透過型電子顕微鏡を用いたアポトーシス細胞の観察

透過型電顕試料作製の実際
-透過型電子顕微鏡を用いたアポトーシス細胞の観察-
*
日下部
健
I. はじめに
現在の電子顕微鏡は透過型電子顕微鏡(transmission electron microscopy, TEM)
では点分解能は 0.1 nm、走査型電子顕微鏡(scanning electron microscopy, SEM)
では点分解能は 0.5 nm であり、原子構造・タンパク立体構造の解析など、先端
的なナノテクノロジーにとって不可欠な手段となっている。電子顕微鏡は古く
から生物学研究に用いられており、特に TEM は細胞内部の構造、SEM は細胞表
面の観察に有効である。これらの手段を用いて細胞生物学においては重要な微
細構造を明らかにし、また AIDS や肝炎、腫瘍の病態解析に多大な貢献をしてき
た。また、今回のサマースクールのテーマである「アポトーシス」については、
まさに TEM によって世に出たと言って良いだろう。病理学者の Kerr は、当時
“shrinkage necrosis”と呼ばれていた、明らかにネクローシスとは形態的に異なる
細胞死に着目し、クロマチンの変化などに関する詳細な研究を行った【1】。彼
は同じく病理学者の Wyllie とともに TEM によって、アポトーシスの形態的クラ
イテリアを完成させ【2】、今日のアポトーシス研究の礎を築いた。今日でも1
枚の電顕写真は、水戸黄門の印籠の如く強いインパクトを持っており、アポト
ーシス細胞を証明する有効なツールである。これは現在の電顕技術が成熟して
おり、超微形態を観察するにあたって十分な簡便性と信頼性を得ているからと
言える。このコースでは培養細胞にアポトーシスを誘導し、TEM を使って形態
観察を行うと共に、TEM の基礎的な技術について紹介する。
このテキストに書かれている試薬・器具は一部を除いて安価で入手しやすい
ものばかりである。周りに経験者がいない場合は自分で始める他はないが、電
子顕微鏡が共同備品で設置されていれば、案外取り組みやすい実験系だと思わ
れる。ただ、始める前に一つ確認しておきたいものはウルトラミクロトームと
酢酸ウラニルである。ウルトラミクロトームが無ければ電顕切片を切ることが
出来ない。また、初心者の方は可能なら電動のウルトラミクロトーム(手動の
ものを維持しているところはもう少ないだろうが)を使う方が絶対良い。酢酸
ウラニルは使用・保管を管理下に置かなければならないことになっているが、
その管理方法は研究機関によって多少異なる。電子顕微鏡の管理委員に問い合
わせると良いと思う。
*第14回電顕サマースクール
技術講習テキスト(日本顕微鏡学会)より抜粋
通常の光学顕微鏡が可視光線とガラスレンズによってステージ上の標本を拡
大するのに対し、TEM では電子線と電磁形レンズ(一種の電磁石)を使う。TEM
の中央を見ると巨大な筒状の鏡体が鎮座しているが、その内部は真空状態に維
持され、電子線を発生させる電子銃、電子線を集束・投射させる電磁形レンズ
が設置されている。これらを使って標本を 100 万倍以上に拡大し、その像を蛍
光板の上に投射する。その像は鏡体下のフィルムに記録することが出来る。各々
の原理についての詳細は成書を参考されたい【3】。
Ⅲ. 準備するもの
試薬
・ パラホルムアルデヒド(電子顕微鏡用)[ナカライテスク]
・ 25%グルタルアルデヒド [和光純薬]
・ 四酸化オスミウム(結晶または水溶液)[ナカライテスク]
・ リン酸水素二ナトリウム・12水 [和光純薬]
・ リン酸二水素ナトリウム二水和物 [和光純薬]
・ スクロース [和光純薬]
・ エタノール [和光純薬];予め 30%、50%、70%、90%、100%のエタノール上
