助成事業 この情報誌は競艇の交付金による 日本財団の助成金を受けて作成しました。 平成22年2月25日 (年4回25日) 発行 ISSN 0912-7437 日本海難防止協会情報誌 2010 【特集】 春 NO.544 船舶の安全運航の 支援体制について 目次 2010 春 【特集】船舶の安全運航の支援体制について No.544 座談会:船舶の安全運航の支援について 日本郵船株式会社 安全環境グループ安全統轄チーム長 新和内航海運株式会社 河野 澄人 代表取締役常務取締役 山本 栄次郎 太平洋フェリー株式会社 取締役船舶本部長 岡田 晴康 聞き手:(社)日本海難防止協会 企画国際部長 杉田 勝美────笆 船舶の安全運航を支援する運航労務監理官の活動について/ 国土交通省関東運輸局 海上安全環境部 首席運航労務監理官 鈴木 由郎────筐 運輸安全マネジメントと予防安全の重要性/ 神戸大学 名誉教授 井上欣三────笋 800隻の安全運航を支援する/ 株式会社商船三井 海上安全部 安全グループ 安全運航支援センター長 加藤 信宏────筴 安全の取り組みについて∼さらなる安全を求めて∼/ 日本タンカー株式会社 海務部長 安全推進本部 事務局長 西村 充弘────筱 長距離大型カーフェリーの安全運航の支援について/ 株式会社ダイヤモンドフェリー 運航管理者 小野 町太────箘 取 材1:内湾漁業のホタテ漁船の安全運航を支える────箚 取 材2:八戸沖合底曳網漁船の安全運航を支援する────篋 取 材3:離島航路の安全運航の支援体制について────箴 特集以外の記事 海保だより 海難における情報収集および救助・救急体制/ 海上保安庁警備救難部────簑 海外情報 マ・シ海峡における「航行援助施設基金」に関する動き(その5)/ シンガポール連絡事務所────籠 海守便り 事故防止/海守事務局────簀 日本海難防止協会のうごき/────簇 船舶海難の発生状況/主な海難 /海上保安庁提供────簓 編集レーダー────篳 船舶の安全運航の支援体制について 今号の表紙のデザインは、株式会社商船三井が株式会社ウェザーニューズ社と提携し世 界の気象・海象情報などを表示している球体スクリーン(中央2個の地球儀型スクリー ン)と株式会社丸吉で所有する沖合底曳漁船、第11正進丸に設備されている航海計器のイ メージである。船舶の安全運航には、新鋭の航海計器と正確な気象情報は欠かせない。 日本周辺海域においては、過去に座礁や衝突など大型海難が多数発生している。また、 狭水道や輻輳海域での海難事故は後を絶たない現状にある。海難事故を未然に防ぎ安全運 航を確保するには、過去の海難事故を教訓とした対策と関係者の安全運航に対する理解と 運航者への支援が重要と思われる。 商船三井では同社内の安全運航支援センターで得た情報を自社で運航する船へ配信し、 安全運航を支援している。また、第1 1正進丸の設備は、GPS を利用した気象のポイント 情報を文字表示し、安全運航へ役立てている。 今号では、運輸安全マネジメント制度が施行されてから3年が経過し、この制度にかわ る各社の取り組みを紹介するとともに、海難事故を教訓とした青森市のホタテ漁船と八戸 港の沖合底曳漁船における海難の再発防止対策、新潟港から佐渡が島へ生活物資を運ぶ内 航船の安全運航を支援する取り組みを取材した。 青森市漁業協同組合久栗坂支所を取材したときのホタテ漁船。厳しい冬に耐え、春の稼動を待っている。平成2 1年1 2月。 座談会:船舶の安全運航の支援について 日本郵船株式会社 安全環境グループ安全統轄チーム長 新和内航海運株式会社 代表取締役 常務取締役 太平洋フェリー株式会社 取締役船舶本部長 聞き手・社団法人日本海難防止協会 杉田 企画国際部長 こう の すみ と 河野 澄人 やまもと えい じ ろう 山本 栄次郎 おか だ はるやす 岡田 晴康 すぎ た かつ み 杉田 勝美 運輸安全マネジメント制度が施行さ れてから3年が経ち、 『海と安全』春号で は、特集テーマを「船舶の安全運航の支援 体制について」として、外航船、内航船、 旅客船を代表する方々にお集まりいただき、 各社が取り組まれている安全運航の支援に ついてお話を伺いたいと思います。 はじめに、運航船種と隻数、船員数など、 左から:河野さん、杉田部長、岡田さん、山本さん 各社の特徴と概要をお話し願います。 河野 日本郵船株式会社は、2 0 09年3月末 リーとして運航しています。 現在、コンテナ船、自動車運搬船、バルカー、 杉田 原油タンカー、LNG 船、客船など自社船 景・動機についてお伺いします。 のほか用船も含めると7 79隻を運航し、船 員数は、約2 1, 0 00人です。 船舶の安全運航支援に取り組んだ背 安全・安定輸送サービスの提供 山本 新和内航海運株式会社は、2 0 0 9年1 0 山本 月1日現在、石灰石運搬船、セメント運搬 が、運航船舶における用船比率が高く、荷 船、石炭灰運搬船、一般貨物船(鋼材船)、 主や地域社会、監督官庁に迷惑をかけない ガット船など常時7 0隻弱の船舶を運航して ように事故ゼロを目指す上で、社船、用船 います。船員数は、子会社を含めると7 3人 の全ての安全運航管理が必要です。 以前は顧客への安全・安定輸送サービス です。 岡田 当社はオーナー/オペではあります 太平洋フェリー株式会社は、名古屋 提供のために、自主的に行っていた安全運 ∼仙台∼苫小牧を結ぶカーフェリーで、 航管理ですが、現在は内航海運業法で義務 200 9年12月1日現在、1万5千トンクラス 付けられた「安全管理規程」に基づき、用 の船を3隻所有しております。船員数2 38 船を含む全運航船舶について輸送の安全を 人のうち、事務部が1 37人と多いのが特徴 確保するための活動と位置づけています。 で、船旅の楽しさを提供するクルーズフェ 法的に求められる部分とこれまでの自主的 2 海と安全 2 0 1 0・春号 な活動とを結合させて、安全活動を実施し ため、毎年事故の発生した7月から2ヶ月 ているという状況です。 間、安全キャンペーンを実施しています。 安心して利用いただくため 岡田 当社は年間、お客様を約22 4, 00 0人、 さらに、2006年の鹿島で他社の錨泊船の 座礁事故を受け、停泊船の気象リスクを即 座に評価し、港湾気象をモニターできるシ 車両をおよそ2 2 9, 00 0台輸送させていただ ステム“POLARIS” (Port & Local Weather いておりますので、安全が第一と深く理解 Integrated Advisory System)を開発し、 しておりますが、ヒューマンエラーによる 船陸一体となり座礁事故などの防止に努め 事故は起きていました。このような中、平 ています。 成1 7年に多発した公共交通機関の事故など 杉田 もヒューマンエラーとの関係を指摘されて ついてご紹介ください。 おり、海上輸送を担う当社は、お客様によ り安心してご利用いただくために、経営ト 次に各社の安全運航支援システムに 各営業所へ運航管理者を配置 ップから現場まで一丸となって安全運航に 岡田 取り組む必要があると痛感しました。 業所に副運航管理者を配置し、運航管理補 杉田 助者には、船から航海士・操舵手を派遣し 運輸安全マネジメント制度が施行さ 当社は、名古屋・仙台・苫小牧港営 れる以前の安全支援体制はいかがでしたか。 て、運航管理・航行支援の体制を整え安全 岡田 運航を図るというシステムをとっています。 以前は運航管理規程の運航基準、作 業基準により安全運航と安全輸送について 船舶本部では、運航管理に関しては海務 定めていました。現在は、運輸安全マネジ 部、修繕などについては工務部、船員の配 メントの内容を加味した安全管理規程によ 乗・健康サポートについては労務担当が当 り、安全運航の取り組みを強化しています。 たり、お客様に対するサービスは船舶業務 コンテナ船の座礁事故を契機に 河野 部が努めております。 万が一の事故時には、緊急対応チームを 安全運航支援を含む船舶運航の安全 立ち上げて、各部がサポートして対応する 活動は、社長を委員長とする安全・環境対 体制となっています。また、運航ダイヤへ 策推進委員会で方針、目標を決定し、担当 の影響などお客様に関わることがあれば、 部門が各安全活動を実行する体制となって 非常対策本部を設け社長を本部長として、 おり、この委員会の前身である安全推進本 全社的に取り組むことにしています。 部は、1 9 9 2年にジェダ沖で発生したコンテ ナ船の座礁事故を契機に発足しました。 また、1 9 9 7年の東京湾での VLCC の 座 POLARIS と FROM で支援 河野 当社の場合、本船の安全運航の支援 礁・油流出事故を契機に、再発防止のため については、先ほど紹介した POLARIS の BTM(Bridge Team Management)を導 ほか、大洋航行中の運航船については、船 入し、また、同事故の教訓を風化させない 舶動静管理システム FROM(Fleet Remote 海と安全 2 0 1 0・春号 3 静を把握することを定めています。これに 対応するため、同時に1 00隻単位の船舶か らファックスを送信可能で、その内容をパ ソコンで確認できるようなシステムを導入 しました。 ソフト面では、安全管理規程に基づき、 貨物輸送を安全、適正かつ円滑に行うため の責任体制を構築しました。社長を筆頭と 日本郵船! 安全環境グループ 安全統轄チーム長 河野さん して、その下に安全統括管理者および運航 Monitoring System)で動静監視を行い、 管理者を配置し、さらに営業各部の部長お 気象リスクなどによる事故の予防保全に努 よび海務部長ならびに事務局要員と全国5 めるとともに、3 6 5日、2 4時間体制で船長 ヵ所にある営業所の所長を運航管理補助者 をサポートできる体制を整えています。 に指名して運航管理者を補佐させ、本社と 不幸にして万が一事故が起きた場合、直 出先が一体となって安全管理に取り組んで ちに対応し、人命・貨物の保護や二次災害 います。また、安全管理規程の中に、安全 を防止するため、本社に緊急対策本部を設 運航基準と事故処理基準を設けて、業務実 置し、また、事故発生地域を管轄する統括 施の基準を設定しています。 会社が現地対策本部として対応できるよう さらに当社の特徴としては、 「安全運航 世界中の海域を6つのリージョンに分けた を第一に心がけること」 「法規やルールは 緊急対応ネットワーク体制を整えています。 厳格に守ること」という安全管理上の2大 杉田 FROM とは、どういうものなので 原則に絞った、極めて簡潔な『安全方針』 しょうか。また、緊急対応ネットワークと を定めています。 は、予め6つの地域に対応する人材を常駐 船舶管理の主体は船舶所有者(船舶管理 させているのですか。 者)や現場の船長ですが、私どもでもチェ 河 野 FROM は、船 の 位 置、進 路・速 力 ックし不備があれば改善を要求して安全の などがパソコンやテレビモニターにリアル 確保に努めています。 タイムに表示されるシステムです。緊急対 さらに用船の乗組員を含め、全関係者に 応ネットワークは、現地法人のスタッフや 対して定期的に安全教育を実施すること、 当社の駐在員が対応する体制になっていま PDCA サイクルを廻して、継続的にシス す。 テムの見直し・改善を行って、レベルアッ 動静把握システムを導入 山本 当社は、ハード面では、用船を含め た動静把握システムを導入しました。当社 の安全管理規程では、1日1回は各船の動 4 海と安全 2 0 1 0・春号 プしていくことがシステム上の主要な業務 となっています。 杉田 続いて、安全運航支援のソフト面で の取り組みを紹介して下さい。 安全管理システムNAV9 0 0 0を制定 河野 当社では、安全運航と環境保護のた めの独自の安全管理システム NAV9 00 0を 制定し、その徹底に努めています。これは、 うか。 河野 平均しますと2年に一回くらいの頻 度で監査を行っています。 各種会議と年2回の安全研修会 用船を含む全ての運航船と船主などに日本 山本 郵船独自の安全規準を守っていただくこと 和内航海運グループの安全風土にすること により、安全運航の達成を図るものです。 を大きなテーマとし、安全教育の実施、継 特に運航船での安全規準の遵守状況の確認、 続的な安全管理活動の改善を重点課題とし 是正要求、是正の確認を定期的に実施する て取り組んでいます。 先ほど申しました『安全方針』を新 ことにより、継続的改善を図る安全管理シ まず、社内コミュニケーションの充実と ステムが NAV9 00 0です。専門知識を持つ いう面で、3ヶ月に一度、社長を委員長と 社員が定期的に船舶、会社へ訪問しチェッ して安全・環境・船体整備の問題を全社横 クを行っており、遵守されていない項目が 断的に取り扱う安全運航推進委員会を開き、 あれば、改善していただきます。 また直接現場で各船と接触する各営業所長 こちらの要求事項については、ISO(国 を集めた安全会議も実施しています。さら 際標準化機構) 9 000・1 40 0 0シリーズがベー に休暇中の海上社員に対しては、勉強会や スとなり、当社の運航ノウハウや過去の教 陸上社員との懇親会を行い、海陸交流を図 訓とお客様のご要望などを加えて策定した っています。どちらも年2回開催していま ものです。 す。 その他、本船上での安全活動になります また、数年前、連続して起きた事故を契 が、ニアミス3 0 00活動の促進に取り組んで 機に『安全キャンペーン』を実施しており、 います。この活動は、1件の重大事故の裏 年に2回の訪船活動や入渠時の安全研修会 には、2 9件の事故・トラブルがあり、その を行っています。 下に3 0 0件のニアミスがあり、さらにその 同様に、用船船主やその乗組員とのコミ 下に数千もの不安全行動、不安全状態があ ュニケーションを充実させるために、船種 ると言われるハインリッヒの法則を取り入 ごとの事故防止推進会や『安全キャンペー れたものです。また、ニアミス3 0 0 0活動は ン』を年に2回実施しています。さらに、 事故防止の目的以外に、乗組員の安全意識 より良い安全マネジメント態勢に改善して の向上に役立っています。その他、事故・ いくために、内部監査を年に1回実施する トラブル情報を安全情報として運航船に発 とともに、国土交通省による運輸安全マネ 信し、再発防止に努めています。 ジメント評価も積極的に受け入れておりま 杉田 NAV9 0 0 0の遵守状況を定期的にご す。 確認されているということですが、それは 杉田 どのくらいの間隔で行われているのでしょ どのような内容のものなのでしょうか。 全社横断の安全運航推進委員会とは、 海と安全 2 0 1 0・春号 5 山本 まず、事故事例の報告は欠かせませ ん。それと「安全キャンペーン」のテーマ と実施要綱の承認や下部組織の活動に関す る報告などです。年度末の同会は、システ ム全体の見直し・改善をメインテーマにし ています。 杉田 内部監査や運輸安全マネジメント評 価により、改善された具体例がありました らご紹介ください。 山本 ヒヤリ・ハットへの取り組みを毎年 太平洋フェリー! 取締役船舶本部長 岡田さん 旅客の事故のゼロを目指しています。具体 改善してきました。事例収集数増加のため、 的にはホウレンソウ(報告・連絡・相談) 訪船時の事例を聞き取りから作成容易な定 の徹底、ヒヤリ・ハット事例の活用、安全 型用紙による報告に切り替えるとともに、 教育への取り組みを3本柱として、これを 事例の整理・分析、およびその結果のフ 実行することによって安全を確保しようと ィードバック手順について、 “事故・トラ 努めています。 ブルなど情報処理実施要綱(ヒヤリ・ハッ 任意 ISM(国際安全管理)コードには トを含む) ”を制定して、きっちり実行し 内部監査もありますので、年1回、海陸含 ていけるようにしました。