大学および大学教員は産業界と連携すべきか?

Copyright © 1999
Niels Reimers and Recruit Co., Ltd.
大学および大学教員は産業界と連携すべきか?
Niels Reimers
背
景
筆者は、スタンフォード大学でテクノロジー商用化プログラムを立ち上げ、22年間にわたってそ
の責任者をつとめた。1985−86年には、スタンフォード大学から出向して、MI
Tのテクノロジー
商用化オフィス(
Technology Commercialization Office; TCO )を改革・監督する任務にあたった。
1989−90年には、カリフォルニア大学バークレー校でのテクノロジー商用化オフィスを設立し、
監督にあたった。コンサルティング業務を行うために、1991年にスタンフォード大学を早期退職。
1998年2月までの2年間、カリフォルニア大学サンフランシスコ校でテクノロジー商用化オフィスを
設立・監督する任務にあたった。現在も北米、ヨーロッパ、アジアの多数の研究機関に対しコンサ
ルティングを行なっている。
本論文は「大学および大学教員は、産業界と連携すべきか」という問いに答えようとするものであ
る。答えは、単純な「イエス」か「ノー」ではない。ここでは、より理解を深められるように、これまでの
経緯を紹介するとともに、リスクや利害等の対立の可能性について説明する。「発表の自由」とい
った学術的な問題に関わる影響についても取り上げる。また、学究的価値観を犠牲にせず、大学
および教員の独立性と世間からの信頼を維持しながら、公益のために産業界とよい相互関係を
持つには何が必要か、についても筆者なりの考え方を述べたい。
1.はじめに
アメリカの経験
アメリカでは1940年代後半から、大学の研究に対する政府支援が大きく増えた。そしてその結果、
研究結果の適用という点からも、最先端の研究のトレーニングを受けた大学院生を経済界に供給で
きる点からも、軍事分野のみならず商業上の競争力にも貢献したと考えられた。資金提供を決める基
準は、まず研究プロジェクトの質であり、実用的に適用できそうかどうかは二次的な考慮事項だった。
世界が工業経済から情報経済へ、そして今日の知識経済へと移行する中で、この方針がもたらす
プラス面はますます重要になってきた。当初政府で資金を提供していたのは軍事関係の機関であり、
Office of Naval Researchが先導役だった。のちに、研究活動を行うためではなく大学の研究に資金
を提供するために、全国科学基金(National Science Foundation)が設立された。今日では、20以上
の米国政府省庁が大学の研究を支援している。
1970年代以前には、ほとんどの米国の大学には、積極的なテクノロジー・ライセインシング・プログ
ラムはなかった。大半の大学は、大学での発明をResearch Corporation (RC) に委譲していた。こ
January, 1999
1
の非営利団体は、発明の評価、特許化およびライセンシングを行い、純益を大学と折半していた。R
Cは、イギリスのBritish Technology Group、ロシアのLicensintorg、フランスのAVNARに近いもので、
国家研究開発機関(National Research Development Organization : NRDO)と呼ぶことができる。
1980年以前には、研究を支援していた米国政府省庁は、知的財産権及びライセンシングに関し
て様々な方針を持っていた。多くの省庁は自分たちが資金を提供した大学の研究の知的財産権を
入手した。大学は自らが知的財産権を有している特許の約50%をライセンスすることができたが、一
方、政府省庁は自らが知的財産権を持っている特許の約2%しかライセンスできなかった。
保健教育福祉省の特許顧問のNorman Latkerのリーダーシップのもと、大学や議会の支援を得て、
1980年に公法96-517が米国大統領の署名を得て発効した。この法律では、特許を取って産業界
にライセンスを行う最初のオプションは大学にあるとしている。米国の特許の独占的ライセンスは、アメ
リカ国内で製造する企業に与えられなくてはならない。
公法96-517が成立したことやその他の要因もあって、アメリカでも他国でも、大学のテクノロジー・ラ
イセンシング・プログラムが急速に成長した。予想どおり、キャンパス内にライセンシング・オフィスを設
立する大学が増えるにつれ、NRDOの大学ライセンシング・ビジネスは廃れていった。大学でライセン
シングを行う組織の協会である大学技術管理者協会(Association of University Technology
Managers:AUTM)の会員数は1978年の100から1988年には350に増え、1998年には1903と
なった。この数年間最も著しい伸びを示したのは、北米以外の会員である。次の2∼3年間に会員数
が2倍になっても不思議ではないだろう。
米国の大学のテクノロジー・マネジメント・プログラムによるロイヤリティー収入は、1991年の1億3
000万ドルから、1997年には4億8300万ドルに増えている。もっと重要なことは、1998年12月に出
されたニュース・リリースでAUTMが「大学での発明の商用化は、毎年約300億ドル相当の経済活
動と25万人の雇用を産み出している」と推定していることだ。また、大学の研究に対して産業界が提
供する資金額も大きく伸びてきている。これについては、セクション7で述べる。
しかしおそらく、米国の大学が産業界の競争力により大きな貢献をしているのは、最先端の研究
分野でトレーニングを受けた大学院卒業生 を供給していることである。
大学のライセンシングを増やすことになった要因には、どのようなものがあるだろうか?