昇系列を作り、4℃に保冷しておく。
・ QY-1 [日新 EM] またはプロピレンオキシド [ナカライテスク]
・ Epon 812 resin(TAAB)
・ ルベアック®MNA [ナカライテスク]
・ ルベアック®DDSA [ナカライテスク]
・ ルベアック®DMP-30 [ナカライテスク]
・ トルイジンブルー [和光純薬]
・ ホウ酸ナトリウム [和光純薬]
・ 酢酸ウラニル(入手先については本文に記載)
・ クエン酸鉛(電子顕微鏡用)[ナカライテスク]
フィルム現像液など
・ コピナール [フジフィルム];添付の説明に従って、粉末を溶解しておく
・ フジフィックス[フジフィルム];同上
・ 酢酸 [和光純薬]
・ ドライウェル[フジフィルム]
器具
・ 1.5 ml マイクロチューブ(浮遊細胞用)
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ゼラチンカプセル(接着細胞用)
サンプルビン(生体組織用)
シリコン包埋板;底の形状がいろいろあり、用途によって使い分ける。
ディスポシリンジ(1 ml、10 ml)
ディスポ容器(手術標本保存用の容器など)
瞬間接着剤
カミソリ
18G 針
竹串;先端をカミソリで平らにする(厚切り用)
先端に睫毛を1本つける(超薄用)
スライドグラス(必要に応じて APS などをコートしたスライドを使う)[松
波硝子]
ガラスナイフ用ガラス棒 [日新 EM]
ガラスナイフボート用テープまたはクイックボート [いずれも日新 EM]
(ガラスナイフボート用テープの場合は)マニキュア
(手に入れば)ダイヤモンドナイフ [DiATOME]
シートメッシュ(グリッドとも呼ぶ)[日新 EM];
通常 150~200 孔のものがよく使われる。一般電顕ではグリッドの素材は問
わないが、免疫電顕などエッチングを行う際にはニッケル製を使う方がよい。
電顕用ピンセットあるいはロッキングピンセット
濾紙
シャーレ
ビーカー
洗浄ビン
電子顕微鏡用フィルム [フジフィルム]
ネガ袋 [日新 EM]
印画紙(FM2、FM3、FM4 の3種類あれば十分)[フジフィルム]
現像用タンク(フィルム用)およびバット(印画紙用)、印画紙現像用ハサ
ミ
機器
・ 恒温器(包埋用)60℃に設定できるものであれば良いが、電顕専用の恒温器
もある [堂阪イーエム]
・ ガラスナイフメーカー [REICHERT、取扱・盟和商事]
・ ウルトラミクロトーム [RMC、取扱・盟和商事]
・ 伸展板(パラフィン切片用でよい)
・ 電子顕微鏡 [日立ハイテクノロジーズ、日本電子]
・ 引き伸ばし器(印画紙焼き付け用);各メーカーから出ている。
IV. プロトコール
ここではヒト T 細胞株である Jurkat(Fig. 1A)を用いて実験を行い、主に浮遊
性の培養細胞を電顕で観察する方法について述べる。接着細胞や生体組織を試
料とする場合は固定方法などに多少の違いがあり、平行して紹介する。
(1)固定
代表的な化学固定法であるアルデヒド系・オスミウム酸の二重固定法を行う。
A. 固定液の処方
(a) 前固定液
前固定では Karnovsky の固定液が一般的に用いられる。この固定液には、
細胞質の保存がよいグルタルアルデヒドと浸透性の高いパラホルムアルデ
ヒドが含まれる。
Karnovsky 固定液 処方
4%パラホルムアルデヒド注1)
5ml
25%グルタルアルデヒド
1ml
注2)
0.2M PBS
4ml
Total
10ml
(b) 後固定液
オスミウム酸は脂質に沈着し、生体膜を黒く染める。オスミウム酸固定を
行わないと、生物試料はほとんど何も識別できない。オスミウム酸は不安定
なので使用直前に作成する注 3)。
