「ハーバード大学政治経済情報報告」 栗原 潤 氏紹介 誰もが納得するほどの理論派であり、 日本と米国の関係が今後も益々重 曖昧にして柔軟な老子の持ち味は多 要になることを思えば、猛烈な知的好 栗原さんと私は、そう長いお付き合 分気に入らないと、温和な語り口なが 奇心の持主であり、したがって万法に いではないが、幾つかの部分で肝胆 ら手厳しい批判をされるだろうと思っ 通じた博学でもあるこの得難い人物が 相照らすところがあります。中でも次の ていたからです。 米国に居ることになり、我が国にとって 一点、中国古典を愛することですが、こ 案に相違して熱狂的な愛好者とな れまで毎月1回一緒に 「老子」 を読んで られたことは、老荘思想を生きる私と 来た仲なのです。 しては、誠に有難いことであり、頼り 老子は難解ながらも、一際味わい に富んでおり、その魅力は一生をかけ になる味方を得た思いでありました。 その栗原さんが、今回ハーバード大 もプラスであると思います。私もその活 躍を大いに期待している一人であります。 今回当社の対米国アドバイザーを 引き受けて戴くことになり、米国の多様 で貴重な情報を送って下さることにな てのめり込むほどでありますが、栗原 学ケネディー・スクールから招聘され、 りましたので、ここに掲載し、読者諸氏 さんがこれ程までに老子狂になられる 特別のフェローとして就任されると聞 の業務の一助に是非とも役立たせて とは、誠に予想外のことでありました。 けば、これは何としても応援しなくては ほしいと思ったのであります。 と言うのも、栗原さんは語らせれば ならないと思った次第であります。 田口 佳史 くりはら じゅん ハーバード大学ケネディー・スクール シニア・フェロー 文:栗 原 潤 1957年大阪生まれ。民間調査会社を経て、2003年5月から ハーバード大学ジョン・F・ケネディ・スクール・オブ・ガバ メント、シニア・フェロー。大学では、日米中を中心とする直 接投資問題、日本産業の再活性化問題、東アジア経済安全保障 問題を研究。 ハーバードの8月は静寂につつまれる。多くの研究者が去 で、パリの高級レストランよろしく、8月一杯は「休業」状態だ。 り、ハーバード・スクウェアー界隈には、観光客とサマー・プ このように、表面上は静寂がケネディー・スクール全体をつ ログラムの受講生がまばらにみられるだけである。米国の日 つみこんでいるように見える一方で、水面下では様々な動き 本占領政策をベースに米国の外交姿勢に疑問を提示した論 ―名残惜しい別れと新しい出会いとの交錯―が起こってい 文"On the Ethics of Exporting Ethics"(筆者仮訳「 (米国 る。新年度を直前に控えて、ハーバードは新しい世界に向 の)倫理観を輸出することの倫理について) 」)の著者で、ケ けて羽ばたく研究者を送り出し、新たに参画する研究者を迎 ネディー・スクール講師であるケネス・ウィンストン氏は、シンガ えて入れようとしている。 ポールとベトナムにおける法的社会文化を研究するために8 月初旬ボストンを離れた。 そして、9月の初旬に入ると、いよいよ新学期開始の直前と なってケンブリッジは慌しく動き始めた。 筆者の恩師の何人かはニューイングランド北部のメイン州 に在る別荘で涼しい夏を過ごしている。 ここに残る研究者は、 筆者の知る限り、国際経済の専門家であるロバート・ローレ ンス教授等数えるほどである。同教授は、WTО加盟を機に、 さて、本報告内容として、 (1)ここケンブリッジで、 (a) ケネディー・スクールにおける新 しい研究仲間、 (b) ケンブリッジにおける「東アジア人的 国際経済の知識を確認・充実するために台湾から訪れた一 ネットワーク」の具体例、 (c) ケンブリッジにおける「日米 団の政府官僚を中心とするサマー・プログラム受講者に講義 欧人的ネットワーク」、 (d) 我が国の起業家・投資家の卵 を行っている。10年程 前から縁 のある欧 州問題 研究 所 が受けたMI Tでの研修、 (e) 積極的な日米知的交流の実 (Center for European Studies〈CES〉 )も、 「欧州スタイル」 例、 (f) 戦争報道の客観性問題 1 (2)最近こちらで研究者が発表した興味深いレポート・研究 (4)ケネディー・スクールのジェフリー・フランケル教授の評 会の報告、すなわち、(a) 電子政府、 (b) ベンチャーキャ 価を中心とした、大統領選挙と長期的経済政策に関す ピタリスト、 (c) M&A、という3つの分野に関する興味深 るワシントン情報 い研究の紹介 (3)日米関係に関するワシントン情報 (5)米欧関係に関するワシントン情報 といった5点を報告する。 1 . ケンブリッジ 情報 (1) 新学期を控えた研究の始動 さて、新学期を迎え、その「超人」 となるような人材と人材の 卵がここケネディー・スクールにも入ってきた。 「超人」的ルー (a) ケネディー・スクールにおける新しい研究仲間 キーのひとりが、ブッシュ・シニア政権時代における大統領首 ここケンブリッジは、光輝く才能を秘めた 「ヒト」 と、そうした 席補佐官で元ニューハンプシャー州知事のジョン・スヌヌ氏 「ヒト」が 携えた「情報」が集積している街である。そのなか である。同氏は、新学期から、ケネディー・スクールの行政学 には、 「超人」 としか表現できない天才が紛れ込んでおり、同 教授として参画することになった。同氏は1983年に知事に就 時に、 「金のなる木」に成長する可能性を秘めたビジネス・シ 任して以来、20年間、政治と行政の世界で活躍していた。が、 ーズである 「情報」が潜んでいる。 それまでは電気工学の専門家で1966年にここケンブリッジの 専門家仲間では有名な話ではあるが、ゲノム関連の新し MITで電気工学博士号を取得している。ケーブルテレビの い研究機関であるブロード研究所が、ハーバード大学、M CNNが放映する時事討論番組「クロスファイアー」 で見せた IT、ホワイトヘッド研究所の協力で、今秋新設されることに 同氏の厳しさと鋭さを、ここケネディー・スクールで再現して なった。初代所長に就任するエリック・ランダー氏は、そうし くれると楽しみにしている。 た 「超人」のひとりである。同氏は、クリントン前大統領の経歴 で日本でも有名になったローズ奨学生で、1981年に英国のオ ックスフォード大学で数学博士号を取得している。その後、 (b)「東アジア人的ネットワーク」 の具体例 プリンストン、MIT等から名誉ある様々な賞を受賞すると同時 ここケンブリッジは、世界的な人的ネットワークが構築でき に、ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を握っていたとい る街である。最初に、米国を中心とする 「東アジア人的ネット う経歴を持ち、現在は、ホワイトヘッド研究所のメンバーで ワーク」の具体的事例を紹介する。ここ米国における東洋系 あると同時にMITの生物学教授という華麗かつ多彩なる肩 の留学生及び研究者が構成する社会は、90年代半ばに大き 書きである。 な変化を経験した。それまでは支配的だった日本人、即ち、 お行儀は良いが、極めて少ない例外を除いて授業中・会議 筆者が知り合ったハーバードとMITの社会科学関係の でまったく発言しない日本の「沈黙の集団」 と入れ代わり、中 知人にもそうした「超人」が多い。筆者のMIT時代、経済学 華系を中心とする 「主張する集団」が支配的地位を占めるよう と政治学を両方マスターし、更には、技術文献も、ギリシア及 になった。こうして、東洋系留学生・研究者集団の多様化・多 びラテンの古典も楽々と読みこなすような「超人」がいて、 「か 極化が出現している。ケネディー・スクールでも、中国の「ベ なわない」 とヒシヒシと感じた記憶がある。1996年に帰国し、 スト・アンド・ブライテスト」が、日本人研究者を圧倒する勢いで 筆者が時折指導を仰いだ尊敬すべきエコノミスト、香西泰日 ある。経済的なダイナミズムを持つ国を祖国とする中国人研 本経済研究センター理事長 (当時)にその経験を申し上げ 究生の目は輝いている。我が国が経済発展を謳歌した60年 たところ、 「栗原さん、それこそ (経済学でいう)『比較優位 代、70年代の日本人研究生及び留学生も、今の中国人研究 (comparative advantage)』 ではなく、 『絶対優位 (absolute 者のように、 文化的な差異や学業上の問題と毎日格闘しつつ、 advantage)』 ですね。」 とご教示頂いたことを思い出す。ルネ 歯を食いしばり努力したに違いないと、ふと思い浮かべる時 サンス期の天才アルベルティが「その気になりさえすれば何 がある。いずれにせよ、良かれ悪しかれ、一時に比べて圧倒 でもできる人」 を指して "Renaissance Man"/"Uomo univer- 的勢力を削がれた日系研究者と新たに加わった中華系、韓 sale(Universal Man)"と言ったそうだが、ハーバード=M 国系の研究者とが中軸を成す形で「多様化・多極化したアジ ITコンプレックス (複合体)には、つくづく"Renaissance ア」がここ米国で出現している。また、これを背景として、ここ Man"が「ゴロゴロ」いるなぁと感じている。 米国の教育・研究機関をハブとしながら一種の「東アジア域 内ネットワーク」が形成されつつあるが、今回は、ここケンブ 2 リッジで筆者が経験した具体例を説明したい。 