1.大学の研究結果の効率的な商用化と、トレーニングを受けた科学者の供給が、国の競争力
増強に明らかな貢献をしたこと。
この要因は、アメリカで「知識経済への移行」の認識が高まるにつれ、ますます明白になった。「知
識経済」の項を参照のこと。
2.大学のライセンスや大学でトレーニングを受けた科学者を用いた企業が成功を収めていること
は、議会、産業界および世間に対して、大学研究への支援は極めて価値のある公資金の投資
であることを示した。
スタンフォード大学だけを見ても「スピンアウト」したテクノロジーや科学者が、シリコン・グラフィッ
クス、ジェネンティック、シスコ、サンなどの成功を収めているベンチャー企業をたくさん生み出した。
アメリカの大企業は競争力を高めるために1980年∼90年代に人員削減を行なった(そして今で
January, 1999
2
も続けている)が、ベンチャー企業は大企業の削減分を補って余りある雇用を創出した。1996年
に収入をもたらした13,000近い大学ライセンスのうち、64%がベンチャー企業や中小企業に行
っているのは興味深い。
3.何校かの大学がライセンスからかなりの収入を得ているのを見て、他の大学の担当者も学内
ライセンシング・プログラムを開始しようという気になった。
先述したように、1997年のロイヤリティー総額は4億8300万ドル、産業界が提供した研究費は
18億ドルであった。最近学内プログラムが急増していることは、AUTMの会員数の増加を見ても
明らかであるが、これによって今後大学の総ロイヤリティー 収入も大きく増えることになろう。
4. 教員に、産業界と相互関係を持つことが自分の研究を歪めることはなく、しばしば興味深い
研究課題や研究資金につながることがわかってきた。
1974年時点では、バイオケミストリー(生 化 学 系 )の教員の中から、特許活動や産業界との関
わりは非常に困った事態につながる危険性があるのではないだろうかという声が数多く筆者に寄
せられた。しかし、これらの教員にも、このような活動によって自分の研究が邪魔されることはない
ことがわかってきた。実際、多くの教員が重要な学術賞を受賞しており、ノーベル賞受賞者もいる。
組み替えDNAの共同発明者であるスタンレー・コーエン教授は、発明の開示書を提出しておら
ず、筆者が彼の発明を特許出願したいとコンタクトをしたときも、特許にはかかわりたくない、と思っ
ていたほどである。また、企業の創設に関わった教員や、自分の研究で見い出した結果が医薬や
診断などとして実際に使われ、公けの利益となっている様子に満足している教員も多い。
ロイヤリティー収入は通常、発明者本人とその属する大学学部で分ける。学部は、この使途制約
のない資金を用いて、通常の予算枠内の資金を転用しなくても様々なプロジェクトを行うことができる。
学部のコンピュータ・ネットワークを構築したり、新しい教員のシード研究の研究費にまわしたり、専門
分野の会議や会合に参加するための交通費などをまかなうなどである。
2.知識経済
今日の世界は、筆者が本論文で呼ぶところの「知識経済」に移行しつつあると思う。そこでは先進
国の国家競争力は、いくつかの主要な要因によって決まってくる。
1. 知識資源の十分な供給:知識の専門家と研究結果
2. 不確実性や個人のイニシアティブ、起業家活動、リスクを負うこと(失敗も含めて)を受け入れ
る文化・風土
3. 知識経済を支える政府およびビジネスの構造
だれでも指一本で情報処理ができる能力が指数的に高まってきたことから、世界経済が再構築さ
れつつある。個人はより価値ある貢献ができるようになり、即時にコミュニケーションを行い、幅広い知
識へアクセスすることが可能になってきた。
知識経済への移行がどの社会でも100%よい、というわけでもないだろうう。日本社会は結合力が
強く、失業率も低い。これまでは、「義務」や「根回し」、産官の緊密な関係が非常にうまく機能してい
た。このような社会においては、新しい個人主義の流動的世界は、個人や組織にリスクや不確実性を
January, 1999
3
もたらすため、恐ろしいものに映るかもしれない。
3.大学とその教員
大学とは教員そのものである、といえよう。大学から教員をのぞいたら、レンガやセメント、事務員し
かないのだから。では、社会における教員の役割を考えてみよう。そして、教員が産業界と相互関係
を持つことが適切なのか、望ましいことなのかを考えてみよう。大学と教員の社会に対する使命・任務
は、教育を行うことと、好奇心に基づいた研究を通じて人類の知識を増やすことである。研究そのもの
が教育的機能を持っており、研究を通じて大学院生は研究技法や学術発表のトレーニングを受ける。
すると、産業界と相互関係を持つことには、どのような役割があるのだろうか?