後固定液 処方
2%四酸化オスミウム水溶液(OsO4)
0.2M PBS
Total
B. 手順
(a) 培養細胞の場合
1)浮遊細胞の場合
1ml
1ml
2ml
比較的簡単に試料作製ができ、初心者向きである。
① 1 x 106 cells/ml 以上の細胞を遠沈管あるいはマイクロチューブに回収
する。
② 200~300xg、10 分で遠心分離し、上清を捨てる。スピンダウンの間に
前固定液を用意すると効率がよい。
③ 細胞に前固定液を 1ml 加える。やさしくピペッティングし、細胞を軽
く分散する。室温・2 時間で固定する。
④ 固定後、200~300xg・10 分で遠心分離を行い、上清を捨てる。このと
き、細胞数が少ないときは上清を無理に全部取らなくても良い。
⑤ PBS で1回洗浄し、チューブを軽く振って細胞を分散する。
⑥ 細胞をスピンダウンする(200~300xg・10 分)。その間に後固定液を
作製する。
⑦ 上清を捨て、後固定液を 1ml 加える。4℃・2 時間で固定する。
⑧ 固定後、200~300xg・10 分で遠心分離を行い、上清を捨てる。PBS を
1ml 加える。この時点で 4℃にて一晩静置し、1日目の実験を終了する。
⑨ 脱水処理に移る。
(参考)アポトーシスの誘導法
いろいろな方法がある【6】が、ここではアクチノマイシン D 処理によ
るアポトーシス誘導を行う。Jurkat を 0.5 μg/ml のアクチノマイシン D 存在
下で一晩培養すると、50%以上の細胞がアポトーシスに特有の形態変化を
起こす(Fig. 1B)。
2)接着細胞の場合
トリプシン処理を行うと接着細胞は形態変化を起こすため、電顕観察に
は不適である。そのため、培養系から細胞を回収する際に工夫をする必要
がある。一般的な方法を示す。
① 細胞をスライドグラスあるいはカバーグラス上で培養する注4)。
② 前固定液を滴下し、固定する(室温、30分)。
③ PBS で3回洗浄する。
④ 後固定液を滴下し、固定する(4℃、1時間)。
⑤ PBS で3回洗浄する。
⑥ 脱水処理に移る。
(b) 生体組織の場合
生体組織は迅速な固定と正確なトリミングが必要である。試料作製自体は
比較的簡単で、初心者向きである。
① 生鮮組織をすぐに前固定液に浸し注 5)、カミソリで 1~2 mm 角に細切す
る注 6)。前固定液を満たしたサンプルビンに試料を入れる。
② 4℃・2時間で浸積固定する。
③ 固定液を捨て、PBS を入れて一晩静置する。
④ 後固定液を入れ、4℃・2時間で浸積固定する。
⑤ PBS で3回洗浄する。
⑥ 脱水処理に移る。
【注意 1】 パラホルムアルデヒドは常温では溶けない。60~65℃に加温した
蒸留水にパラホルムアルデヒドを入れてスターラーで撹拌する。1Nの水酸化
ナトリウムを 1~2 ml 滴下してさらに撹拌すると、無色透明になって溶解する。
この際揮発性のパラホルムアルデヒドは有害であるので、ドラフトチャンバー
などで操作を行うこと。溶解後は室温に戻し、ろ過して Ph を 7.4 に調整する。
一晩安定化させて使用する。
【注意 2】
0.2M PBS の処方
① A, B 液を作製し、オートクレーブ滅菌する。
A 液:0.2M NaH2PO4 100 ml
B 液:0.2M Na2HPO4 400 ml
Total
500 ml
② A 液 19 ml、B 液 81 ml を混和し、pH を 7.4 に合わせる。
③ 細胞の破壊が顕著なときなどは、浸透圧の緩衝作用を持たせるために、ス
クロースを4%程度加える。
④ 0.2M PBS はカビなどにコンタミしやすいので、毎回新しいものを使用する
こと。
【注意 3】 オスミウム酸結晶を溶解させる場合は、バイアルを二つに割り、
