「上高地帝国ホテル」(平成25年8月

上高地帝国ホテル
日本山岳リゾートの草分けであり、
立地・建築・サービスのすべてに妥協なし!
2013年8月
上高地というブランド
ご存じの通り日本には、軽井沢・日光・赤倉・雲仙・上高地など、歴史ある山岳リゾートと呼ぶにふさわしい避暑地が存
在します。そして各地にはそれぞれ、万平ホテル・金谷ホテル・赤倉観光ホテル・雲仙観光ホテル・上高地帝国ホテルなど由
緒正しい名ホテルが、現在も営業を続けてくれています。今回は昨年に引き続き上高地帝国ホテルにお邪魔しましたが、名だ
たる景勝地のなかでも上高地という場所はひときわ山深いおかげで、未だに俗化を拒み続けている孤高の景勝地と言えるの
ではないでしょうか。上高地は1952年に日本で初めて特別名勝および特別天然記念物に同時指定されるなど、中部山岳国立
公園のなかでも別格扱いされています。穂高連峰をはじめとする日本アルプスを望む絶景、そこに源を持つ梓川の清流、焼
岳の火山活動によって形成された大正池周辺の地形などは、たしかにここ上高地でしか見ることの出来ない貴重な環境で
す。いち早くマイカー規制を行ったこともあり、なんとか自然環境を維持してくれていることは本当に有り難いと思います。
日比谷帝国ホテルのサービスが、深山に忽然と現れる不思議
上高地帝国ホテルの職員の方々は、日比谷の帝国ホテルなどから夏期のみ出向して来るそうです。従業員の方によれば、
帝国ホテルの人事課は「人格を見て」採用している由。なるほど帝国ホテルの職員の方々は、それが日比谷であれ上高地で
あれ、実にみな「いい人」で、「変な人」は一人もいないことに驚きます。ホテルマンである以上は当然だろうという意見
!
クラシカルホテル倶楽部 上高地帝国ホテル 1
もあるでしょうが、昨今の観光業界ではこれが決して容易ではないようにも思えるのです。
上高地もそうですが、伊豆や箱根をはじめとした有名観光地へは黙っていても観光客が押し
寄せます。そのため接客に力を入れる必要がないせいか、施設によってはその拙劣なサービ
スに唖然とさせられることもしばしばです。その結果、伊豆や箱根で「人間扱いされない」
のは、もはや常識のようになってしまいました。ここ上高地でも山小屋からホテルにいたる
まで、嫌な思いをすることも稀ではありません。しかしそうした中にあって、上高地帝国ホ
テルは唯我独尊、日比谷のサービスを辺鄙な山中でも貫き通す姿勢に感銘を受けました。
上高地帝国ホテルの歴史
1927年に上高地が日本新八景の渓谷部門に選ばれ、4年後には国立公園に指定されまし
た。こうして上高地が山岳リゾートとして注目され、外国人観光客が泊まれるホテルを建設
する機運が高まりました。この際、上高地への道路建設推進・反対で激論があったとのこ
と。建設推進派は当時の帝国ホテル社長であり、後のホテル・オークラ社長・大倉喜七郎
氏。これに反対したのが、貴族院議員の藤村義朗氏でした。現在のエコロジー的観点から当
時の議論を振り返ると、藤村氏の先進性にたいへん驚かされます。当時はホテルニューグラ
ンドが上高地に進出するという噂があったり、建物を和風にするという案すらあったそうですが、最終的には帝国ホテルが
洋風のホテルを建設することになりました。1933年5月に着工、同年9月には竣工したとのことですから、わずか4ヶ月とい
う短期間で完成したことになります。設計は日本橋高島屋や帝国ホテル本館を設計した高橋貞太郎氏で、同年10月6日の営業
開始時点で部屋数46室だったとのこと。その後1963年に井上靖が上高地を舞台とした「氷壁」を上梓、上高地登山がブーム
となりました。1977年にはオリジナルの建築を極力受け継いだ鉄筋コンクリート製の現在の建築(75室のちに74室)へと
全面改修され、現在に至ります。
ラグジュアリーの対極に位置する、「山小屋感」
このホテルに泊まる前は、スイスの山小屋風(シャレー風)の外観こそクラシカルなものの、中身は今風のリゾートホテ
ルなんだろうと思っていました。しかし実際に泊まってみると、ジャグジーやプールなどの
