名古屋地理 ■紙 No.19 : 2006.9 碑 [2] ■研究報告会発表要旨 溝口常俊ほか(名古屋大学環境学研究科) 忘れられた日本の景観「島畑」−地域環境史の視点− [3] 林 上(名古屋大学環境学研究科) 企業サービス業と知識サービス・地域ブランドの地理学 [6] 森下佳之(名古屋大学環境学研究科) 多治見市の中心商店街における空き店舗再利用の現状と課題 [9] 大城純男(名古屋市役所) 都市圏における産業別集積の経済の分析−都市密度 vs. 都市規模− [10] 神頭広好(愛知大学経営学部) わが国大都市における空間的集積の経済に関する考察 [11] ■シンポジウム抄録−中部国際空港と航空貨物 [14] 二村真理子(愛知大学) わが国の航空貨物の現状と課題 岩迫和芳(郵船航空サービス株式会社) 中部国際空港を活用する物流サービス 田矢庄吾・窪田和男(トヨタ自動車株式会社) トヨタの物流としてセントレアへ期待すること−補給部品の事例− ■合同シンポジウム記録 [17] 地理学再生(高木厳) ■巡検報告 [18] 新城市の自然と産業−棚田・鉛筆・木材−(溝口晃之) ■会 告 [5/9] 編集・発行 名古屋地理学会 〒 464-8601 名古屋市千種区不老町 名古屋大学環境学研究科地理学教室内 http://www.geog.lit.nagoya-u.ac.jp/nagoya_geo/ 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) 紙 碑 けて、学会の内部でも 対応をめぐって、さま 元名古屋地理学会会長の石水照雄名古屋大学名誉 ざまな努力が続けられ 教授が 2005 年 8 月 21 日に逝去されました。享年 73 ていることは周知の通 歳でした。石水先生は名古屋大学文学部に赴任されて りです。学会規模の大 以降、ここ名古屋の地において、大学での教育・研究は きさを問わず、地理学 もとより、日本における地理学研究の第一人者としてご の研究と教育を主体 活躍されました。とりわけ、理論・計量地理学という新し 的に担っていく専門家 い研究分野におけるご活躍は顕著であり、数々の論文 集 団 と し てど の よ うに や著書をものにされ、斯学の発展にご尽力されました。 対応していけばよいの そのご業績は国内の地理学関係者はもとより、広く国際 か、社会的に厳しく問われているように思われます。情 地理学会の関係者の間でも知られるほどで、評価には 報化、サービス経済化、グローバル化といった潮流に加 余りあるものがあると思います。このように偉大な地理学 えて少子高齢化という人口構造の変化も加わり、地理 研究者の近くで、ともに研究の道を歩み学会活動がで 学が学問的に取り組むべき対象は複雑になり錯綜状況 きたことを大変名誉に思うとともに、生前の石水先生の を呈しています。 お姿を思い浮かべながら、懐かしく感じ入る次第です。 石水先生がご活躍されていた時代に第一線で研究・ 石水先生は地理学の幅広い分野でご活躍される一 教育に当たっておられた諸先生の多くは社会的に退か 方、主たる活動の舞台であった名古屋とその周辺地域 れました。世代交代は世の習いですが、後を託された との関わりでも数多くのお仕事をされました。教育界は 世代の一員として、この複雑きわまりない世界をどのよう もとより、産業界や行政などとの関係でも、ご専門の地 にとらえるべきか、学問的に与えられた課題は大きいと 理学や都市研究の視点から貴重な発言や助言をされ、 痛感しています。過剰な情報の海の中でただただもが 地域の発展に貢献されました。名古屋地理学会でのご いているだけではないのか、といった気持ちにさえとら 活動はその一部であり、同学会の評議員、常任委員 われることがあります。そんなときこそ、先人の諸先生が 長、そして会長の職にあって全力を尽くされたことは、わ 遺されていった教育者・研究者としての教えや学問に れわれのよく知るところです。名古屋地理学会は、名古 対する態度を振り返り、その根底を貫いていたであろう 屋を中心とするこの地域にあって、地理学に関心をおも 精神に学びたいと思います。学問研究はいつの時代で ちの研究者、教育者、産業人、市民の皆様によって構 もすべて「未完」のように思われます。先を行かれた多く 成されています。歴史のある学会であり、石水先生は学 の諸先生は、このいつまでも完成見込みのない未完の 会振興のために獅子奮迅の努力を厭われませんでし 作品を後の世代に託され、さらなる追究を願っておられ た。とりわけ学会体制の確立に熱心に取り組まれ、それ ることと思います。残念ながらとき遅く、いまはなき石水 まで必ずしも明文化されていなかった規約の成文化に 先生から直接そのようなお気持ちをうかがうことはかない 努力されたことは強調されてよいと思います。現在の名 ません。しかし、先生が後の世代に託されたであろう熱 古屋地理学会における活動がこうした規約に則って円 い思いは容易に想像できます。石水会長のもとで学会 滑に行われているのは、ひとえに石水先生のご努力の 活動に励んだ懐かしい日々のことを思い浮かべながら、 賜です。 先生が発揮されたリーダーシップのもとで学会が盛会を 過去半世紀、いやその半分の四半世紀という短い時 極めたことに対し、改めて感謝の気持ちを表したいと思 間に限って見ても、学会活動を取り巻く状況は大きく変 います。石水先生のご意志を受け継ぎながら努力をす 化しました。社会・経済の発展にともなって学問研究の ることをここに誓いつつ、いまはなき先生の安らかなご あり方が変化していくのは、やむを得ないと思います。し 冥福を謹んでお祈り申し上げる次第です。 かし、高等学校における地理教育の変貌や大学におけ 2006 年 7 月 20 日 る地理学研究体制の再編ひとつを取り上げてみても、 名古屋地理学会会長 近年の変わりようには驚くばかりです。こうした状況を受 -2- 林 上 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) 【研究報告会発表要旨】 2005 年 6 月 25 日(土) 於・愛知大学車道校舎 忘れられた日本の景観「島畑」-地域環境史の視点- 溝口常俊、高橋誠(以上、名古屋大学環境学研究科)、 伊藤絵美、工藤邦史、杉村政徳(以上、名古屋大学文学部) 本研究では、まず、地域環境史が、人間集団と自然 つの意味で捉えられる。現在のとりわけ農村地域では、 環境とを地域をめぐる生産・生活の歴史的展開から総 生産と生活の脱ローカル化と、ローカルな物理的・社会 合的に捉える営みであることを理論的に示した上で、現 文化的バリエーションの平準化とが進行する一方で、自 在愛知県一宮市丹陽町三ツ井付近に広範に見られる 然・資源管理をめぐる規制の脱ローカル化も顕著であ 「島畑」の景観を取り上げ、その分布や形態などの特 る。こういう状況下で、地域環境史の視点は、生産・生 徴、島畑をめぐる生活誌、その歴史的な展開過程、とり 活複合体としての「地域」を、少なくとも理念上は取り戻 わけ消滅と再編などについて、溝口常俊グループによ そうとする構想と主張することができる。 る過去 5 年間の定点観測をもとに実証的に概観する。 最後に、農地景観をどう捉えるかという問題がある。 結論的に言えば、水田と畑とは農村の生産空間として、 「羊皮紙」としての景観という立場は、地域における人間 「セット」として捉えられる。近世以降の畑作物の商品化 ・環境の関係性の表出とその積み重なり(=書き換えの が沖積低地において島畑の成立を後押ししたが、近代 歴史)を強調する。私たちが見ているものはその歴史的 以降の生産(力)主義の農業政策と兼業化などによる農 断面であり、こうした視点に照らせば、「農地」をはじめと 業労働力の流出などによって水田単作が顕著になるに する農村景観は、生産財としての経済的意味から、生 従って再編されるようになった。最近、例えばファーマ 産主義からポスト生産主義という農村空間をめぐる意味 ーズ・マーケットなどを介したオルタナティブな都市と農 の変化に伴って、景観それ自体の例えば観光資源とし 村との結び付きによって、島畑が小商品生産の舞台とし ての商品的価値や文化財・歴史遺産・科学的サイトとし て再び注目されるようになり、そのことが水田と畑とを統 ての意味が強調されるようになっている。