ヒラリズム 8の11 陽羅 義光 男の甲斐性 フイッツジェラルドの『グレート

ヒラリズム
8の11
陽羅
義光
男の甲斐性
フイッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』は、今や
「 ア メ リ カ 文 学 を 代 表 す る 小 説 」と い う の が 定 説 だ そ う だ が 、
この程度の小説がと首をかしげる君には、今や「世界文学を
代表する小説」と云っている御仁が少なくないという事実も
伝えておこうか、わしは『グレート・ギャツビー』よりも、
作者にとってその原画とも云うべき『冬の夢』がいいと考え
ているけれども、村上春樹がさかんに翻訳しているのをバカ
にするくらいフィッツジェラルドはわしにとっては魅力的な
作家ではない。
『グレート・ギャツビー』のデイジー・ブキャナンの原型
は 、『 冬 の 夢 』 の ジ ュ デ ィ ー ・ ジ ョ ー ン ズ で あ る が 、 も っ と ず
っとさかのぼれば、ツルゲーネフの『初恋』のジナイーダ・
アレクサンドロウナであろう、村上春樹は『初恋』を読んで
いないんだろうな、さもなければあれほど『冬の夢』や『グ
レート・ギャツビー』を賞賛できないだろうから。
この「少女」の外見上の特徴は、何よりも美しいこと、何
よりもということは、どんな花よりも美しいということで、
この「少女」の性格上の特徴は、そう一言では云えない、例
えば高慢傲慢、例えば気位が高い見栄っ張り、例えば気まぐ
れ移り気浮気性、例えばコケティッシュエロチック、例えば
お嬢さま気質イコール通俗的、例えばいたずら好きお喋り好
き男好き、こういう女に、男は魅せられやすい、魅せられる
のみならず虜にもなる、だから小説にもなるんだが、小説の
世界だけか、外国の話だけかとなると、現実にもいて、わし
もこのタイプの女を日本人で三人知っていて、一人だけ紹介
すると、わしが早稲田の学生だった頃、慶応に有名な十九歳
の女学生がいて、どうして有名かと云うとセレブで美人で才
媛であるけれども、男子を翻弄することまさに『初恋』のジ
ナイーダだということで、三田から高田馬場まで噂が飛んで
きていた。
たまたまわしもその女学生とささやかな交流をしたことが
ある、どんなたまたまかというと、わしが仕切っていた劇団
のスタッフが慶応の構内で芝居の企画をして、その芝居をく
だんの女がフランス人を大勢引き連れて観にきたのだ。
わしはすぐにこれが噂の女だと解った、その気位が高い横
顔 、そ の 浮 気 性 っ ぽ い 瞳 、そ の コ ケ テ ィ ッ シ ュ な し ぐ さ 、
(フ
ランス語ばかり話していたから正確には解らないんだが)そ
のお嬢様ことば、などなど。
さすがのわしも些か魅せられたが、こういう女とつきあう
男はギャツビーみたいな阿呆だと考えていたから、興味のな
いふりをしていた、ところがよりによって、慶応のジナイー
ダは、薄汚いくされで大学生なのにすでに三十歳に近かった
わしにちょっかいをかけてきたものだった。
据え膳食わぬは男の恥、とは当時も云われていたが、食え
ない生活がしみついていたわしには、恥ではなく甲斐性、と
思われていたものだ。