医療環境における臭気調査と大豆由来の消臭剤の

Health Sciences Vol. 30 No. 1 2014
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Copyright © 2014 by The Japan Society of Health Sciences
〈原著〉
医療環境における臭気調査と大豆由来の消臭剤の効果
西森 友則 1) 斉藤 菜奈 1) 立石 由美子 1) 杉本 富士美 1)
佐々木 智子 1) 益子 健康 1) 井上 大輔 2) 谷藤 泰正 3)
1)医療法人 健仁会 益子病院 2)順天堂大学医学部 緩和医療学 3)東京慈恵医科大学 麻酔科学、星薬科大学薬品毒性学
要旨
我々は、看護師に対し医療環境における臭気に対する意識調査を行い、90% 以上の看
護職員が外来および病室で不快なにおいを感じていることが分かった。この結果から臭
気対策は医療従事者にとっても患者にとっても早期に解決すべき重要な問題であること
が示唆された。そこで、大豆由来の脂肪酸を主成分とする消臭剤(PROTECT JOKER®)
の消臭効果を検討した。方法は、消臭剤未使用と消臭剤使用の 20% 稀釈液および原液で
噴霧後、2 時間後、6 時間後、13 時間後に各病室でにおいセンサーによる臭気値を測定し、
比較検討した。その結果、PROTECT JOKER®20% 希釈液、PROTECT JOKER® 原液のい
ずれにおいても臭気値は、有意に低下し、医療環境におけるこの消臭剤の効果を確認した。
Ⅰ.はじめに
(ADL)の低下や認知症患者の増加により、
ベッ
人口問題研究所の発表によれば 、人口の年
1)
ド上での便排泄や失禁などが不快な臭いの発生
齢構成は年々高齢化し、65 歳以上の老年人口
の原因となっている
の 総 人 口 に 占 め る 割 合 は 2013 年 で は 25.1~
患者は、治療のためや病状によりベッド上での
25.2% で 4 人 に 1 人 を 上 回 り、2060 年 に は
療養を余儀なくされ、病室内で排泄物の処理が
39.9%、2.5 人に 1 人が老年人口になると予測
行われている。不快な臭いは、患者の治療意欲
している。これに伴い、医療現場でも、高齢者
や生活の質の低下を招く要因となっている。看
の入院の割合が年々増加すると考えられる。
護の基本であるヘンダーソンの提言 の中にも
医療現場では、高齢化に伴った日常生活活動
。急性期治療を受ける
2)3)
4)
「安楽のための工夫として臭気の調節が必要で
ある」と述べている。
Questionnaire survey of medical staffs’feeling in
hospital odor and effect of soybean deodorant in medical
environment. Tomonori Nishimori1), Nana Saito1), Yumiko
Tateishi1), Fujimi Sugimoto1), Tomoko Sasaki1), Kenko
Mashiko1), Daisuke Inoue2), Yasumasa Tanifuji3)
1)
Mashiko Hospital
2)
Juntendo University School of Medicine
3)
The Jikei University School of Medicine, Hoshi
University School of Pharmaceutical
〔受付日:2013 年 11 月 1 日/採択日:2014 年 1 月 23 日〕
医療現場における臭気対策は、患者へのケア
の一環と言える。
我々は、最初に当院の看護環境における臭気
及び臭気対策を把握するため、看護職員に意識
調査を行った。その結果をもとに患者に安全な
消臭剤の効果について検討した。
2
Health Sciences Vol. 30 No. 1 2014
Ⅱ.調査方法
2)臭気測定
臭気測定には、特定のターゲット(硫化
1.医療機関の臭いに関する実態調査
水素、アセルデヒド、アンモニアなど)に
1)調査対象施設
埼玉県川口市の急性期病院で、入院ベッ
ド 145 床、築年数 38 年である。
反応するのではなく、対象の物質の構造式
により、水素、一酸化炭素に反応がなく、
硫黄や窒素が含み、炭素数が増したり、不
