特 集 РЕГИОНЫ 特集◆ロシアの有望地域を発掘する РОССИИ ロシアの有望地域を発掘する MINI REPORT 第三の首都カザンとタタルスタン共和国 はじめに 本稿では安定した経済発展や投資誘致を実 2011年から2013年にかけて4回ほどタタル 現し、ロシアの地方の中でも重要な地位を維持 スタン共和国の行政中心都市カザンを訪問す するタタルスタンの現状について紹介し、投資 る機会に恵まれた。カザンはモスクワ、サンク 先としての同共和国の魅力を改めて考える。 トペテルブルクに次ぐ「第三の首都」として正 式に登録された町だ。2013年に学生のスポーツ タタルスタンの社会・経済情勢 の祭典、ユニバーシアードが開催され、これを 概況 まずは簡単にタタルスタンの社会・経 機に町は大きく発展したと、住民が口をそろえ 済状況を概観する。総面積67,836.2㎢に人口約 て語る。実際、道路やスポーツ施設の建設が進 3,822,000人(構成主体第8位、2013年1月現在) み、ホテルの数が増え、町が整備されたという が住むタタルスタンは、沿ヴォルガ連邦管区に 印象は受ける。 位置し、ロシアの母なる川、ヴォルガ川とカマ また、タタルスタンではロシアの有力な地方 川の間に広がる。行政中心都市カザンはモスク リーダーの一人、ミンチメル・シャイミエフか ワから約800㎞、飛行機で1時間、列車で12時 ら、現在のルスタム・ミンニハノフ大統領に交 間(2013年5月、モスクワ-カザンを3.5時間 代し、政策の重点が政治から経済に移り、石油、 で結ぶ高速鉄道建設計画が発表された)のとこ 石油化学、機械製造などを軸とした経済発展の ろに位置する。ヴォルガ川に沿って、ニジネカ 勢いは地方の中でもトップクラスである。 ムスク、アラブガ、ナーベレジヌィ・チェルヌ 一方でロシア南部のカフカス地方を中心に活 ィなどタタルスタン経済を支える都市が並ぶ。 動を広げるイスラム過激派がタタルスタンに タタルスタンのマクロ経済指標をみると、2012 浸透し、これまで比較的社会が安定していた同 年のGRP(地域総生産)は1兆4,151億500万ル 共和国に不穏な情勢も見え隠れする。 ーブルで。2008年の金融危機で一時、経済が落 ち込んだものの、2009年以降は順調に回復し、 近年は連邦平均を上回る水準で成長を続けて いる。 表1 タタルスタン共和国GRP (100万ルーブル/%) 実数 2008 2009 2010 2011 2012 926,057 885,064 1,001,623 1,275,532 1,415,106 成長率 107.7 96.6 104.3 105.7 105.5 連邦* 105.2 92.2 104.5 104.3 103.4 (出典)連邦統計局タタルスタン共和国局HP(tatstat.gks.ru) 町でよく見かけるユニバーシアードのマスコット 66 *連邦はGDP成長率。 ロシアNIS調査月報2014年2月号 第三の首都カザンとタタルスタン共和国 タタルスタンはロシア有数の工業地域であ 131haの敷地に約140の企業がある。2007~2011 り、石油、石油化学、機械製造、航空機製造、 年で総額1億5,000万ドルの投資が行われてい 金属加工など、たくさんの産業が発展している。 る。共和国プロジェクトであるが、国が主催す 外国との国境を持たないタタルスタンであ る投資に関するコンクールで最優秀評価を受 るが、貿易は盛んである。2012年の貿易総額は け、約6割は連邦からの投資を受けている。将 251億8,320万ドルで、主に石油、石油製品、化 来的には200社を誘致し、10,000人以上の雇用 学品などを輸出し、原料となる化学品やプラス を確保することを目標としている(2011年10 チック、鉄鋼などを輸入している。主要貿易相 月「ヒムグラド」マーケティング・PR担当副 手国は、イタリア、トルコ、ポーランド、オラ 部長のインタビューより)。 ンダ、ウクライナ、ドイツ、ベラルーシの上位 6か国で、これらの国との貿易総額が全体の約 60%を占める。 安定した政治 シャイミエフ大統領時代 タタルスタンは タタルスタンは1998年、モスクワ市(58億 1991年のソ連崩壊前の1990年に主権宣言を行 6,000万ドル)、モスクワ州(7億870万ドル) ったり、1993年のロシア連邦憲法制定よりも前 に次いで外国投資額第3位(6億8,380万ドル) に共和国憲法を制定したりと、独自に連邦より を占めていた。 