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安保条約と日米経済関係
安保条約と日米経済関係
はじめに││﹁安保下の繁栄﹂論
隆
V
石油精製(原油処理能力)、 石油化学(エチレン生産能力)などではアメリカにつぐ世界第二位
国民が安んじて生業にいそしむことができるようにしたこと、永い聞の統制経済を撤廃して企業の自由、経済活動の自由
この日本経済の繁栄の要因として、政府・自民党は﹁アジアの情勢が不安定の中にあってよく国の安全と平和を守り、
にまでのし上がった。
ピ、合成繊維(以上生産量)、
欧諸国をしのぐ実力を備えるにいたった。とくに重化学工業部門では、造船は世界第一位、鉄鋼、自動車、ラジオ、テ
日本経済は戦後、急速な復活と発展をとげた。現在、国民総生産は世界第三位に迫りつつあり、工業生産力はすでに西
森
を回復し、国民が思う存分にその能力を発揮できるようにしたこと、 アメリカをはじめ自由諸国と仲よくし、貿易をのば
3
5
重
平和 ・安全・繁栄﹄)をあげている。
したこ と﹂ (六八年参院選挙政策解説 ﹃
を最小限にとどめながら 、国の安全保障の方途が講ぜられておったればこそである ﹂として、
(向上) と強調している。
﹁将来 もなお 、E本の安定
しか も 、 ﹁それは占領下においては連合国軍とくに米軍、独立後は日米安全保障条約によって、 日本の負担する防衛費
と繁栄のためには、相当長期に わたって日米安保体 制を 堅持する ことが、絶対に必要である﹂
、私たちは果たして信用するだろうか 。
dを
﹁安全を保障﹂されたのは、アメリカに依存・従属する日本独
﹁安保体制下の繁栄 ﹂、﹁ 軍備なき繁栄 ﹂ というこのようなグ神話
占領下から新安保体制下の今日にいたる歴史と現実は、
d であることを証明 してい
る。さらに 、こ の日本独占資本の復活と発展が 、日 米軍事同盟のもとで 、戦 後 一貫 して
占資本を中心とした支配 層 だけであり、アメリカの強大な軍事力を背景とした日本国民からの搾取と収奪の結果としての
HH
繁栄
﹁安保下の繁栄 ﹂論の欺繭性を明らかに しよう。
﹁極東の兵器工場﹂として位 置 づけられ、追及されてきた結果であることも、ベトナム戦争下の今日、 いよいよ歴然とし
てきた。
以下、戦後日本経済の歴史と現実を分析しながら、
極東の ﹁
兵器工場﹂ と し て の 独 占 復 活
﹁日 本の戦争機構 1 11
軍事 上および産業上の!ーを建設し、運営するにあたってもっとも積極的であった人々は、しば
占領下日 本 の 独 占 資 本 育 成 政 策
I
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安保条約と 日米経済関係
しば、この国の最も有能にして最 も成功 した 実業 指導者で あり、彼等の助力は多くの場合において、 日本の経済復興に
寄与するであろう﹂。
旧安保条約締結にさきだっ三年前 の一九四八年一月 、と きの米陸軍長官 ロイヤル は、その 演説で日本を ﹁極東の工場﹂
一体のものとしてとらえていたこと、そのさい
に育てあげる必要があると強調した。右はその一節である。ここには当時すでにアメリカが占領下日本の﹁経済復興﹂と
経済の軍事化 、 ﹁軍事上お よび産業上﹂の﹁戦争機構﹂の 建設 を不可分、
日本独占 資本の直接の代表である ﹁実業指導者﹂を活用することが、 かれらの基本方針であったことが端的に示されてい
る
。
さらに、この年三月に来日したドレ l パ l使節団は、その調査報告(ジョンストン報告)で、賠償や軍事工業の解体、撤
去を中止し、日本の 軍需産業の 拡大とアメリカ 資本の日本進出の保障を提案している。
こうした提案や、陸 軍長官の演説は 、 アメリカが戦争準備のため、巨大独占体の利益のためには、その対外的約束を平
気でふみにじるものであることを示す一例である。ほかならぬアメリカ大統領が署名し、世界にも公表したポツダム宣言
にはつぎのような一節がある。
0
﹁
日 本国は 、其の 経済を支持 し、且公正な る実物賠償の取立を可能なら しむる が如き産業を維持することを許さる べ
し。但し、日 本国をして戦争の為再軍備を為すことを得しむるが如き産業は 、此の限りにあらず﹂
この賠償撤去の中 止が、そのごの日 本経済の軍事 化にどれほど 貢献 したかは、この措置によって﹁温存されることにな
経済﹄ 一九六七年四月号木原論文﹀ という事 実 で証明される。し
った工場の七二%までが直接兵器生産に 関係があった﹂
﹃
(
かも日本の立地条件 、工 業 力、低 賃金を 利用した、こうした﹁極東の兵 器工場﹂化政策は、当然アメリカ独占資 本への従
属を強めながら推進され た
。
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た と え ば 、 戦 災 と 戦 後 の 操 業 禁 止 に よ っ て 、 破 滅 に ひ ん し て い た 日 本 の 石 油 産 業 が 、四 九 年 にな っ て 突 然 製油 所 の 再 開
一時は全面破壊の運命にあったが、占領下日本の軍国主義復活の経済 的 土 台 と な る 重
を 許 可 さ れ た こ と は 、 ア メ リ カ 独 占資 本 の 意 図 を 如 実 に示したものであった。戦後日 本 の 石 油 工 業 は す べ て 賠 償指 定 工場
