社会資本の事業評価手法の研究 Study on the Estimation of Aquatic Habitat 森本浩之*1 Hiroyuki MORIMOTO Abstract: Evaluation for improvement of infra-structure is necessary for deciding the order of projects priority as well as estimating projects efficiency and validity. But, it is difficult to discuss the projects superiority only by cost/benefit method in execution of public enterprises represented improvement of infra-structure, if we consider some problems of global environment and regional equality. In this paper, it did a technical proposal to the evaluation method considering the temporary situation and problems of estimating methods. Key Words: evaluation method, pre-evaluation, revaluation, environment account, infra account . 国土交通省では, 「国土交通省政策評価基本計画」 (平 成14年4月)において,公共事業における政策評価の 実施手順を公開している. 4)農林水産省関連事業 農林水産省では, 「農林水産省政策評価の考え方」 (平 成13年9月14日,平成13年12月14日改訂)に おいて,個々の事業の評価に加えて,農政,林政,水産 行政の各政策分野の目標と具体的な評価指標を明示して いる.また, 「農林水産省政策評価基本計画」 (平成14 年3月29日)および「農林水産省政策評価実施計画」 (平成14年3月29日)において,事業評価手法の手 順を公開している. 1.背景と目的 公共事業によるこれまでの社会資本整備の効用と効 果は,広く一般に認められるところであるが,社会資本 整備におけるアカウンタビリティ向上および情報公開を 目的として,事業評価の実施が強く求められている. しかしながら,現在の厳しい経済・財政状況にあって は,公共事業においてもその積極的な構造改革が求めら れており,社会資本整備事業の実施においては行政の説 明責任の向上や,国民と行政とのコミュニケーションを 通じての双方の信頼関係の確保が重要である. 本研究では,建設コンサルタントの立場から上記の課 題に対応すべく,その専門知識を活かした事業評価手法 の開発を目的とするものである. 3.事業評価手法の検討 本文は, 「まちづくり地域づくりを考える-社会資本 整備の新機軸-」 (仮題)の「第5章 公共事業における 説明責任と合意形成」 を収録したものである. このうち, 「住民参加と合意形成」は東京本社河川部廣澤次長が担 当した. 1)公共事業における事業評価 公共事業によるこれまでの社会資本整備の効用と効 果は,広く一般に認められるところである.しかしな がら,冒頭に述べたように現在の厳しい状況下にあっ ては,公共事業であっても構造改革が求められている. 公共事業における事業評価の特徴は,①費用対効果 分析の適用,②再評価の実施,③アウトカム指標の導 入である. ①費用対効果分析の適用 2.事業評価事例の収集 公共事業に係る事業評価の事例はその範囲が全事業に 及んでおり,かつまた関連省庁のホームページで公開さ れている. したがって,ここではその代表的なものの紹介にとど める. 1)河川局関係事業 国土交通省河川局より,河川・ダム事業,砂防等事業, 海岸事業を対象とした「河川局関係事業における事業評 価について」 (平成14年3月)が公表されている. 2)道路局関連事業 国土交通省道路局のホームページにおいて,道路行政 の評価・事業評価の概要として多くの評価事例が紹介さ れている. 3)国土交通省の政策評価 *1 大阪支社 情報技術部 Osaka Office,Information Technology Division 14 公共事業に対する国民の不満すなわち批判の多くは, 非効率性(配分と生産の非効率)と不透明性(事業の 実施プロセスの非合理性)である.