地域環境史の 合的に捉える農村の生産構造に対する新しい洞察を提 視点は、こうしたいわば「地域」の外から付与される意味 供している。 づけ、あるいは外来者のまなざしを否定する。その意味 本研究が理論的に依拠する地域環境史とは、人間 で、私たちの試みは、例えばローカルな世界において 集団と自然(環境・資源≒生命物質的世界)との相互作 人々と自然環境との間に繰り広げられる、いわば形式 用、例えば調和、対立、葛藤などを「地域」とその歴史と 化されない非言説的な行為をどのように学問的に捉え いう観点から捉える視点である。具体的には、次の 3 点 られるかという問題と関わっている。 について確認しておきたい。第一に、「自然」に関する 以上の、地域環境史の理論的な枠組みに従って、と 学問的観点の問題があり、本研究では、自然的存在と くに生産・生活複合体としての島畑地域を史的に振りか しての「自然」と生命物質系の論理に関する科学的観 えつつ、具体的な島畑農耕の実相を次に述べておきた 点、社会的構築物としての「自然」と人間の行為作用に い。 関する社会工学的観点のいずれの立場も否定し、いわ 水田の中にぽっかりと浮ぶ畑を島畑というが、この景 ば相互作用的、循環論的な見方をとることによって両者 観は中世からごく最近に至るまで、全国各地の沖積平 の接合を図ろうとするものである。第二に、「地域」をめぐ 野でみられた「田」・「畑」融合という日本文化を象徴す る今日的状況に関わる問題がある。地理学において る景観であったと言えよう。その起源が少なくとも中世の は、「地域」は、「場所」、「文脈」、「調整枠組み」という 3 14 世紀初頭以前に遡ることは金田章裕が実証している -3- 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) し1)、明治~昭和初期に全国的に分布していたことは竹 でとれた大根は細切りにされ、冬の伊吹颪が当たるよう 内常行が示しているとおりである 2) 。そして愛知県にお 西向きにセットされた 1 列 50 メートルに及ぶ竹編みネッ いても犬山扇状地から木曽川デルタ地帯に広く分布し トに散りばめられる。晴天なら三日間乾燥させたのちに ていた。明治 17 年(1884)の地籍図によると愛知郡の総 愛知の切り干し大根として出荷されている(写真 1 、図 村数 104 カ村中(54 カ村)に、東春日井郡 109 (50)、西 1 )。氏は水田では稲作を行うと共に小学生の野外学習 春日井郡 88 村( 75)、丹羽郡 105 村( 44)、葉栗郡 41 用に古代米(赤米)を作ったり、観賞用のハス、食料用 (14)、中島郡 153 村(134)、海東郡 135 (127)、海西郡 のレンコン、クワイも栽培している。島畑では野菜の他に 93 (86)、知多郡 99 (3)であった。それが絶滅の危機に イチジク、梅、山芋、ウド、タラノメなどの手入れに余念 瀕している。宅地化、圃場整備を免れて現在残っている がない。この島畑にはサギ、カモ、キジ、ヒバリなど幾多 のは一宮市三ツ井地区のみである。ここでの島畑の歴 の野鳥がすんでおり、耕耘機で水田を耕した後に群が 史と幸を述べることによって、その景観保存を訴える一 り顔を出した餌をついばむ。カラスは草田さん島畑に顔 文としたい。 を出す時間を知っており、持参したコンビニ弁当の袋を 幾分乾燥した犬山扇状地地帯にある三ツ井では、水 狙ったりする。水中にはタニシ、カブトエビ、ダルマガエ 田造成の副産物として島畑が誕生した。そのままの状 ルなど珍しい生き物が生息している。まさに島畑は自然 態では高燥な水田面を、そこを掘り下げることによって の宝庫でもある。 水の確保を容易にするためであった。大型機械を導入 することなく手作りを基本としていた農民らが手近な土 捨て場として自らの田んぼの中央にその土を積んでい ったのである。こうした島畑の形成は中世にまでさかの ぼることができ、近世以降のこの地の人々は島畑は既 存のものとして利用してきたのである。 2002 年現在その 多くが耕作放棄されセイタカアワダチ草に覆われた惨 状を呈してはいるが、ごく最近までの長い歴史の中で商 品作物の生産地として重要な役割を果たしてきた。岩 図 1 切干を製する図(幕末) 倉市の植手釘一氏(2000.7.9 聞き取り)によれば、江戸、 明治時代は綿、大正、昭和初期は桑、とくに第二次大 戦直前は島畑の 9 割が桑畑であった。それが食糧難の 戦時中はサツマイモ、戦後は大根が中心になり、イチジ クも植え付けられたという。島畑の中でも適所があり、幾 分湿気の多いところでは大豆、瓜が好まれ、高くなって 乾燥した所では綿作がなされたという。またこうした農産 物は市場価格に左右されることが大きく、大正時代の畑 作物の価値が稲より高くなった時には皆一斉に真桑 写真 1 切干を製する風景(2001) 瓜、黄瓜を作った。逆に、戦後一時期の米の増産時代 には島畑を削って田を造成したこともあったという。 三 ツ 井 在 住 の 草 田 二 三 夫 氏 ( 2000.7.23, 10.22, 一筆の水田の中にぽっかりと浮ぶ島畑景観は、実は 2001.1.28, 2002.6.10 聞き取り)は現在島畑とその周囲 日本の変ることの無かった小農家族経営を象徴する景 の水田を合わせて 3 町歩ほど借り受け、島畑農業を継 観であった。現在、日本の伝統的農業景観を代表する 承している。近世以降のこの地の冬の風物詩となってい 一典型として棚田ブームが起っているが、棚田自体は、 る切り干し大根は、現在も島畑で生産されている。島畑 インドネシアにもネパールにもアジア稲作地帯の山地・ -4- 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) 丘陵部ならどこにでも見られる景観であるが、おそらく た島畑景観を空撮した映像の一コマ( NHK 提供)であ 島畑は世界を見渡しても日本にしかなく、棚田以上に る(写真 3 )。 日本を象徴する景観であろう。そんな島畑も日本から消 えようとしている。如何に保存と開発を進めていくか、政 注 1) 金田章裕『微地形と中世村落』吉川弘文館、 1993 。 治的、文化的判断を伴う大きな課題となろう。 2) 竹内常行「島畑景観の分布について」地理学評論 この忘れられた日本の景観としての三ツ井の島畑に ついて 2005 年 6 月に NHK から現地で取材を受け(写 41-4 、 1968 、 219-240 頁。 真 2 )、放映された。写真 3 は、田植え前の「島」になっ 写真 2 【会告】 写真 3 島畑取材 島畑空撮 シンポジウム−元気な名古屋・愛知の秘密を探る 日 時 2006 年 10 月 14 日(土) 13:00 ∼ 16:40 場 所 名古屋都市センター 11 階大研修室(名古屋市中区金山町 1-1-1 金山南ビル内、金山駅南口下車すぐ) 参加費 無料(事前の申し込みは必要ありません。会員の方も、一般の方も、自由に参加いただけます) 主 催 名古屋地理学会 後 援 財団法人名古屋都市センター プログラム(敬称略) 13:00 主催者挨拶 13:10 講演 I 愛知のものづくりを支える「合体型」工業集積−尾張と三河の連携・補完− 渋井康弘(名城大学経済学部助教授) 13:40 講演 II 中部のものづくりと外国企業との共生 高橋俊樹(ジェトロ名古屋貿易情報センター前所長) 14:10 講演 III デンソーのものづくりを支えるひとづくり 萩野幸一(株式会社デンソー技研センター取締役社長・デンソー工業技術短期大学校校長) 14:40 講演 IV ものづくり中部を支える名古屋港 中山武彦(名古屋港利用促進協議会事務局次長) 15:25 パネルディスカッション 元気な名古屋・愛知の秘密を探る コーディネータ 安積紀雄(名古屋産業大学教授) パネリスト 上記講演者4名 名古屋地理学会会長 林 上(名古屋大学大学院教授) -5- 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) 企業サービス業と知識サービス・地域ブランドの地理学 林 上(名古屋大学環境学研究科) 先進諸国では、産業の第 2 次部門から第 3 次部門 社会と呼ばれることもある。ネットワークや情報がこれま へと労働力が移動し、第 3 次部門のみで就業者数が増 での仕組みとは異なる資本主義経済や社会を生み出し 加する現象が続いている。