「若年青年世代の「緩和ケア」 SW介入事例から」小西

若年青年世代の「緩和ケア」
SW介入事例から
近畿大学医学部附属病院 患者支援センター
社会福祉士 小西 直毅
ソーシャルワークのグローバル定義
ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、
および人々のエンパワメントと解放を促進する実践に基づい
た専門職であり、学問である。
社会正義、人権、集団的責任、および多様性尊重の諸原
理は、ソーシャルワークの中核をなす。
ソーシャルワークの理論、社会科学、人文学、および地域・
民族固有の知を基盤として、ソーシャルワークは、生活課題
に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな
構造に働きかける。
2014年7月メルボルンにおける国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)総会及び国際ソーシャルワーク学校
連盟(IASSW)総会において定義を採択
中核となる任務
ソーシャルワークは、相互に結び付いた歴史的・社会経済的・
文化的・空間的・政治的・個人的要素が人々のウェルビーイング
と発展にとってチャンスにも障壁にもなることを認識している、
実践に基づいた専門職であり学問である。
構造的障壁は、不平等・差別・搾取・抑圧の永続につながる。
人種・階級・言語・宗教・ジェンダー・障害・文化・性的指向など
に基づく抑圧や、特権の構造的原因の探求を通して批判的意
識を養うこと、そして構造的・個人的障壁の問題に取り組む行
動戦略を立てることは、人々のエンパワメントと解放をめざす実
践の中核をなす。
不利な立場にある人々と連帯しつつ、この専門職は、貧困を
軽減し、脆弱で抑圧された人々を解放し、社会的包摂と社会的
結束を促進すべく努力する。
Global definition of the social work
profession
Social work is a practice-based profession and an
academic discipline that promotes social change and
development, social cohesion, and the empowerment
and liberation of people. Principles of social justice,
human rights, collective responsibility and respect for
diversities are central to social work. Underpinned by
theories of social work, social sciences, humanities and
indigenous knowledges, social work engages people and
structures to address life challenges and enhance
wellbeing.
The above definition may be amplified at national and/or
regional levels.
私のローカル?な任務
• 歴史的・社会経済的・文化的・空間的・政治的・個人的要素
には、「障がい」や「疾患」など、医療に罹る人々が含まれる。
• 医療に罹る人々も、ウエルビーイングを高め、発展しようとす
る人々である。
• そもそも、医療にある種の「特権」が内在している。
• その人々の、ウエルビーイングや発展を阻む、構造的障壁が
あれば、その特権の構造的原因の探求を通して、エンパワメ
ントと解放を促す行動的戦略を立てる必要がある。
• ソーシャルワークは、患者にも、その他あらゆるレベルにも働
きかける。
大阪府における「30~34歳」女性の
がんの種類別罹患の状況(2006-2010)
14
9 9 621 1
15
18
1 1
21
32
275
33
47
50
53
65
N=864
211
『大阪府におけるがん登録(第74~79報)』より作成
乳房
子宮
甲状腺
卵巣
胃
大腸
悪性リンパ腫
白血病
口腔・咽頭
皮膚
脳・中枢神経系
肺
膵臓
肝及び肝内胆管
腎・尿路
胆のう・胆管
膀胱
多発性骨髄腫
食道
喉頭
SW介入前(事例概要)
30~34歳 女性 既婚 夫、2歳の子と3人暮らし
診断
♯ 転移性肝腫瘍
♯ 悪性膵内分泌腫瘍
(肝両葉の大部分を腫瘍が占め、膵体尾部に腫瘍及び脾臓浸潤が認められる状態)
1回目入院
2回目入院
3回目入院
4回目入院
TACE (右肝動脈)
TAE (右肝動脈) TACE (左肝動脈)
TAE (右肝動脈) TAI (左肝動脈)
TAE (右肝動脈)
9ケ月
以後、リピドール集積不良、球状塞栓物質による治療のため、Aクリニックを紹介し併診
Aクリニックでのカテーテル治療に加え、Bクリニックでの高濃度ビタミンC療法も開始
7ケ月
副作用などで苦痛が増し、緩和ケア病棟へ一時入院したが、「治療するところではない」
と言われ、自己退院
SW介入
外来「主治医」から、SWへ介入依頼