運輸安全マネジ めて取り組み状況の確認を行い、他に教育 メ ン ト 評 価 で 助 言 を い た だ く こ と は、 訓練としては、BRM 研修を年1回実施し PDCA サイクルを回していく上での、重 て、万が一の事故の場合でも最小限に食い 要な C(Check)であると感じます。 止められるような措置をとっています。 年1回 BRM 研修を実施 岡田 当社は、海上運送法に基づき安全管 安全マネジメント評価も、近日受ける予 定ですが、これで3回目になります。 杉田 安全運航支援のシステムの導入とソ 理規程を遵守しておりますが、ヒューマン フト面の取り組みによって、運航現場にど エラーの撲滅やかつての事故の教訓から、 のような変化がありましたか。 平成1 8年の10月に任意 ISM コードの安全 管理システムの運用を開始いたしました。 次のステップに期待 この中で当社の「安全方針」 「安全重点施 山本 策」を定めて、海上における安全、人命の ルの発生件数が顕著に減少している訳では 損失、および疾病の予防、海洋環境の保護 ありません。しかし、用船乗組員を含む海 と財産の損害回避に全力で取り組んでいま 陸の風通しが良くなったことは事実で、オ す。また、 「安全重点施策」については毎 ペである当社の安全への取組み姿勢に対す 年見直すこととしており、現在は3ゼロの る理解は深まりました。こういうことが土 推進ということで、海難事故、労働災害、 台となって、次のステップに生きてくるの 6 海と安全 2 0 1 0・春号 データだけで見れば、事故・トラブ ではないかと期待しています。 荷役中の事故が減少した 岡田 当社はただいま世代交代の真最中で、 しみやすいキャラクターも作成し、全運航 船を対象にニアミスキャンペーンを展開し ました。2 005年度の報告件数は7, 837件で したが、2006年度には倍増の17, 734件、翌 全職務階級において若返っています。海技 2007年度には、さらに倍増の36, 489件、現 の伝承も困難な状況にある中、任意 ISM 在では、5万件に届くほどのレポートが提 の取り組みは非常に安全意識の向上に役立 出されるようになりました。 っており、何をするにも常に安全を意識し 杉田 て行動していることが、内部監査を通して を遅延時間にされていますが、どういう理 伝わってきます。BRM 研修などでは、チー 由からでしょうか。 ムで情報の共有化を図り、組織で事故を未 河野 然に防止する意識が格段に浸透しつつある の件数があると思いますが、事故には軽重 と感じております。 がありますので、件数だけで見ることは難 杉田 事故件数には変化がありましたか。 しい。そこで当社では、船の止まった時間 岡田 荷役中の車両事故が、4 0%減りまし =サービスが提供できていないという考え 安全運航の達成度を測るための指標 安全を図る基準としては、他に事故 た。危険マップというものを作成して、事 方から遅延時間を採用しています。 故多発場所をわかりやすく図面に入れまし 杉田 た。本当に事故が減ったという感触があり ックはどのようにしていますか。 ます。 河野 安全運航の指標は遅延時間から 河野 ヒヤリ・ハットの分析やフィードバ 分析については、ニアミスレポート を電子データで本船から各管理会社に報告 してもらうようになっております。レポー 当社は、安全運航の達成度を測るた トの内容はほぼ自動的に分析され、その統 めの指標として、1 9 9 3年から1隻当たりの 計は管理会社経由で四半期ごとに当社に提 遅延時間を使用しています。NAV9 00 0導 出していただいております。それを取りま 入前は、年間3 0時間前後で推移していまし とめたものを管理会社にフィードバックし たが、NAV9 0 0 0導入後は20時間未満で推 ています。ニアミスの内容については、文 移するようになりました。2 0 08年度の遅延 書で運航船舶に配布し、周知しています。 時間は1 2. 8時間であり、目標に近づきつつ 杉田 あります。 は、何が必要と思われますか。改善策や新 一方、ニアミス3 000活動は、当初考え方 が浸透しませんでした。そこで、2 00 6年に 不安全行動・不安全状態を DEVIL(Dangerous Events and Irregular Looks)とい 将来的に安全運航を確保するために たなアイデアなどがありましたらお願いし ます。 内部監査が重要 う新たな言葉をつくり、ニアミス3 0 0 0活動 岡田 を別称、DEVIL HUNTING と称して、親 構築に取り組んではいますが、未熟なとこ 現在も運輸安全マネジメント態勢の 海と安全 2 0 1 0・春号 7 ろも多々ありますので、他社の取り組みな どを参考に、PDCA サイクルのさらなる スパイラルアップを図る必要があると考え ています。また、現場のレベルアップが大 事であると考えており、今後も安全教育に しっかり取り組んでいきたいと思います。 杉田 近日、安全マネジメント評価を受け られるということですが、課題も含めて、 どのように考えておられますか。 岡田 この制度により、経営トップが現場 新和内航海運! 代表取締役 常務取締役 山本さん 再発防止対策や予防対策を講じたとしても、 に出向くということで、現場の意識が変化 その検証を十分に行っていないこと。 したことは非常に良い結果でした。課題と 教育の充実という点では、用船乗組員の休 しては、この取り組みがマンネリ化しない 暇中の研修導入などが改善の課題であると ように、内部監査をしっかりしなければな 感じています。 らないという点でしょう。 杉田 安全運航に王道なし ヒヤリ・ハットについて、他社の事 例を参考に入手することがありますか。 山本 情報交換はしておりますが、やはり 河野 外航船の場合は、ISM コードが適 自分のところの傾向を捕らえることが必要 用されるため、運輸安全マネジメントの概 だと感じています。 念は既に取り込んでいるものと理解してい 杉田 ます。当社の場合は NAV9 00 0の安全管理 最も大事なものをご紹介下さい。 システムはじめ各安全活動の徹底を図り、 「安全運航に王道なし」との言葉を基盤に、 安全運航達成のため、地道に継続的な改善 に取り組んでいく所存です。 活動を継続し改善を図る 山本 当社でも用船も含めた安全運航の確 その他、安全運航を確保するために 船員教育の充実と関係者の コミュニケーション 河野 これまで紹介させて頂いた取り組み に加え、ソフト面で重要な鍵を握る船員教 育も欠かせません。当社は、フィリピンに NYK―TDG Maritime Academy を設立し、 保が必要です。手間がかかっても地道な安 さらに運航船に Cadet 養成施設を設け、 全活動は続けていかなければならないとい 学生の段階から当社基準に則した教育を実 う考えです。 施し、即戦力となる職員を育成しています。 まず、事故などが発生したときに原因の 一方、現職船員に対しては、フィリピンや 追究をしようとしても、事故当事者の口が シンガポール、そして欧州などのマンニン 重く、精査しきれないことが多いというこ グ拠点にトレーニングセンターを置き、 と。また、たとえ聞き取りがうまくいき、 “SMS(安全管理システム)研修”、“BTM 8 海と安全 2 0 1 0・春号 だけでなく、国土交通省や内航業界全体で 危機感を持ち取り組んでいる船員不足対策 としても必要なことです。 海陸ともにレベルアップが必要 岡田 現場とともに、陸上サイドもレベル アップしなければならないと痛感しており ます。まず、国交省などの主催で行われる 司会者 日本海難防止協会 杉田企画国際部長 各種安全セミナー・シンポジウム・研修に、 研修”などをグローバルに展開することに 海陸共に積極的に参加して、勉強会などを より、さまざまな国籍の乗組員に当社安全 開催し、安全マネジメントの知識の習得に 基準を徹底的に植え付けています。 努めることが必要です。また、現在も取り また、安全運航の達成には、安全活動を 組んでいるヒヤリ・ハット情報の収集を強 本社から現場である本船乗組員に押し付け 化し、共有化を図り、ヒューマンエラーの るのではなく、本社と船主・船舶管理会社、 撲滅を目指します。さらに、訪船機会を増 そして本船乗組員が協力し合って取り組ん やし現場の意見を吸上げ、明るい・風通し でいかなければなりません。そのためには、 の良い職場作りに努めます。 関係者間で良好なコミュニケーションを築 杉田 き、維持していくことが必要と思います。 れだけは言っておきたいということはござ 乗組員の評価と労働環境の改善 山本 最後に、安全運航の支援についてこ いませんか。 山本 何はともあれ、良いコミュニケーシ いわゆる一杯船主と言われる船主さ ョンがある職場では、安全運航の確保もう んの船舶に乗組んでいる未組織船員が7 0∼ まくいっているように感じます。 『風通し 80%を占めると言われている内航海運界に の良い職場』で、海陸一体となって安全運 おいても、事故防止の最後の砦は乗組員一 航に取り組むことがもっとも重要なことで 人一人の意識と姿勢であると思います。そ あると実感しています。 の重要な役割を果たす乗組員に対する評価 河野・岡田 が、現状では低すぎるのではないかという 杉田 ことが気になります。今後、少しずつでも り組みを紹介して頂き、ありがとうござい 乗組員の実感が伴うような労働環境の改善 ました。 同感です。 本日は、各社の安全運航の貴重な取 を進め、それが乗組員それぞれに責任感を 促すインセンティブになり、結果として事 故防止に繋がっていくというサイクルが必 要だと思います。さらに、乗組員の評価を 高め良い人材を確保していくことは、当社 海と安全 2 0 1 0・春号 9 船舶の安全運航を支援する運航労務監理官の活動について 国土交通省 関東運輸局 海上安全環境部 「運輸安全マネジメント制度」 の背景と経緯 平成1 7年に発生したJR西日本の脱線事 故をはじめ、航空、自動車、海運で事故や 安全をおびやかすトラブルが相次いで発生 しました。これらの事故・トラブルの多く に共通する原因として、ヒューマンエラー と事故との関連が指摘されています。 首席運航労務監理官 すず き よしろう 鈴木 由郎 ている)」が国会で衆参両院とも全会一致 で可決・成立し、18年1 0月から施行され、 あわせて「運輸安全マネジメント制度」が スタートしました。 「運輸安全マネジメント制度」 の概要 「運輸安全マネジメント制度」は、運輸 事業者自らが経営トップから現場まで一丸 このため、国土交通省では平成1 7年6月 となった安全管理体制を構築し、その状況 に外部の有識者を含めた「公共交通に係る を国が「運輸安全マネジメント評価」を実 ヒューマンエラー事故防止対策検討委員 施し、助言をすることで、国と事業者がと 会」を設置し、検討を進めてきました。 もに運輸事業の安全性を高めようという、 検討委員会は平成1 7年8月の中間取りま 新たな制度です。 とめで、公共交通の安全を確保するために 運輸事業者自らが構築する安全管理体制 は、事業者における安全意識の浸透・安全 では、経営トップの主導のもと、PDCA 風土の構築の具体的取り組みが必要である サイクル※を適切に機能させることにより、 こと、そのため国の果たす役割として、 輸送の安全の取組みをスパイラルアップさ ・事業者トップから現場まで一丸となった せることが求められています。 安全管理のための体制の構築を図ること ・安全管理の体制について国が監視する仕 組み(安全マネジメント評価)の導入 が提言されました。 これを受け、国土交通省では、必要な法 ※PDCA サイクルとは、計画(P)に基づき実 施(D)し、それを評価(C)して改善(A)に 結びつけ、その結果を次の計画に活かす仕組み 「運輸安全マネジメント評価」 律改正に着手し、平成1 8年3月に「運輸の 運輸安全マネジメント評価は、運輸事業 安全性の向上のための鉄道事業法などの一 者自らが構築した安全管理体制の構築・改 部を改正する法律案(運輸安全一括法によ 善の状況を国土交通省の職員が運輸事業者 り改正された事業法は、鉄道事業法、軌道 の本社などに出向き、経営トップを始めと 法、航空法、道路運送法、貨物自道車運送 する経営陣(安全統括管理者、運航管理者) 事業法、海上運送法、内航海運業法となっ などから、安全管理体制の構築・改善の状 10 海と安全 2 0 1 0・春号 況について直接インタビューを行うもので れら小規模事業者の評価を含めて、全ての す。関係書類を見て、事業者の安全管理体 海運事業者の評価を平成24年度末に完了さ 制が適切に作られ、それをシステムとして せることとします。 適切に運用しているかどうかについて「安 全管理規程に係るガイドライン」に規定さ れている1 4項目に基づき確認し、優れた点 については評価し、改善すべき点について 信頼され、愛される運航労務監 理官を目指して! 1.運航労務監理官の監査・評価・支援方 は、改善に向けたやり方などをアドバイス 針 します。 運航労務監理官は、海上運送法および内 「運輸安全マネジメント制度」 に関する3年間を振り返って 平成1 8年1 0月からスタートした運輸安全 マネジメント制度は、事業者の理解・定着 航海運業法に基づく船舶の運航管理に関す る監査、海上運送法の許認可に係る安全確 認、その他船舶による輸送の安全の確保に 関する監督、船員法などに基づく監査と幅 広い業務を取り扱っています。 に向けた各種施策に取組んできましたが、 また、海運事業者の安全管理体制に関す そのうち、海運事業者に対する安全マネジ る運輸安全マネジメント評価も運航労務監 メント評価の実施については、平成2 1年8 理官の業務として、定着してきました。 月までに全国で8 7 7事業者(関東運輸局は このように運航労務監理官は、事業法と 11月末現在、一般旅客定期航路事業者9社、 労働関係法の両方を取り扱うことから、海 内航海運事業社2 5社、小規模事業者13 7事 事分野のスペシャリストとして期待されて 業者の合計1 7 1事業者)の評価を実施しま います。 した。 運航労務監理官の船員法などに基づく監 また、関東運輸局では、毎年、運輸安全 査は船員災害・海難事故の減少を目標に、 マネジメント制度の理解・浸透・定着を図 海難・船員災害の防止のため、関係法令お ることを目的として、旅客船事業者、内航 よび作業基準などの遵守などの指導・監査 海運事業者および屋形船事業者に対して、 を行っています。 安全統括管理者および運航管理者講習会を 最近の海難事故発生原因を見ると、依然 開催して参りました。これらの取組みによ として、見張りの不十分、ヒューマンエラー り、関東運輸局管内の海運事業者の安全意 が原因と思われる衝突、座礁、転覆などの 識と安全管理に対する取組みは、確実に向 海難事故が発生しています。 上して参りました。 平成20年7月1日からは、船舶の衝突・ しかし、海運分野には、他の輸送モード 座礁の防止に有効な AIS の設置が、総ト と比べると圧倒的多数の評価未実施の小規 ン数500トン以上の内航船・漁船にも義務 模事業者(全国約3, 20 0事業者のうち関東 付けられました。AIS を適切に運用するた 運輸局は約5 0 0事業者)が残っており、こ めに、!AIS の電源を常に入れておく"出 海と安全 2 0 1 0・春号 11 港前に自船の AIS 情報が正しく入力され また、運輸安全マネジメント制度のさら ているか確認をする!受信メッセージを定 なる浸透・定着に向け、平成24年度末まで 期的に確認する に1回目の評価を完了させるために、運輸 以上の三原則を守っていただくことで、 他船の動向が容易に分かるとともに、自船 安全マネジメント評価のスピードアップを 図ります。 の情報を他船に提供することによって、自 これは、安全マネジメント制度の導入以 船の動向を認識させることができます。さ 降、3年間の中で、安全管理体制がほぼ構 らには、海上保安庁による適切な航行支援 築されてきた大手事業者と違い、評価が未 が受けられます。 実施である数多くの小規模事業者の安全マ また、海難事故の中に船内作業中におけ ネジメント制度の普及・啓発に向け、早期 る海中転落による行方不明や死亡事故も依 に評価を完了させることが求められている 然として後を絶ちません。