ダウンロード - 東北大学 高度教養教育・学生支援機構

創 刊 の 辞
東北大学高等教育開発推進センターの「センター紀要」を此処に創刊する.
当高等教育開発推進センターは,平成 16 年 10 月 1 日に大学教育研究センター,アドミッション
センター,保健管理センター,学生相談所,情報シナジーセンター情報教育部および留学生セン
ター(一部)の 6 組織を統合・改組して発足した.全学教育(学士課程共通教養教育)の実践と
その調査研究,そして学生たちの大学生活をさらに充実・発展させるための体制整備である.新
組織は「高等教育開発部」,「全学教育推進部」,「学生生活支援部」の 3 組織から成り,学生の入
り口(入試)から出口(就職)までを学年進行に合わせてきめ細かく支援していくことをセンター
の目的に掲げた.
「センター紀要」の発刊準備をはじめたのは,センター発足から 1 年後,平成 17 年の秋ぐちで
ある.東北大学の Institutional Study の質をさらに高め,それを推進していくことを刊行の狙いと
した.準備にあたっては,センター教授懇談会に編集委員会を設け,投稿規程,紀要の体裁な
どについて,幾度にもわたり協議を重ねた.通常の大学紀要と異なって厄介であったのはセン
ター構成員の専門分野の多様さであり,また業務の複雑さであった.その結果,投稿内容の幅
を維持する意図から,内容区分を広くとり,
「総説」,
「論文」
,
「評論」
,
「報告」
,
「提言」,
「所感」,
「記録」
,「その他」の 8 ジャンルとした.また,掲載にあたってはすべて編集委員会の厳正な査
読審査を経ることを条件とした.
創刊号については,まだ紀要の存在が周知されておらず,原稿の集まり具合が心配されたが,
幸いにも予想を超える投稿数があり,むしろ査読審査の負担が懸念されるほどであった.関係
者の多忙さを考えると,この短期間に紀要の創刊にこぎ着けたのは関係者の熱意と地道な努力
の賜である.尽力された関係各位に心から感謝の意を表したい.そしてこの「センター紀要」が
これからの東北大学の改革を発信する起点となり,またセンター自身が改革を先導する存在と
なっていくことを切に希望したい.
平成 18 年 3 月 30 日
東北大学高等教育開発推進センター長
坂 本 尚 夫
目 次
論文
新教育課程における東北大学の入試と教育接続
−主に情報・理科,および,入試広報の観点から−………………………………… 倉元直樹 ……… 1
戦後大学入学者選抜制度の変遷と東北大学の AO 入試 ……………………… 木村拓也,倉元直樹 ……… 15
後期日程入試の廃止問題に対する高校教員の意見構造
………………………………………………………… 倉元直樹,西郡 大,佐藤洋之,森田康夫 ……… 29
主要国立大学における「学生による授業評価」アンケートの分析
…………………………………………… 関内 隆,縄田朋樹,葛生政則,北原良夫,板橋孝幸 ……… 41
東北大学全学教育における文科系向け「自然科学総合実験」開講についての一考察
………………………………………………………………………… 陳 輝,岩崎 信,小山田誠 ……… 55
日本語学習者における格助詞「を」
「に」の習得過程の研究………………… 蘇 雅玲,吉本 啓 ……… 63
大学検診に於ける新規高血圧スクリーニングシステムの開発とその効果
………………………… 長谷川洋子,松原光伸,江島 豊,太田美智,三井栄子,佐々木悦子,
洞口博子,伊藤めぐみ,千葉和美,星 慈,大原秀一,飛田 渉 ……… 77
学生相談の支援活動における水準と視点−面接室における支援と面接室から踏み出しての支援−
……………………………… 池田忠義,吉武清實,高野 明,佐藤静香,関谷佳代,仁平義明 ……… 83
学生相談活動における情報提供のあり方についての検討−学生が求める情報についての質的分析から−
……………………………… 高野 明,吉武清實,池田忠義,佐藤静香,関谷佳代,仁平義明 ……… 91
評論
大学生の思考の柔軟性は低下したか?
−「ルーチンスの水差し問題」の解:15 年間の変化− ……………………………… 仁平義明 ……… 99
韓国語教育における日韓教材の現況と問題点
−東北大学の展開朝鮮語テキスト開発のために−…………………………………… 金 鉉哲 ……… 109
報告
基礎ゼミ「フィールドワークの勧め」を実施した経験…………………………………… 蟹澤聰史 ……… 119
全学教育科目基礎ゼミ「新聞を通してみる障害児・者問題」の 3 年間の取り組みと成果
………………………………………………………………………………………………… 川住隆一 ……… 125
東北大学における「学生による授業評価」アンケートの実施状況と課題
…………………………………………… 関内 隆,縄田朋樹,葛生政則,北原良夫,板橋孝幸 ……… 135
教員の自発的な教育改善を支援する FD の方法論に関する調査研究
−スタンフォード大学 Center for Teaching and Learning の事例を中心に− ………… 渡利夏子 ……… 149
公開化学実験講座における色素化学の導入−教材開発と意識調査研究−
……………………………………………………………………… 福田貴光,石井和之,村中厚哉 ……… 161
自然科学総合実験の受講学生を対象とした総合的調査
………………… 神田浩樹,石川賢一,小林弥生,是枝聡肇,田嶋玄一,福田貴光,前山俊彦 ……… 175
「口唱歌」の分析−異文化間で共有される教養教育− …………………………………… 井土愼二 ……… 181
Target Language Software in the Language Communicative Classroom …………………Nicolas Gromik ……… 191
Task-Supported Language Teaching with Real Beginners …………………………………… Cecilia Silva ……… 203
CALL 用プラットフォーム WebOCM の基本的機能とその e ラーニングへの応用
…………………………………………… 杉浦謙介,李 相穆,北原良夫,堀江 薫,吉本 啓 ……… 209
本学学生のメンタルヘルスに関する最近の動向……………… 斎藤秀光,吉武清實,海老名幸雄,
山崎尚人,飛田 渉,松岡洋夫 ……… 215
提言
メーリングリストを活用した教育改善の支援
− 5 分間ファカルティ・ディベロップメント− ………………………… 中島 平,渡利夏子 ……… 219
所感
ISTU を活用した東北大学全学教育新規科目授業設計−科学と情報を題材にして−
………………………………………………………………………………………………… 岩崎 信 ……… 233
論 文
新教育課程における東北大学の入試と教育接続(1)
−主に情報・理科,および,入試広報の観点から−
倉 元 直 樹 1)*
1)
東北大学高等教育開発推進センター
問題と目的
で教育するのかという内容の観点からの結びつき,
かつて,高校(2)と大学のつながりは入試の一点のみ
で,しかも単純な枠組で考えられてきた.長い間続い
「高校と大学の教育接続(articulation)」は,より重要
である.
てきたそのような時代から,状況は大きく変貌を遂げ
一部の例外を除き,東北大学ではほとんどの学部学
ている.いまや,高校と大学は様々な高大連携活動を
生を国内の高校の大学進学志望者から迎えている.そ
通じて,強く,複雑に結びついている.大学入試の機
のような状況で大学から高校を眺めたとき,高校教育
能も,定員で定められる閾値に基づき,入試得点で順
は学生に教育を施すための準備段階である.高校の教
序付けられた受験生を「合格」,
「不合格」に分類する
育内容は,大学入試のあり方を規定している.そして,
だけに限定されない教育的役割がある.高校教育の現
その出来如何が大学入学後の教育達成に決定的な影響
場では,至極当たり前と受け取られてきたことだが,
をもたらす.さらに,初等中等教育の教育課程が文部
少しずつ大学側にも理解されるようになってきた.
科学省の定める学習指導要領で規定されている以上,
今,大学はあらゆる機会を通じて自らの姿を受験生
高校の学習指導要領は大学入試を規定し,最終的に大
に伝えようとしている.また,近い将来大学生となる
学教育そのものを規定することになる.逆に,大学入
高校生は,進むべき道を見出すために,氾濫する大学
試の具体的なあり方は,高校の教育活動を誘導するこ
情報から生きた情報をより分けようと懸命である.そ
とになる.
して,大学入試にはそれらの進路探求活動の総仕上げ
の意味が付加されている.
政策的にはその事実は一貫して「高校教育を乱す」
ものとして捉えられてきた 5).しかし,実際には,それ
高校側から見ると,大学入試とは大学からの究極の
は正負両面の「遡及効果(washback effect,backwash
メッセージである.「大学の考える『アドミッション・
effect)」の一面に過ぎない.
「現実問題として,大学
ポリシー』とは,大学の目標,役割,建学の精神,求
入試問題は大学入学適格者の評価,選抜のツールであ
める学生像等のことばによる表明であろう.しかし,
るとともに,進学校を中心とした高校教育の暫定的到
高校側は入試の内容自体を真のアドミッション・ポリ
達目標であり,教材でもある」のであり,
「大学入試
シーとして受け止める傾向が強い 4)」のである.すな
の崩壊は我が国の教育システムの崩壊に直結する」と
わち,いったん進路を定めたとき,大学入試そのもの
さえ考えられる 4).
に表現される「大学が求める学生像」に向かって,受
しかし,高等教育が「ユニバーサル段階」6)に達し
験生は自らを陶冶しようと試み,高校教員はそれをサ
ようとする現状では,入試の影響力をかつてと同じよ
ポートすることになる.
うに考えるべきか,疑問を感じざるを得ない.高大連
一方,高校と大学の結びつきは,上述のような「高
携活動が活発化し,入試が多様化している現状におい
大連携活動」に止まるわけではない.何をどの程度ま
て,東北大学の入試が高校にどの程度の影響力を持っ
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 28 東北大学高等教育開発推進センター高等教育開発部入試開発室
─1─
ているのか直接示す材料はない.
が新設された.昭和 57(1982)年度の改訂では「ゆと
本研究では,3 つの視点から東北大学と高校の連携
りと充実」というキャッチフレーズが有名になった.
関係,その一環の入試を定量的に捉えることを試みる.
各教科の指導内容が大幅に削られ,思い切った授業時
第 1 の視点は「新教育課程における高校教育」であ
数の削減が行われた.このときから高校の卒業履修単
る.平成 11(1999)年告示,平成 15(2003)年施行の
位も 85 単位から 80 単位へと減じられた.平成 6
(1994)
高等学校学習指導要領(新教育課程)の下,大きな変
年度施行の学習指導要領は,「生きる力」
,
「新学力観」
更点に対して高校がどう対処しているか,分析する.
というキャッチフレーズで知られている.教育課程の
変化が目立つのは「理科」であり,新しい教科「情報」
一層の弾力化が図られ,社会科が再編成されて地理歴
や「総合的な学習の時間」の導入と言える.
史科と公民科に分けられた.
第 2 の視点は,東北大学の入試の影響力である.大
平成 15(2003)年度施行の新教育課程は,いわゆる
学全体,また,各学部の入試は高校教育にどの程度の
「3 割削減」で知られる.完全週休 2 日制導入を前提に
影響を与え,どのように受け取られているのか,定量
卒業履修単位は 74 単位にまで減らされた(5).それに
的評価を試みる.
加えて「総合的な学習の時間」
,および,新教科「情報」
第 3 の視点は高大連携活動の一環としての入試広報
が導入されたのが特徴である.
の浸透力である.東北大学の広報活動は社会的に高く
評価され(3),既に一定の評価が得られているが,どの程
2.新教育課程における変更点
度高校に行き渡っているのか,定量的な検討を行う.
本節では,学習指導要領の主な変更点について簡単
に触れる.
1.学習指導要領改訂の経緯
(4)
2.1.授業時間
最初に,戦後における学習指導要領改訂の経緯につ
いて簡単に触れておく.
平成 6(1994)年度施行の学習指導要領では,
「授業
の 1 単位時間は 50 分を標準とし,教科・科目の特質等
昭和 23(1948)年度に学習指導要領が導入されて以
に応じて,授業の実施形態を工夫することができる」
来,概ね約 10 年ごとに改訂が重ねられ,平成 15(2003)
となっていた 11).新しい指導要領では,
「(略)それぞ
年施行(小・中学校は平成 14[2002]年度)の学習指
れの授業の 1 単位時間は,各学校において,各教科・
導要領は 8 回目のものになる.以下,主に「学制百二
科目等の授業時間数を確保しつつ,生徒の実態及び各
十年史 」から,ポイントについて概説する.
教科・科目等の特質を考慮して適切に定めるものとす
9)
昭和 23(1948)年度に発足した新制高校では,
「生
る」とある 12).すなわち,1 コマの授業時間に関して
徒の個性に応じた学習」の可能性を求め,大幅な教科
は学校の自由裁量で決められることになったのであ
選択制と単位制が採用された.最初の改定は昭和 26
る.ただし,
「1 単位時間を 50 分とし,35 単位時間の
(1951)年度である.昭和 31(1956)年度の改訂では,
授業を 1 単位として計算することを標準」とすること
高等学校教育により計画性を持たせるため,必修教
は変わらない 13).
科・科目を増加して教養の偏りを少なくすることを趣
2.2.総合的な学習の時間
旨としたものであった.これ以後,告示から施行まで
3 ∼ 5 年の年数を要することになる.なお,本稿の記
述は施行年度に基づく.
「総合的な学習の時間」は,今回初めて設けられた.
「卒業までに 105 ∼ 210 単位時間を標準とする 12)」と
され,3 ∼ 6 単位分に当たる.卒業単位に含まれるた
昭和 38(1963)年度の改訂は小・中・高校にわたる
め,必修の内容である 13).
教育課程の一貫性を持たせ,科学教育の充実を狙った
新学習指導要領の総則には,「第 4 款 総合的な学
ものであった.昭和 48(1973)年度の改訂では,約
習の時間」に 6 項目を当てている.要約すると,
「横
90%の高校進学率を踏まえた改訂である.必修科目が
断的・総合的な学習や生徒の興味・関心等に基づく学
大幅に削減され,「数学一般」
,
「基礎理科」等の科目
習など創意工夫を生かした教育活動」
,
「主体性,問題
─2─
解決能力を育てる」,
「体験学習,実験・研究等を積極
2.調査票
的に取り入れ,多様な学習形態を取る」といったこと
調査票は記入の便宜を最大限に考慮し,A4 判 2 枚
が挙げられる .自由度が大きいと同時に,実施に多
に質問項目を収めた.1 枚目は新教育課程に関する質
大な労力を必要とする内容である.
問項目である.最初に学校名の記入を求めた.「1 コ
2.3.情報
マあたりの授業時間」,
「総合的な学習の時間」
,「情
12)
「情報」は,中央教育審議会答申 14),教育課程審議
会答申 15)を踏まえて導入された新教科である 16).
「情
報」,
「理科」に関する質問,および,新指導要領の下
で心配している事項から成る.
報 A」
,
「情報 B」,
「情報 C」の 3 科目から一つ(2 単位)
を選択する.
2 枚目は東北大学の入試と広報活動に関する項目で
ある.
「東北大学の入試の影響」,
「各学部(7)の入試に
「情報 A」はコンピュータや情報通信ネットワーク
対する評価」
,および,
「東北大学の高大連携活動」に
の活用等,「情報 B」は情報処理技術等,
「情報 C」は
関する項目から成る.以上,本稿末の資料を参照のこ
情報化社会における規範等を中心に学ぶ.
と.
2.4.理科の選択単元
卒業総単位数削減の中,
「総合的な学習の時間」
,
「情
3.調査対象校
報」の新設により,高等学校のカリキュラム編成は相
東北大学の入学者選抜に関する資料を送付している
当に厳しい状況に置かれている.理科は,その中で大
高等学校(計 2,023 校)を調査対象とした.東北地方
きく改変された.
の全ての高等学校,全国の国立高等学校,および,過
まず,必修選択の体系が大きく変わった.以前は,
「総合理科」
,物化生地の「Ⅰ A」,または,
「Ⅰ B」か
去 5 年間に東北大学への志願者を輩出した高等学校で
ある.ただし,特殊教育諸学校を除く.
ら 2 区分にわたって 2 科目(6) であった 11) が,「理科基
礎」
,「理科総合 A」,
「理科総合 B」から 1 科目以上を
4.調査方法
含む 2 科目選択となった.
「理科基礎」
は全分野の入門,
「理科総合 A」は物理・化学分野,
「理科総合 B」は生
物・地学分野を学ぶ科目である .
調査票は平成 15(2003)年 11 月末に郵送した.担
当者が必要事項を記入,平成 15(2003)年 12 月中旬
までに返送を求めた.記入担当者は指定せず,
「東北
12)
さらに,今回,
「物理Ⅱ」
,
「化学Ⅱ」
,
「生物Ⅱ」
,
「地
学Ⅱ」に選択単元が設けられた.「物理Ⅱ」では「物
大学の入試についてよくご存知の先生」を選ぶよう求
めた.
質と原子」
,
「原子と原子核」の一方,
「化学Ⅱ」では「生
活と物質」
,
「生命と物質」の一方,
「生物Ⅱ」では「生
5.集計方法
物の分類と進化」
,
「生物の集団」の一方,「地学Ⅱ」
集計方法として,3 通りの方法を用いた.
では「地球の探求」
,
「地球表層の探求」,
「宇宙の探求」
まず,普通の単純集計である.単純集計の場合,単
から 2 つを選択して履修させることが出来る .
位は学校である.
12)
残り二つは,東北大学の受験者,および,入学者層
方法
を伺わせる方法を考えた.受験者の様相を見るため,
1.調査の経緯と方針
学校ごとに過去 5 年間の志願者数(ただし,電算処理
調査は,平成 15(2003)年度育研究共同プロジェク
されている入試区分(8) のみ)で重み付けをした.概
ト経費(東北大学総長裁量経費)が採択され,急遽計
ね「東北大学を志願する受験生の母集団」の実態把握
画された.高等学校が多忙を極める時期の緊急調査で
が可能と考えた.さらに,同様の方法で合格者数を用
あるため,質問項目を最低限に絞り込んだ.
いた.概ね「東北大学に入学する学生の母集団」の実
態把握が可能と考えた.なお,前者を「志願者数重み
による集計」
(以下,必要に応じて「志願者」と略記す
─3─
る)
,後者を「合格者数重みによる集計」
(以下,必要
2.新学習指導要領の下での高校教育
に応じて「合格者」と略記する)と呼ぶ.
新教育課程の下での教育に対する回答結果を表 1 に
示す.
結果
2.1.授業時間
1.回収率
単純集計結果から見ると 1 コマあたりの授業時間は
73.3 % が 50 分 授 業 で あ っ た. ま た,55 分 未 満 が
1.1.単純集計
調査対象 2,023 校のうち,1,353 校から回答が寄せら
87.0%,最も短いケースは 40 分であった.50 分未満
れた.回収率 66.9%である.調査設計の段階で,学校
という回答のほとんどは 45 分授業である.逆に,「65
名を伏せるかどうか,回収率との兼ね合いが難しい判
分」という授業時間の学校も 6.0%見られた.
断であった.学校名の記入を求めたことによって回収
重み付き集計では,65 分授業の割合が高くなり,
率にダメージを受けることは無かったと言える.むし
志願者で約 17 ポイント,合格者で約 19 ポイントに上
ろ,学校名の情報から,志願者数,合格者数の重み付
る.一方,
「50 分未満」の割合も高く,標準的な 50 分
けも可能となった.
授業が少ない(志願者で約 41 ポイント,合格者で約
都道府県別では,90%以上の高い回収率が佐賀県
(100%),栃木県(97.0%)
,富山県(90.0%)
,逆に,
40 ポイント)
.
2.2.総合的な学習の時間
50 % 未 満 の 低 い 回 収 率 が 大 阪 府(44.4 %), 京 都 府
(49.0%)であった.東北地方では,回収率が高い順
約半数の学校が「進路学習」
(45.0%)に当てており,
これに「テーマ学習」
(34.5%)を加えると約 8 割が当
に宮城県(80.7%),青森県(79.3%)
,秋田県(74.6%)
,
てはまる.重み付き集計では,さらに「進路学習」の
山形県(72.7%)
,岩手県(67.7%)
,福島県(59.3%)
割合が大きく,60 ポイント近くに上る.逆に,「テー
であった.
マ学習」は全体の 1/4 程度である.
「スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)等
1.2.重み付き集計
志願者,合格者の重み付き集計における「カバー率」
の活動」は非常に少ない(0.9%)ものの,重み付き
を定義する.カバー率とは,回答を寄せた学校からの
集計では 2 ポイントを超える.ちなみに,調査時点で
志願者数(または,合格者数)合計の全体に対する比
SSH の指定を受けていた高校は全国で 52 校に上るが,
率を表す.重み付き集計では,多くの志願者(または,
そのうち 51 校が調査対象校であった.その中で調査
合格者)を東北大学に送っている学校の回答が大きな
に回答を寄せた学校が 45 校(回収率 88%),回答校全
影響を及ぼす.例えば,志願者の場合,上位 3 校のカ
体に占める割合は単純集計では 7.4%(志願者で約 10
バー率が 9.8 ポイント(9),合格者の場合は 9.1 ポイント
ポイント,合格者で約 12 ポイント)であった.
である.その意味では,解釈には注意が必要である.
「教科の補習」は 3.5%と少なく,重み付き集計の場
なお,回答を寄せた高校のうち,213 校が過去 5 年間
合には,さらに少なくなっている(志願者重みで約 2
の志願者数 0 であり,569 校が合格者数 0 であった.
ポイント,合格者重みで約 1 ポイント)
.「学校行事」
重み付き集計では,これらの学校が除外される.志願
に充当する割合も比較的低い(単純集計で 5.6%)
.
者のカバー率は 86.5%,合格者のカバー率は 87.5%と
高い数値となった.
「進路学習」
,「テーマ学習」のいずれにも該当しな
いような「体験学習」も「その他」のカテゴリーの具
なお,過去 5 年間で 100 名以上の合格者を輩出して
体的な記述の中から散見されたが,重み付き集計では
いる 22 校中未回答は 1 校,合格者数で上位 100 校(過
登場しない.
「体験学習」以外で「その他」に該当す
去 5 年間で合格者数合計 26 名以上)のうち,未回答は
る回答の記述には,
「未定」
,
「検討中」
,
「読書」
,「小
9 校であった.
論文指導」などが目立った.
以上のことから,本調査は,東北大学の受験生,学生
2.3.情報
を輩出する高校の実態を十分に反映したものと言える.
─4─
単純集計ではコンピュータ操作体験が中心の「情報
表 1. 新教育課程の下でのカリキュラム
授業 1 コマの時間
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
「総合的な学習の時間」の活用法
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
「情報」の履修内容
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
「理科」の選択必修科目
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
「理科Ⅱ」の選択単元
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
50 分未満
50 ∼ 54 分
55 ∼ 59 分
60 ∼ 64 分
65 ∼ 69 分
70 分以上
13.6%
24.3%
21.2%
73.4%
40.8%
40.1%
4.5%
13.7%
16.2%
0.7%
1.5%
1.4%
6.1%
17.0%
18.9%
1.8%
2.7%
2.2%
進路学習
45.0%
58.1%
58.1%
テーマ学習
34.6%
24.8%
24.8%
SSH
0.9%
2.4%
2.7%
補習
3.5%
1.5%
1.3%
行事
5.6%
4.5%
4.0%
体験学習
0.8%
0.0%
0.0%
その他
9.6%
8.7%
9.1%
情報 A
64.1%
46.1%
46.5%
情報 B
10.8%
11.0%
11.2%
情報 C
9.7%
16.3%
15.6%
読み替え
8.4%
11.5%
11.5%
情報処理 *
1.7%
0.3%
0.3%
その他
4.9%
14.8%
14.9%
未検討
0.3%
0.1%
0.1%
理科基礎
9.7%
12.5%
12.7%
総合 A
53.4%
45.9%
48.9%
総合 B
16.1%
23.8%
21.0%
AB 選択
9.5%
9.6%
8.5%
AB 両方
7.1%
5.2%
5.7%
その他
2.2%
1.6%
1.8%
読み替え
2.0%
1.5%
1.5%
全て
31.2%
53.0%
54.1%
選択
29.8%
19.9%
18.4%
開講なし
9.5%
0.7%
0.6%
一方のみ
1.5%
0.2%
0.2%
科目による
5.5%
2.7%
2.9%
検討中
19.7%
19.4%
18.6%
その他
2.9%
4.2%
5.2%
*:専門教育における情報関連科目.工業科の「情報技術基礎」
,商業科の「情報処理」等.
この質問項目は,選択肢だけでは回答の多くを拾い
A」が 64.1%を占めた.ただし,志願者,合格者では,
やや少なく(約 46 ポイント,約 47 ポイント)
,代わり
きれず,
「その他」に分類された中から「A,B 両方履
に「読み替え」
(それぞれ約 11.5 ポイント)
,
「その他」
修」
(単純集計 7.1%,志願者 5.2 ポイント,合格者 5.7
(それぞれ約 15 ポイント)の割合が大きくなっている.
ポイント)
,他科目での「読み替え」
(単純集計 2.0%,
専門高校では,
「その他」として専門教育の科目で
代替するところが多い.それ以外の「その他」の回答
志願者 1.5 ポイント,合格者 1.5 ポイント)も一定数見
られた.
は,
「未実施」
,「検討中」
,
「課程によって選択する科
なお,この質問項目に対しては補足説明が多かっ
目を変える」,
「スーパー・サイエンス・ハイスクール
た.「化学等の個別科目の「Ⅰ」の分野の内容を履修
の活動の中に組み入れる」等が目立った.
させる」
,
「旧理科Ⅰの内容を実施する」
,「
『Ⅰ』に当
2.4.理科の必修選択
たる範囲を 3(ないしは 4)科目学ばせる」など,学校
約半数(53.4%)の学校は「理科総合 A」を履修す
ると回答したが,重み付き集計結果ではやや下がる
独自の工夫が多く見られ,確実な実態把握は難しい.
2.5.理科「Ⅱ」科目の選択単元
(志願者で約 46 ポイント,合格者で約 49 ポイント)
.
「基礎理科」
(単純集計 9.7%,志願者 12.5 ポイント,合
格者 12.7 ポイント)
,
「総合理科 B」
(単純集計 16.1%,
大学入試の実務を考える上で極めて重要な項目の一
つと考えていたが,質問の意図通りの回答を得ること
は困難であった.
志願者 23.8 ポイント,合格者 21.0 ポイント)は少数だ
「全ての単元を履修させる」との回答は,単純集計
が,重み付け集計では若干上がる.
「A,B いずれかの
では 31.2%であったが,重み付け集計では半数を超え
選択」はどの集計でも 10%弱であった.
た(志願者 53.0 ポイント,合格者 54.1 ポイント).
「生
─5─
徒の関心によって選択させる」という回答は単純集計
いる.これは,学習指導要領の改訂の小中学校への影
ではそれに匹敵する 29.8%と言う高率だったが,重み
響を懸念した回答であろう.
付け集計では 2 割程度である(志願者 19.9 ポイント,
さらに,
「授業時間の不足」
,
「家庭学習の不足」
,
「反
合格者 18.4 ポイント).しかし,この回答に関しては
復学習の不足」といった,学習関連の環境要因に関し
数値を額面どおり受け取ることは出来ない事情があ
て半分ほどが心配だと回答した.また,「主体性の低
る.そもそも,「生徒の関心によって選択」という対
下」
,「卒業時の学力不足」
,
「学習内容の過密化」
,「学
応が可能なほど体制が整った高校は多くはないはずで
習意欲の低下」も心配な事項として挙げられている.
ある.この選択肢を選んだ回答者の大半は,従来通り
一方,
「教員の実働時間増」が重みつき集計で 30%を
の理科の教科内における「科目選択」に関わる質問と
超えている以外には,学習面以外の影響に対する懸念
勘違いしたケースがほとんどと推測できる.実際,こ
は大きくない.
の選択肢に補足説明を付した回答は,ほぼ例外なく
「単元」選択ではなく,
「科目」選択に関わる記述を行っ
ていた.
3.東北大学の入試について
3.1.東北大学の入試の影響
さらに,
「Ⅱ」の科目は,通常 3 年生での履修とな
単純集計を見る限り,東北大学の入試が高校の教育
るが,20%弱(単純集計 19.8%,重み付き集計でそれ
に影響する程度はさほど大きなものではない(「ある
ぞれ約 19 ポイント)の高校が「検討中」と回答した.
程度」
,
「かなり」合わせて 15.5%).しかし,重み付
なお,10%近くの学校が「Ⅱ」の科目を開講してい
き集計では数値が劇的に跳ね上がる(「ある程度」
,
「か
ないと答えたが,東北大学に志願者・合格者を送り出
なり」合わせて志願者重みで約 58 ポイント,合格者
している高校に限定すると極めて稀である.
重みで約 60 ポイント,以上,表 2 参照)
.これらの結
2.6.新学習指導要領の下での心配
果を勘案すると,学校数では高校教育への影響は広範
用意した 16 の選択肢のうち,「保護者との関係」
,
「同窓会との関係」
,
「対外関係」はほとんど,あるいは,
全く選択されなかったので省略する.
とは言えないが,東北大学に学生を輩出する学校に対
する影響は大きい.
3.2.各学部の入試
結果を図 1 に示す.重み付き集計で見た場合には,
「高校入学時の学力不足」は 90%近くが心配と答えて
東北大学の入試が教育に「影響あり」と回答した高
校に,各学部の入試の改善点の有無を尋ねた.条件(10)
図 1. 新教育課程における心配
─6─
表 2. 東北大学の入試に関する意見
東北大学の入試が高校教育に与える影響
全くない
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
「改善すべき」という意見の割合
単純集計(全体)*
単純集計
志願者重み(全体)*
志願者重み集計
合格者重み(全体)*
合格者重み集計
あまりない
どちらとも言えない
ある程度ある
かなりある
42.6%
19.1%
18.3%
24.2%
17.8%
16.3%
11.7%
21.2%
23.3%
3.9%
37.1%
36.9%
17.6%
4.7%
5.1%
文
8%
12%
24%
26%
21%
23%
教
7%
10%
19%
21%
16%
18%
法
8%
12%
14%
15%
14%
14%
経
6%
11%
9%
9%
8%
9%
理
5%
6%
10%
11%
11%
12%
医
6%
9%
17%
18%
13%
14%
保健
9%
12%
23%
25%
20%
22%
歯
5%
6%
10%
11%
9%
10%
薬
5%
7%
6%
6%
4%
4%
工
6%
6%
4%
4%
4%
4%
農
3%
4%
4%
4%
4%
2%
*:「直前の質問に 4,5 と回答した場合のみ」という条件に関わらず,回答があったものを全て集計
に該当しないケースも含めた単純集計では,全ての学
い」,
「理系しか対応できない」といった意見が,一致
部で「問題ない」が 90%を超えていた.しかし,条件,
して数多く寄せられた.
「AO,推薦制度を導入して欲
重みを加えていくと,学部ごとに様相が違ってきた.
しい」といった意見も見られた.
「改善すべき」という回答が増えたのは「文学部」
,
「医学部保健学科」,
「教育学部」
,
「医学部医学科」
(20
歯学部に対しては,「センターの配点が高い」とい
う意見があった.
ポイント以上の場合がある)
,「法学部」,
「理学部」
,
「歯学部」の順である(10 ポイント以上の場合がある)
.
薬学部に対しては,「個別試験の理科で生物も選択
可として欲しい」という意見が寄せられた.
以下,
「東北大学の入試がかなり影響する」との回
答から,目についた改善意見を挙げる.
工学部に対しては,
「英語の配点を高くして欲しい」
という意見があった.
文系 4 学部に対しては,基本的に各学部共通の意見
が多かった.例えば,
「センターにおける公民の指定
農学部に対しては,
「学科別募集にしてはどうか」
という意見があった.
科目は 3 科目から選択可にして欲しい」
,
「AO,推薦
いずれにせよ,各学部とも現状の入試に対して「問
制度を導入して欲しい」
,
「個別試験に地歴の出題を」
,
題ない」との意見が多数派である.また,一部を除き,
「後期の小論文の出題形式に一考を」,
「センター試験
の配点が高い」,
「AO Ⅱ期・推薦Ⅰの出願時期を検討
多くの高校から同じような意見が寄せられるケースは
稀であったことも付言しておく.
して欲しい」といった意見である.
理系 6 学部(7 学科)については意見がばらつく傾向
4.高大連携活動について
が見られたが,一部には複数学部に共通の意見もある.
本項では東北大学の高大連携活動,入試広報活動に
理学部に対しては「理科の科目の難易差が大きすぎ
対する認知状況について述べる.表3に集計結果を示す.
る」
,
「AO Ⅱ期の出願基準(評定)を工学部の様に弾
力的に」といった意見が寄せられた.
最初に留意しておきたいのは,高校の中の情報伝達
が円滑ではない状況も疑われることである.例えば,
医学部医学科に対しては「理科 3 科目受験について
頻繁に訪問し,活発に交流している高校から「東北大
は慎重に検討して欲しい(他学部にも共通の要望)
」
,
の教官の訪問はない」
と回答してきたケースもあった.
「個別試験の数学が 4 問では不足ではないか(他学部
にも共通の場合あり)
」,
「AO,推薦制度を導入して欲
したがって,調査結果は過小評価の可能性がある.
4.1.オープンキャンパス
しい」といった意見が寄せられた.
東北大学のオープンキャンパスは毎年 7 月末に 2 日
医学部保健学科に対しては「個別試験の負担が重
間実施されている.年々規模が大きくなり,今年度
(平
─7─
表 3. 東北大学の高大連携活動
オープンキャンパス
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
学校として参加
生徒に参加を促した
何もしていない
6.0%
28.8%
31.8%
34.6%
51.1%
48.8%
59.4%
20.1%
19.4%
実施したことがある
依頼したが実現せず
何もしていない
3.9%
28.7%
30.7%
0.2%
0.3%
0.4%
96.0%
71.0%
68.9%
学校として実施
生徒に訪問を促した
何もしていない
4.1%
13.7%
15.7%
23.0%
47.0%
43.6%
72.9%
39.3%
40.7%
出前授業
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
キャンパス訪問
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
東北大学紹介ビデオ
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
生徒に紹介
学校にはある
存在は知っている
知らない
3.3%
18.4%
16.8%
9.5%
24.4%
27,3%
28.9%
28.5%
28.3%
58.3%
28.7%
27.6%
毎年ある
まれにある
全くない
把握していない
1.8%
24.9%
23.2%
5.9%
23.5%
26.6%
65.7%
38.6%
36.7%
26.7%
13.1%
13.4%
東北大学教官の高校訪問
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
東北大学の入試説明会
単純集計
志願者重み集計
合格者重み集計
毎年参加
参加したことがある
参加したことはない
7.2%
45.1%
43.8%
11.8%
13.2%
13.8%
81.0%
41.7%
42.5%
成 17[2005]年度)には,把握されている限り,延べ
4.2.東北大学の講師による出前授業
約 19,000 名の参加者があった.前年比約 1,000 名増,6
年間で約 3.0 倍という急成長ぶりである.
東北大学では,出前授業,キャンパス訪問等の依頼
に対して,入試課を窓口にして受け付けている.平成
毎年実施している新入学者アンケートの結果によれ
16(2004)年度の実績(11) では,出前授業は,41 校に
ば,大学全体で 30%以上がオープンキャンパスを経
対して延べ 105 名の講師を派遣した.部局に直接行わ
験した上で入学していることが分かっている.また,
れた依頼,教員個人への依頼は把握できていないの
オープンキャンパスを訪れた者のうち,進路の「決め
で,実際に行われた活動は以上の数値を超えたものだ
手 に な っ た」,
「参 考 に な っ た」 と し て い る 割 合 は
と考えられる.
80%にも上る 17).
全体では 4%弱の高校が東北大学からの出前授業を
「学校として参加」している高校は単純集計では
経験している.重み付き集計では約 30 ポイント程度
6.0%であったが,志願者,合格者では 30 ポイント近
に達する.なお,
「依頼したが実現しなかった」ケー
くになった.また,
「何もしていない」という高校は
スはほとんどない.大学としての努力が現れた結果だ
単純集計で 60%に及ぶ一方,重み付き集計では 20 ポ
と思われる.
イント程度である.
─8─
15 回(参加者数 263 名)
,他大学と共同の説明会は延
4.3.キャンパス訪問
平成 16(2004)年度実績では,キャンパス訪問につ
べ 15 回行われた.
いては 12 校から延べ 621 名の訪問者を受け入れた.部
単純集計では 2 割程度の高校にしか行き渡っていな
局への直接の依頼,教員個人への依頼等は把握できて
い.しかし,重み付き集計では,40 ポイント以上の
いないので,実際に行われた活動は以上の数値を超え
高校が「毎年参加」している.参加したことがない高
たものであると考えられる.
校は,40 ポイント強に過ぎない.
全体では 4%強の高校が東北大学へのキャンパス訪
問を「実施したことがある」と回答した.重み付き集
5.新教育課程における「心配」
,東北大学の入試
計ではそれが約 14 ∼ 15 ポイントに達する.出前授業
の「影響」と諸項目の関係
ほど大きな数値にならないのは,オープンキャンパス
本節では,新教育課程において高校教員が抱いてい
が有効に利用されていることによるのかもしれない.
る「心配」,および,東北大学が高校に与える「影響」
4.4.東北大学紹介ビデオ
に関する認知と,それ以外の諸項目との相関関係につ
平成 14(2002)年度,東北大学紹介ビデオが製作さ
れた.全学版,各学部版がある.全学版は,平成 15
いて分析を行う.
5.1.新教育課程における心配の尺度化
最初に「新教育課程における心配」について尺度化
(2003)年度に改訂された.CD,および,ストリーミング
配信の形で提供されていた(12).オープンキャンパス,
を試みた.2 値データの因子分析は,そのままでは「困
出前授業等の大学疑似体験の試みは,高校生が東北大
難度」の因子が抽出される可能性がある 18) など,問
学を実際に体感するためには極めて重要な広報活動で
題がある.したがって,本研究で行った主成分分析は,
ある.しかし,アクセス,キャパシティの問題から,
尺度化の目安を立てるだけのものである.
まず,図 1 の 13 項目について主成分分析を行った.
無限に拡大していくことは出来ない.その点,ビデオ
は,アップデートしなければ情報が古くなるという問
第 1 主成分が 2.16,第 2 主成分が 1.63,累積寄与率が
題はあるが,広範に情報を伝えるには有効である.
29%と十分な値とは言えないが,解釈可能性を考慮し
単純集計によれば,4 割ほどに知られている.重み
付き集計によれば,存在自体の認知度は 70 ポイント
て,回転後の布置から2つの尺度を抽出することとし
た.
結果を表 4 に示す.第 1 軸,または,第 2 軸の値が.
以上に上る.
3 以上であることを目安に分類し,
「卒業時の学力不
4.5.東北大学教員の高校訪問
平成 16(2004)年度実績では,公式に残っているだ
足」以外から 6 項目ずつの 2 つの尺度を構成すること
けで,アドミッションセンター(13) 専任教員 3 名が 37
校を訪れた.記録に残らない訪問活動もある.また,
表 4.「新教育課程における心配」の尺度化
部局や教員個人の活動は把握されていないので,実際
項 目
には極めて活発に高校訪問が行われているものと考え
単純集計では「毎年ある」
,
「まれにある」を合わせ
て 7.7%程度であるが,実数では,101 校に上る.さら
に跳ね上がる.
4.6.東北大の入試説明会
大学としての入試説明会は,大学独自のものと民間
会社主催で他大学と共同のものがある.平成 16
(2004)
年度,大学独自の進路指導担当者向け説明会は延べ
─9─
学校運営面の
心配尺度
に,重み付き集計の場合,その値は 50 ポイント近く
学習面の
心配尺度
られる.
1. 入学時の学力不足
2. 学習意欲の低下
3. 反復学習の不足
4. 主体性の低下
5. 家庭学習の不足
9. 進学実績の相対的低下
6. 授業時間の不足
7. 学習内容の過密化
10. 部活動への影響
11. 学校行事への影響
15. 事務・会議等の負担増
16. 教員の実働時間増
8. 卒業時の学力不足
第1
主成分
0.325
0.630
0.496
0.658
0.678
0.423
-0.017
0.035
-0.004
-0.153
0.213
0.165
0.276
第2
主成分
0.001
-0.040
-0.008
0.056
-0.031
0.228
0.400
0.361
0.640
0.629
0.487
0.606
0.193
とした.まず,
「1.入学時の学力不足」,
「2.学習意
表 5.「新教育課程における心配」,「東北大学の入試
欲の低下」
,
「3.反復学習の不足」
,
「4.主体性の低下」,
の影響」と各学部の入試への意見の相関係数
「5.家庭学習の不足」,
「9.進学実績の相対的低下」
を「学習面の心配尺度」とする.さらに,
「6.授業時
間の不足」
,
「7.学習内容の過密化」,
「10.部活動へ
の影響」
,
「11.学校行事への影響」
,「15.事務・会議
等の負担増」
,「16.教員の実働時間増」を「学校運営
面の心配尺度」とする.内部一貫性を表す信頼性指標
のアルファ係数は,前者が 0.56,後者が 0.47 で,あま
り高くはない.なお,双方の尺度の相関係数は 0.12 で
あり,非常に弱い正の相関が見られた.信頼性の不十
文学部
教育学部
法学部
経済学部
理学部
医学部医学科
医学部保健学科
歯学部
薬学部
工学部
農学部
学習面の
心配
0.025
-0.049
0.016
0.018
-0.040
-0.024
0.034
-0.030
-0.026
-0.013
-0.018
学校運営
面の心配
0.115*
0.070
0.068
0.072
-0.005
0.082
0.040
0.015
0.032
0.015
-0.011
分さによる相関係数の希薄化を考慮に入れたとして
東北大
入試の影響
0.095
0.062
0.080
0.035
0.140
0.040
0.153*
0.146*
0.031
0.009
0.076
*: p < .05
も(14) 独立とまでは言えないが,とりあえず,2 つの
尺度はそれぞれ別の側面を測定していると言ってよい
表 6.「新教育課程における心配」,「東北大学の入試
であろう.
の影響」と高大連携活動
5.2.「新教育課程における心配」
,
「東北大学の入試
の影響」と諸要因
「学習面の心配尺度」と「東北大学の入試の影響」
との相関係数は 0.06,
「学校運営面の心配尺度」と「東
北大学の入試の影響」との相関係数も 0.06 であった.
各学部の入試に対する改善意見との関係は表 5 に示
オープンキャンパス
出前授業
キャンパス訪問
東北大紹介ビデオ
東北大教官の訪問
入試説明会
す.相関係数の値が高いほど,「
『尺度得点が高い』ほ
学習面の
学校運営
東北大
心配
面の心配
入試の影響
-0.079**
-0.023
-0.418***
-0.102***
-0.056*
-0.274***
-0.065*
-0.055*
-0.290***
-0.108***
-0.068*
-0.308***
-0.101***
-0.014
-0.252***
-0.108***
-0.022
-0.352***
*: p < .05, **: p < .01, ***: p < .001
ど『改善すべき』という意見が多い」という傾向が強
に影響する」と考える高校からの認知度が高い.高校
いと言うことが言える.東北大学の入試の影響との関
側の東北大学の情報へのアクセス努力がうかがえると
連は直前の質問で「影響がある(4,または,5)
」と
ともに,本学の高大連携活動が適切なターゲットに向
回答した高校に限って分析した.したがって,「新教
けられていることが示された結果とも言える.
育課程における心配」との相関係数は点双列相関係数
「学習面の心配」が大きい高校ほど,東北大学の高
であるが,
「東北大学の入試の影響」とは四分点相関
大連携活動への認識が高いことが分かった.「学校運
係数である.
営面での心配」とは関係が無い.
医学部保健学科,歯学部を除き,
「東北大学の入試
が自校の教育に影響する」との認識の強さと「改善す
考察
志願者,合格者の 2 つの重み付き集計は概ね似たよ
べき」という意見との関連は見られなかった.
「新教育課程の下での心配」に関しても,
「文学部」
と「学校運営面の心配」に弱い相関が見られた程度で
うな傾向を示していたので,志願者の母集団と合格者
の母集団を異なったものと考える必要性はない.
新教育課程の下で,時間的,労力的な制約が厳しい
ある.
東北大学の高大連携活動との関係は表 6 に示したと
おりである.相関係数が負で絶対値が大きいほど,
中,高等学校が忠実に学習指導要領の理念を実践しよ
うと腐心している様子が見て取れる.
授業時間については,従来の標準時間通りが多かっ
「
『尺度得点が高い』ほど各活動への認知度が高い」と
た.重み付き集計では授業時間が長い高校もあった
いう傾向が強い.
全ての活動において「東北大学の入試が自校の教育
が,大学の授業のような長時間のコマを原則とする極
─ 10 ─
端なケースは見当たらない.
「総合的な学習の時間」
が多く見られる.円滑な教育接続を視野に入れ,可能
の利用については,多くの学校が「各学校は,地域や
な範囲で高校の要望に応える姿勢を今後も続けていく
学校,生徒の実態等に応じて,横断的・総合的な学習
ことが,大学としての課題であろう.
や生徒の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生
入試広報活動は社会的評価が高いだけあって十分な
かした教育活動を行うものとする」という文部科学省
成果を挙げていることが示された.将来の学生に向け
の方針 12) を生かそうと苦労している.特に,東北大
て活動が行われ,情報が届けられていることがデータ
学に志願者・合格者を多く輩出する高校では「教科等
で示されたことが収穫である.今後も近視眼的発想に
の補習」ではなく,「進路学習」にその時間を当てる
陥ることなく,直面する様々な課題について「東北大
傾向が強い.高校は決して受験勉強だけに教育活動を
学と高校の教育接続と連携」の広い視野からの取り組
割いているわけではない.「新教育課程における心配」
みが求められる.
の中にも見られた通り,絶対的な時間不足の中,生徒
に自分の将来を考えさせる取り組みを必死に行ってい
注
る様子である.ここからも,高校生の進路に関係する
(1)本稿は,平成 15 年度教育研究共同プロジェクト(東
大学情報の提供,様々な形態の大学疑似体験の受け入
北大学総長裁量経費)
「新学習指導要領の下での高等
れ等,高校の教育活動に大学が協力することが求めら
学校のカリキュラムに関する実地調査」
,および,平
れている.逆に言えば,大学側にとっては絶好の入試
成 13 ∼ 15 年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤
広報の機会と捉えることも出来る.
研究(B)
「高大連携システム構築のための基礎研究 一方,研究中心大学である東北大学の全体の営みを
−主として高校生向け大学体験講座を対象に−」
(研究
考えると,際限なく高校の活動に協力できる訳ではな
代表者:鈴木敏明)に関連して収集したデータを基に
いことも,理解を求める必要があるだろう.今後,高
分析したものである.それぞれの研究の概要について
校との間でさらに緊密な連携関係,信頼関係を構築し
は,文献 1)
,2)を参照のこと.なお,本研究の一部
ていく必要性を示唆する結果である.
のデータの分析結果については,日本高等教育学会第
「情報」
,
「理科」については,調査時点では多くの
7 回大会にて発表を行っている 3).
高校で体制整備が完了していなかった.特に「理科」
(2)中等教育学校を含む.以下,同じ.
の問題は,担当教員以外の理解が不十分だったのだろ
(3)毎年発行される朝日新聞社刊「大学ランキング」には,
う.年度が進行し,現在はどのような形で運営されて
「高校からの評価」の分野があり,東北大学は常に上
いるか定かではないが,新教育課程初年度が事実上の
位に位置している.ちなみに,同書 2006 年度版 7)では,
手探り状態で始まっていた様子が想像できる.単位数
「広報に熱心な大学」ランキングで第 3 位(国立大学
が削減傾向の中,
「総合的な学習の時間」
,「情報」と
ではトップ)
,
「総合評価」で第 1 位にランクされてい
いった,自由度の大きな枠が加わり,「理科」の選択
る.
必修や選択単元をどうするかといった課題も高校に突
(4)この節は主に文献 8)の一部を加筆修正したものであ
きつけられている.従来以上に高校の「カリキュラム
立案能力」が試される事態となっている.
る.
(5)卒業単位数は昭和 57(1982)年の施行の教育課程まで
入試が高校教育に与える影響に関しては,
「全般に
は 85 単位であったが,それから現在までは 80 単位に
広く」ではなく「当事者に対して大きな影響力」を持っ
減り,学校完全週 5 日制の導入される平成 15(2003)
ていることが示唆された.そういった意味では,各学
年の新教育課程では 74 単位にまで減らされる.必修
部の入試が比較的好意的に捉えられていたことは喜ば
単位数もピークであった昭和 45(1970)年当時の 68 単
しい.また,
「改善すべき」として挙げられていた意
位から 38 単位にまで減り,平成 15(2003)年度からは
見に対しても,現在進行中の入試改革で結果的に解決
31 単位にまで減少した 10).
済み,あるいは問題点解消の方向に動いているケース
(6)すなわち,
「物理Ⅰ A」と「物理Ⅰ B」といった,同
─ 11 ─
じ区分の科目 2 科目の選択は許されない.
ナル.2006;16:印刷中.
(7)医学部については入試区分と方法が異なる「医学科」
6) トロウ,M.
.アメリカ中等教育の構造変動.J.カラ
と「保健学科」をそれぞれ別個に扱うこととした.
ベル /A.H.ハルゼー編(潮木守一・天野郁夫・藤田
(8)具体的には,「一般入試(前期,後期)」,「AO 入試Ⅲ
英典編訳)
.教育と構造変動(下)
.東京:東京大学出
期」
,
「推薦入学Ⅱ」の入試区分が含まれる.
版会;1980.19 − 42.
(9)以下,単純集計における全体に対する百分率の表示を
「%」
,重み付き集計の場合を「ポイント」と表記する.
7) 2006 年版大学ランキング.朝日新聞社.
8) 倉元直樹・小川瑞穂・森田康夫・関川準之助・奈良昌
(10)直前の質問(東北大学の入試の影響)に「4. ある程度
孝・高屋敷一博.高校と大学の教育接続を重視した試
影響がある」
,または,
「5. かなり影響がある」と回答
験問題研究.夏目達也編.高校と大学のアーティキュ
した場合のみ,この質問にも回答を求めた.
レーションに寄与する新しい大学入試についての実践
(11)数値は入試課作成の資料による.平成 16(2004)年 10
的研究.平成 12 年度日本学術振興会科学研究費補助
月 31 日現在の状況で,一部,予定を含む.
金(基盤研究[A]
)
,研究課題番号 12301014,研究代
(12)現在は古くなって実態と合わない部分が大きくなり,
頒布していない.
表者 夏目達也,中間報告書;2001.110 − 160.
9) 文部省.学制百二十年史:ぎょうせい;1992.
(13)当時.脚注7参照.
10)荒井克弘.高校教育と大学教育との接続.荒井克弘編.
(14)算出されたアルファ信頼性係数を用いて希薄化を修正
学生は高校で何を学んでくるか.大学入試センター研
すると,真の値の相関係数は .23 であった.
究開発部共同研究報告書;2000.1 − 23.
11) 文部省.高等学校学習指導要領(平成元年 3 月)
.東
京:大蔵省印刷局;1989.
文献
1) 鈴木敏明・夏目達也・倉元直樹.新学習指導要領の下
12)文部省.高等学校学習指導要領(平成 11 年 3 月)東京:
での高等学校のカリキュラムに関する実地調査,平成
15 年度東北大学教育研究共同プロジェクト(総長裁量
大蔵省印刷局;1999.
13)文部省.高等学校学習指導要領解説 総則編.京都:
経 費)
, 研 究 代 表 者 鈴 木 敏 明, 研 究 成 果 報 告 書.
東山書房;1999.
14)中央教育審議会.21 世紀を展望したわが国の教育の在
2004.
2) 鈴木敏明・夏目達也・倉元直樹.
「教育課程の改訂お
よび東北大学の入試に関する調査」集計結果について.
り方について(第 1 次答申)
.1996.
15)教育課程審議会.幼稚園,小学校,中学校,高等学校,
白川友紀編.中等教育の多様化に柔軟に対応できる高
盲学校,聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善
大接続のための新しい大学入試に関する実地研究,平
について(答申)
.1996.
成 15 年度日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研
16)文部省.高等学校学習指導要領解説 情報編.東京:
究[A]
)
,研究課題番号 15203031,研究代表者 白川
友紀,中間報告書.2004.17 − 24.
開隆堂;2000.
17)倉元直樹・鈴木敏明・夏目達也.東北大学新入生に対
3) 倉元直樹.新学習指導要領の下での高等学校の教育内
する AO 入試・オープンキャンパスアンケート(第 3
容について −大学入試との関連から−.日本高等教
報)
.夏目達也編.高校と大学のアーティキュレー
育学会第 7 回大会発表要旨集録,2004;156 − 157.
ションに寄与する新しい大学入試についての実践的研
4) 倉元直樹・森田康夫.高校と大学をつなぐ入試問題設
究.平成 13 年度日本学術振興会科学研究費補助金(基
計 の た め の 開 発 研 究. 大 学 入 試 研 究 ジ ャ ー ナ ル.
盤研究(A)
)
,研究課題番号 12301014,研究代表者 2004;14:31 − 36.
夏目達也,研究成果報告書;2003,176 − 184.
5) 木村拓也・倉元直樹.戦後大学入学者選抜における原
18)コムリー,A.L.因子分析入門.東京:サイエンス
理原則の変遷 −『大学入学者選抜実施要項』
「第 1 項
選抜方法」の変遷を中心に−.大学入試研究ジャー
─ 12 ─
社;1979.
ୖర (2006). ‫ޟ‬ᣂᢎ⢒⺖⒟ߦ߅ߌࠆ᧲ർᄢቇߩ౉⹜ߣᢎ⢒ធ⛯‫ޠ‬,
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─ 13 ─
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2
─ 14 ─
論 文
戦後大学入学者選抜制度の変遷と東北大学の AO 入試
木 村 拓 也 1)*,倉 元 直 樹 1 )2)
1)
東北大学大学院教育情報学教育部
2)東北大学高等教育開発推進センター
1.問題の所在--大学入学者選抜における研
針と成りうると考えて良いのかも知れない.
『大学入
究開発と制度策定の問題
学者選抜実施要項』を通史的に概観した木村・倉元 3)
大学入学者選抜制度は,選抜の結果が個人の処遇や
によれば,戦後直後から中教審答申『今後における学
人生を大きく左右するものであるが故に,細心の注意
校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策につい
を払って策定されるべき類のものであり,その選抜の
て』
(以下,通称である「46 答申」と略記,1971[昭和
実施にあたっては,高等学校の進路指導担当者から大
46]年 6 月 1 日付答申)以前の大学入学者選抜制度に
学側の入学者選抜関係者に至るまで,多数の関係者の
おいて貫かれていた原理原則は,過去・現在・未来の
非常な労苦が注がれている.更に最近では,1993(平
パフォーマンスを等価値に総合して判定するという,
成 5)年 9 月に出された大学審議会報告『大学入試の
「エドミストンの三原則」であった.それは,戦争終
改善に関する審議のまとめ』において,
「各大学にお
了直前の昭和 19 年度より大学入学者選抜が内申書と
いては,入学後の学習状況の追跡調査等を含む入試関
簡単な面接試問のみで行われていた 4)ことを連合国軍
連業務を行う入試担当部門の整備充実や,入試に関す
最高司令官総司令部(GHQ)が〈非民主的〉だと見
る専門家の育成を図ることが必要である」1)と謳われ
なしたが故に,その専門部局であった民間情報教育局
て以降事態は動き,具体的に,1997(平成 9)年 6 月
(CIE)所属のエドミストン博士によって,①進学適
の中央教育審議会(以下,
「中教審」と略記)答申『21
性検査の成績(受検者の将来の傾向)
,②最終三カ年
世紀を展望した我が国の教育の在り方について』にお
の成績(受験生の過去の成績)
,③学力検査の成績(受
いて,「アドミッション・オフィスの整備」が提言さ
験生の現在の理解力)を等価値として扱うよう提言さ
れ 2),実際に,1999(平成 11)年から国立大学におい
れたものであった.実際には,大学側が進学適性検査
て東北大学・筑波大学・九州大学にアドミッション・
の成績を活用することに積極的ではなく,僅か 8 年で
オフィスが設置されたことを皮切りに,こうした研究
実質廃止となったが,この「三原則」から見れば,以
開発の立場から各大学の選抜制度策定に一層の役割を
後の大学入学者選抜制度改革は,能研テストにおける
担うことが期待されている.
進学適性能力テストの復活が未来のパフォーマンス指
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だが,我々は,何を根拠にこうした研究開発を行い,
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標の重視であり,能研テストの失敗後,高校調査書の
合理的な選抜制度策定の展望を抱いていけばよいので
活用が盛んに叫ばれたことが過去のパフォーマンス指
あろうか.そもそも大学入学者選抜制度が,毎年文部
標の重視であるなど,この「三原則」の何れかに力点
科学省高等教育局長名で通達される『大学入学者選抜
を置きかえるかのバリエーションがそのまま制度改革
実施要項』に依拠しなければならない状況を踏まえれ
の目玉として取り上げられた過程であると総括できる
ば,そこで示された原理原則がこうした研究開発の指
のである.
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 28 東北大学高等教育開発推進センター高等教育開発部入試開発室 倉元直樹研究室気付
─ 15 ─
一方で,この米国側の観点から〈民主的〉とされた
に対象を限定し,上記の問いに対する回答を付すこと
大学入学者選抜の原理原則は,46 答申を挟んで「日
を初発の目的とする.勿論,大学入学者選抜制度自体
本型」に転換していくこととなる.即ち,46 答申の
が『大学入学者選抜実施要項』の「基本方針」に従い,
中間報告において,明治以降の入学者選抜制度史を回
そうした方針が上述のように研究開発に少なからず影
顧した上で,「入学者選抜方法については,…一定の
響を与えてきたことを勘案すれば,本稿の論点は,入
発展の方向はなく,常に『公平性の確保』
『適切な能力
学者選抜制度が如何なる研究開発でもって制度の合理
の判定』
『下級学校への悪影響の排除』という原則のい
的な説明を担保していけばよいのかに行き着くであろ
ずれに重きをおくべきかという試行錯誤の繰り返しで
う.更に,本稿が最終的に目的とするのは,こうした
あったということができる」5)と述べられて以降,
『大
考察を踏まえた上で,以後の大学入学者選抜に関する
学入学者選抜実施要項』の冒頭に記載された大学入学
研究開発の指針及び制度策定に際する着眼点を提供す
者選抜の基本方針は,この三点を骨子とすることとな
ることである.最後に,東北大学の AO 入試を例に取
り,現在に至るまで大筋で変更されていない.こうし
り,如何なる研究開発が行われ,如何に制度の合理的
た三原則を,先の「エドミストンの三原則」と比して,
な説明を担保しているのかについて概観していく.
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「日本型大学入学者選抜制度の三原則」
(以下,
「日本型
三原則」と略記)と呼ぶこととする.例えば,2005(平
2.46 答申における共通テスト構想の「破綻」
成 17)年 5 月 26 日に出された,
『平成 18 年度大学入学
と共通第 1 次学力テストの開始に至るまでの
者選抜実施要項』
「第 1 基本方針」の冒頭の一文には,
議論
2.1.46 答申の共通テスト構想
この「日本型三原則」が盛り込まれている.
大学入学者の選抜は,大学教育を受けるにふさわしい能力
答申前文で,
「明治初年と第 2 次世界大戦後の激動
と資質を多面的に判定し,公正かつ妥当な方法で選抜する
期」に経験した 2 度の「教育制度の根本的な改革」に
よう実施するとともに,入学者の選抜のために高等学校
続く,
「第 3 の教育改革」と宣言した,46 答申が出さ
(中等教育学校の後期課程を含む.以下同じ.
)の教育を乱
れた当時の大学入学者選抜を巡る状況は,戦前までの
エリート選抜からマス選抜への移行期であったが故
すことのないよう配慮するものとする 6).
こうした大学入学者選抜の原理原則の変遷を踏まえ
に,その構造変革が求められているというものであっ
て入学者選抜研究を回顧したとき,妥当性基準を大学
た.具体的に言えば,戦後に生まれたベビーブーム世
学業成績に置く予測的妥当性の研究にのみ戦後暫くの
代の大学進学が始まり,実質的な大学入学志願者と大
研究開発が焦点を当てていたという荒井が指摘した事
学入学者定員の齟齬が生まれ,大学入学者選抜におい
実 7)も,過去・現在・未来のパフォーマンス指標の何
て激烈な競争を生み出していた.その結果,46 答申
れか,或いは,如何なる総合が大学学業成績の予測的
自体の説明によれば,
「特定の大学に希望者が集中し,
妥当性を担保するかに,制度の合理的な説明が求めら
能力の接近した者をしいて区別するための試験を行
れていたことを勘案すれば,なるほど説得的な理由が
う」8)ために大学入学者選抜において難問奇問が頻出
付与されたこととなろう.
し,そうした特異な「選抜に合格することだけを目的
だが一方で,46 答申を境に,過去・現在・未来の 3
つのパフォーマンス指標の予測的妥当性が,
「日本型
とした特別な学習」9)が下級学校で盛んに行われてい
たのである.
三原則」の中で,
「適切な能力の判定」の一原則へと
こうした状況を改善し,健全な下級学校の日常を取
縮減され,何故「公平性の確保」や「下級学校への各
り戻すために,入学者選抜において高等学校での学業
影響の排除」といった,他の二つの原則を必要としな
成績の記録である調査書を重視すべきであるという議
ければならなかったかは,残された疑問となってこよ
論が,主に現場高校から起こってきた.具体的には,
う.そこで,本稿では,46 答申以後から AO 入試の開
1965(昭和 40)年 2 月 1 日に行われた全国高等学校長
始に至るまでの戦後大学入学者選抜における制度改革
協会の『「後期中等教育の在り方」に関する意見書』
─ 16 ─
表 1 各高校における能研学力テストと評定平均値との対応関係
高校の
成績段階
4.51-5.0
4.01-4.5
3.51-4.0
3.01-3.5
A 高校
64
62
59
55
B 高校
64
59
56
59
C 高校
64
58
57
54
能研学力テストの各高校平均点
D 高校
E 高校
F 高校
G 高校
63
63
62
62
62
58
58
58
60
59
55
54
58
55
52
H 高校
61
60
57
53
I 高校
60
57
51
J 高校
59
57
55
54
備考)高校成績は,国語・社会・数学・理科・英語の評定の平均値を示し,能研学力テストの成績もそれらの教科の得点の平均値
を示す.
において,
「調査書を重視するようにしたい」との要
差を補正するための方法として利用すること.
望が出され ,翌 1966(昭和 41)年 1 月 24 日に行われ
(3)大学側が必要とする場合には,進学しようする専門分野に
た全国高等学校長協会全国理事会の『大学進学制度改
おいて特に重視される特定の能力についてテストを行い,ま
善に関する申し合わせ』では,
「競争を原理とした『排
たは論文テストや面接を行ってそれらの結果を総合的な判定
除試験』ではなく,能力適性を原理とした『指導に重
の資料に加えること.
10)
点を置く方策』
」への転換が唱えられ,
「大学入試に関
一方で,46 答申の「大学入学者選抜制度の改善の
する調査書様式の改善を機とし,その妥当性と信頼度
方向」で示された,
「高等学校間の評価水準を補正す
を高めるためにいっそうの研究と協力体制を確立する
るため」の共通テスト構想は,その実,1968(昭和
こと」が謳われた .また,こうした現場高校の見解
43)年度で終了した,能研テストの構想を復活させる
に,財団法人大学基準協会も一定の留保を置きながら
ものでもあった.というのも,1967(昭和 42)年 5 月
も,1965(昭和 40)年 3 月 18 日に出された入試制度研
30 日に文部省から出された『大学入学者選抜資料に
究分科会の『大学入学試験に関する中間報告』におい
関する各種の判定資料の利用について』では,能研学
て,
「入学試験の成績のみで能力を判定することは必
力テストの各高校の平均点を,高校の成績段階別に例
ずしも常に万全であるとは言い得ない.大学は入学者
示した(表 1)上で,こうした資料を参考に,「学校
選抜に当たっての出身高等学校の内申書の活用,並び
差を補正して,調査書を選抜の判定資料に利用しよう
にこれを入学後のガイダンスに利用する方法等につい
とする場合には,各個人の高等学校の成績段階を,共
て,十分考究する必要がある」12)と表明し,全国高等
通な能研テストによるその学校の平均点で置き換える
学校長協会の見解に続いたのである.
のも一つの方法であろう」14) と述べているからであ
11)
こうした現場高校の見解に強烈にプッシュされる形
る.そもそも,能研学力テストは,1963(昭和 38)年
で行われた 46 答申の入学者選抜改革は,先の「日本
1 月 28 日に出された中教審答申『大学教育の改善につ
型三原則」に当てはめれば,
「下級学校への悪影響の
いて(答申)
』の中で,
「高等学校における…志望者の
排除」に分類されるものの 1 つであった.また,
「エ
学習到達度および進学適性について,信頼度の高い結
ドミストンの三原則」の観点から見れば,能研テスト
果をうる方法を検討,確立し,この方法により,共通
の失敗が現在と未来のパフォーマンス指標での選抜の
的,客観的なテストを適切に実施することとなる」と
行き詰まりを露呈したという意味において,最後に唯
述べられた,前者を受けて誕生した共通テストであっ
一残された改革の手掛かりとして,過去のパフォー
た.よって,46 答申の共通テスト構想とは,この能
マンス指標に着目したのは,当然の帰結であったと言
研学力テストの構想を引き継ぎ,「高等学校の学習成
えよう.46 答申で示された「大学入学者選抜制度の
果を公正に表示する調査書」を「選抜の基礎資料」と
改善の方向」は次の通りである 13).
し,「高等学校における学習到達度」を測るテストの
(1)高等学校の学習成果を公正に表示する調査書を選抜の基礎
平均点でもって,補正するというものであった.
だが,46 答申で「調査書を選抜の基礎資料とする」
資料とすること.
(2)広域的な共通テストを開発し,高等学校間の評価水準の格
という結論を導いたのは,調査書の中に「高等学校の
─ 17 ─
学習成果が公正に表示されている」というよりもむし
調査書評定の学校間格差を補正するための共通テスト
ろ,
「入試の成績より高校の調査書の方が大学入学後
構想の大前提であった,進学適性検査と能研テストの
の成績との相関度が高い」ことが追跡調査の結果に
追跡調査結果に疑義を投げかけている.
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よって科学的に論証された ことに依るところが大き
特に本学の場合,一部で伝えられる『入試の成績より高校の
い .そもそも,選抜場面において追跡調査で算出さ
調査書の方が大学入学後の成績との相関度が高い』という
れた相関係数の解釈には注意が必要である 16) という
データはまだ十分に説明されるに至っておらず,また現在仮
ことは,46 答申が出された 1971(昭和 46)年までに
にこのようなデータが得られるにしても『調査書重視』が実
は既に知られていた話であり,その結果と解釈には疑
施される場合には事情が変化しないという保証はない 19).
念を抱く余地が存在する 17).即ち,大学入学後の成績
その後,1970(昭和 45)年 7 月から 11 月にかけて数
が必然的に入学者のものしか存在しないことから,選
回にわたって第 2 常置委員会が開かれ,全国立大学共
抜資料として合否の判定に用いられる入試成績と大学
通第 1 次試験についての基本的な意見交換と問題点の
入学後の成績との相関係数は相対的に低く算出され,
指摘が行われ 20),この会合を受けて,1971(昭和 46)
高校調査書成績と大学入学後の成績との相関係数は相
年 2 月に出された国大協の『會報』の中で,当時国大
対的に高く算出される傾向がある,という「選抜効果」
協の副会長及び入試特別委員会委員長を務めた,第
の問題である.
18 代京都大学総長(S44. 12. 16 ~ S48. 12. 15 在任)の
15)
前田敏男は,調査書補正のための共通テスト構想が学
2.2.共通第 1 次学力試験の開始
校間補正としても個人間補正としても成り立ち得ない
結局,46 答申で謳われた「高等学校間の評価水準
構想であると結論づけたのであった 21).また,この論
の格差を補正する」ための共通テスト構想は,1979(昭
文も 46 答申の最終答申(6 月 1 日発表)に先んじるも
和 54)年 1 月からの共通第 1 次学力試験(以下,
「共
のであった.
通 1 次試験」と略記)として実施されたように,その
それによれば,同じ学校の調査書得点を,共通テス
開始に至るまでの議論の中で放棄されていくこととな
トの学校平均点によって補正しようとする場合,誰か
る.ただ,大学入学者選抜における 46 答申で述べら
一人でも低得点を取ってしまえば,その学校の平均点
れた問題が解決したわけではなく,難問奇問の出題は
が下がってしまう.その平均点によって,調査書得点
受験生にとって依然として悩みの種であったことか
の相対的位置づけが決定されてしまうとすれば,最終
ら,
「高等学校間の評価水準の格差を補正する」構想
の大学入学者選抜に利用される得点において,共通テ
は放棄されたものの,一方で,能研学力テストに込め
スト一発勝負の意味合いを打ち消すことができず,結
られた「高等学校における学習到達度」を評価すると
果,46 答申の謳った「高校の学業成績の重視」とい
いった構想は保持され,結果として,共通 1 次試験と
う本来の目的からも外れてしまう.また同時に,こう
いう形で再び実施に移されたのであった.
した補正が成り立つためには,同一学校内の調査書の
以上の議論の推移を確認すれば次の通りである.ま
得点差が,共通テストでの得点差と 1 対 1 の関係で対
ず,国立大学協会(以下,「国大協」と略記)の入学
応していることが条件として必要とされる.しかし,
者選抜制度に関して議論する第 2 常置委員会が,1969
そのような状況を想定することは非現実的であり,結
(昭和 44)年 11 月から翌年 6 月まで 3 回にわたり,当
局各学校で個人間格差の補正を施す何らかの変換が更
時高校課程の学力を測る共通テストの実施を主張して
に必要となる.しかし,仮に何かしらの曲線を当ては
いた,東京大学入試制度調査委員会と意見交換を行っ
めて補正を行うとしても,先程の結論と同様,結局共
ている 18).その東京大学入試制度調査委員会は,46
通テストで何点とったのかということに依存する格好
答申中間報告の発表される丁度 2 週間前である,1970
となるので,何れにせよ,必然的に,調査書重視には
(昭和 45)年 6 月 16 日に発表した『入学試験の改善に
なり得ない,それならばいっそのこと「高等学校の学
関する答申』の添付書類『審議経過報告書』の中で,
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習到達度」を測る共通テストを行った方がよいのでは
─ 18 ─
ないかと言うのである.
れている 23).翌 1973(昭和 48)年 4 月からは,入試改
つまり,
「日本型三原則」から述べれば,このことは,
善調査委員会が組織され,共通一次試験のプリテスト
入学者選抜に関わるどの立場の人間が抱く「公平性」
にあたる国立大学入試改善調査研究が,1976(昭和
を如何に「確保」しているのか,何を「適切な能力」
51)年度まで行われ,1977(昭和 52)年 5 月に大学入
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と定めて現実的に評価していくのか,如何に「下級学
試センターが設置され,1979(昭和 54)年 1 月 13・14
校への悪影響」を防ぐのか,という問いの帰結に他な
日の両日を第一回目として,共通一次試験が開始され
らない.先に挙げた表 1 を見れば即座に分かるように,
ることとなった 24).
各学校の成績段階で上位のグループにあるものがそれ
より下位のグループの共通テストの点数より低いこと
3.AO 入試の開始とアドミッション・オフィ
スの整備
が起きる可能性が十分にある.こうした「チームワー
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ク」の悪いグループにいた受験生は不利益を被るので
共通 1 次試験の開始という現実的な決着以後,何れ
あり,彼らの「公平性」は著しく「確保」されないの
かの成績指標の予測的妥当性を追跡調査によって立証
である.また,
「高等学校の調査書」を補正すること
することで入学者選抜制度の合理的な説明を担保しよ
が技術的に困難であり,仮に行えたとしても,結局は,
うとする研究開発は下火になったかのように思われた
補正のために行った共通テストの成績に進学成績が大
が,AO 入試の開始とアドミッション・オフィスの整
きく依存することになるので,
「大学入学後の成績」
備によって,現在,こうした研究開発が再び数多く行
ではなく「高等学校の学習到達度」が「適切な能力」
われる事態を迎えている.その端緒となった,1991(平
と判断されたのであり,それを判定するのは,前者を
成 3)年 4 月の中教審答申『新しい時代に対応する教
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最もよく予測すると科学的に言われた高校調査書では
育改革』で示された,大学入学者選抜改革の 3 つの方
なく,「高等学校の学習到達度」を測る共通テストの
向性は,次の通りであった.
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成績で行うと現実的に 判断されたのである.更に,
ア)できるだけヴァラエティに富んだ個性や才能を発掘,
1977(昭和 52)年 3 月の国大協入試改善調査委員会が
選抜するため,点数絶対主義にとらわれない多元的な評
『国立大学入試改善報告書』で述べたように,こうし
価方法を開発する.
た共通テストが「高校教育を損なうような問題を避け
イ)少数の有力大学を頂点として大学全体が序列化される
ることができ,その結果として,従来批判されてきた
のではなく,多くの大学が,教育・研究において,特色
ような不適当な問題やいわゆる難問奇問はなくなり,
を発揮し,競い合い,多選択型競争を促す構造,即ち多
或いは,受験技術的な問題もなくなるであろう.つま
峰型のシステムになる方向性を目指す.
り,大学入試が高等学校を予備校化するきらいがある
ウ)入試に関する情報を広く公開する 26).
というそしりをまぬかれ得ることになると思われる」22)
こうした提言を受けて,1993(平成 5)年 9 月の大
という「下級学校への悪影響」に対する効果が期待さ
学審議会報告
『大学入試の改善に関する審議のまとめ』
れていたのである.
では,
「各大学においては,評価尺度の多元化・複数
こうした国大協の議論を受けて,調査書得点の学校
化し,受験生の能力・適性等を多面的かつ丁寧に判定
間格差も個人間格差も補正しない代わりに,「高等学
する方向で,高等学校から提出される調査書や学力検
校での学習到達度」を問う全国一斉の共通テストで,
査,面接,小論文,実技検査等を適切に組み合わせて
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高等学校の調査書成績の代用をするといった現実的な
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実施する」ことが謳われ,そうした選抜を経て大学に
選択で決着を付けたのが,所謂,共通 1 次試験の開始
入学した人材によって多峰型の大学システムの形成を
であった.このことは,1972(昭和 47)年 9 月 14 日に
促し,ひいては「大学の個性化・多様化,教育研究の
国大協が出した『全国共通第 1 次試験に関するまとめ』
高度化・活性化に資する」という論理が展開されたの
において,共通 1 次試験を「高校における学習の達成
であった.こうした構想の出発点である「評価尺度の
の程度の評価」と位置づけていることに非常によく現
多元化・複数化」を実行していくために,
「大学入試
ロジック
─ 19 ─
関連の調査研究機能等の充実強化」を図ることが,現
てきた日本の大学入学者選抜制度はまた振り出しに戻
在各大学の喫緊の課題となっている 26).その後,1997
り,再び同じ経緯を辿りだすこととなろう.勿論,例
(平成 9)年 6 月に出された中教審答申『21 世紀を展望
え,再びこうした追跡調査に明け暮れたとしても,
「選
した我が国の教育の在り方について』の中で,「大学
抜効果」という入学者選抜特有のデータ構造故に,
「入
入学者選抜において,これまで必ずしも重要視されて
試の成績より高校の調査書の方が大学入学後の成績と
こなかった高等学校の調査書の活用の在り方について
の相関度が高い」という確実な担保を取ることは,技
検討する必要がある」として調査書重視が再び明確化
術的に殆ど不可能に近いことは言うまでもない.それ
され,「選抜方法の多様化や評価尺度の多元化,特に,
は,選抜に直接用いられなかった他の成績指標でも事
総合的かつ多面的な評価を重視するなどの丁寧な入学
態は同じである.更に言えば,そもそも相関係数を
者選抜を行ったり,調査書重視など初等中等教育の改
もって成績資料の予測的妥当性を判断するといったこ
善の方向を尊重した入学者選抜の改善を進めるため」
と自体に,どの程度の信憑性が込められているのであ
の「実施体制の整備」として,「アドミッション・オ
ろうか,ということも真剣に議論しなければならな
フィスの整備」が謳われたのは冒頭でも述べたとおり
い 29).逆説的ではあるが,入学試験の成績席次が大学
である 27).また,1999(平成 11)年 12 月の中教審答
入学後の成績席次と仮に全く変わらないとすれば,そ
申
『初等中等教育と高等教育との接続の改善について』
うした追跡調査の結果が大学教育課程そのものの無力
や,2000(平成 12)年 11 月の大学審議会答申『大学
さを指し示している,と考える方が適当なのかもしれ
入試の改善について』において,
「調査書等,高等学
ない.
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校の評価を一層活用していくこと」が謳われ続けるな
何れにせよ,本稿がここまでで確認してきたこと
ど,
「総合的かつ多面的な評価」の掛け声のもと,90
は,何れの成績指標が大学入学後の学業成績を正しく
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年代以降一貫して調査書重視が再び謳われ,各大学に
予測するものであるのかを判断するための追跡調査を
設けられた入学者選抜方法研究委員会やアドミッ
行うことによって,自身が定めた制度の合理的な説明
ション・オフィスを中心として,大学入学者選抜にお
を担保することに失敗してきた戦後大学入学者選抜制
いて調査書に代表される各種選抜資料の予測的妥当性
度の歴史であった.更に,46 答申以後の歴史は,
「日
研究の一層の充実を求められた感があるのがより最近
本型三原則」と本稿が呼ぶところの,
「公平性の確保」
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の状況となろう.また,前者の中教審答申に盛り込ま
「適切な能力の判定」
「下級学校の悪影響の排除」から
れた,「各大学(学部・学科)は,その教育理念,教
導き出される問い,即ち,入学者選抜に関わるどの立
育目的,教育課程の特色等に応じた多様で確固とし
場の人間が抱く「公平性」を如何に「確保」して,
「下
た,特色ある入学者受入方針(アドミッション・ポリ
級学校への悪影響」を如何に「排除」するかの考慮が,
シー)の確立を目指すべきであり,入学者選抜方法も
現実的に「適切な能力」が何であるかを自ずと決定し
この受入方針に沿って設計すべきである」28)といった
ていき,そうすることで合理的な大学入学者選抜制度
記述は,各大学が,入学者受入方針(アドミッション・
を策定してきた過程であったと総括できるのである.
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ポリシー)を個別に定め,と同時にそれに応じた合理
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よって,46 答申まで絶対とされた「エドミストンの
的な選抜方法を,何らかの研究開発の元で設計しなけ
三原則」の各成績指標--即ち,高校調査書・学力試
ればならない事態をも生じさせている.
験・適性試験--が 46 答申を挟んで「適切な能力の
だが,こうした大学入学者選抜制度は何をもってそ
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判定」に縮減されて盛り込まれるようになり,その他
の制度が合理的である とされるのであろうか.46 答
の二つの原則--「公平性の確保」
「下級学校への悪影
申で根拠とされた追跡調査と同様に,
「入試の成績よ
響の排除」--が大学入学者選抜の策定に際しての最
り高校の調査書の方が大学入学後の成績との相関度が
重要の決定要因とされたのである.このことは,各大
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高い」ことをもって,ある入学者選抜制度が合理的で
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あるとするのであれば,ここ何十年もの間かけて辿っ
学がアドミッション・ポリシーを策定し,具体的な大
学入学者選抜を設計する際に十分考慮しておかねばな
─ 20 ─
らない歴史事実となろう.
論文」では「論理的思考力・英文読解力など」
,
「面接
試問」では「コミュニケーション能力・熱意など」に
4.東北大学の AO 入試と研究開発の状況
置くと明記している 34).
4.1.東北大学 AO 入試--
「AO 入試」
=
「幅広い
言うまでもなく,東北大学にただ入ることだけが目
個性」
「才能」
「熱意と意欲」
×
「基礎学力」
的となってしまったならば,幾ら「大学教育に必要な
東北大学に AO 入試が導入されたのは,2000(平成
基礎学力」をもった学生であったとしても,入学して
12 年)度入学者選抜からである.AO 入試には,Ⅰ期
からの成果が十分に見込めるとは限らない.同様に,
からⅣ期まであり,Ⅰ期が社会人を募集するもの,Ⅱ
自分の「熱意と意欲」などにそぐわない学部に,学業
期が従来の推薦入学Ⅰに当たるものでセンター試験を
成績のレベルのみで判断して入学したとしたら,入学
課さないもの,Ⅲ期が従来の推薦入学Ⅱに当たるもの
後に勉学意欲の低下を招くことは必然である.
「大学
でセンター試験も選抜資料に含むもの,Ⅳ期が帰国子
教育に必要な基礎学力」は,入学後の研究に必ず役立
女と私費留学生を募集するもの(10 月入学)である .
つことは言うまでもないが,そこからの「幅広い個性」
30)
開始当初は,工学部(Ⅰ期・Ⅱ期・Ⅲ期・Ⅳ期)と歯
「才能」
「熱意と意欲」でもって「国際的な研究成果を
学部(Ⅲ期)のみであったが,2001(平成 13)年度よ
多数生みだし,先端的研究と教育を一体として進め
り理学部(Ⅱ期)で,2002(平成 14)年度より法学部
る」
「研究大学」の一員になれるかが,入学後に問われ
(Ⅱ期)で,2006(平成 18)年度より経済学部(Ⅲ期)
ていくのである.それらを「支える確かな力を養うこ
で AO 入試が導入されている.
『平成 18 年度(2006 年
と」こそ,
「何にも代え難い財産」だと捉えて 35),東
度)入学者選抜要項』によれば,
「入学者選抜方針(ア
北大学の AO 入試は実施されている.
ドミッション・ポリシー)」の冒頭で,
「創立以来の個
性的伝統を基礎に,世界のトップクラスの研究大学と
4.2.現場高校との連携
して,人間性を尊重した科学技術の開発,倫理に根ざ
した政治経済社会の構築,自然環境との共生という
2006(平成 18)年度東北大学 AO 入試の実施概況は,
表 2 の通りである.
21 世紀の人間社会の課題に大きく貢献します」と宣
ここで示された,出願日程・提出書類を 1 つとった
言する東北大学は,何より「国際的な研究成果を多数
としても,東北大学側が求めるものと,現場高校側の
生みだし,先端的研究と教育を一体として進める」
「研
事情その両者の摺り合わせによって決められたもので
究大学」を標榜している 31).よって,東北大学は,
「そ
ある 37).前者に関して言えば,東北大学の AO 入試の
れに応じた独自の AO 入試のコンセプト」32)を保持し
出願期間は原則的に 10 月の最後の週であるが,この
ており,それは,
「大学教育に必要な基礎学力をもっ
時期は,丁度,
「2 期制の高校が期末試験を行った後,
ていること,そのことを大前提として,プラスアル
その成績を十分反映させるため」であり,
「先生方に
ファとして旺盛な勉学意欲などをもっていることを受
余裕をもって調査書をつけていただくため」に設定さ
験生に求め,それらが本学の学生にふさわしいレベル
れた期間である.また,後者に関して言えば,現場高
に達しているかどうかを評価しようというのが,基本
校の先生に書いて頂く書類は,「志願者評価書」だけ
方針」 なのである.例えば,工学部は,
「AO 入試」
であり,図 1 を見ても明らかなように,その箇所は僅
=「幅広い個性」
「才能」
「熱意と意欲」×
「基礎学力」と
か 6 行と少ない.「我々としては,先生方には生徒の
表現し,評価のポイントを,II 期の「提出書類」では
指導に集中して頂きたい.余計な負担はできるだけ掛
「学業成績・活動報告・意欲など」
,
「小論文」では「論
けたくない」というのが,東北大学のスタンスであ
33)
理的思考能力・理数系の基礎的理解度・英文読解力・
0
0
0
0
0
る 38).
独創性など」
,
「面接試問」では「科学技術に関する基
一方で,現場高校側との連携は,何もこうした制度
礎知識・コミュニケーション能力・熱意など」に置く
の形式的な部分だけに留まるものではない.AO 入試
とし,Ⅲ期の「提出書類」では「勉学状況など」
,
「小
に関する現場高校側の声を記した次のアンケート解答
─ 21 ─
表 2 東北大学 AO 入試の実施概況(平成 18 年度,Ⅱ期・Ⅲ期のみ)36)
募集人員/
浪人生
入学定員 出願要件
選抜方法
提出書類
出願日程
選抜日程
(1 次)
(1 次)
小論文試験 志願理由書
11.2
10.19 ~ 25
(2 次)
志願者評価書
(2 次)
面接試問
11.22
法学部
Ⅱ期
20 / 160
(12.5%)
不可
学習成績概評 A 段階
理学部
Ⅱ期
37 / 324
(11.4%)
不可
学習成績概評 A 段階
適性試問・
面接試問
志願理由書
10.24 ~ 28
志願者評価書
11.21 ~ 22
工学部
Ⅱ期
75 / 810
(9.2%)
不可
学習成績概評 A 段階,
又は理数科教科の評定平均 小論文試験
値 4.5 以上かつ全体の評定 面接試問
平均値 4.0 以上
志願理由書
志願者評価書 10.24 ~ 28
活動報告書
11.22 ~ 23
経済学部
Ⅲ期
40 / 260
(15.3%)
可
センター試験
6 教科 7 科目受験
面接試問
志願理由書
志願者評価書 1.25 ~ 31
自己評価書
2.11
歯学部
Ⅲ期
10 / 55
(18.1%)
可
センター試験
5 教科 7 科目受験
面接試問
志願理由書
志願者評価書 1.25 ~ 31
活動報告書
2.11 ~ 12
工学部
Ⅲ期
100 / 810
(12.3%)
可
センター試験
5 教科 7 科目受験
小論文試験・ 志願理由書
1.25 ~ 31
面接試問
志願者評価書
2.11 ~ 12
は,注目に値しよう.
が故に,大学側の求める学生が信頼の下に送り出され
今までは,現場には,
『学業努力で誰でも道は開かれる』
るサイクルを絶ってしまうことは必定となろう.逆に
という公平感があった…
『学力によらない入試』という部
言えば,入学者選抜制度を通して,大学側のスタンス
分が安易に拡大されれば,高校の現場に学力軽視の風潮が
が問われていることは意識しておかねばならない.
もたらされかねないので,それだけは絶対に避けたいと思
AO 入試が現場高校の教員の様々な指導を阻害する原
うのである.確かに,人間の可能性は学力だけで測れるも
因をつくってしまう危険性を大学側は常に意識して,
のではないが,それを安易に解釈して『好きなことだけを
現場高校との連携を密にすることが望まれてこよう.
だが,繰り返すまでもなく,東北大学 AO 入試は,
やっていればいいんだ』という傾向が行き過ぎれば,学力
の偏重や個性のゆがみを助長し,大学卒業生の社会的仕事
「学力重視の AO 入試」ということを当初から明言し
ている大学であり,
「高校教育の延長線上にある,そ
能力にも影響を与える結果にもなってしまう 39).
つまり,こうした記述は,裏を返せば,
「学業努力
こで培われているものを大事にしたい」と考えている
で誰でも道は開かれる」といった類の受験指導をこれ
大学である.勿論,東北大学の「大学教育に必要な学
まで現場高校の教員は行ってきたし,それが可能で
力」
の育成をこれまで長年にわたって担ってきたのは,
あった,ということに他ならない.こういった現場高
言うまでもなく,現場高校の教員であり,その教員の
校の教員のノウハウを無駄にしてしまうことは,大学
ノウハウを充分に生かす制度を策定しようと試みてい
にとっても百害あって一利なしである.もっといえ
る.それ故に,教員側にはこれまでと同じスタンスで
ば,
「学力によらない入試」が,単に受験指導での言
生徒を指導して貰いながら,「東北大学を受験する東
葉を失わせることだけに留まらず,ひいては生活指導
北大学第一志望という学生さんには,…AO のⅡ期,
なども含む,日常の高等学校生活全体に対する現場高
Ⅲ期,一般入試の前期,後期を通して,勉強の計画を
校の教員の生徒指導に多大な困難をもたらしかねない
立ててください」40) と伝えることが可能となってい
ということである.仮に,こうした結果を招いてしま
る.こうしたことも,AO 入試を媒介とした現場高校
うような大学入学者選抜制度を策定してしまえば,現
と東北大学の連携の 1 つの形となっている.
場高校の教員からの支持が期待できなくなってしまう
─ 22 ─
図 1 平成 18 年度東北大学工学部 AO 入試Ⅱ期の志望者評価書
─ 23 ─
5.結語--
「日本型三原則」から見た大学入学
4.3.東北大学 AO 入試に関する各種データ
者選抜における研究開発の新たなパースペク
実際に,こうした現場高校側との連携はデータの形
となって如実に現れている.東北大学 AO 入試におけ
ティブ
るこれまでの志願者数・合格者数を示したのは表 3 で
総括すれば,東北大学の AO 入試は,
「研究大学」
ある.志願者数は,どの学部も総じて大きく上下する
を標榜している自身の教育理念・目的・課程に鑑み,
ことともなく推移している.また,新入生を対象に
高等学校で懸命に勉学に励み活動してきた受験生の不
行ったアンケート調査によると,AO 入試不合格者の
利益を被らない入学者選抜を行うという意味での「公
中で一般入試等によって最終的に合格した学生の人数
平性」を確保し,尚かつ,これまで東北大学の「大学
が,年々増加し,平成 12 年度 57 人,平成 13 年度 55 人,
教育に必要な基礎学力」を育成してきた現場高校の教
平成 14 年度 56 人,平成 15 年度 63 人,平成 16 年度 108
員のノウハウを存分に活用することで,
「下級学校へ
人,平成 17 年度 107 人と,平成 16 年度以降 100 人の大
の悪影響」を排除し,こうした条件の中で醸成される
台を突破している.これらは,先に示した東北大学
「大学教育に必要な基礎学力」と,それを「大前提」
AO 入試の意図が,順調に現場高校に浸透してきてい
とした「プラスアルファの旺盛な勉学意欲」を「適切
ることを示している.
な能力」と捉え,
「評価」することを行っており,こ
また,工学部における合格者の各種選抜資料の成績
と,合格率との関係を示したのが,図 2・342)である.
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
のことは先に示したデータから説明可能となってい
る.
0
0
0
0
これらをみれば明らかなように,各種選抜資料の成績
勿論,こうした合理的な大学入学者選抜制度の策定
が低い受験生が逆転して合格するといった,入学者選
は,大学入学後の学業成績を妥当性基準として追跡調
抜の当事者である受験生や彼らを送り出す現場高校の
査を行い,何れの成績指標が選抜指標として最も妥当
両者にとって不合理な選抜方法となっていない.東北
であるか,或いは何れの組み合わせが選抜指標として
大学の AO 入試において,現場高校の「見方」との整
最も妥当であるかという研究開発から生じたものでは
合性が取れていることが,現場高校側が東北大学の望
決してない.そもそも,大学入学者選抜制度とは何で
む生徒を信頼して送り出す 1 つの要因となっているの
あるかを考えるならば,それは,「制度を策定する行
かもしれない.図 2・3 でみられた傾向は,今までの
政」
「その制度を実施に移す大学」
「当事者である受験
ところ経年でみても変化しておらず 43),何より,現場
生」
「その受験生を送り出す現場高校」の 4 者によって
高校の教員が長年培ってきた生徒指導のノウハウを一
複合的に成り立っているものである.制度を成り立た
切失わせない大学入学者選抜制度であることが明らか
せている,この 4 者の均衡関係が何らかの拍子で崩れ
である.
たとき,入学者選抜制度は多大な批判を受けその制度
表 3 東北大学 AO 入試の志願者・合格者数(平成 12 〜 17 年度)41)
平成 12 年度
平成 13 年度
平成 14 年度
平成 15 年度
平成 16 年度
平成 17 年度
志願者数 合格者数 志願者数 合格者数 志願者数 合格者数 志願者数 合格者数 志願者数 合格者数 志願者数 合格者数
84
82
76
76
76
87
Ⅱ期
168
164
144
169
144
183
(75)
(75)
(75)
(75)
(75)
(75)
工学
102
103
104
103
113
112
Ⅲ期
240
206
228
216
315
279
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
(100)
10
10
10
10
5
歯学部Ⅲ期
29
10(10) 32
22
31
25
9
(10)
(10)
(10)
(10)
(10)
39
36
38
37
44
理学部Ⅱ期
—
—
126
121
119
98
97
(37)
(37)
(37)
(37)
(37)
20
21
21
法学部Ⅱ期
—
—
—
—
—
—
75
84
70
(20)
(20)
(20)
備考)括弧内は募集定員を示している.
─ 24 ─
図 2 平成 15 年度東北大学 AO 入試Ⅱ期(工学部)に
図 3 平成 15 年度東北大学 AO 入試Ⅲ期(工学部)に
おける各選抜指標の成績と合格率との関係
おける各選抜指標の成績と合格率との関係
0
0
0
0
0
0
の合理的な説明 を求められるとすれば,当然必要と
0
0
0
なってくるのは,何でもって大学入学者選抜が適正に
0
0
0
0
0
0
行われていると考えるのかと言った,この 4 者が個々
0
の立場でそれぞれに志向する何らかの「公平性」の摺
0
0
0
0
実的に決定していくこともアドミッション・オフィス
の重要な仕事となるわけであるが,東北大学の事例で
確認したように,こうした大学入学者選抜は,大学が
定める教育理念や教育目的や教育課程の特色に応じて
り合わせに他ならない.このことは,「日本型三原則」
確立された「アドミッション・ポリシー」と何ら齟齬
の「公平性の確保」にすべて収斂されるように思われ
を起こさず策定可能なものである.
るかもしれないが,当然の事ながら,何を「適切な能
力」と考えるか,如何に「下級学校への悪影響」を排
除するかといった問いの前提にもなっている.また,
註
1)大学審議会答申「大学入試の改善に関する審議のまと
こうした問題を考える際には,我々がこれまで受け入
れてきた「日本のテスト文化」 に関する配慮も重要
44)
め」
『大学資料』第 121・122 合併号,1993 年,p. 20.
2)中央教育審議会『21 世紀を展望した我が国の教育の
な手がかりとなってくるが,何より,「日本型三原則」
在り方について(第二次答申)』
,1997 年,http://www.
自身が,これまでこの 4 者のせめぎ合いの中で,幾度
mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/970606.htm
も行われてきた明治以降の入学者選抜制度の変遷を回
3)木村拓也・倉元直樹「戦後大学入学者選抜における
顧した上で,帰納的に導き出された「日本の大学入学
原理原則の変遷-『大学入学者選抜実施要項』
「第 1 項
者選抜文化」のエッセンスなのである.
選抜方法」の変遷を中心に」
『大学入試研究ジャーナ
ここに,「日本型三原則」から導き出された,入学
者選抜における研究開発の新たなパースペクティブが
ル』,2006 年,第 16 号,(印刷中)
.
4)文部省専門教育局長「昭和一九年度帝国大学及官立
浮かび上がってくる.つまり,入学者選抜における
「公
大学入学者選抜ニ関スル件」
(発専 155 号)
,1944 年,
平性」研究の可能性である.こうした研究の嚆矢とし
増田幸一他『入学者選抜試験制度史研究』東洋館出版,
ては,既に,林・倉元 45),西郡 46)の研究が存在するが,
1961 年,pp. 282 - 290.
今後こうした研究を手がかりに各大学の状況に合わせ
5)中央教育審議会「我が国の教育発展の分析評価と今
た研究が更に進み,その上で制度策定の展望を抱いて
後の課題-中央教育審議会中間報告」
,1969 年,中央
いくことが期待される.勿論,こうした大学入学者選
教育審議会『今後における学校教育の総合的な拡充
抜における研究開発を踏まえた上で,入学者選抜に関
整備のための基本的施策について-中央教育審議会
わるどの立場の人間が抱く「公平性」を如何に「確保」
答申』,大蔵省印刷局,1971 年,p. 171.
し,高等学校との連携から「下級学校への悪影響」を
6)文部科学省『平成 18 年度 大学入学者選抜実施要項』
如何に「排除」するのかを検討し,その上で,何を「適
切な能力」と捉え,それを如何に「評価」するかを現
(文科高第 153 号)
,2005 年,p. 1.
7)荒井克弘「大学入学者選抜に関する研究の回顧と展
─ 25 ─
18) 国立大学協会入試改善調査委員会『国立大学入試改
望」
『大学論集』,1993 年,第 22 集.
8)中央教育審議会,前掲書,1971 年,p. 50.
善研究報告書』1977 年,pp.21.
9)中央教育審議会第 26 特別委員会「高等教育の改革に
19) 東 京 大 学 入 試 制 度 調 査 委 員 会『審 議 経 過 報 告 書』
,
関する基本構想案(中間報告)
」,1970 年,中央教育
1970 年,『大学問題総資料集Ⅳ 入試制度および教
審議会答申,1971 年,p. 595.
育・研究』
,有信堂,1971 年,p. 36.
10)全国高等学校長協会「
『後期中等教育の在り方』に関
する意見書」,1965 年,参議院文教委員会調査室『大
20) 国立大学協会入試改善調査委員会,前掲書,p. 21.
21) 前田敏男「入試雑記」
『會報』,1971 年,第 51 号,pp. 1
学・高等学校の入学試験制度改善に関する調査資料』
(資料第 46 号,通番第 156 号)
,1966 年,参議院文教
- 3.
22) 国立大学協会入試改善調査委員会,前掲書,pp. 10-11.
23) 国立大学協会入試調査特別委員会「全国第 1 次試験に
委員会調査室,前掲書,p. 71.
11) 全国高等学校長協会全国理事会「大学進学制度に関
関するまとめ」
,1972 年,
『大学資料』第 54 号,1975 年,
する申し合わせ」,1966 年,参議院文教委員会調査室,
p. 12.
24) 国立大学協会入試改善調査委員会,前掲書,p. 22.
前掲書,p. 72.
12)大学基準協会入試制度研究分科会「大学入学試験に
25) 中央教育審議会「新しい時代に対応する教育改革-
関する中間報告」
,1965 年,
『大学・高等学校の入学
第 14 期中央教育審議会答申」
『文部時報』5 月臨時増刊
試験制度改善に関する調査資料』
(資料第 46 号,通番
号,ぎょうせい,1991 年,p. 47.
26) 大学審議会,前掲書,1993 年,p. 5.p. 11.p. 20.
第 156 号),1966 年,pp. 75 - 6.
13) 中央教育審議会,前掲書,1971 年,p.50.
27) 中央教育審議会,前掲書,1997 年.
14) 文部省『大学入学者選抜に関する各種の判定資料の
28) 中央教育審議会『初等中等教育と高等教育との接続の
利用について』1967 年,p. 4.
改善について』1999 年,http://www.mext.go.jp/b_menu/
15) 根拠とされた研究は,次の二つの追跡調査である.