「これからも(他院で)治療を継続していくが、副作用や苦痛が増しているので、入院で
きる病院を探してほしい」
本人・母と面談 ※本人は終始無言であった。母が主に発言。
「こっちに来るように言われたので来ました」
「これからも治療を(継続)するんですが(するしかない)、病状は厳しいんです」
「足がむくんで、体がすごくしんどくて、動けないので入院を希望したのですが・・・」
「この病院は、しんどい時に入院させてもらえない」
「今の状態では、通院することも出来ない」
「2歳になる子どもと実家に居る」
「子どもが寄っても、しんどいので手で払いのけていると、最近寄りつかなくなった」
「旦那さんとは、離婚協議中で・・・子どもの世話は、私(祖母)がしている」
アセスメント
「治療を継続しながら、入院を受け入れてくれる病院を探して欲しい」という依頼について
・若い方なので、可能な治療は積極的に行うが、それが難しい場合は、緩和医療も含
め、他機関で、とならざるを得ない、大学病院の体制上「専門医」としての積極的治療に
中心的な責務がある、という認識に基づいている。
患者の病識と「人生の危機」
・治癒が困難であることをある程度認識しながらも、治療優先の生活で良いのか、自分
にとって何が大切な事であるかを、相談したり振り返らせてくれる機会がない。
・苦痛を抱えたまま、何らかの治療を受け続けるために行動している。
・このまま治療優先の生活を継続した場合、必要な緩和ケアを受ける機会が得られない。
・ご家族と共に過ごす大切な時間も、日々失われている可能性がある。
緩和ケアを受ける患者の「尊厳に対する権利(リスボン宣言)」に障壁が生じている
・現時点で、緩和ケアを併行して実施していない外来医は、「専門医」であり、あるべき
「主治医」として相応しいとは思われない。
・緩和ケアを主目的に「主治医」を変更することも可能、との説明が急がれる。
SW介入目標(エンパワメントと解放)
・患者本人が自ら「主治医」の意味理解、「主治医」選定意思決定、その行動支援。
アプローチ
・現在、あなたの「主治医」は、(がん)治療の「専門医」ですね。
・本来は、「主治医」が、専門診療以外の事でも、あなたの疾患に関連することであれ
ば、責任を持った対応をしてくれるはずです。
・「専門医」は決して悪気はないと思いますが、病院の中を知る私が考えても、大学病
院の機能上、今は入院対応は難しい状況です。
・「しんどい時に入院させてくれない病院」の医師に、今後も「主治医」を任せるのは、し
んどくないですか?
・「しんどい症状」にも、「消化器の症状」にも、専門的に向き合ってくれる「主治医」に、
きっと出会うことが出来ますし、そのような相談をSWは数多く受けています。
・現在の「専門医」から離れることへの不安はあると思いますが、「主治医」は、自分の
意思で交代することも不可能ではありません。
・その「主治医」は、あなたの現在の病状から考えると、「消化器の症状」に対応しつつ
も、基本的に「しんどい症状」つまり「緩和ケア」を専門としている医師も相応しいので
はないかと思いますが、いかがですか。
・私から「主治医」として依頼でき、信頼している「緩和ケア医」がいる医療機関に関し
て、詳しく情報提供させていただきます。
SW介入後
・数日後、在宅緩和ケア医を「主治医」に選定し、早速、訪問診療が開始された。
・従来の担当医は「協力医」と認識し、相違する治療方針には原則「主治医を尊重」。
・結果、他院での治療は今は継続困難と判断し、中断。
・「入院はもうイヤ。」家での点滴加療を希望。
・利尿剤が投与され、むくみがとれ、「体が楽になった」。
2か月
・「料理をしたり、外食を楽しむこともできるようになった」。
・実家で、両親、子どもと毎日大切な時間を過ごせている様子。
・近所のおばちゃんや、幼なじみとも、ふれあう時間がある。
・在宅療養に専念することができて、「心も救われている」と。
・「あんなに元気そうなのに、やっぱり覚悟しなければならないんですね(母)」。
・時々荒れている様子。訪問診療医がいろいろと話を聞いてくれる。
・「今は、自分が居なくなった後の子どもの養育のことも、夫と話し合っています」。
・離婚が成立し、子どもは母が育てていくことになった。
・訪問診療開始2か月後、自宅で、両親、子どもが見守る中、永眠。
・母は後日、「緩和ケアを勧めてくれたあの時のSWは〇〇〇でした」と言った。
考察
・SW介入前に、緩和ケア病棟から自己退院するエピソードがあるが、患者の
中では、「主治医」を「交代」させていなかったのであろう。
・介入時、緩和ケアを受ける患者の「尊厳に対する権利」に障壁が生じてい
ると考えたが、介入後、個別のエンパワメントから「主治医」は「在宅緩和ケ
ア医」へ「交代」し、ある種の苦痛からは解放された。
・治療が多彩な消化器領域、予後の予測期間も大変厳しいことから、当事
者からすると、積極的治療継続の要否判断には、治療医からは「マイナス」、
緩和ケア医からは「プラス」のメッセージである位、顕著に異っているのでは
ないかと思われる。
・上記より、患者アドボケートの立場からは、完治が難しいと判断される時期
に「緩和ケア主治医」を選択可能、とする介入の意義が導かれるのではない
だろうか。