2)調査対象者
看護職員 137 名
飽和度(二重結合、三重結合)が増加すれ
内訳 : 外来看護師(透析外来も含む)46
ば臭いが強くなるなどの臭覚の特性と臭い
センサーの特性を類似させた新コスモ社製
名
病棟看護師(看護助手も含む)91 名
臭いセンサー XP-329ⅢR を用い、測定し
た。
3)調査項目(表 1)
臭気測定時間は、清潔ケア前 9 時(噴霧
アンケート調査は 4 項目について行った。
なしか、噴霧直前)
、清潔ケア . 排泄ケア
4)調査日程と方法
調査日程 : 平成 24 年 12 月 24 日
~平成 25 年 1 月 15 日
方法は実施前に調査対象者に調査の概
終了後 11 時(噴霧 2 時間後)
、昼食 . 排泄
終了後 15 時(噴霧後 6 時間後)
、排泄ケア
後 . 消灯時間の 22 時(噴霧後 13 時間後)
要、目的を書面で説明し、任意、留置方式
の 4 回測定した。消臭剤の噴霧は、各部屋
で行い、回収した。
の中心部にマーキングし、同じ場所で噴霧
2.医療機関における大豆由来の消臭剤の消臭
し、測定した。噴霧方法は、1 日 1 回で 9
時の臭気値測定直後に 1 ベッドにつき
効果の検討
10mL を病室内に噴霧した。
1)対象および方法
上記の医療機関での臭いに対するアン
消臭剤未使用群、PJ20% 希釈群、PJ 原
ケート調査の結果を基に、大豆由来の脂肪
液群それぞれ 1 日 4 回、7 日間臭気値を 10
酸を主成分に水と乳化剤として少量の 1-
病室で測定し、これらの 3 群間の各時間に
3 ブチレングリコールを含む消臭剤
おける臭気値を分散分析後、Scheffe 法、
(PROTECT JOKER® 以下 PJ)の消臭効果
Tukey-Kramer 法を用い、統計処理を行っ
を検討した。
た。
対象とした病室は 10 室(内訳:2 人部
この臨床検討については、院内倫理委員
屋 9 室、5 人部屋 1 室)で消臭剤未使用群、
会の承認を得て、また対象となった病室の
PJ20% 希釈液群、PJ 原液群の 3 群に分け 1
患者、家族にも研究概要、目的を説明し承
週間の間隔を置き、それぞれ 7 日間連続で
諾を得て実施した。
臭気値を測定した。
看護環境における臭気調査
設問1
外来、病棟で不快な臭いがしますか
設問2
不快な臭いの原因は何ですか(複数回答可)
設問3
強く不快の臭いを感じるのは何時ですか(複数回答可)
設問4
現在、臭気対策として行っていることは何ですか(複数回答可)
表1:アンケート調査項目
表1:アンケート調査項目
3
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図1:臨床現場のにおいに対する意識調査結果
Ⅲ.結果
外来部門
1.医療機関の実態調査
H 排水管,
14.4%
アンケートの回収率は 96.3% で、その内 77.2%
が、有効であった。
A 排泄物
38.5%
,
H 排水管, 24.0%
G カビ・.ホコリ,
10.6%
1)看護職員の臨床現場での臭いに対する意
識(図 1)
F 食事, 5.1%
外来では、臨床現場で不快な臭いを感じ
G カビ・ホコリ, 6.3%
E 消毒液
2.6%
,
F 食事, 5.2%
D 血液, 2.6%
る看護職員は「非常に臭う」31.3%、
「か
E 消毒液 , 3.6%
C 喀痰, 3.9%
なり臭う」34.3%、
「不快に感じる」21.9%
D 血液, 1
B 体臭, 23.1%
全体で 87.5% であった。一方、
病棟では
「非
A 排泄物
38.5%
A 排泄
常に臭う」、54.3%、
「かなり臭う」24.3%、
「不
B 体臭
23.1%
B 体臭
C 喀痰
3.9%
C 喀痰
快に感じる」18.6%」で、全体でも 97.1%
D 血液
2.6%
D 血液
E 消毒
E 消毒液
2.6%
の看護職員が不快な臭いを感じている。こ
F 食事
5.1%
F 食事
の結果から外来、病棟の臨床現場で不快な
G カビ・ホコリ
10.6%
G カビ
H 排水管
14.4%
H 排水
臭いを感じている割合に大きな差はなかっ
外来部門
図2:不快なにおいの原
病棟部門
た。しかし、「非常に臭う」が外来よりも
H 排水管,
14.4%
病棟での方が 20% 高く、療養環境である A 排泄物
38.5%
病棟の方が不快な臭気を多く発生しやすい
G カビ・.ホコリ,
A 排泄物
35.4%
,