このような状況に おいて,公共事業に必要とされる,あるいは期待され る事は,社会資本整備(公共財の提供)の目的明確化 と配分公平化である. ここ数年,公共事業のあり方をめぐって,費用対効 果分析に基づく事業目的と事業効果の明確化の議論が 活発に行われ,便益評価手法の開発が積極的に行われ て来た.しかしながら,事業間の比較すなわち配分の 公平化についてはその評価手法が提示されておらず, 費用対効果分析においても環境評価の取り扱いや評価 数値(便益B/費用C)の精度等の課題が多い. 公共事業には,公共財としてのアメニティの向上, 地域格差の是正,地域の雇用確保,景気対策等に対す る期待があるものの,多様な政策目的を内包している ことによる政策目的間の優先順位,あるいは政策目的 そのものの不透明感・不明瞭感が拭えない. これに対して,これからの公共事業の実施において は,①事業の必要性・合理性・効率性の徹底した追及, ②客観的説明による説明責任,③情報公開による合意 の形成,が課題点として挙げられ,その解決が必要と される. したがって,事業評価における多段階評価(時間軸 の導入)と多項目評価の実施と,定量評価である費用 対効果(B/C比率)にとらわれない多次元(定性的, 多項的)評価手法の開発が求められる.また,対象事 業により異なる評価手法の統一と評価精度の明示も課 題点として挙げられる. 公共事業の必須要件として,コスト縮減と品質確保 に加えて顧客満足の考え方が重要である.これより, 評価システムでは情報公開と説明責任を内部目的化さ せ,公平性と透明性を確保させることが必要である. 公共事業の実施に際しては,各事業主体者において 公共事業評価マニュアルを作成し,費用対効果分析を 中心とした「事業評価」を実施している. 主な事業における費用対効果分析マニュアルとその 概要を表-1に示す. ②再評価の実施 国土交通省では, 「国土交通省所管公共事業の事業 評価実施要領」 (平成13年7月9日)を策定し,公共 事業の評価時期を多段階に設定し,実施している. ・新規採択時評価(事前評価) 新規事業の採択時においては,費用対効果分析を含め た事業評価を行い,事業の投資効果や事業の実施環境を 視点として評価を行う.評価にあたっては,施設整備等 のハード面だけでなく,それ以外のソフト面も含めて幅 広い範囲から原則として複数案を対象として評価を行 う.ただし,対象事業の上位の事業計画において代替案 比較を行っている場合には,その成果をあてる等,効率 的な評価の実施に留意する. ・再評価(期中評価) 事業採択時から5年経過して未着工の事業,10 年経 過して継続中の事業等について再評価を行い,必要に 応じて見直しを行うほか,事業の継続が適当と認めら れない場合には事業を中止するもので,事業を巡る社 会経済情勢の変化,事業の投資効果やその変化,事業 の進捗見込み,代替案立案の可能性を視点として評価 を行う.評価にあたっては,事業を見直して継続する 場合や中止する場合の既設構造物等の扱いを検討し, 既投資額や中止に伴う追加コストの取扱いを明確にす る. ・事後評価 事業完了後に,事業の効果,環境への影響等の確認 と当初事業計画,事前評価と実際の状況との比較を行 い,必要に応じて適切な改善措置等を検討し,計画・ 評価手法等に関する新たな知見を得る.事後評価の結 果が当初見込みと違う場合は,その要因分析を実施し, 今後の公共事業評価に反映させるとともに,必要に応 じて評価手法の見直し等の対応を行う. ③アウトカム指標の導入 費用対効果分析では費用(インプット)と効果(ア ウトプット)を事業評価指標としたが,事業の目標を より明確にするためには,成果(アウトカム)に着目 した基本目標の設定が必要である.基本目標において 具体的な達成水準を示すことが困難な場合は,基本目 標に関連した計測可能な達成水準を具体的に示す達成 目標の設定を行うことで,より事業評価を分かり易く 説明することが出来る. 3)公共事業評価への新しい取り組み 公共事業の特徴として,計画から供用開始までに要す る時間が長く,供用後の耐用年数が長いということが挙 げられる.これより,事業の遅延や事業費の増大等によ る損失発生の予測,社会経済状況の変化や他の関連事業 の進捗等により当初想定の事業効果が十分に発揮され ないこと等を考慮して,リスク評価や感度分析により現 在の事業評価の妥当性を確認しておく必要がある. また,環境への関心の高まりと評価技術の進展に伴 い,経済統計で環境と経済の関係を明らかにする環境 資源勘定,計画段階はもとより政策段階をも含んだ戦 略的環境アセスメントの考え方を,積極的に事業評価 へ適用していくことも重要である. 