一つは,西堀道雄・松下康夫「大学入学試験の研究
shingi/12/chuuou/toushin/991201.htm
29) 倉元・奥野が,こうした相関係数の解釈について疑
(Ⅱ)-高校学業成績及び大学入学試験成績と大学在
義を投げかけている.倉元直樹・奥野功「
『追跡調査』
学 中 の 学 業 成 績 と の 関 係」
『国 立 教 育 研 究 所 紀 要』,
の技術的検討-東北大学歯学部の事例」
『国立大学入
1963 年,第 37 集,もう一つは,能力開発研究所『能
学者選抜研究連絡協議会第 26 回大会発表予稿集』
(取
研テストの妥当性に関する研究-追跡調査資料 I 及び
扱注意)
,2005 年,pp. 21 - 26.
Ⅱ』
,1968 及び 1969 年.から導き出された,中央教育
30) 倉元直樹「東北大学の AO 入試-健全な『日本型』構
審議会,前掲書,1969 年,図Ⅱ・B - 10.
築への模索」
『大学進学研究』2000 年,第 114 号,p. 10.
16) 例えば,池田央『心理学研究法 8 テストⅡ』東京大
31) 東北大学『平成 18 年度(2006 年度)入学者選抜要項』
学出版会,1973 年.
2005 年,p. 1.
17) 差し当たり次のものを参照されたし.木村拓也「大
32) 鴨池治「しっかりした学力,さらに東北大に入りたい
学入学者選抜における調査書利用の問題-科学社会
という強い意志の受験生を期待」
『蛍雪時代2005年7月
史的アプローチから」独立行政法人日本学術振興会
増刊 平成18(2006)年度 新課程入試対策用 全国大
人文・社会科学振興のためのプロジェクト研究領域
学推薦・AO入試合格対策号』旺文社,2005年,p. 26.
Ⅰ- 2「日本の教育システム」研究グループ 教育測
33) 夏目達也「
[東北大学]歯・工学部/ AO 入試-基礎
定・評価サブグループ編『学力の問題とその評価技
的教養(学力)
+αの資質・能力の選抜」
『AO 型入学者
術をめぐって』2005 年,pp. 15 - 3320.または,倉元
選抜の多様な進化[上]-高校・大学の教育接続への
直樹・木村拓也「大学入学者選抜における調査書利
ステップアップ』地域科学研究会,2001 年,p. 108.
用の問題について」
『日本テスト学会 第三回大会 34) 東北大学アドミッションセンター『東北大学工学部
発表論文抄録集』pp. 134 - 7.
AO 入試(Ⅱ期・Ⅲ期)-平成 17 年度(2005)入試用』
─ 26 ─
2004 年,p. 2.
Mayekawa によれば,
「日本のテスト文化」は,第一に,
35) 鴨池,前掲書,p. 26.
「試験は 1 年に 1 度一斉に実施される」第二に,「問題
36) 東北大学『平成 18 年度(2006 年度)入学者選抜要項』
は毎回すべて新しく作成される」第三に,「試験問題
2005 年 7 月,より作成.
は公開される」
,第四に,「問題は外部の専門家が作
37) 村上隆・河村茜・丹下容子・仁藤一彌・渡邊公夫・
成し,心理統計の専門家は試験の設計に関与しない」,
倉元直樹「AO 入試の現在(いま)」
『大学入試研究の
第五に,「素点が利用される」,第六に,「1 問当たり
動向』2003 年,第 20 号,p. 27.
の平均回答時間として,2 ~ 4 分が想定されている」
38) 同上,p. 27.
であると言われている.Arai, Sayaka and Mayekawa,
39) 同上,p. 15.
Shin-ich., 2005, ''The Characteristic of Large-Scale
40) 同上,p. 29.
Examinations Administered by Public Institutions in Japan''
41) 東北大学入学試験委員会研究委員会・学務部入試課
「日本の公的な大規模試験に見られる特徴-標準化の
『入学試験に関する調査(1)』平成 12 ~ 17 年度.よ
観点から」, Japanese Journal for Testing, 1(1)
,pp. 81
り作成
- 92.
42) 東北大学アドミッションセンター『東北大学工学部
45) 林洋一郎・倉元直樹「公正研究から見た大学入試」
『教
AO 入試(Ⅱ期・Ⅲ期)-平成 16 年度入試用』2003 年,
育情報学研究』第 1 号,pp. 1 - 14.
46) 西郡大『日本の大学入学者選抜をめぐる公正に関す
p. 4,8.
43) 東北大学アドミッションセンター,前掲書,2004 年,
る研究』,東北大学大学院教育情報学教育部修士学位
請求論文,2006 年.
p. 4,8.
44) 日本の公的な大規模試験の特徴を概観した Arai &
─ 27 ─
論 文
後期日程入試の廃止問題に対する高校教員の意見構造(1)
倉 元 直 樹 1)*,西 郡 大 2),
佐 藤 洋 之 2),森 田 康 夫 3)
1)
東北大学高等教育開発推進センター,2)東北大学大学院教育情報学教育部,
3)
東北大学大学院理学研究科
問題
チン・トロウのモデル 7) を高等教育に当てはめたと
1.大学入試が高校教育に及ぼす影響
き,わが国の大学は,量的にまさに「ユニバーサル段
わが国においては,大学入試と高校教育は相互に極
階」に突入しようとしている.当然ながら,大学入試
めて密接な関係にあり,そのあり方が相互に影響を与
のあり方が高校教育に対して影響力を及ぼすと考える
えていることについては言をまたない.それは,歴史
フレームワークそのものに対して疑問も提起され得る
的に高等教育進学者が希少であり,その収容能力をは
であろう.
るかに上回る進学希望者が存在してきたこと,さら
アメリカ合衆国の大学入学者選抜の実態を分析した
に,入学者の選抜が試験によって行われてきたことに
荒井によれば,わが国と同じように大衆化した大学を
由来する.
抱えるアメリカの大学入学者選抜者制度は,3 つの類
「大学入試のあり方が高校教育に多大な影響を及ぼ
型にまとめられる.すなわち,多くの志願者から一部
す」という認識が歴史的にも「常識」とでも言えるほ
を選抜する「競争選抜制」
,大学が要求する基準の達
どの大前提であったことは,明らかである.例えば,
成を求める「資格試験制」
,高校卒業以外の資格は問
近代日本における「第 3 の教育改革」と称された,い
わない「開放入学制」である.そして,4 年制大学に
わゆる「46 答申 2)」の中間報告 3) においても,
「入学
占 め る そ れ ぞ れ の 割 合 は,「競 争 選 抜 制」 が 10 ~
者選抜方法については,…常に『公平性の確保』
『適切
15%,
「資格選抜制」が 70~75% であり,残りが「開放
な能力の判定』
『下級学校への悪影響の排除』という原
入学制」となっている 8).アメリカの例から推し測る
則のいずれに重きをおくべきかという試行錯誤の繰り
ならば,ユニバーサル段階の大学にあっても,大学入
返しであったということができる.
」と述べられてい
学者の選抜は,多くの大学でそれなりの機能を果たし
る 4). す な わ ち,「悪 影 響」 と い う 見 方 が 遡 及 効 果
ている.さらに,少なくとも一部には,かつての「エ
(washback effect, backwash effect)の一面しか捉えてい
リート選抜」のような時代の厳しい競争が残存してい
ないという批判はある 5)にせよ,大学入試が及ぼす「高
ることになる.
校教育への悪影響の排除」という課題は,長年の間,
教育行政の懸案とされてきた.
このような状況にあって,東北大学の入試のあり方
は高校教育にどのような影響を与えているだろうか.
ところが,現在は平成 9(1997)年に中央教育審議
この問題に関しては実証的に調査した結果がある.東
会答申によって,大学の収容定員の総数と大学進学希
北大学の入試関連資料を送付している 1,353 校を対象
望者の数が一致すると予測された「大学全入時代」を
としたアンケートによれば,平成 15(2003)年の時点
迎えようとしている時期である .換言すれば,マー
で「東北大学の入試のあり方が自校の教育に及ぼす影
6)
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 28 東北大学高等教育開発推進センター高等教育開発部入試開発室
─ 29 ─
響」について,「かなり影響がある」と回答した学校
通試験によってスタートを切った(第 1 期).これは占
はわずか 3.9%,
「ある程度影響がある」と回答した学
領軍総司令部(GHQ)の勧告により始まった制度であ
校(11.7%)を加えても 2 割に満たなかった.しかし,
り,当時のアメリカ的な価値観による教育の理念を新
それに対し,過去 5 年間の志願者数で重み付けを行っ
しい日本に移植しようとした試みとも受け取れる.木
て集計をした場合には,
「かなり影響がある」と回答
村・倉元は,このときの大学入試制度の理念を受験者
した学校が 37.1%,
「ある程度影響がある」と回答し
の「将来の傾向」
,「過去の成績」
,
「現在の理解力」の
た学校(21.2%)を加えると,実に 6 割近くの志願者
3 要因を等価に測定する試みと考え,「エドミストン
の出身校に影響が及んでいることが分かった
.
の 3 原則」と呼んだ 4).進学適性検査は「将来の傾向」
以上の結果を要約すれば,「東北大学の入試のあり方」
を測る役割を期待された.
「受験勉強を必要としない」
は,学校数をベースとして考えた場合にはその影響力
といううたい文句が戦争で教育環境の整わない中で大
はきわめて限定的なものであるが,東北大学を志願す
学進学を目指す受験生には一定の理解を得られたが,
る当事者にとっては,自らが学ぶ高校の教育に多大な
定着せず,昭和 29(1954)年度を最後に廃止となっ
影響を持つ,という構造になっている.すなわち,東
た 13).
9),10)
北大学が学部生として入れる学生を考えたとき,
「東
続いて,主に個々の大学が独自の学力試験を課す選
北大学の入試のあり方によって,高校時代に彼らが受
抜の時代が訪れた(第 2 期).この時代に噴出した批判
ける教育自体が影響を受ける」という構図が現在でも
は,難問,奇問が多く,高校教育がそういった特殊な
はっきり成立していることが分かる.高校教育は,全
出題に合わせた教育を行っているというものであっ
学教育,学部教育の前提条件として機能することにな
た.大学受験にあわせた高校教育の歪みということ
る.その意味で,入学後の教育を支える基盤としての
で,「受験シフト」と呼ばれた.この時期には,
「能研
入試の役割は大きい.
テスト(昭和 38[1963]~昭和 43[1968]年度)
」とい
本稿は,以上のような入試と高校教育の関係性の図
式を前提として,本学理学部が行った調査
(2)
から特
う新しい共通テストを開発する動きもあったが,ほ
とんど普及せずに終わった.
に「後期日程入試の廃止」に関わる部分を中心に取り
第 3 期は昭和 54(1979)年度からの共通第 1 次学力
上げ,その問題に対する高校教員の意見について集
試験(以下,共通 1 次と略記する)の時代である.国
計,分析を加えたものである.
立大学協会が主催し,国立大学共通の入学試験と言う
性格付けが,一方的な押し付けと感じられた能研テス
2.共通試験から見た戦後の大学入試制度の変遷(3)
トとの大きな違いと言える.共通 1 次時代の制度は,
本研究の直接的な課題である後期日程廃止問題に触
共通 1 次試験と大学が独自に行う 2 次試験との組み合
れる前に,大学入試制度の変遷について戦後の歴史的
わせによる 2 段階の選抜を前提として,全国の国立大
な流れについて整理しておくこととする.
学の 1 次試験を一本化するものであった.共通試験と
第 2 次世界大戦後,わが国の大学は前年度に先行し
いう形で適正な学力検査を実施し,受験シフトを是正
た一部の例外を除き,昭和 24(1949)年度から新制大
することが期待された.そのため,共通 1 次は,当初
学として発足した .その後,現在まで,個々の大学
は 5 教科 7 科目,昭和 62(1987)年度からは原則 5 教科
が自らの大学に入学する学生を選抜するという大学入
5 科目と幅広い分野の学力をカバーする試験であっ
試の根幹は変わっていないが,大学入試制度は変化を
た.ところが,逆に,それが当初からの「受験生にとっ
重ねてきた.荒井によれば,戦後の大学入試制度は大
て過重負担である」という批判を生み,さらに,一律
きく 4 つの時期に区分されるという 12).これは主に,
の尺度で合格最低点を表示することが可能になったこ
共通試験という観点から見た制度分類と考えられる.
とから,入学時点での学力尺度に基づく大学の序列化
新制大学の成立に 2 年先行し,戦後の大学入試は昭
に対する批判も引き起こした.また,大量の答案を
和 22(1947)年度に導入された進学適性検査という共
コンピュータで処理するためのマークセンス方式に対
11)
─ 30 ─
する批判も,当初から激しいものがあった.
年度より,国立大学を A・B の 2 群にわけ,それぞれ
共通 1 次が産んだ副作用に対処するための対策とし
が別の日程で 2 次試験を行う「連続方式」が採用され
て,平成 2(1990)年度から大学入試センター試験(以
た.Ⅰ期校,Ⅱ期校が,あたかも大学の格付けのよう
下,センター試験と略記する)が導入された(第 4 期)
.
に受け止められた時代の弊害の再現を防ぐため,旧帝
その後,微修正をくり返しながら,現在(平成 18[2006]
大と称される 7 大学を東西で A,B に振り分けた(4)が,
年)に至っている.センター試験の特徴は,1 教科 1
この方式がうまく機能したとはみなされなかった.
科目からでも利用できる,いわゆる「ア・ラ・カルト
そこで,平成元(1989)年度からは「分離分割方式」
方式」と言われる方式の導入によって大学の序列の非
が導入されることとなった.
「分離分割」とは,同じ
可視化が試みられたことが第 1 点,私立大学の大幅な
入学区分の定員を前期と後期とに分割して割り当て,
参加による受験者層,受験者数の大幅な拡大が第 2 点
それぞれの試験日程で入試が実施される方式であ
として挙げられる.また,この時期は,学力検査以外
る(5).しかし,こうした仕組みに対して,募集人員が
の方法による大学入学者選抜が強く奨励されてきた時
最初から少ない学科では,さらなる定員の分割によっ
期でもある.平成 13(2001)年度においては,学力検
て非常に小さい募集単位による入試の実施が強いられ
査を主体とする一般選抜を経て大学に入学した者は大
ること,推薦入学や AO 入試などの選抜方法の多様化
学入学者全体に対して 62.8% に過ぎず,推薦入学制度
が促進して,実質的に多くの受験機会が確保されるよ
による入学者が 33.4% を占めている.平成 12(2000)
うになってきたこと,前期と後期で同一学部の併願が
年度から本格的に導入された AO 入試による入学者
多数を占めるために前期不合格者の
「敗者復活」
となっ
も,年々幾何級数的に増加している.
てしまい,前期日程の入学者と比較して学力格差が見
られ,その上,第一志望者が少なく入学意欲も低いこ
3.受験機会から見た戦後の国立大学入試制度の変遷
となどが,問題として指摘されてきた.
次に,本研究の直接的な関心事である後期日程の廃
このような状況を踏まえ,平成 15(2003)年 11 月に,
止に関わる受験機会の問題について,戦後の国立大学
国立大学協会(以下,国大協)は,分離分割方式の理
入試制度の時代的変化に即して整理しておくこととす
念である「受験機会の複数化」や「評価尺度の多元化」
る.
が確保されることを前提に,さらに各大学が「合理的
私立大学とは異なり,国立大学が揃って入試の試験
な分割を実現する自由度を高める」という観点から方
日を一定の日に設定することによって,個々の受験生
向転換を示した.それは,募集定員の分割が各大学の
の受験機会は制限を受けてきた.新制大学発足当初の
裁量に委ねられることで,学部を単位として考えて推
国立大学は,試験日が 3 月上旬であるⅠ期校と試験日
薦入試や AO 入試が実施されていることを前提にした
が 3 月下旬であるⅡ期校の 2 グループに振り分けられ
上で,後期日程の入試を廃止することを可能にすると
ていた.すなわち,異なる大学とは言え,国立大学全
いったものである(6).国大協の提言を受けて,平成 18
体としては 2 回の受験機会が確保されていた.この
「Ⅰ
(2006)年度からは後期日程の入試を廃止し,前期日
期校,Ⅱ期校制」と言われる制度は,昭和 24(1949)
程のみで入試を行うことを予定する大学・学部が急増
年度から昭和 53(1978)年度まで 30 年間に渡って続い
するという,大きな変化が見られることとなった.
た.
昭和 54(1979)度の共通 1 次開始から,国立大学個
4.後期日程入試の廃止問題に対する東北大学の対応
別試験の受験機会は原則として年に 1 回だけとなっ
以上のような歴史的な流れの中から出てきた「後期
た.そのため,「受験準備の負担の大きいわりにはメ
日程廃止」という問題であるが,東北大学では大学と
リットが少ないとの不満が高まり,私立大学専願組の
して足並みをそろえて一律に「後期日程廃止」,ある
増加や,大学志願者の国・公立大学離れを促す原因と
いは,
「後期日程存続」を打ち出すのではなく,各学部
もなった」 .これらの不満を受けて,昭和 62(1987)
がそれぞれの事情に応じて対応することにしている.
12)
─ 31 ─
表 1.平成 19(2007)年度東北大学各学部の入試
学部
Ⅰ期
文
教育
法
経済
理
医(医学科)
医(保健学科)
歯
薬
工
農
Ⅱ期
AO 入試
Ⅲ期
Ⅳ期
推薦入学Ⅰ
前期日程
後期日程
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
×
○
×
○
○
○
◎
○
○
○
○
◎
○
○
○
○
○
○
○
×
×
◎ : 新規導入,○ : 実施(前年度からの変更なし)
,× : 廃止
平成 18(2006)年度から後期日程を止める学部はな
い.平成 19(2007)年度入試への対応は表 1 の通りで
ある.学部によって実施状況が大幅に異なり,複雑な
のが欠点であるが,受験生に複数の受験機会を提供す
るということに関しては,国大協で取り決めた原則を
(6)東京大学と京都大学では前期入試に一本化する
ことを検討しており,東北大学でも工学部などが
(複数受験の機会を確保しながら)後期入試を止
める予定ですが,これに関してご意見をご自由に
お書きください.
貫いている(7).
図 1. 後期日程廃止に関する質問項目
目的
者,
(3)中高一貫カリキュラム,(4)理数科・総合学
先述のような状況を受け,平成 18(2006)年度にお
科の有無,(5)大学進学者数,
(6)後期日程入試の廃
ける東北大学の入学試験のあり方を定める参考資料と
止に関する意見,
(7)大学入学後の再受験,といった
するため,理学部で高等学校を対象とした調査が行わ
ことに関する質問項目が並んでいる.2 ページから 4
れた.本研究では,そのうち,後期日程の廃止問題に
ページの前半まで(質問項目(8)~(20))には新課
関する自由記述を中心に分析を行う.なお,アンケー
程(8)数学のカリキュラムに関する詳細な質問が並び,
トそのものは数学,理科の教育内容等,個別試験の出
(21),
(22)は理科のカリキュラムに関する質問であ
題や作題方針を焦点に当てた質問項目が多いが,本稿
る.
(23)
,
(24)は東北大学理学部に関わるものであ
ではそれらの点には言及しない.
る.先述のとおり,本研究で分析の対象とするのは
本研究の分析の目的は,後期日程入試の廃止の賛否
(1)~(7)の質問項目である.
に関する高校側の意見を問うのではない.どのような
理由に基づいて賛成,反対が表明されているのかとい
なお,本研究にとって最も重要な(6)は,図 1 のよ
うな表現となっている.
うことに関して,その意見の構造について,統計的手
法を使って見出すことを主たる目的とするものであ
2.アンケート調査の実施
る.
2.1.調査対象
調査対象は高等学校である.アンケートの送付状に
方法
「東北大学を受けている生徒のいる高等学校」が対象
1.アンケート調査票
と あ る が, よ り 正 確 に 言 え ば, 理 学 部 が オ ー プ ン
アンケート調査票は,4 ページ,24 の質問項目から
キャンパスの案内を送っている高等学校が対象であ
なる.最初のページには(1)所在都道府県,(2)設置
る.高等学校名の記入欄がないため,学校は特定でき
─ 32 ─
表 2.自由記述データのカテゴリー要素の評定例
カテゴリー要素
自由記述
肯定
否定
複数化確保
説明
1
0
1
1
受験の複数化の確保とその説明があれば,前期日
程一本化に賛成である.
ないが,自主的に高校名を記入してきた回答もある.
要素が 4 つの場合の例である.このようなケースでは,
アンケートの記入者は指定されていないが,進路指導
「賛成である」という記述が,
「肯定」に該当し,「受
担当の教員を中心に,自らの学校の数学,理科の教育
験の複数化」と「その説明」には,
「複数化確保」,
「説
内容に詳しい者が記入を担当したと推測できる.
明」が該当することになる.
2.2.調査時期,調査方法
(10)
3.2.多次元尺度構成法(MDS)
調査方法は郵送法である.調査対象校の校長宛に,
本研究では,上記のような手続きで得られたデータ
平成 17(2005)年 3 月 15 日付で調査対象校に返送用封
に対し,最終的には多次元尺度構成法(MDS: Multi-
筒とともに「東北大学理学部入学試験実施委員会委員
dimensional Scaling,以下,MDS と略記する)を用い
長 森田康夫」名で送られた.
てカテゴリー要素間の関係を散布図として表示する.
MDS は,対象間の非類似性を対象間の「距離」と
3.自由記述データの分析方法
みなし,対象点の布置を視覚的に示すものある.すな
3.1.記述内容の分類
わち,任意の 2 つの対象を i,j と表し,対象 i の横軸・
項目(6)
(図 1 参照)に記載された意見については,
縦軸に対する座標値を xi1,xi2,対象の j 横・縦軸の座
その内容に基づく分類をすることとした.AO 入試に
標値を xj1,xj2,と表す.対象 i,j 間のユーグリット距
関する東北大学新入生の意見を分析した林・倉元 15)
離は,ピタゴラスの定理より,
に倣い,分類カテゴリーを作成した.その際,
「後期
(1)
日程入試の廃止」という質問内容に対する「肯定」意
見か「否定」意見かと言うことを機軸にして,各記述
と表すことができる.ただし i,j 間の非類似性デー
が少なくとも必ずいずれか 1 つのカテゴリーに該当す
タ qij は dij(x)と完全に一致するわけではないため,
るように意識した .
誤差項 eij を式に含めて
(9)
と考える.実際の
作成されたカテゴリーの詳細は「結果」に譲るとし
分析では,データの尺度水準を考慮して,関数 f に
て,ここでは意見分類の手順について,簡単に触れて
よって qij を変換し(11),
(2)式のようにモデル化する.
おくこととする.
(2)
自由記述の意見が作成したカテゴリーに関わる要素
として何が含まれているかを判別するため,各分類カ
(2)式を eij について整理すると,
と
テゴリーを「カテゴリー要素」と呼ぶこととする.次
なるが,誤差 eij2 の 2 乗和はストレスと呼ばれ,
(3)式
に,具体的な記述内容がどのカテゴリー要素が含まれ
のように表される.
るか,一つひとつの回答について逐次評定を実施す
る.すなわち,記述文が意味すると考えられるカテゴ
リー要素について,当てはまるものに対し「1」を記
入し,該当しない要素に「0」を記入する.それぞれ
(3)
(3)式,を最小にする座標値を求めるのが多次元尺
度法の基本原理である(12).
のカテゴリー要素は独立に扱われるので,複数のカテ
ゴリー要素が「1」となる場合が多い.無回答は全て
3.3.アソシエーション分析と改善率
のカテゴリー要素が「0」である.表 2 はカテゴリー
─ 33 ─
本研究で得られたデータをそのまま MDS で分析し
ても,「0」の多い二値データであることから適切な結
度,すなわち,距離の指標として用いることとした.
果が得られない.そこで,データマイニングの分野で
なお,同一対象間の距離 dii(x)は(1)式から 0 でなけ
古典的な方法の 1 つであるアソシエーション分析
ればならないが,
(6)式では 1 となってしまう.した
の手法を援用し,さらにカテゴリー要素間の関係を示
がって,距離行列の対角要素は必然的に 0 とみなすこ
す「改善率(lift value)」の逆数を距離データと捉えて
ととなる.
(13)
MDS による分析を試みることとした.
アソシエーション分析での連関の指標であるアソシ
エーション・ルール(以下,必要に応じてルールと略
結果
1.回答校のプロフィール
記する)は,ある事象(前件部 , antecedent)が発生す
調査対象校 509 校に対して,アンケートを送付した
ると別の事象(後件部 , consequent)が発生するといっ
が,返却数は 189(回収率 37.1%)であった.配布先
たような関係性が強い事象の組み合わせの規則のこと
は東北地方の高等学校が中心であるが,地方の進学校
をいう.前件部,後件部ともに複数アイテムを含んで
も含まれている.
いてもよい.
後期日程廃止に対する意見分類を行う前に,分析す
前件部(X)と後件部(Y)を同時に満たす件数が全
るデータのプロフィールを大まかに把握するため,
件数に占める割合はサポート率(support)と言い,
(4) (1)~(5)
,および,
(7)に関する集計結果について
式で表される.ただし,データの全件数を N とする.
(4)
簡単に述べておく.
表 3 に示すように,有効回答 188 校(地域が不明の
1 校を除く,以下同じ)のうち,東北地方の高校が
さらに,ルールの前件部が発生したときに,後件部
135 校と 71.8% を占めた.内訳は,青森県が 25 校,岩
が起こる割合を信頼度(confidence)と言い,
(5)式で
手県が 24 校,宮城県が 26 校,秋田県が 16 校,山形県
表される.
が 16 校,福島県が 28 校と,各県から満遍なく回答が
(5)
得られている.
設置者別の分類では,公立が 146 校で 77.7%,私立
信頼度をさらに後件部の発生比率で割ったものが本
が 42 校で 22.3%である.回答の多くが公立高校から
研究で用いる改善率である.改善率は(6)式で表され
寄せられたものであった.中高一貫のカリキュラムを
る.
有する学校は 12 校であったが,全て私立高校であっ
(6)
た.公立高校では全く存在しない中高一貫カリキュラ
ムが,私立高校の 3 割近くに見られることになる.そ
改善率が 1 より大きい場合は,後件部(Y)が単独で
れに対して,総合学科,理数科の設置は私立ではそれ
出現する率より,前件部(X)を条件とした後件部(Y)
ぞれ 1 校ずつに止まったのに対し,公立では総合学科
が生起する率が高い.改善率は前件部と後件部を入れ替
を 8 校,理数科を 23 校が有している.
えたルールでも同値を取るので,改善率から前件部×後
件部の距離行列を作った場合,対称行列となる.
不本意入学の後,1 年後に第一志望の大学を受けな
おす,いわゆる「仮面浪人」は,さほど多くの高校で
アソシエーション分析一般では,前件部に挙げられ
見かけられているわけではない.
る事象が複数あっても構わないが,本研究では双方と
も一つのカテゴリー要素に限定した.すなわち,前件
2.後期日程入試の廃止に関する意見の分類
部,後件部各一つの二つのカテゴリー要素間の因果関
質問項目(6)に対する自由記述の形で寄せられた意
係に限定して距離行列を求めることとした.さらに,
見の件数は,123 件であり,無回答が 66 件(34.9%)で
改善率はカテゴリー要素間の類似度の指標であるた
あった.123 件のうち,表 4 に示すどの評定基準にも
め,本研究では改善率の逆数を求めてそれを非類似
当てはまらずに分析の対象外となったデータが 2 件
─ 34 ─
表 3.回答校のプロフィール
地域
北海道
東 北
北関東
南関東
中 部
関 西
中 国
四 国
九 州
合 計
度数
5
135
9
8
15
3
6
3
4
188
%
(2.7%)
(71.8%)
(4.8%)
(4.3%)
(8.0%)
(1.6%)
(3.2%)
(1.6%)
(2.1%)
(100.0%)
設置者
公立
総合学科
理数科
私立
中高一貫
総合学科
理数科
その他の学科
度数
146
8
23
%
(77.7%)
42
12
1
1
2
(22.3%)
仮面浪人
仮面浪人(医)
良く見かける
時々見かける
稀に見かける
殆ど見かけない
仮面浪人(理工)
良く見かける
時々見かける
稀に見かける
殆ど見かけない
度数
12
23
32
114
1
28
37
116
表 4.後期日程廃止に対する意見分類の観点・カテゴリー・評定基準・単純集計
観 点
肯定 / 否定
A
カテゴリー
2. 受験生への負担
3. 過去の制度への回帰
4. 安全志向
5. 浪人
・単に賛成
・仕方ない
・条件付で肯定
・単に反対
・疑問
・ネガティブな表現
・後期存続を望むもの
・選考の基準
・後期日程廃止の理由など
・AO,推薦入試の充実化
・学部の特色を活かす
・制度の改善や提案
・機会が無くなることへの懸念
・募集定員の減少
・制度の変更で生じる受験生への負担
・旧Ⅰ・Ⅱ期校への回帰
・高いレベルの大学への挑戦の回避
・浪人することへの懸念
1. 複数機会の確保が条件
・機会の確保が条件
1. 肯定
2. 否定
1. 後期日程存続
要望
B
2. 説明の提示
3. 入試制度の充実化
1. 受験機会の減少
懸念
C
条件
D
影響
E
その他
F
評 定 基 準
1. 他大学への影響
2. 高校現場への影響
1. 大学の判断に従う
2. 優秀な学生の確保
3. 受験する生徒がいない
・大学の序列化など
・他大学の制度への影響
・進路指導や学習指導への影響
・大学の決定に従う
・第一志望,優秀な学生の確保
・学力の向上
・不本意入学者の回避
・自分の高校から受験する生徒がいない,もしくは少ない
あったため,分析対象となったデータは 121 件である.
表 4 に設定された 6 つの観点,16 のカテゴリー要素,
度数
59
52
26
8
28
21
8
4
6
4
25
5
9
7
9
6
た形である.賛否の面でどちらにも分類されない意見
は 10 件のみと少なかった.
評定基準さらに,評定結果の集計を示す.なお,以下
それ以外のカテゴリー要素で比較的多く見られたも
の記述において,各カテゴリー要素は観点との組み合
のは,
「入試制度の充実化(B-3)」が 28 名,
「後期日程
わせで「A-1」~「F-3」と略記する.
存続(B-1)」が 26 名,
「複数機会の確保が条件(D-1)」
後 期 日 程 廃 止 へ の 賛 否 自 体 に 関 し て は,
「肯 定
が 25 名,
「受験機会の減少(C-1)
」が 21 名であり,そ
(A-1)」が 59 名,
「否定(A-2)」が 52 名とほぼ拮抗し
れ以外のものはいずれも 10 名未満と比較的少数で
─ 35 ─
あった.
いために通常の方法では分析が難しいことが見て取れ
基軸になる「賛否」のカテゴリー要素と,比較的多
る.特に,「後期日程存続(B-1)
」,
「受験機会の減少
く見られたカテゴリー要素との関係を表すクロス表を
(C-1)
」は「肯定(A-1)
」が同時に生起したケースが
表 5 に示す.明らかに「後期日程存続(B-1)
」
,
「受験
皆無なため,
「B-1」と「A-1」,
「C-1」と「A-1」の改
機会の減少(C-1)
」は後期日程廃止に対する反対意見
善率は欠損値として扱わざるを得ない状況である.
の理由として挙げられている.それに対し,
「複数機
4.MDS による分析
会の確保が条件(D-1)
」は「条件付」の賛成意見と見
欠損値が多いため,改善率の逆数を順序尺度や間隔
ることが出来,
「入試制度の充実化(B-3)
」は賛否の
尺度とみなして分析を行うと,推定が行えない.改善
双方に分かれている様相が見て取れる.
以上のことから,MDS によって後期日程入試の廃
率の逆数は必ず正の値を取り,そのまま比尺度の距離
止問題に対する意見の構造を表示し場合,
「後期日程
データとしてみなすのに適した性質が備えられてい
存続(B-1)
」
,
「受験機会の減少(C-1)
」は「否定(A-2)
」
る. し た が っ て, 比 尺 度 の デ ー タ に 対 す る 計 量 的
の近傍に位置し,
「複数機会の確保が条件(D-1)
」は
MDS に掛けることとした.また,軸は第 2 軸まで取る
こととした.
「肯定(A-1)
」の近傍に位置することが自然である.
SPSS11.5J を 用 い て 計 算 を 行 っ た 結 果, モ デ ル と
3.アソシエーション分析
データの不適合度を表すストレス値は 0.28,モデルに
アソシエーション分析の結果算出した改善率の一覧
よるデータの説明率を表す R2 は,0.82 であった.欠
表を表 6 に示す.本研究のデータは欠損値が著しく多
損値が多いデータである割には,比較的良好な適合度
表 5.比較的多い意見と「肯定 / 否定」との共起関係
存続(B-1)
充実化(B-3)
懸念(C-1)
機会確保(D-1)
肯定(A-1)
0 (0%)
12(43%)
0 (0%)
18(72%)
否定(A-2)
26(100%)
9(32%)
21(100%)
3(12%)
いずれでもない
0 (0%)
7(25%)
0 (0%)
4(16%)
合計
26(100%)
28(100%)
21(100%)
25(100%)
表 6.改善率一覧
A-1
D-1
F-2
F-3
B-2
B-3
C-3
E-2
F-1
A-2
B-1
C-1
C-2
C-4
C-5
E-1
A-1
-
1.48
2.05
1.71
0.88
1.76
D-1
1.48
-
F-2
2.05
F-3
1.71
B-2
3.03
-
B-3
0.88
1.21
0.96
C-3
E-2
1.21
0.54
3.78
2.16
-
3.36
5.04
2.4
3.36
-
2.33
1.16
1.44
3.78
2.33
0.52
1.28
3.36
4.48
F-1
1.76
0.69
1.92
A-2
B-1
C-1
C-2
C-4
0.28
0.19
1.16
0.75
2.33
2.33
0.58
0.33
1.16
0.52
0.72
0.62
1.44
1.28
-
2.33
2.33
2.33
2.33
2.33
1.86
2.33
-
2.22
1.75
1.55
4.65
0.93
2.33 2.33 2.33
2.22 1.75 1.55
- 1.44 0.96
1.44 - 10.08
0.96 10.08 -
2.88 7.56 5.04
1.15
C-5
E-1
2.33
4.65
2.88
7.56
5.04
-
1.86
0.93
1.15
0.61
-
3.03
1.21
1.21
0.54
0.69
0.28
0.19
0.61
0.96
1.92
-
3.78
3.78
5.04
2.16
1.16
0.58
0.72
1.89
3.78
-
2.16
2.4
1.23
0.75
0.33
0.62
0.54
2.16
1.23
1.89
0.54
3.78
3.36
4.48
-
─ 36 ─
-
欠損セル
10 / 15
6 / 15
12 / 15
14 / 15
6 / 15
4 / 15
7 / 15
6 / 15
10 / 15
4 / 15
4 / 15
5 / 15
5 / 15
9 / 15
10 / 15
12 / 15
表 7.後期日程入試の廃止問題に関する
性の強い布置になっていることが見て取れる.このこ
カテゴリー要素の布置
とからも,内容的な解釈に必要な軸は 2 つで十分であ
カテゴリー要素
a_1 肯定
ることが裏付けられた.また,各カテゴリー要素の布
第1軸
2.0584
第2軸
0.4771
b_2 後期日程存続を要望
0.3019
0.3067
b_3 入試制度の充実化を要望
0.7332
1.1091
d_1 複数機会の受験が条件
2.7660
1.4381
e_2 高校現場への影響
0.0532
0.1725
次に,カテゴリー要素についてやや詳細にその布置
を検討する.ここで試みるのは,近傍のカテゴリー要
f_1 大学の判断に従う
置の状況から,第 1 軸は正の方向が「肯定的」,負の
方向が「否定的」
,第 2 軸は正の方向が「要望有り」,
負の方向が「要望無し」と解釈することができる.
0.7882
0.2743
c_3 過去の制度への回帰
-0.0008
0.1350
a_2 否定
-1.2910
-0.2836
b_1 説明の提示の要望
-2.5379
-1.1422
c_1 受験機会の減少への懸念
-1.0926
-0.5043
c_2 受験生への負担の懸念
-0.2232
-0.2324
c_4 安全志向
-0.9116
-0.4913
c_5 浪人への懸念
-1.0248
-0.5761
e_1 他大学への影響
-0.8351
-0.3031
f_2 優秀な学生の確保
0.6851
-0.1459
を中心に表 4 の分類観点である「その他」の「優秀な
f_3 受験する生徒がいない
0.5311
-0.2340
学 生 の 確 保(F-2)
」
,「受 験 生 す る 生 徒 が い な い
素のグルーピングである.基準としては,改善率の値
が高く,意味的に解釈可能であり,さらに視覚的に近
くに位置するものを 1 つのグループとした.その結果,
「肯定」
,「憂慮・説明」
,
「否定」の 3 つがグループ化
できた(図 2)
.
「肯定」グループは,「肯定(A-2)」カテゴリー要素
上から順に第 1 象限~第 4 象限
(F-3)」
,および,
「複数機会の条件(D-1)」という 4 つ
のカテゴリー要素を含むものである.欠損値が多いた
と考えられる.各カテゴリー要素の座標は,表 7 に示
めか,視覚的には中央から右上方向に縦長に分布して
すとおりである.また,これらの座標による同時布置
いる.
を図 2 に示す.
「憂慮・説明」グループは,中央,上側に位置して
基本的に第 1 象限から第 3 象限に向かって,1 次元
いる「説明の提示(B-2)
」,
「入試制度の充実化(B-3)
」,
図 2.後期日程入試の廃止問題に対する高校教員の意見構造
─ 37 ─
「過 去 の 制 度 へ の 回 帰(C-3)
」,
「高 校 現 場 へ の 影 響
のではないことが挙げられる.まず,
「受験する生徒
(E-2)
」,
「大学の判断にしたがう(F-1)
」の 5 つのカテ
がいない」ので反対する理由がない.廃止するにして
ゴリー要素から成る.
も「複数機会の確保が条件」といった注文がある.「優
「否定」グループは,左下,第 3 象限に位置し,
「否
定(A-2)
」を中心に,
「後期日程存続(B-1)
」
,「受験
機会の減少(C-1)
」,
「受験生への負担(C-2)
」,
「安全
秀な学生の確保」に役に立つのではないかといった積
極的支持は少数意見に止まっていると言えよう.
「憂慮・説明」
グループは影響が予測できずに「不安」
志向(C-4)
」,
「浪人(C-5)」
,
「他大学への影響(E-1)
」
なので「説明して欲しい」と取れる.すなわち,「過
という 7 つカテゴリー要素から成っている.
去の制度への回帰」や「高校現場への影響」が心配だ
が,
「大学の決定にはしたがう」しかない立場なので,
考察
選抜の基準や後期日程廃止の理由を「説明」した上で,
本研究で分析の対象となったデータは 121 件と多く
はなかった.統計解析の観点からは十分な安定性が確
「入試制度の充実化」を図って欲しい,と要約できる
のではないだろうか.
保されているとは言い切れない.しかし,東北大学に
それに対し,
「否定」グループの意見は,反対の理
数多くの志願者を送る高校は限られている,回答者は
由を明確に挙げている.
「受験機会が減少」し,
「受験
高校を代表する立場で意見を述べている,という特殊
生の負担が増加」する.その結果,受験生が「安全志
性から,やみくもに回答者を増やすことが得策とは言
向」になったり,
「浪人」が増えることが懸念されて
えない.元来,分析対象のデータは,東北大学理学部
いる.また,
「他大学への影響」も無視できない.し
が後期日程入試の廃止問題を検討するための資料とし
たがって,
「後期日程を存続」して欲しい,といった
て取られたものであった.それらの事情を勘案する
形で要約できそうである.
と,量的に十分なデータとは言えないが,質的には回
後期日程入試の廃止への賛否の傾向は,圧倒的なも
答者の真剣度が高い,良質なデータと考えることがで
のではないが,
「賛成」は条件付き,様々な理由で「反
きるだろう.
対」
,憂慮すべき要因に関しては「説明」を求めてい
本研究においては,データ処理にも独自の手法を用
ると考えられる.
いた.改善率の逆数を距離とみなし,MDS で分析す
冒頭でも触れたように,大学入試には「公平性の確
るという本研究の分析方法の妥当性は,必ずしも理論
保」が強く要求されている 12).本研究で得られたデー
的に導かれるものではない.したがって,方法論的な
タに対しては,公平性に関わる社会心理学的な研究を
妥当性は得られた結果から判断するしかない.
用いて解釈することが可能である.Leventhal は,分
まず,計算し得る 105 の改善率の値のうち,62 個が
配 場 面 の 手 続 き 的 公 正 要 因 と し て, 一 貫 性
欠損値というデータ構造は,本研究のような方法を
(consistency)
,偏りの無さ(bias suppression),正確さ
取った場合の自由記述に関する分析では,宿命的な弱
(accuracy), 修 正 可 能 性(correctability)
,代表性
点であろう.それにも関わらず,解釈の上である程度
(representativeness),倫理性(ethicality)の 6 つを挙げ
の合理性が認められる結果が得られたことが,本研究
ている 18).そのうち,本研究の主題である後期日程入
の成果の第 1 点として挙げられるのではないだろう
試の廃止問題は,
「修正可能性が奪われる」という意
か.表 5 に示した相対的な「多数意見」と「肯定」,
「否
味で関係者に不安を与えていると考えられる.そのよ
定」の関係は,直接的な改善率の値に欠損値が含まれ
うな観点からは,平成 18(2006)年度入試に関わる国
ているにも関わらず,グルーピングの結果は予測どお
立大学協会の方針として出された「
『1 回限りの選抜
りであった.
機会の解消』や『前期日程試験とは異なる尺度での選
それでは,3 つにグループ化されたカテゴリー要素
から読み取れる内容は何であろうか.
抜』が確保されることを原則とする」という考え方 14)
は,結果的に Leventhal の公正基準に則った措置であっ
まず,
「肯定」グループの意見は決して積極的なも
たと考えられる.
─ 38 ─
また,公平性に関わる他の研究からは,受験生や高
(6)その他,募集単位についても転換が図られている 14).
校関係者など,入試に関わる関係者の不安を解消し,
(7)表 1 に示したように,本研究で分析の対象とするアン
理解と納得を得るためには,正確で適切な説明を加え
ケートの主体となった理学部は,平成 19(2007)年度
ることの必要性が示唆される(14).
における後期日程の存続を決定している.
最後に,本研究が抱える方法論的な課題について触
(8)平成 11(1999)年告示,平成 15(2003)年施行の学習
れておく.まず,有効なデータ数が少ないので,少数
意見の出方によって分析結果の意見構造が左右される
指導要領に基づく教育課程.
(9)カテゴリーの作成作業,および,意見の分類作業は,
可能性が否めないことが挙げられる.最も出現頻度の
第 2 著者(西郡)が行った.
少ないカテゴリー要素は「4」であり,最多のもので
(10)文献 16)を参考にした
も「59」であった.しかし,調査対象校が 500 を越え
(11)比尺度においては,変換の必要はない
ていた中での結果であることを考えると,実際には本
(12)
一般的に次元数が増えるとストレスは低下するが,
研究と同程度の質の高いデータという条件で,これ以
解釈に意味が見出せる程度の次元数が適当である.
上の数を確保することは難しいであろう.また,本研
(13)
以下,アソシエーション分析に関わる訳語は一意に
究では 1 名のみの評価者が観点とカテゴリーを決定
定まっていないが,本稿では基本的に文献 17)の用
し,意見の分類を行った.そのため,本研究の結果が,
語にしたがうこととする.アソシエーション分析は,
評価者の違いを越えてどの程度の安定性を持つもので
バスケット分析とも呼ばれる.
あるのかを吟味することも,今後の課題として残され
19),20)
(14)
「情報的公正」と呼ばれる場合がある
.
ている.
いずれにせよ,本研究の分析結果として得られた知
見が,東北大学の入試を設計する上で,参考資料の一
文献
1)西郡大.日本の大学入学者選抜をめぐる公正に関す
つとして利用されることを期待したい.
る研究.東北大学大学院教育情報学教育部修士学位
請求論文.2006.
2)中央教育審議会.今後における学校教育の総合的な
注
(1)本稿は,西郡が執筆した文献 1)の第 3 章の一部を基
礎にして,そのデータを用いながら,倉元が大幅に
拡充整備のための基本的施策について.1971.
3)中央教育審議会.我が国の教育発展の分析評価と今
加筆修正を加えたものである.
「方法」におけるアソ
シエーション分析に関する記述は佐藤が担当した.
後の課題.1969.
4)木村拓也・倉元直樹.戦後大学入学者選抜における
分析の対象となるデータは,森田が提供したもので
原理原則の変遷 -『大学入学者選抜実施要項』
「第 1
ある.
項 選抜方法」の変遷を中心に-.大学入試研究ジャー
(2)より正確には,理学部入学試験実施委員長(当時)の
森田がその責務を果たす資料とするために,理学部
ナル.2006;No.16:印刷中.
5)倉元直樹.ペーパーテストによる学力評価の可能性
教務係の協力の下に実施したものである.
と限界-大学入試の方法論的研究-.東北大学大学
(3)この節は,主として文献 5)の序章の一部を加筆修正
したものである.
院教育学研究科博士学位請求論文.2004.
6)中央教育審議会. 21 世紀を展望したわが国の教育の
(4)名古屋大学,京都大学,大阪大学,九州大学には A
日程,東京大学,東北大学,北海道大学には B 日程
在り方について(第 2 次答申)
.1997.
7)トロウ,M..アメリカ中等教育の構造変動.J. カラ
が割り当てられた.
ベル / A. H. ハルゼー編(潮木守一・天野郁夫・藤田
(5)国立大学の個別試験は平成 8(1996)年度まで「連続
英典編訳)
.教育と構造変動(下).東京:東京大学出
方式」と併用されたが,平成 9(1997)年以降は,「分
離分割方式」による前期日程,後期日程に統一された.
版会;1980.19 - 42.
8)荒井克弘.戦後日本の大学入試.国立大学入学者選
─ 39 ─
抜研究連絡協議会編.入試研究の基礎知識,入研協
セミナー資料(未公刊)
.1997.42 - 54.
かる分離分割方式の改善について.2005.9.26.
15)林洋一郎・倉元直樹.公正研究から見た大学入試.
9)鈴木敏明・夏目達也・倉元直樹.新学習指導要領の
下での高等学校のカリキュラムに関する実地調査,
教育情報学研究.2003;1:1 - 14.
16)足立浩平.類似性から地図を描く-多次元尺度法-.
平成 15 年度東北大学教育研究共同プロジェクト(総
渡部洋編.心理統計の技法.東京:福村出版;2002.
長裁量経費)
,研究代表者 鈴木敏明,研究成果報告
216 - 229.
書.2004.
17)ベリー,M. J. A., リノフ,G.(SAS インスティテュー
10)倉元直樹.新教育課程における東北大学の入試と教
ト ジャパン・江原淳・佐藤栄作共訳)
.データマイ
育接続 -主に情報・理科,および,入試広報の観点
ニング手法-営業,マーケティング,カスタマーサ
から-,東北大学高等教育開発推進センター研究紀
ポートのための顧客分析-.1999.
要,2006;No.1:1 - 14.
18)Leventhal, G. P.. What should be done with equity theory? :
11) 文部省.学制百二十年史:ぎょうせい;1992.
New approaches to the study of fairness in social
12)荒井克弘.戦後大学入試の構造と課題 -高等教育の
relationship. G. M. Greenberg and R. Willis(Eds.). Social
量的拡大と入試の対応-.中島直忠編.日本・中国
高等教育と入試 -二一世紀への課題と展望-:玉川
exchange. New York: Academic Plenum; 1980. 27 - 55.
19)林洋一郎.企業組織における公正とその絆機能の研
大学出版部;2000.79 - 98.
究.東北大学文学研究科博士学位請求論文.2004.
13)増田幸一・徳山正人・斎藤寛治郎.入学試験制度史
20)林洋一郎.社会的公正研究の展望- 4 つのリサーチ
研究.:東洋館出版社;1961.109.
バースぺクティブに注目して-,社会心理学研究.
14)国立大学協会第 2 常置委員会.平成 18 年度入試にか
─ 40 ─
2006;No.22:印刷中.
論 文
主要国立大学における「学生による授業評価」
アンケートの分析
関 内 隆 1)*,縄 田 朋 樹 1),葛 生 政 則 1),
北 原 良 夫 1),板 橋 孝 幸 2)
1)
東北大学高等教育開発推進センター,2)
東北大学大学院教育学研究科
はじめに
施状況を調査した.
学生による授業評価アンケートを実施する国立大学
今回の調査にあたって,平成 17 年 11 月,全国大学
は,10 年前の平成 7 年度には全体の約 6 割の 56 大学と
教育研究センター等協議会の加盟大学 25 大学に「学
いう状況にあったが,今や実施していない大学は皆無
生による授業評価」関係資料の提供を依頼した.ここ
に等しい 1).東北大学においても全学教育では,平成
で行った調査は,これら 25 大学ならびに当該資料が
13 年度の開始以来,毎セメスターに継続的に実施し
本学に揃っている 4 大学の合計 29 大学の実施状況を,
ており,平成 16 年度には実施率が 94%を超える実績
関連資料に即して分析作業を進めるという形で実施し
を残すに至った .この間,授業評価結果を受けて担
た 4).調査の対象は,基本的に教養教育(全学共通教
当教員が意見と授業改善案などについて科目委員会を
育)における「学生による授業評価」としたが,学部
通して提出することを義務づけ,評価結果を授業改善
専門教育等での特色ある取り組みについても取り上げ
に向けた情報として意識的に活用するよう教員を促す
る措置をとった.
2)
仕組みも作り,教員へのフィードバックを徹底してき
調査の方法としては,各大学の授業評価取り組みの
た.全学教育カリキュラムと授業環境に関して昨年度
実態を明らかにするための検討項目として下記の諸点
に実施した教員対象アンケートにおいても,授業評価
を設定して,実施状況について項目毎の分析を行った
が教員にとって有益であると回答した割合もおよそ 7
(後掲の調査表例を参照)
.
割となっており,自ら実践した授業の教育方法や教育
効果に関して学生から情報を得る格好の手段として授
〔
「授業評価」実態把握の検討項目〕
業評価は定着しつつある 3).
(1)アンケート調査の目的
しかしながら,他方で,授業評価とその活用につい
アンケート調査の目的をどのように捉えているか.
て,様々な意見が出されていることも事実である.目
例えば,学生の授業満足度を中心に設定しているの
的として「授業改善」と掲げられているがその具体的
か,あるいは学生の学習達成度に比重を置いているの
内容は何か,多様な授業形態に調査項目をどう設定す
かなどに留意した.
べきか,調査結果をどのように活用すべきか,教員の
(2)アンケート調査実施の方法
教育活動評価と関連付けるべきかなど,解決すべき課
アンケート調査実施の時期(学期末かあるいは学期
題は少なくない.こうした状況を踏まえ,東北大学全
中間の時期か)
,記名・無記名式,紙媒体・ウェブ上,
学教育の「授業評価」を自己点検し,さらなる改善の
日本語・英語(留学生用)
,さらには調査用紙回収方
方向性を探るために,主要な国立大学の取り組みの実
法などの実施方式と,実施対象科目について整理し
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 41 ─
た.
4)関係資料の送付ならびに調査表確認においてご協力,
(3)アンケート調査の設問項目
ご支援を賜った各大学諸機関に対して,ここに改め
東北大学全学教育の場合と比較して,設問項目の構
て謝意を表したい.対象大学は,北海道大学,岩手
成と設問内容,統一的設問・授業科目別設問などの視
大学,筑波大学,茨城大学,東京農工大学,東京大学,
点から,調査対象大学の特質を探る検討を行った.
一橋大学,信州大学,新潟大学,名古屋大学,京都
(4)アンケート調査結果の活用
大学,神戸大学,広島大学,鳥取大学,山口大学,
アンケート結果が担当教員レベル,大学全体・委員
香川大学,愛媛大学,九州大学,福岡教育大学,大
会等のレベルでどのように活用されているかについ
分大学,長崎大学,宮崎大学,熊本大学,鹿児島大学,
て,調査結果の公開方法等の状況も含めて取り組み工
琉球大学の 25 大学と,山形大学,お茶の水女子大学,
夫の実態を検討した.
横浜国立大学,大阪大学の 4 大学である.なお,調査
(5)
「学生による授業評価」と関わる補完的な授業改
対象としたすべての大学に関する実施状況について
善法の実施について
は,別途,詳細な報告書を作成する予定である.
授業評価と連動する形で,教員を対象とした個別授
5)本論の各項目に関する検討分析結果は,葛生政則,
業科目アンケート調査など,いわゆる「教員による授
北原良夫,縄田朋樹,関内隆,板橋孝幸の分担執筆
業自己評価」等の取り組みが実施されているかどうか
である.
(関内 隆)
を検討した.
1.授業評価アンケート調査の目的
(6)各大学の授業評価をめぐる論議について
東北大学のみならず,多くの大学が学生による授業
各大学で現在実施されている「学生による授業評価」
をめぐって,更なる改善を志向するどのような論議が
評価アンケート調査(学生による授業評価)を行って
行われているかについて検討した.
いる.われわれの調査では,まず第 1 に多くの大学や
部局が学生による授業評価アンケートを学期末に実施
本稿の課題は,主要な 29 大学の取り組み状況の調
していることが明らかになった.第 2 に,それほど多
査分析作業を踏まえ,上記の 6 項目に即して授業評価
くはないが,学期中間の授業評価アンケートを実施し
実施状況の全体的な傾向,特徴的な大学の実施例を考
ている大学ないし部局があることもわかった.学期中
察し,東北大学の「学生による授業評価」をめぐる今
間の授業評価アンケートは,近年の学生による授業評
後の論議にとって不可欠な論点整理を行い,授業評価
価の組織的取組みにおける新たな動きとして注目して
のあるべき方向性について検討を加えることにあ
よい.第 3 に,われわれの調査は学生による授業評価
る 5).
を対象とするものであったが,学生による授業評価と
ならんで,教員による授業の自己評価アンケートを実
施している大学もあった.このような教員による授業
注
1)大学審議会『21 世紀の大学像と今後の改革方策につ
いて-競争的環境の中で個性が輝く大学-(答申)』
の自己評価アンケートも,学生による授業評価とな
らんで授業評価活動の 1 つであるといってよい.以下
では,まず学生による授業評価の目的について考察す
(平成 10 年)190 頁.
2)東北大学学務審議会評価改善委員会『平成 16 年度学
る.
学生による授業評価の目的についてはいくつかのレ
生による授業評価アンケート実施調査報告書』
(平成
ベルで考察する必要がある.学生による授業評価の抽
17 年)3 頁.
3)東北大学高等教育開発推進センター『全学教育のカ
象的レベルの目的は,たとえば東北大学の「全学教育」
リキュラムと授業環境に関するアンケート調査実施
では全学教育の授業と教育システムの改善であり,北
報告書-東北大学の全学教育に対する学生と教員の
海道大学では授業改善,学生の意見の授業改善へ向け
評価-』
(平成 17 年)33 頁.
たフィードバックである.宮崎大学「共通教育科目」
─ 42 ─
の学生による授業評価の抽象的目的は授業改善,共通
ので,かなり具体的であり,多岐にわたっている.第
教育の充実である.愛媛大学「共通教育科目」の学生
2 に,受講生が教員の熱意や授業への興味,満足度等
による授業評価の抽象的目的は,①授業改善,②共通
の点で授業に関して全般的に評価し,個々の教員がそ
教育の質的向上,③大学の教育環境の整備に資する情
れを基に授業への熱意等の点で自らの授業を評価し,
報源としての活用である .大学によってばらつきは
授業の改善をはかることも具体的目的の 1 つである.
あるが,多くの大学で行われている学生による授業評
すでに授業内容や授業方法に関して多くの質問が設定
価の抽象的目的は,基本的には,学生の意見や要望を
されているため,授業の全般的評価に関する質問項目
踏まえてなされる個々の教員による授業の自己評価と
はそれほど多くない.学生が授業内容や授業方法,さ
努力を通じて授業の改善と教育の質的向上をはかるこ
らに授業に関する全般的評価を教員に提供し,それに
とであるといえよう.もちろん,学生による授業評価
基づいて教員が自らの授業を評価し,授業改善のため
の目的はこれだけにとどまるものではない.個々の教
に努力することは,学生による授業評価の具体的目的
員が学生による評価を踏まえて自らの授業を評価,改
の主軸をなすものといってよい.他方で,調査表で明
善し,教育の質的向上をはかることだけでなく,学生
示的に示されていなくとも,質問項目から判断すれ
による授業評価を教育システムの改善(東北大学「全
ば,学生に自らの授業への取組み,授業への出席状況
学教育」)やカリキュラム改革のために活用すること
や授業中の態度を含めて自己省察する機会を提供する
も,学生による授業評価の目的の 1 つとして位置づけ
ことも,学生による授業評価の具体的目的の 1 つであ
ている大学もある(大阪大学「全学共通教育科目」
,
る.ただし,学生の自己省察ないし自己評価の質問は
京都大学工学部,信州大学等).さらに,学生による
さほど多くなく,副次的位置にとどまっている.学生
授業評価を教育環境整備のために活用することも,学
の自己省察ないし自己評価は,学生による授業評価の
生による授業評価の目的の一環としている大学もある
具体的目的の副軸をなすものといえよう.
1)
(愛媛大学「共通教育科目」)
.大学によってばらつき
このように,学期末の授業評価アンケートの質問内
はあるものの,学生による授業評価の抽象的レベルの
容や項目の多寡からみれば,教員が学生からの評価を
目的は重層的であるといえよう.
踏まえて授業内容や授業方法,授業への熱意等々の点
次に,多くの大学が学生による授業評価を学期末に
で自らの授業を評価し,授業改善の努力をすること
実施していることから,学期末の授業評価の具体的レ
と,学生が自らの授業への取組み等について自己省察
ベルの目的についてみよう.学期末授業評価の具体的
ないし自己評価することは,学生による授業評価の具
目的は,授業評価アンケートの質問内容や質問項目
体的目的の主軸,副軸をなしている.また,大学に
(調査項目)の多寡から判断できる(自由記述を除く)
.
よってウエイトの置き方は異なるが,これらは各大学
全学教育(共通教育)科目の授業評価アンケートの質
が行っている学生による授業評価に共通する具体的目
問項目(調査項目)に関する表を手がかりに,学期末
的であるといってよい.他方で,受講生数が適切かど
授業評価の具体的目的について考察しよう
(後掲表
「全
うか,教室が受講生数に見合った大きさであったか否
学教育(共通教育)科目にみるアンケート調査項目」
かといった教育環境に関する質問をアンケートに盛り
を参照)
.具体的目的は,まず第 1 に,受講生が授業
込んでいる大学が少ない点が目立つ.学生による授業
内容,授業方法に対する評価を教員に提供し,個々の
評価アンケートの質問(自由記述を除く)から判断す
教員がそれに基づいて授業内容や授業方法の点で自ら
る限り,教育環境の改善を学生による授業評価の具体
の授業を評価し,授業改善のために努力することであ
的目的の 1 つと考えている大学は少ないといえよう.
る.これは,質問項目の多さからみて,具体的目的の
学期末の学生による授業評価は,教員が次学期以
中で最も大きな位置を占めている.授業内容や授業方
降,授業内容や授業方法,授業への熱意等々の点で授
法に関する質問は,授業の内容が整理されていたか否
業を改善することを主要な具体的目的としている.こ
かといった点や,説明の理解しやすさ等々に関するも
れに対して,学期中間の学生による授業評価は,教員
─ 43 ─
の声の聞き取りやすさや板書(手書き,PPT,OHP 等)
細にすべきかを聞く質問も含まれている.鹿児島大学
の見やすさ,授業の速度等の授業方法等に関する学生
(「共通教育」
)の教員による自己評価アンケートの目
の評価や,学生が十分理解できなかった内容等につい
的は,教員の自らの授業に関する自己点検だけでな
ての情報に基づいて,教員が当該授業期間内に授業を
く,学生による授業評価が教員の授業改善に役立った
改善することを目的としている.学期中間の授業評価
のかどうか,学生による授業評価の必要性や設問の適
は,鹿児島大学(
「共通教育」
)
,愛媛大学理学部等が
否等々について教員がどのように考えているのかと
実施している.学期中間の授業評価については,たと
いった点について授業評価の実施主体が認識を深め,
えば鹿児島大学(「共通教育」
)では教員が学生の要望
学生による授業評価アンケートの改善をはかることで
や意見をすぐに授業改善に還元できる点で効果的で
ある 3).
あったと評価している 2).
以上のように,多くの大学で学期末に実施されてい
他方,これまでにみた学期末や学期中間の学生によ
る学生による授業評価の目的は,抽象的レベルでみて
る授業評価だけでなく,教員による授業の自己評価
も重層的であり,また,具体的レベルでみても,学生
アンケートを行っている大学もある(宮崎大学「共通
による授業評価は主軸,副軸の目的を持っている.学
教育科目」
,愛媛大学「共通教育科目」
,鹿児島大学「共
期末の学生による授業評価は,教員が次学期以降,授
通教育」等)
.たとえば,宮崎大学(
「共通教育科目」)
業内容や授業方法等の点で授業を改善することを主要
の教員による授業の自己評価アンケートの抽象的目的
な具体的目的としている.これに対して,学期中間の
は教員の授業改善と共通教育の充実であるが,具体的
学生による授業評価は,教員が当該授業期間内に授業
目的は教授技法や授業内容等に関する自己点検,自己
を改善することを目的としている.他方,学生による
評価であるといってよい.愛媛大学
(
「共通教育科目」
)
授業評価だけでなく,教員による授業の自己評価アン
の教員アンケートによる授業の自己評価の具体的目的
ケートを実施している大学もある.教員による授業の
も,質問項目から判断すれば,授業に関する教員の自
自己評価アンケートの目的は,多くの場合,学生の授
己点検,自己評価といえるが,学生の授業の理解度や
業の理解度や受講態度,出席状況等も含む授業につい
授業中の態度,出席状況等についての教員による評価
ての自己点検,自己評価である.さらに,教員による
も含む授業の自己点検,自己評価である.
授業の自己点検,自己評価だけでなく,授業評価の実
さらに,鹿児島大学(「共通教育」
)の教員による自
施主体が学生による授業評価の必要性や設問の適否
己評価アンケートは,教員の授業についての自己点
等々についての教員の考えを把握し,学生による授業
検,自己評価という目的だけでなく,ユニークな目的
評価アンケートの改善をはかることも,教員による授
も持っている.同大学(「共通教育」
)の教員による自
業の自己評価アンケートの目的の 1 つとしている大学
己評価アンケートの質問の一部は,教員の講義の準備
もある.授業評価アンケート調査の目的は多様である
や学生の受講態度(熱意)への満足度等の広い意味で
といえよう.
の授業の自己点検,自己評価に関する質問である.し
たがって,こうした質問項目から判断すれば,同大学
注
(
「共通教育」
)の教員による自己評価アンケートの目
1)東北大学「東北大学全学教育授業評価」アンケート
的の 1 つは,教員の授業についての自己点検,自己評
用紙(平成 17 年度後期用),北海道大学評価室「授業
価であるといえよう.さらに,同大学(「共通教育」
)
アンケート」用紙,同「学部学生による授業アンケー
の教員による自己評価アンケートには,学生による授
ト調査について(依頼)」
(平成 17 年 10 月付)
(2005 年),
業評価アンケート結果が授業に役立つか否かを聞く質
宮崎大学『共通教育「学生による授業評価」ならび
問や学生による授業評価アンケートの必要性に関する
に「教員の FD 活動レポート」報告書』平成 16 年度(前
質問,さらに学生による授業評価アンケートの設問の
学期)版(2005 年)
,p.2,愛媛大学「共通教育科目
適否や,アンケートの設問をより簡単にすべきか,詳
授業改善のための学生によるアンケートの実施につ
─ 44 ─
いての申合せ」
(平成 16 年 3 月 3 日付大学教育審議会決
施にこぎつけるだけでも大変な時間と労力を要する.
定)
( 2004 年)
( http://www.iec.ehime-u.ac.jp/iecweb/
大規模な集計や分析を行おうとすれば尚更である.そ
kaizen_questionary/index.htm より入手)を参照.
の意味で,茨城大学(工学部)のように,中間評価は
2)鹿児島大学教育センター『鹿児島大学教育センター
自由記述のみで行うというのは,少なくとも現在進行
年報』第 2 号(2005 年)
,pp.20 - 22,愛媛大学理学
中の授業に対してフィードバックを行うという目的か
部「中間授業アンケート」用紙を参照.
らすると一つの工夫である.
3)宮崎大学,前掲,p.13,愛媛大学教育開発センター
ただ,フォーマルなアンケートという形ではなくと
「共通教育科目担当教員アンケート(意見書)」
(平成
も,たとえば毎回出席カードを提出させる際に講義形
17 年 度 前 学 期 用)
(http://www.iec.ehime-u.ac.jp/iecweb/
式の授業であれば,その日の授業のキーワードを 3 つ
kaizen_questionary/index.htm より入手),鹿児島大学教
書かせ受講生の理解度を推し量るといったような工夫
育センター,前掲,pp.21,24 を参照.
を取り入れることにより,間接的には授業の自己評価
(葛生政則)
を行うこともでき,また,本当の意味でのリアルタイ
ムでの授業への反映が可能になるので,学期始めまた
2.授業評価アンケート調査の実施方法
は中間のアンケート調査は必須ではないと考えられる
(1)実施時期
かもしれない.要は,
「授業改善」,
「教育の質の向上」
今回資料が入手できた大学では,最後の授業,最後
といった本来の目的を達成するためにどのような方法
の 1 ~ 2 週,最後の数週間と大学により多少の違いは
を用いるのかが重要であり,学生全体の傾向を大きな
あるが,学期末に実施している大学がほとんどであ
視点から把握してカリキュラム改訂等に活かそうとす
る.中には,筑波大学(共通教育)のように,学期の
るような場合にはアンケート調査は有益であり,費用
中頃から後半にかけての長い時期にわたって実施して
対効果などを考慮してうまく手段を使い分けることが
いる大学もある.さらに,学期に 2 回実施している大
より重要となるだろう.
学もある.たとえば,茨城大学(工学部),愛媛大学
(共
通教育,理学部)および鹿児島大学(共通教育)では
(2)記名・無記名の別
中間評価がある,山口大学(共通教育,専門教育)で
ほとんどの大学が無記名式である.
はプレ評価がある(授業開始数週間後に実施している
ただし,大学によっては,学年,所属や専攻等の回
ようである),などがそれである.
答欄を設けているところも若干ではあるが存在する.
学期末に実施する授業評価はすっかり定着した感が
また,今回資料が入手できたうちでは京都大学(工学
あるが,注目したいのは,学期初めまたは中間と学期
部)と北海道大学だけであったが(北海道大学の場合
末の,学期ごとに 2 回実施している形式である.そも
は,平成 16 年度後期に一部についてのみ)
,記名式に
そも,このようなアンケート調査を実施する目的は,
よるアンケートを行っている大学もある.京都大学
各大学もアンケート用紙の冒頭部分などで明記してい
(工学部)の場合は,他の授業等との相関を分析する
るように「授業改善」
,「教育の質の向上」であり,学
といったことを記名式にする理由としてあげており,
期末に実施する調査にも確かに意義はあるが,それで
確かに目的によっては一概に無記名式の方がよいとは
は少なくとも現時点での受講生に対するフィードバッ
言えないであろう.
クが不可能である.その意味で,学期の初めまたは中
間にも実施する形式には大きな意義がある.
記名式,無記名式それぞれに一長一短があると思わ
れるので,アンケート調査を行う本来の目的といずれ
本学全学教育のように学生数も多く,授業数も多い
かの方式にした場合の問題をうまくバランスさせなが
大学では,学期に 1 度実施するだけでも大変な作業で
ら,記名式にするのか無記名式にするのか慎重に判断
ある.アンケートを実施する際に共通項目に毎回追加
すべきところである.
項目を設定するような形をとっているところでは,実
─ 45 ─
(3)紙媒体・Web
ろと,程度の差こそあれ一部の授業で実施していると
ほとんどの大学が紙媒体のみを使用している.
ころがほぼ半々である.また,各大学内でも,たとえ
逆に,Web のみを利用している大学は今回資料が入
ば全学教育科目についてはすべての授業で実施するが
手できたうちでは存在しなかった.また,紙媒体と
専門科目については学部等による,といった具合に異
Web を併用している大学も若干あった.筑波大学,信
なっている場合もある.
州大学,大阪大学がそうで,たとえば筑波大学では,
一部の授業で実施しているところを見てみると,1
共通教育については Web を利用しているが,専門教
人の教員が 1 年間に 1 つだけのところ(北海道大学,
育については学群・学類により異なっている.対象人
東京農工大学,宮崎大学(教育文化学部)など),受
数等さまざまな要因によるようである.
講者数により実施の有無を決めているところ(お茶の
流れとしては,大阪大学のように,将来的にはすべ
水大学など)
,年度・学期ごとに対象分野をローテー
て Web による実施を指向しているところもあるが,逆
ションさせているところ(大分大学(教養教育)
),教
に,東京農工大学や鹿児島大学のように,最近まで
員を五十音順にグループ分けしローテーションさせて
Web で実施していたものを紙媒体に変更した大学もあ
いるところ,などその実施形態はさまざまである.
る.後者の理由として大きなものは回収率である.た
実施対象科目については,やはりアンケート調査を
とえば東京農工大学の場合,Web で行っていた平成
行う本来の目的との兼ね合いで費用対効果なども考慮
13 年度後期~ 15 年度の回収率が 10%程度だったもの
しながら,慎重に検討する必要があるだろう.
が,紙媒体に変更した平成 16 年度前期には 78%と大
次に配付・回収方法だが,入手できた資料からは不
幅に向上した.実際,大阪大学の場合も,利用可能な
明の大学も多く,全体の傾向は一概に述べられない
端末数といった物理的な条件も含め,Web で実施した
が,判明した分について言えば,配付・回収とも教員
場合の回収率の著しい低下を危惧しているようであ
が行う大学よりも,配付は教員が行うが回収は学生や
る.
TA が行う大学の方が多い(愛媛大学(医学部)のよ
記名式,無記名式のいずれにするかという問題と同
うに,配付も事務職員が行っているところもある)
.
様,紙媒体,Web それぞれに一長一短があると思われ
また,実施対象科目の場合と同様に,各大学内でも,
るので,やはり慎重に判断すべきところである.
たとえば全学教育科目と専門科目で方法が異なってい
る場合もある.
(4)日本語・英語等
さらに,配付・回収とも教員が行う大学でも,回収
ほとんどの大学が日本語版のみで実施しており,今
後学生の面前で所定の封筒に入れシールで厳封すると
回資料が入手できたうちでは,横浜国立大学で日本語
いった,学生への配慮を行っている大学(お茶の水大
版と英語版が,山口大学で日本語版の他に英語版と中
学,長崎大学など)や,実施を学生に移行しようと検
国語版が,それぞれ用意されていたていどである.
討している大学(琉球大学)もある.また,配付・回
これは,本学の場合もそうだが,アジア諸国からの
収方法とは別に,学生がアンケート記入中は教員は室
留学生,それも中国や韓国といった漢字圏からの留学
外へ退去する等の指示を徹底させている大学も多い.
生が大勢を占めるのが実情で,あえて日本語版以外を
こういった傾向を見てみると,教員の関与(の可能性)
用意する必要性がないということであろう.いずれに
をできるだけ減らし,学生の率直な意見を入手しよう
せよ,その大学ごとの実情に応じて対処すればよい点
と指向している大学が多いようである.学生主体で実
である.
施することにより,自主性や自覚・責任感といったも
のが育まれるといった副次的な効果を期待している大
(5)実施対象科目,配付・回収方法等
学もあるようである.
まず実施対象科目だが,今回資料が入手できた大学
については,(ほぼ)全ての授業で実施しているとこ
─ 46 ─
(北原良夫)
3.授業評価アンケート調査の項目について
以上のことから,本学として次の点を検討する価値
各大学が全学教育(教養教育,共通教育)科目に関
があると考えられる.
して,調査している項目を「授業評価アンケート記入
(1)設問項目の見直し.
用紙」から抜き出し,後掲の「アンケート調査項目一
(2)設問項目のグループ化による設問数の低減の可能
覧」として表にまとめた.まとめるに当たってのゆる
い基準と付記事項は表中の説明を参照願いたい.
性(改善点の指摘方式など).
(3)評価段階を 5 から 4 への変更の可能性.
(1)構成はどの大学も本学と同様に,項目区分「Ⅰ. (4)自由記述欄でのより具体的な記述を求める工夫.
自己評価」,
「Ⅱ.授業評価」
,
「Ⅲ.全体評価」
,
「Ⅶ.
(縄田朋樹)
自由記述欄」を基本に行っている.また設問の文章
は当然のことながら多岐にわたるが,その内容(項
4 授業評価アンケート調査結果の活用について
目)は本学と類似のものを採用している大学が多い. (1)担当教員レベルの結果の活用
実施された授業評価アンケート結果の担当授業に関
(2)設問数(項目数)は,29 大学中 5 大学が 20 項目
以上で,本学は 25 項目と項目数の多い大学に入る.
する個別データは,調査対象のすべての大学において
設問数が比較的少ない大学の中には,
『声の大きさ,
各教員にフィードバックされている.それを授業改善
板書の仕方,視聴覚機器の活用など』のように項目
に向けてどのように教員レベルで活用されるかについ
をグループ化し,改善を望む項目を指摘させる形式
ては様々な取り組みがなされている.本来,教員は自
をとっている.設問の内容によっては,効率的で設
ら行った授業実践について教育内容,方法,効果等に
問数を低減させる一方法だと考えられる.本学で
関する情報を「授業評価」によって獲得し得たのであ
は,これに類する設問(区分Ⅱの 1 ~ 4)では,個々
り,それをどのように活用するかは担当教員の授業に
に程度を問う形式になっている.
対する意欲,熱意,教育意識の問題であることは間違
本学の項目区分「Ⅴ.科目選択の理由」と「Ⅵ.
いない.しかし,各大学は,こうして獲得した学生か
欠席の理由」を尋ねているのは 5 大学と少数である.
らの情報の活用を教員の自主性に任せたままにするの
これらの項目は,教員側にとって学生の授業へ臨む
ではなく,有効に教員側が活用するよう「誘導」する
姿勢を知り,学生をフォローする上で重要な情報源
システムを作ることに工夫を凝らしている.
となると考えられる.しかし本学の設問方法は重複
調査対象の約半数の大学において,「学生による授
の感があり,理由の上位 3 つ程度を選ばせれば十分
業評価」結果を受けて,教員側の「授業改善計画」
「教
かも知れない.
員による授業改善アンケート」など教員対象アンケー
(3)設問は,学部や学科によらず,統一設問としてい
トを義務付け,学生からの授業についての情報を教員
る大学が大多数である.一方,学部毎に固有の追加
が意識的に活用するよう促進している.東北大学全学
設問の枠を設けている大学や担当教員による数問程
教育の場合もこうした仕組みを設けており,授業担当
度の追加枠を設けている大学もみられる.自由記述
教員は学生による授業評価結果の全体・個別データ,
欄は 2 大学を除いてどの大学でも設けているが,
「良
自由記述を受けて,それに対する教員側の意見や授業
かった点」と「改善を望む点」に分けるなど,書い
改善策を科目委員会に提出することを各授業担当教員
てほしい点が明確になるような工夫をしている大学
に義務づけている.委員会はこれらを取りまとめて,
が多い.
報告書の中で教員からの代表的な見解等として公開し
(4)評価段階は,約 6 割の大学で実質 5 段階評価を,
ている.
約 3 割の大学で 4 段階評価を採用している.4 段階
横浜国立大学のように,そのような「授業改善計画
評価は 5 段階評価のうち「どちらともいえない,普
書」を報告書において教員氏名明記で公開している例
通」を除いて,評価の明確化を図っていると思われ
もあり,さらには,熊本大学のように「学生による授
る.
業評価結果に対するコメント」
「成績評価に対するコ
─ 47 ─
メント」
「次年度以降の授業改善策」の 3 項目を,
「授
取り組みがなされている.つまり,成績評価の平均値
業実施報告書」として提出を義務づける取り組みも見
が授業評価結果の平均値を 0.5 ポイント以上超える場
られる.
合には授業担当者の意見が求められることなってお
愛媛大学や鹿児島大学のように中間授業評価アン
り,
「甘い」成績評価を牽制する仕組みとなっている
ケートという興味深い取り組みを実施している場合に
なお他方では,京都大学工学部のように,記名式
は,それが教員側の自己点検,次回の授業への即効的
アンケートを採用して,各学生の授業評価記述と成績
なフィードバックを目的としているが故に,中間アン
評価との関係を長期的に探ろうとする試みも始まって
ケートの活用は授業担当教員の判断に任せられている
いる.ここにおいては,
「教育サービスの消費者とし
と思われる.なお,こうした中間アンケートが,15
ての学生が,商品である授業を評価する」というニュ
回の授業進行を終えた段階で,どのような効果を持っ
アンスが含まれる「授業評価」という名称を避け,さ
たかを検証する作業が不可欠と思われるが,これに関
らに教育活動評価の手段となることを回避しようとす
する情報は今のところない.
る意識のもとに,学生アンケート調査を位置づけるこ
とが明言されている.
(2)大学全体,委員会等レベルの活用とアンケー
調査結果の公開の形態に関しては,ほとんどの大学
ト結果の公開
が報告書を作成して授業評価結果を全体,科目レベル
大学全体あるいは委員会レベルでの「学生による授
の集計結果と自由記述の内容を中心に公表している.
業評価」活用では,アンケート結果で高評価を得た教
山形大学では,授業評価結果について教員の同意を得
員に対する褒賞的な取り組みがいくつかの大学でなさ
て氏名明記で公表する方針を立てており,約 7 割の教
れている.教員の教育活動評価として「学生による授業
員が氏名公表をしている.また,ウェブ上で公表して
評価」の結果を採用する試みである.教員研修会(FD)
いる大学もいくつかある.大阪大学ではウェブ上で集
等において,学生から高い評価を得た教員が,模擬授
計結果や学生の自由記述が公表され,各教員は自由記
業の実践や講師役として自らの授業体験とその工夫な
述等にウェブ上で書き込みを行って応答できる仕組み
どを語る取り組みもなされている.授業評価において
となっている.
(関内 隆)
高い評価を得た教員の氏名を公表することによって,
教員全体が授業の内容,方法等の改善を図るよう促す
5.教員への授業アンケート等の実施と授業評
取り組みもいくつかの大学でなされている.これら
価アンケートをめぐる改善論議
は,教員の研究中心主義的風潮に対して,教育活動の
本節では,各大学の授業評価調査表のうち「5,教
重要性を意識させ,教育意識の向上を目指す大学全体
員への授業評価アンケート等」と「6,授業アンケー
の取り組みの中で,良き教育実践例の一指標として「学
トの改善論議」の項目について検討を行う.
生による授業評価」結果が使われていると言えよう.
「5,教員への授業評価アンケート等」の項目には,
北海道大学では,クラスサイズで分類した 6 グルー
学生による授業評価を受けて教員が提出するアンケー
プについて各グループ上位 10 名の教員の氏名を公表
ト,学生による授業評価の結果をふまえた形式をとら
するとともに,上位 3 名は授業実践で取り組んだ工夫
ないで教員に対して実施する授業自己評価アンケート
等を報告書において公開する仕組みをとっている.岩
の内容が記入されている.本節では両アンケートを区
手大学のように,
「君たちの声を授業に反映させま
別するため,前者を「教員アンケート」
,後者を「自
せんか」というタイトルの授業評価改善アンケート結
己評価アンケート」とよぶことにする.前者について
果に基づいて選定された「優秀授業科目」担当者の表
は,
「4 - 1,担当教員レベル」の項目にも同様に記入
彰も見られる.
されているので本節では簡単に扱う.後者については
また,茨城大学では,授業評価結果をその授業を履
修した学生の成績評価結果と照らし合わせる興味深い
少し説明が必要であろう.東京農工大学,名古屋大学,
神戸大学,愛媛大学,福岡教育大学,宮崎大学では学
─ 48 ─
生による授業評価の結果をふまえた形式をとらないで
けるために授業評価を実施しなければならなくなって
教員に自己評価をさせている.これは,学生による授
おり,そのため多くはアンケート結果をどう生かすか
業評価と同時期に実施されており,学生の評価をふま
という話し合いに進みつつある.次に実施方法につい
えて行われている教員の自己評価とは異なる意味づけ
ては,個人情報の保護,よりよい実施体制作り,予算
がそのアンケートではなされている.例えば,神戸大
の確保,学生参加の授業改善法が大きな議論の争点に
学ではこうしたアンケートを実施することによって,
なっている.学期末ではなく中間にアンケートをおこ
年度ごとの変化とともに学生の評価との比較が可能に
なってその結果を授業に生かす方法も検討・実施され
なるとしている.
「5,教員への授業評価アンケート等」
ている.アンケートを単に外部評価を受けるための資
については,この後者の「自己評価アンケート」を中
料としてだけではなく,授業改善の具体的な動きにつ
心に検討する.
なげようという方向の一つとしてみることができよ
「6,授業アンケートの改善論議」は,学生による授
う.最後にアンケート項目の改良については,非常に
業評価の改善について理念,実施方法,アンケート項
様々な議論が行われている.全体的に共通する点とし
目の改良等,どのような議論が行われているかをまと
ては,いかに授業評価に結びつく必要な情報を的確・
めた項目である.これは,アンケートを実施し,報告
簡潔な内容で問えるよう項目を作成するかということ
書をまとめた上で,今後どのように授業評価アンケー
である.そのため,大学によっては差異がよりはっき
トを進めていくかという点からの議論である.
りと出るように 5 段階で「どちらともいえない」とす
る「3」の選択肢をなくすために 4 段階式にしたり,
(1)全体的傾向
それぞれの授業担当教員が質問項目を設定したりでき
「5,教員への授業評価アンケート等」についての全
るような工夫が議論されている.
体的傾向としては,次の点をあげることができる.調
査した全 29 大学のうち「教員アンケート」を実施し
(2)本学の全学教育と比較した特徴的な取り組み
ているところは 12 で全体の約 41% である.比較的多
「5,教員への授業評価アンケート等」における特徴
くの大学で実施されている授業改善方法といえるだろ
的な取り組みとして,
「自己評価アンケート」があげ
う.
「自己評価アンケート」を実施している大学は 6
られる.「教員アンケート」は本学でも実施している
大学で 21%になる.後者のアンケートを実施する理
が,「自己評価アンケート」は行っていない.
由は大学によって多少異なるが,概ね先にあげた神戸
「6,授業アンケートの改善論議」については,「
(1)
大学のような理由や FD への活用が共通する点のよう
全体的傾向」で取り上げたものも含め次の 8 点が特徴
である.全学教育全体への取り組みとして,具体的に
的な取り組みとしてあげられる.
こうした授業評価アンケートの成果をふまえて授業改
まず実施方法についてであるが,①学期中間におけ
善まで実施できている大学はあまり多くはない.アン
るアンケートの実施と② Web の利用がある.①学期
ケートを実施し,それをまとめるのに精一杯で,授業
中間におけるアンケートについては,学期途中で実施
改善について議論はなされているが,実態としては
すれば学生の意見が次の授業から生かせるというもの
個々の教員に任されているのが現状のようである.
である.学期末では授業が終了した時点でのアンケー
したがって,それは
「6,授業アンケートの改善論議」
トとなるため,回答した当の学生たちが評価に基づく
の内容でも同様で,十分な改善論議までいたっていな
改善を享受できないからである.② Web の利用につ
い点もみられる.しかし,ある程度全体的に共通する
いては,Web によるアンケートの実施と結果の公開が
改善論議としては次の点をあげることができよう.ま
含まれる.Web でアンケートが実施できれば,紙媒体
ず理念についてであるが,アンケートそのものを実施
で行うよりも早く処理が可能になる.しかし,その反
するか否かという段階の議論はほとんどの大学で既に
面回収率が低くなるという問題点もある.結果の公開
終わっているようである.大学は経営の外部評価を受
については,Web 上で教員が学生の回答に答えること
─ 49 ─
によって相互の意思疎通を図りながら授業改善を行う
でカリキュラムに関する設問項目を載せている大学は
という方法も個々のレベルでは行われているようであ
あるが,カリキュラムに関するアンケートを授業評価
る.
アンケートとは別に単独で実施している大学は,本学
次にアンケート項目については,③記名式による実
も含め調査した中では香川大学だけの取り組みであっ
施,④キーワード記入項目の設定,⑤項目のカスタマ
た.⑦は教員氏名公表の方法についてである.調査し
イズ(個別化)がある.③記名式による実施では,回
た全 29 大学では,学生による授業評価の結果を授業
答に対する責任を持たせることはもちろん,アンケー
担当教員名付きで公表する大学,「授業改善計画書」
トの回答内容と成績の相関関係,ある学生の回答が授
等の「教員アンケート」を教員名付きで公表する大学,
業科目間でどのように異なっているか,ある学生の回
個人名はあげていないが科目番号等により最終的には
答が 1 年生から 4 年生までの間にどのように変化する
個人名も明らかになる大学があった.⑧教員と学生の
か等をみることができる.成績に影響することをおそ
交流会は一橋大学や琉球大学などいくつかの大学で実
れて率直に書けなくなるという懸念もあり,この点は
施されている.授業評価に関する学生の座談会を実施
書いた内容が授業担当教員に個人が特定されないよう
し,そのコメント・意見をまとめたり,報告書に学生
な形でフィードバックされるようにする必要がある.
の論考を載せたりしているものである.
④キーワード記入項目を設定している大学では,学生
に振り返りを促すこと,アンケート内部でも満足度と
(3)全学教育改善に向けての提案
達成度の関係を見られるようにすること,アンケート
改善に向けての提案としては,
「(2)本学の全学教
のやりっ放しを防ぎ,結果の分析・評価の仕事に教員
育と比較した特徴的な取り組み」で検討した内容を必
を巻き込むことをねらいとしてあげている.これは,
要に応じて導入していくことがあげられる.よりよい
教員が授業において重要と考えていた内容が学生にき
授業構築のために,担当部局が授業評価アンケート結
ちんと伝わっているかを確認する上でもよい方法と考
果をカリキュラム改善や FD 実施の資料となるように
えられる.⑤項目のカスタマイズ(個別化)は,個々
するとともに,アンケート項目のカスタマイズ(個別
の教員が必要に応じて設問項目を設定できるようにす
化)等により,個々人の教員が必要とする情報を取得
るものである.⑤の導入は全学教育共通・分野別・教
し授業を振り返ることができるようにすることも必要
員個々人設定の質問項目等,それぞれのレベルで必要
であると考える.
(板橋孝幸)
な内容を検討し,個々の項目に組み入れられる工夫を
可能にしている.逆に,全学教育共通設問で授業内容
おわりに
にそぐわない不要な設問を教員の指示により回答しな
くて済むような工夫も大学によってなされている.
以上のような主要国立大学の取り組み状況の検討結
果を踏まえ,
「学生による授業評価」をめぐる論点の
その他,⑥「カリキュラム・授業等についての全般
的な評価」アンケートの実施,⑦教員氏名の公表,
整理を行い,東北大学における授業評価の今後のあり
方について展望を提示することで結びにかえたい.
⑧教員と学生の交流会があげられる.⑥「カリキュラ
各大学が掲げる授業評価の目的はかなり抽象的であ
ム・授業等についての全般的な評価」アンケートは,
る.しかし,目的と連動している活用の仕方,アン
香川大学で実施しているアンケートである.このアン
ケート調査フォーマットの設問形式などを踏まえる
ケートは「あなたは教養教育の意義・目的について
と,そこには明確に区別されるべき 2 つの目的が見て
知っていますか」
「全学共通(教養教育)の量的な割合
取れる.各大学は明示的か否かにかかわらず,どちら
をどのように思いますか」
「現行の授業時間について満
かに比重をおいて,あるいは 2 つの目的を同時に達成
足していますか」等といった項目で,「香川大学にお
しようとしている.
ける教育の改善をするための資料を得る」目的で行わ
まず第 1 に,カリキュラムを構成する個々の授業科
れているものである.学生による授業評価アンケート
目の内容,方法の改善がその目的に掲げられている.
─ 50 ─
だが,何を持って授業が改善されたと言えるかはそう
機関としての大学の任務を再確認するいわば装置とし
簡単ではない.現状では,無記名式のアンケート調査
て,そうした活用はある意味で必要であろう.但し,
の性格上,その指標が学生の満足度になっている傾向
本学全学教育の場合,総長教育賞や全学教育貢献賞の
にあるが,教育の効果として学力向上等を重視する傾
候補者選出に際しては,
「学生による授業評価」結果
向も見え始めている.授業評価という名称を敢えて避
に加えて,いわゆるピア・レヴュー的な「授業参観」
,
けて「授業アンケート」なる名称とした京都大学工学
長期的な教育実績等の多元的な視点に基づく教育活動
部がその例であり,記名式アンケートで授業内容に即
褒賞システムをとっている.
してキーワードを書かせる項目も設けている.授業の
一般に,教員の教育活動評価に際して,「学生によ
改善とはそもそも何かについて再吟味を行い,
「学生
る授業評価」をひとつの指標として捉えるのはまだし
による授業評価」アンケートの具体的な目標を何処に
も,短期的な教育評価という弱点を抱える授業評価の
設定するかを再検討しつつある段階にあるというのが
みに頼ることは慎重でなければなるまい.学力向上を
各大学の現状である.
目指す授業で,学生からの満足度がその時は得られな
授業評価の目的を学生の満足度とともに学習達成度
いが,後に振り返って当の学生が大変有益な授業で
向上という観点に立つと,その実施時期を学期末とする
あったと思い起こす授業は大学には数多く存在する.
より,授業進行途上に行う中間評価アンケート等による
数年後になって,受講した授業の本来の意義を学生が
「形成的評価」が重要となろう.形成的評価は教員の
ようやく確認できる事例は少なからずある.教員の教
教育的な成果を自ら確認することを目標とし,授業改
育活動評価に際しては,そうした授業を実践する教員
善の成果を即座に履修学生に還元できる手段である 1).
を正当に評価できるシステムを,「授業評価」とは別
本学でもすでに多くの教員が実践している「コメント
に用意しておく必要があろう.
ペーパー」
「質問ペーパー」などを,授業改善手段とし
他方,授業の改善は,学生との共同作業でもある.
て制度的に促進する方策を採ることが,大きな教育的
学生による授業評価の記入内容の信頼性を高めるため
効果をもたらすであろうことは想像に難くない.
に,教員に学生を特定できないような措置をとりなが
だがいずれにしても,
「学生による授業評価」を個々
ら記名式アンケートを採用して学生の責任意識に訴え
の教員が授業を改善していく際の一つの有力な情報獲
ている例も見られ,また,教員退出後に学生代表が回
得手段として捉えると,教員側が改善レポートや自己
収して事務室に提出するという実施方法も一般化して
評価レポートを提出するシステムの継続性が大きな意
いることにも留意しておきたい.
義を持つ.授業評価結果の活用を教員の自主性に任せ
たままにせず,授業改善の意識形成によって補充する
ことが不可欠であり,授業実践報告書として成績評価
注
1)評価は「形成的評価(formative evaluation)
」と「総括
結果の報告も含めた各教員の自己点検作業を制度化す
的評価(summative evaluation)
」に一般に分けられ,
ることが,本学の取り組むべき目標と言える.
前者が評価結果を評価対象の改善に用いる方法であ
「学生による授業評価」実施の事実上の第 2 の目的
るのに対して,後者は被評価者の活動成果を,ある
としてあげられるのが,調査結果の教員評価への活用
時点で測定し評定するものである.京都大学高等教
である.これは教員の教育活動評価の指標として「授
育 研 究 開 発 推 進 セ ン タ ー 編『大 学 教 育 学』 培 風 館
業評価」結果にかなりの信頼を寄せる帰結としてとら
(2003)60 - 61 頁.なお,授業評価をめぐる問題点に
れる手段であるが,教員全体の教育意識を高め,教育
─ 51 ─
ついては同書が参考になる.
(関内 隆)
─ 52 ─
─ 53 ─
授業評価に関する調査表例
大学名
鹿児島大学「共通教育」
1,アンケート調査の名
称と目的
名称:学期中間,「中間授業アンケート」.学期末,
「学期末授業評価アンケート」.
目的:1. 学期中間の「中間授業アンケート」は,「その後の授業改善に役立て」るもの.
2. 学期末の「学期末授業評価アンケート」は授業の改善のために実施.
2,実施方法
2-1,実施時期
平成 16 年度から学期中間の簡単な「中間授業アンケート」と,学期末の「学期末授業評
価アンケート」を実施.
2-2,記名・無記名式
無記名
2-3,紙媒体・Web
平成 16 年度後期から紙媒体.平成 16 年度前期までは,学期末の Web による履修登録時に
「学生による授業評価」も Web で実施した.
2-4,日本語・英語等
日本語
2-5, 実 施 対 象 科 目, 配
布・回収方法等
学期中間の「中間授業アンケート」は授業担当教員が配布,回収する.学期末の「学期末
授業評価アンケート」も授業担当教員が配布,回収する.ここでは,共通教育科目(教養,
情報科学,外国語,体育・健康,日本語)と基礎教育科目(両者を併せて「共通教育科目
等」と呼ばれる)についてのアンケートについて述べている.平成 16 年度後期には,開
講 441 科目中 257 科目で「学期末授業評価アンケート」を実施(実施率 58%)
.延べ履修
登録者数 26,526 名,延べ回答学生数 10,869 名(回答率 41%).
3,項目
3-1,構成と内容
学期中間の「中間授業アンケート」の設問は数問である.学期末の「学期末授業評価アン
ケート」の質問内容は基本的には東北大学の全学教育授業評価とほぼ同様であるが,質問
項目は少ない.質問項目は 12 項目(自由記述欄を除く).
3-2,統一的設問と科目別
設問
共通教育科目(教養,情報科学,外国語,体育・健康,日本語)と基礎教育科目について
の設問は統一されている.
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
「中間授業アンケート」は授業担当教員が自分で分析し,授業改善のために努力する.
「学期末授業評価アンケート」の教員毎の集計結果は授業担当者に配布する.それを基に
各教員が授業改善のために努力する.また,
「学期末授業評価アンケート」を踏まえて,
授業評価アンケートの必要性や設問内容の適否に関する質問も含め,授業についての教員
の自己評価(
「教員によるア授業評価ンケート」)を行っている.
4-2,大学全体・委員会等
レベル
4-3,結果の公開
『鹿児島大学教育センター年報』で「学期末授業評価アンケート」に関して,科目分野別,
科目別授業評価平均の集計結果を公表している.
5,教員への授業自己評 「学期末授業評価アンケート」を踏まえて,授業評価アンケートの必要性や設問内容の適
価アンケート等
否に関する質問も含め,授業についての教員の自己評価(
「教員によるア授業評価ンケー
ト」)を行っている.
6,授業評価アンケート
の改善論議
教育センターがアンケートの改善を行う.アンケートの回収方法について,学生に回収さ
せるなどの方法を検討する余地があると考えている.後期の科目で授業評価アンケートの
実施率が 6 割程度にとどまっている原因として,授業担当教員の協力が得られていないこ
とが考えられるので,今後授業評価のあり方などについて改善をはかる.
7,備考
・学期中間の「中間授業アンケート」を実施している.
・
「学期末授業評価アンケート」を踏まえて,授業についての教員の自己評価(「教員によ
るア授業評価ンケート」)を行っている.
〔鹿児島大学教育センター『鹿児島大学教育センター年報』第 2 号(2005 年),pp.20–23,同「中間授業アンケート」用紙,
同「学期末授業評価アンケート」用紙,同「教員による授業評価アンケート」用紙(平成 16 年度後期用)より作成。尚,
共通教育科目(教養,情報科学,外国語,体育・健康,日本語・日本事情)と基礎教育科目を併せて「共通教育科目等」
と呼ぶ(鹿児島大学教育センター『共通教育履修案内』平成 16 年度入学生用,2004 年,p.1 参照)
〕
─ 54 ─
論 文
東北大学全学教育における文科系向け
「自然科学総合実験」開講についての一考察
陳 輝 1)*,岩 崎 信 2),小 山 田 誠 1)
1)
東北大学大学院教育情報学教育部,
2)
東北大学大学院教育情報学研究部・教育部
はじめに
り,吟味された文化といえる.実験は,理学,工学な
東北大学では,平成 16 年度から,全学教育の実験
ど広い意味での理系分野を専門とする者だけに意義深
科目として「自然科学総合実験」を開講している .
いものではない」としている.その上で,学習指導要
全理科系学部の学生が必修で約 1800 名が受講してい
領の改訂問題,高等学校における理科実験の実態調査
る.従来のような物理学,化学,生物学,地学に分け
を実施し,その問題点と文科系開講の意義を指摘して
た方式ではなく,同じ現象を違った側面から実験し,
いる.一方,須藤ら(須藤他,2004)4)は,2004 年の
複雑な自然の現象を論理的に整理し,記述することを
時点では「(文科系学部への開講という東北大学の方
学べるように設計したのである.開講実施以来,他大
針は)現代社会は科学の進歩に支えられているという
学,マスコミ等各方面から大きな反響があったと聞い
教養教育に立ち返るように思える.その場合は,講義
ている.「融合型理科実験が育む自然理解と論理的思
でなく実験である必要性の議論が必要となる」と一つ
考」をテーマとしてのプロジェクトも文部省 17 年度
の見解を示し,学内では,構想段階でいろいろの議論
の特色ある大学教育支援プログラム(以下特色 GP)
があったことを推測させている.
1)
に採択された 2).プロジェクトは現在の自然科学総合
こうした経過を踏まえながら自然科学総合実験を文
実験の改善,文科系向け開講,融合型理科実験の教育
科系の学生に開講することが特色 GP の計画の中に柱
評価三つの柱から成り立っている.
として据えられ採択されたのである.平成 17 年度 10
新聞やテレビでも自然科学に関する記事が毎日のよ
月に文科系開講の具体化へ向けてのワーキンググルー
うに報道されている.このような社会的背景を考慮す
プ(以下 WG)が設置され,テーマや実施方法につい
ると,文科系向け開講は,法律や契約に基づく論理的
ての検討が開始されている.ちなみに,著者の一人,
展開に対して,実験事実に基づく論理的思考を体験す
岩崎は WG の一員として参加した.
ることは,
「広い視野と高い専門性を有する」学生を育
岩崎は長年,工学部において放射線や加速器を用い
てるのに必要不可欠であると判断されたためである .
