紀要 - 富山大学 芸術文化学部

一般論文
平成 18 年5月 18 日受理
湯床吹き技法による金属工芸作品制作研究(1)
−湯床吹き工程について−
Metal Works Research on Yudoko Metal Melting Technique (1)
-Making Process on Yudoko Metal Melting● ペルトネン純子、鳥田稔弘、三船温尚/富山大学芸術文化学部
PELTONEN Junko , TORITA Toshihiro, MIFUNE Haruhisa / The Faculty of Art and Design, University of Toyama
● Key Words: Metal works, Yudoko, Alloy, Japanese alloy, Melting, Making process, Traditional technique, Crafts
要旨
のガスが金属外に放出されて高質な色金が入手でき
湯床吹きは、溶けた金属をお湯の中に流し入れる技
る。色金は、多くの色彩で文様を表現することが多く
法である。この技法は、一部の金属工芸技術者によっ
ある彫金の象嵌技法に主に用いられ、きらびやかな色
て今日まで継承されてきたが、この技法が日本でいつ
金製品の需要があった地域で、この湯床吹き技法が使
登場してきたのか定かではない。色金(いろがね)
われたと考えられるが、湯床吹き技法の変遷を研究し
は、金や銀や銅を様々な比率で合金し腐食着色すると
たものはない。もちろん、色金だけではなく、純銅や
多様な色調を表現することができる。湯床吹きは、こ
純銀などにも湯床吹きが用いられ、ガスのない良質な
の色金作りに適した金属工芸技法である。しかし湯床
金属を入手していたと考えられる。
吹きの変遷や詳細を研究したものはない。
昭和27年頃、彫金師鳥田精二は富山県高岡市の山
昭和27年頃、彫金師鳥田精二は、富山県高岡市の山
町の曳山金具製作を依頼され、四分一や赤銅などの色
町曳山金具制作を依頼され、色金作りに取り掛かった
金作りに取り掛かった。湯床吹きは、当時高岡市内に
際に湯床吹き技法を習得した。この習得には、東京か
あった金属指導所 *1 において実験を重ねた。湯床吹き
ら移り住んでいた金属工芸技術者が関わっていると考
実験の途中に水蒸気爆発を起こし、鳥田精二本人が火
えられる。鳥田精二の息子である鳥田稔弘(宗吾)も
傷を負ったこともある。そして当時高岡市中川にあっ
また湯床吹き技法を習得しているが、現在の高岡市に
た工業試験場 *2 においてローラーなどを使用し圧延を
おいて湯床吹き技法を行う者は、鳥田稔弘のみと思わ
行っていた。
れる。また一方で東京においては湯床吹きを実践する
当時高岡には、色金作りができる職人がいなかった
技術者が複数名おり、ペルトネンも東京で学んだ。そ
ようである。色金作りや湯床吹きは、戦争で途絶えて
こで本論は、鳥田が学んだ湯床吹き技法とペルトネン
いた技法であったのか、あるいは明治期には別の方法
が東京で学んだ湯床吹き技法とを合わせて記録・検討
で色金を作り、鳥田精二が高岡で最初に湯床吹き技法
し、より深い技法研究に向けて考察を行い、湯床吹き
で色金を作ったのかは、やはり文献がなく不明であ
技法が、これからの金属工芸作品制作に活かされるこ
る。鳥田精二の息子、鳥田稔弘によると、当時、東京
とを目的としている。
から移り住んでいた金属工芸家の吉田宗弘から、色金
作りや湯床吹きなどの指導を受けた可能性があるとい
1. はじめに
う。というのは、鳥田精二の依頼によって制作された
湯床吹きは溶けた金属をお湯の中に流し入れる技法
吉田宗弘の「銀の急須」「鉄の茶托」「バックル」な
である。高温溶解した金属を水に入れると爆発するの
どの作品が、自宅にあったことを記憶に残しており、
ではないかと、多くの人は不安になる。この技法は一
当時において密接な交流があったことが伺えるためで
部の金属工芸技術者によって今日まで継承されてきた
あるという。
色金制作に有効な技法であるが、この技法が日本でい
東京における湯床吹きの歴史もやはり文献がない。
つ登場したのか定かではない。金や銀や銅を様々な比
しかし、現在でも複数の職人が湯床吹き技法を用いて
率で合金にして腐食着色すれば、黒色、灰色など無限
いることから、日本の中でも最もこの技法を活用した
の色調が得られる。これらを総称して色金と呼ぶ。
地域ではないかと想像できる。
これらの色金を制作するには、溶解した合金を金型
本稿は、鳥田精二の息子である鳥田稔弘(宗吾)が中
(鉄で作られた鋳型)に流し込む方法もあるが、高温
学生の頃、父親の湯床吹きを見た経験から体得した湯
にした水の中に流し込む湯床吹き技法の方が、凝固時
床吹き技法の詳細を鳥田方式として報告し、ペルトネン
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が平成7年頃、東京にある大学院研究室において学んだ
える。このとき枠の上から約3cmにあたる部分に1周
湯床吹き技法を東京方式として詳細を記すこととした。
分、2周分もしくは3周分の穴を開けるかどうかも使用
以下の内容は、学んだ時代や環境が大きく異なって
する布に応じて変化させる。
いるため、情報量の差や手順の違いなどがある。そう
湯床に使用する布は、化学繊維が使われていないも
した差異を踏まえながら、鳥田が学んだ湯床吹き技法
のであればよい。布の厚みに応じて、枠にどのように
とペルトネンが東京で学んだ湯床吹き技法とを合わせ
固定するかを決めればよい。枠に穴を開けずに固定す
て記録・検討し、より深い技法研究に向けて考察を行
る方法の一つとして、銅線やワイヤーだけで枠に縛
い、湯床吹き技法が、これからの金属工芸作品制作に
り付ける方法がある。簡易的であるため、溶けた金属
活かされることを目的としている。
の重みに耐え切れずに布がたわみやすく、平らなイン
ゴットを作るのは難しいだけでなく、熱湯を入れた器
2. 湯床吹き技法の用具
の底に触れる可能性が高く、ガス抜けをさせるための
2.1 湯床
空間を作りづらくなる。厚手の布を使用して糸で縫い
<鳥田方式の湯床>
つける場合、溶けた金属の重さに対しては非常に有効
昭和27年頃においては、木製の板で底のない四角い
な型となり平らなよいインゴットを手に入れることが
升(15cm×15cm×5cm 程度のもの)を作り、その上
できる。しかし枠に縫い付ける際、枠の内側周辺に大
に雑巾を乗せ、更におもりをつけて湯の中に沈めてい
きな布の段差が生じることが多くあり、溶けた金属が
た。しかし、おもりの材質や形体、どのように木製の
流し込まれたときに、その段差のまま凝固してしまう
枠とつなげていたのか定かではない。
ために、湯床吹きのあとにその段差を切削する必要が
今回は、真鍮製の輪(径12cm×深さ3cmで足の高さ
出てくるため注意が必要である。薄い布を使用して糸
2cmの3脚付き)に帆布を縫い付けたものにさらに雑巾
で縫い付ける場合、枠に縫い付けるのは難しくない。
を乗せておこなった(図1)。これは帆布に小さな穴が開
しかし布の耐久性が悪く、1回の湯床吹きにしか耐えら
き、溶けた金属がそこから漏れるため、急遽、雑巾を
れない場合や布のたわみが生じることがあり、平らな
乗せることにより対処したものである。
インゴットを得ることが難しい場合もある。
円形などの型を使用する場合は、少しのたわみに
<東京方式の湯床>
よってインゴットの中心部分が膨らんだとしても、そ
東京で学んだ湯床の枠の形は、円形、楕円、正方
の後の作業にあまり影響はないと思われる。しかし四
形、長方形などがあり、それぞれの湯床に中に溶けた
角形などの型を使用する場合、中心部分が膨らむと、
金属を流し込むと相応の形を得ることができる(図
その後の作業が行いにくいことがあるため,四角形の
2)。
インゴットを作る場合は、厚手の布をしっかりときれ
湯床の枠の高さはほぼ決まっており、湯床の枠の
いに枠に縫い付けたほうがよいと思われる。その後
脚となる部分の高さは約3cm、溶けた金属が流し込ま
の作業というのは、インゴットを叩いて平らな薄い板
れる部分の枠の高さも約3cmとされており、結果とし
にしていく打ち延べの作業を指す。この打ち延べの作
て全体の高さは約6cmのものを多く利用していた(図
業については、今研究内容では触れず、次回に検討す
3)。この高さは、溶けた金属が熱湯を入れた器に触れ
る。
ない高さであること、溶けた金属の下に空気が抜ける
ための空間を作るなどのために必要な最低限の高さで
<両方式の検討と考察>
ある。
昭和27年頃の鳥田方式では、木製の枠を使用してい
湯床の枠の素材は、厚み1mm程度の純銅の板を切り
た。ただし、木材の種類、雑巾の大きさや厚み、おも
抜いて作る。円形などの場合の足は3本、四角形などの
りの固定や材質など不明な点が多いが、鳥田方式の湯
場合の足は4本。型としての水平を保ちながら、ガス抜
床に対して次のような点が考えられる。まず色金制作
けのために必要な空間を作るために必要な最低限の足
に影響を与える恐れのない木材を用いている点は、興
の本数である。また足の幅は、各側面が1mm程度であ
味深い。ただし木材を用いると湯に沈めることが困難
る。
になるが、当時の方法が不明なため、おもりの使用に
通常、湯床の枠に糸を通すための穴を開けるが、目
関して今後の研究が必要と思われる。また、木材を使
的によっては穴を開ける必要がないときもある。穴の
用した場合、その湯床は再利用できるのかなどの研究
大きさは、使用する糸の太さに応じて変える。穴を開
も必要と思われる。
ける場所や個数は、使用する布に応じて穴の間隔を変
東京方式では、さまざまな湯床の形体を用いている
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が、湯床の枠の高さを変えたものはないことがわか
の後の作業にあまり影響はないと思われる。しかし四
る。しかし湯床吹きは、水蒸気爆発を伴う可能性もあ
角形などの型を使用する場合、中心部分が膨らむと、
るため、先に記した寸法以外の方法は、避けるべきで
その後の作業が行いにくいことがあるため,四角形の
はないかと考えている。
インゴットを作る場合は、厚手の布をしっかりときれ
東京方式の湯床は、再利用が可能であることがわ
いに枠に縫い付けたほうがよいことがわかった。その
かった。ただし溶解した金属を流し込む場所に、焦げ
後の作業というのは、インゴットを叩いて平らな薄い
目や布が擦り切れたような痕跡が複数あるまま、そ
板にしていく打ち延べの作業を指す。この打ち延べの
の湯床の使用を試みると、その痕跡の箇所から布が裂
作業については、今研究内容では触れず、今後の研究
け、溶解した地金が流れ出し、ステンレス盥に触れ
とする。
て、ようやく凝固が始まるという事態になることがわ
以上のことから、無駄の出ない上質な地金を作るた
かった。このことから溶解した地金の温度と布の状態
めの湯床は、主に次の点が重要であると導き出され
によっては、湯床に張られた布に負荷がかかり、再利
た。
用ができなくなること、また布と糸の再利用は2回また
① 枠の寸法や形体は、目的に応じて変化させる。
は3回までということが判明した。
② 枠の素材は、湯と高温に耐えられるものを使用す
湯床に使用する布は、化学繊維が使われていないも
のであれば、溶解した地金の温度に耐えられると考え
られる。(帆布や化学繊維が使用されていないデニム
る。
③ 化学繊維を含まず凹凸の少ない布を用い、湯床の枠
にしっかりと固定する。
生地などが、適していると思われる。)また東京方式
これらの点を踏まえながら、湯床の枠に糸で縫いつ
の湯床の枠を使用する場合、布を枠に固定する方法
ける方法ではなく、銅線での固定よりも強固に固定で
は、布の厚みに応じて決めればよいと考えられる。そ
き、なおかつ簡易に短時間で湯床作りができる方法に
こで実験的に、枠に穴を開けず糸も使用せずに固定す
ついては、今後の研究としたい。
る方法の一つとして、銅線とワイヤーで枠に縛り付け
る方法を試みた。簡易的であるため、次のような問題
2.2 湯
が生じた。
<鳥田方式の湯>
① 流し込まれた金属の重みに耐え切れず、布がたわみ
湯は水道水をバケツ(口径29cm×高さ24cm)に汲
やすい。
み入れガスコンロで沸かしたものを用いた(図4)。今
② 布がたわむので、平らなインゴットを作りにくい。
回は初めて水に塩を混ぜた。濃度は海水程度。高岡の
③ たわんだ布が、ステンレス製盥との間の隙間をなく
ヤスリ製作職人の故岡崎喜久治氏の、塩が水中のガス
すことがあり、ガス抜けをさせるための空間を作り
を除去するというご教示による。
づらくなる。
バケツの湯の温度は、約70∼80度。低いと爆発の危
ただし、糸で縫う方法とワイヤーで縛る方法を組み
険が伴うが、逆に沸騰していると金属のガス抜けが悪
合わせると、問題は生じないことがわかった(図3)。
くなる。
また厚手の布を使用して糸で縫いつける場合、溶け
湯の量は、沈ませた湯床から水面までが約15cmにな
た金属の重さに対しては非常に有効な型となり平らな
るようにバケツに用意する。
インゴットを手に入れることができるとわかった。し
かし枠に縫い付ける際、枠の内側周辺に大きな布の段
<東京方式の湯>
差が生じることが多くあり、溶けた金属が流し込まれ
湯を入れる容器は、市販されているステンレス製の
たときに、その段差のまま凝固してしまうために、湯
大きな盥(口径65cm×高さ20cm)である。そこに沸
床吹きのあとにその段差を切削する必要が出てくるた
騰した湯を注ぎ込み、金属の溶け具合を見ながら、木
め、布の縫いつけは丁寧に行わなければならないこと
製の棒などで熱湯をかき混ぜて温度を下げる。
が判明した。薄い布を使用して糸で縫い付ける場合、
温度の計測は、温度計を使用せず指の感覚で計測す
枠に縫い付けるのは難しくない。しかし布の耐久性が
るが、実際の湯の温度は約70∼80度。
悪く、一回の湯床吹きにしか耐えられない場合や布の
湯の量は、湯床の高さと湯を入れる容器の大きさに
たわみが生じることがあり、平らなインゴットを得る
よって変化する。基本的には、湯床を湯に沈めたとき、
ことが難しい場合もあることがわかった。
湯面から拳一つ分下がった辺りに、湯床の縁がくるよう
円形などの型を使用する場合は、少しのたわみに
にする。つまり、湯面から10∼15cm程度下がったとこ
よってインゴットの中心部分が膨らんだとしても、そ
ろに湯床の縁がくるように、湯に沈めるのがよい。
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<両方式の検討と考察>
が十分に行われ、湯床への流し込みの前には、黒鉛坩
今回の鳥田方式では、高岡の鑢職人の故岡崎喜久治
堝の中で溶解した地金の中に、藁灰を投げ入れる。
氏のご教示を基に、湯に塩を入れる方法を試みた。通
溶解した金属を型に流し込む際に必要になる用具
常、高温金属を湯に入れた場合、水中から泡が発生す
は、るつぼを手の代わりに保持するもので、金箸、坩
る。しかし塩を混入させた湯に入れたときは、この泡
堝はさみ、トングなどと呼ばれるものがある。
が発生しなくなり、全体が均一に冷却された。塩の
東京で湯床吹きの指導を受けていた頃は、ガスバー
効果は高く、塩なしでは凝固金属表面に気泡ができた
ナーを用いるのではなく、主に七輪や耐火煉瓦で作ら
が、塩水では発生しないことがわかった。しかし湯に
れた炉(七輪の構造をもとに制作した炉)を用い、
塩を混入することで、地金にどのような影響を与える
コークスを入れ、そこに送風機で風を送り、火力を上
かについての科学的分析は今後の研究としたい。
げるという方法で溶解を行っていた(図8)。この試み
東京方式では、温度の計測は指の感覚で行うが、特
は、できるだけ特別な設備を用いないで溶解を試みる
に指の側面で計測することが重要となる。指の平の皮
ことも目的の一つだったためである。
膚は、制作を重ねていくうちに厚くなり、高温でも耐
えられる皮膚に変化するため、正確な温度判断が難し
<両方式の検討と考察>
くなる。そのため指(人差し指、中指、薬指)の側面
今回の鳥田方式ではガスバーナーを用いたが、ガス
の皮膚で温度を記憶するようにと教えられた。こうし
バーナーを使用する際には、できるだけ炎を直接金属
た指導は、全ての工程を自らの五感で体得していくこ
に向けるのではなく、黒鉛坩堝や皿ちょこの周囲から
とが重要であるという考えに基づいている。
加熱するほうが、金属の中にガスが含まれていく可能
今回、湯に塩を入れることが有効な方法ではないか
性が低くなることがわかった。また、金属がガスを吸
ということがわかったので、次の研究の際には塩を入
収しないで溶解するには、木炭を燃やして溶解するな
れた湯を積極的に用いてみたい。また湯の温度と塩の
どの工夫も必要であるということわかった。
関係についても引き続き考察する必要があるのではな
東京方式の湯床吹きで、ガス炉による溶解も行った
いかと考えている。
が、コークスによる加熱に比べると、若干ではあるが
地金にガスが多く含まれるように思った。湯床に流し
2.3 溶解に関わる用具及び炉
込んだ後、地金からガスが噴出す量が、コークスによ
<鳥田方式>
る加熱よりも多く見えた。コークスおよびガスによる
昭和27年ごろに行っていた湯床吹きでは、コークス
加熱の違いが地金に及ぼす影響についての科学的調査
を用いて溶解を行っていた。また時には、地金を1kg程
は、今後の研究としたい。
度溶解することができる黒鉛坩堝を用いて、一度にた
今回の調査結果からは、色金の溶解に必要な高温度
くさんの地金を溶解していた。
を保つ炉があれば、加熱用具はガスバーナー、コーク
今回は、耐火レンガを簡易に組んで、小型の黒鉛坩
ス、ガスのいずれであっても行うことができると判明
堝をその炉の中に置き、ガスバーナーで溶解した。耐
した。
火レンガは4個を用い、熱効率と作業性を考えた最小限
の組み方である(図5)(図6)。このバーナーの溶解
3. 湯床吹き技法の工程
で色金を作り紋金として象嵌しても支障はない。
<鳥田方式>
黒鉛坩堝をつかむための用具は、ステンレストング
今回、鳥田稔弘が行なった手順は以下の通りであ
を用いた。
る。
① バケツに水を入れ、その中に湯床を沈めガスコンロ
<東京方式>
で加熱する。
溶解する地金の量に応じて使用する容器の大きさを
② およそ70∼80度まで昇温する。
決定する。黒鉛でできた坩堝を用いる場合もあれば、
③ バケツを溶解炉の横に置く。
通称皿ちょこと呼ばれる溶解用の小さな皿を用いるこ
④ 色金の比率を計り、レンガで囲った簡易炉でガス
バーナーを用いて溶解する。
ともある。
黒鉛坩堝を使用するときは、地金の量が多く、溶解
⑤ 溶解した金属の表面が動き始めたら、ステンレスト
中に地金が酸化する可能性が高くなる。そのため黒鉛
ングで黒鉛坩堝を挟んで湯床をめがけて注ぎ込む
坩堝の内側に、糠と菜種油を混ぜ合わせたものを厚み
(図9)。
1cm弱程度塗り付け(図7)、酸化を防ぐ。また、溶解
⑥ 水中で金属から赤味が消え、外縁から内縁に向かう
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ガスの放出が終了するまで、そのまま放置する(図
溶解するときの注意点などは次のようになる。赤銅
10)。
一分差しを作る場合、銅9:金1の割合で地金を用意
⑦ 熱いのでステンレストングで挟んで金属を取り出す。
する。銅の融点よりも金の融点の方が低いので、銅が
溶解する前に金が先に溶解してしまい、坩堝の下に沈
溶解するときの注意点などは、次のようになる。例
殿、あるいは一部の銅と溶け合うだけになる可能性が
として銀と少量の金の合金を作る場合、金とほぼ同じ
高い。それを避けるために、地金の計量の後、銅だけ
量の銀を先ず合金にして型に空ける。このときの技法
を坩堝に入れ炉の中で先に溶解を始め、溶解し始めた
も湯床吹きにするほうが良いが、金型に空けても良
頃に金のみ、あるいは紙に包んだ金を坩堝の中に投入
い。これをハンマーで叩いて練り、次に、ルツボに残
する。
りの銀と練った金・銀の合金を入れ溶解して湯床吹き
コークス炉、ガス炉、どちらの場合においても、炉
をする。融点の高い銅や金が充分に溶け合わないうち
と湯床が沈められたステンレス盥の間もしくは近く
に湯床吹きし、板にして象嵌すれば着色時に溶けてい
に、耐火レンガを一つ置く。地金の溶解が十分に行わ
ない銅や金が塊となって現れることがある。この完全
れ、少量の藁灰を投入された坩堝を炉から取り出し、
な合金にならない現象は頻繁に起こるので、完全に溶
その耐火煉瓦の上に置き、溶解した地金の表面をどの
け合うような工夫が必要である。
ように動くかを見定め、一気に湯に沈められた湯床に
湯床に流し入れるとき、溶解した金属は湯床の真ん
流し込む。
中に落ちるように狙いを定める。空気中では坩堝から
溶解した金属を湯床に流し入れるとき、坩堝を湯に
前に向かって溶けた金属は勢いよく飛び出すが、水中
触れさせてはいけない。湯の表面から15cm程度離れて
に入るとほぼ垂直に沈んでいく。また、水面に坩堝を
いるのがよい。
あまり近づけない方が良い。鳥田の作業では坩堝は
15cmくらい水面から離れている。
<両方式の検討と考察>
今回の鳥田方式では、バケツを使用したが、溶解す
<東京方式>
る金属の量が1kgを超える場合は、より大きな容器を準
① コークス炉の加熱を始める。
備した方がよいと考えられる。
② 色金の比率を計る。
鳥田方式では、割合の少ない金属をあらかじめ合金
③ 黒鉛坩堝の内側に、米糠と菜種油を混ぜ合わせたも
にしておく。この方法は、確実に完全な合金を作るた
のを塗りつける。
④ 地金を③の坩堝内に入れ、コークス炉の中に入れ加
熱を始める(図11)。
⑤ 地金の溶解が進んできたら、沸騰した湯をステンレ
ス製の盥に入れ、炉の近くに設置する。
⑥ 溶解が十分に行われた後、藁灰を投げ入れ、溶解し
た地金の表面上で動く様子を見定める。
めに重要な点であると考えられる。
十分に金属が溶解されているかどうか、湯床に流し
込む瞬間であるかどうかを見定めるのは、多くの実践
を重ねる必要がある。その実践の中で、覚える必要が
ある現象は、「湯が走る」様子である。「湯が走る」
とは、溶解した金属が「湯」のように見え、さらに溶
解した金属の表面が「走り回る」かのように見えるた
⑦ 金箸で炉から⑥の坩堝を取り出し、更に溶解した地
めに、そう呼ばれるのである。この現象は、機器によ
金の表面上の藁灰の様子を確認し、湯床に一気に流
る計測によって、どのような瞬間にあるいはどの温度
し込む。このときの湯の温度は、70度∼80度程度
のときに流し込むべきかが判断できるかもしれない
になるように、木製の棒などでかき混ぜて温度を下
が、その実験は次の機会としたい。
げておく。(温度の確認は温度計ではなく、指の側
良質な地金を作るためには、割合の少ない金属をそ
面で覚えた温度の感覚を頼りに行う。)
のまま坩堝の中に投入するのではなく、割合の多い金
⑧ 溶解した地金が流し込まれた湯床の周りを、木製の
属と合金化させたものをあらかじめ作っておき、確実
棒でかき混ぜ(図12)、凝固していく地金から出る
に全ての金属を溶解し、一気に湯床へ流しこむことが
ガスをより抜けやすいようにする。
重要であることがわかった。
⑨ 凝固していく地金の赤色が薄れてきた頃、湯床の端
を木製の棒で微妙に持ち上げ、湯床が斜めになるよ
4. まとめ
うにし、湯床の下にあるガスを抜けさせる。
湯床吹き技法は、工程を適当に行うと、爆発し、取
⑩ 凝固していく地金の外縁から内縁へ向かうガス(気
泡)が出なくなったら、金箸で取り出す。
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G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
り返しのつかない事故を起こす可能性もある。そのた
め湯床吹きを行う際は、特に目や顔を保護する用具を
装着することが必要と思われる。安全のうえからは特
に、湯の深さ(湯を入れる容器の大きさ)、湯の温
度、注ぎ込みの坩堝の高さなどは重要である。
金属製の型に流し込む方法では、ガスが抜けず誰も
が苦労する。この湯床吹きでは、作業を間違わなけれ
ば、確実にガスの抜けた良質な色金が入手できる。
本論では、湯床吹き工程に焦点を絞り考察をすすめ
てきたが、引き続き研究が必要な点が多く見受けられ
た。また良質な色金を入手するには、もう一つ重要な
打ち延べという工程が残っている。たった2つの湯床吹
き技法の工程を記録しただけではあるが、大変貴重な
技法研究になったと考えている。
注釈
*1 金属指導所 昭和26年4月(1951)に開設され
た。試作品製作や図案調整などの指導が行われ、
多面的に業界の要望に応えてきた機関である。1)
*2 工業試験場 富山県工業試験場の開場式は、大正
3年(1914)10月22日に行われた。この試験場
は、銅器と漆器の改良と発達を主目的として設立
された。1)
参考文献
1.編集;養田実、定塚武敏『高岡銅器史』
pp.626-629、pp.700-703、桂書房、昭和63年
(1988)
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
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図 1 真鍮製の輪に帆布を木綿糸で縫い付けたものに、更に雑
巾をのせてある。
図4 バケツに水と湯床を沈め、ガスコンロで加熱をしている。
図 2 中央より左側にある 3 つが、形の異なる湯床。中央より
図 5 地金が入った黒鉛坩堝を囲むように耐火レンガを並べ、
右側にある4つは、形の異なる湯床などを用いて制作した地金。
ガスバーナーで黒鉛坩堝を加熱している鳥田稔弘(宗吾)。
このうちの一つは、ガスによって凹みができたため、そのへこ
み周辺の観察のために切断したもの。
図 3 溶解した地金を流し込む場所は、糸でしっかりと縫い合
図 6 地金が入った黒鉛坩堝を囲むように耐火レンガを並べ、
わせ、余分な布は外へ折り曲げ、ワイヤーで縛っている。中央
ガスバーナーで加熱をしている。
の縫い目が布の底面の位置なので、銅製の枠がガスを溜め込ま
ずに、ガスはすぐに枠の外に追い出される。
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G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
図 7 米糠と菜種油を混ぜ合わせたものを、黒鉛坩堝の内側に
図 10 湯に沈んだ湯床の中で、溶解した金属が凝固を始めてい
貼り付けている。
る。多くのガスが溢れ出てきているのが確認できる。
図 8 七輪の上に耐火煉瓦を重ね、その中にコークスを入れ、
図 11 米糠と菜種油を混ぜ合わせたものが、黒鉛坩堝の内側に
ブロワーで風邪を送って、火力を上げている。耐火煉瓦の上に
貼り付けられた後、細かく切断した地金を詰め込む。
載せてあるものは、銅板で、火力を落とさないための工夫である。
この方法を 2 ∼ 3 回行った後は、新しい七輪が必要になる。
図9 ステンレストングで溶解した金属が入った黒鉛坩堝をつ
図 12 溶解した地金が流し込まれた湯床の周りを、木製の棒で
かみ、湯床に流し込んでいる。
かき混ぜる
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ノート
平成 18 年5月 18 日受理
伝統的技法による種子鋏製造の技術保持者に対する
聞き取り調査とそれに関わる周辺調査報告
Interview with traditional Tane Scissor blacksmiths and a follow-up study
● ペルトネン純子、中村滝雄、横田 勝/富山大学芸術文化学部
PELTONEN Junko , NAKAMURA Takio, YOKOTA Masaru / The Faculty of Art and Design, University of Toyama
● Key Words: Kagoshima, Tanebasami(Tane Scissors), Metal, Blacksmith, Hammering Works, Traditional
Technique, Smithery Products, History of Iron Making
はじめに
献資料などで考証すべきであるが、その点については
種子島の鍛冶に関する研究資料は、刀や鉄砲につい
今後の調査としたい。また本調査内容を可能な限りそ
ての資料に偏り、鋏についての資料はほとんどない。
のまま残したいと考えたため、質問時の言葉、回答時
鉄砲や刀は、時代の運命を動かす出来事に大きく関わ
の言葉の修正などは、ほとんど行っていない。しかし
るが、鋏は、あくまでも人々の暮らしと関わることが
鍛冶技術を熟知した者、あるいは聞き取り調査現場に
中心であり、社会にその存在価値を示す機会が少な
立ち会った者でなければ理解しにくい点については、
かったと容易に考えられる。つまり庶民の歴史の中に
部分的に文中の( )に説明を加えることとした。な
埋もれてしまい、これまで注目されることがなかった
お、本調査の質問者は研究者の筆者ら3人だったが、
といえるのではないだろうか1)。
そのうちの誰が質問したかは問わず、たんに質問者と
そうした中でも、我々が収集した種子鋏に関する資
し、それを指し示す記号は[質]。また質問に対する
料は次のとおりであり、またその内容等はおおよそ以
回答者としての牧瀬氏を指し示す記号は、[牧]とす
下のように分類できる。
る。
◎種子鋏の歴史・形式的特色・由来、種子鋏の鉄材・
製作工程、種子鋏の現状と展望等について。図解、
1.種子鋏鍛冶の祭事
写真。
(
『種子島の民俗Ⅰ』2))
[質] 今までずっと、お父さんに教わってこられま
◎種子鋏の起源、製鉄遺跡、鍛冶屋の祭り、鍛冶炭、
製作工程、生産量の推移等について。図解、写真。
(『日本民俗文化大系〔普及版〕第 14 巻、技術と民
俗(下)
』3))
したよね?でも、以前聞いたときには、あんまり教わ
らなかったというお話でしたけれども?
[牧] おう。見てとれつってな。
[質] もうほとんどまったく?
◎種子鋏の歴史、文化的側面、時代背景等について。
[牧] まったく。
『南日本文化史』5)、
−南日本の民芸−』4)、
[質] 言葉では?
(『用と美
『郷土史料集4』7)、
『も
『かごしま文庫 種子島』6)、
[牧] 言葉では、絶対(教えられなかった)。
『鉄砲伝来
のと人間の文化史 33 鋏(はさみ)
』8)、
[質] で、小さい時に向鎚を打ち始めて、やっぱり
前後−種子島をめぐる技術と文化−』9))
そこで見ながら?
これらのような資料を眺めてみると、種子鋏製造に
[牧] そうやろうな。やっぱり、自然と見とったお
携わる者から直接調査を行っているのは,下野氏のま
かげでな。
とめた資料 *1のみのようであるがその内容は、製作工
[質] やっぱり、どのくらいの(温度の)時に叩く
程で呼ばれる名称についての説明が中心を占めてい
かとか?(材料が)どういう色になったら、鍛接する
る。そこで本調査は、種子島で現在もすべて手作りで
(温度)とか?焼入れする(温度)とか?全部です
種子鋏製造を行う牧瀬義文・博文の両氏に依頼をし、
か?
鍛冶職人の記憶を手がかりとした技術の伝承方法や鍛
[牧] 子供の時から鍛冶屋、鍛冶屋で遊んどったか
冶周辺の習俗のこと等などを調査ノートとして報告す
ら。自分の鍛冶屋ばっかりでなしに。他の鍛冶屋にも
ることとした。
行って。
以下の内容は、両氏からの聞き取り調査をもとにし
[質] でもそういう(ほかの鍛冶屋に行く)事とい
ているため、学術研究の資料としては信憑性にかける
うのは、普通なんですか?自分とこの技術っていうの
点もあると思われるため、記録された内容について文
は、あんまり外に出さないっていう習慣ていうのはな
138
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
かったんですか?
[牧] もうぼろぼろになって、薄黒うなって、博物
[牧] 昔は可能。鋏(鍛冶)の場合にはなかった。
館に寄付したけども、もうものにならんちゅうて。
昔は共同で、解らんときには、教えたりしよったから
な。そやから、どの鍛冶屋行っても、遊び行っても、
共同で技術指導が行われ、共同で道具制作が行わ
拒むことはなかった。子供が自由に遊びに行っても
れ、さらに鍛冶周辺で有名な祭事である鞴祭りは、そ
な。じゃから、その度、自然と見らんふりしとって
うした共同で行う仲間同士で開催されていたようであ
も、見とったわけや。自然とでけたわけや。
る。職人技術の伝承で通常考えられている技術の秘密
[質] でも日本刀だとかを作る時には、ほとんど見
の保持というものが、少なくとも牧瀬氏が種子鋏に関
せないですよね?