筆者は考えている。彼のような中華系ビジネスマンは、米国と の強いつながりを持ち、1999年設立のシリコンバレー華僑ビ 日米中三極ビジネスネットワーク まず、日米中の三極ネットワークの形成について説明する。 ジネス協会 (Silicon Valley Chinese Overseas Business Association〈SCOBA〉; 中国名: ) ケネディー・スクールのアンソニー・セイチ教授は、中国に滞 を代表例とする中華系人的ネットワーク等を組織している。こ 在した時から、中国社会科学院の王洛林副院長、余永定中 うした人的ネットワークは、我々日本にとっても、最適なビジネ 国社会科学院世界経済与政治研究所長と長い親交を保っ ス・パートナーの検索と選択、ビジネス・リスクの査定に大い ている。同教授は、 「微妙な問題」に関しては、彼らと必ずし に役立つものと期待している。 も意見が一致する訳ではないが、お互い尊敬しつつ、米中 関係を中心に意見交換を行っている。筆者も、数年前から、 うわべは欧米的なビジネス感覚を共有するものの、彼らと 王洛院副院長を含む中国社会科学院の人々と面談・会食す 筆者は、結局はお互い東洋人なのだとつくづく実感すること る機会を得ていた。しかし、筆者の狭量なバイラテラルな思 が多い。お互いに、中国古典の『荘子』から太平天国の乱と 考から、セイチ教授と社会科学院との関係は、ここケンブリッ いった歴史の問題、或いは日常的なビジネスの問題まで、中 ジに移り、李薇社会科学院外事局副局長の北京の自宅に電 国語混じりの英語で情報交換を行い、 「東アジア人的ネットワ 話をして初めて知った次第である。現在は、中国及び上海の ーク」の拡充に向けた夢を実現するべく、電子メールを中心 社会科学院、ハーバード、そして広く日本で中国との 「建設的」 に情報交換する日が続いている。 な三極関係を築くことに興味を抱く人々との協力体制確立に 筆者も微力ながら貢献したいと考えている。 日中間の政治経済社会関係の基礎となる個人的な信頼関係 次にバイラテラルな関係ではあるが、ここ米国で、日中の絆 これに関連して、来年春、ナイ校長を筆頭にケネディー・ス クールを中心とするハーバード大学と、ダウジョーンズ社が が強まる経験を報告したい。筆者がここケンブリッジに移っ て最初に親交を暖めた2人の中国人研究者を紹介したい。 共同で、中国をメインテーマとする世界経済に関するビジネス 会議を準備している。その日本側の参加に関し、筆者も少な この夏帰国する北京大学中国経済研究所副主任の盧鋒 からずかかわることになる。このプロジェクトに関しては進展 教授は、アジアにおけるFTA研究を、また、上海社会科学院 があり次第、次号以降で報告したい。 経済研究所に戻る権衡氏は、所得格差の米中比較に関する 研究を実施している。両氏ともここでの成果を、帰国後、英 もう一つ、日米中の三極ネットワークの具体的事例として、 文で発表する予定と聞いている。両氏とは、広く東アジアを取 新たな生産ネットワーク形成を模索する動きについて紹介し り巻く環境と、過去から将来にわたる日中問題を短い時間な たい。近年、筆者が国際会議で知り合ったレベッカ・チャン がら腹蔵なく話せる機会に恵まれた。 (莊瓊芳)女史は、極めてフットワークの良いビジネスパー ソンである。彼女にとっては、最近のSARS騒動も、またIT 専門的な話とは別に、日本の教科書問題、自衛隊の中東派 バブルもまるで関係ないかの如く、台湾・上海・香港・東京・シ 遣、或いは、中国の汚職問題、日中安全保障問題という微妙 リコンバレーの間を飛び回っている。つい最近も、彼女は新 な問題に関してもお互い率直に突っ込んだ議論をした。幸 しいビジネスの「種」 を求めてボストンまで足を伸ばし、筆者 い、将来の共通利益を求める目的意識の下、双方が終始冷 と会食したばかりである。また、台湾出身のジェイムズ・チュ 静さを失わずに努めることができた。その結果、将来に向け ー (邱羅火)氏をはじめ多くの中華系ビジネスマンとは、上海 重要な信頼関係が 構築できたという筆者の喜びは大きい。 を中心とする生産ネットワーク構築の可能性を探っている。 毎年終戦の日が近づく度に問題となる靖国参拝に関しても、 いずれの国においても、祖国に命を捧げた英霊を拝むこと チュー氏は、MITのスローン・スクールでMBAを取得し、 は当然という意見で一致した。是非はともかく、時代の要請 日米中 (及び台湾)で直接投資に関するビジネスを着実に展 から筆者の父の兄弟のうち4人が海軍兵学校にいったこと。 開させている有能なビジネスマンである。彼のような「米国仕 その長兄が南太平洋で戦死したこと。戦死した彼と同期で 込み」の中華系ビジネスマンは、欧米式の法体系・商慣習を 生還したかつての若き海軍士官も今では齢80半ばに達した 体得しており、同時に、中国大陸でのビジネスの難しさも、日 こと。彼らが行う毎年の合同靖国参拝が高齢で困難になっ 本人同様体験している。その一方で、筆者のような門外漢が たこと。今年5月の参拝が最後と聞き、20年ぶりに筆者もそれ 中国経済を考える時に、外国人にも非常に理解しやすい形 に参加したこと・ ・ ・。盧氏とふたり、落ち着いた声で慎重に言 で、概念整理をする能力も兼ね備えている。特に、中国での 葉を選びつつ語り合った。静かに流れ行くその時の経験を リスクの嗅ぎ分け方は、日本人の能力を超えるものがあると 今も忘れることはできない。 3 経済だけでなく、安全保障分野でも、広く日中関係の再定 ように言われている。7月9日付ドイツ経済雑誌『ヴィルトシャフ 義をする必要に迫られる今、国家間の関係と同時に、生身の ツ・ヴォッヘ (Wirtschafts Woche) 』は、"Made in Germany: 人間同士の信頼関係も重要と筆者は考える。国交正常化以 Qualita t deutlich gesunken"( 筆 者 仮 訳「 Made in 前、対中プラント輸出に企業人としての限界を超えて尽力し Germany: 明白なる (輸出製品の) 品質低下」) というショッキン た倉敷レイヨン (現、クラレ) の大原総一郎氏をはじめとする グ な 表 題 で 、キ ー ル 世 界 経 済 研 究 所( Institut fu r 先人の努力を無駄にしてはならない。1997年8月15日に逝去 のユルゲン・シュ Weltwirtschaft an der Universitat Kiel) された元中国日本友好協会会長の孫平化氏が、 「中日友好は テーン研究部長の分析を紹介した。同部長からは、親切に 21世紀に向けた歴史の責務」 と、 「私の履歴書」 (『日本経済 も、ドイツの産業内貿易と未熟練労働者との関係を分析した 新聞』掲載) の最後に両国の若者に残した言葉を、筆者は今 ドイツ語の論文を送って頂いた。周知の通り、ドイツ系企業 ここケンブリッジで思い起こしている。 は日系企業同様、国際化と情報化の波のなかで格闘中であ .. .. .. る。最近の報道によると、シーメンスが中国市場での製品戦 (c)ケンブリッジにおける 「日米欧人的ネットワーク」 略をより現地化した形で改革を行うなど、ドイツの多国籍企 以上、ここケンブリッジにおいて筆者が体験する 「東アジア 業は、グローバリゼーションとローカリゼーションの程良いバ 人的ネットワーク形成」の具体的事例を紹介したが、次に 「欧 ランスに苦しんでいる。このグローバルとローカルのバラン 亜」の具体例に触れてみたい。 スィングに格闘している欧州の企業行動とその分析を学ぶこ とは、米国のケースと同様に、日本経済の再生を考える際に 中世欧州の修道院、バロック様式の大聖堂、そして長い 重要と考えている。 歴史を持つ繊維工業で有名な東スイスの中心ザンクト・ガレ ンには、欧州が誇るビジネス・スクールを擁したザンクト・ガレ .. ン大学 (Universitat St. Gallen) が在る。同大学の経営情報 .. ) から本 研究所 (Institut fur Wirtschaftsinformatik〈IWI〉 マグナム・ブロムストロム教授率いるストックホルムの欧州 日本研究所 (European Institute of Japanese Studies 〈EIJS〉 ) に、客員教授として東京を旅立つ直前、山本武彦早 校を訪れていたミヒャエル・ヒルプ氏が、8月末にスイスに帰 稲田大学教授は、 「ケネディー・スクールという知的刺激に満 国した。同氏は、ケネディー・スクールのフェローとして、欧 ちたところで勉強するので、一日たりとも無駄に過ごさぬよう 州系を中心とする多国籍企業の研究をおこなっており、帰国 に。」 と励ましの電子メールを下さった。この山本先生の言葉 後、それを論文として発表する予定である。 を心に刻みつつ、距離的にも心理的にも欧州との近接性が 感じられるここ米国東海岸に居ながら、ヒルプ氏、シュテー 彼と親しくなったきっかけは今でも懐かしい。彼のファー ン氏等と人的ネットワークを構築し、日本再生の視点から英 スト・ネーム (Michael) を、ここケネディー・スクールの皆が、そ 仏独を中心とした欧州の「試行錯誤」 とその教訓を学んでみ して彼自身もマイケルと呼んでいた。ある晩、筆者が悲惨な たい。 ドイツ語で、 「ひょっとして、本当はミヒャエルじゃないの」 と 聞いたところ、突然、 「君のドイツ語は何処で習ったのか」、 (d)我が国における起業家・投資家の卵、MITを訪問 「何年習っていたのか」等と猛然と話しかけてきた。