る学生実験に携わって,その設計と成果の分析を幾つ
文科系向け開講の課題について,東北大学高等教育
か報告してきている(岩崎,2002)5).また,全学教
開発推進センターの斎藤ら(斎藤・縄田,2005)3)は,
育の物理実験授業にも携わった経験がある.加えて,
2)
“全学教育における文系学生向け自然科学実験のニー
著者らは,目下,高大連携物理実験授業の開発を行っ
ズ”と題して論考している.その冒頭で,
「自然科学
ており(小山田他,2005)6),そうした意味から,大
の学習における実験の重要性については,いまさら言
学の実験授業開発には高い関心を持っている.本稿で
うに及ばない.実験は自然科学として体系化されてき
は,自然科学総合実験を文科系の学生に開講するにつ
た人類の知的活動を支え,根拠を与える有力な術であ
いて,改めて,独自の多角的な視点から考察する.そ
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 27-1 東北大学大学院教育情報学教育部
─ 55 ─
のために,文科系学生に対する自然科学教育に関する
びにそれらと他の社会活動との相関を体得させるこ
過去の考察等も紹介しつつ上記の問題に迫ってみた
と,そして(3)自由な考え方と,それによる創造性
い.その結果として,東北大学としては,自然科学の
の開発」の 3 点を挙げている.
講義授業に加えて,実験をより積極的に文科系学生教
育の中に取り入れるべきことを主張する.
杉本(1984)8) は,「文科系学生に対する自然科学
教育」と題して論考している.彼は,以前に学習指導
要領の変遷を調べ,高等学校理科教育の現状を報告し
1.これまでの議論と追加的考察
ている.彼の分析では,
「現行の大学入試制度の影響
小中高,更に大学の自然科学教育,或は理科教育は
によって,「科学的態度および自然観の育成」という
ずっと以前から議論が絶えない課題である.しかし,
本来の理科教育の目標に沿ったカリキュラム編成が十
その中で,文科系学生への自然科学教育或は理科教育
分になされておらず,受験のための効率が主眼となっ
の議論はそれほど多くはない.さらに実験授業に関す
ている」.
「こうした状況下を経て大学に進学してきた
る考察は少ない.今回,ざっと過去の議論を振り返っ
学生は,自ずから,自主的に問題を発見し,主体的に
て論点を整理し,その代表的なものを紹介しつつ,考
その解決に取り組む能力が阻害されているといえる.
察してみたい.それらの論点は,以下の通りである.
特に文科系学生にとっては,一般教育科目,自然科学
(1)文科系学生への理科(自然科学)教育の意義・意
分野の履修は,専門領域とのつながりも薄く,学習意
味,
欲が低いというのが現実である」
.専門領域との関係
(2)科学教育の中での実験授業の役割,観察・実験の
は次の節で述べる.
意義,
杉本は担当している授業の受講者のアンケート調査
(3)文科系学生への実験授業の意義,
結果を示している.高校理科の授業について聞いてみ
である.本論考の焦点はもちろん,
(3)にあるが,
ると,おもしろかった内容としては,物理と化学の第
多少迂回して(1),
(2)の議論を紹介しておきたい.
一は実験,生物では遺伝,実験,生体,細胞,観察な
これらは相互に関連しており,過去の考察も,そうし
どの順で,地学をあげたものは無かった.理科全般と
たことが入り混じっている.
しても,実験と観察が上位であった.嫌いだったもの
1.1 文科系学生への理科(自然科学)教育の意義・
は,物理が公式,計算,化学では化学計算,反応式,
意味
化学式,公式,元素記号など,生物は遺伝で,理科全
これまでの文科系学生(学部)への自然科学教育に
般としては,公式,計算,理論中心を挙げている.こ
関する考え方のいくつかを紹介する.
うしてみると,具体的な目に見える実験や観察が良く
大鹿他(1963)7) は,
「文科系学生のための自然科
て,抽象的な公式,計算,理論が苦手となっている.
学教育に対する批判と提案」と題して考え方を披瀝し
つまり,「高等学校理科教育において,この概念化・
ている.その中心は,「一般教育における自然科学系
抽象化が学生達の興味・関心を継続・発展させるか否
列科目のあり方については大学一般教育課程の根本原
かの分岐点であるといえる」としている.
理に基づくものであるが,実際面では幾多の問題をは
さらに,大学での自然科学教育(担当の化学系科目)
らんでいる」と警告している.
「抽象的にいえば,一
の授業改善の提案を調べてみると,内容は,わかりや
般教育の目標は専門課程の学習に入る前に,良き市民
すい授業,日常生活に役立つこと,身近なテーマ,興
としての教養を身につけるということであり,自然科
味を持って取り組めること,などとなっている.方法
学教育もこの枠外に出るものでない」
.そして,一般
については,実験をやってほしい,楽しい授業,おも
教育における自然科学の教育目標のとしては,「
(1)
しろい授業,化学式は使わないで,化学計算は使わな
人類の創造せる文化としての自然科学を把握せしめる
いで,となっていた.上記の二つのことから,
「特に
こと,(2)現代自然科学が達成した多くの成果とそれ
文科系学生のとっては(実験は)自然科学に対する最
に基づくテクノロジーの発展,それらの相互関係,並
も有効な動機づけの手段と考えられ,その意義は大き
─ 56 ─
い」としている.全体を振り返ると「理科学習におけ
段としている.これからは心理学やこうした分野には
る第一段階は「直接経験の重視」であり,次に代理経
脳科学で活躍している種々の機器が入っていくに違い
験が知識獲得に必要となってくる.その上ですべての
ない.これら現代計測機器は,しっかりとその原理を
知識の系統化・概念化する段階へと至るが,現実は,
理解していないと,何を測っているのかがわからなく
その段階でほとんどの学生がつまずいていることが問
なり,学問が成り立たなくなる.
題である」とまとめている.
確かに,文科系の分野でも,最先端の研究を目指そ
学生たちが実験や観察を好み,式や計算を忌避して
うとすれば,多くの場合,おのずからこうした傾向に
いるのは後で議論する.杉本は,人の概念認知の過程
は逆らえないであろう.その意味では,世界有数の研
をきれいに整理しているが,実際のプロセスはこのよ
究中心大学を目指す東北大学としては,文科系の人々
うな単純な積み上げではない.いみじくも,後段で述
への自然科学(理数科)教育は欠かせないことになる.
べている,“つまずき”が問題なのではなく,これこ
そ必要なプロセスなのである.すなわち,理解のため
2.科学教育の中での実験授業の役割,観察・実
験の意義の議論
には,行きつ戻りつの複雑な絡み合いのプロセスが重
要なのである.
2.1 高校における理科教育での実験の考え方,位置
づけ
1.2 文科系学問の変化の視点
自然科学系の知識は,実は文科系の学問を目指すた
めにも必要なのだという考えがある.
この主題については,指導要領の考え方をはじめ,
多くの見解がある.過去においては戦後,学習指導要
板倉(1992) は「すべての学問は理系化するのだ」
9)
領の数回にわたる改訂が行ってきた(昭 26,昭 31,
と指摘して,概略以下のことを述べている.
「これま
昭 35,昭 45,昭 53,平元,平 10)10).理科教育にお
で文系とされてきた学問がいつ理系の学問となるかで
ける具体的な内容は,それぞれの時代の社会的要請お
ある.心理学はすでに実験的な学問となっている.
よび生徒の実態に即したものであり,時代の流れとと
……近代経済学はすでに数学的な理論化を急いでい
もに変遷する.しかし,理科教育の主な目標の一つと
る.……経営学が数学的・実験的な学問となっている
しては,観察,実験などを通して,自然科学の知識,
ことは言うまでもない.政治学はどうか.……選挙の
探究能力・態度,自然観を養うことはいつまでも変わ
統計学の発達がある.世論調査の分析も,今日の政治
らないというのが典型的なとらえ方がある.
学者の大きな研究領域だろうが,その研究にも数量
ところで,高い競争率で入学してきた本学の学生の
的・実験的な分析を必要とする.……国語学などは
状況については,斎藤 3)は東北大学に卒業生を送り出
もっとも理系から遠いと思われている分野だが,……
している高等学校の中から 45 校を対象に理科実験の
ずっと前から「計量国語学」という雑誌も出ている.
実施状況についてのアンケート調査から,
「高校理科
……数量化の波は国語学にまで押し寄せているのであ
の教育現場では観察や実験を十分に重視した教育が展
る」
.
開されているとはいえない,……高校教育で期待通り
板倉の見解に付け加えると,科学的手法を取り入れ
ることによって急速に進歩した分野がある.いわゆる
の結果を生み出すのが難しそうであれば,文系向けの
理科実験を考えることは意義深い」としている.
文科系との境界的な分野は工学が入り込んできてい
八木(1998)11) は,
「一般に,文科系学生は高校時
る.たとえば,金融工学,人間工学,教育工学,認知
代理科が選択科目であり,大学自然科学教育に対する
工学,感性工学などである.心理学の分野では心理計
予備的素養が不統一で,また一般に自然科学に対して
量学があり,数理統計モデルを駆使する.計測手法を
ある種のコンプレックスを持っているということであ
通して理工学的な手法が入り込んでいる.たとえば東
る.さらに入学試験のための教育は,特に文科系進学
北大学の認知・言語 COE のグループは,医学分野で
者に対して,自然科学の描像を歪曲し,興味を喪失さ
用いられる物理の塊である機能 MRI を主要な計測手
せているとは予想以上であった.このコンプレックス
─ 57 ─
を拭い去り,学生に興味を喚起して,単に単位数の必
かず」で,その身体全体(五感)を使って参加するの
要性からだけではなく,真剣に自然科学的訓練を受け
で,概念獲得にはきわめて有効である.
る気にさせることが必要である」と指摘している.
2.3 人間は実験が好きだ
中学・高校時の受験対応が,皆が等しく享受すべき
小倉 13) はごく最近全国の公立の小・中学校,及び
自然科学の体系の勉強を,知識偏重に走らせ,コンプ
高等学校全日制普通科の小学校 5 年から高等学校 3 年
レックスまで抱かせている可能性は想像に難くない.
までの児童生徒を母集団とし,無作為抽出された標本
この点については,抽象化の認知問題として後で若干
集団(標本規模 2 万 1 千人)に対するアンケート調査
議論する.
を実施した.5 段階評定で回答する方式で,報告書で
2.2 体験学習による知識を獲得
は肯定的な回答(全くその通り)を 5,中間的な回答(ど
これまで,いわゆる「実験教育」或は「実験授業」
ちらでもない)を 3,否定的な回答(全く異なる)を
に関して,たとえば認知的な視点からはあまり議論さ
1 として数値化されている.我々が「理科の学習は好
れてこなかった.せいぜい,個別の概念獲得に関して
きだ」と「理科の実験や観察は好きだ」2 問の集計デー
ある実験がどうであるといったことが中心であった.
タを抽出してグラフ化してみたのが図 1 である.回答
本論では不完全ながらそこに踏み込んで議論する.
者母集団が同じことに注意する.全体的な傾向として
実際に手や身体を動かして何かを体得することが,
は理科,実験に対する好きさは高学年が低学年よりや
直感や洞察力,認識の世界においてかなり重要な位置
や減少する傾向にある,各学年における観察・実験に
を占めていることがだんだんわかってきている.岩崎
対する好きさは理科よりはるかに多いことが見られ
(2004) は,概念獲得の身体性について議論してい
る.ただし,観察・実験に対する好きさにせよ,理科
る.それによれば,人は知識を言語で獲得しているよ
に対する好きさにせよ,理科教育者にとっては,満足
うに思われがちだが,かならずしもそうではない.言
できるレベルとはいえないだろう.その原因は勿論多
語をほとんど持たない身近な動物を観察すれば概念を
様であり,本論では触れない.とにかく,このデータ
持っていることがすぐわかる.人は勿論言語を用いて
は理科教育における観察・実験は興味関心を喚起する
あるレベルの概念を獲得している
(本を読んでわかる)
には効果があり,一層の動機付けが期待できることを
が,身体を使って実践して初めて有意な知識となり,
示す一つの有力な証拠と考える.
12)
真に学習対象や概念の意味がしっかりと使い物になる
実は,小学生から大人まで,実験が好きなことは
レベルでわかる,としている.いわゆる会得や「身に
我々は経験的に知っており,上の調査と矛盾しない.
付く」とは「(俗に言う)体でわかる」ことである.
これには二つの理由がある.一つは,人が動物の一種
マルチメディア教材が有益なのは,「百聞は一見にし
であるということである.動物は動く物とあらわす,
かず」で,マルチモードの刺激を与える機能があるか
動物は「動くこと」が本質的である.すなわち,体や
らである.さらに実験は,「百“見”は一“験”にし
手足を動かしたり,移動することが本質的に合ってい
図 1「理科の学習が好きだ」と「理科の実験や観察は好きだ」の
2 問に対する学年毎の回答分布(文献 13 のデータより作成)
─ 58 ─
るのである.では何のために動くのか,それは予測す
わち言葉での説明や,特に抽象的な表現,
(数)式な
るためである.何故予測するのかといえば,
(種にとっ
どはわかりにくく,そうしたことを苦手とする人は決
て,個体にとって,より良く)生存するために他なら
して少なくない.これも人間の進化の過程をたどれば
ない.
当然のことである.現代につながる言葉を喋り始めた
理由の第二は,人は好奇心をもっているからであ
のはクロマニオン人という解釈が一般的であるが,そ
る.実はこれも,動物であることと本質的に同じであ
れは大体 5 万年前,文字はせいぜい 5 千年程の歴史し
る.動物の好奇心は,生存するための食欲や生殖欲な
か持っていないのである.これは枝分かれしたいわゆ
どの本能や情動のようなものから分化したと考えられ
るヒトの祖先の数百万年の歴史に比べるときわめて短
る.好奇心を持っているものは,動くもの(対象)を
い.したがって,人間は相変わらず「体(5 感)で理解」
好み,関心を寄せる.
することが最も得意なのである.概念把握や抽象的な
2.4 生活概念から科学概念への形成に
表現,
(数)式を苦手とする人は能力が無いのではな
学校などで系統的な科学教育を受けなくても,人間
く,その潜在能力はまったく同じなのだが,小さい時
は日常経験から自然現象に関する「自分なりの」理解
に何らかのきっかけでつまずいたまま,後までそれを
を作り上げている.こうして作られ,保持され,利用
引きずっている可能性が高い.
されている概念を,素朴概念と呼ぶ .素朴概念は科
2.5 科学的方法の習得
14)
学的な概念と対比して「誤った概念」として扱われる
科学的方法は科学者が世界を調査し,世界に関する
ことも多いため,
「日常概念」や「誤概念」などの呼
知識を生み出す方法である.研究分野によって様々な
称もある.教育と言う観点からみたとき,素朴概念を
研究手法がある.これには,①観察②仮説③予測④実
なかなか変えられないという特徴がある.素朴概念
験⑤評価⑥公表⑦追証⑧帰納⑨演繹⑩定性化・定量化
は,構成主義的学習観と密接な関係にある.構成主義
⑪法則化⑫定式化・数理化⑬モデル化などがある.
的学習観においては,知識は学習者によって構成され
「実験」は「科学的方法」の一つ或は一つのプロセス
るものであって,伝達されるものではない.学習者は
にすぎない.しかし実験は,近代科学の発展過程でも
自ら意味を作り出す能動的な存在であり,科学概念へ
自然科学教育でも特別視された.それは,
「実験」が
「科
の変容に重要なのは,学習者自身が科学概念に対して
学的方法」の一部分であるばかりでなくその要である
納得できるかということである.
とともに,他の「科学の方法」のすべてとも直接にか
板倉(1969) は,
「すべて認識というものは,実
かわっているからである.どんな方法で導く理論が
践・実験によってのみ成立する」と言う認識論を主張
あっても,実験によって否定されれば,成立しない.
する.人は分かりきったことでも,自分自身で実際に
一般に,科学研究における実験は,新しい法則の発
確かめてみない内は,真実として受け止めない,一応
見,新しい知見の獲得やその確認のための実験である
出来上がっているすべての研究の成果も,自分で実験
のに対し,物理教育における実験は,基本的な概念の
観察して確かめてみなければ信用しないという潜在的
獲得,原理・法則の理解,科学的方法の習得のための
な本能がある.観察・実験の意義は「自ら確かめるこ
実験である.教育における学生実験は自然現象におけ
と」にあり,実験を通じて科学概念へのコミットメン
る量的関係を求める実験,理論の正しさを確かめる実
トが行われ,科学概念に対して納得した場合には,素
験,所謂伝統的な実験と板倉 14) が提唱した仮説実験
朴概念が棄却される.教育現場の中で実験を通して生
に分類されている.伝統的な実験は体験を重視し,
活概念から科学概念への形成に良い効果を収められる
殆んど先人の実験の再現である.決められた順番で決
報告が見られる(小野,1994)16)
(川村,1998)17).
められた結果しか出られない料理番組のような実験と
15)
上のことを別な見方をすると,実験はわかりやすい
いう批判声もある.一方,仮説実験は科学者疑似体験
ということである.人は見聞きすることや体験するこ
として「問題(仮説の選択)-討論-実験-…」とい
と,すなわち具体的なことは良くわかる.概念,すな
う一連のサイクルを繰り返しながら授業運営を行う授
─ 59 ─
業で一つの理想系であるが,学校環境ではその運用に
れらは論理性・因果関係性に他ならない.実験の分
18)
は大きな困難が伴う.認知心理学者の佐伯胖(1989)
析,解析過程や解釈や説明をするところで,演繹推論
は,仮説実験に対して「ものを考えて納得していくと
や帰納推論,あるいは一般化,原因推定などの思考を
言うことはどういうことなんだろうということについ
知らず知らずの内に働かせることになり,そうした訓
ては,少なくともかなり正解に近いというのか,まさ
練の格好の場となる.
しく科学の発展を再現していく感じがあるわけね」と
統合性・総合性については,以下のように考える.
いう肯定的な評価を与えた.教育実験は単なる知識
大抵の実験では,ある程度複雑な装置を用いる.装置
(概念,原理,法則など)の習得を目的にするだけで
とはシステムである.すなわち,ある目的を持ち,幾
はなく,最も重要な科学研究方法の実験方法,実験技
つかの要素で構成される装置である.実験指導書の記
能の身につけ,また,論理的な思考や,科学的研究態
述にも依存するが,その装置の基本原理を理解しよう
度を養う役割を担っている.
としたとき,たとえば,物理系の実験であれば,必然
上の議論で抜け落ちている大事な点が二つある.大
的に幾つかの物理原理が関わっている.試料の物性値
きな意味では含まれているといえなくも無いが,ここ
をいろいろ調べる必要がある.化学的知識が必要にな
でぜひ強調したい.一つは,時々実験者は“失敗”す
るかもしれない.実験は準備や手順が命である.周囲
ることである.研究者は,実験には失敗はつき物とい
の雰囲気も大事である.実験机の水平度,平滑度,温
う認識がある.しかし,実験授業の実験者は“正しい
度や湿度,明るさ,騒音,振動,ホコリなど気を使わ
値”が求まらなかった場合を「失敗」として恐れる.
なければならないことが出てくる.こうしたいろいろ
実は,通常の実験授業には“失敗”は無いのである.
な要素を考慮に入れなければならない.安全にも気を
すべてが真実であり,うそではないのである.条件の
使わなければならない.グループ実験の場合には,役
設定ミスや異なった操作をすれば,予測される結果が
割分担,チームワーク,意思疎通,記録の交換と保存,
出ないで別の結果が出るのが当然“正しい”のである.
方式の統一,約束などを取り交わす必要がある.これ
もう一つは,いわゆる誤差である.真値と観測値(測
らは,まさに総合的・統合的であり,物理教科書の勉
定値)との差を誤差と呼ぶが,実は真値は不明なので,
強ではわからないことである.
誤差もわからないのである.誤差は誤解を与える表現
であり,測定値の不確定さというのが正しい.真値は
3.文科系学生に対する実験授業実施の意義
観測値の近辺にあるだろうと考え,その範囲,観測値
もう,ほとんど上の節で議論したことが,そのまま
の揺らぎの幅を推定する.これが不確定さである.あ
当てはまる.文科系も理科系も人は同じである.実験
る制御された条件で実験を多数回繰り返し,その観測
は,その設計さえ間違わなければ,文科系の学生に
値を整理すれば,頻度分布が釣鐘を伏せた形のいわゆ
とっても実験はわかりやすく,楽しいことは間違いな
る正規分布に近くなることがわかる.実験の最も優れ
い.自然の理解が進み,論理性が養われるか?科学的
たところは,やろうと思えばこの分布を得ることがで
思考能力が養われるか?これらに対する答えは明らか
きることである.
であり,繰り返す必要は無いであろう.
最後に,実験の論理性と統合性・総合性について述
教科書では有効桁数の意味などほとんど理解できな
べておきたい.実験は論理性を体験(体で理解する)
い.観測値,測定値の不確定さの存在を体験的に学ぶ
最も有効な手段である.実験装置は,手順に従って操
ことは,およそ世の中で伝えられる数値(情報)には,
作しなければ正しく動作しない.試料の条件を整えな
こうした概念が付随していることを体験できることを
ければ,(測定者にとって)測定値が意味も無くばら
意味する.世の中(のニュースなど)では,最初の数
ついたりする.仕様の範囲を超えて装置を働かせれ
値だけが一人歩きして,後の分布(誤差)があるのだ
ば,故障してしまう.あるパラメータを動かすと,測
ということはどこかに飛んでいってしまっていること
定値がある傾向,たとえばほぼ比例して変動する.こ
がしばしば見受けられる.
─ 60 ─
前節で述べた,実験という総合的・統合的空間は,
5.まとめ
いわばミニ実空間であり,将来の実(社会)問題を解
大学内外の情勢や,学生入学前と卒業後の状況を踏
決することに直面する,文科系の学生にとっても大変
まえて,文科系学生に実験の重要性を再考察した.市
よい訓練の機会である.
民に必要な自然科学素養は文科系大学生に対しての重
要性は言うまでもない.一方,過去の調査から,受験
4.東北大学の文科系学生に対する実験授業実施
勉強背景で入ってきた学生は高校までの実験は十分に
の意義
経験していないことが明らかになった.大学において
本学においては,文科系向けの全学教育自然科学群
実験教育をやらない(不十分)まま,卒業させると卒
授業科目として,数学概論,物理学概論,化学概論,
業生個々の発展においても,社会進歩においても深刻
生命科学概論,宇宙地球科学概論が文科系学生向けに
な問題になるはずで,いや,すでになっているといえ
開講されているが,実験は行われていない.その理由
る.
は特別の方針によるものというよりは,単に前例に
従ってきただけとしか考えられない.
本論考では,不十分ながらも文科系学生への実験授
業のその自然科学系教育の中での意義を多角的に論じ
斎藤ら 3)は,
「
(前略)文系学部に入学する学生の多
た.大学での実験教育の重要性の認識は大学の社会的
くは,高校で理科実験を殆ど経験していないとすれ
責任の点からも差し迫った課題であると考える.指導
ば,大学においても実験を経験することなく社会に出
的人材の育成を標榜している東北大学は,学生へその
て行くことになる.彼ら(彼女ら)の多くは,経済界,
基礎教育を担う全学教育においては最善のカリキュラ
マスコミ,行政分野,その他多くの分野で活躍するこ
ムを提供すべきであり,特色 GP への取り組みをきっ
とが求められている.また,彼ら(彼女ら)の多くは,
かけとして,実験授業が試行されようとしていること
親となり,次の世代に大きな影響をもたらすはずであ
は大変喜ばしいことであると同時に全学的に意義の議
る」と指摘している.
「指導的人材の養成」という教
論が巻き起こることを期待したい.
育目標を挙げる東北大学の卒業生は,研究者になるば
実験が本来の役割を果たすようになるためには,実
かりでなく,各界のリーダ的存在,影響力のある存在
験テーマと内容の選定,実験授業の設計などは言うま
となるので,いわゆる文科系出身者が,
「文科系」の
でもなく重要である.文科系学生の高校までの理科基
知識しかない,
「理科系」のことは分からない「偏った」
礎知識が不足を起因する学習困難などの問題も予想さ
考え方では 21 世紀の課題を担うには問題がある.特
れる 19).こうしたことを想定しながら,試行錯誤を繰
にこれだけ,科学技術に取り囲まれている中で.同様
り返しつつ,拡大させ,将来的には誰もが受講できる
に,理科系の出身者に「理科系」の知識しかない,
「文
すばらしい授業へと発展していくことを願う.
科系」のことが分からないといったことも,また,大
きな問題である.そして,斎藤ら 3)「東北大学の全学
謝辞
教育の理念を思い返すとき,将来,理系とは離れた分
東北大学特色 GP 理科総合実験文科系向け開講 WG
野を専門領域として活躍しようとする文系学生にこ
での有益な情報をご提供頂いたこと,並びに著者の一
そ,最善の教養理科実験が提供されるべきではなかろ
人,陳が慶応大学の文科系向け実験授業の視察に同行
うか」とその意義を強調している.
する機会を頂いたことに感謝します.
本論考では,これまで確認してきたことを踏まえる
ならば,有為な人材を育成し,世界有数の研究中心大
参考文献
学を目指す東北大学としては,文科系学生への実験授
1) 自然科学総合実験:融合型理科実験による自然の理解
業はその自然科学系の教育の中で欠かせない存在と捉
と論理的思考法の育成.東北大学総長教育賞受賞記念
えており,教養を超えた必修の存在として位置づけた
コンテンツ.http://www.istu.jp/kougi/sudou_2005_05/sudou.
い.
html 東 北 大 学 イ ン タ ー ネ ッ ト ス ク ー ル(ISTU)
.
─ 61 ─
11) 八木一正.高校物理における論理的思考の枠組形成の
2005.5.
2)東北大学平成 17 年度「特色ある大学教育支援プログ
研究-実験を含めた物理の基礎的共通概念のトレー
ラム」申請書.2005.
ニング.学校教育学研究論集(東京学芸大学大学院連
3)斎藤紘一,縄田朋樹.全学教育における文系学生向け
自然科学実験のニーズ.東北大学大学教育研究セン
合学校教育学研究科)
.1998.3;1:pp.67 - 82.
12)岩崎信.スキーマによる人間行動と認知の解釈-一般
ター年報.2005.3;12:pp.103 - 110.
化スキーマ論に向けて-.教育情報学研究.2004;2:
4)須藤彰三,長谷川琢哉,本堂毅,吉澤雅幸.東北大学
における融合型理科実験の導入.大学の物理教育(日
pp.23 - 40.
13)小倉康.科学への学習意欲に関する実態調査:スー
本物理学会)
.2004.11;10(3)
:pp.63 - 64.
パーサイエンスハイスクール・理科大好きスクール対
5)岩崎信.認知科学的実験授業アウトカムズ評価の試
み.工学教育.2002;50(3)
:pp.127 - 133.
象調査結果報告書.国立教育政策研究所.2005.4.
14)教育工学事典.東京:実教出版;2000.pp.352-352.
6)小山田誠,岩崎信,最上忠雄,他.大型実験装置を用
15)板倉聖宣.科学と方法:科学的認識の成立条件 東京:
いた体験志向的高大連携遠隔授業の試行.日本教育工
学会論文誌投稿中.
季節社;1969.3.pp.203 - 203.
16)小野寺淑行.子どもの素朴概念に対する反証実験の有
7)大鹿譲,金野正.文科系学生のための自然科学教育に
効性.千葉大学教育学部研究紀要.1994.2;42(1)
対 す る 批 判 と 提 案. 論 攷(関 西 学 院 大 学)
.1963.
11;10:pp.171 - 180.
pp.299 - 310.
17)川村康文.構成主義的理科学習論に基づいた物理授業.
8)杉本孝作.文科系学生に対する自然科学教育.四国学
物理教育(物理教育学会)
.1998;46(5)
;pp.272 -
院大学論集(四国学院大学)
.1984.3;57:pp.82-96.
9)板倉聖宣.すべての学問は理系化するのだ.科学朝日
275.
18)佐伯胖,他.すぐれた授業とはなにか:授業の認知科
学.東京:東京大学出版会;1989.3.pp.198 - 198.
(朝日新聞社)
.1992.12;52(13)
:pp.28 - 31.
10)高等学校学習指導要領(理科部分)
.http://www.nicer.
19)陳輝,岩崎信,小山田誠.東北大学におけるリメディ
go.jp/guideline/old/ 教育情報ナショナルセンター(文
アル物理教育に関する考察.日本教育工学会第 21 回
部科学省)
.昭和 35 年,昭和 45 年,昭和 53 年,平成
全国大会講演論文集.日本教育工学会.2005;pp.
元年,平成 10 年.
201 - 202.
─ 62 ─
論 文
日本語学習者における格助詞「を」
「に」の習得過程の研究
蘇 雅 玲 1)*,吉 本 啓 2)
1)
東北大学大学院国際文化研究科,2)
東北大学高等教育開発推進センター
1.序論
日本で日本語学習者を対象にして先行調査を行ったと
1.1 研究目的
ころ,
「を」
「に」の使用が学習者の母語の文法体系と,
臨界期を過ぎた第二言語の学習において,学習およ
述語そのものの語彙的意味に関連することを示唆する
び教授法が重要であることはいうまでもないが,その
結果が出た.先行調査の結果を踏まえて本研究では,
ためには第二言語の習得過程の研究が不可欠である.
述語の語彙的意味が名詞の格を支配するという観点に
近年第二言語としての日本語習得研究が盛んになりつ
立ち,「動作・作用が対象に及ぶかどうか」が,学習
つある中,格助詞の習得過程に関しても様々な研究が
者における格助詞の選択に影響を与えているかどうか
行われている.しかし,学習者が間違いやすいと考え
を検証し,格助詞の習得過程においてその選択を左右
られる,対象を表す「を」
「に」を中心に考察する研究
する要因を探ることにした.学習者の誤用の原因につ
は未だ少ない.本研究では,日本語学習者が文法上の
いては様々な研究がなされてきたが,そのうち,以下
言語知識を獲得する過程をモデル化することを目的と
の 2 つに焦点を置きたい.
している.日本語学習者がおかしやすい「を」
「に」の
混用の原因を調査するために,格枠組「が-を」と「が
(Ⅰ)言語転移
-に」をとる述語を語彙的意味によって分類し,それ
(Ⅱ)過剰一般化など学習者の内的な習得のメカニズム
ぞれの語彙的意味における学習者の誤用の原因を検討
する.「を」
「に」の誤用に格や動詞の意味タイプがど
学習者が母語に影響されて日本語の産出が不自然に
のように影響しているのか,また日本語と中国語など
なることは少なくない.中国語のような格助詞を持た
学習者の母語の文法の異同が誤用にどう影響している
ない言語を母語とする日本語学習者は,母語にある類
のか,アンケート調査を試みる.本研究によって,言
似した文法体系(例えば,中国語の介詞の体系(1))を
語習得過程,特に文法習得過程の実態を明らかにし,
利用して,或いは母語の文法(例えば,中国語の自・
大学等の高等教育機関におけるより効果的な日本語教
他動詞体系)の規則を日本語にも適用して表現するこ
育の実践を可能にしたいと考えている.
とがある.しかし,母語と日本語が対応するところも
ある一方,対応しないところも多く存在する.
1.2 研究内容
一方,言語転移と無関係な誤用も学習者の言語産出
学習者の日本語レベルが上がっても誤用が頻繁に見
に存在する.長友 1)は,母語を異にする学習者がある
られるものとして格助詞の誤用を挙げることが出来
程度共通した系統的な誤用を生み出すことを明らかに
る.特に学習者が間違いやすいとされる格助詞「を」
している.そのような学習者の犯す誤りは教師の教え
「に」に関して,2003 年 2 月に台湾で,また 4,5 月に
方や教材の不備という外的な要因によるのではなく,
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学大学院国際文化研究科
─ 63 ─
学習者の内的な習得のメカニズムが要因であると考え
る.一般的に言って,韓国語の文法は日本語と一番近
られる誤用である.学習者は前に習った文法に影響さ
く,中国語の文法は日本語と一番遠く,マラーティー
れ,
「学習者独自の文法」と呼ばれる仮の文法体系を
語の位置づけは韓国語と中国語の間にあるとされてい
構築する.それは母語とはあまり関連付けられないも
る.この 3 言語は日本語との言語距離がそれぞれ異な
のであり,異なる体系として構築されるのであるとさ
るということから,誤用が言語転移によるか否かの検
れている.
証が可能である.日本語能力の違う学習者を対象にし
更に文法項目の機能や意味用法が重なったり,類似
たのは,習熟度の差によって格助詞の使用や誤用の程
したりしている場合には日本語学習者にとって正しい
度が異なるかどうかを観察し,習得段階の大まかな流
使い分けは困難になると考えられ,そのような場合に
れを把握するためである.本研究はいわゆる横断的研
しばしば誤用が観察される.
「を」
「に」の意味用法が
究で,大きな集団を対象に特定の一時期に調査を行う
多様性であるために,日本語教科書にも頻繁に出現
研究である.これによって,研究対象の特定の言語資
し,日常生活でも使用頻度の非常に高い機能語である
料が大量に得られ,ある意味で縦断的な発達傾向を捉
にもかかわらず,第二言語として日本語を学ぶ外国人
えることも出来る.更に統計的な検定ができ,一般化
にとって,
「を」
「に」の十分な習得は困難なものとなっ
することが可能である.これらの豊富な実証データを
ている.
観察し,学習者の習得特徴・誤用のパターンを分析
中国語のような格助詞を持たない言語を母語とする
し,考察する.これによって,学習者の文法習得状況
学習者は格助詞の概念をつかむのが難しいことに加え
を明確にし,事実としての習得過程を正確に記録した
て,格助詞は複雑な働きをする特徴があるということ
上で文法習得状況と習得過程を説明し,説得力のある
により,
「を」
「に」の習得は日本語学習者にとってか
論を展開したい.
なりの難関であると考えられる.これまで格助詞に関
角田 3)の分類を参考にして,二項述語から格枠組が
する研究がたくさん行われ,誤用を生じる原因も今ま
「が-を」および「が-に」となっている述語を取り
で様々に解釈されてきた.しかし,
「を」
「に」の異同
上げ,語彙的意味に基づき,他動性の強さによって典
に焦点を当てたものはまだ少なく,学習者の誤用を引
型的な述語について表 1 のように分類を試みた.表 1
き起こす原因についても完全に解明されているとは言
の左の方の述語は他動性が強く,動作を表し,時間性
いがたい.本研究では,文法テスト式アンケートの分
が短い
「出来事」に属するが,右へ行くにつれ,動作・
析を通じて,日本語学習者の文法習得に影響する要因
作用が対象に及ばなくなり,時間性が長い「状態」に
が何であるのかを考察し,格助詞を習得するプロセ
変わり,述語は他動性が弱まって主体の状態を表す.
ス・習得状況を解明したいと考えている.
表 1 の左側の述語の語彙的意味(1,2 など)が大体
の言語においてそれぞれのプロトタイプ(3) として認
1.3 研究方法
識されており,それらの述語が一般習得の早い段階で
本研究では,文法テスト式アンケートを利用して,
学習されて,学習者にとってなじみやすいと考えられ
台湾(中国語)
,韓国(韓国語)およびインド(マラー
る.それに対して右の方(7,8 など)へ行けば行く
ティー語 )の 3 ヶ国の学習者を対象に,
「を」
「に」
ほど周辺的な用法になり,習得の困難度が増えていく
の誤用を収集し,誤用の要因を分析する.被験者は学
と推測できる.また 1B,5 の用法では,
「が-を」を
習歴によって初級(学習歴が 1 年以内)と中級(学習
とる述語もあるし,
「が-に」をとるものもある.同
歴が 1 年以上)との 2 グループに分けた(ただし,台
じ意味用法に 2 つの格枠組の選択があるので,学習者
湾人については学年によって二,三,四年生の 3 グ
を混乱させる可能性が高いと考えられる.
(2)
ループに分けた).
更に格助詞の特殊用法で学習者を悩ませる用法とし
母語の違う学習者を対象にしたのは,異なる母語を
持つ学習者がおかす誤用の異同を比較するためであ
て,「移動の経路・動作の場所」
,
「起点」と「帰着点」
が挙げられる.そのため,日本語学習者が間違いやす
─ 64 ─
表 1.二項述語の分類
格枠組
「を-が」
類
1
2
3
4
5
知覚
追求
知識
感情
見る
聞く
見つける
感じる
待つ
探す
訪ねる
訪問する
思い出す
疑う
忘れる
覚える
愛する
尊敬する
目指す
我慢する
動作・作用
意味
例
1A 影響
1B 無影響
殺す
壊す
切る
食べる
買う
捨てる
助ける
褒める
格枠組
「を-に」
類
1
5
6
7
8
感情
生理的・
心理的変化
変化
能力
憧れる
同情する
慣れる
賛成する
酔う
困る
迷う
悩む
なる
変わる
延びる
化ける
強い
弱い
詳しい
ふさわしい
動作・作用
意味
1B 無影響
挑戦する
似る
勝つ
影響する
例
いとされている「通過」
,
「出発」と「帰着」という目
本研究では中間言語研究の立場に立ち,誤用だけで
的語が場所を表す述語も今回のアンケートに入れてお
なく,データに現れた正用も含めて考察し,学習者の
いた.この 3 つを加えて,述語が名詞の格を支配する
格助詞「を」
「に」の習得における習得過程と問題点を
という観点に立ち,格助詞の習得情況の解明を目指
考察する.また,日本語を第二言語とする学習者の習
し,動作・作用が対象に及ぶかどうかということが,
得過程に見られる現象のうち,特に言語転移と過剰一
学習者の「を」
「に」を選ぶ時に影響を与えているかど
般化という現象に焦点を当て,学習者の誤用が生じる
うかを検証したい.
原因を明らかにすることを通し,第二言語習得のメカ
ニズムの解明を試みる.
2. 日本語学習者の誤用とその要因 : 第二言語習
得の視点から
2.1 言語転移
によれば,学習者の中間言語運用の根底
第二言語習得研究のうちで大きな関心を集めている
にある知識は 5 つの心理言語的過程によって導かれ
問題は,学習者の母語による影響であろう.学習者の
る.これは潜在的心理構造のうちに存在するものであ
母語が第二言語を習得する場合に,何らかの影響を与
り,第二言語習得において中心的に作用する過程であ
えることを言語転移という.新しい言語を学ぶ際,既
るとされる.第二言語習得過程に見られる中間言語を
に学んだ言語(特に母語)に関する規則,例えば発音
生み出す 5 つの要因は,次のように提示している.
の仕方,文法,言語行動などがそのまま持ち込まれる
Selinker
4)
ことが多くある.これは一般に第二言語習得における
(1)
母語の影響と言われている.第二言語を習得する場合
a.言語転移(language transfer)
に,学習者の母語がその習得のあり方を大きく左右す
b.過剰一般化(overgenerlization)
るとされ,母語の影響は数多くの研究で取り上げられ
c.訓練上の転移(transfer of training)
てきた.しかし,母語が第二言語習得過程においてど
d.学習ストラテジー(learning strategy)
のような役割を果たすのかという実態はまだ明らかに
e.コミュニケーション・ストラテジー
(communication
されておらず,母語の影響があるとする見解とそうで
strategy)
ないという見解のくい違いが顕著になっている.渋
谷 5)では,第二言語を学習する際,母語の影響につい
─ 65 ─
2.2 過剰一般化
て次のような可能性があることが指摘されている.
母語は一般に第二言語の習得において誤用の原因に
(2)
なる悪役であると論じられているが,様々な国の学習
a.言葉に様々な側面の中でも母語の影響が顕著に出
る部分と出ない部分がある.
者を観察すると,その母語が何であれ,習得の難しい
ところや誤りがある程度共通していることが解明され
b.学習者によって,母語の影響が出やすい人と出に
くい人がいる.
ている.長友 1)では,母語を異にする学習者がある程
度共通した系統的な誤用を生み出すことが明らかにさ
c.母語の影響が出やすい習得段階とそうでない習得
段階がある.
れている,と指摘されている.また,学習者の母語の
影響によると考えられる誤用を言語間誤用とし,母語
の異なる学習者にも共通に見られる誤用を言語内誤用
一般的に音声面では母語の影響が現れやすく,文法
と規定している.過剰一般化
(overgeneralization)とは,
面では母語と学習言語とその対応関係が習得の難易度
後者にあたる言語内の誤用の一種であり,Selinker 4)
に影響を与えるとよく言われている.一定の時期を過
は,ある 1 つの規則を別の語へも適用できると考え,
ぎて第二言語の学習を始めた場合には,母語による発
広く一般化することであると述べている.
音の影響が避けがたいとされている.このことは何歳
長友 6)は 300 時間の集中的日本語学習を終えたスペ
までに外国語を学び始めれば母語話者と同じように話
イン語学習者の書いた日記の中の,「高いだった」
「楽
せるようになるのかという,学習開始時期,いわゆる
しいだった」などの誤用に注目し,この学習者は同じ
臨界期の問題と結び付けて論じられることが多い.ま
日記にもある「天気だった」
「大好きだった」の「だっ
た母語の文法と第二言語の構造の類似点や相違点が学
た」を形容詞にも適用するという「過剰一般化」を行っ
習の難易度や誤用を犯すか否かに関係があり,目標言
ていることが推測できる,と指摘している.日本語学
語の方が母語よりも分化の程度が高かったり,或いは
習者は母語の文法とは違う独自の文法を作り上げてお
構造が異なっている場合,習得がより難しいとされて
り,そうした学習者独自の文法は,学習者の母語が
いる.更に,学習者によって,母語からの影響の受け
違ってもほとんど差が生じないことが多いということ
方に違いがあるということに関して,第二言語に見ら
が様々な研究で言及されている.学習者が独自に作る
れる学習者間の達成度の違いが学習者の個別性に関係
文法規則は,母語話者が持っている文法規則とは異な
することが分かっている.これは,個人のもつ一般的
るが,でたらめに作られるものでなく,少ない苦労で
な言語能力や,第二言語を学ぶ意欲や目的・動機の違
かなりの程度まで正確な日本語を話したり書いたりす
い,何かを学習する時の個人的な特徴などの,様々な
ることを可能にするために,必然的に生まれるのであ
要因が関与していることが考えられる.そのため,母
る.これに加えて,野田 7)では,学習者独自の文法規
語と目標言語との違いが言語習得に影響するという考
則が現れる背景に日本語に潜んでいる不合理・複雑な
えは依然として強く残っている.
文法規則がある,つまり学習者の誤用は日本語の文法
しかし,母語の影響は負の影響ばかりもたらすわけ
ではない.母語のうちで表現される意味や表現パ
の体系的に弱い部分を突いて出てくると考えられる,
という指摘がある.
ターンが第二言語にも持ち込まれることによって,学
習が非常に効果的に進む場合もある.第二言語の学習
3.調査結果
に当っては,その言語に関わる知識の多くを既に母語
前章で見たように,
「述語の語彙的意味の違いが格
獲得の過程において身につけているのではないであろ
助詞『を』
『に』の選択に影響を与えているのか」とい
うか.
う観点を基にアンケートを作成し,台湾,インド,韓
国の大学で日本語専攻の学習者を対象にしてアンケー
ト調査を実施した.収集したデータについて統計を行
─ 66 ─
い,述語の語彙的意味の分類にそって各類の正答率の
表 3-1.格枠組「が-を」をとる述語
平均値を算出し,並べて比較した.また,述語の語彙
語彙的意味
二年生
三年生
四年生
平均
的意味の違いを分析条件に,ANOVA 検定を行った.
影 響
67%
85%
94%
82%
検定した結果が有意差であった項目は,その差がどこ
無影響
72%
81%
87%
80%
感 情
51%
67%
63%
60%
知 覚
94%
96%
95%
95%
追 求
64%
65%
66%
65%
にあるのかを知るため,更に多重比較を行った.
3.1 中国語母語話者の場合
知 識
87%
88%
89%
88%
表 3-1 は「が-を」をとる述語の語彙的意味別に,
通 過
48%
65%
73%
62%
各類の平均正答率を高さの順番で並べたものを示し,
出 発
71%
74%
71%
72%
合 計
69%
78%
80%
76%
表 3-2 は「が-に」をとる述語の平均正答率を順に見
ていったものである.表中の「合計」は「が-を」
,
または「が-に」をとる述語全体の平均正答率であり,
表 3-2.格枠組「が-を」をとる述語
「平均」は二年生,三年生と四年生の語彙的意味別の
語彙的意味
二年生
三年生
四年生
平均
無影響
67%
48%
51%
56%
感 情
72%
43%
47%
54%
変 化
86%
81%
85%
84%
帰 着
88%
82%
82%
84%
では,徐々に習得していく傾向にある.また
「知覚」
「知
生理的・
心理的変化
34%
35%
58%
42%
識」が早い段階で習得・定着されていること,
「感情」
能 力
55%
70%
81%
68%
合 計
67%
60%
67%
65%
平均正答率である.
表 3-1 において,
「追求」
「知識」および「出発」では,
3 つの学年の平均正答率にあまり大きな変化が見られ
ない.それに対して,
「影響」
「無影響」および「通過」
「追求」については四年生になっても正しい答えを選
択することがなかなか出来ないことも分かる.また表
3-2 からは興味深い現象が見られる.
「生理的・心理的
84%・98% と い う 変 化 が 見 ら れ た. そ れ に 加 え て,
変化」
「能力」は平均正答率が段々高くなっていくのに
アンケート問題が難しくなっていると言っても,ほ
対して,
「無影響」
「感情」
「変化」および「帰着」では,
とんどの述語は学習者が日本語を勉強する最初の段階
平均正答率が低くなっていたり,停滞したりしてい
で教えられている基本動詞・形容詞から選び出したの
る.
「変化」
「帰着」は今回の調査で高い正答率を得た.
で,難しくなっている程度はそれほど高くないと考え
「無影響」
「感情」は初期段階で平均正答率が 60% を超
られる.
えたが,日本語を習得するにつれ,逆に平均正答率が
かなり落ちてその後また段々上っていく.「生理的・
3.2 韓国語母語話者の場合
心理的変化」は徐々に習得していくが,平均正答率が
表 3-3 と表 3-4 はそれぞれ「が-を」
,
「が-に」を
なかなか 60% を超えられなかった.それに反して「能
とる述語の語彙的意味別に各類の平均正答率を高さの
力」は順調な向上が見られた.
順番で並べたものである.表中の
「合計」は
「が-を」
,
更に 3 つの学年の被験者の平均正答率の変化を観察
すると,
「が-を」述語でも「が-に」述語でもある
類の語彙的意味において停滞が見られ,習得が止まっ
または
「が-に」をとる述語全体の平均正答率であり,
「平均」は初級学習者と中級学習者の語彙的意味別の
平均正答率である.
ている「化石化(fossilization)
」という現象が観察さ
ほとんどすべての語彙的意味について高い平均正答
れた.この現象については,アンケート問題が難しく
率を得たが,中級学習者の平均正答率に興味深い傾向
なるからではないかという解釈も可能である.しかし
が見られる.
「影響」
「無影響」
「感情」および「知識」
ながら,二年生,三・四年生では共通の問題「信号が
では,2 つのレベルともに平均正答率が 80% を超え,
赤 変 わ り ま し た.
」 に つ い て そ れ ぞ れ 92%,
あまり大きな変化が見られないが,中級学習者の方は
─ 67 ─
平均正答率がやや低くなっていった.更に,初級段階
3.3 マラーティー語母語話者の場合
で 80% を超えた平均正答率を得た「追求」においては,
表 3-5 と表 3-6 はそれぞれ「が-を」,
「が-に」を
平均正答率が落ちていく傾向がより明らかに見られ
とる述語の平均正答率の順番を示したものである.表
た.それに対して「通過」と「出発」では,最初はあ
中の「合計」は「が-を」
,または「が-に」をとる
まりよく習得できていないようだが,徐々に習得して
述語全体の平均正答率であり,
「平均」は初級学習者
いく傾向にある.しかし習得のスピードは他の語彙的
と中級学習者の語彙的意味別の平均正答率である.
意味と比べれば,相当遅いと言えるであろう.
ほとんどすべての語彙的意味において,被験者の答
また「が-に」述語に関してそれぞれの語彙的意味
えは正答の方に変わってゆくが,
「影響」
「無影響」お
において「が-を」述語よりかなりのばらつきが見ら
よび「出発」はかえって低くなった.特に「無影響」
れ,平均正答率が高くなったり,低くなったりしてい
は 初 級 の 96% か ら 中 級 の 63% へ と, 平 均 正 答 率 が
る.
「無影響」
「生理的・心理的変化」および「能力」
30% も落ちていた.それに対し,その他の語彙的意味
は平均正答率が段々高くなっていくのに対して,
「感
においては,初期段階から中級段階までの間,被験者
情」
「変化」および「帰着」では習得が落ちていき,特
は明らかな成長傾向が見えると言える.特に「出発」
に「感情」ではかなり低くなって,習得しにくいよう
と同じように「を」格が場所を意味する名詞と共起す
である.
「無影響」は初期段階で 60% を超えなかった
る「通過」は,初級の 39% から中級の 82% と倍以上
平均正答率が中級になって一気に 80% に上ってきて,
に向上した.更に,中国母語話者と韓国語母語話者で
顕著な進歩を見せている.
「能力」も順調に成長して
は平均正答率が一番高かった「知覚」
「知識」において,
いる.一方,同じく習得していく傾向にある「生理的・心
マラーティー語母語話者の方がやや低めであり,「感
理的変化」の平均正答率が徐々に上がっていくが,な
情」
「出発」でも他の 2 つの国の学習者より習得状況が
かなか 60% を超えられず,習得が困難なようである.
よくなくて,なかなか 50% に達することがない.
また「が-に」述語について全体的に観察すれば,
表 3-3.格枠組「が-を」をとる述語
平均正答率があまり高くない.6 つの語彙的意味のう
語彙的意味
初級
中級
平均
影 響
97%
91%
94%
無影響
98%
92%
95%
は平均正答率が低くなっていく傾向にある.徐々に上
感 情
89%
84%
86%
がっていく「生理的・心理的変化」
「能力」とは初期段
知 覚
94%
94%
94%
追 求
階で 10% と 11% のきわめて低い平均正答率であった.
88%
68%
78%
知 識
95%
91%
93%
通 過
54%
70%
62%
出 発
51%
56%
53%
合 計
83%
81%
82%
ち,
「無影響」
「感情」
「変化」および「帰着」の 4 つで
表 3-5.格枠組「が-を」をとる述語
表 3-4.格枠組「が-に」をとる述語
語彙的意味
初級
中級
平均
無影響
52%
85%
69%
感 情
69%
41%
55%
変 化
80%
70%
75%
帰 着
91%
74%
82%
生理的・
心理的変化
43%
52%
48%
能 力
80%
85%
83%
合 計
69%
68%
69%
─ 68 ─
語彙的意味
初級
中級
平均
影 響
83%
79%
81%
無影響
96%
63%
79%
感 情
23%
45%
34%
知 覚
73%
79%
76%
追 求
62%
76%
69%
知 識
46%
69%
58%
通 過
39%
82%
47%
出 発
49%
45%
61%
合 計
60%
68%
64%
表 3-6.格枠組「が-に」をとる述語
語彙的意味
無影響
感 情
変 化
帰 着
生理的・
心理的変化
能 力
合 計
を答えとして選ぶ傾向の強い背景に,日本語の文法規
初級
51%
69%
75%
87%
中級
44%
60%
58%
72%
平均
47%
65%
67%
80%
10%
23%
17%
11%
51%
48%
52%
30%
51%
則を不適当なところまで過剰に適用してしまう,いわ
ゆる「過剰一般化」の作用も見逃せない.人間を指す
名詞が「に」と共起しやすいという印象が学習者の頭
の中に存在している.更にもう 1 つ付け加えれば,述
語の持っている性質が挙げられる.砂川 8)では,「頼
む,教える,尊敬する」などに共通するのは,
「A か
ら B に向かっての移動ないしは心的働きかけが含意さ
れているという点である」と述べられている.
「殴る」
4.学習者言語分析
などの動詞は相手に対する直接的な働きかけを表す動
4.1 格枠組「が-を」をとる述語
詞とされており,一種の方向性を持っている.そのため,
「影響」
「無影響」および「感情」の類において,学
「太郎が花子 助けました.
「太郎が花子 心
」
習者の母語の文法をそれぞれ分析すると,
(3)と(4)
配しました.
」など目的語が人間であるし,また述語
に示すとおりである.
に主語から目的語に向かうという方向性も帯びている
ため,述語がこうしたある対象に働きかける方向性を
(3)
「影響」
「無影響」に関する文法体系
持っているので,これらの述語にとって方向を示す時
a.中国語:「を」に相当する介詞がないが,この類の
述語がすべて他動詞であり,直接に目的語と接す
る.
に使われる「に」が適切な答えなのではないか,と被
験者が考えているのかもしれない.
「知覚」および
「知識」は中国語,韓国語およびマラー
b.韓国語:日本語と同様に「を」に相当する格助詞
ティー語では(5)のような形式をとる.
ul / lul が使用されている.
c.マラーティー語:ゼロ格助詞または「を」と「に」 (5)「知識」および「知識」に関する文法体系
に相当する laa を使うが,
「を」と「に」との区別が
a.中国語:これらの述語が他動詞に属し,
「Vt + N」
ない.
という形式で表現する.
b.韓国語:
「が-を」に相当する格枠組「i / ka - ul /
(4)「感情」に関する文法体系
lul」をとる.
a.中国語:「感情」を表す介詞がないが,この類の述
c.マラーティー語:
「知覚」がゼロ格助詞,
「知識」
語はほとんど他動詞であり,直接に対象と接する.
が laa をとる.更に他の文型で言い表す.
b.韓国語:日本語と同じく「を」に相当する格助詞
ul / lul が使用されている.
中国語母語話者と韓国語母語話者にとっては,この
c.マラーティー語:ゼロ格助詞,または主語に
「与格」
2 類が自分の母語で他動詞として使われており,母語
を表す laa をつける.更に,
「~の上に」という表現
とのずれがそれほど大きくはないので,習得しやすい
もある.
と考えられる.この 2 ヶ国の学習者の正答率は,両方
とも高い.前述した推論はこれにより有利な支持を得
3 ヶ国の母語話者とも平均正答率が高いレベルに達
られている.文法の異同が大きいかどうかということ
したが,
「無影響」および「感情」においては正答率
に関して,母語の影響が否定できないが,習得に関わ
が若干落ちている.また韓国人学習者とインド人学習
る要因はそれ以外にもある.
「知覚」
「知識」の述語に
者は中級になると少し低くなる傾向が見られる.誤答
は,日常生活でよく使われるもの,例えば「見る」
「聞
のなかでも,特に「に」が多数を占めている.母語の
く」などが多いため,一般に日本語教育現場では学習
影響を完全に除くことは出来ないが,学習者が「に」
の初期段階で導入される.使用頻度が多い上,導入時
─ 69 ─
間も早いために,他の類より良い習得成果が得られる
れる仮の文法規則(過剰一般化による)の 2 つの要因
のである.
が重なって作用して,誤用を起こしたと分析される.
中韓の高い正答率に対して,マラーティー語母語話
者 に お け る 低 い 正 答 率, 特 に「知 識」 が 目 立 つ.
4.2 格枠組「が-に」をとる述語
(5)から分かるように,マラーティー語では日本語と
「無影響」,
「感情」を表すのに日本語の格助詞の使
異なる格助詞体系を使用されている.日本語と自分の
用には「を」か「に」の 2 通りの可能性があるが,学
母語との差異が原因でインドの学習者が「知覚」およ
習者の母語ではほぼ同じような格助詞体系が使われて
び「知識」の用法を習得しにくいと考えられる.
いる.日本語の「無影響」述語および「感情」述語が
「追求」では被験者の母語に関係なく答えの間に類
学習者の母語で表現する際にどの格助詞体系をとるの
似した傾向が見られる.それは格助詞の前に来る名詞
かを(7)と(8)に示した.前節で述べた格助詞体系
が普通のものなら「を」
,一般の場所なら「に」をつ
とほとんど同じである.
けることである.このような結びつきを文法規則と考
え,学習者独自の文法規則になってしまい,誤用を起
(7)
「無影響」に関する文法体系
こしたのであろう.更に場所名詞と共起する述語を分
a.中国語:他動詞に属する述語は「Vt + N」という
析した結果,全部方向性を帯びている動詞(例えば「訪
形式で表現する.そうでないものは「給(gĕi)」
,
「跟
ねる」)であることが分かった.前にも述べたように,
方向性のある動詞は「に」と共起しやすいので,これ
(gēn)」や「向(xiàng)
」などの介詞を用いる.
b.韓国語:一般的に日本語の「に」と「を」に相当
を学習者が「に」を選択する要因の 1 つとして取り扱
いたい.
する格助詞 ey と ul / lul が用いられる.
c.マラーティー語:ゼロ格助詞の場合もあるし,格
「を」が「通過」
「出発」の場所を表す時に使われる
助詞を使うなら laa,または「と」に類似するもの
のは日本語の独特な用法である.学習者が習熟してい
shi が使用されている.
る場所を表す格助詞といえば,「に」と「で」が自然
に頭の中に浮かんでくる.3 ヶ国の格助詞体系を調べ
ると,(6)のようである.
(8)「感情」に関する文法体系
a.中国語:他動詞は「Vt + N」という形式で表現する.
他の動詞は「跟(gēn)」などを使う.
(6)
「通過」および「出発」に関する文法体系
b.韓国語:一般的に「に」と「を」に相当する格助
詞 ey と ul / lul が使われている.
a.中国語:他動詞に属する述語は「Vt + N」という
形式で表現し,属さないものは「在(zài)
」や「從
c.マラーティー語:一般的にゼロ格助詞,或いは
「の」
(cóng)
」などの介詞を使う.
または shi
(と)に類似する格助詞で表記されている.
b.韓国語:一般に「に」
「で」
「から」などに相当する
格助詞 ey,eyse が使われている.
「無影響」および「感情」の述語について,3 ヶ国
c.マラーティー語:一般に「に」
「で」
「から」などに相
当する t / et
(の中に)や pasun
(から)が使われている.
の被験者が類似した誤答パターンを見せた.学習者が
当該の格助詞に関して,母語の文法に影響されている
傾向が見られる.問題文に出た述語が自分の母語と同
3 言語の格助詞体系にしたがうと,やはり「に」と
じような格助詞体系をとるならば,被験者は正しい格
「で」が一番よく使用される.中国語においても,普
助詞を使える比率が比較的に高い.しかし母語が他動
通「在(zài)」と「從(cóng)
」などの介詞が日本語
詞の場合や「を」に相当する格助詞を使用している場
の「に」
「で」や「から」に相当するとされている.以
合,母語の文法をそのまま日本語に持ち込み,誤用を
上のことによって,学習者が持っている母語,および
おかしてしまって正しい答えを書き入れることが困難
「場所 + に(で,から)
」という学習者によって作ら
になる.言い換えれば,日本語とズレのあるところで
─ 70 ─
は間違いが出てくる可能性がより大きい.一般に第二
言語学習者が目標言語を学ぶ際,確信がない時に母語
(10)
「帰着」に関連する文法現象
a.中国語:「に」と対応する介詞「在(zài)
」を使う.
の観点から目標言語を考えて言語を産出する可能性が
あるとされている.
もう 1 つ忘れてはならない要因は,野田
または「Vt + N」で表現する.
b.韓国語:主に ey(に)で表すが,lo / ulo(へ)や
7)
の指摘し
ている日本語自体の「複雑さ」にある.格助詞が日本
eyse(で)で表す場合もある.
c.マラーティー語:t / et(の中)
,madhe(のまん中に)
語学習者を悩ませる理由の 1 つは,1 つの格助詞に複
や var(の上に)が使用されている.
数の用法があり,また類似した用法が複数の格助詞に
あるという複雑な働きをする特徴による.日本語文法
母語の文法体系は格助詞の選択に影響をもたらす
体系の複雑さが学習者を困惑させていると言えるであ
が,問題文に使用される述語・単語の難しさやなじみ
ろう.日本語の格助詞と意味用法には一対一の関係が
度も学習者が使要した格助詞と深い関係があると結論
見られないので,学習者はこういう複雑で混乱した点
付けられる.また前述したように学習者がとっている
に関して間違いをおかしやすいと言われている.
「無
「一語化」のストラテジーが誤用の大きな要因になる.
影響」
「感情」では以上の 2 つの要因が相互に影響し合
ある言語項目が前または後の語と 1 つのユニットとし
うことが認められる.
て分析されずにひとかたまりのように処理されてい
「生理的・心理的変化」の誤用は母語からの転移に
る.
「(場所)+ に(で)
」という組み合わせだけでなく,
よるとは言いがたい.ほとんどの被験者の答えに「か
「~ + がある」や「~ + になる」のような格助詞と動
ら」
「で」
「ので」
「のため」など原因を意味する機能語が
詞の組み合わせも存在しており,学習者に影響を与え
使われていた.被験者は問題文の空欄に原因を意味す
ている.
る機能語を入れなければならないと分かっており,既
「能力」の述語に関する間違いは言語転移では説明
に学習した格助詞から答案を見つけようとしているの
しがたいと考えられる.マラーティー語では
「が-に」
ではないかと考えられる.原因を表す格助詞といえ
で主語の「能力」を表現するケースマーキングが存在
ば,学習の早い段階で導入される「から」
「ので」など
しないため,誤用を母語の文法と関係付けるのが難し
の方が学習者にとってなじみやすいため,選択しやす
いと思われる.韓国語では「が-を」
「が-に」で表す
いと言える.ここでの誤答の発生原因の 1 つと考えら
のに対して,中国語では「Vt + N」で表すので,格助
れる.もちろん「に」にも原因を表す機能があるが,
詞の選択に影響する可能性がある.しかし,ここでは
これは日本語のうちでの珍しい使い方であり,日本語
「過剰一般化」による誤用であると主張したい.
「~(全
教育では中・上級レベルにならないと導入されない意
体)は~(部分)が~」という文型が学習者にとって
味用法である.学習者にとってなかなか思いつかない
親近感があり,
「太郎がお酒 強いです.」なども
用法とされている.
この文型に当てはまると勘違いをしているのではない
「変化」と「帰着」に関して,3 言語の被験者の回
かと考えられる.
答に共通して類似した傾向が見られる.先ずそれぞれ
4.3 3 ヶ国の被験者における有意差のパターン
の文法現象から検討しよう.
本研究で差が有意であるというのは,2種の語彙的意
(9)
「変化」に関連する文法現象
味の困難度が相当に離れているということを意味する.
a.中国語:
「に」と対応する「成(chéng)
」が用いら
れる.
の各語彙的意味のほとんどにおいて有意差が見られ,
b.韓国語:
「に」や「へ」に相当する格助詞 ey や lo /
ulo で表す.
台湾人被験者は「が-を」と「が-に」をとる述語
有意差が均等的に分布している(表 4-1 および 4-2 を
参照)
.
日本語の動詞述語文では,補語と述語動詞との間に
c.マラーティー語:一般にゼロ格助詞である.
─ 71 ─
表 4-1.格枠組「が-を」
(台湾人学習者)
感情
知覚
追求
影響
影響
無影響
*
*
*
無影響
*
*
*
感情
*
*
知覚
*
*
追求
*
*
知識
通過
*
*
*
*
*
*
*
出発
*
*
*
出発
通過
*
*
*
*
知識
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*平均値の差は .05 で有意.
表 4-2.格枠組「が-に」
(台湾人学習者)
変化
帰着
生理的・心理的変化
能力
無影響
無影響
*
*
*
*
感情
*
*
*
*
*
*
変化
感情
*
*
帰着
*
*
生理的・心理的変化
*
*
*
*
能力
*
*
*
*
*
*
*平均値の差は .05 で有意.
表 4-3.格枠組「が-を」
(韓国人学習者)
影響
無影響
感情
知覚
追求
知識
通過
出発
影響
*
*
*
無影響
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
感情
知覚
追求
*
*
*
*
通過
*
*
*
*
*
*
出発
*
*
*
*
*
*
知識
*
*
*平均値の差は .05 で有意.
表 4-4.格枠組「が-に」
(韓国人学習者)
無影響
感情
変化
無影響
感情
*
変化
帰着
生理的・心理的変化
能力
*
*
*
*
*
帰着
*
生理的・心理的変化
*
能力
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*平均値の差は .05 で有意.
─ 72 ─
表 4-5.格枠組「が-を」
(インド人学習者)
影響
無影響
感情
影響
追求
*
無影響
感情
知覚
*
*
*
*
知覚
*
追求
*
*
知識
通過
出発
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
知識
*
*
*
*
通過
*
*
*
*
出発
*
*
*
*
*
*平均値の差は .05 で有意.
表 4-6.格枠組「が-に」
(インド人学習者)
無影響
無影響
感情
変化
帰着
生理的・心理的変化
能力
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
感情
*
変化
*
帰着
*
*
*
生理的・心理的変化
*
*
*
*
能力
*
*
*
*
*平均値の差は .05 で有意.
格助詞が介入してその統語的意味関係が表現されてい
なるところがあるということが判明した.しかもこの
る.それに対して,中国語では,動詞述語文で動詞の
3 種類の「を」
「に」が日本語の独特の意味用法であっ
関連事項が主として語順によって表されている.日本
たり,日本語でも場合によって違う格助詞を使ってい
語のような豊富な格助詞体系がないため,学習者がそ
たりしている.このような言語間の差異が存在するた
れを定着させるのにかなりの時間や努力がかかるとい
め,これらの特殊用法において他の意味用法と大きな
うことは否定できない.ただし,日本語を学習する時
有意差が出たのであると解釈される.
間が長くなるにつれ,有意差のあるところが段々減る
次にマラーティー語母語話者の被験者における有意
傾向があり,語彙的意味の作用が弱まっていくことが
差のパターンについて説明する.これらの被験者は学
判明した.
習の初期段階で台湾人被験者と類似した均等的な分布
韓国語話者では台湾人被験者と同様,中級になると
状態をなしていることが観察された.しかし中級レベ
有意差のあるところが減少する.しかし,韓国人被験
ルになると,韓国人被験者のように有意差がいくつか
者については台湾人被験者ほど有意差が見られなかっ
の語彙的意味に集中しており,有意差のある項目が相
た. 更 に 初 級 で あ れ 中 級 で あ れ, 有 意 差 が 出 た パ
当に減少した.マラーティー語には日本語文法と似た
ターンがほぼ同じであり,いくつかの語彙的意味に集
ところもあれば異なったところもある.学習者が日本
中している.初・中級被験者における統計結果を合わ
語を勉強し始めた際,特に自分の母語と違う格助詞を
せてみると,有意差の分布状況は表 4-3 および 4-4(網
とるところになじんでいないためか,有意差のある項
掛けのところが最も有意差が見られたところ)のよう
目が数多く見られた.日本語と比較的に近いところは
になる.
徐々に習得されていき,日本語に遠いところだけに有
この数種類の語彙的意味が韓国語でとる格枠組を日
本語と比較してみると,
「通過」
「出発」
「生理的・心理
意差が残っていると結論付けられる(表 4-5 および 4-6
を参照)
.
的変化」では日韓の二言語のとる格枠組にそれぞれ異
─ 73 ─
5. 結論
b.格助詞の選択は,学習の初期段階では母語や言語
5.1 総合的考察
普遍的な語彙的意味に基づいて行われ,次第に日本
先行研究では,第二言語習得と母語習得には明らか
語特有の事項が習得されていく.
な違いがあり,第二言語習得には言語転移と過剰一般
学習者の母語の文法体系が日本語の文法体系に近い
化など母語習得に現れていない影響要因があることが
か否かということは「を」
「に」の選択に影響を与え,
明らかにされている.また「を」
「に」に焦点をおいた
日本語の文法体系に近ければ近いほど格助詞を正確に
様々な研究では,習得が「後続の動詞」,
「母語の文法」
,
選ぶことが出来るということが判明した.目標言語の
「日本語の文法」および「使用頻度やなじみ度」との
習得がまだ心もとない初期の段階においては,学習者
関わり合いのうちで起こることが解明されている.
は主に自分が親しんだ唯一の言語である母語に依拠し
学習者の誤用が母語からの転移であるかどうかを判
て発話したり理解したりする.学習の初期段階におい
定するには,調査対象である学習者の母語が 1 つだけ
ては母語の文法が手掛かりとしてそのまま日本語に持
では難しいとされている.そのため,本研究では,中
ち込まれ,文法的に不適切なところまで適用されてし
国語(台湾)
,韓国語(韓国)およびマラーティー語
まうこと,つまり「言語間エラー」が多くの研究者に
(インド)の 3 言語を選び,大学で日本語を専攻して
よって指摘されている.誤りもどちらかと言えば母語
勉強する学習者を調査対象にした.
「を」
「に」の誤用
による干渉といえるようなものが多く見られる.しか
において「述語の語彙的意味の違いが格助詞『を』
『に』
し,徐々に習得が進み,日本語との接触時間が長くな
の選択に影響を与えているのか」という問題を明らか
ればなるほど,母語の影響から離れていき,日本語を
にするとともに,同時に「を」
「に」の誤用もまた母語
日本語の観点・角度から考えられるようになる.この
の干渉によるものとそうでないものとの二通りに分け
段階では正確な日本語を産出する人もいるが,人に
られ,各々の要因がどの程度関わるのかは学習者の母
よってはうまく産出することが出来ない者もいる.後
語によって異なるという仮説の妥当性を検証した.
者は日本語自体の複雑かつ不合理な規則を習得でき
アンケート調査の結果をまとめると,以下のことが分
ず,いわゆる「言語内エラー」が生起する.そういう
かった.
場合に,振り返って自分の母語に依拠して発話をした
り,既に定着した文法規則を過度に適用したりする言
(11)
語処理のストラテジー,例えば「一語化」のストラテ
a.
「が-を」述語では,「感情」
「通過」で一番多く有
意差が見られ,その次は「出発」
「動作・作用(無影
ジーをとるのではないかと考えられ,日本語習得が簡
単に現状以上のレベルに進めないジレンマに陥る.
響)」であった.
以上に述べたことを要約すると,誤用に関係のある
b.「が-に」述語では,「生理的・心理的変化」で一
要因として,言語転移,学習者のとった言語処理のス
番多く有意差が見られ,その次は「能力」
「帰着」で
トラテジー,教育訓練や導入時間,そして日本語文法
あった.
自身の不合理・複雑さなどが挙げられる.その他,非
c.
「が-を」に比べれば,
「が-に」の方が有意差が
漢字圏のマラーティー語母語話者にとって漢字もまた
より多く,学習時間による有意差の変化がより激し
誤用を起こす原因の 1 つであると考えられる.今回の
かった.
関係付けがすべてそのまま反映しているとは言えない
かもしれないが,外国人学習者の誤用を通じての傾向
そこで,
(12)のように結論づけられる.
は示せたと考えられる.
5.2 大学の留学生に対する日本語教育への応用
(12)
a.学習者の誤用は母語と日本語の文法体系間の差の
本研究では,中国語,韓国語とマラーティー語の 3
大小に関係があり,言語間の距離に関わっている.
言語の格助詞体系を比較し,母語が「を」
「に」の習得
─ 74 ─
にどのくらい関係があるのかを検討した.その結果に
する述語の語彙的意味の違いによってその選択を行っ
基づいて留学生における学習ストラテジー,格助詞学
ていることが判明した.しかし,
「を」
「に」の習得が
習の問題点をある程度明らかにした.これにより,教
他動性の強さに相関して容易になるかどうかについて
育現場で格助詞における指導時間の多寡,指導の仕方
は不明であり,この問題は今後の課題としたい.
などを決めることができると言っても良いであろう.
また「を」
「に」のとりやすさは格助詞の前に来る補
本研究の成果に基づく大学における日本語教育への
語と何らかの関係があると考えられるので,今後の課
応用としては以下のことが考えられる.基礎日本語教
題として「補語の意味タイプ」という観点から視野を
科書によく出てくる「ご飯を食べる」
「本が机の上にあ
広げて「を」
「に」の習得過程を考察していきたい.な
る」のような文では,
「を」
「に」がそれぞれ目的語,
お,本研究では初級・中級学習者を対象にしたが,上
場所を表す役割が教師によって強調される.「を」
「に」
級学習者における言語転移や過剰一般化についても調
の意味用法はこうであるというように,全部の意味用
査する必要がある.誤用の原因について言語間干渉と
法ではなく一部分が強調されることで学習者は「を」
言語内干渉にもとづいてまとめたが,格名詞句形成の
「に」にはそれだけの意味用法しかないと判断し,そ
場合に他の要因が現れるのかというような言語転移と
のように記憶する恐れがある.しかし,日本語の学習
過剰一般化の関連性も考慮に入れて考える必要がある.
が進むにつれ,他の意味用法が徐々に導入されるの
更に,本研究で分析した言語は,
「格助詞」を持つ
で,以前覚えた知識を適用できなくなり,また新しく
韓国語とマラーティー語がそうでない中国語と対照で
学んだ意味用法もまだ十分に習得していないことによ
き,「漢字の表記体系」を持つ中国語と韓国語が非漢
る混乱のために誤用が頻発すると考えられる.そのた
字表記のマラーティー語と対照的である.唯一対照で
め,1 つの文法知識を習得させるためには,その文法
きなかったのは,
「格助詞」と「漢字」のどちらも持っ
項目と対立するか,或いは類似した文法項目を同時に
ていない言語である.学習者の母語に「格助詞」があ
比較して示した方が学習者にとってより分かりやす
るか否かが,学習者における格助詞の選択に影響を与
く,習得しやすいと考えられる.更に,後続の動詞に
えるということが判明した.しかし,アンケート調査
関係なく格助詞を選択するという学習者のルールが作
用紙で使われる漢字も無視することが出来ない.学習
り上げられ,そのまますべての場合に適用されてしま
者にとって,
「漢字」は問題文を理解できるか否かの
う可能性も大きい.指導する際には,学習者に対し意
キーポイントであると考えられる.そのため,可能で
図的に「を」
「に」の使い分けが後続の動詞の格支配に
あれば,
「格助詞」と
「漢字」ともに持っていない言語,
よるものであることを気づかせることによって学習者
例えば英語に対しても調査を試み,この 4 つの言語を
の理解を助けることができ,「を」
「に」の特徴を学習
母語とする学習者における格助詞の習得状況を比較・
者が把握しやすくなることにつながると考えられる.
検討していきたいと考えている.
また,本研究では日本語習得において学習者の母語
が占める重要性も明らかにした.このことから,母語
注
と日本語との類型論的な差異を考慮する教授法が有効
(1)中国語の動詞述語文では,格助詞というものはな
であることが予測される.母語ごとに日本語との言語
く,動詞の関連事項が主として語順によって表さ
間距離の相違に応じて教授法を工夫したり,あるいは
れているが,これとは別に動作・作用の時間,場
同一言語の中でも日本語の表現との対応関係に注目す
所,動作の目的,動作・状態の対象などを示す前
ることによって学習の効率を上げることが出来ると考
置詞が存在する.これらは一般「介詞」と呼ばれ
えられる.
ている(黄 2)).
(2)インド・ヨーロッパ語族に属し,インド西部のマ
5.3 今後の課題
ハラシュトラ州の公用語である.しかしこの言語
日本語学習者が「を」
「に」に関して,その後に共起
─ 75 ─
を話す人々は,隣接するゴア州,グジャラート州,
アーンドラ・プラデーシュ州などにも多数居住
し,全体で,9,000 万人ほどの言語使用者がいる
版;1991.89 - 98.
4)Selinker,L. International Review of Applied Linguistics.
と算定されている.
Interlanguage.1972 ;10: 209 - 230.
(3)
言葉には,典型的な意味用法と,そうでない意味
5)渋谷勝己.学習者の母語の影響.野田尚史・迫田久
用法とがある.言葉の意味用法が集中している部
美子・渋谷勝己・小林典子(編)
.日本語学習者の文
分を,プロトタイプと呼んでいる.
法習得.東京:大修舘書店;2001.83-99 .
6)長友和彦.日本語の中間言語研究--概観--.日本
語教育.1993;81 号:1 - 18.
参考文献
1)長友和彦.第二言語としての日本語の習得研究.遠
7)野田尚史.学習者独自の文法の背景.野田尚史・迫
藤 織 江(編). 概 説 日 本 語 教 育. 東 京: 三 修 社;
田久美子・渋谷勝己・小林典子(編).日本語学習者
1995.160 - 179.
の文法習得.東京:大修舘書店;2001.45 - 62.
2)黄朝茂.日本語の格助詞と中国語の介詞との対照.
8)砂川有里子.
「ニ」と「カラ」の使い分けと動詞の意
台湾日本語文学報.2000;15:89 - 114.
味構造について.日本語・日本文化.1984;第 12 号:
3)角田太作.世界の言語と日本語.東京:くろしお出
─ 76 ─
71 - 86.
論 文
大学検診に於ける
新規高血圧スクリーニングシステムの開発とその効果
長 谷 川 洋 子 1)*,松 原 光 伸 2),江 島 豊 2),
太 田 美 智 1),三 井 栄 子 1),佐 々 木 悦 子 1),
洞 口 博 子 1),伊 藤 め ぐ み 1),千 葉 和 美 1),
星 慈 1),大 原 秀 一 1),飛 田 渉 1)
1)
東北大学保健管理センター,2)
東北大学医学部創生応用医学研究センター
要約
みならず,本態性高血圧症自体の原因や誘因をさらに
現在,本邦のみならず,世界的にも大学生の定期健
明らかにできると考えられる.
康診断における血圧健診システムはまだ充分に確立さ
れていない.そのため,治療を必要とする高血圧症の
はじめに
大学生における発症頻度も不明なままである.血圧の
本学のみならず,全国の大学の定期健康診断におい
測定は高校までの健診では行われていないため,大学
て 1 回の随時血圧測定を基本とした高血圧検診では血
生は血圧測定に慣れておらず,自宅での血圧は正常で
圧が高値と判定される学生は毎年 10%前後と高率で
あるが医師や看護師等白衣を着た検者による測定の為
ある 1).このことは全国的に非常に多くの若年者が血
に血圧が上昇する,いわゆる白衣現象が生じる可能性
圧高値と判定されていることになり,本学でも検診対
も高い.そこで,本学では随時血圧測定の回数を増や
象学生数が約 1 万 8 千人のため,定期健康診断時に約
して(3 回)
,随時血圧高値の学生数を絞り込んだ後に,
2 千名が血圧高値となっている.これらの学生に即医
自動血圧計を貸し与えて,自宅血圧を測定する本学独
療機関受診を求めることは医療経済,学生の経済負担
自の学生高血圧スクリーニングシステムを企画,2003
からも,大きな問題となることもあり,この血圧高値
年度から 2005 年度の 3 年間実施した.データの解析の
の学生に対する具体的な対応方法はいまだに確定され
対象は 30 歳未満の学生とした(各年度 約 16,000 −
ておらず,多くの場合,個々の学生に血圧値を知らせ
17,000 名)
.その結果,各血圧測定段階の学生数,最
るにとどまっている.
終的に高血圧診断を受けた学生数が 3 回とも大変類似
一方,血圧測定は高校までの定期健康診断では施行
しており,30 歳未満の学生では経過観察や治療が必
されておらず,大学新入生には大学検診で初めて経験
要な高血圧症の頻度は約 0.5%,治療を開始する必要
することになる.従って,学生の多くは血圧測定に慣
がある本態性高血圧の頻度は約 0.1%と推測された.
れておらず,自宅での血圧は正常であるが医師や看護
また,学生の随時血圧測定では白衣現象が大変な高頻
師等白衣を着た検者による測定の為に血圧が上昇す
度で生じることも確認され,これらの結果は,若年性
る,いわゆる白衣現象 2),3)を呈している可能性も高い.
高血圧の発症率と特徴を検討する上で重要なデータに
しかし,本邦のみならず,世界的にもみても,大学生
なると考えられた.今後さらに本システムを継続して
の自宅血圧を系統的に測定し,大学生における白衣現
データを集積することにより,若年発症の高血圧症の
象もしくは白衣高血圧症の頻度を正確に把握した研究
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学保健管理センター
─ 77 ─
はない 4)− 6).従って,大学生の白衣現象のみならず,
においても高血圧を示した学生に対しては,携帯用の
大学生において治療を必要とする高血圧症の正確な発
家庭血圧計を貸与し,自宅血圧を記録した.自宅での
症頻度も不明なままである.
血圧は 1 日 2 回,起床時と就寝時に測定し,14 日間以
そこで,本学では随時血圧測定の回数を増やして,
上モニターし,日誌に記録の上提出してもらった.
随時血圧高値の学生数を絞り込んだ後に,自動血圧計
高血圧学会の指針に従い,起床時の自宅血圧値を平
を貸し与えて,随時血圧高値の学生の自宅血圧を測定
均値し,収縮期血圧 135mmHg 以上もしくは拡張期血
する本学独自の学生高血圧スクリーニングシステムを
圧 85mmHg 以上の学生を自宅血圧高値と判断,大学病
開発した.この新規システムを 2003 年度から 2005 年
院を受診させた.自宅血圧が基準以下の学生は白衣高
度にかけて 3 年間実施した結果,大学生における白衣
血圧症を判断し,センターにて要経過観察とした.な
高血圧症と,本態性高血圧症の頻度を推測する上で重
お,これら白衣高血圧症と判断された学生では就寝時
用なデータを世界に先駆けて提示することが可能と
の血圧上昇がないことも確認した.大学病院での最終
なったので報告する.
診断の報告を受け,最終的な学生の高血圧診断を確定
した.
方法
また,高血圧スクリーニングはすべての本学大学生
本研究において我々が考案した独自の学生高血圧ス
に均等に施行されたが,本研究では,平均的な大学生
クリーニングシステムの概要を図 1 に示す.随時血圧
における高血圧症の頻度を把握する目的から,データ
測定の血圧高値の判断は日本高血圧学会の指針に従
の解析対象は 18 歳以上 30 歳未満の本学の学部学生・
い,5 分以上の安静を保ったのち自動血圧計にて血圧
大学院生とした.解析対象数は図 2 のごとく,2003 年
を測定し,収縮期血圧 140mmHg 以上もしくは拡張期
度 は 16,464 名,2004 年 度 は 17,032 名 で,2005 年 度 は
血圧 90mmHg 以上を血圧高値とした.定期健康診断で
16,376 名であった.
高血圧を示した学生に定期健康診断当日,保健管理
センターに改めて受診するように説明し,定期健康診
結果
断より 1 ヶ月以内に自動血圧計にて 2 回目の血圧測定
2003 年度から 2005 年度の結果を表に示した.第 1
を行った.2 回目で正常血圧を示した学生はこの時点
次健診(定期健康診断時)では毎年,受診者の 10%
で結果を説明し,終了とした.2 回目においても高血
以上が血圧高値を示したが,3 回随時血圧を繰り返す
圧を示した学生は 2 週間以内の別な日に 3 回目の医師
ことにより,常時随時血圧高値の学生数は毎年 30 名
による血圧測定を行った.3 回目で正常血圧を示した
以内に減少した.この常時随時血圧高値の学生のほ
学生はこの時点で結果を説明し,終了とした.3 回目
とんどに自宅血圧を行ったところ,多くの学生が図 2
図 1 東北大方式高血圧 東北大方式高血圧健診シス
テムの概要
図2 白衣高血圧症の学生(男性:20 歳)の血圧記録
─ 78 ─
表 2003 年度から 2005 年度までの一次健診(定期健康診断)
,二次健診,三次健診および自宅血圧測定時の結果
年 度
2003 年度
2004 年度
2005 年度
16,464
17,032
16,376
12,536(76.1)
12,303(72.2)
12,288(75.0)
1,354
1,367
1,649
789(58.3)
937(68.5)
1,085(65.8)
78
80
99
55(70.5)
57(71.3)
70(70.7)
22
29
30
22(100.0)
27(93.0)
28(93.0)
正常範囲内(白衣高血圧症)
16
24
23
自宅血圧高値者(大学病院受診予定)
6
3
5
本態性高血圧症
6
3
3(2 人未受診)
二次性高血圧症
0
0
0
30 歳未満の学生数
1 次健診
受診者数
血圧高値者数
2 次健診
受診者数
血圧高値者数
3 次健診
受診者数
血圧高値者数
自宅血圧測定
高血圧診断
( )内は受診率
に提示する典型例のごとく自宅での血圧は随時血圧よ
測定のみでは 30 歳未満でも 10%以上の大量の学生が
り著しく低下することが判明した.しかし,一部の学
白衣現象による血圧高値を呈しても,本研究のシステ
生では図 3 に提示する典型例のごとく自宅血圧の低下
ムでは最終的な診断に影響をほとんど与えることがな
があまりなく,平均値も基準値以上のため,大学病院
いことが判明し,この独自のシステムの有用性が確認
を受診することとなった.自宅でも血圧高値が持続し
された.
た学生は大学病院での精査の結果,二次性高血圧症は
学生健診において高血圧スクリーニングはその他多
否定され,すべて本態性高血圧症を診断され,薬物療
くの健診目的のひとつにすぎない.しかも大変な人数
法による血圧コントロールが始められた.
の学生からのスクリーニングを 1 年という時間的制約
本態性高血圧症を診断された学生数は 3 年間で計,
の中で完結することが求められる.このような多様な
13 名であり,受診率の補正により,頻度は全体の学
物理的制限の大きさは,世界的にみても大学健診にお
生(30 歳未満)の約 0.1%と推測された.一方,本態
ける高血圧健診のシステムが確立されていない現状が
性高血圧症に白衣高血圧症を診断された学生を合わせ
物語っている.しかし,本研究のごとく,随時血圧測
ると,全体の学生(30 歳未満)の約 0.5%であった.
定を間隔を置いて 3 回行うことで,白衣現象の影響を
著しく減らす事ができた.これにより,自宅血圧の測
考察
本研究では,定期の健診にて血圧高値であった学生
の随時血圧測定を別の日に 3 回まで測定をつづけ,継
続的に随時血圧が高値の学生にはさらに自宅血圧測定
を加えることにより,大学生の高血圧の診断を最後ま
で確定することができた.さらに,30 歳未満の学生
の結果を解析することにより,若年者である大学生の
高血圧症の頻度を類推することができた.しかも,3
年間に行った 3 回の血圧スクリーニング経過(表)を
比較すると,各血圧測定段階の学生数,最終的に高血
圧診断を受けた学生数が 3 回とも大変類似しており,
再現性の高さを示している.従って,1 回の随時血圧
図3 本態性高血圧症の学生(男性:20歳)の血圧記録
─ 79 ─
定方法の説明など,時間をかけた指導が必要となる自
いない.しかし,本研究を継続して,高血圧症と診断
宅血圧測定の対象学生数を限定し,一定の期間内に自
される学生の人数が多くなると,遺伝背景 7),食生
宅血圧測定を完了することが可能となった.自宅血圧
活 8),肥満 9)などとのかかわりを含め,現在もまだ多
を測定した結果,随時血圧が常に高い学生においても
くの疑問が残されている本態性高血圧症自体の原因や
その多くが白衣高血圧症であることも判明した.その
誘因の解明することに役立つと考えられる.
一方,治療を必要とする学生も確実にスクリーニング
し,早期治療開始にこぎつけることにも成功した.
本研究では,今後さらに解決すべき問題として,以
下のふたつが点挙げられる.ひとつは血圧の基準であ
本研究では本態性高血圧症として治療必要な学生が
る.本研究では日本高血圧学会の診断指針にそって基
30 歳未満では 0.1%と,1 次健診の結果から比較する
準値を決めているが,この基準値は中年以降の高齢者
と,大変低い可能性が示された.一般に本態性高血圧
をもとに作成されている.従って,大学健診のごとく,
症は中年以降に発症するため 4),疾患頻度も比較的高
若年者を対象とする場合,より厳しい基準値が求めら
齢者を対象として検討されてきた.逆に若年者では健
れる可能性がある.しかし,若年者での基準が世界的
診システムも確立されておらず,発症率も今回あらた
に存在せず,また,上記のごとく大学健診では物理的
めて白衣現象の影響を強くうけることが明らかとなっ
制約も多い.本研究における試算では,随時血圧の基
た 1 回の随時血圧測定をもとに推定されるにとどまっ
準値を収縮期と拡張期ともに 5mmHg 下げると,2 次
ていた 1),5),6).
検診を必要とする学生数が数倍(4000 − 5000 名)と
本研究での健診システムでは上記のごとく,結果の
なり,1 年間でのスクリーニングシステムの完了が物
再現性にも優れていたことから,本研究で明らかと
理的に不可能となる.従って,基準値の問題に対して
なった 30 歳未満の学生の白衣高血圧症と本態性高血
は,今後現在の基準で本研究継続し,当初随時血圧が
圧症の頻度は今後,若年性の高血圧症の発症率を確定
基準値以下の学生が経時変化により高血圧症として認
していく上で重要なデータのひとつになると考えられ
識されるようになる頻度を明らかにすることにより再
る.ただし,この再現性の高さは一定の学生が常にス
検討する必要があると考えられる.
クリーニング過程で脱落することも示しており,本研
もうひとつの問題点は,近年その存在が認識される
究結果は健診に参加する性格の学生に基づく結果であ
ようになった仮面高血圧症 10) が本スクリーニングシ
ることから Selection bias の影響も考えられる.従っ
ステムでは把握できないことである.仮面高血圧では
て,今後の研究継続において,脱落者への介入研究の
白衣高血圧症とは逆で,随時血圧は正常でも自宅血圧
企画も必要と考えられる.また,学生の出身地域や家
が高い状態となる.つまり,学生健診に限らず,集団
庭 環 境 な ど, 東 北 大 学 特 有 の 社 会 背 景 に 基 づ く
検診では把握できない高血圧症でもあり,この仮面高
Selection bias の問題もあり,本研究におけるシステム
血圧症を発見するには健診対象者全員に自宅血圧測定
が他の社会背景が異なる大学にも普及し,データを重
を課する必要が出てくる.これには大量の自動血圧計
ねることもより正確な若年者の高血圧発症率を推定す
と測定指導に要する充分な時間が不可欠であり,制約
る上で必要と考えられる.
の多い学生健診では物理的に不可能とも考えられる.
上記のごとく,本研究により 30 歳未満の学生は経
しかし,この仮面高血圧症の頻度は高齢者において,
過観察もしくは治療が必要となる高血圧の学生数は 1
本態性高血圧症の頻度よりかなり低いことも判明して
回の血圧測定結果よりかなり少なく,3 年間を通して
いる 10).従って,本態性高血圧症の頻度が約 0.1%程
も本態性高血圧症と診断された学生数は 13 名のみで,
度と考えられる 30 歳未満の学生では仮面高血圧症は
白衣高血圧症を入れても,60 名弱と少人数であった.
たとえ存在して非常に低い頻度とも考えられ,現時点
従って,現時点では,高血圧症と診断された学生の背
では本学の学生健診の目的として仮面高血圧症の把握
景や生活状態など,若年性高血圧症発症の原因や誘因
を取り入れるのは現実的ではないとも判断される.ま
となりえる要因を検討するには充分な人数には達して
た,仮面高血圧症とは少し異なるが,3 回の随時血圧
─ 80 ─
測定の間に偶然本来より低い血圧値を計測し,正常と
Japan. Hypertens Res 2003;26:445 − 452.
された学生が混入する可能性もある.しかし,この健
2)Stanek B and Bruckner U. The white coat effect and self-
診システムは毎年実施されており,このような学生は
recording of blood pressure. Lancet 1989;11;1(8633)
:
継続的な健診への参加により確実にスクリーニングさ
329
れると考えられる.
3)Pickering TG, James GD, Boddie C, Harshfield GA, Blank S,
Laragh JH. How common is white coat hypertension?
結論
JAMA 1988; 259:225 − 228.
3 回の随時血圧測定に加えて,自宅血圧測定を導入
4)Kotchen JM, McKean HE, Kotchen TA. Blood pressure
することにより,経過観察や治療が必要な高血圧症の
trends with aging. Hypertension 1982;4:III128 − III134.
学生を効率的にスクリーニングできた.その結果,30
5)Berenson GS, Wattigney WA, Webber LS. Epidemiology of
歳未満の学生では経過観察や治療が必要な高血圧症の
hypertension from childhood to young adulthood in black,
頻度は約 0.5%,治療を開始する必要がある本態性高
white, and Hispanic population samples. Public Health Rep
血圧の頻度は約 0.1%と推測された.また,学生の随
1996;111 Suppl 2:3 − 6
時血圧測定では白衣現象が大変な高頻度で生じること
6)Weir MR. Impact of age, race, and obesity on hypertensive
も確認され,これら結果は,若年性高血圧の発症率と
特徴を検討する上で重要なデータになると考えられ
mechanisms and therapy. Am J Med 1991;90:3S − 14S.
7)Matsubara M. Genetic determination of human essential
た.今後さらに本システムを継続してデータを集積す
hypertension. Tohoku J Exp Med 2000;192:19 − 33
ることにより,若年発症の高血圧症のみならず,本態
8)Matsubara M. Renal sodium handling for body fluid
性高血圧症自体の原因や誘因をさらに明らかにできる
maintenance and blood pressure regulation. YAKUGAKU
と考えられる.
ZASSHI 2994;124:301 − 309
9)Schack-Nielsen, L, Holst C, Sorensen TI. Blood pressure in
謝辞
relation to relative wight at birth through childhood and
本研究の一部は平成 17 年度東北大学高等教育開発
youth in obese and non-obese adult men. Int J Obes Metab
推進センター長 特別研究費によった.深謝致しま
す.
Disord 2002;26:1539 − 1546
10)Palatini P, Winnicki M, Santonastaso M, Mos L, Longo D,
Zaetta V, Dal Follo M, Biasion T, Pessina AC. Prevalence
References
and clinical significance of isolated ambulatory hypertension
1)Kawasaki T, Uezono K, Sanefuji M, Utsunomiya H, Fujino T,
Kanaya S, Babazono A. A 17 − year follow-up study of
hypertensive and normotensive male university students in
─ 81 ─
in young subjects screened for stage 1 hypertension.
Hypertension 2004;44:170 − 174.
論 文
学生相談の支援活動における水準と視点
−面接室における支援と面接室から踏み出しての支援−
池 田 忠 義 1)*,吉 武 清 實 1),高 野 明 1),
佐 藤 静 香 1),関 谷 佳 代 1),仁 平 義 明 2)
1)東北大学高等教育開発推進センター,2)
東北大学大学院文学研究科
1.はじめに
は,学生相談の基本的な役割・機能を示しているが,
(1)学生相談の活動モデル
同時に,時代により学生相談機関への要請は変化し,
学生相談においては,来談した学生に対してカウン
それを踏まえた学生相談機関やその活動のあり方が求
セリング等の支援を行うことが中心になる.しかし,
められるようになっている.鶴田 3)は,今後の学生相
同時に,教職員や家族へのコンサルテーションも行っ
談機関の役割として,
「学生生活支援の統括部門とし
ており,更には,学生や教職員への教育的働き掛けを
て責任を持つことが求められる」と述べており,吉武 4)
求められることもある.学生相談機関が,大学教育に
は,大学コミュニティにおける多水準への働きかけを
おいて一定の役割や責任を果たしていることは明白で
志向するものとして,「学生相談へのコミュニティ・
あるが,その役割,あるいは,周囲からの期待や要求
アプローチモデル」を提言している.
は,大学によって,時代によって変化しうるものでも
ある.それだけに,学生相談とは何をすることである
(2)各大学における実践の報告
のか,学生相談機関あるいは学生相談担当者の役割と
わが国の各大学における学生相談の体制としては,
は何であるかを明確にすることが,学生相談担当者に
学生相談所(室)あるいはカウンセリング・センター
とっても,大学にとっても重要なものである.
等の名称で,学内に他部局から独立した形で学生相談
学生相談の活動における先駆的モデルとしては,下
機関があり,そこに学生相談担当者が配置されている
山ら の提起したものがある.下山らは,学生相談に
場合と,国立大学法人における保健管理センターのよ
おける心理臨床モデルについて検討する中で,学生相
うな医療担当機関の中に学生相談スタッフが配置され
談活動の全体構造として,①援助活動,②教育活動,
ている場合とに大別される.
1)
③コミュニティ活動,④研究活動という分類枠を設定
ここでは,前者のような学生相談機関があり,複数
し,それぞれの活動における具体的方法を提示してい
のスタッフが配置されて先進的な取り組みをしている
る.また,森 によれば,アメリカにおける学生相談
大学(九州大学,東京大学,名古屋大学,東北大学)
の代表モデルとして,立方体モデル(
“cube”model)
について,どのような形式で活動状況が報告されてい
があるという.そのモデルとは,①介入の対象(個人,
るかを提示する.
2)
第一次集団,共同集団,機関・地域集団)
,②介入の
九州大学学生生活・修学相談室 5)においては,活動
目的(治療,予防,発達),③介入の方法(直接サー
報告を,①相談室構成教職員名簿,②相談員の役割
(申
ビス,コンサルテーション・トレーニング,メディ
し合わせ)
,③学生相談実施状況,④ピア・アドバイ
ア)
,の 3 次元の組み合わせによって,学生相談の活
ス 活 動, ⑤ 1・2 年 生 を 対 象 と し た グ ル ー プ 活 動,
動を説明しようとするモデルである.こうしたモデル
⑥学び方を学ぶワークショップ,⑦単位取得数の少な
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター(学生相談所)
─ 83 ─
図1.学生相談における支援・協働の水準
い学生へのアプローチ,⑧全学教育を通じての一般学
2.本研究の目的と方法
生への働きかけ,⑨ブラウジング・ルームの運営, (1)目的
⑩広報活動,⑪学生生活・修学相談室会議報告,に分
東北大学学生相談所の支援活動の実践について,支
けている.東京大学学生相談所 においては,①援助
援・協働の水準という観点から捉え直し,学生相談活
活動,②教育活動,③コミュニティ活動,④研究活動,
動における最近の動向を明確にすると同時に,学生相
に分けている.名古屋大学学生相談総合センター
談活動の視点及び相談担当者の姿勢について考察する.
6)
7)
においては,①全体の概況,②学生支援(相談実施状
況,新入生アンケートの結果,1・2 年次生への適応
(2)方法
援助体制についての連絡会の報告,1・2 年次生のた
学生相談機関の大学コミュニティにおける位置づけ
めの進路・就職セミナーの報告,メンタルヘルス講演
及び支援・協働の対象に基づく活動の水準を提示す
会の報告,ピア・サポートの報告,就活サポーターの
る.そして,その枠組みに沿って,平成 14 年度から
報告),③研究(研究会の報告,業績)
,④教育(全学
平成 16 年の 3 年間の東北大学の学生相談における支援
教養科目の報告)
,に分けている.東北大学学生相談
活動について整理する.
所 8)においては,①相談援助活動,②調査・研究活動,
③教育活動,④予防・広報活動,⑤その他(高大接続
3.学生相談機関の位置づけとその活動水準
としての予防教育,他大学支援・連携の活動,スー
パービジョンなど)
,に分けている.
