スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 若年アスリートにおける短期間高強度トレーニングがリンパ球数と リンパ球アポトーシスに及ぼす影響 Effect of short-term high-intensity training on lymphocyte counts and lymphocyte apoptosis in young athletes 谷村祐子 1 ,清水和弘 1, 2 ,河野一郎 1 ,鯵坂隆一 1 Yuko Tanimura 1 , Kazuhiro Shimizu 1, 2 , Ichiro Kono 1 , Ryuichi Ajisaka 1 1 筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻 2 1 早稲田大学スポーツ科学学術院 Graduate School of Comprehensive Human Science, University of Tsukuba, 2 Faculty of Sport Sciences, Waseda University キーワード: リンパ球,アポトーシス,短期間高強度トレーニング Keywords: lymphocyte, apoptosis, short-term high-intensity training 抄 録 【目的】 短 期間高 強度 トレーニングが安静 時リンパ球 数及 びリンパ球アポトーシスに及ぼす影 響 につい て,若年男性アスリートと運動習慣のない若年男性を対象として比較検討すること. 【方法】男性トライアスリート(Trained: T 群)7 名と運動習慣のない成人男性(Sedentary: S 群)6 名(年齢 . 21.3±3.9 歳及び 24.8±3.0 歳)を対象とした.対象者は,3 日間連続で 75% V O 2max ・1 時間の自転車運 動を行った.測定は 1 日目運動前(D1),3 日目運動前(D3),そして最後の運動から 24 時間後(D4)と し,リンパ球数,リンパ球アポトーシスを誘導する CD95 の発現を CD3 + (T 細胞),CD19 + (B 細胞),CD4 + (ヘルパーT 細胞),CD8 + (細胞傷害性 T 細胞)別に検討した.さらにリンパ球アポトーシスを検出する Annexin V の発現をフローサイトメーターによって検討した. 【結果】 D1 において T 群のリンパ球数は S 群よりも有意に低かった (p < 0.05). リンパ球数の変動に おいて,S 群は D1 と比較して D3,D4 で有意な減少を示したが(p < 0.05),T 群は有意な変化を認めな かった.サブセット別のリンパ球数では,D1 において T 群の CD4 + 細胞数は S 群よりも有意に低かった(p < 0.05).さらに S 群の CD3 + 細胞数と CD4 + 細胞数において,D1 と比較して D3,D4 で有意な減少が認 められた (p < 0.05).CD95 + 細胞はいずれのサブセットにおいても有意な変動は見られず,Annexin V においても有意な変動は認められなかった. 【結論】 アスリートは対照群に対し安静時リンパ球数が減少していたが,短期間高強度トレーニングによ るさらなるリンパ球 数 の減 少 を認 めなかった.運 動 習 慣 の有 無 に関 わらず,安 静 時 と運 動 後 のリンパ球 減少にはアポトーシスの関連が低い可能性が示唆された. スポーツ科 学 研 究 , 5, 235-245, 2008年 , 受 付 日 :2008年 11月 3日 , 受 理 日 :2008年 12月 4日 連 絡 先 : 鯵 坂 隆 一 筑 波 大 学 人 間 総 合 科 学 研 究 科 スポーツ医 学 専 攻 〒305-8574 茨 城 県 つくば市 天 王 台 1-1-1 総 合 研 究 棟 D 618 号 室 TEL/Fax 029-853-5600(3961) E-mail:[email protected] 235 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 Ⅰ.序 論 らの回 復 期 において,病 原 微 生 物 に対 する日 和 競 技 選 手 は高 いパフォーマンス発 揮 を目 的 と 見 感 染 リスクが高 まる状 態 である「オープンウィン して,高 頻 度 ・高 強 度 のトレーニングを日 常 的 に ドウ」が引き起こされることが知られている 行っている.しかし,競技 現場においてこの種のト (Pedersen et al. 1998; Pedersen and Ullum レーニングがコンディションの低下を引き起こす可 1994).