ライフジャケッ からです。 トの着用が直接、海中転落防止に結びつか 前記のような小規模事業者のうち、特に、 なくとも、ライフジャケットを着用してさ 一人で、季節営業または年に数日だけ人の えいれば、行方不明や死亡事故は防げたと 運送をする小規模事業者における安全管理 思われるケースが見られたことから、作業 体制については、事業者の事業実態に合わ 中はもちろん、乗船中はできる限り、ライ せてできるだけ分かり易く、かつ、シンプ フジャケットの着用の徹底を訴えて参りま ルに運輸安全マネジメント制度の説明に努 す。 めるとともに、安全マネジメント評価にあ 次に、運航管理監査は運航管理者などが たっては、安全マネジメント制度の大事な 主体となった運航管理が確実に行われてい ポイントである輸送の安全確保と緊急時に るか、運航管理者から船長に対しどのよう おける関係機関への連絡ができているかと な指示や情報提供を行っているか、事故な いう点を中心に評価を行います。また、小 どに対して、どのような再発防止策を取っ 規模事業者の安全マネジメント評価の実施 ているかなどの実態を確認するとともに、 は、平日の実施が事業者の仕事の関係上、 安全管理規程が積まれているか、それが乗 難しいことなどに配慮し、所属する組合な 組員に見れるようになっているか、さらに どの総会など、事業者が集まることのでき は、積載貨物の固縛状況の確認などの監査 る機会を捉えて評価を実施して参ります。 を船員労務監査と出来るだけ一体的に実施 その他として、関東運輸局安全業務推進 して参ります。 本部が主催する安全統括管理者および運航 以上のように、平成2 2年における運航労 管理者講習会、関係団体が実施する講習会 務監理官は、引き続き、海難および船員災 などに協力することにより、安全管理体制 害の減少に向けた船員労務監査と事故の未 に係る取り組みに対する事業者支援を行っ 然防止から適切な運航管理ができているか て参ります。 について、監査を実施して参ります。 12 海と安全 2 0 1 0・春号 以上のような監査、評価および講習会な 関東運輸局海上安全環境部運航労務監理官スタッフ。左から相沢千明さん、根本昭裕さん、岩田秀樹さん、鈴木由郎さん(首席運航労務監理官) 、 小林博邦さん(次席運航労務監理官) 、渡部康男さん、南貞夫さん 首席と次席以外は、運航労務監理官 どを通じて、総合的に船舶の安全運航の支 より、高品質な船員行政サービスを提供す 援を行って参ります。 ることで、これにより、船舶の航行の安全 2.運航労務監理官の船員行政 QMS 導入 および船員の労働環境の向上を図ることで について あります。 現在、運航労務監理官は業務執行にあた ※ また、船員行政 QMS の品質目標には、 り、船員行政 QMS を導入しています。 運航労務監理官は、船員の労働環境、船内 船員行政 QMS は、事業者の皆様が運輸安 規律、労務の需給調整、船舶職員の資格お 全マネジメント制度を導入して安全管理体 よび定員に関する監査および関連事務を適 制を構築されていると同じように、運航労 切に行うこととされています。 務監理官も船員行政 QMS のPDCAサイ このように、船員行政 QMS を適正に機 クルを回すことにより、高品質の船員行政 能させることにより船舶所有者および船員 サービスを提供し、これにより、船舶の航 の関係者の皆様から、運航労務監理官の監 行の安全と船員の労働環境の向上を図るこ 査は仕事上で役に立った。あるいは、今後 と、さらには、均質な船員行政サービスを の船舶の航行の安全、輸送の安全の確保、 提供することを目的としています。 船員の労働環境の向上に活かしていくと言 ※船員行政 Q MSマニュアル(船員行政品質マネ われるように、運航労務監理官の業務に邁 ジメントシステムマニュアル)は平成1 8年6月1 進して参りますので、皆様にあっては、今 日に制定され、船員行政を司る国土交通省の組織 および当該組織が提供する船員行政サービスに適 後とも運航労務監理官の業務に対してご期 用されます。 待下さるとともに、ご理解・ご協力をお願 船員行政 QMS の品質方針は、システム い申し上げます。 を有効に運用し、継続的に改善することに 海と安全 2 0 1 0・春号 13 運輸安全マネジメントと予防安全の重要性 神戸大学 (日本ヒューマンファクター研究所 名誉教授 いのうえ きんぞう 井上 欣三 顧問・海事安全研究室長) 年が経過し、2008年10月に運輸安全委員会 はじめに 制度が新たに海上分野でもスタートした。 海上事故の防止には、事故発生の機先を その活動目的は、現場の事故から種々の要 制する「予防安全」に意識を向けなければ 因に関わる安全への教訓を抽出し、それを ならない。海上における予防安全は、安全 予防安全に活かすように関係する組織など 運航にかかわる PDCA サイクルの実施が に勧告することにある。つまり PDCA サ 基本となる。この考え方にたって、2 00 8年 イクルの考え方に基づく組織安全管理を自 1 0月に予防安全に必要な手順と技法を学ぶ 立的改善スパイラルに導くきっかけを与え 人たちへの教科書として、また、予防安全 ることに他ならない。この制度発足にさき の実践を通じて海の安全を支える人たちへ がけての IMO の審議では、 の指針書として拙著「海の安全管理学」を !公平で客観的な調査体制 出版した。 "懲戒と原因究明の機能の分離 本書では、 ヒューマンファクター、 ヒュー マンエラーをキーワードに、チーム力の発 揮を基礎とした BRM(Bridge Resource #事故の背景要因を明らかにする調査 $収集情報の司法手続きなどへの不開示 といった点を中心に検討がなされた。 Management) 、そして、ハザードマネジ これを受けて国土交通省では、従来の海 メント、エラーマネジメント、スキルマネ 難審判庁の機能を、事故当事者の懲戒を行 ジ メ ン ト の 実 施 を 通 じ た SMS(Safety う海難審判所の機能と、事故原因の究明を Management System)の実践が予防安全 司る運輸安全委員会の機能に分離して、海 の核をなすと解説している。 上事故防止に向けた新しい組織体制を発足 この考え方に立つ研究をはじめて以来、 させたのである。 著者は、海上事故防止に向けたリスクの分 海上事故の絶滅に向けてせっかく良い組 析・評価・管理に関する手法開発とリスク 織を作っても中身が伴なわなければ意味が マネジメントに従事できる人材育成をテー ない。その意味から、今回の新制度発足を マに、海の安全管理学の研究に取り組んで 受けた最も大きな関心事は「事故の背景要 きた。 因を明らかにする調査の実施」の今後の行 予防安全の重要性と課題 運輸安全マネジメント制度が発足して3 14 海と安全 2 0 1 0・春号 方である。 もうひとつ重要な課題は、どのような事 故を調査対象とするか「調査対象の重点 化」の視点である。事故調査にあたり、運 ■コンテナ船の前方の航路中央付近をパナ 輸安全委員会は、表面に現れなくても、組 マ船籍の貨物船「クイーン・オーキッ 織や集団の背後に隠れた間接要因にも視野 ド」(9, 046総トン)が航行していた。 をひろげて、この種の要因を含む可能性の ■19時52分ごろ、 「クイーン・オーキッド」 ある事故をも対象としてとりあげてほしい は関門大橋の手前約5 00メートルにあり、 ものである。 それまで9ノット弱の速力で航行してい 予防安全の根源に迫る 1.関門海峡事故における要因分析 たが、早鞆の瀬戸にさしかかる頃から向 かい潮の影響を受けてか、速力が7ノッ トから6ノットにまで低下していた。 海上事故の再発を防止するうえで最も重 ■同時刻、 「カリナ・スター」は関門大橋 要な事項は「事故の背後要因の分析と対策 の手前約1, 000メートルにあり、14ノッ 立案」であることは論をまたない。具体的 ト強の速力で「クイーン・オーキッド」 には、運輸安全委員会における調査が「誰 を前方やや左にみて追い越す体勢で航行 が悪いか」ではなく「何が悪いか」を探り していた。 当て、それに対して対策の手を打つように 関係者に勧告することである。 ■そのころ、関門海峡海上交通センターは、 「クイーン・オーキッド」に「後ろから 海上の事故防止においては、船上の当事 近づく船がある」と注意喚起した。「ク 者よりむしろ船舶運航の背後にある組織 イーン・オーキッド」は、「左舷側を追 的・集団的・環境的要因の分析にメスをい い越してほしい」と応答。そして、管制 れてこそ事故の根源にたちかえった安全対 官は「カリナ・スター」に「クイーン・ 策が可能となる。これこそが予防安全の基 オーキッド」を左から追い越すよう助言 本である。 するとともに「前方から護衛艦が来てい このような観点から、ここでは、先頃発 るので注意しなさい」と情報提供した。 生した関門海峡におけるコンテナ船と護衛 「カリナ・スター」から「了解」との返 艦衝突事故をとりあげ、著者なりに事故要 事があった。 因の分析を行い、関門海峡事故から垣間見 ■19時5 5分ごろ、 「クイーン・オーキッド」 えるいくつかの背後要因と、それらに対す は関門大橋を通過、その時には「カリナ・ る安全施策を概観したい。 スター」は「クイーン・オーキッド」の 2.バリエーションツリーアナリシス 右側至近に迫っていた。 1 ! 関門海峡事故の概要(内容の一部は西 ■19時56分ごろ、 「カリナ・スター」は、 「ク 日本新聞、朝日新聞などの記事を参照した) イーン・オーキッド」の右舷船尾至近に ■1 0月27日1 9時56分ごろ、関門大橋直下の 位置し、ほとんど追い越す状態にあった。 海域で韓国籍コンテナ船「カリナ・ス ター」 (7, 40 0総トン)が海上自衛隊護衛 艦「くらま」と衝突した。 ■同時刻ごろ、 「クイーン・オーキッド」 は航路の屈曲に合わせて右転した。 ■そのとき、 「クイーン・オーキッド」が、 海と安全 2 0 1 0・春号 15 「カリナ・スター」の頭を押さえる状態 ド」が航路の中央を航行していた点と「カ になり、「カリナ・スター」は、追突を リナ・スター」が速力を減じることなく追 避けるため、舵を左にとって急旋回した。 い越し体勢を継続した点が、まず重要な排 ■「カリナ・スター」は「クイーン・オー 除ノードに対応する。 キッド」への追突をさけることができた 関門航路は関門橋の下で右に屈曲してい が、姿勢を立て直すことができず、おり るので、先航船が航路の中央に占位してい しも同水域を反航してきた「くらま」と ると、変針点で右折するとき右舷後方の後 衝突した。 続船の頭を押さえる格好となる。右舷至近 2 ! バリエーションツリーを描く に後続船が追い越し状態で続航していると バリエーションツリーアナリシスは、先 なると衝突の危険がさらに増す。この意味 にとりまとめたような事故概要(現時点で からこの2つのノードが排除できていれば は想定を含む)に基づき事故に至った経緯 事故に至らなかったかもしれない。 を、関係する人や組織や環境条件などに焦 次に、関門海峡交通管制センターによる 点を当てて、時系列に整理していくことか 事故直前における助言のあり方も排除ノー ら始める。次いで、本来あるべき状態どお ドとして挙げることができる。 りに事が流れていれば事故が起こらなかっ 関門橋の真下付近で「カリナ・スター」 たはずのものが、それに反した行動がとら が「クイーン・オーキッド」に追いつく状 れたとき、そのような事項やその結果に着 況をいちはやく予測したうえで「カリナ・ 目してツリーを描く。描かれたツリーを基 スター」に対して追い越しではなく減速・ に排除すべき要因の分析を行い、そして、 追従を助言するべきだった。この意味から そのような事態に至らしめた背後要因の抽 もこのノードが排除できていれば事故に至 出へと分析をすすめていく。 らなかったかもしれない。 図1は、このような手順で描いたバリ さらに、関門海峡では、2005年7月の法 エーションツリーを示している。箱で囲ん 律改正により、関門海峡を通過する場合、 だ記述を「ノード」 、右肩に○印を付した 1万総トン以下の船舶には水先人を乗船さ ノードを「排除ノード」という。排除ノー せる義務はなくなった。この事故の場合、 ドは、この事がなかったら、または、この 「ク イ ー ン・オ ー キ ッ ド」 、「カ リ ナ・ス ような状況になっていなければ事故には至 ター」とも水先人は乗船していなかった。 らなかったはず、という観点から、いわば もし、両船に水先人が乗船して操船指揮を 「タラ・レバ」の事象に着目する。破線は、 とっていたとしたら、水先人同士で両船間 「ブレーク」といい、この時点で事象の連 の意思疎通がうまくはかられ、事故は免れ 鎖を断ち切っていれば事故に至らなかった たかもしれない。この事を考えると両船に はずと考えられる局面に線を引く。 おける「水先人非乗船」は重要な排除ノー 関門事故の場合、「カリナ・スター」の 前方を航行していた「クイーン・オーキッ 16 海と安全 2 0 1 0・春号 ドに対応するといえよう。 海と安全 2 0 1 0・春号 17 図1 関門海峡事故のバリエーションツリー 3 $ 背景要因の抽出 バリエーションツリーアナリシスで明ら としての安全姿勢にも対策のメスを入れ るべきである。 かになった各種排除要因に焦点をあて、そ "関門海峡交通管制センターによる事故直 れらがナゼ起こったのか、ナゼそうなった 前における助言のあり方については、す のかを背後に隠れた要因にまで「なぜ?な べての外国船が「指示でなく助言」と理 ぜ?」と分析の光をあてる。このプロセス 解しているかどうか、この点の国際的理 をナゼナゼ分析という。このようにして分 解促進と、船舶の将来位置の予測に基づ 析された背後要因を、さらにM(マネジメ く的確な助言内容の決定など、管制上の ント) 、S(ソフトウエア) 、H(ハードウ 運用問題も浮かび上がってくる。 エア) 、E(環境) 、L(ライブウエア)と #1万総トン以下の船舶の「水先非乗船」 いった人間を取り巻くファクターとの関連 は、この事故における根本問題といって から整理しながら背後要因を探索する方法 もよいほどに重要である。水先人乗船に を M―SHEL 分析という。 よる安全への直接的アドバンテージは計 このプロセスを経て、事故に直接関係す り知れないものがある。折しも来春には る要因だけでなく、間接的に関係する要因 3級水先人が巣立つ。法令の壁に正面か やその事故から想起されるあらゆる背後要 ら挑むよりは、彼らが技術研鑽の場を兼 因を抽出する。このようにして危険の種を ねて低価格で1万総トン以下の水先業務 探り出し、その結果から何をなすべきかを の引き受けが可能となるような社会的仕 導き出すことこそが、運輸安全委員会にお 組みを作ることの方が現実的な施策かも ける「事故の背景要因を明らかにする調査 しれない。 の実施」への道筋である。 3.背後要因と安全施策 紙面の制約からナゼナゼ分析、M―SHEL 分析の詳細を示すことはできないが、著者 なりに関門海峡事故から垣間見えるいくつ かの背景要因とそれに基づく予防安全への 施策を概観し、本稿のまとめとしたい。 !「クイーン・オーキッド」の航路中央航 行については、隠れた要因として、法令 無知や法令不遵守、 「カリナ・スター」 の追い越し体勢継続については ETA (到 着予定時間)遵守の束縛からくる減速航 行へのためらいなどが考えられる。これ らは単に操船者のスキルの問題に帰着さ せるだけでなく、運航管理における組織 18 海と安全 2 0 1 0・春号 8 0 0隻の安全運航を支援する 株式会社 商船三井 海上安全部 安全グループ 安全運航支援センター長 はじめに 安全運航の完遂は、㈱商船三井にとって 最重要課題であるだけでなく、社会的使命 か とう のぶひろ 加藤 信宏 #関係者(運航船、船管会社、配船担当) への航行安全関連情報(荒天、津波、保 安危険、その他航行上の危険)の随時発 信 でもある。