別添2

研究課題別中間評価結果
1. 研究課題名: 恐怖記憶制御の分子機構の理解に基づいた PTSD の根本的予防法・治療法の創出
2. 研究代表者: 井ノ口 馨 (富山大学大学院医学薬学研究部 教授)
3. 研究概要
動物に普遍的に存在する恐怖記憶形成をPTSD発症のモデルとして用い、恐怖記憶形成の諸過程の
分子・細胞機構を解析し、得られた知見を基にして、トラウマ記憶を減弱・消失させる方法を創出する。臨
床研究として、動物モデルから得られた知見を基に、トラウマ記憶そのものを減弱・消失させることに因る
PTSDの根本的な予防・治療法を開発する。
4. 中間評価結果
4-1.研究の進捗状況及び研究成果の現状
LTP関連遺伝子と恐怖記憶の制御についてはVesl-1Sが恐怖記憶形成に重要な役割を果たすことを明
らかにし、シナプスタグ仮説の妥当性を検証した。
再固定に関わる分子については、想起時にアクチビン機能を阻害することで、一度形成された恐怖記憶を
抑制できることを明らかにした。
研究計画には再固定化に必要な転写因子zif268が特異的に結合しているゲノム領域の検討が予定さ
れているが、現時点では、まだ研究は開始されていない、あるいは、再固定化の阻害により、他の記憶には
影響することなく恐怖記憶のみを減弱・消去する方法を開発することが計画されているが、まだ研究が開始
されていないなど、研究計画の一部が実施されていないことはあるが、全体的には計画に沿って研究が実
施され、進捗状況も良好である。
喜田グループは全体計画がやや遅れているが消去・再固定化のメカニズムの解明など成果はあがって
いる。森信、金、松岡グループはほぼ計画通りに進捗している。
PTSDの背景をなすトラウマ記憶については、その成立過程自体、十分に解明されていない。本研究は
トラウマ記憶の獲得・固定化、想起・再固定化・消去に関わる分子を解明し、その結果をもとに恐怖記憶の
減弱、消去の方法を開発するというものであり、世界的にもインパクトのある研究である。
すでに一部、臨床的効果を検証する試験を実施している。
現代社会において、PTSDは常に一定程度の割合で出現すると考えられ、そのための社会的損失は大
きい。これまで、PTSDに対しては、ある程度効果のある心理療法あるいは薬物療法がおこなわれてきたが、
根本的治療法とは言い難く、難治化、慢性化する例も少なくない。この研究により、恐怖記憶の減弱・消去
法が確立されれば、社会的に大きな還元ができるものと考える。
具体的な方向性は示されているので、解決策の実現度が今後の課題である。現時点では、まだ具体的
成果(治療効果)は示されていない。
研究代表者のリーダーシップも発揮されており、研究実施体制は特に問題がないと考える。
4-2.今後の研究に向けて
基礎研究から臨床応用への流れがうまく駆動しており、研究の方向性は示されているので、臨床応用へ
の展開が十分期待できる。
一部、全体の研究フレームワークにあてはまらないもの(グリシンへの注目や、BDNFなど)もあるので、
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この点は効率化の観点から検討されたい。
今後研究を進展させる上で必要な課題には下記のような事項がある。
・部位特異的な阻害剤の投与法の開発が必要になる。
・神経新生がω3系脂肪酸により促進されることをヒトで確認することが重要であり、その方法論の確立が
必要。
・記憶の再固定化と消去がPTSDにおいてどのように変化しているかを明らかにする。
・アクチビン等がLTPで誘発されることが明らかにされたが、記憶の不安定化や再固定化に関わることを
検討するための戦略が必要。
・持続エクスポージャー療法において、記憶の再固定化、不安定化がどのように変化するかをとらえる方
法の確立が必要。
4-3.総合的評価
動物のモデルを用いた恐怖記憶の制御機構の分子レベルでの解析と共に、モデルマウスを対象とした
治療にとどまらず、ヒトを対象とした治療の試みが行われている。それぞれにつき新たな知見が得られてお
り、質並びに独自性の高い研究が行われている。基礎研究の問題設定と解決アプローチに優れた点が多
いので、それを臨床にうまくつなげることができれば目標を達成できると思われる。
