ILCOR-CoSTR 第 10 部 応急手当 (Part 10 First

完成度(2/5)
ILCOR-CoSTR
第 10 部
応急手当
(Part 10
First Aid)
目次
■はじめに(introduction)
■応急処置の定義(definition of first aid)
■内科救急(medical emergencies)
■外傷救急(injury emergencies)
■環境障害(environmental injuries)
■はじめに
2004 年 AHA(アメリカ心臓協会)と ARC(アメリカ赤十字)は、応急処置における学術論文をレ
ビューし評価するために、全国応急処置諮問評議会(National First Aid Science Advisory Board、参
加団体は表参照)を共同で設立した。この評議会の目的は、緊急事態による罹患率及び死亡率を低下さ
せること、及び以下の質問に答えうる科学的エビデンスを解析することである。
・罹患率及び死亡率に著しく影響を及ぼす最も一般的な緊急状態というのは何か。
・どのような緊急状態において、応急処置実施者の処置が罹患率及び死亡率を減少させることが出来
るか。
・応急処置実施者によって行われる処置が安全であること、効果があることおよび実行可能であるこ
とに対する科学的エビデンスはどれだけしっかりしているのか。
全国応急処置諮問評議会のメンバーは、外傷の一般的な原因と外傷による死亡者数を特定するために米
国 CDC からの罹患率に関するデータと応急処置に関する教科書をレビューし、この章に書かれている
エビデンスを評価するための項目を選んだ。本評議会(メンバー)における利害対立(conflict of
interest)に関する申告書はウェブサイト(http://www.C2005.org)で閲覧することができる。エビデ
ンスを評価する過程に関する詳細な情報は第 1 章:「導入」を参照のこと。ここで示されている情報は、
合意の推奨される治療(consensus treatment recommendations)による一般的な応急処置(first aid
interventions)に関連した科学的エビデンスのコンセンサス概要(a consensus summary of the
scientific evidence)に相当する。
■応急処置の定義
全国応急処置諮問評議会は、応急処置を医療器具が全くないか最小限しかない状況でバイスタンダー
(または患者/傷病者によって)によってなされる評価及び処置と定義した。また同評議会は、応急処
置、救急治療あるいは医学に関する正式なトレーニングを受けた上で応急処置を行う人物を応急処置実
施者(first aid provider)と定めた。
- 1 -
同評議会は、推奨される評価と処置とは医学的に信頼に足り、科学的エビデンスに基づく、またその
ようなエビデンスが無い状況では科学的コンセンサスに基づくべきであることに賛同している。救急医
療サービス(EMS)システムや他の医学的補助が必要な状況下では、応急処置の実施によりそれらへ
の連絡が遅れてはいけない。また応急処置により治療可能な状況では、EMS の関与や他の医療専門家
の補助を必要としない可能性があることが知られている。全国応急処置諮問評議会は、応急処置に関す
る教育は普遍的であり、すべての人が応急処置を習得することが可能であり、また習得すべきであると
強く認識している。
全国応急処置諮問評議会は、応急処置の分野は純粋に科学的なものではなく、訓練と規制の問題に関
連していると認識している。それゆえ分野の定義は変化するものであり、環境、必要性、地域における
法的な要求事項により定義されなければならない。
将来の方向
全国応急処置諮問評議会によるエビデンスレビューは、応急処置に関する科学的エビデンスが不足し
ていることを明確にした。以下に示す推奨事項の多くは、医療専従者の経験や医療現場からもたらされ
たエビデンスからの推定に基づいて作られてきている。将来のガイドラインがしっかりとした科学的エ
ビデンスに立脚していることを保証するために研究が必要とされる。
全容
この文書は内科救急、外傷救急、および環境障害における評価と応急処置に関する現在のエビデンス
を要約している。幅広い分野から多くの項目をレビューしたこと、および紙面の制限により、科学的記
述と推奨される治療に関して簡潔で短い記述が要求されている。本稿は応急処置に関したすべての観点
からの包括的なレビューを意図しているわけではない。むしろ、よくある問題の取り扱いを支持するた
めの入手可能なエビデンスを評価することを意図している。
■内科救急
専門家は、応急処置における酸素の使用、喘息吸入器とエピネフリン自己注射器の使用の補助を支持
している発行されたエビデンスをレビューした。それらの一般的な医療補助具の応急処置的使用に関し
て発行された情報は全くなかったが、一般市民の使用から推察されたエビデンスに基づいた喘息吸入器
とエピネフリン自己注射器の使用の補助を支持するいくつかの勧告を作ることができた。
酸素投与 W264
科学的コンセンサス
酸素投与はヘルスケアプロバイダーが行う基本的な処置ではあるが、レビュー担当者は応急処置実施
者による緊急酸素投与を評価した研究を全く見つけられなかった。多くの研究は専門的な治療形式とし
て酸素投与を含んでいたが、すべての特定された研究は対象とする病態と病状が不均質で、多様な機器
の要求、そして複数の補助的治療のため混乱していた。これらの変数のため、レビューされた研究のど