これが奇 第四の全般的ケンブリッジ情報として、筆者の知人である 縁となり、ある時は、 「スイスのゲーテ」 と呼ばれる文豪ケラー MIT関係者が、日本から起業家・投資家の候補生を受け入 の『緑のハインリヒ』等の話を、またある時は、グローバリゼ れ、教育プログラムを実施している話を紹介する。 ーションにおける企業行動の日欧比較を語り合った。お陰で、 グローバリゼーションの進展と同時に、ローカルな価値観と MITで生まれた人的ネットワークの一つ、テックリンク 言語の重要性を、筆者はここハーバードで実感している。そ (MIT TechLink) の創設者の一人で、ベンチャー・ビジネス れとともに、錆付いてはいたが片言のドイツ語でヒルプ氏の 創業支援サービス会社incTANKの社長を務めるカール・ル 心を筆者に開かせる糸口を作ってくれた、NHKドイツ語講座 ーピング氏は、日米欧を頻繁に飛び回っている知的所有権 の小塩節先生と、筆者の母校京都大学に隣接したゲーテ・イ の専門家である。8月1日の朝、同氏から 「MITのファシリティ ンスティテュートから授かった遥か昔の恩を、今ここで深く噛 ーを利用して、日本人グループを教育しているのだが、今日 み締めている。 の夕刻、バーベキュー・パーティーをするので急な話だが参 加しないか」 と電子メールが届いた。筆者は、如何なる人物 慧眼な読者は既に認識していると思うが、バブル崩壊後 が参画しているのか興味をもって彼の自宅に向かった。 に変調をきたした日本と、東西統合を契機に、戦後の「経済 的奇跡 ("Wirtschaftswunder") 」 を再現するという 「目論見」 に失敗したドイツとは、近年共に並んで経済停滞の象徴の 4 こうして夕刻、incTANKの日本法人社長、塚越雅信氏と も再会し、また、若い人々とも日本のベンチャーキャピタルの 将来性を語り合った。秦信行國學院大學教授と中西英樹財 団法人ベンチャーエンタープライズセンター (VEC) 業務部長 「本音」 を語り合うための「空気」 を醸成することが、如何に難 しいかを実感していたからである。 (当時) のご好意で筆者も執筆に参加した報告書、 『我が国 のベンチャーキャピタルの活動状況に関する調査』 (VEC 常識的な話として、どこの国でも、知性と品性を備えた人 2003年3月) の中で、印象深く残っているキーワードは、 「人づ なら、相手側の人物がよく判別できるまでは、 「本音」 を洩らす くり」、或いは「ヒト、ヒト、ヒト」 である。筆者自身、意欲的で有 ことは決してない。その場合、安全策として通常採られる方 能な「ヒト」の活用こそ日本経済再活性化における最大の課 策は、当り障りのないステレオ・タイプ的発言をし、相手の出方 題と考えている。その意味で、我が国の有能な人々がここケ を待つこととなる。筆者が参加した国際会議のうち、大多数 ンブリッジを訪問し、MITの若者がビジネスを創業する現場 が単に儀礼的で名刺交換の場として終わるか、また、まるで と、その場の持つ「匂い」 を嗅ぐことは極めて重要な経験で 旅行の時に偶然乗り合わせた隣の人と、他愛もない世間話 あろう。 をして終わるだけの場合であった。確かに、国際間で「本音」 が語れる 「空気」 を醸成することに情熱を注がれている人々 しかし、いくら有能な「ヒト」が訓練を受け、その結果「人の ―例えば、国際交流センターの山本正理事長や今年退官さ 和」が 構築されたとしても、 「天の時」 も必要である。米国景 れた曽我陽三東京アメリカンセンター上席企画官―の企画し 気が若干上向きになったとはいえ、ベンチャーキャピタルを巡 た場にも、筆者自身参加し、感動した経験がある。しかし、 る環境は依然として厳しい。こうしたなか、アーンスト&ヤン そうした機会は筆者が尊敬してやまない山本氏や曽我氏の グ/ベンチャー・ワンが7月28日に発表した、2003年第2四半期 情熱と才能なくしては達成できない例外的ケースと考えてい におけるベンチャーキャピタル・サーベイは、2000年第1四半 る。 期以来3年ぶりに「薄日」ながら、ようやく回復の兆しが見えた と報告している。ただ、周知の通り、 IT分野のバックログや、 残念ながら、我が国で開催される多くの国際会議では、海 製造及びサービス分野での状況は引き続き厳しく、医療分 外の参加者は、内容的にはあたかも 「刺身のつま」のような 野の順調な拡大でほっとした結果となっている状況である。 存在でありながら、雛壇に祭られた雛人形のように極めて丁 重に扱われ、更には通訳が介在するせいか、外国人がせき ケンブリッジを訪れたこの起業家・投資家の卵が、 「地の を切ったように「本音」 を吐露するという光景は、めったにお 利」 を生かしてここMITで吸収した智恵を携えて帰国した後、 目にかかれない。もし、 「情報交換」 を相手との「情報」 という 日本で一騎当千の起業家・投資家として成長してもらいたい。 ボールを扱う 「キャッチボール」に譬えるならば、大抵の場合 そして、経済環境が再び好転した「天の時」 を掴み、各々が は、 「肩ならし」的なものであり、決して「真剣勝負」のキャッ 颯爽と単身ケンブリッジに再び乗り込んで来ることを夢みた チボールではないのである。換言すれば、既知の情報を交 い。 換しただけで、意思決定上、或いは判断材料としての新た な情報は、ほとんどの場合なんら吸収することができない。 (e)築き上げた信頼から生まれ出る積極的な日米知的交流の 成果 ところが、2月の会議に参画し、筆者の見識が限られたも のである事を認めざるを得なかった。国際安全保障のセッシ ケンブリッジにおける全般的情報の第五として、1ヵ月程前 ョンでは、最初に、同友会安全保障委員会委員長である岡野 に関西経済同友会が完成させた報告書に触れてみる。関西 幸義ダイキン工業副社長が、問題を提起された。同氏は、日 経済同友会は、ここハーバード大学と西海岸のスタンフォー 本の国益と日本の採りえる政策に関しての財界の意見を整 ド大学で定期的に意見交換をする機会をもっているが、今 然と述べられると同時に、ナイ校長の近著の内容にも触れ、 回紹介する報告書は、本年2月末に開催された、ハーバード 米国の政策対応に関するハーバードの見解を問われた。同 (第10回) と、そしてスタンフォード (第4回) との会議の内容を 氏の発言は、前述のキャッチボールの譬えに沿って言えば まとめたものである。筆者自身は、ハーバード側の司会者、 「真剣勝負の剛速球」であった。これに応えるナイ校長の返 デニス・エンカネーション教授の誘いで、今回初めて参加させ 球が、真剣でないはずはない。同校長は、 「真剣勝負の剛速 て頂いた。会議の存在自体は、以前から同教授とスタンフォ 球」 を返すが如く、 『フォーリン・アフェアーズ』誌掲載の論文 ードのダニエル・オキモト教授から聞いていた。オキモト教授 ("U.S. Power and Strategy After Iraq" 〈フォーリン・アフェ は、常々 「ジュン、本当に興味深い会合だよ。」 と筆者に語っ アーズ・ジャパン訳「アメリカ帝国の虚構―ソフトパワーを損 てくれていた。今では教授に対してお詫びしたい気持ちだ なう単独行動主義の弊害」〉 ) よりも更に突っ込んだ内容につ が、筆者自身は教授の言葉に対し半信半疑であった。という いて、同時に、学者特有の「専門臭さ」 を一切感じさせずに、 のも、筆者の経験から、国際的な意見交換の場において、 簡潔且つ丁寧な説明を行ったのである。 5 会議中、岡野委員長の発言に限らず、日本側の鋭い質問 ドとスタンフォードから「信頼」 と 「謙譲」を引き出したに違い と積極的な応答が数多く聞かれた。同友会常任幹事である ない。これは、日本で通常開催される 「一回きり」の単発的で 松下正幸 松下電 器 産業 副会長 の「ジャパン・パッシング 形式に流れる国際会議にはない成果である。また往々にみ (Japan passing) という言葉が巷間聞かれるが、日本という巨 られる事だが、日本側参加者には、米国の学者の「名声」だ 大マーケットをパッシングすること自体、損をする行為。」 とい けは知っているものの、その学者の原書はおろか翻訳書さ う趣旨の発言、また、同友会代表幹事である寺田千代乃アー え読まないで会議に臨む人々が多い。今回、米国側の知識 トコーポレーション社長の「日本の経営者は崖っぷちに強い。 背景を念頭に置いた日本側の発言が多かったことに改めて 日本経済の見せ場をこれから創るので、日本を注意深く見て 敬意を表したい。 いて欲しい。」 という旨の発言は、ここハーバードの研究者 の印象に深く刻み込まれた言葉として、会議が終った後も、 この会議内容の水準が相当程度高いものであると認めた 時折筆者が聞いている。こうした関西経済同友会の会議の 上で、 「20周年に向かって」、更に質的向上を図る 「ちょっとし 成果が、ここケンブリッジで日本に対する見方の変化、すなわ た工夫」 を考えてみたい。勿論、会議における 「歴史」の重み ち、 「以前あれほど輝いていた日本がこのまま衰退の一途を と相互間の「信頼」 と 「謙譲」 を確立したが故に可能になった たどるはずがない」 という 「ささやかながらの日本への期待」 ことだが、会議の雰囲気を更に盛り上げる手段を考えてはど を醸成させている。 うだろうか。