生体システムから学ぶ バイオマテリアル創製

生体システムから学ぶバイオマテリアル創製
特 集 ここまで進んだナノテクの世界
ナノマトリックス(ヒドロゲル)
未来を創るナノテクノロジー③
生体システムから学ぶ バイオマテリアル創製
ゲル動的制御ユニット
機能制御ユニット
あき よし かず なり
秋吉一成
東京医科歯科大学生体材料工学研究所
粒径 20∼100nm
CHP- ナノゲルの構造
生体高分子の機能を効率よく導く分子シャペロン作用は,ポストゲノム研究や次世代バイオマテリアル設計において
きわめて重要である.疎水化高分子の自己組織化を利用した動的ナノゲルでは,タンパク質を凝集することなく取り込
み,機能を保持した形で放出できるという,分子シャペロン活性をもっていることが見いだされた.タンパク質の機能解
析には,タンパク質の折りたたみ・凝集の問題は避けて通れない重要な課題であり,ナノゲルによって,汎用性のあるタ
ンパク質の再生システムの開発が可能となる.また,ナノゲルはDDS においても有用である.とくに,コレステロール置
換多糖 ( プルラン;CHP)のナノゲルは,がん抗原タンパク質のナノキャリアーとして優れていた.最近,これはヒトへの
がん免疫療法臨床試験が始まった.CHP ナノゲルはすでにメーカーによって生産されており,DDS のみならず市販の化
粧品やヘアケア製品に使われている.また,細胞親和性や刺激応答性を付与した機能性ナノゲルの開発も進んでいる.さ
らに,ナノゲルを基盤にしてナノ構造制御されたヒドロゲル材料設計(ナノゲル工学)により,
DDS 機能をもつ新規人工
細胞外マトリックスとして再生医療での有力な次世代バイオマテリアルの創出が期待される.
遺伝子工学の進展により,細胞内合成装置を利用してさ
まざまなタンパク質が自在に設計できる時代となった.一
分子シャペロン機能をもつナノゲル
方で,細胞内で多量に発現させた新規タンパク質は正しく折
分子シャペロンは,非天然状態のタンパク質(ゲスト)を
りたたまれずに凝集してしまい,その再生・集積技術が大き
認識して捕捉する高分子ホストと見なせるものである.人工
な課題となっている.細胞内では,タンパク質の折りたたみ,
系では,そのようなホストはほとんど知られていなかった
会合,凝集抑制,膜透過,活性制御そして分解にいたるまで,
が,著者らはナノサイズの物理架橋ゲル(ナノゲル,図 1)を
その一生を補助している分子シャペロンと呼ばれるタンパ
開発し2 ),とくに疎水化多糖からなるナノゲルは,そのナノ
ク質が存在している.また,膜タンパク質の場合は,生体膜が
マトリックス内にタンパク質を捕まえる高分子ホストとし
この役割を一部担っている.ポストゲノム研究やDDS 分野
て機能することを見いだした3 ).実際,天然の分子シャペロ
においても,タンパク質のみならず核酸などの生体高分子
ンと同様に熱変性タンパク質や巻き戻り中間体を選択的に
の機能,連携を積極的に補助するナノ環境場のシステム設計
捕まえ,その凝集を阻害した.さらに,ナノゲル中では機能を
(シャペロン機能工学)はますます重要となると思われる.著
失っているものの,外部刺激やシクロデキストリンを添加し
者は,分子シャペロン機能をもつナノゲルおよびリポソーム
てナノゲルを崩壊させると,自然にタンパク質機能が再生し
を用いた人工分子システムの創出とその応用展開を図って
た4)
(図2).このように,凝集しやすい非天然状態のタンパ
おり,ここでは,ナノゲルシステムの設計と応用について紹
ク質を捕捉,安定化し,外部刺激により活性のある形でタン
介する .
パク質を放出する機能は,まさに生体系に存在する分子シャ
1)
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り制御されている.一方,ナノゲル中の水含量は 80 ∼90%
a)
O CH2
OH
OH
程度で,通常のマクロゲルを切り刻んでナノサイズにした
CH2O-HまたはR CH2OH
O
OH
O
OH
O
OH
OH
O
ようなゲルであり,タンパク質を取り込める,疎水的な物理
O
架橋点に囲まれたナノ空間をもっている.ナノゲルシステム
OH �
では,たとえばシクロデキストリンにより,ゲルの架橋点を
壊すことでタンパク質の巻き戻りと放出を制御できた.最
R= CONH(CH2)6NHCO-Ŕ
R´= (CH2)� CH3 � =11,13,15
近では,光応答性人工分子シャペロンの開発にも成功して
いる5).このようなナノゲルの分子シャペロン機能を利用し
て,汎用性のあるタンパク質の再生カラムが開発できる段階
Ŕ = O
にある.
b)
DDS としてのナノゲル
リポソームや高分子ミセルなど実用化に近い段階に進ん
でいる薬物キャリアーが知られている.コレステロール置換
多糖(プルラン;CHP)からなるナノゲルは,シャペロン機
能をもつ新しいタンパク質キャリアーとして注目され,日本
油脂(株)により提供されるに至っており,また,市販の化粧
品やヘヤケア製品にはすでに用いられている.とくに,がん
100nm
抗原タンパク質との複合ナノゲルは,従来にない免疫応答を
図 1 ナノゲルの分子構造(a)と AFM 像(b)
引き起こすことが明らかになり,がん免疫療法として有用で
ペロンシステムが行っていること同じである.
