環境援助政策の動向 大原淳子1 1.はじめに:環境と開発をめぐる議論の変遷 地球環境問題を最初に提起したのは,1972 年にローマ・クラブ2が発表した報告書『成長 の限界(The Limits to Growth) 』3である.この報告書では,人間社会の将来の進路につい て次のような結論を下している. 「世界人口,工業化,汚染,食糧生産,及び資源の使用の現在の成長率が不変のま ま続くならば,来たるべき 100 年以内に地球上の成長は限界点に到達するであろう. もっとも起こる見込みの強い結末は人口と工業力のかなり突然の,制御不可能な減 少であろう. 」4 この報告書は当時の開発をめぐる議論に多大な影響を与えた.1972 年 6 月には史上初の環 境問題に関する国際会議である「国連人間環境会議」がストックホルムで開催され,さら に同年 12 月には地球環境問題に関する情報を提供する機関として国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)が設立された.しかし,その後は,石油危機 や開発途上国債務危機が発生し,国際社会がそれらの危機への対応に追われるにつれ,国 際社会の地球環境問題に対する関心は次第に薄れていった.再び地球環境問題が脚光を浴 びるようになったのは,南極上空の成層圏オゾン層の破壊が確認され始めた 1980 年代後半 に入ってからである.1987 年の「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」 5による報告書『地球の未来を守るために(Our Common Future)』6の発表が大きなきっか けとなった.この報告書は「持続可能な開発(Sustainable Development)」7の概念を提起 したことでよく知られているが,この概念は「貧困は,地球規模の環境問題の大きな原因 でもあり,結果でもある」という前提に基づいている.この報告書では,地球環境問題の 原因について次のように説明している. FASID 国際開発研究センター 主任 ローマ・クラブとは 1970 年 3 月にスイス法人として設立された民間組織で,世界各国の科学者,経済学 者,プランナー,教育者,経営者などから構成され,『成長の限界』が公刊された当時の会員は 25 カ国, 約 70 名で,政府の公職にある人々はメンバーに含まれていなかった. 3 Meadows, Donella H., D. L. Meadows, J. Randers and W. W. Behrens(1972) 4 Meadows et al. (1972) (邦訳『成長の限界』p.11) 5 「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会) 」は,1983 年,国連総会の決議に基づき, 21 世紀の地球環境の理想像の模索とその実現に向けた戦略策定を任務として設立された. 6 World Commission on Environment and Development(1987) 7 「持続可能な開発」とは, 「将来の世代の欲求を充たしつつ,現在の世代の欲求も満足させるような開発」 と定義されている(World Commission on Environment and Development, 1987, p.66). 1 2 1 「貧しく飢えた人々は,生き延びるために仕方なくしばしば身の回りの環境を破壊 する.彼らは森林を切り倒し,その家畜は草原を食い尽くし,限られた土地を過剰 に使用し,人口の密集した都市にさらに流入する.このような変化が積もり積もっ て,貧困自体を人類に対する地球的規模の天罰といっても過言ではないものにして いる.」8 こうしたブルントラント委員会の地球環境問題に対する見解は,世界銀行から 1992 年に公 刊された報告書『世界開発報告 1992:環境と開発』においても引き継がれ,同報告書は, 「持続的で公正な経済成長は貧困を緩和し,結果として環境保護を強化する」という前提 の下,経済発展と環境改善の両者をもたらす「一石二鳥」政策の策定・実施を奨励した. また,1992 年 6 月にリオで開催された「国連環境開発会議(リオ・サミット)」では,各 国政府は環境と開発の両立を目指すと公約し,地球再生のための長期的な行動計画である 「アジェンダ 21」9を採択した.リオ・サミット以降も,貧困と環境の連鎖に関する議論は 継続されたが,1990 年代前半から後半にかけて,ブルントラント委員会の見解に代表され る「貧しい人々は環境破壊を引き起こす当事者でもあり,環境破壊の犠牲者でもある」と いう貧困と環境破壊の両方向の連鎖から,「貧しい人々は環境破壊の犠牲者である」という 環境破壊から貧困への一方向の連鎖が強調されるようになった.こうした背景には,1990 年に世界銀行が貧困削減をその開発戦略のテーマとしたのを皮切りに,1996 年経済協力開 発機構(Organization for Economic Cooperation and Development: OECD)の開発援助 委員会(Development Assistance Committee: DAC)が「新開発戦略」10を採択,その 4 年後の 2000 年に国連が「ミレニアム開発目標」11を採択し,年々貧困削減が国際社会にお ける開発援助の最重要課題として重視されるようになり,その結果,環境を始めとするあ World Commission on Environment and Development (1987)(邦訳『地球の未来を守るために』p.50) 「アジェンダ 21」は,貧困撲滅,消費パターンの変更,人の健康の保護,自然資源の管理,廃棄物の管 理,資金援助,技術移転等の全 40 章から構成されている. 10 1996 年 5 月,DAC は,21 世紀に向けての貧困,教育,保健,環境に関する国際社会の目標を定めた「新 開発戦略(21 世紀に向けて:開発協力を通じた貢献)」を採択した.この「新開発戦略」は次の 8 つの目 標から構成されている.「2015 年までの貧困人口割合の半減」,「2015 年までの初等教育の普及」,「2005 年までの初等・中等教育における男女格差の解消」, 「2015 年までの乳幼児死亡率の 3 分の 1 までの削減」, 「2015 年までの妊産婦死亡率の 4 分の 1 までの削減」,「2015 年までの性と生殖に関する健康(リプロダ クティブ・ヘルス)に係る保健・医療サービスの普及」, 「2005 年までの環境保全のための国家戦略の策定」, 「2015 年までの環境資源の減少傾向の増加傾向への逆転」.この 8 つの目標を達成するためには先進国と 開発途上国が共同で取り組むことが不可欠であるとして,グローバル・パートナーシップの重要性が強調 されている(外務省「政府開発援助に関する中期政策/【注釈】 」参照).なお,この「新開発戦略」は 2000 年に国連総会で採択された「ミレニアム開発目標」の基礎となっている. 11 「ミレニアム開発目標(MDGs) 」とは,2015 年に向けた貧困,教育,保健,環境に関する世界規模の 目標である.MDGs には次の 7 つの目標がある. 「極度の貧困と飢餓の撲滅」, 「初等教育の完全普及」, 「ジ ェンダーの平等,女性のエンパワーメントの達成」,「子供の死亡率削減」,「妊産婦の健康の改善」,「HIV/ エイズ,マラリアなどの疾病の蔓延防止」, 「持続可能な環境作り」 (世界銀行東京事務所「ミレニアム開発 目標について」参照) . 8 9 2 らゆる分野の開発問題が貧困削減の観点から議論されるようになったことがある. リオ・サミットでは,地球環境問題の責任分担をめぐり,先進国と開発途上国が激しく 対立した.先進国は「地球環境問題は世界共通の問題であり,地球環境の悪化による被害 は先進国,開発途上国の区別なしに被るのだから,先進国,開発途上国は共にこの問題に 対して取り組まなければならない」,「開発途上国が経済発展を優先して環境保護対策を怠 れば,近い将来地球環境への負荷の大半を開発途上国が占めるようになり,地球環境の悪 化はさらに加速するだろう.ゆえに,地球環境を保護するためには開発途上国の努力が重 要である」と主張し,それに対して開発途上国は「今日の地球環境問題は先進国のこれま での経済・社会活動に起因しているのだから,その責任は先進国にある.ゆえに,地球環 境問題に対して開発途上国に先進国と同様の責任を求めることは不合理である」,「先進国 の過去の活動に起因する地球環境問題を理由として,開発途上国の経済発展が制約されて はならない」,「先進国もかつては大規模な環境破壊を引き起こしながら経済発展を遂げた のだから,現在発展途上にある開発途上国に対して環境対策を強要するのは不公平である」 と反論した.こうした議論を受けて,リオ・サミットで調印された「気候変動枠組み条約」 12では,その原則において,地球温暖化に対する先進国と開発途上国の「共通だが差異のあ る責任」が謳われている.「気候変動枠組み条約」は 1994 年 3 月に発効され,その翌年の 1995 年から毎年,条約の不十分な点を補強すること及び条約に法的拘束力を持たせること を目的として, 「国連気候変動枠組み条約締約国会議(The Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change: COP)」が開催されている. 1997 年 12 月に京都で開催された「国連気候変動枠組み条約第 3 回締約国会議(COP3)」 では,地球温暖化対策の第 1 歩として「京都議定書」13が採択された.議定書では,二酸化 炭素(CO2)などの温室効果ガスを先進国全体で 2008 年から 2012 年までの 5 年間で 1990 年比で 5.2%削減するという具体的な目標が設定されると同時に,各国が課された数値目標 を期限までに達成するための補足的な仕組みとして,「共同実施(Joint Implementation: JI)」14,「クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism: CDM)」15,「排出 大気中の温室効果ガスの濃度を安定させることを目的としている.先進国は 1990 年代の終わりまでに CO2 などの温室効果ガスの排出を従前の水準まで戻すことの重要性を認識し,排出抑制や吸収源保全のた めの政策・対応措置を講ずるとともに,その政策・対応措置と効果予測などについての情報を提出し,締 約国会議での審査を受けることなどを主な内容としている.リオ・サミット会期中に 155 ヶ国が署名した (環境庁長官官房総務課編,経済調査会発行『最新環境キーワード第 2 版』及び省エネルギーセンター「国 連環境開発会議の結果」参照). 13 地球温暖化の原因となる 6 種類の温室効果ガス (CO2,メタン,亜酸化窒素及びフロン類の HFC,PFC, SF6)を,先進国全体で 2008 年から 2012 年までの 5 年間で 1990 年と比べて 5.2%削減する(日本 6%, 米国 7%,EU8%,カナダ 6%,ロシア 0%,オーストラリア 8%,ニュージーランド 0%,ノルウェー1%) ことが目標となっている.また,削減目標を達成するため,吸収源として森林などの分を差し引くことが でき(土地利用の変化及び林業セクターにおける 1990 年以降の植林,再植林に限定),先進国間でプロジ ェクトを行う共同実地,開発途上国とのプロジェクトにより生じた温室効果ガスの排出削減量を加算でき るとするクリーン開発メカニズムの利用,排出量取引が認められている.