このオープンウィンドウの時 期 が長 期 間 続 能 性 があることが問 題 とされている.特 に競 技 選 くとウィルスの侵 入 を容 易 に許 す可 能 性 がある. 手 のコンディション低 下 の要 因 として,上 気 道 感 一 過 性 高 強 度 運 動 はリ ンパ 球 数 , CD4 + 細 胞 , 染症(Upper-respiratory tract infection: URTI) CD8 + 細 胞 を一 時 的 に減 少 させる (Gleeson and への罹 患 があげられ (Nieman 1994),トレーニン Bishop 2005; Pedersen et al. 1998; Pedersen グや競 技 会 におけるパフォーマンスの低 下 に関 and Ullum 1994).このようなリンパ球 の減 少 はコ 係すると考えられている (Gleeson et al. 1995). ルチゾールが循環 血液 中の細 胞を組織に移動 さ Peters and Bateman はフルマラソンの実 施 後 に せることによって生 じると考 えられてきた (Cupps URTI の罹患者が多かったことを報告しており,ま and Fauci 1982).しかし,コルチゾールの増加が たいくつかの先 行 研 究 においても同 様 の見 解 が 見 られなくても,リンパ球 減 少 が生 じる報 告 もある 示されている (Peters and Bateman 1983; Peters (Green et al. 2003; Green and Rowbottom 2003; et al. 1993). Tanimura et al. 2008). 生体内において,免疫 系は神経系および内分 リンパ球 減 少 のもう一 つのメカニズムとしてリン 泌 系 とともに密 接 に関 係 しあって内 部 環 境 の恒 パ球 のアポトーシスの可 能 性 が考 えられている 常 性 を 維 持 し て い る (Pierpaoli. and Spector. (Mars et al. 1998).アポトーシスは修復不全の細 1988).しかし,生 体 の適 応 能 力 を上 回 るような過 胞 の除 去 に働 く生 理 的 反 応 である.また,Green 度 なストレスは,免 疫 系 の低 下 を始 めとする身 体 は運動による T 細胞の増殖能の低下はアポトー 機 能 の低 下 を招 くと考 えられている.リンパ球 は シスの増加によって生じることを示している 免疫機能の中心的役割を果たしており,T 細胞, (Green 2002).一 過 性 運 動 において,アポトーシ B 細胞,ナチュラルキラー(Natural Killer)細胞等 スの増 加 やリンパ球 減 少 との関 連 を示 唆 する報 のサブセットが存在する.特に T 細胞は獲得免疫 告もあるが (Mooren et al. 2002; Mooren et al. の 中 心 的 役 割 を 担 い , ヘ ル パ ー T ( T-helper : 2004; Timmons and Bar-Or 2007),リンパ球アポ Th)(CD4 + )細胞 と細胞 傷害 性 T(T-cytotoxic: トーシスは生じない (Steensberg et al. 2002) あ Tc)(CD8 + )細胞のサブセットが存在 する.Th 細 るいはリンパ球 減 少 とは関 係 しないとする報 告 も 胞は主に免疫応答の調節,Tc 細胞は主にウィル みられる (Simpson et al. 2007).しかしながら,多 ス感 染 細 胞 などを排 除 する機 能 を有 する.これら くの研究が一過性運動 による検討 であり,合宿 や の細 胞 と運 動 の関 係 については多 くの報 告 があ 競技会前の集中トレーニングのような短期間高強 り (Field et al. 1991; Tharp and Preuss 1991),T 度トレーニングの影響を検討した研究は少ない. 細胞の機能低下は一過性高強度運動で生じるこ 競 技 選 手 の安 静 時 のリンパ球 数 やサブセット とが報告されており (Kajiura et al. 1995; Verde は非 競 技 選手 と比 較 して低 値 であることが報 告さ et al. 1992),アスリートの易感染性に関連してい れている (Green et al. 1981; Keen et al. 1995). る可能性がある. 一 方 で,競 技 選 手 において高 強 度 のトレーニン 一 過 性 高 強 度 運 動 後 の一 時 的 な免 疫 抑 制 か グ前 後 で安 静 時 のリンパ球 数 が変 化 しないという 236 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 報告もある (Ferry et al. 1990).