小津安二郎監督、無声映画
30.L'histoire sans fin (The Neverending Story - Die Unendliche Geschichte) : Wolfgang Petersen,
Allemagne-1984, 90', VF (C2, 3)『ネバーエンディングストーリー』
31.L'homme qui rétrécit (The Incredible Shrinking Man) : Jack Arnold, USA-1957, N&B, 81' VOST /VF (C3)
『縮みゆく人間』SF
32.L'Homme invisible (The Invisible Man) : James Whale, USA-1933, N&B, 70', VOST (C3)『透明人間』SF
33.Jacquot de Nantes : Agnes Varda, France-1991, N&B et Coul., 118'. (C3)『ジャック・ドゥミの少年期 』
34.Jason et les Argonautes (Jason and the Argonauts): Don Chaffey, GB-1963, 104', VOST/VF (C2, 3)、『ア
ルゴ探検隊の大冒険』特撮
35.Jeune et innocent (Young and Innocent) : Alfred Hitchcock, GB-1937, N&B, 80', VOST/VF (C3)『第3逃
亡者』サスペンス[ヒッチコック英国時代の作品]
36.Jiburo : Lee Jung-hyang, Corée-2002, 87', VOST/VF (C2, 3)『おばあちゃんの家』
37.Jour de fête : Jacques Tati, France-1949 - v. coul., 78'『新のんき大将』喜劇、カラー版
38.La Jeune Fille au carton à chapeau : Boris Barnet, Russie 1927, N&B, 60' (C3)『帽子箱を持った少女』
39.Katia et le crocodile (Kata a krokodyl) : Vera Simkova et Jan Kusera, Tchécoslovaquie-1966, N&B, 87',
VF (C2)、アニメ
40.King Kong, M.C. Cooper, E.B Schoedsack, USA-1933, N&B, 100' VOST/VF (C3)『キングコング』
41.Kirikou et la Sorcière : Michel Ocelot, France-1998, 70' VF (C2, 3)『キリクと魔女』アニメ
42.Le Magicien d'Oz (The Wizzard of Oz) : Victor Fleming, USA-1939, N&B et Coul, 97' VF (chansons en
version originale) (C2, 3)『オズの魔法使い』ミュージカル
43.Le Mecano de la General (The General) : Buster Keaton , USA-1926, N&B, 75' muet (chansons en version
originale) (C2, 3)『キートンの大列車追跡』喜劇、無声映画
44.Le Monde vivant : Eugène Green, France-2003, 75' VF (C3)
45.La nuit du chasseur (The night of the hunter) : Charles Laughton, USA-1955, N&B, 93' VOST (C3)『狩人
の夜』フィルム・ノワール
46.Où est la maison de mon ami ? (Khane-ye doust kodjast?) : Abbas Kiarostami, Iran-1987, 85' VOST (C3)
『友
だちのうちはどこ ?』キアロスタミ監督
47.Paï : Niki Caro, Nouvelle-Zélande /Allemagne/USA-2002, 101' VOST/VF (C3)
48.Le Passager (Mossafer) : Abbas Kiarostami, Iran-1974, N&B, 71' VOST (C3)『トラベラー』キアロス
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フランスにおける映画教育(2)
タミ監督
49.Peau d'âne : Jacques Demy, France-1970, 100' VF (C2, 3)『ロバの皮』
50.Le Petit Fugitif (The Little Fugitive): Morris Engel, USA-1953, N&B, 80' VOST/VF (C2, 3)『小さな逃亡
者』
51.La Petite Vendeuse de Soleil : Djibril Mambety Diop, Sénégal/France/Suisse-1998, 43' VOST (C3)[ス
トリート・チルドランを描いたドラマ]
52.Petites Z'escapades : 6 films, France-1985-2001, 32' VF (C1, 2)
53.La Planète sauvage : René Laloux - Roland Topor, France-1973, 72' VF (C3)
54.Ponette : Jacques Doillon, France-1996, 100' VF (C3)
55.Princes et princesses : Michel Ocelot, France-2000, 70' VF (C2, 3)
56.La Prisonnière du désert (The Searchers) : John Ford, USA-1956, 119 ' VOST/VF (C3)『捜索者』西部劇
57.Princess Bride : Rob Reiner, USA-1987, 98' VOST/VF (C2, 3)『プリンセス・ブライド・ストーリー』
58.Rabi : Gaston Kaboré, Burkina-Faso-1992, 62' VOST. (C3)
59.Regards libres, programme de courts-métrages composé de Gbanga Tita, L’illusionniste, Petite Lumière, Le
choeur, Regards libres : Thierry Knauff, Alain Cavalier, Alain Gomis, Abbas Kiarostami, Romain Delange,
N&B et Coul, 60’ VOST (C3)
60.Le Roi des masques : Wu Tianming, Chine-1998, 101’ VOST/VF (C3)『變臉 この櫂に手をそえて』
61.La table tournante : Paul Grimault, France-1988, 78' N&B et coul. VF (C2, 3)『ポール・グリモー短編傑
作集』アニメ
62.U : G. Solotareff, Serge Elissalde, France-2005, 75' VF (C3)、アニメ
63.Un animal, des animaux : Nicolas Philibert, France, 60’ VF (C3)、ドキュメンタリー
64.Les Vacances de Monsieur Hulot : Jacques Tati, France-1953, N&B, 96' VF (C2, 3)『ぼくの伯父さんの休
暇』喜劇[ジャック ・ タチ]
65.La vie est immense et pleine de dangers : Denis Gheerbrant, France-1994, '80 ' VF (C2, 3)
66.Le Voleur de bicyclette (Ladri di biciclette) : Vittorio De Sica, Italie-1948, N&B, 92 ' VOST/VF (C3)『自
転車泥棒』ネオリアリズム、少年の視点[ヴィットリオ・デ・シーカ]
67.Le Voleur de Bagdad : Ludwig Berger, Mickael Powel, Tim Whelan, GB-1940, 106' VOST/VF (C3)『バグ
ダッドの盗賊』
68.Le Voyage de Chihiro : Hayao Miyazaki, Japon 2001, 120' VF (C3)『千と千尋』アニメ[宮崎駿]
69.Zéro de conduite : Jean Vigo, France-1933, N&B, 44' VOST (C3)『操行ゼロ』[ジャン・ヴィゴ]
2.「映画館の中学生」"collège au cinéma" 2011/2012 年度の推薦長編映画リスト(『 』内は邦題、
ゴチックは米仏以外の国名、および 2000 年以後の年代)
略号:N/B:白黒、6/5ème:中学校1,2年(11~13 歳)、4/3ème:中学校3,4年(13~15 歳)、
1.Abouna : Mahamat Saleh HAROUN, France-2003, 1h21 (6/5ème)
2.L'Ami retrouvé : Jerry SCHATZBERG, USA-1988, 1h51 (4/3ème)『レユニオン』
3.Les Apprentis : Pierre SALVADORI, France-1995, 1h35 (4/3ème)
4.L'Apprenti : Samuel COLLARDEY, France-2007, 1h25 (4/3ème)
5.Argent de la vieille : Luigi COMENCINI, Italie-1977, 1h58 (6/5ème)
6.Au revoir les enfants : Louis MALLE, France/Allemagne-1987, 1h43『さよなら子供たち』
7.Le Bal des vampires : Roman POLANSKI, GB-1968, 1h50 (6/5ème)『吸血鬼』パロディ
8.Bashu, le petit étranger : Bahram BEIZAI, Iran-1991, 2h (6/5ème)『パシュー / 小さな異邦人』イラン
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フランスにおける映画教育(2)
9.Brendan et le secret de Kells : Tom MOORE, Irlande-2008, 1h15 (6/5ème)『ブレンダンとケルズの秘密』
アニメ
10.Le Cameraman : Buster KEATON, USA-1928, N/B 1h07『キートンのカメラマン』
11.Chantons sous la pluie : Stanley DONEN et Gene KELLY, USA-1952, 1h42『雨に唄えば』ミュージカ
ル
12.Les Citronniers : Eran RIKLIS, Israël/France-2008 1h46 (4/3ème)『レモン ・ ツリー』イスラエル
13.Courts de cinéma : France/Autriche, 1h09 (Prog CM 4/3)
14.Courts métrages (programme en cours d'élaboration)
15.Cria Cuervos : Carlos SAURA, Espagne-1976, 1h52 (4/3ème)『カラスの飼育』
16.Dans les cordes : Magaly RICHARD-SERRANO, France-2007, 1h33 (4/3ème)『リングの中で』
17.En matières d'animation : Adam Elliot, Michaël Dudok de Wit, Vincent, Bierrewaerts, Régina Pessoa, Pjotr
Sapegin, Florence Miailhe, 1h07 (Prog CM 6/5) アニメ
18.L'Enfance nue : Maurice PIALAT, France-1970, 1h23 (4/3ème)
19.L'Enfant noir : Laurent CHEVALLIER, France/Guinée-1995, 1h32 (6/5ème)
20.L'Enfant sauvage : François TRUFFAUT, France-1969, N/B 1h23『野生の少年』
21.Fantastic M. Fox : Wes ANDERSON, USA-2009, 1h28 (6/5ème) 人形劇
22.Fenêtre sur cour : Alfred HITCHCOCK, USA-1954, 1h32 (6/5ème)『裏窓』サスペンス
23.La Flèche brisée : Daves DELMER, USA-1950 1h33 (6/5ème)『折れた矢』西部劇
24.Les Glaneurs et la glaneuse : Agnès VARDA, France-2000, 1h35 (6/5ème)『落穂拾い』
25.Le Grand voyage : Ismaël FERROUKHI, France/Maroc-2004 1h48 (6/5ème)『長い旅』ロードムービー
26.Gremlins : Joe DANTE, USA-1984, 1h45 (6/5ème)『グレムリン』
27.L'Ile de Black Mor : Jean François LAGUIONIE, France-2003, 1h25 (6/5ème)
28.Joue là comme Beckham : Gurinder CHADHA, GB, 2002, 1h52 (6/5ème)『ベッカムに恋して』
29.Kamchatka : Marcelo PINEYRO, Espagne-2004, 1h44 (4/3ème)『カムチャッカ』
30.Kes : Ken LOACH, GB, 1970, 1h50 (6/5ème)『ケス』
31.Libéro : Kim ROSSI STUART, Italie-2006, 1h48 (4/3ème)『気ままに生きて』
32.Looking for Eric : Ken LOACH, GB-2008, 1h59 (4/3ème)『エリックを探して』
33.Mes petites amoureuses : Jean EUSTACHE, France-1974, 2h03 (4/3ème)『ぼくの小さな恋人たち』
34.Mon ami Machuca : Andres WOOD, Chili-2004, 2h (4/3ème)『マチュカ~僕らと革命~』チリ
35.Mon Oncle : Jacques TATI, France-1958, 1h50『ぼくのおじさん』コメディ
36.La Mort aux trousses : Alfred HITCHCOCK, USA-1959, 2h16『北北西に進路をとれ』サスペンス
37.Muksin : Yasmin AHMAD, Malaisie, 2007, 1h34 (6/5ème)『ムクシン』マレーシア
38.Le Mystère de la chambre jaune : Bruno PODALYDES, France-2002, 1h58『黄色の部屋の秘密』
39.Osama : Sedigh BARMAK, Afghanistan-2003, 1h22 (4/3ème)『アフガン零年』アフガニスタン
40.Persepolis : Marjane SATRAPI et Vincent, France-2007, 1h35 (4/3ème)『ペルセポリス』アニメ
41.Le Petit criminel : Jacques DOILLON, France-1990, 1h48 (6/5ème)『ピストルと少年』
42.Petits frères : Jacques DOILLON, France-1999, 1h32『少年たち』
43.La Pivellina : Tissa COVI et Rainer FRIMMEL, Italie- 2009, 1h30 (6/5ème)
44.Princesse Mononoké : Hayao MIYAZAKI, Japon-1997, 2h13 (6/5ème)『もののけ姫』日本
45.Promesses : C. BOLADO, B.Z. GOLDBERG, J.SHAPIRO,USA-2001, 1h46『プロミス』ドキュメンタ
リー
46.Les 400 coups : François TRUFFAUT, France-1958, N/B 1h33『大人はわかってくれない』
- 79 -
フランスにおける映画教育(2)
47.Les Raisins de la colère : John FORD, USA-1940, 2h10 (4/3ème)『怒りの葡萄』
48.Ridicule : Patrice LECONTE, France, 1996, 1h42 (4/3ème)『リディキュール』
49.Rue cases nègres : Euzhan PALCY, France-1983, 1h45 (6/5ème)『マルチニックの少年』
50.Rumba : Dominique ABEL, Fiona GORDON et Bruno ROMY, France/Belgique-2008, 1h17 (6/5ème)『ル
ンバ !』
51.Sa majesté des mouches : Peter BROOK, GB-1965, 1h32 (4/3ème)『蝿の王』
52.Sacré Graal : Terry JONES et Terry GILLIAN, GB-1975, 1h30 (6/5ème)『モンティ・パイソン・アンド・
ホーリー・グレイル』コメディ
53.Stella : Sylvie VERHEYDE, France, 2007, 1h43 (6/5eme)『ステラ』
54.Les Temps modernes : Charles CHAPLIN, USA-1936, N/B 1h25『モダン・タイムズ』コメディ
55.Tex Avery Follies : Tex AVERY, USA-1964, 1h15
56.This is England : Shane MEADOWS, GB-2006, 1h37 (4/3ème)『This is England』
57.Le Tombeau des lucioles : Isao TAKAHATA, Japon-1989, 1h25 (4/3ème)『火垂るの墓』アニメ、日本
58.Une vie toute neuve : Ounie LECOMTE, Corée-2008, 1h35 (4/3ème)『冬の小鳥』韓国
59.La Visite de la fanfar : Eran KOLIRIN, Israël-2007, 1h26 (4/3ème)『迷子の警察音楽隊』イスラエル
60.Zéro de conduite : Jean VIGO, France-1933, N/B 0h41(6/5ème)『新学期 ・ 操行ゼロ』
1
関野嘉雄『映画教育の理論』小学館、1942 年、p.276
2
「文部科学省選定映画」、「特別選定映画」は、教育現場で視聴覚教材を利用する際の指針として、
教育映像等審査規程(昭和二十九年文部省令第二十二号)に基づいて、「学校教育の教材」「社会教
育の教材」「一般劇映画及び一般非劇映画」の三つのカテゴリーについて教育的価値の高い映像作
品(紙芝居も含む)を選定し、その中でも特に優れたものを特別選定とする仕組みである。対象層
も指定され、「学校教育の教材」の場合は幼稚園幼児向き、小学校低学年児童向き、小学校中学年
児童向き、小学校高学年児童向き、中学校生徒向き又は高等学校生徒向きの6区分がある。「社会
教育の教材」は幼児向き、少年向き、青年向き又は成人向き、「一般劇映画及び一般非劇映画」は
幼児向き、少年向き、青年向き、成人向き又は家庭向きにそれぞれ区分が設けられている。
国民教育省(L'Education Nationale)のホームページ「映像 ・ 映画 ・ 視聴覚 教育」("L'éducation à
3
l'image, au cinéma et à l'audiovisuel"、2012 年3月版)より抜粋。2010-11 年度版巻頭言と比較すると
言語学習との関連づけが落ちており、また教養・自立といった抽象的な表現が抑えられている。同
ホームページ(2011 年3月版)は次の通り。「映像、映画、視聴覚教育は各生徒が学ぶべき知識や
能力の基礎学習に役立つ。言語学習を可能にし、人文教養を育てる。古典的作品や現代作品へのア
プローチを助け、生徒の自立、自発性を高める。」
4
実際にはことはそれほど単純ではないようである。「フランスにおいても、公教育の中で映画をど
のように位置づけ、教えるのかということについては様々な議論が繰り返されており、映画もメ
ディアのひとつとして教えるべきであり、映画だけを特別扱いするべきではないと考える人々も少
なくない」『諸外国及びわが国における「映画教育」に関する調査』、p.25
5
法的には 1950 年 10 月の政令で発足し、1963 年6月の政令で閉鎖されるが、実際には 1948 年から
ソルボンヌで授業が行われていた。設立当初の 1947 年には5つの部門(1. 実験的研究、2. 文
献・歴史研究、3. 美学 ・ 社会学研究、4. 比較研究、5. 応用研究)からなっていたが、翌年に
は4部門(1. 心理研究[Henri Wallon]、2. 技術研究[Gilbert Cohen-Séat]、3. 一般映画学 ・ 哲
学(Raymond Bayer)、4. 比較研究[Mario Roques])に再編される。
- 80 -
フランスにおける映画教育(2)
6
センターメンバーに加え、初年度の講演者には当時の人文・社会科学を代表する顔ぶれが揃ってい
る。
ポール・フレス、イヴ・ギャリフレ、セルジュ・ルボヴィシ、ジョルジュ・フリードマン、アンリ・
ルフェーヴル、レオン・ムシアック、ピエール・フランカステル、ジャン ・ イポリット、モーリス
・ メルロポンティ、ジョルジュ ・ サドゥール、ジャン・ポミエ、ジャン・ヴァンドリス、エティエ
ンヌ・スーリオ、ジャン ・ ポール ・ サルトル (Martin Lefebvre, 脚注8参照 )
7
フ ィ ル モ ロ ジ ー の 直 接 的 貢 献 と し て は L’univers filmique (Étienne Souriau, éd., Flammarion, 1953),
L’essai sur les principes d’une philosophie du cinéma(Gilbert Cohen-Séat, PUF, 1946: 邦 訳『 映 画 哲
学試論』)がある。間接的には、パリ映画学研究所の研究員を 10 年務めたモランの諸著作があ
る。Le cinéma ou l’homme imaginaire, Minuit, 1956(邦訳『映画あるいは想像上の人間:人類学的試
論』)、Les Stars, Seuil, 1957(『スター』)、Esprit du temps, Grasset, 1962(『時代精神:大衆文化の社会
学』)。また、フィルモロジー研究の成果を利用した著作として、Jean Mitry, Esthétique et psychologie
du cinéma(Cerf, 1963 et 1965)、Christian Metz, Essais sur la signification au cinéma(Klincksieck, 1968
et 1972:邦訳『映画記号学の諸問題』『映画における意味作用に関する試論-映画記号学の基本問
題』)、Langage et cinéma(Albatros, 1971)を挙げておこう。
8
大衆芸術である映画に大衆を動かす可能性があるとしたら、場合によっては国家の安全や公衆秩
序を脅かしかねない。こうした政治的な危惧と研究所が得た豊富な国家予算の関わりをたどっ
た研究が以下である。研究所と、その生みの父であり、運命をともにしたコアン・セアとの関
わりについても詳しい。Martin Lefebvre, ”L’aventure filmologique : documents et jalons d’une histoire
institutionnelle”, Cinémas : revue d'études cinématographiques, Volume 19, numéro 2-­3, printemps 2009,
p.59-­100.
9
パリ第8大学芸術学部の映画科(Arts du spectacle -­ cinéma)の要項によれば、理論(美学的 ・ 歴
史的アプローチ)と実践の教育を通して、映画・視聴覚について(分析・創造・制作・配給などの
具体的プロセスの)一般的、理論的、実践的知識を獲得できる。インターンシップによる現場経験
もできるとなっている。
以下の記述では文化コミュニケーション省のページ "Historique : L'éducation artistique à travers ses
10
grandes dates"(http://www.culture.gouv.fr/culture/actualites/politique/education-artistique/educart/dates.
htm)を主に参考にした。
11
西欧を模倣して構築された日本の近代教育制度は、芸術や体育に関しては西欧よりもはるかに力が
入れられてきた。両者をそれぞれ象徴する文部省唱歌や運動会に対応するものは西欧にはない。
12
高等教育、大学レベルでの映画教育については別の機会に詳述する。
PAC については第5章を参照。
13
14
芸術史についても第5章を参照。
15
フランスにおける現在の教育システムについては、フランス教育省のホームページ(http://www.
education.gouv.fr/)における 2012/13 年度(2012 年9月更新)の情報が中心となる。
16
マルチメディアやインターネットの運用力を見る。次の5項目が審査対象となる(80/100 点で合
格)。
コンピュータの作業環境を使いこなせる、責任ある態度がとれる、データの創造・生産・処理・
利用ができる、必要な情報を得られる、他者とコミュニケートできる。
幼稚園年長(Grande Section)は第1、第2の二サイクルにまたがっている。生徒それぞれの到達
17
度にも依るが、通常は年長前期が第1、後期が第2サイクルとして実施されている。
第1サイクル5領域それぞれの具体的目標は次の通り。
- 81 -
フランスにおける映画教育(2)
①言語活動を身につける(言語学習の第1歩:行為・想起・伝達の言語、抽象化能力の涵養、図
画的な文字練習、アルファベット規則の発見)。書き言葉を発見する。
②生徒になる(友だちや大人とコミュニケーションを行う、グループ活動に参加する)。
③身体を使って行動し、表現する(遊びを通した身体活動、ボディ ・ ランゲージ、他の活動との
関連づけ)。
④世界を発見する(感覚による様々な発見、衛生問題への関心、生物世界の観察、諸概念[空間 ・
時間 ・ 量・数]へのアプローチ)。
⑤知覚し、感じ、想像し、創造する(視覚的活動、デッサン、声を使った活動、映像 ・ 声で遊ぶ、
簡単な楽器[三角、丸、四角]での音楽活動)。
参考までに日本における現行の幼稚園教育要領が設ける保育5領域を挙げておく。
1)「健康」心身の健康、2)「人間関係」人とのかかわり、3)「環境」身近な環境とのかかわり、
4)「言葉」言葉の獲得、5)「表現」感性と表現。
19
第2サイクル7領域それぞれの具体的目標は次の通り。
①フランス語(Français):年長(GS)後半での学習成果(話し、聞く、人前で話す、大人が読む
物語の理解、アルファベット)に基づき、小学校では読み(語、文、文章)、書き、話し、語彙
をさらに進める。文法・つづり学習の始まり。
②数学(Mathématiques):数と計算(優先目標)。問題解決、暗算練習。
③体育 ・ スポーツ(Éducation physique et sportive):身体能力を伸ばす。身体 ・ スポーツ ・ 芸術活動
の第1歩。体を動かす喜び、頑張る力、自己と他者を知る、健康管理。
④外国語(Langue vivante):話し言葉中心(話し、聞く能力)。話し言葉と書き言葉の関係。
⑤芸術実践と芸術史(Pratiques artistiques et histoire des arts):芸術実践と芸術史に基づく文化的知
識の相乗効果により、芸術的感性・表現力を伸ばす。正確な語彙により、感じたことや自分の
趣味について語る。芸術作品との出会いにより鑑賞、表現、比較できるようにする。
⑥世界の発見(Découverte du monde):時間 ・ 空間をとらえる基準、世界についての知識を用語と
ともに学ぶ。観察を通じた新しい見方。コンピュータ基礎(情報 ・ インターネット免状[B2i]
への第1歩)。
⑦公民 ・ 道徳(Instruction civique et morale):社会における礼儀 ・ 行動の規範、責任ある行動、自
立心。
なお、生徒は、第2サイクルの最後に当たる小2(CE1)の時点で、フランス語、数学および社会
・ 公民の成績に基づき学習到達度を評価される。
20
第3サイクルの各領域それぞれの具体的目標は次の通り。
①フランス語(Français)
:フランス語のマスター(話し言葉・書き言葉での正確・明快な表現)は
他教科(科学、数学、歴史、地理、体育、芸術)にも影響。読み書き・文法・つづりカリキュ
ラム。文学カリキュラム。
②数学(Mathématiques)
:数学実践により探求心・論証力・想像力・抽象力・厳密さ ・ 正確さを涵養。
小3(CE2)~小5(CM2)で数学的知識 ・ 手段 ・ 解法、暗算力を強化。数学理解に必要なオー
トマチズム。
③体育 ・ スポーツ(Éducation physique et sportive):運動能力の強化、身体 ・ スポーツ ・ 芸術活動の
実践。健康 ・ 安全教育。(ルールの尊重、自己と他者の尊重を通して)道徳的 ・ 社会的価値に目
覚めさせ責任 ・ 自立心を養う。
④外国語(Langue vivante):小3(CE2)より話し聞く活動が中心(語彙・発音・基本構文)
。異
文 化 理 解。 小 5(CM2) 終 了 時 に、 ヨ ー ロ ッ パ 言 語 共 通 参 照 枠(Cadre européen commun de
- 82 -
フランスにおける映画教育(2)
référence pour les langues)の A1 レベルを目指す。
⑤実験科学とテクノロジー(Sciences expérimentales et technologies):観察・問題提起・実験・論証
などの実践を通して現実世界(自然界と人間界)を理解 ・ 記述し、それに働きかけ、人間の行
為がもたらした変化を制御できるようにする。
⑥情報伝達技術(Techniques usuelles de l'information et de la communication):デジタル文化で必要な
コンピュータ・マルチメディア ・ インターネットの賢い使い方を学ぶ。小学校で責任ある態度
を教える。コンピュータの使い方を身につける(コンピュータ各部の機能を知る、マウス・キー
ボード、ワープロを使う、書類作成、メールの送受信、インターネット情報検索、情報の種類によっ
て分類する)。
⑦人文教養(Culture humaniste)
:世界を理解する上で歴史 ・ 地理は時間的 ・ 空間的な基準点を与え、
生徒の好奇心・観察力・批判力も強める。生徒はレジュメ、年表、地図、クロッキーなどを作成。
⑧公民 ・ 道徳(Instruction civique et morale):クラスや学校での共同生活に溶け込めるようにする。
学校生活で起こる具体的問題について考えることで道徳の基礎を意識する。
⑨芸術実践と芸術史(Pratiques artistiques et histoire des arts):芸術実践により審美眼を磨き、表現
力・創造力を高め、作業方法や技術を身につける。芸術史では、芸術作品を時代背景とともに
見るので感性と理性による作品との出会いがあり、芸術実践に別の光があてられることになる。
なお、生徒は、第3サイクルの最後に当たる小5(CM2)の時点で、「知識 ・ 能力共通基盤(socle
commun de connaissances et de compétences)」7領域の成績に基づき学習到達度を評価される。
21
中学(collège)での各領域それぞれの具体的目標は次の通り。
①フランス語(Français):言語を使いこなす、文学的素養を身につける。
②数学(Mathématiques):論証力・想像力・批判的分析力、数学的素養の基礎。
③外国語(Langues vivantes)
:コミュニケーション能力、異文化理解、ヨーロッパ基準への到達(中
4[第3学級]でレベル2:日常的なテーマについて情報交換ができ、短く平易なテキストが
理解できる)。
④古代の言語 ・ 文化(Langues et cultures de l’Antiquité):フランス語の起源を知る、人文教養(歴
史 ・ 法・文学 ・ 政治 ・ 芸術)、外国語学習の援助。
⑤歴史・地理・公民(Histoire-géographie-éducation civique)
:文化的レフェランスを身につけて、時
間 ・ 空間で自分を位置づける。民主的価値体系を理解し、責任ある公民になる。
⑥生命科学 ・ 地球科学(Sciences de la vie et de la Terre):人体・生態系・地球・環境を理解するた
めの科学的基礎、科学的方法(問題提起→仮説→操作 ・ 実験)、安全規則・他者尊重の重要性、
環境 ・ 健康に対する責任。
⑦物理 ・ 化学(Physique – chimie)
:物理 ・ 化学の諸領域の基礎、実験を通した物質・光・電気・重
力の基礎学習、観察力・好奇心の涵養、科学技術の発展に対する興味と批判精神。
⑧テクノロジー(Technologie):技術の産物[objets techniques]を理解・制御するのに必要な方法
と知識、技術発展の歴史、技術の産物の社会や環境への影響。
⑨音楽・造形芸術(Éducation musicale et arts plastiques):鑑賞力の涵養と芸術活動の実践。芸術作
品の分析により多様性[ジャンル・スタイル・時代]を学ぶ、自己表現力・創造力を身につける、
音楽 ・ 造形芸術・建築・映像分野における分析方法を学ぶ。
⑩体育 ・ スポーツ教育(Éducation physique et sportive):思春期での心身の変化に対してポジティブ
な自己イメージをもち、新しい身体能力をもてるようにする。
⑪芸術史(Histoire des arts):各芸術分野、各時代、各文明の偉大な作品を鑑賞し、後継者として
遺産を理解し、豊かにすることを学ぶ。領域横断的科目のため全教員が参加する。2011 年以降、
- 83 -
フランスにおける映画教育(2)
国家中等教育修了証書(diplôme national du brevet [D.N.B.])取得には芸術史の口述試験に合格す
る必要がある。
⑫情報科学 ・ インターネット(Informatique et Internet):全教員が参加。国家中等教育修了証書
(diplôme national du brevet [D.N.B.])取得には「情報 ・ インターネット免状(B2i)」が必要。
22
中学で学習できる 11 地方語は次の通り。バスク語、ブルトン語、カタロニア語、コルシカ語、ク
レオール語、ガロ語、メラネシア語、アルザス語、モーゼル語、オック語、タヒチ語。
以下では、フランス教育省のホームページ(http://www.education.gouv.fr/)、Portail national des
23
professionnels de l'éducation(http://eduscol.education.fr/)、CNC(http://www.cnc.fr/)、『 諸 外 国 及 び わ
が国における「映画教育」に関する調査』を主に参考にした。
24
教育省の参考リンクには映画年表が載せられ映画史の重要年代が挙げられているので、それを参考
にすれば以下のような複合的アプローチが考えられるかもしれない。
・技術史:運動を再現しようとする各種試み(幻灯機、ソーマトロープなど)、トーキー[1927]、
シネマスコープとカラー[1951]、デジタル3D[2009]
・経済史:初期の興行形態(縁日興行、映画館との競合、フランス映画産業の勃興)[1896-1908]、
ハリウッドの成立[1910 年代]、マルチプレックス[1990 年代~]
・ジャンル論:特撮映画[1897]、バーレスク[1910-30]、西部劇とフィルムノワール[1945-55]、
ヒッチコックとサスペンス[1954~]、アニメ[1930-40 年代、1980-90 年代]
・話法・主義:エイゼンシュタインとモンタージュ[1925~]、表現主義[1920]、『市民ケーン』
[1941]、 ネ オ リ ア リ ズ ム[1945~]、 ヌ ー ヴ ェ ル ヴ ァ ー グ[1958]、 ニ ュ ー ア メ リ カ ン シ ネ マ
[1968-80]、
・政治文化史:反ナチス(チャップリン『独裁者』、アラン ・ レネ『夜と霧』)
[1939-55]、世界のヌー
ヴェルヴァーグ(英国、チェコスロバキア、ブラジル、日本)[1958-68]、映画地図の塗りかえ(イ
ラン、中国)[1980-90]
CNC の報告書 "Le bilan national détaillé 2004-2005 de Collège au cinéma" による。
25
- 84 -
教育実践学研究 18,2013
85
戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
-教授法の担当者と授業内容を中心として-
A Study on Teaching Conditions of “English Language Teaching Methods” in English Teachers’ Training
Course at Tokyo Higher Normal School Before the World WarⅡ
古 家 貴 雄 *
FURUYA Takao
ABSTRACT
This paper aims to clarify the teaching conditions of the class, “English language teaching
methods” in English teachers’ training course at Tokyo higher normal school before the World
War Ⅱ.The reason why I study higher normal school is that only that school required students
to take the class of English teaching methods and teaching practicum for getting a teacher’s
license in the scene of English language teacher education then.
The things I clarified in this paper were the following three points: first, in what systems of
teaching curriculum “the English language teaching methods’ classes were executed in Tokyo
higher normal school, second, what persons having what kinds of qualification were in charge of
that classes there, and third, what kinds of teaching content that classes involved.
In conclusion, teachers of the attached junior high school of Tokyo higher normal school
were in charge of the classes, “English Language teaching methods” and teaching content of
the classes may be including mainly several kinds of teaching approaches and their history of
English education.