大学の多くの研究結果が、使われずに学術論文の中に眠ったままであることは明らかである。社会
が大学の研究に支援を与える見返りとして利益を得るためには、実用的に使えそうな研究結果が、
製品やサービスという形になることが望ましい。そうすれば、社会がその研究結果を用いることができ
るからだ。産業界とは、教員の研究結果を応用して、製品やサービスとして社会に届ける社会的組織
体なのである。したがって、社会が利益を得るためには、産業界が研究結果を使えなくてはならない。
そのような技術移転は、国内の産業の競争力を増強するので、さらに国民の利益となる。
大学の研究結果を実用化するための開発には投資が必要だが、産業界からリスクを伴う投資を呼
び込むには、知的財産を全般的に保護する必要があり、特に特許権が重要である。また、発明者や
教員、大学院生が特許の出願・権利の確保のプロセスに関わることも必要である。
世界にはテクノロジーがあふれていると、筆者は思っている。したがって、大学が自校の教員や大
学院生の研究から生まれたテクノロジーを産業界に開発してもらいたいと望むなら、そのテクノロジー
を積極的にマーケティングする態勢を整えておかなくてはならない。この点を示す例を下に挙げる。
スタンフォードのある若い音楽学部の教授は研究資金を持っていなかったが、様々な音を電子的
に記述する研究のために、夜中に人工知能研究所の大型メインフレーム・コンピュータを使う許可を
もらった。彼は、ピッチの変化などの要因を示し、その変化をダイナミックにコンピュータ画面に表示す
る方程式を作り出した。彼は、我々が「FMサウンド」と呼んだテクニックを使えば、文字どおりありとあ
らゆる音を作り出せることに気づき、このテクニックをスタンフォードのテクノロジー・ライセンシング・オ
フィス(OTL)に開示した。
伝統的なオルガン製造会社にOTLがアプローチしたがうまくいかなかった。日本楽器(現在のヤ
マハ)にアプローチしたところ、長期的な協働(コラボレーション)が始まり、ヤマハは市場で大成功を
収めた。スタンフォード大学は、受け取ったロイヤリティー収入のかなりの 部分を用いて、音楽・音響
学コンピュータ・リサーチ・センター(CCRMA)を設立し、運営資金源としている。
OTLが積極的に、しかも世界的規模でこのテクノロジーのマーケティングを行わなかったら、FM
サウンドはまったく商用化されていないか、仮に商用化していたとしてもこれほど迅速にまた成功裏に
行うことはできなかっただろう。CCRMAも設立されていなかっただろうし、産業界や大学が渇望する
この分野で活躍できる大学院生を産み出してもいなかったであろう。
アメリカの多くの 大学教員は、特許や産業界との相互関係に懸念を抱いていた。特許とは秘密主
January, 1999
4
義であり、発表を制限するものだから、科学の進歩にとっては「悪しきもの」だと思われていたのだ。ま
た、産業界と相互関係を持つと、「知識の探求」が産業界の「金の探求」にすり替えられてしまい、研
究を行う上での独立性が損なわれると考えられていた。これらの懸念については、次の2つの項で取
り上げる。
4.研究が本来の方向からそれてしまうこと
確かに、産業界のニーズに合わせようと研究の方向を変え過ぎてしまう教員もいるかもしれない。し
かし多くの教員は、自らの独立性は保ちながら、産業界を通じて社会に資することができることがわか
ってきた。
経済的に重要な大学発の発明、たとえば、組み換えDNAなどは、好奇心に基づく基礎研究の中
から生まれてきたものである。応用研究では、その進歩は通常漸進的であるし、市場での寿命も短い。
教員が研究プログラムを産業界寄りに変えると、発表する価値のある研究結果が出にくくなり、研究
結果の重要度も下がってしまうかもしれない。しかし、同時に、産業界のニーズを理解することから、
学術論文にふさわしい興味深い研究課題がたくさん出てくる。
スタンフォードの大学院生が、スタンフォード大学のネットワーク(Stanford University Network)の
ために作ったネットワーク・コンピューターのコンフィギュレーションのような応用研究の結果は、単なる
漸増的な進歩かもしれないが、そこからサン・マイクロシステムズという非常に成功を収めている企業
が生まれた。この企業が成功したのは、スタンフォード大学で開発された技術を用いたためというより、
創業者たちの鋭いビジネス・センスのおかげである。この場合、スタンフォード大学からテクノロジーの
ライセンシングが行われたわけではなく、この大学院生が博士号を取得した後、企業の設立者となり、
彼の指導教官がサン社のコンサルタントとなったのである。
簡単にいえば、ロイヤリティーのインセンティブと産業界の提供する研究資金のために、自分の研究
を産業界ニーズに合わせて変更しようと思う教員も確かにいるかもしれない。そしてその結果、研究の
質を落としてしまう可能性もある。しかし北米での経験を見ると、教員は独自の研究の方向性を保持
しており、それが産業界のニーズと一致したときには、国民も含めすべての人が恩恵を受けられるの
である。産業界から研究資金が得られることで、絶対に必要な学生への支援を提供し、教員の研究
プログラムを拡大することもできる。
大学で質の高い研究を行なえば、優れた研究結果が得られ、また大学院生をトレーニングすること
にもなるので、産業界の競争力向上につながる。このことが国民や議会に理解されるにつれ、政府が
大学へ提供する援助資金が世界的に増大している。
5.秘密主義 対 学術発表
特許を理解していない人は通常、特許とは秘密主義だと考える。しかし、特許制度の基本的な前
提は、発明者がその発明を全面的に開示する(秘密主義ではない)代わりに、特許の付与を受け、
その発明を他人が実践できないようにすることである。企業への特許ライセンスは、発明者がその企
業に対してその実施を排除する権利を適用しないという合意である。
