【佐久理科同好会】 南アルプスの植物~希少種とシカの食害 佐久市立東小 1.はじめに 2. 郡誌の改定に合わせ、上伊那教育会郷土研究 ① 中 山 厚 志 調査結果 鳥倉登山口~三伏山 室と自然研究委員会が5カ年計画で南アルプス の調査を行っている。今年はその4年目で塩見 鳥倉登山口あたりは石灰岩の岩壁が多くみら 岳周辺の調査を行った。私は遠く佐久にいて、 れる。センジュガンピ(ナデシコ科)やシロバ また上伊那教育会にもお世話になったこともな ナホタルブクロ(キキョウ科)など珍しい植物 いが、声をかけていただき昨年から参加させて がみられる。 いただいている。南アルプスの特に南方は佐久 登山口のあたりのカラマツにはシカによる剝 から遠くなかなか足が向かないがこのような機 皮を防ぐためにビニルテープが2mくらいのと 会をいただきとてもありがたい。 ころまで軽く巻いてある。私も今までいろいろ な対策方法を見てきたがこれほど簡単な対策は 本年度の調査は下記のようである。 7月 30 日 ないが効果はいかほどなのだろうか。これで効 大鹿村役場→鳥倉林道 果があるなら、安価で対策も立てやすい。 →三伏山(昼食)→塩見小屋(泊) 7月 31 日 この亜高山帯にはコフタバランやキソチドリ、 塩見小屋→北荒川岳(昼食) コイチヨウランがこれでもかと多くみられる。 →戻りながら調査→塩見小屋(泊) 8月1日 イチヨウランもならんで4つあったがすべて白 塩見小屋→三伏山(昼食) 花であった。(ともにラン科)コイチヨウラン →鳥倉林道へ下山 は八ヶ岳や甲武信ヶ岳でも見られるが数はそれ 植物班6名のほかに地質、野鳥、昆虫など総 勢 30 名という大調査団で実施された。 ほど多くない。これほどの密度で密集している ことは南アルプスの特徴である。 佐久でも地域研究委員会が組織されているが シカの食害で深刻な被害を被っている南アル 同じ場所を合同で調査することはほとんどない プスであるが、希少な植物も多い。壊滅的なダ ので、今後の参考にさせていただきたいと思っ メージを受けている箇所が多いが、このような ている。 希少植物を残していきたいものである。 図1 調査地鳥倉林道~北荒川岳 写真1 - 11 - カラマツを保護するビニルテープ 写真2 群生するコイチヨウラン 写真4 コフタバランの群生 ほかに目立った植物としてはマイヅルソウ (ユ リ科)オサバグサ(ケシ科)など。 ③ 塩見岳~蝙蝠岳への分岐 三伏小屋まで来るとミヤマカラマツやハクサ ンイチゲ(ともにキンポウゲ科)が咲き出し、 今回のメインがここ塩見岳である。 高山植物が出現してくる。 塩見岳に近くなると高山植物が百花繚乱咲き 乱れている。この付近のシカの食害はそれほど ② 三伏山~塩見岳 でもない。 三伏峠にはネットで囲んだお花畑がある。ハ クサンチドリやテガタチドリなど希少なランも 見られるが、乾燥が進んできているのか葉が黄 ばんできている。崖にはシカの足跡が無数につ いていた。 ちなみに山行中に出会った野鳥はウソ、ホシ ガラス、ルリビタキ、イワヒバリ、シジュウカ ラ、ヒガラ、ミソサザイ、メボソムシクイなど である。ライチョウには残念ながら出会うこと はなかった。 写真4 満開のキバナシャクナゲ このあたりで確認した植物は多すぎて困るが、 イワオウギ、タイツリオウギ(ともにマメ科) イワツメクサ、タカネツメクサ(ともにナデシ コ科)チシマギキョウなどが目立った。イワギ キョウは確認しなかった。 私はなんとしてもタカネマンテマを見つけた かったのだが、結局かなわなかった。シコタン ハコベ(ナデシコ科)を2カ所で確認した。 塩見岳は長野県伊那市と静岡県静岡市葵区に またがる標高 3,047 m の山である。