受難節第三主日礼拝 男 女 計 2 3 5 2 11 13 4 5 9 次週以降の

No.14
2016 年 2 月 28 日
受難節第三主日礼拝
説 教 『十字架への道を意識して 』
本 日 の 集 会
★教 会 学 校 午前9時45分
★広島キリスト教信徒会・教会連盟例会
午後2時~4時 於:広島復活教会
山 根 眞 三 師
司 会 市 川 真美恵 さん 講演:『中国の教会事情について』
奏
楽
山 根 由美子 さん 講師:井上 豊 さん(広島長束教会牧師)
ぜひご参加下さい。
招 詞 ローマ人への手紙5:1〜2
主 の 祈 ( 5 6 4 )
今週の集会/スケジュール
讃 栄 5 4 6 ☸めぐみ幼稚園いちご摘み 2月29日(月)
交 読 文
2 9 ( 詩121編 ) 大和町にある卒園生の保護者のいちご農園
に行きます。覚えてお祈り下さい。
祈
祷
讃 美 歌 1 3 2
§全国教誨師連盟理事会 3月2日(木)14:00~
午後2時~5時 於:矯正会館会議室(東京・中野)
使 徒 信 条
(566)
聖 書 マルコ福音書 12:1∼12 ☸めぐみ幼稚園礼拝 3月4日(金)10:30~
説 教 (口語訳71頁、新共同訳85頁) §貴船原少女苑雛人形贈呈式 3月4日(金)
県更生保護女性会長さんが雛人形を少女苑
『 十字架への道を意識して 』
に贈呈されます。それに牧師が付き添います。
祈
祷
讃 美 歌 21 - 5 2 6 次週以降のスケジュール等
★3月教会役員会 3月6日(日)礼拝後~
聖
餐 式 教務・教勢報告、総括について、会計報告
献 金 讃 美 歌 3 5 2
役員の働きと健康を覚えてお祈り下さい。
感 謝
§8.6広島平和の祈り実行委員会 3月8日(火)
16:00~18:00 於:カトリック会館会議室
報 告
§広島拘置所教誨奉仕 3月9日(水)13:30~
頌
栄
5 4 0
施設にある方の信仰への導きと牧師の働きを
祝
祷
覚えてお祈り下さい。
後 奏 / コーヒータイム
§貴船原少女苑教誨奉仕 3月10日(木)11:00~
次週の礼拝 (受難節第四主日礼拝)
説教 『たった一粒の麦でしかなかった』ヨハネ 少女達の更生の歩みと牧師の働きをお祈り下さい。
12:20~26、招詞Ⅱコリント1:5〜7、交読文31 §貴船原少女苑教誨師総会 3月10日(木)12:00
讃美歌546、142、21-525、511、542 ☸めぐみ幼稚園誕生礼拝 3月11日(金)10:00~
☸めぐみ幼稚園茶話会 3月11日(金)午後1時~
当 番
本日 28日 司会 市川さん 献金 先週の集会
男
女
計
次週 6 日 司会 小田さん 献金 教 会 学 校
2
3
5
会 堂 清 掃 奉 仕 3 月 4 日 (金) 主 日 礼 拝
レコードコンサート
午後4時~ めぐみ幼稚園保育者 2
4
11
5
13
9
◇今週の説教要旨 (受難節第三主日礼拝)
説教 『十字架への道を意識して』マルコ12:1~12
とんでもない質問から説教を始めます。皆さんは
人を愛したことがありますか。またとんでもないことを
言ってしまいます。おそらく私は今まで人を愛したこ
とがないのではと自問してしまいます。教会の人が
好きです。本当に好きです。家族のことが好きです。
でも心から愛してきたかと言いますと、大きな疑問を
覚えてしまいます。何故こんなことを言うのでしょう。
今日の聖書を読んで皆さんはどんなことを感じられ
ますか。私はイエスの人々への強い意識、愛を覚え
るのです。イエスはエルサレムに入ってから、人々
がある種の期待をもって見つめているそのような状
況の中でこんな譬えを語られた。葡萄園の主人が
働き人にその総てを委ねられた。働き人は主人の
委託に応え一生懸命働いたが故に実りは豊かだっ
た。イエスが語るこの譬えには主人の働き人への愛
が滲んでいる。それはまたイエスのそれだと言っても過
言ではないだろう。ところが働き人はその実りの素晴
らしさを前にし、それを主人に委ねることに躊躇を覚
えたのだろう。この実りは私達の努力によるものだと。
これから後の話はとても酷いものだ。自分達の努力
だけで実りを得たものだと錯覚した彼ら。この錯覚は
まさしく私たちが抱いてしまうものかもしれません。こ
んなにあからさまに私たちの問題点が指摘されてしま
うと黙っておれなくなってしまう。これではイエスは拒
絶することを求めているようなものです。権力を持った
人々は勿論黙ってはおりません。社会には差別と搾
取が蔓延している。貧しい人々への愛がこのあから
さまな譬えにはあります。あれは跡取りだから殺して
しまえば収穫は自分達のものになる。神様への心従
を生きているような顔をして権力者は弱い者を差別
し、搾取してしまっている。殺されることをイエスは明
らかに意識して語っている。ここまでイエスは人々を、
人間の罪を受容し、愛し、赦している。この愛が注がれ。