の結果をも応急処置に適用できなかった。
推奨される処置
- 2 -
応急処置実施者が酸素を使用することを推奨する、もしくは推奨しないという点に関しては、不十分
なエビデンスしかない。
表:全国応急処置諮問評議会の代表組織
----------------------------------------------------------------Academy of Orthopedics Surgeons
American Academy of Pediatrics
American Association of Poison Control Centers
American Burn Association
American College of Emergency Physicians
American College of Occupational and Environmental Medicine
American College of Surgeons
American Heart Association
Army Medical Command
The American Pediatric Surgical Association
American Red Cross
American Safety and Health Institute
Australian Resuscitation Council
Canadian Red Cross
International Association of Fire Chiefs
International Association of Fire Fighters
Medic First Aid International
Military Training Network
National Association of EMS Educators
National Association of EMS Physicians
National Association of EMTs
National Safety Council
Occupational Safety and Health Administration
Save a Life Foundation
--------------------------------------------------------------------
吸入器使用の補助 W253
科学的コンセンサス
重症喘息及び喘息による死亡は増加している 1。そのため応急処置実施者は喘息による呼吸困難を有
する傷病者を救助するように依頼されることが大いにあり得る。多くの場合、喘息患者は処方された気
管支拡張薬の吸入器を使っている。しかしレビュー担当者は、患者が呼吸困難時にそのような吸入器を
使うことを応急処置実施者が補助することの有効性を評価している研究を全く見つけることはできな
かった。複数の非無作為研究は、適切に気管支拡張薬を自己投与する成人の能力(LOE 4)2-4、および両
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親が子供たちに正しく定量吸入器を使用する能力(LOE4)5 について言及している。しかし、(前述
の状況と)応急処置時における重要な相違の 1 つは、応急処置実施者がおそらく傷病者のことや、傷病
者の病歴または傷病者の使用している薬剤を知らないということである。したがって、両親についての
研究は応急処置に適応する場合、外挿法により得られた LOE 7 の情報となる。
推奨される処置
重症喘息の頻度と死亡率が増加しており 1、気管支拡張薬の治療が安全で、重症喘息発作時に有効で
あることから、応急処置救助者は気管支拡張薬の投与を補助するべきである。
エピネフリン自己注射器 W199、 W252
科学的コンセンサス
重症のアレルギー反応(アナフィラキシー)は命にかかわる気道浮腫と閉塞、血管拡張および循環虚脱
を起こしうる。エピネフリンの投与は重症アレルギー反応に対する救急管理に不可欠であるが、レビュ
ー担当者は、応急処置実施者がエピネフリン自己注射器の使用補助を行うことに関する安全性、効果ま
たは実行可能性に関する研究を全く見つけることはできなかった。アナフィラキシーの既往を有する多
くの成人と子供は処方されたエピネフリン自己注射器を持っている。
小規模な後向き研究(LOE 7)6 からのエビデンスでは、自己注射器を使って自分の子供にエピネフリ
ンを投与している両親は、安全かつ効果的に投与できることが報告された。他の研究(LOE 7)7-9 から
のエビデンスでは、エピネフリン自己注射器の使用に際して、両親とヘルスケアプロバイダーへの追加
教育と再研修の必要性を強調していた。
推奨される処置
エピネフリン自己注射器の使用が普及し、迅速にエピネフリンを投与することの効果が公表されてい
ることから 10、傷病者が処方された自己注射器を持っていて自身でそれを使うことができない場合に、
応急処置実施者はアナフィラキシーの傷病者がエピネフリン自己注射器を使用することを補助するよ
うに訓練されてもよい。
回復体位 W146A、W146B、W155、W274
科学的コンセンサス
回復体位は医療現場で広く用いられているが、病院外で反応がないが自発呼吸はあるような傷病者に
この体位をとらせることの安全性、効果、行いやすさを評価した研究は見いだせなかった。ある種の回
復体位に関する吟味できた研究のすべてが健常ボランティアを対象としたものであり(LOE 3-5)、そ
