平成 23 年 9 月 10 日 第1回 Doctor’s Career Café in OKAYAMA 講演 プロ意識の高い医師であり、かつ魅力ある女性を めざそう! 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科皮膚科学 准教授 青 山 裕 美 先生 西日本の女性医師の方は熱心で優秀 これまであちこちの施設を移動しましたが、岡山の女性 医師の先生方は勉強熱心で優秀でありながら、でしゃばら ないことに気づいております。私が経験談を披露したとこ ろで、私よりも努力してらっしゃる先輩方がたくさんいら っしゃり恥ずかしい気持ちでおりますが、等身大の私の今 昔を語ることで、本日会場にお越しの皆様に多少なりとも 参考になることがあればと思い、勇気を出して私がなぜ仕 事を続けているかお話しします。 平凡な皮膚科医が研究に目覚めた理由 私ははじめ、内科医になろうと思っていました。昔は研 修医制度がなかったので、6年生の時に入局する医局を決 めます。お正月ごろには内科、消化器とか血液内科をやり たいなと思っていました。しかし、内科の女性の先輩や外 科医の父親から「内科で子どもを持ったりしながらやって いくのは大変なのではないか。 」とか、 「私は精一杯頑張っ たけれど限界があるので、せめて女性の先生が講師になっ ている人がいる科に入りなさい。 」と言われました。私が入 ろうとしていた内科は大変厳しくて、子供のある女性医師 はパート医師となり蚊帳の外、独身の女性だけが一人前に 働いているという状況でした。学生時代非常に優秀であっ た先輩が後悔しているというのは堪えました。もともと何 かを観察するのが好きだったということと、授業で皮膚科 の診断学がミステリー小説みたいで非常に面白いなとずっ と思っていたので皮膚科に入局しました。皮膚科をはじめ て3年くらいしますと自分がやり始めたことがすごく面白 いということを確信できました。出産直後6年目で専門医 をとりました。その後縁あって、京都薬科大学で2年間研 究生をしました。そこで本格的な研究のノウハウを学び大 学にもどって学位の仕事を仕上げました。その頃から少し 自分らしい研究精神が芽生えました。天疱瘡はなぜ水疱に なるかという研究をしていますが、抗体を培養細胞に作用 させて培養細胞を使った実験をしながら、患者さんの皮膚 で起きていることを考えるようになり、研究がきっかけに なって天疱瘡の臨床病態に興味を持つようになりました。 一筋になれる疾患との出会い 私は研修医の頃に自分の専門分野がなかなか見つからな く、一方で先輩達は梅毒や真菌といった高い専門性をもっ て診療にあたっておられるのを目の当たりにして、焦って 先輩達にどうしたらいいんでしょうか、どこかに勉強に行 った方がいいのか?などと、聞いたりしていました。 「いつ かはそういう疾患が向こうから来る、もしやってきたら脇 目も振らず一筋になりなさい。 」と言ってくれた先輩がいま した。自分には一体 いつになったら一筋 になれる時がやって くるのだろうと思っ ていたのですが、見 つかるには 10 年以 上の長い年月がかか ったこと、また 20 年以上皮膚科医をや ってみて、振り返っ てみるとあのときが 出会いであると言え るけれど、当時の自分には今がその時であるという実感は ありませんでした。一筋になるものを逃さないようにする には、目の前にあることは、逃さずにとにかく一生懸命や ってみるのが良いと思います。 留学:時間をお金で買って恩を返す 臨床と研究をしていたのですが、あまりに時間がなくて 新しい技術を身につける機会がなく分子生物学的な手法を 学びたいと希望して留学しました。正直日本でも習得でき る技術でしたが、学ぶにはまとまった時間が必要でした。 自分のやりたいことをするためにお金をだして学ぶ時間を 買うという選択をしました。4年間医局を留守にしました ので、その分お返しをしなくてはいけないと感じていて、 留学から帰るとき 4 年間1つも断らずにすべて引きうけよ うと決めて、もっとも忙しい時期を過ごしました。医局の みんなも理解してくれ、何よりもこの時期に水疱症の診断 から治療について任せてもらえたことにより専門性を認め ていただくことができたとおもいます。 現在は、岡山大学皮膚科、岩月啓氏教授の元で、多彩な 皮膚病を勉強させていただき、さらに天疱瘡の研究も継続 しています。臨床も研究もできる教室の奥深さを感じてい ます。 入局したばかりの頃は大学院に入って最短で学位と専門 医をとって開業しようと思っていました。しかし、実際に は短期間で要領良く進むことはありませんでした。逆に時 間をかけた分仕事の楽しみを見つけることができたように 思います。 女性医師の皆さんは子育て中に仕事量が減少しますが、 その中で見つけた臨床や研究の種を大切に育てていくこと が重要です。