キーワード:教員養成、中等学校、英語教授法、高等師範学校
Ⅰ.はじめに
本論は、戦前の英語の教員養成における教授法、現代の英語教員の免許法における英語科教育法
の教授内容と教授実態を明らかにすることを第1の目的とする。後述するが、戦前の特に中等学校
の教員養成においては、教科教授法や教育実習が正課の教授科目として設けられていたのが、所謂
教員養成のための目的学校であった高等師範学校のみであった。そこで、特に資料面が豊富で教授
法担当者を比較的明らかにし易かった東京高等師範学校を対象にして論述を行なうこととする。
さらに、本論において、戦前の教授法の実態を明らかにすることについてもう1つの目的が存在
する。それは現代の英語教員の免許取得要件において実際の教師に必要な能力として比較的必須修
得単位数が少ないと見られている教授法、教科教育法に類する科目が戦前にはどのような状態であっ
たのかを把握することである。つまり戦前の養成制度における免許資格要件が戦後に引き継がれて
いるのかを確認してみたい。それにより本稿の研究を現代の英語教育的な問題に繋げたいと考えた。
現在の英語の教員免許の要件を規定する教員職員免許法(並びに同施行規則)は、制度的には
1949 年(昭和 24 年)に成立して以来、その形はほとんど変わっていない(1998 年の同法律の一部
改正に「教科に関する科目」と「教職に関する科目」の履修の割合は変わったが)という実態があり、
*
言語文化教育講座
戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
特に中学校と高等学校の教科の指導法に関する科目(いわゆる英語科教育法)の要求単位は、この
法律の成立当初は3単位で、その後2単位の状況が長く続いた(1998 年の本法律改正によって中学
校1種で最低6単位が必須となったが、なお高校1種取得のためには教科法の履修は2単位で済む
(村野井, 2001, pp.8-9))わけだが、こうした英語教師の免許取得に必要な科目履修の構成、特
に英語教授法の比較的少ない履修必要単位数は、一体どの時代から始まったのかという疑問がある。
おそらく、それは戦前の教育制度まで遡らないとわからないだろうと予測される。そこで、戦前の
特に英語教授法の英語教員養成のためのカリキュラムの中での位置づけを研究することは意味こと
であるだろうと考えた。
以上の2つの研究目的を対象として、概ね以下の3点を本稿で明らかにしていく。
①東京高等師範学校において、英語教授法はどのような学科目のシステムの中で行なわれていたの
か。
②東京高等師範学校において、英語教授法はどのような者が担当していたのか。
③東京高等師範学校において、英語教授法はどのような教授内容であったのか。
Ⅱ.高等師範学校における教員養成教育の状況
戦前の中等学校の教員養成については、初等学校の教員養成と比較していくつかの特徴があった。
それは例えば、①様々なルートから教員の供給があり、養成システムに関し、初めから開放的側面
があった、②教授法などの授業に関する実践的力量よりも、教科の内容に関する知識の訓練に重き
が置かれていた、また、そういう教える教科の専門的知識の科目の履修によって免許が与えられた、
などである(寺崎, 1983)。
ここで疑問に思うのは、では、中等学校の教員養成機関においては、教師の授業力、実践的力量
についてはどのように養成・教員を受けていたのかという点である。
実は、英語を含む中等学校の教員養成に関して、授業的力量の養成科目、具体的には教授法と教
育実習をカリキュラムに組んでいた教育機関は、冒頭で述べた通り、教員の養成を目的としていた
目的学校の高等師範学校、女子高等師範学校のみであった。そこで、本論では、主に資料が多く現
存する東京高等師範学校の状況を主に取り上げることにする。
戦前の東京高等師範学校英語科の沿革とその教育的特徴に軽く触れると、東京高等師範学校は、
1886 年(明治 19 年)に開設されたが、英語科が専修科として置かれたのは 1895 年(明治 28 年)で、
英語学部として成立したのが 1898 年(明治 31)年であった。最初は予科1年、本科3年の4年制教
育機関であったが、1915 年(大正5年)より予科が廃止され、本科だけの4年制になった。長い期
間、英語教育のエリートを多数多く輩出し、中学校教員として地方のリーダーとなって活躍する者
も多かった。そして、そこでの教育にはいくつかの特色があった。まず第1に、英語の専門につい
ては英文学や英語学、特に英文学の講読が授業の中心であったこと、第2に、基本的に多くの授業
は英語で行われたこと(「当時はパーマーのダイレクト・メソッド全盛の時代である。青木先生も寺
西先生と共に授業は全部英語で行われた」(横川信義氏の回想『青木先生を偲ぶ』1987, pp.180-181
より))、第3に、英語の授業力の育成のため附属中学校での実習が大きくその影響力を与えていた
ことである。この第3点目については、学生の授業の育成を特徴づけることとして、当時の附属中
学校での授業が主にオーラルで行われる授業で新教授法と呼ばれ、ここでの卒業生が地方でオーラ
ルを中心にした独自の英語教育実践(例えば福島プラン)を行うことで、結果的に日本の英語教育
に大きな影響を与えていたことが挙げられる(田中,2012)。
ここで少し東京高等師範学校附属中学校英語科の実践の教授法的位置づけについて述べておくと、
- 86 -
戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
例えば石橋(1958)は、英語教授法変遷の概観の中で、英語教授法の歴史を次の3期に分けている
が、例えば、第1期は、英学が始まった幕末から明治 26、27 年頃までで、漢文学習の手法が直訳式
に用いられていて、教授法の改良に関する理論がほとんど現れていない時期、第2期は、日清戦争
後から大正 11 年頃までで、この時期は英語教授に関する種々の意見が現れ始め、いわば英語教授界
覚醒の時期ではあるが、実際現場での教授法に影響を与えなかった、いわば理論のみの時代、第3
期は、パーマーが来朝した時期から終戦までで、我が国の教授法の先覚者が唱道した理論がパーマー
来朝を機に実践に移され、理論と実践とが相提携し始めた時期、である。この時代区分を反映させ
た時、東京高等師範学校附属中学校で、オーラルを中心とした新教授法の実践が始まったのが、第
2期の終わりから第3期ということになる。
附属中学校にオーラル中心の新教授法を導入したのは岡倉由三郎であった。彼は明治 38 年に3年
間の英語および英語教授法研究のためのドイツ・イギリス留学を終えて帰国すると、英語教育家と
して活躍し(『外国語最新教授法』(明治 39 年)や『英語教育』(明治 44 年)の著述を出版)、大正
14 年まで東京高等師範学校の英語科を主宰し、新教授法の先駆として、その指針と訓練とによって
多くの教員を育てあげた(福原,1978)。また彼自身が独創の教案によって附属中学校の授業を試み、
それがその後の附属中学校の授業の基本的な形となったのである。
東京高等師範学校の英語科のカリキュラムの中には、英語の専門として英文学や英語学の授業が
あった。それらは各学年週 14 ~ 15 時間であった。さらに教育学という領域の授業の中に教授法と
教育実習、つまり実地授業があった。この両者は直接学生の英語授業力を養成するのが目的の科目
であり、最終学年の4年生に行われたが、カリキュラム上、教授法は4年の1、2学期に行われ、
教育実習は4年の3学期まるまるその期間に当てられていた。
Ⅲ.高等師範学校における英語教授法の担当者とその教授内容について
ではこれから、英語の教員養成において、現在の視点で言えば、授業を実際に行う際の教員の資
質や能力に重要な科目として考えられている英語教授法が戦前に高等師範学校でどのような担当者
によって、どのような内容で指導されていたかについて詳しく述べたい。
実は、高等師範学校で行われた英語教授法については、誰がどのような内容で英語教授法の授業
を担当したのかという事実は実はよくわかっていない。東京高等師範学校においても同様である。
そこで、できるだけ多くの文献や資料から英語教授法への言及を拾い出し、本論で明らかにすべき
②東京高等師範学校において英語教授法はどのような者が担当していたのか、と③東京高等師範学
校において、英語教授法はどのような教授内容であったのか、について述べていく。なお、広島高
等師範学校の英語教授法の授業の担当者とその内容は判明しなかった。定宗數松が担当したこの授
業を可能性があるかとも思ったが、松村 (1979) によれば、定宗は、高等師範学校の授業では、シェ
イクスピア、ラム、ペイター、モームなどの作品を取り上げたと述べられ、兼職であった文理科大
学において教授法、日本英学発達史・英語教育論、英語教授法概論、などを担当したと述べられて
いる。
東京高等師範学校における授業担当者について記された基本的文献は、各年度版の『東京高等師
範学校一覧』あるいは、昭和四年版からは『東京文理科大學 東京高等神学校一覧』である。昭和
八年から十四年版の後者の資料を見る限り、「六.職員」に掲載されている英語関係者の担当科目を
見ると、日本人専任教員の場合「英語」、「英語・声音学」、「英文学」「英語・英文学」などの担当と
しての記述しかなく、毎年の「教授法」の担当者が誰なのかはわからなかった。唯一、昭和 13 年度
に外国人臨時講義嘱託としてアルバート・シドニー・ホーンビーが「英語教授論」を担当したとの
- 87 -
戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
記録があるだけである。
そこで、英教授法の担当者に言及した文献を出来るだけ探した。言及のあった文献として、以下
の種類のものがあった。
①福原(監修)(1978)『ある英文教室の 100 年』 大修館
②高梨 (1985)『英語の先生、昔と今―その情熱的先駆者たち』 日本図書ライブ
③伊藤健三先生喜寿記念出版委員会(編)(1994),『現代英語教育の諸相』研究社出版
④「石橋幸太郎先生追悼文集」刊行会(1980)『追悼 石橋幸太郎先生』
⑤隈部直光・隈部直光教授古稀記念論集編集委員会 (2002).『21 世紀への英語教育への提言と指
針』開拓社
⑥『青木常雄先生を偲ぶ』刊行会(1987)『青木常雄先生を偲ぶ』 リーベル出版
さらに、2009 年8月に東京高等師範学校卒業生の廣瀬和清氏に高師文三時代の学生生活インタ
ビューを行なったので、その情報も踏まえ、英語教授法の担当者その他について述べていきたい。
まず、確実に英語教授法の担当者であったと文献に記録が残る人間は、次の4人であった。それ
は年代順に神保格、村岡博、中山常雄、青木常雄である。
神保格については、福原 (1978,p.84) に、大正9年の高師英語部の講義の講師名、週時間、テキ
スト名が挙げられていて、本科3年(最終学年)の箇所に、「神保格 1 英語教授法(口述及び実
習)」と載っている。また、本書の 60 ページに神保は大正 11 年まで附属中の英語科主任を務めたと
あるので、当時、附属中学校の英語科主任に立場で教授法の授業を担当していたことになる。
次に、村岡博については、彼が教授法の担当をしていたという記述が複数見つかった。例えば、
福原 (1978,p.290) に東京高師(文三)の4年間に教えを受けた先生と教科書(昭和3年4月~7年
3月)が載っていて、村岡博教授 4年 講義「英語教授法」とある。ここの記述で少なくとも昭
和3年~7年に村岡が英語教授法を担当していたことがわかる。その他、伊藤(伊藤健三先生喜寿
記念出版委員会 (編),1994,p357)には、「教授法関係では、〈中略〉授業は、4年のとき、教育実習
の前に、附属の村岡(博)先生の講義があり、3年のときA.S.ホーンビー (Hornby) 先生の ‘Practice
Teaching‘ の演習があり、この2つだけだったと思う」とある。伊藤の高師卒業は昭和 14 年であるか
ら。昭和 13 年の教授法担当が村岡だったことになる。さらに、高梨(1985,p.130)の記述にも、
「昭
和 15 年の春、筆者が東京高等師範学校の4年生のときである。最終学年では英語教授法を教わるこ
とになっていた。青木常雄先生にでも習うのではないかと思っていたら、附属中学校の英語科主任
であった村岡博先生の講義であった」とある。この時の村岡の立場は、大正時代の神保同様、附属
中学校の教科主任であった。
次に中山常雄が挙げられる。中山については、2009 年 8 月 19 日に東京新宿にて東京高等師範学校
卒業生へのインタビューを行なった際に、昭和 21 年(9月)~25年(3月)東京高等師範学校に在籍
した元共立女子大教授の廣瀬和清氏からの聞き取りで明らかになった。氏からは当日、様々な高等
師範学校での学生生活全般について話を聞いたが、特に英語教授法については、教育実習が4年生
のとき、5~7月(昭和 24 年)に行なわれたが、その年の4月に附属中学校の教員の中山常雄先生
が師範学校に来て、4月1ヶ月だけ講義を行なったということであった。中山も当時附属中学校の
教諭である。
最後に、青木常雄である。彼については隈部(2002,p.327)に、「 最終学年で、青木(常雄)先
生に「英語科教育法」を習った 」 とある。隈部の最終学年は昭和 26 年であるから、青木は高等師範
学校のその年の「英語教授法」を担当したことになる。ただ、青木は昭和 25 年に東京教育大学・東
京高等師範学校を退官しているので、非常勤講師での担当だったことになる。青木といえば、戦後
に『新制中学校英語教授法』や『新制高等学校英語教授法』などの著作があるので、高等師範学校
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戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
では当然、英語教授法の担当歴があるかと思っていたが、例えば、『青木常雄先生を偲ぶ』刊行会
(1987)の『青木常雄先生を偲ぶ』における卒業生の回想では、青木が主に『サイラス・マナー』や
『スケッチブック』などの講読の授業や英作文の授業を担当したという記述のみで、教授法担当につ
いての言及を見つけられなかった。なお、有馬敏行氏が、「高師文三在学中には、(石橋)先生から
教科教育法の授業や附属中での教育実習でご指導いただいたが」(「石橋幸太郎先生追悼文集」刊行
会, 1980,p.161)と書いているが、有馬氏は昭和 14 年高等師範学校卒で伊藤健三氏と同じ年度の卒
業ということになる。伊藤氏は教授法担当が村岡としているので、石橋が教授法を担当した証拠が
得られなかったので、今回の4人には入れなかった。
というわけで、英語教授法の担当者については、高等師範学校の正課のカリキュラムに「教授法」
として入っていたが、専任の教員が担当したわけでなく、附属中学校の教員が学校に出向して教え
ていたと考えられる。実習を担当する附属中学校の教員が担当したわけだから、実習のオリエンテー
ション的な意味合いもあったのだろうか。
さて、次に英語教授法の内容についての記録についてである。村岡については高梨が「村岡先生
は謹厳な方であったから、教授法の講義も真面目なお話ばかりで、熱心にノートをとったはずなの
だが、内容は少しも記憶に残っていない」(高梨,1985,p.130)とか、「石橋幸太郎先生追悼文集」刊
行会(1980)の『追悼 石橋幸太郎先生』の中で清水貞助が、「英語科教授法は村岡博先生から二学
期に教授法史を教えていただいただけで」(「石橋幸太郎先生追悼文集」刊行会, 1980,p.146)とある。
中山については、廣瀬氏によると、内容は完全なる教授法つまり、パーマーのダイレクト・メソッ
ドなどであったということである。青木については、隈部が、「(授業の内容は)勿論オーラル・メ
ソッドの教案作りで、非常に具体的だった。教材を示して、それに対してどういう Oral Introduction
を作るか、Explanation はどう行なうかというようなものだった」(隈部 2002, p.327)と回想してい
る。さらに隈部は、青木の教授法の授業内容についてより具体的に「後に教師になる者としては、
英語科教育法が一番為になったのではなかろうか。後になって考えれば、パーマーのオーラル・メ
ソッドを忠実に具体化されたものであった。それも、理論よりも、実際の(旧制中学校の)テキス
トを例にあげて、そのテキストをどのように教えるか、Oral Introduction はどのようにするか、その
後には、Test Question は、いくつぐらい、どのようなものをつけるべきか、Explanation は、どのよう
な例文でやって行くのがよいかなど、いずれも実証的であった。説明の例文は、Hop, Step, Jump の
鉄則により、易しいものから、やや高度なものまで、少なくとも三つは用意すべきである、と説か
れたのが印象的であった」(『青木常雄先生を偲ぶ』刊行会 1987,p.293)と記述している。
以上述べてきたように、教授法の内容としては、この授業の後の実習の準備の一環としての内容
と考えられ、附属中学校の教員が、短期間に英語教授法の概略や歴史を教えた可能性が高い。具体
的なテキストも使われなかった。ただ、高等師範学校後半の青木の授業などでは教授法といっても
かなり具体的な内容を扱っていることがわかる。
さて、以上、高等師範学校の英語教授法の授業の記録を見てきたが、当時には模擬授業を行う授
業は英語教育関係でなかったのだろうかと疑問を持っていると、教授法の授業ではないが、先に
も書いた通り、伊藤が3年の時、つまり昭和 12 年にA.S.ホーンビー (Hornby) 先生の ‘Practice
Teaching‘ の演習があったと述べている。この授業については『東京文理科大學 東京高等師範学校
一覧』昭和十三年度版に外国人臨時講義嘱託としてアルバート・シドニー・ホーンビーが「英語教
授論」を担当したとの記録がある(東京文理科大学, 1938, p89)。ただし、清水の記述の十二年度
版では、職員欄にホーンビ―は嘱託という身分で記載されているが、担当科目は英語としか記述さ
れていない(東京文理科大学,1937,p96)。ホーンビ―の英語教育関係の授業については、高梨が、
「ホーンビーには1年生のときから教わったが、喜怒を顔色に出さず、淡々と授業を進めるタイプの
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戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
教師であった」、「2年生のときに、『英語の6週間』をテキストにして、教生をやった。級友を中学
校1年生に見立てて、私たちはかわるがわる教壇に立って、教師の役を演じる。クラスの連中はい
ずれもみな上手であった。ホーンビー先生は、廊下側の生徒の椅子に腰をおろし、じっと演技を聞
きながらメモをとり、実演が終わるたびに立ち上がって批評する。教える自信と実力をつけるのに
大いに役立つ授業であったと思う」
(高梨 ,1985,p.148)とある。この授業が Practice Teaching という
演習を指しているのであろうか。いずれにしても、当時、模擬授業を生徒にさせ、講評をするとい
う演習が高等師範学校で行われていたことがわかる。それゆえに教授法と教育実習の繋ぎの教育と
いう意味でホーンビーがその時代東京高等師範学校で重要な役割を当時果たしていたのだろう。
ところで清水貞助は、『追悼 石橋幸太郎先生』の中で(「石橋幸太郎先生追悼文集」刊行会 1980,
pp.146-147)、服属中での実習の際、石橋幸太郎の授業に驚き、「石橋先生の新教授法にはびっくり
した。先生はほとんど日本語を使わず、読本について矢継ぎ早に英語で質問し、生徒はそれに反射
的に英語で答えるのであった」と述べ、また、寺西武夫はその著書の中で(1963)、高等師範学校の
卒業生たちは、尖端的な音声中心の新教授法と呼ばれるものを当時実践していた附属中学校で教育
実習の間指導され、それを覚えて高等師範学校を卒業していくが、赴任した学校において新教授法
に対する周囲の「無理解」という厚い壁にぶつかり、最後は力尽きて安易な訳読教授の陣営に降伏
せざるを得なくなるのが現状であると述べている。本論でここまで東京高等師範学校の英語教授法
の授業状況について述べてきたわけだが、清水と寺西の記述から学生たちの英語の授業力や実践的
能力や技術については、師範学校で実施された英語教授法の授業というよりは、むしろ附属中学校
での教育実習の方で専ら鍛えられたと推察できる。今後は附属中学の実践についても研究の視野に
入れることが必要となるだろう。その研究については稿を改めたいと思う。
Ⅳ.おわりに
今回のこれまでの議論で明らかになったことを述べてみたい。
まず、①東京高等師範学校において、英語教授法はどのような学科目のシステムの中で行なわれ
ていたのか、については、高等師範学校のカリキュラムの中では、教授法は「教育学」という範疇
の中に入れられ、英語という専門区分ではなかった。これは、現在の英語の免許法の区分、「英語科
教育法」が「教職に関する科目」に入っていて、英語の専門に関する科目の入る「教科に関する科
目」に含められている形態と同じである。現在の免許法の基本的形態が明治の時代から存在してい
たことがわかった。また、教授法の授業は高等師範学校の4年次の第1、2学期に週2時間行われ
ていた。
次に、②東京高等師範学校において、英語教授法はどのような者が担当していたのか、については、
特にこれは東京高等師範学校のケースであるが、「英語教授法」の担当者は基本的に附属中学校の教
諭が師範学校に出向して担当していた可能性が高いこと、したがって授業の位置づけとしては、第
3学期に行われる実習(授業練習と言われていた)の事前指導的なものだったのではないかという
気がする。
最後に、③東京高等師範学校において、英語教授法はどのような教授内容であったのか、につい
ては今回はっきりさせることは出来なかったが、東京高等師範学校 OB の廣瀬氏へのインタビュー
では、教授法の紹介ということであった。パーマーの教授法であるオーラル・メソッド、あるいは
附属中で行われていた新教授法の紹介などが戦前の中等学校の英語教員養成を研究の対象とするに
際し、最も興味があったのが、戦前の中等学校、特に中学校の英語の先生の授業的力量はどこで養
成、あるいは訓練されたのであろう、ということであった。可能性としては2つ。1つは、教授法、
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戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
英語の場合は英語教授法の教育によってというのがある。そのため今回、中等学校の教員養成機関
の中で唯一カリキュラムの中に教授法が存在していた高等師範学校を取り上げた。ところが、そこ
での教授法の扱いは東京高等師範学校文三、英語科では、教育実習の補助的科目に過ぎないことが
ある程度明らかになった。そうなると授業的力量形成の可能性の残る1つは、教育実習によってと
いうことになる。今後、稿を改めて、附属中学校での高等師範学校の生徒の実習の実態を追及して
みたい。
ところで、教員養成論に関しては、これまで、プロフェッショナリズム優先とリベラル・アーツ
優先の考え方で対立してきたとの論争が教育学的に存在する。教員養成機関の中で教授法や教育実
習が重視される立場は前者であり、軽視される立場は後者となる。日本の教員養成においては免許
要件に関して未だ後者優先の傾向がある。授業における教師の意思決定能力が重視されたり、また、
教師の教育活動におけるリフレクションが重要視される現在、前者の立場の重要性をさらに反映し
た教員養成カリキュラムの登場が必要となる。本論では教員養成におけるリベラル・アーツ優先の
日本の教員養成における傾向が戦前から戦後まで長く継続してきたことをある程度明らかにできた
のではと思っている。
参考文献
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福原麟太郎(監修)(1978).『ある英文教室の 100 年』 大修館.
石橋幸太郎 (1958).「英語教授法大要」『新英語教育講座』 第1巻,67-211, 研究社出版.
「石橋幸太郎先生追悼文集」刊行会(1980).『追悼 石橋幸太郎先生』 非売品.
伊藤健三先生喜寿記念出版委員会(編)(1994).『現代英語教育の諸相』 研究社出版.
隈部直光・隈部直光教授古稀記念論集編集委員会 (2002).『21 世紀への英語教育への提言と指針』
開拓社.
桜井役(1936).『日本英語教育史稿』復刻版 文化評論出版.
高梨健吉(1985).『英語の先生、昔と今-その情熱の先駆者たち』 日本図書ライブ.
田中沙弥 (2012).「東京高等師範学校出身者による新教授法実践の広がり-『英語の研究と教授』の
分析を通して-」『広島の教育史学』第3号 , 1-26.
寺崎昌男 (1983).「教師養成理念と制度の歴史的考察」『教師教育の課題-すぐれた教師を育てるた
めに』344-355, 明治図書出版.
寺西武夫 (1963).『英語教師の手記』 吾妻書房.
東京文理科大学 (1933).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治八年四月至る明治九年
三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学 (1934).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治九年四月至る明治十年
三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学 (1935).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治十年四月至る明治十一
年三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学 (1936).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治十一年四月至る明治
十二年三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学 (1937).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治十二年四月至る明治
十三年三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学 (1938).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治十三年四月至る明治
- 91 -
戦前の東京高等師範学校における教科教育法(英語教授法)の教授状況について
十四年三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学 (1939).『東京文理科大學 東京高等師範学校一覧 自明治十四年四月至る明治
十五年三月』 東京文理科大學.
東京文理科大学・東京高等師範学校(編)(1936).『創立六十年』東京文理科大学, 非売品.
松村幹男 (1979).『覆刻版 日本英學物語 別冊』 文化評論出版.
村野井仁 (2001).「英語科教員養成課程の現状とこれから-教員免許法改正で何が変わったのか」
『英語教育』第 50 巻3号, 8-10, 大修館書店.
- 92 -
教育実践学研究 18,2013
93
公民的教科目における租税政策検討力の育成
-ドイツにおける事例-
A Case Study of Tax Education in the Subject Civics in Germany
服 部 一 秀 *
HATTORI Kazuhide
要約:本小稿は,「国家・社会の形成者」の育成に向けた社会科としての租税学習の在
り方を探るべく,ドイツ連邦共和国ノルトライン・ヴェストファーレン州の中等公民
的教科目における租税の取り扱いについて分析検討するものである。同州ギムナジウ
ムの公民的教科目における租税の取り扱いは,租税政策検討力を育成するため,前期
中等公民的教科目で租税や租税政策の対象化を可能にし,後期中等公民的教科目で租
税政策の在り方を検討させるものである。社会の新たな在り方を批判的に探求できる
能力の育成のため,社会科学的認識に基づく社会形成の教育を公民的教科目でねらっ
ており,租税政策の批判的探求の学習はその一環である。租税の学習を改善するため
には公民的教科目の学習そのものの在り方を改める必要があるといえる。
キーワード:租税,社会科,公民的教科目,ドイツ,ノルトライン・ヴェストファー
レン州
Ⅰ はじめに
租税の学習は,多くの場合,「租税の意義と役割」の理解を中心とするものになっている(佐藤,
2009:93,他)。それらの学習は「税の大切さの教育,納税意識の育成」に留まりがちであると指摘
されている(岩田,2009:104)。「税の大切さの教育,納税意識の育成」は必要であるけれども,そ
れだけでは十分とはいえず,「国家・社会の形成者」の育成に向けた社会科としての租税学習の在り
方が問われている。租税の学習の改善に向け,現状とは異なる別の可能性を探るため,本小稿では
ドイツの中等公民的教科目における租税の取り扱いの事例分析に取り組む1)。
ドイツでは教育に関する権限は基本的に個々の州にある。また,各州では分岐型の教育制度がと
られている。教科の構成や名称は各州において学校種ごとに定められている。学習指導要領は各々
の州において各学校種用に別々に作成されるのが一般的である2)。中等教育における租税の学習も
各州や各学校種でそれぞれに行われる。卒業生の多くが初期職業教育へすすむ基幹学校(第5~
9・10 学年)の場合,労働科(Arbeitslehre)などと呼ばれる職業準備系教科目がおかれ,そのなか
に経済教育の一部が組み込まれる(服部,2010,参照)。租税の学習は公民的教科目だけでなく職
業準備系教科目でも行われうる。その対極に位置づくのが,大学進学に向けたギムナジウム(第5
~ 12・13 学年)の場合である。幾つかの州を除き,多くの州では,ギムナジウムには労働科など
の職業準備系教科目はおかれていない。租税の学習は公民的教科目で行われる。尤も,ゾチアルク
ンデ,政治/経済,政治,ゲマインシャフトクンデ,社会科学,政治的陶冶など,公民的教科目は
様々である。何れの州や学校種でも使用できる教材集として,『Finanzen & Steuern(財政と租税)』
(Arbeitsgemeinschaft Jugend und Bildung)が財務省の協力のもとに作成され定期的に改訂されている
*
社会文化教育講座
公民的教科目における租税政策検討力の育成
のも,そのような事情を背景としてのことであろう3)。
本小稿では,前期後期中等教育の両段階での租税学習を視野に入れるため,ギムナジウムの公民
的教科目における租税の扱いに着目する。従来よりドイツの社会系教科教育をリードしてきており
最多の人口を擁してもいるノルトライン・ヴェストファーレン州の場合について取りあげたい。同
州ギムナジウムの前期中等教育課程では,社会科(Gesellschaftslehre)を地理,歴史,政治/経済
(Politik/Wirtschaft)で構成し,政治/経済を「政治・経済教育の中核教科目」(NRW,2007:15)と
位置づけている。また,ギムナジウムの上級段階と呼ばれる後期中等教育課程では,社会科学課題
領域(das gesellschaftswissenschaftliche Aufgabenfeld)の教科目の1つとして社会科学(Sozialwissenschaften)を設けている。ドイツの中等公民的教科目における租税の取り扱いの一例として,このよ
うな同州ギムナジウムの公民的教科目における租税の学習について分析したい。同州ギムナジウム
の公民的教科目では租税の学習の成果として学習者が何をできるようになることがねらわれている
かを確かめた後,そのような学習成果に向けた前期中等教育課程の政治/経済と後期中等教育課程
の社会科学における租税の取り扱いを明らかにし,ノルトライン・ヴェストファーレン州の公民的
教科目における取り扱いの特質とそうした租税の取り扱いが重んじられる理由を考察しよう。
Ⅱ NRW州のアビトゥーア試験課題例
-租税学習の成果としての租税政策検討力の重視
ノルトライン・ヴェストファーレン州の公民的教科目では租税の学習の成果として学習者が何を
できるようになることがねらわれているかを確かめたい。そこでギムナジウム上級段階の社会科学
の学習指導要領において提示されているアビトゥーア試験の課題例を取りあげることにしよう。
アビトゥーア試験とは,後期中等教育課程であるギムナジウム上級段階の修了試験であり,州ご
とに行われる(木戸,2008,他)。資格段階(Qualifikationsphase)と呼ばれる最後2年間の成績,そ
してアビトゥーア試験の成績に基づき,上級段階の修了資格(大学入学資格)であるアビトゥーア
(Abitur)が付与される。修了試験であるアビトゥーア試験は,選抜のための試験ではなく,資格認
定のための試験であり,それ故にノルトライン・ヴェストファーレン州の社会科学の試験課題では
同教科目によって目指す学習成果の評価が重んじられる。社会科学の現行の 1999 年版学習指導要領
には5つの課題例が示されており,そのなかの1つが租税について直接的に取りあげている。第一
義的にはアビトゥーア試験の課題作成の在り方を例示するものであるが,租税に関する望ましい学
習成果の評価を念頭につくられていると考えられる。それは「所得税政策構想の形成」と題されて
おり,設問と資料が提示され,解答上のポイントも解説されている(NRW,1999:85-89)。設問と
資料を示し,解答のための考察内容を概略し,課題の構成を整理したものが,表1である。
アビトゥーア試験課題例「所得税政策構想の形成」は,3つの設問からなっている。
設問1は,租税負担の配分に関する応益課税原則・応能課税原則の内容と公平性の考え方,それ
らの適用上の諸課題について解説することを求めるものである。租税負担配分に関する2つの主要
な考えについて,既習の認識に基づき解説できることを評価しようとするのが,この設問1である。
設問2は,所得税の税率構成モデルを作成するための表を提示し,前提条件として4点を挙げ,
2つの小問を課している。小問aは,租税負担配分に関する原則,累進課税と平均税率・限界税率
などについての既有の認識をもとに,表や条件を理解し,所得税の税率構成モデルを作成すること
を求める小問である。小問bは,仮定上の諸条件の理念との結びつけや所得各層にとっての意味の
吟味とともに,大衆購買力の強化,業績への応報,経済成長や個人資産形成の促進などといった既
知の租税政策議論における根拠の利用により,自分が作成した税率構成モデルの理由を説明するこ
- 94 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
表1 アビトゥーア試験課題例「所得税政策構想の形成」の構成
基本構成
租税負担配分
に関する二大
原則の解説
所得税
の負担
配分モ
デルの
作成
作成し
た負担
配分モ
デルの
説明
所得税
の負担
配分モ
デルの
作 成・
説明
租税負担配分
体系の変更の
吟味判断
租税負担の配分の在り方の検討(租税政策の検討)
租税の公平性をめぐる負担配分問題
設問
解答のための主要な考察内容
1)租税の構成の領域において「等価原則」と「能力原則」租税負担配分に関する応益課税
という概念は何をいい,その実施にはどんな問題が結 原則・応能課税原則の内容と公
びついているか,解説しなさい。
平性の考え方,それらの適用上
の諸課題について解説
2)示されている情報の枠内にお a)この前提条件のなか 租税負担配分に関する原則,累
で税率層を算定・構 進課税と平均税率・限界税率な
いて,租税のモデルを作成し
成しなさい。
どの理解を踏まえ,資料の表や
なさい。前提条件は次の通り
前提条件をとらえ,所得税の税
です。
率構成モデルを作成
・税収は約4億通貨単位に達す
るべきである。
b)自分の提案の租税政 仮定上の諸条件の理念との結び
・最下位所得層は最高 2400 通
策上の理由を明らか つけや所得各層にとっての意味
貨単位までの支払いとすべき
にしなさい。そのた づけ,現実の租税政策議論にお
である。
めに租税政策をめぐ ける根拠(例えば,大衆購買力
・中位所得層の平均的な租税負
る議論から根拠を取 の強化,業績への応報,経済成
担は 21 ~ 25%であるべきであ
りあげなさい。その 長や個人資産形成の促進など)
る。
際,前提条件に含ま の利用による自らの税率構成モ
・最上位所得層にとっての限界
れている諸決定につ デルの説明
税率は 45%付近であるべきで
いて熟考しなさい。
ある。
3)税体系における直接税から間接税への重心移動を租税の 直間比率の低減化における租税
公平性という観点のもとに評価判断しなさい。
負担配分の公平性の重点変更,
その社会観や目的・理由,各層・
諸領域に予測される作用,社会
全体にとっての意味を現実の社
会構造変化,税収の減少や財政
需要の拡大,経済のグローバル
化,憲法裁判所の判例などを考
慮に入れて吟味判断
[資料]
所得層
20.000
30.000
40.000
50.000
60.000
70.000
80.000
90.000
100.000
110.000
120.000
計
人数
各層の所得合計
600
1.500
3.000
5.500
6.000
5.500
4.000
2.500
1.000
300
100
12.000.000
45.000.000
120.000.000
275.000.000
360.000.000
385.000.000
320.000.000
225.000.000
100.000.000
33.000.000
12.000.000
30.000
1.887.000.000
平均税率
1人当たりの税
限界税率
全体の税収
(Ministerium für Schule und Weiterbildung, Wissenschaft und Forschung des Landes NRW, Richtlinien und Lehrpläne für die
Sekundarstufe Ⅱ - Gymnasium/Gesamtschule in NRW Sozialwissenschaften, 1999, S. 85-89 をもとに筆者作成.「解答のため
の主要な考察内容」,「基本構成」の欄は筆者の解釈を表す.)
とを求める小問である。設問2は,2つの小問により,既有の認識を用いて所得税の負担配分のモ
デルを作成し説明できることを評価する設問である。
設問3は,租税負担の配分体系における公平性の重点変更,その社会観や目的・理由,各層・諸
領域に予測される作用や社会全体にとっての意味を,現実の社会変化,税収の減少や財政需要の拡
大,経済のグローバル化,憲法裁判所の判例などを考慮に入れて吟味し判断するように求める。租
税負担配分体系の変更について吟味判断できることを評価しようとする。
この試験課題例「所得税政策構想の形成」は,租税負担配分の公平性に関する既習の原則につい
て解説できるだけでなく,所得税という一税種における負担配分のモデルを既有の認識を使って作
成し説明できること,さらに様々な直接税や間接税からなる租税負担配分体系の変更に関して既有
認識を総動員して吟味判断できることを評価しようとするものである。租税の公平性をめぐる問題
- 95 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
に取り組ませ,租税政策における租税負担配分の在り方について専門的認識を投入し妥当性を批判
的に検討できる能力を要求する課題である。
このようなアビトゥーア試験課題例から,この社会科学という教科目では,租税に関する学習の
成果として,税制を方向づける租税政策という政策や制度のレベルで租税について考えられるよう
になること,租税政策の在り方を専門的認識に基づいて批判的に検討できるようになることが重ん
じられていることがわかる。中等教育課程における公民的教科目の教育の最終時点において学習者
によって租税政策検討力が獲得されていることが重視されているととらえられる。それは前期中等
公民的教科目の政治/経済と後期中等公民的教科目の社会科学における租税のどのような取り扱い
を通して育成されるのか,順次考察をすすめていこう。
Ⅲ NRW州の前期中等公民的教科目における取り扱い
-租税・租税政策の存在の対象化
政治/経済という前期中等公民的教科目における租税の取り扱いから考察したい。この教科目に
おける租税の学習の位置づけを掴み,その学習について具体的にとらえよう。
1.租税学習の位置-社会の各領域の学習
ノルトライン・ヴェストファーレン州ギムナジウムの政治/経済は,日本の小学校高学年にあた
る第5・6学年と中学校にあたる第7~9学年とにわたる教科目である。その 2007 年版学習指導要
領は,同州の政治教育要領(NRW,2001)や経済教育要領(NRW,2004b)を踏まえつつ,アウトプッ
ト志向を重視してつくられている(NRW,2007:9-11,また,服部,2012:367,参照)。この教科
目の目標について確認した後,租税の学習の位置を確かめたい。
政治/経済は,「社会の現実の理解のため,民主主義による我々の公共体における生活や共同のた
めに必要となるコンピテンスの育成」(NRW,2007:12)をねらう社会科において,先述の通り「政
治・経済教育の中核教科目」と位置づけられている。その目標は,「複雑な社会の現実やグローバル
化した経済において処し,政治・社会・経済の課題や問題について見識をもって評価判断すること
ができるように能力を育成する」こと,「社会的・政治的・経済的過程への参加を準備させ,民主的
な基盤に基づいて公的な事案に関与し」「公共体の事案に関して共同責任を引き受けられるようにす
るために寄与する」ことである(NRW,2007:15)。
この目標に基づき,教育の成果として学習者がアウトプットできるように育まなければならない
コンピテンスの領域が4つにまとめられている。「事実コンピテンス(Sachkompetenz)」,「方法コ
ンピテンス(Methodenkompetenz)」,「判断コンピテンス(Urteilskompetenz)」,「行為コンピテンス
(Handlungskompetenz)」である。「事実コンピテンス」は,「社会の諸構造や諸過程の理解に不可欠
である政治・社会・経済に関する基本的知識を使用できること」である(NRW,2007:18)。「方法
コンピテンス」は,「政治的・社会的・経済的な論題に取り組むために必要となる」専門的・学際的
な方法や技能を使用できることである(NRW,2007:18)。「判断コンピテンス」は,「政治的な出
来事・問題・論争を自力で,根拠をもって,基準やカテゴリーに基づいて評価判断する能力」であ
る(NRW,2007:19)。「行為コンピテンス」は,「意見を形成したり決定を追求したりする公的な民
主的過程に関与し,政治的・社会的・経済的諸構造の形成への影響力行使の機会をとらえる能力」
である(NRW,2007:19)。「政治教育における中心的なキーコンピテンス」は「判断コンピテンス」
とされている(NRW,2007:19)。社会諸領域の社会科学的分析に基づく自律的な判断のための能力
に照準が定められ,民主的な決定への関与のための能力まで射程に入れられている。
このような能力を育成するために設定されている必修の内容領域は,表2の通りである。
- 96 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
表2 政治/経済の必修内容領域
第5・6学年
第7~9学年
1.民主主義の保障と更なる発展
2.経済の基盤
3.政治と経済にとってのエコロジーに関する課題
4.工業化とグローバル化のチャンスと問題
5.現代社会が変化するなかのアイデンティティと
生活形成
6.政治と社会におけるメディアの役割
7.民主主義の保障と更なる発展
8.経済現象の基盤
9.変化しつつある工業社会・サービス社会・情報社会におけ
る労働と職業の未来
10.政治と経済にとってのエコロジーに関する課題
11.能力主義と社会的公正の間の所得と社会保障
12.現代社会が変化するなかのアイデンティティと生活形成
13.政治と社会におけるメディアの役割
14.グローバル化時代における国際政治
(Ministerium für Schule und Weiterbildung des Landes NRW, Kernlehrplan für das Gymnasium - Sekundarstufe I (G8) in NRW,
Politik/Wirtschaft, 2007, S. 26-27・31-33 より)
第5・6学年の必修内容領域は6つ,第7~9学年の必修内容領域は8つである。各学年段階内
での学習順序は各学校の判断に委ねられている。第5・6学年と第7~9学年のそれぞれの学年段
階で政治的・経済的・社会的な諸領域がカバーされている。また,第5・6学年と第7~9学年に
同一や類似の名称の内容領域が数多く配されている。全体としてスパイラルな構成がとられている
(NRW,2007:22)。このような構成は,先述の4つのコンピテンス領域ごとに設定された第6学年
末時点と第9学年末時点の到達水準を達成するためのものである。
「事実コンピテンス」では,第6学年末において,「民主主義概念の中心的な諸要素」や「わかり
やすい国際政治的・経済的・社会的問題領域」についての初歩的理解を使用できること,そして,
第9学年末において,
「生活形態,社会形態,支配形態または国家形態としての民主主義」および「ド
イツ連邦共和国の経済的・社会的構造」,「国際政治およびグローバルな政治的・経済的・社会的シ
ステム」についての理解を使用できることが重視されている(NRW,2007:24・27)。「方法コンピ
テンス」では,第6学年末において,「政治的・社会的・経済的に重要で学習者の生活世界に関係す
る事態の考察のために様々な活動方法や専門的方法の基本形を用いる」こと,第9学年末において,
「政治的・社会的・経済的に重要な事態の分析のために様々な活動技能や専門的方法を用い,また,
その結果を熟考できる」ことが重視されている(NRW,2007:24・28)。「判断コンピテンス」では,
第6学年末において,「身近で政治的・社会的・経済的に重要な,見通し可能で論争的なケース・具
体例,状況,出来事,問題,政治的過程」に関して,立場の違いや対立をとらえたり,自分なりに
理由をもって判断したりできることなど,第9学年末では,「国内や国家間の領域における政治的・
社会的・経済的に重要な,見通し可能で論争的な紛争や事態や問題」に関して,相違・対立する判
断の基準を吟味したり,建設的な批判や合理的な判断を行ったりできることなどが重視されている
(NRW,2007:25・29-30)。「行為コンピテンス」では,第6学年末において,「範例的で具体的な一
定の状況・問題事態・紛争」に関して,民主的なルールに従って自他の立場を尊重して対処を考え
たり,文化の違いによる対立を調停したりできることなど,第9学年末において,「複雑な状況・問
題事態・紛争との取り組み」において,支持拡大のために自分の主張を説得的に表したり,他者の
立場にたって考えてみたり,他者とともに共同して解決を試みたりできることなどが重視されてい
る(NRW,2007:25-26・30-31)。
第5・6学年では,政治的・経済的・社会的領域の身近な対象について,基本的な知識や方法を
使って掴み,立場の相違・対立を見定めたり,自分なりに判断したり,さらに相異なる立場や文化
を尊重して取り組んだりできるようになることなどがねらわれている。第7~9学年では,政治的・
経済的・社会的領域のマクロな対象について,より高度な知識と方法を使ってとらえ,判断基準を
吟味したり,合理的な判断を行ったり,さらに他者に対して説得的に主張したり,他者とともに共
- 97 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
表3 内容領域1・8・11の内容上の重点
第5・6学年
第7~9学年
「 民 主 主 義 の 保 障 と 更 な る 発 「経済現象の基盤」(経済的領域中心)「能力主義と社会的公正の間の所得と社
展」(政治的領域中心)
会保障」(社会的領域中心)
内容上の重点
・政治と生活世界の関係:家
庭・学校・都市における子
どもや青少年の生活状況
・政治への関与の諸形態,子
どもと青少年の権利と義務
・社会国家・社会政策の構造と国内的・
・競争と集中の間の市場と市場過程
国際的な将来問題
・通貨の機能
・企業の形態と市場経済における経営 ・社会における機会と資源の配分
・能力主義と社会的公正の間の所得と
者の役割
・社会的市場経済とグローバル化によ 社会保障
る課題
(Ministerium für Schule und Weiterbildung des Landes NRW, Kernlehrplan für das Gymnasium - Sekundarstufe I (G8) in NRW,
Politik/Wirtschaft, 2007, S. 26・31・32 より)
同して解決を試みたりできることなどがねらわれている。それらを達成し,社会諸領域の認識とそ
れに基づく自律的な判断さらには民主的決定への関与のための能力を成長させるため,諸領域につ
いて対象拡大的に繰り返し取りあげつつ内容的方法的に学習を高めていくのが,第5・6学年と第
7~9学年でのスパイラルな構成のねらいなのである。
アウトプット志向の重視により,各内容領域には現在や将来における判断や決定に向けて重要で
ある学習内容上の重点のみが設定されており,到達水準を達成するための具体的な扱いは各学校の
裁量に委ねられている。全 14 の必修内容領域における内容上の重点を見渡す限り,租税という文字
は見当たらない。租税についての取り扱いはそのものとして明示的に求められてはいない。しかし
ながら,内容上の重点から,少なくとも3つの内容領域での租税についての取り扱いが示唆される。
実際,ノルトライン・ヴェストファーレン州の 2007 年版政治/経済に準拠して作成されている教科
書をみてみると,それら3つの内容領域に関わっての租税の取り扱いを確認することができる。3
つの内容領域とは,表3の通り,内容領域1「民主主義の保障と更なる発展」,内容領域8「経済現
象の基盤」,内容領域 11「能力主義と社会的公正の間の所得と社会保障」である4)。
内容領域1は第5・6学年の内容領域であり,内容領域8と内容領域 11 は第7~9学年の内容領
域である。この政治/経済では,第5・6学年と第7~9学年の両段階において,租税について取
り扱われうる。また,内容領域1は政治的領域中心,内容領域8は経済的領域中心,内容領域 11 は
社会的領域中心の内容領域である。政治的領域・経済的領域・社会的領域の各々を中心とする内容
領域で租税が扱われうるわけである。尤も,その具体像は学習指導要領によってはとらえられない。
租税が直接的には内容上の重点に挙げられていない以上,限定的な扱いであることが予想されるが,
実際はどうなのか,社会科学的認識に基づく自律的な判断の能力育成に比重をおくことで租税はど
のように扱われることになるのか,政治/経済の教科書をもとにみてみることにしよう。
2.財政・財政政策の吟味による租税・租税政策の対象化
各内容領域の学習は,内容上の重点と各コンピテンス領域の要求を踏まえ,各学校で計画・実施
される。そこでの租税の標準的な取り扱いは,同州ギムナジウムの政治/経済に準拠して作成され
た教科書に表されていると考えられる。同州ギムナジウムの政治/経済の教科書を取りあげ,第5・
6学年と第7~9学年における租税の取り扱いの具体像をとらえてみたい。
(1)財政の吟味による租税の対象化-第5・6学年
政治/経済の 2007 年版学習指導要領に準拠して作成されている新しい教科書『Politik & Co.-
Politik/Wirtschaft für das Gymnasium Nordrhein-Westfalen』第5・6学年用(Riedel,2010)の場合を取
りあげることにしたい。内容領域1「民主主義の保障と更なる発展」に対応する章として,『Politik
& Co.』では「学校とゲマインデにおける共同形成」を設けている。この章は3つの節からなる。第1・
- 98 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
2節が身近な学校生活における政治的営みについて扱うのに対し,第3節はゲマインデという最小
単位の身近な地方公共団体における政治的営みについて扱う。租税についてはこの第3節「ゲマイ
ンデの任務と財政」のなかで扱われている。第3節は3つの項に分かれ,各項は資料中心の構成に
より,資料とそれらに関する学習課題とでつくられている。紙数の関係上,学習課題を提示できな
いため,表4では各項の資料を挙げ,また学習課題をもとに主な対象と考察内容を取りだして示し,
それらに基づいて「ゲマインデの任務と財政」の基本構成を整理している。
第1項では,学校における政治的営みを考察した前2節の学習を引き継ぎ,自分たちの学校の設
備について取りあげる。それらを管轄するゲマインデとの関係の把握をグループやクラスでの謎解
きを通して求める。自分たちとの関わりが大きい教育行政に着目させることにより,ゲマインデと
いう存在を確認させるのが第1項である。第2項は2つのパートからなり,ゲマインデの活動につ
いて取りあげる。前半部では,日々の生活に結びついた公共財の供給などに関わる様々な任務の分
類,任務の現状の吟味をゲマインデについての壁新聞づくりなどを通して求める。後半部では,任
務の決定・遂行のしくみを掴ませ,その現状を重要テーマに関する諸政党の立場の調査や政治家と
の対話を通して吟味させる。ゲマインデの任務とその決定・遂行の現状を吟味させるのが第2項で
ある。第3項では,任務の裏付けとなる財政について取りあげる。様々な租税を含めた収支のしく
みと財政問題を把握させ,問題を解決するための方法や対立の調整をロールプレイングによる議論
を通して考えさせる。それらによってゲマインデの財政について吟味させることを重んじる。
「ゲマインデの任務と財政」は,身近なゲマインデの政治という地方政治を対象にし,地方公共団
体としてのゲマインデの存在の確認から,任務とその決定・遂行の吟味,財政問題の議論へと学習
をすすめるように構成されている。それらでは地方政治の基本的なしくみを把握することだけでな
く,その現状を調べ評価づけること,今後の対処について判断することや議論することを学習者に
求める。その重点は,身近なゲマインデの現状とともに,自分の考えを含めた多様な考えの存在や
対立をとらえ,調整を目指して考えてみることにより,現在の有り様を絶対化せず相対化して問い
なおしてみることである。ゲマインデの任務と財政の現状吟味が中心である。政治的・経済的・社
会的領域の身近な対象について,基本的な知識と方法を使ってとらえ,立場の相違・対立を見定め
たり,自分なりに判断したり,さらに相異なる立場や文化を尊重して取り組んだりできることなど
表4 政治/経済教科書『Politik & Co.』における「ゲマインデの任務と財政」の構成
項
基本構成
資料
対象
考察
学習構造
2)ゲマインデはど □
3ゲマインデは私たちに関係する
んな任務を有す □
4ゲマインデの任務
るか
5市町村長-ゲマインデの長
□
6議会-市民の代表
□
7NRW州においてのゲマインデの構造
□
ゲマイ 様々な任務の分類 ゲマインデの任
務 と そ の 決 定・
ンデの と現状吟味
遂行の吟味
活動
任務の決定・遂行
のしくみの把握と
現状の吟味
3)ゲマインデの財 □
ゲマイ 収支のしくみと問 ゲマインデの財
8ゲマインデはどこからお金を得るか?
政
9明快であるべきである-ゲマインデの予算 ンデの 題の把握および問 政 問 題 の 把 握・
□
議論とその一環
財政 題解決の議論
10 支出と収入
□
における租税の
11 市営浴場にて
□
対象化
12 探索を行う
□
ゲマインデの任務と財政の吟味
1)学校-ゲマイン □
1どうして 6b 教室はオレンジ色でなくて黄 身近な 学校設備とゲマイ ゲマインデの存
デの1つの任務
学校設 ンデの関係の把握 在の確認
色であるのか?