2)情報公開と説明責任 15 表-1 費用対効果分析マニュアルの整備状況 事 業 名 マニュアル名 治水経済調査マニュアル(案) 河川事業 河川に関わる環境整備の経済評価の手引き(試案) ダム事業 砂防事業等 地すべり対策事業の費用便益分析マニュアル(案) 水系砂防対策事業の費用便益分析マニュアル(案) 急傾斜地崩壊対策事業の費用便益分析マニュアル(案) 土石流対策事業の費用便益分析マニュアル(案) 海岸事業 海岸事業の費用対効果分析手法(平成 9 年度版) 道路,街路事業 費用便益分析マニュアル(案) 道路投資の評価に関する指針(案) 道路投資の評価に関する指針(案)第2編 総合評価 土地区画整理事業 土地区画整理事業における費用便益分析(案) 土地改良事業 市街地再開発事業 港湾整備事業 空港整備事業 航空路整備事業 都市・幹線鉄道,鉄道防災 策定時期 H12.5 改訂 H11.3 H11.8 H12.3 H12.1 H11.7 H10.3 H10.6 H12.10 H13.4 H11.2 土地改良の経済効果 市街地再開発事業費用対効果分析マニュアル(案) 港湾整備事業の費用対効果分析マニュアル 空港整備事業の費用対効果分析マニュアル 1999 航空保安システムの費用対効果分析マニュアル 鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル 99 鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル 99 補足版 新幹線鉄道 新幹線鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル 99 航路標識整備 航路標識整備事業の費用対効果分析マニュアル 優良建築物等整備事業 優良建築物等整備事業・地区再開発事業の費用対効果分析 公営住宅整備事業等 公営住宅整備事業の新規採択時評価手法の解説 住宅宅地関連公共施設整備促 住宅宅地関連公共施設整備促進事業費用対効果分析マニュア 進事業 ル(案) 住宅市街地整備総合支援事 住宅市街地整備総合支援事業費用対効果分析マニュアル 業,密集住宅市街地整備促進 密集住宅市街地整備促進事業費用対効果分析マニュアル 事業,住宅地区改良事業等 住宅地区改良事業等費用対効果分析マニュアル(案) H9.3 H11.7 H11.5 改訂 H11.6 H12.3 H11.6 改訂 H12.3 H12.3 H11.6 下水道事業 都市公園等事業 H10.3 H11.12 下水道事業における費用対効果分析マニュアル(案) 大規模公園費用対効果分析マニュアル,小規模公園費用対効果 マニュアル 観光基盤施設整備事業 観光基盤施設整備事業における費用対効果分析マニュアル 観光基盤施設整備事業における費用対効果分析マニュアルの 補足について(観光地のバリアフリー化の整備について) 国土交通本省施設整備事業 運輸本省施設整備事業客観評価マニュアル 官庁営繕事業 官庁営繕事業に係る新規事業採択時評価手法 気象官署施設整備事業 気象庁「その他施設費」新規採択時評価マニュアル 海上保安官署施設整備事業 海上保安官署施設費に係る新規事業(通信施設関係事業を除 く)採択時評価マニュアル 海上保安通信施設整備の事業評価マニュアル 船舶建造事業 巡視船艇整備の事業評価マニュアル 測量船艇整備の事業評価マニュアル 注)事業名は各種事業評価実施要領に記載されている名称を適用 (出典:公共事業評価システム研究会資料,に加筆) 16 H11.4 H11.3 H11.1 H11.1 H11.4 H12.3 H12.12 H11.12 H13.8 改訂 H11.12 H11.12 H12.8 H12.7 H12.10 動学的なプロジェクト評価手法を検討した.ここでは 最も単純な事前・再評価システムを取り上げ,事前・ 再評価問題の構造を分析したものである.もとより, プロジェクトの事前・再評価システムは本研究で取り 上げたシステム以外にも多様なタイプが存在し,それ ぞれのタイプに応じた問題構造の分析が必要となるこ とは言うまでもない. 今後の研究課題を以下に示す. ①評価費用を無視できない場合,事前評価,再評価の 最適な見直し回数が存在する.この問題を分析するた めには評価費用を考慮した無限的視野を持つ多段階意 思決定モデルを開発することが必要となる. ②プロジェクトの最適分割の問題がある.特に,プロ ジェクトの部分的供用により便益が発生する場合,事 前・再評価問題の枠組みの中でプロジェクトの望まし い分割方法や着工区間の優先順位を決定することが必 要となる. ③現実には予算制約が存在するためプロジェクトを最 適タイミングで実施できるとは限らない.予算制約の 中で複数プロジェクトを採択するという現実的な問題 設定の中で事前・再評価をどのようにシステム化すべ きかという問題が残されている. ④プロジェクト価値のリスクを定量的に計測する方法 論を開発することが必要である.