こうして増加した第 3 次産業 たことを強調するために、情報資本主義という用語が使 部門の就業者は、はたしてこれまでとは異なる新しい経 われることもある。こうした用語やその背景をなしている 済活動に就いているのであろうか。第 3 次産業部門で 経済、社会について学問的主張を続けてきた第一人者 生まれた経済活動が新しいものか、あるいはこれまでの として、カステル(Castells)の名を挙げることができる。マ 産業の延長にあるかについては、大きく 2 つの考え方 ルクス主義から出発し、のちにそこから離れて社会科学 がある。前者の考え方に立つ人びとは、情報や知識が 的研究を続けたカステルは、マルクス主義の基本的な かつてなかったほどの重要性をもつに至ったことを重視 アプローチである経済、社会、政治を全体として把握す し、これまでとは異なる経済社会が訪れたことを強調す る姿勢を崩さなかった。 る。一方、後者の考え方によれば、現在起こっているの カステルのいう情報資本主義とは、知識が知識に働 は労働力の分業深化や専門分化であり、細分化された きかけを行うことによって生産性が高まる新しい資本主 生産工程の先端部分に注目が集まっているにすぎな 義である。この新しい資本主義のもとでは、情報通信技 い。先端部分を担う企業サービス業は生産工程の一部 術が重要な役割を担い、ネットワークを通じて世界中に を引き受けているのであり、見かけ上はサービス業であ 情報が伝わっていく。 20 世紀後半に飛躍的に発展した るが、実際には工業生産過程の中に含まれると考える。 情報通信技術すなわち ICT は、空間的に離れて存在 後者の考え方を明確に打ち出している代表的な論者 する施設や人びとを同時に結びつける技術である。こ として、ウォーカー(Walker)を挙げることができる。ウォー れによって企業や組織はリアルタイムで情報を交換し業 カーによれば、資本主義の発展にともなって労働力分 務を進めていくことができる。情報通信技術を駆使して 業の細分化がいっそう進んだ結果、生産性のとらえ方 構築されるネットワークは、施設や人びとを結びつける が変化したという。これまでは、どちらかというと直接的 だけでなく、結びつけ方そのものを変えてしまう。これま 労働の生産性が問題にされてきた。しかし、生産工程に での階層的結合ではなく、フレキシブルな非階層的結 間接部門が加えられるようになった結果、間接的労働 合への変化である。 の生産性も問題にしなければならなくなった。競争力は 柔軟性に富んだ非階層的な情報ネットワークは、企 直接的労働よりも、むしろ間接的労働いかんによって大 業や組織のあり方それ自体にも影響を及ぼす。固定的 きく左右される。資本主義の性格は変化したが、モノや な関係ではなく、業務や課題の目的に応じて関係が生 製品を生産するという点では何も変わっていない。変わ まれ、目標が達成されれば関係は解消される。離合集 ったのは生産の仕方であり、素材から製品になるまでの 散を特徴とするこうしたネットワーク的関係では、個人の 段階が複雑化した。一般にはサービス経済という、これ 主体性が強く求められる。情報をすばやくやりとりし、時 までにはなかったまったく新しい経済が誕生したかのよ をおかずに意志決定を下すには、個人の責任範囲で うに思われているが、実際に生まれたのは直接生産を 行動する必要がある。このことは企業や組織における雇 支援する間接経済なのである。 用関係の変化にもつながっており、就業者は以前と比 サービス経済化した社会を表現するさい、ネットワー べるとより自律的であり、組織的拘束力は弱い。ネットワ ク社会という言葉が使われることがある。あるいはネット ークを介して交わされる情報はメッセージ性を帯びてお ワークを介してやりとりされる情報のイメージから、情報 り、交換されるメッセージをめぐって集まりが生まれる。こ -6- 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) にはいささか無理がある。 うした集まりに特定の方向性はなく、変化を繰り返しなが 知的労働の具体的な中身は、資本主義の発展にとも らしだいに合意が形成されていく。 情報ネットワークは一見すると核や要のない網状組 なって変化していく。このため、その意義は歴史的にと 織のように思われるが、実際には中心となる拠点が存在 らえる必要がある。カステルのいう情報資本主義社会 する。経済活動を国際的スケールで束ねたり、社会的 は、労働力のかなり多くが情報や知識に携わる社会とし 秩序を確保したりするには、そのような拠点が欠かせな てとらえられている。しかし、かつては知的労働者が行 いからである。世界都市と呼ばれる地表上の拠点がまさ っていた仕事でさえ、今日ではコンピュータで代行でき しくこれに相当する。階層構造が平坦になったぶん拠 るようになり、知的評価の引き下げが進んでいる。たとえ 点の中心性はむしろ強まり、世界都市には多数の国際 ば金融、法律、会計に関する専門知識の中には、コン 的な経済、社会機能が集積している。こうした機能に携 ピュータのプログラム化によって専門家でなくても扱える わる人びとはエリート層を構成しており、特有のアイデン ものがある。現代の知的専門家は、コンピュータによるこ ティティを保持しながら世界的規模で多くの人びととつ うした代替がきかない領域で活躍することが求められて ながっている。 いる。現代のサービス産業は多様であり、そこで就業す カステルの唱える情報資本主義あるいは情報社会と る人びとのサービス活動の知的レベルには幅がある。こ いう考え方に対しては、これを批判的にとらえる見方も うしたサービス活動で情報化が進んでいることは認める 少なくない。たとえばウエブスター( Webster)は、ネットワ としても、はたしてそれがカステルのいう新しい経済、す ークや情報が重要な意味をもつ社会はすでに以前から なわち情報経済なのかどうか、この点に異議を挟む見 存在しており、ことさら新しく取り上げて強調するに当た 解があることは否定できない。 らないという。たとえ情報化が高度に進んだ時代が到来 カステルは多くの著作の中で情報という言葉を用い しネットワークによって結ばれた社会が出現したとして ているが、意味の多義性ゆえに曖昧な印象を与えてい も、すべての人びとがこの「新しい経済」に包摂されてし るという見解もある。ある場合はネットワーク上を流れる まうわけではない。恩恵を受けているのは社会の中の一 情報であり、またある場合は資本主義をコントロールす 部の人びとであり、全世界が新しい社会経済体制に組 る知的労働をつかさどる情報である。さらに別のところで み込まれてしまったというのは事実に反すると主張す は知識に作用する知識として情報を定義している。こう る。 した多様な用法ゆえに、彼のいう情報資本主義あるい カステルのいう情報社会では知識が重要な意味をも は情報社会が正しく理解されていない可能性がある。こ っている。しかし、重要性が高まったのはいつかという時 の点に関してもっとも重要なことは、カステルのいう情報 代の認識については、種々な見解がある。パーキンス はあくまで情報の段階にとどまっており、その先にまで (Perkins)によれば、イギリスでは 19 世紀末から教育によ 進んでいないことである。情報は解釈されてはじめて意 って人間の能力を高め、これによって経済的富を増や 味のある知識になる。この知的プロセスを深く追究しな そうという動きが始まったという。つまり、知識の重要性 ければ、情報社会の真の姿あるいは高度にサービス化 は 20 世紀後半ではなく、すでに 100 年以上も前から認 された社会の本質は浮かび上がってこない。 識されていた。かりにこれが正しいとするなら、情報社会 サービスはモノと同じように人間が手を加えて生み出 の始まりはそれほど最近のことではない。教育を受け知 し、欲しがっている人に渡すことで本来の機能を果た 識を獲得した人間は、知的な労働をすることによってサ す。しかしモノとは異なり、サービスは物質的成分よりも ービスを創造する。これは知的労働それ自体から新た むしろ非物質的成分によって構成されることが多い。