小型ドリフトチェンバーの製作と ガス増幅率及び検出効率の測定

学部卒業研究
小型ドリフトチェンバーの製作と
ガス増幅率及び検出効率の測定
東京工業大学 理学部 物理学科 柴田研究室
国定恭史
平成 27 年 2 月 23 日
概要
ドリフトチェンバーとは、荷電粒子の位置検出器の 1 つである。現在、ドリフトチェン
バーは素粒子物理や原子核物理の分野で多く使われており、重要な検出器の一つとなっ
ている。柴田研が行っている SeaQuest 実験でもドリフトチェンバーは重要な役割を担っ
ている。本研究では、実際に 20 cm × 20 cm の小型ドリフトチェンバーを自分で製作し、
それについて、いくつかの性能評価を行った。本研究のテーマは以下の 3 つである。
1 つ目は小型ドリフトチェンバーの製作である。小型ドリフトチェンバーの製作は、
2014 年 7 月 2 日から 8 月 6 日までのおよそ 1 か月の間に行った。ワイヤー張りやはんだ
付け、基盤の回路の製作などを実際に自分で行った。この小型ドリフトチェンバーの全
体の大きさは 20 cm × 20 cm であり、セルの大きさは 1 cm × 1 cm である。
2 つ目は製作した小型ドリフトチェンバーの性能評価として、ガス増幅率の測定を行う
ことである。まず、ガス増幅率の測定に必要な、アルミナイズドマイラーを使った改造を
行った。X 線源である 55 Fe からの X 線によるアナログ信号を観測することによって、ガ
ス増幅率の計算を行った。また、電圧によるガス増幅率の変化の測定も行った。ガス流量
とワイヤー位置に依存してガス増幅率が変化するという現象が観測されたので、その測
定も行った。その結果からドリフトチェンバー内に空気が混入していることが判明した
ので、密閉性の向上のために RTV というシリコンゴムを使って改造を行った。結果とし
て、今回の測定条件、電圧 2.0 kV、ガス流量 18 cc/min のときのガス増幅率は 1.3 × 104
と求められた。
3 つ目は宇宙線ミューオンを用いた検出効率の測定である。小型ドリフトチェンバー 3
台とプラスチックシンチレーター 4 つを使った実験装置と、そのための回路を作成した。
この装置は宇宙線ミューオンがプラスチックシンチレーターを通過した時間から、ガス
で増幅された電子がドリフトチェンバーのワイヤーに達した時間までの時間差を測定す
るものである。この装置を使ってドリフト時間の測定の実験を行った。このデータを解
析し、検出効率を計算した。検出効率は 1 号機は 98.5 ± 0.2 %、2 号機は 98.6 ± 0.2 %、
3 号機は 98.6 ± 0.1 % となり、全て目標の 95 %を超えるような値となった。また、得ら
れた実験データのドリフト時間分布を使って、10 点での簡易的な x − t カーブ (ドリフト
時間とドリフト距離の相関グラフ) の作成も行った。
目次
第 1 章 序論
3
第 2 章 放射線と物質の相互作用
4
4
4
7
7
2.1
2.2
2.3
2.4
宇宙線 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ミューオンと物質の相互作用
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
Fe と X 線 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
光子と物質の相互作用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
55
第 3 章 ドリフトチェンバーの原理と構造
3.1
3.2
検出原理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
構造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
第 4 章 ドリフトチェンバーの製作
4.1
4.2
4.3
4.4
フィードスルー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ワイヤー張り . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
基盤とケーブル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
HV トレーニング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
第 5 章 ドリフトチェンバーの性能評価(1) 線源を使った増幅率測定
5.1
5.2
5.3
5.4
5.5
5.6
Fe からの X 線とドリフトチェンバー . . . . . . . . . . . . . .
ドリフトチェンバーの改造(1) . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.2.1 X 線の透過率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.2.2 アルミナイズドマイラーを使った改造 . . . . . . . . . .
線源によるアナログ信号 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
増幅率 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.4.1 増幅率の計算 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.4.2 電圧による変化 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ガス流量とワイヤーの位置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.5.1 ガス流量 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.5.2 ワイヤーの位置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.5.3 ガス流量とワイヤー位置によるガス増幅率の変化の原因
ドリフトチェンバーの改造(2) . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.6.1 RTV を使った改造 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5.6.2 密閉性の向上 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
55
1
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10
10
15
20
20
20
21
21
26
26
28
28
29
30
33
33
34
37
37
37
38
38
40
41
5.7
測定条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
第 6 章 ドリフトチェンバーの性能評価(2) 検出効率の測定と x − t カーブ
6.1
6.2
6.3
6.4
宇宙線ミューオンによる信号
. . . . . . . . .
6.1.1 宇宙線ミューオンが落とすエネルギー
6.1.2 宇宙線ミューオンによるアナログ信号
実験装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.2.1 チェンバー 3 層構造 . . . . . . . . . .
6.2.2 装置 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.2.3 回路 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.2.4 測定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
検出効率の測定 . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.3.1 プラスチックシンチレーターとの比較
6.3.2 ドリフトチェンバー 3 台での比較 . . .
x − t カーブ . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.4.1 作成方法 . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.4.2 1 ヒット . . . . . . . . . . . . . . . . .
6.4.3 2 ヒットと隣り合うワイヤーのノイズ .
6.4.4 結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
第 7 章 まとめ
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43
46
46
46
47
47
47
50
51
51
54
54
58
61
61
62
63
67
70
2
第 1 章 序論
原子核物理や素粒子物理の分野では、放射線の検出は重要なことであり、放射線が 1896
年に発見されてから放射線検出器は大きく発展してきた。現在では様々な放射線検出器
があるが、その中でもドリフトチェンバーはよく使われる検出器である。ドリフトチェ
ンバーの構造や原理を理解することは、原子核物理や素粒子物理の分野で重要なことで
ある。ドリフトチェンバーの原理に密接に関係している放射線と物質の相互作用につい
て理解することも重要なことである。
本研究の目的は、小型ドリフトチェンバーを実際に自分で製作し、実験、解析を行う
ことによってドリフトチェンバーの原理や構造の理解を深め、全般的な物理実験の手法
や解析方法などの基礎知識を習得することである。
本研究では、実際に 20 cm × 20 cm の小型ドリフトチェンバーを自分で製作し、それ
について、いくつかの性能評価を行った。行ったことは主に以下の 3 つである。
(1) 小型ドリフトチェンバーの製作
(2) 小型ドリフトチェンバーのガス増幅率の測定
(3) 小型ドリフトチェンバーを 3 層重ねた装置を使った検出効率の測定
本論文の構成は次のようになっている。第 2 章では、ドリフトチェンバーの原理を理解
する上で不可欠な放射線と物質の相互作用について説明を行う。第 3 章でドリフトチェ
ンバーの原理、そして今回製作した小型ドリフトチェンバーの構造について説明する。
第 4 章では実際に自分が行った小型ドリフトチェンバーの製作について説明する。主に
手順の詳細や方法などについて説明する。第 5 章ではガス増幅率の測定について説明す
る。第 6 章では 3 台の小型ドリフトチェンバーを重ねた装置を使った検出効率の測定に
ついて説明する。また、x − t カーブの作成についても説明する。最後に第 7 章で本論文
