羽ばたけ!静岡の航空機産業

羽ばたけ!静岡の航空機産業
主任研究員
大石彰男
Akio Oishi
要 旨
■国内の航空機産業は、先進諸国と比較して規模が小さいものの、民間機開発は
国際共同開発が主流となり、国内企業の参加機会も増えつつある。
■航空機産業は、完成機体メーカーおよびエンジンメーカーを頂点としたピラ
ミッド型構造で、それらのパートナーである国内大手重工メーカーの傘下には、
下請けのサプライチェーンが形成されているほか、基礎材料を開発する素材
メーカーや、治工具や工作機械を開発するメーカーも加わり、産業の裾野は非
常に幅広い。
■国内の航空機産業は、機体部品やエンジン部品の生産が中心で、大手重工メー
カーの生産拠点がある中京圏に集積しているが、航空機業界参入を目指す地域
コンソーシアムが全国各地で相次いで立ち上がるなど、参入の動きが活発化し
ている。ただし、参入するにあたっては、厳格な品質保証体制や参入機会の少
なさなど、中小企業にとってはハードルが高い。
■県内の航空機産業は立ち遅れている状況にあるが、2 0 1 0 年秋に発足した「共同
受注グループ 浜松航空機産業プロジェクト“SOLAE”」が着実に実績を積み上
げているほか、今年6月には国際戦略総合特区「アジア No. 1航空宇宙産業クラス
ター形成特区」に浜松市内の7企業が指定を受けるなど、県内中小企業においても
参入に向けた動きが進みつつある。
■航空機産業への参入を目指すには、国産ジェット旅客機“MRJ”の開発やB 7 8 7
型機関連など中京圏でフル生産が続く今がチャンスであり、静岡県経済にとって
も挑戦する意義は非常に大きい。本県に航空機産業を花開かせるためには、大手
重工メーカーやMRO産業(航空機の整備・修理に関わる諸産業)などの生産・整
備拠点を誘致する道もあろう。
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SERI Monthly December 2014. No.599
図表1 ジェット旅客機における運航機材の構成予測
資料:(一財)日本航空機開発協会「民間航空機に関する市場予測 2014-2033」をもとに当所作成
電
気機械や自動車など、国内で発展を遂げ
めている。
てきた製造業の海外移転が進む中、次な
こうした流れを受けて、国内の中小企業でも航
る成長産業として期待されている航空機産業。日
空機産業への参入を目指す動きが相次いでいる。
本 航 空 機 開 発 協 会 の 予 測 に よ る と、2 0 年 後 の
従来の、大手重工メーカーおよびその協力会を中
2 0 3 3年には世界の航空機旅客輸送量は現在の2 . 6
心とした生産体制以外に、中小企業が地域コン
倍になるとともに、運航機材も1 . 9倍の3 6 , 7 6 9機
ソーシアムを組んで地域単位で参入を図る動きが
に増加することが見込まれている(図表1)。
活発化。県内においても、2 0 1 0 年に発足した「浜
このような状況下、航空機業界では、ボーイン
松航空機産業プロジェクト“SOLAE”」が着実
グ社(米)とエアバス社(欧州)の2大メーカーが、
に実績を積み上げているほか、今年6月には、国
既存機の増産や新型機開発を加速。また、座席数
際戦略総合特区「アジアNo.1航空宇宙産業クラス
1 0 0 席未満のリージョナルジェット機分野に、三
ター形成特区」に県内地区・企業が指定を受ける
菱航空機が企画・開発し、三菱重工業が製造を手
など、徐々にではあるが動きが出始めている。
掛けるMRJ(三菱リージョナルジェット)が参
そこで本稿では、航空機業界全体の動向に加
入、2 0 1 7 年の就航開始を目指して開発・製造が進
え、国内および静岡県の航空機産業の現状をまと
むほか、自動車メーカーの本田技研工業も小型ビ
めるとともに、今後の県内航空機産業の可能性に
ジネスジェット機分野に参入するなど、注目を集
ついて考えてみたい。
ソ
ラ
エ
SERI Monthly December 2014. No.599
7
先進諸国と比べ小規模な国内航空機産業
まず、世界の航空機産業における日本の位置付
けを確認してみたい。2 0 1 2 年における主要先進
図表2 世界主要国における航空宇宙工業生産額の比較(2012 年)
国の航空宇宙工業生産額は約 3 0 兆円、国別では
(兆円)
60
アメリカ合衆国が最も多い(図表2)