男性と異なり女性は人間関係をうまく保ちな がら情報を収集したり仕事をすることを好みます。また習 うことができる環境を好む傾向があります。一人になると 仕事に興味が失われがちで、家庭に目が向きやすくなりま す。大学や病院といった組織に属していることによって新 しい展開が起きるものです。いちど絆が切れてしまうと結 び直すことはむずかしいです。自分が組織に何ができるか 考えて、できることをしていくことが帰属社会との絆を切 らないようにするコツだとおもいます。 天疱瘡の水疱形成機序 私の研究の一部を簡単にご紹介しました。天疱瘡という 自己免疫性水疱症 があります。それ は全身にこのよう な水疱が起きる疾 患です。表皮細胞 の細胞間には接着 構造デスモソーム があり、デスモソ ームは、細胞の膜と 膜の間を貫通する デスモグレイン (Dsg) 、デスモコリンがあり、その内側に結合するタンパ ク質がケラチン線維という細胞骨格を繋ぐことによって隣 り合う細胞をくっつけるという装置です。天疱瘡の患者さ んの中には、この Dsg というタンパク質に対する自己抗体 がありその結果水疱が生じるのだと報告されました。ずっ とみんなが探し求めていた自己抗原が表皮細胞の重要な接 着分子であったということは、かなりインパクトのある発 見でした。縁があって、京都薬科大学の研究生としてアポ トーシスの研究をする空き時間に天疱瘡の実験もすること になりました。 天疱瘡は、口腔内や表皮にびらん・水疱ができる病気で すが、上司は抗体により細胞がバラバラになってくるメカ ニズムを調べなさいといわれました。当時、多くの人がデ スモグレインに対する抗体が体の中にできて水疱ができる ということは、きっとこのデスモソームの接着部分に抗体 が結合することによって細胞が離れるに違いないと直感的 に思ったわけです。これが「直接阻害説」と言います。と ころが、もしそれが 真実ならば、全身の 皮膚が均等に水疱 化するはずです。し かし、天疱瘡では丸 く水疱ができます。 上司は天疱瘡がシ グナル伝達病では ないかという仮説 を持っておられま した。それまでに抗 体をかけると細胞 内でプロテインカイネース C(PKC)が活性化するという ことがわかっていたのですが、PKC の活性化はいろいろな リガンドで起きるので天疱瘡に特有のものではないのです。 我々は、 「抗体が結合した直後に抗体が結合する Dsg3 の細 胞内ドメインにリン酸化が起きて結果的に表皮細胞が自分 で接着を絶って水疱ができる」という説を立てました。も しそれが本当だったらこのシグナルを止めれば抗体があっ ても水疱ができないということができるので、ステロイド 治療以外により安全な治療をすることができるわけです。 最初は失敗に終わった実験 最初にいわれたように実験をやってみましたが期待した 結果がでませんでした。初心者の私は、ネガティブデータ と言われて、何も工夫することができず上司に「すみませ ん。 」と謝って実験は中断していました。そして1年程この 教室で色々実験をやっているうちに、タンパク質というの は出し方にも色々な 方法があって、免疫 沈降と一言でいって もいろいろな条件で 結果が出てくること を知りました。そん なに忙しい研究室で はなかったので図書 館でカドヘリンとい う物質がどうやって アドレナリンジャン クションを制御する かという論文をパラパラ読んでいたとき、どうも Dsg とカ ドヘリンはすごく近い構造なので、あの仮説が正しいよう な気がしてならなくなりました。昔のデータを出して見て みると、何となくうっすらとバンドが出ていました。あの 時に多様化した条件が合わさって本当は出るはずのバンド をうまく十分に集められていなかったのではないかという 気持ちがわき上がってきました。もう一度やってみようと 条件を変えてやってみました。そうすると驚くべきことに Dsg3 そのものがリン酸化されていることがわかりました。 展開にはいつも他人の助言がある 天疱瘡研究の第一人者の慶應大学の天谷先生にデータを 持って行って、 「こういう結果が出たのですがいかがでしょ うか?」と見せたのですが、 「僕は信じません。3 例でしょ。」 と言われてしまいました。そうか、それじゃあしょうがな いからもうちょっと調べようかということで 3 例だけでな くて 5 例の血清でしたところ、5 人の内 4 人陽性でした。 これで仕上がったとおもったら、学会で発表すると誰も信 じてくれなかったのです。抗体がくっついて結合が離れる という方が自然だと思うし、その頃天疱瘡をやっていた人 たちは直接阻害説を頑なに信じていて、とても私たちの意 見を認めてくれる人はいなかったのです。