H 排水管, 24.0%
10.6%
状況であることが示唆された。
2)不快な臭いの原因(図
F 食事, 5.1% 2)
G カビ・ホコリ, 6.3%
E 消毒液
,
不快な臭いの原因としては、外来も病棟
2.6%
も「排泄物」による臭いが最も多い。次い
F 食事, 5.2%
D 血液, 2.6%
C 喀痰, 3.9%
で外来では「体臭」
「排水管」
、
、
病棟では
B 「排
体臭, 23.1%
水管」、「体臭」、
「喀痰」の順であった。こ
A 排泄物
38.5%
B 体臭
23.1%
れらの排泄物、体臭、喀痰などは患者由来
C 喀痰
3.9%
D 血液
2.6%
のもの、排水管、カビ、ホコリは建物由来
E 消毒液
2.6%
F 食事
5.1%
による臭いである。臨床現場での不快な臭
G カビ・ホコリ
10.6%
H 排水管
14.4%
いは、主に患者由来の臭気と建物由来の臭
気の混合臭であることが分かった。
E 消毒液 , 3.6%
D 血液, 1.6%
B 体臭, 13.5%
C 喀痰, 10.4%
A 排泄物
35.4%
B 体臭
13.5%
C 喀痰
10.4%
D 血液
1.6%
E 消毒液
3.6%
F 食事
5.2%
G カビ・ホコリ
6.3%
H 排水管
24.0%
図2:不快なにおいの原因
図2:不快なにおいの原因
,
4
Health Sciences Vol. 30 No. 1 2014
臭効果よりも患者の診察、診療や処置の違
3)不快な臭いを強く感じる時間帯(図 3)
いによるものと思われる。
外来では「常時」不快な臭いを感じるが
29.2% と 多 く、 時 間 と し て は「9 時 」 が
26.8% で多かった。
2.医療機関における PJ の消臭効果の検討
病棟では、「9 時」が 28.5%、
「14 時」が
各病室での臭気値、臭気値に対する消臭剤の
31.2% と多く、また外来より少ないが「常
効果は概ね一定傾向がみられた。
ここでは医療、
時」16.2% の病棟看護婦が不快な臭いを感
看護の必要度が高く、
臭気に特徴が見られる
「褥
じている。時間との関係で考えると、外来
瘡患者」
、
「膀胱留置カテーテル使用患者」
、
「お
では「9 時」に最も不快な臭いを感じ、そ
むつ使用患者」の病室の臭気および消臭剤の効
の後時間と共に減少する。一方、病棟では
果について記述し、最後に 10 室全部の PJ 消臭
「9 時」と「14 時」の 2 回、最も不快な臭
いを感じる時間帯である。これらの時間帯
剤の効果について総括した。
1)褥瘡患者・2 人部屋(図 4)
の 9 時頃は外来患者の出入りが多く、
また、
褥瘡には、感染による創傷臭が加わり、
病棟の 9 時、14 時は患者の排泄物の処理、
治療として創傷ケアも行われる。この部屋
治療や処置などで人の出入りが多い時間帯
のコントロールの消臭剤未使用群の 1 週間
と一致している。
の平均臭気値(Mean±SD)は、9 時 320
不快な臭い
±190、11 時 467±173、15 時 377±165、
を感じる
22 時 422±172 で、日内の臭気値としては
50%
外来部門
40%
清潔ケア、排泄ケア後の 11 時に最も高い
病棟部門
30%
値 を 示 し た。 消 臭 剤 の 効 果 は、11 時 で
25%
PJ20% 希釈液群、PJ 原液群とも低下を示
20%
15%
したが、有意差は PJ 原液噴霧群のみであっ
10%
た。15 時、22 時については、低下傾向が
5%
見られたが消臭剤の濃度による有意差は認
0%
9時
12時
14時
時間
9時
12時
14時
18時
21時
5時
常時
11
6
5
4
2
1
12
18時
外来
26.8%
14.6%
12.1%
9.7%
4.8%
2.4%
29.2%
21時
5時
常時
められなかった。
病棟
32
6
35
7
10
4
18
28.5%
5.3%
31.2%
6.2%
8.9%
3.5%
16.2%
図3:不快なにおいを感じる時間帯
図3:不快なにおいを感じる時間帯
4)臭気対策
外来の臭気対策としては、
「空気清浄器」
が 37.5% と 最 も 多 く、 次 に「 換 気 」 の
34.3%, 次いで「消臭剤」21.8%、
その他 6.2%
臭気値
Mean±SD
800
消臭剤未使用群
PJ20%希釈群
700
PJ原液群
600
※
500
400
300
200
の順であった。
一方、病棟では、