例えば、参加者の席の配置を、今の日米対峙型 でなく、交互に座るようにして簡単な会話ができるようにする ハーバード側の参加者のひとり、ロジャー・ポーター教授 のはどうか。また、 「触媒役」 ないし「酵素役」 を果たす日本側 は、典型的なボストニアン・ジェントルマンらしく、微笑みを常 研究者の存在が、会議の「空気」 を更に和ませるのではない に浮かべ、寡黙で知性と品性が溢れる教授である。2月の会 だろうか。参加したハーバードの錚錚たる教授の知的背景 議は、その教授をして、同友会の人々に向かってジョークま は無尽蔵である。彼らの優れた分析は、ほんの一部しか翻 で言わしめた。会議終了後、 「あなた方と興味深い知的交流 訳されておらず、その多くは原文で研究者仲間の間だけで回 をさせてもらった。驚くべきことにあなた方はトップ・クラスの っている。 「触媒役」の日本側研究者が、英語でこうした英文 ビジネスマンである。我々は (今回討議した事をいつも考えて 文献に触れると、それが「誘い水」 となる可能性が高い。す いる) 単なる教授でしかない」 と。筆者が判断する限り、同教 ると、ラギー教授やフランケル教授のような日本語を話さない 授のジョークは、会議中における彼の示唆に富む発言ほど ハーバード側参加者の「ノリ」 を良くし、短時間に腹蔵なく話 には、高い評価は得られなかった。しかし、会議そのものが してもらうきっかけができるのではないか。この意味で、日本 如何に和やかで、かつ知的水準の高いもので終わったかを 側で、英語で米国側を巧みに誘導する専門家の存在が重要 示す証左として、この冴えないジョークの存在価値は高いと であると筆者は考える。勿論、これは筆者の「一つ」のアイデ 筆者は判断している。 アで何も固執するつもりもない。ただ、この会議のみならず、 国際会議全般に関し、情報交換の効率向上を願う一日本人 かくして2月の会議では、トップ・エグゼキュティブとしての 研究者としての前向き志向から湧き出た筆者の提案である。 関西経済同友会の研ぎ澄まされた「良識」 と、ハーバード大 学の研究者が持つ世界に誇る 「学識」 とが融合し、双方に相 最後に、 「歴史」 を背景とした緊密な信頼関係が築かれた 当の知的満足と将来に向けての信頼が生み出されたことは 会議に、筆者のような闖入者を暖かく迎え入れた同友会の寛 間違いない。こうした日本の「良識」 と米国の「学識」 との融合 容さに感謝の意を表したい。同時に、ここ米国では、寺田代 が、しかも同時通訳を入れた形で、如何にして可能となった 表幹事の言葉を信じ、日本経済の再活性化を願うのは、筆 のか、筆者は前述した先入観故に、瞬時には理解できなか 者独りではなく、米国側の識者達も同じ仲間であることを多く った。ただ、その時言い様の無い感動を覚えた事だけが記 の人に知って頂きたいと願っている。 憶に残っている。今、冷静に顧みて、会議の成功は、①10年 という 「歴史」の重みと、それが生み出す相互間の「信頼」 と (f) 「何が真実か」、報道の客観性問題 「謙譲」、②周到に準備された率直な「問題提起」、③開催に 第六かつ最後の全般的ケンブリッジ情報として、最近の米 至るまでの日米双方におけるスタッフの精力的な準備、④類 国における対イラク武力行使に関する報道を巡って、ここハ まれなる優秀な通訳の存在という4つの力が融合した結果 ーバードの同僚と語り合った経験を紹介したい。 と理解している。 我々が信じる 「真実」 とは?―ここケンブリッジで、国籍、宗 印象深いことに、同友会の人々は口々に「20周年に向かっ て」 と語る。この未来志向と揺るぎ無い「歴史」が、ハーバー 6 教、人種、価値観、そして専門分野の異なる人間が集まると、 これが「真実」 なのだと確信させる 「情報」は如何に形成され るのかという疑問が大きくなってくる。 目したのは一つの調査結果である。その調査 (出所の詳細 情報が無いが、筆者の推測ではマスコミ報道調査で有名な 最近の世論調査のうち、7月28日にCNN/ギャラップ/USA ティンダール・レポート) によれば、イラク関連報道に関する限 トゥデーが発表したものによれば、現政権の経済政策を評 り、米国のマスコミは、著しい政府依存症にあるという。米国 価している人 (46%) が評価しない人 (51%) よりわずかに下回 3大ネットワークであるNBC、ABC、CBSが、昨年9月から今 ったものの、外交政策に関しては評価する人 (54%) が評価し 年の2月にかけて、イラク関連報道に関して報道した414の番 ない人 (42%) を上回り、特にイラク政策に関しては評価する人 組のうち、わずか34の番組が独自取材に基づいており、残り (60%) が評価しない人 (38%) を大きく上回った。また、8月1日 すべてが米国政府報道に準拠して作成されたという。こうし 発表のフォックス・ニューズのテロリズムに関する調査では、 た状況のなかでは、 「真実」 とは、あくまでも官製の「真実」な 半年以内に米国が再びテロ攻撃にさらされると考える人が のだとカニンガム氏は語っている。 14%、今後2年以内となると累計で45%の人がテロに対する 危機感を募らせている。 同様の問題意識で、ワシントン及びニューヨークに拠点を 持つシンクタンク、外交問題評議会 (Council on Foreign 問題なのは、 「如何なる情報」に基づき上記の判断がなさ Relations〈CFR〉 ) が7月29日にワシントンで主催した討論会 れているのかという疑問である。話がちょっと外れるが、筆 "Embedded Journalists in Iraq: Reality TV or Desert 者がシンガポールに出張した際、ホテルのテレビをつけると Mirage?" (筆者仮訳「イラクにおける従軍記者: 真実のテレビ CNNやBBCに加えて、アルジャジーラを見ることができるこ 報道かそれとも砂漠の蜃気楼か」) の討議録を読むと興味深 とを知った。もし筆者がアラビア語を理解でき、そのアルジャ い。この討論会では、海兵隊広報担当の中佐と、従軍記者と ジーラの報道に基づいて考えたなら、筆者の中で描く 「真実」 して参加した、 『ワシントン・ポスト』 、 『ニューヨーク・タイムズ』 は今の筆者が抱いているものとは大きく変るに違いないと確 そしてABCの記者が討議参加者として招かれた。 信している。 CFRのフェローであるダン・ピエトロ氏が、 「従軍報道が、 こうした問題意識に基づき、ここケンブリッジでの談話の 一般国民に戦争に対する関心を高めるという点では評価で なかで言及された興味深い資料を紹介したい。コロンビア きる一方、客観性が犠牲となる危険性がある」 という趣旨の 大学のスクール・オブ・ジャーナリズムが発行する 『コロンビ 問題点を指摘するなかで、 「私自身が私の視点を信じていな ア・ジャーナリズム・レヴュー(Columbia Journalism Review かった。」、 「従軍報道には幻影がある。」、 「 (だから) 私は 〈CJR〉 ) 』誌の最新号 (7月/8月号) で、同誌の論説主幹である 『客観性』 というものを信じない。」 といったABC記者の発言 ブレント・カニンガム氏が "Re-thinking Objectivity"(「客観 は、実際に従軍報道を体験した者の発言として筆者の心に 性の再考」) という題で論を進めている。この中で、筆者が注 重くのしかかっている。 2. ケンブリッジ 情報 (2)最近における研究成果の紹介 intensive information gatheringのウェイトが自ずと高まっ てきた。こうした状況ではあるが、ここケンブリッジから少し 冒頭で紹介したように、真夏の研究者は、研究の「種」を でも 「目新しい視点」、 「耳新しい情報」 を日本語の読者に伝 集める作業に忙しく、筆者自身も、ここでの最初の論文をよう えるという本来の趣旨を忘れず、筆者自身の能力の限界を認 やく仕上げ、次の論文テーマに関する焦点の絞込みをおこな 識した上で、できる限り幅広い情報の中からの研究紹介を続 った。そして、新年度を迎えた今、筆者も自らの専門分野で けてゆきたい。 の本格的研究を開始しようとしている。従って、筆者の情報 収集パターンにも若干変化が生まれてきた。すなわち、夏休 (a) 「電子政府」 みまでは、筆者が「内容は浅いが、広く様々な分野で、速や 最初に、筆者が1週間程前に参画した小さな研究会を紹 かに読む (skim) 」 というextensive information gathering 介する。8月5日にタウブマン地方自治体研究センター及び全 を実施してきた。新学期が始まり、筆者の情報収集パターン 米電子政府研究センター主催の「電子政府」研究会が開催 にも変化が生じ、 「内容はできるだけ深く、しかし極めて狭く された。同研究会は、参加者が15人程の小規模なもので、 限られた分野で、時間をかけて熟読する (peruse) 」 という アメリカらしく、ピザとソフトドリンクが横に置かれたなかで実 7 施された2時間のカジュアルな意見交換会であった。ハーバ る。NBERの企業金融研究プログラム・フェローで、シカゴ大 ード、MITは勿論、カナダ、インドからの参加があり、規模の 学ビジネス・スクールのカプランとストロンバーグの両氏がま 割には知的刺激に多様性があった。