れらの結果を反応のない傷病者にはそのままあてはめて考えることはできない(LOE 7)。
脊髄損傷もしくはそれが疑われる傷病者に対して用いられる回復体位は、気道の開通を維持し、頸椎
を安定化し、体の動揺を最小限にするものであるべきである。健常成人ボランティアを用いた二つの前
向きコーホート研究(LOE3 からの類推)11,12 は修正 HAINES 体位が伝統的な側臥位の回復体位よ
りも頸椎をより正確な中立位に保てることを示している。HAINES は High Arm IN Endangered
Spine(脊椎損傷の危険において高く挙げた腕)の頭文字である:救助者は傷病者の腕を頭の上に伸ばし、
その腕側に腕の上に乗るように、体を回転させた後に傷病者の両膝を曲げさせるというものである。し
かしながら、これらの研究の被験者は意識があり(従っておそらく筋緊張も正常で)、頭部、頸部や頸
椎に損傷のない者たちであった。加えて HAINES 体位の研究には患者をその体位にするまでの動きの
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検討は含まれていない。
回復体位については BLS タスクフォースによっても検討されている。さらなる情報については Part
2:“成人の BLS”および関連したワークシートを参照のこと。
推奨される治療
下になる腕を前に延ばした側臥位の回復体位の使用は、気道が保たれ自発呼吸や循環のサインはある
けれど反応のない傷病者に対して推奨される。この体位は教えやすいけれど、この体位をとらされた意
識のあるボランティア達には血管や神経の何らかの圧迫症状があった(LOE 3)13,14。特に傷病者が
長時間にわたりこの体位をとらされた場合は神経血管損傷を起こす可能性がある。
脊髄損傷もしくはそれが疑われる傷病者によりふさわしい体位は、仰臥位で脊椎を安定させ、傷病者
の体動を最小限にするためのものであるべきである。仰臥位では患者の気道確保が困難、傷病者に大量
の分泌物や嘔吐を認める、救助者が傷病者の近くを離れなければならないが脊椎を安定化させる訓練を
受けたプロバイダーがいないなどの場合には、回復体位をとらせる必要があるだろう。どうしても回復
体位をとらせる必要がある場合は HAINES 式回復体位を用いる:傷病者の腕を頭の上に伸ばし、その
腕の上に頭が乗るように傷病者を回転させ側臥位にする。その後に傷病者の両足を曲げ安定化させる。
■外傷救急
頸椎の安定化;出血のコントロール;創傷、擦過傷、熱傷や筋骨格系の損傷などに対し、一般に行わ
れている応急処置法について公表されたエビデンスはほとんどない。脊髄損傷のもたらす結果は重大で
あるため、専門家らはヘルスケアプロバイダーの経験からの推測に基づいて、頸椎の安定化について推
奨される治療法に対するコンセンサスを得た。戦場における出血の治療経験からは、訓練された市民救
助者やヘルスケアプロバイダーによる圧迫止血法やターニケットの使用についてのエビデンスが得ら
れた。しかし短時間のうちに医療を受けられるような状況での応急処置にこれらの結果を適応するには
慎重でなければならない。
専門家らは創傷、熱傷、筋骨格系損傷、歯や環境因子による損傷に対する“常識的な”治療法はレベ
ルの低いエビデンスに基づいているにすぎないことに気付いたのである。
頸椎損傷
頸椎の安定化 W256、W257、W268、W269、W150A、W150B
科学的コンセンサス
救急部門で診察される成人鈍的外傷患者の約 2%が脊髄損傷を負っており(LOE 3)15,16、頭部や顔
面の損傷がある患者(LOE 4)17 や GCS 8 点以下の患者(LOE 4)18 ではそのリスクは 3 倍にもな
る。
EMS や救急部門のスタッフは成人(LOE 3 15,19,20; LOE 4 21)や小児 22 において脊髄損傷を起
こしうる受傷機転を正しく認識できるはずである。EMS 職員はそのような状況で脊椎固定器具を正し
く使用することができるが(LOE 3)23-25、しかし彼らは実際の脊髄損傷の症状や症候を正確に認識
できないかもしれない(LOE 3 26-28 ; LOE 4 29,30)。これらのヘルスケアプロバイダーを対象とした
研究からは応急処置法に対しては推定的なエビデンス(LOE 7)しか得られない。応急処置の実施者が顕
性もしくは潜在性の脊髄損傷を認識できるかどうかを示した研究はない。
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応急処置を行う救助者が脊椎固定器具を正しく使用できるというエビデンスもない。病院内で頸髄損
傷を見逃したり固定を行わなかった場合に、二次的な神経学的損傷のリスクは 7∼10 倍になるといわれ
ているが(LOE 3 31;LOE 4 32)、病院前の状況で二次的損傷が起こるかどうか、脊椎固定器具でそれ
が予防できるかどうかは明らかではない。ある多変量解析を用いた 5 年間の後ろ向きカルテ研究(LOE
4)33 では、マレーシアの外傷病院に入院したすべての鈍的脊椎脊髄外傷患者と合衆国の外傷センター
に入院した同様の外傷患者を比較している。どちらの病院かが伏せられた状態では医師達は脊椎固定な
しで搬送されたマレーシアの患者群において、脊椎固定が行われ搬送された合衆国の患者群に比較して
神経学的異常を見いだす率が低かった。
脊椎固定器具が有害であるとするエビデンスはいくつかある。後ろ向きのカルテ研究(LOE 4)34
では脊椎固定器具により生命を脅かすような外傷が隠されてしまうことが明らかになった。さらに健常