2 0 0 6年に連続して発生した事故 $ヘルプデスクとして、関係者からの安全 を真摯に受け止め、反省と分析を行い、安 運航に関する危急の問い合わせへの対応 全運航本部体制のもと新たに講じたさまざ まな対策の一つに安全運航支援センターの 開設がある。 安全運航支援センターは、昨今頻発する Fleet Monitoring System(FMS) 本船支援のための主要ツールとして、 Weathernews 社(WNI)の Fleet Monitor- 異常気象や世界的なテロ事件の脅威等、船 ing 舶の安全運航を阻害することが想定される 同社の協力の下、継続的に改良を加えなが 諸事象、世界中を航行する運航船舶を取り ら、システムの充実を図っている。 巻く環境の変化に対し、その予防と的確な 対応のため、2 0 06年1 2月に策定した「安全 運航管理体制強化策」の一つとして、2 00 7 年2月1日に開設した。 System(FMS)を利用しているが、 主な改良点は以下の通り。 !海気象コンテンツの充実 世界の主要港約1100港における風と波の 詳細な予報を FMS を通じて利用可能とし 本センターは、無休かつ2 4時間の継続監 た。これら港に対しては72時間の予報対象 視体制で、適宜、対象船やその関係者に航 期間中に風速3 0kt 以上または波高3. 5m 以 行安全に関する情報を発信することにより、 上の荒天が予報された場合、当該地点は MOL 運航船の安全運航を支援している。 FMS の地図上で赤く表示され、当該値に 当社船舶の安全運航を支援するために、 達する70%で黄色く示される仕様となって 次の業務を行っている。 いる。従来使用してきた大規模な海気象を !インマルサット衛星を利用した全運航船 捉えた FMS 気象図と重ね合わせて利用す 舶(用船も含む)の継続的な動静把握(ポ ることにより、全世界の荒天地域を瞬時に ジションポーリング) 把握し、当該エリアに存在する本船に対し "株式会社ウェザーニューズの海気象リス ク評価等を利用した、全世界の海気象状 て速やかに詳細な荒天予報を分かり易い形 で提供することが可能となった。 況把握 海と安全 2 0 1 0・春号 19 <FMS 画面> たは sat―c mail(TELEX)で受信して本 船の動静情報を FMS に自動で取り込める 仕様とした。これにより、従来インマルサ ット経由で取得していた6時間ごとの本船 位置に加え、仕向地や航/泊の状態が詳細 に把握できるようになり、荒天予報等、本 船宛の運航支援情報をより的確に配信する ことが可能となった。 本船向け気象情報の提供 <Port Forecast> WNI 提供の本船向け気象情報提供サー ビスを T/C OUT 中の用船を含む全運航 船に採用した。 !BRIDGE(気象データ表示システム) BRIDGE と は、本 船 上 の PC で WNI が e―mail で提供する気象データを閲覧する ことができ、シミュレーション機能を用い て簡易的ながら船長自らが WeatherRou― ting を行えるよう開発されたソフトウェ "動静把握機能の強化 ア。導 入 は 簡 単 で CD―ROM を 本 船 上 の 所定のフォーマットによる Noon Report PC にインストールするのみとなり、イン や Arrival/Departure Report を e―mail ま ストール後に各種設定を行うことで利用可 <BRIDGE 画面> 20 海と安全 2 0 1 0・春号 能となる。 また、WNI によるビデオ会議システム !Port Forecast の配信 FMS で利用可能となった Port Forecast を利用した気象コンサルティングを毎日2 回実施している。これは FMS のみでは得 を動静が把握された本船に対して WNI よ ることが難しい詳細な気象現象を把握する り入港4 8時間前から1日2回配信している。 上で非常に有効となっている。 安全運航支援センターの設備を 増強(大型モニターの増設とビ デオ会議システムの導入) 海賊問題 IMB の2009年第3四半期までの海賊行 為と船舶に対する武装強盗事案報告書によ ると、 2009年第3四半期の発生件数は、 2008 年同期に比し、大幅増となっている。報告 書によれば、第2四半期までの発生事案の ほとんどがソマリアの海賊によるものであ る。月間の襲撃件数は、3月から5月にか けて多かった。特に各国の海軍戦闘艦が展 開していない、ケニア沖にまで至るソマリ ア東岸の、しかも沿岸から遠く離れたイン <大型モニター6台の設置状況> ド洋での襲撃事案が増えたのが特徴的であ 2名の当直者でも効率よく全運航船の動 った。南西モンスーンの季節が終わり、ま 静が把握できるよう大型モニターを6台設 たこのインド洋での海賊襲撃事案が増えて 置してエリアごとにクローズアップした いる。ここ5年、乗組員が人質となる事案 FMS 画面を常時モニタリングできる体制 が大幅に増え、人的被害の大部分を占めて をとっている。これらモニターの一部では いる。報告書によれば、9月末現在、依然 NHK と CNN を常時放映して地震や津波 4隻が拘留され、80人が人質になっている の情報入手に努めている。 と見られる。 安全運航支援センターでは海賊に関する リスク情報についても、発生の都度、発生 場所付近を航行する可能性のある船舶にそ の情報を配信し、注意喚起している。運航 船がソマリア周辺海域を航行する際は、動 静監視の位置情報確認間隔を1時間に設定 変更し、より注意深い監視を行うとともに、 海賊情報についても付近航行船舶にピンポ イントで配信している。 <ビデオ会議の様子> 海と安全 2 0 1 0・春号 21 安全の取り組みについて∼さらなる安全を求めて∼ 日本タンカー株式会社 海務部長 安全推進本部 事務局長 にしむら みつひろ 西村 充弘 弊社は、社名が示すように、種々の油タ ンカーを運航している内航タンカー専業の 船社であります。その運航隻数は約6 0隻を 超え、輸送量は、年間約1 0 00万K/Lを超 えるものとなっています。このように、一 度に大量の危険物を輸送するというリスク にさらされているため、人命の安全・海洋 環境保護の観点から、船舶の安全運航の確 保については経営の最重要課題として掲げ、 種々の安全運航確保のための活動を推進し ていますので紹介させていただきます。 まず、弊社の安全方針は“法令順守”と “安全最優先”で、主に PDCA サイクル および運輸安全マネジメント評価を基本と した「安全管理規程」の運用を通じ、さま ざまな安全活動を推進しています。 これらのことを踏まえ、具体的に安全活 動の実効性を上げるための弊社の基本的な 取り組みの考え方は次のとおりです。 経営トップからの全社横断的な 安全への取り組み 「組織」 船舶の安全運航を確保するための3要素 社長を本部長とした「安全推進本部」を として、“人” 、 “環境” 、 “設備”が掲げら 設置し、安全活動を全社的・横断的な取り れますが、それぞれバランスよく改善を図 組みとするため、安全推進本部の要員を間 ることが重要であります。これらの要素の 接部門を含め各部署に横断的に配員してい 中で、海難の原因の大半は人的要因である る。 ことに着目して、特に“人” 、すなわち人 的要因をいかに排除するかが海難防止のポ イントであろうと思います。このため、船 現場・現実・現象の把握 「会議体」 上にて直接船舶を運航しているのは船長ほ 「安全推進研究会」と称し、会社トップ か乗組員であり、いかに乗組員の資質の向 と社用船の乗組員、船舶代理店、荷役責任 上、知識・技能の向上を図るか、特に“や 者など船舶の運航を支える関係者が一同に る気”および“安全意識”を持続し、高揚 会し、年3回、関係者との直接対話により、 するかが最重要課題になろうと思います。 現場の悩み、課題等を聞き、その改善を図 っている。 22 海と安全 2 0 1 0・春号 コミュニケーションとチーム ワークの充実 「訪船活動」 「船舶総点検」と称し年2回、全運航船 舶を訪船し、安全点検と同時に日ごろの運 示掲示編)などの教材を作成・配布し、船 内教育資料として活用している。また、最 近では、 「さらなる安全荷役のために」、 「ヒ ヤリ・ハット報告」など、手作りの DVD を作成して視覚・聴覚に訴える教材作成に も取り組んでいる。 航状況、要望等を聞き取りながらコミュニ このほかにも、 「任意 ISM」に定める活 ケーションを図ると同時にその改善を図っ 動、また各船主との合同の活動(日本タン ている。 カー安全協議会) 、および荷主・各事業所 「BRM 研修の受講」 殿との合同の活動(各海上安全協力会)な 航海当直責任者を中心に1 2人/年を受講 ど、海難防止のために関係者と密接な連携 に派遣し、BRM 理論である、“人間 は ミ をとりながら、血が通ったさまざまな安全 スを犯すもの” 、 “人間の1人の能力に限界 活動を推進しています。(図1参照) があること”を前提にチームワークとコミ 次に、弊社の「航海当直中のヒヤリ」と ュニケーションの重要性を学び、現場であ 「船内作業中のヒヤリ」について、2回に る船舶において活用している。 わけて実施した調査の活動例をご紹介いた 陸上支援体制の充実 します。 「要員配置」 海事経験者を主な入港地の3 カ所に配員し、ルーティンワー クとして訪船活動を実施し、乗 組員と直接対面しながら、各種 海事情報を提供するとともに各 種要望に応えながら船舶の安全 運航を支援している。 「教材等の作成」 船舶の特殊性として、遠く洋 上での活動時間が長いため、教 育・訓練も OJT が主流になる こと、忙しい船務のため船内で 教材を作成できないことを考慮 して、乗組員の船内教育・訓練 の充実のため、タンカー乗組員 実務指針(航海編、荷役編、表 図1 安全運営(概念図) 海と安全 2 0 1 0・春号 23 ットが発生しているか” 、2項目を組み合 わせて集計したことです。すなわち、ヒヤ リ事例に関する潜在要因に何があるかを定 量的に数値(オッズ比を算出)で抽出した ことです。これらの調査の結果、非常に興 味深い結果になりましたのでご紹介いたし ます。 図2のようにヒヤリハットと関連する潜 図2 ハインリッヒの法則 在要因を改善すれば、 「ハインリッヒの法 ヒヤリハットの収集・分析について、ヒ 則」により、ヒヤリハット(300件)も減 ヤリハットの収集は、古くから安全管理の 少し、トラブル(29件)も減少することに 有効な手法のひとつとして各社とも実施さ なり必然的に、事故が減少することになり れていることと思います。弊社の調査の特 ます。 徴は、海上労働科学研究所(当時名)のご 具体的には、図3の「航海中のヒヤリの 指導をいただき、 “いつどこでどのような 潜在要因関係図」にあるように航海中の事 ヒヤリハットが多く発生しているか”の頻 故が発生にいたるまでには、数階層があり、 度集計のみならず、ヒヤリの経験時の心身 ヒヤリの主な要因は「避航の誤判断」と「相 状態、船内組織等の約1 3 0項目を調査し、 手船の認知遅れ」であることがわかりまし 統計手法を用いて“何と関連してヒヤリハ た。そこで「避航の誤判断」の潜在要因を 図3 航海中のヒヤリハットの相関図 24 海と安全 2 0 1 0・春号 みると、心配ごと、緊張後の安堵感、気奪 ワーク”を確保することにより事故を減ら われがあり、さらにこれらの背後要因を分 すことがわかりました。船乗りの間で古く 析してみると、チームワーク、船内の和、 から“船内の整理整頓” “船内の和”が「基 健康等が関連していることがわかりました。 本の基」であると教えられましたが、今回 すなわち、具体的には、 “船内の和、乗組 の調査でこれらが大事な要素であることが 員のチームワーク等”を改善すれば、ヒヤ 定量的に立証することができました。 き リハットも減少し、最終的に事故が減少す また、最近では、ヒューマンエラー防止 のための方策として航空機の CRM(コク ることになります。 次に図4の「船内作業中におけるヒヤリ ピット・リソース・マネージメント)から ハット」を見ますと、「転倒」と「はさま 派生した船舶用である BRM(ブリッジ・ れ」のヒヤリがもっとも多く発生していま リソース・マネージメント)の習得が脚光 した。そこで「はさまれ」の背後要因を分 を浴びていますが、これらも“コミュニケー 析しますと航海中のヒヤリと同様にチーム ション”と“チームワーク”が大事である ワーク、船内生活の雰囲気、体調不良等が と教えています。 背後要因にあることがわかりました。この これからも、海・陸と一丸となり、“コ ことから、航海中のヒヤリと同様にこれら ミュニケーション”と“チームワーク”を の背後要因を改善にすれば、船内での労働 さらに充実させ“事故の卵”が孵化して“ヒ 災害が防止できることになります。 ヨコ”にならないように安全運航を確保し ふ このように、両調査とも、船内の“密接 か ていきたいと思っています。 なコミュニケーション”と“強固なチーム 図4 船内作業中のヒヤリハットの相関図 海と安全 2 0 1 0・春号 25 長距離大型カーフェリーの安全運航の支援について お 株式会社 ダイヤモンドフェリー 運航管理者 の 小野 まち だ 町太 風など、気象・海象の影響を受けやすく、 はじめに 安全性の確保と定時運航のためには本船と 弊社!ダイヤモンドフェリーは、 「株式 会社フェリーさんふらわあ」の船舶運航管 理会社として、1万トンを超える4隻の大 型カーフェリーを運航しています。 の情報共有など、連絡を密にとることが肝 要となります。 中九州航路にはさんふらわあ ごーるど、 さんふらわあ ぱーる(両船全長165. 5m、 南九州航路と中九州航路、2つの航路を 総トン数約1 1100トン)を使用し、神戸港 運航していますが、南九州航路にはさんふ と大分港間を約12時間で結んでいます。こ らわあさつま、さんふらわあ きりしま (両 の航路の特徴としては、世界でも類を見な 船全長1 8 6m、総トン数約1 2 40 0トン)を使 い狭水道や漁船を含む船舶の輻輳する海域 用し、大阪南港と鹿児島県志布志港間を約 が点在する瀬戸内海を航行することで、常 14時間で結んでいます。この航路の特徴と に緊張感を持ち厳重な見張りや判断力、経 しては、船舶が輻輳する海域は大阪湾のみ 験と知識が必要となります。 であり、四国沖から九州にかけては外洋航 このように弊社の運航する航路はそれぞ 行となります。黒潮、波、うねり、風、台 れ安全運航に欠かせない要素が異なってい さんふらわあ ごーるど(全長1 6 5. 5メートル・総トン数約1 1, 1 0 0トン)神戸港∼大分港を1 2時間で結ぶ 26 海と安全 2 0 1 0・春号 連携で情報の共有に努めており、欠航や第 二基準航路である瀬戸内海の航行も視野に 入れた幅広い選択肢の中から最適な運航が できるようサポートしています。 中九州航路に対しては、非常事態の際に はいつでも運航管理者と連絡が取れるよう にし、船へのアドバイスや陸上支援も含め 実質上24時間体制で行っています。南九州 さんふらわあ きりしま 大阪南港∼鹿児島県志布志港を14時間で結ぶ 航路・中九州航路ともに悪天候や視界不良 ますので、安全運航に対する意識や知識の 時など、瀬戸内海特有の条件もあり、陸上 向上、それに付随する安全管理マニュアル 支援は重要な責務と考えています。 の充実や知識, 乗組員研修などが欠かせま 一方、陸上支援を行うにあたり、それら せん。安全性を確保することはもちろんの が有効な支援策でなければならないことか ことですが、乗組員の安全衛生面の充実化 ら、第一に運航管理者と安全統括管理者の や旅客船としての利便性と効率、よりよい 連携が重要であると考えており、両者の連 サービスが求められます。 絡を密にすることにより素早く有効な対応 運航ダイヤはそれぞれの港を夕方出港し、 ができると考え普段から心掛けています。 