メイン・スピーカーは、シ とめた"Venture Capitalists As Economic Principals" (筆 ドニーに在るマッコーリー大学のポール・ヘンマン氏で、テ 者仮訳「エコノミック・プリンシパルとしてのベンチャーキャピ ーマは、"Governmentality for E-Government" (「電子政府 タリスト」) という文献サーベイ記事を紹介する。 における成立要件」) である。 この記事は、著者自身の論文 "Financial Contracting ヘンマン氏は、これまで豪州連邦政府の電子政府構築に Theory Meets the Real World: An Empirical Analysis 参画し、昨年度から3年間、社会保障、租税、健康保険に関 of Venture Capital Contracts" (筆者仮訳「金融契約論と現 するシステムの統合と質的向上を図る目的で研究助成を受 実の世界: ベンチャーキャピタルに関する実証的研究」) の内 け、ここハーバードを訪れている。研究会では、①電子政府 容を中心とし、関連した最近の研究を紹介したものである。 の評価に関するベンチマークの設定が、行政サービスの向 著者自身の論文は、専門家の間では既にワーキング・ペーパ 上という分野の評価が難しいが故に、勢い資金的効率性と、 ーとして知られてはいたが、今度、学術専門誌『レヴュー・オ 人員削減による効率性という形に流されやすいこと、②カナ ブ・エコノミック・スタディーズ (Review of Economic Studies) 』 ダ、アメリカ、オーストラリアといった国家間で制度と歴史的 に掲載予定である。 経緯が異なるが故に、国際比較が非常に難しく、その対応 策として、国際間学習プロセスを確立する必要があること、ま ハイテク分野における市場構造の特徴として「winner- た、③電子政府を構築する際、行政府がリーダーシップを発 take-all (勝者独占) 」 という現象がある。すなわち、マイクロソ 揮して規範的な形で確立する方法が、時間と資金の面では フトやインテルのような市場でのリーダーが、一つの市場を 効率的である。しかし、電子政府の長所は、少々時間がかか ほぼ 独占してしまうという現象である。 ITバブル崩壊後、ハ ろうとも、住民参加や住民フィードバックを内包することによ イテク産業に投資するベンチャービジネスは一部を除いて底 り、行政府の内部効率化だけでなく、行政サービス向上・住 這いの状況にあり、全盛期には派手な言動で顰蹙を買った 民の意識向上を達成できる点である。従って、政府のリーダ ベンチャービジネス関係者はほぼ 壊滅状態にある。皮肉に ーシップによる規範的アプローチと、時間と忍耐を要する住民 も、1929年大恐慌後の1933年、米国のノーベル賞作家ヘミ フィードバック・アプローチとをどうバランスさせるか、といっ ングウェーが当時の富裕層を批判的なタッチで著したWinner た議論がなされた。 Take Nothing(邦訳『勝者には何もやるな』/『勝者に報酬はな い』 ) というタイトルが指し示す状況にあると言っても過言では 次に、 「電子政府」に関連した新しい2つの研究情報を報 ない。 告する。ただ紙面の制約上、内容は次号以降で紹介したい。 一つ目は、8月19日に発表されたリサーチ・ワーキング・ペーパ さて、カプラン=ストロンバーグによる文献サーベイ記事は、 "Will New Technology Boost プリンシパル・エージェント理論を、ベンチャーキャピタリスト Turnout? Evaluating Experiments in E-Voting v. All- (Venture Capitalists〈VCs〉 ) が直面する現実の世界と突き Postal Voting Facilities in UK Local Elections" RWP03- 合わせた実証分析を中心としている。VCsは、将来有望と思 034〈筆者仮訳 ピッパ・ノリス著「新技術は投票率を上げた われる企業或いはプロジェクトに投資し、事業自体のコント か: 英国地方選挙の事例」〉) で、二つ目は、9月4日に筆者が ロールは行使しないものの、成功益の一部を受取る経済主 参加したケネディー・スクールでの会合で、"Leadership, 体である。著者は、①コントラクティング (キャッシュフロー権、 Institutional Change and Technology??? What's 議決権、残余財産分配請求権等に関する契約設定) 、②スク Happening?" (筆者仮訳「リーダーシップ、制度変化、そして リーニング (投資前における外部環境、投資対象の経営戦 技術???今何が起こっているのか?」 )という、ケネディー・ス 略と経営陣の資質、契約条件等の査定) 、③モニタリング (投 クー ル に お け る「 電 子 政 府 幹 部 教 育プ ログラム( E - 資後における経営陣に対する監督・助言) に関して理論と実 Government Executive Education Project) 」のディレクタ 証分析結果とを比較検討し、今後の研究における方向性も ー、ジェリー・メクリング氏主宰の研究会である。 提言している。こうした実証的分析と理論分析との「緊張感」 ー(Pippa Noriss, ある検証が持つ知的貢献は、学界だけでなく実業界におい (b) ベンチャーキャピタルリストに関する実証的研究 最初に、ケンブリッジに在る全米経済 研究所 (National Bureau of Economic Research〈NBER〉) の季刊情報誌 NBER Reporter の中から、筆者の関心を惹いた項目を紹介す 8 ても注目すべきと筆者は考える。我が国におけるベンチャー キャピタルに関しても、こうした研究が数多く発表されること を期待したい。 (c) M&Aに関する研究 結論として、M&Aによって株主は損失を被ると著者は主張 ここケンブリッジでの第三の 研究活動紹介として、NBER しているので興味深い。M&Aによるパフォーマンスは、公 Digest(NBERワーキング・ペーパーのなかで優れたものを 的企業と私企業、大企業と中小企業、そしてM&Aの時期と 抽出して解説している月刊誌)8月号から、興味深い論文"Big いう形で分類され弾き出されている。周知の通り、1994∼ Firms Lose Value in Acquisitions" NBER Working Paper 2001年という大型M&Aブームによる大失敗もあって、巨大 No. 9523(筆者仮訳「大企業は企業吸収により企業価値を 企業によるM&Aは過去20年間で2,260億ドルもの損失を株 失っている」) を取上げてみたい。この論文は、サザン・メソジ 主に与えたと著者は計算している。一方、小型企業 (ニュー スト大学のメーラー女史等3人の著者が、過去20年にわたる、 ヨーク証券取引所〈NYSE〉における企業価値下位25%に所 また、百万ドル以上のM&Aに関する1万2千件のデータを基 属する規模の企業) は80億ドルの利益をもたらしているとい に、 「M&Aは本当に株主に富をもたらすか」 という問題意識 う。 から分析したものである (実際に発表されたのは本年2月) 。 3 . ワ シ ン ト ン情報 (1)日米関係 代表される穏健派マルチラテラリストは、8月4日付『ワシント ン・ポスト』紙に掲載されたパウエル、アーミテージ両氏の退 日米関係には、イラン油田開発問題のほか、化学メーカー 任時期に関する報道を巡る騒動を別にしても、どうも分が悪 のカーマギー・ケミカル社が東ソーと三井金属の対米輸出に い様相を示していた。北朝鮮問題に関しても、タカ派的発言 関して、国際貿易委員会 (ITC) にダンピング提訴した件、未 をするジョン・ボルトン軍備管理・国際安全保障担当国務次官 解決の日米地位協定等の問題があるが、現在、日米関係最 が目立ち、特に、彼の韓国での発言は多くの関係者の反発 大の懸案である北朝鮮問題について報告をしてみたい。 さえ招いたのである。 同国務次官は、核開発問題のみならず、 人権及び経済改革に関しても、米国側の譲歩は無いと公言 周知の通り、8月4日、北朝鮮は米朝中に日韓露を加えた6ヵ しているという。同次官は筋金入りの強硬派だと揺るぎない 国協議を受入れ、月末の北京協議開催を、中国政府を通じ 評価を得ている例として、これまた超強硬派で前連邦上院外 て打診した。8月7日、これを受けた中国政府は、王毅外務次 交委員会委員長のジェシー・ヘルムズ氏が彼を称えた言葉を 官を平壌に派遣、日程の最終調整を行った。一方、日米韓3 挙げてみたい。現職に就任する2001年5月の直前である1月、 ヵ国は、6ヵ国協議に先立ち、8月中旬、ワシントンで外務省局 ボルトン氏が当時所属していたシンクタンク、アメリカン・エン 長級協議を開催し、最終調整を予定している。一方、中国の タープライズ・インステイテュート (AEI) における会合で、 「ボ 李肇星外相は10日から日韓両国を訪問して日程協議を行っ ルトン氏は、我々がアルマゲドンの様な危機に必要とされる た。このように東アジアの安全保障を巡る動きは目まぐるしい 男だ」 とヘルムズ氏は彼を絶賛している。 形で推移した。そうして、8月27日から3日間、6ヵ国協議 (SixParty Talks in Beijing ; ;6 ; Шестист оронниепереговоры) が北京の釣魚台迎賓館 ( このように、政策スタンスが異なる人々が北朝鮮に対する 米国側交渉チームの中に混在している事実がしばしば指摘 ) で開催されたのは周知の通りである。