[Ⅳ]「地域まるごとミュージアム」と「巨椋池まるごとミュージアム」の連携 −2006 年度京都文教大学の地域活動における新たな展開− 杉本星子 はじめに 文科省科学研究費補助金による「『(人と人を結ぶ)地域まるごとミュージアム』構築のための 研究」中間報告第Ⅱ部 1 章に報告したように、京都文教大学と宇治市歴史資料館との連携を契機 に、本学の学生たちはさまざまな地域活動に参加する機会をえることができた。本稿では、2006 年度に入り、博物館学芸員講座の学生による宇治市歴史資料館の土屋コレクション資料を用いた 活動が、宇治市商工会議所異業種交流会「鳳凰会」との連携や、宇治市歴史資料館所蔵の巨椋池 関連資料の借用とその学内展示企画を経て、さらに「巨椋池まるごとミュージアム」を始めとす る巨椋池干拓地における地域の人びとの活動への参画へとつながっていった経緯を報告し、それ をとおして、あらためて文化人類学の地域連携がもつ可能性について考えてみたい。 1.宇治市歴史資料館との連携 京都文教大学では 2003 年度から、宇治市歴史資料館の土屋コレクションのなかの行灯資料を 博物館学芸員講座の教材として借用し活用させていただいている。2006 年度の京都文教大学と宇 治市歴史資料館との連携は、資料館所蔵の以下の3つの資料の本学博物館学芸員講座への借用と 講座受講生による当該資料の展示企画をとおして進められた。 ① 土屋コレクション行灯資料 ② 土屋コレクション近世・近代教科書資料 ③ 巨椋池の自然と防災に関する写真資料 2004 年度から 2005 年度にかけては、博物館学芸員講座受講生有志グループ「灯りプロジェク ト」が資料の一部を利用して一連の展示企画を行い、地域の人びととの交流活動を行った(科研 成果中間報告第Ⅱ部 1 章参照)。2006 年 5 月 16 日から 7 月 2 日まで、宇治市歴史資料館と京都 文教大学そして京都府近畿農政局巨椋池農地防災事務所の連携による「まるごと・いろいろ・た からもの」展が開催された。 「まるごと・いろいろ・たからもの」展では、すでに卒業生した「灯 りプロジェクト」のメンバー6名がグループ「朧」の名の下にプロジェクトの成果を展示(写真 1)するとともに、学芸員講座の現受講生グループ「学芸員工房」6名が「ぼろぼろ行灯展」と いうタイトルで土屋コレクションの行灯資料を展示した(写真2)。また、会場には土屋コレクシ ョンの近世・近代の教科書資料も展示され、学芸員講座の受講生が博物館実習の一環として展示 に参画した。さらに「まるごと・いろいろ・たからもの」展では、京都文教大学の学生が 2005 年度に実施した「エチオピア・ウォプル・プロジェクト」と「インド・サリー・プロジェクト」 の成果を展示するコーナーも設けられた。このとき「インド・サリー・プロジェクト」の展示を 行ったのは、2005 年度に宇治市商工会議所異業種交流グループ主催の企画「水彩夢広場」で子ど も向けのマーブリング・ワークショップを請け負ったグループ「プロジェクト・ファーブル」の 5 人のメンバーであった。 11 月 4 日−5 日の大学祭「指月祭」において、 「学芸員工房」が京都文教大学で「ぼろぼろ行灯 23 展」を行った。プロジェクト・ファーブルを中心とするインド・サリー・プロジェクトのメンバ ーは、2005 年度に引き続き 2006 年度も大学祭でヘナのワークショップを実施した。また今年度 は杉本ゼミの有志が、夏休み前から巨椋池干拓地の歴史や宇治川の水害対策について地元の郷土 史家らのご指導の下で学び始めており、大学祭で宇治市歴史資料館所蔵から巨椋池干拓地の航空 写真地図や古い写真などを借用して、巨椋池の防災に関する展示「巨椋池との共生」を行った(写 真3)。