をまとめる。
3
第 2 章 放射線と物質の相互作用
ドリフトチェンバーにはさまざまな物理が使われているが、その中でも放射線と物質
の相互作用は最も重要な事項である。この章では、主に本実験で使われた放射線と、そ
の相互作用について説明する。
2.1
宇宙線
宇宙線とは、宇宙から飛来する高エネルギーの粒子のことである。宇宙から飛来し、
地球大気に入射する宇宙線を 1 次宇宙線と呼ぶ。(図 2.1)この 1 次宇宙線が地球大気に
入射すると、大気中に存在する酸素原子や窒素原子の原子核と衝突する。1 次宇宙線は高
エネルギ−であるため、衝突の際に破壊と核反応による粒子生成を繰り返し、中間子な
どの新たな粒子を多数発生させる。1 次宇宙線と大気中の原子核との衝突で 2 次的に発
生した粒子たちを 2 次宇宙線と呼ぶ。2 次宇宙線は大気中で発生し、図 2.1 のようにシャ
ワーを形成して、地表へ降り注ぐ。この現象を空気シャワー現象と呼ぶ。
図 2.1 のように地表に降り注ぐ宇宙線にはミューオン、ニュートリノ、核子、電子、陽
電子、ガンマ線など様々な粒子が含まれている。その中でもミューオンはドリフトチェ
ンバーで検出することができる。
2.2
ミューオンと物質の相互作用
ミューオンや陽子など、電子に比べ質量が大きい粒子が物質に入射すると、物質中の原
子と電磁相互作用を行う。荷電粒子は原子内の電子とクーロン散乱を起こして、電子に
エネルギーを与え電子を電離する。荷電粒子はその分エネルギーを損失し減速する。陽
1
子やミューオンに対して、電子の質量は
以下であり非常に軽いので、陽子やミュー
100
オンが電子とクーロン散乱を起こしても軌道はほとんど変わらず、物質中を直線的に進
む。(図 2.2)
厚さ dx の物質中で、荷電粒子が失うエネルギー(エネルギー損失)は以下のように
表されていて、Bethe-Bloch の式と呼ばれている。
[ (
)
]
dE
Z z2
2mc2 γ 2 β 2
δ
2
=D
ln
−β −
ρdX
A β2
I
2
(2.1)
v
1
e4 n
A
、γ = √
、D =
≈ 0.3071 MeV · cm2 /g である。Z は
2
2
2
c
4πϵ0 mc ρ Z
1−β
( )
Z
物質の原子番号、A は物質の質量数、z は入射粒子の電荷、n = ρ
、ρ は物質の密
A
ここで、β =
4
一次宇宙線
原子核
大気
π中間子
空気シャワー
核子
ミューオン
ミュー
ニュートリノ
γ線
電子対
地表
図 2.1: 地表に降り注ぐ宇宙線の模式図。1 次宇宙線が大気中の原子核と衝突し、発生し
た粒子が二次宇宙線としてシャワーを形成して地上に降り注ぐ。
図 2.2: ミューオンと電子の散乱。ミューオンは原子中の電子を電離しエネルギーを失
う。電子の質量はミューオンに比べて非常に小さいので、ミューオンは直線的に進む。
5
度、NA はアボガドロ数、I は物質の原子の平均励起エネルギーである。δ は数パーセン
ト程度の補正項である。
例として、宇宙線ミューオンが 1 mm のアルミ板を通過するのに失うエネルギーを考
える。Bethe-Bloch の式に、z = 1、ρ = 2.7 g/cm3 、A = 27、Z = 13、I = 161 を代入し
て計算すると、ミューオンがアルミ中で失うエネルギーは図 2.3 のようになった。補正
項は無視した。
図 2.3: ミューオンがアルミ中で失うエネルギーとミューオンのエネルギのグラフ。横
軸はミューオンの運動エネルギーで、縦軸は単位質量あたりのエネルギー損失を表して
いる。
宇宙線ミューオンが MIP(minimum ionizing particle) と呼ばれる、エネルギー損失が
最小になる領域のエネルギーを持つと仮定する。その場合、密度あたりのエネルギー損
失は図 2.3 より、
dE
≈ 2 MeV · cm2 /g
ρdX
(2.2)
1 mm のアルミ板を宇宙線ミューオンが通過した場合、エネルギー損失は
dE
= 2.7 × 2 × 0.1 = 0.54 MeV
dX
(2.3)
となる。MIP 領域での宇宙線ミューオンの運動エネルギーは 200 MeV 程度あるため、
1 mm のアルミ板では、ほとんどエネルギーは失わないということが分かる。
6
2.3
55
Fe と X 線
X 線とは放射線の一種である。X 線源 55 Fe からは、X 線が放出される。55 Fe は次のよ
うに崩壊する。
55
26 Fe
+ e− →55
25 Mn + νe
(2.4)
図 2.4 のように、電子軌道にある電子が原子核に取り込まれ、原子核中の陽子と電子が
反応して中性子になる。電子が原子核に取り込まれる崩壊のことを電子捕獲という。
p + e− → n + νe
(2.5)
電子捕獲により、電子軌道には孔が生じる。別の電子軌道の電子が遷移して、この孔を
埋めることにより、電子軌道のエネルギー差分の X 線が放出される。
図 2.4: 電子捕獲
本研究では、ドリフトチェンバーで X 線を検出する際、X 線源として 55 Fe を使った。
Fe からは、5.9 keV のエネルギーを持つ X 線が放出される。それによる信号を測定す
ることによって、ドリフトチェンバーの増幅率を測定する。
55
2.4
光子と物質の相互作用
光子と物質の相互作用は、ミューオンや陽子、電子などの荷電粒子の場合とは異なる。
荷電粒子の場合はクーロン散乱が主であったが、光子の場合は電荷がないので、光電効
果やコンプトン散乱といった相互作用をする。
光子が物質を通過するとき、ある確率で散乱や吸収過程が起きる。散乱や吸収過程が
1 回起こると、その光子は線束から消滅する。物質が厚ければ厚いほど、光子が消滅す
る確率が大きくなり、通過する光子の数が減少する。ミューオンの場合は物質が厚いほ
ど落とすエネルギーが大きくなるが、光子の場合は物質が厚いほど通過する光子の数が
減少する。
I 個の光子が、密度 ρ のある物質に入射するとする。(図 2.5)厚さ dx の物質を通過し
て、光子の数が dI 個減少すると考えて、減少する光子の数は I と dx に比例する。比例
定数を µ とすると、
−dI = µIdx
7
(2.6)
という式が得られる。この式を積分すると
I(x) = I0 e−µx = I0 e−λρx
(2.7)
となる。ここで、λ は質量吸収係数、ρ は物質の密度である。よって、光子の透過率 T は
次の式で与えられる。
T =
I0 e−λρx
= e−λρx
I0
(2.8)
図 2.5: 光子が物質を透過する様を表した図。散乱や吸収がおきた光子は消滅し、反応し
ないものだけが通り抜ける。
光子と物質の相互作用は主に、光電効果、コンプトン散乱、電子対生成である。(図
2.6)光電効果は、光子が原子中の電子と衝突し、光子が持つ全てのエネルギーを電子に
与え、電子が原子から飛び出す現象である。光子の持つエネルギーが大きくなると、光
子は電子と衝突し、電子にエネルギーを与え散乱する。これをコンプトン散乱という。
光子が原子核中で消滅し、電子と陽電子対を一組生成する現象を電子対生成という。こ
の現象は光子が高いエネルギー領域にあるときに起こる。
(a) 光電効果
(b) コンプトン散乱
(c) 電子対生成
図 2.6: γ線と物質の相互作用。左から順に、光電効果、コンプトン散乱、電子対生成の
図。赤色の波線は光子を表している。
この相互作用は光子のエネルギーによって反応が変わり、それにともなって質量吸収
係数 λ の値も変わる。例えばアルミニウムの場合、質量吸収係数とエネルギーの関係は
図 2.7 のようになる。エネルギーの低い領域 (∼数 10 keV) では、主に光電効果が起きる。
100 keV∼1000 keV 程度のエネルギー領域では、コンプトン散乱の影響が大きくなる。
8
図 2.7: Al の質量吸収係数のグラフ。横軸は X 線のエネルギーで、縦軸は質量吸収係数
を表す。
これよりさらにエネルギーが大きくなり、数 10000 keV の領域になると、電子対生成が
起きるようになる。
例として、55 Fe から放出される 5.9 keV の X 線が 1 mm のアルミ板を通過する確率を
考える。X 線のエネルギーが 5.9 keV のとき、Al の質量吸収係数は 118 cm2 /g である。
Al の密度 ρ = 2.7 g/cm3 を使って透過率を計算すると
I(x) = e−λρx
= e−118×2.7×0.1
= 1.45 × 10−14
となる。つまり 55 Fe からの X 線は 1 mm のアルミ板をほとんど透過しない。
9
(2.9)
第 3 章 ドリフトチェンバーの原理と構造
ドリフトチェンバーとは、荷電粒子の位置検出器である。多線式比例計数箱 (Multi Wire
Proportional Chamber: MWPC) を基礎としてつくられた。現在、ドリフトチェンバー
は原子核や素粒子の分野で多く使われており、重要な検出器の一つである。この章では、
この実験でも使われたドリフトチェンバーの原理について説明する。
3.1
検出原理
放射線検出器にはいくつか種類があるが、2 章で説明した放射線と物質の相互作用を利
用している。主な放射線検出器としては GM 計数管(Geiger-Muller Counter)や半導体
検出器、シンチレーターなどがある。検出原理はそれぞれ異なるが、ガス型計数管は電
離作用によって電離された電子を用いるものである。ドリフトチェンバーはガス型計数
管の検出器であり、基本的には比例計数管などと同じ原理で動作する。荷電粒子が気体
を通過すると、気体の原子中の電子を電離する。その電子を増幅し、集めることによっ
て荷電粒子が通った位置を検出する。
ドリフトチェンバーのセル構造は図 3.1 のようになっている。内部にワイヤーが何本も
並んでいる。ドリフトチェンバーの装置内にはガスが充填されている。荷電粒子がチェ
ンバー内に入ると、運動エネルギーの一部を失う。このときのエネルギー損失は式 (2.1)
の Bethe-Bloch の式で表される。失ったエネルギーは、ガス中の原子内の電子を電離す
ることに使われる。代表的なガスのイオン化エネルギーと、MIP 領域での荷電粒子のエ
ネルギー損失を表 3.1 に示す。
チェンバー内で電離された電子は、チェンバー内の電場から力を受け、電位の高いセ
ンスワイヤーに向かう。チェンバーを図 3.2 のように円柱型のコンデンサーのように仮
定すると、チェンバー内の電場は次のように計算できる。
ガウスの法則より
2πrl · D = Q
Q
D =
2πrl
Q
E =
2πϵrl
電位差 V は
∫
V
=
(3.1)
(3.2)
(3.3)
a
Edx
b
=
Q
b
ln
2πϵl a
10
(3.4)
図 3.1: ドリフトチェンバーのセル構造。この図はこの実験で使われたワイヤーが 1 層の
場合のもの。荷電粒子がチェンバー内に入射すると、電子を電離し増幅する。センスワ
イヤーは相対的に電位が高いため、増幅された電子がセンスワイヤーに集まる。
図 3.2: a:センスワイヤーの半径 b:中心からポテンシャルワイヤーまでの距離
11
表 3.1: 代表的な気体について、密度とイオン化エネルギーと宇宙線ミューオンが MIP
粒子のときのエネルギー損失の値