備
2ナゾの解決-ミステリー
□
(Hartwig Riedel (Hrsg.), Politik & Co. 1, Politik /Wirtschaft für das Gymnasium NRW, C.C.Buchners Verlag, 2010, S. 38-47 をも
とに筆者作成.「基本構成」の欄は筆者の解釈を表す.)
- 99 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
を第6学年末までに達成するための学習に位置づくものとなっている。
そのなかで租税については,第3項での財政の吟味の一環において扱われる。やはり,限定的な
扱いとなっている。けれども,学習者は租税の基本的な種類や意義を知るとともに,財政の問題を
解決する方途として租税の集め方や使い方などについて考えてみることや様々な考えを知ることで
租税の有り様を変更しうるものとしてとらえることになる。租税という存在の対象化が可能となる。
日々の生活と結びついた地方財政の吟味の一環において,租税の有り様に疑問の眼を向けられる
ようにすることが,政治/経済の第5・6学年における租税の取り扱いであるといえる。
(2)財政政策の吟味による租税政策の対象化-第7~9学年
第7~9学年における租税の取り扱いは具体的にどのようなものになるか,内容領域8「経済現象
の基盤」の学習に即して考察することにしたい。『Politik & Co.-Politik/Wirtschaft für das Gymnasium
Nordrhein-Westfalen』第7~9学年用(Riedel,2011)の場合でみてみることにしよう。
「経済現象の基盤」に対応する章として,『Politik & Co.』では,「市場と企業」,「社会的市場経済」,
「グローバル化-災いか祝福か」を設けている。租税について扱っているのは,「社会的市場経済」
の第2節である。第1節「市場と国家を私たちはどれくらい必要とするか」では,市場の意義やし
くみとともに問題産出の可能性をとらえ,市場機構を吟味する。市場機構と国家の緊張関係を掴み,
国家的措置の考察へすすむように準備する。それを踏まえて第2節「社会的市場経済の諸基盤」で
社会的市場経済を対象とし,そのなかで租税も扱う。第2節は6項からなっており,各項の資料を
示し,学習課題から対象と考察内容を取りだし,基本構成を整理したものが,表5である。
第1項では,第二次大戦後における社会的市場経済の成立・展開を資料調査とコラージュ作成に
よって把握させ,第2項では,社会的市場経済の理念・原理やそのための国家の役割を基本法の参
照のもとに把握させる。第3項では,統計の読みとりや現在の諸問題を踏まえ,社会的市場経済の
評価について議論させる。これらによって社会的市場経済の現体制を吟味させる。その上で,第4
項では,経済循環をモデルによって理解させるとともに,それを活かして財政政策また公定歩合の
表5 政治/経済教科書『Politik & Co.』における「社会的市場経済の諸基盤」の構成
項
基本構成
資料
対象
考察
学習構造
3)社会的市場経済 □
4皆に裕福さを!
-成功モデルか □
5社会的市場経済の諸問題
現在の社会問題を踏まえての
社会的市場経済の評価に関す
る議論
経済循環モデルに基づく財政
政策や仮想事態の分析
近年の財政政策の分析と賛否
両論の吟味判断
4)メソッド
6分析の道具としての経済循環
□
5)経済政策-それ □
7危機にある経済
は何を為すこと □
8なぜ国家は経済政策を行うか
ができるか
9景気のために数十億を?
□
10 議論する:国家の景気プログラム
□
6)グローバル化- □
11 ノキアの例
社会的市場経済 □
12 ノキアは至る所で
に対する挑戦
13 グローバル化は善か悪か
□
財政政策の吟味
とその一環にお
ける租税政策の
対象化
市場経済における財政政策の吟味
社会的市場経済の成立と展開 社会的市場経済
の把握
体制の吟味
社会的市場経済の理念・原理
における国家の役割の把握
社会的市場経済
1)成功モデルの誕 □
1社会的市場経済の成立
生
2)社会的市場経済 □
2社会的市場経済の基本観念には何
-それはいかな
が欠かせないか
るものか
3基本法のなかの社会的市場経済
□
ドイツ・世界の経済にとって 社会的市場経済
のグローバル化の意味の議論 の今後の展望と
対応課題の確認
(Hartwig Riedel (Hrsg.), Politik & Co. 2, Politik /Wirtschaft für das Gymnasium NRW, C.C.Buchners Verlag, 2011, S. 124-137 を
もとに筆者作成.「基本構成」の欄は筆者の解釈を表す.)
- 100 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
変更などを分析させる。第5項では,新聞の見出しなどで経済状況を確認させ,減税も1つの柱と
なる景気調整のための財政政策の理由を把握させた上で,実際の景気関連法案を政策意図や方略や
効果・影響に関して分析させ,賛否両論を利害関心や価値基準にまで掘り下げて吟味判断させる。
これらにより租税政策を含む財政政策を検討させる。そうして第6項では,グローバル化による影
響の分析を踏まえ,ドイツと世界の経済にとってのグローバル化の意味を議論させ,社会的市場経
済の今後を展望するとともに対応課題を確認するように求める。
このように「社会的市場経済の諸基盤」では,ドイツの社会的市場経済を対象とし,社会的市場
経済体制の吟味から,その体制下における現実の財政政策の吟味,さらに今後の展望と新たな課題
の確認へと学習をすすめるように構成されている。それらでは社会的市場経済や財政政策の理念や
しくみを把握することだけでなく,それらの現実を分析・予測することや賛否両論を掘り下げて吟
味し根拠のある考えをつくること,評価や今後をめぐって議論することを求める。その重点は,ド
イツの社会的市場経済とその体制下における財政政策を分析し,現状とその評価や変更について熟
考的に判断するために深く吟味することにある。社会的市場経済における財政政策の吟味が中心で
ある。政治的・経済的・社会的領域のマクロな対象についてより高度な知識と方法を使ってとらえ,
判断基準を吟味したり,合理的な判断を行ったり,さらに他者に対して説得的に主張したりできる
ことなどを第9学年末までに達成するための学習に位置づくものとなっている。
そのなかで租税については第4・5項で扱っている。限定的な扱いである。学習者は財政政策の
吟味の一環において租税政策の諸課題や方略を知るとともに,影響や相異なる評価について考える
ことにより,租税政策の有り様を変更可能なものとしてとらえることになる。財政政策の学習のな
かでの限定的な扱いであるけれども,学習者が租税政策の存在を対象化できるようにしている。
この例のように,第7~9学年における租税の学習は,経済的領域の学習における経済の安定化
のための財政政策の批判的吟味において,また,社会的領域の学習における所得の再分配のための
財政政策の批判的吟味において,租税政策の存在を対象化させることであるといえる。
(3)現代社会の各領域の学習における租税・租税政策の対象化
このように前期中等教育課程の政治/経済では,政治的領域と経済的領域や社会的領域の各領域
の学習において租税について扱う。第5・6学年では,政治的領域の学習で扱う。身近な地方財政
を吟味する学習において,租税という存在を対象化させる。第7~9学年では,経済的領域の学習
や社会的領域の学習で扱う。経済の安定化や所得の再分配のために国家が行う財政政策を深く吟味
する学習において,租税政策という存在を対象化させる。何れも租税について集中的に取り組ませ
るのではなく,財政の吟味や財政政策の吟味の一環における限定的な扱いに留まる。けれども,租
税や租税政策の有り様を鵜呑みにさせず,人々の判断で変更しうるものとして対象化させる。
前期中等教育課程の政治/経済では,第5・6学年での政治的領域の学習で,地方財政の吟味中
心の学習によって租税の対象化を可能にし,第7~9学年での経済的領域の学習や社会的領域の学
習で,国家の財政政策の吟味中心の学習によって租税政策の対象化を可能にする。財政・財政政策
の批判的吟味における租税・租税政策の対象化が政治/経済における租税の取り扱いである。
Ⅳ NRW州の後期中等公民的教科目における取り扱い
-租税政策の在り方の検討
社会科学における租税の取り扱いへと考察をすすめたい。社会科学は後期中等教育課程のギムナ
ジウム上級段階における社会科学課題領域の教科目である(NRW,1999:ⅩⅥ)。ノルトライン・
ヴェストファーレン州の場合,この領域では社会科学の他,歴史,地理,哲学,法などの教科目が
- 101 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
おかれている。社会科学課題領域の教科目履修について,各州文部大臣会議(KMK)の協定では
歴史が重んじられているが(KMK,2010:§7)
,同州では歴史とともに社会科学も重んじられてい
る(NRW,2011a:§8・§9,参照)。社会科学での租税の扱いについて考察していこう。
1.租税学習の位置-政策の学習
社会科学では,
「既存の社会構造における見識ある行為,社会の形成についての批判的自省的熟考,
積極的な参加と責任の自覚に基づく社会問題の取り扱い」(NRW,1999:5)へ学習者を導くことが
ねらわれている。そのために内容領域と方法領域が設定されており,それらは表6の通りである。
この教科目は,「複雑である社会の現実をとらえ,判断と行為のコンピテンスを可能にできるよう
に,統合教科目としてつくられている」(NRW,1999:12)という。経済学,社会学,政治学という「社
会科学における3つの中心的分野」(NRW,1999:10)を念頭におき,特定の学問分野を中心にし他
の学問分野も結びつけて学ばれるべき6つの内容領域を設けている。経済学中心の内容領域がⅠ「市
場経済:生産,消費,分配」とⅣ「経済政策」,社会学中心の内容領域がⅡ「個人,集団,制度」とⅤ「社
会構造と社会的変化」,政治学中心の内容領域がⅢ「ドイツにおける政治の構造と過程」とⅥ「グロー
バルな政治の構造と過程」である(NRW,1999:16)。これらは民主的価値に基づく社会の形成や青
少年の生活の形成について検討するときにはつねに問題や主題となるものであり(NRW,1999:5),
「社会科学的思考と政治的判断」において重要であると考えられている(NRW,1999:17)。各内容
領域では,「状況指向(Situations-Orientierung)」と「問題指向(Problem-Orientierung)」に基づき,学
習者にとって重要な意味をもつ現実の具体的状況を社会の問題に応じて取りあげることが求められ
ている(NRW,1999:8-9)。また,そのような各内容領域と結びつけて学ばれるべき方法の領域
として,1「情報の入手・処理・表現のための作業方法」,2「社会学・経済学・政治学の専門概念
の取り扱い」,3「社会科学の実証的方法の取り扱い」,4「社会科学の解釈学的方法の取り扱い」,
5「専門科学的理論の取り扱い」,6「科学と利用の関連の探究」という6つの社会科学的方法領域
が設定されている(NRW,1999:28)。各内容領域の学習において社会科学的な考察を行うことで学
びとることが重んじられている。
実際の編成は一定の条件のもとに各学校において行われる。その条件とは,1年目には各学問分
野中心の内容領域から1つずつ,計3つの内容領域を扱うこと,2年目には2つの内容領域を扱う
こと,3年目の前期には残りの内容領域を扱うこと,後期には新たな主題のもとに深化させること
などである(NRW,1999:36・41)。なお,学習指導要領には2つの配列案が例示されており,何れ
においても1年目に内容領域Ⅰ・Ⅱ・Ⅲが配されている(NRW,1999:58-63)。3つの学問分野を
中心とする内容領域をスパイラルに学ばせようとしており,1年目のⅠ・Ⅱ・Ⅲの学習から2・3
年目のⅣ・Ⅴ・Ⅵの学習へ展開させるのが望ましいと考えられているようである5)。
先に取りあげたアビトゥーア試験課題例「所得税政策構想の形成」は,内容領域Ⅳ「経済政
策」と内容領域Ⅴ「社会構造と社会的変化」での学習に基づく課題例であるとされている(NRW,
表6 社会科学の内容領域と方法領域
経済学
社会学
政治学
Ⅰ
Ⅳ
Ⅱ
Ⅴ
Ⅲ
Ⅵ
内容領域
市場経済:生産,消費,分配
経済政策
個人,集団,制度
社会構造と社会的変化
ドイツにおける政治の構造と過程
グローバルな政治の構造と過程
1
2
3
4
5
6
方法領域
情報の入手・処理・表現のための作業方法
社会学・経済学・政治学の専門概念の取り扱い
社会科学の実証的方法の取り扱い
社会科学の解釈学的方法の取り扱い
専門科学的理論の取り扱い
科学と利用の関連の探究
(Ministerium für Schule und Weiterbildung, Wissenschaft und Forschung des Landes NRW, Richtlinien und Lehrpläne für die
Sekundarstufe Ⅱ - Gymnasium/Gesamtschule in NRW, Sozialwissenschaften,1999, S. 16・28 より)
- 102 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
表7 「経済政策」
・
「社会構造と社会的変化」の内容上の観点と考察対象例
内容上の観点
考察対象例
Ⅳ経済政策
・国民経済計算の基本的特質と環境経済学的・厚 ・国内総生産:豊かさの指標?-国民経済計算の基本的特質
生経済学的な全体収支決算のためのアプローチ ・ダイナミズムと危機:市場経済の克服不可能な矛盾?-外
・景気の変動や成長の動揺また経済的な構造問題 的・内的要因
を起こしうる原因
・大量失業:経済政策にとっての課題?-経済政策の諸構想
・経済政策の諸構想(担い手,目的,手段/意図的・ とそれらの狙いや限界
無意図的作用/理論的・イデオロギー的基盤) ・エコノミーでもってエコロジー?-成長政策と環境保護の
・安定という目的と他の目的(労働市場政策的目 関係について/財政政策・社会政策・環境政策の諸規準へ
的,社会政策的目的,環境政策的目的)の緊張 の租税政策の方向づけ
関係の中にあるヨーロッパの通貨同盟と通貨政 ・ユーロは耐えられるか?-不均質な域内経済空間に直面し
策
たEUにおける金融政策
・進行しつつあるグローバル化に直面しての国家 ・経済の地ドイツにとっての諸課題
による経済政策の限界
Ⅴ社会構造と社会的変化
・重要な諸領域における複雑な社会の急速な社会 ・見せかけの自立と在宅勤務-新たな従属関係?-テクノロ
的変化(生産能力とテクノロジー,組織の構造, ジーのダイナミックな変動と労働関係の変化
価値/労働市場とメディア市場,家族形態,競 ・機会の平等-機会の公平?-社会的事態によって生活機会
合的な価値体系)
にどんな影響があるか(教育,職業,所得,政治的影響力,
・社会的不平等についての実証的データ,および, 病気,犯罪)?
資源の使用,個人の生活機会,政治的形成機会 ・大量失業と豊かな社会における新たな貧困-仕事のない成
の間の関連,豊かさの増大,社会的不平等,欲 長/労働組合の編成問題/国民国家の制御問題/経済政策
求の優先順位の間の関連,それらの社会理論的 と社会政策の強まる緊張関係/社会国家の解体あるいは改
解釈(階級,階層,境遇)
修・改造をめぐる議論
・脱構造化と再構造化の成り行き,社会的変化に ・「自分の人生」:自由への強制?-個別化や規格化の過程,
おけるコンフリクトの可能性と制御のチャン 社会的環境による社会化の力の衰弱/推進された労働市場・
ス,個人化・グローバル化の推力
メディア市場による孤独化と依存関係/政治の「拡張化」
・市場の力や構造の力によって累積した不平等へ あるいは「無力化」
のリアクションとしての国家の行動/社会政策 ・社会の没落・発展の過程-方向喪失と外国人敵視/社会の
の決定の例/競合する社会政策の諸原則
大変化の局面における連帯の否認/個別化された羞恥心・
・急速な社会的変化による社会保障・労働関係・ 諦めや尊敬の欲求と民族中心主義・ナショナリズム・人種
教育への影響,政治的な形成可能性のチャンス 差別主義によるそれらの処理
と限界
(Ministerium für Schule und Weiterbildung, Wissenschaft und Forschung des Landes NRW, Richtlinien und Lehrpläne für die
Sekundarstufe Ⅱ - Gymnasium/Gesamtschule in NRW, Sozialwissenschaften, 1999, S. 23-26 より)
1999:86)。そのことからわかるように,社会科学における租税に関する取り扱いの中心は,内容領
域Ⅳ・Ⅴである。同州の社会科学に準拠している教科書は少ないが,確かに内容領域Ⅳ・Ⅴの対応
部分において租税についての扱いが認められる。これら2つの内容領域に関する主題的な学習での
内容上の観点と考察対象例は,社会科学の学習指導要領によって表7のように示されている。
内容領域Ⅳ「経済政策」は,国家による市場への働きかけをめぐる学問的・政治的「諸議論に関
与し,論議している問題解決の試みによって自分の生活状況や相異なる社会諸集団に起こりうる影
響を評価し,根拠のある判断に到達することができるように育むこと」をねらうものである(NRW,
1999:23)。特に,「経済政策の諸構想」という内容上の観点が租税の学習に関わるものである。経
済政策の学習の範疇において租税の取り扱いが意図されている。
また,内容領域Ⅴ「社会構造と社会的変化」は,社会的不平等の諸問題を社会政策の諸原則や諸
措置と結びつけて考えられるようにすることなどをねらうものである(NRW,1999:24)。特に,「市
場の力や構造の力によって累積した不平等へのリアクションとしての国家の行動/社会政策の決定
の例/競合する社会政策の諸原則」という観点が租税の学習に関わるものである。租税の取り扱い
は社会政策の学習の範疇で意図されている。
ノルトライン・ヴェストファーレン州の後期中等教育課程の社会科学では,経済学・社会学・政
治学という学問分野を踏まえ,学習者が社会の問題に関係する具体的状況に取り組めるように内容
- 103 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
領域を設定しており,経済政策や社会政策という政策の学習の範疇で租税について扱う。政策の学
習の範疇において租税がどのように扱われることになるのか,節を改めて考察することにしよう。
2.租税政策の在り方の検討としての租税学習
教科目社会科学での政策の学習における租税の扱いに関して,経済政策の学習の場合に代表させ
て具体的に考察してみたい。ここでも標準的な扱いを探る手がかりを教科書に求めることにし,同
州ギムナジウム上級段階の社会科学に準拠している新しい教科書『Politik Gesellschaft Wirtschaft:
Sozialwissenschaften in der gymnasialen Oberstufe』(Floren,2011)の場合に着目しよう。
この教科書では,内容領域Ⅳ「経済政策」に対応させ,3章からなる「ドイツにおける経済政策
-目的,展開,問題領域」を設けている。租税について扱っているのは,同部第2章第3節「国家
の財政政策」の第1項「租税で制御する?-租税政策の領域と問題」である。因みに,第2項は「国
家は「債務による崩壊」の中?-国家債務の諸次元と諸帰結」である。「税収額において最重要級の税
種を挙げ,地域団体へのそれらの分配を示すコンピテンス」,「経済発展の促進と社会的に公正な所
得分配を租税政策の2つの主要目的として詳しく解説するコンピテンス」,「所得税と売上税の構成
がそれら2つの目的にどの程度役立ちうるかを評価判断するコンピテンス」,「企業税は企業にとっ
てどんな意味をもち,その高さが何故に公的に議論されているかを解説するコンピテンス」,「高い
税負担や低い税負担を支持するために原則的に挙げられる根拠を示し検討するコンピテンス」がこ
の第1項で皆が獲得する主要なコンピテンスとして学習者向けに提示されている(Floren,2011:
293)。市場への働きかけをめぐる「諸議論に関与し,論議している問題解決の試みによって自分の
生活状況や相異なる社会諸集団に起こりうる影響を評価し,根拠のある判断に到達することができ
るように育むこと」という内容領域「経済政策」のねらいにつながる達成目標といえる。
「租税政策は連邦共和国における経済政策の議論においてつねに中心的な役目を果たしてきた」
(Floren,2011:293)などのリード文から始まる「租税で制御する?」は,資料を中心につくられて
おり,6つのパートに分けることができる。各パートの資料を挙げ,資料に関する学習課題から主
表8 社会科学教科書『Politik Gesellschaft Wirtschaft』における「租税で制御する?」の構成
パート
1
2
資料
対象
64 誰もが税を払う-税種と税収 現在の税制
□
額(租税の螺旋図,税収の分
配,他)
65 租税政策の目的-社会的公正 租税政策
□
と経済振興
3
5
6
所得税政
策の問題
租税政策の問題
4
得税率,他)
67 所得税率の「再分配効果」
(収
□
入と税負担,他)
68 顧客が支払う-付加価値税・
□
消費税(EUにおける付加価
値税,他)
69 企業はどんな税を払うか(企
□
業 へ の 課 税 の 国 際 比 較 2009
年,他)
70
□減税は成長や雇用を強化でき
るか
71
□高い税か低い税かの賛否
売上税政
策の問題
企業税政
策の問題
増減税政
策の問題
(Franz Josef Floren, Politik Gesellschaft Wirtschaft: Sozialwissenschaften in der gymnasialen Oberstufe Band 2, Schöningh
Verlag, 2011, S. 293-302 をもとに筆者作成.「基本構成」の欄は筆者の解釈を表す.)
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租税政策の検討
66 所得税率の構成(2010 年の所
□
基本構成
考察
学習構造
租税の分類・税収割合や分配・ 現行税制の概観
税制の
使途の把握
基本的
方向性
租税政策の目的の把握とそれ 租税政策の基本的 をめぐ
らについての対立構造の整理 対立構図の整理
る問題
の確認
所得税のしくみの把握,近年 所得税の検討
主要な
の改革の目的や実際の租税負
個別税
担配分の分析,所得再分配と
種の現
しての措置の吟味判断
売上税(付加価値税)のしく 売上税の検討
状・改
みの把握,逆進性の緩和措置
革の検
のしくみや実態の分析評価
討
企業税のしくみの把握,制度 企業税の検討
改革の分析と対立構造の吟味
判断
減税の効果の吟味,増減税の 税制の基本的方向性の検
是非・方法をめぐる対立構造 討
の吟味と議論
公民的教科目における租税政策検討力の育成
要な対象と考察内容を抽出し,それらをもとに基本構成を整理したものが,表8である。
6つのパートは3つの段階に分けることができる。第1段階はパート1・2である。パート1では,
現在の税制について取りあげ,租税の分類や各税種の税収,ゲマインデ・州・連邦による分配や使
途を図解や統計などによって把握することにより,現行税制の全体を概観する。パート2では,租
税政策について取りあげ,税負担の適正な配分と経済目標の実現という2つの主要な目的を把握す
るとともに,それらをめぐる対立の構造を整理し,租税政策の基本的対立構図をとらえる。第1段
階は税制の基本的な方向性をめぐる問題である租税政策の問題を確認する段階となっている。
租税政策の問題に取り組んでいく第2段階は,パート3~5である。租税政策の問題をパート3
では所得税の場合について取りあげる。累進課税のしくみの把握,近年の税率変更の目的や実際の
租税負担配分の分析を行い,それらを踏まえて所得再分配としての措置を吟味判断することにより,
所得税の在り方を検討する。パート4では,売上税の場合について取りあげる。社会的再分配とい
う観点から所得税と比較しつつ売上税のしくみを把握し,EU諸国のケースも参照しつつ,逆進性
を緩和する措置やその実態を分析し評価することにより,売上税の在り方を検討する。パート5で
は,企業税の場合について取りあげる。課税のしくみの把握を踏まえ,税率の国際比較をもとに減
税措置の理由を分析するとともに,その措置をめぐる対立を吟味し,自らの判断を行うことにより,
企業税の在り方を検討する。この第2段階は,租税政策の問題について,議論の多い主要な3つの
税種の場合を個別に取りあげ,各々のしくみの把握とともに在り方の検討を行う段階となっている。
第3段階は,パート6である。租税政策の問題について,増減税の問題によって扱う。効果につ
いて吟味した上で,増減税の是非や方法をめぐる対立を吟味し,これまでの学習成果を総動員して
自分たちでもグループやクラスで議論する。税制の基本的方向性を検討するのがこの段階である。
「租税で制御する?」は,現行の税制の概観と租税政策をめぐる基本的対立構図の整理とにより,
税制の方向性をめぐる問題を確認する第1段階から,所得税・売上税・企業税の各々のしくみの把
握と在り方の検討により,主要な個々の税種について検討する第2段階,さらに,主要な税種の検
討を踏まえて現実の増減税論議に取り組み,税制の今後の基本的方向性について検討する第3段階
へとすすむようにつくられている。税制の全体を大観し基本的方向性をめぐる問題を確認した後,
その問題について考えるために税体系を構成する主要な個々の税種の在り方について分析的に検討
し,それらの成果を投入して増減税の在り方について総合的に検討するという構成になっている。
租税とその在り方を規定する租税政策とについて直接的体系的に取り扱っており,学習者自身が租
税政策の既存の有り様とともに新たな在り方を検討することが中心内容である。
後期中等教育課程の社会科学では,経済政策や社会政策という政策の学習の範疇において租税に
ついて直接的に扱う。それは租税政策の検討を中心とするものである。租税政策という税制の方向
性に関する政策の在り方を検討することが基調をなしている。このような租税の学習は,アビトゥー
ア試験課題例で評価しようとしている租税政策検討力を育成するものである。社会科学では租税政
策検討力を育成するため,租税政策の在り方を検討する考察に実際に取り組ませるのである。
Ⅴ NRW州の中等公民的教科目における租税政策の批判的探求の段階化
ノルトライン・ヴェストファーレン州の中等公民的教科目における租税の取り扱いは大凡,表9
のように整理することができる。租税の取り扱いの特質をとらえよう。
前期中等教育課程の政治/経済では,政治的領域・経済的領域・社会的領域の各領域の学習にお
いて租税について扱う。身近な対象に即して社会の諸領域の学習に導入する第5・6学年では,政
治的領域の学習の範疇で扱い,公共財の供給などを担う地方財政の吟味中心の学習において租税と
- 105 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
表9 NRW州の中等公民的教科目における租税の取り扱い
政治/経済(前期中等公民的教科目)
租税の取り扱
いの範疇
政治的領域の学習
経済的領域の学習/社会的領域
の学習
租 税 の 取 り 扱 ( 地方 ) 財政の現状吟味にお ( 国家 ) 財政政策の現状吟味にお
いの中心内容 ける租税の存在の対象化
ける租税政策の存在の対象化
社会科学(後期中等公民的教科目)
経済政策の学習/社会政策の学習
租税政策の在り方の検討
租税・租税政策の存在の対象化
税制の基本的方向性に関する租税政策の批判的探求
(筆者作成)
いう存在を対象化させる。対象の拡大にあわせて諸領域の学習を高める第7~9学年では,経済的
領域の学習や社会的領域の学習の範疇で扱い,経済の安定化や所得の再分配をねらう国家財政政策
の吟味中心の学習において租税政策という存在を対象化させる。財政の吟味や財政政策の吟味の一
環における限定的な扱いであるが,租税や租税政策を鵜呑みにさせず対象化させ,人々の判断で変
更しうるものととらえられるようにし,既存の有り様や新たな在り方を考えるように後押しする。
後期中等教育課程の社会科学では,経済政策や社会政策の学習の範疇において租税について扱う。
税制の方向性に関する租税政策の問題に取り組ませる。租税を含めた租税政策の在り方を現実の議
論も踏まえて学習者が個人またグループやクラスで検討することに重点をおく。
前期中等公民的教科目において,政治的領域・経済的領域・社会的領域の各領域の学習で租税に
ついて扱い,財政や財政政策の現状吟味において租税の存在や租税政策の存在を対象化させる。そ
うして後期中等公民的教科目において,経済政策・社会政策の学習で租税について扱い,租税政策
の在り方を検討させる。アビトゥーア試験課題でも評価しようとする租税政策検討力を育成するた
め,後期中等公民的教科目では,学習者に実際に租税政策の在り方の検討にあたらせ,そのような
学習を準備するように前期中等公民的教科目では,租税と租税政策の有り様を対象化させ,自明視
せず疑問の眼を向けられるようにする。これらに一貫しているのは,租税政策の批判的探求である。
ノルトライン・ヴェストファーレン州の中等公民的教科目における租税の取り扱いは,租税政策
について専門的認識に基づいて批判的に検討できる租税政策検討力を目指すものであり,そのため
に中等教育課程を通じて租税政策の批判的探求を段階的にすすめるものである。前期中等教育課程
における租税と租税政策の存在の対象化から,後期中等教育課程における租税政策の在り方の検討
へ,探求の取り組みを段階化する。租税や租税政策の現状を無批判的に受容するのではなく,批判
的に見つめなおし,別の可能性を探り,熟考的に判断できるようにするため,租税政策の批判的探
求を段階的にすすめるのである。租税政策の批判的探求という租税との批判的な取り組みを段階的
にすすめることが同州ギムナジウムの公民的教科目における租税の取り扱いの特質である。
Ⅵ 公民的教科目における批判的探求の理由-結びにかえて
ノルトライン・ヴェストファーレン州の公民的教科目における租税の取り扱いは,学習者に租税
に関する批判的な取り組みを求めるものである。「租税の意義と役割」も考察させるが,「税の大切
さの教育,納税意識の育成」に留まらない。租税政策の批判的探求を前期後期中等教育課程の公民
的教科目を通じて段階的にすすめる。既存の租税の有り様を無批判的に受容せず新たな形成に向け
て有り様や在り方を批判的に吟味検討する学習であり,租税政策の検討力を育成するものである。
そのように租税について批判的に取り組ませる理由を考察することで本小稿の結びとしよう。
前期中等教育課程の政治/経済にしろ,後期中等教育課程の社会科学にしろ,租税の学習だけが
- 106 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
例外的に批判的な学習であるわけではない。両教科目ともに既存の社会を鵜呑みにせず省み,見つ
めなおしたり問いなおしたりすることを基本的性格としている。政治/経済は,社会科の中核的教
科目として,「複雑な社会の現実やグローバル化した経済において処し,政治・社会・経済の課題や
問題について見識をもって評価判断することができるように能力を育成する」ことを目指し,民主
的決定過程への関与のための能力育成まで射程に入れつつ,自律的な判断のための能力育成に照準
をあわせ,既に在るものを知るだけでなく新たなものの形成に向けて見つめなおし吟味できるよう
にすることを中心課題化する。実際の学習では学習者がそのような批判的な取り組みを行うことが
重視される。財政や財政政策の吟味の一環において租税や租税政策の有り様を絶対化せず相対化す
る学習は,その一端である。後期中等教育課程の社会科学も「既存の社会構造における見識ある行
為,社会の形成についての批判的自省的熟考,積極的な参加と責任の自覚に基づく社会の問題の取
り扱い」の教育を目指す。学問分野中心の構成のもとで問題を取りあげ,社会の形成に向け,新た
な在り方を個人として,あるいは共同して検討させ,社会科学的考察に基づく吟味判断を可能にする。
租税政策の在り方を検討する学習は,その一端である。
このようにノルトライン・ヴェストファーレン州の中等公民的教科目は,社会の有り様や新たな
在り方について批判的に取り組める能力の育成を重視し,批判的探求の学習を段階的にすすめる。
その一環に租税の学習が位置づいている。租税も社会を構成する重要な存在ととらえられるように
するが,重要な存在だからといって現状を無批判的に受け容れさせるのでなく,重要な存在である
からこそ,その既存の有り様や新たな在り方について批判的に考えられるようにすることをねらう。
公民的教科目において社会の有り様や在り方について批判的に取り組めるようにしようとするの
は,「人間を社会の産物として,また社会の形成者として理解しようとする」(NRW,1999:5)か
らである。そして,「生きた民主主義というものは,その構成員が政治的な問題に取り組み,政治的
過程を見守るとともに関与し,公共体の事案に対して共同責任を引き受けることのできる能力や態
勢を有していることを必要とする」(NRW,2001:14)と考えるからである。このように個々人と社
会の関係,一人ひとりの市民と民主主義の関係をとらえ,民主主義社会形成の遂行主体に必要な能
力の育成を目指すため,社会の探求としての公民的教科目をねらい、段階的に組織する。
ノルトライン・ヴェストファーレン州の公民的教科目における租税の学習は,社会科学的認識に
基づく社会形成のための学習と呼べるものである。それは民主主義社会形成のための批判的探求と
しての公民的教科目において可能なものとなっている。租税学習を改革するためには単に租税の取
り扱いを改めるだけでなく,人々が判断や決定に基づいてつくりだしていくものとして社会を学べ
るように公民的教科目の学習そのものの在り方を改める必要があるといえるだろう。
註
1)ドイツの経済教育研究者B・ヴェーバー(Birgit Weber)は,租税の学習のモデルを提示している。
それは,(A) 学習者は租税負担の問題に向き合う,(B) 学習者は市場による諸結果を修正するた
めの国家的措置の必要性について熟考する,(C) 学習者は税制の形成および租税の作用の複数の
可能性と根本的に取り組む,(D) 学習者は既存の税制の形成を分析し批判的に評価判断する,と
いうものである(Weber,2001)。興味深いものであるが,本小稿では実際の中等公民的教科目に
おける租税の取り扱いの具体例について取り組むことにしたい。
2)日本の学習指導要領に相当するものは,州によって多様な呼称で呼ばれており,形式も一様では
ない。例えば,Lehrplan,Rahmenlehrplan,Bildungsplan,Richtlinien,Rahmenrichtlinien,Kerncurriculum,
Kernlehrplan などと呼ばれている。
3)これは財務省の協力のもと,Arbeitsgemeinschaft Jugend und Bildung によって作成され,定期的に
- 107 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
改訂されている。生徒用と教師用がセットで作られている。例えば,2007 年発行版の場合,生
徒用は 13 の項目からできている。「導入-租税は我々皆に関係する」,「租税政策-公平と公正」,
「税制-財源としての租税」,「租税の公正性-社会的に公正な国家」,「所得税-国家も収入を得
る」,「売上税-消費者が支払う」,「企業税-もっと大きな成長,もっと多くの仕事」,「連邦予算
-支出に応じて制する」,「社会政策-市民の名において」,「家族政策-まず家族を!」,「環境政
策-気候保護は職場をもたらす」,「将来計画-未来を可能にする」,「国際的共同作業-競争のな
かのドイツ」である。生徒用の各項では,リード文につづき,解説と諸種の資料が掲載され,関
連する重要な論点について最後に提示されている。
4)各内容領域は,同州の政治教育要領や経済教育要領における問題領域と関連をもつものとされ
る。政治教育要領に示されている問題領域は,(1)「民主主義の保障と更なる発展」,(2)「経済
と労働」,
(3)「国際化とグローバル化のチャンスと問題」,
(4)「政治と経済にとってのエコロジー
に関する課題」,(5)「新しいテクノロジーのチャンスとリスク」,(6)「現代社会が変化するなか
のアイデンティティと生活形成」,
(7)「個人の自由と構造的な不平等の間の社会的公正」,
(8)「平
和の保障と紛争解決の方法」である(NRW,2001:21-22)。経済教育要領に示されている問題
領域は,(1)「消費者主権-販売戦略」,(2)「市場-競争,集中,市場力の間の市場過程」
,
(3)
「金融業-貨幣価値の安定性」,(4)「生産-技術の進歩-構造変化」,(5)「変化しつつある工業
社会・サービス社会・情報社会における労働と職業」,(6)「能力主義と社会的公正の間の所得と
社会保障」,(7)「エコロジーに関する課題/エコノミーとエコロジーの関係」,(8)「社会的市場
経済-国際化とグローバル化による課題」である(NRW,2004b:19-20)。政治/経済の内容領
域1は,政治教育要領の問題領域 (1) に関連する内容領域,内容領域8は,政治教育要領の問題
領域 (2),経済教育要領の問題領域 (2)・(3)・
(4)
・
(5)
・(8) に関連する内容領域,内容領域 11 は,
政治教育要領の問題領域 (7),経済教育要領の問題領域 (6) に関連する内容領域とされる(NRW,
2007:36-37)。
5)資格段階での学習に基づいて出題されるアビトゥーア試験でも,近年は内容領域Ⅳ・Ⅴ・Ⅵの
内容が重点内容に指定されている。例えば,NRW(2011b:2),参照。
主要参考文献
・Arbeitsgemeinschaft Jugend und Bildung, Finanzen & Steuern INFO 2007/2008, Universum Verlag, 2007a.
・Arbeitsgemeinschaft Jugend und Bildung, Finanzen & Steuern INFO 2007/2008 Begleitbroschüre für
Lehrerinnen und Lehrer, Universum Verlag, 2007b.
・Floren, Franz Josef, Politik Gesellschaft Wirtschaft : Sozialwissenschaften in der gymnasialen Oberstufe
Band 2 (Qualifikationsphase), Schöningh Verlag, 2011.
・KMK, Vereinbarung zur Gestaltung der gymnasialen Oberstufe in der SekundarstufeⅡ, Beschluss der
Kultusministerkonferenz vom 07.07.1972 i.d.F. vom 01.10.2010, 2010. http://www.kmk.org/fileadmin/
veroeffentlichungen_beschluesse/1972/1972_07_07-Vereinbarung-Gestaltung-Sek2.pdf(2011年11月9日
確認).
・Loerwald,Dirk / Krol,Gerd-Jan, Ökonomische Bildung in NRW : Ergebnisse einer Erhebung unter
Gymnasiallehrerinnen und-lehrern, in: Unterricht Wirtschaft, Heft 42, 2010.
・NRW (Ministerium für Schule und Weiterbildung, Wissenschaft und Forschung des Landes NRW), Richtlinien
und Lehrpläne für die Sekundarstufe Ⅱ -Gymnasium/Gesamtschule in NRW, Sozialwissenschaften,
Ritterbach Verlag, 1999.
・NRW (Ministerium für Schule, Wissenschaft und Forschung des Landes NRW), Rahmenvorgabe Politische
- 108 -
公民的教科目における租税政策検討力の育成
Bildung, Ritterbach Verlag, 2001.
・NRW (Ministerium für Schule, Jugend und Kinder des Landes NRW), Ökonomische Schwerpunktbildung im
Fach Sozialwissenschaften in der gymnasialen Oberstufe, Ritterbach Verlag, 2004a.
・NRW (Ministerium für Schule, Jugend und Kinder des NRW), Rahmenvorgabe für die ökonomische Bildung
in der Sekundarstufe I, Ritterbach Verlag, 2004b.
・NRW (Ministerium für Schule und Weiterbildung des Landes NRW), Kernlehrplan für das Gymnasium-
Sekundarstufe I (G8) in NRW, Politik/Wirtschaft, Ritterbach Verlag, 2007.
・NRW (Ministerium für Schule und Weiterbildung des Landes NRW), Verordnung über den Bildungsgang
und die Abiturprüfung in der gymnasialen Oberstufe (APO-GOSt), Ritterbach Verlag, 2011a.
・NRW (Ministerium für Schule und Weiterbildung des Landes NRW), Vorgaben zu den unterrichtlichen
Voraussetzungen für die schriftlichen Prüfungen im Abitur in der gymnasialen Oberstufe im Jahr
2014 : Vorgaben für das Fach Sozialwissenschaften, 2011b.
・Riedel, Hartwig (Hrsg.), Politik & Co. 1, Politik/Wirtschaft für das Gymnasium NRW, C.C.Buchners Verlag,
2010.
・Riedel, Hartwig (Hrsg.), Politik & Co. 2, Politik/Wirtschaft für das Gymnasium NRW, C.C.Buchners Verlag,
2011.
・Weber, Birgit, Steuern als Thema im Unterricht, in : Unterricht Wirtschaft, Heft 6, 2001.
・Weber, Birgit, Die curriculare Situation der ökonomischen Bildung, in : Unterricht Wirtschaft, Heft 29, 2007.
・岩田一彦「経済の視点なくして社会科が成立するか (12)-税制と生活」,『社会科教育』No.599,
明治図書,2009 年3月号.
・大友秀明「「PISA ショック」とドイツの政治教育」,坂井俊樹他編『社会科教育の再構築をめざし
て』,東京学芸大学出版会,2009 年.
・金森久雄他編『有斐閣経済辞典第3版』,有斐閣,1998 年.
・木戸裕「ドイツの大学入学法制-ギムナジウム上級段階の履修形態とアビトゥーア試験」,国立国
会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』第 238 号,2008 年.
・佐藤央隆「「金融と財政」の学習」,日本公民教育学会編『公民教育事典』,第一学習社,2009 年.
・服部一秀「ドイツにおける経済教育の動向」,『山梨大学教育人間科学部紀要』第 11 巻,2010 年.
・服部一秀「ドイツの社会科の動向」,日本社会科教育学会編『新版社会科教育事典』,ぎょうせい,
2012 年.