大学コミュニティにおける位置づけ及び学生相談機
関が関わるシステム,そして,実際に支援・協働する
これらを見ると,学生相談機関に共通する活動とし
対象を整理すると,図 1 のようになる.
て,①相談活動,②授業を通しての教育活動,③広報
まず,実際の相談者である学生個人(水準Ⅰ)があ
活動,④比較的少人数での心理教育プログラム,が行
り,その学生を取り巻くマイクロシステムとして研究
われていることが分かる.
室構成員や友人などがある(水準Ⅱ)
.また,それら
を含むより大きなシステムとして大学組織とその構成
─ 84 ─
表1 学生相談の支援活動の水準と実践内容
水準
対 象
水準Ⅰ
相談者としての学生個人
水準Ⅱ
研究室・友人等
実践内容
個別相談
(1)個別相談に対応しての関係者との連携・協働
(2)個別相談から学生支援体制作りの契機
(1)より多くの学生の成長・適応支援
水準Ⅲ
大学組織とその構成員
(2)教職員との問題意識の共有
(3)各部局の支援体制との連携
(4)各部局・全学の上層部への上申
水準Ⅳ
地域社会・日本社会・他大学学 (1)他大学での講演
生相談機関等
(2)地域の学生相談関係者との事例検討会
員がある(水準Ⅲ).そして,大学を取り巻くシステ
がりの急激な上昇を続けてきている.しかし,平成
ムとしての地域社会・日本社会といったものがあり,
16 年度は,相談者数は前年に比べて 30 人減少(859 人
そこに,他大学やそこの相談機関も含まれる(水準
か ら 829 人 へ) し, 相 談 回 数 は 前 年 に 比 べ て 542 件
Ⅳ)
.
(4047 件から 3505 件へ)減少している.15 年度までの
急激な増加傾向は学内における学生相談所の認知度の
4.東北大学における学生相談の実践
上昇,学生の相談ニーズの高まりなどに起因すると思
各水準における支援・協働の対象及び実践内容の概
われる.一方,16 年度の相談者の減少は,各部局で
要については,表 1 のとおりであった.以下に,各水
の履修相談体制の充実によると考えられ,相談回数の
準の実践内容について詳しく述べる.
減少は,増加した相談件数に対処するために面接間隔
を空ける形で対応するという面接スタイルの変化に起
(1)水準Ⅰ
因すると考えられる.
この水準での活動は,個別相談(カウンセリング)
大学または大学院に入学してくる者が多様化してい
であり,この活動が心理臨床の専門家としての学生支
ることに伴い,相談者の年齢・生活背景,相談者の抱
援の中心になる.
える問題も多様化している.具体的な相談内容として
学生相談所は,どのような相談でも受けるというこ
は,発達障害を抱えた学生の対人関係・学業でのつま
とを標榜しており,いわゆる「よろず相談」を受け付
ずき,いわゆるアカデミック・ハラスメントの被害の
けている.そのため,相談内容とその援助は多岐にわ
訴え,自傷・自殺の試みやおそれ,不登校・引きこも
たっている.相談内容としては,数は少ないが単位履
り,といったものがあげられる.
修の仕方や時間割の組み方が分からないといったもの
このような相談者・相談内容の変化が,支援の方法
もあれば,自傷・自殺や重い精神症状に悩むものもあ
にも大きく影響しており,相談者個人とのカウンセ
るなど,幅が広く,それに対応する形で,援助形態も,
リングだけでは対応できず,本人の周囲の関係者と協
情報提供ですむものから,精神科医との連携が欠かせ
力して対応することが増えている.すなわち,水準Ⅰ
ないもの,心身の危機的な状態に対しての危機対応ま
の支援だけでなく,水準Ⅱ・Ⅲの次元での支援が求め
でと,その幅は広い.
られるようになってきている.
ここ数年間の個別相談に関する特徴としては,①相
談者・相談回数の増加傾向の変化,②相談者・相談内
(2)水準Ⅱ
容の多様化,があげられる.
この水準の主な支援は,個別相談に対応するために
相談者数,相談回数の経年変化を見ると,平成 14
関係者と連絡を取り合い,協力して対処するものであ
年度,平成 15 年度と,それ以前に引き続き,右肩上
る.そして,こうした対応の結果が,各部局の判断で
─ 85 ─
学生支援の体制を作る動きにもつながっているものも
化している.
ある.ここでは,両者を分けて,以下に述べる.
アカデミック・ハラスメントへの対応システムにつ
1)個別相談に対応しての関係者との連携・協働
いては,平成 14 年度,農学部・農学研究科の学生が,
個々の相談に応じて,関係者と連携・協働としてい
指導教員から攻撃的言動を受けていると訴える相談が
る具体的な内容として,①関係者へのコンサルテー
続き,その都度,部局の教員に連絡を取って対応した
ション,②関係者への紹介,③相談者と関係者の仲介,
結果,翌年度から,部局において,学生委員会,大学
とに分類できる.具体的には,ひきこもりや不登校の
院学生委員会がアカデミック・ハラスメント問題に対
学生について,研究室の構成員や家族が本人とどう関
応することとし,相談窓口を明示する形にした.
わるかについて関係者に助言したり,発達障害を抱え
る学生について,本人の特徴や対応の仕方を相談員か
(3)水準Ⅲ
ら授業担当者に情報を提供して,配慮を依頼したりし
水準Ⅲについては,支援・協働する対象とその内容
ている.また,学生が教務に関することや就職に関す
に基づき,①より多くの学生への成長・適応支援,
ることで情報を欲しているときに,それぞれの担当の
②教職員との問題意識の共有,③各部局の支援体制と
事務職員に連絡をとり,関係者を紹介している.就職
の連携,④各部局や全学の上層部への上申,の 4 つに
相談においては,担当事務職員が情報提供を担当しつ
分類した.各分類の実践については,以下のとおりで
つ,相談員がカウンセリングを行うという形で対応す
あった.
ることも少なくない.相談者が対人トラブルを訴えて
1)より多くの学生への成長・適応支援
いる場合に,その相手と本人との間に入って関係調整
より多くの学生への成長・適応支援の中心になって
を行うこともある.
いるのは,平成 15 年度から開始した予防教育として
2)個別相談から学生支援体制作りの契機
の授業である.この授業は,「学生生活概論−学生が
相談員が個別の相談に対応するプロセスで,関係部
出あう大学生活の危機と予防−」
というテーマであり,
局の関係者との協力を重ねた結果,同様の問題に対応
全学部 1 年生を対象に,学生相談所スタッフ全員が担
できるシステムを各部局が自発的に作り上げている.
当する形で授業を行った.各回のテーマについては,
具体的には,①工学部・工学研究科,理学部・理学研
大学生活の中で誰もが出あう可能性のある問題を取り
究科における補習ピア・サポート事業,②農学部・農
上げることにした.平成 15 年度,平成 16 年度と,300
学研究科におけるアカデミック・ハラスメントへの対
名以上の学生が履修する授業になっている.
応システムがあげられる.
また,心理教育としてのグループワークを継続し
補習ピア・サポート事業については,平成 12 年度
た.平成 14 年度は,学生相談所で継続相談中の学生
に「授業が分からない」という相談が工学部 1 年次学
を中心に,アサーション・トレーニングを実施した.
生から多数寄せられたことから,その実情を相談所か
平成 15 年度,16 年度は,上記「学生生活概論」の受
ら工学部・工学研究科に伝え,大学院生による補習が
講者の中で,参加を希望したものを中心に実施した.
行われ,平成 13 年度以降は,
「TA 修学アドバイザ」
講義のテーマの一つに「アサーティブな関係」があり,
として大学院生を登録し,その活動を予算化した.平
それを受講した上で,グループワークを行っており,
成 14 年度以降もその活動が継続しており,勉強が分
講義と実習の連続性を持たせている.毎回,10 数名
からない,授業についていけないと訴えて学生相談所
の学生が参加した.
を訪れる学生については,工学部・工学研究科と連携
2)教職員との問題意識の共有
し,TA 修学アドバイザの大学院生が補習を行ってい
学生相談を通して見える学生の現状や学生の抱える
る.また,こうした工学研究科の補習ピア・サポート
問題,それらへの対応方法等について,教職員で共有
の動きを受けて,平成 16 年度以降,理学部・理学研
することを目的として,学生相談所が共催し,教育・
究科においても,大学院生による学業面の支援が制度
学生支援担当副総長を座長として,「学生相談・学生
─ 86 ─
サービス研究協議会」を実施した(平成 14 年度・15
対応するという体制作りなどにつながっている.
年度:4 回,平成 16 年度:2 回).取り上げたテーマは,
平成 16 年度に,教育・学生支援担当副総長が座長
学生相談・学生サービス体制のあり方,学内教職員連
となって,「
『学生が抱えている問題』に関する全学情
携及び相談窓口における対応,不登校・ひきこもり,
報交換会」が実施され,それを契機に,学生相談所か
自殺,ハラスメント問題,留学生の問題等であった.
ら各部局に連絡する際の担当者責任者を明確にしてお
加えて,平成 14 年度から,修学や進路,就職に関す
くことの重要性を伝え,各部局の担当責任者を決定し
ることにテーマを特化した会として,「
『修学・進路・
てもらい,
「全学『学生支援相談責任者』協議会」を
就職』学習・連絡会」を年 1 回実施した.
実施した.
また,各部局における FD や SD において講演を実
また,毎年 4 月と 10 月のセメスター開始当初に,1
施した.ハラスメント予防,不適応学生の理解,窓口
年生を中心に履修に関する相談が多数あるという実状
対応の理解等を目的とし,
「東北大生の悩みと対応」
,
を大学教育センター長に伝え,その結果,平成 15 年
「大学生の不登校・不適応問題」,
「窓口対応」といっ
度から,当該時期に,各部局で履修相談を担当する窓
たテーマで行った.
口を明示し,学生の相談に応じる体制が作られた.そ
3)各部局の支援体制との連携
れに伴い,学生相談所においては,情報提供で対応で
各部局単位で,学生の相談や支援の体制を作る動き
きるような履修相談の件数は減少した.
が生じており,それらの部署と連携して学生の対応に
当たった.具体的には,平成 16 年度に,農学部・農
(4)水準Ⅳ
学研究科において「学生支援室」,工学部・工学研究
水準Ⅳについては,高大接続としての予防教育,他
科において「教育相談室」
,理学部・理学研究科にお
大学支援,他大学の学生相談担当者との連携といった
いて「キャンパスライフ支援室」が相次いでできた.
ことがあげられる.平成 14 年度から 16 年度にかけて,
その立ち上げに関して,相談体制のあり方等について
東北地区の大学を中心に他大学において,教職員を対
助言し,各相談窓口ができた後は,必要に応じて学生
象とした研修において,
「学生の現状」等のテーマで
相談所から各窓口を紹介したり,各窓口から紹介され
講演を行っており,平成 15 年度からは,地元の高校
て来談した学生の相談に対応したりした.
において生徒や保護者を対象に講演を行っている.ま
また,平成 16 年度から,農学部・農学研究科に設
た,平成 15 年度から,近隣の学生相談担当者と共に,
立された
「学生相談室」に,相談員 1 名が週半日出向き,
学生相談に関する事例検討会を始め,約 2 ヶ月に 1 回
カウンセリングを行っている.
のペースで継続している.
平成 15 年度から,文系 4 学部(文学部・教育学部・
法学部・経済学部)が協力して「就職情報室」が設立
され,就職に関する情報提供を行うようになってお
4.考察
(1)学生相談の支援活動における最近の特徴
り,そこに,相談員が週半日出向き,キャリア・カ
平成 14 年度から 16 年度の 3 年間にわたる東北大学
ウンセリングを行っている.
の学生相談活動における特徴を整理し,考察する.
4)各部局や全学の上層部への上申
1)個別相談の多様化とそれに伴う対応の変化
平成 14 年度から,いわゆるアカデミック・ハラス
不登校やひきこもりに関する研究室のスタッフや家
メントに関する相談が増え,相談に応じて各学部・研
族からの相談,自傷行為を反復していたり,自殺のお
究科等に対応を依頼した.その際に,問題の深刻さ,
それの高かったりする者の相談は従来からあったが,
対応システムの整備の必要性を各部局長や上層部に伝
そうした相談件数が増えている.それに加え,発達障
えた.そのことが,従来のセクシュアル・ハラスメン
害を抱えた学生が対人関係や学業・就職でつまずいて
ト委員会をハラスメント委員会へと発展させ,セク
来談するケース,研究室等における人間関係のトラブ
シュアル・ハラスメント以外のハラスメント問題にも
ルで来談するケース,いわゆるアカデミック・ハラス
─ 87 ─
メントの被害を訴えるケースといった,従来にはあま
おり,学生相談所スタッフが全員で予防教育を行おう
り見られなかった相談が急激に増加している.
というものである.すなわち,学生相談担当者だから
こうした個別相談の多様化に伴い,相談員の対応も
こそ見える大学生活における問題やそれへの対処の仕
変化を迫られている.面接室におけるカウンセリング
方を多くの学生に伝達することで,問題の発生を予防
だけでは対応できないことが増えており,関係者への
することを目指しており,学生相談の知見を全ての学
コンサルテーションや緊急連絡を行うこと,相談者の
生に還元する形で,正課教育の役割を担うというもの
心理的特徴について授業担当者や研究室スタッフに伝
である.一部の学生を支援するばかりでなく,学生全
え,特別な配慮や対応を依頼すること,対人関係のト
体を支援するという役割を明確に示す活動であると言
ラブル解決のために研究室や部局に環境調整を依頼す
える.
ることなどが必要になってきている.面接室における
この授業は,問題発生の予防と同時に,学生が学生
カウンセリングによって心理面の支援をすると同時
相談所を身近なところに感じることによる早期介入に
に,面接室外において関係者と連携・協働すること
もつながっている.また,相談所スタッフにとっては,
で,本人を取り巻く環境からの現実的支援の促進を図
相談に訪れない多くの学生の実状を知る貴重な機会と
ることが重要になっている.
なっている.
2)各部局における支援の重要性の認識と各部局支援
4)教職員との問題意識の共有に向けての活動の重点化
体制との連携
「学生相談・学生サービス協議会」
や
「『修学・進路・
各部局において,学生支援の重要性を認識したこと
就職』学習連絡会」によって,学生相談を通して見え
を反映する動きとして,ピア・サポート事業やアカデ
る学生の現状,大学教職員が取り組むべき問題や対応
ミック・ハラスメントへの対応システムの整備のよう
等について,教職員に向けて発信すると同時に,教職
に,個別相談がその契機となっているもの,部局独自
員からの情報を得ることで,学生の支援について共通
の相談室設置のように,各部局の判断で学生支援の体
の問題意識を持つ活動が増えている.
制を充実させているものがある.それに伴い,こうし
不登校やひきこもり,ハラスメント,留学生の問題
た各部局の支援体制や相談窓口と学生相談所が連携・
といったことがどの部局においても珍しくない状況に
協働する機会が増えている.具体的には,補習を必要
なりつつあるだけに,対応に苦慮している教職員を支
として相談に訪れる学生については工学部・工学研究
援することで,問題の発生を未然に防ぐという予防的
科や理学部・理学研究科に依頼して,大学院生による
な意義を持っている.
ピア・サポートを行ってもらっている.また,相談所
5)各部局や大学上層部への上申の機会の増加
に訪れた学生で,進路や修学に関する詳しい情報を必
アカデミック・ハラスメントの問題,進路や就職の
要とするケースについては,各部局の相談窓口を紹介
問題等,従来の大学のシステムでは対応が難しい相談
し,各部局の相談窓口を訪れた学生で心理面のケアが
が増えてきており,こうした問題に対応できるシステ
必要と判断されたケースについては,学生相談所を紹
ムを作ることの必要性・重要性を各部局や大学の上層
介されたりしている.相談員としては,各部局の支援
部に伝え,学生支援の体制を整備することを提言する
体制を十分知り,最も適切に対応できる窓口を必要に
機会が増えている.学生にとっての危機,大学にとっ
応じて紹介しあうという姿勢が必要になり,各部局と
ての危機に対処できるシステム,より良い大学環境を
の連携のあり方が,各部局の学生相談機関に対する評
作っていくために大学という組織の変化に貢献する活
価や信頼感に密接につながる.
動であると言える.
3)より多くの学生の成長・適応支援への動き
全学部 1 年生を対象として,授業「学生生活概論」 (2)学生相談の支援活動への姿勢:面接室におけ
を開講した.これは,相談に訪れる学生のみならず,
る支援と面接室から踏み出しての支援
多くの学生の成長や適応を支援することを目的として
上記のような学生相談活動の最近の特徴を踏まえ,
─ 88 ─
学生相談の実践に求められる姿勢について考察する.
を促す役割を果たすことになると言える.
第一に,個別相談に柔軟に対応する姿勢があげられ
これらに共通するのは,「面接室における支援」に
る.相談者へのカウンセリングだけでは対応できない
とどまらず,
「面接室を踏み出しての支援」を行うと
ケースが増えているだけに,関係者と連携・協働しつ
いうことである.「面接室における支援」とは,カウン
つ相談に当たることが必要とされる.そのため,個人
セリングを中心に個々の相談者に対応することであ
の内面に目を向けた理解や支援と同時に,個人を取り
り,「面接室を踏み出しての支援」とは,個々の相談
巻くシステムやサポート資源を考慮した理解や支援が
者を支援するために関係者と連携・協働することに加
重要になる.そして,関係者の依頼を受けてコンサル
え,学生全体,教職員全体,更には,大学という組織
テーションをすることに加え,自らが関係者に積極的
全体を支援するということである.
に働き掛けて協力体制を築くような柔軟な対応が望ま
(3)学生相談活動における心理支援の視点
れる.
次に,相談に訪れる学生のみならず,より多くの学
上述のように,学生相談活動における心理支援と
生の支援に寄与するという姿勢である.学生相談担当
は,相談に訪れた個々の学生を支援することを中心と
者の業務の中心が,個別の相談に応じた学生の支援で
しつつも,それのみにとどまらず,学生全体,更には
あることは論を待たないが,それを果たせば事足りる
大学という組織やその構成員全体を支援するものであ
というわけではない.正課教育を通じて,
「予防」とい
る.そして,そこにおいては,個々の学生への心理的
う観点から学生全体を支援すること,大学教育の役割
支援を行うと同時に,そこで得られた知見に基づき,
や責任を果たすという意識が重要になると考えられる.
学生全体の心理的な問題の発生率を下げることや,問
第三に,学生と関わる教職員を支援するという姿勢
題発生時には早期に対応し,その深刻化を防ぐことが
である.このことは,学生の成長・適応を間接的に支
重要な役割になる.
援すること,学生相談機関や担当者への信頼感・安心
この学生支援の視点及び立脚点の一貫性を示すため
感を作っていくことにつながる.これらは,学生の成
に,学生相談活動における心理支援について,第一次
長や適応を促進するような大学の「空気」を作ってい
心理支援,第二次心理支援,第三次心理支援と 3 つの
くこと,教職員から学生相談担当者の「顔」が見える
類型に分けて考えることにする.Caplan9)は予防活動
ようにすることであると言える.
を,第一次予防・第二次予防・第三次予防に分類する
第四に,学生支援体制の充実化に向けて,各部局や
ことで,従来の「予防」と「治療」の間の連続性を強
全学の上層部に積極的に働き掛けるという姿勢であ
調したが,ここで用いる「心理支援」という概念も学
る.大学の今後の方向性を決定する大きな権限を持つ
生相談における支援活動の内容及び視点の一貫性を示
立場の教職員に対して,より良い大学の支援体制作り
すものである.
に向けての提言を行っていくことで,大学環境の改善
第一次心理支援は,学生全体の成長や発達を促進さ
表 2 学生相談機関における支援活動の 3 類型
支援の類型
目 的
対象
第一次心理支援
学生全体の成長・発達を促進する
こと
学 生
正課教育(「予防教育」
),心理教育プログラム等
第二次心理支援
学生やその関係者の早期相談・早
期問題解決への意識を高めること
教職員
研修会・協議会等
学 生
広報活動や授業等
教職員
連携・協働の積み重ね,職員研修等
第三次心理支援
相談に来た学生の適応・問題解決
を支援すること
学 生
個別相談に対するカウンセリング
教職員
必要に応じて連携・協働
─ 89 ─
具体的方策
せることを目的としており,具体的な方策としては,
勢が重要になる.
学生に対する予防教育や心理教育プログラム,学生の
現状や対応の仕方についての伝達を目的とした教職員
に対する研修会・協議会といったものがあげられる.
文献
1) 下山晴彦・峰松修・保坂亨・松原達哉・林昭仁・齋藤
東北大学における予防教育の講義である「学生生活概
憲司.学生相談における心理臨床モデルの研究−学生
論」やアサーショントレーニング,学生相談・学生
相談の活動分類を媒介として−.心理臨床学研究.
サービス研究会を始めとする教職員向け各種研修会と
1991;9(1)
:55 − 69
いったものが含まれる.第二次心理支援とは,学生や
2) 森裕子.アメリカにおける学生相談−その 1.歴史・
関係者の早期相談・早期問題解決への意識を高めるこ
理 論・ 組 織・ 運 営・ ス タ ッ フ −. 学 生 相 談 研 究.
とを目的とし,具体的な方策としては,学生に対する
1989;10(1)
:4 − 18
広報活動や授業,教職員との連携・協働の積み重ね,
3) 鶴田和美.
「
『一隅を照らす灯台』ライトアップし,存
職員研修等がある.学生・教職員に,学生相談機関の
在感を示すことが求められる」
.第 37 回学生相談研究
役割や学生相談スタッフの「顔」を知ってもらうこと
会議報告書.2004:14 − 16
により,学生相談機関の利用率を上げてもらうことで
4)吉武清實 改革期の大学教育における学生相談−コ
ある.第三次心理支援とは,相談に来た学生の適応・
ミュニティ・アプローチモデル−.教育心理学年報.
問題解決を支援することであり,個々の学生に対する
2005;44:138 − 146
カウンセリングが中心となり,必要に応じて教職員と
5)九州大学学生生活・修学支援室紀要.2004;第 6 号
連携・協働することになる.以上の,各支援の目的及
6)名古屋大学学生相談総合センター紀要.2004;第 4 号
び具体的方策については,表 2 に示したとおりである.
7)東京大学学生相談所紀要.2001;第 12 号
このような視点に立って 3 つの形の心理支援を行う
8)東北大学学生相談所紀要.2005;第 31 号
に際しては,相談担当者は,面接室にいて「受動的」
9)Caplan G.. Principles of Preventive Psychiatry. New York:
に来談者を待つ姿勢ではなく,面接室から踏み出し
Basic Books; 1964(新福尚武監訳.予防精神医学.朝
て,
「積極的」に,学生や教職員に働きかけていく姿
倉書店;1970.
)
─ 90 ─
論 文
学生相談活動における情報提供のあり方についての検討
-学生が求める情報についての質的分析から-
高 野 明 1 )* , 吉 武 清 實 1),池 田 忠 義 1)
佐 藤 静 香 1),関 谷 佳 代 1),仁 平 義 明 2)
1)
東北大学高等教育開発推進センター,2)東北大学大学院文学研究科
1.はじめに
レッテルに関する権利,⑨守秘の本質と目的,⑩治療
近年,学生相談の現場では,ハラスメント問題への
の効能とリスク,⑪代替療法,⑫セッションの録音ま
対応,困難な事例への対応,個人情報の保護,訴訟の
たは録画,という 12 項目を挙げている.学生相談の
危険性の増大など,実践における学生への情報提供を
実践において,コウリーらが挙げた多岐にわたる項目
より慎重に行うことが求められるようになりつつあ
すべてを遺漏なく伝えることは,容易なことではな
る.しかし,来談者である学生に対して説明を行った
い.一度に多くの情報を与えすぎて,来談学生を混乱
上で同意を得る「インフォームド・コンセント」につ
させてしまうことも考えられるし,逆に,必要な情報
いて,学生相談における一定の標準的な方法が確立さ
を提供せずに,来談学生の自律的選択を妨げることも
れているとは言い難いのが現状である.学生相談の実
考えられる.
践においては,ガイダンスのような比較的軽微な事例
学生相談機関を利用するにあたって,学生が求める
から,長期にわたる援助が必要な深刻な事例まで,幅
情報はどのようなものかを把握しておくことによっ
広い援助を行う中で情報をどのように提供するかとい
て,インフォームド・コンセントのプロセスにおい
うことが課題となり,そもそも定型的な方法での情報
て,学生が必要とする情報をより効果的に提供するこ
提供が難しいということも,標準的な方法の確立に障
とができるだろう.
害となっていると考えられる.
インフォームド・コンセントのプロセスでは,学生
初めて来談する学生は,学生相談における援助がど
が来談した後に,どのような情報提供を行うかが課題
のようなもので,学生自身にどのような権利があり,
となるが,学生が学生相談機関に来る前にどのような
どのような責務を負っているのかを知らないことがほ
情報を与えられているかということも同様に重要であ
とんどである.学生相談が提供するサービスを学生自
ろう.どのような情報が与えられているかということ
身が自律的に選択できるように,学生相談カウンセ
が,学生が援助を求めるかどうかの意思決定に関わっ
ラーが何をどのように伝えるべきかをより明確にして
てくると考えられるからである.
いくことが求められていると言えるだろう.
コウリーら
学生が学生相談機関に援助を求めるという行動は,
は,援助専門職のインフォームド・
援助要請行動の一部であると考えられる.高野と宇留
コンセントのプロセスにおいて,来談者に知らせてお
田 2)は,学生相談に対する援助要請の意思決定におけ
くべきこととして,①治療過程,②セラピストの背景,
る,情報提供・広報活動の重要性を主張している.彼
③治療にかかる費用,④治療の期間と終結,⑤同僚へ
らは,秘密が厳守されることや,相談は学生の主体性
のコンサルテーション,⑥治療の中断,⑦クライエン
を尊重するというスタンスで行われることを示した
トが自分のファイルにアクセスする権利,⑧診断上の
り,学生相談のサービスメニューを公開したりするこ
1)
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 91 ─
とで,援助要請のしやすさが高くなるとしている 3).
また,ボーゲルとウェスター 4) は,実際の援助要請
2.方法
(1)フィールドの概要
行動を説明する最も重要な要因として援助要請に対す
本研究の対象となった学生相談機関は,大学院生を
る態度を挙げており,自分の悩み事を開示することに
含めた学生数が約 18000 人の総合大学の全学向けの学
ついての安心感や,自己開示によって予測される結果
生相談機関である.筆者らは,この相談機関に学生相
といった援助要請の回避要因が援助要請に対する態度
談カウンセラーとして勤務し,日常の相談活動に関
に大きな影響を及ぼすとしている.
わっている.学生のニーズにより合致した活動のあり
高野 は,援助要請を容易にするためには,カウン
5)
方を模索するという目的で,今回の調査が行われた.
セリングという場は安心して自分の個人的感情的問題
について相談ができる場であるということ,援助を申
(2)調査対象
し出るということは誰もが行うことであり,そうする
筆者らが担当する心理学系の授業に参加していた大
ことが自立的な自己像に対する脅威となることはない
学生を対象として,質問紙による集団法の調査を行
ことを,伝えていく必要があるとしている.また,専
い,85 名から回答を得た.回答者の内訳は,男性 60
門的な心理臨床サービスを受けることが有益であると
名,女性 25 名であり,学年別に見ると 2 年生が 82 名,
認知できるようになるには,心理臨床サービスを受け
3 年生以上が 3 名であった.
ることにより問題がどのように解決されるのかという
情報を与えられているかが重要になってくると論じて
(3)調査内容
調査を行った大学の学生相談機関に対して援助要請
いる.
学生相談に対する援助要請を容易にするという観点
を行うにあたって,学生自身がどのような情報を求め
からは,学生相談機関が安心して相談できる場である
ようとするかを明らかにするため,2005 年 12 月末に
こと,援助を求めることが学生自身の自立的な自己像
質問紙法による調査を行った.調査では,
「もし仮に,
に対して脅威にならないこと,学生相談を利用するこ
あなたが学生相談所に相談しに行こうという場合,あ
とのメリットは何か,といった情報を提供することが
なたはあらかじめどのような情報を知っておきたいと
望ましいと考えられる.しかし,これは,援助要請を
思いますか.下の回答欄に,思いつくままに,自由に
容易にするという目的から考えられる情報提供の内容
記述して下さい.
」という質問文を提示し,自由記述
であり,これから援助要請を行おうという学生自身が
にて回答を求めた.
知りたいと考える情報とは異なる可能性もある.
学生相談を利用しようとする学生がどのような情報
3.結果
を求めようとするのかを明らかにすることにより,学
自由記述の有効回答 130 件を,KJ 法 6),7) により分
生の学生相談に関する情報ニーズに応えつつ,援助要
析した.KJ 法とは,質的データをカードに分解し,
請を促進するための情報提供・広報活動をより効果的
図解化・文章化を行うことで,その意味や構造を読み
に行うことが可能になるだろう.また,インフォーム
取り,整理するための分析方法である.具体的には,
ド・コンセントのプロセスにおいても,学生がどのよ
質的データをカードに書き出し,似たカード同士をま
うな情報を求めているのかを把握しておくことで,自
とめ,それに見出しをつけてグループ化し,グループ
律的選択のための情報提供がより的確に行われること
同士の関係を図解化し,その図解をもとに文章化を
が期待できる.そこで,本研究では,学生が学生相談
行って全体の構造を把握しようというものである.
を利用する際にどのような情報を求めようとするかを
明らかにすることをその目的とする.
本研究における学生が求める情報に関するデータ
は,学生相談の活動についてのかなり幅広い雑多な
データである.KJ 法には,多様な質的データの分類
のみならず,探索的にデータの構造を把握できるとい
─ 92 ─
図 1 学生相談所を利用するにあたって知りたいこと
うメリットがあるため,本研究のデータ分析の手法と
るかどうかが分かるというメリットがある.ある程度
して採用することとした.
混んでいると分かることは,自分だけが学生相談所
KJ 法により図解化した結果を,図 1 に示す.また,
各カテゴリ内の回答件数を表 1 に示す.図 1 の図解を
を利用しているのではないと安心できるメリットも
ある(図 1 -②).
もとに,以下のように文章化を行った.
相談しに行ってみようという時に気になることとし
──────────────────
ては,自分が相談しようとしている悩み事が,学生相
まず,学生相談所を利用しようという場合,どこに
談所で相談できる内容のものなのか分からないという
行けば相談を受けられるのかを知らないと,相談に行
ことがある(図 1 -③)
.何でも相談していいと言わ
くことすらできないので,どこにあるのかという情報
れても,よく分からないので,どういう相談なら受け
は重要である.学生相談所の場所を他者に尋ねること
付けてくれるのかを具体的に知りたいということであ
には抵抗感があるため,わかりやすく告知すべきであ
る.悩んでいる自分にとっては大変なことでも,他人
る.また,せっかく行っても開いていなければ無駄に
からみるとたいしたことではないのではないかと不安
なるので,いつ開室しているのかということも同様に
になることがあるので,ちょっとした悩みでも取り
重要である.さらに,受付でどのような手続きがある
扱ってくれるのかということが気になる.さらには,
のかを具体的に知っておいた方が安心できる.利用す
どこまで深い話をして良いのかも分からない.また,
る際には予約が必要なのかどうかも知っておきたい情
勇気を出して学生相談所に行ったのに問題が解決でき
報である.このような情報は,学生相談所を利用する
なければがっかりしてしまうので,どのような相談な
上で不可欠な基本的情報といえるだろう(図 1 -①).
らうまく解決できるのかということも知りたい情報で
相談の予約をしたり,直接学生相談所に行ってみよ
ある.
うという時,どの程度混み合っているのかが気にな
学生相談所を利用する他の人たちが,どんな相談内
る.この種の情報を得ることですぐに応対してもらえ
容で訪れているのか,そして,学生相談所の利用者数
─ 93 ─
表 1 各カテゴリの回答件数
大カテゴリ
利用するための基礎情報
相談内容
相談所の活動内容
実際の相談形態
相談環境について
プライバシーの保護
小カテゴリ
相談所はどこにあるか
開室時間はどうなっているか
受付の手続きはどんなものか
予約が必要かどうか
その他
混んでいるか
どこまで相談できるのか
どのような場合に相談所を利用するべきか
どのような相談ならうまく解決できるのか
相談所の利用者数はどれくらいか
どんな相談が多いか
どのような形態で相談にのってもらえるか
どのくらいの時間を自分のために割いてくれるのか
その他
相談のシステムはどんなものか
相談をする部屋はどんな部屋か
相談員はどんな人か
その他
秘密は守られるか
知り合いに出くわさないか
相談することで解決できるか,不利益はないか
困ったときの対処の仕方を予め知りたい
相談所の役割や位置づけを知りたい
相談員が裏で学生のことを悪く言っていないか
件数
12
7
6
2
1
2
5
4
3
11
8
4
6
3
3
6
33
1
5
1
2
2
2
1
計
計
28
2
12
19
13
3
40
6
2
2
2
1
130
はどれくらいなのか,という情報も知っておきたいも
に,その相談が行われる環境について知りたいという
のとして挙げられる.自分が相談しようとしている相
希望もある.相談する場所はどんな所か,自分の話が
談内容と同じような相談が多ければ,そのことを自分
他の人に聞こえないような個室で相談できるのか,相
だけが悩んでいるのではないと,安心できる.また,
談所の雰囲気はどんなもので,どんな様子で相談する
学生相談所の利用者数が多いと分かれば,
「学生相談
ことになるのかについて知りたいという希望や,初めて
所のようなところに助けを求める『弱い』人間は自分
行って戸惑わないようにどのような部屋の配置になっ
だけだ」と思わずに済む.そのため,相談所の活動実
ているのか予め知っておきたいという意見(図 1 -⑥)
績として,どんな種類の相談が多いか,利用者数はど
がある.
れくらいかということを知りたくなる(図 1 -④)
.
また,物理的な環境ではなく人的な環境についての
実際の相談がどのように行われるのかを知りたいと
情報を求める意見は非常に多い.相談員はどんな人な
いう意見もある(図 1 -⑤).自分の相談にどのくら
のか知りたいというもの(図 1 -⑦)である.学生は,
いの時間や回数を割いてくれるのかといったことや,
相談員の顔,年齢,性別,性格,人柄,趣味,所有資
回数や期間に制限があるのかといった,相談の時間的
格,専門,といった多様な情報を求める.つまり,安
構造についての情報を知りたいというものもある.ま
心して相談できる相手なのかを,相談員の「人となり」
た,相談員が一人で相談にのってくれるのか,それと
を知ることで確認したいという希望が強いということ
も複数で対応してくれるのか,といった相談の形態を
である.
知りたいというものもある.利用者として守るべき
相談員に対して信頼感が持てない場合には,相談員
ルールがあれば,それはどのようなものなのかを予め
同士で学生のことを悪く言っていないか心配になった
知っておきたいという意見もある.
り(図 1 -⑧)
,さらに,学生相談所の守秘の体制を
相談がどのように進められるかということとは別
信頼できない場合には,相談所で話をした秘密が外部
─ 94 ─
に漏れてしまうのではないかという心配へと繋がるこ
のように考察を行った.
とになる.それと関連して,相談所に来た場合に知り
合いに会ってしまわないかということが気になるとい
(1)援助要請の促進という観点からの情報提供へ
う意見もあり,自分のプライバシーがきちんと守られ
の示唆
るかということが心配事として出てくる(図 1 -⑨)
.
学生は,安心して相談できるかどうかを確認したい
どのような相談内容ならうまく解決できるのかとい
というニーズを持っており,そのニーズに合致した適
う疑問(図 1 -③)を,さらに突き詰めていくと,相
切な情報を提供することで,学生相談という場が安心
談することで効果があるのか,逆に相談することで不
して自分の問題について相談ができるところであると
利益になることはないかという疑問(図 1 -⑩)に到
いうことや,援助を申し出るということは多くの学生
達する.相談に行っても効果がないばかりか,不利益
が行っていることであると伝えることが特に重要であ
なことがあるとしたら,そもそも相談に行かない方が
ろう.そうすることで,学生相談に対する援助要請も
よいだろうということになる.相談所を利用すべきか
促進することができると考えられる.
どうかの判断をするために,相談することのメリット
「相談環境」というカテゴリには,全回答件数のう
ちの約 3 割が含まれており,相談室の雰囲気や相談員
とデメリットを知っておきたいということだろう.
より大きなまとまりで見てみると,利用するための
の人となりを伝えることの重要さが確認された.どの
基礎情報(図 1 -①)と実際の相談形態(図 1 -⑤)
ような場所で相談を行っているのかをパンフレットや
について知りたいということは,相談のシステムがど
ホームページに写真を掲載して紹介したり,相談員の
のようなものなのかという疑問として括ることができ
顔,年齢,性別,所有資格や専門といった基本的な情
るだろう.学生相談所にて相談を受けるという初めて
報に加えて,相談員の人間性が伺えるような自己紹介
の経験の前に,それがどのように行われるのかを確認
やコラムなどを,パンフレットやホームページに掲載
しておきたいということだろう.
することも有効な情報提供となるだろう.また,グ
また,相談内容(図 1 -③),相談環境(図 1 -⑥・
ループ対象のセミナーを開催したり,相談員による授
⑦)
,プライバシーについての心配(図 1 -⑨)といっ
業を行ったり,進学・入学のオリエンテーションなど
たカテゴリは,安心して相談できるかどうかを確認し
に参加して,学生に相談員の「顔見せ」を行うことも,
たいという希望として括ることができるだろう.自分
有効な情報提供といえるだろう.
が相談したい内容で受け付けてくれないかもしれない
学生相談機関の利用実態を公開することも,他の人
という心配,落ち着かない場所で相談員も親身になっ
がどのような悩みで利用しているのかを知ることがで
てくれる人ではないかもしれないという心配,自分の
き,安心感を得られると考えられる.どのくらいの学
話した内容が外に漏れるかもしれないという心配と
生が利用していて,どんな相談内容が多いのかといっ
いった様々な心配事が払拭されていないと相談に行く
た学生相談の利用状況は,各相談機関の年間活動報告
ことの敷居が高くなってしまう.事前に確認をしてお
書などで公開していることが多いが,学生向けの媒体
くことで,その敷居を低めることも可能になる.
での情報提供が多くなされているわけではない.ホー
他のカテゴリとの関連があまりないものとしては,
学生相談所の組織としての役割や位置づけを確認した
ムページやパンフレット等の学生向けのアクセスしや
すい媒体でも情報提供することが望ましいだろう.
いという希望や,相談に行くことなく自前で解決でき
個々のケースで相談することの利益と不利益が異な
るように,困った時の対処法を予め知っておきたいと
ることがありえるため,一概に,学生相談を利用した
いう希望もある.
場合の利益と不利益について学生に伝えることは困難
かもしれない.また,学生相談の幅広い活動全般につ
4.考察
いても利益と不利益を特定することが難しいだろう.
KJ 法によって得られた図解と文章をもとに,以下
少なくとも,個々のケースによってメリットとデメ
─ 95 ─
リットが異なる可能性があることを伝え,個々のケー
提供できるようにしておく必要があるのではないだろ
スに応じてメリットとデメリットが何なのかについ
うか.
て,学生は相談員と話し合うことができることを伝え
ることは必要なのではないだろうか.
学生相談の役割は何なのか,どんな場合に有効なサ
ポート資源として利用できるのかを利用者である学生
秘密が守られるかという心配に対しては,相談内容
に示すということは,学生相談という専門的活動にお
を含めた個人情報がどのように取り扱われるのか,そ
ける説明責任の観点からも必要性が高いと考えられ
のルールについて明確に学生に示すことが,安心感に
る.
繋がるのではないだろうか.単に
「秘密は守られます」
ということを伝えるだけでなく,自傷他害の可能性が
(3)インフォームド・コンセントの観点から
本研究で得られた「学生相談を利用するにあたって
ある場合などの守秘の限界,相談員間での情報共有,
スーパービジョン関係等について具体的に情報提供す
学生が求める内容」を,コウリーら 1)が挙げているイン
ることが望ましいと思われる.
フォームド・コンセントにおいて提供すべき項目に当
てはめてみると,①治療過程,②セラピストの背景,
(2)
「よろず相談」というキャッチフレーズの是
④治療の期間と終結,⑨守秘の本質と目的,⑩治療の
非
効能とリスク,という部分について特に情報提供を求
学生相談の活動については,
「よろず相談」と学生
められているといえるだろう.実際の事例にあたる場
に対して説明されることがしばしばある.このフレー
合には,学生相談機関における援助がどのようなプロ
ズを用いる理由の一つとして,どんなことでも相談し
セスで進んでいくのか,相談員はどういう資格を持っ
に来ても良いと説明することで,些細なことで相談に
ていて,どんなことを専門にしているのか,相談内容
行ってはいけないのではないかという学生の心配を軽
の秘密はどのように守られるのか,学生相談を利用す
減できる効果を期待しているということが考えられ
ることのメリットとデメリットは何か,といったこと
る.
を学生が知りたがる可能性を念頭に置いて,これらの
今回の調査では,相談内容に関して,どこまで相談
できるのか,どのような場合に相談所を利用するべき
疑問に答えられるように提供すべき情報を組み立てる
のが望ましいだろう.
か,どのような相談ならうまく解決できるのかといっ
インフォームド・コンセントのプロセスにおいて
たことを知りたいという学生のニーズがあることが明
は,学生が求める情報を全体的な傾向として把握した
らかになった.
「よろず相談」というフレーズだけは,
上で,個々のケースで学生が求める情報がそれぞれ異
宣伝文句としての聞こえがいいだけに終わってしま
なることを前提に,それぞれの学生のニーズに合わせ
い,このような学生のニーズに十分応えられるとは言
た情報提供を行う必要がある.その際,学生は疑問に
い難い.「よろず相談」というフレーズだけは,学生
思うことを尋ねて良いのかと躊躇したり,納得がいか
相談機関において何が相談できるのか,相談員はどん
ない部分について相談員と話し合おうとしないことが
な対応をしてくれるのかということについて,曖昧な
あり得る.そのため,まず初めに,自分が受ける援助
ままである.たとえて言うならば,メニューがない,
について知る権利を学生が持っていること,自分が受
「何でも作りますので食べたいものを言って下さい」
ける援助について疑問なことがあればいつでも相談員
と客に求めるレストランのようなものである.
「何で
と話し合うことができることを伝えることが不可欠で
も良いので何かあったらとにかく来てください」とい
あろう.
う案内の仕方は,利用者である学生にとっては,むし
ろ不親切な場合もあり得ることを認識しておく必要が
(4)今後の課題
あるだろう.そして,学生自身の判断で選択できるよ
今回の研究では,学生相談を利用するにあたって学
うな学生相談のメニューを用意し,その情報を学生に
生が求める情報について,質的な分析によって概観し
─ 96 ─
た.今後は,援助要請をしようとしない学生と援助要
& Callanan, P. Issues and Ethics in the Helping Professions
請をしやすい学生との間で,求める情報の傾向に差異
(6th edition). Wadsworth Pub Co;2002 年 .)
があるのかについて検討し,援助要請をより促進させ
2)高野明・宇留田麗.援助要請行動から見たサービスと
るような情報提供のあり方を検討することが求められ
しての学生相談.教育心理学研究.2002 年;50(1)
;
るだろう.
pp.113-125.
また,パンフレットなどの紙の媒体を用いた情報提
3)高野明・宇留田麗.学生相談活動に対する援助要請の
供,インターネットなど電子媒体を用いた情報提供,
しやすさについての具体的検討-援助要請に関する利
講義やセミナーなどの多人数を対象にした直接的な情
益とコストの認知との関連から-.学生相談研究.
報提供といった多様な情報提供の方法がある中で,ど
2004 年;26(1)
:pp.56-68.
のような情報をどのように提供することが,援助要請
4)Vogel, D. L. & Wester, S. R. To seek help or not to seek
を促進するのに効果的なのか,また,学生のニーズに
help: the risks of self-disclosure. Journal of Counseling
合致するのかを検討することも,今後の課題となって
Psychology. 2003 年;50(3)
:pp.351-361.
くるだろう.
5)高野明.援助要請行動-利用者からみた臨床心理サー
ビス.下山晴彦(編著)
.臨床心理学の新しいかたち.
誠信書房;2004 年.pp.205-218.
引用文献
1)コウリー・コウリー・キャラナン.クライエントの権
6)川喜田二郎.発想法-創造性開発のために.中央公論
利とカウンセラーの責任.コウリー・コウリー・キャ
ラナン(著)
.村本詔司(監訳)
.浦谷計子・殿村直子
社;1967 年.
7)川喜田二郎.続・発想法- KJ 法の展開と応用.中央
(訳)
.援助専門家のための倫理問題ワークブック.創
元社;2004 年.pp.214-225.
(原書 Corey, G., Corey, M. S.,
─ 97 ─
公論社;1970 年.
評 論
大学生の思考の柔軟性は低下したか?
−「ルーチンスの水差し問題」の解:15 年間の変化−
仁 平 義 明 1)*
1)東北大学大学院文学研究科
同一問題による同一大学・同一学部学生の 15
年間の変化
事は,個別的教科の学力低下よりも深刻な問題なの
かもしれない.
本論文は,大学生の“思考の柔軟性”が 1980 年代
末から急激に低下し,2000 年代初頭でもなお,その
ルーチンスの水差し問題(Luchins' water jar
低い水準が続いていることを報告するものである.近
problem)
年,日本の学力低下について議論が繰り返されてきて
ルーチンスの水さし問題(Luchins,1942)1)は,そ
いるが,ここで問題にする能力は,正しい単一解を求
れぞれ容量の異なる複数の水差しを利用して指定され
めるタイプの学力ではなく,複数ある正解の中から
た量の水をはかる課題で,思考の柔軟性をみるのには
シンプルな解を柔軟に考え出す能力である.この能力
適した課題である.彼は,さまざまなテキストで紹介
はさまざまな問題解決能力の背後にある「思考の柔軟
されるこの版の問題のほかにも幾つかのバリエー
性」を反映するものだといえる.報告するデータは,
ションを作成している(Luchins,1942)が,ふつう
15 年にわたる,同一の問題で測定した,同一大学(国
“ルーチンスの水差し問題”の名で呼ばれるのは,こ
立大学法人 TH 大学)・同一学部(ある理系学部)の
のオリジナル版の問題である.
学生の変化であることに意味がある.
ルーチンス(Luchins,A. S.)は,先行経験(それも,
学生が思考の柔軟性を反映する問題にどう解答をし
成功した経験)が問題に対する構え(
“Einstellung”)
たかをみていくと,この 15 年間に柔軟な思考を示す
を形成し,柔軟な解法を抑制すると考えた.一つの解
解答をする学生の割合は一般に低下傾向を示した.と
法で成功した経験は,次の問題の本質的な特徴(前の
くに同一学部で変化をトレースできた,ある理系学部
解法よりも操作ステップの少ないシンプルな解法があ
の学生では,ある同一の課題条件で柔軟な思考による
るという特徴)を見ようとしないで以前に使った方法
シンプルな解をする割合は 1980 年代末から 1990 年に
を自動的・機械的に適用しようとする
“構え”をつくっ
かけて約 70%から約 40%へと急激に低下し,2000 年
て し ま う と い う の で あ る. こ れ が“構 え 効 果”
代初頭も,この低い水準にとどまっていた.
(Einstellung effect)とルーチンスが呼んだ効果である.
後で考察するように,変化の要因は定かではない.
ルーチンスのオリジナル版では,被験者に与えられ
しかし,いつの時点かの日本のフォーマルな教育ある
る問題は 10 問で,それぞれ容量の異なる 3 つの水差
いはインフォーマルな教育の中で,「できるだけはや
し,A・B・C を利用して指定された量の水を得る課
く・前に成功したことがあるパタンの解法を・機械的
題である.ここでは,わかりやすいように,筆者が心
に適用する傾向(速度重視・パタン・機械的適用)
」
理学の講義でデモンストレーション用に改変し使用し
を結果的に促してきたことが,この課題でみられる思
ている 6 問のバージョンで説明をすることにする.
考の柔軟性を阻害した可能性も考えられる.
ルーチンスが作成したオリジナル問題は,結果的には
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 27-1 東北大学大学院文学研究科
─ 99 ─
効果がない“構え解除問題”を含んでいる.また,ルー
ルーチンスのオリジナルな問題では,①構え形成問
チンス自身が想定していなかった致命的な欠点が 2 ヵ
題は 4 問ではなく 5 問,② 2 問の判定問題の後に,1 問
所あるので,巻末に付録として示し解説を加えた(デ
の,構え解では解けない“構え消去問題”が置かれて
モンストレーション用に改変した付録は,心理学の授
おり,③その後にまたシンプルな解のある判定問題 2
業では,このままコピーして使用できる)
.
問がある(添付資料の表と解説を参照)
.
最初の例題だけは,被験者に説明しやすいように,
A と B,2 つの水差ししかない条件である.ちょうど
“構え効果”の強力さ
20 リットルを,29 リットル入る水差し A と 3 リットル
ルーチンス自身が得た結果は,どうだったろうか.
入る水差し B を利用して量るのが課題(オリジナル版
1,093 人の被験者で,5 問の“構え形成問題”を経験し
の単位はリットルではなく“クォート”
=約 0.945 リッ
ないで最初から 2 問の判定問題だけを解くように求め
トル).例題の解は,かんたんである.水差し A をいっ
られた者では,わずか 0.6%の者だけが「B − A − 2C」
ぱいにすれば,29 リットル.ここから,B(3 リットル)
という“構え解”をした(Luchins,1951)2).最初か
を 3 回捨てれば,29 − 3 × 3 = 20.答は,
「A − 3B」.
らその問題だけを解くのなら,大学生程度のレベルで
この例題に続く 4 問(“構え形成問題”)では,測定
は,ほぼ 100%が柔軟にシンプルな解を考えられると
に 3 つの水差し全てを用いなければ指定された量は得
いうのである.それに対して,前に 5 問の“構え形成”
られない.しかも,4 問(問題 2・3・4・5)とも,全
問題を経験した者では,83%の者が判定問題で“構え
て同じ式(B − A − 2C)が正解になっている.たと
解”をとった(同文献)
.それほど,構えの効果は強
えば,
「問題 2」では,指定された水量は,100 リットル.
力であった.
100 リットルを得るには,水差し B(133 リットル)を
ルーチンスの水差し問題と構え効果について,後の
いっぱいに満たして,そこから A(21 リットル)を満
心理学者たちは,それぞれの専門領域の立場から意味
たすように一杯分捨てる(133 − 21,残りは 112 リッ
3)
づけを行なっている.認知心理学者,Rumelhart
(1977)
トル)
.さらに C(6 リットル)を 2 杯(6 × 2 = 12)捨
は,ルーチンスの結果を,
“期待”という概念で次の
てれば,112 − 12 で,100 リットルになる.だから正
ような意味づけをしている:
解は「B − A − 2C」である.他の 3 問も同じ解の「B
− A − 2C」になる.
「人間は,絶えず環境に順応し,さまざまな期待を作りあげ,
ところが,構え形成問題 4 問の後にある 2 問の“判
彼をとりまく世界を,これまで通りのものとして扱ってゆく上
定問題”
(問題 6 と 7)は,違う構造を持っている.そ
にその期待を役立てている.われわれの期待は,世の中の不変
れまでと同じ方法(
“構え解”
)でも解けるが,別なシン
的なものを扱う上で確かに役立つものであるが,役に立てば立
プルな方法でも解けるようになっているのである.問
つだけ,世の中が変化した時に今度は,その分われわれを不利
題番号 6 =判定問題 1(得るべき量は 20 リットル)は,
な状況に押しやるのである.」
それまでと同じ「B − A − 2C(49 − 23 − 2 × 3)
」でも,
(御領謙訳,316 − 317 ページ)
20 リットルになる.この解は間違ってはいない.し
かし,もっとシンプルな解がある.A(23 リットル)
社会心理学者,Zimbardo(1980)4) は,ルーチンス
の研究を取り上げ,
“経験”についてこう述べている:
を満たして,そこから C(3 リットル)を一杯捨てる
だけでよい(
「A − C(23 − 3)
」)
.問題番号 7 =判定問
「ときとして経験は最悪の教師である.ある特定のやり方で
題 2(22 リットル)も,
「B − A − 2C」でも解ける.し
種々の問題を解決してきたそれまでの経験は,新しい事態で使
かしこの問題も,B(48 リットル)を空にしておいて,
われるとかえってその人の能力を限定し,適切で一般性のある
そこに A(18 リットル)と C(4 リットル)をそれぞれ
新たな規則を発展させにくくするかもしれない.」
一杯入れれば,18 + 4 で 22 リットルになる.
「A + C」
である.
(澤田幸展訳,185 ページ)
*太字は,いずれも筆者
─ 100 ─
ある理系学部の学生:15 年間の変化
の間には有意にならない低い負の相関しかみられない
筆者は,ある国立大学法人の総合大学(TH 大学)で,
ことを報告している(243 ページ)
.
25 年以上教養の心理学の講義を継続して担当し,ほ
TH 大学では,教養の選択科目のクラス編成は 1 ク
とんどの授業で,ルーチンスの水差し問題を講義での
ラスが単一学部とは限らず,複数学部の学生から構成
デモンストレーションに含めてきた.全てではない
されることが普通である.また,受講学生の学部の組
が,ほとんどの年度,ほとんどの講義で,学生の解法
み合わせも,長年の間同一とは限らないし,講義担当
の分布を記録してきた.その結果,学部ごとの整理や
者も同一ではない.
統計的検定などの分析はしないままに,本論のタイト
ルのように「大学生の思考の柔軟性は低下」したので
1988 年から 1990 年
そこで,唯一,筆者が,4 学年度にわたって同一の
はないかという漠然とした印象を持っていた.
柔軟な解が期待されたのは,とくに,構え形成問題
単一学部の学生だけから構成されるクラスで講義を担
を経験しないで直接に判定問題 2 問を解く条件群であ
当し,変化をトレースできた,ある理系学部の講義で
る. ル ー チ ン ス た ち は, こ の 条 件 で は, ほ と ん ど
のデモンストレーション実験について分析結果を報告
100%の大学生が柔軟な解法(
「A − C」と「A + C」
)
する.対象年度は,1988,1989,1990 そして 2003 年
を と る と し た(Luchins,1942;Luchins & Luchins,
度である.
1950)1),5).しかし,筆者のこれまでの長い授業経験
この学部のクラスは,教養の心理学の 1 講義あたり
では,構え形成問題を経験せずに直接に判定問題 2 問
100 人を超える受講登録学生がおり,出席をとらない
を解く条件群で,100%近くの大学生が 2 問とも柔軟
のにもかかわらず,毎回,おそらく約 80%に達する
な解法をとるケースはなかった.この割合は,どんな
真面目な出席率になることが多かった.TH 大学の全
に 高 い 群 で も, せ い ぜ い 70 % 程 度 で あ っ た. も ち
学部の学生について教養の心理学の講義を担当したこ
ろん,構え形成問題を経験した後に判定問題を解く群
とがある経験からいえば,この学部の出席率はおそら
では,柔軟な解はさらに大きく低下する.
くすべての学部の中で最も高いだろう.学生は,1 年
この大学で,学生が柔軟な解法をする割合とその学
生と 2 年生であった.デモンストレーション実験を
部の合格困難度とは,ある程度は関連がみられる.合
行ったときの対象学生数は,それぞれの年度で,129
格者の,いわゆる偏差値がきわめて高いとされる学部
人,119 人,119 人,92 人であった.
では,柔軟な解法をとる学生の割合が他学部学生より
心理学の受講生は,1 クラスあたり 100 人を超える
も高い.また,他の大学で同じデモンストレーション
のが普通である.100 人なら,受講生を,①構え形成
講義をしても,合格の困難度に応じて,結果は異なる.
問題を“4 問”経験してから判定問題 2 問を解く群,
ただし,大学間,学部間の比較結果は,個々の大学や
②構え形成問題を“2 問”経験してから判定問題 2 問
学部の評価について偏った判断を招く可能性があるの
を解く群,③構え形成“無し”で,最初から判定問題
で,ここでは明らかにしない.
2 問を解く群,の 3 群に分けることが可能である.3 群
しかし,柔軟な解法をとる学生の割合は,理系の学
を設ければ,前にその解法で問題を解けた経験が多い
生よりも文系学部の学生の方が高いことがある.今回
ければ多いだけ(0 → 2 → 4)
,柔軟な解をする割合が
結果を示す「ある理系学部」と偏差値が同程度とされ
低くなる(たとえば,1988 年度では,69.2%→ 42.9%
る,ある文系学部では,学生が柔軟な解法をとる割合
→ 21.5%)ことを学生に納得させることができる.前
は,統計的に有意な差ではないが,「ある理系学部」
に紹介した認知心理学者 Rumelhart (1977)3)の発言,
よりもむしろ高かった.柔軟な解を思いつくかどうか
「われわれの期待は,世の中の不変的なものを扱う上
は,達成された数学の学力やこの程度の数字の心的操
で確かに役立つものであるが,役に立てば立つだけ,
作 に 慣 れ て い る か ど う か だ け で は 決 ま ら な い.
世の中が変化した時に今度は,その分われわれを不利
Luchins(1959) も,成人では,構え効果と知能水準
な状況に押しやるのである」という発言の意味が,学
6)
─ 101 ─
─ 102 ─
─ 103 ─
表 1 「水差し問題」で,判定問題 2 問とも柔軟な解をした「ある理系学部」学生の人数と割合(%)
年度
1988
1989
1990
2003
構え形成4問経験群
9 / 41 人(21.5%)
4 / 39 人(10.3%)
2 / 41 人( 4.9%)
1 / 31 人( 3.2%)
構え形成 2 問経験群
21 / 49 人(42.9%)
13 / 40 人(32.5%)
12 / 36 人(33.3%)
2 / 31 人( 6.5%)
構え形成無し群
27 / 39 人(69.2%)
21 / 40 人(52.5%)
18 / 42 人(42.9%)
13 / 30 人(43.3%)
* どの条件群でも,とくに 1988 ∼ 1990 年にかけて,柔軟な(シンプルな)解をする学生の割合は急速に減少している.
生も理解できる.学生の人数がそれほど多くないクラ
え形成無し群」が柔軟な解をした割合は,とくに 1988
スでは,2 問経験群をカットして,4 問経験群と構え
年度から 1990 年度の 3 年間に急速に低下していた.こ
形成無し群の 2 群でもよい.
の 3 年間の低下の割合は,ほぼ有意であった(χ 2(2)
表 1 には,水差し問題」で,
「判定問題 2 問とも柔軟
= 5.774,p = 0.0529;)
. ま た,1990 年 と 2003 年 の 割
な解」
(「A + C」&「A − C」
)をした学生の割合(%)を,
合の差はほとんど同じで,有意にはならない(χ 2(1)
①構え形成 4 問経験後に判定問題を解いた群,②構え
= 0.002,p = 0.968)
.
形成 2 問経験群,③構え形成無しで直接に判定問題を
解いた群,それぞれについて示した.
1990 年度と 2003 年度ともに,構え形成無しの条件
群でも,この理系学部の学生が柔軟な解法をとった合
どの年度も,判定問題で2問ともに柔軟な解をした学
は,50%を切っている(42.9%と 43.3%)
.Luchins が
生の割合の分布は,構え形成問題数(4・2・0問)に応
同様な条件で報告した結果(100%近く)とは,かけ
じて有意に異なっていた(1988年度は,χ 2(2)
=18.173,
離れた結果である.3 種の水差しがあれば,3 種全部
p<0.0001;1989 年度はχ (2)
= 16.221,p<0.001;1990
を使うのも機械的な傾向である.構え形成問題を解く
年度はχ 2(2)
= 16.312,p<0.001;2003 年度はχ 2(2)
=
経験をした群も,直接に判定問題を行った場合と同様
20.965,p<0.0001).これまで報告されてきたように,
に,年度とともに柔軟な解が急速に減少するパタンを
前の成功経験が形成する構えは,成功経験が多いほど
示していた.ただし,この変化は,柔軟な解をする割
次の問題の柔軟な解を阻害する.
合自体が低水準になるフロア効果によって,有意には
2
重要なのは,年次変化である.この理系学部で,
「構
ならない.図 1 には,見やすいように,4 問経験群と
直接判定問題群の結果をグラフで示した.
何が変化を起こしたか?
何がこのような変化を起こさせたのだろうか? 学
生たちの柔軟な解が急速に減少したのは,彼らが大学
生になるまでに存在した,ある時期のあるいはある期
間の,何らかの経験,あるいは経験の複合によると考
えるべきである.
思考の柔軟性は何によって測定できるか,明確な了
解があるわけではない.また,思考の柔軟性は公的教
育の中で教育のサブゴールの一つとして設定されてい
るわけではなく,そのための具体的な科目があるわけ
でもない.ルーチンスの問題で柔軟な解を妨げるもの
は,それまで成功したことがある一定パタンの解を,
そのパタンかどうかだけを判断して,機械的に適応す
図 1 2 問とも柔軟な解法をした学生の割合(%)
る傾向である.このやり方は,大量の問題に,制限時
─ 104 ─
間内にできるだけ多く,すばやく答を出していくのに
現在を拒否すべきでもない.学生たちは,“本来の”
は適したストラテジーである.スピードを上げれば正
姿を失ったと考えるべきでもない.変化は,つねに起
確さは低下し,正確さを上げようとすればスピードは
こっている.学生は,つねに“本来の”学生である.
低 下 す る「速 さ − 正 確 さ の ト レ ー ド オ フ」
(speed-
われわれが教育それ自体と教育を受ける者のあるべき
accuracy tradeoff)の一つの解決策であるともいえる.
姿について理念を持っているのであれば,ここで示し
このストラテジーは,学生がこれまで経験してきたさ
た現実を直視することから始めるべきだろう.
まざまな場面で用いられてきていると考えられる.
たとえば,大学入試センター試験は,大量の問題を, 〈付録 1〉
できるだけはやく間違いなく解くことが求められてい
オリジナル版「ルーチンスの水差し問題」が持
るものの一つであろう.インターネットの,ある受験
つ問題点
生(二浪)のブログには,こういう記述がみられる:
(1)オリジナル問題の構成
ここでは,ルーチンスによるオリジナル版の特徴
「数学は,いつも時間ギリギリ.時間が余った例がな
い.訓練してスピードアップしないと.
」これに対し
と,その問題点について説明をする(付表参照).
て,別な受験生からのコメント「ギリギリでも時間内
彼がオリジナル版として作成した問題は,①最初の
に終わられるのが,うらやましいです.なにかコツっ
例題(2 つの水差ししかない条件)
,② 5 問の構え形成
てありませんか?」に,彼はこう答えている:
「最近
問題,③最初の判定問題 2 問,④構え消去問題 1 問,
はストップウォッチで時間をはかりながらやっていま
⑤構え消去後の判定問題 2 問,から構成されている.
す.…短距離走だと思いましょう.
」
例題を除いて途中までの 5 問(構え形成問題)では,
大学入試センター試験の前身である共通一次試験の
測定用に 3 つの水差し全てを用いなければ指定された
開始は 1979 年,センター試験の開始は 1990 年であっ
量は得られない.5 問は,全て同じ式(B − A − 2C)
た.これらの試験とそのための準備教育が学生たちに
が正解になっている.ところが,構え形成問題 5 問の
何時の時点でどれだけ影響を及ぼしたかどうかは,確
後にある 2 問の問題(判定問題 1,2)は,それまでの
認できない.また,これら以外のものの累積が思考の
方法でも解けるが,別なシンプルな方法でも解けるよ
柔軟性に影響を与えた可能性もじゅうぶん考えられ
うになっている(表 1 の“とり得る解”のうちの“シン
る.
プルな解”
「A − C」と「A + C」である)
.
ルーチンスの水差し問題は,思考の柔軟性という能
最初のところで紹介したように,Luchins の被験者
力のすべてを代表するものだとはいえない.また,こ
は,5 問の“構え形成問題”を経験しないで最初から
こで報告した結果も,ある大学の,ある理系学部の学
2 問の判定問題だけを解くように求められた場合,ほ
生の結果で,限定されたサンプルである.しかし,学
とんど 100%近くの者が柔軟な「A − C」
「A + C」の解
生の思考の柔軟性に変化が生じた可能性があり,その
法をした.それに対して,前の 5 問の問題
(“構え形成”
変化は経験要因(環境要因)の結果であることを考え
問題)を経験した者は,逆に大多数が“構え解”をとっ
ると,思考の柔軟性の変化があったのかどうかをあら
た(Luchins,1951)2).
ためて検証し変化の要因を探る努力は,教育を担当す
る者の責務であろう.
この最初の判定問題 2 問(問題 7・8)の後には,構
えを消去させる目的の問題が置かれている(9:構え
大学生は確実に変化してきている.学生の変化は,
消去問題)
.この問題は,いままでの「B − A − 2C」
つねに社会・環境要因によるもの以外何者でもない.
は当てはまらず,「A − C」
(28 − 3)でしか解けない.
その一部にはフォーマルなあるいはインフォーマルな
だから,いやおうなしに簡単な解法があることに目を
教育のシステムが関係していると考えた方がよいだろ
向けさせられると“構えの消去”
(構えからの回復)が
う.学生の変化は,それを嘆く対象でもないし,非難
起こり,その後の判定問題 2 問(判定問題 3・4)では
する対象でもない.また,いたずらに過去を賛美し,
シンプルな解法をとれるようになるはずであった.し
─ 105 ─
かし,ルーチンスは,最初から構え形成問題を解いて
= 18」という解ではなく,
「A + C(15 + 3)= 18」と
きた群では 64%が,この“構え消去問題”を解くこ
いうシンプルな解が柔軟な解として考えられている.
とができなかったとしている.さらに,Luchins は別
しかし,他に,数式上はもっとシンプルな第 3 の解が
な論文で,その後 9,000 人以上にこの基本実験を行っ
ある.水差し C の量(3 リットル)を B の水差しに 6
た結果,成人群の“大多数”で 構えからの回復がみ
回入れれば,3 × 6 で 18 リットルになる.
「6C」である.
られず,小学生群では回復を示した割合は“無視しう
ルーチンスの水差し問題は,問題の性質からして,
「水
る”程度の少数だったと報告している(Luchins &
汲み操作ステップ数が最少になるように」との明らさ
5)
Luchins,1950) .いったん形成された構えの効果は
まな教示はできない.そうすれば被験者は,判定問題
それほど強力だというのである.
でも“構え解”よりもステップ数の少ないシンプルな
解を見つけようとする態度を持ってしまうからであ
(2) 改変版の修正点
る.
「A + C」の方が現実の水汲み場面では水汲み操
先に,実際に講義で使用しているプリントの内容を
作ステップ数は少ないが,それよりも,
「6C」の方が
添付したが,このプリントの問題には,水差し問題の
式の上ではすっきりして綺麗である.
「A + C」と「6C」
オリジナル版とは何ヶ所か異なる点がある.
どちらが思考の柔軟性を反映した解であるかは,判断
修正点と理由は以下の通りである.
が難しい.数学的な感覚からすれば,後者の方が筋が
(1)
〈構え消去問題以下のカット〉
良さそうである.それゆえ,このオリジナルの判定問
教養の心理学の授業でルーチンスの水差し問題を実
際に使用した経験からすると,①構え形成問題を経験
題 2 は,デモンストレーション用には第 3 の解を持た
ないものに変える必要があった.
してから判定問題を解く群と,②構え形成問題を経ず
さらに,構え形成問題にも欠陥がある.問題番号 2
に直接に判定問題を解くだけの群を比較する方法が, 「構え形成問題 1」
,である.この問題では,
「B − A −
“構え効果”を実感させやすい.構え消去問題があっ
2C(127 − 21 − 2 × 3)= 100」が正解として想定され
ても,その後の判定問題 3・4 でも構え効果がかなり
ている.しかし,この問題にも式の上では「B − 9C
の程度残るので,学生には構え消去問題を付けた意味
(127 − 9 × 3)= 100」という別解がある.水汲み操作
がわかりにくい.また,講義で,構え消去問題を含め
の合計ステップ数は前者の解が少ないが,やはり,後
て全ての問題を解く群を加えると,解答の遅い学生が
者の方が数式上はすっきりしている.最初の問題か
全ての問題を解き終わるまでには,直接に判定問題の
ら,このような別解があると,被験者には混乱が生じ
2 問だけを解く群との間に 15 分から 20 分以上の時間
る可能性がある.したがって,この最初の構え形成問
差が出る.講義で,これだけの時間,他の学生を何も
題も,講義のデモンストレーション用には別解のない
しないままに待たせるのは長すぎる.
問題に差し替える必要があった.
そこで,授業のデモンストレーション段階では,構
え消去問題以下の問題はカットすることとした.
そこで,構え形成問題 1 と判定問題 2 を別解のない
問題に変え,さらに構え消去問題以下を削除したデ
(2)
〈構え形成問題の数〉
モンストレーション問題を,教養の心理学の講義で使
授業では,構え形成問題による「経験の度合い」が
用するようにした.そのほか,液量の単位を,クォー
変数になることを実感させるとよい.そこで,構え形
ト(米国では 0.946 リットル)という,日本では馴染
成問題経験を 2 問経験と 4 問経験の 2 群にするために,
みのない単位ではなく,リットルに変えている.その
構え形成問題は 5 問ではなく,4 問にした.
結果が,プリント資料の改変問題である.
(3)
〈判定問題 2 と構え形成問題 1 の欠点の解消〉
実際のデモンストレーションでは,教室の学生を,
オリジナル問題には,致命的欠点が 2 ヶ所ある.ま
たとえば 3 群に分け,それぞれ,構え形成問題を 4 問
ず,問題番号 8(判定問題 2)である.この問題は,構
(添付資料のグループ③),2 問(グループ②)
,ゼロ
え形成問題の解と同じ「B − A − 2C(39 − 15 − 2 × 3)
問(=直接群,グループ①)経験させる.その結果,
─ 106 ─
付表 ルーチンスの水差し問題(1942 オリジナル版の問題構成)
問題と順序
1:例題
2:構え形成1
3:構え形成2
4:構え形成3
5:構え形成4
6:構え形成5
水差しの容量(単位:クォート)
Aの容量
Bの容量
Cの容量
29
3
/
21
127
3
14
163
25
18
43
10
9
42
6
20
59
4
求める
水の量
20
100
99
5
21
31
7:判定問題1
23
49
3
20
8:判定問題2
15
39
3
18
9:構え消去問題
28
76
3
25
10:判定問題3
18
48
4
22
11:判定問題4
14
36
8
6
とり得る解
A − 3B(29 − 3 × 3)=20
B − A − 2C(127 − 21 − 2 × 3)=100
B − A − 2C(163 − 14 − 2 × 25)=99
B − A − 2C(43 − 18 ー 2 × 10)=5
B − A − 2C(42 − 9 − 2 × 6)=21
B − A − 2C(59 − 20 − 2 × 4)=31
B − A − 2C(49 − 23 − 2 × 3)=20 *構え解
A − C(23 − 3)=20 *シンプルな解
B − A − 2C(39 15 2 3)=18 *構え解
A + C(15 + 3)=18 *シンプルな解
A − C(28 − 3)=25 *唯一の解(シンプル)
B − A − 2C(48 − 18 − 2 × 4)=22 *構え解
A + C(18 + 4)=22 *シンプルな解
B − A − 2C(36 − 14 − 2 × 8)=6 *構え解
A − C(14 − 8)=6 *シンプルな解
注 1) 1 クォート(米国)= 0.946 リットル
注 2)このオリジナル版で,
「2:構え形成問題 1」と「8:判定問題2」には,構え解ともシンプルな解とも別な,第 3 の
解(
「B ― 9C」と「6C」
)がそれぞれ有って,問題としては致命的な欠点になっている.
構え形成問題数(4,2,0)に応じて,判定問題でシン
結 果, そ し て 彼 の 孫 の ウ ェ ブ サ イ ト「http://luchins.
プルな解をする学生の割合は減っていくことが容易に
com/」の記述に基づいて簡単に紹介しておく.奇しく
例示できる.
も,本論を執筆中の 2005 年 12 月 27 日,ルーチンスは
注意する必要があるのは,学生によっては,判定問
死去した(Mordechai Luchins のウェブサイト 12 月 27
題の答は構え形成問題での解と同じ解とシンプルな解
日 の 記 述)
. 最 後 の 経 歴 は,State University of New
との二通りがあることに気づいたとき,
「水差し 3 つ
York at Albany の名誉教授であった.
全部は使わなくてもいいんですか?」などと質問する
ア ブ ラ ハ ム・S・ ル ー チ ン ス の 孫,Mordechai
ことである.そのとたんに全体のデモンストレー
Luchins によれば,
「Luchins」という姓はアブラハム
ションは無効になるので,最初に,学生には「私(教
が名乗るまで存在せず,
「Luchinsky」という姓のみが
師)には質問しないこと」と指示しておかなければな
存在した.改姓の理由について,Mordechai が祖父に
らない(デモンストレーション用資料参照).
訊ねても明確な答は得られなかったという.
アブラハム・S・ルーチンスは,B. A. を Brooklyn
〈付録 2〉
College of the City University of New York で,M. A. は
ア ブ ラ ハ ム・S・ ル ー チ ン ス(Abraham S.
Columbia University で,Ph. D は New York University で
Luchins 1914 - 2005. Dec. 27.)
取得している.彼は,思考,教授学習,学習心理,知
ルーチンスについては,日本では,彼の考案した
「水
覚と判断,社会心理学,そして臨床心理という幅広い
差し問題」が数多くの心理学入門のテキストで紹介さ
領域の研究を行った.この幅広さは,彼の業績にその
れてきたのにもかかわらず,本人の経歴はほとんど紹
まま反映されている.また,彼が指導を受けた Max
介されることはなかった.ここで彼の経歴を,The
Wertheimer(ドイツから 1933 年にアメリカに移住した
International Society for Gestalt Theory and its
ゲシュタルト心理学の創始者の一人,1880 − 1943)
Applications(founded in 1978)のウェブサイト「http://
やゲシュタルト心理学については,とくに晩年に,多
gestalttheory.net/people/GPASLuchins.html」 の 記 述, 国
く の 論 文 を 妻 Edith・H・Luchins(1922 − 2002) と と
際的な心理学文献データベース PsycLIT での論文検索
もに執筆している.そもそも,彼の 1942 年の構え効
─ 107 ─
果 に 関 す る モ ノ グ ラ フ は, 指 導 と 激 励 を 受 け た
Wertheimer に捧げるとの献辞がある.
引用文献
1)Luchins, A. S.(1942)Mechanization in problem solving:
ルーチンスが教鞭をとったのは,the W. P. A. Adult
The effect of Einstellung. Psychological Monograph, 54,
Education Project,Yeshiva 大 学,McGill 大 学,Oregon
Whole No. 248.(全 95 頁)
大学と Miam 大学であった.初期の論文の多くは,こ
2)Luchins, A. S.(1951)On recent usage of the Einstellung
れらの所属名で書かれている.1962 年からは,State
− effect as a test of rigidity. Journal of Consulting
University of New York at Albany に,そこで名誉教授に
Psychology. 15 , 89 − 94.
なるまで勤務した.彼は大学以外でも,多くの病院や
3)Rumelhart, D. E.(1977)Introduction to human
公共機関のために,特に臨床心理学者のトレーニング
information procesing. John wiley & Sons.(D. E. ルメル
の分野で多大の貢献をしている(たとえば,Luchins,
ハート著『人間の情報処理−新しい認知心理学へのい
2000 参照)7).心理学会でも,臨床心理学,実験心理
ざない』御領謙訳 , サイエンス社 , 1979)
学,心理学史,パーソナリティと社会心理学,それぞ
4)Zimbardo, P. G.(1980)Essentials of psyochology and life
れの Division のフェローになっていたことからも,彼
(10 th ed. ) Scott, Foresman and Company.(P. G. ジンバル
の幅広さは裏付けられる.彼の論文は,水差し問題に
ドー著『現代心理学Ⅰ(第 10 版)』古畑和孝・平井久
関するもののほか,対人印象形成,カルト,人種,精
監訳 , サイエンス社 1983)
神疾患患者の印象など,何らかの意味で「バイアス」
5)L u c h i n s , A . S . & L u c h i n s , E . H . ( 1 9 5 0 ) N e w
研究が通奏低音のようにテーマになっているものが多
experimental attempts at preventing mechnization in
い.水差し問題も,ふつうならプラスになるはずの
「成
problem solving. Journal of General Psychology, 42, 279
功経験」が生むバイアス効果を扱ったものであった.
− 297.
そのほか,ルーチンスは,2000 年に妻 Edith と連名
6)Luchins, A. S.(1959)Rigidity of behavior : A variational
で,ナチスによってアウシュビッツで殺されたユダヤ
approach to the effect of Einstellung. University of Oregon
系 ド イ ツ 人 数 学 者・ 哲 学 者,Kurt Grelling(1886 −
Monographs:Studies in Psyochology No. 3.
1942)の生涯と心理学者や Oppenheim たちとの親交に
7)Luchins, A. S.(2000)On training clinical psychologists in
ついての長い伝記論文「Kurt Grelling:狂気の時代に
psychotherapy. Journal of Clinical Psychology, 56, 301 −
お け る 不 屈 の 学 者」 を 書 い て い る(Luchins &
307.
Luchins,2000) . 彼 ら は そ の 論 文 の 中 で,Max
8)Luchins, A. S. & Luchins, E. H.(2000)Kurt Grelling:
Wertheimer が New York の New School for Social
Steadfast scholar in a time of madness. Gestalt Theory, 22,
Research で 1936/1937 年に行ったセミナーを受講し,
228 − 281.
8)
そこで Grelling のゲシュタルト理論とナチスによる
Grelling 迫害のことを知ったと記している.この論文
謝辞
は,Grelling の家族や彼を救出しようと努力した友人
ナチズムと心理学の関係については , 石田幸平先生
たちのほか,
“ナチの暴虐のもとにあっても学問と正
(現在新潟大学名誉教授)の研究発表「ナチズム下の
気を保とうと懸命な努力をした人々に捧げる”
,とい
心 理 学 − ひ と つ の 序 章:Graumann, C. F.(Ed. )
う言葉で結ばれている.
Psychologie im Nationalsozialisumus」
(新 潟 心 理 学 研 究
心理学の歴史に残る“水差し問題”を扱った論文「問
会木曜会・1994 年 4 月 20 日・於笹神村石水亭)の刺
題解決における(心の)自動機械化:Einstellung の効
激を受けている.記して感謝申し上げる.また , 本論
果」をルーチンスが書いたのは,第二次世界大戦中の
文のドラフトに対しては , 新潟大学人文学部教授鈴木
1942 年のことであった.
光太郎先生から有益なコメントをいただいている.
─ 108 ─
評 論
韓国語教育における日韓教材の現況と問題点
−東北大学の展開朝鮮語テキスト開発のために−
金 鉉 哲 1)*
1)東北大学高等教育開発推進センター
1.はじめに
語教材が出版競争されている状況なので,学習者の好
近年,日本では韓国に関する関心がますます高まっ
みや学習目標によって選択の幅も広い.韓国の場合も
ている.2002 年の韓日ワールドカップ共同開催を始
大学の韓国語教育機関を中心に新しい初級韓国語教材
め,韓国のドラマ,映画,歌などが人気を得るように
を作るための研究が続いている.しかし,初級を履修
なり,
「韓流」という造語まで作られるほどである.
した後,中級の課程を学習しようとする者を対象にし
このような中,韓国語に関する具体的な関心も大きく
た中級教材は非常に少ないのが現状である.中級の課
なり,韓国語を学ぼうとする学習者が増えている.
程は学習者の関心分野,学習目標,言語能力などが多
2002 年日本国際文化フォーラムの調査によると,韓
様に現われる時期なので,学習者の要求に対応した学
国語科目が設置されている 4 年制大学は全体 686 校の
習がかなり重要な時期であり,教材の選択も非常に重
中 322 校(46.9%)を占めている .このような数値は,
要である.初級課程の核心が単純に韓国語の文字や文
日本の大学で取り入れている外国語の科目中,4 番目
章構造の把握することであるならば,中級課程では韓
である.現在,東北大学でも基礎朝鮮語,展開朝鮮語
国人との直接的な出会いを想定して基本的なコミュ二
という科目名で韓国語講座が開設されている.基礎朝
ケーションを学習する必要がある.学習者の要求や学
鮮語は週 2 回の通年コースで,時間で換算すれば総 90
習状況に適した教材を使った場合,その学習効率が高
時間である.展開朝鮮語は週 1 回の通年のコースで,
まる可能性がある.もちろん,韓国の大学を中心に,
総 45 時間である.
外国人のための韓国語教材が多数存在してはいるが,
1)
このように韓国語教育に関する関心が高まり,学習
このような教材は韓国の教育機関のカリキュラムや学
者もますます増加する状況だが,韓国語学習に関する
習者を対象に作られた特定の教材なので,日本人学習
様々な問題点も同時に発生している.中でも最も基本
者に合わない場合が多い.特に,東北大学の学生たち
的な問題は,学習教材の問題である.外国語教育にお
の場合,韓国語の学習時間が週 1 回の通年 45 時間とい
いて,教師,学習者,及び教材は必須の要素である.
う学習環境を念頭に置く必要があるだろう.今後の課
教育を教師が学習者に何かを教える過程だと定義すれ
題は,効率的な中級韓国語教育のための東北大学学生
ば,何に該当するのが教材である.教材は学習者に学
に適していた教材開発が必要である.
習の内容と方法を提示するのである.したがって,教
このような理由から,本稿では中級韓国語教材開発
材の機能は,観点の反映,内容の提供および再解釈,
のための前段階として,現在開発されている中級韓国
教授学習資料の提供,教授学習方法の提示,学習動機
語教材の問題点を提起する.まず,現在使われている
の誘発,練習を通した機能の定着,評価資料の提供な
中級韓国語教材の分析をはじめ,その現況を把握す
どの多様な機能を持っている 2).
る.現況の把握の過程で,韓国語教材が持っている問
現在,日本国内では韓国語ブームによって初級韓国
題点を明らかにする.分析の対象として,韓国と日本
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 109 ─
に発行された代表的な教材を 3 冊ずつ選定する.韓国
タとして韓国語文型のパターンに関する研究を行っ
側の教材は外国語としての韓国語を教えている代表的
た 4).韓国人が実際に使っている文型の使用頻度を調
な教育機関であるソウル大学,高麗大学,延世大学で
査し,それを教材開発に生かそうと考えたのである.
発行される 3 種類の教材を選定した.日本側の教材は
小説,随筆,日記,手紙,新聞記事,漫画,ドラマ台
著名な韓国語学者である野間秀樹,油谷幸利,李昌圭
本,会話資料など多様な例文を選定し,韓国語で頻繁
が執筆した 3 種類の教材を選定した.
に使われている文型パターンを提示した.その結果,
本研究は,韓国と日本の教材比較分析を通して,中
文語と口語を含め大部分の例文で他動詞の叙述型
級韓国語教育の現在の傾向と特徴を把握し,更にその
(43.5%)が最も多く使われており,次に自動詞の叙
問題点を指摘し,東北大学の展開朝鮮語教材に適切な
述型,名詞の叙述型,形容詞叙述型の順である.文型
テキスト開発のための代案を提示する.
の パ タ ー ン で は「N が N を V」
(38.2%)
,
「N が N だ」
(15.5%)
,
「N が V」
(12.4%),
「N が Adj」
(8.84%) と い
2.韓国語教育における教材研究の現況
うパターンが示された.上の 4 種類の基本的な文型が
韓国語教育における教材に関する研究は 1990 年代
75% 程度を占めていることから分かるとおり,単純な
以後から本格的に行なわれている.1990 年代から大
文型の使用頻度が高いというのである.盧銀姫
(1999)
学を中心に外国語としての韓国語教育の重要性が増
は,この論文を通して,韓国語教育における基本文型
し,韓国語の学習機関も徐々に増加した.それと共に
学習の重要性を強調している.
各教育機関にともなう教材の製作をはじめ,新しいマ
長谷川由紀子・李秀炅(2002)は,日韓の各 9 種類
ルチメディア教材も開発されながら多様な教材が作ら
ずつの代表的な教材を選定し,初級韓国語教材の文法
れた.特に,教材は教育機関のそれぞれの教育目標,
シラバスを比較・分析して日韓教材のそれぞれの特徴
教育過程,教育対象,学習環境などを考慮して作られ
と問題点を提示した 5).文法シラバスの比較を通して
たので,多様な傾向が表われた.また,この時期に開
分かったことは,韓国で年間 200 時間かけて習う課程
発された教材は,過去の経験によって開発されただけ
を,日本では年 90 時間で修了させるということであ
ではなく,科学的な実験と調査を実施して学習者の欲
る.このような現状は韓国と日本の学習環境の差に起
求,韓国語の言語的な特性,効率的な教授方法などを
因する.韓国の場合は同じ内容を反復的に練習する言
合理的に考慮して作られている.本稿では,1990 年
語学習方法を採択しているが,日本の場合は制限され
代以降韓国語教材に関する代表的な傾向をよく見せる
た時間の中で最大限の効果を挙げる学習のためにこの
重要な論文を選定して,その特徴を議論する.
ような教育を実施している.このため,日本での韓国
野間秀樹(1996)は,日本学習者のための望ましい
語教育は文法と機能の説明に終始し,実際的な練習は
初級韓国語教材を提案した 3).形態音素論的な交替が
本人の努力に任せる傾向にある.なお,教材の分析結
激しい韓国語の特徴を考慮して発音の変化を規則化・
果,日韓教材の差は発音と文法の説明方法で明確に表
法則化して提示することを主張している.また,文法
われた.韓国の教材では音韻変化に関して軽く扱って
項目で学習 5 段階を設定して学習のモデルを提示し
いるが,日本の教材では無声音の有声音化,濃音化な
た.さらに,文法項目以外にも,文字と発音,語彙と
ど多様な発音現象に関してその特徴を詳しく説明して
例文,シラバスの構成,発音表記に関する項目も学習
いる.発音は初級段階から指導しない場合誤った発音
項目として提示している.そして結論では,学習者の
が習慣化し更正しにくい傾向があるので非常に重要だ
母語を徹底して考慮した教材の重要性を強調した.野
と強調し,韓国の韓国語教材の問題点を指摘してい
間秀樹(1996)の論文は,望ましい韓国語教材が備え
る.また,連体形の説明において韓国の教材は現在と
なければならない項目の基準を提示したという意義を
過去の連体形の後に未来と回想を提示しているが,日
持っている.
本の教材は一度に現在,過去,未来,回想の連体形を
盧銀姫(1999)は,教材開発に使われる基本的なデー
提示して説明する傾向が多い.このような差は,韓国
─ 110 ─
教材が日常生活で使われる文法事項を中心に学習する
象になった読解教材は延世大学の『おもしろい韓国語
方式を選択していることに対して,日本の教材は限定
読解』2 級(初級)
,
『おもしろい韓国語読解』5 級(上
された時間の範囲内で韓国語の言語構造を体系的に学
級),韓国語世界化財団の『韓国語初級読解』であり,
習する方式を選択しているためだと考えられる.日本
作文教材はハワイ大学の『Korean Composition』
,韓国
の韓国語教材は,日本語での説明を中心に学習者が韓
語世界化財団の『韓国語初級作文』である.分析の結
国語の特性と言語的な構造を体系的・総合的に学習す
果,読解教材は人文学の分野にだけ片寄っていて実際
ることができるように考案されている.一方,韓国の
的な生活と関連した実用文はほとんど資料として提示
韓国語教材は,韓国で生活する学習者が習った内容を
されない問題点が指摘された.また,作文教材が読解
直ちに使えるようにシラバスを構成し,実生活でコ
教材と関連しないのも問題点であるとする.つまり,
ミュニケーションができるように考案されている.長
読解教材で提示された語彙や文法事項とは全く関連な
谷川由紀子・李秀炅(2002)の論文は,実証的な日韓
しに作文教材が構成されているのである.学習の効率
教材の比較・分析を通して,各国の教材が持っている
性のためには読解教材と作文教材の緊密な連関性が必
長所を提示したという意義がある.
要だと主張している.金貞淑(2004)は,読解・作文
韓松花(2003)は,韓国語教育機関の中で有名な延
教材もコミュニケーションを目的にする学習であり,
世大学の教材を分析し,その問題点を提示しながら,
生活場面と関わりがある情報を読んで理解して,それ
新しい教材作成の必要性を提案した 6).初・中級に該
を土台にして作文で表現する学習の重要性を強調し
当する『韓国語』1,2,3 の場合は,主題が多様では
た.
なく,内容も重複している傾向があると指摘してい
以上のように,韓国語教材に関する研究は大きく分
る.中・上級に該当する『韓国語』4,5,6 の場合は,
けて,教材の直接的な分析と理想的な教科書モデルの
過度に韓国の伝統文化という主題に片寄っていて,学
提示という 2 種類の傾向が見られる.また,分析の対
習者の興味誘発に大きな問題があるとも指摘してい
象は基礎韓国語教材が中心である.本稿では,このよ
る.このような偏重された内容の問題を解決するため
うな問題意識を持って,中級韓国語教材の現状と特徴
には,韓国人の現代的な生活を内容に編入させなけれ
を概観する.さらに,東北大学の展開朝鮮語を受講し
ばならないと主張している.文法説明の方法において
ている学生を対象にする理想的な中級韓国語教材のモ
は,現場の教育経験を土台にして教材の文法事項の配
デルも提示することを目的としている.
列に対する再調整を提案した.例えば,話者の意志を
現わす表現の中で「−겠」,
「−을 것이다」の場合は
3.日韓の韓国語教材の形式的な特徴
前者を先に学び,後者を後に習っているが,日常生活
分析の対象は,韓国の代表的な教材 3 冊と日本の代
でよりよく使われている「−을 것이다」を先に学習
表的な教材 3 冊である.比較分析の対象とする教材の
する方がより合理的だと主張している.また,文法の
選定はかなり難しかったが,韓国と日本の韓国語教育
説明では,単純な意味の説明ではなく,多様な例文
の特性を考慮しながら選定した.韓国の場合は各大学
を提示して学習者が自ら規則を発見するようにする
に付設された専門的な韓国語教育機関で発行された教
方式を提案した.韓松花(2003)は,学習者が実際
材を中心に選定した.その結果,ソウル大学,高麗大
生活の中で経験できる言語パターンを中心に実際性
学,延世大学の教材を選定した.日本の場合は豊富な
(Authenticity)が具体的に教材に内容に反映されるの
教育経験と研究者として著名な韓国語学者が執筆した
が重要だと強調しているのである.
教材を中心に選定した.特に,教材の構成が体系的で,
金貞淑(2004)は,韓国語の読解能力と作文能力を
妥当性がある内容,そして東北大学の展開朝鮮語の教
育てるための効果的な教材開発の方案を提示した .
材としても使用できる適合性を持ったテキストという
現在,開発されている読解教材と作文教材の問題点を
基準で選んだ.その結果,野間秀樹,油谷幸利,李昌
把握して新しい教材の代案を考案している.分析の対
圭の教材を選定した.
7)
─ 111 ─
中級教材という基準は東北大学で展開朝鮮語を学習
どのように使われるかを詳しく扱っていて,単語の深
している学生である.東北大学の場合,
「基礎朝鮮語」
い意味まで理解が可能である.しかし,
「文法」では,
ではハングルの子音と母音,基本的な文型の現在形と
単純に多数の文章だけを提示し,英語の解釈がある程
過去形,助詞の用法,変則用言,疑問詞の表現,接続
度なので,学習者が一人で予習と復習をする場合には
詞,辞書の使用法などに関して学習する.「展開朝鮮
文法的な用法を把握しにくくなっている.本文の内容
語」では連体形,アスペクト,用言の活用,語尾の変
は自己紹介,郵便局の利用方法,電話表現,交通手段
化,日常会話でよく使われる決まり文句などに関して
の利用方法,手紙の書き取り,食べ物の注文など日常
学習する.このような学習段階を基準にして,東北大
的な生活においてよく使う状況表現が中心である.
学の展開朝鮮語の学習者に適すると考えられる中級教
材は以下の通りである.
②は,教材の全体が 20 課で構成されている.各課
は「本文一つ,本文の新しい単語,基本文型,練習問
題,練習問題の新しい単語」で構成されている.この
①ソウル大学言語教育研究院,『韓国語』2,Moonjin
メディア,2003(改訂 2 版)
教材の特徴は「練習問題」に多くの部分を割いている.
本文で学習した内容を練習問題でもう一度確認する過
②韓国語文化研修部,
『韓国語』2,高麗大学民族文化
研究所,2001(改訂 2 版)
程を非常に重要視している.しかし,韓国語に習熟し
ない外国人学習者に関する配慮には不足した部分が多
③延世大学韓国語学堂,
『韓国語』2,延世大学出版部,
2003(改訂 1 版)
い.例えば,本文の解釈がなく,練習問題にも答案が
ないので,教師の助けなしでは学習しにくい問題点が
④野間秀樹・金珍娥,『Viva! 中級韓国語』
,朝日出版
社,2004.
ある.文法項目は基本文型の例文を通して理解する方
が採用されている.これは①の教材とほとんど同じ方
⑤ 油 谷 幸 利・ 南 相 瓔,
『総 合 韓 国 語』3, 白 帝 社,
式である.しかし,特徴は 4 課分ずつ文法の復習をす
る過程があることである.練習と復習に関して非常に
2003.
⑥李昌圭,
『韓国語中級』
,白帝社,2005(改訂初版)
.
重要視するのがこの教材の特徴である.本文は会話体
より文語体中心になっている.内容は生活と関連した
以上の各教材を対象として形式的な特徴に関して考
おもしろいエピソードが中心である.学習者の好奇心
察する.形式的な特徴は各課の構成,文法の項目,本
を誘発する興味深い学習を提供している.この教材の
文の内容で分けて教材の特徴を提示する.
特徴は状況に合う技能的な表現だけを中心にした既存
①は教材の全体が 33 課で構成されているので学習
教材とは異にして,学習者の興味を誘発する本文内容
量が非常に多いことが特徴的である.各課は「本文一
を通して全般的な理解能力をつけさせようとする意図
つ,本文の英語訳,本文の新しい単語,重要な単語の
を持っているのである.
発音,文法の説明,語彙と表現,練習 1,練習 2」で
③は,教材の全体が 10 課で構成されている.各課
構成されている.この教材の特徴は「練習 1」と「練
は「本文五つ程度,本文の新しい単語,日本語訳,文
習 2」という部分にある.「練習 1」は,本文で学習し
法,類型練習」で構成されている.この教材は食べ物,
た文法や文型を会話体で反復的に学習する部分であ
交通,買い物,旅行,自動車,電話などの大きい主題
る.
「練習 2」は,もう少し多様に表現を通してヒア
を中心に 4 ∼ 5 個の例文を提示している.「文型練習」
リングと書き取りの能力まで学習するようになってい
では本文に提示された文章と似ている構文をもう一度
る.しかし,
「練習 1」と「練習 2」には答案が提示さ
学習する.この文型練習が各課の半分以上を占めてお
れていないので,学習者が一人で個人的に学習する時
り,重要な部分だといえよう.即ち,この教材は韓国
には非常に不便な方式である.文法項目においては,
語を理解するためには文章構造の正確な把握が重要だ
「文法」と「語彙と表現」の二つの項目を提示している.
という観点を提示している.いくつかの本文提示と多
「語彙と表現」では,重要な単語がどのような状況で
くの量の文型練習は言語構造の学習に関する重要性を
─ 112 ─
強調するのである.文法項目では①,②の教材と同様
法と練習,読解文,読解文の発音と語彙」で構成され
に特別な説明なしに例文を提示する方式を用いてい
ている.一つのテーマが終わるごとに文法事項を整理
る.本文では日常生活を中心に作られた一般的な状況
する「整理と発展」という項目を別に区別して提示す
の内容が多い.このような特徴は①の教材と非常に類
るのが特徴である.この部分では日韓の漢字発音,大
似している傾向にある.
学入試センター試験の韓国語問題を提示して学習者の
④は,教材の全体が 20 課で構成されている.この
興味を誘発している.文法項目では単純に文法を説明
教材は同じ登場人物が毎課登場しながら,話を展開さ
することで終わるのではなく,学習者が直接問題を解
せていく方式である.学習の進行と共に各人物らの関
きながら文法事項を復習するように構成されている.
係発展や事件の展開に学習興味を誘発させられるとい
教材の内容は主人公が韓国で職場生活する状況を仮定
う長所を持っている.各課は「本文二つ程度,日本語
して日韓文化の差を徐々に理解するというものであ
訳,本文の新しい単語,文法と表現,会話三つ程度,
る.特に,提示された読解文が政治,経済,社会の問
日本語訳,新しい単語」で構成されている.この教材
題まで扱っていて学習者に国際情勢に関しても考えさ
の本文は完全に口語体になっているので,実際生活で
せるという長所がある.
そのまま使用できるという実際性がある.しかし,①,
⑥は,教材の全体が 12 課で構成されている.各課
②の教材のような練習問題や復習の段階がないので,
は「学習要点,本文一つ,新しい単語,発音,文法,
自習や自己診断の困難さがある.文法項目は,韓国の
練習 A,練習 B,練習 C」で構成されている.この教
教材とは全く異なり,詳しく説明しているのが特徴で
材は他の教材とは異なって,毎課,各課で扱っている
ある.むしろ説明が過度に多くて学習者に韓国語が非
学習の要点をあらかじめ提示している.このような学
常に難解だという印象を与える可能性がある.第 1 課
習要点の提示は,学習者に重要なポイントをあらかじ
で提示された現在既定,過去完成,予期連体形に関す
め示すことによって学習効率を上げようとする方法で
る説明は文法事項を整理して提示する方法として非常
ある.
「文法」の説明では,学習者が簡単に理解でき
に効率的な説明方法である.特に,12 課の場合のよ
るようにするために図表を用いて提示している.詳し
うに日本語と韓国語の受身形を比較しながら説明する
い説明がなくても図表を通して学習者が理解できるの
方式は,学習者に興味を持たせ,理解を高めるに非常
で非常に効果的な方法である.
「練習 A」は CD を聞き
に効率的な方法である.この教材の特徴は文法と表現
ながら文章の構造理解と発音練習をする部分で,「練
の項目が非常に忠実に提示されているということであ
習 B」は本文の文法事項をもう一度練習問題を通して
る.教材の内容は日常生活の状況を中心に話を展開さ
再確認する部分で,「練習 C」は書き取りと日本語の
せて行きながら,その中で多様な表現を学習する方式
韓国語訳を通して韓国文章の書き取りを学習する部分
である.日本人の視点から韓国との類似点と相違点を
である.この教材も前の教材と同様に練習問題に多く
提示する方法を使って学習者の興味を誘発している.
の量を割いており,その重要性を強調している.教材
6 課の韓国詩である「序詩」の紹介,8 課の外来語発
の内容は,①と③と同様に,日常生活を中心に作られ
音の差,9 課の韓国のことわざ説明,10 課の四字成語
た一般的な状況の内容が多い.