として占領軍の手にとり上げられ、
化 学 工 業 の 基 幹 部 門 と し て い ち 早 く 復 活 し た の で あ る 。 ア メ リ カ 独 占 資 本は、この 重要 な 石 油 工 業 部 門 の 復 活 を 許 可 す る
に当たって、資本、技術、原料、販売などの面でこれを完全に支配し、従属させる方針を貫徹した。日本のあらゆる産業
部門の中で、 ア メ リ カ 独 占 資 本 が 最 も 根 強 い 支 配 力 を 維 持 し て い る 石 油 産 業 の 今 日 の 姿 は 、 こ の 時 期 に 基 礎 づ く ら れ た の
である。
他方、 ロイヤル言明が明らかにした占領下日本の独占資本﹁育成﹂についていえば、 当時﹁財閥解体﹂ の主要な一環
であった独占企業の集中排除政策は、 極 東 委 員 会 ア メ リ カ 代 表 に よ る ﹁過度 経済力集中排除法﹂ 不要声明(四八・二て
によってまったく空文となり、また、当初﹁解体﹂を指定された独占企業三二五のうち、 実 際 に 解 体 さ れ た の は 一 一 社
防衛委員会の発足
翌四九年から実施された、 いわゆるドッジ・ライソは、
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﹁超均衡﹂財政の名のもとに大衆課税のいっそうの強化、低賃
上 げ 、 運 賃 、通信料金のそれぞれ二・五倍、四倍引上げが強行された。
度の一挙二・三倍に、とりわけ所得税は二・五倍にはね上がり、徹底した大衆課税である取引高税が創設され、タバコ値
民 に た い す る 搾 取 と 収 奪 を 飛 躍 的 に 強 化 す る よ う 日 本 政 府 に 指 示 し た 。 こ の た め 、 た と え ば 四 八 年 度 予 算 では税金は前年
にす、ぎなかった。同時にアメリカは、占領国日本の経済軍事化と独占資本育成にあたって、その資金調達のために日本国
九
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安保条約と日米経済関係
金・低米価政策の強要、 企業および全経済の徹底的﹁合理化﹂と大量首切り、見返り資金の運用、単一為替レiトの設定
など一連の方策によって、日本経済をいっそう強くアメリカ経済に従属させるとともに、日本経済の潜在的軍事化のため
の基礎構築をめざしたものであった。
このようにして日本国民の犠牲のうえに復活した日本の工業生産力は、アメリカの朝鮮戦争のなかでフルに活用され、
また、 いわゆる朝鮮特需を契機として、日本の軍需生産の本格的再開の第一歩がふみだされたのである。
原則的な了解﹂
(
五
一 ・二・六 ﹃朝日﹄)に達 したと発表、 国内では日本独占
ついで一九五一年一月に来日した米国務長官顧問ダレスは、吉田首相と﹁日本共同防衛の見地から、 まず両国間に広汎
な経済協力体制をととのえることについて、
﹁日米経済協力懇談会﹂に改組、拡大され、
日 米経済協力﹂
資本の全国組織である経済団体連合会が ﹁日米 経済提携懇談会﹂を新設し た。こうして、日本の再 軍備は ﹁
の名のもとに公然と動き始める。同懇談会は旧安保条約が締結されたのち、
そのなかに兵器、艦船、航空など二O近くの分科委員会をもっ﹁防衛生産委員会﹂が創設された。この委員会はまた五人
0
の将官をふくむ旧陸海軍の高級将校二二人をょうする審議室を設けて、白から再軍備計画の立案に着手した (五三・一、﹃エ
ヨノミスト﹄﹀
(﹃防衛生産委員会十年史﹄) を公然と要求した。設備投資を主な要因とした一九五五年以降の﹁高度成
そのご、この防衛生産委員会は、﹁武器生産再開にあたって:::設備資金については、開銀融資などのごとき国家資金に
よるバックアップ﹂
長﹂は、このように兵器生産を媒介として始まり、 日本独占資本主義の重化学工業化が、経済の軍事化を軸に進められた
のである。またこの時期に、国家財政からは独占資本向けに巨額の補助金が支出され、資産再評価、特別償却制度、租税
特別措置などの手段によって資本蓄積が強行された。こうして、鉄鋼、造船、機械、石炭、石油などの基礎的生産力が強
化され、軍需生産の基礎条件が整備された。
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従 属 を 強 め た M S A協 定
﹁集団安全保障﹂の名によ
(
第
日本国内で入手できるような原材料や半加工品を、 同意される期間、 数量、 条 件 に 従
って生産し、 ア メリカに 譲渡する 、③防衛のための工業所有権および技術上の知 識の交換の 方法や条件をきめ、しかも私
②日本はアメリカが必要とし、
またこの M S A協定は、以上のほか、①両国政府は、合意する他の政府に対して、装備、資材、役務の援助を供与する、
八条)。
を執り、且つ、 アメリカ合衆国政府が提供するすべての援助の効果的な利用を確保するための適当な措置を執る﹂
及び自由世界の防衛力の発展及び維持に寄与し、自国の防衛能力の増強に必要となることがあるすべての合理的な措置
﹁自国の政治及び経済の安定と矛盾しない範囲でその人力、 資源 、施設及び一般的経済条件の許す限り自国の防衛力
うに日本の再軍備を義務づけたものであった。