なお, 「京都議定書」の資金供与 メカニズムとして,次節で詳述する「地球環境ファシリティ(GEF)」が認定されている. 14 先進国が,他の先進国において温室効果ガス排出削減プロジェクトを実施し,その結果生じた排出削減 量の一部を獲得することを認める制度. 12 3 量取引(Emission Trading: ET)」16の 3 つの条項が定められた.この 3 つの経済的手段は まとめて「京都メカニズム」と呼ばれている.1999 年 10 月の COP5 では,リオ・サミッ トから 10 年目に当たる 2002 年までに「京都議定書」を発効するという目標が設定された が,2000 年 11 月の COP6 では,温室効果ガス排出削減のための実施ルールの制定をめぐ り,拘束力のある目標の設定を支持する欧州連合(EU)と支持しない米国が対立し交渉は 決裂した.2001 年 7 月に COP6 再開会合が予定されたが,その直前の 2001 年 3 月,米国 が「京都議定書」から離脱した.米国はその理由として,開発途上国に温室効果ガス削減 目標が課されておらず不平等であること,米国産業界への影響が大きいことなどを挙げて いる.その後,米国抜きで「京都議定書」を発効させる国際的取り組みが EU を中心に続 けられたが,世界最大の石油消費国であり温室効果ガスの約 4 分の 1 を排出している米国 が「京都議定書」から離脱するのであれば,その実効性が弱まることは必至である.ゆえ に,現在,国際社会は,1 日も早く米国が「京都議定書」に復帰するよう,米国に対して説 得を続けている.また,2001 年 10 月の COP7 では, 「京都メカニズム」に関する運用ルー ルが策定され,地球温暖化対策における経済的手段の重要性が強調された.現在,クリー ン開発メカニズムや排出量取引などの経済的手段は,持続的な温室効果ガスの排出削減に とって実効的であると注目されている.実際,世界銀行は温室効果ガスの排出削減を目的 とした市場を創設するため,2000 年 1 月「プロトタイプ炭素基金(Prototype Carbon Fund: PCF)」を発足し,2000 年 4 月よりその運用を開始した.なお,PCF への出資受付は 2002 年を以て終了しており,現在では,PCF を発展させた「コミュニティ開発炭素基金」及び 「バイオ炭素基金」が設置されている(詳細については後述参照). リオ・サミットからの 10 年を機に 2002 年 9 月ヨハネスブルグで開催された「持続可能 な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグ・サミット)」では,有害化学物質の管理17, 公衆衛生の改善18,漁業資源の回復19,生物多様性の保護20について新たに数値目標や達成 期限が設定されるなどの進展が見られた.しかし,当初期待されていたヨハネスブルグ・ サミットでの「京都議定書」の発効は,サミット直前に EU と日本が議定書に批准したに もかかわらず,米国の議定書からの離脱,ロシアの批准の遅れなどにより時間的に不可能 となった21.ヨハネスブルグ・サミットでは前述の目標を含む「ヨハネスブルグ実施計画」 15 先進国が,開発途上国において温室効果ガス排出削減プロジェクトを実施し,その結果生じた排出削減 量の一部を獲得することを認める制度. 16 「京都議定書」において,温室効果ガス排出削減の数値目標が設定されている先進国間で,排出枠の取 引を行うことを認めている. 17 2020 年までに,化学物質の使用・生産による健康や環境への悪影響を最小限に抑える方法を確立する. 18 2015 年までに,基本的な衛生施設を利用できない人々の割合を半減する. 19 2015 年までに,可能な限り,枯渇した漁業資源を漁業活動持続可能な量を漁獲できるレベルにまで回復 させる. 20 2010 年までに,現在の生物多様性の喪失傾向を大きく低下させる.そのための追加的資金と技術を開発 途上国に提供する. 21 「京都議定書」発効の条件は,第 1 に条約締約国の 55 カ国以上が批准すること,第 2 に批准した先進 国の 1990 年時点の CO2 排出量が排出総量の 55%を占めていることである.2002 年 9 月の時点で,前者 は EU と日本の議定書批准により満たされたが,後者は 1990 年当時 CO2 排出総量の 36.1%を占めていた 4 が採択されたが,その内容の大半は, 「アジェンダ 21」と「ミレニアム開発目標」 ,2001 年 11 月の「第 4 回世界貿易機関(World Trade Organization:WTO)閣僚会議」で採択され た「ドーハ閣僚宣言」,2002 年 3 月の「国連開発資金国際会議」で採択された「モンテレ ー合意」など,過去の国際的合意の再確認にとどまっている. WSSD 後も,EU や日本は「京都議定書」の早期発効に向けてさまざまな働きかけを行 ってきたが,ついに 2004 年 11 月,ロシアが「京都議定書」を批准した22.ロシアの批准 を受けて,「京都議定書」は,「批准した先進国の 1990 年時点の CO2 排出量が排出総量の 55%を占めていること」という,これまで満たされていなかった発効条件を満たすことに なり,来年初めにも発効されることになった.これによって「京都議定書」は国際法とし て効力を持つことになり,地球温暖化防止に向けて大きく前進することになる.なお,ロ シアの批准後も,米国の議定書から離脱している立場に変更はない. 1992 年のリオ・サミット以来,各援助機関は開発途上国に対する環境協力を積極的に推 進している.具体的には,地球温暖化,オゾン層破壊,生物多様性喪失などの地球規模的 環境問題と,大気汚染,水質汚濁,安全な水や衛生サービスへのアクセスなどの地域的環 境問題の,2 種類の環境問題への開発途上国の取り組みに対する支援を行っている.これら の環境問題のうち,どの分野に重点を置いた支援を行うかは,各援助機関の開発戦略によ って異なっている.本稿では,次節において,主要援助機関の環境援助政策の動向を分析 し,第 3 節「結論」において,国際社会における環境援助政策の展望と課題を導き出すこ とにする. 2.主要援助機関の環境援助政策の動向 2−1.世界銀行 世界銀行(以下,世銀)はこれまでに,世銀プロジェクトの環境的・社会的側面に対処 するためにセーフガード政策を導入したり,プロジェクト対象国による国家環境行動計画 (National Environmental Action Plans: NEAPs)の策定を支援したり,世銀のセクター 別貸付プログラムに環境上の目的を組み入れることによって環境問題の主流化を推進して 米国が議定書を批准していないことが主な原因となり満たされなかった.米国の批准なしに後者の条件を 満たすには,1990 年当時 CO2 排出総量の 17.4%を占めていたロシアの批准が必要となる.両者の条件が 満たされた日から 90 日後に「京都議定書」は発効される. 22 ロシアが「京都議定書」に批准したのは,2005 年 1 月より EU が「域内排出権取引制度(Emissions Trading Scheme: ETS)」を開始することもあり,しばらくの間は排出権取引による経済利益が見込めると 判断したからである.ロシアはソ連崩壊後の経済の低迷により CO2 排出量が 1990 年当時と比較して約 30%減少しており,余った排出権を EU などの排出権取引市場で売ることによって利益を得る考えである. なお,ロシアは「京都議定書」に参加する期間を 2008 年から 2012 年までの第一段階のみに限定している. 5 きた.また,「地球環境ファシリティ」や「モントリオール議定書23多数国間基金」,「炭素 基金」の資金供与メカニズムの実施機関を務めることにより,地球環境問題への脅威に対 して積極的な取り組みを示してきた.しかし,世銀の政策が世銀やプロジェクト対象国の 実施能力を超えるものであること,環境問題が依然として世銀プログラムのなかで重視さ れていなかったこと,多くのプロジェクト対象国では環境問題の重要性に対する認識がそ れほど高くなかったことなどから,世銀の環境問題に対する取り組みは十分な効果を上げ てこなかった.世銀はこうした過去の経験を反省し,環境問題に対する取り組みの効果を 向上させるために,2001 年 7 月「新環境戦略」24を発表した. (1)新環境戦略 「新環境戦略」では,プロジェクト対象国の制度的発展や環境管理能力の程度に合わせ て援助を組み立てる必要性が強調されている.また,開発や貧困削減のための戦略や行動 の基礎要素として環境改善を促進することが目的とされている.世銀は 1990 年以降,経済 開発の枠組みのなかで貧困削減を行うことをその使命としており,「新環境戦略」において も貧困との強い相関関係が確認される地域的環境問題を優先的に取り扱うとしている. 「新 環境戦略」では,次の 3 つの目的が設定されている. z 生活の質の向上:「生活の強化」,「環境の健康面へのリスクの防止・削減」,「環境災害 に対する人々の脆弱性の削減」の 3 つの分野に重点的に取り組む.具体的には, 「生活 の強化」のために,貧しい人々が強く依存しているエコシステムや自然資源の持続的 管理や保護のあり方の改善を支援する.また, 「環境の健康面へのリスクの防止・削減」 のために,大気汚染,水が引き起こす病気,有毒物質などによる人体への被害を削減 するための効果的な施策を実施する.さらに, 「環境災害に対する人々の脆弱性の削減」 のために,内陸・沿岸資源管理を支援したり,自然災害の影響を評価したり,天気予 報や天候関連情報の普及を強化したりする. z 成長の質の向上:持続可能な環境管理のための,より良い政策や規制的・制度的枠組 みを支援し,持続可能な開発を促進するエンジンとしての民間セクターの役割を活用 する. z 地域的・地球規模的公共財の質の保護:地球規模的環境問題への取り組みは,次の 5 つの原則に基づく. ① 貧困削減と環境保護の有効な連関性に焦点を当てる. ② 地域的な環境利益を第 1 に重視し,地域的環境利益と地球規模的環境利益の重複を 調整する. 23 オゾン層破壊物質である CFCs,ハロン,四塩化炭素などの廃止に向けて,削減スケジュールなど具体 的な規制措置を定めたもの.1985 年に採択された「オゾン層保護条約(ウィーン条約)」に基づき,1987 年に採択された. 24 The World Bank(2001) 6 ③ 開発途上国の環境に対する脆弱性に対処する. ④ プロジェクト対象国が国益にはならない地球規模的な環境利益を産出するために 支払う費用に充てる資金の流れを促進する. ⑤ 地球規模的環境公共財の市場を活性化する. また, 「新環境戦略」では,環境問題は1つのセクターとして扱われるのではなく,投資, プログラム,セクター戦略,政策対話のなかに統合されなくてはならないとし, 「分析・助 言活動の強化」,「プロジェクトやプログラムを通じた環境問題に対する取り組み」,「セー フガード・システムの改善」が強調されている.