企業間協働をめぐる2つの戦略 −加工食品・日用雑貨流通の構造変化から

企業間協働をめぐる2つの戦略
−加工食品・日用雑貨流通の構造変化から−
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター
竹田 陽子
要約
本稿では、企業が保有するバッファ(経営資源の余剰)が大きくなるにつれて増加するコ
ストと、バッファが小さくなるにつれて増加するコストのトレードオフというメカニズム
を前提に、1) 内部経営資源利用の最適化と、2) 経営資源の余剰の許容という2つの戦略
を抽出し、加工食品や日用雑貨の流通でおこりつつある企業間協働のパターンの変化をど
のように読み解くことができるかを試みる。
Summary
This paper identifies two types of strategies concerning inter-organizational
collaboration: 1) optimizing strategy in closed networks, 2) buffering strategy in open
networks.
The strategies could be observed in vertical inter-firm relations in the
distribution of dry groceries and toiletries.
1 はじめに
いつのまにか環境に適合的な収益構造が全く異なっていたというのが、昨今さまざま
な業界で共通してみられる現象なのではなかろうか。情報通信産業や最近の金融業界のよ
うに技術や環境の変化が誰の目にも明らかな業界に比べ、技術変化が緩慢で、比較的安定
的な需要がある日用必需品の流通のような業界では特に、市場に求められている機能が変
化しつつあることになかなか気付かない、あるいは気付いても長い間に蓄積された商慣習
や業界構造が強固にでき上がっているため変革が難しい傾向にある。しかし、そのような
業界の典型である加工食品や日用雑貨の流通においても、大手量販店による取引先の集約
と卸の全国化、中堅小売と大手卸の戦略提携、物流機能の外部委託、流通 VAN
(Value Aided
Network: 付加価値通信網)業者の活躍など、企業間協働のパターンに着実な変化が訪れ
ている。
環境や技術の変化に対応して優位なビジネス・モデルは変遷しても、その原理が変わ
ったわけではない。本稿では、企業が保有するバッファが大きくなるにつれて増加するコ
ストと、バッファが小さくなるにつれて増加するコストのトレードオフという単純なメカ
ニズムを示し、現在、加工食品や日用雑貨の流通でおこりつつある企業間協働のパターン
の変化をどのように読み解くことができるかを試みてみたい。
2 内部経営資源利用の最適化をめざす戦略と経営資源の余剰を許容する戦略
企業が保有するバッファとは、ここでは各企業がもつ内部経営資源の余剰のことを指
し、具体的には、在庫、利用されていない設備・人員・情報処理能力、作業の重複、製品
構造の冗長性などを指す。在庫が嵩めば在庫金利が膨らむというように、バッファを多く
持つことは内部経営資源の機会費用を生む。
しかし、一方で、古くからある投機と延期の理論を拡張すれば、バッファが大きいほ
ど増加するコストだけでなく、バッファが小さいことによって生じるコストも存在する。
バッファが小さいほど増加するコストとしては、在庫コストに対する配送コストや、無駄
のないプロセスや製品構造を維持するための調整コストがある。また、バッファを小さく
し、企業内や限られた企業の間で資源利用の最適化を図ることは、反対に、外部の経営資
源を利用する機会コストを増加させることになる(図 1)
。
調整コスト (配送、無駄のない 内部資源利用の機会コスト(在庫、
プロセスを維持するための調整等) ロセスの重複、製品構造の冗長性等)
開放系のネットワークへ
内部資源( +外部資源利用の機会コスト)
利用の最適
化戦略 ① ③
② 経営資源の余剰を
許容する戦略
バッファ 小 大
図 1 コストのトレードオフ
