新春インタビュー 過労死弁護団全国連絡会議 幹事・過労死防止対策

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新春インタビュー
過労死弁護団全国連絡会議
幹事・過労死防止対策推進全
国センター幹事・弁護士
皆
川洋美さん
昨年の 11 月 1 日、「過労死」が明文化されたはじめての法律
=過労死防止対策推進法が施行されました。「過労死家族
の会」などとともにこの法律制定の先頭に立った過労死弁護団、過労死防止対策推進全国センターの幹事をつとめる皆川洋
美弁護士に、この法律制定の意義などをお聞きしました。
編集部
あけましておめでとうございます。
今日は過労死防止対策推進法について伺いたいと思います。
まず昨年の 11 月施行された過労死防止法制定の意義についてですが・・・。
皆川
この法律は、過労死防止の対策として、①「過労死の実態についての調査・研究」を柱に、②啓発活動、③相談体制の整備、
④民間団体の活動支援の 4 つを定めているですが、何より大事なのは、この法律の目的の規定で、過労死が「社会問題」であ
り、本人・遺族のみならず「社会にとっても大きな損失」であること明示したこと、それを防止する国の責任を明確にしたこと、そ
れが第一番大事な点ではないかと思います。
もともと「過労死」というのは法律用語にはなく、しかも労働条件の最低基準を定めた労働基準法があるため、これとは別の
「基本法」を制定することはできないとされてきたわけですが、しかし遺族の強い声や全国署名の力が国会を動かし「過労死が
あってはならない」ことを総則に盛り込み「過労死を防止対策」を講ずる国、地方公共団体、事業主の責任を明確にした法律が
制定された意義は大きいと思います。
編集部
12 月に対策法に基づく第一回目の協議会が開催されたと報道されましたがこれから何が課題になっていくでしょうか?
皆川
今回第一回の会合の開かれた協議会は推進法で設置が義務づけられている協議機関で、その役割は今年 6 月初めまでに策
定される過労死防止のための対策の「大綱」(防止法第 7 条)の取りまとめです。
協議会には遺族の会代表や過労死弁護団代表も加わっていますので、彼らとも連携しながらここでつくられる「大綱」を実効あ
るものにすることが当面いちばんの課題になります。
「たたき台」を誰がつくるかが問題ですが、そのための積極的な提言などをみんなでしていかなければなりません。なにか労使
の対立の調整というようなことではなく、科学的で具体的な指標をもって過労死防止対策を講じる、そういう「大綱」が作れれば
と思います。
編集部
学校現場でも異常な超過勤務が蔓延し、過労死が疑われる在職死も発生しています。今回の対策法がどのように機能すると
お考えですか?
皆川
実はこの法律の公務員への適用は、未だ明確ではないのです。国の協議会でもその適用が論議の対象になっている状況で
す。その問題を含め、この法律ができたから大丈夫なわけではない、実効ある対策の大綱をまとめて行かなければなりません。
しかし、公務であれ民間企業であれ、過労死防止対策推進法では、過労死防止に必要な調査研究が政府にも義務づけられ、
その調査・研究の結果、必要な対策が明らかになれば、その対策の法整備を行うことになります。だから、仮に「人間というも
のは、何時間以上働けば、健康にこういう障害が生ずる」と言うような科学的な「調査・研究」が行われると、それに対する対策
の法整備もしなければならなくなるのです。この法律をちゃんと生かし、使って過労死をなくすための武器にしなくちゃならない、
そう考えています。
編集部
この法律が施行される一方で、通常国会に安倍内閣が「残業代ゼロ法案」を提出することを決めたという報道もされています
が・・・。
皆川
「時間ではなく成果によって評価される新たな労働時間制度」などが言われているわけですけれども、「残業代ゼロ」というより
「時間による規制」が取り払われ、正しい時間管理がなくなることで過労死を増やすことにならないか懸念されます。
しかし、これも今言ったような調査・研究がすすめば、時間による規制をなくすというような「過労死ゼロ法」と対策法は整合しな
いと言うことになります。
そのため、過労死防止対策推進全国センターではいま、関西学院の森岡先生が中心となって「過労死防止学会」を立ち上げ
る準備も行われています。法律は政府に「調査・研究」の義務を課していますが、政府任せにせず、民間でも必要な調査・研究
をすすめる必要があります。
編集部
先生は、一昨年の札幌のメーデーでは壇上から法制定の 100 万人署名の訴えをなさったり、過労死弁護団や全国センターの
幹事をされたり、法律制定に大奮闘されましたが、熱心にこの課題に取り組まれている理由をお聞きしても良いですか?