。日本は 1 . 5
50
兆円と、米国の1割以下の規模でしかなく、国内
40
最大の製造分野である自動車のわずか3%程度の
規模である。ただし、世界最大の米国航空機産業
でも 1 5 . 9 兆円と、日本の自動車産業の3分の1
20
15.9
10
1.2%
めている(図表3)。日本企業は、1 0 0 位以内に5
社がランクインしているものの、三菱重工業の
1 7 位 が 最 上 位 で、 航 空 機 産 業 に お け る 日 本 の
シェアはまだまだ低い。
このように、日本の航空機産業が世界と比べて
立ち遅れてきた要因として、戦後、航空機の開
発・製造が一時禁止され、その後も日本の航空機
開発が、防衛分野主体にとどまっていたことがあ
げられる。民間航空機は、機体の開発力に加え
て、販売・サービス体制の確立など、膨大な投資
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
17
26
35
59
84
なって、民間航空機は、各国の主要企業を中心と
した国際共同開発が主流になっており、日本企業
の参加機会は増えつつある。たとえば、ボーイン
グ社の機種では、1 9 7 0 年代後半に開発が始まっ
たB 7 6 7 型機から日本企業が本格的に参入。それ
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三菱重工業(日)
IHI(日)
川崎重工業(日)
富士重工業(日)
ジャムコ(日)
売上高
(百万ドル)
86,600
78,700
45,400
33,100
24,700
23,700
21,900
19,400
17,500
14,500
6,860
4,160
2,880
1,280
582
図表4 需要別国内航空機産業生産額の推移
14,000
しかし、近年、航空機開発費用の増大にとも
企業名
(国名)
BOEING(米)
AIRBUS(欧州)
LOCKHEED MARTIN(米)
UNITED TECHNOLOGIES(米)
NORTHROP GRUMMAN(米)
RAYTHEON(米)
GE AVIATION(米)
FINMECCANICA(伊)
SAFRAN(仏)
ROLLS-ROYCE(英)
資料:Flight International「TOP 100 SPECIAL REPORT」
場は、戦後早くから市場開拓を進めてきた欧米各
なっている。
8
図表3 航空宇宙防衛企業売上高ランキング
とノウハウが必要である。そのため民間航空機市
く、後発組である日本企業にとって不利な情勢と
5
4
3
2
1
0
資料:(一社)日本航空宇宙工業会「航空宇宙産業データベース」
(一社)日本自動車工業会資料をもとに当所作成
(億円)
16,000
社、特に米国企業の市場占有率が今でも非常に高
自動車産業
︵日本︶
ングにおいても、上位 1 0 社はすべて欧米勢が占
日本
また、世界の航空宇宙防衛企業の売上高ランキ
1.1% 1.2%
2.9
1.8
1.5 0.3%
カナダ
くない。
4.4
ドイツ
進諸国と比較して産業としての存在感は未だ大き
3.1
2.1%
フランス
0
1.6%
イギリス
るのに対し、日本は 0 . 3 %と極めて低く、他の先
50.3
30
がそれほど大きくないともいえる。とはいえ、対
GDP比でみて主要先進国が軒並み1%以上であ
航空宇宙工業生産額(左軸)
対GDP比(右軸)
アメリカ
以下であることから、現状、産業そのものの規模
(%)
1兆3,657億円
12,000
B787
10,000
8,000
B767
B777
民 需
6,000
4,000
2,000
防 需
0
1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 2004 2008 2013(年)
資料:(一社)日本航空宇宙工業会「日本の航空機工業」をもとに当所作成
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まで日本企業は、部品を供給するだけのサプライ
民間航空機についてみてみると、完成機を開発・
ヤーの立場にすぎなかったが、B 7 6 7 型機以降
生産する「完成機体メーカー」および機体に組み込
は、開発段階から携わるプログラムパートナーと
まれる「エンジンメーカー」を頂点とした“ピラ