ジャスト・イン・タイムやプロセスの無駄を除去する改善運動は、主に、バッファが
小さいほど増加する調整コストを図 1①のように左下にシフトさせる働きをもっている。
したがって、少ない在庫、高度な相互依存性をもつプロセスを構築しても(=バッファが
小さくても)、コストの均衡を達成できるのである。調整コスト曲線をシフトさせて、バ
ッファが小さいところでコストを均衡させる戦略は、内部経営資源の利用の最適化をはか
る戦略であるといえる。
一方、内部資源の調達、保有コストを低く下げることが出来れば、図 1②のように右
上がりのバッファが大きくなるほど増加するコストを右下にシフトさせることもできる。
経営資源の余剰を許容する戦略である。
この戦略の典型的な例は、パーソナル・コンピュータの構造である。半導体のコスト・
パフォーマンスの劇的な上昇は、パーソナル・コンピュータの製品構造に十分なバッファ
をつくることを可能にし、部品間のインターフェースを標準化して、素人でも組み立てら
れるアーキテクチャを実現した。インターフェースを標準化するということは、同じイン
ターフェースをもつ部品同士ならば、どのメーカーどの機種であっても接続できるという
ことで、特定機種間で最適な接続方法を選択するのに比して製品設計に無駄、つまりバッ
ファが生じているのである。
3 開放系のネットワークにおける問題
ところで、上記のトレードオフのメカニズムは、単一の企業内でも、複数企業が関わ
って付加価値を生み出す活動をおこなうときにも生じるが、特に後者の場合は、バッファ
が小さくなるのにつれて増加するコストの中で、外部資源を利用する機会コストの影響力
が強くなる。
一企業の内部だけで経営資源の効率化を考える場合、あるいは、特定の協力企業との
間の閉じたネットワークの中だけで経営資源の効率的な利用を考える場合は、モノや人員
や情報を効率的に利用するための調整コストと、在庫などの内部経営資源の余剰を抱える
コストのトレードオフのみを考えればよい。しかし、ともに付加価値を生み出す協力企業
が開いたネットワークの中にある場合、つまり、新規の協働相手が現れる確率が高い場合、
自社や自社が所属する既存のネットワークの中で資源を調達するよりも、外部の資源を利
用した方がより有利であったり、新しい知識を生み出せる機会が拡大する。さらに、協働
相手との調整コストは経験効果によって下がって行くものなので、新規の協働相手の割合
が高い場合には、閉鎖型のネットワークの中にいる場合に比べて、調整コストそのものも
高くなる。
つまり、ネットワークが開放系であれば、図 1③のように、左上がりのコスト曲線が
右上にシフトする注
1
のである。したがって、他の条件は同じで、協働する相手をより広
く求めようとすると、どうしてもバッファを大きくとらざる得ない。具体的には、適切な
調達先をタイムリーに探し出すことができない場合に備えて在庫を増やしたり、貸し倒れ
の引当をより多く積み増すなどのかたちであらわれる。今まで閉鎖系のネットワークで協
働をおこなっていた状態から、協働相手を開放系のネットワークに求める状態に移行する
ことは、コスト構造をがらりと変えることを意味するのである。
開放系のネットワークにおいて増大するコストを下げる1つの方法としては、バッフ
ァが大きいほど増加する図 1 の右上がりのコストを右下にシフトする(②)ことが考え
られる。開放系のネットワークにおいては、上述の外部資源利用の機会費用や新しい協働
相手との間の調整コスト(左上がりの曲線)を下方にシフトさせることよりも、右上がり
のバッファをもつことにより増加するコストをシフトさせる方が容易であることが多いか
らである。
製品構造や情報システムのインターフェースに社会的合意をつくりだすことは、その
1つの例である。政府、業界による標準の制定、あるいは、事実上の標準(デファクト・
スタンダード)が存在することは、互換性を保てないリスクを削減し、汎用製品や汎用シ
ステムが安価に入手可能になり、バッファをもつほど増大するコストを下方シフトさせる
ことになる。
反対に、開放系のネットワークの中で均衡している状態から戦略的に協働相手を限定