さらに,長期的な目標である持続可能な 開発を達成するためには,経済的繁栄,環境の質の改善,社会的均衡への同時追求が必要 であり,個人や組織による行動の変化が要求されるとし,次の制度的改革の必要性が強調 されている. z 世銀の説明責任とインセンティブの強化 z 環境を専門とする職員のセクター別・国別プログラムへの影響力を強化するための訓 練や,環境を専門としない職員の環境に関する技術の改善 z セーフガード・システムや遵守システムの改善,開発における環境の主流化,企業の 環境上の優先事項や地球規模的環境問題の国別プログラムへの統合,環境問題に対す るセクター間や制度間のアプローチやプログラムの促進,準地域・地域の環境問題へ の取り組みの強化などを目的とした予算の再編成と増額 z 世銀の目的達成に貢献し,また,世銀の限られた資源を効果的に活用するため,他の 開発機関や市民社会,民間セクターとのパートナーシップの構築 z 世銀の環境に対する取り組みの実績を追跡し, 「新環境戦略」の実施をモニタリングし, それらの進捗を定期的に報告するための枠組みの導入 (2)炭素基金 世銀は 2000 年 1 月,「プロトタイプ炭素基金(PCF)」を発足し,2000 年 4 月よりその 運用を開始した(運用期間は 2000 年 4 月∼2012 年 12 月).1997 年 12 月の COP3 におい て採択された「京都議定書」では,先進国の温室効果ガス排出削減目標を具体的数値によ って定めると同時に,国内の対策だけではその目標達成は困難であるため,JI,CDM,ET の 3 つの条項を定め,規制の柔軟性を高めようとした.PCF はそうした柔軟性措置を実行 に移すため,温室効果ガスの削減を目的とした市場を創設するという試みである25. PCF は政府と民間からの出資によって成り立っており,出資された資金は開発途上国や 市場経済移行国の温室効果ガス排出削減プロジェクトに投資される.プロジェクトを通じ て創出された排出削減量は第三者機関によって検証・認証され, 「認証排出削減量(Certified 25 世界銀行東京事務所(2002)参照 7 Emission Reductions: CERs)」としてその後出資比率に応じて出資者に還元される(図 3-5 参照).なお,PCF には 6 政府と 17 企業が参加している(表 3-8 参照).日本は政府と 8 企業が参加しており,基金総額 1.8 億ドルの 3 分の 1 以上を出資している. 先進国は温室効果ガス排出量削減の数値目標が設定されていない開発途上国や市場経済 移行国において,その国と共同で温室効果ガス削減プロジェクトを実施し,その結果生じ た排出削減量を CERs として得ることにより,それを自国の排出枠として活用することが できる.先進国では温室効果ガスを削減するのに炭素 1 トン当たり 50 ドル以上かかるが, 開発途上国では 5∼15 ドルで達成できる機会が多く存在する26.ゆえに,先進国は PCF に 参加することによって低価格で排出削減量を得ることができ,「京都議定書」で定められて いる削減目標達成のために利用することができる.一方,開発途上国と市場経済移行国は, 潜在的に豊富である排出削減量を先進国に売却し収益を得ると同時に,温暖化対策技術を 取得することができる. PCF への出資受付は 2002 年を以て終了している.現在では,PCF を発展させた「コミ ュニティ開発炭素基金(Community Development Carbon Fund: CDCF)」及び「バイオ 炭素基金(BioCarbon Fund: BioCF)」 がそれぞれ 2002 年 9 月と 2003 年 11 月に創設され, それぞれが対象とするプロジェクトの選定基準に応じて出資者は参加を決めている. 「コミ ュニティ開発炭素基金」及び「バイオ炭素基金」が創設された背景には,それまでの炭素 排出権取引による恩恵が開発途上国の最貧地域にまで達していなかったことから,1)後発 開発途上国の地域レベルの発展のため,京都メカニズムを活用すること,2)森林等植物を 通じた炭素の固定化に関する京都メカニズムを実証していくこと,の 2 点の重要性が確認 されたことがある.また,この 2 点は炭素排出権生成の主要な担い手である民間企業の活 「コミュニティ開発炭素基金」については,WSSD の会 動が及びにくい範囲でもあった27. 期中に発表され,2003 年 7 月より運用されている.その目的は,開発途上国の小規模プロ ジェクトや農村地域におけるプロジェクトに対して温室効果ガス削減のための資金を提供 することにある.また, 「バイオ炭素基金」については,その対象を森林や農地などのさま ざまな生態系や土壌の管理のためのプロジェクトに置いており,2003 年 12 月に開催され た COP9 において,吸収源 CDM としての植林の実施ルール28が決定された後,1,500 万ド ルの資本金とともに 2004 年 5 月より運用されている.開発途上国は先進国と比較して炭素 排出の主な原因となるエネルギーの使用量が少なく,エネルギーでの炭素排出削減は相対 世界銀行ニュースリリース No.2000/176/S 世界銀行カーボン・ファイナンス・ビジネスご担当の中村有吾氏より,メールを通じてご説明いただい た. 28 具体的には,次の通りである. (イ)取得されるクレジットの非永続性を考慮して,期限付きクレジット を用いることとされた,(ロ)事業の追加性については,排出源 CDM と同様の記述で規定された,(ハ) 吸収源小規模 CDM が認められた, (ニ)社会・経済的及び環境的影響の分析については,事業者が分析す べき項目が例示された.(ホ)再植林の基準年は,附属書Ⅰ国の国内の森林の基準年と同一の 1989 年末と され,その他のルールについては,排出源 CDM のルールとバランスの取れたものとなった(外務省「気 候変動枠組条約締約国会議第 9 回会合(COP9)概要と評価」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kiko/cop9/cop9_gh.html より抜粋). 26 27 8 的に実施しにくい環境にある.しかし,植物を通じた温室効果ガスの吸収ならびに炭素の 固定化を対象としたプロジェクトであれば,開発途上国における実施の可能性が高くなる29. ゆえに,「バイオ炭素基金」は開発途上国における炭素排出権取引を促進し,その資金的・ 技術的恩恵を開発途上国に与える上で有益である. 「コミュニティ開発炭素基金」,「バイオ炭素基金」はともに基金目標額として 1 億ドル を掲げている.現段階におけるそれぞれの基金への参加状況は,表 3-9,表 3-10 の通りで ある. 図 3-5.炭素基金 出資者 先進国 政府・企業 炭素基金 出資 認証排出削減量 (CERs) z z z 資金 プロジェクト 認証排出削減量 (CERs)の管理 投資 開発途上国 市場経済移行国 プロジェクト 第三者機関 排出削減量の検証・認証 認証排出削減量(CERs) 排出削減量 出所)筆者作成 29 脚注 23 に同じ. 9 表 3-8.PCF 参加企業・参加政府一覧 企業名 BP Amoco 中部電力 中国電力 ドイツ銀行 Electrabel Fortum Gaz de France 九州電力 三菱商事 三井物産 Norsk Hydro RaboBank RWE 四国電力 Statoil 東北電力 東京電力 セクター 石油 電力 電力 金融 エネルギー エネルギー エネルギー 電力 商社 商社 石油 金融 電力 電力 石油 電力 電力 国 英国 日本 日本 ドイツ ベルギー フィンランド フランス 日本 日本 日本 ノルウェー オランダ ドイツ 日本 ノルウェー 日本 日本 参加政府 カナダ フィンランド ノルウェー スウェーデン オランダ 日本(国際協力銀行を通じて) 出所:世界銀行東京事務所(2002)『炭素基金について』 表 3-9.「コミュニティ開発炭素基金」参加企業・参加政府一覧 企業名 BASF 大和証券 SMBC プ リンシパル・インベ ストメンツ ENDESA 出光興産 ドイツ復興金融公 庫 新日本石油 沖縄電力 Swiss Re セクター 化学 金融 国 参加政府 ドイツ 日本 オーストリア カナダ エネルギー 石油 開発機関 スペイン 日本 ドイツ 石油 電力 保険 日本 日本 スイス イタリア オランダ 出所:Community Development Carbon Fund ホームページ http://carbonfinance.org/cdcf/参照 10 表 3-10.「バイオ炭素基金」参加企業・参加政府一覧 企業名 フランス開発庁 Eco-Carbone as representative of Lesley Investements 沖縄電力 東京電力 セクター 国際開発 プロジェクト 開発 国 フランス フランス 電力 電力 日本 日本 参加政府 カナダ イタリア 出所:BioCarbon Fund ホームページ http://carbonfinance.org/biocarbon/参照 2−2.地球環境ファシリティ(Global Environment Facility: GEF)30 GEF は,開発途上国の地球環境の保全と改善に対する取り組みを支援することを目的と した資金供与メカニズムである.具体的には,開発途上国が地球環境の保全と改善のため に負担する費用を補完する機能を果たし,原則として無償資金を供給している.1989 年 7 月のアルシュ・サミットにおいて「将来の世代のために環境を保護する緊急の必要性」が 強調された.同年 9 月の「世銀・国際通貨基金(International Monetary Fund:IMF)合 同開発委員会」で開発途上国の地球環境問題への取り組みを支援するファシリティの設立 が検討され,1991 年 5 月,1994 年 6 月までのパイロット・フェーズ(試験的運用期間) として GEF は設立された.その後,1994 年 3 月の「世銀・IMF 合同開発委員会」におい て,過去 3 年間にわたるパイロット・フェーズの経験や 1992 年のリオ・サミットでの議論 を踏まえて GEF の改組・増資につき討議され,GEF の基本的枠組みと 1994 年 7 月から 1998 年 6 月までの 4 年間の第 1 フェーズ(GEF-1)の資金規模約 20 億 2,200 万ドルが合 意された.これに先立ち 1987 年には「モントリオール議定書」が採択され,1992 年のリ オ・サミットでは「気候変動枠組み条約」と「生物多様性条約」31が調印されていたが,こ れらの国際環境条約を実施するには,近い将来温室効果ガスの排出量の大幅な増加が見込 まれるなど地球環境破壊を大きく促進すると予測される開発途上国の参加を確保しなけれ ばならない.そのためには過去の地球環境破壊の大部分に責任のある先進国が,開発途上 国が地球環境の保全と改善のために負担する費用を供給すべきだという認識が広まってい った.1998 年 7 月から 2002 年 6 月までの 4 年間の第 2 フェーズ(GEF-2)では,資金規 模約 27 億 5,000 万ドルを拠出することで合意され,2002 年 7 月から 2006 年 6 月までの 4 30 GEF は世銀,UNDP,UNEP の 3 つの実施機関によって共同運営されているため,便宜上,他の機関 と並列して紹介する. 