気体
密度 イオン化エネルギー
H2
He
N2
O2
Ne
Ar
Kr
Xe
CO2
CH4
エネルギー損失
ρ (g/cm )
W (eV)
dE/dx (MeV · cm2 /g)
8.38 × 10−5
1.66 × 10−4
1.17 × 10−3
1.33 × 10−3
8.39 × 10−4
1.66 × 10−3
3.49 × 10−3
5.49 × 10−3
1.86 × 10−3
6.70 × 10−4
36.3
42.7
36.6
32.5
36.8
26.4
24.1
22.0
32.9
27.3
4.03
1.94
1.68
1.69
1.68
1.47
1.32
1.23
1.62
2.21
3
式 (3.4) より、Q を式 (3.3) に代入すると
E=
V
b
r ln
a
(3.5)
図 3.3 のように、電場はワイヤー付近で急激に強くなる。また、この電気容量も計算す
ることができて、
Q
V
2πϵl
=
b
ln
a
C =
(3.6)
となる。
電場が強くなると、電離された電子が他の原子中の電子を電離し、電子が増幅される
現象が起きる。このガス増幅は図 3.4 のように電場の強さに依存する。ワイヤーにかけ
る電圧が低いうちは、電離された電子がイオンと再結合する。電圧を上げていくと、再
結合を起こさない電離領域に入る。さらに電圧を上げると、電子が増幅される比例領域
になる。Geiger 領域になると、初期電子数への依存度が小さくなる。それより電圧が高
くなると放電領域になる。ドリフトチェンバーはガス増幅を起こすことによって電気信
号を大きくして測定するので、比例領域に設定している。
増幅された電子は電位の高いセンスワイヤーに集められ、電気信号となる。電子が電
場から力を受けてワイヤーへ移動していく電子の速さを、ドリフト速度という。図 3.5 の
ように、ドリフト速度は電場の大きさやガスの種類に依存する。この実験では、比較的
安価で可燃性などの危険性もない Ar : CO2 ガスを用いた。
電子が増幅されてからワイヤーにたどり着くまでの時間をドリフト時間という。荷電
粒子が入射した時間を t0 、ワイヤーに信号が来た時間を t1 とすれば、ドリフト時間は
12
図 3.3: チェンバー内の電場。横軸がワイヤーからの距離で、縦軸が電場の大きさ。
図 3.4: ガス計数管の電圧とガス増幅率の関係。電圧を上げていくと増幅率が上がってい
く。グラフは一例であり、ガスの種類などでそれぞれ増幅率は違う。[1] より引用。
13
図 3.5: ドリフト速度と電場のグラフ。ドリフト速度はガスと電場に依存する。[2] より
引用。
14
t1 − t0 となる。このドリフト時間を測れば、ワイヤーからの距離 x はドリフト速度 w を
利用して、次の関係式から算出することができる。
∫ t0
x=
w(t)dt
(3.7)
t1
ドリフトチェンバーは、このドリフト時間と距離の関係を使うことによって数百 µm
の分解能で荷電粒子の通った位置を測定することができる。
3.2
構造
今回の実験で扱った小型ドリフトチェンバーの構造について説明する。今回製作した
小型ドリフトチェンバーの完成写真が図 3.6 である。図 3.6 は上から見た図で、図 3.7 は
横から見た図である。フレームの大きさは 20 cm × 20 cm、厚さは 1 cm である。フレー
ムの上下は 20 cm × 20 cm のアルミ板で挟まれていて、その上下は 20 cm × 20 cm のア
クリル板で挟まれている。アルミ板の厚さは 1 mm と 2 mm のものを使用している。ア
クリル板の厚さは 6 mm である。アクリル板、アルミ板を含めると、チェンバー本体の
大きさは、20 cm × 20 cm × 2.4 cm になる。基盤の大きさは、図 3.6 の左側、HV(High
Voltage) 側が 20 cm × 6 cm、図 3.6 の右側、Readout 側が 20 cm × 9 cm である。基盤も
含めた全部の大きさは 20 cm × 35 cm になる。基盤には、抵抗、コンデンサー、HV コ
ネクタ、Readout カードコネクタなどがとりつけられている。フレームの横側の両側に
は、ガス入口とガス出口が取り付けられている。
Readout カードコネクタにとりつけるのは ASD (Amplifier-Shaper-Discriminator) カー
ドである。図 3.8 は ASD カードの写真である。ASD カードは、ワイヤーから流れてきた
電気信号を増幅し、形を整え、デジタル信号に変える機能を持つ。増幅率は 0.8 V/pC で
ある。さらに、別にケーブルを差すことによって、右端のチャンネルについて、Shaper
をかける前、Amplifier を通した後のアナログ信号を確認することもできる。
アルミ板の内側の写真が図 3.9 である。内側にはワイヤーが張られている。写真ではわ
かりにくいが、このワイヤーは直径 80 µm のポテンシャルワイヤーと、直径 30 µm のセ
ンスワイヤーが交互に並んでいる。一番端のワイヤーは両方ともポテンシャルワイヤー
になっている。有感領域は 16 cm × 13 cm である。
セル構造は図 3.10 のようになっている。センスワイヤーとポテンシャルワイヤーの
間の距離は 5 mm であり、アルミ板の間の距離も 5 mm である。したがってセル構造は
1 cm × 1 cm となっている。
基盤には抵抗やコンデンサーが取り付けられている。ドリフトチェンバーは図 3.2 の
ように円柱状のコンデンサーと考えることができる。このコンデンサーの電気容量は、
式 (3.6) に a = 30 µm、b = 5 mm、l = 13 cm、ϵ0 = 8.85 × 10−12 F/m を代入して、
2 × 3.14 × 8.85 × 10−12 × 13 × 10−2
5000
ln
30
= 1.4 pF
Cwire =
15
(3.8)
図 3.6: 小型ドリフトチェンバーの完成写真。このチェンバーは最初に完成した0号機
である。本体の大きさは 20 cm × 20 cm。左側には HV コネクタが、右側には Readout
カードコネクタが取り付けられている。
図 3.7: 小型ドリフトチェンバーを横から見た図。厚さは 2.4 cm。本体の側面にガス入口
と出口があって、そこにチューブをつないでガスを流している。
16
図 3.8: ASD カードの写真。左下に差さっている赤色や黄色、緑色のケーブルは、ASD
用の電源につなぐ。右下から差さっている黒いケーブルでアナログ信号を見ることがで
きる。正面に差さっているのは 16ch のデジタル信号を送る ASD 用ケーブルである。
図 3.9: 小型ドリフトチェンバーの内側の写真。内側にはセンスワイヤーとポテンシャル
ワイヤーの 2 種類のワイヤーが 5 mm 間隔で交互に並んでいる。
17
図 3.10: 小型ドリフトチェンバーのセル構造。チェンバーを横から見たときの模式図。
セルの大きさは 1 cm × 1 cm である。アルミ板とポテンシャルワイヤーはグランドにつ
ながれていて、0 kV である。センスワイヤーには∼2 kV の HV がかけられている。
と求められる。ドリフトチェンバーを回路図で表すと図 3.11 のようになる。この電気回
路で、ワイヤーに流れ込んだ電流の 99 %以上が ASD カードに流れ込むように設定する。
小型ドリフトチェンバーでは R = 820 kΩ 、C = 100 pF と設定している。
18
図 3.11: ドリフトチェンバーの回路図。R は電源とワイヤーの間にある抵抗、RASD は
ASD カードの抵抗、C はワイヤーと ASD カードの間にあるコンデンサーの電気容量で、
Cwire はチェンバーの電気容量である。増幅された電子はワイヤーに流れ込み、逆にイオ
ンはグランドに流れ込む。
19
第 4 章 ドリフトチェンバーの製作
小型ドリフトチェンバーの製作手順について説明する。この小型ドリフトチェンバー
は林栄製である。フレーム、アルミ板、アクリル板、電気回路用の基板以外の製作過程
についてここで説明する。
4.1
フィードスルー
小型ドリフトチェンバーの製作にはフィードスルー方式を採用した。フィードスルー方
式とは、フィードスルーと呼ばれる、ワイヤーを通すピンを使う方法である。このフィー
ドスルーをドリフトチェンバーの両側に取り付けて、ワイヤーを通し、固定する。フィー
ドスルーをドリフトチェンバーに取り付ける際には RTV というシリコンゴムを使う。
図 4.1: ドリフトチェンバーのフレームに取り付けたフィードスルーの写真。5 mm 間隔
で並んでいる。
図 4.2: フィードスルーの構造。一方向から入りやすいようになっている。ワイヤーの入
れる方向によって構造が違う。
4.2
ワイヤー張り
ワイヤーには、重力や電磁気力によってワイヤーが動かないように張力をかける必要
がある。ワイヤーの張力は、それを考慮すると、以下の式を満たさなければならない。
(
)2
1
CV L
T ≥
(4.1)
4πϵ0
s
20
CV は電荷、L はワイヤーの長さ、s はワイヤー間の距離である。小型ドリフトチェンバー
の場合、C=1.4 pF、V=2.0 kV、L=20 cm、s=5 mm であるので、
(
)2
1.4 × 10−12 × 2.0 × 103 × 20 × 10−2
1
T ≥
4 × 3.14 × 8.85 × 10−3
5 × 10−3
= 1.1 × 10−4 N
(4.2)
更にチェンバーのフレームの歪みによる張力の低下とワイヤーの自重によるたわみも加
味して、センスワイヤーには 45 g、ポテンシャルワイヤーには 90 g の重りを使って、そ
れぞれ 0.4 N、0.8 N の張力をかけた。ワイヤーの半径によってワイヤーの耐えうる張力
が変わってくるので、センスワイヤーとポテンシャルワイヤーでかける張力を変える必
要がある。
ワイヤー張りは図 4.3 のように行う。手順は以下の通りである。
(1) フレームを固定し、ポールとリールを用意し、高さを合わせる。このときリールの高
さは 5 mm から 1 cm 程低い位置にする。(図 4.4)
(2) フィードスルーにワイヤーを通す。フィードスルーはワイヤーを入れる方向が決まっ
ているので、逆方向にしないように気を付ける。
(3) 図 4.3 のようにリールにワイヤーを乗せて位置取りができたら、この状態で写真の右
側のフィードスルーからはんだ付けを行う。はんだ付けは図 4.5 のように行う。フィード
スルーの奥にはんだごての先端を入れ、フィードスルーの金属部分を温める。その後、は
んだをはんだごてに押し付けながら、フィードスルーの奥にはんだを 1∼2 cm ほど突っ
込む。そして、はんだを溶かしながら、はんだごてをフィードスルーからゆっくり引き
抜く。はんだが少ないと隙間が空いてしまうし、はんだが多いとフィードスルーにつけ
る読み出しのキャップがはまらなくなるので、適切な量にしなければならない。
(4) 次に逆側のはんだ付けを行う。こちら側のはんだ付けの際にはワイヤーに張力をか
けなければならないので、図 4.6 のように重りをひっかける。その後、同様にはんだ付
けを行う。