することによって、図 1 の左上がりの調整コストを左下にシフトする(①)という道も
考えられる。特定の協働相手と密接な関係を築く戦略的提携は、ネットワークを一定の範
囲に限定することで、小さいバッファでコストを均衡させることを目指したものであると
解釈することができる。
4 加工食品・日用雑貨の流通の構造変化
加工食品(生鮮食品を除く工業製品としての食品)や日用雑貨(洗剤、歯磨き、紙製
品など)業界は、多様な品目を含むため、一品種専業の零細企業から大企業まで何千とい
うメーカーが並存する。大手の製造業者は複数の製品ラインをもつが、業界トップに位置
付けられる企業でも、すべての品種を製造することはできない。一方で、小売店舗の数も
食品 60 万店、日用雑貨 30 万店と言われ、小規模な商店から大規模な量販店までが全国
に分散している。しかも、生活必需品であるから、小売は家電のように特定のメーカーに
片寄った品揃えをおこなうことができず、メーカーの側から見ると、ナショナルブランド
については、小規模店舗を含めて全国の店頭をカバーする必要がある。加工食品や日用雑
貨流通は、本質的に多数対多数のネットワークであり、商品の最終価格に比して企業間の
取引コストが大きな割合を占める業界なのである。
戦後の混乱期を経て形成されたこれらの業界の伝統的な流通構造は、メーカーが地域
の代理店・特約店(卸)と契約して、地域の代理店が、担当地域内の小売店舗に供給する
役割を担うというものであった。 注
2
各メーカーが全国の小売店と直接取引する状態に比
べ、代理店(卸)という仲介業者をおくことによって流通が多段階になり、資源の重複が
増えることになるが、代理店が物流や信用管理の面で一定の地域を担当する経済性がそれ
を上回り、また、需要が供給を超えている時代においては、メーカーの生産計画に合わせ
て物流を行うなど、ある程度供給側の論理で供給システムを構築することができたので、
地域代理店制度は初期においては環境に適合的な形態であった。
高度成長期に量販店が誕生し、大きな交渉力をもつようになってからも、メーカー、
卸、小売という供給側のプレイヤー間における利益の分配方法には変化があったが、モノ
や情報の流れの基本的なパターンは変わらなかったといえる。注 3 その後、流通構造を変
える原動力となったのは、消費の成熟と供給過剰、続いて襲ったデフレである。
1970 年代後半から 1980 年代にかけて、消費が成熟し、供給過剰が生じると、流通
の役割は商品を全国にくまなく配給するだけではすまされなくなった。何が売れるかを予
測することは難しく、値下げすれば売れるというものではなくなり、セグメンテーション
が細分化されるので、多品種の品揃えが必要になった。
このような消費を起点にした変化は、地価が高く、売り場面積に限りのある日本にお
いては、多頻度で少量の配送を必要とさせ、物流や情報面での調整コストを跳ね上げた。
ピッキング・システムや電子発注システム、POS(Point of Sales)の普及が調整コスト
を下方にシフトさせる方向に働きはしたが、構造的なコスト増はそれを超えて進展した。
1990 年代に入って、追い討ちをかけるように襲ったのがデフレである。バブルが崩
壊するまでは、企業間競争はあっても市場全体は成長していた。しかし、市場規模の停滞、
縮小がおこりはじめると、マージンで調整コストを吸収することが難しくなる。供給側の
プレイヤーの生き残る道は、マージンのとりあいではなく、自らが生み出す付加価値を高
めることと、物流を中心に流通構造を見直してコストを削減することとなった。
現在、加工食品・日用雑貨流通においてみられる構造変化の潮流は 2 つある。第 1
は、メーカーと小売、卸と小売といった垂直的な関係にある企業間で提携関係を結ぶ流れ
である。第 2 は、業界 VAN 会社の活躍、メーカー、卸、物流会社による共同配送・小売
店舗配送センターの運営サービスなど、特定の機能に特化した上で、第三者間の取引に対
して基盤的なサービスを提供する方向である。
5 企業間協働の 2 つのパターン
5.1 垂直的な戦略提携