成人(LOE 3)35 や小児(LOE 3)36 においてバックボードへの固定が呼吸機能を障害した。頸椎カ
ラーの装着により頭蓋内に異常のない患者(LOE 3)37 や外傷による脳損傷のある患者 38 の頭蓋内圧
が上昇した。
脊椎固定については BLS タスクフォースによっても検討されている。さらなる情報については Part
2:“成人の BLS”および関連したワークシートを参照のこと W150A、W150B。
推奨される治療
脊髄損傷のもたらす重大な結末を考慮し、ほとんどの専門家は脊椎の動揺を制限することが脊髄損傷
の危険のあるすべての患者の初期治療の目的であると認めた。応急処置実施者は脊髄損傷の可能性があ
る場合は用手的な脊椎保護(頭部保持)により脊椎の動揺を防ぐべきである。
応急処置レベルで脊椎固定器具を用いることを支持するエビデンスがないことと、それらの器具はヘ
ルスケアプロバイダーが使用した場合ですら有害となる可能性を示唆するエビデンスがいくつかある
ことより、応急処置実施者は脊椎固定器具の使用は控えるべきである。
大量出血
用手圧迫法やターニケットの使用 W254、W255
科学的コンセンサス
直接圧迫法:出血は応急処置の対象となる頻度の高い緊急事態であり、出血のコントロールは救命に
つながるにもかかわらず、病院前もしくは野戦病院での出血コントロールにおける直接圧迫法の有効性
を報告した研究は 2 つしかなく、両方とも圧迫手技は訓練された医療従事者が行っていた。1 つ目の後
ろ向きの症例研究(LOE 5)39 では高度に訓練された救急車乗務員の出血コントロール技術について
述べていた。出血のコントロールは創部表面に 4 インチ四方のガーゼを重ねて置き、その上に直接粘着
性の弾性包帯を巻いて行われていた。包帯は体表の出血点の上に持続性の出血が止まるまで巻かれた。
圧迫により全例で有効に止血ができ、合併症もなかった。2 つめの野戦病院における非無作為症例検討
(LOE 4)40 は地雷爆発による切断肢に対し、訓練されたプロバイダーが弾性包帯による圧迫止血を
行った連続 50 症例と、それら以前にターニケットが使用された 18 例を比較している。直接圧迫で出
血がコントロールされた 50 例では、ターニケットが使われた 18 例に比べ出血が持続しにくく、生存
率が高く、入院時のヘモグロビン値が高かった。心臓カテーテル検査時の経験からの 4 つの研究(LOE
7、LOE 1 や 2 からの推測)41-44、1 つの動物実験(LOE 6)45、そして臨床経験は直接圧迫が効果
的かつ安全な出血コントロール法であることを示している。出血コントロールのための止血点の有効性、
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行いやすさ、安全性はいかなる研究報告でも触れられておらず、また、出血している四肢の挙上が出血
のコントロールに有用か有害かを検討した研究もいまだ出版されていない。
ターニケット:応急処置実施者が止血のためにターニケットを使用することについては意見が別れて
いる。ターニケットは整形外科や血管外科手術において四肢の血流を遮断するためにルーチンかつ安全
に使用されているが、手術室では加える圧や遮断時間が厳密に測定され調節されているし、戦場におい
ても遮断時間が正確に記録される。しかしこれらの結果を応急処置の状況にあてはめることはできない。
2 つの研究が応急処置におけるターニケット使用の有効性と安全性について報告された否定的なエビデ
ンスを示している。戦場における後ろ向きの症例検討(LOE 5)46 では、91 名の兵士に対して医療従
事者(47%)または非医療者(53%)によりのべ 110 回ターニケットが使用された。ターニケットによ
りほとんど(78%)の傷病者で概ね 15 分以内に出血がコントロールされた。受傷機転としては穿通創が
最も多く、阻血時間は 83±52 分(1−305 分の範囲)であった。止血成功率は医療スタッフが施行した
群で兵士が行った群より高く、上肢(94%)の方が下肢(71%、P<.01)よりも高かった。ターニケッ
トによる神経学的合併症は 5 名(5.5%)の 7 肢にみられ、それらの患者の阻血時間は 109 から 187 分
であった。合併症として両側腓骨神経麻痺と橈骨神経麻痺、前腕の末梢神経障害が 3 例、下肢遠位の知
覚異常と筋力低下が 1 例みられた。前章で引用した地雷による切断肢の傷病者に関する非無作為研究
(LOE 5)40 では、ターニケットの使用により弾性包帯による直接圧迫に比べ出血が増し、生存率は
低下し、入院時のヘモグロビン値が低くなっていた。手術室でのターニケット使用では合併症が起こり
うることがよく知られている。手術操作中のターニケット使用による圧迫部直下の神経や筋肉(LOE 5)
49 の一過性(LOE 5)47 または不可逆的な(LOE 7)48 障害や、四肢の虚血に起因するアシデミアや
高カリウム血症(LOE 2)50 などを含む全身的合併症が報告されてきた。その他の合併症として再灌
流障害(LOE 2)51 や四肢を失うこともある。これらの合併症発生は加える圧(LOE 5)52 や阻血時
間(LOE 2)50 と関連がある。
推奨される治療
応急処置実施者は直接圧迫を加えることで出血のコントロールを試みるべきである。
応急処置で出血のコントロール目的に止血点の圧迫や患肢挙上を用いることについては、推奨または否
定するには不十分なエビデンスしかない。
ターニケットはある特定の状況化では有用であろう(例えば戦場で迅速な退避が必要でかつ阻血時間
