●人工臓器 — 最近の進歩 ナノゲルを基盤材料とする ナノバイオエンジニアリング * 1 東京医科歯科大学生体材料工学研究所素材研究部門有機材料分野, * 2 京都大学工学研究科高分子化学専攻 佐々木 善浩* 1,秋吉 一成* 2 Yoshihiro SASAKI, Kazunari AKIYOSHI 本稿では,このナノゲルの調製および特性について概観 1. はじめに し,ナノゲルをドラッグデリバリーシステム(DDS)キャ 最先端医療技術における超微量分析,ハイスループット リアとして用いる研究について,特にタンパク質をター スクリーニング技術,環境負荷の小さいデバイスやベッド ゲットとする DDS に焦点を当てて述べる。さらに,この サイド臨床検査などの実現に向け,ナノテクノロジーをバ ナノゲルを集積したナノゲル基盤ゲルマテリアルの開発 イオ分野へ展開しようとする研究が盛んである。また最近 と,その再生医療応用に関する進展について,我々の研究 では,ナノスケールの超精密微細加工技術の進歩とともに, 成果を中心に最近の動向を紹介したい。 タンパク質,核酸,糖などのバイオ分子の分離・分析を超 微量で行う技術が確立されてきている。これらのテクノロ 2. ナノゲル(ヒドロゲルナノ微粒子) ジーを基に,バイオ分子をナノオーダーで扱うことにより ナノゲルは,架橋された高分子鎖よりなる三次元網目構 新しいバイオナノデバイスを開発する試みは,まさに「ナ 造を有するナノ微粒子である。ナノゲルは,ナノ微粒子の ノバイオエンジニアリング」ととらえることができる。 一種である内部が密な高分子ナノスフェアとは異なり,そ このナノバイオエンジニアリングのさらなる発展のため には,ナノスケール領域での自己組織体の構造・機能を自 在に制御することが一つの重要なアプローチとなる。筆者 らは,生体系での階層的な自己組織化現象にインスパイ アードされた動的なナノバイオマテリアルとしてのナノゲ ル基盤材料の構築とその医療応用に関して研究を展開して きた。具体的には,親水性多糖に疎水基を部分的に導入し た疎水化多糖の自己会合により物理架橋ナノゲル(図 1)が 調製されること(自己組織化ナノゲル法)を世界に先駆け て見い出し 1),その機能について検討を行ってきた 2) 。一 例として,ナノゲルがタンパク質を凝集させることなく取 り込み,活性を保持した形で放出し得る分子シャペロン機 能を有していることを明らかにしている 3) 。 ■著者連絡先 * 1 東京医科歯科大学生体材料工学研究所素材研究部門有機材 料分野(〒 101-0062 東京都千代田区神田駿河台 2-3-10) E-mail. [email protected] * 2 京都大学工学研究科高分子化学専攻 (〒 615-8510 京都府京都市西京区京都大学桂 A3-317) 図 1 物理架橋ナノゲルの模式図ならびにナノゲルをビルディ ングブロックとする新規ゲル材料の概念図 人工臓器 39 巻 3 号 2010 年 197 表 1 DDS キャリアに用いられる分子集合体の比較 リポソーム ポリマーミセル ナノゲル 入した疎水化プルラン(CHP)は,水中に分散させるだけで 自発的に数分子が会合し,疎水基の会合領域を架橋点とす る粒径が約 30 nm の安定なナノゲルを形成した 2) 。さらに, 構造 会合性因子を水溶性多糖類,ポリアミノ酸,水溶性合成高 分子などの様々な高分子鎖に部分的にグラフト化した会合 性高分子の自己組織化により,テーラーメイドにナノゲル 特徴 脂質二分子膜から なるカプセル 両親媒性高分子 からなるミセル ・大きい内水相 ・高い薬物内包効 率 薬物の物理,化学 ・安定 的修飾が可能 ・密度制御が自在 ・薬物内包の可逆 性 薬物 親水性,疎水性薬 物,核酸 多点架橋による ナノサイズのゲル 疎水性薬物,核酸 疎水性薬物,タン パク質,核酸 を得る手法として確立してきた 17) ∼ 22) 。 疎水化多糖ナノゲルの最大の特徴は,その動的な特性に よりタンパク質を疎水的会合力により自発的にナノゲルに 複合化し得ることである 23) 。その際,タンパク質間の凝 集を抑制することでコロイド的,熱的に安定化し,また外 部刺激により活性を維持した形でナノゲルからタンパク質 を放出することができる 24) ∼ 28) 。詳細については後述す るが,ナノゲルが有するこの分子シャペロン機能は,タン パク質 DDS 設計にブレイクスルーをもたらす重要な概念 の含水率が高く,ナノネットワーク中にタンパク質や核酸な どの生体分子を安定に閉じ込めることができる。