わった時代における種子鋏鍛冶の周辺において該当し
[牧] 見せないわな。あれは、あの、粘土の付け方
ないということが、この聞き取り調査によって判明し
もあるし。
た。
[質] あの波紋のね?
牧瀬氏が語る鞴祭り(金床祭り)とは、今も金属
[牧] うん、波紋の付け方もあるし、温度の加減が
加工に関わる人たちの間で広く行なわれている祭事で
あるからな。銘々にな。
ある。野鍛冶、刀鍛冶、鋳物師、銀細工師、かざり職
[質] よく焼入れの時、温度を知るために水に手を
だけでなく石工や大手製鉄会社、冶金会社、鉄道会社
入れたら、手を切られたとか?
においても、火や鉄に感謝し、安全や火災予防を祈願
[牧] そうそう。昔こっちでも、だいたい刀の場合
する祭事の日となっている。地域や職人の家によって
は、絶対入らせんけ。
も違うが、一般的には旧暦の11月8日に行われ、新暦
[質] でも鋏の場合は、そういうことはなかった?
が導入されてからは、そのまま日取りが新暦に対応さ
[牧] なかった。鋏の場合は、ほとんど解らんし、
せたところが多い。10) 種子島の場合、この祭事の日は
教えたり。そいで、金床作っときは団体で、みんな寄
11月8日に行なわれているようである。11)
り合うて、この金床をこしらえたりしてたわけやか
牧瀬氏の鍛冶仕事場にヤタガラスが描かれた掛け軸
ら。金床祭りっちゅうてな。
があったということは、熊野信仰とのかかわりを予測
[質] あ、金床祭りっていうのがあるんですか?年
させる興味深い事実である。ヤタガラスとは、「八咫
に1回とか2回とか?
烏」と書き熊野権現神使の3本足の鳥で、一説には天・
[牧] そうそうそう。
12) また、平成6年
地・人をあらわすともいわれている。
[質] 作り変えるというか?新たにするために?
に撮影された牧瀬家の妃の神を祭る神棚には、手錫杖
[牧] そう。
13) その供え物は、僧侶・修験
と矛が供えられている。
[質] それぞれの仕事場にみんなが寄り集まって?
者の持つ道具であり、修験者と熊野信仰のつながりは
[牧] う∼ん、なんか謂れがあったが、俺も、もう
深いとされ14)ており、種子島の鍛冶と熊野信仰との間
忘れとる。聞いとったけども。この頃そういうことが
には、強い絆があったのではないかと推測できる。ま
なかもんで。霜月を嘗て、その日が金床祭りやっちゅ
た種子島には熊野という名称が付く場所などが多くあ
うてな。
り、種子島の鍛冶とのつながりだけでなく、種子島全
[質] それは、いつ頃まであったんですか?
体と熊野信仰との関係が深いのではないかと思われ
[牧] えっと、おやじ、俺が小さい時まで、あった
る。元種子島博物館(鉄砲館)館長の鮫嶋安豊氏から
とな。みんな寄り集まって。
伺った話によると、種子島は法華宗の島であったが、
[質] それで、お祝いするわけですか?
十代目の領主が熊野信仰に転向した経緯があるため、
[牧] そうそうそう。
種子島には熊野信仰の風習や慣習が残っているのでは
[質] いわゆる、鞴祭りっていうのですか?
ないかと推測できるそうである。またその上、領主が
[牧] うん、そうそう。鞴祭りな。鞴祭りが金床祭
熊野信仰に転向したことだけが唯一の要因ではないと
りやったんな。
思われることもある。熊野三社のうちの熊野本宮と熊
[質] じゃ、そういう仕事もして、お祭りもその仕
野新宮は、産業の信仰ではないかとされ、熊野本宮第
事が終わった後にやるっていう感じですか?
三殿に鍛冶の神である香具槌命、辰砂の神である埴山
[牧] そうそうそう。昔はあの、掛け軸もあったか
姫命と罔象女命を祭ってあり、これらの神は、錬金の
らな。神様が、こう、あの、猿が釘を刺して、ヤタガ
神であり、鉱山の神であり、鍛冶の神と考えられてい
ラスが、こう、おったからな。掛け軸にな。
るからである。14) こうしたことも、種子島の鍛冶と熊
[質] その掛け軸は、もう無いんですか?
野信仰を強く結びつける要因となったと推測すること
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
139
ができるのではないだろうか。民族学的なことは専門
3.徒弟と技術の修得
外のことであるが、鍛冶の歴史と熊野信仰の関係につ
<1>
いて研究することは、日本の鍛冶文化の重要な一側面
[質] 鍛造の時は、こうしろとか、ああしろとかい
を解明する手がかりになるのではないかと考えられ
うようなことも?
る。
[牧] いや、絶対教えんかったな。どこが悪いかを
知りたくても、自分で考えて、絶対教えん。
2.種子鋏鍛冶の風習
[質] 聞いても、自分で考えろと?
[質] 焼入れのときは、柿の色に熟した色、とか焼
[牧] そう。
入れのときの水の温度は、赤子の体温とか言っていた
[質] でも、そういうことは、どうやって確かめた
ようですが?
りとかしたんですか?
[牧] そう。鋼の質にもよるけどな。赤味のな。
[牧] 親父が作ったものを、取って見たりして、こ
[質] 普段は白紙*2使ってて、青紙*3になるともう
こは違うてるかな?とか思って、それで直していく。
ちょっと温度が高くなる?
[質] 形を比べてみたりとか?
[牧] いや、低くなる。低くせねば、青紙の場合、
[牧] うん。
脆くなる。
[質] 焼入れなんかは、例えば、割ってみて、その
[質] 硬く入りすぎちゃう?
断面を見るなんてことは、されたんですか?
[牧] そうそう。
[牧] いや。あの∼、そこまではせん。焼入れの場
[質] 今、伝えられている言葉っていうのは、その
合は、じ∼っと温度と運ばす姿を見とるだけやね。絶
二つぐらいですか?
対目を離すなと言われとったからね。だいたい鍛冶屋
[牧] いろいろ教わってきたけど、言葉はほとんど
の中でも、鼻歌なんかを歌っていたら、後ろからバ∼
忘れてしもうとるわい。だいたい今、それを言うこと
ンと焼けたものが飛んできよった。
は、滅多になかわけやから。鎌を作るわけでもなし、
[質] 鍛冶屋の本を読むと、言葉は絶対駄目だって
鎌に傷をつけてあるだろ?あれにも謂れがあったが、
書いてあったんですが?言葉で伝えるんじゃなくて、
もう忘れてしまった。
金鎚となんかで?
[質] ああ、あの4本か5本、筋が入っているや
[牧] 体で覚える。いつでも体とで、覚えるん
つ?
じゃ。体で覚えたものは、絶対忘れんから。
[牧] はいはい。あれ、一つ一つ謂れがあって、そ
[質] でも、実際に叩かれている時に、違う、とか
れを聞いたけども、もう完全に鎌を作らんから。
というようなことも言われないのですか?
[牧] 言われない。
技術習得のために多様なことを教わってきたが、ど
[質] どこが違うとかではなく、それでは駄目だと
のような言葉で指導されたかだけでなく、鍛冶にまつ
かいうようなこともないですか?
わる風習でさえも忘れ去られてきていることが伺える
[牧] ない。
会話のやり取りである。社会や経済の発展に伴い、新
[質] じゃあ自分で悪いところを探して、自分で治
しい技術や生産様式が発展してくると、これまで行な
すしかない?
われてきた儀式は意味のないものとなるか、変容する
[牧] そう。厳しかった。でも、それに逆らって、
可能性が高くなると考えられる。手工的技術や道具に
出て行くわけにもいかんし。昔は、絶対やったから。
よる生産が存続するかぎり、職祖神への儀式は継続さ
れると考えられるが、それは形骸化していくと予測さ
<2>
れる。また、家業として職業が代々受け継がれないか
[質] (製作中の鋏を見ながら、説明。鋼を鍛接す
ぎり、そうした儀式の役割は失われていくものと考え
るとき、鋏の最終的な形状を基準にして、上面におく
られる。15) そして鍛冶屋仲間とともに技術を受け継ぐ者
のか?側面におくのか?という方向の話を質問してい
たち、つまり共同体を失うことは儀式や風習だけでな
る。)
く、どのような指導を受けてきたかを振り返る契機を
[質] 牧瀬さんは、こう置きますよね?でも、こう
失わせ、技術伝承の具体的な方法や長年培われてきた
ゆうふうに置かれる人もいると本で見たのですが?
貴重な技術自体を失わせることになるといえるのでは
[牧] 昔はおったと。ところが、こうゆうふうに置
ないだろうか。
いた場合、叩くうちに後ろに鋼が回りすぎる場合があ
る。
140
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
[質] 鋼の方が回っちゃうんですか?
そうか、それで、金鎚の斜めとかが生きてくるわけで
[牧] うん。しのぎを叩くときにね。そうした場合
すね?
は、削り取らんといけんことになる。
[牧] そうそう。その品物に応じて。あれで、刀が
[質] は∼。そうすると、それだけ、もったいない
できんことはないんやけども、やはり、まったいらに
ということに?
長いものを作るには、平らな方がいいんじゃ。これも
[牧] そうそう。
ぜんぜん短いわけじゃな、刃渡りが。やっぱり用途に
[質] え?こう置いたときに、え∼っと?
応じて、作るから。
[牧] あんな、打ち方あっと。伸ばしてしのぎを打
[質] 今の方法は、牧瀬流という事になるわけです
つときに、鋼が後ろに回る。ぐっと下がる場合が多
か?
い。そしたら、仕上げの段階で、鋼の部分まで削り取
[牧] う∼ん。
らんといけんから、形もおかしくなってくる。そうゆ
[質] よくそうゆうふうに、平置きにした人は、鋼
う人は、こうして叩く。(ポーズをとって説明してい
が出てくるので、かなり削らなきゃいけないので、削
る)押さえうちのように、引き手を下げた状態にして、
るのが大変だということを聞きます。牧瀬さんのよう
鋼が回り過ぎないように叩く。だから歳をとったとき
な形で、こっちとこっちに回してくるとなると、ここ
に、肩が変形してしまう。そやから、絶対親父はそう
はもう鋼ですから。
ゆうことをするなって。肘を必ず(胴体から)離し
[牧] そうそう。そのままの状態。
て、叩くようにしなければ、(体、特に肩の辺りが)
[質] 簡単に形を整理するだけで、できてしまうと
変形してくる。歳をとったら,こんなになってる。全
いう。だから後々のことを考えるとすごく効率がよい
部そうゆうような(変形した体型の)人になった、引
やり方なんだと思って。だけど、まわすってことは非
き下げて叩いていた人。
常に大変で、やらないというかできない人が多いん
[質] やっぱり、こっちに置くよりは、横に置いた
じゃないかと?
方が、簡単?
[牧] いや、そんなに大変なもんじゃない。一打ち
[牧] 簡単は簡単やけど、うちのような叩き方で
でまがっとるわけやから。跡はもうそれを伸ばしちゃ
は、回りすぎる。(でも、もう一つの叩き方は、)右
えばいいわけで。ただこの斜めを打ちすぎたり、回り
腕を(ぴったりと体に)つけたようにして、こうゆう
すぎたりするわけやからな。
ふうに(叩いてる材料に対して金鎚をまっすぐ振り下ろ
[質] いやあ。やっぱりそこに気がつくか、つかな
せるように)して叩かねば,まっすぐには伸びらんわ。
いかの差なんですね?
(鋼が)回り過ぎないようにして,叩かねば。
[牧] そう。鋼、見るから、わしゃ。やっぱり、ど
[質] なるほど。そうゆうことを気にして、ずっと
れがどの部分でとね。
鍛造をおこなうよりは、斜めにおいて、まわしながら
[質] 20軒あった中で牧瀬さんのところだけが、
打つほうがぜんぜん効率がよいと?
それをやってたんですよね?
[牧] そうそう。それもあるし。体も変形しない *
[牧] (この辺りに)鍛冶屋は20軒以上あった
4) 。そのほうがあたるの、うちの叩き方のほうが。
よ。
こっちの(もう一つの打ち方)は(無理な)力がいる
[質] でも、そうゆう牧瀬さんのやり方でやってい
から。
たのは、牧瀬さんだけ?
[質] 先代の前は、もしかしたら、違うやり方をし
[牧] いや,たくさんおったよ。
ていたんですか?
[質] え?牧瀬さんのほかに?
[牧] ずっと一緒(の方法で叩いている)。
[牧] いやいや、ほかに、そうゆう打ち方をしよっ
[質] 本当に多くの本では、平置きという横に置い
た人がいた。
て、鍛接すると書いてある。牧瀬さんだけが違うのか
[質] あ、牧瀬さんのほかに一人だけ?
と?
[牧] そう、(あの当時は)一人だけ。その人はも
[牧] いえいえ。ここらでは、一人しかおらんだ。
う、年をとって、えっと、何年ごろ死んどったかな。
[質] それは、日本刀を作っていたからとかいう問
もう肩が、こんなになって。
題ではないのですか?
[質] あ、横に乗せて打っていたのは、その人一人
[牧] ないない。日本刀の場合、斜めにしとらんか
だけ?あとはみんな牧瀬さんと同じように、刃のとこ
らな。
ろに乗せて?
[質] そうですね。和床なんかも平らですもんね。
[牧] そうそう。みなそうゆう打ち方やった。
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
141
[質] この島の職人さんたちは、牧瀬さんと同じう
長期に及ぶ職人の技術の積み重ねや知恵をいかに後
ち方でやっていた?
世に伝えていくべきかについて、感心を持たずにはい
[牧] そうそう。
られない。技術伝達の一手段であった徒弟制度関係が
なくなりつつある現在において、その技術の伝え方は
「焼入れの場合は∼絶対目を離すなと言われとっ
確実に変化してきている。そのような中で、徒弟制
た」という話から推測できることは、鍛冶技術にとっ
度を通じて技術というのはどのように伝えられたのか
て大変重要な点については、しっかり盗め、と指導さ
を、再度見つめなおす必要があるのではないだろう
れていたと捉えることができるのではないだろうか。
か。 そしてその後に述べている「体で覚える。∼体で覚え
たものは、絶対忘れんから。」という言葉には、技術
おわりに
習得を目指しながら親方の仕事を必死に盗み、自らの
今回の聞き取り調査は、鍛冶職人の記憶を手がかり
努力で試行錯誤を続けてきた職人の自信が伺える。こ
に、過去の伝承方法や技術周辺のことなどを知ること
の試行錯誤をする能力がなければ、卓越した技術を持
ができた貴重な調査であったと考える。特に種子鋏周
つ職人にはなりえない。
辺の出来事について、民族学的な方面からの専門的な
技術習得の段階において、師匠の技術を盗む力つま
アプローチを更に加えることができれば、種子島にと
り観察する知力と、その観察によって得られた情報を
どまらず、日本の新たな鍛冶文化を探ることができる
実行に移す能力がなければ、技術向上はありえない。
のではないかという可能性を見出すことができたので
逆な視点から見れば、その技術習得の巧みなバランス
はないかと考えている。また特殊と思われていた職人
を持った者でなければ、師匠の下を離れたとき、自ら
技術指導方法についても、今後より詳しい調査や研究
の力で試行錯誤を繰り返しながら優れた職人となるこ
を進めることで、有効な教育手段として捉えていくこ
とが難しいのではないだろうか。そのため技術習得過
とが可能になるのではないかと期待している。
程においてその能力が試されるような指導のあり方を
採ったとも考えられるのではないだろうか。また、
本研究の一部は、平成17年度富山第一銀行奨学財団
五感を通した試行錯誤には、長い徒弟期間が好都合で
研究助成金、ならびに平成16年度および17年度 科学研
あったといえるのではないだろうか。
究費補助金(基盤研究C-2、課題番号16500636 研究
職人の階層を示す言葉は、一般には徒弟、手伝、親
代表者 中村滝雄)の研究助成によるものであり、こ
方の3階層があると言われる。通常、非血縁のものが
こに記して感謝の意を表します。
雇用労働力として、その技術指導者の家の家族の一員
として入り、技術の習得を契機として形成される社会
的な関係が、徒弟制を確立させる要因になる。また徒
注釈
弟制を成り立たせるもう一つの要因に、職人の横の関
*1下野氏のまとめた資料 下野敏見『種子島の民俗
係、つまり同業者相互の組織が深く関わっている。こ
Ⅰ』法政大学出版局、 pp.254-264、1982
の横の関係と、その技術の難易度や職種によって、修
*2白紙(しろがみ) 日立製鋼のヤスキ鋼の種類
行期間や技術の保持に関することが決められていた。
*3青紙(あおがみ) 日立製鋼のヤスキ鋼の種類
そして一般に、徒弟としての修行期間は長く10年、
*4右利きの鍛冶屋の場合、左手で材料をつかんで、
もしくはそれ以上になることもある。手伝は、一般に
右手で金鎚を振り下ろす。その動きを点で示す
職人とも言われるが、徒弟生活を終えて独り立ちした
と、左肩、右肩、左手でつかむ材料が基準の3点
者の事を指す。徒弟生活を終えた職人は、手伝として
となる。左肩と右肩をつなげる線は、胴体の位置
親方の下にとどまるか、地方を巡り経験を積むことに
となる。両肩から左手でつかむ材料をつなげる
よって、自分自身を技術的にも人間的にも高めさせ、
線は、両腕となる。両腕が、それぞれの基準点と
手に持つ技術の需要のある地域に赴いてその力を提供
なる各肩を軸に上下運動するのは、自然な動きで
するのである。そして最後に、熟練した技術を持つ者
ある。金鎚は肩から振り下ろされることで、力を
16)
が親方になる。
容易に入れることができる。しかし左手でつかむ
牧瀬氏の場合、親方が血縁者でありながらも、厳し
材料の地点から、胴体に向かって垂直な線を下ろ
い修行を越えて、熟練した技術を保持する職人となり
すとする。その線は、右肘から右腕にかけ手を表
えた。しかし残念ながら、牧瀬氏にはその技術を指導
す。肘だけの力で、通常の金鎚の力を利用しよう
する後継者がいない。非常に残念なことである。
とする場合、相当な腕力が必要になる。その上、
142
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
右肘を胸部前方に固定しなければならないため、
右肩に異常な負担がかかる。その結果、体型が変
形してしまうのである。
参考文献
1. 金子厚男『西日本・手の文化史』未来社、p.11、
1984
2. 下野敏見『種子島の民俗Ⅰ』法政大学出版局、
pp.254-264、1982
3. 鮫嶋安豊『日本民俗文化大系〔普及版〕第14
巻、技術と民俗(下) 種子鋏』小学館、
pp.412-413、1995
4.『用と美 −南日本の民芸−』未来社、p.54、
1966
5. 川越政則『南日本文化史』北山書房、p.166、
1950
6.井元正流『かごしま文庫 種子島』春苑堂出版、
p.171、1999
7.『郷土史料集4 種子鋏』西之表市立図書館、
pp.1-1
8.岡本誠之『ものと人間の文化史33 鋏(はさ
み)』法政大学出版、 pp.99-101、2001
9.井塚政義・飯田賢一監修,種子島開発総合セン
ター編『鉄砲伝来前後−種子島をめぐる技術と文
化−』有斐閣、pp.103-106、1986
10. 下野敏見『種子島の民俗Ⅱ 製鉄技術と鍛冶技
術』法政大学出版、pp.288-30、1990
11. かくまつとむ『鍛冶屋の話』pp.67-69
12. 熊野本宮大社資料
13.『種子島民俗調査報告書(1) 西之表市の民
俗・民具 第1集』鹿児島県西之表市教育委員
会、口絵写真4、1997
14.宮家隼『民衆宗教史叢書21 熊野信仰』雄山閣出
版、pp.8-11、1990
15. 遠藤元男『<日本職人史の研究Ⅳ>日本職人史百
話』雄山閣出版、pp.104-105、1998
16.遠藤元男『<日本職人史の研究Ⅴ>建築・金工職人
史話』雄山閣出版、pp.342-344、1998
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
143
一般論文
平成 18 年 6 月 15 日受理
明治期の彫金家海野勝珉の作品研究
̶「蘭陵王置物」
「太平楽置物」についてー
Research on Unno Shomin of a Chaser in Meiji Era
1)、岡本隆志 2)、大熊敏之 1)、三船温尚 1)
● ペルトネン純子 1)、鳥田稔弘(宗吾)
PELTONEN Junko1), Torita Toshihiro(Sougo)1), OKAMOTO Takashi2), OHKUMA Toshiyuki1), MIFUNE Haruhisa1)
1)
富山大学芸術文化学部/ The Faculty of Art and Design, University of Toyama
2)
宮内庁三の丸尚蔵館研究員/ The Museum Of The Imperial Collections
● Key Words: Metal Crafts, Making technique, Traditional Metal Technique, Chasing,
Hammering, Meiji Era, Unno Shomin
要旨
野が「金属彫工」として紹介された際も、その当時の
明治期の彫金師、海野勝珉が制作した宮内庁三の丸
海野が最も得意とするものとして「細密花鳥高彫」が
尚 蔵 館が所蔵する「蘭陵王置物」(明治23年制作)と
挙げられている。その後、23年には加納夏雄と師弟関
「太平楽置物」(明治32年制作)の 制作技法を彫金、
係を結ぶなど、水戸派の彫金術から習得を始めたもの
鍛金、鋳金の分野から総合的に研究するため平成17年
の、次第に各派の技術を吸収していったことがうかが
8月11日、三の丸尚蔵館において調査した。本稿は、
われる。その間には、10年の第一回内国勧業博覧会お
「蘭陵王置物」「太平楽置物」の制作背景の研究と各
よび14年の第二回内国勧業博覧会に出品して褒状を受
作品の技法に関する詳細な研究を行い、明治期の優れ
賞したほか、日本美術協会美術展覧会でも多数の受賞
た金属工芸作品の制作背景と高度な金属工芸技術の解
があった。それらの制作での業績がある一方で、22年
明を目的としている。
の東京彫工会第四回競技会審査員嘱託、翌23年に第三
回内国勧業博覧会品評人を務め、同年、東京美術学校
雇となり、東京彫工会第五回競技会審査員依嘱、24年
1.海野 勝珉と
「蘭陵王置物」、
「太平楽置物」について
に東京美術学校助教授となった。さらに、27年に同校
岡本隆志
教授に就任、28年の第四回内国勧業博覧会では審査官
彫金家海野勝珉の「蘭陵王置物」、「太平楽置物」は
を務め、29年に帝室技芸員に任命されるなど、明治20
海野自身の代表作であるばかりでなく、近代の彫金に
年代は海野が彫金界において目覚ましい栄達を遂げた
おいても殊に著名な作品として知られている。この二
時期であった。その契機となったのが、海野の出世作
点は写実性を重視し、その表現を立体的に、しかも色
とも言うべき23年の「蘭陵王置物」の発表である。
彩感を加味して表すもので、特異な作品として近代彫
「蘭陵王置物」は明治23年の第三回内国勧業博覧会
金史上に重要な位置を占めている。本項は、今回調査
に、林九兵衛によって「素銅彫蘭陵王置物」として出
を行った両作品について、関連する公刊文献資料に触
品され、第二部美術部門で彫金作品としては最高賞と
れつつ、制作の背景などを述べるものである。各作品
なる一等妙技賞を受賞した。本作については、『第三
の技法に関する詳細な調査結果については、他の調査
回内国勧業博覧会審査報告』所収の審査報告のほか、
者による報告を参照されたい。
『京都美術協会雑誌』第55号に同審査報告に基づい
まず、1900年(明治33年)のパリ万国博覧会で「太
て書かれたと考えられる「陵王ノ置物」が掲載されて
平楽置物」を発表する頃までの海野勝珉の履歴を簡単に
いる2) 。それらによれば、明治20年春、海野は第三回
紹介しておきたい1)。海野は弘化元年(1844)常陸国東茨
内国勧業博へ出品するため、蘭陵王を家伝としていた
城郡水戸下市に生まれた。嘉永5年(1852)から四年間、
伶人辻高節に就き、数回にわたって装束や面および舞
叔父である初代海野美盛に彫金技法を学び、その後、
の姿勢などについて教示を受けて下絵を制作した。制
萩谷勝平のもとで十年余り彫金技法を修行した。両者
作途中、材料蒐集の過程で資金難に見舞われたが、困
とも水戸藩の御用を勤め、水戸派の刀装制作を伝える
窮を極めながらも三年の歳月を経て完成させ同博へ出
彫物師であった。そして海野は明治5年(1872)頃に上京
品することができたという。なかでも注目されるのは
し、小石川指ヶ谷町の彫金家雁金守親に就いて花鳥類
実際の制作および技法について触れた部分である。海
の彫刻を身につけた。同12年に発行された東京の各分
野が最も注意したところは、背面から見たときの「雅
野で活躍する工芸家名鑑である『東京名工鑑』に、海
観」で、それを表すために「衣裳ノ皺紋、陵角ヲ付セ
90
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
スシテ婉滑ナルハ絹質ノ柔靱ナルヲ示」1) すなど、装束
ており、制作年代順では「蘭陵王置物」と「太平楽置
の持つ質感をいかに金属で表現するかという点にこだ
物」との間に位置し、舞楽を題材とした作品として興
わった。
味深い作例である。
また、制作技法については同審査報告において、海
ところで、海野がこれらの題材を選択した理由に関
野は「體肢齊シク鑞工ヲ施サズシテ全形ヲ鎚出」する
係するかどうかは不明であるが、彫金家として大成す
手法を用い、「其術至難ニシテ近代ノ彫工之ヲ為ス者
る前に歌舞管弦の道を志していたという逸話がある。
アラス」1) という特種な技法として位置付けられてい
前掲『京都美術協会雑誌』第55号によれば、「氏カ
る。それに対して一般的に人物彫像を作る際は、「鋳
得意ノ隠シ藝ハ、其本職ノ潜思黙考ヲ要スル金属彫刻
ノ目
トハ大反對ナル、三味線ト踊ナラムトハ意外ノ得技ナ
貫ヲ作ルガ如ク各半片ヲ造出シ鑞接スルヲ常トナス」
リ」2)とあり、廃刀令後の彫金需要の大幅な減少に備え
1) とあるように、同博出品作で彫金家伊藤勝見が制作
て新たな収入源とすべく、三年の修行を経て芸名を授
した立体の「観音像」を挙げて、地金を分けて鎚起成
かるまでに上達したという。結局、これが隠し芸の域
形して鑞付けする技術が用いられたと述べている。し
を超えることがなかったのは、海野自身が貧しくとも
かし、今回の調査報告にあるように、「蘭陵王置物」
彫金家として生計を立てることを決意したからである
も各部位をそれぞれ個別に制作してから組み立てられ
が、「海野勝珉氏ハ、兼テ歌舞管絃ノ道ニ精シキコト
ており、同審査報告は海野の技術をやや過大に評価し
ハ世以テ知ル所ナリ」2)と記され、当時の芸苑では周知
ていると受け取れよう。ただし、「仮面ノ鼻目隆□ア
の事実であったことは確かのようである。
製ノ外地金ヲ鎚起シテ形ヲ成スモノハ大率子刀
ル之ニ薄金片ヲ被セテ些ノ駁痕ヲ見ス、光彩的々鑑ミ
「太平楽置物」は帝室および宮内省が制作を命じて事
ル可シ」1) と陵王の仮面に用いられた金張りについて触
前に買上げたのち、作者の個人名義で出品することが
れた部分や、「彫工中其色ノ太美ナルヲ以テ色畫ニア
許可された優等工芸品であった。帝室および宮内省が
ラス消差ノ法ヲ用ヒタルナラント疑フモノアリ」1) と、
パリ万博出品に関与した目的は、日本美術工芸の水準
随所にほどこされた肉象嵌の巧みさを指摘しているの
の高さを世界に向けてアピールすることであり、その
は、今回の調査結果とも一致する。立体的な置物像と
役割を当代を代表する美術工芸家である帝室技芸員が
いう選択に加え、色金を組み合わせて豊かな色彩を表
担うことになった。前掲『建築工藝叢誌』によれば、
現している点が「蘭陵王置物」に見られる作風の特徴
海野が太平楽の置物を制作するということを伝聞した
であると言えるだろう。
明治天皇の計らいで、雅楽寮で舞楽の拝観と太平楽の
もう一方の調査作品「太平楽置物」は、1900年の
モデルを臨写することを許されたため、海野は画工を
パリ万博へ出品されたものである。本作については、
同道して装束の様子や配色などを明細に写させたとあ
『建築工芸叢誌』に大正元年(1912)8月に収録された
る。回顧談によると、本作はもともとパリ万博へ出品
海野自身による制作回顧談が紹介されている3)。記事中
することを企図して制作されたわけではなく、制作途
に記者の感想として述べられているように、「蘭陵王
中でパリ万博への日本政府の賛同が決定したため、本
置物」から約十年後に制作されたものであり、前作と
作を仕上げて出品することにしたという。
比較してその出来映えが注目された作品であった(た
同万博へは、海野と同じく帝室技芸員という立場で
だし、記者自身は明治宮殿鳳凰の間に据えられたと伝
出品予定であった加納夏雄が死去したため、香川勝広
えられる「蘭陵王置物」を実際に実見しているわけで
が欠員補充として制作を命じられ「和歌浦図額」(当
はない、との断り書きがある)。この約十年の間に海野
館蔵)を出品することとなった。香川の「和歌浦図
は帝室技芸員に任命され、明治31年に没した加納夏雄
額」は和歌浦に鶴が舞い降りようとする情景を絵画的
の跡を継いで彫金界を背負うべき立場になっていた。
に表す歌絵を意匠とする作品で、加納の出品予定作で
第三回内国博とは全く異なる状況での期待の集まる出
あった「海辺松之図額」を引き継ぎ、香川は同じ図額
品に、敢えて同工異曲とも言うべき「太平楽置物」が
という形式を選択したのであろう。海野が彫塑的な人
選ばれた理由は何であろうか。同記事に挿図として掲
物像、香川は絵画的な図額と対照的な形状を選択して
載された「太平楽置物」の写真が、作品正面ではなく
おり、彫金家としての海野の特質が際立つように思わ
右斜め後方から撮影されたものであるのは、前述した
れる。たしかに、海野も前述の明治26年のシカゴ万
「蘭陵王置物」で海野が最も苦心した背面の「雅観」
博出品作では「還城楽図額」を制作していたが、その
を本像でも意識したゆえの選択ではないかと考えられ
際も図額でありながら種々の色金を象嵌して立体性お
る。ちなみに、海野は1893年(明治26年)のシカゴ万
よび色彩感の強い作品として完成させていた。その意
博に「還城楽図額」(東京国立博物館所蔵)を出品し
味で、「太平楽置物」は前掲『建築工藝叢誌』にもあ
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
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る通り、「金 銀銅朧銀赤銅其他の合金を用ゐて、装束
の完成度の高さについては、いまさら論じるまでもな
佩劍の類を原色のままに顕はし」2)、「蘭陵王置物」に
いことであるに違いない。
も見られた海野独特の作風を示していると言えるだろ
しかしながら、このたびの調査結果を踏まえ、その
う。
うえで、改めて海野の作歴を検証し、さらには他の海
本項では、海野勝珉の履歴、「蘭陵王置物」と「太
野の現存作例との比較を詳細にすすめていくと、われ
平楽置物」の制作背景、そして両作品に見られる海野
われは、この二作が、海野が手がけたあらゆる作品の
の作風の特徴について述べた。これまで見てきたよう
なかでも、きわめて特異な性格のものであることに
に、少なくとも今回調査した両作品に関する限り、海
気づき、いささか驚かされることになる。「蘭陵王置
野の作風に顕著であるのは鍛金や肉象嵌による立体表
物」と「太平楽置物」は、多彩な金工技法の併用によ
現の強い指向と、多種類の色金を組み合わせて色合い
りかたちづくられた置物であることは論をまたない
を豊かにする工夫であることがわかった。
が、このような立体像は、海野の全作歴では、他に類
明治期の彫金を述べる際に避けて通れないのは廃刀
品がみられない。そのため、この二作は、前後の時期
令によってもたらされた変化である。武士階級の零落
の諸作例を知る限りでは、明治二十年代から三十年代
は、刀装具の制作を生業としていた彫金家にとっても
前半の一時期に独立したかたちで、さながら忽然と出
冬の時代が訪れることを意味していた。彫金技術は莨
現したかのような印象が否めないのである。かろうじ
箱や花瓶といった新しい需要へ応用され、本来の伝
て類例の立体作品とみなすことができる現存確認作と
統的な刀装金工からは離れていく。「蘭陵王置物」や
しては、「芳洲海野勝珉作 行年七十一」の刻銘が残
「太平楽置物」は、そのような時代の流れのなかで生
されている大正四年(一九一五)頃の「笹双雀置物」(個
み出された造形である。彫金家が丸彫の人物彫像を制
人蔵)一点が挙げられるが、これとても「蘭陵王置物」
作するということは、恐らくそれ以前にはなかった
や「太平楽置物」と比べた場合には、外観上のみなら
か、あったとしても非常な稀な機会であっただろう。
ず、作品そのものにそなわる質量感や空間を占める実
今後、さらなる検討を要する問題であるが、海野が同
在感という点からすれば、平面性が著しい軽やかに過
時代の写実的な彫塑を意識しつつ、その趨勢の影響を
ぎる作と映ってしまう。なるほど、「笹双雀置物」は
受けて人物彫像を作り、且つそれに色彩感のある表現
海野最晩年の作であり、そのことからすれば、功成
を加えて彫金の可能性を広げたと言ってもよいかもし
り名を遂げた名匠が重厚な実在感よりも、むしろ軽み
れない。刀装金工の技術を活かしながら明治前期の厳
の表現を指向した結果であると理解することはできる
しい時代を生き抜いた彫金家に関する研究は、長谷川
のかもしれない。だが、同じ置物ではあっても、や
栄氏等による加納夏雄研究を除いてほとんど進められ
はり「笹双雀置物」は、人物をモチーフとした立体像
ていない。今回の海野の事例のように、具体的に作品
作品とは一線を画す傾向のものであることは、間違い
を通じて個々の作者の特質を知悉することは、これか
ないであろう。確かに双雀を彩る各種の色金象嵌の手
ら明治の彫金を系統立てて考えていく際に必要な視座
法や、尾羽の毛彫などは、海野の諸作を見慣れた目に
となるだろう。
は馴染み深いものではあるが、笹葉ばかりではなく、
雀そのものの造型も立体感に乏しく、あまりにも平板