31 生物多様性の保全,生物多様性要素の持続的利用,遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ公平な配 分を実施することを目的としており,国家戦略・計画の策定,自国の環境保全上重要な地域や種のリスト の作成,保護区等の設定,遺伝子資源に対するアクセス・保証,技術移転,資金援助などを主な内容とし ている.リオ・サミット会期中に 157 ヶ国が署名した(省エネルギーセンター「国連環境開発会議の結果」 参照). 11 年間の第 3 フェーズ(GEF-3)では,資金規模約 30 億ドルの合意がなされた.日本は第 1 フェーズでは約 4 億 1,460 万ドル(拠出全体の 20.5%),第 2 フェーズでは 4 億 1,260 万ド ル(拠出全体の 20.0%)を分担しており,第 3 フェーズでは約 4 億 2,270 万ドル(拠出全 体の 17.6%)32を分担することになっている. GEF は,世銀,国連開発計画(United Nations Development Programme:UNDP), UNEP の 3 実施機関により共同運営されており,その信託基金は世銀に設置されている. なお,2000 年度における GEF 資金の配分は,世銀に 2 億 7,670 万ドルで 58%,UNDP に 1 億 7,610 万ドルで 37%,UNEP に 2,600 万ドルで 5%であった33.各実施機関は独自の比 較優位を有しており,世銀は主として投資プロジェクトを担当しており,UNDP は地球環 境問題に取り組むための人・組織づくりなどの技術協力に重点を置き,UNEP は GEF の全 プロジェクトを審査して GEF の方針について助言する科学技術諮問委員会への支援を中心 としている.GEF 加盟国は現在 176 ヶ国(2004 年 11 月現在)であり,GEF の意思決定 の中心となる評議会は,開発途上国からの 16 名,先進国からの 14 名,市場経済移行国か らの 2 名の計 32 名の評議員で構成されている. 評議会で審査・承認されたプロジェクトは, 3 つの実施機関のうちの 1 機関とのパートナーシップによって実施される34.GEF は 2002 年 10 月の「GEF 第 2 回総会」に至るまで, 「気候変動」, 「生物多様性」 , 「国際水域」, 「オ ゾン層」の 4 分野に限定して開発途上国の地球環境問題への取り組みを支援してきたが, 同総会において新たに「土壌劣化」 ,「残留性有機汚染物資」の 2 分野を追加することが決 定された.「気候変動」と「生物多様性」の分野での活動のなかには,それぞれ「気候変動 枠組み条約」,「生物多様性条約」への資金供与メカニズムとしての役割が含まれている. なお,1991-2003 年における分野別実績及び地域別実績は,それぞれ表 3-11,3-12 の通り である. 表 3-11.地球環境ファシリティ分野別実績 分野 生物多様性 気候変動 国際水域 オゾン層 残留性有機汚染物質 土壌劣化 複数分野 合計 32 金額(100 万ドル) 1,638.7 1,590.9 633.0 172.0 86.3 19.2 278.2 4418.3 Global Environment Facility(2002)p.44 http://www.iges.or.jp/gef/report2.pdf UNDP(2001)参照 33地球環境戦略研究機関(2001)p.43 34 シェア(%) 37.1 36.0 14.3 3.9 2.0 0.4 6.3 100.0 12 表 3-12.地球環境ファシリティ地域別実績 地域 アジア ラテンアメリカ・カリブ アフリカ 欧州・中央アジア 地域 地球規模 合計 金額(100 万ドル) 1,196.7 1,006.1 904.5 752.3 93.6 465.0 4,418.2 シェア(%) 27.1 22.8 20.5 17.0 2.1 10.5 100.0 出所)GEF Annual Report 2003, p.14 2−3.国連開発計画(UNDP) UNDP は「持続可能な人間開発」を開発の原則として掲げ,その活動の重点分野の1つ として「エネルギーと環境」を取り上げている.UNDP は, 「エネルギーと環境」は持続可 能な開発の基礎であり,貧しい人々が環境悪化や安全で手頃なエネルギー供給へのアクセ スの不足によって相当な被害を被っている状態は,気候変動や生物多様性の喪失,オゾン 層の破壊と同様に,1 国だけでは対処できない地球規模的問題であるとしている.UNDP は,最善の実施事例(best practices)を模索・共有し,革新的な政策助言を与えることに より,地球規模レベル,国レベル,コミュニティレベルでのそれぞれの環境問題に対する 各国の対処能力を強化することを支援している35.以下,UNDP の環境対処能力の強化を 目的としたプログラムである「キャパシティ 2015(旧キャパシティ 21)」について説明す る.なお,「キャパシティ 2015」は WSSD で発表された「TYPEⅡパートナーシップ・イ ニシアティブ(約束文書)」36に登録されており,その実施期間は 2003 年 1 月から 2015 年 1 月までである. 「キャパシティ 2015」は,「アジェンダ 21」の実施に向けて各国の環境対処能力を向上 「アジ させることを目的とした信託基金である「キャパシティ 21」37が改編されたもので, ェンダ 21」の実施に加え, 「ミレニアム開発目標」の達成に向けての開発途上国及び市場経 済移行国における地域レベルでの能力構築を目的としている. 「キャパシティ 2015」は,パ UNDP ホームページ参照 http://www.undp.org/energy/index.html 「TYPEⅡパートナーシップ・イニシアティブ(約束文書)」とは,貧困削減や環境保全のために,政府, 国際機関,NGO,企業などのさまざまな主体が協力して取り組む具体的計画を取りまとめたものである (FASID, 2002). 37 「キャパシティ 21」は「アジェンダ 21」が採択されたリオ・サミット直後の 1992 年に創設されたが, 2002 年に「キャパシティ 2015」に改編されるまでの 10 年間で約 8500 万ドルが費やされ,75 ヶ国以上の 開発途上国及び市場経済移行国において環境対処能力を強化するためのプロジェクトが実施された (UNDP, 2001).「キャパシティ 21」への日本の拠出金は拠出総額 8500 万ドルのうち 36%を占めていた (UNDP ホームページ参照 http://www.undp.or.jp/environment/). 35 36 13 ートナーシップ,ネットワーク,資金,能力開発プログラムに関する地域間協力などから 構成されるプラットフォームとして機能することを目指しており,次の 9 つの原則に基づ いている38. z 地域主体,国家主体は,独自のニーズを明確にし,独自の解決策を実行することによ って,主体性(ownership)を発揮しなければならない. z 能力開発(capacity development)は継続的な変化の過程である. z 短期における貧困問題の解決と長期における持続可能性の達成は,同時に取り組まれ なければ効果的ではない.両者の実現は両者の目的が統合された形での対応を必要と する. z 市民の関与や参加は,社会的・経済的・環境的政策の策定・実施・モニタリングにお ける重要な要素である. z 能力開発のためのアプローチは普遍的でなければならないが,コミュニティや国の違 いによって異なる持続可能な開発に向けての優先事項に対応できるよう,融通性の高 いものでなければならない. z それぞれの活動は,知識習得におけるネットワークの重要な役割を認識して,パート ナーシップや戦略的同盟を通じて行われなければならない. z 能力開発は,すべてのレベル(地球規模レベル,国レベル,地域レベル)において必 要とされる能力を考慮したうえで実施されなければならない. z 現存の能力は改善されるべきであり,取り替えられるべきではない. z 文化的アイデンティティや価値観は尊重されなければならない. また,「キャパシティ 2015」では,「キャパシティ 21」や「GEF 小規模グラント・プロ グラム」,その他の能力開発プログラムにおける過去の経験から効果的であると立証された 次の 4 つのアプローチを採用している. z 地域の能力開発のニーズを国の経済・社会・環境政策に結びつけることによって,そ れらのニーズに対応する. z 地域グループや彼らの支持する地方政府や国家政府,民間セクター,市民社会組織を 支援することによって,経済的・社会的・環境的持続可能性の実現に向けて能力の向 上を図る. z 公共セクター,民間セクター,市民社会の主要なグループの間における地域レベル, 国レベル,地球規模レベルでのパートナーシップを促進し,それぞれの長所や資源を 利用し合い,互いに学び合う機会を与える. z 38 多国間環境条約,貧困削減戦略,持続可能な開発戦略に関するイニシアティブなど, UNDP ホームページ参照 http://www.undp.org/wssd/docs/2015Brief.doc 14 すべての関連する能力開発イニシアティブの間の強い相乗作用を確保する. 図 3-6.キャパシティ 2015 CAPACITY 2015: CAPACITY DEVELOPMENT TO BENEFIT FROM GLOBALIZATION AND MEET THE MDGS TO ACHIVE SUSTAINABLE DEVELOPMENT LOCAL SD SDSs MEAs SIDS LEARNING AND KNOWLEDGE NETWORKING LEARNING FUNDING CAPACITY DEVELOPMENT PLATFORM BUILT ON: z z Capacity Development Principle Lessons of Capacity 21, GEF/SGP and other innovative approaches to capacity development for SD MDGs: Millennium Development Goals SD: Sustainable Development SDSs: Sustainable Development Strategies MEAs: Multilateral Environmental Agreements SIDS: Small Island Developing States GEF/SGP: Global Environment Facility/Small Grants Programme 出所:UNDP(2002)Capacity 2015 Local Results: A Global Challenge, p.9 15 2−4.UNEP UNEP は,1972 年に開催された史上初の環境に関する国際会議である「国連人間環境会 議」での議論を受けて,環境に関する豊富な情報を提供することを目的として同年設立さ れた.UNEP は『地球環境概要(Global Environment Outlook)』を定期的に出版するこ とによって,地球環境問題に関する情報を発信しているが,2002 年 2 月に出版された第 3 ,「環 版39では,「1972 年から 2002 年までの過去 30 年間における環境の状況と政策対応」 境の変化に対する人間の脆弱性」, 「2002 年から 2032 年までの今後 30 年間における展望」, 「行動の選択」につき説明している.