これは,アスリー ことである. トのリンパ球 数は低値でも,単回の運 動ストレスに 対 する抵 抗 性 が強 まっていることを意 味 している Ⅱ.方 法 可 能 性 がある.しかし,競 技 選 手 の安 静 時 のリン 1. 対象 パ球 アポトーシスは競 技 レベルの高 い選 手 の方 対 象 者 は,若 年 男 性 トライアスロン選 手 7 名 が高 値 を示 すことが報 告 されている (Mooren et (Trained: T 群)と運動習慣のない若年健常男性 al. 2004).さらに短 期 間 高 強 度 トレーニングにお 6 名(Sedentary: S 群)とした.いずれの群も喫煙 いては,競 技 選 手 のリンパ球 アポトーシスが徐 々 習慣及び服薬習慣は無かった.T 群は,週 5 回 1 に 増 加 す る こ と が 報 告 さ れ て い る (Hsu et al. 日平均 2~3 時間(週 15.6±4.1 時間;平均±標 2002; Tuan et al. 2007).運動によるストレスで赤 準 偏 差 )のランニング・スイム・バイクトレーニング 血球 の破壊 が亢 進するように (Smith 1995),リン を実施しており,競技歴は 2.5±1.6(平均±標準 パ球 において破 壊 が亢 進 してリンパ球 の低 下 を 偏差)年であった.S 群は定期的な運動を行って 招 く可 能 性 がある.したがって,リンパ球 アポトー おらず,週 3 時間以上の運動を行っていないこと シスの増 加 がアスリートのリンパ球 減 少 に関 与 す を確認した.対象者の身体的特性は表 1 に示し る可 能 性 も考 えられる.以 上 述 べたようにアスリー た.対 象 者 に対 して,事 前 に実 験 の趣 旨 ,実 験 トにおける運動によるリンパ球数の減少のメカニズ 方 法 ,起 こりうる危 険 性 及 び参 加 の任 意 性 につ ムについては不明な点が多い. いて十分説 明し,文書 による参加の同意を得た. 本 研 究 の目 的 は,短 期 間 高 強 度 トレーニング 本 研 究 は「ヘルシンキ宣 言 」の趣 旨 に従 い,且 つ が安 静 時 リンパ球 数 及 びリンパ球 アポトーシスに 「筑 波 大 学 大 学 院 人 間 総 合 科 学 研 究 科 研 究 倫 及 ぼす影 響 について,若 年 男 性 アスリートと運 動 理委員会」の承認を得て実施した. 習 慣 のない若 年 男 性 を対 象 として比 較 検 討 する 表 1.対 象 者 の身 体 的 特 性 平 均 値 ±標 準 偏 差 . *p<0.05 vs. Sedentary 2.実験手順 た.エルゴメータに座り,2 分間の安静後に 60 W 1) 最大酸素摂取量の測定 から 100 W の負荷(20 W/min のランプ負荷)で 3 全 ての対 象 者 は自 転 車 エルゴメータ(232CXL, 分 間 のウォ ーミングアップを行 い,その後 ,疲 労 困憊に至るまで 30 W/min のランプ負荷運動を行 コンビウェルネス,東 京 )を用 いた最 大 運 動 負 荷 . 試 験 によって最 大 酸 素 摂 取 量 (V O 2max )を測 定 し った.テスト終 了 条 件 は①呼 気 ガス分 析 装 置 237 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 (AE200S,ミナト医 科 学 ,大 阪 )によりモニターさ . れた酸 素 摂取 量 (V O 2 )がプラトーに達 した時 点 , 3. 測定項目 1) リンパ球数 ②ガス交換比が 1.10 を上回った時点,③心拍数 白血球数の測定は,2 ml の血液を採取し(株) が予 測 最 大心 拍 数(220-年 齢)を超えた時 点 の 三 菱 化 学 メディエンスに依 頼 し,多 項 目 血 球 分 うち,いずれか 2 つに該当した時点とした.ランプ . 負荷運動中 の V O 2 を呼気ガス分析装置により, 析 装 置 (Sysmex SE-9000, Sysmex, 兵 庫 )を用 breath by breath 法にて測定し,それらの 30 秒 . 毎の平均値より V O 2max を求めた. リンパ球 数 は白 血 球 数 と白 血 球 分 画 の積 により 2) 定常運動負荷テスト 2) リンパ球サブセットとアポトーシスマーカー いて測 定 した.白 血 球 分 画 には鏡 検 法 を用 いた. 算出した. 定常運動負荷テストは,最大運動負荷テストの 本 研 究 で は , fluorescence activated cell 実施日から少なくとも 1 週間以上の間隔をあけて . 