1980 年代からすでに、大手コンビニエンスストアやスーパーマーケットは、取引卸
を大手集約する傾向を強め、自ら店舗への配送センターを設置したり、共同配送や窓口卸
制度等と呼ばれる制度で、複数の取引先の商品を単一の業者にまとめて配送させることに
よって、店舗に入る物流を一本化することをおこなっていた。
小売による商流、物流、情報流の集約は、協働相手を限ることによって、物流や情報
流、決済に伴うプロセスの調整コストを下方にシフトさせ、特定企業間で資源利用の最適
化をはかる戦略であるとみなすことができる。売り場面積が極端に小さいコンビニエンス
ストア業態は、多頻度少量配送を必要とし、調達先とのより緊密なオペレーションを構築
しなければ成り立たなかった。また、大型スーパーマーケット業態は、全国規模で非常に
幅広い品揃えを必要とし、従来どおりの地元の調達先に頼っていれば取引先数は増加する
一方であった。これらの状況に対処するため、商流、物流、情報流を特定企業群に集約し、
調整コストを下げ、無駄のないオペレーションを実現しようとしたのである。注 4
パワーをもつ全国チェーンの量販店ではじまった取引先の絞込みは、バブルの崩壊後、
大手卸と中堅スーパーマーケットの提携に広がった。大手卸と中堅スーパーマーケットの
提携の動きが興味深いのは、パワーがある程度均衡しているため、一方向の論理だけでは
成り立たない点にある。1 つの例として、卸主導ではじまった提携として注目された 1993
年の加工食品卸大手の菱食と地域スーパーマーケット・チェーン相鉄ローゼンの提携の事
例をあげてみよう(竹田[2])
。
相鉄ローゼンは、23 社あった加工食品卸を 5 社に絞り込み、仕入れの約 75%を菱食
に集約した(提携当時)。相鉄ローゼンが取引先を集約することによって、納入卸同士を
競争させ価格を下げるメリットを犠牲にしてまで提携に踏み切った背後には、店舗の荷受
コスト削減の圧力が大きく働いている。従来の取引卸やメーカーの各々から直接各店舗へ
商品が運び込まれてくれば、一日に何十台とトラックが入ってくることになり、これを荷
受検品する人員が一日中はりついていなければならず、棚に陳列する作業も効率化できな
い。大手量販店であるならば、自ら店舗への配送センターを設置したり、複数の卸に専用
センターを運営させることができるが、中堅クラスのチェーンにおける現実的な方策とし
て選択されたのが、大手卸との提携であった。価格が 1 円 2 円下がることよりも、店舗
の固定費用が削減されるほうがメリットは大きいとみたのである。
菱食は、取引量が増えた見返りに、相鉄ローゼン専用の物流ラインを設け、発注翌日
の定時に各店舗への配送をおこなっている。店舗での検品は簡略化され、商品はほぼ売り
場の陳列に対応した分類でカートラック(籠車)に積んで運び込まれるため、荷受、検品、
陳列棚への充填作業の負担は非常に軽減された。また、情報流は、発注から決済までがす
べてオンラインで処理され、事務処理の効率も向上した。
このような緊密なオペレーションを支えていたのが、月に 1 度開催される、菱食側
と相鉄ローゼン側約 20 名ずつが参加する会議であった。会議には、双方のマネジメント、
商品、物流、情報システム、経理、事務局の各担当者が出席し、担当分野別の分科会も開
かれ、欠品率や商品回転率、店舗人件費など具体的な数値目標を定めて、目標達成に向け
てさまざまな検討がおこなわれていた。検討内容は、POS データの分析に基づく商品の
品揃え・棚割検討などマーチャンダイジングに踏み込んだものも含まれていた。
流通における戦略提携の草分けである P&G とウォールマートの事例以来、このよう
に協働相手を絞り込むことによって調整コストを下げる戦略においては、バイヤーと営業
というような「点と点」の関係ではなく、各分野の担当者が face-to-face のミーティング
を開いて緊密に調整し合う「面と面」の関係にすることによって緊密なオペレーションを
保つという現象がしばしばみられる(図 2)。繰り返しおこなわれる会議は、短期的には
コスト高であるが、互いに共有された知識のベースを深め、信頼関係を築くことが、長期