事前の予想で されている。これについて、協議直前に若干の変化が生じ は、この6ヵ国協議に対する期待は薄いものと考えられてい たのでもう少し触れておきたい。協議開始直前の22日、チャ た。例えば、この報告に頻繁にその名が出てくる、駐韓米国 ールズ・プリチャード朝鮮半島和平担当特使の辞任が明らか 大使を経験したスティーヴン・ボスワース・タフツ大学フレッチ になった。同氏は、クリントン政権時から北朝鮮との交渉に ャー・スクール校長は、韓国の英字新聞『コリアン・ヘラルド 深く関わり、北朝鮮への軽水炉供与事業を担う朝鮮半島エ (The Korean Herald/ ) 』の25日付記事の中で、 ネルギー開発機構 (KEDO) の米国代表も務めていたが、直 たいした成果はこの協議から期待できない旨の発言をして 前の辞任に関するニュースは驚きをもって迎えられている。 いる。 また、先ほど紹介した超強硬派のジョン・ボルトン国務次官 も、8月13日付『ワシントン・ポスト』紙に交渉から外れる旨の こうしたなか、先に紹介した 『フォーリン・アフェアーズ』誌 記事が掲載された。ボルトン次官が外れたことは、世論重視 掲載のナイ論文が言及している政権内の強硬派ユニラテラ のジャクソニアン・エリートのなかの強硬派にとって大きな痛 リストの声が高まりつつあった。一方のパウエル国務長官に 手とみられている。その証左として、元駐韓米国大使のドナ 9 ルド・グレッグ氏は、同次官のような人材を欠いては韓国も交 ース氏やグリーン大統領府国家安全保障会議 (NSC) 日本・ 渉で相当苦しむであろうと無念さを隠さない。また、同次官の 韓国担当部長のような外交政策におけるパシフィシスト (米国 古巣であるシンクタンク、アメリカン・エンタープライズ・インス 太平洋関係重視派) ・エリートと、米国の一般国民とを対比し ティテュート (AEI) で朝鮮半島問題研究を担当しているニコ て考えている。ホワイトハウスの強硬派ユニラテラリストであ ラス・エバースタット氏は、同次官の発言そのものが北朝鮮 るチェイニー=ラムズフェルド陣営が、世論重視のジャクソニ 側の出方を探る上で極めて重要であるが故に、グレッグ氏同 アンであるだけに、著者の視点は極めて興味深い。著者は 様、同次官が交渉チームから外れたことに関する落胆を隠さ 「米国の一般国民はほとんど韓国に無関心であり、専門家で さえ韓国が米国の貿易相手国第7位の地位にあることを知ら ない。 ない」 と指摘し、ジャクソニアン・エリートは、韓国の国益と視 現政権が 厳しい対北朝鮮スタンスに傾きつつある一方 点には関心を払わないかも知れ ぬと懸念を匂わせている。 で、多国間での協調路線を模索する戦略が、ワシントンとこ 同時に、著者は、この米国側の無関心に対応した韓国側の こボストンで盛んに議論されている。 『フォーリン・アフェアー 反動も指摘しており、歴史的・経済的理由から、韓国一般国 ズ』に掲載された有名なアブラモヴィッツ=ボスワース論文 民の心情が90年代後半から一貫して米国よりも中国寄りにあ ("Adjusting to the New Asia" 〈フォーリン・アフェアーズ・ジ るという世論調査に言及している。 ャパン訳「北朝鮮危機とアメリカの東アジア戦略の大転換― 米戦略の重心は日本から中国へ?」〉 ) もその一つであるが、 また、これに関して戦略国際問題研究所 (CSIS) のカート・ ここでは、これと類似したスタンスを採る7月に発表された報 キャンベル上級副所長 (元アジア・太平洋担当国防次官補代 告書を紹介したい。ケンブリッジとワシントンに拠点を持つ外 理)が 近々出版 する本(The Power of Balance: 100 交政策関連シンクタンク、外交政策研究所 (Institute for Strategic Insights into the Pacific Century〈筆者仮訳 Foreign Policy Analysis〈IFPA〉 ) は、韓国の延世大学国 『バランス力: 太平洋時代における100の戦略』〉 ) の中で興味 際大学院と共同で、朝鮮半島に関する会議を、本年4月にソ 深い考えを展開していると聞く。これについては、次号以降 ウルで開催した。その討議内容を、筆者の友人でIFPAシニ に報告する。 ア・スタッフ、ジェイムズ・ショフ氏が中心となりまとめたのが、 "WMD Challenges on the Korean Peninsula and New 朝鮮半島問題に関連して、8月22日にワシントンの戦略国際 Approaches - A Trilateral Dialogue Report"(筆者仮訳 問題 研究所 (Center for Strategic and International 「朝鮮半島における大量破壊兵器問題と新政策―米韓日3ヵ Studies〈CSIS〉 ) で開催された岡崎久彦元駐タイ大使の講演 会 "Outlook for U.S.-Japan Relations and East Asian 国協議報告書」) である。 Security" (筆者仮訳「日米関係の展望と東アジアの安全保障 この会議では、日本側から、兼原信克外務省北米局日米安 問題」) に出席した。同大使からは、以前から著作を通じ色々 全保障条約課長 (当時) 、防衛研究所の武貞秀士主任研究官 と学ばせて頂いていた。そうしたなか、冒頭に触れたサミュ ら5人の参加者の名が記録されている。米国側からは、ハバ エルズ教授の紹介を受け、MITで1995年に初めてお目にか ード駐韓米国大使やパシフィック・フォーラムのカッサ氏に加 かって以来、お忙しい中、時々お時間を作って頂いている。 え、前述した論文の共著者であるボスワース・フレッチャー・ ここケネディー・スクールに旅立つ直前の4月中旬にも参上し スクール校長も参加している。韓国側からは専門家に加え てご挨拶をした。同大使のオフィスに飾ってある諸葛孔明の て、多くの国会議員まで参加している。こうした多国的アプロ 「出師表」 を見つけ、身の引締まる思いになったことを覚えて ーチに関心のある読者にとっては、ボスワース氏がほぼ同時 いる。 に名を載せた 『フォーリン・アフェアーズ』の論文と、IFPA報 告書と読み合わせ、米国のスタンスと日韓、更には中国のス タンスの違いを考えると興味深いであろう。 ロンドンに在る国際問題 戦略 研究 所(International Institute for Strategic Studies〈IISS〉) が、5月21日にシン ガポールで開催した会議でのポール・ウォルフォヴィッツ国防 10 これに関連して、米韓のスタンスの違いを、中韓関係とい 副長官の発言を基に、同大使は朝鮮半島に切迫した危機は う視点も含めて考えたレポートが、つい最近発表された。民 無いという判断を表明された。米国は、現在中東問題に専念 主党系シンクタンクのブルッキングス研究所北東アジア研究 する必要に迫られており、その問題に関する 「方向付け」 を確 センター・ビジティング・フェローで、ソウル大学教授のチョ 立するだけでも最低2年はかかると予想される。この結果、 ン・ヂェホ (CHUNG Jae Ho/ 米国の政策的プライオリティとして、朝鮮半島問題は当面後 )氏は、論文"How America Views China-South Korea Bilateralism"(筆者 退せざるを得ない。従って、核開発を急ぐ北朝鮮に対しては、 仮訳「中韓二国間関係に対する米国の視点」) の中で、ボスワ 冷戦時の対ソ戦略と同様、抑止力による強硬姿勢を保つと いう手段に訴えるしかない。こうした核抑止 (nuclear deter- 摘している。 rence) を裏付けるものとして、リチャード・アーミテージ国務 副長官が北朝鮮が日本をミサイル攻撃するならば米国は米国 続いて同氏は、ブッシュ政権にとって4つの政策的原則を 本土を攻撃したものと見なす旨の発言を同大使は挙げてお 速やかに掲げる必要があると主張している。すなわち、①ヨ られる。 ンビョンでの燃料棒再処理開始に対して、米国側は軍事的 手段で対応するという明確な意思表示、②対北朝鮮協議に もう一つ、北朝鮮問題に関して、ここケネディー・スクール は、韓国、日本、そして中国との合意で進める多国的アプロー のアシュトン・カーター教授 (元国際安全保障担当国防次官補 チ、③軍事行動・経済制裁を含むすべての手段を採りうるこ (1993∼96) 、また、ローズ奨学生でオックスフォード大学理 とを前提とした厳しい外交交渉、④米国の最終的目標は北 論物理学博士号を持つ「超人」のひとり) が、3月6日における 朝鮮の核開発計画の完全廃棄とその確認、という4原則であ 議会証言 (上院外交委員会、"An Agreed Framework for る。参考までに、同教授は、現在、スタンフォード大学と共同 Dialogue with North Korea" 〈筆者仮訳「米朝枠組み合意 で「予防的国防 研 究プログラム (Preventive Defense に向けて」〉 ) を基に、ここケンブリッジのローカル雑誌『ハー Program) 」 を実施している。 バ ード・マガジン』の 6月/ 1 0月号に寄 稿した記 事 " T h e この「予防的国防」は興味深い課題である。