して参画している。日本企業の分担割合をみる
ミッド型構造”となっている(図表5)。
と、B7 6 7型機では1 5 %だったが、最新鋭機のB
現在、完成機体メーカーは、座席数が 1 0 0 席以
7 8 7型機では構造体の3 5 %を日本企業が担当する
上の中・大型機ではボーイング社とエアバス社が、
に至っている。また、民間航空機エンジンの開発
1 0 0 席未満のリージョナルジェット機ではボンバ
においても、国際共同開発のもと日本企業の関与
ルディア社(カナダ)とエンブラエル社(ブラジル)
度が増しており、エアバスA 3 2 0 型機などに搭載
が、それぞれ大きなシェアを有している。ただ
されているV 2 5 0 0 エンジンは、日本企業の分担
し、日本のMRJのほか、ロシアや中国など新興
割合が2 3 %で、これまでに5 , 0 0 0機以上が生産さ
国メーカーがリージョナルジェット機への新規参
れている。その結果、日本の航空機産業における
入を図っているほか、ボンバルディア社が中・大
民間航空機生産額のシェアは年々増加し、防衛予
型機に進出するなど、従来の勢力図は徐々に変わ
算の削減とも相まって、民間需要が防衛需要を上
りつつある。
回り、わが国の航空機産業全体の生産額も増加傾
完成機体メーカーは、JALやANAといった
エアラインからの発注を受けて機体を開発・生産。
向にある(図表4)
。
同時にエアラインは、機体に搭載するエンジンを
国内の航空機産業は下請けが主体
複数の候補の中から選択して、直接エンジンメー
次に、航空機産業の構造を、生産の主力となる
カーから購入し、完成機体メーカーが組み立てる
図表5 航空機産業の構造
完成機体メーカー
エンジンメーカー
完成機体メーカー
中・大型機(座席数 100 席以上)
・ボーイング(アメリカ)
・エアバス(欧州)
リージョナルジェット機(座席数 100 席未満)
・ボンバルディア(カナダ)
・エンブラエル(ブラジル)
・MRJ
(日本)
新規参入
・ARJ21(中国)
・SSJ100(ロシア)
機体・エンジンメーカー
国内重工メーカー
・三菱重工業 ・IHI
・川崎重工業 ・富士重工業
・新明和工業 など
エンジンメーカー
・GE(アメリカ)
・ロールス・ロイス(イギリス)
・プラット&ホイットニー(アメリカ)
など
【Tier1メーカー】
海外
メーカー
装備品メーカー
国内メーカー
海外
メーカー
・ジャムコ ・ナブテスコ
・ブリヂストン ・島津製作所
・KYB
(カヤバ工業)
など 【Tier2メーカー】
中小企業サプライヤー(大手メーカーの協力会、地域コンソーシアムなど)
【素材・工作機械メーカー、他産業】
素材メーカー(東レ、東邦テナックス、三菱レイヨンほか)
、治工具・工作機械メーカー など
資料:各種資料をもとに当所作成
SERI Monthly December 2014. No.599
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羽ばたけ!静岡の航空機産業
仕組みとなっている。
心となっていることがわかる。現時点では、国内
国内の大手Tier1メーカーは、これら完成機体
で航空機の組み立てが行われるMRJの就航が
メーカーのパートナーとして、機体やエンジン、
2 0 1 7 年の予定となっていることもあり、足元で
あるいは装備品などの生産に携わっている。特に
は、ボーイング社やロールス・ロイス社などの完
大手重工メーカーは、近年、先述したように開発
成機体メーカーおよびエンジンメーカーの部品生
段階から主体的に関わっているケースが増加して
産が中心となっている。
いる。
次に、国内の航空機産業の集積状況についてみ
一方、大手重工など Tier 1メーカーの傘下に
てみたい。国内の航空機産業は、主に大手重工
は、Tier2と呼ばれる下請けのサプライチェーン
メーカー(三菱重工、IHI、川崎重工、富士重
が形成されているほか、基礎材料を開発・提供す
工)の主要工場の近隣に関連サプライヤーが集積
る素材メーカーや、航空機製造に使用される治工
している。特に、愛知・岐阜の両県に集中してお
具や工作機械などを開発するメーカーも加わる。
り、都道府県別の比較が可能な製造品出荷額でみ
民間航空機の部品点数は、大型機の場合、自動車
ると、機体部品が含まれる「その他の航空機部分
の 1 0 0 倍の 3 0 0 万点ともいわれており、航空機産