2.海野勝珉作品の制作技法の位置づけ
といえる。その表現傾向は、「蘭陵王置物」や「太平
大熊敏之
楽置物」にみられる質量をそなえた立体描写とは明ら
「蘭陵王置物」と「太平楽置物」は、海野勝珉の明
かに異質な性格のものであり、むしろ、明治二十六年
治中期の代表作として、今日ひろく知られている。こ
(一八九三)のシカゴ・コロンブス万国博覧会出品作「還
れら二点が海野の名のもとで生みだされた紛れもない
城楽図額」や東京芸術大学に残された各種の手板にみ
真作であり、いずれも作者畢生の名品であるという歴
られる高肉象嵌によるレリーフ表現を想起させるもの
史的評価に対して、なんらかの疑義が差しはさまれる
となっている。
ということは、まずは考えられないであろう。両作品
それならば、明治期以降の海野のごく一般的な作風
とも、初出時から今日にいたるまでの来歴はきわめて
とはどのようなものなのか。海野の名前が明治期にあ
明瞭であり、そのことを裏づける第一級の一次史料、
らわれるもっとも初期の公刊史料に『東京名工鑑』(明
すなわち第三回内国勧業博覧会と一九〇〇年パリ万国
治十二年、東京府勧業課)があり、ここでは、「細密花
博覧会それぞれの場で展観され、その後はともに長く
鳥高彫」を所長として、主に煙管や莨箱などの小物類
宮中に収められ続けてきたことを示す関連行政文書類
を得意としていたことが記されている。しかし、その
や活字文献等には、事欠くことがない。また、各作品
一方では、ほぼ同時期に編纂され、東京国立博物館に
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伝わる『温知図録』には、海野竹治郎名による三件の
いる海野作品も、煙草箱や、そうでなければ、江戸以
置物草案と覚しき図案が収録されていることが見いだ
来の刀装金工の流れを引く小柄で占められているので
される。ひとつは、巌上鷹をあらわしたものであり(温
ある。このほか日本美術協会美術展覧会や東京彫工会
知図録78-13左、78-14左)、二件目が龍(78-14左)とそ
彫刻競技会等に出品の折りに御買上を受けるなどして
の各細部(78-15右、左)、そしていまひとつが、中国武
宮中に収められ、現在は宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵す
将をかたどった「第二十七号」(78-16右、左)である。
る海野作品も、「朧銀琵琶湖図彫名刺盆」(明治二十九
これをみると、海野は明治十年代には、少なくとも図
年)、鍛金家の鈴木光之との共作「素銅蔦紅葉瓢形花
案の構想上においては置物の制作に目を向けはじめて
瓶」(明治三十三年)、「銀象嵌高彫浪に鷹之図花瓶」
いたことが確認される。ただし、これらの置物図案は
一対(明治四十二年)、「朧銀猩々図花瓶」一対(明治
いずれも単色で描きだされている。『温知図録』収載
四十二年)、それに、明治末から大正初頭の作と考えら
の図案は、実際に作品を制作する際の配色までをも精
れる「銀花鳥図花瓶」一対というように、花瓶への加
緻に指定している点に特色があり、このことを考える
飾であったとしても、それほど曲面は複雑ではないも
と、図案作成の時点では、たとえ海野が置物制作を試
のばかりである。このほか、片切彫だけで松霊芝之図
みはじめていたのだとしても、まだ多彩な色金象嵌の
をあらわし、彫技の冴えをみせる銅無地の花瓶が東京
技法にまでは手を染めていなかったことが推察される
国立博物館に所蔵されていることも忘れてはならない
のである。また、海野が明治十年代に公の場に作品を
だろう。
発表した例としては、明治十五年開催の第二回内国
ところで、前出の明治二十八年、第四回内国勧業博
勧業博覧会での「扁額 桐 稲穂ニ雀ノ図 金銀赤銅
覧会出展の「純銀置物 鷹」であるが、この作品を制
四分一高象嵌」と「香箱 赤銅 人物ノ図 金銀高象
作するにあたっては、おそらくは、前年の明治二十七
嵌」の二点が知られるのだが、これをみると、限られ
年に師の加納夏雄と共作した「銀岩上鶺鴒置物」(宮内
た種類の色金による高肉象嵌技法を用いてはいても、
庁三の丸尚蔵館蔵)での経験が活かされたものなのでは
それは扁額や香箱の器面という、あくまでも平面上で
ないかと考えられる。「銀岩上鶺鴒置物」は、明治天
のことであり、置物のような立体作品をことに得意と
皇の大婚二十五年の奉祝品として東京革商組合が帝室
していたというわけではないことがうかがえる。
(皇室)に献上した作であり、海野は同作においては、
ついで明治二十年代から三十年代にかけてである
岩の部分を担当している。銀鋳造による概形の表面を
が、海野は二十三年の第三回内国勧業博覧会には、
槌で細かく打つことで岩皺をかたちづくり、さらに石
「蘭陵王置物」とは別に、「彫刻煙草壺」と「朧銀巻
目鏨を用いて表面を荒らし、岩の質感をあらわしてい
煙草箱」の二点を出品している。このうち前者は「蘭
る。これに別造のフジツボを鑞付している。いかにも
陵王置物」の場合と同じく、出品人は美術商の林九兵
手慣れた技の跡がみてとれるのだが、実はこれに先
衛であるが、後者は海野自身が出品人となっている。
行して、加納と海野の師弟は明治二十五年以前にも、
さらにシカゴ・コロンブス万国博覧会の翌年に京都で
純金製の「出山釈迦像」の共同制作をおこなってい
開催された第四回内国勧業博覧会では、三点の出品が
る。新潟の長谷川家から東京美術学校宛の依頼を加納
記録されている。岸光景が図案制作に協力し、出品人
が受けた作で、木彫の原型制作は高村光雲が担当して
は小池有終の「純銀置物 鷹」と、林九兵衛が出品人
いる。海野が助力したのは台座で、この部分は銀製で
の「銀六角形香炉 七賢人」、それに自身の出品人名
別造されている。この時は、加納はもちろんのこと、
義による「銀製花籠」である。そして、こののちの明
海野も制作には難儀したものらしく、長谷川栄によれ
治三十二年に宮内省の命を受けて「太平楽置物」を制
ば、加納が長谷川家宛に送った納期の遅れを釈明する
作し、一九〇〇年パリ万国博覧会に出品することにな
書簡には、「一釈尊像も其後引続仕上ケ居候 海野氏
るわけである。
も台座朝夕休日学校出勤之余暇ニハ精々出来居いづれ
このようにみてみると、明治期の海野はとりわけて
も金形為日時短ニ相成り心ニ思ふ程ニハ仕上りかね心
置物という分野に自らすすんで精力を注いだわけでは
配仕居候」との件があるという。推察するに、海野
なく、やはり制作の中心は、扁額や香箱、煙草箱など
は、このように加納の仕事に協力するなかで、銀鋳造
の平面上での彫金技法の駆使であったことが理解され
の素地に彫金を施すことに習熟し、明治二十年代末に
る。なかでも好んで手がけたのは、やはり煙草箱で
は、単独名で「純銀置物 鷹」の制作に取り組むこと
あったらしく、実際、東京芸術大学大学美術館が所蔵
ができるようになったのではないだろうか。そして、
する手板以外の海野の作も明治二十五年の「柳馬図巻
あるいはその岸光景による意匠とは、明治十年代に海
煙草入」であるし、ほとんどの個人所蔵者が愛蔵して
野が『温知図録』に寄せた巌上鷹置物の図案が出発点
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
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として活かされたのではないかとも、想像されるので
いえよう。
ある。
それでは、仮に上述の推察が正しいとしたら、「蘭
そうだとすれば、さほど得意というほどではなくと
陵王置物」や「太平楽置物」で海野に尽力した鍛金家
も、銀鋳造の素地による置物には実績があるのだか
とは、いったい誰だったのだろうか。あるいは、鈴木
ら、「蘭陵王置物」や「太平楽置物」を海野が制作し
光之という可能性は考えられるのだろうか。また、
たとしても、なんの不思議もないように思われるかも
「蘭陵王置物」と「太平楽置物」にも、それぞれ原型
しれない。しかし、「出山釈迦像」にしても原型の作
師は存在していたのだろうか。今後の海野勝珉研究の
者の協力があったのであるし、「純銀置物 鷹」の場
進展が、この問いかけに応えてくれるであろうことを
合は、意匠は岸光景が担当している。あるいは、小品
期待したい。
であれば、銀鋳造を彫金家自身がおこなったのだと考
えることも可能かもしれないが、これはやはり、名前
3.制作技法の調査報告(調査日:平成17年8月11日)
こそあがっていないが、鋳金の専門家に依頼したとす
3.1 制作技法の調査方法
るのが素直であろう。とりわけ江戸後期から明治期に
ペルトネン純子
かけては、各金工分野の職技は分業化が徹底していた
鍛金や鋳金、彫金技法を複合的に用いた作品で、そ
ことが知られるからである。このように論をすすめ
れらが何処に利用されているかを解明しようとする場
ていくと、きわめて高度な鍛金の技を用いていること
合、作品内部に重要な手がかりがあることが多い。制
が明らかとなった「蘭陵王置物」、それに「太平楽置
作の工夫は、普段目にしない作品の内部に多く隠さ
物」の場合は、鍛金による素地づくりにいたるまで、
れ、それらを調査することで制作技法を特定できる。
何から何まで作者名である海野勝珉が自身でおこなっ
しかし今回の海野勝珉作品は、内部を観察することが
たのだとすることが、むしろ不自然といえる。まして
できないため表面の肉眼調査のみとなり、各部分全て
や、林九兵衛がプロモートした明治期の各種の博覧会
の制作技法の特定は難しい。海野勝珉作品における彫
出品用工芸作品の場合には、各分野の名匠に共同作業
金技法に関しては、表面からの観察によってある程度
をおこなわせることの方が一般的だったのだから、少
の特定ができるが、鍛金や鋳金技法は、作品の土台と
なくとも「蘭陵王置物」については、名前は残されて
もいえる部分に使われているため、その技法を目立た
いないが、専門の鍛金家が制作に加わっていたものと
せるような表現痕跡が作品に残されにくい。
推察される。事実、海野は先述したように、同じ年に
金属工芸制作分野での長い制作経験があれば、地金
鍛金家の鈴木光之と組んで、「素銅蔦紅葉瓢形花瓶」
の表面に現れる板の張りや光の反射加減などによっ
を制作しているのである。
て、地金のおおよその厚みを推測することができる。
以上のことから、なぜ「蘭陵王置物」と「太平楽置
経験から判断する厚みに大きな狂いはないが、こう
物」の二作が、海野の知られる全作品のなかでも、特
いった調査では推測に止めず機器計測が最終的には必
異な性格のものであるとの印象を与えるのかが、おぼ
要である。金属工芸品調査に有効な機器の利用があま
ろげながらも了解されよう。すなわち、それぞれの作
り行われていないこともあって、現在のところ金属工
品の表面に精緻かつ華麗な装飾を施したのは海野では
芸品の調査方法は、肉眼による調査が主となる。今回
あるが、人物置物ではなによりも肝心要な空間を占め
の調査においても、作品の表面から得られる情報を収
る全体像の成形そのものは、海野ではないかもしれな
集し、金属工芸制作者の経験をもとに技法を推測する
い。それにもかかわらず、両作の作者名がともに海野
方法である。調査機器を用いた調査は今後の課題とし
ひとりになっていること自体が、どこか不可思議な印
たい。
象をもたらす主因となっているのではないだろうか。
ほとんど全ての箇所が、彫金・鍛金・鋳金技法を複
そして、海野が「蘭陵王置物」や「太平楽置物」のよ
合的に用いているため、ひとつの技法からの視点では
うな置物を多く手がけることがなかったのは、制作時
説明しがたいことが多くあり、それらについては組み
間が長大に及ぶという理由だけではなく、明治期の
立て方法の項で説明を行なう。また作品表面に見える
限られた期間にのみ、意の通じる優れた鍛金家の協力
色調から、地金は純銅、純金、純銀およびこれらの合
を得ることができたからなのではないかと、想像され
金を用いていると考えられるが、色調及び着色方法に
るのである。また、「蘭陵王置物」や「太平楽置物」
関しても組み立て方と大いに関係するため、3.4の項
と、晩年の「笹双雀置物」の作風が大きく異なるの
で説明を行う。
も、「笹双雀置物」での鍛金家が、「蘭陵王置物」や
「太平楽置物」の協力者とは別人であったからだとも
94
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
3.2 彫金技法の調査報告
鳥田 稔弘(宗吾)
、ペルトネン純子
3.2.1 彫金技法を用いたと推測できる現象
実際にどのような色彩がどの種類の金属なのかは、
3.2.2、3.2.3、3.2.4の表3と表4と表5に
述べる内容と参考写真を見比べていただきたい。
彫金技法は、主として「彫る技法」、「打つ技
法」、「嵌める技法」がある。またこのほかに、様々
3.2.2 蘭陵王置物の彫金技法
な色彩を呈する金属を用いて作品を制作することも、
蘭陵王置物(写真1,2)は、明治23(1890)年に制
代表的な彫金技法の一つである。本稿で調査した作品
作された高さ28.0cm、幅33.5cm、奥行32.0cm、面
中には、色金と呼ばれる金、銀、銅およびこれらの合
を取り外した重量4.44kg、面の重さ0.12kg、総重量
金が多く使用されている。色金の他に、金銷し*1 やめっ
4.56kgの金属工芸作品である。全体は、煮込み着色仕
きと呼ばれる方法で、色彩を表現することもある。
上げがされている。以下に各部分について調査結果を
色金の推測は、金属表面に呈する色彩から行うこと
報告する。
が重要な方法の一つであるが、金属の成分や合金比率
めん
などで、着色後などに呈する色彩が変化するので、注
(a) 面(龍 飾り)<写真5,6,7>
意深い判断が必要である。また酸化後の色彩も各金属
厚さ約3㎜の赤銅*3(5分差し)の板に、厚さ約0.4㎜
によって異なるため、これらについての知識も非常に
の純金*4 板を銀鑞*5 付けして、金張り*6 板を作る。それ
重要である。金の場合は、純金と合金されている金属
を打ち出し*7 で面の形を造り、眼球が入る部分を刳り貫
成分や比率によって色彩が異なる。銀の場合、純銀と
いていると思われる。眼球は赤銅を用いて鍛金技法で
銀合金は特に煮込み着色 *2 後に大きな色彩の変化が生
作り、眼球が動くように純金のリベットで取付けられ
じる。純銀はそのままの色を保つが、銀合金は灰色を
ている。髪の毛と歯は、赤銅板で表現されている。龍
呈する。また酸化後の銀の色彩は、黒色を呈する。純
の飾りは、朧銀 *8 を用いた鋳金技法で作られ、その表
銅は、煮込み着色後に赤色を呈する。しかし純銅は、
面に金張りと金銷しが施されていると思われる。龍の
加工方法や煮込み着色方法などによって赤色の色彩に
羽根は、青金 *9 を用いた平象嵌 *10 で表現され、鑞付け
幅がある。銅と金の合金は、煮込み着色後に黒色を呈
で龍本体に取り付けられていると思われる。羽に取り
する。この黒色と酸化後の銀の黒色は、よく似てい
付けられた龍は、赤銅リベット止め4ヶ所によって面
る。これらのような現象を注意深く観察し、経験に基
本体に取り付けられている。顎は、赤銅に金張りをし
づいた判断によって、色金の識別を行うことができ
て鍛金技法で造り、紐を通して動くように取り付けら
る。
れている。
紋様がどのように施されているかを推測するには、
すがお
て
「彫る」、「打つ」、「嵌める」の方法を見分ける必
(b) 素 顔、手 <写真8,9,10>
要がある。作品表面に現れている彫り跡を観察する
面を取り外すと、演者の素顔が現れる工夫がなされ
と、どのような道具で彫られたのか、あるいは打たれ
ている。素顔は、朧銀を用いた鋳造技法で作られ、キ
たのかを判断できる。紋様が土台から浮き出ていて、
サゲ仕上げ、研ぎ炭で研ぎ出し仕上げがされていると
さらに土台の金属と色が異なる場合、象嵌であると判
思われる。赤銅で作られた髪の毛は、頭部に銀鑞付け
断するのは容易である。平坦で、土台の金属と色が異
されていると思われる。赤銅で作られた眉毛は象嵌、
なる場合、象嵌であるか、金銷しあるいはめっきであ
眼は赤銅と四分一*11 の象嵌で表現されていると思われ
るかの判断は、色金の知識と別な金属を嵌め込む知識
る。手は、朧銀で鋳造し仕上げ後、袖に差し込み、リ
を総合的に持ち合わせていることが重要である。紋様
ベット留めで固定されていると思われる。右手に持つ
を施す際は、金属の強度に合わせて、嵌め込む順序、
バチは、2つに分かれている。大半を占める金色部分の
彫りの深さなどを変化させるため、そのような点を中
バチの端には、雄ネジが作られている。そしてもう一
心に注意深く観察する必要がある。例えば、紋様を
方は、右手小指からはみ出すように握られた表現にさ
施す土台が、薄い材料で柔らかい場合、象嵌を行なう
れ、そこに雌ネジが作られている。この2つに分かれて
ことが困難であるため、金銷しやめっきという方法を
いるバチの双方のネジを合わせると、真っ直ぐに繋が
採用することがある。あるいは、作品のある部分とし
り1本に見える。右手に握られている方のバチは、四分
て強度を持たせたい場合、使用する金属は厚みのあ
一のみで作られているが、もう一方のバチは、金張り
るもの、硬さのあるものを使用する。その場合、紋様
された四分一で作られている。握られたバチに繋がる
を象嵌することは、比較的容易であるが、場所によっ
紐は、火銅*12 で作られている。
ては制作順序を検討しなければならないこともある。
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
95
ぼうし
はかま
(c) 牟子(頭巾)<写真11,12>
(f) 袴 <写真19,21>
牟子は、火銅を用いた鍛金技法によって形を作り、
左右の袴は、火銅の板(板厚は2㎜程度)を別々に鍛
純金と青金の平象嵌によって紋様が施されていると思
金技法で作り、左右を股の付け根部分でリベット留め
われる。牟子からのびる紐は、火銅で作られていると
によって固定されていると思われる。雲紋や水紋は、
思われる。紐の先の房は、素銅 *13 で作り、象嵌やリ
黒四分一、白四分一 *20、四分一等の肉象嵌で表現され
ベットで頭部に取り付けてられていると思われる。牟
ていると思われる。袴の下の足首の縛りの部分は、厚
子(頭巾)の上部全面は、同じ火銅を象嵌することで
みのある素銅を鍛金技法で作り、袴に差し込むように
厚みを作り、後から牟子の上にのせる龍の面が掛かっ
取り付けられていると思われる。
て止まるように作られている。
えり
ほう
し か い
(g) 糸 鞋 <写真20,21>
(d) 襟、袍 <写真13,14,15,21>
糸鞋の底面は四分一(朧銀)、糸鞋の縁廻りは銅の象
襟は純銀板、袍全体は素銅を用いた鍛金技法によっ
嵌、その他は銀で作られていると思われる。
て作られていると思われる。その素銅の表面は、純
金、青金、純銀、四分一、黒四分一 *14、赤銅等の紋金
3.2.3 太平楽置物の彫金技法
を用いた肉象嵌*15 による紋様表現が施されていると思
太平楽置物(写真3,4)は、明治32(1899)年に
われる。雲紋は、打ち込み*16 の鏨で打ち均し、薄肉表
制作された高さ46.0cm、幅42.0cm、奥行21.0cm、総
現されていると思われる。袖の縛りの部分は、厚い素
重量7.48kgの金属工芸作品である。全体は、煮込み着
銅を用いた鍛金技法によって作られ、そこに縛り紐を
色仕上げされている。以下に各部分について調査結果
取り付け、袖の先に差し込むように取り付けられてい
を報告する。
ると思われる。
かぶと
(a) 兜 <写真22,23>
りょうとう
(e) 裲 襠 <写真16,17,18,19>
兜の材料は、表面が四分一、裏面が赤銅となるよう
裲襠全体は、火銅を用いた鍛金技法によって作られ
に、2枚の板が銀鑞付けによって接合されていると思わ
ていると思われる。周囲の銀(銀に微量の銅を混ぜた
れる。兜の表面の四分一の部分には、縁の部分とその
もの)の房飾りは、鋳造技法で作られ *17 、火銅で作
他の部分に、異なる紋様が施されている。兜の表面の
られた裲襠の部分に鑞付けされていると思われる。そ
縁は、純銀の平象嵌、鋤彫り*21 等をした後に金メッキ
の鑞付け接合部分は、四分一の帯を上からかぶせるこ
が施されていると思われる。兜の表面のその他の部分
とで接合部分を隠すことができる。そして四分一の帯
は、純金線を肉象嵌、純銀の平象嵌が施されていると
は、補強と装飾の役割をかねた金リベットによって接
思われる。兜の表面の飾り金具部分は、赤銅リベット
合されている。また銀の房飾りの部分には、銀リベッ
によって純金張りした材料を兜に固定していると思わ
トによって本体の袍に取り付けられていると思われ
れる。兜の頭頂部にある宝珠は、先端にねじ溝が作ら
る。房飾りとリベットは、注意して観察しなければ見
れた棒が頭部にまで達しており、兜を固定している。
つけられないため、同じ材料から作られていると考え
兜を留める紐と房は、火銅と素銅で作られ、紐は顔
られる。裲襠中央にある龍を取り巻く丸い円は、純銀
面、房は胸の鎧の所にそれぞれ象嵌で固定されている。
を用いた象嵌がされていると思われる。その龍の紋様
かお かたくい
はかま
は、純金が肉象嵌されていると思われる。龍の眼は、
(b) 顔、肩喰
(肩の獣 頭 飾り)
、袴 <写真24,25,35>
純銀と赤銅の象嵌によって表現されていると思われ
顔、肩喰、袴は、朧銀を用いた鋳造技法で作られ、
る。雲紋は、純金、青金、四分一、純銀、黒四分一、
キサゲ仕上げをした後、研ぎ炭で研ぎ出して仕上げて
赤銅等の肉象嵌によって表現されていると思われる。
いると思われる。肩喰の飾りは、朧銀を用いた鋳造技
また、これらすべての肉象嵌は研ぎ切り象嵌*18 である
法で作られ、その後に金銷しが施されていると思われ
と思われる。後方に垂れた袍の裏面(床に接する面)
る。肩喰の眉毛と眼の縁には純銀象嵌、龍の口の中に
は、平象嵌によって花紋の表現が施され、毛彫り*19 に
は接合された火銅、キバは純銀の高肉象嵌が用いられ
よって雲紋の表現が施されていると思われる。裲襠を
ていると思われる。眼球は、純金、純銀、赤銅の象嵌
腰で縛る帯は、純金の打ち出しや透かしで表現されて
が施されていると思われる。龍のウロコは、毛彫りで
いる。
表現されていると思われる。袴は、朧銀による鋳造技
法で作られたものに純金の平象嵌が施されていると思
われる。
96
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
て
こ
て
(c) 手、籠手 <写真26,27>
作られた紐形のリベットによって金メッキした金具が
両手は、朧銀を用いた鋳造技法で作られていると思わ
固定されていると思われる。鎧の下方には、四分一、
れる。籠手は、朧銀を用いた鋳造技法で作り、その上
赤銅の平象嵌がなされ、その上に純金を用いた平象嵌
に火銅を象嵌し、さらにその上に純金の平象嵌を施し
が施されていると思われる。帯は、純銀で作られ、
てしていると思われる。飾り金具は、赤銅リベットで
象嵌によって胴体に固定されていると思われる。魚 袋
固定されていると思われる。
(左脇下につけた魚形の飾り)の中央から下半分は、
えり
ぎょくたい
朧銀を用いた鋳造技法で作られていると思われる。魚
かたあて
(d) 襟、肩 当 <写真24,28>
袋の中央から上半分は、素銅で作られていると思われ
襟は、純銀を用いた鍛金技法で作られていると思わ
る。その素銅の上には、純金を用いた平象嵌によって
れる。肩当は、四分一(朧銀)を用いているが、鋳造
雲紋が表現されていると思われる。魚袋のキバは、純
技法によるものか鍛金技法によるものかは不明。四分
銀を用いた肉象嵌で表現されていると思われる。帯喰
一の上に銅板が鑞付けされ、その銅の上に純金の平象
の龍の顔は、朧銀を用いた鋳造技法で作られていると
嵌(牡丹唐草紋様)が施されていると思われる。四分
思われる。帯喰の眉毛は純金を用いた平象嵌、眼球は
一の部分には、純銀と純金の平象嵌(宝くずしの唐草
純銀、赤銅、四分一を用いた象嵌で表現されていると
紋様)が施されている。肩喰いの下の布の表現がなさ
思われる。顔全体は、金銷しが施されていると思われ
れている部分は、赤銅(厚い部分は1cm以上)を用い
る。垂平緒は、赤銅板で作られていると思われる。そ
ており、その上に純金平象嵌が施されていると思われ
の赤銅板の上には、鋤彫りによって桐に鳳凰の紋様が
る。
作られた後、金銷しによって桐と鳳凰と三本線が表現
そで
されていると思われる。また赤銅板の上には、金を用
ほう
(e) 袖、袍 <写真29,30,33>
いた平象嵌と鋤彫りによって菱形紋がそれぞれ表現さ
袖は、素銅を用いた鍛金技法で作られていると思わ
れていると思われる。
れる。袖の花紋は、純金、純銀、四分一、黒四分一、
すねあて
ふ が け
し か い
白四分一等を用いた肉象嵌で表現されていると思われ
(h) 脛 当、踏 懸、糸 鞋 <写真32,35,36>
る。袍は、素銅を用いた鍛金技法で作られていると思
脛当ては、金銷しと銀銷し*23 が施され、さらに飾り
われる。袍の花紋は、純金、青金、赤銅、純銀、黒四
金具部分には赤銅リベットが用いられていると思われ
分一、四分一を用いた肉象嵌で表現されていると思わ
る。踏懸(脚部に着ける脚絆のようなもの)は、素銅
れる。ただし、後方に垂れた袍の裏面の花紋は、平象
を用いた鍛金技法で作られ、その上に純金の平象嵌が
嵌と毛彫りによって雲紋を表現していると思われる。
施されていると思われる。足首に巻いた紐は、素銅で
た
ち
さや
やな
ぐ
い
作られていると思われる。糸鞋は、朧銀を用いた鋳造
(f) 太刀、鞘、胡ぐい(弓の矢箱)<写真
技法で作られ、鏨によって網目が表現されていると思
24,30,31>
われる。
太刀は銀、鞘は赤銅を用いた鍛金技法で作られてい
ると思われる。鞘の表面には、純金の平象嵌がなさ
れ、その平象嵌の周囲全体に石目打ち*22 した後、金
銷しと研ぎ出しが施されていると思われる。鞘の金具
3.2.4 蘭陵王と太平楽の彫金技法と色金材料
表1 彫り、打ち込み技法と使用部分(次頁に続く)
は、純金張りによって作られた後、鞘本体などと接合
彫金技法名
されていると思われる。胡ぐいは、四分一で作られた
毛彫り
蘭陵王
太平楽
・髪の毛
・肩喰の鱗
上に純金、銅、白四分一を平象嵌、金銷し、金メッキ
・眉毛
・帯喰の獣面の鱗
が施されていると思われる。矢は、純金張りと思われ
・紐の房
・袍の裏面の雲
る。胡ぐいを保持する紐は、赤銅で作られていると思
・裲襠の房
・太刀の鞘の金具唐
われる。弓を取り付けるリベット用と思われる穴が2
・面の龍の顔の鱗
草模様
箇所見受けられた。
・面の龍の髪の毛
・魚袋の鱗
・裲襠の金象嵌の
・兜の表面
よろい
おび
たれひらお
おびくい
(g) 鎧、帯、垂平緒、帯 喰(帯のバックルの位置にあ
る獣 頭 飾り)<写真24,27,28,31,32,34>
鎧の縁には、四分一が取り付けられていると思われ
龍の一部
・糸鞋の裏底の銘
銘文
る。素銅で作られた鎧の下地の上には、赤銅によって
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
97
表1 彫り、打ち込み技法と使用部分(前頁の続き)
彫金技法名
打ち込み
蘭陵王
太平楽
・紐全体
・垂平緒の全体模様
・袍の雲、模様
・裲襠、龍全体、
表3 色金材料と使用部分
色金材料
・兜
・鎧の紐と緑の織目
・牟子
・鎧
・糸鞋の全体表現
・裲襠
・肩喰
・太刀の鞘の金具唐
・袍
・肩の赤銅部分
・面の髪の毛、
・帯全体
・金棒(バチ)
・袍
その他全体
・紐全体
・ベルト
・籠手
・糸鞋全体の表現
鋤彫り
・太刀の鞘
・鎧の下の平らな部分
・袴
・兜
・魚袋の銅の部分
・踏懸
表2 象嵌技法と使用部分
彫金技法名
平象嵌
青金
蘭陵王
・兜の表面と裏面
(青金)
・肩当の銅部分
・面の龍の眼球
・肩当の四分一部分
・人物の顔の眼球
・肩喰の眉毛
・牟子
・肩の赤銅部分
・面の龍の羽根
・裲襠
・袍 赤銅
・魚袋の銅部分
・籠手の銅部分
・帯喰の髪の毛
・帯喰の眉毛
・帯喰の眼球
・髪の毛
・兜の裏面 ・眉毛
・表の玉
・眼球
・肩
・裲襠
・鎧のリベット玉
・袍の紋 表裏
・肩当眼球
・面全体と眼球
・鎧の下の部分
・顎(あご)
・袍の表裏の紋様
・右腕の紋様
・胡ぐいのベルト
・太刀の鞘と金具
・帯喰の眼の側
・籠手の金具留め玉
・太刀の鞘
・垂平緒
・袴
・帯喰の眼玉
・足の踏懸
・袍の裏面
・魚袋の鰭
・鎧の下の平らな部分
・胡ぐい
・顔の眉毛
・兜
・紐と房
・鎧の緑
・裲襠の雲と龍
・袍
・袖の左右
・袖
・袴雲くずし全体
・肩の龍と牙と角
・糸鞋
・魚袋の牙
・袍
・鈴の紐
・鎧の飾金具
・手の甲の部分
・糸鞋の菱紋
98
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
・袍
・牟子
太平楽
・面の龍の羽根
・袍の裏面
高肉象嵌
太平楽
・面
雲全体
純金
蘭陵王
純銀
・面の上の龍の眼
・兜の表面
・球と牙
・肩喰の牙
・人物の眼
・帯喰の眼玉
・襟
・帯
・裲襠の房と龍の
・魚袋の牙と鱗
周りの円
・袍の表裏の紋様
・糸鞋
・糸鞋の菱紋
・襟
3.3 鍛金・鋳金の調査報告
表4 色金材料と使用部分
色金材料
朧銀
蘭陵王
太平楽
・面の龍と羽根全体 ・顔と両腕と両手
・人物の顔と両手
・両肩の肩喰
・糸鞋の裏底面
・袴両方
・糸鞋
・帯喰全体
・肩当
白四分一
・裲襠の雲
・兜の表面
・袍の紋様
・胡ぐい全体
・袴の雲や水
・鎧部分
・袴の水
・胡ぐい
・袍の裏面
黒四分一
素銅
・裲襠の雲
・袍の紋様の一部
・袴の雲
・糸鞋全体
・袍全体
・肩当
・紐の房
・紐の房
・糸鞋の下の廻り
・魚袋の上部全体
部分
・袖
・袴の下の絞った
・袍全体
部分
火銅
・面の龍の舌
・牟子全体
・裲襠
3.3.1 鍛金技法を用いたと推測できる現象
鍛金技法は、主に金鎚や当て金と呼ばれる道具など
を用いて金属を叩き、さまざまな形体に加工成形する
技法を指す。鍛造と呼ばれることもある。
鍛金技法で作品を作るときの地金の厚みは、1㎜前
・魚袋
四分一
ペルトネン純子
・肩喰の口の中と
眼の廻り
・帯喰の口の中と
・袴全体
眼の廻り口に
・紐
くわえた板
・紐
後の場合が多い。できる限り少ない材料を最大限に活
かしながら制作できるように、打ち方に工夫が凝らせ
るためである。それによって、できる限り繋ぎ目の無
い状態と軽量化を図ることができる。しかし鍛金作品
の表面に象嵌や彫りを行なう場合、地金の厚みが1㎜前
後では加飾加工を行う際に変形や破損の恐れがある。
そのため象嵌や彫りを行なう場合に用いる地金の厚み
は、通常1.2㎜以上を用いる。
鍛金の成形は、地金を叩いておこなうため中空状態
や支えのない状態ではあまり行なわず、地金を支える
台(金属、木、砂を詰めた袋)などの上で作業を行
う。その作業の後には、必ず叩いた跡が残る。たとえ
柔らかい台の上でも金鎚で叩けば、地金の表面に顕著
な叩き跡が残る。木槌で叩けば、金槌とは異なり、地
金の表面に輪郭が明瞭ではない叩き跡が残る。また、
叩き加工の後に鑢や砥石などで表面を研磨すると、叩
き跡は地金の表面から全て失われるため、鍛金技法が
施されたかどうかの判断は難しくなる。しかし地金の
裏面を観察すれば、そこに叩き跡(鎚目)を見つける
ことができる。
3.3.2 鋳金技法を用いたと推測できる現象
・籠手
三船温尚
鋳金技法は、主に原形を蝋や木型または石膏などで
表5 金銷し、銀銷し、金メッキの使用部分
蘭陵王
金銷し
・面の龍の顔
作り、その原型を用いて鋳型を作り、その鋳型の中に
太平楽
・肩喰
・帯喰
・帯喰の口に
くわえた板の縁
・足の金具
・籠手の金具
銀銷し
・脛当
金メッキ
・鎧金具全体
・兜の金具類
金張り
・面の顔全体
・太刀の金具類
・バチ
・兜の金具類
溶解した金属を流し込み、原型通りに金属で表現する
技法を指す。
鋳金技法を用いた場合は、鍛金技法を用いたものよ
りも厚くなることが多い。目的の形に応じた鋳型を作
り、そこに溶けた金属を流し込むには、3㎜程度の隙間
が必要となるからで、作品を重たく作るために、鋳金
技法を用いて作品を作ることがある。
鋳金作品は一般的に重いが、鋳造後に作品表面ある
いは裏面を削ることにより軽量化できるため、鋳金技
法で作られていても軽い場合もある。削り出す過程で
内部にある気泡や亀裂などが露出することもあり、鋳
型に流し込まれた金属の質が良好であることが望まし
い。制作途中で見つけられた気泡や亀裂は、象嵌など
によって共金(同じ成分の金属)を埋め込み修理され
るが、時間の経過によって修理箇所が変色することが
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
99
ある。
・右手に持つ棒は、ねじで手に固定される仕組みに
非常に細かく入り組んだ複雑な形状や、同じ模様を
なっている。1543 年種子島に漂着したポルトガル
作るときに利用される原型材料に蝋がある。蝋によっ
人によって火縄銃が伝来し、その模作が行なわれ、
て作られた原型が金属に鋳造されたとき、鏨、鑢、キ
その過程で、ねじの製造に成功していると推測でき
サゲなどの道具によって切削や研磨を行なうが、入り
る。また 1549 年に来日した宣教師フランシスコ・
組んだ形の奥には道具が届かず、そのまま鋳肌やバリ
ザビエルが、機械時計を日本に持ち込み、そのと
が残される場合がある。
きに締結用ねじが伝わったと言われている。さらに
鋳造製品は研磨直後には一見緻密な鏡面にみえる
1760 年代のイギリスに始まった産業革命が進むに
が、凝固時のガスが気泡となって内部に残ることや、
つれて、ボルト・ナット類の需要が高まり、1882
凝固収縮で鋳引け鬆(す)が内部に発生することなど
年及び 1885 年にはイギリス規格のねじ、1868 年