実施した.50 % V O 2max の負荷で 1 分間のウォー . ミングアップを行い,75 % V O 2max の負荷で 59 分 sorter(FACS)によるリンパ球 分 画 の分 析 を行 っ 間の自転車ペダリング運動を行った.強度を 75 % . . V O 2max に維持するため,運動中に V O 2 を測定し, FITC, phycoeythin: PE, allophycocyanin: APC) 適宜運動強度を調節した. 体 は CD3 ( FITC, ク ロ ー ン : た.全 血 染 色 法 によるリンパ球 分 画 の測 定 には, 3 種 の 蛍 光 色 素 ( fluorescein isothiocyanate: 上記の定常負荷運動を同一時刻に 3 日間連 のモノクローナル抗体を用いた.モノクローナル抗 UCHT1 , DakoCytomation 社 ,デンマーク),CD19(APC, 続で行った. ク ロ ー ン : HTB19 , Biolegend 社 , ア メ リ カ ) , CD4 ( APC, 3) 血液採取とサンプルの調整 ク ロ ー ン : SFCI12T4D11 , Immunotech 社 , フ ラ ン ス ) , CD8 ( FITC, ク ロ ー 血液サンプルは 1 日目と 3 日目の定常運動負 ン: B9.11,BeckmanCoulter 社 ,アメリカ),そし 荷前の安静時(D1,D3)と D3 の採血から 24 時 て CD95(PE, クローン: 7C11,BeckmanCoulter 間後(D4)(合計 3 回)に翼状採血針を用いて肘 社 ,アメリカ)を用 い,CD3 + 細 胞 (T 細 胞 ),CD4 + 前静脈より 15 ml/回,合計 45 ml 採取した.対象 細胞(Th 細胞),CD8 + 細胞(Tc 細胞),CD19 + 細 者 には測 定 前 日 から測 定 終 了 までアルコール及 胞 ( B 細 胞 ) , CD95 + 細 胞 , CD3 + CD95 + 細 胞 , びカフェインの摂取と激しい運動を控えるように指 CD19 + CD95 + 細 胞 , CD4 + CD95 + 細 胞 , 示した. CD8 + CD95 + 細 胞 を 測 定 し た . ネ ガ テ ィ ブ コ ン ト ロ Annexin V の測定は分離したリンパ球を用いた. ー ル は , マ ウ ス IgG1 ( ク ロ ー ン : DAK-GO1 , リンパ球 分 離 をするために,採 血 した血 液 2 ml DakoCytomation 社 , デ ン マ ー ク ) を 用 い た . 1 にリン酸 バッファー(Phosphate Buffered Saline: サンプルにつき,各抗体を 2 µl ずつ使用し,全血 PBS)溶液 2 ml を加えた.この溶液に対して,リン 100 µl と混和し,室温にて 15 分間暗所静置した. パ球分離液(Ficoll-Paque,Pharmacia Biothch, さらに Lysing Solution(0.15 mol・L -1 ・NH 4 Cl,10 Uppsala,Sweden) 4 ml を静かに重層し,遠心分 mmol・L -1 KHCO 3 ,0.1 mmol・L -1 EDTA-2Na)1 離 (3000 rpm,30 分 ,20 ゜C)した.単 核 球 層 を ml を加えて転倒混和し,さらに室温にて 30 分間 回収し,PBS 溶液で 2 回洗浄した. 暗所静置した.20゜C,3000 rpm で 5 分間の遠心 後,白塊が沈殿していることを確認し,上清を取り 238 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 除 き , PBS ( 0.1 % 胎 児 血 清 ア ル ブ ミ ン , 0.1 % 分 画 の各 細 胞 の絶 対 値 は,リンパ球 の絶 対 値 NaN 3 )1 ml 加えて洗浄後,上記の PBS を 300 µl (cells/µl)と各 分 画 の陽 性 細 胞 率 (%)との積 を用 を加えて FACS 用チューブに分注した. いて算出した. Annexin V の 測 定 は , Annexin-FITC (Immunotech,Marseille,France)キットを用 いて 4. 統計 検出した (Vermes et al. 1995).アポトーシスの初 全 ての測 定値 は,平 均値 ±標 準 偏差 で示 した. 期 段 階 において,細 胞 膜 の内 側 に存 在 するホス 項目間における平均値の差の検定には対応のな ファチジルセリン(phosphatidylserine: PS)が細胞 い t 検定を用いた.