(5) この作業を繰り返す。
4.3
基盤とケーブル
基盤には図 4.7 のように、抵抗とコンデンサー、ケーブル、読み出し用コネクタ、HV
コネクタをはんだ付けする。フィードスルーにはめるピンとケーブルは、ケーブルをピ
ンの中に入れて圧着する。ケーブルの太さが足りないときは、はんだ付けして太くする。
その後、ピンの上から熱収縮チューブをかぶせ、ヒーターで温めることによりチューブ
を収縮する。(図 4.8)
4.4
HV トレーニング
完成したら、HV トレーニングをする。ワイヤーに一気に高電圧をかけると、ワイヤー
についている細かいちりやごみなどの影響で放電する可能性がある。そのため、電圧を
21
図 4.3: ワイヤー張りの写真。写真のように、リールやポールを用意し、フィードスルー
にワイヤーを通す。左側のワイヤーのはんだ付けの際には、ワイヤーの先端に重りをひっ
かけて張力をかける。
図 4.4: リールの高さはフィードスルーよりも 5 mm から 1 cm 程度低くする。
22
図 4.5: はんだ付けの模式図。フィードスルーの穴の中にはんだごてを入れ、はんだは 1
∼2 cm ほど突っ込む。そして、はんだを溶かしながらはんだごてを手前に引く。
図 4.6: ワイヤーに張力をかけるため、重りをつける。センスワイヤーの場合は 5 円玉 6
枚で、ポテンシャルワイヤーの場合は 5 円玉 12 枚である。重さはそれぞれ 45 g、90 g で
ある。
23
[2] HV 側の基盤
[1] 読み出し側の基盤
図 4.7: 基盤の写真。読み出し側にはコンデンサー、HV 側には抵抗がつけられている。
[1] ピンの写真
[2] チューブの写真
図 4.8: フィードスルーにつなぐピン。導線を中に入れ圧着し、上からチューブをかぶ
せる。
24
1 週間か 2 週間程かけて電圧を上げていく作業が必要になる。具体的には、普段の漏れ
電流の値から漏れ電流の上限値を決めておき、1 日様子を見てその漏れ電流を超えなけ
れば、次の日に 0.1 kV か 0.2 kV づつ電圧を上げていく。もし、上限値を超えるような
ことがあれば、次の日も同じ電圧で様子を見る。2.0 kV まで電圧が上がるようになれば
終了。
小型ドリフトチェンバーは、柴田研究室のメンバー 4 人で 4 台製作した。自分が製作
した 3 号機の製作期間は、2014 年 7 月 2 日から 8 月 6 日までである。
25
第 5 章 ドリフトチェンバーの性能評価
(1) 線源を使った増幅率測定
製作した小型ドリフトチェンバーの性能評価を行った。性能評価の 1 つ目は、ガス増幅
率の測定である。測定原理は、決まったエネルギーの X 線を出す線源 55 Fe を使い、ドリ
フトチェンバーでX線由来の信号を測定することによって、ガス増幅率を求めるという
ものである。この章ではその測定方法と、それに関係する改造や結果について説明する。
5.1
55
Fe からの X 線とドリフトチェンバー
2 章でも説明したが、55 Fe からは 5.9 keV の X 線が放出される。この X 線はエネルギー
が決まっているので、ドリフトチェンバーで検出すると一定の高さの信号(メインピー
ク)が得られるが、その他にエスケープピークというものが見られる。
55
Fe からの X 線がドリフトチェンバーに入射すると Ar:CO2 ガス中の原子と相互作
用(主に光電効果、図 5.1 参照)を起こし、電子にエネルギーを落としていく。その過
程で、Ar 原子中の電子の遷移によって、Ar の特性 X 線 (2.96 keV) が現れる場合がある。
(図 5.2)この X 線が他の原子にぶつかって相互作用することなく、検出器の外に出てし
まった場合、55 Fe からの X 線は全てのエネルギーをガス中に落としていないことになる。
(図 5.3)この場合、X 線が落とすエネルギーは、外へ出ていった分を引いて、
5.9 keV − 2.96 keV = 2.94 keV
(5.1)
となる。つまり、X 線がガスに落とすエネルギーの大きさは、全てのエネルギーを落と
した場合の 5.9 keV と、特性 X 線が外に出ていった場合の 2.94 keV の 2 種類に分かれる
ことになる。そのためドリフトチェンバーでも二種類の高さの信号が検出される。この
うち信号が高い方(5.9 keV) をメインピークとし、信号が低い方(2.9 keV) をエスケー
プピークとする。
増幅率を計算するためには、どちらか一方の信号が見えていればよいのだが、信号が
高く頻度も多いメインピークの方を使うことにする。
26
図 5.1: Ar の吸収係数のグラフ。5.9 keV では主に光電効果が起きる。
図 5.2: Ar からの特性 X 線。内側の空いた電子の孔を外側の電子が埋める。
27
図 5.3: エスケープピークが生じるときの模式図。特性 X 線が検出器の外へ出てしまう
ことによって、線源からの X 線はその分ガスに落とすエネルギーが低くなる。
5.2
5.2.1
ドリフトチェンバーの改造(1)
X 線の透過率
Fe からの X 線を検出するには、ドリフトチェンバーの改造が必要である。なぜなら、
Fe からの X 線は、1 mm のアルミ板をほとんど透過しないからである。2章の最後で
計算した通り計算 (2.9)、透過率は 1.45 × 10−14 となっていて非常に低い。これでは X 線
が検出される頻度が少なすぎるので、ドリフトチェンバーを改造し、X 線の透過率を上
げて測定を行った。透過率が少なくとも 50 %以上になるように、厚さ 1 mm のアルミ板
の代わりに、入射窓として厚さ 12 µm のアルミナイズドマイラーを使った。アルミナイ
ズドマイラーとは、PET にアルミを蒸着させたもので、非常に薄いものをつくることが
可能である。(図 5.4)。厚さが 12 µm のアルミナイズドマイラーにした場合の透過率を
計算する。ここでは、簡単のため、PET の部分は考慮せずに、全て素材がアルミと仮定
する。
55
55
T = e−λρx
= e−118×2.7×12×10
= 0.68
−4
(5.2)
X 線は 12 µm のアルミを 68 %透過する。アルミナイズドマイラーは PET の部分が多
い。PET の方が X 線の透過率は高いので、実際にはこの計算よりも透過率は大きくな
る。よって、アルミナイズドマイラーを使えば、半分以上の X 線が透過することになる
ので、X 線を検出することができる。
28
図 5.4: 実験で用いたアルミナイズドマイラー。厚さは 12 µm。
5.2.2
アルミナイズドマイラーを使った改造
Fe からの X 線を検出するには、上下の面の一方の面だけマイラーに改造すればよい
ので、扱いやすい上側に対して改造を行った。普段はアクリル板でアルミ板を挟んでい
たが、X 線の透過率を上げるため、枠のみのアクリル板を使った。改造は、アルミ板を
アルミナイズドマイラーに取り換えればよいのだが、アルミナイズドマイラーは非常に
薄いためしわやゆがみができやすい。そのため慎重に扱う必要がある。図 5.5 のように、
枠にぴったり合わせたアルミナイズドマイラーを用意するのではなく、4 方向に長いも
のを用意して引っ張りながらネジで固定する。1 人では難しい作業なので、2 人か 3 人の
人数が必要である。
55
図 5.5: 改造の際には、アルミナイズドマイラーを 4 方向から、セロテープなどで引っ
張ってしわがつかないようにする。
29
完成したものが図 5.6 の写真である。セロテープでアルミナイズドマイラーの端をア
クリルの淵にとめることによって、4 方向からの張力を持続する必要がある。また、数
日や数週間の時間がたつとだんだんしわやゆがみがでてきてしまうので、その度に引っ
張り直し、こまめにチェックしなければならない。
図 5.6: 改造した 0 号機。上側の面がアルミナイズドマイラーになっている。
5.3
線源によるアナログ信号
線源からの放射線による、ドリフトチェンバーからの信号をオシロスコープで測定し
た。放射線源は図 5.7 の 55 Fe を用いたが、その他に図 5.8 の 241 Am も用いた。241 Am は
信号の高さが安定しないが、アルミ板も透過することができるので、確認に使うことが
出来る。アナログ信号をオシロスコープで測定すると、図 5.9 や図 5.10、図 5.11 のよう
になった。このアナログ信号は、ASD カードによって増幅と反転を施された後の信号で
ある。
30
図 5.7: 実験で用いた線源 55 Fe。
図 5.8: 実験で用いた線源 241 Am。
図 5.9: 線源 55 Fe を使ったときのアナログ信号。オシロスコープの SINGLE 機能で、あ
る 1 つの波形を測定したもの。測定条件は HV=1.95 kV、ガス流量=90 cc/min である。
31
図 5.10: 線源 55 Fe を使ったときのアナログ信号。オシロスコープの STOP 機能を使って
測定したもの。測定条件は HV=1.95 kV、ガス流量=90 cc/min である。
図 5.11: 線源 241 Am を使ったときのアナログ信号。オシロスコープのパーシスト機能を
使って、10 秒間の波形を重ね合わせて測定したもの。測定条件は HV=1.8 kV、ガス流
量=90 cc/min である。
32
線源が無いときと比べると、頻度が圧倒的に大きくなっているので、線源由来の信号
と考えられる。55 Fe の方に関しては、高さは一定の信号が来ているとは言えず、エスケー
プピークとメインピークの分裂がはっきりと見えない。しかしメインピークの最大値は
常に一定のものがきているので増幅率の測定は可能である。241 Am の方に関しては、最
大値が少し上下していて読み取るのが難しいので、パーシスト機能を用いて波形を重ね
合わせた。パーシスト機能とはオシロスコープの機能で、任意の秒数の間に来た波形を
重ね合わせて表示することができる。
5.4
増幅率
5.4.1
増幅率の計算
オシロスコープで観測した 55 Fe によるアナログ信号から、増幅率の計算を行う。計算
方法は、まず宇宙線ミューオンが電離した、ドリフトチェンバーのガス中の電子の数(初
期電子数)を求める。そしてオシロスコープで観測された信号からガス増幅された後の
電子数を求め、初期電子数と比較することによってガス増幅率を計算する。
まず、初期電子数を求める。表 3.1 より Ar ガスのイオン化エネルギーが 26.4 eV、CO2
ガスのイオン化エネルギーが 32.9 eV である。55 Fe は 5.9 keV の X 線を放出し、全ての
エネルギーを落とした場合を考えると、5.9 keV のエネルギーを Ar : CO2 = 80 : 20 ガス
に落とす。その場合、初期電子数は
nf =
5.9 × 103 × 0.8 5.9 × 103 × 0.2
+
= 215 個
26.4
32.9
(5.3)
である。
次に、オシロスコープで得られた信号から、ガス増幅後の電子数を求める。オシロス
コープの信号は、ガス増幅された後 ASD カードで増幅され反転された信号である。ASD
カードの増幅率は 0.8 V/pC で、時定数は 16 ns、抵抗は 90 Ω である。オシロスコープ