から、微小な空孔が表面に点在することが多い。この
にはアメリカ規格のねじが誕生した。1890 年に日
ため鋳造製品は、金属をたたいて表面を緻密にする鍛
本で制作されたこの蘭陵王にねじの使用がされてい
金製品に比べ、この空孔が原因となって表面が曇った
てもおかしいことではない 4)。
状態になりやすい。
(b) 太平楽置物
3.3.3 海野勝珉作品の鍛金、鋳金技法
ペルトネン純子
(a) 蘭陵王置物 ・蘭陵王置物の重量、手に持ったときの感覚から、中
・太平楽置物は、めっき加工が多く施されている。日
本で古来より行われてきためっき方法は、「金アマ
ルガム法」(金銷し法)と呼ばれるもので、太平楽
置物に多く施されている電気めっき法とは異なる。
身が空洞状態であると判断できる。また3.2.1の
金アマルガム法を用いたと思われる品で現在最も古
内容を踏まえると、表面に多くの象嵌が施されてい
いとされているのは、弥生時代のものと考えられて
るため、使われている地金に厚みがあることは容易
いる 5)。この金アマルガム法は、金銅仏の制作が盛
に想像がつく。こうしたことから、厚みのある地金
んであった 7 世紀には、かなり習熟されていたと考
を叩き出す鍛金技法とヤニ出しなどによって、おも
えられている。電気めっき法については、薩摩藩が
な成形が行われたと思われる箇所は、龍飾りを除い
電気めっきの端緒を開いたようで、1864 年には電
た面、房飾りを除いた裲襠、袍、袴、糸鞋である。
鋳法による活字母型が作製され、欧文活字の製作に
ほとんど全ての箇所に鎚目(金鎚等で叩いた跡)を
成功している。そして 1860 年、蘭学者中口孟行に
見受けることはできないが、糸鞋の底の板の歪み具
よって、日本で最初に独立した電気めっき書『瓦爾
合は、若干薄めの板を叩いて成形したような歪みが
華尼渡金略説』が作られた。この書は従来の金アマ
生じている。また袴の裾には、小さな穴があり、成
ルガム法に変わるめっき法を、「マガセイン」の記
形時に生じたものと考えられる。
事を翻訳して専門的知識を得、著者が試みた実験結
果も加えて記述している。また遣欧使節団が欧米に
・面の顎は、面の本体と接合されておらず、紐によっ
派遣される中で、1862 年 3 月 20 日、パリの条の
て面の本体につながっている。顎の形態は御椀形で
中に、電気めっき工場を見学した記録が残されてい
打ち出しによって成形されたと思われる。その御椀
る 6)。先見の明をもって西洋諸国を巡る役割を持っ
形の底面中心に開いている穴の断面を観察すると厚
た人たちが、電気めっき工場を訪問するということ
みは 0.3 ㎜程度であるのに対して、周縁部の厚みは
は、その後の日本において発展させるべき技術とし
1 ㎜程度で厚い。中心部が薄く周縁部が厚いという
て興味を持っていたのではないかと考えられる。そ
状態は、鎚起と呼ばれる鍛金技法によってできる状
して明治時代の産業史のなかで電気めっき法は大い
態とよく似ている。鎚起は、鍛金技法の中で最も基
に発展したと思われる 5)。
本的な技術で、かなり古い時代から行われてきたと
考えられる。また鎚起以外の鍛金技法は、地域性が
3.4 海野勝珉作品の組み立てと着色
ペルトネン純子
あり、工程や道具などに微妙な違いがあるが、鎚起
技術は少ない道具と材料で強度のある形を手に入れ
3.4.1 着色 ることができるため、アジア、ヨーロッパ、中米など、
本調査の海野勝珉作品は、「煮色着色」あるいは
多くの国で見受けることが出来る。
「煮込み着色」と呼ばれる方法で着色されている。煮
色着色は、装飾用の色金として発明された赤銅や四分
100
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
一を着色する方法で、主に美術・工芸の分野で利用さ
る。そのため、鍛金や鋳金技法で作られた部品を一度
れている。煮色着色法に用いる煮汁の組成は、銅合金
組み合わせて、その後、ばらして象嵌加飾を施し再び
の種類、求める色調などによってそれぞれ配合が異な
組み立てたと推測できる。① 部品を大まかに作り全て
るが、純銅の煮色溶液には、次のような組成のものが
を仮合わせし組み立てる、②それをばらして加飾し研
標準液として多く用いられている。<硫酸銅3.2g、緑
磨する、③ 着色する、という手順が推測できる。
青3.2g、水1ℓ>7)
このような手順の場合、部品の固定方法が重要な問
煮色着色には、着色前の処理が特に重要で、炭研
題になる。固定方法としては、リベットの打ち込みに
ぎ、微粉研磨剤などにより作品全体の脱脂を完全にお
よる固定、もしくは差し込んで抜けない仕組みによる
こない、液の中に浸けこんで煮込むと非常に緻密で美
固定。鑞付け、半田付け、ねじ止めがある。これらの
しい酸化皮膜が得られる。着色の色調は煮込み時間が
方法の中で鑞付けは、高温で加熱する必要があり、そ
長いほど濃くなるが、実際には1時間前後の煮込みが適
れによる変色及び金属の軟化が生じるため、煮色着色
当とされている。標準液で約1時間煮込んだ場合は、純
後にこの固定方法が用いられることはない。半田付け
銅の煮色皮膜は、赤茶色になる。
は、あまり強度が得られないだけでなく、高温ではな
いが加熱するため、煮色着色後に用いられることはな
3.4.2 推測される着色手順
い。リベットの接合時には、加熱の必要はないので、
本調査の海野勝珉作品は、観察できる範囲の全ての
着色後に組み立てができる。しかしリベットを固定す
深く狭い部分が美しく着色されている。煮色着色は非
るには、裏側もしくは内側でリベットに当て金を当て
常に繊細な着色方法で、同じ時間に同じ液で着色を
なければならない。あるいはリベットを事前に奥の部
行っても、脱脂の状態によっては異なる色を呈するこ
品に鑞付けしておく方法もあるが、この場合は被せる
とがある。その点から考えると、海野勝珉作品は、同
部品に通るリベットは全て平行でなければならない。
じ時間に同じ液で更に均一な脱脂を行っていたと考え
部品を組み立てるときに内部に道具が入れば、煮色着
られる。しかし全ての部品を組み立てた後では、均一
色後にリベットによる組み立て固定は可能である。ね
な研ぎや脱脂を行うことは難しく、色むらの原因にな
じを締める場合、加熱の必要はないので、着色後に組
る。この点を考えると、2つの着色手順が考えられる。
み立てることができる。またリベットのように裏側に
一つは、部品ごとに研ぎと脱脂を行い、すばやく組み
支えを必要としない。ねじは固定後、ねじの頭を象嵌
立てた後に着色する方法である。もう一つは、部品ご
で隠せば表面からは分からなくなる。着色後であって
とに着色した後、組み立てる方法である。確実に着色
も研磨して光沢をだす部分であれば問題は無い。
をおこない、それを確認して組み立てる方法としては
部品の固定方法は、最初の段階もしくは道具が入り
後者が適した方法といえる。
やすい状態のときはリベットによる固定が行われ、そ
のあとねじや差込方法が用いられたと考えられる。着
3.4.3 推測される成形時の工夫
色後に組み立てる部品はなるべく少数のほうが望まし
作品全体のバランスを検討する際、床と接する両足
いが、着色の前に研磨できることを条件に部品数が決
と袍の着地点が重要視されたということは容易に想像
められたと考えられる。
がつく。頭部の位置や大きさも、かなり注意深く検討
されたのであろう。特に蘭陵王では右足から頭部、太
3.4.5 推測される部品の組み立て方
平楽では左足から頭部につながる人体としてのバラン
正確な組み立て手順の解明には、エックス線調査な
スをとるために、心棒を作り、その軸につなげるよう
どの調査機器を用いて、表面から観察できない内部の
に反対側の足の位置、袍の位置を決定していったので
構造や部品の確認が不可欠であるが、今回の調査で推
はないかと考えられる。もちろん軸がない状態で制作
測できた方法は以下のとおりである。
された可能性も十分考えられるが、足の位置、頭の位
(a) 蘭陵王置物
置を決めるには軸があったほうが便利であろう。
着色前の組み立て
次に記したものは、着色を行う前までに完成させて
3.4.4 推測される部品の固定方法
あったパーツの予測である。部品は、大きく分けると
部品を組み立てる段階での形の調整は、象嵌を施す
上パーツと下パーツに分けられ、その上下のパーツを
前に行なわれたと考えられる。これらの作品の全体に
組み合わせていけば完成される。
は多くの象嵌が施されているため、象嵌後に大きな形
(上パーツ)
の修正を加えると象嵌が外れる可能性があるからであ
・裲襠前面、裲襠背面の帯より上の部分、両袖、両手、
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
101
頭、これらを鑞付け・リベット止め・ねじ止めなど
で接合。
・頭部と衿と肩喰を接合。
*そのほか全ての装飾品の取り付け
・頭巾
・面
4.まとめ
・帯
宮内庁三の丸尚蔵館において保管されている本調査
(下パーツ)
の蘭陵王置物と太平楽置物は、通常では熟覧許可され
・左右 1 本ずつ離れた状態の袴(袴の裾のひだと糸鞋
ない対象であったが、特例として許可が下り、1日とい
は、別パーツ)
。
う短い時間ではあったが調査を行うことができた。こ
・袍前面下部。
れまで宮内庁関係者以外の者が熟覧することができな
・袍背面下部。
かったため、本稿に掲載している写真は、これまでど
・裲襠背面下部。
こにも発表されたことがない写真がほとんどである。
着色後の組み立て
将来的に再度、熟覧許可が出される可能性は大変少な
・左右 1 本ずつの袴、袴の裾のひだと糸鞋、この 2 つ
いと思われる。そのような状況の中で、本研究は大変
のパーツをねじ止め。
貴重な調査であったといえる。しかし外見からの観察
・左右の袴をねじ止め。
だけでは、制作方法の特定は困難であり、あらためて
・一体化した袴、袍前面下部、この 2 つのパーツをネ
先人の知恵を思い知らされた。できることならば、引
ジ止め。
・一体化した袴と袍前面下部、袍背面下部、この 2 つ
のパーツをねじ止め。
・一体化した袴と袍前面下部と袍背面下部、裲襠背面
き続きエックス線による調査を行い、内部の構造など
についての考察を試みたいと切に願っている。そし
て、これからの金属工芸品制作に役立つ歴史研究およ
び技法研究を続けていきたいと考えている。
下部、この 2 つのパーツをねじ止め。ねじの頭を象
嵌で埋める。→下パーツの完成。
・下パーツに上パーツを乗せ、上パーツの裲襠前面下
附記
ペルトネン純子
部、下パーツの袍前面下部とをねじ止め。ねじの頭
を象嵌で埋める。帯を背面に接合。
・頭巾は、はめ込むと抜けなくなる細工が施されてい
ると考えられるため、一番最後に本体と合体。
海野勝珉作品に関係する可能性のある石膏像調査に
ついて
平成18年4月10日、東京藝術大学にて保管されてい
・抜頭を右手にねじ止め。
る石膏で作られた像の調査を行った。これらの像は、
・面を紐で、頭に固定。
海野勝珉作品に関係する可能性が高いという話を東京
藝術大学、飯野一郎教授に伺った *24 。そのため本論
(b) 太平楽置物
のまとめを行った段階ではあったが、本論にとって重
足から肩のところまで、一つの鋳物でできており、
要な調査になると判断し、急遽調査を行ったものであ
その鋳物に直接、リベットやねじなどで各パーツを取
る。
り付けることができると考えられる。そのため、ほぼ
石膏で作られた像は、木製の棚に保管され、3つの
全てのパーツが着色された後に、ねじなどによって取
引き出しに仕分けされている。それぞれの引き出しに
り付けが行われたと考えられる。
は、人形①、人形②、人形③という仕分けシールが張
<前面から取り付け>
られている。本項は、その仕分けシールごとに調査結
・袴に袍前面を接合。
果を報告する。
・袴、袍前面が一体化したものに、鎧前面を接合。
・袴、袍、鎧が一体化したものに、帯、平緒、帯喰を接合。
<背面から取り付け>
1.各像に関する調査内容
1.1 人形 ① <写真37>
・袴に袍背面を接合。
この引き出しに保管されている部品数は、6品。頭
・袴、袍背面が一体化したものに、鎧背面を接合。
部、袍(1)、袍(2)、袴、羽飾りと思われるもの(1)∼
・背面にある各装飾品を接合。
(2)。頭部、袍(1)と(2)、袴の4部品を組み立てた石膏像
<両脇から取り付け>
・両腕となる各パーツを接合。
<上方から取り付け>
102
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
の高さは、19.5cm。頭部のみの高さは、5.5cm。袴だ
けでは立たせることができず、袍(2)と袴を合体させ
ると、支え無しで立たせることが可能。石膏部品の色
は、頭部のみが茶色、その他の部品は石膏の白さが残
左手は内側の袖を掴むようにした表現。袍(2)は、像の
る。各部品との磨り合わせ箇所は、凹凸なくきれいに
左足後方に垂れ下がり、さらに左側向かって垂れ下が
作られている。
る。また袍(2)の床に設置する部分の石膏が破損してお
頭部は、首に衿がついた状態。顔は正面を向き、ふ
り、中に入っている針金(太さ約1.5㎜)が見える。
くよかな輪郭。頭頂部付近に、水平に走る線が見られ
袴には、鉛筆で下書きしたような跡、朱色の絵の具
る。頭髪の状態も作られている。
と思われるもので彩色した蝶と花が描かれている。袴
袍(1)(2)には、鉛筆で下書きしたような跡も見られる
前方の磨り合わせ箇所には、「銀」と「○」(丸印)
が、主に朱色の絵の具と思われるもので彩色された
が記されている<写真39>。形体は、左足で立脚し、
鳥・丸印が描かれている。磨り合わせ箇所などに、記
右足を右方向に広げるように出し、右足かかとを地面
号などは記されていない。袍(1)の両袖の形体は、両脇
に着地させ、つま先は上を向いている。
に大きく腕を広げた表現。両手とも作られていない。
右手、左手の部品は、それぞれ親指のみが他の指か
袍(2)は、像の後ろへとほぼまっすぐに垂れ下がる表現
ら離れた状態で表現。手首の磨り合わせ箇所には、
がされている。
「×」と記されている。
袴の紋様は、袍(1)の内容と同様。磨り合わせ箇所な
房と思われるもの(1)∼(3)は、鉛筆のみで紋様が描か
どに、記号などは記されていない。袴の表現は、膝下
れているもの、緑色などの彩色がされているもの、茶
で終わり、脛当てをしているかの表現。両膝から両足
褐色になっているものとがある。
首上の部位に装飾はないが、両足の甲から両つま先に
羽飾りと思われるもの(1)∼(5)は、朱色、青色、緑
かけて、糸鞋を履いているような表現がされている。
色、茶色に彩色された羽紋様が描かれているものと、
全体の形体は、右足で立脚し、左足を後方に出し、左
何も描かれていないものとがある。
足つま先が地面に着地し、左足かかとは地面に付いて
その他(1)は、緑色と茶色と黒色で彩色された紋様の
いない。
表現がされている。
羽飾りと思われるもの(1)∼(2)は、朱色、緑色、茶色
で彩色された鳥の羽のような紋様が表現されているも
1.3 人形 ③
のと、何も描かれていないものとがある。
この引き出しには、紙で上下に仕切られて2つの石膏
部品が保管されていた。
1.2 人形 ② <写真38>
人形 ③上段 <写真40,41>
この引き出しの保管されている部品数は、15品。頭
この引き出しの上段に保管されている部品数は、4
部、袍(1)、袍(2)、袴、右手、左手、房と思われるもの
品。頭部、袍(1)、袍(2)、袴。頭部、袍(1)と(2)、袴の4
(1)∼(3)、羽飾りと思われるもの(1)∼(5)、その他(1)。
部品を組み合わせた石膏像の高さは、19.5cm。頭部の
頭部、袍(1)と(2)、袴の4部品を組み合わせた石膏像の
みの高さは、5.5cm。袴の1品のみで、支え無しで立つ
高さは、19.5cm。頭部のみの高さは、5.5cm。袴の1
ことができる。ただし、袍(2)と袴の磨り合わせはぴっ
品のみで、支え無しで立つことができる。石膏部品の
たりと合体するが、袍(2)を袴にきちんと沿わせるとバ
色は、頭部・右手・左手・房と思われるもの(彩色あ
ランスが崩れ倒れる。石膏部品の色は、頭部のみが茶
りのもの)が茶色、房と思われるもののうち1つだけ、
色、その他の部品は石膏の白さが残る。各部品との磨
黒褐色のものがある。その他の部品は石膏の白さが残
り合わせ箇所は、凹凸なくきれいに作られている。
る。各部品との磨り合わせ箇所は、凹凸なくきれいに
頭部は、首に衿がついた状態。顔は正面を向き、ふ
作られている。
くよかな輪郭。頭頂部付近に、水平に走る線が見られ
頭部は、首に衿がついた状態。顔は、左方向に向
る。頭髪の状態も作られている。
き、ふくよかな輪郭。頭頂部付近に、水平に走る線が
袍(1)(2)には、鉛筆で下書きしたような跡も見られ
見られる。頭髪の状態も作られている。
るが、主に朱色の絵の具と思われるもので彩色された
袍(1)(2)には、鉛筆で下書きしたような跡、朱色の
鳥・丸印が描かれている。袍(1)と(2)の磨り合わせ箇
絵の具と思われるもので彩色した蝶・花、青色の絵の
所には、「アカ」と記されている。袍(1)の両袖の形体
具で彩色したと思われる蝶・丸印が描かれている。袍
は、両脇に大きく腕を広げた表現。両手とも作られて
(1)(2)の磨り合わせ箇所には、「四分一」と「○」(丸
いない。袍(2)は、像の後ろへとほぼまっすぐに垂れ下
印)が記されている。袍(1)の右袖の形体は前方内側に
がる表現がされている。袍(2)の床に設置する部分の石
肘から折り曲げた表現。右手は棒状のものを握ってい
膏が破損しており、中に入っている針金(太さ約1.5
る表現。左袖の形体は左横方向に腕を伸ばした表現。
㎜)が見える。
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
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袴の紋様は、鉛筆で下書きしたような跡も見られ
袍
るが、主に朱色の絵の具と思われるもので彩色され
石膏で作られた各像の袍と蘭陵王置物・太平楽置物
た鳥・丸印が描かれている。磨り合わせ箇所には、
との共通点は、人物前面に垂れる袍の長さ、人物背面
「銀」と記されている。袴の表現は、膝下で終わり、
に垂れる袍の長さと思われる。また花の紋様も、似て
脛当てをしている表現。両膝から両足首上の部位に装
いる。しかし蘭陵王置物・太平楽置物の袖は、着物の
飾はないが、足首付近に脛当ての紐のような表現がさ
ような長い袖ではない。
れている。両足の甲から両つま先にかけて、糸鞋を履
腕の動作は、各像と蘭陵王置物・太平楽置物とは
いているような表現がされている。全体の形体は、右
まったく異なる動きをしている。人形②と人形③の右
足で立脚し、左足を後方に出し、左足つま先が地面に
手に作られた凹みの様子は、蘭陵王置物の右手の向き
着地し、左足かかとは地面に付いていない。
とは異なるものの、よく似ている。
人形 ③ 下段<写真42>
袴
この引き出しの下段に保管されている部品数は、
人形①と人形③上段の袴、特に人形③上段の表現
3品。袍(1)、袍(2)、袴。袍(1)と(2)、袴の4部品を組
は、脛当てと糸鞋と思われる表現もされており、太平
み合わせた石膏像の高さは、14cm。頭部のみの高さ
楽置物の袴の表現と似ている。しかし袴の紋様、脛当
は、5.5cm。袴の1品のみで、支え無しで立つことがで
ての紋様などの表現が合致しないだけでなく、踏懸の
きる。石膏部品の色は、全ての部品に石膏の白さが残
表現が人形①と人形③上段にはない。
る。各部品との磨り合わせ箇所は、凹凸なくきれいに
人形②と人形③下段の袴の表現は、足首まである袴
作られている。
と糸鞋の表現は、蘭陵王置物の袴の表現と似ている。
袍(1)(2)には、鉛筆で下書きしたような跡、朱色の絵
しかし蘭陵王置物に見られる袴の紋様、袴の裾のひだ
の具と思われるもので彩色した蝶・花、青色の絵の具
の表現が、人形②と人形③下段にはない。
で彩色したと思われる蝶・丸印、墨色で蝶・丸印が表現
されている。袍(1)(2)の磨り合わせ箇所には、「二」と
組み立て
が記されている。袍(1)の右袖の形体は前方内側に肘か
石膏像からでは、加飾に関する技法の推測をするこ
ら折り曲げた表現。右手は棒状のものを握っている表
とは困難だが、人形を組み立て上げる方法は、石膏像
現。左袖の形体は左横方向に腕を伸ばした表現。左手
を実際に組み立て上げることで判断できる。いずれの
は内側の袖を掴むようにした表現。袍(2)は、像の左足
石膏像も、袴と袍を重ね合わせ頭部を乗せることで、
後方に垂れ下がり、さらに左側に向かって垂れ下がる。
組み立て上げることができる。衣服の形体に合わせて
袴には、鉛筆で下書きしたような跡、朱色の絵の具
各パーツの接合面が決められており、各パーツを合体
と思われるもので彩色した蝶・花が描かれている。袴
すると接合面がどこにあるのかは判断しにくくなる。
後方の磨り合わせ箇所には、「二」が記されている。
このような組み立て方法は、3.4.5の項で推測
形体は、左足で立脚し、右足を右方向に広げるように
した、特に蘭陵王置物の組み立て方法と似ている。着
出し、右足かかとを地面に着地させ、つま先は上を向
色を行う前までに完成させてあったと思われるパーツ
いている。
の予測は、上下2つ。それらを着色後に組み合わせて固
定するというものである。
2.各像と蘭陵王・太平楽との比較
石膏像のパーツは、頭部、袍、袴の3つであるが、
頭部
頭部と袴が一体化していると考えれば、蘭陵王置物の
石膏で作られた各像の顔の表現は、蘭陵王置物、太
着色前のパーツ予測とよく似ている。各パーツが分か
平楽置物の表現とも異なっている。特に太平楽置物と
れる部分の予測もよく似ている。つまり実際に本調査
の違いは歴然である。蘭陵王置物と各像は、日本人形
の石膏像が、海野勝珉作であるかどうかはわからな
のような表現方法のため似た感じもするが、頭髪の流
いが、どこで各パーツを接合するかという推測にとっ
れ方、眉の表現、目の表現、耳の表現などは、特に違
て、大変参考になる石膏像であると考えられる。さら
いがある。
に、このような石膏像を用いることで、接合面の具体
各像の頭部には、首の下のほうに作られた衿があ
的な検討だけでなく、いつ、どの時期に、どのような
る。この点は、太平楽置物の頭部の構造予測と近いの
加飾が行えるかの検討ができたのではないかと考えら
ではないかと考えられる。
れる。
104
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
3.まとめ
う
ち
だ
し
*7 打ち出し 金属板の裏面から表面に打ち出し、脂
本調査によって、石膏で作られた像のいずれにも、
台(やにだい)に付けて裏面又は表面から鏨で形
を整えていく技法。
制作者、使用目的、制作年代などを記したものは見つ
おぼろぎん
からなかった。これらの情報がない以上、学術的な証
*8 朧 銀 銅90%以上と銀10%以下の合金。渋味を
明のない石膏像といえるのかもしれない。しかし、東
強調し落ち着かせた色合いをもつ合金で、いろい
ろな配合の種類がある。
京藝術大学の彫金専攻教官室で長い間保管され、明治
期の彫金家海野勝珉に関係する石膏像と伝承されてき
あおきん
*9 青金 純金に銀を合金すると青金になる。22K、
20K、18K、16K、14Kといろいろある。
ていることは、見過ごせない事実であると考える。そ
のため4体の石膏像を観察し、海野勝珉作品との相違点
ひらぞうがん
*10 平 象嵌 生地の上に金属板や線を嵌め込む技法
を調査できたことは、大変貴重であった。
で、象嵌する形状を生地の目的個所に写し、その
蘭陵王置物と太平楽置物に直接関係する石膏像であ
跡をなぞって細い線彫りをする。線彫りの跡を鏨
るかどうかはわからないが、同等の技術を用いて類似
で蹴り上げ「アリ」を作り、その内側に象嵌する
した置物制作の準備をしていたのではないかと考えら
紋金(もんがね:嵌めこむ金属)の厚さに見合う
れる。また,蘭陵王と太平楽に直接関わる石膏像が
だけ掘り下げ、紋金を入れて均し鏨で打ち込み、
あったのではないだろうかという疑問が残る。今後も
ヤスリやキサゲ等にて仕上げ表面を平にする技
引き続き,海野勝珉が関わったと思われる石膏像や石
法。
膏で作られた模型などの調査を行っていく必要がある
し ぶ い ち
*11 四 分一 一般的には銅75%・銀25%の合金で、
と考えている。
灰色がかった渋い色調が出る。銅85%∼60%・銀
15%∼40%の合金も総称して四分一と呼ぶ。
最後となりましたが,本調査にご協力いただいた多
ひどう
*12 火銅 煮込み着色をすると真赤な朱色になる特殊
くの方々,特に宮内庁三の丸尚蔵館関係者の方々,な
な銅で、成分は分かっていない。現在では復元で
らびに東京藝術大学美術学部工芸科彫金研究室の飯野
きない。
すどう
一郎教授,堀口光彦教授,彫金研究室の関係者の方々
*13 素銅 純銅のこと。
に深くお礼を申し上げます。
*14 黒 四分一 黒朧銀とも言う。銅75%・銀25%の
くろしぶいち
四分一に純金を1%∼2%合金する場合や、四分一
に赤銅を合金する場合がある。
注釈
*1
にくぞうがん
き ん け し
*15 肉象嵌 生地を一段彫り下げた所に他の紋金を嵌
金銷し 水銀に金を溶かし和紙で水銀をしぼり出
め込み、模様が生地より高くなる方法で表現する
し、余分な水銀を漉す。和紙の中に残った「金ア
技法。
う
ち
こ
み
マルガム」を乳鉢でよく摺り、作品に梅酢や硝
*16 打ち込み 作品の裏に脂を付け、均し鏨で打ち込
酸水銀を筆で塗って金アマルガムを付ける。その
みながら鏨をずらし窪みを模様に表現する技法。
後、焼き上げると水銀が蒸発し金だけが作品表面
*17 銀色に輝く裲襠の房は、複雑で細密な形状から
に残る。これによって表面が金色になる。
蝋型鋳造品にように見えるが、細部を鏨による彫
*2 煮 込 着 色 硫酸銅と炭酸銅(緑青)を湯に溶か
りくずしで形作ったと考えればどのような方法で
し、その中に作品を入れて煮込む着色技法。金属
作ったか判断できない。明らかに鋳造品である顔
の純度や合金材料によって色々な色彩が表現でき
や手に比べ、房の色に曇りやくすみがなく、鋳造
る。
品ではない可能性もある。あるいは大まかに鋳造
にこみちゃくしょく
しゃくどう
*3 赤 銅 銅95%・金5%を五分差しという。他に4
したものを叩きしめながら形作ったものかもしれ
ない。
分差し、3分差しといろいろあるが、勝珉作品に
は五分差しが多い。
じゅんきん
と
ぎ
き
り ぞうがん
*18 研ぎ切り象嵌 一段彫り下げたあと、縁の盛り上
*4 純 金 金99.999%以上をいう。
がったアリを鏨で内側に叩いて曲げ、さらに平滑
*5 銀鑞 銀と亜鉛などの合金材料で、作品より早く
に研ぎ上げて表面を仕上げた状態にする。その後
溶け本体を接合する材料。早鑞、遅鑞など種類は
で紋金を肉象嵌するため、象嵌後に紋金の縁を打
いろいろある。
ち込まなくても良い。そのために仕上がりは大
ぎんろう
き ん ば り
*6 金張り 銅、銀、赤銅、四分一等の材料に薄い純
変綺麗に出来上がる。蘭陵王の肉象嵌の技法は、
金板を鑞付けにて取り付け、厚い純金板に見せる
アリを鏨で内側に叩いて曲げた後、研がないで紋
技法。
金を象嵌する方法であり、一般的な「研ぎ切り象
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
105
嵌」とはやや異なる。本体の仕上げが鏨で打って
7. 今 淵 純 子 、 横 田 勝 『 金 属 工 芸 に お け る 表 面
均してあるために、それに合わせることからこの
着色』表面技術協会、表面技術Vol.51 No.10
ように研がない「研ぎ切り象嵌」方法を用いてい
pp.18-24、2000年)
る。
け
ぼ
り
*19 毛彫り 金属の表面に毛髪を表現するときや、毛
のような細い線を彫る技法。
しろしぶいち
引用文献
1)『第三回内国勧業博覧会審査報告 第二部美術』
*20 白 四分一 銅と銀の合金材料で銀が60%以上、
(本稿では、復刻版である『明治前期産業発達史
銅40%以下のもので、銀を多く含んだ合金材
資料 勧業博覧会資料 116』明治文献資料刊行
料。
会、昭和49年を引用した。)「工藝志料 ○帝
す き ぼ り
*21 鋤彫り 模様以外の地金面を鋤き取って模様を浮
き出す技法。薄肉彫りと高肉彫りがある。
い し め う ち
*22 石目打ち 先が鋭く尖った形の鏨で打ち込むと小
さな砂地のような跡が出来る。それを、模様にす
る技法。
ぎ ん け し
*23 銀銷し 金銷しをしたあとに銀銷しをする。この
順番でなければ銀は付かない。
*24 東京藝術大学・飯野一郎教授談。彫金研究室で保
管されている石膏で作られた多くの資料は、明治
頃に制作されたもので、当時研究室の教授であっ
た海野勝珉先生に関わりのあるものであるとされ
ている。
参考文献
1. 東京府勧業課編『東京名工鑑』乾之巻、有隣堂、
明治十二年。「工芸志料 新任帝室技芸員」『京
都美術協会雑誌』第51号、明治29年8月等を参
照した。
2.『第三回内国勧業博覧会審査報告 第二部美術』
(本稿では、復刻版である『明治前期産業発達史
資料 勧業博覧会資料 116』明治文献資料刊行
会、昭和49年を参照した。)「工藝志料 ○帝
室技藝四 海野勝珉氏」『京都美術協会雑誌』第
55号、明治29年12月
3.「太平楽御置物」『建築工芸叢誌』第1期第8冊、
建築工芸協会、大正元年9月
4. 山本晃『ねじのおはなし』日本規格協会、2003
年、井塚政義・飯田賢一監修、種子島開発総合セ
ンター編『鉄砲伝来前後 −種子島をめぐる技術
と文化−』有斐閣、pp.148-155、1986年
5. 寺島慶一『史料でたどる日本の前近代めっきの
歴史(その1)−金めっきから電気めっき技術の
移植まで−』防錆管理1997−12、pp.25-35、
1997年
6. 寺島慶一『史料でたどる日本の前近代めっきの歴
史(その2)−金めっきから電気めっき技術の移
植まで−』防錆管理1998−1、pp.31-35、1998
年
106
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
室技藝四 海野勝珉氏」『京都美術協会雑誌』第
55号、明治29年12月
2)「太平楽御置物」『建築工芸叢誌』第1期第8冊、
建築工芸協会、大正元年9月
写真2「蘭陵王置物」
(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)後面
写真1「蘭陵王置物」
(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)前面
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
107
108
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
写真3「太平楽置物」
(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)前面
写真4「太平楽置物」
(宮内庁三の丸尚蔵館所蔵)後面
資料
平成 18 年 6 月 15 日受理
海野勝珉彫金作品の調査報告
−「蘭陵王置物」「太平楽置物」に関する制作技法の調査記録−
Report on Metal Works of Unno Shomin
● ペルトネン純子 1)、鳥田稔弘 1)、三船温尚 1)、大熊敏之 1)、岡本隆志 2)
PELTONEN Junko1), TORITA Toshihiro1), MIFUNE Haruhisa1), Ohkuma Toshiyuki1), Okamoto Takashi2)
1)
富山大学芸術文化学部/ The Faculty of Art and Design, University of Toyama
2)
宮内庁三の丸尚蔵館研究員/ The Museum Of The Imperial Collections
● Key Words: Metal Crafts, Metal Technique, Traditional Metal Technique, Chasing, Hammering, Unno Shomin
要旨
ている。顎アテも別に作られている。これらのパーツ
明治期の彫金師、海野勝珉が制作した宮内庁三の丸
は、赤銅に金張り*7 が施されている。
尚蔵館が収蔵する「蘭陵王置物」と「太平楽置物」を
P
J 顎あての形状は、御椀型。底面中心に開いている
平成17年8月11日、三の丸尚蔵館において次のような
穴の断面は周縁部分より薄いので、何かに打ち込んで
研究者が調査を行った。
この丸い形を作ったのではないかな。内側には、多少
鳥田宗吾は、象嵌技法を中心とした制作研究によっ
鏨を使ったと思われる跡も残っているので、鏨で打っ
て伝統工芸士と高岡市伝統工芸産業技術保持者という
た後、研磨したのではないかと思います。それから面
称号を持つ彫金技術者である。ペルトネン純子は、彫
の羽は、研磨してありますね。
金・鍛金技法に関わる制作・技法・論文研究を行って
鳥田 面の羽は四分一*8 ね。
いる。三船温尚は、古代鋳造技法など鋳金技法に関わ
P
J この羽もおそらく無垢で作ってあって、本体には
る制作・技法・論文研究を行っている。大熊敏之は、
鑞付け *9 されていると思います。それから左側面の羽
近代造型史、日本近代美術批評史などの論文研究を
は、面との間に隙間があります。これは鑞付けした後
行っている。岡本隆志は、日本の美術・工芸に関する
に形の修正をしたような跡だと思います。右側面の羽
論文研究などを行っている。
の方には、そうした跡は見えません。
本稿は、調査時に録音したテープを起こし、編集を
大熊 左の方をあとから修正していった?