付記
本稿は,平成 23 年度科学研究費補助金研究「国の累積債務 1000 兆円時代における税教育理論の
構築とカリキュラム開発」(研究代表者山根栄次,挑戦的萌芽研究/課題番号 23653291)における分
担研究の成果の一部であり,社会系教科教育学会第 23 回研究発表大会(2012 年2月 18 日,於兵庫
教育大学)における発表資料に加筆修正をくわえたものである。
- 109 -
教育実践学研究 18,2013
110
色材の三原色と光の三原色についての調査
-工学部大学生を対象にして-
An Investigation of Subtractive and Additive Primary colors
―A Case of Students of Faculty of Engineering―
佐 藤 博 * 別 保 大 志 **
SATO Hiroshi BEPPO Taishi
要約:工学部大学生が色材の三原色と光の三原色についてどのような知識を持ってい
るか、その実態をアンケート調査し、その調査をもとに検討した。その結果、色材の
三原色も知識も光の三原色の知識も完全にわかっているものは極めて少なかったこと
がわかった。
キーワード:色材 光 三原色 原色 美術科 技術科
Ⅰ はじめに
人間の目においては、原色は三つの色の組み合わせであることが多いと考えられている。ここで
「原色」とは、混合することであらゆる種類の色を生み出せる互いに独立な色で、原色が三つの場合、
二つの色の混ぜ合わせても残る三つめの色を作ることができない色のことである。この三つの色の
色覚受容体を持つ生物の色覚は「三色型色覚」とよばれている(1)-(3)。これらの種の生物は、光刺激
を三種類の錐体で受けとめ、三次元の感覚情報として処理し、あらゆる光の色を三つの色の混合比
として捉えている。テレビモニターや照明などで、異なる色の光を重ねて新たな色を作る加法混合
の三色は、赤(レッド)、青(ブルー)、緑(グリーン)の三色である(図2)。赤と青を混ぜると赤
紫(マゼンタ)が、青と緑を混ぜると青緑(シアン)が、緑と赤を混ぜると黄(イエロー)が生まれる。
また、絵の具を混ぜたりカラー印刷で色インクを併置するときに行われる減法混合の場合の三原色
は、シアン、マゼンタ、イエローの三色である(図1)。イエローとシアンを混ぜると緑が、イエロー
とマゼンタを混ぜると赤が、マゼンタとシアンを混ぜると青が生まれる。印刷産業では、減法混合
図1 色の三原色
*
科学文化教育講座 ** 教科教育コース技術教育専修学生
図2 光の三原色
色材の三原色と光の三原色についての調査
の原色であるシアン、マゼンタ、イエローの三色が用いられる。シアンやマゼンタという色名が標
準的に使われる以前は、印刷の三原色は「水色に近い青緑」、「ピンクに近い紫」、あるいは「青」や
「赤」などとも呼ばれていた。印刷の三原色は長年の間に、新たな顔料や技術の開発とともに何度も
変えられている。
平成 20 年の小学校学習指導要領(4) の改正では、内容として、表したいことに合わせて、材料や用
具の特徴を生かして使うこととともに、表現に適した方法などを組み合わせて表すこととなってい
る。ここで材料や用具の特徴を生かして使うとあり、水彩絵の具などで色を組み合わせて表現に適
した色を見つけ出すこともねらいとしている。平成 20 年の中学校学習指導要領(5) の改正では、情報
に関する技術が社会や環境に果たす役割と影響について理解を深め、それらを適切に評価し活用す
る能力と態度を育成することをねらいとしている。その情報をコンピュータで利用するために必要
なディスプレイなどにも光の三原色は使われている。
工学部大学生が色材の三原色と光の三原色についてどのような知識を持っているか、その実態を
アンケート調査し、その調査をもとに検討した。
Ⅱ 調査方法
2-1調査問題の形式
本研究においては、比較的短時間で多数の対象者から事項について多くの調査できること、また、
それらの結果を数量化しやすいという理由から、質問紙法により調査を行った。具体的には、質問
紙を用いた自由記述方法で実施した。
2-2調査対象
対象者は、山梨大学工学部大学生(以下大学生と略す)である。アンケート調査人数の内訳は、
男子 51 人、女子5人の合計 56 人であった。
2-3調査時期
調査は、2012 年5月中旬に実施した。
2-4調査問題
調査問題を表1に示す。調査問題は、計2題から構成されている。問題1は「色彩の三元色」に
ついて、問題2は「光の三原色」について大学生がどのように理解しているかを調べる問題である。
問題1は、色材の三原色の原色とそれぞれを混ぜ合わせた色を問う問題であり、回答方法として
は自由記述方法をとった。
問題2は、光の三原色の原色とそれぞれを混ぜ合わせた色を問う問題であり、回答方法としては
自由記述方法をとった。
- 111 -
色材の三原色と光の三原色についての調査
表1 アンケート調査問題
問題1 色材の三原色をあげ、下の色を書きなさい。
問題2 光の三原色をあげ、下の色を書きなさい。
Ⅲ 調査結果
1問題1の回答結果
問題1の各欄に記述された色の回答結果を図3に示す。7つの欄を区別せずに集計した。一番多
かった色は「黒」で 93%あった。ついで「赤(89%)」、「黄(88%)」、「青(86%)」が多かった。こ
れは以前の印刷の三元色が、赤、青、イエローであったことと関係しているのではないかと考えら
れる。「紫 (71%)」、
「緑 (66%)」、
「オレンジ (63%)」はやや少なく 70%前後、
「シアン (14%)」、
「マ
- 112 -
色材の三原色と光の三原色についての調査
回答率(%)
図3 問題1の回答結果
(8つの枠を区別せず集計した)
図4 問題 1 のマゼンタ、シアンを原色として
混ぜ合わせた時の回答結果
図5 問題 1 のマゼンタ、イエローを原色として 図6 問題 1 のシアン、イエローを原色として
混ぜ合わせた時の回答結果
混ぜ合わせた時の回答結果
ゼンタ (13%)」、「黄緑 (11%)」はかなり少なく約 10%、「赤緑 (4%)」、「藍 (4%)」はほとんどな
かった。その他として「空色」、「深緑」、「白」などがあった。無回答は 14%あった。
問題1の原色の欄をマゼンタ、シアンの2色としたものに注目した回答結果を図4に示す。数字
はパーセントである(以下同様)。原色の欄にマゼンタ、シアンをそれぞれ正答であるものが 13%、
14%と少なく、この2原色を混ぜた青が正答したのは4%とさらに少なかった。問題1の原色の欄
をマゼンタ、イエローの2色としたものに注目した回答結果を図5に示す。原色の欄にマゼンタ、
イエローをそれぞれ正答であるものが 13%、84%とイエローは8割以上あり、この2原色を混ぜた
赤が正答したのは5%と少なくなってしまった。問題1の原色の欄をシアン、イエローの2色とし
たものに注目した回答結果を図6に示す。原色の欄にシアン、イエローをそれぞれ正答であるもの
- 113 -
色材の三原色と光の三原色についての調査
図7 色の三原色が2色混ざり合ってできる色の組み合わせ
が 14%、84%とイエローあり、この2原色を混
ぜた緑が正答したものは 15%と少なくなってし
まった。正答と誤答の内訳を図7に示す。図中
Mはマゼンタ、Cはシアン、Yはイエロー、R
は赤、Gは緑、Bは青、オはオレンジ、?は無
回答を示す。「マゼンタ + イエロー = 赤」と正し
く回答できたのは5%、
「マゼンタ + シアン = 青」
と正しく回答できたのは4%、「シアン + イエ
ロー = 緑」と正しく回答できたのは5%であり、
全体的に正答率が低かった。これは、色の三原
色をマゼンタ・シアンではなく、赤と回答した
者が 82%、青と回答した者が 79%おり、それら
が組み合わさってできる色は誤答となるため、
正答率が低くなったと言える。また、「赤 + イエ
ロー = オレンジ」
(55%)、
「赤 + 青 = 紫」
(63%)、
「青
図8 問題 1 のマゼンタ、シアン、イエローを
原色として混ぜ合わせた時の回答結果
+ イエロー = 緑」(46%)という認識を持ってい
るものが多いことが分かった。問題1の原色の欄をマゼンタ、シアン、イエローの3色としたもの
に注目した回答結果を図8に示す。原色の欄にマゼンタ、シアン、イエローをそれぞれ正答である
図9 色の三原色が3色混ざり合ってできる色の組み合わせ
- 114 -
色材の三原色と光の三原色についての調査
ものが 13%、15%、84%あり、このマゼンタとシアンとイエローの三原色を混ぜた黒が正答したも
のは 13%あった。このうち図1に示すような全色正解者は4%あった。正答と誤答の内訳を図9に
示す。図9より、「マゼンタ + シアン + イエロー=黒」と正しく回答したのは 13%であり、正答率は
低かった。これは、色の三原色をマゼンタ・シアンではなく、赤と回答した者が 82%、青と回答し
た者が 79%おり、その中で「赤 + 青 + イエロー = 黒」と回答した者が 66%いたが、この回答は誤答
となるため、正答率が低くなったと言える。
2問題2の回答結果
問題2の各欄に記述された色の回答結果を図 10 に示す。7つの欄を区別せずに集計した。一番多
かった色は「白」と「赤」で 93%あった。ついで「青(89%)」、「緑(89%)」が多かった。
「黄 (57%)」、
「紫 (50%)」はやや少なく約 50%、「ピンク (23%)」、「オレンジ (23%)」、「シアン (18%)」、「マゼ
ンタ (16%)」はかなり少なく 20%前後、
「黄緑 (7%)」、「黒 (4%)」、「水色 (4%)」はほとんどな
かった。その他として「ライトグリーン」、「茶」などがあった。無回答は 18%あった。
問題2の原色の欄を赤、緑の2色としたものに注目した回答結果を図 11 に示す。原色の欄に赤、
緑をそれぞれ正答としたものは 81%、71%であったが、この2原色を混ぜたイエローが正答したの
は 21%と少なくなった。問題2の原色の欄を赤、青の2色としたものに注目した回答結果を図 12 に
示す。原色の欄に赤、青をそれぞれ正答であるものが 91%、84%とイエローは8割以上あり、この
2原色を混ぜたマゼンタが正答したのは 11%と少なくなってしまった。問題1の原色の欄をシアン、
イエローの2色としたものに注目した回答結果を図 13 に示す。原色の欄に緑、青をそれぞれ正答で
あるものが 71%、84%とイエローあり、この2原色を混ぜたシアンが正答したものは 13%と少なく
回答率
(%)
図 10 問題2の回答結果
(8つの枠を区別せず集計した)
図 11 問題2の赤、緑を原色として
混ぜ合わせた時の回答結果
- 115 -
色材の三原色と光の三原色についての調査
図 12 問題2の赤、青を原色として
混ぜ合わせた時の回答結果
図 13 問題2の緑、青を原色として
混ぜ合わせた時の回答結果
図 14 光の三原色が2色重なり合ってできる色の組み合わせ
図 15 問題2の赤、緑、青を原色として混ぜ合わせた時の回答結果
- 116 -
色材の三原色と光の三原色についての調査
図 16 光の三原色が3色重なり合ってできる色の組み合わせ
なってしまった。正答と誤答の内訳を図 14 に示す。「赤 + 緑=イエロー」と正しく回答できたのは
21%、「赤 + 青 = マゼンタ」と正しく回答できたのは 11%、「緑 + 青 = シアン」と正しく回答できた
のは 13%であり、全体的に正答率が低かった。ここでは、「赤 + 青 = 紫」(48%)、「赤 + 青 = 無回答」
(23%)、「赤 + 緑 = 無回答」(36%)、「緑 + 青 = 無回答」(38%)といったように、光の三原色は正し
いが、光の三原色を重ね合わせてできる色が間違っている、わからない、という回答が多いことが
分かる。また、イエローを光の三原色として回答し、それを重ね合わせた解答である「赤 + イエロー
= オレンジ」(16%)や「赤 + イエロー = 緑」(14%)は誤答になるため、正答率が低くなったと言え
る。問題2の原色の欄を赤、緑、青の3色としたものに注目した回答結果を図 15 に示す。原色の欄に、
赤、緑、青をそれぞれ正答であるものが 91%、84%、71%あり、この赤、緑、青の三原色を混ぜた
白が正答したものは 61%あった。このうち図2に示すような全色正解者は 11%しかなかった。正答
と誤答の内訳を図 16 に示す。「赤 + 緑 + 青 = 白」と正しく回答できたのは 61%であった。「赤 + 青 +
イエロー = 白」と言う回答が 18%あったが、イエローは光の三原色ではないので誤答となる。
Ⅳ おわりに
工学部大学生が色材の三原色と光の三原色についてどのような知識を持っているか、その実態を
アンケート調査し、その調査をもとに検討した。その結果、色材の三原色の知識も光の三原色の知
識も完全にわかっているものは極めて少なかったことがわかった。
文献
1)Matthew Luckiesh Color and Its Applications. D. Van Nostrand company.(1915).p.58-221.
2)Walter Hines Page and Arthur Wilson Page The World's Work: Volume XV: A History of Our Time.
Doubleday, Page & Company.(1908).
3)Michael I. Sobel (1989).Light. University of Chicago Press.p52-62.
4) 小学校学習指導要領解説-図画工作編-, 日本文化出版,2008
5) 中学校学習指導要領解説-美術編-, 日本文化出版,2008
- 117 -
教育実践学研究 18,2013
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
A Study on the Teaching Materials for Learning the Technology of Modarn Televisions
佐 藤 博 * 山 主 公 彦 ** 別 保 大 志 ***
SATO Hiroshi YAMANUSHI Kimihiko BEPPO Taishi
要約:本研究では、中学生がブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機ELテレビそれぞ
れの特徴を知り、テレビ画面の奥行きの厚さと重さが、どのような技術革新により発
展してきたかを、どのように生徒に興味をおこさせ、どのような授業を展開したらよ
いのか検討して、実験授業を行った。その結果、日本の技術に興味をおこさせ、未来
のテレビの行方を考えさせるような授業を行うことができ、有効な方法であることが
わかった。
キーワード:ブラウン管 液晶 有機EL ディスプレイ 技術科 テレビ
Ⅰ はじめに
日本からはるかに遠くはなれた国の出来事を生の映像で見ることができる。この映像を見るため
には電波が使われ、電波を映像にするためにテレビは映像と音声を同時に再現できる。放送局では、
映像と音声を電気信号に変え、テレビでこの2つの電気信号を同時に受信し、ブラウン管とスピー
カーで映像と音を再現する。光である映像を電気信号に変えるにはテレビカメラを、音声を電気信
号に変えるにはマイクを使用する。テレビカメラの中にはプリズムと撮像管があり、このプリズム
を使い赤、青、緑の光の3元色に分けられ、それぞれの撮像管に入り光電効果により電気信号にな
る。近年では撮像管の代わりに半導体素子のCCDを使い映像を電気信号に変えている。この電気
信号は電波塔で放射され、家庭のアンテナで受信され、テレビに入る。テレビに入った電気信号は
色信号と輝度信号とになりブラウン管に入り、ブラウン管の電子銃から出た電子ビームを偏向コイ
ルにより映像を映し出す。液晶テレビはバックライトから出る光を透明な電極と2枚の偏向板を使
い、通過した共に赤、青、緑のカラーフィルターを通すことで、カラーの映像を画面上に映し出す。
ブラウン管を使用しないので液晶テレビは薄くなる。有機ELテレビはバックライトから出る光は
なく、電圧をかけると発光、発色する有機物を利用しカラーの映像を画面上に映し出す。このため
有機ELテレビは液晶テレビよりさらに薄くてコンパクトな画面になる。しかし中学校技術・家庭
科の教科書にはこのようなことの記述は見当たらない(1)-(3)。
本研究では、中学生がブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機ELテレビの特徴を知り、どのよう
な技術革新してきたかを知り、今後のテレビがどのように発展してゆくのか考える授業を検討し、
実験授業を行った。
Ⅱ 実験授業
ブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機ELテレビを見て、それぞれの特徴とテレビ画面の奥行き
の厚さと重さが、技術革新により変化して行くことを教えた。学習の目標は、「新しい技術である有
*
科学文化教育講座 ** 附属中学校 *** 教科教育コース技術教育専修学生
118
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
表1 指導計画
エネルギー変換に関する技術
1.エネルギーの利用の仕方を考えよう……………………………1時間
(1) エネルギーを変換して利用しよう
2.エネルギー変換のしくみを調べよう……………………………2時間
(1) 自然界のエネルギーを利用するには
(2) 電気エネルギーを光や熱に変えるには
(3) 電気エネルギーを動力に変えるには
3.エネルギー変換を利用したものを製作しよう…………………13 時間
(1) 交流電源を利用するには
(2) 全体の形や作り方をまとめよう
(3) 製作の準備
(4) 製作
4.エネルギー変換の技術を知ろう…………………………………4時間
(1) エネルギーを変換する技術の変遷を知ろう
(2) 身の回りの電源の種類と特徴を知る
(3) 電気エネルギーの変換のしくみを知ろう
(4) 新しい技術である有機ELディスプレイを知ろう……(本時)
合計 20 時間
図1 ブラウン管テレビについての説明
図2 液晶テレビのバックライトについての説明
図3 ELシートによる
薄さについての説明
- 119 -
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
表2 授業展開
(1) 日時 平成 24 年 10 月6日 ( 土 )
(2) 場所 甲府市F中学校 本館1F コンピュータ室
(3) 題材名 新しいエネルギー変換の技術
(4) 題材の目標
新しい技術である有機ELディスプレイを知ろう(4/4)
(5) 本時の展開
段階 時間
学習活動
導入
5 ・本時の目標と内容を確認する。
教師の指導・支援
備考
・提示されたブラウン管テレビや液晶テレビを見て,発問
「身近にあるテレビについての技術」を学ぶことを知
らせる。
○生徒達の興味・関心を高め,最後まで課題を追求す
る姿勢を求める。
展開
テレビはどのように変わってきたか
○ブラウン管テレビ
PPT
○液晶テレビ LEDの発明や利用によってテレビは ビデオ
飛躍的に薄く,軽くなってきた。
・薄く,軽くなったテレビはどのような場面で使用さ
れているだろうか。
有機ELディスプレイを知ろう
10 ○テレビはどのように変わってきたか
15 ・ELシートを観察しよう
○ELシートと接続コードを配布する。
○ELシートの薄さ,軽さを知る。
○ELシートの電極について説明
○専用インバータを配布する
○発光している間でも曲げることができ ・電極を触ると感電すると注意
る。
○面発光でフレキシブルであることを知る。
・有機 EL ディスプレイの説明
○有機ELとはどのような技術なのか。
○有機ELディスプレイを提示する。
・有機ELの特徴を知る。
○曲げることができる。 ○照らす範囲が広い
○省エネルギー ○発熱少ない
○薄い,軽い
○フレキシブル,曲げることができる。
○環境に優しい
PPT
ビデオ
PPT
有機ELディスプレイを評価しよう
15 ○有機ELディスプレイを評価する。
○ワークシートを配布しグループとなって発表する。 学習プリント
○グループにおいて,お互いに情報交換し,○ワークシートに有機ディスプレイは既存のこれまで 発問
資料プリントと既存知識をもとに評価プリ の技術と比較してどのようなプラス・マイナスの影響
ントを完成させる。
があるのか。
○技術の光と影についても考えるきっかけとする。
まとめ
5 ・本時で考え,学習したことを発表する。
○発見したことや使用する用途を発表す
る。
・友人の発表から新しいアイディアを考え
る。
・グループで考えたことを発表する。
学習プリント
○どのような場面で,どのような用途で使用するのか
考えさせる。
・次回の授業について知らせる。
・次回の授業について知る。
○教具の片付けを行う。
- 120 -
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
表3 事前(問題1~2)・事後(問題1~4)調査問題
機ELディスプレイを知ろう」である。実験授業は甲府市内のF中学校の第2学年男女 38 名につい
て、平成 24 年 10 月に行った。授業は1時間を設定した。指導計画を表1に示す。エネルギー変換
に関する技術 20 時間の中で、単元の目標として「エネルギー変換の技術を知ろう」の授業を行った。
実験授業の展開を表2に示す。まずブラウン管テレビや液晶テレビを見せ、身近にあるテレビに
ついての技術を学ぶことを知らせた。ブラウン管テレビで映し出される映像の原理を説明し、図1
に示すように実際にブラウン管を見せ、映像の大きさとブラウン管の大きさとを教具で説明した。
液晶テレビで映し出される映像の原理を説明し、図2に示すようにバックライトと映像の大きさと
を教具で説明した。さらにブラウン管テレビより液晶テレビの方が奥行きが薄く、重量も軽くなっ
たことを説明した。ELシートを配り薄さ、軽さを手にとって体験させ、専用電源を配布し、面発
光させ、曲げても発行することを確かめさせた(図3)。テレビ画面に見立ててあったELシートを
広げ、提示した。さらに実際の有機ELテレビがどのようなものかをビデオ映像で観察した。
- 121 -
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
図4 事前・事後問題1(a) ①の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
図5 事前・事後問題1(a) ②の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
図6 事前・事後問題1(b) ③の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
図7 事前・事後問題1(b) ④の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
Ⅲ 結果及び考察
調査問題を表3に示す。調査問題は事前が問題1~2の2題、事後が問題3~4を加えた4題か
らなる。表中の①~⑦は解答欄の番号を示す。問題1はブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機EL
テレビの映像について、問題2はブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機ELテレビの薄さと軽さに
ついて、問題3は、授業を通しで学んだこと、問題4は授業の改善点をそれぞれ記述する問題であっ
た。
問題1(a) はブラウン管テレビの特徴についての問題で、①の回答結果を図4に、②の回答結果
を図5に示す。上段が事前調査、下段が事後調査結果となっている。事前で①の正答であるブラウ
ン管と回答したものは 75%、テレビが5%、その他が5%、無回答が 15%あった。その他として
- 122 -
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
図8 事前・事後問題1(c) ⑤の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
図9 事前・事後問題1(c) ⑥の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
「機」、「画面」があった。事後で正答であるブ
ラウン管と回答したものは 100%あり、全てが正
答であった。事前で②の正答である映像の光と
回答したものは 57.5%、映像が5%、画像が5%、
その他が 2.5%、無回答が 30%と多かった。そ
の他として「電気」があった。事後で正答であ
る映像の光と回答したものは 87%あり、画像が
8%、その他が5%あった。その他として「バッ
クライト」、「光射線」があった。
問題1(b) は液晶テレビの特徴についての問題
で、③の回答結果を図6に、④の回答結果を図
7に示す。上段が事前調査、下段が事後調査結
果となっている。事前で③の正答である「バッ
クライト」と回答したものは0%と誰も回答し
なかった。その代わりに「液晶」が 30%、
「LED」
が 10%、「電波」が5%、「光」が5%、その他
図 10 事前・事後問題1(c) ⑦の回答結果
上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
が 15%、無回答が 35%と多かった。その他と
して「液体」、
「気体」、「爆発」等があった。事後で正答である「バックライト」と回答したものは
85%と多く、「液晶」が 2.5%、その他が5%、無回答が 7.5%あった。その他として「液晶画面」があっ
た。事前で④の正答である「フィルター」と回答したものは0%と誰も回答しなかった。その代わ
り、「液晶」が 22.5%、「液晶画面」が 17.5%、光が 10%、その他が 20%、無回答が 30%と多かっ
た。その他として「プロジェクター」、
「レンズ」、
「スクリーン」等があった。事後で正答である「フィ
ルター」と回答したものは 44.5%あり、
「液晶」が 10%、
「液晶画面」が5%、
「光」が 7.5%、
「フィ
- 123 -
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
図 11 事前・事後問題2の回答結果 上段が事前調査結果、下段が事後調査結果
問題3 この授業を通して、学んだこと、考えたこと、感想などを
書いてください。
問題4 この授業の改善点があれば書いてください。
図 13 事後調査問題4の回答結果
図 12 事後調査問題3の回答結果
ルム」が 20.5%、その他が5%、無回答が 7.5%あった。その他として「液晶画面」、
「画面」があった。
問題1(c) はELテレビの特徴についての問題で、⑤の回答結果を図8に、⑥の回答結果を図9、
⑦の回答結果を図 10 に示す。上段が事前調査、下段が事後調査結果となっている。事前で⑤の正答
である「有機物」と回答したものは0%と誰も回答しなかった。その代わりに「有機EL」が 15%、
「EL」が 10%、「光」が5%、「有機」が5%、その他が5%、無回答が 57.5%とかなり多かった。
その他として「ネオン」、「有機電波」があった。事後で正答である「有機物」と回答したものは
82.5%と多く、
「有機EL」が 10%、その他が5%、無回答が 2.5%あった。その他として「発光物」、
「粉」があった。事前で⑥の正答である「発光」と回答したものは 2.5%と少なかった。「光」が5%、
「反射」が5%、その他が 12.5%、無回答が 75%と多かった。その他として「有機」、
「テレビ」、
「E
L」等があった。事後で正答である「発光」と回答したものは 67%あり、「EL」が 7.5%、その他
が 7.5%、無回答が 18%あった。その他として「直接」、
「電気によって」、
「電気に当たって」があっ
た。事前で⑦の正答である「発色」と回答したものは0%と誰も回答しなかった。
「投射」が5%、「反
射」が5%、その他が 17.5%、無回答が 72.5%と多かった。その他として「有機」、
「テレビ」、
「EL」
等があった。事後で正答である「発色」と回答したものは 43.5%あり、「発光」が 18%、「発熱」が
- 124 -
ブラウン管から有機ELまでのテレビ画面技術を教えるための教材開発
7.5%、その他が 7.5%、無回答が 23.5%あった。その他として「変色」、
「発電」、
「反射」があった。
問題2はブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機ELテレビの奥行きの薄さ、テレビの軽さについ
ての問題で、回答結果を図 11 に示す。上段が事前調査、下段が事後調査結果となっている。事前で
正答である軽い順に有機ELテレビ、液晶テレビ、ブラウン管と回答したものは 17.5%、液晶テレ
ビ、有機ELテレビ、ブラウン管が 57.5%と最も多く、ブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機EL
テレビが 10%、ブラウン管テレビ、有機ELテレビ、液晶テレビが 7.5%、液晶テレビ、ブラウン管、
有機ELテレビが 2.5%、無回答が5%あった。事後で正答である有機ELテレビ、液晶テレビ、ブ
ラウン管と回答したものは 85%、液晶テレビ、有機ELテレビ、ブラウン管が 15%あった。無回答
はなかった。
問題3の回答結果を図 12 に示す。複数回答としてある。「技術力はすごい」が 64%、「より薄いテ
レビへの挑戦していることを知った」が 21%、
「おもしろい」が 13%、
「曲げたりすることがすごい」
が5%あった。
問題4の回答結果を図 13 に示す。特になしが 38%、すばらしいが7%あった。無回答は 50%あった。
Ⅳ おわりに
本研究では、中学生がブラウン管テレビ、液晶テレビ、有機ELテレビの特徴を知り、どのよう
な技術革新により発展してきたかを、どのように生徒に興味をおこさせ、どのような授業を展開し
たらよいのか検討して、実験授業を行った。その結果、日本の技術に興味をおこさせ、未来のテレ
ビの行方を考えさせるような授業を行うことができ、有効な方法であることがわかった。
文献
1) 技術・家庭, 技術分野, 開隆堂,2012.
2) 新しい技術・家庭, 技術分野, 東京書籍,2012.
3) 技術・家庭, 技術分野, 教育図書,2012.
- 125 -
教育実践学研究 18,2013
126
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for
Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
音楽の諸要素を識別するための音源の有効性と活用法
-視覚的イメージの検討を通して-
小 島 千 か *
KOJIMA Chika
Abstract : There is much literature in the area of music appreciation education that shows the
importance for learners to grasp the various musical elements and form as they listen. Therefore,
I created musical examples for discerning musical elements and then conducted an experiment
for college students aimed at stimulating an awareness of musical elements that can be applied
when listening to any piece of music. I did this by getting the students to grasp the characteristics
of musical elements by drawing visual images of the music as they listened. Visual image
assessment showed that the activity of listening to the examples with a focus on musical
elements helps students to apply the same listening method to other music pieces.
Key words : Music appreciation, Musical elements, Musical examples, Visual images,
Drawings
I Theoretical and Pedagogical Background
Musical enjoyment accompanied by understanding is a sought after goal in music appreciation education.
According to Hamano (1967), the enjoyment of music occurs individually within a child, and therefore is not
a property taught by the teacher. Hamano also showed that the most important thing that a teacher can teach is
musical understanding, in the sense of listening and discerning a piece of music’s rhythm, melody, harmony,
dynamics, timbre, and overall structure and form.
As an aid to discerning the musical elements and form in this way, I adopted a method of getting students
to draw visual images as part of music appreciation education instruction (Kojima, 2008, 2010, 2011). In this
method, students are asked to listen to a piece of music having a structure that is easy to grasp, e.g., a canon,
and to draw an image of what they perceive using graphical elements such as lines, colors, and shapes. Thus, the
students produce visual expressions related to the elements and form of the music, which can then be utilized
for instruction and assessment. In the application of this method thus far, “the 4 voice canon” from J.S. Bach’s
“The Musical Offering” has often been used for its effectiveness. The visual expression produced by students in
response to “the 4 voice canon” includes expressions of the melody’s movement in lines depicting the flow of
the canon, the use of colors to convey the mood of the tune, and graphical expressions of the canon’s structure,
but in some cases students have also drawn concrete objects. When questioned, a student who drew a purple
flower with thorns said that the tone of the music was dark, imagining the color purple, which became a purple
flower. This feeling may have been evoked by the timbre or the minor key tonality of the music. In either case,
consciously or unconsciously, what students draw seems to be connected to the visual images they experience
*
芸術文化教育講座
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
when listening to the musical elements and form. In this way, getting students to draw visual images may be a
useful way of getting them to pay attention to the elements and form of music.
II Purpose of the Project
The drawings made by students while listening to music express both what students hear and what they feel
about the elements and form of the music. However, which parts of the music are heard vary from person to
person, and it is not necessarily the case that students are conscious of what they hear. This is because music is
formed by the intertwining of various musical elements within a composition. Thus, I conducted an experiment
divided into three steps (list 1). For the first and third steps children listen to the Bach piece and draw pictures
of their impressions. For the second step, designed to make students listen to music more analytically, I created
musical examples using a Japanese melody. These examples allow students to discern musical elements more
carefully. I then used these to conduct a class. To make students aware of the musical elements they again draw
visual images. Then, by examining the visual images produced by the class, for both the Bach piece and the
Japanese piece, I set out to demonstrate the effectiveness of the examples.
List 1
The experiment
1. First, I played “the 4-voice canon” from J.S. Bach’s “The Musical Offering” twice. The first time
students just listened; the second time students use colored pencils to draw a visual image of the music
while listening. I instructed students to “Listen to the following music and express what you feel or
visually imagine using lines, colors, and shapes. And if some concrete object comes to your mind, you
can also draw that.”
2. Second, the musical examples I created of “Little Elephant” (“Zō-san”: lyrics by Mado Michio, music
by Dan Ikuma), were played in the order of the instruments in list 2. The students drew their visual
images with colored pencils for each piece of music on an A3 sheet of paper divided into 20 equal parts.
3. Third “the 4-voice canon” from J.S. Bach’s “The Musical Offering” was played again and students were
asked to draw their visual image of the piece. Students were then asked if the way they listened to the
music was different from the first time, and to write their comments on a blank part of the sheet.
III Creating the musical examples
For the second step of the experiment, I took the melody of the song “Little Elephant” and created musical
examples—arrangements of the tune using various Western musical instruments and also melodically modified
arrangements of the tune. “Little Elephant” is a 3/4 time nursery song that is familiar to virtually all Japanese
people. The melodic arrangement methods were varied according to the featured musical instrument, to bring
out the characteristics of each instrument and also to alter the various elements of the music. The characteristics
expressed by each instrument are related to the inherent playing style of the instrument, and also the kind of
music that the instrument is typically used for. This kind of arrangement method was adopted in these musical
examples because I wanted to emphasize the perception of the timbre and characteristics of instruments and the
variations of a single melody. I believe that the timbre and characteristics of the melody are the most important
musical elements for students to learn to perceive. The melodically modified arrangements for each instrument
- 127 -
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
are given in list 2.
List 2
Violin : Heavy use of double-stops and tones of subtle movement. Arpeggios and harmonics also used.
Oboe : Variation of pitch by changing register (octaves).
Euphonium : Used for low and high pitches with varied rhythm.
Trumpet : Played in 4/4 time, in fanfare style.
Alto sax : Heavy use of grace notes.
Viola : Use of double-stops.
Clarinet : Played in a minor key.
Trombone : Use of the slide, with glissandi at several points.
Flute : Two arrangements-one with heavy use of trills; the other a sound pattern in 2/4 time, making
heavy use of dotted notes and ties-with use of flutter tongue.
Cello : Use of double-stops, with a 4-note chord played in broken-chord style.
IV Experiment 1
1 Outline
A class was conducted as part of an “Elementary Music Education” class taken by students studying for
their elementary school teaching license (one 90-minute class out of 15 classes). The experiment was conducted
in three steps as seen in list 1
Date: June 2, 2011 Period 1
No. of students: 19
2 Results 1 (Regarding experiment 1)
(1) Visual image assessment (Students’ reactions to musical examples).
The visual images drawn by each student were compared for each of the instruments. I then examined if the
expressions produced by the students captured the perceived characteristics of the timbre and melody of each
instrument, kind of image expression.
Violin
Perhaps because this was the first example, many students recognized the melody of “Little Elephant” and
drew pictures of an elephant. It was not possible, however, to discern any pattern in the expressions of colors
or shapes. The played arrangement featured heavy use of double-stops and subtle movements in the bright and
intense melody. Some students expressed a sparkling image—for example, using many stars, and firework-like
images of stars, diamonds, and circles, with the angry face of an elephant, or with heavily drawn lines.
Oboe
There were many expressions symbolizing a “relaxed” or “pastoral” mood, or a charumera (Chinese-style
noodle vendor’s oboe). The images with elephants included an elephant wearing a Chinese cap, an elephant
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Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
draped in an Asian-style cloth, and a sleeping elephant. The nature of these images may be due to the fact that
the timbre of the oboe is similar to that of a charumera. Some of the images for the arrangement one octave
higher seemed to have been inspired by comparison with the previously played lower register piece: the
student who drew the sleeping elephant drew a parent and child elephant walking under a blue sky. Among the
expressions of color and shape, were several images that used cold colors for the lower register and then warm
colors such as yellow and pink for the higher register. It seems that the higher the pitch, the brighter the image.
Euphonium
Many of the students depicted an “grandfather” elephant. Many of the expressions of color and shape made
use of brown and black. Overall, cold colors were most common.
Trumpet
Many of the abstract expressions featured yellow and orange colors. A number of the images for the
fanfare-style arrangement depicted an elephant wearing a crown. Some students drew a person holding a flag or
blowing a bugle, with a comment to the effect that “the king is coming.” In addition, there were simple images
of a horse, as well as images of a horse race.
Alto sax
Many of the students used the color purple to draw lines for abstract expressions or to depict an elephant.
Also, multiple students drew elephants napping, perhaps because the tone of the instrument sounded sleepy
to them. The arrangement inspired numerous images featuring wine glasses or the color purple. Expressions
of elephants included multiple images of elephants holding a wine glass with their trunk to raise a toast and
fashionable elephants adorned with earrings, lipstick, or ribbons.
Viola
Many of the abstract expressions featured green, brown, and purple colors. There were various drawings
of concrete objects—forests, turtles, a dark room with a clock and a chair, and a brown vessel—but there was
no discernible pattern to these. Images of elephants included an elephant doing nothing, in response to the
normal arrangement, and two baby elephants frolicking together with their trunks, in response to the modified
arrangement.
Clarinet
For the minor key arrangement, students drew a slightly melancholy elephant, an elephant that is home
alone and scared, and a skinny elephant. Many images featured the colors black and purple.
Trombone
Elephant images included a father elephant and a fat elephant. There were also multiple images featuring
red and orange colors. In response to the modified arrangement, there were multiple images featuring twisted
abstract expressions, whirlpools, and curves.
Flute
Kandinsky (1912) used the color light blue to express the timbre of a flute. While only two students used
light blue for all three of the flute pieces, several students drew rivers, so perhaps there is some connection
- 129 -
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
between the timbre of the flute and the color light blue. Images of elephants included an elephant under bright
sunlight and an elephant playing in a field of flowers. For the flute arrangement featuring flutter tongue, two
students drew musical notes. There were also multiple images of happy elephants and pictures featuring an
elephant face and musical notes.
Cello
Most of the students used cold colors. Kandinsky (1912) depicted the timbre of a cello with navy blue, and
many students made use of deep blues and navy blue in their abstract expressions. In addition, two students
depicted elephants walking on a moonlit night. For the arrangement featuring double-stops, numerous students
drew multiple objects—for example, images featuring two overlapping abstract shapes, three overlapping
elephants accompanied by the text, “It’s a tight-fit, don’t push,” seven overlapping building-like objects, a
family of four elephants seen from the rear, and a group of three elephants.
(2) Visual image assessment (Comparison of ways of listening).
I will compare the ways of listening in the first and third steps of experiment. Of the 19 students 11
reported that they noted a change in the way they listened to music when they listened to “the 4-voice canon”
again (after listening to the created musical examples). As for the nature of the change, it was clear that these
students became more conscious of timbre and melody, reporting for example that they were able to listen
with greater awareness of timbre and of which instruments come in at what point in time. These students also
demonstrated some change in their style of visual expression. For example, one student drew a scenic picture
on the first hearing but an abstract visual depiction of the canon on the second hearing. Another student drew
three overlapping strips on the first hearing but then four overlapping strips on the second hearing, expressing
the way the melody emerges at different points in the canon.
V Experiment 2
1 Outline
I improved on experiment 1. The second step of experiment 1 needs a lot of time. Students have to listen
and draw about 20 music examples. I saw that student’s concentration did not hold, so I selected the musical
examples of instruments used in the “the 4-voice canon” from J.S. Bach’s “The Musical Offering”.
Date: May 31, 2012 Period 3
No. of students: 17
2 Results 2 (Regarding experiment 2)
Of the 17 students 14 reported that they noted a change in the way they listened to music when they listened
to “the 4-voice canon” again (after listening to the created musical examples, only Violin, Flute, Viola, Cello).
The visual images produced by students in response to the created musical examples is almost same as the
results of experiment 1. But focusing on four instruments of the musical examples is more effective for making
students grasp differences of timber and melodic overlap. For example, one student drew a linear expression
(figure 1) on the first hearing but then four overlapping strips (figure 2) on the second hearing. Her comment
regarding figure 2 was that she felt a greater melodic overlap than on the first hearing.
- 130 -
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
figure 1
figure 2
VI Conclusions
The visual images produced by students in response to the created musical examples varied according
to the instrument and their arrangement, but many of them seemed to be based on the timbre and melody
characteristics. In other words, getting students to listen to and compare multiple arrangements of the same
melody enables them to focus on the parts that are different, which in this study are the differences in timbre
and melody characteristics.
Since the arrangements used in this study were based on “Little Elephant,” a tune familiar to everyone,
many of the produced images related to elephants. Since this kind of association of concrete objects with sounds
is common in school music education, the created musical examples can be utilized in music appreciation
classes. Furthermore, it became clear that the activity of listening to the musical examples with a focus on
musical elements helps students to apply the same way of listening to all their music appreciation. It especially
became clear that pick up musical examples of instruments which used in work of appreciation is effective.
Teachers should select music examples with instruments which are used in a work students listen to in class.
However, one student, with substantial musical experience, reported that listening to the examples with an
awareness of instrument characteristics seemed to limit the experience of the music. This observation offers
food for thought for the future, in terms of how to use musical compositions for music education.
This paper is revised version of an oral presentation given at the 30th World Conference of the International
Society for Music Education. (July 17, 2012)
References
Kandinsky, Wassily. (1912). Über das Geistige in der Kunst. Translated by Nishida Hideho. Tokyo: Bijutsu
shuppansha.
Kojima Chika. (2008). “Ongaku kanshō no shidō to hyōka ni kansuru jissenteki kenkyū: seiyō ongaku ni
okeru ongaku no shoyōso to shikakuteki imēgi no kanren ni chakumoku shite,” Japanese Journal of Music
Education Practice, vol. 5 no.2, pp. 142-149.
Kojima Chika. (2010). “Visual Representation of Polyphony: Its Use in the Teaching and Assessment of Music
- 131 -
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements through the Assessment of Visual Images
Appreciation,” Journal of Applied Educational Research, Vol. 15, pp. 134-142.
Kojima Chika. (2011). “Daigaku no kyōyō kyōiku ni okeru ‘ongaku’ to ‘bijutsu’ no renkei: ongaku no
shikakuka o chūshin ni,” Japanese Journal of Music Education Practice, vol. 8 no.2, pp. 62-69.
Hamano Masao. (1967). Ongaku kyōikugaku gaisetsu. Tokyo: Ongaku no Tomo Sha, pp. 168-171.
