テロ等組織犯罪準備罪の新設に反対する会長声明 当会は、テロ等組織犯罪準備罪の新設に反対する。 過去三度廃案となった共謀罪法案は、長期4年以上の自由刑を定める犯罪に ついて、団体の活動として当該行為を実行するための組織により行われる犯罪 の遂行を共謀した場合、その遂行に合意した者を処罰するというものであった。 近時、この共謀罪法案に「犯罪の実行の準備行為が行われたとき」などの要 件を付加したテロ等組織犯罪準備罪を新設する組織犯罪処罰法改正案が提出さ れる動きがある。 近代刑法は、行為を犯罪として処罰し、思想や内心の意思を処罰しないとい うことを基本原則としている。しかし、このテロ等組織犯罪準備罪は、以下の とおり、かつての共謀罪法案と同じく、行為ではなく、 「合意」に着目して、処 罰をしようとするものであり、近代刑法の基本原則に真っ向から抵触する。 この点、テロ等組織犯罪準備罪は、合意に加えて「犯罪の実行の準備行為が 行われたとき」という要件を付加することから、かつての共謀罪法案に比べて、 処罰の範囲を限定するものと評価する向きもある。しかし、ここにいう準備行 為とは、極めて抽象的で、広範な解釈が可能な表現であるため、なんらの危険 を備えていない行為を含みうる。したがって、この要件は、処罰の範囲をなん ら限定するものではない。テロ等組織犯罪準備罪は、かつての共謀罪法案と同 じく、行為そのものではなく、 「合意」の危険性に着目して処罰をしようとする ものにほかならない。 以上により、テロ等組織犯罪準備罪は、近代刑法の基本原則に反して、個人 の思想や内心の意思を脅かすものであって、許される内容ではない。 そして、テロ等組織犯罪準備罪が新設されれば、捜査機関は、テロ等組織犯 罪準備罪の捜査のため、個人の「合意」を捜査対象とすることが可能になる。 テロ等組織犯罪準備罪が処罰の対象とする「合意」が個人の内心に強くかかわ りをもつ以上、捜査機関による捜査は、個人の会話、電話、メール等の日常的 なやりとりにまで広く及び、常に国民が捜査機関の監視の目にさらされること になりかねない。 このような捜査機関の監視の目は、自由な内心の活動に源泉をもつあらゆる 表現活動を萎縮させる。テロ等組織犯罪準備罪が新設されれば、国民の内心の 自由はもちろん、表現、集会、結社の自由等の憲法上の基本的人権を侵害する おそれがある。ひいては、自由な表現活動を前提とする民主主義をも揺るがし かねない。 わが国では、さまざまな犯罪に対して比較的法定刑の幅が広く規定されてい るため、長期4年以上の自由刑を定める犯罪は、600を超える。したがって、 テロ等組織犯罪準備罪が新設されれば、600を超える犯罪が一挙に新設され ることとなり、国民の内心の自由その他の基本的人権への影響は極めて広範な ものとなる。 政府は、テロ等組織犯罪準備罪の新設について、 「国連越境組織犯罪防止条約」 (以下「条約」という。)を批准するために必要であると説明している。 しかし、わが国では重大な犯罪について、陰謀罪が8、共謀罪が15、予備 罪が40、及び準備罪が9、既に存在しており、かつ、判例上、一定の要件の もとに、共謀者を共謀共同正犯として処罰することが可能である。その上、わ が国では銃砲刀剣類所持等取締法により、組織的な犯罪集団による犯罪行為は、 未遂以前に取り締まることが可能である。したがって、条約を批准するための 条件は、わが国では既に達せられているのであって、新たにテロ等組織犯罪準 備罪を設ける必要はない。 以上のとおり、テロ等組織犯罪準備罪を新設することは、近代刑法の基本原則 に抵触し、基本的人権を侵害し民主主義を揺るがすおそれがある上、条約批准に 不可欠なものでもない。 よって、当会は、テロ等組織犯罪準備罪の新設に反対であることを表明する。 2016年(平成28年)9月7日 大分県弁護士会 会 長 須 賀 陽 二
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