論文集全てを見る - 明治安田厚生事業団

(1)
ご 挨 拶
弊財団創立 20 周年を記念して昭和 59 年に発足したこの研究助成制度は、単に
寿命の延長だけを追求するのではなく、「広く健康の維持増進に活用できる」科
学的な研究課題に対し、若手研究者の育成をめざして、広く助成を行っています。
毎年多数の研究者からご応募をいただき、最近では、研究内容も年を追って高
レベルになってまいりました。
この結果、制度創設以来、第 27 回までの助成件数は、482 件、助成総額は
4 億 8150 万円に達しております。
このたび、第 27 回(平成 22 年度)の助成対象として選ばれた研究の成果論文
を、研究助成論文集にまとめ、ここに発刊の運びとなりました。
ご高覧ご高評賜れば幸甚に存じます。
本誌発刊にあたり、選考委員の諸先生のご尽力はもちろん、ご後援いただいた
日本体力医学会ならびに明治安田生命保険相互会社、公募に際しご協力いただい
たご関係各位に心からお礼申しあげるとともに、今後も一層のご指導、ご支援を
お願い申しあげる次第でございます。
平成 24 年 3 月
財団法人 明治安田厚生事業団
理事長 米 田 克 巳
選 考 委 員
委員長 鹿屋体育大学学長
福 永 哲 夫
委 員 同志社大学教授
井 澤 鉄 也
委 員 日本女子体育大学教授
定 本 朋 子
委 員 東京医科大学主任教授
下 光 輝 一
委 員 財団法人 明治安田厚生事業団
体力医学研究所所長
永 松 俊 哉
(敬称略・五十音順)
*職務は公募時
目 次
〔優秀賞〕
習慣的運動が子どもの認知機能に与える影響
―健康脳の育て方―
紙 上 敬 太 他
1
温熱・光住環境と血圧モーニングサージおよび夜間血圧
変動に関する横断研究
大 林 賢 史 他
11
分娩後の腹圧性尿失禁予防を目的にした骨盤底筋群機能
回復支援の開発と効果検証
岡 本 美香子 他
23
低酸素環境における有酸素性運動が血管拡張能に及ぼす
影響
片 山 敬 章 他
34
身体活動の運動器疾患に対する 1 次予防効果に関する研
究―前向きコホート研究―
鎌 田 真 光 他
43
河 野 寛 他
52
金 孟 奎 他
62
食欲を抑制させる運動様式の探索
運動耐容能を決定する新たな因子の探索
―心筋細胞内の脂質蓄積と動脈硬化度から―
日本人サルコペニアの筋肉量および筋力トレーニング効
果を規定する遺伝子多型の探索
黒 坂 光 寿 他
70
ウエスト周囲径・体重の減少は動脈硬化の進展を抑制す
るかどうかについての検討
坂 本 愛 子 他
78
運動は肥満・糖尿病によるアルツハイマー病発症リスク
を軽減するか
櫻 井 拓 也 他
87
効果が検証された運動プログラムを地域に普及させるた
めのトランスレーショナルリサーチ
重 松 良 祐 他
97
閉経後女性の中心循環特性に対する有酸素性運動トレー
ニングの効果
菅 原 順 他
108
一過性運動に対する海馬細胞外プロテアーゼ動態の解明
西 島 壮 他
118
高齢者の転倒・骨折予防を目的とした、加齢性筋肉減少
症(サルコペニア)の診断法の開発
飛 田 哲 朗 他
128
高齢者における運動機能低下の危険因子および転倒との
関連の解明
村 木 重 之 他
138
運動トレーニングは老化による神経筋シナプスの変性を
予防できるか
森 秀 一 他
148
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.1∼10(2012.3)
〔優 秀 賞〕
習慣的運動が子どもの認知機能に与える影響
―健康脳の育て方―
紙 上 敬 太*
Charles H. Hillman *
THE EFFECTS OF AN AFTERSCHOOL PHYSICAL ACTIVITY PROGRAM
ON COGNITIVE FUNCTION IN PREADOLESCENT CHILDREN:
A STUDY OF BRAIN HEALTH AND COGNITIVE DEVELOPMENT
Keita Kamijo and Charles H. Hillman
SUMMARY
Background: There is growing concern that children are becoming more sedentary and less fit, which is
related to increases in the prevalence of obesity and several chronic diseases such as cardiovascular diseases
and type-2 diabetes. Recent neuroelectric studies using event-related brain potentials(ERPs), and in particular
the P3 component, have indicated a positive relation of aerobic fitness with cognitive function in preadolescent
children, suggesting that aerobic fitness is associated with brain health and cognition. However, these ERP
studies have employed cross-sectional designs, and thus have left open the possibility that other factors(e.g.
personality, genetics)might influence the relationship between fitness and cognitive function. Accordingly, further
investigation using longitudinal randomized control interventions is warranted to better establish a causal link
between aerobic fitness and changes in cognitive function.
Purpose: The aim of this study was to determine whether a physical activity program aimed at increases in
aerobic fitness improved cognitive function in preadolescent children using a randomized control design.
Methods: Previously sedentary children(n = 92)
, aged 7-9 years, participated in a 9-month randomized control
trial in which they were randomly assigned to either an afterschool physical activity program or a waitlist control
group. Prior to and immediately following the intervention, participants completed compatible and incompatible
stimulus-response conditions of a modified flanker task, which manipulated executive control requirements, while
task performance and the P3 component were concurrently measured.
Results: Findings revealed increased aerobic fitness and larger P3 amplitude following the afterschool physical
activity program, with no such effect observed for the waitlist control group. Further, although P3 latency at
post-test was shorter than at pre-test across both groups for the compatible stimulus-response condition, only the
physical activity intervention group exhibited shorter P3 latency at post-test relative to pre-test for the incompatible
stimulus-response condition.
Conclusion: These results indicate that regular physical activity leading to increases in aerobic fitness increased
children s ability to allocate attentional resources, with a selective enhancement in the speed of cognitive
processing for task conditions requiring the upregulation of executive control. This study suggests that regular
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 Department of Kinesiology and Community Health, University of Illinois at Urbana-Champaign, Urbana, IL, USA.
* (2)
physical activity is associated with brain health and cognitive improvements and may assume a crucial role of
cognitive development in preadolescent children.
Key words: physical activity, aerobic fitness, cognitive function, preadolescent children, P3.
もの認知機能を評価するには有効な指標であると
緒 言
いえる。
近年、子どもたちの身体活動量は減少し、それ
Hillman et al.14)は、子どもを有酸素能力によっ
に伴う体力の低下、小児生活習慣病の罹患率の増
て低体力群と高体力群に分け、オドボール課題
加が懸念されている 。更に、最近の報告では、
中の P3 成分を比較した。オドボール課題とは、
習慣的運動と体力(特に有酸素能力)は小児生活
低 頻 度(e.g., 20%) の 標 的 刺 激 と 高 頻 度(e.g.,
7)
習慣病にだけではなく、子どもの脳の健康にもか
80%)の非標的刺激をランダム順に提示し、低
かわっていることが示唆されている 15)。例えば、
頻度の標的刺激に対して反応を求める典型的な
Castelli et al.3) は、有酸素能力が高い子どもほど
P3 課題である。Hillman et al.14)は、高体力群の子
国語や算数の学力テストの点数が高かったことを
どもは低体力群の子どもに比べ、P3 振幅が大き
報告している。更に、事象関連脳電位(event-related
く、P3 潜時が短かったことを示した。この結果
brain potentials; ERPs)の P3 成分を用いた近年の
は、有酸素能力の高い子どもは刺激弁別課題の標
研究は、子どもの有酸素能力と認知機能の間にポ
的刺激に対して的確に注意処理資源を動員できる
ジティブな関係があることを示しており
こと、より短い時間で刺激を弁別できることを示
、
13,14,23)
習慣的運動、有酸素能力と脳の健康に関連がある
唆している。
という見解を支持している。
更に、Hillman et al.13) は、フランカー課題
ERPs とは、何らかの事象(光,音,自発的な
を用いて子どもの有酸素能力と実行機能の関係を
運動など)に関連して一過性に生じる脳電位であ
検討している。実行機能とは、目標を達成するた
る。ERPs はいくつかの振れをもった波のような
めに行動や思考を計画、調整、統合する脳の高次
形状をしており、それらの振れは成分として分離
機能であり 19,21)、抑制(妨害する情報を無視して
され、それぞれの成分が別々の脳内活動に対応し
注意を維持する機能)
、作業記憶(情報を保持し,
10)
ていると仮定されている。ERPs は、核磁気共鳴
必要に応じてその情報を適切にコントロールする
画像法などのニューロイメージング手法に比べ、
機能)
、認知的柔軟性(状況に応じて柔軟に注意
空間分解能では劣るものの、時間分解能に優れて
や行動を切り替える機能)などの下位機能が含ま
いる(ミリ秒単位で神経活動の時間的な変化を
れる 8)。高齢者を対象とした先行研究では、習慣
計測できる)ため、「どのような認知処理過程が
的運動はさまざまな認知機能を改善させうるが、
習慣的運動の影響を受けるのか」を検討するには
その効果は実行機能に対して最も顕著であること
有効な指標である。P3 成分は、刺激の提示後約
が明らかにされている 6,18)。フランカー課題(図
300∼800 ms 後に出現する陽性成分であり、その
1)では、真ん中に提示される標的刺激の向きに
振幅は認知課題の刺激に対してどのくらいの注意
よって、左右のボタンを押し分けるように参加者
を分配したのかといった注意の量的側面(注意処
に教示する。標的刺激の両隣には妨害刺激が提示
理資源)を反映し 22)、その潜時は反応処理過程
され、標的刺激と妨害刺激が同じ方向を向いてい
から独立した刺激評価時間を反映すると考えられ
る一致(congruent)試行と反対の方向を向いてい
ている 9)。つまり、より大きな P3 振幅はより多
る不一致(incongruent)試行を設定し、それらを
くの注意(処理資源)を分配できたことを反映し、
ランダム順で提示する。不一致試行では、妨害刺
より短い P3 潜時はより速い認知処理速度を反映
激が標的刺激と反対側の手の反応を誘発するため
すると考えられる。更に、P3 成分は学力のマー
干渉が生じ、正しく、速く反応するためにはその
カーになりうることが提案されており
干渉を抑制する必要がある。つまり、フランカー
、子ど
16)
(3)
課題は実行機能の 1 つである抑制を要する認知課
外の要因(e.g., 性格,遺伝的要因)が認知パフォー
題である。
マンスや P3 成分に影響を与える可能性がある。
Hillman et al.13) は、フランカー課題中の P3 成
よって、これらの要因を排除し、直接的な習慣的
分を計測し、有酸素能力の高い子どもは低い子ど
運動の効果を検討するためには、無作為化比較試
もに比べ、正反応率は高く、P3 振幅は大きかっ
験による縦断的研究が必要である。
たことを示した。つまり、実行機能を要するフラ
そこで本研究では、子どもを対象に 9 か月間の
ンカー課題中でも、有酸素能力の高い子どもは、
放課後運動教室を実施し、習慣的運動、それに伴
刺激に対してより多くの注意処理資源を動員でき
う有酸素能力の向上が子どもの認知機能に与える
るため(より大きな P3 振幅)
、高い正反応率を
影響を、P3 成分を用いて検討することを目的と
維持できると考えられる。更に、Pontifex et al.
23)
した。Pontifex et al.23)に従い、本研究では、実行
は、フランカー課題の刺激­反応適合性を操作し
機能の要求度を操作するため、フランカー課題の
て、有酸素能力と認知的柔軟性(実行機能の 1
適合条件と不適合条件を用いた。放課後運動教室
つ)の関係を検討している。適合(compatible)
による有酸素能力の向上は、フランカー課題のパ
条件では、左、右の標的刺激に対して、それぞれ
フォーマンスの改善(正反応率の向上,反応時間
左、右のボタン押し反応を求めるのに対し、不適
の短縮)
、P3 振幅の増大、P3 潜時の短縮をもた
合(incompatible)条件では、標的刺激とは反対
らすと予測された。更に、認知パフォーマンスと
側の手のボタン押し反応を求める。不適合条件で
P3 成分に反映される認知機能の改善は、実行機
は、適合条件に比べ、より柔軟に実行機能をコン
能の要求度の高い不適合条件でより顕著に現れる
トロールする必要があり、すなわち実行機能の要
と予測された。
求度が高いと考えられる 11)。Pontifex et al.23)は、
方 法
低体力群では不適合条件における正反応率が適合
A.参加者
条件に比べ低かったのに対し、高体力群では適合
条件間で正反応率の違いが認められなかったこと
125 名の子ども(7 ∼ 9 歳)が、運動プログラ
を示した。更に、低体力群では適合条件間で P3
振幅の差が認められなかったのに対し、高体力群
ムに参加する運動介入群(physical activity intervention group, n = 62)と運動プログラムに参加し
では適合条件に比べ不適合条件で P3 振幅が大き
ない統制群(waitlist control group, n = 63)にラン
かったことを示している
。この結果は、高体
ダムに割り付けられた。ドロップアウトした 17
力群の子どもは、実行機能の要求度が高い不適合
名(運動介入群:5,統制群:12)
、データの欠測
条件では多くの注意処理資源を動員してパフォー
があった 2 名(統制群:2)
、脳波信号に過度のノ
マンスを維持しているのに対し、低体力群の子ど
イズが混入したため ERPs の加算平均処理ができ
23)
もはそのような適合条件による柔軟な対応ができ
ていないことを示唆している。このように、これ
表 1 .参加者の特徴の平均値(標準偏差)
Table 1.Mean(SD)values for participant characteristics.
までの先行研究 6,18)で明らかとされてきた高齢者
と同様に、子どもにおいても有酸素能力と実行機
能の間にはポジティブな関係があるようである。
しかしながら、これら ERP 研究 13,14,23) では、
有酸素能力の低い子どもと高い子どもの認知パ
フォーマンス、P3 成分を比較する横断的研究デ
ザインが用いられていることに留意する必要があ
る。つまり、これらの横断的研究 13,14,23)は有酸素
能力と認知機能の「関係」を示しているにすぎず、
習慣的運動の直接的な「効果」を示しているわけ
ではない。更に、横断的研究では、有酸素能力以
Measured Variable
Intervention
Waitlist
48(18 girls) 44(16 girls)
Age(years)
8.8(0.5)
8.8(0.6)
19.6(4.4)
18.8(4.5)
BMI(kg/m2)
K-BIT composite score(IQ)108.0(11.1) 108.5(12.3)
SES
2.0(0.9)
1.8(0.9)
*
7.2(2.1)
0.5(1.3)
Fitness improvement(%)
Attendance Rate(%)
82.1(11.5) ―
n
BMI = body mass index, K-BIT = Kaufman Brief Intelligence
Test, SES = socioeconomic status.
Significant difference, unpaired t-test between groups, *P < 0.05.
(4)
なかった 14 名(運動介入群:9,統制群:5)の
平均 82.1%(SD=11.5)であった。週末には、家
参加者を除外し、92 名(運動介入群:48,統制群:
族と一緒に運動を行うように促した。
44)を対象に分析を行った。参加者の特徴を表 1
C.有酸素能力の評価
に示す。認知機能障害や注意障害による特殊教育
最大運動負荷試験によって最大酸素摂取量
を受けている参加者はいなかった。すべての参加
(maximal oxygen consumption; VO2max)を計測し、
者およびその保護者から書面によるインフォーム
参加者の有酸素能力を評価した。最大運動負荷
ド・アセント/コンセントを得た。本研究は Insti-
試験には、Balke のプロコトル 1)を用いた。参加
tutional Review Board at the University of Illinois か
者にトレッドミル上で苦痛を感じない程度の一
ら承認を得て実施された(承認番号 : 08573)
。
定のスピードで歩行またはランニングを開始さ
B.運動プログラム
●
せ、任意の疲労困憊に至るまで 2 分ごとに傾斜角
9 か月間の放課後運動教室(週 5 日)を実施し
度を 2.5%漸増した。呼気ガス分析器(True Max
た。運動教室は有酸素能力の向上を目的とし、年
2400, ParvoMedics)を用いて、20 秒ごとの平均
齢に応じたさまざまな運動(e.g., 断続的な有酸素
酸素摂取量を算出し、その最大値を VO2max とした。
運動,ドリブル,ミニゲーム)を用いた。本運動
●
D.認知課題
教室では、参加者は、断続的な中強度∼高強度の
本研究では、魚のキャラクターを用いたフラン
運動(最大心拍数の 55%以上)を少なくとも 70
カー課題 10) の修正版(図 1)を使用した。本フ
分間以上行った(本運動プログラムの運動強度の
ランカー課題は、真ん中に提示される標的刺激
詳細に関しては Castelli et al. を参照)
。また、週
とその両隣に 2 つずつ提示される妨害刺激からな
に 2 回以上は、自重やセラバンド(Akron, OH)、
る。標的刺激と妨害刺激が同じ方向を向いている
メディシンボールなどを使ったトレーニングを実
一致試行と反対の方向を向いている不一致試行
施した。このように、本運動プログラムは有酸素
をランダム順に提示した。適合条件では、標的
能力の向上を第一目的としているが、子どもに 9
刺激の魚の向きに合わせてボタンを第一指で押
か月間の運動教室を継続させるためにはさまざま
す(e.g., 右向きの魚には右手反応)ように参加者
な運動を組み込む必要があり、筋力や運動技能を
に教示した。適合条件の後に行われた不適合条件
要する運動も含まれている。運動教室の出席率は
では、標的刺激の魚の向きと反対のボタンを押
4)
Compatible
Incompatible
Congruent
Left Button Press
Right Button Press
Incongruent
Left Button Press
Right Button Press
図 1 .フランカー課題の刺激
Fig.1.The stimuli for the flanker task.
A modified flanker task asked participants to respond to a centrally presented target stimulus
amid an array of four flanking stimuli, which were task irrelevant. Both the target and flanking
stimuli were left- or right-oriented fish. The flanker task consisted of congruent trials, in which
flanking fish faced in the same direction as the target fish; and incongruent trials, in which flanking fish faced in the opposite direction from the target fish. In the compatible condition, participants responded to the direction of the target fish with their consonant thumb. In the incompatible
condition, they responded with a button press in the direction opposite to that of the target fish.
(5)
す(e.g., 右向きの魚には左手反応)ように参加者
を P3 成分とした。P3 振幅の分析には、頂点潜時
に教示した。反応はできる限り正確に行うように
の 50 ms の平均電位を用いた。
F.手順
教示した。一致試行と不一致試行、魚の左右の
向きは同確率で提示した。刺激の提示時間は 200
Pre-test、Post-test において、本実験プロトコル
ms、試行間間隔は 1700 ms に設定した。刺激を
は 2 日間にわたって行われた。実験当日には参加
提示するコンピューターモニターは、参加者の
者に運動を行わないように指示した。1 日目には、
100 cm 前方に置かれた。刺激の視角は水平方向
参加者およびその保護者からインフォームド・ア
(5 つの刺激の左端から右端まで)に 15 、垂直
セント/コンセントを得た後、参加者は Kaufman
方向に 1.8 であった。参加者は、各適合条件で、
の簡易知能検査 17)
(IQ の評価)を行った。その後、
150 試行(75 試行× 2 ブロック)を行った。
参加者の身長と体重を計測した。参加者の保護者
E.記録と解析
脳波は国際 10-10 法
は、参加者の健康状態に関する質問紙、身体活動
5)
に基づき、頭皮上 64 部
簡易質問紙
、社会経済的地位(socioeconomic
25)
位より Cz と CPz の間に位置する電極を基準とし
status; SES)の質問紙 2)に回答した。これらの質
て単極導出した。接地電極は AFz とし、電極間
問紙、計測が終わった後、最大運動負荷試験が行
インピーダンスは 10 kΩ 未満に保った。また、左
われた。
眼窩上下と左右眼角外から垂直・水平眼電図を双
2 日目には、脳波計測が行われた。64 チャンネ
極導出し、まばたきや眼球運動をモニターした。
ルの Quick-Cap(Compumedics Neuroscan, El Paso,
脳波データは 500 Hz でサンプリングされ、バン
TX)を装着後、防音室内に参加者を座らせた。
ドパスフィルタ(DC∼70 Hz)とノッチフィルタ
その後、参加者に認知課題のルールを教示し、練
(60 Hz)を施した(Neuroscan Synamps2 amplifier,
習試行(40 試行)を行わせた。正反応率が 50%
(chance level)以下の場合は、練習試行を繰り返
Neuro, Charlotte, NC)
。
オフライン処理では、1)空間フィルタを用い
し行わせた。認知課題終了後、Pre-test では、参
た眼電図補正、2)再基準化(両マストイド連結)
、
加者を各群にランダムに割り付けた。
G.統計検定
3)刺激に同期したエポックの切り出し(­100∼
1500 ms)
、4)基線算出(­100∼ 0 ms の平均電
行動指標(正反応率,反応時間)の統計検定に
位)
、5)ローパスフィルタの適用(30 Hz, 24 dB/
は、2(群: 運 動 介 入 群, 統 制 群)× 2(時 間:
octave)
、6)アーチファクトの除外( 75 µV を
Pre-test,Post-test)× 2(条件:適合,不適合)×
超える電位を含む試行を除外)を行った。エラー
2(試行:一致,不一致)の多変量分散分析(multi-
試行は、反応時間の分析、ERPs の加算平均から
variate analysis of variance; MANOVA)を用いた。
除外した。刺激後 300∼750 ms 間の最大陽性成分
P3 振幅、P3 潜時の統計検定には、2(群)× 2(時
表 2 .Pre-test、Post-test における行動指標の平均値(標準偏差)
Table 2.Mean(SD)values for behavioral measures at pre- and post-test.
Measured Variable
Mean Response Accuracy(%)
Compatible-Congruent
Compatible-Incongruent
Incompatible-Congruent
Incompatible-Incongruent
Mean Reaction Time(ms)
Compatible-Congruent
Compatible-Incongruent
Incompatible-Congruent
Incompatible-Incongruent
Intervention
Waitlist
Pre
Post
Pre
Post
76.5(13.8)
70.3(14.9)
71.1(14.1)
68.6(15.0)
83.3(10.4)
77.8(12.2)
80.8(12.4)
75.9(14.3)
78.6(13.3)
72.9(13.0)
76.1(16.1)
72.4(18.5)
85.9(10.0)
80.4(13.4)
80.0(13.2)
77.4(14.8)
521.8(109.0)
552.3(113.9)
585.7(122.2)
598.4(126.6)
474.5(82.0)
508.9(86.1)
537.4(101.0)
557.5(111.3)
545.4(120.2)
572.5(139.0)
590.1(128.5)
615.1(140.1)
480.4(113.5)
513.5(116.2)
527.8(111.1)
538.6(106.6)
400 600
Time (ms)
800 1000
0
200
400 600
Time (ms)
800 1000
400 600
Time (ms)
800 1000
0
200
400 600
Time (ms)
Cz
800 1000
5
0
-5
-10
5
0
15
10
Amplitude (µV)
-5
0
200
400 600
Time (ms)
Pz
800 1000
P3
Amplitude (µV)
15
10
5
0
-5
0
400 600
Time (ms)
800 1000
15
10
5
0
-5
-10
0
200
400 600
Time (ms)
Pz
図 2 .Pre-test、Post-test における ERP 総加算波形
Fig.2.Grand averaged ERP waveforms at pre- and post-test.
200
Pz
Amplitude (µV)
-10
800 1000
15
10
5
0
-5
-10
Amplitude (µV)
-10
15
200
5
0
-5
-10
15
0
Cz
15
5
0
-5
-10
15
200
15
0
15
15
800 1000
800 1000
10
5
0
-5
10
400 600
Time (ms)
Cz
400 600
Time (ms)
Fz
10
5
0
-5
10
200
200
Fz
-10
0
0
0
Incompatible
10
5
0
-5
-10
Congruent
10
0
0
Pre Intervention
Post Intervention
Pre Waitlist
Post Waitlist
Fz
Incongruent
10
5
0
-5
-10
15
10
5
0
-5
-10
Amplitude (µV)
Amplitude (µV)
-10
Compatible
Amplitude (µV)
Amplitude (µV)
Amplitude (µV)
Amplitude (µV)
Amplitude (µV)
Amplitude (µV)
Congruent
200
200
200
400 600
Time (ms)
Pz
400 600
Time (ms)
Cz
400 600
Time (ms)
Fz
Incongruent
800 1000
800 1000
800 1000
(6)
(7)
間)× 2(条件)× 2(試行)× 3(導出部位:Fz,
Cz, Pz)の MANOVA を用いた。下位検定では、
Pre-test(M = 572.7 ms, SE = 11.7)に比べ Post-test
(M = 517.3 ms, SE = 10.0)で反応時間が短かった
Bonferroni 法を用いて有意水準を調整した。有意
ことを示している。群要因を含む主効果、交互作
水準は 5 %とした。
用は認められなかった。
C.P3 成分
結 果
Pre-test、Post-test における ERP 総加算波形を
本統計検定は多くの要因を含んでいるため、本
図 2 に示す。P3 振幅に関して MANOVA を行っ
研究目的に基づき、群、時間の要因を含む主効果、
た結果、群×時間の交互作用が認められた(F
[1,
90]= 11.1, P = 0.001, η2p = 0.11)
。この交互作用
交互作用のみを以下に示す。
A.参加者の特徴
は、運動介入群では Pre-test に比べ Post-test で P3
す べ て の 参 加 者 の 特 徴(年 齢,BMI,IQ,
SES)は群間で異ならなかった(ts[90]≤ 1.3, Ps ≥
0.19)
(表 1)
。有酸素能力の向上率は統制群に比
べ運動介入群で有意に大きかった(t
[90]= 2.8, P
振幅が大きかった(t
[47]= 2.7, P = 0.009)のに対
し、統制群では Pre-test に比べ Post-test で P3 振
幅が小さかった(t
[43]= 2.3, P = 0.02)ことを示
= 0.007)
(表 1)
。この結果は、本運動プログラム
15
が有酸素能力を向上させたことを示している。
*
P3 Amplitude (µV)
B.行動指標
Pre-test、Post-test における行動指標の平均値を
表 2 に示す。正反応率に関して MANOVA を行っ
た結果、時間の主効果が認められた(F[1, 90]=
29.0, P < 0.001, η2p = 0.24)
。この主効果は、両群
において、Pre-test(M = 73.3%, SE = 1.4)に比べ
Post-test(M = 80.2%, SE = 1.2)で正反応率が高かっ
0.001, η2p = 0.28)
。この主効果は、両群において、
Compatible
450
Pre
Post
Intervention
Pre
Post
Waitlist
Pre
Post
Waitlist
*
P3 Latency (ms)
P3 Latency (ms)
500
Post
Incompatible
550
*
*
Pre
図 3 .Pre-test、Post-test における平均 P3 振幅
Fig.3.Mean P3 amplitudes at pre- and post-test.
The Compatibility, Congruency, and Site factors were
collapsed in this figure. Error bars indicate SEs.
反応時間に関して MANOVA を行った結果、
時間の主効果が認められた(F
[1, 90]= 35.7, P <
400
5
Intervention
作用は認められなかった。
550
10
0
たことを示している。群要因を含む主効果、交互
*
500
450
400
Pre
Post
Intervention
Pre
Post
Waitlist
図 4 .Pre-test、Post-test における各適合条件の平均 P3 潜時
Fig.4.Mean P3 latency at pre- and post-test for each compatibility condition.
The Congruency and Site factors were collapsed in this figure. Error bars indicate SEs.
(8)
している(図 3)
。
達の最も遅い脳部位の 1 つであることが知られて
P3 潜時に関して MANOVA を行った結果、群
いる 12)。つまり、習慣的運動による有酸素能力
×時間×条件の交互作用が認められた(F
[1, 90]
= 4.4, P = 0.04, η2p = 0.05)
。下位検定として、各
の向上は脳の発達にかかわるため、子どもではま
適合条件において群×時間の MANOVA を行っ
前頭前野が重要な役割を果たす実行機能にその効
た。適合条件では、時間の主効果のみが認められ
た(F[1, 90]= 24.3, P < 0.001, η2p = 0.21)
。この
果が顕著に現れるのかもしれない。本研究におけ
主効果は、両群において、Pre-test に比べ Post-test
齢者 6,18)だけではなく、子どもにおいても、習慣
で P3 潜時が短かったことを示している。一方、
的運動の効果が実行機能に対して大きいことを示
不適合条件では、群×時間の交互作用が認めら
れた(F[1, 90]= 4.5, P = 0.04, η2p = 0.05)
。この
唆するものである。
だ未成熟にある前頭前野に対して影響が大きく、
る P3 潜時の結果は、これまで報告されてきた高
一方、P3 振幅は、統制群では Post-test におい
交互作用は、運動介入群では Pre-test に比べ Post-
て低下したのに対し、
運動介入群では増大した
(図
test で P3 潜時が短かった(t
[47]= 3.2, P = 0.002)
3)。両群において、Post-test で正反応率の向上、
のに対し、統制群では Pre-test と Post-test で P3 潜
反応時間の短縮が認められており、これはフラン
時が異ならなかった(t
[43]= 0.4, P = 0.7)ことを
カー課題に対する学習効果(練習効果)を示して
いると考えられる。よって、統制群における P3
示している(図 4)
。
の低振幅化は、学習効果による効率的な認知処理
考 察
過程を反映していると示唆される。この推察が正
本研究は、有酸素能力の向上を目的とした放課
しいのであれば、運動介入群における Post-test で
後運動教室が、子どもの認知機能を改善させるの
の P3 振幅の増大は、非効率的な認知処理過程を
かを無作為化比較試験によって検討した。認知機
反映していると考えられるのかもしれない。しか
能の評価には P3 成分を用い、実行機能の要求度
しながら、上述のように P3 潜時の結果は有酸素
を操作するためフランカー課題の適合条件と不適
能力の向上が実行機能の改善をもたらしたことを
合条件を設定した。
示唆するものであり、運動介入群における P3 振
本研究における最も重要な知見は、有酸素能力
幅の増大が非効率的な認知処理過程を反映してい
の向上に伴う P3 潜時の変化である(図 4)
。まず
るとは考えにくい。また、横断的研究デザインを
適合条件では、両群において Post-test で P3 潜時
用いた先行研究では、一貫して、有酸素能力の高
の短縮が認められた。これは、9 か月間の発達の
い子どもは低い子どもに比べ P3 振幅が大きく、
影響、もしくはフランカー課題に対する学習効
より高い認知パフォーマンスを示すことが報告さ
果(練習効果)により刺激評価時間が短縮したこ
れている 13,14,23)。つまり、有酸素能力の高い子ど
とを反映していると考えられる。一方、不適合条
もは注意処理資源の動員レベルを効果的に高める
件では、統制群においては P3 潜時に変化が認め
ことができるため、より高い認知パフォーマンス
られなかった。これは、実行機能の要求度が高い
を遂行できると考えられる。よって、推察の域は
不適合条件において刺激評価時間を短縮させるに
脱しないが、本研究における運動介入群で認めら
は、発達の影響、学習効果が不十分であったこと
れた P3 振幅の増大は、より効果的な注意処理資
を示していると考えられる。対照的に、運動介入
源の動員を反映していると考えるのが妥当であろ
群では、不適合条件においても Post-test で P3 潜
う。
時の短縮が認められた。つまり、運動教室による
本研究では、放課後運動教室による有酸素能力
有酸素能力の向上が実行機能を改善させたため、
の向上は、認知パフォーマンス(正反応率,反応
刺激評価時間の短縮が、実行機能の要求度が高い
時間)に影響を与えなかった。横断的研究デザイ
不適合条件においてのみ選択的に認められたと考
ンを用いた P3 研究では、有酸素能力の高い子ど
えられる。実行機能のコントロールには前頭前野
ものほうがフランカー課題の正反応率が高かった
が重要な役割を果たしており
ことが示されている 13,23)。これらの先行研究では、
、前頭前野は発
20)
(9)
VO2max が各年齢における 70 パーセンタイル以上
●
の参加者を高体力群、30 パーセンタイル以下の
参加者を低体力群とするなど、有酸素能力の群間
差が非常に大きく設定されている。本研究におけ
る運動介入群の有酸素能力の改善率は平均 7.2%
(M = 2.1 ml/kg/min)であり、認知パフォーマン
スを向上させるには、不十分であったのかもしれ
ない。言い換えれば、認知パフォーマンスの改善
にはもう少し長い期間の有酸素トレーニングが必
要なのかもしれない。
Lippincott Williams & Wilkins, New York.
2)Birnbaum AS, Lytle LA, Murray DM, Story M, Perry CL,
Boutelle KN(2002): Survey development for assessing
correlates of young adolescents eating. Am J Health Behav,
26, 284-295.
3)Castelli DM, Hillman CH, Buck SM, Erwin HE(2007):
Physical fitness and academic achievement in third- and
fifth-grade students. J Sport Exerc Psychol, 29, 239-252.
4)Castelli DM, Hillman CH, Hirsch J, Hirsch A, Drollette E
(2011): FIT kids: time in target heart zone and cognitive
performance. Prev Med, 52, S55-S59.
本研究は、無作為化比較試験により、習慣的運
5)Chatrian GE, Lettich E, Nelson PL(1985): Ten percent
動による有酸素能力の向上が子どもの認知機能を
electrode system for topographic studies of spontaneous
改善させうることを示したが、結果の解釈には注
意が必要である。本運動プログラムは、有酸素運
動だけではなく、筋力や運動技能を要する運動が
含まれているため、それらの能力も同時に向上さ
せた可能性が考えられる。つまり、本研究では、
筋力や運動技能の向上が認知機能に影響を与えた
可能性を否定できない。筋力や運動技能と認知機
能の関係はいまだ不明であり、今後どのような運
動が認知機能の改善をもたらすのかといった運動
and evoked EEG activity. Am J EEG Technol, 25, 83-92.
6)Colcomb SJ, Kramer AF(2003): Fitness effects on the
cognitive function of older adults: a meta-analytic study.
Psychol Sci, 14, 125-130.
7)Department of Health and Human Services[DHHS]and
Department of Education[DOE]
(2000): Promoting
better health for young people through physical activity
and sports. A report to the President from the Secretary of
Health and Human Services and the Secretary of Education.
Centers for Disease Control, Silver Spring.
のタイプに注目する研究が期待される。しかしな
8)Diamond A(2006): The early development of executive
がら、先行研究におけるこれまでの知見と本研究
functions. In: Bialystok E, Craik EIM(eds.), Lifespan cog-
の結果から、習慣的運動による認知機能の改善に
nition: mechanisms of change, 70-95, Oxford University
は有酸素能力の向上が重要な要因の 1 つになって
いると考えるのが現時点では妥当である。
総 括
酸素能力の向上が、P3 成分に反映される子ども
の実行機能を改善させることを示した。実行機
、また P3 成
24)
分は学力のマーカーになることが提案されてい
る 16) ため、本研究の結果は有酸素能力と学力の
関係を示した先行研究
3)
of information processing. Psychophysiology, 18, 207-215.
10)Eriksen CW, Eriksen BA(1974): Effects of noise letters
本研究は、9 か月間の放課後運動教室による有
能と学力は密接にかかわっており
Press, New York.
9)Duncan-Johnson CC(1981): P300 latency: a new metric
の知見を支持するもの
である。本研究は、習慣的運動、それに伴う有酸
素能力の向上が子どもの脳の健康、脳(特に前頭
前野)の発達に重要な役割を果たす可能性がある
ことを提案するものである。
参考文献
1)American College of Sports Medicine(2006): ACSM s
guidelines for exercise testing and prescription. 7th ed.,
upon the identification of a target letter in a non-search task.
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Development of and change in cognitive control: a
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Cogn Affect Behav Neurosci, 9, 91-102.
12)Gogtay N, Giedd JN, Lusk L, Hayashi KM, Greenstein
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Toga AW, Rapoport JL, Thompson PM(2004): Dynamic
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through early adulthood. Proc Natl Acad Sci U S A, 101,
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13)Hillman CH, Buck SM, Themanson JT, Pontifex MB,
Castelli DM(2009): Aerobic fitness and cognitive development: event-related brain potential and task performance
indices of executive control in preadolescent children. Dev
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(10)
14)Hillman CH, Castelli DM, Buck SM(2005): Aerobic fitness and neurocognitive function in healthy preadolescent
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frontal cortex function. Annu Rev Neurosci, 24, 167-202.
21)Norman DA, Shallice T(1986): Attention to action:
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15)Hillman CH, Erickson KI, Kramer AF(2008): Be smart,
Schwartz GE, Shapiro D(eds.), Consciousness and self-
exercise your heart: exercise effects on brain and cognition.
regulation, Vol.4, Advances in research and theory, 1-18,
Nat Rev Neurosci, 9, 58-65.
16)Hillman CH, Pontifex MB, Motl RW, O Leary KC, Johnson
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academics. Dev Cogn Neurosci(in press).
Plenum Press, New York.
22)Polich J(2007): Updating P300: an integrative theory of
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23)Pontifex MB, Raine LB, Johnson CR, Chaddock L, Voss
17)Kaufman AS, Kaufman NL(1990): Kaufman Brief Intel-
MW, Cohen NJ, Kramer AF, Hillman CH(2011): Cardio-
ligence Test manual. American Guidance Service, Circle
respiratory fitness and the flexible modulation of cognitive
Pines.
control in preadolescent children. J Cogn Neurosci, 23,
18)Kramer AF, Hahn S, Cohen NJ, Banich MT, McAuley E,
1332-1345.
Harrison CR, Chason J, Vakil E, Bardell L, Bolleau RA,
24)St Clair-Thompson HL, Gathercole SE(2006): Executive
Colcombe A(1999): Ageing, fitness and neurocognitive
functions and achievements in school: shifting, updating,
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19)Meyer DE, Kieras DE(1997): A computational theory of
executive cognitive processes and multi-task performance:
part 1. basic mechanisms. Psychol Rev, 104, 3-65.
20)Miller EK, Cohen JD(2001): An integrative theory of pre-
inhibition, and working memory. Q J Exp Psychol, 59, 745759.
25)Thomas S, Reading J, Shephard RJ(1992): Revision of the
Physical Activity Readiness Questionnaire(PAR-Q). Can J
Sport Sci, 17, 338-345.
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.11∼22(2012.3)
温熱・光住環境と血圧モーニングサージおよび
夜間血圧変動に関する横断研究 大 林 賢 史*
佐 伯 圭 吾**
A CROSS-SECTIONAL STUDY FOR THE ASSOCIATION BETWEEN
THERMAL/LIGHTING ENVIRONMENTS AND BLOOD
PRESSURE VARIABILITY
Kenji Obayashi and Keigo Saeki
SUMMARY
Objective: The purpose of this observational study was to evaluate the association between the thermal environment after wake-up and morning blood pressure surge, and the association among the lighting environment during
daytime and nighttime, endogenous melatonin levels and nocturnal blood pressure decline.
Methods: We measured the following variables, twice in different seasons, among elderly individuals living in
Nara prefecture in Japan: exposed temperature, exposed light levels, ambulatory blood pressure, overnight urine
melatonin levels and physical activity evaluated by actigraphy. We defined morning blood pressure surge as average systolic blood pressure in 2 hours after wake-up time minus average of three systolic blood pressure readings
centered on the lowest sleeping reading(sleep trough blood pressure surge)
. Nocturnal blood pressure decline was
defined as percentage nighttime systolic blood pressure decline compared with daytime systolic blood pressure.
We also defined a blunted nocturnal blood pressure decline as a less than 10% of nocturnal blood pressure decline.
Results: Univariate linear regression analysis showed significant association between sleep trough blood pressure surge and exposed temperature after wake-up. In addition, multivariate-multilevel linear regression model
indicated significant and inverse association between sleep trough blood pressure surge and exposed temperature
after wake-up independent of repeated rank of ambulatory blood pressure monitoring, age, body mass index,
smoking status(current or non-current)and physical activity after wake-up. Next, participants were divided into
two groups(high and low daytime light exposure groups)by the cutoff value for identifying the top quintile.
Crude logistic regression analyses showed marginal to significant association of the high melatonin levels(top
quintile)with habitual drinker(everyday vs. non-everyday)
, higher daytime light exposure(high vs. low)and
total sleep time(≥ 6 vs. < 6 hr)
. In multivariate analysis adjusted for age(≥ 70 vs. < 70 years), habitual drinker,
higher daytime light exposure and total sleep time, the odds ratio for the high melatonin levels in the high daytime
light exposure group was significantly higher than that in the low daytime light exposure group. Finally, participants were divided into two groups(high and low melatonin groups)by the cutoff value for identifying the top
*
**
奈良県立医科大学住居医学講座
Department of Indoor Environmental Medicine, Nara Medical University School of Medicine, Nara, Japan.
奈良県立医科大学地域健康医学講座 Department of Community Health and Epidemiology, Nara Medical University School of Medicine, Nara, Japan.
(12)
quintile. Crude logistic regression analyses showed marginal to significant association of the blunted nocturnal
blood pressure decline with diabetes(yes vs. no)
, higher melatonin(high vs. low)and frequent nocturia(≥ 1 vs.
< 1 times/night)
. In multivariate analysis adjusted for age(≥ 70 vs. < 70 years), diabetes, higher melatonin and
frequent nocturia, the odds ratio for the blunted nocturnal blood pressure decline in the high melatonin group was
significantly higher than that in the low melatonin group.
Conclusion: Among elderly individuals, lower exposed temperature after wake-up is associated with higher
morning blood pressure surge, and higher daytime light exposure is associated with higher nocturnal melatonin
levels. Moreover, higher nocturnal melatonin levels are associated with lower prevalence of blunted nocturnal
blood pressure decline.
Key words: temperature, morning blood pressure surge, light, melatonin, nocturnal blood pressure decline.
緒 言
性メラトニン分泌量を減少させ夜間血圧降下率を
減少させると考えられるが、これまでに住民を対
疫学研究では、冬季に心疾患や脳卒中による死
象にした研究はない。
亡が増加し、他の季節に比べて総死亡の相対危
本研究の目的は①離床後曝露温度と血圧モーニ
険が 20%上昇する冬季過剰死亡が認められてい
ングサージの関連、②光曝露量とメラトニン分泌
る。これは外気温の低さではなく、住居の断熱設
量の関連、③メラトニン分泌量と夜間血圧降下率
備や暖房設備の整備状況に依存するとされること
の関連を明らかにすることである。
から、冬季の室温低下が死亡率上昇に寄与してい
研 究 方 法
ることが考えられる 1,5,6)。小サンプルによる生理
学実験では皮膚温を低下させた場合の血圧上昇
A.対象者
が確認されており 16)、観察研究では室温が低い
奈良県(生駒市,曽爾村,宇陀市,桜井市)在
場合の随時血圧の上昇や 15)、自由行動下血圧計
住の 60 歳以上の男女 220 名。
(ambulatory blood pressure monitoring; ABPM)に
B.必要対象者数の算出
よる調査では、外気温が低い場合の早朝および日
横断研究においてα=0.05、1 ­β=0.8 として、
中の血圧上昇が報告されている 12)が離床後室温
夜間の光曝露量によって対象者を四分位で 4 群に
の低いことが血圧モーニングサージを増加させる
分けて、最も夜間光曝露の多い群(Q1)とその他
という報告はない。
の群(Q2-4)で比較する場合、Q2-4 での夜間血圧
サーカディアン血圧変動により血圧は夜間に最
低下率が 10%未満の群(夜間血圧低下不良群)
も低下し、日中に対する夜間の血圧降下率が小さ
の割合は、我が国の先行研究などから約 40%と
い群は大きい群と比較して脳卒中・心血管疾患発
予想された。この場合、検出したい相対危険を 2.5
症のリスクが高い 10,13)。夜間に分泌されるメラト
とすると、Kelsey の方法 8)で 208 名、Fleiss の方
ニンは生体内でさまざまな働きをしており、よく
法 4) で 204 名となり、脱落者の発生や先行研究
知られている催眠効果やサーカディアンリズム調
における夜間血圧低下不良割合の過大評価の可能
整だけでなく、一酸化窒素(NO)合成を促進し
性などを考慮し 220 名の対象者が必要と考えた。
血圧降下作用を発揮する
3)
と考えられる。実験
C.調査方法
的研究において、日中の光曝露が多いほどメラト
2010 年 9 月から 2011 年 7 月までの期間に 220
ニン分泌が増加し 11)、夜間の光曝露が多いほど
名の対象者宅を訪問し、自由行動下血圧測定・温
メラトニン分泌が減少する 17)。現代人は日中の
度測定・光曝露量測定・血液検査・夜間蓄尿・病
屋内生活時間増加により光曝露量は減少し、夜間
歴聴取・アンケート調査を実施した。すべての対
の住居内で使用する人工照明により光曝露量は増
象者から調査参加の同意書を得て、奈良県立医科
加すると考えられる。したがって、日中光曝露が
大学医の倫理委員会の承認を得たプロトコールで
少なく夜間光曝露が多い生活をすることは、内因
実施した(承認番号:301)
。
(13)
D.測定項目と測定方法
て日中の 1 分間当たりの平均カウント数を算出し
220 名 の 対 象 者 に つ い て 12:00 か ら 翌 々 日
た。
12:00 までの 3 日間連続で測定を行った。220 名
6 .その他
のうち本解析対象者は季節を変えた 2 回の調査
身長および体重から BMI(body mass index)を
(冬と秋または春)を完了した 192 名とした。測
算出した。アンケート調査により飲酒・喫煙状況
定項目と測定方法について以下に示す。
を聴取し、血液検査で空腹時血糖、HbA1c および
1 .自由行動下血圧
クレアチニンを測定した。以前糖尿病と診断され
自由行動下血圧計(TM-2431, A&D, Japan)に
現在糖尿病治療薬を内服している者あるいは血液
て 30 分間隔で測定した。
検査で空腹時血糖≥ 126mg/dl かつ HbA1c ≥ 6.1%
1 )血圧モーニングサージは離床後 2 時間の平
(JDS 値)の者を糖尿病罹患と定義した。推定糸
均収縮期血圧­睡眠中最低血圧前後 90 分の
球体濾過量(eGFR)は「日本腎臓学会 CKD 診
平均収縮期血圧から算出し、睡眠トラフ血圧
療ガイド 2009」で推奨されている式 9) から算出
モーニングサージとした。
した。以前高血圧と診断され現在降圧薬を内服し
2 )夜間血圧降下率は(日中平均収縮期血圧­
ている者あるいは 1 回目調査時の自由行動下血圧
夜間平均収縮期血圧)/日中平均収縮期血圧
測定の結果、日中平均血圧≥ 135/85mmHg あるい
× 100 から算出し、夜間血圧降下率が 10%
は夜間平均血圧≥ 120/70mmHg の者を高血圧罹患
未満の者を夜間血圧降下不良と定義した。
と定義した。また対象者に生活記録を記入しても
2 .曝露温度
らい、就寝時間・離床時間・外出時間・夜間排尿
時 刻 と 温 度 を記 録する温度ロガー(Thermo-
回数を把握した。アンケート調査により geriatric
chron, Maxim Integrated Products, USA)を対象者宅
depression scale(GDS-15)日本語版
14)
のスコア
の居間および寝室に設置(床からの高さ 60cm)
を算出し、軽度うつ状態は GDS スコア≥ 6 と定
し 10 分間隔で測定した。外気温は気象庁データ
義 し た。 住 居 周 辺 環 境 因 子 の 調 査 に は Interna-
から求め、生活記録の居室・外出記録から曝露温
tional Physical Activity Questionnaire Environmental
度を算出した。
Module(IPAQ-E)日本語版 7) を用い、基本項目
3 .光曝露
7 問を解析対象とした。
時刻と照度を記録する照度ロガー(LX-28SD,
E.解析方法
佐藤商事 , Japan)を対象者宅の寝室に設置(床か
正規分布するデータは平均(標準偏差)
、正規
らの高さ 60cm)し 1 分間隔で測定し夜間平均光
分布しないデータは中央値(四分位範囲)を示し
曝露量を算出した。照度センサーを搭載したアク
た。2 回の調査でそれぞれ測定している曝露温度
チグラフ(Actiwatch 2, Respironics, USA)を対象
および血圧モーニングサージ以外の項目(夜間血
者の非利き腕手首に装着して 1 分間隔で日中平均
圧降下率,夜間排尿回数,メラトニン分泌量,光
光曝露量を測定した。
曝露量,総睡眠時間,睡眠効率,日中身体活動量)
4 .メラトニン分泌量
は各調査回 2 日目のデータを平均して代表値とし
測定 2 日目の夜間蓄尿(就寝後∼起床直後)か
た。
ら尿量および尿中メラトニン代謝産物(6-sulpha-
血圧モーニングサージ(睡眠トラフ血圧モーニ
toxymelatonin)濃度を ELISA 法により測定(SRL,
ングサージ)
および夜間血圧降下率の日差変動
(連
Japan)した。メラトニン分泌量は、尿中 6-sul-
続する 2 日間の再現性)および季節変動(冬[11
phatoxymelatonin 濃度(ng/ml)
×夜間蓄尿量(ml)
∼ 3 月] と春 / 秋[4 ∼ 7 月 / 9 ∼ 10 月]の平均
から算出した。
4 か月間の再現性)
について Pearson 相関係数
(rp)
5 .睡眠の質・身体活動量
を用いて算出した。
アクチグラフ(Actiwatch 2, Respironics, USA)
曝露温度は生活記録による外出時間および寝室
を対象者の非利き腕手首に装着して 1 分間隔で測
滞在時間と、居間・寝室の室温または外気温から
定し総睡眠時間、睡眠効率および身体活動量とし
求めた。曝露温度が血圧モーニングサージに及ぼ
(14)
す影響について、睡眠トラフ血圧モーニングサー
(上位 20%)の粗オッズ比を推定した。説明変数
ジを従属変数、起床後 2 時間の曝露温度(各血圧
は年齢、性別、BMI、喫煙、飲酒、収入、学歴、
測定時の気温の平均)に加えて ABPM の繰り返
高血圧罹患、糖尿病罹患、eGFR、夜間排尿回数、
し測定順序、年齢、BMI、現在の喫煙習慣の有無、
軽度うつ状態、総睡眠時間、睡眠効率、日中身体
アクチグラフを用いた身体活動量(起床後 2 時間
活動量をそれぞれ前述の 2 群カテゴリーにして投
の平均値)を説明変数とする多変量マルチレベル
入し、日中平均光曝露量は(高値[上位 20%]
,
線形回帰分析を用いて解析した。
低値[下位 80%])の 2 群カテゴリーで投入した。
日中平均光曝露量および夜間平均光曝露量と以
そのうち、年齢に加えてメラトニン分泌量高値と
下の項目について 2 群間比較を Mann-Whitney 検
関連を認めた(P<0.10)項目をロジスティック回
定で行った。年齢(70 歳以上,70 歳未満)
、性別
帰モデルに同時投入し調整オッズ比を推定した。
(男 性, 女 性)、BMI(25kg/m2 以 上,25kg/m2 未
同様に夜間血圧降下不良の粗オッズ比は、説明変
満)
、喫煙(現在喫煙している,現在喫煙してい
数に前述の年齢、性別、BMI、喫煙、飲酒、収入、
ない)
、飲酒(毎日飲酒している,毎日飲酒して
学歴、高血圧罹患、糖尿病罹患、eGFR、夜間排
いない)、年収(400 万円以上,400 万円未満)
、
尿回数、軽度うつ状態、総睡眠時間、睡眠効率、
学歴(10 年以上,10 年未満)
、高血圧罹患(あり,
日中身体活動量に加えて、
降圧薬内服
(あり,
なし)
なし)、糖尿病罹患(あり,なし)
、eGFR(60ml/
およびメラトニン分泌量(高値[上位 20%],低
min/1.73m2 以上,60ml/min/1.73m2 未満)
、夜間排
値[下位 80%])を 2 群カテゴリーにして投入し
尿回数(1 回以上,1 回未満)
、メラトニン分泌量
た。年齢に加えて夜間血圧低下不良と関連を認め
(高値[上位 20%]
,低値[下位 80%]
)
、軽度うつ
た(P<0.10)項目をロジスティック回帰モデルに
状態(あり,なし)
、総睡眠時間(6 時間以上,6
同時投入し調整オッズ比を推定した。
時間未満)、睡眠効率(80%以上,80%未満)
、日
温度および血圧モーニングサージの解析には
中身体活動量(300 カウント/分以上,300 カウン
SPSS for windows ver17 を用い、その他の解析に
ト/分未満)、在住エリア(都市部[生駒市]
,農
は SPSS for windows ver19 を用いた。統計学的有
村部[曽爾村,宇陀市,桜井市]
)
、住宅密度(高い,
意水準は 5 %未満(P<0.05)とした。
低い)、商店へのアクセス(良い,悪い)
、公共交
通機関へのアクセス(良い,悪い)
、歩道の設置(あ
り,なし)、自転車レーンの設置(あり,なし)
、
犯罪の安全性(安全,安全でない)
。
日中平均光曝露量とメラトニン分泌量の関連
結 果
A.対象者の特性、光曝露量、アクチグラフお
よび血圧データ
対象者の特性、光曝露量、アクチグラフおよ
について、後に示す多変量ロジスティック回帰
び血圧データを表 1 に示す。平均年齢は 69.9 歳
分析における、日中平均光曝露量を高値(上位
で男女は同数であった。平均 BMI は 22.8kg/m2、
20%) と 低 値(下 位 80%) の 2 群 に 分 け る 際
4.9%が現在も喫煙をしており、21.3%が毎日飲
の 妥 当 性 を 示 す た め、 日 中 平 均 光 曝 露 量 を 五
酒をしていた。58.7%が高血圧で 36.9%が降圧薬
分位に分けメラトニン分泌量のトレンド検定を
を内服していた。11.1%が糖尿病を罹患し、平均
Jonckheere-Terpstra 検定 2) を用いて行った。同様
eGFR は 72.8ml/min/1.73m2、13.3%が軽度うつ状
に後に示す多変量ロジスティック回帰分析におけ
態であり、夜間排尿回数の中央値は 1 回であっ
る、メラトニン分泌量を高値(上位 20%)と低
た。メラトニン分泌量は中央値が 7.5µg であり、
値(下位 80%)の 2 群に分ける際の妥当性を示
日中平均光曝露量の中央値は 406.0 lux、夜間平均
すため、メラトニン分泌量を五分位に分け夜間血
光曝露量の中央値は 1.4 lux であった。平均総睡
圧降下率のトレンド検定を行った。更にメラトニ
眠時間は 413.5 分、睡眠効率の中央値は 85.6%で
ン分泌量の第 5 五分位群と第 1 ∼ 4 五分位群の
あり、日中の身体活動量は 1 分間当たり 311.7 カ
2 群間で夜間血圧降下率を t 検定で比較した。ロ
ウント、日中収縮期血圧は 132.8mmHg、日中拡
ジスティック回帰モデルでメラトニン分泌量高値
張期血圧は 78.8mmHg であった。夜間収縮期血
(15)
表 1 .対象者特性、光曝露量、アクチグラフおよび血圧データ
Table 1.Basic, clinical, light exposure, actigraphic and BP characteristics.
Characteristics
n = 192
Age, mean, years
Gender, number, male
Body mass index, mean, kg/m2
Currennt smoker, number
Habitual drinker, number
Hypertension, number
Use of antihypertensive drugs, number
Diabetes, number
eGFR, mean, ml/min/1.73m2
Mild depressive(GDS score ≥ 6), number
Nocturia frequency, median, time/night
Urine 6-sulphatoxymelatonin, median, µg
Light exposure profiles
Daytime average light exposure, median, lux
Nighttime average light exposure, median, lux
Actigraphic parameters
Total sleep time, mean, minnutes
Sleep efficiency, median, %
Daytime physical activity, mean, counts/min
Ambulatory BP parameters
Daytime SBP, mean, mmHg
Daytime DBP, mean, mmHg
Nighttime SBP, mean, mmHg
Nighttime DBP, mean, mmHg
Sleep trough BP surge, mean, mmHg
Nocturnal BP decline, mean, %
Blunted nocturnal BP decline, number
69.9(6.3)
96(50.0)
22.8(3.0)
11(5.7)
48(25.0)
132(68.8)
83(43.2)
25(13.0)
72.8(13.7)
30(15.6)
1(0.5-1.5)
7.5(4.5-11.4)
406.0(222.8-851.1)
1.4(0.3-4.3)
413.5(374.5-464.5)
85.6(81.7-89.0)
311.7(108.3)
132.8(13.6)
78.8(7.2)
116.8(15.3)
68.0(7.9)
30.7(14.0)
11.9(7.7)
70(31.1)
Data are means(SD), medians(inter quartile range)or number(%). Habitual
drinker is one who drinks any alcohol every day. eGFR; estimated glomerular filtration rate, BP; blood pressure, SBP; systolic blood pressure, DBP; diastolic blood
pressure.
圧は 116.8mmHg、夜間拡張期血圧は 68.0mmHg
夜間血圧降下率で rp=0.62 であった。同様に春 /
で あ り、 睡 眠 ト ラ フ 血 圧 モ ー ニ ン グ サ ー ジ が
秋の連続する 2 日間の再現性は睡眠トラフ血圧
30.7mmHg であった。夜間血圧降下率は 11.9%で
モーニングサージで rp=0.37、夜間血圧降下率で
あり、夜間血圧降下率が 10%に満たない夜間血
rp=0.58 であった。各季節の測定 1 日目と 2 日目
圧降下不良の割合は 31.1%であった。
の平均値を比較した季節間の再現性は、睡眠トラ
B.血圧変動の日差変動および季節変動
血圧変動の日差変動および季節変動を表 2 に
示 す。 冬 に お け る 睡 眠 ト ラ フ 血 圧 モ ー ニ ン グ
サ ー ジ は 測 定 1 日 目 が 34.6mmHg、2 日 目 が
フモーニングサージで rp=0.40、夜間血圧降下率
で rp=0.52 であった。
C.離床後居室温度と血圧モーニングサージの
関連
32.7mmHg、覚醒前モーニングサージは測定 1 日
単変量線形回帰モデルにおいて、睡眠トラフ血
目が 20.8mmHg、2 日目が 17.5mmHg、夜間収縮
圧モーニングサージと曝露温度は有意な関連を認
期血圧降下率は測定 1 日目が 15.0%、2 日目が
めた。多変量マルチレベル線形回帰モデルにおい
13.0%であった。冬の連続する 2 日間の再現性
て、曝露温度は ABPM の繰り返し測定順序、年齢、
は睡眠トラフ血圧モーニングサージで rp=0.36、
BMI、喫煙状況、身体活動量に独立して、睡眠ト
(16)
表 2 .血圧変動の日差変動および季節変動
Table 2.Diurnal and seasonal reproducibility of blood pressure variability.
Winter
Spring/Fall
Correlation
①day1 ②day2 ③mean ④day1 ⑤day2 ⑥mean
mean(mmHg)
SD
Nocturnal BP decline(%) mean(%)
SD
Sleep trough BP surge
34.6
18.9
15.0
10.3
32.7
18.4
13.0
9.4
33.7
15.3
14.0
8.8
29.0
16.0
12.5
10.3
28.0
16.8
10.5
9.5
28.6
13.4
11.5
8.8
①vs.② ④vs.⑤ ③vs.⑥
rp
P
rp
P
0.36
<0.01
0.62
<0.01
0.37
<0.01
0.58
<0.01
0.40
<0.01
0.52
<0.01
BP; blood pressure. The reproducibility of each couple of variables was evaluated using Pearson correlation coefficient(rp).
表 3 .睡眠トラフ血圧モーニングサージと各項目との多変量マルチレベル線形回帰分析結果
Table 3.Results of a multivariate multilevel linear analysis of the relationship between sleep trough
blood pressure surge and variables.
β
Repeated rank of monitoring(1st-4th)
P
95%CI
­ 1.5
­ 2.4
­ 0.5
<0.01
Age(1 year)
0.5
0.2
0.8
<0.01
Body mass index(per 1 kg/m2)
0.4
­ 0.2
0.9
0.24
Current smoker(yes)
2.1
­ 5.5
9.7
0.59
Physical activity after wake-up(per 100 count/min)
1.5
0.5
2.4
<0.01
­ 0.4
­ 0.6
­ 0.2
<0.01
Exposed temperature(per 1℃)
ラフ血圧モーニングサージと有意な負の相関を認
が多くなるほどメラトニン分泌量が増加してお
めた(表 3)
。
り、有意な量反応関係を認めた(P trend=0.026,
D.光曝露量と対象者特性、睡眠の質、身体活
動量および近隣環境因子の関連
図 1)
。単変量ロジスティック回帰分析によりメ
ラトニン分泌量高値(上位 20%)と関連を認め
次に日中平均光曝露量および夜間平均光曝露量
た項目は、日常飲酒者、日中平均光曝露量高値、
と対象者特性項目での 2 群比較を表 4 に示す。日
総睡眠時間であった。年齢、日常飲酒者、日中平
中平均光曝露量は女性より男性に多く、日常的に
均光曝露量高値、総睡眠時間を同時投入した多変
飲酒している群に多かった。学歴が高く、軽度う
量ロジスティック回帰モデルにおいて、メラトニ
つ状態の群で日中平均光曝露量は少ない傾向を認
ン分泌量高値のオッズは日中平均光曝露量下位
め、メラトニン分泌量高値を呈する群で多い傾向
80%より上位 20%で有意に他の因子に独立して
を認めた。夜間平均光曝露量は BMI が 25kg/m2
高かった(表 6)。
以上の肥満群、糖尿病罹患群で多かったが、メラ
F.メラトニン分泌量と夜間血圧降下率の関連
トニン分泌量の間に明らかな関連は認めなかっ
対象者をメラトニン分泌量で五分位に層別化し
た。同様に睡眠、身体活動量および近隣環境因子
夜間血圧降下率の分布を示した。単調増加を示す
項目での 2 群比較を表 5 に示す。日中平均光曝露
トレンド検定では統計学的には有意ではないもの
量は商店へのアクセスが悪い群で多く、日中身体
の(P trend= 0.073,図 2)、メラトニン分泌量の
活動量の多い群および農村部在住の群で多い傾向
第 4 五分位を閾値として第 5 五分位群(n=38)
を認めた。夜間平均光曝露量は都市部在住の群で
は他の第 1 ∼ 4 五分位群(n=154)より夜間収縮
多かった。
期血圧降下率が有意に増加していた(14.8 6.3%
vs. 11.2 7.8% , P<0.01)。単変量ロジスティック
E.日中平均光曝露量とメラトニン分泌量の関
連
回帰分析により夜間血圧降下不良と関連を認めた
対象者を日中光曝露量で五分位に層別化しメラ
項目は、糖尿病罹患、メラトニン分泌量高値、夜
トニン分泌量の分布を示した。日中平均光曝露量
間頻尿であった。年齢、糖尿病罹患、メラトニン
(17)
表 4 .対象者特性による光曝露量の比較
Table 4.Comparisons of light exposure profiles by basic and clinical characteristics.
Category definition
Age(years)
> 70
< 70
P for difference
Gender
Male
Female
P for difference
Body mass index(kg/m2)
> 25
< 25
P for difference
Smoking status
Current smoker
Non-current smoker
P for difference
Habitual drinker
Everyday drinker
Non-everyday drinker
P for difference
Current income(Japanese yen per year)
> 4 million
< 4 million
P for difference
Past education(years)
> 10
< 10
P for difference
Hypertension
Yes
No
P for difference
Diabetes
Yes
No
P for difference
eGFR(ml/min/1.73m2)
> 60
< 60
P for difference
Nocturia frequency(times/night)
> 1
< 1
P for difference
Urine 6-sulphatoxymelatonin
High(> 11.9 µg)
Low (< 11.9 µg)
P for difference
Mild depressive(GDS 15 score > 6)
Yes
No
P for difference
n
Daytime light exposure
Median(IQR)
Nighttime light exposure
Median(IQR)
86
106
407.9(244.9-633.1)
407.3(211.6-903.7)
0.83
1.4(0.3-4.1)
1.3(0.1-5.2)
0.75 96
96
496.0(253.0-1021.5)
327.0(201.6-535.9)
< 0.01
1.4(0.3-4.7)
1.3(0.2-4.1)
0.99 37
155
395.1(209.7-1013.1)
408.4(225.1-723.5)
0.55
2.0(0.7-9.2)
1.1(0.2-4.0)
0.04 11
181
317.3(233.6-484.5)
411.5(217.4-868.8)
0.30
2.6(0.6-10.9)
1.3(0.2-4.1)
0.23 48
144
555.1(311.6-984.3)
349.3(209.2-715.4)
< 0.01
1.6(0.2-4.5)
1.3(0.3-4.3)
0.63 101
86
411.9(228.2-836.6)
385.2(211.9-889.0)
0.84
1.7(0.3-5.4)
1.0(0.2-3.4)
0.30 150
42
369.6(210.5-719.0)
471.9(249.7-1050.5)
0.09
1.3(0.3-5.2)
1.4(0.2-3.8)
0.63 132
60
410.0(238.4-882.1)
396.3(209.4-706.5)
0.57
1.4(0.3-4.1)
1.2(0.2-6.4)
0.91 25
167
370.3(227.5-767.9)
208.4(222.8-851.1)
0.81
3.8(0.8-16.2)
1.2(0.2-3.8)
< 0.01 30
162
338.1(209.5-757.4)
411.7(224.5-853.7)
0.82
1.5(0.2-6.1)
1.3(0.3-4.2)
0.87 109
83
370.3(206.4-833.8)
428.4(233.6-851.1)
0.37
1.2(0.1-4.9)
1.4(0.4-3.3)
0.50 38
154
503.8(250.4-1136.6)
391.4(211.6-719.0)
0.10
1.0(0.1-8.1)
1.4(0.3-4.1)
0.47 30
162
333.9(127.9-596.3)
412.2(237.1-882.4)
0.10
2.4(0.4-7.0)
1.2(0.2-4.0)
0.20 IQR; interquartile range, eGFR; estimated glomerular filtration rate. Comparisons between the two groups were performed using
the Mann-Whitney test.