- 132 -
教育実践学研究 18,2013
133
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
-思考や認知過程の内化・内省・外化をうながす教師の働きかけを中心にして-
On the Study Improvement of Students Self-Directed Abitities by Using Self-Study Notebooks:
Mainly Through Teachers’ Promotion for Students’ Internalization, Introspection and Externalization of Their
Thought and Cognitive Process
芦 澤 稔 也 * 仙洞田 篤 男 ** 堀 哲 夫 ***
ASHIZAWA Toshiya SENDODA Tokuo HORI Tetsuo 要約:子どもの学習習慣や家庭学習が,教師の教育力や指導力と深い関係があること
は疑う余地のないことである。しかし,このことについて十分に研究されてきている
とは言い難い。
今回,自ら学ぶ力の育成について自主学習ノートへの取り組みを通した実践を小学
校において行った。そこでは,自主学習ノートへ取り組む上で記録内容の明確化など
5点の方法を重視することにより,自ら学ぶ力の育成が図られるかどうかを検証した。
その結果,児童の自主学習ノートは日々明確に変化していった。具体的には,認知過
程の内化・内省・外化がスパイラル的に行われていることが読み取れるノートや,+α
の学習にまで取り組もうとする児童の姿、等が見られた。
さらに OPP シートへの記入によって,授業に臨む態度に変容がみられたり,見通し
を持ったり振り返ったりする学習活動が行われたりしていたことがわかった。こうし
た活動により,自主学習ノートへの取り組みを通して,自ら学ぶ力の育成は可能であ
ることが明らかになった。
キーワード:自主学習ノート,記録内容の明確化,OPP シート,内化・内省・外化
Ⅰ. はじめに
「やらされているうちは成長しないよ」二者面談や部活動
において,教師がよく生徒に言うセリフである。スポーツに
おいても勉強においても,自ら前向きに課題をとらえ練習
(勉強)していかないと真の実力はついていかないことを示
す言葉である。それでは,我々教師は生徒が前向きに・意欲
的に課題に取り組めるような指導をしているのだろうか。
学習指導要領改訂のポイントとして「学習意欲の向上や学
習習慣の確立」「見通しを立てたり,振り返ったりする学習
1)
活動の重視」
が謳われている。しかし,全国学力 ・ 学習状
況調査の「学習意欲・習慣」に関する調査項目に目を向けて
みると,図1のように山梨県は他県に比べそれが非常に低い
という結果が出ているのが現状である。
*
富士川町立増穂中学校・教育実践創成専攻大学院生
教育実践創成専攻客員教授 *** 教育実践創成講座
**
図1 学習意欲・習慣に関する全国学力・
学習状況調査の結果
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
自ら学ぶ力2)は,中学校でも満足に育成されているとは必ずしも言えない。それでは,小学校に
おいてはどうなのか,その実態を小学校における自主学習ノートへの取り組みを通して探ってみた
いと考えた。
Ⅱ. 研究の目的
本研究の目的は,自主学習ノートを作成させることにより自ら学ぶ力の育成を図ることである。
Ⅲ. 研究の方法
研究の対象,期間,方法については以下のとおりである。
1. 調査対象 富士川町立A小学校5年B組 38 名
2. 調査期間 平成 23 年5月9日~平成 24 年3月 31 日
3. 調査方法
自ら学ぶ力の育成をめざした実践として,児童全員に自主学習ノートを作成させた。自主学習
ノートは,学校の活動を終えて家庭に帰った児童が,その日の授業を振り返り,学習した内容を
まとめたものである。それに取り組むことにより自ら学ぶ力の育成を図った。そのとき,とりわ
け重視したのは以下の5点の方法である。
(1)長期間継続して取り組める働きかけ
児童が家庭において,一人で行う復習に負担がかかりすぎては長続きがしない。そこで,自
主学習ノートに取り組む日を週三日 ( 月・水・金曜日 ) に限定した。
(2)記録内容の明確化
通常行われている自主学習ノートは,何をどのように書いても構わないとされることが多
い。今回の自主学習ノートへの記録は,その日に行われた各授業の最重要事項のみに絞った。
その理由は,自ら学ぶ力の大きな要素の一つは,要点を自ら考えまとめることにあると考えた
からである。また,復習の時間の効率を上げることもねらっている。一番大切だと思うことを
児童が自分で考えてまとめることは,新指導要録で例示されたパフォーマンス評価にあたる3)。
(3)思考や認知過程の内化 ・ 内省 ・ 外化をうながす働きかけ
児童が記録した内容をさらに良くするためには,教師の働きかけが必要不可欠であると考
え,必ずコメントを加えた。つまり,児童が記録した内容に対して教師が適切なコメントを与
えることにより,その情報を児童が取り入れ(内化),いろいろと思いをめぐらす内省を促し,
次の記録である外化につなげていくという働きかけである。なお,思考や認知過程の内化・内
省・外化については,後述の図9を参照されたい。
(4)自己の変容に対する自己評価
1冊のノートが終了した児童には,図2に示した OPP(One Page Portfolio) シート4)を使い,
自主学習ノートに取り組む始めと終わりの変容を意識化させるため,自己評価をさせた。こう
した自己評価は,自分の実態を適切に把握し次の見通しをもって学習を進める,言い換えると
自ら学ぶ力の育成に不可欠と考えられるからである。
(5)自主学習ノートに対する保護者の評価
家庭との連携を図ることを目的に,OPP シートに加え自主学習ノートに対する「振り返り
- 134 -
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
シート」を保護者に記入してもらい,他者評価とした。それは,児童が学校で毎日何を学び,
自ら学ぶ力を育成するために教師がどのような働きかけを行っているのかを具体的に理解し
てもらうために重要な契機となると考えているからである。
図2- 1 使用したOPPシートと記入例表面(N.T.; 男児)
図2- 2 使用したOPPシートと記入例裏面(E.R.; 女児)
- 135 -
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
上記以外に自主学習
ノート導入以降,教師が
適宜必要な働きかけを
行った。その具体的内容
と過程を示せば,図3の
ようになる。
図3から明らかなよう
に自主学習ノートを6月
に始め,ノートの題名決
定,記録するための十か
条の作成と確認と続き,
12 月にはノートの振り返
りと変容の確認を行って
き た。12 月 に 行 っ た 変
容に対する意識化は OPP
シートを使った。
図3 自主学習ノート1年の流れと働きかけ
Ⅳ. 研究の結果と考察
1. 長期間継続して取り組めるための働きかけ
内容・方法に多少の違いはあれ,多く
の中学校教師が「自主学習ノート」に取
り組んでいる。しかし,その実態は意欲
的に取り組む生徒とそうでない生徒に二
図4- 1 肯定的評価のコメント
極分化している。長期間継続のための教
師の働きかけとして,有用感や充実感を
刺激する内発的動機づけと,児童のやる
気を高める外発的動機づけを行った。
図4- 2 「三文字」返事のコメント例
(1)内発的動機づけとしての働きかけ
①ノートへの日々のコメント
短時間でチェックし終えるようポイ
ントを絞り簡潔に,児童の内省をうま
く機能させるコメントを書く。外化さ
れた児童のノートを見ながら,フィー
ドバックする。これにより,児童は自
図4- 3 次の内省につなげるアドバイス的コメント
らの考え方ややり方を再吟味し,工夫・
改善する(図4参照)。
図4- 4 次の内省につなげるアドバイス的コメント
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
②見本例の掲示と担任のメッセージ
担任の気づきやメッセージを教室の後ろの黒板に書いた。開始当初は,仲間との比較検討や
よい書き方をしているノートを真似ることを目的にして,児童の見本になるノートのコピーを
貼った。そういう積み重ねの中で,徐々に一人ひとりのオリジナルなノートが作成されていっ
た(図5参照)。
図5 見本例の掲示と担任のメッセージ(教室の後ろにある黒板)
- 137 -
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
(2)外発的動機づけとしての働きかけ
①自主学習ノートの名前募集
児童から自主学習ノートの呼び名
を募集することによって,ノートが
「軌跡ノート~未来への一歩~」(以
下自主学習ノートを軌跡ノートと記
す)と命名された。学習に関する取
り組みはともすると,いつでも教師
からの押しつけになってしまいがち
である。そのため,児童が主体的に
取り組めるような配慮が様々な場面
で必要であると考えられたからであ
る。
このたび取り組んだ一連の活動
図6 自主学習ノートの名前募集
は,教師の投げかけで始まったこと
であるが,児童たちで命名したことは「自分たちの活動(やらされている活動からの脱却)
」へ
と移行していく一助となっている(図6参照)。
②ノートを 1 冊終了した児童への賞状
軌跡ノートの一冊終了時に,児童に賞状(図7)
を渡すようにした。一人目の受賞者がでると「僕も,
私も…」と軌跡ノートに対する意欲は一時的に大き
く増し,クラス全体も頑張ろうとする雰囲気に包ま
れるなど,意欲喚起には大変役に立った。やはり,
軌跡ノートは継続してこそ価値が高まるので,その
ためには外発的動機づけも重要である。しかし,賞
状欲しさにとにかくページ数を増やすという児童へ
の配慮が必要であることがわかった。つまり,記録
の量ではなく,質を高めるための働きかけの必要性
である。
③係活動の後押し
日々の提出状況チェックや,未提出者への呼びか
けなどは,係の児童を中心に行った。それは学習に
対する取り組みが,どうしても「やらされている感」
図7 ノート1冊終了児童への賞状
から脱却し得ず,自ら学ぶ力の育成に何ら貢献していないのが現状だからである。これは軌跡
ノートへの取り組みが自分たちの活動であり,自分自身の学習内容に関する理解を深めるため
の活動であることを認識させることに一役買っている。
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
2. 記録内容の明確化
自主学習ノートは通常「何をどのように勉強
してもよい」とされるため,ただスペースを埋
めるためだけの単語練習や漢字練習・計算練習
になってしまうことが多く,日々の授業とどう
しても乖離してしまう傾向にある。そのため記
録内容を明確化し,授業の最重要事項のみに
絞った。それは,自ら学ぶ力の育成には重要事
項が何かを考え要領よくまとめる力が基礎とな
ると考えたからである。
記録内容を明確化することにより,日々の授
業と家庭での学習をつなげるだけでなく,前日
の自主学習と今日の自主学習,そして明日の自
主学習とをつなげることも可能にしていった。
さらに,軌跡ノート開始当初や長期休み明け
の各学期スタート時には,ルール(軌跡ノート
~十か条~)の確認とそれまでのいくつかの
ノートを紹介し,ノートの内容を質的に高める
働きかけをも行った(図8参照)。
図8-1 自主学習ノート作成の十か条
(年度当初)
図8-2 自主学習ノート作成の十か条(3学期始め)
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
3. 思考や認知過程の内化 ・ 内省 ・ 外化をうながす働きかけ
児童が,自主学習ノートに取り組むこ
とで,その日の学習内容を振り返り(内
化)⇒自分を見つめ熟考し(内省)⇒ノー
トに記録し(外化)⇒次時(明日)への
見通し・目標を持ち⇒何が必要かに気づ
き⇒次の日の授業⇒という図9に示され
る思考や認知過程の内化・内省・外化5)
をスパイラル的に行うことにした。
こうした働きかけは,児童自身が自分
の変容を意識化し,自ら学ぶ力を育成す
るためにきわめて重要であると考えられ
る。
図9 学習者の思考や認知過程の内化・内省・外化
(1)最初は教科名しか書けなかった児童の変容
①教科名しか書けなかったが,見開き2ページのノートに変容した児童(図 10 参照)
図 10 に示した児童は,軌跡ノート初日は教科名しか書けなかった児童(CRT 検査 31 位 /38
人中)である。日々の教師のコメントを生かし,内化・内省・外化がスパイラル的に行われノー
ト 1 冊終了時には見開き2ページの自主学習が行われるようになってきた。
図 10 最初は教科名しか書けなかった児童の変容(S.T.; 男児)
②ある日をきっかけに格段の進歩を遂げ,単元まとめのテストにもその成果が表れた児童
(図 11 参照)
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
図 11 の児童は,軌跡ノート開始時から1ページに授業内容が簡単に書かれたノートが続き,
大きな変化が見られなかった児童である。しかし,担任と母親との「漢字ノート」に関するや
りとりをきっかけとし,次の日から見違えるようなノートの記録が展開されるようになった。
この変容が見られた直後に,筆者が算数一単元を授業研究したのであるが,その単元のプレテ
ストで 35 位 /38 人中だったこの児童は,単元終了時のまとめテストにおいて,16 位 /38 人中
まで順位を伸ばしている。軌跡ノートの取り組みとその変容が,テストの結果にも表れている
例である。
図 11 ある日をきっかけに変容した児童(K.Y.; 男児)
(2)児童のノートに見られる工夫点
①吹きだしやイラストを使って見やすく・わかりやすく工夫しているノート(図 12 参照)
自分自身を高次な視点から見つめ(メタ認知),吹きだし等を使って自分自身に語りかけてい
る。ここで言う高次な視点から見つめるというのは,自分を客観的な立場から見つめ,吹きだ
し等を使って表現しているということである。
図 12 吹きだしやキャラクターを登場させ見やすく・わかりやすく工夫(S.M.; 女児,F.H.; 女児)
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
②今日の授業だけでなく単元全体を振り返っているノート(図 13 参照)
「今日の授業で一番大切だったことは何ですか」ということが軌跡ノートの大前提であるが,
継続していく過程で,単元終了時にその単元全体を振り返るようなノートが出てくる。これは,
日々の内化・内省・外化がスパイラル的に行われた結果,単元全体を通しての内化・内省が行
われ,外化されたノートの例である。下の例は,算数の一つの単元を振り返って,どうすれば
多角形の角の大きさの和が求められるのかをまとめたものである。
単に一回の授業の大切なことだけでなく,単元全体を通してポイントを押さえることができ
ているのは,内化・内省・外化が教師の働きかけにより適切に機能したからだと考えられる。
図 13 今日の授業だけでなく単元全体を振り返っているノート(A.G.; 男児,K.K.; 男児)
③表紙を工夫したり,自分自身の目標を裏表紙に書いたりしているノート(図 14 参照)
ノートとの出会いを大切にしたい。自主学習は,家で行うことが中心となるため,最初の意
欲付けが大切だと考えた。そのため賞状や命名といった外発的動機づけとしての働きかけを
行ったが,その一番最初は自分のノートとの出会いである。まず一文字一文字心をこめて自分
の名前を,そしてそのノートの使い始めの日付を書かせた。「軌跡ノート」と命名後,自分に対
するメッセージや大切なこと必要なことを書いてもいいよということを伝えておいた。
図 14 は,表紙と裏表紙を工夫しているノートの例である。このようにすることを通して,
ノートへの愛着も深まってくると考えられる。
図 14 表紙や裏表紙を工夫しているノート(K.A.; 女児,F.H.; 女児,K.K.; 男児)
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
④間違えた問題をやり直すノート
当初は,授業で単元テストや小テストを
行うと,児童の軌跡ノートには「今日は算
数のテストをしました。難しかったです。」
「今日は漢字のテストをしました。○問間
違えました」といった表現が見られた。そ
ういった場合「何が難しかったの?」「ど
んな間違いをしたの?」といった「問いか
け」を繰り返すことによって,児童のノー
トは図 15 のように変容してくる。つまり,
自分の間違えたところを自分で気づき,そ
れを的確に指摘できているのである。 図 15 間違えた問題をやり直すノート(S . M . ; 女児)
こうしたことが可能になると,自ら学ぶ力につながる基礎が培われてきていると考えられる。
これより,改めて内省⇒外化が行われていることがわかる。
⑤今日の授業+αの学習がされているノート
子どもたちのノートは,あらゆる方向へ伸びていく可能性を秘めている。自主学習を継続し
ていくと,図 16 に見られるような+αの学習をするノートが出てくる。例えば,図 16-1では
「なるほどコーナー」,図 16-2での「○○のドリルコーナー」,図 16-3の「本当の自主学習」,
図 16-4「算数 < 比べ方を考えよう(2)おうよう問題 >」などはそれに匹敵する。これは自ら
学ぶ力が育成されている,まさにその典型と言っていいだろう。
図 16-1 今日の授業+αの学習;
なるほどコーナー(N.Y.; 男児)
図 16-2 今日の授業+αの学習;
Rのドリルコーナー(S.R.; 男児)
図 16-3 今日の授業+αの学習;
本当の自主学習(K.A.; 女児)
図 16-4 今日の授業+αの学習;
おうよう問題(W.K.; 男児)
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
(3)内化 ・ 内省 ・ 外化がスパイラル的に行われている例
図 17 の児童は,算数「比べ方を考えよう」の授業で,バスケットボールの試合で 10 本中8
本シュートが入った3試合目と,12 本中9本入った4試合目では,どちらがシュートがよく成
功したといえるかという課題に対し,授業中の自力解決(内化→内省→外化)の時間では差に
注目するという間違った考え方をしていた。しかし,家で軌跡ノートに取り組む上でもう一度
同じ課題に向き合い,さらなる内省によってその間違いに気づき,割合の考え方によって改め
て外化したことがわかる例である。
図 17 内化・内省・外化がスパイラル的に行われている例(K.A.; 女児)
4. 自己の変容に対する自己評価
(1)OPP シートの記述から得られた知見
自ら学ぶ力は,自己の変容を適切に見取ることがきわめて重要であると考えられる。ノート
が1冊終了するごとに書かせた OPP シートにより児童は,初めて自己の変容を認識できる。児
童の記述から「ちゃんと話を聞いて忘れないようにしようと努力するようになった」「やった問
題をもう一度やったり,たしかめたりするようになった」「家でのきまりになった (図18)」と
いった充実感・達成感が得られたり,次への意欲が湧いていることがうかがえた。これは内省
の中でも,見通しをもったり目標や活動を吟味,検討したりという「予見的内省」,活動を振り
返って意味や価値を見出すという「遡及的内省」の力が育成されていることをあらわしている。
また,OPP シートの効果的なところは,すべての子どもに通用するという点である。筆者の
一人芦澤はこれまでに自主学習ノートに取り組む上で,生徒の見本例となるノートを掲示した
り,学級通信において紹介したりと全体のノートの質を高めようとしてきた。
しかし,主に成績上位層の生徒が学習した掲示されるノートは,一部のごく限られた層の生
徒にしか効果的な見本例とはならず,成績下位層の生徒にとっては見本となるよりもむしろそ
の乖離を認識させられ,意欲の低下につながっていた。また,見本例として掲示されるようなノー
トを提出する固定化された生徒に対し,その質をさらに上げるような適切なアドバイスを与え
ることが出来ずにいた。
児童生徒にとって,学習評価は,自らの学習状況に気付き,その後の学習や発達・成長が促
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
される契機と
なるべきもの
である6)。OPP
シートを使う
ことによっ
て, 成 績 に 関
わらずすべて
の児童が過去
の自分のノー
トと現在の自
分のノートを
比較するとい
う自己評価を
することに
よ っ て, 自 己
の変容を見取
ることを可能
図 18 使用したOPPシートと記入例表面(S.M.; 女児)
にしていったのである。
(2)振り返りシートの記述から得られた知見
実習の終わりに際し,全児童に軌跡ノートへ
の取り組みに関する「振り返りシート」(図 19)
に記入をさせた。児童の記録は以下(A)から(E)
5つの表現にカテゴリー化された(表1参照)。
表1 振り返りシートの記述内容の類型
(A) 教師からのコメントや親からの称賛に関
する表現
(B) 授業の受け方への望ましい変容に関する
表現
(C) 自分の成長・望ましい変容・進歩に関す
る表現
(D) 充実感・達成感・テストの得点の向上に
関する表現
(E) 勉強に対する効果的な刺激や楽しみが得
られることに関する表現
図 20 のように児童は,自分の変容を自分自
身で認識していることがわかる。また,図 20
-1についての記述からは,今日のこの授業
だったら何を書こうか(次の外化への準備⇒内
省)ということを考えながら授業を聞くように
なっていることがわかる。このことより自ら学
ぶ力が育成されているといってよいだろう。
また,図 20 -3ではこの軌跡ノートがドッ
図 19 振り返りシート記入例(N.H.; 女児)
ジボールや自由研究といった,学校生活の別の場面の頑張りにも影響していることがわかる。
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
次の日の授業が楽に感じられることや
図 20 -2の「1週間前のことを振り返
られるくらい」といった,まさに学習
指導要領の望まんとしている「見通し
図 20-1 授業の受け方への望ましい変容に
関する表現(K.A.; 女児)
を立てたり,振り返ったりする学習活
動」がなされていることが記述からも
うかがえる。そして,これら全体を通し,
学習指導要領改訂のポイントである「学
図 20-2 自分の成長・望ましい変容・進歩に
関する表現(E.R.; 女児)
習意欲の向上や学習習慣の確立」をも
可能にしていることは明らかであろう。
5. 軌跡ノートに対する保護者の評価
(1)OPP シートの記述から得られた知見
保護者は,学校における学習評価の
在り方や児童生徒の学習状況について,
より一層把握したいという要望をもっ
ていると考えられる7)。保護者の OPP
図 20-3 充実感・達成感・テストの得点の向上に
関する表現(R.M.; 男児)
シートに書かれた「あたりまえになり
…」「日々の成長を感じた」「本人も楽
しんで取り組んでいるようで…」という記述からは,児童の変容を保護者も見とっていること
がわかる(図 21 参照)。また,「自分の子供がこんなノートを書いていることも知らず…意外に
もしっかり書いてありびっくりした」という記述からは,数か月にわたり児童が取り組んでい
ることであっても,具体的な事例を示さない限り,理解してもらいにくい実態が浮かび上がっ
てくる。このことからも,OPP シートの有効性が保護者にも実感されている。
(2)振り返りシート(図 22)の記述から得られた知見
図 23 の記述から,軌跡ノートへの取り組みを通して「勉強させられている」という受け身の姿
図 21-1 保護者の記録(S.R.; 母親)
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図 21-2 保護者の記録(K.A.; 母親)
自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
勢から「楽しく勉強している」姿へと変容している,
また「考える力がついた」と保護者が見取っているこ
とがわかる。
児童の学習に対して重要な責任を負っているのは教
師であることは間違いないのだが,このように良い形
で児童の変容を知らせるという保護者をも巻き込むこ
とによって,児童の自ら学ぶ力が育成されていくのだ
と考えられる。
図 23-1 保護者の記録(S.Y.; 母親)
図 22 振り返りシート(E.R.; 母親)
図 23-2 保護者の記録(A.G.; 父親)
Ⅴ. おわりに
本研究を通して「長期継続して取り組める働きかけ」「記録内容の明確化」「思考や認知過程の内
化・内省・外化をうながす働きかけ」「自己の変容に対する自己評価」「軌跡ノートに対する保護者
の評価」を重視することによって,軌跡ノートへの取り組みを通して,自ら学ぶ力の育成が可能に
なることが明らかになった。
自主学習ノートということについては,多くの中学校教師が取り組んできたことであるが,これ
まであまり意識化されなかった,「記録内容の明確化」「思考や認知過程の内化・内省・外化をうな
がす教師の働きかけ」「OPP シートを利用した自己評価」「保護者の評価」という4つの視点につい
ては,特にその効果が明らかになったと言えるだろう。
今回、教職大学院において,芦澤一人では考えることができなかったサジェスチョンを得る中で,
研究を進めることができた。そのため,現場にいたのではなかなか構造化することが出来なかった
自主学習ノートのひとつの形態と方法を示すことが出来たのではないだろうか。
ところで,それでも毎日三十数冊のノートを回収し,何らかのコメントを加えて返却するのには
どこかに無理が生じてこないかという懸念がある。確かに学校現場では,日々の雑務に加え様々な
仕事が飛び込んでくる。
しかし,筆者が心がけたのは「1時間の空きコマ」でチェックし終えることであり,「継続」する
ことであった。日々の継続によって変容する子どもたちの姿をノートに見取ることが教師の楽しみ
となり,これが最優先業務となってくるのである。そして,この自主学習ノートが,班ノートや個
人ノートといった担任と子どもたちとをつなぐ交換日記にも勝る教師と児童生徒そして家庭とをつ
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自主学習ノートによる自ら学ぶ力の育成に関する研究
なぐコミュニケーションツールになりえるとも考えられるのである。
最後に,本研究から得られた成果は担任の成瀬貢先生のご尽力によるところが大きいことを強調
しておきたい。先生の児童に対する細やかな心配り,例えば図5に示した「担任メッセージ」など
がなければ,本研究の所期の目標を達成できなかったであろう。成瀬先生に記して感謝したい。
(附記)
本研究は,下記の分担により行われた。先行研究の資料提供を仙洞田が,研究の企画は芦澤が,
OPP シートの骨子は堀が作成した。実際に使用した OPP シートの作成と自主学習についての取り組
みは芦澤が行った。芦澤が執筆した論文に仙洞田と堀が加筆修正した。
(註)
1)文部科学省『学習指導要領』東山書房,p.18,2008
2)堀 哲夫「これからの小中学校で育てたい理科の学力」『指導と評価』Vol.57,pp.19-22,2011
3)文部科学省『児童生徒の学習評価の在り方について(報告)』2010 年3月 24 日
4)堀 哲夫『一枚ポートフォリオ評価 中学校編』日本標準, 2006
5)堀 哲夫「認知過程の外化と内化を生かしたメタ認知の育成に関する研究-その1」『山梨大学
教育人間科学部紀要』Vol.11,pp.12-22,2009
Hori Tetsuo,The Concept and Effectiveness of Teaching Practices Using OPPA,Educational Studies in
Japan: International Yearbook,No.6,December,pp.47-67,2011.
6)3)に同じ
7)3)に同じ
(参考文献)
阿部 昇『頭がいい子の生活習慣』ソフトバンククリエイティブ, 2009
草野啓顕『家庭学習・学習習慣・学習意欲の育成とノート指導』2006
志水宏吉『学力を育てる』岩波新書, 2005
『秋田県式家庭学習ノート』主婦の友社, 2009
- 148 -
教育実践学研究 18,2013
149
小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
-OPPAを活用したカリキュラム評価を中心にして-
On Revealing and Fostering the Potential and Real Abilities of Science
about the Third Grade Students of Elementary School:
Mainly Through the Curriculum Evaluation with Using OPPA
市 川 英 貴 * 堀 哲 夫 **
ICHIKAWA Hideki HORI Tetsuo 要約:小学生が実験結果から考察を導き出す資質・能力を育成することの困難さが指
摘されている。実験結果を帰納的に推論して考察し、科学的な見方や考え方を育てる
カリキュラムが教科書には採用されているが、OPP (One Page Portfolio) シートの記述
から判断すると、この方法では科学的な考え方の育成は困難であることが予想される。
本研究では、実験の前にどのような実験をしてどのような結果になったら何がわかる
のかを考える過程をカリキュラムに加えた。その結果を OPP シートの記述から評価す
ると、授業終了後に望ましい変容をとげた児童が多くいる反面、単元終了後には授業
で扱った実験内容とは別の実験方法と結果を記述した児童がいるなど、まだ課題が残っ
ていることが明らかになった。
キーワード:カリキュラム評価,資質・能力,観察・実験,OPPA
Ⅰ.はじめに
学習指導要領の小学校理科の目標に「科学的な見方や考え方を養う」とある。そこでは、理科の
学習は、児童の既にもっている自然についての素朴な見方や考え方を、観察、実験などの問題解決
の活動を通して少しずつ科学的なものに変容させていく営みであるとしている1)。また、観察、実験
については「見通しをもつ」ことが必要とされ、「見通しをもつ」とは見いだした問題に対して予想
や仮説をもち、それらを基にして観察、実験などの計画や方法を工夫して考えられることであると
している2)。
観察、実験において重要とされる見通しをもつことの学習については授業の方法論や、教材論に
ついて論じられることは多いが、カリキュラムとして論じられることは少ない。授業の中に予想や
仮説をもつ場面や実験の計画を話し合う場面がもうけられることはあるが、単元を通して、あるい
はもっと長い学習期間を通して見通しをもった観察、実験ができ、それが科学的な見方や考え方が
できる資質・能力の育成という目標の達成につながることが必要であろう。
児童たちは、観察・実験の結果から考察を導き出すことが難しい。例えば水の対流を調べるため
に、みそやおがくずを使って水を温める実験をすると、
「水をあたためると、みそが動くことが分かっ
た。」という考察をすることがある。目の前の結果を結論にしてしまうのである。結果から考察を導
く指導の重要性は今までも指摘されており、「キーワード方式」3) などの方法が提案されている。
限られた時数で行われる理科の授業では、1回の実験、つまり一つの例で結論を導くことが多い。
たとえば、1回の実験から「水は 100℃近くまで温度が上がるとそれ以上は上がらない。」と結論を
*
甲府市立千塚小学校 ** 教育実践創成講座
小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
出す。また、天気と気温の関係では晴雨1回ずつの観測結果から、「雨の日は気温の変化が少ない。
晴れの日は気温の変化が大きい」と結論を導く。
上の二つの例は、科学的に妥当であるから特に問題は感じないが、水の温度上昇の実験では、
「水
は5分温めたら温度が上がらなくなった」という結果から、それを結論としてしまうことがある。
児童たちにとっては同じ実験の結果であるから「5分」も「100℃」も「結論」としてしまうのである。
このような観察、実験の在り方は児童の既にもっている自然についての素朴な見方や考え方を適切
な科学的見方や考え方に変容することにはなりにくいのではないだろうか。
少ない事例から結論を推論するのは過剰な一般化であり、観察・実験の結果から考察することを
学習するために好ましいことであるとは必ずしも言えないだろう。
また、学習指導要領には学年別に「比較」「要因抽出」「条件制御」「推論」と問題解決の重点が示
されているが、これは児童の学習の段階に必ずしもそっているものではない。どの学年でも理科を
学習するときはこの4つの重点が必要になる。カリキュラム作成においては、育てたい資質・能力
をどの学年ではどこまで目指すのかを意識することである。また、その学年のカリキュラムでは単
元ごとに目指す資質・能力を明確にして、学年が終了するときにはどのような見方や考え方ができ
るようにするのかを明確にしていくことが必要である。
今までに各学校で作成する年間指導計画(年間カリキュラム)は目標・内容・評価などと時数は
示すが、資質・能力を育てるための学習事項などは示されてこなかった。新しい学習指導要領でも
「生きる力」つまり自ら学び自ら考えるための資質・能力の育成が求められている。資質・能力につ
いても、いつ、何をどのように育てるのか具体的に示したカリキュラムが必要であろう。
そのためには、児童の資質・能力の実態を把握してカリキュラム作成し、授業によって児童がど
のように変容したのかを評価する。そしてそれに基づいてさらにカリキュラムを改善していくこと
が必要である。カリキュラム評価と改善はとりもなおさずカリキュラムマネジメントであり、その
重要性が指摘されているが4) 具体的な方法や実践例は必ずしも多くはない。ここでいうカリキュラム
マネジメントは、理科という教科を対象にした狭い意味で用いていることをお断りしておきたい。
Ⅱ.研究の目的
本研究では観察、実験の見通しをもつことと、結果を考察することができるための資質・能力
を育成するためのカリキュラムの在り方を検討する。具体的には、小学校3年生理科の「電気の
通り道」、「磁石の性質」の2単元の授業において、一枚ポートフォリオ評価 (One Page Portfolio
Assessment : OPPA)5) を活用し、カリキュラムの作成と評価を行い、その効果を検証することにある。
もう少し詳しく説明すると授業を実施する2単元の内容に対して、資質・能力を育成できると考え
られる内容を加えたり修正をしたりして、学習後の児童の変容を OPP シートにより検証することが
目的である。
ここで、OPPA は「単元を貫く本質的な問い」、「学習履歴」、「自己評価」の主な3つの要素から構
成される OPP シートを用いた評価である。授業で用いた OPP シートは後に詳しく説明するが、授業
中に用いられ、児童にとっては学習のツールであり、教師にとっては学習前・中・後の児童の変容
の実態を知ることができる評価のツールでもある。この OPPA によるカリキュラム評価を授業改善
に生かす可能性も併せて検討したい。
- 150 -
小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
Ⅲ.研究方法
1.調査対象 山梨県甲府市立X小学校3年生1クラス 30 名
2.調査時期 平成 23 年 11 月~平成 24 年2月
3.対象単元 「電気の通り道」と「磁石の性質」
4.調査方法
まず、「電気の通り道」と「磁石の性質」の2単元の授業を行う際に、授業内容の構成に関して児
童の資質・能力を育成できるように修正と改善を図った(「電気の通り道」は表2、「磁石の性質」
は表9参照)。それをもとにして OPP シートを作成した(「電気の通り道」は図1、2、
「磁石の性質」
は図4、5参照)。OPP シートの「単元を貫く本質的な問い」により児童の学習前、「学習履歴」に
より学習中、「単元を貫く本質的な問い」と「自己評価」により学習後の実態をそれぞれ把握すると
ともに主として授業の形成的評価を行った。本研究は、授業中に児童が記録した OPP シートをもと
にしてその効果を検証しカリキュラム評価を行った。
なお、授業はすべてを独自の内容で行うのではなく、OPPA の検討結果から教科書の通りに行うこ
とがよい場合には教科書のカリキュラムで授業を行った。また、授業時数は教科書に示された時数
と大幅に異なることがないようにした。
Ⅳ.調査結果
1.「電気の通り道」の単元の授業と実施結果
まず、一つめの単元について検討したい。
(1)使用した OPP シートの単元を貫く本質的な問い
この単元で利用した OPP シートを図1,2に示す。裏面左側の単元を貫く本質的な問いで単元学
習前の実態を把握する。そして単元学習後に表面左側で同じ問題に答える。三つ折りにすると学習
前後を並べて児童が自分の学習による変容を比較できるようになっている。
また、裏面の中央から1時間の学習ごとに今日の学習の題名と大切だと思ったことを記述してい
く。これが学習履歴となる。表面には自己評価欄があり、児童たちは本質的な問いの学習前後の比
較や学習履歴を振り返り、学習によって自分がどのように変わったのか、なぜ変わったのか自己評
価するようになっている。
(2)OPP シート単元を貫く本質的な問いと児童の記述内容
学習前後に記述する本研究に関わる本質的な問いを図3に示す。この問いで電気を通すものが金
属であることが推論できるのかを評価する。
単元学習前の主な記述は、表1のようになった。「鉄」
「金属」などの物質名の記述は3名と少なく、
「はさみ」「はりがね」など具体物を答えることが多い。また、「わからない」の記述も多い。このよ
うな学習前の児童の実態からは、回路にいろいろな物を入れて、電気を通す物が金属であることい
う結論を導き出すことは困難であろう。
- 151 -
小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
図1 電気の通り道OPPシートの表面と記入例
図2 電気の通り道OPPシートの裏面と記入例
(3)授業のねらいを達成するための修正と改善
教科書に示される一般的な授業の流れでは、「電気を通すものをさがそう」という課題を提示し、
回路に身の回りのものを入れて、豆電球がつくかどうかを表にして整理する。そして、「鉄やアルミ
ニウムなどの金属は電気を通します。ガラスやプラスチックなどは電気を通しません。」とまとめる。
- 152 -
小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
自由試行的な実験と帰納
豆電球と乾電池の間の?に,何かものをいれて,
的な推論を通して、科学
電気を通そうと思います。
的に妥当な結論を導こう
どんなものだと電気が通って,豆電球がつくと
というのである。
思いますか。
しかし、単元学習前の
問いに対する OPP シート
図3 単元を貫く本質的な問い
表1 図3の問いに対する単元学習前の記述例
の記述からは、自由試行
的な実験と帰納的な推論を組み合わせた学習に
よって、児童たちの既有の知識を科学的に妥当
・はりがね ・はさみ など具体物
・鉄・金属
・電池・コンセント
・わからない
な考えに変えることは難しいことが予想される。
また、観察・実験の結果から結論を推論する能
力の育成を図ることも困難であろう。
そこで、授業のねらいを達成するために、表2に示すような修正を加えたカリキュラムで授業を
行った。表2は、教科書の内容に児童たちが観察・実験の結果から結論を推論できるように、金属
に関わる内容を加えたものである。その加えた内容は斜字 で示した。
表2 カリキュラムの比較
修正したカリキュラム
教科書に示されたカリキュラム
第1時
第1・2時
学習前の OPP シートに本質を貫く問いを記述。 乾電池、導線つきソケット、豆電球をつない
乾電池、導線つきソケット、豆電球をつないで、で、豆電球をつける。
豆電球をつける。
第2時
回路ができると電気の通り道ができ、豆電球が
点灯することを知る。
第3時
第3時
回路の途中に導線以外のものをつないで電気を 回路ができると電気の通り道ができ、豆電球
通すものを調べる。
が点灯することを知る。
鉄、銅、アルミニウムは金属の仲間であること
を知る。
第4・5時
第4時
回路の途中に導線以外のものをつないでどのよ 回路の途中に導線以外のものをつないで電
うな結果になったら電気を通すものは鉄と言える 気を通すもの通さないものを調べる。
のか、金属といえるのか考える。
第5時
電気を通すもの通さないものを調べる。 調べた結果をもとに考え、鉄やアルミニウムなど
の金属は電気を通し、紙やプラスチックなどは電
気を通さないことを知る。
第6・7時
第6時
・調べた結果をもとに考え、鉄やアルミニウ
空き缶の電気の通り方を調べる。
印刷してあるところは電気を通さない。削った ム な ど の 金 属 は 電 気 を 通 し、 紙 や プ ラ ス
チックなどは電気を通さないことを知る。
ところは電気を通す。
・空き缶の電気の通り方を調べる。
第7時
学習後の OPP 本質を貫く問いと自己評価の記述。 印 刷 し て あ る と こ ろ は 電 気 を 通 さ な い。
削ったところは電気を通す。
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
(4)第3時のカリキュラム評価
① OPP シートの学習履歴の記述
表2に示した修正したカリキュラムで授業を実施したところ、第3時の授業終了時に OPP シー
トに書いた児童の学習履歴である「きょうの学習で大切だと思ったこと」の主な記述は表3のよ
うになった。
表3 第3時のOPPシートの記述例
・金属からできているものは電気を通す。(女子、T.R.)
・鉄は金属に入っている。ほかにもアルミニウムも入っている(女子、M.A.)
・電気を通すものは金属みたいな固いものが通すと思います。(男子、H.K.)
・金属-鉄―銅―アルミニウム(女子、N.H.)
表2に加えた内
容を学習すること
によって、鉄、ア
ルミニウム、銅が
金属であることを
知 り、「 金 属 が 電
気を通す」と記述する児童は多くなる。しかし、「~という結果になったから金属といえる。」と
いう表現はできていない。つまり結果から考察を導くことが、まだできているわけではないこと
がうかがわれる。
(5)第4時のカリキュラム評価
① 第4時における話し合いの内容
そこで、第3時の OPP シートの記述の評価から、修正したカリキュラムのとおり、どのような
結果になったのなら電気を通すのが金属といえるのか、あるいは鉄といえるのかを考えるために、
以下に示した課題についてグループで話し合い、ホワイトボードに書いて発表させた。
ⅰ という結果になったら電気を通すものは金属といえる。
ⅱ という結果になったら電気を通すものは鉄と言える。
ホワイトボードの記述は表4のような内容であった。
表4 第4時ホワイトボードの記述
Aグループ
ⅰ 全部電気を通すという結果だったら電気を通すものは金属といえる。
ⅱ 鉄だけ電気を通すという結果だったら電気を通すものは鉄だといえる。
Bグループ
ⅰ 鉄が電気を通さないという結果だったら電気を通すものは金属といえる。
ⅱ 金属が電気を通さないという結果だったら電気を通すものは鉄だといえる。
Cグループ
ⅰ 電気が通るという結果だったら電気を通すものは金属といえる。
ⅱ 電気が通るという結果だったら電気を通すものは鉄だといえる。
Dグループ
ⅰ 電気を通すという結果だったら電気を通すものは金属といえる。
ⅱ 電気を通すという結果だったら電気を通すものは鉄だといえる。
Eグループ
ⅰ 磁石につかないというけっかだったら電気を通すものは金属だといえる。
ⅱ 磁石にくっつかないという結果だったら電気を通すものは鉄だといえる。
Fグループ
ⅰ 電球がついたら金属といえる。
ⅱ 電球がつかなかったら金属ではない。
Gグループ
ⅰ アルミニウムという結果だったら電気を通すものは金属だといえる。
ⅱ 鉄という結果だったら電気を通すものは鉄だといえる。
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
A、B、Cグループのように、間に入れるものを主体として結果を表現できたグループもあるが、
結果と考察の関係を理解していない児童もが多いことが推察できる。どのグループの考えがよい
か全体で話し合ったところ、Aグループの考えがよいことに気づいた児童もいた。
② 第4時における OPP シートの学習履歴の記述
ホワイトボードを使っての発表と話し合いの終了後、OPP シートに書いた「きょうの学習で大
切だと思ったこと」の主な記述は表5のようになった。
表5 第4時のOPPシート学習履歴の記述例
・電気を通さないのが鉄だったら電気を通すのが金属といえる。電気を通さないのが金属だった
ら電気を通すものが鉄だと言える。( 男子、H.K.)
・全部電気を通す結果だったら電気を通すものは金属といえる。鉄だけ電気を通す結果だったら
鉄だと言える。( 男子、F.W.)
・鉄が電気を通さない結果だったら電気を通すものは金属だと言える。金属が電気を通さない結
果だったら電気を通すものは鉄だと言える。( 女子、S.H.)
・ⅰ. 全部電気を通すという結果だったら電気を通すものは金属といえる。ⅱ. 鉄だけ電気を通す
という結果だったら電気を通すものは鉄という。( 女子、N.S.)
・電気を通す結果だったら電気を通すものは金属といえる ( 女子、I.A.)
話し合いを経たことで、男子 F.W. や女子 N.S. のように正しく考えられる児童もいるが、多くの
児童は正しい推論はできていなかった。このまま、実験を行っても、結果から考察を導くことは
難しいと考えられる。
(6)第5時における OPP シート学習履歴の記述
第5時には前時の OPP シートの記述の評価に基づいて、どのような結果になったら金属といえ
るのかあるいは鉄と言えるのかを再度全体で話し合い、確認する過程をもった。その後、鉄、銅、
アルミニウムを間に入れて調べる実験を行った。
その結果、第5時の授業終了時に OPP シート書いた「きょうの学習で大切だと思ったこと」の
主な記述は表6のようになった。
表6 第5時のOPPシートの記述例
・( 結果の表を示し ) 電気を通すのは金属だと言える。(男子、H.K.)
