岐 歯 巻 号 年 学 ∼ 月 誌 IH(Induction Heating)ヒーターの補綴臨床における有用性 原 著 IH(Induction Heating)ヒーターの補綴臨床における有用性 眞 岡 知 史 岩 堀 正 俊 苦 瓜 明 彦 瀧 田 史 子 東 野 嘉 文 渡 邉 一 弘 都 尾 元 宣 Clinical Usefulness of IH Spatula Warmer in Prosthetic Treatment SANAOKA SATOSHI, IWAHORI MASATOSHI, NIGAURI AKIHIKO, TAKITA FUMIKO, HIGASHINO YOSHIFUMI, WATANABE KAZUHIRO and MIYAO MOTONOBU 現在,診療・技工時において,WAX はなくてはならない歯科材料である.一般的には,ガス式の加熱用 バーナーでインスツルメントを加熱し,使用する.しかし,火災や火傷の危険性があり,排熱・燃焼排気に よる職場環境の悪化も考えられる.IH スパチュラウォーマー(IH)は,電磁誘導を利用してインスツルメ ントを加熱する.そのため安全性に優れ,排熱・燃焼排気がなく,クリーンな環境を保つことができる.そ こで,本研究では,① IH の電磁誘導範囲の検討,② IH と火炎でのインスツルメントの温度上昇の比較を 行った.電磁誘導範囲は中心から ∼ mm の位置が最も広く,クレーター状を示していた.インスツルメ ントの形が大きい場合には IH による温度上昇は火炎と近かったが,小さい場合では温度上昇は緩やかで あった.IH 特性を理解して使用することで従来からのガスバーナーと同様にスパチュラを加熱できること が示唆された. キーワード:IH ヒーター,電磁誘導 Key words: IH spatula warmer, electromagnetic induction 緒 言 現在,診療・技工時において,WAX はなくてはな らない歯科材料であり,操作は裸火を用いるガス式の 朝日大学歯学部口腔機能修復学講座歯科補綴学分野 ― 岐阜県瑞穂市穂積 加熱用バーナーでインスツルメントを加熱して用いる のが主流である.しかし,それには,火災や火傷の危 険性があり,排熱・燃焼排気による職場環境の悪化も 考えられる. 1851 (平成 年 月 日受理) ― バーナー以外の加熱方法として, 年代には,温度 制御の付いた電気インスツルメント ∼ ) が開発され, 心より,垂直方向に mm,水平方向に mm の範囲 で,垂直方向には .mm 間隔,水平方向には mm 最近では,インスツルメント部分の発熱がほとんど起 間隔で計測した(図 きず,火傷などの危険性が低いとされている超音波 により通電時にブザーとランプで通電状態を表示す ) .なお,本機はマイコン制御 ワックスペン )なども開発されている. る.このことから, mm の位置から音が鳴るまで, 今回検証する IH スパチュラウォーマー(以下,IH 鉄棒を IH に近づけていき,音が鳴った位置を通電開 と略す) ,は電磁誘導を利用してインスツルメントを 始点,そこから遠ざけていき無音となる位置を切断点 加熱するので安全性にも優れ,排熱・燃焼排気がな とし,この く,クリーンな環境を保つことができる.また,使用 回計測を行い,その平均を値とした. 台の IH にて同様の実験を行った(IH とがあげられる.しかしながら歯科用インスツルメン サンプルの直径( インスツルメントの温度上昇に影響を及ぼす範囲につ ,IH ) . 結果の処理 らない. そこで,まず,歯科用 IH の電磁誘導範囲を測定し 点につき, また,IH の製品間での差の比較を検討するために, 時のみ通電・即熱できるため経済性にも優れているこ トに対する IH の熱伝導特性についての報告は見当た 点間を計測した.また, mm, . mm, mm) ,開切 点(開始点,切断点) ,サンプルを置いた位置である, 中心からの水平距離( ∼ mm で mm 間隔の 条 いて検討した.