January, 1999
5
しかし、確かに多くの国では、特許出願日以前に発表を行うと特許が無効になってしまう。アメリカ
では、発表日から1年間の「猶予期間」があるので、特許権を失うことなく公表ができる。しかし、アメリ
カの発明者も国外での特許権も押さえたいと思うので、やはり公表前に発明の特許出願を行おうとす
る。そうすると、発明者や企業側では、公表を差し控えて特許出願まで発明を秘密にしておこうと思う
かもしれない。
公表を遅らせることは、大学の研究者や組織にとってまったく不適切なことである。重要な研究成果
を二番目に発表したのはだれか、などだれも覚えていてはくれない。研究者は他人の研究発見の上
に自分の研究を築いていく。現場での知識があるレベルに達し、世界中の多くの研究者がある重要
な研究上の発見(または発明)の一歩手前まで来て、タッチの差で一番手が決まるということは稀で
はない。
経済的には儲かる可能性があったとしても、大学の研究者やその所属する組織が発表を遅らせる
ようなことをしてはならない。筆者はスタンフォード大学、MI
T、カリフォルニア大学などでテクノロジー
開発のマネジメントを25年以上にわたって行なってきたが、一度として発表を遅らせたり、遅らせるよ
う求めたことはない。このために、経済的に意味のある特許上の立場を手に入れ損ねた可能性はあり
うるが、学術的な価値や社会の信頼を失ったことは一度もない。
この点で、組み換えDNAの発明を考えてみると興味深い。筆者がこの研究に注目したのは発表さ
れた後だったので、その時点では米国の特許権しか取れる可能性はなかった。この発明の出願が出
されたのは、発表日から1年間という猶予期間が終わるたった1週間前のことである。米国の特許のみ
であるが、それでもこの発明は2億5000万ドルのロイヤリティをもたらし、新しい産業を生み出した。し
かし、世界中の多くの大学研究所に組み換えDNAの発明に手が届きそうだった研究者がたくさんい
たことを考えてみてほしい。コーヘン・ボイヤー両教授が発表したことにより、その科学史上の優先順
位と地位が保証されたのである。
6.利害とコミットメントの対立
背景:利害の対立
大学およびそこに籍を置く発明者は社会からの信頼を担っており、実際に何らかの利害が対立す
るような場合、または利害の対立が考えられる場合には、注意深く状況に対処する義務がある。一般
的に対立の可能性があるのは、大学や発明者が、取引に関わる当事者の両方に影響を与えることが
でき、両方から利益を得られる立場にある場合、つまり当事者の片方にマイナスをもたらす 可能性の
ある場合である。そのような対立の例としては、たとえば、教員がある企業の株式を大量に保有してお
り、本人の研究がその企業の利益に直接つながるような場合がある。また、大学が発明のライセンス
を大学が株式を保 有している企業に与えるか、その発明に適した他の企業に与えるかという選択の
余地がある場合もそうである。
どのような人間の活動にも、対立の「可能性」は付き物である。たとえば、再度来院するよう指示する
医者や、費用のかさむ訴訟を薦める弁護士、商品を説明するセールスマンなどにその可能性が見ら
れる。そこでの鍵となるのはそのような可能性のある利害の対立を「管理する」ことであり、これについ
January, 1999
6
ては以下の項に取り上げる。対立に対する方針があまりに厳格になると、公益のためにならないこと
が多い。
しかし、大学はどのような行動が利害の対立を引き起こす可能性があるかについて、明確な基準を
文書化する必要がある。たとえば一例として次のようなものが考えられる;
・研究結果を迅速にまた全面的に発表するという教員の学究上の義務や研究の客観性は、い
かなる企業に対する義務よりも上位に置かれなくてはならない。
・教員は、担当する大学院生とは学問上の指導者としての関係しか持ってはならない。学生は、
教員が株式や何らかの所有関係を持つ企業に雇われたり、そのような 企業に対してコンサルテ
ィングを行ってはならない。教員はそのような 企業で学生の仕事を監督することはできない。
可能性のある対立をすべて列挙することは不可能である。以下に述べるように、テクノロジー開発
活動に関連する対立の可能性を見出して特定するのには、大学のライセンシング専任者がもっとも
適した位置にいることが多い。
背景:コミットメントの対立
コミットメントの対立は、ある個人が二つ以上の当事者に対して専門家としての義務を負っていると
きに生じる。教員が許可されてコンサルティングを行っているときでも、その第一の義務は大学に対し
て負っているべきである。大学の方針では、教員として活動している間は、企 業で現場での職務に就
いてはならないと定めていることが多い。教員としてのコミットメントは、大学での学術上の任務に10
0%以上向けられなくてはならない。ベンチャー企業が成功するために、起業家が企業に100%以上
コミットメントしなくてはならないのと同様である。
対立のマネジメント
大学の上層の管理者、通常は研究担当副学長(Vice President of Research; VPR)が、テクノロ
ジー商用化活動・に関わる問題に対する助言、レビュー、解決を担当する。そこで扱われる問題には
対立の問題だけではなく、所有権やロイヤリティー の配分なども含まれる。
米国の大学のVPRは、大学の研究プログラムの健全性と管理を担当するシニアの教員である。V
PRは通常、学術担当の副学長または学長の直属のポジションである。
あらゆる対立に関する方針の基礎は、「オープンであること」と「教員の誠実さに対する信頼」、そし
て「公益」である。
オープンであること:教員の活動は同僚や学生、その他の人々に完全にオープンでなけれ
ばならない。教員はコンサルティング活動、企業からの贈与、企業設立への参加その他のあ