バイアルのまま蒸留水に溶かす。二重蓋付きの褐色ビンに入れて冷蔵庫で一晩
保存してから使用する。残りは冷蔵保存する。また、オスミウム酸は揮発性が
あり角膜などを傷つける恐れがあるので、ドラフトチャンバーなど換気性の良
い場所で取り扱うこと。
【注意 4】 細胞数が多いほど試料作製が上手くいくので、60% confluent 以
上にしておく。
【注意 5】 マウス、ラットから生体組織を採取するときは、予め動物を前
固定液で灌流固定しておくと、微細構造が良く保存される。
【注意 6】 目的とする組織のみを含むようにトリミングすること。無理な
場合は組織片を長方形にするなど形に特徴性を持たせ、切片を作る際の目印を
作っておくと良い。
(2)脱水
A. 手順
(a) 培養細胞の場合
1)浮遊細胞の場合
これ以降の段階では、1.5 ml マイクロチューブを使った方が便利である。
遠沈間にある場合は、細胞浮遊液を 1.5 ml マイクロチューブに移す。200
~300xg・5 分で遠沈後、PBS を捨て、下記①から始める。尚、各アルコー
ルは予め冷蔵庫で保冷しておく。
① 30%アルコールを加え、チューブを倒立して撹拌し、5 分静置。
② 200~300xg、5 分で遠心分離。この時点で、先端部に黒色のペレッ
トが見えるはずである。
③ 上清を捨て注 1)、50%アルコールを加えて混和。5 分静置。
④ 200~300xg、5 分で遠心分離。
⑤ 上清を捨て、70%アルコールを加えて混和。5 分静置。
⑥ 200~300xg、5 分で遠心分離。
⑦ 上清を捨て、90%アルコールを加えて混和。10 分静置。
⑧ 200~300xg、5 分で遠心分離。
⑨ 上清を捨て、100%アルコールを加えて混和。10 分静置。
⑩ 200~300xg、5 分で遠心分離。
⑪ ステップ⑨、⑩をあと3回繰り返す。この間にエポン樹脂を準備し
ておく(B 項参照)。
【注意 1】 脱水過程になると細胞ペレットは脆くなり、上清を捨てる際に
巻き込みやすくなるので、上清を無理して完全に取らない方がよい。
2)接着細胞の場合
後固定したスライドグラスを光顕用の染色かごに入れる。上記①の手
順で脱水する。
(b) 生体組織の場合
洗浄した PBS を捨て、上記①の手順で脱水する。
B. エポン樹脂の準備
① 下表の配合(Total:10 ml)で試薬を混ぜてディスポカップに入れ、
スターラーなどで 10 分以上撹拌する。
試薬名
基本配合(ml)
固めの配合(ml)
Epon 812 resin
DDSA
MNA
5.1
3.3
1.6
5.1
2.5
2.4
② DMP-30 を 0.2 ml 加え、10 分以上混ぜる注 1)。色が均一な黄褐色にな
れば撹拌を止める。
【注意 1】 撹拌の際、気温が高いと重合反応が早く進み、使用する前に固
まってしまう場合がある。夏場は送風するなどして温度を下げておく。
(3)アルコール置換・樹脂透徹
A. 手順
(a) 培養細胞の場合
1)浮遊細胞の場合
① 100%アルコールを半分捨て、QY-1 またはプロピレンオキシド注 1)
を等量加える。室温、15分で静置する。
② 800xg・3分で遠沈
③ 上清をすて、QY-1 を加える。室温、15分で静置。この間に、QY-1:
Epon 樹脂を 1:1 と 1:4 の割合で混和させた透徹液を2種類作って
おく。
④ 800xg・3分で遠沈する。
⑤ 上清をすて、QY-1 と Epon 樹脂の混和液(1:1)を加える。室温、
1時間で静置する注 2, 3)。
⑥ 800xg・3分で遠沈する。
⑦ 上清をすて、QY-1 と Epon 樹脂の混和液(1:4)を加える。室温、
1時間で静置する。
⑧ 800xg・3分で遠沈する。