今春、岡崎大 Korean Nuclear Crisis"を紹介したい。同氏は、ウィリアム・ 使は『日本外交の情報戦略』を出版された。その第3章で、 ペリー国防長官 (前政権時) の下で、ヨンビョン ( /寧邊) 「プリエンプション (preemption) 戦略」 と、それを巡るブレジ の核関連施設をチェルノブイリのような惨事を惹起させずに ンスキー氏やシラク仏大統領とライス安全保障担当大統領補 破壊する計画を練り、また朝鮮戦争以来初の大統領派遣の 佐官との評価の分かれを指摘されている。紙面の都合上、 ミッションの一員として1999年に平壌の地を踏んだ人物であ 指摘するだけにとどめるが、このテーマに関して、最近発表 る。そうした経験を持つが故に、同氏は、1994年10月21日に された興味深い小論文が2つ有る。一つ目の論文は、ワシン ジュネーヴで調印された 「米朝枠組み合意」の意義と限界を トンに在るシンクタンク、カーネギー国際平和財団 (Carnegie 肌で感じている。 Endowment for International Peace〈CEIP〉 ) の兵器拡散 防止研究プロジェクト・ディレクター、ジョセフ・チリンチォーネ 同氏は、もしこの「合意」がなければ現在北朝鮮は50個分 氏が、外交専門雑誌『フォーリン・ポリシー』の7/8月号に発表 の核爆弾を保有可能とする量のプルトニウム抽出を完了して した"Can Preventive War Cure Proliferation?" (筆者仮訳 いたはずだと主張する。しかし、この「合意」はプルトニウム 「予防的戦争は兵器拡散を防止できるか」) で、二つ目は、米 抽出を凍結したものの、その一方で、北朝鮮に核開発を断 国国防大学校 付属国家安全 保障 研究 所(Institute for 念させなかったし、ミサイル発射事件をみる限り、核以外の National Strategic Studies〈INSS〉 ) ディスティンギュシュ 軍事手段に対する抑止には成功しなかった。こうしたクリン ド・リサーチ・フェローのエレーン・バン女史が7月に発表した トン政権時における 「合意」の意義と限界を感じて、ブッシュ 論文"Preemptive Action: When, How, and to What 政権は新たなアプローチを探ってはいるものの、現在のとこ Effect?" Strategic Forum, No. 200(筆者仮訳「プリエンプ ろ、 「悪の枢軸 (axis of evil) の一味」 として北朝鮮を見なす ティヴ行動: 最適行動の時期、手段と想定される効果」) であ 現政権の「モラル上の明瞭さ (moral clarity) 」は、 「政策上の る。 明瞭さ (policy clarity) 」にまで至っていないと同氏は判断し ている。先に紹介した岡崎大使の講演会でも、現政権にと 最後に、北朝鮮問題における中国の役割に関して、ケネデ って中東問題が最優先事項 (front burner issue) であるが ィー・スクールのリサーチ・フェローであるジョン・パーク氏が ために、北朝鮮問題は後回しの事項 (back burner issue) と ローカル新聞『ボストン・グローブ』紙に、"China Holds the なっている点が指摘されたが、それ故に東アジアにおける米 Key to Unlocking the North Korean Crisis" (筆者仮訳 国の無為 (American inaction) を生じさせ、5つの重大な危 「北朝鮮問題打開の鍵を握る中国」) として意見を表している 機をもたらすとカーター氏は警告している。すなわち、①経 が、この中国の役割については、次号以降に、また解説も含 済的苦境にある北朝鮮が 核をテロリストの国家ないし集団 めて取上げてみる。 に売却する、②金正日政権が崩壊した場合、北朝鮮の軍閥 や一部の過激派の監督下に核が入る、③核保有国北朝鮮 は韓国側に対し強硬姿勢をとり南北統一に悪影響を及ぼ す、④北朝鮮の核保有は、東アジアにおける核の「ドミノ効 果」 を韓国、日本、台湾へ及ぼす、⑤核保有国北朝鮮は、グ ローバルな核不拡散体制そのものを破壊する、と同氏は指 11 4 . ワ シ ン ト ン情報 (2)大統領選挙と長期的経済政策 な情勢変化が生じ、消費と投資が冷え込むと同時に原油価 格が高騰するという事がない限り、景気は年後半に向け次第 民主党の候補者選びは難航か? にピッチを高めてくると予想されている。 8月5日にシカゴで開催された米国労 働総同盟産別会議 (AFL-CIO) 主催の民主党大統領候補フォーラムを、米国政 こうしたなか、気になるのは急速に拡大する財政赤字であ 治専用チャンネルC-SPANで見る機会を得た。9人の候補者 る。クリントン時代の大統領経済諮問委員で、ケネディー・ス の演説を、最初から最後まで聞いてはみたが、反ブッシュと クール教授のフランケル氏は、ブッシュ政権の政策的矛盾を いう形だけで、国民にアピールする程の主張は一つも聞けな 指摘している。連邦政府の財政状況は、1998年度に29年ぶ かった。クリントン政権において、行政改革の動き ("National りに黒字に転換して以来、4年連続で黒字を記録した後、 Performance Review"/"Reinventing Government") の立 2002年度には1,600億ドル近い赤字に転落し、今年度も赤字 上げと運営を担当し、ここケネディー・スクールで行政学の講 拡大基調が続いている。フランケル教授は、5月23日に議会 師をするエレーン・カマーク女史は、民主党が有力候補を出 を通過し、28日にブッシュ大統領の署名により成立した税制 せない事に対する苛立ちを隠さない。筆者の判断でも、景気 改正 (the Jobs and Growth〈Tax Reconciliation〉Act of 回復が著しく緩慢で、雇用面での回復が相当程度遅れない 2003) の矛盾を次のように説明している。 限り、今の戦い方では民主党に大統領戦の望みは無い。 今回の税制改正はその目的として、まず貯蓄と投資を刺激 し、その結果として、需要創出、経済成長促進、そして雇用 フランケル教授の長期的経済政策に対する評価 創出を謳っている。しかし、この税制改正は、現在の米国経 周知の通り、7月17日、ここケンブリッジに在る全米経済研 済が必要とする処方箋ではなく、たとえ成功したとしても、長 究所 (National Bureau of Economic Research〈NBER〉 ) 期的にみれば多大なコストを伴うと教授は指摘する。政権内 が、2001年3月をピークとして後退局面に入った米国景気は、 のエコノミストの主張に対して、この税制改正は単に財政赤 2001年11月を谷として回復局面にあると発表した。この結果、 字を拡大させ、民間部門の投資を阻害する (crowding out) 統計的には、米国景気は緩慢ながら回復局面に入って既に 効果を発生させるだけであると教授は指摘する。と同時に、 20ヵ月近く経過したことになる。前回の景気回復時は、ジョブ 歳出拡大と減税による赤字拡大路線は、長期的な経済政策 レス・リカバリーと言われながらも2年以内に雇用が回復し ではなく、大統領選における再選という短期的な政治的戦略 た。従って、ブッシュ政権は、雇用状況が早晩回復に転じる に基づく決定だと、教授は結論付けている。そして、将来の との主張を基本的に変えていない。確かに、常用雇用者は 財政均衡化という問題については、共和党の歳出削減余地 ここ半年間一貫して減少しているが、臨時雇用及び非常勤 は多いという主張は根拠がないと指摘する。というのも、現 雇用者の伸びは、ここ3ヵ月間、1990年以来の高い伸びを示 状では政権内の誰も具体案を持っておらず、加えて、政治的 している。民間企業部門も、収益及び 投資動向に明るい見 リスクを冒してまで削減案を打ち出す勇気を持った人は出そ 通しを抱き始めている。従って、中東か北朝鮮において急激 うにないと教授は懸念している。 5 . ワ シ ン ト ン情報 (3)米欧関係 /das "alte Europa") 」発言はフランス、 ドイツ両国に相当心理 的なしこりを残しているようだ。ここハーバードのサマー・ス ラムズフェルド米国防長官の発言の余波 筆者は、時折、パシフィシスト (米国太平洋関係重視派) と アトランティシスト (米国大西洋関係重視派) との対比で、ここ クールを修了したという経歴を持つシラク仏大統領は、傲慢 とも受取れる同長官の発言を、どういう気持ちで受け止めて いるだろうか。 ケンブリッジ及びワシントンを中心に米国の国際関係を考えて いる。ここでは、米欧関係についての最近の筆者の考えをま とめて締めくくりとしたい。 周知の通り、"Old Europe"は「古代ヨーロッパ」 として古代 芸術史のなかで、また"Old Continent"は、ジャン・モネ等が 築き上げたEC成立時の欧州を指す言葉として現代政治・国 本年1月22日に記者会見で飛び出したラムズフェルド国防 長官の「古くさい欧州 ("old Europe"/la ≪vieille Europe≫ 12 際関係論のなかでしばしば登場する。しかし、筆者が判断 する限り、 「ラムズフェルド発言」以来、従来の用法ではなく、 明らかに米国と対峙した 「古くさい欧州」 としての表現が散見 ていると指摘するエコノミストの発言を掲載している。 