らゆる活動について、書面にて学部長に開示するよう求められなくてはならない。そしてその
情報は、同僚や学生に公開される。科学論文には、研究で使用した製品を生産している企
業からの研究資金やコンサルティング、ライセンスの関係など、影響の可能性のある事実に
ついては、明白に記載されなくてはならない。
January, 1999
7
誠実さに対する信頼:教員が対立の可能性のある立場に・あるからといって、教員が実際に
衝突を起こすような行動を取ると仮定してはならない。
公益:これは産業界との取引に関わるすべての大学スタッフの責任であるが、鍵となるのは、
大学のTechnology Commercialization Office(TCO)の所長であろう。たとえば、発明者が
株式を所有しているベンチャー企業にライセンスを与えるのか、他の企業に与えるのかとい
った決定は、公共の利益が最大になるよう、客観的な指標に基づいて行なわれなくてはなら
ない。その指標とは、たとえば、そのテクノロジーを最も迅速にまた適切なやり方で商用化で
きそうなのはどの企業か、そして最高の条件を提示するのはどこか、などである。
マネジメントの実際
一般的に、TCO(Technology Commercialization Office; テクノロジー商用化オフィス)の所長が
利害またはコミットメントの対立があり得ると思う場合は、当事者の教員と話し合いをし、それからTCO
所長と教員が研究担当副学長(VPR)に話を持っていくことになる。VPRは単に教員に注意を与え、
対立の可能性が実際の対立にはならないと保証させるだけの場合もあろう。場合によっては、その学
部の承認が必要であるが、VPRが教員に大学を休職するように要求するかもしれない。このような休
職は、時間を限ってその企業に関わる時間であり、通常1年を超えることはない。
当該教員が属する学部の学部長は、利害の対立があった場合のほとんど、コミットメントの対立があ
った場合には必ず、VPRに相談を受ける。学部長は、その教員が教えている講義や、担当している
大学院生の数、所定の勤務時間、その教員の大学および学部に対する責任について状況を把握す
る。場合によってはある教員に許されることが、別の教員には許されないこともありうる。
他の対立の例としては、実験室での複雑なプロセスを滞りなく再現するのが、ある学生にしかできな
いというような場合である。VPRは教員と相談して、その実行方法の移転に、たとえば1ヶ月かかるだ
ろうと判断する。その技術を移転することの公益性を考慮して、VPRは方針の例外を認め、教員に対
してその学生が、たとえばその年の10月の1ヶ月間を技術移転に費やすことを許可してよい、とするこ
とができる。VPRは企業に対して、学生の作業に対して別個に支払いをするよう求める。そしてその
収入は、その学生の大学からの給料の原資や研究資金に組み込まれる。
別の状況としては、ポスドクの研究員が、大学から離れてベンチャー企業に参加したいと願うが、一
方で、大学で主要な実験を最後まで終わらせて研究論文に組み入れなくてはならない場合がある。
VPRは、方針に対する例外を認め、教員に対し、その研究員がたとえば4ヶ月、時間の50%をその
企業に費やすことを認めてもよい、とできる。その期間後、その研究員との関係は終了することになる。
VPRは、研究の会計係にその研究員の給料を50%だけ支払うよう要請する。
他にも、クロメンコ社(この企業名は、創業者たちの学生寮、クロザース・メモリアル・ドーミトリーから
来ている)での例があげられる。このコンピューターのベンチャー企業の投資家たちは、会社が成功
するにはスタンフォード大学のある若い教員の力が必要不可欠であると考えた。このケースでは、電
気工学部の学部長は、学部内の他の教員がこの教員の講義と担当の大学院生の指導を肩代わりす
るような方策をとることができた。本人には、最大1年の休職期間が与えられた。その休職期間が終了
したとき、彼はスタンフォード大学に復帰することを選び、学究分野での活動を再開した。
January, 1999
8
少し離れるが、筆者は「利害の対立に関する委員会」を設置することは、対立の管理をするうえで、
必ずしも効率的でも効果的でもまた一貫した方策にもならないと思っている。VPRなどの上層の管理
者が、学部長やTCO所長、当事者の教員と相談し、そのインプットをもとに、対立を管理する権限を
持つべきである。そして、「透明性」が重要になるが、それは対立について決定された内容とその理由
が同僚や学生、そして必要な場合には、学外に対しても公開されているということだ。
7.企業が支援する研究
前述したように、この「知識経済」における産業界は次第に、研究結果を迅速に市場に移行するこ
とがどれほど重要であるかに気づきつつある。発展途上国の産業界もすでに、大学の研究を支援す
ることが重要であることをわかり始めている様子である。
大学の発見・発明には商業的に収益をもたらす可能性があり、大学でトレーニングを受けた研究
者に初期段階でアクセスすれば自社で雇用できる可能性もあるということに世界中の産業界が気づ
くにつれて、アメリカの大学研究プログラムへの産業界の資金援助は増えてきた(1996年には合計1
2億ドル)。企業の中には、社内での初期段階の研究を減らして、大学での研究プロジェクトを支援す
る方が経済的であると考えたところもある。大学院生は人生の中でも最も創造的な時期であるが、受
け取る給料は極めてささやかである。(企業の研究間接費に比べて)大学の間接費は低いうえ、大学
院生の給料が安いことから間接費の計算はさらに安くなる。
1991年から1997年の間に、産業界からのアメリカの大学への研究資金提供額は、9億ドルから1
8億ドルに増え、一方で連邦政府の研究資金提供額も同期間に80億ドルから130億ドルに増加し
た。
企業が大学の研究プロジェクトの資金を全面的に提供すると、ロイヤリティーを支払うライセンス