品・補助装置製造業」では、中京圏が全国の6割
業の裾野は非常に幅広い。
以上を占めるなど、国内航空機産業のメッカと
機体・エンジン部品が国内生産の中心
それでは、国内の航空機産業について詳しくみ
ていきたい。2 0 1 3 年の国内航空機産業の生産額
品は、重工メーカーのIHIが拠点を置いている
ことから、東日本地域での生産が多い。
こうした中、全国を見渡すと、中小企業が共同
は1兆 3 , 6 5 7 億円で、品種別にみると、
「機体」
して航空機産業への参入を目指す組織づくりが進
「エンジン」
「機器」のうち、「機体」と「エンジン」
んでいる(図表8)。これらの多くは、行政や民間
が全体の9割を占めている(図表6)。なかでも、
の商工団体などが主体となって、参入を目指す中
「機体部品・付属品」( 5 0 . 5 %)と「エンジン部品」
小企業に対して情報提供や受注活動の支援を行う
( 2 6 . 1 %)があわせて7割以上と、国内生産の中
地域コンソーシアムが中心で、業界について学ぶ
図表6 国内航空機産業生産額(品種別、2013年)
本体
1,383
(10.1%)
エンジン部品
3,570
(26.1%)
エンジン
4,291
(31.4%)
本体
722
(5.3%)
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図表7 航空機部品の都道府県別製造品出荷額(2012年)
2013年
航空機産業全体
1兆3,657億円
機体
8,273
(60.6%)
機体部品・付属品
6,890
(50.5%)
資料:図表4に同じ
その他
257
(3.1%)
東京
295
(3.6%)
(単位:億円)
機器
1,092
(8.0%)
10
なっている(図表7)。ちなみに、エンジン関連部
神奈川
560
(6.8%)
兵庫
677
(8.2%)
(単位:億円)
愛知
2,964
(35.8%)
2012年
その他航空機部分品
栃木
1,077 ・補助装置製造業
8,280億円
(13.0%)
三重
298
(3.6%)
岐阜
2,153
(26.0%)
中京圏合計
5,415億円
(65.4%)
資料:工業統計をもとに当所作成
羽ばたけ!静岡の航空機産業
研究会を主体としたものから、実際に営業活動を
行うものまで、活動内容はさまざまである。
図表8 航空機産業参入を目指す主な地域コンソーシアムなど
静岡県においても、2 0 1 0 年に「共同受注グルー
プ 浜松航空機産業プロジェクト“SOLAE”」が
発足したほか、今年6月には、愛知県が主導で進
めている国際戦略総合特区「アジアNo.1航空宇宙
産業クラスター形成特区」に、浜松市内の企業7
社が指定されるなど、航空機産業への参入を目指
す動きがみられる。ただし、本県は県内に大手重
工メーカーの生産拠点がなく、元来、重工メー
秋田輸送機コンソーシアム
NIIGATA SKY PROJECT
飯田航空宇宙プロジェクト
JAN(ジャパン
エアロネットワーク)
ウイングウィン岡山
ちゅうごく
地域航空機関連
産業クラスター
いる状況である( 2 0 1 2 年の静岡県における「その
他の航空機部分品・補助装置製造業」の製造品出
荷額は非公表となっている)。
自動車と異なる航空機部品の生産
では、中小企業が航空機産業に参入するにあ
たって、どのような点が課題となっているのだろ
うか。県内の主力製造業である自動車部品産業と
比較しながら整理してみたい。
①“多品種微量”に対応した生産体制
とちぎ航空宇宙
産業振興協議会
栃木航空宇宙懇話会
AMATERAS
まんてんプロジェクト
SOLAE、SAT研
カーと県内企業との結び付きが弱いこともあり、
製造品出荷額のシェアはごくわずかにとどまって
東北航空宇宙産業研究会
アジアNo.1航空宇宙産業
OWO(次世代型航空機 クラスター形成特区
部品供給ネットワーク)
九州航空宇宙開発
推進協議会
資料:各種資料、新聞記事などをもとに当所作成
合は 3 0 年以上)、長期間にわたって安定した受注
を得ることができるというメリットもある。
③難削材の加工など、一部で高い技術力が必要
航空機部品加工において要求される技術レベル
は、エンジン部品や機体構造部品の一部で、マイ
クロメートル(1 / 1 0 0 0 ミリメートル)単位での精
まず、航空機産業は、部品点数が自動車産業の
度が要求されるほか、加工方法も自動車生産で多