翌朝目的地に到着するようにしており、寝 これら航路の特徴や船型の違いから乗組 ている間に目的地についてしまうという船 員全体が同じ意識を持って勤務するために、 ならではの特徴を活かしたサービスを「船 陸上支援は安全運航するにあたり大きなウ に泊まろう」キャンペーンとして展開し、 ェイトを占めることとなります。そのため、 また、人・環境に優しい海上輸送モードと 弊社では多岐にわたる分野において、それ して環境に配慮した低環境負荷船の導入や ぞれ安全対策を実施していますので以下に バリアフリーの取り組みを進めているとこ ご紹介させていただきます。 ろです。 1.BRM 研修(ブリッジリソースマネジ 船舶の安全運航を支援する取り 組みについて メント) 安全対策の一環として乗組員の教育訓練 や研修に力を入れていますが、そのうちの 前述のように、各航路において安全要素 1つに年に1度ですが海技大学校航海科教 は異なりますので、それぞれのニーズに合 官による BRM 研修を行っています。教官 わせた情報提供やサポート体制をとってい 方に営業航海中乗船していただき、実際の ます。太平洋を航行する南九州航路に対し 出入港の作業風景や当直などについて ては、当該航行海域、特に大阪湾で展開さ BRM の観点から評価を行っていただいて れている「さわら流し網漁」の漁船情報や、 います。 気象海象情報など、運航管理者や船舶部の BRM はもともと CRM(クル ー リ ソ ー 海と安全 2 0 1 0・春号 27 スマネジメント)と呼ばれる航空機の分野 ど執り行い乗組員の安全意識の高揚にも努 で使われているマネジメントシステムで、 めています。さらに平成19年度から始まり 人間は必ず事故を起こすもの、との観点か ました国土交通省による運輸安全マネジメ らヒューマンエラーに起因する事故に至る ント評価を毎年受けており、その評価を元 プロセスをどこかで遮断する為に曖昧さや にいわゆる PDCA サイクルによる取組み 勘違いを除去し、情報などの資源を共有す の向上を図っています。最近では安全目標 ることによりヒューマンエラーを防ぐとい の進捗状況確認や、内部監査の有効性につ う手法です。これについては乗組員の意識 いて取組・改善を進めているところです。 向上と実践訓練する時間が必要となります 3.操船シミュレータの活用 が、弊社ではこの取組を始めてから今年で 事故を起こす確率が最も多い港内操船に 中九州航路については7年目、南九州航路 ついての対策としては、過去に起きた事故 については4年目を迎え、その効果は着実 の教訓を活かすことのできる、船長を対象 に現れてきています。例えば「指差確認」 とした操船シミュレータ訓練を計画中です。 や「アンサーバック」などの一見面倒に思 現在は実在する港の地形データや気象条件 えるような事が当たり前のようにできるよ や視界の状態を変化させた操船シナリオ、 うになるなど、安全運航の基本動作が確立 船舶モデルなどについて作成を外部へ依頼 しつつあります。さらに実務チェックで評 している段階ですが、シミュレータといえ 価された内容を元に研修・教育訓練などの ども臨場感があります。視界不良の夜間や 社内勉強会を行い、乗組員にフィードバッ 風が強い状態などの悪条件が重なった状態 クすることによりその効果を確実なものと など、リスクの高い状況で操船訓練を行う しています。 ことができますので、今後船長に昇格する また、さらに去年からは機関室チームに 際のトレーニングとして、また、ベテラン おける安全マネジメントシステムに取り組 船長に対しては更なる操船技術向上が図れ み、本年より海技大学校機関科教官による るのではないかと期待しています。 ETM(エンジンルーム・チーム・マネジ 4.リスクアセスメント メント)と称する BRM の考え方を機関室 船内労働安全衛生の分野においては、リ に当てはめたマネジメントシステムを安全 スクアセスメントとしてヒヤリハットおよ 教育として導入しています。 びニアミス事案を全乗組員より過去1年間 2.外部機関研修 のデータを報告させています。当該報告書 外部機関による研修会についても積極的 については船舶部にて集計・評価をして各 に参加させており、運輸局や各種協会様に 船へフィードバックしており、これにより 主催していただいている各研修会にはでき 乗組員全体でヒヤリハット事例の共有が図 る限り参加するよう呼びかけています。社 れますので、作業前ミーティングなどの現 内においても船舶部主催の安全衛生委員会 場で活用することで事故防止や意識の向上 や、各船各部署単位での研修会・講習会な に役立つものとして今後も継続して行って 28 海と安全 2 0 1 0・春号 いきます。また、報告しやすい環境・雰囲 気を作るために、月に1∼2回運航管理者 および安全統括管理者が各船を訪船・便乗 し、乗組員との意思疎通や意見交換を行っ ています。 安全運航の今後の取り組みにつ いて 安全運航に安全対策・教育の終着点はあ りません。安全対策や教育をし続けていく ウェッジホルダーの取り付け研修。事前に取り付け手順を確認 ころ乗組員からは好評を得ています。 ことが重要であると考えています。前述の 今後ウェッジホルダー以外にも各種マニ 安全対策の他にも船体の復原力にも影響を ュアルの内容充実など予定していますが、 及ぼしかねない貨物事故数減少対策を講じ 現在ヒヤリハット事例からの安全対策の掘 ることも目標としています。特に南九州航 り下げを特に重要視しており、現場との連 路では太平洋を航行することからその対策 携を強化して意見を出しやすい環境作りと、 は必須であり、そこで荒天航海中に荷崩れ それら貴重な意見を安全運航に活用し、 「す を起こさないよう、積載車両(主にトラッ ぐにできる」安全対策の発見に努めて参り ク)の移動を抑制するための対策として従 たいと思っています。 来の車止めやワイヤーなどの固縛に加え、 通常タイヤに装着している車止め(ウェッ おわりに ジ)が、船体動揺によってタイヤから外れ 最後に、完全な安全管理というものはな ないように車止めを固定する為の装置、 「ウ いかもしれませんが、事故を起こす確立を エッジホルダー」を導入しました。これに ゼロに近づけるために、リスクアセスメン ついてはまだまだ導入初期段階で、今後効 トの手法を用いて事故を未然に防ぐこと、 果の検証をする必要はありますが、 「軽量 そして過去の教訓を活かして二度と同じ過 かつ操作性に優れ、効果が高い」と今のと ちを繰り返さないこと、事故の教訓を生か すという意味では後から追いかける形には なってしまうかもしれませんが、できる限 りの安全対策をもって事故防止に努めてま いりたいと思います。現時点では取り組ん できた安全対策は効果を発揮しております ので、今後も更なる安全対策に取り組み、 船内車両事故防止と乗組員の安全意識向上 を図り、ひいては海難事故の撲滅に繋がれ ウェッジホルダーを装着 ば幸いです。 海と安全 2 0 1 0・春号 29 取材1:内湾漁業のホタテ漁船の安全運航を支える はじめに れ「対策本部」が設けられ、8日間の懸命 の捜索が行われたが、死者6人を確認、2 青森県は、太平洋、日本海、津軽海峡と 人が行方不明となった。 (行方不明者の2 三方を海に囲まれ、中央部に大型内湾であ 人は、事故から4 9日目と1 08日目に発見さ る陸奥湾を抱え、海岸線総延長は約7 6 0キ れた) ロに達し、古来よりこれらの環境から四季 捜索期間の8日間に要した救助勢力は、 折々の魚介藻類が産出される全国有数の水 海上保安部の船艇や同僚船など1 31隻、航 産県である。 空機52機、潜水士270人、捜索協力者516人 津軽半島と下北半島に囲まれる陸奥湾で (延べ)であった。 営まれているホタテ漁業は、比較的に穏や かな海で漁撈が行われているため、近年、 JF 青森県漁連の再発防止対策 大きな海難事故はなかった。しかし、平成 2 0年4月5日、ホタテ漁船が転覆・沈没し 乗組員8人全員が犠牲になった日光丸の海 難事故が発生したのである。 JF 青森県漁連の取扱高3割以上 を占めるホタテ漁業 この事故から2年が経過し、安全運航に JF 青森県漁連を訪ねた日は、折からの 対し漁業者の意識がどのように変化したの 雪で、町は白一色に染まっていた。この日 か、青森県漁業協同組合連合会(JF 青森 は、東北地方でも今冬一番の寒さになった 県漁連)の指導課、日光丸が所属していた という。指導部指導課長代理の飯田 隆さ 青森市漁協久栗坂支所、青森海上保安部警 んと竹 林 竜哉さんに青森県漁連の概要と 備救難課に、当時の状況を聞くとともに、 事故当時の状況、その後の安全運航への取 事故を教訓としたホタテ漁業の安全運航の り組みついて話を伺った。 いい だ たかし たけばやしたつ や 取り組みを追った。 日光丸海難事故と救助の概要 平成2 0年4月5日、午前4時3 5分頃、青 森市漁協久栗坂支所から青森市漁協と青森 海上保安部へホタテ漁船の日光丸(船長: 川村春光さんほか乗組員7人)が消息を絶 ったと連絡が入った。同日より青森海上保 安部および青森市漁協久栗坂支所にそれぞ 30 海と安全 2 0 1 0・春号 左からJF青森県漁連指導課の竹林さん、指導課長代理の飯田 さん JF 青森県漁連は、会員数54(内正会員 連合会1、漁協5 2、その他1)で構成され した。 JF 青森県漁連の傘下の漁協への安全指 ている。主な魚類別漁獲数量割合をみると、 導として、海上保安部の担当官に講師を依 ホタテ3 3%、いか類3 2%、さば類1 6%、そ 頼し、小型漁船の海難防止講習会を開催し の他となっており、青森県漁連取扱高では、 た。教材は、日光丸の海難事故の状況から、 ホタテ部門が約3割を占めている。 海難事故原因を究明し、ホタテ漁業の安全 青森県でホタテ漁業を行っている漁協数 操業対策をまとめたものを使った。本講習 は1 1漁協・1 4支所で、ホタテ漁業の事業者 会では、日光丸の乗組員が作業用救命胴衣 数は1, 1 8 1となっている、その内、青森市 を着用していなかったことに着目し、船舶 漁協久栗坂支所では2 0事業者が操業してい が遭難した場合の救命胴衣着用の重要性を る。 強調した。また、救命胴衣の正しい装着法 飯田さんは「本県のホタテ漁業は、一般 を指導し、作業用救命胴衣を装着して落水 的に、乗組員2∼3人で操業し、各漁協の した場合の実証試験を行い、着用効果があ 計画に応じ、輪番などで1隻/日当たり1 ることを証明した。 ∼1. 5トンを事業者毎に均等に割り当て、 平成20年5月21日に開催した青森県漁船 水揚げしています。日光丸については、短 海難防止・水難救済会の通常総会および決 期決戦となることから出荷に追われ、1回 起大会には、県内漁協組合長および関係団 の漁獲量を考慮し、8人のアルバイトを期 体が参加し、沿岸漁業の事故防止対策や出 間雇用として乗船させていました。事故当 漁前からの作業用救命胴衣の着用などを決 日は、平成2 0年度のホタテ漁の初出荷でも 議した。 あり、買い取り業者からの注文に応えられ また、JF 青森県漁連では、 “さまざまな るように操業していたものと思います」と、 海難事故や落水事故などで、救命胴衣を着 ホタテ漁業の背景を説明した。 用して助かった”事例を地元の報道機関に 日光丸の海難事故を教訓に 再発防止対策 日光丸の海難事故は、県内の沿岸漁業者 積極的に取り上げてもらうよう働きかけを 行った。これにより、落水した場合に作業 用救命胴衣がいかに有効であるかというこ とを漁業者や漁業従事者に幅広く周知した。 へ大きな衝撃を与えた。JF 青森県漁連の 指導課の竹林さんは「陸奥湾の漁業者や 指導課は事故の重大さに鑑み、青森・八戸 漁業従事者ばかりでなく、青森県全体(太 海上保安部の指導と協力を得て、当漁連内 平洋側、日本海側も含め)で作業用救命胴 に設置されている青森県漁船海難防止・水 衣の着用率が低かったのですが、日光丸の 難救済会(平成1 3年7月、青森県漁船海難 海難事故を契機に漁業者や漁業従事者に作 防止協議会と青森県水難救済会が統合)を 業用救命胴衣着用の重要性が認識されてき 中心に従来以上に、青森県の沿岸漁業者へ たと思います。青森県漁船海難防止・水難 安全操業と再発防止の指導に当たることに 救済会で決議されたことを実現するため、 海と安全 2 0 1 0・春号 31 広報誌を発行し漁業者へ配布しています。 また、マスコミへの広報、漁業者の家族へ の協力の呼びかけ、漁港防波堤に大きな海 難防止標語をペイントするなど、漁船の海 難防止と作業用救命胴衣の1 0 0%着用を目 指して、地道な努力を続けています」と、 当漁連で取り組んでいる沿岸小型漁船の安 全航行の支援について紹介した。 青森市漁協久栗坂支所長の前田さん でで、1年物の半成貝を出荷している。 日光丸の乗組員が生存するには 自然環境が厳しかった 前田さんは「日光丸の海難事故が発生す るまで、当漁組では事故は蚊帳の外だと思 救命胴衣着用の啓発普及に使用しているユニフォーム 青森市漁業協同組合久栗坂支所 の取り組み っていました。日光丸の遭難を耳にしたと きは、まさかという感じでした」と、当時 の驚きを語った。 続けて「海難事故が発生した日は、平成 20年度ホタテ漁の解禁日で、日光丸も僚船 ホタテ漁船の安全運航に 出漁基準を策定 と前後して午前2時前頃に出漁しました。 船を出した頃は、マスコミの報道ほどには 前日に続いて雪の降りしきる中、日光丸 気象も海象も悪くありませんでしたが、漁 が所属していた青森市漁業協同組合(青森 具を回収しているうちに少しずつ天候が悪 まえ だ 市漁協)久栗坂支所を訪ね、支所長の前田 くなり始めたのだと思います。そのため、 ふみあき 文明さんから話を伺った。 他の僚船は早めに漁場を切り上げました。 当支所へ所属しているホタテ漁業者は約 しかし、日光丸の船長は組合長でもあり、 20人であるが、漁の最盛期には臨時雇いの その責任感からホタテ買い取り業者の要望 船員を含め、乗組員として約1 4 0人がホタ に応えるべく、他船より多く漁具の回収を テ漁に従事するという。ホタテの漁具は、 して帰途に就いたものと思います。また、 1本のロープに籠を5 00∼7 00連ねたものを 通常は漁具回収作業用のクレーンのブーム 1カ統といい、この漁具を小規模の事業者 をたたんで走航するのですが、入港してか で2 0カ統、大規模の事業者では5 0カ統を設 らの作業効率に配慮したものかもしれませ 置している。日光丸は5 0カ統を設置してい んが、クレーンのブームを上げたまま走航 た。ホタテの漁期は4月から7月下旬頃ま した可能性があります」と、事故の状況に 32 海と安全 2 0 1 0・春号 ついては同僚への配慮から、言葉少なに語 いる。出漁を中止とする目安の風速は5 った。 メートル、波高の目安を2メートル以上と また、乗組員の死亡原因と作業用救命胴 していて、3メートルでは絶対に出漁しな 衣の関係について「作業用救命胴衣は、1 い。次に風向であるが、西風が吹くと予想 人乗り漁船は法律で着用を義務付けされて される場合は、5メートル未満でも波が立 いますが、日光丸はそれに該当していませ つ危険性が高いので∼出漁しない。逆にヤ んでした。それで、救命胴衣は船には積ん マセ(東よりの風)の場合は、地理的に山 でいたものの乗組員は着用していなかった 陰となることから、風が多少強くても波が と思われます。救命胴衣を着用していたら 立ちづらいので、協議の上出漁する場合も 遭難者を早く発見できたかもしれませんが、 ある。 事故当日は特に寒く、湾内の水温も5∼7 気象や海象情報は、当支所と各船に設置 度と冷たく救命胴衣を着用していても1時 している無線機や各自の携帯電話で入手し 間も持たなかったのではないでしょうか」 ている。最近は、携帯電話でポイント情報 と、乗組員が生存するには自然環境が厳し が手に入る。入手した気象情報で翌日の気 過ぎたと静かに話した。 象と海象を予測する。気象・海象が悪いと 判断したときは、前日に休業を決定する。 また、前日に判断がつかない気象の場合に は、出漁の当日に収集した情報をもって集 まり、皆で話し合って出港の可否を決める。 