で観測された信号から電荷を計算し、ASD の増幅率を考慮すれば、ガス増幅後の電子数
が計算できる。オシロスコープで観測された信号を図 5.12 のように三角形近似する。観
測された最大の電圧を読み取ればよい。読み取りは 5 回オシロスコープで測定した。電
圧が 414 ± 20 ± 12 mV で時間が 100 ± 20 ns とする。電圧の誤差はそれぞれ読み取り誤
差と 5 回の測定の標準偏差である。電圧は、三角形近似をする際、80 ns では、過小評価
であり、120 ns では過大評価であるため、この三角形近似の精度を 20 %とし、この値に
している。近似の結果、電荷は
(414 ± 23.3 mV) × (100 ± 20 ns) ×
1
2 = 414 ± 86.0 pC
(5.4)
50 Ω
となる。ASD カードでは、1 pC の電荷が来たとすると、信号の時間幅が時定数の 2 倍に
なると考えて、
800 mV/pC × 32 ns ×
90 Ω
33
1
2 = 142
(5.5)
図 5.12: 線源 55 Fe を使ったときのアナログ信号を三角形近似した図。信号の高さは 400 mV
で時間は 100 ns である。測定条件は HV=1.95 kV、ガス流量=90 cc/min である。
の増幅率になる。よって、ガス増幅後の電荷は
414 ± 86.0
= 2.92 ± 0.606 pC
142
(5.6)
電子数は
N=
(2.92 ± 0.606) × 10−12
= (1.83 ± 0.379) × 107 個
1.60 × 10−19
(5.7)
最後に、式 (5.3) と式 (5.7) から、増幅率は
(1.83 ± 0.379) × 107
= (8.51 ± 1.76) × 104
215
∼
= (8.5 ± 1.8) × 104
M =
(5.8)
となる。
5.4.2
電圧による変化
上で計算した値は電圧が 1.95 kV のときの値である。ガス増幅率は電圧に依存するの
で、その変化ついても測定する必要がある。その結果を Garfield での Simulation 結果と
比較することによって評価する。上のときと同様の方法で、0.5 kV 刻みに電圧を変えて、
オシロスコープで 5 回観測した。時間幅はどの電圧でもほぼ変わらない。電圧によって
信号の高さは図 5.13 のように変化した。
34
(a) HV=1.9 kV
最大値は 282 ± 10 ± 10.3 mV
(b) HV=1.85 kV 最大値は 200 ± 10 ± 4.5 mV
(c) HV=1.8 kV
最大値は 131 ± 10 ± 5.8 mV
(d) HV=1.75 kV
最大値は 83.6 ± 4 ± 1.5 mV
(e) HV=1.7 kV
最大値は 50.8 ± 2 ± 0.6 mV
(f) HV=1.65 kV
最大値は 31.8 ± 2 ± 0.7 mV
(g) HV=1.6 kV
最大値は 20.2 ± 1 ± 0.4 mV
(h) HV=1.55 kV
最大値は 12.4 ± 1 ± 0.4 mV
図 5.13: HV=1.9 kV∼1.55kV の信号。流量は全て 90 cc/min で、線源は 55 Fe。
35
図 5.14: ガス増幅率の電圧による変化のグラフ。横軸が電圧、縦軸がガス増幅率で、縦
軸は log スケールになっている。黒線が測定した結果で、赤線は Garfield Simulation の
結果。
36
この9つのデータに対しても増幅率の計算を行う。結果をグラフにすると、図 5.14 の
ようになった。このグラフには Garfield Simulation の結果もプロットしている。
Simulation の計算結果は方法によっても変動したり、電子の吸着率によっても多少変
わる値であるのであくまで参考である。その点を踏まえると、測定結果と Simulation の
結果はそれほど大きくずれていないといえる。
5.5
ガス流量とワイヤーの位置
ドリフトチェンバーの動作を安定させるため、データをとっていないときにも常にド
リフトチェンバー内にガスを流し続けておく必要があるが、流量が 90 cc/min だとガス
の消費量が大きすぎる。実用的な理由から、ガス流量を 18 cc/min まで下げる必要があっ
た。ガス流量を 90 cc/min よりも低いとき、流量やワイヤーの位置によって信号の高さ
が変わるという現象が見られた。
5.5.1
ガス流量
上で算出したガス増幅率の結果は、全てガス流量が 90 cc/min のときのものである。
ガス流量を 90 cc/min より低くすると、図 5.15 のようにアナログ信号の電圧の大きさが
小さくなるという現象が見られた。流量が 90 cc/min のときは信号の大きさが 300 mV
程度であるが、流量 18 cc/min のときは 150 mV 程度に下がっている。
(a) 90 cc/min
最大値はおよそ 300 mV
(b) 18 cc/min
最大値はおよそ 150 mV
図 5.15: 流量による信号の違い。HV=1.9 kV、線源 55 Fe。18 cc/min まで流量を下げる
と、信号の電圧の高さが小さくなる。
流量が低くなると信号の電圧の高さが小さくなる。この現象はガス流量が低いときに
見られるが、ガス流量が 90 cc/min 以上大きいときには見られない。
5.5.2
ワイヤーの位置
これまで測っていた信号の高さは、全て小型ドリフトチェンバーのガス注入口に 1 番
近いワイヤーのものであった。流量が低いとき、他のワイヤーの信号を見ると信号の高
37
さが違うという現象が見られた。図 5.17 はワイヤー位置の図で、図 5.17 はワイヤー位置
による信号の高さの違いの図である。
図 5.16: ワイヤー位置の図。番号は図 5.17 と対応している。
図 5.17 から、ガス注入口から遠いワイヤーほど信号の高さが小さくなっていることが
分かる。この現象もガス流量が低いときには見られるが、ガス流量が 90 cc/min 以上高
いときには見られない。
5.5.3
ガス流量とワイヤー位置によるガス増幅率の変化の原因
ガス流量やワイヤーの位置による信号の高さの変化の原因は、ガス流量を大きくする
と変化がなくなることからガスがチェンバー内に充満していないと考えられる。
ガスがチェンバー内に充満しておらず、空気がチェンバー内に侵入していると、Ar : CO2
ガスの中に酸素や水分が混ざることになる。特に、酸素は電気陰性度が高い原子である
ため、電子を引きつけ、吸着させるはたらきをする。このようなことが起きると、図 5.18
のように Ar : CO2 ガス内で増幅された電子が酸素ガスによって吸着され、増幅率が落ち
てしまう。それにより、チェンバーが受け取る信号も小さくなっていると考えられる。
Am を使って、マイラーでなくアルミ板の場合でも測定を行ったが、同様の現象が
観測できた。
241
5.6
ドリフトチェンバーの改造(2)
ガス増幅率が全体で低くなっても大きな問題ではないが、ワイヤーの位置によって増
幅率が変わるのは宇宙線の飛跡測定などをする際に都合がよくない。流量が低いときは
マイラーとアルミ板でドリフトチェンバーの密閉性が違うので、ガス増幅率が違う可能
性がある。そのため、密閉性の向上のためにドリフトチェンバーに改造を施し、その上
で、アルミ板でガス流量が 18 cc/min のときの増幅率の計算をした。
38
(a) ガス注入口に最も近いワイヤーのガ (b) ガス注入口に最も近いワイヤーのガ
ス注入口に近い側
ス注入口から遠い側
最大値はおよそ 250 mV 程度
最大値はおよそ 150 mV 程度
(c) チェンバーの真ん中のワイヤー
最大値はおよそ 100 mV 程度
(d) ガス注入口から最も遠いワイヤー
最大値はおよそ 100 mV 程度
図 5.17: ワイヤーの位置による信号の高さの変化。線源は、調べるワイヤーの真上に置
いて測定している。HV=1.95 kV、ガス流量=18 cc/min、線源は 55 Fe。
図 5.18: 電子吸着。酸素は電気陰性度が強いため、電子を引きつける。その分ガス増幅
率は低くなる。
39
5.6.1
RTV を使った改造
空気が入ってくるのは、フレームとアルミ板の隙間だと思われる。他から入ってくる
のは考えにくい。アルミ板とフレームの隙間を埋めるため、フィードスルーを取り付け
るときにも使ったシリコンゴムの RTV を塗って、O リングのようにすることを考えた。
RTV を均等に塗るために、図 5.19 のようにアルミ板にテープを張り、その上から RTV
を塗ることによって薄く、かつ均等に塗ることができる。
図 5.19: チェンバー改造の写真。テープの隙間に RTV を入り込ませ、厚さを均等にする。
チェンバーは 4 隅のネジで締めている部分は強く締めることができるが、辺の真ん中
あたりは締め付けが弱くなっていると考えられる。そのため、アルミ板の上に載せるア
クリル板に図 5.20 のようにテープを重ね貼りして、辺の真ん中の部分にも力を加える。
図 5.20: チェンバー改造の写真。テープをピラミッド状に重ね合わせる。
40
このようにして完成した改造後のチェンバーが図 5.21 である。
図 5.21: 改造したドリフトチェンバー。上下のアルミ板、アクリル板に改造が施してある。
5.6.2
密閉性の向上
密閉性の向上のための改造を施した後の、ドリフトチェンバーでの信号確認をした。
ガス流量による信号の高さの変化と、ガス流量 18 cc/min のときのワイヤーの位置によ
る信号の高さの変化について測定を行った。改造後はアルミ板になっているので、55 Fe
での測定はできない。そのため 241 Am を線源として使った。
測定方法について、241 Am からの X 線は最大値が安定しておらず、読み取るのが難し
い。そのため、1 分間に来た波形をオシロスコープのパーシスト機能で重ね合わせる。こ
のようにすれば、ある程度の比較をすることは可能となる。読み取る信号の最大値の高
さは、線の濃さが半分くらいになるところとする。結果は図 5.22 である。
読み取った信号の高さを使って増幅率を計算する。90 cc/min のときは空気は混入し
ていないと考えられるので、増幅率は改造後も同じとする。90 cc/min と他の流量の信
41
(a) 90 cc/min
最大値は 336 ± 40 ± 26.5 mV
(b) 72 cc/min
最大値は 320 ± 40 ± 17.9 mV
(c) 54 cc/min
最大値は 296 ± 40 ± 15.0 mV
(d) 36 cc/min
最大値は 228 ± 40 ± 9.8 mV
(e) 18 cc/min
最大値は 66 ± 8 ± 1.8 mV。
図 5.22: 流量による信号の高さの変化。HV=1.8 kV、線源は 241 Am。
42
号の高さの比をとることによって、他の流量での増幅率を計算する。結果は図 5.23 のよ
うになった。依然として流量による差は見られている。
図 5.23: ガス流量と増幅率のグラフ。縦軸が増幅率で横軸がガス流量。ワイヤー位置は
全てガス注入口の最も近いワイヤーのガス注入口に近い側である。
18 cc/min でのワイヤーの位置による違いも同じように測定した。