などは類似点と相違点をよく表す例示である.
⑤は,教材の全体が 16 課で構成されている.社会
4.日韓の韓国語教材の内容的な特徴
生活を始めたばかりの主人公である吉田という人物が
日韓の中級韓国語教材の特徴を明らかにするために
登場する.彼の生活談を展開する方式として話を構成
は,文法シラバスを中心に議論する必要がある.文法
している.話は大きく「韓国での社会人生活,社会人
シラバスの詳細は「音韻変化,連体形,変則用言の活
としての自立,近くて近い日韓,日本の中の韓国」の
用,漢字音」である.以上の項目は日韓の中級韓国語
四部分に分けられる.各課は「本文一つ,日本語訳,
教材で重要に扱っている文法項目である.
ポイント(会話練習,発音上の注意,本文説明)
,文
─ 113 ─
第一の項目は「音韻の変化」に関する説明である.
韓国の教材①②③と日本の教材④⑤⑥の文法項目の中
形の例文を提示しているが,その関連性については
で最も明確に表れる違いは音韻変化である.韓国の教
まったく述べず,単純に個別的な例として説明してい
材は発音法則に関しては無視する傾向が強い .この
る.③の場合も 11 課で現在形と過去形の連体形語尾
ような傾向は初級教材でも同じように表れた傾向であ
を説明し,15 課でも現在形と過去形語尾を共に説明
る .すなわち,韓国の教材が発音に関する重要を取
している.このように韓国の教材の場合は文法的な事
り扱わないのに比べて,日本の教材④⑤⑥は発音の法
項を一つの例文が登場する時ごとに説明する方式なの
則をかなり重要視している.④の教材は本文に出た新
で全体を通した総合的な文法説明が不足している.一
しい単語を説明する部分を別途に置いている.難しい
方,日本の教材は連体形語尾に関してより明確に説明
発音の単語に関しては必ず説明をしている.⑤の教材
する方法を取っている.④の場合は第 1 課で動詞,存
は発音の変化について,④よりも多少詳しく説明して
在詞,形容詞,指定詞に分けて,過去完成・現在既
いる.毎課,「発音上の注意」という項目をおいて正
定・予期の連体形の変化に対し非常に詳しく説明して
確な発音を提示している.⑥の教材は④と⑤の教材よ
いる.⑤の場合は第 1 課が始まる直前に「文法事項の
りも発音に対して集中的に説明している.課ごとに必
復習」という項目をおいて過去形・現在形・未来形に
ず「発音」という項目を提示している.また,補助教
ついて詳しく説明している.⑥の場合は動詞の連体形
材として発音 CD まで利用して正しい発音に関して重
だけを説明しているが,④⑤と同じように第 3 課で動
要性を強調している.④⑤⑥の教材で最も重要視され
詞の過去形・現在形・過去形の連体形を合わせて説明
ている音韻の変化は「ㅎの弱化,鼻音化,濃音化,流
している.このように日本の教材は韓国の教材とは異
音化」である.このような音韻の変化は,文章内で名
なって,連体形と関連した例文が出る場合は,連体形
詞と助詞の結合,語末語尾,名詞との連結形でしばし
と関連したすべての文法事項を体系的に整理して同時
ば生じる現象である.中級の場合には単語や単文に関
に提示する傾向がある.これは学習者の立場で見る
する練習より主に色々な短文が重なった複文の練習す
と,複雑な文法事項を誇張し提示しているので,学習
る場合が多いので,上記の四つ音韻変化の重要性が強
意欲を低下させる恐れがある.しかし,年間平均 200
調されるのである.特に,濃音化の場合には日本語に
時間以上を学習する韓国大学と年平均 90 時間程度を
はない音韻変化なので頻繁に登場している.
学習する日本の大学を比べると,日本教材の説明方法
8)
9)
第二の項目は「連体形」に関する説明である.連体
は理にかなっているとも言える.このような,一度に
形語尾は用言の語幹に付いて次に来る体言を修飾する
すべての文法事項を説明する方式は,日本教材に現わ
語尾である.これは日韓の文法的な違いを最も明確な
れる独特な特徴である.
文法項目である.韓国語は,連体形語尾が過去形・現
第三の項目は「変則用言の活用」に関する説明であ
在形・未来形において非常に多様に変化する特徴を
る.韓国語の用言である動詞,形容詞の語幹は変わら
持っている.日本語の立場は,連体形語尾の変化は非
ないのが基本だが,単語によっては時々変化する変則
常に独特の文法的項目である.ゆえに,日本の教材で
用言がある.これは,韓国語でも例外的な現象なので
は連体形語尾に関する特別な説明が詳しく提示されて
文法的な事項で重要に扱われている.このような場合
いるが,韓国の教材では簡単な文章の解釈水準で終わ
には,日韓の両国の教材がほとんど同じ方法で文法項
らせている.本文で連体形が出て来たとしても,その
目を提示する傾向がある.①の場合には『韓国語』1
文だけを説明するのに度々留まっている.①の場合は
の課程で用言の変則に関して学習したので,その教材
3 課で過去形の連体形「V −
(으)ㄴ N」
,29 課で現在形
で扱わなかった「ㅎ変則」だけを扱っている.②の場
の連体形「V −(은)는 N」が説明されている.このよ
合には 1 課で「르変則」
,4 課で「ㅅ変則」,9 課で「ㄷ
うに同じ連体形語尾だが,お互いの関連性に関してそ
変則」
,14 課で「ㅎ変則」に関して扱っている.また,
れほど注意を払わないのである.②の場合も 8 課で過
変則活用という文法項目を別途に設け,図式化して総
去形の連体形,未来形の連体形,9 課で現在形の連体
合的に説明している.③の場合は各課から出た変則用
─ 114 ─
言に関する説明を 19 課で整理してすべての変則動詞
直入,孟母三遷」など故事成語を紹介し学習者の興味
を総合的に説明している.④の場合は最後に「用言の
を誘発している.本格的な漢字語に関する説明がある
活用形」という図式を作って整理している.⑤の場合
のは⑤の教材である.⑤の場合は「整理と発展」とい
は 2 課で「ㅂ変則」,7 課で「르変則」
,9 課で「ㅎ変則」
,
う項目で漢字音に関して 4 回にかけて集中的に説明し
12 課「ㄷ変則」,13 課で「ㅅ変則」を説明している.
ている.韓国語の漢字音は日本語とよく似ており,原
⑥の場合は 4 課で「으変則」
,5 課で「ㅂ変則」
,7 課で
則的に一字一音なので,漢字音を覚えると語彙が急速
「ㄹ変則」を説明している.つまり,教材によって変
に増えると強調されている.例えば,漢字の「可,歌,
則活用を個別的に提示した教材もあるし,統合的に整
家,加,仮,価」は「가(Ka・Ga)
」という発音で,
理して提示した教材もある.このような傾向は多様な
このような発音の例を詳しく提示している.
「連結語尾」に関する説明でもよく見られる.多様な
意味を作り出す用言の連結語尾を学習する時も,整理
5.東北大学の展開朝鮮語学習者のためのテキ
して理解する方法より,毎回例文が登場するたびに学
スト開発の提案
習する方法を選択している.これは多くの学習課題を
本稿で考察した日韓の韓国語中級教材の特徴を基に
一時に提示した時,学習者に大きい負担を与えられる
して,これからの東北大学における展開朝鮮語の教材
ためと考えられる.そのために日韓両国の教材で個別
開発の方向を提示する.学習目的と学習方法論,学習
的な提示が好まれるのである.しかし,個別的な提示
環境と学習者の特徴,教材の形式的な構成,シラバス
とともに,同様の意味表現を中心に,例えば,
「禁止
の必須項目の側面で具体的な代案を試みた.
の表現,許可の表現,義務・当然の表現,意志の表現,
第一に,「韓国語学習の目的と学習方法論」である.
可能の表現」のように,整理して提示する方法に関し
東北大学の外国語科目の学習目的は国際人としてコ
ても考えてみなければならない.
ミュニケーション能力を育成することである.未来の
第四の項目は「漢字語」に関する説明である.漢字
国際社会で活動する人材を作り出すために外国語を学
語は韓国語の中で表記が漢字で書くことが可能であ
習する必要があるというものである.しかし,現実的
り,韓国の漢字音でも読める 10).日本教材と韓国教材
に教室での学習者の態度は,韓国に関する単純な興
を比較する時,日本教材は学習者が日本語を母国語で
味,単位を履修するための目的が最も多い.これは,
使う者として限定されているというのが最も優れた長
長い教育経験と実際の調査でも同じ結果が出た 11).つ
所である.そのため,全世界の学習者を対象にした韓
まり,教養外国語教材が備えなければならない項目中
国教材より,さらに具体的にシラバスを作成できる.
で見過ごされているのが,学習者の興味を誘発させ
中でも,日本人学習者に非常に意味のある項目は漢字
て,知的好奇心を刺激するということである.現在出
語に関する説明である.韓国語の単語の中で漢字語が
版されている大部分の中級韓国語教材がこのような観
占める割合は約 70% に相当する.つまり,大部分の
点を見過ごしている場合が多い 12).学習者の興味を誘
単語が漢字語になっているのである.しかし,韓国の
発するためには,似ているように見えていて,実質的
教材では,重要な漢字語に関してほとんど扱わない.
には差異があるというテーマを扱うのが重要であると
その理由は,韓国の教材が漢字文化圏以外の外国人も
考える.日本と異なる韓国の独特な風習,生活の慣習,
学習者として仮定しているためである.日本人の学習
言語表現などを教材内容に入れる必要がある.日本国
者は,韓国語の漢字語の音は,規則的な対応関係を見
内における韓国の大衆文化の人気を考慮し,若い学習
出せるため,学習者が日本語の漢字語を比較しながら
者が好む内容を入れるのも良い方法の一つである.こ
規則的に習得することが可能である.従って,漢字を
のような戦略を考えながら教材を作成すれば,より簡
用いた学習が必要とされる.漢字に関する説明がある
単に外国語科目の学習目的を達成できると思われる.
教材は④⑤だけである.④の場合は韓国の故事成語を
分析の対象になった教材中では,②と④の教材が非常
提示している程度である.10 課で「勧善懲悪,単刀
に適している.
─ 115 ─
第二は「学習の環境と学習者の特徴」である.東北
場して話が展開していく方式がより興味深いと思われ
大学の展開朝鮮語の科目は週 1 回,1 時間 30 分間の授
る.このような展開方式は,分析された教材の中では,
業が行なわれている.1 年間,総 45 時間程度に中級課
④と⑤の教材で採用されている.各課の構成は「学習
程を履修するようになっている.90 時間の基礎朝鮮
目標と学習要点の提示,本文 1(会話)
,日本語訳,単
語に比べて非常に短い時間なので効率的な学習が必要
語,発音,文法事項説明,本文 2(読解)
,日本語訳,
である.そのために教材の分量が適切でなければ,何
単語,練習問題」と,全体的に統一された構成にする.
がしかの問題が生ぜざるをえない.15 課程度の教材
そして,5 課,10 課,15 課には復習の課をおくのが効
を作成し,1 課を 2 回で教える程度が適切である.ま
率的な方法である.この課では反復的な発音練習が必
た,短い時間に学習の効率を上げるためには,補助教
要な単語,重要な文法事項,独特な表現などをもう一
材が必須であろう.授業時間以外に個人で学習できる
度再確認する機会を作るのが重要である.次に,構成
ように課題専用教材を作成し,学生たちが自ら学習し
について述べる.
「学習の目標と要点の提示」は,学
て課題を提出し,その後,間違いなどを訂正してもら
習者自らが習う具体的な内容と要点をあらかじめ把握
うのも一つの方法である.更に,学習者の特徴を考慮
するようにする方法である.できるだけ短い文章で提
しなければならない.展開朝鮮語の学習者は東北大学
示して学習者が簡単に理解するように作るのが重要で
に在籍している二年生が中心になる.年齢は 19 − 20
ある.このような構成は⑥の「学習要点」部分が参考
歳が大部分である.若い学習者は,韓国のドラマ,映
になる.次は「本文 1」である.「本文 1」は主に日常
画,歌など大衆文化に関して関心が高い.大学院の進
生活でしばしば使われる会話の表現を中心に学習する
学,留学,就職等に関した目的のために韓国語を学習
部分である.若い学習者の興味と意欲を喚起するため
する例は殆どないのが現状である.このような理由か
には,多様な状況を演出して内容を作る努力が必要で
ら,韓国語学習は教室内での授業が重要な学習機会と
ある.
「日本語訳」は本文1の内容をそのまま翻訳す
なる.また,東北大学の学生は,韓国人と会う機会が
る部分である.「単語」では本文に出てきた新しい単
殆どないので,特に会話能力には自信がないが,読
語の意味と用例を提示する.
「発音」は,本文に出て
解・作文に対しては興味と意欲が高い.展開朝鮮語を
きた単語の中で日本人に難しいものであれば,それら
受講している学習者の場合,連体形と過去型に対する
の単語が登場するごとに反復的に提示する部分であ
学習が完了した段階で読解の授業を行えば,非常に満
る.発音に関しては教材⑤や⑥が充実している.「文
足する.作文の場合も,読解の能力が優れた学生たち
法」は,本文に出ている文法的な事項を説明する部分
が高い水準の作文を書いて提出する傾向がある.この
である.例文と共に詳しい文法説明する方式は教材
ような観点で見ると,展開朝鮮語の教材は,学生たち
④,⑤,⑥の方式が充実している.
「本文 2」では「本
の弱点であるヒアリング,会話,発音に関して,重点
文 1」と別に読解中心の文章を提示する.可能ならば,
を置く必要がある.考察した教材の中では,⑤と⑥の
本文 1 の内容と連関性がある内容にして,内容の統一
教材が適している.なお,学習者の興味をよりいっそ
性を確保するようにする.全体的な内容は,日韓文化
う喚起ためには,学習の達成度が高い読解・作文も扱
の差,日常生活で経験できるハプニング,面白いエピ
わなければならない.分析した教材中では,①,②,
ソードなど学習者の関心を喚起するのが理想的な内容
⑤,⑥の教材が適している.
である.このような内容は②や⑤の教材が充実してい
第三の項目は「教材の形式的な構成」である.1 年
る.
「日本語訳」と「単語」は前の部分と一致する.「練
に 45 時間という限定された時間に学習効果を上げる
習問題」では「本文 1」と「本文 2」に出て来た文法
ためには戦略的な教材を作らなければならない.ま
事項と重要表現を中心に学習する部分である.教材
ず,学習者の興味を誘発して学習の意欲を持続させる
①,②,⑤,⑥が参考になる.
ためには,本文の内容展開も重要である.完全に独立
第四の項目は「シラバスの必須項目」である.東北
した状況を各課で提示する方式よりは,同じ人物が登
大学の展開朝鮮語で最小限学習しなければならない項
─ 116 ─
目は「連体形,時制,変則用言,発音の規則」である.
ければならない要素に関しても提案した.結論として
連体形は基本的な読解をするためには必ず必要な項目
は,最も核心的な要素は学習者の特徴に合った教材を
である.特に,日本人の学習者の場合,読解を通して
作成しなければならないという当然のことである.当
韓国語の学習意欲と成就感が高まる傾向がある.展開
然な結論にもかかわらず,日本と韓国で出版された中
朝鮮語の授業中にこのように感じた経験は何度かあっ
級韓国語教材は多くの問題点を抱えていた.展開朝鮮
た.韓国の代表的な短編小説である『サランバンソン
語は基礎課程である程度韓国語に関する興味を得た学
ニムとお母さん』
(朱耀燮の作品)の一部分を読解テキ
習者が受講する科目である.興味喚起が可能な教材を
ストとして読みながら授業を進行したことがある.学
使って学習をする場合には非常に高い効果を上げるこ
生たちは小説の内容展開に興味を感じて小説を最後ま
とができる.既に出ている中級韓国語教材も内容的に
で読むことを希望した.この小説を読んだ授業は他の
高い水準を持っているが,東北大学の展開朝鮮語テキ
クラスに比べて授業の集中力,参加度が高かった.読
ストとしては適切ではない点が多かった.韓国教材の
解力を増進させるためには必ず先行しなければならな
場合は,各教育機関の学習環境や学習者の特徴に合わ
い文法事項が連体形である.
「時制」は日常会話と読
せて作成したので,東北大学の展開朝鮮語の学習者と
解で重要な部分である.基礎朝鮮語では主に現在型と
は多少違いがあった.日本教材の場合も,教育方法論
過去型を中心に学習する.展開朝鮮語では基礎朝鮮語
と対象になる学習者によって,多様な水準の違いが
で習ったのを基礎にして過去形,現在形,未来形に関
あった.このようなことから,既存の教材を使うのに
する時制を体系的に学習することが重要である.
「変
は多くの問題点がある.
則用言」については,基礎朝鮮語の時間で既に学習し
したがって,このような問題を解決するためには,
た文法事項であるものの,基礎朝鮮語では単純に理論
東北大学の学習者の特徴に合った教材の開発が非常に
的に学習した段階なので実質的に文章内でどのように
重要である.現在,授業で使われている教材は担当し
使われるのかに関しては学習していなかった.展開朝
ている教員が自ら作ったプリントが中心になってい
鮮語では理論的に学習した変則用言が実質的に日常会
る.このような状況では教える教員が替わると,それ
話や読解でどのように使われているかを直接確認しな
に伴って教材や教育方法が変わることになる.これは
がら学習する段階である.
「発音の規則」は,基礎朝
非常に非効率な方式である.展開朝鮮語テキストを作
鮮語で文字を学んだ後に学習する非常に基礎的な段階
成する際には,単に教材を用意するということではな
である.だが,多くの学生たちが自らの発音に自信を
く,効率的な教育方法まで考慮にいれる必要がある.
持っていない.このことは,授業時間以外には韓国語
教員が替わっても持続的に既存のノーハウを維持しな
に接する機会がほとんどない現実的な状況も影響を及
がら新しい学習者に合うように望ましい教材を作り出
ぼしている.基礎で学習した内容を反復的に確認しな
す必要がある.実際に展開朝鮮語テキストを作成する
いと,ますます自身の発音に対して自信をなくすであ
ためには更なる研究が必要である.本研究が東北大学
ろう.このような問題を克服するためには,基礎朝鮮
の展開朝鮮語の教材開発のための基礎資料として活用
語で習った発音の法則を展開朝鮮語でも反復的に提示
されることを期待する.
しなければならないだろう.毎課に必ず発音規則に関
する説明が必要で,練習問題でもこのような練習を取
り扱う必要がある.
注
1)四年制大学における外国語教育の実態状況に関する調
査によると,実施率は英語 98.7%,ドイツ語 84.1%,
6.おわりに
中国語 82.8%,フランス語 79.2%,韓国語 46.9% に達
本稿では,東北大学の展開朝鮮語テキストを作成す
している.韓国語はドイツ語,中国語,フランス語と
るために,日韓教材の現状と問題点を考察してきた.
30% 以上の開きがあるが,2000 年度との伸び率の比較
更に,展開朝鮮語テキストを作成する場合,そろえな
では,ドイツ語とフランス語がわずかずつ減少してい
─ 117 ─
るのに対して,韓国語は 3.6% ポイントと高くなって
高麗大学と延世大学の場合は別途に各々『標準韓国語
いる.
「外国語教育の変化と韓国朝鮮語」
,
『国際文化
の発音練習』
,
『韓国語の発音』という教材がある.
フォーラム通信』65,財団法人国際文化フォーラム,
9) 韓国の初級教材でも,日本の教材と比較する場合,音
韻変化に関して非常に簡略に扱っている.長谷川由紀
2005,p.3.
2) 盧命完,
「韓国語教育資料の構造に関する分析」
,
『二
子・李秀炅,
「日韓の韓国語教材の文法シラバス比較
重言語学』15,二重言語学会,1998,pp.77 − 78.
分析−日本の学習者を指導する観点を中心に」
,
『韓国
3) 野間秀樹,
「望ましき朝鮮語教材とは?−日本語話者
語教育』13,国際韓国語教育学会,2002,pp.259 −
の 場 合」
,
『語 学 研 究 所 論 集』1, 東 京 外 国 語 大 学,
260.
10)姜昶錫,
「漢字語のハングル表記に関する研究」
,
『国
1996.
4) 盧銀姫,
「韓国語教材開発のための韓国語の文型頻度
調査」
,
『国語教育研究』6,ソウル大学国語教育研究
語学』45,国語学会,2005,pp.246 − 247.
11) 展開朝鮮語の授業を始める時,2 年の間「どうしてこ
所,1999.
の授業を選択したのか」という自由叙述質問を提示し
5) 長谷川由紀子・李秀炅,
「日韓の韓国語教材の文法シ
たが,90%以上の学生が韓国に関する興味,単位のた
ラバス比較分析−日本の学習者を指導する観点を中心
めだと答えた.このような傾向は他の大学の調査結果
に」
,
『韓国語教育』13,国際韓国語教育学会,2002.
でも現れている.小西敏夫,
「日本の大学における韓
6) 韓松花,
「延世大学の韓国語学堂の教材に関する分
国語の教育と教材−九州産業大学の場合を中心に」
,
析」
,
『外国語としての韓国語教育』28,延世大学韓国
語学堂,2003.
『日本学報』37,韓国日本学会,1996,pp.41 − 43.
12)朴栄順は,近年の韓国語教材開発の原理で最も重要な
7) 金貞淑,
「韓国語の読解と作文教材の開発方案に関す
のは学習者中心の教材という観点を提起した.そうす
る研究−教授要目の類型と課題構成を中心に」
,
『韓国
ることによって,学習者の興味が誘発し,知的な好奇
語教育』15,国際韓国語教育学会,2004.
心も刺戟できるからだと強調した.朴栄順,
「韓国語
8) 主教材には発音法則に関する説明がないが,補助教材
を別に用意し,説明する方式を選択している.特に,
─ 118 ─
教材の開発現況と発展方向」
,
『韓国語教育』14,国際
韓国語教育学会,2003,pp.174 − 175.
報 告
基礎ゼミ「フィールドワークの勧め」を実施した経験
蟹 澤 聰 史 1)*
1)
東北大学名誉教授
はじめに
験した学生はほとんどいないというのが実状である.
本学における「基礎ゼミ」は,全学スタッフの協力
また,山や自然の好きで高校時代に山岳部・登山部に
のもとで行われている大変ユニークな全学教育であ
所属していた学生はさらに少数である.一方で,本学
り,実施の意図,ならびにその成果はすでに多くの
の新入生が最初に学ぶ川内キャンパス周辺には,青葉
方々からの貴重な報告がなされている.私は,2003
山,広瀬川,竜の口峡谷,植物園など,歩いて行ける
年度から 2005 年度までの 3 年間にわたって
「基礎ゼミ」
範囲にたくさんの自然がある.「この恵まれた自然を
を担当するという貴重な経験を得た.私が現役の時に
教材に利用しないのはもったいない」と考えたことも
は「基礎ゼミ」はまだ実施されていなかったので,担
理由の一つである.
「自然に浸ることで,受験勉強の
当依頼を受けたときには戸惑いもあったが,かつての
しがらみを解き放し,柔軟な思考体系を形成して来る
同僚の方々が既に本ゼミに参加されておられたので,
べき専門への糸口を掴むことができれば」といういさ
その経験をお聞きする機会を得たこと,
「基礎ゼミ」
さか高邁な理想もあった.
実施にあたっての全学教育教員研修(FD)が担当の
21 世紀は人類にとって「環境問題」や「資源の枯渇」
前年度秋に行われたことにより,その目的ならびに実
が大きな課題となっているという事実もある.このよ
施要領はほぼ理解できた.また,このような少人数の
うなことを議論する場を設定することは,まさに「基
全学教育こそ,私が現役時代に求めていた理想的なも
礎ゼミ」
の目標である「大学教育への導入・イニシエー
のであるとの確信も得られた.
ション.教員と学生,また学生相互間の親密なコミュ
本論は,2005 年度第 14 回東北大学全学教育教員研
ニケーションを作ること.体験学習や実験,野外での
修(FD)−基礎ゼミ−での報告を骨子としたもので
調査,学習を積極的に取り入れること」といった内容
ある.3 年間の「基礎ゼミ」の授業を通して得られた
に相応しいものと考えた.
経験をもとに,自分自身の反省を込めながら,様々な
効用や問題点を整理しておきたい.
私 の 担 当 し た 課 題 名 は,2003 年 度,2004 年 度 は
「フィールドワークの勧め」であったが 2005 年度は「自
然に親しむ−フィールドワークの面白さ」に変更した.
1.「フィールドワーク」を取りあげた理由
授業内容がマンネリ化しないように,
「親しむ」オア
私はまず,自然に親しむ「フィールドワーク」の面
シスのような授業形態に重点をおいたためである.
白さを新入生に伝えたいという意図があった.最近の
風潮として,自然や実物に触れる機会を取り入れた授
2.実施にあたっての具体的方法
業は小学校から中学校,さらに高等学校へと段階を経
まず,新入生にアピールするような課題名を付ける
るにしたがって少なくなっているように思える.高校
必要がある.限られたシラバスを読んで授業選択をし
時代に地質や地形,動植物などの野外実習・観察を経
なければならないので,そこに盛り込む内容も重要で
*)連絡先:982-0801 宮城県仙台市太白区八木山本町 2-19-14
─ 119 ─
ある.学生のアンケートでは,
「内容が面白そう」と
授業の始まった初期の段階で,受講者全員の集合写
いったこと(48%)で選択する場合が多かった.実験
真を撮り,名前を入れて出来るだけ覚えるように努力
手段や教材作りは全て自前でやらなければならないの
した(写真 1)
.このことは,受講生にとって,名前
で,それなりの工夫が必要であった.
を覚えられたことにより教師への親近感がわくという
「フィールドワーク」をテーマにした場合に,どの
効用がある.また,受講生の中に,地元出身,あるい
ように授業を進めるかが問題となる.「基礎ゼミ」の
はムードメーカーのような学生がいるとフィールド
目標の一つに,
「学部横断的な内容」がある.私の課
ワークの時には非常に好都合で,まとめ役・連絡係を
題を受講した学生の推移は表 1 の通りで,ほとんど全
やってもらったりできる.
ての学部にわたっている.
2 − 2.
「フィールドワーク」を実施する場合の注意事項
時間割の設定は,野外に出る場合に 3 ∼ 5 校時を連
a .まず自分で歩いて観察することから始める.野外
続して使えるように,月曜日に設定した.
に出るときの注意として,時間内には終わらないこ
2 − 1.オリエンテーション
と;3 ∼ 5 校時を続けて行う場合が多いこと;天候
4 月下旬,他の授業開始よりやや遅れて「基礎ゼミ」
によっては急遽変更もあり得ること;途中の天候変
は始まる.最初の授業の時間はオリエンテーションと
化に対応するような準備が必要であること;野外を
して,次のようなことを行った.
歩くときには,自己責任において行動すること,な
1 .私の自己紹介
どを説明しておく.
2 .受講生の自己紹介(下記について用紙を配布し,
b .フィールドは主として川内から歩いて行ける範囲
記載してもらう)
で行う.時には,バスを利用すること,博物館など
学籍番号 氏名
は月曜日休館のため,曜日を変更することもあり得
出身地・出身校(差し支えなければ)
ることの了解を得ておくために,予めシラバスにも
趣味あるいは特技
記しておく.
「基礎ゼミ」の実施に当たって,時間
このテーマを選んだ理由 に縛られずに自由に授業設定のできることは,たい
差し支えなければ,第一希望か第二希望かも記し
へん有り難かった.
て欲しい
3.対象としたフィールドと授業の経過
将来やってみたい専門分野
3 .その後,一人ずつ口頭で自己紹介を行ってもらう.
4 .この授業の方針,計画,受講するに当たっての注
意事項,レポートなどの説明.
オリエンテーションの後は,集中的に野外に出るこ
とにした.そのため,4 月末から 6 月はじめにかけて
は 3 ∼ 5 校時をフルに利用した.但し,専門的な地質
表1 履修学生の学部別推移
写真1.竜の口峡谷にての集合写真(2004 年 4 月).
この写真に名前を付して持ち歩く.
─ 120 ─
15 年度
16 年度
17 年度
文
3
6
5
法
1
1
1
経
3
2
5
教
−
−
1
理
3
3
1
医
−
−
1
薬
−
1
−
工
2
4
4
農
−
−
2
12
17
20
調査や動植物の観察,考古学的調査ではないので,あ
時代の遺物,旧石器から中世∼近世に至る考古学的資
まり専門に立ち入った調査方法といったものではな
料の観察には格好の場所である.月曜日は休館なの
く,文系・理系の受講生いずれも理解できるような説
で,見学は土曜日の午前中に実施した.ここでは,館
明にとどめ,学生相互のディスカッションを引き出す
長がわざわざ説明を加えてくださった.
ようにした.実施したフィールドは次のようなもので
竜の口峡谷,青葉山などは毎年行ったが,それ以外
ある.
については,対象とするフィールドを少しずつ替え
3 − 1.竜の口峡谷
た.
仙台城の背後に控える竜の口峡谷は,化石を多産す
フィールドワークで考えておかなければならないの
る新第三紀の地層とともに,典型的な火砕流堆積物が
は,当日の天候に左右されることで,初年度と 2 年目
みられること,河川の争奪
によって特異な深い峡
は数回あった.変更せざるを得ない場合は,メールア
谷が形成されたことで,地質学的には貴重な観察場所
ドレスを持っている学生には電子メールで,また授業
となっている.オリエンテーションが終わった次の週
掲示板への掲示をお願いした.この時は,私のフィー
にはここに連れて行った.多少足場が悪く,初めての
ルドワークの経験,論文の書き方などについて講義を
経験としてはややハードだったと感じた人もいるが,
行った.
(1)
結構興味をもって歩いたようである.
授業の後半は,受講生全員にフィールド・自然など
3 − 2.青葉山から八木山治山の森にかけて
に関するテーマを考えてもらい,個人発表を行った.
ここは,川内キャンパスからやや遠いので,青葉台
1 人あたり質問を入れてほぼ 30 分程度であるが,時間
団地終点までバスを利用した.東北工大グラウンドの
はとくに制限しなかった.プレゼンテーションの大切
大露頭で,傾斜した地層の観察,遠景の太白山や蔵王
さと,将来学会などで発表するための練習になること
などの地形観察,火山灰の観察など,地質学的な対象
を強調した.手に入りやすい論文・報告書作成のため
の他に,樹木や春の花などの観察も行えた.治山の森
の参考書 1),2) を紹介した.発表者に対するコメント
では,昭和 26 年に発生した地すべり地形が残ってお
や質問も成績評価の対象とすることを予告しておい
り,その影響で本来真っ直ぐな樹木が曲がっているこ
た.
と,地すべりによる微少な凹凸などを観察した.
3 − 3.川内記念講堂前のメタセコイア,仙台市博物
4.この 3 年間に受講生の選んだテーマ例
館周辺,ならびに仙台城
受講生が自分で選んだテーマは,次のように多岐に
メタセコイアは生きている化石の典型例で,竜の口
わたる.
峡谷でみられる亜炭層の立木の化石と比較することが
柳田国男の『一つ目小僧』の研究(文)
,旧石器ね
できる.仙台市博物館では,魯迅の顕彰碑,阿部次郎
つ造事件(文)
,石器の作り方(文)
,青葉山の工大グ
の句碑などの解説を行った.仙台城では 2004 年度に
ランドにおける地層の観察(法)
,青葉山の自然を体
は城の石垣の修復工事が行われていた最中でもあり,
感したことによる環境問題(経)
,竜の口峡谷の火砕
貴重な現場を見ることができた.土井晩翠や島崎藤村
流(理)
,時間とは何か(理)
,地震の経験(理)
,植
の歌碑なども授業の対象として貴重な資料である.こ
物と土壌との関係(理),青葉山の自然(工),竜の口
のような調査・見学は,フィールドワークが自然科学
の化石と北海道のアンモナイト(工)
,太白山の地質
に限ったものではないという事例になる.
(文)
,宮城県北部の隠れ切支丹と製鉄(文)
,塩原湖
3 − 4.仙台地底の森ミュージアム
成層の木の葉化石(文)
,川内のメタセコイアについ
ここは長町にあり,学校建設の目的で行われた調査
て(経)
,郷土の鹿沼土について(理)
,暦の歴史(理),
の結果,およそ 2 万年前の氷河時代に生息していた生
故郷の北上川と賢治のふるさと(薬)
,仙台の亜炭層
物や人間の生活がまざまざと残されていることが明ら
について(工),広瀬川はなぜきれいになったか(工),
かとなったため,保存が決定したところである.氷河
建築史から見る自然観の変化の表れ(医),砂漠化の
─ 121 ─
問題(理)
,神話と自然について(文)
,殺生石・九尾
1.野外での活動が予想よりもハード,日頃の運動不
の狐伝説とその歴史的背景(文)
,岩手山の噴火と防
足が解消できた.教室の授業ではパワーポイントな
災(文)
,昔話にみる自然環境 ∼旱魃被害の考察を
ど興味の有無に関係なく眠くなってしまう.もっと
通して∼(文)
,仙台城と自然(文)
,自然教育(教),
外を歩きたかった.
諫早湾干拓事業について(法),環境問題と企業戦略
2.発表が初めてだったので緊張したが,楽しいもの
(経)
,未確認生物とその歴史(経)
,オニヒトデによ
だと感じた.理系,文系を融合したところを研究し
るサンゴの食害(経)
,北原白秋と郷土の自然(経)
,
てみたい.
消閑の勧め(工),自然と都市計画(工),自然科学と
3.外出したとき,声が聞き取れない.
調和(工)
,外来生物(工),自然の観念の変遷(農),
4.文学部では,机上だけでないこういった実践的な
日本人の起源(農)
.
授業はよかった.
5.教授の熱意を感じた.
内容によっては,
「フィールドワーク」
,あるいは
「自
然・環境」といった目標とはいささかかけ離れている
6.今度は授業外で山登りしたい.
7.ときどき専門的で難しかったが,フィールドワー
ものもあったが,学生の判断に任せた.九州や栃木,
クは楽しかった.
岩手県など対象とした地域も多岐にわたるのは,夏休
8.フィールドワークは非常に楽しかった.
みを利用して郷土の自然を探るというテーマ設定も可
9.疲れた.今思うと,全く知らなかった仙台の自然
能であるとしたためである.それぞれのテーマを深く
を見て,この街に愛着を持った.
掘り下げる時間は,発表までにはあまり取れないの
10.いろんな授業形態があって面白かった.しかし,
で,どうしても文献調査に偏らざるを得ない.した
他の学生の発表への意欲が感じられず,がっかりし
がって,後半の各自発表は,目標を掲げるという意味
たところもあった.
合いが強いものであった.
11.立ちっぱなしで長い話を聞くのは,少々辛かった.
発表の順序は抽選で決め,当日のレジュメを予め用
12.実際にフィールドワークをして,直に自然を見,
意してもらい,それをコピーして全員に配布し,議論
触れることができ,感性の面で非常に役立った.
を進めやすくした.中には,高校時代にパワーポイン
13.野外活動をもっと多くしたかった.
トの使い方を修得した学生もいて,撮った写真をパソ
14.外に出る時間がもっと多くてもよかった.
コンで投影するなどの凝った発表もあった.
15.聞く話が多くて,あまり自然に親しめませんでし
後述のように,興味や後期の専門が異なる学生の集
た.
まった学部横断的な授業のため,また,自由に発表・
批判し合うという機会が高校時代までにあまり経験が
上に述べたような内容で,学生達はフィールドワー
なかったためもあり,多様な考え方のあることを体感
クを通して,まずまず「自然に親しむ」ことができた
したようで,けっこう興味をもった学生が多かった.
と思う.高校時代に野外での授業を体験した人はやは
り少ないことで,初めて地層の観察や,動植物の観察
5.授業を終えての学生の反応
などによって実物に触れる楽しさを味わって貰えたこ
ひととおり学生の発表が終わった最後の時間にアン
とは,私にとっても嬉しい限りである.しかし正直の
ケートを採った.そのときの注意事項として,「自由
ところ,フィールドでの 20 名はやや多すぎ,せいぜ
記述をぜひ書いて欲しい」と言っておかないと,学生
い 10 ∼ 12 人程度が良さそうである.私よりもはるか
はほとんど書かない.初年度と 2 年度はそのために,
に若いにもかかわらず「予想よりハードであった」
「疲
あまり学生の本音が聞けなかった.そこで,2005 年
れた」
「立ちっぱなしで辛かった」といった意見は,受
度には,「ぜひ書いて欲しい」と要望をした.以下に
験勉強ばかりしていた「現代のひ弱な学生の一面」で
自由記述内容の概略を記す.
はないかと思う.
「パワーポイントなど・・・」につ
─ 122 ─
いては,視覚に訴えることが一見効果的とみられる
訪問した際の対応を依頼しておいた.これらのユニー
が,多用しすぎるとやはり眠気をもたらすものであ
クなレポートを読むたびに,「基礎ゼミ」の存在価値
る.教師が一生懸命説明し,板書するという旧来の方
を再認識したのであるが,
「もしもの事故」を考える
法の効用も大きい.最後にある「聞く話が多くて…」
とき,ぜひ「積極的にフィールドに出なさい」とも云
という正直な意見については,もう少し説明を少なく
えないところにジレンマがある.全員にこういった
して学生に考えさせる時間を多くとった方が良かった
テーマで,実際に歩いて調査を行ってもらうことがで
のかとの反省もある.竜の口峡谷は「たいへん興味が
きればそれに越したことはないのだが.
あった」という一方で,2004 年度の自由記述に「圧
迫感があり怖かった」との意外な感想もあった.
グループを作って,仲間同士で議論しながらテーマ
を追求することも勧めたが,結局は一人一人で実施す
る方向になった.その理由の一つは,最初に川内周辺
6.アンケート以外にあった学生の意見
の実習・見学に時間をとることで,相互に話し合う機
授業終了時によるアンケート以外にも,それぞれの
会が少なかったせいもある.機械的な方法でグループ
意見を聴く機会があった.
「アルバイト,サークル活
を作るということも考えられるが,あくまで自主的に
動などを控えているので,終了時間を守って欲しい」
ということになると,もう少し時間が必要となる.
という自己中心的な要求もある一方で,
「2003 年 5 月
「フィールドワーク」の場合は,幸いにも「心ならずも,
26 日の青葉山から八木山方面の授業の後,6 時 24 分に
希望通りでなかった」という人は少なくて,授業はや
宮城県北部地震が起こった.
『治山の森の地すべり跡』
りやすかったが,希望通りでない受講生が多く含まれ
の観察の直後だったので,家に帰り着いた頃,身を
た場合は,興味を持たせる工夫とともに,そこに至る
もって地震の恐ろしさを体験した」という感想が何人
までの時間を多く取らなければならないであろう.少
もあった.竜の口に最初に案内したときは,歩きにく
人数教育ほど,
「心ならずも」の学生が入るとたいへん
くて大変だったようだ.
厄介である.受講生の希望をできるだけ叶えるために
は,全学の協力を得て開講課題をさらに増やす必要が
7.反省と問題点
ある.
事故にあった場合の心配が常につきまとうのが
初年度と 2 年目には,シラバスに「15 名程度が望ま
フィールドを主体とする授業では避けられない.特に
しい」と但し書きを入れたが,最終年度には人数制限
授業中であれば,引率教師が責任をとれるが,1 人で
を行わなかったため,定員一杯の 20 名が集まった.
出かけた場合の処置はどうなるのであろうか.新入生
やはり,こういったフィールドワークを主とする場合
になったばかりの受講生に 1 人で調査を進めることま
は,20 名は負担である.初年度には,受講者が少な
では要求できないのが,いささか残念である.学生は
かったためもあってか,全員にグループ意識が芽生
それぞれ傷害保険に入っているようであるが,全員で
え,最後には「打ち上げコンパ」まで発展したが,2
あるかどうかは分からない.
年目以降にはこの傾向は続かなかった.
初年度の「竜の口の地質」
「太白山の地質」
,2 年目
初年度にはあまり見られなかった傾向として,イン
の「宮城県北部の隠れ切支丹と製鉄」,
「川内のメタセ
ターネットの普及により,適当なキーワードで検索
コイア」
,3 年目の「消閑の勧め−八木山治山の森に
し,コピー・ペーストで仕上げたレポートが 2 年度,
おける遊歩道の施設状況と歩き安さ」などは,実際に
3 年度と増加傾向にあり,
「自分で汗して調査をする」
休日や夏休みを利用して調べたレポートで,それぞれ
あるいは「図書館できちんとした文献を検索し,読む」
内容も濃く,たいへん面白かった.また,岩手県庁の
という基礎的なことを教える必要を感じた.もち
火山専門家を訪ねて,出身地の「岩手山の噴火と防災」
ろん,インターネットの積極的な利用はたいへん有効
について調べた例もあった.このような場合は,私が
であるが,「検索した結果から何を得るか,クロス
予め相手側にこのゼミの方針・目的などを知らせて,
チェックを充分に行い,体系的に情報をつかみ,そこ
─ 123 ─
から新たな思考が生まれること」といった点に対する
に大きいことをあらためて認識した.何よりも,若い
教育的配慮が必要であることを痛感した.
学生との交流は自分の頭の活性化にはたいへん役立っ
今回は,私の専門上から自然科学の分野に偏った傾
た.一方で,わずか 3 年間の間に,学生の雰囲気が大
向は免れ得ないが,文化人類学や社会学といった分野
きく変化していることも大きな驚きであった.こう
にもフィールドワークが重要な位置を占めているの
いった変化に対応して,「仲間意識を如何にして育て
で,そういった方面の紹介ももっとすべきであったか
るか,情報化社会において,どのようにして新しい思
もしれない.このゼミでの僅かな経験を基に,将来,
考体系を構築するか」についての対策が必要であるこ
世界の果てまで出かけてこういった分野に取り組んで
とを痛感した.
くれる若い人が一人でも多く育ってくれれば幸いであ
る.
注
(1)河川が流域を越えて,隣の河川の水流を奪う現象.
おわりに
ここでは,現在の向山から愛宕山を経て広瀬川に流
この 3 年間,
「基礎ゼミ」を担当して,この科目の
れ込んでいた浅い谷が,広瀬川の蛇行によって現在
持つ意義が非常に大きいことを感じた.特に,受験勉
の竜の口峡谷の入り口で合流してしまったため,落
強で伸びきった頭をほぐし,実際の自然現象から素直
差の大きい滝を生じ,その滝が浸食しながら後退し
に何かを学び取ることの重要性を知り,専門の異なる
て現在の深い峡谷を作った.
学生間での仲間意識を強めること,いろんな考え方の
あることを学ぶこと,自分の意見を積極的に述べ合
い,議論し合うことを学生は学んだと思われる.最初
引用文献
1)木下是雄『理科系の作文技術』中公新書 中央公論
に設定した私の意図は満足する結果が得られた.私と
しても,興味のつけ所,レポートの書き方などに,そ
社初版 1981 年.
2)本多勝一『日本語の作文技術』朝日文庫 朝日新聞
れぞれの違いが出ていてたいへん面白く,受講生の
フィールドに対する興味は,文系・理系を問わず非常
─ 124 ─
社初版 1982 年.
報 告
全学教育科目基礎ゼミ
「新聞を通してみる障害児・者問題」の3年間の取り組みと成果
川 住 隆 一 1)*
1)東北大学大学院教育学研究科
1.はじめに
生,学生相互の人間的なつながりの形成,学生が大学
私は教育学研究科・教育学部において,障害児・者
の教育に関わる内容の授業や研究を行っている.研究
生活になじみ順調に学生生活を開始できるようにする
ことに留意する.」とのことである.
の主たる対象は知的障害,重症心身障害,視覚聴覚二
そこで私は,学生にとって身近な存在と思われる新
重障害(盲聾)を有する子どもや成人であるが,彼ら
聞の中から障害児・者関連の記事を集めて資料として
に関わる問題への接近においては,教育学的・心理学
提供し,それらの資料を糸口に問題を発見する能力や
的観点以外にも,医療・福祉等の観点が要求される.
解明のために情報を収集する力,収集した情報・資料
このように教育の分野に限らずどの分野においても,
を整理し発表する力,および,発表に基づいて論議す
障害児・者の問題に携わる者には学際的視点が求めら
る力を培うことにした.また,新聞紙上においては障
れる,あるいは,学際的視点がなければどのような問
害児・者に関わる様々な問題や話題,事件が取り上げ
題もその本質の解明や解決の糸口を見出すことが困難
られているので,多くの学部の学生が集い,専門を異
である.私は,多くの学生が障害児・者問題に関心を
にすることによって相互に刺激し合い,これによって
寄せることを期待しているが,同時に学生にはその動
学際的視点の基礎が養われることを期待した.
機のいかんを問わず,学際的視点を養いながら問題の
解明に当たってほしいと願っている.
ここでは,3 年間の授業実践を踏まえ,本基礎ゼミ
実施の成果と課題を明らかにするとともに,多くの受
私が全学教育の基礎ゼミ(大学 1 年生を対象として
いる)を初めて担当したのは 2003(平成 15)年度から
講生が関心を寄せた障害児教育に関する彼らの意見の
意義について考察することを目的とする.
であるが,総合大学としての本学には様々な学問分野
に関心をもつ学生が集っていることと,基礎ゼミの目
2.シラバス
標や重視している点を踏まえれば,このゼミは学生が
1)授業の目的と概要
上述の学際的視点を養う上で貴重な機会になるのでは
新聞記事を糸口として障害のある人々に関わる教
ないかと考えた.すなわち,事務局から基礎ゼミ担当
育・福祉・医療・労働等の現状や課題について調べ,
者に配布された第 7 回 FD 資料やシラバス作成要領等
話題提供と討論を通して,自身が専攻する学問分野や
によれば,「一つの問題を種々の角度から横断的に考
自身の生き方とのつながりについて考えを深める.
える態度を身につけさせることが『基礎ゼミ』の目標
の一つとされている」とのことである.また,
「『基礎
2)学習の到達目標
ゼミ』では,発表,討論,調査,見学,実験,実習等
この授業では,受講者の課題の発見・調査・発表・
の体験的・参加型の学習を重視する.また,教官と学
討論が重視される.そのため,①新聞記事の中に見出
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 27-1 東北大学大学院教育学研究科
─ 125 ─
した疑問(現状や課題)を解明するための情報・資料
4)成績評価方法
収集の方略を習得するようになる.②得られた情報・
資料と自身の感想・考えを整理できるようになる.
出席状況,発表内容や発表の仕方,討論への参加状
況に基づいて評価する.
③整理したものを他者に分かりやすく説明できるよう
5)教科書および参考書
になる.
教科書は使用しない.新聞資料を提供するととも
3)授業の内容・方法と進度予定
に,必要に応じて随時参考文献等を紹介する.
①あらかじめ用意されている障害児・者関連の新聞
記事の中から,関心を向けた内容(テーマ)を選ぶ.
6)その他 (略)
②関心を向けた理由を各自発表し,情報・資料収集の
足がかりとする.③調べた成果をレジュメにまとめて
3.実施方法
発表し,討論を行う.この際発表者は,自身が専攻す
1)初回の授業においては,受講生に新聞資料(全国
る学問分野とのつながりについても考察することを心
紙,地元紙,および教育新聞から関連記事を収集し
がける.④討論を通して深められた内容や新たな疑問
た新聞資料)を提供し,オリエンテーションを行っ
を再度調べて,次の話題とする.
た.Table 1 は,各年度に受講者に提供した新聞資
Table 1 各年度の新聞資料の内容
年度
新 聞 資 料 の 内 容(記事数)
2003 年度
障害者スポーツ大会(世界車椅子バスケ大会,パラリンピック等)
(16),リハビリテーション(15),脱施
設(新障害者計画,新障害者プラン,グループホーム)
(14)
,支援費制度・介護報酬等(11)
,難病児支援
(11)
,バリアフリー(9)
,スポーツ活動(9),就労・雇用(8),特殊教育・特別支援教育(8),軽度発達
障害への対応(7)
,芸術(音楽,美術)活動(6),IT 関連(5),補助犬・盲導犬(5),国政選挙の電子・
郵便投票(5),有害物質による健康被害(4),インクルージョン教育(4)
,ワクチン・ポリオ(4)
,地域
作業所(3)
,福祉タクシー(3)
,アニメ映画・絵本の紹介(3)
,アニマルセラピー(乗馬,イルカ)
(2),
ALS患者(2)
,虐待問題(2)
,医療的ケア(2)
,情報保障(字幕)
(2),自閉症診断(1),発達相談機関
(1)
,簡保加入拒否(1)
,性(1)
,精神障害者=心神喪失者法案(1)
,点字郵便物(1)
,介護商品(1),
精神障害者支援(1)
,痴呆(1)
,世界盲聾者連盟(1),里親制度(1)
,新生児聴覚検査(1)
,弱視児用拡
大教科書(1)
,疑似体験(1),遺伝子診断(1)
,その他(18)
〈計 193 記事〉
2004 年度
特殊教育・特別支援教育(29)
,自立支援(新障害者プラン・脱施設・グループホーム)
(24),盲導犬・補
助犬(18)
,自閉症・ADHD 等発達障害への対応(16)
,バリアフリー・ハートビルト法(15)
,芸術(ダン
ス,音楽,美術)活動(12)
,IT 関係(11),スポーツ活動(11),少年事件(10)
,家族問題(8)
,障害者
雇用(7)
,ALS 患者の痰の吸引問題(7)
,インクルージョン教育(6),障害者支援費制度(6),重症障害
新生児の治療拒否(6)
,福祉機器(車椅子等)
(6),難聴(6),情報保障(要約筆記・手話通訳)
(6)
,障害
者スポーツ大会(パラリンピック,スペシャルオリンピックス)
(5)
,出生前診断・受精卵診断・着床前診
断(5),地域作業所(5)
,郵便投票(5),戦争障害児・者(5),ワクチン(5)
,ボランティア(5)
,脳障
害(4),障害児の名称(4)
,色覚異常・色覚検査(4),盲聾者(3)
,教員の不祥事(3),子どもの難病(3),
障害年金(3)
,偏見・差別(発言)
(3)
,高次脳機能障害(2)
,国際福祉機器展(2),性同一性障害(2),
大学進学(2)
,レスパイと・サービス(2)
,プライバシー保護(2),アニメ映画の紹介(2),結婚相談(2)
,
薬の副作用(2)
,ペルテス病(2)
,ダウン症(2),点字図書館(2),その他(59)
〈計 349 記事〉
2005 年度
障害者スポーツ大会(スペシャルオリンピックス,パラリンピック)
(66),軽度発達障害(自閉症・
ADHD,LD)への対応(25),バリアフリー(20),特殊教育・特別支援教育(19),スポーツ活動(16),ハン
セン病(16),宮城県障害児教育将来構想・共学(15),芸術(演劇,音楽,絵画)活動(15),精神障害・
統合失調症(12)
,高機能広汎性発達障害(11)
,障害年金問題(11)
,IT 関係(9),テレビ番組等の紹介(8),
水俣病(8)
,自立支援(脱施設,障害者自立支援法案等)
(8),障害者統合福祉(7)
,補助犬・盲導犬(6),
人工呼吸器患者(6)
,授産施設(6)
,家族問題(殺人等)
(6),発達障害者支援法(5),災害弱者(5),性・
出産(5)
,性同一性障害(5)
,地域社会との交流(4),学童保育・放課後対応(4),着床前診断・受精卵
診断・出生前診断(4)
,介護保険(4)
,手話(4),雇用・労働(4),福祉機器(車椅子等)
(4)
,障害者差
別排除条例審議(4)
,心臓病(3)
,ワクチン・ポリオ(3),ダウン症者の大学進学(3)
,情報保障(ノー
トテイク)
(3)
,医療的ケア(痰の吸引)
(3)
,風疹(3),スーパーマン(米俳優)
(2)
,選挙投票方法(2),
親の治療拒否(2)
,補聴器(2),送迎サービス(2),てんかん(2)
,旅行(2)
,成年後見制度(2),補助
犬法(2)
,その他(63)
〈計 441 記事〉
─ 126 ─
料の内容と記事数である.記事の内容は多岐にわ
Table 2 学部ごとの受講者数
(人)
たっており,2003(平成 15)年度は 2002 年 1 月から
学部
2003 年度
2004 年度
2005 年度
計
2003 年 3 月 ま で に 各 紙 に 掲 載 さ れ た 計 193 記 事,
文 学 部
5
3
2
10
2004(平成 16)年度は 2003 年 4 月~ 2004 年 3 月まで
教育学部
9
8
5
22
法 学 部
2
4
3
9
経済学部
2
2
3
7
理 学 部
-
-
1
1
に 掲 載 さ れ た 計 349 記 事,2005(平 成 17) 年 度 は
2004 年 4 月~ 2005 年 3 月までに掲載された計 441 記
事の資料であった.
医 学 部
1
1
2
4
受講生は自己紹介を行い,この中で本基礎ゼミを
歯 学 部
-
-
1
1
選択した動機を述べ合った.受講動機は,家族や親
工 学 部
1
1
-
2
計
20
19
17
56
戚に障害のある人がいる,家族(主として両親のど
ちらか)
が障害児・者の教育や福祉に携わっている,
友人や恩師に障害のある人がいる,障害のある人や
4.受講者数とテーマ
Table 2 に示すとおり,3 年間の受講者総数は 56 名
高齢者に接するボランティア活動の体験があること
(2003 年度 20 名,2004 年度 19 名,2005 年度 17 名)で
などに関係していた.
2) 2 回目の授業においては,私が,障害児教育・障
あった.また,受講者は教育学部を筆頭に文系 4 学部
害者福祉の関係法令(学校教育法及び同施行令,身
に所属する者が大半を占めているが,理系 4 学部から
体障害者福祉法,知的障害者福祉法,精神保健及び
も計 8 名が参加している.
精神障害者福祉に関する法律等)や世界保健機構で
Table 3 は,受講者が新聞資料に基づいて関心ある
取り上げられる障害概念等について説明をおこなっ
事柄を選定した後の話題提供時の発表テーマである.
た.また,受講生は,新聞記事に基づいて各自が取
全体的には障害児教育の問題(特別支援教育,インク
り組むテーマを発表し合った.
ルージョン教育)や自閉症児や軽度発達障害児への対
3)以降の授業においては,1 回につき 2 名がレジュ
応問題を取り上げた学生が多い(19 件).それ以外に
メを基に発表した(一人の持ち時間 40 分).発表に
は,福祉制度や福祉機器に関する話題 7 件,医療問題
おいては,レジュメ以外に写真や映像資料(ビデオ) (出生前診断,治療拒否,難病等)6 件,人権・法令問
を使用する者,点字本や教材等の実物を使用する
題 5 件,地域生活やバリアフリーに関する問題 5 件,
者,あるいは,視覚障害者の疑似体験を試みる者も
補助犬(盲導犬,介助犬)に関する話題 4 件,就労・
あった.
雇用問題 3 件,障害者スポーツに関する話題 3 件,性
4)司会は,発表と逆の順で受講生が担当した.
同一性障害に関する話題 2 件,その他 2 件が取り上げ
5)受講生は,資料収集等について発表の前の週まで
られている.
に私に相談した.
6)自由に発表・討論した.討論が滞ったときには私
5.授業評価
授業評価に関しては,
「授業の全般的評価」欄の「こ
が発言した.
7)授業最終日は,ゼミ全体を全員で振り返り,特に
の授業を総合的に判断すると,どんな評価になります
か.」という問いに対し,2003 年度回答者 20 名中 19
気にかかっている問題を出し合った.
8)授業最終日にレポートを課した.課題は,「この
名(95 %),2004 年 度 回 答 者 17 名 中 17 名(100 %),
ゼミを通して,障害者問題について特に認識を深め
2005 年度回答者 16 名中 15 名(93.75%)が肯定的評価
たこと,再度調べなおしたこと,あるいは,自分の
(非常に良い・良い)を行っていた.どの年度も否定
希望する専門領域の中で取り上げたい課題について
的評価者はいなかった.
Table 4 は,授業評価の「この授業について,特に
述べなさい(字数は 1600 字~ 2000 字とする)
.
」で
ある.
意見があれば記入してください.
」という問いに対す
─ 127 ─
Table 3 基礎ゼミ受講者の所属と発表テーマ
所属
2003 年度
2004 年度
2005 年度
文 学 部 ・痴呆症について
・障害児教育に関する周囲の人々 ・宮城県障害児教育将来構想は実
・知的障害児への低い認識と解決策
の協力
現可能か?
・軽度障害児に対する普通学級で ・障害児教育~塾・学校・保護者 ・災害弱者としての障害者:その
のサポート
の関係~
現状と対策
・施設で暮らすことと地域で暮ら ・インクルージョン教育―日本の
すことの良い点,悪い点
とるべき方針とは―
・補助犬について
教 育 学 部 ・ 大 人 の ADHD(Attention Deficit
Hyperactivity Disorder 注意欠陥多
動性障害)
・知的障害者への特別支援教育
・教育政策とインクルージョン
・出生前診断
・障害児教育の軽視,心構え
・障害者とスポーツ
・知的障害者の虐待
・視覚障害者スポーツについて
・盲導犬― From the point of view of
dogs ―
・車椅子スポーツ
・アニマル・セラピー
・障害者の地域生活
・精神障害者の社会復帰
・バリアフリー
・
「自閉児」を取り巻く現状について
・障害理解教育について
・障害児と学校教育
・出生前診断
・アスペルガー症候群
・学校施設のバリアフリーと心の
バリアフリー
・おもしろ荘訪問記
・軽度発達障害児への援助方法~
臨床心理士という職業の立場か
ら
法 学 部 ・「心神喪失等の状態で重大な他害 ・障害者差別
・統合教育~障害児教育の未来~
行為を行った者の医療及び観察 ・性同一性障害に関する問題につ ・障害者差別の排除を目指す条例
等に関する法律案」について
いて
・性同一性障害
・知的障害者の就労・雇用
・行政による経済的支援体制
・スウェーデンの障害者福祉
経 済 学 部 ・障害者支援費制度
・障害者の人権問題
・重症新生児の治療拒否
・介助犬について
理 学 部
医 学 部 ・医療ミスに起因する知的障害
・働きたい!! ~知的障害者の
職場参加
・精神障害者の働く場所
歯 学 部
工 学 部 ・障害者を助ける科学技術
・補聴器技術の向上
・筋萎縮性側策硬化症
・補助犬法について
・高次脳機能障害
・発達障害の早期発見について
・自閉症について
・交流教育と相互理解
る自由記述回答である.回答者数は,2003 年度は 20
めたこと,②再度調べなおしたこと,あるいは,③自
名中 3 名,2004 年度は 17 名中 4 名であったが,2005 年
分の希望する専門領域の中で取り上げたい内容をまと
度は 16 名中 13 名であった.回答内容からみると,授
めることを課題としている.そこでここでは特に①に
業に関する意見や感想は大きく 3 つに分けられそうで
関するレポート内容を取り上げ障害児・者問題に関す
ある.すなわち第 1 は,障害者についての様々な取り
る受講者の意識や意見を探ることにした.なお,2003
組みや課題が見えたという自分の知らない事実を知っ
年 度 に 関 し て は す で に 報 告 し て い る の で(川 住,
た喜び,第 2 には,同世代の人々と意見を交わすこと
1)
2004)
,ここでは 2004 年度と 2005 年度のレポートから
を通して自分とは異なる見方・考え方を知ることがで
「ゼミを通して特に認識を深めたこと」を取り上げる.
きたという喜び,第 3 に自分で調べ発表することの面
Table 5 は,最終レポートのうち「ゼミを通して特
白さを知ったという意見や感想である.
に認識を深めたこと」の問いに関する実際の記述例で
ある.この例のように受講者ひとりひとりの記述か
6.ゼミを通して特に認識を深めたこと(最終
レポートより)
ら,ゼミを通して特に認識を深めたことや学んだこと
(下線部分)を把握するとともに,説明のためにどの
上述したように本ゼミでは最終レポートとして,
①このゼミを通して障害者問題について特に認識を深
ようなキーワード(太字)を使用しているのかに着目
した.キーワードからは,受講者の関心が向けられた
─ 128 ─
Table 4 授業に対する意見内容(自由記述)
2003 年度(20 名中 3 名)
・第一希望ではなく,第二希望でこの基礎ゼミを受講しましたが,内容にも非常に興味を持つことができましたし,今
後の進路選択に大きく影響を与えてくれそうです.よいゼミだと思いますので,来年以降も続けてほしいです.
・個人で一つのテーマを決めて調べると聞いたときは大変だなぁと思ったが,調べていくうちにとても興味をもてるよ
うになり楽しかった.とても楽しい,ためになる授業でした.
・この授業はとても有意義なものに感じた.教室内の全員が真面目に取り組めるすばらしい授業だったと思います.
2004 年度(17 名中 4 名)
・割と自分の知らないことを人の発表で知ることができて,見方が広がりました(「障害者も健常者に対しての理解が
足りない」など)
.自分で発表の時,調べることでも理解が深まりました.
・もっと自分でいろいろな問題に興味をもって調べ,たくさん発言ができればよかったです.
・障害者などに関する問題について,色々考えることができてよかったと思う.
・私たちが普通に生活しているだけでは気づかないようなことが沢山あって,いろいろ考えさせられました.
2005 年度(16 名中 13 名)
・これまで,ほとんど知らなかった障害を含め,様々なことに興味がもてた.また,自分たち健常者の中にも意見の違
いは多くあるので,障害者との違いは,もっと多くなりそうだが,話をする機会を多く設けて,解決していかなけれ
ばならないと思った.
・障害者に対する考え方も人によって全く違い,いろいろ考えさせられる授業でした.先生のお話も大変興味深かった
です.ありがとうございました.今後障害者の方に会う機会があれば,このゼミを思い出そうと思います.
・自分の考えを深めるだけでなく,自分と同じ年代の人達の考えや意見を聞くことができて,本当にいい経験になりま
した.ありがとうございました.
・もっと白熱した討論をやりたかったです.質問の内容が専門的な話題ばかりに傾きすぎていて,少々やりづらさを感
じました. 先生がもう少し,話しやすい内容を提示したり名ざしで誰かをどんどん指名して,発表させたらよかった
と思います.みんな考えを持ってないのではなく恥ずかしいだけだと思うんで.でも自分も調べてみてはじめて分
かった事もありました,ありがとうございました.
・普通ほとんど知ることのない障害者についてのいろんな情報を得ることができて,自分のためになった授業だと思い
ました. 授業が終わってからも,自分なりに障害者について考えてみようと思いました.
・障害者について考える良いきっかけとなりました.毎時間自分の知らなかったことを知ることができ充実した時間と
なりました.
・今まで自分の中でしか考えてこなかった意見を色々な人の意見を聞くことで,深めていくことができました.本当に
良かったです.
・いろんな人の意見を聞くことができて,いい機会になった.期間が長く,テストやレポート提出期間と重なってつら
かった.1 人 1 つプレゼンをして,レポートを提出したうえに最終レポートを 8 月にも提出があるのはつらい.
・この授業を履修し,色々なことを考えらされました.日本の障害者問題,外国の様子までわかり充実した内容でした.
・講義とは違い,自分で説明し,発表するゼミはやる気が出て好きだった.これからも継続して調べたい.小人数だっ
たので他学部の知り合いができたり,先生にも覚えてもらえて嬉しかった.
・レジュメ作りは大変でしたが,大変ためになるゼミでした.ありがとうございました.
・今まで自分が重点的に見てきた障害だけでなく,他の障害やそれらを取りまく問題についても考えることができ,楽
しかったです.
・レジュメを書いたりプレゼンしたりと,入学後すぐの勉強の中ではかなりエネルギーを使った授業でしたが,とても
良い経験をさせていただいたと思います.ありがとうございました.
事柄を把握することにした.Table 6 は,ゼミを通し
と,理解教育を推進すること,障害者と健常者が互い
て認識を深めたことや学んだことに関する受講者の意
に理解し合うことの重要性を指摘していた.例えば教
見(要旨)と説明のために使用しているキーワードで
育学部生(04 - 4)は「自閉症に限らず,一生何らか
ある.
の障害を背負って生きていかなければならない人々や
まず,Table 5 の記述例の冒頭でも触れられているが,
その家族に対して自分ができることは何か.何人かの
受講者は,障害の多さや障害児・者に関わる課題・話
人達も発表テーマにしていましたが,それは,まず障
題の多さに驚いた様子である.しかしながらこれまで
害に対する正しい知識を身に付けることだと思いま
の経験に照らして 10 名の受講者(Table 6 の 04 - 1,3,
す.これまでも漠然とその必要性を感じてはいました
4,6,14,15,16,05 - 1,12,15) は, 障 害 や 障 害
が,今回特に自分の自閉症に対する完全な誤解に
のある人々の抱える問題を理解する機会や場が非常に
ショックを受け,同時に自分の無知さを恥ずかしく思
少なかったことを指摘した上で,障害に関する知識を
いました.」
「将来自分が教育現場に携わっていくかど
もつことや障害者に関わる課題や問題を理解するこ
うかはわかりませんが,今教育に関して学んでいる者
─ 129 ─
Table 5 最終レポートの例(一部)
「このゼミを通して,私は現在障害児・者をとりまく様々な社会や学校の問題・課題について知った.他の人の発表
を聞いて今までまったく知らなかったことや,大きく誤解していたことなど,たくさんの発見があった.最初私がこの
ゼミに参加した理由は,小学校の時,ダウン症の女の子と同じクラスで一年間一緒に学んだ経験から,障害児・者をと
りまく様々な問題に関心をもったからである.さらに,親が市の「子育てサービス」という福祉サービスでヘルパーの
仕事をしていて,自閉症や多動等の傾向をもつ子どもたちの話を聞く機会が多かったこともある.そして,このゼミ,
また教職の授業をとっていることから,特に障害児やその親が直面している学校教育制度について関心を深めた.
「今,
」
スウェーデンや北欧諸国を中心にインクルージョン教育の実現にむけて動きが主流になっている.しかし,実際私は,
このゼミを通して初めて,インテグレーションやインクルージョンという言葉を知った.討論の中でも,何度かインク
ルージョンについて取り上げられたが,インテグレーション教育か,インクルージョン教育かという議論,日本でイン
クルージョン教育は可能かという議論の前に,インクルージョンという言葉のもつ大きな理念を正しく理解し,もっと
もっと多くの人がこのインクルージョン教育や社会について知識を深めるべきだと思った.サラマンカ声明にもあるよ
うに,『万人のための教育』を目標に,学校はすべての人(障害児や英才児,ストリート・チルドレンや労働している
子どもたちなど)を対象とすべきであるということ,また学校教育だけではない,社会全体でインクルージョン,イン
クルーシブ社会をつくりあげていかなければならないという考え方があるということを,私たちはもっと理解して,こ
れからの障害児・者の教育問題についても考えていくべきだと私は思う.」
として,障害理解教育に関して教育の現場で今何が一
と考える.普通学級に障害者が自然にいる環境こそ
番必要かと考えると,それは,教師が障害に関する知
が,差別するのではなく,個々を個々としてありのま
識を深めることだと思います.幼年時からの障害に対
まに受け止められる人を生み出していく可能性がある
する正しい知識の教育が障害者に対する偏見を取り除
と思うのだ.これからの障害者問題の解決に統合教育
き,またそのことが,障害者の社会進出にも大きく貢
があると心において,これから教育を学んでいきたい
献していくと思います.一人の幸せは,その家族,親
と 考 え て い る.」 と 述 べ て い る. ま た, 法 学 部 生
戚,友人みんなの幸せです.その逆も同様であり,ま
(05-6)は,「このゼミに登場した障害児問題の中で
た,障害者にとっても同様です.みんなが幸せに暮ら
私が最も考えさせられたことは,やはり統合教育につ
していくためには,今後学校における障害理解教育の
いてです.私を含め 3 人の方が統合教育について発表
重要性がさらに増してくると思います.ただ単に『差
し,討論を繰り広げましたが,その中で私は障害児教
別してはだめなんだよ』と諭すのではなく,まず教え
育の問題は難しいなあと改めて感じ,今の段階では
る側である教師が障害についての正しい知識を身に付
“統合教育は可能である”,
“統合教育は不可能である”
け,そして子どもたちに教えていくことで,よりよい
と一概には言い切れないなあと思いました.私の発表
障害理解教育が可能となり,そして健常者にとっても
の際も述べたように,現在の教育現場の実態ではまだ
障害者にとっても暮らしやすい世の中が,少しずつで
まだ環境整備が不十分であり,障害児と健常児が同じ
も実現されていくと思います.」と述べている.
教室で安心して過ごすことは不可能であるように思わ
次に,具体的な問題への関心として,10 名(Table 6
れます.しかし,現在の状況の日本でも,重い障害を
の 04-2,5,9,13,05-3,4,6,7,8,14) が 障 害 児
持ちながら普通学級で生活している子供達も多数いま
支援に関わる学校教育制度の新しい流れに関心を向け
す.その背景には,様々なトラブルも生じているで
ていた.Table 5 の記述例の後半は,このような新し
しょう.困難にも屈せず普通学級に通っている子がい
い教育制度に着目した意見である.新しい教育制度に
るのも事実なのです.よって,“統合教育は可能”
“統
関しては,大学入学前までの自己体験を踏まえて肯定
合教育は不可能である”と一概には言えないと私は思
的意見や疑問を投げかける意見等様々な意見が出され
います.私のアンケート結果からもわかるように,統
たが,ここではきょうだいに障害児がいるという 2 人
合教育に対する意見はさまざまです.一つの答えを出
の受講生の意見を紹介する.一人は教育学部生(05-3)
すのは容易なことではない問題だなと感じました.
」
の意見で,「私は,自然に障害者を受け入れられる
と述べている.
状態を社会がもつために,統合教育をしていくべきだ
─ 130 ─
Table 6 においては,以上の他に受講生が認識を深
Table 6 受講者がゼミを通して認識を深めたことと使用キーワード
レポート番号
ゼミを通して特に認識を深めたこと
使用しているキーワード
04- 1(文) どの障害者にとっても必要なことは周囲の理解であること. 理解,ノートテイク,社会
04- 2(文) 障害児やその親が直面している学校教育制度について.
福祉サービス,学校教育制度,インクルージョン教育,サ
ラマンカ声明
04- 3(教) 障害者支援の変化と障害者の健常者理解不足について
ボランティア,無償の奉仕,福祉サービス,理解不足,ノー
トテイク
04- 4(教) 障害についての理解教育を進めることの大切さについて.
自閉症,家族,正しい知識,障害理解教育,偏見,社会進出
04- 5(教) インクルージョン教育を必ずしも望まない障害児・者の存在. インクルージョン,特別なニーズ,共生
04- 6(教) 障害者理解の進め方や障害の捉え方について.
障害者理解,個性,差別,偏見,ボランティア活動
04- 7(教) 障害者問題は障害者や関係者だけの問題ではないということ. 無知,偏見,理解
04- 8(教) 自分の中に「偏見」があるという事実に気づかされたこと. 偏見,性同一性障害,精神障害
04- 9(法) 自分の周囲にいる障害児・者の存在,および,障害児教育 差別,自閉症,理解,障害児教育,インクルージョン,イン
について.
テグレーション
04-10(法)性同一性障害で悩む人,苦しむ人とそれに向き合う自分の 性同一性障害,無知,QOL
在り方.
04-11(法)国家の障害児・者に対する関心の度合いについて.
家族,無関心,行政による経済的支援体制,支援費制度
04-12(法)車椅子スポーツに取り組む人々の思い,重症新生児の治療 車椅子スポーツ,理解,重症新生児の治療拒否,家族,福
拒否.
祉サービス,法律
04-13(経)インクルージョン教育について,障害を個性と捉えること 知的障害,インテグレーション,インクルーション,分離
について.
教育,個性,いじめ
04-14(経)障害者問題を大枠で捉えないこと,正しい理解をもつこと. 性同一性障害,自閉症,認識,コンプレックス,住みやす
い社会,正しい理解
04-15(医)障害者問題の理解やそのための理解教育があまり進んでい 障害者理解教育,偏見,教育問題,雇用問題,専門家,ボラン
ないこと.
ティア,行政
04-16(工)障害者や障害者問題の理解に重要さと理解する場の不足に 理解とその機会
ついて.
05- 1(文) 障害者についての知識,同世代の人の考えや接し方の違い 知識,統合教育,障害者,健常者,理解,社会
について.
05- 2(文) 世界と比較しての日本の障害者支援の不十分さについて.
世界,日本,障害児教育,障害者雇用,障害者福祉,法整備,
社会的弱者
05- 3(教) 他者の言葉に対する家族の感情と統合教育実現の必要性に 出生前診断,家族の感情,自閉症,理解,差別の言葉,統
ついて.
合教育,普通学級
05- 4(教) 統合教育を実現していく上での適切なサポートの重要性に 障害児教育,宮城県障害児教育将来構想,特別支援教育コー
ついて.
ディネーター,等
05- 5(教) 短期間に掲載された新聞記事の量と話題の多様さに圧倒さ 学習障害,特殊教育,障害者,新聞記事
れたこと.
05- 6(法) 特に統合教育についての認識を深めるとともに難しさも ALS,性同一性障害,統合教育,障害児教育,障害児・者
知った.
問題の認識
05- 7(法) 統合教育と障害者差別についての認識が深まった.
統合教育,障害者差別,障害者差別禁止法,罰則
05- 8(法) 目に見えにくい障害があることや統合教育の問題を知った 様々な障害,見えにくい障害,認識,統合教育,交流,
こと.
05- 9(経) 様々な障害者問題について同世代の人々の意見を知ること 聴覚障害者,性同一性障害,障害者差別の排除を目指す条例
ができた.
05-10(経)社会の在り方,大学の在り方について考える機会を得た.
障害者,健常者,知的障害者,排斥,バリアフリー,教育
問題
05-11(経)意見交換を通して補助犬への理解と興味が深まった.
補助犬,ボランティア活動
05-12(理)多くの話題が新鮮であり,無知と理解について考えさせら 知的障害者,災害弱者,難病支援,アスペルガー症候群,
れた.
統合教育
05-13(医)障害者問題についての新たな発見と認識の深まりがあった. 無知,高次脳機能障害,社会的認知,福祉サービス,精神
障害
05-14(医)障害者や家族の声を聞くことができたこと.統合教育に関 精神遅滞,自閉症,アスペルガー障害,ADHD,統合教育
する問題.
05-15(歯)自閉症等の障害に関する知識習得の大切さを知ったこと.
自閉症,障害者歯科
めたり学んだ中で比較的具体的なこととして,偏見や
差別(04-8,05-3,05-7)
,性同一性障害(04-10)
,障
(04-12)
,大学の在り方(05-10)
,補助犬(05-11)
,家
族(05-14)に関することなどがあげられる.
害者福祉に関する国内外の取り組み(04-11,05-2)
,
車 椅 子 ス ポ ー ツ(04-12)
,重症新生児の治療拒否
─ 131 ─
7.考察
への差別的と思われる発言があったと受け止めたとき
1)本ゼミの成果
にはそのことを指摘してもらい,障害のある人やその
5 で述べたように,本ゼミについては総合評価とし
て多くの受講生から肯定的評価を得た.また,授業へ
家族の思いについて理解を深める契機にできないか検
討してみたい.
の意見を求めた自由記述回答は,授業評価を行った計
53 名中 20 名から得ているが(Table 4)
,その内容とし
2)新聞資料を用いる意義
ては,障害者についての様々な取り組みや課題が見え
本学の内外において(障害者関連の)新聞記事を授
たという自分の知らない事実を知った喜びの意見以外
業に取り入れて実践を行っている教員はいるかもしれ
に,同世代の人々と意見を交わすことを通して自分と
ないが,その実践報告を私は目にしたことがない.そ
は異なる見方・考え方を知ることができたという喜び
のため他の授業実践との比較を通して検討することは
や,自分で調べ発表することの面白さを知ったという
できないが,以下に 3 年間の取り組みを踏まえて,本
意見や感想であった.
ゼミにおいて新聞資料を用いてきた意義と課題につい
同世代の人々と意見を交わすことを通して自分とは
て若干の考察を行っておきたい.
異なる見方・考え方を知ることができたという感想
まず意義としては,①新聞資料の内容は多岐にわ
は,最終レポートでも多くの学生が述べている.また,
たっているので,受講生は,その中から自分にとって
他学部の学生の意見を聞くことができて参考になった
身近な問題や関心事を選び出しやすく,テーマを決め
という感想や,このゼミを通して友人をつくることが
て情報収集する糸口を得やすい,②新聞資料の内容が
できたというものもあり(川住,2004)1),基礎ゼミ
多岐であるということは同時に,大学に入学して間も
の目標のひとつである「学生相互の人間的なつながり
ない学生にとっては障害児・者に関わる多様な問題が
の形成」
を多少とも達成できたのではないかと考える.
あることに気付く機会となる,③一つの問題であって
また,私の期待でもあった学際的視点を養うことにも
も新聞ではそれに対する複数の視点が紹介されてお
なったのではないかと思う.さらに,自分で調べ発表
り,自己の考えをさらに深めることや幅を持たせる機
することの面白さを知ったという感想に関連しては,
会が得られることなどが考えられる.実際受講生は,
発表を通して人前で話すことに自信をもつことができ
提供した新聞記事を糸口に様々なテーマを選び出した
たと最終レポートで述べている学生もいた.
と思う.また,多くの学生が,様々な問題があること
しかしながら,上のような話し合いの意義を述べる
について特に認識を深めたと述べている.1 名の学生
受講生が多い中で,障害のあるきょうだいを家族にも
は,最終レポートの中で,1 年間という限定した期間
つ一人の学生は,他の学生のある発言は障害のある人
内でも新聞記事の多様さと量の多さに驚いたと述べて
に対する差別的表現であると受け止め,その発言に
いる.
よって「一気に頭が真っ白になり,悲しくなり,
『弟
他方,私がこれまでの取り組みを踏まえて気になっ
の存在否定だ』
と本当に感情的になった」と最終レポー
ていることは,発表レジュメの中に新聞記事自体を引
トで述べている.討論の場においては,自分と意見を
用している受講生が少ないここと,批判的視点をもっ
異にする者の主張を聞いて不愉快な思いをすることは
て新聞記事を読み,記事の内容に対して自分の意見を
多々あることであるが,そのことを避けて真の討論は
述べている学生がほとんどみられなかったことであ
成立しない.基礎ゼミ受講者の誰もがそのことは充分
る.私は,オリエンテーションの際に新聞資料にはど
承知であろう.また,初めから自分の発言が差別的で
のような記事が含まれているか紹介するとともに,討
あると捉えて発言する者はいないであろう.したがっ
論の場では時に新聞資料の中の関係する記事に改めて
て私としてはオリエンテーションにおいて,発言を規
目を向けるよう助言してきた.一方受講生は,新聞資
制するようなガイダンスにならないように注意しつつ
料をテーマ決定の糸口にはしても,記事自体の分析は
学生に慎重な言葉遣いを期待する一方,障害のある人
必ずしも行っているようには思われない.
─ 132 ─
教育に新聞を取り入れる取り組みとしては,いわゆ
らの学校生活の記憶が鮮明で身近な問題であると受け
る NIE(Newspaper in Education)の活動が知られてい
止めたためか,本ゼミにおいては,教育学部の学生の
るが,私は,これまで本ゼミに NIE の視点は取り込ん
みならず他学部の学生も教育の問題に強い関心を向け
ではおらず,また,NIE 活動を充分承知してもいない.
ていた.直接発表テーマとするだけでなく,最終レ
しかし,NIE において重視していることや活動内容を
ポートにおいて特に認識を深めたこととして意見を述
探れば,受講生に新聞記事の分析を勧めるべきか否か
べている受講生が多かったのである.
という疑問に対するヒントも含めて,本基礎ゼミを進
受講生が意見を交わした教育の問題は大きくは 2 つ
める上での示唆が得られるようにも思う.そこで NIE
のことに分けることができる.ひとつは,通常学級に
という観点から本ゼミの進め方を検討することを今後
おける特別支援教育の有り方,あるいは,通常学級に
の授業のための研究課題としたい.
おいて障害のある子ども(軽度発達障害児にとどまら
ず知的障害児や自閉症児)が障害のない子どもと共に
3)教育に関する発言内容の意義
学ぶことについての意義や懸念されることについての
我が国は現在,障害者に関する世界的動向や 2002
論議であり,時に対立的な意見が交わされた.第 2 は,
年に政府より発表された「新障害者基本計画及び重点
通常教育の中で障害や障害者に関する理解教育や障害
施策実施 5 か年計画(新障害者プラン)」に基づいて,
者と接する機会が非常に少ない,あるいは,身近に障
ノーマライゼーション社会を実現すべく,様々な取り
害のある子どもが少ない,障害を考える機会が少ない
組みが実施されている.宮城県が取り組んでいる障害
ということを指摘する意見であり,これらの意見は対
者福祉分野における脱施設化とグループホームの拡充
立することはなくむしろ共感的であった.障害のない
に関する取り組みは,われわれの身近で行われている
小中高校の児童生徒と様々な障害や障害児・者のこと
例の一つである.
について会話をすることのない私は,大学 1 年の受講
障害児教育の分野においても様々な改革が進行中で
生の意見は非常に興味深く,考えさせられることも多
ある.そのため,新聞紙上には,1994 年にユネスコ
かった.彼らの意見は,私に限らず,多くの教育関係
とスペイン政府の共同で開催された特別ニーズ教育世
者に伝える意義のある内容であるように思う.
界会議で採択された「サラマンカ宣言」 にみられる
2)
インクルージョン教育(通常学校から分離した場での
文献
教育ではなく,様々な特別のニーズをもつ子ども達を
1) 川住隆一.全学教育科目基礎ゼミ「新聞を通してみ
含めて全ての子どもを普通学校の中で教育を行ってい
る障害児・者問題」を実施して.東北大学大学教育
くという考えに基づく取り組み)を推進しようとする
研究センター年報.2004;第 11 号:55 - 61.
世界的思潮,対象を特殊学級や盲・聾・養護学校在籍
2)UNESCO and Ministry of Education and Science Spain.
児童生徒に留まらず通常学級に在籍する軽度発達障害
The Salamanca Statement and Framework for Action on
児にも特別の教育支援を拡げようとする我が国の特別
Special Needs Education. UNESCO; 1994.
支援教育の理念(特別支援教育の在り方に関する調査
3) 特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議.
研究協力者会議,2003) ,さらにはこれら世界や日
今後の特別支援教育の在り方について(最終報告).
本の流れを踏まえての宮城県障害児教育将来構想(宮
文部科学省;2003.
3)
城県教育委員会,2004,2005)4),5)に関する記事や関
4) 宮城県教育委員会.宮城県障害児教育将来構想(中
連記事が多数掲載されている.
間案).宮城県教育委員会;2004.
このような障害児教育に関する多数の記事に目を向
5) 宮城県教育委員会.宮城県障害児教育将来構想.宮
けたことと,義務教育や高等学校教育段階における自
─ 133 ─
城県教育委員会;2005.
報 告
東北大学における「学生による授業評価」
アンケートの実施状況と課題
関 内 隆 1)*,縄 田 朋 樹 1),葛 生 政 則 1),
北 原 良 夫 1),板 橋 孝 幸 2)
1)
東北大学高等教育開発推進センター,2)
東北大学大学院教育学研究科
1 はじめに
う肯定的意見とともに,否定的あるいは改善を要請す
東北大学全学教育においては,平成 13 年 3 月の全学
る建設的な意見なども含めて多くの声が教員から寄せ
教育審議会での決定を受けて,平成 13 年度よりこの 5
られた.かなりの教員が授業改善を進めるにあたって
年間,常勤教員のみならず非常勤講師の担当する授業
「学生による授業評価」の有効性を指摘しているが,
をも対象として毎セメスターに「学生による授業評価」
しかしなお,約 3 割の教員が現行の授業評価実施に積
を継続的に実施してきた.実施当初より,開講科目全
極的な姿勢を示さなかった.自由記述の中には,現行
体に対する実施率は 90%前後という高い値を示して
の授業評価実施をめぐる問題点を指摘しつつ,貴重な
おり,平成 16 年度には実施率が 94%を超える実績を
意見を開陳している教員の姿が少なからずあった 2).
示している 1).この間,教員へのフィードバックとし
こうした状況を踏まえ今回,全学教育で実施してい
て,全体データ,個別データと自由記述内容を担当教
る授業評価の取り組みを客観化し,その改善を目指す
員に戻し,授業改善の資料とするよう促してきた.さ
出発点として,全国の主要な国立大学ならび東北大学
らに,調査結果を積極的に活用する方策として,授業
各部局の実態調査を行った.本稿はこのうち,東北大
評価結果を受けて科目委員会が改善計画を提示して公
学各学部・研究科の実施状況を対象とした調査結果の
表する仕組みを作り,その後さらに進めて,個々の授
報告であり,各部局で実施している授業評価の現状を
業担当教員が授業評価に対する意見・授業改善案など
把握するとともに,一部の部局で開始された特色ある
を科目委員会委員長宛に提出し,それを委員会として
取り組みの意義と各部局が解決すべき課題について考
取りまとめて報告書において公表するという形をとる
察し,本学全体にとっての授業評価改善に向けた展望
ようになり,現在に至っている.
を提示することを課題としている.なお,他大学の実
こうした授業評価の実施を教員側はどのように受け
施状況については,本誌掲載の別稿「主要国立大学に
止めているのであろうか.高等教育開発推進センター
おける『学生による授業評価』アンケートの分析」で
が昨年度,全学教育担当教員を対象に実施したアン
検討を加えており,そちらを参照されたい.
ケート調査においては,学生による授業評価が教員に
とって「大いに有益」であると回答した割合が 19%,
2 「学生による授業評価」実施状況把握の調
査方法
「多少有益」が 49%と肯定的評価が約 7 割を占め,
「ど
ちらとも言えない」が 20%で,否定的見解は 12%に
東北大学における各学部・研究科の「学生による授
過ぎなかった.アンケート調査の授業評価に関する自
業評価」実施の現状把握は,公表されている授業評価
由記述欄には,学生からの情報は有意義であったとい
アンケート調査実施報告書,アンケート調査用紙等の
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 135 ─
関連資料と,平成 17 年 11 月に各部局が作成した自己
3 東北大学各学部・研究科の「学生による授
評価報告書の記述をもとに行った.これら資料に基づ
業評価」実施状況
いて「学生による授業評価」実施の目的,実施の具体
東北大学各学部・研究科の実施状況は,後掲の部局
的方法,実施結果の活用等に関して,以下のような検
毎「調査表」に整理要約して記載した通りとなってお
討項目を設定して実施状況を調査表に整理要約する作
り,部局に即した詳しい情報についてはこれらを参照
業を行い,作成した調査表を各部局に送付して記述内
されたい(なお,紙幅の関係から全学教育と 8 部局の
容の確認を受ける手順をとった.
みを掲載しており,調査対象とした全部局の実施状況
に関しては別途,報告書を作成する予定である)
.こ
〔
「授業評価」実態把握の検討項目〕
こでは,全体的な傾向を確認し,現状の課題を把握す
(1)アンケート調査の目的
るとともに,全学教育ならびに各部局の本学全体に
アンケート調査の目的をどのように捉えているか.
とって,今後,「授業評価」の改善方向を考える際に,
例えば,学生の授業満足度を中心に設定しているの
参考となりうる興味深い取り組み事例を中心に摘出し
か,あるいは学生の学習達成度などに比重を置いてい
ておきたい.
るのかなど.
今回の調査対象については平成 17 年度を対象年度
(2)アンケート調査実施の方法
にしているが,各部局の項目によっては平成 16 年度
アンケート調査実施の時期(学期末かあるいは学期
の実施状況を記載した例もある.東北大学全体を見る
中間の時期か)
,記名・無記名式,紙媒体・ウェブ上,
と,ほぼ 10 年の継続的実績がある工学部等の一部の
日本語・英語,さらには調査用紙回収方法などの実施
部局を除いて,単発的な試みを別とすれば,継続的な
方式と,実施対象の授業科目.
取り組みとしてはここ数年前から実施している部局が
(3)アンケート調査の設問項目
多くを占めている.しかしながら,本学のなかでも,
東北大学全学教育の場合と比較して,どのような特
「授業評価」の抱える問題や弱点の近年における露呈
徴を持っているか.設問項目の構成と設問内容,統一
という状況をいわば他山の石として,
「後発性の利益」
的設問・授業科目別設問などの視点から見た調査対象
を発揮して斬新な取り組みがいくつかの部局で開始さ
部局の特質.
れており,最初にこの点を取り上げておきたい.
(4)アンケート調査結果の活用
はじめに取り上げるのは教育学部の取り組みであ
アンケート結果の担当教員レベル,さらには部局全
る.教育学部では,学生による授業評価を受けて担当
体・委員会等のレベルにおける活用について,調査結
教員が「授業実施レポート」を提出する仕組みを開始
果の公開方法等の状況も含めた各部局の取り組み工夫
し,それを教員個人名入りで報告書において公表して
の状況.
いる.
「授業目的の達成度」
「反省点と改善計画」
「授業
(5)
「学生による授業評価」と関わる補完的な授業改
評価へのコメント」
から構成される教員のレポートは,
善法の実施について
学生の学習達成度に関する教員の自己点検をも含む内
各部局で授業評価と連動する形で,教員を対象とし
容となっている.学生による授業評価アンケートの設
た個別授業科目等のアンケート調査など,いわゆる
問項目にも「シラバスに記載された授業の目的は達成
「教員による授業自己評価」等の取り組み状況の有無.
されたと思いますか」との問いを設定しており,学生,
(6)各部局の授業評価をめぐる論議について
教員ともに授業の目標達成度を重視して教育の質的向
各部局で現在実施されている「学生による授業評価」
をめぐって,更なる改善を志向する議論の有無など.
上を図ろうとする教育学部のアンケート調査の意図が
ここに読み取れる.
こうした授業目標の達成度,あるいは学生の学習達
成度を重視する取り組みは,公共政策大学院において
さらにラディカルな形態で行われており,大変興味深
─ 136 ─
い.ここでは,「この授業評価は,学生の皆さんが受
面でも講ずる必要があろう.いくつかの部局では,学
講した授業が,どこまで科目の目的を達成できたかと
生代表がアンケート調査用紙を回収して事務室に提出
いう観点から行います」と明言され,記名式でかつす
するなどの例が見られるが,学生の参加意識をより強
べて記述式で実施されている.
「あなたはこの授業の
めるためにぜひ採られるべき方法である.
目的がどのようなものだと考えていますか」
「授業の目
一部の部局における斬新な取り組みの開始という傾
的を達成しえたと思いますか」
「その理由を書いてくだ
向が見られるとはいえ,東北大学全体の特徴として,
さい」
「授業の構成に同意しますか,異論があるならば
全学教育や教育学部等の部局を除いて,授業評価の活
遠慮なく書いてください」等々,期末論述試験を補完
用については,教員の自主的な判断に任せているのが
する総括的小テストの感さえする.専門職大学院とし
実情である.大学全体として解決されるべき課題のひ
ての特徴が現れているとはいえ,参考になる取り組み
とつはここにある.
といえよう.
「学生による授業評価」は,学生の評価能力をどう
これらの取り組みは,学生による授業評価の目的を
捉えるかという議論がなお存在しているとはいえ,教
単なる学生の満足度評価に終わらせず,授業における
員が実践した授業の内容・方法・効果について学生か
学生の学習達成度の視点から授業を評価する意図を明
ら発せられるかなり貴重な情報源であることは間違い
らかに示しており,授業評価の具体的な目標設定を構
ない.各部局は,授業担当教員がこれら貴重な情報源
築する際に,重要な視点であろう.しかし,こうした
を授業改善のために積極的に活用するよう促すシステ
視点は各部局にも浸透していると思われ,かなりの部
ムを早急に用意すべき段階に来ていると思われる.授
局のアンケート調査項目には「授業の目標を達成でき
業評価結果の教員へのフィードバックとして,データ
たか」等の設問が見られる状況にある.
や自由記述を教員に届け,それをどのように使うかを
さて,工学部の授業評価は平成 7 年からの継続的実
教員の自主性に任せるのではなく,少なくとも,授業
施という長い歴史を持ち,評価結果の活用という面で
改善に向けてそれをどのように使うか(あるいは使わ
特色を持っている.つまり,高評価を受けた教員が,
ないか)を教員自らが表明する場を用意する必要があ
教員研修会(FD)等を通して授業の工夫した取り組
ろう.それは教員側の授業実践に対する自己点検作業
み実践例を他の教員に広めるようなシステムをとって
としても不可欠である.
おり,授業評価と FD を連動させる参考とすべき取り
4 おわりに
組みが早くから実施されてきた.
平成 16 年度から開始した理学部と農学部の取り組
以上見てきたような東北大学における「学生による
みでは,講義用とは別に演習・実習用アンケート調査
授業評価」の現状を要約的に整理し,本学が解決すべ
用紙を作成して多様な授業形態に対応し始めている.
き課題と展望について若干の考察を行うことで結びと
さらに,そこでは授業担当教員や授業科目毎に,個別
したい.
的な問題意識から独自の設問を設定することができる
(1)各部局は「学生による授業評価」の目的として,
ような項目欄を設けるなど,他部局が参考にすべきシ
授業改善等の文言を掲げているが,これをさらに具
ステムが開始されている.
体化する作業が今や求められているといえよう.尤
なお,理系部局を中心に記名式を採用している部局
も,何を持って授業改善と看做すかについて結論を
が多いことが今回の調査で判明した.尤も,教員に氏
得ることはそう簡単ではない.しかし,個々の授業
名が特定されないよう,早い段階で氏名欄を切り離す
科目において掲げられている目標の達成度向上,つ
措置をとっていることから,これは学生のアンケート
まり,学生の学習到達目標達成の度合いを評価基準
記入への責任意識を高める措置と思われる.本来,学
とするという考え方は傾聴に値する.すでに見てき
生による授業評価は,教員と学生との共同作業であ
たように,本学でもこのような取り組みが開始され
り,その意味でも学生の参加意識を高める措置を他の
つつある.授業評価アンケート調査の目標が定まれ
─ 137 ─
ば,調査における設問項目の設定は自ずと決まって
(4)大学における授業改善は,本来,学生との共同作
いくことになろう.
業的側面も持っている.授業評価実施に対する学生
(2)そうした学習到達度向上という視点に立つと,授
の積極的な参加意識を高めるために,教員退出後に
業進行途上に行う中間評価アンケートの実施は大き
学生代表がアンケートを実施し,それを回収して事
な意味を持つ.こうした中間アンケートは,常に学
務室に提出するという実施方法も今後多くの部局で
生の授業理解度を把握確認し,場合によっては当初
採用されるべきである.また,現在行っている授業
の予定を変更しながらも理解度を高めていくための
評価に関する学生の意見・要望を積極的に取り入れ
方法,教員が自らの授業改善を意識しておこなう評
る方策も必要と考える.
価,いわゆる「形成的評価」である.一般に,評価
(5)なお,
「学生による授業評価」に付きまとう問題
は「形成的評価(formative evaluation)
」と「総括的
として,それが授業科目の価値として短期的な評価
評価(summative evaluation)
」に分けられ,前者が
になってしまうという難点がある.その意味では,
評価結果を評価対象の改善に用いる方法であるのに
一部の学生の易きに流れる傾向やその場の満足感を
対して,後者は被評価者の活動の成果を特定の時点
求める風潮に迎合せずに,基礎学力と幅広い知識等
で測定して評定するものである 3).こうした形成的
を学生に身に付けさせようと奮闘する教員の地道な
評価は教員の教育的な効果を自ら確認することを目
努力を適切に評価するシステムを,授業評価とは別
標とし,授業改善の成果を即座に履修学生に還元で
途に導入することも必要であろう.受講直後には学
きる手段であり,東北大学においてもすでに多くの
生の満足度が得られず授業評価は低いが,後に当の
教員が「コメントペーパー」などの形で実践してい
学生が大変有益な授業であったと思い起こす授業を
る.各部局あるいは大学全体が,セメスター終了時
正当に評価する視点を大学は失ってはなるまい.研
の「授業評価」に加えて,これらの実践を授業改善
究中心大学の東北大学であればこそ,そうありた
手段として制度的に促進する策を採用することに
い.
よって,大きな教育的効果をもたらすであろうこと
は間違いあるまい.
注
(3)さらに,
「学生による授業評価」は授業担当教員
1)東北大学学務審議会評価改善委員会『平成 16 年度学
が自らの授業実践に関する学生からの有益な情報獲
生による授業評価アンケート実施調査報告書』
(平成
得手段であり,その活用を教員の自主判断に任せる
17 年)3 頁.
ことなく,授業改善の意識形成に誘導することが不
2)東北大学高等教育開発推進センター『全学教育のカ
可欠であろう.東北大学全体の取り組みとしては,
リキュラムと授業環境に関するアンケート調査実施
全学教育や教育学部などを除けば,その点でなお不
報告書−東北大学の全学教育に対する学生と教員の
十分さは否めない.これを機にさらに進化させて,
評価−』
(平成 17 年)33,111 − 151 頁.
例えば,授業実践報告書の作成と公表という形で,
3)京都大学高等教育研究開発推進センター編『大学教
成績評価結果報告も含めた各教員の自己点検作業を
育学』培風館(2003)60 − 61 頁.なお,授業評価を
大学として制度化することも今後取り組むべき目標
めぐる問題点については同書が参考になる.
となる.
─ 138 ─
授業評価調査表
大 学 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 全 学 教 育
「全学教育授業評価」
アンケート用紙前書き:
「この授業評価は,全学教育の授業と教育システムを改善するための資料とな
るものです.
」
2,実施方法
2-1,実施時期
平成 13 年度以降,継続的に毎セメスターに実施.7 月および 1 月の授業最終
時期に教員が適宜実施する.
2-2,記名・無記名式
無記名
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
・全学教育科目の常勤ならびに非常勤の教員が担当するすべての授業科目で
実施.
・教員が授業終了 15 分ほど前にアンケート用紙を配布し,教員がそれを回収
して封筒に入れ,直ちに教務係事務室に提出する.
・平成 16 年度の場合,両セメスター合わせて 1,315 科目(実施率 94.6%)で
実施し,回収枚数は約 58,000 枚(回収率 74.3%)であった.
3,項目
3-1,構成と内容
(A)学生の授業取り組み自己評価(5 項目)
:
①出席率 ②意欲的姿勢 ③質問の頻度 ④関連学習の程度 ⑤評価する
資格の有無
(B)授業内容・方法の評価(10 項目):
①内容の系統的整理 ②授業準備の状況 ③説明の理解しやすさ ④声の
聞きやすさ ⑤授業進度の適切さ ⑥板書等の適切さ ⑦シラバスとの対
応 ⑧視聴覚機器利用の適切さ ⑨宿題等の適切さ ⑩教科書,配布資料
等の適切さ
(C)全般的評価(4 項目):
①授業の興味深さ ②教員の熱意 ③授業への満足度 ④総合的な評価
なお,そのほかに,時間割の不都合さ,履修選択の理由,授業欠席の理由
の項目がある.