・(間に入れる回路図を示し)電気を通すのは金属といえる。( 男子、F.W.)
・電気を通すのは鉄銅アルミニウム全部で金属が電気を通した。( 女子、S.H.)
・
(結果の表を示し)分かったこと電気を通すものは金属だと言える。( 女子、N.S.)
・全部豆電球でついたので金属だった。( 女子、I.A.)
多くの児童が、
電気を通すのは
金属だと記述し
た。 ま た、 表 に
まとめた結果と
結論を両方書い
た 児 童 も い た。
カリキュラムに「~の結果から~とわかる」ことを考える過程をもうけたことで望ましく変容し
た児童がふえたことがわかる。
(7)「単元を貫く本質的な問い」単元学習後の記述
こうした学習活動や授業の結果、単元学習後には、欠席者をのぞく全員が電気を通すものは「金
属」と答えた。本単元のカリキュラムはこの内容に関しては妥当であったといえるだろう。
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
2.「磁石の性質」の単元の結果
次に、二つめの単元の研究について検討する。
(1)本単元で使用した OPP シート
本単元で利用した OPP シートを図4,5に示す。前単元の OPP シートと同様の形式なっている。
単元を貫く本質的な問い、学習履歴、自己評価より構成されていて三つ折りで使用する。
(2)単元を貫く本質的な問い
学習前後に記述する本研究に関わる本質的な問いを次に示す。「電気の通り道」の単元では、電
気を通すものが金属であることを推論できるかどうかのみを目標にしたが、本単元では磁石につ
くものが鉄であることと、それを考察するための根拠である実験方法と結果を説明できることを
目標に加えた。問題1と2はその2点を評価するための問題である。
問題1 じしゃくにつくのはどんなものですか。
問題2 問題1は,どんな実験をして,どんな結果になると、たしかめることができますか。
くわしく書きましょう。
問題1の単元学習前の主な記述は、表7のようであった。
表7 問題1の記述例
・鉄
6名
・金属 16名
・鉄、金属 2名
・はさみ、ホチキスのしん2名
(欠席4名)
電気の通り道の学習のときと違い、鉄あるいは金属と物質名
で答える児童がほとんどであった。また、金属と答える児童が
多いが、この中には、鉄は金属に含まれるという関係を正しく
理解していない児童も多いと思われる。
問題2の単元学習前の記述例は次の表8のようであった。
表8 問題2の記述例
・磁石につくかという実験をしてつくものもあればつかないものもある。(女子、U.K.)
・磁石はアルミニウム、銅、鉄にくっつくかたしかめ、全部くっついたら金属で鉄だけだったら
鉄と言える。( 女子、N.S.)
・わからない(男子、T.S.)
・磁石をいろんなものにくっつけてみる実験(女子、S.K.)
・棒磁石を鉄にくっつけると確かめることができる。(女子、U.R.)
女子 N.S. のように、学習前から適切な記述をした児童は、
「電気の通り道」の単元での学習の効
果があったものと思われる。しかし、多くの児童は電気の学習で結果から考察にいたる推論を行っ
たが対象が磁石にかわると正しい推論ができない。女子 S.K. のように「いろいろなものにつけて
みる」というふうに帰納的な推論を前提としている記述が多い。これは教科書のカリキュラムと
同じ過程を児童も意識しているといってもよい。
(3)授業のねらいを達成するための修正と改善
教科書に示される一般的なの授業の流れでは、「磁石につくものをさがそう」という課題を提示
し、身の回りのものに磁石を近づけて、引きつけられるかどうかを調べて表に整理する。そして、
「磁石は鉄でできたものを引きつける。紙やガラス、プラスチックなどは磁石につかない。また、
アルミニウムなどの鉄以外の金属も磁石につかない。」とまとめる。「電気の通り道」のときと同
様に自由試行的な実験と帰納的な推論を通して、科学的に妥当な結論を導こうというのである。
しかし、単元学習前の本質的な問いに対する記述からは、自由試行的な実験から帰納的な推論
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
図4 磁石の性質OPPシートの表面
図5 磁石の性質OPPシートの裏面
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
を行う学習によって、児童たちの既有の知識が科学的に妥当な考えに変わることは困難であるこ
とが予想される。また、観察・実験の結果から結論を推論する能力の育成を図ることも困難であ
ろう。「電気の通り道」の単元と同様に「~の実験をして、~という結果になったら、~というこ
とが分かる」ことを考える過程をカリキュラムの中に位置づけることが必要であると考えられる。
そこで表9に示すように修正したカリキュラムで授業を行う(加えた内容は斜字 で示す)。
表9 カリキュラムの比較
修正したカリキュラム
教科書に示されたカリキュラム
第1・2時
・いろいろなものを磁石に近づけ、磁石につく
ものをさがす。結果を表にする。
第1時
・学習前の OPP 本質を貫く問い記述。
・いろいろなものを磁石に近づける。
第2時
・どんな実験をして、どのような結果になったな
ら磁石につくものは金属といえるのか、またど
んな結果なら磁石につくものは鉄と言えるのか
考える。
第3時
第3時
・鉄、銅、アルミニウムを含めいろいろなものを ・磁石につくものはどんなものか調べた結果を
もとに考える。
磁石につけて何が磁石につくのか調べる。
・どんなものが磁石につくのか分かったことを
・磁石は鉄でできたものを引きつける。
・紙、ガラス、プラスチックなどはつかない。ア 発表する。
ルミニウムのなどの鉄以外の金属も磁石につか ・磁石は鉄でできたものを引きつける。
ない。
・紙、ガラス、プラスチックなどはつかない。
アルミニウムのなどの鉄以外の金属も磁石に
つかない。
第4・5時
第4~6時
・2つの磁石のちがう印の極どうしを近づける。同 ・2つの磁石のちがう印の極どうしを近づけ
る。同じ印の極どうしを近づける。
じ印の極どうしを近づける。
・ちがう印の極どうしは引き合い、同じ印の極ど ・ちがう印の極どうしは引き合い、同じ印の極
どうしはしりぞけ合う。
うしはしりぞけ合う。
・磁石のN極は北をさす。
・磁石のN極は北をさす。
第7時
・磁石に付けた釘を小さい鉄の釘に近づける。
・磁石に付けた釘を方位磁針に近づける。
第6・7時
・磁石に付けた釘を小さい鉄の釘に近づける。
・磁石に付けた釘を方位磁針に近づける。
・どんな実験をしてどんな結果になったら釘は磁
・調べた結果を整理して磁石に付けた鉄の釘が
石になったといえるのか考える。
磁石になっているか考える。
第8時
・調べた結果を整理して磁石に付けた鉄の釘が磁 ・磁石についた釘は磁石になっている。
石になっているか考える。
・磁石についた釘は磁石になっている。
第8時
第9時
・身の周りで磁石を利用しているものを考える。 ・身の周りで磁石を利用しているものを考え
・学習後の OPP 本質を貫く問いと自己評価の記述。 る。
(4)第1時の学習活動
① 発表内容
第1時は、自由試行をした後、気づいたことや調べてみたいことを発表した。その中には磁石
の極などに関する発言もあったが、「じしゃくにつくもの」についての発言のみを表 10 に示す。
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
表 10 主な発表内容
② OPP シートの学習履歴の「じしゃくにつくもの」
の記述
・金属についている。
第1時の OPP シート学習履歴の記述は表 11 のような内
・鉄についた。
・鉄でもついたりつかなかったりする。
容であった。
・同じ色なのになぜつかないのだろう。
・プラスチックにつかない。
金属と鉄の関係を理解しておらず、多くの児童が金属に
つくと記述した。「鉄にはつく」と記述した児童もいたが、
「ほかの金属にはつかない」ことを記述した児童はいなかった。また、前単元「電気の通り道」で
学習した、「結果から考察を導く推論」を行っていない児童も多かった。内容が変わると以前の学
表 11 第1時のOPPシート学習履歴の記述例
・金属はつくことがわかった。プラスチックはつかない。(女子、S.K.)
・磁石はプラスチックにはつかないけれど鉄だとくっつく。(女子、U.R.)
・鉄は金属の仲間だけど、金属はつかない(女子、I.M.)
・プラスチックはくっつかない。(男子、T.S.)
・金属でも磁石につかない金属があった。(男子、M.K.)
習内容を活用して思
考をすることは困難
である。
第1時の学習で
は、学習前の本質的
な問いの記述から予
想されたとおり、自
由試行からは科学的に妥当な考えは出てこなかった。しかし、男子 M.K. のように、磁石につくの
は金属とはいえないことに気づき始めた児童もいる。磁石につくのは金属といえるのか鉄といえ
るのかどうかが課題として意識されるようになった。
(5)第2時のカリキュラム評価
① 話し合いの内容
「磁石につくものは鉄と言えるのか、金属といえるのか」確かめる方法と「どのような結果にな
ると何がいえるのか」をグループで話し合い、ホワイトボードで発表する。ホワイトボードは表
12 のような記述になった「何が言えるのか」の部分が考察にあたる。
鉄が金属に含まれることを正しく表現できていないグループも多いが、「~の結果だったらば~
といえる。」と推論の形は整ってきている。
② OPP シートの学習履歴の記述例
話し合いと発表のあと、OPP シートに今日に授業で大切だと思うことの主な記述は表 13 のよう
になった。
どのような実験をして、どのような結果になったら鉄と言えるのか金属といえるのか、表現で
きる児童が多くなった。前時までは、結果から結論を導くことは難しかったが、本時の OPP シー
トの記述からは望ましく変容している児童が増えていることが分かる。カリキュラムに加えた「~
の結果だったら~といえる」ことを考える活動の効果がうかがえる。次時の授業では実験結果か
ら考察できる児童が多くなることが予想される。
(6)第3時の学習活動
授業では鉄、銅、アルミニウムを含めいろいろなものを磁石に近づけて結果を表にする。そし
て考察を記述させた。実際の授業では考察という言葉は用いず、「わかったこと」として考察を考
えさせている。
① OPP シートの学習履歴の記述例
第3時における OPP シートの学習履歴は表 14 のような記述であった。
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
表 12 話し合いの内容のホワイトボードへの記述
Aグループ
方法 まず、鉄に磁石をあてる。次に金属に磁石をあてる。
結果 金属にくっつかなかったら鉄だといえる。鉄にくっつかなかったら金属だといえる。
Bグループ
アルミニウムや鉄に磁石をくっつけてみてくっついたら金属だといえる。くっつかなかったら
金属だといえない。
Cグループ
方法 磁石に鉄・アルミニウム、どうがくっついたら磁石につくのは金属といえる。
結果 鉄だけ磁石にくっついたら磁石につくのは鉄だと言える。金属が磁石についたら磁石に
つくのは金属といえる
Dグループ
方法 磁石を金属と鉄にくっつけてみる。
結果 銅、鉄、アルミについたら金属といえる。鉄だけについたら鉄といえる。
Eグループ
方法 鉄、アルミニウム、銅をじしゃくにくっつける。
結果 鉄アルミニウム銅にくっついたら金属だといえる。くっつかなかったら鉄だといえる。
Fグループ
方法 鉄と金属を磁石にくっつけてみる。くっついた方が結果となる。
結果 になったら鉄といえる。
になったら金属といえる。(「になったら」の前には何も書いていない)
Gグループ
方法 鉄と金属に磁石をつける
結果 金属がつかない結果になったら鉄だといえる。鉄がつかない結果になったら金属だとい
える。
表 13 第2時のOPPシート学習履歴の記述例
・鉄銅アルミニウムについたら金属だといえる。鉄だけについたら鉄と言える。(女子、U.K.)
・結果は銅アルミニウム鉄についたら金属といえる。鉄だけについたら鉄と言える。(女子、
U.R.)
・鉄銅アルミニウムに磁石につける。結果銅アルミニウム鉄についたら金属といえる。鉄だけに
ついたら鉄と言える。(女子、N.S.)
・実験方法 鉄・銅・アルミに磁石をつける。結果 鉄・銅・アルミにつくと金属だと言える。(女
子、S.K.)
・銅・アルミニウム・鉄につけてみて鉄だけについたら鉄と言える。(男子、T.S.)
表 14 第3時のOPPシートの学習履歴の記述例
・鉄・磁石につくものは鉄と分かりました。銅アルミニウム木ガラスにはつかないことが分かり
ました。(女子、U.K.)
・磁石につくものは鉄だと言える。(女子、U.R.)
・実験の結果鉄だけについた。磁石の性質①磁石は鉄にくっつく。(女子、S.K.)
・磁石につくものは鉄だと言える。磁石の性質①磁石につくものは鉄。(女子、N.S.)
・磁石につくものは鉄。(男子、T.S.)
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
表 15 問題2単元学習後の記述例
学習後の記述の類型
学習後の記述例
学習前の記述
・磁石に金ぞくはつくという実験 磁石につくかという実験をして
をして鉄だけについた。(女子、つくものもあればつかないもの
もある。
U.K.)
(女子、U.K.)
適切な方法と結果を記述
・鉄・銅・アルミニウムを磁石につ ・ 磁 石 は ア ル ミ ニ ウ ム 銅 鉄 に
ける。鉄・銅・アルミニウムにつ くっつくかたしかめ、全部くっ
いたら金属だと言える。鉄だけに ついたら金属で鉄だけだったら
ついたら鉄だと言える。( 女子、鉄と言える。( 女子、N.S.)
N.S.)
鉄がつくことのみの結果を ・ 釘 は 鉄 で 磁 石 に く ぎ が つ く か わからない。(男子、T.S.)
記述
ら。(男子、T.S.)
方法のみ記述
・ 金属に磁石をくっつける。
(女 磁石をいろんなものにくっつけ
てみる実験。(女子、S.K.)
子、S.K.)
別の実験の方法と結果を記 ・磁石に釘をつけて、磁石を釘か 棒磁石を鉄にくっつけると確か
述
(女子、
らはなしたらく釘に引きつける めることができる。
U.R.)
人数
7
5
7
5
性質がのこってくっつく。(女
子、U.R.)
わからない
3
(なお欠席者は3名)
学習前の自由試行のあとで金属と答えていた子も、全員磁石につくものは鉄だという考えに変
わった。
(7)単元を貫く本質的な問い単元学習後の記述
問題1には欠席者をのぞく全員が磁石につくものは鉄であると答えた。磁石につくものは鉄で
あるという知識については、修正したカリキュラムが妥当であったといえる。
問題2の「実験方法と結果」の問いの記述例を類型別にした人数は表 15 のとおりであった。学
習前後を比較できるように、同じ児童の学習前の記述も示した。
学習前の記述と比較すると方法・結果・考察を記述できるようになってきている。修正したカ
リキュラムの効果が表れているといえるが、適切に記述できる児童は7名と多いとはいえない。
Ⅴ.考 察
1.カリキュラムマネジメントの必要性と重要性
授業で児童たちを望ましい形に変容させ、適切な資質・能力を育成するためには、児童の実態を
把握した上で教材や指導方法を工夫し、効果的な観察・実験を行うことが必要である。そのために
は1時間の授業だけでなく、本研究で検討してきたようにカリキュラムを評価して改善するという、
カリキュラムマネジメントの考え方が必要であると考えられる。
自ら学び自ら考える力、つまり生きる力を育むためにどのようなカリキュラムが望ましいのであ
ろうか。理科においては自ら学び、自ら考える力を育てるための中心的な問題解決として「見通し
を持った観察、実験」のカリキュラムを具体化する必要があろう。問題についての予想や仮説をもち、
観察、実験の計画や方法を考える過程、観察、実験の実施、結果を表やグラフに整理して考察、表
現するなどの一連の活動をカリキュラムに具体化する必要がある。
資質・能力を高めるためには児童の実態を把握し、目標と照らし合わせながら学習活動を計画す
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
る。これがカリキュラムの作成である。このカリキュラムを授業で実践し、児童が望ましく変容し
ているのかどうかを評価する。これは児童の評価であると同時にカリキュラムの評価でもある。カ
リキュラム評価の結果からカリキュラムの改善を行うのである。これらの一連の流れがカリキュラ
ムマネジメントである。カリキュラムは各学校で作成することになっているのであるから、カリキュ
ラムマネジメントはその学校の児童の実態の変容をもとに各学校で行わなくてはならない。
しかし、学校では教科書で示された例のとおりのカリキュラムで授業を行うことが多い。また、
授業評価を行ったにしても教師の感想や児童の意識調査によるものが多く、カリキュラムマネジメ
ントによる具体的な改善はあまり行われてこなかった。今後は、本研究の中で行われたような授業
改善、ひいては児童の資質・能力育成のためのカリキュラムマネジメントという視点が重要になっ
てくると考えられる。
2.OPPAによる学習者の実態把握の重要性と授業の狙い達成のためのカリキュラム改善
OPPA によって学習前の実態を把握することで、児童たちが実験結果から帰納的に推論して結論を
導き、科学的に妥当な考えに変容することは困難な場合があることが分かった。教科書には帰納的
な推論による問題解決的な過程が示されているが、実験を行う前に「~の結果になったなら~とい
うことが分かる」ことを学び、見通しをもつ過程を加えることで実験結果から自らの考えを科学的
に妥当な考え方に変えることができる。
また、修正したカリキュラムの効果は、学習履歴「きょうの学習で大切だと思ったこと」の OPP シー
トの記述により、評価することができる。電気の通り道と磁石の性質の2つの単元では、「鉄」なの
か「金属」なのかということについて、言葉による知識とともに実験方法や結果と結びついた手続
き的な知識を獲得していくようすが評価できる。
OPPA による学習後の評価から、電気を通すものは金属で、磁石につくものは鉄であることが記
述でき、このカリキュラムの有効性がうかがわれた。しかし、磁石につくものが鉄であることにつ
いては、方法と考察(わかったこと)が記述できる児童は、学習中には多くなったが、学習後の問
いについて妥当な答えが記述できる児童は学習中に比べて減っていた。学習後に書けなかった児童
の中には表 15 の女子 U.R. のように、この単元で学習した磁石の別の性質について確かめる方法と
結果を記述していた児童も5人いた。学習内容が多くなると新しい実験や、印象の強い実験につい
て記述するのではないだろうか。これもまたカリキュラム評価を行った結果である。3年生として、
目標も含め問題点を再検討する必要があるだろう。
OPPA によって児童たちの資質・能力の実態が評価でき、カリキュラムづくりに生かすことができ
る。そして児童の変容も OPPA によって評価できる。児童の変容はカリキュラム評価でもある。望
ましく変容していればそのカリキュラムは効果的であるといえる。望ましい変容が見られない場合
はカリキュラムの問題点を検討し修正を行うことができる。OPPA はカリキュラムマネジメントを行
うためのカリキュラム評価の具体的なツールとなりうる。
(附記)本研究の一部は、科学研究費基盤研究 (B)(課題番号 21300291)よった。
(註)
1) 文部科学省「小学校学習指導要領解説理科編」pp.7-11、大日本図書、2008
2) 同上書
3) 猿田祐嗣・中山 迅編著「思考と表現を一体化させる理科授業」東洋館出版社、2011
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小学校3年生の資質・能力の実態とその育成
4) 松原道夫「理科におけるカリキュラムマネジメントの視点」『理科の教育』Vol.61、pp.5-8、
2012
5) 堀 哲夫『一枚ポートフォリオ評価 理科―児童と先生がつくる「学びのあしあと」』日本標準、
2004
- 163 -
教育実践学研究 18,2013
164
OPPシートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
-高等学校生物Ⅰ「生殖と発生」を事例にして-
How Should Teachers Research Teaching Materials
for Improving Their Teaching Skills of Science Using OPP Sheets? :
In the Case of “Reproduction and Generation” of High School’s BiologyⅠLesson
渡 邉 萌 * 神 澤 恒 治 ** 堀 哲 夫 ***
WATANABE Moe KANZAWA Tuneharu HORI Tetsuo 要約:教材研究は授業実施前に行われることが多い。授業力向上という視点から考え
ると、授業実施前の教材研究だけでは不十分であり、授業実施中・後の教材研究が必
要不可欠である。とりわけ、経験の浅い教師にとっては教材研究をどう行うかが授業
力の向上と深く関わっている。そこで、本研究では教材研究の要点を明確にするとと
もに、生物Ⅰ「生殖と発生」の単元を事例にして学習指導案と OPP シートを作成し、
それを活用した授業を行った。授業実施中の教材研究として OPP シートの学習履歴の
内容から授業の修正、改善を行った。次に、授業実施後の教材研究として OPP シート
に記載された内容から教材の妥当性と授業評価を行った。その結果、実施した授業に
は特に問題点はなく、適切な教材研究の結果ということが裏づけられたと判断した。
たとえ経験の浅い教師であっても、本研究で行われた方法により授業力向上をはかる
ことができると考えられる。
キーワード:教材研究 OPP シート 一枚ポートフォリオ評価 授業力向上
Ⅰ はじめに
本研究は、経験の浅い教師の授業力向上のための力量形成を具体的にどう行うか明らかにするこ
とを目的としている。とりわけ、経験の浅い教師にとっては、授業を行う上での力量形成が大きな
課題となっている。教師としての力量には、学級経営や教科指導、生徒指導、進路指導などいくつ
かあるが、本研究では、教材研究を中心とした力量形成について検討する。教材は、学習活動を成
立させるために必要不可欠なものと言え、教材なしに授業が実施されることはありえない。
つまり、質の高い教材研究を行えるようになるということは、授業力を向上させることにつながっ
ている。具体的には、OPP(One Page Portfolio)シート(後述図4、5参照)の作成と活用が質の高
い教材研究を行うこともつながり、さらに授業力を向上させることが可能になると考えられる。そ
こで、OPP シートを活用した教材研究のあり方について検討を行った。また、教材研究と OPP シー
トの関わりについても検討していきたい。
Ⅱ 研究の目的
これまで、教材研究というと授業実施前に行う教材開発や教材・教具の選択、予備実験等が主で、
授業中・後の教材研究があまり行われてこなかった。つまり、ややもすると学習指導案を作成する
*
教育実践創成専攻大学院生 ** 山梨県立甲府東高等学校 *** 教育実践創成講座
OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
ための教材研究に終始しがちであったと言える。また、学習指導案だけで行う授業の教材研究では、
観点別評価や指導書に書かれているような顕在的な単元の目標に傾きがちで、より本質的である潜
在的な目標が示しにくく、評価も行いにくかった。
本研究は、上記のような教材研究における問題点を克服し、教師の力量形成のための教材研究を
行うことにより、授業力の向上を目指すことを目的とする。そのさい、授業力が向上したかどうか
は OPP シートに書いた生徒の学習履歴により確認した。
Ⅲ 研究の方法
研究目的を検証するため、2011 年5月から 2012 年1月まで山梨県立A高校の普通科2年生のクラ
スで著者の一人である渡邉(ストレートマスター)が授業を行った。実施期間は 2011 年8月から 10
月までで、単元は生物Ⅰの「生殖と発生」である。
具体的な方法としては、まず、教材研究における課題を明確化した。授業実施前に、授業観察な
どから単元観や指導観、生徒観を明確にし、授業構成や教材・教具の選択、学習指導案の作成、OPP
シートの作成を行った。また、教材研究は授業の最初に実施すれば終わりというわけではなく、教
材の修正や次回に行う授業の改善など授業中・後の教材研究も大切であると考え、OPP シートを活
用しながら単元を通して教材研究を行った。
授業では OPP シートを用いて、授業の残り5分にその授業の中で一番大切だと思ったことを書い
てもらい、その内容をもとに次の授業の修正や改善、コメントによるはたらきかけを生徒に行った。
単元の最後には、学習前・後の本質的な問いを比較して自己評価をしてもらい、教材の妥当性や次
の授業の修正・改善を図った。シートの作成と活用を通して、質の高い教材研究を行うことで授業
力を向上させることが可能であると考えた(図1参照)。
図 1 OPPシートを活用した教材研究と学習指導案の作成および授業改善
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
Ⅳ 研究の結果と考察
1 授業実施前の教材研究
教材研究を行うに当たり、生徒の実態を把握し、本単元を通して生徒に学んでほしいことを考
えた上で、単元の目標、生徒観、教材観、指導観について検討した。これらをもとに、授業構成
や教材・教具の選択、学習指導案と OPP シートの作成を行った。また、顕在的な目標とは別に、
潜在的な目標を設定し、生徒が完成させた OPP シートに反映できるよう、授業構成や教材の選択、
OPP シートの本質的な問いを設定した。
ここで言う潜在的な目標とは、教師が授業や教科・科目を通して生徒に伝えたい思いや、学ん
で欲しいことを意味している。たとえば、生物学であれば「生命の大切さ」などである。逆に、
顕在的な目標とは、学習指導案に表現される主として観点別評価に対応したものである。潜在的
な目標は、学習指導案には表現されにくいが、極めて重要である。
OPP シートの要素の1つである『本質的な問い』を設定するためには、その単元における教材
の本質を深く理解し、生徒に何を学んでほしいのか、学ぶ必然性をどのように持たせればいいの
かということを考えておく必要がある。これは、教材研究の根本であり、生徒に潜在的な目標を
意識させることにつながる。
(1)教材研究の要点
授業実施前に行ってきた授業観察から、教材研究を実施するに当たり、次のような要点を得る
ことが出来た。
① 教材観の要点
この単元で扱う発生の過程などは、生徒が実際に見ることができない。そこで、パワーポイ
ントを使って実験映像やアニメーションを用いたスライドを見せることで、一つの細胞がどの
ように分化をしていき複雑な個体をつくっているのか捉えさせていくことにした。
② 生徒観の要点
授業を実施した学校では、受験で生物を利用する生徒はほとんどいないため、入試ために覚
えるという動機づけはできていない。そのため、受験以外の動機づけが必要でり、学習の必然
性を感じてもらえるような授業の構成、教材の選択を行う必要があった。
③ 指導観の要点
「発生」では、1つの細胞である受精卵から複雑な器官をもつ個体が出来上がるまでの過程に
ついて細胞レベルで捉えさせる。それを踏まえて、自分がこの世に誕生するまでにどのような
過程を経てきたのか、これから誕生する命はどのような過程で成体になっていくのかというこ
とを考えさせ、命の大切さを理解させるようにした。
④ 顕在的目標と潜在的目標の明確化と授業実施における教師の意識化
すでに述べたように、授業における顕在的な目標とは、学習指導案に表現される観点別評価
「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知能・理解」の4観点に対応したものである。
一方、潜在的目標とは、「生命の尊さ」や「生命の不思議さ」を感じさせるという生物を学ぶ上
できわめて重要な目標である。このような潜在的目標は学習指導案には表現されにくく、また、
- 166 -
OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
その評価も難しいが、教師はそのような目標観をもって持って授業を行うべきであり、生徒に
も意識できるように授業を行うことが必要であると考え、授業を実施した。
(2)OPP シートと学習指導案の作成
上で検討した教材研究の要点をふまえ、本研究では、OPP シートの作成と学習指導案の作成は
同時に行った。学習指導案については紙数の関係から省略する。授業構成については後述の表1
を参照されたい。
① 教材、教具の選定
担当するクラスの生徒は教科書しか持っていないので、見ることのできる図が限られてしま
うことや、元々発生過程が目に見えない、図を描くのが難しく時間を要するということから、
本単元は板書ではなく、プロジェクター(図2参照)とプリント(図3参照)を用いて授業を
行った。
図3 作成したプリントの一部
図2 作成したスライドの一例
② 授業構成の概要
「発生」の単元は、教科書通りだと「ウニの発生」から始まっている。しかし、それほど身近
ではない生物の発生過程に学ぶ意義を見いだすことは難しいと考えられる。また、本単元は、
生命の誕生に深くかかわっているため、命の大切さについて感得させることが可能な単元であ
る。
そこで、第1時に教科書とは全く関係のない結合双生児やサリドマイドによる障害を持った
子の写真を教材として用いた。そして、これらが発生過程の障害によるものであることを説明
し、動物の発生を学ぶための動機づけになる授業を1時間行った(表1第1時参照)。
また、発生のしくみに入る前に発生研究の歴史について説明を行うことで(表1第5時参
照)、生徒に発生について興味を持ってもらえるよう工夫した。
③ 学習の履歴を把握する OPP シートの作成
OPP シートは「学習前・後の本質的な問い」、学習過程の「学習履歴」、学習全体を振り返る
「自己評価」の3つの要素から構成されている1)。
「学習前・後の本質的な問い」には、その単元を通して、教師が最もおさえたいこと、これだ
けはどうしても理解してほしいことを、生徒に学習前・後の変容を見せて生徒自身に気づかせ
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
表1 実施単元の授業構成(全 11 時間)
時
学習内容
時間
第1時
なぜ発生を学ぶのか
1
第2時
ウニの発生
1
第3時
カエルの発生
1
第4時
器官の形成
1
第5時
発生の歴史、調節卵とモザイク卵
1
第6時
原基分布図、分化の決定
1
第7時
形成体と誘導、誘導の連鎖
1
第8時
花粉のでき方
1
第9時
胚のうのでき方、重複受精
1
第10時
被子植物の胚の発生
1
第11時
まとめ
1
るために、全く同一の問いを用いる。そのため、この問いは単元を貫く本質的な内容に関する
問いを設定する必要がある。
「学習履歴」には、毎時間の授業の中で、もっとも大切だと感じたことを書いてもらうことで、
生徒が自分なりに授業を振り返ることができる。また、教師は、この毎時間の記述から生徒の
学習内容の理解の状況を知ることができる。この内容が、教師の意図したものと違っていれば、
授業に改善の余地があるということになるので、次の授業を含め、その後の授業全体の改善を
行っていく。このような繰り返しによって、「指導と評価の一体化」を実現させていくことがで
きる。
「自己評価」は、生徒が書きあげた OPP シート全体を振り返り、何がどのように変わり、そ
のことについて自分はどう思うかなどを書かせる。学習全体を振り返ることで、自分の学びが
単元全体の中にどのように位置づけられていくのか、具体的内容をともなって自ら最重要点を
まとめながら可視的にモニタリングを行わせることができる。
これらのことを踏まえたうえで、図4、5のような OPP シートを作成した。
④ 本質的な問いの設定
中学校でも「発生」を学ぶが、中学校と高校で学ぶ「発生」の違いは、「細胞レベルで生物を
捉える」という点であると考える。また、「物質」によって「発生」や「分化」は起こっている
ということを意識させるためにも、生徒には、「細胞レベルで発生を捉えてほしい」と考え、単
元を貫く本質的な問いは「カエルの卵がカエルの成体になるまでの過程で知っていることを書
いてください。」と設定した。
2 授業実施中の教材研究
学習指導案を作成しただけで授業が始まってしまうと、授業の修正をすることが難しくなる。
しかし、OPP シートを用いることで、毎時間生徒に書いてもらった学習履歴の内容と教師が意図
したこと、伝えたかった内容と大きくずれている場合は授業や教材が適切でなかったと判断し、
次の授業で修正が可能になる。
また、授業中、生徒 40 人の個に応じた指導というのは難しいが、OPP シートは生徒が書いた
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
図4 作成したOPPシートの表面と記述例(H.Y.:女子)
図5 作成したOPPシートの裏面と記述例(H.Y.:女子)
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
学習履歴に対し、教師は毎時間コメントを返すので、個に応じたはたらきかけが可能になる。こ
うした授業実施中の教師のはたらきかけは、単元の目標を達成するためには不可欠なことであり、
目標を達成するための教材研究の一部であると言える。また、このようなきめ細やかな教材研究
によって、教科書の内容を理解させるだけでなく、資質・能力の向上にもつながると考えられる。
(1)学習履歴の内容をふまえた授業の修正・改善
第6次では、「フォークトの局所生体染色法による原基分布図」と「シュペーマンの交換移植
実験による発生運命決定の時期」について授業を行い、教師としては、「どんな実験からどんな
ことが分かったのか」ということを押さえていてほしかったが、多くの生徒が研究者の名前と
実験名、予定運命図くらいしか学習履歴に書けていなかった(図6、7参照)。そこで、この授
業に問題があったとし、次の授業の最初で説明をし直した。
図6 第6次の学習履歴(H.G.:男子)
図7 第6次の学習履歴 (M.S.:男子 )
(2)コメントによる個の生徒に応じたはたらきかけ
上で述べたように、授業中、40 人すべての生徒の個に応じた指導を行うことは難しいが、
OPP シートは毎時間生徒が書いてくれた学習履歴にコメントを書いて返すので、個に応じた働
きかけが可能である。
例えば、図8は生徒が外化した学
習履歴に対して、教師が赤字でコメ
ントを書き、次の授業に生徒がコメ
ントを内化、内省しオレンジ色のペ
ンで書き加えをした例である。学習
履歴へのコメントは、こうした資質・
能力の他に授業改善、個に応じたは
たらきかけに対応しており、教材研
究が質的に高まると考えられる。こ
うしたはたらきかけは学習指導案だ
けでは難しく、OPP シートを活用す
るからこそ可能になるきめ細やかな
教材研究であると考えられる。
図8 教師のコメントに対し生徒が書き加えを行った例
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
3 授業実施後の教材研究
教材研究をより深めていくためには、授業実施後に行う教材研究が重要になってくる。まず、
その授業の教材に関する妥当性の評価を行う必要がある。そこで、OPP シートの本質的な問いや
自己評価欄の記述から、単元全体を通した教材の評価を行った。また、生徒の変容を見取った。
(1)OPP シートに記載された内容からの評価
本質的な問いの記述より、学習前は、「おたまじゃくしがカエルになる」と書いている生徒が
多かったが、学習後には、生物用語を使いながらほとんどの生徒が目に見えないような細胞レ
ベルの発生過程について用語を用いて書けている(図9、10 参照)。
このような記述から、授業前と授業後では変容があり、生徒に力が付いたと言える。生徒に
力が付いたということは、すなわち教師の力量も形成されたと考えられる。
(2)教材の妥当性の評価
次に教材の妥当性についてであるが、自己評価欄には、「学習前では目に見えるものだけで成
体になるまでの過程を表していたが、学習後では目に見えるもの以外というか・・・細胞を中
心として考えられるようになった」(図 11 参照)、「発生は単純で簡単なことだと思っていたが、
細胞レベルまで見ていったので、発生がとても大変なことだと思った。」(図 12 参照)というよ
うな記述がみられた。
このことから、本単元において、本質的な問いが核となり、一貫した目標が達成され、その
ための教材研究も適当であったと考えられる。
また、「命の大切さを感得させる」という潜在的目標を持って、教材研究を行ってきたが、
OPP シートの自己評価欄、感想欄に「今まで当たり前だと思っていたからだのしくみがあたり
前に思わなくなった。発生の途中に何か小さな異常があったらこの健康な身体はなかったと思
うと、すごくありがたみを感じた。」(図 13 参照)、「誘導が物質と知って妊娠中にアルコールが
何故だめなのか分かった。」(図 14 参照)、「生物を大切にしなきゃいけないと思った。」(図 15
図9 学習前・後の本質的な問いに対する記述例とその変容(H.G.:男子)
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
図 10 学習前・後の本質的な問いに対する記述例とその変容(M.S.:女子)
図 11 自己評価欄の記述例(S.N.:女子)
図 12 自己評価欄の記述例(M.S.:男子)
参照)という記述があった。
これらの記述から、本単元における教材研究は妥当であったと考えられる。こうした、教材
に関する妥当性の評価は、教材研究が授業前にしか行われなかったり、学習指導案だけを用い
る授業では難しい。しかし、OPP シートを用いることで、学習履歴や本質的な問い、自己評価
欄の記述からその授業における教材研究が適切であったかどうかを確認することが出来るため、
より教材研究を深めることが出来ると考える。つまり、学習指導案と OPP シートを併用して授
業を実施する、本研究のような教材研究の手法も妥当であると考えられる。
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
図 13 自己評価欄の記述例(N.F.:女子)
図 14 自己評価欄の記述例(M.S.:女子)
図 15 感想欄の記述例(R.M.:女子)
(3)本単元を再実施する場合の改善点の有無
もし、教師が意図していたことが書かれていなかったり、授業前と後で変容があまりなかっ
た場合には、教材研究に問題があったとし、単元を再実施する場合、改善が必要となる。その
際には、目標が妥当であったか、目標を達成できるような授業構成、教材選択であったか、また、
本質的な問いの難易度は的確であったかなどを確認し、再度教材研究をし直す必要がある。本
単元においては、生徒の記述から、教材研究における大きな問題点はなかったと言える。これ
が、授業後の教材研究として最も大切な要点の一つになる。
Ⅴ おわりに
本研究より、OPP シートを用いながら単元を通して教材研究を行うことで、質の高い教材研究が
可能になり、授業力の向上につながったと考えられる。
経験の浅い教師の授業は、一見、話し方にメリハリがなく、たどたどしい授業に見えるかもしれ
ない。しかし、OPP シートを活用した教材研究を行うことにより、経験が浅くても、生徒の変容が
見られたり、単元の目標が達成することができるような授業が可能になると考えられる。
このことは、教師としての授業力が向上したと言える。また、OPP シートを用いれば教材の妥当
性について評価し、改善することが出来るため、次の授業の教材研究をさらに深め、いっそう授業
力向上が望めると考えられる。以上のことから、本研究は教師の授業力向上に貢献できたと考えて
よいだろう。
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OPP シートを用いた理科授業力向上のための教材研究のあり方
(附記) 本研究は、授業実施と教材研究を渡邉が、授業実施における学習指導案および OPP シートの
作成についての指導を神澤が、OPPA や全体の指導を堀が行った。
(註)
1)堀 哲夫・市川英貴編著(2010)『理科授業力向上講座』東洋館出版社
(参考文献)
堀 哲夫・西岡加名恵(2010)『授業と評価をデザインする理科』日本標準
神澤恒治・堀 哲夫(2011)「OPP シートを活用した高次の学力形成における教師の働きかけに関す
る研究―高校「生物Ⅰ」の実践を中心にして―」『山梨大学教育人間科学部紀要』Vol.13、pp.108120
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教育実践学研究 18,2013
175
OPPAを活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
A Study on the Change of the Teacher’s Attitude toward Teaching English
in High School by Using OPPA
谷 戸 聡 子 * 堀 哲 夫 **
YATO Satoko HORI Tetsuo
要約:
「OPPA(One Page Portfolio Assessment)」を高校英語の授業に取り入れてから、授
業に対する教師自身の態度の変容が観察されるようになった。以前は正答のみを求め
る傾向が強かったが、シートの分析を通じ、頻発する生徒の間違いを許容できるよう
になった。さらに、今まで見過ごしていた生徒の間違いの徴候が、授業の様々な場面
において敏感に察知できるようになり、逆に間違いを利用することで本質的な理解を
促し授業力向上に役立てられるようになった。本研究では OPPA の事例を検証し、授
業改善に有効な教師自身の授業に対する態度の変容について考察した。その結果、生
徒に求める姿勢が「間違えないように学ぶ」から「間違えながら学ぶ」方向へ柔軟に
変容したことが明示され、最終的には生徒の側にも「自発的にどんどん間違えて調べ
るとおもしろくなる。」という意識変化が見られるようになった。
キーワード:高校英語、OPP シート、OPPA、肯定的な間違いの捉え方、間違えながら
学ぶ
Ⅰ はじめに
外国語学習で最も必要なことは、間違い1) を恐れず対象言語を使うことである。しかしながら、言
うは易く行うは難しい。日本人にとってこのことは想像以上に難しく、人前で間違えることは恥で
ある、という観念からなかなか逃れられない。これほどまでにグローバル化した社会において英語
の必要性が叫ばれている今日、日本人の英語運用力が伸び悩んでいる最大の原因は、まさに、この
間違いを恐れることではないかと思われる。その証拠に、日本に来る ALT で、間違っても人前で日
本語をしゃべることを躊躇しない人ほど例外なく日本語が上達して帰国していく。生徒のみならず、
英語教師に至っても日本人は完璧な発音や表現にとらわれ口が重くなり、英語の使用にしりごみす
る人が少なくない。
英語学習の成功の第一歩は、もちろん学習者自身が間違いを恐れないようにすることだが、それ
と同時に教師側も肯定的に間違いを捉える態度を育成する必要がある。また、いち早く進展の可能
性の芽ともいうべき間違いの断片を見逃さずに察知し、効果的に利用する、間違いを察知する能力
も必要である。問題は、長年培われた性向というものはいかんともしがたくなかなか直りにくいも
のであるうえ、ましてや、教師となって何十年もたってしまった今、果たして教師自身の、間違い
を否定的に捉えてきた習慣的態度の軟化が可能なのか、ということである。
本研究では、授業改善の実は根幹ともいえる教師自身の態度変容を OPP シートの事例分析を通じ
て検証してみた。
*
山梨県立甲府南高等学校 ** 教育実践創成講座
OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
生徒の変容に関する OPP シートを活用した実践報告はこれまでにも行われてきている2)。しかし、
OPP シートを使用している教師側の変容についての報告はほとんど見られない。これは、生徒の変
容の様子は OPP シートに記述として現れるため、事例を集めることができるが、教師の変容はシー
ト上に形として出てこないため、検証が困難なことによると思われる。
そこで、OPP シートの利用が教師の授業に対する態度変容に有効であることを以下の点から実証
したい。
一つめは、生徒の OPP シートの記述を見ることにより、頻繁に現れる理解度の不適切さを認識し、
教師が思うとおりに生徒は決して学ばない、という現実を冷静に受け止め、教師の間違いに対する
耐性を強める一助とできることを生徒の事例をもとに示したい。
二つめは、自身が収集した授業中のやりとり、質疑応答や問題演習過程における生徒の間違いの
例について考察し、その間違いが発生する背景および原因を理解し、本質的な理解へつなげる活用
方法を考える。正解のみを重要とし、生徒が間違えた事例を記録し収集することなどなかった OPPA
使用以前と比較すると、教師としての授業力が向上していることがわかる。問題演習等における授
業中の誤りは、OPP シートには現れてこないため、教師自身に強い関心がなければ、それらを記録
にとり、その後の授業で活用していくことはない。収集された多くの間違いの実例こそが、教師の
関心が肯定的に誤りをとらえる方向に向いていく様を表している。
また、年度後半になって、生徒の記述にも間違いを肯定的にとらえる意識変化がみられるように
なり、教師の意識転換が生徒の変容に効果を及ぼしていることを実証する結果となった。
Ⅱ 研究の目的
本研究の目的は以下の3点にある。
1.高校英語授業において OPP シートを活用することで、生徒が教えたことを正しく認識していな
いケースがあることを知る。むしろ、授業を一回で 100%理解することはまれである、という当た
り前のことを再確認し、生徒が間違えることに対し寛容になり、生徒教師双方が間違えることに
罪悪感を感じないような耐性をつける道具としての OPP シートの利用価値を知る。
2.OPP シート以外で収集した生徒の間違いの事例を分析し、OPPA を実践することにより培われ
た、間違いへの肯定的な捉え方(教師の自己変容)が、授業中や授業外の生徒とのやりとり全て
に波及効果を及ぼし、誤りを察知する能力が敏感になり授業力が向上していく様を検証する。
3.教師の間違いに対する意識転換が生徒の態度を変容させる効果があることを実証する。
Ⅲ 研究の方法
1.調査対象 山梨県立A高等学校普通科2年生 20 人×3クラス 計 60 名
2.調査期間 平成 24 年4月 12 日~平成 24 年 10 月 31 日
3.調査方法
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
(1)授業の進め方
2年生の英語ライティング授業において、教科書「English Writing『PRO-VISION』
(桐原書店)」
を使用し、文法項目や機能の確認、またそれらを使用した英作文演習を行った。生徒の自力によ
る予習を中心とした授業になるよう心がけ、ペアワークやグループワークで仲間同士誤りを修正
する活動を組み合わせ、生徒の疑問点や不明点が明確に浮かび上がるように構成した。年間を通
じて、できるだけ間違えないように演習問題に取り組むのではなく、間違いを恐れず、参考書や
辞書を手がかりに自力で予習し、またそれを人前で発表することを目標にした。進度は1課につ
き2時間をかけた。
(2)OPP シートの活用
OPP シート(後述図1)は、(1)学習前の目標習得事項についての事前知識、(2)毎回の授
業における本時の最重要事項、疑問点、及び感想、(3)単元終了時の学習後の上記(1)の項目
についての再記述、(4)学習前・中・後を振り返っての自己変容について、を記述させるように
作成した。毎回の 45 分授業の中で OPP シートを記述する時間を5分程度確保した。OPP シートは、
毎時間回収し、記述内容に下線やコメントをつけるなどして次の授業で返却した。今回は1つの
学習項目について2時間の速さで次の課に進むので、事前事後の評価よりむしろ形成的評価であ
る毎回の授業の生徒の記述に注目するようにした。その中から、授業中教えたことを正しく認識
していないと思われる記述を抽出し、教師の自己変容に寄与するか、検討した。
Ⅳ 授業で使用したOPPシート
1.OPPシートのねらい
本授業で用いた OPP シートは、その構成要素を「学習前・後における学習単元の把握に関する問
い」
「学習履歴(学習の記録)」
「自己評価」
(「授業評価」
「(教員からの)他者評価」を含む)とした。
2年生英語ライティングについては、それぞれの課で英作文に使用すべき目標文法事項が機能とと
もに提示されている。1課につき2時間で進むので、毎回の生徒の記述欄(学習の記録)に焦点を
置き、自分の現在の理解度が自己認識できるようになること、さらに実際はそれが生徒が無意識の
うちに行っている授業評価であるため、それを回収して見ることにより授業で教師が意図したこと
が理解されているか確認し、今回は誤った認識と見られる記述を抽出することで間違いに寛容な姿
勢を養い、授業改善に役立てることをねらいとした。
2.OPPシートの構成要素
今回使用した OPP シートの構成要素は以下の3点からなる。
(1)学習前・後における学習単元の把握に関する問い
学習前・後における生徒の学習単元内容の把握に関する問いは、図1中の「(学習前)~はどうい
うことだと思いますか。」「(学習後)~はどういうことだと思いますか。」の欄である。これは、生
徒の学習前の既有知識および認識と学習後の理解度および到達度を比較する問いである。ただし、
今回の2年生ライティングについては1課にかける時間が2時間と少ないため(1)の問いを設定
することが難しく、従って(2)の学習履歴を記述させることに重点をおいた。
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
(2)学習履歴(学習の記録)
図1中の「この単元で一番重要だったことを書きましょう。」「疑問点や感想など何でもよいので
自由に書いてください。」の欄。授業で何が分かったのか、何がわからなかったのかを毎時間記述す
る。自分の学習過程を自己評価する欄。授業の理解度が記述されるので今回の研究では最も重点的
に観察した項目である。ここで上がってきた質問や疑問を次の授業に反映させることで、授業の軌
道修正ができ、さらに生徒の記述を「授業評価」として把握することができる。また、毎時間回収
して目を通し、下線やコメントをつけて返却することにより、生徒は教師からの「他者評価」も受
け取ることができ、生徒の内省を促すことができる。
(3)自己評価
図1中の「君は何か変わったかな? 学習前・中・後を振り返ってみて、何が分かりましたか?