次にその結果をもとに,効率的に誘導 件)の 加熱が行われる位置を知るため,トッププレートから の の水平及び垂直距離の違いによるインスツルメントの 施した.そして,交互作用が有意であった場合には, 温度上昇の比較及び,火炎との比較について検討した その交互作用を特定するために,より低次の分散分析 元配置( × の測定条件で × )分散分析を実 (場合によっては,t 検定)を実施した.また, ので報告する. 準以上の要因(サンプルの直径が 実験方法 実験 要因の組み合わせによる計 要因による 距離が 水準)に,有意な主効果が認められた場合に は,Tukey 法による多重比較を行った(p< . ) . :IH 通電可能範囲の測定 実験 .実験材料 IH ヒーターとして,IH(東芝ホームテクノ) (図 を用いた.被験試料には ) 種類の鉄棒,直径 .mm, . mm, .mm(以下,サンプル 水 水準,中心からの , , とする) :IH によるインスツルメントの温度上昇の測 定 .実験材料 IH と比較対照としたガスバーナー APT Ⅱ(フェ ニックスデント)(以下,ガスバーナーと略す)を用 を用意した. いた.被験試料には, .実験方法 IH と試料の正確な位置を測定するために読み取り 種類のワックススパチュラ# , # A(デンテック)(図 )を用いた. 顕微鏡に IH を固定し,鏡筒部にサンプルを固定し .実験方法 た. IH からの垂直的な距離による温度上昇の比較で 通電可能範囲の計測は,IH のトッププレートの中 は,実験 と同様に IH と試料の正確な位置を測定す るために読み取り顕微鏡に IH を固定し,鏡筒部に ワックススパチュラを固定した. 図 IH スパチュラウォーマー 図 実験 測定方法 IH(Induction Heating)ヒーターの補綴臨床における有用性 図 ワックススパチュラ# ,# A および熱電対固定 位置 試料とした, ワックススパチュラに,シートカップル(チノー) と熱電対を確実に固定し,パソコン用データ凝集シス テム,ソフトサーモ(テクノ・セブン社製)と PC に て .秒間隔で温度測定を行った. IH 中心から水平方向に mm の位置にワックスス パチュラを固定した.また,# は,A 点,B 点,C 点,# A は,D 点,E 点(図 )にシートカップル を固定しトッププレートから垂直方向に mm, mm の mm, 点の計測をセンサーが作動し通電が 終了するまで行い,効率的な温度上昇を示す,垂直的 な位置を計測した. ガスバーナーは,還元炎で ℃に到達するまで加 図 熱を行い,IH と同様に測定し比較した. 結 果 IH での開始点,切断点 mm の位置が最も電磁誘導加熱範囲が広域であること を示している. 実験 に示す.全体的にはサン これらの IH のデータに対して,分散分析を実施 プルを中心に近い位置に置いたほど,プレートから高 したところ,サンプルの直径,開始点・切断点,中心 い範囲まで電磁誘導が生じているが,周辺部では低い からの位置の主効果はすべて有意であった(表 範囲でのみ電磁誘導が起きていた.また,通電開始点 交互作用に関しては,直径×位置だけが有意であった は,切断点よりトッププレートに近かった. すなわち, (p< . ,図 中心からすべての水平位置で通電開始点よりも,切断 れにおいて,サンプル間の差を分散分析(一元配置) 点のほうが高い位置まで,電磁誘導が生じていた.全 で確かめた.中心からの水平距離が IH での測定結果を図 ) . ) .そのため, か所の位置それぞ mm, mm, てのサンプルで,中心から mm の位置まで,開始点 と切断点との差は,ほぼ等間隔であった.図 プル , , のサン を見比べると,大きなサンプルほど, 高いところまで電磁誘導が生じている. 中心からの水平的距離を比較すると,すべてのサン プルで, mm の位置で,最も高くまで電磁誘導が生 じていた.即ちサンプル では,通電開始点 .mm, 切断点 . mm.サンプル では,開始点 . mm, 切断点 .mm.