「換気」が 47.4%、
「空
気清浄器」が僅か 0.7% と外来に比べ少な
く、逆に消臭剤は 49.5% と外来に比べ 2
倍程度多く使用している。
この外来と病棟の換気対策の違いは、消
100
0
9時
11時
15時
22時
P<0.05 分散分析後
多重比較:Scheffe法と
Tukey-Kramer法
図4 褥瘡患者・2部屋
図4 褥瘡患者・2部屋
ー PROTECT
JOKER®の消臭効果ー
ーPROTECT JOKERの消臭効果ー
®
5
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臭気値
臭気値
Mean±SD
800
Mean±SD
800
消臭剤未使用群
消臭剤未使用群
700
PJ20%希釈群
PJ20%希釈群
700
PJ原液群
PJ原液群
600
600
※
500
500
※
※
400
400
300
300
200
200
100
100
0
0
9時
11時
15時
9時
22時
P<0.05 分散分析後
多重比較:Scheffe法と
Tukey-Kramer法
11時
15時
22時
P<0.05 分散分析後
多重比較:Scheffe法と
Tukey-Kramer法
図6 オムツ使用患者・5人部屋
ーPROTECT JOKERの消臭効果ー
図 5 膀胱留置カテーテル使用患者・2人部屋
図5 膀胱留置カテーテル使用患者・2人部屋
ーPROTECT JOKERの消臭効果ー
ー PROTECT JOKER®
® の消臭効果ー
®
図 6 オムツ使用患者・5人部屋
ー PROTECT JOKER®の消臭効果ー
2)尿道留置カテーテル使用・2 人部屋(図 5)
尿道留置カテーテル使用では、尿がバッ
クに排泄されることから尿臭が漏れること
が少ないと考えられる。消臭剤未使用の臭
気値は、褥瘡患者の 2 人部屋とほぼ同じ傾
向で、清潔ケアと排泄ケアの両方を行う
11 時がピークで 544±165 で排泄のみの 15
時、22 時 は、403±154、388±124 と 低 下
した。消臭剤の効果は、各時間帯で PJ20%
希釈液群、PJ 原液群とも臭気値を低下さ
せたが、消臭効果で有意差は、22 時の噴
霧なし群と PJ 原液群間でのみ見られた。
3)おむつ使用患者・5 人部屋(図 6)
前の 2 部屋に比べ 9 時の消臭剤未使用の
臭気値は 419±47 と前の 2 人部屋の 322±
29、305±47 に比べ高値を示した。臭気値
臭気値
mean±SD
800
消臭剤未使用群
PJ20%希釈群
700
PJ原液群
600
※
500
※
※
※
※
※
※
※
※
400
300
200
100
0
例数
80 69 70
69 60 70
77 69 70
9時
11時
15時
68 70 70
22時
※P<0.05:分散分析後、多重比較:Scheffeと
Tukey-Kramer法による
図 7 全
10 室の PROTECT JOKER®の消臭効果
図7 全10室のPROTECT JOKERの消臭効果
®
のピークは二人部屋と同様、11 時がピー
た。9 時の 3 群間の比較では、消臭剤未使
クで、11 時、15 時、22 時の PJ20% 希釈群、
用群と PJ20% 稀釈群の両群 PJ 原液群との
PJ 原液群両群全部に消臭効果が見られ、
群 間 に 有 意 差 が 見 ら れ た。 次 に、11 時、
低下した。特に、15 時、22 時の原液噴霧
15 時の臭気値測定では消臭剤未使用群が
で統計的にも有意差が見られた。
PJ20% 稀釈群及び PJ 原液群の噴霧による
4)Joker 消臭剤の全 10 室の消臭効果(図 7)
臭気値低下に有意差が見られた。22 時に
対象とした 10 室の各時間における有効
は、消臭剤未使用群と PJ20% 希釈群及び
数は 68~80 例であった。これらの 3 群を
原液群間に 11 時、15 時と同様の有意差が
各時間で群間の有意差検定を行い、評価し
見られた。更にこの時間では PJ20% 希釈
6
Health Sciences Vol. 30 No. 1 2014
群と PJ 原群間にも臭気値低下に有意差が
しかし、医療現場では、発生源として身体が対
見られた。
象になることもあり、消臭、脱臭についても安
心、安全が最も重要である。換気については、
Ⅳ.考察
外気からの花粉、大気汚染、PM2.5 の問題など