また対象者の条件(T 群 vs. 表面上へ露出する.Annexin V は PS に高い親和 S 群)と時間を要因とした測定項目の変化につい 性をもち,特 異的 に結合 する.本 研 究ではこの細 ては反 復 測 定 の二 元 配 置 分 散 分 析 を用 いて解 胞表面上の PS に結合した Annexin V を検出する 析し,有意 水準は 5 %未満とした.事後検 定は, ことによってアポトーシスを評価した.分離されたリ Bonferoni/Dunn テストにて多 重 比 較 検 定 を行 っ ンパ球を RPMI 1.5 ml を加えて混和し,3000 rpm た.全 ての統 計 処 理 には,統 計 解 析 ソフトウェア で 5 分間,遠心して上清を取り除いた.分離した StatView5.0 日本語版(SAS Institute Inc,North ペレットにバインディングバッファーを加 えて 5× Carolina,U.S.A.)を用いた. 10 6 /ml 濃度に調整し,氷上で安置した.Annexin V-FITC 1 µl とヨウ化 プロピジウム 5 µl を 5× Ⅲ.結 果 10 6 /ml 濃度に調整されたリンパ球分離液 100 µl 1. リンパ球数とサブセット別の変動 に加 えて,氷 上 ,暗 所 で 15 分 間 反 応 させた.リ リンパ球 数 は,両 群 の変 動 に有 意 な差 異 が見 ンパ球 溶 液 はバインディングバッファー400 µl を られた(図 1).D1 において T 群のリンパ球数は S 加えて混和し,FACS 用チューブに分注した. 群よりも有意に低値を示した.さらに S 群のリンパ 球数は D1 と比較して D3,D4 で有意な減少を示 3) フローサイトメトリー解析 したが,T 群においては有意な変動を認めなかっ 全 てのリンパ球 分 画 の分 析 はフローサイトメー タ ー ( FACSCalibur , Becton た. Dickinson サブセット別のリンパ球数の変動を図 2 に示し Immunocytometry System , San Jose , CA , た.CD19 + 細胞(B 細胞)と CD8 + 細胞については U.S.A.)で分析した.フローサイトメーターによって 群間と変動に有意な差異を認めなかった.D1 に レーザー光 を照 射 し,散 乱 光 及 び蛍 光 を検 出 し おいて T 群の CD4 + 細胞数は S 群よりも有意に低 た.散 乱 光 によって細 胞 の直 径 及 び細 胞 内 部 構 値を示したが,CD3 + 細 胞は両群間に有意な差 異 造を判別しリンパ球を検出した.検出されたリンパ を認めなかった.さらに S 群の CD3 + 細胞と CD4 + 球 のみを抽 出 し,細 胞 表 面 に結 合 した各 蛍 光 抗 細胞において,D1 と比較して D3,D4 で有意な減 体 の 発 光 限 度 を 蛍 光 によ り 検 出 した. FITC/PE 少が認められたが,T 群においては有意な変動を 標識 抗ヒト IgG 抗体をネガティブコントロールとし 認めなかった. て用いた.1 サンプルあたりリンパ球 10,000 個に 2. リンパ球アポトーシス おける陰 性 及 び陽 性 細 胞 の割 合 を,ソフトウェア (Cell Quest, BD Bioscience 社)を用いてヒストグ リンパ球 のアポトーシスマーカーの変 動 を表 2 ラム及 びドットプロットに示 し,解 析 した.リンパ球 に示した.D1 において T 群の CD8 + CD95 + 細胞の 239 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 比率 が S 群 よりも高 かったが統計 学的 な差 異 は れず,Annexin V + 細 胞 においても有 意 な群 間 差 無 く,CD95 + 細 胞 の変 動 において,いずれのサブ 及び変動は認められなかった(表 2). セットにおいても有 意 な群 間 差 及 び変 動 は見 ら 図 1.リンパ球 数 の変 動 平 均 値 ±標 準 偏 差 . *; p< 0.05. 図 2.リンパ球 サブセット別 の変 動 (A)CD4 + (B)CD19 + (C)CD4 + (D)CD8 + 平 均 値 ±標 準 偏 差 . *; p< 0.05. 240 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 表 2.リンパ球 アポトーシス指 標 の変 動 平 均 値 ±標 準 偏 差 . *p<0.05 vs. Sedentary Ⅳ.