(18)
表 5 .アクチグラフデータおよび住居周辺環境因子による光曝露量の比較
Table 5.Comparisons of light exposure profiles by actigraphic parameters and neiborhood environmental factors.
Category definition
Actigraphic Parameters
Total sleep time
Long(> 6 hr)
Short(< 6 hr)
P for difference
Sleep efficiency
Good(> 80%)
Poor(< 80%)
P for difference
Daytime physical activity
High(> 300 counts/min)
Low(< 300 counts/min)
P for difference
Neighborhood environmental factors
Residential area
Urban(Ikoma)
Rural(Soni, Uda and Sakurai)
P for difference
Residential density
High
Low
P for difference
Access to shops
Good
Poor
P for difference
Access to public transport
Good
Poor
P for difference
Presence of sidewalks
Yes
No
P for difference
Presence of bike lanes
Yes
No
P for difference
Access to recreational facilities
Good
Poor
P for difference
Crime safety
Safe
Not safe
P for difference
n
Daytime light exposure
Median(IQR)
Nighttime light exposure
Median(IQR)
158
33
411.5(242.6-888.7)
314.3(167.9-733.5)
0.14
1.3(0.2-4.5)
1.7(0.4-4.1)
0.60 152
39
396.3(211.8-722.0)
424.2(244.4-1127.9)
0.39
1.3(0.3-4.1)
1.4(0.2-5.9)
0.83 96
95
432.1(252.5-975.0)
342.8(205.1-656.4)
0.09
1.4(0.1-4.1)
1.3(0.3-5.0)
0.89 73
119
325.1(202.9-691.2)
424.2(251.5-861.8)
0.10
1.9(0.3-10.6)
1.0(0.2-3.2)
0.04 8
184
325.3(125.3-521.1)
410.0(226.0-859.1)
0.33
2.0(1.1-16.4)
1.3(0.2-4.1)
0.19 68
124
330.4(185.6-566.3)
430.4(252.5-904.0)
0.04
1.6(0.4-8.6)
1.2(0.1-3.9)
0.13 157
35
395.1(211.3-831.2)
460.3(297.9-861.8)
0.35
1.4(0.3-4.1)
1.1(0.1-5.9)
0.58 110
82
349.3(206.5-694.8)
442.2(255.4-903.7)
0.14
1.7(0.3-7.0)
1.2(0.3-3.4)
0.14 39
153
328.9(172.4-633.6)
411.9(244.5-873.0)
0.14
1.0(0.2-4.3)
1.4(0.3-4.3)
0.80 82
110
410.1(208.4-745.8)
401.1(237.1-888.7)
0.93
1.4(0.3-8.4)
1.3(0.2-3.8)
0.23 132
60
415.2(234.8-897.7)
369.6(165.1-650.1)
0.22
1.4(0.2-4.1)
1.2(0.3-4.4)
0.77 IQR; interquartile range. Comparisons between the two groups were performed using the Mann-Whitney test.
(19)
Urine 6-sulphatoxymelatonin levels
P for trend=0.026
10
7.5
5
Percentage nocturnal blood pressure decline
(%, mean, 95% CI)
Urine 6-sulphatoxymelatonin levels
(μg, median, 75 percentile)
12.5
0
Q1
(n=38)
[1.4−
4.1]
Q2
(n=39)
[4.2−
6.5]
図1
図2
Q3
(n=39)
[6.5−
9.2]
図3
Q4
(n=38)
[9.2−
11.8]
Q5
(n=38)
[11.9−
43.9]
図4
(range, μg)
図5
5
10
2.5
0
15
Q1
(n=38)
[51.0−
205.1]
Q2
(n=38)
[206.0−
317.3]
Q3
(n=39)
[319.9−
462.4]
Q4
(n=39)
[483.5−
975.6]
Daytime average light exposure levels
Q5
(n=38)
[981.0−
4802.2]
(range, lux)
図 1 .日中平均光曝露量ごとのメラトニン分泌量の分布
Fig.1.Distribution of urine 6-sulphatoxymelatonin by daytime
average light exposure levels.
The P value is shown for the trend identified by the JonckheereTerpstra test2). Solid bars indicate the median urinary melatonin
excretion, and error bars indicate the upper half of the interquartile(75th percentile)
.
P for trend=0.073
20
図 2 .メラトニン分泌量ごとの夜間血圧降下率の分布
Fig.2.Distribution of percentage nocturnal blood pressure
decline by urine 6-sulphatoxymelatonin levels.
The P value is shown for the trend identified by the JonckheereTerpstra test2). Solid bars indicate the mean percentage nocturnal
blood pressure decline, and error bars indicate the upper half of
the 95% confidence intervals.
表 6 .メラトニン分泌量高値の粗オッズ比および調整オッズ比
Table 6.Crude and adjusted odds ratios for high urine 6-sulphatoxymelatonin.
Crude OR(95% CI)
P
Adjusted OR§(95% CI)
P
Age(> 70 vs. < 70 years)
0.76(0.37-1.57)
0.46
0.72(0.34-1.53)
0.40
Habitual drinker(everyday vs. non-everyday)
2.06(0.96-4.41)
0.06
1.90(0.86-4.18)
0.11
Daytime average light exposure(high vs. low)
2.68(1.21-5.94)
0.02
2.32(1.02-5.26)
0.04
Total sleep time(long vs. short)
4.57(1.04-20.0)
0.04
4.27(0.95-19.1)
0.06
Covariates
§Adjusted for all covariates shown. OR; odds ratio, CI; confidence interval. High urine 6-sulphatoxymelatonin is difined as top
quintile of urine 6-sulphatoxymelatonin. High daytime average light exposure is defined as top quintile of daytime average light
exposure.
表 7 .夜間血圧降下不良の粗オッズ比および調整オッズ比
Table 7.Crude and adjusted odds ratios for blunted nocturnal blood pressure decline.
Crude OR(95% CI)
P
Adjusted OR¶(95% CI)
P
Age(> 70 vs. < 70 years)
1.42(0.79-2.67)
0.25
1.12(0.60-2.10)
0.73
Diabetes(yes vs. no)
2.07(0.89-4.84)
0.09
1.68(0.69-4.06)
0.25
Urine 6-sulphatoxymelatonin(high vs. low)
0.39(0.17-0.91)
0.03
0.36(0.15-0.86)
0.02
Nocturia frequency(> 1 vs. < 1 times/night)
2.22(1.20-4.11)
0.01
2.28(1.19-4.37)
0.01
Covariates
¶Adjusted for all covariates shown. OR; odds ratio, CI; confidence interval. Blunted nocturnal blood pressure decline is defined
as less than 10% decline in nighttime systolic blood pressure compared with daytime systolic blood pressure. High urine 6-sulphatoxymelatonin is difined as top quintile of urine 6-sulphatoxymelatonin.
分泌量高値、夜間頻尿を同時投入した多変量ロジ
スティック回帰モデルにおいて、夜間血圧降下不
考 察
良のオッズはメラトニン分泌量下位 80%より上
本研究の結果、離床後曝露温度と血圧モーニン
位 20%で有意に他の因子に独立して高かった(表
グサージの間に有意な負の関連を認め、日中平均
7)。
光曝露量とメラトニン分泌量の間に正の関連を認
(20)
め、更にメラトニン分泌量と夜間血圧降下率の間
lux の夜間光曝露でも 11%のメラトニン分泌抑制
に正の関連を認めた。
作用があり、106 lux では 88%のメラトニン分泌
血圧モーニングサージと曝露温度の関連は、睡
抑制作用があるとされている。条件を揃えた実験
眠トラフ血圧モーニングサージに関して曝露温度
研究では弱い光曝露でも十分にメラトニン分泌を
が ABPM の繰り返し測定順序、年齢、BMI、喫
抑制されるが、本研究は観察研究であり条件は揃
煙状況、身体活動量に独立して有意な負の相関を
えておらず、このサンプルサイズでは差を見いだ
認めたことにより示された(表 3)
。血圧モーニ
すための統計学的検出力が弱かったと考えられた。
ングサージの季節変動の報告はあるが、居室温度
次にメラトニン分泌量と夜間血圧降下率の関連
と血圧モーニングサージの関連を調査した報告は
は、夜間血圧降下不良のオッズがメラトニン分泌
ない。室温による変動は、同指標の再現性がやや
量上位 20%で下位 80%より、年齢、糖尿病罹患、
低い一因と考えられる。更に今回の結果は、脳卒
夜間頻尿に独立して有意に高かったことにより
中のリスクファクターである血圧モーニングサー
示された(表 7)。メラトニン分泌量の第 4 五分
ジを室温のコントロールによって抑制できる可能
位を閾値として第 5 五分位群(n=38)は他の第 1
性を示唆する結果であり、今後の臨床研究が待た
∼ 4 五分位群(n=154)より夜間収縮期血圧降下
れる。
率が有意に増加していたが、単調増加を示すトレ
日中平均光曝露量とメラトニン分泌量の関連
ンド検定では統計学的に有意な関連は認めなかっ
は、メラトニン分泌量高値(上位 20%)のオッ
た(P=0.073)。サンプル数不足のために有意な関
ズが日中平均光曝露量上位 20%で下位 80%より、
連を検出できなかった可能性があると考えられ今
年齢、日常飲酒者、総睡眠時間に独立して有意に
後の課題である。国内外の先行研究において、内
高かったことにより示された(表 6)
。その関連
因性メラトニン分泌量と夜間血圧降下率の関連を
は日中平均光曝露量とメラトニン分泌量の間の量
調査した研究はほとんどなく、192 名のサンプル
反応関係により強く裏付けられている。国内外の
サイズで夜間血圧降下不良の潜在的交絡因子であ
先行研究において、住民を対象に客観的光曝露量
る糖尿病罹患や夜間頻尿回数を同時調整し、関連
の測定とメラトニン分泌量の測定を同時測定した
を認めた点で本研究の意義は大きい。先に示した
研究はほとんどなく、小サンプル(n=20)の高
ように、メラトニン分泌量は日中平均光曝露量増
齢者に日中の高照度光曝露によりメラトニン分泌
加により増加する可能性があり、日中平均光曝露
量が増加したという先行研究
と同様の結果を
量を増やすという生活習慣改善により脳卒中や心
192 名のサンプルサイズで得た意義は大きいと考
疾患のリスクになる夜間血圧降下不良を減少させ
えられる。メラトニンは生体内でさまざまな働き
られる可能性が示唆された。
をしており、よく知られている催眠効果やサーカ
光曝露量と対象者特性の関連の解析から、肥満
ディアンリズム調整だけでなく、抗癌作用や免疫
例や糖尿病例で夜間平均光曝露量が多かったこと
賦活化作用などにも関与していると考えられてい
は興味深い。本研究は農村部と都市部の対象者が
る 3)。本研究の結果から屋外および住居内におい
混在しており生活パターンの違いが交絡となって
て日中平均光曝露量を調整することでメラトニン
いる可能性があり、実際に農村部在住者では日中
分泌量を増加させることができる可能性があり、
平均光曝露量が多い傾向を認め、夜間平均光曝露
睡眠障害や概日リズム障害のみならず発癌予防な
量は少なかった。しかし、農村部で糖尿病罹患が
どもできる可能性が示唆された。
少ないということはなかった(データは示してい
11)
本解析からは夜間平均光曝露量とメラトニン分
ない)
。農村部在住者は日中にしっかり光を浴び
泌量の間に明らかな関連は認めなかった。その理
て、夜間は光を浴びない、光曝露量振幅の大きい
由の 1 つに全体の約 60%の対象者が平均 3 lux 未
生活パターンであり、サーカディアンリズムを規
満の dim light 下で睡眠しており、100 lux 以上曝
則正しく形成する理想的なものであると考えられ
露されている対象者は全体の 1%に留まっていた
る。都市部在住者のなかでもこのパターンをとっ
ことがあげられる。先行実験研究
ている対象者も多い。今後コホート調査として脳
17)
において 3
(21)
卒中・心疾患・癌の発症や死亡率をフォローする
ことで、光曝露や温度曝露と健康の関連をより強
く説明できると考えている。
総 括
本研究は奈良県在住の高齢者を対象に温熱環境
と血圧モーニングサージの関連および光環境、メ
ラトニン分泌量と夜間血圧降下率の関連を検討し
た。本研究の結果、離床後曝露温度と血圧モーニ
ングサージの間に負の関連を認め、日中平均光曝
露量とメラトニン分泌量の間に正の関連を認め、
更にメラトニン分泌量と夜間血圧降下率の間に正
の関連を認めた。
4)Fleiss JL(1981): Statistical methods for rates and proportions. John Wiley & Sons, New York.
5)Healy JD(2003): Excess winter mortality in Europe: a
cross country analysis identifying keyrisk factors. J Epidemiol Community Health, 57, 784-789.
6)池田若菜,稲葉 裕(2007): 季節と高齢者死亡.臨床
と研究,84,1609-1612.
7)Inoue S, Murase N, Shimomitsu T, Ohya Y, Odagiri Y,
Takamiya T, Ishii K, Katsumura T, Sallis JF(2009): Association of physical activity and neighborhood environment
among Japanese adults. Prev Med, 48, 321-325.
8)Kelsey JL(1996): Methods in observational epidemiology.
Oxford University Press, New York.
9)Matsuo S, Imai E, Horio M, Yasuda Y, Tomita K, Nitta K,
本研究の結果は脳卒中や心疾患のリスク因子で
あるサーカディアン血圧変動を温熱環境および光
環境という普遍性の高い要因を調整することで改
善できることを示唆したものであり、社会的意義
は大きい。更に睡眠障害や癌発症などにかかわる
内因性メラトニン分泌と光環境の関連を示したこ
とは、疾病予防の観点からやはり重要性は高いと
Yamagata K, Tomino Y, Yokoyama H, Hishida A(2009):
Revised equations for estimated GFR from serum creatinine
in Japan. Am J Kidney Dis, 53, 982-992.
10)Metoki H, Ohkubo T, Kikuya M, Asayama K, Obara T,
Hashimoto J, Totsune K, Hoshi H, Satoh H, Imai Y(2006):
Prognostic significance for stroke of a morning pressor
surge and a nocturnal blood pressure decline: the Ohasama
study. Hypertension, 47, 149-154.
いえる。今後、更に大規模なサンプルサイズで疾
11)Mishima K, Okawa M, Shimizu T, Hishikawa Y(2001):
病発症や死亡について追跡調査を行うことで温熱
Diminished melatonin secretion in the elderly caused by
光環境と健康問題についてより多くのことが説明
insufficient environmental illumination. J Clin Endocrinol
できると確信している。
Metab, 86, 129-134.
謝 辞
本研究実施にあたり調査補助業務を献身的に行ってくれ
た研究補助員の上村幸子さん、竹中直美さんに感謝いたし
ます。また生駒市自治会、曽爾村役場、宇陀市保健センター、
桜井市老人会の皆様に多大なるご協力をいただきました。
本研究は財団法人明治安田厚生事業団第 27 回健康医科学
研究助成の支援を賜りました。ここに記して深謝いたしま
す。
12)Modesti PA, Morabito M, Bertolozzi I, Massetti L, Panci
G, Lumachi C, Giglio A, Bilo G, Caldara G, Lonati L,
Orlandini S, Maracchi G, Mancia G, Gensini GF, Parati G
(2006): Weather-related changes in 24-hour blood pressure profile effects of age and implications for hypertension
management. Hypertension, 47, 155-161.
13)Ohkubo T, Hozawa A, Yamaguchi J, Kikuya M, Ohmori K,
Michimata M, Matsubara M, Hashimoto J, Hoshi H, Araki
T, Tsuji I, Satoh H, Hisamichi S, Imai Y(2002): Prognostic
significance of the nocturnal decline in blood pressure in
individuals with and without high 24-h blood pressure: the
参 考 文 献
Ohasama study. J Hypertens, 20, 2183-2189.
14)Wada T, Ishine M, Sakagami T, Okumiya K, Fujisawa M,
1)Aylin P, Morris S, Wakefield J, Grossinho A, Jarup L, Elliott
Murakami S, Otsuka K, Yano S, Kita T, Matsubayashi
P(2001): Temperature, housing, deprivation and their rela-
K(2004): Depression in Japanese community-dwelling
tionship to excess winter mortality in Great Britain, 1986-
elderly - prevalence and association with ADL and QOL.
1996. Int J Epidemiol, 30, 1100-1108.
2)Bewick V, Cheek L, Ball J(2004): Statistics review 10:
further nonparametric methods. Crit Care, 8, 196-199.
3)Brzezinski A(1997): Melatonin in humans. N Engl J Med,
336, 186-195.
Arch Gerontol Geriatr, 39, 15-23.
15)Woodhouse PR, Khaw KT, Plummer M(1993): Seasonal
variation of blood pressure and its relationship to ambient
temperature in an elderly population. J Hypertens, 11, 12671274.
(22)
16)Yamazaki F, Sone R(2000): Modulation of arterial barore-
(2000): Sensitivity of the human circadian pacemaker to
flex control of heart rate by skin cooling and heating in
nocturnal light: melatonin phase resetting and suppression.
humans. J Appl Physiol, 88, 393-400.
J Physiol, 526, 695-702.
17)Zeitzer JM, Dijk DJ, Kronauer R, Brown E, Czeisler C
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.23∼33(2012.3)
分娩後の腹圧性尿失禁予防を目的にした骨盤底筋群機能回復支援
の開発と効果検証
岡 本 美香子*
村 山 陵 子*
樋 口 善 英**
DEVELOPMENT AND EVALUATION OF PELVIC FLOOR MUSCLE
EXERCISE PROGRAM FOR PREVENTING STRESS URINARY
INCONTINENCE IN POSTPARTUM WOMEN
Mikako Okamoto, Ryoko Murayama, and Yoshihide Higuchi
SUMMARY
Purpose: The main cause of stress urinary incontinence is pregnancy and childbirth. The purpose of this study is
to develop and evaluate an exercise program with transabdominal ultrasound focusing supports to lean pelvic floor
muscle contraction in postpartum women.
Methods: Seventy-three postpartum women participated in this study. Exercise classes were held once weekly
for 12 weeks and participants were asked to adhere to pelvic floor muscle exercise at home. Pelvic floor function
and symptom of urinary incontinence were investigated before and after intervention, using transperineal ultrasound and questionnaire respectively.
Results: Of the 73 women participated, 68(93.2%)completed the exercise program. Almost women leaned
correct contraction of pelvic floor muscle until third exercise session, and they adhered to exercise at home(3.5
1.1 set/day)
. Pelvic floor function and stress urinary incontinence were improved after intervention(P<0.05).The
exercise adherence was associated with self-efficacy and participation of exercise class(P<0.05).
Conclusion: This study suggests that supports to lean pelvic floor muscle contraction is effective in exercise adherence at home, resulting in the improvement of pelvic floor function and stress urinary incontinence.
Key words: intervention, pelvic floor muscle exercise, postpartum period, ultrasound, urinary incontinence.
ある 16,30)。女性全体での尿失禁有病率は35∼37%
緒 言
であり、そのうちの 80%に腹圧性尿失禁(stress
尿失禁とは尿が不随意的に漏れることであ
urinary incontinence; SUI) 症 状 が あ る
り、衛生上の問題であること以上に、社会的活
とは、咳やくしゃみなど急激な腹圧増加時に尿を
動への参加の躊躇などの心理・社会的な生活の
漏らすことであり 15)、発症に最も影響が強い因
質(quality of life; QOL)の低下に直結する問題で
子として妊娠・分娩があげられる。これまでに、
*
**
東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻
高崎健康福祉大学保健医療学部
Graduate School of Medicine, The University of Tokyo, Tokyo, Japan.
Faculty of Health Care, Takasaki University of Health and Welfare, Gunma, Japan.
。SUI
17,19)
(24)
妊娠・分娩に関連するさまざまな因子
(分娩回数,
知するバイオフィードバック法の開発が望まれる。
器械分娩,会陰切開)と尿失禁との関連の可能性
近年、超音波検査法(以下,エコー)による骨
が報告されている
。なかでも、産後の SUI 発
盤底筋の機能評価法が開発されつつある 25,27,31)。
症には経膣分娩時の骨盤底の脱神経損傷、解剖学
経腹エコーは非侵襲的であるうえ、骨盤底筋と
的損傷が強く関係している
26)
。そのため、産
その周囲の筋の動きを同時に画像に描出しなが
後に低下した骨盤底の機能を回復させ、将来的な
ら各筋の収縮を区別できる点で優れており 25,31)、
尿失禁の発症を予防することが必要である。
包括的なバイオフィードバックがなされることで
分娩時の神経や筋の損傷は、一般的に骨盤底筋
骨盤底筋の収縮に関する運動学習を効率的に支援
体操と呼ばれる膣周辺を“締めて引き上げる”運
できる可能性がある。しかしながら、エコーのバ
動、すなわち骨盤底筋を訓練することで回復でき
イオフィードバック法としての利用可能性は示唆
る 18)。骨盤底筋とは骨盤底を形成する筋の総称
され始めたばかりであり 7)、経腹エコーをバイオ
のことであり、この骨盤底筋の訓練の目的は、骨
フィードバック法に用いた運動学習支援の効果を
盤底筋の筋力強化により結合組織を増やし骨盤底
報告した論文は産後 2 年経過した 1 例に関する症
の機能を回復させることである。Bø et al. は、
例報告が 1 本のみで 3)、その効果を検証した研究
効果に必要な訓練の要素として、運動の正確性、
はない。
強度、量、頻度、期間(8 週以上)を指摘してい
そこで、本研究の目的は、分娩後の SUI 予防
る。訓練期間は効果に直結する重要な要素といわ
を目的に、経腹エコーを用いた産後の骨盤底回復
れるが、効果に必要な期間の体操を継続できない
支援プログラムを開発し、その効果を検証するこ
ことが問題となっている。その理由として、骨盤
ととする。また、自宅での体操継続に対するプロ
底筋は体の深部にあり指導者が収縮を視覚的にモ
グラムの効果を明らかにするために、介入中の体
デリングできないうえ、もともと尿失禁などで筋
操継続に関連する要因および介入内容を検討する。
9,20,32)
4)
力が低下している人はその収縮を自覚しづらく、
研 究 方 法
一般的な口頭説明による指導では十分な運動学習
ができないことが考えられる。その結果、自宅に
A.研究デザイン
帰り 1 人で体操を行うことに対して意欲や自己効
本研究は、産後の母親を対象にした介入前後比
力感が低下し、体操を習慣化できない 4)。したがっ
較研究であり、2010 年 6 月から 2011 年 6 月まで
て、いかに効率的に骨盤底筋の収縮を学習し、自
に、都内の分娩を取り扱う 1 産科施設(32 床,
宅で骨盤底筋体操を実施、継続できるようにする
年間分娩件数約 1000 件)において実施した。本
かが重要である。そのために、専門家が膣内診
研究では、介入プログラムの有効性を探索的に検
や、膣内に挿入する表面筋電図や膣圧計などのバ
討するために、参加募集期間に応募のあった産後
イオフィードバック器具を用いて、骨盤底筋の収
の女性全員にプログラムを提供し、自宅での体操
縮について外在的フィードバックを与えることに
を含めたプログラムの実施状況、および骨盤底筋
より、骨盤底筋の収縮を学習させる支援が検討さ
と SUI 症状への効果を検討することとした。
れ、一定の効果が報告されている
。しかし、
13)
これら従来使用されてきた器具は、骨盤底筋以外
B.対象
対象者は、正期産で出産した産後 2 か月の女性
に腹筋群の収縮の影響も受けやすく、記録された
とし、SUI 症状の有無は問わないこととした。こ
数値を単純に骨盤底筋の収縮ととらえて運動の成
れは、骨盤底筋は分娩だけでなく、妊娠そのもの
否を判断することが難しいという問題点がある。
の影響で機能低下が起きるといわれており、産後
また、多くの器具は膣や肛門内へ挿入する必要が
には女性全員に何らかの支援が必要であること、
あり、患者に心理・身体的ストレスを負わせるう
産後の SUI 症状の出現には個人の身体活動量に
え、産後に会陰や膣周辺に傷がある段階での使用
よるところが大きく SUI 症状のみで骨盤底筋の
が難しい。そのため、患者の心理・身体的負担が
機能低下を判断しづらいためである。除外基準は、
少なく、かつ、より骨盤底筋の収縮を特異的に感
妊娠・分娩に関係なく、参加募集時点で(1)神経
(25)
障害による排泄障害を有する者、
(2)薬物治療中
受け、同質の指導の実施が可能であることを確認
の者、
(3)運動制限が必要な者、
(4)精神疾患患
した。児は母親のすぐ横に寝かせるスペースを作
者、
(5)日本語の理解が困難な者、
(6)20 歳未満
り、体操の合間におむつ交換等の育児ができる時
の者とした。
間を設定した。
参加者の募集は、調査施設である産院の外来・
2 .経腹エコーを用いた個人指導(図 1)
病棟でのポスター掲示およびパンフレットの設置
集団指導終了後に、経腹エコーにより、膀胱底
にて行った。パンフレット内に参加申し込み用紙
部を腹部側へ十分挙上できるだけの骨盤底筋の能
と応募用封筒を同封し、参加希望者には参加申し
力を視覚化し、バイオフィードバックを用いた個
込み用紙の記載後、郵送による応募を依頼した。
人指導を行った。本人が膣や肛門、腹部周辺に感
応募申し込みのあった者のうち、包含基準に合う
じる感覚情報と超音波画像の視覚情報を統合し、
者を対象に研究説明会を実施し、除外基準のスク
内在的フィードバックができるようになることを
リーニングの後、書面にて研究参加の同意を得た。 目的とした。参加者には事前に、正しい骨盤底筋
なお、本研究は、東京大学大学院医学系研究科・
の収縮とは、腹筋群や臀部の筋収縮を伴わず選択
医学部倫理委員会の承認(承認番号:3075,2010
的に骨盤底筋を収縮させることであることを伝え、
年 6 月 28 日承認)を受け実施した。
自身で画像を見て収縮の成否の判断を促した。
C.運動プログラム
運動プログラムは、
(1)体操クラスにおける集
また、研究者は、
(1)膀胱底部が腹部側へ移動す
る、
(2)骨盤の傾斜変化や姿勢の変化を伴わない、
団指導、
(2)経腹エコーを用いた個人指導、
(3)自
(3)腹部の緊張感がプローブを保持する手に当た
宅での骨盤底筋体操の 3 要素から構成し、産後 3
らないことを用いて収縮の成否を判断し、その結
∼ 6 か月の 3 か月間に提供した。
果と具体的な収縮の修正方法の指導や、運動学習
1 .体操クラスにおける集団指導
が進んでいることへの肯定的評価などの外在的
5 ∼ 8 組の母児を対象に、週に 1 回、12 週間
(12 回)の頻度で体操クラスを開催し、1 回 60 分
集団指導を実施した。運動内容は、
(1)骨盤周辺
のストレッチ、
(2)骨盤底筋体操、
(3)肩周辺のス
トレッチとした。(1)骨盤周辺のストレッチは、
骨盤底筋が収縮しやすい環境作りとして、骨盤底
筋体操前に、体へ意識を向けることと骨盤周辺の
余計な筋の緊張を取るための呼吸を使ったリラク
セーションによるストレッチとした。骨盤底筋の
筋力が弱いと収縮が不十分で疲労しやすいことか
ら、身体が感じる収縮の感覚が小さく、運動学習
が進みにくい。そこで、
(2)骨盤底筋体操は、筋
力の強化に伴い、骨盤底筋の運動課題(運動時姿
勢,収縮保持時間,強度)を段階的に増やすよう
設定した。(3)肩周辺のストレッチは、産後の女
性は授乳や育児で肩周辺の筋肉が緊張しているこ
とから、体操終了後のリラクセーションとして、
骨盤底筋の収縮に影響のない範囲で行った。指導
内容は、事前に研究者、理学療法士、骨盤底筋体
操の指導経験があるスポーツインストラクターに
より十分厳選した。スポーツインストラクター 2
人は、介入開始前に研究者からのトレーニングを
図 1 .経腹超音波検査法による骨盤底筋の収縮評価
Fig.1.Evaluation of pelvic floor muscle contraction using
transabdominal ultrasounds.
The measurement point(X)of the bladder base in the midsagittal plane by transabdominal ultrasound at rest; transition
between the interureteric ridges in the bladder base and the
bladder neck. Correct contraction: displacement of the bladder
base in the craniovental direction(a)and incorrect contraction:
in the dorsocaudal direction(b)at voluntary contraction of
pelvic floor muscles.
(26)
フィードバックを行った。
3 .自宅での骨盤底筋体操
自宅では、3 ∼10秒間の骨盤底筋の収縮を 10
回 1 セットとして、1 日に 5 セットを目標に自分
で無理のない範囲に設定して体操を行うよう指導
した。自宅でも体操が継続できるように、体操内
容を記載したテキストを配布し、毎日行った体操
内容を体操日誌に記載するように依頼した。記載
された体操日誌は、毎週の体操クラス時に提出さ
れ、研究者が 1 週間の実施状況を確認し、実施さ
れた内容について肯定的なフィードバックを行
い、自己効力感を高めるようにした。
D.評価項目
介入効果の検証のために、運動プログラムの介
入前(産後 2 か月下旬)と介入後(産後 6 か月)
に、骨盤底筋の形態・機能、SUI 症状に関する調
査を実施した。また、介入中の体操継続に関連す
る要因および介入内容の検討のために、属性およ
びプログラムの実施状況(体操クラスへの参加,
自宅での体操実施,骨盤底筋の運動学習の変化,
訓練に対する自己効力感)について調査した。
1 .骨盤底筋の形態・機能(図 2)
膀胱内の尿貯留の影響を排除するため、排尿直
後に膝を屈曲させた仰臥位で、3D コンベックス
プローブ(2-5MHz)による経会陰エコー(Voluson i,
図 2 .経会陰超音波検査法による骨盤底筋の収縮評価
Fig.2.Evaluation of pelvic floor muscle contraction using
transperineal ultrasounds.
Mid-sagittal transperineal ultrasound, showing the location of
planes used for determining hiatal diameters and areas(single
line).
Area(a)and diameters(b)of levator hiatus. Anteroposterior
diameters(longer dashed line)and Left and right diameter
(shorter dashed line)
.
P; pubic symphysis, U; urethra, V; vagina, A; anal canal, R; rectal ampulla, Ut; uterus.
GE Healthcare)により、安静時と収縮時の骨盤底
失禁頻度(0 ∼ 5 点)
「通常の失禁量(0 ∼ 6 点)
」
」
筋を観察した 。収縮回数は 3 回、収縮間隔は 1
「日常生活に対する影響(0 ∼10点)」の 3 項目と、
分として、収縮後は速やかに筋を弛緩させるよう
スコアには含まれない尿失禁症状の自覚的評価 1
指示し、対象者に測定中の画像を見せずに実施し
項目からなり、得点が高いほど尿失禁症状・QOL
た。保存した 3D 画像は、水平面での挙筋裂孔の
が悪いことを示す。本研究では、質問紙で 1 回で
前後径・左右径・面積を計測し、3 回の平均を代
も過去 1 か月に尿失禁症状があったと答えた者の
表値とした。
うち、ICIQ-SF の SUI 症状に回答があったものを
2 .SUI 症状
産後 SUI 症状あり、それ以外を産後 SUI 症状な
産後の SUI の有無とは、
「今回の介入期間中に
しと判断した。
褥婦本人によって認知される尿が不随意的に漏れ
尿失禁症状を 1 度でも経験したことがある者
るという愁訴があることで、妊娠前、妊娠中、産
は、その後の尿失禁を防ぐためのセルフケアを行
褥早期のみの尿失禁については含まないこと」
うことで、症状は発生しなくとも QOL が低下し
6)
と定義した。産後の SUI 症状の判断には、過去 1
ている場合がある。そのため、全員に対して、尿
か月での尿失禁症状の有無について聞いた後、尿
失禁 QOL 質問票(I-QOL)を用いて 14)、疾患特
失禁症状があると答えた者には、日本語版 inter-
異的な QOL を調べた。I-QOL は、尿失禁に関連
national consultation on incontinence questionnaire-
する生活の影響に関する 22 項目 5 段階尺度(1∼
short form(以下,ICIQ-SF)11) を用いて、尿失禁
5 点)であり、得点は 100 点満点に換算する(20
の有無、程度、種類を把握した。ICIQ-SF は、
「尿
∼100 点)
。得点は、低いほど尿失禁による生活
(27)
への影響が強いことを意味する。
有意水準は両側 5 %とした。
3 .プログラムの実施状況
結 果
プログラムの実施状況では、体操クラスの参加
回数のほかに、体操日誌の記録から、プログラム
参加応募のあった 92 人のうち、包含基準を満
介入期間中の総体操回数と 1 日当たりの平均体操
たし、介入前の質問紙調査、筋機能調査の両方を
回数を算出した。また、運動学習の達成状況を把
終了し、体操クラスへ 1 回でも参加したことがあ
握するために、体操クラス終了時の個人指導の際
る者 73 人を分析対象とした(図 3,表 1)
。なお、
に、経腹エコーにて骨盤底筋の収縮を 10 回確認
介入期間中の転居等で 5 人が脱落したため、最終
し、骨盤底筋の収縮が正しくできた回数を成功回
的にプログラムを終了したのは 68 人(93.2%)
数としてカウントし記録した。
であった。
4 .属性
介入開始前に、母子手帳から、既往歴、妊娠・
分娩歴、分娩状況、児体重、身長などの情報収集
A.プログラムの実施状況および運動学習状況
(図 4)
体操クラスの参加回数の中央値(四分位偏差,
を行った。また介入前後に、Chen5)の開発した「骨
最小−最大)は 10 回(1, 3−12)、全介入期間に
盤底筋体操に対する自己効力感尺度」を参考に骨
おける自宅での平均体操回数は 3.5 1.1 セット/
盤底筋体操に対する自己効力感を尋ねた。骨盤底
日であった。骨盤底筋の収縮の成功回数は、体操
筋の収縮、体操継続、体操効果について合計 17
クラス 1 回目終了時には平均 6.3 3.6 回であった
項目を用いて、「自信がない∼非常に自信がある」
のに比較して、3 回目以降はすべての回で有意に
の 5 件法にて尋ね、その平均得点を算出した。
収縮の成功回数に増加が認められた(P<0.001)。
E.分析方法
データは、Shapiro-Wilk 検定にて正規性を確認
し、正規性が確認された変数に関してはパラメト
リック検定を、そうでない場合にはノンパラメト
リック検定を行った。
介入前の属性およびプログラム実施状況は、平
均と標準偏差の記述統計を使用した。個別指導時
Period
During pregnancy ∼
2 months postpartum
の骨盤底筋の収縮成功回数の推移は、固定効果に
時期、変量効果に個人を設定した一般化線型混合
モデルを用い、Bonferroni による多重比較にて 1
回目とそのほかの時期の比較を行った。
Late in 2 months
Main outcome である骨盤底筋および SUI 症状
postpartum
の介入前後比較には、Wilcoxon の符号付順位和
検 定、Fisher の 直 接 確 率 検 定、Mann-Whitney の
U 検定を用いた。また、プログラムの実施状況と
骨盤底筋機能の変化は、Spearman 順位相関係数
Flow of participants
Application to attend
(n=92)
Excluded
(n=17)
did not meet inclusion
criteria(n=5)
withdrew(n=12)
Baseline(n=75)
Questionnaire(n=73)
Physical test(n=75)
Withdrew
(n=2)
3 months postpartum
Participate in the program(n=73)
を用いて関連を検討した。
Secondary outcome である自宅での体操の継続
Withdrew
(n=5)
に対する要因および介入内容の検討は、対象者の
特性と体操継続の関連を Mann-Whitney の U 検定
と Spearman 順位相関係数を用いて調べた後、プ
ログラム中の自宅での 1 日当たり平均体操回数を
従属変数とした重回帰分析を行った。
解析には、SPSS 15.0J for Windows を使用し、
6 months postpartum
3-month follow-up(n=68)
Questionnaire(n=67)
Physical test(n=67)
図 3 .産後の骨盤底回復プログラム
参加者フローチャート
Fig.3.The flow of participants through the study.
(28)
B.プログラムの骨盤底筋機能・SUI 尿失禁症
表 1 .参加者の属性
Table 1.Baseline characteristics of study participants.(n=73)
Mother
Age(years)
Height(cm)
Pre-pregnancy body mass index(kg/m2)
Gestational weight gain(kg)
Parity
Primipara
Mode of delivery
Vaginal delivery
Caesarean section
Total time of labor(min)
Education Level
High school and below
Junior college/Technical college
College/University
Smoking at recruitment
Non-smoker
Smoker
Drinking alcohol at recruitment
Non-drinker
Drinker
Baby
Gestational age at delivery
Birth weight(g)
Head circumference(cm)
Chest circumference(cm)
Number of correct
pelvic floor muscle contraction (1-10)
10
n
mean SD
or n(%)
73
73
73
73
73
73
32.5 4.4
159.7 17.5
20.8 2.7
9.9 3.1
1.5 0.8
44(60.3)
73
73
64
64(87.7)
9(12.3)
567.6 442.5
73
73
73
19(26.0)
7(9.6)
47(64.4)
73
73
71(97.3)
2(2.7)
73
73
59(80.8)
14(19.2)
73
73
73
73
***
8
状への効果(表 2, 3)
骨盤底筋機能について介入前後での Wilcoxon
符号付順位和検定を行った結果、挙筋裂孔の前
後径・左右径・面積が、安静時、収縮時ともに
介入前後で有意に小さくなった(P<0.001)。安静
時から収縮時の短縮率については、挙筋裂孔の
前後径・面積に有意な増加が認められたものの
(P<0.01)、左右径には変化が認められなかった(P
=0.786)。骨盤底筋機能の介入前後の変化は、全
介入期間の総体操回数(r=0.270, P=0.028)、体操
クラスの参加回数(r=0.278, P=0.024)との間に
正の相関が認められた。
SUI 症状については、介入前後で SUI 有病者
割合が減少し、SUI 症状がある対象者において
ICIQ-SF 得点の有意な減少が認められた。また全
体では、尿失禁症状に関連する QOL を測定した
I-QOL 得点が有意に増加した。
C.体操の継続に関連する要因および介入内容
(表 4, 5)
体操の継続に関連する要因を探索するために、
全介入期間の 1 日当たりの平均体操回数と対象
277.8 7.4
3106.0 432.6
33.2 1.5
32.0 1.6
8.5
8.6
9.1
者の特性間の関連を検討したところ、産後に SUI
症状がある者はない者に比べて 1 日当たりの平均
体操回数が多かった(P=0.021)。また、介入終
9.3
9.5
9.3
9.8
9.8
9.9
9.9
7.2
6.3
6
4
2
0
1
n=69
2
n=68
3
n=64
4
n=63
5
n=57
6
n=55
7
n=60
8
n=52
9
n=53
10
n=56
11
n=59
12
n=61
Exercise Class
図 4 .正しい骨盤底筋収縮の運動学習の変化
Fig.4.Motor learning of pelvic floor muscle contraction.
The comparisons of twelve times measurements were analyzed using general liner mixed
model. Fixed effect: stress urinary incontinence and time, random effect: participants. Multiple
comparisons were performed using Bonferroni s inequality. ***: P<0.001.
(29)
表 2 .骨盤底筋機能の介入前後における変化
Table 2.Levator hiatus at pre-intervention and post-intervention.
pre- intervention(n=73)
Anteroposterior diameter
At rest(mm)
During contraction(mm)
Shortening rate(%)
Left and right diameter
At rest(mm)
During contraction(mm)
Shortening rate(%)
Area
At rest(mm)
During contraction(mm)
Shortening rate(%)
post-intervention(n=68)
P
n
mean SD
n
mean SD
73
73
73
44.6 5.8
38.7 5.4
12.9 7.6
66
66
66
41.5 5.5
34.9 5.0
15.7 7.0
0.000
0.000
0.000
73
73
73
38.3 4.7
34.8 4.0
8.7 6.8
66
66
66
33.7 3.7
30.8 3.8
8.5 7.4
0.000
0.000
0.786
73
73
73
1262.7 248.9
1023.6 214.4
18.5 9.6
66
66
66
1068.0 190.2
826.6 169.3
22.3 9.6
0.000
0.000
0.001
Wilcoxon signed-rank test.
表 3 .腹圧性尿失禁症状の介入前後における変化
Table 3.Stress urinary incontinence at pre-intervention and post-intervention.
pre- intervention(n=73)
Stress urinary incontinence(yes)
ICIQ-SF(0-21)
I-QOL(0-100)
post- intervention(n=68)
n
n(%)or mean SD
n
n(%)or mean SD
73
16
73
16(21.9)
5.6 2.1
93.1 9.3
67
7
67
7(10.4)
3.6 0.5
97.2 3.8
P
0.000
0.022 a
0.000 b
ICIQ-SF; international consultation on incontinence questionnaire-short form, I-QOL; incontinence quality of
life questionnaire. a: Mann-Whitney U test, b: Wilcoxon signed-rank test.
表 4 .対象者の特性と体操継続の関連
Table 4.Relationship between characteristics and exercise adherence during intervention.
Home exercises
Age(years)
Parity
Primipara
Multipara
Mode of delivery
Vaginal delivery
Caesarean section
Postpartum stress urinary incontinence
Yes
No
Change of shortening rate of levator hiatus area
Number of exercise class participation(1-12)
Self-efficacy for pelvic floor muscle exercise at post-intervention
n
r or mean SD
P
73
­ 0.058
0.629 a
44
29
3.4 1.1
3.6 1.0
0.495 b
64
9
3.5 1.1
3.2 1.0
0.326 b
17
56
66
73
67
4.0 0.8
3.3 1.2
0.176
0.201
0.348
0.021 b
0.157 a
0.870 a
0.004 a
a: Spearman s rank-correlation coefficient, b: Mann-Whitney U test.
了時に骨盤底筋体操への自己効力感が高いほど、
P=0.004)。この 2 つの変数および先行研究で関
1 日当たりの平均体操回数が多かった(r=0.348, 連があるといわれている変数(分娩回数,挙筋裂
(30)
表 5 .自宅での 1 日当たり平均体操回数を従属変数にした重回帰分析
Table 5.Multiple regression analysis for predicting exercise adherence during intervention.(n=65)
β
P
unadjusted
adjusted
Self-efficacy for pelvic floor muscle exercise
Number of exercise class participation(1-12)
Change of shortening rate of levator hiatus area
Postpartum stress urinary incontinence(no=0, yes=1)
0.524
0.220
0.032
0.351
0.328
0.273
0.257
0.129
0.007
0.030
0.031
0.271
R2
0.304
0.235
0.000
Age and Parity were adjusted.
孔の短縮率の介入前後における変化量,体操クラ
ていた 23)。本研究では、1 日当たりの平均体操回
スへの参加回数)を強制投入して重回帰分析を
数は 3.5 1.1 セット/日と Mørkved et al.24) と同程
行った。その結果、1 日当たりの平均体操回数には、 度の体操量を確保し、総体操回数が多いほど挙筋
挙筋裂孔の短縮率の介入前後における変化量と、
裂孔面積の収縮時変化率は介入前後での変化が大
終了時の骨盤底筋体操への自己効力感得点、体操
きかったことから、訓練の量が骨盤底筋機能の改
クラスの参加回数が関連した。しかし、介入中の
善に重要であることを裏付ける結果となった。
SUI 症状の有無と 1 日当たりの平均体操回数には
本プログラムでは、達成体験により自己効力感
関連が認められなかった。
を高める意図から、骨盤底筋の運動課題を段階的
に増やすようにし、自宅での体操の実施回数は個
考 察
人ごとに自分で無理のない範囲に設定するよう指
本研究は、体操クラスにおける集団指導と経腹
示した。そのため、本プログラム介入初期の体操
エコーを用いた個人指導による骨盤底筋の収縮に
の強度や実施量は先行研究とは異なった可能性が
関する学習支援および自宅での体操継続への支援
あるが、指導 3 回目にはほとんどの女性で骨盤
により、骨盤底筋機能や SUI 症状が改善するこ
底筋の収縮が毎回正しくできるようになった。
とを明らかにした。また、自宅での体操の実施に
Bø et al.4)は、約 50%の女性は 1 回の口頭指導で
は、骨盤底筋体操への自己効力感や体操クラスの
は骨盤底筋の収縮ができないが、自宅で体操を 1
参加回数が強く関連していることが認められた。
週間以上実践するよう支援できれば骨盤底筋の収
A.骨盤底筋機能、SUI 症状への効果
縮を学習できると指摘している。収縮の学習にか
本研究では、産後の骨盤底回復支援プログラム
かる期間は、体操の強度や実施量のほか、それぞ
により骨盤底筋機能や SUI 症状を改善すること
れの研究者による収縮の学習が意味する学習レベ
ができたが、コクランレビュー
によると、産
ルが異なるため、単純に学習にかかる期間の長さ
後の骨盤底筋体操の尿失禁への効果については議
を比較できない。しかし、本プログラムにより、
論があり明確に効果があるとは結論が出ていな
体操クラス 3 回目、つまり介入 2 週間でほぼ毎回
い。これは、先行研究の多くが 10,29)、1 回あるい
正しい収縮ができるほどの学習レベルに到達でき
12)
は数回の体操指導のみで、適切な体操が実施でき
たことは、本プログラムの特徴であるエコーを用
るような支援が不足していたため、体操が継続で
いたバイオフィードバックによる内在的フィード
きなかったことが関連していると考えられる。事
バックが骨盤底筋の収縮に関する学習や自宅での
実、Mørkved et al.24)の産後における骨盤底筋体操
体操の実施に対して有効であったことを反映して
の介入では、週 1 回の体操クラスを開催して体操
いると考えられる。
の継続を促す介入を行ったところ、自宅での体操
早期から正しい収縮で学習が進められたこと
を実施した者の割合が高く、1 日の体操の実施回
が、骨盤底筋の機能や SUI 症状の改善に寄与し
数が 3 セット以上の者は評価時に膣圧が強くなっ
ていた可能性が高い。
(31)
B.体操継続に必要な支援
中高年を対象とした介入研究では、指導形式が集
本研究では、自宅での体操の実施には、骨盤底
団・個別どちらであっても、充実した指導内容に
筋体操への自己効力感や体操クラスへの参加回数
注意すれば骨盤底筋機能への効果には違いがな
が強く関連していた。これは、骨盤底筋の収縮が
いと報告している 8)。本研究でも、集団指導に短
学習できたことにより自己効力感が向上し、自宅
時間の個別指導を組み合わせることにより、介入
での体操実施につながった可能性が考えられる。
3 回目には骨盤底筋の正しい収縮ができるように
一方、今回の結果は介入期間中の 1 日当たり平均
なったことから、個別指導にこだわらず、産後の
体操回数に関連する要因を検討したものであるた
母親にとって参加しやすい環境で効果的に運動学
め、体操を多く行った結果、骨盤底筋機能の改善
習ができる方法を更に検討し、臨床実践につなげ
や自己効力感の向上が起きた可能性もあり、その
ていく必要があるだろう。
因果関係を特定することはできない。しかし、
D.限界と意義
先行研究でも体操による身体の変化や自己効力
本研究は、都内 1 施設のみでの調査であり、ポ
感の高さが継続に影響する可能性がいわれてお
スターや保健指導時のアナウンスによる募集で
り
あったこと、体操クラスが集団形式であったこと
、本研究でのエコーによる運動学習支援が、
1,21)
体操への自信をつけ、結果的に運動学習を促した
から、選択バイアスが生じ、対象が骨盤底の回復
と考えられる。
に興味がある集団、尿失禁が運動や集団行動への
また、本研究では、体操クラスの参加回数が
影響が生じない程度で比較的軽症であった集団に
自宅での体操実施回数に関連していた。Meyer et
偏っていた可能性がある。そのため、本研究は、
は、週 2 回の体操指導を 6 週間行っている
骨盤底の回復に興味があるが、症状としては比較
が骨盤底筋機能の改善は認められておらず、体
的軽症な女性へは適応可能だろう。また、介入
操クラスでの単発的な運動指導により、骨盤底筋
を実施した対象者数は、main outcome を基に算出
機能が改善するとは考えにくい。本プログラムで
したサンプルサイズに合わせた人数であり、sec-
al.
22)
は、体操クラス時に、体操日誌により過去 1 週間
ondary outcome の介入中の体操継続に関連する要
の体操量を確認したことや、個別指導やフィード
因の重回帰分析に投入できる変数の制限が生じ、
バック時に、自宅で行った体操の成果として骨盤
十分な検討ができなかった可能性がある。更に、
底筋の収縮の変化を肯定的にフィードバックした
研究デザインが介入群のみであったことから、研
ことにより、体操への自己効力感やモチベーショ
究結果の解釈には十分注意する必要がある。しか
ンの強化がされ、結果的に自宅での体操実施につ
しながら、介入プログラムの内容を専門家の助言
ながった
のもとに十分厳選し、介入前に提供するプログラ
2,28)
と解釈できる。
C.プログラム全体への評価
ムのトレーニングをスポーツインストラクターに
今回のプログラムは曜日や時間があらかじめ決
実施したことから、介入内容の質を担保すること
められていたことから、体操クラスの参加回数が
ができた。また、エコーを用いて骨盤底筋の形態・
少なくなることを懸念していたが、予想に反して、 機能の評価を精密に行った点は非常に意義深く、
体操クラスへの平均参加回数が約 10 回と多かっ
今後の産後の骨盤底筋機能改善のための支援に有
た。対象者の SUI 割合や経産婦・初産婦の割合
用な情報を提供することができた。
も先行研究と同様であり 、特別なにか強い動機
6)
をもつ集団であったとは考えにくい。それにも
かかわらず多くの対象者が継続的に参加した要因
総 括
本研究の目的は、産後の女性を対象に、「経腹
は、児を連れて参加できたことや、参加者同士が、 エコーを用いた骨盤底筋の正しい収縮の運動学
分娩施設を拠点として同じ地域、同じ月齢の児の
習」に焦点を当てた産後の骨盤底回復支援プログ
母親であったことから、尿失禁症状や体操以外に、 ラムを実施した。その結果、介入により、骨盤底
育児の情報交換などのソーシャルサポートの働き
筋機能や SUI 症状の改善が認められた。また、
があったことが影響している可能性が考えられた。 自宅での体操継続には、骨盤底筋機能の改善や体
(32)
操への自己効力感が強く関連しており、体操日誌
ogy 15 years after the first delivery. BJOG, 110, 1107-1114.
による自宅での体操量の確認、エコーによる運動
10)Ewings P, Spencer S, Marsh H, O Sullivan M(2005): Ob-
学習支援や肯定的なフィードバックが有効と考え
られた。今後は、更に体操を継続させる支援の検
討をしていく必要がある。
謝 辞
stetric risk factors for urinary incontinence and preventative
pelvic floor exercises: cohort study and nested randomized
controlled trial. J Obstet Gynaecol, 25, 558-564.
11)Gotoh M, Homma Y, Funahashi Y, Matsukawa Y, Kato M
(2009)
: Psychometric validation of the Japanese version of
本研究にご協力くださいました参加者の皆様、調査に関
the international consultation on incontinence questionnaire-
して多大なご協力をくださいました施設のスタッフの皆様
short form. Int J Urol, 16, 303-306.
に、厚く御礼申し上げます。また本研究を遂行するにあた
12)Hay-Smith J, Mørkved S, Fairbrother KA, Herbison GP
り、多大なる助成を賜りました財団法人明治安田厚生事業
(2008): Pelvic floor muscle training for prevention and
団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
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(33)
22)Meyer S, Hohlfeld P, Achtari C, De Grandi P(2001): Pelvic floor education after vaginal delivery. Obstet Gynecol,
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28)Shibata A, Oka K, Harada K, Nakamura Y, Muraoka I
23)Mørkved S, Bø K(2000): Effect of postpartum pelvic floor
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24)Mørkved S, Bø K(1997): The effect of postpartum pelvic
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29)Sleep J, Grant A(1987): Pelvic floor exercises in postnatal
care. Midwifery, 31, 58-64.
30)Tennstedt SL, Fitzgerald MP, Nager CW, Xu Y, Zimmern P,
Kraus S, Goode PS, Kusek JW, Borello-France D, Mallett
25)Okamoto M, Murayama R, Haruna M, Matsuzaki M,
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Kozuma S, Nakata M, Murashima S(2010): Evaluation of
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31)Thompson JA, O Sullivan PB, Briffa K, Neumann P, Court
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of stress incontinence 1 year after childbirth: prevalence
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and predictors in a national Swedish sample. Acta Obstet
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Gynecol Scand, 83, 928-936.
27)Sherburn M, Murphy CA, Carroll S, Allen TJ, Galea MP
(2005): Investigation of transabdominal real-time ultra-
本論文は、第 26 回健康医科学研究助成対象論文です。
32)Wilson PD, Herbison RM, Herbison GP(1996): Obstetric
practice and the prevalence of urinary incontinence three
months after delivery. BJOG, 103, 154-161.
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.34∼42(2012.3)
低酸素環境における有酸素性運動が血管拡張能に及ぼす影響
片 山 敬 章*
岩 本 えりか**
石 田 浩 司*
EFFECT OF EXERCISE IN HYPOXIA ON FLOW-MEDIATED VASODILATION
Keisho Katayama, Erika Iwamoto, and Koji Ishida
SUMMARY
The purpose of the present study was to clarify the effect of aerobic exercise in hypoxia on flow-mediated
,
vasodilation(FMD)
. Eight healthy males participated in this study. To estimate peak oxygen uptake(V O2peak)
two maximal exercise tests were conducted using arm cycle ergometer while breathing normoxic[inspired O2
fraction(FIO2)= 0.21]or hypoxic(FIO2 = 0.12)gas mixtures. Next, the subjects performed two submaximal
exercises at the same relative exercise intensity(30%VO2peak)under normoxic or hypoxic condition(Normoxic
or Hypoxic trial)for 30 min. Before(Pre)
, immediately(Post 5), 30 min(Post 30), and 60 min(Post 60)after
exercise, brachial artery FMD was measured during reactive hyperemia using a Doppler ultrasound system under
normoxic conditions. FMD was estimated as the percent(%)rise in the peak diameter from the baseline value at
Pre(%FMD). The area under the curve(AUC)for the shear rates stimulus was calculated in each measurement,
and each %FMD value was normalized to AUC(normalized-FMD)
. %FMD and normalized-FMD increased
significantly(P<0.05)immediately after exercise(Post 5)in both conditions(mean SE, %FMD; Normoxic
trial: Pre, 8.9 0.6%, Post 5, 18.1 1.6%, Hypoxic trial: Pre, 8.8 0.6%, Post 5, 23.5 2.9%, normalized-FMD;
Normoxic trial: Pre, 0.014 0.003, Post 5, 0.021 0.003, Hypoxic trial: Pre, 0.015 0.002, Post 5, 0.034 0.005).
At Post 30 and 60, %FMD and normalized-FMD returned gradually at Pre levels in both Normoxic and Hypoxic
trials(%FMD; Normoxic trial: Post 30, 12.2 1.3%, Post 60, 9.8 1.2%, Hypoxic trial: Post 30, 16.7 2.4%,
Post 60, 12.6 1.4%, normalized-FMD; Normoxic trial: Post 30, 0.017 0.002, Post 60, 0.014 0.002, Hypoxic
trial: Post 30, 0.027 0.003, Post 60, 0.021 0.003)
. %FMD and normalized-FMD following exercise in hypoxia
(Post 5, 30, and 60)were significantly(P<0.05)higher than exercise in normoxia. These results suggest that
aerobic exercise in hypoxia could be more effective to improve endothelial-mediated vasodilation than exercise in
normoxia.
●
●
Key words: aerobic exercise, vasodilation, flow-mediated dilation, hypoxia.
緒 言
動トレーニングは、血管の柔軟性や機能を向上さ
せ、心血管疾患の予防や改善に効果的であること
加齢や疾患による動脈の硬化や機能低下は、血
が知られている 35)。血管の最内側にある内皮細
圧調節や酸素運搬能を減少させ、高血圧や運動能
胞は、血管の収縮や弛緩に関係する物質を産生・
力の制限を引き起こす
放出する機能を有しており、血圧調節に重要な役
*
**
。一方、有酸素性の運
26)
名古屋大学総合保健体育科学センター
名古屋大学大学院医学系研究科
Research Center of Health, Physical Fitness and Sports, Nagoya University, Nagoya, Japan.
Graduate School of Medicine, Nagoya University, Nagoya, Japan.
(35)
割を果たしている 26)。この血管内皮機能を評価
ト(最大運動テスト 2 回,最大下運動テスト 2 回)
する方法として、血流依存性血管拡張反応(flow-
を実施した。運動テストにはハンドエルゴメー
mediated vasodilation; FMD)
が用いられている
タ(871E,Monark 社製)を使用した。それぞれ
。
6,19)
最近の研究では、有酸素性の運動トレーニングが
の運動テストに 2 つの吸入酸素濃度ガス(常酸
FMD を増加させることが報告され、トレーニン
素,低酸素)を用い、常酸素ガス(吸入酸素濃度
グによる血管内皮機能の改善が明らかにされてい
21%)および低酸素ガス(吸入酸素濃度 12%)
る
。運動トレーニングによる血管内皮機能の
はガス発生装置(YHS-310,YKS 社製)より供
改善メカニズムは完全には明らかにされていない
給した。なお、常酸素試行と低酸素試行の実施順
が、運動時の血流上昇に伴う内皮細胞へのずり応
序はランダムとし、被験者にはブラインドとした。
力(シェアーストレス)の増大による血管拡張物
最大運動テストには、初期負荷 10W より疲労
質(一酸化窒素〔nitric oxide; NO〕)の産生増加
困憊に至るまで 1 分ごとに 5W ずつ増加させる
の関与が推測されている
連続的多段階漸増負荷法を用いた。ペダリング
11,39)
。
10)
急性の低酸素環境は血管拡張を引き起こ
す
。低酸素環境での運動時にも血管拡張が観
32)
の回転数は 60 回転/分とした。呼吸パラメータは
breath-by-breath 法を用いて測定した。Breath-by-
察され 32)、この拡張には内皮細胞由来の NO が
breath のデータは、コンピュータ(PC-9821Ra40,
関係していることが明らかにされている 5)。低酸
NEC 社製)に取り込み、毎分換気量(VE)
、酸
素環境では、常酸素環境と比較して心拍出量や血
素摂取量(VO2)
、炭酸ガス排出量(VCO2)
、呼
圧が増加することから、血流増大による内皮細胞
吸交換比(RER)を 30 秒ごとに平均した。動脈
への刺激によって NO 産生量が増加するかもしれ
血酸素飽和度(SpO2)
、心電図(ECG)および心
ない。したがって、低酸素環境での有酸素性運動
拍数(HR)を測定した。運動中の VO2 の最高値
は常酸素環境での運動と比較して、血管拡張反応
を最高酸素摂取量(VO2peak)とした。
をより改善する可能性がある。
最大下運動テストの手順を図 1 に示した。実験
そこで本研究では、低酸素環境における有酸素
室へ来た後、被験者にベッドにて仰臥位で安静を
性運動が血管機能に及ぼす影響を明らかにするこ
とらせ、心電図電極、FMD(右腕)および血圧
とを目的とした。我々は、低酸素環境における運
(左腕)測定用マンシェット、パルスオキシメー
動は、常酸素環境と比べて血流依存性の血管拡張
タプローブを取りつけた。30 分の安静後、HR、
反応を、より増加させると仮説した。
血圧(BP)
、SpO2、右上腕動脈血流および血管径
方 法
A.被験者
●
●
●
●
●
と FMD を測定した(Pre 30)。さらに 30 分の安
静後に循環パラメータを測定し(Pre 60)、血管
径が FMD 測定前の値に戻ることを確認した。そ
8 人の健康な男性が本研究に参加した。年齢、
の後、ベッド横に設置したハンドエルゴメータへ
身長、体重は 23.8 2.0 歳、177.3 1.6cm、71.5 1.9kg
移動し、30 分間の最大下運動を行った。運動強
(平均値
標準誤差)であった。すべての被験者
度は両環境で測定した VO2peak の 30% 強度を設定
には、本研究の目的、方法などを十分に説明し、
した。すなわち、常酸素および低酸素試行で相対
実験参加の同意を得た。本研究は、名古屋大学総
的に同じ運動強度であった。最大下運動中の HR
●
合保健体育科学センター倫理委員会の承認を受け
および SpO2 を最大運動テストと同様の方法で記
て実施した(承認番号 22-6)
。
録した。運動終了 1 分前に、腕(活動肢)および
B.プロトコール
呼吸に対する主観的運動強度(RPE)を尋ね、記
被験者にはまず測定装置に慣れさせた。測定の
録した。30 分間の運動終了後、被験者は 3 分以
12 時間前から食事や運動は控えるように指示し
内にベッドへ移動し仰臥位にて循環パラメータの
た。それぞれの運動テストは 1 週間の間隔をお
測定を行った(Post 5)
。FMD の測定は運動終了
き、同時刻に一定温度(22∼24 ℃)に調節され
の 5 分目から行った。運動直後に加えて、運動終
た実験室にて実施した。被験者は 4 回の運動テス
了 30 分後(Post 30)および 60 分後(Post 60)に
(36)
Cardiovascular parameters, and brachial artery blood flow
and diameter
HR and SpO
FMD
2
Condition
Rest
Rest
Exercise
Rest
Rest
Inspired gas
Norm
Norm
Norm
or
Hypo
Norm
Norm
(30 min)
(30 min)
(30 min)
(30 min)
(30 min)
0
30
60
Pre 30
Pre 60
90
Post 5
120
150
Post 30
Post 60
Time
(min)
図 1 .最大下運動テストの実験進行
Fig.1.Time course of the submaximal exercise test.