今回の臭いの意識調査で、臨床現場で外来看
限界があり、これらを考慮し、より良い換気方
護職員の 87.5%、病棟看護職員の 97.1% が不快
法を選択する必要がある。最も手軽な方法であ
を感じている。この調査結果は、2006 年の板
る消臭、脱臭剤については、医療現場という特
倉ら の病院内の臭いに対する看護職員の意識
殊環境から、癌の場合では腫瘍からの癌臭や本
調査で「においの気になり度」の問いに対し、
人の臭覚の変化、また認知症患者では消臭剤の
に お い が 気 に な る が、A 病 院 82.2%、B 病 院
誤飲などの問題も考えられる。香料による臭覚
5)
76% と我々の調査結果と同様高い値を示して
マスキング、感覚消失などの一般的な方法が、
いる。これらの結果から、臭気対策は病院の臨
どの程度効果があるか、安全か、などについて
床現場での大きな課題である。
の報告は少ない。
当院の不快な臭いは、外来、病棟共、排泄物、
臭覚の評価は、臭覚のメカニズムが複雑で、
体臭など患者由来の臭いと排水管、かび、ホコ
個人差が大きく、体調や慣れに大きく左右され
リなど建物由来の臭いとの混合臭が主な原因と
ると云われている。このことからが臭いに共通
思われる。患者由来の臭いで最も多い排泄臭は、
する客観的な統一された強さや濃度を測定評価
床上排泄、放尿など問題行動が大きな要因と考
する方法はない。臭いの分析・測定方法には、
えられる。今回の調査対象の病棟も 65~80 歳
実際に人の臭覚を用いた「臭覚測定法」とガス
の高齢者が大半を占め、高齢者社会、認知症な
クロマトグラフィーなどで臭いの成分を定性
ど介護医療の増加を反映しているものと思われ
的・定量的に分析する「機器分析法」がある。
る。もう一つの混合臭の要因である建物由来の
臭いは、痛みと同様に感覚事象であるため、人
臭いについては、当院の建築年数 38 年、建築
による臭覚測定が最も信頼できるとされてい
年数と染み付き臭いが関連するとの光田ら
る。しかし、今回、新しい消臭剤の評価に信頼
の
2)
報告を裏付けるものと思われる。臭気の気にな
性が高い「臭覚測定法」ではなく、
「機器分析法」
る時間帯については、外来、病棟とも、仕事開
を用いた理由としては、
「臭覚測定法」は臭い
始、勤務交代時間の 9 時が多く、外来は時間と
を嗅ぎ分ける検査員(パネル)の選定が重要で
共に低下しているが、病棟では 12 時に低下し、
あり、今の、われわれの環境下で検査員を選び、
14 時に再び増加している。これらの変動は、
長い時間拘束する事は不可能である。そこで、
時間と共に臭いに対する嗅覚の順応性が臭覚を
低下させ、また休憩などにより臭覚の鋭敏さが
「機器分析法」を採用し、多くの症例で測定評
価した。
元に回復するなど臭覚の特徴を反映しているも
今回、使用した臭気測定器は新コスモス社製
のと思われる。当院の臭気対策として、外来で
「においセンサー- XP-329 Ⅲ」で金属酸化半
は「換気」と「空気清浄器」が 30% と同じ程
導体をセンサーとし、臭い分子を吸着すると半
度に使用されているが、病棟では「換気」50%
導体の電気伝導度に変化が起こり、この時の偏
で他は消臭、脱臭剤で「空気清浄器」は 0.5%
差電圧を数値化したものである。臭いは色々の
と殆ど使用されていない。これらの当院の今ま
物質の混合体のため 、単一の臭気としては
での臭気対策は、アンケート調査の結果からも
ppm などで表すことはできない。このセンサー
満足できるものではなかった。
の値は、臭いの強さ、臭いの強弱を相対的に数
6)
一般的な臭気対策は、一に発生源管理、次い
値化し、0~2000 無単位の数値で、生活臭の一
で換気、消臭、脱臭、感覚的消臭が挙げられる。
般トイレ値は 50、駅トイレは 140~290 である 。
7)
7
Health Sciences Vol. 30 No. 1 2014
今回の消臭効果の検討は、同じ様な臭いに対し
まとめ
消臭剤が、どの程度臭いを弱める効果があるか
1.意識調査により、院内外来、病棟共に医
どうかを決めるのには、この測定器で問題はな
療環境における不快な臭いの改善が必要な
いと考えられる。また、臭気センサー値と「臭
問題であることが指摘された。
覚測定法」による臭気指数との間に高い相関係
2. 臭気センサーによる消臭効果の評価で、大
数があるとの報告もあり 、このセンサーを用
豆由来の消臭剤(PROTECT JOKER®)が