もしも本当に抗 体がついてリン酸化反応が起きて、リン酸化反応が起きる ことによってタンパク同士の結合が低下してここが離れる というのであれば、きっとケラチンをたくさん含む不溶性 画分だけを生成して Dsg を検出したらどこかで Dsg の量 が減ると思ったのです。きっと Dsg は消えていくだろうと 思って何回も何回も一人でやっていたのですが少しも思う ようにはいきませんでした。そんな時、上司である北島先 生がふらっと研究室に来られたので「先生、どうもうまく いかないので、私たちの仮説は間違っているのかもしれま せん。 」と言ったんです。そうしましたら、 「青山さん、一 体何分インキュベーションしているの?」と聞かれまして 「リン酸化反応が起きるのが 20 分なので、20分です。 でも 3 時間おいてもだめでしたよ。 」と言いましたら「そ れは短すぎる。24 時間やったらきっと出ると思うよ。 」と 言い残して去られたのです。専門家が1日置いた方がいい というので、1 日置いてみました。細胞骨格画分から Dsg3 が消失することがわかったのです。私は自分でフィルムを 現像しながらバンドが消えていることを知ったとき本当に びっくりして、これはすごいことを見つけたかもしれない と思って慌てて「先生、消えました!先生、20 分で膜から 消えて、30 時間で細胞骨格画分から消えました」 「やった な!」ということになりました。これは結構わかりやすい 変化だったので比較的みなさん理解しやすかったというこ とがあって、もしかしたら本当かもと思う人が少しずつ増 えて、10 年くらいでだいぶ受け入れられるようになりまし た。天疱瘡は抗体により Dsg3 が消失し不完全な接着因子 による結合が残っているのみなので、擦ると水疱ができと いうことを総説などで直接阻害説と共に並べてもらえると ころまできました。これを調整するキナーゼはまだ見つか っていないのですが、そこを解明したいなと思っています。 10 年以上議論を積み重ねても、まだわかっていないこと が大変多いので、まだまだこれからも調べていくことがた くさんあります。一人で行った実験は研究室や学会、論文 報告によって、新たな展開を繰り返してきました。周りの 人々に助けられていると感じています。 研究のススメ まず第一に臨床に対する理解が格段に深まります。よく 「研究をやっている人って臨床はできないんでしょ。 」と言 われます。それは研究者の宿命のようなことなのですが、 確かに研究ばかりやっていると最初はわからない事が多い のですが、やっていると突然ギアがかみ合ってきて軽く理 解できるようになります。これから医師になる皆さんには 絶対に学位とって欲しいです。とにかく臨床の楽しさの深 さが変わるからです。 もう一つの楽しみは、研究をしているとあちこちに友達 ができることです。例えば「私は Dsg3 のリン酸化の青山 です。 」とか言うと 「君が青山さんか。」 という感じですぐ 親しくなれるし、 「やっぱりリン酸 化って重要ですよ ね。 」という話をす ると「自分もそう思 うよ。 」という人も いれば「いや、僕は そうは思わないん だ。 」という話を介 して、日本人同士でも年齢や性別を越えて楽しい会話が弾 みます。仕事以外でも、例えば留学先ですと様々な人種の 人と知り合いになって料理を教えてもらったり、女性の自 立に関しても随分国によって違うなということもわかるわ けです。 「科学には国境は無いが科学者には祖国がある。 」 とパスツールは言ったのですが、本当に科学をやっている と国境がなくなります。それは私にとってとても楽しいこ とでした。 私達はどこからきてどこに行くのか? 次にキャリア支援の話をさせて頂きたいと思います。 学生の頃は1つの臨床科目を通じて、総合的に医学を理 解する、例えば免疫学であったり、生物学だったり、薬理 学、微生物といった分野を深く理解するということに学び の主眼があると思います。前期研修医で学ぶ内容はプライ マリ・ケアになると思います。皮膚科で達成してもらいた いことは皮疹の見方やありふれた皮膚病の見方を体得する ことです。重症なのか悪性なのかの見極めなども達成して いただきたい課題です。皮膚科医になって最初の数年はよ り専門的な皮膚科学の特別な疾患についてより正確な診断 技術の習得であったり、病態に対する深い理解をするとい う時期になります。この山に登頂すれば専門医を習得して 一人前ということになるのです。若いやる気のある皆さん に今伝えたいこととして、専門医山で人生最高の登頂記念 を撮るのではなくて、その先に目指していただきたいのが、 プロフェッショナル、フィジシャンサイエンティスト山で す。その途中に、研究山というのに挑戦しておくといいで す。最終的に研究的な視点を持って皮膚科と研究室という ベンチを行き来できるような皮膚科医ができてくれるとい いなと思っています。