また、今回の勉強を通してあなたは何がどのように変わりましたか? そのことについてあなたは
どう思いますか? 感想でもかまいませんので自由に書いてください。」の欄。学習前に「わからな
い」という自覚が強いほど、最終的に理解に達したときの自己効力感が強く表現される欄である。
3.OPPシートの内容
実際に用いた OPP シートはB4一枚の用紙の表面に印刷したものである。図1は生徒が実際に記
入した OPP シートである。
Ⅴ OPPシートを活用した英語授業の内容
1.OPPシートを活用した授業の具体的な学習内容
表1に OPP シートを活用した授業に用いた教材等を示した。
表1 授業に用いた教材、学習項目、授業時数、授業内容
教 材
教科書 English Writing「PRO-VISION」( 桐原書店 )
「総合英語 be」(いいずな書店)併用
学習項目 各課に示された機能シラバス及び文法シラバスによる項目
授業時数 45 分授業を週2回。1課を2時間のペースで進む。
各レッスンにはその課の英作文で使用する文法項目(否定、分詞、時制など)と機能
(勧誘、依頼の表現など)が提示されており、生徒は空所補充などの部分英作文や並び
替え、和文英訳などの教科書に示された演習問題を解いて授業に臨むことを前提とする。
授業内容 授業では、1時間目は主に文法項目について解説し生徒の疑問に答えたり、空所補充や
並び替えなど部分英作文を中心に黒板にペア毎に解答を書かせ、質疑応答しながら確認
する。2時間目は和文英訳タイプの英作文を同一問題に対し複数のペアをあて黒板に書
かせ、比較しながらお互いに添削し合ったり、教師の質問に答えたりする。
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
図1 授業で使用したOPPシートと記入例(M.K.:女子)
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
次に実際に行った学習手順を表2に示す。
表2 基本的な学習手順
1 あらかじめ予習により与えられた問題を自力で解いてくる。参考書や辞書の使用可。
2 ペアまたはグループを組み、相互に相手の解答を話し合う。(正答提示なし)
3 ペアまたはグループで黒板に解答を書く。意見を述べ合う。教師による解説など。
4 毎時間授業の終わりに、授業で一番重要だったこと、疑問点や感想を OPP シートに記入する。
学習はこの手順を繰り返す。
Ⅵ 本研究の結果と考察
1.生徒が授業で教わったことを正しく認識していない記述について
OPP シートの学習履歴の記述(この単元で一番重要だったこと、疑問点や感想)から、生徒は理
解したとしているが、教師側から見ると授業で教えたとおりに正しく理解してはいない、と思われ
る記述を取り上げ検討する。教師の多くは自分が教えたとおりに正しく生徒が理解していると思い
がちだが、生徒はそれぞれの背景で受け取るため、必ずしもこちらの思った通りには受け取らない。
そのことを認識していないと大きなずれが生じてしまうので、生徒が授業とまったく的がはずれた
記述をしてくることに耐性を持ち、間違っても肯定的に教師が受け取れるような態度の育成に OPPA
を役立てる。なお、ここにあげた誤った理解の事例については、その次の授業で補足、修正し、即
座の授業改善にも役立てている。
以下生徒の事例について解説する。
部分否定について not all を誤解していると思われる事例(図1)である。いつも~とは限らない、
全て~とは限らない、といった部分否定が、全てが~ではない、という全文否定と混同してしまっ
たと思われる。また、図2より、in order to はていねいな表現、との記述が見られるが、正確な理解
とは言いかねる。おそらく単独の to 不定詞の目的用法より語の数がたくさん使ってあることからそ
のような記述になったかと思われる。
図3については、おそらく助動詞を使った受動態を習った際、やや混乱したと思われる。
図4の「feel 動」も誤った認識だと思われるが、feel が be 動詞として使われる、というのも誤解
がある。おそらく補語が形容詞の英文のことだと思われる。
図5については、他動詞という点に着目しているところは評価できるが、meet と promise の語法
の違いについて理解がやや正確ではない記述である。
図6については何をもって let と現在完了を結びつけたのか推測不能である。本人があとから見
直しても何に言及しているのか理解できないのではないかと思われる。
他にシートに現れた事例では、表3に示したものがあげられる。
表3の事例は、
「I (
) a bath when you called me. 空所に take を適切な時制で入れる問題」では「was
taking(過去進行形)」に直して入れる、のが解答だが、説明したあとの OPP シートで「when は過去
進行形と一緒に使うことがわかった。」という記述が続出した。when が常に過去進行形と一緒に使
われるわけではないため誤った認識をしている。
以上の OPP シート学習履歴蘭にあらわれた生徒の記述から、英作文の基礎となる文法事項の理解
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
図1 部分否定と全文否定を混同している事例(Y.N.:女子)
図2 「in order to はていねいな表現」と記述してある事例(Y.N.:女子)
図3 「受け身は助動詞が関わってくる」としている事例(Y.N.:男子)
図4 「人 feel 動の時 feel は be 動詞として使われる」としている例(N.M.
:女子)
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
図5 「meet の後ろには必ず you がつかないといけない。promise は省略可能」とまとめている事例(N.M.:女子)
図6 「let があるときは現在完了×」としている事例(A.M.:女子)
表3 文法問題で理解が正確ではないと見られる事例
問 題 “I (
正 答
) a bath when you called me.” 空所に take を入れる時制の問題
take を過去進行形にして was taking にする
生徒記述例 「when は過去進行形と一緒に使うことがわかった」複数
について、ただわからないという漠然とした状況ではなく、理解しようと努力しているが、自分な
りに解釈した結果、正確な理解に至っていないことがわかる。従ってその間違いを生かして正確な
理解に導く方策を考えることが可能となるはずである。
2.OPPシートを使うようになって気づきだした生徒の誤りの事例と原因および対処方法
実際の授業では、授業中の問題演習の間に間違いが出現する。間違ってはいけない、という雰囲
気を作らないことで積極的な表出につながり、その間違いを利用することで本質的な理解に活かせ
る。OPPA の考えを導入し始めてから、取り入れる前は見逃していた間違いに敏感に反応できるよう
になり、それを記録して授業にいかせるようになった。
以下、表4に OPP シートを使うようになって気づきだした生徒の誤りの事例とその推測される原
因、及びそれを本質的理解につなげる対処方法をまとめた。
このような誤答例文は大人が考えようとしても考えつくものではない上、真実を含んでいるので、
生徒の共感を呼び、本質的な理解を容易にする。間違いを受容できる素地を作るために役立てるこ
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
とが出来、また、授業中の間違いの出現に対し、上記の場合分けを頭に入れておくことで、大切な
生徒の間違いを無下にせず、有効に生かすことがとっさにできるようになると考えられる。これは
教師の授業改善にとってきわめて重要な視点の一つであると考えられる。
3.教師の意識転換が生徒の意識変容に影響する記述について
ここからは予期しなかった結果であるが、生徒の間違いを咎めず、できるだけ率直に間違いを表
出させ、それをきっかけに本質的な理解を促そうと努めてきた結果、年度後半になって、生徒の側
からも間違いを肯定的にとらえる記述が現れるようになったことを報告したい。
図7の生徒は、10 月 12 日付で「ひっかかるところをなくしていきたい」とあるように、授業中の
自分の間違いをなくしたい、と記述しているが、10 月 16 日には「ひっかかることが大切なんです
ね」と間違いを肯定的にとらえ、本質的な理解につなげようとしている意識変容が感じられる。また、
図8の生徒においては、10 月 24 日付で「英語は自発的にどんどん間違って(自分で)調べるとお
もしろくなる教科だと思った。」と日本語で記述してあり、さらにそれに続けて「I want to get a great
vocabulary by many mistakes.」と、英語で書いている。間違いを活かして語彙の増強を図りたい、と
いう記述であり、まさにこちらの意図を見抜いたかのような、間違いを肯定的にとらえることが学
びの本質、すなわちおもしろいにつながることを実感したという記述例である。多くの生徒、教師
に根強く残る「間違えないように学ぶ」姿勢から「間違えながら学ぶ」姿勢へ変容していったこと
が明らかであるということができる。教師が OPP シートの活用により、間違いを容認するようにな
り、それを生かす方向で授業改善していった結果、生徒にその意図が伝わった証拠であろう。
Ⅶ おわりに
本研究を通じて、高校英語授業で OPPA を取り入れ、OPP シートの生徒記述を分析した結果、生
徒が自分では理解していると思っている授業内容を実は正確に理解していない事態を確認でき、
(だ
から、わからない人は手をあげて、という呼びかけは無意味である。本人はわかっていると思って
いる。)さらに教師はそれをむしろ肯定的に受け止めることによって、生徒教師双方とも間違いに寛
容になれ、本質的な理解に進む糸口となることを検証した。また、その波及効果として、授業を含
む日常生活のあらゆる場面にひそむ進展の可能性、すなわち「間違い」を察知し見逃さず利用でき
るという教師の授業力向上につながることがわかった。多くのベテラン教師は経験則により、授業
中の思いがけない生徒の反応に対し、あわてることなく前向きに生かす、という対処方法を身につ
けているが、OPP シートの活用で、自分の間違いを察知する能力を磨くことにより、まだ経験値の
蓄積が浅い若手教師も、突発的な生徒の誤答をあやうく見捨ててしまうことなく、有効に生かすこ
とが出来ると思われる。最後に今回の研究の目的からははずれるが、教育の最終目標と言ってもよ
い自立的な学習者の育成に関与する生徒の事例をもう1例あげたい。
この図9に示した生徒は、Reading の教科書の英語表現についてシート上で質問している。質問は
的を射た良い質問であるが、教師も時間的余裕がなく「そりゃそうね」などという、回答とは程遠
い、極めてあいまいな合槌しか返していない。それに対して翌日自分で辞書をひいた結果を書いて
きている。stand guard は成句で、それ自体で成立している表現と思われるが、自分で納得がいくよ
うな回答を自力で導き出しているところは学習者として自立していることの表れと見ることができ
る。教えなかったことが功を奏した、という典型的な例である。むしろ日頃教えすぎている、すぐ
に答えを与えすぎていることへの自戒ともいえよう。
結局のところ、生徒たちは自分で解決法を探し出すことにより自立していくのではないかと考え
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
表4 OPPシートを使うようになって気づきだした生徒の誤答例、原因及び対処方法一覧
生徒の誤答例
原因
対処方法
A It is believed that the robber 未知語を既有知識として持っ 単語の最初の部分だけで違う
escaped via Heathrow Air Port. ている単語と誤認し、つじつ 単語と認識する間違いは、多
( その泥棒はヒースロー空港 まをあわせることによってお く の 日 本 人 が 実 体 験 と し て
を経由して逃げたと思われて こ る。robber 泥 棒 → rabbit う 持っているので、注意を喚起
いる ) の和訳で「うさぎは羽 さぎ Heathrow Air Port →Haneda する誤りの例として利用する
と理解しやすい。
田空港から逃げた」との解答。Air Port。
A’The teacher is looked up to by(A)と同種の既に知ってい 初級者の間違いとして多く見
the students.(その先生は生徒 る 単 語 と 誤 認 す る 間 違 い。られるのはきちんと最後まで
から尊敬されている)の和訳 looked up を locked up と 誤 認 文字を読んでいないことであ
る。looked up to の to まで注意
で「先生は生徒に閉じ込めら したと思われる。
深く見るよう注意を喚起する
れている」との解答。
点において(A)と同じ。
B close game「 接 戦 」 と い う 語 既有知識 close(動詞:閉じる)close(形容詞)の意味と発音
が出てきたので、形容詞 close と思って考えた誤り。英語に を動詞と比較して確認する例
の 理 解 を 深 め よ う と、close は1つの単語に複数の品詞や と し て 使 用 で き る。 た だ し、
friend とはどんな友達か聞い 意味があることの理解不足に 日本語「ひきこもり」につい
ては、配慮が必要な場合があ
たところ、「ひきこもり」(答 よる。
ると思われるので注意する。
えは親友)。
C The mystery novel was thrilling, and 未知語はないが、自分の既有 英語は多義語であり、ぴった
it made me awake all night.(その 知識の枠組みで話を創作する り合う日本語を探し出すのが
推理小説はとてもおもしろく、こ と に よ る。thrilling を「 恐 難しい。推理小説を胸躍らせ
一晩中読んでいて眠れなかっ 怖」と思ったことからつじつ て徹夜で読む、といった体験
た)の和訳で「そのなぞめい まをあわせることによってお が不足している、つまり経験
値や枠組みがないことも原因
た小説はぞくぞくした。怖く こる。
なので経験や背景知識の大切
て一晩中眠れなかった。」との
さをわからせる好例。
解答。
D That story sounds interesting, but 英文の構造を正しく把握して 基本的な英文の構造、
I can’t believe it.(その話はお いないため、知っている単語 特に主語と動詞の関係を把握
もしろそうに聞こえるが、信 をつなぎあわせ、話を創作し することが英文理解には最も
大切であることを示す好例。
じられない)の誤訳で「その てしまうことでおきる。
小説はおもしろいと聞いてい
たが信じられない」他に The
homework was more difficult than
I had expected. の誤訳 : 思って
いたより宿題は多かった。
E I traveled by Greyhound bus to 辞書で先頭の訳語を適用して 背景知識の不足や辞書の引き
the south. の誤訳:僕は足の速 しまい、つじつまをあわせる 方がわからず、英語が嫌いに
ことによっておこる。文化的 なる生徒が多いため、これも
い猟犬で南へ旅行した。
経験値をあげるための好例。
(Greyhound はアメリカのバス 背景知識の不足も原因。
多くの誤答事例にふれること
の名前)他に shoe polish[靴墨]
は効果的。
をポーランドの靴、と誤訳す
るなど。
F「私の兄は美術部に入っていま 日本語に影響されておこる間 頻発する間違いではあるが外
す My brother belongs to the art 違い。語感と語法を身につけ 国語を学ぶ際の高いハードル
club.」の英訳で belong ではな なければならないので克服に の1つなので、これこそ間違
いながら例文を提示すること
時間がかかる。
く enter をつかう。
が解決法である。
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
図7 「ひっかかるところをなくしていきたい」という自分のコメントに対して後日「ひっかかるこ
とが大切なんですね」と自分で答えている例(K.O.:男子)
図8 「英語は自発的にどんどん間違えて(自分で)調べるとおもしろくなる教科だと思った。
I want to get a great vocabulary by many mistakes.」という間違いを肯定し、前向きに
生かす姿勢があらわれた記述の例(R.K.:男子)
図9 自分の質問に次の日に自分で答え自己解決した例(K.N.:男子)
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OPPA を活用したことによる高校英語教師の授業に対する変容に関する研究
られる。放っておいても子は育つ、という見本のような記述だが、この事例からわれわれが読みと
らなければいけないのは、放っておいても自分で解決できるように育てるのが親や教師の重要な役
目ということではないだろうか。
生徒の誤答という鉱脈を掘り当て、教師の意識改革を促す OPP シートの活用法といい、OPP シー
トにはまだまだ使用者の思いがけない側面を炙り出してくれる新たな可能性が期待できるといえる
だろう。
附記
本研究は、下記の分担により行われた。研究の企画と授業実施は谷戸が、OPP シートの骨子は堀
が作成した。谷戸が執筆した論文に堀が加筆修正した。
(註)
(1) 生徒の教科英語に関する不適切な考えや知識を「間違い」とした。理科教育では、理科に関す
るそれを「素朴概念 (naïve concept)」「ミスコンセプション (misconception)」「代替的概念枠組み
(alternative framework)」などという用語が用いられている。教科英語では、用語や単語のみならず文
法などの不適切な知識や考えも含まれるため、本稿では「間違い」という言葉を用いた。これに関
しては、今後、十分な検討が必要であると考えられる。
(2) 谷戸聡子・中島雅子・堀 哲夫「OPPA を活用した高校英語の授業改善に関する研究-高校1年
「関係詞」の単元を事例にして-」『教育実践学研究』No.17、pp.34-44、2012
(参考文献)
堀 哲夫『学びの意味を育てる理科の教育評価』東洋館出版社、2003
堀 哲夫「学習履歴を中心にした大学の授業改善に関する研究- OPPA を中心にして-」『教育実践
学研究』No.14、2009
堀 哲夫編著『子どもの学びを育む一枚ポートフォリオ評価:理科』日本標準、2004
Hori Tetsuo, The Concept and Effectiveness of Teaching Practices Using OPPA, Educational Studies in Japan:
International Yearbook, 6, December, pp. 47-67, 2011.
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教育実践学研究 18,2013
187
TEACHING DEBATE IN JAPAN
PART TWO
日本におけるディベート教育
第二部
*
**
Paul KLOUSIA NAGASE Yoshiki
ポール・クラウジア 長 瀬 慶 來
Summary : An instructor of debate in Japan not only needs to understand cultural differences
outlined in Part One, but also differences in the educational system in Japan that will impact both
teaching style and curriculum utilized in the classroom. Looking at the differences, a review of
the literature examining the differences, classroom work and expectations and teacher training
and management will allow for effective teaching strategies to be developed.
Key words : Debate, Teaching, High Order Thinking, Educational System, Teacher Training and
Management
Introduction to the Issue
In order to effectively teach debate in Japan, there is a need to recognize the intrinsic differences between
the current Japanese and American educational systems at the elementary and secondary levels. There is
a difference between the ways in which Japanese and American students learn (Huang & Klinger, 2006;
Yamazaki, 2005; Yonezawa, 2007) and also the ways in which Asian and American educators teach information
and concepts (Carless et al., 2008; Crandall, 2000). To this end, the higher order thinking skills of both
American and Japanese students may be different (Yamazaki, 2005), and this may affect the ability of Japanese
students to be successful in learning Debate.
This essay will take a deeper look at the issues connected with the differences between the current Japanese
and American educational systems. The essay will explore cultural differences, classroom expectations, and
teaching styles as indicators of these differences, and will explore any similarities as well. The thesis of the
essay is that the higher order thinking skills of Japanese and American students differ in a significant way,
which is tied to their cultural and organizational expectations.
Analysis of the Literature
Overarching Differences in Educational Systems
There are both similarities and differences between Japanese and American educational systems on an
overarching basis. On an organizational level Yamazaki (2005) explains that both Japanese and American
learning organizations are hierarchical, in that there are set rules for everyone at every level of education. This
can include organizations such as state educational frameworks as well as individual schools or classrooms.
At the same time, the ways in which these hierarchies are expressed in Western societies and in Japan are very
*
**
Research and Development Center for Higher Education 大学教育研究開発センター
Graduate School of Teacher Education 教育実践創成講座
Teaching Debate In Japan
different. Yamazaki (2005) suggests that in the United States, for example, this hierarchy is explicit. This means
that everyone is given a set of information that explains what their role is, and what the roles of others are, from
lawmakers to principals to students. In Japan, on the other hand, Yamazaki (2005) suggests that the hierarchy
is hidden, but everyone is intrinsically aware of their role. This means that Japanese students and teachers are
people-orientated rather than task-orientated, and American students and teachers take the opposite approach.
This difference in how they approach information means, according to Yamazaki (2005), that while American
students learn through the use of abstract conceptualization abilities, Japanese students learn through the use
of concrete experience abilities. This may be tied to the fact that, as noted in the literature, Asian communities
share a similar cultural foundation that places an emphasis on education, family honor, discipline, and respect
for authority (Zhou & Kim, 2006). Yamazaki (2005) also points out that this means that Japanese students
have a high uncertainty avoidance. These students want to know what answers are right, and what answers are
wrong, whereas American students are more comfortable with ambiguity. These students different higher order
thinking skills, therefore, are tied to these different approaches to learning and understanding information.
Classroom Work and Expectations
When it comes to the classroom, therefore, there are completely different approaches taken to the same
material, based on the cultural differences outlined in the previous section. While there is a similarity in that
both Japanese and American classrooms place a high value on achievement (Zhou & Kim, 2006), again, the
ways in which these students go about reaching their academic goals differ (Yamazaki, 2005).
For Asian students, there is an expectation that those who will succeed are those who go above and beyond
with respect to participation in academic and extracurricular programs (Zhou & Kim, 2006). This is likely tied
to the fact that Japanese students have been taught to learn through the use of concrete experience abilities,
which requires the advancement of skills such as repetition and rote memorization. When teachers are expecting
students to know a definitive answer, then these classes are more likely to be necessary (Yamazaki, 2005). As
Huang and Klinger (2006) write, this type of learning experience is common across Asia. Asian students who
arrive in the United States at the post-secondary level state that, in Asia, “teachers take the full responsibility in
the classrooms, they use the cramming method. The teachers mainly lecture in class. Students are very passive.
They just listen to the teacher. The teachers do not encourage students’ participation” (Huang & Klinger, 2006,
p.55).
Western students, on the other hand, are expected to debate teachers and question authoritative texts in
the classroom, which is part of the Socratic method of approaching information (Huang & Klinger, 2006;
Yamazaki, 2005). This expectation leads to the development of higher order critical skills (Huang & Klinger,
2006; Yamazaki, 2005). Classroom work for American students places a high value on being able to examine
the reasons behind information, and its multiple meanings to different people, which allows students to examine
their own points of view in comparison with others (Yamazaki, 2005). This strongly contrasts the Japanese
point of view in which there is a higher value placed on the ability of students to reflect their teachers’ points
of view, as well as the opinions that they read about in their textbooks (Huang & Klinger, 2006). Over the long
term, therefore, there are significant gaps between the expectations that Japanese and American teachers have
for their students in their classroom activities.
Teacher Training and Management
The ways that teachers are trained also has an impact on different educational systems. In Asia, a teacher’s
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Teaching Debate In Japan
job is complicated by social structures which determine how and when they are able to make decisions for
their classroom (Carless et al., 2008; Crandall, 2000). The context of education in the school is one in which
rote memorization and emulation of teachers is encouraged, and the same principles apply to the school’s
organization as well. As noted in the literature, in most Asian classrooms “traditional teacher education views
teachers as passive recipients of transmitted knowledge rather than active participants in the construction of
meaning (in learning by reconstruction)” (Crandall, 2000, p.35). This means that teachers are expected to do
what they are told, and when they are told. There is no room in this type of education administration for shared
learning or for individual leadership.
At the same time, there are indications that ideas about education are changing in this region of the world. As
Carless et al. (2008) note, in Hong Kong, where many business trends start in Asia, educational standards are
moving away from rote memorization and toward outcomes-based evaluation. This means that knowledge and
skills must be assessed in line with attitudes and values. There is a push toward critical literacy and cognitive
assessment rather than end-of-course tests. These new methodologies require teachers to take a hands-on
approach in ongoing evaluation. The teacher’s role, in this process, is to help the student understand potential
differences in points of view, and apply independent research to their analysis of the information presented. As
Carless et al. (2008) note, in the new Hong Kong curriculum, learners must not only be able to complete tasks
in the classroom, but they must also be able to utilize the skills they acquire in real-life situations in a flexible
way.
Knowing that there are changes happening in the classroom, there may also be changes happening in the
administration of Asian schools. As Chen (2010) notes, leadership and flexibility are becoming key factors in
the retention of teachers in Asia. As educational research begins to demonstrate that these are important factors
in the creation of excellent classrooms, the more teachers are becoming aware of their interests and values
and how they might personally contribute to making the school more effective. As Chen (2010) writes, “the
subfactors of leadership, professional opportunities, workload and working stress, and income are significantly
related to teachers’ future career planning” (p.269), and these changes have occurred in the teaching community
in line with similar changes in Western nations. What this means is that there is a strong likelihood that the ways
in which Japanese students learn will change over time, whether or not there are equivalent cultural changes.
Conclusion
What is clear from the literature is that both Japanese and American school systems place a high value on
hierarchy and academic success, but at the same time have very different approaches to achieving their students’
goals. The higher order thinking skills of both Japanese and American students differ in a significant way, one
which is tied to their cultural and organizational expectations. Japanese students are taught to value the status
quo and have respect for authority, because these skills will allow them to achieve their goals once they enter
the Japanese working world, where there is a high value placed on cooperation. In the United States, where
there is a high value placed on innovation, on the other hand, students learn to question authority and push back
against the status quo.
Nonetheless, the world is changing, and the post-secondary educational field is also adapting to new global
norms. As noted by Yonezawa (2007), the “increasing impact of the knowledge economy and globalization now
presents a significant challenge” (p.488) to the Japanese education system as a whole, due to the fact that new
knowledge is linked to pushing the boundaries of what we believe, which is a Western learning trait but not a
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Teaching Debate In Japan
Japanese one. While educational norms are slowly shifting in Japan, they may have to continue to shift more
quickly so that Japanese students can adopt the same higher order thinking skills necessary for Debate. This
means that the curriculum for Debate in Japan must first teach the skills necessary for higher order thinking
skills and creative thinking.
References
Carless, D., Evans, M. and Green, C. 2008. Education. Hong Kong : The Open University of Hong Kong.
Chen, J. 2010. Middle school teacher job satisfaction and its relationships with teacher moving. Asia Pacific
Education Review, 11, pp. 263-272.
Crandall, J. 2000. Language Teacher Education. Annual Review of Applied Linguistics, 20, pp. 34-55.
Huang, J. & Klinger, D. 2006. Chinese graduate students at North American universities : Learning challenges
and coping strategies. Canadian International Education, 35, pp. 48-62.
Marginson, S. 2006. Dynamics of national and global competition in higher education. Higher Education, 52,
pp. 1-39.
Yamazaki, Y. 2005. Learning styles and typologies of cultural differences : A theoretical and empirical
comparison. International Journal of Intercultural Relations, 29(5), pp. 521-584.
Yonezawa, A. 2007. Japanese flagship universities at a crossroads. Higher Education, 54, pp. 483-499.
Zhou, M. & Kim, S. 2006. Community forces, social capital, and educational achievement : The case of
supplementary education in the Chinese and Korean immigrant communities. Harvard Educational
Review, 76, pp. 1-27.
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教育実践学研究 18,2013
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
The support for the student with developmental disorder
whose needs cannot be met in an ordinary classroom
村 井 敬太郎 *
MURAI Keitaro
要約:中学校通常学級において,授業中の教員への妨害行動や授業への不参加といっ
た問題行動を示していた ADHD のある生徒 1 名に対して,市教育センター特別支援教
育巡回指導員と中学校が連携して対象生徒の適切な授業参加や課題従事行動の増加を
図る実践を行った.市教育センター特別支援教育巡回指導員が,「自己決定の機会と行
動契約法の導入」「『問題行動を起こさないための予防的対応』『問題行動が起きたとき
の対応』の簡易マニュアル」を中心に構成した支援プログラムを作成して中学校に提
案した.中学校では,この支援プログラムを基に対象生徒を支援するとともに,市教
育センター特別支援教育巡回指導員と月 1 回のケース会議を行って支援プログラムを
評価し改善点をまとめ,次の支援につなげていった.6 ヶ月間の支援の結果,対象生徒
の適切な授業参加や課題従事行動を増加させることができた.これらの結果より,授
業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援方法について考察した.
キーワード:発達障害,授業参加,支援プログラム,校内支援体制
Ⅰ 問 題
文部科学省により,障害の種類や程度に応じて特別の場で行う「特殊教育」から,障害のある児
童生徒一人一人の教育的ニーズに応じて適切な教育的支援を行う「特別支援教育」への転換が図ら
れた.そして「学校教育法等の一部を改正する法律」において,学習障害 ( 以下 LD とする ),注意
欠陥多動性障害 ( 以下 ADHD とする ),高機能自閉症などを含めた特別な教育的支援が必要な児童
生徒に対して学校全体で適切な教育を行うことが明確に規定され,現在,小・中学校などでは,特
別な教育的支援が必要な児童生徒への校内支援体制を充実させるための様々な取り組みが行われて
いる ( 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 ;2008).
LD や ADHD,高機能自閉症などの発達障害のある児童生徒は,障害特性による学校生活への適応
の困難さや失敗経験による自己肯定感の低さなどから,授業の妨害行動や教員や友達への暴言など
の問題行動を起こすことがあり,学校教育現場において大きな課題となっている ( 村井・川間 ;2008).
このような課題への有効な取り組みとして,浜谷 (2006) は小学校通常学級においてこだわりの
強さや対人関係に課題がある広汎性発達障害の児童に対して,発達と障害についてのアセスメント
を重視する「発達臨床コンサルテーション」を実践し,児童の課題の改善と校内支援体制の整備を
図っている.古田島・長澤 (2006) は,長澤・松岡 (2003) が考案した「障害のある子どもとかかわ
る教師や親への支援を目的とした協働モデル (Collaboration Model with Teacher and Parents to Support
Children With Disabilities;COMPAS)」を,通常学級在籍の ADHD のある2名の児童の対人トラブル
や授業中の問題行動の改善を目的に実施し,対象児童の問題行動の改善を図っている.また,松
*
附属特別支援学校
通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
岡 (2007),大久保・高橋・野呂 (2011) は応用行動分析学を背景に持つ「行動コンサルテーション
(Behavioral consultation)」による学校支援を行い,通常学級における問題行動のある児童の課題改善
だけでなく,学級全体に対する支援や学校全体の特別支援教育体制の向上につなげる実践を行って
いる.これらの研究で用いられた方法は,アセスメントや支援プログラム,記録・評価といった支
援手続きが理論化かつ構造化されており,LD や ADHD,高機能自閉症などの発達障害のある児童生
徒の問題行動の改善に多くの成果を上げている .
しかし,大久保・福永・井上 (2007) が指摘しているように,緊急性の高い問題行動の改善を図っ
た研究はまだ少なく,学校教育現場において有効な支援方法を模索し蓄積していくことは,今後の
特別支援教育における課題のひとつであるといえる.
ところで,筆者が所属していたB県C市教育委員会では,平成 18 年度よりC市教育センターにお
いて特別支援教育業務を行っている.その業務の一環としてC市単独で特別支援教育巡回指導員を
配置して市内の公立小・中学校からの要請に応じて巡回相談を実施し,LD,ADHD,高機能自閉症
などの発達障害を含めた心身に障害のある児童生徒への支援のあり方や校内支援体制などについて,
教員や保護者への相談・支援活動を行っている.C市では年々巡回相談件数が増加していることか
ら,LD,ADHD,高機能自閉症などの発達障害への対応に学校現場が苦慮していることを示している.
特に小・中学校を問わず,授業妨害や教員への暴言,友達への過干渉などといった問題行動への対
応が相談内容として多く挙げられている.
本研究では,通常学級において授業中の教員への妨害行動や授業への不参加といった問題行動を
示していた ADHD のある中学生1名を対象に,C市の特別支援教育巡回指導員であった筆者が先行
研究より得られた知見を基に作成した支援プログラムを中学校に提案し,中学校はそれを基に支援
を行って対象生徒の問題行動の低減を図った実践を報告する.
Ⅱ 方 法
1 対象生徒について
中学校通常学級に在籍する中学2年生の男子 ( 以下,A君とする ) である.小学生の頃に医療機
関より ADHD と診断されていた.A君は小学校では 6 年間通常学級に在籍していた.小学生の頃は
集団生活が苦手で,授業中の私語や立ち歩き,教員の注意に対する暴言や反抗などの行動が見られ
ていた.中学校入学後も通常学級に在籍しているが,入学してからは上述した行動は見られなくなっ
ていた.しかし,中学2年生の6月より授業中に教室にいることが難しくなって勝手に教室から出
て行ったり,教員が教室に戻るように注意をすると奇声を上げたりパニックを起こしたりしていた.
さらに,授業中にトイレや階段の踊り場などに隠れてしまったり,教員に無断で帰宅したりしていた.
A君は,自分が考えていることを言葉で表現することが苦手なために交友関係を築くことが難し
かったが,友達に暴言をはいたり暴力を振るったりすることはなかった.主に教員に対して上述し
た問題行動を示していた.学力面は学年で下位に位置しており,国語が好きで,時々,授業に参加
することはできたが,漢字の読み書きが正確ではなく,特に書き取りは模範回答がなければほとん
どできない状況で,字形も不正確であった.また,数学,理科,社会,英語や技能教科は苦手であり,
授業にはほとんど参加していなかった.
2 A君が在籍する中学校について
C市東部に位置する全校生徒 400 人程度の市立中学校であった.知的障害特別支援学級が 1 学級
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
設置されており,特別支援教育コーディネーターが1人指名されていた.特別支援教育に関する校
内委員会は設置されていたが,筆者が支援を開始するまでは一度も開催されていなかった.
3 支援の概要
(1) A君の状況把握と支援体制
A君が中学2年生の9月中旬,筆者が特別支援教育巡回指導員として所属していたC市教育セン
ターに,「教室に入れないことが多く,また,勝手に教室から出てしまう」「教員から注意を受ける
とパニックになる」「学習に身が入らない」などの主訴でA君の在籍する中学校から巡回相談の依頼
があった.翌日,A君の問題行動に関する情報収集を目的に,筆者が中学校に出向いて学校長,生
徒指導主事,特別支援教育コーディネーターおよび学級担任と面接し,これまでのA君の問題行動
の様子や学校側の対応を聴取した.そして,具体的な支援方法を見いだすために,筆者が6日間A
君の学校生活全般を観察することとなった.
6日間の観察期間中,A君が通常学級の授業に参加したのは「国語1回,社会1回」であった.
学校を欠席することはなかったが,上記の授業以外は授業に参加せずに図書室やパソコンルーム,
心の教室 (C市から派遣されている臨床心理士が週3回程度在室 ) で読書やパソコンなどの自分の好
きなことに興じていた.学校側からはこういったA君一人での活動時間に学習課題は出されておら
ず,授業参加を促す対応も見られていなかった.また,観察期間中に普段のA君に対する学校側の
対応を学校長および生徒指導主事,特別支援教育コーディネーター,学級担任より聴取した.学校
側は教員の担当授業の関係上,A君に個別に対応できる教員を配置することは難しく , 学校全体も
多忙であることから,A君の課題に組織的に対応する方法を見いだすことも難しい状況であった.
9月下旬に筆者と学校長,生徒指導主事,特別支援教育コーディネーター,学級担任が集まり,
A君への具体的な支援体制を整備する話し合いを持った.学校側からは,話し合いの前に電話にて
A君には学習面と行動面の両方での個別的な支援が必要であるが,筆者には特に行動面の支援に関
する計画の立案に携わってほしいと依頼された.筆者からはA君の学校生活全般の観察結果,A君
への面接結果を報告するとともに,発達障害児の問題行動の理解の仕方や生徒に対する適切な教示
方法や接し方を説明した.
筆者は上述したことを踏まえ,長澤・松岡 (2003),浜谷 (2006),大久保・福永・井上 (2007) の
研究を参考にA君への支援プログラムを作成し,10 月上旬に学校側に提案した.その後,校内委員
会が開催され,筆者が提案した支援プログラムを基に具体的な校内支援体制の検討が行われた.さ
らに,校内委員会で決定された事項は職員会議に提案され,全教員よりA君への支援プログラムの
実施の承認を得た.なお,支援プログラムは対象生徒が中学2年生のX年 10 月からX年+1年3月
までの期間に行った.生徒指導主事および学級担任などの教員がA君を支援し,筆者の参加につい
ては週1回程度来校してA君の授業の様子を観察すること,その際に実践している支援プログラム
への助言をすること,問題行動が起きた際にはできるだけ早く来校して学校側と今後の対応を協議
すること,月1回のケース会議に出席して支援プログラムの評価と改善への助言を行うこととなっ
た.
(2) 支援プログラムの内容
①支援プログラムの構成
図1にA君への支援プログラムの構成を示した.この支援プログラムはA君の課題や問題行動に
注目するだけではなく,A君を取り巻く環境側 (中学校) の課題にも焦点を当て,「A君-環境側 (中
学校)」の相互を変容させることでA君の問題行動の低減を図ることができるように作成した.