⑨ 上清をすて、Epon 樹脂を加える。室温、1時間で静置する。
【注意 1】 QY-1 とプロピレンオキサイドのどちらを使っても差違はないが、
QY-1 の方が低毒性である。
【注意 2】 これ以降のステップでは、混和して細胞を分散しない方がよい。
液に粘性があるので後のスピンダウンが困難である。ペレットの状態のままで
浸透させる。
【注意 3】 時間がないときは⑤で実験を止め、室温で一晩静置する。その
場合、翌日には Epon 樹脂は硬化するので、新しく作り直す必要がある。
2)接着細胞の場合
アルコール置換の段階は省略し、次の包埋に移る。
(b) 生体組織の場合
サンプルビンの 100%アルコールを半分取り、等量の QY-1 またはプロピ
レンオキサイドを加えて混和する。以降は浮遊細胞の場合と同じ要領で液
を交換する。簡単に手順を下に示す。
① 100%アルコール+QY-1
室温 15 分
② QY-1
室温 15 分
③ QY-1+Epon 樹脂(1:1)
室温 60 分
④ QY-1+Epon 樹脂(1:4)
室温 60 分
⑤ Epon 樹脂(100%)
室温 60 分
(4)包埋
A. 手順
(a) 培養細胞の場合
1)浮遊細胞の場合
① 800xg・3分で遠沈し、上清を捨てる。
② 1.5ml マイクロチューブへ Epon 樹脂を流し込む注 1)。
③ 800xg・3分で遠沈する。
④ 60℃で1~2日インキュベートし、Epon 樹脂を重合させる。
⑤ 重合完了後、糸鋸などで試料の入った先端部だけを切り取り、瞬間接
【注意
1】
気泡が入らないように気を付けること。
【注意 1】 予め平板シリコン包埋板を使って円筒状の台座を作っておく。
試料包埋時に余った Epon 樹脂は捨てず、台座用に使う。
2)接着細胞の場合
① エポン樹脂を満たしたゼラチンカプセルを逆さにして、エタノールが
まだ残っている切片の上にかぶせる。この時、細胞の付着部位が分か
っているなら、その上にカプセルが乗るようにする。
② はみ出た樹脂をふき取る。
③ カプセルを倒さないように注意して、60℃で1~2日インキュベート
する。
④ 重合が完了したら、ガスバーナーでスライドの下面より 10 秒程度加
熱し、カプセルをガラス面からはがす。
⑤ 細胞を含んだエポンブロックが完成する。
(b) 生体組織の場合
① 試料をシリコン包埋板に移し、Epon 樹脂を流し込む。
② 60℃で1~2日インキュベートし、Epon 樹脂を重合させる。
③ 重合完了後、シリコン包埋板から樹脂ブロックを取り外す。
B. ブロックの保存
エポン樹脂は吸湿性があるので、ブロックは乾燥剤に入れた袋に保存する
か、デシケーターの中に入れておく。
(5)薄切
包埋した試料ブロックを、ウルトラミクロトームとガラスナイフ(ダイヤモ
ンドナイフ)を用いて切片を作製する。切片には厚切り切片と超薄切片がある。
また、このステップが電顕で一番難しい所であり、成功するためには技術の習
熟が必要となる。また、この段階以降は培養細胞・生体組織ともほぼ同じ手順
なので、特に注意する所以外は共通手順として記述する。
A. ガラスナイフの作製
① ガラスナイフ用ガラス棒から、ナイフメーカーを用いてガラスナイフを
作製する注 1)。
② ナイフエッジや断面を見て、ガラスナイフの質を判断する注 1)。
③ テープを使ってナイフにボートを取り付ける。
④ 埃がつかないよう、箱の中に保管しておく。
【注意 1】 基本的には、ナイフメーカーに添付の説明書に従うが、このス
テップには経験が必要である。また、参考文献 4、5 にも詳細が記載されている。
B. 厚切り切片の作製注 1)
厚切り切片の作製には下のような目的がある。
‹ 光学顕微鏡観察によって、目的とする組織、細胞の状態を確認する(Fig.