的には、より付加価値の高い成果を低いコストで達成することにつながるという考え方に
基づいているといえる(Dyer and Singh [3])
。
図 2: 点と点から面と面へ
メーカーが直接小売の店舗配送センターにタイムリーに納品しようという動きもある。
中堅地域スーパーマーケットの平和堂では、1997 年から加工食品、1998 年から日用雑貨
について、一部のメーカーが小売の店舗配送センターの在庫の状態を直接モニターして補
充をおこなうことを始めている。
しかし、加工食品や日用雑貨の流通全体は、開放系のネットワークである。全国ブラ
ンドをもつメーカーはすべての小売に何らかの供給をおこなわなければならないし、小売
も、何らかのかたちで幅広い品揃え(あるいは最適の品揃えを選ぶ機会)を得なければな
らない。したがって、このような提携の成立要件は、卸やメーカーにとって小売 1 社だ
け切り離して特別のオペレーションをおこなっても採算に合うことである。地域のスーパ
ーマーケット・チェーンで提携の動きが強まっているのは、特定地域に店舗が集まってい
るため、物流などのオペレーションを集中できるという有利さがあるからである。
5.2 プラットフォーム・ビジネス
小規模だが独自性のあるメーカーと地理的に点在した小規模な小売店が存在する限り、
無数の垂直方向の提携だけで、流通全体をまかなえないことは明らかである。加工食品・
日用雑貨流通においても、協働相手を絞り込むことによって資源利用の最適化を目指す戦
略のほかに、もうひとつの戦略、資源の余剰を意図的に保有することによって、機能分担
の再構築をおこなう例が見られる。
卸や問屋、商社などの仲介業者は、もともと、流通が多段階になり中間流通在庫など
の資源の重複が生じても、それを上回る経済性が得られるために存在するものであるが、
加工食品や日用雑貨流通における地域代理店制度が市場の成熟化に伴い不適合なシステム
になったように、環境や技術の変化に従い、求められる機能も変化している。システムの
リズムを作り出す源が川上から川下に変わり、情報通信ネットワークの発達により情報が
モノや地理的条件、人間関係とある程度分離できるようになってから、物流や情報流など
特定の機能に特化した仲介業者が登場している。
日用雑貨流通の VAN のプラネットは、当初、6 社のメーカーの卸との間の共同利用
ネットワークであったが、次第に加入メーカーと接続卸が増加し、業界全体に広まるよう
になった。プラネットは、1985 年に、業界 No.1メーカーである花王の独自ネットワー
クに競合他社連合が対抗する意味合いをもって設立されたが、1997 年には、花王もプラ
ネットに加入するようになり、事実上のメーカー・卸間の業界標準ネットワークとなって
いる。ネットワークそのものだけでなく、プラネットが整備している商品コードや取引先
コード、各種のデータ・フォーマットも、業界の標準として機能している(竹田[4])
。
標準的なインターフェースの利用は、特定企業間に限って言えば、より一層効率的な
システムを構築できる可能性を捨てていることになり、冗長性が生じている状態である。
しかし、開放系のネットワークの中にいることを想定した場合、実は低いコストで均衡を
達成できるのである。図 3 の左側に示す通り、業界の小規模な専業メーカーや小規模な
卸を含め、すべてのプレイヤーが独自のネットワークでつながるコストは膨大なものにな
る。より数多くの主体がひとつの標準でつながっている便益が、特定企業間の最適化を上
回るとき、図 3 の右側に示すように、基盤的なサービスを提供する存在が入る価値が生
じるのである。
國領[1]は、
『誰もが明確な条件で提供を受けられる商品やサービスの供給を通じて、
第三者間の取引を活性化させたり、新しいビジネスを起こす基盤を提供する役割を私的な
ビジネスとしておこなっている存在』をプラットフォーム・ビジネスと呼んでいる。プラ
ットフォーム・ビジネスは、バッファをとらざるをえないときに、そのコストを下げる、
あるいは、より開放系のネットワークへの移行に対する犠牲を削減する役割を果たすとみ