M S A協定は、 日米両国の安全保障 条約にも とづく軍事的義務を履行する ことの決意を再確認するとともに、 つぎのよ
ると述べている。
外 交 委員会の証言で 、この援助は日本の﹁圏内安全保障と園内防衛のための武 器の資金 ﹂を提供することを目的としてい
って反共軍事マフロ ックをつく りあげるための一手段としたものである。当時の米国務長官ダレスは五三年五月の上下両院
五一年の相互安全保障法によって、同盟国や従属国との聞に結んだものであり、
防衛援助法、 ・
戦後日本の再軍備、経済軍事化を推進するための重要な柱の一つであった。 M S A協定は、 アメリカが一九四九年の相互
旧安保条約存続期間中の 一九五四年三月調印された M S A協定(﹁日本国とアメリカ合衆国との聞の相互防衛援助協定﹂)は
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安保条約と日米経済関係
人の利益を保護し、秘密保護をはかる、④日本政府は、共通の安全保障のため、世界平和を脅かす国との貿易を統制する
措置をとることについて、米合衆国その他の平和愛好国の政府と協力する、⑤アメリカ政府は、協定の実施と対日 M S A
援助の進ちょく状況などを観察するための職員団をおくことができる 1 1・と規定しており、アメリカへの従属をあらゆる
面で具体的な方針として打ち出した。
M S A協定はこのようにアメリカに政治 経、済両面で従属し、アメリカの反共事事 同盟のために﹁再軍備﹂を義務づけたも
のであったが、同時に日本独占にとっては、外資導入の増大をテコとして日本経済の軍事化と保守支配の強化をはかる重
i---また近代的な装備国産化の一つの
要な契機ともなった。﹁ジェット機生産のほか、警備艦の建設に戦後はじめて着手L
きっかけとなった M S A小麦資金の配分計画案決定、誘導弾研究のための民間機構としての G M懇談会の発足などに、多方
(の防衛
面にわたって具体的な動きがつぎつぎとあらわれた﹂(﹃経団連防衛生産委員会十年史﹄)。五四年七月には﹃自衛隊﹄が発足する。
五五年に経団連は﹁防衛生産の現位置と本年度の課題﹂と題する提言を発表して﹁有事の際における必要規模
生産力) を常時装備し、維持していくことを国の問題としてとりあげる﹂ょう主張した。
また、当時の経団連副会長、現会長の植村甲午郎氏は、この頃すでに経団連月報の﹁わが国産業構造の問題と防衛産業﹂
のなかで、産業の基礎のない防衛力は﹁砂上の楼閣﹂であり、最近の防衛が航空機、電子兵器など、技術の最高水準を要求
されるために、防衛産業の確立は一般工業の技術水準向上と密接な関係をもち、産業の振興のためにも非常に重要な位置
にある、と述べている。
)0
軍需生産は公然とアメリカの 内
庁援助
d
と 国 民 か ら 収 奪 した 税金によって開始された(一次防は五八年から公然と
こうして、保安庁発足いらい内々に研究が進められていた第一次防衛力整備計画案ヘ一九五六年からの五カ年計画)が内
定され
実施に移される
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同時に日本の自衛隊は、アメリカの指揮下に置かれることを大前提として発足したから、アメリカの極東反共軍事同盟
の統合部隊の一部として、兵器の規格は最初から統一されていた。兵器の国産化に際しても、 アメリカの兵器の規格に合
わさねばならず、そのためアメリカから技術や設計に対する権利、製造権を購入しなければならない。国産化といって
も、アメリカ独占資本への従属の下で、安価な労働力によって、日本で生産するという、自主性のない自給生産にならざ
るをえなかった。
新安保体制と日米経済
新安保体制の経済的背景
E
d条項とよばれるつぎのような第二条がもりこまれていた。
日米両国間の経済関係について言及したこのような条項は、
一九五一年サンフランシスコ講和条約と同時に調印された
国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の聞の経済的協力を促進する﹂。
り、並びに安定及び福祉の条件を助長することによって、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約
﹁締結国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することによ
新条約にはグ経済協力
一九六O年六月二三日、歴史的な安保闘争の大波にもまれながら、岸自民党内閣は現行安保条約を強行批准した。その
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安保条約と日米経済関係
旧安保条約にはなかったものである。
一定の変化があったか
ではなぜ、戦後の日米関係を基本的に律するものとしての新、旧二つの安保条約には、このような条文上の違いが生じ
て会﹂たのか。
その理由は、それぞれの条約の背景となっていた客観的な事実関係と両国の相互関係のうえで、
4な経済軍事化を推進すること、そのにない手としての日本独占資本を従属支配のもとに組みこみつ
らである。いいかえれば、旧条約締結前後の両国関係はまずもってアメリカのアジア侵略、反共軍事戦略の必要から発し
た、いわばグ他律的
っ、育成するという点に最大の特徴があった。
