法哲学 1・2・3年次 選択必修科目 後期 木曜・1時限 嶋津 格

科 目 名
年 次
法哲学
1・2・3年次
区 分
期
選択必修科目 後期
曜日・時限
担 当 教 員
木曜・1時限
嶋津 格
【科目のねらい】
法解釈学を学んでいると,多くの事実的・価値的前提があることに気づくと思う。法哲学ではまず,
それらの前提を自覚化するとともに,代替的な他の可能性を考える。そして相互を比較し,場合によ
って,現在の前提を正当化したり,それを批判したりすることを試みる。法とは六法に書いてあるこ
とだ,と考えている人は多いと思う。しかし,そこに書かれている個々のルールが,ただその言語的
意味に担保されて直接法となる,と考えるべきかどうかは,議論の分かれるところである。法システ
ムは全体として,もっと有機的なものだと考えるべきかもしれないからである。
「正しいから法」なの
か,「法だから正しい」のか,「正しさは法と無関係」なのか。実際に議論しているうちに,これら一
見抽象的な議論が,実際には実践的な意味合いを色濃く帯びていることがわかると思う。
「正当化」の
問題は結局,正義論に行き着く。1970年代以降の欧米の哲学界は,多くの対立する正義論が展開
される場であった。それらについても,概括的な知識を得るとともに,自分でそれらを評価し,現実
に適用できる力を養うことを目的とする。また,法が解決を求められている実践的問題のサンプルと
して,現代の生命倫理をめぐる問題なども扱う。
【授業の方法等】
教育方法としては,対話式を試みる。下記の教材(すべて嶋津のエッセー)について,毎回担当者
を決め,その人が自分なりに批判的コメント・質問などをまず行い,その後討論する。対象を忠実に
学ぶことも重要だが,自分の頭の中を整理して,自分なりに各種の問題に解答を試みることはより重
要である。それゆえ,その種の能力が身に付くよう,授業を工夫したい。
【教材等】
下記の教材の多くを含んだ嶋津の著書が後期の授業までには出版の予定である(
『問としての<正し
さ>』NTT 出版、ただし下記の教材名は初出のタイトルを上げており、出版時には変更の可能性があ
る)
。また,そこに含まれないもの(特に法と経済学関連の論文)については各自 Home Page から down
load してもらう。嶋津の Home Page(http://homepage3.nifty.com/i_shimazu/)は専門法務研究科教
員のページからもリンクがたどれるが、そこから教材 down load 用のページに入るための Password
は,第 1 回授業の時に出席者に教える。第 1 回目は準備不要であり,プリントなどを用意する。
【成績評価】
授業でのアサインメントに対する批判的報告(20%)と平常点として出席を含めて授業中の積極的
な質問・発言(10%)
。期末に任意テーマで提出してもらうレポート(40%)
,それを素材として行う
学期末試験(30%)による。ただし,授業中の発言については,プラスにのみ評価し,間違った発言
や教養不足の発言を減点対象とすることは一切しない。
【各回の内容】
第1回 法哲学とは何か
主な内容:法哲学という学問の概観を与える
ねらい:哲学という言葉も多義的だが,簡単に哲学について説明し,参加者のもっている哲学のイ
メージを出しあうことで,それらを思想史的な文脈に位置づけることを試みる。そして,法について
哲学するとはいかなることか,短いエッセーを題材にして議論してみる。
教材:法学ガイダンス/法哲学,平和・平和主義・正義
第2回 法の概念1
主な内容:法実証主義の立場からする法の概念を理解する
ねらい:主に H.L.A.ハートの議論を紹介することで,もっとも洗練された法実証主義の例を与える。
時間が許せばケルゼンやラズについても言及。同時に日本法の理解について,実証主義的な扱いの例
を考える。
教材:確認のルール,法における事実的要素
第3回 法の概念2
主な内容:法を客観的事実として認識しようとする実証主義の立場への批判を理解する
ねらい:法を客観的に「認識する」とする立場に対する批判について,検討する。
教材:法の認識とイデオロギー
第4回 法における発見
主な内容:純粋な意思決定としての立法と対置される「法の発見」を考える
ねらい:意思決定は,ある意味で無から有を作り出す。法はそのようにして作られると考えること