以下,その内容を簡単に紹介する40. 多くの地域の環境の状況は 30 年前よりもさらに悪化している.その結果として,現在の 世界は「環境面の格差」,「政策面の格差」,「脆弱性のギャップ」,「生活様式の格差」の 4 つの格差によって分類でき,それらの格差は持続可能な開発に対する深刻な脅威となって いる.貧しい人々は貧しいがゆえに環境の変化に適応する能力が低く,環境の脅威に対し て非常に脆弱である.こうした貧しい人々の環境の変化に対する脆弱性に対処するために は,次のような政策を実施する必要がある. z 脆弱性の削減:脆弱性そのものに対処することに加えて,富める人々と貧しい人々の 間にある環境の変化に対する適応能力の格差を埋めることが重要である.そのために は,一般的な貧困削減戦略のなかに貧しい人々の脆弱性への対策を組み入れ,それを 優先的に実施する必要がある. z 脅威への適応能力の強化:脅威の軽減や排除が困難な場合,その脅威に適応すること が効果的な対策である.適応とは,洪水に対して高い堤防を築くなどの物理的調整や 技術的手段だけでなく,環境の脅威に適応できるように日常行動,経済活動,社会組 織を変えることも含んでいる. z 早期警戒メカニズムの強化:環境災害に関する警報が早期に発令されれば,生命や財 産を守るための多くの行動を取ることができる. また,脆弱性を評価・測定することも重要である.脆弱性の評価は,人間及び環境システ ムの両者に対して行うことができる.こうした評価によって,脆弱な人々がどの地域に存 在するのか,彼らにとっての潜在的脅威とは何か,その脅威の程度はどのぐらいか,物や サービスを提供する環境システムへのリスクは何か,環境の改善及び人間の活動が環境に 与える悪影響を低減するためにはどのような予防措置を取ることができるかなどを明らか にすることができる. 今後 30 年間の環境の将来像として,この間に起こる環境の変化の多くは過去及び現在の 39 40 UNEP(2002) FASID(2002)及び地球環境センター(2002)参照 16 人間の活動によってすでに始まっており,一方,今後 30 年間において導入される環境政策 の効果の多くは,かなりの時間が経過しなければ明らかにならない.そうした状況におい て,将来に向けて取り得る具体的な行動としては,次の 8 点が挙げられる. z 現在の義務を果たし,かつ新たな環境問題にも対応できるような,新しい役割とパー トナーシップに適応できるように,環境機関のあり方を再考する. z 政策循環システム(立案−実施−評価)をより厳密化,体系化,統合化し,特定の地 域や状況により適した政策が策定できるように,政策循環(policy cycle)を強化する. z 現在のシステムに内在している分裂や重複に対処するため,より強化された国際的な 政策の枠組みを提供する. z 貿易自由化による新たな機会を持続可能な開発に役立てるため,貿易をより効果的に 活用する. z 多くの環境的・社会的利益をもたらすため,環境保全のための科学技術を導入し,新 技術の可能性を十分に引き出せるよう新技術に付随するリスクを管理する. z 環境保全に向けてより効果的に作用する適切なパッケージを開発するため,さまざま な法的枠組みや,環境財・サービスの評価などの施策,政策手段を調整・統合する. また,市場が持続可能な開発のために作用することを確実にし,また自主的取り組み を促進する. z 施行(implementation)・履行(enforcement)・遵守(compliance)の各レベルを改 善するため,政策の実績(performance)をモニタリングする. z 対象範囲の違いによって異なる状況に対して有効な解決策を提供するため,地域レベ ル,国レベル,地球規模レベルごとの役割と責任を再定義し分担し直す. 2−5.米国 国際開発庁(USAID) 米 国 の 援 助 機 関 で あ る 国 際 開 発 庁 ( United States Agency for International Development: USAID)は, 「米国は,地球気候変動や生物多様性の喪失,汚染物質の拡散, 有害化学物質の利用,漁業資源の枯渇によって直接悪影響を受けるだけでなく,地域紛争 に発展しかねない土地や水,森林などの天然資源をめぐる対立も,米国の安全保障に深刻 な脅威をもたらす」という認識の下,米国の国益の視点から地球環境問題を捉えている. USAID は,地域紛争の潜在的要因の削減を支援するため,天然資源そのものや天然資源が 供給する利益への平等なアクセスを支援するプログラムを実施している.また,近年,グ リーン技術の生産や観光業,食品加工業などを営む米国企業の開発途上国への進出が増え 続けており,これらの企業は開発途上国の環境が管理されることによって利益を得ること から,USAID は米国の経済的利益を考慮した上で,開発途上国の環境保護や天然資源管理 に関する能力を強化するためのプログラムを実施している.USAID では,環境援助として 17 次の 5 つの目的を設定し,それらに適ったプログラムを策定している41. z 天然資源の持続可能な管理 z 生物多様性の保全 z 環境上安全で効率的なエネルギーの利用 z 持続可能な都市化 z 地球気候変動の脅威の削減 これらの目的のうち,どの目的を重視したプログラムを実施するかについては,対象地域 の環境の状況によって異なっている.ラテンアメリカ,カリブ,アフリカ地域では,生物 多様性の保全や天然資源の管理,都市環境の改善に重点を置いたプログラムを,アジアと 近東地域では,都市環境の改善に重点を置いたプログラムを,欧州・ユーラシア地域では, 環境政策や環境基準の強化に重点を置いたプログラムを主に実施している.USAID は 2003 会計年度において地球環境保全に関するプログラムに 7 億 5,706 万ドルの予算を充てたが, これは全体予算 99 億 9,357 万ドルの約 8%に当たる42. 「2003 会計年度 実績と説明責任報告書(Performance and Accountability Report)」で は,指標や達成目標値など,測定可能な目標を設定した上で援助を行うというブッシュ米 大統領の方針が反映されており,環境分野の実績(2002 会計年度)については,環境保全 に関して設定された 74 の戦略目標と,設定された背景指標(context indicator) 「天然資源 管理が改善された土地の面積(ヘクタール)」を基に報告されている.なお,74 の戦略目標 のうち 55 の戦略目標が達成されたとし,2 の戦略目標が達成されず,17 の戦略目標は設定 されてからまだ 1 年に満たないため調査できないとしている.また,背景指標「天然資源 管理が改善された土地の面積(ヘクタール)」については,目標値 66,457,474 ヘクタール に対して達成値 67,874,766 ヘクタールであったとし,実績が計画を上回る結果を示してい る43. USAID の環境援助において注目されているものに, 「債務環境スワップ(Debt-for-Nature Swap)」がある.「債務環境スワップ」とは,米国政府や国際 NGO が開発途上国の対外債 務を肩代わりする代わりに,開発途上国に保護区の設定などの自然保護政策の実施を約束 させる,いわゆる対外債務を自然保護基金に変換するメカニズムである.米国における 1998 年の熱帯雨林保全法(Tropical Forest Conservation Act: TFCA)の成立を受けて,「債務 環境スワップ」は年々増大している.TFCA の成立後の 3 年間で,バングラデシュ,ベリ ーズ,エルサルバドル,ペルー,フィリピンにおいて「債務環境スワップ」が実施され, USAID(2003)p.69-70 USAID(2003)p.43.なお,1 番多くの予算が充てられているプログラムの分野は「経済成長と農業開 発」で 37 億 263 万ドル(37%),2 番目は「世界人口の安定化と人間の健康の保護」で 21 億 6,317 万ド ル(22%),3 番目は「人道援助による人命救助」で 20 億 6,709 万ドル(20%)である. 43 USAID(2003)p.17 41 42 18 合計で 6,000 万ドル以上がこれらの国の熱帯雨林保護のために充てられることになった44. 最近では,2003 年 7 月に,米国政府が 500 万ドル出資,ザ・ネイチャー・コンサーバンシ ーが 116 万ドル寄付し,パナマ政府との間で,チャグレス国立公園を含むチャグレス川流 域の保護を目的として,パナマ政府の 1,000 万ドルの対外債務を自然保護基金に変換する ことに合意した.パナマ政府は今後 14 年間において保護対象地域の管理にあたるフンダシ オン・ナチュラ(パナマの NGO)に 560 万ドルを支払い,さらには合意期限の終了後もこ の地域に継続的に投資するため,基金の設立に 500 万ドル出資することになっている45. 「債務環境スワップ」は,開発途上国が累積債務のため自然や環境全体に対する負荷を 増大させている状況を考慮して開発されたものであるが,債務削減と自然保護が同時にで きる半面,保護対象地区を NGO が管理することによって先住民が追い立てられ,先住民の その土地や資源に対する権利を奪うなど,深刻な問題も発生している. 2−6.英国 国際開発省(DFID) 2000 年に出版された国際開発に関する白書(第 2 版)46のなかで,英国政府は地球環境 問題に対処するための具体的な取り組みとして,次の 7 つの公約を示している. z Rio+10(WSSD)の機会を利用して,国際開発目標を保証し,持続可能な開発に向け ての進展を強化する. z 「京都議定書」における温室効果ガス排出削減目標を達成し,さらには,2010 年まで に英国の二酸化炭素排出量を 20%削減するという目標を目指して努力する. z 開発途上国,IMF,世銀と協力して,環境の持続可能性を貧困削減戦略により統合さ せる. z 低開発途上国が CDM から利益を得ることができるように支援し,また,再生可能エネ ルギーに関する G8 タスクフォース・レポートを参考に,開発途上国の安全で持続可能 なエネルギーへのアクセスを改善するためのより良い方法を考慮する. z 企業と協力して,企業が環境に対して責任を持つ機会を増大させる. z 英国の低開発途上国への援助を増加し,低開発途上国がより効果的に多国間環境条約 の交渉の場に参加し,多国間環境協定の実施から利益を得ることができるように支援 する. z 2002 年から 2006 年にあたる GEF の第 3 次増資において, 資金の 50%増額を要求す る. USAID(2003)p.74 USAID(2003)p.74,ザ・ネイチャー・コンサーバンシー・ホームページ参照 http://www.tnc.or.jp/doc/k/k400_030710.htm 46 英国政府(2000) 44 45 19 以上の公約を受けて,英国の援助機関である国際開発省(Department for International Development: DFID)は,特に貧困問題と強い相関関係の見られる環境問題に重点を置き, 貧しい人々に悪影響を与える環境問題に取り組んでいる開発途上国から学んだ重要な教訓 として,次の 7 つの行動を挙げている47. z 貧困と環境に関する問題を貧困削減戦略などの国家計画のなかに統合する. z 健康,輸送,エネルギー,農業などの重要分野に対する政策やプログラム,プロジェ クトの実施において貧困と環境に関する問題に取り組む. z 土地,森林,漁業資源,水の供給へのアクセスなど,貧しい人々の環境資産を保護・ 拡張する. z 貧しい人々のための環境技術へのアクセスを改善する. z 不法な自然資源の発掘や,水やエネルギーのより効率的な利用よりも供給を増加させ る大規模プロジェクトの優先を導く,開発途上国及び先進国における腐敗を撲滅する. z 環境に悪影響を与える補助金システムを改革する. z 環境を金銭的に評価する. DFID は,1997 年にクレア・ショート氏が国際開発大臣に就任して以来,貧困削減をそ の開発戦略として掲げており,環境問題に対する取り組みについても貧困削減の観点から 検討されてきた.2003 年より国際開発大臣がショート氏からヒラリー・ベン氏に代わり, 現在では 2015 年の MDGs 達成に向けて,2003 年から 2006 年における中期的な政策とし て「パブリック・サービス・アグリーメント(Public Service Agreement: PSA)」が打ち出 されている.2003 年-2006 年の PSA では全体目標として「特に,2015 年までに MDGs を 達成することを通じて,貧困を撲滅すること」を掲げており,その下で 5 つの目的(Ⅰ. サハラ以南の貧困削減,Ⅱ.