を正確に測れる場合)。適応となる状況や適応症例、使用法を明確にするにはさらなる研究が必要であ
る。ターニケットの使用方法や最適なデザインについては現在も研究が続いている 53。応急処置実施
者が出血コントロールに使うためのターニケットの有効性、使いやすさ、安全性については不十分なエ
ビデンスしか存在しない。
創傷と擦過症
創洗浄 W259、W266
科学的コンセンサス
創洗浄は創を清潔にするために、病院前、病院内でしばしば行われる。ヒトと動物の研究から、水道
の清潔な流水を使う創洗浄が生理食塩液を使う創洗浄と少なくとも同等の効果があるという有力なエ
ビデンスがある。1 つのコクランメタ解析(LOE 1)54、1 つの小規模な無作為研究(LOE 2)55、及び 1
つのヒトにおける症例検討(LOE 5)56 において、水道の流水を使った創洗浄は生理食塩水を使った洗浄
- 7 -
より創傷治癒を向上し、感染率を下げることに効果的であった。1 つの小規模なヒトにおける無作為研
究(LOE 2)57 では、水道水を使った洗浄による感染率は生理食塩水を使った洗浄の後に観察されたのと
同等だった。これらの研究の多くが医療現場において行われたが、水道の流水は病院前の応急処置実施
者にすぐに利用可能である。
推奨される治療
皮膚の浅い創と擦過傷は清潔な水道水で創洗浄をするべきである。
抗生物質軟膏の使用 W265
科学的コンセンサス
2 つの前向き無作為対照試験では、同様の応急処置の状況で、抗生物質軟膏 3 剤併用群と単剤群、ま
た非使用群の有効性を比較した。1 種の微生物(黄色ブドウ球菌)を接種された皮内の化学的な水疱に対
する軟膏の効果を調べた、1つの人のボランティアによる研究(LOE 1)58 では、抗生物質軟膏単剤群ま
たは非使用群に比して、3 剤併用群がより速く治癒し、感染率が低かった。抗生物質軟膏 3 剤併用群あ
るいは単剤群は、非使用群と比較して汚染された水疱の治癒促進においてより優れていた。地方のデイ
ケアセンターでの 59 人の子供の研究(LOE 1)59 において、小さな皮膚外傷(例、蚊に刺された、擦過傷)
への抗生物質軟膏 3 剤併用群は、プラセボ群と比較して連鎖球菌性膿皮症の発生率が低かった(15%対
47%)。
外科的に引き起こされた創傷の研究結果から推定すると、抗生物質軟膏の使用を支持している。無菌
条件(即ち剥皮術、または中間層植皮採取部)で引き起こされた創傷を持つ人のボランティアによる 2
つの研究において、色素化 60 及び瘢痕化 61 を最小にする点で、抗生物質軟膏 3 剤併用群が非使用群
と比較して優れていた。これらの報告は非外科的でおそらく非無菌である応急処置下での創傷治療には
関連しない可能性がある。抗生物質軟膏 3 剤併用は皮膚表面のコアグラーゼ陰性黄色ブドウ球菌を取り
除くことができるが(LOE 7)62、創傷汚染と治癒への効果はこれらの研究からは推定できない。
推奨される治療
一般救助者は、感染の危険がより低く、より早く治癒するために、皮膚の擦過傷や創傷に抗生物質の
軟膏またはクリームを使用するべきである。抗生物質軟膏 3 剤併用は 2 剤あるいは単剤の抗生剤軟膏ま
たはクリームより望ましいかもしれない。
熱傷
水による冷却 W247
科学的コンセンサス
冷たい水道水による熱傷の即時冷却は、動物での大規模の臨床観察研究や対照実験によって支持され
ている。冷却することで疼痛を緩和し、浮腫、感染率、熱傷の深度、および移植の必要性を減らし、よ
り早期に治癒させる可能性がある。1 つの小規模な人のボランティアによる対照研究(LOE 3)63 や、い
くつかの大規模なヒトの後ろ向き研究(LOE 464;LOE 565-67)、および複数の動物研究(LOE 6)68-72
で、熱傷を冷水(10℃∼25℃【50°F∼77°F】)で冷却したときの創傷治癒と疼痛緩和の一致した向上が
報告されている。いくつかの研究(LOE 6)69、73 では、熱傷の冷却は可能な限り早く始めて、少なくと
も疼痛が緩和するまで続けるべきであることを示している(LOE5)74。
- 8 -
成人において短時間の氷または氷水の使用が、小さな熱傷に安全で効果的との制限された(LOE 5)エ
ビデンスはある 64、68、74、75 が、氷または氷水の長時間の使用は付加的な(二次)組織損傷(壊死) (LOE
576;LOE 677)をきたす可能性がある。動物研究からの証拠(LOE 678)では、大きな熱傷(全体表面積
の 20%以上)に対する氷または氷水による 10 分間以上の冷却は低体温をきたすことを示唆している。
推奨される治療
応急処置として、冷水による早期の熱傷冷却は安全かつ実際的で、効果的である。応急処置実施者は、
特に熱傷面積が大きい(全体表面積の 20%以上)ときは、10 分以上の氷または氷水による冷却は避ける
べきである。
熱傷の水疱に対する応急処置 W248
科学的コンセンサス
熱傷の水疱の治療において、明確でエビデンスに基づいたコンセンサス(合意)は全く存在しない。
多くの推奨される処置は、レベル 5 かそれ以下の研究または日常診療に基づいている。多くの応急処置
ガイドライン(指針)では熱傷の水疱はそのままにしておくように勧めているが、ある研究者たちは、特
に水疱が大きく(>2.5 cm)、壁が薄いときは、熱傷の水疱液により治癒が遅れる可能性があることを示
唆している。1 つの症例対照研究(LOE 4)79 では、水疱未加療群と水疱液排出群の創傷治癒率を見て、
熱傷水疱液の除去が治癒を促進することがわかった。これとは対照的に、ほとんどの動物でのデータ