もできるが,正しい答を発見するためのより理性的な活動が積み重なって生じるものと考えることも
できる。後者においては,正義の問がより意味を持つことになる。
教材:法における発見
第5回 民主主義の条件と法
主な内容:単純な民主主義理解を批判的に検討することで,法の役割を考える
ねらい:第4講の内容を利用しながら,
「正解」概念をもたない単純な意志決定モデルによる民主主
義理解の欠点を理解し,その限界を画するものとしての法の役割について考える。三権分立の基礎理
論ともなる。
教材:民主主義──その認識論的基礎と機能のための条件について
第6回 司法改革と法学教育
主な内容:現在進行中の司法改革について,法哲学的に考える
ねらい:法学大学院の設置や裁判員制度の導入を含む司法改革の背後にある,より深い法と社会の
関係のあるべき変化について,基本的なことを議論する。
教材:社会改革としての司法改革、裁判員制度擁護論
第7回 正義論の沿革
主な内容:法哲学の中で一時閑却されていた正義論の復活について考える
ねらい:正義論は,元々法哲学の中心であったが,一時期メタ理論のみしか扱われなかった。それ
を転換したロールズの『正義論』とそれ以降の議論を参照しながら,正義について論じる方法を考え
る。
教材:正義論の経緯と現状
第8回 ユートピアとイデオロギー
主な内容:ユートピア論についていくつか例を見ながら,その「真偽」を考える
ねらい:マルクシズムは 20 世紀の歴史の中で崩壊していったが,その種の大がかりなユートピア的
イデオロギーの盛衰を考える。思想を楽しむ習慣をつけることが直接の目的だが,一方では法哲学に
ついてのメタ理論とも繋がる面をもつ。
教材:ユートピア論の射程、イデオロギーの真理
第9回 法と経済学(批判的検討)
主な内容:法と経済学についての紹介と批判的検討
ねらい:法における効率の問題を原理的に考えるために,法と経済学の基本的洞察を理解するとと
もに,その限界についても考える。
「合理的」人間と規範的人間の違いについても考える。
教材:経済学の洞察と法学
第10回 所有権論
主な内容:法と経済学的な観点を中心にして,所有権の目的を考える
ねらい:法と経済学の応用でもあるが,その批判の例ともなるような視点から「所有権は何のため
か」を考える。
教材:所有権は何のためか,
第11回 約束と契約
約束はなぜ義務づけるか,といった論点を,言語哲学を利用しながら分析するとともに,ヒューム
の議論を紹介しながら契約について考える。自然法論というよりコンヴェンション論として契約を論
じるスタンスである。社会契約論は直接対象にならないが,理論的関連は意識されている。
教材:進化論的契約論素描
第12回 不法行為論
主な内容:法と経済学の手法を一部使いながら,
「不運」の問題を考える。
ねらい:実定法の運用と社会的帰結の必ずしもストレートではない関係を理解する例として,不法
行為法を扱う。そして,以前米国でおきた,
「不法行為法の危機」
「保険の危機」を例にしながら,
「不
運」への対応とその限界を考える。
教材:不法行為法における「不運」の位置について
第13回 平等論
主な内容:法と平等について考える
ねらい:平等は法の目的でもあるが,結果でもある。アメリカにおける人種差別の是正に法,特に
裁判所が果たした役割の例を見ながら,法と平等について考える。今年度は教材から少し進んで、フ
ェミニズムや多文化主義をめぐる論争などについても言及の予定。
教材:法と平等──その論理と歴史
第14回 生命倫理(メタ理論)
主な内容:生命倫理において,
「正しい答」とはいかなることか,を考える。
ねらい:
「発見と合意」論のヴァリエーションとして,生命倫理を取り上げる。自己決定権について,
それを制限する論理として可能なものは何か,を例を挙げながら考える。
教材:「運命」代替としての倫理臓器、
「配分」と社会的正義
第15回 動物の権利をめぐって
動物を保護することが法の目的でありうるか、については対立する答えが考えられる。しかし、法
の目的が何であれ、動物虐待を禁止する法律はわが国も含めて世界の現実である。EU では、動物実験
を行って生産された化粧品の輸入・販売が禁止されるに至っている。人権との平行性があるのかない
のか。少なくとも興味を引かれるテーマではあるので、授業で取り上げてみたい。
教材:実験動物の法的・倫理的位置と実験目的によるヒト由来物の利用