大学院入試に役立つ本

KALS 大学院入試対策講座 受講生の皆様
心理系チュートリアル通信 番外編⑲
大学院入試に役立つ本
渡辺 弥生 著
『子どもの「10 歳の壁」とは何か?
~乗り越えるための発達心理学』
光文社新書
教育関連の書籍や雑誌などでは「10 歳の壁」というフレーズがよく使われているそうです。
「できる子は 10 歳まで
に作られる」というように、9 歳・10 歳までの教育がその後の知力や思考力に大きく影響するとそこでは主張されてい
ます。
果たしてこのような「10 歳の壁」は科学的に正しいのでしょうか。
著者は教育関連雑誌で掲載されている「9 歳、10 歳の壁」に関する記事を分析し、これらが実証的エビデンスに欠け
ており、早期教育を煽っているだけにすぎない、と冒頭で結論づけています。ただし、著者は「9 歳、10 歳の壁」とい
う考えそのものを否定しているわけではありません。むしろ、発達心理学のこれまでの実証的な研究知見から、確かに
9 歳、10 歳は発達の諸側面で質的な変化が生じる時期であり、大きな飛躍を遂げる「ジャンピングポイント」であると
言います。しかし大きな飛躍が行われる時期だからこそ、スムーズにその一歩を踏み込むことができず、つまずきを経
験する子どもたちが増加するのもこの時期だそうです。
例えば、小学校 1 年生から 3 年生までは算数をそれほど難しいと感じる子どもは多くはないそうですが、4 年生にな
る頃から算数が苦手になる子どもが増加し、成績に大きな開きがでるようになります。また、問題行動が目立ちはじめ
るのもこの頃からです。
本書では、質的な飛躍の時期である 9,10 歳の子どもたちに焦点を当て、この時期の子どもたちの心の発達がどのよ
うなものであるのかを実証的な発達心理学研究の知見を元に概説し、正しい 9 歳、10 歳像を提供することを目的とし
ています。
9 歳、10 歳頃の子どもの発達は以下のようにまとめられます。
―自己意識
自分のことだけでなく、他人のことについても自分のことのように考えることができるようになります。また自分に
対しても客観的に理解することができるようになります。そのため「自分は思っているよりたいしたことがない」と劣
等感を感じるようになり、自尊心が低下するのもこの時期の特徴です。
―考える力
様々な思考力がレベルアップする時期です。自分と他人、主観的な自分と客観視したときの自分、今の自分と将来の
自分というように相対的にものごとを考えることができるようになります。ただしこういった思考の質的な変化がスム
ーズに行える子どもと停滞してしまう子どもに分かれやすく、全体的に不安定になる時期となります。
―感情
プラスの感情とマイナスの感情が共存するといった複雑な感情も理解できたり、間接的な表現から他人の感情を理解す
ることもできるようになります。また自意識過剰になりやすく考えすぎたり、傷つくのを恐れて自分の感情を抑え込ん
だりすることもあります。
―友達関係
友達との友情が強くなる時期です。友達の目を気にする時期でもあり、また「いじめ」という構造が成立しやすくなり
ます。
―道徳性
自分や仲のいい人だけでなく、第三者の視点に立って物事が考えられるようになります。ただし個人差が大きく、自分
のことや仲のいい子のことを考えることでいっぱい、といった子どもがクラスに混じりやすい時期です。
特に最後の道徳性や社会性は個人差も大きく、大人が支援し環境を整えることが大切です。その支援方法の 1 つとして
著者はSST(ソーシャルスキルトレーニング)を紹介しています。
9 歳、
10 歳という時期は、
大人が考える以上に大人びた部分と子どもの部分が混在した多感な時期の始まりと言えます。
こういった心性について正しい知識を持ち、子どもたちの大きな飛躍を遂げることができるよう支えることが大人の役
割です。またこの時期特有の発達を促進するために、SSTをはじめとする心理的サポートの開発に取り組むことは心
理学の行うべき大きな課題の1つだと考えられます。
名駅校:舘有紀子先生