考 察 には有意な変動は認められなかったが,S群にお いては総リンパ球,CD3 + 細胞,CD4 + 細胞が,D1 1. リンパ球数 本研究では,アスリートにおける短期間高強度 に比しD3,D4で有意に低値を示した.同一日に トレーニングがリンパ球数とリンパ球アポトーシス 同じ内容の高強度運動を2回行わせたデザイン に及ぼす影響を非運動群と比較して検討した. の研究では,1回目の運動効果が2回目の運動に 運動前安静時においてT群はS群に比べて総リ 累積的な影響を及ぼし,2回目の運動からの免疫 ンパ球数,CD4 + 細胞数の低値を示した.運動習 機能の回復が遅延することが報告されている 慣の違いが安静時リンパ球数に与える影響は多 (Ronsen et al. 2001a; Ronsen et al. 2002; 数報告されており,長距離ランナーを対象にした Ronsen et al. 2001b).しかし,Ndon et al. は競 研究で,安静時のリンパ球数が低下していること 技選手において,4週間の集中的なトレーニング が報告されている (Green et al. 1981; Keen et al. 前後の一過性高強度運動に対するリンパ球の反 1995).本研究はこれらの研究結果と同様の結果 応性は変化しないことを報告している (Ndon et al. を得た.アスリートは日々長時間の運動を行うた 1992).したがって,T群においては慢性的なトレ め,循環細胞数の抑制が持続すると考えられる. ーニングにより一回の運動に対するストレスが少 Galum et al.は,持久系アスリートの長時間運動 なかったためリンパ球数が変化しなかったのかも 後の白血球数は安静時と比較して24‐40時間後 しれない.一方,S群においては,運動に対するス まで低下を維持していることを報告している トレスが大きいために運動ストレスが累積し,有意 (Galun et al. 1987).本研究においては測定24時 なリンパ球の減少が生じたと考えられる. 間前からの運動のみの制限しかしていなかったた Field et al.らは同一日に行った高強度の反復 め,その前に行った運動の影響が持続している 運動で,1回目と2回目の運動後1時間のCD8 + の 可能性は否定できない.さらにリンパ球サブセット 値は運動前と比較して変化がなかったが,CD4 + については,安静時のCD4 + /CD8 + 比が競技者の は有意な低値を示すことを報告している (Field 方が非競技者よりも低いことが報告されている et al. 1991).これは,連続的な急激のストレスは (Kajiura et al. 1995; Verde et al. 1992).本研究 CD8 + よりCD4 + に強い影響を与えることを示唆して においてもT群のCD4 + が有意な低値を示し,先 おり,一過性高強度運動の反応においても同様 行研究と一致する結果となった. の結果が得られている (Gleeson and Bishop T群の総リンパ球数,全てのリンパ球サブセット 2005).よって短期間高強度トレーニングにおいて 241 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 S群のCD4 + が有意に減少した結果と一致した.し がPittaluga et al.の研究よりも対象の最大酸素摂 かしながら,サブセットの変化の差異が何によって 取量が高かったことが要因である可能性がある. 生じているかは未だ明らかではなく,今後の検討 本研究のT群は先行研究の対象者と比較して, が必要である. 最大酸素摂取量が低かったため非競技者との差 がなかった可能性も考えられる.したがって,今後 2. リンパ球アポトーシス より最大酸素摂取量の高いアスリートに対する検 リンパ球のアポトーシスマーカーであるCD95 + 討および,より高い運動強度での検討が必要で + 細胞,Annexin V 細胞はいずれにおいても両群 ある. の間に差異は無く、かつ有意な変化は認められ アポトーシスは,誘導,決定,実行という過程を なかった.したがって,T群の安静時のリンパ球数 経て,形態学的変化(核や細胞の断片化)や生 の低下や連続した運動ストレスによるS群のリンパ 化学的変化を伴って生じる.本研究では,アポト 球の減少には,リンパ球のアポトーシスとは関連 ーシス誘導因子の一つであり,細胞表面上に存 が低い可能性が示唆された. 在するCD95 + 細胞を測定した.さらに,アポトーシ ス実行後の形態的な変化であるPSの細胞表面上 マラソン実施の24時間後にリンパ球アポトーシ スが減少するという報告もある (Mooren et al. への露出を利用し,PSと特異的に結合する 2004).