赤石山脈(南 写真3 三伏山にて記念写真 アルプス)中央部の南アルプス国立公園内にあ - 12 - 写真6 塩見岳山頂から望む富士山 写真8 り、山頂周辺はその特別保護地区に指定されて キバナノコマノツメ いる。日本百名山のひとつでもある。ここで特 筆したいのは研究とは関係ないかもしれないが 久しぶりに見たシコタンハコベ など。 低木層ではハイマツ、キバナシャクナゲのほ かウラジロナナカマドが目立った。 塩見岳山頂から見た富士山!私も数多くの富士 山の写真を持っていますが、その中でも秀逸の ④蝙蝠岳への分岐~北荒川岳 ショットとなりました。NHKのブログ「撮る 信」にも掲載していただきました。 北荒川岳近くでは地図に「マルバダケブキと http://www.nhk.or.jp/shinshu-blog/400/194 ダケカンバ天国」と書かれた箇所がある。25 610.html 年前にはハクサンイチゲの大群落だったそうで そのほかの植物といえば ある。今では見る影もなくマルバダケブキのみ ミヤマオダマキ(キンポウゲ科) の単純植生になっている。シカの食害が深刻な イブキトラノオ(タデ科) 場所にはタカネコウリンカも多い。明らかにシ タカネシオガマ(ゴマノハグサ科) カが嫌っていると思われる。この周辺にはスズ ジンヨウスイバ(タデ科) メノカタビラが目立つ。この植物は登山者が靴 イワベンケイ(ベンケイソウ科) を脱ぐ山荘周辺にあることを見かけるが、これ ヒメクワガタ(オオバコ科) はシカが持ち上げてしまっているのではないか ツガザクラ(ツツジ科) と心配される。 チングルマ(バラ科) 北荒川岳山頂にはタカネビランジが咲いていた。 シコタンソウ(ユキノシタ科) ここまで歩いてきた登山者へのご褒美だろう。 写真7 シカ食害のためバイケイソウが目立つ - 13 - 写真9 タカネビランジ(北荒川岳) 写真10 見渡す限りのマルバダケブキ 写真12 この周辺はイブキジャコウソウが多い。このあ 稜線を越えるシカの足跡 3.これからの対策 たりの稜線にはイワツメクサとタカネツメクサ が多くあるが、崩れそうなガレ場にはイワツメ 今回見て回った地域は、塩見岳山頂付近を除 クサが多いように感じた。また、シコタンソウ いて、ほぼ壊滅的なダメージを受けている。塩 も珍しい植物であるが、この植物は決まって危 見岳~北荒川岳の稜線を何度も行き来している 険な岩場の隙間に生えているように見える。 足跡を見ることができた。 このあたりの植物を書くと、すぐシカの食害 しかしその反面、シコタンハコベやタカネビ の話になってしまうが、シカが 3000m 級の稜線 ランジなど貴重な植物に今年も出会うことがで を越えて長野県と静岡県を行き来しているのを きた。特に塩見岳山頂付近は貴重な高山植物が 目の当たりにしてショックだった。マルバダケ おそらく手つかずで残されている。また、南ア ブキの大群落はほかの山岳に例を見ないもので ルプスはランが多い。特に亜高山帯を歩いてい あり、この植物は植被率が圧倒的に高いために て休憩で腰を下ろすとコイチヨウランやコフタ ほかの高山植物の生育を完全にストップさせて バランを踏みつけそうになる。よくこれだけの しまう。 食害を受けながらも貴重なランが生育できるも また、オンタデなども矮小化しており、今回 のだと思えるが、小さく、また咲いている期間 鳥類班もライチョウを確認できなかったという も短いランの仲間は食害を逃れてひっそり生き が餌となる高山植物がなくなってしまうことも 延びているのだろう。 心配である。 こういった貴重な高山植物を少なくとも現在 の姿で残すこと、またその努力は必要だろうと 写真11 塩見岳の夜明け 写真13 - 14 - タカネコウリンカ 写真14 イチヨウラン(白花) 写真16 思われる。 