[アイディ英文教室 新連載] 『誤訳の構造』を読む 2010.7 月号 柴田耕太郎 第2回 時間をかけて、英語読解指導書の白眉である『誤訳の構造』(中原道喜、聖文新社)を点検 してゆく。 実に難しい本で、私も最初自分の出来の悪さを棚に上げ「重箱の隅をほじくるような品 のない本だ」と思い、途中で放り投げた。あるとき気になって再読し始めると、これが実 にすばらしい。自分が知らなかったこと、教わらなかったこと、がどんどん出てきて、完 読したらそれまで曖昧な理解であったものも、目から鱗が落ちるようにくっきり見えるよ うになった。 是非当コラムの読者にも読んでいただきたいが、奥が深く、一人で読み通すには相当な 忍耐力がいる。そこで主に、著者が自明として端折っていそうなことで、英語中級者以上 に裨益するであろうと思われる事柄を、補足する形で筆を執ってゆく。 構成は、原文、既存訳(下線部が主な間違い)、中原の解説、柴田の補足、の順。本稿だけ でも意味が通るようにするつもりだが、『誤訳の構造』を手元において、読みながら本補 足を参照して下さると、学習の効果が一層上がるだろう。 (凡例) 下線:中原が訳に問題ありとした箇所 →:正しい訳(中原の訳に少し手を加えた部分もある) 「先行詞」:先行詞 [カッコ] {カッコ} (カッコ):修飾語句、対立語句などの塊り(大、中、小の順) 斜体:連語 / :区切り :主要語(SVOC など、文の要素) 1 アイディ英文教室 一 新連載] 2010.7 月号 名詞 1 Vanity is one of those touches of Nature that make the whole world kin. From the Indian hunter, proud of his belt of scalps, to the European general, swelling beneath his row of stars and medals; from draggled-tailed little Polly Stiggins, strutting through Seven Dials with a tattered parasol over her head, to the princess, sweeping through a drawing-room, with a train of four yards long. 虚栄心は全世界の人を同類にする人情の一つなのだ。頭皮の帯を自慢している北米土人 の狩人から、ずらりと勲章やメダルをつり下げて内心得意になっているヨーロッパの将軍 まで―ぼろぼろの日がさをさして、セブン・ダイアルの貧民街を気取って流し歩くお引き ずりのかわいいポリ・スティギンズから、4 ヤードも続くお伴を従えて堂々と広間をお通り になる王女まで。 →ドレスのすそを 4 ヤードも後に引いて広間を通っていくお姫様まで [柴田の補足] Ⅰ 構文 分析 Vanity is one of 「those touches of Nature」 (that make the whole world kin). From the Indian hunter(, proud of his belt of scalps,) to the European general(, swelling beneath his row of stars and medals);/ from draggle-tailed little Polly Stiggins(, strutting through Seven Dials with a tattered parasol over her head,) to the princess(, sweeping through a drawing-room,) with a train of four yards long. Ⅱ 単語 those:先行詞が始まり、後に関係詞が来るのを予告する印。単数名詞の前では that になる。 the の強調形と考える。「あれ」「あれら」との指示性はないのが普通(ここもそう)だが、 指示性が感じられる場合は、「あれ」「あれら」としてもよい。 例:She smiled with that look of motherly tenderness which is natural to all women. 全ての女性に備わっている(あの)母性的な優しさを顔に表して彼女はにっこり笑った。 touch:筆致、筆遣い Nature:(N が大文字で固有名詞化)造物主 kin:(n)血族 (a)同類で 2 アイディ英文教室 新連載] 2010.7 月号 the Indian hunter:アメリカ・インディアンの狩人(インド人でなく) swell:(自動詞)得意になる beneath:(前置詞)の(力の)下に stars and medals:星章と徽章 *将軍の位は星章で示す。准将☆ ☆ 少将☆☆ 中将☆☆☆ 大将☆☆☆☆ 元帥☆☆☆☆ 例:the general with three stars:中将 ;:前後を比較・対照する印 draggle-tailed:裾を引きずって汚した Polly Stiggins:娼婦の異称か?どなたかご教示願いたい。Polly=Molly で、Mary の愛称 strut:気取って歩く through:貫通を示す Seven Dials:ロンドンにある貧民街 tattered:ぼろぼろの sweep:(1)(他動詞)を掃除する (2)(自動詞)颯爽と進む、のうち(2) train:裳裾 four years long:長さ 4 ヤードの(long は形容詞で「長さ の」) 中原によ る(参 考) の箇所 Prince of Wales, 32, and Lady Dianna Frances Spencer, 20, was the “stuff of which fairy tales are made”. (元の文は“stuff …… made.”となっているが、訂正した) それに対する柴田の追記 Prince of Wales:英国皇太子の別称。Wales は England から見れば外地であり、その外地 の君主がイングランドの次代の王になるのを示すことで、ウエールズの人心を慰撫するも のといわれる。イングランド王エドワードⅠ世が 1301 年にウェールズ征服後、子息に与え た称号。 Prince:(1)皇太子=prince royal (2)王統の血筋の濃い者 (3)中世の独立的諸侯(Prince of Wales: ウエールズ公。Prince Shimazu:島津公) (4)外国の高位の貴族(Prince Bismarck) (5)小国 の君主(Prince Rainier of Monaco:モナコ公国レーニエ大公) Lady:公爵、侯爵、伯爵の令嬢の尊称 Frances:女性名。男なら Francis 3 アイディ英文教室 新連載] 2010.7 月号 2 He was aware that the sun shone brightly, the sky was blue, but the big swell of the apartment house, heavyweight vaselike baroque, made him feel that the twelfth-story room was like a china cabinet into which he was locked, and the satanic hen-legs of wrinkled yellow clawing his papers made him scream out. 