この展示は、2005 年度から京都府、京都市、宇治市のさまざまな部局や大学が参加し、 農林水産省近畿農政局巨椋池農地防災事務所に事務局をおいいて進めてきた巨椋池干拓地の環境 と防災および農業の振興に関する総合的な企画「巨椋池まるごとミュージアム」の活動の一部に 組み込まれた。会場では、近畿農政局巨椋池農地防災事務所が作成した「巨椋池歴史絵巻」や同 事務所と巨椋池地区国営総合農地防災事業推進協議会、巨椋池土地改良区が作成した「巨椋池周 辺ガイド−歴史探訪−」が配布された。大学祭ではまた、学芸員講座受講生有志が、宇治市歴史 資料館の「まるごと・いろいろ・たからもの」展で展示された土屋コレクション教科書資料の一 部を展示した。 土屋コレクションの教科書資料は、その後、本学文化人類学科の学芸課程および教職課程の教 材用に寄贈された。その学内へのお披露目として、11 月 20 日−22 日、学芸員講座受講生有志が、 寄贈資料の展示企画「教科書だいすき」展を実施した(写真4)。 2.宇治市商工会議所異業種交流グループ「鳳凰会」との連携 宇治市商工会議所異業種交流グループ「鳳凰会」は、2006 年 3 月5日に「みんなの水彩夢広場」 を開催した。それに先立って、2005 年の宇治橋通り商店街の「宇治橋フェスタ」に参加した「灯 りプロジェクト」のメンバーは、商店街でおこなったワークショップを「みんなの水彩夢広場」 においても実施してほしいとの依頼を受けていた。グループ「朧」と改名した「灯りプロジェク ト」のメンバーは、 「みんなの水彩夢広場」の会場で水彩画と灯りを用いた展示を行い、さらに京 都文教高校放送部の協力をえてナレーションつきの創作絵物語「迷子になったお月さま」を上演 した。また、本学学生のもう一つのグループ「プロジェクト・ファーブル」も水彩夢広場の会場 で子どもたちを対象としたワークショップを開き、マーブリングの技法を用いた団扇づくりや栞 づくりをおこなった。 2006 年 10 月 21 日、宇治橋通り商店街の「彩りフェスタ」と宇治市の「灯り絵巻」の会場を つなぐ宇治川の河畔で、 「みんなの水彩夢広場」の第二企画として「リバーサイド・アート・ギャ ラリー」展が行われた。この企画には、本学学芸員講座の受講生 4 名が協力し、会場の設置や展 示作品の管理、観覧者へのアンケート調査などを行った。 2007 年 3 月 17 日−18 日、第 2 回「みんなの水彩夢広場」が開催された。今年度は、卒業した 「朧」に代わり「学芸員工房」と「プロジェクト・ファーブル」の学生たちが、企画の準備段階 から本格的に参画した。 「学芸員工房」は、土屋コレクションの行灯資料を修復しそれを展示する 企画「行灯張り替えました」 (写真5)と、子ども向けのミニ行灯作りのワークショップ(写真6) を行った。 「プロジェクト・ファーブル」は、前年度に引き続き、マーブリングのワークショップ (写真7)を行った。このとき別の会場では、後述する宇治山城地域 SNS のメンバーによって「パ ソコン水彩画教室」が開かれていた。会期中に、ミニ行灯づくりとマーブリングそしてパソコン 水彩画というこれら3つのワークショップが結びつき、マーブリング・ワークショップの参加者 はマーブリングで染めた紙を、パソコンで水彩画を描いた参加者はその水彩画を使って、ミニ行 24 灯を作成するといったコラボレーションが行われた。 3.宇治山城地域 SNS「お茶っ人」と巨椋池干拓地の諸活動への参加 大学祭の巨椋池展示の後、巨椋池干拓地の環境や農業に関心のある学生が、宇治市歴史資料館 との結びつきを媒介として、 「巨椋池まるごとミュージアム」に参加している京都府や巨椋池土地 改良区などが主催する「巨椋池干拓地環境保全ワークショップ」に参加するようになった。 一方、宇治市は、総務省 IT 振興政策の一環として実施された地域 SNS 臨床実験を受けて、2006 年 11 月より宇治山城地域 SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス) 「お茶っ人」を開設した。 