これにたいして新条約締結当時には、日本独占資本はすでに戦後復興の過程をおわってあらたな発展の段階にあった。
当時、日本経済の全生産量は戦前水準(昭和九ー 二年平均) の三倍に達しており、製造業全体のなかで占める重化学工業
部門の構成比率(﹁付加価値額﹂による重化学工業化率)も六四・八%という高水準に達していたのである。またそのなかで、
日本経済の生産力の圧倒的部門はすでに、ごく少数の巨大独占グループ、独占資本の手ににぎられていた。しかも新条約
締結の当時、右のような段階にまで復活、強化していた日本独占資本にとって、内外の情勢はときとともに困難の度を加
えていたのである。
このような状況のもとで、経済の軍事化1 1独占の手に集中された巨大な生産力がっくりだす生産物の一部を武器、軍
需品として国家に買い付けさせることによって、市場問題解決の一環とするとともに、自国国民の弾圧と対外侵略のため
の暴力機構強化に役立てること、またその目的のため、収奪を強化することによって軍事費の増大、特権的国家市場拡大の
資金とすると同時に、財政、金融、産業上の編成替えを行なうこと!ーは、すでに日本独占資本の内的要求となっていた。
他方、 アメリカはこのような白木独占資本にたいして、いっそう大規模な経済軍事化を迫るとともに、高度に発達した
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資本主義国のすべての領域にわ たって、民核抑圧と従 属支配の果実をできるかいきり手 に入れようとした。
新条約の締結と、そのなかに新し︿第二条がもりこまれたことの茶木酌皆景はおよそ以上のようなものであった。
経済の軍事化と軍事費の急増
一寸
(マクナマラ国防長官、六四年一月二八日)と公然と主張した。
在力﹂として強化してきたことを見落としてはならない。
﹁軍事潜
﹁近代兵器の 装備体系は 、金属、機械、化学、電子工学など、
準軍事費はもちろん、 いままで見てきたように米日反動勢力が戦後一貫して日本経済の重化学工業化をすすめ、
家 地方財政を通ずる 警 察 司 法 関 係 費 、 道 路 、 港 湾 、 空 港 整 備 費 、 原 子 力 を は じ め 科 学 技 術 研 究 費 な ど の な か に ふ く ま れ る
本の経済軍事化の現状を正確にみるためには、年々﹁防衛関係予算﹂として公表される直接軍事費以外に旧軍人恩給や国
七・二五%にす ぎないとか 、国民総生産の0 ・八八%にしかす、ぎない(六八年度の軍事予算) と宣伝している。 しかし、日
こんにち政府・自民党は、このような軍事費の急増をと りつくろうために、政府予算総額のなかで防衛費の占める割合が
の二倍となり、社会主義国を除いて世界の第九位(六七年現在、ロンドン戦略研究所の発表) にランクされるまでになった。
では二兆三、四OO億円とその拡大テンポは世界でも類を見ない激しきであった。こうして六八年度の軍事費は六二年度
五四九億円であったのに対し、第二次防衛計画(一九六二 i六六年)のそれは一兆三、八八O億円、さらに第三次防衛計画
そして事実、新条約締結後、日本の軍事費は急増している。第一次防衛計画︿一九五八 t六一年)の軍事費の合計が六、
ずだ﹂
本はいまや自らの軍隊を維持する経済力を備え太平洋地域全体に寄与するための自国軍隊を拡大する能力をもっているは
まず経済の軍事化についていえば、 アメリカは日本に対して、軍事費は国民所得の二%まで増加させよと要求し、
2
日
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安保条約と日米経済関係
あらゆる部門の最新で最高の科学、技術の総合のうえになり立っている﹂ (前出﹃経済﹄木原論文)のである。
この意味で、日本の重化学工業化率が 、五一年に五O%を越え、六五年には六二・六%に達したことを重視する必要が
ある。これはアメリカの五五・六%、イギリス、イタリアの五八・四%、西独の五九・三%を大きく上回っている。
日本はこの経済力を基礎に、 アメリカのアジア政策に協力してきた。この二、三年来、 日本の総輸出の約六分の一がベ
トナム戦争に関係する直接・間接の輸出で占められていることは、日本経済がこの﹁ベトナム特需﹂で支えられているこ
とを示すとともに、アメリカのベトナム戦争の﹁兵たん基地﹂としての役割を十分に発揮していることを物語っている。
発 展 し た ﹁ 日 米 経 済 協 力 ﹂ の実態
d化だけに あっ
たのではないことは前にのべたとおりである。
dをささえる基盤で
新安保条約に第二条がもりこまれたことの 意義は 、たんに日本経済の軍事 化
、 アメリカのアジア政 策 にたいする軍事上
の協力・単純なグ極東の兵器工場
第二条に明記された﹁日米経済協力﹂は、 急速 に回復・発展した日本独占 資本のい っそうのグ繁栄
あると同時に、 アメリカ対日軍事支配を背景として、高度に発達した資本主義国である日本にたいして、経済のすべての
領域にわたる帝国主義的要求を実現するための条約上の根拠となるものであった。
貿易・為替の自由化と日本経済の再編成
新安保条約が締結された翌、六月二四日発表された﹁ 貿易 ・為替自由化計画大綱﹂は、その具体的なあらわれであった。
岸自民党内閣は、この計画大綱のなかで﹁昭和三五年四月現在において四O%であった自由化率を、三年後におレてお
4.