きっと他の科でも、先輩はやっぱり プロフェッショナルを育てたいなと思っていると思います。 是非目指していただきたいと思います。プロフェッショナ ル皮膚科医とはどんな人かというと、まずは専門分野のあ る人、ジェネラルフィジシャンでもいいです。専門分野が あってとてもスキルが長けている、そして臨床と研究が両 方できる、国際性がある、情報の発信ができてオリジナリ ティがあって、もっとも重要なことは生涯学習能力がある ことです。専門医取得後は自立性がとても重要になってき ます。 最後の山に到達するためのコツはあるのでしょうか?レ ベルに合った山を 選び達成感を味わ うこと。困難に直面 した時は自力で乗 り越えること。その 原動力=エネルギ ーを燃やし続ける こと。私の場合は 「なぜ?どうして そうなるのかな?」 と思う気持ちでし た。 タイプ別☆壁の乗り越え方 さて、私たち女性には必ず難問、難題というのが発生し ます。 「仕事もプライベートも楽しみたい」という気持ち、 そして「女性としての幸せも味わいたい」という気持ちの 葛藤です。そういう願望がありながら医師としての使命も ありますし、医師として考えないといけないこともあるし、 一体どうしたらいいのよと、きっとこれからぶつかること と思います。女性医師も女の子たちなので、集まればやは り彼の話、結婚の話になっちゃいますね。 「恋も仕事も両方 手に入れたい」というのが普通です。医者には3タイプあ ります。A タイプというのは、非常に高いプライドがあっ て飽くなき追求心があるプロフェッショナル志向タイプ。 わりと頑張っちゃうタイプですね。B は標準よりちょっと 秀でていれば満足するタイプ。 「あの先生できるよね」と言 われると「あーよかった」と思うタイプですね。こういう 人は非常に環境に左右されるタイプで、良い環境にいると 頑張っちゃうんですが、周りがあまりやらなくなると一緒 に怠けてしまう特徴があります。3 番目の、最近増えてい るのが医師業を生活手段と割り切ってしまう C タイプです。 みなさんはどうでしょう?たぶん女性の人は理想主義の人 が多いので、 たぶん私は A か B という人が多いと思います。 男性は結構仕事としてやっていこうという人が多いので、 A の部分もあり、実際に家庭を養っていかなければいけな いので C の部分もあって混合型が多いと思います。ワーク ライフバランスは、C の人はかなり割り切りますのでバラ ンスはとれます。A の人は頑張る気持ちが最初からあるの で支援策はあんまり必要ないし、しんどさはあんまり感じ なくて、自分からお母さんとかお手伝いさんに頼んでバッ クアップを作ってしまうんですね。けれど、Bタイプの人 たちが悩んじゃうんですね。支援してあげないといけない のはこの B タイプの人たちです。医師になって結婚して、 最初は B タイプから始まるのですが、やっているうちにお もしろくなってはまって A タイプになると、もともと B か ら始まっていますから、時々疲れ息切れがして、 「もうやめ ようかな」と思ってしまう人が多いです。 解決方法は人それぞれ 悔しくても、でも人前では涙を見せずに頑張るという、 そういうところがあるから「あの人いいよね」と言われる のですね。なので、辛い時はそういう時期だと思ってくだ さい。どこから来てどこへ行くのか、答えはきっとみなさ んの心の中にあるはずなんです。それを自分で見つけて目 標を決めていくことが大事です。完全に止まることなく、 ゆっくりでいいので先に進んで欲しいですし、自分の心の 中に仲間を持つことがすごく重要です。そして自分の哲学 を持って自分の考えを貫いて生きていってほしいなと思い ます。このひたむきに努力して頑張るという姿勢とお母さ んのみたいなあったかい包容力というのは、私たち日本人 女性が世界に誇ることができる特性です。ひたむきに頑張 っていると段々評価されるというのが日本社会の仕組みじ ゃないかと思います。上に上がることだけが全てではなく て、お母さんのような温かさで組織の中で自分ができるこ とをやっていくという、そういう居場所の確保の仕方もあ ると思うので、日本女性らしさというのを活かしながらキ ャリアを積んでいくのも良いのではないかと思います。 みなさんは国家の財産なので、簡単にはキャリアを諦め てはいけません。できたら自分が先輩になったら、くじけ そうな人を守って、少しでもみんなが自分の能力を開花で きるようにすればきっと「困った女医」とか「女医さんが 増えたから医療がだめになる」とか言われなくなると思っ ています。小さなことでもいいから何かできる仕事を仕上 げることと、困っている人をみたら助けるという気持ちを 持ち続けましょう。 以上です。ご静聴ありがとうございました。
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