さらに, 外部刺激によるゲル相転移や網目構造の変化により内包物 である 29) 。 3. ナノゲルの DDS 応用 の徐放制御も可能であるなど,リポソームや高分子ミセル ナノゲルは,親水性および疎水性の低分子薬物のみなら などのほかの分子集合体にはない特徴を有している(表 1) 。 ず,DNA,siRNA,ペプチド,蛋白質などの高分子薬物を効 これまでに様々なナノゲル調製法が報告されているが, 率よくそのネットワーク中に内包することで,薬物キャリ 架橋方式によって分類すると,共有結合により架橋点を形 アとして用いることができる。例えば,疎水性領域を有す 成する化学架橋ナノゲルと,非共有結合(水素結合,イオ る両親媒性ナノゲルは,難溶性の抗癌剤の内包と徐放に用 ン結合,疎水性相互作用)を利用する物理架橋ナノゲルに いられてきた 30) ∼ 32) ほか,カチオン性部位を有するナノゲ 大別できる 4) 。 ルは遺伝子キャリアとして利用されている 33) 。 化学架橋ナノゲルの合成方法についてはこれまでにも多 近年,ホルモン,酵素,サイトカイン,成長因子,抗原タ くの報告例があり,よくまとめられた総説 5) もあるので詳 ンパク質などの生理活性タンパク質が優れた治療効果をあ 細については割愛するが,比較的古くから多く用いられて げることがわかってきた。これら生理活性タンパク質を細 いるのは,マイクロエマルジョンが形成する微小空間で重 胞内に効率よくデリバリーする技術の開発は,再生医療な 合を行うものである。最近では,ナノサイズのエマルジョ らびに免疫治療における重要な課題である。ここでの問題 ンの中で重合を行うナノエマルジョン法 6),両親媒性ブ 点は,キャリアとタンパク質との複合体の不安定性,なら ロックコポリマーからなるミセルやポリイオンコップレッ びに低分子ドラッグに比べて不安定なタンパク質の失活・ クスミセルを化学架橋するブロックコポリマー架橋 凝集抑制と徐放制御にある。カチオン性リポソーム,カチ 法 7) ∼ 11),ナノ反応場としてのリポソームの内水相 12) や, オン性微粒子やタンパク透過ドメイン(PTD)34),35) を含む シリカナノ微粒子 13),金ナノ微粒子 14) の表面をテンプレー 両親媒性ペプチドなどをキャリアとして用い,細胞内導入 ト と し て 用 い る ナ ノ テ ン プ レ ー ト 法,さ ら に リ ソ グ ラ を行う試み 36) ∼ 40) もなされているが,その効率は必ずしも フィーを利用したトップダウン法 15),16) など,多彩なナノ 高くないのが現状である。 ゲル調製法が報告されている。 筆者らは,分子シャペロン機能を持つカチオン性ナノゲ 一方,非共有結合を用いる物理架橋ナノゲルについては ルを用いると,細胞内へのこのタンパク質導入を非常に効 報告例が少ない。その理由の一つは,物理架橋構造を制御 率よく行えることを明らかにした 41) 。カチオン性ナノゲ し,ナノ構造を安定に保つのが困難なためである。筆者ら ルはタンパク質と強く相互作用することで自発的に複合体 は,多糖に疎水基を導入した疎水化多糖の自己組織化を利 を形成し,Hela 細胞に効率的に取り込まれることがわかっ 用した物理架橋ナノゲルの最初の例を報告した 1) 。特に, 水溶性多糖であるプルランにコレステリル基を部分的に導 198 た。これは,ナノゲルとタンパク質とが細胞内取り込みに 適した 50 nm 程度の安定な複合体を形成していることに起 人工臓器 39 巻 3 号 2010 年 因するものである。また,ナノゲルは酵素(β- ガラクトシ (a) ダーゼ)をその活性を保持したまま細胞内に導入できるこ と,さらに核内へのタンパク質導入が可能であることも示 されている。 自己の免疫機能を惹起もしくは活性化することで,癌患 者などを治療する免疫療法においても,タンパク質キャリ アとしてのナノゲルの優れた機能が確認されている。サイ トカインや癌ワクチンをはじめとする免疫療法は,副作用 が少ないこと,長期にわたり癌細胞の増殖,再発,転移の 抑制が可能であることから,臨床分野における実用化が期 待されている。ナノゲルは免疫療法における薬剤としての (b) 抗原タンパク質と安定な複合体ナノ微粒子を形成し,癌免 疫療法においても有効に機能することが示された 42),43) 。 例えば,癌遺伝子産物としての erbB2 抗原タンパク質を内 包したナノゲルを胆癌マウスの皮下に投与すると,抗体を 産生するヘルパーT 細胞のみならず,抗腫瘍性のキラーT 細胞が効率よく誘導された。この系は,すでにヒトへの臨 床試験も行われており,癌免疫療法としての有効性が実証 されている 44),45) 。