精神衛生の誕生

精神衛生の誕生
──戦前期日本における精神医学と社会──
日本学術振興会
佐藤雅浩
本報告は、戦前期(20 世紀前半)の日本で流通した精神疾患に関する医学的言説を分析し、その成立と変
容過程を歴史社会学的に考察するものである。これまで精神疾患に関する歴史研究においては、近代化にと
もなう精神疾患概念の変容や、患者に対する処遇様式の変遷、司法精神医学の成立過程などが明らかにされ
てきた(小田 1980; 岡田 2002; 川村 1997; 芹沢 2001)。しかし、これらの研究において分析されてきたの
は、P. コンラッドらが「逸脱行動の医学的な概念化」(Conrad & Schneider [1980]1992=2003: 73)と呼ぶよ
うな、逸脱の原因となるような重篤な精神疾患の医療化過程であり、大衆的なレベルで広まった精神疾患言
説は深く考察されてこなかった。これは、精神疾患という病が「誰もが抱え得る身近な問題」(厚生労働省
2004: 98)として語られる現代社会の来歴を、歴史的な視座から十分に分析したものとはいえない。そこで本
報告では、近代日本における精神疾患言説を、社会的な逸脱行為の抑止(逸脱の医療化)と、疾患への日常
的配慮・予防施策(日常生活の医療化)という二つの系譜から捉え返すことで、両者の拮抗の中で現代の精
神疾患に関する諸言説が構成されてきた過程を考察する。
近代日本において、精神医学的実践の対象とされる人々の数が飛躍的に拡大したのは、20 世紀初頭の「神
経衰弱」の流行を一つの契機とする。それ以前からアカデミックな精神医学(精神病学)は日本へ導入され
ていたものの、大衆的なレベルで精神疾患が社会問題化するのはこの時期以降のことである。この病の「流
行」が、現代の精神医学的言説に与えた影響は以下三点に要約できる。
第一に、神経衰弱は、当時「気狂」
「瘋癲」などと呼ばれ、差別的処遇の対象となっていた精神病とは異な
る病として表象され、相対的に脱スティグマ化された精神疾患のカテゴリーを創出した。すなわち重篤な「精
神病」を逸脱にかかわる危険な精神疾患としつつ、
「神経」にかかわる新しい診断名(神経衰弱や神経症)を
立ち上げることで、
「精神疾患は身近な問題である」という認識が社会に広まることとなった。また第二に、
神経衰弱は文明化された社会を生きる人々が、日々増大する外界からの刺戟によって疲弊する病として語ら
れたことから、精神疾患に対する社会病理学的病因論を流布させることになった。そして第三に、神経衰弱
は誰もが経験し得る主観的な心身症状(疲労や集中力の低下)を診断の基準としたため、より多くの人々が
自らを精神疾患であると疑う素地が成立した。以上三点の特徴から、この時期以降の日本では、精神医学的
知識における「日常生活の医療化」が始まったと見なすことができる。
そして、大正末期から昭和初期(1920~30 年代)にかけて、「逸脱の医療化」と「日常生活の医療化」と
いう精神医学の両実践は、
「精神衛生」という新たな概念のもとへ統合が企図されるようになった。
「精神衛
生 Mental Hygiene」とは、精神的健康の促進を目指す精神保健運動であり、20 世紀初頭に米国の C.ビアーズ
が開始したものと言われる。しかし 1930 年代の日本で唱道されたこの概念には、現代の「メンタルヘルス」
や「心の健康」といったスローガンとは異なる理念が含まれていた。それは、一方で個人的配慮によって精
神疾患の予防や発見を促す「日常生活の医療化」を促進しつつ、同時に反社会的行為をなす人々を社会的治
療によって統制する「逸脱の医療化」の実践をも兼備していた。その際、
「精神衛生」の必要性を訴える専門
家たちが主張したのは、都市的な病理現象としての「変質者」問題、また文明諸国で民族の質的増悪が進行
していると論じる「変質論 degeneration theory」である。このことは、19 世紀から日本の精神医学に嘱託され
ていた「逸脱の医療化」と、20 世紀初頭に神経衰弱の流行を契機として達成された「日常生活の医療化」が、
近代化に伴う社会の変化(社会病理的現象)を根拠とすることで、この時期に統合され始めたことを示唆し
ている。ここに司法・衛生(健康)双方の実践にかかわるという意味での「社会医学としての精神医学」が
成立し、現代に至る精神疾患言説の基礎が構成された。