色も色いろ 第43話 白い肌=美しいのルーツ

色も色いろ 第43話 白い肌=美しいのルーツ
日本人の化粧に関する最初の記録は 3 世紀後半「魏志倭人伝」で、
「朱丹を以っ
て其の身体に塗る。中国の粉を用うるが如きなり」とある。朱丹とは赤い顔料
のことで顔や身体に赤い化粧をしていたとわかる。古墳から出土する埴輪から
もそれが伺われる。化粧が現代の「よそおう」「美しく見せる」というより、呪
術的な目的で行われていた。
よそおうことを意識した化粧は飛鳥から奈良時代に中国大陸を経て仏教とと
もに、紅や白粉、香といった化粧がもたらされた。大陸から伝わった化粧をす
ることは、高い教養とステータスを示すものとなり、「白い肌は美しい」といっ
た美意識が定着していった。平安時代に入ると日本独自の文化と相まって女性
の装いも長い黒髪に、真っ白な白粉を施し、眉は生来の眉を抜き、額の上部に
源氏物語絵巻に見る女性像(出典:徳川
美術館監修「よみがえる源氏物語絵巻」)
描くという化粧に、十二単のファッションを生み出した。そして「白い肌=美
CHANEL のネット動画より(下)
清少納言「枕草子」には、「ありがたきもの・・・毛の良く抜くる銀の毛抜き」
しい」は不動のものになった。(ポーラ化粧研究所「化粧文化 Vol5] より)
なる一節があるが、こうした化粧事情を知らずには何のことやら理解できない。
谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」の中でこう記している。「われわれの先祖は、明る
い大地の上下四方を仕切ってまず陰翳の世界を作り、その闇の奥に女人を籠ら
せて、それをこの世で一番色の白い人間と思いこんでいたのであろう。肌の白
さが最高の女性美に欠くべからざる条件であるなら、われわれとしてはそうす
るより仕方がない・・・。」そして笹紅や鉄漿(おはぐろ)に触れて、「私は、蘭燈
のゆらめく陰で若い女があの鬼火のような青い唇の間からときどき黒漆色の歯
を光らせてほほ笑んでいるさまを思うと、それ以上の白い顔を考えることがで
きない」と。白い肌を陰翳との関係で述べるあたりは谷崎ならではである。
近世以降は「自然な美しさ」を求める「白い肌」へと進展してきている。