いた病院内の臭いについての報告もみられる 。
院内の不快な臭いに対し 20% 希釈液より
8)
9)
今回使用した消臭剤 PJ は単純な大豆の不飽
和脂肪酸で、大豆レシチンをキレートによりナ
原液が強い消臭効果が認められた。
謝辞
ノサイズに細かく砕くと、分子はコロイド粒子
本論文の作成にあたり、御指導、御鞭撻をい
の性質を呈し、ブラウン運動を起こす。このブ
ただいた星薬科大学教授鈴木 勉先生に心より
ラウン粒子が臭気の成分であるメチルメルカプ
感謝いたします。また統計処理をお願いした東
トン、スカトールなどを無力化すると考えられ
京慈恵医科大学麻酔学教室准教授 三尾 寧先
ている。このことは、ナノテクノロジーによる
生の多大な御協力に感謝いたします。
一つの新しい機能創出による原子、分子レベル
の制御よると考えられる
。
10)
「機器測定法」の臭気値による PJ の消臭効果
は各時間帯で臭気値を PJ20% 希釈液、PJ 原液
こ の 研 究 に 使 用 し た 消 臭 剤 PROTECT
JOKER® は株式会社ブレスより提供を受けた。
利益相反はない。
共、統計的に有意に低下し、PJ の消臭効果が
引用文献
確認された。また、9 時と 22 時で、PJ20% 希
釈液と PJ 原液の臭気値低下効果に有意差が見
られ、PJ の濃度が濃いほど消臭効果が強い効
果を示した。10 室総括の 9 時のコントロール
の時点で、消臭剤未使用群と PJ20% 稀釈群及
び原液群間に有意差が見られた。この結果に関
しては各時点における入室患者の状態の違いな
どによることも考えられるが、測定方法とくに
3 群間の測定間隔が一週間では原液群のコント
ロールに PJ20% 希釈群の消臭効果が残存して
いたことも考えられる。この点群間の測定間隔
を長くすべきだったと思う。また臨床検討での
対象とくに患者の状態の違いなど問題は常に付
1) 日本の将来推計人口、(3)老年(65 歳)以上
人口および構成比の推移、国立社会保障、人
口問題研究所(平成 24 年 1 月推計)
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http://www.ecojoker.e-bress.com
ABSTRACT
We conducted a questionnaire survey of medical staffs about odor in our medical environment.
The results showed 90% and over of the medical staffs feel unpleasant smell in the sickrooms and
wards.
It was suggested that the control of odor is important problems for both medical staffs and
patients. Then we investigated the effect of the deodorant that contains soybean fatty acid as the
main ingredient on the odor. We measured odor levels on using odor sensor at 9, 11(3hours), 15
(6hours)and 22 o'clock(13hours)
, after no spraying and spraying 20% diluted solution and
undiluted solution of soybean deodorant at 9 o'clock. As results, the odor levels were significantly
decreased with both 20% diluted and undiluted solution.
It was showed that soybean deodorant(PROTECT JOKER®)is effective for improvement of
odor in our medical environments.
Key words: hospital odor, questionnaire, deodorant, odor sensor, odor level