(図 5.25)結果から、
若干場所によって高さの違いは見られるものの、以前は 2 倍以上の大きな差があったの
に対し今は 10 数パーセントの違いであるので、変化を抑えることができたといえる。
5.7
測定条件
ドリフトチェンバー 3 層での、宇宙線を使った検出効率測定の際の測定条件について
考える。今回の方法では中央の 8 本のワイヤーを使い、ガス流量は 18 cc/min で行った。
この条件での増幅率の電圧による変化も、上と同様に比をとって計算すると、図 5.26 の
ようになる。Fit した関数から 2.0 kV のときの増幅率は
M = (1.3 ± 0.56) × 104
(5.9)
となる。理想的には、ガス増幅率が大きい方が検出効率が上がるはずであるので、さら
に密閉性を高くして、18 cc/min でも 90 cc/min と変わらないようにする、もしくは大き
いガス流量で実験を行うほうがよいかもしれないが、現実的な理由から、この測定条件
で実験を行った。
43
図 5.24: ワイヤー位置の図。番号は図 5.25 と対応している。
(a) ガス注入口に最も近いワイヤーのガ (b) ガス注入口に最も近いワイヤーのガ
ス注入口に近い側
ス注入口から遠い側
最大値は 66 ± 8 ± 1.8 mV
最大値は 54.6 ± 8 ± 2.4 mV
(c) チェンバー中央のワイヤーのガス注 (d) チェンバー中央のワイヤーのガス注
入口に近い側
入口から遠い側
最大値は 58.4 ± 8 ± 1.6 mV
最大値は 53.6 ± 8 ± 8 mV
図 5.25: 信号の高さのワイヤー位置による変化。HV=1.8 kV、線源は 241 Am。
44
図 5.26: 電圧と増幅率のグラフ。縦軸が増幅率で横軸が電圧。黒線が測定値で、赤線が
Garfield Simulation の値。ガス流量 18 cc/min、チェンバー中央のワイヤーの場合。Fit
した関数は gain = exp(8.83 × HV − 7.58) である。
45
第 6 章 ドリフトチェンバーの性能評価
(2) 検出効率の測定と x − t
カーブ
性能評価の二つ目は検出効率の測定と x − t カーブの作成である。ドリフトチェンバー
を 3 層重ね合わせた装置を使って実験を行い、そのデータを解析することによって性能
評価を行った。その測定方法と結果について説明する。
6.1
6.1.1
宇宙線ミューオンによる信号
宇宙線ミューオンが落とすエネルギー
宇宙線ミューオンを MIP 粒子と仮定する。1 cm の Ar : CO2 = 80 : 20 ガスを宇宙線
ミューオンが通過した場合の、エネルギー損失を考える。表 3.1 より Ar ガスのときのエ
ネルギー損失は 1.47 MeV · cm2 /g、CO2 ガスのときのエネルギー損失は 1.62 MeV · cm2 /g
である。これに密度をかけて、体積比をかければ
dE
= 1.47 × 1.66 × 10−3 × 0.8 + 1.62 × 1.86 × 10−3 × 0.2
dx
= 2.6 keV
(6.1)
というように計算することができる。
宇宙線がイオン化する電子の数(初期電子数)は、エネルギー損失をイオン化エネルギー
で割ればいいので、Ar と CO2 それぞれについて計算して、
1.47 × 1.66 × 10−3 × 0.8 × 103 1.62 × 1.86 × 10−3 × 0.2 × 103
+
26.4
32.9
= 92 個
N =
(6.2)
となる。5章で計算した増幅率 1.3 × 104 から、宇宙線ミューオンによる信号の高さを計
算する。ASD カードの増幅率 0.8 V/pC、抵抗 90 Ω、オシロスコープの抵抗 50 Ω を用
いて、
92 × 1.3 × 104 × 1.6−19 50
×
= 130 mV
0.8 × 10−12
90
と計算することができる。
46
(6.3)
宇宙線ミューオンによるアナログ信号
6.1.2
宇宙線ミューオンによる信号は図 6.1 のようになった。信号の高さは、150 mV 程度で
図 6.1: 宇宙線による信号。黄色がアナログ信号で、水色がそれを変換したデジタル信号
である。
あった。この結果は予想とほぼ一致している。頻度も、数秒に 1 回程度で、宇宙線の通
過する頻度と一致している。
6.2
実験装置
今回の実験では、3 章で説明したものと同じ構造の小型ドリフトチェンバーを 4 台製
作し、そのうちの 3 台を重ねた 3 層のドリフトチェンバーを使った。
6.2.1
チェンバー 3 層構造
製作した小型ドリフトチェンバーはそれぞれ独立の構造であるので、それぞれに HV
端子や ASD カードをつける必要がある。チェンバーの部品同士がぶつからないように、
かつなるべくチェンバー間の距離が短くなるようにすると、図 6.2 のような3層構造に
なった。図 6.3、図 6.4 が 3 層重ねたチェンバーの写真である。
ドリフトチェンバーのワイヤーが1層の場合、1 次元でしか荷電粒子の位置がつかめ
ない。しかし、2層や3層のワイヤーがあれば、2 次元や 3 次元で荷電粒子の飛跡など
を調べることができる。(図 6.5)
47
図 6.2: ドリフトチェンバー 3 層構造。上から 1 号機、2 号機、3 号機である。全体で 72 mm、
ワイヤー間が 22 mm。アルミ板、アクリル板、フレームの厚さはそれぞれ 2 mm、6 mm、
10 mm である。
図 6.3: ドリフトチェンバー 3 層構造。上から 1 号機、2 号機、3 号機である。読み取り
側から見た写真
48
図 6.4: ドリフトチェンバー 3 層構造。横から見た写真。
図 6.5: ドリフトチェンバーで荷電粒子のワイヤーからの距離が分かれば、3 層構造にす
ることで荷電粒子の飛跡を測定することができる。
49
6.2.2
装置
実験装置は図 6.6、図 6.7 のようになっている。名称は図 6.8 で示している。3 号機を
Plane 0、2 号機を Plane 1、1 号機を Plane 2 としている。ワイヤーは左から順に 1,2,3...
と名前をつけて、中央の 8 本、wire 4 から 8 までを TDC で読み取っている。
図 6.6: 実験装置の写真。3 層ドリフトチェンバーの上下にはプラスチックシンチレータ
がある。上下のプラスチックシンチレータの間隔は 14 cm である。
図 6.7: 実験装置を上から見た写真。プラスチックシンチレーターの重なっている部分は
奥行 8 cm × 横 6 cm である。
上下の 4 つのプラスチックシンチレーターからの信号のコインシデンスをとることに
よって、荷電粒子がチェンバー内に通過したタイミングを知ることができる。図 6.9 は
それぞれの信号のタイミングを示した図である。シンチレーターのコインシデンスから
数 100 ns 遅れてドリフトチェンバーのワイヤーから信号が来る。この遅延時間がチェン
50
図 6.8: 装置の位置関係と名称。中央の 8 本のワイヤーのデータをとっている。宇宙線の
入ってくる角度の限界はシンチレーターの位置関係から、23 度である。
バーの中で電子がドリフトしていた時間(ドリフト時間)である。この遅延時間を TDC
で測定することによって、ドリフト時間を知り、ドリフト距離を測定することができる。
6.2.3
回路
回路は図 6.10 のようになっている。図 6.11 はその写真である。
プラスチックシンチレーターは 4 枚のコインシデンスをとるので、合計 3 回コインシ
デンスを通している。そしてその後、TDC のスタートに入れる。この TDC はコモンス
タートである。チェンバーからの信号は ASD ケーブルの後、LVDS to NIM Converter を
通して規格を合わせてから、300 ns delay に通して、信号を遅らせ、TDC のストップに
入れる。一台当たり中央のワイヤー 8 本からの信号を TDC の 8 つのチャンネルに入れて
いる。
6.2.4
測定
測定条件は電圧 2.0 kV、ガス流量 18 cc/min である。ASD カードのディスクリミネー
ターのスレッショルドは低くしすぎると発振して正しく信号が拾えなくなるので、それ
が起きないように、かつできるだけ多くの信号を拾えるように低い値の 1.0 V に設定し
た。測定日時は 2014 年 12 月 24 日から 12 月 25 日までで 10 時間、12 月 25 日から 12 月
26 日までに 15 時間、12 月 26 日から 12 月 27 日までに 15 時間の計 40 時間である。イベ
ント数は 8022 であった。
51
図 6.9: TDC に入る信号のタイミング。チェンバーからの信号には 300 ns delay を通し
ている。実際にはチェンバーからの信号はケーブルを通る時間などでも遅れるので、正
確に 300 ns 遅れるわけではない。
図 6.10: 回路図。Sci はプラスチックシンチレーター、DC はドリフトチェンバー、Discri
はディスクリミネーター、Coinci はコインシデンス、LVPS は定電圧電源である。TDC
はコモンスタートであり、プラスチックシンチレーターからの信号がスタートである。
52
図 6.11: 回路の写真。ドリフトチェンバーとその電源、ASD カード、ASD ケーブル、
LVDS to NIM 以外の回路。
53
6.3
検出効率の測定
検出効率は、ここでは宇宙線がドリフトチェンバー内を通ったときに反応する確率の
ことをいう。つまり、
検出効率 =
ドリフトチェンバーが検出した数
宇宙線が通った数
(6.4)
という式で表すことができる。分母の宇宙線が通った数というのは、そもそも検出器で
宇宙線を検出しないとわからないので、宇宙線が通った数の真の値というのを正確に測
るのは困難である。そのため、できるだけ正確な検出効率を測定する方法を考えなけれ
ばならない。
6.3.1
プラスチックシンチレーターとの比較
プラスチックシンチレーターは検出効率の高い放射線検出器である。まずはシンチレー
ターと比較して検出効率を考える。プラスチックシンチレーターの面積は 8 cm × 6 cm
であるので、プラスチックシンチレーターのコインシデンスがとれたときに、図 6.12 の
ように上下のプラスチックシンチレーターに挟まれているワイヤー 6 本のうちいずれか
のワイヤーの近くを宇宙線が通るはずである。このセットアップでのプラスチックシン
チレーターのアクシデンタルコインシデンスの確率は 0.01 %以下であるので、その影響
はほぼ無いと考えられる。
図 6.12: 上下のプラスチックシンチレーターを宇宙線が通ったのであれば、間のワイヤー
も必ず通っているはず。
図 6.13 は1イベントあたりのヒット数のヒストグラムである。ヒット数とは、反応し
たワイヤーの数である。図 6.14 は全てのプレーンのヒット数の合計である。
図 6.15 のように、ヒット数1は当然最も多く起こりうるが、ヒット数2というのも起
こりうる。しかし、3 ヒット以上というパターンは角度的に起こりえないので、正しい反
54
図 6.13: 1イベントあたりのヒット数のヒストグラム。