ラグジュアリー施設はおろか、スパもエステもありません。あるのは和洋のレストラン
と、バーやラウンジなどのパブリックスペースおよびライブラリーのみ。客室内はお世辞
にも広いとは言えず、開口部は小さな窓が一つあるのみ。自然と縦長の「鰻の寝床」式の
部屋となり、いまどきの開放感満点のホテルと比べると、「陰気で暗い」という印象はぬ
ぐえません。今年はテラス付きの部屋をとらせていただいたため、天気さえ良ければテラ
スで外を眺めることも可能でしたが、それすら天気次第では出来なくなります。今どきの
ホテル建築からすると「超硬派」にも思えますが、考えてみればこのホテルは標高1500m
近い上高地という山岳地帯に建っているわけです。この過酷な自然環境からいかに宿泊客
を守るかという点を、戦前の技術で真剣に考えた結果がこの設計に集約されている、と考
えると合点がいきます。つまり、建物の造りや目的は限りなく山小屋に近い、と言えるの
ではないでしょうか。そのためこのホテルは、はっきりと好き嫌いが分かれてしまうホテ
ルだと思います。山岳地帯の自然環境の過酷さや不自由さを敢えて楽しむという、ある種
の「貴族的酔狂さ」が宿泊客に求められていると言えるでしょう。また国立公園内という
立地があだとなり、日々の物資搬入や排水・ゴミ処理をはじめとして、すべての営業活動
に環境への十分な配慮が求められていることも容易に想像されます。それらのコストを考
えれば、宿泊費が割高になるのもやむを得ないところです。
実際に泊まってみての感想
私は昨年夏もここに滞在させていただきましたが、立地・建築・サービスの三拍子揃ったホテルという評価は今年もゆる
ぎませんでした。しかし近隣の宿泊施設と比較すると、残念ながらかなり割高ではあります。また前述の通り、今どきのリ
ゾートホテルと比べてしまうとラグジュアリー感に欠け、「明るく快適」とは言い難いのも事実です。しかし山岳地帯の環
境を深く愛し、そこで安全に寝泊まりしつつ美食を楽しみたい、というワガママに答えてくれる宿泊施設がそうはないのも
また事実なのです。またホテルから一歩出れば梓川の河畔を散策でき、天候の悪化などがあればすぐにホテルに逃げ帰って
コーヒーが飲めるということの有り難さも、登山経験者ならば身にしみるはずです。ドライクリーニングを受け付けていな
いことも、国立公園内の環境維持に配慮しているからこそであり、そうした姿勢はむしろ好ましく思いました。圧巻はやは
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りメインダイニングで、スタッフの質・量ともに充実している上、カトラリーや食器類はずっしりと重厚であり、さらに名
物のローストビーフと創立80周年記念ワインとくれば、気分が悪かろうはずがありません。
「上高地帝国ホテル」のここがスゴい:
1)なんといっても、国定公園内という立地の絶対的リゾート感と、歴史に培われた客層の良さ。
2)改築されたとは言え、初代の面影をしっかりと受け継ぎ、現在でも堅実で飽きない建築。
3)並みのシティホテルを軽々と凌駕する、帝国ホテルならではのゆきとどいた接客と伝統の料理。
「上高地帝国ホテル」の不満:
1)これだけの価格を設定するのであれば、思い切って宿泊客の最低年齢を設定するなどして、大人の静寂を確保してい
ただきたく切にお願い申し上げます。
2)冷房がないこと自体は良いのですが、そのために窓を開ける機会が多く、意外に隣室のベランダからの声が気になり
ました。チェックインの際にオリエンテーションするなど、少し宿泊客への指導が欲しいところです。
3)ラウンジの巨大なテレビは、このホテルのコンセプトからして明らかに不要と思います。
参考文献:
1)砂本文彦 近代日本の国際リゾート 1930年代の国際観光ホテルを中心に 青弓社
2)Imperial No.80 2013. 上高地帝国ホテル開業80周年記念特集
3)富田昭次 ノスタルジック・ホテル物語 平凡社
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