加えて、調査内容を掲載するものである。最終的な報
J かもしれないですね。もしかしたら右の方から付
P
告書には記載されない結論を導くための観察・考察経
けて、方向を定めて、左の方を調整したのかもしれな
緯、観察手順、観察の着眼点などを記録した本稿が、
いですね。
今後の海野勝_彫金作品の研究だけでなく明治の金属工
面上の龍の背中の模様は、魚々子*10 でいいですか?
芸品調査や研究に僅かながらでも寄与できることを目
それから丸毛彫り*11も使われていますか?
的としている。
鳥田 いや、魚々子と打ち鏨*12 ですね。龍の羽の模様
は四分一で、正面向かって右側の龍の羽の方がちょっ
1.「蘭陵王置物」観察記録
と濃いね。
1.1「面(龍飾り)」
P
J ちょっと濃いですね。
鳥田 着色方法は、煮込み着色*1ですね。全体の作りは
鳥田 龍の羽の取り付けはハンダの跡ですね。銀鑞
赤銅*2 の厚い板材を打ち出して、鍛金*3で作られていま
だったらそんな黒い色にはならないと思う。これは全
す。龍の頭は鋳造*4 で、おそらく無垢*5だと思う。
部、本体とは別に作って、その上に金張りしたので
ペルトネン
(以下P
J)
龍の頭は非常に重いので,私も無
しょう。
垢だと思います。
J この龍の頭の髪の毛は?
P
鳥田 龍と仮面は別々に作って、リベット*6 2点で留め
鳥田 毛彫り*13 で彫ってあるね。
てある。
PJ 片切り *14じゃないですか?鏨の進んだ跡と、彫
三船 リベットの直径は?
り跡を見ると、片切りに見えるんですけど。片方が90
鳥田 2.5㎜程ですね。目玉の所も動くように別作りさ
度くらいになっていて、片側が斜めにいっているの
れて、金のリベットで留められている。動かせるよう
で。裏と表もそうですね。
に、余裕のある留め方がされている。面のキバは、赤
鳥田 毛彫り鏨を傾けて彫っただけじゃない?こうい
銅で作られていて、金が被っていない状態で表現され
う面は毛彫りの方が彫りやすいから。
150
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
P
J でもこっち側は、片切りっぽくも見えますけど?
大熊 中には詰まっているとは思えないんです。それ
鳥田 片切りかもしれないね。毛彫りだと深く彫り下
なりにズッシリとした感じはします。ある程度の厚み
がるから、片切りだと浅くても広く彫れるから。たぶ
のものを使っているとは思います。それから、蘭陵王
ん金張り部分、あまり深く彫ると金がはがれるから、
の足の裏に銘があるんです。糸鞋をとっちゃうとやっ
なるべく浅く彫ってるんだわ。
ぱり中は中空なんじゃないかなと?
大熊 表の方は毛彫りを?
鳥田 袴は空洞ですね。この中は詰まってないわ。銅
鳥田 毛彫りを少し強くやってありますね。
の細いもので右袖と銀の房飾りの隙間を埋めてある。
三船 そうしたらこれ、龍飾りを完成させてから、リ
注)棒について;無垢の棒の上面に、金の板を鑞付け
ベットですね?
で貼り付ける。周りの面も、金張りがしてある。棒に
鳥田 リベットで留めたあとも、その仕上げをしない
は、ねじ山が切られている。ねじ山が残っているとい
といけないから、組んでからでないと色を付けられな
うことは、硬い金属で作られている証拠であり、金で
いわ。
作られているわけではない。四分一で作られている。
三船 別々に作って、リベットで組んで、仕上げて組
み立てて着色?
1.2「手・顔・頭髪・頭巾」
鳥田 そうそうそう。
J 右手の下側に出ている棒は、四分一ですか?そこ
P
J この龍は、赤銅ですか?
P
は、おそらくネジを差し込まなくてはいけないので、
鳥田 それは四分一ですね。四分一に金を被せてある
ちょっと硬い材料ではないかと?
ね。
鳥田 四分一ですね。それで手も白四分一 *20 でしょ
三船 ということは、この龍の顔と羽のところは、同
う。普通の四分一かな?これ、手と顔は鍛金ですか
じ四分一の一体ものだということですね。
ね?
鳥田 いや、違います。この龍の羽は、別に作って組
P
J 手は鋳物じゃないかなと思うんですけど。
んであるよ。鑞付けですよ。鑞付けのあとに,ハンダ
鳥田 そうすると顔は四分一の鋳物だと思うなあ。眉
で修正をしたかもしれない。
毛が赤銅の象嵌。目玉は、赤銅が象嵌されています
PJ
ね。黒玉の中心が白っぽくて、これは白四分一。髪の
じゃ、この龍の羽は、四分一。でも黒四分一*15
てことですか?
毛と顔は、赤銅の鑞付けです。髪の毛は毛彫りで、そ
鳥田 うん。ちょっと黒いですね。で、ちょっと待っ
の上に頭巾を被っている。
て。この龍の羽の色、金じゃない色だよ。純金*16 の色
J 耳の中に加熱したときに見られる変色が見えるの
P
は、面の顔の色が純金の色で、この色はちょっと違う
で、おそらくこの耳周辺で鑞付けが行われたというこ
よ。ちょっと白っぽくない?これ、青金*17 を使ってい
とがいえると思うんです。
るんじゃない?この龍の羽は、18金*18 下の青金だわ。
鳥田 そうですね。耳の上の方だね。
18金だったら、もっと青い、もうちょっと濃い色にな
三船 では、手と顔が鋳物という証拠を探して下さ
るから。
い。例えば、ピンホールや色の染みがあるとか。
大熊 黒四分一の上に青金で、平象嵌 *19。それは面の
鳥田 右手の下側にネジが切られた状態で差し込んで
羽も同じですね?
あります。板材で、指、こういう風な状態にはできな
鳥田 うん。この面の羽もみんな青金だわ。面の羽の
いと思います。
付け根の足、この足の色も、純金の色ではない。これ
J 耳の穴の奥が、鋳肌に似ているんですよね。
P
も青金のちょっと濃い、金多めの青金で、純金ではな
鳥田 ピンホールの跡だ。鋳物の傷。作品と同成分の
い。
金属を使って,平象嵌で埋めてあるんですよ。ここに
PJ 面の裏の凹みは、この作品のどこに合わせるん
白い点があるでしょ?
ですか?
三船 鋳物ですね。ところでピンホールやゴミを埋め
鳥田 頭の頭巾の角。
た象嵌*21 の形が、正方形になっていますか?
三船 まず面の重さを量りましょう。
鳥田 いや、丸いような感じです。
大熊 お面の重さだけで、単体で0.12㎏。棒を持って
三船 頬骨のこの白いの?四角ですか、丸ですか?
いない、お面をつけていない状態で、本体が4.44㎏。
PJ 鏨で押し込んでいるので。近寄って見ると、か
実際に持ってみると、それなりにズッシリはします
なり黄色いですよ。
ね。手持ちだと。
鳥田 鋳物だね。ピンホールは、3つ。そして頭巾は、
三船 いやー、見た感じは軽そうですね。
金と青金の平象嵌の線象嵌がされていますね。一部、
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
151
線の平象嵌よりも広く見える部分は、板状の板の面象
鳥田 えぇ、焼けていますね。鑞付けでしょうねぇ。
嵌。塊も埋めてありますね。
PJ ただし右腕は、差し込んであるだけかもしれな
P
J 頭巾の稜線上の凹線は、布の表現でしょうか。
いです。
鳥田 それは鏨で彫って、わざと作っているんじゃな
鳥田 裲襠の金色の玉は、リベット式になっていると
い。頭巾は、別作りで、リベットで留めてあると思う
思う。一応、鑞付けしてあるけども、その上にリベッ
んですけど。
トで重ねて、押し込んでピッタリ合わせてあると思う
PJ 頭巾には、リベットの跡のようなものが見当た
よ。
らないですね。
P
J 見当たらないね。
1.4「裲襠」
頭巾の裏側には、とても綺麗な赤色が着色されてい
鳥田 裲襠の中の龍は純金で高肉象嵌 *25 されていま
ます。裏側がこれだけきれいとなると、着色後に組み
す。目は銀ですね。銀に、黒玉は赤銅の象嵌。裲襠の
立てたんですかね?
前面・腰ひも下の雲紋は、赤銅、黒四分一、白四分
鳥田 うん。ま、いつ着色をしたかはわからないけ
一、四分一、純金、青金、純銀、の材料が使われてい
ど、頭巾だけは別作りしてあっただろうね。そうじゃ
る。
ないと、頭巾の裏側の仕事はできないですから。
三船 裏は同じですか?房飾りとリベット。
鳥田 裲襠の周りの房飾りが、リベットでとめられて
1.3「両腕(両袖)」
いる。これ銀ですね。
鳥田 右腕は銅の鍛金。銅線で紐を作ってある。
三船 房飾りは銀の線彫り*26 ですか?
J この右袖の前面の花弁は赤銅ですね。
P
鳥田 房飾りは、鋳物のような気がするんだけれど。
鳥田 その花弁の中は、銀です。一番中心は青金だと
三船 え、そう?そうは見えない。
思う。花びらは純金ですね。両腕の雲紋は、打ち出し
鳥田 鋳物ですよ。ものの高低は、相当厚いものから
*22 用の均し鏨*23 で雲の輪郭とって、縁を薄く突き出す
ほじり出さないと、こういう感じにはできないんです
んです。鋤出しですよ。
よ。鋳物ならばきれいに型を削って仕上げて、それか
三船 鋤出しというのは、彫りですか?
ら鏨を入れていけばいいだけですから。房飾りは、本
鳥田 引っ込めているんだね。鏨で輪郭をとって,縁
当に純銀じゃなくて、ちょっと質を落としてあるん
を一段ほんの少し均してきれいにしていくと、残った
じゃないかなと思うんだわ。純銀だったら、真空鋳造
ところが浮いた状態に見えるようにしてあるんです
でないと、湯が回らないから。それにもし純銀で鋳物
ね。
だったら、ピンホールだらけになる。そのために、
三船 着物の裾もそう?
ほんのちょっと割ってあるといい。それからもし純銀
鳥田 そうです。雲の周りを打ち込みの鏨*24 で打って
だったらね、房飾りの色はもっと黒くなっているは
いる。彫ってないんです。そして均し鏨で、均しをす
ず。四分一のような色だわ。
る。
三船 顔でさえ、象嵌して傷を埋めているでしょ。
P
J 右腕が終わったので、左腕に。
鳥田 だけど、共金で象嵌したらわからなくなると思
鳥田 左腕も一緒の技法でやられている。
うけどね。
PJ 装束を割ったところの下重ね、右腕の下部の装
三船 でも線彫りした時に、ピンホールが出てもやっ
束の色が違いますよね?
ぱり象嵌したんですか?おおまかな房飾りの形を鋳物
鳥田 下は銀だね。それから、右腕の手首側の花紋
でつくったかどうかですよね?
は、花弁が純金、銀、その内側に赤銅。右腕の脇より
鳥田 ちゃんと傷をひろったんでしょうね。
の花紋は、花弁が青金、中の細い線は銀、その内側四
三船 板材を叩いて作ったんじゃないかなぁ?
分一。右腕後ろ面の下側の花紋、花弁が赤銅、その内
鳥田 いやー、ここにリベットの跡がある。わからな
側に銀、その内側の5弁の花弁が金、その中に赤銅と四
いくらいのリベットの跡。
分一。それで、この家紋みたいな模様の中で、縁が純
三船 よく見つけますね。
金で、銀に、あと赤銅みたいなものが象嵌してあるん
鳥田 年数が経っているから見える。仕上がった時は
ですけど、別の花紋は青金なんですね。
絶対に見えないよ。年数が経って、ほんのちょっとし
PJ 前掛けの房飾りと袖の接続は、鑞付けだと思い
た隙間に汚れが入ったから見える。房飾りは四分一。
ます。左側の房飾りに、フラックスか加熱の影響と思
でも白四分一に近い程の四分一だね。銀がちょっと余
われる色が、房飾りの一番奥にあるんです。
計に入った四分一。
152
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
三船 なんで私が鋳物じゃないと思うかっていうと、
大熊 成型としては腕の部分と同じような形ですね?
光すぎているんですよね。
鳥田 中にヤニ詰めて形を整えるという方法だね。袴
鳥田 これ、ヘラ仕上げしてあるもん。
の下にあるひだの辺りには、象嵌が入っているんだけ
三船 ヘラ仕上げ?彫った上も?
れど、別な部品を袴のすそに差し込んでいるんじゃな
鳥田 いやいや、彫る前に、全部十分に削って、きれ
いかと思うんだわ。糸鞋に、袴の下部としてのひだを
いに鋳肌をなくしてしまってから、ヘラ仕上げしてあ
先に接合してある。この接合されたものを,さらに袴
る。で、その上に鏨が入れてある。
に接合させてあると思います。
大熊 次は、帯ですね。
大熊 袴全体は、鍛金ですか?鋳金ですか?
鳥田 この帯は、別作りで象嵌かな。完全な象嵌にし
J 袴の大きな形は、鍛金でできると思います。
P
てあるわけではないね。この房飾りつける前に、この
大熊 袴の裾のひだの部分の色が違いますよね。
帯をつけてしまってあるんだね。
鳥田 黄色っぽいわ。これ、鋳物なのか、わからない
三船 裲襠背面の龍の彫金はどうですか?
よね。ただし糸鞋の下というか裏底は四分一なんだけ
鳥田 背面の龍の彫金は、高肉象嵌ですね。金の高肉
れども、糸鞋本体は,銀が黒く変色した状態なんじゃ
象嵌。前面と同じですね。目玉は銀に、黒玉は赤銅。
ないかなあ。
四分一にしろ、赤銅にしろ、黒四分一にしろ、みんな
鳥田 糸鞋は鍛金?鋳金?
砥ぎ切り象嵌*27 のような技法だと思う。全体が均し仕
J 鍛金ではないかと思います。
P
上げで、研ぎはしていない。
鳥田 袴の裾のひだは、無垢だわ。純銅の塊を、彫り
三船 砥ぎ切り象嵌?
出して形を作ってある。四分一とか銀とかそういった
鳥田 普通なら一段彫り下げて、紋金を埋めて、縁を
もの、嵌め込むのにでも、板みたいなものだったら弱
締めて埋めるのが普通なんです。でも研ぎ切り象嵌
い。
は,一段彫り下げて、縁にできたカエリ(アリ)を叩
J そうですね。
P
いて,掘り下げた側に倒して,掘り下げた場所にはめ
鳥田 以前ケース内のものを見たとき、袴のどこかに
込む板(紋金)をきっちり打ち込んで、それで縁を仕
穴が開いていると思ったんだけれど。
上げなくてもいい仕事をしている。
P
J 穴はこれですね?
三船 アリを切った時の、縁の盛り上がりを先に潰し
鳥田 あ、それだ。うん。やっぱりあった。それと後
ておくんですね?仕上げが楽だから?
ろに垂れる袍の裏面は平象嵌だわ。銀、赤銅、青金、
鳥田 えぇ。後は綺麗になるということですね。どれ
金の平象嵌がしてありますね。雲紋は、毛彫りです
もこれもみんな砥ぎ切り象嵌技法ですね。一般であん
ね。
まり砥ぎ切り象嵌って、知られてないんです。だけど
東京では、砥ぎ切り象嵌をやっているはず。
1.7「組み立て方法」
鳥田 組み立て順番、自分だったら下半身の方から
1.5「紐」
作って、それに、着せていくと思うけど。
鳥田 紐は、象嵌してあるね。
PJ 足と胴体のバランスをみて、足をくっつけて安
PJ 裲襠全前にある紐の一番端が、ウエストの横で
定するかどうかをみるという感じですかね?
削られています。おそらく裲襠背面のベルトを取り付
鳥田 うん。足に関わる部分をやって、袍をくっつけ
けるために、紐の端は、削られている必要があったと
て、安定させてから上半身にいくだろうね。
思うのですが?
三船 これ全部のパーツに分けると?まず、両足。袍
鳥田 そうですね。紐は、本体に象嵌されているね。
の後ろ、両腕、首から上、頭巾で分かれる?全部の
ということは、やはりこの帯の部分は、前の紐のとこ
パーツを別々に作って、完成させてから組んでいくん
ろで固定されている。
ですか?
鳥田 両足だけでは立たないから、この袍を組んでし
1.6「袴」
まっていると思う。
鳥田 袴は、鍛金で作られていて、本体に差し込まれ
三船 これ両足は、左右二つに分かれるんでしょ?
てあるんだと思う。袴の象嵌はみんな高肉象嵌。袴に
鳥田 分かれないと、袴の内側の模様が作れない。真
はあんまり赤銅がないね。黒四分一と四分一と、白四
下から観察すると、別々で作ってから接合している
分一と、銀かな。四分一は3種類入っているわ。この塊
ね。くっついている内側のところにまで象嵌してある
の雲は全部砥ぎ切りだね。
からね。
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
153
三船 まず足を一本ずつ作って、接合方法はリベット
います。
留めかな?そして、袍と足の部分が接合されて、物体
三船 いやいや、上半身と裲襠が一体になったものを
として立つことができる。
被せるでしょ?それで、前面の裲襠と下半身とをリ
鳥田 だから袴は、表面上に見えている部分だけでは
ベット留めしているじゃないですか。ここが結構重要
なく、実際にはもっと長いんだと思うよ。
なリベットでしょ? このリベットはどうやって留める
三船 両足を別々に作って、合体させ、袍の後ろをつ
の?裏が空洞でもリベットは留まるの?
ける。上半身と下半身は、固定された下半身に上半身
PJ リベットを打つときは、内側に支えとなるもの
を差し込む?
がないとキツイですよね。
鳥田 上半身これ被っているよね。
鳥田 最後のリベット留めは、袍にリベットをしてい
三船 では、裲襠の前面の腰紐を堺とした部分はつな
ると思う。
がっているんですか?
三船 最後の、この留め方さえわかればいいんだよ
鳥田 これは一枚もの。
ね。これあれでしょ?もう全部研ぎ上げてから一気に
三船 では、袍、腕、右手までが完成されていて、さ
組むんでしょ?研ぎ上げて一気に組んですぐ着色する
らに、袴、腰より下の裲襠が完成させられていて、は
んでしょ?
めたってことですか?留め方はリベットでしている?
鳥田 うーん。そうだと思うけどね。
鳥田 差し込んであるだけじゃないかなー。
J これ煮色してから組み上げてないですか?
P
三船 両腕と裲襠が接合されていて、袴と腰から下の
三船 煮色してから?傷つかない?
袍を合体させるでしょ。その段階では,接合された両
PJ 袴の下のひだを組んでいない時だったら、中が
腕と裲襠の下から手が入るから、頭部を固定できるの
空洞だから、当て金*28 にあてることはできますよね。
では?
鳥田 当て金が使えるんなら、裲襠の房飾りのところ
鳥田 う∼ん。
をリベット打ちできるね。銀のところは白く見せるん
PJ 裲襠前面と裲襠上半身背面だけが一体型で、後
だから、リベットの跡も見えなくできるし。
ろの上下の裲襠接合箇所は、ベルトで隠すということ
三船 頭巾のところは、どこかリベット留めして、そ
は、考えられないでしょうか?
の後何かしているんですか?
鳥田 そういうこと考えられるね。そういえば、裲襠
鳥田 頭巾には、リベットの跡が見えないんだよ。
の金の玉もリベットだったと思うしね。
三船 だからやっぱり頭巾が最後でしょ?別々に色を
PJ ということは、裲襠を作って、腕は後から接合
つける方法かな。それしかないでしょ?
すればいいですね。
PJ 頭巾のこの奥に何か詰まってないですか?赤い
三船 では、もう一度、組み立てる順番も含めて。裲
の?
襠背面のウエストから下の部分を先に作る。
鳥田 あれ、何だろうこの頭巾の裏側の赤いの。あと
PJ そして裲襠前面、裲襠背面の帯より上の部分、
思ったのはね、これ頭巾だけどこか差し込み式になっ
両腕、頭が合体した状態のもを大きな上パーツとして
ているんじゃないかと思う。
作る。
三船 その出来上がった大きな上パーツは、接合され
1.8「地金の厚み、組み立て、着色」
た両脚、袍前面、袍背面、裲襠背面の帯より下が合体
J 袍背面の厚さは、2㎜だと思います。
P
した大きな下パーツとリベットで接合される。
鳥田 袍前方は、5㎜くらいの材料を使っているんじゃ
P
J 最後に、背面のベルトで留めているのかな?
ない?厚い板を削って、二重になったように見せかけ
三船 そういう接合方法にすると、すべてを合体する
ているから。
前に、内側から上半身の補強ができる。そうすると、
PJ 叩いて薄くなって穴が開いてしまった袴の裾の
裲襠の金は飾り?
ところを見ると、そこが1㎜くらいかな。袴全体の地金
鳥田 裲襠の金リベットも組み立て用だよ。それに、
の厚みは、1.5㎜くらいと思います。
本体を丈夫にするための銀リベットも、打ち込んであ
三船 房飾りの肩のところは、6∼7㎜ありますね。裲
ると思うよ。それから裲襠の房飾りは、ある程度やわ
襠につながる房飾りの付け根の方は、1∼2㎜まで薄く
らかいから、両脚と上半身を組んだ後に房飾りの凹凸
なっているかな。
作ったりしたんじゃないかなあ。
鳥田 袖は、二重になっているから2㎜以上の厚みがあ
三船 最後のリベット留めはどうするんですか?
るわ。厚みがあれば、リベット止めで十分動かなくな
PJ 最後は背面の帯で隠れた部分に何かがあると思
る。板の厚みが1㎜とか1.5㎜とかの厚みだと、リベッ
154
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
トは弱いと思うけど。
2.「太平楽置物」観察記録
鳥田 頭巾は、リベット。ちっちゃいけどリベットの
2.1「兜」
跡が、頭巾後頭部にあった。
鳥田 兜の飾りについている玉は、赤銅ですね。
PJ この角、確認できる痕跡は微妙ですけど、直径
大熊 周りの模様は?
2㎜くらいのリベット。そして、頭巾の中に銅のつなが
鳥田 金線象嵌。兜の表の上方は、銀線象嵌。だけど
りがある。
下地は、四分一ですね。四分一の材料で兜の表を作っ
大熊 それが実はリベットを受ける台であると?
て、黒い線のところは、銀で線象嵌されている。その
鳥田 うん。ま、たぶんね。頭巾は2㎜以上の厚みが
上にまた細い銀線が象嵌されている。兜の縁は、四分
ある。1㎝くらいから、削り出したんだと思う。それか
一。模様は、金線で象嵌して、真ん中の方の黒いとこ
ら、前掛けの房飾りはリベット止め。裲襠背面の右側
ろは銀ですね。でも、この金は、純金ではないね。兜
から見るとわかります、裲襠の背面の帯の下部分に鋲
の縁の唐草模様は、鋤彫りですね。
が見えるでしょう?
P
J 兜の羽などの装飾と兜本体は?
J 挟み込んでいますよね。
P
鳥田 別ですね。別のものを組んであるんですね。
鳥田 だから裲襠の房飾りの銀は、この金の鋲がリ
PJ リベット留めですね。兜の上の面とかが変色し
ベットになって留めてある。それで銀が、裲襠の厚い
ているのは?
ところにまたくい込ませてある。この銀のところにリ
鳥田 金銷しでしょうね。
ベットがある。
J 兜の下側は赤銅ですよね?
P
三船 リベットが下から出ていると一方向にしか入ら
鳥田 赤銅だね。下は完全に赤銅だけど、なんで上が
ない。
四分一なの?
鳥田 二方向に出ているんだわ。長いリベット棒を
PJ いや。これ全体が、覆輪留めしてあるだけなん
作っておいて、ギュッと通して押し込んで、最後切っ
じゃないですか?
て締めれば。
鳥田 二重にしてあるのか。象嵌は銀と金。縁のとこ
三船 着色はいつ?
ろは、鋤彫り。
鳥田 リベットのところも一緒の色になっているか
PJ 兜のだいたいの厚みは、赤銅と四分一の板材が
ら、全部組んでから着色だね。
二重になっているので、何とも言えないですけど、あ
三船 そうかなあ。
のくらいの兜の加飾をするならば、厚みは1㎜以上です
鳥田 これ、全然動かないやり方をするという時は、
ね?
ネジを使うかな。この作品は右手にネジが切ってある
鳥田 1㎜以上ですね。赤銅と四分一はそれぞれ1㎜程
から。
ずつのを使っているだろうから、最低限2㎜程の厚みに
三船 ネジか?
なっているだろうねえ。
鳥田 この頭巾の部分、表面から一段下がったところ
J 縁の仕上げは、覆輪止めですね。
P
にネジで締める。一段下がったネジ穴だけを象嵌す
鳥田 兜の紐は銅線。房は?
る。
P
J 太い銅の塊を削りだした感じですね。
J はいはい。できますね。
P
鳥田 だから頭巾はもう、動かないと思うよ。だから
2.2「頭部、顔、髪の毛、襟元」
そのために、この頭巾の裏側に分厚い銅が、受けにい
鳥田 頭部は、おそらく鋳物だね。顔は、四分一。頭
るんだと思う。
部の髪の毛は、打ち込み。削った跡まで残っている。
PJ 煮色着色はいつやったんでしょうねぇ。頭巾が
衿のところは銀ですね。銀が黒くなって傷がある。象
頭にくっついていて、背中に煮色が着いてないという
嵌されて、鑞付けされている。
ことは?
J あきらかな鑞付け跡ですね。
P
鳥田 だから、組んでしまってから色をつけていると
鳥田 右衿元にも銀鑞の流れた跡があるね。
いうことですよ。そこは磨けなかったはず。銀の裏側
PJ 太平楽置物は、流れ出た銀鑞の処理をあまりし
のところもみんな、着色されていない元の色の感じが
ていないですね。
残っているところがある。
鳥田 銀のところは鑞付けだけど、部分的には、半田
かもしれないねえ。
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
155
2.3「肩喰、籠」
鳥田 鍔は、金銷しだろうね。十分に金銷しやってあ
鳥田 肩喰の、龍の口みたいなところは、金銷しだ
る。鞘の中は空洞です。それで、この鞘の本体の赤銅
ね。肩喰の眉毛のスジは、純金の線象嵌がされている
のところに、金の平象嵌がされていて、石目で荒らし
ね。目玉も純金のようですね。目の縁は銅で象嵌され
たところに金銷しで金を埋めている。そして、研ぎだ
ている。
すと、石目のところだけ金が出てくるという、そう
大熊 肩喰の目の真ん中の黒い部分は?
いう砂地の表現がされています。この弓の矢のところ
鳥田 赤銅ですね。牡丹唐草の紋様は、金の平象嵌と
は、板材で箱が作られて。ほとんど電気めっきです
四分一の地金に銀線。いや、金消しのような感じだ
ね。一部、平象嵌されたところもありますけど。
ね。でもなんで金がこんな黒くなる?全体的に金銷し
PJ 弓のところは、金銷しの焼き飛ばしが不十分
をやってあるんだけど、口の中のところは銅の、鑞付
だったんでしょうか、少し白っぽいですよね?