(LOE 6)80-82 では、水疱液排出群と比較して水疱未加療群ではより速く治癒し、感染率が非常に低く、
および瘢痕組織形成がより少ないことが報告されている。
推奨される治療
水疱液排出の必要性には議論の余地があり、応急処置トレーニングにはない設備と技術を必要とする
ので、応急処置実施者は熱傷の水疱をそのままにして、それらを緩く覆うべきである。
筋骨格系の損傷(骨折、捻挫、および打撲傷)
固定 W260、W273
科学的コンセンサス
訓練された医療従事者による四肢固定の利点に関する報告は多数あるが、そのデータを応急処置実施
者にあてはめることはできない。一般の応急処置実施者による四肢の骨折の整復(realignment)が安
全で、効果的で、または実際的であるという仮説を支持するエビデンスは全くない。
推奨される治療
応急処置実施者は四肢のどのような損傷でも潜在的に骨折の可能性があると仮定すべきである。応急
処置実施者は傷ついた四肢を用手的に固定してもよいが、整復しようと試みるべきではない。
圧迫 W261
科学的コンセンサス
レビュー担当者は、応急処置実施者が傷ついた四肢を圧迫することが安全、効果的で、実際的である
という仮説を支持するデータを見出すことが出来なかった。傷ついた四肢を圧迫することが浮腫を減少
させることは広く受け入れられている(LOE 7)83 が、この概念は未だに無作為試験を受けていない。10
人の健康な女性ボランティアの足趾の血流をドップラーで評価した 1 つの小規模な研究(LOE 7)84 では、
- 9 -
適度な周囲の圧迫が末梢(足趾)の血流を減少させる可能性があることを示唆したが、この情報を応急処
置領域に推定しなければならない。
推奨される治療
非開放性の軟組織損傷を圧迫し、浮腫の形成を減らすために包帯を使用することを推奨する、または
反対するに足る十分なエビデンスはない(クラス未確定)。
冷却法 W262
科学的コンセンサス
軟部組織損傷に対する応急処置の基本は、出血、浮腫、および痛みを軽減することである。冷却療法
では動物 85、86 および人 87、88 における研究で浮腫を軽減することが示されている。冷却療法は、
健常者 89-92 と術後被験者 93 の筋肉と関節を含め、様々な組織の温度を下げることが実験的に示され
ている。氷による冷却療法(ice therapy)もまた核医学画像処理研究で示されるように、骨代謝と共に
動脈及び軟部組織の血流低下に寄与している 94。それは時間に依存するようである 95。
氷の適用は、軟部組織の損傷後の痛み、腫れ、および障害期間を減らすのに効果的である 87、96。
冷却療法が浮腫を軽減することについては十分なエビデンスがある 86、87、97。前十字靱帯再建術を
評価した 1 つの術後研究は、冷却療法が病院滞在期間、関節可動域、鎮痛剤の使用、およびドレーン排
液量などの術後期の客観的利益には寄与していないことを示した 93。しかしながら氷嚢で治療された
患者群で、鎮痛剤服用を減少させる傾向はあった。冷却療法の他の型、冷たいゲル 98、凍結したえん
どう袋(pea bag)89、および他の冷却療法配送システム 85、91 もまた有益かもしれない。いくつか
の研究 85、89、99 は再冷凍可能なゲルパックは非効果的であると示した。冷却療法の形式は術後の時
期によって異なるものとなるが、組織温度を減少させることでより効果的になるようである 91。
推奨される治療
冷却は捻挫した関節と軟部組織損傷への応急処置として、一般に安全、効果的かつ実際的である。い
くつかの報告が長期間に渡り合併症なく関節を冷やし続けることができると示唆してはいるが、20 分
以上の冷却は有害かもしれない 91。
急性外傷後、冷凍療法の最適な回数、期間、および最初のタイミングに関して推奨するための十分な
情報はない 100、101。多くの教科書における、氷による冷却治療の期間、回数、および長さに関した
推奨が一貫していない 100。
皮膚および表面の神経の凍傷を防止するためには、必要な防護策をとった上で 1 回 20 分以内の氷に
よる冷却に限るのがいちばん良い 102、103。湿らせた衣類あるいはプラスチックバックによる保護が
理想的であるが、当て物付きの弾性包帯を通してでは低温が十分に伝わらないかもしれない 100。皮下
脂肪がほとんどない人で、特に表在末梢神経部位にあたる場合には、損傷に冷却を適用する際に注意す
る必要がある 102、104。
歯牙損傷
歯の脱臼 W275
科学的コンセンサス
レビューされたエビデンスには、専門家の意見の批評論説(LOE 7)105 と様々な培地における口唇の
線維芽細胞の生存に関する研究(LOE7)106 から推定されたものとがあった。専門家の意見と、マイル
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ド(ミルクの間違い?)と塩水や他の貯蔵媒体中の組織の生存を比較した研究から、再移植または他の
最終的な治療を提供できるまで、ミルクの中で脱臼した歯を保存することを支持した。
推奨される治療
専門家の合意では、脱臼した歯に試みられた再移植による潜在的な害は潜在的な利益より重要で、脱
臼した歯はミルクの中に保存し、できるだけ早く傷病者と共に歯科医へ搬送すべきである。
■環境障害
蛇咬傷の治療を評価するにあたっては比較的良い動物のデータがあるが、低温障害に対しては推奨さ
れる特異的治療についての基礎となるエビデンスはほとんどない。
蛇咬傷 W270,W271
科学的コンセンサス