サンプル でも,開始点 . mm, 切断点 . mm であった.このことは,中心から 表 電磁誘導範囲(計測結果)の分散分析の結果 mm の位置で . mm,切断点の 最 高 値 は, の位置で . mm だった.サンプル 切断点ともに では,開始点, mm の位置で開始点 . mm,切断 点 . mm だった.サンプル 点ともに mm では,開始点,切断 mm の 位 置 で . mm,切 断 点 .mm だった. IH のデータに対して,分散分析を実施したとこ ろ,サンプルの直径,開始点・切断点,中心からの位 置の主効果すべて有意であった.交互作用に関して は,直径×位置と開切点×位置において有意であった 図 IH における各サンプルでの通電範囲の平均値 (表 ) .直径×位置においては IH 行 っ た と こ ろ, mm, と同様の処理を mm, mm, mm, mm の位置でだけ有意差が得られた.つまり,中心 mm,以外の位置で有意差が得られた(p< . ,図 から少しだけ離れた位置では,サンプルの直径による ) .また,IH とは異なって開切点×位置に交互作 通電範囲の違いが顕著であった. IH での測定結果を図 用が見られたが,それについては次項で述べる. IH と IH を比較するために, に示す.IH とほぼ同じ 元配置での分散 ような結果が見られたが,中心からの位置の間を比べ 分析を行った(表 てみると,IH にはなかった,サンプルによるばら 点・切断点,中心からの位置の主効果すべて有意で つきがあり,サンプル では,開始点の最高値は, 図 表 図 )ところ,サンプルの直径,開始 IH での開始点,切断点 IH における各サンプルでの通電範囲の平均値 元配置での電磁誘導範囲(計測結果)の分散分析 の結果 IH(Induction Heating)ヒーターの補綴臨床における有用性 あった.交互作用に関しては,IH×直径,直径×位 の温度上昇の比較(図 , )では A 点では IH が火 置と開切点×位置において交互作用が見られたが,IH 炎より若干温度上昇の始まりが遅いが,上昇し始める ×開切点×位置において交互作用は見られなかったの と, で,開切点×位置において,IH 間に差は見られない は,火炎より IH の方が温度上昇が速かった.D 点で と思われる.IH×直径に交互作用が見られたのでサ は火炎に比べ IH の方が緩やかな温度上昇を認めた. ンプルの直径により IH 間で差がみられた. C,E 点については,どちらも,ほぼ温度上昇は起き 実験 なかった. 度までは近似した温度上昇を認めた.B 点で 使用頻度の高いワックススパチュラ A,D 点での トッププレートからの垂直距離の違いよる温度上昇 (図 , )に見られるように,どちらのワックスス パチュラでもトッププレートに近いほうが,温度上昇 が速く,通電切断時の温度も高かった. IH とガスバーナーにおいてのワックススパチュラ 図 A,D 点でのトッププレートからの垂直距離の違い よる温度上昇(# ) 図 A,D 点でのトッププレートからの垂直距離の違い よる温度上昇(# A) 図 IH とガスバーナーで加熱した場合のワックススパ チュラ# の各点の温度上昇の比較 図 IH とガスバーナーで加熱した場合のワックススパ チュラ# A の各点の温度上昇の比較 考 れる範囲が大きいため,電気抵抗を起こしている範囲 察 も大きくなり結果的に電磁誘導が起こりやすいものと 歯科診療および技工では,歯科用ワックスの使用が 必要不可欠である.その操作は,ワックススパチュラ 思われる. トッププレートからの垂直距離による温度上昇で を火炎で加熱して行うが,排熱,燃焼排気による環境 は, 汚染や火傷などの可能性がある.しかし,IH は電磁 スパチュラの加熱に適していると思われる. mm の位置が最も効率的な温度上昇が得られ, 誘導を利用してインスツルメントを加熱し,使用時の 火炎との温度上昇の比較では,# のように面積の み通電・即熱できるため,環境問題の排除や安全性に 広いスパチュラでは火炎と同様に使用できると思われ 優れている. るが,# A の様に面積の狭いスパチュラでは電磁誘 近年では,熱伝動性の良い金属に直接電流を加え ∼ ) 導が起こりにくく温度が上がりにくいと思われる.