日光丸の海難事故以降は、特に安全運航 (操業)を気遣うようになり、出港前の安 全点検をして作業用救命胴衣も意識して着 用するようになった。当支所では、作業用 久栗坂漁港へ係船しているホタテ漁船 日光丸事故を教訓とした安全 対策について 日光丸の海難事故から湾内で操業する漁 船も海難事故が蚊帳の外でなくなった今、 救命胴衣の着用については機会があるたび に指導し、毎月1回は救命胴衣着用の啓発 活動を行っている。 青森海上保安部の指導と取り組 み 久栗坂支所では、前田支所長を中心に日光 次に、青森海上保安部を訪問し、警備救 丸の海難事故を教訓とした安全運航と海難 難課長佐々木賢一さんから日光丸事故を教 事故の再発防止対策が図られている。 訓とした沿岸小型漁船の海難事故再発防止 さ まずは出漁条件であるが、久栗坂地域の さ き けんいち について話を伺った。 地形を考慮し、風速だけで出漁基準を決め 青森海上保安部では、日光丸の海難事故 ずに、風速と風向および波高により定めて が発生する以前から青森県内の小型漁業者 海と安全 2 0 1 0・春号 33 合、罰則制度を設けるなど、安全操業に取 り組んでいる。青森海上保安部は、久栗坂 支所と野内支所のこれらの取り組みを評価 し、平成20年10月『ライフジャケット着用 モデル漁協』に指定している。 指導を強化し個別指導にあたる 佐々木警備救難課長は「安全指導につい 青森海上保安部警備救難課長の佐々木さん ては、従来から継続して取り組んできたこ へ海難事故防止とライフジャケットの着用 とですが、日光丸事故を最後の教訓として について啓発活動を続けていたものの、そ 海難ゼロを目標にしたいです」と話す。「事 の成果としての着用率は伸び悩んでいた。 故後、JF 青森県漁連・青森県など関係機 野内支所と久栗坂支所をライフ ジャケット着用モデル漁協に指定 このような状況の中で発生した日光丸の 関が連携して、漁業者の海難事故防止と救 命胴衣の常時着用推進の取り組みを始めま した。当保安部でも従前の活動をさらに強 化し、様々な機会を捉え、安全運航・ライ 海難事故を契機に、青森海上保安部では、 フジャケット着用指導に取り組んでいます。 JF 青森県漁連に加盟する各漁協や支所の まずは、漁業者の皆さんの意識を変えるこ 漁船海難事故防止講習会などへの出席に積 とが重要です。出漁基準を設けたり、救命 極的に応じ、 “救命胴衣の常時着用” 、さら 胴衣常時着用の規則を設けるなど、その重 に“漁港の防波堤に救命胴衣の着用の標語 要性を漁業者自身が認識してきたと思いま を表示”を働きかけるなど、積極的な安全 す。しかし、ライフジャケット着用率が高 啓発活動を行っている。 い漁協もあれば必ずしもそうでない漁協も また、漁協単位の集団的な指導もさるこ あり、温度差を感じています。今後も、各 とながら、個人的な指導も重要との認識の 関係機関との連携を継続し、また、家族の 下、漁業者の家族の協力を得て作成した手 協力をいただきながら個別の指導も取り入 製のオリジナル救命胴衣着用推進のポス れ、海難事故の撲滅と乗組員の救命胴衣 ター(漁業者各人の孫などが被写体となっ 100%常時着用に向けて活動を継続してい ている)を作成・配布するなど、草の根的 きます」と、青森海上保安部の取り組みに な活動にも力を入れている。 ついて話した。 青森海上保安部のこのような活動が功を 奏し、久栗坂支所では独自の出漁基準を設 け、また救命胴衣の常時着用など安全操業 に努めている。さらに、青森市漁協野内支 所では救命胴衣を着用しないで出漁した場 34 海と安全 2 0 1 0・春号 海と安全 2 0 1 0・春号 35 取材2:八戸沖合底曳網漁船の安全運航を支援する はじめに 青森県八戸港を基地にする沖合底曳網漁 船(沖底船)1 7隻は、青森県下北半島尻屋 崎から岩手県境までの青森県沖合を主漁場 としている。一方、小型いか釣り漁船約4 0 0 隻も同じ漁場で操業している。近年、小型 いか釣り漁船は夜間操業する船が少なくな り、昼間操業をする船が増え、狭い漁場に 衝突し、G丸が沈没して漁撈長が行方不明 となった。この事故は過密状態の漁場にお いて、見張り不十分が招いた海難事故であ った。 八戸機船漁協の再発防止対策 沖合底曳船の特徴 八戸機船漁業協同組合は、平成19年3月、 沖底船と小型いか釣り船の漁場が競合し、 青森県鰹鮪漁業協同組合(鰹鮪漁協)が解 トラブルが発生することもある。そんな折、 散し、鰹鮪漁協へ所属していた漁業者が、 平成1 8年1 0月、曳網中の船に揚網を終え漁 八戸底曳漁協へ移籍し、平成19年4月に八 場を探索移動中の船が衝突し、曳網中の船 戸機船漁業協同組合と改称した。 が沈没する海難事故が発生した。 当漁協へ所属する沖合底曳の特徴は、周 この事故から4年が経過し、沖底船の安 年、青森県下北半島の尻屋崎沖から岩手県 全運航に対し漁業者や乗組員の意識がどの 境の太平洋沿岸沖合(前沖)で操業する船 ように変化したのか、沖底船に関わる八戸 とロシアのエトロフ島沖(ロシア海区)と 機船漁業協同組合(八戸機船漁協) 、漁業 前沖を複合して操業する船があることであ 者、乗組員の事故を教訓とした安全運航の る。平成15年頃までは、約7割が前沖とロ 取り組みを追った。 シア海域の複合操業をしていた。しかし、 海難事故の概要 平成1 8年1 0月17日、八戸機船底曳漁協に 所属する沖底船1 9隻は、狭い漁場で投網の 順番を待ちながら操業(スルメイカを漁 獲)をしていた。 同海域へ出漁する冬季から初春にかけては 時化る日が多いことや入漁条件が年々厳し くなることなどで、複合操業を希望する船 が年々減り今では約3割となっている。 ロシア海区へ出漁する船は、8月1日か ら同月31日までの1ヵ月をロシア海区で、 同日午前8時ごろ、青森県八戸市鮫角灯 その後9月1日から11月下旬頃まで前沖で 台から5 5度、21海里の地点で操業していた 操業し、11月下旬頃から再びロシア海区で Y社の沖底船G丸(1 60総トン・乗組員15 操業して翌年の5月15日で漁期を終了する。 人)の右舷後部に、S社のM丸(1 43総ト 前沖で周年操業する船は、9月1日から ン・乗組員1 5人)の船首が後方から8 0度で 36 海と安全 2 0 1 0・春号 翌年の6月30日までが出漁期間である。 海難事故再発防止の取り組み 八戸港では、以前から船員災害防止協会 話することによって、陸では知りえない情 報が得られ、漁撈の現場で何が起こってい るか、が解かるようになりました。また、 が主催となり安全講習会やサバイバルト 漁場でのトラブルが少なくなりました」と、 レーニングを開催し、沖底船と中型いか釣 地道な活動が功を奏していると話す。 り船の乗組員が隔年で受講している。また、 毎年、出漁前に事業者と漁撈長を集めて 前沖の解禁日前には、沖底船の事業者と漁 行う安全操業対策会議へ、平成19年度から 撈長全員に機船漁協の事務所に来てもらい 外部(青森県水産振興課)の講師を呼び、 小型いか釣り漁船と競合する漁場での安全 沖底船の安全運航と操業トラブル防止など 操業について、意見交換をしていた。 についての研修も併せて行なっている。 G丸とM丸の衝突事故は機船底曳漁協 平成19年度の研修会では、安全運航を確 (現機船漁協)と当漁協へ加盟している事 保するために“航海中も操業中も見張りを 業者に大きな衝撃を与えた。この事故につ 厳重にする” “揚網後の移動は必ず無線で やなぎさわつとむ いて同漁協常務理事の柳 沢 勉さんは「こ 一声掛けて、周囲の安全を確認してから走 れまでロシア海区での海難事故は何件かあ 航する”など漁場での安全操業を確保する ったが、僚船同士の衝突事故は初めてでし ための申し合わせ事項を確認した。 た。第一報が入った時は、とても信じられ なかった」と、当時を振り返る。 また、時化たときの出港を中止する目安 を風速11メートル以上、波高3メートル以 上と決めた。その他、9月と10月の2ヶ月 間は過密な操業が続くことから、市場の休 業日に合わせ沖底船も毎週日曜日を休業し、 過労にならないように配慮した。11月から 翌年の6月30日(漁期終了)までは、定期 休業日を時化の日に代替している。 沖底船の現場対策 八戸機船漁協常務理事の柳沢さん G丸とM丸の衝突海難事故を重く受け止 め八戸機船漁協では、これまでの安全運航 平成21年12月17日、八戸機船漁協の佐々 木さんが沖底船を訪船すると聞き、同行し た。 の取り組みを強化し、当漁協の職員が機会 午後7時頃、八戸第2魚市場の水揚岸壁 をみて入港船を訪船して安全運航の指導を へ次々と沖底船が接岸する。接岸を終える 行なっている。 と水揚の準備に取り掛かり、流れるような 沖底船への訪船について八戸機船漁協の さ さ 作業手順で水揚作業が始まる。 き もとあき いしくら 会計主任の佐々木元秋さんは「訪船指導を この日は、八戸沖底漁撈長会会長の石倉 4年間続けています。訪船して乗組員と対 吾悦さんが乗り組む第11正進丸を訪船した。 ご えつ 海と安全 2 0 1 0・春号 37 ブリッジの中は、航海計器で埋め尽くされ やヘルメットを着用し、事故がないように ている。佐々木さんは、今日1日の操業を して下さい」など、安全運航を喚起して下 労い、慣れた会話で漁場の状況や漁況など 船した。 はやし の情報を収集する。9月から1 1月までは順 翌日、第62新生丸を訪船し漁撈長の林 つね お 調にスルメイカの水揚げがあったようだが、 常男さんから話しを伺った。 12月に入ってスルメイカが切れ、小型いか 釣り船との競合も無くなったようだ。安全 運航について、石倉さんは「当社では、安 全運航を支援するための航海設備投資は惜 しみません。GPS が組み込まれたプロッ ター機能付きレーダーや気象のポイント情 報が得られるナブテックスやディファレン シャル GPS(気象のポイント情報を文字 第6 2新生丸漁撈長の林さん 表示する計器)および気象情報を得るため のパソコンなどを設備しています」と言う。 当船の安全対策について、林さんは「過 その上で「青森県太平洋側沖合いの特徴と 去に当社の船が僚船に衝突し、多大な迷惑 して、陸で風が吹いていなくても沖では大 をかけたことがあります。以後、社長と安 時化になっている場合が多々あり、休業す 全管理者から安全運航を維持するように強 る時もあります。そんな時に会社から凪の く言われています。本船では、航海中も操 時に休んでいると見られることもありま 業中も当直を置き見張りを厳重にしていま す」と、沖底船の安全運航を確保するため すが、数日に1回は社長が訪船し、操業中 に漁撈長会会長の立場としては、会社と現 や航海中の当直体制など、安全運航を確保 場の狭間に立つこともあると話す。 するための指導があります」と、事故を教 最後に佐々木さんは「僚船や小型いか釣 訓とした安全運航対策を取っていると話す。 り船などの競合船に注意して安全操業を心 「海難事故も労災事故も慣れと過信と油断 がけて下さい。操業中はライフジャケット から起きるものです。ヒヤリ・ハットを責 めないで検証することが大切です」と、海 難・労災事故の撲滅に取り組んでいると強 調した。 嶋脇漁業の事故を教訓とした 再発防止対策 平成18年10月17日に衝突事故を起こした M 丸を所有している嶋脇漁業を訪ね、事 左:八戸沖底漁撈長会会長の石倉さん 右:八戸機船漁協佐々木さん 38 海と安全 2 0 1 0・春号 故を教訓とした再発防止対策を伺った。 しまわきはるゆき 会社を訪ねると社長の嶋脇治行さんと安 よび船内で作業する時はライフジャケット おいかわとし お 全運航管理者の及川利夫さんに快く迎えて 頂き、会社の2階の応接室へ案内された。 とヘルメットを着用する、などである。 また、会社では安全運航を支援するため に各船の動向と海域を毎日確認し、気象や 水路通報(特に必要とする場合)などを収 集して FAX または電話で提供している。 さらに出漁期間中に他の船舶で海難事故 (漁船や内航船など)が発生した場合は、 その事故事例を検証し、防止対策を作成し て各船へ配布している。 嶋脇漁業社長の嶋脇さん 強い決意で再発防止 当社の安全運航対策について、嶋脇さん は「平 成1 8年1 0日17日、当 社 の 船 が G 丸 を沈める海難事故で G 丸の漁撈長が行方 不明となっており、申し訳ない限りです。 この事故で行方不明になっている漁撈長の 嶋脇漁業の安全運航担当者の及川さん ご家族や G 丸の乗組員の方々、船主さん 安全運航担当者の及川さんは「社長は機 および捜索に協力を頂きました八戸海上保 会あるごとに各船を訪船し、乗組員と対話 安部や同僚船などへ大変なご迷惑をお掛け して安全運航を喚起しています。陸上の従 致しました。衷心よりお詫び申し上げま 業員も海難事故は二度と起こしてはならな す」そして「再び海難事故を起こさないよ いと事故防止に取り組んでいます。そのた うに社をあげて安全運航の取り組みをして めにはいかなる労力も惜しむつもりはあり います」と、海難事故再発防止の強い決意 ません。他の船舶で起きる事故は当社の船 を語る。 にも起こるものと捉え、様々な海難事故の 実施していることは、毎年出漁前に社長 検証をして対策を作成し各船へ周知してい が出席して、全乗組員を集めて安全祈願祭 きます」と、自社で行なっている安全運航 を行う。その後、社長から出漁期間中の安 の取り組みを紹介した。 全運航について G 丸との海難事故を教訓 とした再発防止対策で厳守すべき事項を話 す。また、労災事故防止については、漁撈 器械や設備の点検を行い摩耗や老朽化して いるものは早目に交換する。漁撈作業中お 海と安全 2 0 1 0・春号 39 取材3:離島航路の安全運航の支援体制について 日本海内航汽船株式会社 はじめに 会社の2階にある社長室の窓から、当社 の専用岸壁の様子が間近に見える。管理部 やま だ かずのり 長(運航管理者)の山田一則さんは、窓か ら沖の方を眺め「今日は吹いているから遅 れるかもしれない」と語り、社長(安全統 いけ だ けんいち 括管理者)の池田謙一さんと2人で、佐渡 市両津港を定刻どおり1 1時3 0分に出港した 日海丸の入港を心配そうに待っている。 日本列島は5日程前から冬型の気圧配置 会社の社長室から見る日海丸の接岸 ン)と一般貨物船の第2日海丸(156総ト ン)である。 に包まれ、北日本や北陸地方に1 2月として 日本海内航汽船株式会社は、昭和47年8 は稀に見る大雪を降らしていた。また、一 月の設立以来、新潟∼佐渡が島間の物資の 昨日から昨日にかけて日本海を発達しなが 海上輸送を営み、佐渡が島の社会・経済環 ら低気圧が通過したこともあり、海上は荒 境整備の一翼を担ってきた。当社の2隻の れていた。午後2時3 0分過ぎに新潟港の日 船は食品をはじめ、生活関連品から、土木・ 本海内航汽船の専用岸壁に着岸した日海丸 建設工事に関連する資材・機材・重機ある を見て、ようやく2人はほっとした表情を いは高圧ガスや火薬などの危険物にいたる 見せた。 まで、多種多様の物資を輸送し、島民の日 新潟県佐渡市(佐渡が島)には6 4, 80 0余 常生活を支えている。この2隻の安全運航 人が住んでいる。島民の生活は両津港から を会社ではどのように支援しているのかに 約6 0キロ離れた新潟港から毎日運ばれてく ついて、代表取締役社長の池田謙一さん、 る物資で支えられている。これらを運んで 管理部長の山田一則さん、日海丸船長の いるのが、日本海内航汽船株式会社が所有 寺脇一典さんから話を聞いた。 てらわきかずのり 運航している RORO 船の日海丸(4 9 7総ト 安全運航の確保は現場との コミュニケーションから 安全運航の支援体制について、池田さん は「船舶の安全運航を確保するためには、 専用岸壁に仮置きされている佐渡が島の生活物資 40 海と安全 2 0 1 0・春号 ハード・ソフトをともに充実させることが 年1回、船員災害防止協会が主催で行うサ バイバルトレーニングや安全講習会へ乗組 員を参加させています。将来は従来の安全 講習会と合わせ、当社の運航環境に合った 研修が必要だと思っています」と、当社の 船の運航に合った安全研修の必要性を述べ た。 