1 0 0倍と産業の裾野が広い一方、月産台数は1 0機
用されているプレス加工や金型加工がほとんどみ
程度と、自動車産業の数万台と比較して極めて少
られず、切削加工が多いことが特徴である。ま
ない。そのため、“多品種微量”に対応できる生産
た、自動車部品と比べると、複雑な形状のものや
体制が求められる。少ない生産数量でもいかに利
大型の部品が多く、5軸加工機など高度な工作機
益を生み出すことができるか、その対応力が問わ
械設備が必要となるケースが少なくない。
れる。
②長期にわたる開発期間
加工対象となる材料についても、アルミ合金の
ほか、エンジン部品ではチタンやニッケルなどの
開発期間が非常に長いことも航空機産業の特徴
難削材が中心であるほか、最近では機体部位にC
の1つである。自動車産業では、通常、新型車の
FRP(炭素繊維複合材)が多用されていることか
開発は5年程度のスパンで行われるが、航空機の
ら、機械加工の内容自体、自動車部品産業と大き
開発には 1 0 年以上を要すことも少なくない。投
く異なってきている。
資期間が長期にわたるため、それを支える資金力
④厳格な品質保証体制への対応
が必要となる。ただし、一度製造が開始されると
航空機部品生産で最も特徴的なのが、安全性・
運航期間も長いため(最低でも 1 0 年以上、長い場
信頼性が最重要視される点である。自動車部品よ
SERI Monthly December 2014. No.599
11
羽ばたけ!静岡の航空機産業
りも安全性への要求が格段に高く、部品を製造・
設備・技術力だけではなく英語の語学力も必要に
加工した際のトレーサビリティ(生産履歴の追跡)
なるなど、中小企業にとってはハードルが高いも
が常に求められており、航空宇宙産業特有の要求
のとなっている。
事項が付け加えられた国際規格JISQ 9 1 0 0 の
⑤数少ない参入機会
認証取得は、航空機産業への参入に際して、もは
航空機産業では安全性・信頼性を最重視するた
や最低限の条件ともいえる。また、国内の大手重
め、当初の製造工程や検査工程を変更することが
工メーカーでは、JISQ 9 1 0 0 以外に独自の規
原則できない“工程凍結”がルール化されている。
定・規格を設けているところがほとんどで、それ
そのため、最新の生産技術を売り込んだとして
らに対応すべく3次元測定器の保有や測定技士・
も、すぐに採用されるケースはごく稀である。ま
技術士などの養成なども求められている。さら
た、先述したように、航空機開発には長期を要
に、熱処理や表面処理などの特殊工程を手掛ける
し、量産スパンも長いため、航空機産業に参入す
ナ
ド
キ
ャ
ッ
プ
際に必要となるNadcap(国際特殊工程認証
るタイミングは、現状、非常に限られたものに
プログラム)は、資格を取得するために、相応の
なってしまっている。
航空機産業へ新規参入を目指す県内メーカー
それでは、静岡県内の航空機産業の現状につい
このように本県の航空機産業は、いまだ発展
てみていきたい。先述したように、県内における
途上の段階にあるが、本稿では、発足以降、積
航空機産業の規模は極めて小さく、実際の参入企
極的に航空機産業との関わりを深めて、着実に
業も少数にとどまっている(図表9)。中小企業に
実績を積み上げている「共同受注グループ浜松
おいては、機体部品やエンジン部品の試作、加工
航 空機産業プロジェクト“SOLAE”(以下、
などを手掛けている 1 0 数社程度に限られている
SOLAE)」の取組みについて紹介したい。
ようである。
図表9 航空機産業に取り組む主な県内メーカー・事業所(SOLAE参加企業を除く)
企業名
㈱小糸製作所 静岡工場
日機装㈱ 静岡製作所
東邦テナックス㈱ 三島事業所
㈱ジーエイチクラフト
アイティーオー㈱
原田精機工業㈱
所在地
静岡市清水区
牧之原市
長泉町
御殿場市
浜松市浜北区
浜松市北区
主な事業内容
航空機の照明機器、電子機器・電装品などを製造
カスケード(逆噴射装置用部品)などを製造。カスケード部門は2015年春までに金沢に生産移転予定
炭素繊維素材を製造。帝人グループ
CFRPの成形・加工技術に優れ、航空機の機体構造部品を試作。2008年に帝人グループ入り
高精度な切削加工技術をもとに、機体部品を試作・製造
航空宇宙関連部品の試作を手掛ける
アジアNo.1航空宇宙産業クラスター形成特区 指定企業