情 な価値が生まれるケースであるが、これ以外に、地表上 報、知識、ノウハウ、あるいはそれらを総合したシステム の稀少資源を利用して価値を生み出すような場合もあ を与えたり、感じさせたり、あるいは利用させたりすること る。いずれの営みも歴史的にはかなり以前にまで遡るこ によってサービス需要者の要望に応える。その場合、サ とができるため、情報社会を現代固有の社会とみなす ービス需要者にとってよりよいサービスとは、欲求をより -7- 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) えており、価格以上のサービスは求めない。 満足のいくかたちで満たしてくれるサービスである。同 類のサービスがいくつかあれば、需要者は満足度の大 マニュアル化された知識は誰もが理解しやすく、皮相 きい方を選択するであろう。その判断は主観的に下され 的かつ明示的な知識であるといえる。これに対し、マニ ることが多く、サービスを構成する情報、知識、システム ュアル化に馴染まない、したがって誰もが簡単には習得 などがもっている相対的優位性が高く競争力の強いも できない知識が別にある。それは、長年の経験や勘と のほど選ばれやすい。 呼ばれる明示しにくい暗黙的な知識であり、これがサー 知識は情報が解釈され何らかの意味を与えられたと ビスの質や水準を左右する。ある組み合わせの食材を き、はじめて知識と呼べるものになる。ある場所の気温 用いて調理すれば想定した料理ができあがる場合、そ や気圧は、それだけでは単なる情報でしかない。複数 の調理手順は明示的な知識によって構成されていると 地点の気温と気圧とつき合わせることにより、大気の動 いえる。ところが、実際に調理する過程で火加減やタイ きを知りそのメカニズムを解き明かす糸口が見出され ミングの取り方を変えれば、マニュアルとは違った料理 る。異なる情報の相互関係から新しい価値が発見され、 ができあがる可能性がある。この方が料理の味が良く、 その意義が一般的に認められたとき、それは知識にな したがって消費者の満足度がより大きければ、それはひ る。市場調査をなりわいとするコンサルティング会社は とえに暗黙的な知識、すなわち経験や勘によるものであ 各方面から情報を収集し、それらを分析し検討を加えて る。 事象の背景要因を解明する。そしてさらに、対応策の提 サービスの善し悪しを左右する知識は、さらに高いレ 示や行動指標の提供を行う。分析や検討を行う過程で ベルにまで及ぶ。さきほどの調理の例でいえば、すでに は既知の知識体系が適用され、新たな知識が生み出さ レシピが完成している定番メニューのほかに、どのように れる。カステルのいう知識が知識に働きかける情報社会 したらもっと美味しい料理がつくれるかを考え出せるよう の本質的状況とは、まさしくこのような状態をいう。 な能力である。こうした能力がどのように養われるか詳し こうして生み出された知識は、サービスの主要な部分 いことはわからないが、長年にわたって培ってきた経験 を構成している。知識の本質をさらに追究していくと、そ や体験が基礎になっていることは間違いない。身体の れがいくつもの層をなしていることがわかる。たとえば、 中に蓄えられたさまざまな知識を組み合わせることによ ファーストフード店で採用されているマニュアル化され って新しい知識が生み出されることを考えると、これもま た知識は画一的であり、それゆえ誰でもすぐに理解でき た知識であるといえる。ただしこの種の能力や知識は、 る。調理の手順や接客のマナーは、同じファーストフー 日常的にはあまり活用されない。ルーチンワークとは別 ド・チェーンならどこも同じである。たとえチェーン店が違 種の非日常的な知的活動の場で必要とされる能力や知 っていても、マニュアルはほとんど同じという場合さえあ 識である。サービスの比較優位性を確保するには、日 りうる。その方がアルバイト店員やパートタイマーが雇用 常的に提供しているサービスの質を維持する一方、さら しやすい。この種の知識、あるいはこのレベルの知識が によりレベルの高いサービスをめざす必要がある。その ものをいうサービス活動では、価格が競争力を左右しや ようなとき、非日常的な高いレベルの知識がものをいう。 すい。サービスを求める消費者も、そのことを十分わきま -8- 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) 多治見市の中心商店街における空き店舗再利用の現状と課題 森下佳之(名古屋大学環境学研究科) 全国の地方都市では中心商店街の空き店舗が問題 由には収入確保、近隣商店街への配慮、商店街活性 になっている。シャッター通りと表現されるような空き店 化などがあげられている。家主の賃貸意思は、これら賃 舗の立ち並ぶ商店街が、厳しい零細小売業の現況を象 貸しない理由、する理由のいずれを家主が重視するか 徴している。地方都市では自治体が中心商店街を活性 によって規定される。貸す意思のある家主なかには、改 化させるため多額の予算を計上し、様々な政策支援が 装費の借り手負担の義務づけ、不動産会社の仲介、借 行なわれている。しかしながら、そのほとんどは解決へ り手を厳格に選定する行動をとる者もいる。 2) 新規入居者は、賃貸条件を様々な手段で克服し の活路を見出せない。 空き店舗問題の解決には、家主側の賃貸に対する ている。店舗経営の経験や前向きな経営志向を有して 消極性と家主・借り手相互間のミスマッチという 2 つの いる参入者、改装を自ら行うことで初期費用を抑える能 要因が深く関係している。本研究では、岐阜県多治見 力をもった参入者がみられる。参入障壁軽減の要因に 市の中心商店街を事例に、商業機能としての再生を阻 は公的支援と非市場的な関係がある。家賃・改装費の 害している2つの要因に着目する。これらの要因が空き 助成制度は参入促進に大きな役割を果たしている。ま 店舗の状態変化を大きく左右するので、これらを詳細に た貸し手と借り手の信頼関係は、家主の賃貸リスクを軽 分析することによって、空き店舗問題解決の方向性が 減し、家賃や改装費などの諸条件を克服するのに重要 明らかになる。以下の 2 点が本研究の主な分析結果で な要素になっている。店舗賃貸に関する一般的な不動 ある。 産市場とは別に、社会的な信頼関係により成立するイン 1) 家主が空き店舗を貸さない理由として、建物の構 フォーマルな賃貸市場が形成されており、空き店舗の 再利用に影響を与えている。 造上の問題、他人に不動産を貸すリスク、空き店舗の所 有形態の複雑さがあげられている。他方、賃貸する理 【会告】 日 時 シンポジウム−地理学における景観(仮) 2006 年 12 月 9 日(土) 10:00 ∼ 20:00 プログラム 第 1 部 第2部 名古屋・覚王山ミニ巡検(揚輝荘ほかの建築物や街並み) 10:00 集合(集合場所は後日お知らせします) シンポジウム(13:00 ∼ 17:00 ルブラ王山 http://www.rubura.org/) パネリスト(予定、敬称略・順不同) 新谷一男(元・岐阜県立高山高等学校) 有薗正一郎(愛知大学文学部) 島田善昭(大同工業大学工学部) 山村亜希(愛知県立大学文学部) 懇親会(17:00 ∼ 20:00 参加費 ルブラ王山) 巡検・シンポジウム(無料)、懇親会(4 千円程度) 第 1 部と懇親会の参加には事前申込みが必要です(第 2 部のみの参加は自由)。 プログラム、参加申込み方法などの詳細は、後日ご案内します。 -9- 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) 都市圏における産業別集積の経済の分析-都市密度 vs. 都市規模- 大城純男(名古屋市役所) 本研究は、日本の 118 大都市雇用圏(MEA)のデー 従って、(1)~(3)の生産関数では、民間資本ストックと タを利用してパネル分析(random effects model)による 社会資本ストックの生産性への影響も組み込みながら、 生産関数の推定を行い、都市の「経済活動密度」と「都 産業ごとの経済活動密度と都市規模の効果を推定でき 市規模」の生産力効果の分析を行なったものである。 るモデルとなっている。 推定のモデルは、次のようである。 まず、 i 都市圏における全産業にかかる生産関数は 次のとおりである。 分析の結果を、都市規模別、産業大分類別に比較し たところ、次のことが明らかになった。 ①全都市圏では経済活動密度の方が都市規模よりも ln (Yi N i ) = a 0 + a1 ln( N i Ai ) + a 2 ln Pi + a3 ln( K i N i ) + a 4 ln( Gi N i ) 生産性に対して決定的な要因となっていること。 (1) ②都市規模が大きな都市圏においては都市規模そ のものが生産性に対して決定的な要因であるのに対 ここで Y は生産額、 N は就業者数、 A は都市圏の可住 し、都市規模が小さな都市圏においては経済活動密度 地面積、 P は常住人口、 K は民間資本、 G は社会資 の方が決定的な要因となっていること。 本である。右辺第 1 項は定数を、第 2 項は就業者密度 (=経済活動密度)、第 3 項は人口規模(=都市規 模)、第 4 項は民間資本装備率、第 5 項は就業者一人 以上の結果から得られる政策的インプリケーションは 次のようである。 ( 1)都市圏において全産業の生産性を向上させるた 当たり社会資本の生産への影響を意味している。 さらに、製造業以外の各産業 j の生産関数は次のよ うである。 めには、密度を高めることや、都市規模を高めることも 効果的であること。 (2)都市規模が大きな都市圏では、全産業や、農林水 ln (Yij N ij ) = a0 + a1 ln( N ij Ai ) + a2 ln Pi + a3 ln( Kin N in ) + a4 ln(Gi Ni ) 産業・製造業を除く各産業において生産性を向上させ (2 ) るためには全産業就業者数を増加させることが有効で ある。ただし製造業においては、密度を高めることが効 ここで、 n は非製造業(=製造業以外の全ての産業)を 果的であること。 (3)都市規模が小さな都市圏では、製造業、建設業、 表している。 また、製造業についての生産関数は、 m が製造業を 示すものとすれば、次のようである。 金融・保険業、サービス業などの生産性を向上させるた めには、各産業の密度を高めることが効果的であるこ と。 ln (Yim Nim ) = a0 + a1 ln( Nim Ai ) + a2 ln Ni + a3 ln( Kim Nim ) + a4 ln(Gi Ni ) (3) - 10 - 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) わが国大都市における空間的集積の経済に関する考察 神頭広好(愛知大学経営学部) はじめに るによるものである。 本研究では平成 14 年の商業統計調査(立地特性別 統計編)にもとづいて、まずわが国大都市 13 における 2. 簡単な因果連鎖モデル 商業集積地区および非集積地区の相互関係からくる経 ここでは、パス解析手法を用いて事業所の立地数が 済効果について分析する。ついでパス解析を用いて事 商業集積地区および非商業集積地区(オフィス街地 業所の立地と商業地区への経済効果に関する因果関 区、工場地区、住宅地区)のそれぞれの経済効果につ 係を推論する。さらに大都市内の商業集積地―非集積 いて、因果連鎖モデルを構築する。(図 1 参照) 地間の空間的抵抗係数を求めるためにライリー=コン バースモデルを応用する。最後に商業地区別の特化係 数およびそこから導かれる多様性などの分析から集積 特性について考察する。なお、ここではサンプル数が 13 と少ないことからシンプルなモデルで構成される。最 後に GIS ソフトを用いて名古屋市における商店街およ びスーパーマーケットの立地特性について考察する。 1. 商業集積地区の販売額と非集積地区の販売額 商業集積地区の販売額を被説明変数として、非商業 集積地区の販売額を説明変数として回帰分析を行った 図 1 事業所立地による経済効果因果連鎖 結果は以下の通りである。 Y = − 1.322830.4+ 0.617 X + 3.001Z + 2.58V + 5.455W ( −4.827) ( 0.793) ( 4.071) (1.167) まず、モデルの枠組みは以下に示される通りである。 (1.09) (1)事業所の立地数は、昼間人口の規模に影響して、 (相関係数: 0.985 ) このことが商業集積地区はもとよりオフィス街地区およ ただし、 Y は商業集積地区の販売額、 X はオフィス び工業地区の販売額に直接影響する。 街地区の販売額、 Z は住宅地区販売額、 V は工業地 (2)事業所の立地数は、昼間人口の規模に影響して、 区販売額、 W はその他地区販売額をそれぞれ示す。 その規模自体が商業集積地区における販売額に寄与 なお、地区の定義については、付録を参照せよ。(以下 する。また、昼間人口の規模の拡大は集積の経済を生 同様) じさせ、それによって高所得者階層の利便性の高い大 考察:有意な変数として住宅地区の販売額が、商業 集積地区の販売額に影響を与えているのは、事業所立 都市への移動が促進される。また、彼らは分譲住宅を 購入するとともに住宅地区の販売額に貢献する。 地による常住人口の増加が、そこでの購買力に影響し ( 3)事業所数の増加による昼間人口の増加は、単身 ているためで、アクセスのよい大都市では、集積の経済 世帯の貸家戸数を増加させ、高所得階層が購入する分 が存在する商業集積地区の販売額に一層影響を与え 譲住宅および持ち家とともに常住人口に影響する。そ ていると考えられる。また住宅地区での販売商品と商業 の結果、常住人口の規模は住宅地区の販売額に影響 1) 集積地区での販売商品には代替的、補完的関係 があ を与えることになる。 - 11 - 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) 考察:事業所立地がもたらす経済効果については、 から 商業集積地区>住宅地区>工業地区>オフィス街地 α Aa Dam = α Ana Dnam 区の順に小さくなる。このことは、事業所立地が昼間人 ・・・・・ (2) 口および常住人口を増やし、それによって売上が広域 が導かれる。ただし、 Aa は商業集積地の売場面積、 的に増えることを示している。 ちなみに、上記モデルをループ型にすると、事業所 Ana は非商業集積地の売場面積、 Am は境界地の売場 立地は商業集積地区販売額およびオフィス街地区販 面積、 Dam は商業集積地から境界地までの距離、 売額に強く影響されることが示されている。 Dnam は非商業集積地から境界地までの距離をそれぞ れ示す。 3. 集積の経済に関する推計 ここで、それぞれの勢力圏 D は、それぞれの販売力 ここでは、商業集積地区の販売額に影響をもたらす と比例的であるとすると、(2)式は 要因について分析を行う。 Aa Yaα = Ana Ynaα Y = AU α R B N γ ただし、 Y は商業集積地区販売額、 U は商業集積地 ・・・・・ (3) または 区売場面積、 R は住宅地区売場面積、 N は昼間人 log 口をそれぞれ示す。 上記モデルの推計結果は以下の通りである。 Aa Y = α log a Ana Yna ・・・・・ (4) に書き換えられる。ただし、 Ya は商業集積地の販売 額、 Yna は非商業集積地の販売額をそれぞれ示す。 log Y = − 0.167+ 0.505log U − 0.48 log R + 0.926 log N ( −0.204) ( 2.206) ( −3.321) ここで、 13 の大都市のデータに関して(4)式を推計する ( 4.823) と、 (相関係数: 0.997 ) 考察:商業集積地区の売場面積および昼間人口は log 同地区の売上にプラスに作用するが、住宅地区売場面 積が大きくなると売上はマイナスに作用する。これは消 Aa Y = 1.044 log a Ana (3.738) Yna (相関係数: 0.733 ) 費者が魅力としての売場面積が大きくなることによって 住宅地区の商店に引っ張られることを示唆しており、ま が導かれる。このαは、ほぼ 1 に近いことから、相対的 た商品の代替性および補完性の充実が商業集積地の な商業集積地の売場面積の大きさそのものがその市場 販売額を低めてしまうことを物語っている。 圏の相対的大きさを意味している。 さらに、各大都市のαを調べるために(4)式を変形す 4. 