けでしょうね。
鳥田 うん、焼き飛ばしをしていないんだわ。これは
J あぁ鑞付けですね。鑞目が出ていますね。
P
水銀の色だよ。
鳥田 肩喰のキバは、銀。肩喰のウロコのような模様
は、毛彫りで、金銷しを施してあります。で、袖のと
2.6「鎧」
ころは、銅の鍛金かね?家紋は赤銅に金の象嵌。中に
鳥田 鎧の縁の紐のような表現は、四分一?
金の象嵌に、四分一が象嵌されています。金の縁に、
J 金銷しが所々にあるような感じですね。
P
中が赤銅。で、中の細いところも金だわ。
鳥田 鎧の金の金具のところは、板をちょっとのせた
P
J 肩喰の厚み、2㎜はないですよね?
だけの状態で、飾り。あとは赤銅の飾りのようになっ
鳥田 肩喰の厚みは、1.5㎜だろうね。根元の方が随分
ていますが、リベットになっているんだろうと思いま
厚いよ。1㎝ぐらい。それと、これ半田付けらしき跡が
す。
ある。半田で、四分一と銅のところをつないであるん
J じゃこの鎧の金のところは?
P
だわ。
鳥田 下地が銅で、それに鋤出し?それで金銷しが
J 肩喰の下の布のような表情の部分は?
P
やってあるかな?
鳥田 ここは赤銅。金の平象嵌がされています。雲竜
PJ 鎧の装飾というか、金と銅の隙間が、前面の
の模様。それから、籠というか、籠と袖の間の部分
鎧、背面の鎧、両方とも、ないと思うのですが?
は、四分一でできていて、それに、金の平象嵌です
鳥田 うん。これ、めっきのような気がするね。金銷
ね。籠は、銅で作られている。籠の縁は、四分一です
しの色じゃないと思うよ。鎧の下の模様で、金の平象
ね。
嵌してあるところは、四分一が象嵌されているかな?
鎧前面のところは、赤銅を象嵌されている。 で、金
2.4「魚袋」
の平象嵌。それで、袍前は銅ですけど、銅に青金の象
鳥田 魚袋の部分の魚の尻尾のようなところは、銅
嵌で、その象嵌の中は赤銅の象嵌がされています。そ
で、純金の線象嵌がしてあります。平象嵌です。それ
して袍のこちらの模様の縁は、純金の象嵌、その中は
でそのほかの魚袋の部分は、四分一ですね。それから
青金の象嵌。
魚袋は、鍛金で四分一かな?
PJ これぐらいの形であれば、鋳物で作らなくても
2.7「帯、帯喰、平緒、手」
いいかもしれないですね。表面に荒し鏨がかけてあり
鳥田 帯は、四分一でできていると思う。 ますよね?で、ちょっと象嵌がしてありますね?
J 四分一で、別パーツですよね?
P
鳥田 あ、本当だ。これ銀だね。銀の象嵌してあるん
鳥田 うん、そうそう。それで帯喰の髪の毛とかは、
だ。ヒレもみんな象嵌かな?この魚袋の飾り、金銷し
象嵌。あとは金銷しだね。帯喰の目は、銀と赤銅。あ
のような気がするわ。純銀の色ではないね。そしてそ
と、銅。
の上に赤銅のリベットみたいな玉を、象嵌してある。
J 帯の素材は?
P
鳥田 銀ですね。
2.5「刀、鞘、弓」
P
J この素材は、何ですか?
鳥田 刀は、銀だよ。銀でもこれちょっと銅か何かを
鳥田 手は四分一の鋳物ですね。平緒は、金銷しだ
混ぜた材料で、硬くした状態にしてある。純銀だと、
ね。色が青いでしょ?この白っぽいのは、水銀の色だ
いくら締めてでもやっぱり軟らかいから。
よ。水銀が十分に蒸発してないんですよ。中は透かし
P
J 刀の鍔は?
彫り。透かしで模様だけ浮かせたところ、鳳凰、桐に
156
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
鳳凰はやはり電気めっきですね。あと、鎧の飾りの鈴
模様を鋤彫りかな。
は、どうも金みたいな気がする。
PJ でも、脛当ての金の模様を削った側面は、銀色
なんですけど、でも一番奥の底面だけが赤いんですけ
2.8「袍、袖」
ど?
鳥田 袍は銅。で、鍛金でしょうね。袍背面の厚みは
鳥田 赤い色?じゃ、脛当て部分は、銅に金銷しだ
ね、薄く見せてあるんだわ。でもこの袍の前面、随分
わ。それで脛当ての玉は、赤銅だろうね。
厚みあるよ。これ鎧辺りの袍の厚みは、4㎜くらいあ
PJ 脛当ての下部についている紐、つなぎ目がない
るんじゃない?で、先の方を薄くして見せてあるだけ
んですが?
で、実際はこれ、ここに見える厚みよりまだ厚いよ。4
鳥田 銅は鋳物できないからねえ。だけどこの紐、純
㎜以上あるわ。
銅の色だもんね?
J 4㎜以上?なんでそんなに分厚いんですかね?
P
P
J でもつなぎ目が、ないんですよ。
鳥田 うーん。こういう調整で丈夫にくい込ませるた
鳥田 これ例えば、模様を鏨で打ち込んで、切り抜く
めに作ってあるんじゃない?袍の模様のところ、肉象
仕事があるでしょ。鎧金具の装飾のところも、打ち込
嵌は、赤銅に金の象嵌。あるいは、金に四分一。中の
み鏨で切ってあるんじゃない?鏨で、バンバンバンっ
方は、四分一。で、四分一のまわりには、金の象嵌。
てたたいて切り抜く時に、斜めに角が入るんだわ。切
青金の肉象嵌のところは、赤銅の象嵌。赤銅の縁に、
れ目が。これはそうゆう打ち込みで切り抜いた跡じゃ
中は青金かな?
ないかな?ただし脛当ては、グルッと巻いているのか
J 青金ですね。ところで、袖の厚みは?
P
ねぇ?
鳥田 袖は、これは、2㎜以上あると思う。
PJ 巻いて、最後にリベットでくっつけて、その後
にメッキしている?
2.9「袴」
鳥田 そうそう。それで紐はね、脛当ての一番下のと
鳥田 袴と足首まで四分一で、鋳物で作られていると
ころを広げる前に、
思います。模様は、平象嵌のように感じる。ただし、
PJ あ、銅の輪になっている紐を、入れてから、脛
色が汚い理由がわからない。金の板が象嵌されていた
当ての一番下を広げれば、留まりますね。
ら、こんな汚い汚れ方はしないと思うから。
鳥田 だから、踏懸は、脛当てを広げてから入れる。
P
J そうですねえ。
で、脛当ての裾と踏懸の接点は、縮めていけば、隙間
鳥田 あとは何を象嵌して金色になっているかは分か
がなくなる。
らないね。どうも銀みたいな気もするけど。この黒く
J そして踏懸は?
P
なるところを見ると、金めっきしたのかねぇ?
鳥田 これは、銅で打ちもので作られている。
P
J 銀の象嵌の上に、金めっき?
P
J リベットとかで留まってないですか?
鳥田 うん。で、剥げたところが黒くなっていってい
鳥田 リベット?鑞付けか半田付けか?
る。とにかく、袴は、鋳物だろうね。
PJ もしこの部分に鑞付けだったら、太平楽のほか
三船 あー、ちょっと鋳物っぽいかもしれないな。
の部分の鑞付けの跡を見ると、踏懸のどこかにはみ出
鳥田 本体がずーっとこの上まであって、顔もくっつ
ている気もするんですけど?
いているんじゃないかなーって。で、衿をつけて、そ
鳥田 踏懸の銅のところはこれ、金の平象嵌だね。
の上に、順番にものをくっつけていけば。
J うん。
P
三船 重たいですか?これ?
鳥田 この糸鞋は、銀で作られて、裏側は四分一の板
J 7kgだったかな?
P
ですね。
三船 7kgあるんですか?どこ持てばいいの?ここ持て
ばいいの?これは鋳物だ。こういう風に持ってこの重
2.11「組み立て順」
さだったら。
鳥田 土台は鋳物でできていて、その鋳物に組み合わ
鳥田 この顔にあたる銅線の紐、土台が鋳物なら、象
せていっている。多くの前面のパーツは、足にくっつ
嵌して固定したらいいんですよ。
いた状態になっている。後ろも、この袴のだいぶ上ま
でいっていると思う。顔と足のところまで、ひとつの
2.10「脛当て、踏懸、糸鞋」
鋳物で出来ているんじゃないかと思う。あ、首は首で
鳥田 脛当ては、鋤出しですね。脛当ての地金は、四
違うわ。そうしないとはまらない。
分一?銀かな?本体全体が銀でされているか、それに
PJ 基本的には、足に前面のパーツをつけて、背面
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
157
のパーツをつけて、腕をつけて、肩の辺りのパーツを
つけて、そして頭部ですかね?
な
な
こ
*10 魚 々子 金属面に魚々子鏨で細かい粒子を打ち
込んでいく技法。斜子、魚子とも書く。
まる け
ぼ
り
鳥田 そうだろうねえ。それと、銀の帯の下にリベッ
*11 丸 毛 彫 り 丸毛彫り技法、またはその彫りに使
トがあると思う。袴に袍を接合。鎧も全部、袍か袴に
用する鏨のこと。基本的には毛彫り鏨の先を少
し丸めた形状をしている。
接合していると思う。
うち
J この後ろの長い矢なんかは?
P
たがね
*12 打 ち鏨 打ち出し技法に用いられる鏨を指す。
鳥田 結局これもみんな、ベルトの陰で、リベット。
あるいは、この鎧の下にもリベットあると思う。そし
打ち込み鏨、打ち出し鏨とも呼ばれる。
け
ぼ
り
*13 毛 彫 り 毛彫り技法、またはその彫りに使用す
て、首は、少し長めに作って、その上に衿をつける。
る鏨のこと。先が三角形に尖った刃鏨で、金属
PJ その後、衿を広げて、銅板に沿わせる。この衿
の表面に毛髪を表現することや、毛のような細
と首は、完全に別々ですよね。
かい線を彫ることができる技法。
かた き
り
鳥田 袴から首と頭がくっついていると思うんだわ。
*14 片 切 り 片切り彫り技法、またはその彫りに
で、それに、衿をかませて、袍とかも全部。そしてこ
使用する鏨のこと。先端が一文字になった刃鏨
の足の長くなっているところに、リベットでくっつけ
で、金属面に一方を深く、他方を浅く入れて太
ていけば、ここから半分のこの袍をくっつけていけば
い線を彫り、墨絵の濃淡表現と同じ効果を上げ
いい。
る技法。
くろ し ぶ い ち
*15 黒四分一 四分一と純金1%∼2%の合金、もし
J なるほど。
P
鳥田 これ、鋳物である程度出来ていたら全部、そう
いうものに、リベットで打ち込んでいけば。もの凄く
くは四分一と赤銅の合金。
じゅんきん
*16 純 金 金99.999%以上を指す。24金とも呼
ぶ。
丈夫に安定するわ。
三船 後ろに倒れないように、袍がきているわけね。
鳥田 そうそう。これは、四分一の絶対鋳物や。
あおきん
*17 青金 純金と銀の合金。22金、20金、14金など
いろいろある。
じゅうはち きん
*18 1 8 金 24分の18の純金を含み、残りの24分
三船 鋳物ですね。私も、思います。
の6は、銀や銅などの他の金属が含まれているこ
とを示す。
ひらぞうがん
注釈
に
こ
*19 平 象嵌 金属の上に金属板や線を嵌め込む象嵌
ちゃくしょく
*1 煮込み 着 色 硫酸銅と緑青をお湯に溶かし、そ
しゃくどう
*2 赤 銅 銅と金の合金。銅95%:金5%の合金
を、五分差しと言う。他に四分差し、三分差し
が40%以下。
ぞうがん
*21 象 嵌 金属工芸の象嵌の場合は、素地の面を掘
り下げて異なった金属を嵌め込み、それぞれの
などがある。
たんきん
*3 鍛 金 塊や板状などの金属を叩いて成形加工を
たんぞう
行う技法を指す。鍛造、打ち物とも呼ばれる。
ちゅうぞう
*4
技法の一つ。
しろ し ぶ い ち
*20 白四分一 銅と銀の合金。銀が60%以上で、銅
の中に作品を入れて煮込む着色技法。
金属が持つ色彩の違いで作品全体の色調を豊富
にする目的のために用いられる。
う
ち
だ
し
鋳 造 蝋、木型、石膏などで原形を作り、そ
*22 打 ち出し 金属板の裏面から表面に打ち出し、
の原形をもとに型を作り、その型に金属を流
ヤニ台に貼り付けて、裏面または表面から鏨な
し込み、原形どおりの形体を作る技法を指す。
ちゅうきん
いもの
*23 均し 鏨 打ち出し技法や象嵌の際に用いられる
鋳金、鋳物とも呼ばれる。
む
どで成形する技法。ヤニ出しとも呼ばれる。
なら し たがね
く
*5 無垢 材料の中に空洞が無いことを指す。
鏨を指す。表面をきれいに均すための鏨。
*6 リベット つなぎ目を目立たなくさせるために、
素地と同じ材料を用いた棒状の材料のこと。
きんば り
う
ち
こ
み
の たがね
*24 打ち込みの 鏨 打ち出し技法に用いられる鏨の
こと。
たかにく ぞうがん
*7 金張り 銅、銀、赤銅、四分一などの材料に、薄
*25 高 肉象 嵌 生地に一段彫り下げたところに、他
い純金板を鑞付けにて取り付け、厚い純金板に
の金属(紋金)を嵌め込み、模様が生地より高
見せる技法。
く表現する方法。肉象嵌とも呼ばれる。
し ぶ い ち
おぼろぎん
*8 四分一 銅と銀の合金。銅75%:銀35%。朧銀
とも呼ばれる。
ろう づ
け
*9 鑞 付 け 本稿中では銀鑞を用いた、金属加工の
ための接合方法を指す。
158
G E I B U N 0 0 1 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第1巻 平成18年12月
せ ん ぼ り
*26 線 彫り 切り鏨で、生地の表面を線状に彫るこ
と。
と
ぎ
き
り ぞうがん
*27 研 ぎ切り象 嵌 素地を一段彫り下げたあと、縁
の盛り上がったアリを鏨で内側に叩いて曲げ、
さらに平滑に研ぎ上げて表面を仕上げた状態に
する象嵌技法。
あ て が ね
*28 当 て金 鉄でできた金属加工用の道具。必要
に応じて形状を作るため、多様な形体をしてい
る。金属をこの道具に押し当てて、金鎚や木槌
などで成形を行う。
参考文献
1.鳥田宗吾『高岡銅器の彫金技法』国立大学法人高
岡短期大学紀要第20巻、pp.257-272、2005
2.今淵純子、横田勝『金属工芸における表面着色』
表面技術協会、表面技術Vol.51No.10pp.18-24、
2000年
3.『ジュエリーコーディネーター検定3級』社団法人
に本ジュエリー協会、pp.120-123、1997
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 1, December 2006
159
ノート
平成 22 年 10 月 20 日受理
指導補助者として学生に指導経験をさせる可能性と課題
平成 22 年度における「こどもものづくり講座」および「教員免許状更新講習」の実施を通して
Possibilities and Issues of Giving Teaching Experiences to Students as Assistant Instructor
Through the "Art Creation Class for Children" and the "Teaching License Renewal Workshop" in 2010
● ペルトネン純子/富山大学芸術文化学部
PELTONEN Junko / The Faculty of Art and Design, University of Toyama
● Key Words: Study Support, Teaching, Experience, Education, Art Education, Craft, Student
2.1.講座内容
要旨
平成 22 年度 8 月に筆者が行った富山大学教員免許状
講座名
金属の工作
講座内容
・ねらい
本 講 習 会 は、1971 年 発 行 の『金 属 工 作 工
芸の基礎4』の「針金で作る」と「板金で作
る」をもとに予備実習(制作体験)を行った
後、スプーンの制作を行います。また、手で
何かをすくうとき、その手の形はスプーンの形
に通じるということにも注目していきたいと思
います。今回のスプーン制作は、数年前に超
学生(高学年)・中学生を対象に行った公開
講座課題と基本的に同じです。しかし今回は、
いくつかの技術レベルによってつくる制作例を
用意しますので、予備実習後は、各自の目的
に合わせたスプーンの制作と記録を行ってく
ださい。
開設日時
8月5日 ( 木 )
9:00-16:40
担当講師
ペルトネン
純子
募集人数
10 人
時間数
6時間
受講料
6,000 円
受講料
以外の
経費
試験の
方法
実技考査
会場
受講者
への
連絡事項
材料費は、各自のスプーン材料による。
銅、真鍮の場合、500 円∼ 1,000 円。銀の場
合、1,000 円∼ 2,000 円。
作業服もしくはエプロン筆記用具、デジタル
カメラ(各自のスプーン制作過程を記録して
いただきます。)
更新講習「金属の工作」及び「こどもものづくり講座−紙
で『くつ』をつくる−」の事例報告を行う。また、これら
の講座に技術指導補助者として指導にあたった学生らの
感想文から、講座開催時に指導補助者として学生に指導
経験させる可能性と課題について考察する。
1.はじめに
富山大学芸術文化学部における教員免許状更新講習
は、文部科学省の指導のもとに平成 21 年度4月の教員
免許更新制の導入に伴い行われ始め、地域のニーズに対
応できるよう富山県教育委員会とも連携し幅広く十分な講
習を提供している。また、「こどものものづくり講座」は、
富山大学芸術文化学部の前身である高岡短期大学時代の
平成11年から、ものづくりを体験することによりつくり上
げる達成感などを与えることや、ものづくりへの興味・関
心を育んで科学的学習や思考の動機付けとなるような体
験型プログラムを提供することなどを目的として毎年実施
されてきている 1。
本研究では、筆者が平成 22 年度に担当した富山大学
教員免許状更新講習「金属の工作」及び「こどもものづ
500 円∼
2,000 円
(材料費)
富山大学
高岡キャンパス
くり講座−紙で『くつ』をつくる−」の事例報告と、これ
らの講座に技術指導補助者として指導にあたった学生ら
の感想文から、講座開催時に指導補助者として学生に指
導経験させる可能性と課題について考察する。
2.平成 22 年度「富山大学教員免許状更新講習『金属
の工作』」の事例報告
2.2.参加者の内訳
134
富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月
男
10
女
9
計
19
通し番号
学校種
職名
1
小学校
臨任講師
2
中学校
教諭
担当教科等
よるクラフト制作経験の多い学生に依頼した。これは、見
本をもとにした制作であっても、少しの形の変化で使う道
具や手順の変更が考えられ、金属素材によるさまざまな
技術科
制作経験を生かした指導が不可欠であると考えたためで
ある。
3
中学校
経験者
家庭科
4
高等学校
教諭
商業
5
高等学校
教諭
外国語
9:00-11:10 <説明と予備実習> 手の形とスプーンの
6
特別支援
教諭
美術・数学
形についての説明と『金属 工作工芸の基礎4』の概要
7
小学校
教諭
8
中学校
教諭
技術
金属素材の加熱を行うため非常に暑くなることを告げ、水
9
小学校
教諭
図工
分補給を十分に行うように告げた。
10
小学校
教諭
11
中学校
教諭
美術
12
特別支援
教諭
家庭・福祉
術ではあるが、①よりも道具の種類が多くなる。③少し専
13
中学校
教諭
技術科
門的な道具や設備が必要で、制作には、それらを扱う技
14
小学校
教諭
特別支援学級
15
小学校
教諭
は、7人。②タイプには、3人。③タイプには、4人。
16
中学校
スタディメイト
④タイプには、5人。そこで技術指導補助者を①タイプ
17
中学校
教諭
18
小学校
教諭
19
高等学校
教諭
2.3.2.講座の実施内容
説明を行った。予備実習として、小皿の制作を実施した。
また実習中、猛暑による実習室の温度上昇だけでなく、
11:20 <制作するスプーンのタイプを決定。> 本講
習会では、制作見本として4タイプを用意した。①少な
技術・数学
い道具と最も平易な技術で制作できるもの。②平易な技
術や経験が必要になる。④専門的な道具や設備が必要で、
③よりも専門的な技術や経験が必要になる。①タイプに
に2名、②タイプに1名、③タイプに1名配置し、④お
よび全体を筆者が担当した。
11:30-12:20,13:20-15:30 <スプーン制作および制作
数学
過程の記録>制作方法は、④タイプに分かれているが、
スプーンの形の選択は、各受講者に任せている。そのた
め、各受講者のつくる形に合わせた技術指導を随時行う。
2.3.講習の詳細
また受講者には、積極的に制作過程の記録を持参したデ
2.3.1.企画の経緯
ジタルカメラで記録するように指示を出した。
教員免許状更新講習を行うにあたり、受講者が金属に
15:40-16:40 <成果発表> 各受講者が予備実習とし
よるものづくりに興味を持てるようにするだけでなく、受講
て制作した小皿およびスプーンの制作意図、それらの制
者の所属する学校において本講座の実習内容を再現でき
作方法や工夫点などの成果発表を行った。
る制作内容とすることを心がけたいと考えた。そこで筆者
が平成 14 年度に行った、小・中学生対象のものづくり体
3.平成 22 年度「こどもものづくり講座−紙で『くつ』を
つくる−」事例報告
験講座の実施経験をもとに、見本をもとにした平易な制作
過程を中心にしながら、生活の中で使うことを重視する金
属素材を用いたクラフト制作としてスプーン制作を受講内
3.1.講座概要
講座名
紙で「くつ」をつくる
開設日時
8月 10 日 ( 火 ) 10:00-15:00
して、指導補助学生 1 名を予定していた。しかし講習の
開催場所
富山大学高岡キャンパス
受講希望調査後、希望者 30 名という受講希望状況がわ
募集人数
15 名
参加者への注意事項
<持ち物>昼食、飲み物、タオル、
損害保険料 50 円。
<服装>動きやすく汚れてもよい服。
容にすることとした。
当初の募集人数は 10 名であった。この募集人数に対
かった。そこで制作場所や指導内容を再考した後、受講
者数を 20 名、指導補助学生を 4 名として講習を行うこと
とした。また使用する金属素材を限定し、受講料以外の
費用を徴収しないことにした。
指導補助学生は、富山大学芸術文化学部で金属素材に
Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011
135
3.2.参加者の内訳
<教員免許状更新講習の感想>
受講者に説明や実演する上で、自身の今までの制作経
男
女
人数
6年生
1
0
1
5年生
2
7
9
います。また、受講者のほとんどが扱いなれていなかった、
4年生
0
1
1
銅や真鍮の特徴をわかっていたことで、制作やデザイン
3年生
0
1
1
2年生
0
1
1
人数
3
10
合計 13 名
験から、道具の使い方、設備の使用にあたっての注意点
が分かっていたので、しっかり説明できた(則本①)と思
へのアドバイスができました(則本②)。
講習中の受講者の様子は、どの受講者も楽しそうに制
作していて、受講者ごとにこだわる場所が違っていて、様々
な形の作品ができていたのでよかったと思います。また、
自分が考えている以上に受講者の発想は自由で、材料が
足りなくなったり、今まで私が試したことのない制作方法
やデザインの善し悪しを問われて答えられなかったことも
3.3.講座内容
あり、受講者が制作にとても真剣に集中して制作に取り組
3.3.1.企画の経緯
2
筆者は、『包み紙でつくる靴』 という書籍をもとに、平
んでいたと思いました。
成21年富山県立近代美術館の大人向け講座において実
制作の手伝いをしていて、とても勉強になりました。こ
施した。この講座に参加していた中学校の美術科教員が、
れからの制作はもっと柔軟に自由な発想で、取り組んでい
講座内容を中学生に指導したところ好評だった旨を後日
きたいと思いました(則本③)。あと、一度手本を見せて、
報告いただいた。そこで、中学生よりも年齢の低い生徒
説明した後でも、何度か同じようなことを確認されること
たちに向けた課題として講座開講を試みたい考え、実施
あったので、実際の学校の授業の時にも、作業の全体説
を計画した。
明の後には、生徒たちの様子をみて何度も説明しなけれ
実施にあたり、指導補助学生として富山大学芸術文化
ば、生徒全体に伝わらないのだと思いました。
学部においてクラフト制作を多く行っている学生に依頼し
<こどもものづくり講座の感想>
た。これは、学生のこれまでのクラフト制作経験を子ども
このワークショップの中で、今までの制作経験で生かせ
たちに指導できると予測したためである。
たこととしては、自分自身が楽しんでモノづくりをしてきた
まず指導補助学生等に試作品制作を試みさせ、その際
経験から、参加してくれた子供たちにも、制作の時間を楽
に気付いた点を講座開催に生かすこととした。この試作会
しんでもらえるように、作品を完成させることよりも、制作
において、大人向け講座では準備しなかった型紙を用意
の過程を大切にすることができていたと思います
(則本④)
。
し、制作する紙の靴の見本を4種とした。これは、子ども
(以下省略)
たちの制作に費やせる集中力と時間配分を踏まえて取り
入れた改善案である。
(2)デザイン工芸コース4年 西 恵理華
<教員免許状更新講習の感想>
3.3.2.講座の実施内容
金属の柔らかさが伝わればいいなと思い、「失敗を恐れ
10:00 <開講式、制作内容の説明> 開講式の後、制
ずに、やってみたいことは何でもやってみたら、面白い形
作課題を説明し、制作見本4つの中から一つを選ばせた。
や表情が出ると思います。
」
と声をかけました。自分がやっ
猛暑による熱中症を防ぐため、水分の補給を十分に行うよ
たことのないことでも、皆さんと考えながらやることができ、
「こんな形にしたかったんです。
」と言われた時はとても嬉
うに告げた。
10:15-12:00,13:00-14:00 <制作> 目的の靴をつく
しかったです(西①)。(中略)
るための型紙を各自に配布。靴づくりに使用したい紙を型
今回は、制作時間も短かったため、アイデアをスケチブッ
紙通りに切り抜く。両面テープで型紙を張り合わせながら
クに描くということがなかったのですが、口で言われたイ
組み立てる。
メージを理解するのはとても難しかったです。大学で先生
14:00-14:15 <片付け>
方から「アイデアスケッチして来い。
」と言われる理由を、
14:30-15:00 <作品鑑賞> 子どもたちのつくった紙
身を持って体験しました(西②)。用具の使い方を教えて
の靴を並べ、制作時の工夫点などを発表。
いる時は、やることやること全てに緊張していた頃の自分
を思い出し、不思議な気持ちでした。(以下省略)
4.各講座において技術指導を行った学生の感想
(1)デザイン工芸コース3年 則本成貴
136
富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月
<こどもものづくり講座の感想>
(省略)小学生ということで、集中力が切れてきたなと
感じたら、「ジュース飲んできていいよ」と声をかけると気
ていたものでも、いざ指導するとなると言葉にするのが難
分転換になったようで、休憩して作業を繰り返すことが出
しく、自分の理解が足りていなかった点にいくつも気づか
来ました(西③)。(以下省略)
されました(山本①)。金属工芸に関して、また道具に関
して理解を深めるきっかけになり、非常に良い勉強になり
(3)デザイン工芸コース3年 藤沢 瑶子
ました(山本②)。(以下省略)
<教員免許状更新講習の感想>
制作経験がいかされた点:(道具の扱い方)
、作りたい
(5)デザイン工芸コース2年 守田 詠美
形を限られた道具でどう実現するか。
<こどもものづくり講座の感想>
講習者の様子:美術を教えている方々なだけあってす
(省略)全体の作業を通して私が心掛けたのは、ひと
ぐに集中して真剣に制作にとりかかっていらしたのが印象
つひとつの作業の区切りごとに作業環境を整えることだっ
的でした。また、きれいに仕上げようだとか、こうしたい
た。(中略)実際私自信、普段あまり環境を整えないまま
けど、どうしたらいいのかを積極的に訪ねる姿勢だとかか
作業してしまう傾向にあるのだが、指導者として作業して
ら、意欲の高さを感じました。
いるこどもたちを客観的に見ていて、きちんとした環境で
全体的な感想:指導に関しては、先述のとおり受講者
作業したほうがよいと素直に思えた(守田①)。また、私
のほうから質問してきてくださり、非常に助かりました。た
は細かい作業に対してあまり器用ではないので、こどもた
だ、どのようなものをつくりたいのか、図がなかったので
ちがきれいにできず困っている時には大した指導をしてあ
直ぐに理解して指導できませんでした。同時にどうして普
げられなかったが、その分、組み立てる前の不思議な形
段私自身がそういわれるのかがよくわかりました
(藤沢①)
。
をしたパーツを見て、靴のどの部分にあたるのかをこども
(中略)それから、私があまり技術を習得していなくて、
たちに問いかけ、一緒に考えるよう努めた。こどもたちは
作業の意味合いが細かに説明できずに情けなく思いました
与えられた作業を楽しそうに黙々とこなしていた。その集
(藤沢②)。(以下省略)
中力は私が想像していた時間よりも長く保たれていて、そ
<こどもものづくり講座の感想>
のことに驚かされた。靴の形が完成した後も、いろいろな
制作経験が活かされた点:組み立て時、紙質や靴の形
装飾を施して楽しんでいるようだった。しかし作っている
状を考慮して独自に工夫した点(切りこみの入れ方、組
時は楽しそうだったものの、完成した作品自体にはそこま
み立ての順番など)(藤沢③)。
での関心はない様子も見られた。作る楽しさが出来上がっ
講習者の様子:同じ型をつくっている人の様子を互い
たものへの愛着と結び付くようになれば、こどもたちの「も
に確認しながらつくっていたようでした。わからない点が
のを作る楽しさ」の領域はもっと広くなるだろうと感じた。
あったとき 既に作ってあった見本を見ながら解決し(と
きに私自身も説明につかって)わかりやすく進められたと
5.考察
思います(藤沢④)。(以下省略)
ここでは、学生等の感想文から、<1>指導補助者と
全般的な感想:(省略)以前、小学校5年生くらいか
して学生に指導経験させる可能性について、および<2
ら理論的にものごとを教えないとなかなか記憶できないと
>指導補助者として学生に指導経験させる際の課題につ
いう話をどこかできいて、ちょうど受講者のほとんどが小
いて考察したい。
学5・6年生ということで、丁度 こうしてください とい
うより こういう理由で ( こうするために ) こうしてください
<1>指導補助者として学生に指導経験させる可能性
というように説明するように心がけました。(以下省略)
「実践における学習の限界」3 について次のような点が
指摘されている。
「失敗による学習が構造的に難しい」、
「時
(4)デザイン工芸コース2年 山本 萌由
間的制約がある」、「その場に応じた適切な指導が受けら
<教員免許状更新講習の感想>
れるとは限らない」、「ある特定段階の学習レベルに満足
自分の制作経験がいかされた点:私自身が大学で制作
してしまう」、「現場での知識が固定化し新たな環境への
を始めてまだ日が浅いので、自分が初めて使う道具に触
対応を阻害する」。
れた際に感じた疑問点や、どのようにして道具に慣れたか
今回の事例報告で行ったような1日限りの講座のような
を中心に、できる限り簡潔で分かりやすい指導を心がけま
場合、
「実践における学習の限界」で指摘されている点が、
した。またリベットにおいては前期の授業で接合方法を学
多くあてはまりやすい。そこで、それらの点を出来る限り
んだばかりでしたので、その経験も作業手順もまだ記憶に
回避するため、講座内容に沿った技術や経験を持つ技術
新しく、指導がしやすかったように思います。(中略)
指導補助者にも指導させることとした。
全般的な感想:今まで特に疑問を感じることなく制作し
そして講座終了後、技術指導補助を行った学生等に感
Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011
137
想文の提出を依頼した。その感想文を見ると、自身の学
とができました(西③)
」。
習経験をもとに指導した経験が、自身の学習につながった
学生等は指導を行う中で、自身の日常の経験や学習を
というような点を多く指摘していることに気付いた。学生
振り返る状況、自身の日常の経験や学習が活かされない
等は、自身の学習につながったと考える指導の状況につ
ために今後の学習に改善の必要性に気付く状況、自身の
いて次のように感想文に述べている。
日常の経験が役立ち自身の経験や学習に自信を深める状
「これからの制作はもっと柔軟に自由な発想で、取り組
況を得たと考えられる。これらから、「実際にアクションを
んでいきたいと思いました(則本③)
」、「口で言われたイ
起こすことや、自分がイニシアティブをとっていると感じる
メージを理解するのはとても難しかったです。大学で先生
ことが、経験から学習する上で重要」3 であり、たった1
方から『アイデアスケッチして来い。
』と言われる理由を、
日限りの講座の指導によって、学生等の学習を促す経験
身を持って体験しました(西②)
」、「図がなかったので直
になることがわかった。
ぐに理解して指導できませんでした。同時にどうして普段
私自身がそういわれるのかがよくわかりました(藤沢①)
」、
<2>指導補助者として学生に指導経験させる際の課題
「私があまり技術を習得していなくて、作業の意味合いが
講座に参加させる指導補助学生は、1日限りという期
細かに説明できずに情けなく思いました(藤沢②)
」、「い
間の限定のため、日常の学習と一時的につながるものの
ざ指導するとなると言葉にするのが難しく、自分の理解
継続的な学習の促進につなげにくいことや、学生個人の
が足りていなかった点にいくつも気づかされました(山本
経験の差によって学習の促進がされないことも考えられ
①)
」、「金属工芸に関して、また道具に関して理解を深め
た。これらのことは、指導補助学生に後日インタビューを
るきっかけになり、非常に良い勉強になりました
(山本②)
」
、
する必要があると思われる。 「普段あまり環境を整えないまま作業してしまう傾向にあ
また、講座実施前にモデル制作を実際に行ってもらった
るのだが、指導者として作業しているこどもたちを客観的
経験が生かされたことを、講座終了直後に感想として発言
に見ていて、きちんとした環境で作業したほうがよいと素
する指導補助学生や、「組み立て時、紙質や靴の形状を
直に思えた(守田①)
」。
考慮して独自に工夫した点(切りこみの入れ方、組み立
これらの感想の中には、大きく分けて2つの状況が表
ての順番など)(藤沢③)
」、「わからない点があったとき
わされている。一つ目は、質問を求められた時に提供で
既に作ってあった見本を見ながら解決し(ときに私自身
きると思われる情報を自身の経験に求める中で、瞬時に
も説明につかって)わかりやすく進められたと思います(藤
日常において指導されている自身の状況と照らし合わせ
沢④)
」など、感想文に述べる学生もいた。このことから、
ている場合。二つ目は、質問者に理解しやすくなるように
講座開催側による学生等に与える役割の明確さや、打ち
助言したものの十分な理解を質問者に与えることができな
合わせなどを行いながら学生等と指導しやすい環境を整
かったために自身の経験や学習の不足に気付いた場合で
えることも重要であることもわかった。
ある。特にこの二つ目の場合の助言において、質問者に
十分な理解を与えたと思われた時、学生等は次のような
6.おわりに
感想を述べている。
学生が指導経験をすることで、学生自身の制作技術の
「自身の今までの制作経験から、道具の使い方、設備