以上のような高い評価がある一方で、シナプスタグ仮説を裏付けるエビデンスの蓄積が必要であること、
X線照射による神経新生の抑制という強力な刺激は他に引き起こす傷害も含めて検討する必要があること、
海馬内アニソマイシンの注入で生じる他の脳部位における変化の有無をとらえるべきことなど研究の手法
自体が抱える問題点を解決する必要性を指摘する厳しい評価もある。
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研究課題別中間評価結果
1. 研究課題名: アルツハイマー病根本治療薬創出のための統合的研究
2. 研究代表者: 岩坪 威 (東京大学 大学院医学系研究科 教授)
3. 研究概要
本研究の目的は、アルツハイマー病(AD)の分子病態の理解に基づいて、有効な根本治療・予防法の
開発をめざし、特にADの病因タンパク質βアミロイド(Aβ)の産生、凝集、クリアランスの分子機構を解明
し、各ステップを特異的に遮断ないし改善する新機軸の治療薬リードを創出しようとするものである。研究の
方法は以下のようである。
Aβ産生については、γセクレターゼの構造・機能連関を、阻害薬の作動機序に着目し、ケミカルバイオ
ロジー的手法を駆使して解析する。Aβそのものについては、重合体の形成・毒性機構、ならびにβアミロ
イドに結合しその凝集に影響を与えるapoE, CLACなどの結合蛋白質の機能について解析する。Aβ免
疫療法の分子メカニズムにつき、遺伝子改変マウスやモデル細胞を用いて解明する。臨床面からは、AD
の初期病態を鋭敏に反映するバイオマーカーの同定をめざし、ヒト脳において、PETイメージングによる脳
内アミロイド蓄積の検出と生化学バイオマーカーとの対比を行う。
4. 中間評価結果
4-1.研究の進捗状況及び研究成果の現状
東京大学グループは、研究項目の大半は当初の計画通り、あるいはこれを上回る成果をあげており、研
究は進展している。特に、γセクレターゼの解析が進展しており、その知見をもとに、γセクレターゼの阻害
薬、モジュレーター薬を見出した。
γセクレターゼの構造活性相関解析と各種化合物の作用機序の検討は世界で他の追従を許さず、極め
て科学性インパクトを持った研究として、その重要性は評価される。本研究成果が生み出す成果は、すで
に一部が臨床治験に入り、製薬企業との共同研究へと進展している。また、オリジナルな骨格をもつNS-
GSIやモジュレーターの開発にも成功している。γセクレターゼの阻害剤の開発は治療を目指すインパクト
の高い研究である。
また、ニカストリンを標的とする抗体治療の可能性を示唆する知見も得ている。
東北大学グループの研究もほぼ順調に進められている。血液中バイオマーカーの探索中止は残念であ
るが、やむを得ないと思われる。BF-227プローブを用いた先駆的ヒトアミロイドPET研究は順調に成果をあ
げている。
アルツハイマー病は今後、急増する疾患であり、社会的問題としても極めて深刻である。本研究はアル
ツハイマー病の分子病態の理解に基づく、根本治療・予防法の開発を目指すものであり、社会への還元と
いう意味では極めて重要な内容である。
代表者のリーダーシップは極めて高く、研究チームの体制は良好であり、研究遂行能力は高い。
4-2.今後の研究に向けて
γセクレターゼの構造解析や阻害剤等の作動機構の研究が高いレベルで行われており、今後Aβ特異
的なγセクレターゼ阻害薬やモジュレーターの開発が行われる上で重要性を持つものと考える。今後はγ
セクレターゼ複合体の構造解析と阻害剤・モジュレーター薬の作動機構解明に期待がかかる。これらの基
礎的研究成果をもとに治療薬の開発に結び付く成果を期待したい。
Aβ免疫療法研究過程で明らかになった抗体の中枢移行の現象は極めて重要な発見であり、今後の創
薬動向にインパクトを与えるものである。今後はこの知見をもとに脳からのAβ排出を標的とする治療法とそ
のメカニズムに関する研究の進展が期待できる。
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PETプローブの開発は実用化に向けて進展するであろう。
4-3.総合的評価
アルツハイマー病の分子病態の理解に基づいて根本的治療や予防法を研究することが本研究の目的