商業集積地-非集積地にもとづく空間の抵抗および ることによって、 集積の偏向度 α = log まず商業集積地および非集積地における勢力圏を 求めるために、一次元の都市を仮定して、一般に用い られている人口に対して商業地の魅力としての売場面 ・・・・・ (5) が導かれる。 したがって、(5)式に大都市のデータを応用することに 積をライリー=コンバースモデルに応用すると、 Aa Am Ana Am = α α Dam Dnam Aa Y / log a Ana Yna よってαが導かれる。このαは( 1)式からは空間の抵抗 ・・・・・ (1) を示しており、これは交通条件や介在機会のウェイトを 意味する。一方、(5)式からαが大きいことは、商業集積 - 12 - 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) 地対非集積地の販売額以上に商業集積地の魅力対非 大都市商業地区の事業所立地が与える各商業地区へ 集積地の魅力が大きいことを示しており、このαは一種 の経済効果について触れることができた。そこでは、住 の相対的商業集積地区の魅力度の大きさを意味してい 宅地区の販売額が商業集積地区の販売額に影響して る。以下の図2は、わが国大都市の空間的抵抗係数(も いるといった意外な結果も得られた。またライリー=コン しくは商業集積地区偏向度)を示している。 バースモデルを応用することによって経済距離から抵 なお、特化係数にもとづく大都市の特性および名古 抗係数が求められ、それが相対的な商業集積度の大き 屋市における商店街立地特性については、紙面の都 さを示すものとしての可能性が引き出されたこと、さらに 合上省略する。(上記分析の詳細については、拙著『観 特化係数および多様性指数から大都市の商業地区の 光都市、大都市および集積の経済』愛知大学経営総合 立地特性が考察されたことなどは、今後の立地研究に 科学研究所叢書 29 を参照せよ) おいて有意義であった。 注 おわりに ここでは、データの都合上大都市を対象としたためサ 1) 例えば代替的関係については、ブランド品対ブラン ンプル数が少ないことから、大きな構造方程式を使っ ド品、補完関係については、衣類と装飾品などの関 て、より複雑な因果関係を推定するに至らなかったが、 係である。 空 間 的 抵 抗係 数 8 空 間的 抵 抗 係 数 6 4 2 0 札幌 市 仙 台市 千葉 市 特別 区 横 浜市 川 崎市 名 古屋 市 京都 市 大 阪市 神戸 市 広島 市 -2 -4 -6 図2 大都市別空間的抵抗係数(商業集積地区偏向度) - 13 - 北九 州市 福 岡市 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) 【シンポジウム−中部国際空港と航空貨物】 2005 年 10 月 8 日(土) コーディネーター 於・名古屋都市センター る。世界各国では、自国の国際空港のハブ化を目指し 安積紀雄(名古屋産業大学) ており、わが国の空港もグローバルハブ競争にさらされ ている。国際拠点空港となるためには、空港施設の提 パネリスト 供に加え、それに付随するより良いサービスを提供する 二村真理子(愛知大学) ことが重要であり、併せて国際輸送の場合、ユーザーに わが国の航空貨物の現状と課題 選択される質の高いサービスを提供する利便性の高い 岩迫和芳(郵船航空サービス株式会社) 空港であることが重要である。 中部国際空港を活用する物流サービス 中部国際空港は、構造上、税制上、物流に強い空港 田矢庄吾・窪田和男(トヨタ自動車株式会社) とされている。貨物専用便も増加の傾向にあり、航空機 トヨタの物流としてセントレアへ期待すること の到着後、短時間で荷物を発送することが可能である。 -補給部品の事例- 今後は海上輸送との連携も視野に入れている。 時間価値の上昇により輸送時間の短縮化の要求は、 中部国際空港は開港から半年余りが経過し、併設す 今後強まるものと思われる。また、飛行機の大型化が図 る商業施設が注目されたこともあり、多くの利用客で賑 られればコスト低下の可能性もあり、航空貨物に対する わっている。他方、産業界は、 3,500 mの滑走路を持つ 需要は今後も増加傾向が予想される。中部国際空港と 中部圏初の 24 時間空港に対して、中部圏経済を支え しては、ネットワークの拡充、更なるサービスの強化、輸 る物流拠点として大きな期待を寄せている。そこで、今 出入のバランスの確保などにより、選ばれる空港になる 回のシンポジウムでは、物流関係の研究者や航空貨物 ことが望まれる。 に携わる関連企業の方々を迎え、中部国際空港におけ る航空貨物の現状を学び、今後の中部圏の航空物流 岩迫和芳 1970 年には 11 万ト について展望した。 シンポジウムでは、名古屋地理学会林上会長の挨拶 ンであった国際航空貨 に続き、 3 組のパネリストからそれぞれ講演していただ 物取扱量は、プラザ合 いた。各パネリストの講演要旨は以下の通りである。 意のあった 1985 年頃 から飛躍的に伸びはじ 二村真理子 め、その後世界経済の 航空貨物輸送はきわ 動向とともに推移し、 2004 年には 300 万トンを超すま めて輸送コストが高く、 でに増加している。そして、ボーイング社の統計資料に 輸送対象とされる商品 よると、 2023 年までに国際航空貨物取扱量は世界全 が限られることから、輸 体で年率 6.2 %伸びると推計されている。 送機関全体に占めるシ 中部圏の航空物流の実態をみると、輸出の 26 %が ェアはきわめて低い。し 中部圏で発生しているが、旧名古屋空港から搭載され かし、国内、国際ともに輸送量は増加傾向にあり、シェ ている割合は 3 %に過ぎず、輸入も 15 %の消費比率 アも基本的には増加傾向をたどっている点は注目に値 に対して、取卸比率は 4 %であった。成田空港は過度 する。 に集中し、関西空港は発生量・消費量に見合った貨物 わが国の空港政策の方針として、航空サービスの質 的向上と国際拠点空港の機能強化などが挙げられてい 量を確保している中で、中部国際空港はどこまでシェア を伸ばせるかが課題である。 - 14 - 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) 使い勝手の良い空港の条件として、世界各方面に向 し、部品供給拠点、物流ルートは多極化、複雑化してい けた航空路線があること、空港内の物流業務処理が早 る。真のグローバリゼーションとは、この複雑さへの対応 いこと、荷主との距離が近いことが挙げられる。中部圏 だと考えている。 の航空貨物は、自動車産業の米国進出を反映して米 トヨタ自動車は、世界で物流活動を展開するに当っ 国向けが多く、アジア向けが少ないという特徴がある て、品質、速さ、安さの 3 つを基本と考え実行している。 が、中部国際空港が使い勝手の良い空港へと進展して これら 3 つの要素を部品調達-生産-販売で発生す いくためには、航空路線の充実と利用度の向上を図っ る各サプライチェーンに織り込むことを目指している。我 ていくことが重要である。 々が常に考えていることは、全てのサプライチェーンを 中部国際空港を活用する一つの方法として、シー・ア 把握し、そのサプライチェーン毎に、品質、リードタイ ンド・エアーが考えられるが、そのためには、税関・検疫 ム、コストをベストな状態にし、かつ、全体で最適にする 機関、フォワーダー、エアライン・エアライン上屋・陸運 ことである。 業者などの空港関係者が一致協力して取り組み、 365 なお、トヨタ自動車では物流を実践・管理する組織と 日 24 時間空港としての物流サービスを提供していく必 して、物流企画部、車両物流部、サービスパーツ物流 要がある。輸送サービスの高品質化とスピードアップと 部、生産部品物流部の 4 つの物流部門をもっており、こ いう点では、近年、 ULD (Unit Load Devices)による輸 れらの活動概要については、ビデオを見ていただきた 送が主流になりつつある。これは、輸送途上のダメージ い(ビデオ上映)。 の防止や空港内ハンドリング業務のスピードアップの効 果が期待されるものである。今後は、商品管理や流通 窪田和男-補給部品の物流活動とセントレアへの期待 加工業務の展開、総合保税制度を活用した未通関貨 補給部品については、 物の管理・加工等などの新規ビジネスが展開されるので 昨年、海上輸送と航空輸 はないかと考えている。 