アジアの貧困削減,Ⅲ.欧州,中央アジア,ラテンアメリカ, カリブ,中東,北アフリカの貧困削減,Ⅳ.貧困削減や紛争・人道危機に対応する主要な 多国間機関の影響力を強化する,Ⅴ.国際開発に対する,根拠に基づいた,革新的なアプ ローチを策定する)と,それに対応する 5 つの目標(Ⅰ-①.16 の主要国48において MDGs の達成に向けて進展させる,Ⅱ-②.4 の主要国49において MDGs の達成に向けて進展させ る,Ⅳ-③.国際システムの効果を向上させる,Ⅳ-④.2005 年までに貿易障壁を大幅に削 減し,開発途上国の貿易機会を改善するという合意を守る, [資金の使用価値]-⑤.低所得 国への DFID 二国間プログラムの割合を 78%から 90%に増加させ,成功と評価される DFID 二国間プロジェクトの数を継続的に増加させる)を設定している.5 つの目標の下で は,さらに細かく指標となる数値目標が設定されているが,それらは主に,貧困層の割合, DFID ホームページ参照 http://www.dfid.gov.uk/AboutDFID/files/epd/epd_main.htm コンゴ民主共和国,エチオピア,ガーナ,ケニア,レソト,マラウイ,モザンビーク,ナイジェリア, ルワンダ,シエラレオネ,南アフリカ,スーダン,タンザニア,ウガンダ,ザンビア,ジンバブエ 49 バングラデシュ,中国,インド,パキスタン 47 48 20 初等教育就学率,初等教育における男児就学率に対する女児就学率,幼児死亡率,妊産婦 の HIV 感染率,助産婦を伴った出産率,低所得国への ODA の割合などを対象としており, 2003 年-2006 年の PSA において,環境に関する目的,目標,指標は 1 つも見られない.こ のことは,現在 DFID が 2015 年の MDGs 達成,特に貧困層の割合を半減するという目標 を重視し,教育と保健・衛生に関する援助を重点的に行っていることを示している.なお, 2002 年に DFID 内に存在していた環境政策部も現在は存在しておらず,現在 DFID では環 境問題を個別の課題として扱うのではなく,貧困削減戦略のなかに環境対策も入れ込むと いう形で,環境問題に対処している. 2−7.日本 日本は,1992 年にリオ・サミットが開催されて以来,地球環境問題に対する積極的な取 り組みを示している.リオ・サミットの場において,日本は 1992 年からの 5 年間で環境分 野への援助額を 9,000 億円から 1 兆円を目途として拡充すると発表したが,結局,1996 年 までの 5 年間で目標額を上回る 1 兆 4,400 億円の支援を行った.なお,その内訳は,無償 資金協力 1,891 億円,有償資金協力 1 兆 367 億円,技術協力 1,083 億円,国際機関への拠 出金 1,075 億円となっており,有償資金協力への資金供与がその大部分を占めている50.ま た,1996 年から 2002 年までの環境分野における援助実績を見ると(表 3-13 参照),援助 総額に対する環境分野への援助額は 1997 年を除き 25%∼30%を占めており,日本が環境 協力を重視していることが窺える.ちなみに,2002 年における日本の環境分野への援助額 は援助総額の 34.9%を占めているが,米国では 8%にしか満たない(2003 会計年度におい て,全体予算 99 億 9,357 万ドルに対して環境予算 7 億 5,706 万ドル).また,環境分野へ の援助額に占める有償資金協力への資金供与の割合が高いことも,日本の環境協力の特徴 となっている(表 3-13 参照). 50国際協力事業団国際協力総合研修所(2001)p.136 21 表 3-13.環境分野における日本の援助実績 (単位:億円) 年度 無償資金協力 有償資金協力 技術協力 マルチ 合計 1996 360.7 3,864.7 253.4 153.8 4,632(27.0%) 1997 364.6 1,623.4 300.7 158.1 2,447(14.5%) 1998 289.9 3,280.9 304.2 263.1 4,138(25.7%) 1999 293.7 4,644.5 282.5 136.0 5,357(33.5%) 2000 244.2 3,860.6 284.3 136.1 4,525(31.8%) 2001 242.0 1,988.9 324.4 157.9 2,713(23.1%) 2002 252.6 3,405.7 269.3 126.1 4,054(34.9%) 注:(1) 無償資金協力,有償資金協力は交換公文ベース,技術協力は JICA 経費実績ベース.マルチは国際 機関に対する拠出金等で予算ベース. (2) 合計欄の( )内は,上記各形態を積算した ODA 全体に占める割合. 出所)外務省(2002)p.84,外務省(2004)資料編 図表 IV-31「環境分野における援助実績」 1997 年 6 月,リオ・サミットからの 5 年を期して開催された「国連環境開発特別総会」 では,日本は環境協力のさらなる充実を目指し,「21 世紀に向けた環境開発支援構想 (Initiatives for Sustainable Development toward the 21st Century) (以下,ISD 構想)」 を発表した.この ISD 構想は,日本の環境協力の 3 つの理念(①人類の安全保障,②自助 努力,③持続可能な開発)と,それに基づく 6 つの行動計画(①大気汚染,水質汚濁,廃 棄物対策,②地球温暖化対策,③自然環境保全,④「水」問題への取り組み,⑤環境意識 向上・戦略研究,⑥持続可能な開発に向けての戦略研究の推進)についてまとめたもので ある.2002 年 8 月,日本は WSSD の機会を捉え,それまで以上に環境協力を推進するた め , ISD 構 想 を 発 展 さ せ た 「 持 続 可 能 な 開 発 の た め の 環 境 保 全 イ ニ シ ア テ ィ ブ ( Environmental Conservation Initiative for Sustainable Development )( 以 下 , EcoISD)」を発表した.それ以降,日本はこの EcoISD に基づき環境協力を進めている. EcoISD では,3 つの理念(①人間の安全保障,②オーナーシップとパートナーシップ,③ 環境と開発の両立)と,5 つの基本方針(①環境対処能力向上,②積極的な環境要素の取り 込み,③我が国の先導的な働きかけ,④総合的・包括的枠組みによる協力,⑤我が国の経 験と科学技術の活用)を掲げている.これらの基本方針を踏まえ,次の 4 つの重点分野か らなる行動計画が立てられている51. z 地球温暖化対策:温暖化が開発途上国の持続可能な開発を損なうものであるとの認識 を高め,開発途上国に温暖化対策に係る技術の移転・普及を図るとともに,科学的, 社会的,制度的側面を含めた温暖化問題への対処能力の向上を図る. z 環境汚染対策:急速な経済成長を遂げつつあるアジア諸国を中心に,都市部での公害 外務省ホームページ「持続可能な開発のための環境保全イニシアティブ(略称 EcoISD)」参照 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/bunya/kankyo/wssd_gai.html 51 22 対策及び生活環境改善(大気汚染,水質汚濁,廃棄物処理等)への支援の重点化を図 る. z 「水」問題への取り組み:都市部・農村部の特徴を踏まえた上下水への対策と,水資 源管理及び水質保全のためのソフトの支援を行う. z 自然環境保全:開発途上国の自然保護区などの保全管理,森林,砂漠化防止及び自然 資源管理に対する支援を,住民の貧困削減に向けた取り組みを検討しつつ,行ってい く. また,日本の新たな取り組みとして,次の 5 つを挙げている52. z 2002 年度から 5 年間で 5,000 人の環境分野の人材育成に協力する. z 地球環境保全へのインセンティブを付与するため,環境分野の案件に対する円借款は 引き続き譲許的な条件(優遇条件)で行う. z 地球環境無償資金協力の充実を図り,地球規模の環境問題の解決に資する協力を推進 する. z 国際機関などとの広範囲な連携の促進を図る. z 環境 ODA の事後評価の充実に向け,評価手法の一層の改善を図る. なお,EcoISD の 2002 年度の実施状況は表 3-14 の通りである.表 3-14 からも分かるよう に,日本の環境協力は,地球温暖化や生物多様性喪失などの地球規模的環境問題から,廃 棄物管理,大気汚染,産業公害,上下水道整備などの地域的環境問題に至るまで,幅広い 分野を対象として実施されている.