アイティーオー㈱、㈱オリオン工具製作所、㈱桜井製作所、庄田鉄工㈱、富士工業㈱、㈱平安コーポレーション、マシン・テック・ヤマシタ㈲
(いずれも浜松市)
資料:各社HP、新聞報道などをもとに当所作成
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SERI Monthly December 2014. No.599
羽ばたけ!静岡の航空機産業
情報交換も行われている。発足当初、メンバー内
共同受注グループ
浜松航空機産業プロジェクト
でJISQ 9 1 0 0 を取得している企業は2社だけ
SOLAE
であったが、互いに切磋琢磨することで現在では
SOLAEの発足は 2 0 1 0 年の秋、浜松地域新
得に向けて挑戦する企業もある(コラム1参照)。
産業創出会議の「宇宙航空技術利活用研究会(通
また、航空ショーへの出展では、東京や名古屋
称:SAT研)」のメンバーが中心となって、創設
での展示会にSOLAEとして共同出展している
された。SAT研では、活動内容が勉強会中心
ほか、世界最大級のパリの航空宇宙展に、三遠南
だったこともあり、さらに一歩踏み込んで、受注
信航空宇宙クラスタープロジェクトの枠でメン
実績に結び付くよう積極的な活動を求めた企業が
バーの有志3社が参加したこともある。
7社が取得。より取得が困難なNadcapの取
集い、立ち上がったのである。
活動の中心となる営業活動については、航空機
SOLAEに参加しているのは、2 0 1 4 年 1 0 月
業界に精通したコーディネーターが訪問先をセッ
末現在で 1 0 社(図表 1 0 )。プロジェクト名には
ティングしてグループで訪問活動を重ねるほか、
“浜松”が入るものの、県西部に限らず、中・東部
航空機産業界のOBを顧問に据えることで重工
の企業も名を連ねている。参加企業は、すでに航
メーカーとのパイプを拡大。昨年度は、訪問件数
空機部品の実績を有している企業から、初めて参
が延べ 1 0 0 回以上、受注件数もSOLAE全体で
入を試みる企業までさまざまであるが、航空機産
3 0 0 件超、金額にして総額1億円近くを受注した
業に深く関わっていきたい思いは共通だ。
ほか、受注内容も、機体・エンジン部品の加工か
SOLAEの主な活動は、原則として月1回行
ら治工具などの制作まで、広がりをみせている。
われる定例会議のほか、国内外で開催される航空
SOLAEが発足当初から“共同受注グループ”
ショー
(航空関連産業の展示会)への共同出展、そ
と掲げている背景には、大手重工メーカーなど
して、具体的に受注につなげるための営業活動が
Tier1メーカーのサプライヤーに対する発注ニー
中心。定例会では、個別の営業成果の報告だけで
ズの変化がある(図表 1 1 )。これまで航空機産業
はなく、JISQ 9 1 0 0 などの認証取得に向けた
では、部品ごとに発注先や加工方法を指定するノ
図表10 SOLAE 参加企業(2014年10月末現在)
企業名
所在地
主な事業内容
島田市
ステンレスの切断・溶接加工およびレーザーマーキング加工
㈱エステック
清水町
航空宇宙部品・医療機器部品・油圧ジョイントの製造、ステ
ンレス・チタン・難削材の精密加工
エンシュウ㈱
従来
浜松市南区 工作機械および部品の製造並びに販売
発注
納入
超硬刃物・ダイヤモンド刃物・治具金型の製造販売および航
組 立
㈲岩倉溶接工業所
発注企業
(Tier1メーカー)
特殊工程
治具・工具および各種専用装置・機械の製造・販売、プラス
チック金型製造・販売、プラスチック成形部品の製造・販売
熱処理
磐田市
加 工
㈱アオヤマ精工
図表11 Tier1メーカーからの発注
ニーズの変化(イメージ)
㈱オリオン工具製作所 浜松市浜北区 空宇宙部品の加工
金子歯車工業㈱
富士市
各種歯車の設計・開発・製造
サカイ産業㈱
島田市
産業用繊維資材の開発・製造、FRP成形品の開発・製造
㈱テクノ・モーター
エンジニアリング
磐田市
二輪車・四輪車等の試作部品の設計・製造、ドライカーボン
製品の製造、オートクレーブの設計・製造
㈱ブローチ研削工業所
浜松市東区
切削工具研磨、
NCワイヤーカット放電・精密放電、レーザ
ー切断加工・成形研削・各種測定工具製作
磐田市
一般輸送および航空宇宙機器・精密機器・医療機器などの専用輸送
㈱マツイ
資料:各社HPなどをもとに当所作成