代表取締役社長(安全統括管理者)の池田さん とても重要なことです」と述べた。続けて、 運輸安全マネジメントの取り組み 新潟運輸局の運航労務管理官から指導を 「当社で運航する船は、新潟∼佐渡が島ま 受けながら、運輸安全マネジメントに取り で片道3時間の航海を1日1往復です。不 組み3年が経過した。当初は経営側にも従 定期で日本各地へ長時間航海する船のよう 業員にも戸惑いがあったが、最近は対応策 に、安全運航を確保・支援するために多額 も整い、少しずつ取り組みが充実してきた の 設 備 投 資 を し て い る 船 と 比 べ る と、 という。 GPS・プロッター機能付きのレーダーと 当社の運輸安全マネジメントの取り組み VHF 無線機など、安全航海に必要最小限 概要については、次のとおりである。 の設備で運航していますが、当社の運航航 ○情報伝達およびコミュニケーションの確 路には適していると思います」と、軽装で 保 はあるが、安全運航には配慮した設備であ 当社では毎月1回開かれる営業会議によ ることを説明した。 り、海陸従業員の横断的なコミュニケーシ また、船の安全運航に欠かせない気象・ ョンを図っている。また、毎日の入港時に 海象と水路情報については、会社の担当者 は運航管理者が訪船して、当日の運航状況 が、専属で情報を収集し、各船の船長へ情 について乗組員と会話し、状況の把握に努 報を提供している。 めている。さらに、社長も頻繁に現場に出 ソフト的な対策について、 山田さんは 「毎 向き、積極的にリーダーシップを発揮して いる。安全総括管理者である社長が荷役現 場の視察をし、船の安全運航などについて 乗組員と話す機会を持つことにより、安全 意識を各人に自覚させている。 ○経営トップの責務と安全統括管理者につ いて 社長(安全統括管理者)は、すべての事 故は会社の存続に係わるものとして危機感 管理部長(運航管理者)の山田さん を持ち、経営責任者としての責務を果たす 海と安全 2 0 1 0・春号 41 べく努力しているが、特に海難事故が発生 については、計画的には実施していない。 すると環境や社会的な問題が大きく、経営 ○内部監査について 者はその責任を免れることはできないと認 現時点では内部監査の具体的な取り組み 識し、船舶の安全運航には重点を置いて取 は構築されていないが、検討中である。実 り組んでいる。また、安全管理体制の課題 施後は、その結果を踏まえ継続的な改善を などを把握・認識し、安全管理体制の維 していく。 持・向上のために職務を遂行している。 ○文書の作成および管理について ○安全方針などの策定と実施について 安全方針および安全重点施策は、運航管 理者が素案を策定し、それに乗組員や全従 文書管理、記録管理、事故など情報報告、 是正および予防に関するマニュアルの作成 については検討中である。 業員の意見を反映し社長が決定する。決定 以上のことから、運航管理者の山田さん した安全方針や重点施策は船内の食堂やブ は「まだまだ対応不足が多くあります。幸 リッジおよび会社の事務室など、全従業員 いなことに今日まで無事故できていますが、 の誰にでも目につくところへ掲示し周知し 運輸安全マネジメントのそれぞれに対応す ている。また、安全重点施策の進捗状況を るためには、人的余裕が必要であり、ぎり 把握するため、各船から実施状況の報告を ぎりの人員で業務を遂行している当社では、 受けている。 現状の対応が精一杯です。内部監査要員の ○事故などに関する情報の報告および訓練 育成をはじめ、PDCA が確実に回るよう について に努力していきます」と、運輸安全マネジ 万が一、事故が発生した場合は、事故処 メントが目的としているものへ近づくよう 理マニュアル「事故処理基準」に基づいて に努力しなければならないと言う。 現場から経営トップまで、確実に情報が伝 また、運輸安全マネジメントへの取り組 達される仕組みができている。各船では定 みにより、社長や従業員の安全運航を確保 期的に非常操舵訓練を実施しているが、重 するための考え方や姿勢が変わったという。 大事故を想定した全社的な訓練はまだ実施 以前は、運航や船舶の整備などは、船長 したことがなく、今後の課題となっている。 をはじめ機関長など『船のことは乗組員に 早い時期に、準備・計画をして全社的な訓 任せておけばよい』との考えであったが、 練を実施する予定である。 運輸安全マネジメントの取り組みを始めて ○関係法令等の遵守の確保 からは、運航管理者が毎日訪船し、安全運 社長をはじめ全従業員が関係法令等の遵 守の重要性を認識している。 ○安全マネジメント態勢を維持するために 航や荷役作業などの安全確保に関与するよ うになった。 また、乗組員にも変化があらわれた。以 必要な教育・訓練などについて 前は、『船のことには口出ししてほしくな 乗組員に対する現場の教育・訓練は、自 い』という姿勢で船務に励み、何か大きな 社内で OJT を実施しているが、OFF―JT 問題が発生したときだけ船長や機関長が会 42 海と安全 2 0 1 0・春号 社へ相談にきていた。マネジメントの取り 組みを始めてからは、会社と乗組員とのコ ミュニケーションがよくなり、問題も小さ いうちに対処できるようになったという。 安全運航の現場では 日海丸と第2日海丸の運航スケジュール は、日海丸の場合、早朝3時3 0分に新潟港 を出港、佐渡が島両津港に6時3 0分に着き、 日海丸船長の寺脇さん 荷役作業をして、帰りは両津港を1 1時3 0分 海が荒れて運航に支障を来たすと予測され に出港し新潟に1 4時3 0分に着く。同じく第 る場合は、14時頃までさらに様々なデータ 2日海丸は、9時3 0分に新潟港を出港し、 を集め検討し、16時までに翌日の運航を決 1 9時30分に着くように運航されている。 定する。その上で、翌朝の出港準備中であ 日海丸船長の寺脇さんの場合は、早朝2 っても運航中止基準に限りなく近い気象や 時に起床し、午前3時前には乗船する。そ 海象の場合は、会社の運航管理者と協議し、 の後、乗組員とミーティングを行い、各所 最終的な判断は、安全統括管理者が行なっ の安全点検を指示する。本人は前日に会社 ている。 で集めた気象・海象や水路通報などの情報 会社が運輸安全マネジメントの取り組み と直近の情報を比較して当日の運航コンデ をしてから、乗組員の意識にも変化が現れ、 ィションを判断し、何事もなければ予定ど 運航以外の諸作業においても安全確保に気 おり出港する。本船の場合の安全運航基準 使うようになった。しかし、事故を未然に は、風速1 8メートル以下、波高4. 5メート 防ぐためには、さらなる努力が必要と考え、 以下としている。 現在、目安箱を設置して乗組員の意見を聞 会社の安全運航の支援対策について、船 いたり、船内でヒヤリ・ハットの検証をし 長経験2 0年の寺脇さんは「本船の航海計器 たりして事故防止の対策に取り組んでいる。 などの設備を不足とは思わない。本船の航 船内のヒヤリ・ハット対策について、船 海に適合した設備と思っている。安全運航 長の寺脇さんは「今のところ建設的な意見 に最も必要な気象や海象および水路通報な は少ない。潜在的なリスクを洗い出すヒヤ どは、会社の担当者が収集した最新の情報 リ・ハットの検証や意見の募集は重要であ を提供してくれるし、台風の場合は1週間 ることを乗組員にも認識してもらい、今後、 先の進路予測を、低気圧の場合は2 4時間先 より良い成果が出るように努力しなければ の予測までの情報を集めてもらえる」と、 ならない」と、ヒヤリ・ハット対策の環境 会社から安全運航への支援は十分得られて 改善に取り組まなければならないと話した。 いるという。 会社から提供されたデータから、翌日に 海と安全 2 0 1 0・春号 43 GMDSS は、衛星通信技術やデジタル通 海保だより 海上保安庁 信技術を利用することにより、船舶は世界 警備救難部 のいかなる海域で遭難しても捜索救助機関 や付近航行船舶に対して迅速かつ確実に救 海難における情報収集および 救助・救急体制 助要請を行うことが可能であるほか、陸上 から提供される海上安全情報も自動受信方 式により確実な入手が可能となっています。 (図1参照) はじめに また、GMDSS を構成する中核的なシス 海上においては、ここ数年来の平均で約 テムの1つであるコスパス・サーサットシ 2 6 0 0隻の船舶が海難に遭遇し、 約1 40 0人 (海 ステムにおいては、全世界に6つ(日・米・ 浜事故などを含む)を超える方が亡くなっ 露・仏・豪・西)設置された基幹 MCC(業 ており、 多くの貴重な人命が失われています。 務管理センター Mission Control Center) のうち、北西太平洋地区を担当する基幹 海難情報の収集 MCC を海上保安庁が運用しています。こ 「1 9 7 4年の海上における人命の安全のた の基幹 MCC は、北西太平洋地区内の他の め の 国 際 条 約」 (SOLAS 条 約) が 昭 和6 3年 MCC(韓・中・香 港・台 北・ベ ト ナ ム) (1 9 8 8年)に改正されたことにより、平成 へ遭難警報データの集配信や運用指導など 4年(1 9 9 2年)から「海上における遭難及 を行う一方で、他の地区の基幹 MCC との び安全に関する世界的な制度」 (GMDSS) 間で遭難警報データの送受信を行うなどの が導入されました。 重要な役割を担っています。(図2参照) 図1 GMDSS における海上保安通信概念図 44 海と安全 2 0 1 0・春号 難発生情報の通報(第一報)のうち約60∼ 70%は携帯電話からの通報です。 平成19年4月からは、目印になるものが 少ない海上において、通報者の位置を把握 するため、1 18番通報時に位置情報も併せ て受信し、地図上に表示させる「緊急通報 位置情報表示システム」を導入しています。 このシステムは、通報があった場合、発 図2 MCC ネットワーク図 信者の電話番号、電気通信事業者を識別す 具 体 的 に は、船 舶 に 設 置 さ れ た 衛 星 る ID、測位した時刻を表示するだけでな EPIRB(衛星非常用位置指示無線標識) く、携帯電話の場合は、緯度・経度の位置 から発射された遭難警報をコスパス衛星・ 情報を、船舶電話の場合は、加入者の氏名、 サーサット衛星経由で受信し、遭難位置・ 住所の情報を表示します。(図3参照) 船名などを特定のうえ、MCC が救助調整 本部(RCC : Rescue Coordination Center) である管区海上保安本部運用司令センター や他の MCC などに速報しています。 遭難警報などを受けた管区海上保安本部 運用司令センターは、遭難位置を確認する 一方で、ID(遭難警報などに含まれてい る識別信号)を検索することにより、遭難 船舶の船名、所有者、連絡手段などの詳細 図3 緊急位置情報表示システム概念図 情報の収集を行うと同時に、巡視船艇、航 空機などを出動させて、捜索救助活動に当 なお、携帯電話や船舶電話から「11 8番」 たらせています。また、無線電話などの通 をダイヤルすると、直接海上保安庁へ事故 信手段を用いて遭難船舶に対する安否の確 通報や救助要請が可能となっていますが、 認を行うほか、現場海域付近を航行中の一 インマルサット電話やイリジウム衛星携帯 般船舶などに対して、救助要請を行うなど、 電話では、国際電話の扱いとなるので、通 迅速かつ的確な海難救助活動に努めていま 報できない仕組みとなっています。 す。 「1 1 8番緊急通報」における 位置情報通報システム 洋上救急体制 洋上救急とは、洋上の船舶上で傷病者が 発生し、緊急に医師の加療を必要とする場 海上保安庁では、緊急通報用電話番号 合に、船主、代理店からの要請に基づき、 「1 1 8番」を運用しており、1 18番による海 船舶上の傷病者を救助するため、海上保安 海と安全 2 0 1 0・春号 45 庁の巡視船艇・航空機などにより速やかに カ所)が設置されており、これに加え、事 医師などを派遣し、洋上救急往診を行うシ 業を支援するための「洋上救急支援協議 ステムです。 (図4参照) 会」(13カ所)が海事関係者、医療関係者 などにより設置されており、官民一体とな った洋上救急制度が整備されています。 洋上救急事業では、洋上で傷病者が発生 し、医師の救急往診の必要があると認めら れる場合には、洋上救急センターが協力医 療機関に医師、看護師の派遣を要請します。 協力医療機関が医師などの派遣を決定した 場合は、海上保安庁が巡視船艇又は航空機 図4 洋上救急システム図 に医師、看護師などを乗せ現場に急行、傷 病者を収容し、医師の応急処置を行いつつ、 速やかに陸上の医療機関に搬送するという 流れになります。はるか沖合における事案 については、離島を活用したり、ヘリコプ ター搭載型巡視船などを複数配置し、ヘリ コプターを「飛び石」状にリレー輸送した りしています。(図5参照) 洋上救急での患者の搬送 このような洋上救急事業は、我が国独自 の制度として、社団法人日本水難救済会が 事業主体となり、昭和6 0年1 0月1日から開 始されました。医師の洋上における往診は、 海を職場とする人々の長年の祈願であり、 人命救助と船員福祉という人道的観点に立 機内で応急処置を実施する医師・看護師 脚して、海上安全船員教育審議会会長から の建議に基づき、海上保安庁を始め、全国 要請した船主などが負担する出動の費用 健康保険協会および関係官庁、医療機関、 (船主負担金、税別)については、医師と 関係公益法人並びに関係民間団体が協力し 看護師の2名(標準編成)で出動した場合 て整備したものです。 (注:天候不良などで医師などが傷病者と 組織としては、日本水難救済会の本部に 接触がなくても、出動した時点で支払いが 「洋上救急センター」(1カ所)が、全国 発生)、1日当たり22万円であるなど、あ 各地に「洋上救急センター地方支部」 (1 0 らかじめ負担金額が決まっています。ただ 46 海と安全 2 0 1 0・春号 し、PI保険に加入している船舶が洋上救 について、医師、看護師1289人(平成21年 急を要請した場合の船主負担金は、当該保 40人)を派遣しており、近年、国内におい 険から一部補填されることとなるので、実 て医師不足が社会問題化する中にあっても、 質上の経費負担は少なくなります。また、 関係者の理解と熱意により、また、医療器 洋上救急の必要な傷病者本人が我が国の船 具の整備などの予算も十分でない中で、そ 員保険に加入している場合は、船員保険か の運用が確保されています。 ら援護金(平成2 2年1月1日現在、5 0, 9 50 円)が支給され、船主負担金から減額され おわりに 以上、ご紹介しました情報の収集、洋上 ます。 この事業の対象は、船舶や乗組員の国籍 救急といった支援体制のほか、海上保安庁 を問わず、国内に代理店が設定され、船主 では、迅速かつ的確な救助活動を行うため、 負担金の支払いの確約がとれれば誰でも利 専門的な知識や技術を有する、 「特殊救難 用できます。ただし、本事業に資金援助を 隊」、「機動救難士」、「潜水士」および「救 している団体(日本船主協会、全日本海員 急救命士」を配置し、随時、救助・救急体 組合、大日本水産会、全漁連傘下各組合な 制の充実・強化を進めています。海上にお ど)に加入していない船舶にあっては、洋 ける死者・行方不明者を一人でも減少させ 上救急活動を維持していくための事業協力 るため、海上保安庁の救助・救急能力を高 金として、1件当たり1 0万円を負担するこ めていくことはもちろん、海上保安庁と他 ととなります。 機関などとの連携をさらに充実・強化し、 日本水難救済会によると、事業開始から 平成2 1年末までに6 84件(平成2 1年2 1件) より効果的かつ効率的なレスキューネット ワークの構築に努めて参ります。 図5 洋上救急の事例 海と安全 2 0 1 0・春号 47 を務めるマレーシア海事局オスマン局長と マ・シ海峡における「航行援助 施設基金」 に関する動き (その5) シンガポール連絡事務所 韓国およびマラッカ海峡協議会との間にお いて、それぞれ基金への資金拠出に関する 覚書の締結が行われました。 