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3
おむね八O%、石油、石炭を自由化した場合にはおおむね九O%に引き上げる﹂ことをアメリカに誓約した。
西ヨーロッパ諸国が同程度の﹁自由化﹂を実現するために、 ほぼ一 0年聞かかったのに比べるとこの速度は異常な急激
﹁自由化﹂の 急激な推進によ り、日本は 貿 易 ・為替上の
﹁アメリカ 資本の対日進出の自由 ﹂ ﹁アメリカ 資本に対する内国民待遇 ﹂を全面的にゆるすことに
きであり、アメリカの圧力がいかに強かったかを物語っている。
主権を大幅に放棄し、
なった。アメリカ独占資本の全面的な経済浸透を実現するために国内市場を﹁開放﹂するこの﹁自由化﹂は、同時に日本
経済の﹁再編成﹂をうなが し、日本独占資本の ﹁国際競争力﹂を強化することによって、アメリカのアジア政 策の従属的
補充部隊として対外進出する条件をも切り開くものであった。
d の強化、他面では商品と 資本の輸出増大をはか
d の最初のあらわれは、そのことを端的に示すもので
一面ではかドル防衛
一九五九年から六O年にかけて表面化したグドル危機
新条約が締結された当時、 アメリカの威信の低下と孤立化、支配体制の弱体化が進行していたことはだれの自にも明ら
かであった。
あった。こうした状況のもとで、 アメリカは当時、
ることによって危機の克服をはかろうとした。
一方、日本の独占資本は、 アメリカの商品と資本の導入を促進することによって、産業の﹁合理化﹂を推進し、 アメリ
カに従属しながら、東南アジアに進出する経済力をつくり上げようとした。当時の池田首相は﹁外国の資本、技術の協力
を得ることによって、わが国産業の発展、特にわが国にとって急を要する産業の高度化が期待できるだけではなくて、わ
)0
が国の比較的安価な労働力と熟練した技能を利用した製品が新しい市場を開拓することにより、資本技術の提携国に豊富
な利潤をもたらすことが可能となる﹂とその真意を述べている(六0 ・六・二二、在日アメリカ商業会議所での演説
農業の構造的変革
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安保条約と日米経済関係
﹁自由化﹂政策の推進は、日本経済の構造をますます対米従属のくさりに結びつけるとともに、国家独占資本を強化す
るための荒療治にも大いに貢献した。
それは、新安保体制下での日本農業の構造的変革をみれば最もはっきりする。 まず、六O年以降の日本の農産物輸入の
激増ぶりを数字で表わすと八表 1 Vのようになる。 六O年から六七年の聞に、 穀類は二・四倍、野菜果実は六・三倍、飼
料は四・八倍、肉類は五・四倍、酪農品・卵は四・四倍に激増した。これらの輸入農産物のうち、小麦、小麦粉、こうり
ゃん、大豆、牛脂などの大半をアメリカが独占しており、莫大な余剰農産物をかかえ、慢性的な農業恐慌に苦悩するアメ
リカにとって日本は重要な農産物輸出国であることを示している。この農産物の輸入増大は、日本の食料自給率を押し下
げ、農業生産の停滞に拍車をかけた。日本の食料農産物の生産は六O年 か ら 六 六 年 に か け て 、 僅 か 一 六 ・ 二 % し か 伸 び
﹁自由化﹂の強行と併行して﹁農業構造改善事業﹂を推進したが、
グ適地適産
dと称して奨励した果
ず、特に食生活の変化によって需要が急増している小麦、豆類、酪農品などについては輸入依存度が強まっている。
日本独占資本は、
樹、畜産・酪農などは、輸入農産物に押されて農家経営の破綻を招き、また輸入飼料の支配によって畜産・酪農経営をア
メリカに従属させ、直接収奪する体制を強めた。農業構造改善事業は、農民の階層分解を促進し、低賃金労働力の大量確
保という独占資本の要求を満たした。こうしてアメリカに従属する日本独占資本の農業政策により 、 日本農業はいまや農
家戸数の激減 、労働力の女性化・老齢化、 農作業の粗放化、土地利用率の低下などの荒廃状況を現出しているのである。
工業・エネルギー産業の従属の深化
﹁自由化﹂により、工業面での対米従属も深まった。アメリカを中心とした外資と技術の導入は急激にふえ、これが重
化学工業部門の急速な発展を支えた。それまでも、 アメリカは世界銀行を通ずる投資やワシ γ ト γ輸出入銀行を通ずる輪
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出金融などにより、電力、鉄鋼をはじめとす る日本工業の基幹部門を金融面でも支配 してきたが、
﹁自由化﹂後は、株式
投資、米市中銀行の融資、国債・社債の引き受けなどによる民間金融資本の直接進出がきわだって増加した。石油精製、
﹁資本自由化 ﹂を完成する方向が明示された。
一七 業種については 外資持ち株 一
OO%でも制限な し、三三業種
石油化学、電機、 アルミニウムなどの重要工業部門でアメリカ独占資本の支配力が強化された。とくに、六七年七月から
佐藤内閣が実施した﹁直接投資の自由化措置﹂により、
については五O %までなら制限なし、ということになり、今後五年間に、