特に,プロジェクト の事後評価による知見を今後のプロジェクト評価に反 映させていくためには,この種の計量経済学的発展が 不可欠である. 4.事業評価手法のとりまとめ 事業評価手法を一般的に体系化することは,その適 用範囲が多岐にわたっていることから非常に困難であ る. 現時点において,既に多くの国・地方自治体の機関 から事業評価および政策評価の実施手順と実施手法が 公開されており,必要最小限度の事業評価の実施は可 能である. これらの状況を勘案し,本研究においては,今後の 事業評価において必要とされる “考え方” を紹介する. 1)事前評価と再評価 近年,公共事業の効率性やアカウンタビリティの向 上を目的とした体系的な公共事業評価システムの構築 が進められおり,公共事業の事前・再・事後評価制度 の導入が検討されている.時間軸上に沿って実施され る評価制度が相互に有機的に連携し,公共事業の動的 な評価システムとして効果的に機能するためには,各 評価制度間の整合性を担保しうる総合的な評価フレー ムワークを確立する必要がある. プロジェクトの事前・再評価問題では,プロジェク トがもたらす不可逆性を明示的に考慮することが必要 となる.一度,プロジェクトを実施すれば,投資費用 を事後的に回収できず,プロジェクト費用はサンク (sunk:埋没)する.この意味でプロジェクトの実施 は不可逆的な変化である.プロジェクト実施に再評価 機能を導入することにより,事前評価の時点に決定し た結果を再評価時点で獲得した新しい情報に基づいて 変更することが可能となる.再評価時点でプロジェク トを中止すれば,過去に投資したサンク費用を回収で きない.このように再評価機能の導入により,プロジ ェクトの不可逆性を部分的に回避することが可能とな る. プロジェクトの実施に関する意思決定は複数の時点 で実施することが可能である.しかも,事前・再評価 を導入した場合,将来の再評価の時点でプロジェクト が中止される可能性があることを考慮しながら,プロ ジェクトの実施のタイミングを決定する必要がある. しかし,伝統的な費用便益分析はプロジェクトの選択 を現時点以外にはできない(その時点でプロジェクト 実施が棄却されれば,未来永劫プロジェクトは実施さ れない)という now-or-never 原則に基づいている. now-or-never 原則に基づく費用便益分析では,プロジ ェクトの再評価や実施タイミングの決定を十分に検討 できず,事前評価・再評価の動的な関連性を考慮した 評価システムを開発することが必要となる. 本研究では,プロジェクトの事前・再評価問題にリ アルオプション理論を導入し,事前・再評価間の動学 的な関連性とプロジェクトの不可逆性を考慮に入れた 2)インフラ会計 わが国では明治期以来,各種のインフラストラクチ ャ(以後,インフラと略す)が整備され,国土の保全, 産業活動の基盤,生活環境の質的向上など多側面にわ たって国民経済の発展に多大な貢献を成し遂げてきた. 戦後,急速に整備されたインフラの中には,新しい時 代の要請を担うべく,質的・機能的な改良・更新が必 要とされているものも少なくない.同時に,老朽化に 伴うインフラの維持・更新需要の増大が予想される. 急速な高齢化や財政難の中で,インフラの機能を維 持・向上するためには,新規の整備と維持・補修を総 合的にとらえたインフラ整備戦略とそのマネジメント 手法の確立が求められている. 周知のとおり,米国においてはインフラに対する不 十分な維持・管理が原因となって,1980 年代にインフ ラの急速な老朽化と荒廃が至るところで発生した.連 邦政府による一連の調査・研究により,その機能維持・ 向上に取り組む姿勢を明確化し,さらにその後,イン フラの生産性に関する研究蓄積と相まって,90 年代に おいてマクロな視点からもインフラの整備に関する議 論が展開されてきた.これらの検討に際しては,イン 17 フラのストック量の把握とその評価が重要となってい ることは重要な視点といえる. さらに近年では,行財政改革の一環として,公的部 門運営に対する民間的経営手法の導入,市場メカニズ ムの活用等いわゆる NPW(New Public Management)の 観点から,種々のマネジメント手法が導入されつつあ る 3)-5).財務会計・管理会計)など企業会計の理論と 手法がインフラ整備・管理の分野にも見られるように なっている.こうした議論の中では,民間企業と異な り,保有する資産の大きさやその機能発揮の長期性・ 広域性などから,ストックとしてのインフラを公的な 会計システム内で如何に認識・把握・測定するのかと いう問題が指摘されており,理論・実務両面にわたり 精力的な検討がなされつつある. 本研究では,インフラのストックデータの作成・管 理・活用を「インフラ会計」として体系化する方法論 構築に向け,その現状と課題を整理する.