も循環パラメータおよび FMD を測定した(図 1)
。
C.測定
を用いて左腕上腕動脈より測定した。測定前に水
銀式血圧計に接続し、圧値が正確であることを確
かめた 34)。平均血圧(MBP)は、
〔収縮期血圧(SBP)
1 .最大運動テスト
呼吸循環パラメータの測定は、我々の先行研究
/ 3 + DBP で算出した。
­ 拡張期血圧(DBP)
〕
と同じものを使用した
上腕動脈血管径および血流速度の測定には、超
。被験者は、呼吸マス
17,18)
ク(5719,Hans Rudolph 社製)を装着し、VE を
音波診断装置(Logic 5 Pro,GE 社製)を用いた。
ニューモタコメータ(PN-230,アルコシステム
仰臥位姿勢の右腕を側方へ出し、肩峰から肘頭ま
社製)にて測定した。ニューモタコメータには、
での長さを測定、その中央部にプローブ(12L,
●
ガス分析器(Arco-1000,アルコシステム社製)
8.8MHz,GE 社製)をあてた。プローブ位置が
のサンプリングチューブを挿入し、酸素および
ずれないようマーキングを行った。なお、この
炭酸ガス濃度を測定した。ECG および HR の測
装置は血管径(B モード法)と血流速度(パルス
定には、双極誘導心電図計(OEC-6401,日本光
ドップラー法)の同時測定が可能である。映像は
電社製)を用いた。SpO2 はパルスオキシメータ
すべてハードディスクに保存し、その後キャプ
(Biox 3740,Ohmeda 社製)のプローブを右耳朶
チャー(PC-SDVD/U2,Buffalow 社製)を通じて、
に装着して測定した。SpO2 を正確に測定するた
30Hz でコンピュータ(Vostro 200,Dell 社製)に
め、心電図計による HR とパルスオキシメータに
取り込んだ。取り込まれた映像は、ビデオ編集ソ
よる脈拍数が一致していることを確認した。パル
フ ト(VirtualDub,VirtualDubMod 制 作) に て 再
スオキシメータおよび ECG からの信号は、A/D
生した。FMD 測定時以外の上腕動脈血管径の連
変換器(PCI-3153,インターフェイス社製)を介
続記録は 60 秒間とした。約 10 秒ごとの血管収
して 200Hz でサンプリングを行い、コンピュー
縮期の画像を、VirtualDub で再生中に Print Screen
タ(MT7000,エプソン社製)にて連続的に記録
によって取り出し、画像計測ソフト(Image J,
した。
National Institute of Health 制作)のツール(Straight
2 .最大下運動テスト
line selection)により 1 画像ごとに 3 箇所の血管
HR および SpO2 の測定は、最大運動テストと
径を計測した。
血管径は、
血管壁の最も内側
(内皮)
同様とした。SpO2 測定のためのプローブは、仰
と血管内腔が接している部分を境界面と規定し、
臥位では左手指尖に、運動時には右耳朶に装着し
上部と下部の境界面までの距離を測定することで
た。BP は自動血圧計(STBP-780,コーリン社製)
算出した。キャリブレーションには、画面上にあ
(37)
る目盛りを用いた。60 秒間で得られたすべての
の %FMD 算出には運動前(Pre 30)の血管径を
血管径の平均値をそのときの上腕動脈血管径とし
用いた。近年では、FMD は血流開放後の血管径
た。血流速度は血管径の測定と同時に得られた血
の拡張率だけでなく、血管内皮細胞への刺激を考
流波形から算出した。1 拍の波形の面積と時間は、
慮した方法によって評価されている。平均血流速
それぞれ Image J を用いて測定し、面積を 1 拍間
度を血管径で除することによって shear rate を算
の時間で除することによって 1 拍当たりの平均
出し、最大血管径が得られるまでの shear rate の
血流速度を求めた。まず、Image J のツールにあ
合計を AUC(area under the curve)とした。そし
る Rectangular selection を 使 用 し、1 秒×100cm/s
て、血管径の拡張率である %FMD を AUC で除
の面積におけるピクセル数を定義する。次に、
することによって、血管内皮細胞への刺激で補正
Polygon selection を使って 1 拍の波形をトレース
した血管拡張率(normalized-FMD)を求めた 3,27)。
し、ピクセル数を計測した。求めたピクセル数の
被験者 8 人を対象に測定の再現性を調べた結果、
比によって、波形の面積を算出した(キャリブレ
%FMD の変動係数の平均値は日内変動が 3.2%、
ーションの面積 100 ×波形のピクセル数÷キャリ
日差変動が 4.4%、normalized-FMD は日内変動が
ブレーションにおけるピクセル数=波形の面積)
。
8.0%、日差変動が 12.1% であった。
D.統計処理
波形間の距離は、Straight line selection によって計
測した。60 秒間で得られたすべての平均値をそ
各変数の測定結果を平均値
のときの平均血流速度とした。1 分当たりの平均
た。運動による影響(群内要因:時間)、常酸素
血流量は、上記で求めた血管径からの血管断面積
および低酸素環境による影響(群間要因:試行)
(半径×半径× 3.14)と平均血流速度の積を 60 倍
の交互作用の検定には、二元配置反復測定分散
することで算出した。
標準誤差で示し
分析を用いた。それぞれの試行での運動前(Pre
FMD 測定には先行研究で用いられている標準
30)に対する運動後(Post 5,30,60)の各変数
的な方法を用いた 6)。右肘に装着したマンシェッ
の検定(群内要因:時間)には、一元配置分散
トを小型空気圧圧縮装置(AG101 Cuff inflator,
分析­反復測定およびホルム法(Holm s sequential
Air source,E20 Rapid cuff inflator,Hokanson 社製)
Bonferroni procedure)を用いた。常酸素試行と低
を用いて、250mmHg で 5 分間動脈血流を遮断(阻
酸素試行の差の検定(群間要因:試行)には、
血)した。FMD における血管径および平均血流
Wilcoxon テストを使用した。危険率 5 % 未満を有
速度の記録は血流開放 60 秒前から開放 120 秒後
意水準とした。
まで連続的に記録した 3,39)。開放後の上腕動脈血
結 果
管径および平均血流速度の計測は約 10 秒ごとに
A.最大運動テスト
行った。開放後の血管径の最大値を最大血管径と
して、安静時血管径から最大血管径への拡張率を
疲労困憊時の呼吸循環パラメータを表 1 に示し
%FMD とした。予備実験において、運動による
た。低酸素試行における VO2、SpO2、最大運動
血管拡張が運動直後から 60 分まで継続すること
強度は常酸素試行と比較して有意に低い値を示し
を確認した。それゆえに、本研究における運動後
た。RER は低酸素試行で有意に高い値であった。
●
表 1 .最大運動テストにおける疲労困憊時の呼吸循環パラメータ
Table 1.Cardiorespiratory parameters at exhaustion while breathing normoxic and hypoxic gas mixtures.
VE
(l/min)
●
Normoxia
Hypoxia
98.3 3.9
104.3+6.7
VO2/BM
VCO2
VO2
(l/min) (ml/kg/min) (l/min)
●
●
●
2.23 0.09
31.3 1.3
1.91 0.12§ 26.8 1.5§
2.51 0.12
2.37 0.10
RER
HR
(beats/min)
1.13 0.03
177.0 4.3
1.25 0.03§ 174.9 3.5
SpO2
(%)
Work load
(watts)
96.3 0.3
81.6 1.8§
54.3 4.1
45.0 3.1§
Values are mean SE. VE; expired minute ventilation, VO2; oxygen uptake, VO2/BM; oxygen uptake per body mass, VCO2; carbon dioxide output, RER; respiratory exchange ratio, HR; heart rate, SpO2; arterial oxygen saturation. § P<0.05 vs. Normoxic trial.
●
●
●
●
(38)
表 2 .最大下運動テストにおける循環パラメータの変化
Table 2.Cardiovascular variables during submaximal exercise test.
Trials
Pre 30
Normoxia
Hypoxia
Normoxia
SBP(mmHg)
Hypoxia
Normoxia
DBP(mmHg)
Hypoxia
Normoxia
SpO2(%)
Hypoxia
Normoxia
Brachial artery diameter(mm)
Hypoxia
Brachial artery peak hyperemic Normoxia
diameter(mm)
Hypoxia
Normoxia
Brachial artery blood flow
velocity(cm/sec)
Hypoxia
Brachial artery peak hyperemic Normoxia
blood flow velocity(cm/sec)
Hypoxia
HR(bearts/min)
55.2
53.7
119.4
119.2
70.8
69.2
98.4
98.1
3.82
3.85
4.16
4.19
15.1
14.4
93.6
98.1
3.1
2.9
3.3
2.8
2.1
2.6
0.3
0.3
0.32
0.32
0.32
0.32
3.7
4.0
9.3
9.5
Pre 60
Post 5
55.0 1.8
53.2 2.5
116.5 2.8
119.0 2.5
70.6 1.9
68.5 1.8
98.0 0.3
98.1 0.1
3.93 0.34
4.01 0.32
N/A
N/A
12.6 3.1
12.2 2.8
N/A
N/A
70.4
74.0
127.0
131.0
68.3
66.6
98.0
98.0
4.59
4.72
4.54
4.81
38.0
40.3
101.7
95.2
Post 30
*
6.4
8.2†
1.7*
2.9†
2.5
3.3
0.3
0.2
0.28*
0.26†
0.30*
0.28†§
4.8*
4.6†
11.5
10.4
57.7
64.0
114.7
119.7
69.3
70.3
97.9
98.1
4.27
4.33
4.32
4.54
18.7
19.0
99.0
100.5
2.3
3.8§
3.0
3.3
2.1
2.4
0.3
0.3
0.29*
0.29†
0.30*
0.31†§
2.2
3.7
11.5
7.3
Post 60
60.8
61.4
119.3
119.4
71.3
71.1
98.1
97.6
4.13
4.10
4.22
4.35
17.3
17.2
101.6
94.5
2.9
4.1
3.0
2.6
2.9
2.8
0.4
0.2
0.28*
0.28†
0.31*
0.30†§
4.3
4.5
9.1
9.8
HR; heart rate, SBP; systolic blood pressure, DBP; diastolic blood pressure, MBP; mean blood pressure, SpO2; arterial oxygen saturation. *P<0.05 vs. Pre 30 in Normoxic trial. †P<0.05 vs. Pre 30 in Hypoxic trial. §P<0.05 vs. Normoxic trial.
VE、VCO2、HR は両試行間に差が認められなかっ
●
30
†
25
%FMD (%)
Normoxic trial
Hypoxic trial
§
20
15
§
10
1 .運動前
†
§
*
30)の循環パラメータを表 2 に示した。両試行
なかった。%FMD および normalized-FMD 値にも
0
差は認められなかった(図 2)。
2 .運動時
0.05
-1
常酸素および低酸素試行における運動前(Pre
間ですべての循環パラメータに有意な差はみられ
5
Normalized-FMD
(%·AUC shear rate )
た。
B.最大下運動テスト
†
*
●
†
0.04
低酸素試行におけるハンドエルゴメータの運
動負荷は、常酸素試行と比較して有意に低い値
†
0.03
§
§
0.02
*
0.01
†
§
であった(常酸素試行 4.9 0.9W,低酸素試行 2.5
0.4W,P<0.05)。低酸素試行では HR は有意に
高く(常酸素試行 112.0 8.3 拍/分,低酸素試行
128.9 8.0 拍/分,P<0.05)、SpO2 は有意に低値を
0
Pre 30
Post 5
Post 30
Post 60
図 2 .常酸素および低酸素試行での%FMD および normalized-FMD の変化
Fig.2.Changes in %FMD and normalized-FMD before and
after exercise in normoxia and hypoxia.
The values are the mean SE. *Significantly(P<0.05)different
from Pre 30 in Normoxic trial. †Significantly(P<0.05)different from Pre 30 in Hypoxic trial. §Significant differences
between Normoxic and Hypoxic trials.
示した(常酸素試行 96.6 0.4%,低酸素試行 79.8
1.4%,P<0.05)。活動肢(腕)および呼吸に対
する RPE は、試行間で差がみられなかった(腕:
常酸素試行 13.2 0.5,低酸素試行 13.6 0.3,呼吸:
常酸素試行 10.2 0.6,低酸素試行 11.1 0.5)。
3 .運動後
HR および SBP は常酸素および低酸素試行い
ずれにおいても運動直後(Post 5)に運動前(Pre
(39)
30)より有意に高い値を示した(表 2)
。運動終
了 30 分 後(Post 30) お よ び 60 分 後(Post 60)
A.低酸素環境での運動が血流依存性血管拡張
に及ぼす影響について
には徐々に運動前の値へ戻った。一方、DBP お
低酸素環境での有酸素性運動が、高い FMD を
よび SpO2 は運動前と比較して差がみられなかっ
引き起こしたメカニズムについていくつかの要因
た。上腕動脈血管径は、両試行において Post 5 に
が考えられる。まず、運動による血流増加である。
有意な増加を示し、Post 30 および 60 において
血流増加は内皮細胞へのシェアーストレスの増大
も高い値が維持された。平均血流速度も運動直
を引き起こし、血管拡張に関係する内皮細胞での
後(Post 5) に 有 意 に 増 加 し た が、Post 30 お よ
NO 合成酵素を増加させる 10)。低酸素環境では動
び Post 60 では運動前の値と差はなかった。BP、
脈血管が拡張することが知られているが 32)、こ
SpO2、上腕動脈血管径、上腕動脈血流速度には
れには NO が関係していることが報告されてい
Post 30 および 60 いずれにおいても試行間で差が
る 8,28)。低酸素環境における運動時の血管拡張も
認められなかった。最大下運動テスト中における
確認されており、NO 合成酵素を阻害することで
HR、BP、SpO2、上腕動脈血管径、上腕動脈血流
血流が低下することが明らかにされている 5)。こ
速度には交互作用は認められなかった。
れらのことから、低酸素環境における運動時の血
運動後の %FMD および normalized-FMD の変化
管拡張には NO が重要な役割を果たしていること
を図 2 に示した。%FMD および normalized-FMD
が推測される。更に、骨格筋の収縮による抵抗血
は両試行で Post 5 に有意に増加した。低酸素試
管の歪みや筋活動に関係する神経終板の活動もま
行では %FMD および normalized-FMD ともに Post
た NO 産生を刺激する 5,40)。相対的に同じ運動強
30、Post 60 で有意な増加が維持された。常酸素
度を用いた場合においても、低酸素環境では常酸
試行では、%FMD は Post 60 において normalized-
素環境と比較して筋活動が高いことが報告されて
FMD は Post 30 で有意な差がみられなかった。運
いる 15,16,18)。したがって、血管の歪みや神経終板
動後の %FMD および normalized-FMD は、常酸素
の活動は低酸素環境での運動時に大きいことが予
試行より低酸素試行で有意な(P<0.05)高い値を
想できる。しかしながら、Leuenberger et al.20)は、
示した。%FMD および normalized-FMD には最大
低酸素環境では、骨格筋内ではなく血漿内で NO
運動テストにおいて統計的に有意な交互作用が認
が増加することを明らかにしている。このことか
め ら れ た(%FMD:F=3.28,P<0.05,normalized-
ら、低酸素環境での運動時には血流がより増加し、
FMD:F=3.03,P<0.05)
。FMD 測定時の最大拡張
内皮細胞で NO 合成酵素の増加が引き起こされ、
血管径および最大血流速度を表 2 に示した。運動
内皮依存性の血管拡張能が向上していることが考
後の最大拡張血管径は、低酸素試行で常酸素試行
えられる。
より有意に大きくなった。一方、最大血流速度は
いくつかの先行研究では、常酸素環境における
両試行間で有意な差は認められなかった。最大下
急性の有酸素性運動後に %FMD が増加したこと
運動テスト中における最大拡張血管径には有意な
を報告している 14,41)。これらは、低酸素環境での
交互作用がみられたが(F=3.80,P<0.05)
、最大
運動よりは少ない増加であったが、常酸素環境に
血流速度には認められなかった。
おける有酸素性運動後の %FMD が有意に増加し
考 察
本研究では、低酸素環境における有酸素性運動
た本研究の結果と一致する。一方、常酸素環境で
の運動後に %FMD が低下したと報告している研
究もある 13,24)。研究結果が一致しない原因に、運
後の %FMD および normalized-FMD は、常酸素環
動による血管拡張が考えられる。%FMD は FMD
境での運動後より高い値を示すことを明らかにし
測定前の血管径からの拡張率であるため、運動
た。この結果は、我々の仮説を支持するものであ
による血管拡張が FMD 測定前に認められる場合
り、低酸素環境における有酸素性運動は、常酸素
には、算出方法や結果の解釈に注意が必要であ
環境における運動より血管内皮機能を向上させる
る 24)。すなわち、運動により誘発された血管拡
ことが示唆される。
張状態から %FMD を算出した場合、FMD 測定時
(40)
の最大血管拡張径が運動前と比較して運動後に増
れている 1,21,33)。さらに、動脈の伸展性の指標で
加しても、%FMD が低下することがある
。
ある augmentation index が低酸素環境で低下(伸
本研究においても、運動による血管拡張は、運動
展性の増加)したことも示されている 38,42)。本研
直後から 60 分後においても継続している(表 2)
。
究では、低酸素環境での運動により %FMD およ
13,24,31)
この点を考慮し、本研究では運動後のすべての
び normalized-FMD の増加が確認された。急性の
%FMD を運動前(Pre 30)における FMD 測定前
運動効果から、運動トレーニングの効果が推測可
の血管径からの拡張率で算出した。さらに、運動
能である
後の FMD 測定直前の血管径には両試行間で差が
欠的な低酸素トレーニングによって、%FMD が
認められないが、FMD 測定時の最大拡張血管径
常酸素トレーニングより向上したことを近年明ら
。実際に、Nishiwaki et al.22) は、間
24,38)
は低酸素試行のほうが有意に高い値を示している
かにしている。これらの結果から、低酸素トレー
(表 2)。これらの結果からも、低酸素環境での有
ニングが心血管系のリスクファクターの低下に効
酸素性運動は血管内皮機能を向上させるのに効果
果的であることが考えられる。しかしながら、低
的な方法であることが推測できる。
酸素環境への循環系の適応は、低酸素の濃度(高
FMD を測定する部位(活動肢と非活動肢)にも
度)、時間、パターン(慢性,間欠的)
、対象者の
考慮が必要である。多くの先行研究では、トレッ
性質(年齢,性,疾患)などによって異なる。長
ドミルを用いたランニングやウォーキング、すな
期間の低酸素環境での滞在や、睡眠時無呼吸症候
わち下肢を用いた運動後に、上肢(非活動肢)に
群で発現するような間欠的な低酸素状態は、交感
おいて FMD を測定している
神経活動の持続的な増加を引き起こし、血圧増加
。Tanaka
7,13,14,23,31,37,41)
は、下肢を用いた運動時の上肢(上腕動脈)
36)
et al.
など循環系へ負の影響を与えることがある 12,25)。
の血流を測定し、非活動肢においても運動時に血
さらに、低酸素環境における運動は、急性高山病
流が増加することを明らかにしている。この非活
(頭痛,倦怠感など)の発症を増加させることも
動肢での血流増加が、シェアーストレスを増大さ
ある 30)。したがって、低酸素環境および低酸素
せ、血管内皮機能を向上させる要因であると推測
トレーニングによる心血管系の適応については、
される。一方、低酸素環境における運動時には、
さらなる研究が必要である。
活動肢で血流が増加することは確認されている
総 括
が 5)、非活動肢における血流動態については不明
である。それゆえに、本研究では上腕動脈(上肢)
本研究の結果、低酸素環境における運動は、
における FMD を評価するため、下肢を用いた運
%FMD および normalized-FMD ともに常酸素環境
動ではなく、上肢を用いるハンドエルゴメータ運
での運動より高い値を示した。これらの結果から、
動とした。今後は、下肢の運動であるトレッドミ
低酸素環境での有酸素性運動は、内皮依存性の血
ルや自転車エルゴメータを用いた際の上肢(非活
管拡張能を改善する方法として効果的であること
動肢)の血流動態を明らかにし、血管内皮機能へ
が示唆される。
の影響を明らかにする必要がある。
B.低酸素環境におけるトレーニングとの関係
本研究に助成いただいた、財団法人明治安田厚生事業団
について
連続的(慢性的)な高所滞在では、BP の増加
が誘発される
謝 辞
。Frick et al. は、高所における
2,4)
9)
身体活動後に FMD が低下したことを報告してい
る。動物実験では低酸素環境における運動トレー
ニング後に内皮依存性血管拡張能が低下したこと
が明らかにされている 29)。一方、最近の研究で
は準高所における運動トレーニングによって安
静時および運動時の BP が低下したことが報告さ
に深く感謝申し上げます。また、本研究を遂行するにあた
り、齊藤満先生(愛知学院大学)、藤田理君(名古屋大学
大学院)に多大なる協力を得た。記して感謝の意を表する。
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.43∼51(2012.3)
身体活動の運動器疾患に対する 1 次予防効果に関する研究
―前向きコホート研究―
鎌 田 真 光*,**
北 湯 口 純*
塩 飽 邦 憲***
EFFECT OF PHYSICAL ACTIVITIES ON THE PRIMARY
PREVENTION OF MUSCULOSKELETAL DISORDERS :
A PROSPECTIVE COHORT STUDY
Masamitsu Kamada, Jun Kitayuguchi, and Kuninori Shiwaku
SUMMARY
Objective: To evaluate the effect of physical activities on the primary prevention of chronic musculoskeletal
pain(CMP).
Methods: This one-year prospective cohort study used the data of self-administered questionnaire surveys in
2009 and 2010. Subjects were randomly sampled 1500 residents aged 40-79 years in Unnan City, Shimane, Japan.
A total of 844 subjects(56.3%)responded to both baseline and follow-up surveys. To evaluate incident CMP, we
excluded subjects with CMP at baseline for each analysis and focused on the following CMP outcomes: incident
chronic shoulder pain(CSP)
, low back pain(CLBP)
, and knee pain(CKP)
. After adjusting for sex, age, body
mass index, education year, self-rated health, depressive symptom, engagement in farming, smoking, past musculoskeletal trauma and chronic disease history, we evaluated the association of aerobic, flexibility, and musclestrengthening activities with CMP development.
Results: Analyzed samples were 688, 693, and 741 for CSP, CLBP, and CKP, respectively. We observed 59
(8.7%)incident CSP, 48(7.0%)incident CLBP, and 28(3.9%)incident CKP at the follow-up. Aerobic, flexibility, and muscle-strengthening activities were not significantly associated with incident CSP and CLBP. Aerobic
activity(walking time, m/w)was also not significantly associated with incident CKP(adjusted odds ratio; aOR:
0.31(0.08-1.27)for > 0 to <150, 0.68(0.21-2.24)for 150+, reference: 0 m/w). However, flexibility(aOR: 0.47
(0.19-1.18)for engaging occasionally, 0.26(0.07-0.98)for engaging daily, reference: engaging not at all)and
muscle-strengthening activities(aOR: 1.06(0.28-4.04)for engaging > 0 to < 2 d/w, 0.31(0.10-0.97)for engaging 2+ d/w, reference: engaging 0 d/w)were significantly associated with incident CKP.
Conclusion: Flexibility and muscle-strengthening activities reduced risks for the development of CKP in community-dwelling middle- and old-aged people.
Key words: exercise, primary prevention, musculoskeletal pain, epidemiology, public health.
*
**
***
身体教育医学研究所うんなん Physical Education and Medicine Research Center UNNAN, Shimane, Japan.
島根大学大学院医学系研究科 School of Medicine, Shimane University, Shimane, Japan.
島根大学医学部
Faculty of Medicine, Shimane University, Shimane, Japan.
(44)
的な身体活動の実施が慢性的な運動器の痛みの新
緒 言
たな発症の予防につながるか明らかにすることを
現代社会では、先進国と発展途上国の双方にお
目的とした。
いて運動器の障害・疾患が個人および社会全体に
研 究 方 法
負担をもたらす重大な健康課題の 1 つとなってい
る 29)。運動器疾患による米国の社会経済的損失
本研究は自記式質問紙調査データを用いた 1 年
は年間 1930 億ドル、GDP の 2.5%に相当すると
間追跡の前向きコホート研究である。調査は、島
いう試算もある
。その運動器疾患の 1 つとし
根県雲南市(人口 43520 人,面積 553.4km2,2010
て多くの人が抱える問題が、
慢性的な運動器
(肩・
年 4 月)に居住する 40∼79 歳から無作為に抽出
30)
腰・膝等)の痛みである 。米国の国民代表サン
し た 1500 人 を 対 象 に 2009 年 と 2010 年 の 2 回
プルを対象とした調査では、男性の 28.8%、女性
行った。その際、回収率を高めるために、インセ
の 26.6%が、評価時点で何らかの痛みを感じてい
ンティブの付与(抽選による健康関連グッズのプ
たと報告されている 18)。日本においても、
「平成
レゼント)や質問紙の個別化、個人情報保護の誓
22 年国民生活基礎調査」によると、病気やけが
約等、コクラン・システマティック・レビュー 5)
等の自覚症状のうち、有訴率の高い症状は、男性
で効果的と評価された方法に加え、催促(リマイ
で腰痛(1 位 8.9%)
・肩こり(2 位 6.0%)
、女性
ンダー)手紙、副市長名依頼文、音声放送やケー
で肩こり(1 位 13.0%)
・腰痛(2 位 11.8%)
・手
ブルテレビ・ニュース出演による協力依頼等を
足の関節が痛む(3 位 7.1%)となっており、い
行った。除外基準は、要介護・要支援者、施設入
ずれも運動器の痛みが上位を占めている
2)
。慢
居者、歩行時に介助が必要な者とした。調査対象
性的な運動器の痛みは、QOL の低下を招くとと
者には、署名により調査協力の同意(インフォー
もに、高齢者においては要介護状態につながる可
ムド・コンセント)を得た。
能性もあり、対策が急務となっている。
図 1 に研究の流れを示した。ベースライン調
近年、複数の無作為化比較試験をもとにしたシ
査では 1112 人の回答があった(回収率 74.1%)。
ステマティック・レビューによって、有酸素運動
1 年間の追跡期間中、6 人の死亡と 6 人の市外
や柔軟運動、筋力増強運動などの身体活動が、慢
転出が確認された(雲南市住民基本台帳システ
性的な運動器の痛みの改善に有効であることが示
ム)
。1 年後調査では 859 人の回答があり(回収
され、運動療法として推奨されている
率 80.6%)、そのうち歩行時に介助が必要な 15 人
17)
。運動
1,9)
器の疼痛には非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
を除外した 844 人(無作為抽出からの追跡回収率
などが処方され、広く服用されているが、重篤な
56.3%)を、2009 年と 2010 年の両年ともに有効
例も含む胃腸炎などの副作用があることが知られ
回答があった者として、解析の対象者とした。
ており 28)、薬物治療の経済的費用も考慮すると、
本研究は、身体教育医学研究所うんなん倫理審
運動療法は非薬理的アプローチとして重要である。
査委員会(2009 年 10 月 22 日)の承認を得て行
しかし、身体活動の実施が慢性的な運動器の痛
われた。
みの「発症」を予防することができるかという、
A.調査項目
1 次予防効果についてのエビデンスは確立してい
対象者の基本的な属性として、性、年齢、body
ない 6,10,11,19,23,24)。身体活動の実施による痛み発症
mass index(BMI, 体重[kg]/ 身長[m]2)
、教育年数、
予防の機序としては、血流の維持改善、関節に働
主観的健康感 13)、憂うつ感 7)、農業従事 14)、喫煙、
く力学的作用などが考えられる 23)。慢性的な運
過去の運動器(肩・腰・膝)の外傷有無、慢性疾
動器の痛みに対する身体活動の 1 次予防効果が示
患の既往(高血圧,高脂血症,糖尿病,高尿酸血
されれば、運動器疾患対策のポピュレーション戦
症・痛風,脳血管障害,心疾患,腎疾患・泌尿器
略に資する画期的な知見となり得る。
科疾患,肝臓病,胃腸疾患,内分泌疾患,がん・
そこで本研究では、地域在住の中高年者を対象
悪性腫瘍)を調査項目に組み入れた。その他、運
とした 1 年間の前向きコホート研究を行い、定期
動器の痛み、身体活動については下記の要領で調
(45)
Randomly sampled community-dwelling people aged 40-79 in Unnan City(n=1500)
Respondents of the baseline survey in 2009
(n=1112, 74.1%)
Excluded from the follow-up
34 respondents who could not walk unaided
6 deaths
6 moves
Respondents of the 1-year follow-up survey in 2010(n=859)
Excluded from the analyses
15 respondents who could not walk unaided
Eligible samples for the analyses(n=844, 56.3% of random samples)
Eligible samples for each analysis
(having no chronic musculoskeletal pain at the baseline)
shoulder: n=688
low back: n=693
knee: n=741
図 1 .研究の流れ
Fig.1.Study flow.
査した。
と、ともに良好な値を得ている。
1 .運動器の痛み
2 .身体活動
肩、腰、膝について、現在の痛みの状況を質問
本研究では、身体活動を単に量的にとらえるだ
紙によって把握した。痛みが 3 か月続いている
けでなく、その質的な違いにも着目した。すなわ
者、すなわち、「現在まで 3 か月以上続く痛み」
ち、身体活動の種類によって運動器の痛みに与え
を慢性的な痛みと定義した
る効果は異なると仮定し、有酸素運動、柔軟運動、
。また、痛みの 2
27)
次予防(維持・改善)効果も副次的に調べるた
筋力増強運動の 3 種類について質問紙で評価した。
め、各部位の痛みの程度(強さ)を VAS(visual
まず、有酸素運動として、本研究では、歩行時
analogue scale,痛みなし∼これまでに経験した最
間(分/週)を評価した。質問紙は、他のコホー
も激しい痛み)によって評価した 4)。
ト研究(島根スタディ)用に作成したものを用い
また、これら痛みの自記式質問紙については、
ており、再テスト法による信頼性、加速度計との
郵送による再テスト法(10 日間の間隔)で信頼
基準関連妥当性について、先行研究の論文内で詳
性を確認している。信頼性の検証では、本研究の
述している 15)。柔軟運動は、同様に島根スタディ
調査対象となっていない雲南市在住の 40∼84 歳
で用いていたものを改訂し、
「ストレッチング(筋
から 500 人を無作為抽出して質問紙を郵送したと
(すじ)伸ばし・柔軟体操)など、からだを伸ば
ころ、206 人(男 100 人,女 106 人,63.4 11.9 歳)
したりほぐしたりすることがありますか?」とい
から 2 回の回答を得た(総回収率 41.2%)
。その
う質問に対して、
「1.1 日に 1 回以上はする,2.
結果、慢性的な痛みで Cohen のカッパ係数が 0.68
毎日ではないがたまに,3.ほとんどしない」の
(肩)
、0.49(腰)、0.72(膝)
、VAS で Spearman
なかから回答する項目を作成した。また、筋力増
の順位相関係数が 0.80(肩)
、0.70(腰)
、0.78(膝)
強運動については、新たに、
「普段、筋力トレー
(46)
ニングなど、筋力(筋肉)を保ったり、高めたり
する運動をすることがありますか?(腹筋運動、
スクワット、脚の曲げ伸ばし運動などを含む)
」
という質問に対して、週当たりの実施日数を回答
する項目を作成した。柔軟運動・筋力増強運動と
もに運動器の痛みと同じ対象者・方法で信頼性を
確認しており、柔軟運動で重み付きカッパ統計量
が 0.72、筋力増強運動で Spearman の順位相関係
数が 0.75 と良好な値を得ている。
以上、運動器の痛み・身体活動の質問紙に関す
る信頼性の検証は、高齢者(122 人,男 60 人,
女 62 人,71.4 7.7(60∼84)歳)に限定して解
析した場合も、同様に良好な結果が得られている。
B.統計解析
まず、全対象者について各質問項目の分布を確
認した。その後、慢性的な運動器の痛みの新たな
発症に関する解析として、部位ごとに、ベースラ
イン時に慢性的な痛みのなかった者に限定したう
えで、個別の解析を行った(図 1)
。痛みについ
て有効な回答が得られなかった者についても、そ
れぞれ解析から除外した。目的変数を 1 年間での
新たな慢性の運動器(肩・腰・膝)の痛み発症と
し、ベースライン時の総歩行時間、柔軟運動、筋
力増強運動を説明変数、性、年齢、BMI、教育年
数、主観的健康感、憂うつ感、農業従事、喫煙、
過去の運動器の外傷の有無、慢性疾患の既往を共
変量としたロジスティック回帰分析を行った。各
身体活動の変数は、ACSM/AHA2007 推奨基準 8,20)
および 2008 年米国国民のための身体活動ガイド
ライン 25)をもとに分類したカテゴリ変数として
投入した。なお、柔軟運動については、
「1 日 10
分以上を週 2 日以上」が推奨されているが 20)、
同時に「有酸素運動と筋力増強運動を実施する日
はできれば毎日実施すること」20)、
「身体活動プロ
25)
グラムの適切な構成要素」
と推奨されているた
め、本研究では、「1 日 1 回以上」を推奨レベル
の実施量とした。
また、副次的解析として、各部位の VAS 評価
による痛みについて、1 年間での変化量を目的変
数、上記と同様の変数を説明変数・共変量とした
重回帰分析を行った。なお、男女別等のサブグル
ープ解析は、アウトカムである痛みの発症数が十
分でないだろうと判断し、行わなかった。統計学
表 1 .対象者の特性
Table 1.Baseline characteristics of participants.(n=844)
Sex
Male
Age(years)
Mean(SD)
40-59
60-79
Body mass index(kg/m2)
Mean(SD)
< 18.5
> 18.5 to < 25
> 25
Self-rated health
Excellent/good
Fair/poor
Mean(SD)years of education
Engagement in farming
Chronic disease history*
Depressive symptom
Smoking
Never
Past smoker
Current smoker
Total walking time(mins/week)
Median(interquartile range)
> 150
Flexibility activity
Daily
Not daily but occasionally
Not at all
Muscle-strengthening activity(days/week)
Median(interquartile range)
> 2
Chronic musculoskeletal pain†
Shoulder
Low back
Knee
Median(interquartile range)VAS pain score
Shoulder
Low back
Knee
Past musculoskeletal trauma
Shoulder
Low back
Knee
388(46.0)
61.8(10.4)
337(39.9)
507(60.1)
22.4(3.1)
69(8.5)
594(73.4)
146(18.0)
692(82.5)
147(17.5)
11.5(2.2)
452(54.8)
531(62.9)
373(46.6)
630(75.6)
81(9.7)
122(14.6)
70(0-210)
253(39.4)
210(25.8)
367(45.1)
236(29.0)
1(0-3)
293(40.9)
122(15.1)
106(13.3)
75(9.2)
20(0-48)
5(0-32)
0(0-8)
80(9.9)
204(25.0)
137(16.7)
Figures are numbers(percentages)unless stated otherwise.
Sample sizes vary due to missing values.
VAS=visual analogue scale.
*
Having following disease history: hypertension, hyperlipidemia,
diabetes, hyperuricemia, cerebrovascular disease, heart disease,
kidney and urologic diseases, liver disease, gastrointestinal disease, endocrine disease, cancer.
†Current pain lasting longer than 3 months within the past 12
months.
(47)
的な有意水準は 5 %とし、統計解析は IBM SPSS
これら解析対象者のベースライン時点での特性を
Statistics 19 を用いて行った。
表 1 に示した。
ベースライン時点で慢性の運動器の痛みをもっ
結 果
ていた者は、肩 122 人(15.1%)、腰 106 人(13.3%)、
2009 年、2010 年ともに回答があり、除外基準
膝 75 人(9.2%)であった。推奨基準に相当する
に該当しない対象者は全体で 844 人(男 388 人,
身体活動の実施者は、150 分/週以上歩行が 253
女 456 人)、平均年齢は 61.8 10.4 歳であった。
人(39.4%)、1 日 1 回以上の柔軟運動が 210 人
表 2 .身体活動と慢性肩痛の発症
Table 2.Physical activity and incident chronic shoulder pain.
Total walking time(mins/week)
0
> 0 to < 150
> 150
Flexibility activity
Not at all
Not daily but occasionally
Daily
Muscle-strengthening activity(days/week)
0
> 0 to < 2
> 2
Incidence of
chronic shoulder pain
Adjusted OR
*
(95% CI)
14/146 (9.6)
21/171(12.3)
12/202 (6.4)
1
1.62(0.73-3.58)
0.73(0.29-1.79)
23/196(11.7)
20/286 (7.0)
13/167 (7.8)
1
0.52(0.26-1.05)
0.69(0.32-1.46)
32/285(11.2)
6/54(11.1)
12/235 (5.1)
1
1.02(0.36-2.90)
0.51(0.25-1.05)
P for trend
0.42
0.27
0.074
Figures are numbers(percentages)unless stated otherwise. Sample sizes vary due to missing values. OR = odds
ratio, 95% CI = 95% confidence interval.
*
Adjusted for sex, age, body mass index, education year, self-rated health, depressive symptom, engagement in
farming, smoking, past shoulder trauma and chronic disease history.
表 3 .身体活動と慢性腰痛の発症
Table 3.Physical activity and incident chronic low back pain.
Total walking time(mins/week)
0
> 0 to < 150
> 150
Flexibility activity
Not at all
Not daily but occasionally
Daily
Muscle-strengthening activity(days/week)
0
> 0 to < 2
> 2
Incidence of
chronic low back pain
Adjusted OR
*
(95% CI)
13/145(9.0)
9/176(5.1)
12/202(5.9)
1
0.45(0.17-1.19)
0.65(0.26-1.63)
16/192(8.3)
23/303(7.6)
8/164(4.9)
1
1.05(0.51-2.19)
0.71(0.28-1.77)
21/296(7.1)
3/59(5.1)
15/231(6.5)
1
0.76(0.21-2.77)
1.02(0.48-2.17)
P for trend
0.40
0.50
0.96
Figures are numbers(percentages)unless stated otherwise. Sample sizes vary due to missing values. OR = odds
ratio, 95% CI = 95% confidence interval.
*
Adjusted for sex, age, body mass index, education year, self-rated health, depressive symptom, engagement in
farming, smoking, past low back trauma and chronic disease history.
(48)
表 4 .身体活動と慢性膝痛の発症
Table 4.Physical activity and incident chronic knee pain.
Incidence of
chronic knee pain
Adjusted OR
*
(95% CI)
8/162(4.9)
3/191(1.6)
8/215(3.7)
1
0.31(0.08-1.27)
0.68(0.21-2.24)
11/203(5.4)
13/318(4.1)
3/181(1.7)
1
0.47(0.19-1.18)
0.26(0.07-0.98)
15/320(4.7)
3/64(4.7)
7/246(2.8)
1
1.06(0.28-4.04)
0.31(0.10-0.97)
Total walking time(mins/week)
0
> 0 to < 150
> 150
Flexibility activity
Not at all
Not daily but occasionally
Daily
Muscle-strengthening activity(days/week)
0
> 0 to < 2
> 2
P for trend
0.56
0.029
0.046
Figures are numbers(percentages)unless stated otherwise. Sample sizes vary due to missing values. OR = odds
ratio, 95% CI = 95% confidence interval.
*
Adjusted for sex, age, body mass index, education year, self-rated health, depressive symptom, engagement in
farming, smoking, past knee trauma and chronic disease history.
(25.8%)、週 2 日以上の筋力増強運動が 293 人
(40.9%)であった。
活動実施との間に有意な関係はみられなかった
(データ略)
。
ベースライン時点で慢性的な痛みをもたない者
なお、総合的な身体活動量の把握に用いられて
に限定すると、肩 688 人、腰 693 人、膝 741 人と
いる国際身体活動質問票(IPAQ)による中・高
なり、それぞれを痛み発症に関する解析の対象と
強度の身体活動時間についても調査・解析した
した。1 年間での新たな慢性の痛み発症数は、肩
が、歩行時間と同様、どの部位の痛みとも有意な
59(8.7%)、腰 48(7.0%)
、膝 28(3.9%)であった。
関連はみられなかった。
多変量解析の結果、慢性肩痛と慢性腰痛につい
ては、各種身体活動と痛み発症との間に有意な関
考 察
係はみられなかった(表 2,3)
。また、総歩行時
本研究では、地域在住の中高年者を対象として、
間と慢性膝痛発症の間にも有意な関連はみられな
定期的な身体活動の実施が、1 年後の慢性的な運
かったが(調整済みオッズ比(95%信頼区間):
動器の痛みの新たな発症の予防につながるか分析
> 0 かつ< 150 分 / 週= 0.31(0.08­1.27)
、150 分 /
した。その結果、慢性肩痛・慢性腰痛発症と各種
週以上= 0.68(0.21­2.24)
、参照カテゴリ:0 分/
身体活動実施、慢性膝痛発症と歩行時間との間に
週)
、柔軟運動の実施頻度(調整済みオッズ比:
有意な関係はみられなかったが、柔軟運動と筋力
たまに= 0.47(0.19­1.18)
、1 日 1 回以上= 0.26
増強運動の定期的な実施が、慢性膝痛発症の予防
(0.07­0.98),参照:ほとんどしない)と筋力増
につながっていた。
強運動の実施頻度(調整済みオッズ比:> 0 かつ
柔 軟・ 筋 力 増 強 運 動 と 慢 性 の 運 動 器 の 痛 み
< 2 日/週= 1.06(0.28­4.04)
、2 日/週以上= 0.31
発症の関係(1 次予防効果)を調べた研究は、
(0.10­0.97)
,参照:0 日/週)は、慢性膝痛の発
我々が知る限り本研究が初めてである。ACSM/
症と有意に関連しており、定期的な実施がリスク
AHA2007 推奨基準 20)や米国国民のための身体活
の低下につながっていた(表 4)
。
動ガイドライン 25) でも「柔軟運動」は推奨され
副次的解析として評価した、1 年間での VAS
ているものの、健康効果は実証されていないとさ
変化量の平均値は、肩痛­2 27、腰痛­3 25、膝
れていただけに、柔軟運動と筋力増強運動の慢性
痛 1 17 であった。重回帰分析の結果、各種身体
膝痛に対する 1 次予防効果が示唆されたことは、
(49)
運動器疾患対策のポピュレーション戦略としてこ
れない。これら、関連性・慢性化予防のメカニズ
れらの身体活動促進が重要である可能性を示して
ムについては、更なる研究が必要である。
おり、意義深い。
本研究では、肩・腰・膝の 3 つの部位について
身体活動の実施による痛み発症予防の全般的な
分析を行った。肩・腰においては、有意な結果で
機序としては、血流の維持改善、気晴らし効果や
はないが、ほとんどすべてにおいて、各種身体活
抑うつ予防効果 2,21,22,26)、痛み耐性(tolerance)の
動の推奨レベルの実施が痛み発症のリスクを下げ
向上、筋力増強あるいは柔軟性向上・可動域拡大
る方向に働いている(オッズ比が 1 より小さい)
。
による関節への負荷軽減など関節に働く力学的作
サンプルサイズが大きく、追跡年数が長くなれ
用の変化などが考えられる 23)。また、身体活動
ば、新たな関係性がみえてくる可能性がある。ま
の実施は、膝の関節軟骨欠損の予防にもつながる
た、今回の研究では、柔軟・筋力増強運動の実施
ことがわかってきている 24)。しかし、身体活動
部位・種目による違いはみていない。今後、これ
の実施量が多いと、運動器の外傷・障害にもつな
らを詳細に調査すれば、肩・腰・膝、それぞれの
がりやすく 12)、また、身体活動量と慢性腰痛リ
痛みと特異的に関係のある実施種目が明らかにな
スクの関係は U 字形であり、非活動的であって
るかもしれない。
も、過活動であっても腰痛のリスクが高まると報
米国 Healthy People 2010 の最終評価では、各
告されている
種身体活動の推奨レベル実施者の割合について
。
10)
本研究において、有酸素運動が慢性の運動器の
National Health Interview Survey の デ ー タ を も と
痛み発症と有意な関係がみられなかったことは、
に、中・高強度の身体活動 32%(2008 年)
、柔軟
このような身体活動のリスクとしての側面が特に
運動 31%(2001 年)、筋力増強運動 22%(2008
有酸素運動において存在していたことを示してい
年)などの現状値が示されており、依然として少
るとも考えられる。米国のフラミンガム・スタ
ない実施状況である 3)。本研究でも、40∼79 歳
ディにおいても、高強度の身体活動や、ウォーキ
において 6 割近くの住民が推奨レベルの身体活動
ングおよびジョギングに限定した身体活動量(有
を実施していなかったことを考えると、行動科学
酸素運動に相当)は、変形性膝関節症発症の予防
やヘルス・コミュニケーションの理論に基づき、
因子にもリスクにもなっておらず、アウトカムや
ポピュレーション・レベルでの普及戦略について
追跡期間などは異なるものの、本研究と同様の結
も、更なる研究が必要といえる。
果が得られている 。また、柔軟運動は、有酸素
本研究の限界としては、まず、質問紙調査であ
運動や筋力増強運動と比べて、慢性腰痛 9) およ
る点があげられる。痛みの評価は自己申告のみで
び身体的な痛み(bodily pain) の改善に効果的
あり、機能評価や医師による変形性膝関節症の診
であるといった知見もあり、本研究の結果と類似
断等は行われていない。また、本研究では、比較
している。
的高い回収率を得ているものの、思い出しバイア
副次的解析の結果より、各種身体活動の実施は
ス、レスポンスバイアス(健康志向者への回答の
VAS 評価による痛みの強さの変化に影響を与え
偏り)の可能性は否定できない。身体活動につい
ていなかった。それにもかかわらず、慢性膝痛の
ても質問紙をもとに評価したが、柔軟運動と筋力
発症が有意に抑えられていたということは、同程
増強運動の「実施習慣」を質問紙以外に大規模で
度の強さの痛みを感じることはあっても、その都
調査する方法、およびその質問紙の妥当性を検証
度(あるいは定期的に)
、運動を実施しているこ
する方法については十分な知見がない。したがっ
とによって、一時的に痛みがおさまり、痛みの継
て、現状では、柔軟運動と筋力増強運動の実施習
続(慢性化)を抑制できているのかもしれない。
慣の評価は質問紙調査によらざるを得ず、信頼性
あるいは、習慣的に柔軟および筋力増強運動を実
を検証した質問紙を用いて調査した点は、本研究
6)
16)
施していることで、痛みを感じる強さは同じでも、 の強みであると考えている。
その頻度(機会)や継続期間が少なく抑えられ、
2 番目の限界は、追跡方法、アウトカム発症
痛みの継続(慢性化)を予防できているのかもし
の評価方法が、1 年後の調査時点での痛み評価
(50)
にのみ基づいているという点である。ベースラ
イン(n=1078)から 1 年後調査(n=844)の間の
ドロップ・アウトの内訳は、1 年後不回答が 207
(19.2%)、死亡 6、引越 6、歩行障害 15 である。
将来行われる研究においては、精度の高いフォ
ローアップ方法・エンドポイント確認方法が実施
されることが望まれる。
最後に、追跡期間が短く、発症数が少なかった
ために、統計学的検定力が小さかった可能性もあ
る。今後、3 年後評価を実施する予定にしている。
総 括
地域在住の中高年者を対象として、定期的な身
体活動の実施が、1 年後の慢性的な運動器の痛み
の新たな発症の予防につながるか調べたところ、
慢性肩痛・慢性腰痛発症と各種身体活動実施、慢
性膝痛発症と歩行時間との間に有意な関係はみら
れなかったが、柔軟運動と筋力増強運動の定期的
な実施が、慢性膝痛発症の予防につながっていた。
身体活動の促進は運動器疾患の 1 次予防として有
効なポピュレーション戦略となり得る。今後、エ
ビデンス確立に向けて更なる研究が必要である。
謝 辞
with osteoarthritis pain: consensus practice recommendations. A supplement to the AGS Clinical Practice Guidelines
on the management of chronic pain in older adults. J Am
Geriatr Soc, 49, 808-823.
2)Brooks P(2005): Issues with chronic musculoskeletal pain.
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3)Centers for Disease Control and Prevention(2011):
Healthy People 2010 Final Review. http://www.cdc.gov/
nchs/healthy_people/hp2010/hp2010_final_review.htm
(Accessed: November 2011).
4)Dixon JS, Bird HA(1981): Reproducibility along a 10 cm
vertical visual analogue scale. Ann Rheum Dis, 40, 87-89.
5)Edwards PJ, Roberts I, Clarke MJ, Diguiseppi C, Wentz R,
Kwan I, Cooper R, Felix LM, Pratap S(2009): Methods to
increase response to postal and electronic questionnaires.
Cochrane Database Syst Rev, MR000008.
6)Felson DT, Niu J, Clancy M, Sack B, Aliabadi P, Zhang Y
(2007): Effect of recreational physical activities on the development of knee osteoarthritis in older adults of different
weights: the Framingham Study. Arthritis Rheum, 57, 6-12.
7)Hamano T, Yamasaki M, Fujisawa Y, Ito K, Nabika T,
Shiwaku K(2011): Social capital and psychological distress of elderly in Japanese rural communities. Stress and
Health, 27, 163-169.
8)Haskell WL, Lee IM, Pate RR, Powell KE, Blair SN,
Franklin BA, Macera CA, Heath GW, Thompson PD,
Bauman A(2007): Physical Activity and Public Health.
本研究の実施にあたり、ご協力いただきました調査対象
Updated Recommendation for Adults From the American
者・関係の皆様、共同研究者および研究協力者である石川
College of Sports Medicine and the American Heart Asso-
善樹先生、井上茂先生、内尾祐司先生、岡浩一朗先生、岡
ciation. Circulation, 116, 1081-1093.
田真平先生、奥泉宏康先生、上岡洋晴先生、西内啓先生、
9)Hayden JA, van Tulder MW, Tomlinson G(2005): System-
原田和弘先生、朴相俊先生、朴眩泰先生、松井譲先生、武
atic review: strategies for using exercise therapy to improve
藤芳照先生に厚くお礼申し上げます。
outcomes in chronic low back pain. Ann Intern Med, 142,
また、本研究を着想するにあたっては、「運動器の 10 年
776-785.
(Bone and Joint Decade)」世界会議(2005 年カナダ,2007
10)Heneweer H, Vanhees L, Picavet HS(2009): Physical
年オーストラリア,2010 年スウェーデン)へ出席させて
activity and low back pain: a U-shaped relation? Pain, 143,
いただいたことが大きな契機となりました。出席の機会を
与えていただいた武藤芳照先生はじめ「運動器の 10 年」
21-25.
11)Holth HS, Werpen HK, Zwart JA, Hagen K(2008): Physi-
日本委員会(現:一般財団法人 運動器の 10 年・日本協会)
cal inactivity is associated with chronic musculoskeletal
に対し、改めて感謝申し上げます。
complaints 11 years later: results from the Nord-Trondelag
最後に、本研究は厚生労働科学研究費補助金(平成 20
∼22 年度)および財団法人明治安田厚生事業団の助成の
もと行われました。ここに記して深謝いたします。
参 考 文 献
Health Study. BMC Musculoskelet Disord, 9, 159.
12)Hootman JM, Macera CA, Ainsworth BE, Martin M, Addy
CL, Blair SN(2001): Association among physical activity
level, cardiorespiratory fitness, and risk of musculoskeletal
injury. Am J Epidemiol, 154, 251-258.
1)American Geriatrics Society Panel on Exercise and Os-
13)Ichida Y, Kondo K, Hirai H, Hanibuchi T, Yoshikawa G,
teoarthritis(2001): Exercise prescription for older adults
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(51)
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.52∼61(2012.3)
食欲を抑制させる運動様式の探索
河 野 寛*
丸 藤 祐 子*
宮 下 政 司*
坂 本 静 男*
沼 尾 成 晴*
樋 口 満*
WHAT KIND OF EXERCISE MODE SUPPRESSES APPETITE ?
Hiroshi Kawano, Masashi Miyashita, Shigeharu Numao,
Yuko Gando, Shizuo Sakamoto, and Mitsuru Higuchi
SUMMARY
Background: It is known that an acute bout of high-intensity exercise induces appetite suppression. Recent research suggests that the appetite stimulating hormone secreted from the gut, acylated ghrelin, mediates exercise-induced appetite changes. However, it remains unclear whether there are differences in appetite and acylated ghrelin
responses to different modes of exercise(i.e., weight bearing exercise versus non-weight bearing exercise)
. Rope
skipping exercise is traditional exercise modality that everyone who had experienced during elementary school
years in Japan, and it has characteristic exercise modality that it has a great up-and-down motions of the center of
mass.
Purpose: This study was to examine the effects of exercise mode on appetite and plasma acylated ghrelin.
Methods: Sixteen healthy young men(age 24.6 0.5 yrs, body mass 65.7 1.6 kg, maximal oxygen uptake 46.6
1.6 ml/kg/min)participated in this study. After 12-h fasting, all subjects undertook three, 160 min trials, 1)rope
skipping exercise(298 10 kcal, 3 sets 10 min with 5 min interval, then rested for 120 min), 2)bicycle ergometer exercise(291 9 kcal, 3 sets 10 min with 5 min interval, then rested for 120 min), 3)control(rested for 160
min). Plasma concentration of acylated ghrelin and hunger evaluated by visual-analog scale(0 mm Not Hungry –
100 mm Very Hungry)were measured throughout.
Results: Two-way ANOVA revealed significant(P<0.05)interaction effects for hunger and acylated ghrelin, indicating suppressed hunger and acylated ghrelin during rope skipping and bicycle ergometer exercises. There were
no significant trial effects for hunger and acylated ghrelin. The amount of change in appetite from baseline during
exercise was greater in the rope skipping trial(–30 7 mm)than both bicycle ergometer(–9 5 mm)and control
trials(3 3 mm)by one-way ANOVA(P<0.05)
. However, there was no difference of change in plasma concentration of acylated ghrelin from baseline between in rope skipping and bicycle ergometer exercise trials.
Conclusion: These results suggest that rope skipping exercise with dramatic ups and downs in center of mass
may have greater effect of exercise-induced suppression of appetite but not of acylated ghrelin compared with bicycle ergometer exercise without ups and downs.
Key words: appetite, rope skipping, ghrelin.
早稲田大学スポーツ科学学術院 Faculty of Sport Sciences, Waseda University, Saitama, Japan.
* (53)
いては全く報告されていない。また幼少期に日本
緒 言
人が慣れ親しんだ運動様式の食欲低下効果を検討
A.肥満増加における国際的課題
することは、日本人の肥満予防や子どもにおける
体重は、摂取エネルギーと消費エネルギーの
バランスによって調整される 。近年、先進国に
8)
健康維持の観点から重要であるかもしれない。
D.食欲とホルモン
おいて、飽食や不活動が原因となり、肥満者の
成長ホルモンの分泌を促すホルモンとして発見
割合が増加している。この肥満者の増加は、2 型
されたグレリン 15) は、空腹時に増加し、満腹時
糖尿病や心血管疾患の罹患率と大きく関係してい
に低下することが報告され 6)、食欲増加ホルモン
る 16,19)。したがって、肥満の予防・改善のための
の代表的な存在として認識されている。なかでも
適切な運動や食事のプログラムを提案することは
脳関門を通過できるアシル化されたグレリンは、
重要である。
食欲調節において重要な役割を果たしていると考
B.運動種目と食欲
えられている 18)。近年、運動誘発性の食欲低下に、
運動は消費エネルギーを増やすための効率的な
血漿アシル化グレリンの濃度低下が関与している
ツールとして認知されている。先行研究において、 という報告が見受けられる 4,5,9,11,17)。しかしなが
一過性の運動は、短期的な食欲低下を引き起こす
ら、食欲と同様に運動様式の違いが一過性の運動
ことが認められている
。これらの先行研
による血漿アシル化グレリン濃度に及ぼす影響は
究では、ランニング運動、スイミング運動および
明らかでない。もし縄跳び運動が食欲を低下させ
レジスタンス運動に焦点を当て、比較的強度の高
るとするならば、血漿アシル化グレリン濃度も同
い一過性の運動と食欲低下との関係を明らかにし
じように低下する可能性が考えられる。
2-5,9,11,13,14)
ている。一方で、比較的強度の低い速歩では、運
動による食欲低下は認められなかった
E.目的
。これ
本研究の目的は、重心の上下動がない代表的な
らの知見から、有酸素性運動やレジスタンス運動
有酸素性運動である自転車運動および重心の大き
を問わず、比較的強度の高い運動であれば食欲が
な上下動がある有酸素性運動である縄跳び運動に
低下することが示唆されるが、有酸素性運動の様
おいて、運動中と運動後の食欲の変動に違いがあ
式の違いが食欲に及ぼす影響については、いまだ
るかどうか、また違いがある場合に、その違いを
不明な点が多い。有酸素性運動の種類については
食欲関連ホルモンであるアシル化グレリンによっ
体重移動を伴うものから、重心を上下動させるも
て説明できるかどうかを検討することであった。
10)
のまで多岐にわたることから、運動様式の違いに
方 法
着目して一過性の運動による食欲低下についての
詳細な検討が必要であると考えられる。
C.縄跳びについて
A.被験者
被験者は、健康な男性 16 名(24.6 0.5 歳)であっ
縄跳び運動は、日本人なら誰しもが幼少期に
た。すべての被験者は、実験の趣旨、安全性につ
1 度は経験する運動様式である。先行研究による
いて書面および口頭にて説明を受け、同意書に署
と、縄跳び運動中の運動強度は、最大酸素摂取量
名をした後に実験に参加した。本研究は、早稲田
の 70%を超えることが報告されており 20,21)、こ
大学の
「人を対象とする研究に関する倫理委員会」
れは縄跳び運動が高強度の有酸素性運動であるこ
の承認を得て実施された(承認番号 : 271)。
とを意味している。一般的な有酸素性運動と比べ
B.実験手順
て、縄跳び運動がもつ大きな特徴は、体重移動を
すべての被験者は、本実験の前に身体的特徴お
伴わず、重心が大きく上下動するというところで
よび最大酸素摂取量を測定した。本実験では、被
ある。縄跳び運動は、ランニングなどと比較して
験者は前日の 21 時より絶食し、空腹状態で 8 時
も、推進力を必要としないことから重心の上下動
に実験室へ来た。前日は禁酒を指示した。縄跳び
が極めて大きいといえる。重心の大きな上下動と
運動条件、自転車運動条件およびコントロール条
いう特徴的な有酸素性運動と食欲低下の関係につ
件の 3 試行を実施した。各被験者の条件間の運動
(54)
D.本実験
表 1 .被験者特性
Table 1.Subject s characteristics.
Mean
n
Age, years
Height, cm
Body mass, kg
Body fat, %
Body mass index, kg/m2
VO2max, ml/kg/min
●
16
24.6
172.6
65.7
15.4
22.1
46.6
1 .実験プロトコール
range
0.5
1.4
1.6
1.1
0.5
1.6
22-28
159.8-180.1
55.5-75.8
7.9-25.5
19.2-26.5
38.7-58.2
Data are means SEM, n; no. of subjects, VO2max; maximal
oxygen consumption.
●
縄跳び運動条件は、10 分× 3 セット(120bpm)
とし、セット間のインターバルを 5 分とした(運
動試技 40 分)。運動後には 120 分間の回復時間
を設けた。自転車運動条件も同様に、10 分× 3
セット(60bpm)(インターバル 5 分)とし、運
動後に 120 分間の回復時間を設けた。コントロー
ル条件は、160 分間安静を保った。測定項目は、
visual-analog scale(VAS)によって食欲、満腹感、
甘い食べ物への欲求、しょっぱい食べ物への欲求、
脂っこい食べ物への欲求および酸っぱい食べ物へ
量を統一するために、始めに被験者ごとに運動量
の欲求、更に採血から得られる血糖値および血漿
が異なる縄跳び運動条件において酸素摂取量を決
アシル化グレリン濃度であった。VAS による食
定した後に自転車運動条件を行うこと以外は、実
欲関連指標は、運動前、1 回目のインターバル、
験の試行順序は無作為とした。
2 回目のインターバル、運動直後、運動後 15 分、
C.予備実験
30 分、45 分、60 分、75 分、90 分、105 分 お よ
1 .身体的特徴
び 120 分の合計 12 ポイントにおいて評価された。
本実験を実施する前に、すべての被験者は、身
採血は、運動前、運動直後、運動後 30 分、60 分
長、体重、体脂肪率および最大酸素摂取量を測定
および 120 分であった。縄跳び運動条件および自
した。被験者の特徴は、身長が 172.6 1.4cm、体
転車運動条件においては、インターバルを含めた
重 が 65.7 1.6kg、body mass index が 22.1 0.5kg/
運動中の 40 分間に酸素摂取量を連続して測定し
m 、体脂肪率が 15.4 1.1%、および最大酸素摂取
た。
量が 46.6 1.6ml/kg/min であった(表 1)
。
2 .酸素摂取量
2 .最大酸素摂取量の測定
縄跳び運動および自転車運動中の酸素摂取量
被験者は自転車エルゴメータ(CombiRS-232,
は、呼吸代謝測定装置(VO2000, Medical Graph-
2
Combi Wellness, Japan)を用いた漸進負荷法より
ics, USA)を用いて測定された。縄跳び運動条件
最大酸素摂取量を求めた。ペダル回転数を 60 回
では、携帯型である VO2000 を背負って縄を跳
転 に 設 定 し、 心 拍 数 120 拍/分 程 度 で 5 分 間 の
び、運動中の酸素摂取量および二酸化炭素排泄量
ウォーミングアップを行わせ、その後疲労困憊に
を記録し、運動終了後に PC へ取り込み、運動中
至るまで 1 分ごとに 15W ずつ負荷した。各運動
の酸素摂取量および消費エネルギー量を算出し
負荷のステージにて心拍数、主観的運動強度(Borg
た。消費エネルギー量は Weir の式によって算出
scale)を記録した。運動中の呼気ガスは呼吸代
した 22)。自転車運動条件では、リアルタイムで
謝測定システム(Minato AE300, Minato Medical Sci-
酸素摂取量を PC でモニタリングし、先に行った
ence, Japan)を用いて分析した。最大酸素摂取量
縄跳び運動と同程度の酸素消費になるように負荷
の判定基準は、酸素摂取量のレベリングオフがみ
を調整した。
られることとした。ただし、酸素摂取量のレベリ
3 .食欲
ングオフがみられない場合でも、1)心拍数が年
食欲関連の指標は、Flint et al.7)の指標を改良し
齢から推定される最大心拍数(220 ­年齢 5 拍
て 100mm の VAS によって評価した。食欲につい
/分)に到達していること、2)呼吸交換比が 1.0
ては、被験者が「どれくらい、お腹が空いてい
以上であること、3)自覚的運動強度が 19 もしく
ますか?」という質問に対して、
「全く空いてい
は 20 であること、この 3 指標中 2 つ以上を満た
ない( 0 mm)
」から「すごくお腹が空いている
したときは最大酸素摂取量と判定した 1)。
(100mm)」までの間でチェックを入れた。満腹
(55)
感については、「どれくらい、お腹が満たされて
測定項目のベースラインの値において、試行間に
いますか?」という質問に対して、
「全く満たさ
有意な差は認められなかった。食欲(P<0.0001)、
れていない( 0 mm)
」から「すごくお腹が満た
甘い食べ物への欲求(P=0.0032)、しょっぱい食
されている(100mm)
」までの間でチェックを入
べ物への欲求(P=0.037)、脂っこい食べ物への欲
れた。甘い食べ物への欲求については、
「どれく
求(P<0.0001)、遊離脂肪酸(P=0.006)および血
らい、甘い物が食べたいですか?」という質問に
漿アシル化グレリン(P=0.0014)において、交互
対して、「全く食べたくない( 0 mm)」から「す
作用が認められた。血糖値以外のすべての項目に
ごく食べたい(100mm)
」までの間でチェックを
入れた。この他にも同様の手順で、しょっぱいも
おいて、時間における主効果が認められたが(す
べて P<0.0001)、試行における主効果は認められ
の、脂っこいものおよび酸っぱいものに対する食
なかった。交互作用が認められた食欲、甘い食べ
欲アンケートを実施した。
物、しょっぱい食べ物および脂っこい食べ物に対
4 .血液生化学検査
する欲求における各試行の変化は、コントロール
静脈採取した血液から、血糖値、インスリン、
条件においては変動しない、もしくは徐々に値が
遊離脂肪酸および血漿アシル化グレリン濃度を測
増加する傾向にあり、縄跳び運動条件および自転
定した。血糖値については酵素電極法(ワンタッ
車運動条件においては運動中および運動直後に一
チウルトラ
旦低下し、その後徐々にベースラインの値に戻り、
,ジョンソン ・ エンド ・ ジョンソン,
TM
日本)、インスリンについては化学発光免疫測
最終的にベースラインの値を上回るといった傾向
定法、遊離脂肪酸については酵素法によって測定
であった。
した。血漿アシル化グレリン濃度については、酵
交互作用が認められた 4 つの項目について、各
素免疫測定法(Active Ghrelin ELISA Kit,セティ,
試行において事後検定を行い、各測定ポイントと
日本)によってプレートリーダー(Sunrise Re-
ベースラインを比較した。食欲について、縄跳び
mote, Tecan Austria GmbH, Austria)を用いて測定
運動条件においてのみ、インターバル中および運
した。血糖値および血漿アシル化グレリン濃度の
動直後にベースラインと比較して有意に低値を示
変動係数は、それぞれ 1.9%および 7.3%であった。
した(図 1)。またすべての試行において運動後
E.統計処理
75 分以降はベースラインと比較して有意に増加
ベースラインの各値、運動中の酸素摂取量、食
した。食欲におけるベースラインに対する変化量
欲および血漿アシル化グレリン濃度の変化量およ
び運動による消費エネルギー量については、一元
についても交互作用および時間における主効果が
認められた(図 2:いずれも P<0.0001)。更に、2
配置の分散分析によって分析された。試行におけ
回目のインターバルにおける食欲の変化量は、自
る値の変化とその違いについては、二元配置の分
転車運動条件と比較して縄跳び運動条件で有意に
散分析(試行×時間)を用いて分析した。交互作
低値を示した(図 3:P<0.0001)。
用がある場合、各試行内において Bonferroni 法に
甘い食べ物への欲求、しょっぱい食べ物への欲
よって事後検定を行った。食欲と血漿アシル化グ
求および脂っこい食べ物への欲求について、各試
レリン濃度との関係、消費エネルギー量および運
行ともに運動後 1 時間程度でベースラインと比較
動強度(最大酸素摂取量に対する運動中の酸素摂
して有意に高値を示した(P<0.0008)。また、縄
取量の割合)と食欲および血漿アシル化グレリン
跳び運動条件の脂っこい食べ物への欲求は、2 回
濃度の関係を検討するために、単相関分析を行っ
目のインターバルおよび運動直後においてベース
た。有意水準は、 5 %未満とした。値は、平均
ラインと比較して有意に低値を示した
(P<0.0008)
。
標準誤差で示した。
遊離脂肪酸は、すべての条件において、運動後
結 果
120 分でベースラインと比較して有意に高値を示
した(すべて P<0.005)。血漿アシル化グレリン
表 2 および表 3 に VAS によって評価された食
濃度は、縄跳び運動条件および自転車運動条件に
欲関連指標および血液生化学データを示した。各
おいて、運動直後にベースラインと比較して有
Control
Bicycle
Rope skipping
Control
Bicycle
Rope skipping
Control
Bicycle
Rope skipping
Control
Bicycle
Rope skipping
Control
Bicycle
Rope skipping
Fullness, mm
Desire to eat sweet foods, mm
Desire to eat salty foods, mm
Desire to eat fat foods, mm
Desire to eat sour foods, mm
50.4 6.1
44.9 6.1
42.9 5.0
44.9 5.1
36.6 5.7
38.7 4.5
51.8 6.7
47.3 5.7
49.9 4.7
40.8 7.2
39.6 4.8
38.3 4.5
20.1 3.7
24.2 4.9
22.5 5.5
72.9 4.8
60.6 5.8
68.0 4.3
Baseline
Immediately
after
15min
52.5 6.2
44.3 6.6
45.2 4.3
43.9 5.5
28.8 4.3
28.3 3.5
55.8 6.3
44.3 6.2
46.8 4.6
43.8 6.8
36.3 5.5
34.5 5.1
17.1 3.8
24.1 6.6
24.9 4.6
61.1 6.3
47.0 6.3
47.9 6.8
46.6 5.9
36.0 6.1
34.8 6.2
18.9 4.3
25.1 6.0
21.5 5.6
62.1 6.2
51.4 6.5
56.4 6.1
48.8 6.4
46.3 6.4
41.3 7.2
15.3 3.9
20.9 5.3
18.5 6.0
52.8 5.9
49.7 6.9
42.8 6.5
57.9 6.1
49.3 7.0
48.9 6.0
55.7 5.6
50.1 6.4
50.4 6.2
46.2 5.7 53.4 6.5 54.8 5.7
26.7 4.0 25.3 4.6 37.5 5.4
16.7 2.8* 16.1 2.4* 25.5 5.3
55.3 6.3
46.5 6.3
43.2 6.2
46.0 6.2
36.6 5.2
32.3 6.6
19.2 4.0
29.3 7.6
25.4 6.3
77.6 4.8 76.3 4.4 80.3 4.2 78.3 4.2
50.1 6.5 50.4 7.7 47.6 6.9 54.4 7.0
46.7 4.2* 37.1 5.5* 42.7 6.2* 57.7 5.6
Interval 1 Interval 2
75min
90min
105min
120min Time effect
56.3 5.4
50.9 7.0
57.6 4.8
56.3 5.6
53.4 6.9
60.4 5.1
57.7 4.7
57.6 6.4
63.6 5.1
60.8 4.5
55.8 6.6
65.0 4.6
62.0 4.9
62.8 5.4
66.9 4.8
62.7 4.5
67.5 4.9
70.4 5.2
66.3 5.0
71.0 5.1
72.8 5.5
<0.0001
Control
Bicycle
Rope skipping
Control
Bicycle
Rope skipping
Control
Bicycle
Rope skipping
Insulin, µU/ml
Free fatty acid, mEq/l
Acylated ghrelin, pg/dl
55.3 7.4
56.3 11.1
59.1 8.8
0.44 0.06
0.44 0.06
0.33 0.04
6.2 1.1
6.1 1.1
5.6 0.6
100.4 2.2
98.7 1.7
101.1 1.9
Baseline
64.0 10.2
36.1 8.3*
31.9 8.7*
0.44 0.06
0.48 0.04
0.48 0.04
4.0 0.8
4.9 1.1
4.5 0.8
101.2 2.0
96.0 2.4
103.4 5.7
Immediately
after
0.58 0.06
0.72 0.08*
0.52 0.04*
73.5 10.0*
60.2 11.8
55.0 8.7
77.0 12.8*
42.6 8.8
53.6 12.2
3.7 0.6
3.7 0.6
3.5 0.6
101.3 2.0
99.5 2.2
95.6 1.9
60min
0.45 0.05
0.56 0.08
0.44 0.04
3.1 0.6
4.6 0.8
4.5 0.7
100.6 1.7
96.4 1.7
96.3 3.1
30min
<0.0001
<0.0001
0.64 0.06*
0.91 0.07*
0.82 0.08*
71.9 9.8
50.2 8.0
63.1 8.7
<0.0001
ns
Time effect
3.7 0.4
2.7 0.6
3.2 0.5
102.5 2.1
100.8 1.9
99.6 1.9
120min
Data are means SEM. *Significantly different from baseline in each condition after Bonferroni adjustment, P<0.005 for acylated ghrelin.