先を歩んできた。外国との境界線を持たないタ タルスタンが連邦からの独立を求めることは なかったが、自治権を拡大し、連邦と同等な関 表2 タタルスタン貿易統計 (100万ドル) 2008 2009 2010 2011 2012 係を求めていた。そのタタルスタンを主導して 総額 21,373.4 13,491.6 19,563.4 25,291.9 25,183.2 いたシャイミエフ大統領(当時)は1990年代の 輸出 18,445.8 11,748.6 16,986.0 21,896.0 21,353.8 ロシアにおいて、最も有力な地方政治家であり、 輸入 収支 2,927.6 1,743.0 2,577.4 3,395.9 3,829.4 15,518.2 10,005.6 14,408.6 18,500.1 17,524.4 (出典)連邦統計局タタルスタン共和国局(tatstat.gks.ru) 1990年代半ばには連邦政府への影響力すら強 めていた。 しかし、2000年になってプーチン政権の下で 中央集権的な政策が進められると、タタルスタ ンに優遇されていた権限や税制措置が廃止さ 投資環境 ビジネス誌「エクスペルト」が毎 れ、他の構成主体と同じ扱いを受けるようにな 年発表している「ロシア地域別投資環境ランキ った。2002年に改正された共和国憲法では連邦 ング2012~2013」によると、投資ポテンシャル への帰属を明確にし、連邦憲法を逸脱する内容 で第6位、投資リスクで第7位(どちらも2012 はすべて修正された。タタルスタンに特権を与 年発表と同順位)、特に経済的なリスクという えていた連邦政府と共和国政府とのあいだの 点では連邦構成主体で最も低いと考えられて 権限分割条約も修正が加えられ、多くの特権を いる。 失うことになった。 連邦政府が管理するアラブガ経済特区の他、 こうした連邦政府の政策に、最初の時点では 多数の工業団地、テクノパーク、インキュベー 抵抗や反対を示したシャイミエフであったが、 ターなどを備え、投資誘致を積極的に行ってい のちに連邦の政策を受け入れ、彼自身が共和国 る。たとえば、石油化学に特化したテクノポリ 内で中央主権的な政策を進める口実としてむ ス「ヒムグラド」は2006年に作られ、総面積 しろ歩調をそろえた。結果として、シャイミエ ロシアNIS調査月報2014年2月号 67 特集◆ロシアの有望地域を発掘する フの連邦に対する影響力は衰退したものの、共 任者とつながりの深い首長の就任で、シャイミ 和国内で安定して、強力な権威を維持、拡大し エフ自身は共和国大統領顧問として、共和国に た。2005年に建都1000周年を迎えるカザン市に おける重要な地位を維持した。 対して連邦政府が多額の投資を行い、市内には シャイミエフ時代から共和国の社会・経済分 地下鉄が敷設されるなど、インフラ整備が進ん 野を担当していたミンニハノフは、その経験と だのもシャイミエフの功績と考えられている。 知識を生かし、共和国の社会・経済発展に力を 入れた。 タタルスタンの経済発展の要因 ユニバーシアードの恩恵 2012年のウラジオ ストックAPECサミット、2014年のソチオリン ピックなど、ロシアでは国際的なビックイベン トを各地に誘致し、その開催準備という名目で 国内外の投資を誘致し、当該地域の経済発展を 図る動きが2000年代半ばから積極的に行われ ている。その一環として、タタルスタンでは、 2013年に学生のスポーツの祭典、ユニバーシア カザン・クレムリン内のクル=シャーリフ・モスク ード開催が実現した。同大会のカザン開催は 2008年5月にブリュッセルで決定し、2009年に は約300億ルーブルが連邦予算から拠出される 計画が発表された。計画はその後何度も修正さ れ、最終的に連邦予算から約670億ルーブル、 共和国予算から810億ルーブル、民間投資から 800億ルーブルが投資されたと伝えられている。 主にスポーツコンプレックスが建設・改修され、 道路や空港の改修、ホテルや橋の建設など社会 インフラの整備も進められた。 こういったイベントに合わせて作られた 様々な施設は、イベント終了後の用途が問題と 同じ敷地に並ぶブラゴヴェシェンスキー大聖堂 なるが、カザンではオリンピック村が大学寮と して使われ、主要なスポーツ施設は市民に開放 ミンニハノフ大統領 シャイミエフの後任と されている。