送で約 120 万㎡弱の出 荷があった。このうち、緊 急を要するもの(約 3 万 田矢庄吾-自動車における物流の発生 トヨタ自動車では、 ㎡)について、航空輸送 1984 年からアメリカで本 が利用されている。補給部品の出荷量は、年々増加し、 格的な現地生産を開始 2004 年度は 2000 年に比べ 30 %の増加となっている し、国際化、グローバリゼ が、現地調達が主であるため、日本からの航空輸送物 ーションの時代に突入し 量は少なく、 2.5 %前後で推移している。このうち、名古 ている。現在では、世界 屋空港の利用状況は全体の 34.3 %と低く、地域別に 27 ヶ国で、生産会社 51 社というグローバルな生産体制 みると、アジア・オセアニアの名古屋空港利用率が高 をとっている。 く、 90 %を超えているが、他地域では、関西国際空港 トヨタの生産・販売活動の中で、完成車物流、生産用 の利用率が高くなっている。 部品物流、補給部品物流の 3 つの物流が発生する。こ 物流面からセントレアに対しては、① 24 時間空港、 のうち、生産用部品と補給部品は、主に船で出荷され、 3500 mの滑走路を保有しており、利便性が高い、②動 一部緊急用としてエアー便を活用している。トヨタの部 線が短く、効率的な貨物搬出入ができる、③国内輸送 品の輸出入荷量の推移をみると、エアーは1%に過ぎ 時間だけでなく距離短縮により、 CO2 排出量が削減で ないが、航空輸送は海外での生産やお客様への補給 きるなど環境にやさしい空港と評価している。 部品の供給に非常に大事な役割を持っている。 そこでトヨタ自動車では、セントレアの利用拡大のた グローバル化によりサプライチェーンが複雑化してい る。日本を供給源としないマルチソースパーツが急増 めに、セントレア就航便を優先使用すべく 北米、ヨー ロッパ、アジアを中心に物流の見直しを行っている。ま - 15 - 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) た、インボイス作成処理を多回化したり、フライト時間に その中で、「中部国際空港における航空貨物の将来 合わせて出庫、梱包作業を実施したりするなど、最速物 展望は、中部地域の産業発展と密接に関係するもので 流の構築を目指している。 ある。輸出入がグローバル化する中で、航空輸送は非 セントレアへ期待することとしては、セントレア就航便 常に大きな役割を果たすものであり、中部経済を活性 の充実と定着化、とくに北米、ヨーロッパ線や貨物便の 化させるためにも中部国際空港は必要なインフラである 増加と中近東線の就航、セントレア就航便がない場合 と考えている」といった意見がだされた。 の他空港への転送サービスの充実、セントレアまでのア クセスの充実、更なるコスト低減による荷主へ還元など そして最後に、コーディネータの安積紀雄教授より以 下の総括がなされて閉会となった。 である。 安積紀雄 以上 3 組のパネリスト 本日のシンポジウムで の報告をもとに、シンポ は、国際航空貨物を中心 ジウムの後半では、コー に議論を進めてきたが、 ディネータの安積紀雄 国内航空貨物のシェアも 教授の進行により、会場 無視できず、今後機会が からの質問・意見を中心に熱心な討論が行われた。具 あれば、国内航空貨物についても議論できればと思う。 体的には、中部国際空港の開港に伴う空港利用圏の 中部国際空港にとっては、成田や関空と今後どこで 変化、他空港から中部国際空港にシフトすることによる 差別化していくかが大きな課題である。そのために、地 コスト削減効果、日本のフォワーダーの国際競争力、中 理学として、国内や海外の空港との比較分析により中 部国際空港への鉄道貨物アクセスの可能性、航空貨物 部国際空港の優位性を提示していくことが望まれる。そ 特有のパッケージングおよびその技術開発、航空貨物 の第一歩として、今回のシンポジウムは非常に意義があ における中部国際空港のシェア拡大の可能性などにつ ったと思う。 いての質疑応答があった。 (文責 - 16 - 大塚俊幸) 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) 【シンポジウム−地理学再生】 2005 年 12 月 10 日(土) 於・岐阜県図書館 例年、名古屋・岐阜両地理学会共催で、隔年毎に運 現状などについてデータに基づく提案がなされた。社 営を担当する「合同シンポジュム」が 12 月 10 日(土)に 会科科目内での地理選択者の減少と地理科目更験大 岐阜県図書館 2F 研修室にて開倦された。本年度は岐 学数との関連、地理専門教師の少なさと専門以外教師 阜地理学会が担当で、テーマは『地理学再生』であっ の地理指導の困難性などの指摘があった。また、こうし た。 4 名のパネラーは名古屋地理学会では大学で地理 た現状に対して我々は今まで何をしてきたか?また行 学を学び、その後、実社会で活催する方 2 名に依頼、 動してきたか?という提示がなされた。 岐阜地理学会関係では教育界からの発表であった。テ 飯場氏からは、初めに「建設コンサルタント業務」の ーマ『地理学再生』の主旨は、「地理教育の現場・社会 概要説明があった。都市計画・道路/橋梁・鉄道・河川 における地理の位置付け」などの現状を潜まえ、今後の /砂防/海岸・上水道/工業用水・下水道など、本日 「地理」活性化を図ることであった。 の参加者の多数を占める教育関係者にとっては目新し い内容であった。特に、「下水道」技術担当の立場から 地形図を利用した設計の実務、工法の検討さらには今 基調講演 日の下水道の課題など、地理学の視点からの建設業へ 今井春昭(中部学院大) のアプローチがなされた。 地理学存亡論の源流 伊藤氏からは「地理は歴史の母である」とのミッテラン パネラー 仏大統領の言葉を引用し、社会における地理学のあり 飯場隆之(中日本建設コンサルタント) 方を示唆された。また、川村氏は事例学習をあげ、学校 建設コンサルタント業務と地理学の接点 現場での現状を解説された。最後に、三井氏が LNG 伊藤安男(岐阜地理学会会長) の動向とカタールについての解説とともに、液化ガスの 地理学再生への道 特性や今後のエネルギー需給問題にも言及された。 川村謙二(岐山高等学校) 各パネラーの発表後活発な質凝応答が行われた。そ 地理教育の現状と課題 の後の「懇親会」会場でも本テーマや地理学全般に関 三井秀人(カタール液化ガス日本連絡事務所) 栄から見た LNG の世界 する意見交換などが個々に行われ、盛会の内にシンポ ジウムは終了した。 今井氏の基調講演は、 70 ページに及ぶ資料「地理 存亡論の源流」をもとに、主として高校での地理学習の - 17 - 高木 巌(文責) 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) 【巡検報告 新城市の自然と産業−棚田・鉛筆・木材−】 実施日 平成 18 年 3 月 24 日(金) 見学地 トンボ鉛筆株式会社(新城工場) 案内者 林 行 (ゴシックは見学地、他はバスの車中からの見学地) 名古屋市営地下鉄東山線「本郷」駅(08:30)-名古屋 IC -東名高速道路-豊川 IC -河岸段丘(豊川の右岸) -トンボ鉛筆株式会社新城工場(地図の●、 10:00 ~ 11:30 )-昼食「鳳城苑」(地図の○、 12:00 ~ 12:50 )- 四谷千枚田(棚田、地図の■、 13:00 ~ 14:30 )-豊橋鉄道田口線の廃線跡地-鳳来寺-中央構造線の露頭 -新城市(かつての城下町)の鍵型( L 字型)道路- HOLZ 三河(三河材流通加工センター、地図の▲、 15:30 ~ 16:30 )-霞堤(豊川の左岸)-豊川放水路-豊川 IC -東名高速道路-名古屋 IC -名古屋市営地下鉄東 山線「本郷」駅(18:00) 程 上(名古屋大学) 四谷千枚田(棚田) HOLZ 三河(三河材流通加工センター) 溝口晃之(愛知県立津島高等学校) 伊藤健司(名城大学) 1. はじめに 今年度の巡検は、奥三河の玄関にあたる新城市を中 心として、豊川の中流域で行った。新城市は最近の市 町村合併で自治体の規模が大きくなり、市域には山村 景観・鉛筆工場・三河材産地などが広く含まれるように なった。