2)。また、必要に応じて方向性に注意しながら切片を作ること。特に生
体組織にはその必要があるものが多い。
‹ 超薄切片を作成する範囲を確定し、トリミングを行う。切面の表面積が
小さいほど、超薄切片は作製しやすく、大きすぎるとグリッドの上に乗
らない。
手順
① 試料ブロックをウルトラミクロトームのトリミング台に取り付け、実
体顕微鏡の下、カミソリを用いて切面のトリミング注 2)と面出し注 3)を
する。
② ウルトラミクロトームにガラスナイフと試料を取り付け、肉眼で両者
を接近させる。
③ スコープを見ながら間に出来る影を見ながら両者を接近させる。
④ スピードを調節して試料台を動かし、0.5~1 μm 厚の切片を作成する。
⑤ 竹串を使って切片を拾い、蒸留水を1滴落としたスライドグラス上に
浮かべ、伸展板で乾燥させる。
⑥ 1%トルイジンブルー染色液注 4)を切片上に滴下し、60℃で5分間加熱
する。
⑦ 流水で洗浄して、伸展板で乾燥させ、検鏡する。
【注意 1】 接着細胞は細胞層が一層だけなので、厚切り切片作製の際には
切りすぎないように気を付けないといけない。
【注意
2】
切面の形を正方形ないし長方形にすると、連続切片が出来てボ
ートの中の切片がバラバラにならず、操作しやすい。また、その際一角を切り
落としておくと、切片の方向が分かりやすくなり、検鏡で部位が確定しやすい。
【注意
3】
培養細胞の試料では面出しは特に必要ない。
【注意 4】 トルイジンブルー染色液の作り方
① 1%ホウ砂を蒸留水に溶解する。
② 上記の水溶液にトルイジンブルーを1%で溶かす。
③ 古くなると汚れてくるので、ろ過する必要がある。染色液を注射器に
充填し、先端にミリポア・フィルターを付けておくと便利がよい。
C. 超薄切片の作製
手順
① 厚切り切片を観察して標的とする部位を確認し、実体顕微鏡の下でブ
ロック注 1)の切面を更にトリミングし、表面積を小さくする。
② 質の良いガラスナイフまたはダイヤモンドナイフ注 2)をウルトラミクロ
トームに取り付け、ナイフと試料の切面を接近させる注 3)。
③ スピードを調節して試料台を動かし注 4)、はじめに 500 nm の切片を作製
する。切片がきれいに切れる様になれば、徐々に厚さを減らし、60~100
nm 厚の超薄切片を作成する。厚さは切片の干渉色で判断できる注 3)。下
表を参照のこと。
切片の薄さの判断(参考文献 4, 5 より抜粋)
干渉色
厚さ(nm)
灰
銀
金
紫
青
緑
黄
<60
60~90
90~150
150~190
190~240
240~280
280~320
④ グリッドで切片を拾い、濾紙を引いたシャーレの上で乾燥させる。こ
の時、上手くシャーレの上に乗らないと思うが、三角形に切った濾紙
を使うと上手くピンセットからグリッドが離れる。
【注意 1】 ブロックは乾燥させておいた方が切れやすい。保存の際はシリ
カゲルを一緒に入れておくと良い。
【注意 2】 ダイヤモンドナイフは高価であるので当初は質の良いガラスナ
イフでも構わない。ただ、ダイヤモンドナイフを使うときはボートの中にはア
セトン水を使用しないこと。接着剤が溶かされる恐れがある。また、ダイヤモ
ンドナイフの再研磨も費用がかかるので、手入れ・保管は添付マニュアルを参
照し、丁重に扱うこと。
【注意 3】 RMC のウルトラミクロトームには、切面を合わせるためのペン
ライトと、切片の干渉色を観察するための蛍光灯がある。特にダイヤモンドナ
イフを用いる際は、切面合わせが最も気を使うところであるが、これらを活用
するのがコツである。
【注意 4】 ダイヤモンドナイフを使う際は、刃角+10°、カットスピード
1.0mm/秒にウルトラミクロトームを設定して操作するのがおすすめである。
(6)電子染色
細胞の構成成分に親和性のある重金属塩を沈着させることにより、試料のコ
ントラストを挙げる操作を電子染色という。ここでは一般的に用いられている
酢酸ウラニル・クエン酸鉛の二重染色法を行う。ウランは核質や RNA に、鉛は
膜構造に親和性がある。
A. 酢酸ウラニル注 1)染色液の処方
① 1~5%で酢酸ウラニルを水、またはエタノール(メタノール)に入れ、