3-2,統一的設問と科目別設問
すべての授業科目対象の統一的設問となっている.
なお,自由記述欄として,
「履修しての感想や意見(担当教員へのメッセー
ジ)」がある.
4,結果の活用
教員に対して,全科目,科目群レベルと担当教員の個別データの集計結果,
ならびに自由記述欄の「担当教員へのメッセージ」
(記入者の筆跡から学生個
人が特定できないよう,改めて打ち直した文章)を送付する.
4-1,担当教員レベル
教員は,所属する科目委員会委員長宛に授業評価結果に関する自らの意見・
授業改善策等を提出するシステムとなっている.
4-2,大学全体・委員会等レベル
学務審議会の評価改善委員会が,全体の集計結果を取りまとめ,その傾向を
分析するとともに,各科目委員会は,当該科目に関する評価結果の分析を行
い,教員からの意見・改善策等を基礎に授業評価結果に対する委員会意見と
して集約する.
4-3,結果の公開
上記の集約結果を冊子体として,毎年,報告書の形で作成し,公開している.
5,教員への授業自己評価アンケート等 教員対象の独自な授業自己評価アンケート等は実施していない.カリキュラ
ム全体や授業評価の有益性などについての教員対象アンケートを 2 ∼ 3 年に
一度の程度で実施している.
6,授業評価アンケートの改善論議
評価改善委員会において,アンケート質問項目等について継続的に検討し,
これまで微修正を施してきた.現在,高等教育開発推進センターが東北大学
内の各部局の授業評価実施状況,主要な大学の授業評価取り組み事例を調査
して,今後の検討素材の資料作成に当たっている.
〔
『平成 16 年度学生による授業評価アンケート実施結果報告書』をもとに作成〕
─ 139 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 文 学 部 ・ 大 学 院 文 学 研 究 科
「東北大学文学部(大学院文学研究科)授業評価アンケート」
(平成 17 年度)
アンケート用紙の前書き:
「このアンケート調査は,文学部および文学研究科における授業を改善してい
くための参考資料となるものです.」
「なお,この授業とは関係がないと思われ
る質問,あるいは答えたくない質問については,回答をする必要はありま
せん.
」
2,実施方法
2-1,実施時期
平成 17 年度後期から,セメスター毎,全授業科目を対象に実施.
2-2,記名・無記名式
無記名
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等 〔平成 16 年度の実施状況について〕
常勤ならびに非常勤教員が担当し,履修登録者 20 名以上の授業科目を対象と
した.但し,集中講義,さらに「基礎講読」
「演習」等,履修学生がほぼ担当
教員の研究室所属学生に限られるような科目は除外した.
担当教員がアンケート用紙を事務室で受け取り,授業終了前 15 分ほど前に配
布し,教員がそれを回収して事務室に返却する手順を取った.
57 科目において実施し,回収枚数は 2,223 枚であった(回収率:58.72%).
3,項目
3-1,構成と内容
基本的に全学教育の質問項目に類似しているが,項目数を絞り込んでいる.
3-2,統一的設問と科目別設問
統一的設問
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問(平成 17 年度実施のアンケート)
:
質問項目「学習目標や成績評価方法について,あらかじめきちんと説明され
た」
質問項目「学習目標が達成できた」
質問項目「今後の勉学(学習・研究)や将来の仕事等に有意義だと思った」
質問項目「この授業を一言で表現するとしたら(たとえば「おもしろい」
「楽
しい」
「つまらない」
「厳しい」など),あなたならどう表現しますか」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
個別授業の集計結果は,自由記述内容とともにまとめて打ち出し,各担当教
員に返却した.平成 17 年 3 月に「学生による授業評価に関するフィードバッ
ク資料作成のお願い」を各授業担当者に配布し返答を回収している.
4-2,大学全体・委員会等レベル
学務教育室教育改善担当が,全体の集計作業と分析を行い,自由記述に関す
る整理を行ったうえで,実施結果のとりまとめを行い,公表した.教授会で
報告するとともに,平成 17 年度の教育改善担当が評価体制全般の見直しを
行った.
4-3,結果の公開
上記の集約結果を報告書として公表した.
5,教員への授業自己評価アンケート等 実施していない.
6,授業評価アンケートの改善論議
平成 17 年度後期より,セメスター毎,全授業科目について授業評価アンケー
トを実施する体制に移行した(平成 18 年 1 月実施).
〔
『授業および教育環境等に関する学生アンケート実施報告書 第 3 集』
(平成 17 年 3 月),
「授業に関するアンケー
ト」
(文学部・文学研究科)
(平成 17 年度)より作成〕
」
─ 140 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 教 育 学 部 ・ 大 学 院 教 育 学 研 究 科
「学生による授業評価(アンケート)」
(平成 17 年度)
アンケート用紙の前書き:
「このアンケートは,授業を受講する学生諸君の意見を,授業の改善に反映さ
せる目的で行うものです」
2,実施方法
2-1,実施時期
平成 15 年度から毎セメスターに実施する体制がとられ,毎セメスターの授業
終了前 1 ヶ月の間に実施している.
2-2,記名・無記名式
無記名
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
常勤・非常勤の教員が担当する学部の 46 科目,大学院研究科の 41 科目を対象
に実施した.
なお,集中講義,さらに演習,実習等の科目は対象外とした.
授業担当教員が教務係からアンケート用紙を受け取り,調査実施後は用紙を
封筒に収め,教務係に返却する方法をとった. 3,項目
3-1,構成と内容
基本的には全学教育のアンケートと同様であるが,設問項目は絞っている.
なお,4 段階の評定尺度を採用した回答形式をとっている.
3-2,統一的設問と科目別設問
学部,大学院の授業科目に共通の統一的設問である.
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問:
質問項目「シラバスに記載されている授業の目的は達成されたと思いますか」
質問項目「この授業で学んだことは,今後に役立つと思いましたか」
自由記述欄(『今後のために』):「この授業をより良いものにするにはどうし
たらいいか,あなたのご意見をお聞かせください」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
各教員に対して集計結果と個別データが送付され,教員はアンケート調査結
果を踏まえて「授業実施レポート」を作成,提出することが義務付けられて
いる.
「授業実施レポート」の提出内容は,
「授業の目的はどの程度達成されたか」
「反
省点と改善の計画」
「『学生による授業評価』へのコメント」となっている.
4-2,大学全体・委員会等レベル
評価委員会が,調査の集計作業とその結果に関する分析を行い,教員から提
出された「授業実施レポート」を取りまとめて報告書として集約している.
4-3,結果の公開
報告書として作成し,公表している.なお,報告書において,「授業実施レ
ポート」が教員個人名入りで公表されている.
5,教員への授業自己評価アンケート等 上述の「授業実施レポート」が教員による授業自己評価アンケートの機能を
果たしている.
6,授業評価アンケートの改善論議
調査の対象科目を演習等へ拡大することなどを検討している.
〔
「学生による授業評価(アンケート)
(平成 17 年度 2 学期用),
」
『東北大学教育学部・教育学研究科 学生による
授業評価報告書』
(平成 17 年 9 月)より作成〕
』
.
─ 141 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 公 共 政 策 大 学 院
「授業評価シート」
(平成 17 年度)
アンケート用紙の前書き:
「この評価シートは,学生の皆さんの授業についての取り組みを授業の改善に
役立てようとするものです.」
「個々の科目は明確な目的を持って編成され,カ
リキュラム全体の中に位置づけられています.
」
「この授業評価は,学生の皆
さんが受講した授業が,どこまで科目の目的を達成できたかという観点から
行います」
2,実施方法
2-1,実施時期
毎セメスターに実施している.
2-2,記名・無記名式
記名式
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
主要な科目を対象に実施.実施対象の科目の詳細は不明.
実施率:不明
回収率:不明
3,項目
3-1,構成と内容
すべて記述式の設問となっている.
3-2,統一的設問と科目別設問
統一的設問であるが,授業内容の特性に合わせて,独自の設問設定も可とし
ている.
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問:
(1)授業の履修について
質問項目「授業に討論や質疑応答の時間がありましたか?」
「それに意欲的
に参加しましたか?」
(2)授業の目的
質問項目「あなたはこの授業の目的がどのようなものだと考えていますか」
質問項目「授業の目的を達成しえたと思いますか」
「その理由を書いてくだ
さい」
(3)授業の構成
質問項目「あなたが受けた授業は,どのような意図で編成されたものでし
たか」
質問項目「なぜ,そのような構成をとったか,担当教員の意図をあなたは
理解していますか」
質問項目「あなたはこの構成について同意しますか? もし,異論がある
ならば遠慮なく記してください」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
アンケート結果は担当教員に戻され,各教員がその結果をまとめて,学生の
評価が高かった点,学生の要望,今後改善したい点等について報告を行い,
教育の状況に関する自己点検・評価がなされるシステムである.
4-2,大学全体・委員会等レベル
少人数教育のために,アンケートの数的集計処理はなじまないとの考えから,
各教員からの報告を中心に取り組んでいる.
4-3,結果の公開
「授業評価アンケート結果」として公表.
5,教員への授業自己評価アンケート等 実施していない.
6,授業評価アンケートの改善論議
各教員が個別に対応することとしている.
〔『授業評価シート』
(平成 17 年度)
,
『部局自己評価報告書』
(平成 17 年 11 月)の記述内容より作成〕
─ 142 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 理 学 部 ・ 大 学 院 理 学 研 究 科
「理学部の授業(演習,実験)に関するアンケート」
(平成 17 年度)
アンケート用紙の前書き:
「このアンケートは,理学部の授業の改善に学生諸君の意見を生かそうとする
ものです」
2,実施方法
2-1,実施時期
毎セメスターに実施.
2-2,記名・無記名式
記名式(学生番号を記入)
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
すべての学部授業科目を対象に実施.
両セメスターで約 7,000 枚のアンケート用紙を回収.
3,項目
3-1,構成と内容
講義用,演習用,実験(実習)用のアンケート用紙を用意して実施.
3-2,統一的設問と科目別設問
13 項目程度の設問のアンケート用紙を 3 種類作成して実施.なお,演習用と
実験(実習)用には,授業担当者が独自に 3 つの質問を設定できるようにし
てある.
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問:
質問項目「全般的にみて,この講義内容をどの程度理解できたと思いますか」
自由記述欄「授業で感銘を受けた事項,省略しても良い事項,付け加えてほ
しい事項」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
学生番号欄を切り離し,アンケート用紙を直接担当教員に戻し,授業改善は
教員の自主性に任せる.
4-2,大学全体・委員会等レベル
統計的分析結果と,教育環境に関する要望とそれへの回答は,冊子にして教
員に配布するとともに,ウェブサイトで公開している.
4-3,結果の公開
冊子体での配布とウェブサイトで公開.
5,教員への授業自己評価アンケート等 実施していない.
6,授業評価アンケートの改善論議
教務委員会と評価分析室で,アンケート項目の改善に向けた議論を行ってい
る.なお,平成 17 年度,学生によるアンケートが授業の改善に有効であった
かの教員アンケートを実施.約 80%の教員が有効と判断した.
〔「理学部の授業に関するアンケート」
「理学部の演習に関するアンケート」
「理学部の実験(実習)に関するアンケー
ト」,
『部局自己評価報告書』
(平成 17 年 12 月)より作成〕
─ 143 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 歯 学 部 ・ 大 学 院 歯 学 研 究 科
「歯学部授業評価」
(平成 17 年度)
「報告書」
(平成 14 年 4 月)の「はじめに」から引用:
「学生による授業評価は学生の理解度を知るうえで有用であり,その必要性が
増大している.授業科目についての学生の意見は,教官個人に反省材料を提
供し,授業の質的向上に寄与するものと思われる」
「また,教育環境についての学生の意見は教官が発見できない指摘が多く,教
育環境の改善に活かされ教育の質的向上が期待できる」
2,実施方法
2-1,実施時期
・毎セメスターに学部の全科目を対象に実施.
・原則,各科目の授業の最終日,あるいは授業担当教員の最終授業日.
2-2,記名・無記名式
記名式.ただし,下記の回収方法により記入者名は,教員の目には触れない.
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
教員が配布するが,クラス代表学生が回収して事務部へ提出.事務部では直
ちに記名部分を切り取る.4 名以内の複数教員の分担科目は,すべての担当
教員にアンケートを実施し,5 名以上の複数教員の分担科目は,代表 1 名へ
アンケートを実施する.
アンケート対象科目は,学部専門教育科目(臨床実習を含む)すべての科目
である.
実施状況の一覧表を公表しているが,全体の実施率,回収率は明記していな
い.
3,項目
3-1,構成と内容
・選択回答項目は,基本的には「全学教育」と同じ.
・記述欄は設問を 4 項目に分け,
「意見があれば記述して下さい」との表現で
要求している.
3-2,統一的設問と科目別設問
統一的設問
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問:
質問項目「この授業科目に関してのあなたの疑問に,明快な回答を与えてく
れましたか」
質問項目「受講後,この科目に対する興味は増加しましたか」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
各教員へは,記入済みアンケート用紙を返却し , 各教員が自主的に授業改善
に利活用する.
4-2,大学全体・委員会等レベル
自己評価委員会が集計し,報告書を作成.
4-3,結果の公開
年度毎に集計するが,報告書発行は 3 年分をまとめて作成(平成 11 ∼ 13 年度
分および 14 ∼ 16 年度分を各 1 冊とした)して,3 年間の分析を加えている.
3 年度分で 1 冊の報告書を作成することは,年次変動が把握できる利点があ
る.
5,教員への授業自己評価アンケート等 実施していない.
6,授業評価アンケートの改善論議
大学院の授業科目についても授業評価アンケートを行う予定.
〔授業および教育環境等に関する学生アンケート実施報告書(平成 14 年 4 月),同報告書(平成 17 年 9 月)
,『部局
自己評価報告書』
(平成 17 年 11 月)より作成〕
─ 144 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 工 学 部 ・ 大 学 院 工 学 研 究 科
「学生による授業評価アンケート」
「報告書」
(学部)の「前書き」から要約:
「学生による授業評価」は,平成 7 年度から教育改善の一環として継続的に実
施しています.
授業評価を実施して,その結果を担当教員に戻して閲覧に供し,次回以降の
授業改善に一層役立てて頂きます.また,評価の統計データを授業改善運動
(FD)に役立て,高い評価を得た講義を選抜して,講義担当者からその講義
手法を教員団に紹介していただくことで,教育レベルの向上を図ります.
さらに,講義の種類・内容,受講者数と評価値の関係の数量化研究を通して,
カリキュラム改善や教育活動評価の基礎資料として使います.
2,実施方法
2-1,実施時期
毎セメスターの最後(7 月と 1 月)
2-2,記名・無記名式
記名式
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
・学部授業科目:実験,実習を除く全科目を対称に 515 科目で実施し,実施
率 86.3%.回収枚数は両セメスター合計で,27,800 枚(回収率 68.1%)
.
・大学院授業科目:219 科目(実施率:58.9%),5,300 枚(回収率:52.8%)
・授業終了 30 分前に教員がアンケート用紙を配布して退室する.学生代表が
アンケートを回収して教務事務室に届ける.
3,項目
3-1,構成と内容
学部の授業評価については全学教育と基本的に類似.項目は絞り込んでいる.
3-2,統一的設問と科目別設問
学部用と大学院用を作成している.
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問(大学院授業科目用)
:
質問項目「どの程度この授業に触発されましたか」
質問項目:
『達成感について』
「授業の目的は明示されましたか」
「示された目標に対するあなたの達成感は
どの程度ですか」
「授業で扱った専門分野の理解はどの程度深まりましたか」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
担当教員に集計表とともに,氏名を切り離した用紙を戻し,授業改善は教員
の自主性に任せる.
4-2,大学全体・委員会等レベル
各系・各学科の分析委員が,各系・学科単位による分析,および改善への取
り組み等をとりまとめ,部局全体として集計結果とともに公表する.さらに,
評価結果を受けて,学生から評価の高かった授業を公開し,FD 活動等に活か
すなど,工学部の組織的な授業改善にも役立てている.
4-3,結果の公開
報告書として公表.平成 17 年度実施結果報告書(学部)から Web 上での公開
(学内限定)に変更.大学院は Web 公開の予定なし.
5,教員への授業自己評価アンケート等 実施していない.
6,授業評価アンケートの改善論議
不明
〔『平成 16 年度学生による授業評価アンケート実施結果報告書』
,「学生による授業評価アンケート」
(平成 17 年
度),
『部局自己評価報告書』
(平成 17 年 9 月)より作成〕
─ 145 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 農 学 部 ・ 大 学 院 農 学 研 究 科
「農学部の講義(実験・演習)に関するアンケート」
(平成 17 年度)
アンケート用紙の前書き:
「このアンケートは農学部の講義(実験・実習)の改善に学生諸君の意見を生
かそうとするものです」
2,実施方法
2-1,実施時期
毎セメスターの終了時の授業時間に実施した.
2-2,記名・無記名式
記名式
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
平成 16 年度は学部の講義,演習,実験のすべての科目,ならびに大学院の講
義の全科目で実施.
平成 15 年度の学部に関する実施状況:
・139 科目(実施率:92.1%)で実施し,4,598 枚(回収率:78.8%)の回答を
得た.
セメスター終了時の授業時間にアンケート用紙を配布し,回収は学生によっ
て行われ,学生が封をして教務係に提出し,教務係は学生氏名部分を切り離
して集計作業を行った. 3,項目
3-1,構成と内容
平成 16 年度から講義用,実験・実習用,大学院用の 3 種類のアンケート用紙
で実施
・講義用:20 の質問項目
・実験・実習用:15 の質問項目
・大学院講義用:15 の質問項目
3-2,統一的設問と科目別設問
学部講義用は全学教育の設問に類似.
実験・演習用と大学院講義用のマークシート選択肢が 4 選択方式をとってい
る.
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問(大学院講義用):
質問項目「あなたは授業により知的な刺激を受け,さらに関連する分野を学ん
でみたいと思いましたか」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
授業担当教員に,全体集計結果とともに氏名を切り離した個別アンケート回
答を戻し,各教員が自主的に授業改善に反映することを推進している.
4-2,大学全体・委員会等レベル
評価委員会が集計結果をとりまとめ,授業評価に対する教員の感想・意見等
も掲載した内容の冊子体で公表している.
4-3,結果の公開
学生による授業評価アンケート実施結果報告書として公表.
5,教員への授業自己点検アンケート等 平成 18 年度からの実施を予定している.
6,授業評価アンケートの改善論議
次年度からは,学生アンケート結果の活用を教員の自主性に任せるのではな
く,授業の自己点検を行うため「教員による主体的な授業評価アンケート」
調査の実施を予定している.
〔
『平成 15 年度学生による授業評価アンケート実施結果報告書』
,「農学部の講義に関するアンケート」
(平成 17 年
度)等,
『部局自己評価報告書』
(平成 17 年 11 月)より作成〕
─ 146 ─
授業評価調査表
部 局 名
1,アンケート調査の名称と目的
東 北 大 学 大 学 院 環 境 科 学 研 究 科
「学生による授業評価アンケート」
(平成 17 年度)
アンケート用紙の前書き:
「この授業評価アンケートは,自己点検の一環として環境科学研究科が実施す
るものです」
「集計結果は,環境科学研究科として授業改善に役立てますので,率直で建設
的な意見を期待します」
2,実施方法
2-1,実施時期
毎セメスターの最後に実施.
2-2,記名・無記名式
記名式
2-3,紙媒体・Web
紙媒体
2-4,日本語・英語(留学生用)
日本語
2-5,実施対象科目,配布・回収方法等
学生が回収して教務係に届けるシステム.
集計後,記入者が不利に扱われないよう,学籍番号・氏名欄を切り離して担
当教員に開示.
修士・博士インターンシップ研修,修士・博士セミナーおよび修士・博士研
修を除く全科目で実施.
3,項目
3-1,構成と内容
全学教育科目の場合と同じような内容.
3-2,統一的設問と科目別設問
科目(コース)別設問はなく,同一の設問で実施しているようである.
3-3,特徴
全学教育と異なる主な設問:
質問項目「説明は,理解しやすかったですか.理解しやすかったところ,し
にくかったところは裏面のコメント欄に記入してください」
質問項目「この授業に,興味を持てましたか.興味を持てた理由,持てなかっ
た理由は,裏面のコメント欄に記入してください」
質問項目「講義の目標は明示されましたか」
質問項目「示された目標に対するあなたの達成感はどの程度ですか」
4,結果の活用
4-1,担当教員レベル
集計後,記入者が不利に扱われないよう,学籍番号・氏名欄を切り離して
アンケート用紙を担当教員に開示するとともに,全体集計と個人データを送
付して改善を促す.
4-2,大学全体・委員会等レベル
集計結果について各コース主任が報告書を作成し,教務センターに提出.
4-3,結果の公開
冊子などによるとりまとめについては今後検討する予定.
5,教員への授業自己評価アンケート等 実施していない.
6,授業評価アンケートの改善論議
アンケート結果が個々の教員の授業改善に結びついているかどうかを把握す
るために,教員から授業改善策の意見を提出してもらうシステムを作る予定.
〔
「学生による授業評価アンケート」
(平成 17 年度)
,
『部局自己評価報告書』
(平成 17 年 11 月)より作成〕
─ 147 ─
報 告
教員の自発的な教育改善を支援する
FD の方法論に関する調査研究
−スタンフォード大学 Center for Teaching and Learning の事例を中心に−
渡 利 夏 子 1)*
1)
東北大学高等教育開発推進センター
1.はじめに
出している研究大学である.その一方で,学士課程教
本稿は,アメリカの大学におけるファカルティ・
育の充実度では世界第 8 位に位置づけられる等,研究,
ディベロップメント(以下,FD とする)活動の調査
教育ともに優れた大学である.その教育の質を支える
報告であり,東北大学を初めとする日本の大学の,教
システムの一つが,Center for Teaching and Learning1)
育改善に資する FD 活動に対する示唆とする事を目的
(以下,CTL とする)であり,著者はこのセンターの
としている.
調査研究を,ワークショップへの参加やスタッフへの
著者は,「国際連携を活かした高等教育システムの
聞き取り調査を中心に行ってきた.さらに,全米の教
構築プロジェクト」
(以下,
「国際連携プロジェクト」
)
授学習支援センターの関係者が集まる The Professional
の一環として,平成 17 年の 9 月からスタンフォード大
and Organizational Development Network in Higher
学の客員研究員として調査研究を行っており,本稿は
Education2)
(以下,POD とする)の年に一度の会議に
その活動の中間報告としても位置づけられるものであ
も参加する等して,アメリカの大学における FD 活動
る.
についての知見を広めてきた.POD とは,1975 年に
「国際連携プロジェクト」は,平成 17 年度より 3 年
設立された高等教育における教授学習の改善に関する
計画の文部科学省特別教育研究経費として採択され,
全米で最も古い専門職組織であり,アメリカとカナダ
高等教育開発推進センター,教育学研究科,教育情報
(主にアメリカ)の FD を担当するセンターのスタッ
学研究部 ISTU(東北大学インターネットスクール)
フ,学部長,教員,学長,学生課の職員,教育コンサ
支援室ならびに各学部・研究科との連携により,東北
ルタントが会員となっている.
大学における研究大学にふさわしい教育の改善と学生
以上のような CTL や POD での調査研究から,FD の
支援システム創出に向けた新たな高等教育システムの
概念や目的,活動方法等に,日米の違いがある事が分
構築に取り組んでいる.その目的遂行のために,アメ
かった.さらに,アメリカの事例から日本の大学は,
リカのスタンフォード大学と協力関係を結び,研究員
多くの実りある示唆を得られることも確信することが
2 名の派遣と学内外関係者数十名の研修および視察を
できた.本稿は,調査研究の中間報告の域を出ないも
行っている.著者は,その研究員の一人であり,主に
のではあるが,現在の活動の成果を少しでも早く,
スタンフォード大学の FD 活動についての調査を行っ
FD に関わる方々と共有したいと思い,発表する次第
ている.
である.尚,この調査研究の最終報告は,「国際連携
スタンフォード大学は,1981 年創立のアメリカの
私立大学であり,過去 16 名のノーベル賞受賞者を輩
プロジェクト」の最終年度である,平成 19 年度に発
表する予定である.
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 149 ─
本報告は,以下の内容から成り立っている.
の学習を傑出したものとすることを促すことである.
1.はじめに
我々は,ティーチングが教員と TA の仕事として,研究と同
2.スタンフォード大学 CTL 概要
等のものであるとみなされること,そして,素晴らしいティー
2.1 センターの使命・目的
チングを可能とするトレーニングやリソースを提供することを
2.2 センターの組織
ゴールとしている.効果的なティーチングは,特定のテーマを
2.3 センターの歴史
伝達する以上の意味を持つ.つまり,学生の興味を引きつけ,
3.CTL のサービス
彼らが教わり,学んだ事の重要性を確信させることができる.
3.1 文献・ビデオの作成,貸し出し
さらに,情報や概念だけではなく分析,統合,判断,評価を,
3.2 教育改善の取組への財政的支援
熟慮された価値の下で行う力を伝えていく事ができる.真実の
3.3 授業改善のワークショップ・講演
ティーチングが行われれば,学生は自ら学び,課題を持ち,責
3.4 授業でのテクノロジー利用支援
任を持つようになるであろう.
3.5 ティーチング・コンサルテーション
我々は,学生がただ「もの」を学んだり,よい成績を取るた
3.6 リエゾン・コンサルタント
めの「もの」を学ぶ事に甘んじたりしてほしくないと考えてい
3.7 新任教員オリエンテーション
る.彼らは,批判的で自立的な志向を持ち続ける責任と,個人
3.8 TA オリエンテーション
とコミュニティのゴールを遂行する義務のために,精神と感覚
3.9 ティーチング・ポートフォリオ講習
を鍛えなければならない.彼らは,自ら高い目標を持ち,教員
3.10 授業評価用紙の提供
に対しても高い期待を持つべきである.彼らは,学習を教室内
4.考察と今後の課題
で学ぶものに限定するのではなく,彼らの経験の大半が学習で
4.1 CTL の活動の特質
あることを認識するべきである.
4.2 CTL の方法論の日本への適用可能性
2.2 センターの組織
4.3 今後の課題
脚注
CTL の学内の位置づけは,学士課程教育の特に 1,
2 年生の企画・運営を担当する部局「Vice Provost for
2.スタンフォード大学 CTL 概要
Undergraduate Education(VPUE)
」の下部組織となっ
CTL は ス タ ン フ ォ ー ド 大 学 に あ る, 大 学 教 員 と
ており,ミシェル・マリンコビッチ氏(Associate Vice
ティーチングアシスタントの教育活動の支援を行う
Provost for Undergraduate Education and CTL Director)
センターである.その他に,学生に対するオーラルコ
を初めとして,アカデミック・スタッフ,アドミニス
ミュニケーション・プログラムも提供している.当章
トレーション・スタッフ合わせて 12 名で成り立って
では,CTL の概要を,その使命・目的と組織,そして
いる.FD は,①社会科学とテクノロジーを担当,②
歴史について述べることとする.
人文科学を担当,③自然科学と工学を担当する計 3 名
のアカデミック・スタッフによって主に行われてい
2.1 センターの使命・目的
る.その他,授業でのテクノロジー利用の支援をする
センターの使命は,
「授業を行う教員,未来の研究
スタッフが 1 名,アドミニストレーション・スタッフ
者 / 教 育 者 と し て の 役 割 を 持 つ 大 学 院 生, 学 者
が 4 名,オーラル・コミュニケーションを担当するア
(scholars)のコミュニティの中にいる学士課程学生が,
カデミック・スタッフが 3 名いる.学生のアシスタン
知識を共有し,学びを愛するのを支援すること」であ
トがそれぞれのスタッフにはついていて,仕事の補助
る.その目的とゴールは次のようになっている 3).
を行っている.特に,FD のサポートをする大学院生
は,仕事の内容別に「コンサルタント」と「リエゾン」
我々の目的は,最も広い定義で言えば,あらゆる段階での
ティーチングを素晴らしいものにすること,教育内外での学生
と呼ばれているが,この大学院生の仕事については,
「3.6 リエゾン・コンサルタント」で詳述する.
─ 150 ─
CTL は, 同 じ く VPUE の 下 部 組 織 で あ る
である.現在でも,ティーチングを支援するセンター
「Introduction to the Humanities(人文科学入門)
」プロ
を持たない大学はアメリカ国内には存在し,センター
グラムや「Freshman and Sophomore(1,2 年生)」プロ
を持っていたとしても数名のスタッフで運営されてい
グラムを担当する部局と同じ建物の中にある.その事に
る場合が多い.それでも運営が可能なのは,National
よって,それぞれを担当するスタッフの間で交流が生
Teaching & Learning Forum7)や POD 等の組織によって
まれ,例えば,
「Introduction to the Humanities」プログ
情報の共有がされている事,教授学習に関する多くの
ラムの相談に来た教員に対して,CTL のサービスを紹
研究成果とそれが紹介されている書籍・ウェブサイト
介するというような連携が起こりやすいという.
が存在している事による所が大きい.POD で学んだ,
FD センターの設立・展開の秘訣は,
「Start small,and
2.3 センターの歴史
start with what you can do best.
(少人数・小規模で始め
スタンフォードに CTL が設立されたのは 1975 年で
て,そこでできる最高のものを提供する事から始め
あり,その目的は主に教育改善に関する情報を蓄積す
よ)」であった.そもそも,特定の部局の基盤を持た
ることにあった.CTL はスタンフォード自身の資金で
ないティーチング・センターは,与えられた予算に対
はなく,ダンフォース基金という私的な財団からの寄
して充分な効果を上げなければ,学内の支持を得られ
付金によって設立されている.その寄付の目的は,
ず,センターの規模が縮小されたり,場合によっては
サンフランシスコ近辺の大学の教育改善のための資源
廃止されたりする可能性が高いの で あ る. ス タ ン
を集める事とスタンフォード大学における新任教員と
フォード大学の CTL は,全米でも歴史が長く,規模
TA のためのサポートをする事にあった.同財団は,
の大きいセンターであるが,あるいはそれゆえに,学
スタンフォード大学の他にハーバード大学他,計 5 校
内の支持を得ることには常に苦心しているという.こ
に寄付をしたが,ダンフォース財団の寄付が終了した
のように,アメリカにおける教授学習センターの中で
1978 年以後にも学内の資金で Teaching Center を維持し
も,歴史が古く,実績のある CTL でも,学内におけ
た(維持できた)のは,スタンフォード大学とハーバー
るその位置づけやその活動の方法について,試行錯誤
ド大学 4)の二校であった.スタンフォード大学の CTL
を続けている段階にあるようだ.
は,ミシガン大学 に次いで,アメリカで最も古い教
5)
3.CTL のサービス
授学習支援センターである.
参考までに,その他のティーチング・センターが多
CTL のサービスは,教員対象,TA 対象,部局対象
く設立されるようになったのは,National Teaching &
のものがある.さらに,教員の中でも新任教員に対して
Learning Forum6)が 1991 年に活動を開始してからの事
は特別なサービスを行っている 8).
〈表 1〉は,CTL の
表 1 「CTL の活動」
⑩授業評価用紙の提供
⑨ティーチング・ポート
フォリオ講習
⑦新任教員
オリエンテーション
⑧ TA オリエンテーション
⑥リエゾン・コンサルタント
教員
⑤ティーチング・コンサルテーション
④授業でのテクノロジー利用支援・授業のウェブサイトの開設
③授業改善のワークショップ,優秀教員の講演
②教育改善の取組への財政的支援
①文献・ビデオの作成・貸し出し
新任教員
TA
─ 151 ─
部局
サービスを対象者別に図式化したものである.この表
るための資金や,学部がティーチングに関する講演を
の見方であるが,例えば,
「①文献・ビデオの作成,
行う際の資金を CTL が支援するというもの.
貸し出し」は教員,新任教員,TA,部局が利用可能
・Tomorrow's Professor Mailing List への支援
なサービスである事を示し,「⑥リエゾン・コンサル
「Tomorrow's Professor Mailing List」9) は, ス タ ン
タント」は TA と部局に向けたサービスであることを
フォード大学の Richard M. Reis 教授によって,1998
示している.縦軸で見た場合,例えば,新任教員は①
年に創設されたメーリングリストである.年間の運営
∼⑤と⑦のサービスを利用できることが分かる.
費用の 2 万ドルを CTL が支援している.
以下,〈表 1〉の分類に従って,各サービスについ
3.3 授業改善のワークショップ・講演
て詳述する.
・授業改善のワークショップ(対象:教員)
3.1 文献・ビデオの作成・貸し出し
年度の初めてのクオーターである秋学期に,教員向
けのコース・デザインや授業の実施方法について学ぶ
・ティーチング・ハンドブック
CTL か ら テ ィ ー チ ン グ に 関 す る 良 書 Teaching at
プログラムが開催される.この一連のワークショップ
Stanford : An Introductory Handbook for Faculty, Academic
は,仕事の合間に,食事をしながら,同僚の教員たち
Staff, and Teaching Assistants が出版されている.これ
と話し合ったり,教授学習の研究の成果を聞いたりし
は,大学教授法の研究成果を踏まえた上で,スタン
て,シラバス作りという課題を解決できるという,非
フォード大学の教員の事例やスタンフォード大学で利
常に効率的かつ効果的なプログラムとなっている.
用が可能なリソース(CTL のサービスが中心)の紹介
ワークショップは必ず,
「あなたが,このワークショッ
をしている,スタンフォード大学の教員,アカデミッ
プに期待することは何か」を参加者に聞く所から始ま
ク・スタッフと TA のための冊子である.無料で学内
り,その期待に沿うように進められる.以下,その
外に配付されている.この PDF 版は,ウェブからダ
ワークショップの概要である.
ウンロードすることができる.
場 所:CTL のオフィスがある建物内の会議室
(http://ctl.stanford.edu/handbook.pdf)
参加者:各 10 名程度.新任教員が半数を占める.
・ニューズレター
教育改善に役立つ情報が掲載された「Speaking of
Teaching」というニューズレターが,クオーターに一
度発行される.希望者には,メーリングリストを使っ
て送られてくる.その他,CTL にてこれまでに発行さ
れたニューズレターをもらうことができる.これも
10 月 19 日(水)12:00 ∼ 13:30
「大人数授業の行い方」
11 月 4 日(金)
,11 日(金)12:00 ∼ 14:00
「自 然 科 学 と 工 学 の 授 業 を デ ザ イ ン す る: 全 2 回
ワークショップ」
ウ ェ ブ か ら 手 に 入 れ る こ と が で き る.
(http://ctl.
12 月 1 日(木),8 日(目)12:00 ∼ 14:00
stanford.edu/Newsletter/)
「人文科学と人文的社会科学の授業をデザインす
・文献(本,雑誌,冊子)
・ビデオの貸し出し
る:全 2 回ワークショップ」
CTLのオフィスには,ティーチングや学習に関する
各種リソースが揃っており,スタンフォードの関係者で
あれば誰でも借りることができる.ビデオの貸し出しも
・授業改善のワークショップ(対象:TA)
以下に,2006 年冬クオーターに開催される TA 向け
可能だが,CTL内の鑑賞ルームでも見ることもできる.
のワークショップ一覧を示す.
(2005 年秋クオーター
3.2 教育改善の取組への財政的支援
には,テクノロジー関係のワークショップしか開かれ
・会議への出席や講演開催の財政的支援
ていない.
)
教員や TA が,ティーチングに関する会議に出席す
─ 152 ─
2 月 14 日(火)12:00 ∼ 13:00
・優秀教員の講演
「人前で上手に話をする方法」
スタンフォードの主な教育賞を受賞した教員が,そ
2 月 24 日(金)12:00 ∼ 14:00
の教育についての講演を行うというもの.2006 年の
「自分のコースをデザインする」
冬クオーターには 3 件予定されている.以下,その講
3 月 1 日(水)12:15 ∼ 13:05
演のテーマ一覧である.
「人文科学のティーチングについて語る」
3 月 8 日(金)12:00 ∼ 13:00
1 月 26 日(木)12:00 ∼ 13:05
「フィードバックの方法を学び,自分のキャリアに
活かす」
統計学教授 Guenther Walther
「テキストブック,配布資料,そしてその他の学習
教材,どれが効果的か.
」
・部局への出張ワークショップ
2 月 1 日(木)12:00 ∼ 13:05
スタンフォード大学の部局における,ティーチング
やラーニングに関するイベントを CTL が行うという
もの.過去の事例としては,
「ディスカッションの行
歴史学教授 Nancy Kollmann
「人文学コースにおいて書き方を通して教えること」
2 月 23 日(木)12:00 ∼ 13:05
い方」
,
「学生の参加を増やす方法」,
「テストと成績」
フランス語教授 Joshua Landy と心理学教授 Lanier
などのワークショップが開かれている.2005 年の秋
Anderson「ティーム・ティーチングの挑戦と成果」
クオーターには,主にメディカル・スクールのポスド
クを対象に,コースデザインの連続ワークショップが
3.4 授業でのテクノロジー利用支援
行われた.以下がそのワークショップの概要である.
CTL は授業でのテクノロジー利用について,教員と
TA を対象に,個別のサポートとワークショップを
時 間:17:30 ∼ 19:00
行っている.個別サポートでは,CTL の二人の専門家
参加者:主にメディカル・スクールのポスドク 15
が,授業で利用できる様々なテクノロジーの紹介や相
名∼ 20 名
談に応じる.ワークショップのテーマには,
「様々な
場 所:大学病院内の教室
ウェブツール」
,
「パワーポイントの使い方」や,
「コー
ス・ウェブサイトの作り方」がある.以下,2005 年
2005 年 10 月 13 日(木)
秋クオーターと 2006 年冬クオーターに行われたワー
「コース・デザインのプロセス」ワークショップ
クショップのテーマ一覧である.
2005 年 10 月 20 日(木)
「コース・デザイン 」講義
10 月 21 日(金)12:15 ∼ 13:00
2005 年 10 月 27 日(木)
「パワーポイントの使い方」TA 対象
「教育目標を決定する」
12 月 13 日(火)12:00 ∼ 12:30
2005 年 11 月 3 日(木)
「授業のウェブサイトを活用する」*参加者がいな
「クラス内で起こる典型的な問題を解決する」
かったため,未実施.
2005 年 11 月 10 日(木)
1 月 20 日(金)12:15 ∼ 13:45
「受講生を学ばせる戦略とテクニック」
「パワーポイントの使い方∼基本編∼」TA 対象
2005 年 11 月 17 日(木)
1 月 27 日(金)12:15 ∼ 13:45
「フィーバックをする戦略を立てる」
「パワーポイントの使い方∼発展編∼」TA 対象
2005 年 12 月 1 日(木)
3 月 3 日(金)12:15 ∼ 13:45
「ティーチング,プレゼンティング,そしてあなた
「ウェブサイトを作成・管理する」TA 対象
の職業人としての未来」
─ 153 ─
3.5 ティーチング・コンサルテーション
3.6 リエゾン・コンサルタント
・ティーチング・コンサルテーション
リエゾンとは,所属部局と CTL との連絡調整係の
学生による授業評価の解釈の仕方に悩んでいる教員
事で,CTL のプログラムやリソースを部局に紹介し,
や,新しい授業を開発したいと考えている教員のため
部局からはティーチングに関するサービスの需要を
に,数多くの授業を観察している CTL のスタッフが
CTL に伝える役割を持つ.2005 − 2006 年度には,40
アドバイスをするというもの.特に,新任の教員には,
部局から 41 名がリエゾンとして働いている.
スタンフォード大学という状況下で効果的に教えられ
コ ン サ ル タ ン ト と は, ワ ー ク シ ョ ッ プ の 実 施,
るように特別な支援をしている.コンサルテーション
ティーチング・コンサルテーション,学生による少人
が単独で行われる場合もあるし,以下の授業撮影や授
数の授業評価,授業観察とその分析等を行う大学院生
業観察等と組み合わせて行われる場合もある.
の事である.学生からの評価が高い経験豊かな TA の
・授業撮影
中から選ばれ,CTL によるトレーニングを経てコンサ
授業撮影は自分の授業を客観的に評価するには非常
に効果のある方法だといわれている.これは,セン
ルタントとなることができる.2005 − 2006 年度には,
14 部局から 15 名のコンサルタントが働いている.
ターのスタッフが,授業を妨害しないように授業撮影
リエゾンやコンサルタントは給料の額は大きくない
を行うというもので,撮影された内容を共に鑑賞しな
が,彼らがティーチングを向上させるトレーニングや
がらのコンサルテーションを受ける事もできる.ウェ
経験を積む事ができるという点が彼らにとっての魅力
ブサイト或いは電話にて,撮影希望日の 1 週間前まで
となるようだ.
に申し込みをすれば,無料で授業撮影を受けることが
できる.TA に対しては,マイクロティーチング(TA
3.7 新任教員オリエンテーション
が数名の先輩 TA の前で 10 分程度の授業を行うのを録
特に新任教員に対しては,スタンフォード大学の教
画し,批評・評価を行うというもの.1963 年にスタン
育制度や学生の特質,授業デザインの方法について,
フォード大学で開発される.)のサービスを提供して
コンサルティングや書物・ビデオの貸し出し,グルー
いる.
プでのディスカッションやワークショップを通して,
・授業観察
教えるサービスを行っている.2005 − 2006 年度には,
授業観察は,CTL のスタッフが当該教員の授業の観
2005 年の 9 月 21 日(水)の 15 時半から 17 時まで「新
察を行い,教員が観察して欲しいと考えている観点を
任教員へのアドバイス:時間の使い方と新しい役割の
中心に,アドバイスをするというものである.この授
こなし方」と題したオリエンテーションが行われた.
業観察とアドバイスの方法は開発が進んでいて,POD
3.8 TA オリエンテーション
において共有化が進んでいる.
・学生による少人数の授業評価
クオーターの初めには,半日程度の TA オリエンテー
学生による少人数の授業評価とは,学期半ばの授業
ションが実施される.その内容は,ビデオによる良い
の最後の 20 分を使って,受講生にその授業の良い点
授業の進め方のデモンストレーション,スタンフォー
と改善すべき点について 10 分間話し合わせるという
ドの学生の特質,スタンフォードのポリシー,
「成績の
もの.教員は退室し,CTL のスタッフが学生を少人数
付け方」や「ディスカッションの進め方」の講習,TA
のグループに分けて話し合わせる.その後,CTL のス
のための CTL のリソース紹介,授業についての TA 同
タッフは,各グループの意見をまとめて,後日行われ
士のディスカッションなどである.2005 年秋クオー
るコンサルテーション時に教員に結果を知らせる.こ
ターと 2006 年冬クオーターの TA オリエンテーション
のサービスの予約も,ウェブサイトか電話で,1 週間
は以下の日程で開かれた.
(2004 年秋の TA オリエン
前までに申し込みをする必要がある.
テーションの様子を,ウェブサイトにて見ることがで
きる.
(http://ctl.stanford.edu/TA/fallorient_clips.html))
─ 154 ─
9 月 23 日(金)8:00 ∼ 12:00
以下,それぞれについて詳述する.
「秋 2005 TA オリエンテーション」
1 月 12 日(木)12:15 ∼ 16:15
(1)新任教員と TA へのサービスが大半を占めるとい
「冬 2006 TA オリエンテーション」
うこと
本 稿 の 題 目 に も 使 わ れ て い る「FD(Faculty
3.9 ティーチング・ポートフォリオ講習
Development)」という言葉が,教員が授業内容・方法
大学教授職を目指す大学院生を主な対象として,
を改善し,向上させるための組織的な取組の総称であ
ティーチング・ポートフォリオ(教育経験や教育への
ることはよく知られている.しかし,スタンフォード
関心をまとめたもの.就職の際に提出する.
)のまと
大学の CTL では,この言葉をほとんど聞く事がない.
め方の講習を開いている.2005 年の 10 月に行われた
そ の 理 由 は,「教 育 改 善 を し て も ら い た い の は,
ティーチング・ポートフォリオの 3 回連続の講習に
Faculty(正規雇用された教員)だけではなく,TA も
は,20 名程度の大学院生が,CTL のスタッフや他の
含まれるから」である.CTL の設立の目的を考えてみ
参加者からのアドバイスを受けながら,それぞれ
ても,その主なターゲットは新任教員と TA であった
ティーチング・ポートフォリオの作成を行った.
し,現在でもその方向性は強まるばかりだという.実
その他,大学教授職を目指す大学院生を対象に,
際,CTL の利用者の大半は新任教員と TA である.
Career Development Center(CDC) と の 共 同 開 催 で,
CTL のスタッフの話では,テニュアを持つ教員は大
2005 年 11 月 9 日(水)の正午から 13 時まで,
「大学教
変忙しいので CTL を利用する時間がないという事,
員としてのキャリアを成功させるためには」と題した
そしてそのような教員は自分に合った教育方法を既に
講習会を行い,70 名の参加者を集めた.
身に付けているので,教育に問題を感じることが少な
い事が,ベテラン教員の利用者が少ない理由だとい
3.10 授業評価用紙の提供
う.その点,TA や新任教員は,ティーチングの経験
TA は学生による授業評価を受ける必要はないが,
が少ないので,授業を担当する際に困難を感じる場面
学生の授業評価を知りたいという TA に対して CTL が
が多い.それゆえに,教育方法を学ぼうとする意欲が
授業評価用紙を提供している.
高いので,CTL のサービスを利用する者が多いのだと
いう.実際,教員対象のワークショップの参加者の半
4.考察と今後の課題
数以上が,着任 3 年までの新任教員であったし,ワー
第 3 章では,CTL の概要と活動について詳述した.
クショップの数は教員向けのものと,TA 向けのもの
第 4 章では,その活動の特質について考察する.その
とでは,TA 向けの方が多いくらいである.CTL は意
上で,そのような特質を持つ FD を日本に導入する可
図的に TA や新任教員を対象にしてサービスを行って
能性および有効性について考察するために,名古屋大
いるともいう.それは,
「自分のスタイルを確立して
学の高等教育研究センターの事例と東北大学の「国際
いる教員を変えることに比べて,未確立の教員を育て
連携プロジェクト」の事例を紹介する.そして最後に,
ることの方が容易だから.
」だということである.
今後の研究の課題について述べる.
(2)任意の利用であるということ
「FD」がスタンフォード大学の CTL において使われ
4.1 CTL の活動の特質
な い 理 由 は も う 一 つ あ る. そ れ は,Faculty
CTL の活動を,日本のものと比べた時,次の 2 点が
大きく異なる.
不完全であることを暗に示してしまい,FD とはダメ
(1)新任教員と TA へのサービスが大半を占めるとい
うこと
(2)任意の利用(サービス)であるということ
Development の「Development」という言葉が,現状が
な教員が受ける再教育活動であるかのような捉えられ
方をしてしまうからである.CTL の活動は全て,教員
や TA の 自 主 的 参 加 が 前 提 で あ る. つ ま り,CTL の
─ 155 ─
サービスは,教育を改善させたいと考えている個人や
ような理由により,CTL はより多くの利用者を獲得す
部局のための特別なサービスなのである.それがなぜ
るために,サービスの内容やその提供方法を利用者の
なのかを理解するためには,スタンフォード大学の雇
ニーズに合わせることに,出来うる限りの工夫を凝ら
用・昇進・業績評価の制度を知る必要があるので,以
している.その工夫には,次の 2 点の特質がある.
下,簡単に説明をする.
①個別対応をする.
スタンフォード大学の教員は,まず採用の際には,
②利用者の都合を考慮して企画・運営する.
数週間から数ヶ月に渡る慎重かつ多様な審査を受けて
お り, そ の 際 に 教 育 の 業 績 も 評 価 さ れ る. ス タ ン
以下,それぞれについて,事例を挙げながら詳述す
る.
フォード大学に就職できたとしても,テニュア・ト
ラックの助教授になるまでは,契約雇用であり,研
①個別対応をする
究・教育ともに毎年良い成果を上げなければ,再契約
CTL の活動は,基本的に,教員や TA が抱える問題
やテニュアを取得することができない.学生による授
について個別に対応するという方法が取られている.
業評価は所属学部長が閲覧し,評価が低かった場合に
ティーチング・コンサルテーション,授業撮影,授業
は指導を受ける事もある.もちろん,評価が高ければ
観察,学生による少人数の授業評価等のサービスがそ
表彰されるし,契約の継続や,テニュアの取得が可能
れに当たる.複数人で行われるワークショップについ
となる.テニュア取得後も,その年の研究と教育の業
ても,個別の教員の問題を汲み取りながら進められ
績に応じてボーナスが決定するので,研究・教育とも
る.ワークショップで CTL のスタッフから出される
に気を抜くことができない.
最初の言葉は,「What can we do for you ?
(私たちはあ
このような評価システムの結果,スタンフォード大
なたのために何ができますか?)
」や「What do you
学では,FD を強制的に受けさせる必要がある程の授
expect from this workshop ?(あ な た は こ の ワ ー ク
業を行うような教員は存在しない.そのような最低限
ショップに何を期待していますか?)
」である.その
の基準に達している彼らに,FD を敢えて受けさせる
質問に対しての一人ひとりの答えを,ホワイトボード
事は,その他の仕事との関係上,効果的であるとはい
に書き,それに応えるようにしてワークショップが進
えない.もし FD 活動を実施するならば,授業の方法
められる.部局からの要請に応じて,ワークショップ
を学びたいと考えている教員や,よりよい授業をした
を行うというのも,個別対応の一つであるといえよ
いと考えている教員に対して行うことが,最も効果的
う.このように,教育に関する課題解決のニーズのあ
である.このようなスタンフォード大学の判断が,CTL
る所に出かけていって,その解決の手伝いをするの
の活動を教員に対するサービスと位置づけている.
が,CTL の基本的なスタンスなのである.
TA の場合には,CTL が提供するワークショップ等
を大学院生の教育の一環として捉えて,例えば TA オ
②利用者の都合を考慮して企画・運営する
リエンテーションの義務化を進めている.ただそれ
CTL のサービスには,個別対応だけではなく,CTL
は,CTL の権限において行われるのではなく,各部局
が主催するワークショップ等のイベントがある.これ
の決定による.
らを行う場合には,利用者のニーズや都合を考えて,
「サービス」であることは,CTL の存在意義が利用
それらを出来る限り踏まえた企画・運営を行ってい
者のニーズに大きく関わっている事でもある.つま
る.CTL のワークショップのスタンスは,
「Efficiently
り,学内でセンターの利用のニーズがなければ,セン
(効率的に)and Effectively(効果的に)
」であり,そう
ターが容易になくなりうるということである.セン
でなければ忙しい教員や TA の利用は見込めないのだ
ターのスタッフが常に,
「より多くの利用者を集める
という.POD でも同様の事が強く主張されており,
ことが,わがセンターの死活問題なのだ.
」と著者に
「最高のプログラムだけを提供しなさい.中途半端な
強く主張していたのも,そのような理由による.その
企画はしない方がましである.ワークショップに参加
─ 156 ─
した労力に見合う以上の満足感を与えられなければ,
ているが,これもより多くの参加者が利用できるよう
何か学んだという手ごたえを与えられなければ,継続
にとの理由による.
的な利用は見込めない.
」と聞かされた.そのために,
CTL のイベント情報は全てウェブサイトに掲載さ
CTL の イ ベ ン ト は, そ の 内 容 や 方 法 に つ い て
れ,事前申し込みが必要な場合にはメールやウェブサ
「Efficiently(効率的に)and Effectively(効果的に)
」で
イトで申し込みが可能となっている.事前申し込みが
ある事を追求している.
必要な場合にも,飛び入りでの参加は可能である.ま
ワークショップの内容は,
「コース・デザイン」
「大
た,急用のために欠席する者や,中途入退室をする参
人数授業の行いかた」
「パワーポイントの使い方」
「ウェ
加者もいるが,それに対して CTL から注意されるこ
ブサイトの作成の仕方」
「ティーチング・ポートフォリ
とはない.CTL スタッフ自ら「このワークショップの
オ」等,教員や TA が必要とする内容を,長くても 1
内容が,自分には必要ないと判断した場合にはいつで
時間半の時間内に提供している.
も退室してください.或いは,他の作業をしていても
次にワークショップが提供される日時についての工
いいです.」と参加者に伝えるくらいである.その他,
夫についてであるが,CTL のワークショップが行われ
全 2 回ワークショップの時には,
「次回のワークショッ
る日程とスタンフォード大学のアカデミック・カレン
プを行う日時はいつがいいか.」と聞いたり,「今日の
ダーとを照らし合わせると,次のような特徴がある.
ワークショップで足りないようであれば,もう一回
教員向けのワークショップや講演は,学期半ばとい
ワークシップを設定することも可能である.
」と提案
う,教員にとっては比較的時間のある時期に行われて
したりする事もあった.
いる.新任教員だけを対象としたワークショップは新
その他,大学院生のリエゾンを置いて部局との連絡
年度の授業が行われる前に行われている.TA 向けの
調整を行っているのも,利用者からのニーズを的確に
ワークショップは各学期(クオーター)が始まる前後
把握するという CTL の姿勢を端的に表している一例
に行われている.これは,教員や学生が参加しやすい
といえよう.
時期に配慮しているだけではなく,「最も必要な時期
このように,CTL はスタンフォードの教員と TA の
に必要なリソースを提供する」という意図も含まれて
ニーズに合った最高のサービスを提供する事を目指す
いる.水曜日と木曜日に実施されることが多いのも,
センターなのである.
教員や学生の参加が一番多く見込めるからだともス
4.2 CTL の方法論の日本への適用可能性
タッフから聞いている.
参加者の都合への配慮は,時間帯にも現れている.
以上,第 1 節において,日本の多くの大学で行われ
教員向け,TA 向けともに,昼食の時間帯に行われて
ている FD と異なる CTL の活動の特質とは,(1)新任
いる事が多い.教員が対象のワークショップに関して
教員と TA へのサービスが大半を占めるということ,
は,昼食(サンドイッチ,サラダ,クッキー,飲み物) (2)サービスであるということ,の 2 点であると指摘
が CTL によって用意されており,参加教員は昼食を
した.さらに,教員と TA へのサービスである事から
食べながら授業デザインについても学べるようになっ
派生して,①個別対応をすることと,②利用者の都合
ている.TA の場合には昼食がでない場合が多いが,
を考慮して企画・運営する事が重視されている事も述
昼食の時間帯に行われるものについては,飲み物とフ
べた.
ルーツを CTL が準備し,学生たちはそれぞれ昼食を
では,このような特質を持つ方法は日本で実施が可
持ち込んで,それを食べながら受講することができ
能なのだろうか.本稿では,その検証までは行うこと
る.学生対象のワークショップやセミナーは,授業時
はできないが,その実現可能性を示唆する取組を二つ
間帯以後の 17 時以後に行われる場合もある.TA 向け
紹介することで,その代わりとしたい.
のワークショップ「ティーチングを学ぶ」は同じ内容
第一の事例は,名古屋大学の高等教育研究センター
のワークショップを曜日や時間帯を変えて複数回行っ
の活動である.同センターの「教員の自発的な授業改
─ 157 ─
善の促進・支援−授業支援ツールを活用した授業デザ
教員の個別的な問題関心とニーズを前提に出発
イン力の形成−」を目指した取り組みは,平成 16 年
現状把握と課題解決のプロセスそのものを重視
度「特色ある大学教育支援プログラム」の「主として
教育改善プロセスのなかに,新たなシステムの発
教育方法の工夫改善に関するテーマ」にも選ばれてい
想,ツール,枠組みを発見
る.同取組は,「教員の自発的な授業改善の促進・支
参加教員自らの発想で新システムの基盤を構築
援を目的に,授業改善のための方法論を開発し,その
具体的な実践手段を個々の教員に提供する活動」10)で
そのような戦略をもとに,平成 17 年度には,授業
あり,授業改善のキー概念として授業デザイン力を重
撮影を主に行うグループ(計 15 名)と,新たな教育
視している.高等教育研究センターは次のような取組
開発を行うグループ(6 名)に分かれて,新たな FD
を行っている.
の模索を行った.プロジェクトとして,同年度の参加
者に提供したプログラムは,主に以下の 4 点である.
・
「成長するティップス先生」の本・ウェブサイト
(1)テーマ別研修
(http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/tips/)
授業改善のヒントやノウハウを提供する本・ウェブ
・2005 年 10 月 24 日(月)15:30 ∼ 17:30
「大学教育におけるカリキュラム・デザイン」
サイト.
・ ゴ ー イ ン グ シ ラ バ ス(http://www.cshe.nagoya-u.
・2006 年 1 月 31 日(火)15:00 ∼ 17:00
「e −ラーニングの新たな教育実践− WebOCM によ
ac.jp/support/gs.html)
る e −ラーニング−」
ウェッブ上でシラバス作成を行い,併せてその作成
(2)海外研修
能力の習得・向上を図る.
スタンフォード大学において,2005 年の 3 月の第 1
・ランチタイム FD
その名の通り,昼食時に FD プログラムを行うとい
週と第 2 週に,各 1 週間の FD 研修を行う.東北大学や
うもの .年に 2 回行われる.TA のためのランチ
その他の東北地区の大学の教員,計 12 名が 2 グループ
タイム FD も企画している.
に分かれて参加をする.その研修内容は,「コース・
11)
デザイン」
のワークショップ,授業観察,スタンフォー
・ハッピーアワー FD
ド教員との教育についての話し合い等で,CTL のワー
希望者が夕方に気軽に参加できる FD.
クショップ等の企画・運営方法を多く取り入れた研修
・FD 講演・FD ワークショップ
学部・学科等で授業改善のための FD 講演・ワーク
となっている.この海外研修については,別途報告を
ショップ等を実施する場合に,必要に応じて高等教
行う予定である.
育研究センターから講師・チューターを派遣すると
(3)授業相互参観研修
いうもの.
(4)ネットワーク研修「プロジェクト通信」
「国際連携プロジェクト」の関係者に対して,スタン
・個別の授業改善支援
ゴーイングシラバスの利用のサポート,授業の悩み
フォードに滞在する研究員が,週に 1 回,
「授業のヒン
の相談,メンターの紹介,授業見学.
ト」や「FD の普及戦略」,
「FD のリソース」の情報を
メール配信するというもの.読者のニーズに合わせた
第二の事例は,著者がその研究員となっている,東
内容を提供する事を重視している.そのバックナン
北大学の
「国際連携プロジェクト」である.同プロジェ
バーは,
「国際連携プロジェクト」のウェブサイト 12)
クトが目指す FD の在り方にも,CTL の活動と共通す
に掲載されている.
る点が見られる.「国際連携プロジェクト」が目指す,
「次世代 FD」の基本戦略は以下の 4 点である.
4.3 今後の課題
今後の課題は,CTL の活動のそれぞれをより詳細に
─ 158 ─
調査するとともに,それらの効果について,利用者へ
のインタビュー等を行うことによって検証していくこ
edu/General/mission.html)より著者訳.
4)Harvard University/Derek Bok Center for Teaching and
とにある.さらに,スタンフォード大学の教育の質を
高める,その他のシステム(制度や組織)についても
Learning.(http://bokcenter.fas.harvard.edu/)
5)University of Michigan/Center for Research on Learning
調べていきたい.CTL は,全米の中でも恵まれた環境
にあることから,他大学の事例を調べることも考えて
and Teaching(http://www.crlt.umich.edu/)
6)National Teaching
いる.
& Learning Forum(http://www.ntlf.
com/)
それと並行して,そのような調査研究から学んだ方
法を,
「国際連携プロジェクト」において企画・実施し
7)http://www.ntlf.com/
8)Stanford University/Center for Teaching and Learning.
て行く事で,日本の大学に導入が可能な,新しい FD
のあり方について実際的な提言を行っていきたい.
Programs and Resources.
9)http://ctl.stanford.edu/Tomprof/index.shtml
10)平成 16 年度「特色ある大学教育支援プログラム」採
択取組の概要および採択理由
注
11)2005 年 10 月 に 実 施 さ れ た ラ ン チ タ イ ム FD の 報 告 :
1)http://ctl.stanford.edu/
2)http://www.podnetwork.org/
http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/publications/file/
3)Stanford University/Center for Teaching and Learning.
gp2ltfdreport.pdf
Mission Statement,purpose and goals(http://ctl.stanford.
12)http://istu01.ei.tohoku.ac.jp/iproject/index.htm
─ 159 ─
報 告
公開化学実験講座における色素化学の導入
-教材開発と意識調査研究-
福 田 貴 光 1)*,石 井 和 之 2),村 中 厚 哉 2)
1)
東北大学高等教育開発推進センター,2)
東北大学大学院理学研究科
はじめに
に至った.実際,多くの光,色,色素に関する公開実
“化学への招待 夢化学- 21 楽しいみんなの実
験,公開授業がなされているが,光と色の関係に着目
験室”について
したものは物理関係で,一方,色と色素の関係に着目
夢・化学- 21「化学への招待」楽しいみんなの実験
したものは化学関係で多く,それらを繋ぎ合わせた実
室は,毎年,日本化学会東北支部,日本化学会化学教
験教材例はあまり多くない.また,上記で重要性が示
育協議会東北支部,夢化学- 21 実行委員会が主催し
されたフタロシアニンであるが,これを取り込んだ実
ており,夏休み期間中の中学生,高校生を対象に行わ
験教材も皆無である.以上のような観点から,本教材
れている.2005 年度は,著者らが所属する東北大院
では,以下の点に着目して,開発を行った.
理・小林長夫教授の研究室と,東北大院工・滝澤博胤
①白色光,吸収,色の概念を理解させる分光実験の導
教授の研究室が主催して行われた.
入
理科離れが社会問題となっている現代において,こ
のような催しを通じ,化学の楽しさを伝えることは重
②身の回りの天然色素にいかに触れさせるか?
③身の回りの人工色素(含フタロシアニン)がどのよ
要である.本年度は,宣伝を積極的に行い,例年以上
うに得られるか?
の中高生に参加していただくとともに,参加した中高
④得られた色素の色と化学構造の関係を,難解な理論
生,及び引率の先生方から好評を得た.今回の著者ら
を用いずに,如何にイメージとして認識させるか?
のグループは,
「いろいろな色を調べてみよう」とい
これら教材の開発方法について,以下に詳細に記述
うタイトルで実験を行った.本稿では,この「色の化
する.
学」に関する実験教材開発および,実施状況とアン
・白色光,吸収の概念をいかに伝えるか
ケート調査の結果について報告する.
白色光は,
「虹の 7 色」
(赤・橙・黄・緑・青・藍・
教材開発の着想と開発経過
紫)が重なった際に白く観測される.この虹の 7 色や,
・教材開発の目的
紫外線,赤外線,X 線などは波長の異なる電磁波であ
我々の所属する研究室では,
“フタロシアニン”と
るが,電磁波,及び波の概念は,高等学校の物理で習
いう人工色素に関する研究を行っている.この色素
うものなので,本教材では,波の山と山との間隔(波
は,①青,緑の染料,顔料(身近なところでは新幹線
長)の違いで色が変化することのみを理解させること
の青色)
,② CD-R の光記録媒体,③コピー機におけ
とした.
る光電荷発生物質などに利用されている機能性化合物
そこで,より直感的に白色光と「虹の 7 色」の関係
である.これらの研究を進める際に我々は,
「光-色
を理解してもらうために,白色光の分光を行った.分
-色素の関係は非常に重要な教養である」という認識
光方法としては,①コンパクトディスクなどの簡易回
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 161 ─
折格子を用いた簡易分光器を生徒 2 ~ 3 人に 1 個ずつ
を理解させる実験を行った.OHP ランプとプリズム
配り,蛍光灯を分光してもらう方法と②分光結果をプ
分光器の間に青,赤,黄色,それぞれの色のカラーセ
ロジェクターで表示し,生徒全員に見てもらう方法の
ロファンをはさみ,どの色を透過して,どの色を吸収
2 種類が検討された.①は,生徒個々の実験体験値を
するかを演示実験した.この際,カラーセロファン以
上げられることや,作成した簡易分光器を持って帰っ
外にも,色素溶液や,炎色反応に用いるコバルトガラ
てもらい,自宅でも実験してもらえること等の利点が
スなどについても検討を行ったが,カラーセロファン
ある.しかし,簡易分光器の覗き方に工夫を要し,ス
が最も良好な色選択性を示した.ちなみに,色の起源
ケジュールの問題から,全員が同時に分光を実感でき
としては発光などもあるが,今回は光吸収に限定して
る後者の演示実験を採用した.
教材開発を行った.
図 1 に白色光の分光装置を示す.分光器としては,
スペクトルビジョン(DV-41TV 島津理化機械㈱)を
・身の回りの天然色素(アントシアニン色素の抽
採用した.これは,プリズム分光器で,波長目盛が付
出と色の観察)の教育への導入
いている他,分光結果をビデオ出力として,プロジェ
天然色素として,アントシアニンを選んだ.アント
クターに入力できる利点を持つ.一方,白色光源とし
シアニン系色素は,様々な花の赤~青色色素,赤キャ
ては,OHP のハロゲンランプを利用した.この際に
ベツ色素,シソ色素,紫コーン色素,ブドウ色素,ム
は,蛍光灯,プロジェクターの光源でもあるメタルハ
ラサキイモ色素など身近に多く存在している色素であ
ライドランプ等についても検討したが,輝線がなく,
り,近年注目されている抗酸化物質であるポリフェ
連続性に優れているハロゲンランプの方が今回の実験
ノールの一種である.今回の実験では,ハーブティー
には適していた.ちなみに,ハロゲンランプは長波長
の一種であるマローブルーを用いた.マローブルーは
側が一番強く,短波長側になるに従って,強度が弱く
ウスベニアオイの花びらを乾燥させたものであり,10
なってくるので,可視光領域における連続性に優れた
グラムあたり 300 ~ 400 円くらいで購入することがで
白色光源の必要性が示唆された.
きる.
実験内容は,酸性・アルカリ性の違いでどのように
・色の概念をいかに伝えるか
アントシアニン色素が変化するか調べることにした.
いわゆる「白色光」は,全ての色が含まれている光
アントシアニン色素水溶液の pH による色の変化を調
であり,色の区別はできない.すなわち,ある色の光
べる実験はこれまで多くの公開化学実験講座で行われ
が吸収されて,吸収されない反射光の色が見えること
てきた内容だが,今回の実験では,中性,酸性,アル
カリ性の溶液を吸収セル中で調製することによって,
溶液の見た目の変化を調べるほかに,演示実験で行っ
た OHP ランプとプリズム分光器の間にサンプルセル
を置くことによって各自が作った溶液が何色の光を吸
収するのかを調べられるようにした.また,実験の解
説では,天然色素分子は合成人工色素分子よりも一般
的に複雑な構造をしていることを紹介するため,マ
ローブルーから単離される主なアントシアニン色素で
あるマルビジン(malvidin)の正確な分子構造 1)をテ
キスト(付録参照)に記載した.
今回の公開実験講座に参加した学生はほとんどが高
校生であり,アントシアニンの色素抽出実験は彼らに
図 1 白色光のプリズム分光装置
とっては容易な操作と考えられる(操作については付
─ 162 ─
図 2 フタロニトリル法によるフタロシアニンの合成スキーム
録を参照のこと).実際,ほとんどの参加者がマロー
解明 3))とともに紹介した.
ブルーからアントシアニン色素を抽出することに成功
しているようであった.ただ,問題点としては 2 つの
・身の回りの人工色素の教育への導入①(フタロ
ことが挙げられる.一つは,中性のアントシアニン色
シアニン色素の合成と色の観察)
素水溶液を調製する場合,各自がマローブルーの花び
フタロシアニンは今から約 100 年前に偶然発見され
ら 10 枚程度から抽出するため,アントシアニン水溶
た人工の青色,緑色色素である.現在でも顔料として
液の紫色の濃さが個人によってかなりばらつきが生じ
工業的に製造されているほか,ディスプレイ用材料な
ることである.抽出したアントシアニンの量が少ない
どの先端機能性材料としても利用されている 4).美し
場合,プリズム分光器に通しても何色の光を吸収して
い色と応用範囲の広さゆえに高等学校の教科書,資料
いるか判断するのが困難であった.幸い,中性では溶
集でも一部紹介されている重要な化合物であり,自ら
液の色が薄い場合でも液性を酸性にすると,鮮やかな
が無色の化合物から鮮やかな色素を作り出す実験は,
赤色になり,プリズム分光器で青や緑の光が薄くなる
工業用色素の重要性を学ぶための恰好の教材といえ
ことが確認できた.もう一つの問題点は,抽出した
る.しかしながら,実験教材として取り上げるために
アントシアニン色素水溶液を弱アルカリ性にしたとき
はいくつか克服しなくてはならない問題があった.ひ
に,アントシアニンが不安定になり実験している間に
とつは合成に用いる試薬の安全性に関する点である.
色が緑から黄色へと変化してしまうことである.一般
フタロシアニンの典型的な合成法は図 2 に示すよう
的にアントシアニンは酸性条件では比較的安定だが,
に,フタロニトリル(1,2- ジシアノベンゼン)と銅塩
アルカリ性では不安定で加水分解されて脱色すること
の高温(150 ~ 200℃)縮合反応である.
が知られている.弱アルカリ性で長時間放置する,ま
しかしフタロニトリルは労働安全衛生法特定化学物
たは強アルカリ性にして抽出溶液が黄色に見えるの
質等障害防止予防規則により第 2 類の特定化学物質と
は,アントシアニンと一緒に抽出されたフラボン類の
して指定されており,暴露によって慢性の健康障害が
色と考えられている.
現れる可能性があることから,高度な化学の知識を有
今回の実験では,アントシアニン色素は水溶液の液
しない一般および学生対象の実験教材に用いることは
性によって変化することを参加者に体験してもらった
好ましくない.もうひとつの課題はフタロシアニンの
が,アントシアニン実験の最後に花の色の起源につい
溶解度の低さである.一般的なフタロシアニンの水,
ての解説を行った.アントシアニン色素に由来する花
アルコール類への溶解度は極めて低く,せっかく合成
の色の起源は,未だ完全に解明されていない状況にあ
した色素の美しい色を十分に楽しむことが難しい.フ
り,pH 説の他に金属錯体説などが考えられているこ
タロシアニンを溶かす溶媒としてクロロホルム,トル
とを,最近のトピックス(サントリーによる青いバラ
エンなどの有機溶媒が考えられるが安全上の理由から
の開発 ,ヤグルマギクの青色に由来する金属錯体の
このような毒性の高い溶媒を用いることは好ましくな
2)
─ 163 ─
図 3 フタル酸無水物を利用したフタロシアニンの合成スキーム
い.本研究では以上の 2 つの課題解決に向けてのアプ
ローチを行い,フタロシアニン合成を公開実験化学講
座における教材として実施可能なレベルにまで高めた
開発を行うことができた.
はじめにフタロニトリルを用いないフタロシアニン
図 4 4-tert- ブチルフタル酸無水物
の合成法について検討を行った.フタロシアニンの合
成法としてはフタロニトリル法の他にワイラー法,イ
ソインドリン法,リチウム法など数種が知られてい
タル酸無水物,図 4)を用いた合成の検討を行った.
る.今回の教材開発に当たっては,使用する試薬の安
この化合物は tert- ブチル基が立体的に嵩高く,フタロ
全性と一般性を考慮して,ワイラー法(図 3)に注目
シアニンの平面性を崩すことから色素物性を保ったま
す る こ と に し た. ワ イ ラ ー 法 は フ タ ル 酸(C6H4
ま有機溶媒に対する高い溶解度を与えることが知られ
(COOH)2)の無水物である無水フタル酸と尿素を原
ている.予備実験を行ったところ,最初に試みた無置
料として用いる.フタル酸,無水フタル酸は合成樹脂
換体と同じ反応条件で,再固化した尿素に均一に分散
製造にも用いられており,一般性の高い試薬である.
し,フタロシアニンの色を観察するのに適した状態の
同様に,尿素も工業製品に広く用いられており安全性
生成物が得られることが確認された.
に関して大きな心配がいらない.特に本方法は反応の
以上の結果から,安全性を確保しつつフタロシア
際に有機溶媒を必ずしも用いる必要がない点が重要で
ニン合成を化学入門者にも体験してもらうことができ
ある.尿素は窒素原子のソースとなるとともに,高温
るプロトコルが完成した.実際には反応容器として汎
の反応条件下で溶解(融点 133-135℃)し,それ自身
用性の高い試験管を用い,ここに予め塩化銅(I)
(20
が溶媒としての役割を果たす.反応終了後に反応容器
mg)とモリブデン酸アンモニウム(10 mg)を入れた
を室温にまで空冷することで尿素は再び固化し,液体
ものを用意した.実験者は 4-tert- ブチルフタル酸無水
の反応物がこぼれて皮膚に付着するといった心配もい
物(70 mg)と尿素(100 mg)をそれぞれ秤量し,試
らない.ところが,予備実験の過程でフタロシアニン
験管に加える.試験管は綿で軽く栓をして,150℃に
の低い溶解度が本方法にとって非常に都合が悪い結果
設定したオイルバス中で試験管を軽く振って反応を行
を招くことが分かった.それは再固化した尿素中にフ
う.約 3 分でフタロシアニンの鮮やかな青色を観察す
タロシアニンが均一に分散しないため,尿素の白色ば
ることができる.実際に行った時の失敗点としてはオ
かりが目立って,フタロシアニンの本来の色の観察に
イルバスの温度コントロール調節が難しかったため,
支障を来す結果となったことである.この問題を解決
温度が高くなりすぎた(恐らく 180℃以上)グループ
するために,より高い溶解度を得るための置換基(tert-
では反応物が黒く焦げてしまって色の観察に影響を与
ブチル基)を導入した無水フタル酸(4-tert- ブチルフ
えるケースが見られた.本テーマを試される方で,オ
─ 164 ─
図 5 バイヤー法によるインジゴの合成
イルバスが身近に無い場合は家庭用の天ぷら油でも
要がある.体積に厳密性は求められないことから必要
150℃を達成することはできるが,温度のコントロー
数の駒込ピペットを用意し,試薬ごとに異なるピペッ
ルが本実験成功の要であることを注意していただきた
トを用いることができるように準備した.混乱を避け
い.
るために材質(ガラス,ポリエチレン)と容量を変え
た数種のピペットを用意したのだが,実際には多少の
・ 身の回りの人工色素の教育への導入②(インジ
混乱があったようである.可能であれば目盛り付きの
ゴの合成と単離,色の観察)
スポイト瓶などを用意すると,この点は改善できると
インジゴは藍染めに用いられる色素で,もともとは
思われる.
タデアイから採れる大変高価な天然色素であったが,
1878 年にバイヤーによるインジゴ合成法(図 5)が確
・色素教育におけるコンピューターグラフィック
立したことで工業用色素として安価に大量合成される
ス(CG)の導入
ようになった.フタロシアニン合成と異なり室温で試
色素を扱った実験では,参加した学生に溶液の見た
薬を混合するだけで簡単に濃青色の沈殿を得ることが
目の変化を観察してもらうことが最も重要だが,大学
できる.合成法については既に確立しており,今回大
の化学科の職員らが主催する公開実験講座では,色の
きな変更を加えることはしなかったが,沈殿ろ過後の
起源と分子構造の関係をより深く理解するために色素
洗浄にメタノールではなく毒性の低いエタノールを用
分子がどのような分子構造をしているのかを知っても
いた.エタノールを用いた場合でも沈殿の溶出などは
らうことも重要と考えられる.今回の公開実験参加者
見られず,特に問題なく実験を行うことができた.具
のほとんどが高校 1,2 年生であり,有機化学の分野
体的実験操作については付録のテキストを参照してい
まで学習が進んでいないが,原子論(原子・分子の概
ただきたい.
念)は学習指導要領としては中学校から始まっており,
インジゴで興味深いもうひとつの点は,インジゴの
印象的な分子構造を示すことができれば,参加者のそ
基本骨格を変化させることで色素としての特性が大き
の後の化学への学習意欲に対してプラスの影響になる
く変わることである.例をテキストでも紹介したが,
と思われる.
インジゴの窒素原子を硫黄原子で置換したものは赤色
今回の公開実験では,分子構造をイメージすること
を呈する.このように,発色団としての基本骨格を
で,特に,1)アントシアニン色素の実験では pH によっ
保ったまま,異なる原子を導入することで吸収する光
て容易に色素溶液の色が変化したが,色の変化がアン
のエネルギーが変化し,全く異なる色の色素を得るこ
トシアニン分子のわずかな分子構造の変化に由来する
とができる点は,色素化学において非常に重要な側面
こと,2)実験で合成したフタロシアニンとインジゴ
ではある.しかし本研究ではこのような誘導体を安
はどちらも同じような青色色素だが,その分子の大き
全・簡単に合成する手法の開発には至らなかった.
さ,構造は違いがあり,同じ青色でも分子レベルでは
実際の実験では 4 種の液体(アセトン(3 mL),蒸
留水(3 mL)
,1 mol/L 水酸化ナトリウム水溶液(適量
かなり異なること,をより理解しやすくなることが期
待できる.
滴下),エタノール(適量)
)を手際よく取り分ける必
─ 165 ─
今回使用した色素はどれも参加者にとってはかなり
図 6 コンピュータグラフィックによるアントシアニン色素の分子構造
(左:スティックモデル,右:CPK モデル)
複雑な分子構造になっており,テキストの構造式だけ
実施実績とアンケート調査の結果
でその三次元構造をイメージするのは困難である.そ
「はじめに」でも簡単に述べたが,本節では,本研
こで,市販のソフトフェア 5)を用いて実験に用いた分
究で我々が開発した色素化学教材の実際の実施実績と
子構造をコンピュータ上で確認してもらうこととし
して,平成 17 年 7 月 30・31 日の 2 日間に渡って開催さ
た.コンピュータの画像から分子構造をイメージする
れた「化学への招待(東北支部第 137 回)楽しいみん
のをより容易にするため,比較的安価に用意できる分
なの実験室」についての模様を報告する.
「楽しい化
子模型(モルタロウ 6))も準備した.分子模型キット
学の実験室」は日本化学会東北支部が中心となって定
は実際に手にとって分子構造をイメージすることがで
期的に開催されているものであり,今回で 137 回を数
きて便利であるが,どのような分子でも作れるわけで
える実績を有している.担当は大学の化学系研究室の
はなく,1 つのキットでは作れる模型の種類もボール
持ち回りが基本であるが,毎回創意工夫に満ち溢れた
&スティック型などに限られてしまう.一方,コン
ユニークな実験教材が開発,実施され評価を受けてい
ピュータで分子モデルを作成する場合は,実際に手に
るイベントでもある.対象者は高校生が中心である
持つ感覚は得られないものの,どのような分子模型で
が,化学に興味をもつ中学生,一般の方にも門戸を開
も作ることができ,またボール&スティック型の他,
いている.今回は 7 月末日の土日 2 日間に東北大学理
CPK モデルなどの表示も容易である(図 6)
.
学部化学教室 1 階学生実験室に於いて約 150 名が本イ
公開実験では,実験操作の早く終わった学生らが自
ベントに参加し,自ら実験を行い,化学の面白さの一
由に手に触れられるように,数台のコンピュータを用
端に触れていただくことができた.実際には両日とも
意した.コンピュータの画面には予め,実験に用いた
に以下に示すスケジュールに従って進行した.
分子モデルを作成しておき,参加した学生は基本的に
マウスを使うだけで分子構造が動くようにした.アン
当日のスケジュール
トシアニン色素マルビジン(malvidin)の場合,分子
9:00 ~ 9:30 受付
模型だと構造が複雑で大きすぎるため重力によって構
9:30 ~ 9:50 開会,説明
造が歪んでしまいがちなのに対し,コンピュータ上の
10:00 ~ 12:30 午前の実験
構造ならば歪みの問題がなく大きな分子をイメージす
12:30 ~ 13:30 昼休み
るのに適しているように思われる.ただ,問題点とし
13:30 ~ 16:00 午後の実験
ては今回使用したソフトウェアの言語が英語であり,
16:00 ~ 16:30 アンケート記入・返却,解散
中学生・高校生の参加者だけで自由にパラメータを変
参加者を二分し,我々が企画した「いろいろな色を
えて構造を見るのに適していない点が挙げられる.
調べてみよう」と東北大学大学院工学研究科の滝沢博
胤教授,林大和助手が企画した「電子レンジで物質合
─ 166 ─
成」の 2 つのテーマを同時進行した(本テーマの詳細
は本稿では扱わない)
.全体進行の総括責任者は小林
長夫教授(東北大学大学院理学研究科)が担われた.
ひとつのテーマは午前(または午後)の 2 時間半で完
結するようにし,午前と午後でグループを入れ替える
ことで 1 日に 2 つのテーマを体験できるようにした.
また,炎天であったことから,実験の中途で水分補給
のための休憩時間を取り入れた.従ってガイダンス,
今日の実験(色の化学)の程度はどうでしたか?
結果の説明を含む実際の実験に要した時間は約 2 時間
である.
時間が限られていることから,予備実験などの結果
には実験時間は比較的余裕を持って確保してあり,早
を踏まえて分刻みの綿密なスケジュールを立てた.特
く実験が終わった生徒は TA から詳しい説明を受ける
に,実験をしただけで,その背景に触れない,まとめ
などといった,実験進行の個人差にも対応できるスケ
を行わないのは良くないので,事前ガイダンス,結果
ジュールであった.実験実施後に行ったアンケートで
説明の時間が確保できるように配慮した.3 名の大学
は「つぎつぎと新しいことができたので退屈しなかっ
院生が TA として実験全般をサポートしてくれた.以
た」といった意見も聞かれた.
アンケートは 1 日の実験終了後にプリントを配布し
下に参考のために我々がたてたテーマ進行のスケ
ジュール表を示す.実際には多少の前後はあったが,
直接記入して回答してもらう形式をとった.引率の教
同様の公開実験を企画されている方がいれば時間配分
職員を含む参加者ほぼ全員から回答を得ることができ
の目安として参考にしていただきたい.
た.実験の難易度を問う質問(3 択)では「やさしい」
「普通」が 83% を占めたことから,我々が想定したレ
テーマ進行スケジュール
ベルは妥当であったと思われる.しかし一方で「むず
色の化学,全体の説明
かしい」と感じた受講生が 17% いたことも無視でき
講義
ない.中学生の受講者に「むずかしい」と答えた人が
15 分
多かった.中学生と高校生では前提として持っている
アントシアニン色素の抽出と色の観察
事前ガイダンス
実験
結果説明
7分
知識に大きな隔たりがあり,両者が同時に満足する実
35 分
験を構築するのは非常に難しいことであるとは思われ
7分
る.しかし,意欲を持って参加してくれた中学生に満
足してもらうことも重要である.TA の活用方法を工
フタロシアニンの合成と色の観察
事前ガイダンス
4分
試薬秤量,休憩
33 分
反応開始前の説明
3分
実験(反応)
5分
結果説明
5分
夫することで対応するなど,今後の課題として対応策
を検討する余地が残っている.
これまでに行ったことがある色素関係の実験を記入
してもらう質問では,
・紫キャベツなどからの色素の抽出実験(高 1)
・食紅や玉ねぎで布を染める実験(高 1)
インジゴの合成と単離,色の観察
事前ガイダンス
実験
結果説明
・虫の色素を使った染色(高 1)
5分
・藍染め(高 1)
23 分
・クロロフィルの抽出(高 3)
7分
休憩時間を除けばガイダンス,実験,まとめと息を
つく間もないほどのスケジュールにも見えるが,実際
─ 167 ─
・クロロフィルのクロマトによる分離(教員)
・アゾ染料の合成(教員)
・アニリンのジアゾ化(教員)
などが挙げられた.植物の色素を使った抽出実験,
染色実験などを体験している生徒が多かったことが特
徴である.これは材料の入手のし易さによるところが
大きいのではないだろうか.一方,合成実験を経験し
ている生徒は皆無であった(教員でアゾ染料の合成経
験を有しているとの回答があった)
.この点に於いて
も,普段学校でなかなか体験できない色素の合成を本
今回の実験を行う以前に知っていた用語(複数回答可)
教材で取り入れたことは意義があると考えられる.
また,今回の実験を行う前に知っていた用語を選択
してもらう質問(こちらで用意した用語から知ってい
素材を用いた実験を行う機会が多いことが一因である
るものを選択.複数回答可.有効回答者数 107 名.教
と思われるが,加えて健康食品,化粧品等の宣伝・広
職員を除く生徒回答分のみの集計)ではアントシア
告としてメディアに登場する用語の認知度が高い傾向
ニン,メラニン,クロロフィル,カロテンなどの天然
にあるとも言える.クロロフィルを知っていた人が
色素に関わりがあるものの認知度が高いことが明らか
56% に達するのに対して,その基本骨格であるポル
となった.これは上述したように,高等学校では天然
フィリンという用語を知っていた人は 5% 以下である
当日の風景.上がアントシアニン,下がフタロシアニンの説明を行っている様子.
─ 168 ─
点は興味深い.クロロフィル,ヘモグロビン,ポル
合成の教材化に成功するなど,本研究によって公開化
フィリンが関連した一連の色素群であるといった多角
学実験講座用の題材として取り上げることの出来る色
的,総合的な教育がなされていないことの現れではな
素化学教材開発に於いて一定の成果をあげることがで
いだろうか.天然色素と比べてフタロシアニン,アン
きたものと考えている.
トラキノン,アニリンブラックなどの合成色素の知名
本調査研究は,「平成 17 年度高等教育の開発推進に
度は低かった.しかし,それ故に本講座の実験テーマ
関する調査・研究経費」の配分を受けた研究「公開化
が目新しく映り,生徒を惹きつける結果になったので
学実験講座への色素化学導入に関する調査研究」の一
はないだろうか.光と色を結びつける重要な概念であ
環として行われた.ここに感謝申し上げる.また,実
る補色と波長については比較的多くの生徒が知ってい
施実績の「化学への招待(東北支部第 137 回)楽しい
たようである.特徴的だったのはプリズムの認知度が
みんなの実験室」は日本化学会東北支部,日本化学会
極めて高い(74%)一方で,回折格子を知っている人
化学教育協議会東北支部,および夢・化学- 21 実行
は 10% に留まったことである.原理の理解が難解な
委員会の主催で行われたものである.我々の研究成果
ものを避ける傾向の現れではないだろうか.
を実践する貴重な機会を与えていただいたことに深く
感謝申し上げる.
おわりに
本調査研究では色素化学が実社会に大きな役割を果
たしている点と,実験結果が視覚的に捉えやすいこと
参考文献
1)Hoshino, T.; Goto, T. Tetrahedron Lett. 1990, 31,
から,化学の初学者にとっても馴染みやすい点を踏ま
えて,公開化学における色素化学の導入に関して調査
1593-1596.
2)サントリーホームページ
研究を行った.開発した教材は「化学への招待(東北
(http://www.suntory.co.jp/company/research/hightech/
支部第 137 回)楽しいみんなの実験室」において「い
ろいろな色を調べてみよう」のタイトルで実際に多く
blue-rose/bluerose.html)
3)Shiono, M.; Matsugaki, N.; Takeda, K. Nature 2005, 436,
の中高生に体験してもらうことができた.化学式を
習っていない中学生には一部理解しにくい部分もあっ
791.
4)白井汪芳,小林長夫編 「フタロシアニン-化学と機
たことが,アンケート調査の結果から明らかとなった
能-」IPC,1997.
が,それでも自らが抽出,あるいは合成した色素の美
5)Gauss View 3.0, Gaussian, Inc. USA.
しい色を観察し,そこに潜む「化学」を体験してもら
6)モルタロウホームページ
うことで化学の楽しさの一端に触れてもらうことがで
(http://www.talous-world.com/)
きたものと考えている.より理解しやすいストーリー
展開の構築,反応条件の最適化など教材開発として改
付録
善するべき課題は残されているものの,これまでにな
かなか教材として取り上げにくかったフタロシアニン
─ 169 ─
「化学への招待(東北支部第 137 回)楽しいみんなの
実験室」テキストからの抜粋
─ 170 ─
─ 171 ─
─ 172 ─
─ 173 ─
報 告
自然科学総合実験の受講学生を対象とした総合的調査
神 田 浩 樹 1)*,石 川 賢 一 1),小 林 弥 生 1),是 枝 聡 肇 2),
田 嶋 玄 一 1),福 田 貴 光 1),前 山 俊 彦 2)
1)東北大学高等教育開発推進センター,2)
東北大学大学院理学研究科
1.はじめに
される OCR(Optical Character Reader)アンケート集
東北大学にて平成 16 年度より開講している「自然
計システムを使用した.このシステムは昨年度に是枝
科学総合実験」は,従来の物理学実験・化学実験・生
が中心となって開発を行ったもので,選択形式のアン
物実験・地学実験の枠を取り除き,実験科目を融合し
ケートの集計を効率的に行うことができる 3).今年度
た内容を持つという特徴を持っている.この科目は専
は,高速なスキャナー(スキャン速度:50 枚/分)
門教育に向けた実験技術の習得を直接の目的とせず,
を導入して,集計効率・処理速度のさらなる向上を
自然に親しむことに重点をおいており,自然科学の基
図った.また,アンケートには記入式の項目もあり,
礎である実験によって感動を体験することで,学生が
選択肢には表れない学生の意見を汲み取る工夫がなさ
自ら学問に取り組む姿勢を確立することを目的として
れている.記入式の項目については,集計担当者が
いる 1),2).この実験科目は,理系学生のほぼ全員に必
PC への入力を行った.
修となっており,年間約 1800 人が受講している.
2.調査の方法
1.1. アンケート実施の目的
アンケート調査は平成 17 年度自然科学総合実験の
自然科学総合実験においては,開講曜日ごとに担当
第一,第二セメスターの各曜日の実験最終回に行っ
する教員や TA は異なっているものの,テキストや説
た.アンケートは,是枝らの実施したアンケート用紙
明用の資料,実験装置などは同一のものを使用してい
と同一の用紙を各課題の指導担当教員を通じて出席し
るために,ある年度に履修した学生の履修意欲や実験
ているすべての学生に配布し,実験の手が空いている
を終えての印象をほぼ同条件下で知ることが可能であ
ときに記入させ,実験終了までに提出させるという方
る.学生の嗜好や考えはさまざまであるが,アンケー
法をとった.アンケートが無記名式で,かつ回答が任
ト結果を集計し数値化・平均化することで,ある一定
意であることは教員より口頭で伝えてある.平成 17
の傾向を抽出することが可能である.我々はアンケー
年度の履修者数は,第一セメスターは 913 名,第二セ
トを実施することで,自然科学総合実験を履修した学
メスターは 900 名であり,回収されたアンケート数は
生の学習状況や受けた印象とそれらの傾向を把握し,
それぞれ 842 枚(回収率 92%),786 枚(回収率 87%)
将来の実験テーマの開発や運営方法,設備の改善に生
であった.第二セメスターの回収率が悪いのは,指導
かすことを目的としている.
担当教員へのアンケートの実施の連絡が徹底していな
かったためであった.このことは今後のアンケートの
1.2. アンケート集計システム
実施の際に留意すべき事項である.
アンケートの集計には,PC とスキャナーから構成
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 175 ─
3.集計結果
と考えられる.人数分布より予習状況の点数の平均値
3.1. 予習の状況
は 3.1 点(統計上の誤差は 0.03 点)となった.この値
実験は毎週異なる内容であり,それぞれ原理・手
は是枝らの報告 3)に示されている昨年度(平成 16 年度)
法・解析方法をまったく異にする.また,実験の内容
の平均値 2.9 点より統計誤差の 3 倍以上離れた値であ
によっては操作手順を間違うことで実験者が危険にさ
り,統計上の誤差の可能性は小さい.これが年度ごと
らされることもありうるため,テキストを参照して予
の学生の違いによるものか,自然科学総合実験が 2 年
習を行うことが不可欠である.そのため,セメスター
目となったことで,すでに受講した先輩からの情報の
の最初のガイダンスでは必ず予習を行うように伝えて
伝達があったことによるものかどうかは,来年度以降
いるが,学生が実際にはどの程度予習を実施している
の継続的な調査によって明らかになるであろう.ちな
かについて調査を行った.アンケートでの選択肢は 6
みに,第一セメスターと第二セメスターに分けて解析
通りで,問いの内容とともに以下のリストに示す.な
した場合も分布に大きな違いは見られず,平均値はと
お,この節に引用してあるアンケート項目の各選択肢
もに 3.1 点となった.
に付されている括弧内の点数等は,是枝らの報告 3)と
同様の統計処理を行うためのもので,実際のアンケー
3.2. レポート作成にかける時間
トには表示されていない.
毎週提出されるレポートは,たいていの場合数ペー
毎回の実験の予習はどのくらい行っていましたか?
ジ,場合によっては 20 ページにおよぶ力作である.
該当する項目をチェックしてください(チェックはひ
このようなレポートを作成するためにどれほどの時間
とつ)
.
をかけているのかについて調査を行った.アンケート
▪テキストをよく読み参考書なども調べた(6 点)
.
の選択肢は 5 通りで,問いの内容とともに以下のリス
▪テキストをよく読んだ(5 点).
トに示す.
▪テキストをざっと読んだ(4 点)
.
実験レポートを 1 部作成するのに平均してどのくら
▪テキストの各課題の導入部だけを読んだ(3 点)
.
い時間をかけましたか?該当する項目をチェックして
▪課題名と課題番号だけ確かめた(2 点)
.
ください.参考書等を読んで勉強した時間も加えて答
▪何もしなかった(1 点).
えてください(チェックはひとつ).
▪ 1 時間以内(1 点,中心値 0.5 時間)
項目毎の人数比を図 1 に示す.テキストをよく読む
など,実験の内容を理解できる程度の予習を行う学生
▪ 1 時間以上・3 時間未満(2 点,中心値 2 時間)
は 8%に過ぎず,半数近い 44%の学生はテキストを
▪ 3 時間以上・5 時間未満(3 点,中心値 4 時間)
ざっと読む程度の予習で済ませている.さらには,課
▪ 5 時間以上・7 時間未満(4 点,中心値 6 時間)
題名と課題番号だけを確かめるのみの学生や,まった
▪ 7 時間以上(5 点,中心値 8 時間と仮定)
く予習を行わない学生も合わせて 41%存在する.こ
項目毎の人数比を図 2 に示す.上記リストに記載さ
れでは実験の内容をあらかじめ把握するには至らない
れているレポート作成にかけた時間の中心値を用いて
図 1 予習状況の分布.母数は白票を除いた 1623 名.
─ 176 ─
図 2 レポート作成にかけた時間の分布.母数は白票を除いた 1622 名.
図 3 負担度の分布.母数は白票を除いた 1623 名.
平均作成時間を求めたところ,平均は 5.5 時間となり,
なっていることがわかる.
多くの時間をレポート作成に割いている様子が伺われ
また,負担度を予習状況やレポート作成時間毎に平
た.また平均作成時間は,1 セメスターが 5.5 時間,2
均を取った相関図を図 4 に示す.レポート作成に時間
セメスターが 5.6 時間となった.統計上の誤差はどち
をかける学生がより負担を感じているというのは予想
らも 0.06 時間なので,セメスター間による違いはほぼ
通りであった.しかしながら予習状況が良い,つまり
無いと思われる.
予習に時間をかけていると想像される学生の方が予習
状況の悪い学生より負担感を感じる度合いが少ないと
3.3.予習・レポート作成の負担
いうのは意外であった.
これまで示した予習の状況,レポート作成の時間よ
り,学生にとって自然科学総合実験は大きな負担と
3.4. 実験全体の満足度
なっていると想像される.アンケートの選択肢は 5 通
りで,問いの内容とともに以下のリストに示す.
履修を終えた後の満足度についても調査を行った.
アンケートの選択肢は満足度に対して 5 項目,満足/
授業時間外における学習(予習およびレポート作成)
不満の理由について 10 項目を設けた.理由の 10 項目
について,どのように感じていましたか?該当する項
は次の 5 個の着目点,1:分野の広さ・2:実験技術・
目をチェックしてください(チェックはひとつ).
3:レポートの書き方・4:専門性・5:先端性,につ
▪負担が大きい(負担度 5)
いてそれぞれ満足と受け止めるか不満と受け止めるか
▪やや負担が大きい(負担度 4)
を問うもので,複数回答させるものとした.
▪ふつう(負担度 3)
現行の実験課題は自然科学の諸分野(地球・環境,
▪あまり負担ではない(負担度 2)
物質,エネルギー,科学と文化,生命)について総合
▪まったく負担ではない(負担度 1)
的に学習できるように設定されています.履修が終
上記のリストに示す負担度の分布を図 3 に示す.負
わった今,12 課題全体をどのように捉えています
担度の平均は 4.5 となり,予想通り極めて重い負担に
か?該当する項目をチェックしてください(チェック
─ 177 ─
図 4 レポート作成時間毎(左図),および予習状況毎(右図)の負担度の平均値.
図 5 満足度の分布.平成 16 年度の母数は 1653 名,平成 17 年度の母数は白票を除いた 1625 名.
平成 16 年度の分布に比して平成 17 年度の分布が全体に満足寄りに移動したことが判る.
はひとつ)
.
▪もっと最先端の科学に触れたかった(着目点 5 ▪満足(5 点)
不満)
▪やや満足(4 点)
満足度の分布を図 5 に示す.平均は 3.3 点(統計上
▪ふつう(3 点)
の誤差は 0.02 点)で,
「ふつう(3 点)
」より多少満足
▪やや不満(2 点)
であることがわかる.平成 16 年度の満足度の平均は
▪不満(1 点)
3.16 点 3)であったので,これは統計上の誤差より大き
また,その理由は何ですか?該当する項目をチェッ
く平均値が増大している.これは開講初年度である平
クしてください(チェックはいくつでも).
成 16 年度と比較すると,テキストの改訂や指導法の
▪幅広い分野の実験に触れられた(着目点 1 満足)
改善の効果が反映している可能性がある.この点に関
▪興味の無い分野の課題が多かった(着目点 1 不
しても,予習状況と同様に来年度以降も継続して調査
満)
してゆくことが重要である.
▪高度な実験技術を学べた(着目点 2 満足)
さて,学生は自然科学総合実験の履修が極めて重い
▪難しい実験が多かった(着目点 2 不満)
負担であると感じつつも,それなりに高い満足度を得
▪レポートの書き方が学べた(着目点 3 満足)
ている.このことは自然科学総合実験を受講して慣れ
▪レポートの書き方がわからなかった(着目点 3 ない実験やレポート作成で苦労した分,自らが向上し
不満)
たと達成感を得,満足に感じたということなのであろ
▪将来の専門の基礎が学べた(着目点 4 満足)
うか?もしそうであれば,負担度が大きいと感じる学
▪自分の専門に特化して欲しかった(着目点 4 不
生ほど満足度が高いと仮定される.そこで,満足度と
満)
▪最先端の科学に触れられた(着目点 5 満足)
負担の相関を調べてみた(図 6)
.これによると,負
担が増えるほど満足度が低下しており,上記の仮定は
─ 178 ─
図 6 負担度毎の満足度の平均値.