カモメラン(三ツ峠山) 私は今年6月に三ツ峠山(富士山の隣)に登 タカネコウリンカをシカが食べ残すのは、今 山した際、アツモリソウを守るネットを見たが、 回の発見だったが、これは登山系のブログなど 登山道の策、シカよけのネット、その中に金網 を閲覧していると、ある程度確かなことらしい。 がかぶせてあり(写真 15)、確かにシカの食 南アルプスのマルバダケブキの群落はある意 害は避けられるかもしれないが、アツモリソウ 味圧巻である。八ヶ岳もシカの食害も深刻だが を是非みたいと足を運んだ登山者にとっては あれほどの群落はない。毒草のみの単純植生に 写真1枚撮れない状況に興ざめ以外の何物でも 変化するには、20 年以上の徹底的な食害があっ ない。望遠でもよいのでせめて写真でも撮れる たことと思われる。逆に考えればこれまで何千 ようにしないと、あまり意味はないのではない 年、何万年も維持されてきた植生がたった数十 かとも思う。 年で全くその姿を変えると言うのも恐ろしい。 希少植物といえば、私はたとえば佐久の中の 北荒川岳近くのマルバダケブキの群落は、25 カモメランが咲く場所を何カ所か知っているが、 年前にはハクサンイチゲの大群落だったそうだ。 人があまり行かない場所ということもあり、順 樹木の剝皮高山植物の食害が進むと、次に怖 調に増えているところもある。しかし、高山植 いのは土砂の流出である。山の土砂は植物の根 物を取り巻く状況はここ 20 年で劇的に変化し、 が抑えていてそれがなくなると山が崩れやすく 人間による盗掘から、シカの食害による驚異へ なる。 と変化した。人は言葉も通じ、罰することもで シカの食害から高山植物を守る、という最も 危機的な状況はネットで囲むという手段がある。 写真15 きるがシカは人の行動しない夜に動き回り、植 物を食べ尽くす。 アツモリソウを守る(三ツ峠山) 写真17 - 15 - 高山植物の監視ネット 写真19 ホシガラス うのが今生きる私たちの役目であると思う。 では、南アルプスはどうしたらよいか、であ るが、シカの頭数調整をしつつ「現状維持」し かないと思う。マルバダケブキの畑になってし まった箇所は、いつだかの信州大学の研究でも あったがマルバダケブキを一気に刈り取ってし まったらどうだろうか。林床に日が当たればほ かの高山植物が生育してくるのではないだろう ニホンジカによる日本の植生への影響 ̶シカ か。 影響アンケート調査(2009 ~ 2010)結果̶植生 学会企画委員会植生情報第15 号(2011 年3 シカが高山帯で植物を食べ尽くす。そして、 月)による結果が上記のものである。 最も心配なのはその高山植物を食べて生きてい 南アルプスから川上村あたりに被害が深刻な る動物たちへの影響である。 赤いドットが目立つ。 ライチョウは最近、絶滅危惧Ⅰ類へとランク 8月2日の信濃毎日新聞には1面トップで上 が上がった。私の大学時代の研究室でもある信 高地にシカが侵入したことが報道された。これ 州大学生態学研究室では 2000 年代になってラ からの対策としては何としても北アルプスにシ イチョウを改めて数え直したところ、全国で カを入れないことである。変な言い方であるが 1600 羽あまりとなっているという。私もこの 南アルプスを教訓として北アルプスを守るとい 調査に何度か参加したが、特に南アルプスでは 本当にライチョウに出会わない。このことはシ カにより環境が変わってしまったことと無関係 ではないだろう。 話がだいぶそれてしまったが、南アルプスで は毎回、タカネビランジを見るのが楽しみであ る。私の地元の八ヶ岳にはない。希少な植物を まだまだ多く有する南アルプスがいつまでもそ の姿を残すことを願ってやまない。 写真18 ライチョウの雛(2012年8月剱岳) - 16 -
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