Control
Bicycle
Rope skipping
Blood glucose, mg/dl
Condition
表 3 .生化学データの変化
Table 3.Change of biochemical parameters.
ns
ns
ns
ns
Condition effect
ns
ns
59.7 6.0* 59.0 5.7* 62.6 5.5* 67.4 6.1* 65.7 5.2* 66.9 6.3* <0.0001
50.9 6.8 60.1 6.5* 61.7 6.2* 64.9 6.6* 70.7 6.8* 68.8 6.4*
46.5 8.0 53.5 7.3 59.2 7.6* 60.6 7.4* 62.4 7.3* 64.3 7.2*
57.4 6.4
44.7 6.6
40.1 6.6
8.2 2.7
5.5 2.0
7.1 3.3
ns
9.7 2.9
7.5 2.4
7.5 3.5
67.6 5.9* 65.1 6.4* 64.4 6.0* 69.3 6.1* 73.3 5.6* 73.3 5.5* 74.7 5.2* <0.0001
54.9 6.7 57.6 6.8 65.4 5.7* 64.8 6.0* 71.6 5.2* 77.3 4.6* 79.8 4.9*
65.4 5.5 67.3 6.0 71.1 5.9* 74.3 5.5* 74.3 5.6* 77.8 5.6* 75.3 5.6*
9.9 2.7
9.9 2.9
8.9 4.7
ns
14.6 4.8
11.7 3.4
9.9 4.4
ns
0.0014
0.006
ns
ns
Interation
ns
<0.0001
0.037
0.0032
ns
<0.0001
Condition
Interaction
effect
55.9 5.8* 52.4 6.1 51.4 5.4 57.2 4.5* 57.2 4.6* 57.1 5.3* 58.3 5.5* <0.0001
50.9 6.3 54.4 6.5* 58.6 6.4* 61.1 6.4* 60.2 6.6* 65.6 6.3* 71.5 5.7*
51.1 6.9 52.0 7.3 55.0 7.2* 59.9 7.3* 58.5 7.4* 64.7 6.9* 63.6 7.5*
11.7 3.5
12.8 3.5
12.7 5.6
80.6 4.5 81.1 4.4 84.9 4.0* 85.7 4.3* 86.5 3.7* <0.0001
78.8 4.5* 80.3 4.3* 82.3 4.1* 89.8 3.5* 91.4 3.3*
80.9 5.7 86.1 5.1* 87.4 5.3* 90.4 4.3* 92.2 3.1*
60min
ns
13.4 3.5
16.6 4.3
15.5 5.7
81.2 4.1
70.3 6.3
76.9 6.2
45min
<0.0001
14.8 3.9
19.8 5.1
14.6 5.6
80.1 4.6
66.8 6.8
70.5 6.3
30min
Data are means SEM. *Significantly different from baseline in each condition after Bonferroni adjustment, P<0.0008 for hunger, and desire to eat sweet, salty, and fat foods.
Control
Bicycle
Rope skipping
Hunger, mm
Condition
表 2 .食欲関連指標の変化
Table 2.Change of ratings perceived of appetite.
(56)
(57)
100
†
VAS hunger rating (mm)
90
†
*
‡
†
*
‡
†
*
‡
†
*
80
Control
Bicycle
70
Rope skipping
60
50
40
30
*
*
Exercise
(10 min×3 sets)
*
20
Baseline
IV1
IV2
Post
Post
15min
Post
30min
Post
45min
Post
60min
Post
Post
Post
Post
75min 90min 105min 120min
Time
図 1 .3 つの試行における VAS で評価した食欲の変化
Fig.1.Changes in VAS hunger ratings in 3 conditions.
Time effect: P<0.0001, Condition effect: ns, Interaction: P<0.0001.
*P<0.0008
vs. baseline value in rope skipping condition. †P<0.0008 vs. baseline value in bicycle condition.
‡
P<0.0008 vs. baseline value in control condition. Data are mean SEM.
ΔVAS hunger rating (mm)
40
30
20
Control
10
Bicycle
Rope skipping
0
–10
–20
–30
–40
Exercise
(10 min×3 sets)
–50
Baseline
IV1
IV2
Post
Post
15min
Post
30min
Post
45min
Post
60min
Post
75min
Post
Post
Post
90min 105min 120min
Time
図 2 .3 つの試行における VAS で評価した食欲の変化量
Fig.2.Amount of changes in VAS hunger ratings in 3 conditions.
Time effect: P<0.0001, Condition effect: ns, Interaction: P<0.0001.
Data are mean SEM.
意に低値を示し、運動後 30 分以降はベースライ
縄跳び運動条件と自転車運動条件における消費
ンと比較して有意な差は認められなかった。一方
エネルギー量、酸素摂取量および運動強度を表 4
で、コントロール条件の血漿アシル化グレリン濃
に示した。消費エネルギー量、酸素摂取量および
度は、運動後 30 分と 60 分においてベースライン
運動強度は、縄跳び運動条件において、それぞれ
と比較して有意に高いことが認められた(図 4)
。
298 10kcal、30.4 0.8ml/kg/min および最大酸素
(58)
ΔVAS hunger rating (mm)
10
0
–10
*
–20
–30
–40
*†
–50
Control
Bicycle
Rope skipping
図 3 .3 つの試行における VAS で評価した 2 回目のインターバル時の食欲の変化量
Fig.3.Amount of changes in VAS hunger ratings at interval 2 in 3 conditions.
ANOVA: P<0.0001.
*P<0.0125
vs. control condition in same time point. †P<0.0125 vs. bicycle condition in same time point.
Data are mean SEM.
Acylated ghrelin concentration (pg/dl)
100
‡
90
‡
80
Control
Bicycle
70
Rope skipping
60
50
†
40
30
Exercise
(10 min×3 sets)
*
20
Baseline
IV1
IV2
Post
Post
15min
Post
30min
Post
45min
Post
60min
Post
75min
Post
Post
Post
90min 105min 120min
Time
図 4 .3 つの試行における血漿アシル化グレリン濃度の変化
Fig.4.Changes in acylated ghrelin concentration in 3 conditions.
Time effect: P=0.0001, Condition effect: ns, Interaction: P=0.0014.
*P<0.005
vs. baseline value in rope skipping condition. †P<0.005 vs. baseline value in bicycle condition.
‡
P<0.005 vs. baseline value in control condition. Data are mean SEM.
表 4 .自転車運動条件と縄跳び運動条件における消費エネ
ルギー量および運動強度
Table 4.Energy expenditure and exercise intensity with bicycle
and rope skipping exercise.
Energy expenditure, kcal
VO2, ml/kg/min
%VO2max, %
●
●
Data are means SEM.
Bicycle
Rope skipping
291 9
29.9 0.8
64.8 2.0
298 10
30.4 0.8
65.9 2.0
摂取量の 65.9 2.0%であり、自転車運動条件にお
いては、291 9kcal、29.9 0.8ml/kg/min および最
大酸素摂取量の 64.8 2.0%であり、いずれの項目
においても条件間に有意な差は認められなかった。
すべての条件をまとめて、食欲と血漿アシル化
グレリン濃度との関係を検討したところ(n=48)、
運動中の食欲の変化と血漿アシル化グレリン濃度
の変化との間には有意な正の相関関係が認められ
た(r=0.391, P=0.006)。それぞれ消費エネルギー
量および運動強度と食欲および血漿アシル化グレ
(59)
リン濃度の関係を検討したところ、自転車運動
漿アシル化グレリン濃度の低下の相関関係も有意
条件においてのみ、運動強度と血漿アシル化グレ
性を示し、これらの結果もまた先行研究と一致し
リン濃度の低下に有意な負の相関関係が認められ
(r= ­ 0.591, P=0.016)
、その他の因子間に有意な
た 4,5,9,11)。したがって、本研究もまた、有酸素性
相関関係は認められなかった。
考 察
運動による一過性の食欲低下に血漿アシル化グレ
リン濃度が連動するという概念を支持している。
B.縄跳び運動における食欲とグレリンの関係
本研究では、有酸素性運動における食欲の低下
本研究は、食欲を低下させる運動様式を探索す
効果について、運動様式の違いが影響するかどう
ることを大きな目的として、重心の上下動がない
かを検討するために、自転車運動条件と縄跳び運
自転車運動と重心の大きな上下動がある縄跳び運
動条件を設定し、両条件の運動強度や消費エネル
動に対する食欲および食欲関連ホルモンである血
ギー量を被験者ごとに統一したうえで、両運動条
漿アシル化グレリン濃度の変化を比較した。その
件に対する食欲および血漿アシル化グレリン濃度
結果、自転車運動および縄跳び運動ともに運動中
の応答を評価した。その結果、運動強度や消費エ
および運動直後に食欲は低下したが、運動中の食
ネルギー量が同じであるにもかかわらず、運動中
欲低下は縄跳び運動においてより顕著であった。
の食欲低下について、自転車運動条件と比較して
一方で、血漿アシル化グレリン濃度は、自転車運
縄跳び運動条件においてより顕著であることが明
動および縄跳び運動条件において、ほぼ同程度の
らかになった。しかしながら、本研究では運動中
低下を示したことから、運動様式の違いによる食
の血漿アシル化グレリン濃度を測定しておらず、
欲低下の差異を血漿アシル化グレリン濃度のみで
運動中における食欲の低下を生化学指標で説明す
は説明できないことが示唆される。本研究は、運
ることは難しいと考えられる。また、運動直後の
動様式によって食欲の低下効果が異なることを明
血漿アシル化グレリン濃度についても自転車運動
らかにしただけでなく、運動中に食欲を低下させ
条件および縄跳び運動条件に有意な差は認められ
る運動様式として、自転車運動よりも縄跳び運動
なかった。したがって、縄跳び運動が自転車運動
のほうが適していることを示している。
と比較して運動中の食欲低下が大きくなるメカニ
A.有酸素性運動に対する食欲低下
ズムについては不明であるが、グレリンだけでな
本研究では、自転車運動条件および縄跳び運動
く、その他の食欲低下に関連するホルモンである
条件において、それぞれの運動中および運動直後
ペプチド YY や GLP-1 などが関与している可能
の食欲がベースラインと比較して有意に低い値を
性があると推測される。今後、縄跳び運動による
示した。この結果は、比較的強度の高い有酸素性
食欲低下について、グレリン以外の食欲関連ホル
運動(最大酸素摂取量の 60%程度)に対する食
モンの関与についても検討を行う必要があると考
欲低下を検討した先行研究と一致するものであっ
えられる。
た
。運動終了後の食欲の回復においても、
3-5,9,11-13)
C.運動強度と食欲およびグレリンの関係
先行研究では、約 1 ∼ 2 時間程度でコントロール
本研究では、被験者によって縄跳び運動にお
条件の値に戻っており、本研究でも 1 時間程度で
ける運動強度が異なる(最大酸素摂取量の 52∼
コントロール条件の値と同等となった。したがっ
82%)ことから、運動強度を同等にした自転車
て、本研究の結果は、ランニング運動や自転車
運動においても被験者間の運動強度に同程度のば
運動のような一般的な有酸素性運動に加えて、縄
らつきが生じた(最大酸素摂取量の 52∼78%)。
跳び運動のような独特の様式である有酸素性運動
先行研究から、ランニング運動といった比較的
においても、その運動中および運動直後には食欲
強度の高い有酸素性運動では食欲および血漿アシ
が低下し、その後徐々に亢進することを示してい
ル化グレリン濃度が運動中および運動直後に低下
る。また、本研究は、食欲増進に関与する血漿ア
することが明らかとなっているが 4,5)、比較的強
シル化グレリン濃度が運動に対する食欲低下や回
度の低い速歩では食欲および血漿アシル化グレリ
復に連動して変化すること、更に食欲の低下と血
ン濃度の変化が認められないことが報告されてお
(60)
り 10)、これらの結果は、運動による食欲および
違いが食欲の低下に及ぼす影響を真に明確にする
血漿アシル化グレリン濃度の低下が運動強度に依
ものではない。今後、被験者数を追加することで、
存する可能性を示している。本研究において、
本研究結果を確かなものにする必要があると考え
運動強度と食欲および血漿アシル化グレリン濃度
る。いずれにしても、縄跳び運動は一般的な有酸
との関連性を検討したところ、自転車運動条件に
素性運動と同様に食欲および血漿アシル化グレリ
おける運動強度と血漿アシル化グレリン濃度の低
ン濃度の低下を引き起こすだけでなく、自転車運
下量の間に有意な負の相関関係が認められた(r=
­0.591, P=0.016)が、縄跳び運動条件には関係性
動よりも大きく食欲を低下させる可能性がある。
結 論
が認められなかった。このことは、縄跳び運動に
よる食欲および血漿アシル化グレリン濃度変化の
本研究の結果は、縄跳び運動および自転車運動
個人差について、運動強度以外の要因が関与して
がその運動中および運動直後に食欲および血漿ア
いる可能性を間接的に示唆するものである。
シル化グレリン濃度を低下させること、更には重
D.食欲とその他の食への欲求
心が大きく上下動するという特徴をもつ縄跳び運
本研究では、VAS によって食欲以外にも、満
動において、血漿アシル化グレリン濃度の顕著な
腹感や、甘い食べ物、しょっぱい食べ物、脂っこ
低下がなくても運動中により大きな食欲低下が引
い食べ物、更には酸っぱい食べ物に対する欲求が
き起こされる可能性を示唆している。運動様式と
一過性の運動によってどのように変動するのかを
食欲低下の関係について検討した本研究の成果
検討した。面白いことに、自転車運動および縄跳
は、効率的な減量プログラム作成の一助になると
び運動によって、甘い食べ物や脂っこい食べ物に
考えられる。
対する欲求は、食欲と同じように、運動中および
運動直後に低下し、その後徐々に亢進した。一方
参 考 文 献
で、しょっぱい食べ物や酸っぱい食べ物に対する
1)Aoyama T, Asaka M, Ishijima T, Kawano H, Cao ZB,
欲求は、どちらの運動を実施してもコントロール
Sakamoto S, Tabata I, Higuchi M(2011): Association
条件と同様に徐々に亢進することが明らかとなっ
た。この結果、運動による食欲低下と連動して低
下する各食べ物に対する欲求は、カロリーが見込
める甘い食べ物や脂っこい食べ物であった。これ
らの現象におけるメカニズムは不明であるが、運
動中の食欲低下時にはヒトが感覚的にカロリーを
避ける行動をとる可能性が示唆される。
本研究の結果には述べておくべき研究の限界が
between muscular strength and metabolic risk in Japanese
women, but not in men. J Physiol Anthropol, 30, 133-139.
2)Blundell JE, King NA(1999): Physical activity and regulation of food intake: current evidence. Med Sci Sports Exerc,
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3)Blundell JE, Stubbs RJ, Hughes DA, Whybrow S, King NA
(2003): Cross talk between physical activity and appetite
control: does physical activity stimulate appetite? Proc Nutr
Soc, 62, 651-661.
ある。本研究では、運動様式の違いが食欲および
4)Broom DR, Batterham RL, King JA, Stensel DJ(2009):
血漿アシル化グレリン濃度の反応に及ぼす影響を
Influence of resistance and aerobic exercise on hunger,
検討するために、二元配置の分散分析(時間×条
件)を用いた。食欲および血漿アシル化グレリン
濃度ともに、交互作用および時間における主効果
に有意性が確認されたが、条件における主効果は
認められなかった。運動様式の違いと食欲の変化
との関連については、ベースラインに対する運動
中の食欲の低下量においてのみ一元配置にて有意
circulating levels of acylated ghrelin, and peptide yy in
healthy males. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol,
296, R29-R35.
5)Broom DR, Stensel DJ, Bishop NC, Burns SF, Miyashita M
(2007): Exercise-induced suppression of acylated ghrelin
in humans. J Appl Physiol, 102, 2165-2171.
6)Cummings DE, Purnell JQ, Frayo RS, Schmidova K, Wisse
BE, Weigle DS(2001): A preprandial rise in plasma ghre-
性が確認され、自転車運動条件と比較して縄跳び
lin levels suggests a role in meal initiation in humans. Dia-
運動条件において食欲の低下量が有意に高いとい
betes, 50, 1714-1719.
う結果が得られた。これらの結果は、運動様式の
7)Flint A, Raben A, Blundell JE, Astrup A(2000): Reproduc-
(61)
ibility, power and validity of visual analogue scales in as-
15)Kojima M, Hosoda H, Date Y, Nakazato M, Matsuo H,
sessment of appetite sensations in single test meal studies.
Kangawa K(1999): Ghrelin is a growth-hormone-releasing
Int J Obes Relat Metab Disord, 24, 38-48.
8)Frayn KN(2003): Metabolic regulation: a human perspective. Blackwell Science, Oxford.
acylated peptide from stomach. Nature, 402, 656-660.
16)Kopelman PG(2000): Obesity as a medical problem. Nature, 404, 635-643.
9)King JA, Miyashita M, Wasse LK, Stensel DJ(2010): In-
17)Matsumoto M, Hosoda H, Kitajima Y, Morozumi N,
fluence of prolonged treadmill running on appetite, energy
Minamitake Y, Tanaka S, Matsuo H, Kojima M, Hayashi Y,
intake and circulating concentrations of acylated ghrelin.
Kangawa K(2001): Structure-activity relationship of ghre-
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lin: pharmacological study of ghrelin peptides. Biochem
10)King JA, Wasse LK, Broom DR, Stensel DJ(2010)
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11)King JA, Wasse LK, Stensel DJ(2011): The acute effects
19)Ogden CL, Carroll MD, Curtin LR, McDowell MA, Tabak
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724.
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14)King NA, Lluch A, Stubbs RJ, Blundell JE(1997): High
22)Weir JB(1949): New methods for calculating metabolic
dose exercise does not increase hunger or energy intake in
rate with special reference to protein metabolism. J Physiol,
free living males. Eur J Clin Nutr, 51, 478-483.
109, 1-9.
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.62∼69(2012.3)
運動耐容能を決定する新たな因子の探索
―心筋細胞内の脂質蓄積と動脈硬化度から―
金 孟 奎*
横 山 貴 之*
田 村 好 文*
島 田 和 典*
INVOLVEMENT OF INTRAMYOCARDIAL TRIGLYCERIDE AND CAROTID
INTIMA-MEDIA THICKNESS IN EXERCISE CAPACITY
Maengkyu Kim, Takayuki Yokoyama, Yoshifumi Tamura,
and Kazunori Shimada
SUMMARY
Background: Previous studies demonstrated the convincing evidence that exercise capacity(cardiorespiratory
fitness: VO2peak)is related to health in adolescent, and predicted mortality in middle-aged adults as well as in older
adults. It has been reported that intramyocardial triglyceride(MCT)content is associated with lipotoxicity and
contractile dysfunction. Carotid intima-media thickness(IMT)and aortic stiffness are independent predictors of
, MCT, IMT, and
vascular events. However, little is known about the relationship between exercise capacity(EC)
arterial stiffness.
Methods: Eighteen healthy male subjects were enrolled in this study. With a graded maximal cycle ergometric
test, VO2peak and anaerobic threshold(AT)were assessed. The subjects were divided into two groups: low VO2peak
(Low EC: 38.1 1.4 ml/kg/min, n = 9)and high VO2peak(High EC: 48.1 2.2 ml/kg/min, n = 9)based on the cut
. A volume of interest with 2 cm3(10 × 10 × 20-mm)with breathpoint being median VO2peak(40.2 ml/kg/min)
hold was prudently selected to avoid blood contamination within the ventricular septum from cine dynamic images
using proton magnetic resonance spectroscopy(1H-MRS)techniques. The MCT content was calculated according
,
to area under curve of each spectrum from water and lipid. Ejection fraction(EF)
, end-diastolic volumes(EDV)
end-systolic volumes(ESV)
, and myocardial mass were measured by the MR images. As arterial stiffness, cardioankle vascular index(CAVI)and ankle brachial index(ABI)were simultaneously measured with systolic blood
pressure(SBP)and diastolic blood pressure(DBP)
. IMT using high-resolution ultrasound imaging was measured
at common carotid artery.
Results: Although VO2peak and AT value were significantly different between the two groups(P < 0.05), there
had no significant differences of CAVI, SBP, and DBP values between the two groups(P > 0.05, respectively)
.
However, MCT level tended to be higher in the Low EC group than that in the High EC group. MCT level was re. Moreover, VO2peak showed a negative correlation to IMT level(r =
lated to VO2peak level(r = ­0.424, P = 0.083)
­0.539, P = 0.025)
.
●
●
●
●
●
●
●
●
順天堂大学医学研究科内科スポートロジーセンター Sportology Center, Juntendo University School of Medicine, Tokyo, Japan.
* (63)
Discussion: Lower VO2peak tended to be higher accumulation of triglycerides within intramyocardium. Moreover, VO2peak may be associated with carotid morphological aspect of IMT as surrogate marker for atherosclerosis,
but not arterial stiffness, at least in healthy men.
●
●
Key words: exercise capacity, intramyocardial triglyceride, carotid intima-media thickness, atherosclerosis, men.
明である。一方、血管の形態および機能評価とし
緒 言
ては、超音波を用いた内膜中膜複合体厚(intima-
運動耐容能(exercise capacity)は、健常者と心
11)
media thickness; IMT)
や、血管の硬化度(cardio-
疾患患者の両者の予後に関連する。更に、運動耐
ankle vascular index; CAVI)の測定があるが、運
容能は児童期や青年期においては健康と関連する
動耐容能や心筋細胞内の脂質との関連性に関する
因子の 1 つであり 10)、高齢者においては死亡を
報告はない。
予測する強力な因子 17) である。したがって、運
本研究の目的は、健常男性における運動耐容能
動耐容能を規定する因子を探索することは、極め
と、心筋細胞内の脂質や血管形態および機能との
て重要である。運動耐容能は、年齢、身体組成、
関連を検討することである。これまで、異所性脂
併存症(メタボリックシンドローム)
、肥満、心
肪として骨格筋や肝細胞内の脂質は運動科学の分
肺機能などのさまざまな要因が関連しているこ
野で研究されてきた。本研究により、心筋細胞内
とが報告されており、その評価の 1 つとして、
の脂質と運動耐容能との関連が明らかになれば、
主 に 最 高 酸 素 摂 取 量(peak oxygen consumption;
今後の運動科学研究の発展に役立つことが期待さ
VO2peak)が用いられる。VO2peak は、筋力、筋持久
れる。
●
●
力、全身の脂肪率や内臓脂肪と関連する。一般的
研 究 方 法
に、持久性運動時には心拍数および心拍出量の増
加により、活動筋に優先的に血液を供給するが、
A.研究対象
末梢血管抵抗の影響を受ける。つまり、運動耐容
対象は健常男性 18 名である。本研究は、順天
能には心血管機能が大きく関与している。
堂大学医学研究科における倫理委員会の承認を得
非脂肪組織である肝臓、骨格筋、膵臓、腎臓
たうえで実施された。参加者には研究の目的と内
にも脂肪が蓄積されていることが報告されてい
容についての詳細な説明を事前に書面および口頭
る 5,15,18)。これは異所性脂肪(ectopic fat)と定義
にて十分に行い、参加の同意を得た。
され、過度な蓄積は、各臓器の機能異常や全身の
B.測定項目
代謝異常と深く関係する。加えて、最近では心筋
1 .身体測定
細胞内や細胞周囲にも中性脂肪が蓄積されている
身長と体重を測定し、BMI(body mass index)
ことが報告されている
を算出した。身体組成は、多周波数インピーダン
。更に、心筋細胞内の
3,4,7)
脂質は、心臓の収縮および拡張機能と関連し、肥
ス法(InBody 720, Biospace)を用いて、体脂肪量、
満度とともにその蓄積が増加し、耐糖能との関連
除脂肪量、骨格量を測定した。腹囲は測定部位を
も報告されている。
臍囲とし、立位呼息時に 2 度測定し、その平均値
心筋細胞内の脂質の定量は磁気共鳴分光法( H-
を採用した。
magnetic resonance spectroscopy; 1H-MRS 法)を用
2 .血圧測定と血液検査
いて評価することができる
。 H-MRS 法は、
食事摂取が測定パラメーターに与える影響を除
MR imaging(MRI)の原理を用いて、スペクトロ
くために、すべての被験者に実験開始前少なくと
1
18)
1
グラムを解析することにより、非侵襲的に心筋細
も 6 時間以内は食事、アルコール、カフェイン
胞内脂質を定量することが可能である。心筋細胞
の摂取を制限し、激しい身体活動も制限した。
内の脂質は、心臓の収縮および拡張機能と関連す
10 分間の安静後、血圧を測定した。収縮期血圧
ると報告されているが、運動耐容能との関連は不
(systolic blood pressure; SBP)、拡張期血圧(diastolic
(64)
blood pressure; DBP)、心拍数(heart rate; HR)は、
首血管指数(cardio-ankle vascular index; CAVI, VS-
カフ血圧計(ES-H55, Terumo)で測定した。採血
1500A, VaSera, Fukuda Denshi, Tokyo)
で動脈スティ
は、12 時間以上の絶食状態で肘静脈から行い、
フネスを評価した 14)。CAVI は血圧に依存せず血
血清分離後、測定まで­80 ℃にて保存した。イン
管壁固有の硬さを反映する指標として使用されて
スリン、ヘモグロビン A1c(HbA1c)
、総コレステ
いる。本研究では左右の平均値を CAVI 値として
ロール(total cholesterol; TC)
、中性脂肪(triglycer-
用いた。また、ABI(ankle brachial index)値は、
ides; TG)、高比重リポ蛋白コレステロール(high-
カフ血圧計を用いて測定した四肢血圧から足関節
density lipoprotein cholesterol; HDLC)
、血糖(fasting
上腕血圧比を算出した。具体的な方法を以下に示
plasma glucose; FPG)の測定は SRL に委託した。
す。
低比重リポ蛋白コレステロール(low-density lipoprotein cholesterol; LDLC)は、LDLC=TC­HDLC­
TG/5 により算出した。
3 .心肺運動負荷試験(cardio-pulmonary exercise
test; CPX)
全身持久性体力の指標である無酸素性閾
値(anaerobic threshold; AT) や 最 高 酸 素 摂 取 量
CAVI = a{(2ρ/ΔP) ln
(Ps/Pd)
PWV2 }+ b
Ps:収縮期血圧、Pd:拡張期血圧、PWV:脈
波伝播速度、ΔP:Ps­Pd、ρ:血液密度、a・b:
定数
5 .内膜中膜複合体厚(intima-media thickness;
IMT)
(VO2peak) を 漸 増 負 荷 テ ス ト に よ り 被 験 者 の 安
IMT は、頚動脈超音波検査(B モード)を用い
全および研究条件を考慮して測定した。測定に
て測定した(LOGIOQ P6, GE Ultrasound, Korea)。
●
は cycle ergometer(Lode BV, Medical Technology,
仰臥位安静後、頭部を軽度後方に伸展させ、検査
Groningen, The Netherlands)を用いた。サドルの
する動脈と反対側に約 30 度傾けることにより観
高さは被験者の脚長に合わせ、ペダルが最下部に
察部位を十分に伸展させたうえで、血管用プロ
達したときに膝関節が大きく曲がらないように設
ブ(7.5MHz 以上の高周波数プロブ,リニア型探
定した。安静時および運動中はマスク装着とと
触子)を用いて測定した 6)。計測値の最小単位は
もに、体表面に 12 誘導電極を付着した。心電図
0.01mm とした。
(GE Marquette Case 8000 stress system, Germany)
6 .心筋細胞内の脂質量
から波形の異常(不整脈など)と心拍数が連続
心筋細胞内の脂質の測定は、1.5T MRI を使用
的にモニターできるようにした。呼気ガス測定は
し、1H-MRS 法を用いた(MAGNETOM Avanto 1.5T,
breath-by-breath 法により行った(Vmax 29S, Sen-
Siemens AG, Medical Solution, Germany)。前日 20
sorMedics)。具体的な測定プロトコルは、マスク
時より絶食として、早朝空腹時に測定を行った。
装着後、3 分間の安静時呼気ガス採取、3 分間の
ECG 同期下で、左室の中隔に 10 10 20-mm(2
ウォームアップを行った後、40-watt の負荷から
cc)の ROI を設定し、データ収集を行った。得ら
1 分ごとに 15-watt の負荷を漸増した。負荷は運
れたスペクトラムから、methylene signal intensity
動限界まで行った。負荷テスト中におけるペダル
は∼0.9 と∼1.3ppm に検出されているのが中性脂
の回転数は 60rmp にした。仕事量(負荷)の増
肪である。また、∼4.7ppm での H2O の signal in-
加にもかかわらず心拍数が定常状態を迎えて落ち
tensity は内部コントロールとして使い 12,18)、各々
始めた時点、またはメトロノームの音に合わせら
の曲線下面積を計算し、その比で心筋細胞内の脂
れなくなった時点で測定を終了した。負荷テスト
質を算出した(図 1)。検討項目としては、コイ
後、疲労が残らないように自由意志により 4 分間
ル感度、TR による影響、再現性の評価、次に正
ペダリングし、血圧や心拍数をみてクールダウン
常ボランティアにて、再現性の評価を行った。
を終えた。温度は 20∼25 ℃、湿度は 40∼60%の
7 .心機能
環境下で測定を行った。
心電図同期法を用いてシネ MRI を使用し、左
4 .動脈硬化度
心室全体がすべて含まれるように、撮影サイズを
仰臥位にて十分に安静をとった後に、心臓−足
設定し、データ収集を行った。心機能を定量的に
(65)
図 1 .心臓の MRI 像(左)とそのボクセルから得た磁気共鳴分光法によるスペクトラム(右)
Fig.1.MR imaging with 1H-MRS localization(MR imaging acquired from axis: left)and corresponding spectrum
derived from a 20 10 10-mm(2 cc)voxel(right)of an cardiac septum in vivo.
評価するため、左室拡張末期容積(end-diastolic
由度(標本数­1)の t 分布 }を算出した。すべて
volumes; EDV)、左室収縮末期容積(end-systolic
の統計解析には SPSS 社製 PASW statistics 18 を用
volumes; ESV)、1 回拍出量(stroke volume; SV)
い、5 %未満を有意水準として採用した。
を測定し、左室駆出率(ejection fraction; EF)を
結 果
算出した。また、心臓活動性の指標である心拍出
量(cardiac output; CO) は、CO=SV HR の 式 か
本研究では、被験者 18 名を High EC 群(n=9)
ら算出した。
と Low EC 群(n=9)に分けて検討した。表 1 に
C.統計処理
被験者の身体的特徴を示す。年齢、体重、身長、
VO2peak の中央値以上を High EC(exercise capac-
腹囲、BMI、除脂肪量、骨格量は、群間に有意な
ity)群、中央値未満を Low EC 群と群分けした。
差は認められなかった。Low EC 群においては、
群間の平均値の差の検定には対応のないサンプ
体脂肪量と体脂肪率が High EC 群に比べ有意に高
ルの t- 検定(unpaired t-test)を行った。変量間の
かった。
●
相関関係は単相関(Pearson 積率相関係数:r)に
表 2 に心肺運動負荷試験のパラメーターを示
より検討した。また、95%信頼区間
{ 差の平均値
す。Low EC 群 お よ び High EC 群 の VO2peak は、
(1.96 差の標準偏差)
}とバイアスの 95%信頼
そ れ ぞ れ、38.1 1.4ml/kg/min、48.1 2.2ml/kg/
区間{ 差の平均値 (差の標準誤差
t ):t は自
●
min であり、High EC 群が有意に高い値を示し
表 1 .被験者の身体的特徴
Table 1.Characteristics of the study population.
All subjects(n = 18)
Characteristics
Age(yr)
Body weight(kg)
Height(cm)
Waist(cm)
Body mass index(kg/m2)
Body fat(%)
Fat mass(kg)
Fat-free mass(kg)
Skeletal muscle mass(kg)
Data are given as Mean
29.7
67.8
172.0
79.9
22.8
19.2
13.4
54.7
30.9
1.5
1.6
1.2
2.0
0.4
1.1
1.1
1.1
0.6
Low EC(n = 9)
31.7
70.6
172.4
83.4
23.7
22.0
16.2
57.4
32.1
High EC(n = 9)
2.2
1.7
1.9
1.6
0.5
1.4
1.2
0.9
1.6
SEM. SEM; standard error of the mean, EC; exercise capacity.
27.6
65.1
171.7
77.9
22.0
17.0
11.2
53.0
29.9
2.0
2.6
1.6
2.8
0.5
1.4
1.4
1.5
2.6
P value
0.198
0.105
0.783
0.213
0.048
0.031
0.022
0.052
0.084
(66)
表 2 .心肺運動テスト
Table 2.Cardiopulmonary exercise test parameters in the study groups.
Variable
VO2(ml/kg/min)
Rest(seated)
Peak
AT(ml/kg/min)
Heart rate(per min)
Rest(seated)
Peak
At AT
Systolic blood pressure(mmHg)
Rest(seated)
Peak
At AT
Diastolic blood pressure(mmHg)
Rest(seated)
Peak
At AT
METs
Rest(seated)
Peak
At AT
Watt
Peak
At AT
Test duration(min)
Low EC
High EC
P value
4.0 0.1
38.1 1.4
17.5 1.2
4.5 0.2
48.1 2.2
22.3 1.2
0.001
0.015
70.8 2.9
175.5 2.1
107.0 3.9
73.5 7.4
180.5 3.1
108.5 6.8
0.743
0.218
0.847
125.6 3.3
222.2 5.9
158.4 7.1
120.0 2.3
221.1 10.1
159.7 5.1
0.179
0.926
0.881
80.6 2.4
89.2 3.3
67.4 4.5
75.1 3.1
81.4 3.3
70.4 4.1
0.180
0.122
0.599
1.1 0.4
10.9 0.3
5.0 0.3
1.3 0.8
13.7 0.6
5.7 0.7
0.094
0.001
0.423
207.2 5.4
86.8 5.9
11.5 0.3
234.4 10.2
115.5 8.7
13.3 2.0
0.032
0.014
0.032
●
Data are given as Mean
equivalents.
SEM. SEM; standard error of the mean, AT; anaerobic threshold, METs; metabolic
表 3 .最高酸素摂取量と心機能関連パラメーターとの相関
Table 3.Correlation coefficients for the relationship between
VO2peak and cardiac functional parameters in the study groups.
●
Independent variable
Age(yr)
Body fat(%)
Systolic blood pressure(mmHg)
Diastolic blood pressure(mmHg)
Resting heart rate(beats/min)
EF(%)
ESV(ml)
EDV(ml)
SV(ml)
CO(liters/min)
Myocardial mass(g)
Cardio-ankle vascular index
Ankle brachial index
r
P value
­0.52
­0.63
­0.03
­0.35
­0.49
0.62
­0.19
0.36
0.43
0.17
­0.09
0.01
­0.13
0.024
0.008
0.602
0.163
0.046
0.012
0.485
0.178
0.184
0.603
0.700
0.966
0.602
EF; ejection fraction, ESV; end-systolic volumes, EDV; enddiastolic volumes, SV; stroke volume, CO; cardiac output.
た(P<0.001)。AT 値は Low EC 群より、High EC
群が有意に高い値を示した(P<0.015)。表 3 に
VO2peak と心機能と血行動態のパラメーターとの
●
相関係数を示した。年齢および体脂肪率が高いほ
ど VO2peak が低くなる負の相関関係が認められた
●
(r=­0.52 および r=­0.63)。
安静時の心拍数は、VO2peak と負の相関関係が認
められた(r=­0.49, P=0.046)。更に、心機能のパ
●
ラメーターにおいて、VO2peak と EF に正の相関関
係が認められた(r=0.62, P=0.012)。それ以外の項
●
目に関しては、有意な相関関係がみられなかった。
また、血液は、血糖、インスリン、HbA1c、TG、
HDLC、TC、LDLC を測定したが、運動能力によ
る差はみられなかった(P>0.05, respectively: data
not shown)。
VO2peak を目的変数とした線形単回帰分析の結
●
果、VO2peak が高いと心筋細胞内の脂質量(myocar●
dial triglyceride content)は減少する傾向を認めた
(67)
65.0
95 % Confidence Interval
・
VO2peak (ml/kg/min)
60.0
細胞内に蓄積した脂質が、運動耐容能と関連する
55.0
との報告はない。以前から、非脂肪組織の脂肪で
50.0
ある異所性脂肪と VO2peak の関係は研究されてお
●
り、運動能力の面からみると athletic paradox が有
45.0
名である。骨格筋細胞内の脂質量は 2 型糖尿病者
40.0
35.0
30.0
のような耐糖能の悪化とともに増加しているが、
長距離ランナーにおいてもその脂質量は増加して
r2 = 0.18
P = 0.083
0.40
0.65
0.90
1.15
1.40
いることが報告されている 2)。筋肉細胞内に隣接
1.65
したミトコンドリアから運動に伴うエネルギー利
Myocardial triglyceride content (%)
図 2 .最高酸素摂取量と心筋細胞内の脂質量との相関
Fig.2.Relationship between VO2peak and myocardial triglyceride
content.
●
用率(fatty acids availability)を高めるために、エ
ネルギー源として、脂質を細胞内に蓄積している
ためと考えられている 8)。介入による異所性脂肪
の変化に関する報告をみると、運動介入によって
65.0
95 % Confidence Interval
60.0
・
VO2peak (ml/kg/min)
起こすことが報告されているが 13)、ヒトの心筋
筋肉細胞内の脂質は高齢者 16)や 2 型糖尿病者 19)
で減少していることが明らかになっている。ま
55.0
た、中年の肥満男性において 3 か月間の有酸素性
50.0
運動と筋力トレーニングの介入は心筋細胞内の脂
45.0
質量を有意に減少させ、左室駆出率(EF%)が増
40.0
加したとの報告 12) や、若年男性において VO2peak
●
35.0
30.0
の 50%強度での 2 時間のサイクリングは血中の
r2 = 0.29
P = 0.025
0.40
遊離脂肪酸の増加とともに心筋細胞内の脂質量が
0.50
0.60
0.70
0.80
0.90
Common carotid artery intima media thickness (mm)
図 3 .最高酸素摂取量と頚動脈の内膜中膜複合体厚との相関
Fig.3.Relationship between VO2peak and common carotid artery
intima-media thickness.
●
有意に増加したことが報告されている。本研究で
は、VO2peak と心筋細胞内の脂質は負の相関を認
●
め、心筋細胞内の脂質が多いほど、運動耐容能が
低くなる可能性が示唆された。まだ心筋細胞内の
脂質の酸化や合成に関するメカニズムは不明であ
(r=­0.424, P=0.083)
(図 2)
。VO2peak と 頚 動 脈 の
る。心臓はミトコンドリアが多い組織であるが、
内膜中膜複合体厚(common carotid artery intima-
上記のような筋肉の athletic paradox という現象は
media thickness; CCA-IMT)は、有意な負の相関
認めなかった。したがって、運動のパフォーマン
が認められた(P<0.025)
(図 3)
。
スに及ぼす異所性脂肪の影響は、組織によって異
●
考 察
なるパターンである可能性(組織特異性)が考え
られる。本研究では、既往歴のない健常男性にお
本研究では、健常男性を対象として、運動耐容
いて、心筋細胞内の脂質量は全身の運動能力を表
能、動脈硬化の指標として IMT や CAVI の評価、
している VO2peak の規定因子になる可能性がある
心筋細胞内の脂質の測定を行い、動脈硬化度や心
と思われる。
筋細胞内の脂質が運動耐容能に及ぼす影響を検討
IMT の測定は、動脈硬化度および心血管イベン
することを目的とした。
トのエンドポイントとして評価されている 9,11)。
心筋細胞内の脂質は代謝異常と関係があり、動
実際に動脈の内膜、中膜、外膜という筋性動脈の
物モデルでは、心筋内の蓄積した脂質は心血管系
三層構造のうち、アテローム性動脈硬化病変の主
疾患の危険因子となることが報告されている 7)。
体となるのは内膜および中膜である。本研究では、
過度な脂質が心筋内に蓄積すると、左室収縮力の
VO2peak と IMT は有意な負の相関があること(r=
­0.539, P=0.025)から、運動耐容能が高いと動脈
低下、左心室肥大や非虚血性拡張型心筋症を引き
●
●
(68)
硬化の進展が少ない可能性が示唆された。
総 括
本研究では、運動耐容能を決定する新たな因子
として心筋細胞内の脂質に注目し、血管の形態お
よび機能との関連性を調べた。その結果、運動耐
容能と心筋細胞内脂質の蓄積量、また運動耐容能
と IMT との間には、それぞれ負の相関関係を認
めた。今後は、トレーニングにより心筋細胞内脂
質や IMT の変化が運動耐容能の変化に関連する
のかどうかについて更なる検討が必要であろう。
謝 辞
本研究に対し助成していただきました財団法人明治安田
厚生事業団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.70∼77(2012.3)
日本人サルコペニアの筋肉量および筋力トレーニング効果を
規定する遺伝子多型の探索 黒 坂 光 寿*
町 田 修 一*
福 典 之**
田 中 雅 嗣**
IDENTIFICATION OF GENETIC POLYMORPHISMS ASSOCIATED WITH
TRAINABILITY OF MUSCLE MASS AFTER STRENGTH TRAINING
IN ELDERLY JAPANESE PEOPLE WITH SARCOPENIA
Mitsutoshi Kurosaka, Shuichi Machida, Noriyuki Fuku,
and Masashi Tanaka
SUMMARY
Sarcopenia is characterized by a progressive decrease of skeletal muscle mass and function(strength or performance)with aging. Sarcopenia has become a highly significant public health problem, which is related to several
other common diseases or health problems such as osteoporosis, physical disability, metabolic syndrome and cardiovascular diseases. Resistance exercise training is well established as the most effective non-pharmacological
intervention to restrict or prevent sarcopenia. However, previous studies observed enormous inter-individual
variability in muscle mass and strength. Inter-individual variations for muscle mass and strength may be due to
environmental factors, genetic factors and/or gene-environment interactions. Genome-wide association studies
(GWAS)have become a promising and effective approach for de novo discovery of genes related to complex
diseases or quantitative traits. Here we report GWAS to identify genetic polymorphisms associated with trainability of skeletal muscle mass after resistance exercise training in elderly Japanese people with low relative skeletal
muscle mass. We performed a genome-wide scan of 750000 single nucleotide polymorphisms(SNPs)among 7
responders(6 females and 1 male)and 7 non-responders(5 females and 2 males)to resistance exercise training
(three times a week for 6 months)
. The gain in appendicular muscle mass(sum of arms and legs)after the resistance exercise training exercise program was measured by dual energy X-ray absorptiometry. Based on single-SNP
analysis, 23 SNPs were significantly associated with trainability of skeletal muscle mass after resistance exercise
training. Of these, 3 SNPs were located in genes that code for CYP19A1(cytochrome P450, family 19, subfamily A, polypeptide 1)
, MMP20(matrix metallopeptidase 20), and Lgr6(leucine-rich repeat containing G proteincoupled receptor 6). These genetic polymorphisms could present a risk factor for sarcopenia in the Japanese population. Large-scale replication studies are warranted.
Key words: sarcopenia, skeletal muscle mass, polymorphism, genome-wide association studies.
*
**
東海大学体育学部生涯スポーツ学科 Department of Physical Recreation, School of Physical Education, Tokai University, Kanagawa, Japan.
東京都健康長寿医療センター研究所 Department of Genomics for Longevity and Health, Tokyo Metropolitan Institute of Gerontology, Tokyo, Japan.
健康長寿ゲノム探索
(71)
用いられている。この分析法は、最も検出力が高
緒 言
い方法であり、数百人ずつのケースとコントロー
加齢に伴い骨格筋の筋肉量および筋力は低下す
ルの試料が得られれば、オッズ比が 1.5 程度の感
る。しかし、この加齢性筋肉減弱症(サルコペニ
受性遺伝子まで 8 割程度の確率で見いだすことが
ア)の発症機序の詳細については十分に解明され
可能であるとされている 3)。この候補遺伝子アプ
ていない。サルコペニアは ADL(日常生活動作)
ローチを用いたサルコペニアに関連する遺伝子多
や QOL(生活の質)の低下に加えて、基礎代謝
型については、欧米人だけでなく日本人を対象と
の低下から生活習慣病に罹りやすくなるおそれが
した研究でも報告されている 4,5,23)。一方、この候
ある。2014 年には 4 人に 1 人が 65 歳以上の本格
補遺伝子アプローチの欠点として、偽陽性の関連
的な高齢社会を迎える本邦において、ゆとりと豊
が観察されやすい、他に運動能力に関連する重要
かさに満ちた社会を実現するためには、一人ひと
な遺伝子領域の存在を考慮に入れず検討している
りが高齢になっても自由で自立した生活を営める
可能性があるといったことがあげられている 3)。
ことが鍵となる。したがって、加齢に伴うサルコ
そこで、最近では候補遺伝子を対象にした症例
ペニア発症のメカニズムを解明し、その改善およ
対照研究にとどまらず、全ゲノム領域に分布する
び予防のための対策を講じることは今後ますます
多数の多型マーカーを用いた関連解析から感受性
重要になると思われる。
遺伝子を探索する試みが盛んに行われている。こ
サルコペニアの予防・改善には筋力トレーニン
の研究方法には、全ゲノム連鎖解析、全ゲノム関
グが有効であることはよく知られている。しかし
連解析、全ゲノム塩基配列決定がある。全ゲノム
ながら、トレーニングに対する骨格筋の応答には
連鎖解析は、全染色体領域に存在するマイクロサ
個体差がある。近年、ヒトのスポーツパフォー
テライトマーカーを指標として、ある表現型に関
マンスや骨格筋量を規定する遺伝子が多数報告さ
連する遺伝子座を見つけ出す方法であり、これま
れ、競技能力や運動トレーニングの効果にみられ
で比較的多く使用されてきた。しかしながら、最
る個人差を説明する要因の 1 つとして遺伝子多型
近では、全ゲノム上に点在する一塩基多型を網羅
(ポリモルフィズム)が注目されている。サルコ
的に解析し、ある表現型に対して関連の強い多型
ペニアに関連する遺伝子多型についても、タイプ
を見いだすというゲノムワイド関連解析(genome-
II 型(速筋型)筋線維の Z 帯とアクチンの結合
wide association study; GWAS)による研究が多い。
力に関与するαアクチニン 3 遺伝子の R577X 多
国 際 HapMap プ ロ ジ ェ ク ト(http://snp.cshl.
型 18)やビタミン D 受容体遺伝子の第 2 エクソン
org/)により、遺伝子多型の頻度や遺伝子組み換
翻訳開始部位の多型について報告されている 14)。
え部位が人種で異なることが明らかになってお
これらの遺伝子多型が高齢者の筋肉系の特性に差
り、遺伝子多型の影響が人種間で異なる可能性が
異をもたらし、骨格筋量やトレーニング効果に影
ある。更に、これまで報告されているさまざまな
響を及ぼしていると推察されている。また、若
遺伝子多型のなかには、研究結果が一致しないも
年者を対象として、アンジオテンシン変換酵素
のがみられ、その原因として、年齢や性別などが
(ACE) やインターロイキン 15(IL-15RA) 、
影響している可能性も考えられている 4)。また、
そしてインスリン様成長因子 1(IGF-1) 等が骨
遺伝子多型が単独で骨格筋量を規定しているわけ
格筋量、および筋力に対するトレーニング効果に
でなく、いくつかの遺伝子多型の相互作用や環境
関連する遺伝子多型として同定されている。
要因との交互作用により、高齢者の骨格筋量やト
従来のアプローチでは、上記のようなサルコペ
レーニング効果に影響を及ぼしていることを考慮
ニアに関連しうる候補遺伝子に対して、その遺伝
する必要がある 12)。そのため、高齢者の介護・
6)
13)
8)
子領域の多型を探索し、見つかった多型に対して、 寝たきりの予防・改善を目的とした運動トレーニ
ケース群とコントロール群で対立遺伝子の頻度あ
ングの効果と遺伝子多型の関連性についての知見
るいは遺伝子型の頻度に有意差が認められるかを
は、実際に日本人、特に骨格筋量が低い高齢者を
検定するという手法(候補遺伝子アプローチ)が
対象として明らかにしていく必要がある。そこで
(72)
本研究では、介護・寝たきりを予防・改善する筋
表 1 .対象者の特性
Table 1.Characteristics of participants.
力トレーニングの効果を事前に予測できる遺伝子
多型を探索するために、長期間の筋力トレーニン
グにおいて、骨格筋量の増加を示した高齢者と、
骨格筋量の増加が認められなかった高齢者の遺伝
子多型を全ゲノム領域を対象とした網羅的遺伝子
多型の解析法である GWAS を用いて検討した。
そして、日本人高齢者の筋力トレーニングの効果
を説明しうる候補遺伝子を同定することを目的と
した。
方 法
A.被験者
Characteristic
No. of subjects
Age(years)
Height(cm)
Weight(kg)
BMI(kg/m2)
Data are means
Subjects(n =14)
Responder
Non responder
1M, 6F
69.1 1.7
157.2 5.2
52.6 5.8
21.3 2.3
2M, 5F
71.4 5.6
155.1 10.1
53.9 9.7
22.2 1.2
P value
0.323
0.629
0.767
0.353
SD. M; male, F; female.
骨格筋量を指標に、筋力トレーニングに応答でき
た(骨格筋量の増加を示した:Responder)群と、
不応答であった(骨格筋量の増加が認められな
被験者は一般公募に応募してきた骨格筋量が
い:Non responder)群の 2 群に分類した。それぞ
低い以外には健康上特に問題が認められない、
れの群の被験者の身体的特徴について表 1 に示し
自立可能な 65 歳以上の男性 3 名と女性 11 名の
た。
合計 14 名とした。被験者の条件として、筋力ト
本研究は、東海大学湘南キャンパスの倫理委員
レーニング開始前に、体格指数(BMI)が 25(kg/
会の承認を得ており、「ヒトゲノム・遺伝子解析
m )以下で、骨格筋量が日本人高齢者(年齢 70
研究に関する倫理指針」を遵守して行った(承認
∼79 歳)の平均値(男性 7.6 kg/m2,女性 6.4 kg/
番号:11044)。被験者には口頭にて十分な説明を
m )以下の者とした 。現在、国際的なサルコ
行ったうえで、書面によるインフォームドコンセ
ペニアの定義として、Baumgartner et al.1) による
ントを得た。
2
2
7)
New Mexico elder health survey からのデータを用
B.筋力トレーニング
いたものがある。これは、DXA 法(二重エネル
筋力トレーニングは、筋力トレーニングマシン
ギー X 線吸収測定法)から得られた四肢の骨格
(Eagle, Cybex 社製)を用いて行われ、①レッグ
筋量の合計を身長(m)の二乗で除した skeletal
プレス、②レッグエクステンション、③レッグフ
muscle mass index(SMI)を指標とし、成人(18
レクション、④チェストプレス、⑤ラットプルダ
∼40 歳)における SMI 値の平均から 2 標準偏差
ウン、⑥アドミナルクランチ、⑦バックエクステ
以下に達した場合をサルコペニアと定義してい
ンションを、最終的には最大挙上重量(1 RM)
る。しかしながら、このサルコペニアの定義は、
の約 70%の負荷で 1 セット 8 ∼10 回を 3 セット、
欧米人が対象となっており、基準値をそのまま日
週 3 回を 6 か月間行った。なお、トレーニング指
本人高齢者に使用することは適切ではないと思わ
導は、健康運動指導士や理学療法士などの有資格
れる 16)。したがって、本研究では国立長寿医療
者が行い、1 RM の測定および負荷強度の見直し
センター研究所・疫学研究部が報告している大規
は 4 週間ごとに行われ、トレーニング効果および
模な日本人高齢者の DXA 法のデータに基づいて、
適正なトレーニング量が確認された。
日本人高齢者(年齢 70∼79 歳)の平均値(男性
C.GWAS
7.6 kg/m2,女性 6.4 kg/m2)以下の者を骨格筋量
被験者から唾液を採取し、Rneasy Protect Saliva
が低い、もしくはサルコペニア相当と定義した。
Mini(Qiagen 社製)を用いて総 DNA を抽出した。
骨格筋量の評価は、上記の国際的に用いられて
DNA 多型の網羅的解析は Human OmniExpress-12
いる DXA 法による四肢骨格筋量を身長で補正し
BeadChip(Illumina 社製)を用いてヒトゲノム上
た SMI 値を用いて行われた 。被験者の骨格筋
に点在する約 75 万個の一塩基多型(tag SNP:染
量は筋力トレーニングの前後で DXA 法(Hologic
色体上で組み換えが起きておらず多型が強く連鎖
社製)により測定された。筋力トレーニング後、
している領域であるハプロタイプブロックを代表
1)
Percent change in muscle mass(%)
(73)
110
Responder
108
106
105.7
104
102
Non responder
100
98.6
98
96
Baseline
After training
(A)
Percent change(%)
図 1 .トレーニングによる骨格筋量の変化率
Fig.1.Percent change in muscle mass after training.
250
150
100
Percent change(%)
Responder
50
0
(B)
ns
200
Non responder
0
5
9
15
19
23 (week)
250
ns
200
150
100
Gene
Location
P(genotype)
P(allele)
N/A
CYP19A1
N/A
N/A
N/A
N/A
LGR6
N/A
N/A
N/A
N/A
RNF165
N/A
N/A
LRRC1
N/A
N/A
MMP20
N/A
N/A
N/A
N/A
N/A
6
15q21.1
13
10
4
10
1q32.1
2
4
1
4
18q21.1
6
6
6p12.1
14
14
11q22.3
17
1
14
14
15
0.00091188
0.00524752
0.00091188
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00345938
0.00524752
0.00524752
0.00528928
0.00091188
0.00524752
0.00524752
0.00524752
0.00524752
4.593E-06
0.00002077
0.00002077
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00003069
0.00008012
0.00008012
0.00008012
0.00008012
0.00008012
0.00008012
0.00008012
0.00008012
Responder
50
0
表 2 .筋力トレーニングの効果に関連する遺伝子多型
Table 2.Relation of SNPs to strenght training effect.
Non responder
0
5
9
15
19
23 (week)
図 2 .チェストプレスおよびレッグエクステンションの
1RM の経時的変化
Fig.2.The time courses of 1 repetition maximum of chest press
(A)and leg extension(B)
.
力トレーニングが筋力に及ぼした影響について、
チェストプレス(上半身)およびレッグエクステ
ンション(下半身)の 1 RM の経時的変化を図 2
に示した。Responder 群および Non Responder 群
とも 6 か月間の筋力トレーニングの介入によって
チェストプレスおよびレッグエクステンションの
とする多型マーカー)を解析対象とした。Human
1 RM が同様に増加し、介入後の 1 RM 値に両群
OmniExpress-12 BeadChip による分析は、福島市
間に有意な差は観察されなかった。GWAS の結果
の G&G サイエンスに委託した。GWAS は東京都
を表 2 に示した。本研究において用いた GWAS
健康長寿医療センター研究所において行った。こ
用の BeadChip は、1000 人ゲノムプロジェクトお
の解析は、JMP Genetics(SAS Institute)を用いて
よび HapMap Phase III のデータに基づいて選定さ
行った。それぞれの SNPs における 2 群間の頻度
比較をχ2 検定で行い、P 値が 0.0001 未満を有意
れた tag SNP を分析ターゲットとしている。解析
とした。
意な頻度が異なる 23 種の多型が同定された(表
結 果
骨格筋量の相対的な変化を図 1 に示した。6 か
した約 75 万個の遺伝子多型のうち、2 群間で有
2)
。
考 察
月間の筋力トレーニングによる介入後の骨格筋量
本研究では、骨格筋量の低い日本人高齢者を対
の増加率の平均値は、Responder 群では 105.7%、
象に 6 か月間の筋力トレーニングによる介入プロ
Non responder 群では 98.6%であった。今回の筋
グラムを実施し、そのトレーニング効果と遺伝子
(74)
多型の関連性を遺伝子多型の網羅的解析(GWAS)
いる。Riechman et al.13) は、18∼31 歳までの 153
を用いて検討した。その結果、筋力トレーニング
名の若年の男女を対象に 10 週間の筋力トレーニ
の効果(骨格筋量の増減)に関連する複数の候補
ングを実施したところ、IL-15 受容体α遺伝子多
遺伝子多型を同定することに成功した。
型が筋力トレーニング後の上肢や下肢の骨格筋量
これまで、瞬発系/パワー系競技能力や骨格筋
と関連していたことを報告している。しかしなが
量に関連するいくつかの遺伝子多型が報告され
ら、これらの研究では対象者が若年者であったり、
ている。そのなかでも ACTN3 遺伝子多型につい
欧米人であるため、これらの遺伝子多型が日本人
て多くの研究がなされ、ACTN3 遺伝子多型が欧
の中高齢者や骨格筋量の低い高齢者の骨格筋量や
米人だけではなく、最近では日本人の競技能力
筋力に対するトレーニング効果と関連するか否か
にも関連することが示唆されている
。また、
15,22)
については更なる検討が必要である。
ACTN3 遺伝子多型が中高齢者の骨格筋量と関連
これまでのアプローチでは、上記のような骨格
する可能性が示唆されている。Walsh et al.18)は、
筋量や筋力トレーニングの効果に関連する候補遺
約 60 歳の中高齢女性を対象に骨格筋量と ACTN3
伝子多型と高齢者の骨格筋量やトレーニング効果
遺伝子多型との関連を検討したところ、XX 型を
との関連性について一つひとつ検討されている。
有する者は RR 型を有する者と比較して全身の除
しかしながら、GWAS を用いることができれば、
脂肪体重や脚の除脂肪体重が有意に低いことを
ターゲットとする因子と関連する遺伝子多型を網
報告している。また、Zempo et al.23) は、日本人
羅的に明らかにすることができる。近年、GWAS
の中高齢女性を対象として ACTN3 遺伝子多型と
は、多様な人種集団における多型を検索し、健康
骨格筋量の関係性を検討し、XX 型を有する者は
や疾患を理解するための重要な手段となってい
RR 型もしくは RX 型を有する者と比較して大腿
る 20,21)。最近では、GWAS を用いて、数千人規模
部筋横断面積が小さいことを示した。その一方で、
で骨格筋量に関連する遺伝子多型の検討がなされ
我々は最近、男女を含めた約 100 名の骨格筋量が
ている。Liu et al.11)は、アメリカ人や中国人の中
低い日本人高齢者の ACTN3 遺伝子多型と骨格筋
高齢者を対象として、GWAS を用いて、除脂肪
量の間には、先行研究のような関連性がないこと
体重に関連する遺伝子多型を検討したところ、
を確認している(町田,未発表)
。したがって、
TRHR 遺伝子に存在する多型が除脂肪体重に最も
現時点においては、ACTN3 遺伝子多型は骨格筋
関連することを報告している。実際に TRHR 遺
量や筋力に関連することは事実であると思われる
伝子多型が日本人の中高齢者の除脂肪体重と関連
が、ACTN3 遺伝子多型が日本人高齢者、特にサ
があるかどうかについて興味がもたれる。
ルコペニア該当者の骨格筋量と関連性があるかど
本研究では、単に日本人高齢者の除脂肪体重に
うかについてはまだはっきりとしていない。他の
関連する遺伝子多型を検討したのではなく、骨格
遺伝子領域に骨格筋量に関連する重要な多型が存
筋量の低い日本人高齢者に筋力トレーニングの介
在する可能性もあることから、全ゲノム領域を対
入を行いトレーニング効果に関連する約 75 万個
象とした遺伝子多型の網羅的解析が必要であると
の遺伝子多型を検討した。その結果、日本人高
思われる。
齢者における筋力トレーニングの効果に関連する
近年、骨格筋量を予見する遺伝子多型だけでは
23 種の候補遺伝子多型が明らかとなった。興味
なく、骨格筋量や筋力に対する筋力トレーニング
深いのは、それらのなかでもいくつかの遺伝子多
の効果に関連する遺伝子多型が報告されている。
型については既に各種疾患との関連について検討
Kostek et al. は、52∼83 歳までの 67 名の中高齢
がなされていることである。例えば、マトリック
の男女を対象に 10 週間の脚の筋力トレーニング
スメタロプロテアーゼ(MMP)20 遺伝子は、エ
を実施したところ、骨格筋量の応答性と IGF-1 遺
ナメル質形成に関与することから歯の形成との関
伝子プロモータのマイクロサテライト多型(CA
連について検討されている。Küchler et al.10)は、
リピート)がトレーニング後の最大挙上重量や脚
ブラジル人およびトルコ人において、MMP20 遺
の骨格筋量の増加と関連していたことを報告して
伝子多型が先天性歯欠損症と関連することを報告
8)
(75)
している。更に、最近では、MMP20 遺伝子多型
対象者の人数、年齢、性別や人種が異なっている
が歯の形成だけではなく、副腎の老化と関連する
ことが影響していることが考えられる。したがっ
ことも報告されている
。仮に、対象高齢者の
て、今後は更に条件を統一した大規模な日本人サ
歯の健康状態が低栄養を引き起こし、その結果と
ルコペニアの骨格筋量および筋力トレーニングの
19)
してサルコペニアを誘発している可能性があると
効果に関連する遺伝子多型を検討する必要がある。
すれば興味深い。
このように本研究において、我々が同定した複
CYP(P450)19A1 は、エストロゲン合成酵素
数の候補遺伝子多型については、既に複数の疾患
遺伝子であることから、女性、特に中高齢女性
や骨格筋以外の幹細胞との関連について明らかに
の疾患との関連について検討がなされている。
されつつある。しかしながら、本研究において明
Koudu et al. は、閉経後の日本人女性において、
らかになった候補遺伝子多型が実際に骨格筋にお
CYP19A1 遺伝子多型が脊椎骨折のリスクと関連
いてどのように機能しているかについては、現時
することを報告している。また、Ziv-Gal et al.