図 7 レポート作成時間毎(左図),予習状況毎(右図)の満足度の平均値.
図 8 満足・不満の理由.着目点別の満足・不満の選択肢に
チェックした人数の,母数 1628 名に対する割合を示す.
成り立っていない.
り,不安や負担を感じると想像される.予習を良く
一方,満足度とレポート作成時間,および,予習状
行った場合にはこの不安感や負担感が和らげられ
況との相関を図 7 に示す.これによると予習状況が良
(図 4 右)
,負担感の減少により満足に感じられた
くなるほど満足度が明瞭に増大している.つまり,予
(図 6)のではないかと考えられる.これは予習状況
習状況が良い学生の負担度は低く,負担度の低い学生
を因,満足感を果として予想される状況である.それ
の満足度は高い.この状況を次のように解釈してみ
とは反対に,満足感が因であり予習状況を果とするな
た.予習を十分に行わなかった場合,実験操作・実験
らば,実験で満足感を得た学生は,予習を負担(ある
結果のまとめ・レポート作成を,実験の内容を理解し
いは苦痛)と感じず自ら楽しんで予習を行っていると
ないまま天下り的・機械的に作業を進めることにな
いう状況も想像される.もし前者の効果が存在すると
─ 179 ─
すれば,予習を十分に行うように指導することが,多
ばらつきは存在するだろうが,予習の程度が良くなる
くの学生が強く感じている負担感を軽減するために重
と(それが原因なのか結果なのかはアンケートの結果
要であると考えられる.
のみからは判別できないが)
,満足度の平均値が増大
また,満足・不満の理由について着目点ごとに差し
し,負担度の平均値が減少する様子が見られた.現状
引きすることで,分野が広い点とレポートの書き方の
では十分な予習を行っていない学生が大勢を占める中
学習については満足と感じる学生が多かった一方で,
で,学生が予習を行うように指導する,あるいは学生
実験の難易度や専門性に関しては不満と感じる学生が
が予習を進んで行える状況を作りだすことが,重い負
多い,ということが分かった(図 8)
.分野が広い点
担をいくらかでも軽減し,満足感を高めるために重要
に関して満足感が得られ,専門性を抑制した実験内容
であると考える.しかしながら,現在と同程度の時間
としている点に関して満足感が少ないのは,自然科学
をかけてレポート作成を行わせた上に,予習を行わせ
総合実験の目標設定に照らして妥当な結果で,目標通
るのは極めて困難であろう.レポート作成の時間を予
りの印象を学生が受けていることが分かる.また,レ
習のために振り分けつつ,レポート品質を維持あるい
ポート作成が学生にとって大きな負担ではあったもの
は高めるための知恵と工夫が必要である.実験運営や
の,満足感を得た理由のひとつに「レポートの書き方
レポートの提出方法について大幅な変更も視野に入れ
が学べた」という項目が選ばれていることも,やはり,
て,今後検討してゆく必要があるだろう.
学問に取り組む基礎的な姿勢を身につけるという目標
に合致している.
参考文献
1)須藤彰三.“自然科学総合実験:全学教育を目指した
4.まとめ
融合型理科実験の導入”.東北大学高等教育開発推進
自然科学総合実験を履修した学生に対し,平成 17
年度も平成 16 年度に引き続きアンケートを実施し,
センター年報.2004 年;第 12 号:pp.83 - 93.
2)東北大学自然科学総合実験テキスト編集委員会,“自
集計を行った.その結果,学生はこの実験を重い負担
に感じながらも,4 割以上の学生が満足感を得ている
然科学総合実験”,東北大学出版会,2005 年.
3)石川賢一,小林弥生,是枝聡肇,田嶋玄一,福田貴光,
様子が分かった.しかしながら,2 割近い学生が不満
前山俊彦,横林洋子.“自然科学総合実験の受講学生
に感じていた.すべての学生に満足感を与えることは
を対象とした総合的調査システムの構築”
.東北大学
不可能であるが,人数分布がより満足感を示す方向に
高等教育開発推進センター年報.2004 年;第 12 号:
移動するように,より多くの学生が満足感を得るよう
pp.95 - 101.
に努力してゆくことが重要である.学生個々の印象の
─ 180 ─
報 告
「口唱歌」の分析
-異文化間で共有される教養教育-
井 土 愼 二 1)*
1)
東北大学 言語認知総合科学 COE
1.はじめに
音 符 の 表 記 は, 参 照 の 便 の た め, こ れ を 一 貫 し て
「口唱歌」とは大雑把に言って楽器音を音節で表し
Öztuna2)での表記に従い,カタカナ化は同書からの機
たもので,日本,中国,ベトナム,バリ,インドを含
械 的 な 翻 字 を も っ て 行 う. 例 え ば,Özkan3) の
む世界の各地で音楽教育に利用されている.日本にお
Mi'râciye と Öztuna4) の Mîrâciyye で は 後 者 を 採 用 し,
ける例を挙げれば,太鼓のヲロシという打ち方を表す
カタカナはミーラーヂッイェとする.さらに,Öztuna
ツクツクツクテンテレツクツクツ
の綴りとそのカタカナ翻字後の形の対照表を稿末に付
1)
などがそうであ
る.トルコ音楽にはリズム周期をあらわすための口唱
録としてつける.引用文中の著者注は括弧()で囲む.
歌がある.本稿では,この口唱歌で使用される音節を
音素は必要に応じて斜線 // で囲み,国際音声記号は鍵
音響,音韻,そして語源の観点から分析する.この分
括弧[]で囲む.
析を通して,この口唱歌が音声的,音韻的に現在の形
をもつ必然性があるか,あればその必然性は何によっ
3.Düm と tek
てもたらされているかを探る.分析の結果として,本
稿では以下の 3 点を示す.
トルコ音楽でウスール(1) と呼ばれるリズム周期の
存在は,日本でも柘植 5)や柘植 6)などの音楽学の文献
1)トルコ音楽において使用される膜鳴楽器音の口唱
に取り上げられ広く知られている.アラビア音楽にお
歌が音象徴に特徴的な音声学的特徴を備えているこ
けるイーカア(2)をはじめとして西洋音楽の measure や
と
インド音楽のターラ 7)とも対比されるウスールは「そ
2)しかし,その口唱歌において音象徴の観点からは
合目的的でない母音が用いられていること
の豊富さと多様さにおいて類を見ない」8) といわれ
る(3).このように多様なウスールを表すに,その口唱
3)その原因をトルコ語の音韻規則と口唱歌のアラビ
歌は düm,tek,te ke(te kâ),tâ hek の音節とその組み
ア語からの借用である可能性のどちらかもしくは両
合わせを用いる.その例を図 1 に示す.口唱歌で使わ
方に求めうること
れる音節のうち,最も基本的な 2 つが düm と tek であ
る.したがって最も単純なウスールであるニーム・ソ
2.表記について
フヤーンの口唱歌は düm と tek のみから成る.ウスー
日本語以外の語彙については,原音の表記上での反
映は目指さない.トルコ語にペルシャ語経由で取り入
ルの例を下に挙げる.図 1 はニーム・ソフヤーン(左)
とセマーイー(右)というウスールである.
れられたアラビア語からの借用語の原音も特に表記に
ウスールは(典礼音楽において)もっぱら,クドゥー
反映させない.トルコ語に入ったペルシャ語やアラビ
ムという 1 対の膜鳴楽器によって演奏される.上記の
ア語語彙のローマ字表記はトルコ語での慣例に従う.
図では上段が奏者から向かって右に置かれるクドゥー
また,著者によって一定しない「^」や「'」などの分
ム,下段が左に置かれるクドゥームへの打撃を表す.
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学言語認知総合科学 COE
─ 181 ─
表 1 母音F 2 と概念の対応図
図 1 ニーム・ソフヤーンとセマーイー
母音F 2
概念
低
大
高
小
のように図示できる.
Ohala14)の言を引用すれば「発声の共鳴(スペクト
上段と下段にはそれぞれ düm と tek が配置されている.
(つまり,上段が右クドゥーム,下段が左クドゥーム
への打撃を表している.)
ル形状)が大きさの印象を伝えると仮定すれば[中略]
高い周波数と低い周波数はそれぞれ概して小さいもの
と大きいものから発せられるので,高い周波数は小さ
次の 4 節では,口唱歌で使われる音節 düm と tek が
(5)
さ,低い周波数は大きさと相関する」
.そこで,以
音象徴語である蓋然性が高いことを音響と音韻の観点
下では düm と tek の母音のF 2 の値を測り,F 2 の高低
から示す.
が düm と tek の発音体,即ちクドゥームの大小と対応
するかを調べる.
4. 音象徴語としての düm と tek
Ergenç15)によれば dümtek の音声は[dYm'tec]であり,
4.1.大きさの概念(被象徴)とF 2(象徴)
母音の音声はそれぞれ[Y]と[e]となる(6).これら
まずは düm と tek の母音に音象徴性が存在するかを
の母音のスペクトログラムを図 2(7)にあげる.
みる.音韻からのアプローチがほとんどである音象徴
母音[Y]と[e]のF 2(下から 2 番目の濃い部分)は,
の研究では珍しく,音響面から音象徴に迫った研究に
定常部の測定の結果それぞれ 1750Hz 付近と 1820Hz 付
Ohala9),Ohala10),Ohala11) がある(4).これらの論文に
近となっている.つまり,düm の母音F 2 は tek のそ
おいて提唱された,
「小ささ/大きさ」の概念と母音
れに比してより低い.よって,もし düm と tek が音象
の第 2 フォルマント(以下F 2 と表す)との間の対応
徴性を持つのであれば,口唱歌においてその打撃が
は良く知られている.この対応は,RWCP 自律学習機
düm で表される右クドゥームが左クドゥームより大き
能 MRI 研究室
によって衝突減衰音の日本語による
いはずである.そして,実際に右クドゥームは左ク
音象徴でもその存在が報告されており,Hughes13) に
ドゥームより通常直径にして 2 cm から 2.5 cm,深さ
よって数種の異なった言語における口唱歌でも確認さ
にして 2cm ほど大きい(8).つまり,Ohala の提唱する
れている.Ohala によれば,高いF 2 を持つ母音は「小
音象徴における音響的原則に düm と tek は従っている
ささ」やそれに関連する概念と対応する.それに対し
ことになる.これは düm と tek が音象徴語である蓋然
て,低いF 2 を持つ母音は「大きさ/広さ」やそれに
性が高いことを意味する.
12)
関連する概念と対応する.これら 2 種類の対応は表 1
この節では母音の分析から düm と tek の音象徴語で
図 2 [Y]と[ε]のスペクトログラム(筆者作成)
─ 182 ─
ある蓋然性が高いことを示した.以下,4.2 節から 4.4
を想起されたい.)
節では düm と tek の子音に音象徴性があるかどうかを
4.5.まとめ
見ていく.
既述の 4 つの事実から判断すると düm と tek には音
4.2.衝突音(被象徴)と破裂音(象徴)
象徴性が存在すると判断できる.しかし,düm と tek
衝突音が破裂音や破擦音の語頭子音で象徴されやす
の音声を細かく見てみると音象徴語としては変則的な
い こ と は RWCP 自 律 学 習 機 能 MRI 研 究 室 16), 田 中
特徴があることに気づく.その変則性とは,düm と
他 ,吉枝
tek の母音である[Y]と[e]のF 2 間の差が小さい
17)
18)
等さまざまな文献で指摘されているが,
この点で破裂音[d]と[t]を語頭子音として持つ
ことである.以下でこの変則性を分析する.
düm と tek の,打楽器音に対する音象徴語としての適
5.[Y]と[ε]のF 2 間の差の小ささ
性は高い.
Düm と tek の母音である[Y]と[e],さらに,こ
4.3.ぶつかり(被象徴)と düm(象徴)
れらがその音声であるところの音素 /ü/ と /e/ のF 2 間
Düm は Zülfikar19) では「打ち,ぶつかり,殴りをあ
の差は小さい.実際,福盛 24) のデータを見れば明ら
らわす」音象徴語として挙げられている.これは düm
かなように,トルコ語の音素としての /ü/ と /e/ はF 2
の音象徴性を示唆する.
の観点からは区別しがたいほどである./ü/ と /e/ のF 2
は düm と tek の環境であらわれるそれぞれの音素の異
4.4.音の高低(被象徴)と有声―無声(象徴)
音[Y]と[e]においてようやくその差異が存在し
音象徴における有声音と無声音の対立も良く指摘さ
ている程度である.図 3 における■記号であらわされ
れる(例えば田中 他 20)や Demircan21))
.有声—無声の
たトルコ語母音音素のF 2 に注意すると,8 母音音素
対立と象徴される音の音響的特性との間の対応につい
のF 2 が大きく異なっていることがわかる.
,このよ
ての言語普遍的な原則は筆者が知る限りでは確立され
うにトルコ語の 8 つの母音音素がF 2 の値において大
ていない.しかし,対応の存在自体は多くの研究者に
きく異なってことを考慮すると,口唱歌にF 2 値の差
よって示唆されている.例えば,川田
は「有声の
が小さい母音が使われていることは,4.1 節で説明し
子音は[中略]対応する無声子音が示しているものよ
た音象徴の原則の観点からは非合目的的であるように
り低いかまたは鈍い楽器音をあらわしている 」と書
みえる(10).以下の 2 節,5.1 節と 5.2 節で,この非合目
いており,RWCP 自律学習機能 MRI 研究室 23) のデー
的性が存在する理由を「母音調和」と「語彙借用の可
22)
(9)
タにおいても象徴される音の高さと音象徴語の語頭子
音の無声性とのあいだに対応が観察できる.これらに
鑑みれば,düm と tek の語頭子音[d]と[t]
,つまり
歯破裂音の有声対無声の対立と,düm と tek によって
表される打撃音の音の低さと高さの対立の間に対応を
見出すことはある程度の妥当性を持つ可能性がある.
複数の研究者が指摘するこの対応が存在するならば,
düm と tek の音象徴語としての適性は増す.なぜなら,
通常,右クドゥームは左クドゥームより大きく,これ
に起因する中心周波数の値の差により,右クドゥーム
の音は左クドゥームのそれに対して(知覚上)相対的
に低くなっているからである.(
[d]は右クドゥーム,
[t]は主に左クドゥームによる打撃音に使われること
図 3 トルコ語母音のF 1 -F 2 -F 3 散布図
(福盛より転載 25))
─ 183 ─
表 2 トルコ語母音
能性」の 2 つの要因に求める.
弁別素性
5.1.母音調和
前舌
後舌
非円唇
円唇
非円唇
円唇
ı
u
非合目的性の原因として,母音調和による制約が考
高
i
ü
えられる.母音調和とはトルコ語を含む多くの言語が
中
e
ö
持つ音韻上の制約である.母音調和とは,1 単語内の
低
o
a
母音音素が弁別素性を 1 つ以上共有するという現象を
示 す(11).Düm と tek の 母 音 /ü/ と /e/ は 表 2 の 表 に 見 ら
トルコ語におけるアラビア語からの借用語において
れるように,前舌性において調和しており,母音調和
は,アラビア語の特定の母音がトルコ語の特定の母音
の 1 原則に従っている.このことは「トルコ語の口唱
と対応する(14).もし dumm と tak の母音音素 /u/ と /a/ が
歌において /u/ と /i/ のようにF 2 の値の差がはっきり
それぞれトルコ語で /ü/ と /e/ として実現するという規
している母音音素の組み合わせが使われず /ü/ と /e/ の
則的対応が存在すれば,当然,düm と tek がアラビア
組み合わせが使われる理由は /ü/ と /e/ が前舌性におい
語からの借用である蓋然性は高いということになる.
て調和していることにある」という推測を許す.音象
結論から言えば,この観点からすると,アラビア語
徴には合目的的であっても,母音調和に従わない
dumm と tak のトルコ語への借用の帰結が düm と tek と
/dumtik/ などはトルコ語の音韻からすれば許容度が低
なることの高い蓋然性は存在する.なぜなら,全ての
く,
「ト ル コ 語 ら し く な い」 か ら で あ る.(一 方,
アラビア語からの借用語に貫徹する対応ではない(15)
dümtek はトルコ語話者人口に膾炙した表現であり,
が,アラビア語短母音 /u/ と /a/ はそれぞれトルコ語母
辞典類にも掲載され
音 /ü/ と /e/ と対応するからである 27).例えば,アラビ
,隠語にもなっている .
)
(12)
26)
つまり,Ohala の提唱するF 2 に関する制約に従う
ア語 muhimm はトルコ語 mühim となり,アラビア語
範囲内で母音調和(即ちトルコ語音韻上の制約)が働
mashhūr はトルコ語 meşhur となる(太字は筆者によ
いた結果として,/ü/ と /e/ が /dümtek/ に使われている
る)
.つまり düm と tek がアラビア語 dumm と tak のト
という分析は可能である.この分析によれば,F 2 の
ルコ語化の帰結である蓋然性は存在する.
値の差が小さい 2 母音が口唱歌に使われている原因は
しかしながらこの一方で,諸文献には düm と tek を
Ohala の制約とトルコ語音韻の制約の競合であるとい
アラビア語 dumm と tak のトルコ語話者による母語化
える.
の帰結とするこの見方と対立する記述も存在する.
Düm と tek のトルコ語起源を示唆するそのような記述
5.2. アラビア語の口唱歌
の幾つかを下に挙げる.
その一方で,düm と tek がもともとは他言語から借
① Özkan28)の「古い言語で düm は「強い」
,tek は「静
用されたことがその音象徴語としての非合目的性の原
かな」の意味で使われるトルコ語の単語である」と
因であるという分析の可能性もある.もし düm と tek
いう記述と,Öztuna29)の「
[tek は]トルコ語である」
が実はトルコ語話者起源の音象徴ではなく,借用され
という記述がある.ただし,これらの典拠または判
た語であるならば,[Y]と[e]のF 2 間の差の小さ
断の根拠は示されていない.現代の標準トルコ語で
さの原因を語の貸し手言語に帰せられる可能性があ
はほとんどの場合「単独の/な」の意味で使われる
る.そこで,トルコ語以外の口唱歌に目を転じてみる.
tek に関して,Clauson30)は 13 世紀以前のトルコ語(16)
すると,アラビア音楽でリズムに関して dumm と tak
における「静かな/に」の意である tek の存在を推
という音節が使われていることを知ることができる
定している.これは少なくとも tek のトルコ語(話
(注 13)
.もしトルコ音楽の düm と tek がアラビア語か
者)起源を示唆するように見える.しかし,この一
らの借用であるのなら,そもそもトルコ語話者による
方で Clauson の語源辞書には düm が「強い」の意味
音象徴ではないということになる.
のトルコ語/チュルク語であることを支持する記述
─ 184 ─
6.結論
は見つからない.)
② 前述したように,Zülfikar31)は「打ち,ぶつかり,
本稿の前半では,トルコ音楽のリズム周期用の口唱
殴りをあらわす」として音象徴語として düm をトル
歌が音象徴の制約に従っており,よって,音象徴語で
コ語における音象徴語のリストに採録している.こ
ある蓋然性が高いことを示した.後半では düm と tek
れは düm のトルコ語起源説を支持する.
の音象徴の為としては非合目的的な特徴について,そ
③ アラブ音楽についての文献にも,düm と tek のト
の非合目的性の原因を探った.その結果,非合目的性
ルコ語起源またはトルコ音楽起源を前提とした記述
の原因として,
「母音調和」および「düm と tek が借用
が散見される.Marcus
は,近代アラブ音楽とト
語彙である可能性があること」が示された.本稿での
ルコ音楽のリズム体系において使用される dumm と
議論は,口唱歌が「母語起源の音象徴語である」との
tak ストロークについて,
「後期オスマントルコ音楽
仮定を無批判に受け入れることの危険性を示唆してお
活動の中で発展し,そしてアラブ世界に広がったよ
り,口唱歌の研究には音響学,音韻論,音楽学等の分
うに見える」と書いている.彼はさらに,1672 年
野を超えた学際的なアプローチが不可欠であることを
のアラビア語文献 Rāh al-jām fī shajarat al-anghām に
示している.
32)
ついての Neubauer 33) による以下のコメントを紹介
また,本稿前半で明らかになったトルコ語の口唱歌
している:
「この文書がそのもっとも古い目撃者の
の音象徴性は,この口唱歌の教育法としての汎文化的
1 つであるところのトルコの düm-tek 用語によって
性格を暗示する.なぜなら音象徴語に見られる特徴
拍子が表現され[後略]
」 .この Neubauer のコメン
(例えば Ohala の F2 制約など)は特定の文化に特化し
トが妥当なものであれば,それは düm と tek のトル
たものではないからである.本稿でみられたような口
コ語(話者)起源を暗示する
.しかし,Marcus
唱歌の音象徴性がバリ,日本,ベトナム,インドなど
と Neubauer の両者とも当該の論文では düm と tek を
における口唱歌においても同様に認められれば,それ
トルコ語(話者)起源と判断することの妥当性を示
は口唱歌を多くの異なった音楽文化圏,言語文化圏で
唆する事象を提示していないので,これらの記述を
音楽教育法として成立させている要因の 1 つが音象徴
踏まえて düm と tek のトルコ語(話者)起源とする
性である可能性をも示唆する.
(17)
(18)
判断すべき理由は見当たらない.
結論としては,Özkan や Öztuna 等の主張に反して,
謝辞
上記の記述のみを踏まえたうえでは,düm と tek がト
さまざまなウスールをクドゥームで快く演奏し,録
ルコ語(話者)起源であると断ずべき理由は無い.そ
音させてくださっただけでなく,筆者に演奏の手ほど
して düm と tek がトルコ語(話者)起源であるかアラ
き も し て く だ さ っ た TÜMATA の Yaşar Güvenç 氏,
ビア語(話者)起源であるか一定の確実さを持って推
Yaşar Güvenç 氏への紹介の労をとってくださった Tilla
測することもできない.「トルコ語(話者)起源説」
Deniz Baykuzu 氏,ウスールの口唱歌に関する私の疑
は推定された tek の語源と düm の音象徴性によって支
問 に 答 え て く だ さ っ た Bedirhan Üstün 氏,Mehmet
持され,
「アラビア語(話者)起源説」は借用音韻規
Güntekin 氏,Ömer Tulgan 氏,アドバイスを下さった
則によって支持される.
Nihan Ketrez 氏,図の転載を許可してくださった福盛
貴弘氏,MusikiOnline の Aslıhan Eruzun Özel 氏,Ahmet
5.3.まとめ
Emre Çelik 氏にここで感謝の意を表する.
この節では düm と tek の母音[Y]と[e]のF 2 間
の差の小ささの原因が母音調和と語源のうちどちら
か,もしくは両方に求められるという可能性を示し
注
(1)ウスールは,アラビア語からの借用語だが,トルコ
た.
語では「方法」もしくは音楽用語として「リズム周期」
を指す.
─ 185 ─
(2)ウスールを,アラブ音楽におけるイーカアと明確に
区 別 し て い な い 文 献 が あ る(例 え ば Tambûrî Cemîl
Bey34))一方,規範的文献はウスールをイーカアとは
区 別 さ れ る も の と し て い る(Öztuna 2000, p. 16935);
Türk Mûsikîsi Usûlleri36); Özkan37))
.ただし,
「ウスー
ル」の語源はアラビア語である.
(3)ウスールは,現在に至る歴史の中でかなり極端な変
化の過程を経てきている.例えば,Feldman38)によれ
ばウスールは 18 世紀後半にそのほとんどの拍子数が
2 倍になった.さらに,Behar39) によれば,Fonton40)
図 4 右クドゥームのスペクトログラム(筆者作成)
によって記述された 18 世紀のウスールを,アリ・ウフ
キー(ポーランド人捕虜 Wojciech Bodowski)やカン
(7)このスペクトログラム作成には IPA ハンドブック 50)
テミルオオル(モルダヴィアの王子で人質として
の音源から(düm と tek における[Y]と[e]とはそ
1687-1691 と 1693-1710 の間イスタンブールに滞在し
の音声学的環境が異なってしまうのでデータとして
た Demetrius Cantemir; 詳 し く は Callimachi
は理想的とはいえないが)kül['cYl]
「灰」と kel['cεl]
41)
参 照)
「禿げ」を使用した.6 dB/oct のプリエンファシスを
による 17 世紀の楽譜,Fonton の著作の 50 年後に書か
かけてある.
れたシェイヒ・アブデュルバーキ・ナースル・デデのタ
フリーリッイェという名の 1794-1795 に書かれた書に
(8)クデュム kudüm の呼称のほうが一般的であるが,既
おける記述,さらに現在の楽譜と比較すると,Fonton
述のとおり,表記は Öztuna51) に従う.クドゥームの
の記述によるウスールを,その多くが「小さい」,即
「調律」に言及する奏者もいるが,クドゥームは音程
ち拍子数が 2 以上 15 以下のウスールである 8 つのウ
が不明確な鼓であり,ティンパニ/ケトルドラム,
スールを除いて,フォントンの記述におけるのと同
北インドのタブラー,南インドのムリダンガムに見
じ形でこれらの資料のうちに見つけることはできな
られるような,その周波数が整数倍に近い部分音は
い.
(アリ・ウフキーとカンテミルオオルの記譜法に
筆者の分析した音源では確認できない.図 3 のスペク
つ い て は そ れ ぞ れ Karamahmutoğlu ,Çevikoğlu /
トログラムは右クドゥームのものだが,鼓音に共通
と,Wright ,Karamahmutoğlu ,Çevikoğlu/
である 52)連続スペクトラムと低い周波数の線スペク
42)
43)
Tutan
44)
45)
トラムが観察される.
Tutan46) を参照.
)Behar はカンテミルオオルの記さな
かったウスールについては Hâşim47)と Yekta48)を参照
(9)Ohala53)は「高い周波数」を「小ささ」とそれに関連
する概念と関連付け,無声閉鎖音を「小ささ」と結
したと書いている.
び付けているが,その指摘を支える根拠を無声閉鎖
(4)同種の研究としては,筆者の知る限り他には松本・
加藤
49)
音の有声閉鎖音に対して「より高い空気の流速によ
がある.
るより高い周波数」に求めている.
(5)原文で「If we assume that the resonances (spectral shapes)
of vocalizations can carry an impression of size[中略]higher
(10)Hughes54) は 'Middle east drums' の 口 唱 歌 と し て 'dum
tek' と書いているが,これは誤りだろう.
frequencies are associated with smallness, lower frequencies
with largeness, because these are the frequencies
(11)トルコ語の母音調和について詳細は Comrie55)を参照.
characteristically emitted by respectively small and large
ただし,母音調和は,語に対してその語源に関わり
things.」
無く作用しうるし,作用しない可能性もある.
(6)この表記内の音はそれぞれ有声歯破裂音,前舌円唇
(12)2 言語辞書では dümtek の形で「
(トルコ古典音楽にお
狭母音,有声両唇鼻音,無声歯破裂音,前舌非円唇
いて)テンポ」56),「
(東洋音楽)テンポ,リズム」57)
半開母音,無声口蓋破裂音を表す.
といった解説が付されている.
─ 186 ─
(13)Faruqi58) の解説によれば dumm は「dum と同義.他の
3)Özkan, İsmail Hakan. Türk Mûsıkîsi Nazariyatı ve Usûlleri:
1 つが tak であるところの,質的に異なる 2 つの打楽器
ストロークの 1 つ.Dumm ストロークは重く,濃密で,
Kudüm Velveleleri. İstanbul: Ötüken; 2000. 83.
4)Öztuna, Yılmaz. Türk Mûsikîsi Kavram ve Terimleri
響きがある.
」と説明され,tak は「リズムモードの周
期における軽いアクセント.このアクセントまたは
Ansiklopedisi. Ankara: Can; 2000. 264.
5)柘植元一.『世界音楽への招待-民族音楽学入門-』.
打楽器ストロークは,dumm もしくは dum ストローク
の湿った,深い音に対して,乾いた,締まった音を
東京:音楽之友社;1991.185 - 190.
6)柘植元一.「西アジア」. 柘植元一,植村幸生.『アジ
持つ.」と説明される .アラビア語における dumm
ア音楽史』
.東京:音楽之友社;1996.166.
59)
と tak は,母音[u]と[a]のF 2 間の差が düm と tek
7)Signell, Karl L. Makam: modal practice in Turkish art
よりもよほど大きく,
「音象徴語らしい」といえる.
music. Seattle, Washington: Asian Music Publications;
「/a/ には主として 3 つの異音がある.音長が音韻論的
であると考えれば,舌根後退子音の前では[ɑ]
,そ
1977. 16.
8)Yekta, Rauf. Türk Musikisi. İstanbul: Pan; 1986. 95. に 引
の他の位置では[ ]となる.音長は語末で中和する.
」
用された Thibault, P. J. La Revue Musicale. 1906; 5: 114.
a
「/u/ および /uw/ は舌根後退音と咽頭音の前で[ʊ]と[ɤ]
9)Ohala, John J. "Cross-language use of pitch: An ethological
になる.語末位置で音長の対立は中和される.
」 此
60)
れを見る限り,dumm と tak は[u]と[a]を持って
view." Phonetica. 1983; 40: 5-6.
10)Ohala, John J. "An ethological perspective on common
いるとして差し支えないようである.
cross-language utilization of F0 of voice." Phonetica. 1984;
(14)日本語の音象徴語を例にこの状況を例えてみれば,
41: 9.
時計の音を表すのに日本語(話者)による音象徴で
11) Ohala, John J. "The frequency code underlies the sound-
ある「カチカチ」ではなく英語の tick tack または tick
symbolic use of voice pitch." Hinton, Leanne / Nichols,
tock を日本語の音韻に従う形で借用した「チクタク」
Johanna / Ohala, John J. eds. Sound symbolism. Cambridge:
をもってするに似るといえる.この場合は,tick tack の
Cambridge University Press; 1994. 335-336.
音声[tIktæk]が,日本語の音韻にあわせて[t ik tak 。]
12)RWCP 自律学習機能 MRI 研究室 . 擬音語による非音
や[t ik 。tak 。]といった音声に変わるが,この際,
声 音 認識.2003.http://tosa.mri.co.jp/nonspeech/results.
例えば,「英語の /æ/ は日本語の /a/ として実現しやす
html#onomatopoeia
m
m
m
m
い」といった借用音韻の規則/制約に従っている.
13)Hughes, David W. "No nonsense: the logic and power of
(15)特 定 の 音 声 学 的 環 境 で は こ の 対 応 は 無 効 に な る.
acoustic-iconic mnemonic systems." British Journal of
Deny61)を参照.
Ethnomusicology. 2000; 9/2: 95-122.
(16)ここでは歴史的チュルク語の意である.
14)Ohala, John J. "The frequency code underlies the sound-
(17)Marcus は,düm と tek の後期オスマントルコ音楽起源
symbolic use of voice pitch." Hinton, Leanne / Nichols,
を Neubauer のこのコメントをその根拠として示唆し
Johanna / Ohala, John J. eds. Sound symbolism. Cambridge:
ているように見える.
Cambridge University Press; 1994. 336.
(18)
「暗示」と書いたのはオスマン帝国の多民族性/多言
15)Ergenç, İclâl. Konuşma Dili ve Türkçenin Söyleyiş Sözlüğü
語性を考慮したためである.
(Bir Deneme). Ankara: Simurg; 1995. 145,
16)RWCP 自律学習機能 MRI 研究室 . 擬音語による非音
声 音 認 識.2003.http://tosa.mri.co.jp/nonspeech/results.
文献
1)金春惣右衛門 .『金春流太鼓全書』. 東京 : 能楽書林 ;
html#onomatopoeia
17)田中和彦他.「擬音語によるオフィス機器から発生す
1969. 51.
る音の評価」
.
『騒音制御』
.2002;26(4)
: 264 - 272.
2)Öztuna, Yılmaz. Türk Mûsikîsi Kavram ve Terimleri
Ansiklopedisi. Ankara: Can; 2000.
18)吉枝聡子.
「ペルシア語の擬態語と擬声語」
.『アジ
─ 187 ─
ア・アフリカ言語文化研究』
.2002;44:95 - 117.
19)Zülfikar, Hamza. Türkçede Ses Yansımalı Kelimeler.
turkmusikisi.com/usuller/
37)Özkan, İsmail Hakan. Türk Mûsıkîsi Nazariyatı ve Usûlleri:
Kudüm Velveleleri. İstanbul: Ötüken; 2000. 561.
Ankara: Türk Dil Kurumu; 1995. 210.
20)田中和彦 他.「擬音語によるオフィス機器から発生す
38)Feldman, Walter. Music of the Ottoman court: makam,
る音の評価」
.『騒音制御』.2002;26(4)
:265.
composition and the early Ottoman instrumental repertoire.
21)Demircan, Ömer. Türkçenin Ses Dizimi. İstanbul: Der
Berlin: Verlag für Wissenschaft und Bildung; 1996.
Yayınları; 2001. 121.
330-331.
22)川田順三.『聲』
.東京:筑摩書房;1988.58.
39)Beher, Cem. "Notlar." Fonton, Charles. 18. Yüzyılda Türk
23)RWCP 自律学習機能 MRI 研究室.擬音語による非音
声 音 認 識.2003.http://tosa.mri.co.jp/nonspeech/results.
Müziği. İstanbul: Pan; 1987. 94-95.
40)Fonton, Charles. 18. Yüzyılda Türk Müziği. İstanbul: Pan;
html#onomatopoeia
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24)福盛貴弘.「現代トルコ語における母音の音響解析-
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Meridiane Publishing House; 1966. 特に 34-35
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25)同上書,78.
Online. 2003/04/24. www.musikionline.com/bolumler/
26)A k t u n ç , H u l k i . T ü r k ç e n i n B ü y ü k A rg o S ö z l ü ğ ü
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(Tanıklarıyla). İstanbul: Yapı Kredi Kültür Sanat Yayıncılık
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28)Özkan, İsmail Hakan. Türk Mûsıkîsi Nazariyatı ve Usûlleri:
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タフリーリッイェ Tahrîriyye
ミーラーヂッイェ Mîrâciyye
─ 189 ─
報 告
Target Language Software in the Language Communicative Classroom
Nicolas Gromik 1)*
1)Center for the Advancement of Higher Education, Tohoku University
Japanese designed software programs cannot maximize
into structuring a situation specific solution. Action
the utilization of English in the classroom. Providing target
Research is about noticing a problem or impediment either
language software offers more opportunities to learners of
in our practice or in our field of expertise and seeking some
English to interact with the language as if in an authentic
way of overcoming the problem (Beatty, 2003; Dick, 2005;
situation as well as develop negotiation of meaning and
Gebhard, 2002; McNiff, 2002; Nunan, 1992; Richards,
problem solving. Although nearly all of the software
1998). The problem in this case is that computer programs
programs used in Japanese universities are Japanese, are
in the language laboratory are in Japanese. Therefore I will
there any educational gains to be made in an EFL class by
focus on a simple question: What can be done with these
using target language software?
computers considering the language learning objectives I
In presenting this project, I will first provide some
had envisioned?
background information describing my educational
Action research is more than observing a problem and
environment as well as the reason for selecting Action
developing a solution; it is also about accountability
Research. The second part of the paper will provide a brief
(McNiff, 2002). For good action research to present
review of the literature to position CALL in relation to
reliable evidence, from which colleagues can either
authentic activities and the research objectives. The third
experiment or amend the findings to fit their educational
section documents the research in terms of two projects
environment, it must have some degree of validity (McNiff,
conducted in order to develop a systematic approach to
2002; Nunan, 1992). Nunan (1992) describes reliability
collecting evidence, documenting what the students
and validity in terms of external and internal aspects.
completed, and how they perceived this novel teaching
Internal Reliability, in Nunan’s terms, refers to the
approach. Finally, I will offer some suggestions for further
consistency of the data collected. External reliability on the
research as well as outline the implications of this research
other hand, is about other researchers being able to replicate
for EFL teachers in Asia interested in incorporating computer
the findings and obtain similar results. External validity is
technology into their classrooms. Before looking at the specific
about the generalization of the results and internal validity,
planning decisions I made for researching the benefits of
Nunan explains, focuses on the interpretation of and the
using second language (L2) software, I would like to
reflection on the results collected. Thus, this report aims to
position the study within the wider field of Action Research.
present research that can be used as a model for classroom
activities by offering reliable and valid strategies that may
1 Background
be adapted to suit other needs and objectives (McNiff,
An action research approach was chosen because it
2002; Nunan, 1992).
seemed to offer the necessary flexibility for going deeper
This paper presents both the research method used to
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 191 ─
assess the outcome of this strategy and reports on the
population in general has a similar background. During
students’acceptance and opinions of the process. The
their first year at university, these students have one more
study was conducted over two semesters of three months
year of foundation English gained at the university. One
each. The longitudinal nature of action research further
objective of this research is to assess whether or not
requires that the investigator reflect on and refine the
student’
s prior knowledge and experience with English
strategy in place (Dick, 2005). In this research, following
would be sufficient to allow them to operate English
an assessment of the feedback collected from the students,
software.
the teaching strategy was refined in order to improve the
learning aspect of the tasks. This process of cycles of
2-3 CALL EFL class objectives
action and reflection improves both teaching and student
The anticipated objectives of the class were to provide
learning outcomes (Dick, 2005; Farrell, 2002). The
second year undergraduate students from various faculties
conclusion of this report provides a discussion of this
who chose to enroll in this course, the opportunity to use
process, together with some thoughts on the implications of
target language software to complete task-based activities.
this work.
Irrelevant of their language ability, through consistent
exposure to the target language through teacher, and
2 Problem at hand
computer lead activities, these students would be able to
2-1 The University environment
complete their studies in an environment which is more
Tohoku University recently constructed a multimedia
conducive and immersive to language acquisition.
building endowed with four computer laboratories. These
It was concluded that using English software would meet
computer rooms were designed to provide Information
both requirements; technology exposure and target language
Computer Technology (ICT) training facilities, to be used
acquisition. Therefore, possible options were reviewed for
as teaching areas by all faculty members and to be accessed
the use of English software. Such options had to overcome
by students for autonomous learning. Most importantly, all
financial constraints, and the issue of majority needs in
computers have their operating systems in Japanese. With
relation to access to software resources. I realized that I
Apple computers it is quite possible for the language of the
could obtain free site license from open source software.
operating system to be changed easily. However, this is not
After looking into this option, and reading the license
so easily achieved with Windows. Thus the perceived
agreement, 45 copies of this software were produced to
problem was that once students started the CALL EFL
lend to learners. OpenOffice.org provides free software of
class, they would be working in an L1 environment with
similar quality to Microsoft. This formed the first part of
Japanese-language operating systems and software
the solution to the problem.
programs.
Furthermore, if I were to develop authentic CALL
2-4 Teaching environment and approach: Course
activities that promote the utility of computers as tools,
Development
Japanese software provide technological skills development
The position of CALL lecturer was a new position at this
but do not support second-language development.
university and no requirements of teaching curriculum,
approaches or methods had been formulated. The research
2-2 Participants
and development of appropriate syllabuses, teaching
On entering Japanese University, students possess an
methods and assessments were the major tasks allocated for
average of six years of English training (Asaoka & Usui,
the new faculty member. Discussions with other Japanese
2003; Kitao 1994; Ryan 1993). Tohoku University's student
teachers of English found approaches focusing on grammar
─ 192 ─
or translation studies. Further discussions led to the
learning. Meskill and Ranglova (2000) highlight the
development of a new communicative approach using
limitation of EFL educational software specific packages,
processes of task-based activities and technology
which they claimed only drills and tests basic knowledge.
awareness. To assist with syllabus design, a variety of
Finally, Underwood and Underwood (1990) point out that
articles on potential CALL activities were reviewed.
by keeping students reliant on learning packages they will
become "alienated consumers of others' knowledge."
2-5 CALL Review
(p. 64).
From an investigation of suitable task-based computer-
These observations encouraged me to look more
lead activities, a review of the literature presented two
carefully at my objectives and to attempt to collect data that
issues:
would confirm that this teaching approach was of some
benefits for educationalists situated in a similar environment
a- The literature supported the use of Internet and
as myself.
Networking exposure as a means to developing writing
The literature on action research recommends that the
skills and promoted the use of conferencing or email
evidence be collected systematically and described in terms
exchange via the Internet (Arie & Frommer, 1987; Davis
of planning, implementation and reflection (Dick, 2005;
& Thiede, 2000; Liaw & Johnson, 2001).
McNiff, 2002). My objectives were to create an
b- Some articles provided examples of successful research
immersion-like EFL classroom which focused on computer
undertaken in an English linguistic environment (Lam &
utility in the most realistic fashion. Due to the constraints
Lawrence, 2002; Warschauer, 2000). (Note: such
faced within the computer laboratories, my decision was to
activities can be undertaken with an operating system
investigate a feasible option to offer English software as a
and application program in any language.)
learning source. By reviewing open source software, I was
able to find a viable option to connect my teaching goals
This information led to observations and questions about
with learning objectives. In terms of Action Research, this
student behaviors. In relation to email exchange, brief
translates as noticing the limitations within the educational
communication with students revealed that some conversed
milieu, evaluating the kind of change required to develop a
online with friends in other countries. With regards to
strategy to address the problem, and facilitating access to
language education software, the university provides those
target language software.
resources and some students do utilize them regularly
What remained to be clarified was the extent to which
during their own time. Finally, and most important of all is
these teaching objectives would fit the learners’needs. The
the fact that once students left the classroom, they would
next section reviews the literature in terms of the benefits
resume speaking in Japanese. Hence the question became,
that students may gain from using realistic computer
why provide exercises emphasizing Computer Mediated
activities.
Communication, when students took the initiative to do so
on their own time? Why spend 90 minutes of the teaching
3 Literature Review
time solely dedicated to computer based drills and tests that
3-1 Authentic activities
students independently accessed?
Important questions arose from these diverse opinions
The literature presented diverse ideas about the
and attitudes expressed in the literature. For example, when
educational purpose of computer based activities. Chapelle
does an EFL teacher decide that there has been enough
(2001) for example, comment that lessons structured around
exposure to grammar? When do students become mature
electronic communication were not intended for language
enough to be trusted with the challenge to use "authentic"
─ 193 ─
software and activities? What is an“authentic activity”?
allow greater ease of structuring, they empower students to
Underwood and Underwood (1990) observe that an
focus more on creative expression. When learners become
“inauthentic" task or labor means work which is not
competent in using the technology they can refocus their
intrinsically valued as part of the learning experience.
energy into the art of efficient message delivery (Greene,
Chapelle (2001) agrees with this observation, stating that
2000; Underwood & Underwood, 1990).
authenticity comes from tasks that the learner is likely to
encounter outside the classroom. Levy (1997) suggested
3-3 Reliable knowledge
that CALL activities ought to become more computer-tool
The literature provided suitable evidence that teaching
oriented, which Delanty (2003) characterizes as“a means
language learners to operate L2 software in L1 environment
to achieve a humanly defined end”(p.169).
was a feasible endeavor. What remained was to formulate
The benefit of exposing learners to authentic computer
the research question, keeping in mind the dual aims of
learning strategies reflects the reality that the majority of
encouraging students to improve their computer technology
students are becoming more familiar with this technology
abilities and develop their English language skills, and test
(Meskill & Ranglova, 2000). Most students have good
the hypothesis.
general computer skills with various software programs,
The objective of this action research was to investigate a)
with varying levels of competency (Beatty, 2003).
can Japanese students operate English software programs?
Furthermore, students themselves realize the benefits of
And b) what do participants think of such a teaching
using computers as a tool to learn another language
strategy?
(Warschauer, 2000).
Therefore, a clear objective of CALL is to provide
language learners with a learning experience that is
4 Implementing the solution – first semester
4-1 Software
influential for life, which Shetzer and Warschauer (2000)
“Impress”is the name of the presentation software
have noted as being essential to success in the age of
offered by OpenOffice.org as an online freeware. This
information. Thus, educational techniques that engage
software was selected because it is an English program. It
learners in operating computers as tools, in order to achieve
was assumed that the most feasible way to create an
a task, could lead to more effective, more challenging, and
immersion like class would be if students were using
more interesting learning activities.
English language software rather than Japanese language
software. Secondly, students would learn to communicate
3-2 Benefits of Target Language Software
their ideas in English using English software as well as
Underwood and Underwood (1990) suggest that software
develop an understanding of the need to possess computer
packages encourage the organization of ideas. They observe
skills and develop personal experience from the integration
that by using writing software the user becomes focused on
of CALL in the EFL classroom. Thirdly, the structure of
the purpose of writing not simply as an expression of
Impress is easy to use. The card-like set up allows students
opinions, but to structure the text in the preferred format.
to visualize the final outline of their presentation and
They also noted that appropriate software programs
through the means of media plugging, creativity and
encourage students to restructure information and meet new
personal character can be displayed (Greene, 2000).
aesthetic preferences. Current technology allows for words
Fourthly, Impress seems to be non-threatening in the sense
to be rearranged; sounds and pictures can be included, as
that it seeks neither right nor wrong answers (Underwood
well as better quality films (Hanson-Smith, 1997).
& Underwood, 1990). It neither drills nor tests. Finally,
As the programs that use word-processing or hyper cards
should students lack writing skills, Impress allows them to
─ 194 ─
think about writing structure. It enables them to present a
abilities. However, students who enquired about certain
professional final product. Such a professional outcome
aspects of the software during their own time were assisted
develops students' confidence in their ability to use English
with their enquiry.
software and motivates them to develop their abilities
further.
At the conclusion of their work, students were required
to fill out an evaluation form, which solicited their opinions
about the benefits or problems they encountered during this
4-2 Participants
project. Some of their comments are reported in the
Thirty second-year undergraduate Japanese students (4
following section. The first two questions focus on
females & 26 males) with general education in English
students’previous experience with computer technology
language skills selected this course in the first semester of
and software. The third question assessed which software
2004. They were Engineering students.
students had actually used. The next 6 questions required
students to explain and comment on their experience with
4-3 Assessment
the task and software (was the task difficult; any problems;
Multimedia English is a one semester course. Students
was it interesting; what did you not like about this activity;
attend a 90 minute class once a week. Students are expected
how could it be improved; is using English software helpful
to be responsible and pro-active in completing their
to learn English).
assessments. Students were required to design a power
point presentation using a copy of OpenOffice.org provided
5 Evaluating the first semester’
s attempt
by the teacher.
The purpose of Multimedia English is to encourage
One month was allocated for the design and development
students to become active participants involved in their own
of the finished product. Students were provided with an
learning and rely upon their prior knowledge of English to
assessment guideline and a criteria sheet. The guideline
form and develop ideas through their writing skills and the
was structured to offer maximum information about the
use of English software. This section discusses the
expectation of the assessment and minimum information on
outcomes and limitations of the first attempt.
how to present their projects, thus increasing the need for
students to use their own ideas (Hughes, 2003). The criteria
Question 1. Can Japanese students operate the English
sheet outlined how the marks would be distributed.
version of OpenOffice.org, Impress?
Language (appropriate information, spelling and grammar);
Out of thirty participants, twenty were able to use the
Content (appropriate theme, frame design); Presentation
English software provided. Ten students decided upon
(creative frame design, ability to use technology) and
using other software. From those ten students, two students
Concept (overall production, ability to express opinion
decided to use English language Microsoft Power Point.
clearly) formed the focus of the criteria sheet. Marks were
Six students used the Japanese language version of
allocated in terms of importance to the final project. For
Microsoft Power Point. The remaining two students used
example, appropriate information was evaluated at 10
the Japanese version of Impress by OpenOffice.org.
points whereas spelling could gain a total mark of 5 points.
The students commented that this activity was difficult.
The total score of those four categories added to 100 points.
Out of the twenty students who used the English software
No in-class lesson was allocated for learning how to
sixteen found this activity difficult, but they also indicated
operate the software. In order to prove if Japanese students
that they found it a great challenge. Nine of the ten students
could operate English software, in-class software operation
using the Japanese language software reported that this was
demonstration would influence the outcome of their
a difficult task even in their native language.
─ 195 ─
Although difficulties were reported, all students agreed
Students reported that it was an authentic learning
that they had felt confident in their ability to do this task
experience. Responsibility for their own actions enabled
and all had enjoyed this activity. The assessment of their
the students to perceive how confidently they could tackle
completed projects indicated that these students’English
such a task and produce professional-quality results.
ability was sufficient to complete the task. However,
Although some students had mentioned that the task was
considering that ten students decided to use Japanese
difficult, the majority were able to use this software. Thus,
software, it could be argued that some did not have the
“Impress”proved to be a reliable and user friendly
language ability or maybe the confidence to operate the
software; few technical problems had occurred.
software. It was not expected that some students would
decide to use Japanese language software to complete this
6 Reflection
task. They indicated that due to time constraint and other
The paper containing the preliminary findings of this
personal factors, they preferred to use a Japanese version of
research was presented at the 2004 CLaSIC conference in
the software. One of those other factors could have been
Singapore. The evidence provided was received positively
the user-friendliness aspect of Impress. Six students
and people enquired into OpenOffice.org. However during
indicated that Impress by OpenOffice.org was not as
question time, a participant enquired if a pre and post
convenient to use as Microsoft Power Point. Finally, only
evaluation was done, or if the students had completed two
four students approached me in relation to fixing certain
tasks which could be compared and commented upon.
aspects of their presentation
These assessments were not done but the ideas generated
encouragement to review the tasks and investigate how I
Question2. How did the students’ assess this activity?
could meet those suggestions.
The students' opinions indicated that they saw a need to
For the benefit of assessing students’ability to operate
familiarize themselves with English software and the
the software, no pre-test of their English ability was
majority believed that the CALL lesson was an appropriate
conducted. The hypothesis was to assess whether or not
environment to gain such skills. Seven students stated that
students would be able to operate Impress based on their
they recognized the benefits of learning English with the
prior knowledge of English, without teacher guidance.
use of English software. Ten indicated that they had to rely
A second presentation activity was included in the
on their English ability to perform a meaningful task.
curriculum. In addition to the first evaluation form, two
While three students enjoyed the creative aspect that power
more evaluation sheets and a final exam were provided for
point presentation offered, ten students indicated that the
the students to complete.
ability to use power point was a useful skill to possess.
The first evaluation form was the original form used
However, two students indicated that they failed to see the
during the first semester. It aimed to evaluate students’
connection between learning English and using English
feedback on such strategy. The second evaluation was
software.
designed to promote peer to peer evaluation. The third
evaluation was to be completed after the second
5-1 Summary
presentation had been handed in. Students were to assess
At this stage of the research evaluating error presence
their progress with operating the software to design a
was not warranted. The primary concern was the suitability
suitable power point presentation. The design of the final
of the software and the students’ability to use it. The aim
exam was influenced by the research of Laufer & Hulstijn
was to collect evidence about students’ability to use
(2001). These authors made an evaluation of vocabulary
English software and their opinion of the task.
acquisition and the retention of vocabulary related to task─ 196 ─
based learning. The final test served to evaluate if students
copy of OpenOffice.org provided by the teacher. No in-
could retain software related terminology and if they could
class demonstration was provided.
explain how to complete a specific task. The findings are
outlined in the following section.
One month was allocated for the design and development
of the first presentation. One lesson was allocated for peer
Such reflection allowed me to notice that more
to peer review of their first attempt, thereafter one month
information could be gathered. I could now begin to pay
was scheduled for designing the second presentation. For
more attention to the students’final product, such as
both tasks, students were provided an assessment guideline
individual slide design and overall production. I could
and a criteria sheet. These were identical to the originals.
begin to look at choice of colors or point form structures
In addition, two more questionnaires and a final test were
and slide transitions. By noticing the finer aspect of
administered.
presentation production I hoped to better assess students’
7-3 Questionnaires
progress in terms of abilities and skills refinement.
a-Original questionnaire
7 Confirming findings – the second semester
At the conclusion of their first presentation, students
For action research to be reliable it must follow a cycle,
were required to fill out an evaluation form, which solicited
which evaluates and reflects upon previous findings; the
their opinions about the benefits or problems they
aim being to refine the hypothesis and improve either the
encountered during the first project. This questionnaire was
research method or the teaching strategy (Dick, 2005).
identical to the one used in the first semester.
Consequently, based on the findings in the first semester
b- Peer to peer evaluation form
and the suggestions and reflections provided by colleagues,
One lesson was allocated for the peer to peer evaluation
the following section describes the second semester and
activity. This lesson was conducted in a computer room at
how the new implementations might improve this teaching
the university. The task required that students display and
approach.
view each other’
s presentations and record their opinions
on the questionnaire provided. Students were to comment
7-1 Participants
on which presentations they liked or disliked and to explain
This new group was compiled of eighteen (13 males & 5
what made a presentation interesting to watch. Also they
females) second-year undergraduate Japanese students with
compared their work with the presentations they had
general education in English language skills. Sixteen
viewed and analyzed the differences between them and how
students were from the Arts faculty, one was from the
they could improve their next presentations.
Engineering Department and the other from the Psychology
c- Self-analysis of improvement
Department.
This last evaluation form encouraged students to reflect
on the changes they had made between their first and
7-2 Assessment
second presentation; their progress with presentation design
The second term course was similar in structure to the
skills; the ease in using the English software a second time;
first term. That is, Multimedia English is a one semester
their confidence in using English to express their ideas and
course, whereby, students attend a 90 minute class once a
operate the software and lastly if the software was useful
week. To ensure that research findings from the second
for learning English.
term would be reliable, students were expected to be
d- Test
responsible and pro-active in completing their assessments.
This was a three-part test. The first part was a reading
Students were required to design a presentation using a
comprehension activity, the second part focused on basic
─ 197 ─
knowledge of grammar and the last part assessed whether
shortest presentation consisted of only five slides, the
or not students could recall how to operate the software and
average presentation was seven slides and the longest
if they would be able to use software specific lexical items.
presentation was eleven slides.
8 Evaluating the second semester’s attempt
Question 2. How did the students’ assess this activity?
Whereas the first semester’
s attempt aimed to assess
All students commented that this was an interesting
whether students could operate the software, the second
activity but they were not happy about setting task goals for
attempt during the following semester had more data to
themselves. Ten students reported that this was a good way
gather. The purpose of the course was still to encourage
to learn English. Some indicated that it was a good way to
students to become active participants involved in their own
learn how to express and format their opinions. Two
learning and to rely upon their prior knowledge of English
students thought it was helpful in some aspects and two
to form and develop ideas through their writing skills and
students did not agree.
the use of English software. However, other objectives had
been formed, and new questions arose; such as could the
8-1 Peer to peer evaluation
students retain new lexical items. This section outlines the
Based the previous group’s feedback that more guidance
findings in regards to the original 2 questions of this
should be provided, the second group was allocated one
research and then provides the evidence collected from the
lesson for evaluation of colleagues’work as well as
other data gathering forms to reveal the progress of the
student-lead mini tutorial workshops conducted in one of
students and their ability to recollect how to operate the
the computer laboratories of the multimedia building. It is
software.
interesting that even though they might have had no prior
knowledge of what a good power point presentation should
Question 1. Can Japanese students operate the English
version of OpenOffice.org, Impress?
resemble, students were all able to explain why they liked
or disliked some of their peers’presentations.
Eighteen students completed this questionnaire after they
Out of eighteen students five valued structure as an
had finished their first power point presentation. While
important aspect for a good power point presentation. Six
thirteen students used the software provided, the remaining
praised the inclusion of graphics, four commented on the
five students used other software. These students did not
presence of photos and three selected the reader friendly
inform the teacher that they would use different software.
approach of power point presentation as important features.
Fifteen students commented that using the software was
Nevertheless, students were also able to comment as to why
difficult, two thought it was easy and one did not comment.
certain presentations did not appeal to them. Too many
The majority of the students reported that the task was
pictures were found to be distracting, and even effects were
difficult because they had no prior experience with English
commented upon as distracting, whereas too much text was
software and that they could not find appropriate
found as uninteresting, and, finally, the lack of automatic
vocabulary to express their ideas.
slide transition was considered a problem.
Even though students commented that the task was
By allocating a lesson for students to compare their work,
difficult, they all submitted their project on time. All
they were able to think about their finished project and
participants were able to create appropriate presentations.
begin to consider what they would like to improve. Again
Only two presentations included automatic slide transitions,
graphics rated as appropriate for presentation and four
none included sound, but all had pictures and a variety of
students wanted to learn about this possibility. But most
text either in point form or in paragraph structure. The
important of all, students wanted to learn about automatic
─ 198 ─
slide transition.
able to independently design their second project. Four
Consequently, once students had completed their
students indicated becoming familiar with all the basic
questionnaire, one of the students who had successfully
commands on the tool bar and nine indicated improving
included automatic slide transition was asked how to
their presentation skills.
demonstrate this aspect of the software. Using the teacher’
s
It seems that it was easier the second time around for
main computer (which is connected to a classroom projector),
these students to design their power point presentation.
this student demonstrated how to operate automatic slide
Students indicated that they were able to understand the
transition. The teacher listed on the white board the steps
technical key terms and icons.
needed to perform this task. Also, a student from an
By the end of the second project 13 students commented
advanced class demonstrated in English to this group of
that using English software was very helpful to learn and
students how to create their own background templates.
memorize computer terminology and to think more
With this approach, the needs of students with beginning
consistently in English. Finally two students commented
software abilities were catered for as well as expanding
that the project encouraged them to research and summarize
upon the skills of those more advanced or capable. By
text to include in their power point presentation.
inviting students to demonstrate how to operate the
Explicit demonstration assists learners to notice what
software, evidence was shown that the tasks were
they are capable of or unable to produce either linguistically
achievable, and that by spending time to investigate the
or manually (Ellis, 2003). By the end of the second project,
software they would be able to operate it as they so wished.
some students commented on a need to improve their
writing skills not only at the content level but also at the
8-2 Second Presentation
structural level. Some students commented on a need to
The aim of the second questionnaire was to assess
whether or not students’perceived any benefit and progress
develop typing skills, while others recognized that they
needed more technological knowledge.
between their first and second project. All eighteen students
A student remark,“I used the Japanese version because it
indicated that they did make progress with their ability to
was difficult to learn to operate the English software. I was
use Impress to create their second power point presentation.
motivated by other students’work and was able to see their
Whereas in the first power point project only two
progress. My friend helped me and I was able to use
students had successfully operated the automatic slide
English software.”
transition, ten students were able to do so by the end of the
course. Furthermore, inviting an advanced student to
8-3 Test
demonstrate how to create individual background template
Colleagues had enquired whether or not student’
s who
proved to be a positive strategy. Seven students
had completed the course could recall technical terms or
experimented successfully with this tool. Three students
explain certain software operation. Furthermore one
were able to include sounds and one student was able to use
student from the second term informed me“sorry I forgot
sound very strategically, by selecting music to fit the mood
how to save”. Thus it became apparent that if this teaching
of each slide.
strategy and learning approach was to be successful,
In relation to selection of software, one student
students ought to complete this course with some ability to
commented that whilst with the first project he had used
retain what they had learn and carry this knowledge with
Microsoft; in the second project he used OpenOffice.org
them to their future courses.
Impress. Four students, who had commented that they had
The end of term exam was a three-part reading and
asked colleagues for assistance with the first project, were
writing test. The writing section required that students
─ 199 ─
provide some final comments about their opinion on this
through computer activities, the answer appears to be
learning approach. Two questions specifically focused on
ambiguous. Whilst the majority of the first group of
1) explain how to include a picture on your presentation,
students perceives some form of benefits, a small group
and 2) explain how to make an automatic slide transition.
question whether or not this is a valid approach.
Twelve out of eighteen students provided explicit answers
Nonetheless more positive feedback about this approach
to describe how to complete these objectives.
seems to appear in the second group, considering that they
One answer for the first question was:“click‘incert’and
have a second opportunity to design a presentation. Hence
then click‘graphics’and choose the picture that we want
it could be argued that further task-based computer
to include. The picture will appear on the presentation
operation provides students the opportunity to see more
slide”.
clearly the benefits of combining language and computer
An answer for the second question was: “there are four
learning.
steps. First, we choose‘slide-show’at tool bar. Second,
we choose‘settings’
. Third we choose‘auto,’fourth we
9 Implications for teachers in Asia
What makes this research valuable for other teachers
change time we think it is best”.
The objective of the test was to evaluate students’
teaching EFL or other languages in Asia? In general
retention about operating the software. The objective was
presenters at specific workshops discuss their teaching
not to assess their lexical ability; consequently the errors
strategies, but leave out the fact that the software is in
are preserved in order to display their authentic responses.
Japanese. This situation is not endemic to Japan. Attending
The two examples above divulged students’ability to recall
conferences in Korea and Thailand revealed that their
and/or retain information about the software.
computers are in the national language. Correspondence
with teaching fellows in China also revealed that the
8-5 Summary
computers were in the national language.
Although the task seems at first difficult, given another
Hence the question remains, if language teachers are
attempt, the students eventually find it easier. Therefore,
encouraged to incorporate computer technology into their
the hypothesis of this research, that 2nd year undergraduate
classroom, apart from using the Internet for communication
Japanese students have enough prior knowledge of English
or research, what else can they teach their students? If
to operate English software to complete a presentation, has
activities are to be authentic leading students to become
been validated.
autonomous learners, then how are computers to be used to
By heeding the advice of the first group of students, and
meet such needs?
thus providing a second presentation to be completed, the
This action research demonstrated how by using open
second group was able to improve their computer operation
source software it is becoming possible for teachers with
skills.
minimal access to funds to begin to investigate new
The inclusion of progress evaluation forms and a final
teaching strategies, which meet their curriculum needs.
questionnaire on the exam revealed that students, to a
Nonetheless, given the opportunities that open source
certain extent, were able to recall and retain the computer
software provides language teachers, it appears that teachers
lexical items. It is unknown however, if this information
are not capitalizing on this option.
was stored in the long term memory, and how long it will
Recently a native speaker lecturer at the university
remain accessible to them. Investigating this aspect of the
purchased a laptop in Japanese. When I enquired why he
research is a goal for the future.
had purchased this type of hardware, he responded that it
With regards to students’perception of language learning
was to be used by his students. Given the findings in this
─ 200 ─
article, and the presence of open source software, why are
(pp.177-193). Cambridge: Cambridge University Press.
teachers still considering first language software over target
Beatty, K. (2003). Teaching and Researching Computer-Assisted
Language Learning. London: Pearson Education.
language equivalent?
Chapelle, C. (2001). Computer Applications in Second
Conclusion
Language Acquisition: Foundations for teaching, testing
and research. Cambridge: Cambridge University Press.
The basic problem for this research was the fact that the
computers at this university are all in Japanese. Action
Davies, B., & Thiede, R. (2000). Writing into change: Style
research proved to be a suitable approach to investigate
shifting in asynchronous electronic discourse. In M.
feasible options for incorporating authentic activities in this
Warschauer & R. Kern (Eds.), Network-based Language
EFL classroom that would empower students to become
Teaching: Concepts and Practice (pp. 87-120). Cambridge:
autonomous learners through the use of target language
Cambridge University Press.
Delanty, G. (2003). Community. London: Routledge.
software.
Using Impress, a freeware from OpenOffice.org proved
Dick, R. (2005). Action Research Theses. Retrieved February 9,
to be a pedagogically sound approach to integrate writing
2005, from http://www.scu.edu.au/schools/gcm/ar/art/
activity and technology. Impress seems to match learners’
arthesis.html
needs and abilities, by allowing them to enquire, investigate
Ellis, R. (2003). Second Language Acquisition. Oxford: Oxford
and decipher the functions of the software.
University Press.
Both of these groups of students indicated that their
Farrell, T.S. (2002). Exploring Teaching in The PAC Journal.
ThaiTESOL Focus, 24-27.
expertise with the technology was a major difficulty.
However, providing students with subsequent opportunities
Gebhard, J. (2002). The Cyclic Process of Action Research.
ThaiTESOL Focus, 20-23.
to improve upon their learning extended and consolidated
their knowledge of the software.
Greene, D. (2000). A design model for beginner-level computer
mediated EFL writing. Computer Assisted Language
Data collecting methods were emplaced to assess
Learning, 13(3), 239-252.
students’progress and recollection of their experience
beyond the construction of their presentation. Teacher
Hanson-Smith, E. (1997). Technology in the Classroom:
designed questionnaires formed the foundation upon which
Practice and promise in the 21 st century. TESOL
to assess two distinct questions. The findings revealed that
Professional Papers no.4. Retrieved June 6, 2004 from
students had the necessary prior knowledge of English to
http://www.tesol.org/pubs/catalog/downloadable/hanson-
undertake and complete the task of designing a presentation
smith-.html
Hughes, A. (2003). Testing for Language Teachers. Cambridge:
in English.
However, from the implications discussed in this paper, it
Cambridge University Press.
rests upon language teachers in Asia to document their
Kern, R., & Warschauer, M. (2000). Introduction: Theory and
experience with integrating computer technology and target
practice of network-based language teaching. In M.
language software in their language classrooms.
Warschauer & R. Kern (Eds.), Network-based Language
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─ 202 ─
報 告
Task-Supported Language Teaching with Real Beginners
Cecilia Silva 1)*
1)Center for the Advancement of Higher Education, Tohoku University
Introduction
1. Tasks and“focus on form”: definitions and
features
Task-based teaching is not just about getting learners to
do one task and then another task and another one. If that
Task has been defined as the core element within a
were the case, intermediate and advanced students would
framework for foreign language teaching and learning that
become resourceful and gain fluency at the expense of
privileges meaning making and communicative processes
accuracy, and beginners would probably fail to build the
over form (Silva 2005:111). The next step is to explore the
basic structures that are essential during the whole process
possibility of designing a task that privilege form over
of acquisition and construction of a new language.
meaning, or at least that places those two elements at the
This article adheres to the idea of supporting language
same level.
acquisition by means of tasks, in other words, creating an
Ellis (2005b:4) defined“focus on form”as“the use of
atmosphere of authenticity for the practice of classroom-
focused tasks, i.e. communicative tasks that have been
acquired forms. The herein depicted classroom work will
designed to elicit the use of a specific linguistic form in the
refer not to“task language teaching and learning”but to
context of meaning-centred language use”. Therefore, an
“task-supported language learning”(Ellis 2005a:5) and it
effort was made to design a communicative task that
will show how it could be possible to design a task for real
allowed students to practice forms and to re-create an
beginners who have a very limited stock of graphological,
atmosphere wherein they could interchange meanings.
phonological, lexical, and grammatical features. Moreover,
What differentiates a task from an exercise or a drill is its
this work describes an attempt to design a communicative
authenticity, in other words: there is some kind of link
task for practicing“forms”while at the same time paying a
between the class-performed task and the real world.
close attention to meanings.
Authenticity is one of the core features of tasks and refers
The purpose of this article is to define what is meant by
not only to materials but also to the atmosphere that could
“focus on form”within a communicative task, and to provide
be created in the class. In the classroom work that will be
a brief rationale for this approach. Second, it is to offer a
described in the following point students paid attention to
description of a class activity performed in Spanish as a
forms but at the same time they interchanged meanings.
Foreign Language wherein we tried to apply such approach.
Why do we emphasize the importance of forms in
A third purpose is to mention some of the issues that could
communication?
be problematic and provide a basis for discussion.
1.1. To acquire the ability to use new linguistic forms
communicatively, beginners need the opportunity to
practice those new forms so as to feel confident, and to
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学高等教育開発推進センター
─ 203 ─
The book“Gente”(Peris et al 1997) follows the task-
practice them not in a drill but in a meaning-focused
language use.
based approach and structures the lessons starting from
1.2. Beginners have difficulty in processing meaning and
tasks towards language analysis, learners face the activities
form simultaneously, so effort should focus on a
and from them they will identify the necessary language
communicative task designed for the practice of forms,
items they need so as to accomplish the task. On the other
so that learners gain confidence in using forms not during
hand, the approach we followed in the classes consisted of
a mechanical practice but when interchanging meanings.
going from the analysis of the language item towards its use
1.3. For the reason commented in the previous point and for
in a situation as authentic as possible.
the sake of accuracy, it is necessary to design a task that
Spanish classes conducted during 2005 to 150 first year
allows learners the practice of forms during a
students were structured based on“focus on form”and
“task supported language teaching”approaches, and we are
communicative activity.
herein providing a detailed description of two tasks
2. Task-supported classroom work
accomplished by the students. The first task was
We want to distinguish between what Ellis (2003:27)
accomplished at the end of a lesson called“¡Tengo historia
calls“task-based language teaching”and“task-supported
ahora!”(I have History now!) wherein learners studied
language teaching”
. Task-based teaching refers to a
names of the classes and how to ask and answer about time
teaching approach based only on meaning-focused tasks.
and place of their classes. The second task was
Whereas, in the case of tasks as support,“tasks are seen not
accomplished at the end of a lesson called“Somos
as a means by which learners acquire new knowledge or
fantásticos, ¿no?”“We
(
are great, aren’t we?”
) where
restructure their inter-languages but simply as a means by
learners studied adjectives related to their classes and
which learners can activate their existing knowledge of the
teachers.
L2 by developing fluency”(Ellis 2003:30). In this regard,
The following two points offer a general panorama of the
task-supported language teaching could be related to a
aspects that were considered when the tasks were designed.
methodological procedure consisting of present-practiceproduce (PPP), a language item is presented, it is then
2.1. Design features
practised in a controlled manner using exercises, and finally
Design features refer to the components of a task (Ellis
learners have opportunities for free production, i.e tasks.
2003:17, Nunan 1989:10). A task has a general purpose: a
The planned focus-on-form herein described is indeed
goal. Besides, learners need some kind of verbal or non-
similar to the PPP but differs from it in the following
verbal information so as to carry out the task: the input is
aspect: attention to form occurs in interaction and students
the motivator for students’work. That input information
are not made aware that a specific form is being targeted,
will be the point of departure so that students work with the
they just choose to use it so as to convey the meanings they
projected activities. The conditions refer to the way the
want to. Moreover, this leads us again to the difference
information is presented: all the students share the same
between exercise and task. An exercise is a language-tied
information or each one receives incomplete information?
controlled practice, while the task, as it has been mentioned
The task work implies procedures and setting. Procedures
above, is linked to real-world processes of communication.
are methodological procedures to be followed in performing
The task is pedagogically structured and has a linguistic
the task, for example, students working in groups or in
performance: it responds to classroom learning, it is
pairs. Setting is the place where the task is carried out. The
accomplished within the classroom context and is linked to
product is what results from completing the task: could be a
the world out of the classroom.
list, or a table filled, or dialogues.
─ 204 ─
2.2. Criterial features
questions related to the classes (what’s the class like,
Criterial features (Ellis 2003:9) refer to the aspects that
what’
s the professor like, what time is the class, and others
let us determine whether classroom activities can be
learned during the lesson) and answer them mainly with
considered tasks or not. A task needs a workplan or plans
adjectives (students had to be careful so as not to make
for the activities that learners will perform: could be
mistakes with gender and number) and structures and
teaching materials or plans for the activities. A task involves
adverbs learned in the lesson they have just finished.
a primary focus on communication: learners are to be
Students had to stand up, walk and ask as many classmates
engaged in an activity that requires of them a pragmatic use
as possible. During the stage of free dialogue, the focus was
of language. Aiming to this, the task will incorporate some
on communication and meaning interchange, and the
kind of gap that motivates learners to use language so as to
atmosphere we tried to create was that of a casual
fill it: learners choose the necessary resources so as to
conversation among students who attend different classes
complete the task. The process of language use that results
and at the end of the day everybody meets and comments
from performing a task will reflect those that occur in real-
about the classes they have attended and about the classes
world communication. A task can involve one or the four
they saw in the videos (Task 1), and a conversation among
language skills. A task engages cognitive processes:
friends who recall their first day at school (Task 2). There
learners are to employ cognitive processes such as
was a real gap: students were taking different classes out of
evaluation, selection, reasoning, and selection so as to
Spanish and came from different places, and this fact
accomplish the task. A task has a communicative outcome:
contributed to make dialogues more natural because they
the workplan states the outcome of the task, which serves
actually did not know anything about their peers’classes
as the means for determining when learners have completed
and the first-day of school.
Procedures: whole class and pair work.
a task.
Product or outcome: two tables filled with specific items
2.3. Features of the accomplished tasks
(peers’names and adjectives) and free dialogues (two of
Design and criterial features were considered and what
them are transcribed).
Discourse mode. Normally, discourse mode affects the
follows below is a description of the two tasks performed in
the classroom.
particular linguistic forms learners use in performing a task.
The goal of the task was to make students use in dialogues
The task aimed at making a description of classes and
adjectives and adverbs of time and place, and structures for
professors, therefore learners use of adjectives and adverbs
asking about classes, professors, and first day at school.
of time and place.
Regarding input and workplan, the starting point for the
Cognitive complexity and cognitive processes: the task
tasks was constituted by visual stimuli, learners watched 20
is undemanding from the point of view of negotiation.
minutes of one video in each case, there was a whole-class
Although students have to interchange information related
discussion, and we replied to a questionnaire (Figure 1 and
to the video they have just seen and to their own
2). Then, learners received a table they had to fill with their
experiences, there is no negotiation of meanings and the
peers’
answers, and finally, they were instructed to make
level of production required to complete the task is limited
free dialogues with at least eight peers.
to adjectives and adverbs related to classes and professors.
Conditions of the tasks. The tasks were closed, all the
students received the same information (shared information)
Task 1 comprised the following four activities:
and instructions related to language use were quite precise:
Activity 1. Watch video (20 minutes)
students had to fill tables with adjectives and adverbs, make
Activity 2. Whole-class: reply to the questionnaire (Figure 1).
─ 205 ─
Figure 1 Questionnaire used in Task 1
......... de ......................... de 2004
Español I
La historia oficial オフィシャル・ストーリー (Argentina 1986) Tema: Educación. Escuela
1) ¿Qué cantan el primer dia de clase? 授業初日,何を歌いますか.
2) ¿Qué hacen en Japón el primer día de clase? ¿Cantan el himno? ¿Honran la bandera? 日本では,授業初日,何を
しま か・国歌斉唱・国旗掲揚を行いますか.
3) ¿Cómo es la clase de Literatura en la Argentina? アルゼンチンの文学の授業はどんな様子ですか.
4) ¿Cómo es la clase de Historia en la Argentina? アルゼンチンの歴史の授業はどんな様子ですか.
5) En la Argentina, los estudiantes ¿pueden expresar sus ideas y sentimientos libremente? アルゼンチンで,学生達
は自由に意見を言い,感情を表現することが出来ますか.
6) ¿Cómo es una clase típica en Japón? ¿los estudiantes pueden expresar sus ideas y sentimientos libremente? 日本の
学校では普通の授業はどんな様子ですか・日本の学生達は授業中に自由に自分の意見を言い,感情を表現
することが出来ますか.
Activity 3. Pair work: fill a table (Table 1). The instruction
Table 1 Table filled in Task 1
provided to the students was:“Ask your peers about their
Nombre
professors and classes”, and students chose the form they
Profesor
had studied in previous classes.
Profesora
Clase
Activity 4. Pair work. The instruction received by students
was:“Talk to your peers regarding the classes, school
and professors”. Students do not use written material
In the dialogues performed in class learners were able to
and have to ask as many peers as possible. Below there is
request and give information accurately about the classes
one of the dialogues produced by a pair of students.
they are taking. Although there are some mistakes (lack of
prepositions, wrong use of a conjunction), such aspects do
Example 1: Conversational focus-on-form (request of
not hinder communication, and the dialogue shows that
information related to classes)
learners understood the correct use of adjectives.
S1: Hola, ¿qué tal?
Task 2
S2: Muy bien. ¿Qué clases tienes?
In the class previous to the one where the task was
S1: Química y Español.
conducted, the teacher asked students to recall their first
S2: ¿Cómo es el profesor de Química?
day at school. Task 2 comprises 4 activities:
S1: Estricto. ¿Y tú? ¿Qué clases tienes?
S2: Español, Experimentos y Inglés.
S1: ¿Cómo es Inglés?
Activity 1. Watch a video (20 minutes) about the first day
at school of an eight-year old boy in Spain.
Activity 2. Whole-class: the structure“¿ Qué tal …”?
S2: Difícil.
S1: ¿A qué hora es la clase de Inglés?
(“What was … like”,“How did you feel ...?) is elicited.
S2: 2:00
S1: ¿A qué hora es la clase Argentina?
Activity 3. Pair work: fill a table with information about
students’first day at school.
S2: No sé.
Activity 4. Pair work: free dialogues related to the topic
─ 206 ─
Tú
¿ Qué tal el primer día de clase?
¿ Qué tal el maestro? ¿ Qué tal la maestra?
¿ Qué tal los amigos y amigas?
¿ Qué tal la escuela?
¿ Qué tal las tareas?
“first day of class”. Students do not use written material
Table 2 Table filled in Task 2
and ask as many peers as possible. Below there is one of
the dialogues produced by a pair of students.
Nombre
primer dia
de clase
Example 2: Conversational focus-on-form (request for
maestro /
maestra
amigos y
amigas
descriptions)
escuela
S1:Y tú, ¿Qué tal el primer día de clase?
tareas
S2: Nervioso.
S1:¿Qué tal los amigos?
S2:Divertidos.
use of the target language, users will feel the need to
S1:¿Y qué tal la tarea?
organize clearly what they want to say, use appropriate
S2: ... (the student asks the teacher how to say“a lot”)
language and structures, and check that they are correct
when listening to their peers using the same structures.
Learners refer to an event in the past (without using past
The task component helps students to develop fluency in
time verbs) and they are able to do so accurately because
the target language. However, in an informal conversation
the structure“¿Qué tal ...?”had been studied during the
performed by learners, should tasks be the only means of
lesson, and spontaneously because they are referring to
language development we could foresee the following
their own lives. In most of the dialogues performed there is
problems:
a correct use of gender and number agreement between
- Some learners could revert to using their mother tongue
nouns and adjectives.
when things get difficult, when they do not find the right
word, when trying to avoid mistakes, or when feeling
3. Why focus on form? Why tasks aren’
t
uncomfortable because of keeping the partner waiting for
enough?
an answer or a question.
The point of departure for using the focus-on-form
- There may be a disruption in communication when one
approach is to create a need for accuracy (Willis 2004:55).
of the conversational partners is struggling in search of
Even when instructing learners into performing a
the right word, or thinking how to say what he or she
spontaneous and informal conversation they will want to
wants to convey.
use accurate structures and avoid making mistakes that their
- Should learners be immersed in a task and they do not
peers might notice. For feeling confident about an accurate
feel confident about the structures and words to use, it is
─ 207 ─
possible that the concern for grammatical accuracy
beginners need some time to acquire new pieces of
surpasses the concern for interchanging meanings.
knowledge and to analyze them, and then they need to
For what has been exposed, it is maintained that, at least
use them in a real situation so as to become aware of the
during the starting stages of language acquisition, the
communicative usefulness of the structures. Attention to
process is to be supported (and not utterly“based on”)
form prior to its communicative application ensures that
by tasks, as components of the focus-on-form approach.
during the course of a communicative activity students
will feel more confident and will not disrupt the
Conclusion
conversational atmosphere with a great deal of structural
The present article has suggested paying attention to
questions.
form even when performing communicative activities.
There are, however, some necessary remarks:
References:
1. To what extent should teachers engage in focus-on-form?
Ellis, R. (2003). Task-based Language Learning and Teaching.
A communicative lesson has two purposes: to help
New York: Oxford University Press.
learners build their language competence and gain
Ellis, R. (2005). Instructed Second Language Acquisition. A
confidence in using the target language. By engaging
Literature Review. Wellington: Research Division Ministry
students in communicative activities the teacher may be
of Education.
risking students’
accurate production. By regularly
Ellis, R. (2005, october). Focusing on Form in Communicative
paying attention to form the teacher can create the
Lessons. Paper presented at SLC International Conference,
conditions for an accurate acquisition but at the expense
held at the National Institute of Development
of fluency and spontaneity. The particular characteristics
Administration, Bangkok, Thailand.
of the class as well as the learners’
inclinations and
Nunan, D. (1989). Designing tasks for the communicative
general purposes of the course are to be considered when
deciding how much“form”and how much
classroom. UK: Cambridge University Press.
Peris, E. et al (1997). Gente. Curso Comunicativo Basado en el
“communication”is to be attended.
Enfoque por Tareas. Barcelona: Difusión.
2. Should focus on form be conversational or didactic?
Silva, C. (2005). A Task-Based Experience in Spanish as a
Both: didactic focus on form furnishes learners with
Second Foreign Language. Annual Report of Research
accurate tools and conversational focus on form ensures
Center for Higher Education Tohoku University, 12,
a communicative activity as it provides the means for
111-116.
solving communication difficulties.
Willis, J. (2004). A Framework for Task-Based Learning.
3. Should focus-on-form be explicit or implicit? Both:
─ 208 ─
Malaysia: Addison Wesley Longman Limited.
報 告
CALL 用プラットフォーム WebOCM の基本的機能と
その e ラーニングへの応用
杉 浦 謙 介 1)*,李 相 穆 1),北 原 良 夫 2),
堀 江 薫 2),吉 本 啓 2)
1)
東北大学大学院国際文化研究科,2)
東北大学高等教育開発推進センター
はじめに
か.このような観点からさまざまな試行と実験をおこ
今日,多くの人は,知りたいことをインターネット
なった.その結果,WebOCM(1)というプラットフォー
を通じて知ろうとするし,知ってもらいたいことも
ムを用いて,簡単かつ低コストでありながら,効果的
インターネットに公開する.インターネットは,この
な方法を作ることができた.この報告では,その方法
ような需要と供給に支えられて,
「知」の構造体になっ
を示す.具体的には,まず WebOCM の基本的機能と
ている.このような時代に,大学教育もインターネッ
その最も初歩的使用法を示し,続いて,簡単に実現で
トを前提に設計していかざるをえない.また,大学は,
きる e ラーニングや CALL の方法を示す.
若年層だけではなく,仕事をしながら自身の再教育を
プラットフォームとして,WebOCM という CALL
めざす中年層,そして,退職後に勉強する老年層にも
用プラットフォームを用いたのは,通常の e ラーニン
勉学の機会を提供していかなければならない.しか
グ用プラットフォームを CALL 授業に用いることは,
し,場所と時間の制約がその機会を阻むことが多い.
機能的に無理があるが,逆に,CALL 用の WebOCM
そこで,場所と時間の制約をこえたインターネットに
プラットフォームを通常の e ラーニングに応用してい
よる授業への期待が大きくなっている.さらに,授業
くことは,機能的に十分可能だからであり,また,
を支援する技術が飛躍的にのび,授業の可能性がひろ
e ラーニングの可能性をひろげることが予想されたか
がっている.特に,聞く・話す・読む・書くという技
らである.
能の総合的学習が求められる言語教育においては,
Ⅰ . WebOCM の基本的機能
コンピューター技術が担う役割は大きい.
しかし,現時点では,大学教育にeラーニング(ITを
活用した学習)や CALL(Computer Assisted Language
Learning:コンピューター支援言語学習)が十分に取
WebOCM プラットフォームはつぎのような機能を
もっている:
(1)登録・認証機能
り 入 れ ら れ て い る と は い え な い. そ の 原 因 に は,
新規ユーザー登録で,ユーザー名とパスワードなど
e ラーニングや CALL が,複雑に見えること,準備に
を登録し,そのあと,認証画面で,ユーザー名とパス
時間を取りすぎること,コストがかかりすぎることな
ワードを入力することによってログインする.そのパ
どがある.
スワードは暗号化される.言語は,多国語に対応して
で は, 簡 単 で, 低 コ ス ト の e ラ ー ニ ン グ お よ び
いる.また,パスワードを忘れた受講者にパスワード
CALL の実施方法はないのだろうか.だれもが楽に e
を新規に再発行することができる.クラスへの登録制
ラーニングや CALL を実施できる方法はないのだろう
限も,そのクラス登録にパスワードを設定することに
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 41 東北大学大学院国際文化研究科
─ 209 ─
よって可能である.
きる.
(2)出席管理機能
(4)教材コンテンツに関する機能
出席管理については,次の各レベルで管理できる.
この機能に関しては,主に次の 2 つの形態を有する.
①クラスごとの全受講者一覧表示(全受講者の出席回
①「ファイル管理」では,試験問題用の素材ファイル,
数・遅刻回数・欠席回数・総出席時間・総自習時間
あるいは,配布用ファイルなどのアップロードをおこ
(分)などを表示,各受講者の出席状況をグラフによっ
なう(テクスト・画像・音声・ビデオなどのファイル
て視覚化することもできる),②クラスごとの全開講
がアップロードできる).アップロードしたファイル
日一覧表示(各開講日ごとの総出席者数・総欠席者数
の公開・非公開,削除などを管理することができる.
などを表示)
,③各開講日ごとの全受講者一覧表示(全
学生は,配布用のファイルをダウンロードする.②「ダ
受講者の当日の出席状況・ログイン時刻・ログアウト
イナミック・メニュー」
(体系的教材作成+コース・マ
時刻(年月日時分秒)などを表示)
,④各受講者のロ
ネジメント・システム)では,html ファイル,音声ファ
グイン・ログアウト時刻(年月日時分秒)の詳細を表
イル,画像ファイルなどをアップロードし,これらの
示(各受講者のログイン・ログアウト時刻(年月日時
アップロードファイルを関連づけ,体系的教材として
分秒)のデータ編集(調整)ができる),⑤休講日や
提示する.外部ファイルも URL で関連づけ,体系的
休日を独自に設定.
教材として提示することができる.また,WebOCM
出席管理データについては,教員ばかりではなく,
内部のテスト・小テスト・練習問題を関連づけ,体系
受講者も,自分のデータに関してアクセスできる(受
的教材として提示することもできる.WebDAV を使っ
講者も自分の状況がわかる)
.
て,教材フォルダー全体,あるいは,追加フォルダー
(3)コミュニケーション機能
を WebOCM にアップロードすることもできる(その
コミュニケーション機能については,次の 3 つの系
なかのファイルの関連づけ,体系化は上と同じ)
.一
統をもっている.①「新世界」
(掲示板形式)では,教
方,教員は全受講者の学習履歴を閲覧できる.受講者
師と受講者,あるいは,受講者同士の双方向コミュニ
は自分の学習履歴を把握できる.
ケーションができる.1 対 1,1 対多数,相手指定,な
どが可能である.公開・プライベートの選択が可能で
(5)辞書機能
「辞書機能」の検索方法には次の 3 つの方法がある.
ある.関連スレッドの参照指定をおこなうことも可能
①キーボード入力(欧文特殊文字対応)
,② html コン
である.スレッド題名表示,スレッド内容表示,ツ
テンツの単語をクリックし,自動検索させる,③単語
リー表示が選択できる.また,ほかのクラスと掲示板
の一部分を選択することによって,自動検索させる.
を共有することもできる.一方,スレッドに点数をつ
一方,ユーザーごとに検索単語がデータベース化さ
けることも可能である.欧文特殊文字にも対応してい
れ,自分の単語帳や語彙テストを作成することができ
る.これによって,全員参加型の授業を実現すること
る.語彙テストは,全ユーザーで共有することもでき
ができる.②「リアルタイム・メッセージ」
(メッセン
る(ユ ー ザ ー 同 士 で 出 題・ 解 答 が で き る)
. ま た,
ジャー形式)では,教師と受講者間でリアルタイムで
WebOCM ログアウト時に,ログイン中に検索した単
コミュニケーションする.1 受講者から全受講者まで,
語リストが表示される(復習・確認,あるいは,1 回
通信範囲の選択が可である.また,
「新世界」への書
ごとの単語帳作成に使用)
.
き込みがあれば,即時に通知する.③「メール通知」 (6)テスト機能
(SMTP 方式)では,
「新世界」に新たな書き込みがあ
テストの作成:試験問題作成用テンプレートを選択
ると,そのことを WebOCM サーバーの SMTP 機能を
し,そのフォーマットに入力するだけで,試験問題を
使って,教員もしくは受講者が指定したメールアドレ
作成することができる.問題形式は次の 5 形式をも
スあてに通知する.教員が WebOCM からログアウト
つ: 単 一 選 択 式(RadioButton 形 式)
,複数選択式
した状態であっても,学生の投稿に対応することがで
(CheckBox 形 式)
, プ ル ダ ウ ン 選 択 式(Select 形 式)
,
─ 210 ─
穴埋め形式,自由記述形式.素材として,テクスト・
[Teacher Mode]では,次の点を設定することがで
画像・音声・ビデオなどの素材が使える.問題は,自
きる:①クラスに登録したユーザーに TA 権限や教員
動的に xml 形式で作られる.これにより試験問題を共
権限を付与,②辞書の言語,プラットフォームの言語,
有し,高い汎用性を実現する.
メール通知 On-Off,TeacherRoll パスワード,学生の
テストの管理(作成した試験問題の管理)
:タイト
クラス選択を制限するためのパスワードなどを設定
ル,試験の種類(練習 / 小テスト / テスト)
,受講者へ
(クラス全体に有効),掲示板「新世界」のオプション
の公開・非公開,制限時間,試行回数制限,採点結果
機能設定,③メール通知のアドレスの登録,④ e ラー
表示・非表示,正解の公開・非公開,問題のランダム
ニング用コンテンツの URL を設定,⑤テスト問題の
並べ替え On/Off,問題そのものの削除などを管理する
xml ファイルをほかの教員に公開するか非公開にする
ことができる.
か設定,⑥テスト問題のテンプレートの管理,⑦「ダ
テストの受験:学生は,問題を選択し受験する.答
案は即時に自動採点される(記述式は別途).
イナミック・メニュー」の管理,⑧受講者全員の学習
履歴の閲覧.
一方,学生自身による語彙テストを作成することも
Ⅱ . WebOCM による e ラーニングの特徴
できる.
(7)成績管理
一 般 的 LMS(Learning Management System: 学 習 管
成績管理では,つぎの点を管理する.①全受講者の
理システム)においては,教材コンテンツは,そのシ
総点・受験したテスト数・テスト平均点・出席状況
ステムのなかに埋め込まれる.そのため,教材コン
(出席日数・遅刻回数・欠席回数・総出席時間・総自
テンツの作成や変更は,そのシステムに制約される.
習時間など)などを表示,②各受講者が受験した全テ
場合によっては,システムを製作した業者に,教材
ストについて,その受験日時・得点結果・偏差値など
コンテンツの作成や変更を発注しなければならない.
を一覧表示,③採点済み答案そのものを表示,④「成
しかし,WebOCM においては,教材コンテンツは,
績管理画面」に表示する項目,
「総点」に算入する項
原則として,WebOCM システムの外の Web ページで
目の比重を選択・変更.
ある.この Web ページは,教員が作って任意の Web
学生は自分の現時点での成績や採点済み答案をいつ
も見ることができる.
サーバーにアップロードしたものでもいいし,新聞社
がアップロードしたオンライン・ニュースなどでもい
教員は全受講者の学習履歴を閲覧でき,受講者は自
分の学習履歴を把握できる.
い.インターネット上には,無数のコンテンツが公開
されている.WebOCM は,リンクによって,これら
また,WebOCM からログアウトするときに,その
時間に辞書にアクセスした単語の一覧が表示される.
(8)環境設定
のコンテンツを最大限に利用する.この方法は,著作
権を侵害しない.このような Web ページに対して,
リンクを WebOCM 内に設定することで,WebOCM の
[User Mode]では,次の点を設定することができる.
教材として使うことになる(図 1).ホームページを
① WebOCM の URL を 自 分 の パ ソ コ ン に 自 動 登 録,
作ることができれば,だれでも WebOCM で使える教
②自分のパスワードを変更,③自分のユーザー情報
材コンテンツを作成したり,変更したりすることがで
(パスワード以外)を変更,④ドメインユーザーとグ
きるし,Web 上のさまざまなページを教材とすること
ローバルユーザーの環境設定,⑤「メール通知」のア
ができる.もちろん,試験問題のように,インター
ドレスの登録,⑦辞書の言語,プラットフォームの言
ネ ッ ト で 無 制 限 に 公 開 で き な い コ ン テ ン ツ は,
語を選択(自分にのみ有効),⑧自分に「教員権限」
WebOCM システムのなかで管理することができる.
を付与(パスワード必要)
(最初は,だれでも一般ユー
このように,WebOCM は,リンクによって,ヴァー
ザーとして登録されるので,教員は自分に「教員権限」
チャルな教材コンテンツ体系をネットワーク上に構築
をつける必要がある)
.
する.ポータルサイトでさえもいくつでも,リンクに
─ 211 ─
図 1.WebOCM と教材コンテンツ-二重の関係-
よって設定できるので,ポータルサイトごとに e ラー
ラーニング教材を作成する方法はないのだろうか.こ
ニング空間を作ることができる.各教員が自分の e
の方法を以下に示す.
ラーニング空間をもつことができる.また,ポータル
(1)ファイルの作成
サイトをひとつにして,ヴァーチャル総合大学を構築
①講義メモファイルの作成:Word でベースとなる
することもできる.また,ほかの Web サイトとのリン
ファイルを作成し,Web ページに変換し,index.html
クの設定を変えることによって,異なった教材体系を
というファイル名にする.②講義・音声ファイル:1
つくることもできる.
ファイルを数十秒∼ 5 分のように,小分けにして,い
くつかの音声ファイルをつくる.音声の総時間(上限)
Ⅲ.e ラーニング教材の作成とアップロード
は,講義形式授業の場合,60/90 分くらい,演習形式
e ラーニング教材の作成には,膨大な時間とコスト
がかかる.もしも,90 分授業の教材を作成するのに,
12 時間の時間,あるいは 30 万円ほどのコストがかか
の場合,30/90 分くらいが目安になる.聞く・読む・
書く作業やクリックする動作を交互に取り入れる.
(2)リンクの設定
るとすれば(2),毎日の授業を e ラーニングで実施する
①フォルダー作成 : 上のファイルをひとつのフォル
ことはむつかしい.時間とコストをかけないで,e
ダーに入れ,フォルダー名は,15 回の授業なら 01 ∼
─ 212 ─
15 の通し番号をつける.②リンク設定:講義メモを
劣化するし,時間と手間と専門知識が必要になる.
ベースにし,講義メモの該当箇所にフォルダー内の
ファイルへのリンクを設定する.同様に,インター
ネット上のページへのリンクを設定する.
IC レコーダーの利点は,モバイル性にある(どこ
でも音声ファイルの作成ができる)
.
(3)ビデオ(プログレッシブ・ダウンロード配信方式)
(3)アップロード
必然性がある場合は,動画を挿入することも効果が
① Web サーバーのアカウントを取得し,②上のフォ
あるが,講義を撮影しただけの動画は使わないほうが
ル ダ ー ご と ア ッ プ ロ ー ド す る. ③ WebOCM の メ
いい.パソコン上では 5 型テレビ以下の画面であり,
ニューの
「Teacher Mode」の
「環境設定」をクリックし,
板書の判読は不可能である.また,ビデオ内蔵マイク
「UrlManager」をクリックして,アップロードしたフォ
を使うと,ビデオカメラから離れたところにいる教員
ルダーの URL を登録する.
(ベースとなるファイルが
の音声をはっきりと収録することはできない.もし,
index.html というファイル名を有する場合,フォル
茫漠とした画面,不明瞭な音声,教員の単調かつ長時
ダーの URL のみでアクセス可能となる.
)
間の映像が続けば,それは,学生にとって,苦行以外
(4)テスト
のなにものでもない.
WebOCM のメニューの「試験作成」から,画面指
示にしたがってテストを作る.
用意するものは,ビデオ機材と動画ファイル編集ソ
フトである.編集設定の目安は,つぎのとおりである.
ファイル形式:wmv,表示サイズ:320 × 240 ピクセ
なお,音声ファイル作成の要領は以下のとおりである.
(1)パソコンに直接音声ファイルを作る場合
ル,ビットレート:340kbps,フレームレート:10fps30fps で,許容範囲で低いほう,1 ファイルの時間:3
用意するものはつぎの 2 つである.①マルチメディ
分程度.
アマイク,②音声録音ソフト.その設定方法はつぎの
ストリーミング配信方式の場合は,ストリーミン
とおりである.①マイクをパソコンのマイクジャック
グ・サーバーをインストールしているサーバーが必要
に直接差し込む,②音声録音ソフトにおいて,ファイ
となる.また,動画ファイルをストリーミング用に
ル形式を wma または mp3 とし,音質は,16 kbps/ 20.0
エンコードする.
kHz/ Mono(ビ ッ ト レ ー ト / サ ン プ リ ン グ レ ー ト /
チャンネル)を目安とする.このファイル形式が,現
在の環境では,もっとも汎用性がすぐれている.wma
Ⅳ.e ラーニング授業の進行
(1)学生サイド
および mp3 以外の形式であると,クライアント PC で
WebOCM にログインし,メニューの e ラーニングか
再生できないおそれがある.音質は,講義音声の場合
ら「講義メモ」にアクセスする.講義メモを読み,音
は,上記のもので十分である.パソコン内の電磁波の
声ファイルをクリックして説明を聞いたり,関連資料
影響が強すぎる場合は,USB 接続の外付けサウンド
や関連サイトにアクセスしたり,WebOCM の掲示板
カードを使用する.
「新世界」に書き込んだりする.辞書も有効に利用す
(2)IC レコーダーを使う場合
る.場合によっては,最後に簡単なテストをうける.
IC レコーダーの必要条件は,音声ファイルを USB
(2)教員サイド
などでパソコンへ送ることができることである.音声
同期型の場合は,WebOCM のリアルタイム・メッ
ファイルをパソコンへ送れないと,Web サーバーへの
セージを用いて授業の進行をリードする.掲示板への
送信や学生用パソコンへの配信もできないので,e
学生の書き込みに対して随時対応する.
ラーニングや CALL が成立しない.録音音声ファイル
非同期型の場合は,掲示板経由で対応する.
形 式 は,wma も し く は mp3 で あ る こ と が 望 ま し い.
これ以外の録音音声ファイル形式であると,再エン
むすび
コードが必要となる.再エンコードによって,音質は
─ 213 ─
e ラーニングや CALL の利便性や必要性は分かって
いても,これを始めることには躊躇する教員も多い.
した学生もいた.WebOCM が計測する自習時間を本
あまりに複雑に見えるからかもしれない.なるほど,
来の授業時間に加算して評価すると言っておいたこと
システムを作ったり,最先端の技術を駆使して教材を
も影響したかもしれない.
作成したりすると,多くの時間と労力を割かれるが,
これらの実験授業では,教員は,通常の授業以上の
通常の授業を支援する道具,あるいは,通常の授業を
努力をしないという方針でのぞんだが,WebOCM の
インターネットでおこなうための道具というレベルで
授業支援機能(特に辞書機能)やインターネット上の
は,それほど複雑ではない.その最も実用的な方法と
膨大な「知」のストックを援用することにより,かな
思われるものを上に示した.