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
②A君の課題の整理および環境側 (中学校) の課題の整理
学校長および生徒指導主事,特別支援教育コーディネーター,学級担任へのA君の学校での様子
のインタビュー結果.筆者による6日間の観察記録,保護者および学級担任の許可を得て筆者がA
君に面接して現在の状況や心境などを聴取した記録を基にA君の課題を整理した (表1).さらに ,
環境側 (中学校) の課題を整理するために,学校長および生徒指導主事,特別支援教育コーディネー
ター,学級担任から現在までのA君への対応に関する情報を収集した ( 表 2).なお,整理したA君
の課題および環境側 (中学校) の課題は,「③学習目標の設定」「④支援方法の設定」にも活用した.
③学習目標の設定
A君の学習目標を「自分で参加を選択した通常授業または個別的な授業に , 自分で決めた時間いっ
ぱい取り組むことができる」と設定した.その理由は,A君に活動選択の機会を与えることで自分
の行動に責任を持つことができるようにするとともに,A君の進度に合った学習内容に取り組むこ
とで少しでも自信を持って活動することができるようにしたいと考えたからであった.これらを通
して,授業中の教員への妨害行動や授業への不参加といった問題行動の低減を図ることができるの
ではないかと考えた.なお,後日に学級担任より保護者に連絡をしてA君の学習目標とすることの
承諾を得た.
図 1 支援プログラムの構成
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
表1 A君の主な課題
1. 問題行動
1) 授業中に教室にいられなくなってしまうことが多く,勝手に教室から出て行ってしまうことがよくある
2) 授業中にA君が教室から出て行くことを教員が注意をすると,奇声を上げて暴れたりトイレや階段の踊
り場に隠れたりすることがある
3) 教員に無断で帰宅してしまうことがある
2. 実態把握の結果
1) 全教科を通して学力が学年で下位に位置していることから基礎的な学力が不足しており,授業の内容理
解に支障をきたしていることがうかがえる.また,教室の騒々しさが気になったり教員から何度も同じ
ことを注意されたりすることなどから,日常的にイライラした気持ちがあるようである
2) 問題行動については,A君にとって難しい課題を出されたり課題に取り組む時間が長くなったりする状
況,教員の指示的かつ高圧的な言動などをきっかけとして,課題を拒否し,反抗的な態度になり,勝手
に教室から出て行ったりするなどの行動がみられる
3) 友達に暴言をはいたり暴力をふるったりすることは見られない
4) A君は自分が起こした問題行動が悪いことであること,自分が勉強ができないことは自覚している
表2 環境側 (中学校) の主な課題
1. 校内支援体制
1) A君の課題解決のための校内委員会を行っておらず,組織的に対応する方法を見いだしていない
2) A君が卒業した小学校とA君に関する引き継ぎを行っていない
3) ADHD の診断を受け,問題行動があるにもかかわらず,現在まで医療機関と連携してない
4) 教員の担当授業の関係上,A君に個別的に対応できる教員を配置することは難しく,学校全体も多忙で
ある
5) 特別支援教育に関する校内研修会を1度も実施していない
2. A君への対応
1) 問題行動が起きたときには,原因を考えずに指示的かつ高圧的な指導をしている
2) 担当する教員によってA君へのかかわり方に違いが見られる
3) A君が別室に一人で居るときに,特に学習課題を出していない
④支援方法の設定
学習目標の達成に向けた支援方法を設定するために,最初に支援形態を検討した.筆者より学校
側に提案した支援形態は「特別支援学級入級:特別支援学級の教育課程に準じて支援.通常学級と
は必要に応じて交流する」「通常学級での支援その1:在籍している学級の日課で,全ての授業に参
加できるような手立てを考える」「通常学級での支援その2:在籍している学級の日課での学習を基
本とするが,個別的な学習 ( 特別支援学級への通級を含む ) の時間も設ける」「通常学級での支援そ
の3:在籍している学級の日課には参加せずに,授業は全て個別的な学習 ( 特別支援学級への通級
を含む ) とする」「通常学級での支援その4:特に支援体制を組まずに,引き続きA君の様子を観察
する」の5つであった.これらをA君の学習目標と照らし合わせて検討した結果,「通常学級での支
援その2:在籍している学級の日課での学習を基本とするが,個別的な学習 ( 特別支援学級への通
級を含む ) の時間も設ける」を支援形態とした.
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
次にA君の学習目標および支援形態を踏まえ,具体的な対応方法として「自己決定の機会と行動
契約法の導入」「問題行動を起こさないための予防的対応」「問題行動が起きたときの対応」の3つ
を学校側に提案し,いずれも実施の了承を得た.
「自己決定の機会と行動契約法の導入」は次の手続きで取り組んだ.A君の登校後に職員室で図2
左側に示したスケジュール表を用いて,生徒指導主事と一緒にその日のスケジュールを決めた.ス
ケジュールを決める際は,A君にその日の通常学級での時間割の詳細と別室での個別的な授業で使
用するプリント教材を提示し,通常学級での授業に参加するか,別室で個別的な授業に参加するか
を選択させた.次に各授業への参加時間を選択させ,これら2点をスケジュール表に書き込ませた.
同時にA君が自分で選択した授業に予定参加時間いっぱい取り組むことができたときには,A君が
希望する活動に取り組むことができることを約束した ( 図2右側 ).A君が記載したスケジュール表
などは生徒指導主事がコピーをとり,その日の授業担当教員全員に手渡した.実際の授業場面では,
通常学級での授業および別室での個別的な授業を問わずキッチンタイマーをA君の机上に置き,A
君が選択した予定参加時間に授業担当教員がセットした.その際,自分で選択した授業に予定参加
時間間全てに取り組むことができたときには,続けて授業に参加するか否かを授業担当教員からA
君に聞くようにし,続けて授業に参加しないことを選択したときは,他の学級を含めた授業の妨害
をしないことを条件に別室でA君の希望する活動を行うことを許可した.なお,このようなA君へ
の支援については,支援開始の事前に学級担任から学級の全生徒へ説明がなされた.
図2 A君に使用したスケジュール表 ( 左側 ) と選択肢シート ( 右側 )
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
表3 簡易マニュアルの内容
1. 問題行動を起こさないための予防的対応
1) 学級の生徒に対して
・A君は,他の友達とは多少物事の感じ方が違うことがあること ( 大きな音や騒がしい音が苦手,長時
間じっとしていることが苦手,考えをまとめてから話すことが苦手なこと など ) を伝える
・友達同士での注意の仕方 ( 大声で伝えない,強い口調で言わない,してほしいことや止めてほしいこ
とのみを伝える など ) を具体的に伝える
・A君と接していて違和感を持ったときや困ったときには,些細なことでも教員に話すように伝える
・授業中に友達と違う学習に取り組むことがあることを伝える
2) 授業担当教員に対して
・授業開始時に本人の顔色や言動などを観察する
・できるだけ否定形による言葉かけはしないようにする
・指示は端的かつ具体的に伝える
・物事の Yes/No ははっきりと伝える
・A君の学習や係活動がうまくいかなかったときには,本人責めるのではなく指示の仕方や課題量など
を工夫する
・A君が頑張っていることは誉めるようにする
・過去の失敗を蒸し返して叱責するような言動は避ける
・いつまでも同じことをしつこく言わない
・反省を促すときには,落ち着いてゆったりと話して聞かせる
・ふてくされたり教員に挑発的な態度を取ったりしたときには,怒鳴らずに様子を見守る
・問題行動が起きそうな兆候が見られたときには,すぐに職員室に連絡をし,一人では対応しない
2. 問題行動が起きたときの対応
1) 学級の生徒に対して
・A君から遠ざかる
・A君を大勢で取り囲むようなことはしないようにする
・A君を説得しようとしないようにする
・A君をからかわないようにする
・自分が興奮しないようにする
・A君に対応している教員が職員室に連絡することが難しいときには,職員室に連絡をする
・問題行動が起きた後には,A君の気持ちを汲んでできるだけそっとしておくようにする
2) 授業担当教員に対して
・余計に興奮してしまうので,A君を説得するような行動はしないようにする
・指示的かつ高圧的な態度はとらないようにする
・問題行動が起きた状況をまず,周囲にいる人に聞くようにする
・できるだけ周囲の人を遠ざけるようにする.または,本人を周囲から遠ざけるようにする
・一人で対応しないで,すぐに職員室に連絡をする
・問題行動が起きた後には,必ず別室で 30 分~ 1 時間程度のクールダウンの時間を取り,A君が落ち着
いてから理由を聞くようにする
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
「問題行動を起こさないための予防的対応」および「問題行動が起きたときの対応」では,A君に
かかわる教員間で対応の仕方が変わることや周囲の生徒とのトラブルを防ぐために簡易マニュアル
化 (表3) し,職員会議にて共通確認を行った.また,学級の全生徒には,支援開始の事前に簡易マニュ
アルの内容と運用に関して説明がなされた.
(3) 支援プログラムの評価と改善
授業終了後,授業担当教員がA君の授業での課題内容や取り組みの様子などを所定の記録用紙に
記入し,生徒指導主事に提出した.生徒指導主事はその記録用紙を集約して保管するとともに,教
頭および学校長に提出して必要なアドバイスを受けた.さらに,集約された記録用紙は筆者も参加
して行われた月1回のケース会議資料として活用し,筆者による授業観察結果と合わせて支援プロ
グラムを評価して改善点をまとめ,次の支援につなげることができるようにした.
Ⅲ 結 果
1 2学期 (10 月~ 12 月 ) について
10 月より,上述した支援プログラムに基づいた支援を開始した.支援開始当初,A君は自分で参
加する授業を選択することはできたが,通常学級での授業および別室での個別的な授業を問わず,
日によっては授業に参加することが難しかったり,授業に参加することはできたものの,自分の好
きなことに興じていることが多く,学習課題に取り組もうとしないことがあった.また,授業への
参加時間についても,自分で選択した予定参加時間を守ることが難しく,勝手に教室から出て行っ
てしまったり,教員から注意を受けると暴言を吐いたりパニックを起こしたりしていた.このよう
な様子が頻繁に見られていたので,ケース会議において支援プログラムの内容変更について検討し
た.その結果,支援プログラムによる支援を開始したばかりであり,A君と教員の双方に戸惑いが
あるように思われたので,支援プログラムの見直しは行わずにしばらくA君の様子を見守っていく
こと,教員のA君へのかかわり方を対応マニュアルに基づき徹底して取り組むことを確認した.
11 月,A君は自分で参加する授業を選択することはできていたが,通常学級での授業を選択する
よりも,別室での個別的な授業を選択することが多かった.通常学級での授業では,10 月と同様に
授業に参加することはできたものの,自分の好きなことに興じていることが多く,授業への取り組
み方に課題が見られていた.授業への参加時間についても,自分で選択した予定参加時間を守るこ
とが難しく,勝手に教室から出て行ってしまうことが多く見られた.一方,別室での個別的な授業
では,その時間の通常学級での授業と同じ教科に取り組むようにしていたが,内容はA君の学習レ
ベルに合わせて構成されていた.A君は授業に取り組むことができたものの,授業への参加時間は
自分で選択した予定参加時間を守ることは難しく,教員から注意を受けると暴言を吐いたりトイレ
などに隠れたりすることがあった.しかし,通常学級での授業および別室での個別的な授業を問わ
ず,パニックを起こすことは少なくなっており,授業担当教員の指導に素直に従う様子も見られて
きた.ケース会議では支援プログラムに基づいた支援を継続するが,A君が選択した授業への予定
参加時間を守ることができるようになることを重視し,それができたときには別室でA君の好きな
活動ができることを強調して伝えたり,今までのA君の頑張りを認めて日常的に誉めたりすること
などを行っていくことを確認した.
12 月,A君が登校後に職員室で自分で参加する授業を選択することは定着してきた.11 月と同様
に通常学級での授業を選択するよりも,別室での個別的な授業を選択することが多かった.通常学
級での授業は主に国語,理科,技術に参加することができてきたが,他の教科への参加を選択する
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
ことはなかった.授業への参加時間については,自分で選択した予定参加時間を守ることは難しかっ
たが,授業担当教員に断ってから教室から出て行くことができるようになり,パニックを起こすこ
とは見られなくなっていた.一方,別室での個別的な授業では,時々,集中が途切れることがあっ
たが,授業担当教員から出された学習課題を全て取り組むことができるようになってきており,自
分で選択した予定参加時間を守ることもできるようになってきた.さらに,授業担当教員に暴言を
はいたり勝手に教室から出て行ったりすることがなくなってきた.ケース会議では上述したような
A君の様子から,少しずつではあるが支援プログラムの効果がでているので1月も継続して取り組
んで行くこと,通常学級での授業参加回数を増やしていけるようにすること,別室での個別的な授
業の内容を充実させて授業への予定参加時間を増やしていくことを確認した.
2 3学期 ( 1月~3月 ) について
1月,支援プログラムに基づいた支援に継続して取り組んだ.A君は別室での個別的な授業より
も通常学級での授業を選択することが多くなっていた.通常学級の授業では,国語,理科,技術に
は必ず参加することできるようになり,数学,社会,保健体育,美術には時々参加することができ
るようになった.しかし,英語と音楽には苦手意識が強いようで,頑なに参加を拒んで別室での個
別的な授業を選択していた.授業への参加時間については,国語,理科,技術は自分で選択した予
定参加時間を守ることができるようになり,授業時間 (50 分間) 全てに参加することを選択して授業
に取り組むこともあった.数学,社会,保健体育,美術では,授業時間 (50 分間) 全てに参加する
ことは難しかったが,自分で選択した予定参加時間を守ることができるようになっていた.授業中
の様子では,時々,集中が途切れて窓の外を見ていることもあったが,授業担当教員に暴言をはい
たり教室からに出て行ったり,パニックを起こしたりすることは全くなくなっていた.一方,別室
での個別的な授業は英語と音楽のみとなったが,授業担当教員から出された学習課題に全て取り組
むことができるようになっており,自分で選択した予定参加時間を守ることもできるようになった.
授業担当教員に暴言をはいたり勝手に教室から出て行ったり,パニックを起こしたりすることは全
くなかった.ケース会議では,A君の頑張りを十分に評価してA君をよく誉めること,現在のA君
のペースを保つことが大切であるので決して無理をさせないことなどを徹底し,引き続き,支援プ
ログラムに基づいて支援することを確認した.
2月,A君は苦手意識の強い英語と音楽以外は通常学級での授業を選択して参加することができ
た.特に国語,社会,保健体育には積極的に取り組む様子が見られており,学習内容によっては挙
手や発言をしたり授業担当教員の授業準備の手伝いを進んで行ったりする姿が見られていた.授業
の様子では,授業内容の理解が難しい面があり大人しく座っていることが多いが,以前よりも授業
担当教員の説明を集中して聞いていることが増えてきており,パニックを起こすことは全く見られ
なかった.また,授業時間 (50 分間) 全てに参加することを選択して授業に取り組み,それを守るこ
とができていた.別室での個別的な授業では,授業担当教員から出された学習課題に全て取り組む
ことができており,授業時間 (50 分間) 全てに参加することを選択して授業に取り組み,それを守る
ことができていた.授業中にパニックを起こすことも全くなかった.ケース会議では,1月のケー
ス会議での確認事項を継続するとともに,どのようにして通常学級の英語と音楽の授業に参加を促
していくかを検討した.その結果,英語と音楽の予定参加時間を短くしてA君に提示すること,予
定参加時間を守ることができたときには,別室でA君の好きな活動ができる時間が増えることなど
をA君に伝えることを確認した.
3月,A君は全ての教科において通常学級での授業を選択し,授業時間 (50 分間) 全てに参加する
ことを選択して授業に取り組んでいた.別室での個別的な授業を選択することはなかった.授業の
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
様子では,授業担当教員に暴言をはいたり勝手に教室から出て行ったり,パニックを起こしたりす
ることは全く見られなかった.授業内容の理解が難しいこともあるが,集中して取り組んでいたり,
学級の友達と協力して活動したりする姿が多く見られていた.しかし,苦手意識の強い英語と音楽
では,予定参加時間を守ることができたときには,別室でA君の好きな活動ができる時間が増える
ことを提示したものの,予定参加時間全てに参加することが難しく,自分から授業担当教員から許
可を得て別室でクールダウンしている様子が見られていた.ケース会議では,特に英語と音楽の授
業参加はA君に無理強いをせずにA君の意思を大切にすること,通常学級での授業参加が定着する
ように,A君の成長に合わせて支援プログラムを改訂して取り組んでいくことなどを確認した.ま
た,A君の高校受験を考えると学力がかなり不足しているので,次年度からはA君本人と保護者か
ら許可を得て,放課後に国語,数学,英語の補習授業を行うといった,学習面での支援にも取り組
んで行くことを確認した.
Ⅳ 考 察
本研究では,通常学級において授業中の教員への妨害行動や授業への不参加といった問題行動を
示していたA君に対して,「自己決定の機会と行動契約法の導入」「『問題行動を起こさないための予
防的対応』『問題行動が起きたときの対応』の簡易マニュアル」を中心に構成した支援プログラムに
よる支援を行い,A君の問題行動の低減を図った.
支援プログラムによる支援開始から2ヶ月間,A君は通常学級での授業および別室での個別的な
授業を問わず,日によっては授業に参加することが難しく,授業に参加することができたときでも
自分の好きなことに興じていることが多く,学習課題に取り組もうとしないことがあった.授業へ
の参加時間についても,自分で選択した予定参加時間を守ることが難しく,勝手に教室から出て行っ
てしまったり,教員から注意を受けると暴言を吐いたりパニックを起こしたりしていた.しかし,
12 月からは通常学級での授業よりも別室での個別的な授業を選択することが多かったものの,授業
担当教員に暴言をはいたり勝手に教室から出て行ったりすることがなくなってきた.1月からは,
通常学級の国語,理科,技術には必ず参加することできるようになり,数学,社会,保健体育,美
術には時々参加することができるようになった.授業担当教員に暴言をはいたり勝手に教室から出
て行ったり,パニックを起こしたりすることも全くなくなった.3月になると通常学級での授業を
選択して参加することができ,苦手意識の強い英語と音楽では授業途中でクールダウンのために退
室することがあったが,英語と音楽以外は授業時間 (50 分間) 全てに参加することができた.また,
どの授業においても,授業担当教員に暴言をはいたり勝手に教室から出て行ったり,パニックを起
こしたりすることは皆無であった.
このような結果が得られた一因として,まず,
「自己決定の機会と行動契約法の導入」が挙げられる.
支援開始当初は,A君と教員双方がスケジュール表の記入や活動選択の手続きに不慣れであったり,
A君自身の過去の失敗経験による自己肯定感の低さがあったりしたことから,問題行動の低減につ
ながりにくかったのではないかと思われる.このことは,スケジュール表の記入や活動選択の手続
きの習得に必要以上の期間を要することが問題行動の低減を妨げる可能性を示しており,今後は対
象生徒の実態に合わせてこれらの手続きを簡略化させることが重要である.一方,適切な行動が遂
行されるとA君の希望する活動ができたり教員から賞賛されたりすることをA君自身が理解できた
ことで,適切な行動が強化され,通常学級での授業を選択して参加することや授業時間 (50 分間) 全
てに参加すること,授業中の教員への妨害行動の低減されるようになった.これは,問題行動の低
減には,対象生徒の実態から適切な強化因を選択し実施することが必要であることを示したといえ
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通常学級の授業参加に困難を示す発達障害のある生徒に対する支援
る.さらに,自分で選択したことを自分で責任を持って遂行するという学習経験は,A君自身が行
動基準を自分で明確にすることができたことから,自分の気持ちを上手にコントロールできること
につながったと思われる.今後は大久保・福永・井上 (2007) にあるように,適切な行動の遂行度を
数値化したりグラフ化したりしてまとめて提示することで,A君にとってよりわかりやすい強化因
となるようにする必要があろう.
次に「『問題行動を起こさないための予防的対応』および『問題行動が起きたときの対応』の簡易
マニュアル」の活用が挙げられる.この簡易マニュアルは,A君の課題や問題行動ばかりに注目す
るだけではなく,A君を取り巻く教員や学級の生徒といった「環境側 ( 中学校 )」にも焦点を当て,
「A
君-環境側 ( 中学校 )」の相互を変容させることでA君の問題行動の低減を図ることができるように
作成したものである.これは箇条書きでまとめたので内容が理解しやすく,A君とかかわる際に活
用しやすかったようである.A君の問題行動に事後的に対応する方法ばかりでなく,問題行動が起
きないように積極的な予防的視点を持って支援したことは,長澤・福田 (2007),大久保・高橋・野
呂 (2011) でも示唆されているように,A君の問題行動の低減と環境側 (中学校) のA君理解を促す
ための一助になったと思われる.さらに,環境側 (中学校) に対するアプローチを取り入れたことは,
松岡 (2007),大久保・高橋・野呂 (2011) にも見られるように,通常学級における特定の生徒の問題
行動の低減には,対象生徒個人と対象生徒を取り巻く環境の双方へのアプローチが重要であること
を示したといえる.今後はA君への適切なかかわり方をより促進するために,
Q&A 方式の簡易マニュ
アル化をして内容を精選したり,A君と適切にかかわることがA君を取り巻く教員や学級の生徒に
も有益であったりすることを実証できるような方法を模索する必要があろう.
上述してきたことにより,本研究で行った支援プログラムによる支援は,A君の問題行動の低減
に一定の効果があったと考えられる.
最後に,支援プログラムの社会的妥当性に関して,本研究では支援プログラムの実行手続きの有
効性や負担感などがどの程度あったのかを調査していなかった.村井 (2001),大久保・高橋・野呂
(2011) は,外部機関から支援を実施する場合には学校現場の実情に留意した上で,主に支援を行う
教員が実行可能なプログラムを提案する必要性を述べている.本研究のように外部機関が支援プロ
グラムを提案し学校現場が実践する場合には,支援プログラム終了後の社会的妥当性を調査し,そ
の結果を次の実践につなげていくことが肝要である.
文献
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10) 大久保賢一・高橋尚美・野呂文行 (2011) 通常学級における日課行動への参加を標的とした
行動支援-児童に対する個別的支援と学級全体に対する支援の効果検討- . 特殊教育学研
究 ,48(5),383-394.
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教育実践学研究 18, 2013
平成 24 年度教育実践総合センター運営委員会委員
時友裕紀子(委員長,社会文化教育講座)
澤田知香子 (第1ブロック,言語文化教育講座)
服部 一秀 (第2ブロック,社会文化教育講座)
長島 礼人 (第3ブロック,科学文化教育講座)
グローマー ジェラルド(第4ブロック,芸術文化教育講座)
古屋 義博 (第5ブロック,教育支援科学講座)
藤本 俊 (附属4校園代表,附属幼稚園園長,身体文化教育講座)
谷口 明子 (教育支援科学講座・教育実践総合センター)
成田 雅博 (教育支援科学講座・教育実践総合センター)
蘒原 桂 (教育実践創成講座)
早川 健 (教育実践創成講座)
風間 俊宏 (附属小学校)
大脇 博 (附属中学校)
保坂 淳也 (附属特別支援学校)
野田多佳子 (附属幼稚園)
藤森 顕治 (教育実践総合センター客員教授)
川村 直廣 (教育実践総合センター客員教授)
以上 17 名
教育実践総合センター諸規程等
1. センター規程
2. センター運営委員会規程
3. センター利用規則
4. センター利用細則
5. センター施設・設備利用委員会内規
6. センター教育相談室要項
7. センター研究紀要刊行規程
8. センター研究紀要執筆要項
上記諸規程等は平成 25 年3月1日現在のものを掲載しています。
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教育実践学研究 18, 2013
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター規程
制定 平成16年10月1日
改正 平成18年3月22日
改正 平成19年3月22日
改正 平成24年5月9日
(趣旨)
第1条 国立大学法人山梨大学基本規則第 36 条第1項の規定に基づき、山梨大学教育人間科学部附
属教育実践総合センター(以下「センター」という。)の組織及び運営については、この規程
の定めるところによる。
(目的)
第2条 センターは、教育実践の総合的・中核的な研究・教育施設として、教育関連諸機関と連携し、
本学における教員養成・現職教員研修等の教師教育の質的向上に寄与することを目的とする。
(部門)
第3条 センターは、次の各号に掲げる部門を置く。
(1)教育実践研究部門
(2)情報教育研究部門
(3)教育臨床研究部門
(事業内容)
第4条 センターは、次の各号に揚げる事業を行う。
(1)教育内容及び教育方法に関する研究と指導
(2)教育工学及び情報教育に関する研究と指導
(3)教育相談に関わる諸問題の研究と指導
(4)教育実習・現職教員研修等の教師教育に関わる諸事業
(5)その他センターの目的を達するために必要な諸事業
(職員)
第5条 センターに次の各号に掲げる職員を置く。
(1)センター長
(2)専任の教授及び准教授
(3)客員教授又は客員准教授
(4)研究員
(5)その他必要な職員
(センター長)
第6条 センター長は、センターの業務を掌理する。
2 センター長候補者の選考は、教育学研究科の教授のうちから教育学研究科教授会の議を経
て行う。
3 センター長の任期は、2年とし、再任を妨げない。
(客員教授等)
第7条 センターに、客員教授又は客員准教授(以下「客員教授等」という。)を置くことができる。
2 客員教授等の任期は、1年以内とし、再任を妨げない。
3 客員教授等は、県内教育関連諸機関と連携し、センターの事業の質的向上を図るものとする。
4 客員教授等の選考は、山梨大学客員教授等選考規則(平成 16 年4月1日制定)の定めると
ころによる。
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教育実践学研究 18, 2013
(研究員)
第8条 研究員は、教育学研究科、附属学校及び他学部の専任教員のうちから、教育人間科学部教
授会の議に基づき教育人間科学部長が委嘱する。
(研究協力者)
第9条 教育人間科学部長は、センターの業務遂行上必要があるときは、教育人間科学部教授会の
議に基づき本学職員以外の者を研究協力者として委嘱することができる。
(教育相談室)
第10条 センターに、第4条第3号の事業を円滑に実施するため、山梨大学教育人間科学部附属教
育実践総合センター教育相談室(以下「教育相談室」という。)を置く。
(運営委員会)
第11条 センターの円滑な運営を図るため、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター運
営委員会(以下「運営委員会」という。)を置く。
2 委員会に関し必要な事項は、別に定める。
(センターの事務)
第12条 センターの事務は、教育人間科学部支援課において処理する。
(規程の改正)
第13条 この規程を改正しようとするときは、教育人間科学部教授会の議を経なければならない。
(補則)
第14条 この規程に定めるもののほか、センターの運営に関し必要な事項は、教育人間科学部教授
会の議に基づき教育人間科学部長が定める。
附 則
この規程は、平成 16 年4月1日から施行する。
附 則(平成 18 年3月 22 日)
この規程は、平成 18 年4月1日から施行する。
附 則(平成 19 年3月 22 日)
この規程は、平成 19 年4月1日から施行する。
附 則(平成 24 年5月9日)
この規程は、平成 24 年5月9日から施行し、平成 24 年4月1日から適用する。
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教育実践学研究 18, 2013
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター運営委員会規程
制定 平成16年4月1日
改正 平成19年3月22日
制定 平成24年5月9日
(趣旨)
第1条 この規程は、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター規程第11条第2項の規
定に基づき、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター運営委員会(以下「委員会」
という。)の組織及び運営について定めるものとする。
(審議事項)
第2条 委員会は、教育実践総合センター(以下「センター」という。)の次の各号に掲げる事項を
審議する。
(1) センター運営の基本方針に関すること。
(2) センター予算に関すること。
(3) センター諸規程に関すること。
(4) その他、センター運営に関すること。
(組織)
第3条 委員会は、次の各号に掲げる委員をもって組織する。
(1) センター長
(2) センター専任の教授及び准教授
(3) 教育学研究科の教員、若干人
(4) 各附属学校の教員、若干人
(5) その他委員会が必要と認めた者
2 前項第3号の委員は、学部長が任命する。
3 第1項第4号の委員は、各附属学校の長の推薦に基づき、学部長が任命する。
(任期)
第4条 前条第1項第3号及び第4号の委員の任期は、2年とする。ただし、補欠の委員の任期は、
前任者の残任期間とする。
(委員長)
第5条 委員会には委員長を置き、センター長をもって充てる。
2 委員長は、委員会を招集し、その議長となる。
3 委員長に事故あるときは、あらかじめ委員長の指名した委員が、その職務を代行する。
(会議)
第6条 委員会は、委員の過半数の出席がなければ、議事を開くことができない。
2 委員会の議事は、出席した委員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところ
による。
(委員以外の者の出席)
第7条 委員会が必要と認めるときは、委員以外の者を委員会に出席させることができる。
(事務)
第8条 委員会の事務は、教育人間科学部支援課において処理する。
(規程の改正)
第9条 この規程を改正しようとするときは、学部教授会の議を経なければならない。
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教育実践学研究 18, 2013
(補則)
第10条 この規程に定めるもののほか、委員会の運営に関する必要な事項は、委員会が別に定める。
附 則
この規程は、平成 16 年4月1日から施行する。
附 則(平成 19 年3月 22 日)
この規程は、平成 19 年4月1日から施行する。
附 則(平成 24 年5月9日)
この規程は、平成 24 年5月9日から施行し、平成 24 年4月1日から適用する。
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教育実践学研究 18, 2013
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター利用規則
制定 平成16年4月1日
改正 平成24年6月13日
(目的)
第1条 この規則は、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター(以下「センター」という。)
の利用に関して必要な事項を定める。
(利用の範囲)
第2条 センターを利用できる範囲は、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター規程第
4条に掲げる事業を行う場合とする。
2 前項のほか、センター長が必要と認めた教育及び研究に利用できるものとする。
3 センターで利用できる施設・設備は次のとおりとする。
(1)授業研究演習室
(2)センターに関わるネットワーク及びこれに附属する機器
(3)その他の施設・設備
(利用資格)
第3条 センターを利用できるのは、次の各号の一つに該当する者とする。
(1)センター研究員
(2)センター研究協力者
(3)本学教育学研究科及び教育人間科学部の職員及び職員の許可を得た学生
(4)本学教育学研究科及び教育人間科学部が催す講習会、研究会等への参加者
(5)その他センター長が適当と認めた者
(利用の申請等)
第4条 センターを利用しようとする者は、所定の利用申請書をセンター長に提出し、その承認を
受けなければならない。
(報告等)
第5条 センター長は、利用に係る事項について、利用者に報告を求めることができる。
(利用の取消等)
第6条 センター長は、利用者がこの規則に違反し、又はセンターの運営に支障を生じさせるおそ
れがあるときは、その利用の承認を取消し、又はその利用を停止させることができる。
(損害の補償)
第7条 センターの建物・備品等を利用者が故意又は過失により破損又は紛失したときは、利用者
はセンター長の指示に従って速やかに現状に復さなければならない。ただし、センター長が
やむを得ない事由と認めた場合は、この限りではない。
(経費の負担)
第8条 センター長は、当該利用に係る経費の負担を利用申請手続者に求めることができる。
(雑則)
第9条 この規則を改正しようとするときは、センター運営委員会の議を経なければならない。
2 この規則に定めるもののほか、センターの利用に関する必要な事項は、センター運営委員
会の議に基づきセンター長が別に定める。
附 則
この規則は、平成 16 年4月1日から施行する。
この規則は、平成 24 年6月 13 日から施行する。
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教育実践学研究 18, 2013
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター利用細則
制定 平成22年6月2日
改正 平成24年6月13日
(趣旨)
第1条 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター(以下「センター」という。)の利用を
円滑にするため、この細則を定める。
(利用委員会の区分)
第2条 センターは、施設・設備の利用に関する委員会をおく。委員会の組織及び運営は別に定める。
(利用の優先順位)
第3条 利用の優先順位は原則として、次のとおりとする。なお、同一順位内において申請が重複
した場合は、原則として申し込み順とする。
(1)センター規程第4条に関わる利用
(2)センター専任教員・客員教授又は客員准教授の担当授業に関わる利用
(3)センター専任教員以外の教員の担当授業に関わる利用
(4)その他の利用
(利用形態)
第4条 前条第3号及び第4号における利用の形態は、原則として、次のとおりとする。なお、定
期利用とは、半期(前期・後期)又は1年間について一定の曜日・時限の継続的な利用を、
不定期利用とは定期利用以外の利用をいう。
(1)授業研究演習室は定期、不定期のみの利用とする。
(2)機器等は不定期のみの利用とする。
(申請受付)
第5条 申請の受付は、特段の事情がない限り、原則として利用予定日から起算して30日前から
10日前とする。なお、定期利用の場合、半期単位で申請するものとする。
(利用申請書、許可書)
第6条 利用申請書、利用許可書の様式は別紙のとおりとする。
(学外者の利用)
第7条 本学以外の者の利用に関しては、山梨大学不動産使用規定に従うものとする。
(その他)
第8条 この細則の改正は、センター運営委員会の議を経なければならない。
附 則
この規則は、平成 22 年6月2日から施行する。
この規則は、平成 24 年6月 13 日から施行する。
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教育実践学研究 18, 2013
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター施設・設備利用委員会内規
制定 平成16年4月1日
改正 平成24年6月13日
(趣旨)
第1条 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター利用細則第2条の規定に基づく施設・
設備利用委員会(以下「委員会」という。)の組織及び運営に関しては、この内規の定めると
ころによる。
第2条 委員会は、各施設・設備の管理・運営を行い、利用に関する事項を教育実践総合センター
運営委員会に報告する。
第3条 委員会は、教育実践総合センター教員及び教育学研究科教員の若干名の委員をもって組織
し、教育実践総合センター長が委員を委嘱する。
2 前項の委員の任期は2年とする。ただし再任を妨げない。
第4条 委員会に委員長及び副委員長を置き、委員の互選による。
2 委員長は、必要に応じて委員会を招集し、議長となる。
3 副委員長は、委員長に事故あるときは、その職務を代行する。
第5条 運営の細目は、委員会が定める。
第6条 委員会の庶務は、教育実践総合センターで処理する。
第7条 この内規を改正しようとするときは、センター運営委員会の議を経なければならない。
附 則
この内規は、平成 16 年4月1日から施行する。
この内規は、平成 24 年6月 13 日から施行する。
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教育実践学研究 18, 2013
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター教育相談室要項
制定 平成 19 年3月 22 日
(趣旨)
第1条 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター規程(以下「センター規程」という。)
第 10 条第2項に基づき、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター教育相談室(以
下「教育相談室」という。)の運営に関し、必要な事項を定める。
(任務)
第2条 教育相談室は、あらかじめ「教育相談スタッフ」を登録し、主として教師及び児童生徒並
びに保護者の教育上の相談を受け付け、これに対し指導・助言する。
(連絡協議会)
第3条 教育相談室に、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター教育相談室連絡協議会
(以下「連絡協議会」という。)を置き、次の各号に掲げる事項について審議する。
(1)教育相談室の運営に関すること。
(2)附属学校の教育相談に関すること。
(3)教育相談室の予算に関すること。
(4)教育相談室諸規程に関すること。
(連絡協議会の組織)
第4条 連絡協議会は、次の各号に掲げる委員をもって組織する。
(1)山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター長(以下「センター長」という。)
が指名する教員
(2)教育人間科学部附属学校の教員 若干人
2 委員の任期は1年とし、再任を妨げない。
(連絡協議会の委員長)
第5条 連絡協議会に委員長を置き、センター長が指名する。
2 委員長は連絡協議会を招集し、議長となる。
(連絡協議会の議事)
第6条 連絡協議会は、委員の過半数の出席がなければ議事を開くことができない。
2 連絡協議会の議決は、過半数で決し、可否同数のときは委員長の決するところによる。
3 連絡協議会が必要と認めるときは、委員以外の者を出席させることができる。
(雑則)
第7条 この要項に定めるもののほか、教育相談室の運営に関し必要な事項は、連絡協議会の議に
基づき、センター長が別に定める。
附 記
この要項は、平成 19 年4月1日から実施する。
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教育実践学研究 18, 2013
編 集 後 記
本年の『教育実践総合センター研究紀要』には 18 本の論文を寄稿していただきました。
昨年度に比べ大幅に増加し、教職大学院関連の研究成果も含まれ、本紀要が教育実践の
発表の場として益々大きな役割を担っていることを再確認いたしました。寄せられた研
究成果が、学内外における教育実践研究に資することを期待しております。
附属教育実践総合センター長 時友裕紀子
編 集 委 員
時友裕紀子(委員長,センター長,社会文化教育講座)
古屋 義博(教育実践総合センター運営委員・第5ブロック,教育支援科学講座)
澤田知香子(教育実践総合センター運営委員・第1ブロック,言語文化教育講座)
蘒原 桂(教育実践総合センター運営委員,大学院教育実践創成専攻)
谷口 明子(教育実践総合センター運営委員,教育実践総合センター)
成田 雅博(教育実践総合センター運営委員,教育実践総合センター)
早川 健(教育実践総合センター運営委員,大学院教育実践創成専攻)
教育実践学研究第 18 号
2013 年3月 31 日発行
編集・発行者: 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター
〒 400-8510 甲府市武田四丁目 4-37
Phone : 055-220-8325
Fax : URL : http://www.cer.yamanashi.ac.jp/
E-mail : [email protected]
055-220-8790
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ISSN 1881-6169
JOURNAL
OF
APPLIED EDUCATIONAL RESEARCH
No. 18 2013
How Do Teachers Deal with Difficult Parents?
Qualitative analysis of expert teachers’ narrative
YAZAKI Katsuhiro, ASHIZAWA Toshiya, KUBOTA Masahiko, TANIGUCHI Akiko…………… 1
The Role of Japanese Self-Help Groups for Japanese Parents
and Their Children with Developmental Disabilities in the World (Part1)
TORIUMI Junko………………………………………………………………………………………… 11
The Formation of Teachers’ Practical Skills and Abilities by OPPA Focusing on Students’ Learning Records:
The Case of School of Professional Development for Education of Yamanashi University
SAKAI Atushi, SYOJI Reica, SHINDO Toshihiko, TANIGUCHI Akiko, TERASAKI Hiroaki
NAGASE Yoshiki, NAKAMURA Takashi, HIRAI Kimiyo, HORI Tetsuo, AMEMIYA Wataru,
KAWAMURA Naohiro, SHIMADA Kazuhiko, SENDOUDA Tokuo, TAKITA Fumio,
HAGIHARA Katsura, HAYAKAWA Ken, FUJIMORI Kenji………………………………………… 20
Career Choice Process of Junior High School Students with Developmental Disabilities :
Focused on the Unwilling Admission
WATANABE Masatoshi… …………………………………………………………………………… 40
An Analysis on the Acquisition Process of Communication Skills in Work-Learning :
A Case Study on Support of a Student with Intellectual Disabilities in High-School Special Needs
Education Programs
WATANABE Masatoshi, MATSUMOTO Akira… …………………………………………………… 48
How do schoolchildren think about “logically”?
HOSAKA Nobuo, IWANAGA Masafumi……………………………………………………………… 57
L’enseignement du cinéma en France (2)
MORITA Shuji………………………………………………………………………………………… 66
A Study on Teaching Conditions of “English Language Teaching Methods” in English Teachers’ Training
Course at Tokyo Higher Normal School Before the World WarⅡ
FURUYA Takao………………………………………………………………………………………… 85
A Case Study of Tax Education in the Subject Civics in Germany
HATTORI Kazuhide… ………………………………………………………………………………… 93
An Investigation of Subtractive and Additive Primary colors
A Case of Students of Faculty of Engineering
SATO Hiroshi, BEPPO Taishi………………………………………………………………………… 110
A Study on the Teaching Materials for Learning the Technology of Modarn Televisions
SATO Hiroshi, YAMANUSHI Kimihiko, BEPPO Taishi… ………………………………………… 118
Evaluating the Effectiveness and Practical Use of Musical Examples for Discerning Musical Elements
through the Assessment of Visual Images
KOJIMA Chika………………………………………………………………………………………… 126
On the Study Improvement of Students Self-Directed Abitities by Using Self-Study Notebooks:
Mainly Through Teachers’ Promotion for Students’ Internalization, Introspection and Externalization of
Their Thought and Cognitive Process
ASHIZAWA Toshiya, SENDODA Tokuo, HORI Tetsuo……………………………………………… 133
On Revealing and Fostering the Potential and Real Abilities of Science about the Third Grade Students of
Elementary School :
Mainly Through the Curriculum Evaluation with Using OPPA
ICHIKAWA Hideki, HORI Tetsuo…………………………………………………………………… 149
How Should Teachers Research Teaching Materials for Improving Their Teaching Skills of Science Using
OPP Sheets? :
In the Case of “Reproduction and Generation” of High School’s BiologyⅠLesson
WATANABE Moe, KANZAWA Tuneharu, HORI Tetsuo… ……………………………………… 164
A Study on the Change of the Teacher’s Attitude toward Teaching English in High School by Using OPPA
YATO Satoko, HORI Tetsuo…………………………………………………………………………… 175
TEACHING DEBATE IN JAPAN PART TWO
Paul KLOUSIA, NAGASE Yoshiki………………………………………………………………… 187
The support for the student with developmental disorder whose needs cannot be met in an ordinary
classroom
MURAI Keitaro………………………………………………………………………………………… 191
The Center for Educational Research
Faculty of Education and Human Sciences
University of Yamanashi
4-4-37 Takeda, Kofu 400-8510, Japan
Phone : 055-220-8325 Fax : 055-220-8790