アメリカはすでに、七百以上の子会社、合弁会社をつくっており、今後自動車、化学、電子工業、原子力などの﹁成長産
業﹂をはじめ、食品、商業、サービス業などを含めた全分野にわたるアメリカ資本の急激な浸透の道をさらに大きく開く
ことになった。
アメリカからの新鋭技術の導入は、重化学工業部門!l電力、石油化学、鉄鋼、電機・電子工業、産業機械、石油精製
などの各分野での急速な発展と独占集中を助けたが、このことは、日本独占資本が技術面でもアメリカに依存・従属をい
っそう深めたことを示し、さらに技術提携を条件と したアメリカ 資本の進出を促進する要因ともなっているのである。
さらに、日本のエネルギー構造の面での従属の、深まりも市-視する必要がある。
現在日本のエネルギー構造のうえで、石油が支配的な役割を果たし、将来は原子力が重要部分を占めようとしている
が、先に見たように石油産業の中枢は戦後いち早くアメリカ独占資本によって握られており、 エネルギー部門での石油の
比重、が高まるにつれて、 資本面と原油の供給面で アメりカの支配力はますます強まろうとしている。原子力産業はアメリ
カで開発された﹁濃縮ウラン﹂型発電炉が本流になりつつあり、濃縮ウランを軍事的にも独占するアメリカに今後長期に
完全に依存させられる体制が固まっている。日本経済の根幹であるエネルギー部門が日本独占資本の復活強化にもかかわ
らずアメリカに完全に支配される度合を強めていることはきわめて重視しなければならない。
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安保条約 と日米経済関係
以上大まかに見てきたような﹁自由化﹂による日本経済の対米従属の深化は、日本の国際収支のうえでも矛盾を深めて
いる。日本の 貿易構造は 、輸出、輸 入ともほぼ 三割をアメ リカが占めているが、戦後の日米 貿易の 収支をとってみると、
一貫 して日本の輸入超過・大幅赤字で あり 、 これが日本の国際収支の慢性的危機の主要な原因のひとつともなっている。
対米貿易の赤字は戦後、現在までに八七億ドルを越え、日本の貿易赤字総額の七割以上を占めている︿表2v。対米貿易
のバランスが黒字になったのは六五、六六年の二年間だけであり、六七年には再び赤字に転じている。これだけみても政
d
は末期的症状を呈しはじめ、
﹁ドル防衛﹂のために 、 なりふり構わぬ全面的協力を同
府 ・自民党のいう安保繁栄論がいかに欺繭にみちたものであるかがわかろう。
しかも 、 アメリカのグドル危機
盟 ・従属国に要求しているが、このことは貿易面でアメリカに依存している日本の国際収支をいっそう悪化させる要因と
なってきている。
日本独占の海外進出
日本独占資本は 、安保体制の下で対米従 属をいっそう強めなが らも、独占資本主義 としての力 量を強め 、帝国主義的な
﹁
ド ル防衛 ﹂に 苦悩
海外進出をも重視しはじめている。これは、対米貿易を中心とした国際収支の赤字を埋めるために 、東南アジアをはじめ
とする低開 発 国 へ の 販 売 ・原料市場のいつうの拡大の 必要を迫られていることにもよるが、同時に、
するアメリカの 積 極 的な要請でもある。
六七年一一月 、 佐藤首相はアメリカに飛び、ジョンソン米大統領と会談した。佐藤首相はこの会談で 、 アメリカのベト
ナム戦争を支持し、全面協力を誓ったが、とくに﹁隔意なく意見を交換﹂し合った会談後の﹁共同声明﹂は 、 ﹁安保条約
49
4
の堅持﹂を軸に、日米の経済関係についてもいくつかの重大なとりきめを行なっている。
﹁首相と大統領は、 日本の安全と極東の平和と安全のため日米相互協力および安全保障条約を堅持することが、両国
の基本政策であることを明らかにした c 首 相 と 大 統 領 は 平 和 と 安 全 の 維 持 が た ん に 軍 事 的 要 因 の み な ら ず 、 政 治 的 安 定
と経済的発展によるものであることを認めた。首相は日本が国力に応じてアジアの平和と安定のため積極的に貢献する
用意があるとのベた。大統領はこのような日本の努力はきわめて貴重な貢献をなすであろうとのべた﹂。
アメリカは、日本に対して、 いままで以上に支配・従属の関係を深めるとともに、 日本の軍事力・経済力を、アメリカ
﹁対外援助費﹂
一九六四年いら
(反共軍事同盟のため
の危機打開に全面的に利用し、 アジアの反共軍事同盟とアジアへの経済侵略の肩代りに﹁積極的に貢献﹂するよう要求し
たのである。
﹁ドル防衛﹂ のため、
一九六六年のアメリカの対外援助実績は総額四六億一三OO万ドルと、
アメリカは、 ベトナム侵略戦争のための軍事費の増大と、
の支出)の捻出に苦しんでいる。
い最低となり、国民所得のなかでのアメリカ政府の対外援助費の占める割合は五年連続して下がった。日米共同声明のな
かでくり返し、東南アジアへの﹁経済協力﹂の重要性を訴えていることは、 アメリカが東南アジアの反共軍事体制維持の
ために、 日本の経済力を利用しようとしている意図をはっきりと示している。日本独占資本も、対米従属のもとでの帝国
主義的進出のチャンスとして意欲をむき出しにしている。