皆川
実は私、そもそも、この過労死問題を取り込みたくて弁護士になったんです。
進路に迷っていた学生の時、図書館の本を端から読んでいったら過労死問題が書かれた一冊の本に出会いました。過労死で
夫を失った遺族の手記を集めた本でした。当時リクルート社員の過労死事件もあり、人間が働き すぎて死ぬことがあるという
事実に衝撃を受けてもいました。弁護士になれば、こんな理不尽な事をなくす裁判なども出来るんだと、そう考えたのです。
社会保険労務士とか、労組の仕事とかもあったのかもしれませんが、まずはその時点で考えられるいちばん難しい仕事をめざ
そうと弁護士をめざしたんです。
編集部
現実にはしかし、過労死弁護団の全国でのとりくみなどがありますが、過労死が減っているようには思えません。労組の非力
も感じます。過労死は「年間 1 万人」を数えると言われますが、実際「労災」案件は 300 件程度。「仕事」が理由の一つとなった
自殺は毎年 2000 件を超えています(警察庁)が、労働災害とされるのは数えるほどです。
皆川
そうですね。ブラック企業被害対策弁護団では深夜の「110 番」などもしていますが、深刻な相談が相次ぎます。
過労死は、仕事に追いつめられ、働き過ぎて脳・心疾患を発症し、亡くなる、あるいは正常な精神状態を失い自死にまで至る
のですが、多くの方は責任感や仕事を失う不安から逃げ出せず、死に至るまで働くので労働組合や周りの人の注意も、なかな
か耳に入らないのです。
だから、ある意味、働きたくても「これ以上は働けない」という規制を外側から行われるようにしなければ過労死はなくせません。
それに、死ぬほど働いている人がいる一方で「働きたいのに仕事がない」人がいるという現状も、社会的に見れば明らかに異
常です。私の友人でも教員になりたくてがんばってもなれずにいる人がいるのに、一方で死ぬほど働いている先生がいる。社
会的に見れば、先生たちが過労死するほど働く現状は、若い人の仕事を奪っていることになります。日本では有給休暇の消化
率も 5 割を割っているのです。
編集部
不幸にして働き過ぎて亡くなってしまった場合でさえ、ご遺族が声を上げられない場合も少なくありませんね。過労死ではない
か?仕事が原因では?と思われる案件でも、なかなか訴えが起きない、それはなぜとお考えですか?
皆川
ご遺族の多くは、まずご自分を責めていらっしゃいます。「夫を死なせてしまった」「息子を守ることができなかった」自責の念に
かられ、自己否定に陥っています。特に自殺過労死の場合などは、ご本人も「自己責任」にとらわれ、「死人に口なし」で立証
責任は遺族に負わされ、それを果たすのは容易ではありません。
「家族の会」や「過労死 110 番」などのとりくみもあるのですが、何か「胡散臭い人たち」とか思ったり、不安で近づけずにいたり、
孤立している場合が少なくありません。いま、遺族の会の代表をしている寺西さんでさえ、最初はそうだったと言われています。
私としては迷っている人がいるなら押しかけてでもあなたの責任では無い、ちゃんと問わなければと、話ししたいといつも思っ
ていますが。
11 月のシンポジウムでも小学校入学前にお父さんを自殺過労死で失った辻田真弘くんという中学生の作文を紹介させてもら
いましたが、作文に出てくる家族の思いは共通しているように思います。「なぜあの日、会社に行くなと止められなかったんだろ
う」という思いです。
崖っぷちに立たされている人がたくさんいます。
幸せになるための仕事が原因で、たくさんの人が大切な人を失っている理不尽を何とかしたいと思っています。(*)
編集部
私たちが行っているアンケート調査でも 90 時間を超える超過勤務を先生たちが毎月しているという現実がありますが、先生の
立場から特に教員に何か言いたいことってありますか?
皆川
先生たちの健康や命を守るための対策ももちろんですが、同時に過労死防止のための今後の取り組みとしては学校教育のな
かでの取り組みも大事になっています。若者の過労死が深刻な現状踏まえ特に高校や大学での教育活動も大事だと考えてい
ます。内容としては過労死の深刻な実態や働く者の命と健康守ることの大切さ、ワークルールなどを分かりやすく説明する、そ
のための過労死家族や弁護士その他専門かと連携しての学校での授業なども大事なんじゃないでしょうか皆さんと力を合わ
せたいと思います。
編集部
この新年号では若い先生たちの座談会も行われているんですが同世代の若手弁護士のお一人として青年教員へのメッセー
ジをいただけありますか?
皆川
実は私の母も小学校の教員。祖父母も学校の教員をしていました。
私自身は普通の OL 経験とかないんですが、民間の企業から比べると、学校って特殊ですよね。民間企業から学校の先生に
なったりすると、どの先生も最初は「学校ってちょっと変」て、そう感じると思うんです。でも、そのうち「こういうもんだ」と思い込
んじゃう。時間管理もちゃんとされてない、「子どものため」といわれたら家族も放り出して当たり前・・・。私は同世代の人間とし
て若い先生には、「なんか変」ていうその違和感を持ち続けてほしいと思いますね。
それと、社会全体を見て、若い人ほど「やっても変わらない」と言う人が少なくないように思います。私は同世代の一人として
「そんなことないよ」って言いたい。かつて女性は 30 歳定年などと言われたこともありましたし、産休の権利だって、育休だって、
女性たちがつい最近までたたかって実現させてきた権利ですよね。「やれば変わることもある」「やっても変わらないなんてこと、
絶対ない!」それを若い先生たちに特に言いたいですね。
編集部
最後に、今過労死寸前のギリギリの状態で働いてる「危ない先生」に、これだけはという一言がありましたらお願いします。
皆川
これは過労死防止対策推進全国センターのスローガンでもありキャッチフレーズなんですけれども「命より大事な仕事ってあり
ますか」って、それをやっぱり言いたいですね。
生徒がかわいい。かけがえのない彼らのために出来ることはしてあげたいという気持ち、責任感もわかるけれども、あなた自
身もかけがえのない 1 人だということを考えてください
小学校の教員をしている私の母は、私の小学校時代、運動会も学習発表会も 1 度も来てくれなかったと思います。生徒のため
に何かをしてあげたいという気持ち、それは大事なことと思いますけれどもあなただってあなたの家族にとってはかけがえのな
い 1 人なんじゃないですかって考えてほしいと思っています。
編集部 ありがとうございました。
(*)作文には自身が小学校 1 年の時に書いた「夢」という詩が紹介されています。「大きくなったら博士になりたい」「そしてドラ
えもんに出てくるようなタイムマシンを作って、それに乗ってお父さんが死んでしまう前の日に行き、仕事に行ったらアカンでそ
ういうんや」というのです。
この詩はいま、大阪の人権博物館に展示され、小中学生の学習教材にもなっているそうですが辻田くんは「命こそ宝」と訴えま
す。