契約の枠組みの中でそのプロジェクトの研究結果を商用化する最初のオプションを得られるのが普
通である。「全面的な」資金提供とは、直接費となる研究者や学生の給料の40∼70%にあたる間接
費についても研究のスポンサーである企業が支払う、ということである。多くの日本企業が、アメリカの
大学の研究プロジェクトに対して全面的な資金提供をしている。
企業の研究支援の中でも、最大の分野はライフサイエンスである。しかしながらフィジカルサイエン
スの分野にも大きな支援が寄せられている。
企業とのコンタクトは、寄付にもつながる。しかしアメリカでは「贈与とはただで与えるもの」という考
えがあり、企業は寄付をしても、発明やその他の権利を受け取らな い。「贈与」とスポンサー付き研究
契約の線引きが曖昧であることもあり、そのようなときにはVPRが難しい状況に判断を下すこととなる。
大学は学術的な価値を損なうことがないよう、産業界との連携のプロセスを注意深く管理しなけれ
ばならない。必ずしも容易なことではないが、必要なことである。以下のセクション8では、産業界がス
ポンサーをしている研究及びテクノロジーの商用化の両方を含めて、大学のテクノロジー・マネジメン
トの動向について説明する。
January, 1999
9
8.大学のテクノロジー・マネジメントの動向
世界的な動向
世界中の大 学が、産業界と緊密な関係を築こうとしている。北米の大学が先頭に立っており、どこ
の大学も北米の大学の実践例の中から最善のやり方を研究し、追随しようとしている。大学にとって
の第一目標は当然ながら、大学院生の研究を支援する資金を産業界から得ることであり、次にテクノ
ロジーの商用化から収入を得ることである。
ワン・ストップ・ショッピング
しかしながら、大学では、往々にして学内のあちこちの部門から企業にアプローチをしていたり、権
限や責任の所在が不明確になっていることに気づいてきた。このためこの数年間、大学は産業界向
けのワン・ストップ・ショッピング(OSS)を確立するようになった。OSSオフィスは一括して、テクノロジ
ー・ライセンシングや企業との研究契約など、企業とのあらゆるやりとりを担当する。交渉が終わり、契
約書に署名をした後、会計など契約に関する事務処理については、研究の事務オフィスに引き継が
れることもあれば、OSSオフィスが引き続き対処することもある。しかしいずれにしても、産業界とのイン
ターフェイスはOSSだけである。いってみれば、OSSオフィスとは、大学が産業界向けに設けたマー
ケティング事務所のようなものであり、積極的に教員を支援して、産業界から研究支援を得たり、テク
ノロジーの商用化を管理するべく活動するところである。
アメリカのスタンフォード大学およびカナダのブリティッシュ・コロンビア大学は、OSSオフィスの例で
ある。スタンフォードがOSS方式に変更したのは比較的最近のことであり、名称をオフィス・オブ・テクノ
ロジー・ライセンシング(OTL)から変更すべきかどうか、考慮しているところである。しかしOTLはよく
知られているため、名前を変更する必要はないかもしれない。
産業界から研究資金を得ようとする大学間の競争が激化しており、このプロセスを管理する大学の
組織体制が成功の重要な鍵を握るようになってきた。しかしながら、そこに携わる人材が同じくらい重
要であることはいうまでもない。さらにその組織が収益を産み出していくためには、教員の質やそこで
生み出されたテクノロジーの質がより一層重要になる。
学内TCO
北米でキャンパス内の単一TCOとして成功しているのは、MI
T、スタンフォード大学、アルバータ大
学、ブリティッシュ・コロンビア大学などである。後者3大学は、ワン・ストップ・ショッピング・オフィスにも
なっている。学 内TCOは、外部のTCOに比べて、教員や学生その他大学の事務スタッフとより緊密
に協調できる傾向がある。しかし、TCOの設立定款書の内容にもよるが、学外TCOであっても緊密
な協調関係を持つことは可能である。
副次的な利益
TCOと産業界との相互関係は、単なるロイヤリティー収入以上のものをもたらすことも多い。企業は
紹介されたテクノロジーのライセンスは受けないかもしれないが、その研究室が旧型の機器や競合他
社の機器を利用しているのを見て、自社で製造している機器を研究室に贈ることもあるだろう。または、
January, 1999
10
研究室の研究を支援したり、大学院生を雇用したり、教員にコンサルタントを依頼することがあるかも
知れない。これらをTCOから大学への副次的な利益と呼ぶことにしよう。
産業界との相互作用から、産業界が本当に必要としているものは何かがより理解でき、実用的な
知識を教育プロセスに反映できることも重要な点である。
学外TCO
学外TCO設立には様々な理由がある。米国でも一部の州立大学が、大学のテクノロジー管理活
動を外部組織を用いて行なっているが、それは州法が大学がそのような商業的な行為に携わることを
禁じているからである。そのような学外組織が、テクノロジーの商用化も扱うようになるのは自然の流れ
である。一つの例がアイオワ州立大学研究財団である。このような組織は非営利団体である。
学外TCOは、大学と教員を対立の起こる状況から防護することができる。またそのスタッフに対して
も、大学の管理機構の中で行なうよりは、革新的な報酬制度を設けることもできる。しかし、その重点
の置き方によっては、寄付や研究支援、学生の採用、コンサルティングの機会などの副次的な利益
を学内TCOほど効果的にはもたらすことができないかもしれない。
学外TCOの例を述べる。
クイーン大学のParteq
Parteq はクイーン大学が100%所有している非営利TCOで、クイーン大学のテクノロジーのみ
を管理し、クイーン大学の利益のために運営されている。クイーン大学の学長が、Parteqの理事