現地での見学や討論を通して、新城市および その周辺の自然と産業に触れることができた。 2. 事前セミナー 3 月 14 日(火)の 18:00 ~ 20:00 に名古屋大学環境 総合館 6 階 616 号室で事前の研修を行った。事前セミ ナーは今回で 3 回目であること、また多くの参加者が事 前の研修の必要性を感じていることから、巡検の申込者 のほとんどが参加した。巡検の案内者のひとりでもある 林会長より、今回の巡検の主旨についての説明がなさ ったことも紹介された。その豊川稲荷は新城市からそれ れた後、 3 名の案内者から見学地についての情報の提 ほど遠くはない。また、製品を効率よく配送するために、 供があり、活発な質疑応答が行われた。参加者は見学 工場(国内)は新城だけとし、新城 LC (ロジスティクスセ の 焦点 を明 確 に す る こ と が で き た。 終 了 の 時 刻 は 、 ンター)から本州の全域と四国、札幌 LC から北海道、 19:30 を予定していたが、 20:00 を少々過ぎていた。 福岡 LC から九州にそれぞれ配送されていることが説 明された。 (1)鉛筆の生産と流通(林 上) 日本における鉛筆の生産と流通、その代表的な企業 (2)棚田の現状と保存(溝口晃之) であるトンボ鉛筆株式会社の新城工場の概要が紹介さ 各地の棚田のうち、新城市四谷の棚田の概要が紹介 れた。本社は東京都北区にあり、創立は 1913 年に東 された。正式な名称は四谷千枚田で、新城市の北端の 京浅草に開業された「小川春之助商店」にさかのぼる。 四谷、鞍掛山の南西斜面の標高 250 mから 460 mに位 鉛筆だけではなく、シャープペンシル、マーキングペ 置している。平均勾配は約 1/5 である。その景観や規模 ン、修正テープなど、学習文具や事務用品を広範に製 から、 1999 年に農林水産省によって「日本の棚田百 造・販売している。 1963 年に工場が新城市に設立され 選」に認定された。また 2005 年 9 月 2 日~ 3 日には当 たが、それには社長の個人的な稲荷さんへの信仰があ 地で第 11 回全国棚田サミットが開かれ、全国の棚田が - 18 - 名 古屋地 理 No.19 ( 2006 ) かかえている問題点などが話し合われた。当地の棚田 をはじめ東三河の森林から生産される三河材について の起源は古く、すでに江戸時代には千枚田としての形 は、 NPO 法人(穂の国森づくりの会)を認証機関とする 態が整っていたと推測されている。しかし近年になっ 「東三河環境認証材」の制度がある。 て、耕作が放棄される棚田が目立つようになり、耕作機 械の搬入が困難な小さい田、何らかの理由で灌漑のた 3. 見学地と見学内容 めの水を導水できなくなった田ほど、顕著であることが (1)トンボ鉛筆株式会社(新城工場) 工場は豊川右岸の段丘面にある川田工業団地の一 説明された。 角に位置している。工場の概要についての VTR を見た (3)愛知県の林業と三河材(伊藤健司) 後、総務グループマネージャー岡藤英樹さんから文具 愛知県の林業をめぐる近年の状況が紹介された。愛 品の製造や販売についての説明があった。 知県は、木材工業団地の整備などによって、製材など 新城市は日本のほぼ中央にあり、東名高速道路のイ の木材工業が発展し、工場数・生産量・出荷額はいず ンターへも近いので、本州の全域と四国への翌日配送 れも全国の上位にある。なかでも三河材の果たす役割 をたった一つの拠点で可能にしている。これに大きく貢 が大きい。かつて東三河の木材は豊川を流筏で豊橋へ 献しているのが物流管理検品システムである。北海道、 集められて製材されていたが、今日でも東三河は森林 九州、沖縄を除いた全国 10 か所の営業店の受注デー 率が高く、三河材は重要な資源となっている。その要因 タは本社を経由して新城 LC にリアルタイムで送信され の一つに認証制度があることが報告された。森林や木 るようになっている。 材の認証制度とは、適切に管理された森林や、そのよう その後、岡藤さんの案内で製造工程を見学した。鉛 な森林から生産された木材に対し、独立した第三者機 筆には、芯をつくる工程と木をつくる工程とがあり、最後 関が公正な立場で審査・証明をすることである。新城市 に芯と木が合わせられる。玄関には、木の材料になるヒ 四谷千枚田を背景に - 19 - 名 古 屋 地 理 No.19 ( 2006 ) しての側面が強調されようとしていることもうかがった。 ノキの一種であるインセンス・シダーが見本として植えら れていたが、すべてアメリカからの輸入である。また芯は (3)HOLZ 三河(三河材流通加工センター) 黒鉛と粘土を混ぜてつくられるが、これも前者は主に中 国から、後者はドイツから輸入されているとのことであっ Holz は「木材」や「木製品」を意味するドイツ語で、参 た。このことを考えると、改めて新城市の地理的位置の 事の山本修司さんの案内を受けた。最初に、原木を選 重要性を感じた。 別する施設に始まり、防虫防腐施設、プレカット施設、 製材施設、乾燥施設など、さまざまな施設を見ながら、 (2)棚田(四谷千枚田) 原木の入荷から製品にするまでの工程を見学した。そ 現地の棚田で農業をされている小山舜二さんをはじ の後、管理棟の会議室で VTR によって三河材に関す め、愛知県新城設楽農林水産事務所の職員 3 名の方 る説明を受けた。会議室や円形ホールを備えた管理棟 々の案内によって、棚田の最高所から最低所まで歩い は、三河材をふんだんに使用した温かみのある建物 た。当初の予定では、中腹でバスを降り、そこから最低 で、木のぬくもりが感じられた。三河材は、赤みが強いこ 所まで 30 分ほど歩くことになっていたが、小山さんの熱 と、色艶が良いこと、病害虫に強いことなどの特徴があ 心な案内によって、最高所から最低所までを踏破でき り、古くから高い評価を得ていたが、それを実感すること たことは望外の喜びであった。 ができた。 上り坂の途中、地元の人々が「じゅうおうさま」と呼ん 当所では、その名称のように、三河材の加工だけで でいるお堂に立ち寄った。そこには「極楽浄土」信仰の はなく、隔週の木曜日に入札方式によって国産材の原 ための 10 の王(十王)が祀られ、四谷の大代集落で古 木の販売を行ったり、製品を販売するなど、流通の部門 くから伝わる信仰の説明を受けた。最高所に到達し、そ も活発に行われている。また、樹皮を渥美半島の畜産 こからの眺望に感動しながら、棚田を維持することの困 糞尿と混ぜて堆肥にしたり(堆肥は田原市の田原エコセ 難とその方策などをうかがった。下り坂を歩きながら、勾 ンターで製造)、チップは製紙工場へ搬出されるなど、 配の大きさを実感するとともに、導水するゴム管が一筆 施設で出たものを最大限に利用することに努め、多くの ごとの田に敷設されている有様や複雑な水系網を目の 場面で環境に配慮されている様子が分かった。 当たりにした。最近になって休耕田が目立つようになっ 4. おわりに たが、所々に置かれていたトラクターが入れる広さの田 は耕作が維持できていることを確認した。また所々で棚 好天に恵まれ、行程をほぼ予定通りに終了できた。 田を築造している黒っぽい石英安山岩を目にした。これ 中央構造線の露頭、豊川の左岸の霞堤については、バ は鞍掛山の転石や山崩れで流出してきたもので、鞍掛 ス内の説明に終始したことは心残りであったが、配布し 山からの土石流によって先人達が受けた災害に思いを た資料がまたの機会に役立てば幸いである。参加され はせた。棚田のなかの歩道がよく整備されている様子が た皆さんのご協力に感謝します。 (溝口晃之) 目についた。なお、最近は行政によって、棚田の観光と 名古屋地理 No.19 発行日 2006 年 9 月 15 日 編集・発行 名古屋地理学会 http://www.geog.lit.nagoya-u.ac.jp/nagoya_geo/ Copyright © 2006 Nagoya Geographical Association 印刷・製本 名古屋大学消費生活協同組合印刷・情報サービス部 http://www.nucoop.jp/ - 20 -
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