インフラの 整備・運営管理のための会計的情報整備の目的として は,1)アカンタビリティの確保と検証,2)資源の 効率的な管理のための意思決定・事後評価のための情 報提供,3)インフラのアセットマネジメントのため の情報提供,4)経済統計整備への貢献,等が挙げら れる. 企業会計上,会計手続として広く適用されている手 続は, 「実務の中に慣習として発達したものの中から, 一般に公正妥当と認められるものを帰納・要約したも のである」といわれるものであり,中には純粋会計理 論とは合致しないものもある.また,会計手続は目的 適合性が重視される.たとえば,企業会計の実務は会 社清算時には適用できないものもある.インフラ会計 については,今後,その目的に応じて一般に公正妥当 と認められる手法が帰納要約されていく段階であり, 今後の議論の発展が望まれる. 本研究では,インフラ会計の目的とその基本的考え 方について考察した.その結果,会計という極めて実 務的・実践的な体系的方法(論)は,インフラのアセ ットマネジメントの観点からは,想像以上に適用可能 性を秘めていることを明らかにした.会計学・経営学・ 行政管理学・経済学の分野で急速に進展する理論展開 とともに,具体的な方法論の提案と実践によるフィー ドバックも不可欠である.今後とも関係者によってこ うした取り組みが進展することを期待したい.なお, PFI 会計やプロジェクトファイナス会計に関しては, 言及することができなかった.インフラ会計における 監査の役割など残されたテーマも多く,今後の課題と する. 3)環境会計 会計によってカネの動きを把握することには,二つ の目的がある.一つは企業なり地域なりの集団を管 18 理・運営していく意思決定情報を得ることである.も う一つは,その集団外の関係者に対して正しい情報を 提供することである.前者を内部機能,後者を外部機 能と呼ぶ.マクロ会計(勘定)にしろミクロ会計にし ろ,内部機能として自分たちの意思決定に役立つと同 時に外部機能として他者の意思決定に役立つことが求 められるのである. もちろん元となる情報は一つだが, 内部機能と外部機能を同一の会計で発揮する必要はな い.企業の場合,内部機能を受け持つ「管理会計」と 外部機能を受け持つ「財務会計」を両備することにな るが,財務会計は企業間比較や業界間比較のような他 者との比較可能性が求められるため,基本的なフォー マットが法律で定められている.これには取引先との 関係に立脚する「商法会計」 ,出資者との関係に立脚す る「証取法会計」 ,そして納税に関係する「税務会計」 の3つがある. 一方で, 社会情勢や国民意識の移り変わりに伴って, 企業や集団に対する世間の要請も時とともに変化して いくため,この3種類の会計だけで企業や集団のすべ ての情報を伝えきれるものではない.そこで,法律の 定めによらず柔軟にその他のフォーマットによって貨 幣資本の動きを記述することも場合に応じて必要とな る.これを情報会計といい,前記3種類をまとめた「制 度会計」と区別される.つまり,債権者・投資家・課 税当局以外の利害関係者に対する情報開示を目的とす る場合には情報会計が登場することになる.環境会計 はこの情報会計の一つである. 現行の日本企業(公企業も含む)で採用されている 環境会計の大部分は環境省ガイドラインにのっとって いる.企業間比較や年度間比較をする際に,同一フォ ーマットでまとめられていることは大きな利点となる. しかし,現ガイドラインの形式には問題点もある.と くに,公会計への導入を企図した場合にネックとなり うる項目は多い. まず,環境省ガイドラインが基本としている「目的 基準」 は公会計あるいはマクロ会計には応用しがたい. マクロ会計の場合は地域に生じたあらゆる環境影響を 網羅することも大切なので,目的外に生じた効果や影 響も記述すべきである.ただし,そうなると対象の抽 出作業が膨れ上がることになる. 次に, フローに比べてストックの観点が欠けている. 企業間比較を目的にしたのでやむをえないことかもし れないが,環境問題において決定的に重要なのはスト ックの蓄積である.ストックの量だけでなく質も記述 できる体系であるべきである.質を評価するには,潜 在自然状態からのずれ,あるいは動的平衡状態との差 などの評価基準が必要となろう.環境保全効果では基 準時点(原則として前期間)との差(比)をとること となっているが,対策の有無による比較も検討されて よい.フロー効果が逓減していくような対策は不利な 評価を受けることにも注意しなくてはならない. ガイドラインでは除外されている正負の外部効果も 必要である.現在の体系では費用が発生しないかぎり 計上しないことになっており,公共政策としては不十 分である.