ネコがいるカフェ、生豆の珈琲

「ネコが教えるお金の話」
ご購入者様5大特典ショートストーリー
ネコがいるカフェ、生豆の珈琲
ある日のtatuki*cafe
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カララ、カララ、カララ……コーヒーの生豆を焙
する音が響く、古い
一軒家をリノベーションしたカフェに、今日も女子とネコが集う。
恋とスィーツ、誰かの
……そんな女子会でも開かれていそうなセンス
のいいカフェに響き渡る声は―――
「だから焦るにゃっ! 投資は時流を見、時勢を読むのが肝心と、いつ
もワシがいっておるというのに、こんな半端なところで損切りしてどう
する気にゃっ!」
「だって、真っ赤な数字がチカチカしてるの怖いんだもん! 早く楽に
なりたい!」
カフェのカウンターには、ふっさりとした長い尻尾を立てて怒っている
ネコが一匹。長い髪を一つにまとめた女子一人。
株式投資のサイトらしい、数字がずらりと並んだノートパソコンの画面
を覗き込みながら、一匹と一人が言い合っている。
カウンターの中では、淡い微笑みを浮かべながらそれを眺めている女性
店主。その後ろで回り続けるコーヒー豆の焙
機。
カフェの奥の小上がりには、ゴスロリ風の派手なワンピースを着た若い
女の子と、ショートカットの女性が何やら真剣に話し込んでいた。
ゴスロリ風のワンピースを着ている女の子……女子大生起業家、アキラ
が溜息をつくようにして、唐突に言った。
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「―――ホント、どうかと思う」
「どうかと思う? って、何が?」
そう聞いたのは、ショートカットの女性……市役所勤務の週末農業家、
一乃だ。週末農業家とは言っても、自ら畑に出るわけではなく、パート
さんの勤務シフトと作物の生育計画を綿密に組み立ててシステム化して
いる農業ビジネス経営者という体ではあるのだが。
アキラが、不満そうに頬 をついてカフェのカウンターのあたりを見た。
「美優さんのことに決まってるじゃないですか! 美優さん、自分んち
で清六ネコさんといくらでもビジネス話が出来るくせに、紗和子さんの
カフェに来てまで清六ネコさん独り占めって! あたしだって、清六ネ
コさんに相談したいことがあるのにっ」
頬を膨らませて拗ねているアキラを見て、一乃がおかしそうに笑う。ふ
と、小上がりから腰を浮かしてカウンターに声を掛けた。
「美優さーん、アキラちゃんがヤキモチ焼いているから、清六ネコさん
そろそろこっちにお願いしまーす!」
「ちょっ……! 一乃さん、やめてよ! あたし別に、ヤキモチ焼いて
るわけじゃないし!」
慌てたように立ち上がったアキラの前で、一乃がまあまあという風に手
を振る。
清六ネコが、カウンターの上に座ったままで、
かに伸びをして小上が
りの方を見た。
「わかっとるにゃ。このわからず屋に、株式投資のなんたるかを語って
聞かせてやったら、すぐに行くにゃ」
「わからず屋って何よ! そもそもあたし、株式投資向いてないんだ
よー! 損を抱えてると思うだけでストレス!」
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「だから、ある程度の損を抱えつつ、利益を出したところで相殺決済す
ると何度言えばわかるのかにゃー!」
まだわあわあと騒いでいる一人と一匹を、ふくれっ面で眺めながらアキ
ラが不機嫌極まりないという声で言った。
「…………なんか、キャバクラでナンバーワンの女の子が席に来てくれ
るのを待ってる、おっさんの気分」
「え、じゃあ清六ネコさんがナンバーワンキャバ嬢? あたしたち、清
六ネコさん待ちの常連客?」
一乃がおかしそうに笑いながら、小上がりに転がっているクッションの
上に座り直す。
このカフェは、古い寿司屋の住居付き店舗だったものをリノベーション
しているので、小上がりや建具の意匠が和風の作りなのだ。
小上がりの畳はフローリングに張り替えて、北欧風の柄が可愛いクッショ
ンをいくつも置いたり、竹を組んだような細工の天井は、ダークブラウ
ンに塗り替えて吹きガラスの照明器具を下げたり……オシャレなのに癒