今後
発注
加工
発注企業
(Tier1メーカー)
一貫生産体制
熱処理
特殊
工程
納入
組立
資料:各種資料、ヒアリングなどをもとに当所作成
SERI Monthly December 2014. No.599
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羽ばたけ!静岡の航空機産業
<コラム1>“SOLAE”参加企業の取組事例
有限会社岩倉溶接工業所(島田市、従業員数 21 名(パート含む))
~培ってきた金属加工技術を活かし、航空機事業を新たな柱に~
食品機械部品や産業用洗浄機部品などのステンレス加工を主力とする㈲
岩倉溶接工業所。創業以来、ステンレス加工に特化してきた同社が、航空
機産業を志すきっかけとなったのは、2 0 0 8 年秋に発生したリーマン・
ショックだった。それまで主力としてきたステンレス加工事業の売上が大
きく落ち込み、「1つの柱だけではやっていけない」(岩倉社長)と、危機
感を感じたのである。
また、ちょうどその頃、大阪で開催された展示会に出展したところ、主催者から同社の技術力が高く評価され、航空
機産業への道を勧められる。そこで岩倉社長は、浜松商工会議所が運営するSAT研に参加し、勉強会などを通じて航
空機産業への思いを深めていった。それまで、難しい仕事を積極的に引き受けることで、溶接やレーザー加工などによ
る加工技術を高めてきた自信もあったことから、SOLAEが立ち上がった際も
「生きる道はこれしかない」
と前向きに
捉えてすぐさま手を上げたという。
SOLAEでは、メンバーとともに大手重工メーカーなどへの営業活動を通じて技術力をアピールするほか、展示会
にも積極的に参加。同社が加工したステンレス製の航空機模型
(写真)
は、多くの人が興味を示し、富士山静岡空港での
展示を見た航空機マニアからは販売してほしいとの要望まできたという。
同社では、2 0 1 2 年にJISQ 9 1 0 0 を取得。現在は、Nadcap取得に向けた人材育成や検査環境の整備を検討して
いる。Nadcapは「英語や検査工程など非常にハードルが高いが、航空機産業で溶接をするなら取らないといけない」
という。また、今年 1 1 月には、本社隣地に新工場が完成。新工場には、航空機部品の加工が行いやすいよう広いスペー
スを確保しているほか、衛生面に配慮した医療機器の専用加工室や、社内での勉強会などに使用できる研修室も設置し
た。岩倉社長は「あきらめずに取り組み、航空機分野で実績を積み上げて新たな事業の柱を作っていきたい」と語る。
コギリ型の「工程別個別発注」が一般的であった
の受注にも対応できるよう、一貫生産を目指して
が、最近では「QCD( Quality・Cost・Delivery )
きたのである。
を確保できる組織・コンソーシアムへの素材から
今後については、川下企業のニーズである一貫
完成品までの一貫生産発注」が主流になってきて
生産体制の確立に向けて、熱処理や表面処理、塗
いる。そこでSOLAEでは、切削や放電加工、
装などを専門とする3社が新たに加入予定である
溶接といった部品加工から測定や治工具の制作ま
ほか、より受注しやすい体制づくりを目指して、
で、個々の企業が得意としている技術を組み合わ
受発注を取りまとめる管理会社の立上げなど、組
せることで、単品加工のみならずユニット単位で
織形態の変更も検討していくという。
静岡県から航空機産業が羽ばたくために
以上、航空機業界の動向をみてきたが、特に静
しかし、航空機産業を目指すには、現在中京圏
岡県内の航空機産業は、参入企業も少なく、いま
でB 7 8 7 型機関連などのフル生産が続く今がチャ
れいめい
14
だ黎明期にある。それは、大手生産拠点が隣県に
ンスであり、本県経済および産業にとっても挑戦
あるにもかかわらず、
「実際の距離以上に遠くに
する意義は非常に大きい。全国有数のものづくり
感じる」
(県西部メーカー)など、これまで業界と
県として成長してきた本県には、類まれなる技術
の結び付きが弱かったことが主因だ。
力を保有している中小企業も少なくなく、これま
SERI Monthly December 2014. No.599
羽ばたけ!静岡の航空機産業
で培ってきた製造ノウハウを、次なる成長産業で
が実情だ。LCC(格安航空会社)の台頭に伴って
ある航空機産業に活かさない手はない。