理解度に気付くだけでなく、学生自身が受けてきた指導方
の使用にあたっての注意点が分かっていたので、しっかり
法の在り方を理解する機会となり、さらに学生自身が制作
説明できた(則本①)
」、
「銅や真鍮の特徴を分かっていた
をする際に何を重視して学び制作を行っているのかに気
ことで、制作やデザインへのアドバイスができました(則
付く機会ともいえ、これまでの学びを単に深めるだけでな
本②)
」、
「『失敗を恐れずに、やってみたいことは何でもやっ
く学生自身の自発的な学びを促す効果が、指導に携わら
てみたら、面白い形や表情が出ると思います。
』と声をか
せる意義と言えるのではないかと考える。
けました。自分がやったことのないことでも、皆さんと考え
今後も、講座などの指導に芸術文化学部の学生を多く
ながらやることができ、
『こんな形にしたかったんです。
』と
参加させ事例報告を行いながら、学生自身の学びに生か
言われた時はとても嬉しかったです(西①)
」。「自分自身
せるような契機にしたい。また、芸術文化学部で学んだ
が楽しんでモノづくりをしてきた経験から、参加してくれた
学生の経験を踏まえた、美術を人に伝える喜びや重要性
子供たちにも、制作の時間を楽しんでもらえるように、作
に気付かせ、さらにその気付きを芸術文化学部から生ま
品を完成させることよりも、制作の過程を大切にすること
れるこれからの美術科教育の原動力につなげてゆきたい
ができていたと思います(則本④)
」、「集中力が切れてき
と考えている。
たなと感じたら、『ジュース飲んできていいよ』と声をかけ
ると気分転換になったようで、休憩して作業を繰り返すこ
138
富山大学 芸術文化学部紀要 第5巻 平成23年2月
参考文献
1.編集・富山大学:「平成 17 年度 大学等開放推進
事業(大学 Jr. サイエンス事業)『金属をとかしてみ
がいて新発見!!』実施報告書」、平成 17 年 12 月。
2.若山美樹「包み紙でつくる靴」雄鶏社、2008。
3.松尾睦「経験からの学習」同文館出版、2006、47 頁、
68 頁。
Bulletin of the Faculty of Art and Design,University of Toyama,Vol.5,February 2011
139
ノート
平成 23 年 12 月 21 日受理
中・高美術教科書で注目される題材
― 芸術文化学部授業科目と美術教科書題材の比較を通して ―
Noteworthy Subjects in Art Textbook
● ペルトネン純子/富山大学芸術文化学部
Junko Peltonen / The Faculty of Art and Design, University of Toyama
● Key Words: Art Textbook, Art Education, Crafts, Design, Junior High School, High School, Class Subject
要旨
学生達は学習指導案作成のために美術教科書内容を確認
本研究では、芸術文化学部授業科目を美術科の表現活動
していた。そこには、彼らの記憶に強く残る絵画や彫刻
と鑑賞活動および8つの内容別題材分野による振り分
の制作だけではなく、デザインや地域との取り組み等が
け、さらに美術教科書内容を8つの内容別題材分野およ
多くみられた。そのとき学生達は、自身の専門研究分野
び芸術文化学部専門教育科目分野に振り分ける試みを
と美術教科書題材内容に共通性を見出すと同時に驚きを
行った。その結果から、芸術文化学部授業科目と美術教
持っていた。中・高教育の延長線上にある高等教育機関
科書内容において表現活動と鑑賞活動の割合は似ている
として芸術文化学部があり、芸術文化学部の授業科目と
が、芸術文化学部で最も多く開講している授業科目はデ
美術教科書題材に関連性があることなど当然のことかも
ザイン題材で、次いで工芸題材、建築題材の順であるこ
しれない。しかし、驚きを持った学生達にとっては、自
と、そして美術教科書内容において最も取り上げられて
身の専門研究と中・高美術に関連性を見いだせていな
いるのは絵画題材で、次いで彫刻題材、デザイン題材の
かったと考えられる。
順であることなどがわかり、芸術文化学部と美術教科書
芸術文化学部に入学する学生のうち美術科教員になろ
は、異なる分野を教育の対象にしていると考えられた。
うと考える者は多くない。しかし美術科の教員免許状を
以上のことから、中・高美術教科書で注目される題材
取得しようとする者は多くいる。平成21年度卒業者の
は、共同による創造活動および地域や社会を強く意識し
うち20名、平成22年度卒業者のうち9名が教員免許状
た絵画題材や彫刻題材であるということを導き出した。
を取得した。そして平成23年現在に在学中の学生のう
また芸術文化学部授業科目と美術教科書内容の照合をあ
ち、4年生24名、3年生32名、2年生21名が、教員免
えて行ったことが、学習指導要領で特に注目してきてい
許状を取得しようとしている(表1)。それらの学生の
る鑑賞学習の充実・国際理解・地域の美術館や博物館の
多くは、卒業要件外の教職授業のために、専門研究を行
活用・自然の造形や美術文化への関心等、美術教科書内
えるはずの多くの時間を割かなければならないため教職
容に強く反映されていることを容易に判断させる結果を
授業を履修することに大きな負担を感じている。
もたらした。
また、美術科教育といえば絵画や彫刻といった考え方
が学生の中で先行するため、絵画や彫刻以外を専門研究
1.はじめに
とする学生達は、教職授業と専門研究授業との間に関連
筆者が指導に加わった美術科教育法の授業において、
性を見出そうとしていない。特に、美術科教員になろう
表1 教員免許状取得者および取得予定者(平成23年11月現在)
芸術文化学部
取 得 者
取得予定者
合計数
154
デザイン工芸
デザイン情報
H21年度
10
10
0
0
0
20
H22年度
4
3
2
0
0
9
H23年度
5
10
9
0
0
24
H24年度
9
16
5
0
2
32
H25年度
12
8
1
0
0
21
40
47
17
0
2
106
: 富山大学 芸術文化学部紀要 第6巻 平成 24 年 2月
造形建築科学 文化マネジメント
合計数
造形芸術
と考えていない教職履修者は、教職授業だけでなく美術
考作品の種類や取り上げ方は様々なため、一見すると異
科教育と自身の専門性とのつながりも見出そうとしてい
なる学習が盛り込まれているようにも見える。しかし、
ない。しかし筆者は、学生自身の専門研究授業の中にこ
いずれの美術教科書を使用しても中学校および高等学校
そ、これからの美術科教育に活かされる教育方法がある
の学習指導要領を踏まえて作成されているため、学習範
と考える。
囲に大きな内容の違いは生じない。
そこで本研究では、芸術文化学部授業科目と現在使用
中学校学習指導要領第6節美術の目標には「表現及び
される中・高美術教科書題材をあえて比較し、芸術文化
鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味
学部授業科目を中・高美術教科書題材で振り分け、芸術
わい美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊か
文化学部で開講されるいかなる授業科目分野が中・高美
にし、美術の基礎的能力を伸ばし、豊かな情操を養
術科のいかなる活動に活かされるのか、さらに美術教科
う。」17とある。また高等学校指導要領第12節美術の目
書の各活動で扱われる内容の分類および美術教科書の各
標には「美術に関する専門的な学習を通して、美的体験
活動を芸術文化学部の授業科目に照らし合わせ、美術教
を豊かにし、感性や創造的な表現と鑑賞の能力を高める
科書で注目される題材の傾向について明らかにする。
とともに、美術文化の発展と創造に寄与する意欲と態度
を養う。」18とある。全体的には、鑑賞指導の充実、国
2.芸術文化学部授業科目と中・高美術教科書の照合を
際理解、地域の美術館や博物館の活用、自然の造形や美
術文化への関心等が重視され、地域や学校を中心とした
通して
2.1.美術教科書について
鑑賞学習の質を高めている。また各子どもたちの主体的
本研究で調査する美術教科書は、筆者が指導に用いた
な表現や、個性による創造を行いながらも共同による創
平成22年度に中学および高等学校で用いられた美術教
造活動の経験を推進するなどといった内容が多く盛り込
科書
※1 1-16
である。これらの教科書の概要については
まれた内容となっている19。
表2にまとめている。調査対象の美術教科書は、中学校
用のものが9冊、高等学校用のものが7冊、合計16冊
2.2.芸術文化学部の授業科目について
である。中学校用美術教科書を作成している発行者は、
平成23年度芸術文化学部シラバスをもとに、芸術文
日本文教出版(以後、日文と表記)、光村図書出版(以
化学部の概括的な授業科目を表3のように整理した。そ
後、光村と表記)、開隆堂出版(以後、開隆堂と表記)
れによると、⑯デザイン関連の授業科目が最も多く33
の3社。高等学校用美術教科書を作成している発行者
科目、次に⑭造形関連と⑲芸術文化論関連で32科目ず
は、日文、光村の2社。美術教科書のサイズや構成は、
つ、⑰建築関連で30科目、⑮工芸関連で25科目という
各社それぞれ異なっている。また各社で掲載している参
授業数になっていることがわかった。さらに、造形系、
表2 平成22年度に用いられる美術教科書(公益財団法人教科書研究センター、教科書目録情報データベースより)
書 名
学校種類
種目
発行者略称
教科書記号
使用年度
検定年月日
1
美術1 自由な心で
中学校
美術
日文
美術711
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
2
美術2・3上 美を求めて
中学校
美術
日文
美術811
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
3
美術2・3下 美術の広がり
中学校
美術
日文
美術812
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
4
美術1
中学校
美術
光村
美術709
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
5
美術2・3上 絵・彫刻編
中学校
美術
光村
美術809
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
6
美術2・3下 デザイン・工芸編
中学校
美術
光村
美術810
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
7
美術1
中学校
美術
開隆堂
美術707
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
8
美術2・3上
中学校
美術
開隆堂
美術807
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
9
美術2・3下
中学校
美術
開隆堂
美術808
H18-H23(2006-2011)
平成17年3月28日
10 美・創造へ1
高等学校
美術1
日文
美1-006
H19-H99(2007-2087)
平成18年3月9日
11 高校美術1
高等学校
美術1
日文
美1-005
H19-H99(2007-2087)
平成18年3月9日
12 高校美術2
高等学校
美術2
日文
美2-004
H20-H99(2008-2087)
平成19年3月8日
13 高校美術3
高等学校
美術3
日文
美3-004
H21-H99(2009-2087)
平成20年3月17日
14 美術1
高等学校
美術1
光村
美1-004
H19-H99(2007-2087)
平成18年3月9日
15 美術2
高等学校
美術2
光村
美2-003
H20-H99(2008-2087)
平成19年3月8日
16 美術3
高等学校
美術3
光村
美3-003
H21-H99(2009-2087)
平成20年3月17日
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 6, February 2012
155
表3 芸術文化学部の概括的な授業科目について
授業科目分野
教養教育科目
教養教育科目
(共通基礎科目) (教養科目)
専門教育科目
(学部共通科目)
専門教育科目
(基幹科目、展開科目)
合計数
⑳他(分野なし)
⑲芸術文化論関連
⑱材料関連
⑬情報処理関連
⑰建築関連
⑫社会・情報の理解
⑯デザイン関連
⑪ 芸術・文化マネジメントの基礎
⑮工芸関連
⑦自然科学系科目
⑭造形関連
⑥社会科学系科目
3
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
25
立山マルチ
ヴァース講義
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
1
教養科目
0
0
0
0
6
6
5
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
17
学部共通
科 目
0
0
0
0
0
0
0
16
13
11
9
6
0
0
0
0
0
0
0
0
55
基幹科目
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
3
16
14
16
14
6
13
0
82
⑩建築・科学の基礎
⑤人文科学系科目
3
⑨デザインの基礎
④基礎ゼミナール
18
⑧造形の基礎
③健康・スポーツ科目
共通基礎
科 目
①外国語科目
②情報処理科目
専門教育
科目(卒
業研究・
制作) 教養教育科目
専門教育科目
展開科目
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
3
16
11
17
16
8
19
0
90
卒業研究
・制 作
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
1
特別講義
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
1
18
3
3
1
6
6
5
16
13
11
9
6
6
32
25
33
30
14
32
3
272
合計数
工芸系、デザイン系、建築系、材料系、芸術文化論系の
を重視している内容の場合。(e)使い手:授業外や卒業
ように授業科目をまとめてゆくと芸術文化学部のアド
後などに活用することを含む内容の場合。(f )つなぎ
ミッションポリシー
※2
にある芸術文化学部の「専門教
手:社会や地域と関わりながら授業科目を展開する場
育」の様相が強く見えてくることもわかった。そこでこ
合。
れ以降では、専門教育科目の授業科目を調査対象とす
振り分けた例として、「⑧造形の基礎、パブリック
る。
アート論」では、「授業のねらい」にある「公共空間に
専門教育の様相を強く現す芸術文化学部の授業科目
おける造形のあり方について制作者と鑑賞者の両視点か
は、アドミッションポリシーの内容をどのように反映し
ら論及し、日本のパブリックアートの歴史から、現況的
ているのか。それを調べるため、アドミッションポリ
捉え方の問題に至るまでを、フィールドワークの形式も
シーから6つのキーワード(a) 幅広い理解力、(b) 横断的
取りながら」という部分や、「達成目標」の「造形表現
な内容、(c) 創造活動、(d) 創り手、(e) 使い手(芸術文
者としての社会的責任や公共性を有した造形の在り方に
化を理解し社会で活かす)、(f ) つなぎ手(社会に芸術
ついて認識を深め」という部分、「キーワード」の「公
文化の定着と市域振興を進める)を抽出し、各授業科目
共空間、野外造形、空間造形」を参考に、(c)創造活
に照らし合わせてゆくことにした。
動、(d)創り手、(f )使い手(芸術文化を理解し社会で活
各授業科目をキーワードに照らし合わせるにあたり、
かす)に振り分けた。「⑨デザインの基礎、まちづく
シラバスに掲載される各授業科目の「授業のねらい」、
り」は、「授業のねらい」にある「公共交通の活性化や
「達成目標」、「キーワード」、「関連科目」の項目を
生活景観づくりなどを通してまちの魅力を問い直す。ま
参考にした。また(a)~(f )に振り分ける方法は、次の通
た、ワークショップの進め方や合意形成の手法を学び、
りである。(a)幅広い理解力:特に理解しなければなら
市民参加型まちづくりの進め方について学ぶ。」という
ないことが多種多様な場合。(b)横断的な内容:主に関
部分、「達成目標」にある「高岡の活性化に対して具体
連授業の有無。(c)創造活動:主に創造的な制作や思考
的なアクションを起こす」という部分、「キーワード」
を重視する内容の場合。(d)創り手:主に技能面や経験
の「景観、ユニバーサルデザイン、地場産業、お土産、
156
: 富山大学 芸術文化学部紀要 第6巻 平成 24 年 2月
祭、イベント」という部分、「関連科目」に7つもの授
ス業界で使われる英語表現の実例を知り、これまでに身
業科目をあげ横断的な学びを期待している点などを参考
に付けた英語力を使って、実際に使われる基礎的なコ
に、(a)幅広い理解力、(b)横断的な内容、(d)創り手、(e)
ミュニケーションができるようになる」という部分、
使い手(芸術文化を理解し社会で活かす)、(f )つなぎ
「キーワード」にある「観光、ビジネス、スピーキン
手(社会に芸術文化の定着と地域振興を進める)に振り
グ、ライティング」という部分を参考に、(a)幅広い理
分けた。「⑮工芸関連、金属造形(鍛金)Ⅰ」は、「授
解力、(e)使い手(芸術文化を理解し社会で活かす)、
業のねらい」にある「金属素材の性質を学び、道具の扱
に振り分けた。
い方を修得し、さらにその過程から得られる器物の制作
照合の結果(表4)、(a)幅広い理解力が191授業科
を行う。また、制作過程において学んだことや観察した
目、次いで(d)創り手に143授業科目、(b)横断的な内容
ことなどについて詳細な記録をとり、どのような過程を
に121授業科目、(e)使い手に69授業科目、(c)創造活動
経てつくられたのかについて記述されたノートの作成お
に48授業科目、(f )つなぎ手に23授業科目が、あてはま
よび発表を行う。」という部分、「達成目標」にある
ることがわかった。主に創り手として幅広い理解力を養
「『湯床吹き』技法を理解する。制作ノートをつくる。
わせる横断的な授業科目が多く開講されているというこ
作品及び制作過程について発表できるようになる」とい
とが言えるのではないかと考えた。つまりアドミッショ
う部分、「キーワード」にある「鍛金、打ち延べ、湯床
ンポリシーに謳われている「横断的に学ぶ」と「専門教
吹き、熔解、制作ノート」という部分、「関連科目」に
育」とは、専門的な創り手として幅広い理解力を養わせ
ある5つもの授業科目をあげ横断的な学びを期待してい
る横断的な授業科目の開講を主としているということを
る点などを参考に、(a)幅広い理解力、(b)横断的な内
意味しているのではないかと考えた。
容、(d)創り手、に振り分けた。「⑲芸術文化論関連、
観光英語」は、「授業のねらい」にある「人間の果たす
2.3.表5について
役割が大変大きいサービス業界で使われる英語を切り口
表5は、芸術文化学部授業科目を、中・高美術科での
にして、社会にでて仕事で使われる英語『ビジネスコ
表現と鑑賞活動さらに内容別題材に振り分け、美術教科
ミュニケーション』がどのようなものなのかを学びま
書で扱われている項目を通した場合の芸術文化学部授業
す。(中略)将来、観光に限らずあらゆる会社や団体に
科目の分布を調べたものである。
勤務をして、何らかの形で海外との接点をもつ仕事をし
表5の横軸にある「表現」と「鑑賞」は、美術教科書
たいと思っている人には必ず受講してほしい授業で
で分類している項目ともいえるが、学習指導要領におい
す。」という部分、「達成目標」にある「観光・サービ
て生徒に教育すべき内容の大きな分類として「表現」と
表4 芸術文化学部におけるアドミッションポリシーのキーワードから見た授業科目
芸術文化学部におけるアドミッションポリシーのキーワード1)
(a)
(b)
幅広い 横断的
理解力 な内容
(c)
創造
活動
(d)
創り手
芸術文化学部における専門教育科目(学部共通
科目、基幹科目、展開科目)の授業科目分野
(e) (f) つなぎ手
使い手
(社会に芸術文化 合計数
(芸術文化を理解 の定着と地域振
し社会で活かす)
興を進める)
⑧造形の基礎
7
2
8
16
1
2
36
⑨デザインの基礎
6
10
2
13
4
1
36
⑩建築・科学の基礎
11
0
1
3
0
0
15
⑪芸術・文化マネジメントの基礎
9
0
0
0
3
6
18
⑫社会・情報の理解
6
6
0
0
1
1
14
⑬情報処理関連
6
4
0
4
1
0
15
⑭造形関連
25
18
15
30
5
2
95
⑮工芸関連
23
14
11
21
1
0
70
⑯デザイン関連
29
25
7
29
16
4
110
⑰建築関連
26
17
2
18
22
0
85
⑱材料関連
14
8
0
2
4
1
29
⑲芸術文化論関連
29
17
2
7
11
6
72
191
121
48
143
69
23
595
合計数
1)キーワードは、芸術文化学部アドミッションポリシーから、筆者が独自に抜き出した。
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 6, February 2012
157
表5 芸術文化学部授業科目と美術教科書の内容別題材との照合
中・高美術教科書
美術科の活動
内 容 別 題 材
芸 術文化学部における専門教育科目
(学部共通科目、基幹科目、展開科目)の授業科目分野
写真
建築
鑑賞
絵画
彫刻
⑧造形の基礎
14
2
2
3
4
1
8
1
1
0
36
⑨デザインの基礎
7
6
0
0
13
4
6
0
1
0
37
⑩建築・科学の基礎
0
11
0
0
11
0
6
0
0
11
39
⑪芸術・文化マネジ
メントの基礎
0
9
2
2
5
0
3
2
8
2
33
⑫社会・情報の理解
3
3
0
0
2
2
0
0
4
0
14
基幹
3
0
0
0
3
3
0
0
0
0
9
展開
3
0
0
0
3
3
0
0
0
0
9
基幹
14
2
8
6
2
2
1
0
0
0
35
展開
14
0
4
12
0
3
0
0
0
0
33
基幹
13
1
0
1
1
0
14
0
0
0
30
展開
11
0
0
0
4
0
11
0
0
0
26
基幹
11
4
0
0
15
0
4
0
1
0
35
展開
16
1
0
0
17
0
3
0
4
0
41
基幹
2
12
0
0
3
0
0
0
0
14
31
展開
5
10
0
0
1
0
1
0
0
15
32
基幹
0
6
0
0
0
0
6
0
0
6
18
展開
0
8
0
0
0
0
8
0
0
8
24
基幹
0
13
5
5
5
3
6
5
13
5
60
展開
10
6
0
0
5
1
1
0
16
0
39
126
94
21
29
94
22
78
8
48
61
581
⑭造形関連
⑮工芸関連
⑯デザイン
関連
⑰建築関連
⑱材料関連
⑲芸術文化
論関連
合計数
工芸
合計数
表現
⑬情報処理
関連
映像メ
ディア
プロジ
ェクト
デザ
イン
「鑑賞」が設定されている。この点から、「表現」と
各授業科目のシラバスに掲載される「授業種別」、「授
「鑑賞」に照らし合わせる必要があると考えた。照らし
業のねらい」、「達成目標」、「キーワード」、「関連
合わせの方法は、表現活動を主に実習及び演習科目、鑑
科目」の項目を参考にした。
賞活動を主に講義科目とした。
振り分けた例として、「⑧造形の基礎、パブリック
また、中・高美術教科書題材の内容別題材の項目は、
アート論」では、「授業種別」にある「講義科目」、前
「絵画」、「彫刻」、「デザイン」、「映像メディア」、
述にあるような「授業のねらい」、「達成目標」から、
「工芸」、「写真」、「プロジェクト」、「建築」とした。
講義科目ではあるものの「表現」に振り分け、「彫刻」
特に「プロジェクト」には、社会や地域と関わり実践す
と「プロジェクト」に振り分けた。「⑨デザインの基
る内容をあてはめることにした。これらの項目の選出に
礎、まちづくり」では、「授業種別」にある「講義科
ついては、平成17年6月22日に東京都教育委員会が作
目」、前述にあるような「授業のねらい」、「達成目
成した中学校用教科書調査研究資料における美術の別紙
標」、「キーワード」、「関連科目」から、「鑑賞」と「デ
※3
。この内容別題
ザイン」と「プロジェクト」に振り分けた。「⑮工芸関
材の項目は、一つの題材名の中に掲載される作品の内容
連、金属造形(鍛金)Ⅰ」は、「授業種別」にある「実
を示したものである。各題材名において何を掲載してい
習科目」、前述にあるような「授業のねらい」、「達成
るかを知ることにより、題材名が含む教育のねらいを知
目標」、「キーワード」、「関連科目」から、「表現」と
ることができる。そこで芸術文化学部授業科目を各内容
「工芸」に振り分けた。「⑲芸術文化論関連、観光英
別題材に照らし合わせることで、各題材のねらいを含ん
語」は、「授業種別」にある「講義科目」、前述にある
だ教育を実施するための研究を学べる授業科目を知るこ
ような「授業のねらい」、「達成目標」、「キーワード」
とができると考えた。
から、「鑑賞」と「プロジェクト」に振り分けた。
2-1の作品内容の表記を参考にした
各授業科目を内容別題材に照らし合わせるにあたり、
158
: 富山大学 芸術文化学部紀要 第6巻 平成 24 年 2月
2.4.表6から表9について
オルセー美術館、フランス」は、「デザイン」と「工
表6から表9は、中・高美術教科書の各題材名を縦軸
芸」と「工芸関連」と「デザイン関連」に振り分けた。
に一覧にし、題材名ごとに用いる内容別題材を横軸にあ
「地下鉄入口 1900年 エクトール・ギマール らわした。さらに各題材名の内容別題材を踏まえて芸術
(1867~1942フランス)フランス」は、「デザイン」
文化学部授業科目分野に振り分けたものである。
と「建築」と「デザイン関連」と「建築関連」に振り分
横軸の左半分に示したのが、内容別題材の項目であ
けた。この題材が鑑賞活動であるということと「工芸デ
る。この照合によって各題材名の持つ題材内容の範囲を
ザインの交流」や「工業デザインの始まり」といった歴
把握する。内容別題材の項目の選出は、2.3.で述べ
史とともに美術を捉えさせようとする記述があることか
たとおりである。また横軸の右半分は、芸術文化学部の
ら、「芸術文化論関連」に振り分けた。さらに「光村、
基幹科目および展開科目の分野名である。この照合に
美Ⅰ004、高等学校1、見る・知る・学ぶ」は、2ペー
よって芸術文化学部授業科目分野を通して見えてくる美
ジ分の掲載面には、「アンコールワットの遺跡群」とい
術教科書の特色を考察する。
うサブタイトル、アンコールワットに関する記述ととも
各題材名を内容別題材と芸術文化学部授業科目に振り
に、アンコールワット遺跡の写真、図面、修復中の写
分けるにあたり、美術教科書の各題材名のページにある
真、遺跡に残される浮き彫りの図像をコンピュータに取
写真、図および記述を参考にした。そして絵画および彫
りこみ図像を保存する方法などの紹介がされており、
刻の掲載がある場合は、「造形関連」に振り分けた。工
「絵画」、「彫刻」、「デザイン」、「映像メディア」、
芸、クラフト、プロダクトの掲載がある場合は、「工芸
「プロジェクト」、「建築」、そして「情報処理関連」、
関連」に振り分けた。グラフィック、映像メディア、プ
「造形関連」、「工芸関連」、「デザイン関連」、「建築関
ロダクト、コンセプトワークの掲載がある場合は、「デ
連」、「材料関連」、「芸術文化論関連」に振り分けた。
ザイン関連」に振り分けた。建築の掲載がある場合、
「建築関連」に振り分けた。素材の性質、種類、加工方
2.5.表5~表9の照合によって導き出されたこと
法、ものの構造に関する内容の記述がある場合、「材料
表5の照合の結果、芸術文化学部授業科目を表現と鑑
関連」に振り分けた。鑑賞活動、美術館、博物館、文化
賞という学習方法で振り分けた場合、表現9:鑑賞
財、美意識、感性、地域、文化、歴史の記述がある場
6.7、つまり表現の方が鑑賞よりも約1.3倍実施されてい
合、「芸術文化論関連」に振り分けた。
ることがわかった。東京都教育委員会が作成した中学校
振り分けた例として、「日文、美術711、中学1
美術教科書調査によると、おおよそ表現7:鑑賞5、つ
年、つくり出す喜び」は、3ページ分の掲載面に、『身
まり表現の方が鑑賞よりも約1.4倍実施されている。こ
近にある美しさを見つけ出す喜びや、思いのままに表現
れによって芸術文化学部と美術教科書の表現と鑑賞の割
することの楽しさを味わう中から、美術の活動の魅力を
合が近いことがわかった。
感じ取ろう』という記述があり、この記述に沿った作品
さらに表5において、芸術文化学部授業科目を中・高
が紹介されている。「[サクラの葉・ヤナギの若
美術教科書題材で扱う内容別題材の各項目に振り分けた
枝]1985 ニルス・ウド[ドイツ・1937~]」は、「彫
結果、「デザイン題材」が最もあてはまり、次いで「工
刻」と「造形関連」に振り分けた。「
[47都道府県の土
芸題材」、「建築題材」、「プロジェクト題材」、「彫刻
採集 栗田宏一[山梨県・1962~]
]」および作品に関連
題材」、「映像メディア題材」、「絵画題材」、「写真題
する記述は、「工芸」と「工芸関連」と「材料関連」に
材」という順であてはまることがわかった。
振り分けた。生徒作品の「ふたごのビル[写真]」は、
そして表6~表9における美術教科書の各題材名を美
「写真」と「建築関連」と「デザイン」に振り分けた。
術科の活動で扱う内容別題材で振り分けると、内容別題
生徒作品の「よりそう二人[写真]」と「不思議な模様の
材で最も用いられるのは、絵画、次いで彫刻、デザイ
世界[写真]」は、「写真」と「デザイン」と「デザイン
ン、工芸、建築、写真、映像メディア、プロジェクトと
関連」に振り分けた。また、「開隆堂、美術808、中学
いう順であった。
2・3下、デザインの物語」は、2ページ分の掲載面
また、表6~表9における美術教科書の各題材名の内
に、『デザインと工芸の歴史や広がりに関心をもとう。
容を芸術文化学部専門教育科目(基幹科目、展開科目)
生活の変化とデザインのかかわりに注目しよう。それぞ
に振り分けた結果、最も多くあてはまった授業科目分野
れの時代にデザインの特徴を学ぼう。近代のデザインや
は造形関連、次いで芸術文化論関連、デザイン関連、工
工芸のよさを鑑賞しよう』という記述があり、この記述
芸関連、建築関連、材料関連、情報処理関連という順で
に沿った作品が紹介されている。「ひじかけいす あった。
1902~03 ルイ・マジョレル(1859~1926フランス)
美術教科書で最も取り上げられている内容別題材は絵
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 6, February 2012
159
表6 中学校美術教科書 表現活動の題材名・作品内容と芸術文化学部授業科目分野
発行者
教科書
記号
美術
711
日 文
美術
811
美術
812
美術
709
光 村
美術
809
美術
810
美術
707
開隆堂
美術
807
美術
808
160
学年
題 材 名
つくり出す喜び
色との出会い
スケッチの楽しみ
見て、感じて
心に残る情景
想像の世界へ
版のよさを生かして
中1
立体に表す楽しみ
自然の形や色を生かして
土と炎の出会い
遊び心のかたち
動く絵の楽しさ
文字を生かしたデザイン
新鮮な見方で
息づく空間
多様な表現を求めて
超現実的な世界
楽しく効果的に表そう
中2・
身近な人を見つめて
3上
映像表現の広がり
光の表現・光の演出
手づくりの楽しみ
だれもが快適なデザイン
伝えよう大切なこと
自分らしさを見つけて
流れる時をとらえて
主張する美術
気持ちの形・思いの色
環境と響き合う造形
中2・
見え方の不思議
3下
紙の造形
暮らしや生活を彩る
学校や地域への発信
エコデザイン
共同制作の魅力
小 計
見つけた、ふれた、ひらめいた
見つめることから始めよう
大切な人や友達をあらわす
ちょっと立ち止まって
遠い・近いをあらわそう
かたちをまるごと感じてみよう
中1
木版画の世界
色ってなんだろう
見ることの不思議
イラストで伝えよう
もののかたちと素材
さまざまな模様
美術館学芸員に聞く-展示の工夫
感じたことを表現しよう
版画表現の味わい
中2・
3上
漫画の表現
レンズがとらえた光景
動きをとらえる
伝えよう!みんなの文化祭
生活の中にあるデザイン
伝えること、伝わること
中2・
3下
画像を素材に
動く絵をつくる
工芸に挑戦
小 計
表現の始まり
見ること発見
心通う風景
人間再発見
広がる形や色
写し取る形
立体がおもしろい
素材の魅力
中1
学校ファンタジーランド
デザインがおもしろい
自然からのおくりもの
アニメーションがおもしろい
色彩ワンダーランド
光は友達
伝えよう、私の歩み
色彩ホームページ
風景に思いを込めて
私・わたし・僕・自分
空想の世界を描く
水墨の世界
立体との対話
彫刻が語る物語
トリックアート
イベントのデザイン
中2・
3上
撮りたい私の一瞬
漫画の世界
やさしさのデザイン
伝達のデザイン
心をつなぐ
炎と熱でつくる
木や竹の造形
伝統の技を学ぶ
夢が広がる映像世界
装いの表現
中2・
3下
私の好きな部屋
私の好きな街
小 計
総 合 計
絵画
彫刻
1
1
1
1
1
1
1
美術科の表現活動で扱う内容別題材
映像メ
工芸
写真
ディア
1
1
1
1
1
デザイン
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
24
1
14
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
16
1
1
1
1
1
3
14
1
1
1
1
1
1
1
2
1
1
1
7
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
建築
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
プロジ
ェクト
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
17
1
1
1
1
1
1
1
1
4
1
11
1
1
1
1
1
5
1
1
0
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
22
63
3
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