あることが示された6).ここでは,がん抗原タンパク質を凝
天然の分子シャペロンは変性したタンパク質の疎水面と
集させることなくナノゲルと複合体を形成させることがで
相互作用できる疎水的アミノ酸領域と,タンパク質を取り込
きるシャペロン機能が生かされていて,現在,三重大学医学
めるナノ空間をもっている.また,捕捉したタンパク質の巻
部珠玖教授のグループによりヒトへの臨床試験が始まった
き戻りと放出は,
ATP の結合によるコンフォメーション変
ところである.さまざまなタンパク質製剤系はもとより,抗
化とその加水分解反応による解離という巧妙な仕掛けによ
がん剤であるアドレアマイシン,シスプラチン誘導体あるい
Agg
U
Agg
I
複
合
体
形
成
N
I
放出
ATP
N
CD
放出と折りたたみ
7ADP
ATP
7Pi
7ATP
I
ADP
U
N
ADP
ADP
GroEL 7Pi
GroES
I
7ATP
ATP
ADP
複
合
体
形
成
CHP-ナノゲル
CHP-CD 複合体
I
折りたたみ
ATP
CHP- タンパク質複合体
図 2 分子シャペロンの作用機構
シクロデキストリン(CD)
U:変性タンパク質,I:巻き戻り中間体(非天然状態),N:活性タンパク質,Agg:凝集体.
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XX
会合性因子
自己集合
-NH2
X:-COOH
-SH
X
機能性高分子
X
自己組織化ナノゲル
X
X
機能性ナノゲル
会合性因子
・疎水的会合力
・水素結合
・静電的相互作用
・金属配位結合
・ホスト - ゲスト相互作用
・刺激応答性(光,pH, 酸化還元)
機能性高分子
・生体高分子
(多糖,ポリアミノ酸,核酸)
・合成高分子
(熱応答性高分子,pH 応答性高分子)
重合
ハイブリッドナノゲル
重合性ナノゲル
(ナノジェロマー)
ナノゲル架橋
ハイブリッドゲル
重合
ナノゲル - リポソーム架橋
ハイブリッドゲル
ナノサーフェイス修飾,
ナノゲルフィルム
図 3 ナノゲルエンジニアリングによる新規バイオマテリアルの創製
は抗ステロイド薬を担持することも可能で,がん治療や再生
は,薬物の徐放担体として従来にない性能を発揮することが
医療を含めた研究が展開されている.また,カチオン性ナノ
明らかになった.再生医療に不可欠な細胞の足場としての新
ゲルは,
プラスミドや RNAi などの核酸キャリアーとしても
規細胞外マトリックスなどの創出が期待される.ナノ構造が
有用である.その他にも,ナノゲルへの細胞親和性付与やリ
制御された新規ヒドロゲルは,その物性の面でもたいへん興
ン酸化キナーゼ応答性付与(九州大学片山教授との共同研
味深い.また,ナノゲル -アパタイト複合体やナノゲル - 量子
究)
などさまざまな機能性ナノゲルの設計を行っている.
ドット複合体など新規有機 - 無機ハイブリッド組織体の設
ナノゲル工学へ
計が可能となり,その利用を図っている.
このようにナノゲルを基盤としたさまざまな組織体の創
三次元架橋構造をもつポリマーゲルは,薬学・医療分野か
製とその応用は,ナノゲル工学と呼ぶに相応しく,新しい研
ら分離テクノロジーや化粧品,食品の分野まで幅広く利用さ
究領域として期待される.一方で,リポソームを膜タンパク
れている.また,ゲルの相転移を利用したアクチュエーター
質のシャペロンとする研究も進めている.このシステムで
などのゲルマシンの開発も進んでいる.通常,ゲルは手に取
は,機能解明とその利用が遅れている膜タンパク質研究に新
れるマクロな物質として認識されてきたが,著者らはナノ粒
しい手法を提供できて,さらにテーラーメイド人工細胞実現
子の特性を併せもつナノゲルを調製する一般的手法を開発
への夢も広がる1d).
した.つまり,会合性分子を高分子鎖に部分的に導入し,高分
子の会合を動的に制御できる物理架橋ナノゲルを得る手法
である.ナノゲルは導入する疎水基の構造や置換度を変える
ことで,その粒径や粒子内部の疎水領域の分布(ゲルの孔サ
イズ)などを制御できる.また,さまざまな水溶性多糖類,ポ
リアミノ酸 7),および合成高分子8)においても同様なナノゲ
ルが形成し,光や酸化・還元応答性ナノゲルの作成も可能と
なった.
詳細は他の総説を参照してほしい1c).
一方,微粒子としてのナノゲルの特性をさらにマテリアル
として応用するために,ナノゲルをビルディングブロックや
架橋点としたマクロなヒドロゲルの開発へと展開している
(図3)
.ナノゲルの特性を保持したナノマトリックスゲル
参考文献
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