企業の場合,外部効果を意思決定に取り入 れることは原則としてありえない.あるのは,消費者 や取引相手が外部効果の関係者となり,購入行動など に影響がもたらされた場合のみである.その場合,外 部効果は市場での行動に内部化される.事業の一部が 環境ビジネスであるような場合には概念上の区分に微 妙な問題が生じる.環境ファンド,環境ブランドによ る利益,あるいはグリーン購入が安上がりだった場合 など,通常の利益追求活動と重なった場合に環境会計 で明示的に取り上げるかどうかは判断の分かれるとこ ろである.また,多数の活動主体が関係するマクロ会 計において外部効果を計上すると,二重計算や相殺と いった別の問題が生じる可能性もある.投入資源の削 減は, その資源の生産主体からみれば売上減少になる. ガイドラインが対象としている環境負荷項目は,公 害対策,地球温暖化,リサイクルと偏っており,時代 に応じた,また地域の実情に応じた項目が大幅に加え られるべきである.また,将来新たな社会の関心事が 生じたときには柔軟に対応しなくてはならない.公共 政策としては,自然度の高い土地利用,レクリエーシ ョン機会,外来種の排除などといった項目が現在でも 必要であろう.この点では各企業の取り組みは環境省 の先を行っているようである. 公会計一般にいえる単年度集計の弊害にも気を使う 必要がある.とくに環境影響は長期にわたるものもあ り,単年度のみで収支を比較して意思決定することは できるだけ避けたい.松下電器の見せた累積投資に対 する集計がそのヒントになる. 金額換算には多くの課題点がある.最も頻繁に使わ れる二酸化炭素排出量の換算において,各企業の間に も単価に大きな差がみられたし,同一企業内でも毎年 試行錯誤している様子もみられた.まず曖昧な値を使 っていることを明確にし,少なくとも複数の単価を適 用して結果に幅をもたせるべきではないか.また自然 環境の効果測定に CVM を用いるのは,量-効果関係に 反応が鈍いという手法の特徴からいっても十分な注意 が必要である.そもそも個人の支払意思額は情報量に 応じて大きく変わることが CVM 研究の中でも示されて おり,時とともに大きく変化していくものである.ま た,電力エネルギーの削減を貨幣換算している例も多 くみられるが,電気代節約の効果としては平均価格で よいが社会的効果には限界価格を用いるべきであろう. 最後に,企業の環境対策はあくまでも既存の規制や 法制度を基準としていることを忘れてはならない.規 制や法制度がより厳しくなる可能性は制度リスクとし て経営判断の中で考慮されるべきことではあるが,環 境経営が長期的に企業の存続可能性を高める根拠の一 つがここにある.公共セクターは逆に制度を変更する 立場にあるため,より慎重かつ長期的な視点に立たな くてはならない. 5.まとめ 本研究の目的は「事業評価手法の体系化」であり, 成果として「事業評価手法手引き」の作成を念頭に検 討を行った.社会資本整備に係る事業範囲が多岐にわ たっており,業により得られる便益は広範囲に及ぶこ とから, 体系化と手引きの作成までには至らなかった. (網羅的な知識の集大成という意味であれば,本報告 書に収録した「まちづくり地域づくりを考える-社会 資本整備の新機軸-」 (仮題)の「第5章 公共事業に おける説明責任と合意形成」が,業評価手法の体系化 と手引きに相当する. ) しかしながら,本研究において得られた多くの知見 は,今後の事業評価あるいは政策評価の各場面におい て必要とされる新たな方向性と評価技術を包括してい ると確信している. 一般的な,あるいは形式的な事業評価手法と評価手 順は,当該事業の所轄官庁より提示されている.した がって,建設コンサルタントの技術者においては,よ り専門的な立場からの総合的な評価・検討が必要とさ れている. 本報告書が, その一助となれば幸いである. なお,本研究の実施にあたっては社内の技術者はも とより,京都大学小林教授,岐阜大学高木助教授,東 京大学白川助手らとの議論により多くのご示唆を戴き ました.ここに,感謝の意を表します. ■要約:社会資本整備に係る事業評価は,単に事業の効率性・妥当性の評価だけではなく事業間の優先 順位決定に必要とされる.しかしながら,社会資本整備に代表される公共事業の実施においては,地 球環境問題や地域平等性の課題を考慮すると,単に費用対効果の比較ではその事業の優越を論議する ことは困難である。本研究では,事業評価手法の現状と課題を整理し,今後必要とされる評価手法へ の新たな技術的提案を行った. ■キーワード:事業評価手法,事前評価,再評価,環境会計,インフラ会計 19
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