なんとなく理解できそうな患者の心理と理解できない患者の心理 胸から下腹部まで一直線に 40cm 以上、幅 3cm 高さが 1cm くらいあ る、やや赤みがかった腫瘤ができていた若い男性。何年も前からあった らしいが、この人の親戚には 20 歳すぎに癌で亡くなっている人が何人 かいる。自分もてっきり癌ができたと思い込んでいたらしい。で、親戚 の人(子供を早くに亡くした当の親御さん)が無理矢理小生のところに 連れてきた、というところである。診た途端に、 「癜風(でんぷう:カビ が原因の皮膚病の一種)や」皮膚科で軟膏か水薬をもらえばいい、と言 った。悪性ではなかったのでホッとしたらしく、素直に治療をうけると 言った。 健康診断で、普通は腹部を触診することはないのだが、小生は必ず触 れるようにしている。目的は肝臓が触れるかどうかである。男性でも、 年配の人はともかく、最近の若い人は酒を一滴も飲まない人が多い。そ れでも肝臓が触れる人と触れない人がある。若い女性で、同じ会社の数 人の右季肋部に触れると「ウッ痛い!」という人がかなりあって、 「お酒 飲むのん?」 「昨夜、ちょっと呑み過ぎたかな?」 「プッ、なんちゅう会 社や」あとでみんなで、アンタも?ワタシもや。 肝臓が大きいといえばアルコールというのが条件反射。ところが一滴 も飲まないのに肝臓が悪い。脂肪肝がみつかる人が増えて、非アルコー ル性脂肪肝炎(NASHと呼ぶ)が増加しているという。 (別に述べる。 ) お腹に触れたお蔭で、ある人、下腹部に大きな(径 20cm くらい)小 児の頭くらいの塊が触れる。いつから?「半年くらい前から」 ・・・子宮 筋腫である。 「悪性のものではないが、もっと大きくなると血管や神経を 巻き込んでしまうと手術に難渋するから、早く除去した方がいいと思 う。 」ただし、その人の人生観・生命観があるから無理強いはしないが。 また、腹部大動脈瘤がみつかった人もあって、えらく感謝された。明日 手術でんねん。 いずれも、自分では「がん」と思い込んでおり、だんだん大きくなっ てくる。ところが「がん」と宣告されるのが怖いから病院にも行かずに ほおっておいた。宣告もそうだが、余命の問題もあるし、手術せえと言 われるのも怖い。 ・・・で、放置していた、というよりもどうしたらいい かわからなくなっていたのだろう。相談するにしても迂闊な人に相談も できない。 ・・・・まあ、わからないでもない。 理解できない患者の心理というのも勿論あります。すでに述べた大病 院・病もそうではあるが、まだまだあります。すべての医師が同じ知識 量を持っていると信じ込んでいる人。いくら説明しても理解できない。 そんなはずはないやろ。注射ひとつとっても上手下手があるし、病院の 格差についても知らないはずがない。 もっとひどいのは、 「最初にかかった医師の言うことだけが正しい」 と信じ込んでいる人がいるのである。なぜかわからない。 サリドマイドのところで、インフルエンザの予防接種に来た妊婦の話 をしたが、この妊婦も「最初にかかった」産科医を信用するのは結構な のだが、 二番目にかかった内科医の小生を信用しない理由がわからない。 大丈夫だろうとは思うが、もし指のない子が生まれてきたとしたら、9.11. テロのときの社会党議員のようにざまぁみろ、というわけにはいかない のである。 妊婦や授乳期の人にはなるべく余計な化学物質を投与したくないの である。 同じような患者はいる。鉄欠乏性貧血。婦人科の先生の言ったことを 信用するのはいいのだが、血液疾患が専門やでと言っているのにオレの こと信用しよれへんねん。なんでやろ?そういう治療法をしてはいけな い、とその理由まで説明して親切にゆうたってんのに。 いくら儲かったとしても、してはいけないことをするのは、私の人生 観・倫理観や美意識・正義感から逸脱している。まれに、当院の医療費 が高いと言う人がいるのであるが、 必要な薬を必要なだけ投与するとき、 儲けを考えて処方したことはない。すべての薬にはそれぞれ意味があっ て、全部遅滞なく説明できます。ただし、なるべく患者さんの負担が軽 くなるようにできるなら、その方向で動けます。だから無意味なビタミ ン剤など処方したことはない。 ある開業医から、多発性骨髄腫(悪性の血液疾患の一種)ではないか、 と紹介してきた。小生、その頃は専門にしていたから、特殊検査も含め 診断を下した。その患者が結果を聞きに来たときに、 「悪性と違うかった で。よかった、よかった」と言ったら、喜ぶどころか「前の先生は、悪 性だと言った」というから、小生がどう反応したと思いますか? ・・・間髪を入れず「あっ、じゃ、以後その先生に診てもらって下さ い。 」 ・・・あとで失言をとりもどそうとしてか、たとえば胃の調子が悪 いとか、いろいろ言ってきたがまったく相手にしなかった。 ・・・一方で は、 「ああ、よかった」と喜んでくれた人もあって(これが、まともな人 の反応だと思うのだが) 、この人とは今でもお付き合いいただいている。 ビタミン剤を要求する患者が多いのであるが、小生はまったく無意味 だと思っている。アメリカ人は、ハンバーガーやらなんやら店屋物ばか り食べて、最後にビタミン剤を大量に服んでいるらしい。そういう生活 もいやだが、ビタミン剤は薬局で購入するものである。 内科医は基本的には、心理学についても造詣が深くなければならない。 患者の病気の症状や徴候も知っておかねばならないが、患者の心理を読 むことにも長けていなければならない。 がんの宣告は難しい。自分の都合だけではなく、相手(患者)の心理 状態をも考えておこなわなければならない。相手かまわず、すべての患 者に宣告することにしている病院もある。小生に言わせれば、説明が下 手やから、 「がん」を切札に「説明したつもり」になっているだけの話で ある。相手をみて、またその反応をみながら説明する技術(能力でもい い)がないだけの、その程度のレベルの医者やと思っている。 あるとき、急性白血病の説明をする、と患者とその家族を呼ぶ。家族 が前もって、 「血液の癌」と言わないで下さいネ。 「がん」と言われるた びに、ズキンと心臓に響くから。 ・・・さて 30 分か 1 時間かかけて説明 するが、担当の看護婦と婦長が同席している。 ・・・話が終わってから、 婦長が主治医に言う、 「先生、さっきの説明のうち、 『血液の癌』という のを 13 回言った。 」 ・・・こいつ数えとってん。おかしゅうて。 ある疾患について説明をするとき、 「大病院の名医」にかかっている からか、偉そうにするのがいる。露骨に軽蔑したような態度をとるもの もいる。小生、そういうときどうすると思いますか?・・・決して怒ら ない。あなたの人生だから、だれを信じようとお好きなように。ただ、 あとで何もいわなかった、などといわれるのがいやだから、言うべきこ とは言います。そのときでも、その名医の悪口は言わない。 言わなくても、まともな人がみればわかります。無能な部長なんか、 掃いて捨てるほど見てきましたから。 2007.05.12. (この文章のもとになったのは 2001 年に書いている。 )
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