また,アジア地域が中心になっていること,研修によ る人材育成を通じた開発途上国の環境対処能力の強化に力を注いでいることも特徴となっ ている. 52 同上 23 表 3-14.EcoISD の 2002 年度の実施状況 行動計画 地球温暖化対策 2002 年度実施状況 ラオス ナムグム第一発電所補修計画(無) ベトナム 中南部海岸保全林植林計画(無) インドネシア ムアラカラン火力発電所ガス化計画(有) 中国 植林植草計画(甘粛省・内蒙古自治区)(有) インドネシア 森林火災予防計画Ⅱ(技プロ) 省エネルギーセンター(トルコ,イラン)(技プロ) 地球温暖化防止技術(研修) 地球温暖化対策コース(研修) ベトナム 北部再生可能エネルギーによる地方電化計画(開) 環境汚染対策 ベトナム ハノイ市廃棄物管理機材整備計画(無) バングラデシュ ヒ素汚染緩和計画(無) ニカラグア 全国 9 市に対するゴミ収集車整備計画(草の根) 中国 大気環境改善計画(河南省・案徽省)(有) ベトナム ホーチミン市水環境改善計画Ⅱ(有) 環境センター(インドネシア,中国,チリ,メキシコ,エジプト)(技プロ) アルゼンチン 産業公害防止(技プロ) 東アジア酸性雨モニタリングネットワーク研修(研修) マレーシア 廃棄物処理場の埋立安全性に係る調査(開) カンボジア プノンペン市廃棄物管理計画(開) 「水」問題への取り ホンジュラス テグシガルパ市上水道復旧整備計画(無) タンザニア 中央高原地域飲料水供給計画(無) 組み インド ヤムナ川流域諸都市下水等整備計画(有) チュニジア 地方給水計画Ⅱ(有) シリア 水資源情報センター整備計画(技プロ) モロッコ 地方飲料水供給計画(技) インド ガンジス河汚染対策流域管理計画(開) 東ティモール,カンボジア,ベトナム,生活環境事業(井戸建設)(NGO) ミャンマー ミャンマー中央乾燥地域チャウパドン・タウンシップにおける井戸 建設による生活改善事業(日本 NGO) シエラレオネ バンダジュマ・リベリア難民キャンプ水道・衛生設備整備事業(日 本 NGO) 自然環境保全 インドネシア 国立公園森林火災跡地回復計画(無) セネガル 沿岸地域植林計画(無) インド ラジャスタン州植林・生物多様性保全計画(有) インドネシア 生物多様性保全計画Ⅱ(技プロ) パラオ 国際サンゴ礁センター(技プロ) 持続可能なマングローブ生態系管理技術(研修) イラン アンザリー湿原生態系保全計画(開) フィリピン,中国,エクアドル,チャド,ネパール環境保全事業(造植林) (NGO) ウガンダ カリンズ森林環境教育センター建設計画(日本 NGO) フィジー 地域青年による植林を通じた環境教育の推進(日本 NGO) ※(無)…一般プロジェクト無償資金協力, (草の根)…草の根無償資金協力, (有)…有償資金協力, (技 プロ)…技術協力プロジェクト, (研修)…JICA 研修, (技)…その他技術協力, (開)…開発調査, (NGO) …NGO 事業補助金,(日本 NGO)…日本 NGO 支援無償資金協力 出所)外務省(2004)p.141 24 また,1997 年 12 月,COP3 が京都で開催されるにあたり,日本は地球温暖化対策に関 する「京都イニシアティブ」を打ち出した.その後,「京都イニシアティブ」は地球温暖化 の分野に対する日本の援助の基本方針となっている.具体的には,次の 3 つの柱から成っ ている53. z 「人づくり」への協力:平成 10 年度から 5 年間で 3000 人の温暖化対策関連分野の人 材を育成する. z 最優遇条件(金利 0.75%,償還期間 40 年)による円借款:温暖化対策を目的とした事 業に対して最優遇条件で借款を供与する. z 日本の技術・経験(ノウハウ)の活用・移転:日本の技術・経験(ノウハウ)を活用 して,開発途上国の実状に適合した技術の開発・移転,調査団の派遣やワークショッ プの開催を行う. なお, 「京都イニシアティブ」に基づき,2002 年度に温暖化対策関連分野の研修などを受 けた者の数は約 1,700 名にのぼり,また,最優遇条件の適用による温暖化対策関連プロジ ェクトの実績は,合計 10 件,1,875 億円(交換公文ベース)に達した54. さらに,1999 年 8 月,日本は援助をより効果的・効率的にすることを目的として,今後 5 年間を対象とした「政府開発援助に関する中期政策」を公表した.この中期政策のなかで も,環境保全は重要課題の 1 つに掲げられており, 「我が国は公害対策のための技術革新を 通じて,経済成長と環境保全を同時に達成した経験と教訓を有している.こうした経験や 技術を開発途上国の経済・社会開発に活かしつつ,開発途上国の環境分野における取り組 み強化と対処能力向上を促し,持続可能な開発を支援することは大きな意義を有する.ま た,環境保全関連の支援においては,地方自治体や NGO などとの連携・協力が極めて重要 である」として,具体的には,ISD 構想及び「京都イニシアティブ」に基づき環境協力を 積極的に行っていくこと,環境保全関連案件には優遇された条件の円借款を供与すること などにつき,特別の配慮を行うことが謳われている. また,JICA,JBIC などの援助実施機関においては,ODA の実施における環境・社会面 での配慮をより一層強化している.JICA は,1990 年より導入されてきた「環境配慮ガイ ドライン」を改定し,新ガイドライン「JICA 環境社会配慮ガイドライン」55を 2004 年 3 月に完成,2004 年 4 月より施行している.また,JBIC は,国際金融等業務と海外経済協 力業務の 2 つの「環境配慮のためのガイドライン」を統合し,新ガイドライン「環境社会 配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」56を 2002 年 4 月に制定,2003 年 10 月より 施行している. 53 54 55 56 外務省(1997)p.138 外務省(2004)p.138-139 国際協力事業団(2004) 国際協力銀行(2002) 25 3.結論:環境援助政策の展望と課題 2で取り上げた各援助機関の環境援助政策の特徴をまとめると,(1)世銀の「新環境戦略」 や DFID のように,貧困削減の視点から貧しい人々の生活の質の向上に焦点を当てた地域 的環境問題への支援を重視するもの,(2)世銀の PCF や「コミュニティ炭素基金」 , 「バイオ 炭素基金」のように,市場メカニズムを活用して市場経済移行国及び開発途上国の温室効 果ガス排出の削減を目指すもの,(3)世銀,UNDP,UNEP の 3 実施機関による GEF のよ うに,地球温暖化,オゾン層破壊,生物多様性喪失などの地球規模的環境問題への市場経 済移行国や開発途上国の取り組みに対して資金供与を行うもの,(4)UNDP の「キャパシテ ィ 2015(旧キャパシティ 21)」や日本のように,開発途上国の環境対処能力の強化に対す る支援を行うもの,(5)USAID のように,開発途上国における環境保全への取り組みに対し て目標と指標を設定し,結果重視の支援を行うもの,(6)USAID の「債務環境スワップ」の ように,開発途上国の対外債務を自然保護基金に変換することによって支援を行うものな どがある. 以上の各援助機関の環境援助政策の内容から,環境援助の今後に関して,考えられるこ と,指摘すべきことは次の 3 点である. 第 1 に,現在,国際社会における開発援助の最重要課題は,2015 年に向けた MDGs の達 成であり,今後も貧困削減が国際的な開発戦略の主要課題であり続けることから,国際的 には,環境援助政策においても,貧しい人々を対象とした,大気汚染や水質汚濁,自然災 害などの地域的環境問題への支援が重視されるだろう.開発途上国の関心も,目に見えな い地球規模的環境問題より,自分たちの生活に直接関係している地域的環境問題にある. しかし,貧困削減が強調されるあまり,MDGs のなかでも,貧しい人々の能力の向上に 直接関係している教育や保健医療分野の目標が重視されている.DFID の 2003 年-2006 年 の PSA にもこの傾向が見られる.環境問題についても,貧困削減の観点から捉えられる傾 向があり,結果として環境問題が軽視されてしまっていることも否めない.実際,すべて の環境問題に貧困との関連性を見出すことには無理があり,貧困削減の観点から環境問題 の解決を図るには限界があると言わざるを得ない.ゆえに,貧困との関連性に囚われず, 環境問題そのものに焦点をあてて援助することも必要である. 第 2 に,来年初めに「京都議定書」が発効される予定であり,EU も来年 1 月より「域内 排出権取引制度(Emissions Trading Scheme: ETS)」を開始し,CO2 の排出権取引市場を 稼動する.なお,EU における CO2 排出権取引市場の規模は,将来 100 億ユーロに達する と試算されている57.EU に続き,カナダや日本も同様の取引市場の創設を計画しており, 現在,国際的な排出権取引市場への関心が高まりつつある. 「京都議定書」が発効されれば, 議定書を締結した先進国は,議定書の温室効果ガス削減目標を達成する義務を負うことに なるため,温室効果ガスの排出権取引が盛んになると同時に,国内(域内)対策だけでは 57 「朝日新聞」2004 年 11 月 4 日朝刊,4 面 26 議定書の削減目標達成が極めて困難である状況を考えると,CDM や JI の仕組みを活用し た排出削減も積極的に行われるようになるだろう. 2003 年 12 月の COP9で世銀が発表した報告書『2003 年炭素市場の現状と動向(State and Trends of the Carbon Market 2003)』58によると,温室効果ガス排出権の取引量は 2001 年から 2003 年にかけて,1,300 万トンから 7,000 万トンの約 5 倍に増加した.2007 年に は,炭素排出権の価値は 100 億ドルになると推定されている59.また,温室効果ガス排出権 取引は当初(1996 年∼2000 年),先進国内あるいは先進国間で実施されていたが,そうし た状況も急速に変化し,市場経済移行国や開発途上国における温室効果ガス排出削減プロ ジェクトの実施による排出削減の割合が,2001 年には 38%,2002 年には 60%,2003 年 (1 月∼9 月)には 91%を占めるようになった60.しかし,プロジェクトが実施された国の 内訳を見ると,ラテンアメリカ諸国,アジア諸国が大部分を占めており,アフリカ諸国や アジアの後発開発途上国はほとんど入っていない.こうした問題に対処するため開発され たのが,世銀の「コミュニティ炭素基金」,「バイオ炭素基金」であり,「京都議定書」の第 12 条にあるように,CDM を通じて開発途上国の持続可能な発展を実現するためにも,こ の 2 つの基金の重要性はますます高まるだろう. 開発途上国の多くは地球環境問題への取り組みに対して消極的である.なぜなら,温室 効果ガス排出削減などの地球温暖化対策を行うことは,そのために要する費用やその分経 済発展が阻害されることを考えると,開発途上国は相当の負担を抱えることになるからで ある.ゆえに,開発途上国の温室効果ガス排出削減に効果的に対処するには,当面,CDM を活用することが最も実効的であると言えるだろう. 第 3 に,開発途上国の抱える累積債務や貧困が,環境への投資を阻害していると言える. 近年,貧困が環境破壊の原因であるという,貧困から環境破壊への連鎖は強調されなくな ったが,直接的に貧困が環境に与える悪影響が小さくても,間接的に,貧しいがゆえ,累 積債務を抱えているがゆえ,急速な経済発展の必要性が全面に押し出され,環境対策など している余裕はないという状況がある.累積債務や貧困の削減が,直接環境への投資を増 加させるとは言えないが,その必要条件であることは間違いないだろう.そうした意味で, USAID の「債務環境スワップ」は非常によく考えられたメカニズムである.「債務環境ス ワップ」は,保護対象地区の先住民の諸権利を奪っているなど,さまざまな悪い影響が報 告されているが,「債務環境スワップ」そのものを否定するのではなく,それを実施するに あたり付随する問題点の解決を図るべきだろう.社会配慮のための事前調査を行う,先住 民の非自発的移転を余儀なくさせる場合には,先住民との同意の上,移転によって失う土 地や資源に対する補償や,先住民が代わりの生計手段を確保するための支援を行うなどの 対策を取ることも可能であろう. World Bank(2003) World Bank Press Release, December 4, 2003, “Carbon Market Doubles, But Poor Countries Bypassed According to World Bank Report” 60 World Bank(2003)p.13 58 59 27 以上を踏まえて,日本の環境協力の今後のあり方について考えてみると,第 1 に,CDM を活用した温室効果ガス排出削減を積極的に行うべきである.