スターラーで撹拌・溶解させる。4℃で一晩静置してから使用する。
② 5~10ml のディスポーザブルシリンジに充填し、空気を抜く。先にミリ
ポア・フィルターを付け、ろ過して使用する。
③ 残りの染色液は、先端をパラフィルムなどで栓をして、アルミホイル
で全体を遮光して冷蔵保存する。古くなると黄色蛍光がなくなり、黄
白色の沈殿を生じる。
【注意 1】 酢酸ウラニルの使用は科学技術庁に申請して購入する。大学
であれば一括して事務や管理委員会が管理している場合が多い。また、個人
の使用量についても管理しなければならず、使用簿を定期的に科学技術庁に
提出する義務がある。
B. クエン酸鉛染色液の処方
この染色液の処方には様々な方法があるが、ここでは筆者が良く用いる
Venable【5】の改変法を紹介する。
① 各試薬を下記に従って配合し、スターラーで混和する。
クエン酸鉛
200 mg
蒸留水
9.1 ml
1N NaOH
1 ml
② 溶解直後は不安定であるので使用しない。1日静置してから使用す
ること。
③ 酢酸ウラニルと同様に、シリンジに入れて空気を抜く。先にミリポ
ア・フィルターを付け、ろ過して使用する。
④ 残りの染色液は空気を完全に抜き、先端をパラフィルムなどで栓を
して冷蔵庫で保存する。これは鉛染色液が大気中の炭酸ガスと反応
して沈殿を作りやすいからである。また、この沈殿は電顕観察の際
にゴミとして出てくるため、古い染色液は使わない。
C. 染色手順
① シャーレにパラフィルムを敷き、その上に酢酸ウラニル染色液を1
~2滴落とす。
② 切片が液面になるようにグリッドを静かに浮かべる。あるいは切片
の面を上にして沈める。
③ シャーレの蓋をして、室温で20分反応させる。
④ 3個のビーカーに蒸留水を満たしておく。
⑤ グリッドの一端をピンセットでつまみ、各ビーカー内で20回位振
って水洗する。切片が破れてしまうので、グリッドで水を切るよう
な向きで振るように注意すること。また、このときグリッドをビー
カーの底に落とさないように注意する注 1)。
⑥ ビーカーでの水洗後、洗浄ビンを使ってピンセットに水を伝わらせ
て洗浄する。濾紙を敷いたシャーレの上に載せる。
⑦ シャーレにクエン酸鉛染色液を落とす。その上にグリッドを置くが、
手順は酢酸ウラニルの時と同様である。ただし、この時手際よくや
らないと染色液に白色塩が析出してくる。サンプルが多いときなど、
白色塩が出やすい時はシャーレの中に水酸化カリウムや水酸化ナ
⑧ シャーレの蓋をして、室温で20分反応させる。
⑨ 3個のビーカーに蒸留水を満たしておく。このビーカーは酢酸ウラ
ンで使ったものと違うものにする。
⑩ 酢酸ウラニルの時と同様に、ビーカー・洗浄ビンで水洗する。但し、
上記のようにクエン酸鉛染色液は沈殿を生じやすいので、水洗は手
早くすること。
⑪ 濾紙を敷いたシャーレの上で乾燥させる。
【注意
1】
水洗の際にはロッキング・ピンセットを使うと便利である。
(7)電顕観察
A. 観察・撮影
グリッドを電顕にセットして観察する(Fig. 3)。電顕は使用する前に毎回
微調整が必要である。良い視野が得られたら写真撮影をする。操作法はメー
カー作製のマニュアルを参照のこと。また、概要を当日に紹介する。
B. フィルム現像
① 暗室灯の下、フィルムを専用のフィルム枠に入れる。
② コピナールで現像。現像液を湯煎で 20℃にして準備する。温度調節
機能が付いた、専用の現像処理器もある(堂阪イーエム製)。反応
時間は 2.5~5 分だが、適度な反応時間は、暗室灯の下でフィルムの
縁にある番号が読めるようになることで判断する。
③ 酢酸水(1~5%)で反応停止。10 秒程度、タンク内でフィルムを上
下させる。
④ フィジフィックスで定着。タンクの蓋をして約 10 分安置。フィル
ムの縁が透明になれば OK。
⑤ 流水で 30 分洗浄。
⑥ ドライウェルで洗浄し、自然乾燥させる。乾燥機(日新 EM 製)を
用いると早く仕上がる。
(8)焼き付け
引き伸ばし器を用い、フィルムの画像を印画紙に焼き付ける。その際には
まず、条件設定が必要となる。
① 焼き付けの倍率を決め、フォーカスを合わせる。基本的に、倍率を
上げるとフォーカスが合いづらい。その場合はスコープを使う。