である。特にAβの凝集機序やγセクレターゼの構造機能解析を明らかにして創薬に結びつける研究は
世界的に最も先行している研究グループのひとつであり、大いに期待できる。分子メカニズムの解析により、
薬物のラショナルデザインを目指すこのアプローチを徹底して進めて行くべきである。
抗体療法は魅力のある治療法であり、現時点では最も可能性の高い治療法の一つと考えられるが、臨
床治験に踏み込むためには、どのような条件が満たされるべきかについて十分な検討が必要である。
BF-227を用いたアミロイドPETがMCIからADへのコンバージョンを予測するのに最も鋭敏な検査法で
あることを明らかにした研究は臨床への導入を含め、大きな期待を抱かせる内容である。
研究は当初の研究計画に沿ってほぼ順調に進展しているとみてよい。
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研究課題別中間評価結果
1. 研究課題名: 神経発達関連因子を標的とした統合失調症の分子病態解明
2. 研究代表者: 貝淵 弘三 (名古屋大学 大学院医学系研究科 教授)
3. 研究概要
統合失調症の発症脆弱性因子のうち、DISC1、Dysbindinを中心に、その生理機能や分子間ネットワ
ークを解明することにより、統合失調症の分子病態を明らかにすることを目的にしている。
これまでの研究で、DISC1については、122種類の結合蛋白質を同定し、その機能を解析した結果、D
ISC1がscaffold蛋白質として神経回路形成やシナプス可塑性に重要な役割を果たしていることを示唆し
た。
一方、Dysbindinは小胞輸送を制御することで、グルタミン酸やドーパミンの分泌に関与することを明らか
にした。
更に、14-3-3ε遺伝子が発症脆弱性因子であることを見出した。また、Kalirinが発症脆弱性因子
の候補遺伝子であることを明らかにした。
以上より、DISC1やDysbindinがNudel複合体やNeuregulin-1,Kalirin,Girdinなどの細胞内輸送を制
御することにより、神経細胞の発達、成熟を調節し、神経回路形成や行動に関与することを示した。
4. 中間評価結果
4-1.研究の進捗状況及び研究成果の現状
研究の中心であるDISC1の分子解析は進展している。すなわち、DISC1と結合する122の結合蛋白の
同定と機能解析がほぼ予定通りに実行されており、これらが細胞内移動、mRNA輸送制御、細胞内輸送
等に果たす機能について多くの新知見を得ている。また、DISC1 KOマウスの作成に成功した。
新たな方向性としてはDISC1の多様な機能が解明されることにより、新たな分子ネットワークが明らかに
なりつつある点を挙げることができる。また、発症脆弱性因子としてKalirinなど新しい候補分子を見出した
点も評価される。
最終的には統合失調症の分子病態を明らかにし、診断・治療法の開発につなげることで社会的還元が
評価されるが、現時点では発症脆弱性因子であるDISC1等の生理機能や分子間ネットワークを解明する
という基礎的研究段階にあり、一部統合失調症から得たゲノムを用いた関連解析により、14-3-3εのプロモ
ーター領域のSNP1のアレルがリスクアレルである可能性やGWASで得られたKalirinのミスセンスがリス
クファクターであることなどが明らかにされているが、病態の解明、治療法の開発につながるには、まだ相当
の時間がかかるものと思われる。
研究チームの体制はほぼ良好であり、研究代表者のリーダーシップも十分発揮されていると思われる。
4-2.今後の研究に向けて
基礎研究を出発点とした
より、新たな治療法や予防法へとつながる成果が期待できるなど、今後の成果を期待できるとする評価
が多数を占めたが、その一方で、DISC1の分子的理解の進展から、いかに分子病態と治療戦略にアプロ
ーチするかの道筋が見えない、直接的成果が見えてこないというコメントもあった。
4-3.総合的評価
DISC1の結合蛋白を同定し、その機能を解析した結果、DISC1が神経回路の形成やシナプス可塑性
に重要な役割を果たしていることを示唆する重要な知見を得た。一方、Dysbindinは小胞輸送を制御する