また、開会式に使われた欧州最大 して共和国大統領に就任したのは、彼の下で長 のスクリーンを持つと言われるスタジアムは、 年首相を務めたミンニハノフであった。この時 2018年に予定されているワールドカップサッ 期、メドヴェージェフ大統領(当時)は、長年 カーの会場となる予定だ。 首長を務める重鎮を各地で交代させ、地方政府 第二の経済都市群 タタルスタンの政治・経 の刷新を図っていた。多くの元首長が地元との 済の中心はカザンであるが、それに次ぐ第二の つながりを断たれる中、タタルスタンでは、前 経済都市群ナーベレジニー・チェルヌィ都市群 68 ロシアNIS調査月報2014年2月号 第三の首都カザンとタタルスタン共和国 (アラブガ、ニジネカムスクなどを含む)の発 イスラム過激派の台頭 タタルスタンは最も 展もタタルスタンの経済発展を支えている。 多民族な構成主体の一つであり、120近い民族 「KAMAZ」や「Sollers」を中心とした自動車 が住むと言われる。民族的ロシア人に次いでロ クラスターとロシア有数の規模を誇る石油化 シア国内第二の人口を占めるタタール人が、同 学メーカー「ニジネカムスクネフチェヒム」や 共和国の主要民族であり、トルコや中央アジア タタルスタン最大の石油会社タトネフチ傘下 と同じチュルク系の言語を母語とし、イスラム の「TANEKO」を中心とした石油精製・石油 教を信仰する。このほか、人口1万人以上を構 化学クラスターがあり、前者は自動車部品企業、 成する民族はロシア人、チュヴァシ人、ウドム 後者は小規模の製油所といった関連企業も成 ルト人など10民族に及ぶ。タタール人が52.9%、 長している。 ロシア人が39.5%を占めており、町のあちこち 自動車クラスターの発展を支える経済特区 にイスラム寺院のモスクとロシア正教会が立 アラブガでは、三菱ふそうブランドのトラック ち並ぶ。カザン市にあるクレムリンの中には 生産も行われている。経済特区周辺には他のテ 2005年の遷都1000周年に合わせてモスクが建 クノパーク、工業団地、インキュベーターなど 設され、ロシア正教会と隣り合わせに立つ。そ 様々な特区が設置されており、企業集積型の経 の景色は多民族地域タタルスタンならではの 済発展を進めている。 風景と言える。 このほか、共和国南東部には石油鉱床が集中 イスラム教徒とロシア正教徒が共存し、深刻 しており、北部では農業が盛んである。このよ な宗教問題にさらされることのなかったタタ うにタタルスタンでは共和国全域に経済発展 ルスタンだが、最近は少し状況が変化している 地域が広がっており、様々な産業で発展のポテ ようだ。イスラム教の宗教指導者が殺害される ンシャルを持つ。 事件が相次いでいる。言われてみると、2011 年に、ほとんど見かけなかったスカーフを頭に タタルスタンの抱える課題 巻いた女性の姿が、2013年11月の訪問の際には 従来型石油生産の限界 石油生産で連邦の 増えていたように思う。同共和国に限ったこと 上位を占めるタタルスタンであるが、この地域 ではないが、最近ロシアではロシア正教からイ には高硫黄・高粘度の超重質石油が膨大な埋蔵 スラム教に改宗する若者が増えていると聞く。 量を持つと言われる。しかし、超重質石油は既 存のパイプラインで輸送することが困難であ おわりに り、軽油と混ぜて輸送しているが、軽油の生産 政治的にも経済的にも安定し、重要な地位を 量が減少しており、石油生産各社は年度を下げ 維持し、投資先として有望なタタルスタン共和 る技術開発に力を入れている。2013年9月に現 国。今後もその発展が期待される一方で、石油 地で行ったインタビューで、たとえば、タトネ 生産量の限界や民族問題の可能性など、不安定 フチの研究開発部門を担う研究所「TatNIPIneft」 要因も無視することはできない。今後もタタル では大学の研究者などと協力して積極的に技 スタンが発展を続け日本企業の関心がさらに 術開発を進めている。またルクオイル100%子 向けられていくことを期待し、同共和国の情勢 会 社 RITEK で タ タ ル ス タ ン を 管 轄 す る を見ていきたい。 TatRITEKneftも改質技術を検討していると語 (中馬 瑞貴) った。 ロシアNIS調査月報2014年2月号 69
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