特に食道癌に対する治癒効果は顕著で あり 46),治験に向けた検討が進んでいる。また,インター ロイキン 12 を用いたサイトカイン癌免疫療法 47) において も,ナノゲルが徐放性担体として優れた効果を発揮するこ とが明らかとなっている。 図 2 徐放性足場材料としてのナノゲル架橋ゲル(a)および サイトカインの徐放制御に基づく骨再生(b) CHP:疎水化プルラン,BMP:骨形成タンパク質。 さらにごく最近,カチオン性ナノゲルが,鼻の粘膜に投 与する経鼻型ワクチンにおけるキャリアとして有用である ことも示された 48) 。この粘膜ワクチンは,インフルエン ヒドロゲルは,タンパク質,ペプチド製剤の薬物徐放担 ザウイルス,エイズウイルス,ノロウイルスなど粘膜から 体として,また再生医療においてサイトカインを徐放する 感染する多くの病原体に対して感染自体を予防できる次世 足場材料(人工細胞外マトリックス)としても利用されて 代ワクチンとして期待される。 いる。組織の再生においては,複数のサイトカインやホル モンの放出を精密に制御することにより,効率よい組織の 4. ナノゲル基盤材料と再生医療 再生が可能である。したがって,薬物の放出速度を長期に 高分子マクロゲルは様々な分野で幅広く利用されている わたって自在に制御可能なマトリックスの開発が,再生医 が,架橋点の構造やゲルの網目のナノ構造制御は依然とし 療の実現のためには重要である。しかし通常,マクロサイ て大きな課題である。筆者らは,自己組織化ナノゲルをビ ズのゲルの網目構造は不均一なものが多く,ナノレベルで ルディングブロックとした,ナノ構造制御された新規ゲル 架橋構造を制御するのは難しいため,初期のバースト的な 材料作製法を開発した(図 1 下)。具体的には,比較的高濃 薬物放出が問題となっている。また,ヒドロゲル内でのタ 度(> 30 mg/ml)のナノゲルを分散させると,ナノゲルが ンパク質の変性,不可逆的凝集に伴うタンパク質の機能低 。こ 下などの課題も残されている。そこで,アクリロイル基置 のナノゲルボトムアップ手法を展開するため,反応性基と 換 CHP とチオール基末端を有する 4 本鎖ポリエチルグリ してアクリロイル基やメタクロイル基を有するナノゲルを コール(PEG)からなる生分解性ハイブリッドヒドロゲル 合成し,新規反応性ナノゲルを開発した 50) 。これと様々 を骨再生のためのマトリックスとして用いると,マウス頭 な水溶性モノマーを重合することにより,固定化人工分子 頂部での骨欠損モデル実験において骨形成タンパク質 シャペロン機能 51) や高速高温収縮能 52) を有する新規ナノ (BMP)を封入したハイブリッドゲルが骨再生を極めて強 集積したマクロゲルが得られることを見い出した 49) ゲル架橋マクロゲルを得ている。 。また,この く誘導することが明らかになった 53),54)(図 2) 人工臓器 39 巻 3 号 2010 年 199 ナノゲル間架橋反応を比較的希薄条件下で行うと,ナノゲ ル(∼ 30 nm)が数百個集まったナノゲル架橋ナノ微粒子 (∼ 150 nm)が得られることも見い出した。この材料は, 物理架橋ナノゲルが化学架橋により安定化され,サイトカ インなどを比較的長期に徐放し得るインジェクタブルキャ リアとして有用である 55) 。 5. おわりに ナノバイオエンジニアリングの観点からのナノゲルの医 療応用に関する研究は,ここ 10 年来急速な進展を示してい る。ナノゲルのサイズ,安定性,表面修飾を自在に制御す るエンジニアリング的な手法により,様々な薬物をター ゲットとする DDS 応用が可能となってきている。タンパ ク質,抗体,核酸など,生理条件下で比較的不安定な薬物 のデリバリーが今後の DDS における課題であり,分子シャ ペロン機能を有するナノゲルは一つの有用な解決法を与え る技術として興味深い。今後,様々な機能を有する異種の ナノゲルをナノゲルエンジニアリングの手法により集積す ることで,機能の複合化,多彩な刺激応答性,経時的プロ グラム応答など,単一のナノゲルにはない機能を発現し得 るナノゲル基盤バイオマテリアルの開発が期待される。 文 献 1) Akiyoshi K, Deguchi S, Moriguchi N, et al: Self-aggregates of hydrophobized polysaccharides in water. 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