される古民家リノベーションカフェという感じだ。
「……じゃあ、そのナンバーワンの清六ネコさんが着てくれるまで、珈
琲のおかわりどうぞ」
このカフェの店主、紗和子がカウンターの中からトレイを持って出てき
た。
ゆったりとしたリネンのワンピースを着た紗和子は、こだわりのカフェ
でこだわりの自家焙
珈琲を焙
してしまう上に、会社員時代、アパー
トを一棟買いした大家さんでもあるのたが、見た目は
“おいしい珈琲を淹れる以外、何もしません”
みたいな浮世離れした雰囲気がある。
「わ、嬉しい! 紗和子さん、ありがとう」
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アキラが、テーブルの上の空のカップと、紗和子が運んできた新しいカッ
プを、一乃の分まで交換する。
一乃が、紗和子のために小上がりの端にクッションを置いた。紗和子が、
ありがとうと言いながらクッションに腰を下ろす。
珈琲を持ってきた木のトレイを膝の上に置き、カウンターに並んでいる
一人と一匹を眺めながら、軽く首を傾げた。
「まさか、この店の常連にネコちゃんが加わるとは、カフェはじめたと
きは思ってもいなかったわ」
「それも、人の言葉をしゃべって」
「ビジネス格言ばんばん出てくる」
一乃とアキラが、続けて言う。
思わず、という感じで三人が顔見合わせた。あはは、と誰からともなく
明るい笑い声がおきる。
カウンターの一人と一匹が、何事かと小上がりを振り返ったが、三人の
笑い声は止まない。
「なんなんですかー? 三人してナイショ話って、ナシですよ!」
今度は美優がふくれた顔をして、小上がりの三人に向かって抗議をする。
清六ネコが、大きな体に似合わない速い動きで、ひらりとカウンターか
ら床に下りた。
「なんにゃー? ワシの
をしてるのは小耳に挟んでおったが、笑われ
るようなことはした覚えがないにゃあ」
「違う違う、清六ネコさんのこと笑ったわけじゃなくてー」
アキラが手をひらひらさせながら言うと、清六ネコがぽてぽてと小上が
りの方へ歩いていくる。
カウンターに座っている美優が、あからさまにホッとした顔をして、開
いていたノートパソコンを閉じようとした。
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「こりゃ、美優! 株式投資の話は終わったわけではにゃいぞ! うち
に帰ったら復習にゃっ」
「えーっ!? 今日はもういいよう!」
涙声で訴える美優に、清六ネコがふさふさとしたしっぽを一振りする。
改めて、小上がりにいる三人の女性をぐるりと見た。細い目をさらに細
めて、にんまりと笑う。
「待たせてすまんにゃ。では、皆のびじねす話を聞くとするかにゃ。
……まこと、本気で金に向き合ってる者との会話ほどこ心うきうき、楽
しいことはないにゃあ!」
機嫌のいい顔をしている清六ネコの前に、いの一番にアキラが座り直す。
テーブルに広げていたノートパソコンと、ぶ厚い紙の束を清六ネコによ
く見えるように置き直した。
「よろしくお願います! 清六ネコさんの意見聞かせて!」
あっという間に、自分のビジネスに集中した顔になったアキラを、今度
は一乃と紗和子が微笑ましそうに見る。
そこに、カウンターからすっかり冷めてしまった珈琲が入っている自分
のカップを持って移動してきた美優が加わった。
少し呆れたような顔をして、美優が言う。
「清六ネコ、このカフェにくると人気者だからって、鼻の下伸びてる
よー?」
「ネコの鼻の下が伸びるわけないにゃっ!」
憤慨してしっぽを太くした清六ネコを中心にして、四人が顔を見合わせ
て笑う。
カララ、カララ、カララ……。古い寿司屋をセンスよくリノベーション
したカフェに、珈琲豆を焙
する音が響く。
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恋の話も、スイーツの話もないけれど、このカフェの中に漂う珈琲豆の
香りは、“金に本気で向き合う”と決めた者だけの、清々しくまっすぐな
気持ちに寄り添って、今日も焙
機の中で甘く香り豊かに色づいていく
のだった。
【終】
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