点では定かではない。今後は、被験者数を多くし、
は、 中 高 齢 の 白 人 お よ び 黒 人 女 性 に お い て、
日本人サルコペニアに関連する更なる遺伝子多型
CYP19A1 遺伝子多型(AA, AG, GG 型)が高血圧
を同定し、それら遺伝子多型の機能解析を行い、
のリスクと関連することを報告している。今回の
遺伝子多型に基づいたサルコペニア予防・改善の
被験者に女性の占める割合が多かったことから、
ための介入方法を確立していくことが求められる。
9)
24)
CYP19A1 遺伝子多型とトレーニング効果の関連
性には興味がもたれる。特に、CYP19A1 遺伝子
総 括
多型が閉経後の日本人女性において骨折のリスク
本研究では、日本人高齢者を対象として 6 か月
と関連することが報告されている 9)。この遺伝子
間のコントロールされた筋力トレーニングによる
多型が骨折に直接影響しているのか、それとも骨
介入プログラムを実施し、そのトレーニング効
格筋量の低下の結果として骨密度が二次的に低下
果と遺伝子多型の関連性をゲノムワイド関連解
するのか、更には骨格筋量の減少の結果として転
析(GWAS)を用いて検討した。その結果、筋力
倒を引き起こし、それが骨折を誘発させる可能性
トレーニングの効果(骨格筋量)に関連する 23
があるのかなど、同じ筋骨格系として CYP19A1
種の候補遺伝子多型を同定した。しかしながら、
遺伝子多型は骨格筋量に関連する興味ある多型で
本研究において明らかにした 23 種の新規な遺伝
ある。
子多型が骨格筋においてどのように機能している
Lgr6 は、細胞膜 7 回貫通型受容体であり、皮
かについては、現時点では定かではない。また、
脂腺や皮膚の幹細胞のマーカーとして知られてい
今回の被験者は少数(14 名)であり、サンプル
る。Snippert et al.
は、Lgr6 が皮膚のすべての細
サイズが小さいため、重要な候補遺伝子を見落と
胞系譜を生み出す毛包幹細胞を認識することを報
している可能性もある 2)。今後は、被験者数を多
告している。骨格筋には、骨格筋量の維持に重要
くし、骨格筋における当該の候補遺伝子の機能に
な役割を担う筋サテライト(衛星)細胞と呼ばれ
ついて解明する必要がある。そして、それらの研
17)
る幹細胞が存在していることから、Lgr6 と筋サ
究成果により、日本人特有のサルコペニア発症を
テライト細胞との関連については興味深い。
早期に予測できる遺伝子多型や筋力トレーニング
本研究では、被験者に一般人ではなく DXA 法
の効果を規定する遺伝子多型に基づき、高齢者の
によって決定された日本人サルコペニアという特
介護予防のための個人の体質に応じた運動処方作
殊な集団を用いた。しかしながら、研究の限界点
成が可能になると考えられる。すなわち、介護予
として被験者数が少なかったこと、男女混合であ
防等を目的とした筋力トレーニングを開始する前
ることや男女比が異なっていたことがあげられる。
に、トレーニングに応答する高齢者と不応答な高
これまでに運動能力やトレーニング効果に関連す
齢者を予測することが可能となり、不応答な高齢
ると報告されている遺伝子多型のなかには、研究
者に対しては、他の介入方法、例えば栄養指導と
結果が一致しないものがみられている。これは、
連携することでより効果の高い介護予防法を開発
(76)
することが期待される。
謝 辞
Guo YF, Xiong DH, Chen XD, Pan F, Yang TL, Zhang YP,
Guo Y, Tang NL, Zhu XZ, Deng HY, Levy S, Recker RR,
Papasian CJ, Deng HW(2009): Genome-wide association
本研究課題に対して、多大な助成を賜りました財団法人
and replication studies identified TRHR as an important
明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
gene for lean body mass. Am J Hum Genet, 84, 418-423.
参 考 文 献
1)Baumgartner RN, Koehler KM, Gallagher D, Romero L,
Heymsfield SB, Ross RR, Garry PJ, Lindeman RD(1998):
12)Ostrander EA, Huson HJ, Ostrander GK(2009): Genetics
of athletic performance. Annu Rev Genomics Hum Genet,
10, 407-429.
:
13)Riechman SE, Balasekaran G, Roth SM, Ferrell RE(2004)
Epidemiology of sarcopenia among the elderly in New
Association of interleukin-15 protein and interleukin-15
Mexico. Am J Epidemiol, 147, 755-763.
receptor genetic variation with resistance exercise training
2)Bouchard C(2011): Overcoming barriers to progress in
exercise genomics. Exerc Sport Sci Rev, 39, 212-217.
3)福 典之(2011): 運動能力に関連する遺伝子多型研究
の現状と課題.体育の科学 , 61, 945-951.
4)Fuku N, Mori S, Murakami H, Gando Y, Zhou H, Ito H,
Tanaka M, Miyachi M(2011): Association of 29C>T poly-
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14)Roth SM, Zmuda JM, Cauley JA, Shea PR, Ferrell RE
(2004): Vitamin D receptor genotype is associated with fatfree mass and sarcopenia in elderly men. J Gerontol A Biol
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.78∼86(2012.3)
ウエスト周囲径・体重の減少は動脈硬化の進展を
抑制するかどうかについての検討 坂 本 愛 子*
齋 藤 幹*
石 坂 裕 子**
永 井 良 三*
山 門 實**
石 坂 信 和*, ***
IMPACT OF CHANGES IN OBESITY INDICES ON THE PROGRESSION
OF EARLY ATHEROSCLEROTIC LESIONS
Aiko Sakamoto, Yuko Ishizaka, Minoru Yamakado,
Kan Saito, Ryozo Nagai, and Nobukazu Ishizaka
SUMMARY
Aim: Controlling body weight is effective in improving cardiometabolic risk factors; however, it is not fully
understood whether changes in body mass index(BMI)or those in waist circumference(WC)have a significant
association with the extent of progression of carotid atherosclerosis during a one-year period in Japanese individuals. We have analyzed the relationship between changes in obesity parameters and those in the extent of carotid
atherosclerosis.
Methods and Results: The data of 4377 individuals(2854 men, 1523 women)who underwent general health
screening two year running were analyzed. In addition to the relationship between obesity parameters and maxi, the relationship between changes in obesity parameters and
mum carotid intima-media thickness(Max-IMT)
those in Max-IMT over a one-year period was investigated. In the baseline, the mean of Max-IMT in the study
population was 1.6 0.8 mm, and it was significantly associated with either BMI or WC in women, but not in
men. During a one-year period, the mean of percent changes in Max-IMT(%dMaxIMT)was significantly higher
in men than in women(18.4 52.7% vs. 12.2 36.4%, P<0.001)
. Association between percent changes in WC
(%dWC)or those in BMI(%dBMI)over a one-year period and %dMaxIMT was not found to be statistically
significant in men(R=­0.027, P=ns, and R=0.019, P=ns, respectively)
. In women, %dWC was not significantly
associated with %dMaxIMT, and %dBMI was found to have a weakly negative association with %dMaxIMT(R=
­0.003, P=ns, and R=­0.051, P=0.045, respectively)
. In multivariate linear regression analysis, neither %dWC
nor %dBMI was a predictor for %dMaxIMT in either gender. In addition, when using age, %dWC and %dBMI as
independent variables, age was a negative predictor for %dMaxIMT in men.
Conclusion: Loss(or gain)in obesity parameters during a one-year period may have only minor or non-significant impacts on the suppression(or promotion)of the progression of carotid artery atherosclerosis during a oneyear period among individuals undergoing general health screening.
Key words: waist circumference, body mass index, carotid intima-media thickness, atherosclerosis, health screening.
*
**
***
東京大学大学院医学系研究科
Department of Cardiovascular Medicine, University of Tokyo Graduate School of Medicine, Tokyo, Japan.
三井記念病院総合健診センター Center for Multiphasic Health Testing and Services, Mitsui Memorial Hospital, Tokyo, Japan.
大阪医科大学第三内科
Division of Cardiology, Osaka Medical College, Osaka, Japan.
(79)
緒 言
研 究 方 法
肥満症は、体脂肪増加による肥満の状態が、高
A.調査対象者
血圧や糖尿病、心血管病などの生活習慣病と合併
2004 年から 2009 年の間に、三井記念病院総
している、あるいは、将来合併する可能性がある
合健診センターにて人間ドックを経年受診した
状態である 1,20)。食生活の欧米化や高齢化を迎え
4391 名(男性 2863 名,女性 1528 名)のうち、
た我が国では、肥満症の予防・改善は喫緊の課題
頚動脈超音波検査結果の情報のある 4377 名(男
であることから、2008 年より行われている特定
性 2854 名,女性 1523 名)を対象とした。1 回目
健康診査でも、ことにメタボリックシンドローム
の受診から 2 回目の受診までの平均受診間隔は、
に関連するパラメータの評価に重点がおかれてい
377 68 日であった。ウエスト周囲径および BMI
る。高血圧や糖尿病発症抑制の大きな目的の 1 つ
の経年変化率は、本文中においては、それぞれ、
に、心血管や脳疾患の原因となる動脈硬化性疾患
%dWC、%dBMI と表記することとし、以下の計
の予防がある。肥満の改善により生活習慣病の発
算式で求める。
症を抑制することは、医療費の抑制のみならず、
各人の ADL 保持、ひいては successful aging の達
成に必要欠くべからざるものであると考える。
{
(2 年目の受診時の値)­(1 年目の受診時の
値)
}/(1 年目の受診時の値)× 100(%)
肥満が動脈硬化の危険因子であることは、よく
また、その他の各種パラメータ(x)の経年変
知られており、肥満が頚動脈壁肥厚などの、早期
化率についても、上記の計算式で求め、ウエスト
動脈硬化病変形成のリスクを上昇させることも報
周囲径や BMI の経年変化率と同様の表記(%dx)
告されている 13)。また、ウエスト周囲径や BMI
を用いることとする。
といった、肥満の各種パラメータの変化と代謝関
なお、BMI は、体重(kg)を身長(m)の 2 乗
連データの変化の関連については、10 年間の体
で割った値とした。ウエスト周囲径は、立位にて
重の増加が脂質プロファイルに好ましくない影響
臍レベルで測定した 12)。
を与える
本研究は、三井記念病院(承認番号 : MEC2005-
、9 年間のウエスト周囲径の変化は、
14)
脂質データや、メタボリックシンドローム発症率
13)、東京大学大学院医学系研究科(承認番号 :
に影響を与える 2) などの報告がある。一方で、
1255-(5)
) お よ び 大 阪 医 科 大 学(承 認 番 号 :
ウエスト周囲径の変化と、BMI の変化の影響を
0823)の倫理審査を通過している。
比較検討した報告は数少ないが、ウエスト−ヒッ
B.頚動脈超音波検査
プ比の変化は体重変化と独立には脂質データに
頚動脈の評価には、7.5-MHz トランスデュー
影響を与えない
、糖・脂質関連データの改善
サー(PLF-703ST, Toshiba)を搭載した、高解像
は体重減少の程度と関連していたが、ウエスト−
度の B モード超音波(Sonolayer SSA270A, Toshi-
ヒップ比の変化とは関連がなかった
ba)を使用した。受診者のほかの臨床情報を知ら
21)
、などの
15)
報告がなされている。
ない熟練した超音波検査技師により、両側総頚動
ウエスト周囲径や体重、あるいは BMI の適正
脈、頚動脈分岐部、内頚動脈について、横断面、
化は、医療従事者および各個人に与えられたテー
縦断面から観察を行った。観察範囲内における
マであるが、肥満の改善が健診受診者において、
頚動脈の中内膜複合体厚(intima-media thickness;
動脈硬化の進展抑制にどの程度効果的なのか、ま
IMT)の最大厚を、最大中内膜複合体厚(Max-IMT)
た、この観点からみた場合、ウエスト周囲径の減
と定義した。
少と BMI の減少のどちらが、より効果的なのか
C.血液生化学的データ分析
についての詳細な報告はない。今回我々は、人間
全症例において、血液サンプルは、一晩の絶食
ドックを 2 年連続で受診した症例を対象として、
状態の後、翌朝採取された血液を使用している。
ウエスト周囲径や BMI の経年変化と、頚動脈肥
LDL コレステロール、HDL コレステロールおよ
厚の経年変化との関連について検討を行った。
び中性脂肪は、酵素的測定法で計測した。ヘモグ
(80)
ロビン A1c はラテックス凝集法で測定した。HO-
統計学的有意水準は 5 %未満に設定した。
MA-IR は以下の計算式で算出した。
結 果
HOMA-IR =空腹時インスリン値×空腹時血糖
値 /405
A.患者背景
本研究においては、男性 2854 名、女性 1523 名
収縮期、拡張期血圧は、10 分間の安静後に、
の合計 4377 名を調査対象とした。1 回目の受診
自動血圧計で測定した。
時における平均年齢は、男性 60.2 10.1 歳、女性
D.統計学的分析
60.4 10.0 歳であった。男女別でない、%dWC の
データは平均値
標準偏差で表記した。一元
配置分散分析(ANOVA)
、 χ2 検定、重回帰分析
四分位の各範囲は、順に、­20.8/­2.9、­2.9/0.1、
に は、Dr. SPSS II(SPSS, Chicago, IL) を 用 い、
の各範囲は、順に­21.5/­1.8、­1.8/0.0、0.0/1.6、
0.1/2.7、2.7/26.4 で、 同 様 に、%dBMI の 四 分 位
表 1 .初回受診時における %dWC ごとの患者背景
Table 1.Baseline characteristics at the first visit according to %dWC.
Variables
%dWC-Q1
(­20.8/­2.9)
%dWC-Q2
(­2.9/0.1)
%dWC-Q3
(0.1/2.7)
%dWC-Q4
(2.7/26.4)
P value
Women
n
Age, years
Height, cm
Weight, kg
WC, cm
BMI, kg/m2
Systolic blood pressure, mmHg
Diastolic blood pressure, mmHg
Max-IMT, mm
LDL-cholesterol, mg/dl
HDL-cholesterol, mg/dl
Triglyceride, mg/dl
HOMA-IR
Anti-dyslipidemic medication, n(%)
Anti-hypertensive medication, n(%)
Anti-diabetic medication, n(%)
263
60.4 9.6
155.1 5.6
52.1 8.0
81.8 9.0
21.7 3.1
122 20
76 11
1.5 0.6
132 32
68 15
89 38
1.4 1.0
31(11.8)
37(14.1)
3( 1.1)
223
61.2 10.2
154.5 6.0
51.9 7.4
79.8 9.2
21.8 3.1
122 19
76 11
1.5 0.6
130 28
68 15
89 45
1.4 1.1
25(11.2)
41(18.4)
5( 2.2)
153
60.2 9.2
155.3 5.4
53.6 8.3
79.9 9.4
22.2 3.3
122 19
75 11
1.4 0.6
136 31
67 16
96 52
1.4 1.1
21(13.7)
22(14.4)
2( 1.3)
314
59.4 10.0
155.3 5.7
51.9 7.7
76.5 8.4
21.5 2.9
122 20
75 11
1.5 0.6
129 30
67 16
88 42
1.3 0.9
40(12.7)
50(15.9)
8( 2.5)
0.195
0.410
0.119
<0.001
0.126
0.977
0.743
0.535
0.163
0.681
0.263
0.633
0.884
0.582
0.581
Men
n
Age, years
Height, cm
Weight, kg
WC, cm
BMI, kg/m2
Systolic blood pressure, mmHg
Diastolic blood pressure, mmHg
Max-IMT, mm
LDL-cholesterol, mg/dl
HDL-cholesterol, mg/dl
Triglyceride, mg/dl
HOMA-IR
Anti-dyslipidemic medication, n(%)
Anti-hypertensive medication, n(%)
Anti-diabetic medication, n(%)
419
60.9 10.1
168.4 5.8
69.0 9.5
88.9 7.7
24.3 3.0
131 19
82 11
1.8 0.9
126 30
56 13
138 106
2.0 1.6
39( 9.3)
102(24.3)
15( 3.6)
528
61.2 9.7
168.2 5.4
67.6 9.8
87.2 8.0
23.9 3.0
130 19
82 11
1.9 0.9
125 29
55 13
128 84
1.9 1.4
39( 7.4)
155(29.4)
32( 6.1)
456
60.6 10.1
168.3 5.9
68.1 9.7
86.4 7.2
24.0 2.9
129 18
81 11
1.9 0.9
125 29
55 13
127 69
1.9 1.5
43( 9.4)
109(23.9)
28( 6.1)
383
59.9 10.4
168.6 5.7
68.6 9.8
85.3 7.9
24.1 3.1
130 20
82 11
1.9 1.0
123 30
56 13
132 123
1.8 1.3
27( 7.0)
96(25.1)
19( 5.0)
0.245
0.858
0.150
<0.001
0.132
0.295
0.174
0.625
0.607
0.482
0.302
0.274
0.441
0.179
0.281
(81)
1.6/14.9 と し た。%dWC と %dBMI の 四 分 位 別
と回帰直線を男女別に図 1 に示す。初回受診時の
の、1 回目受診時における患者背景を表 1、表 2
Max-IMT の平均値は 1.6 0.8mm であった。女性
に示す。男女ともに、%dWC および %dBMI の
においては、Max-IMT 値とウエスト周囲径、お
四分位によって、1 回目受診時の Max-IMT の値
よび Max-IMT 値と BMI の間に、弱いながらも正
には有意差はみられなかった。なお、%dWC と
の相関を認めた。その一方で、男性では、Max-
%dBMI の相関係数は、男性 0.57(P<0.001)
、女
IMT 値とウエスト周囲径の間に明らかな相関を
性 0.34(P<0.001)であった。
認めなかった。更に、Max-IMT 値と BMI につい
B.初回受診時の肥満パラメータと Max-IMT
値の関連
ては、統計的に有意ではあるものの、ごくわずか
ながら負の相関関係であった。
初回受診時における、Max-IMT 値とウエスト
周囲径、または BMI 値の関連について、散布図
表 2 .初回受診時における %dBMI ごとの患者背景
Table 2.Baseline characteristics at the first visit according to %dBMI.
Variables
%dBMI-Q1
(­21.5/­1.8)
%dBMI-Q2
(­1.8/0.0)
%dBMI-Q3
(0.0/1.6)
%dBMI-Q4
(1.6/14.9)
P value
Women
n
Age, years
Height, cm
Weight, kg
WC, cm
BMI, kg/m2
Systolic blood pressure, mmHg
Diastolic blood pressure, mmHg
Max-IMT, mm
LDL-cholesterol, mg/dl
HDL-cholesterol, mg/dl
Triglyceride, mg/dl
HOMA-IR
Anti-dyslipidemic medication, n(%)
Anti-hypertensive medication, n(%)
Anti-diabetic medication, n(%)
397
61.4 10.2
154.3 5.7
52.8 7.9
80.4 9.1
22.2 3.2
126 20
77 12
1.4 0.6
135 32
67 15
92 46
1.4 1.0
49(12.3)
66(16.6)
7( 1.8)
349
60.3 9.6
154.8 5.7
51.7 7.9
78.6 9.5
21.6 3.2
122 20
75 12
1.3 0.6
130 29
68 16
91 44
1.4 1.0
37(10.6)
43(12.3)
6( 1.7)
361
60.7 10.0
155.3 5.6
52.6 7.6
79.6 9.1
21.8 2.9
123 19
75 11
1.4 0.6
131 33
67 15
89 42
1.3 0.8
41(11.4)
57(15.8)
3( 0.8)
416
59.4 10.2
154.8 5.2
51.0 7.4
78.2 8.9
21.3 3.0
121 20
74 11
1.4 0.6
129 31
67 16
90 46
1.4 1.0
47(11.3)
66(15.9)
9( 2.2)
0.042
0.087
0.003
0.031
<0.001
0.003
0.020
0.151
0.062
0.735
0.742
0.379
0.903
0.376
0.528
Men
n
Age, years
Height, cm
Weight, kg
WC, cm
BMI, kg/m2
Systolic blood pressure, mmHg
Diastolic blood pressure, mmHg
Max-IMT, mm
LDL-cholesterol, mg/dl
HDL-cholesterol, mg/dl
Triglyceride, mg/dl
HOMA-IR
Anti-dyslipidemic medication, n(%)
Anti-hypertensive medication, n(%)
Anti-diabetic medication, n(%)
697
59.5 10.2
168.6 5.6
70.0 9.9
87.9 7.9
24.6 3.1
132 19
83 12
1.7 0.8
126 30
54 12
139 102
2.0 1.6
45( 6.5)
166(23.8)
33( 4.7)
745
61.1 9.6
167.9 5.6
67.7 8.7
86.5 7.3
24.0 2.7
130 18
82 11
1.7 1.0
124 28
56 13
134 87
1.8 1.4
48( 6.4)
190(25.5)
32( 4.3)
727
60.9 9.6
168.4 5.7
68.1 9.0
86.9 7.6
24.0 2.7
129 19
82 11
1.6 0.8
126 29
55 13
127 84
1.8 1.4
65( 8.9)
178(24.5)
33( 4.5)
685
59.3 10.9
168.4 6.1
68.2 10.2
86.7 8.4
24.0 3.1
129 19
81 11
1.7 0.9
123 30
56 14
127 107
1.8 1.4
62( 9.1)
163(23.8)
45( 6.6)
<0.001
0.142
<0.001
0.051
<0.001
0.006
0.002
0.450
0.069
0.102
0.081
0.022
0.090
0.860
0.191
(82)
6
5
4
3
2
1
0
Max-IMT = 0.69 + 0.01 x WC
R = 0.145, P < 0.001
0
10
50
WC
100
Max-IMT = 1.05 + 0.02 x BMI
R = 0.078, P = 0.002
0
10
20
30
BMI
40
50
Max-IMT = 2.11 - 0.003 x WC
R = -0.021, P = ns
8
6
4
2
0
150
0
D
50
WC
100
150
Max-IMT = 2.16 - 0.02 x BMI
R = -0.067, P < 0.001
10
Max-IMT
Max-IMT
C
6
5
4
3
2
1
0
B
Max-IMT
Max-IMT
A
8
6
4
2
0
0
10
20
30
BMI
40
50
図 1 .初回受診時の肥満パラメータと Max-IMT 値の散布図と回帰直線
Fig.1.Scatter plot and linear regression between obesity parameters and Max-IMT at the first visit.
Scatter plot and linear regression between WC and Max-IMT at the first visit in women(A)and
in men(B), and between BMI and Max-IMT at the first visit in women(C)and in men(D).
Men
Women
3
*
*
*
*
*
*
*
初回受診時の Max-IMT 値は、39 歳以下の群の
Max-IMT 値よりも有意に高値であった(図 2)。
D.肥満パラメータの経年変化率と Max-IMT
値の経年変化率の関連
♯
2
Max-IMT 値の経年変化率(%dMaxIMT)と、
1
%dWC または %dBMI の関連について、散布図
0
%dWC と %dBMI の い ず れ も、%dMaxIMT と 統
≥8
0
70
-7
9
60
-6
9
50
-5
9
40
-4
9
と回帰直線を男女別に図 3 に示す。男性では、
≤3
9
Max-IMT (mm)
4
Age (years)
図 2 .初回受診時の年齢層別 Max-IMT 値
Fig.2.Max-IMT at the first visit according to age.
Max-IMT at the first visit according to age in men(black
and solid line)and in women(gray and dotted line)
.
Data represent the mean standard deviation.
#
*P<0.001
vs. the youngest group. P<0.005 vs. the youngest group.
計的に有意な相関を認めなかった。女性につい
ては、男性と同様に、%dWC と %dMaxIMT の間
には、統計的に有意な関連はみられなかった。
%dBMI と %dMaxIMT の間には、統計的に有意
ではあるものの、相関係数としてはごくわずか
で、 し か も 負 の 相 関 し か み ら れ な か っ た(R=
­0.051)。男女別の %dMaxIMT の平均値は、順に
18.4 52.7%、12.2 36.4%で、男性のほうが女性
よりも有意に高値であった(P<0.001)。
C.初回受診時の各年齢層における Max-IMT
値
E.多変量線形回帰分析
最後に、単年度、複数年度における経年変化率
続いて、初回受診時の年齢が、39 歳以下、40
について、多変量線形回帰分析を行った。まず、
歳台、50 歳台、60 歳台、70 歳台、80 歳以上の各
単年度の検討では、肥満パラメータとして、独立
サブグループにおいて検討を行った。その結果、
変数にウエスト周囲径のみ、BMI のみ、その両
男女いずれも、50 歳台以上の各サブグループの
方を投入したいずれの検討においても、男性、女
%dMaxIMT = 7.59 - 0.01 x %dWC
R = -0.003, P= ns
400
300
B
%dMaxIMT
A
%dMaxIMT
(83)
200
100
0
-100
-30 -20 -10 0 10 20 30
%dWC
%dMaxIMT = 12.22 - 0.56 x %dBMI
R = -0.051, P= 0.045
400
300
200
100
0
-100
-30 -20 -10
0
%dBMI
10
20
600
400
200
0
-200
-30 -20 -10 0 10 20 30
D
%dMaxIMT
%dMaxIMT
C
%dMaxIMT = 7.81 - 0.21 x %dWC
R = -0.027, P= ns
800
%dWC
%dMaxIMT = 18.50 + 0.33 x %dBMI
R = 0.019, P= ns
800
600
400
200
0
-200
-30 -20 -10
0
%dBMI
10
20
図 3 .肥満パラメータの経年変化率と Max-IMT 値の経年変化率の散布図と回帰直線
Fig.3.Scatter plot and linear regression between percent changes in obesity parameters and %dMaxIMT.
Scatter plot and linear regression between %dWC and %dMaxIMT in women(A)and in men(B), and
between %dBMI and %dMaxIMT in women(C)and in men(D).
性どちらも年齢が Max-IMT 値に対する有意な予
いて、いずれも正の相関関係がみられた。また、
測因子であった(表 3)
。また、女性では、年齢
男女いずれの検討においても、高齢者層では若
とウエスト周囲径を独立変数に投入した検討にお
年者層と比較して、Max-IMT の平均値は高値で
いて(表 3,Model 1)
、ウエスト周囲径も Max-
あった。この結果を裏付けるように、多変量解
IMT 値に対する有意な予測因子であった。
析においても、年齢が Max-IMT 値に対する有意
これに対して、複数年度における経年変化率に
な正の予測因子として採用された。これに対し
ついての検討では、肥満パラメータとして、独立
て、複数年度における Max-IMT 値の経年変化率
変数に %dWC のみ、%dBMI のみ、その両方を投
(%dMaxIMT)の検討では、男女どちらの検討に
入したいずれの検討においても、これらのパラ
おいても、%dMaxIMT と %dWC、および %dBMI
メータは、男性、女性どちらの場合も、%dMax-
の間には、統計学的に明らかな正の相関関係を認
IMT に対する有意な予測因子として採用されな
めなかった。更に、多変量解析では、男性におい
かった。年齢については、%dBMI のみを共変量
て、年齢と %dWC、%dBMI を独立変数とした検
とした検討において、男女ともに %dMaxIMT に
定を行うと、年齢は %dMaxIMT に対する負の予
対する正の予測因子であった。この一方で、男
測因子として採用され、このことから加齢に伴う
性においては、%dWC のみ、あるいは %dWC と
Max-IMT 値の増加の程度は、高齢になるにつれ
%dBMI の両方を共変量とした検討で、年齢は
て徐々に小さくなることが示された。
%dMaxIMT に対する負の予測因子であり、高齢
我々の研究室では、これまでにも、肥満パラ
になるにつれて、Max-IMT 値の経年変化の程度
メータの経年変化率と、メタボリックシンドロー
は小さくなる可能性が示された(表 4)
。
ムに関連する各種パラメータの経年変化率につい
考 察
て、人間ドックを 2 年連続で受診した症例を対象
に、同様の検討を行ってきた。例えば、肥満パラ
本研究の結果、初回受診時の Max-IMT 値とウ
メータと糖代謝パラメータの経年変化率の関連の
エスト周囲径および BMI との間には、女性にお
検討では、ことに男性において、BMI の減少、
(84)
表 3 .単年度の検討における初回受診時の Max-IMT 値を
従属変数とした多変量線形回帰分析
Table 3.Multivariate linear regression analysis using MaxIMT at the first visit as a dependent variable.
β
Women
Model 1
age
WC
Model 2
age
BMI
Model 3
age
WC
BMI
Men
Model 1
age
WC
Model 2
age
BMI
Model 3
age
WC
BMI
表 4 .複数年度の検討における %dMaxIMT を従属変数と
した多変量線形回帰分析
Table 4.Multivariate linear regression analysis using %dMaxIMT as a dependent variable.
β
P value
95% CI
0.024
0.005
0.020
0.001
0.027
0.009
<0.001
0.024
0.020
0.009
0.017
0.000
0.023
0.018
<0.001
0.063
0.024
0.004
0.003
0.020
­0.003
­0.018
0.027
0.011
0.023
<0.001
0.271
0.802
0.038
0.002
0.034
­0.003
0.042
0.007
<0.001
0.344
0.032
0.001
0.029
­0.010
0.035
0.012
<0.001
0.870
0.038
0.003
­0.003
0.034
­0.006
­0.029
0.042
0.013
0.023
<0.001
0.486
0.811
Women
Model 1
age
%dWC
Model 2
age
%dBMI
Model 3
age
%dWC
%dBMI
Men
Model 1
age
%dWC
Model 2
age
%dBMI
Model 3
age
%dWC
%dBMI
P value
95% CI
­0.118
­0.022
­0.291
­0.308
0.056
0.263
0.183
0.878
0.211
­0.496
0.028
­1.043
0.394
0.051
0.024
0.076
­0.125
0.024
­0.257
­0.299
­0.279
­0.827
0.049
0.327
0.312
0.160
0.877
0.375
­0.235
­0.234
­0.382
­0.596
­0.088
0.128
0.002
0.204
0.198
0.322
0.006
­0.299
0.390
0.942
0.043
0.309
­0.236
­0.328
0.214
­0.383
­0.768
­0.360
­0.089
0.112
0.789
0.002
0.144
0.464
Model 1: Independent variables include age and WC at the first
visit.
Model 2: Independent variables include age and BMI at the first
visit.
Model 3: Independent variables include age, WC, and BMI at
the first visit.
Model 1: Independent variables include age at the first visit and
%dWC.
Model 2: Independent variables include age at the first visit and
%dBMI.
Model 3: Independent variables include age at the first visit,
%dWC, and %dBMI.
すなわち減量がインスリン抵抗性の改善に関連す
れ 6,9)、ウエスト周囲径の増減よりも体重の増減
ることを報告した 16)。男性については、ウエス
のほうが、メタボリックシンドローム関連の各種
ト周囲径の減少とインスリン抵抗性の改善にも一
パラメータに対して、より密接な関連があること
定の関連を認めたものの、この関連は、%dBMI
を示した。
を共変量とすると、統計的な有意差を失った。同
頚動脈肥厚とメタボリックシンドローム関連パ
様に、肥満パラメータと脂質代謝関連パラメータ
ラメータの関係についても、慢性腎障害(CKD)
の経年変化率についても検討を行ったところ、年
やインスリン抵抗性、高アルブミン血症が、頚動
齢、%dWC、%dBMI を独立変数に投入した多変
脈の早期動脈硬化と関連することを明らかにして
量解析においては、男性、女性、いずれの場合も、
きたのに加え 4,5,8)、非メタボリックシンドローム
%dWC ではなく %dBMI が、LDL コレステロー
の男性群においては、高尿酸血症が頚動脈プラー
ル、HDL コレステロールおよび中性脂肪の経年
クに対する独立した危険因子であることも報告し
変化率に対する有意な予測因子であった 7)。尿酸
てきた 10)。また、Tzou et al.19)も、若年層におけ
値や血圧の経年変化率と %dWC や %dBMI との
る検討で、メタボリックシンドロームは頚動脈肥
関連についての検討でも、ほぼ同様の結果が得ら
厚で評価される早期動脈硬化と関連することを報
(85)
告しており、Kawamoto et al.11) も、2 型糖尿病と
存在する可能性がある。
(2)対象症例が、減量プ
頚動脈肥厚には統計学的に有意な関連があること
ログラムなどにエントリーしているか、といった
を示している。
情報がない。
(3)より正確な検討のために、飲酒
更に、ウエスト周囲径や BMI といった肥満パ
や喫煙の情報も加味する必要がある。今後これら
ラメータそのものと、頚動脈肥厚との関連につい
の点を考慮に入れた検討を行っていく予定である。
ては、Song et al.17) の調査では、母集団が 706 名
本研究では、単年度の検討では、女性で初回受
と比較的小規模の検討ではあるものの、男性にお
診時の Max-IMT 値とウエスト周囲径および BMI
いて、ウエスト周囲径や BMI はいずれも頚動脈
との間に関連を認め、更に、年齢は、男女とも
肥厚と有意な関連があることが示されているほ
Max-IMT 値に対する有意な予測因子であった。
か、Breton et al. の報告でも、若年層での検討に
一 方、 経 年 変 化 率 の 検 討 で は、%dMaxIMT と
おいて BMI と頚動脈肥厚の間には正の相関関係
%dWC および %dBMI の関連は、統計学的に有意
があるとされている。これらの報告は、必ずしも、
ではなかった。また、興味深いことに、男性では
本研究の検討結果とは一致していないが、この原
高齢になるにつれて、年間の Max-IMT 値の増加
因としては、Song et al.
率は、小さくなることが示された。今後、より長
3)
17)
の研究は母集団は 30 歳
以上 74 歳以下に限定されており、更に心筋梗塞
期間での更なる詳細な検討を予定している。
や脳梗塞の既往のある症例は除外されているこ
総 括
と、また Breton et al.3)の研究の母集団は、平均年
齢が 19 歳の大学生で、喫煙歴のない症例に限定
本研究では、人間ドックを 2 年連続で受診した
されており、収縮期血圧も 140mmHg を超える症
症例を対象に、肥満パラメータと頚動脈肥厚、
例はなかったとのことであり、本研究も人間ドッ
およびそれらの経年変化の関連について検討を
ク受診症例という比較的健常者を対象としている
行った。単年度の検討で、女性は、初回受診時の
研究ではあるものの、ベースラインの患者背景が
Max-IMT 値とウエスト周囲径および BMI との間
これらの報告の母集団とは少なからず異なってい
に、正の相関関係を認めたが、年齢、ウエスト周
る可能性などが考えられる。更に、Terzis et al.18)
囲径、BMI を独立変数とした多変量解析では、
は、多変量解析において、年齢は Max-IMT 値に
年齢のみが Max-IMT 値に対する有意な予測因子
対する独立した正の予測因子である、という我々
として採用された。また、男性にとっても、年齢
の研究結果と同様の報告をしているのに加えて、
は Max-IMT 値に対する有意な予測因子であった。
BMI や 25 年間での BMI の変化も、Max-IMT 値
一方で、%dMaxIMT と %dWC および %dBMI の
に対する独立した予測因子であったと報告してい
間には、1 年間の変化では、明らかな統計学的関
る。本研究では、1 年間での経年変化をみている
連は認めなかった。
が、この報告からも、より長期間にわたるフォロー
アップの必要性と重要性が示唆された。しかしな
がら、肥満パラメータと頚動脈肥厚のいずれも経
年変化率を算出して、両者の関連を検討した報告
は、我々の知る限り既報はない。本研究をとおし
て、男性においては、高齢になるほど Max-IMT
値は若年層と比較して高値になることに加えて、
その増加の度合いは、年々、小さくなることも示
されたことは興味深い。
本研究の限界は、以下のような点にある。
(1)
人間ドックを経年受診した症例を対象としてお
り、これにより比較的健康に対する意識の強い症
例が抽出されていることが予想され、バイアスが
謝 辞
本研究を進めるにあたり、財団法人明治安田厚生事業団
から研究助成を賜りました。ここに深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
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17)Song YM, Lee K, Sung J, Kim YS, Lee JY(2012): Sex-
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18)Terzis ID, Papamichail C, Psaltopoulou T, Georgiopoulos
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.87∼96(2012.3)
運動は肥満・糖尿病によるアルツハイマー病発症リスクを軽減するか
櫻 井 拓 也*
石 橋 義 永*
井 澤 鉄 也***
小笠原 準 悦*
木 崎 節 子*
藤 原 智 徳**
赤 川 公 朗**
芳 賀 脩 光**** 大 野 秀 樹*
EFFECTS OF EXERCISE TRAINING ON THE RISK DEVELOPING
ALZHEIMER’S DISEASE BY OBESITY AND TYPE 2 DIABETES
Takuya Sakurai, Junetsu Ogasawara, Takako Kizaki, Yoshinaga Ishibashi,
Tomonori Fujiwara, Kimio Akagawa, Tetsuya Izawa,
Shukoh Haga, and Hideki Ohno
SUMMARY
Objective: Recently, it has been suggested that the risk developing Alzheimer s disease(AD)is enhanced by
obesity and obesity-induced lifestyle-related disease, such as type 2 diabetes. Although there are many reports that
exercise training(TR)has preventive and improvement effects on AD and lifestyle-related disease, little is known
about effects of TR on the risk developing AD due to obesity and lifestyle-related diseases. In the present study,
therefore, we investigate preventive and improvement effects of TR on obesity and type 2 diabetes-induced the
risk developing AD.
Methods: Senescence-accelerated mouse prone-8(SAMP8)mice, which are thought to be animal models of
AD, were divided randomly into three groups, 1)HFD-SAMP8 mice: 4-months-old SAMP8 mice given high fat
diet(HFD)for 3 months; 2)TR-HFD-SAMP8 mice: SAMP8 mice given HFD and subjected to voluntary exercise on running wheel for 3 months; 3)SAMP8 mice: control SAMP8 mice, and then conditioned fear memory
test was conducted. Moreover, glucose sensitivity, phosphorylation of Tau protein and oxidative stress in the brain
were investigated.
Results: TR diminished the reduction of glucose sensitivity observed in HFD-SAMP8 mice. Contextual fear
memory in SAMP8 and HFD-SAMP8 mice was significantly impaired as compared with that in non-senescence
(SAMR1)mice; TR definitely attenuated such cognitive impairment. Nevertheless, no significant differences in
cued fear memory were observed among all groups. Moreover, compared with SAMR1 mice, phosphorylation of
Tau protein and oxidative stress in cerebral cortex significantly increased in SAMP8 and HFD-SAMP8 mice, but
not in TR-HFD-SAMP8 mice. In addition, the expression level of protein for antioxidative enzyme superoxide dismutase 1 in cerebral cortex is significantly lower in HFD-SAMP8 than in SAMR1 and TR-HFD-SAMP8 mice.
*
杏林大学医学部衛生学公衆衛生学教室
**
杏林大学医学部細胞生理学教室
同志社大学スポーツ健康科学部
筑波大学
***
****
Department of Molecular Predictive Medicine and Sport Science, Kyorin University, School of Medicine, Tokyo,
Japan.
Department of Cell Physiology, Kyorin University, School of Medicine,Tokyo, Japan.
Faculty of Health and Sport Science, Doshisha University, Kyoto, Japan.
University of Tsukuba, Ibaraki, Japan.
(88)
Conclusions: From results of the present study, it is suggest that when TR is subjected to SAMP8 mice given
HFD, TR can attenuate both cognitive impairment and insulin resistance. Furthermore, reduced phosphorylation of
Tau protein and oxidative stress in the brain are thought to implicate preventive effects of TR on cognitive impairment.
Key words: exercise training, Alzheimer s disease, cognitive impairment, obesity, type 2 diabetes.
緒 言
記憶障害がみられることや、肥満・糖尿病モデル
マウスよりも強いインスリン抵抗性を示すことが
厚生労働省が発表した 2010 年における日本人
報告されている 36)。これらの研究は、肥満・糖
の平均余命は、女性が 86.39 歳で 2009 年と比べ
尿病と AD 発症とが密接に関連していることを強
て 0.05 歳減であったが世界 1 位を維持しており、
く示唆している。
男性は 79.64 歳で 5 年連続、過去最高を更新し
認知症・AD もしくは肥満・生活習慣病に対す
た
。また、総務省の調査によると、我が国の
る運動効果については多くの疫学的調査や実験
65 歳以上の高齢者人口は、現在 23.3%(2980 万
動物を用いた報告がある。Helmrich et al.9) は、
人)に達していると試算され、ほぼ国民の約 4 人
ペンシルバニア大学の卒業生(男性)5990 人を
に 1 人が 65 歳以上の高齢者という超高齢化社会
14 年間にわたって追跡した結果、1 週間の運動
が到来している
。この高齢者人口の増加に伴
量が 500 kcal 増加するごとに 2 型糖尿病の発症リ
い、認知症高齢者数も増加しており、厚生労働省
スクが 6 %低下することを報告している。また、
によれば、2010 年の認知症日常生活自立度 II 以
21271 人の米国の男性医師の 5 年間の追跡調査に
上の認知症高齢者数は 208 万人であると推計され
よって、1 週間に 1 回発汗する程度の強度の運動
ている 13)。したがって、認知症・アルツハイマー
をする群でも 2 型糖尿病発症リスクは低下するこ
病(AD)患者の増加は極めて重要な社会問題に
とが明らかになっている 20)。一方、ヒトの運動
なっている。一方、認知症・AD と同じく、肥満
量と認知症発症の関係を調べた報告では、1 日の
者や生活習慣病患者の増加も極めて大きな問題と
歩行距離が 400m 以下の群は、3.2km 以上の群と
なっている。実際、厚生労働省の平成 19 および
比べると認知症発症のリスクが 1.8 倍であり、ま
16)
35)
20 年の「国民健康・栄養調査」では、肥満者の
た、単位時間当たりの速く歩く能力(1 時間にど
割合は男性 28.6%、女性 20.6%であり、更に、2
れだけ速く歩けるか)にも認知症発症のリスク低
型糖尿病が強く疑われるヒトと、糖尿病の可能性
下と関連がみられた 1)。加えて、週 3 回以上の運
が否定できないヒトを合計すると約 2210 万人に
動で AD 発症のリスクが有意に減少することも報
ものぼると報告されている 14,15)。
告されている 17)。我々も、運動トレーニング(TR)
近年、疫学的調査などにより、認知症・AD 発
が引き起こすラットの脂肪細胞数減少を伴う脂肪
症のリスクが肥満・2 型糖尿病患者では増加する
組織の縮小には脂肪組織由来幹細胞の脂肪細胞へ
ことが明らかになってきた
。例えば、Kivipelto
の分化の抑制が関与することや、TR が脂肪組織
et al.12) は、肥満者(body mass index 30 以上)の
の酸化ストレスを減少させることによってインス
認知症発症リスクのオッズ比が 2.4 であり、血圧
リン抵抗性の惹起に深く関与する炎症性アディポ
やアポリポプロテイン E の遺伝子型で補正して
カインの発現を抑えることを報告してきた 29,30)。
もそれぞれ 2.1 と 1.9 であったことを報告してい
更に、AD モデルマウスであるといわれている
る。また、日本人を対象とした調査でも、2 型糖
senescence-accelerated mouse prone 8(SAMP8) マ
尿病が AD や脳血管性認知症のリスクファクター
ウス 22,23)の認知機能障害を TR が改善するという
であることが示されている
結果も得ている 31)。
19)
。更に、AD モデル
38)
マウスと肥満・糖尿病モデルマウスを掛け合わせ
認知症・AD と肥満・生活習慣病の予防ツール
たマウスでは、AD モデルマウスよりも早期から
として、運動の重要性は今後ますます大きくなる
(89)
と予想される。しかし、AD と肥満・生活習慣病
D.海馬および大脳皮質のアミロイドβ(Aβ)
、
を組み合わせた場合に対する運動効果はまだ不明
脳由来神経栄養因子(BDNF)およびインター
な点が多い。本研究は、この肥満・2 型糖尿病に
ロイキン 6(IL-6)の測定
よる AD 発症リスクの増加に対する運動効果とそ
各マウスの海馬・大脳皮質を採取し、T-PER
のメカニズムを明らかにすることを目的に行った。
Tissue Protein Extraction Reagent(Thermo Fisher
実 験 方 法
A.実験動物
Scientific, Waltham, MA) に 各 種 の プ ロ テ ア ー
ゼ イ ン ヒ ビ タ ー(50mM sodium fluoride, 0.5mM
Na 3 VO 4 , 0.5mM phenylmethylsulfonyl fluoride,
SAMP8 マウス(4 か月齢)
(SAM 研究協議会,
aprotinin 5 µg/ml, leupeptin 5 µg/ml)を加えた溶液
日本 SLC,浜松)を、コントロール群(SAMP8)、
を用いて細胞抽出液を調整した。測定には多量の
脂肪含量 60%の高脂肪食(HFD-60,オリエンタ
細胞抽出液を必要とするため、一部の細胞抽出液
ル酵母工業,東京)摂取群(HFD-SAMP8)と高
をプールして各 3 サンプルずつになるようにし
脂肪食摂取に TR を施行した群(TR-HFD-SAMP8)
た。各サンプルの蛋白質濃度を測定した後に Aβ、
に 分 け た(各 n = 5)
。TR-HFD-SAMP8 マ ウ ス
IL-6 および BDNF の量を、それぞれ、ヒト/ラッ
は回転かごの付いたケージで飼育し、3 か月間
トβアミロイド(42)ELISA キットワコー(和
の自発運動走による TR を行わせた。これらの
光 純 薬,大 阪)
、Mouse IL-6 ELISA Kit(Thermo
マウスと老化促進、学習・記憶障害を示さない
Fisher Scientific) お よ び Mouse BDNF ELISA Kit
senescence-accelerated mouse resistant 1(SAMR1)
(Boster Biological Technology, Fremont, CA) で 測
マウスを用いて実験を行った。マウスは、12 時
定した。実際の手順は手順書に従って行った。
間の明暗サイクル、環境温 23℃下で飼育し、餌
E.ウエスタンブロット解析
と水は自由摂取とした。本研究は、杏林大学医学
実験 D で調整した細胞抽出液を 10-12% Nu-
部動物実験委員会の規定に基づいて動物実験を
PAGE(Invitrogen, Carlsbad, CA)グラジエントゲ
行った。
B.グルコース負荷テスト
ルで 200V、60 分間電気泳動し、泳動後のゲル
を PVDF メ ン ブ レ ン(Millipore, Billerica, MA)
各マウスを 12 時間絶食した後に、
20%グルコー
にブロットした。蛋白質をブロットした PVDF
ス溶液を 2 g/kg 体重となるようにマウスの腹腔内
メンブレンは 5 %スキムミルクを含む TBS-T 溶
に注射した。投与前(0 分)に尾部より採血し、
液(20mM Tris base, 137mM NaCl, 1 M HCl, 0.1%
投与後 30 分、60 分、120 分にも同様に採血し、
Tween-20[pH 7.6])でブロッキングを 60 分間行っ
血糖値をグルテスト Neo スーパー(三和化学研
た後、抗リン酸化 Tau(p-Thr231)抗体(Signalway
究所,名古屋)により測定した。
Antibody, Pearland, TX)もしくは抗スーパーオキ
C.恐怖条件付けテスト
シドジスムターゼ(SOD)1, 2 抗体 24)とインキュ
各群のマウスに恐怖条件付けテストによる記憶
ベートし、TBS-T 溶液による洗浄の後、2 次抗体
テストを行った。各マウスを電線が敷いてある箱
としてペルオキシダーゼでラベルされた抗ウサギ
に入れ、音(20dB,10 秒間)と光刺激を加えた
抗体(Amersham, Buckinghamshire, UK)を反応さ
電気ショック(1 mA,2 秒間)による刺激を 10
せた。TBS-T 溶液による洗浄の後、各蛋白質の検
回与え(条件付け)、24 時間後に再び同じ箱に入
出を ECL system(Amersham)を用いて行った。
れて 3 分間すくみ反応(freezing)を観察した(文
また、酸化蛋白質の検出を OxyBlot Protein Oxida-
脈恐怖記憶)。また、電気ショックを与えた箱と
tion Detection Kit(Millipore)を用いて実施した。
は別の箱に入れ、57 秒間音と光刺激を与えたと
F.統計処理
きのすくみ反応も観察した(キュード恐怖記憶)
。
ウエスタンブロット法により検出された各バン
文脈記憶に関しては刺激 1 週間後にも測定を行っ
ド の 強 度 を National Institute of Health Image soft-
た。測定後に、測定時間に対するすくみ反応の時
ware を使用して数値化した。すべての結果は平
間の割合を算出した。
均値
標準誤差で示した。各群間の値の比較に
(90)
は一元配置の分散分析を行った後、ボンフェロー
マウスに文脈恐怖記憶の障害はみられなかった
ニのポストホックテストを実施した。検定におけ
(図 2A)。一方、情動記憶を司る扁桃体由来の
キュード恐怖記憶 27)に関しては、先行研究 26,31)
る有意水準は 5 %未満とした。
のとおり SAMP8 群で障害されておらず、TR や
結 果
高脂肪食摂取の影響もみられなかった(図 2B)
。
A.体重、脂肪組織重量およびグルコース負荷
条件付け 1 週間後に再度測定を行った文脈恐怖記
試験における血糖値の変化
憶に関して、SAMR1 群と SAMP8 群のすくみ反
TR-HFD-SAMP8 マ ウ ス の 1 日 当 た り の 走 行
応時間に有意な差は認められなかったが、HFD-
量 は 5067 311m で 十 分 な 運 動 量 が 得 ら れ た。
SAMP8 群では条件付け 1 日後と同様に記憶障害
SAMP8、HFD-SAMP8 および TR-HFD-SAMP8 群
が認められた(図 2A)。また、条件付け 1 週間後
の間に体重の有意な差は認められなかったが、
の TR-HFD-SAMP8 群のすくみ反応時間は HFD-
HFD-SAMP8 と TR-HFD-SAMP8 群 の 副 睾 丸 周
SAMP8 群よりも有意に増加した(図 2A)。
C.海馬、大脳皮質の Aβ、IL-6 および BDNF
囲 脂 肪 組 織 の 体 重 に 占 め る 割 合 は、SAMP8 群
の変化
よりも有意な高値を示し、HFD-SAMP8 および
TR-HFD-SAMP8 群 の 間 に 差 は 観 察 さ れ な か っ
AD の大きな原因の 1 つとして脳での Aβの蓄
た(表 1)
。一方、12 時間の絶食後の空腹時血糖
積があげられる 10)。Aβはβ- とγ- セクレターゼ
は SAPM8 群と比較して HFD-SAMP8 と TR-HFD-
によってアミロイド前駆体蛋白(APP)から切
SAMP8 群で有意に増加していた(図 1)
。グル
り出される 40-42 アミノ酸からなるペプチドであ
コース負荷 30 ならびに 60 分後の血糖値も同様に
HFD-SAMP8 および TR-HFD-SAMP8 群で SAMP8
群よりも有意な高値を示した。また、120 分後
Blood glucose (mg/dl)
示 し た が、TR-HFD-SAMP8 群 の 血 糖 値 は HFDSAMP8 群よりも有意に低下した(図 1)
。
B.SAMP8 マウスの認知機能に対する高脂肪
食摂取ならびに TR の影響
次に、恐怖条件付けテストを用いて SAMP8
に TR の影響を検討した。条件付け 1 日後の海
は、SAMP8 群およ
び HFD-SAMP8 群で SAMR1 群に比べ障害された
(図 2A)
。我々は、TR がこの SAMP8 マウスの文
脈恐怖記憶の障害を改善することを既に報告して
いるが 31)、今回の検討においては、高脂肪食摂
取を組み合わせた場合でも TR を行った SAMP8
*
HFD-SAMP8
TR-HFD-SAMP8
#
400
#, ##
300
200
*#
0
0 min
30 min
60 min
120 min
図 1 .グルコース負荷試験における血糖値の変化
Fig.1.Blood glucose concentration during the glucose tolerance
test.
n = 3 for each group, Mean SE, *P<0.05 vs. SAMP8 mice
(HFD-SAMP8 group), #P<0.05 vs. SAMP8 mice(TR-HFDSAMP8 group), ##P<0.05 vs. HFD-SAMP8 mice(TR-HFDSAMP8 group).
表 1 .SAMP8、HFD-SAMP8 および TR-HFD-SAMP8 群の体重ならびに副睾丸周囲脂肪組織量
Table 1.Levels of body mass and epididymal white adipose tissue(WAT)mass of SAMP8, HFD-SAMP8,
and TR-HFD-SAMP8 mice.
SAMP8
Body mass(g)
Epididymal WAT mass/body mass(%)
SAMP8
100
マウスの認知機能に対する高脂肪食摂取ならび
馬依存的な文脈恐怖記憶
*
#
500
でも HFD-SAMP8 の血糖値は引き続き高い値を
28)
*
600
HFD-SAMP8
TR-HFD-SAMP8
27.7 2.4
45.6 3.1
39.6 1.9
0.74 0.17
2.98 0.51*
2.82 0.21*
n = 5 for each group, Mean SE, *P<0.05 vs. SAMP8 mice.
(91)
り、凝集しやすく、これが脳内に蓄積することで
SAMP8 マウスの海馬では 6 か月齢で Aβの蓄積
老人斑がつくられる。この老人斑は神経細胞を死
が認められたとする報告がある 7)。一方、最終的
滅させ AD 発病に関与すると考えられている 10)。
に 7 か月齢を用いた本研究では、各群の海馬お
よび大脳皮質の Aβ量に差はみられなかった(表
A
2)
。同じく、APP トランスジェニックマウスと
60
1 day after
1 week after
% freezing
50
##
40
*
30
*
動を施行した実験動物の海馬で発現増加がみられ
ると報告されている 6)BDNF に関しては、本研究
#
でも TR-HFD-SAMP8 群の海馬で HFD-SAMP8 群
より有意に増加した(表 2)。
10
% freezing
B
の脳で観察されている炎症性サイトカイン IL-6
の増加 36)も認められなかった(表 2)。一方、運
20
0
肥満・糖尿病モデルマウスを掛け合わせたマウス
D.海馬および大脳皮質の Tau リン酸化と酸
SAMR1
SAMP8
HFDSAMP8
化ストレスの変化
TR-HFDSAMP8
Aβの蓄積の他に AD 発症の大きな原因とし
て、過剰にリン酸化された Tau 蛋白質による凝集
60
体形成、いわゆる神経原線維変化が示唆されてい
50
る 10)。この神経原線維変化は通常の加齢におい
40
30
ても観察されるが、AD では過剰にリン酸化され
20
た Tau 蛋白質の増加により神経原線維変化が進行
10
して海馬や大脳新皮質に拡大し、神経細胞死が引
0
き起こされる 10)。Tau のリン酸化部位はいくつか
SAMR1 SAMP8 HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
図 2 .恐怖条件付けテストにおける SAMP8 マウスの記憶
障害に対する高脂肪食摂取と TR の影響
Fig.2.Effects of high fat diet intake and TR on conditioned fear
memory of SAMP8 mice.
Each mouse was trained with 10 tone shock pairings and tested
for contextual fear memory(A)and cued fear memory(B)
1 day after training. Moreover, contextual fear memory was
retested 1 week after training. n = 5 for each group, Mean SE,
*P<0.05
vs. SAMR1 mice(1 day after), #P<0.05 vs. SAMR1
mice(1 week after), ##P<0.05 vs. HFD-SAMP8 mice(1 week
after)
.
存在しているが、そのなかの代表的なリン酸化
部位であり、5 か月齢の SAMP8 マウスの脳で観
察されている 4)231 番目のスレオニン(Thr231)
のリン酸化を観察した。海馬の Tau 蛋白質のリ
ン酸化は SAMR1 群よりも SAMP8 および HFDSAMP8 群で有意に亢進した(図 3)。大脳皮質で
も海馬と同様の傾向を示し、TR の有意の効果も
観察された(図 3)。
Tau 蛋白質はさまざまな因子によりリン酸化の
制御を受けるが、そのなかの 1 つに酸化ストレス
表 2 .海馬ならびに大脳皮質におけるアミロイドβ(Aβ)、インターロイキン 6(IL-6)および脳由来神経栄養因子
(BDNF)蛋白量
Table 2.Levels of Aβ, IL-6, and BDNF proteins in the hippocampus and cerebral cortex of mice.
Aβ(pmol/mg protein)
IL-6(pg/mg protein)
BDNF(ng/mg protein)
SAMR1
SAMP8
HFD-SAMP8
TR-HFD-SAMP8
Hippocampus
0.57 0.03
0.57 0.02
0.49 0.01
0.46 0.03
Cerebral cortex
0.34 0.01
0.38 0.02
0.32 0.01
0.37 0.02
Hippocampus
121.3 5.5
120.9 4.1
107.6 3.0
99.2 7.2
Cerebral cortex
71.1 2.8
79.8 4.8
68.3 3.0
77.4 4.7
Hippocampus
0.61 0.03
0.60 0.02
0.54 0.01
0.74 0.05*
Cerebral cortex
1.78 0.07
1.91 0.09
1.69 0.08
1.93 0.12
n = 3 for each group, Mean SE, *P<0.05 vs. HFD-SAMP8 mice.
(92)
A
Hippocampus
p-Tau
p-Tau
β-actin
β-actin
1
B
4
3
2
1
*
3
2.5
Cerebral cortex
*
2.0
1.5
1.0
0.5
0
SAMR1 SAMP8
4
3
2
Hippocampus
Relative density (SAMR1 = 1)
Relative density (SAMR1 = 1)
Cerebral cortex
2
#
#
1.5
##
1.0
0.5
0
HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
SAMR1 SAMP8
HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
図 3 .海馬および大脳皮質における Tau 蛋白質のリン酸化の変化
Fig.3.Phosphorylation levels of Tau protein in hippocampus and cerebral cortex.
Total protein(40µg)was extracted from hippocampus and cerebral cortex of each mouse and then subjected to
Western blot analysis. Representative data from Western blot analysis are shown above each bar graph(A). The
phosphorylation level of Tau was normalized to that of the expression level of β-actin. The values shown by the
bar graphs are related to the optical density of the SAMR1 mice(set to 1)
(B). n = 3 for each group, Mean
, #P<0.05 vs. SAMR1 mice(cerebral cortex)
, ##P<0.05 vs. HFDSE, *P<0.05 vs. SAMR1 mice(hippocampus)
SAMP8 mice(cerebral cortex). Lane 1: SAMR1 mice, lane 2: SAMP8 mice, lane 3: HFD-SAMP8 mice, lane 4:
TR-HFD-SAMP8 mice.
Relative density (SAMR1 = 1)
B
Hippocampus
1
2
3
4
Hippocampus
1.5
1.0
0.5
0
SAMR1 SAMP8
Cerebral cortex
HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
1
Relative density (SAMR1 = 1)
A
2
2.5
2.0
3
4
Cerebral cortex
#
#
1.5
1.0
0.5
0
SAMR1 SAMP8
HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
図 4 .海馬および大脳皮質の酸化蛋白質の変化
Fig.4.The level of oxidative proteins in hippocampus and cerebral cortex.
Total protein(20µg)was subjected to Western blot analysis. Oxidative proteins were detected by using OxyBlot Protein Oxidation Detection Kit(Millipore). Representative data from Western blot analysis are shown
above each bar graph(A). The values shown by the bar graphs are related to the optical density of the SAMR1
mice(set to 1)
(B). n = 3 for each group, Mean SE, #P<0.05 vs. SAMR1 mice(cerebral cortex). Lane 1:
SAMR1 mice, lane 2: SAMP8 mice, lane 3: HFD-SAMP8 mice, lane 4: TR-HFD-SAMP8 mice.
(93)
A
Hippocampus
SOD1
SOD1
SOD2
SOD2
β-actin
β-actin
1
B
2
2
#
*
*
1.5
1.0
SAMP8
HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
*
0.5
0
SAMR1
Hippocampus
Cerebral cortex
2.0
Relative density (SAMR1 = 1)
1.0
0.5
4
3
SOD2
Hippocampus
Cerebral cortex
##
0
1
4
3
SOD1
1.5
Relative density (SAMR1 = 1)
Cerebral cortex
SAMR1
SAMP8
*
*
HFD- TR-HFDSAMP8 SAMP8
図 5 .海馬および大脳皮質の SOD 蛋白質発現の変化
Fig.5.Expression level of SOD proteins in hippocampus and cerebral cortex.
Total protein(40µg)was subjected to Western blot analysis. Representative data from Western blot analysis are
shown above each bar graph(A). Expression level of SOD1 and 2 was normalized to that of the expression level of β-actin. The values shown by the bar graphs are related to the optical density of the SAMR1 mice(set to
, #P<0.05 vs. SAMR1 mice
1)
(B). n = 3 for each group, Mean SE, *P<0.05 vs. SAMR1 mice(hippocampus)
##P<0.05
vs. HFD-SAMP8 mice(cerebral cortex). Lane 1: SAMR1 mice, lane 2: SAMP8
(cerebral cortex),
mice, lane 3: HFD-SAMP8 mice, lane 4: TR-HFD-SAMP8 mice.
があげられる 39)。海馬および大脳皮質の Tau 蛋
るが、このうち SOD1 は細胞質に、SOD2 はミト
白質リン酸化の程度に差が認められたため、次に、
コンドリアに存在しスーパーオキシドを過酸化
海馬や大脳皮質における酸化ストレスの状態を酸
水素に不均化する 27)。SOD1 蛋白質の発現は、海
化蛋白質を検出することによって検討した。その
馬では SAMR1 群よりも HFD-SAMP8 および TR-
結果、海馬では各群の酸化蛋白質量に差は認め
HFD-SAMP8 群で有意に低下した(図 5)
。また、
られなかったが、大脳皮質では SAMP8 や HFD-
大脳皮質では高脂肪食摂取により SOD1 蛋白質の
SAMP8 群の酸化蛋白質量が SAMR1 に比べ有意
発現が約半分にまで低下したが、TR はその発現
に増加した(図 4)
。一方、TR-HFD-SAMP8 群で
低下を抑制した(図 5)。一方、海馬の SOD2 蛋
は増加はみられなかった。
白質発現は SAMR1 群に比べて他の 3 群で低下
E.海馬および大脳皮質の SOD 蛋白質発現の
変化
し、大脳皮質では各群の間に差はみられなかった
(図 5)。
活性酸素種を消去する SOD は SAMP8 マウス
の脳で活性が低下し、逆に、TR を行ったマウス
考 察
の脳では蛋白質発現が増加することが報告されて
3 か月の TR は、高脂肪食摂取による副睾丸周
いる
囲の脂肪組織量の増加に影響を与えなかったが、
。SOD は 3 種のアイソザイムが存在す
8,18,37)
(94)
高脂肪食摂取により SAMP8 マウスに惹起された
蛋白質のリン酸化は SAMP8 と HFD-SAMP8 群の
2 型糖尿病の病態であるインスリン抵抗性を減弱
海馬ならびに大脳皮質で有意に増加していたこと
させたことから、2 型糖尿病の発症をある程度予
から、両群で起こっていると考えられる海馬の障
防したと推察された。このようなインスリン抵抗
害は Aβではなく Tau 蛋白質のリン酸化が関与し
性が顕著に観察された SAMP8 マウスを含む各群
ていると考えられる。更に、TR はこの SAMP8
の認知機能を恐怖条件付けテストで検討したとこ
と HFD-SAMP8 群の海馬ならびに大脳皮質で観
ろ、理由は不明であるが SAMP8 群では海馬依存
察される Tau 蛋白質のリン酸化亢進を減弱させる
的な文脈恐怖記憶の有意な障害が条件付け 1 日後
ことから、運動の認知機能障害に対する予防効果
にしか観察されなかったのに対し、HFD-SAMP8
が強く示唆される。実際、APP もしくは Tau の
群では条件付け 1 日後だけでなく 1 週間後でも認
トランスジェニックマウスでも TR によって脳の
められた。一方、SAMP8 および HFD-SAMP8 群
Tau 蛋白質のリン酸化が低下することが観察され
では扁桃体依存的なキュード恐怖記憶は障害され
ている 18,37)。
ていないことから、両群は海馬に何らかの障害が
生体では、エネルギー生産などの酸素を必要と
あることが予想された。通常、海馬に蓄えられた
する反応時に発生する活性酸素種(ROS)による
記憶はその後他の部位(大脳新皮質と考えられて
酸化力と、活性酸素種を消去する SOD などによ
いる)に移行し保存されるが、文脈恐怖記憶の場
る抗酸化力とのバランスにより酸化還元状態が保
合、条件付け 1 週間後には、海馬より脳の他の
たれている。このバランスが崩れ、酸化力が上
部位に移行し始めることが示唆されている
。
回った状況が「酸化ストレス」と定義されてい
よって、HFD-SAMP8 群では海馬だけでなく、海
る 34)。AD の早期より脳では酸化ストレスの増加
馬から大脳新皮質領域への記憶の移行もしくは大
が認められ、多くの臨床研究において AD の発症
脳新皮質領域でも障害があるのかもしれない。
に酸化ストレスが強くかかわっていることが示さ
TR が高脂肪食摂取による条件付け 1 日後と 1 週
れている
間後の文脈恐怖記憶の障害を改善したことは、認
スの脳で酸化ストレスが亢進することや、酸化
知機能障害予防のツールとして TR が非常に有効
ストレスが Tau 蛋白質のリン酸化を増加させるこ
であることを示している。また、中枢および末梢
とがわかっている 4,39)。本実験において、海馬で
神経の発生や成熟などに重要な役割を果たし、
は SAMP8 と HFD-SAMP8 群の酸化蛋白質の量は
AD でみられる神経細胞死を抑えると考えられて
SAMR1 と比べ変化しなかったが、大脳皮質では
いる BDNF が先行研究
と同様に TR によって
有意に増加した。更に、大脳皮質における SOD1
海馬で増加したため、本研究でも BDNF が TR に
蛋白質発現が高脂肪食摂取によって低下したこと
よる認知機能障害の予防に関与していると推測さ
から、HFD-SAMP8 群の大脳皮質における酸化ス
れた。
トレスの亢進に SOD1 蛋白質の発現低下が関与す
6)
2,11)
。また、5 か月齢の SAMP8 マウ
21,25,32)
AD 発 症 の 大 き な 原 因 と し て Aβ の 蓄 積 と
る可能性が考えられた。一方、TR はこの高脂肪
Tau 蛋白質の過剰なリン酸化があげられる
食摂取による大脳皮質の SOD1 蛋白質発現の減少
。
10)
SAMP8 マウスの脳では 6 か月齢で Aβの蓄積が
を抑え、酸化ストレス亢進を減弱させた。SOD1
観察されているが 7)、7 か月齢を用いて Aβを検
蛋白質は、APP トランスジェニックマウスの脳
討した本研究では観察されなかった。また、APP
で活性低下が認められ 3,33)、同マウスの APP の過
トランスジェニックマウスと肥満・糖尿病モデル
剰発現による胚死亡率を減少させる 5)ことから、
マウスを掛け合わせたマウスの大脳皮質で観察さ
Aβ蓄積による神経細胞毒性へのポジティブな効
れている IL-6 の増加 36)も認められなかった。こ
果が指摘されている。更に、先行研究でも TR を
の先行研究との不一致については今後、実験動物
施行した APP トランスジェニックマウスの脳で
数を増やして検討が必要であるが、IL-6 に関して
は SOD1 蛋白質の増加が観察されている 18)。し
は実験に用いた動物種や肥満させる方法の違いが
たがって、高脂肪食摂取や TR による SOD1 蛋白
反映している可能性は否定できない。一方、Tau
質の発現変化を介した大脳皮質の酸化ストレス変
(95)
動により Tau 蛋白質のリン酸化が制御され、この
ことが AD 発症の調節にかかわっている可能性が
考えられた。しかし、各群の海馬の酸化蛋白質量、
SOD1 および 2 の蛋白質発現と Tau 蛋白質のリン
酸化状態の間に乖離がみられること、SOD1 蛋白
質発現の有意な減少が観察されなかった SAMP8
群の大脳皮質でも HFD-SAMP8 群と同程度の Tau
蛋白質のリン酸化と酸化蛋白質の増加が観察され
たことから、今後、実験動物数を増やしてグルタ
チオンぺルオキシダーゼなど他の抗酸化酵素の検
討を含めた更なる検討が必要である。
総 括
本研究では、AD と肥満・生活習慣病を組み合
わせた場合に対する運動効果について検討を行っ
た。今回の検討で、SAMP8 マウス認知機能障害
に対する高脂肪食摂取による大きな影響は観察
されなかったため、今後、実験動物数を増やし
て更なる検討が必要であるが、少なくとも TR は
SAMP8 マウスに高脂肪食摂取を組み合わせた場
合でも認知機能障害とインスリン抵抗性の両方を
同時に減弱させることが明らかになった。した
がって、TR は認知症・AD と肥満・生活習慣病
の両方を同時に予防できる強力なツールになると
予想される。今回観察された TR の認知機能障害
に対する予防効果には、海馬における BDNF 増
加や Tau 蛋白質のリン酸化亢進の減弱だけでな
く、高脂肪食摂取による大脳皮質の SOD1 蛋白質
の発現低下を介した酸化ストレス増加を抑えるこ
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謝 辞
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明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げます。
参 考 文 献
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(96)
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.97∼107(2012.3)
効果が検証された運動プログラムを地域に普及させるための
トランスレーショナルリサーチ 重 松 良 祐*
大 藏 倫 博**
中垣内 真 樹***
TRANSLATION OF AN EFFECTIVE EXERCISE INTERVENTION
INTO A COMMUNITY-BASED PROGRAM
Ryosuke Shigematsu, Tomohiro Okura, and Masaki Nakagaichi
SUMMARY
There are very few researches trying to translate an effective intervention program developed in the laboratory
setting into a community setting. This is because there were no effective methodologies to do the translational
research. Recently, a methodology to do such a study was proposed RE-AIM, which is an acronym for Reach,
Efficacy, Adoption, Implementation, and Maintenance. We had developed a new exercise program named SquareStepping Exercise(SSE)for elderly persons and had showed its effects in risk factors of falling. The SSE program
had been developed in a randomized controlled trial setting, in which the study conditions had been controlled.