ま や た,B,E 点ではガスバーナーよりも温度上昇するこ 超音波インスツルメント )などの開発が行われている とから,スパチュラ全体での熱量は火炎と同等である が,これらは専用のインスツルメントを使用しなけれ 可能性もある.そのことから,IH ではスパチュラ先 ばならない.しかし,IH を使用することにより,従 端以外の温度上昇が火炎より起こりやすいと思われ, 来のインスツルメントを使用することができ,今まで 操作に注意を要すると考えられる. て,ワックスを操作する電気インスツルメント と同様の手技でワックスを操作することが可能と考え られる. 電磁誘導は,変圧器などの身近にある電気機器に広 結 論 トッププレートの中心より,水平的に ∼ mm の く応用されている現象である.導線に交流電流を流す 位置が最も電磁誘導加熱範囲が広域であり,円の外周 と,その周りに向き,強度の変化する磁力線が発生す に近づくにつれて狭まった.温度上昇の比較では,垂 る.その近くに電気を通す物質(金属)を置くと磁力 直的にはトッププレートに近い程温度上昇の効率が上 線の影響を受けて,金属の中に渦電流が流れる.金属 がり,火炎との比較では,大きいスパチュラは火炎と には通常電気抵抗があるため,金属に電流が流れると 近い温度上昇を描き,小さいものでは火炎と比べて緩 電力=電流 ×抵抗分のジュール熱が発生して金属が やかな温度上昇を認めた.IH 特性を理解して使用す 加熱される.この現象を誘導加熱という ).効率を上 ることで従来からのガスバーナーと同様にスパチュラ げるため,導線をコイル状にするのが一般的である. を加熱できることが示唆された. IH は,内部に存在するコイルの電磁誘導と鎖交磁束 を利用して,金属であるスパチュラを加熱する.通常 の誘導加熱ではコイルの真中に金属を置くが,IH の 場合は構造上コイルの上に金属が置かれる. IH では,全てのサンプルで中心から mm の位 置が最も通電可能範囲が広域であり,その後は中心か ら離れるにつれ狭くなる,すなわちクレーター状とな ることが分かった.IH では,サンプルにより若干 の差がみられ,製品間に若干の差があることが示唆さ れた. 開始点にインスツルメントが至るまでは誘導加熱は 行われていないはずだが,一度電磁誘導が始まると, 切断点の位置まで誘導加熱が行われているので,切断 点の内側にインスツルメントを放置することは好まし くないと思われる.また,中心から水平方向への距離 mm までは開始点と切断点の差がほぼ等間隔であっ たのは,この範囲の中では,効果的に誘導加熱が行わ れているからだと思われる. サンプル の電磁誘導範囲がサンプル , よりも 大きかったのは金属の面積が大きいほうが渦電流の流 文 献 )加藤雅司,吉野光亮.電気インスツルメントによるワッ クスアップをマスターするペリカンテクニック入門 ( ) .歯科技工. ; : ― . )加藤雅司,吉野光亮.電気インスツルメントによるワッ クスアップをマスターするペリカンテクニック入門 ( ) .歯科技工. ; : ― . )加藤雅司,吉野光亮.電気インスツルメントによるワッ クスアップをマスターするペリカンテクニック入門 ( ) .歯科技工. ; : ― . )加藤雅司,吉野光亮.電気インスツルメントによるワッ クスアップをマスターするペリカンテクニック入門 ( ) .歯科技工. ; : ― . )加藤雅司,吉野光亮.電気インスツルメントによるワッ クスアップをマスターするペリカンテクニック入門 ( ) .歯科技工. ; : ― . )寺島伸佳,吉田貴光,洞沢功子,永沢栄,伊藤充雄. 超音波ワックスペンの開発.日本歯科産業学会誌. ; : . )原康夫.基礎からの物理学.東京;学術図書出版社; : ― .
© Copyright 2024 Paperzz