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ことで、グルタミン酸やドーパミンの分泌に関与することを明らかにした。更に、14-3-3-ε遺伝子が発症脆
弱性因子であることを明らかにした。以上より、DISC1やDysbindinがNudel複合体Neuregulin-1,
Kalirin, Gardinなどの細胞内輸送を制御することにより、神経細胞の発達、成熟を調節し、神経回路形成
や行動に関与することを示した。またDISC1-KOマウスの作成や新規抗体の作成は世界に先駆けた研究
成果として高く評価できるものである。
問題は基礎研究を出発点として、これから領域目標を達成するための方向づけである。この基礎研究が
統合失調症の病態解明、治療の開発につながるものか、その方向に向かっているのかは病気の性質から
いって極めて難しく、判断できない部分があることは理解できるが、この点は重要である。研究代表者は「こ
れら分子間のネットワークの微妙な狂い」を想定しているが、厳しい見方をすれば、分子を個々に解析して
も何もわからないということになってしまうのではないかという疑問も残る。
DISC1の研究成果を統合失調症の病態と結び付けるためのアプローチをこれからは意識して研究を進
めるべきであろう。また、DISC1に焦点を絞り、他のグループもこれに集中する計画に変更することも考えら
れるのではないか。
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研究課題別中間評価結果
1. 研究課題名: パーキンソン病遺伝子ネットワーク解明と新規治療戦略
2. 研究代表者: 高橋 良輔 (京都大学大学院医学研究科 教授)
3. 研究概要
パーキンソン病の成因には、遺伝要因と環境要因を介して、小胞体ストレス、酸化的ストレス、ミトコンドリ
ア障害、タンパク質分解異常、細胞骨格の障害等が、複雑に絡み合っていると考えられる。
本研究では、マウス、メダカ、ニワトリ B リンパ球細胞株 DT40 において、パーキンソン病の病因関連遺伝
子に変異を加えた多重遺伝子変異および毒物誘発性モデルによってパーキンソン病を引き起こす様々な
遺伝子間のネットワークおよび遺伝要因と環境要因との相関を明らかにし、パーキンソン病の複合病態を
解明する。さらに、このようなモデルを治療薬開発に役立てる。
これまで研究代表者らは小胞体ストレスによりドパミン細胞死が生じることを示してきたことから、特に小胞
体ストレスに焦点をあてて、研究が進められた。まず小胞体ストレス応答発動因子を破壊したメダカおよび
ニワトリBリンパ細胞株 DT40 を作製し、両者とも ATF6 が小胞体シャペロン誘導で主要な役割を果たすこ
とを見出した。次にドパミン神経毒 MPTP によるパーキンソン病モデルマウスでは小胞体ストレスセンサー
である ATF6 および PERK-eIF2α-ATF4 経路の系が重要な役割を果たしていることを見出した。さらにス
クリーニングで見出された低分子化合物で、ATF6 および PERK-eIF2α-ATF4 経路を活性化するタンゲ
レチンと PERK-ATF4 経路の選択的活性化薬であるサルブリナールの MPTP によるドパミン細胞死抑制
効果を明らかにし、予防・治療薬になり得る可能性を提示した。
メダカで疾病モデルを作製する研究では、プロテアソーム阻害薬、リソソーム阻害薬、小胞体ストレス誘
発薬でパーキンソン病モデルの作製に成功し、これらの細胞機能障害のパーキンソン病の成因への関与
が支持された。さらに常染色体劣性遺伝性パーキンソン病の病因遺伝子、Parkin、PINK1、ATP13A2 の
変異メダカの作製に成功、Parkin/PINK1 の二重ノックアウトメダカと ATP13A2 の変異メダカで、リソソー
ム系の異常構造を伴うドパミン細胞死が生じ、オートファジー・リソソーム系の障害がパーキンソン病の成因
として特に重要であることが新たに示された。一方、小胞体ストレス応答発動遺伝子の包括的ノックアウトに
も成功し、メダカを用いてパーキンソン病への小胞体ストレス応答シグナルの関与を探るツールが整備され
た。
4. 中間評価結果
4-1.研究の進捗状況及び研究成果の現状
主に毒物誘発性モデルを用いて小胞体ストレス応答因子の解析が進められており、それ自体は十分な