However, it was unknown that SSE could be also effective when it would be applied in a community setting. The
aim of this study was therefore to translate SSE in a community setting and to evaluate its effects. Study participants were 101(experimental group; EG)and 27(cross-validation group; CG)SSE leaders living in Shima and
Tsu cities, respectively. EG had a three-year experience in providing SSE for community elderly people. In contrast, CG had a one-year experience. Questionnaire was provided each participant and they sent it back to us via
mail. Analyzing the questionnaire data, EG provided SSE to 11.3% of physically independent elderly(target population)in Shima city. Although the number of SSE leaders in CG was smaller than that in EG and the duration of
their volunteer activity was shorter than that in EG, CG provided SSE to 4.7% of the target population in Tsu city.
. Further, among elderly persons who
The difference between the ratios was statistically significant(P<0.001)
had been provided SSE(n=1646 in EG and 864 in CG), 90.2%(EG)and 99.9%(CG)of them could perform
the SSE program(P=0.09)
[Reach]
. The major efficacies were fitness improvement, communication, and
brain cognition in both groups. Exhilaration, enjoyment, and self-efficacy improvement were minor efficacies. A few negative efficacies such as hesitation and being tired were also reported[Efficacy]. The adoption
in a setting level was considered 100% because the both cities accepted SSE and trained 101 and 27 communitydwellings as SSE leader. About the adoption in an agent level, many groups consisting elderly persons accepted
SSE(90.0% vs. 95.5%, P>0.99)
[Adoption]
. Nineteen long-term SSE classes were held in Shima city(EG)for
3 years and 3 classes in Tsu city(CG)for 1 year, which means SSE was acceptable among elderly persons even
if in a long term setting. The SSE classes were held in 1.4 0.9 times(EG)and 9.3 4.6 times(CG)a month.
*
**
***
三重大学教育学部
Faculty of Education, Mie University, Mie, Japan.
筑波大学体育系
Health, Physical Education and Sport Sciences, University of Tsukuba, Ibaraki, Japan.
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 Graduate School of Health Sciences, Nagasaki University, Nagasaki, Japan.
(98)
Participants in the classes got much effect such as fitness improvement, brain cognition, fall prevention
[Maintenance]
. From these, it could be implicated that SSE and its effects are robustness and high translatability
and provide significant public health impact in a community setting.
Key words: square-stepping exercise(SSE), lay leader, elderly, fall prevention.
ログラムとその効果を、社会に還元する手段を構
緒 言
築する研究」と表現することができる。トランス
高齢期における身体的自立度や quality of life を
レーショナルリサーチの概念は以前からあった
保持させる方法の 1 つとして運動が注目されてい
が、研究方法論が確立していなかったために報告
る 1)。その理由は、ウォーキングや筋力トレーニ
数が限られていた 5)。そこに RE-AIM という 5 つ
ング、太極拳などの運動プログラムの効果が研究
の評価要素からなる具体的な方法 5) が考案され
によって検証されてきたためである。ウォーキン
てから、トランスレーショナルリサーチが実施さ
グや筋力トレーニング、太極拳といった伝統的な
れるようになってきた(RE-AIM については後述
運動プログラムの効果が検証されてきた一方で、
する)
。RE-AIM は実社会における運動効果を数
玉石を敷き詰めたマットの上でバランスよく歩く
値化できるという特長を有している。そして知見
プログラム 9) や、不安定盤の上で下肢の筋力を
の一般化が重要であるという理由から、
「米国ヘ
トレーニングするプログラム
ルシーピープル 2020」の策定時でも着目される
2)
といった新しい
運動も開発され、それぞれ効果が検証されている。
ようになってきている 21)。
このような研究によって、高齢期における運動の
我々はこれまでにスクエアステップという新し
有用性が、今まで以上に示されてきている。
い運動プログラムを考案し、体力や転倒予防にお
運動効果が検証された研究では、実験室的な環
ける効果を検討してきた 15,16)。実験室的な条件下
境で種々の条件を統制できるために運動効果を得
で、この運動プログラムの効果が得られることを
やすいという特徴がある。しかし実験室のような
確認しているものの、実社会で得られる効果は確
環境ではなく、実社会という環境においてその
認していない。トランスレーショナルリサーチの
運動が実践された場合、実験室的な環境での研
重要性が非常に高まってきている今日、新しい運
究と同等の効果を得られない可能性が指摘され
動プログラムであるスクエアステップをどのよう
ている 6)。同等の効果が得られるとみなされた場
に実社会に適用し、そして、その効果がどの程度
合、そのプログラムは頑健性(robustness)や普
なのかについて検討する意義は大きい。このこと
及可能性(translatability)
、公衆衛生的インパクト
から、本研究ではスクエアステップを用いたトラ
(public health impact)が高いといえる 12)。これを
受け、実社会にどのように運動を広め、どのよう
な効果が得られるのかについて検討した研究 10)
もあるがその数は少ない。そのため、社会還元あ
ンスレーショナルリサーチを実施することとする。
方 法
A.スクエアステップと運動ボランティア
るいは公衆衛生学的な視点に立ち、実験室の研究
1 .スクエアステップ
知見を実社会に適用する手段を構築する研究を積
スクエアステップでは、一辺 25cm の正方形を
極的に推進していく必要があろう。
横に 4 個、縦に 10 個並べたマットを用いる。枠
このような社会還元を試みる研究は、トランス
を踏まないように正方形の中を踏んで前進してい
レーショナルリサーチ(translational research)と
くが、どのようなパターンで踏んでいくかについ
呼ばれている
。トランスレーショナルリサー
ては指導者の指示に従う。指示は指導者のデモン
チは実験室・研究者と社会・住民のギャップを埋
ストレーションによる。参加者は、どの正方形が
める「橋渡し研究」と定義される。本研究にこの
踏まれているのかを集中して観察し、そのパター
定義を当てはめると、
「実験室で得られた運動プ
ンを記憶する。記憶できない場合、指導者に再度
22)
(99)
デモンストレーションをしてもらう。そして記憶
まれていなかった。スクエアステップの経験の有
したパターンどおりにマットの上をステップして
無は問わなかった。2010 年度に講習会を開催し、
いく。200 種類以上のパターンがあるため、参加
27 名をスクエアステップ・リーダーとして認定
者たちの体力や動機に応じて、提供するパターン
した(交差妥当性群)。講習会の内容は志摩市と
の難易度を臨機応変に変えることができる。提供
同じにした。スクエアステップ・リーダーの活動
されたパターンを円滑にステップできるようにな
についても志摩市と同様に津市の支援を受け、高
れば、次のパターンを提供する。そして徐々に難
齢者のサロンや健康フェスティバルなどのイベン
度の高いパターンに挑戦するようになる。
トに出向き、 スクエアステップを紹介・指導した。
2 .運動ボランティア(対象者)
なお、本研究は三重大学倫理委員会の承認を得
スクエアステップに着目し、これを運動ボラン
て実施した(承認番号 1210)。対象者には、質問
ティアに広めてもらうことで、住民の寝たきり予
紙を送付する際に研究内容を説明する文書を同封
防につなげたい三重県志摩市が、筆者らにボラン
した。研究内容を理解したうえで質問紙に回答し、
ティア養成を求めてきた(面積 179.67km2,人口
返送することを求めた。
59470 人,65 歳以上高齢化率 26.9%)
。筆者らは
B.測定項目
これを受けて 2006 年から養成を開始した。ボラ
トランスレーショナルリサーチは「実験室で得
ンティア候補者は志摩市の「お達者サポーター
られた新しい知見を、新しい診断・治療・予防の
(介護予防リーダー)」養成講座修了者とし、市職
19)
方法に転換し、更にヒトに適用する研究」
と表
員が受講を呼びかけた。このなかに健康運動指導
現されることがある。本研究では診断や治療を行
士や看護師、保健師といった専門職は含まれてい
わず、運動(スクエアステップ)によって健康増
なかった。スクエアステップの経験の有無は問わ
進を目指しているため、トランスレーショナルリ
なかった。養成のカリキュラムには、スクエアス
サーチを「実験室的な環境下で効果が確認された
テップの特長や効果を含めた。更に、
「安全確保
スクエアステップを実社会(地域)で普及・継続
の方法」「パターン教示の方法」
「できなかった参
できる仕組みに置き換え、その効果を検証する研
加者への声かけの方法」についても解説した。1
究」と定義した。すなわち、ランダム化比較試験
日 4 時間、計 2 日間にわたる養成講座を 4 年間開
(randomized controlled trial)等によってスクエア
催した結果、2009 年までに計 101 名を運動ボラ
ステップの効果を確認した後に、スクエアステッ
ンティア「スクエアステップ・リーダー」として
プを普及・指導できる人材を養成するとともに、
認定するに至った。
スクエアステップを実践するボランティア活動
スクエアステップ・リーダーは志摩市保健セン
(老人会での展開,健康フェスティバルでの紹介
ターの支援(会場の手配,既存グループの紹介,
など)を支援する体制を築き、その効果を検証す
マットの運搬など)のもと、高齢者サロンや趣味
ることとした。
の教室などに出向き、スクエアステップを紹介す
トランスレーショナルリサーチを具体化する手
るという活動を開始した。そして高齢者の評判が
法 で あ る RE-AIM と は、Reach、Efficacy、Adop-
良い場合、その後も継続して指導した。本研究で
tion、Implementation、Maintenance の 5 つの単語の
は、志摩市でのスクエアステップ・リーダー 101
頭字語である 5)。本研究ではこれら 5 つの要素を
名を実験群に位置づけた。
測定することとし、その測定には対象者個々に尋
三重県津市でも志摩市と同様の施策を講じ、ス
ねる質問票(付録 A)と、ボランティア活動単位
クエアステップを広める運動指導ボランティア
に尋ねる質問紙(付録 B)を用いた。これらの質
を養成することになった(面積 710.81km2,人口
問紙調査は郵送にて実施した。その後、質問紙に
164613 人,65 歳以上高齢化率 19.3%)
。ボラン
記入された内容(Efficacy)を、フォーカスグルー
ティア候補者は津市の「健康づくり推進員」とし、
プインタビューを通して確認した。このインタ
市職員が受講を呼びかけた。志摩市と同様、健康
ビューは各群で 1 回ずつ実施し、こちらの呼びか
運動指導士や看護師、保健師といった専門職は含
けに応じた実験群 25 名が志摩市役所会議室に、
(100)
Exercise
group
Cross-validation
group
Estimated target population [y]
Healthy active elderly persons who could do SSE
n=13113
n=18528
Estimated number exposed to recruitment [a]
The number of persons who attend events including SSE
n=1909
n=882
Actual number who responded to recruitment [b]
The number of persons who were recruited
n=1909
n=882
Actual number who were eligible [c]
The number of persons excluding those could not do SSE
n=1646
n=864
Actual number who participated [d]
The number of persons did SSE
n=1485
n=863
Comparison
between groups
n=101
n=27
3 years
1 year
1. Percent of target who respond to recruitment (b÷y)
14.6%
4.8%
P < 0.001
2. Percent of Reach into target population (d÷y)
11.3%
4.7%
P < 0.001
3. Percent participants among eligible (d÷c)
90.2%
99.9%
P = 0.09
The number of SSE leaders
Averaged duration after being certificated as SSE leaders
図 1 .Reach にかかわる人数、割合、指標
Fig.1.Number, ratio, and index regarding“Reach”.
SSE; square-stepping exercise.
交差妥当性群 20 名が津市安濃中央総合公園ホー
た。リクルートに応じた人数〔b〕は〔a〕と同数と
ルに集まった。
した(リクルートされた者すべてにスクエアス
1 .Reach(スクエアステップを実践した人の
テップを紹介できたとみなした)
。膝痛などの理
割合)
由で実践できない高齢者を除いた人数を〔c〕、興
Reach は、ある集団にプログラムを適用した際、
味がない等の理由でスクエアステップを実践しな
プログラムへの参加意思を表示した人数あるいは
かった高齢者を除いた人数を〔d〕とした。
割合を指す。Reach の測定・評価は以下の手順に
次に、Reach にかかわる 3 つの評価指標を算出
沿った 12)
(図 1)
。
した 12)。①ターゲットポピュレーションにおけ
筆者らがスクエアステップを適用したいと考え
るリクルートされた高齢者の割合を(b ÷ y)
、②
ている最終的な集団 ターゲットポピュレーショ
ターゲットポピュレーションにおける実践者の割
ン 〔y〕は、スクエアステップを用いて健康づく
合を(d ÷ y)、③スクエアステップを適用できる
りを実践できる高齢者(元気な高齢者)と定義し
高齢者における実践者の割合を(d ÷ c)として
た。その人数は、当該市に在住している 65 歳以
算出した。
上の高齢者数(実験群 15973 名,交差妥当性群
2 .Efficacy(得られた効果)
31815 名) から、要介護・要支援の高齢者の人
Efficacy は、アウトカムの改善を指す。実験室
数(実験群 2860 名,交差妥当性群 13287 名)3)を
的環境下における運動教室で転倒リスクファクタ
引いた値(実験群 13113 名,交差妥当性群 18528
や転倒リスク、自覚的健康度といったアウトカム
名)とした。
への効果が確認されていることを踏まえ 15,16)、運
スクエアステップを取り入れたサロンや健康
動ボランティアが指導した場合でも同様の効果が
フェスティバルなどに参加した人数を〔a〕とし
得られているかを確認した。更に各群それぞれに
11)
(101)
集合してもらい、質問紙に記入された回答内容を、
た。1 回答のうちいくつかの要素をもつものは分
フォーカスグループインタビューを通して確認し
解し、同じ内容のものを 1 つにまとめ、分析に使
た。
用する概念テーマとして整理した。次に整理した
3 .Adoption(スクエアステップの普及を承諾
テーマをその特徴によって整理し、いくつかの項
目に分類した。その後、各分類に具体的な内容が
した組織・グループの割合)
Adoption は、職場や健康課、コミュニティと
わかるような名前をつけた。
いった setting(組織)の何パーセントが運動プ
結 果
ログラムを受け入れたかについて示すものであ
る 5)。あるいは、介入する agent(グループ)の
実験群である志摩市では 101 名のうち 55 名
うち、そのプログラムの導入を了承した割合を指
(54.5%)が質問紙を記入後、返送した。55 名中、
すものである 12)。本研究では、これら 2 つの指
35 名(63.6%)がスクエアステップの指導経験
標を算出した。
があると回答した。残りの 20 名は指導したこと
4 .Implementation(スクエアステップのプロ
がないと回答した。指導したことのない主な理由
は、指導する機会がなかったから(7 名)、スク
トコルの遵守具合)
Implementation は、リーダーが指導方法をどの
エアステップを指導する技能が自分になかったか
程度忠実に守っているのかを意味する
。本研
ら(6 名)
、指導しようという気持ちが自分にな
究では、運動ボランティアとして養成される際
かったから(4 名)
、参加者がスクエアステップ
に学んだ内容である「安全確保の方法」
「パター
に興味を示さなかったから(4 名)
、参加者の体
ン教示の方法」「できなかった参加者への声かけ
力が低かったから(3 名)であった。
の方法」をどの程度守ることができていると感
交差妥当性群である津市では 27 名のうち 26 名
じているかを尋ねた。回答には「守ることがで
(96.3%)が質問紙を記入後、返送した。26 名中、
きていない」を 0 %、
「守ることができている」
23 名(88.5%)がスクエアステップの指導経験
を 100%とする尺度を用い、質問紙に記入しても
があると回答した。残りの 3 名は指導したことが
らった。更に筆者の一人が実際の運動教室 3 箇所
ないと回答した。指導したことのない理由として、
12)
に出向き、遵守の程度を確認した。
3 名とも指導する機会がなかったからと回答した。
5 .Maintenance(長期にわたるスクエアステッ
各群の回答者において、指導経験があると回答
プの受け入れとそれによって得られた効果)
Maintenance は長期にわたって受け入れる個人
や組織・地域の割合を示す。また、それによって
得られた個々人の効果も指す
。本研究では、
12)
した対象者の割合の差は有意で(P=0.03)、交差
妥当性群で指導経験者の割合が高かった。
A.Reach(スクエアステップを実践した人の
割合)
運動ボランティアに質問紙にて運動教室の運営状
イベント等でスクエアステップが指導された回
況を聴取することで、スクエアステップの継続期
数は、質問紙を配布した日から過去 1 年間に実
間と開催頻度、参加人数を測定した。また、教室
験群で 40 回あった。各回の平均参加者数は 37.1
参加者の得た効果を回答してもらった。
C.データ処理
80.8 名 で、 最 大 で 500 名、 最 小 で 5 名、 延 べ
1485 名だった(図 1)
。主に地域ふれあいサロン
実験群と交差妥当性群間の有意差検定に、 χ2
検定もしくは対応のない t 検定を用いた。有意水
や認知症予防教室で紹介されていた。一方、交差
準は 5 %に設定した。記述統計量の算出も含め
は 33.2 18.6 名で、最大で 80 名、最小で 9 名、
たこれらの統計処理には SPSS for Windows(Ver.
延べ 863 名だった。主に地区サロンや老人会会合
15.0)を用いた。フォーカスグループインタビュー
で紹介していた。
で得られた回答内容に関しては、本研究に関連
リクルートされた人たちのうち、どの程度の割
すると思われた部分を抜き出した後、回答の文脈
合がスクエアステップを実践できなかった、ある
に沿って意味がわかるように最小限の言葉を補っ
いは実践しようとしなかったのかを尋ねた。その
妥当性群では 26 回あった。各回の平均参加者数
(102)
結果、実験群で実践できなかったのは平均 13.8%
きたので自信をもった」「慣れてくるとパターン
であった(標準偏差 16.4,最小値 0,最大値 60,
が難しくなるが、
それでもできたので嬉しかった」
中央値 6)。実践できなかった理由をあげた回答
という意見があった。次に多かったのが脳の活性
数は 25 個あった。それらは、膝や腰に痛みを有
(6 回答)であり、以下、爽快感(4 回答)
、楽し
していたから(18 回答)
、下肢に障がいを有して
さ(4 回答)
、人とのかかわり(4 回答)
、心地よ
いたから(4 回答)、高齢で安全を優先したから(2
い疲労(3 回答)
、 その他(7 回答)と続いた。
回答)、体調が不良だから(1 回答)であった。
交差妥当性群では延べ 49 個の回答があった。
次に、実践しようとしなかった者の割合は平均
最も多い回答は実験群と同様、課題達成に関する
8.4%であった(標準偏差 14.6,最小値 0,最大
ことであった(9 回答)
。例えば「開始時には戸
値 65,中央値 3)。その理由の回答数は 14 個あっ
惑うことが多く、上手にできなかった方々も後
た。それらは、興味がなさそう(6 回答)
、様子
半には上手になったので笑顔が見えてきた」
「迷
をみる(3 回答)、他者の視線を気にしている(2
いながらも、徐々にスムーズにできるようになっ
回答)
、体力に不安がある(1 回答)
、別の活動に
た」という意見があった。また、人とのかかわり
従事したい(1 回答)
、不明(1 回答)と続いた。
に関するものも 9 回答あった。例えば「ステップ
交差妥当性群では、平均 2.1%が実践できなかっ
中に明るく会話ができる」
「難しいパターンでは
たと回答した(標準偏差 3.5,最小値 0,最大値
みんなで教えあった」という意見があった。次に
10,中央値 0)。その理由をあげた回答数は 9 個
多かったのが楽しさ(8 回答)であり、以下、自
あった。それらは、膝や腰に痛みを有していたか
己効力感の増加(6 回答)
、脳の活性(5 回答)
、
ら(5 回答)、高齢で安全を優先したから(1 回答)
、
歩く姿勢の改善(3 回答)
、心地よい疲労(2 回答)
、
覚えられないから(1 回答)
、仲間に入ることが
笑い(2 回答)
、運動意欲の増加(1 回答)
、スト
苦手だから(1 回答)、他の用事があったから(1
レスの解消(1 回答)
、爽快感(1 回答)
、その他(2
回答)であった。次に実践しようとしなかった者
回答)だった。
は平均 0.1%であった(標準偏差 0.4,最小値 0,
2 .スクエアステップのネガティブな結果
最大値 2,中央値 0)
。理由の回答数は 2 個あり、
スクエアステップによってネガティブな結果を
様子をみたいから(1 回答)
、腰痛・膝痛がある
被ったという回答はなかったが、
「他人の視線が
から(1 回答)だった。
気になっているように見受けられた」「始めは珍
Reach にかかわる 3 つの評価指標である、①
しがっていたが、10 パターンほど実施した頃に
ターゲットポピュレーションにおけるリクルート
『疲れた』という声を聴取した」
「年齢が高いため
された高齢者の割合(実験群 14.6%,交差妥当性
かパターンの理解が遅かった」
「足がもたついて
群 4.8%)と、②ターゲットポピュレーションに
いた」という回答を得た。
おける実践者の割合(同 11.3%,4.7%)の群間
差はともに有意で(P<0.001)
、実験群で多くの人
C.Adoption(スクエアステップの普及を承
諾した組織・グループの割合)
にスクエアステップを実践してもらっているこ
実験群、交差妥当性群の活動を支援する自治体
とが示された(図 1)
。一方、③スクエアステッ
(それぞれ志摩市ふくし総合支援室,津市保健セ
プを適用できる高齢者における教室参加者の割
ンター)がスクエアステップの特長と効果 15) を
合(同 90.2%,99.9%)には有意な群間差はなく
理解したうえで、運動ボランティアを養成したと
(P=0.09)
、両群ともスクエアステップを同じ程度、
いう経緯がある。そのため、setting(組織)レベ
適用できていることが示された。
B.Efficacy(得られた効果)
ルからみた Adoption を 100%と判断した。
次に、agent(グループ)レベルからみた Adop-
1 .スクエアステップのポジティブな結果
tion について述べる。スクエアステップを導入し
実験群では延べ 39 個の回答があった。最も多
ようともちかけた際に断ってきたサロンや団体
い回答は、課題達成に関することであった(11
は、実験群では全体の 10.0%あったが、残りの
回答)
。例えば「難しいと思ったが、自分にもで
90.0%は受け入れていた。断わられた理由に「座
(103)
スクエアステップを含められなかったため」が
に、有意な群間差はみられなかった(それぞれ
P=0.31,0.51)。
位活動が中心のサロンでは、立位活動を多く含む
あった。交差妥当性群では全体の 4.5%に断られ
2 .長期実践による効果
た経験があったが、残りの 95.5%は受け入れてい
両群とも、スクエアステップ教室中の怪我や事
た。断わられた理由は「スクエアステップのマッ
故の事例はなかった。
トを敷くスペースを確保できなかったため」で
参加者が得たと思われる効果に関して、実験群
あった。スクエアステップを受け入れてくれた
では 78 個の回答があった。最も多い回答は、体
Adoption を実験群と交差妥当性群で比較したと
力の向上だった(15 回答)
。例えば「買い物の途
ころ、有意差は認められなかった(P=0.19)
。
中いつも休まないと行けなかったのに、休まずに
D.Implementation(スクエアステップのプロ
トコルの遵守具合)
目的地まで行けるようになっている」
「すべての
反応が少しずつ速くなったように思える」という
スクエアステップの指導方法としてあげていた
効果があった。次に多かったのが、脳を活性でき
主要 3 項目の遵守率は、実験群で 67.2 19.2%、
ていること、人とのかかわりをもてていることの
交差妥当性群で 66.1 24.8%だった。遵守率にお
2 種類であり、いずれも 12 回答を得た。次いで、
ける群間差は認められなかった(P>0.99)
。
課題達成感(9 回答)
、生き生きとしてきた(6 回
交差妥当性群が開催している運動教室 3 箇所で
答)
、笑えるようになった(6 回答)
、歩く姿勢の
実際の指導の様子を観察した結果、対象者が回答
改善(5 回答)
、楽しめるようになった(5 回答)、
(自己評価)した遵守の程度と同程度であること
転倒の予防(5 回答)
、運動量の増加(3 回答)と
を確認した。つまり、遵守できていない場面は散
続いた。
見されたものの、おおむね、リーダーたちはスク
交差妥当性群からは延べ 18 個の回答があげら
エアステップを安全かつ適切に指導しており、パ
れた。最も多い回答は、転倒予防と、人とのかか
ターンを記憶できない参加者にわかりやすく口頭
わりをもてていること(ともに 4 回答)だった。
および動作で指導していた。
例えば「転倒経験のある人が、ステップを継続し
E.Maintenance(長 期 に わ た る ス ク エ ア ス
た結果、姿勢が不安定になっても転倒しなくなっ
テップの受け入れとそれによって得られた効
たと好評」
「確認のために周りの人に声をかける
果)
ようになった」という効果があった。次に多かっ
1 .長期にわたった受け入れ
たのが、脳を活性できていること、歩く姿勢が改
志摩市(実験群)内で定期的に開催されている
善したこと、楽しいことの 3 種類であり、いずれ
スクエアステップ教室は 19 箇所だった。2011 年
も 2 回答を得た。次いで、難しいパターンをうま
8 月までの継続開催月数は 36.3 14.2 か月であっ
くステップすることができた、生き生きとしてき
た(最短 13 か月,最長 67 か月)
。1 か月当たり
た、運動量の増加、体力の増加(いずれも 1 回答)
の開催頻度は 1.4 0.9 回(最少 1 回,最多 4 回)
と続いた。
であり、平均すると 29.4 22.1 名(最小 10 名,
考 察
最大 90 名)の高齢者が参加していた。津市(交
差妥当性群)内ではリーダーを養成して間もな
かったため、定期的に開催しているスクエアス
A.Reach(スクエアステップを実践した人の
割合)
テップ教室は 3 箇所だけだった。2011 年 8 月ま
Reach はある集団にプログラムを適用した際、
での継続開催月数は 9.3 4.6 か月だった(最短 4
プログラムへの参加意思を表示した人数あるいは
か月,最長 12 か月)
。1 か月当たりの開催頻度は
割合を指す。例えば、医療技術や医療サービスを
5.7 1.2 回(最少 1 回,最多 12 回)であり、毎
ある施設の利用者の何割に提供することができた
回 18.3 10.4 名(最小 10 名,最大 30 名)が参加
か、という Reach 値を算出するように定義されて
していた。
いる。ただし、本研究では地域住民(高齢者)全
1 か月当たりの開催頻度と参加者数の平均値
体を視野に入れた健康づくりという分野のため、
(104)
対象者を限定しなかった。よって、Reach を本研
したこと、歩く姿勢が改善したことなどである。
究ではスクエアステップを用いて健康づくりを実
このようにボランティアによるリーダーが運動プ
践できる高齢者(元気な高齢者)に対してスクエ
ログラムを地域で展開し、効果を得るという結果
アステップを紹介できた割合と定義した。そして
は他の先行研究 13,14) でも示されており、本研究
調査の結果、同一人物を重複してカウントしてい
ではスクエアステップを用いた場合でも同様の結
る可能性はあるものの、実験群である志摩市では
果が得られることを確認できた。
元気高齢者人口の 14.6%、交差妥当性群である津
一方、ステップを失敗しないように集中するこ
市では 4.8%にスクエアステップを紹介すること
とが他者の視線を強く意識するきっかけとなった
ができた。
り、面白いので繰り返しステップすることが疲労
インターネットによる栄養介入のために 28460
につながっていたりしていた。集中したり、面
名をあるウェブサイトに招待した研究 18) では、
白がったりするのはスクエアステップのもつ特長
全体の 15.0%に相当する 4270 名がウェブサイト
であるが、プログラムの提供方法によってはネガ
にアクセスしたと報告している。この値は本研
ティブな印象をもたれてしまう可能性が示され
究の実験群における Reach 値(14.8%)と著しい
た。今後、指導方法の改善につなげていきたい。
差がないことから、本研究でも多くのターゲット
C.Adoption(スクエアステップの普及を承
にスクエアステップを届けることができたといえ
諾した組織・運動ボランティアの割合)
る。一方、交差妥当性群では Reach 値が 4.8%で
Estabrooks et al. の研究
あったが、これはリーダーとして認定されてから
ンザス州にある 105 の郡のうち、97(92.4%)の
1 年しか経過しておらず、活動の要領を得ていな
郡がウォーク・カンザスというプログラムを導入
かったこと(実験群では平均 3 年)
、そしてリー
したと報告している。本研究では、setting レベル
4)
では、アメリカのカ
ダー数が 27 名であること(実験群では 101 名)
で両群とも 100%、agent レベルで 90.0%(実験
から、実験群の Reach 値の 3 割程度と少なくなっ
群)
、95.5%(交差妥当性群)という結果を得た。
たものと推測された。今後、活動の要領を得てい
Estabrooks et al.4)と同様、高い割合でスクエアス
けば、交差妥当性群の津市においてもスクエアス
テップが setting レベルで受け入れられたと解釈
テップを多くの元気高齢者に届けることができる
できる。また、本研究では対象としなかったが、
と予想される。
国内外の他地域でもスクエアステップ・リーダー
スクエアステップを適用できる高齢者におい
を養成し、活動してもらうことを目指した自治体
て、実際にスクエアステップを実践した人の割合
も複数ある(例えば茨城県笠間市,長崎県諫早市,
は実験群で 90.2%、交差妥当性群で 99.9%と、多
台湾,香港)
。このことを踏まえると setting レベ
くの人にスクエアステップを実践してもらえると
ルでの Adoption は高いといえよう。
いう結果を得た。このことから、身体的な理由が
スクエアステップを紹介しようとした集団のな
なければリクルートされてきた多くの元気高齢者
かには座位活動を主とする文化的な集団があり、
にスクエアステップを届けられる可能性を確かめ
そこへの紹介は難しかった。しかし、老人会やサ
ることができた。
ロンなど活動内容を柔軟に変更できる集団には紹
B.Efficacy(得られた効果)
実験室的な環境で実施された先行研究では、体
力や転倒予防、自覚的健康度の改善が認められて
いるが
、スクエアステップ・リーダーが指導
15,17)
介が十分可能であることから、agent レベルでの
Adoption も高いことを確認した。
D.Implementation(スクエアステップのプロ
トコルの遵守具合)
するという実社会においても同様の効果が得られ
Glasgow et al. は D-net と名付けた糖尿病セルフ
ることを確認できた。得られた効果とは、すなわ
マネジメント・プログラムを開発し、インター
ち課題達成による充実感、脳を活性させたという
ネットによる介入を施している 7)。この研究では、
実感、爽快感、楽しめたこと、人とかかわれたこ
対象者が指定されたウェブページにアクセスした
と、心地よい疲労を得たこと、自己効力感が増加
回数や時間等を記録しており、これを Implemen-
(105)
tation としている。そして 10 か月にわたる介入に
実験群で得られた結果が特異なものでないことを
おいて対象者の Implementation は 100%であった
確認できた。また、本研究ではスクエアステップ
と報告している。
導入(教室)前後で客観的データを収集していな
本研究では、スクエアステップ・リーダーの主
かったため、Efficacy を統計的に検証することが
観による Implementation は高く、かつ実験群と交
困難だった。この点については、測定方法をリー
差妥当性群の間に有意差は認められなかった。こ
ダーに学んでもらい、定期的に測定してもらうこ
のことから、リーダー養成期間が比較的短くても
とで解決できると思われる。
(1 日 4 時間,計 2 日間)指導方法を理解し、そ
G.まとめ
の後も遵守できていることが認められた。また、
本研究では実験室レベルで検証してきた新しい
筆者らが Implementation の程度を直接確認した
運動プログラム「スクエアステップ」を、運動ボ
際、対象者本人の主観に相応していたことを確認
ランティア(スクエアステップ・リーダー)が地
し、主観による回答が妥当であることを判断した。
域で展開した際にどのような効果が得られるかと
このことは、リーダーを増やしても指導の質を落
いうトランスレーショナルリサーチを実施した。
とすことなく地域に普及させられることを示唆し
その結果、一部ではあるものの、ターゲットポピ
ている。
ュレーションとなる多くの元気高齢者にスクエア
E.Maintenance(長 期 に わ た る ス ク エ ア ス
ステップを提供することができた。リーダーの指
テップの受け入れとそれによって得られた効
導は適切であり、その指導を受けた元気高齢者は
果)
さまざまな効果を得ていた。長期にわたって継続
Maintenance に関して、Glasgow et al. は電話カ
できることも確認できた。これらのことから、ス
ウンセリングと個別ニュースレターによる喫煙者
クエアステップは頑健性(robustness)や普及可能
への 1 年間の効果を報告し 、Toobert et al. は地
性(translatability)
、公衆衛生的インパクト(public
中海ライフスタイル・プログラムによる糖尿病者
health impact)が高いといえる。
8)
への 2 年間の効果を報告し
、それぞれ効果が
20)
謝 辞
有意であったとしている。本研究では実験群、交
差妥当性群において、それぞれ 36.3 14.2 か月、
本研究は財団法人明治安田厚生事業団の健康医科学研究
9.3 4.6 か月、スクエアステップの教室が開かれ
助成を受けて実施した。ここに謝意を記す。
ていたことから、先行研究
8,20)
と同様、長期にわ
たってスクエアステップが受け入れられていると
判断できた。また、教室に参加している高齢者の
得た効果は、体力の向上、転倒の予防、脳の活性、
人とのかかわり、課題達成感、生き生きとしてき
た、であった。これらの結果は、本研究とは異な
る対象者より聴取した 4 年にわたる効果 17) と類
似していた。両群ともスクエアステップ教室中の
怪我や事故の事例はなかったことも併せると、
Maintenance は大きいといえる。
F.限界
本研究の限界について述べる。本研究では、
ウォーキングや筋力づくり運動、太極拳といっ
た、多くの高齢者が実践している運動をスクエア
ステップの対照プログラムとして位置づけなかっ
た。そのため、他の運動プログラムとの比較はで
きなかった。しかし、交差妥当性群を設けたため、
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13)Ory MG, Smith ML, Wade A, Mounce C, Wilson A, Parrish
21)US Department of Health and Human Services(2011):
Evidence-Based Clinical and Public Health: Generating
R(2010): Implementing and disseminating an evidence-
and Applying the Evidence. Retrieved November 1, 2011
based program to prevent falls in older adults, Texas, 2007-
from http://www.healthypeople.gov/2020/about/advisory/
2009. Prev Chronic Dis, 7, A130.
EvidenceBasedClinicalPH2010.pdf.
14)Robitaille Y, Laforest S, Fournier M, Gauvin L, Parisien
M, Corriveau H, Trickey F, Damestoy N(2005): Moving
22)Woolf SH(2008): The meaning of translational research
and why it matters. JAMA, 299, 211-213.
(107)
付録A.スクエアステップ・リーダー個々に尋ねる質問紙
問 1.これまでに、スクエアステップをどなたかに指導されましたか?(指導のお手伝いも含みます)
問 2.問 1 で「いいえ」と答えた方にお尋ねします。なぜ指導されなかったのですか。以下の選択肢からお選びください(複
数回答可)。
・指導する機会がなかったから
・指導しようという気持ちが自分になかったから
・参加者がスクエアステップに興味を示さなかったから
・参加者の体力が低かったから
・スクエアステップを指導する技能が自分になかったから
・その他
問 3.どこかのサロンや団体にスクエアステップを導入しようともちかけたとき、そのサロンや団体に断られたことはあ
りますか。断られたことがある場合、その理由も記してください。
問 4.リーダー養成研修会のとき時に習った「スクエアステップの指導方法」を、どの程度、正しく守ることができてい
ると感じていますか? 「守ることができていない」を 0 %、「守ることができている」を 100%とした場合、何%だ
と感じていますか? ここでいう「スクエアステップの指導方法」とは、
(1)パターンを紹介する方法、
(2)できない
人への教え方、
(3)できない人への励まし方、の 3 つを指します。謙遜せずに 0 ∼ 100%の間の数値をお答えください。
問 5.スクエアステップに「定期的に」参加された方が得た(と思われる)効果をお答えください。参加者全員でなく、
一部の方の事例をお答えくださっても結構です。
問 6.スクエアステップを「一時的に」体験された方が得た(と思われる)効果をお答えください。参加者全員でなく、
一部の方の事例をお答えくださっても結構です。
問 7.スクエアステップの指導経験を思い出してください。あなたの指導を受けた人が 100 名だったと例えると、そのう
ちの何名が実践できなかった、あるいは実践しなかったですか? 「実践できないこと」と「実践しなかったこと」
を分けてお答えください。また、それらの理由も記述してください。
問 8.スクエアステップ中に、誰かが怪我や転倒した事例はありますか。また、その他に「好ましくない」事例をご存じ
でしたらお知らせください。
付録B.活動単位に尋ねる質問紙
問.スクエアステップを指導されたときの情報をお答えください。その際、定期的に指導されたケースと、非定期的(一
過性)に指導されたケースに分けてお書きください。
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.108∼117(2012.3)
閉経後女性の中心循環特性に対する有酸素性運動トレーニングの効果
菅 原 順*
前 田 清 司**
EFFECT OF AEROBIC EXERCISE TRAINING ON CENTRAL ARTERIAL
HEMODYNAMICS IN POSTMENOPAUSAL WOMEN
Jun Sugawara and Seiji Maeda
SUMMARY
Central arterial blood pressure(BP)is more sensitive predictor of cardiovascular disease than peripheral arterial BP. Most evidence that lifestyle modification(i.e., regular physical activity)lowers BP has been collected
from the peripheral measures(i.e., brachium)
, and effect on central arterial BP is poorly understood. The aim of
this study was to determine the effect of aerobic exercise on central arterial hemodynamics in postmenopausal
normotensive women. We studied 27 women randomly assigned to exercise training(n=13)or sedentary control
(n=14)groups. Exercise training group completed 8 weeks of aerobic exercise training(at an intensity of 70-75%
of maximal heart rate, 40-45 min/day, 4-5 days/week)
. There were no significant group-differences in baseline
variables. Maximal oxygen uptake significantly increased in the training group but not in the control group after
the intervention. Carotid arterial compliance(via B-mode ultrasound imaging and applanation tonometry)and
brachial arterial endothelial function(via flow-mediated vasodilation; FMD)significantly improved in the training
group but not in the control group after the intervention, whereas significant changes were not observed in either
aortic pulse wave velocity or augmentation index irrespective of the intervention. Furthermore, either brachial or
aortic BP did not alter with the aerobic exercise training intervention. These findings suggest in postmenopausal
normotensive women that 8 weeks of moderate-intensity aerobic exercise training improves carotid arterial compliance and brachial endothelial function but does not decrease aortic BP.
Key words: aortic blood pressure, aging, cardiovascular disease risk, lifestyle modification.
緒 言
収縮期血圧および収縮期血圧と拡張期血圧との
梢動脈血圧)である。末梢動脈波は左心室より
生成された脈波(駆出波)に、それが動脈系の
さまざまな部位で反射することによって生まれ
差である脈圧は心血管系疾患発症の独立した危険
る反射波が次々に重畳されること(pulse pressure
因子と考えられている 10)。ここで対象とされて
amplification)によって増幅された脈波(脈圧)
いる血圧とは、一般的に上腕で測定される値(末
である 13)。一般的に、平均動脈圧と拡張期血圧
*
**
独立行政法人産業技術総合研究所ヒューマンライフ Human Technology Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and
Technology(AIST), Ibaraki, Japan.
テクノロジー研究部門
筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学
Division of Sports Medicine, Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of
Tsukuba, Ibaraki, Japan.
(109)
は導管動脈内ではほぼ一定であるが、中心から末
梢へと進むほど脈圧は増大し、収縮期血圧は高く
なる。このように、単に血圧といっても、測定す
る場所によって収縮期血圧および脈圧は大きく異
なってくる 13)。
近年、中心動脈血圧が心臓(左心室)に直接
影響を与え、末梢動脈血圧よりも強力な循環器
A
疾患の発症予測指標になることが明らかにされ
た 17)。この背景には、中心動脈の収縮期血圧と
左心室における圧負荷との密接な関連性 17)が関
与すると考えられている。中心動脈収縮期血圧が
B
増大すると左心室肥大(求心性リモデリング)を
引き起こし、ひいては心疾患に発展する可能性が
ある。このような知見が蓄積され、最近では心疾
C
患発症予測における中心動脈血圧測定の有用性が
注目されている 16-18)。
中心動脈血圧も末梢動脈血圧と同様に、心臓か
らの駆出波とそれが末梢で反射し中心へ戻ってき
た反射波の合成波である(図 1)が、主要な反射
波は下半身の ①解剖学的動脈分岐部(大動脈分
岐,腎動脈分岐など)
、②動脈壁特性が変わる部
位(弾性動脈→筋性動脈)および ③血管抵抗が
1 sec
図 1 .大動脈圧波形の例
A:観察される大動脈圧波形(駆出波と反射波の合成波)、
B:駆出波、C:反射波
Fig.1.Sample of aortic pressure waveform.
A: observed aortic pressure(= incident wave + reflected wave),
B: incident wave, C: reflected wave.
著しく変わる部位(動脈→細動脈)で生成される
と考えられている 9,13,14)。若年者のように動脈壁
経後女性は正常血圧の閉経後女性よりも心筋梗
の硬化度(スティフネス)が低いと脈波はゆっく
塞、脳卒中および心不全の発症リスクならびに心
り伝わるため、反射波は心拡張期に心臓に戻る。
血管系疾患による死亡のリスクが高いことが示さ
この場合、中心動脈の収縮期血圧は低く抑えられ
れた 6)。すなわち、閉経後の女性では、正常血圧
る。一方、高齢者のように動脈スティフネスが増
の者でも、心血管系疾患の発症予防を念頭におい
大している場合、反射波は心収縮期に心臓へ戻り、
た血圧コントロールが重要となってくる。
駆出波に重なるため、収縮期血圧および脈圧が上
習慣的な有酸素性運動実施は高血圧の予防・治
昇する。また、加齢に伴う末梢血管抵抗の増大も
療の有効な手段として推奨されている 4,19,26,27)が、
反射波をエネルギー(圧)損失の少ない状態で心
その基礎となっているエビデンスは上腕血圧での
臓へ戻すため、中心収縮期血圧と脈圧の増大を引
検討であり、中心動脈血圧への効果についてはほ
き起こす
。大動脈スティフネスが心血管系疾
とんど報告がない。ここで注目すべき点は、高血
患の発症およびその死亡率の独立した予測因子で
圧治療薬による介入では、降圧薬の種類によって
あるという多くの研究は、上記のメカニズムを支
中心動脈血圧と末梢動脈血圧の治療効果が異なる
持するものである。
ということである 28)。したがって、運動介入の
13)
閉経前の女性は、同年代の男性に比して心血
効果についても両者間で異なる可能性は否定でき
管系疾患の発症リスクが低いことが知られてい
ない。著者らの報告を含め、複数の先行研究で、
る 。しかし、閉経を迎えるとこの性差は消失す
有酸素性運動トレーニングによる中高齢者の動脈
る。これはエストロゲン生成の不足によって代謝
スティフネスの低下 12,21,23,24,29) や末梢動脈の拡張
系や循環系に対する保護作用がなくなるためと考
機能の改善 3, 22,30)が報告されている。そして、こ
えられる。最近の疫学研究では、正常高血圧の閉
れらの改善は上腕血圧の変化とは独立したものと
7)
(110)
なっている。それゆえ、習慣的な有酸素性運動を
系機能指標の測定および採血は 8 時間以上の絶食
行うことで、上腕血圧に有意な変化が認められな
下で午前中に実施した。併せてカフェインおよび
くとも、中心動脈血圧やそれに関連する循環特性
アルコールの摂取も禁じた。
(反射波圧など)は改善する可能性がある。そこで、
C.測定項目
本研究では、短期間の有酸素性運動トレーニング
1 .身体特性
が閉経後の女性の中心動脈血圧を含む中心循環動
被 験 者 は 実 験 室 到 着 後、 身 長、 体 重、body
態に与える影響を検討することを目的とした。研
mass index(BMI)、体脂肪率(インピーダンス法
究仮説は、
「短期間の有酸素性運動トレーニング後、
による)の測定を行った。
中心動脈スティフネスならびに末梢血管拡張の改
2 .循環系機能指標
善を介して、閉経後の女性の中心動脈収縮期血圧
身体特性計測後、空調管理がされた実験室(24
および脈圧は低下する」と設定した。
∼26 ℃)にて 20 分以上の椅座位安静、更に 10
研 究 方 法
A.対象
地域広報誌を通じて、本実験の参加者を募った
分以上の仰臥位安静をとったのち、循環系機能指
標を測定した。上腕動脈血圧は動脈脈波速度検査
装置(Form PWV/ABI,オムロンコーリン社製)
を使用し、オシロメトリック法にて測定した。
後、月経の有無、健康状態、運動習慣の有無、喫
3 回測定し平均値を求めた。頚動脈血圧は Form
煙習慣、服薬状況(ホルモン補充療法を含む)を
PWV/ABI(コーリンメディカルテクノロジー社
質問紙により調査し、最終的に運動習慣および喫
製)に装備されたトノメトリセンサにて、頚動脈
煙習慣がなく、かつ高血圧、高脂血症および糖尿
病、明らかな循環器疾患を有さない閉経後の女性
Radial arterial SBP
トレーニング群(13 名)と非トレーニング群(コ
ントロール群,14 名)とに無作為に割り当てた。
なお、本研究実施にあたり筑波大学大学院人間総
合科学研究科研究倫理委員会の承認を得た(第
22-126 号,平成 22 年 7 月 28 日承認)
。また、同
委員会の規定に従って、対象者にはあらかじめ研
究の趣旨や運動内容、測定内容を十分に説明し、
書面にて研究協力への同意を得た。
B.実験内容
トレーニング群には 8 週間の有酸素性運動ト
レーニングプログラムを実施し、トレーニング介
入期間の前後で以下に示す循環系機能指標を測定
した。コントロール群にはこの時期、有酸素性運
動トレーニングを行わず、通常どおりの生活を
行ってもらい、トレーニング群と同時期に循環系
機能指標を測定した。運動の一過性効果の影響を
除外するために、実験実施前 24 時間以内に激し
い身体活動や運動実施は避けてもらった。トレー
ニング終了後の測定についても、最後のトレーニ
ング日から最低 1 日はあけて測定を行った。循環
Blood pressure (mmHg)
者は、ホルモン補充療法を行っておらず、また血
圧に影響を与える薬剤の習慣的服用もなかった。
AIx (%) = AP/aortic PP x100
160
27 名(51∼71 歳)を対象とした。すべての対象
Aortic SBP
140
120
100
Radial arterial PP
AP
Aortic PP
80
60
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
Time (sec)
図 2 .脈波解析
細い曲線は橈骨動脈圧波形、太い曲線は一般的伝達関数
によって生成された大動脈圧波形を示す。
SBP= 収縮期血圧、PP= 脈圧、AP= 増幅圧、AIx= 圧増幅
指数。AP および AIx は反射波の指標。
Fig.2.Pulse wave analysis.
Thin line is the recorded radial arterial pressure waveform.
Thick line is the synthesized aortic pressure waveform via the
general transfer function.
SBP=systolic blood pressure, PP=pulse pressure, AP=augmented
pressure, AIx= augmentation index.
(111)
圧波形を非侵襲的に連続記録した。頚動脈圧波形
コー法にて測定し、以下の式にて flow-mediated
の平均動脈圧および拡張期血圧を同時測定で得ら
vasodilation(FMD)値を計算した 2,30)。
れる上腕動脈の平均動脈圧および拡張期血圧と同
値とみなし補正をかけ、頚動脈収縮期血圧および
脈圧を算出した 1)。大動脈血圧の推定にあたって
は、まずトノメトリ式連続血圧計(Jentow,オム
FMD(%)=(BDmax–BD0)/ BD0 × 100
BDmax = 駆血解放後の最大内径、BD0 = 駆血前
の安静時内径
ロンコーリン社製)を使用し、椅座位安静を保っ
3 .メタボリックリスク指標
た状態で橈骨動脈圧波形を連続測定した。橈骨
循環系機能指標の測定終了後、血中コレステ
動脈圧波形は AD 変換装置およびデータ処理ソフ
ロール、中性脂肪およびグルコース濃度を測定す
トウエア(PowerLab および LabChart,AD Instru-
るために、静脈血を採取した。
ments 社製)を使用し、パーソナルコンピュータ
4 .有酸素性持久力
に 1 kHz の時間分解能で記録し、後日、128Hz の
採血終了後、軽食の摂取と適度な休憩を挟んだ
時間分解能でリサンプリングし、動脈圧波形解析
後、ストレッチングを行った。その後、自転車エ
ソフトウエア(SphygmoCore,AtCor 社製)に取
ルゴメータ上で 2 分間のウォームアップ(40watt)
り込み、大動脈圧、反射波(augmented pressure;
とそれに続く最大漸増運動テスト(2 分ごとに
AP)
、 反 射 波 指 数(augmentation index; AIx=AP/
20watt 漸増)を実施した。運動中の換気動態を
PP)、 を 算 出 し た 8)(図 2)
。 更 に、 心 筋 の 収 縮
心拍数および呼気ガス分析器(AE-300,ミナト
および拡張機能を評価するために、systolic time-
医科学社製)
、自覚的疲労強度をモニタリングし
tension index(STTI) お よ び diastolic time-tension
た。30 秒ごとに平均酸素摂取量を算出し、最高値
index(DTTI)を求めた 13)。
を最高酸素摂取量(peak oxygen uptake; VO2peak)
大動脈脈波伝播速度(pulse wave velocity; PWV)
とした。
は動脈脈波速度検査装置(Form PWV/ABI,オム
●
D.運動トレーニング
ロンコーリン社製)を使用し、仰臥位で測定し
トレーニング群は 8 週間の有酸素性運動トレー
た。左総頚動脈上および左総腸骨動脈上にトノメ
ニング(ウォーキング,
エアロバイク)
を実施した。
トリセンサを固着させ、両方の動脈圧波形を 30
トレーニングは週 2 回実験者の監視下でのトレー
秒間連続記録した。センサ間の直線距離を布製メ
ニングと家庭での自主トレーニングから構成され
ジャーで測定し、それを自動計算された 2 つのセ
た。開始初期には、年齢予測最高心拍数の 60%
ンサ間における動脈圧の立ち上がりの時間差で
負荷で 25∼30 分/日、3 ∼ 4 日/週、トレーニン
除し PWV を得た。上腕血圧同様、大動脈 PWV
グを行った。その後、被験者の慣れに応じて漸増
も測定を 3 回繰り返し、それらの平均値を求め
し、最終的には 70∼75%負荷で 40∼45 分 /日、4
た 20)。
∼ 5 日/週トレーニングを実施した。トレーニン
頚動脈コンプライアンスは、先行研究に準じ、
グの実施率を高めるために、被験者にはトレーニ
超音波エコー B モード法とトノメトリ法により
ング記録をつけてもらうとともに、それに対する
頚動脈内径変化と圧変化を記録し、以下の式を用
フィードバックを適宜行い、できるだけ多くの者
いて算出した 21,24)。
がトレーニングを完遂できるよう配慮した。
]×π×
[
(CD1 − CD0)/ CD0]/[2 ×(CP1 − CP0)
CD02
CD1= 最大頚動脈内径、CD0= 最小頚動脈内径、
CP1= 頚動脈収縮期血圧、CP0= 頚動脈拡張期血圧
E.統計処理
データは平均
標準誤差(SEM)で表記した。
測定した指標に対するトレーニング効果を 2-way
repeated measures ANOVA(トレーニングの有無×
時間)を用いて調べ、時間による主効果あるいは
上腕動脈内皮機能は内皮機能検査装置(UNEX-
交互作用が有意だった場合に、paired t-test を用い
EF,UNEX 社製)を使用し、5 分間の前腕駆血­
て事後検定(群内比較)を行った。統計学的有意
解放に伴う上腕動脈内径の拡張応答を超音波エ
水準は 5 %とした。
(112)
ニング群、コントロール群とも介入前後で有意な
結 果
変化は認められなかった。両群とも介入前後で頚
介入開始前の年齢、身長、体重、体組成、血中
動脈拡張期内径に有意な変化は認められなかった
マーカー、VO2peak に有意な群間差(トレーニン
が、頚動脈コンプライアンスに時間による有意な
グの有無による主効果)は認められなかった(表
主効果が認められ、事後検定の結果、トレーニン
1)
。血中 HDL コレステロール濃度において時間
グ群の頚動脈コンプライアンスがトレーニング後
による有意な主効果が、また VO2peak において有
に有意に増大したことが確認された(図 3)。し
意な交互作用が認められた。事後検定の結果、ト
かし、大動脈 PWV においては両群とも介入前後
レーニング群において血中 HDL コレステロール
で有意な変化は認められなかった(図 4)
。上腕
濃度と VO2peak がトレーニング後に有意に増大し
動脈の FMD 値において有意な交互作用が認めら
た。そのほかの指標に有意な変化は認められな
れ、FMD 値はトレーニング群のみ介入後有意に
かった。また、コントロール群ではいずれの指標
上昇した(図 5)。
においても有意な変化は認められなかった。
表 3 に大動脈圧、反射波、STTI および DTTI
表 2 に介入に伴う心拍数、上腕血圧および脈圧
の変化をまとめた。介入開始前の値に有意な群間
の変化をまとめた。いずれの指標とも、介入開始
差(トレーニングの有無による主効果)は認めら
前において有意な群間差(トレーニングの有無に
れなかった。更に、いずれの指標においても、ト
よる主効果)は認められなかった。更に、トレー
レーニング群、コントロール群とも介入前後での
●
●
●
表 1 .被験者の身体特性
Table 1.Selected physiological characteristics
Control group(n=14)
Before
Age, years
Height, cm
Body mass, kg
Body mass index, kg/m2
Body fat, %
Total cholesterol, mg/dl
Triglyceride, mg/dl
HDL-cholesterol, mg/dl
LDL-cholesterol, mg/dl
Blood glucose, mg/dl
VO2peak, ml/kg/min
59
155
49.7
20.7
29.3
220
108
71
128
88
24.9
●
2
2
1.5
0.5
1.3
6
13
4
5
2
1.9
After
50.1
20.9
30.1
233
108
74
133
89
23.5
1.5
0.5
1.2
5
12
3
5
2
1.2
Training group(n=13)
Before
59
154
52.2
22.1
30.3
224
102
65
138
90
24.7
2
1
1.5
0.5
0.9
8
10
3
7
2
1.2
After
52.1
22.1
30.7
227
88
71
138
92
26.9
1.5
0.6
0.9
7
11
3*
7
2
1.4*
Data are mean and SEM. VO2peak=peak oxygen uptake. *: P<0.05 vs. before intervention.
●
表 2 .8 週間の有酸素性運動トレーニングに伴う心拍数、上腕血圧および脈圧の
変化
Table 2.Changes in heart rate and brachial blood pressure with the intervention.
Control group(n=14)
Before
Heart rate, beat/min
Brachial SBP, mmHg
Brachial DBP, mmHg
Brachial MAP, mmHg
Brachial PP, mmHg
64
114
69
87
45
2
3
1
3
2
After
65
113
69
87
44
3
3
2
2
2
Training group(n=13)
Before
59
112
69
85
43
1
3
2
2
3
After
57
108
68
84
40
1
3
2
3
2
Data are mean and SEM. SBP=systolic blood pressure, DBP=diastolic blood pressure,
MAP=mean arterial pressure, PP=pulse pressure.
(113)
Carotid arterial compliance
(mm2/mmHg)
Carotid arterial
diastolic diameter (mm)
7.0
6.5
6.0
5.5
5.0
Before
After
0.12
P<0.05
0.10
0.08
0.06
Before
After
12
P<0.05
8
Brachial FMD (%)
Aortic PWV (m/sec)
図 3 .8 週間の有酸素性運動トレーニングに伴う頚動脈内径およびコンプライアンスの変化
データは平均 標準誤差。黒いバーがコントロール群、白いバーがトレーニング群を示す。
Fig.3.Changes in carotid arterial diastolic diameter and compliance with 8-week aerobic exercise training.
Data are mean and SEM. Filled bars are control group. Open bars are exercise training group.
11
10
9
8
7
6
4
2
0
Before
After
Before
図 4 .8 週間の有酸素性運動トレーニングに伴
う 大 動 脈 脈 波 伝 播 速 度(pulse wave velocity;
PWV)の変化
データは平均 標準誤差。黒いバーがコント
ロール群、白いバーがトレーニング群を示す。
Fig.4.Changes in aortic pulse wave velocity(PWV)
,
with 8-week aerobic exercise training.
Data are mean and SEM. Filled bars are control
group. Open bars are exercise training group.
After
図 5 .8 週間の有酸素性運動トレーニングに伴
う 上 腕 動 脈 血 流 依 存 性 血 管 拡 張 能 力(flowmediated vasodilation; FMD)の変化
データは平均 標準誤差。黒いバーがコント
ロール群、白いバーがトレーニング群を示す。
Fig.5. Changes in brachial flow-mediated vasodilation(FMD)with 8-week aerobic exercise training.
Data are mean and SEM. Filled bars are control
group. Open bars are exercise training group.
表 3 .8 週間の有酸素性運動トレーニングに伴う大動脈循環動態指標の変化
Table 3.Changes in aortic hemodynamics with the intervention.
Control group(n=14)
Before
Aortic SBP, mmHg
Aortic DBP, mmHg
Aortic PP, mmHg
Aortic MAP, mmHg
Aortic AP, mmHg
Aortic AIx, %
Aortic systolic TTI, unit
Aortic diastolic TTI, unit
113
71
42
89
14
32
1991
3314
3
2
2
2
2
3
86
71
After
111
70
40
87
15
39
1942
3279
3
2
2
2
2
4
53
103
Training group(n=13)
Before
105
68
38
83
15
38
1793
3204
4
2
4
2
2
3
60
101
After
102
66
37
81
15
41
1746
3112
4
2
3
2
2
2
91
76
Data are mean and SEM. SBP=systolic blood pressure, DBP=diastolic blood pressure,
PP=pulse pressure, MAP=mean arterial pressure, AP=augmented pressure, AIx=augmentation
index, TTI=tension-time index.