﹁アジアに 重点を置いた低開発圃援助の推進は、 アジア唯一の先進国たるわが国の責務であると同時に、 アジア、とく
(経団連、
一九六八年版﹃日米経済関係の諸問題﹄﹀
0
に東南アジアの経済開発が促進され、繁栄がもたらされることは、この地域とは関係が深いわが国の将来の繁栄とも密接
に結びついているものと言えよう﹂
こうして日本の﹁経済協力﹂は、六四年の三億四OO万ドル、六五年の四億八、六OO万ドル、六六年の五億三八00
50
安保条約と日米経済関係
万ドル、六七年の六億二OO万ドルとふえ、直接投資残高は、六六年末に九億九二O O万ドルと、四年の聞に二倍以上に
なった。さらに昨年の日米首脳会談前後の佐藤首相のアジア一二カ国訪問で約束した﹁援助﹂の手形は、韓国、台湾、ピ
ルマ、 マレーシア、 シンガポール、タイ、インドネシア、 フィリピン、南ベトナムなど合計六億ドルにも達する。外務省
は、このうえ六七年以降五カ年間で四九億五000万ドルの増加になるだろうと発表している。
一
ュ
lジランド、オ l ストラリ
日本独占資本の最高幹部が大挙して出かけたことは、 日本独占資本
一九六八年五月に聞かれた第六回日豪経済委員会(キャンベラ)、 太平洋地域経済協力委員会第一回総会(シドニー)、ア
ジア商工会議所連合会第二回総会(ソウル)などに、
のアジア進出への熱望を示している。とくに太平洋地域経済協力委員会は、日、米、加、
アの太平洋地域先進五カ国による初の合同会議であり、先進資本主義国によるアジアへの﹁集団植民地主義体制﹂を新た
﹁政治、経済、通貨が安定し、自由な私企業の活動が保障さ
につくり出すことに狙いがあることは明らかである。日本代表団はこの会議で﹁アジア民間共同投資会社﹂の構想を提起
した。日米両国を中心とした民間企業の出資による基金で、
れるアジア各国﹂の民間企業に投資し、しかも﹁適正利潤を求める﹂というこの構想は、六六年に、 日米両国政府が中心
になって出資して設立した﹁アジア開発銀行﹂の民間版といえるだろう。アメリカと全く一体になった日本独占資本のア
ジアへの植民地主義的進出の意図を露骨にうかがうことができる。日本は忠実にアメリカのアジア侵略のパートナーとし
て﹁積極的な貢献﹂にはげんでいるのである。
5
1
従属下での国家独占資本主義の強化
ポンド・ドル危機と日本経済
E
だろう。
ポンド・
﹁財政硬直化﹂の打開が やかま しく宣伝され、宮
沢経済企画庁長官がうち出した、 いわゆる﹁宮沢構想﹂がもてはやされているのは、その具体的なあらわれといってよい
のもとで、この関係はいっそう強められようとしている。六七年以降、
カ機構を後だてとした日本国民からのあくなき搾取と収奪があったことは明らかだが、資本主義体制の全般的危機の深化
戦後から現在にいたるまで、 日本独占資本の経済力を急速に復活、発展させてきた根底に、アメリカの軍事力リ支配暴
独占資本主義機構を通じていっそう激しく強めようとしている。
い情勢の下で、日本政府、独占資本主義は、今まで以上に対米従属と協力を強めながら、日本国民からの搾取収奪を国家
ドル危機の激化に示される国際通貨体制 Hドル支配体制の動揺は著しい。このような独占資本にとっては深刻きわまりな
し、アメリカ園内だけでなく、資本主義各国での国家独占資本体制への抵抗闘争は急速に激しくなっている。
い深化の段階にはいったことを示している。アメリカのベトナム戦争は、だれの目にも決定的敗北の色彩を濃くしている
日米首脳会談以降の世界情勢の激動は、資本主義体制の全般的危機が、 アメリカの支配力の弱化と動揺を中心に、新し
1
5
2
安保条約と日米経済関係、
4
(各種の恩給、社会保障関係費、公務員給与など﹀が急増してきたために 、
いわゆる﹁財政硬直化﹂とは、政府・独占資本にいわせれば、日本の財政はこれまで経済の成長発展に伴って規模を拡
大させてきたが、最近ではその中のグ当然増経費
4 を打開するため、間接税の増税や売上げ税の新設などにより国民からの
d の口実で、国鉄運賃その他公共料金の大幅引き上げをはかることを打ち出した。こ
﹁宮沢構想﹂では、このグ硬直化
財政の弾力性が失われ、新規政策費を計上できなくなった、とする見解である。
このため、
収奪を強化し、さらにグ受益者負担
不急不要
HH
4 の経費や効率の悪い経費を削減するとともに、行政機構改革と称して公務員労働者の首切りと
の収奪の強化はその後続々と実施に移され、ただでさえ重税と高物価で苦しめられている国民の生活を著しく圧迫してい
る。さらに、
労働強化、賃金の固定化を強いようとしている。こうして六八年度予算では生活保護基準、失業保険費、各種社会福祉費
などが軒並み削減ないし小幅増額にとどめられ、さらに﹁補正なし予算﹂という名目で、生産者米価を上げれば消費者米
価をこれにスライドして上げるという布石まで打たれた。
いうまでもなく、国家独占資本主義体制のもとでの﹁財政﹂は、独占資本の拡大再生産を維持するための資金を国民か
(純計)
六七年度で一四
ら収奪し、これらの資金を彼らの目的と必要に応じて配分するための計画である。国民からとりたてる税金、公共料金、手