図 6.14: 1イベントあたりの全プレーンのヒット数の合計のヒストグラム。
55
(a) 1 ヒットの場合。
(b) 2 ヒットになる場合。
図 6.15: 宇宙線ミューオンが一つのセルを通過すれば 1 ヒットとなり、宇宙線ミューオ
ンが二つのセルを両方通過すれば 2 ヒットとなる。
応をしたワイヤーの他にたまたま別のワイヤーのノイズが同時に入ってしまったか、も
しくは何らかの要因でいくつかのワイヤーが同時に反応してしまったということが考え
られる。実際、ASD ケーブルは外的要因などで発振することがある。
検出効率を出す際にどのデータを選択すれば正確な検出効率が得られるのかを考える。
本来であれば、どのデータを選んでも検出効率は変わらないはずであるが、ノイズなど
が現れているときは、データの選び方によって検出効率が変わる。例えばノイズが現れ
ているときを検出できているとしてしまうと、分子の数が多くなり正確な値とはならな
い。ノイズがランダムに起きるのであれば、それをカットした方が本来の検出効率に近
くなる。カットのかけ方によるプレーンごとの検出効率の違いを表 6.1∼6.3 に表す。
表 6.1: 全てのデータの数が分母、注目するプレーンのヒット数が 1 ヒット以上が分子。
プレーン 統計数 検出効率 (%) エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
8022
8022
8022
96.19
96.17
96.07
0.21
0.21
0.22
表 6.2: 上のデータから、どれか一つのプレーンのヒット数が 4 ヒットを超えるようなも
のは除外。
プレーン
統計数
検出効率 (%)
エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
7382
7382
7382
96.06
96.09
96.07
0.23
0.23
0.23
ヒット数が多いデータをカットすると、検出効率の値が下がっていくので、ノイズの
影響で検出効率が上がってしまっていた可能性があるが、1 %以内のものである。ここ
56
表 6.3: 上のデータから、どれか一つのプレーンのヒット数が 3 ヒットを超えるようなも
のは除外。
プレーン
統計数
検出効率 (%)
エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
6002
6002
6002
95.40
95.37
95.52
0.27
0.27
0.27
で、全プレーンのヒット数の合計のグラフ(図 6.14)と比較すると、どのプレーンもヒッ
トしない確率が高すぎるということが分かる。検出効率がどれも 96 %程度であるのなら
ば、偶然どれもヒットしない確率は、
0.04 × 0.04 × 0.04 × 100 = 0.0064 %
(6.5)
である。どのプレーンも反応しない確率は 3.8 %であり、この値は明らかに大きい。全て
のヒット数が 0 のときのデータは異常である可能性がある。ヒット数の合計が 0 のデー
タをカットした場合の検出効率は表 6.4∼6.6 に示す。
表 6.4: ヒット数の合計が 0 を除いた全てのデータの数が分母、注目するプレーンのヒッ
ト数が 1 ヒット以上のデータの数が分子。
プレーン 統計数 検出効率 (%)
plane 0
plane 1
plane 2
7841
7841
7841
98.41
98.39
98.29
エラー (%)
0.14
0.14
0.14
表 6.5: 上のデータから、どれか一つのプレーンのヒット数が 4 ヒットを超えるようなも
のは除外。
プレーン
統計数
検出効率 (%)
エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
7206
7206
7206
98.47
98.50
98.49
0.14
0.14
0.14
57
表 6.6: 上のデータから、どれか一つのプレーンのヒット数が 3 ヒットを超えるようなも
のは除外。
プレーン
統計数
検出効率 (%)
エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
5821
5821
5821
98.37
98.33
98.49
0.14
0.14
0.14
こちらの方がカットによる検出効率の変化は小さいが、エラーと同じ程度の差が出て
いるのでこちらの場合も正確ではない可能性がある。
6.3.2
ドリフトチェンバー 3 台での比較
別のアプローチから検出効率を計算する。上ではプラスチックシンチレーターと比較
したが、今度は 3 台のドリフトチェンバーを比較することによって検出効率を測定する。
データの選択は図 6.16、6.17 のように行う。plane 1 の場合は、上下のプレーンが 1 ヒッ
トで、かつ同じワイヤーが反応した場合のみを取り出して分母にし、その上で plane 1
も同じワイヤーが反応したものが分子とする。plane 2 の場合は下の 2 つのプレーンが 1
ヒットで、かつ同じワイヤーが反応した場合のみを取り出して分母にし、その上で plane
2 も同じワイヤー、もしくはその隣のワイヤーが反応したものが分子とする。plane 0 の
ときは plane 2 の場合をひっくり返して同様に考える。ワイヤーはシンチレーターに完
全に重なっている中央の 6 本、つまり wire 5 から 10 までについて考える。
図 6.16: plane 1 の場合。上下のプレーンの同じワイヤーが反応している場合のみ取り出
す。plane 1 も同じワイヤーが反応していれば、検出できているとする。
この方法による検出効率を表 6.7、6.8、6.9 に示す。
プラスチックシンチレーターとの比較の場合よりも、検出効率の値は上がり、どれも
99 %を超えるようになった。プレーンと比較した場合の方が検出効率が大きくなるとい
58
図 6.17: plane 0 と plane 2 の場合。plane 2、plane 0 も同じもしくは隣のワイヤーが反
応していれば、検出できているとする。
59
表 6.7: 取り出した全てのデータの数が分母、条件を満たす全てのデータの数が分子。
プレーン 統計数 検出効率 (%) エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
2372
1655
2197
99.66
99.64
99.50
0.12
0.15
0.15
表 6.8: 上のデータから、どれか一つのプレーンのヒット数が 4 ヒットを超えるようなも
のは除外。
プレーン
統計数
検出効率 (%)
エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
2333
1628
2158
99.66
99.63
99.49
0.12
0.15
0.15
表 6.9: 上のデータから、どれか一つのプレーンのヒット数が 3 ヒットを超えるようなも
のは除外。
プレーン
統計数
検出効率 (%)
エラー (%)
plane 0
plane 1
plane 2
2184
1517
2072
99.63
99.60
99.47
0.13
0.16
0.16
うのは、プラスチックシンチレーターが反応するが、ドリフトチェンバーは反応しない
ような場合があると思われる。考えられる原因としては
(1) ドリフトチェンバーが何らかの要因で検出効率が下がってしまう時間帯などが
ある
(2) プラスチックシンチレーターは反応するが、ドリフトチェンバーでは反応しな
いようなエネルギー領域の宇宙線がある。
の 2 つがある。別の原因の可能性もあるので断定はできない。今回の結果から、検出効
率はカットの方法によって変わることから、プレーンが反応しないときやノイズの分散
に偏りがあることが分かった。プレーンの比較から計算した検出効率はノイズの偏りな
どによらないと考えられるので、その結果を採用し、plane 0 は 98.6 ± 0.1 %、plane 1 は
98.6 ± 0.2 %、plane 2 は 98.5 ± 0.2 % とする。 検出効率に関しては、今後、3 層での飛跡再構成を用いてさらに正確に導出する予定で
ある。
60
この方法では、plane 1 に関しては、ワイヤーごとに検出効率を出すことができる。そ
の結果は図 6.18 である。選び方は、注目するワイヤーに関して、3 ヒット以下を分母と
し、1 ヒット以上を分子としている。この結果を見ると、ワイヤーごとに少し検出効率
図 6.18: plane 1 のワイヤーごとの検出効率。
が違うようであるが、大きな差ではない。
6.4
x − t カーブ
x − t カーブとは、ドリフト時間と距離の関係を示すグラフのことである。ガス増幅の
過程は、確率的事象であるため完全な XT カーブを理論的に導出するのは難しい。その
ため、x − t カーブは実験データから作成する。
6.4.1
作成方法
検出効率を求める際には、カットのかけ方を変えていったが、今回は全プレーンの半
分以上のワイヤーが反応しているものと、1 つもワイヤーが反応していないものをカッ
トして解析を行った。
x − t カーブの作成方法を説明する。宇宙線はワイヤーからどれだけ離れた場所を通る
のかというのは、ランダムであるということを使う。つまり、どの距離にも同じ量の宇
宙線が通るので、ドリフト距離と個数の分布は図 6.19 のようになる。x’ と t’ が対応して
61
図 6.19: 左はドリフト距離の分布、右はドリフト時間の分布。ドリフト距離の最大は
5 mm で、ドリフト時間の最大は 300 ns である。ドリフト時間分布を測定し、ドリフト
距離分布を仮定することで、合計の個数が等しい x’ と t’ を対応させる。
いるとき、その個数の積分値は同じになるはずである。
∫ t′
∫ x′
dn(t)
dn(x)
dx =
dt
n=
dx
dt
0
0
全ての合計の数 N は
∫
5
dn(x)
dx =
dx
∫
300
(6.6)
dn(t)
dt
dt
(6.7)
∫ t′ dn(t)
∫ x′ dn(x)
dx
dt
0
0
n
dx
dt
=
=
∫ 5 dn(x)
∫ 300 dn(t)
N
dx
dt
0
0
dx
dt
(6.8)
N=
0
0
であるので、比を考えると、
dn(x)
は一定であるので、
dx
∫ t′ dn(t)
dt
0
n
x
dt
=
=
∫ 300 dn(t)
N
5
dt
0
dt
′
(6.9)
となる。この方法を使えば、ある時間 x’ のときの距離 t’ が、個数の比から割り出され、
x − t カーブを作成することができる。
具体的には、ドリフト時間を 30 ns づつの 10 点に分けて、個数の合計の比から、ドリ
フト距離を 10 点算出する。
6.4.2
1 ヒット
ノイズが多数混ざったデータで x − t カーブを作成してしまうと、本当の x − t カーブ
とのずれが大きくなるので、できるだけノイズが少ないデータを選ぶ。ノイズが少ない
62
と思われるのは、まず 1 ヒットのものである。数も一番多く、ノイズの可能性も低いと
思われるプレーンあたり 1 ヒットのデータを使う。1 ヒットのみのドリフト時間の分布は