ることができる。
図 3 プラットフォーム・ビジネスの役割
情報流だけでなく、物流面でも、メーカーや卸、物流業者が共同配送や小売の店舗配
送センターを運営するサービスを分離して営業する例が出現している。例えば、花王は、
1996 年に花王システム物流という小売の店舗までの共同配送をおこなう子会社を設立し、
他社の製品を含め、商流に関わらず店舗物流を一括して請け負うサービスを始めている。
これらは、特定小売に対する戦略提携としての側面をもつ場合もあるが、物流サービスの
ノウハウをさまざまな企業に展開する動きが広がり、しかも物流を商流から切り離す動き
が強まるならば、特定機能を提供するプラットフォーム・ビジネスとしての側面を強めて
行くであろう。
6 協働構造の再構築へ
開放系のネットワークの中で資源の余剰を許容する戦略と、閉鎖系のネットワークの
中で内部資源利用の最適化をめざす戦略は、加工食品や日用雑貨流通以外の業界でもみら
れる。電子商取引の世界では、新しいかたちの仲介業者が次々にあらわれ、一方で、資源
の補完性を求めて戦略的な提携をおこなう動きも世界規模で進行している。
ある機能はプラットフォーム・ビジネスから調達しながら、他の面では特定企業と戦
略提携を結ぶなど、2 つの戦略は補完的に使われることもある。しかし、企業がある付加
価値を生み出したり調達する場合、オープン・ネットワークの中で資源の余剰を許容する
戦略をとるか、協働相手を限定して安定的な関係を築き資源利用の最適化を図る戦略をと
るかは、かなり違った組織、戦術を必要とするであろう。
正解はないが、自社の所属するネットワークの開放性を意識して、自社はある機能を
調達・提供するためにどちらの戦略をとっているのか、その潜在力を十分にひきだしてい
るのか、その戦略に適したビジネス・モデルと組織をデザインしているのかを評価するこ
とが重要である。
注釈
1) 同時に、バッファの大きさに対するコスト減少の弾力性が小さくなる可能性もある。
2) 工業製品の色合いが薄い伝統的な加工食品(例えば昆布)は、地域の消費地問屋の前
段階に、さらに産地問屋が存在した。
3) 量販店は、購買力を背景に、もともとは需要の変動を小売段階で吸収するために作ら
れたリベートや各種の販促制度を使って、仕入れ値を下げることをおこなった。1970 年
代に中頃にコンビニエンスストアが登場するまでは、大手小売のパワーは主にこのような
利益の再分配に向けられ、モノや情報の流れが本質的に川下起点に変化したわけではなか
った。
4) 大手小売のパワーを背景とした商流、物流、情報流の再編は、大手小売から見た資源
利用の最適化に陥りがちであったことを見逃してはならない。卸やメーカーの立場からみ
ると、特定の大手小売に対して特別なオペレーションをおこなうために施設や情報システ
ム、組織体制を用意するのは全体としてはコスト増をまねく可能性がある。その典型的な
例は、小売が自ら設置した店舗配送センターの費用を卸やメーカーに賦課するセンター・
フィーの問題である。極端に短いリードタイムと欠品に対する厳しいペナルティが科せら
れるため、各卸が特定の小売の店舗配送センターへ納品するための専用物流センターを設
ける例が珍しくなく、その上に、店舗配送センターの費用まで卸やメーカーが負担するこ
とを求められたために不満が高まったのである。
参考文献
[1] 國領二郎, 『オープンネットワーク経営』, 日本経済新聞社、1995.
[2] 竹田陽子, 『企業間取引におけるメディア選択』, 慶應義塾大学修士論文、1995.
[3] Dyer, J.H. and H. Singh, “The Relational View: Cooperative Strategy and Sources of
Interorganizational Competitive Advantage,” Academy of Management Review, Vol. 23,
No. 4, 1998, pp.660-679.
[4] 竹田陽子, 『株式会社プラネット』, 慶應義塾大学ビジネススクール・ケース、1997.