前回までの基金委員会においては、韓国 前々号では、マラッカ・シンガポール海 は基金への資金拠出を実施する条件として、 峡における航行援助施設の維持・更新を行 沿岸三カ国との間において覚書が締結され うために沿岸三カ国 (インドネシア、 マレー ることを条件としていたため、その手続に シアおよびシンガポール)により設立され かなりの時間を要していましたが、今般す た航行援助施設基金 (以下 「基金」 という。 ) べての調整が整い、ようやく韓国から1 00 に関して、昨年7月に実施された日本財団 万韓国ウォン(約1 0万 US ドル)の拠出が からの25 0万 US ドルの資金拠出およびこ 実現されることとなりました。 れに関する基本合意書の締結までの流れを ご紹介しました。 今回も、その後の動きをご紹介させてい ただきます。 第4回航行援助施設基金委員会 昨年4月に開催された第3回航行援助施 さらに、これまでインドネシアにおいて 基金から資金配分を受けるための政府銀行 口座の開設作業が遅れていたため、現実的 にインドネシア海域分の航行援助施設の維 持作業に基金の資金を活用することができ ませんでしたが、昨年8月にその手続きが すべて完了したことが報告されました。 設基金委員会の後、日本財団から2 50万 US これらを受け、IMO(国際海事 機 関) ドル、マラッカ海峡協議会から5 0万 US ド から5万 US ドルの資金を拠出することが ルおよびアラブ首長国連邦から1 0万 US ド 明らかにされ、日本財団、MENAS(中東 ルの資金が、それぞれ基金に対して拠出さ 航行援助サービス) 、マラッカ海峡協議会、 れました。 アラブ首長国連邦および韓国に続き、基金 これらを踏まえ、第3回基金委員会にお いて決定された航行援助施設の維持・更新 に6番目のスポンサーが誕生することとな りました。 のための2 0 0 9年の資金配分計画を見直すと これらを踏まえ、最後に、総額757万 US ともに、2 0 1 0年の資金配分計画を新たに策 ドルの2010年の資金配分計画が承認され、 定するため、昨年1 0月に、マレーシアのジ 基金が2010年から本格的にマ・シ海峡の航 ョホール・バルにおいて第4回基金委員会 行援助施設の維持・更新作業を全面的に担 が開催されました。 っていくことが確認されました。 韓国と IMO が新スポンサーと して参加 会議の開催に先立ち、基金委員会の議長 48 海と安全 2 0 1 0・春号 (所長 磯野 正義) 親しむという機会が少ないからだと思い 海守便り ます。 事故防止 (海守事務局) ・近場の港に散歩に出かけた際に、危険を 感じることが度々ありました。大人も子 供も釣りを楽しむ光景はコミュニケーシ 予期せぬ時に突然に ョンとして最高のものと思うのですが、 危険なことを平気な顔で子供に見せてい 川や湖を含めて水難事故は毎年多発傾向 る大人がいることを残念に思います。ま にありますが、死亡率も高くニュースを見 た、釣り客に対してはライフジャケット るたびに残された方々のことを思いますと 着用を一生懸命勧めていた遊漁船の船長 心が痛みます。特に溺れた子供を助けよう が、自ら着用しないのに唖然としました。 とした親が、逆に溺れて帰らぬ人となり、 ・子供と一緒に船で海に出ます。一人で出 最初に溺れた子供が助かったりすることが るときもあります。船に乗る前にはライ あります。このように、慌てて飛び込んだ フジャケットを着用しましょう。家で待 救助者自身が溺死する例が尽きません。海 っている人のためにも......。 守事務局では、毎年事故防止のため、マリ ・溺れないためには、泳ぎが達者だからと ンレジャーの安全対策について海守ブログ 言って、流してしまった物、例えば浮き に掲載するとともに、メールやファックス 輪とかビーチボールなどを追わないこと。 などで会員の皆様に繰り返しお知らせして 海岸に沿った横の潮の流れに注意するこ おります。その都度たくさんのコメントが と。浅くても大変危険。私の人生でこれ 寄せられ、事故の未然防止への関心の高さ まで溺れた人を何回も見ました。中には には驚かされております。 助かった人もいますが、大体駄目でした。 いくつか紹介いたします。 ・溺れた人の救助方法について、自分なり せっかく海に来たのだからと言って、無 に少々認識しているつもりです。でも、 理をしてしまうときがあります。事故を防 緊急時には誰もが一瞬パニック状態にな ぐには、山に登るときと同じように、自分 ると思います。私も子供の見守り隊の一 の体力を過信しないで用心する心がけ、冷 員として、安全対策を再認識し、次世代 静に判断する心がけと、引き返す勇気も必 を担う子宝を地域ぐるみで守りたいと思 要です。 います。 ・海難事故は予期せぬ時に突然やってきま す。ライフジャケットの着用も事故を予 測すればこそしているのです。今の日本 人は大人も子供も危険の予知が疎いと思 海守事務局 TEL 03―3552―7001 FAX 03―3552―8012 URL http : //www. umimori.jp/ E―mail : info@umimori.jp います。常に安全を確かめながら自然と 海と安全 2 0 1 0・春号 49 日本海難防止協会のうごき (平成2 1年1 1月∼2 2年1月) 月 日 21年 11.9 会 議 名 主 な 議 題 小名浜港船舶航行安全対策検討委 員会 ①小名浜港船舶航行安全対策検討業務調査計画の検討 ②東港(仮称)による可航水域の減少に伴う海上交通影響の整理 ③東港(仮称)建設計画の概要 ①新公益法人制度移行へのポイント・留意点 ②公益法人化に向けた実務面の準備 ③航行安全の最近の動向 ③分科会Ⅰ ・西部海難防止協会の現状 ・公益法人改革への対応 ④分科会Ⅱ ・九州北部小型船安全協会の現状 ・小型船安全協会に対する取り組み状況 ・小型船安全協会の展望等 ①東京国際空港再拡張後の航空機と船舶の安全確保等調査計画の検討 ②D滑走路北東側の側傍海域を航行する船舶に対する航行安全対策 ③D滑走路進入灯橋梁下を航行する船舶に対する航行安全対策 ④航空機と船舶の安全確保に係る運用方策 ①議事概要 ②作業部会検討結果 ③防舷材の仕様変更 ④航行安全対策案 全国海難防止団体等連絡調整会議 11.10 ∼11 11.16 東京国際空港再拡張後の航空機と 船舶の安全確保等検討委員会 11.16 東 北 電 力(株)仙 台 港 共 同 桟 橋 (仮称)船舶航行安全対策調査委 員会 東北電力(株)・新日本石油精製 (株)仙台港共同桟橋(仮称)船 舶航行安全対策調査委員会作業部 会 新日本石油精製(株)仙台港共同 桟橋(仮称)船舶航行安全対策調 査委員会 港湾専門委員会 11.16 11.16 11.24 11.25 12.7 12.11 12.11 12.14 22年 1.12 横浜川闢区船舶航行安全に関する 調査事業に係る安全運航・安全対 策専門委員会 苫小牧LNG基地に係る船舶航行 安全対策調査委員会 東北電力(株)・新日本石油精製 (株)仙台港共同桟橋(仮称)船 舶航行安全対策調査委員会 準ふくそう海域及び沿岸域におけ る安全対策の構築に関する調査研 究委員会 東北における避泊需要検討委員会 1.25 東京国際空港再拡張後の航空機と 船舶の安全確保等検討WG 東京国際空港再拡張後の航空機と 船舶の安全確保等検討委員会 小名浜港船舶航行安全対策検討委 員会 海事の国際的動向に関する調査研 究員会(海洋汚染防止関係) 東北における避泊需要検討委員会 1.26 海運・水産等関係団体打合会 1.18 1.19 1.21 50 海と安全 2 0 1 0・春号 ①防舷材の仕様変更 ①議事概要 ②桟橋計画の変更 ③作業部会検討結果 ④防舷材の仕様変更 ⑤航行安全対策案 ①港湾計画の改訂(八戸港) ②港湾計画の一部変更(横浜港、石巻港、神戸港、北九州港) ①調査計画の検討 ②横浜港水域事情の現状 ③安全運航上の問題点 ④安全対策の考え方 ①事業計画案 ②苫小牧港の現況およびLNG基地計画の概要等 ③操船および動揺シミュレーション実施方案 ①前回委員会議事概要 ②航行安全対策 ③報告書案 ①準ふくそう海域におけるAISデータの解析 ②海難データの解析 ③AISを活用した運用事例 ①東北における避泊需要検討業務調査計画の検討 ②避難船舶の利用 実績および船舶交通量 ③荒天非難に関する基礎調査 ①船舶高基準面の管理運用に係る周知・広報 ①船舶高基準面の管理運用に係る周知・広報 ①橋梁完成後の安全対策の検討 ②東港大橋(仮称)建設計画の概要 ③橋梁建設工事に係る航行船舶への影響緩和方策の検討 ①BLG14の対処方針 ・バラスト水 ・外来生物の船体付着 ①避泊可能水域の利用実績と避泊需要に係る基礎調査 ②避難需要の検討 ①前回議事概要案 ②事業報告書案 主な海難(平成21年10∼12月発生の主要海難) No. 船種 総トン数 船名等 海上保安庁提供 海難 発生日時および発生場所 (人員) 種別 死 亡 気象・海象 行方不明 死者 天気 曇り 漁船 10月24日20:14分頃 第一幸福丸 19トン (日本) (乗員8人) 転覆 1人 波浪 4.0m 行方不明 東京都八丈島沖 視程 10km 4人 ① 下田港向け帰港中の漁船「第一幸福丸」は、僚船との無線交信を最後に行方不明になったもの。その後の捜 索によりライフラフトおよび転覆した第一幸福丸が発見され、ライフラフトからは1人が遺体で発見され、転覆 した船内からは生存者3人が発見されたもの。残る乗組員4人は、行方不明である。 天気 晴れ タンカー 11月 8日20:42分頃 第三宝勢丸 498トン (日本) (乗員6人) 乗揚 波浪 0.0m なし 来島海峡航路内 視程 18km ② タンカー「第三宝勢丸」は、和歌山県海南港を福岡県博多港向け出港し、来島海峡航路を航行中のところ、 同航路内に位置する馬島の砂地に乗揚げたが、その後、潮汐を利用し自力離礁したもの。 天気 晴れ 貨物船 12月30日18:48分頃 MOL DISCOVERY 42,812トン (パナマ) (乗員22人) 衝突 波浪 2.0m なし 阪神港大阪区 視程 15km ③ 貨物船「MOL DISCOVERY」は、中国向け阪神港大阪区からタグボートを使用し出港作業中のところ、風に 圧流され大阪南防波堤に衝突したもの。同船は衝突により船体に破口が生じ、重油が流出したもの。 船舶海難の発生状況(速報値) (平成2 1年1 0∼1 2月) 海難種類 用途 一 般 船 舶 衝 乗 突 転 揚 火 覆 爆 災 浸 発 機 関 故 障 水 推 進 器 障 害 舵 行 方 不 明 障 害 運 航 阻 害 安 全 阻 害 (単位:隻・人) そ 合 行 方 死 不 亡 明 ・ の 他 計 貨物船 50 12 0 1 1 3 16 1 1 0 1 1 0 87 0 タンカー 11 3 0 0 0 0 6 0 1 0 0 0 0 21 0 旅客船 2 0 0 1 0 0 1 1 1 0 2 1 0 9 0 プレジャーボート 36 20 20 2 0 17 50 17 4 0 29 21 9 225 11 その他 16 13 5 1 1 5 1 2 1 0 9 2 8 64 5 漁 船 79 21 16 15 1 11 21 18 2 1 16 0 8 209 24 遊漁船 2 2 0 0 0 0 3 1 0 0 0 0 0 8 0 196 71 41 20 3 36 98 40 10 1 57 25 25 623 40 計 海と安全 2 0 1 0・春号 51 平成2 1年の船舶海難発生状況(速報値) (単位:隻・人) 海難種類 用途 突 貨物船 一 般 船 舶 衝 乗 転 揚 火 覆 爆 災 浸 発 推 進 器 障 害 機 関 故 障 水 舵 行 方 不 明 障 害 運 航 阻 害 安 全 阻 害 そ 合 の 他 計 行 方 死 不 亡 明 ・ 193 48 2 8 1 6 60 7 2 0 1 7 0 335 16 タンカー 42 15 0 2 0 0 14 1 1 0 0 1 0 76 0 旅客船 20 4 0 7 0 0 3 3 1 0 2 1 1 42 0 156 123 71 10 0 49 202 68 11 0 169 64 31 954 27 67 33 10 9 1 22 13 14 3 1 20 5 12 210 9 285 76 63 55 3 36 60 49 10 1 87 2 38 765 70 プレジャーボート その他 漁 船 遊漁船 27 11 1 1 0 2 8 9 2 0 4 0 2 67 1 計 790 310 106 92 5 115 360 151 30 2 283 80 84 2449 123 ☆今号の特集は「船舶の安 を収集して、運航船舶へ情報を提供し安全運航を 全運航の支援について」と 支援していました。 いうテーマで、国交省関東 ☆平成2 1年1 2月8日から1 0日までの3日間、海上 運輸局をはじめ学識者や外航、内航、大型カーフ 保安庁の主催で『海上薬物取締セミナー』が開催 ェリーの船社で安全運航を担当する方々から寄稿 されました。当セミナーには、近年、国境を越え を頂きました。また、座談会には日本郵船!、新 る国際組織犯罪が増加していることから、アジア 和内航海運!、太平洋フェリー!からご協力を頂 圏内の取り締まりなど関係機関との連携強化を図 きました。取材は、青森市久栗坂港のホタテ漁船 ることを目的として、中国、インドネシア、マ と八戸港の沖底漁船の海難事故を教訓とした取り レーシア、フィリピン、タイ、カンボジア、米国、 組みを追い、新潟では、新潟港から両津港の定期 ロシア、韓国と国連薬物犯罪事務局が参加してい 航路を運航する日本海内航汽船の安全運航の支援 ます。 について話を伺いました。 セミナー3日目には、東京湾において巡視船艇 ○ホタテ漁船日光丸の海難事故を教訓にした再発 8隻、ヘリ1機が参加して、外国関係機関から 防止について、JF 青森県漁連では、当漁連内に 「密輸容疑船が、大量の覚せい剤を密輸する」と 設置されている青森県漁船海難防止・水難救済会 の情報を入手したことを想定し、容疑船の停船か を中心に沿岸漁業者の意識改革に取り組んでいま ら容疑者の逮捕までのデモンストレーションなど す。また、青森海上保安部では、再発予防対策に も行いました。このような取り組みにより海の安 ついて、JF 青森県漁連に加盟する漁協や支所で 寧が保たれることを願います。 行う漁船海難事故防止講習会などに積極的に応じ、 救命胴衣の常時着用の働きかけをしています。ま た、漁協単位の指導と併せ、漁業者の家族の協力 を得るなどして個人的な指導も行っていました。 ○八戸機船漁協では、僚船同士の海難事故を重視 し、同漁協の職員が、機会があるごとに訪船し操 業現場の情報収集と安全指導を行っていました。 また、事故を起こした船を所有する会社は強い決 意で安全運航の取り組みをしていました。 ○日本海内航汽船では、社長が自ら現場に出向き 乗組員とのコミュニケーションを図り、海難事故 や労災事故防止に取り組んでいました。一方で、 会社では安全運航に重要な気象・海象などの情報 52 海と安全 2 0 1 0・春号 海と安全 No. 544(44巻、春号) 発 行 平成2 2年2月2 5日 発行所 社団法人 日本海難防止協会 〒1 0 5−0 0 0 1 東京都港区虎ノ門1−1 5−1 6 Tel 0 3 (3 5 0 2) 2 2 3 1 Fax 0 3 (3 5 8 1) 6 1 3 6 E-mail :2231jams@nikkaibo.or.jp URL http : //www.nikkaibo.or.jp 印刷所 第一資料印刷㈱ 正会員・賛助会員・協力会員の方には年4回、 発行の都度「海と安全」を送付しています。 ※平成21年7月3日公布 1部を除き1年以内に施行 海と安全 第44巻 春号 ●通巻544号 ●平成22年2月25日発行
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