太陽はさんさんと輝き、空は蒼い色を見せているとわかってはいても、重量級の花瓶の ようなバロック様式のアパートの広大な広がりのおかげで、十二階の部屋は中国製の用箪 笥そのままで、自分はその中に閉じ込められているような気持ちに襲われたし、しわのよ った黄色の悪魔的な鶏の脚が自分の書類をひっかいたりしていると、彼は悲鳴を上げさせ られもした。 →十二階の部屋は陶器棚そのままで、自分はその中に閉じ込められている [柴田の補足] Ⅰ 構文 分析 [He was aware {that the sun shone brightly, the sky was blue}], but [the big swell of the apartment house(, heavyweight vaselike baroque,) made him feel {that the twelfth-story room was like a china cabinet into (which he was locked),}] and [the satanic hen-legs of wrinkled yellow clawing his papers made him scream out]. Ⅱ 単語 be aware of/ that: に気付いている swell:膨張 baroque:(n)バロック様式(の作品) feel that: だと思う china:磁器 wrinkled:皺の寄った claw:を爪で掴む scream out:絶叫させる 中原によ る(注 意) の箇所 と柴田 による 追記 (2)Let’s go Dutch. 4 アイディ英文教室 新連載] 2010.7 月号 go:=become(不完全自動詞) Dutch:(形容詞)オランダ式 (3)It’s Greek to me. Greek:(u)訳の分からない言葉 (4)Indian summer 晩秋のこと 3 I sat down on a bar-stool and faced the room. I did this so that I could look at the women. I settled back with my shoulders against the bar-rail, sipping my Scotch and examining the women one by one over the rim of my glass. わたしはバーのスツールに腰をおろして部屋のなかを向いた。女たちを観察するためで ある。カウンターに背をあずけて、スコッチをちびりちびりやりながら、眼鏡の縁ごしに 女たちを一人ずつ品定めした。 →グラスの縁ごしに女たちを一人ずつ品定めした [柴田の補足] Ⅰ 構文 分析 I sat down on a bar-stool and faced the room. I did this (so that I could look at the women). I settled back with my shoulders against the bar-rail(, sipping my Scotch and examining the women one by one over the rim of my glass). Ⅱ 単語 bar-stool:バーの高い丸椅子 face:(他) に面する settle back:椅子にゆったりと凭れる with: と接して bar-rail:横木、手すり glass:眼鏡 5 アイディ英文教室 新連載] 2010.7 月号 4 He lived … in a fine house …, which he had left to the school in his will. 彼は 美しい家に住んでいた。この家は彼の意志で学校に寄贈したものだった。 →彼の遺言書により [柴田の補足] Ⅰ 構文 分析 He lived … in a fine house …,( which he had left to the school in his will.) Ⅱ 単語 中原のコ メント : 「自分の意志で」という意味ならば前置詞は by でなければならない。in one’s will の場合 は「遺言で」の意であり、校長である 彼”は、自分が死ねば、住んでいる邸宅が学校に寄 贈されることになることを、あらかじめ遺書に記していたのである。 柴田の疑問: in one’s will の「自分の意志で」(ジーニアス英和)とあるが、どうなのだろう? 「遺書」だと「死ぬ時の書き置き」になってしまって、まづいと思う。「遺言書」に直し たい。 中原によ る(参 考) の箇所 She had been amazingly altered, they felt, by a course in Animal Behavior she had taken with old Miss Washburn (who had left her brain in her will to Science) during their junior year. それに対する柴田の追記 (taken) with:管理をあらわす with( の元で、 のところで) junior year:大学の 3 年生。短大であれば 1 年。高校なら 2 年(つまり卒業学年の一つ前の 学年のこと)。四大では、1 年が freshman、2 年が sophomore、3 年が junior、4 年が senior 5 6 アイディ英文教室 新連載] 2010.7 月号 Time and experience have demonstrated pregnancy as the single health condition which is best left to nature alone. 長い時間と経験が、妊娠は自然のままに放置するのが最も望ましい健康な状態であるこ とを教えております。 →健康(の)状態 [柴田の補足] Ⅰ 構文 分析 Time and experience have demonstrated pregnancy as the single 「health condition」 (which is best left to nature alone). Ⅱ 単語 pregnancy:妊娠 single:唯一の best:ここでは文修飾 leave:任せる alone:(形容詞)前の名詞に掛かって「ただ なだけ」 中原によ る(解 説) の箇所 このような「名詞+名詞」の表現と「形容詞+名詞」の表現は、たとえば次のような場合 において、意味の違いを正しく区別しなければならない: violence measures (名+名)「暴力対策」 violent measures(形+名)「過激な対策」 それに対する柴田の追記 丸暗記しなければならないのか、と嫌な気がするが方法がある。 名+名: に関する 形+名: な と覚えれば大体間に合う。 7
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