6
12
30
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
芸術文化学部における専門教育科目(基幹科目、展開科目)
情報処理
デザイン
芸術文化
造形関連 工芸関連
建築関連 材料関連
関 連
関 連
論関連
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
2
29
14
16
7
1
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
4
19
6
14
0
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
17
44
5
13
1
1
1
1
1
1
1
1
11
31
: 富山大学 芸術文化学部紀要 第6巻 平成 24 年 2月
2
6
4
6
1
1
5
13
2
8
27
75
1
1
1
1
1
1
1
11
31
17
47
1
1
6
13
0
2
4
7
表7 中学校美術教科書 鑑賞活動の題材名・作品内容と芸術文化学部授業科目分野
発行者
教科書
記号
美術
711
学年
中1
題 材 名
絵画
彫刻
日 文
美術
812
中2・
3上
中2・
3下
1
1
1
生活とデザイン
1
見ることと描くこと
1
のこされた造形
1
自然の恵みと造形
1
1
1
1
光 村
中2・
3下
現代に生きる伝統
1
1
日本の美術と世界
1
北斎と遠近法
1
1
1
美術
807
中2・
3上
開隆堂
美術
808
中2・
3下
1
1
1
1
1
人間と自然への賛歌
1
色彩の輝き
1
時代を映す美術
1
1
1
1
光と影をとらえる
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
6
4
0
1
1
5
1
1
1
1
1
1
2
0
14
5
1
1
5
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
思いをかたちに
1
作家に会いに行こう
1
1
1
1
1
1
かたちの冒険
1
印象派の画家たち
1
ジャポニズム
1
あれ、どうなっているの
1
1
19
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
人のかたちに命を吹き込む
1
1
1
1
1
12
1
1
木との対話
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
シルクロードの東西交流
1
仏像の姿
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
環境とアート
1
1
常識を打ち砕く
1
1
大衆文化を取り入れる
1
1
行為の跡が作品になる
1
表現の探究者
1
1
1
1
人と美術
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
作家に会いに行こう
1
人と自然にやさしいデザイン
1
1
デザインする仕事①
1
1
デザインする仕事②
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
舞台の魅力
1
1
快適な公共施設
1
日本の自然と暮らし
1
1
1
1
1
1
1
伝統を受け継ぐ仕事
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
かぶく
1
1
1
1
1
みやび
1
1
1
1
1
いき
1
1
1
1
生活の中に溶け込む芸術
1
1
1
1
1
1
1
14
14
8
生活を変えた20世紀のデザイン
中1
1
1
1
自然との共生
展示に託されたメッセージ
1
1
わび・さび
美術
707
1
1
日本絵画の造形美
1
1
日本の工芸の技と美しさ
美術
810
1
1
1
かたちに込めた思い
中2・
3上
1
1
もう一つの目
2011.12.312011.12.31
美術
809
芸術文化学部における専門教育科目(基幹科目、展開科目)
情報処理
デザイン
芸術文化
造形関連 工芸関連
建築関連 材料関連
関 連
関 連
論関連
1
小 計
中1
建築
絵本は小さな美術館
アジアの多様な美術
美術
709
プロジ
ェクト
澄んだ目と心で
イメージを届けるデザイン
美術
811
美術科の鑑賞活動で扱う内容別題材
映像メ
工芸
写真
ディア
デザイン
11
1
1
1
1
1
1
1
9
1
11
1
14
5
0
23
1
1
1
小 計
18
美術家は語る
1
0
図画工作から美術へ
1
1
感動・発見美術館
1
1
パブロ・ピカソ
1
1
1
1
美術家は語る
1
1
1
1
西洋美術の歩み
1
1
1
1
絵で見る人々の物語
1
1
1
美術家は語る
1
PEACE+FRIENDS
1
遠近法の仕組み
1
抽象への道
1
日本画の色
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
33
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
版画の可能性
1
1
パブリックアート
1
仏像物語
自然をキャンバスに
1
1
1
1
1
1
1
1
デザインの物語
1
これからのデザイン
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
暮らしの中のアーティスト
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
美術がある、今がある、未来がある
美術の流れ
1
1
1
アジアの工芸
交流から生まれる鑑賞
1
1
1
1
1
1
1
1
1
小 計
17
11
5
0
5
0
3
4
0
18
5
5
4
1
23
総 合 計
47
28
20
1
24
6
4
15
1
55
24
24
14
3
75
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 6, February 2012
161
表8 高等学校美術教科書 表現活動の題材名・作品内容と芸術文化学部授業科目
発行者
教科書
記号
美Ⅰ
005
学年
高1
題 材 名
絵画
彫刻
美術科の表現活動で扱う内容別題材
映像メ
工芸
写真
ディア
デザイン
1
1
1
1
道のある風景
1
写真から風景を描く
1
デッサンする眼
1
1
私を描く・あなたを描く
1
1
版画の魅力-木版画
1
1
1
版画の魅力-銅版画
1
1
1
版画の魅力-リトグラフ
1
1
1
版画の魅力-シルクスクリーン
1
1
1
1
1
土が「カタチ」になる時
1
彫ること-かたちづくること
1
1
日 文
1
1
文字の基礎
1
1
ポスター制作
1
1
Ⅵの展開
1
1
時間をデザインする
1
1
1
1
1
絵の具の話
1
1
1
水彩画
1
1
1
油彩画
1
1
1
日本画
1
1
1
空間をとらえる
1
土から陶へ
1
1
1
かたちをとらえる
1
風景を描く
1
空間をとらえる
1
4
7
3
1
1
1
1
1
1
2
2
0
1
1
1
1
1
3
1
1
20
2
11
1
8
1
1
1
1
1
0
1
1
1
1
1
1
1
1
1
光 村
自然素材の魅力
1
1
1
1
1
1
1
16
1
1
1
色の世界
自然から学ぶ
1
1
1
生活の中のかたち
高3
1
デッサン
メッセージの伝達
美Ⅲ
003
1
1
映像の展開
高2
1
1
スケッチ
小 計
美Ⅱ
003
1
1
写真表現のさまざまな形
高1
1
色彩の基礎
気持ちを届ける形
美Ⅰ
004
芸術文化学部における専門教育科目(基幹科目、展開科目)
情報処理
デザイン
芸術文化
造形関連 工芸関連
建築関連 材料関連
関 連
関 連
論関連
配置と視点
絵を動かすことの意味
高2
建築
身近なものを描く
針穴でのぞく、もう一つの世界
美Ⅱ
004
プロジ
ェクト
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
制作にあたって
1
1
1
表現の手法
1
1
1
美術作品と出合う場
1
1
1
1
文化遺産の保存と継承
1
1
1
1
生活とデザインのかかわり
1
1
1
1
1
1
1
1
1
生活から生まれるかたち
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
小 計
12
9
9
2
7
4
4
8
2
15
8
12
9
4
5
総 合 計
28
13
16
5
9
6
4
9
5
35
10
23
10
12
5
近代のデザインと建築
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
画、彫刻、デザインの順であるが、芸術文化学部で開講
活動を重視し始めている学習指導要領を踏まえた美術教
される授業科目を美術教科書内容別題材に振り分けると
科書の内容を調べたものとしてわかりやすいものとなっ
デザイン題材、工芸題材、建築題材の順となり、芸術文
た。このことから、中・高美術教科書で注目される題材
化学部授業科目と美術教科書の表現と鑑賞の割合は似て
は、絵画や彫刻といったこれまでにも多く扱ってきた題
いるが、内容別題材として芸術文化学部授業科目と美術
材でありながらも、それらの活動を通してあるいはそれ
教科書題材をみると異なる分野を教育の対象にしている
らとともに、共同による創造活動、地域や社会を強く意
と考えられた。
識した活動を行うことであると考えた。
美術教科書題材名を美術教科書の内容別題材で振り分
けると、美術教科書は一見すると学習指導要領の示す内
4.おわりに
容を踏まえにくいものとなった。しかし美術教科書題材
本研究の表6から表9をみると、本学部のいずれの
名を芸術文化学部授業科目分野に振り分けると、絵画や
コースに所属していても、中・高美術科で活かすことの
彫刻という要素を含む造形関連と、学習指導要領にみら
できる教育を行っていることが改めてわかった。特に、
れる鑑賞指導の充実・地域の美術館や博物館の活用・美
学習指導要領において表現活動だけでなく鑑賞活動の重
術文化への関心・地域や学校を中心とした鑑賞学習の要
要性が記され、美術教科書に反映されてきているが、現
素を多く含む芸術文化論関連とが、1点差という違いで
状においてまだそれほど多くの鑑賞活動に関する研究は
上位1,2位を占めることがわかった。そのため、鑑賞
なされていない。そのため多くの指導者は、美術教科書
162
: 富山大学 芸術文化学部紀要 第6巻 平成 24 年 2月
表9 高等学校美術教科書 鑑賞活動の題材名・作品内容と芸術文化学部授業科目分野
発行者
教科書
記号
美Ⅰ
005
学年
高1
題 材 名
美術科の鑑賞活動で扱う内容別題材
映像メ
工芸
写真
ディア
デザイン
人の心をとらえる
1
1
1
花
1
1
人々の生活と自然
1
1
鏡に映る世界
1
心の動きをそのまま記録する絵画
1
描かれた夢
1
建築
1
1
彫刻家のアトリエから
1
光のアート
1
1
色彩計画と環境
1
1
顔をテーマにしたポスター
1
素材と感覚
1
1
ファイリングとデザイン
1
1
1
1
1
1
1
日 文
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
自然物から抽象へ
1
1
1
今日の版画
1
1
1
新しい絵画
1
1
1
小さな彫刻
1
1
1
1
漆の造形
1
1
1
1
アートの祭典
1
1
1
1
1
1
自然の中の現代美術
1
1
1
1
1
1
描かれたアーティストたち
1
1
言葉と音の造形
1
1
もう一つの機能
1
身近な環境デザイン
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
5
光 村
16
10
11
作家の生涯と作品
1
1
1
作品鑑賞室
1
見る・知る・学ぶ
1
1
1
テーマ展示室
1
1
1
作家インタビュー
1
作家の生涯と作品
1
作品鑑賞室
1
1
1
1
1
1
1
1
5
3
3
8
4
1
24
5
15
1
1
1
1
1
7
0
32
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
見る・知る・学ぶ
1
テーマ展示室
1
1
1
1
1
1
作家インタビュー
高3
1
1
人間の心と季節
小 計
美Ⅲ
003
1
1
高3
高2
1
1
建築家のいない建築
美Ⅱ
003
1
琳派の様式
写真と構図
高1
1
1
1
新しいメディアによる表現
美Ⅰ
004
1
1
1
1
イメージの実現
美Ⅲ004
1
1
1
1
ルネサンスの理想
1
1
映像で遊ぶ
高2
芸術文化学部における専門教育科目(基幹科目、展開科目)
情報処理
デザイン
芸術文化
造形関連 工芸関連
建築関連 材料関連
関 連
関 連
論関連
彫刻
現代の写真
美Ⅱ
004
プロジ
ェクト
絵画
1
作家の生涯と作品
1
1
見る・知る・学ぶ
1
1
1
1
1
1
作家インタビュー
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
小 計
10
7
8
4
6
2
3
5
2
12
6
10
5
1
13
総 合 計
26
17
19
9
11
5
6
13
6
36
11
25
12
1
45
表10 総合計と順位
美術科の活動で扱う内容別題材
中学
表現
絵画
彫刻
63
30
デザ 映像メ
工芸
イン ディア
44
13
31
写真
芸術文化学部における専門教育科目(基幹科目、展開科目)
プロジ
情報処 造形関 工芸 デザイ 建築
建築
ェクト
理関連 連
関連 ン関連 関連
6
6
13
8
75
31
47
13
芸術
材料
文化論
関連
関連
2
7
鑑賞
47
28
20
1
24
6
4
15
1
55
24
24
14
3
75
表現
28
13
16
5
9
6
4
9
5
35
10
23
10
12
5
鑑賞
26
17
19
9
11
5
6
13
6 36
11
25
12
1
45
総合計
101
58
55
15
44
17
14
37
12
126
45
72
36
16
125
順 位
1
2
3
7
4
6
8
5
7
1
4
3
5
6
2
高校
にある鑑賞活動を手探りで実施している。そのような中
探りというよりも経験をもとにした工夫によって実施し
で、芸術文化学部の学生は、鑑賞活動にかかわる多くの
ていけるのではないかと思う。
研究を芸術文化学部で経験している。これらの学生が
芸術文化学部は、各授業科目における教育だけではな
中・高美術科教員を目指すならば、彼らは鑑賞活動を手
く、これまで特色ある多くの教育実践を行ってきてい
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol. 6, February 2012
163
る。そのような実績のおかげで学生たちは、技能や素材
や人や環境など様々な出会いをし、様々な経験を蓄積し
自身の作品をプレゼンテーションし次の制作へ向けたス
テップアップを可能にしてきている。そのような中で美
術科教育法の授業に参加する学生達は、自身の制作や研
究発表までについては、ある程度の機転がきくように
なっているが、それらの経験を指導する際の機転とする
ところにまではつながっていない。自身の経験を人に教
えることを通してより深い理解につなげるという学びの
サイクルは、美術科教育法だけの問題ではなく、学生の
学びをさらに深めていくための一つの手段になりえるの
ではないかと筆者は思う。今後はこれまで芸術文化学部
が取り組んできた教育実践を参考に、中・高美術科教員
養成に活かされる、自身の経験を人に教えることを通し
てより深い理解につなげるという学びのサイクルについ
て考えていきたい。
711)、日本文教出版、平成22年
2 花篤實、ほか32名「美術2・3上 美を求めて」
(美術811)、日本文教出版、平成22年
3 花篤實、ほか32名「美術2・3下 美術の広が
り」(美術812)、日本文教出版、平成22年
4 野田弘志、ほか17名「美術1」(美術709)、光村
図書出版、平成22年
5 野田弘志、ほか17名「美術2・3上 絵・彫刻
編」(美術809)、光村図書出版、平成22年
6 野田弘志、ほか17名「美術2・3下 デザイン・
工芸編」(美術810)、光村図書出版、平成22年
7 伊藤文彦、ほか15名「美術1」(美術707)、開隆
堂出版、平成22年
8 伊 藤 文 彦 、 ほ か 1 5 名 「 美 術 2 ・ 3 上 」 ( 美 術
807)、開隆堂出版、平成22年
9 伊 藤 文 彦 、 ほ か 1 5 名 「 美 術 2 ・ 3 下 」 ( 美 術
808)、開隆堂出版、平成22年
10 絹 谷 幸 二 、 ほ か 3 名 「 美 創 造 へ 1 」 ( 美 1 -
注釈
※1
公益財団法人教科書研究センターの教科書目録情報
データベースを参考にした。
※2
芸術文化学部のアドミッションポリシー:『人間の
創造活動や自然環境などの、幅広い理解力と素養を
持った社会人を養成するため、コースを横断的に学
べる教育システムを採用し、芸術文化を中核とした
専門教育を目指しています。また、創造活動の成果
は、それだけで存在できるものではなく、創り手と
使い手との良い関係を作るつなぎ手が無ければ存在
できません。そのため「芸術文化の創り手」を養成
するとともに、芸術文化を理解し社会で活かす「芸
術文化の優れた使い手」、広く社会に芸術文化の定
着と地域振興を進める「芸術文化のつなぎ手」を養
成しています。』富山大学、2012富山大学案内、
20頁。
※3
006)、日本文教出版、平成22年
11 嘉 門 安 雄 、 ほ か 8 名 「 高 校 美 術 1 」 ( 美 1 -
005)、日本文教出版、平成22年
12 嘉 門 安 雄 、 ほ か 8 名 「 高 校 美 術 2 」 ( 美 2 -
004)、日本文教出版、平成22年
13 嘉 門 安 雄 、 ほ か 8 名 「 高 校 美 術 3 」 ( 美 3 -
004)、日本文教出版、平成22年
14 野田弘志、ほか17名「美術Ⅰ」(美術1-004)、
光村図書出版、平成22年
15 野田弘志、ほか17名「美術2」(美2-003)、光
村図書出版、平成22年
16 野田弘志、ほか17名「美術3」(美3-003)、光
村図書出版、平成22年
17 文部科学省http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/
new-cs/youryou/chu/bi.htm
中学校教科書調査研究資料、東京都教育委員会、
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/ この別紙2-1
18 文 部 科 学 省 h t t p : / / w w w. m e x t . g o . j p / b _ m e n u /
shuppan/sonota/990301d/990301w.htm
の作品内容の表記には、「立体」という表記も含ま
19 福井昭雄「新・学習指導要領-私はこう見る(図画
れていたが、その表記にあてはまる作品を実際の教
工作・美術)一人一人の子どもを出発点として」、
科書で確認すると、彫刻家ではない作家による作品
『教育研究所紀要第8号』、文教大学付属教育研究
のことを「立体」と表記していると思われた。本研
所、1999年
究では、そのような分類方法を行う必要を見いだせ
なかった。そのため本研究上で「立体」に分類でき
そうなものがあった場合は、「彫刻」に含めること
とした。
参考文献
1 花篤實、ほか32名「美術1 自由な心で」(美術
164
: 富山大学 芸術文化学部紀要 第6巻 平成 24 年 2月
ノート
平成 24 年 10 月 17 日受理
幼児に対する描画指導の課題
-「大沢野幼稚園における壁画制作」の指導から-
Task of Picture Education for Child
●ペルトネン純子/富山大学芸術文化学部
PELTONEN Junko / The Faculty of Art and Design、University of Toyama
●Key Words: Child Education,Picture Education,Kindergarten,Mural Workshop,Teaching Technique,Arts,
Crafts,Design
要旨
協力して描画をすることによって、幼児の感性が表現され
本研究は、幼児に対する壁画制作を通して、描画指導
た空間づくりという意図を持って実施計画を立てることに
における指導の効果と問題点から、描画指導の課題につ
なった。そこでまず絵画研究と幼児教育研究を同時に行う
いて見出すことを目的としている。
芸文学生に壁画制作および幼児に対する壁面描画指導を
本壁画制作は、富山市立大沢野幼稚園の 40 周年記念
依頼することになった。
事業の一つとして企画された壁画制作として行ったが、単
まず平成 24 年 6 月下旬、芸術文化学部ペルトネンと
なる記念事業として行われたわけではなく、絵画研究と幼
学生の多智、田中と大沢野幼稚園園舎を見学し、壁画原
児教育研究を同時に行う学生に対する壁画制作研究およ
案の作成を行った。さらに平成 24 年 7 月下旬、壁画へ
び幼児に対する壁面描画指導という実践研究を行う機会と
の描画を開始し、8 月 24 日に幼稚園側、芸文、人発に
して提供したいという考えをもとに行われたものである。
よる指導内容の打ち合わせを行った。そして平成 24 年 8
そして本研究を行った結果、幼児に対する今回の指導
月 31 日に幼児たちに壁面への描画指導を行った。
の効果と反省点を踏まえ、幼児に対する描画指導の今後
その後、壁画の最終調整を行い、9 月 11 日に壁画制
の課題は、次の 3 つの点と考えられた。1つ目は、事前
作が終了し、平成 24 年 9 月 29 日大沢野幼稚園運動会
準備段階での幼児に対する制作指導シミュレーションの充
において来場者に広く披露された。
実。2 つ目は、制作直前の指導内容の選択および言葉か
けの工夫。3 つ目は、制作中における言葉かけの工夫で
2.企画及びスケジュール
ある。
<描画内容について>
企画立案は、富山市大沢野幼稚園(高見泰子)
、富山
1.目的と概要
大学芸術文化学部(ペルトネン純子)
、富山大学人間発
本研究は、幼児に対する壁画制作を通して、描画指導
達科学部(若山育代)
。描画案および描画担当は、富山
における指導の効果と問題点から、描画指導の課題につ
大学芸術文化学部(多智彩乃、田中大覚)。
いて見出すことを目的としている。
指導実践日当日は、富山大学芸術文化学部(教員 1 名、
本壁画制作は、富山市立大沢野幼稚園の 40 周年記念
学生 2 名)
、富山大学人間発達科学部(学生 4 名)
、大
事業の一つとして企画された壁画制作として行ったが、単
沢野幼稚園(教員 6 名、保護者 6 名)の合計 19 名で指
なる記念事業として行われたわけではない。絵画研究と幼
導にあたった。
児教育研究を同時に行う富山大学芸術文化学部学生(以
<描画順序>
後、芸文学生と表記)および同大学人間発達科学部学生
ア)多智による描画の構成案作成。描画範囲は、園舎
(以後、人発学生と表記)に対する壁画制作研究および
1 階の壁面。描画する内容は、園歌
*1
の内容を踏まえた
幼児に対する壁面描画指導という実践研究を行う機会とし
動植物や子どもたちを構成する。イ)多智と田中による壁
て提供したいという考えをもとに行われたものである。
面描画。ウ)幼児による壁面描画。エ)多智と田中によ
本壁画制作の実施については、平成 24 年 2 月下旬、
る仕上げ描画。
大沢野幼稚園園長 高見泰子、富山大学芸術文化学部 ペ
<塗料、道具>
ルトネン純子、富山大学人間発達科学部 若山育代が集ま
・塗料:屋内塗装用水性塗料 18 色
り、話し合いを行った。そして本壁画制作は、長期的に
・道具:刷毛、筆、水洗バケツ、パレット、スタンプ(手
幼児教育の現場を楽しく創造性のある空間とする意図、さ
づくり)
、ビニールシート、ガムテープ、雑巾
らに壁画制作者側からの一方的な描画ではなく、幼児と
118
G E I B UN 0 0 7 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第7巻 平成25年2月
<幼児による壁面描画日のスケジュール>
壁面描画日:平成 24 年 8 月 31 日(金)
かけをし、壁画としての構成を踏まえた指導を行った。
08:30 指導内容の確認、描画準備。
09:00 年長児(5 歳)に描画方法の説明。制作。
③年少児(3 歳)の指導
09:30 年少児(3 歳)に描画方法の説明。制作。
年少児を集め、田中が手で葉や芽を描くための導入指
10:00 描画準備。
導。特に、塗料を手に付ける時の方法や、手を壁に押し
10:20 年中児(4 歳)に描画方法の説明。制作。
付ける時の方法等が指導された。そしてグループごとに
11:00 片付け
各壁面エリアに移動し、各エリアに準備された塗料を用い
て壁面への描画開始。手の形をきれいに壁に付ける方法
3.幼児への指導実践のようす
について言葉かけをし、幼児の手の動きの補助を行った。
①指導担当者間の打ち合わせ
また手に付いた塗料の様子と壁に押し付けられた手の跡
指導実践日当日、幼児へ指導を行う前に指導担当者間
の様子との比較などについて話し合い、次の手形のアイデ
で主に次のような打ち合わせを行った。
アを考えさせるなどを行った。
壁面は、玄関正面と年中児部屋前と職員室前の 3 つの
④年中児(4 歳)の指導
壁面エリアに分ける。玄正面は田中、年中児部屋前はペ
年中児を集め、田中が花やつぼみを描くための導入指
ルトネン、職員室前は多智が主たる指導担当者になる。
導。特に、段ボールや発泡スチロールでつくられた手づく
また各壁面エリアには、幼稚園教員、人発学生、園児保
りスタンプに塗料を付ける方法や、スタンプを壁に押し付
護者を指導補助者として配置。
ける方法等を指導された。そしてグループごとに各壁面エ
幼児は年長、年中、年少の各クラス 20 名ずつの園児
リアに移動し、各エリアに準備された塗料を用いて壁面へ
を 3 グループずつに分ける。幼稚園教員が各クラスにお
の描画開始。スタンプによってどのような模様ができ、そ
いて、幼児のグループごとにどの壁面エリアで描画するか
れらを構成するとどのような表現になるのかについて言葉
を決めておく。
かけをしながら制作を促した。またスタンプ模様がうまく
幼児の描画方法は、5 歳児は筆、3 歳児は手、4 歳児
表現できなかったことをもとに、新たなスタンプの使い方
は手づくりスタンプで描画を行う。そこで芸文学生および
を想起させ幼児の発想を遮らない指導を心掛けた。
人発学生は、各描画方法に合わせた描画準備を行う。
②年長児(5 歳)への指導
4.幼児への壁面描画指導の効果と反省点
年長児を集め、田中が植物のツルや茎等を描くための
(a) 年長児への指導の効果と反省点
導入指導
図1
。特に、筆に付きすぎた塗料をパレットの上
指導の効果としては、どのような葉を描いてみたいか、
でしごくことや、筆洗バケツで筆を洗う時の注意等が指導
どのくらい大きな葉や背の高い葉を描いてみたいか等の
された。そしてグループごとに各壁面エリアに移動し、各
会話をしながら制作を促したところ、数人の幼児たちは、
エリアに準備された塗料を用いて壁面への描画開始。筆
持っていた筆に塗料をつけ直し力強い筆跡で壁面描画に
で壁に描くということにためらいのある幼児に、どのような
取り組んでいた
葉を描いてみたいか、どのくらい大きな葉や背の高い葉を
のバランスを見ながら言葉かけをしたところ、数人の幼児
描いてみたいか等の会話をしながら制作を促した。また使
たちは、各自で壁面を見渡し指摘された箇所にどのように
われる塗料の色や描かれる形のバランスを見ながら言葉
取り組むべきか確認している様子を見せ、その後に指摘さ
図1 年長児に対する制作直前の指導のようす
図2 壁面描画に取り組む幼児
図2
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol.7, February 2013
。また使われる塗料の色や描かれる形
119
れた色の筆に持ち替え、壁面描画に取り組み始めた。指
その結果、指導者の手を壁面に押し付けて見本を見せな
導されたことをすべきかどうかを自身で確認する幼児の行
ければならず、壁面に指導者の手の跡が多く残される壁面
動は、非常に興味深いと思われた。
もあり、幼児の描画で構成されるはずの壁面構成を再考し
反省点としては、幼児の制作直前の説明において、筆
なければならなくなった。
や塗料の扱い方の説明が主になり、どのような草やツルを
また、用意した塗料の水分量が多く、はっきりとした手
描いてほしいかという具体的な描画内容の説明が不足し
形を付けることが困難な場面が多くみられた。さらに年長
ていた。そのため、各壁面エリアに移動した幼児は、どこ
児の時に用意した色よりも明るい色調の塗料であったた
に何を描画すればよいのか戸惑っていた。そこで各壁面
め、はっきりとした手形であったとしても目立たない模様と
エリアの指導者たちの指導によって幼児の描画が始められ
なってしまった。これらは、特に事前の制作シミュレーショ
た。その結果、幼児を興奮させるような言葉かけによって
ン不足からくる道具準備の反省点と思われた。
いたずら描きのような描画表現を生じさせてしまった壁面
もあり、幼児の描画表現に大きな違いが生じた図3。
(b) 年少児への指導の効果と反省点
図4 塗料を手につけている幼児のようす
(c) 年中児への指導の効果と反省点
図3 いたずら描きのようになってしまった壁面
指導の効果としては、年長児や年少児が描いた植物の
ツルや葉のための花やつぼみを年中児たちがスタンプで
指導の効果としては、手をパレットに押し付ける時間と
表現できたことである。また、スタンプ表現ではなく筆を
手を壁に押し付ける時間を1から5まで数えさせることで、
使って描きたいと考えていた年中児も多くいた。そういっ
しっかりと押し付けるとはどのように押し付けることを意味
た年中児と指導側の話し合いによって、スタンプに多くの
するのかを幼児に分からせることができ、はっきりとした
塗料を付け筆の代わりに模様を描こうと工夫を凝らすこと
手形を壁面に残せた
図4
。しかしこの押し付ける方法は、
ができたことも面白い効果であった。
幼稚園教員の臨機応変な助言によって幼児たちに指導さ
反省点としては、幼児の制作直前の説明において、段
れたもので、指導の効果があった方法ではあるが、学生に
ボールや発泡スチロールでつくられた手づくりスタンプに
とっては説明指導の不足に気付かされる場面であった。
塗料を付ける方法や、スタンプを壁に押し付ける方法等
また、幼児にとっては、壁に付いた手の跡も自分の手に
の指導が主になり、スタンプでどのような花の模様ができ
残る塗料の跡も同じように不思議で楽しい状況であること
るのか、スタンプ表現の方法についての説明が不足して
が指導をしながら分かり、そのことを幼児との会話のきっ
いた。そのため、
スタンプ 1 つで花とする模様ばかりになっ
かけにし、そこからどのような手形模様を壁に付けるかに
てしまった
ついて考え行動させることができた。
また年中児が用いた色彩とスタンプの形の強さによっ
反省点としては、幼児の制作直前の説明において、塗
て、年少児の手形が模様としてさらに見えにくくなってし
料を手に付ける時の方法や、手を壁に押し付ける時の方
まった点。下地として描かれていた動物や人間の絵の上に
法等が主に指導され、手でどのような模様を表現してほし
スタンプを押してよいかどうかがあいまいであったために、
いか、あるいは表現できるのか等の具体的な説明が不足
各壁面を担当した指導者等のばらばらな助言に幼児たち
していた。そのため各壁面エリアに移動した幼児は、どこ
の表現にばらつきが生じた点。赤い塗料の水分量の多さ
に手を押しつけるべきか戸惑っていた。そこで各壁面エリ
から、描画面からしたたるような模様が生じてしまい、何
アの指導者たちの指導によって幼児の描画が始められた。
かが流血しているようで気分が悪いという意見が幼児たち
120
G E I B UN 0 0 7 : 富山大学 芸術文化学部紀要 第7巻 平成25年2月
図5
。
からも多く出された点。これらの反省点は、指導側の事前
図6
の制作シミュレーション不足のために生じたと思われる
。
明確にしておくことが重要と思われる。
3 つ目は、制作中における言葉かけの工夫である。こ
のことも 2 つ目と同様に、幼児に何をなぜ指導するのかに
ついて明確にしておくことが重要と思われる。また同時に、
幼児の性格、制作前に指導したことを幼児がどのように理
解し行動するか、集中力を欠いているか否かなどの状況
に合わせた言葉かけが重要であり、幼児への指導実践経
験がやはり重要になると思われる。
4.まとめ
今回の実践から見出された幼児に対する描画指導の今
後の課題は、当たり前のことではあるが教育現場における
実践研究および実践に必要な理論研究を繰り返し行うこと
が重要と思われた。
図5 スタンプで壁に模様をつける幼児のようす
しかしながら、実践研究を行う教育現場の協力を常に得
ることは困難なため、今回のことを足掛かりに、幼児と直
接かかわりを持てる機会を関係機関と連携して活動の機
会を設けていきたい。
注釈
* 1 <大沢野幼稚園園歌>
作詞:牧野杏子 作曲:藤波 弘
1. おひさまおはよう(おはよう)きらきらきいろ(き
らきらきいろ) みんなのぼうしも(ぼうしも)き
らきらきいろ(きらきらきいろ) きょうもかぶっ
てようちえん おにわのおはなもうれしそう
2. おはながゆれて(ゆれて)みんながうたう(みん
ながうたう) おててをつないで(つないで)く
るくるうたう(くるくるうたう) なかよしこよしの
ようちえん ことりもいっしょにうれしそう
3. すべりこてつぼう(てつぼう)みんながひかる(み
んながひかる) みんなのかおも(かおも)にこ
にこひかる(にこにこひかる) げんきなよいこ
のようちえん おやまもおがわもうれしそう
図6 赤いスタンプの模様がにじんでしまっているようす
3.今後の課題
幼児に対する今回の指導の効果と反省点を踏まえ、幼
児に対する描画指導の今後の課題は、次の 3 つの点と考
えられた。1つ目は、事前準備段階での幼児に対する制
作指導シミュレーションの充実。このシミュレーションを充
実させるには、幼児の行動や情緒について更に実践経験
がなければ困難と思われる。
2 つ目は、制作直前の指導内容の選択および言葉かけ
の工夫。これは特に、幼児に何を指導するのかについて
Bulletin of the Faculty of Art and Design, University of Toyama, Vol.7, February 2013
121