エアライン間の競争が一層激しさを増す中、コス
では、本県に航空機産業を花開かせるためには
ト削減はエアラインにおける喫緊の課題でもあ
どうしたらよいのか。そこで提案したいのが、大
り、今後は整備業務を外注していく流れが進むこ
手重工メーカーや、今後拡大が期待されているM
とが予想されるほか、高まるアジア圏の航空需要
RO産業
(コラム2参照)の拠点を、県内へ誘致す
も国内MRO産業発展の後押しとなるだろう。幸
ることである。航空機の生産・整備拠点を県内に
い、富士山静岡空港周辺には、MRO拠点を受け
設けることができれば、周囲に関連企業が集積
入れるだけの十分な土地がある。まずは、格納庫
し、県内企業との関わりも自ずと深まるほか、P
の増設などからMRO事業を広げていくことで、
MA部品などへの参入機会も広がる。もちろん、
県内に航空機産業が萌芽する下地を整えることは
実際に誘致するためには、行政や企業が一体とな
不可能ではないと考える。
り、地域全体、さらには国の支援も受けつつ取り
いずれにせよ、航空機産業に取り組むにあたっ
組むことが求められ、並々ならぬ努力が必要とな
ては、官民ともに長期的な視点が欠かせない。特
るであろう。しかしながら、今後、県内経済・産
に民間企業においては、個々の技術力のみなら
業が一層の発展を目指すためには、あらゆる可能
ず、資金面や営業力、そして何より粘り強く取り
性を探ってみることが欠かせない。
組む経営者の情熱が求められる。幸い、県内に
特に、国内で未発達のMRO産業を、いち早く
は、SOLAEという航空機産業に意欲的に挑戦
手掛けることは非常に有意である。現在、JAL
するグループが立ち上がり、徐々にではあるが受
やANAなどの国内大手エアラインは自前で整備
注実績を積み上げている。まずは、こうしたグ
体制を整えているが、軽度な整備が中心で、5年
ループや参入企業に対して継続的に支援していく
程度の周期で実施される大がかりな重整備(オー
ことが、県内から航空機産業が羽ばたく第一歩と
バーホール)は、中国など海外に委託しているの
なるのではないだろうか。
<コラム2>市場拡大が期待されるMRO産業とPMA部品
航空機市場の拡大にともない、MRO産業が注目を浴びてい 図表12 世界のMRO市場の予測推移
る。MROとは、Maintenance, Repair & Overhaul の略で、航 (10億ドル)
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90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
空機の整備や修理に関わる諸産業のことを指す。MRO産業は、
整備技術に立脚しているため航空機製造分野と比較して安定し
た利益が期待できるほか、航空機が使用されるほど需要が発生
することが特徴である。
MRO産業の市場規模は、1 0年後の2 0 2 4年には全世界で8 6 8
億ドルと、2 0 1 4 年の 1 . 5 倍に成長すると見込まれている(図表
1 2 )。特にアジア地域は、今後 1 0 年間で世界最大の市場になる
と予想され、新規需要を取り込むべく、中国や台湾、シンガ
ポールなどでは、国策としてMRO産業が推進されている。
66.3
61.7 63.6
57.7 60.3
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16
17
18
79.1
73.2 75.1 76.9
19
20
21
22
82.8
23
86.8
24 (年)
資料:TEAM SAI「2014-2024 GLOBAL MRO FORECAST」
一方、PMA部品とは、Parts Manufacturing Approvalの略で、米国連邦航空局の認証を受けたアフターパーツのこ
とをいう。PMA部品は、MROの範疇に位置付けられ、一般的に純正品よりも安価で提供されることから、コスト削
減に取り組むエアラインが積極的に導入を図るなど、マーケット規模が拡大している。PMA部品として認証を受ける
ためには、米国内に現地法人を有していることが条件になるなどハードルは高いが、米国のPMA製造・販売会社から
の委託を受けることで、日本企業も参入することが可能である。
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