(114)
有意な変化は確認できなかった。
考 察
さない中高齢者を対象に、2 ∼ 3 か月程度の有酸
素性運動を主体とする運動介入研究を行い、末梢
動脈血圧に有意な変化を生じないものの、頚動脈
高血圧は循環器疾患の独立した危険因子として
コンプライアンスや大動脈 PWV の改善を認めて
広く認知されている
。また、低強度∼中強度
きた 5,21,23,29)。それゆえ、大動脈スティフネスや末
の有酸素性運動が高血圧に対する一次予防として
梢血管抵抗に変化が生じれば、上腕血圧に変化が
有効であるとともに、高血圧患者における血圧低
生じなくとも中心動脈血圧が改善する可能性は十
下を目的とした運動処方としても有効であること
分にあると考え、「短期間の有酸素性運動トレー
が、多くの先行研究で確認されている 4,19,26,27)。た
ニング後、中心動脈スティフネスならびに末梢血
だし、ここで留意すべき点は、扱われている血圧
管拡張の改善を介して、閉経後の女性の中心動脈
の多くが上腕で測定される末梢血圧であるという
収縮期血圧および脈圧は低下する」と研究仮説を
点である。大動脈や頚動脈における血圧(中心動
設定した。
脈血圧)は、上腕などで測定される血圧(末梢血
著者らの先行研究同様 29)、8 週間の有酸素性運
圧)と異なる加齢変化を示すこと 25) や、左心室
動トレーニングにより頚動脈コンプライアンスは
肥大と密接に関連し、更には末梢動脈血圧よりも
有意に増大した。一方、大動脈 PWV に有意な変
強力な循環器疾患の発症予測指標になることが示
化は認められなかった。どちらも動脈伸展性を反
唆されている 15)。にもかかわらず、有酸素性運
映する指標であるにもかかわらず、トレーニング
動における降圧効果に関するエビデンスは上腕血
効果の有無に差が生じたのは、測定部位の違いに
7,10)
圧での検討にとどまり、中心動脈血圧への効果に
よるものと考えられる。例えば、著者らは 3 か
ついてはほとんど報告がないのが現状である。こ
月間の有酸素性運動トレーニングにより大動脈
のような背景を踏まえ、本研究では、短期間の有
PWV は改善するが、下肢動脈 PWV に有意な変
酸素性運動トレーニングが閉経後の女性の中心動
化は生じないことを報告した 5)。筋動脈(後者)
脈血圧を含む中心循環動態に与える影響を検討す
におけるトレーニング効果は弾性動脈(前者)に
ることを目的とした。本研究で得られた主な成果
比して小さい可能性が示唆される。本研究の介入
は以下のとおりである。
期間は 2 か月間と若干短いため、より近位の伸展
1 )8 週間の有酸素性運動トレーニングにより
性に富む頚動脈の伸展性のみに著明な効果が認め
頚動脈コンプライアンスの増大と上腕動脈血
られたのかもしれない。
管内皮機能の改善が確認された。
高齢者のように大動脈 PWV が増大している場
2 )中心動脈血圧および反射波に有意な変化は
認められなかった。
合、下半身からの反射波は心収縮期に心臓へ戻り、
駆出波に重なるため、大動脈や頚動脈の収縮期血
有酸素性運動トレーニングによる降圧効果はよ
圧および脈圧が上昇する 13)。トレーニング介入
く知られているが、その効果の程度は血圧の初期
により大動脈 PWV が低下すれば、反射波の戻り
水準に依存する 19)。したがって、高血圧者では
が遅延するため、大動脈血圧増大の抑制が期待で
トレーニングによる降圧効果は大きいが、正常血
きる。しかしながら、本研究の介入条件では、ト
圧者では比較的小さいとみられている。実際、正
レーニング群の大動脈 PWV は有意な変化を生じ
常血圧者では、有酸素性運動トレーニングによっ
なかった。本研究では、大動脈における反射波、
て上腕血圧は変化しないという結果も少なくな
収縮期血圧、および脈圧に有意な変化は認められ
い
。しかしながら、中心動脈血圧は下
なかったが、この機序の 1 つとして、主要な反射
半身からの反射波の影響を受け、上腕血圧とは乖
波の経路である大動脈において PWV が低下しな
離した加齢変化を示す。更に、高血圧治療薬によ
かったことが関与しているかもしれない。
る介入では、降圧薬の種類によって中心動脈血圧
大動脈 PWV と同様に中心動脈の反射波および
と末梢動脈血圧の治療効果が異なるという報告も
血圧に影響を与える因子として、末梢血管抵抗が
ある
あげられる。末梢血管抵抗が低ければ駆出波を緩
12,21-24,29,30)
。著者らはこれまでに明らかな疾患を有
28)
(115)
衝し、中心へ戻る反射波を小さくすると考えられ
本研究では、著者らの先行研究 30) に準じ、ト
るからである
。しかし、末梢血管抵抗は加齢
レーニング介入期間を 8 週間に設定した。その結
に伴い増大するため、反射波も加齢に伴い増大す
果、先行研究同様、頚動脈コンプライアンスと上
る 13)。末梢血管抵抗の増大は血管平滑筋トーヌ
腕動脈 FMD に有意な改善を認めた。著者らは別
スの増大によると考えられ、その背景には加齢に
の先行研究 21)において、12 週間の有酸素性運動
伴う血管内皮機能の低下が寄与するとみられる。
トレーニングにより頚動脈コンプライアンスは改
実際、加齢に伴い血管弛緩物質である一酸化窒素
善するものの、NO 合成酵素阻害薬による頚動脈
(nitric oxide; NO)の産生能および利用能は低下
コンプライアンスの応答には変化がみられないこ
し 3)、血管収縮物質であるエンドセリン -1 の血
とから、頚動脈コンプライアンスの改善には血管
中濃度は増大することが知られている
13)
。一方、
内皮機能の変化が関与していない可能性を示唆し
習慣的な有酸素性運動の実施により、これらは改
た。それゆえ、本研究で観察された頚動脈コンプ
善できる可能性がある
3,11)
ライアンスと血管内皮機能の改善はそれぞれ独立
本研究では、駆血解放後の上腕動脈の血流依
したものと考えられる。また、これらの適応はそ
11)
。
存性血管拡張機能(FMD)にて血管内皮機能を
れぞれ中心動脈の循環動態に対し有意な影響を与
評価した。FMD 法は、駆血解放による血流の増
えるものではなかった。推察の域を出ないが、介
大で生じるシェアストレスによって血管内皮細
入期間が比較的短期であったことから、上記の適
胞から NO が産生されることで、動脈が拡張する
応は主に機能的な変化によるものだったかもしれ
現象から血管内皮機能を評価するものである 。
ない。これに対し、下肢血管床の拡大が生じれば、
それゆえ、FMD 値は一過性の血流増大に対する
そこで駆出波が効果的に緩衝され反射波はより減
NO の産生能や利用能を反映する。著者らの先行
弱されていたかもしれない。したがって、構造的
研究
適応が生じるようなもう少し長めのトレーニング
2)
30)
と同様に、トレーニング群において、8
週間のトレーニング後、FMD 値は有意に増大し
介入や、より強度の高いトレーニング介入を行い、
た。しかしながら、前述のように中心動脈におけ
その効果を検証する必要があるかもしれない。
る反射波や血圧に対する降圧効果は認められてい
また、本研究では正常血圧者を対象にしたため、
ない。血管内皮機能の改善が生じたにもかかわら
著明なトレーニング効果が認められなかったとも
ず中心動脈の循環動態に有意な変化が生じなかっ
考えられる。しかしながら、最近の疫学研究では、
た機序として、血管内皮機能増大による血管拡張
正常高血圧の閉経後女性は正常血圧の閉経後女性
応答に対して、過度の血管拡張を抑制するような
よりも心筋梗塞、脳卒中、および心不全の発症リ
代償作用が働いている可能性が推察される。著者
スクならびに心血管系疾患による死亡のリスクが
らは中高齢者を対象にした 12 週間の有酸素性運
高いことが示された 6)。つまり、閉経後の女性では、
動トレーニング前後で、大腿動脈血流量に対する
正常血圧であっても心血管系疾患の発症予防を念
交感神経遮断薬および NO 合成酵素遮断薬の影響
頭においた血圧コントロールが重要である。その
を検討し、大腿動脈血流量に対する NO の影響度
意味では、有酸素性運動などの習慣的な身体活動
(血管拡張作用)はトレーニング後に有意に増大
が中心動脈の循環動態における加齢変化を抑制し、
するが、それと同様に交感神経による影響度(血
心血管系疾患発症を防ぐことができるかどうかを、
管収縮作用)も増大するため、結果的に安静時の
より長期的な介入によって観察・評価する必要が
大腿動脈血流量は変化せず維持されることを報告
あるかもしれない。更に、本研究ではサンプルサ
した
。同様の現象が起きているとすれば、血
イズの問題から年代別でのトレーニング効果の評
管内皮機能が高まっても末梢血管抵抗は大きく変
価は行わなかったが、閉経後女性における加齢お
化(低下)せず、反射波に対する影響は小さく、
よび習慣的運動トレーニングの影響についても今
その結果、中心動脈血圧に対する影響も有意なも
後検討していく必要があるだろう。
22)
のにはならなかったとみることができるかもしれ
ない。
(116)
結 論
正常血圧の閉経後女性を対象に、8 週間の中強
度有酸素性運動トレーニング介入を行い、トレー
ニングに伴う循環系機能および中心動脈循環動態
に対する影響を検討した。その結果、頚動脈コン
プライアンスおよび上腕動脈内皮機能に有意な改
善が生じたものの、中心動脈の循環指標(反射波,
血圧,脈圧)に有意な改善は認められなかった。
すなわち、頚動脈コンプライアンスおよび上腕動
脈内皮機能に有意な改善をもたらす運動トレーニ
ングであっても、閉経後女性の中心動脈循環動態
に有意な変化をもたらさない可能性が示唆され
る。今後、主要反射波の経路である大動脈の脈波
伝播速度が変化しうるトレーニング介入条件で、
中心動脈血圧が低下しうるかどうかを検証する必
要があると考えられる。
謝 辞
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参 考 文 献
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.118∼127(2012.3)
一過性運動に対する海馬細胞外プロテアーゼ動態の解明
西 島 壮*
川 上 将 史*
北 一 郎*
RESPONSE OF EXTRACELLULAR PROTEASES IN
THE HIPPOCAMPUS TO A BOUT OF EXERCISE
Takeshi Nishijima, Masashi Kawakami, and Ichiro Kita
SUMMARY
Although accumulating evidence demonstrates that physical exercise improves hippocampal plasticity, the molecular mechanisms underlying the positive effects of exercise are still poorly understood. Extracellular matrix
and proteases regulate perineuronal environment, which in turn induces structural and functional changes in the
central nervous system. In particular, matrix metalloproteinases-9(MMP-9)is known to play diverse neurophysiological roles in the hippocampus, which led us to hypothesize that MMP-9 may be involved in regulating effects
of exercise on the hippocampus. In this study, we examined whether a bout of treadmill running increases MMP9 activity in the rat hippocampus. Male Wistar rats were subjected to treadmill running at different speed(0, 10, or
25 m/min)for 30 min and sacrificed at 0, 1, 12, or 24 hour after running. Gel zymography indicated that MMP9 activity in the hippocampus slightly increased immediately after treadmill running at 25 m/min, but no statistical
difference was observed as compared to sedentary control. Treadmill running did not alter MMP-9 activity at any
other time points that we examined. We found treadmill running has no effect on MMP-2 activity in the hippocampus at any time points. In situ zymography suggested that treadmill running at 25 m/min might slightly increase
net MMP-2/9 gelatinolytic activity in the dentate gyrus(DG)but not in the CA1/3 area of the hippocampus.
These results suggest that treadmill running has little effect on MMP-9 proteolytic activity, if any, the effect might
be restricted in the DG. Because sedentary control rats showed constitutive MMP-9 activity in the hippocampus,
the constitutive proteolitic activity would be involved in mediating effects of exercise on the hippocampal plasticity. Further study would be required to test the hypothesis.
Key words: treadmill running, hippocampus, extracellular protease, matrix metalloproteinase-9, zymography.
緒 言
の機能を維持・向上させる有効な手段として運
動が注目されており 12,32)、運動が海馬の神経細胞
近年の神経科学研究により、代表的な精神疾患
新生を促進するなど構造的変化を引き起こすこ
であるアルツハイマー病やうつ病の発症には、記
と 29,34)、アルツハイマー病の原因蛋白であるアミ
憶・学習を担う海馬の機能低下が 1 つの誘因と
ロイドβの蓄積を抑えること 1,23)、抗うつ効果を
なることが示唆されている 。そして、この海馬
もたらすこと 3,14)、などが動物実験により明らか
7)
首都大学東京大学院人間健康科学研究科 Graduate School of Human Health Sciences, Tokyo Metropolitan University, Tokyo, Japan.
* (119)
にされている。また高齢者を対象とした研究にお
運動が海馬依存性の空間学習能力や LTP を促
いても、持久的運動トレーニングが海馬を肥大さ
進することを踏まえると 34)、海馬に対する運動
せ、海馬依存性の記憶能力を向上させることも報
効果の背景に MMP-9 が関与する可能性は高い。
告された 11)。しかしながら、運動が海馬機能を
しかしながら、そもそも運動が海馬 MMP-9 にど
高める分子基盤はいまだ解明されておらず、特に、 のような影響を及ぼすか調べた研究は、我々の知
細胞外環境に着目した研究は皆無である。
る限り Guo et al.15)による報告のみである。Guo et
脳神経系は、細胞(神経細胞,グリア細胞,他)
al. は、ラットに 3 週間のトレッドミル走運動(30
と、脳容積の約 20%を占める細胞外環境とによっ
m/min)を行わせた結果、MMP-9 遺伝子および蛋
て構成される 9,24)。この細胞外環境は、糖蛋白質
白質発現、プロテアーゼ活性がいずれも変化しな
(コンドロイチン硫酸,ヒアルロン酸,他)や、細
かったと報告している 15)。しかしながら、一過
胞接着因子(ラミニン,テネイシン,他)など、
性の運動刺激に MMP-9 がどのように応答するか
さ ま ざ ま な 細 胞 外 基 質(extracellular matrix) で
は検討されていない。一方、我々はこれまで、一
満たされている 9)。そして脳神経系の発達や機
過性のトレッドミル走運動時に海馬の神経活動が
能維持のためには、これら細胞外基質が細胞外プ
活性化することを明らかにした 25,27)。MMP-9 の
ロテアーゼ(蛋白質分解酵素)によって適切な分
プロテアーゼ活性が神経活動の活性化によって増
解調節を受けることが重要となる
。例えば、
加することから 19)、我々は、一過性の運動刺激
シナプス間隙に存在する細胞外基質が細胞外プロ
に応じて海馬 MMP-9 のプロテアーゼ活性が高ま
テアーゼにより分解されると、一時的にシナプス
ると作業仮説を立てた。
に不安定性が生じるが、シナプス数やシナプス結
本研究は、運動と海馬細胞外プロテアーゼに関
合強度が変化することにより、結果的にシナプス
する基礎的知見を得ることを目的とし、一過性
再構築へとつながる
18)
。また、膜蛋白の細胞外
トレッドミル走運動に応じて海馬 MMP-9 プロテ
ドメインを切断(ectodomain shedding)すること
アーゼ活性が高まるか否か検証した。なお、海馬
によりシグナル伝達を惹起するなど、機能的な変
の神経活動は運動強度に依存して活性化するこ
化も引き起こす 37)。このように細胞外プロテアー
と 17)、乳酸性作業域値を超える強度の運動はスト
ゼは、神経系の構造的変化だけでなく、機能的変
レス反応を惹起すること 30)から、運動強度はラッ
化も調節している
。運動は海馬に多様な構造
トの乳酸性作業域値(約 20m/min)を基準に、低強
的・機能的変化をもたらすことから、その運動効
度(10m/min)と高強度(25m/min)に設定した。
果の根幹に細胞外プロテアーゼによる細胞外環境
また、一過性運動に対する MMP-9 プロテアーゼ
の調節が関与していると推察される。
活性の経時的応答を調べるため、運動直後、1、
マトリックスメタロプロテアーゼ(matrix met-
12、そして 24 時間後に海馬をサンプリングした。
18)
18)
alloproteinases; MMPs)は、中枢神経系の調節に
かかわる代表的な細胞外プロテアーゼファミリー
であり、現在、20 種以上存在することが知られ
ている
。MMPs は、活性中心に亜鉛イオンを
10)
方 法
A.被験動物および飼育条件
実験には 8 週齢の Wistar 系雄性ラット(45 匹,
含み、神経細胞だけでなくグリア細胞や血管内
日本エスエルシー)を用いた。飼育環境は 5:00
皮細胞からも細胞外に分泌され、細胞外基質の
∼ 17:00 を明期とする明暗サイクルで、室温 22
分解だけでなく、神経栄養因子の修飾など多様
2 ℃、湿度 50 10%に維持した。ラットは 3 ∼ 4
な生理作用を有している
。特に MMP-9 は海
匹ずつ飼育ケージに入れ、水および飼料は自由摂
馬の神経機能と深くかかわり、MMP-9 ノックア
取とした。本実験はすべて、首都大学東京南大沢
ウトマウスでは海馬依存性の空間学習能力や、
キャンパスの研究安全倫理委員会の承認の下、
記憶・学習の神経基盤である長期増強(long-term
動物実験管理規定に従い実施した(承認番号 : 23-
potentiation; LTP)が阻害されることが報告されて
4)
。実験に供する被験動物の個体数を極力少なく
いる
すること、すべての処置において被験動物の肉体
。
21,22)
10,38)
(120)
0m/min
(4,2)
(3)
(3)
(3)
10m/min
(4,2)
(3)
(3)
(3)
25m/min
(4,2)
(3)
(3)
(3)
1
12
24hour after running
Running
-30min
0
図 1 .実験プロトコル
Fig.1.Experiment protocol.
Control rats were placed on a stationary treadmill for 40 min in total. The other rats run on a treadmill at
a mild speed(10 m/min)or at a high speed(25 m/min)for 30 min. The rats were sacrificed at immediately, 1, 12, or 24 hour after running or rest. Digit in parenthesis without or with underline indicates the
number of rats sacrificed for analysis with gel zymography or in situ zymography, respectively.
的・心理的苦痛を抑えることに最大限の配慮を施
得るため、各タイムポイントでラットにペントバ
した。
ルビタールナトリウム(100mg/kg BW,ソムノペ
B.一過性トレッドミル走運動実験
ンチル,共立製薬)を腹腔内投与し、深麻酔下で
一過性のトレッドミル走運動実験に先立ち、す
左心室より全身に生理食塩水(4 ℃)を灌流した。
べてのラットに小動物用トレッドミル(KN-73,
脳を摘出後、直ちに氷冷したガラスプレート上で
夏目製作所)に馴化させるための走運動トレーニ
海馬を分画し、液体窒素を用いて瞬間凍結した。
ングを行わせた。走運動トレーニングはラットを
in situ ザイモグラフィーに供する海馬サンプルを
搬入してから 1 週間の予備飼育後に開始し、走速
得るために同様の走運動実験を行い、生理食塩水
度および運動時間を漸増させながら計 6 日間行わ
を灌流後に摘出した脳をドライアイス上で凍結し
せた。最終的に、すべてのラットは本実験の高強
た。なお、in situ ザイモグラフィーは運動終了直
度運動群と同じ条件(後述)
で走れるようになった。 後においてのみ解析した(図 1)。採取したすべ
最後の走運動トレーニングが MMP-9 プロテ
てのサンプルは、以降の解析まで­80 ℃で凍結保
アーゼ活性に影響する可能性を最小化するため
存した。
に、3 日間の安静期間を設けた後、一過性トレッ
D.MMP-9 プロテアーゼ活性の解析
ドミル走運動実験を行った。運動強度およびサン
MMP-9 は非活性型の pro-MMP-9 として細胞外
プリングポイントを独立変数として、ラットを無
に分泌され、プロペプチドが切断されることに
作為にグルーピングした(図 1)
。運動強度は、
より活性型の MMP-9 となる
非運動(0 m/min)
、低強度運動(10m/min)
、そ
MMP-9 の遺伝子および蛋白質の量的変化は必ず
して高強度運動(25m/min)の 3 条件とした。サ
しも MMP-9 のプロテアーゼ活性を反映せず、
ンプリングポイントは、運動終了の直後、1 時間
運動刺激に対する MMP-9 の生理応答を検討す
後、12 時間後、そして 24 時間後の 4 条件とした。
る際にはプロテアーゼ活性を調べることが重要
トレッドミル上で 10 分間の安静の後、各運動強
となる。そこで本研究は、一過性運動に対する
度で 30 分間の一過性トレッドミル走運動を行わ
MMP-9 プロテアーゼ活性の変化を、ゲルザイモ
せた。高強度運動群は、前半 15 分で 25m/min ま
グラフィー法および in situ ザイモグラフィー法を
。したがって、
10)
で速度を漸増し、後半 15 分は 25m/min を維持し
用いて解析した。どちらも、MMP-9 がゼラチン
た。走運動トレーニングおよび一過性トレッドミ
を基質として分解する作用を利用したプロテアー
ル走運動実験はすべて、ラットの活動期である暗
ゼ活性の解析法である 8,38)。
期(19:00 ∼ 23:00)に行った。
1 .ゲルザイモグラフィー
C.海馬のサンプリング
ゲルザイモグラフィーに供する海馬サンプルを
1 )サンプル処理
海馬(片側)に対して 500µl の可溶化バッファー
(121)
(20mM Tris-HCl, pH 7.6, 150mM NaCl, 5 mM CaCl2,
が存在する。電気泳動することにより、2 つのゼ
1 % Triton X-100, 1 % Glycerol, 500µM PMSF)を
ラチン分解酵素を明確に区別し定量することがで
加え、マイクロマルチミキサーを用いて氷上でホ
きるため、本研究では MMP-9 に加えて MMP-2
モジナイズした。遠心分離(10000 rpm,10 分,
のプロテアーゼ活性も同時に測定した。
4 ℃)後に上清を回収し、BCA Protein Assay Kit
2 .in situ ザイモグラフィー
(Thermo Fisher Scientific)を用いて総蛋白質濃度
を定量した。MMP-9 を抽出するため、等量(1
1 )脳切片の作成
凍結した脳組織から、クリオスタット(CM-
mg)の蛋白質を含む上清と 100µl の 50% Gelatin-
1850, LEICA)を用いて、ブレグマから後方に 2.5
Sepharose 4B(GE Healthcare) を 混 合 し、4 ℃ で
∼ 3.5mm の範囲の海馬を含む前額断切片(20µm)
24 時間インキュベートした。遠心分離(500 × g,
を作成した 28)。切片はスライドガラスに貼りつ
2 分,4 ℃)後に不要な上清を除去し、MMP-9
けた後、送風乾燥(15 分間)させた。
と結合したセファロースビーズを含む沈殿物を
2 )MMP-2/9 プロテアーゼ活性の定性的解析
Working Buffer(50mM Tris-HCl, pH 7.6, 150mM
本実験では、ゼラチンに蛍光基質が結合した
NaCl, 5 mM CaCl2, 0.05% Brij 35) で 3 回 洗 浄 し
DQ ゼラチン(invitrogen)を用いた。この蛍光基
た。最後に、100µl の Elution Buffer(working buf-
質はゼラチンが結合したままでは消光状態である
fer with 10% DMSO)を添加し、4 ℃で 2 時間静
が、ゼラチンが分解されて遊離すると、励起光を
かに混和することにより MMP-9 を溶出した。こ
照射した際に発光するようになる。
の溶出液 20µl と Laemmili Sample Buffer 10µl を混
DQ ゼラチン(50µg/ml)を含む反応液(50mM
合し、電気泳動用の試料とした。なお、MMP-9
Tris-HCl, pH 7.6, 150mM NaCl, 5 mM CaCl2, 0.2mM
のプロテアーゼ活性を失活させないため、本実験
NaN3)を脳切片上に滴下し、恒温チャンバー内
で用いた Laemmili sample buffer には還元剤を加
でインキュベーションした(37 ℃,湿度 98%,
えず、試料の煮沸も行わなかった。
3 時間)
。終了後、0.1M リン酸緩衝生理食塩水
2 )電気泳動および MMP-9 プロテアーゼ活性
の定量的解析
(phosphate buffered saline; PBS) で 洗 浄 し た 後、
4 %パラホルムアルデヒド溶液に浸して固定処理
0.1% ゼラチン(Sigma-Aldrich)を含む 10%SDS-
を施した(15 分間)
。PBS で十分に洗浄した後、
ポリアクリルアミドゲルに試料を電気泳動し
封入した。なお、反応液に DAPI(1:1000, Calbio-
(125V)、 蛋 白 質 を 分 離 し た。 電 気 泳 動 後、 ゲ
chem)を加えることにより、核を対比染色した。
ル を 2.5% Triton X-100 で 洗 浄(30 分,2 回) す
蛍光顕微鏡(BX-53, Olympus)およびイメージン
ることにより、MMP-9 に結合した SDS を除去
グソフトウェア(cellSence, Olympus)を用いて、
し た。 こ れ に よ り、MMP-9 は ゼ ラ チ ン 分 解 活
海馬歯状回(dentate gyrus; DG)、アンモン角 CA1
性のある立体構造へと復元される。ゲルを、酵素
領域、および CA3 領域の組織像を撮影した。なお、
反 応 促 進 液(Novex zymogram developing buffer,
テストサンプルを用いてあらかじめ露出時間を最
Invitrogen)でインキュベーションし(37 ℃,24
適化した後、すべての切片を同一条件下で撮影し
時間)、MMP-9 によるゼラチン分解を行わせた。
た。
ゲルを蒸留水で 3 回洗浄した後、染色液(Brilliant
E.統計・解析
Blue R, Sigma-Aldrich)でゲルに含まれるゼラチ
ゲルザイモグラフィーでは、各サンプリングポ
ンを染色した。脱色液(10% methanol, 7 % acetic
イントにおいて、MMP-9 および MMP-2 のプロ
acid)で十分に洗浄した後、スキャナー(CanoScan
テアーゼ活性を非運動群(0 m/min)に対する変
LiDE 600F, Canon)を用いてゲルをスキャンし、
化率で示した。運動強度の影響を検討するため一
MMP-9 のゼラチン分解によって現れたバンドの
元配置分散分析を行った。データは平均値
光学的密度を Image J(NIH)を用いて求めた。
準誤差で示し、統計的有意水準は 5 %以下とし
なお、ゼラチン分解酵素(ゼラチナーゼ)は、
た。in situ ザイモグラフィーでは、観察されたプ
MMP-9(82-92kDa)と MMP-2(72kDa)の 2 種類
ロテアーゼ活性が MMP-9 か MMP-2 のどちらに
標
(122)
よるものかを区別することができない。そこで、
あるグルタミン酸の受容体(カイニン酸受容体)
in situ ザイモグラフィーの結果は、MMP-2/9 プロ
と強く結合して神経活動を活性化させることで、
テアーゼ活性として評価した。
MMP-9 プロテアーゼ活性を増加させることが報
告されている 33)。そこで本実験でも、カイニン
結 果
酸投与による MMP-9 プロテアーゼ活性増加を再
A.ゲルザイモグラフィーによる解析
現できるか検証した。その結果、ラットにカイ
図 2 に、ゲルザイモグラフィーの結果を示し
ニン酸(10mg/kg BW)を腹腔内投与した 24 時
た。まず、ゲルザイモグラフィーの妥当性を確認
間後の海馬において、先行研究と同様の顕著な
した。カイニン酸は主要な興奮性神経伝達物質で
MMP-9 プロテアーゼ活性の増加を確認できた(図
A
ol
ntr
Co
te
ina
Ka
n
Co
150
MMP -9→
MMP -2→
ol
ntr
lee
Sp
te
ina
Ka
n
lee
Sp
150
100
100
75
75
EDTA
B
C
Post 0 hour
0
10
25m/min
MMP -9→
25m/min
100
75
E
Post 12 hour
0
10
25m/min
100
200
150
150
150
150
100
100
100
100
50
50
50
50
0
10
25
0
0
F
10
25
0
m/min
G
Post 0 hour
10
H
0
Post 12 hour
I
200
200
150
150
150
150
100
100
100
100
50
50
50
50
0
10
m/min
25
0
0
10
m/min
25
25
Post 24 hour
200
0
10
m/min
200
0
100
0
25
m/min
Post 1 hour
25m/min
75
200
0
10
75
200
0
Post 24 hour
0
200
m/min
MMP-2 activity (% of 0 m/min)
10
75
MMP -2→
MMP-9 activity (% of 0 m/min)
0
100
D
Post 1 hour
0
0
10
m/min
25
0
10
25
m/min
図 2 .一過性運動に対する MMP-9 および MMP-2 プロテアーゼ活性の変化:ゲルザイモグラフィー法による解析
Fig.2.MMP-9 and MMP-2 gelatinolytic activity after a bout of treadmill running analyzed by gelzymography.
A)MMP-9 gelatinolytic activity in the hippocampus increased 24 after intraperitoneal injection of kainate(10 mg/kg BW). Non-specific
metalloprotease inhibitor EDTA(10 mM)clearly inhibited both MMP-9 and MMP-2 gelatinolytic activity. B-E)MMP-9 gelatinolytic
activity in response to a bout of treadmill running at different time points. F-I)MMP-2 gelatinolytic activity in response to a bout of
treadmill running at different time points. Data are expressed as mean SE.
(123)
2A, 左)。そこで、以降のゲルザイモグラフィー
動群(25m/min)において MMP-9 プロテアーゼ
はすべて、カイニン酸投与後に採取した海馬サ
活性がわずかに増加したが、統計的有意差は認め
られなかった(F
(2, 11)
=1.243, P = 0.334, 図2B)
。
ンプルを陽性対照として、MMP-9 および MMP-2
から得られた試料でも、先行研究と同様に顕著な
運動 1 時間後(F
(2, 8)
=0.615, P = 0.572, 図2C)
、
12 時間 後(F
(2, 8)
=0.108, P=0.900, 図2D)
、そし
MMP-9 および MMP-2 プロテアーゼ活性が確認
て 24 時間後(F
(2, 8)
=0.408, P = 0.682, 図2E)のい
された 。更に、メタロプロテアーゼの非特異的
ずれのタイムポイントにおいても、一過性トレッ
のバンドを特定した。MMP-9 発現量の多い膵臓
8)
阻害剤である EDTA(10mM)を酵素反応促進液
ドミル走運動による MMP-9 プロテアーゼ活性の
に加えると、先行研究 20) と同様に MMP-9 およ
変化は認められなかった。また、一過性トレッド
び MMP-2 によるゼラチン分解は完全に抑制され
ミル走運動は、MMP-2 プロテアーゼ活性にも影
ることを確認した(図 2A, 右)
。
響を及ぼさなかった(図2F ∼ I)
。
一過性トレッドミル走運動直後では、高強度運
A
Control
Kainate
Kainate, EDTA
DG
B
0 m/min
10m/min
25m/min
DG
C
0 m/min
10m/min
25m/min
CA1
D
0 m/min
10m/min
25m/min
CA3
0.5mm
図 3 .一過性運動に対する MMP-2/9 プロテアーゼ活性の変化:in situ ザイモグラフィー法
による解析
Fig.3. Net gelatinolytic activity immediately after a bout of treadmill running analyzed by in situ
zymography.
A)Net gelatinolytic activity in the hippocampus, especially in the DG, is increased 24 hour after
intraperitoreal injection of kainate(10 mg/kg BW), which is not seen if sections are incubated with
reaction buffer containing 10 mM EDTA. B)Gelatinolytic activity in the DG. C)Gelatinolytic activity in the CA1. D)Gelatinolytic activity in the CA3. The scale bar represents 0.5 mm.
(124)
B.in situ ザイモグラフィーによる解析
必要がある。ゲルザイモグラフィー法は定量性が
図 3 に、in situ ザイモグラフィーによって得ら
あり、なおかつ電気泳動によって 2 つのゼラチン
れた組織像の代表例を示した。まず in situ ザイモ
分解酵素(MMP-9, MMP-2)を分子量の違いから
グラフィーの妥当性を検証したところ、ゲルザ
明瞭に区別することができるため、MMP-9 単独
イモグラフィーと同様にカイニン酸投与による
のプロテアーゼ活性を解析することができる 8)。
MMP-2/9 プロテアーゼ活性の増加が確認できた
ただし、MMP-9 は海馬の神経細胞層(顆粒細胞
(図3A, 中央)。反応液に EDTA(10mM)を加え
層,錐体細胞層)の周囲に発現が集中しており(図
ることにより、先行研究
20)
と同様にゼラチン分
3)、神経活動に伴うプロテアーゼ活性もそのシ
解は完全に抑制されることを確認した
(図3A, 右)
。
ナプス周囲に限局することから 13)、本研究のよ
すべてのラットにおいて、DG の顆粒細胞層
うに海馬全体のホモジネートを測定試料とした場
(図3B)
、CA1(図3C)および CA3(図3D)の錐
合は局所的なプロテアーゼ活性の変化をとらえる
体細胞層に MMP-2/9 プロテアーゼ活性が均一に
ことができない。したがって本研究では、本来生
分布していることが確認された。DG において
じているはずの MMP-9 プロテアーゼ活性の局所
は、一過性トレッドミル走運動の直後にわずかに
的な変化を検出できていない可能性がある。
MMP-2/9 プロテアーゼ活性が上昇する様子が観
一方、in situ ザイモグラフィー法は、in situ(原
察されたが(図3B, 中央・右)
、カイニン酸投与
位置で)という接頭語が示すとおり、プロテアー
による変化と比較すると蛍光強度の増加はわずか
ゼ活性の局在を調べることができる 20)。海馬は
であった。CA1 および CA3 では、一過性トレッ
その亜領域(DG, CA1, CA3)で神経細胞の種類
ドミル走運動による MMP-2/9 プロテアーゼ活性
も機能も異なることから、亜領域ごとのプロテ
の顕著な変化は認められなかった(図3C, D)
。
アーゼ活性の変化を検討することは生理的にも
重要である。本研究では、運動直後において DG
考 察
顆粒細胞層でプロテアーゼ活性が増加する傾向
一過性トレッドミル走運動時に海馬の神経活
が観察された。ただし、in situ ザイモグラフィー
動が活性化すること 17,25,27)、神経活動の活性化に
法で観察されるプロテアーゼ活性は MMP-9 と
よって MMP-9 プロテアーゼ活性が高まること 19)
MMP-2 のどちらに起因するかを判別することは
から、本研究は一過性トレッドミル走運動によっ
できない 20)。また、定量的な解析が困難である
て海馬 MMP-9 プロテアーゼ活性が高まると作業
という欠点もある。以上、本研究で用いた 2 つの
仮説を立て、検証した。ラットに異なる強度のト
MMP-9 プロテアーゼ活性の特性を踏まえると、
レッドミル走運動を課した直後、1、12、および
本研究の結果からは、高強度運動直後に DG 顆粒
24 時間後に海馬を採取し、MMP-9 プロテアーゼ
細胞層において MMP-9 プロテアーゼ活性が高ま
活性を解析した。高強度運動(25m/min)直後に
る、という可能性を否定することはできない。今
MMP-9 プロテアーゼ活性がわずかに増加する傾
後は、運動終了直後に DG 顆粒細胞層をパンチア
向がみられたが、非運動群との間に統計的有意差
ウトし、その試料をゲルザイモグラフィー法で解
は認められなかった。カイニン酸投与による海馬
析するなど、より詳細な検証が必要である。
MMP-9 プロテアーゼ活性の顕著な増加と比較す
MMP-9 の神経生理的な役割としては、LTP を
ると、本結果から、一過性トレッドミル走運動は
調節すること 22)、神経棘の成長を促すこと 36)、
海馬 MMP-9 プロテアーゼ活性をほとんど変化さ
前駆型の脳由来神経栄養因子(brain-derived neu-
せない可能性が示唆された。
rotrophic factor; BDNF)を切断して成熟型 BDNF
本研究では、ゲルザイモグラフィー法および
を産生すること 16)、血液中のインスリン様成長
in situ ザイモグラフィー法の 2 種類の方法を用い
因子の脳内移行を仲介すること 26)、などが明ら
て、MMP-9 プロテアーゼ活性を解析した
。た
かにされている。そして興味深いことに、これら
だし、どちらの方法にも長所・短所があるため、
は運動が海馬に及ぼす効果としても知られてお
両手法によって得られた結果は統合的に解釈する
り、運動は LTP を促進し 34)、神経棘数を増加さ
8,20)
(125)
せ 31)、BDNF 発現を高め 6)、そして IGF-I の脳内
いう劇的な構造的変化が生じる領域であることか
移行を促進する 5)。我々は、このような MMP-9
ら 34)、解析方法の改善を含め、より詳細な検証
の神経生理的役割に着目し、運動が海馬 MMP-9
を進める必要がある。更に、運動による海馬の神
プロテアーゼ活性を高め、それが運動によって
経機能の向上に恒常的な MMP-9 プロテアーゼ活
海馬の神経機能が向上する分子基盤としてかか
性が関与するか、更なる検討が必要である。
わるのではないかと考えた。一方で、MMP-9 に
はさまざまな病理的役割があることも知られてい
る
。例えば、虚血や脳損傷により MMP-9 プ
謝 辞
4,9,19)
ロテアーゼ活性は顕著に増加し、細胞外環境の調
節バランスを崩壊へと導き、脳損傷を促進させ
る 2,35)。また、本研究では MMP-9 プロテアーゼ
活性を高める陽性対照としてカイニン酸を用いた
が、カイニン酸はグルタミン酸受容体(カイニン
本研究課題に対して助成を賜りました、財団法人明治安
田厚生事業団に深く感謝申し上げます。また、実験手技に
関して貴重なご助言をいただきました川田茂雄先生(東京
大学大学院新領域創成科学研究科)、溝口博之先生(名古
屋大学環境医学研究所)に心より御礼申し上げます。
参 考 文 献
酸受容体)に強く結合し、過剰な神経活動を引き
起こす興奮性神経毒として知られている 33)。し
たがって、本研究で用いた 30 分間のトレッドミ
ル走運動という生理的刺激は、海馬の神経活動を
活性化させるといえども、MMP-9 プロテアーゼ
活性を高めるほど強い刺激ではないと捉えること
も可能であろう。
本研究では、非運動群においても MMP-9 プロ
テアーゼ活性が検出された。これは、MMP-9 が
恒常的に蛋白分解作用を発現していることを示
す。この恒常的な MMP-9 プロテアーゼ活性が運
動による海馬機能の向上に関与している可能性
もあることから、今後は MMP-9 の薬理的阻害や
MMP-9 ノックアウトマウスを用いた検討を進め
る必要がある。
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Circulating insulin-like growth factor I mediates effects of
総 括
本研究は、運動と海馬細胞外プロテアーゼに関
する基礎的知見を得ることを目的とし、一過性
トレッドミル走運動によって海馬 MMP-9 プロテ
アーゼ活性が高まるか検証した。その結果、運動
による顕著な海馬 MMP-9 プロテアーゼ活性の変
化は認められなかった。病理的条件下で MMP-9
プロテアーゼ活性が上昇することを踏まえると、
一過性運動という生理的刺激は MMP-9 プロテ
アーゼ活性を上昇させるほどの刺激ではないと考
えられる。
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第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.128∼137(2012.3)
高齢者の転倒・骨折予防を目的とした、加齢性筋肉減少症
(サルコペニア)の診断法の開発
飛 田 哲 朗*
原 田 敦**
酒 井 義 人**
DEVELOPMENT OF DIAGNOSIS METHOD FOR SARCOPENIA TO
PREVENT FALLS AND FRACTURES IN FRAIL
ELDERLY INDIVIDUALS
Tetsuro Hida, Atsushi Harada, and Yoshihito Sakai
SUMMARY
Background: As populations are aging worldwide, the number of patients with osteoporotic fracture such as
hip fracture and osteoporotic vertebral fracture is increasing. Because fractured patients consume much public
resources such as hospitalization, medication, surgery and nursing care. The financial burden for osteoporosis is
getting more critical. On the other hand, sarcopenia, the attenuation of skeletal muscle due to aging, was known to
increase the risk of fall and was indicated for the risk factor of the osteoporotic fracture. But the impact in osteoporotic fracture had rarely been reported. This study was aimed to estimate the prevalence of sarcopenia for in the
out-patients from osteoporosis clinic, to investigate character of muscle mass reduction in the patients with osteoporotic fractured, and to establish the diagnostic strategy to find out the patient in high risk for a fracture.
Materials and Methods: A total of 2154 patients without fresh fracture from outpatient clinic in the study institute were assigned to the study for estimating the prevalence of sarcopenia. All patients underwent whole-body
dual energy X-ray absorptiometry(DXA)for diagnosis of osteoporosis. Bone mineral content, fat mass, and lean
soft-tissue mass were measured separately for each part of the body, including the arms and legs. The sum of the
lean soft-tissue masses for the arms and the legs were considered to be the appendicular skeletal muscle mass.
Since the absolute muscle mass is correlate with height, the appendicular muscle mass index(appendicular SMI)
/ height2(m2)is commonly used to assess sarcopenia. The appendicular SMI
defined as appendicular SMI(kg)
). The criterion values of appendicular
is directly analogous to the body mass index(weight(kg)/ height2(m2)
SMI for sarcopenia were below 5.46 kg/m2 in female and below 6.87 kg/m2 in male for the study population from
previous report. A total of 357 patients with a fresh hip fracture(the hip fracture group)were assigned to the study
for estimating arm and leg muscle mass and compared with the patients from osteoporosis clinic(the out-patient
group). The muscle of leg and arm was estimated separately by the DXA methods. There were 188 patients with
osteoporotic fracture agreed to the various blood tests and psychiatric test such as mini-mental state examination
and geriatric depression scale and assigned to the study for clarify the clinical characteristics of sarcopenic patients.
*
**
名古屋大学大学院医学系研究科機能構築医学専攻 Department of Orthopedic Surgery, Nagoya University Postgraduate School of Medicine, Nagoya,
運動・形態外科学講座整形外科学
Japan.
国立長寿医療研究センター整形外科
Department of Orthopedic Surgery , National Center for Geriatrics and Gerontology, Aichi, Japan.
(129)
Results: The prevalence of sarcopenia in the out-patients from osteoporosis clinic was 27.2% in women and
52.8% in men. The arm SMI was not differed significantly between the hip fracture group and the out-patient
group. However, the leg SMI was significantly lower in the hip fracture group. The laboratory examination values
and the results of psychiatric test did not correlate with ASMI significantly.
Conclusion: In conclusion, this study has revealed that high prevalence of sarcopenia in the out-patients and that
the attenuated leg muscle mass in the osteoporotic fracture patients. Therefore the combination of sarcopenia and
osteoporosis poses the potential risk for osteoporotic fracture. Simultaneous screening for sarcopenia and osteoporosis by DXA serves to determine the patients in risk for osteoporotic fracture.
Key words: sarcopenia, fracture, osteoporosis, dual energy X-ray absorptiometry, skeletal muscle mass.
る 24,38)。しかしながら、従来のサルコペニアの研
緒 言
究は疫学研究が中心で、実際に骨粗鬆症性骨折患
我が国で年間 18 万人が受傷するとされる大腿
者を対象としてサルコペニアを調査した研究は十
骨頚部骨折は、患者の activity of daily life(ADL)
分になされているとはいえない。
と quality of life(QOL)を 19) 大きく低下させ、
本研究の目的は 2 つある。1 つは骨粗鬆症外来
手 術 を 行 っ て も そ の 機 能 予 後、 生 命 予 後 の 低
通院患者におけるサルコペニア合併の実態を明ら
下 9,19) は避けられず、患者のみならず介護者の
かにすること、もう 1 つは骨粗鬆症性骨折患者の
QOL も大きく低下することが知られている
筋量減少の特徴とリスク因子を調べ、高齢者の骨
90% 以上の症例で入院加療を要し
。
34)
、再入院
23,37)
折ハイリスク患者の診断法を検討することである。
のリスクも高く 5)、社会における経済的負担は看
方 法
過できない 12)。また、180 万人が受傷するとされ
る脊椎骨折 16) は、高齢者の寝たきりの原因の少
なからぬ割合を占め
、保存治療が奏功するこ
18)
とも多いが、なかには手術が必要な難治例もあ
A.二重エネルギーX線吸光(dual energy Xray absorptiometry; DXA)法を用いた骨粗鬆
症患者におけるサルコペニア有病率調査
。骨粗鬆症性骨折の予防は、世界に類をみ
国立長寿医療研究センターの骨粗鬆症外来で
ない超高齢化社会を迎えた我が国の医療政策にお
は、整形外科、内分泌内科、婦人科を受診した患
ける喫緊の課題の 1 つである
者の内、基礎疾患の有無にかかわらず、外来担当
る
17)
。
15)
一方、サルコペニア(sarcopenia)とは、加齢
医が骨粗鬆症の可能性が高く精査が必要と判断し
による筋肉減少症のことで、ギリシャ語で「肉」
た患者、もしくは検診等で骨粗鬆症の精査が必要
を意味する「sarco」と「減少」を意味する「penia」
とされ初診で受診した患者の、骨粗鬆症の診断お
からなり、1989 年に Rosenberg が初めて提唱した
よび治療を行っている。骨粗鬆症外来を受診した
概念である
。70 歳以上の高齢者の 40%以上が
患者には、ルーチンで全身骨 DXA 装置(DPX-NT,
罹患していると推定され、20∼80 歳の間に筋量
General Electric Lunar 社 , 米国)により骨粗鬆症
33)
は 30%減少するとされる 。この筋量減少は、
の診断を行っている。本研究は 2001 年以降の骨
ロコモティブシンドロームを始めとする身体の
粗鬆症外来を受診し、骨粗鬆症診断目的で全身骨
不安定性や
4)
、ADL の低下や、転倒を引き起こ
DXA 検査を施行した新鮮骨折のない患者 2154 人
し 21)、骨粗鬆症性骨折の原因となる 29)。骨盤底
を対象とした。その身体組成を retrospective に解
筋群の筋力低下が高齢者の排尿障害の原因とな
析し骨粗鬆症患者の筋量とサルコペニアの有病率
り 32)、嚥下機能の低下、呼吸筋の筋力低下が誤
を評価した。
嚥性肺炎のリスクになるとする
報告もあり、
DXA 法で計測した上下肢の筋量を、BMI と同
運動器の不安定性や骨折の原因のみならず、高齢
様の手法により、身長の二乗で除して算出した
者の全身的な frailty(脆弱性)の一因であること
「補正四肢筋量」
(appendicular skeletal mass index;
が知られ 、近年注目を集めている疾患概念であ
ASMI)がサルコペニアの研究において標準的に
8)
28)
30)
(130)
Limb mass was determined by the image view of DXA.
Lean mass ≒ Muscle mass
Appendicular muscle mass index(kg/m2)
=(arm muscle mass + leg muscle mass)/ height squared
Leg muscle mass index(kg/m2)
= leg muscle mass/height squared
Arm muscle mass index(kg/m2)
= arm muscle mass/height squared
図 1 .筋量測定法 : Dual energy X-ray absorptiometry(DXA)法
Fig.1.Measuring method for muscle mass: Dual energy X-ray absorptiometry method.
DXA; Dual energy X-ray absorptiometry.
用いられている 8)(図 1)
。サルコペニアの診断基
55 歳以上の新鮮大腿骨頚部骨折患者の内、入院
準としては Baumgartner et al.2)が DXA 法により、
直後に全身骨 DXA 検査を施行し得た 357 人を頚
地域住民の­2SD から算出した値を提唱してい
部骨折群(hip fracture group)とした。前述した、
る。この診断基準は白人およびヒスパニックを対
新鮮骨折のない骨粗鬆症外来通院患者 2154 人を
象としたものであり、日本人に関するエビデンス
外 来患 者群(out-patient group) と し た。 上肢 筋
は乏しかった。しかし、2010 年に Sanada et al.35)
量、下肢筋量を身長の二乗で除したものをそれ
は本邦で初めてサルコペニアの日本人における基
ぞれ補正上肢筋量(arm skeletal muscle mass index;
準を報告した。この報告では 18∼40 歳の健常な
arm SMI)
、補正下肢筋量(leg skeletal muscle mass
日本人男女 529 人の平均値の­2SD から算出され
index; leg SMI)とした。補正上肢筋量、補正下肢
た値を基に、ASMI が女性で 5.46kg/m2 以下、男
筋量および、補正四肢筋量を頚部骨折群と外来患
性で 6.87kg/m2 以下をサルコペニアありと診断し
者群間で比較することにより、上下肢の筋量の偏
た。Sanada et al. の基準値を用いて、日本人骨粗
在が骨折のリスクとなりうるか検討した。
鬆症患者におけるサルコペニアの有病率を検討し
更に、骨粗鬆症性骨折患者におけるサルコペニ
アの現状と、採血検査および精神機能検査と筋量
た。
B.骨粗鬆症性骨折患者におけるサルコペニア
の検討
の関連を検討した。
採血検査、精神機能検査による検討は、国立
下肢の筋力低下が身体不安定性を増大させ転倒
長寿医療研究センターに入院した高齢者骨粗鬆
や骨折を増加させることが既に知られており
、
症性骨折患者の内、受傷機転が低エネルギー外
図 1 に示したように、DXA 法では上下肢別々に
傷もしくは脆弱性骨折であり、入院直後に全身
筋量を評価することができる 42)。国立長寿医療
骨 DXA 検査を施行した患者の内、採血検査、精
研究センターで入院加療した転倒を起因とした
神機能検査に同意した 188 人を対象とした。入院
29)
(131)
時の採血検査において、栄養状態の評価として血
清アルブミン値 3) を、筋由来酵素の評価として
血清クレアチニンを、骨粗鬆症の評価として、骨
型アルカリフォスファターゼ、Ⅰ型コラーゲン架
橋 N ­テロペプチドを測定した。血清による内分
泌学的評価として、副腎皮質刺激ホルモン 13)、
インタクト副甲状腺ホルモン、高感度副甲状腺ホ
ルモン、遊離トリヨードサイロニン、遊離サイロ
キシン、甲状腺刺激ホルモンおよび活性型ビタミ
27)
ン D(1,25-hydroxyvitamin D3)
の血中濃度を測
定した。精神機能を検討するため、認知機能評価
と し て MMSE(mini-mental state examination:30
点満点,21 点以下認知症あり)
11,25)
を、うつ状態
図 2 . 代表症例:80 歳女性、右大腿骨頚部骨折術前
Fig.2.Case: 80 year-old woman with right hip fracture.
の 評 価 と し て GDS-15(geriatric depression scale
15 items:15 点満点,0 ∼ 4 点,うつ症状なし;
5 ∼10 点,軽度のうつ病;11 点以上,重度のう
つ病)22,40) を入院後早期に臨床心理士により測定
した。これらの検査項目と補正四肢筋量との相関
を検討した。
統計学的解析として、統計ソフト SPSS(version
15.0, SPSS, シカゴ , 米国)を用いた。
患者背景の男女間の比較には、Student の t 検
定を、サルコペニア有病率の男女間の比較には
χ2 検定を行った。上下肢筋量の比較には、一般
線形モデルを用い、補正四肢筋量の測定結果を、
図 3-a.大腿骨頚部骨折(矢印)術前レントゲン写真
Fig.3-a.Preoperative X-ray picture of hip fracture(arrow).
筋量に影響する、性別、身長の各因子で調整した
うえで比較した。採血検査、精神機能検査結果と
補正四肢筋量との関連は、Pearson の相関係数を
用いて検討した。危険率 5 %未満を有意差ありと
した。
本研究にかかわるすべての検査は、国立長寿医
療研究センター倫理委員会の承認(2011 年 2 月
21 日承認,承認番号第 105 号)のもと、患者も
しくは患者家族の書面による説明と同意を得て行
われた。
結 果
A.症例提示
図 3-b.人工骨頭置換手術後レントゲン写真
Fig.3-b.Postoperative roentgen image after hemi arthroplasty.
代表症例を提示する。症例は 80 歳女性で、も
ともと認知症を合併していた。MMSE13 点。自
者家族の同意を得て掲載)
。
宅で転倒し、右大腿骨頚部骨折を受傷し、当院
身長 149cm、体重 32kg、補正四肢筋量は 4.8
へ救急搬送された(図 2,大腿骨頚部骨折(図
kg/m2 であり、重篤なサルコペニアと診断され
3-a)に対する人工骨頭置換手術直前の患者。患
た。入院 5 日目に人工骨頭置換手術を施行し(図
(132)
3-b)、術後 35 日目につたい歩きの ADL で介護
76.6%に調整した。なお、一般線形モデルを使用
施設へ退院した。
したため、その原理上標準偏差は算出せず、表中
B.二重エネルギーX線吸光法を用いた骨粗鬆
には標準誤差を示している。上肢補正四肢筋量は
症患者におけるサルコペニア有病率調査
外来患者群、頚部骨折群それぞれで 1.50kg/m2、
結果を表 1 に示す。対象となった 2154 人の内、
1.48kg/m2 で有意差を認めなかった。一方補正下
女性は 1699 人(79%)
、男性は 455 人(21%)で
肢筋量は外来患者群、頚部骨折群それぞれ 4.64kg/
あった。平均年齢は女性 70.5 歳、男性 67.5 歳で
m2、4.45kg/m2 で有意差を認めた(P<0.001)。補
あった(P<0.001)
。身長、体重、全身骨骨密度
正上肢筋量と補正下肢筋量の和である補正四肢筋
の各基礎データはすべて女性で有意に低かった
量は、外来患者群、頚部骨折群それぞれ 6.13kg/
(P<0.001)
。四肢の筋量を身長の二乗で除した補
m2、5.92kg/m2 で有意差を認めた(P<0.001)。
正四肢筋量は、女性 5.92kg/m 、男性 6.76kg/m で、
骨粗鬆症性骨折患者 188 人の内、女性は 158 人、
男性で有意に多かった(P<0.001)
。サルコペニア
男性は 30 人であった。年齢 82 9.6 歳、身長 148
の有病率は Sanada et al. の基準を用いると、女性
8.5cm、体重 44.3 10.0kg、補正四肢筋量 5.63
2
2
27.2%、男性 52.8%であった(P<0.001)
。骨量と
0.92kg/m2(平均
補正四肢筋量の相関関係を検討した結果、弱いが
有意な相関(R=0.44, P<0.001)を認めた。
症性骨折患者における補正四肢筋量と採血検査結
C.骨粗鬆症性骨折患者におけるサルコペニア
の検討
標準偏差)であった。骨粗鬆
果との関連を表 3 に示す。血清アルブミン値、血
清クレアチニン、骨型アルカリフォスファターゼ、
Ⅰ型コラーゲン架橋 N ­テロペプチド、副腎皮質
転倒に起因する大腿骨頚部骨折群と外来患者
刺激ホルモン、インタクト副甲状腺ホルモン、高
群との補正筋量を表 2 に示す。データはすべて
感度副甲状腺ホルモン、遊離トリヨードサイロニ
一般線形モデルを用い、年齢 71.3 歳、女性比率
ン、遊離サイロキシン、甲状腺刺激ホルモンおよ
表 1 .骨粗鬆症外来患者の背景、筋量およびサルコペニア有病率
Tabel 1.Baseline data , muscle volume, and prevalence of sarcopenia for out patient from
the osteoporosis clinic.
Number of patients
Age(years)
Height(cm)
weight(kg)
Whole body bone mineral density(g/cm2)
ASMI(kg/cm2)
Prevalence of sarcopenia(%)
Female
Male
1699
70.5 11.1
150 6.9
50.0 9.8
0.93 0.12
5.92 0.84
27.2
455
67.5 12.9*
160 7.0*
60.3 12.2*
1.09 0.15*
6.76 1.10*
52.8*
The values were expressed mean standard deviation.
ASMI; appendicular skeletal mass index. *: P<0.001.
表 2 .転倒に起因する大腿骨頚部骨折群と外来患者群との補正筋量の比較
Tabel 2.Muscle mass index of the fracture group and the out-patient group.
Number of patients
Arm SMI
Leg SMI
ASMI
Out-patient group
Hip fracture group
P value
2154
1.50 0.07
4.64 0.02
6.13 0.05
357
1.48 0.02
4.45 0.04
5.92 0.02
na
P>0.95
P<0.001
P<0.001
The values were expressed mean standard error.
All data were controlled by the age of 71.3 years and the female ratio of 76.6%.
SMI; skeletal muscle mass index, ASMI; appendicular skeletal mass index, na; not available.
(133)
表 3 .骨粗鬆症性骨折患者における補正四肢筋量と採血検査結果の相関
Tabel 3.Correlation between appendicular skeletal muscle mass index and laboratory data of osteoporotic fracture patient
with or without sarcopenia.
Mean value SD
Alb(g/dl)
Cre(mg/dl)
BAP(U/l)
NTx(nmol BCE/l)
ACTH(pg/ml)
iPTH(pg/ml)
PTH-HS(pg/ml)
FT3(pg/ml)
FT4(ng/dl)
TSH(µIU/ml)
1,25(OH)2D3(pg/ml)
3.7
0.74
32.8
20.6
48.4
42.7
453
2.00
1.21
3.08
42.5
Pearson s correlation coefficient
0.45
0.64
17.1
17.1
59.2
23.0
340
0.47
0.21
9.36
18.6
P value
0.43
0.33
0.83
­0.35
0.28
0.27
­0.90
0.29
­0.03
0.60
­0.03
0.58
0.66
0.31
0.66
0.70
0.36
0.38
0.82
0.79
0.42
0.83
Data were from Pearson s correlation between appendicular skeletal muscle mass index and each laboratory value.
BAP; bone specific alkaline phosphatase, NTx; type I collagen N-terminal telopeptide, ACTH; adrenocorticotropic hormone,
iPTH; intact parathyroid hormone, PTH-HS; highly sensitive parathyroid hormone, FT3; free triiodothyronin, FT4; free
thyroxin, TSH; thyroid stimulating hormone, 1,25(OH)2D3; 1,25-hydroxyvitamin D3.
表 4 .骨粗鬆症性骨折患者における補正四肢筋量と精神機能検査結果の相関
Tabel 4.Correlation between appendicular skeletal muscle mass index and cognitive
examination from osteoporotic fracture patient with or without sarcopenia.
Examination value SD
Pearson s correlation coefficient
P value
16.1 7.8
6.2 3.7
0.02
­0.03
0.82
0.87
MMSE
GDS-15
Data were from Pearson s correlation between appendicular skeletal muscle mass index and
each laboratory value.
MMSE; mini-mental state examination, GDS-15; geriatric depression scale 15 items.
び活性型ビタミン D の各項目において、補正四
い。一方、1987 年にサルコペニアの概念が提唱
肢筋量と有意な相関を認めた項目はなかった。
されて以来、高齢者の歩行・移動能力低下とそれ
骨粗鬆症性骨折患者における補正四肢筋量と精
に伴う転倒、骨折、変性疾患の罹患にサルコペニ
神機能検査の結果を表 4 に示す。GDS-15 が 5 点
アの存在が多大な影響を与えていることは疑う余
以上の軽度もしくは重度のうつ病ありとされた患
地がなく、近年内科医を中心として注目を集めて
者は 92 人(49%)であった。MMSE で 21 点以
いる分野であるが、いまだにその全貌は明らかで
下の認知症ありとされた患者は 126 人(67%)で
はない。諸外国では既に多くの疫学研究、臨床研
あった。GDS-15、MMSE ともに補正四肢筋量と
究が蓄積されつつあり 20)、身体不安定性のみな
は有意な相関を示さなかった。
らず、免疫不全やインスリン抵抗性の一因である
考 察
とする報告もある 7)。今後は骨折予防のみならず、
動脈硬化などの生活習慣病治療における新たな切
高齢者の転倒は、骨折や寝たきりなどの直接の
り札となる可能性を秘めている 1)。
障害を引き起こすばかりでなく、転倒恐怖による
サ ル コ ペ ニ ア の 評 価 法 と し て、 現 在 ま で に
閉じこもり、それによる廃用性萎縮などの悪循環
種々の方法が考案されてきている。そのなかで
に陥る主要な原因となっている。代表症例に提示
も DXA 法は、骨密度の計測でも用いられている
したように、多くの患者は受傷前よりも ADL が
方法で骨粗鬆症診断に一般応用されており、なじ
低下し、自宅生活が不可能となることも珍しくな
み深い方法である。一般に放射線は物質内を通過
(134)
•Malnutrition, Vit.D insufficiency
Aging
•Disuse
•Muscle atrophy, denervation
Osteoporosis
Sarcopenia
Prone to fall
Loss of bone strength
を有するバイアスが存在する可能性が考えられ
る。基礎疾患による frailty によりサルコペニアが
引き起こされることが知られており 26,38)、このこ
とが高いサルコペニア有病率として表現された可
能性がある。
筋肉量の減少と筋力の低下は、身体の不安定性
Fracture
を増大させ、転倒リスクを高めると考えられてい
図 4 . サルコペニアと骨粗鬆症、骨折との関係
Fig.4.Relationship between sarcopenia, osteoporosis, and
fracture.
る 39)。Baumgartner et al.2) による米国ニューメキ
シコ州在住白人およびヒスパニック 883 人におけ
る調査では、DXA 法により ASMI を測定した結
果、80 歳以上の女性において、ヒスパニックの
する際に減衰するが、その減衰率は組織の体積、
60%、白人の 43.2%がサルコペニアに罹患して
物質を構成する元素の種類、放射線の強さに影響
いるとし、ASMI の低下した人に転倒が多く、身
される。この特徴を生かし、2 種類の強さの X 線
体の不安定性が増すと報告した。また、Sayer et
を生体に照射し、それぞれの減衰率から身体組織
al.36)は英国での 2148 人を対象としたコホート研
の組成量を、骨塩量、脂肪量、除脂肪量の 3 種に
究において、転倒歴のある者に有意な筋力低下を
分け計測することができる 31)。DXA 法により測
認めたと報告した。本研究においては、転倒で受
定された組織量と、重量計で測定された重量とは
傷した骨折患者は、骨粗鬆症外来患者と比べ、下
よく一致する。特に内臓重量の影響を受けない上
肢筋量のみの低下が認められ、上肢の筋量の低下
下肢においては、除脂肪量と骨格筋量はほぼ同
は認められなかった。特に下肢の筋力の低下が転
等であるとみなせる。DXA 法は CT や MRI を用
倒を引き起し、骨折の原因となる可能性が示唆さ
いた筋肉の断面積にて計測した筋量ともよく相
れ、下肢に限定した筋量のスクリーニング検査が
関し 42)、簡便で、低侵襲、低コストで、正確性
転倒骨折予防に有用である可能性があると考えら
の高い方法である 14)。近年サルコペニア診断の
れた。
ガイドラインにおいても煩雑な CT、MRI 法に替
これまで、サルコペニアの原因として、ビタミ
わる代替的手法として認められた標準的診断法で
ン D 不足、低栄養、廃用性萎縮、ホルモン不足
ある 。高齢者におけるサルコペニアの診断に、
などとする種々の報告があるが 6,41,43)、はっきり
DXA 法による若年健常者の基準値を用いること
とした結論は出ていない。これらのサルコペニア
が推奨されており 、本研究において対象が高齢
の原因疾患の候補のなかには、骨粗鬆症の原因と
者であっても、Sanada et al. による日本人の基準
共通するものも多い 10)。本研究では、全身骨骨
値を診断基準に用いた。
密度と補正四肢筋量との間に有意な正の相関関係
8)
8)
本研究では、外来通院患者におけるサルコペニ
を認めた。ビタミン D 不足、低栄養、廃用性萎縮、
ア有病率を示した。本研究における平均年齢 70.5
ホルモン不足などの加齢性変化が、サルコペニア
歳の女性の集団では 27.2%であった。従来の地域
と骨粗鬆症を同時に引き起こし、これらの相互作
在住住民らを対象とした報告では、同年代の集
用で骨折を引き起こしている可能性がある
(図 4)
。
団で 27.6∼35.1%であり
、矛盾しない結果で
サルコペニアの原因の追求のため、本研究で
あった。しかし、本研究での平均年齢 67.5 歳の
は、さまざまな血液学的検討と精神機能の検討を
男性の集団ではサルコペニアの有病率は 52.8%と
行ったが、筋量減少と関係する検査項目は発見し
高く、従来報告された同年代地域在住住民の 13.5
得なかった。サルコペニアの原因の解明のために
∼20.4%と比しても高率であった
。これは、
は更なる検討が必要であるが、サルコペニアのス
女性と比し男性はもともと骨粗鬆症の有病率が低
クリーニング検査として採血検査、精神機能検査
い 18) にもかかわらず、骨粗鬆症の疑いで外来を
を用いることは困難である可能性がある。
受診する男性患者においては、何らかの基礎疾患
本研究の問題点としては、先述した対象患者の
2,43)
2,43)
(135)
選別にある。骨粗鬆症外来に通院中の患者を対象
4)Baumgartner RN, Stauber PM, McHugh D, Koehler KM,
としたが、このコホートは純粋な一般住民と比べ、
: Cross-sectional age differences in body
Garry PJ(1995)
基礎疾患を有する確率が高く、虚弱性が高い可能
composition in persons 60+ years of age. J Gerontol A Biol
性を排除できない。よって、骨粗鬆症患者の下肢
筋量低下を過小評価している可能性がある。今後
は一般住民検診等を対象とし、より質の高い対照
群と骨折患者を比較する必要がある。また、今回
の研究での採血検査、精神機能検査の対象となっ
た患者数は限定されており、結論を出すには不十
分であった。今後はより多くの骨粗鬆症性骨折患
Sci Med Sci, 50, M307-M316.
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者を対象とするべく、データの継続的な蓄積が必
Predictors of low bone mineral density in the elderly: the
要であると考えられた。
role of dietary intake, nutritional status and sarcopenia. Eur
総 括
本研究では、骨粗鬆症患者におけるサルコペニ
ア合併の実態を示し、骨粗鬆症性骨折患者の筋量
減少の特徴とリスク因子を検討した。転倒に起因
する骨粗鬆症性骨折患者では、下肢の有意な筋量
低下が認められた。種々の採血検査、精神機能検
査では筋量と相関する項目はなかった。下肢を中
心とした DXA 法による筋量のスクリーニング検
査がサルコペニアの診断に有用である可能性を示
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を早期に発見し、重点的に、転倒予防を行うこと
comes of osteoporotic fractures. Lancet, 359, 1761-1767.
が、今後の骨粗鬆症性骨折の予防に有用である可
能性が示された。
謝 辞
本研究を遂行するにあたり、研究助成を賜りました財団
法人明治安田厚生事業団に深く感謝いたします。また、本
研究の実施に快くご協力いただいた関係諸氏に深く感謝い
たします。
参 考 文 献
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(137)
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351-357.
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.138∼147(2012.3)
高齢者における運動機能低下の危険因子および転倒との関連の解明
村 木 重 之*
阿 久 根 徹*
岡 敬 之**
吉 村 典 子**
RISK FACTORS FOR DETERIORATED PHYSICAL PERFORMANCE
AND ITS ASSOCIATION WITH FALLS
Shigeyuki Muraki, Toru Akune, Hiroyuki Oka, and Noriko Yoshimura
SUMMARY
Objective: Grip strength, one-leg standing time, and walking speed measurements provide effective indices for
detecting the deterioration of physical performance in the elderly; however, because no references of grip strength,
one-leg standing time, and walking speed of the elderly currently exist, these measurements cannot be used for estimating physical performance. Moreover, bone and joint diseases, such as knee osteoarthritis, lumbar spondylosis,
and osteoporosis, are common in the elderly, leading to lower ADL and QOL; however, the association between
physical performance and bone and joint disease remains unclear. Further, prevention of falling is vital for averting
a fracture, but there is no current indication of physical performance that can help predict falls in the elderly. The
present study aimed to establish reference values for physical performance, such as grip strength, one-leg standing
time, and walking speed, according to the gender and age in the elderly. Moreover, we analyzed the association of
physical performance with bone and joint disease. Further, we examined the association of physical performance
with the incidence of falls through a longitudinal model.
Methods: We enrolled 1350 subjects(465 men, 885 women; mean age, 76.7 years)in the baseline study. All the
subjects underwent radiography of the knee and the lumbar spine. Knee osteoarthritis and lumbar spondylosis were
diagnosed for subjects having a Kellgren-Lawrence grade of ≥ 2. Vertebral facture was determined according to
the criteria of the Japanese Society of Bone and Mineral Research. The presence of knee pain and lower back pain
was examined by well-experienced orthopedic doctors. Further, their physical abilities, such as grip strength, oneleg standing time, and walking speed, were measured in the baseline study. Among the 1350 subjects, 1046 participated in the follow-up study that was conducted approximately 5 years after the baseline study, and the number of
falls occurring during the 5 years was evaluated using self-questionnaires.