救助者は蛇に咬まれた傷から毒素を取り除かなくてはならないと勧める応急処置の教科書もあるが、
動物の比較対照研究(LOE 6)107 により、咬み傷の吸引治療をされた動物は、咬み傷の吸引治療をさ
れなかった動物に比べて臨床的な利益がなく、より早期に死亡することが示された。その後の 2 つの研
究(LOE 5108、LOE 6109)で、吸引を行うことによって注入された毒素をいくらか取り除くことが
できることが示されたが、これらの研究では臨床的転帰については調べられていなかった。ガラガラヘ
ビ毒素注入に対して吸引装置を使用したブタモデルの研究(LOE 6)110 で、吸引は無益であり、また、
損傷が起き得ることが示唆された。ヒトのボランティアによる蛇咬傷の模擬試験(LOE 5)111 で、吸
引装置では事実上、擬似毒素を全く回収できないことが示された。
コブラ科(例
サンゴヘビ)の蛇による咬傷の場合、応急処置として圧迫固定を行うことが含まれる。
Sutherland による注目すべき論文(LOE 6)112 で、サルにおいて、コブラ科蛇咬傷後の圧迫固定に
より毒素取り込みが遅れることが示された。ヒトにおける研究(LOE 3)113 で Howarth は、適切な
圧(上肢は 40∼70mmHg、下肢は 55∼70mmHg)をかけて固定することにより、リンパ流と擬似毒
素取り込みを安全に減少させることができ、圧迫と固定のどちらか一方のみでは不十分であることを示
した。血流を制限しうるため、圧迫包帯をきつく巻くべきではない。ブタを用いた最近の研究(LOE 6)
114 で、中等度の圧での圧迫と固定で生存率が改善することが報告された。
推奨される治療
応急処置実施者は、蛇咬傷における毒素注入部位を吸引すべきではない。
コブラ科の蛇咬傷に対する応急処置として、適切に圧迫固定を行うことが推奨される。応急処置実施
者は、ぴったりと包帯を当てて指がその下で滑るくらいの圧をかける。
低温障害
低体温 W267
科学的コンセンサス
低体温傷病者の治療目標は、核温の低下を止め、一定した安全な復温速度を確立し、心肺機能を支持
することである 115。低体温患者は復温すべきであると一般的に考えられているが、院外状況における
復温の特別な方法や、そのタイミングに関するデータはほとんどない。
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成人の低体温患者を強制空気対流式カバーに加えて温かい静脈内輸液を用いて加温するものと、綿毛
布に加えて温かい静脈内輸液を用いて加温するものとに無作為に分けたひとつの小規模な研究 116 で、
(空気充填式毛布を用いた)強制空気式復温が受動的復温に比べてより早く深部体温を上昇させ、さら
なる合併症を起こさなかった。麻酔下で 33℃(91.4℉)に冷却(メペリジンを投与することでシバリン
グを予防した)した 8 人の健康なボランティアを対象とした前向き無作為試験 117 で、抵抗加熱毛布を
用いた能動的復温の方が、反射ホイルを用いた受動的復温よりも早く深部体温が上昇した。これらの結
果を応急処置の状況における全ての低体温傷病者に当てはめることは難しい。病院前の状況で、市民救
助者が迅速かつ積極的に復温を開始する必要性はまだ立証されていない。
後向きチャートレビュー(LOE 4)118 によると、病院前における復温戦略は救急診療部を通じて入
院した低体温患者の転帰に影響を与えなかった。病院前の復温を積極的に行うと、血管拡張のため冷た
い四肢への血流が増加し、アシドーシスに傾いた血液が中心循環に運ばれてくることによる“アフター
ドロップ現象”のような合併症が増えるかもしれない 119。
この話題は一次救命処置作業グループでも概説された。更なる情報については Part 2“成人一次救命
処置”と、これに関連したワークシートを参照せよ W162A。
推奨される処置
応急処置実施者は、低体温傷病者に対して可能な限り(毛布を用いた)受動的復温を行うべきである。
傷病者は能動的復温を行える施設に搬送すべきである。傷病者が医療援護を受けられる場所から遠くに
いる場合は、応急処置救助者は能動的復温を開始しても良い。
凍傷 W267
科学的コンセンサス
凍傷の応急処置に関するエビデンスで公表されているものはほとんどない。症例報告 120 から論評さ
れたひとつの見解では、再凍結の可能性がない場合にのみ、病院前の状況下で凍傷に陥った部位の復温
を行うべきであるとしている。他の consensus opinion review121 では、組織損傷を大きくしうるため
凍傷に陥った部位をさすったり揉んだりすべきではないとされている。
推奨される処置
応急処置実施者は、再凍結の可能性がなければ凍傷に陥った体の部位の復温を行うべきである。
■中毒
中毒は固体、液体、気体、蒸気によって引き起こされる。固体や液体は摂取されるか、もしくは皮膚
を介して吸収されるが、一方、気体や蒸気は一般的には吸入される(蒸気は皮膚から吸収されうる)。
このエビデンス評価の過程では、吸入された毒素に対する応急処置に関連するエビデンスは検討しなか
った。
水による洗浄は局所の化学性・腐食性熱傷に対して効果的であることが示された。飲水や吐根シロッ
プの投与などの摂取された毒物に対するいくつかの共通した応急処置は、エビデンスによって支持され
ていないうえに有害であるかも知れず、従って推奨されない。応急処置の状況での活性炭使用に関して、
推奨もしくは反対するに足る適切なエビデンスはなかった。