会を選出する。理事会では、Parteqの所長を選出し、その活動に方向性を与え、所長の雇用や
その他普通理事会が担当するような決定を行なう。この独立した関係によって、テクノロジー商
用化の領域で生じる実際の対立または対立の考えられる事態から、大学を隔離しておくことがで
きる。
Parte qの所長に対する報酬 制度はインセンティブのある制度であり、これを、商業開発マネー
ジャーと呼ばれる他のテクノロジー・マーケティング専門家にも拡大適用することができる。ある最
新のテクノロジーを担当していた商業開発マネージャーは、自分が設立を手伝った企業に入社
した。これは、ある意味でParteqにとって損失であったが、ベンチャー企業を設立し、参画する可
能性があるという事実は、新しく専門家を雇用する際に大きな訴求力を持つとも考えられる。
9.テクノロジーのマーケティング
大学経営層の役割
テクノロジー商用化の取引に関する権限は、TCOに委譲されなくてはならない。TCOの決定を大
学の経営層の決定と区別しておくためである。こうすることによって、教員との学究的関係を保つこと
ができる。たとえば、TCOはビジネス上の理由により発明を特許出願しないと決定するかもしれない。
大学の経営層がそのビジネス上の決定に影響を与えると認識されてはならない。
ある著名な米国の大学は、特許出願や多くのライセンシングの決定をするために「特許委員会」を
January, 1999
11
用いていた。このプロセスが非効率的であり、また決定の質が低いため、このTCOの成功が大きく阻
まれてしまっている。この大学のVPRは現在、すべての権限をTCOに与える方向に手順を変更して
いるところである。
しかし、ビジネス上の決定には関与しないものの、大学の経営層は、先にセクション6に挙げた利害
やコミットメントの対立といった事柄には関与しなくてはならない。
教員の役割
研究結果を人々が使える製品やプロセスに応用していく過程で、最大の成功を収めるためには発
明者の助力が不可欠である。特許その他知的所有権の保護を確保するプロセスにおける協力も大
切である。そのテクノロジーを必要としていそうな企業を発明者自身が知っていることも多く、その情
報をTCOに提供することができる。
そして、テクノロジーを最も効果的に提示し説明するためにも、発明者の助力が必要なことが多い。
このような相互作用の結果、自分の研究室に新しい設備を贈ってもらったり、ライセンスの合意ができ
るなど、先述した「副次的な利益」につながることがある。
もし教員が、ロイヤリティ収入やコンサルティング収入を自分が個人として受け取ることは不適切で
はないかと懸念するのであれば、その資金を研究用の口座やその他大学での用途に振り向けるよう
要請することができる。
別の著名なアメリカの研究大学のある教員が、自分の発明をある企業に直接ライセンシングした。
その研究に資金を出していた政府機関の人が、自分たちが資金を出した研究分野で、この教員に
特許が発行されていることに気づいた。この発明は大学のTCOに開示されておらず、この教員にとっ
て大変に困難な状況をもたらした。
TCOの役割
テクノロジーの商用化を実際に進めることは、ビジネスや法律、テクノロジーが組み合わさった複雑
なプロセスである。TCOの専門家にまず必要なスキルは、ビジネススキルであり、その中でもテクノロ
ジーのマーケティングを行なうスキルが必要である。テクノロジーがそれだけで売れるということはほと
んどなく、TCOの専門家がライセンシング戦略を構築し、可能性のあるライセンシーを見出してアプロ
ーチし、テクノロジーを提示し、ライセンシング契約の交渉を進めるスキルを有していなくてはならな
い。
TCOの専門家はできればテクノロジー分野の教育を受けた人で、企業での経験があった方がよい。
TCOの専門家には、書類作成も含めた優れたコミュニケーション・スキルが必要である。テクノロジー
が好きで、人と会うことを楽しいと思えることが必要である。TCOの専門家は、契約書の条項の草案
を書けるなど、知的財産権や契約に関する法律に精通している必要はあるが、弁護士である必要は
ない。
弁護士として企業にアプローチすると、企業では通常そのコンタクトを法務部に回す。筆者の経験
では、テクノロジーを企業に紹介する際、法務部経由では成功の確率は半減してしまう。協働で何か
January, 1999
12
を産み出そうという大きな枠組みの「森」を見ようとするより、個々の特許のクレームという「木」に目が
行きがちになるようだ。いいかえると、企業の弁護士は、その発明の知的所有権を守るという法的な
力を重視するので、大学やその発明者とライセンスの協働(コラボレーション)から生まれる会社にとっ
ての価値は見過ごしてしまう。それは弁護士の役目ではないからである。
結果的に特許が取れない場合でも、企業は大学とのコラボレーションから大きな商業的成功を得
ることもある。大学はその成功をロイヤリティーという形で共有できる。大学はこのロイヤリティーを用い
て、自己補給的な方法で将来の研究を行ったり、公共の使用と便益のためにもっと多くの発見・発明
を生み出すことができよう。
TCOが教員に対して重要な教育的機能を果たしていることを看過してはならないが、TCOのより
大きな役割は大学院生に対する教育である。先に述べたように、研究結果が新製品や新しい 製造プ
ロセスという形で社会で活用されるまでの過程は単純ではない。特に、知的所有権や企業へのマー
ケティングが関わってくる初期段階は、入り組んだプロセスである。
多くのTCOは、いろいろな学部から説明会を開いてほしいと要請を受けることがよくある。しかし、
最も大切な教育方法は、ある個人が発明をしたとき、もしくは実用的な用途のありそうなテクノロジー
があると最初に気づいたときに、一対一でその本人と十分に話をすることである。まず発明がないこと
には、抽象的な話になってしまう。自分が発明をすれば、本気で理解しようとする。