本学教員の杉本が「お茶っ人」の運営委員を務めることになり、学生たちも「お茶っ人」にオー プニング・セレモニーの準備から参加した。本学三学科の学生たちから構成される「ロード」 (向 島駅-大学間の環境整備グループ)が、SNS 内にコミュニティを立ち上げた。杉本は巨椋池に関す る情報交換の場として「巨椋池ネット」を開いた。このような地域 SNS との結びつきから、学生 が西小倉コミュニティセンターの催しや巨椋池地域におけるさまざまな活動にも参加するように なった。また、以前から本学卒業生や在学生が参加していた不耕米の耕作グループもまた、地域 SNS 内にコミュニティを立ち上げ、さらに住民参加型米作り集団「結いの田うじ」を結成した。 その活動には、これまで巨椋池での諸活動に参加していた学生に加えて、2007 年度の杉本ゼミの 学生を始め、農業や環境問題に関心のある複数の大学の学生たちが参加することになった。 京都文教大学と巨椋池地域の諸活動との以上のようなさまざまな連携を基盤として、本学人間 学研究所共同研究「ニュータウンのある『まち』−地域における大学の役割に関する実践的な研 究」が、2007 年度 5 月 19 日に「ニュータウン with つなぐしくみ−まちの農の可能性」という シンポジウムを開催する予定である。このシンポジウムの目的は、農業という営みをとおして、 巨椋池干拓地につくられたニュータウンの住民と旧村地域の住民が結びついてゆく可能性を模索 することにある。大学とニュータウンと旧村地域と大学という、これまで巨椋池干拓地とそれを 取り巻く地域という地理的空間を共有しながら異なる社会的空間を形成してきた人びとが、巨椋 池の歴史や自然を共有することによって、人と人が結びついた「地域」を作ってゆこうという試 みである。こうして、本学が進めてきた「地域まるごとミュージアム」と「巨椋池まるごとミュ ージアム」に参加していた巨椋池地域の諸機関との連携が、本格的に始まろうとしている。 まとめ:大学の地域連携の今後に向けて 「『(人と人を結ぶ)地域まるごとミュージアム』構築のための研究」の諸活動は、地域のネッ トワークとネットワークのあいだに緩やかな結びつきをもたらし、思わぬ広がりをみせた。その 結果、地元の人々の間に、大学生の地域活動への参加への期待感が生まれている。この報告にも 示されるとおり、本学学生はこうした地域の声に誠実に対応してきた。しかしながら、地域活動 に関心をもつ学生の数は必ずしも多いとは言えない。また、学生の企画に地域の人々が参加する という方向での連携の模索は、まだ始まったばかりである。今後は、大学と地域の連携システム を構築するとともに、学生の地域活動への関心を育成するためのさらなる工夫が必要であると考 えられる。 また、2006 年度、巨椋池干拓地という新しいフィールドにおいて「地域まるごとミュージアム」 と「巨椋池まるごとミュージアム」の連携に向けた活動が始まったことにより、実践的な人類学 の学びの場は、地域の自然、環境、農業そして防災といった分野にも広がった。その学びの成果 25 をどのように地域に還元してゆくことができるかが、今後の課題である。そこに文化人類学によ る地域連携の新たな可能性が開かれるものと期待される。 写真1 写真2 「まるごと・いろいろ・たからもの」 「まるごと・いろいろ・たからもの」 展における「学芸員工房」の展示 展における「朧」の展示 2006(平成 18)年 5 月 17 日 朝日新聞 2006(平成 18)年 5 月 16 日 読売新聞 写真3 指月祭における「巨椋池との共生」展―1 26 指月祭における「巨椋池との共生」展―2 写真4 「教科書だいすき」展―1 27
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