これは,アポトーシス細胞の増加は運動ト Annexin Vを検出することによってアポトーシスを レーニングによるDNAの修復機構の増加により抑 評価した.本研究において,CD95 + 細胞と 制されることを意味すると示唆されている.したが Annexin Vの有意な変動や群間の差異が生じな って,本研究の結果もDNA修復酵素活性の増加 かったということは,運動によるアポトーシスの誘 などの修復機構が働いたことにより説明されるか 導,アポトーシスの形態学的変化が起こらなかっ もしれない (Radak et al. 2003; Sato et al. 2003). た可能性を意味する.以上のことから,本研究の 一方,他の先行研究では,競技選手において短 S群のリンパ球の減少には,リンパ球アポトーシス 期間高強度トレーニングでリンパ球アポトーシスが が関与する可能性が低いことが考えられた.しか 徐々に増加していくことが報告されている (Hsu しながら,本研究では数多くあるアポトーシス関連 et al. 2002; Tsai et al. 2001).これらの研究は . 80-85 % V O 2max 30 min の運動強度・時間で運動 . を行ったが,本研究では75 % V O 2max 60 minであ 因子の一部の測定であったことに加え,短期間の った.強度が高いほどアポトーシスが生じやすいと を検討する必要がある. 変動を検討したものである.今後は,他のアポトー シス関連因子や長期間にわたっての運動の影響 いう報告もあるため (Navalta et al. 2007),本研 究の運動強度はアポトーシスを生じるには低かっ V.まとめ たのかもしれない.安静時のリンパ球アポトーシス 本研究では,男性トライアスリートと運動習慣の について,Mooren et al. は最大酸素摂取量が 無 い若 年 男 性 の短 期 間 高 強 度 トレーニングにお 高い群でAnnexin Vの発現が高かったと報告して けるリンパ球 数の変 動とリンパ球アポトーシスの反 いる (Mooren et al. 2004).しかしPittaluga et al. 応を比較検討した.その結果,T 群のリンパ球数 は,競技者と非競技者のアポトーシスを検出する は安静時において S 群と比較して有意に低値を DNA断片化に差がなかったことを報告している 示 した.アポトーシスのマーカーは両 群 ともに有 (Pittaluga et al. 2006).これはMooren et al.の方 意 な差 は見 られなかった.さらに,短 期 間 高 強 度 242 スポーツ科学研究, 5, 235-245, 2008 年 トレーニングにおける反応性では S 群のリンパ球, + function--the role of fluorescent cell division + CD3 細胞,CD4 細胞が D3,D4 において有意な tracking. Exerc Immunol Rev 8: 101-115 • Green KJ, Croaker SJ, Rowbottom DG (2003) 減少を示した.しかし T 群においては有意な変動 は認 められなかった.アポトーシスマーカーにお Carbohydrate supplementation and いても経 時的 変 化 に両 群 で有 意 な変 動 は見 られ exercise-induced changes in T-lymphocyte なかった.以 上 のことから,若 年 健 常 者 において function. J Appl Physiol 95: 1216-1223 • Green KJ, Rowbottom DG (2003) は運 動 習 慣 の有 無 に関 わらずリンパ球 の減 少 に アポトーシスが関 与 する可 能 性 が低 いことが示 唆 Exercise-induced changes to in vitro された. T-lymphocyte mitogen responses using CFSE. J Appl Physiol 95: 57-63 • Green RL, Kaplan SS, Rabin BS, Stanitski CL, 文 献 • Cupps TR, Fauci AS (1982) Zdziarski U (1981) Immune function in Corticosteroid-mediated immunoregulation in marathon runners. Ann Allergy 47: 73-75 • Hsu TG, Hsu KM, Kong CW, Lu FJ, Cheng H, man. 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