される。例えば、フランス保守系の『ル・フィガロ』紙は、8月14 日の"Les limites de la ≪nouvelle≫ Europe"(筆者仮訳 翻って、米国の景気動向を概観すると、景気関連指標をみ 「『新しい』欧州の限界」) の中で、イラン関連で対米協力を実 ている限り、家計部門、企業部門共に順調に推移している。 施している 「新しい」欧州の一員、ポーランドの限界を指摘し また、最近発表され たアメリカン・エクスプレスの OPEN ている。そして、今後更に複雑化するイラク復興問題に関し Business Network 2003 Semi-Annual Monitorによると、 て、米国は結局「古くさい欧州」に頼らざるを得ないであろう 中小企業の過半数が年後半の景気を楽観している。特に東 という論調を、同紙は掲げている。 海岸での設備投資回復の兆しが著しい。設備投資が増加 しているかという問いに対して 「Yes」 と回答した企業の比率 こうした政治的な米欧間の「ひび割れ」 と同時に、経済関 を地域別にみると、米国北東部が45%と一番高く、次に南部 係にも 「温度差」が生まれてきている。デフレ懸念が若干残っ の38%、そして五大湖周辺が35%で続いている。 ITバブル ているものの、順調に回復過程に入った米国と、不動産価 で苦しんでいる米国西部は27%と振るわない。 格がピークを打ち、また欧州域内向け輸出に暗雲が漂い始 めたものの堅調な家計部門をもつ英国とは対照的なのが大 しかし、米国経済にまったく問題がないわけではない。そ 陸欧州の景気動向である。筆者が読んだ限り、la ≪vieille れどころか、急速に悪化の一途を辿る財政赤字は深刻な問 Europe≫と、直接的な表現は使っていないものの、フランス 題である。8月2 6日、米国 議 会予算局(C o n g r e s s i o n a l を代表する高級 紙『ル・モンド』 も、8月18日付の記事"Les Budget Office〈CBO〉 ) は、2003年度 (2002年10月∼2003年9 e«conomies ame«ricaine et japonaise repartent a‘ la 月) の財政赤字額が史上最高の4千億ドルを突破し、本年10 hausse" (筆者仮訳「日米経済回復に転じる」) で、景気低迷を 月から始まる2004年度には5千億ドル近くに達するとの予測を 続ける独仏及びベネルクス3国を指して、 「古い欧州大陸諸 発表した。この結果、対GDP比率でも過去最高の1992年度 国 (le Vieux Continent) 」 と呼び、その景気低迷ぶりを嘆い の水準 (4.7%) に迫る勢いである。翌日の『フィナンシャル・タイ ている。8月14日に欧州連合統計局 (Eurostat) が発表したユ ムズ』は、9月21∼24日にドバイで開催される一連のIMF・世 ーロ圏の実質経済成長は、前期よりも減速してゼロ成長に止 銀関連会議で公表予定のレポート (草稿) を入手し、その内 まった。特にドイツが昨年第4四半期から3期連続でマイナス 容を公表した。それによれば、 IMFも急速に拡大しつつあ を記録している。金融市場に目を転じると、ナスダック・ ドイツ る米国の財政赤字には眉をひそめている。こうした財政赤字 (NASDAQ Deutschland) は8月29日に取引を停止し、もう一 の問題、そして、もう一つの赤字 (対外収支) と、頻発する中 つの拠点であったベルギーのナスダック・ヨーロッパ (NAS- 近東及び中東でのテロ事件で国内に広がりつつある厭戦ム DAQ Europe) は、6月26日の緊急総会で既に廃止を決定し ードにより、来年の大統領選挙のアジェンダまでもが、これま ている。最近の報道では、"Old Europe"諸国の財政赤字に で描いていた景気・雇用一辺倒の色合いから複雑な様相に も 「黄信号」が点滅し始めている。 変わってきている。これについては、次号以降でまた詳述す る。 このように米欧間の経済関係は、2003年に入ってから収斂 (converge) から乖離 (diverge) の方向で推移している。こう もう一つ懸念される点は、欧州景気の「もたつき」が米国に したなか、 『エコノミスト』誌は"An Ocean Apart" (筆者仮訳 与える影響である。8月19日にパロ・アルトで発表されたヒュ 「引き裂かれる大 (西) 洋」) という題の"Global Agenda"を掲 ーレット・パッカード社の企業業績は市場関係者を落胆させ るものであった。同社の売上の約4割が欧州であるだけに、 げ、米欧の経済的跛行状態に注目している。 欧州の景気動向は、同社をはじめ米国企業の今後の見通し 欧州側における一筋の光と言えば、8月18日に欧州経済研 .. .. 究所 (Zentrum fur Europaische Wirtschaftsforschung .. 〈 ZEW〉)が 発 表 し 、また 、26日にIfо ( Institut fu r .. に関し、様々な形で影響してくる。同時に、英国の景気に頭 打ち感がでてきて、大陸欧州に引きずられる形で失速する懸 念が生まれてきている。 .. が Wirtschaftsforschung an der Universitat Munchen) 発表した8月の景況判断指標である。ただ、8月19日付『フラン こうして欧米を中心に世界の様相をみても、グローバリゼ クフルター・アルゲ マイネ・ツァイトゥング( Fr a n k f u r t e r ーションのなかでは、米国ですら単独で政治的・経済的な安 Allgemeine Zeitung) 』紙は、ヴォルフガング・フランツZEW所 定を享受すること自体、極めて難しいことを示唆している。ワ 長自身が、景気回復は米国頼みで、本格的な景気回復は来 シントンに在るジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究所 年年初という控えめな発言を掲載すると同時に、ZEWインデ (Paul H. Nitze School of Advanced International ックスが2002年第1四半期から過大評価気味の性格を示し Studies〈SAIS〉 ) 付属大西洋間関係研究センター (Center 13 for Transatlantic Relations〈CTR〉 ) シニア・フェロー、ジョ 以上、米欧関係を概観したが、日本の状況を考えると、欧 セフ・キンラン氏が様々な機会を通じて発表している分析を 州の厳しい状況を傍観できる程の余裕は無い。国際経済に 筆者は注目しているが、同氏の主張通り、年を経るに従い 関する季刊誌『インターナショナル・エコノミー』の編集委員に、 益々緊密なる関係を深める米欧経済は、良かれ悪しかれ、 早口で興味深い内容を矢次早に話すことで有名なエコノミス お互いに不可欠なパートナー同士である。 ト、ディヴィッド・へイル氏と並んで、筆者の知人であるアダ ム・ポーゼン国際経済研究所 (Institute for International 6月2日にフランス政 府 が 発 表し た( "Les e«changes Economics〈I IE〉 ) 上席研究員が就任した。この雑誌の最 bilate«raux entre la France et les Etates-Unis en 2002" 新号である夏期号には、中前国際経済研究所代表の中前忠 〈筆者仮訳「2002年仏米二国間貿易」〉 ) によると、2002年の仏 氏による"Fukui's Mission Impossible" (筆者仮訳「一見不可 米貿易収支は過去10年で初めて仏側に黒字となった。しか 能な様相を示す福井日銀総裁の使命」) 、 JPモルガン証券会 し、それは仏国の景気後退を背景とする対米輸入の落込み 社 (東京)調査部長の菅野雅明氏による"Japan's Dying が、米国の景気後退による対米輸出の落込みより大きかった Market Economy" (筆者仮訳「死滅しつつある日本の市場 結果と、同資料は分析している。同時に、仏国の対米輸出に 経済」) という記事が掲載されている。また、8月22日付『エコ おける最大項目は航空機製品 (2002年で23%) であり、テロ事 ノミスト』 誌の "Global Agenda" は 「日本の 『失われた10年』 は、 件は米国だけでなく、対米輸出を通じ仏国産業に大打撃を ひょっとすると 『失われた世代』にまで延びるかも知れない」 与えたことを指摘している。同資料は、イラクを巡る米仏間の と結んでいる。どれを読んでも、楽観的な展望を持つ心境に 不協和音から派生した米国の対仏感情の悪化によって、ワ なるには勇気がいる。繰り返しになるが、日本には米欧の状 イン、チーズ、化粧品等の対米消費財輸出が被る不確実性 況を 「対岸の火事」 として傍観している余裕は無い。 が、依然として存在することも懸念している。ただ、同時に、 総合的な立場で対米輸出をみると、消費財すべてを合計し ても所詮は17%であることから、仏国としては、米国の航空 機産業と運命を共にする政治戦略を採った方が賢明との判 断を 「匂わせ」 ている。 14
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