日本が「京都議定書」の温 室効果ガス排出削減目標(2008 年から 2012 年までの 5 年間において 1990 年比で 6%削減) を達成するには,日本の産業界が環境税導入に対して強い反対姿勢を示している現状を見 ても,国内対策だけでは現実的に不可能である.一方,開発途上国には低コストで温室効 果ガスの排出を削減できる機会が豊富にあり,CDM を活用して開発途上国で温室効果ガス 排出削減プロジェクトを実施すれば,そこで獲得した排出削減量を日本の排出削減割当量 に算入できる.日本政府及び日本企業は,世銀の「コミュニティ炭素基金」,「バイオ炭素 基金」に参加することも検討すべきであろう. 近年, 「企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility: CSR)」61という言葉が強調 されているが,企業は,CDM を活用することによって,温室効果ガス排出削減量を獲得す ると同時に,開発途上国の持続可能な発展に寄与したという点において,国際的・社会的 に高い評価を得ることができるだろう.今後,日本企業は自らの経済活動における温室効 果ガスの大幅な削減が望めない分,開発途上国に日本の省エネ技術を供与するなど,開発 途上国における温室効果ガス排出削減に積極的に取り組むべきである. 今後,先進国及び先進国企業は,さまざまな温室効果ガス排出削減の機会があるなかで, どれだけ排出削減を行ったかということだけでなく,どこで,どのようにして排出削減を 行ったか(排出権,排出削減量を獲得したか)ということが,社会的責任の観点から問わ れるようになってくるだろう. 第 2 に,日本は,環境分野への援助額が援助総額の 34.9%(2002 年度実績)を占めてい ることからも明らかなように,その国際開発援助戦略において環境協力を重視している. 日本の環境協力は,地球規模的環境問題から地域的環境問題に至るまで,さまざまな環境 問題を対象としており,特に開発途上国の環境対処能力の強化に重点を置いている.国際 社会が MDGs の達成に向けて貧困削減を強調し,教育や保健医療分野への援助を重視する 傾向があるなかで,日本が変わらず環境分野に重点をおいた政策を取り続けていることは, 国際社会に環境協力の重要性を訴えるためにも,非常に貴重な存在であると言えるだろう. また,貧困との関連性に囚われず,まずは環境問題に焦点を当て,環境問題に取り組むな かで貧困対策も行うという方針を取っていることも,環境問題の解決に重点を置いた支援 を行うためには有効である.こうした日本の環境協力に対する姿勢は,他国の援助機関も 見習うべきだろう.今後,日本が改善すべき点として考えられることは,USAID のように, 各取り組みに対して目標と指標を設定し,結果重視の援助を行うことによって,援助の効 果・効率を向上させることである.また,USAID の「債務環境スワップ」の例のように, 開発途上国の対外債務を削減して,その分をその国の環境保護に役立てるような制度の導 61 現在の社会は,企業に対して,株主や取引先だけでなく,その従業員,消費者,地域社会などのさまざ まなステークホルダーに対して責任を果たすことを求めている.ゆえに,企業は,経済的利益の視点から 評価されるだけではなく,社会的責任という視点からも評価されるようになってきている. 28 入も,検討に値するだろう. 最後に言い添えておきたいことは,各援助機関はそれぞれ地球環境問題に対処すべく, さまざまな環境政策を実施しているが,現在の行動のレベルではまだまだ地球環境の悪化 を阻止することはできないということである.このことは,「大気中の温室効果ガスの濃度 を 1990 年の水準に安定させるには,直ちに世界の CO2 排出量を 60%以上削減しなくては ならない」62という,気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)63の報告(『第 1 次評価報告書(1990 年 8 月)』64)と,「京都議定書」に おける先進国全体の削減目標 5.2%を比較しても明らかである. IPCC の『第 3 次評価報告書(2001 年 4 月)』65では,1990 年から 2100 年の間に,地球 の平均気温は 1.4∼5.8℃上昇し,海面水位は 9∼88cm 上昇すると予測されている.気温の 上昇によって,水不足,食糧不足などの問題が深刻化し,マラリア等の熱帯感染症の流行 域が温帯地域まで拡大する.最悪の場合,2100 年には中国北部,韓国,西日本一帯までが マラリア流行危険地域に入る可能性がある66.また,海面の上昇によって,島嶼や沿岸地域 は,居住地域の水没や沿岸生態系の変化による漁業資源の減少などの社会経済的な脅威に さらされる.海面が 1m上昇すれば,低地にあるバングラデシュ,モルジブなどの国土の大 半が水没する.このまま行けば,将来,水や食糧を巡る紛争が激化し,死亡率の高い熱帯 感染症の流行域が拡大し,国土水没による難民が大量発生するという最悪の事態を招くこ とになるだろう. こうした事態を防ぐために,地球環境問題に効果的に取り組んでいくためにはどうした らよいか.まずは,世界の一人ひとりの,地球環境危機に対する認識を高めることが必要 だろう.世界中で徹底した環境教育を行うべきである.地球環境問題に対する一人ひとり の意識の高まりが,さまざまな部門(民生部門,産業部門,運輸部門),さまざまなレベル (地域レベル,国レベル,地球規模レベル)における環境への取り組みを強化し,やがて は大きな環境改善へと繋がっていくだろう.また,先進国の人々は,過剰消費を抑えると 同時に,開発途上国の貧困問題の解決に向けて協力し,開発途上国の人々に対して環境問 題に目を向けることのできる余裕を与えていかなくてはならない. 62 当時(1990 年)のレベルで大気中濃度を安定化するためには,以下のように人間活動による温室効果ガ スの排出を削減する必要があるとしている.二酸化炭素 >60%,メタン 15∼20%,一酸化二窒素 70∼ 80%,CFC-11 70∼75%,CFC-12 75∼85%,HCFC-22 40∼50%.二酸化炭素,フロン及び一酸化二窒 素は,大気中からゆっくりとしか除去されないため,排出の変化に対してそれらの大気中濃度が完全に応 答するまでには数十年から数世紀かかる.ゆえに,あるレベルに濃度を安定化するには,早く排出削減を するほど効果があり,逆に,排出を長く続けるほど将来より大きな排出削減が必要となる(邦訳『IPCC 地球温暖化レポート「気候変動に関する政府間パネル」報告書サマリー』p.47∼49). 63 地球温暖化に関する最新の科学的・技術的・社会経済的な知見をとりまとめて評価し,各国政府に助言 を与えることを目的とした政府間機構.1998 年,UNEP と世界気象機関(WMO)が共同で設立した. 64 IPCC(1990) 65 IPCC(2001) 66 環境省ホームページ参照 http://www.env.go.jp/earth/cop3/ondan/eikyou5.html 29 参考文献 日本語文献 外務省(1997)「21 世紀に向けた環境開発支援構想(ISD) 京都イニシアティブ」 外務省経済協力局編(2002) 『政府開発援助(ODA)白書 2001 年度版』国際協力推進協会 外務省経済協力局編(2004) 『政府開発援助(ODA)白書 2003 年度版』国際協力推進協会 環境庁長官官房総務課編,経済調査会発行『最新環境キーワード第 2 版』 国際開発高等教育機構(FASID)(2003)「開発援助の新しい潮流:文献紹介 No.15」 (http://dakis.fasid.or.jp/report/pdf/BriefingReviewNo.15.PDF) 国際協力銀行(2002)『環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン』 国際協力事業団(2004)『JICA 環境社会配慮ガイドライン』 国際協力事業団国際協力総合研修所(2001)『第 2 次環境分野別援助研究会報告書』 国連開発計画(UNDP)(2001)『UNDP ガイドブック:地球環境ファシリティ(GEF)』 (パ ンフレット) 世界銀行東京事務所(2002)『炭素基金について』(パンフレット) 地球環境センター(2002)『地球環境概況 3 の概要』 地球環境戦略研究機関(2001) 『開発途上国における地球環境保全に関する資金メカニズム の現状等調査報告書』 英語文献 英国政府 (2000) Eliminating World Poverty: Making Globalisation Work for the Poor. White Paper on International Development Global Environment Facility (2002) Summary of Negotiations on the Third Replenishment of the GEF Trust Fund, November 5. IPCC (1990) First Assessment Report 1990(霞が関地球温暖化問題研究会編・訳『IPCC 地球温暖化レポート「気候変動に関する政府間パネル」報告書サマリー』中央法規出 版 1991 年) IPCC (2001) Third Assessment Report – Climate Change 2001 Meadows, Donella H., D. L. Meadows, J. Randers and W. W. Behrens (1972) The Limit to the Growth, New York: Universe Books.(大来佐武郎監訳『成長の限界』ダイヤ モンド社 1972 年) UNDP (2001) Capacity 2015: Developing Capacities for Sustainable Communities. UNEP (2002) Global Environment Outlook 3. USAID (2003) A Fiscal Year 2003 Performance and Accountability Report. World Bank (2001) Making Sustainable Commitments: An Environment Strategy for the World Bank. World Bank (2003) State and Trends of the Carbon Market 2003 30 World Commission on Environment and Development (1987) Our Common Future, Oxford; New York: Oxford University Press(大来佐武郎監訳『地球の未来を守るた めに』福武書店 1987 年) 31
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