数料、さらに大衆の零細な貯金や掛け金、保険料、年金などを低利で利用する﹁財政規模﹂
t
工
兆六000億円に達し、三年間で七割近い増加を示した。これは、賃金や個人業主の収入、利子所得、法人企業所得、官
新安保体制下のグ繁栄 4 と は な に か
5
3
公業の収益などを合計した﹁国民所得﹂ (六七年度三二兆五000億円)の実に四五%という比重になる。
2
﹂うして収奪された資金の大きな部分が、
﹁公共事業費﹂という名目で、道路、港湾などの土木事業や地域開発、臨海
﹁硬直化﹂の是正を宣伝した六八年度予算のなかで防衛費だけは、あっさりとその﹁わく外﹂とすることが決
工業地帯の造成などにふり向けられ、独占資本に膨大な利潤を獲得させる手段となっている。
さらに、
められ、防衛力の強化と軍需産業の育成には収奪した資金からふんだんにつぎこむという方向が明らかにされたのであ
る
。
﹁いまのうちに道路その他社会資本の充実を財政でやっておき、数年
﹁自主防衛は将来、核兵器を持てるところまでゆかねばならぬ﹂とまでいい切る
﹁財政硬直化﹂論の意味するところはもっと明瞭となるだろう。財界の中心人物の
日米首脳会談後、佐藤首相は﹁国民はみずから国を守る気概をもて﹂と防衛思想の高揚を訴えたが、これに呼応した独
占資本の代表者たちの発言を見れば、
一人である小林中アラビア石油社長は、
とともに、財政制度審議会会長としての立場から、
硬直化打開
HH
d の本音を吐いている。
﹁つまり、防衛力やこれと結びついた技術開発力の増強に思い切った予算措置の
後に防衛にカネをかけられるようにすべきだ。そのためにも行政改革の断行など財政硬直化の打開を急がねばならぬ﹂
と
(六七・二一・六﹃日経﹄﹀
できる余裕を、行政費、公共料金、食管制度、社会保障制度などの徹底的な洗い直しによってつくり出す﹂必要があると
いうのである。
いま全産業にわたるグ再編成
4が進んでいる。
八幡・富士両製鉄のマ
﹁国際的尺度に合った新しい効率化を、大企業も中小企業も農業もはかること 1 1日本経済全体の再編成が中心課題﹂
(木川田一隆経済審議会会長)という号令のもとに、
γモス合併、 王子系コ一製紙会社の合併、自動車業界の再編成という最近の激動は、 アメリカの要求による﹁資本自由化﹂
に対応するとともに、全般的危機の深化のなかでの国家独占 資 本体制のいっそうの強化の方向を示している。
こうして重化学工業を中心としたスクラップ・アンド・ピルドの強行、設備の大型化、新鋭技術の導入、生産の高速・
54
安保条約と日米経済関係
詰rヱ
5
J
j
r
表 1 自由化後の農産物輸入
(単位万わけ
1960
1
9
6
1
1962
900 2,
1,
439 2,
726
1963
1964
1965
1
9
6
6
1967
2,
819
194
3,
3,
225
総
額
1,
228
2,
036
穀
類
210
215
219
271
390
486
496
"499
野菜及び果実
32
43
56
93
1
2
6
148
1
6
1
194
砂
糖
1
1
2
1
2
2
118
239
249
156
126
122
飼
料
94
144
174
231
298
350
413
449
肉
類
14
13
12
3
1
48
42
72
76
2
1
23
45
74
J
酪農品・鶏卵
17
1
3
1
6
1
9
345
3
0
1
羊
毛
265
367
376
343
420
365
五
島
花
431
530
388
447
439
442
424
443
天然、ゴム
1
2
6
98
96
90
95
9
1
9
8
89
(
6
8
年通商白書〉
〔単位 1
0
0
万ドノレ)
表 2 対米貿易の大幅な赤字
輸
輸
出
ノ〈ランス
1945-50
2,
083
442
-1,
6
4
1
1951-55
3,
817
386
1,
-2,
4
3
1
1961-65
6,
416
3,
994
-2.422
1956-60
684
1
0,
8,
294
-2,
390
1966-67
5,
863
5,
987
1
2
4
28,
863
20,
103
言
十
55
入
大量化などが 急 速に進められ、労働者階級に対する大がかりな首切り、配置転換、人べらし﹁合理化﹂が強行され、搾取
はますます強められる。労働災害の激化によりいのちが次々と奪われている。中小企業・零細企業の倒産は年々激増し、
白木農業の破壊は残酷なまでに進んだ。重税・高物価によって勤労人民からの収奪はかつてなくひどい状態である。独占
dと グ 安 全 。 を か ち
d を謡歌しているのは、ひとにぎりの独占資本だけである。
資本中心の﹁財政﹂により、住宅難、公害、交通戦争はますます増大している。
新安保体制のもとで、利潤をふやし、経済の発展とグ繁栄
﹁安保体制下の繁栄﹂という宣伝の中味はこれである。
﹁安全を保障﹂されているのは、決して国民ではなく、ひとにぎりの独占 資 本 で あ る 。 真 の よ 孫 栄
とるには、この﹁日米安保体制﹂を打ち破る以外にはなかろう。
56