りの水準の授業ができたと思われる.
この方法で,東北大学の全学教育外国語科目「基礎
ドイツ語」と大学院国際文化研究科の講義課目「言語
注
芸術形象論」で実験してみた.授業資料作成にかんし
(1)WebOCM(Web-based Open CALL Manager) は, 国 立
ては,Word で作成したものを保存するさい,Word 文
七大学外国語 CU 委員会(国立七大学外国語教育連絡
書(.doc)としてでなはく,Web ページ(.html)で保
協議会付属)の標準プラットフォームであり,大阪
存した.そして,Web サーバーにアップロードした.
大学の細谷行輝教授が中心になって研究・開発をお
このアップロードという手間はかかるが,受講学生分
こなっている.東北大学でも,2005 年度から,この
の印刷という手間はなくなった.講義(説明)録音に
プラットフォームを用いたドイツ語の授業が始まっ
かんしては,最初は緊張したが,2 回目からは慣れる
ている.
ことができた.教室では,声を張り上げていたが,パ
(2)講義ビデオと講義ノートとを同期させるビデオ・
ソコン録音では,静かに話すことができた.うまく説
オン・デマンド方式で教材を作ると,講義のビデオ撮
明できなかったときには,録りなおすこともできた.
影,撮影したビデオファイルの編集,ストリーミング
この音声ファイルは,上の授業資料などといっしょ
用エンコード,講義ノートのスライド作成,講義ビデ
に,講義メモ(.html)にリンクを設定してアップロー
オとスライドの同期に,あわせて約 12 時間必要とな
ドした.
る.これを業者に委託すると,30 万円ほどかかる.
学生の反応であるが,「基礎ドイツ語」では,Web
ページの授業資料にあるドイツ語単語は,WebOCM
参考文献
の辞書機能を使って,クリック 1 回で検索できるので,
1) 経済産業省商務情報政策局情報処理振興課(編), オー
紙媒体の資料よりも学習効率が上がった.授業当日の
ム社開発局(企画編集)
.e ラーニング白書 2005/2006
オンライン・ニュースにもアクセスして,WebOCM
年版.2005.オーム社.
の辞書機能を用いて読み進めることができた.今,世
2) 吉田文 , 田辺真奈(編).模索される e ラーニング−事
界で起こっていることをドイツ語を通じて理解できた
例と調査データにみる大学の未来−.2005.東信堂.
という達成感をもったようである.一方,「言語芸術
3) 吉田文,田辺真奈, 中原淳(編著)
. 大学 e ラーニン
形象論」では,講義テーマに関連する Web サイトを
グの経営戦略−成功の条件−.2005. 東京電機大学出
そのまま授業の資料にした.テクストばかりではな
版局.
く,画像や動画も資料となった(繰り返しになるが,
4) 岡本敏男, 小松秀圀,香山瑞恵(編著).e ラーニン
リンクを設定しているだけなので,著作権の侵害には
グの理論と実際.2004.丸善株式会社.
ならない)
.講義テーマを広い視点から生き生きとと
5) 杉浦謙介.CD-ROM 媒体の CALL からの試行−東北
らえることができたようである.両方の授業とも,当
大学のドイツ語 CALL −. 日本ドイツ語情報処理学
日,出席できなかた学生は,後から受講していた.ま
会(編).『ドイツ語情報処理研究』
.2005;第 16 号:
た,当日,出席した学生でも,試験前にもう一度受講
19 − 32 頁.
─ 214 ─
報 告
本学学生のメンタルヘルスに関する最近の動向
斎 藤 秀 光 1)2)*,吉 武 清 實 3),海 老 名 幸 雄 4),
山 崎 尚 人 1),飛 田 渉 1),松 岡 洋 夫 4)
1)
東北大学保健管理センター,2)
東北大学医学部保健学科,
3)
東北大学学生相談所,4)東北大学大学院医学系研究科
はじめに
の大学生のメンタルヘルスにおける問題点や,大学に
大学はここ 10 年間で教養部の廃止や大学院大学へ
の移行などが実施され,大きく変わりつつある.学生
おける保健管理センターのあり方についてまとめたの
で,ここに報告する.
に関しては,少子化や核家族化などによる家族関係の
希薄化,知育教育偏重やいじめなどの学校内でのスト
方法
レスなどにより,不登校,ひきこもりなどが青年期前
対象者は,平成 12 年 4 月から平成 16 年 3 月までの 4
期から問題となっており,不登校やひきこもりに至ら
年間に相談ないし受診した学生である.東北大学保健
ないまでも,子どもから大人への対人関係の移行をう
管理センターは保険医療機関ではないため,処方でき
まくできずに入学する学生もいる 1).
る薬剤の種類が制限されている.そのため,著者(精
大学生のメンタルヘルスは,現在,保健管理セン
神科医)が大学病院で週 1 日の外来日を設けて必要に
ターや学生相談機関で行われているが,その組織や規
応じて診察しているが,ここでは大学病院での診察
模については各大学で大きく異なっているのが現状で
データは除外した.
ある .学生相談機関は大規模な総合大学では設置さ
診断は WHO による国際分類の ICD - 10 によった
れているが,中,小規模ないし単科大学では設置され
が,神経症性障害,身体表現性障害と他の神経症性障
ていないところが多い.また保健管理センターに関し
害をまとめて神経症とし,ストレス関連障害を適応障
ても,常勤の精神科医の他にカウンセラーのいる大学
害とした.
2)
もあれば,カウンセラーだけで対応している大学もあ
る.著者らの所属する東北大学では,学生相談所のカ
結果
ウンセラー 5 名が学生の相談業務のひとつとしてメン
1.4 年間の動向
タルヘルスに関する相談を行い,保健管理センターの
平成 12 年度から 4 年間の学部生,大学院生の新来者
精神科医 1 名が精神科治療を行っている.なお保健管
数と相談ないし受診延べ人数は,表 1 の通りである.
理センターの精神科医は平成 12 年 1 月から赴任してお
新来者数は平成 13 年度に一旦減少したが,その後は
り,学生相談所のカウンセラーは平成 14 年度に 2 名か
増加していた.学部生は 4 年間で一定の傾向を認めな
ら 4 名に増員され,平成 17 年度から 5 名に増員されて
かったが,大学院生は増加していた.年度により異な
いる.
るものの,学部生では概して 4 年生が多く,大学院生
このような状況において,平成 12 年 4 月から 4 年間
では修士課程の学生が多かった.なお年度ごとの延べ
に保健管理センターを訪れた学生の資料を基に,最近
人数は増加していたが,学部生では平成 12 年度と 13
*)連絡先:980-8575 宮城県仙台市青葉区星陵町 2-1 東北大学医学部保健学科
─ 215 ─
表 1.年度別の学部生,大学院生の新来者数および
び適応障害といった心理的原因と関連した神経症圏の
相談・受診延べ人数
障害が多く,約 6 割を占めていた.特に適応障害の増
新来者数
平成 12 年度
平成 13 年度
平成 14 年度
平成 15 年度
延べ人数
平成 12 年度
平成 13 年度
平成 14 年度
平成 15 年度
学部生
大学院生
計
49(14)
27(12)
46(18)
54(11)
17(13)
20(16)
32(23)
41(27)
66
47
78
95
306
309
336
471
125
209
344
338
431
518
680
809
加が目立ち,混合性不安抑うつ反応が多かった.また
気分障害では大部分がうつ病性障害だった.
適応障害をきたした学生の心因の内訳について,平
成 12,13 年度と 14,15 年度に分けてみたのが表 4 で
ある.ここでの対人関係は,友人やサークルでの人間
関係,研究室内での人間関係などに限っており,失恋
や家族との問題については
「その他」に含めた.研究・
学業などには大学入学後の進路変更や大学卒業後の進
新来者の括弧内の学部生は 4 年生の数,大学院生は修士
課程の学生数
路問題などを含んでいる.学部生と大学院生とも平成
12,13 年度に比べ,14,15 年度のほうが増加していた.
個々の項目については,大学院生のほうが対人関係お
年度がほぼかわらず,大学院生では平成 14 年度と 15
よび対人関係と研究・学業などの両方でより増加して
年度がほぼかわらなかった.
いた.学部 1,2 年生での研究・学業などでの不適応
保健管理センターへの紹介については表 2 の通りで
状態の心因は,希望する大学や学科に入学できなかっ
ある.多くは学生相談所からで,年度別の紹介件数で
たこと,入学後に志望大学を再受験して不合格だった
は一定の傾向を認めなかったが,全新来者の約半数を
こと,あるいは入学後の虚脱などだった.それに対し
占めていた.
て,学部 4 年生や大学院生では,進路選択や研究に関
新来者の年度別診断名の内訳は表 3 の通りである.
する相談が多く,就職活動がうまくいかないことや,
なお平成 13 年度の 2 件と平成 14 年度の 2 件は家族相談
卒業論文,修士論文や博士論文を思い通りにまとめら
や知人相談のため,データから除外した.神経症およ
れないことなどだった.対人関係では,大学院生の多
表 2.年度別の紹介の有無
平成 12 年度
平成 13 年度
平成 14 年度
平成 15 年度
46
23
52
63
あり
学生相談所
保健管理センター・内科
指導教官ないし研究室
その他
なし
計
37
4
1
4
15
4
1
3
44
5
2
1
43
12
4
4
20
66
24
47
26
78
32
95
平成 12 年度
平成 13 年度
平成 14 年度
平成 15 年度
8
19
13
16
1
4
5
66
2
3
11
20
1
3
5
45
1
14
21
31
1
0
8
76
4
15
17
42
3
4
10
95
表 3.新来者の年度別診断名内訳
統合失調症(圏)
気分障害
神経症
適応障害
摂食障害
人格障害
その他
計
─ 216 ─
表 4.適応障害の学生の内訳
対人関係
12,13 年度
14,15 年度
学部
4
4
大学院
1
9
研究・学業など
学部
9
16
両方
大学院
7
20
くは研究室の指導教員,先輩や同僚との人間関係から
学部
2
4
大学院
2
8
その他
学部
7
12
大学院
4
0
総数
学部
22
36
大学院
14
37
考察
も抑うつ的となり,さらに研究や進路選択にも影響し
保健管理センターの新来者数をみると,大学院生の
ている場合があった.また学部 4 年生の一部でも,指
割合がふえてきている.学部 4 年生の増加は一定しな
導教員との関係から不適応をきたし,さらに卒業論文
いものの,大学院生と同様の悩みや問題をもって相談
に影響していた学生もいたが,学部生の対人関係の多
ないし受診していた学生もいた.卒業論文,修士論文
くは,表 4 の「その他」に含めた失恋や家族関係など
や博士論文に関連して研究成果をあげることができな
であった.
いことや,研究室の指導教員や先輩・同僚などとの関
係から不適応をきたし,うつ状態になっていた.その
2.相談・治療上での問題
多くは学生相談所で相談を受け,カウンセリングや環
大学生の多くは 1 人暮らしのために,ひきこもりや
境調整では不十分な場合や精神科的診断ないし治療が
自殺企図時に家族による対応が困難であったり,問題
必要な時に保健管理センターを紹介されていた.東北
が長期化したりすることがあった.
大学学生相談所でまとめた学年別の不適応出現率は,
最近ひきこもりが問題になっているが,大学生の多
3 カ月以上の不登校が 1%強で,休退学や休みがちも
くが 1 人暮らしのためか本人からの相談は稀であっ
含めると 4%強になると報告されている 3).特に 4 年
た.保健管理センターを受診し,1 人暮らしのために
生の不適応出現率が 6%強と高く,その理由として進
対応に苦慮した学生もいたが,その場合には学生相談
路選択に直面する学年で,特有のストレス状況にある
所と連携して対応していた.学生相談所や指導教員か
可能性が指摘されている.渡辺は,大学院生の不適応
らの紹介に関しては,精神障害によるひきこもりの可
について,対人関係の未熟さと研究者としての未熟さ
能性の有無についての判断を求められるものが中心で
をあげている 4).今回のデータでも,大学院生の不適
あった.
応の多くは研究室内での対人関係と進路選択や研究な
希死念慮を主訴とした新来者は 4 名おり,うち 3 名
どの両方が関係していた.それに対して,学部生の場
は学生相談所からの紹介だった.自殺企図後の新来者
合には失恋や家族関係などといったそれ以外のことで
3 名中 1 名は指導教員からの紹介だった.他に学生相
不適応をきたしている割合が多かった.最近,大学院
談所に通所していた学生が自殺企図した場合に,その
大学への移行により他大学から進学する学生もふえて
相談も受けていた.自傷行為後の新来者は 3 名中 3 名
おり,その中にはそのまま出身大学の大学院に進学し
とも学生相談所からの紹介だった.保健管理センター
ていれば不適応をきたさなかった可能性の高い学生も
に通所中に希死念慮を訴えたり,自殺企図した学生も
おり,実際出身大学の大学院に進学し直した学生もい
いたが,学業生活に関連する場合は学生相談所と連携
た.その理由の 1 つとして,他大学から進学するほう
をとり,また必要に応じて大学病院での治療や入院に
が,研究室内での対人関係に適応しにくいためと考え
よる対応をとっていた.なかには,大学入学前から抑
られる.これらのことから,大学院生が対人関係の未
うつ的となっており,入学後に保健管理センターに通
熟さや研究者としての未熟さから不適応をきたすとい
所しつつ自殺企図を繰り返し,対応に苦慮した学生も
うのではなく,大学院生における研究室での対人関係
いた.
や研究面でのストレスは,学部生が不適応をきたすス
トレスに比べてはるかに強いものであるとも考えられ
る.その場合には,大学院生が研究しやすい環境作り
─ 217 ─
結語
をすることが今後必要になると思われる.
大学生は 1 人暮らしのことが多いため,ひきこもり
平成 12 年度から 15 年度の 4 年間に東北大学保健管
や自殺企図などでの家族による対応は困難である.東
理センターを相談ないし受診した学生を報告した.大
北大学学生相談所の平成 14 年度報告によると,この
学院生の割合が増加していたが,その多くは研究室内
数年間で教職員や家族からの不登校やひきこもりの相
での対人関係と進路や研究などから不適応をきたして
談が増え,また自殺企図や希死念慮のある学生の相談
いるためであった.また大学生の多くは 1 人暮らしの
などもある 5).そのような学生の一部が保健管理セン
ために,ひきこもりや自殺企図での対応が困難な場合
ターに紹介され,保健管理センターに希死念慮や自傷
があった.今後問題が深刻化する前に,さらに精神科
行為を主訴に来所した学生の大半を占めていた.ひき
医とカウンセラーとの有機的な連携による学生支援が
こもりや自殺企図した学生を含め,不適応をきたして
必要であることを述べた.
紹介された学生に対して適宜学生相談所と連携をとっ
て対応していたが,学生相談所と連携をとることがで
きず,対応に苦慮した学生もいた.学生のキーパー
文献
1)小柳晴生.学生相談室から見た現代の青年像.精神
ソンが指導教員やカウンセラーのこともあるが,対応
に苦慮した学生の場合には身近なキーパーソンの不在
科治療学 1998;13:275 - 281.
2)齋藤憲司.学生相談-最近の動向 1999 ~ 2001 -.学
による影響が大きかったと思われる.カウンセラーが
生相談研究 2002;23:105 - 114.
キーパーソンとして学生に関わっていた場合に,カ
3)安保英勇,吉武清實,菊池武剋.東北大学における
ウンセラーからの相談に応じるといった支援も保健管
学生の不登校・不適応.東北大学学生相談所紀要 理センターの役割のひとつであった.
2001;27:1 - 9. 今後はさらに不適応をきたす学生が増加する可能性
4)渡辺 厚.大学院生の不適応について.第 15 回大学
がある.各大学において組織が異なるものの,メンタ
ルヘルスを含めた学生の健康支援を行うこと保健管理
精神衛生研究会報告 1994.p. 84 - 86. 5)吉武清實,池田忠義.学生相談から見る東北大生の
センターや学生相談所の重要な役割のひとつであり,
こころの危機.東北大学大学教育センター年報 そのためにも精神科医とカウンセラーとの有機的な連
2003;10:21 - 28.
携が必要であると思われる.
─ 218 ─
提 言
メーリングリストを活用した教育改善の支援
- 5 分間ファカルティ・ディベロップメント-
中 島 平 1)*, 渡 利 夏 子 2)
1)
東北大学大学院教育情報学研究部,2)
東北大学高等教育開発推進センター
1.はじめに
も教育改善支援のためのメーリングリストを運営して
新しい教育改善の支援活動の一つとして,メーリン
いる.本稿では我々が運営するメーリングリストを詳
グリストを活用することを提言する.これまで,日本
細に紹介する.そして,米国のメーリングリストと
における教員支援活動,特にファカルティ・ディベ
我々のメーリングリストを比較することで,双方の
ロップメント(以下,FD とする)と言うと,教員にとっ
FD メーリングリストに共通した特性を導き出す.そ
ては,およそ以下のようなイメージがあったように思
れを基に主に FD の推進者対象として,メーリングリ
う.すなわち,忙しい中で誰かに指名されて,一箇所
ストを利用した教育改善の支援活動の提言を行う.
に集められて,仕方なく講演を聞くというようなもの
本稿の構成を以下に示す.まず第 2 章で,メーリン
である.一方で FD の主催者にとっても,このような
グリストを利用した FD の成功例として,米国スタン
形態の FD は,出席者の確認,会場の確保,講演の依
フォード大学の Richard M. Reis 教授によって創設され
頼など,多くの負担がある.本稿の執筆動機は,大学
た「Tomorrow's Professor Mailing List」2)を紹介し,そ
教員と FD の推進者双方にとって,より負担の少ない
の目的,方法,読者層,そして,影響と人気の理由を
教育改善支援活動の一例を紹介し,教育改善支援活動
明らかにする.次に第 3 章で,我々が参加しているプ
の幅と選択肢を増やしたいと考えたことである.
ロジェクト内で実践しているメーリングリスト「プロ
メーリングリストは,教員が忙しい時間の合間に,
ジェクト通信」について述べる.具体的には,まず「プ
部屋で座ったままで情報を受け取れるメディアであ
ロジェクト通信」の基本方針を述べる.次に
「プロジェ
る.また,FD の推進側にとっても,まとまった時間
クト通信」成立の背景として,プロジェクトの概要を
を使わずに執筆した内容を,多数の読者に,コストを
簡単に説明し,
「プロジェクト通信」の読者の分析を
かけずに発信することができる.このため,FD のメー
行う.続いて,「プロジェクト通信」の目的と方法を
リングリストを適切に運用することができれば,FD
述べる.その後,実際に「プロジェクト通信」で配信
の推進者と FD を受ける教員は,お互い,少ない労力
されたメールを一例として引用し,読者へ配慮がどの
で恩恵を受けられる可能性がある.現に米国では 2 万
ように具体的に反映されているのかを解説する.第4章
人以上の登録者を持つ教育改善支援のメーリングリス
では,「プロジェクト通信」と「Tomorrow's Professor
トが存在し,今も成長を続けている .FD の組織を
Mailing List」とを比較し,その類似点と相違点とを列
持てない英語圏の大学の中には,教員にこの FD メー
挙し,考察する.第 5 章は結論であり,実際に FD の
リングリストを紹介している大学もある.本稿ではま
推進者が教育支援にメーリングリストを活用する際の
ず,このように米国で成功している FD メーリングリ
提言を行う.
1)
ストの例を紹介する.
紹介する米国のメーリングリストとは独立に,我々
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市青葉区川内 27-1 東北大学大学院教育情報学研究部
─ 219 ─
2. Tomorrow's Professor Mailing List
のアカデミックキャリアである.
「Tomorrow's Professor Mailing List」は,別名,
「Desktop faculty development, one hundred times per year」と呼
2.2.メカニズム
ばれ,米国スタンフォード大学の Richard M. Reis 教
メーリングリストで送られるニュースレターの内
授によって,1998 年の 3 月に創設されたメーリングリ
容の大部分は,本や雑誌の引用であり,その引用部分
ストである.本章では米国において成功している FD
は高等教育の約 50 の出版社から無料で提供される.
のメーリングリストの例として,このメーリングリス
なお,引用方法や引用部分は編集者である Reis 教授が
トを取り上げ,メーリングリストの目的,内容,メカ
決定する.また,メーリングリストに投稿できるのは
ニズム,読者,影響力と人気の理由についてそれぞれ
編集者のみである.重要な点として,読者の e メール
述べる.
アドレスは他機関に流出しないように注意深く守られ
る.
2.1.「Tomorrow's Professor Mailing List」の目
的と内容
編集者は,週に 4 時間から 5 時間をかけて記事の選
択・準備,そして読者の問い合わせへの回答を行う.
「Tomorrow's Professor Mailing List」 は, 以 下 の 2 つ
また,パートタイムの雇用者が一名おり,週平均 5 時
間の仕事をする.その仕事内容はメーリングリストの
の目的を掲げている.
1.今日的な高等教育のトピックや問題に関する,刺
ウェブサイトと読者リストの維持管理と統計の収集,
そして,記事の入力である.コストは年間約 2 万ドル
激的かつ実用的な資料・題材の提供
2.学術機関の教育,研究,サービスに対して,読者
がどのように準備し,仕事を見つけ,そして成功す
だが,これを記事の数と読者数で割ると,1 人・1 記
事当たり 1 セントとなる.
るかの見識を提供
そして,この目的を達成するために,以下の 5 種類
2.3.読者
1998 年の開設時は,約 500 名の学術関係者から始
のテーマを定め,全ての記事をそれらのテーマに分類
まった.読者は主に学術関係者であり,Reis 教授の著
している.
書 Tomorrow's Professor 3) を通して獲得した.読者の
(1)将来の高等学術機関(Tomorrow's Academy)
増加は主に教員同士のメールを通した口コミであり,
記事例:高等教育における 3 つの革命
(2)将来の大学院生とポスドク(Tomorrow's Graduate
具体的な方法は,メーリングリストの記事内容を仲間
に再びメールで送ることであった.また,時として高
Students and Postdocs)
記事例:アカデミックな仕事の申し出への一般的な
等教育の学術会議のメーリングリストに,紹介される
こともあった.
回答法
2004 年 6 月現在のメーリングリスト読者は約 2 万人
(3) 将 来 の ア カ デ ミ ッ ク キ ャ リ ア(Tomorrow's
であり,それは世界中 106 国 600 以上の学術機関から
Academic Careers)
構成されている.読者の学科は工学から教育まで,全
記事例:ファカルティの仕事の進化
(4)将来のティーチングとラーニング(Tomorrow's
領域に及んでいる.また,読者層も大学内は大学院生,
ポスドクから教授,理事・経営者まで全領域に及び,
Teaching and Learning)
さらには大学外では高等教育に興味を持つ政府や企業
記事例:ラーニングスタイル
関係者もいる.そのうち最も多いのは助手(Assistant
(5)将来の研究(Tomorrow’s Research)
記事例:研究助成金をティーチングの評価に結びつ
Professor) で, 全 読 者 の 24% を 占 め, 次 点 は 教 授
(20%)
,そして大学院生(18%)と続く.
けるには
これらのテーマの中で最も人気が高いのは(4)将来
のティーチングとラーニングであり,次点が(3)将来
─ 220 ─
2.4.影響力と人気の理由
表 1 Tomorrow's Professor Mailing List の概要
読者数が二万人ということで,量的な影響力があ
項 目
ることに加え,年間500人以上の読者からコメントを受
目 的
けとる.読者アンケートの示唆により,”Tomorrow's
Professor Mailing List”
の価値と人気の理由は以下の
編集方法
7 項目に分類される.
1.ウェブにわざわざ見に行かなくとも,自動で届け
コ ス ト
られる
2.個々のレターは短く(1000-1500 単語)
,それ自身
で完結している
読 者
3.レターは週に 2 回,年に 100 回に限られている
4.レターは興味深く,実際的なものを含み,刺激的
配信形態
なこともある
内 容
・刺激的かつ実用的な高等教育の問題に対
する資料・題材の提供
・アカデミックキャリア成功のための見識
の提供
・高等教育の本または雑誌からの引用
・教員:編集・フィードバック応答に週 4
~ 5 時間
・アルバイト:システム管理,統計収集,
記事入力に週 5 時間
・学術機関は大学院生から理事まで.政府,
私企業の読者も存在
・誰でも簡単にメーリングリストに登録可
能
・読者数約 2 万人.世界 106 カ国
・週 2 回
・編集者のみが投稿可能
5.フォローアップのためのウェブサイトが紹介さ
表 2 Tomorrow's Professor Mailing List の特長
れ,さらなる情報を得ることができる
6.メーリングリストのウェブサイトは,カテゴリー
項 目
分けされ,全ての記事を読むことができる
7.読者は彼らの同僚の間であまり知られていない情
メディア
報も得ることができる
内 容
2.5.Tomorrow's Professor Mailing List のまとめ
読 者 の
フォロー
第 2 章では,Tomorrow's Professor Mailing List を紹介
してきた.本節では,第2章のまとめとして,Tomorrow's
内 容
・メール自体の特長として,読者に自動的
に配信
・短く(1000-1500 単語)
,記事それ自体で
完結
・週 2 回,年 100 回に限定
・興味深く実際的で,刺激的
・稀少な情報
・ウェブサイトの紹介により情報を補足
・過去の記事がカテゴリー分けされて全て
読めるウェブサイトが存在
Professor Mailing List の概要を表 1 に,その特長を表 2
ステムの構築プロジェクト」4)
(以下,「国際連携プロ
にそれぞれ示す.
次章では,我々が運営する教育改善支援のための
ジェクト」)の概要を紹介する.そして,
「プロジェク
ト通信」の読者,すなわちプロジェクト関係者のニー
メーリングリストを紹介する.
ズを分析する.その後,
「プロジェクト通信」の概要
3.メーリングリストによる教育支援の実践
とメカニズムを述べる.さらに,読者への配慮事項を
我々は後述するプロジェクト内で,教育改善支援
列挙し,実際に「プロジェクト通信」で配信されたメー
のメーリングリスト「プロジェクト通信」を運営,管
ルを,一例として引用するとともに,そこでは読者へ
理している.「プロジェクト通信」の基本編集方針は,
の配慮がどのように具体的に反映されているのかを解
読者のニーズに応えるということであり,メーリング
説する.
リストの目的,内容,構成全てが,この方針に従って
決定されている.相手の求めるものを与えるというこ
3.1.
「プロジェクト通信」成立の背景
「プロジェクト通信」は「国際連携プロジェクト」
とは,米国の教育改善支援の活動では半ば常識化して
おり,「プロジェクト通信」の基本方針は,これと合
の内部で営まれているメーリングリストである.本節
致している.
では,
「国際連携プロジェクト」の概要の紹介と,
「プ
本章ではまず,
「プロジェクト通信」の背景として,
我々が参加している「国際連携を活かした高等教育シ
ロジェクト通信」の読者である,プロジェクト関係者
のニーズ分析を行う.
─ 221 ─
3.1.1 「国際連携プロジェクト」
も必要となる.
「国際連携プロジェクト」は,平成 17 年度より 3 年
最後にプロジェクト関係事務員であるが,彼らが必
計画の文部科学省特別教育研究経費として採択され,
要な情報としては,プロジェクトの各活動日程や進行
高等教育開発推進センター,教育学研究科,教育情報
状況の情報共有が挙げられよう.具体的には,テーマ
学研究部 ISTU(東北大学インターネットスクール)
別研修の参加者募集日程や計画がそれに該当する.
支援室ならびに各学部・研究科との連携により,東北
「プロジェクト通信の読者」が必要とする情報の分
大学における研究大学にふさわしい教育の改善と学生
析は以上であるが,
「プロジェクト通信」は,情報提
支援システム創出に向けた新たな高等教育システムの
供と共有以外にもう一つの大切な役割がある.それ
構築に取り組むものである.その目的遂行のために,
は,関係者間のコミュニケーションである.
「プロジェ
米国スタンフォード大学と協力関係を結び,研究者 2
クト通信」の読者は,全員日本の東北地方に在住であ
名の派遣と学内外関係者数十名の研修を行う.
り,我々はほぼ全員と会ったことがある.ところが,
我々は 2 名とも米国派遣員で,平成 17 年 9 月からス
関係者の所属部局や所属大学が多岐にわたっているた
タンフォード大学の客員助教授(中島)
,客員研究員
めに,関係者たちは互いに簡単には顔を合わせること
(渡利)として活動を行っている.プロジェクトの主
ができない.プロジェクトを成功させるためには,関
な活動としては,様々な FD のテーマ別に日本で行わ
係者のモチベーションが高いことが必要であり,この
れる研修をはじめとして,平成 18 年 3 月には,12 名
ことから,
「プロジェクト通信」では,コミュニケー
の学内外関係者がスタンフォード大学を訪れ,海外研
ションの側面も重要視する必要がある.
修を受講する予定である.海外研修では FD ワーク
ショップがあり,受講者は日本とは異なる構成,進行
3.2.
「プロジェクト通信」の目的と概要
のワークショップに参加することになる.
前節で述べた背景のもと,我々二名の海外派遣者
3.1.2 「プロジェクト通信」の読者
と,日本在住のプロジェクト関係者の間には,以下の
プロジェクト通信の読者は本稿執筆時点で 44 名で
あり,大きく分けて,以下の 3 種類に分類される.
解決すべき課題があった.
1.遠隔地間でのコミュニケーション
1.FD の推進者(大学理事,部局長,教務委員長など)
2.教育改善への継続的なコミットメント
2.授業改善の意欲ある教員(教授,助教授)
3.海外で学んだ新しい教育改善支援の知識提供
それぞれについて,簡単に補足する.まず,コミュ
3.プロジェクト関連事務員
彼らが必要とする情報はどのようなものであろう
か?
ニケーションとコミットメントに関して説明する.
「国際連携プロジェクト」の最重要イベントとして,
まず,FD の推進者が必要とする情報としては,ど
平成 18 年と平成 19 年の 3 月にスタンフォード大学で
のように FD のための組織を作り,FD を計画し,実施
行われる海外研修がある.よって,その時点でプロ
するかが挙げられるだろう.例えば,スタンフォード
ジェクト関係者間で海外研修に必要な事前知識の共有
の FD センターである,Center for Teaching Learning の
と,教育改善への高いコミットメントが望まれる.し
設立と歴史,発展の理由などは,FD の推進者,特に
かし,プロジェクトメンバーが一堂に会したのは,平
大学上層部の読者にとって有益な情報となろう.
成 17 年の 9 月であり,しかも,その一度のみである.
次に,授業改善の意欲ある教員が求めるものは,実
その後 2,3 ヶ月に一回,テーマ別研修があるが,メン
際に授業で使え,授業改善の効果が実感できる情報で
バーの全体が集まるわけではなく,それ以外はお互い
あろう.例えば,学生を授業に積極的に参加させるた
にほとんど全く顔を合わせる機会が無いという背景が
めの効果的な質問の仕方などである.また,海外研修
ある.次に教育改善支援の知識提供に関して説明す
に参加する教員にとっては,例えば日本の FD ワーク
る.我々海外派遣者の使命の一つとして,アメリカの
ショップとの違いなど,海外研修の内容に関する情報
教育改善支援活動を調査,研究し,それを日本に報告
─ 222 ─
するというものがある.例えば結果を年に 2 回まとめ
クト通信」では前節で述べた読者層の分析をもとにし
て報告することも可能であるが,我々が学ぶ知識に
て以下の 4 つのテーマを定めた.
は,日本でもすぐに実践可能であり,また効果を期待
(1)プロジェクト関連のお知らせ
できるものも多い.そこで,それらの知識をコンパク
(2)授業のヒント
トにまとめて頻繁に報告し,プロジェクト関係者間で
(3)FD の普及戦略
共有することは有益であろう.さらに,前述したよう
(4)FD のリソース
に,海外研修時までに日米の FD 研修の格差を埋める
ためにも,それらに関連する情報の提供が必要とな
「プロジェクト通信」の記事は主にこの 4 テーマに
従って構成される.
る.
我々はメーリングリスト「プロジェクト通信」によっ
3.3.メカニズム
て,毎週ニュースレターをプロジェクト関係者に配信
ニュースレターのうち「プロジェクト関連のお知ら
することで,以上の課題に対処することを決定した.
せ」以外の内容は,我々がスタンフォード大学の FD
このことから「プロジェクト通信」の目的として,以
ワークショップに参加して学んだものや,本などで学
下の二つを設定した.
習したものである.それらの内容は,配信 1 ヶ月前か
1.海外派遣者が学んだ教育支援に関する情報のうち,
特にプロジェクト関係者が必要とするものの提供
ら構想され,それに向けて我々が補足知識の収集や
ワークショップのまとめを行うというサイクルが出来
2.海外派遣者と日本のプロジェクト関係者とのコ
ている.
ミュニケーションによる,プロジェクトへのコミッ
表 3 に 2006 年 1 月 20 日までに配信された「プロジェ
トメントの強化
クト通信」の内容を,表 4 にこれから配信される 2006
そして,以上の目的を達成するために,「プロジェ
年 3 月までの内容の構想をそれぞれ示す.特に「授業
表 3 これまでに配信した「プロジェクト通信」の内容
号数
1
2
3
4
5
6
7
担当者
渡利(W)
中島(T)
渡利
中島
渡利
中島
渡利
送信予定日
11-26-05
11-30-05
2012/7/5
12-14-05
12-21-05
2001/11/6
1-18-06
プロジェクト 紹介
のお知らせ
授業のヒント
(useful tips)
海外研修① / 海外研修②
授業相互参観
研(12-21-05)
効果的な質問 セメスター中 授業映像の効
の仕方(T) 期の授業評価 果的な自己点
(T)
検方法~基礎
編~(T)
FD の
普及戦略
CTL の概要
(W)
FD の
リソース
Teaching at
Stanford
海外研修③/ テーマ別研修 海外研修の参
第 2 回テーマ 「ウェブを
加者決定
別研修
使った相互参
(1-31-06)
加型学習」
授業映像の効 学生に効果的 学生にいいレ
果的な自己点 な試験勉強を ポートを書か
検方法~発展 させる方法
せる方法(W)
編~(T) (W)
FD 研修の参 Teaching
効果的なワー
加者を集める Centers の設 クショップを
ためには(W) 立と発展の理 企画するには
由(W)
(W)
バークレーの 名古屋大学 IDEA
本・ウェブサ チップス先生
イト
(W)
その他
Promoting
レポートの書
Active
き方の本・
Learning(T) ウェブサイト
(W)
〈海外研修特 〈海外研修特
集1〉アク
集 1〉アク
ティブラー
ティブラー
ナーとなる
ニング 2(T)
(T)
─ 223 ─
のヒント」では,大学の授業の進度や,プロジェクト
い.
「プロジェクト通信」は,我々の学習成果の整理・
の研修スケジュールに合わせたトピックが選ばれてい
補足・報告も兼ねているので,このコストを受け入れ
る.例えば表 3 の「授業のヒント」の欄を見ると,セ
ている.しかしながら,将来的に FD のためのメー
メスター中盤では,
「中期授業評価」
,後半では「効果
リングリストを運営する場合には,他大学などとリ
的な試験勉強をさせる方法」
,
「いいレポートを書かせ
ソースを共有することなどにより,作成コストを下げ
る方法」が計画されている.また,表 4 からわかるよ
ることが望まれる.
うに,1 月以降は,3 月上旬の海外研修に合わせて,
3.4.
「プロジェクト通信」作成時における読者
研 修 内 容 を 説 明 し た り(
「授 業 の ヒ ン ト」 の Course
Design ①~⑤)
,日本と米国の研修のギャップを埋め
への配慮
るような内容(例えば〈海外研修特集 2〉)が企画さ
本節では,我々が記事の作成にあたって具体的に配
れている.また,FD のリソースは,参考文献やウェ
慮している点を情報提供とコミュニケーションの側面
ブサイトの紹介であるが,それも,多くの場合〈FD
から,それぞれ表 5 と表 6 にまとめる.その後,実際
の普及戦略〉や〈授業のヒント〉の内容を補足するも
に配信した「プロジェクト通信」の典型的な例として,
のとなっている.
2005 年 12 月 14 日に実際に配信された第 4 号の全文を
引用し,読者への配慮が具体的にどのように行われて
現在メーリングリストは我々により手動で登録され
いるのかを解説する.
ており,プロジェクト内で情報を共有したい人は誰で
以下は,
「プロジェクト通信」
第 4 号の引用であり(た
も投稿することができる.
ニュースレターは週一回木曜日に発行されるが,
だし,読者への配慮に無関係な部分は省略してある)
,
我々は毎週に合計約 20 時間をかけて,記事を準備,
文の横に囲み文字で解説を加えてある.この囲み文字
タイプ,サポートウェブサイトの更新,また読者から
は,表 5 と表 6 の各項目が対応している.
のフィードバックに対しての返信を行う.現在のとこ
ろ,記事の作成にかかる時間的コストは,かなり大き
表 4 これから配信予定の「プロジェクト通信」の構想
号数
8
9
10
11
12
13
担当者
中島(T)
渡利(W)
中島
渡利
中島
渡利
送信予定日
1-25-06
2002/1/6
2002/8/6
2-15-06
2-22-06
2003/1/6
未定(T)
未定(W)
未定(T)
未定(W)
プロジェクト 海外研修の詳細 未定(W)
のお知らせ
な日程発表(T)
授業のヒント レポートの採点 Course design ① Course Design ② Course Design ③ Course Design ④ Course Design ⑤
(useful tips) 方法(W)
7 principles(T) Designing
Active Learning Using
Feedback and
Courses
(T)
Technogogies(T) Assessment(W)
Backwards(T)
FD の
普及戦略
CTL
CTL Staff(T)
Organization(T)
FD の定義(W) 名古屋大学
特色 GP(W)
FD の
リソース
評価の仕方の
7 principles 関連 (T)
本・ウェブサイ 書籍・ウェブサ
ト(W)
イト(T)
京都大学
特色 GP(W)
特色 GP ウェブ (T)
サイト(W)
その他
〈海外研修のリ
ソース〉スタン
フォード大学
ウェブサイト,
周辺の施設(T)
〈海外研修特集
2〉スタンフォー
ド大学の教育プ
ログラム(W)
─ 224 ─
表 5 「プロジェクト通信」読者への配慮事項(情報提供)
項 目
内 容
・短く(5 分以内で読める.約 3000 字)
,記事それ自体で完結
メディア
・週 1 回木曜日,昼までに配信.昼休みに読了可能
・読み易いレイアウト:30 字で改行,空行の利用,目次,トピックを〈〉で囲む,トピックの区切り線
・読者の興味に合わせたトピック:〈授業のヒント〉
〈FD の普及戦略〉
・学期中のイベントに合わせた時事的なトピック
内 容
・実用的で具体的かつ明確.読者がすぐに試せて効果が確認可能
・日本においては稀少な情報
・トピックを補足する,ウェブサイト等紹介:< FD のリソース>
読者のフォロー
・過去の記事がトピックごとに分けられて全て読めるウェブサイト
表 6 「プロジェクト通信」読者への配慮事項(コミュニケーション)
項 目
内 容
フィードバック 読者のフィードバックを呼びかけ,各フィードバックに応答
一体感
読者にとって身近で関係の深い日常の話題提供
親しみ易さ
我々の個人的経験を交えた話題提供
「プロジェクト通信」第 4 号
プロジェクト関係者の皆様
こんにちは.プロジェクト通信 第 4 号担当の中島です.
← 一体感
みなさま,年末に向かって大変にお忙しい日々を
お過ごしのことと思います.
(大学教員は年末はたいてい忙しい)
こちらパロアルトでは風邪が流行っているようで,
周りでも咳をしている人をちらほらと見かけます.
← 親しみ易さ
季節の変わり目に風邪をひきやすいのは,
← 一体感
万国共通なのかもしれません.
どうか,皆様も体にお気をつけてお過ごしください.
← レイアウト:空行の利用
さて,第 4 回目の「プロジェクト通信」は以下の内容で
お送りします.特に,
〈海外研修のお知らせ 2〉には,
3 月に行われる海外研修のスケジュールと参加申込み方法が
掲載されておりますので,関係者の方は前回に引き続き
必ずご確認ください.
← レイアウト:目次
目次
〈海外研修のお知らせ 2〉:スケジュール・参加申し込み方法
〈授業のヒント〉:
「授業映像の効果的な自己点検方法 1」
〈FD の普及戦略〉:
「Teaching Centers の設立と発展の理由」
〈FD のリソース〉:
「成長するチップス先生」
─ 225 ─
〈後記〉
_ __ __ __ _ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ __ _ __ __ ← レイアウト:区切り線
← レイアウト:〈〉で囲む
〈海外研修のお知らせ 2〉
(中略)
__ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ _ __ __ __ _ __ __
〈授業のヒント〉
:
「授業映像の効果的な自己点検方法 1」
← 内容:イベントに合わせた時事的なもの
(プロジェクトメンバーは,授業撮影を経験し,近く自己確認を予定)
今年の夏に国際会議の発表で,フロアにいる人たちに
「自分の授業をビデオで見て,いかがでしたか?」
と聞いてみたのですが,苦笑いをしてる人が多数.
← 親しみ易さ
「イヤなんですけど,役に立つんですよね~」
と話すと,「うん,うん.」とうなずいていました.
ビデオで自分の授業姿を見ると,どうしても外見や口調など,
自分の外面的な弱点ばかりが気になってしまいがちです.
そうすると,肝心の「授業内容改善に役立てる」
という目的も,かすんでしまいがちです.
そこで,今回は自分の授業映像を自己点検する際に効果的と思われる
いくつかのチェックポイントをご紹介します.
・できるだけ早く見る
授業中,何を考え,何を感じていたのか,記憶が鮮明なうちに見ます.
できれば,録画した当日か翌日.すぐに見られない場合は,
授業後に,授業に関する自分のコメントを残しておくのも良いでしょう.
・良いところにも注目する
とかく自分の授業の問題点が自然に浮かび上がって来てしまいますが,
自分の授業の長所に注目するのを忘れないようにしましょう.
・自己点検のヒント
ビデオをひと通り見て,次の 6 つの質問に自分で答えてみましょう.
1 )この授業で私が上手にできた点は,何だろう?
← 内容:具体的で明確
すぐに試せる
2 )もっと上手にできただろう点は,何だろう?
3 )学生たちが最も楽しんでたのは,何だろう?
4 )学生たちが最も楽しまなかったのは,何だろう?
5 )もう一度この授業をやり直すとしたら,
─ 226 ─
どの点を変更するだろうか?(3 つ挙げてみる)
6 )それらの 3 つの点をどのように変更するだろうか?
以上,忙しく,十分な時間が取れない先生のための
授業自己点検のヒントでした.
来週は,もっと詳細に自分の授業を分析してみたい先生のために
「授業映像の効果的な自己点検方法 2」をお送りする予定です.
_ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ __ _ __ _
〈FD の普及戦略〉
「Teaching Centers の設立と発展の理由」
← 内容:Teaching Center の立ち上げを考える人にアピール
これまでの「プロジェクト通信」では,CTL のサービス一覧と
ワークショップを例に,FD の普及戦略を幾つか指摘しました.
今回は,CTL がスタンフォード大学に設立された経緯を中心に,
「Teaching Centers の設立と発展の理由」について
説明したいと思います.
Teaching Center の設立と発展に必要なものは大きく 2 つあります.
← 内容:明確
1 )資金
2 )教育改善に関する情報という資源
スタンフォードに CTL が設立されたのは 1975 年ですが,
その目的は主に「2)教育改善に関する情報という資源」
を蓄積することにありました.
CTL はスタンフォード自身の資金ではなく,
ダンフォース基金という私的な財団からの寄付金によって
設立されました.その寄付の目的は,以下の 2 点でした.
①サンフランシスコ近辺の大学の教育改善のための資源を集める事
②スタンフォード大学における新任教員と TA のためのサポートをする事
同財団は,スタンフォード大学の他にハーバード大学他,
計 5 校に寄付をしましたが,ダンフォース財団の寄付が終了した
1978 年以後にも学内の資金で Teaching Center を維持できたのは,
スタンフォード大学とハーバード大学だけでした.
─ 227 ─
その他の teaching centers が多く設立されるようになったのは,
National Teaching & Learning Forum が 1991 年に
活動を開始してからです.このフォーラムは,
「2)教育改善に関する情報という資源」を全米の大学に提供しました.
その事によって,資源を持たない多くの大学が Teaching Center を
設立することが可能になりました.
その他,POD Network(Professional and Organizational Development
in Higher Education)も教育改善のための情報交換の場を
提供するだけではなく,新しく Teaching Center を設立する大学を
資金・資源の両面から支援しています.
私がこのような歴史を調べて思った事は,
「意外と歴史が浅い」
← 親しみ易さ
ということです.大学の大半は,90 年代から取り組み始めた
ばかりですし,スタンフォードの CTL も老舗をいえども 20 年です.
しかし,アメリカの事例で素晴らしいと思うのは,
大学同士のネットワークを構築した点です.その事が短期間で
← 内容:希少
全米に FD を普及・発展させた理由ではないでしょうか.
次回は,FD の普及に貢献している POD について紹介したいと思います.
以上,渡利が担当しました.
__ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ _ __ __ __ _ __ __
← 読者のフォロー
〈FD リソース〉
今回,紹介しますのは名古屋大学 高等教育研究センターの
ウェブサイト,「成長するチップス先生」です.
(http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/tips/)
サイトには,1 年を通しての授業の流れの概説,
授業の基本(大学教授法)
,授業で使う情報サイト一覧,
授業改善を希望する時や困った時のためのサポート体制等について
詳しく書かれています.
(中略)
__ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ __ _ __ __ __ _ __ __ _ __ _ __ __ __ _ __ __
〈後記〉
お忙しい中,最後までお読みくださり,ありがとうございます.
← フィードバック
今回の「プロジェクト通信」はいかがでしたか.
12 月 21 日の授業相互参観研修を控え,今回は授業映像の自己点検
─ 228 ─
のヒントを中心にお送りしました.
← フィードバック
ご意見・ご感想の連絡先は [email protected] です.
もし,プロジェクト関係者の皆様とも共有したい
とお考えでしたら,[email protected]
までメールをお送りください.
東北地方は雪が積もっているそうですね.仕事が忙しく,帰りが
遅くなることも多いかと存じます.どうか,交通にはお気をつけ
← 一体感
ください.
それでは,これからもよろしくお願いいたします.
文責:中島 平
4. 考察
現状ではリソースの少なさで実現は困難であると思わ
本章では,
「Tomorrow's Professor Mailing List」と「プ
ロジェクト通信」のメーリングリストの機能と特徴を
れる.今後,大学間で FD のリソースを共有するなど,
利用できるリソースを増やすことが望まれる.
比較しつつ,両者に共通する特性を明らかにする.表
両メーリングリストの目標で大きく異なるのは,
7 に両メーリングリストの概要をまとめた.まず,目
「プロジェクト通信」が情報提供だけではなく,メン
に留まるのは「Tomorrow's Professor Mailing List」の記
バー間のコミュニケーションも目的としている点であ
事作成コストの低さである.ニュースレター 1 回当た
る.このことは,
「プロジェクト通信」メーリングリ
りにかかる時間コストは「プロジェクト通信」の約
ストが,メンバー全員投稿可能というポリシーにも表
1/4 である.週に 2 回の配信で,実運営時間が 5 時間以
れている.
下で済む理由は,編集者が本や雑誌から記事を選択し
次に,両メーリングリストの類似点を分析する.
ているためと考えられる.これが可能なのは,米国の
我々が初めて
「Tomorrow's Professor Mailing List」
を知っ
FD リソースの豊富さに負うところが大きいだろう.
たのは,
「プロジェクト通信」第 5 号の配信後である.
しかし,日本で同様の方法を選択しようとする場合,
であるから,第 3 章で述べた配慮事項は「読者の必要
表 7 各メーリングリストの概要
項 目
目 的
記事収集
コ ス ト
読 者
配信形態
プロジェクト通信
米国の教育改善の知識提供
メンバー間コミュニケーション
海外派遣員の学習内容の報告
実運営に 2 教員が計 20 時間 / 週
Tomorrow's Professor
高等教育の問題に対する資料提供
アカデミックキャリア全般の見識提供
高等教育の本または雑誌からの引用
実運営に 1 教員が 4 ~ 5 時間 / 週
メンテナンスに 1 教員が 1 時間 / 週
メンテナンスに 1 アルバイトが 5 時間 / 週
助手から理事まで.学生はいない
現状はプロジェクト関係者のみ
読者 44 人
週 1 回木曜日午前中
メンバーは全員投稿可能
大学院生から理事まで.
誰でも簡単に登録可能
読者数約 2 万人.世界 106 カ国
週2回
編集者のみが投稿可能
─ 229 ─
表 8 各メーリングリストの特性比較
項 目
メディア
内容
読者フォロー
内 容
短く,記事それ自体で完結
配信数限定
読み易いレイアウトの工夫
読者の興味に合致
プロジェクト通信
○(3000 文字,5 分)
△(週1回),メンバーは投稿可
○
○
Tomorrow's Professor
○(1000-1500 単語)
○(週 2 回),編集者のみ投稿可
○
○
時事的なトピック
○
△
実用的で具体的かつ明確
稀少な情報
記事の補足
過去記事参照
○
○
○(Web や本の紹介)
○(Web サイトあり)
○
○
○(Web の紹介)
○(Web サイトあり)
とするものを提供する」という視点から出発し,全く
5.結論
独立に考え出された.それにもかかわらず,
本稿では,新しく,より気軽にできる FD の一つと
表 2「Tomorrow's Professor Mailing List」の特長と表 5
してメーリングリストを利用した教育改善の支援を紹
「プロジェクト通信」の読者への配慮事項(情報提供)
介,分析してきた.以下,FD の推進者がそのような
とを比較すると,その類似性は非常に高い.その類似
メーリングリストを運営する場合の提言を行い,その
性を確認するために,表 2 と表 5 から項目を取り出し
提言を基に設計・運営された FD メーリングリストが
て比較した表 8 を示す.
読者である教員にもたらすメリットを挙げる.
表 8 においては二項目だけ,両者に違いがある.ま
ず,「プロジェクト通信」では,編集者以外も投稿可
能である.これは,メーリングリストに読者の望まな
FD の推進者が,良い FD メーリングリストを運営す
るためには,以下の項目を考慮すべきである.
1.まず大前提として,読者のニーズに応えた記事を
いメールが紛れ込む危険性を増やす.しかしながら,
「プロジェクト通信」では,プロジェクト関係者間の
提供すること.
2.短く,分かり易く,自己完結した記事を提供する
コミュニケーションも重視しているため,関係者の
メーリングリストへの投稿は歓迎すべきものである.
こと.
3.記事の短さを更なる情報を紹介することでカバー
ただし,メーリングリストのメンバーはプロジェクト
すること.
関係者のみとなっており,また,メンバー数も 50 人
4.読み易いレイアウトを心がけること.
以下と少ないので,幸いこの点は問題となっていな
5.Web など容易に過去記事を検索できるようにし
い.一方「Tomorrow's Professor Mailing List」では,時
て,読者をフォローアップすること.
事的なトピックを積極的には扱っていないが,これは
6.メーリングリストの流量が多くなりすぎないよう
読者層が 106 カ国にも及ぶことで,読者のアカデミッ
に,情報の質が下がらないように配慮すること.
クスケジュールが揃わないためであろう.
以下に,メーリングリストの記事の作成にかかる時
以上で説明した,メーリングリストの読者層が異な
間コストに関して注意点を述べる.日本で FD メー
るために生じた相違点 2 項目以外は,全ての項目で,
リングリストを運営しようとした場合,利用可能な
両メーリングリストは一致している.両メーリングリ
FD リソースの不足から,自分で記事を一から作らな
ストの目標や成立経緯,読者数が異なるのに,望まし
ければならなくなる可能性がある.その場合,運営に
いとされる特徴がほぼ同じであることは,興味深い.
かかる時間コストは,リソースを紹介する場合と比較
この理由としては,両メーリングリストが主に大学教
して,4 倍以上になる(我々の実践の場合,週 20 時間)
.
員を対象とし,大学教員のニーズを満たすように設計
このことは,FD の推進者にとって無視できない問題
されたためであろう.
であり,日本でも利用可能な FD リソースが増えるこ
とが望まれる.以上より,日本で FD のリソースが豊
─ 230 ─
富に揃うまでは,高等教育の研究者,特に教育改善支
FD の最大の強みは,適切に設計・運用された FD メー
援の研究者が,自らの研究の一環として FD メーリン
リングリストに所属することによる,メリットはあっ
グリストの記事を作成することが得策であろう.ま
ても,デメリットがほとんど無いという点であろう.
た,それらのリソースを研究者間・大学間で共有でき
FD の推進者は是非,新しい教育改善の支援活動の
るようにすることは,長い目で見れば日本の教育改善
一つとして,メーリングリストを活用することを選択
支援活動の普及に大きな進歩をもたらす.
肢の一つとして検討していただきたい.
適切に設計・運営された FD メーリングリストによ
り,読者である教員に以下のような恩恵を得る.
引用文献
1.教育改善に役に立つ情報がメールで目の前のパソ
1)Tomorrow's Professor Mailing List:
コンに届く.
(http://ctl.stanford.edu/Tomprof/index.shtml)
2.そのメールは週に数回,決まった頻度で届く.
2)Tomorrow's Professor Listserv Update:
3.そのメールは読み易く,自己完結しており,5 分
程度で読める.
(http://ctl.stanford.edu/Tomprof/postings/576.html)
3)Richard M. Reis. Tomorrow's Professor-Preparing For
4.さらに詳しい情報を知りたい場合,そのメールの
Academic Careers in Science and Engineering-. New
参照先に当たればよい.
Jersey. IEEE PRESS. 1997.
5.過去のメールが読みたくなったときには,メー
4)国際連携を活かした高等教育システムの構築プロ
リングリストのウェブサイトに行けば,簡単に検索
できる.
ジェクト:
(http://www.istu.jp/iproject/index.htm)
FD の受講者にとってメーリングリストを活用した
─ 231 ─
所 感
ISTU を活用した東北大学全学教育新規科目授業設計
−科学と情報を題材にして−
岩 崎 信 1)*
1)東北大学大学院教育情報学研究部・教育部
はじめに
の一員として,ISTU を補助的に用いる授業設計を最
筆者の手元に最も新しい ID に関するテキスト:
初から取り組むことにした.なお,ID に依拠してと
Principles of Instructional Design Fifth Ed. という本があ
いう発想は,上記 ICRP の第 1 回研修(試行段階の研修,
る 1).教育部の院生とのゼミに使っているものである.
05 年 8 月 2 日実施)に参加したときに,ほかならぬ上
ID とはインストラクショナル・デザインの略で,主
記テキストの代表著者,ガニエの最後の弟子で,日本
として認知科学(認知心理学)を基盤にした授業設計
の ID の第一人者である鈴木克明岩手県立大学情報学
方法である.本稿では,ID 手法に従った全学教育の
部教授の研修講義を聴講したことにある.
一新規科目の授業設計について紹介する.
い ま, 東 北 大 学 で は, 同 高 等 教 育 開 発 推 進 セ ン
ター
2)
1 自然論「科学と情報」設定の意義
主導で「国際連携による高等教育の高度化」
取り組み始めてみると,そもそも「科学」も「情報」
のプロジェクト(略称 ICRP)活動が,東北地区の大
も広い概念であり,その組み合わせであるところの
学の教員とも協力して,わが国全体の高等教育の改善
「科学と情報」で,1 年生に対して,いったい何をど
に資する目標を掲げて 3 年計画が進行中である.この
う扱えばよいのか,1 ヶ月位,暗中模索の時期を過ご
プロジェクト活動中に,リーダーから 05 年 7 月末に
した.
「別件ですが,是非お願いします」と依頼されたのが,
まず,この科目の設定背景を検討してみたい.数年
06 年度から始まる基幹科目の自然論のひとつの「科
前に,OECD の教育調査報告で,日本の一般市民の科
学と情報」なる新規科目の担当である.情報と名はつ
学リテラシーが先進国の中で最低であったことが報告
くがどちらかといえば文系と見なされる部局にいる
された.一般的な傾向として本科目設計の大きな背景
が,長く理工学領域に身を置いていたので「
(自然)
となる.現在の科学・技術の状況は複雑多岐にわたっ
科学」を知らないわけではない.その意味ではこの依
ている.そして,あまりにも多くの科学・技術の成果
頼は意外とは言えない.
物
(人工物やシステム)
が人間や社会の中に深くブラッ
一年生向けの授業は東北大学としては大変重要であ
クボックスとして入り込んでいる.一方で,大部分の
る.その意味で相当の事前準備が必要であり,実質半
市民は個別領域の科学・技術の門外漢であり,その導
年前の依頼で,多忙のために十分に準備できないと
入の当否判断は,ごく一部の専門家に依存しているの
いった理由から,躊躇していた.しかし,状況が許さ
が現状である.また,たとえ一部の領域の科学・技術
ず,むしろこの際,科学や情報を整理しなおすこと,
の専門家であっても,他の領域のことについては,一
さきの ICRP 活動とも絡ませて設計段階から取り組む
般市民とほとんど変わらない.
ことも意味があると思い直して引き受けた.ISTU(東
現代の科学・技術のあり方は,その成果や説明や解
北大学インターネットスクール)を支援している部局
釈は,多くの便益をもたらすと共に,広い意味であら
*)連絡先:980-8576 宮城県仙台市川内 27-1 東北大学大学院教育情報学研究部・教育部
─ 233 ─
たな影響やリスクを社会に持ち込む.実際,現代社会
去の資産がある.個人が自らそれを学んで,専門化レ
ではリスク認知が大きな問題である.簡単な話,地震
ベルに至ることはもちろん不可能である.個人ででき
災害は大昔から日本に存在する天災であるが,いまや
ることは,まず,自ら必要な判断に関する基礎知識と
その予知が議論され,その被害対策が図られる時代と
考え方を持つことと,判断に資するできるだけ信頼で
なった.M7.6 ∼ 8.2 の宮城県沖地震はここ 10 年以内
きる情報を獲得するアプローチができるようになるこ
に 50%,30 年以内に 99%の確率で発生すると予測さ
とである.新しい知識や学問の成果などは通常,情報
れており,その津波被害想定が報道された 3).これは,
としてある種の加工をされて報道(解説記事を含む)
地震学や地震津波予知技術の発展がもたらした結果で
や書籍を通じて,一部は講演会等で個人に提供され
あり,評価できよう.しかし,一方で,地震や災害予
る.もちろん近年は,ウェッブサイトでいろいろな情
測情報は社会に必ず何らかの影響を及ぼす.これをど
報が提供されている.これらの内容の真偽は,ほとん
のように捉えれば良いのか.昔は不可能だった各種自
どの場合,自分で確認や体験をすることはできない.
然災害のハザードマップというある種の「予測」が示
特にウェッブサイトの情報には問題のあるものが極め
せるようになって来た.これが歓迎すべきことなのか
て多い.その上で,これらを基に,どのように個人が
そうでないのか.そもそも自然災害は大抵実際そのよ
判断するか,その個人の基礎知識,体験,経験が大き
うにならないものなのである.これはいわゆる,市民
くものを言う.最も効果的な学習は実験や体験であ
へ安全と安心感をいかにもたらすか,市民がいかに獲
る.昔は国のお墨付きは,絶対の信頼性があったが,
得できるかという問題でもあると同時に,当局や社会
今は,こうした状況が崩れつつある.一つの例が,ア
や組織が(その後)選択した判断や施策は本当に合理
スベスト(石綿)の飛散被害である. 的なのか(最適なのか)といった問題を含んでいる.
人間は正しい情報に接しても,うまく把握できない
一般市民への「安全と安心」感の成立に大きく影響
ことがあることの認識も大事である.
(例:米国産牛
するのは,
“知らない”ことからくる心理作用である.
肉の輸入再開で起こった米国ニューヨーク州の検査官
つまり,新規なものを目の前にしたとき,誰も知らな
の誤解の発生)
.
“真実に迫り”つつある諸科学の成果
い,経験がなく想像もできないような場合には,
「極
も,その適用限界も含めて,正しく発信され,正しく
端にブレる(振れる)心理的作用」が働く.とも角,
伝わり,そして,正しく活用されて初めて生きる.そ
新奇の事といっても,落ち着いて考えると,まったく
の意味では,情報の受け取る側,すなわち「人間」の
判断材料がないわけではないし,ある種の合理的な予
特性を十分に知らないといけないことがわかる.
測が可能なのであるが,直面すると視野が狭まって,
東北大学の卒業生・修了生は,将来各領域でのリー
広くものを見ることができなくなる.極端な場合はパ
ダ的存在や,専門家になる可能性が高い.つまり,社
ニック状態に陥る.例えば,東海村臨界事故の後や,
会や組織がとる判断に大きな影響を与える可能性があ
TV 朝日ニュースステーションのダイオキシン汚染報
る.そうした人たちが,高いレベルの科学リテラシー
道による周辺の農産物の風評被害はその典型である.
を持つことが求められると考える.大学卒業までにそ
昔ながらの “触らぬ神にたたりなし”という方略を
れが可能な力を是非つけてほしい.これから大学にお
とる.しかし,これで本当にリスクが下がっているか
いて,種々の学問を学んでいく一年生にとっての大事
どうかは誰も確認しない.
「リスク認知」の問題は,
な一歩の礎としてもらうことが,「科学と情報」の持
目前の特定の個別の事物やシステムに関わるリスク対
つ一つの大きな役割ではないかと考える.
策(限りなくゼロに近づけること)に終始することは
合理的ではなく,我々は常にトータルのリスクに晒さ
2 ID の紹介と授業設計
れているのであって,想定されるすべてのリスク項目
学習とその組み立て
間の比較やバランスの問題であるはずなのである. 科学領域には,知識体系,学問体系として膨大な過
授業設計というと,学習者に何を学んでもらうか,
学習項目や内容をどうするかということに関心が向き
─ 234 ─
がちである.しかし,ID では,学習者のことや学習
で意識的にそのような過程を授業の中に組み込むこと
とは何かについて考えることから出発する.ここで,
が必要と考える.
少しおさらいをしておきたい.著者は,学習とは,知
大学一年生は,高校時代には,学校によって相当の
識や技能や態度の変容と拡大と考える.すでに著者
自由度があるが,基本的に,国語 1 科目,地理歴史 1
は,これについて一つのモデルを提示してきている .
科目,公民 1 科目,数学 1 科目,理科 2 科目,保健体
すなわち,学習者の神経ネットワークの変容と拡大過
育 1 科目,芸術 1 科目,外国語 1 科目,家庭 1 科目,情
程として,知識や技能の獲得や態度の変容を説明する
報 1 科目を学んできている 6).その他に総合的学習の
もので,ID とも整合性が高い.以下の議論でも.し
時間があり様々の問題に取り組んでいるようである
ばしば説明に用いられる. が,これもそのやり方は学校によって大きく異なる.
4)
学習(教育と言い直しても良い)の最終目標は,学
しかし,東北大学へ卒業生を送り出すいわゆる進学高
習者が,それまで獲得してきた知識,技能,態度を駆
校等では,常識的には学習の中心が,どうしても大学
使して,日々直面する種々のなにがしかの「問題」を
入試中心になりがちである.例えば,スーパーサイ
自力で,または他と協力して解決ができるということ
エンスハイスクール(SSH)指定校のように,よほど
である.このように,問題解決は学習の最終段階であ
高校やその教師たちが意識的に設定し,実行しない限
り,例え必要な知識や技能や態度が単独で獲得された
り,学習課目全体を総合的に結びつける,いわゆる
「問
としても,実際には達成できない高いレベルのもので
題解決型の実践」を十分に組み込まれた訓練を受けて
ある.別な表現をとれば,人は「問題解決」を通して,
いることは期待できない.
ばらばらだった既習の知識や技能や態度を相互に結び
付けて,不足なものは学びなおし,総合的な神経ネッ
本稿の目的と意義と位置づけ
トワークを作り上げる.さらに言い換えれば,授業で
ここで取り上げる授業はもちろんまだ 1 度も実施し
は,単に必要な知識や技能や態度を獲得するような内
ていない.いわば見込みに過ぎない.しかし,だから
容の各授業を時系列的に並べただけではだめで,実際
こそ意味があると主張したい.学生たちの評価を受け
にはある種の「問題解決」の過程を課して,既習の知
た後で,設計段階を振り返って述べることは,ある意
識や技能や態度の神経ネットワークを相互に結び付け
味ではどうにでも言い訳や加工ができる.本論のよう
させ,不足なものは学びなおしをさせて,総合的に堅
に初期状態を記述することで,準備過程で顔を出す怠
固で緻密な総合的なネットワークを作り上げる過程を
け心を戒め,励ます意味がある.
入れないと不十分なものに終わってしまう.改めて考
もうひとつは,実践研究としてのそれである.どん
えれば,演習や実験,実習というのは,そのような目
な手法でも良いが,それに則った教授設計と実施と評
的で設定されているといえるし,各科目の試験もその
価をおこなう場合,どれだけのこと(負荷,苦労,作
ような役割を担っていると捉えることができる.
業量)で,どれだけ可能なのか,何ができるのかとい
総合的かつ高速に反応する神経ネットワークを作り
うことは,やってみなければわからない.これは,先
上げる過程は,一度だけでは不足であり,できれば場
に紹介した教科書の字面からは分からないのである.
面や状況を変えながらも多数回繰り返すことが必要な
設計段階での比較的詳しい記録は役に立つと思われ
ことは経験的に知られている.明確なその証拠として
る.さらに,今回のような新規授業では,思い違いや
は,すでに多くのデータ蓄積がある国内外の一流の
想定外の事も数多くあるに違いない.そうしたことは
人々(スポーツ選手など)の長年(およそ 10 年以上)
授業をやりながら逐次修正をしつつ,彼らを目標達成
にもわたる類まれな練習量 5)がある.これは一流選手
まで持っていくことが必要であり,その過程も記録し
だけでなく,一般の人々も同様である.その意味では,
ていく積もりである.
本来,大学全体の教育全体の枠組み(カリキュラム)
今回,構想している授業のひとつの特徴は,高校で
の設計においても,各科目の連携を図りつつ,各科目
は経験のないマイクロソフトパワーポイント(PPT)
─ 235 ─
によるスライド使用など IT 機器やインターネット環
使うことにより,著作権の問題が顕在化するが 8),TA
境 を 多 く 使 う と 同 時 に ISTU の 仕 組 み(LMS: ラ ー
と相談しながら,それに抵触しない方法を検討して実
ニングマネージメントシステム)を補助的に活用する
施する.いずれにしろ,いろいろな意味で今後の東北
ことである.ISTU は本来,本学各研究科がそれぞれ
大学での大学教育では,インターネットの補助活用と
の大学院授業の e ラーニングを実施するための仕組み
このような TA の存在が必須となってくると考えてお
である.補助的にというのは,教室講義を収録して閲
り,そのひとつのモデルケースとなればと思ってい
覧可能とし受講後もいろいろと活用をしてもらうこ
る. と,授業に関する補助教材を提供すること,学生と教
師の間のコミュニケーション手段(質問や回答,助言)
3 授業設計の実際
の一部として用いること,レポートの提出や管理を行
目標設定に関する考察
うことなどを意味している 7).100 名以上の受講者を
授業の目標設定は,いまや日本の大学でも常識に
想定した単なる従来型対面授業では,受講者と教員は
なってきた.2005 年 12 月の東北大学学務審議会にお
コミュニケーションがほとんど取れないことが分かっ
いて,これまで必ずしも明確でなかった東北大学全学
ており,その弱点を補うためや上で述べた想定外のこ
教育の「理念」,
「目的と使命」
,「目標」が整理した形
とへの対応である.おそらく東北大学では LMS を補
で提案され決まったことは喜ばしい.その理念では,
助的に用いた授業はほとんど事例が無いであろう.
“全学教育は,新たな社会や学問を創造できる指導的
また,複数(できれば 4 名程度)の大学院生の TA
人材の育成という本学の教育理念に基づき,共通基盤
を用いることも想定している.TA の役割はいろいろ
教育を実践し,専門教育や大学院教育への展開のため
と考えられるが,本授業では,ISTU を活用する授業
の学問的・人間的な基盤を形成することを理念とす
での教員支援と受講者支援の二つの任務をしっかりと
る”と述べられている(下線は筆者による). 位置づけ,大学院教育情報学教育部の大学院生を想定
東北大学の卒業生は,いずれさまざまの分野,場所,
している.授業設計段階から連携して行ってきている
フィールド,世界において指導的立場になって,活躍
ところに特徴がある.教員支援という意味では,部分
することを前提にしている.その存在は,社会に大き
的には将来のインストラクショナル・デザイナー的存
な影響力を持つことを意味しており,その立場では,
在として位置づけられる.同様に,受講者支援という
さまざまの場面で難しい判断に迫られることは想像に
任務は,将来のメンターの役割の一部として位置づけ
難くない.“正しい判断”を迫られたとき,まさに状
られる.どちらも教員と受講者の間を取り持つ役割
況がめまぐるしく展開する中では,単に過去の前例に
(メディエイター)であるが,前者は,教員の相談相
従っていたのでは,最も適した判断や決定を下すこと
手であり,受講者の立場から教員への設計や実施段階
は難しい.
での数々の助言だけでなく,アンケートの整理,補助
さまざまの情報を収集し,その根拠を明らかにしな
教材の作成やアップ,レポート採点や整理,試験の準
がら,説得力ある判断を下さなければならない.場合
備や場合によっては採点や分析作業などが期待され
によっては時間が限られる,即断をしなければならな
る .また,後者は,受講者の相談相手であり,教員
いこともしばしばあるはずである.こうしたことが実
の立場から受講者のさまざまの助言,回答,グループ
際の場面で発揮させるには,多くの訓練を必要とす
活動のコーディネータ役などが期待される.これらの
る.先の理念で“専門教育や大学院教育への展開のた
TA は独立に動くのではなく,当然連携して対応する
めの学問的・人間的な基盤を形成すること”は,まさ
ことが必要である.なお,受講者の中にはインター
にその訓練に他ならない.
7)
ネット環境で学習に違和感を持ったり,障害感を持つ
全学教育の使命として,現代人,国際人として社会
場合もありうるので,受講生状況を正確に把握し必要
生活を送るうえで基盤となる知識と技能,人間形成の
な支援をするようにしたい.また,インターネットを
根幹となる,現代社会にふさわしい基本的教養や技
─ 236 ─
能,専攻する専門分野の理解を助けるための幅広い学
ていないと考える.二つの概念が組み合わさった 21
問分野に関する知識と技能,専攻分野を学ぶうえで基
世紀を生きるものにとっての新しい様相をどのように
礎となる知識と技能,の 4 つの使命を与えている.
考えるべきか,を教授することが期待されているもの
“全学教育の目標:全学教育はその使命を果たすた
と考える.しかし,そこに至るには単独の「科学」と
めに,「基幹科目」
「展開科目」
「共通科目」の三科目類
はなにか,
「情報」とは何かも抜かすことはできない
からなる教育課程を設定し,科目群毎に構成された授
とも考える.そこで,授業の基本構成は,
「科学」か
業を実施して,以下の目標を達成する”
,とし,基幹
ら始まって,
「情報」に至り,それらを確認した上で,
科目類は,“
「人間論」
「社会論」
「自然論」の科目群に
「科学と情報」について考察することが良いように思
よって構成され,専門分野の如何を問わず,倫理,芸
われる.なお,此処での「科学」は自然論であるから,
術,言語表現,ジェンダー,経済,社会,政治,歴史,
概ね「自然科学」とする.
生命,環境などの分野における現代的テーマに関する
基本的な知識と技能を学び,人間・社会・自然の諸事
科学と情報の設計
象に関する幅広い知見と柔軟で多角的な視野を身につ
まず,学習目標の設定をしなければならない.その
け,豊かな教養と人間性に裏付けられた知的な探求を
ためには,ニーズ分析を行う必要がある.ところで,
行う基盤となる知識と技能を養う”
,としている. ガニエの ID1) では,ニーズとウォンツの区別を求め
それぞれの科目群はこれらを具体化しなければなら
ている.
ない.しかしながらその方法はどこにも書かれておら
A need, according to Kaufmann et al., is a gap between
ず,各教員が自らやらなければならない.「科学と情
some desired state of affairs, and what currently exists. ...
報」は基幹科目類の自然論に属している.キーワード
These are descriptions of what human adults in a particular
は,
「現代的テーマ」
,
「人間・社会・自然の諸事象」
,
society ought to know and particularly what they ought to
「豊かな教養と人間性に裏付けられた知的な探求」で
know how to do(p. 56).
ある.「現代的テーマ」について言えば,
“科学と情報”
このことから分かるように,ニーズとは,社会,組
はまさに現代的な問題である.19 世紀を基礎にして,
織などが設定するべき学習者の目標と,現在の彼らの
20 世紀に爆発的に発展した「科学」に対して,21 世
間のギャップのことを意味することになる.本論の場
紀の現代は,それに対しての懐疑的な空気が生まれて
合,全学教育が対象であるから,組織とは大学である.
いるといえなくもない.21 世紀は,環境破壊と相まっ
あるいは大学の上位の組織,すなわち各学部の専門課
て,人口爆発による「食料」
,「エネルギー」
,そして
程やさらに上位の大学院である.そしては将来の社会
「水」
,「土地」の争奪戦と新しい「病気」の発生が顕
である.いずれにしろ,大事なのは,単純にニーズが
在化するかもしれない.20 世紀に驚異的に発展した
学習者の「どうしたい,こうなりたい」思いとは異な
“科学”と“情報”は,21 世紀の問題を解決できるの
るという確認である.
かが問われている. まず,学習者の把握である.1 年生とはどんな存在
か.入学したての 1 年生は,中学校までは,総合的に
基本構成
自然科学については,
「理科」でそれらを形成する物
基幹科目委員会の意図が必ずしも明確ではないの
理,化学,生物,地学の全般的な基礎知識を学ぶ.し
で,ここでは基幹科目であること,そしてその中での
かし,高等学校においては,先に示したように,いわ
自然論であることを念頭において中身を検討してい
ゆる理科系科目については,理科基礎,理科総合 A,
く.授業科目名には二つのキーワード:
「科学」と「情
理科総合 B,物理Ⅰ,物理Ⅱ,化学Ⅰ,化学Ⅱ,生物
報」があり,科目名は合成された,「科学と情報」で
Ⅰ,生物Ⅱ,地学Ⅰ,地学Ⅱから 2 科目の選択となっ
ある.委員会の意図を忖度すると単に前半で「科学」
ている.すなわち,科目に関しては,内容,範囲,難
の話,後半で「情報」の話をするということは期待し
易度に差があり,高校の持っている自由度を考える
─ 237 ─
と,学生達は,自然科学については,これまで十分に
解し,活用し,ほかの人に説明できる」
,そして,
「と
系統的に学習してきていないと捉えるべきである.
りわけ現代の科学的根拠に基づいた情報とは何かを,
著者が担当する授業の受講者クラスは,理学部,農
幾つかの事例で学び,またリスク認知問題を含む課題
学部,文科系学部生の混成となっている.実は著者が
解決を自ら行い,根拠や情報の確実さ,あるいは不確
わざわざ希望したクラスである.他の選択肢として,
実さに着目して判断する力を自ら養い」
,
「このような
たとえば工学部系のみのクラスが無いわけではなかっ
活動を通して,
「科学の発展と情報の蓄積や伝播,社
たが,むしろ理系と文系が混ざったクラスで,それぞ
会における理解」の関係について,それぞれ個々の意
れの所属の特徴を生かした意見交換や交流ができれば
見をもち,それらを(根拠を持って)説明できること」
より良いと思ったからである. とした.
改めて,大学の 1 年生に“科学は好きか”と問えば
このように目標を,種々説明できることに置いたの
なにがしかの答えが返って来るであろう.しかし,彼
は,単に理解すること(できること)だけではなく,
らは“科学とは何か”と問われたときにはほとんど何
理解し,自分のものとして消化した上で,それを他人
も答えられないであろう(実は誰でも難しい問いであ
に対して,自分の言葉で理解してもらえるように説明
る)
.特に自然科学の歴史的な流れの把握は教科書を
できることである.そのためには,いくつかの課題の
見ると非常に貧弱である.これは,著者が工学部の 3
解決を行うことをサブ目標としているのである.
年生後期実験授業を担当して,やり取りで深刻に感じ
具体的授業構成
ることである.
「情報」に関しても同様である.3 年前から高等学
シラバスでは授業の目的と概要の最初に,
“何故,
校において,
「情報」が正式科目となり,少なくとも
(我々は)700 万年前の“人”の枝分かれを信じ,地球
17 年度卒業生,すなわち大部分の 18 年度入学者から
の温暖化を問題にし,米国産牛肉は安全というのか?
は,情報を何らかのレベルでは学んできている.しか
“という文章を掲げ,その焦点となる内容を端的に示
し,高等学校のレベルの情報は,情報処理的技能の勉
した.
強が主であり,情報の本質的意味を探求することは
やってきていない.
以下,各構成について簡単に示す.まず「科学」の
部の構成である.科学の歴史:人間はいつ科学を意識
そして,最終目標でもある「科学と情報」について
し,その概念を持ち始めたか?科学と学問一般の発展
はなおさらである.すなわち,科学と情報の複雑なか
は勿論密接不可分であり,特に哲学や認識論とも密接
らみ(関係)をどのように捉えるか説明するかは,誰
不可分である.しかし,そのことに深入りすると,学
にでも難事である.また,それこそさまざまの説明や
生は未消化になりやすい.学習内容(講義)の中に登
考え方があるだろう.しかし,何とかこれについて,
場する概念の内,およそ 7 割程度の既習概念,3 割が
著者の切り口で整理をして提示しながら,学生たちと
新奇概念だと既存の神経ネットワークに取り込みやす
一緒に考えてみたい.
く,新しいネットワークもできやすい.したがって見
そこで,学習目標として,シラバスで「人間そして
知った概念からうまく導入することが必要である.既
社会をとりまく自然の理解や認識の方法として発展し
習概念とは言っても,それらは充分に緻密なネット
てきた“科学”の意味を,その歴史的な発展の視点か
ワークはできていないので,その形成も必須の過程と
らも,現代的な視点からも,科学にまつわる基礎的諸
して学生にとって負荷になるからである.
概念を正しく捉えて説明できる.特に“無矛盾性の追
科学でどのようなテーマを取り上げるか,いろいろ
及の立場”を理解し説明できる」こと,
「情報にまつ
考 え ら れ る. 平 岡 9) は,The Five Biggest Ideas in
わる基礎的諸概念を把握し,情報の根源的意味,現代
Science という本を,科学の歴史を一般読者のために
的意味,情報提供者の考え方と受信者(人)の特性を
大変わかりやすく書いた本と紹介している.その本で
理解する.特にその確実さ,不確実さを伴うことを理
は,“科学の主題は,「自分はどこからやってきて,ど
─ 238 ─
こへ行こうとしてるのだろうか」という疑問であり,
て,最終的には,情報とは,考察対象の不確実さを埋
それに対して科学は,今までに次の 5 つの大きなアイ
めていく存在,という考え方を提示する.
デアを提出したと記している.物理学における原子構
情報の諸相として,まずその歴史的発展は興味深
造モデル,化学における元素周期律の発見,天文学の
い.特に本授業との関連では,科学情報を活発化させ
おけるビッグバン,地球科学におけるプレートテクト
た印刷業や知的所有権としての情報概念の芽生えに深
ニクス,生物学における進化論”である.この 5 項目
く関わる王立学協会(ロイヤル・ソサイアティー)や
はある意味,魅力があるので,このうちビッグバンを
出版権の概念などの出現について触れてみたい.情報
除いて 2,3 のテーマは取り上げることになる.
の概念では,現代情報理論の歴史,確率概念との関係
ウォーレスらは 10),著書「現代生物学(上)
」で,
に触れないわけにはいかない.その上でシャノンの情
自然科学とその系譜について,ガリレオと自然科学の
報量の概念をわかりやすく導入する.情報とは,一般
ルーツ,科学的方法として,帰納法,演繹法,仮説,
には,
(考察)対象の不確実な状態をより確実な状態
学説,法則,実験を紹介している.科学の研究の立場
に近づける“存在”という,情報理論に基づく情報概
としては,還元主義と総合主義,革命とパラダイム,
念はそれなりに分かりやすい.しかし,現代情報論に
生気論と機械論,また,その本の主題である生命につ
は個々の人々が持つ“情報の価値”については問わな
いては,
「生命と統一性と多様性」を強調している.
いことで,定量的な議論が成り立ち,数理的なアプ
科学的方法を採用したとして,ガリレオの仕事を近代
ローチを可能にし,前世紀の後半に急速に発展し,情
科学の端緒とみる考え方はよくなされる.ガリレオは
報化時代を実現していることをできるだけ示したい.
良く知られた人物でもあり,本授業でもこの考え方や
現代社会では情報論が扱う情報だけではない.価値
上の科学的方法を話題に取り上げないわけにはいかな
を伴う情報が無数に存在する.春先のスギ花粉情報や
い.
天気情報は人によってまったく価値が異なる.このよ
最終的には,科学とは「∼学」というものの集大成
うな情報の価値をその不確定さまで含めて数理的に扱
でもなく,それらを包含する学問の体系でもなく,
“真
う理論は今のところ存在しない.また,入ってくる情
実”への“迫り”方としての「方法」を意味するのだ
報には,より確実な状態に近づけるものだけとは限ら
という筆者の考え方を提示する.そこには論理的思考
ない.現代においては,むしろ外乱とでも言うべき,
が横たわっていることを示すことになる.科学は論理
雑音情報,あるいは極端に言えば逆の偽情報さえある
性・実証性を追及する考え方である.しかしながら,
こともまた認識すべきであることを伝えたい.
新しいアイデア,革新的体系は,従来の論理性の延長
確率概念は「情報」でも,後の「科学と情報」のと
線上により生まれるわけではなく,むしろそれを“否
ころでも非常に重要な概念である.確率統計は自然科
定”した,つまりそれまでの常識を否定した,思いか
学領域でも,人文社会科学でも重要な武器となってお
ら発想されることを伝えたい.つまり,きわめて“人
り,文科系学生にとっても重要な学習目標である.し
間くさい”
,あるいは俗に言う人間ドラマが隠されて
かし,本科目で確率統計の重要項目を扱うわけには行
いるのだということもできるだけ伝えて生きたい.ま
かない.そこで「情報」の概念の理解にも不可欠な点
た,いわゆる自然科学だけでなく,現代の課題は人間
を考慮して,現在のところ「情報」のところでその基
が大きく関わっているので,人間に関する科学の進展
礎概念を取り上げたい.著者が研究してきた統計的
(原因)推定法(ベイズ推定)は,一般に人にも分か
についてもできるだけ触れたい.
授業の中間部を構成する「情報」について考える.
情報の歴史:人間はいつ情報を意識し,その概念を持
りやすく,大変興味深いので,ぜひ簡単な実例を取り
上げたい.
ち始めたか.情報は人間の生活やその発展とは密接不
最後の「科学と情報」の部は授業の最終部でかつ中
可分という捉え方をしたい.その上で,現代における
核部である.現在の考えは,科学と情報の相互関係は
情報とは何か,特に情報化時代の情報とは何か.そし
どうであるのか,それはどうであるべきなのかに迫り
─ 239 ─
たい.科学的アプローチの特徴は考察の対象モデル
タ認知を含む「認知方略」
,「言語情報(概念)
」
,「運
(理解モデル,数理モデル,確率モデルなど)を立て
動スキル」
,
「態度」である.
「知的技能」は,さらに「問
ることにある.科学は現代ではそのモデルを基にし
題解決」,
「ルール(規則)と原理」,
「概念」,
「区別す
て,まず“正しい”情報を提供し,近代技術を支える.
る能力」の 4 階層で構成されている.
「問題解決」は
情報の受け手や技術の享受者は,科学が正しいという
最上位にあり,前提となる「ルールや原理」を知って
ことを主張する“根拠”は何かを知る事が大事である.
いる必要がある.
「ルール(規則)と原理」を使うこ
その上で,注意すべきことは,発信者としての科学者
とは,
「概念」の知識が必要である.特に,通常の授
(研究者,専門家)の段階ですでに不確かさ,不確実
業科目の最も普遍的な対象となる「知的技能」の構成
さが存在することである.本講義ではこの不確実さに
要素は,対象の問題について,さまざまのことが「弁
焦点を当てたい.専門家が得る情報(データ)自体の
別,区別する」ことができることで,それらをまとめ
不確実さや,計算(判断)や説明に用いた(数理,物
て「概念」を把握すること,概念関係間の関係を示す
理)モデルの不確実さによるのである.その情報が, 「ルールや原理」を把握することで,それらを具体的
伝達される間に,さらにその表現に伴う種々の不確実
に対象に適用して,
「問題解決」を行うこととまとめ
さの厚い衣をまとっていく.それを受け取る人々にお
ることができる.このようにして「問題解決」が最高
いて,さらに大きく揺らぐのである.つまり,言葉は
の「知的技能」ということになり,先にあげた筆者の
曖昧で意味が多様なため,表現により同じデータや根
ネットワーク形成モデルの考えと一致する.
拠から導かれる判断が異なる場合もある.この“不確
「態度」について,いろいろな解釈が考えられるが,
実さ”はなかなか伝えにくいものである.非専門家に
授業を通じて獲得してほしい「態度」は,継続的に授
は特にわかりにくい情報であることに注意したい.で
業に参加すること,直面する問題に真剣に取り組む,
きれば事例を用意して,現実に提供されている情報に
チームワークを大事にする(互いに協力し合い,自分
ついて,その根拠について,議論しながら,認識を深
の意見を持つことと他人の意見を尊重すること),科
めることができれば上出来である.たとえば,天気予
学的知識(学問の大事さを)を身につけることに取り
報の確率表現はある種の不確実さを何とか伝えようと
組む,正しい情報を獲得に努力するといったことが考
する工夫であるが,どのように理解されているか調べ
えられる.
「運動技能」については,本授業は運動(スポーツ)
てみたい.
我々の身の回りでは,現実に多くの情報が報道メ
や工作や実験の授業ではないので,直接的なスキルは
ディアを経由して提供されている.人間や社会生活に
対象にならないと考える.しかし,さまざまの意味で
密着しているものが少なくない.上記の天気予報など
「運動技能」は,通常の教育学習活動にも関係がある.
もその典型である.災害や安全,事故原因等に関する
それは,問題解決に関わって具体的に体を動かし,行
情報はそのひとつである.こうしたものは,専門の機
動を起こし,ものを使い,情報を獲得し,処理し,整
関が科学的根拠に基づいて提供している.一方におい
理し,分析し,結果を得るというときに関わる広い意
て,世論調査とか,選挙の当選予測などもある.こう
味での「運動技能=行動技能」と考える.
したもののいくつかを取り上げて,その科学的根拠と
「言語情報(宣言的知識)
」は獲得すべき「概念」と
その不確実さを調べていく活動をすると共に,それら
考える.
「科学」
,
「情報」
,
「科学と情報」に関して,
に関係している担当者を招いて,その提供の考え方を
それらにまつわる多くの概念を獲得することが必要で
議論したいと考えている.
ある.歴史的に重要な人物,哲学用語,事件・出来事,
事象,そして現代への影響などを精選して教示する必
教育・学習項目と活動の設計
要がある.授業目標としては,これらを単なる一般的
この問題について ID は以下の 5 項目をあげている
な平板な相互連結ではなく,時代や歴史的な流れとも
(参考文献 Table 3. 1, p.49)
.それは,
「知的技能」
,メ
関連して結合することで実の問題解決に活用可能な詳
1)
─ 240 ─
細な概念ネットワークの基盤となると考える.学習活
き,その人たちのとの討論を通して,その科学的根拠,
動として,畳の上の水練と同じく,
「言語情報」の勉
それを市民に提供するときの考え方,受信側への求め
強だけではこのようなネットワークの形成は無理であ
ることなどを話し合いたい.学生には,自分で前もっ
り,後で述べる「問題解決」をすることによって堅固
て用意した解(解釈)とその人たちの考え方との相違
な確実なものとなると考える.
を対比しながら認識し,必要に応じて,修正すべき点
「認知方略」は,簡単に言えば自分を制御すること
である.意識しながら,学習過程を制御すること,記
を理由と共に列挙する.さらに学ぶべき事項を見出す
ことができるようにしたいと考えている.
憶し思い出すこと,考察すること.メタ認知戦略は,
各学生の達成度の確認は,試験で行うことを考えて
自分の状態をモニターし,認識し,自分の認知レベル
いる.上記のレポート課題では時間が十分あり,複雑
を知り,それに見合った行動をすることである.こう
な問題について必要な情報を逐次獲得しながら解を探
したことは,学習態度とも関係するが,これは,授業
索することができる.しかし,現実はそのような問題
での与えるディレクションや予習課題や復習課題を与
ばかりではない.短時間に解を求められることも実社
えてレポートを作成させることで養われると考える.
会ではしばしばある.ある種の仮説(事例)問題を与
「科学」のところでは,自分自身でいろいろ調べても
え,それに関係する情報を与えて,それ以外の状況は
らいながら,歴史表を作ってもらう.どこからかの歴
自分で設定してひとつの解を求めることを考えてい
史表をコピーしてくるのではなく.スキーマチックに
る.その解を求めるプロセスを記述させ,その解の導
表現することを工夫してもらう.概念ブロック図描画
きの説得力(論理性)を問う問題が良いと思っている.
とその改定作業課題は,工学部 3 年生の実験授業で長
成績評価方法
年実行して成果を挙げてきている 11).
「知的技能」の最上位は,
「問題解決」である.この
最近はこのことをしっかりと明示することと,その
授業の最終目標もそこにおいている.しかし,大学の
通り実践することが求められている.シラバスには概
授業で取り上げることができる問題はどんな場合でも
要を示したが,授業開始時にはもっと詳しく示す.ま
真剣勝負の実問題という訳にはいかない.事例であり
ず,いわゆる出席点を設けなかった.
「態度」の育成
擬似問題であることに注意する.
「科学」のステージ,
を目標として最低八割(12 回)以上の出席を要請した.
「情報」のステージで,それぞれ学生はある種の擬似
これではじめて成績評価の対象となる.なお,二回ま
問題を与えられ,あるいは自ら設定して,それに対し
ではさまざまの事情により ISTU のみでの受講を認め
ての解答を用意することで,擬似問題解決に当たりな
ることがあるとした.基本的には毎回レポート(2 問,
がら,問題解決のスキルを学んでいくようにしたい.
内 1 問は概ね講義の要旨の報告)が課すことにしてい
このときに,科学的思考,科学的根拠,情報の不確定
る.「科学」の部での調査課題設定と報告レポートと
さを推定して,自分の判断をし,その根拠を示しつつ
あわせて 20 点,「情報」と「科学と情報」に関しても
意見を交換してみたい.
同様に 20 点とした.これらが満点で,最低の合格が
最終ステージの「科学と情報」の段階では,実(社
確保できる.その上で,学生たちに高い目標達成を証
会の)問題を課題として与えられ,まず,それまで学ん
明してもらうために期末試験(重要概念の説明問題と
だことや自分で獲得した情報も加味して,それについ
問題解決型問題とする)で 40 点を加える.
ての自分の解や説明を用意する.東北大学や県内に
なお,別途,将来の専門家,研究者として必須の外
は,社会に向かって,人間の日々の生活に大きな影響
国語(英語)の勉強を継続し上達してもらうために,
を与える可能性の高い情報を科学的根拠に基づいて, 「科学」
「情報」
「科学と情報」に関連する外国の興味深
実社会に情報を提供している人々や機関が多くある.
い関係ウェッブサイトや図書を紹介し,その和訳や日
県内の組織,たとえば東北電力などの大企業もその候
本語のまとめ報告を推奨する.挑戦者には加点をして
補である.これら組織の中核の人々を呼んで話を聞
挑戦意欲を高め,英語力維持や向上を図りたい.
─ 241 ─
まとめ
思われる.
本稿では,これから開講する全学教育科目「科学と
情報」の設計に関して,その実践的な考え方を述べた.
謝辞
基本的には ID をベースにして設計を紹介した.目標
「科学と情報」の担当の機会を与えて下さった,高
設定に関しては,最近設定され公表された東北大学の
等教育開発推進センターの関内隆教授,ならびに学務
全学教育の理念や目標等を参照した.ID の考え方の
審議会基幹科目委員会に感謝する.
「国際連携による
最上位に存在する「問題解決」を獲得目標に設定した.
高等教育の高度化」プロジェクトに参加する機会を与
各回の授業の中身は,この原稿の執筆時点(06 年 1
えていただいた菅井邦明理事(教育担当)
,坂本副学
月)は開講の 2 ヶ月前であり,まだ最終的には絞りき
長(学務担当)の両先生に感謝する.また,同プロジェ
れていない.1 月 26 日には,第 1 回目の模擬講義を研
クトの参加メンバーの方々の日頃の授業設計に関する
究室の院生を対象に想定される北キャンパスの大教室
数々の有益な情報提供に感謝する.
(B102)で行い,2 カメラでビデオ収録した.院生か
らは,声が適切か,説明が適切かなど,学生たちの顔
引用参考文献
をみながら説明しているか,パワーポイントスライド
1)Robert M. Gagné, Walter W. Wager, Katharine C. Golas, and
の字の大きさ,その枚数や切り替え速度,使用言語や
John M. Keller. Principles of Instructional Design Fifth Ed.
概念の難易度,説明文の数(一年生がノートをしっか
CA ., USA.:Wadsworth;2005.
りと取ることができるか)など,さまざまな視点から
2)東 北 大 学 高 等 教 育 開 発 推 進 セ ン タ ー.http://www.
のチェックをしてもらい,有益な意見をもらっている
ところである.
he.tohoku.ac.jp/.
3)河北新報.平成 18 年 1 月 26 日.
前に触れたように,今回は最低 4 名の院生を TA と
4)岩崎信.スキーマによる人間行動と認知の解釈−一般
して雇用することを申請している.適わない場合に
化スキーマ論に向けて−.教育情報学研究.2004;2:
は,研究室の費用で雇用したいと考えている.著者の
pp.23 − 40.
TA の考え方は以下の通りである.日本の大学の TA 制
5) 例えば,Ericsson K. Anders. The Acquisition of Expert
度はもちろん米国に起源があるが,これからの大学の
Performance:An Introduction to Some of the Issues: The
授業はいろいろな意味で TA 参加が不可欠であり,授
Road to Excellence An Acquisition of Expert Performance in
業を教員が一人で作って実践していく時代は終わって
the Arts and Sciences,Sports and Games. Ed. K. A. Ericsson.
いると考える.TA の意義は大きく二つある.一つは,
NY USA: Lawrence Erlbaum Associates, Pub. 1996.
教員一人では行き届かない指導や受講者のきめ細かい
6)高等学校学習指導要領.http://www.mext.go.jp/b_menu/
情報獲得ができるということである.もう一つは,次
代の教員や指導者の養成である.TA として参加する
shuppan/sonota/990301d.htm. 7)中島平,三石大,泉山靖人,為川雄二,大河雄一.
ことにより,さまざまの問題解決に直面し,それを教
ISTU 新システムの紹介.東北大学インターネットス
員と共有しながら問題解決に当たる経験をする.授業
クール年報.2005;1(1)
:pp.28 − 29.
に設計段階から実践的に参加することは実質的な意味
8)岩崎信.ISTU コンテンツの著作権等に関する一考察.
で“次代の大学教員(指導者)養成課程”である. なお,最後に全学教育に強い要望を述べたい.新設
教育情報学研究.2003;1:pp.39 − 56.
9)平朝彦.地質学 1 地球のダイナミックス 自然科学
科目や新規担当の場合には,1 年以上前に担当を決め
てほしい.また,各科目委員会は授業担当者(予定者
の中の地質学.東京:岩波書店;2001.pp.2 − 2.
10)ウォーレス,キング,サンダース.石川統他訳.現代
を含む)の会合を年に 1,2 回開催して,教員や予定
TA を含めた意見交換の場を設定してほしい.科目担
生物学(上)
.東京:東京化学同人;1991.pp.3−10.
11) 岩崎信.認知科学的実験授業アウトカムズ評価の試
当者同士の集まりは,極めて有効な情報交換が可能と
─ 242 ─
み.工学教育.2002;50(3)
:pp.127 − 133.
東北大学高等教育開発推進センター紀要 投稿規程
1.東北大学高等教育開発推進センター紀要(以下「本誌」)へ投稿できる者は原則として,高
等教育開発推進センター(以下「当センター」)の教員およびその指導する大学院生等,なら
びに当センター教員と共同研究に従事する者とする.なお,本学他部局の教員からの投稿も
受け付ける.
2.投稿原稿は「高等教育」
「全学教育」
「学生支援」に関する総説,論文,評論,報告,提言,所
感,記録,その他とする.投稿原稿は初出原稿とする.
3.原稿作成にあたっては,以下の点に留意すること.
1)原稿の長さは原則として,図表や写真等を含め,本誌専用の原稿作成フォーマット(日本
語の場合,1 ページが 24 字× 40 行の横書き 2 段組)で最大 14 ページとする.
2)原稿は A4 判の上記フォーマットで作成する.なお,文章作成においては,カンマ( , )と
ピリオド( . )の句読点方式を採用すること.
3)図表,写真はそのまま印刷できる明瞭なものとし,簡潔な説明を加える.刷り上がりは白
黒である(カラー印刷やトレーシングを必要とするものは不可).
4)注記ならびに文献引用等は当該箇所の右肩に上つきで,1),2)のように番号で示し,原稿末
尾に番号順にまとめて記載する.
4.投稿者は,執筆者名,所属名,論稿名,ならびに掲載希望分類名(総説,論文,評論等)を
明記して本誌編集員会宛に提出する.なお,執筆者名と論稿名の英文表記を添えること.
5.投稿者は,A4 判にプリントしたオリジナルとコピー 2 部の提出とともに,原稿内容を電子
媒体により送付する.原稿締め切りは毎年 12 月 15 日とし,翌年 3 月末を刊行予定とする.
6.投稿原稿の採否は,原則として査読を経て本誌編集委員会の審議により決定する.本誌編
集委員会は当センター所属の教授によって構成する.
7.著者校正は初校 1 回とする.
8.掲載原稿の著作権(公衆送信権を含む)は当センターに帰属する.なお,本誌内容を当セン
ターのウェブサイトに掲載する予定である.
9.原稿送付先・投稿に関する問い合わせ先
〒 980-8576 仙台市青葉区川内 41
東北大学高等教育開発推進センター 紀要編集委員会宛
電話:795 − 3819
─ 243 ─
東北大学高等教育開発推進センター紀要(第 1 号)
発 行 2006 年 3 月
発 行 所 東北大学高等教育開発推進センター
Center for the Advancement of Higher Education,
Tohoku University
〒 980-8576 仙台市青葉区川内 41
Tel(022)795-3819
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