進展をみせている。本モデルにおいて小胞体ストレスセンサーであるATF6および PERK-eIF2α-ATF4
経路の系が重要な役割を果たしていることを見出した。また、これらを活性化する化合物がドパミン細胞死
を抑制する効果を有することを明らかにした。また、新たにメダカのパーキンソン病モデルを作成した。
しかし、家族性パーキンソン病多重遺伝子変異モデルについては、当初の予定通りには作成が進行し
てはいない。
成果の科学的・技術的インパクトについては、MPTP誘発性のドパミン神経細胞死への小胞体ストレス
応答遺伝子の関与の解明、PERK-eIF2α-AFT4 を活性化するタンゲレチン、サルブリナールのドパミン
細胞死防御効果の発見は科学的に重要である。また、メダカにおけるパーキンソンモデルの確立は技術的
インパクトを与えるものである。
4-2.今後の研究に向けて
ポイントはMPTP以外のパーキンソン病モデルにおける小胞体ストレスの役割を早急に明らかにすること
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である。また、本計画はパーキンソン病の複合病態を解明することであるが、残る研究期間内に何をどこま
で解明するかについて改めて研究の現段階での進捗状況を踏まえて、焦点を明確化する必要がある。遺
伝子改変メダカを基軸に研究が展開されると考えられるが、同時に進行している種々の遺伝子改変マウス
を用いた解析との補完性や、薬剤のスクリーニング系としての有効性など、グループ間の連携を生かした作
業が必要と考える。
4-3.総合的評価
主に毒物誘発性モデルを用いて、小胞体ストレス応答因子の解析が進められ、成果をあげている。
多重遺伝子変異マウスでは運動障害が見られないなどの問題はあるが、遺伝子改変メダカにおいては
パーキンソン病の病態が再現できることが示され、これを用いた小胞体ストレス応答の関与について、今後
研究が進展することが期待される。研究全体は着実に進められており、今後、複合病態全体のネットワーク
の解明、さらには治療薬あるいはパーキンソン病原因物質のスクリーニングへの展開がなされることを期待
する。メダカを用いたモデルは研究の効率をあげ、スピードを上げるなど、研究の進展をはかる上で極めて、
有利であり、重要である。ただし、パーキンソン病の病態に関する本質的な異常をとらえた段階では、マウ
スをはじめとする哺乳類モデルの作成が必要になると思われる。その意味では、マウスモデルの作成がな
ぜ困難であるか、その機序を明らかにすることも、先に進むためには必要ではないかと考える。
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研究課題別中間評価結果
1. 研究課題名: マウスを活用した精神疾患の中間表現型の解明
2. 研究代表者: 宮川 剛 (藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 教授)
3. 研究概要
本研究は、網羅的行動テストバッテリーによって同定された精神疾患様の行動異常を示す遺伝子改変
マウスを共通のプラットフォームとして、これらの脳を様々な手法により多面的に解析し、精神疾患の中間表
現型を解明することを目的としている。
これまでの研究により、alpha カルシウム/カルモジュリン依存性リン酸化酵素 II (αCaMKII) ヘテロノッ
クアウト (HKO) マウスが、精神疾患様の異常な行動を示すこと、分子生物学的、電気生理学的、組織学
的な解析により、海馬歯状回が未成熟な状態になっていること(未成熟歯状回: immature Dentate
Gyrus, iDG)が見出された。網羅的行動テストバッテリー等によって同定した過活動や作業記憶障害など
の精神疾患様の行動異常を示す 15 系統のマウスについて iDG 様の中間表現型を有するか否かを検討し、
Schnurri-2 KO マウスや SNAP-25 ノックインマウスなど 7-8 系統で iDG 様の表現型が見出されている。
また、抗うつ薬の慢性的投与や電気痙攣ショックを与えたマウスにおいて iDG に酷似した表現型が誘導さ
れることがわかり、これを歯状回の神経細胞の「脱成熟」現象と名付けた。さらに、iDG をプロテオミクス解析