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毒物暴露と化学熱傷
水による洗浄 W258,W259
科学的コンセンサス
腐食性の物質に暴露した後に皮膚や眼を洗浄することで組織損傷の重症度を減少させることができ
る。眼(LOE 1~8)122~127 と皮膚(LOE 4~6)128~134 へのアルカリ・酸の暴露を調査した多数の
研究によるエビデンスから、応急処置として迅速に水洗浄を行うと転帰が改善することが証明された。
即時洗浄(応急処置として行った)と遅れた(ヘルスケアプロバイダーが行った)場合を比較したひと
つの非無作為化症例報告(LOE 5)134 で、皮膚の化学熱傷に対して直ちに大量に洗浄を行うことで全
層性熱傷の発生を減らし、在院期間を 50%減少させることが報告された。動物におけるエビデンス
(LOE 6)でも、酸による皮膚 124,130 や眼 122,123 の熱傷において毒性物質への暴露を減らすため
に水洗浄を行うことが支持されている。ネズミを用いた酸による皮膚熱傷の研究 130 によると、熱傷か
ら 1 分以内に水による洗浄を行うと組織の pH が低下せず、一方、洗浄が遅れると組織 pH の低下が著
明に進行した。
推奨される治療
皮膚や眼への酸・アルカリの暴露を治療する際、応急処置実施者は直ちに皮膚や眼を大量の水道水で
洗浄すべきである。
毒物の摂取
水と消化管除染 W249,W250,W251
科学的コンセンサス
救急心血管治療ガイドライン 2000135 に記載されているように、毒物摂取後に水やミルクを投与す
ることを支持するヒトにおけるエビデンスはない。動物を用いた腐食性物質(酸、アルカリ)摂取の研
究では、生理食塩水、コーラ、オレンジジュース、水、ミルクで洗浄もしくは摂取させることで食道組
織の損傷を減らしたことを報告しているが、転帰のデータは組織 pH の研究や組織損傷に限られており、
生存率については評価されていなかった。加えて、これらの研究は非腐食性物質の摂取については言及
していなかった。中毒患者は意識レベルが低下して気道防御反射が損なわれているかもしれないため、
専門家の意見として、いかなる経口投与も有害である可能性が示唆されている。
小児 136 や成人 137,138 における 3 つの無作為臨床試験(LOE 2)で、毒物摂取後に吐根シロップ
を投与することは無益であり、有害である可能性もあることが示された。このうち 2 つの研究 136,138
では吐根の投与が活性炭の使用を遅らせており、1 つの試験 138 では活性炭の嘔吐が増加し、在院期間
が延長していた。救急外来で、200 人の成人中毒患者を吐根シロップと活性炭の両剤投与もしくは吐根
シロップのみの投与で治療したひとつの前向き無作為臨床試験(LOE 2)139 で、吐根シロップのみを
投与された成人は合併症発生率や誤嚥性肺炎発生率が高いことが報告された。American Association of
Poison Control Center Toxic Exposure Surveillance System Database による 752,602 人の小児を対
象にした大規模後向き研究(LOE 4)140 によると、毒物摂取の可能性があるものに対する吐根シロッ
プ投与に関する転帰の改善やその医療使用量の減少を示せなかった。症例報告(LOE 5)141~144 や臨
床試験(LOE 2)139 でも吐根シロップ投与は有害事象と関連しているとされている。
薬物摂取直後に動物に対して活性炭を投与すると吸収される薬物の量を減らすことができるが、その
効果はまちまちで時間とともに減少する 145,146。応急処置での活性炭投与に関して、公表されている
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使用経験は限られている。1 つの非比較対照試験(LOE 4)147 と 2 つの後向き症例報告(LOE 5)148,149
によると、家庭において小児に活性炭を安全に投与でき、その投与までの時間も短くできることが示さ
れたが、傷病者の 3 分の 2 にしか投与が成功せず、活性炭は小児中毒患者にはまれにしか推奨されない
147。健康な小児を対象にした研究で、小児は推奨されている活性炭の量を摂取できないであろうこと
が報告されている 150。病院で多量の活性炭を投与された 878 人の患者を対象にした後向きチャートレ
ビュー(LOE 5)151 によると合併症発生率が低かったが、この研究でもやはり誤嚥がおきており、ヘ
ルスケアプロバイダーの付き添いのない病院前の状況と同じくらい悪い結果であった。活性炭誤嚥の報
告例はいくつかあるが 151~153、正確な合併症発生率は不明である。
推奨される治療
毒物を摂取した傷病者に水やミルクを投与することは推奨されない。
吐根シロップは有益性に関わるエビデンスに欠けており、有害である可能性についても報告されてい
ることに基づき、毒物摂取には推奨されない。
応急処置で活性炭を使用することについて、推奨もしくは反対するに足るエビデンスはまだない。
翻訳担当
新潟市民病院救命救急センター
代表者:宮島
野本
衛(新潟市民病院救命救急センター)
優二(新潟市民病院総合診療科)
熊谷
謙(新潟市民病院救命救急センター)
本田
博之(新潟市民病院救命救急センター)
監修: 坂本 哲也(日本臨床救急医学会
代表委員)
谷川 攻一(日本臨床救急医学会
代表委員)
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