図 6.20、6.21 である。
図 6.20: 1 ヒットのみのドリフト時間分布。
1 ヒットのみのデータは、およそ正しいと思われるが、1 ヒットのみの場合、ドリフト
距離が長いものをカットしている可能性がある。なぜならドリフト距離が長いと、セル
の端の方を通ることになるので、2 ヒットになるものが多いと考えられるからである。ド
リフト距離が長いデータも補完するため、そして統計数をさらに上げるため、2 ヒット
のデータも含めることを考える。
6.4.3
2 ヒットと隣り合うワイヤーのノイズ
2 ヒットのときのドリフト分布は、1 ヒットのときとは違った分布になるはずである。
図 6.8 のように、シンチレーターの位置関係から、宇宙線が入ってくる角度は 23 度が限
界である。そのため、2 ヒットになるためには、比較的ワイヤーからの距離が大きいと
ころを通らなければならない。図 6.22 のような場合が最も近い場合であり、その距離は
1 cm × cos 45◦ ×
1
× sin(45 − 23)◦ = 0.27 mm
2
(6.10)
である。これを考慮すると、2 ヒットの場合のドリフト時間分布は偏りが現れ、ほとん
どがドリフト時間の長い方に集まり、ドリフト時間の短い方にはほとんど分布しないと
いうようなヒストグラムになるはずである。図 6.23 が 2 ヒットのみのデータでのドリフ
63
図 6.21: 1 ヒットのみのドリフト時間分布。このデータはプレーン 3 台の合計。
図 6.22: 2 ヒットのときの最もワイヤーに近づく場合。天頂角が 23 度であることを考え
れば、最もワイヤーに近づくときの距離は 2.7 mm になる。
64
ト時間分布である。分布を見ると、あまり偏りが無いように見える。確かに長い時間の
ものが少し多いようだが、短い時間にも分布していて、1 ヒットと変わらない時間から
分布が始まっている。しかも、ドリフト時間の最大がおよそ 300 ns であるのに対し、こ
のデータでは 400 ns まで分布が続いている。ミューオン由来の信号であれば 2 ヒットの
場合はこのような分布にはならないので、この 2 ヒットのデータにはノイズが多く含ま
れていることが分かる。2 ヒットのとき、ヒットがあったワイヤーの間隔はどのように
なっているのかを調べたものが図 6.24 である。2 ヒットのほとんどが隣り合っているこ
とが分かる。
図 6.23: 2 ヒットのときのドリフト時間分布。
このことから、隣り合っているワイヤーで生じるノイズが多いと考えられる。つまり、
隣のワイヤーが反応すると一緒に反応していしまうというものである。このようなノイ
ズは表 6.10 のものが考えられる。このノイズはどれも基本的に、ミューオン由来の信号
の後にくるものであり、2 つの信号のうち早い方が宇宙線由来と考えられる。そのため、
ノイズと思われるドリフト時間が長い方の信号を除外し、短い方のみを使う。短い方の
みのドリフト時間分布が図 6.25 である。この方法は、ミューオン由来で 2 ヒットだった
場合のドリフト時間が長い方をカットしている。しかし、ノイズなのかそうでないのか
判断できないし、2 ヒットである場合、ドリフト時間は両方長く、そのうちの短い方さ
えとれていれば、1 ヒットのみでは不十分であった箇所も補完していることになるので、
短い方だけのデータを使えばよい。
65
図 6.24: 2 ヒットのときのヒットがあったワイヤーの間隔。間隔が2以上空いていると
きは、ノイズが混ざっていると考えられるが、ほとんどが隣り合っている。
図 6.25: 2 ヒットのドリフト時間が短い方の分布。
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表 6.10: ワイヤーがノイズによって 2 ヒットになってしまう要因
ノイズ
特徴
クロストーク
ポテンシャルワイヤーに流れたイオンの電流がワイヤーの端
で反射する際、容量結合によってエネルギーが隣のワイヤー
に移り、隣のワイヤーにも電流が流れるという現象。ミュー
オン由来の信号があったワイヤーの隣に現れる。
δ-線
荷電粒子がガス中の電子をはじき飛ばしたとき、その電子自
身がエネルギーを持った放射線として観測されるという現象。
ミューオン由来の信号の隣に連なって現れる。時間差は一定
ではない。
回路によるノイズ
回路に電流が生じると、不規則なノイズが生じやすくなる。
ミューオン由来の信号があったワイヤーの近くのワイヤーに
生じる。
6.4.4
結果
1 ヒットのみと 2 ヒットのドリフト時間が短い方のデータのドリフト時間分布は図 6.26、
図 6.27 のようになる。 3 plane の合計のドリフト時間分布のデータを使って x − t カー
ブを作成すると図 6.28 のようになる。確認のため、作成した x − t カーブからドリフト
距離の分布を出すと、図 6.29 のようになる。仮定通りならおよそ平らな分布となるはず
だが、10 点で x − t カーブを作成した影響でジグザグな分布になっている。今後はドリ
フトチェンバー 3 層での飛跡再構成と、今回作成した x − t カーブを用いてさらに正確な
x − t カーブを作成し、その x − t カーブから小型ドリフトチェンバーの空間分解能を測
定する予定である。
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図 6.26: ドリフト時間の分布。使っているデータは 1 ヒットと 2 ヒットの短い方を足し
合わせたもの。
図 6.27: ドリフト時間の分布。こちらは 3 plane の合計の分布。
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図 6.28: 作成した x − t カーブ。横軸がドリフト距離で、縦軸がドリフト時間である。
図 6.29: ドリフト距離の分布。10 点で分ければ完全に平らになるが、細かく分けている
ので、ジグザグな分布なった。
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第 7 章 まとめ
ドリフトチェンバーとは、荷電粒子の位置検出器の 1 つである。ドリフトチェンバー
の原理の中でも、放射線と物質の相互作用は特に重要である。荷電粒子がドリフトチェ
ンバー内のガス原子をイオン化し、電離された電子が増幅されることによって電気信号
となり、その情報を使うことによって荷電粒子の位置を測定することが出来る。本研究
では、実際に 20 cm × 20 cm の小型ドリフトチェンバーを自分で製作し、それについて、
いくつかの性能評価を行った。
小型ドリフトチェンバーの製作は、2014 年 7 月 2 日から 8 月 6 日までのおよそ 1 か月の
間に行った。製作にはフィードスルーにワイヤーを通し、はんだ付けするというフィー
ドスルー方式を用いた。ワイヤー張り、はんだ付け、ワイヤー用ケーブルの作成など実
際に自分で行った。
ガス増幅率の測定に関しては、使用する X 線源の 55 Fe からの X 線が 2 mm のアルミ
板を通過しないため、厚さ 12 µm のアルミナイズドマイラーによる改造を行った。X 線
によるアナログ信号を観測することによって、ガス増幅率の測定を行った。電圧による
ガス増幅率の変化の測定も行った。ガス流量が少ないとき、ワイヤーの位置によってガ
ス増幅率が下がっていまうという現象が観測された。この原因は空気が混入することに
よるガス増幅率の低下であった。小型ドリフトチェンバーの密閉性の向上のため、RTV
というシリコンゴムを使った改造を行った。結果として、今回の測定条件、電圧 2.0 kV、
ガス流量 18 cc/min のときのガス増幅率は 1.3 × 104 と求められた。
宇宙線ミューオンを使って小型ドリフトチェンバーの性能評価を行うために、製作した
小型ドリフトチェンバー 3 台とプラスチックシンチレーター 4 つで実験装置を作った。そ
のための回路も作った。検出効率の測定方法として、いくつかのデータ選択やカットの方
法などが考えられたが、ノイズなどの偏りにもっとも影響しないと思われるプレーンとの
比較の方法を用いた。その結果、検出効率は 1 号機は 98.5 ± 0.2 %、2 号機は 98.6 ± 0.2 %、
3 号機は 98.6 ± 0.1 % となり、全て目標の 95 %を超える値となった。また、x − t カーブ
の作成も行った。ノイズなどの宇宙線ミューオン由来でない信号などをカットし、でき
るだけ正しい x − t カーブを作成するため、1 ヒットのみのグラフと 2 ヒットのドリフト
時間の短い方のドリフト時間分布を足し合わせたもののデータを使って、簡易的な x − t
カーブを作成した。
今後の予定としては、飛跡再構成のプログラムを使って、宇宙線の飛跡再構成を行い、
それを用いて改めて検出効率の測定を行う。さらに飛跡再構成を使って、x − t カーブの
現在のものをイタレーション解析でもっと正確なものに作り替え、小型ドリフトチェン
バーの空間分解能の測定を行う。
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謝辞
本研究を進めるにあたり、多くの方々のご指導、協力を頂き、大変お世話になりました。
指導教員の柴田利明教授には、研究の助言や様々な研究に関係する知識などについて
ご指導いただきました。深く感謝いたします。
中野健一助教授には、研究の計画や進行状況に応じて多くの具体的な助言をいただき
ました。さらに、小型ドリフトチェンバー0号機の製作と一部の作業をしていただきま
した。深く感謝申し上げます。
研究室のメンバーの宮崎拓人氏には、小型ドリフトチェンバー1号機の製作、改造や
データ収集、解析などを共同で行い、研究の議論など様々な面で協力をいただきました。
特に解析の面では大きな協力をいただきました。深く感謝しております。五十嵐浩二氏
には、小型ドリフトチェンバー2号機の作成、解析について協力いただきました。感謝
いたします。
研究室のメンバーの宮坂翔氏、眞田塁氏、斉藤航氏には研究の議論や助言、生活面で
お世話になりました。以上の方々にご協力をいただきました。深く感謝申し上げます。
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参考文献
[1] 加藤貞幸 「放射線計測」 培風館 1994
[2] F. sauli Plinciples of operation of multiwire proportional and drift chambers (1977)
[3] W. Blum W. Riegler L.Rolandi Particle Detection with Drift Chambers (2010)
[4] 「物理学実験第一」 東京工業大学 理学部 物理学科
[5] 永井慧 「SeaQuest 実験に用いる大型ドリフトチェンバーの製作と飛跡再構成によ
る性能評価および最適化」
[6] B. ポッフ他著 柴田利明訳 「素粒子・原子核物理入門」 2012 丸善出版
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