や組織学的手法等を用いて詳細に調べ、GABA ニューロン数の低下やアストロサイトの活性化など、iDG
と共起して生ずる別の中間表現型も多数同定することにも成功しており、iDG をサブグループに分類する
試みを進めている。iDG を生じさせるメカニズムについては、生化学的・薬理学的な解析を 行った結果、
cAMP と BDNF のシグナリング経路の異常が共通した原因になっていることを示唆する結果を得ている。
上記の知見をもとに、iDG を正常化させるために、別遺伝子改変マウスを掛け合わせたり、各種薬剤の
投与を行うなどしているが、このうちのいくつかで iDG が一部正常化することを示すデータも得られつつあ
る。ヒト精神疾患患者の死後脳から得られた遺伝子・タンパク発現データとの比較から、iDG はマウスに特
異的なものではなく精神疾患様の行動異常に伴う一般的な現象である可能性が高いことが示唆されてい
る。
4. 中間評価結果
4-1.研究の進捗状況及び研究成果の現状
概ね順調に進捗している。
宮川チームは網羅的行動解析を初年度からスタートさせ、行動異常を精神疾患の動物における表現型
とみなし、特徴的な行動異常を示す遺伝子改変マウスについて、脳の生化学的、生理学的、形態学的特
徴を抽出する研究を進めている。この中で、本モデルマウスの中で未成熟歯状回(iDG)を見出し、これを
手掛かりとして検討することが有用であることが明らかになったことから、これらモデルマウスの歯状回を中
心に研究を進めている。時間とスペースを必要とする研究であるが順調に着実に進められており評価され
る。その一方で、当初の計画にある iDG 以外の研究項目の進捗状況が、あまり十分な進展を見せていな
いという評価もある。
iDG の発見は精神疾患モデルマウスの中間表現型として極めて重要なものであり、大変興味深いもの
である。iDG の論文化により、海外からの反響も大きく、協同研究の申し込みも増しており、本研究のレベ
ルの高さを表していると思われる。
その一方で、iDG は興味ある現象ではあるが、まだそれが疾患の原因となるものか、結果を表すものか、
あるいは副産物なのか明らかでない。今後の研究成果を待って、評価すべきとする意見もあった。
4-2.今後の研究に向けて
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iDG がヒトの精神疾患の病態、病因とどのように関係するかというポイントをできるだけ早期に明らかにす
る必要があると考えられる。また iDG の正常化の取り組み、iDG のメカニズムの解明に重点的に力をそそ
いでほしい。また、iDG を治療の指標に見据えて、iDG に関連したBDNF発現の増加などの中間表現型
の解析も促進されることが望ましい。
4-3.総合的評価
解析が困難な精神疾患を対象に、シナジー効果が期待できる組織体制で、遺伝子改変マウスを切り口
に、有効な中間表現型の抽出とそれを用いた治療への展開が意欲的かつ着実に進められている。見出し
た iDG の更なる解明が期待される。同時に、豊富なリソースから、iDG とは異なる中間表現型の探索も望ま
れるとする評価がある一方で、次のようないくつかの疑問点が指摘された。
以下にこれらを列記する。
1)各種遺伝子改変は現状のヒトでは起こっていない状態を作っているので、発見した中間表現型がいか
にヒトに当てはまるかが本研究の本質的課題である。
2)異常行動と遺伝子改変、薬剤と iDG の(中間表現型候補)の三者の関係を結びつけることが、このアプ
ローチにより可能であろうか。分子レベルでの関連は明確ではなくても診断に結びつけることができれ
ばよいのであろうが、ヒトへの応用の具体的方策が明確ではない。
3)中間表現型というものがどのようなものか、また未成熟歯状回変化はどのように定義づけされるか、そし
てそれぞれの変化が精神疾患そのものとどのように関係するかを明らかにすることが必要と考える。
4)iDG という変わった現象があることは分かったが、異常行動を示す動物の中で、iDG を示す場合があり、
またそうでない場合もあるということの意味づけはできるのか。
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