Results: The values of all 3 physical performance indices decreased with age in both men and women. Walking
speed was significantly associated with knee pain in men, whereas, it was significantly associated with lower back
pain and vertebral fracture in women. Among the subjects, 24.2%(21.5% men and 25.6% women)fell at least at
once during the approximate 5-year duration. A shorter one-leg standing time was determined as a risk factor for
*
**
東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター
臨床運動器医学講座
東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター
関節疾患総合研究講座
Department of Clinical Motor System Medicine, 22nd Century Medical and Research Center, The
University of Tokyo, Tokyo, Japan.
Department of Joint Disease Research, 22nd Century Medical and Research Center, The University of
Tokyo, Tokyo, Japan.
(139)
falls in both men and women. Slower walking speed was also observed as a risk factor for falls in men.
Conclusions: This study established the reference values for grip strength, one-leg standing time, and walking
speed according to the gender and age in the elderly. We observed certain distinct factors that were associated with
the walking speed between men and women. Moreover, we found that the probability of falling may be predicted
by measuring the one-leg standing time.
Key words: physical performance, osteoarthritis, falls, epidemiology, cohort.
である 4)。高齢者の骨折の多くは軽微な転倒によ
緒 言
り起こっており、転倒を予防することで骨折を予
高齢による衰弱は、
「平成 19 年国民生活基礎調
防することが可能である。しかし、転倒の危険因
査」で脳卒中、認知症に次いで要介護の原因の第
子については、これまで、筋力の低下、バランス
3 位を占め 4)、急速に超高齢化した我が国におい
力の低下、視力の低下、認知症などがあげられて
てその予防は喫緊の課題である。高齢による衰弱
きたが 1,16,17)、本邦において、どのような運動機
はその運動機能、すなわち腕や足の曲げ伸ばし、
能の低下が転倒発生の危険因子となりうるかにつ
立つ、座る、歩く、走るなど基本的な日常動作の
いて明らかにした報告はない。
低下が主体である。運動機能が低下すると、運動
本研究の目的は、高齢者における握力、下肢筋
の量と質が低下し行動範囲が狭まり、より虚弱化
力、上下肢筋量、片脚立ち時間、歩行速度、5 回
が進行するとともに、さまざまなレベルでの日常
椅子立ち上がり時間の性別、年代別基準値を確立
生活動作能力(ADL)が低下し、容易に要支援・
すること、これらの運動機能と骨関節疾患との関
要介護の状態へと移行するため、運動機能低下の
連を明らかにすること、更にどのような運動機能
予防対策は重要である。しかし、高齢者における
が転倒発生の危険因子であるかを明らかにするこ
運動機能に関するエビデンスレベルの高い疫学研
とである。
究は、本邦ではこれまで皆無に近かった。そのた
研 究 方 法
め、歩行速度や片脚立ち時間、5 回椅子立ち上が
り時間が運動機能の指標となりうるといわれてい
るにもかかわらず
A.対象者
、高齢者の基準値が確立さ
本研究の対象は、東京都板橋区(人口 529400
れていないため、指標として使用するのは困難な
人,面積 32km2)にて住民台帳より無作為に抽出
状態であった。更に、加齢性筋肉減弱現象は高齢
された男女を対象に行われた住民検診 14)の受診
者において大きな問題となっているが 、同様に、
者 1786 例よりリクルートし、研究参加に同意し
高齢者の筋力および筋量の基準値が確立されてい
た 1350 例(男性 465 例,女性 885 例)である。
るとはいい難いのが現状である。
年齢は、55∼90 歳(平均年齢 76.7 歳)である。
ま た、 関 節 症(OA) も 高 齢 者 の ADL、QOL
表 1 に示す対象者の男女の身長、体重および喫煙
を低下させる重大な疾患である
6,13)
5)
。特に膝およ
率(男性 26.4%,女性 3.2%)は、それぞれ「平
び腰椎の OA のレントゲン上の有病率は非常に
成 18 年国民健康栄養調査」における 70 歳以上
高く
7-10)
、推定患者数はそれぞれ 253 万人および
の日本人男女の平均(身長:男性 160.5cm,女性
3790 万人である 19)。また、
「平成 19 年国民生活
146.8cm,体重:男性 59.3kg,女性 49.8kg,喫煙
基礎調査」によると、OA は要介護の原因の第 4
率:男性 29.4%,女性 4.0%)と大きな違いはな
位、要支援の原因の第 1 位の疾患である 4)。しか
く、地域代表性を有しているものと考えられた。
11,12)
し、OA が運動機能をどのように低下させている
ベースライン調査は 2005∼2006 年にかけて行っ
かについては解明されていない。
た。本研究は、東京大学(承認番号:♯1326)お
更に、転倒予防も高齢者にとって非常に重要で
よび東京都健康長寿医療センター(承認番号:
ある。実際、転倒・骨折は要介護の原因の第 5 位
211)の倫理委員会の承認を得て行われた。また、
(140)
表 1 .対象者の特性
Table 1.Characteristics of participants in the present study.
Men(465)
Age(year)
Height(cm)
Weight(kg)
BMI(kg/m2)
Grip strength(kg)
Lower limbs muscle strength(kgf)
Upper limbs muscle volume(kg)
Lower limbs muscle volume(kg)
One leg standing time(sec)
Walking speed(m/sec)
Chair stand time(sec)
*P<0.05
77.2
161.3
60.0
23.0
28.6
39.7
2.3
7.6
39.1
1.3
10.8
4.3
5.9
8.5
2.8
6.5
14.5
0.3
1.2
23.1
0.3
4.0
Women(885)
76.3
148.5
50.7
23.0
18.0
29.4
1.5
5.3
36.5
1.2
11.6
5.0*
5.6*
8.3*
3.4
4.5*
11.1*
0.2*
0.8*
23.0
0.3*
5.0*
vs. men by non-paired Student s t test. BMI = body index.
図 1 .アルケア製膝伸展力測定器
Fig.1.The Alcare knee extension force measurement device.
全対象者に調査の趣旨を説明した文書を添えたう
えで、文書による同意を得た。
B.調査内容
1 .運動機能検査
ベースライン調査時に下記の運動機能検査を
行った。
1 )握力
握力は、TOEI LIGHT handgrip dynamometer(Toei
Light, Saitama, Japan)を用い、両側の握力を測定
し、より良い値を測定値とした。
2 )下肢筋力測定
下肢筋力測定は、アルケア製簡易筋力測定・訓
練器(図 1)を用いて行った。
3 )筋量測定
筋量測定は、上肢、下肢の筋量をタニタ製体組
成計(MC-190, 図 2)を用いて測定した。
図 2 .タニタ製 MC-190 体組成計
Fig.2.The Tanita MC-190 body composition analyzer.
Measurement of muscle volume at upper and lower limbs.
(141)
4 )片脚立ち時間
痛および腰痛の有無を調査した。調査は、整形外
片脚立ちは、開眼にて上限 1 分間、両側で行い、
科専門医が以下の質問を行い、「はい」と答えた
より良い値を測定値とした。
場合をそれぞれ膝痛および腰痛ありとした。
5 )歩行速度
「過去 1 か月間にほぼ毎日膝痛がありました
歩行時間測定は、対象者にスターティングライ
か?」
「過去 1 か月間にほぼ毎日腰痛がありまし
ンより 5 m 先のマークまで歩行するように指示し
たか?」
て、通常の速度での歩行時間を測定し、歩行速度
C.統計解析
を計算した。時間はストップウォッチにて 0.1 秒
年齢、身長、体重、BMI、運動機能測定値の男
単位で測定した。
女比較は、non-paired Student s t test を用いて行っ
6 )5 回椅子立ち上がり時間
た。運動機能測定値と年齢との関連は、回帰分析
腕を組んだ状態で、座る立つを 5 回できるだけ
を用いて行った。運動機能測定値と骨関節疾患と
速く行ってもらい、その時間を測定した。
の関連は、年齢、BMI 補正済み重回帰分析を用
また、追跡調査時には、全身の筋力の代表とし
いて行った。転倒の発生と年齢との関連は、ロジ
て握力
スティック回帰分析を用いて行った。転倒発生と
、更には片脚立ち時間の検査を行った。
18)
2 .転倒調査
運動機能測定値との関連は、年齢、BMI 調整済
2010∼2011 年にかけて、対象者 1350 例に対し
みロジスティック回帰分析を用いて行った。統
て、追跡調査を行った。同調査にて、ベースライ
計解析には、SAS version 9.0(SAS Institute, Cary,
ン調査から追跡調査までの 5 年間における転倒に
NC)を用いた。
関する質問を行った。質問は、
「ベースライン調
査から追跡調査までの 5 年間に転倒したことがあ
りますか?」および転倒ありの場合には、「何回
結 果
A.対象者の特性
転倒しましたか?」との質問を行った。過去の文
表 1 に本研究の解析対象者 1350 例の属性を、
献に従い 16)、転倒の定義は「突然の意図しない
図 3 にベースライン調査および追跡調査の参加者
姿勢変化により、床や地面に倒れた状態。ただし、
数を示す。年齢、身長、体重は男性のほうが有意
てんかんなどの疾患によるもの、外力によるもの
に高かったが、BMI は有意な差はなかった。運
は除く」とした。
3 .レントゲン撮影
ベースライン調査時に、全対象者に対して、両
膝正面、側面像および腰椎正面、側面像のレント
Random sample from listings
of resident registration
n=1786
ゲン撮影を行った。両膝は立位荷重位にて撮影し
た。腰椎も立位にて撮影を行った。
膝および腰椎 OA の読影は、対象者の臨床情報
Baseline study
n=1350
Dead
n=85
をもたない状態で、筆者が一人で行い、KellgrenLawrence(KL)法 3) を用いて判定した。膝に関
Move away
n=53
しては、両側でより重症側を対象者の KL grade
とし、KL grade 2 以上を OA ありとした。腰 椎
Bad health
n=26
は、L1/2 から L5/S までの 5 椎間における読影を
行い、最重症椎間を対象者の KL grade とし、KL
Other reason
n=140
grade 2 以上を OA ありとした。また、日本骨代
謝学会の基準を用いて、L1 から L5 までの圧迫骨
折の有無を読影した。
4 .膝痛、腰痛の評価
ベースライン調査時に、全対象者に対して、膝
Non participation
n=436
Follow-up study
n=1046
図 3 .各調査の参加者数
Fig.3.The number of subjects in each examination.
(142)
(kg)
(kg)
Grip strength
40
3
Upper limb muscle volume
Men
Women
2.5
30
2
1.5
15
20
1
10
0.5
0
0
<70
(11, 62)
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(121, 246) (194, 348) (114, 179) (25, 50)
(kgf)
60
Lower limb muscle strength
<70
(11, 62)
(kg)
10
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(120, 245) (190, 343) (112, 173) (24, 48)
Lower limb muscle volume
50
40
30
5
20
10
0
<70
(11
(11, 62)
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(121,, 246) (194, 348) (114, 179) (25
(25, 50)
0
<70
(11, 62)
(11
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(120, 245) (190
(120
(190, 343) (112
(112, 173) (24, 48)
図 4 .性別、年代別による筋力および筋量
( )内は、男女別の対象者数 Fig.4.Muscle strength and volume by gender and age strata.
動機能測定値に関しては、握力、筋力、筋量、歩
80∼84 歳 28.6 9.0、85 歳以上 23.8 11.9、女性:
行速度、5 回椅子立ち上がり時間は男性のほうが
70 歳 未 満 29.9 10.0、70∼74 歳 25.6 9.0、75∼
有意に良かったが、片脚立ちに関しては、有意な
79 歳 21.4 6.7、80∼84 歳 18.6 6.3、85 歳 以 上
差はなかった。
14.1 2.0。男女とも年齢と有意な相関を認めた
B.性別、年代別による筋力、筋量および運動
機能測定値と自然経過
(P<0.001)。
3 )上肢筋量
図 4 および図 5 に性別、年代別の筋力、筋量お
上肢筋量の各年代の平均値
よび運動機能測定値を示す。
は以下のとおりであった。男性:70 歳未満 2.3
0.3、70∼74 歳 2.5 0.3、75∼79 歳 2.3 0.3、80∼
1 )握力
握力の各年代の平均値
標準偏差(kg)
標準偏差(kg)は以
84 歳 2.3 0.3、85 歳以上 2.1 0.3、女性:70 歳未
下のとおりであった。男性:70 歳未満 37.4 6.3、
満 1.7 0.2、70∼74 歳 1.6 0.2、75∼79 歳 1.5 0.2、
70∼74 歳 30.2 6.1、75∼79 歳 28.8 5.9、80∼84
80∼84 歳 1.5 0.2、85 歳以上 1.4 0.2。男女とも
歳 26.7 6.5、85 歳以上 23.8 6.4、女性:70 歳未
年齢と有意な相関を認めた(P<0.001)。
満 20.2 3.8、70∼74 歳 19.2 4.6、75∼79 歳 18.0
4 )下肢筋量
4.0、80∼84 歳 16.3 4.2、85 歳 以 上 14.6 4.6。
下肢筋量の各年代の平均値
標準偏差(kg)
男女とも年齢と有意な相関を認めた(P<0.001)
。
は以下のとおりであった。男性:70 歳未満 8.0
2 )下肢筋力
0.6、70∼74 歳 8.3 1.2、75∼79 歳 7.8 1.2、80∼
下肢筋力の各年代の平均値
標準偏差(kgf)
84 歳 7.5 1.2、85 歳以上 7.0 1.1、女性:70 歳未
は以下のとおりであった。男性:70 歳未満 38.0
満 6.0 0.6、70∼74 歳 5.7 0.9、75∼79 歳 5.4 0.7、
9.7、70∼74 歳 34.5 10.1、75∼79 歳 28.8 9.5、
80∼84 歳 5.2 0.7、85 歳以上 5.1 1.1。男女とも
(143)
(sec)
(sec)
O leg standing time
One
60
Men
Women
Chair stand time
15
50
40
10
30
20
5
10
0
<70
(11, 62)
0
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(121, 246) (194, 348) (114, 179) (25, 50)
(m/s)
<70
(11, 62)
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(121, 246) (194,
(121
(194 348) (114,
(114 179) (25, 50)
Walking speed
1.5
1
0.5
0
<70
(11, 62)
70-74
75-79
80-84
85<= (year)
(121, 246) (194, 348) (114, 179) (25, 50)
図 5 .性別、年代別の運動機能測定値
( )内は、男女別の対象者数 Fig.5.Measurement values of physical performance by gender and age strata.
表 2 .運動機能測定値と骨関節疾患との関連
Table 2.Association of physical performance with bone and joint diseases in men and women.
Grip strength
Knee OA
Lumbar spondylosis
Vertebral fracture
Knee pain
Lower back pain
Men
Women
One leg
standing time
One leg
standing time
Walking speed
Grip strength
Walking speed
β
P values
β
P values
β
P values
β
P values
β
P values
β
P values
­0.05
0.05
­0.05
0.02
0.11
0.27
0.34
0.30
0.74
0.003
0.05
­0.05
0.07
­0.05
0.04
0.26
0.32
0.15
0.92
0.46
­0.04
0.09
­0.02
­0.14
­0.05
0.38
0.07
0.70
0.004
0.31
­0.0005
0.008
­0.01
­0.007
­0.09
0.98
0.82
0.75
0.83
0.01
­0.03
­0.02
­0.04
­0.05
­0.03
0.32
0.56
0.20
0.16
0.41
­0.001
­0.03
­0.08
­0.05
­0.12
0.97
0.32
0.01
0.15
0.0003
β values were calculated by multiple regression analysis after adjustment for age and body mass index.
年齢と有意な相関を認めた(P<0.001)
。
6 )歩行速度
5 )片脚立ち時間
歩行速度の各年代の平均値
片脚立ち時間の各年代の平均値
標準偏差
標準偏差(m/s)
は以下のとおりであった。男性:70 歳未満 1.26
(sec)は以下のとおりであった。男性:70 歳未
0.24、70∼74 歳 1.32 0.25、75∼79 歳 1.26 0.23、
満 50.4 18.6、70∼74 歳 44.7 21.3、75∼79 歳
80∼84 歳 1.19 0.26、85 歳以上 1.07 0.31、女性:
41.3 22.8、80∼84 歳 31.2 22.9、85 歳 以 上 22.0
70 歳未満 1.39 0.24、70∼74 歳 1.27 0.23、75∼
19.8、 女 性:70 歳 未 満 52.4 13.9、70∼74 歳
79 歳 1.21 0.24、80∼84 歳 1.11 0.26、85 歳以上
44.0 21.3、75∼79 歳 36.8 22.7、80∼84 歳 23.8
20.6、85 歳以上 22.2 22.1。男女とも年齢と有
意な相関を認めた(P<0.001)
。
1.03 0.24。男女とも年齢と有意な相関を認めた
(P<0.001)。
7 )5 回椅子立ち上がり時間
(144)
5 回椅子立ち上がり時間の各年代の平均値
のうち、転倒歴を聴取できた 854 例(男性 284 例,
標準偏差(sec)は以下のとおりであった。男性:
女性 570 例)に関して、解析を行った。ベースラ
70 歳未満 7.75 2.63、70∼74 歳 8.81 2.23、75∼
イン調査から追跡調査までの 5 年間に転倒したの
79 歳 10.09 2.91、80∼84 歳 10.84 4.03、85 歳以
は、207 例(男性 61 例,女性 146 例)であり、
上 12.83 5.33、女性:70 歳未満 8.58 2.57、70∼
74 歳 10.32 3.53、75∼79 歳 10.61 4.53、80∼84
転倒発生率は 24.2%(男性 21.5%,女性 25.6%)
であった。転倒発生率に性差はなかった(χ2 検
歳 12.05 4.93、85 歳 以 上 14.75 6.14。 男 女 と も
定,P=0.18)。転倒の性別、年代別の発生数(率)
年齢と有意な相関を認めた(P<0.001)
。
は以下のとおりであった(図 6)。男性:70 歳未
8 )握力、片脚立ち時間の自然経過
満 2 例(33.3%)、70∼74 歳 14 例(15.6%)、75
5 年間の経過で、握力は男性で 0.4 4.1kg、女
∼79 歳 23 例(19.5%)、80∼84 歳 17 例(30.4%)、
性で 1.2 5.7kg 低下していた。一方、片脚立ち時
85 歳 以 上 5 例(35.7%)、 女 性:70 歳 未 満 6 例
間は男性 8.4 21.6 秒、女性で 13.0 21.6 秒低下し
(13.3%)、70∼74 歳 46 例(24.5%)、75∼79 歳
ていた。
62 例(27.1%)、80∼84 歳 26 例(29.2%)、85 歳
C.運動機能と骨関節疾患との関連
以上 6 例(31.6%)。女性では、転倒と年齢に有
表 2 に、運動機能測定値と骨関節疾患との関連
意な関連を認めたが(P=0.04)、男性では有意な
を示す。骨関節疾患は、ベースライン調査時の膝
関連はなかった(P=0.07)。
E.転倒と運動機能との関連
OA、腰椎 OA、圧迫骨折、膝痛、腰痛の有無と
した。年齢、BMI 調整済み重回帰分析にて解析
次に、ベースライン調査における運動機能測定
したところ、男女にて腰痛と握力のみ有意な関連
値がその後の転倒の発生にどのような影響を与え
がみられた。その他の運動機能では、男性におい
るかについて解析した(表 3)。年齢、BMI 調整
て、膝痛が歩行速度と有意な関連を認めた。更に、
済みロジスティック回帰分析を用いて解析したと
女性において、歩行速度が、圧迫骨折、腰痛と有
ころ、男性では、片脚立ち時間の低下および歩行
意な関連を認めた。更に、独立した関連を求める
ため、年齢、BMI、圧迫骨折、腰痛を独立変数に、
Incident rate of falls
歩行速度を従属変数とした重回帰分析を行ったと
ころ、女性において、圧迫骨折、腰痛とも有意な
独立した関連を認めたが、腰痛のほうが影響が強
かった(β:­0.07 および­0.11, P<0.0001)
。下肢
筋力、上下肢筋量、5 回椅子立ち上がり時間に関
しては、男女とも骨関節疾患との有意な関連はな
かった。
Men
Women
(%)
40
30
20
10
0
D.転倒の性別、年代別発生率
<70
ベースライン調査に参加した 1350 例のうち、
70-74
75-79
80-84
図 6 .性別、年代別の転倒発生率
Fig.6.Incident rate of falls by gender and age strata.
追跡調査に参加したのは、1046 例であった。そ
表 3 .転倒の危険因子
Table 3.Risk factors for fall.
Men
Grip strength(+1kg)
One leg standing time(+1sec)
Walking speed(+0.1m/s)
85<= (year)
Women
OR
95% CI
OR
95% CI
1.00
0.93
0.83
0.95-1.05
0.87-1.00
0.73-0.94
0.99
0.93
0.94
0.94-1.03
0.89-0.98
0.86-1.02
ORs were calculated by multiple logistic regression analysis after adjustment for age and body mass index.
OR = odds ratio, CI = confidence interval.
(145)
速度の低下が転倒の危険因子であった。一方、女
る。
性では、片脚立ち時間の低下のみが転倒の危険因
更に、本研究では、膝 OA、腰椎 OA、圧迫骨
子であった。下肢筋力、上下肢筋量、5 回椅子立
折などの骨関節疾患および膝痛、腰痛が片脚立ち
ち上がり時間に関しては、男女とも転倒との有意
時間や歩行速度にどのような影響を与えているか
な関連はなかった。
について調査した。その結果、男性では膝痛が歩
考 察
行速度と関連していることが明らかになった。男
性において、膝 OA と歩行速度に有意な関連がな
本研究は、地域代表性を有した地域在住高齢者
いことを考えると、歩行速度に影響するのは、画
における握力、片脚立ち時間、歩行速度などの運
像上の変形というよりは、そこからくる痛みであ
動機能測定値を調査し、基準値を確立するととも
ると考えられる。一方、女性においては、圧迫骨
に、運動機能測定値と骨関節疾患との関連を明ら
折および腰痛が歩行速度と有意な関連を認めた。
かにした初めての研究である。更に、追跡調査に
圧迫骨折や腰痛が QOL に大きな影響を与えてい
より、転倒発生率を明らかにするとともに、どの
ることは既に報告されているが 7,8)、特に女性で
ような運動機能測定値が転倒の発生を予測し得る
は男性と比較して筋力が弱く 15)、より歩行速度
かを性別に明らかにした。
への影響が大きいのではないかと推察される。
握力に関しては、文部科学省からの報告があり、
更に、本研究では、ベースライン調査から 5
69745 例の日本人男女(6 ∼74 歳)において、20
年後に追跡調査を行い、転倒発生率が 5 年間で
∼40 歳代が男女とも一番握力が高く、50 歳を越
24.2%(男性 21.5%,女性 25.6%)と非常に高い
えると握力が低下してくることを明らかにしてい
ことを明らかにした。更に、転倒発生の危険因子
るが、80 歳以上の報告はこれまでなかった。本
となる運動機能項目について解析したところ、男
研究では、80 歳以上において男性では約 25kg、
性では片脚立ち時間が短いことおよび歩行速度が
女性では約 15kg であり、80 歳以上で握力がます
遅いことが転倒の危険因子であったが、女性では、
ます低下してくることを初めて明らかにすること
片脚立ち時間が短いことが転倒の危険因子であっ
ができた。更に、本研究では開眼片脚立ち時間お
た。すなわち、特に片脚立ち時間は運動機能の指
よび歩行速度についても評価した。開眼片脚立ち
標となるだけでなく、転倒の発生を予測する指標
時間や歩行速度は運動機能の指標となりうるとい
となりうることが明らかになった。片脚立ち時間
われているが
の測定は、場所を必要とせず、手軽に行えるため、
、本邦において、特に運動機能
6,13)
の評価が必要な高齢者での基準値が確立していな
今後重要な指標となってくると思われる。また、
かったため、高齢者の運動機能の指標として利用
片脚立ち時間は片脚立ち訓練をすることにより改
するのは困難であった。本研究により、地域在住
善することも報告されており 2)、本研究の結果は、
高齢者の片脚立ち時間は、男性では、80∼84 歳
片脚立ち訓練を行うことにより、足腰を鍛えれば、
で約 30 秒、85 歳以上で約 20 秒、女性では、80
転倒の発生を予防できる可能性を示唆していると
∼84 歳で約 25 秒、85 歳以上で約 20 秒であるこ
考えられた。
とが明らかになった。また、歩行速度も、男性
本研究の限界として、対象者がランダムサンプ
では、80∼84 歳で約 1.2m/s、85 歳以上で約 1.1m
ルでないことがあげられる。本研究の対象者は検
/s、女性では、80∼84 歳で約 1.1m/s、85 歳以上で
診場に自分で(もしくは付き添いがあれば)来る
約 1.0m/s であることが明らかになった。本研究
ことのできる男女であり、より健康な方々が対象
は、population based study であるが、研究の母体
者となっている可能性がある。そのため、本研究
は random sample study であり、その対象者の約
で示した基準値は本来の値より過大となっている
75%が参加している。更に、身長、体重、喫煙率は、 可能性がある。
日本人の平均値と大きく違わないため、本研究対
象者は代表性を有していると考えられ、そのデー
タは日本人の基準値として妥当であると考えられ
結 論
本研究では、地域住民コホートのベースライン
(146)
調査により、性別、年代別の運動機能の基準値を
8)Muraki S, Akune T, Oka H, En-yo Y, Yoshida M, Saika A,
確立することができた。更に、歩行速度と骨関節
Suzuki T, Yoshida H, Ishibashi H, Tokimura F, Yamamoto S,
疾患との関連に性差があることも明らかになっ
た。また、片脚立ち時間の低下が転倒の危険因子
となることが明らかになった。今後、更に追跡調
査を行うことにより、握力、片脚立ち時間、歩行
速度などの運動機能の自然経過の解明、運動機能
低下の予防法の確立、更には転倒の予防法の確立
などを詳細に検討していく必要があると考えられ
る。
Nakamura K, Kawaguchi H, Yoshimura N(2010): Impact
of knee and low back pain on health-related quality of life
in Japanese women: the Research on Osteoarthritis Against
Disability(ROAD). Modern Rheumatology, 20, 444-451.
9)Muraki S, Akune T, Oka H, En-yo Y, Yoshida M, Saika A,
Suzuki T, Yoshida H, Ishibashi H, Tokimura F, Yamamoto S,
Nakamura K, Kawaguchi H, Yoshimura N(2010): Association of radiographic and symptomatic knee osteoarthritis
with health-related quality of life in a population-based
謝 辞
cohort study in Japan: the ROAD study. Osteoarthritis Cartilage, 18, 1227-1234.
本研究の実施にあたり、東京都健康長寿医療センターの
10)Muraki S, Akune T, Oka H, En-yo Y, Yoshida M, Saika A,
井藤英喜センター長、時村文秋整形外科部長、放射線科技
Suzuki T, Yoshida H, Ishibashi H, Tokimura F, Yamamoto S,
師久津間優二技師長をはじめ、その他スタッフの皆様にご
Nakamura K, Kawaguchi H, Yoshimura N(2011): Health-
指導、ご協力をいただきました。本研究は、財団法人明治
related quality of life in subjects with low back pain and
安田厚生事業団第 27 回健康医科学研究助成の支援を賜り
knee pain in a population-based cohort study of Japanese
ました。ここに記して深謝いたします。
men: the ROAD study. Spine, 36, 1312-1319.
参 考 文 献
1)Dargent-Molina P, Favier F, Grandjean H, Baudoin C,
11)Muraki S, Oka H, Mabuchi A, Akune T, En-yo Y, Yoshida
M, Saika A, Suzuki T, Yoshida H, Ishibashi H, Yamamoto S,
Nakamura K, Kawaguchi H, Yoshimura N(2009): Preva-
Schott AM, Hausherr E(1996): Fall-related factors and
lence of radiographic lumbar spondylosis and its associa-
risk of hip fracture: the EPIDOS prospective study. Lancet,
tion with low back pain in elderly subjects of population-
348, 145-149.
based cohorts: the ROAD study. Ann Rheum Dis, 68, 1401-
2)石橋英明,藤田博暁(2011): 閉経後女性におけるロコ
モーショントレーニング(片脚立ちおよびスクワット)
1406.
12)Muraki S, Oka H, Akune T, Mabuchi A, En-yo Y, Yoshida
による運動機能改善効果の検討.Osteoporosis Japan,
M, Saika A, Suzuki T, Yoshida H, Ishibashi H, Yamamoto S,
19, 391-397.
Nakamura K, Kawaguchi H, Yoshimura N(2009): Preva-
3)Kellgren JH, Lawrence JS, eds.(1963): The epidemiology
lence of radiographic knee osteoarthritis and its association
of chronic rheumatism: atlas of standard radiographs of
with knee pain in the elderly of Japanese population-based
arthritis. Blackwell Scientific, Oxford.
cohorts: the ROAD study. Osteoarthritis Cartilage, 17,
: 平 成 19 年 国 民 生 活 基 礎 調 査 .
4) 厚 生 労 働 省(2008)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/20-19-1.html.
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14)Shimada H, Lord SR, Yoshida H, Kim H, Suzuki T(2007):
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7)Muraki S, Akune T, Oka H, En-yo Y, Yoshida M, Saika A,
15)Sinaki M, Nwaogwugwu NC, Phillips BE, Mokri MP
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281-287.
第 27 回健康医科学研究助成論文集
平成 22 年度 pp.148∼156(2012.3)
運動トレーニングは老化による神経筋シナプスの変性を予防できるか
森 秀 一*
山 田 茂*
福 永 大 地*
秋 好 沢 諭*
重 本 和 宏*
EFFECT OF EXERCISE TRAINING ON DEGENERATION OF
NEUROMUSCULAR JUNCTION
Shuuichi Mori, Shigeru Yamada, Takuyu Akiyoshi,
Daichi Fukunaga, and Kazuhiro Shigemoto
SUMMARY
Sarcopenia(age-related loss of muscle mass and function)greatly affects quality of life in the elderly
population. The etiology of sarcopenia is multi-factorial process but mounting evidence suggests that degeneration
of motor neurons, followed by changes in structural and functional integrity of the neuromuscular junction(NMJ),
functional denervation, and loss of motor units contribute significantly to the progression of skeletal muscle aging.
The NMJ has been shown to display considerable structural and physiological plasticity in response to altered
levels of neuromuscular activity. Therefore, the objective of this investigation was to determine if exercise training
would counteract degeneration of NMJ induced by dysfunction of muscle-specific kinase(MuSK), a key molecule
contributing the maintenance of NMJ.
Fourteen young adult(4 months, female)C57BL/6 mice were assigned to either a program of treadmill exercise
(n=7)
, or sedentary conditions(n=7)
. Following the 8-week experimental period, three mice per group were
killed, and the soleus and plantaris muscles were removed to determine NMJ morphology via immunofluorescent
staining. The postsynaptic(acetylcholine receptors; AChRs)areas of both soleus and plantaris muscles and
the presynaptic(nerve terminals)area of plantaris muscles were enlarged by exercise training. In addition, the
increase in the postsynaptic areas was not accompanied with the fragmentation of AChR clusters unlike those of
aging(30 months, female)mice.
The other four mice per group were injected with MuSK protein three times to induce the degeneration of NMJ.
However, MuSK injection did not induce the significant weight reduction in both groups. In addition, the capability
of neuromuscular transmission in the NMJs was evaluated by electromyography using repetitive nerve stimulation
test. The extent of decrease in the amplitude of compound muscle action potential was smaller in exercise group
compared to sedentary group, however not significantly different, and one sedentary mouse exhibited the obvious
abnormality in neuromuscular transmission.
This study suggests that exercise training may have potential of inhibiting the failure of neuromuscular
東京都健康長寿医療センター研究所老年病研究チーム(運動器医学) Research Team for Geriatric Medicine, Tokyo Metropolitan Institute of Gerontology,
Tokyo, Japan.
* (149)
transmission by the expansion of NMJ structures. Multifaceted analyses will be further needed to elucidate the
effect of exercise training on the degeneration of NMJ.
Key words: sarcopenia, exercise training, neuromuscular junction, muscle-specific kinase, neuromuscular transmission.
緒 言
筋線維と運動神経の繋ぎ目である神経筋シナプス
では、サルコペニアの症状が現れる前に先行して
老化は身体的に自立していく能力を徐々に奪
変化が生じるという研究も動物実験で報告されて
い、日常生活の質を低下させる。高齢者における
いる 9)。特に、プレシナプス側の運動神経終末で
これらの問題を引き起こす根本的要因は、無意識
は軸索が sprouting を起こし、ポストシナプス側
のうちに進行するサルコペニア(加齢性筋肉減
に存在するアセチルコリン受容体(AChR)の凝
少症)
、すなわち筋萎縮による筋機能の低下であ
集は激しい断片化を生じるといったように変化が
る 13,19,24)。サルコペニアは転倒によるけがの危険
顕著である 2,9,10,16,29)。これらは老化によって神経
性を増加させ、場合によっては身体的自立を妨
筋シナプスの構造を維持する能力が低下したこと
げ、また障害を引き起こし身体活動量の低下を招
で生じた変化であると考えられ、ともに除神経に
く
。更に、サルコペニアによる運動機能低下
繋がる前段階の現象とみなされている。したがっ
−寝たきり−認知症の悪循環は、重度心身障害者
て、神経筋シナプスの変性による機能・形態の変
の要介護増加に繋がっていく。したがって、サル
化は、サルコペニアにとって重要な役割を担って
コペニアは、超高齢社会に突入しつつある現在の
いると考えられる。現在、神経筋シナプスの構造
日本にとって社会的要請の強い重要な課題である。
維持を担う分子の 1 つとして MuSK(muscle-spe-
サルコペニアの病因は依然として議論を呼ぶ問
cific kinase)が知られている。MuSK は神経筋シ
題であり、恐らくいくつかの要因によって引き起
ナプスの筋側のシナプス襞の先端部に AChR と
こされるものと考えられる。しかし、これまでの
ともに凝集して存在するレセプター型チロシンキ
研究結果から、運動神経細胞の変性によって神経
ナーゼである。MuSK は、胎生期の神経筋シナプ
筋シナプスの機能・形態が変化し、筋線維の脱神
スの AChR 集積とシナプスの形態形成に必要な
経支配(除神経)が生じて骨格筋の老化が進行
分子であると考えられていた 6)。しかし、近年に
していく可能性が示唆されている 12,16)。特に速筋
なって、MuSK に対する自己抗体によって重症筋
線維は脱神経支配を受けやすく、近隣に存在する
無力症が発症することが明らかとなり、MuSK が
遅筋線維を支配している運動神経から再支配を受
成体では神経筋シナプスの形態維持にも必要な分
け、運動単位のリモデリングを起こすことが知ら
子であると示された 25)。MuSK 抗体による重症筋
れている。しかし、除神経の進行が再支配の能力
無力症を発症した神経筋シナプスでは、AChR の
を大きく上回る場合では、代償的に神経支配され
凝集が散乱し、シナプス襞の構造が失われること
なかった筋線維は変性して萎縮していくため、最
が明らかとなっている 21)。シナプス襞には AChR
28,31)
終的に筋量が低下していく。サルコペニアの骨格
だけでなく電位依存性 Na チャネルなども局在し
筋では、筋線維数の減少、小角化線維の出現によ
ており、シナプスの形態維持は神経筋伝達の効率
る筋線維径の不均一化、筋線維タイプの群化に伴
化に必須である。したがって、重症筋無力症で現
うⅠ型線維とⅡ型線維の比率変化が認められてい
れる筋萎縮や筋力低下は、MuSK 抗体によって神
るが
経筋シナプスの維持機能が抑制され、神経筋シナ
、これらの特徴は上記の作用機序によっ
20)
て生じている可能性が高い。
プスの変性による伝達障害が誘導された結果生じ
サルコペニアの特徴は筋量減少と筋力低下では
ると考えることができる。更に、MuSK 抗体によ
あるが、前述した作用機序を考慮すると、実際に
る重症筋無力症を発症した神経筋シナプスの形態
は筋のみならず運動神経も含めた運動器全体の機
は、老化によって変化を生じた神経筋シナプスの
能低下を伴っていると考えることができる。また、 形態と共通点が多い。上述した AChR の断片化
(150)
だけでなく、複雑なシナプス襞の構造も失われて
し、マウスの走行状態から適時増減した。また、
おり、運動神経終末の縮退とともにシナプス全体
走運動に対するマウスの動機付けのために 1 mA
の構造が単純化しているとみなされている
前後の電気刺激を用いたが、電気刺激を極力与え
。
26)
それ故、本研究では、MuSK に対する抗体の産生
ないよう注意した。
を介した MuSK 機能の抑制による神経筋シナプ
トレーニング期間終了後に各群を更に 3 匹と 4
スの変性を、老化による神経筋シナプスの変性を
匹の 2 群に分け、3 匹の群を神経筋シナプスの形
想定するためのモデルとして利用している。
態解析に使用した。また、老齢マウス(30 か月齢,
サルコペニアを予防するためには、習慣的な運
♀)3 匹の神経筋シナプスの形態も比較のために
動トレーニングによって筋量・筋力の回復と維持
解析した。残りの 4 匹の群には、神経筋シナプス
に努めることが重要であり、レジスタンストレー
の変性を誘導して筋萎縮、神経筋伝達障害を起こ
ニングは特に有効であるとされている。しかし、
させるため、組換え体 MuSK 蛋白を免疫した。
筋電図学的な研究から、高齢者の場合、大部分の
MuSK 蛋白は、MuSK 発現ベクター(pcDNA3.1/
筋力増加が神経的要素(運動神経の興奮水準,刺
myc-His, Invitrogen) を 導 入 さ れ た 293-F 細 胞
激インパルスの発射頻度,
同期的活動の増加など) (Invitrogen)の培養上清から Ni-sepharose カラム
の改善によってもたらされていると示されてい
(GE Healthcare)を用いて作製した 25)。作製した
る 22,23)。また、マウスやラットを用いた研究では、
MuSK 蛋白を complete Freund s adjuvant(Sigma)
レジスタンストレーニングだけでなく持久性ト
と混合してエマルジョンを調製し、20µg/匹を足
レーニングによっても神経筋シナプスの適応反応
裏皮下に注射した。2 週間後と 5 週間後に incom-
が生じ、その形態が変化することが明らかとなっ
plete Freund s adjuvant(Sigma)とのエマルジョン
ている 2,7,8,10,11,14)。更に興味深いことに、老齢マウ
として、同量の MuSK 蛋白を再度免疫した。免
スに自発的運動を促すと、変性過程にある神経筋
疫開始 7 週間後に筋電図を行い、神経筋シナプス
シナプスの形態が若齢期の状態へと逆行的に変化
の伝達能を測定した。また、免疫開始時から 1 週
することも報告されている
間ごとにマウスの体重を測定した。
。つまり、運動ト
29)
レーニングで神経の活動度を高めることで神経筋
B.神経筋シナプスの形態解析
シナプスの変性を抑制し、神経筋伝達能の改善を
マウスからヒラメ筋と足底筋を採取し、1 %
介して筋力を増加させている可能性が高い。した
paraformaldehyde/PBS で 10 分間固定した。筋を
がって、本研究では、運動トレーニングが MuSK
PBS で洗浄後、0.1M glycine/PBS で処理し、実体
抗体による神経筋シナプスの変性を抑制して筋機
顕微鏡下で角膜移植用ハサミを用いて数枚のス
能を維持できるかを検討し、臨床でのサルコペニ
ライスに分割した。40nM α-bungarotoxin(Invit-
ア予防の研究に繋げていくことを目的としている。
研 究 方 法
A.実験動物
rogen)で神経筋シナプスの AChR を染色(4 ℃,
overnight)後にメタノールで透過処理(­20 ℃,
5 分) を 行 い、PBS で 洗 浄 後 に 2 % BSA/0.3%
TritonX-100/PBS で ブ ロ ッ キ ン グ 処 理 を 行 っ た
すべての動物実験は東京都健康長寿医療セン
(室温,1 時間)。神経筋シナプスの運動神経終
ターの動物実験委員会の承認を得て行った。マウ
末を染色するために、1 次抗体として抗 synapto-
スは日本 SLC から購入した C57BL/6 マウス(4
physin 抗 体(Invitrogen, 1:100)、2 次 抗 体 と し て
か月齢,♀)14 匹を用い、コントロール群とト
Alexa488 で標識した抗 rabbit IgG 抗体(Invitrogen,
レーニング群の 2 群(7 匹/群)に分けた。運動
1 µg/ml)を用いた。抗体の希釈にはブロッキン
トレーニングはマウス用トレッドミル(LE8710,
グ溶液を使用し、抗原抗体反応はすべて 4 ℃、
Panlab)を使用し、5 日/週の持久性走行運動を 8
overnight で行った。なお、PBS での洗浄は室温
週間行った。運動時間は、最初の 2 週間は 30 分
で行った。2 次抗体による反応終了後に洗浄した
とし、残りの 6 週間は 1 時間とした。運動強度
筋スライスをスライドグラスに封入し、共焦点
は勾配 0 度で 15∼20m/分のトレッドミル速度と
レーザー顕微鏡(TCS SP5, Leica Microsystems)
(151)
を用いて神経筋シナプスの形態画像を取得した
結 果
(図 1)。画像取得はすべて 63 倍の対物レンズ(グ
リンセリンによる液浸)を用いて行い、1 つの筋
A.体重の変化
から最低 40 個の神経筋シナプスの画像を取得し
トレーニング開始前のマウスの体重は、コン
た。画像解析には ImageJ を使用し、Analyze Par-
トロール群が 22.6 0.28g(n=7)、トレーニング群
ticle のプログラムで運動神経終末、AChR の染色
が 22.8 0.42g(n=7)であった。トレーニング期
領域を測定した。また、AChR の凝集断片化を測
間終了後の体重は、コントロール群が 25.4 0.48g
定するため、10µm 以上の染色領域の数を計測し
(n=7)、トレーニング群が 24.5 0.52g(n=7)であっ
2
た。
た。トレーニング前後の両群の体重に有意差は認
C.筋電図
められなかった。
複合筋活動電位(CMAP)は PowerLab 4/26(AD
Instruments)を用いて測定した。双極の刺激電極
B.運動トレーニングによる神経筋シナプスの
形態変化
を麻酔下のマウスの坐骨結節付近に挿入し、3 Hz
トレーニング終了後に各群からマウス 3 匹を抽
の周波数で坐骨神経の反復刺激を 10 回行った。
出し、ヒラメ筋と足底筋を採取して神経筋シナプ
刺激の持続時間は 0.5msec とし、CMAP の振幅が
スの形態を免疫蛍光染色で観察した。なお、両群
最大となる刺激電圧を更に 1.3 倍にした最大上刺
のマウスの体重、各筋の湿重量と体重に対する相
激を使用した。記録電極は腓腹筋部位の皮下とア
対的筋湿重量に有意差は認められなかった(表
キレス腱に挿入し、接地電極を刺激電極と記録電
1)。プレシナプス側の運動神経終末の染色には
極の間の皮下に挿入した。10 回の反復刺激によっ
抗 synaptophysin 抗体と Alexa488 標識 2 次抗体を
て発生した CMAP のなかで、最も小さな振幅と
使用し、ポストシナプス側に存在する AChR 凝
1 回目の刺激による振幅を比較して減衰率を測定
集は Alexa647 標識α-bungarotoxin で染色して、
した。なお、1 回目の振幅が最も小さかった場合、
各染色領域を測定して比較した(図 1)。
減衰率は 0 %とした。CMAP の測定は刺激電極
8 週間の運動トレーニングによって、AChR 凝
の位置を変えて 3 回行い、同一の部位でも 3 回測
集の染色面積がヒラメ筋と足底筋でともに有意に
定し、計 9 回の平均値を減衰率とした。10 %以
増加し(ヒラメ筋:P<0.01,足底筋:P<0.05)、
上の減衰率を示した場合、神経筋シナプスの伝達
増加率はヒラメ筋で 7.0%、足底筋で 7.9%だった。
障害が生じているとみなした 30)。
また、足底筋の運動神経終末の染色面積もトレー
D.統計解析
ニングによって有意に増加し(P<0.01)、増加率
各測定により得られた結果は、平均値
標準
は 11.9%だった。ヒラメ筋の運動神経終末の染色
誤差として表した。コントロール群との有意差は
面積はトレーニングによって 4.1%の増加率を示
student の t 検定を用いて検討し、すべての検定に
したが、コントロール群との有意差は認められな
おいて有意水準は 5 %未満とした。
かった(図 2)。
表 1 .マウスの体重と筋湿重量
Table 1.Body mass and muscle wet weight.
Control(n=3)
Body mass(g)
Soleus wet weight(mg)
Plantaris wet weight(mg)
Training(n=3)
Aging(n=3)
25.2 0.69
24.1 0.59
30.3 1.91
7.8 0.21
8.3 0.29
8.1 0.34
13.8 0.31
13.5 0.46
12.0 0.52*
Soleus/body mass(mg/g)
0.31 0.012
0.34 0.009
0.27 0.011
Plantaris/body mass(mg/g)
0.55 0.020
0.56 0.020
0.39 0.009**
Data represent means SE. *P<0.05, **P<0.01 vs. control.
(152)
AChR
5
Control
Number of AChR regions
Synaptophysin
Aging
図 1 .神経筋シナプスの運動神経終末と AChR の
蛍光染色
Fig.1.Representative images of fluorescently stained nerve
terminal and AChRs of the same NMJ.
Scale bar: 20µm
600
Staining area(μm2)
500
**
*
*
Control
Training
**
Aging
*
400
**
**
**
4
3
**
2
1
0
Soleus
Plantaris
図 3 .トレーニングと加齢による AChR 凝集断片数の変化
Fig.3. Change in number of AChR fragment caused by exercise training or aging.
Left images are representative AChR clusters in NMJs of
young adult and aging mouse.
Scale bars: 20µm. Data represent means SE. **P<0.01 vs.
control.
300
1st
2nd
3rd
28
200
26
Soleus
Plantaris
Soleus
AChR
Plantaris
Synaptophysin
図 2 .トレーニングと加齢による神経筋シナプスの形態
変化
Fig.2. Change in NMJ morphology caused by exercise training or aging.
Data represent means SE. *P<0.05, **P<0.01 vs. control.
Body weight (g)
100
0
Control
Training
Aging
24
22
20
Control
Training
18
0
0
C.加齢による神経筋シナプスの形態変化
30 か月齢の老齢マウス 3 匹からヒラメ筋と足
底筋を採取し、免疫蛍光染色によって神経筋シナ
プスの形態を若齢マウス(コントロール群)と比
1
2
3
4
5
6
7
Weeks after MuSK injection
図 4 .MuSK 蛋白免疫後のマウスの体重変化
Fig.4.Change in body weight after MuSK immunization.
Data represent means SE.
較した。老齢マウス群の体重、ヒラメ筋の湿重量
た(図 2)。
と相対的湿重量は若齢マウス群と比較して有意差
また、AChR 凝集の断片数を若齢マウス(ヒラ
は認められなかったが、足底筋の湿重量と相対的
メ筋:1.87 0.10 個,足底筋:1.87 0.09 個)と比
湿重量は有意に低下しており、速筋の萎縮が顕著
較した結果、ヒラメ筋(3.87 0.27 個)と足底筋
であることが示された(表 1)
。
(2.37 0.11 個)でともに有意な増加が認められ(ヒ
老齢マウスの運動神経終末の染色面積はヒラメ
ラ メ 筋:P<0.01, 足 底 筋:P<0.01)、AChR 凝 集
筋と足底筋でともに有意に増加し(ヒラメ筋:
P<0.05,足底筋:P<0.01)
、増加率はヒラメ筋で
の断片化が生じていることが示された。なお、コ
11.1%、足底筋で 16.7%だった。また、AChR 凝
凝集の断片数に有意差は認められなかった(図 3)
。
集の染色面積もヒラメ筋と足底筋でともに有意に
ントロール群とトレーニング群の間では、AChR
D.MuSK 蛋白の免疫による体重変化
増加し(ヒラメ筋:P<0.05,足底筋:P<0.01)
、
神経筋シナプスの形態解析を行う 3 匹を除いた
増加率はヒラメ筋で 8.7%、足底筋で 12.0%だっ
各群残り 4 匹のマウスに MuSK 蛋白を免疫し、
(153)
Normal
本研究で用いた動物モデルは、本来は MuSK
CMAP decrement (%)
10
Abnormal
抗体による重症筋無力症を解析するために創出さ
れたものである 21)。重症筋無力症は自己免疫疾
8
患であり、サルコペニアとは発症の引き金が異な
6
る。しかしながら、これら 2 つに認められる筋萎
4
縮や筋力低下といった症状は、筋と運動神経の維
2
的な作用機序が共通していると考えられる。現在
0
持機能が崩壊することによって生じるという基本
までのところ、MuSK とサルコペニアの直接的な
Control Training
図 5 . 反復神経刺激による CMAP の減衰率の測定
Fig. 5.Measurement of CMAP decrement by repetitive nerve
stimulation after MuSK immunization.
Left figures are electromyographic traces during repetitive
nerve stimulation. All mice exhibited normal response before
MuSK immunization. One sedentary mouse exhibited abnormal response after MuSK immunization. Data represent means
SE.
関連を示した研究は報告されていない。しかし最
近になって、MuSK の活性化分子として運動神経
終末から分泌される agrin の分解を促進させた遺
伝子改変マウスでは、若齢時から神経筋シナプス
の形態変化とともにサルコペニア様の筋症状が現
れると報告された 4)。これは、agrin の分解促進
による MuSK の機能発現の低下がサルコペニア
の発症を誘導していると考えることができる。そ
免疫開始 2 週間後と 5 週間後に追加免疫した。産
れ故、MuSK 機能を抑制する本研究の動物モデル
生された抗 MuSK 抗体による MuSK の機能抑制
は、サルコペニアの主要な原因を解明するための
から神経筋シナプスの変性を誘導し、筋萎縮の誘
有用なツールになりうると考えている。
発を試みたが、3 回の免疫後においても両群の体
しかしながら、本研究では神経筋シナプスの変
重変化に有意差は認められなかった(図 4)
。
性による筋機能の低下を誘導することができず、
E.MuSK 蛋白の免疫による神経筋シナプス
伝達能の変化
研究の目的を十分に検討しているとは言い難い。
また、研究期間の制約により神経筋シナプスの形
免疫開始 7 週間後に筋電図を行い、神経筋シナ
態的評価を行うことができなかった。我々は以前
プスの伝達能を測定した。通常、反復神経刺激に
より A/WySnJ、A/J などの補体欠損マウスを使用
よる CMAP の漸減現象は、減衰率が 10%以上の
し、2 回の MuSK 蛋白免疫で 2 割以上の体重低下
場合に異常と判定する 30)。免疫開始前の測定で
を免疫開始から 1 か月以内で誘導している 21)。
は、漸減現象を示したマウスは両群ともに認めら
これらの系統のマウスを用いた場合、体重低下の
れなかった。MuSK 蛋白免疫後では、コントロー
誘発率は 100 %であり、更に低下の経過は非常に
ル群のマウス 1 匹に 10%以上(11.3%)の減衰率
再現性が高かった 21)。しかしこれらの系統は免
を示す漸減現象が認められ、神経筋シナプスの変
疫系に異常があることも報告されており 27)、本
性によって顕著な神経筋伝達障害が生じていると
研究ではより一般的な見解を得るために、実験動
考えられた。また、トレーニング群はコントロー
物として頻繁に利用されている C57BL/6 マウス
ル群と比較して低い減衰率を示したが、有意差は
を用いた。しかし、MuSK 蛋白の免疫を 3 回行っ
認められなかった(P=0.13)
(図 5)
。
ても顕著な体重低下を誘導することはできず、
考 察
C57BL/6 マウスは MuSK 蛋白の免疫や神経筋シ
ナプスの変性に対して抵抗性が大きいと考えられ
本研究では、MuSK 機能の抑制による神経筋シ
た。従来の重症筋無力症の動物モデルにおいて
ナプスの変性を、老化による神経筋シナプスの変
も、マウスの系統によって発症率に大きな差が
性を想定するためのモデルとして利用し、運動ト
認められると報告されている 3)。先行研究では、
レーニングがその変性を抑制して筋機能を維持で
C57BL/6 マウスの MuSK 抗体に対する感受性は
きるかどうかを検討した。
比較的高いとされているが、顕著な体重低下を示
(154)
す割合は 5 割以下である 17)。それ故、研究開始
本研究では MuSK 蛋白免疫後の組織形態学的な
時のサンプル数を十分に確保しておくことが大切
評価を行うことはできなかったが、今後は神経筋
であるが、実験に用いるマウスの系統の選択も今
シナプスの形態解析を含め、運動トレーニングが
後の改善点として考慮すべきことであると考えら
神経筋シナプスの変性を抑制する機序を多面的に
れた。
検討していく必要があると考えられる。
本研究では、MuSK 蛋白免疫後の神経筋シナプ
本研究では運動トレーニングにより神経筋シナ
スを組織形態学的な方法で評価することができな
プスの形態変化が認められたが、その変化率は先
かったため、筋電図による機能生理学的な方法を
行研究の結果 2,8,10,11,14)と比較して小さく、またヒ
用いた。その結果、有意差は認められなかった
ラメ筋のプレシナプスでは有意差が認められな
が、トレーニング群はコントロール群と比較して
かった。本研究では筋の whole-mount による染色
筋活動電位の減衰率が小さかった。更に、異常と
法を用いたが、横断切片による染色法と比較して
みなされる 10%以上の減衰率を示したマウスは
3 次元構造の影響を受けやすいと考えている。老
コントロール群のみに認められた。これはプレシ
齢マウスの神経筋シナプスの形態解析において
ナプスの ACh 放出量やポストシナプスの AChR
も、すべての項目で若齢マウス(コントロール
数の減少を反映している。老齢動物が反復神経刺
群)との有意差が認められたが、先行研究の結
激によって筋活動電位の漸減反応を示すという報
果 2,9,10,14) と比較すると同様にその変化率は小さ
告はないが、終板電位が閾値を超える際の余裕量
かった。これらのことを考慮すると、今回の測定
を示す safety factor が老齢ラットで低下するとい
方法は神経筋シナプスの変化をやや過小に評価し
うことが報告されている
。最近の研究では、
ている可能性があり、それ故ヒラメ筋での変化を
老齢マウスにおいて、プレシナプスからの ACh
見いだすことができなかったのかもしれない。ま
放出に関与する分子が密集した active zone の数
た、ヒラメ筋は姿勢バランスを制御する筋として
が減少していると報告されている 5)。また、蛍光
日常の活動でも動員されていることから 15)、今
18)
リガンドによる AChR 凝集の染色性の低下から、
回の運動強度では負荷が小さくトレーニング効果
AChR 密度の低下も示唆されている 29)。本研究に
を得られなかった可能性も考えられる。
おいても先行研究
と同様に、老齢マウス
また運動強度に関して、先行研究の多くはト
でプレシナプスとポストシナプスのサイズ増大と
レッドミルによるマウスやラットのランニング速
2,9,10,16,29)
ともに AChR 凝集の断片化が認められたが、こ
度を 24∼28m/分に設定しており、本研究よりも
れは safety factor の低下を補うための代償反応と
高い運動負荷を与えている 2,8,11,14)。マウスに対す
考えることができ、老化によって神経筋シナプス
る負荷の程度を評価することは難しいが、これは
の伝達障害が発生しやすい状態になっているこ
最大酸素摂取量(VO2max)の 75∼80%に相当する
とを示唆している。したがって、本研究で用い
と推定されている 14)。全身持久力の維持向上に
た MuSK 機能の抑制による神経筋伝達の障害は、
必要な運動強度は 50∼85%VO2max とされている
safety factor が極端に低下した状態を表している
が、高齢者を含め運動をしていない人たちへの安
と考えることができる。本研究では、8 週間の運
全性を考慮すると、50∼74%VO2max の比較的低強
動トレーニングによって、ヒラメ筋と足底筋のポ
度な運動が勧められている 1)。また、旧・厚生省
ストシナプス、足底筋のプレシナプスの染色領域
から発表された
「健康づくりのための運動所要量」
の増加が認められた。プレシナプスからの ACh
においても、特に安全性を考慮して 50%VO2max
放出量は運動神経終末のサイズに比例し、放出さ
の運動強度が推奨されている。本研究の結果は、
れた ACh の効果発現はポストシナプスの AChR
少なくとも速筋においては低強度の運動トレーニ
数に依存している
。それ故、運動トレーニン
ングであっても神経筋シナプスの適応反応を誘導
グによるプレシナプスとポストシナプスのサイズ
することが可能であることを示しており、高齢者
増大が safety factor を上昇させ、MuSK 抗体によ
や低体力者においても実践できる可能性を示唆し
る神経筋伝達能の低下を抑制した可能性が高い。
ている。
32)
●
●
●
●
(155)
総 括
本研究では、MuSK 機能の抑制による神経筋シ
ナプスの変性を、老化による神経筋シナプスの変
性を想定するためのモデルとして利用し、8 週間
の運動トレーニングがその変性を抑制して筋機能
を維持できるかどうかを検討した。しかしながら、
神経筋シナプスの変性によるマウスの体重低下を
誘導することができず、神経筋シナプスの形態的
4)Bütikofer L, Zurlinden A, Bolliger MF, Kunz B,
Sonderegger P(2011): Destabilization of the neuromuscular junction by proteolytic cleavage of agrin results in
precocious sarcopenia. FASEB J, 25, 4378-4393.
5)Chen J, Mizushige T, Nishimune H(2012): Active zone
density is conserved during synaptic growth but impaired in
aged mice. J Comp Neurol, 520, 434-452.
6)DeChiara TM, Bowen DC, Valenzuela DM, Simmons MV,
Poueymirou WT, Thomas S, Kinetz E, Compton DL, Rojas
E, Park JS, Smith C, DiStefano PS, Glass DJ, Burden SJ,
評価の不足も含め、研究の目的を十分に検討する
Yancopoulos GD(1996): The receptor tyrosine kinase
ことができなかった。しかし機能生理学的な評価
MuSK is required for neuromuscular junction formation in
では、有意差は認められなかったが、トレーニン
vivo. Cell, 85, 513-523.
グ群はコントロール群と比較して神経筋伝達障害
の程度が小さかった。更に、異常とみなされる筋
電図所見を示したマウスはコントロール群のみに
認められた。トレーニング終了後の神経筋シナプ
スでは、ヒラメ筋と足底筋のポストシナプス、足
底筋のプレシナプスの染色領域の増加が認められ
ており、神経筋シナプスのサイズ増大によって神
経筋伝達の safety factor が上昇し、神経筋シナプ
スの変性による伝達障害を抑制した可能性が考え
7)Deschenes MR, Judelson DA, Kraemer WJ, Meskaitis VJ,
Volek JS, Nindl BC, Harman FS, Deaver DR(2000): Effects of resistance training on neuromuscular junction morphology. Muscle Nerve, 23, 1576-1581.
8)Deschenes MR, Maresh CM, Crivello JF, Armstrong LE,
Kraemer WJ, Covault J(1993): The effects of exercise
training of different intensities on neuromuscular junction
morphology. J Neurocytol, 22, 603-615.
9)Deschenes MR, Roby MA, Eason MK, Harris MB(2010):
Remodeling of the neuromuscular junction precedes sar-
られた。今後は神経筋シナプスの形態解析を含め、
copenia related alterations in myofibers. Exp Gerontol, 45,
運動トレーニングが神経筋シナプスの変性を抑制
389-393.
する機序を多面的に検討していく必要があると考
えられる。
謝 辞
本研究を実施するにあたり、多大な研究助成をいただき
ました財団法人明治安田厚生事業団に深く感謝申し上げま
す。また、実験に協力していただいた本研究チーム所属の
中山亮氏、村瀬尚哉氏に感謝いたします。
参 考 文 献
1)American College of Sports Medicine position stand(1990):
10)Deschenes MR, Roby MA, Glass EK(2011): Aging influences adaptations of the neuromuscular junction to endurance training. Neuroscience, 190, 56-66.
11)Deschenes MR, Tenny KA, Wilson MH(2006): Increased
and decreased activity elicits specific morphological adaptations of the neuromuscular junction. Neuroscience, 137,
1277-1283.
12)Doherty TJ(2003): Invited review: Aging and sarcopenia.
J Appl Physiol, 95, 1717-1727.
13)Evans WJ(1995): What is sarcopenia? J Gerontol A Biol
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The recommended quantity and quality of exercise for de-
14)Fahim MA(1997): Endurance exercise modulates neu-
veloping and maintaining cardiorespiratory and muscular
romuscular junction of C57BL/6NNia aging mice. J Appl
fitness in healthy adults. Med Sci Sports Exerc, 22, 265274.
2)Andonian MH, Fahim MA(1987): Effects of endurance
exercise on the morphology of mouse neuromuscular junctions during aging. J Neurocytol, 16, 589-599.
3)Berman PW, Patrick J, Heinemann S, Klier FG, Steinbach
Physiol, 83, 59-66.
15)Hennig R, Lømo T(1985): Firing patterns of motor units
in normal rats. Nature, 314, 164-166.
16)Jang YC, Remmen HV(2011): Age-associated alterations
of the neuromuscular junction. Exp Gerontol, 46, 193-198.
17)Jha S, Xu K, Maruta T, Oshima M, Mosier DR, Atassi MZ,
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Hoch W(2006): Myasthenia gravis induced in mice by
strains of mice to experimental myasthenia gravis. Ann N Y
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(156)
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junctions in aging and disease. Geriatr Gerontol Int, 10,
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27)Thompson JS, Bixler SA, Qian F, Vora K, Scott ML,
20)Lexell J, Taylor CC, Sjöström M(1988): What is the cause
Cachero TG, Hession C, Schneider P, Sizing ID, Mullen C,
of the ageing atrophy? Total number, size and proportion of
Strauch K, Zafari M, Benjamin CD, Tschopp J, Browning
different fiber types studied in whole vastus lateralis muscle
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receptor that specifically interacts with baff. Science, 293,
21)Mori S, Kubo S, Akiyoshi T, Yamada S, Miyazaki T, Hotta
H, Desaki J, Kishi M, Konishi T, Nishino Y, Miyazawa A,
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28)Tinetti ME, Williams CS(1997): Falls, injuries due to
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29)Valdez G, Tapia JC, Kang H, Clemenson GD Jr, Gage FH,
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restriction and exercise. Proc Natl Acad Sci U S A, 107,
Phys Med, 58, 115-130.
23)Moritani T, deVries HA(1980): Potential for gross muscle
hypertrophy in older men. J Gerontol, 35, 672-682.
24)Roubenoff R, Castaneda C(2001): Sarcopenia-understanding the dynamics of aging muscle. JAMA, 286, 1230-1231.
25)Shigemoto K, Kubo S, Maruyama N, Hato N, Yamada H,
14863-14868.
30)Wirguin I, Brenner T, Sicsic C, Argov Z(1994): Variable
effect of calcium channel blockers on the decremental
response in experimental autoimmune myasthenia gravis.
Muscle Nerve, 17, 523-527.
31)Wolfson L, Judge J, Whipple R, King M(1995): Strength
Jie C, Kobayashi N, Mominoki K, Abe Y, Ueda N, Matsuda
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32)Wood SJ, Slater CR(2001): Safety factor at the neuromuscular junction. Prog Neurobiol, 64, 393-429.
Contents
〔Outstanding Research Award〕
The effects of an afterschool physical activity program on
cognitive function in preadolescent children: A study of brain
health and cognitive development.
Keita Kamijo, et al.
1
A cross-sectional study for the association between thermal/
lighting environments and blood pressure variability.
Kenji Obayashi, et al.
11
Development and evaluation of pelvic floor muscle exercise
program for preventing stress urinary incontinence in
postpartum women.
Mikako Okamoto, et al.
23
Effect of exercise in hypoxia on flow-mediated vasodilation.
Keisho Katayama, et al.
34
Effect of physical activities on the primary prevention of
musculoskeletal disorders: A prospective cohort study.
Masamitsu Kamada, et al.
43
Hiroshi Kawano, et al.
52
What kind of exercise mode suppresses appetite?
Involvement of intramyocardial triglyceride and carotid
intima-media thickness in exercise capacity.
Maengkyu Kim, et al.
62
Identification of genetic polymorphisms associated with
trainability of muscle mass after strength training in elderly
Japanese people with sarcopenia.
Mitsutoshi Kurosaka, et al.
70
Impact of changes in obesity indices on the progression of
early atherosclerotic lesions.
Aiko Sakamoto, et al.
78
Effects of exercise training on the risk developing Alzheimer s
disease by obesity and type 2 diabetes.
Takuya Sakurai, et al.
87
Ryosuke Shigematsu, et al.
97
Translation of an effective exercise intervention into a
community-based program.
Effect of aerobic exercise training on central arterial
hemodyamics in postmenopausal women.
Jun Sugawara, et al.
108
Response of extracellular proteases in the hippocampus to a
bout of exercise.
Takeshi Nishijima, et al.
118
Development of diagnosis method for sarcopenia to prevent
falls and fractures in frail elderly individuals.
Tetsuro Hida, et al.
128
Risk factors for deteriorated physical performance and its
association with falls.
Shigeyuki Muraki, et al.
138
Effect of exercise training on degeneration of neuromuscular
junction.
Shuuichi Mori, et al.
148
第27回健康医科学研究助成論文集
発行日
2012 年 3 月 16 日
発行者
財団法人 明治安田厚生事業団
〒160-0023
東京都新宿区西新宿 1-8-3
電話
(03)
3349-2828
印 刷
東京六法出版株式会社