② 絞りを調節する。絞りを下げると中間色が無くなり、コントラスト
が高くなる(いわゆる「硬い」写真になる)。絞りを上げるとその
逆になる。
③ 露光時間を設定する。絞りを上げると露光時間を長くする必要があ
るが、フィルムの透過性によってずいぶん変わってくる。そのため、
フィルムを明るさによってグループ分けして置いた方がよい。短冊
状に切った印画紙をテストに用い、絞りを一定にして露光時間を
倍々に変えていく。条件設定の目安を記しておく。
絞り
露光時間(秒)
5.6
8
1
4
11
8
④ 印画紙を現像液に浸し、暗室灯の下で観察する。像がはっきり出て
きたら、1~5%酢酸水で反応を止める。
⑤ フィジフィックスで定着(10 分以上)。
⑥ 流水で 30 分洗浄。
⑦ ドライウェルで洗浄し、自然乾燥させる。
性能の良いスキャナーを用いれば焼き付けをすることなく、フィルムから画
像をコンピューターに取り込むことが出来る。この方法はスライドを作製する
ときなどには便利であるが、プリントアウトすると印画紙の写真と比べ、画像
の質は少し低下する。また、最近電顕用デジタルカメラが出ており(日立ハイ
テクノロジーズ製)、電顕からの画像を直接コンピューターに取り込むことが出
来るようになっている。
V. 終わりに
TEM の試料作製は基本的に単純な技術の繰り返しであって、むしろ経験と忍
耐力を要求する所が多い。人によっては技術習熟に時間がかかるかもしれない
が、一旦身に付けば再現性良く実験できるようになるであろう。良い写真に出
会うまでには多少の苦労は必要であるが、その分だけ撮れた時の喜びはひとし
おである。皆様のご健闘をお祈りする。
VI. 参考文献
1) Kerr JF, Wyllie, AH, Currie AR. Apoptosis: a basic biological phenomenon with
wide-ranging implications in tissue kinetics. Br J Cancer 1972; 26: 239-257.
2) Wyllie AH. Cell death. pp. 755-785 (1987). In: International review of cytology.
(Supplement 17). Cytology and cell physiology. 4th ed. (Bourne, G. H. ed.),
Academic Press, San Diego, California
3) 医学・生物学のための電子顕微鏡学(基礎編). WHO 電子顕微鏡診断学研
修センター編、藤田出版.
4) 電子顕微鏡生物試料作製法.
日本電子顕微鏡学会関東支部編、丸善.
5) 現場で役立つ電子顕微鏡試料作製法. 試料採取から写真の実技まで、関西
電子顕微鏡応用技術研究会編、金芳堂.
6) 新アポトーシス実験法.
辻本賀英・刀祢重信・山田武
編集、羊土社.
1A
1B
2A
2B
3A
3B
Figure の説明
Fig.1
Hoechst33342 で染色したヒト T 細胞株 Jurkat。(A) 対照群の Jurkat。核
が蛍光を呈している。分裂中の細胞も観察される(矢印)。(B) アクチ
ノマイシン D を処理した Jurkat ではクロマチンが凝縮し、
核が複数に断
片化している(矢印)。(A, B: X500)
Fig.2
厚切り切片のトルイジンブルー染色像。(A) 対照群の Jurkat。多くの細
胞が明瞭な核膜、核小体を示している。分裂像も観察される(矢印)。
(B) アクチノマイシン D を処理した Jurkat では、ほとんどの細胞に細胞
サイズの縮小、クロマチンの凝縮、核の断片化が観察される(矢印)。
(A, B: X400)
Fig.3
Jurkat の TEM 写真。(A) 対照群の Jurkat。クロマチンが正染色質と異染
色質に区別できる。核には核小体および核膜(矢印)も観察される。細
胞質内にはミトコンドリアが含まれている(矢尻)。(B) アクチノマイ
シン D を処理した Jurkat では、
断片化した核は凝集したクロマチンを含
み、核膜構造を維持している(矢印)。(A: X3,000; B: X7,500)