研究においては、新たな発見をすることを目指して、特定の研究課題に焦点がぐっと絞られる。そ
して研究活動そのものが、研究技術・技法の会得という意味で大学院生にとっての教育であるといえ
る。しかし、ほとんどの大学院生は学位を取得した後に企業に入ることを考えれば、知的所有権とは
何かとか、研究上の発見をどのように商用的に応用していけばよいかなどを理解することが、その大
学院生が就職する企業に持ち込むことのできる価値ある資産となる。
産業界の役割
現在、産業界は積極的にテクノロジーや大学とのコラボレーションを求めている。昔からずっとそうだ
ったわけではない。化学業界や製薬業界は常に特許に頼ってきたが、その他の多くの産業界、とくに
エレクトロニクス業界ではそうではなかった。
筆者自身、1970年代にエレクトロニクス企業の幹部から「我々の業界にとって特許は重要ではな
い」と忠告されたことがある。その人がいうには、技術の変化があまりに早いので、特許が発行された
時点ではもっと新しい技術が開発されている、というのだ。また、何も大学にテクノロジーを求めなくて
も、自社の研究部門で十分な技術を開発できると信じていた。
1980年代初めに、筆者はミュンヘンでドイツのエレクトロニクスメーカーのライセンシング担当部長と
会い、スタンフォード大学のコンピュータ軸断層撮影技術について話し合った。彼は両腕を大きく広
げて、「我が社には2万人ものエンジニアや科学者がいて、ドイツ全国そして外国で技術を開発して
いるというのに、どうして大学からのテクノロジーが必要であろうか?」といった。(これは一字一句彼が
いった通りの引用ではないし、エンジニアと科学者の数も正しくないかもしれないが、こういう感じであ
ったことは確かである)
January, 1999
13
いうまでもなく、今日機敏に技術を管理できるかどうかは、エレクトロニクス業界も含めて、技術をベ
ースとしている業界にとって、競争に勝つか負けるかの鍵を握っている。日本はもちろん、世界中の
企業が頻繁に北米の大学を訪問し、ライセンスのコラボレーションは増えつづけている。
上述した企業は、今では大学とのコラボレーションを求めている。大学での研究プロジェクトを支援
する方がよいとして、社内での研究をやめた会社もある。大学での研究の方が、コストはずっと安くす
み、世界のトップレベルの研究をしてもらえる可能性がある。そして、対象の大学は自国内にある必
要はない。たとえば、多くの日本企業が北米やヨーロッパの大学とライセンス契約を結んだり、研究の
支援をしている。
自社内での研究をやめることにしたシリコンバレーのある企業は、香港大学での研究結果がどれほ
ど前途有望かのプレゼンテーションを受けた後、同大学とライセンス契約を結び、その研究を支援し
ている。
企業では、技術担当の副社長や、開発担当副社長、技術管理担当副社長といった役職を設ける
ところが増えている。このような役職の主要な役割は、社内および社外の技術を入手し、研究の管理
を行なうことである。
10.TCOのスキル開発
テクノロジー管理のスキルは、AUTM(
Association of University Technology Managers)などの組
織に参加することで育成できる。ここでは頻繁にトレーニングを実施している。AUTMの参加者はもと
もと北米が中心であったが、この数年、日本も含めて他国からの参加が大きく増えている。TCOの専
門家が相互にやりとりをして学びあうようなAUTMジャパンの設立にもつながりそうである。
TCOの専門家には、優れたコミュニケーション能力(書く・話す)が必要である。TCOの専門家は、
オプション契約、ライセンス契約その他の契約書の草案が書けなくてはならない。筆者は、企業が免
責、訴訟、保険などの条項の定型的文言を変更したいと希望し、それが大学にとってマイナスになる
リスクがある場合のみ、法律家のレビューを行なうようにしていた。
TCOの専門家は、人と仕事をすることや交渉プロセスを楽しめる人でなくてはならない。自分自身
が起業家精神に富み、多数のプロジェクトを同時に動かすことができなくてはならない。つまり、自己
管理ができる人材でなくてはならない。また、新しい技術について学ぶことを楽しむ人であることも重
要だと筆者は思う。修士号や博士号は必要ないが、TCOの専門家は最低限科学や工学の分野の
学士号を取得している必要がある。ライセンシング・オフィスが大きくなれば、管理能力の方が重要に
なってくる。しかし、マーケティングに携わっているスタッフは、基本的な技術教育を受けている必要が
ある。
11.まとめ
今日の経済の状況や瞬時に情報が交換できるようになってきたことから、研究結果を迅速に実用に
展開するようになってきた。大学は研究結果のみならず、トレーニングを受けた大学院生を経済に供
January, 1999
14
給できる主要な供給源である。大学は、その国の産業界の競争力にとって重要な意味を持つように
なってきた。
大学は産業界と連携するための組織を整えつつあるが、真実のための研究から逸脱することなく、
学究の独立性を保持することにも力を注いでいる。大学と教員はともに、人々の信頼を維持するよう、
「大学は産業界の代行人に過ぎない」と見なされることがないよう、気をつけなくてはならない。人々は、
大学の教員の意見は本人の正直な考えであり、個人的な利得に突き動かされて歪められてはいない
と信頼できなくてはならない。
これには、利害やコミットメントの対立を管理し、研究が「真実の追究」から「金の追求」に逸れること
がないよう、明確な方針を確立することも必要である。
北米での経験および結果からわかることは、大学や教員は、産業界との連携によって公益を提供
すると同時に、世界第一級の研究を行い、人々の信頼を保持することができる、ということである。
January, 1999
15